速水奏「誰にでも優しいプロデューサーさん」

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1 : ◆z4l4K/HkZ2 :2017/09/09(土) 00:04:31.43 ID:UExX3PfR0


「プロデューサーさん?優しい人だよねー」


「プロデューサー?良い人って感じかな〜?」


「え?プロデューサー?……本当に優しくて、良い人だよ」


「本当に良い人だよね〜!」


「優しい人よ。誰にでも」

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1504883071
2 : ◆z4l4K/HkZ2 :2017/09/09(土) 00:06:18.17 ID:UExX3PfR0
俺を他人に評してもらうと、概ね「良い人」だとか「優しい人」と返って来る。

それはそれで嬉しいものだ。

少なくとも疎まれたりしている訳ではないし、(自分の感覚としては)好意的に見られていると思うからだ。

俺は今芸能事務所で、アイドルのプロデューサーをやっている。

大きな事務所で、担当している娘たちは人気も高く、今勢いのあるアイドル達だ。

そんな娘たちのプロデューサーをやってるのだから、彼女たちから信用してもらっているのは、仕事を円滑にこなす上での大きな財産だ。
3 : ◆z4l4K/HkZ2 :2017/09/09(土) 00:08:43.94 ID:UExX3PfR0


仕事は楽ではない。

残業だって当たり前だし、平日も土日も関係ない。

上司には怒られてばかりだし、人に沢山頭を下げなければならない。

しかし、周囲の人間とは円満な関係を築けているし、精神衛生は悪くない。

それどころか、知人に仕事の事を話せば、アイドルと一緒に仕事が出来るなんて、と羨望の眼差しで見られるばかりである。

自分は恵まれている。

今は何も失いたくないが、これ以上を求めるのも贅沢だと思う。

自分は、恵まれている。
4 : ◆z4l4K/HkZ2 :2017/09/09(土) 00:10:36.78 ID:UExX3PfR0
あの時、速水奏は荒れていた。

夕焼けに染まる海岸沿いに佇む彼女。

様々な現実に心は混ぜ返され、打ちのめされ、ぐしゃぐしゃだった。

高校生活という場に、いや、大袈裟に言ってしまえば世界中に自分の居場所など無いとすら思った。

激情と空虚感がないまぜになり、そしてただただ悲しかった。
5 : ◆z4l4K/HkZ2 :2017/09/09(土) 00:13:11.77 ID:UExX3PfR0
そんな折にノコノコと近づいてくる男。

こっちの気も知らないで、図々しくも話しかけてくる。

手ひどい言葉で追い払おうとする。


しかし、その男の瞳はとても澄んでいた。

それ故なのか、少し話を聞いてみる事にした。

すると、その男は自分をアイドルに誘っているようだ。
6 : ◆z4l4K/HkZ2 :2017/09/09(土) 00:16:17.77 ID:UExX3PfR0
内心で、またか、というところだった。

今までにもこういった誘いは幾度かあった。

自分の外見に対して、上っ面だけの美辞麗句を並べ立て、誘ってくる。

その心根は、要は何も知らない外見が綺麗なだけの小娘をただの金儲けの道具にしてしまおう、というものが透けて見えていた。

そういった手合いを相手にするのはもう飽いていた。


どうせこの男もそうだ。

ちょっと覚悟を問うてみればすぐにボロが出る。
7 : ◆z4l4K/HkZ2 :2017/09/09(土) 00:18:08.42 ID:UExX3PfR0
「いま、この場で、キス……してくれる?」

男の両の眼を見据え、問う。



出来っこない。

皆、本気を口にしながらも、そこまでの覚悟はないのだ。

『私』という一人の人間全てを抱える覚悟なんて、ありはしないのだ。
8 : ◆z4l4K/HkZ2 :2017/09/09(土) 00:20:46.17 ID:UExX3PfR0

しかし、驚いた事に。

戸惑いながらもその男は奏の眼を見据え返し、訴えるのだ。

『私』の面倒を見る覚悟がある、と。




覚悟がないのは、自分の方だった。

今までも誰かに選択を迫る時、キスを要求してきた。

彼女の唇に他人の唇が重なる事は無かった。

しかしここに至って、ファーストキスを渡す覚悟なんてなかったのだ。
9 : ◆z4l4K/HkZ2 :2017/09/09(土) 00:22:26.70 ID:UExX3PfR0
奏は、この人に付いていく事を決めた。

今まで自分が感じた事の無い本気を感じたから。

この人はきっと、自分を今の場所から救ってくれると信じたから。


「あと、それから……プロデューサーさん、顔が赤いよ?」


照れ隠しにそう言った彼女の耳は、その時の夕焼けのように赤く染まっていた。
10 : ◆z4l4K/HkZ2 :2017/09/09(土) 00:25:06.88 ID:UExX3PfR0


「ねえプロデューサー、この写真ブログに載せていい?」


事務所に所属するアイドルの城ヶ崎美嘉が自撮りの写真が写ったスマホの画面を見せてくる。

映っている美嘉はお洒落な恰好をして笑顔を浮かべている。

以前はもっと胸元が写ったような写真を見せてきていたが、同じ事務所のアイドル、速水奏にからかわれてからはそれも鳴りを潜めている。


「うん、この写真なら載せても問題ないよ」

「ありがとー★あ、そういえばさ、プロデューサーとこのあいだ仕事で撮った浴衣の写真あるんだけど送ってなかったよね?あとで送っとくねー♪」

「え?ああ、ありがとう」
11 : ◆z4l4K/HkZ2 :2017/09/09(土) 00:26:46.48 ID:UExX3PfR0
確かに以前、浴衣を着る仕事をした時に彼女は写真を撮っていた。

普段はあまり着る機会のない和服は彼女にとっても新鮮だったようで、撮影以外にも彼女は自分のスマホで何枚も写真を撮っていた。

その中で、彼女の提案で俺とのツーショット写真も1枚撮っていた。

それを送ってくれるというのだろう。
12 : ◆z4l4K/HkZ2 :2017/09/09(土) 00:29:57.87 ID:UExX3PfR0
「おはようございま〜す」

「プロデューサーさん、美嘉、おはよう」

事務所所属のアイドル、塩見周子と速水奏が出勤してきた。

今日このあとこの三人で番組の収録がある。

「ああ、おはよう、周子、奏」

こうやって当たり前のように挨拶が出来る事こそが、現在の自分にとって何にも代えがたい財産だと思う。
13 : ◆z4l4K/HkZ2 :2017/09/09(土) 00:32:13.75 ID:UExX3PfR0
「ねえ奏、今度の休み確か被ってたよね?良かったら買い物付き合ってくんない?」

「今度の休み……日曜ね。良いわよ。けど美嘉、この前も買い物行ってたけど、何か欲しいものがあるの?」

「そうなの!秋の新作が出ててさ、まだチェックし切れてないんだよね〜」

「そう……ねえ、周子は今度の日曜休みだったかしら?」

「ん〜と……あ、その日は朝から撮影だ。残念」

「あら残念……という事はプロデューサーさんもお仕事ね」
14 : ◆z4l4K/HkZ2 :2017/09/09(土) 00:35:55.06 ID:UExX3PfR0
パソコンに入力するキーボードを打ち込む手が止まった。

急に名前を出されて虚を突かれた形になった。

何故今の話の流れで俺の名前が出てくるのだろう。


「もちろん俺は仕事だよ」

「折角だからここにいる私たちの新しい服をプロデューサーさんに選んでもらおうと思ったんだけどね。美嘉もその方が嬉しいでしょ?」

「な!?か、か、か〜な〜で〜!……そりゃその方が……嬉しいけど……」

ゴニョゴニョと声が小さくなっていく美嘉。

その様子を眺めながら意地悪な笑みを深める奏。

そしてそんな二人をみてほくそ笑む周子。


仲がいいのは良いことだ。
15 : ◆z4l4K/HkZ2 :2017/09/09(土) 00:38:42.80 ID:UExX3PfR0
「まあ最近仕事が忙しいなかでの折角の休みなんだから、思いっきり楽しんでくると良いよ」

当たり触りの無い言葉を掛けて、仕事に戻ろうとする。

「そういえばプロデューサーさんは休みの日って何してんの?」

周子の問いかけに再び手が止まる。

まあまあ困る質問である。

「まあ溜まった家事とか、食料の買い出しとか、だな。後は映画をレンタルして観たりとかだな」
16 : ◆z4l4K/HkZ2 :2017/09/09(土) 00:42:04.98 ID:UExX3PfR0
我ながらつまらない回答だと思う。

だが、他に答えようがないのだから仕方がない。

他人が期待するような面白かったり華やかだったりする回答は用意出来ない。


「うわあ、寂しい〜……もっと遊びに行ったりしないの?」

「いや、遊ばない訳じゃないぞ?けど、休日は家で大人しくしている事が多いんだ」

「それなら、尚更ね。今度プロデューサーさんが休みの時は私たちが一緒にお出かけしてあげるわよ」

「ああ、楽しみにしてるよ」
17 : ◆z4l4K/HkZ2 :2017/09/09(土) 00:44:49.04 ID:UExX3PfR0

ある日。
急に上司である部長から呼び出しを受けた俺は叱責を受けていた。


「プロデューサー君。先日の放送、なんだねアレは」

「……と、仰いますと?」

「把握していないのか?君の担当アイドルが出演しているドラマ、大分数字が落ちていたじゃあないか」

「……はい。ですが、先日の放送は裏番組でスポーツの国際試合の放送と被っていましたし、ドラマ以外の同時間帯の他番組も一様に数字を落としています」
18 : ◆z4l4K/HkZ2 :2017/09/09(土) 00:47:05.73 ID:UExX3PfR0
「それは解かっている。だが他も数字が落ちているからウチも落としていい、という訳にはならない。違うかね?」

「……いいえ」

「……プロデューサー君。良いかね。あの局のディレクターとはウチも懇意にしてもらっているんだ。今回のドラマでもメイン級の良い役を貰っているのだろう?それなのに数字を落としては困るんだ」

「……はい」

「無論、我々はテレビ局ではないから数字を取るのが直接の仕事ではない。だが、数字を落として結果ウチに回って来る仕事が無くなってしまったらそれはアイドルの、ひいては君の指導不足のせいだ」

「……仰る通りです」
19 : ◆z4l4K/HkZ2 :2017/09/09(土) 00:49:00.80 ID:UExX3PfR0
「良いかね、私は数字が取れないのを君たちの所為と言っているのではない。責任感ある仕事をして欲しいと言っているんだ。君にも、アイドル達にもな」

「はい。申し訳ありません」

「解かればいいんだ。それでは明日中までに今回の視聴率低下の原因とその対応策についてまとめ、私に提出しなさい。先方のディレクターにも提出する」

「……はい。失礼します」
20 : ◆z4l4K/HkZ2 :2017/09/09(土) 00:51:08.73 ID:UExX3PfR0
「ふぅ……ん?」

上司の部屋から出た俺を、周子と奏が待っていた。

「プロデューサー……」
周子は悲しそうな顔をしている。

「……ちょっと、移動しようか」





「聞いてたのか」

「そうね……部屋の扉が少しだけ、開いてたから……聞こえてきちゃった」
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/09(土) 00:52:21.90 ID:g+AolDgQ0
しゅーかなが出てるドラマなんて見逃すわけにはいかんでしょ
22 : ◆z4l4K/HkZ2 :2017/09/09(土) 00:54:00.86 ID:UExX3PfR0
「ごめん、プロデューサー……あたしの所為で……」

「周子は何も気にすることは無いさ。さっきも言った通り、あの日は条件が悪かった。それに、録画率は全国平均でも高い数値を出してる。一概に数字を落としただけとは言えない」


「……そうよ周子。それに数字は確か今までずっと右肩上がりだったんでしょ?だったら今回のは一過性のもの、これに責任を求める方がおかしいのよ」

「……そうなのかな」

「ああ、そうさ。だから周子はこれまで通り、頑張ってくれてたら数字はすぐに戻るさ」
23 : ◆z4l4K/HkZ2 :2017/09/09(土) 00:56:33.16 ID:UExX3PfR0
「……うん。そうやね。プロデューサーさん、あたしもっと頑張るからさ。見ててよね」

「ああ」




「……これで周子は大丈夫、かな」
周子が去った後、奏は安堵したような表情を見せた。


「彼女、適当そうに見えてかなり真面目だから……あまり表に出さずに結構内で溜めこむタイプなのよね」

「そうだな……奏、フォローありがとうな。お陰で立ち直ってくれたみたいだ」
24 : ◆z4l4K/HkZ2 :2017/09/09(土) 00:59:58.77 ID:UExX3PfR0
「私は別に……けど」

奏は俺の方に向き直る。


「それよりも貴方の方よ、プロデューサーさん。あんな理不尽な怒られ方して……あの部長に文句言ってきてあげましょうか?」

「いや良いんだ奏。仕方ないんだ。きっとあの部長ももっと上の上司から叱責されたんだろう。それだったら、責任の所在を明らかにしないといけない。怒りたくて怒ってるわけじゃないんだ」

「……そうかしら。だからといって貴方に責任を負わせるのはどう見ても理不尽だと思うけど」

「良いんだって。これで来週また数字が戻れば何も問題ないんだからな。二人に嫌な思いをさせてしまったのは申し訳ないけどな。どこかでお詫びするよ」
25 : ◆z4l4K/HkZ2 :2017/09/09(土) 01:02:29.46 ID:UExX3PfR0
「……プロデューサーさん。貴方、お人好しが過ぎるわよ……」

「そうか?ははは、まあ俺の数少ない長所だな、それは」

笑いながら時計を見やると、時計の針は18:00を回っていた。

「お、もうこんな時間か。今日は奏、もう上がりだろ?お疲れ。俺はもうひと踏ん張りだ」

奏に挨拶して、デスクへ戻る。

早速部長への報告書に手を着けなければならない。




「……今のは、褒めたつもりじゃないのだけれど」
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