「藤原肇がそれを割る日」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/17(木) 19:08:25.21 ID:pXJ6Ifkk0
「植木鉢、ですか」


「いつ捨てようかなって、ずーっと思ってはいるんだけどね」

 夕美さんは、そう言って苦笑してみせます。


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2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/17(木) 19:10:27.82 ID:pXJ6Ifkk0
  ***

 ――何よりも大事なのは見極めだ。

 その人にのみおさまる器の形を、よく考えなさい。

 見た目の美しさ、格好の良さを言っているのではない。

 機能美という短絡的な言葉で言い表せるものでもない。

 どうありたいか。どう使ってほしいのか。

 どう表現すべきなのか。

 よいか、肇よ。

 我々の役割は、それを見出し、選び取り、形にしていくことだ。

 その人の器を――。
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/17(木) 19:13:23.74 ID:pXJ6Ifkk0
  ***

 小さい頃は、工房があまり好きではありませんでした。

 おじいちゃんが、気に入らない自分の作品を次々に割ってしまうのです。

 私は、何であんなに手間をかけて作ったものを自分で壊すのか、分かりませんでした。

 何より、おじいちゃんが壺やお皿を割る音はとても大きく、怖くて、よく泣いていました。


 初めて自分で作ったのは、6歳の時です。

 無理矢理座らされ、大声で泣きながら何度も手を払う私に、おじいちゃんも泣きたくなったそうです。

 ですが、焼きあがったそのお皿を手にした時――。

 私は、とても嬉しくて、両親だけでなく、仲の良い近所の友達にも見せて回りました。

 食事の時は、必ずそのお皿に取り分けてもらいましたし、終わったら自分の手で綺麗に洗わなくては気がすみません。

 洗剤を使いすぎて、洗い場を泡だらけにする私を見て、お母さんは呆れて笑いました。


 それをきっかけに、料理をはじめとした家事も手伝うようになったのを覚えています。

 もちろん、陶芸を好きになったのも。


 陶芸をきっかけに、夢中になれたものもあります。

 私の場合、それはちょっと奇妙で――でも、とても素敵な出会いでした。
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/17(木) 19:16:01.49 ID:pXJ6Ifkk0
「あ、あのっ!」
「?」

「ひょっとして……び、備前焼、だったりしますか?」

 近所のお総菜屋さんへ買い物に出ていた私を、女の人が呼び止めました。

 恐る恐る、私の着ている作務衣を指さします。


 あぁ、これ――確かに、土だらけです。

 お総菜のおばちゃんは、いつものことなので気にされないのですが、お世辞にも他所行きの格好ではありません。

「はい」

 ですが、恥じることでもありません。岡山が誇る、日本一の陶芸品に携わる者という自負があります。

 それに興味を持ってくださった他県の方にも、その良さを知ってもらわなくては。

 なぜこんな山奥まで来られたのかは分かりませんが、道にも迷っているご様子です。

「よろしければ、すぐそこに私の家の工房がありますので、ご覧になりませんか?」

 お誘いしてみると、その人は「ぜひっ!」と元気に応えてくれました。
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/17(木) 19:18:30.39 ID:pXJ6Ifkk0
 体験教室は、時間の都合もあり、ご希望ではなかったようです。

 曰く、高校の卒業旅行で来たものの、友達とはぐれてしまい、携帯の電池も切れてしまったとのこと。

 ただ、嬉しいことに、備前焼は旅の目的の一つだったそうで、私との偶然の出会いをその人は喜んでくれました。

「すみません、コンセントまで貸してくれるなんて」

 充電器をお持ちで良かったです。


「この中に、あなたの焼いたものもあるんですか?」

 一通り眺めた後、彼女は、ふと私に問いかけました。

「小さいですが、その湯呑みや、その下にあるお皿は、私が仕立てました」
「これ? うわぁ……うん、すごいっ!」

 何がすごいかは分かんないけど、と、正直に付け加えてくれたことに、何だか好感が持てます。

 それに、彼女は義理ではなく、とても素直な気持ちで、私の作品を良いと言ってくれているような気がしました。


「じゃあこれ、くださいっ!」

 ご両親へのプレゼントにと、私の作品である一組の湯呑みを選び、私に再度微笑みかけました。

 まるで、そこに花が咲いたかのような、綺麗で眩しい笑顔です。
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/17(木) 19:20:41.42 ID:pXJ6Ifkk0
 お会計を済ませ、湯呑みを渡したところで、充電していた彼女の携帯が鳴りました。

 はぐれた友人の方は、近くの広場にいるそうです。


「……ユミさん、とおっしゃるのですね」
「えっ?」

 盗み聞きをするつもりは無かったのですが、電話口からしきりに彼女の名を呼ぶご友人の声は、とても大きいものでした。

「うん! 私、相葉夕美。神奈川から来たんだ。あなたは?」
「私?」
「そう、名前。こんなに良くしてもらえたから、せめて名前だけでも知りたいなぁって」

 そう言った後、夕美さんは慌てて手を振りました。

「あっ、いや! ごめんなさい、もちろん嫌ならいいんです。プライバシーとか、色々あるもんね」
「いえ」

 名乗るほどの者ではありません、と答えようかとも思いました。でも――。


「肇、と言います。藤原肇」
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/17(木) 19:22:30.87 ID:pXJ6Ifkk0
「肇ちゃん……何だか、カッコいいね!」

 夕美さんは、私の名前を褒めてくれました。

 男っぽいかも知れないけれど、おじいちゃんが付けてくれた自分の名前が、私は好きです。

 だから、名前で呼んでもらえるように、ちょっとだけ名前を強調します。


「よろしければ、また岡山にお越しください」
「うんっ! 今度は陶芸教室にも来たいな」

 角を曲がるまで、時々こちらを見ながら大きく手を振る夕美さんを見送りました。


 とても明るく、元気な方だなぁと、別れた後も何だか笑みが零れてきます。

 またこちらに来るのは、一年か、何年か後でしょうか――そう思っていました。
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/17(木) 19:24:26.33 ID:pXJ6Ifkk0
 再会の日は、それから一ヶ月も経たないうちに訪れました。

 それも、岡山ではなく、東京で、です。


「あーっ、肇ちゃん!」
「……夕美さん!?」


 なんと私達は、同時期に、CGプロという芸能事務所のプロデューサーという方から、アイドルとしてスカウトされたのです。
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/17(木) 19:25:45.54 ID:pXJ6Ifkk0
 夕美さんがスカウトされた理由は、分かります。

 とても綺麗で可愛らしく、笑顔が眩しい人なので、アイドルにはピッタリだと思います。

 一方、私は岡山の山奥で、土を練ってきたに過ぎません。

 自分を卑下するつもりはありませんが、アイドルとは私にとって、思いもよらない別次元の世界でした。


 しかし――この未知なる世界に挑戦し、応えてみたいと思いました。

 トップアイドルなるものへの道を、私に見出してくれた、プロデューサー――Pさんの期待に。

 おじいちゃんを説得するのはさぞ苦労するだろうと、覚悟しました。が――。

 どうやら、おじいちゃんはPさんを気に入ったようで、何も言わず送り出してくれました。
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/17(木) 19:27:53.26 ID:pXJ6Ifkk0
 同期生ということもあり、一緒になれる機会も多かった私達は、再会してすぐに打ち解けました。


 夕美さんは、慣れない東京での私の暮らしを助けてくれます。

「といっても、私地元は神奈川だから、ネイティブじゃないんだけどね」

 そう言って夕美さんは笑いますが、右も左も分からない私にとって、神奈川はほとんど東京です。

 事実、岡山には無い食べ物屋さんや、服屋さん、都内の観光地もよく連れて行ってくれました。

「とても面倒見が良い人なんですね、夕美さん」
「こっちこそ、この間お世話になったばかりだもん」

 年上でありながら、夕美さんの言葉遣いは可愛らしいなぁと、度々思いました。
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/17(木) 19:30:37.27 ID:pXJ6Ifkk0
 レッスンも、夕美さんと一緒でした。

 先生のご指導は、時に厳しくもありましたが、夕美さんはいつも私を褒めてくれます。

「肇ちゃんってさ、何だかすごく要領が良いよね」

「えっ?」
「一度言われたことは、肇ちゃん、絶対間違えないもん」


 確かに、気をつけていることではあります。

 先生が何のために、どのような思いで、私に指摘をするのか。

 それに意識を傾け、見極めることが、大事であるような気がしたので。

「見極める?」
「おじい……祖父が、よく私に言っていた言葉です」

「本質を捉える、っていうヤツかな?」
「それが、できていれば良いなぁと」
「バッチリだよっ!」

 もし夕美さんの言うことが本当なら、私が培ってきた陶芸の経験も、この事務所で糧になっているのでしょうか。

 異なると思っていた世界は、意外にもどこかで繋がっているのかも知れません。
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/17(木) 19:33:58.11 ID:pXJ6Ifkk0
 初めて人前に出たお仕事は、先輩の方々のバックダンサーでした。

『レイジー・レイジー』という、一ノ瀬志希さん、宮本フレデリカさんのお二人による、地方営業のお手伝いです。

 お二方は、お仕事中だけでなく、行き帰りの車の中でも、とても個性的で愉快な人です。

 私も夕美さんも、ずっと驚かされてばかりでしたが、おかげで初舞台にも関わらず、とても落ち着いて臨むことが出来ました。

「いやいや、私はガッチガチだったよ。肇ちゃんが肝据わりすぎだよ」

 私も、自分のことで手一杯でしたので、夕美さんがそんなに緊張していたことを知りませんでした。

 まだまだ、精進が足りません。


 ですが、その日を境に、舞台に立つお仕事が増えました。

 バックダンサーとしての私達が高く評価された、というよりは、きっかけはたぶんフレデリカさんです。

 彼女が移動中の車内で撮影し、ツイッター?――に公開した私と夕美さんの寝顔が、なぜか評判だったようです。

「こういうの上げる時は前もって俺に確認させろ、って言ってんのにアイツら……」

 と、Pさんは言っていましたが、目は笑っていました。

 涎が垂れている夕美さんの横でピースしていた志希さんを、夕美さんは後で怒っていましたね。ふふっ。
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/17(木) 19:36:43.47 ID:pXJ6Ifkk0
 この時から、私と夕美さんは、二人で一組として認知されていました。


 相性、というものはあるようです。

 明るく元気な夕美さんは、舞台の上ではお客さんの注目の的です。

 私はというと、あまり喋るのは得意ではないので、必要な時以外は夕美さんの隣でぽつんと立っています。

 ただ、たまに夕美さんがはりきりすぎて、話が長くなってしまいそうになると、少し彼女の服の裾を引っ張ってあげます。

 そうすると、

「あぁっ、ごめん肇ちゃんありがとう! ではでは〜……!」

 と言って、無事に予定通り進行していくのです。

 そのやり取りが、どうやらお客さん達には面白かったようです。

 陰と陽、太陽と月――もちろん、私が陰で、夕美さんが陽ですが、その非対称性はきっと良いものでした。


 ただ、普段頑張ってくれている夕美さんに、どうしても甘えてしまっている、という負い目もあります。

 なかなか自分から、夕美さんのように積極的に喋ることが出来ず、このような立場に甘んじてしまい――。

「そんなことないって!」
「えっ?」
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/17(木) 19:39:12.43 ID:pXJ6Ifkk0
「何か喋らなきゃー、沈黙が怖いよーって、勝手に暴走しちゃってんのは私なんだしさ。
 肇ちゃんがいなかったら、きっと私、色んな人を困らせてるよ」

「いえ、私こそ、夕美さんにばかり働かせてしまって悪いなぁと」


「本当にそう思ってる?」
「えっ……」

 ズイッと身を乗り出し、いつになく意地悪そうな顔をして、夕美さんは「むふふ」と笑いました。


「じゃあさ、今度私の家に来ない? ちょっと手伝ってほしいことがあるんだ」
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