櫻子「これからも一緒に」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 16:55:03.10 ID:+EtVRVLso
このお話は


・向日葵「ずっと一緒に」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1441552207/
(修正版→ https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5770271 )


・櫻子「みんなで作る光のパズル」/向日葵「葉桜の季節」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1442140558/
(修正版→ https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5773979 )
(修正版→ https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5787825 )


の続きです。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1504770902
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 16:56:46.35 ID:+EtVRVLso
真夜中だった。

どこからか、声が聞こえる。

はっきりとしたものではなく、耳元でもぞもぞと、こぼれる吐息に乗せたようなくぐもった声。

熱く優しく私の脳に染み渡っていく、聞き慣れた声。


“ひまわり” って。


向日葵「んぇ……?」

「あっ」


向日葵「……え……っ」

「…………」

向日葵「……なに、してるんですの?」

「……いや、えっと……その……///」


声の主は、まさか私が起きるとは思っていなかったらしい。

残念ながら今夜の私の眠りはいつもより浅かった。季節はすっかり夏。日中の暑さには心の底から参るが、夜だって決して過ごしやすいものではない。

とにかく今年は暑いのだ。暑いので寝つきが悪い。ついさっきまで起きていたという意識がまだ残っている。

きっと時刻はまだ午前1時ほど。明日は何も用事がないので寝不足を心配する必要などはないのだが、特別にすることもないので、いつも通りの時間に身体を休めていた次第だった。

布団が恋しくなる寒い季節とは……あの頃とはもう違うということを、声の主はわかっていなかった。

いくら低血圧で、一旦スイッチが切れてしまえば再起動に時間がかかる私とはいえ、こうも暑い夜に至近距離で人のぬくもりを感じるとなれば暑苦しいことこの上ない。


向日葵「……鍵はどうしたんですのよ……かかっていたはずでしょう……」

「いや……それは向日葵が悪いんだよ? 今日夕方うちに来たとき落としてったんだよ、ほら」


そういうと、私が普段使っている自宅用の鍵をちゃりっとポケットから取り出した。

視界はおぼつかないが、わずかな月明かりを反射する鉄の光がきらきらと目に入った。どうやら本当に私が忘れてしまったものらしい。


向日葵「……だからって、こんな時間に返しに来ることないじゃない……」

「……ぃぃじゃんかぁ」


声の主……櫻子は暗闇の中で、口をちょこんと尖らせて小声で文句を言った。

そういう子供っぽいところ、本当に昔から変わってませんわね。
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 16:57:27.72 ID:+EtVRVLso
櫻子「明日から夏休みって考えたら、わくわくしちゃって眠れなくてさ」

向日葵「だとしても、家で大人しくしてなさいな……なんで私のところに来るんですのよ……半年前は言いそびれましたけど、軽く住居侵入罪ですわよ?」

櫻子「ちぇー……」

向日葵「……それとも、あのときみたいに……寝ている私を抱きしめて、寂しさを紛らわせたかった?」

櫻子「は、はぁ!?」どきっ

向日葵「ほんとあなたって、大胆なんだか奥手なんだか……」

櫻子「ち、ちがうもん! そんなんじゃないもん!///」

向日葵「しーっ! 静かにしなさい……! みんな寝てますのよ……」

櫻子「あ……ご、ごめん」


つい反論で大きな声を出してしまった櫻子は、慌てて口を押さえて壁の方へ目を向けた。

壁の向こう側では、小学生にあがって自分の部屋を持たせてもらえるようになった楓が寝ているのだ。


櫻子「…………」

向日葵「…………」


真夜中の静寂の中、言葉を続けることができなくなった櫻子は、ふたたび私の方へ向き直り、ふわりと穏やかな表情になった。

私も仰向けになったまま頭を枕に乗せ直し、ほんのりとした月光を背に映す櫻子を、薄目で静かに眺める。


櫻子「……向日葵」

向日葵「……なあに?」

櫻子「……私、うそついた。ごめんね」

向日葵「うそ?」

櫻子「うん。今の『ちがうもん』って、嘘だった……」


そういうと櫻子は、やんわりと倒れ込むように私の横に身体をうずめて……首元に顔をすり寄せた。


櫻子「懐かしいなあって思ってさ……こうして向日葵のところに来るの……///」

向日葵「……ほら、やっぱりそうだったんじゃないの」


……子供っぽいところは小さい頃と同じだが、そんな櫻子も高校生になって、変わったことがある。


こうして私に、素直に好意を向けてくれるようになった。


ついつい反射的に反発してしまうことはあっても……その後で本当の想いを伝えてきてくれるようになったのだ。
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 16:57:55.76 ID:+EtVRVLso
櫻子「どれくらいぶりだろ……たぶん、あの冬の日以来……かな」もぞもぞ

向日葵「……ほんとあなたって、夜になるとまた一段と素直になりますわよね……」

櫻子「……うるさいっ」

向日葵「まったく……少しだけこうしててあげますから……満足したら、帰りなさいね……?」

櫻子「うん……///」


向日葵「…………」すぅ


櫻子「……ひまわり……」

向日葵「……ん…?」


櫻子「明日から……夏休みだよ」

向日葵「……ん」


櫻子「……なにしよっか?」

向日葵「…………」


櫻子「……ねえ、聞いてる……?」

向日葵「…………」すぅ


櫻子「……ばか……///」もぞもぞ

向日葵(ふふ……)


櫻子の体温、櫻子の重み、櫻子の匂い、櫻子の髪のくすぐったさ。

夏の夜にとろけていく意識の中……とても心地いい櫻子の存在を全身で感じながら、眠りに落ちていく。


私の名前は古谷向日葵。

大室櫻子と同じ高校に通い……大室櫻子と付き合っている、高校二年生。
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 16:58:31.84 ID:+EtVRVLso


「……ちゃん、おねえちゃん……」


最初に意識に飛び込んできたのは、妹の声。

そして次に伝わってきたのは、柔らかな人肌が私の身体に密着している温かい感触だった。


楓「おねえちゃん、櫻子おねえちゃん、もう朝なの」

向日葵「ん……」

楓「ふふ、起きた?」

向日葵「あ……楓……」


お気に入りの麦わら帽子を胸に抱いた楓が、にこにことこちらを見て佇んでいる。

そういえば楓はお出かけするんでしたっけ……と寝ぼけた頭で思い返していると、私の頬に誰かの熱い寝息がかかる感触がした。


向日葵「……っ……!?」はっ

櫻子「…………」すぅ


楓がやけに笑顔を浮かべている意味がわかった。

いつものように可愛らしく微笑みかけてくれているのではない……単純に、笑われているのだ。

視線を向けると……すぐ真横に、安らかな可愛い寝顔があった。


櫻子「んん……」むにゃ

向日葵「あ……あぁぁああぁああ!///」がばっ

櫻子「んにゃ……っ」

向日葵「ちょ、バカ! 起きなさい! 櫻子っ!」ぺちぺち

櫻子「んぁ! なにっ!?」びくう


昨日まではただ隣に横になっていただけなのに、いつの間にか抱き枕のように私にへばりついて、気持ちよさそうに寝ていた櫻子を叩き起こす。


楓「お、おねえちゃん、あんまり叩いちゃだめなの」

向日葵「なっ、なんでもないんですのよ楓っ! これはただ、あの、その……ほらあなたも何とか言いなさい!」

櫻子「あ〜、えっと、これは違くて! べつに一緒に寝るのが気持ちよかったから寝落ちしちゃったとか、そういうことじゃなくて〜……」

向日葵「下手か!!///」ぼふっ

櫻子「痛ぁ!」

楓「ふふっ、二人ともお寝坊さんなの。楓はもうお母さんとお出かけしてくるからっ。行ってきまーす」たたっ

櫻子&向日葵「「い、行ってらっしゃ〜い……」」
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 16:59:00.10 ID:+EtVRVLso
楓は小さく手を振りながら、そそくさと私の部屋を出て行った。

ぼさぼさの髪と、よだれのあとが付いた櫻子のだらしない顔を見る。


向日葵「……あなた、何やってるんですの……」

櫻子「……うん」

向日葵「うんじゃないですわよ! なんで家に帰ってませんの!? 一緒に寝てるところ楓にばっちり見られちゃったじゃない!」

櫻子「しょうがないじゃん! 帰ろうと思ったけどそのまま寝ちゃったんだもん!」

向日葵「だからなんで寝ちゃうんですのよ! っていうか何で昨日来たんですのよ!」

櫻子「それはだから……!」


ぴりりりりり……


櫻子「…………」

向日葵「……電話鳴ってますけど」

櫻子「誰だぁ……?」


唐突に鳴りだした携帯の着信音が私たちの喧嘩を遮った。櫻子がポケットからスマートフォンを取り出し、発信者を確認する。


櫻子「げっ!///」

向日葵「?」


さっきまでのだらしない顔から一瞬で険しい表情になると、慌てて画面をスワイプして通話に出た。


櫻子「も、もしもし!?」

『……どこにいるんだし、今』

櫻子「え、えっと……あの、向日葵の家に……」

『……いつから』

櫻子「き、昨日の夜から……」

『ばかー! まだそんなことやってんのかし!!』

櫻子「ひー!///」びくぅ


私たちしかいない静かな部屋では、当然電話口の相手の声もよく聞こえる。部屋が静かなだけじゃない、電話口の相手が声を張り上げて怒っているせいだ。

いつものごとく100%自分に非がある櫻子はただただ謝ることしかできず、電話先の相手には見えないのにぺこぺこと頭を下げて謝った。

櫻子は以前にもこうして夜中に私に会いにくることがあったが、そのまま夜を明かしたことは今までになかった。


『せめて行くなら行くって言ってからにしてほしいし! 朝起きたら急にいなくなってたから、お母さんも心配してたんだよ!?』

櫻子「あ、あ〜ごめ〜ん……」
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 16:59:29.02 ID:+EtVRVLso
私は平謝りする櫻子の手から携帯をすっと抜き取り、寝起きであることを感じさせないように、少々はっきりめの声で語りかける。


向日葵「もしもし、花子ちゃんですか?」

花子『あっ、ひま姉?』

向日葵「ごめんなさいね、私は何度も帰れって言ったんですけど……櫻子が勝手に寝落ちしちゃったんですの」

櫻子「帰れなんて言ってな」ぼふっ

向日葵「ええ……ええ。二度とこういうことがないように、私からもよく言っておきますわ。とりあえずすぐに帰らせますから……はい、お母さんにもよろしくお願いしますわね」

櫻子「むぐ……む!? こらー! 勝手に切るな!」


櫻子に枕を押しつけて黙らせながら、花子ちゃんにささっと話をつけて電話をきった。

携帯を返し、ベッドから降りて背伸びをする。


向日葵「ん……はぁ、そういうわけだから、ひとまず帰りなさいよ。花子ちゃんに直接謝ってきなさい」

櫻子「今謝ったじゃんか」

向日葵「ちょ・く・せ・つ。お母さんも心配してるって言ってたでしょう」

櫻子「お母さん、もうそろそろ仕事に行っちゃったと思うんだけどな……」


櫻子はベッドに腰掛け、くしゃくしゃになった髪を手櫛で整えた。その隣に座り、かきあげられた髪からのぞいた耳に話しかける。


向日葵「あなた、今日の用事は?」

櫻子「べつに、なーんもないよ……ってぇ! それ昨日私が聞こうと思ってたのにー!」

向日葵「何もないんだったら、私も後であなたの家に行っても構いません?」

櫻子「えっ! 遊ぶの!?」ぱあっ


子供のようにぱっと目を輝かせ、笑顔でこちらに振り向く櫻子。私も同じくらいの笑顔で、しかし櫻子が嫌がる言葉をかけてあげる。


向日葵「一緒に宿題しましょっか」

櫻子「……え〜〜〜」ぶー

向日葵「……嫌なら、私はうちで一人でやりますけど」

櫻子「わかったよ! やるよ、協力しようよ……!」


高校二年生になっても、相変わらず学校からは宿題が出る。むしろ中学生の時よりも大変なくらいに。

中学生までは、夏休み最終日になるまで宿題という存在から現実逃避していた櫻子だが、さすがに今では、できるうちにやってしまいたいという思考になってくれたようだ。


向日葵「あとで道具持って行きますから」

櫻子「ん、待ってる。じゃね」


ポケットに手をつっこんで部屋から出ていく櫻子の後ろ姿を見送って、反対側の部屋の窓から外を眺めた。


向日葵(いい天気……)


すっかり暑くなった眩しい日差しが差し込んでいる。元気な蝉の声が、遠くの方からじーわじーわと聞こえる。

突き抜けるような高く青い空が、これから始まる長いようで短い、短いようで長い夏休みの、無限の未来を感じさせた。


今日から、夏休み。
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 16:59:59.16 ID:+EtVRVLso


向日葵「…………」さらさら

櫻子「…………」もくもく


クーラーの効いた大室家のリビングで、同じ問題集を、同じくらいの速度で進める。

中学生の頃の櫻子は……いつだって集中が続かなくて、すぐにソファに横たわって休憩していたっけ。


櫻子「向日葵、チャートある?」

向日葵「ありますわよ。はい」

櫻子「えーと……ここかな」ぺらぺら


私と櫻子は、七森中学校を卒業して……別々の高校へ進んだ。

二人とも、その時の学力相応の高校へと進んだ。私は撫子さんも通っていた高校へ。櫻子は自宅から近い、普通の公立校へ。

けれど櫻子は……入学後の一年間をひたすら勉学に励み、凄まじい努力を重ねた結果、なんと私のいる学校へ転校してきた。


今でも少し信じられない。あの櫻子が、あの勉強が大嫌いで図画工作や体育くらいにしか関心を示さなかったあの櫻子が、そんなに勉強を頑張るなんて。

けれどこうして問題集の難問とにらめっこする姿を……転校してきてからの学校生活の中でずっと見させてもらった。

試験前も一緒に勉強していた。私には及ばないにせよ、櫻子は私の高校でもそこまで悪くない成績を叩き出してみせた。

「どうだ!」といばられた。私はとても純粋な気持ちで、櫻子の努力を褒めた。勉強のことで櫻子を褒めるなんて今までほとんどしてこなかったから、褒めた後でなぜか無性にむずがゆくなったりもした。


櫻子「はーん……なるほどね。わかったかも」ぱたん

向日葵「ふふ……」

櫻子「ん、なに?」

向日葵「いえいえ。櫻子が勉強してるなぁと思って」

櫻子「は……?」

向日葵「うふふ……やっぱりまだちょっと見慣れない部分がありますわね。ああ似合わないこと」くすっ

櫻子「ひっど! 私だってやるときはやるんだぞ!?」


「ひま姉仕方ないし。それくらい今までの櫻子は、確かに勉強してこなかったんだから」かちゃ

向日葵「あら、花子ちゃん」


櫻子がむかし着ていたおさがりのTシャツをラフに着た花子ちゃんが、私たちのいるリビングへとやってきた。
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:00:26.24 ID:+EtVRVLso
向日葵「今朝はごめんなさいね」

花子「いいしいいし。悪いのは全部櫻子なんだから」

櫻子「なんだとー!」

花子「ほんと、勉強は昔よりできるようになったかもしれないけど、中身は昔とそんなに変わってないし」

櫻子「小学生に言われた!」がーん

向日葵「まったくですわね。花子ちゃんが頼もしくなっていくスピードに、櫻子はついていけてませんわ」

花子「ふふっ……♪」


花子ちゃんは、今年で小学六年生。すっかり背も大きくなってきて、なんだかどんどん撫子さんに似てきたような気がする。

私と櫻子が離れた一年間、撫子さんのいなくなったこの家で、ずっと櫻子を支えてくれていたのが彼女だ。

目的を達成するまでこの私にも自分にも決して甘えないと誓った櫻子のそばに寄り添い、努力を褒め、道を違えそうになれば誰よりも厳しく叱っていたそうだ。気づけば撫子さんよりも櫻子をたしなめ慣れている。

冷たい麦茶の入ったポットとグラスを持ち、櫻子の後ろのソファにぽすっと腰掛けた。


花子「去年の夏休みも櫻子、よくここで勉強してたね」ちゃぽぽぽ

向日葵「あら、部屋じゃなくてここで?」

櫻子「ずっと部屋に閉じこもりっきりもよくないでしょ。宿題する花子と一緒にここでやってたの」

花子「櫻子にわからないところを教えてもらえるようになる時が来るなんて、信じられなかったし……」

櫻子「わははは! もうなんでもこーい!」


花子ちゃんの櫻子に対する目線が、いつの間にか変わっているような気がする。

それはまるで尊敬する撫子さんに向ける “憧れの目” のようで、しかしそれよりもどこか柔らかく、昔の櫻子を知るがゆえに成長を見守ってきた、親のような目。

花子ちゃんにとっての櫻子は、他に例を見ない不思議な立ち位置の “お姉さん” なのだろう。


昔からやたらと花子ちゃんに対してお姉さんぶりたい櫻子が「今年も宿題見てあげよっか〜?」と鼻を高くしていると、花子ちゃんは思い出したように言った。


花子「あ……そういえば、去年一回だけお友達を連れてきたんだっけ」

櫻子「えっ!?」どきっ


櫻子は突然目をぱちくりさせて驚いた。素っ頓狂な声がリビングに響く。


花子「来たでしょ? 花子、お茶を出した覚えがあるし」

向日葵「お友達?」

櫻子「ま、前の学校の子だよ! 女の子!」

向日葵「……そりゃ女子高に行ったんだから、女の子でしょうね」

櫻子「わ、私のクラスメイトだった子で……たまたま一緒にいるときにうちの前まで来たから、寄ってもらったんだよっ。花子よく覚えてたなー!」

花子「うん。今ひま姉が座ってるとこに座ってたの、思い出したから」

櫻子「っ……」


櫻子はシャープペンシルを片手に固まってしまった。問題集にまっすぐ視線を向けてはいるが、その目は焦点が合っていない。

どうやらその友達とやらの話を、私の前でされるのが困るらしい。
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:00:55.07 ID:+EtVRVLso
向日葵「……櫻子?」

櫻子「…………」

向日葵「……ちょっと、聞いてます?」つんつん

櫻子「へっ!? な、なに!?」

向日葵「どうしたんですのさっきから。その子の話になったら急にそわそわしちゃって……喧嘩別れでもしちゃったんですの?」

櫻子「」ぎくっ


自分で適当に言った言葉だったが、櫻子の反応からして図星をついてしまったようだった。

そして同時に思い出す。

去年の冬……まだ櫻子が転校してくる前、バレンタインデーの前日に、偶然目にしてしまった櫻子の向こうでのお友達のこと。


花子「……ちなみにその人、結構可愛かったし」ごくっ

櫻子「そ、それ関係ある!?」

花子「関係って、何に?」

櫻子「いや、だから……それ今言わなくたってよくない!?」

花子「何を動揺してるんだし。ひま姉はこんなことくらいで櫻子なんかに焼きもち焼かないし」

櫻子「ちょっ! だからそういうことを言うなー!!///」


はっきりと顔まで見たわけではなかったが、あのときに見た光景は、そのインパクトの強さで未だに妙に忘れられなかった。

駅前のオブジェのすぐそばで、櫻子にもたれかかって泣いていたサイドテールの女の子。偶然通りかかった私は、それを見て思わず硬直してしまったっけ。

おそらく今言っている “友達” とやらは、その子のことを指しているのだろう。喧嘩別れという言葉もなんとなくしっくりくる。


向日葵(櫻子の……友達)


あのとき櫻子は「付き合ってください」と言われていたのだと、後から教えてもらった。すでに私の高校への編入試験を目前に控えていたので、その告白は断ることとなってしまったようだ。

夏休みに家に遊びに来たということは、やはりその子と櫻子は、一年を通して近い関係の友人同士だったんだろう。

私が高校で新しく作った友人たちと櫻子は、転校してきてからの数日であっという間に友達になっていたが……私は中学卒業以降の櫻子の友好関係をまだよくわかっていない。
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:02:48.67 ID:+EtVRVLso
向日葵(友達ねえ……)

櫻子「ひ、向日葵……?」

向日葵「えっ?」

櫻子「あ、あの……私のこと、おこ」


てこてこっ♪


向日葵「あら、LINEですわ」

櫻子「びっくりしたぁ! 」

花子「そんなびっくりするもんでもないし……」


何か言おうとした櫻子をよそに、私は携帯を取り出して通知を確認する。


向日葵「あっ!」

櫻子「ん?」

向日葵「ふふ……お友達の話をしてたら、ちょうど来ましたわよ。お友達からの連絡が」

櫻子「ええええ!? 向日葵っ、あの子と連絡先交換してたの!?」

向日葵「そっちじゃないですわよ。ほら見てごらんなさい」

櫻子「え……あー! ちなつちゃんだぁ!」


突然LINEでコンタクトをとってきたのは、中学時代のクラスメイトの吉川さんだった。

櫻子は急に目を輝かせ、私の携帯なのに勝手に奪い取って返信を打ち始めた。


櫻子「なつかしいな〜ちなつちゃん! 最近会ってないんだよ〜」

向日葵「私も……高校に入ってすぐの頃はたまに会ってましたけど、頻度はだんだんと減っていってしまいましたわね」

花子「ちなつって……?」

櫻子「ほらほら、中学生の頃うちに来たことあるでしょ。髪がもふもふの」

花子「あー……!」


吉川さんへのメッセージを打っていたと思ったら、櫻子はいきなり電話をかけはじめた。文字でのやり取りがわずらわしかったのか、それとも久しぶりに吉川さんの声が聴きたかったのか。両方だろう。


櫻子「あっ、もしもしちなつちゃんー?」

ちなつ『あれっ? 向日葵ちゃんじゃない……? どなたですか?』

櫻子「ちょっと〜! わたしわたし! わたしー!」

ちなつ『え……わたしわたし詐欺ですか? そういうの困るんですけど』

櫻子「何言ってんの!? わたし! 櫻子だよ!」

ちなつ『わかってるよ。今向日葵ちゃんと一緒にいるんだ?』

櫻子「そうそう! えへへ、久しぶりだね〜♪」


気兼ねなく楽しそうに話す櫻子を見ていると、私までどこか嬉しくなってきた。

久しぶりのお友達からの連絡。なんだか夏休みらしいというか、特別な気分だ。
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:03:19.95 ID:+EtVRVLso
櫻子「で、いきなりどしたの?」

ちなつ『それなんだけど……あ、ちょっと替わるね?』

櫻子「?」


『……あ、もしもしー? あかりだよ〜』

櫻子「あかりちゃーん! うわあ久しぶり〜!///」


吉川さんは赤座さんに電話を替わったようだ。櫻子は一層明るい表情になって、うきうきしながら通話していた。

赤座さんと吉川さんの二人は同じ高校に進んだから、きっと今もよく一緒にいるのだろう。一年生の時に、同じクラスになれていると聞いたことがある。


櫻子「そっちも一緒にいるんだね!」

あかり『うん! 今は二人でカフェに来てるんだよ〜』

櫻子「いいね〜」

あかり『それで……櫻子ちゃんたちも、もう夏休み入ったよね?』

櫻子「うん今日から。あ、もしかして……?」

あかり『よかったら、みんなで集まって一緒に遊ばない? って思って』

櫻子「うわー! やったーー!」ぴょんこ

あかり『えへへ、向日葵ちゃんにも聞いてみてくれる?』

櫻子「向日葵! あかりちゃんたちが遊ぼうだって! いいよね!?」ばっ

向日葵「ふふ、もちろん構いませんわ」

櫻子「もしもしー? 向日葵も大丈夫だってよ!」


突然の連絡は、どうやら遊びの約束のようだった。

櫻子が喋ってはいるが、お二人は私の携帯に連絡を寄越してくれたんだなぁ……と思うと、吉川さんと赤座さんへの感謝の気持ちがじわじわと胸にこみあげてきた。

こういう友人からの気兼ねない連絡というのは、本当にありがたい。


櫻子「うん……うん! じゃあ明日ね、はーい!」ぴっ

向日葵「……なんですって?」

櫻子「明日あそぼーだって! 二人がうちに来てくれるよ!」

花子「ここに?」

櫻子「よかったね花子、あかりちゃんもちなつちゃんも花子に会いたいって言ってたよ」

花子「え……あ、でも花子、明日は未来のおうちに行かなきゃだから……///」

櫻子「なーんだ、それじゃしょうがない」
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:03:53.47 ID:+EtVRVLso
向日葵「明日ですか。楽しみですわね」

櫻子「ね〜……あ、写真送られてきたよ?」てこてこっ


吉川さんから送られてきたのは、どうやら今赤座さんと一緒に撮ったらしい自撮り写真だった。

楽しそうに身を寄せ合って、顔をくっつけあわせて撮られている。吉川さんは昔から自撮りが上手だ。


櫻子「わ〜みてみて、あかりちゃん昔より髪伸ばしてるよ」

向日葵「お二人とも、なんだか大人っぽくなったような気がしますわね」

櫻子「そうだ! 私たちも写真撮って送ろうよ!」

向日葵「ええっ?///」

櫻子「ちなつちゃんたちに送ってあげよ? ほら花子も入って!」

花子「な、なんで花子も入らなきゃいけないんだし!///」

櫻子「せっかくだから! ほら一緒に!」


恥ずかしがる花子ちゃんをなぜか真ん中にして、3人で一緒に身を寄せ合って写真を撮る。

思えばこの3人だけで一緒に写真を撮るのは……はじめてかもしれない。


櫻子「とるよー!」


ぱしゃり!
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:04:39.88 ID:+EtVRVLso


ぴんぽーん♪


あかり「こんにちは〜」

櫻子「来たー! 入って入って!」

ちなつ「二人とも久しぶり〜♪」きゃっきゃっ


翌日。

昨日と同じように朝から櫻子の家にいて待っていると、涼しそうな夏らしい私服を着た赤座さんと吉川さんがやってきた。

赤座さんはお団子頭をそのままに後ろ髪を少し伸ばし、背も私と同じか私以上に大きくなっていて、昔よりも吉川さんとの身長差が開いているような気がした。吉川さんもすらっとした体躯がだいぶ大人っぽい。


櫻子「あー! ちなつちゃんメイクしてるでしょ!?」

ちなつ「ちょっとだけだよ? 日焼け止めの上からほんの少し」

櫻子「ほらー! みんなの目はごまかせても私の目はごまかせないんだからね!」

向日葵「べつに吉川さんはごまかそうと思ってやってるわけじゃないでしょう……」

あかり「お邪魔しま〜す♪」


四人で一緒に櫻子の部屋に入る。

この四人が一緒にここに集まるのは……いや、四人がこうしてあつまること自体、なかなか久しぶりのことだった。もしかしたら中学生以来かもしれない。


あかり「櫻子ちゃん大きくなったねぇ〜。少し髪も伸びたかな?」

櫻子「あかりちゃんこそー」

向日葵「お二人ともお綺麗ですわ」

ちなつ「向日葵ちゃんが一番綺麗だよ〜。昔からね♪」

向日葵「そ、そんな……///」


あかり「ふたりとも元気そうでよかった〜」

ちなつ「ほんとほんと。みんなもっと連絡ちょうだいよ〜、いつだって遊びに来るんだから!」

櫻子「あー……ちょっと忙しくて、去年はあんまり遊べなかったね。ごめんごめん」

あかり「学校大変なの? 櫻子ちゃん」

櫻子「いや、学校っていうか……」

ちなつ「じゃあバイト? そうだ、私もバイトしてるんだけど櫻子ちゃんのところの制服の子がよく来るよ〜」

向日葵「あ……」


吉川さんたちの話を聞くうち、私は重大なことに気づいてしまった。

どうやら櫻子は転校のことについて……この二人に、まだ報告をしていなかったらしい。
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:05:27.55 ID:+EtVRVLso
一体どうするのだろうと櫻子の方を確認すると、頭の後ろに手を当ててなんだか恥ずかしそうな笑顔を浮かべていた。ああ、どうやら言っちゃうみたい。


櫻子「それなんだけどさー……えっと、二人に報告しなくちゃいけないことがあるんだよね」

あかり「えっ、なに?」

ちなつ「嘘でしょ!? 勉強出来なさすぎて中退しちゃったとか!?」

櫻子「そんなわけないでしょ! 逆!!」

あかり「逆……?」

ちなつ「中退の逆ってなに? ……在学?」

向日葵「……櫻子、こういうことはしっかりお話しておかないといけませんわ」

櫻子「わかってるって」

ちなつ「なになに!? こわいこわい!」

櫻子「こわくないよ! えっと、私さ……転校したんだよ!」

あかり「えっ……」どきっ

ちなつ「……!?」


櫻子「ち、違うよ!? そんな悲しい系のやつじゃないよ!?」ぶんぶん

ちなつ「ええーどゆことー!? 悲しい系じゃなかったら何なの!?」

櫻子「あーもー面倒くさいなぁ! 黙って聞いてよ!」

向日葵「ふふ……///」





櫻子「……ってなわけで、私いまは向日葵と同じ学校に行ってるんだよね」

あかり「…………」

ちなつ「…………」

櫻子「……はい! この話おしまい!」ぱんぱん

ちなつ「ちょちょちょ、おしまいにしないで! ええ!? 櫻子ちゃん!? あなたほんとに櫻子ちゃん!?」ゆさゆさ

櫻子「疑わないでよ!」

あかり「向日葵ちゃん、本当なの……!?」

向日葵「ええと……信じられないかもしれませんが、本当なんですの。そこのクローゼットに櫻子が着てるうちの高校の制服も入ってますわ。撫子さんのおさがりの」


赤座さんと吉川さんは、目を合わせてひどく驚いていた。二人は中学の頃の櫻子と三年間一緒に過ごしてきたから、正直無理もないと思う。

突然のカミングアウトにより、部屋はなんだか微妙な雰囲気になってしまって……櫻子がもじもじとやりづらそうにしている。

吉川さんがベッドに腰かける櫻子の隣に座り、その手をやさしくとった。


ちなつ「櫻子ちゃん……すごいじゃん」

櫻子「で、でしょ?」

ちなつ「すごい……そんなに向日葵ちゃんのこと好きだったんだぁ!!」がばっ

櫻子「はえっ!?」


そう言うと、おもむろに櫻子に飛びつき、ベッドに押し倒して脇腹をくすぐった。

あまりのことに櫻子は足をばたつかせながらきゃーきゃー叫ぶ。
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:05:54.19 ID:+EtVRVLso
櫻子「ちょっと! なにー!?///」

ちなつ「勉強がどうとかよりそっちの方がびっくりだよ〜!! ねえあかりちゃん!?」

あかり「うんっ! 実はあかり心配してたんだよ〜、櫻子ちゃんと向日葵ちゃんのこと……」

向日葵「えっ……?」


あかり「志望校のことも知ってたから、高校にあがったら二人は離ればなれになっちゃうなあって、中学の頃からずっと気にしてたの。受験期の頃から櫻子ちゃんが元気なさそうにしてたのも覚えてるよ〜……」

ちなつ「でも……そこから転校までして向日葵ちゃんの元に戻ったってことはさ?」

あかり「つまり櫻子ちゃん……それだけ向日葵ちゃんのこと大好きなんだよねっ♪」

櫻子「ちょ、ちょっとやめてよ! 恥ずかしいじゃん!///」

ちなつ「このこの〜!」こちょこちょ

櫻子「きゃーー!!」


吉川さんが、まるで犬をあやすみたいに櫻子のお腹を揉みしだく。昔と変わらない懐かしいやり取りだ。

やかましい二人をよそに、赤座さんが私の隣に距離を詰めてきた。


あかり「よかったねぇ、向日葵ちゃん」

向日葵「え?」

あかり「あかり、すっごく嬉しいよぉ。二人がまた一緒になれたなんて……!」

向日葵「赤座さん……///」


近くで見ると実感するが、赤座さんはやっぱり大きくなった。

身体のことだけじゃない、昔から変わらない穏やかな優しさに加えて、どこか大人の余裕のようなものを纏っているようが気がする。


あかり「それで……ひょっとして二人って、付き合ってたりとかするの?」

向日葵「え……っ!?」どきっ


しみじみと感慨にふけっていたら、ふわふわのスローモーションから予期しない剛速球がいきなり投げ込まれた。


あかり「あれ、違った?」

櫻子「ちょちょちょ、あかりちゃん!? いつの間にそういうこと聞くような子になっちゃったの!?」がばっ

あかり「いつまでもあかりを子ども扱いしちゃだめだよ〜」くすくす


……なんとなく、今しがた感じた赤座さんの「大きさ」の正体がわかったような気がした。

あらゆる意味で大人になっている。
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:06:21.88 ID:+EtVRVLso
ちなつ「で、どうなの?」

向日葵「いや、それはその〜……こ、こういうのは櫻子に任せますわ!」

櫻子「ええ!? えっと、だから……付き合ってないと言えば嘘になるというか、なんというか……」

向日葵「下手か!!///」べしっ

ちなつ「あははは!」

あかり「も〜、それならそれでちゃんと報告して? 大事なことだから」ぎゅっ

櫻子「あ、あかりちゃん……!」


赤座さんと吉川さんに両サイドから腕を抱きしめられ、櫻子は真っ赤になってしまった。

助けを求めるような目で私の方を見てくる。「言っていいの?」と視線だけで語りかけてきた。このお二人になら構いませんわ、とうなずいてあげる。


ちなつ「付き合ってますか、付き合ってませんか。YESかNOでもいいよ」

あかり「どっち……?」


櫻子「……い……いぇす……///」かああっ


ちなつ「やったぁー!」ぱちぱち

あかり「おめでと〜♪」


よくわからない二人の祝福に包まれる。女性同士という点についてはまったく気にしていないようだった。もしかして私たちのことを……中学時代からずっとそういう目で見守ってきてくれていたのだろうか。


櫻子「あぅ〜……恥ずかしいなぁ……///」

あかり「櫻子ちゃんよかったねぇ、頑張ったんだねぇ」

櫻子「ま、まーね!」

ちなつ「よし、じゃあ私たちのことも言っちゃおうか」

あかり「櫻子ちゃんも言ってくれたし、ちゃんと報告し合わないとね」

櫻子「え……なにを?」

ちなつ「あのね、私たちも付き合ってるんだよ」

あかり「よろしくね〜」

向日葵「……えっ」

櫻子「は……はあぁぁー!?///」


ちなつ「さて、今日は何して遊ぼっかー」

櫻子「ちょ待って待って! なに今の! さらっとすごいこと言われた気がしたよ!?」


またもナチュラルなモーションから突然ずばんと爆弾発言が投げ込まれる。

赤座さんは吉川さんと視線を合わせ、赤く染まる頬に両手をあてた。
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:07:22.31 ID:+EtVRVLso
あかり「えへへ……いつ報告しようか迷ってたんだけど、櫻子ちゃんたちが先に言ってくれたから勇気出せたよぉ〜……///」

向日葵「お二人とも、そうだったんですのね……!」

櫻子「どおりで『付き合ってるの?』なんて簡単に聞いてくると思ったら……二人の方がラブラブだったってわけかーい!」こちょこちょ

ちなつ「やぁー! やめてよ〜!」

向日葵「ちょっと詳しい話を聞いてみたいですわね」

ちなつ「もう向日葵ちゃんったら、朝っぱらからそんな話したいなんて……///」はぁん

向日葵「そ、そんな艶めかしい話なんですの!?」

櫻子「ははぁなるほど……? 二人はそっちの学校でたっぷりイチャイチャしてると見た!」

あかり「確かにそうだけど、でも付き合い始めたのは中3のときだよぉ」

櫻子「高校関係ないんかい!!///」


向日葵「ちゅ、中3って……あのときからすでに!?」

ちなつ「ちゃんと告白したのはね。でも私は、初めてあかりちゃんに出会った時からずっとあかりちゃんのこと好きだよ」

あかり「あ、あかりも……♪」

櫻子「こらこらこら! 急にイチャイチャするな! まだ私たち見慣れてないから二人のそういうやつ!///」

向日葵「こ、これは興味深いですわ……聞きたいことが多すぎて……///」

あかり「今日はお話だけで一日終わっちゃいそうだねぇ」
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:07:56.82 ID:+EtVRVLso



櫻子「……は? 同棲?」

向日葵「え……?」

ちなつ「うん、まだ数ヶ月程度しか経ってないんだけどね」


離ればなれになった私たちが再び一緒になり、こうして付き合うことになる……

こんな出来事はそうそうないだろうと自分でも思っていたが、世間には……いや意外と近くに、同じくらい波乱にまみれた人生を送っている人たちがいるらしい。


櫻子「ちょ、ちょっと……嘘でしょ!? 本当に同棲なんてしてるの!?」

ちなつ「そりゃもう朝から晩までぴったり一緒にね〜」

向日葵「えええ……!///」

あかり「ち、ちなつちゃんっ、あんまり誤魔化しすぎはよくないよ〜」

櫻子「どういうこと?」

あかり「べつにあかりたち、二人っきりで一緒に住んでるわけじゃないよ? おねえちゃんたちと四人で暮らしてるの」

ちなつ「あーん言っちゃった、つまんないの」ごろん


櫻子「おねえちゃんって……あかりちゃんのおねえちゃんと、ちなつちゃんのおねえちゃん?」

ちなつ「うちのおねえちゃんたちも付き合ってるんだ。二人とも春に大学卒業して、地元で一緒に働いてるの」

あかり「でも今年から実家を離れて一緒に暮らすことになったから、そこにあかりたちもお世話になってるんだよ〜」

向日葵「へぇ……!」

櫻子「そういうことかぁ……!」

ちなつ「まあお世話になってるっていうか、あかねさんがあかりちゃんと離れたくないから、なりゆきでそうなったって感じだけど……」

あかり「そんなあ。ちなつちゃんだっていつもお姉さんとべたべたしてるでしょ〜」

ちなつ「あかりちゃんのとこほどじゃないよ!? 絶対!」


聞けば聞くほどすごいと思った。一緒に暮らすだなんて……そんなこと、高校生ができるわけないって思っていた。

ふたりの間になんとなく感じる “見えない繋がり” のようなものは、きっと時間を共にしていく中で芽生えた絆のようなものなのだろう。

自分たちと比べるわけではないが……そんな二人のむつまじい関係を、羨ましいと思った。
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:08:27.55 ID:+EtVRVLso
ちなつ「……はい! てなわけで、私たちの近況報告はこんな感じかな」ぱんっ

あかり「ふたりも今度うちに遊びにきてね〜」

櫻子「す、すごいなぁ……」

向日葵「そういうのもありなんですのね……」

あかり「ううん、あかりはね……櫻子ちゃんの方がすごいと思うよ」

櫻子「えっ?」


ちなつ「私たちは、ただ流されるように……周りにくっついてるだけだもん。まだまだおねえちゃんたちに甘やかされてるって、自分でも思う」

あかり「でも櫻子ちゃんは、きちんと自分で頑張って、それで向日葵ちゃんのところに戻ってあげたんでしょ?」

ちなつ「それって本当にすごいことだと思うよ! 本当に……向日葵ちゃんは、幸せ者だね」

向日葵「えっ!///」どきっ


櫻子のことを褒めていたと思ったら、急に私に話が振られてしまった。赤座さんと吉川さんに同時に笑顔を向けられる。


ちなつ「なんとなく思ったからできることじゃ決してないじゃん。本当に強い気持ちを持って、ずっとずっと向日葵ちゃんのために努力してきたんだよね?」

あかり「その時間があったからこそ、二人の距離は……今までよりもっともっと近くなったんだって思うなぁ」

櫻子「う……///」


櫻子と離れた時間。

櫻子と会わないままに過ごした日々。

今こうして私たちが一緒になれたのは、櫻子が強い気持ちで頑張り続けてくれたから。

離れている間にも……私を想って、私のことを考えて、私のために努力してくれていたから。


向日葵(確かに……)


私も櫻子と離れてしまってからの日々で……自分の本当の気持ちに、やっと静かに向き合うことができた。

櫻子がいなくなってはじめて、ぽっかりと空いた穴の大きさがよくわかった。

櫻子が好きなんだって、揺るぎなく想えるようになった。


向日葵「……おっしゃる通り、櫻子は本当によく頑張ってくれましたと思います」

櫻子「なっ……!」


向日葵「実は私……今まで言ってなかったけど、ずっとあなたに申し訳ないって気持ちがあったんですの。あなたはこうして努力して戻ってきてくれたのに……私はあなたに、何もしてあげられてないって」

櫻子「そ、そんな……!」

向日葵「だって……もし一年生の頃の私が、あなたのことを思い出さずに過ごしていたって、あなたは今と同じように転校してこれてたかもしれないじゃない……」

櫻子「それは違うよ!!」ぱっ

向日葵「えっ……?」


櫻子は突然私に詰め寄って手を取ると、普段は決して見せない真剣な表情になった。

赤座さんと吉川さんの目があるのに……と思ったけど、そんなのお構いなしに、まっすぐに私を見つめてきた。
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:09:17.83 ID:+EtVRVLso
櫻子「向日葵は……今までずっと、ずーっと私に色々してきてくれてたんだよ!」


櫻子「私はいつも向日葵に何かしてもらう側で……それが当たり前なんだって、いつしか思うようになっちゃってた……」


櫻子「だから……私は向日葵に甘えてばっかりだったから、受験の時にあんなことになっちゃって……!」ぎゅっ

向日葵「櫻子……」


櫻子「今回はね、ただ『私が頑張らなくちゃいけない番』だったんだよ……!」

向日葵「!」


櫻子「はじめからわかってたの……もし私が向日葵のいる学校に戻れたとしたって、向日葵がもう新しい道を楽しんで歩んでいたなら、必ずしも距離は戻らなかったかもしれないって。ねーちゃんにも最初に口酸っぱく言われてさ……」


櫻子「でも私……それでもよかったんだよ……っ!///」

向日葵「っ……」


想いが溢れて涙となって、櫻子の目がうるんだ。

握られた手を通して櫻子の感情が流入してくる気がして、思わずこちらまで泣きそうになってしまう。


櫻子「もしそうだったら怖いなってずっとずっと思ってたけど……それでも向日葵のところに、帰りたかったんだよ……っ」

向日葵「そう……でしたの……」


櫻子「……私ね、忘れてないよ。向日葵が……『あなたがいないときの方が、あなたのことでいっぱいですわよ』って言ってくれたときのこと……」にこっ

向日葵「あっ……///」


櫻子「あのとき……本当に、心の底から嬉しかったの。向日葵も私と同じなんだって……ここまで頑張ってきて本当によかったって、初めて思えたときだから……///」


櫻子「向日葵は何もしてなくなんかない。ずっと私を待っててくれてたんだよ。だから私はこうして……」ぎゅっ

向日葵「さ、櫻子……///」



ちなつ「……もしもしー?」とんとん

櫻子「うわあっ!?」びくっ
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:09:46.27 ID:+EtVRVLso
ちなつ「ちょっとさ〜、二人の世界に入るなら私たちのいないところでしてよ〜」

あかり「ちなつちゃん止めちゃだめだよぉ。もうちょっと見てたかったのにぃ」

向日葵「赤座さん!?///」

ちなつ「なんかむしゃくしゃしたの! 二人がイチャイチャしてるところ見てたら。そういうのは人前でやらないでくださーい」

櫻子「い、イチャイチャしてたわけじゃ……」


ちなつ「それよりさ、ここで話してるのもいいけどどこか出かけない? せっかく一緒にいるんだから」

向日葵「あ、いいですわね」

あかり「久しぶりに中学校でも遊びに行ってみない? 先生たちがいるかもしれないよぉ」

櫻子「おおーいいねー!」


吉川さんの提案で、みんなで近所に出かけることになった。

櫻子のせいで大きく拍動してしまった胸を一生懸命クールダウンさせながら平静を装う。

いつも一緒にいるけれど……共に過ごす時間が経ってしまうほど、改めて何かを聞くというのが気恥ずかしくて、こうして本心を伝え合うことはなかなかできるものじゃない。

四人で一緒に散歩している最中も櫻子と目を合わせるのが恥ずかしくなってしまって、少し距離を置いて歩いてたのに、吉川さんに「手でもつないだら?」と言われ、また私たちの胸の鼓動は大きくなってしまった。
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:10:14.51 ID:+EtVRVLso



櫻子「……よかったね、昨日ちなつちゃんから連絡貰えてさ」とぼとぼ

向日葵「ええ、本当に」


遠くの方で、かなかなとヒグラシが鳴く帰り道。

吉川さん赤座さんと別れて、暑さの落ち着いた夕方の道を歩く。ひとしきり話し合って疲れてしまったのか、今の櫻子はだいぶ落ち着いていた。


櫻子「私、これからももっと二人と連絡とろ。しばらく会ってないうちになんだか気まずくなっちゃって、こっちからあんまり連絡とかできなかったんだけど……二人とも変わらないままでいてくれて、嬉しかったなぁ」

向日葵「またみんなで一緒に遊びたいですわね」

櫻子「うん」


櫻子と歩幅を合わせながら、二人から聞いた色んなお話を思い返す。

二人はこの後、お姉さん方と一緒に暮らしている家へと帰るのだろう。

一緒に住むとはどんな感覚なのだろうか。私と櫻子は家が近すぎて、わざわざどっちかの家に偏るなんてことがないので、よくわからなかった。


向日葵「櫻子は、赤座さんのお姉さんと吉川さんのお姉さんに会ったことあります?」

櫻子「家に遊びに行ったときに会ったことはあるけど……まさか付き合ってるなんて思わなかったよ。すごいね、姉妹揃って同じ家の相手と繋がるなんて」

向日葵「姉妹だからってこともあるかもしれませんけど……四人はそれぞれ、本気でお互いを想い合ってるんでしょうね」

櫻子「そうじゃなかったら、一緒に暮らすなんてきっとできないもんね」


お姉さん方は今年の春に大学を卒業して、今はもう立派な社会人。

きちんと仕事をして、好きな人と支え合って一緒に暮らす……それはどんなに幸せなことだろうか、想像もつかない。

きっと最高級の幸せなのだろうということしか、今の私にはわからない。


櫻子「……向日葵」

向日葵「はい?」

櫻子「向日葵はさ……将来の夢とか、ある?」

向日葵「え……」


両手を頭の後ろに組んで、暮れゆく空を見上げながら、櫻子が突然尋ねてきた。

こんなに改まって聞かれるのは初めてだ。
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:10:43.14 ID:+EtVRVLso
向日葵「……明確にこう、っていうのは……正直ないですわ」

櫻子「……私も」

向日葵「でも……」

櫻子「?」


向日葵「今日、赤座さんたちのおうちのお話を聞いて……いいなあって、思いました……///」

櫻子「…………」


視線を下げて、素直な気持ちを言葉に出してみる。

視界の端で櫻子がこちらを見てきたのがわかった。私の顔は赤くなってしまってはいないだろうか。


櫻子「……どうなるんだろね、将来の私たちって」

向日葵「あら。あなたにしては真剣なテーマで悩んでますわね」

櫻子「当たり前じゃん」ぴたっ

向日葵(えっ……?)


櫻子が突然歩みを止める。

垂れ下がった髪で目を隠し、不安げな声で小さくつぶやいた。


櫻子「私、もう同じことは繰り返したくないんだよ……」

向日葵「!」


櫻子「怖いの……向日葵と離れちゃうのが……」

向日葵「櫻子……」


ゆっくりと顔をあげた櫻子は、いつになく弱々しい表情だった。

知らずのうちに、櫻子は何らかのスイッチが入ってしまったようだった。受験を境に私と離れてしまったことがトラウマになっているらしい。

将来に対する漠然とした不安に苛まれている。うかうかしてたら大切なものを失いかねない、今の櫻子はその気持ちを誰よりも強くわかっていた。


向日葵「げ、元気出しなさいなっ。未来は暗いことばかりじゃありませんわ」

櫻子「うん……」

向日葵「そう……仮に、私の夢がもしあったとしたら、あなたはどうしてくれるんですの?」

櫻子「そしたら……私も向日葵と同じのにする」

向日葵「……本当に? いいんですの?」


家に到着するまでもう少しという場所で、私たちは隣り合って話し合った。

もう夕方だから、家に到着したら別れてしまう。そんな気持ちもあって櫻子は立ち止まったのだろうが……奇しくもここは、桜が散る季節に私が初めて櫻子に「付き合ってください」と告白した道端だった。

あのときの櫻子のいたずらっぽい笑顔をまだはっきりと思い出せる。

不安げな私を優しく抱きしめてくれたことも、「大好き」と言ってくれたことも。
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:11:15.88 ID:+EtVRVLso
向日葵「じゃあ逆に、あなたは何か夢とかありませんの? こういうことはあまり聞いたことなかったですけど」

櫻子「……こ、ここで言うの?」

向日葵「あら、ここじゃ言えないようなこと?」

櫻子「いや、いいけど……夢っていうか……」

向日葵「?」


櫻子「私はただ……向日葵と、一緒にいたいんだよ……///」かあっ

向日葵(あ……)


だんだんと陽が落ちてきて、暮れゆく空が赤く染まっていく。

夕陽に照らされる櫻子の顔は、いつもより何倍も増して可愛く思えた。


櫻子「だから、向日葵が何かになりたいって言ったら……私も同じのになりたい。どこに住みたいとかがあったら……私も同じところに住みたい」

向日葵「…………」


櫻子「向日葵と……ずっと一緒がいい」

向日葵「櫻子……」


勇気を振り絞って、一生懸命に気持ちを打ち明けてくれる櫻子。少しだけ声が震えていた。


私たちはなぜ毎回、こんな道端で告白をし合っているのだろう。もうすぐ家についてしまうという感覚がそうさせるのだろうか。

思えば小学生の頃も中学生の頃もこうやって、家に着く寸前が一番会話が弾んでいたような気がする。

あの番組面白いから見てね、とか。提出物を忘れないように、とか。いつものように喧嘩になるときも、数えきれないほどあったっけ。

それが今では、一生に何度と言えるかわからない、本気の告白をするまでになっている……なんだかおかしく思えてきた。


櫻子「な、なんで笑ってんの……///」

向日葵「ふふっ……いえいえ。可愛いなあと思って」

櫻子「ちょっと! 今すごい頑張って言ったんだよ!? もっと真剣に聞いてよ!」

向日葵「わかってますわ」ぽすっ

櫻子「っ……!」


櫻子の華奢な肩に顔をつけて身体をあずける

手の指を小さく絡め合って握りながら、耳元で言ってあげた。


向日葵「私も……櫻子と、同じ気持ちですから」

櫻子「ひ、向日葵……」

向日葵「将来つきたい職業とか、そういうのはまだわからないですけど……そういうのも含めて、櫻子と一緒に探していけたらいいなって、思います」

櫻子「!」


絡めた指を、しっかりと握りしめられた。
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:11:50.68 ID:+EtVRVLso
櫻子「……あ、あのさ!」

向日葵「はい?」

櫻子「先生から言われたでしょ? 夏休み中を使って、行きたい大学のオープンキャンパスに参加しとけって」

向日葵「ああ……」

櫻子「私、まだどこの大学に行きたいとかは考えてないんだけど……ねーちゃんが、私の大学でも試しに見に来てみればって、言ってくれてるんだよね」

向日葵「!」


櫻子「一緒に……いってみない?///」にこっ

向日葵「櫻子……」


優しい眼差しで微笑みかけられ、思わず直視できなくなり目をそらす。

櫻子って……やっぱり、すごく可愛い。


向日葵「い……いいと思いますわ。すごく……///」

櫻子「ほんと?」

向日葵「ええ。あなたそんなことまで考えてくれてたんですのね」

櫻子「いやー、実はわりと前から、いつ誘おうかなーって迷っててさ……」

向日葵「……あら」

櫻子「日程がね、確かもうすぐだったと思うから……ねーちゃんに相談してみるよ! 案内してくれるんだって」

向日葵「わかりましたわ。詳しいことが決まったら教えてくださいな」

櫻子「うん。帰ったらすぐ……」


「まーたこんなところでイチャイチャしてるの?」

櫻子「うわー!?///」びくっ

向日葵「は、花子ちゃん!?」ぱっ


振り返ると、友達の家から帰ってきたところらしい花子ちゃんが、いつの間にかすぐ後ろまで来ていた。


花子「ほらほら、近所の人に見られたら恥ずかしいからせめて家の中でやってほしいし」ぐいぐい

櫻子「ちょっと、違うから! 普通に話してただけだからね!?」

花子「明らかに普通の話の距離じゃなかったし……」


花子ちゃんに背中を押される形で、家までの道を歩く。

恥ずかしいことに、まだまだストッパーがいなければ手を離すタイミングさえもつかめないのは事実だった。


――――――
――――
――
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:12:29.50 ID:+EtVRVLso




花子「うん……櫻子? もうお風呂入っちゃった。うん……伝えたいことがあったら、花子が代わりに言っておくし」


“おーぷんきゃんぱす” とやらに参加するため、櫻子とひま姉は明日、撫子おねえちゃんのいる大学に行くらしい。

花子も撫子おねえちゃんに会いにいきたかったけど、まだ大学なんて見てもしょうがないから、明日は一日お留守番することになった。

撫子おねえちゃんと明日の予定を確認していた櫻子は、要件が終わるとそのまま花子に電話を渡してお風呂に行ってしまった。「せっかくだから話せば」ということらしい。夏休みに入った近況報告や、撫子おねえちゃんの向こうでの様子をしばらく話し合っていた。


撫子『櫻子たちを案内したら、私も一緒にそっちに帰るから』

花子「えっ! 帰ってこれるの?」

撫子『ちょっとだけね。色々とそっちで用事もあるんだ』

花子「そうなんだ……///」


用事があるのは本当のことかもしれないけど、撫子お姉ちゃんはきっと、花子のために帰ってきてくれるんだと思った。

もうすぐ、花子の誕生日だから。


撫子『じゃあ、そろそろ切るね』

花子「うんっ」

撫子『何か困ってることとかない? 大丈夫?』

花子「ないない。櫻子とひま姉が毎日お熱いのが困りものなくらいで」

撫子『ふふ……そっか』

花子「撫子おねえちゃんこそ、体調に気を付けてね。忙しいと思うけど、無理しないで」

撫子『ありがとう。じゃあまた帰るときに連絡するから』

花子「はーい」


撫子お姉ちゃんは、都会の大学の教育学部に通う4年生。

花子は詳しいことはよくわからないけど、きっとこの夏は本番の試験とかがいっぱい待ち構えていて、今が一番大切な時期のはずだ。

もしかしたら……こっちにくるのは、先生になるための試験を受けるからなのかもしれない。


花子(……言ってくれればいいのに)


撫子おねえちゃんは、自分が頑張っているところをいつも隠しちゃう。

そのくせどんな大変なこともスマートにやり遂げて、成し遂げた結果だけ持って帰ってくる。

妹に対してもそうなんだから、友達に対してももちろんそうなんだろう。

撫子おねえちゃんと “お熱い” あの人にだけは、弱い部分も見せてるのかもしれないけど。


こっちに帰ってきたら、花子の誕生日なんてどうでもいいから、まずは撫子おねえちゃんをいっぱいもてなしてあげなきゃ。当番も増えてぐんぐん上達した花子の料理の腕をぞんぶんに振るうときが来た。

明日は一日かけて家のお掃除をしよう。食材の買い出しにも行って……撫子お姉ちゃんが好きな料理を作ってあげよう。

そうとなったら今日は早く寝なきゃ。明日は一日忙しい。櫻子が出たら花子もさっさとお風呂に入ってしまおう。
28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:13:29.63 ID:+EtVRVLso
撫子おねえちゃんとの通話が終わった櫻子の携帯を、机の上に置こうとした。


てこてこっ♪


花子(ん……?)


ちょうどそのとき、LINE通知が来た。

べつに花子には、他人の携帯を覗き見するような趣味はない。それがたとえ櫻子の携帯であったとしたって、やっていいことと悪いことの分別はついている。

けれど偶然目に入ってしまった。一瞬何事かわからなかった。


[ごめん]


たったそれだけの文字を送ってきた、差出人。

その名前を……花子はどこかで耳にしたことがあった。


花子(こ、この人……)


前にうちに来た……櫻子の、前の学校の友達だ。



数日前の出来事を思い出す。ひま姉の前で花子がこの人の話をしたとき、櫻子はやけに慌てていた。

ひま姉に焼きもちを焼かせちゃうから焦っているんだと思ってた。たかが友達にひま姉が嫉妬なんてするわけなのに。

けれどこの「ごめん」という一文を見て、花子の考えはどこか間違っていたのかもしれないと思った。


ロック画面に現れた通知は数秒で消えてしまう。真っ暗になった液晶に、無表情な自分の顔が映る。

このたった3文字しかない不穏な文に込められた思いは、いったいどういうことなんだろう。櫻子はこの人と喧嘩でもしているのだろうか。

考えを巡らせていると……また気の抜けた通知音と共に、次のメッセージが届いてしまった。


[やっぱり、会いたいよ]


花子「……!?」どきっ


ど……どういうこと?


花子(櫻子に……会いたがってる……?)


去年櫻子の家にきたとき……櫻子とこの人は普通に仲のいい友達のような間柄に見えた。

それから約半年して、櫻子はひま姉のいる学校へ転校してしまった。

この人にしてみれば、仲のいい友達がたった一年でいなくなってしまったんだから、ひどく寂しいことだろう。

それでもこうやって連絡を寄越して、学校が離れても変わらずに会おうとしてくれているなんて、とても良い友人関係のはずだ。


なのに……この「ごめん」という言葉は……「やっぱり会いたいよ」とは、一体何を表しているのだろうか。
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:14:07.37 ID:+EtVRVLso
胸がじんじんと痛む。不自然にゆがんだ何かを感じる。櫻子を取り巻く何らかの問題。すさんだ人間関係の片鱗。

これ以上見てはいけない。これは櫻子の問題だ。けれど花子の頭はどうしても櫻子とこの人の関係を変に邪推してしまって、とても見なかったことにはできない。

そして、また無情にも通知音が響いてしまう。


[花火大会の日、休みとれたよ]


[去年みたいに、一緒に行けないかな?]


花子「っ……」


櫻子「ふー。花子、お風呂あいたよ」がちゃ


髪にタオルを当てながら、お風呂上りの櫻子がのんきな顔をして出てきた。

櫻子の携帯を持って立ち尽くす花子は今、どんな顔をしているのだろう。

勘の鈍い櫻子の表情が一変するくらいだから、よほど不穏なオーラを出していたに違いない。


櫻子「ど……どしたの? ねーちゃんとの電話終わった?」

花子「…………」

櫻子「花子……?」

花子「櫻子……これ、なに?」すっ

櫻子「っ!!」どきっ


黙っていればよかったのかもしれないけど……我慢できなかった花子はロック画面を点け、緑色のアイコンの並ぶ通知表示を櫻子に突き出した。

この距離では細かい文字まで見えないだろうに、櫻子はそれだけで全てを察したようだった。
30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:14:41.43 ID:+EtVRVLso


花子「どういうこと!? 何があったの!?」

櫻子「だから花子には関係ないって言ってんじゃん! 関わらないでよ!」

花子「だっておかしかったし! 今の文見たら仲良さそうに見えなかった! 喧嘩してるの?」

櫻子「し、してないよ……」

花子「うそつき! すぐ顔に出る!」

櫻子「してないってば! 早くお風呂行きなよ!」

花子「この前ひま姉の前で、この人の話をしたときに嫌がってたのと……関係あるよね!?」

櫻子「くっ……」


花子「どうして!? こんなの櫻子らしくないし……! 喧嘩してるなら仲直りしなよ! 遊びたいって誘われてるなら、遊んであげればいいじゃん……!」

櫻子「……だめなんだよぉ」

花子「え……?」


突き出した携帯を奪い取ってずんずんと部屋に戻る櫻子のあとにつき、一体何が起こっているのかを問い詰めた。

櫻子は力なくベッドに腰かけ、俯いて携帯の画面に向き合う。


櫻子「向日葵に……見られちゃったから……」

花子「な、なにを……?」

櫻子「この子に……告白されたとこ」

花子「!」


櫻子のこんなに重い声を……花子は初めて聞いたかもしれない。今にもため息をつきそうなくらい、気落ちしている姿も。


花子「告白されたって……櫻子、この人と付き合ってるの……?」

櫻子「そ、そんなわけないでしょ! 向日葵がいるんだから……!」

花子「じゃあ……」

櫻子「……でも向日葵には、ちゃんとこの子を振ったって思われちゃってるんだよぉ……」

花子「えっ……?」


両の手で顔を覆い、蚊の鳴くような声でつぶやいた。

これが……櫻子の抱える「弱み」らしかった。


櫻子「ちゃんと振れなかったんだよ……私……! 友達のままでいいじゃんって言ったんだけど……それじゃ嫌なのって言われてさぁ……」


櫻子「そのときは私もすごく不安なときで……向日葵の元へちゃんと戻れるかもわからなかったし、戻れたとしても向日葵に好きな人がいたらどうしようとか、色々悩んでた時期で……」


櫻子「一年間ずっと一緒にいてくれた仲良しの友達を、振れるわけないじゃん……! でも、言っても聞いてもらえなくて……そのまま走って逃げられちゃって……ちゃんと話し合いができないまま、未だに続いちゃってて……」

花子「…………」
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:15:43.10 ID:+EtVRVLso
……花子はまだまだ、恋愛のこととかはよくわからない。そういうのはきっと経験のある櫻子の方がよくわかってる。

でも今の櫻子が、誰に見られても恥ずかしくない恋愛をしているとはどうしても思えなかった。後ろめたい何かを感じる。

この人は櫻子のことが大好きで、告白までした。櫻子もそれをわかってる。

でも櫻子にはひま姉がいるから、この人とは恋愛関係じゃなくて、友達関係のままでいたいと望んでる。けどこの人はそれじゃ納得しなかった。


花子「会いたいって、言ってたよ……」

櫻子「うん……」

花子「……会うの?」

櫻子「…………」

花子「花火大会の日、休み取ったって……櫻子のためだよね。去年も一緒に行ってたもんね」


花子は覚えてる。去年の夏休みもずっと勉強を頑張ってた櫻子が、「今日くらいは」って浴衣を着て友達と一緒に花火を見に行ったときのこと。

きっとその日のことがすごく楽しかったから、また今年も櫻子と一緒に過ごせたらいいなって思ってるんだ。


櫻子は倒れるようにベッドに横たわると……携帯を枕元に放り置き、ため息をついた。


櫻子「花火、向日葵と行こうと思ってたのに……行けなくなっちゃったなぁ……」はぁ

花子「っ……!?」


櫻子のその言葉を聞いて……気づいたら、花子は櫻子の腕をひっ掴んでた。


櫻子「痛っ!?」

花子「ひま姉の話はしてない!! この人と櫻子だけの問題でしょ!」

櫻子「な、なんだよ……! なんで花子が怒るの!?」


驚いた櫻子が身をこわばらせている。

自分でも驚くほどの大きな声が出ていた。


花子「だって去年はあんなに仲良かったじゃん! 花子覚えてるもん! それに櫻子が転校しちゃってからも、こんなに会いたいって言ってくれてるんでしょ!? 会ってあげてよ!」


中途半端な対応を取っている櫻子に、めちゃくちゃむかついた。

この人と櫻子とひま姉の3人の中で、櫻子が一番わがままを言っているような気がした。
32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:16:09.70 ID:+EtVRVLso
花子「櫻子はひま姉のところに戻れるかわからなかったから、きっぱり振れなかったんでしょ!? ってことは櫻子、もしも転校できてなかったらこの人と付き合おうって思ってたんでしょ!?」

櫻子「はぁ!? 思ってないよ!」

花子「ならちゃんと断ればよかったはずだし! 結果的にひま姉のところに戻れたから、今になって冷たい対応をとって、それで諦めてもらおうとするなんて……!///」

櫻子「……!?」びくっ


抵抗する櫻子の手の力が弱まった。

花子の頬には……熱い何かが伝っていた。


花子「会いたいって……言ってくれてるんだから、会ってあげてよ……櫻子のことが好きだって言ってるんだから、冷たくしないであげてよ……っ!///」

櫻子「花子……っ」


花子「ばか櫻子っ!! そんなひどい人だなんて思わなかった!」ぶんっ

櫻子「きゃっ!?」ぼすん

花子「櫻子なんかに……ひま姉と付き合う資格ない!!!」

櫻子「!!」はっ


顔面におもいっきりクッションをぶつけ、思いの丈を大声で浴びせかけて花子は部屋を飛び出した。


階段を下りて脱衣所に入り、誰も入ってこれないようにすぐに鍵をかける。お風呂に入らなきゃいけないのもそうだったけど、今は櫻子の顔を見ていたくなかった。

グレーのシャツの生地に涙の跡がぽつりと目立ってしまっている、櫻子のおさがりTシャツを乱暴に脱ぎすて、脱衣カゴに放り投げる。

洗面所の鏡に映った自分の顔が目に入り……真っ赤で情けない泣き顔を見たら、余計にみじめに思えた。


櫻子とあの人のことなのに、なんで花子が泣いてるんだろう。


――――――
――――
――

33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:16:44.66 ID:+EtVRVLso


ちゅんちゅん……


花子「…………」もぞ


花子(あ……)


目が覚めると、静かな朝が来ていた。

時計を見ると、もう朝9時をすぎていた。いつもよりだいぶ長く眠ってしまった。昨晩泣き疲れたせいで、目が腫れぼったく重たい。


花子「…………」すとっ


やけに家が静かだ。そう思いながら部屋を出て階下のリビングの扉を開く。

ただただ空虚で静かな一室が、そこにはあった。


花子(誰もいない……?)


人がいた気配を感じさせないリビングのテーブルの上に、小さなメモ用紙が置かれているのを発見する。

櫻子の字だった。


[                    
  行ってくるね。            
  ねーちゃんと一緒に帰ってくるから。  
  何かあったら電話してね。       
                     
                櫻子   
                    ]


花子(……そっか……)


オープンキャンパスのことはよく知らないけど、撫子おねえちゃんの大学は遠くにあるから、行くとしたら早朝出発になるんだということに今更気づいた。

花子が寝てる間に出かけてくれたことにせいせいする。昨日櫻子にあれだけ怒鳴り散らしてしまった手前、ひま姉と一緒にいる姿を見ることさえ今は嫌だった。


顔を洗って髪をととのえ、冷蔵庫の中で冷えていた牛乳を飲む。なぜか花子は胸が緊張していてお腹が減ってなくて、ごはんを食べる気にはなれなかった。

リビングの大窓の、レースのカーテンをしゃっと開けて外を眺める。

今日も相変わらず、夏の快晴が静かに広がっていた。


花子(今日は……ひとり)


ソファに座って、特に眠くはなかったけどそのまま横たわる。

聴こえるのは外の小鳥の鳴き声と、遠くで鳴いている蝉の声だけ。

それらから意識を外せば、きーんとなりそうなくらい部屋は静かだった。


思えば……こうしてまる一日一人きりになるのは、もしかしたら初めてかもしれない。

この家にはいつも誰かがいた。去年の櫻子はほとんど家から出ることは無かったし、その前の中学生の時は、まだひま姉がうちに来てくれたりしていた。

楓もよく遊びに来たし、それより前にはまだ高校生だった撫子おねえちゃんが家にいてくれた。


花子(ひとり……ぼっち……)
34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:17:13.78 ID:+EtVRVLso
誰もいないテーブルを眺める。去年はここに、せっせと勉強する櫻子の姿があった。

ここで一緒に宿題をした。一緒にごはんを食べた。櫻子はもくもくと頑張っていたけど、話しかければいつだって答えてくれた。

花子の友達の話も聞いてくれた。櫻子の学校の話もしてくれた。ひま姉との昔話に花を咲かせた。撫子お姉ちゃんに一緒に電話をかけたりもした。


毎日、毎日、ここにいてくれたっけ。


花子(……あの頃は、まだ仲良かったんでしょ……?)


櫻子が去年家につれてきた女の子。

ひま姉のためとはいえ、少々張りつめすぎてはいないかと心配になっていた花子の櫻子に対する不安を、あの人の笑顔は解消してくれた。

こんなに必死に頑張ってるけど、櫻子は今の学校でも楽しくやってるんだなって初めて実感できて、花子はすごく安心した。

そしてあの人は……きっとあの夏の日からずっと、櫻子のことが好きだったんだ。


花子(櫻子って……やっぱりモテるんだ……)


櫻子が友達の多い子だっていうのはわかっていたけど、こうも人に恋い焦がれられるタイプなのかといわれると、花子はどこか納得できない。

姉妹だからか、いつも一緒に暮らしているからか、花子には櫻子の悪い部分がよく見えてしまう。なんでこんなだらしない人のことを好きになるのかわからない。正直ひま姉のことも意外に思う。櫻子のどこが好きなんだろう。


花子(モテるくせに……いい気になってるから、昨日みたいなことになるんだし……)


自分を好きだと言ってくれる人がいるのに、会いたいとまで言ってくれてるのに、その人のことを見てあげないなんて。

昨日は本当に腹が立った。友達思いが櫻子の数少ない取り柄だと思ってたのに。


花子(どうなるんだろう……これから)


あの調子だと櫻子は、花火大会の日も会ってあげないのだろう。あの人から目を背けることで、相対的にひま姉に注力できているのだと思い込んでいる。

可哀想に。遠く離れた櫻子のために予定を作ってまで会おうとしてくれてるのに。ひとたび離れてしまえばないがしろにされてしまう存在でしかなかったんだ、あの人は。

ひま姉と離れている間、元気をなくした櫻子を支えてくれていたはずなのに。


櫻子はひどい。

やっぱり櫻子はばかだ。

勉強はできるようになったかもしれないけど……中身がてんでだめ。

そんなことじゃ、きっといつかひま姉にも見放されちゃうときがくるに違いないし。
35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:17:46.15 ID:+EtVRVLso
花子「…………」


時計を見ると、もう起きた時からだいぶ経っていた。ぼーっとしているだけで時間はどんどん過ぎていく。

思い切って気だるい身体をむくりと起こし、深呼吸して発想を転換させる。


そうだ、今日は櫻子がいないんだ。

こんなにせいせいする日はない。今まで櫻子がいたからできなかったようなことも、今日ならばなんでもしていいんだ。

それに今夜は撫子おねえちゃんが帰ってくる日。今日はお掃除を頑張ろうって、昨日予定を立てたのを思い出した。のんびりうかうかしていられない。


花子(……よしっ!)ぱっ


花子はぱっと思い立ち、さっそくパジャマを着替えた。

何を着ようかな、と悩んでいるとき……ふといいことを考えてしまった。今日しかできない特別なことがある。

櫻子のクローゼットを勝手に開ける。ごそごそと漁って、花子の目当ての洋服を探した。


花子(あったあった……♪)


櫻子のお洋服を取り出す。もとは撫子おねえちゃんが大切に着ていた洋服で、花子から見てもすごく可愛いと思う。

最近の櫻子はほとんど着ていない様子だから「ちょうだい」とたびたび言ってるのに、「まだ私が着られるから」と言って一向に譲ってくれない。

今日くらいは勝手に着てしまおう。帰ってくる前に元に戻せばいいだけだ。

憧れの洋服を着て、姿見の前で綺麗に整えた。スカートをひろげたり、くるりと回ったりしてみる。少しサイズは大きいかもしれないけど、そこまでの問題ではなかった。

ほーら、やっぱりこの服は櫻子が着るよりも花子が着た方が似合うんだし。


花子(お、おでかけしちゃおうかな……///)


外は暑いけど、せっかくだからどこかに出かけでもしないともったいない。近くのコンビニでアイスでも買ってこようか。

ひとたび考え始めるといろいろな “したいこと” が思い浮かんできて、なんだかわくわくしてきた。

もう一度洗面所に行って髪を梳いて綺麗に整え、外出する準備をして家を出た。忘れずにちゃんと鍵もかける。

花子だってもう、六年生なんだから。
36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:18:46.52 ID:+EtVRVLso




櫻子とどこか遠くに出かけるのはどれくらいぶりだろう。

早朝から出発して電車に揺られ、外の景色もだんだんと都会に近づいてきた気がする。

読んでいた本から目を外し、隣に座る櫻子を横目で見た。


櫻子「…………」


今日はあまりにも大人しいので、早起きがたたって寝ているのかと思ったが……ここまで一回も寝ていない。

目はきちんとあけたまま、ぼんやりと外をながめている。


向日葵(……何か、あったかしら)


今回の旅は櫻子の方から誘ってきたくせに、どうにも一抹の不安のようなものを抱えているような気がした。

この子は普段が普段なだけに、大人しくしている方が不自然だ。


向日葵「……櫻子」

櫻子「…………」

向日葵「ねえ」つんつん

櫻子「ん……何?」

向日葵「……どこで降りるんでしたっけ、駅」

櫻子「えっとね……あれ、今どこだっけ?」

向日葵「…………」


ずっと外を眺めていたと思っていたのに、櫻子は窓の外に注意をこらしてここがどこなのかを確かめようとした。

同時に車内アナウンスで次の到着駅が知らされ、携帯電話で表示した時刻表と照らし合わせて確認する。


櫻子「ああ、えーと……あと5駅だね。もうすぐ乗り換えなきゃ」

向日葵「…………」じっ

櫻子「……な、なに?」

向日葵「……こっちのセリフですわよ。今日はずっと何を悩んでるんですの?」

櫻子「な、悩んでないよ!? 何も!」ぶんぶん

向日葵「ほんと嘘が下手ですわね……」

櫻子「うぅ……」
37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:19:16.88 ID:+EtVRVLso
向日葵「何でも相談しなさいな。大学でもそんな感じで説明聞いてたら、せっかくこうして来てるのにほとんど頭に入らないですわよ?」

櫻子「…………」

向日葵「……どうしたの? 大学のことで不安があるとか?」

櫻子「ううん……」

向日葵「じゃあ何? ちゃんと自分の口から教えて」

櫻子「…………」はぁ


……やっぱり今日の櫻子はおかしい。

朝は私もぼんやりしていて気が回せなかったが、この様子だと昨日のうちぐらいから何かあったのではないだろうか。

考えても思い当たる節があまりない。最近は櫻子とほぼ毎日一緒にいるから、何かあるとすればなんとなくでも気づけるはずだ。

そしてここまで思いつめているとなると、軽い悩みではないことが伺える。


向日葵(……もしかして、私に言えないような悩み?)


向日葵「……櫻子」すっ

櫻子「え……」


元気のない櫻子に少し詰め寄り、前後の席の人には聞こえない程度のボリュームで囁く。


向日葵「私、あなたの彼女ですわ」

櫻子「っ!」どきっ


向日葵「ですから、その……あなたが悩んでるところを見るの、嫌なんですけど」

櫻子「な、何言いだすの急に……///」

向日葵「これでも真剣に言ってますわ。些細なことなら相談してほしいし……私が解決できることだってあるかもしれないじゃない」

櫻子「うん……わかったよ、言うよ」


櫻子は観念して、花子ちゃんのことで悩みがあるのだと打ち明けた。


櫻子「昨日の夜に喧嘩しちゃってさ……仲直りできないまま、今朝出てきちゃったんだよね」

向日葵「もう何やってるんですのよ……ちゃんと謝りなさい。どうせあなたが悪いんでしょ?」

櫻子「き、決めつけないでよっ」

向日葵「じゃあ花子ちゃんが悪いんですの?」

櫻子「っ……」


櫻子と花子ちゃんは昔から喧嘩の多い姉妹だが、そういう時はたいてい……いやほぼ100%、櫻子の方が悪い。なぜなら花子ちゃんは自分が悪いときにはきちんと謝れる子だからだ。

櫻子もだいぶかしこくなって物事の判別がつくようになってきたと思ったのに、まだそんな子供っぽい一面を持っているのだろうか。

こんなに思いつめるほど悩むんだったら、さっさと謝ってしまうのが得策だとは思えないのか。
38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:19:44.52 ID:+EtVRVLso
櫻子「花子、ってさ……」

向日葵「?」

櫻子「ほんと……いい子だよね」

向日葵「は、はぁ……? どうしたんですの急に、あなたがそんなこと言うなんて」

櫻子「ううん……そう思っただけ。私の妹とは思えないくらい、いい子」

向日葵「……それはつまり、あなたは花子ちゃんよりも悪い子ってことですの?」

櫻子「…………」


電車が刻一刻と目的地に近づく中、櫻子はまた黙り込んでしまった。

なんだか今回は、今までの些細な姉妹喧嘩とは違う気がした。ついこの前まで仲良かったはずだから突発的に起こったことには違いないだろうが、花子ちゃんのことでここまで思いつめる櫻子は今まで見たことが無かった。


向日葵「もうすぐ乗り換えですわね。荷物まとめましょ」

櫻子「うん……」

向日葵「次に乗るのは何線でしたっけ。えーっと……」

櫻子「花子って……もしかして、向日葵のことが好きだったのかな……」

向日葵「…………え?」


肘掛けに頬杖をついたまま、櫻子は急にそんなことを言ってきた。

櫻子がここで言う「好き」は……人間的に好きという類のものではないのだろう、きっと。
39 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:20:56.47 ID:+EtVRVLso




花子「……?」


先にアイスを買ってしまうとこの暑さの中では溶けてしまうので、いろいろと散歩してから最後にアイスを買って家に帰った。

そうして家の前まで来ると……花子の家の玄関付近に立ち止まって、女の人が二階の窓を眺めていた。


花子(あ……っ!)

「あ……」


そこにいたのは……


「あれ……花子ちゃん、だよね?」

花子「はっ、はい」

「えへへ、あー……私のこと覚えてるかな? 前にあったことあるんだけど〜……」

花子「お、覚えてます……」


昨日櫻子にLINEでメッセージを送ってきた、あの女の人だった。


花子(なんでここに……!?)


「あ、その服……櫻子も前に着てた気がする」

花子「あ……そうなんです。これ櫻子の服だから……」

「やっぱり! 懐かしいなぁ」

花子「……えっと、どうかしたんですか? うちに何か用でも……」


勇気を出して花子が尋ねてみると、そのお姉さんは恥ずかしそうにサイドテールをくるくるといじりながら答えた。


「んーん、たまたま通りかかっただけなの。櫻子いるかなあって思ったから、立ち止まっちゃった♪」

花子「…………」


……花子でもわかるくらいの嘘。昨日のメッセージを見てしまっている花子に、そんなのは通用しなかった。

このお姉さんは、櫻子に会いたいから、来たんだ。


「それであの、櫻子は……?」

花子「あのっ、ごめんなさい! 櫻子は朝早くから、電車で出かけてて……」

「ああそっか。そうなんだ……」

花子「き、聞いてないんですか? 櫻子から」

「うん、櫻子は何も……っじゃなかった! えっと、その……今日はたまたま来ただけだからさ! あはは……///」

花子「…………」

「あはは……ぁ……」
40 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:21:24.36 ID:+EtVRVLso
じりじりと暑い空の下、お姉さんはみるみる元気をなくしていった。

ごまかすことはできないと何となくわかったのか、急にさびしそうな顔になった。


「……ごめんね、ありがとう……また来ます」とぼとぼ

花子(あっ……)


作り笑顔でそういうと、くるりと踵を返して行ってしまった。

寂しそうな小さい背中を見送る。


あのお姉さんはどんな気持ちでここまで来たんだろう。櫻子とお姉さんは、今どんな状況にあるんだろう。

家に入って、かるく溶けかけたアイスを冷凍庫にぱたんとしまい、先ほどの寂しそうな笑顔を想い浮かべる。


[ごめん]

[やっぱり、会いたいよ]

[花火大会の日、休みとれたよ]

[去年みたいに、一緒に行けないかな?]


切ない笑顔と一緒に、昨日のLINEメッセージまで脳裏をよぎった。

こうして会えるかもわからないのに訪ねてきてしまうくらいだ。やっぱりそのくらい……櫻子に会いたいんだ。それくらい二人は会えてないんだ。


花子(今日出かけちゃうことくらい……教えておいてあげなよ……っ!)


会いたいなら、予定を合わせて会えばいいだけ。あのお姉さんはそれすらもできていないんだろう。だからこうして強硬手段に出てしまったんだ。


「櫻子は何も……」と言ったときの、悲しげな笑顔がフラッシュバックする。


花子「っ……!」だっ


気づけば花子は、つっかけを履いて外に走り出していた。

お姉さんが歩いて行った方向へと走る。まだ遠くまでは行ってないはず。まだ追いつけるはず。

なんとなくこっち側だろうという感覚を頼りにひた走る。

角を曲がって視界が開けると、遠くの方にあの寂しげな小さい背中があった。急いで追いかける。


花子「あ、あのっ!」たたたっ

「っ!」びくっ


花子「あの……ちょっと、いいですか……!」はぁはぁ

「は、花子ちゃん……!?///」
41 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:22:12.20 ID:+EtVRVLso


近くにあった公園の日陰のベンチで、お姉さんと花子は並んで座った。

「ちょっと待っててね」と言うと、自販機でつめたいお茶を買ってきてくれた。走った後でものすごく喉が渇いていたので、ありがたく受け取ってすぐに飲む。


花子「…………」ふぅ

「ふふ、まさか花子ちゃんが来てくれるなんて思わなかった」

花子「えっ……?」

「やっぱり櫻子の妹なんだねぇ。そういうところ、すごく似てると思う」

花子「…………」


この人と一対一で話すのはもちろん初めてだ。

櫻子があんな調子だから、この人のことはよく知らされていない。どんな人なのかも正直よくわかってない。

ただ、あんな櫻子のことでも好きでいてくれている人。それだけは間違いなかった。


花子「櫻子と……何があったんですか?」

「えっ……」

花子「ご、ごめんなさい。でも……気になって」

「…………」


花子「昨日、お姉さんが櫻子に送ったLINEを……偶然、見ちゃったんです……」

「!」


お姉さんはあからさまにぎくっと反応した。でもここで怖がっちゃいけない。本当のことをきちんと話さなくちゃ。


花子「それで花子も昨日……櫻子と喧嘩しちゃって。なんで櫻子がちゃんとお姉さんに向き合ってあげないのかが、わからなくて……」

「……そうだったんだ。知ってたんだね」

花子「ごめんなさい……!」

「あ、謝らないで? ほんと……うん、悪いのは私だからさ」


お姉さんは小さく手を振って自重すると、うつむきがちに話してくれた。


「櫻子は……今日どこに?」

花子「えっと、大学のおーぷんきゃんぱすってやつに朝から行ってて……」

「ああそっか……! 櫻子頭いいもんね。大学行くんだ……そっかぁ」


「櫻子頭いいもんね」というひどく聞き慣れない言葉がひっかかる。

けれどこのお姉さんの学校で、櫻子はトップの成績にまでのぼりつめたのだから、この人の中ではそういう印象なのだろう。
42 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:22:40.48 ID:+EtVRVLso
「やっぱりすごいね、櫻子って……そんなに大学に行きたかったんだぁ」

花子「え?」

「だって、そのために転校しちゃったんだもんね? うちの学校じゃレベルの高いところは目指せないから……だから転校したんだよね、きっと」

花子(ち、違う気がするし……)


お姉さんの言うことに違和感を覚えた。櫻子は大学への執着はそこまでないはずだ。そんなのあまり聞いたことが無い。

転校したのは、ただひま姉のところに帰りたいからで……


花子(あっ……!!)はっ


もしかして櫻子は……ひま姉の存在自体、この人に教えていないのだろうか。


「どこの大学目指してるんだろ? もしも遠くに行くんだとしたら、私もその近くでお仕事探そうかなー、なんちゃって……」

花子「っ……」

「花子ちゃん、わかる?」

花子「いや、櫻子は……そこまで詳しいことは……」

「ふふ、そっかぁ」


お姉さんの物憂げな笑顔が見ていられない。

この人は、櫻子のことを知らなすぎる。

知らないのに、教えてもらえないのに……こんなに櫻子のことが好きなんだ。


「……櫻子からはね、あんまり連絡ないんだ」

花子「!」


「昔は些細なことでもLINEで話し合ったり、お休みの日はたまーに遊んだりしたんだけど……転校してからはもうめっきり。向こうから話しかけてくれたことは全然ない。たまに『元気?』って聞くと、『元気だよ』って返してくれるくらいで」

花子「…………」

「なんでだろう……やっぱり私が、詰め寄りすぎたからかな……気持ち悪いって、思われちゃったのかな……」はぁ

花子「そ、そんなことないし!」

「えっ?」


思わず大きな声を出してしまった。お姉さんが悲しむ顔をするのが嫌で、なんとかいい表情になってほしかった。


花子「昨日、櫻子はお姉さんのことを話してたし。一年間ずっと一緒にいてくれた、仲良しの友達だって」

「さ、櫻子が!?」

花子「はい……っ」


花子がそう言ってあげると、お姉さんは顔をぱあっと輝かせて驚いた。

ああ、この楽しそうな顔……去年うちに遊びに来た時に見た、この人の元気なときの笑顔だ。
43 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:23:18.67 ID:+EtVRVLso
花子「お姉さんのこと……櫻子もきっと大切に思ってます。櫻子は友達のことを大切にする人だから……」

「そうなんだ……でも、じゃあなんで……なんで櫻子はいなくなっちゃったのかなぁ……」


私は櫻子と違ってばかだからよくわからなくてさ、と自虐的に笑う。


花子「…………」


ひとつだけ……たったひとつだけ櫻子のことを知らないだけで、この人は櫻子に縛られているんだ。

櫻子には、ひま姉がいるという……そのことだけ。



花子(……教えて、あげなきゃ)ごくっ


昨日の調子では、櫻子はこのお姉さんに会うことすら避けたいような感じだった。

楽しみにしていたひま姉との花火大会を取りやめるくらい、この人にひま姉のことを知られたくないんだ。

櫻子のことを「好き」って言ってくれてるから。

この人に……残酷な真実を打ち明けるのが、怖いんだ。



花子「……お姉さん」

「ん、なあに?」


花子「櫻子は……どうして転校するのか、言ってなかったんですか?」

「うん……そもそも転校するってちゃんと教えてくれたのも、ほんとギリギリになってからだったんだよ。生徒の間でなんとなく『櫻子が転校するかもしれない』って噂だけが独り歩きして、そうしてる間に……学年が変わったら、もう櫻子はいなくなっちゃった」


――思い出した。

去年の春休み、櫻子が撫子お姉ちゃんと泣きながら電話していたこと。

まだ入学すらしていないのに……「転校したい」と言っていたときのことを。


花子「……お、お姉さん……実は……」

「ん?」

花子「櫻子は……そっちの学校に入学した最初の時から……ずっと転校したがってたんです……」ぐっ

「え……っ?」


握りしめた拳に力をこめて、なんとか喉の奥から声を出した。

お姉さんの顔が怖くて見られない。でもこれは、きちんと知っておくべきだ。

櫻子はどうせ言わないのだから。花子が言ってあげるしかない。


花子「櫻子には……大好きな、幼馴染みの女の子がいるんです」

「……!」
44 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:24:10.93 ID:+EtVRVLso
小さい時からずっと一緒で……家も隣同士。

小学校も中学校も、毎日毎日一緒に通い続けた。

でもそれまでの櫻子はバカだったから……高校受験を境にして、その幼馴染みとは別れることになった。

初めてそこで、二人が離ればなれになった。


櫻子は自分の成績の悪さを自覚したときから、一緒の高校には行けないという事実を痛感していた。

もしかしたら幼馴染みの方が、櫻子の行く高校に合わせてくれるかもしれなかったけど……

ちゃんと自分の身の丈にあったところに行った方がいいよって、送り出した。

送り出したくせに、櫻子はぜんぜん納得いってなくて……受験期は、家に帰ってきてよく泣いてた。

自分が勉強してこなかったのが悪いのに。ずっとずっとその人に勉強の面倒まで見てもらってたのに……

差し伸べてもらっていた手に素直に向き合えなかったこと、死ぬほど後悔してた。

失って初めて、その大切さに気付いた。


花子「お姉さん……櫻子が転校したのは、その幼馴染みがいる学校なんです」

「!!」


一年間死ぬほど努力して。

暑い日も寒い日も、せっせと勉強して。

その子のことを考えながら、その子に会いたいって思いながら、毎日毎日がんばって。


花子「それくらい好きな人が……櫻子には、いるんです……」

「っ……」


そよ風がさわさわと小枝を縫う。蝉の鳴き声が、花子たちの無言の間を包んだ。

お姉さんはずっと高い空を見つめていた。青く澄み渡る空、夏の入道雲。


「そっか……そうだったんだ」

花子「…………」


「ありがとう……どおりでわかったよ! 櫻子があんなに眩しく、輝いて見えてたわけ……///」

花子「え……?」

「好きな人のために……ずっと頑張ってたんだよね、最初から。私はそんな櫻子を見てきたんだ……」


「学校終わったらすぐに帰るわけも……お休みの日も忙しいからってあんまり遊べないわけも……」


「私の告白が叶わなかったわけも……全部、その子のためだったんだよね。きっと……///」


空を見上げていたお姉さんの目の端から、涙がひとしずくこぼれおちた。


花子「あ……っ」

「知らなかった……そんな大きなことさえ、知らなかったんだなぁ……私……///」

花子「な、泣かないで……!」

「うん……うん。でも……なんとなくわかってた。わかってたよ……」
45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:24:51.91 ID:+EtVRVLso
指でつっと目を拭うと、安らかな微笑みを浮かべて、はっと小さく息をついた。

傍に置いていたお茶をのむ。ひとくち飲むだけかと思ったら……そのままごくごくと、ペットボトルの半分以上を飲んでしまった。


「……っふぅ!」ぷはっ

花子「あ……」


「ふふ……櫻子ってね、いっつも謝ってばっかりなの!」

花子「え……?」

「ほんと、よく謝ってたなぁ。予定が合わなくて一緒に遊べないとき、放課後の寄り道を一緒にできないとき、クラス活動で居残りができないとき、私の告白を振った時もそう! “ごめんね” って、ずっと言ってたっけ……」


純粋にびっくりした。あの櫻子が謝ってばかりなんて……そんなの初めて聞いたことだった。


「でもね、それでもみんなからは好かれてた。秘密の多いところがなんかミステリアスで、やるときはやるって感じで、話してみれば楽しくて! みんなに勉強も教えてくれたし、それに……可愛いしさ」

花子「……///」


「今思えば……櫻子は、ずっと申し訳ないって思ってたのかな……私たちに」


「最初から転校したいって気持ちで、私たちのクラスの一員でいたことを……ずっと心の奥底で、悩んでたのかな」


花子は、櫻子の転校前の学校でのことは知らない。もちろんひま姉も知らないだろう。

一年間。ひま姉と離れた一年間の櫻子は、本当に頑張り屋さんだったけど、たまに弱々しくなっていた。

努力がすぐに形に実らなくて、調子の悪いときは、本当にこんなことでひま姉のところに帰れるのかなって不安になって……突然泣き出すこともあった。

そんな櫻子を支えてくれていたのが、お姉さんたちだったんだ。お姉さんたちに元気をもらえたからこそ、櫻子はここまで頑張ってこられた。

櫻子にとっての大切な人が……そこでも新しく生まれてしまっていた。


花子(でも……それなら……)


花子「お姉さん……櫻子はお姉さんたちに、本当はすっごく感謝していると思うし」

「えっ……」

花子「こんな私なんかと一緒に居てくれてありがとうって、思ってたはずだし。もしも櫻子がお姉さんの学校で、人付き合いが悪すぎていじめられてたとしたら……こうして成績を伸ばして転校できてたかもわからない。もともと行きたくないって言ってたくらいだし、学校ごとやめちゃってたかもしれない……」

「…………」

花子「お姉さんたちが櫻子の友達でい続けてくれたから……今の櫻子がある。だから櫻子は、お姉さんたちのこと……大切な存在だって思ってるし。きっと」


このお姉さんは、花子と一緒だ。

ひま姉と離れた一年間の櫻子を支えてくれた、影の立役者だ。


花子「櫻子がお姉さんたちに、その幼馴染みのことを秘密にしたのは……それだけ櫻子にとって、お姉さんたちが大切な存在になっちゃったってことの裏返しかもしれないし」


花子「もしもお姉さんたちのことを何とも思ってなかったら……私には先約があるんだって、きっぱり言えたはずだから。LINEとかだけで振ろうとしなかったのも……話をつけるときは、直接会って話したいって思ってたからじゃないかな……」

「…………」


花子「真実を伝えることで、お姉さんたちを傷つけちゃうのが……怖かったんだと思うし。櫻子は」

「……そういうことかぁ」


お姉さんはほっと溜め息をついた。花子の予想に妙に納得がいったらしい。きっとこの人もこの人なりに、櫻子の人柄というものをよくわかっているのだろう。

櫻子はあまり器用じゃないから、うまいこと振る舞うことができないんだって。
46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:25:59.72 ID:+EtVRVLso
花子「櫻子が帰ってきたら、花子が思いっきり引っ叩いておくし!」

「えっ!?」

花子「……櫻子は、やっぱりバカだった。きっぱりと真実を伝えないで何も言わないことが、お姉さんを一番苦しめてたのにまだ気づいてない……」

「…………」


櫻子への片想いが、どれだけ辛いものか。

それは、花子が一番よくわかってるから。


花子「……お姉さんは、何か櫻子に伝えたいこと……ありますか?」

「……あるよ、いっぱい……花子ちゃんが覚えきれないくらいある」にこっ


お姉さんはふんわり微笑むと、ベンチから立ち上がって、花子に勢いよく頭を下げた。


「花子ちゃん……一生のお願い」ぺこっ


「私と櫻子を……あと一回でいいから、合わせてくれないかなぁ……!」

花子「!」はっ


「その一回で……私の想いも全部伝える! もうあの時みたいに逃げない! だから……櫻子の口から、本当のことを全部聞きたいの……!」ぎゅっ

花子「……!」

「そうしたら……もう私、前に進めるようになると思うから……///」


お姉さんの目は、もう晴れやかだった。

この人の笑顔を……花子はちゃんと櫻子に伝える義務がある。

櫻子に恋をした者同士として。

櫻子のことを、嫌いになってほしくないから。


花子「……では、そろそろ花子は行きます」

「あっ、うん。気を付け……」

花子「きゃっ!?」


そろそろ家に帰ろうと思ってベンチをたったとき、洋服のフリルがベンチのどこかにひっかかってしまったのか、ぴーっと糸が伸びてしまった。


「だ、大丈夫っ?」

花子「あ〜……だ、大丈夫です! このくらい直せます。もう六年生だし」

「あはは、そっか……えらいね」

花子「じゃあ、きっと櫻子をお姉さんのところへ向かわせますから。待っててください!」たたっ

「あ……ありがとー!」


すっかり話し込んでしまった昼下がりの夏空の下、花子は小走りで家へと帰った。

今朝から牛乳しか飲んでいないからか……少しふらふらする。

でもごはんを食べようという気にはなれなかった。

そんなことより、櫻子とお姉さんのことに夢中だった。
47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:26:40.63 ID:+EtVRVLso


家に戻ると、相変わらず怖いほどの無音に包まれていた。


花子「た、ただいま……」ぱたん


櫻子たちが帰ってくるのは夜のはず。やっぱりまだまだ誰もいない。

しーんとした家に耳を澄ませていると……ちょっとだけ怖くなった。なんだか胸がばくばくする。


花子(いけないいけない……そんなことより、撫子おねえちゃんたちが帰ってくるんだから、その準備をしなきゃ)


すっかり忘れてた。今日は本当は遊んでる場合じゃなかった。


掃除機をごとごと引っ張り出し、大きなリビングからかけていく。普段はちょっとうるさいと思う掃除機君の音も、静かすぎて怖い一人きりの家では寂しさを紛らわせてくれた。


お部屋を掃除して、お夕飯のお買いものに行って、撫子おねえちゃんたちを迎える。ああ、間に合うだろうか。


撫子おねえちゃんが帰ってくるのは春休み以来だった気がする。何かお土産をくれるかな。いつも向こうから帰ってくるときに買ってきてくれる、甘いお菓子がまたもらえるかもしれない。


櫻子が帰ってきたら、今日は気合いをいれてお説教しなきゃ。お姉さんと話したことをちゃんと伝えなきゃいけない。子供みたいな意地を張ってないで、ちゃんとお姉さんと仲直りしてからじゃなきゃ、やっぱり櫻子にひま姉と付き合う資格はないと思う。


色んなごたごたを片付けてから、花子の誕生日をめでたく迎えたい。こんなの本当は花子じゃなくて櫻子が自分から率先してやることなのに。本当にしょうがないんだから。


お姉さんは櫻子と会って、何を一番話したいんだろう。別れ話をちゃんとつけたいのか。それともまだほんの少しの望みをかけて、櫻子にアタックしたいのか。櫻子に謝ってほしいのか。櫻子をビンタしたいのか。櫻子と一緒に、花火大会に行きたいのか。


お姉さんの流した涙を思い出す。水色の空を閉じ込めた涙。櫻子は幸せ者だ。自分のことであんなに綺麗な涙を流してくれる人がいるんだから。


お姉さんは櫻子のどこが好きだったんだろう。だって櫻子は向こうの学校で、人付き合いがよさそうな感じではなかったのに。


ミステリアスだとかなんとか言ってた。櫻子がミステリアス? そんなのおかしくて笑っちゃう。でもやるときはやるところとか、話せば楽しいところとか、そういうのはなんとなくわかる。花子も……櫻子のそういうところは、尊敬してるから。


二人はどのくらいの友達だったんだろう。きっとあのお姉さんが、櫻子の前の学校で一番仲の良かった子のはずだ。


花火大会以外にも、たくさんの思い出を作ったのかもしれない。席が前後同士なんだって、櫻子が昔言ってた気がする。櫻子がすぐ傍の席にいるって、どんな感じなんだろう。授業中でもいっぱいちょっかいを出してきそう。居眠りとかもしちゃいそう。でもそれはきっと中学までの話だ。高校での櫻子は……たぶん、かっこよかったろうから。


掃除機を切ってリビングを眺めた。あのテーブルで勉強していた去年の櫻子を思い出す。テレビも何もつけずに、静かな部屋で、櫻子のシャープペンがさらさらとんとんと紙の上を走る心地よい音だけがする空間。そこで花子もお昼寝をしたっけ。陽が落ちて夕方になっても櫻子のペンのペースは変わらなくて、本当に櫻子は頑張ってるなあって、毎日思ってた。


大学のオープンキャンパスってなんなんだろう。そこが気に入ったら、櫻子もひま姉もその大学に言っちゃうのかな……撫子おねえちゃんみたいに。


花子「…………」


掃除機の音はやっぱりけたたましくて、たまらずにスイッチを切った。突然ものすごい身体から力が抜けていった。
48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:28:05.50 ID:+EtVRVLso
部屋の端っこから、リビング全体を見渡す。なんだかいつもより、とっても広く見えてしまう。


再来年、櫻子が都会の大学に行くことになったら。

櫻子は、この家を出ていくことになる。

きっとひま姉も、櫻子と一緒に行っちゃうんだ。

撫子おねえちゃんは大人になって、お仕事をするようになって。

楓はそのときまだ小学生だから、中学生の花子とは離れちゃう。



あ、花子は一人になるんだ。


中学生になったら、もう誰もこの家にはいないんだ。


学校が終わって夕方家に帰ってきても、一緒に宿題をしてくれるお姉ちゃんはもういない。撫子おねえちゃんも櫻子も、もういない。

お母さんたちが帰ってくるまで、花子は一人。そう、今みたいに。

こんな静かな家に、一人っきりなんだ。


花子は一人でごはんを作らなきゃ。夕飯の当番をやってくれる櫻子はもういない。


簡単なごはんを作ってきて、こんなのしか作れなくてごめんねって、情けない顔で笑う櫻子はもういない。


たまにはいいもの食べなきゃって、レシピを調べて一生懸命作っても、おいしいおいしいと食べてくれる櫻子はもういない。


お夕飯の後のデザートを買ってきたから、それまで勉強頑張るぞって、このリビングで気合いをいれて勉強する櫻子はもういない。


こがらし吹く寒い日に家に帰ってきても、先に帰宅してリビングの暖房をつけておいてくれる櫻子はもういない。


今テレビでこうしてる子が映ったから! って、抱き付いてぎゅーしてくる櫻子はもういない。


花子がお風呂に入ってるときに、時間節約とかいって、勝手に乱入してくる櫻子はもういない。


背中を流してくれて、花子の髪を褒めながら優しい手つきでシャンプーしてくれて、ドライヤーをかけながら髪を梳いてくれる櫻子はもういない。
49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:28:51.53 ID:+EtVRVLso
せっかく勉強ができるようになった櫻子に、これから先の難しい中学の範囲を教えて欲しかったのに、花子の勉強を見てくれる櫻子はもういない。


そろそろ疲れたでしょって、缶に入ったクッキーと紅茶を差し入れてあげることもない。新調したティーセットを使ってくれる櫻子はもういない。


みてみてすごいでしょ、私また一番になったんだよって、テストの成績を見せてくれる櫻子はもういない。


ざあざあの雨が降っても、お化けの声みたいな強風が吹いても、けたたましい雷が鳴っても、「大丈夫だよ」って頭を撫でてくれる櫻子はもういない。


学校であったこと、お勉強して気づいたこと、友だちと話したこと、いっぱい遊んだこと、それを聞いてくれる櫻子はもういない。


靴下を履いたまま眠りたいくらい寒い夜に、こっちの方があったかいじゃんって、ベッドに入ってきてくれた櫻子はもういない。


並んでベッドに入って寝たふりをしているときに、花子を抱きしめて「いつもいつもありがとう」って言ってくれる櫻子はもういない。


早く起きなきゃ遅刻しちゃうのに、あと5分、あと5分と、むにゃむにゃ人のベッドにしがみつく可愛い櫻子はもういない。


雪かきしなきゃ家から出られないからって、二人で一生懸命雪をかくうち、雪合戦をしかけてきて花子に怒られる櫻子はもういない。


この服はいいよ、この服はまだだめ、この服はこうしたら似合うんじゃない? と、花子に洋服をゆずってくれる櫻子はもういない。


今日は久しぶりに向日葵に会えたんだよって、楽しそうに話してきたあとに、突然感情が決壊して泣き出す櫻子はもういない。


おなかいたい、おなかいたいってうなりながら、花子がそばについてお腹をさすってあげなきゃいけない櫻子はもういない。


勉強で疲れてソファでお昼寝しちゃって、花子が揺り起こしたら「今ね、花子が夢に出てきたよ」って笑いかけてくれる櫻子はもういない。



この広い静かな家に、

花子はひとりになる。


もう、櫻子はいない。


花子(……やだ)


そんなの、やだ。


花子「やだ……やだ、やだぁ!」だんっ
50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:29:18.78 ID:+EtVRVLso
頭がガンガンと痛む。

全身に力が入らなくなり、ひざから崩れ落ちる。

ものすごいめまいがして、乗り物に酔ったみたいに気持ち悪くなる。


花子は倒れた。ものすごい疲労感に襲われた。

視界の端に、ほつれた白いレースがひらついた。さっきベンチでひっかけたときに、着ている服のレースリボンがとれてしまったのだ。

急いで直さなきゃ。櫻子が帰ってくるまでにこの服を元に戻さないと、怒られちゃう。

そうだ、櫻子はまだこの家にいてくれる。花子と一緒にいてくれる。今日このあと帰ってきてくれる。

またあとでこの服を譲ってもらえないかお願いしてみよう。花子が可愛く着こなせているのを見たら、櫻子もこころよく譲ってくれるかもしれない。


ソーイングセットはどこだっけ……ふらふらする頭で必死に考えて、よろけながら探した。このくらいのほつれ、花子だって頑張れば直せるんだから。

櫻子の大切な服。櫻子の大切なもの。これを着て、また櫻子と一緒にどこかへ出かけたい。

花子と、櫻子と、ひま姉と、楓と、撫子おねえちゃんで。みんなで一緒に、遊びに行きたい。


櫻子、櫻子、櫻子。小さく名前を呼びながら、戸棚を漁ってソーイングセットを探す。

生地のはしくれをどかし、ミシンをどかし、確かここにあったはずなのにと、薄れた記憶を頼りに目的のものを探す。


ふと、戸棚の奥に、何か紙が落ちているのを発見した。


少々古ぼけた、折りたたまれた謎の紙。

こんなところ滅多に開けないから、今まで気づかなかった。


誰かの落とし物だろうか。

開いてみると、それは……



花子(え……)



子供の字で、落書きがされている……婚姻届だった。
51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:29:53.97 ID:+EtVRVLso
花子(なに……これ……)ぱさっ


婚姻届の記入枠なんてほとんど無視した、普通の落書き用紙と何ら変わりない一枚の紙切れ。


つまになる人、おおむろさくらこ。

妻になる人、ふるたにひまわり。

ご丁寧に、撫子お姉ちゃんが証人の欄にサインしている。


そして大きく、二人の可愛い女の子が並んで描かれていた。

ヒマワリのカチューシャ。桜のヘアピン。


幼いころの、ひま姉と、櫻子だった。



花子(こんなこと……してたんだ……///)


花子が生まれて間もない頃か、はたまた生まれてもいない頃か。

二人は……こんなにも、仲が良かったんだ。


花子(っ……)


やっぱり、最初からそうだったんだ。


櫻子はひま姉のことが大好きで。

ひま姉も櫻子のことが大好きで。

もう、誰の入り込む余地も無くて。


どれだけ努力しても、

どれだけ可愛く着飾っても、

どれだけ同じ屋根の下で過ごしても。


櫻子は……ひま姉を選ぶんだ。


花子「…………」


わかってる。

生まれた時から、ずっと見てきたから。

去年の一年間だって、結局はひま姉のために頑張り続ける櫻子だったんだから。

どれだけ花子が櫻子のことを想っても、どれだけお姉さんが学校で親しくしていても。

櫻子は、ひま姉を選ぶんだ。
52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:30:26.44 ID:+EtVRVLso
いいなあ。

ひま姉は、いいなあ。


櫻子にこんなに想ってもらって。


こんなに櫻子に大切にされて。


どれほど幸せなことなんだろう。

想像もつかない。櫻子と両想いになれる幸せ。

櫻子に好きと言ってもらえる幸せ。

櫻子に恋をし、恋される幸せ。


血が繋がっちゃってる花子には、一生わからないほどの、幸せ……


花子「……ぁ……」


花子「あ……あぁぁ……」


花子「っ……あぁ……ああぁぁあああぁあああ……っ!!///」ぽろぽろ


櫻子。


櫻子。


大好きな櫻子。


まだ一緒にいたいのに。

まだまだ離れたくないのに。

櫻子は、どんどん大きくなってゆく。


花子「櫻子ぉ……さくらこぉぉお……っ……!」


誰もいない家には、花子の小さい泣き声しか響かない。


誰も慰めてくれない。

誰も助けに来てくれない。


洋服を直さなきゃいけないのに。

フローリングに落ちた涙も拭かなきゃいけないのに。

この婚姻届を見なかったことにして、元の場所に戻さなきゃいけないのに。


頭が割れるようにいたくて、吐きそうなくらい気持ち悪くて、花子は倒れてしまった。

恐ろしいほどの気だるさにつつまれる身体をなんとか動かして、ポケットから携帯を取り出す。

じんじんと熱を発しているのがわかる頭を押さえながら、必死に櫻子への通話ボタンをタップした。


櫻子。櫻子。はやく助けに来て。


どうやら花子は、さびしすぎると、死んじゃう生き物みたいだよ。



花子「さくらこ……ぉ……っ……///」
53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:31:09.13 ID:+EtVRVLso




向日葵「大学って本当に、中学や高校とは全然違うんですのね」

櫻子「もうびっくりだよ〜……何もかもが全然違う! 教室とか図書館だけじゃなくて食堂も何あれ! レストランじゃん!」

撫子「ま、大学によって色はぜんぜん違うから。ここよりももっと変わったすごいところもあれば、高校の延長みたいな大学だってあるかもしれない」

向日葵「でも一番驚くのは……人の多さかもしれませんわね」

櫻子「これだけのライバルと、争わなきゃいけないってことだもんね……」

撫子「そっか。櫻子にとっては事実上の初受験になるのか」

櫻子「ちょっとー!///」


学校が主催するオープンキャンパスのプログラムが一通り終わり、私と向日葵はねーちゃんと合流して、団体行動で見られなかった細かいところまでを個人的に案内してもらった。

自分が大学にいくかもしれないというビジョンさえ持っていなかった私だから、今日は来てみて本当によかった。漠然とした将来の不安に、なんとなくの色と形がついてくる。


撫子「……さて、まだ見たいところはある?」

櫻子「もうだいぶ見たよね! 見てないところが思いつかないもん。よくわかってないだけだけど」

向日葵「でもだいぶいい見学になりましたわ。撫子さんのおかげです」

撫子「そういうお礼は、実際に合格して入学できてからにしてね」


櫻子「あっそうだ! ねーちゃんの下宿先は? この近くにあるんでしょ?」

向日葵「ああ。ちょっとそっちも気になりますわね」

撫子「えぇ? いいよそれは……関係ないでしょ」

櫻子「関係ないことはないでしょー! 一人暮らしがどんなもんか見ておくのも大事だって!」

向日葵「確かに櫻子がいきなり一人暮らしなんか始めたら命の危険につながりますから、ここは撫子さんのお手本を見せていただきたいところですわ」

櫻子「命って!」


撫子「だめだめ。私の家めっちゃ散らかってるから。ゴミ屋敷だから」

向日葵「撫子さんに限ってそんなことあるわけないじゃないですか……」

櫻子「あー! さては見られたら困るものでもあるんだな〜?」うりうり

撫子「……よし、それじゃそろそろ富山に帰ろうか。ちゃんと荷物も持ってきたから、このまま帰れるよ」

櫻子「ちょっと!」

向日葵「撫子さん、まさか本当に……///」

撫子「ふふ……大学生は結構自由なもんだよ。あんたたちも頑張れば……」


ぴりりりり……


撫子「……電話鳴ってるよ? 櫻子でしょ」

櫻子「誰だろ? あ、花子だ……もしもしー?」

向日葵「そうだ、うちにおみやげ買っていかないと」

撫子「それならいいお店知ってるから、このあと行こうよ。おいしいお菓子とか……」



櫻子「え……花子……!? 花子!? ちょっと、どうしたの!?」

向日葵「っ……?」
54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:31:36.88 ID:+EtVRVLso
花子からの突然の電話。

べつに大したことのない、向日葵の言うようにお土産の催促をしてくる電話だとでも思ってた。

けれどそこで思い出す。私は昨晩花子と喧嘩してから、まだ仲直りできてないこと。

それでも万が一何かあったら困るからと、朝は机の上に書き置きをして出て行ったこと。

そんな花子が電話してくるということは……よっぽどの緊急事態ということなのだ。

そしてその異常は……電話口の苦しそうな息づかいだけで存分に伝わった。


櫻子「大丈夫!? 今どこにいるの!?」

『櫻子……さくらこぉ……っ』はぁはぁ

櫻子「はなこぉ! なんかおかしいよ……!? 具合でも悪いの!?」

撫子「か、貸して!」ぱっ


非常事態を察したねーちゃんが電話を奪い取る。


撫子「もしもし、花子? 今どこ!?」

『あぁ……撫子おねえちゃん……』

撫子「嘘でしょ……やだ、何があったのっ!?///」

『はやく……帰って、きて……』はぁはぁ

撫子「花子ぉっ!!!」


向日葵「ど、どうしたんですの!? 花子ちゃん何ですって!?」

櫻子「わかんないよ……でも様子がおかしいの! なんか具合悪そうで……!」

撫子「は、花子! すぐに助けを呼ぶから! 大人しくしてるんだよ! お姉ちゃんたちもすぐに帰るからね!」ぴっ


櫻子「ね、ねーちゃん……花子は!?」

撫子「ひま子携帯出して! 櫻子はすぐにお母さんに電話! ひま子も自分の家に電話して! 私は家に救急車を呼ぶから! 早く誰かを花子のそばに向かわせてあげて! 家にいるみたいだから!」

向日葵「ええっ!?」

撫子「ああもう、何でこんなことになってんの……っ!!///」


私は、まさか花子がこんなに急に弱るなんて想像もしていなかった。

花子が私に助けを呼ぶなんて……よっぽどのことだ。


――――――
――――
――
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:32:25.17 ID:+EtVRVLso


熱中症。

花子が倒れた理由は、簡単に言えばそういうことらしかった。


撫子「たかが熱中症って思うかもしれないけどね……場合によっては後遺症が残ったり、障害が残ったり、最悪の場合死んじゃうことだってあるんだよ……」

櫻子「っ……」

向日葵「…………」


帰りの新幹線の中で、ねーちゃんは目を赤くさせながら、こまめにお母さんたちと連絡を取り合って状況を確認していた。


ねーちゃんの素早い機転によって、一番最初に花子のもとへ向かってあげられたのは向日葵のお母さんと楓だった。すぐに介抱してくれたそうだ。

すぐにうちのお母さんも帰ってきて、救急車までくる大騒ぎに。花子は意識がなくなるほどじゃなかったから、専門の応急処置を受けた後、家で安静に寝かせられることとなったらしい。


向日葵「……櫻子、あなた今朝出てくる前、花子ちゃんが体調悪そうにしてたとかはありませんの?」

櫻子「今朝はすごく早かったから、花子はまだ寝てて……」

撫子「昨日の夜は? その前は?」

櫻子「昨日の……夜……」はっ


向日葵「あ……あなたそういえば、今朝……!」

撫子「なに!?」


うそ。

それのせいなの?

私と喧嘩になっちゃって、そのせいで花子は弱っちゃって、倒れちゃったの?


撫子「櫻子……?」

櫻子「……ごめん……」


撫子「ごめんって……ごめんって何!? なにがあったの!」

櫻子「っ……」

撫子「ちょっと、ちゃんと教えておいてよ……! 私は何もわからないんだからさぁ……!///」ぎゅっ


私とあの子のことで、なぜか怒っていた花子。

腕をひっつかんできて、クッションで顔をひっぱたいてきて、そのまま泣きながら逃げてしまった花子。


「櫻子なんかに、ひま姉と付き合う資格ない」


そういわれた時の、あの真っ赤な泣き顔を最後に……私は、花子を見ていない。

あのとき、もうすでに体調が悪かったんじゃ。

熱いお風呂からあがってすぐ、冷房もつけずに、熱帯夜の中で倒れるように寝ちゃったんじゃ。
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