神通「カリブの、海賊?」【艦これSS】

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146 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:21:57.01 ID:sE/Vv+Mi0
グアム諸島警備府 外国人士官区//





ベケット「と、まぁ、かいつまんで言えば、このようなものだ」



手にしていたティーカップを音を立てずに置くと、ベケットは一息をついた。
カップは決して安物には見えず、部屋の造りからも、ベケットが地位以上尊重されていることが分かる。



ギブス「それで、俺たちはどうすればいいんです? ベケット少尉」

ギブスも似合わない紅茶を一飲みし、カップを置く。


バルボッサ「とりあえず俺たちは、いまいち状況が呑み込めていないのだよ、ベケット少尉」

バルボッサも紅茶を瀟洒なソーサーに置く。意外と様になっている。


ジャック「同感だ。……、あと俺も飲みたい、ベケット少尉」



ジャックの両手は依然手枷がはめられていて、目の前に置かれた菓子と紅茶にありつけないでいる。
甘いものが好きというわけではないが、一人だけお預けというのが気に食わなかった。



147 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:23:28.13 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「別にどうもしなくていい。ただ質問に答え、必要な時に力を貸してくれればいいだけだ」

ジャック「おいおい、この泣く子も黙るキャプテン・ジャック・スパロウ様を捕まえて
     ただグータラしてろって命令は良き上官とはいえないぜ、ベケット少尉」

ベケット「逆に、貴様らがこの海域で何ができるのかという話だ。言っておくが、ここは貴様らがいた
     カリブの海とはまるで違う」

バルボッサ「だろうな。ここはどこだ? 中国か?」

ベケット「東アジアの、グアム諸島だ。現在の支配国は日本という国になる」

ギブス「ニホン、ねぇ聞いたことのない国だ」



ベケット「船乗りならば、長崎か江戸という名なら聞いたことはないか?」



あぁ、と納得する一同。



ベケット「ここはその日本だ。そして時代は200年以上後の異なる未来だ」



一気に納得から遠ざかる一同。



148 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:24:18.58 ID:sE/Vv+Mi0



ギブス「まるで意味が分からねえ……」

ベケット「そうかね? 目が覚めたら見知らぬ土地にいた、目が覚めたらありえない時間が経っていた。
     そうした話は神話・民話・逸話・噂話として、いくらでもあるだろう?」

ギブス「だけど所詮ホラ話だ!」

ベケット「だがそういう中にこそ真実がある。現に私たちはこうして時間を飛んできた。
     例えばニューネーデルラントの民話などにもあったろう。リップ・ヴァン・ウィンクルという男が……、
     いや、失礼。あれは十九世紀の話だった」

ギブス「十九世紀!」



ギブスが手をたたく。十八世紀に生きた彼にしてみれば、一世紀先の未来の話が当たり前に出てくる
今の会話にどうしようもない滑稽さを覚えたのだ。



バルボッサ「その程度で驚くな。ベケット卿の、いや失礼。ベケット少尉の話なら、いまは21世紀だ」

ベケット「そうとも。今は21世紀。2017年、8月だ」

ギブス「2017年!」


ギブスが再び手をたたく。もうおかしくてたまらないといった様子だ。
バルボッサは静かにギブスをにらみつけた後、ベケットに言った。


149 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:25:38.57 ID:sE/Vv+Mi0



バルボッサ「重要なことはここがどこで、今がいつか、ということではない。世界の果てでなければな。
      問題は、なぜ、そしてどうやって俺たちがここに来たのか、どうやって帰れるのか、だ」


バルボッサの真剣な発言に流石のギブスも笑いが引っ込んだ。
特に「どうやって帰れるのか」というのはかなりの死活問題だ。視線がベケットに集中する。



ベケット「……、ふむ、」



少し悩んだしぐさをして、ベケットは続けた。



ベケット「どうやって帰れるのかは知らん。が、見当はつく。それはなぜ、どうやって来たかという質問につながる話だ」




意外にも、ベケットはその問いに対する答えめいたものをもっていたようだ。


バルボッサ「続けろ」


ベケット「NOだ。Can'tといっていい。推測は立つが、決定的な証拠を見つけていない」



150 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:26:22.69 ID:sE/Vv+Mi0


ギブス「それでもいいじゃねえか」


ベケット「残念だがギブス君。私はこの日本という国で、あやふやなことは明言しないという術を身に着けたのでね」


ギブス「坊ちゃん役人みたいなことを言いやがる! ジャック! お前もなんとか言ってやれ!」

ジャック「熱っっつ!!」



会話に参加せず、手枷のついた両腕で器用に紅茶を飲んでいたジャックは、驚いた拍子に
カップの中身をを自身にぶちまけてしまったようだ。


ギブス「ジャック! お前はずっと何やってんだ!」

ジャック「ギブス! お前は急に何すんだ!」


ベケット「では、反論はなしということで」

バルボッサ「…………」

ベケット「まぁ安心したまえ。何も君たちを帰さないと言っているわけじゃない。
     時が来れば帰れるのを手伝うし、手伝ってもらうことになるだろう。
     こちらとしても国籍不明の海賊に居座れていては都合が悪い」


151 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:26:59.77 ID:sE/Vv+Mi0



ベケットはこの件はこれ以上喋れないと言わんばかりに口を閉じた。
だが決して答えないというよりは、本当に答えられないといった様子だった。



バルボッサ「では質問を変えよう。民話や逸話には俺たちの様に、異なる世界、異なる時間を
      飛んできた人間がいたということだが……、この辺りでもそういった伝説があると思っていいのかね?」

ベケット「まさに君たちや、私がそうだな」


ギブス「そういえば、アンタも俺たちみたいに船で飛ばされたのか?」


ジャック「ギブス君、よしてやれ。少尉がそんな便利なもんに乗ってたわけないだろう?」


バルボッサ「あぁそうだ、砲撃で木っ端みじんになったのだからな」


ベケット「なった、のではなく、させたのだろう君たちが。木っ端みじんに」



それを聞いて、海賊3人は不謹慎に笑った。ベケットは冷静に努めようと一度深く呼吸し、切り替える。



ベケット「私は、君たちに船を挟撃された。そのエンデヴァー号が轟沈し、私自身も海底に沈んでいくだけだった。
     だがあるところで急に反転したのだ」

ジャック「反転?」



ベケットが語りだしたのは、世界を超えてきたときの話。
三人が身を乗り出す。気が付けば別世界にいた彼らにとっては貴重な証言だ。



152 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:29:05.89 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「そうだ。なんといえばいいのか。重力……、海そのものがひっくり返るような感覚だ。
     その感覚に身を任せていると、大海原に出て、そこを偶然遠征に通りかかった吹雪君に助けられた。
     ほら、ちょうど先ほど君たち二人と話していた娘だよ」


ギブス「まて、助けられたってえと、まさかアイツも海を滑れるのか?」


ベケット「あぁ、彼女も滑れるぞ。彼女や、それから君たちをここに連行してきた三人も、
     艦娘と呼ばれる、船の魂を宿した現在最強の兵器たちだ」



懇切丁寧な説明だが、海賊3人はほとんど話に追いついていない。
この短時間の間に、ここは別世界の未来だの、女の形をした兵器だの、理解しがたいことが沢山あったからだ。

海賊たちの時代では、女を船に乗せるのは危険だと言われていたが、まさか女が船を乗せる時代が来るとは。



ベケット「分からずとも良い。要するに、彼女たちは君たちよりずっと強いと考えておけばいい。
     そして私はその彼女たちを指揮する立場にある。状況を、分かってくれたかね?」


153 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:30:06.64 ID:sE/Vv+Mi0



3人の中でも、ひときわジャックは思い切り頷く。彼も話を半分ほどしか理解できていなかったが、
少なくとも、剣も通らず、圧倒的な怪力をもつあの女共が、普通の人間である方が驚きだった。
よく分からないが、ユダヤ教のゴーレムみたいなものだろうか。


ベケット「詳しくは手記に記載してある。その本棚の左上だ。
     君たちが現状を知りたいのなら、取って読みたまえ。
     どうせしばらくは何もできることはない」


立ち上がり、本棚からいくつか本を斜め読みするバルボッサ。
きちんとした背表紙の本もあれば、明らかに個人の手で纏められた資料集などもあり、
製作年もバラバラであった。



ベケット「貴重な資料だ。汚すなよ」


ギブス「これ全部が別世界に転移した逸話の記録なのか?」


ベケット「いや、それは全体の1割だ。それ以外にも、さっき言ったような、
     各地の神話や民話、このあたりの伝説が主だ。あとは海賊の記録とかな」


154 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:31:10.19 ID:sE/Vv+Mi0



ギブス「またそれは、何のために?」


ベケット「4年前に私がこの世界に飛ばされた理由を知りたくてね。
     まぁ、そういった方面から読み解くアプローチを試みていたわけだ。
     事実、私がこの世界が別世界だと気づいたのは、海賊の資料からだった。
     この世界の歴史には、我々の記録はない。あれほどの大規模な戦争も、語られてはいない」


歴史書がすべてをカバーすることはないにしろ、ここにいる4人は、いずれも世界の岐路となる、
大きな戦いを経験した者たちだ。ギブスは置いておくとしても、最悪の海賊と言われたジャックも、
東インド会社のトップになったベケットも、イギリス公認の私掠船船長となったバルボッサの記述も、
どんな小さな情報一つものこっていないとなれば、それは過去に存在しなかったということ。
つまり、それが存在した世界ではないということだ。


ジャック「なるほどねぇ。猶更この世界とやらに愛着がなくなった。
     お前が研究を始めたのも、こっから帰る方法を探してのことか?」


ジャックのその一言に、ベケットは向き直る。



ベケット「いや、最初はそうしようと色々方策を探して、そういう伝説を聞き集めた。
     だが、戻っても死ぬだけだと思い、帰るのは辞めた。今ではライフワークの一つだ」


バルボッサ「そして過去の遺物を掘り漁る、ホラ話の研究家になったわけだ」



155 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:31:39.66 ID:sE/Vv+Mi0



バルボッサからしてみれば、こんなわけの分からない世界に飛ばされて、
まず初めにやることが資料でコツコツと研究などという遠回りな手を使うことが信じられなかった。
彼は決して猪突猛進な方ではないが、そんなことをして何の意味があると思った。
所詮は碩学を集める東インド会社のお坊ちゃんかと嘲笑した。
しかしベケットもそんな反応には無表情で返す。



ベケット「フッ、どんなに偽物らしいホラ話でも、中には真実が混じっているものだ。
     大体そういう伝説上の体験を君たちは何度もしているはずだろう?
     例えば、金貨に呪われて無限の空腹と渇きを味わったりな」



痛いところを突かれ、バルボッサの笑い声が止む。
そもそもベケットは自分が古代アステカの金貨に呪われたことをどこで知ったのだろうか。
バルボッサの視線が少し鋭くなる。



ベケット「呪いなど信じていなかったか?
     だがいかなる偽物の中にも、必ず本物が隠れてる
     それを見抜けなかったな。過去の遺物くん」


バルボッサ「何だと?」


ベケット「違うかね? ここは2017年だ。君は既に過去の遺物だ」



156 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:33:00.83 ID:sE/Vv+Mi0




気が付けば一触即発の空気。


そんな緊張を打ち払うように、タイミング良くドアがノックされ、
吹雪が入ってくる。



吹雪「あの、一応命令通りお部屋は準備しましたけど……」


ベケット「よし、彼らを案内してくれたまえ」

吹雪「はぁ……」



吹雪は非常に胡散臭そうな目でジャックらを見る。
海賊たちはそういう視線に慣れているのかどこ吹く風だ。



ベケット「まぁ、時が来るまでは部屋で待機しておけ。
     君たちには、いずれその船を貸してもらう」



その言葉に、ジャックが椅子から飛び跳ねた。




ジャック「やっぱり船を盗るんじゃないか!」




157 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:34:10.36 ID:sE/Vv+Mi0




ベケットは静かに首を振る。



ベケット「違う。君が動かすんだ。
     君の操舵する船に、ほんの少しの間私を乗せてほしい。これだけだ」


今度は、ジャックがベケットを胡散臭そうな目で見る。
その視線の気づいた吹雪は、ベケットをかばうようにして立つ。


ジャック「ほんの少し、はどれくらいだ?」


ベケット「機が来れば、恐らく半日もあるまい」


ジャック「……」


ベケット「君は反抗できる立場でもあるまい」


ジャックはフンと息を漏らし、部屋を出る。


ジャック「まぁ、いい。船に入れば、俺の指示に従え。わかったな。
     おい、案内してくれ」




そのままズンズンと歩いていくので、吹雪は慌てて先導した。



158 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:35:43.31 ID:sE/Vv+Mi0
グアム諸島警備府 廊下//





案内途中、吹雪はジャックに部屋に水飲み場があるかを聞かれた。
よほど気に入っているらしい。

吹雪は水飲み場と聞いて、洗面所のことかと思っていたが、
ジャックは地面に備え付けられているものだという。

それでも首をかしげる吹雪に、ジャックは名称を思い出して伝えた。



ジャック「あれだほら、エジプト製の、TOTOって書かれたやつだ」


吹雪「……え?」


吹雪は躊躇いがちにそれが何かをジャックに伝えた。



牢屋で、ジャックは水飲み場のことを忘れないようにと記憶にとどめておいたが、
今では記憶から全て抹消しようと、必死でトイレに吐き出した。



159 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:36:11.56 ID:sE/Vv+Mi0





















160 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:36:50.57 ID:sE/Vv+Mi0




それから。


吹雪の警戒とは裏腹に、海賊たちは暴れまわることも脱走騒ぎを起こすこともなく、
与えられた個室で三者三様にくつろいでいた。


それでも吹雪は万が一はあってはならないと思い、
念のため深夜でも様子を見に来たりしていた。
どうにも少尉はこの海賊たちと面識があるようだ。
もし、恨みか何かで寝所に暗殺に来るかもしれないと恐々としていたからだ。


だが、彼らはもう全くと言っていいほど敵愾心がない。
この世の天国とばかりにクーラーの利いた個室でのんべんだらりとしていた。

余りの独り相撲ぶりに、吹雪は空しさすら覚えた。
海賊なんだから少しは無法を働けと理不尽な気持ちすら抱いた。


そんな吹雪の気が気ではない時間がしばらく続き、
身元不明の海賊たちが滞在して、今日で3日目を迎えた。




161 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:37:43.08 ID:sE/Vv+Mi0
グアム諸島警備府 外国人士官区・休憩広間//





天龍「…………」


昼休憩のため、人の少ない外国人士官区の広間で涼んでいた天龍は、
興味深そうにギブスを見ていた。


ギブス「? なんだ、髭以外になんかついてるか?」


天龍「うんにゃ、何も」


先日、この海賊たちが、いわゆるタイムスリップをしてきた存在だという説明を受けた。
正直半信半疑もいいとこだったが、逆にそうであればピンとくる点も多くあり、
とりあえず信じることにしていた。



天龍「オレの知ってる海賊とは違うなぁ、とおもってな」



そういわれて、ギブスはクッキーを食べる手を止め、いい顔で向き直る。



162 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:38:41.37 ID:sE/Vv+Mi0



ギブス「そりゃあそうよ! 俺はなんといっても、あの最悪の大海賊、
    伝説のジャック・スパロウの船の副船長なんだからな!」



誇り一杯に胸を叩くギブスを見て横にいた漣はウゲーと嫌な顔をした。



漣「天龍さん、関わっちゃだめですよ。これがいわゆる虎の威を借る狐、
  牛の背中に乗っかる鼠って奴です」


天龍「牛の背の鼠は意味が違うんじゃないか? ことわざでもないし」


漣「人の力を我が物様にする点では同じでしょう?」



そこまで言われてようやくギブスがカチンときた表情をしていた。
翻訳は常時変換されているとはいえ、ことわざの意味までは通じなかったのだろう。
ましてや干支の文化もない西洋人である。知る由もない。



ギブス「俺がそんな鼠野郎だってのか!」



163 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:39:07.15 ID:sE/Vv+Mi0



漣「そーですよー、鼠っていっても絵本のネズミじゃなくて、
  あの船にも出てくるガチの鼠です。あの薄汚れてる害獣使用の鼠です!
  あ、天龍さん、これネズミ上陸させてもらえるんじゃないですか!?」


ギブス「俺が薄汚れてるだと!?」


漣「そうですよ薄汚れた海賊! 薄汚れてるでしょう物理的に! 服を洗え!」



そう言って、漣は天龍の後ろにひょいっと隠れる。



漣「大体、出てくるにしたって、もっとワンピースみたいな人畜無害なやつ出してくださいよ。
  冒険、勝利、肉! みたいな。なんでこんなリアルガチ使用の海賊の中の海賊みたいな
  奴らが居座ってんですかもぉー!」


ギブス「お、おう。そ、そうか?」


漣「ふえーん、なにこの反応……」



どういう翻訳で伝わったかは知らないが、恐らく「彼こそ真の海賊である」みたいな
形で伝わっている。実に不本意だった。



164 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:40:21.44 ID:sE/Vv+Mi0



不本意だったのは吹雪も一緒である。


神通がグアム基地に任務に来て数日、未だに顔を合わせるたび微妙な緊張が走るし、
会話もポツポツと短文で、当たり障りのないことをいうだけ。

今も、一人離れた席に座る神通に果敢に話しかけはしたものの、
互いに気まずい空気になり、一先ず退散した。


こうして、神通とのコミュニケーションの時間がみるみる減っていった。



逆に、みるみるコミュニケーションの時間が増えているのがこの海賊たちである。




バルボッサ「アッサムティーとスライスのリンゴを持ってこい」


ジャック「俺は次はこのコーヒーをくれ」



もはやそのくつろぎ様たるや貴族か喫茶店の客である。
吹雪は彼らの侍女のように扱われ、もう既に「お前」などの主語すら消えている。
彼女が当たり前に対応すると思われているのだ。


165 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:41:58.25 ID:sE/Vv+Mi0



吹雪「…………」



吹雪は、ふつふつとしたものを心に溜めながら、コーヒーメーカーを沸々とさせた。
普通普通とよく周りに言われる程度にはアクの少ない彼女は、昔からこういう損な役回りをうけることが多い。
だがそんな役目を不屈不屈とした精神で耐え抜いて来たのだ。こんな海賊の小さな横暴など、なんのその。

吹雪は頭にうっすらとした怒りマークをつけながら、
顔だけは笑顔で彼らに対応する。

離れた席で彼女の後姿を見ていた天龍と漣は、その姿に一人前の社会人のなにかを見た。


漣「しかも見てください、あれ」


吹雪は、ジャンピングティーポットにアッサムとスライスしたリンゴをいれると、
誰に言われるでもなく余ったリンゴを皿に置いて出した。


漣「しかもわざわざウサギさんリンゴですよ」


頼まれたわけでもないのに、手間をかけてウサギ型にリンゴをカットした。
嫌々やっているのはオーラで分かるが、それでも言われたこと以上に
全力やってしまうのが吹雪の常だ。


天龍「なんつーか、難儀な性格だなぁ」



166 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:43:06.43 ID:sE/Vv+Mi0


そう、難儀な性格なのだ。
だからこそ、戦力としてはいまいちでも、この警備府司令官付きの秘書官をやらされているのである。
こんな部下が居れば何事も捗って仕方ないだろう。どこかで爆発しなければ。



バルボッサ「ほほう」



バルボッサは初めて見たウサギさんリンゴを興味深そうに見つめている。
リンゴは彼の大好物だが、こんな形のものは初めてだった。
彼は銀色のナイフとフォークを手にすると、慣れた手つきでウサギを口に運ぶ。


バルボッサ「ふむ、悪くない」


吹雪「それはようございました」


167 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:44:07.99 ID:sE/Vv+Mi0



吹雪の返事が投げやりになってくる。
そのやり取りを見ながら、一つ隣の机のジャックがコーヒーカップで
コンコンと軽く机をたたく。


ジャック「俺のコーヒーはまだ来ないのか?」


吹雪「……」



吹雪は無言でゆっくりとジャックの方を向く。
顔には笑顔が張り付いている。



ジャック「……、おかわりぃ?」


吹雪「はいよろこんでー」


168 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:45:07.47 ID:sE/Vv+Mi0



吹雪の投げやりさが頂点に達する。
もう完全な侍女扱いだ。連日の警戒による寝不足も重なってそろそろ限界だった。



漣「あ、これアカンやつや」

天龍「ちょっと海賊を止めに行こうか」

漣「え? 海賊に止めを刺しに行く?」

天龍「我慢だ我慢、ステイッ!」



この様にして、日常の中に17世紀の海賊という特級の異物が混じってはいたが、
予想を超えるような反発も抵抗もなく、案外その生活に溶け込んだ。

彼らはいつまでいるのだろうか。
その時まで吹雪の胃は持つのだろうか。




そんな軽い疑問は、その翌朝には全て吹き飛んでしまった。




169 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:46:49.51 ID:sE/Vv+Mi0
グアム諸島警備府 居住区西館//




さて、今日も一日くつろいでみるか。
快適な基地内で、そんな海賊らしからぬことを思うジャックたちを驚かすように、
基地全体に大きな警告音が響き渡った。



ジャック「な、なんだ!?」


部屋から廊下の様子をちらりとみると、廊下を慌ただしく走る兵士たちが見えた。



ジャック「……」



兵士たちが通り過ぎると、ジャックは剣を取り部屋から出る。ちょうど同じタイミングで、
両隣の扉も開いた。バルボッサとギブスである。



170 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:47:48.29 ID:sE/Vv+Mi0



バルボッサ「敵襲だな」


バルボッサもまた、完全武装で部屋から出てきた。



ギブス「だろうな」



ギブスもその辺りは抜かりない。いつでも戦える準備をしていた。



ジャック「んじゃま、状況確認といこう」



海賊たちは三人同時に歩き出す。

もはやくつろいでいた面影はなく、その顔は、歴戦の海賊のものだった。



171 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:48:28.25 ID:sE/Vv+Mi0
グアム諸島警備府 外国人士官区//




あちこちで兵士たちが走り回る中、
ジャックらが真っすぐ向かったのが、ベケットのいる部屋だ。

現状の基地責任者である彼の下が一番情報が集まると思ったからだ。



ジャック「失礼しまーす」


ジャックが中の様子を伺いながらゆっくりドアを開けると、
中ではベケットと艦娘たちが集まって、なにやら機械の周りを囲んでいた。

ドアが開く音で一瞬視線がジャックらに向けられたが、
それどころではないのか、すぐに全員の視線が機械の方に戻る。




とりあえずジャックたちは空いている席に、全員我が物顔で座った。
流石にコーヒーと紅茶は出てこないので我慢した。





172 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:49:14.94 ID:sE/Vv+Mi0








吹雪「か、解析完了しました!」




ジャックたちが席に座って5分も立っていないだろう、
機械の画面と真正面に向かって座っていた吹雪が声を上げた。
その声は焦りと、どこか悲痛な音が混じっていた。


ベケット「敵の数は?」


ベケットの質問に追従するように、天龍たちの視線も吹雪に集まる。
吹雪は、乾いた喉をなんとかするため一度唾を飲み込み、その結果を読み上げた。


吹雪「て、敵艦隊、およそ30隻!」


漣「30っ!?」


吹雪「内訳は、ソイブイの波形から、おそらく軽巡が5、駆逐が20、
   そ、それから、……空母が5です!」


事実だとすれば、敵艦の一大攻勢である。
一つの戦場で空母含む敵艦隊30に囲まれれば、島に籠城しても1日と持たないだろう。


173 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:50:13.68 ID:sE/Vv+Mi0



あまりの情報にベケットや艦娘は表情を凍らせた。



漣「え、いや、ありえないですよ。誤報では……?」


ようやく口を開くことのできた漣が口を開く。
その言葉に吹雪も同調したいと思った。



ここグアム島は最戦線よりも少し内側にある。
ハワイ、マーシャル諸島、ソロモン諸島、オーストラリア東部を一直線に貫くように四重の防衛線が敷かれ、
そこには大戦を生き延びた一級の艦娘たちが任務に就いている。


前線壊滅の報は聞いていない。昔と違い、ソイブイや高性能ソナーを用いた哨戒もあり、
戦線より後ろに小型級一体でも忍び込む隙間はない。
事実、こうした防衛ドクトリンを実施して現在に至るまで、10年間、一度として一体の敵にさえ抜かれたことはないのだ。



だというのに、敵襲の報。しかも進路は北から。すなわち祖国、日本の方角からの攻撃である。
絶対安全圏ともいえる本土方面から敵が来た等、冷静に考えてあり得る話ではなかった。



174 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:51:06.74 ID:sE/Vv+Mi0



漣「だってそうでしょう!? もしホントならテレポートですよ! 瞬間移動ですよ! ドラえもんかっての!!!」



信じたくないとばかりに力説する漣。彼女の実力では、おそらくこんな大規模の敵艦隊と接触すれば10分ともたない。
笑い話であってくれと願うあまり、無意識に口元が緩んでしまっていた。



天龍「なぁ、漣」


漣は縋るような視線を天龍に向ける。二人は短くない間本土でコンビを組み、いくつもの地道な任務をこなしてきた仲だ。
関係も良好で、漣にとっては、数少ない本音で話し合える相手だった。きっと自分の味方をしてくれる。
そう思って振り返った。しかし、



天龍「でもよぉ、この海賊のオッサン達は、文字通りそのテレポートしてきたんじゃねーのか……?」



漣が固まる。動きも表情も、思考さえ止まった。いつもの頭の回転の早い漣らしからぬ拙い推理力だった。
現に、ここにその実例がいたのだ。原理は不明でも、そういうオカルティックな可能性だってあり得るのだ。


175 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:51:50.38 ID:sE/Vv+Mi0



漣「そんな……」


天龍「大丈夫だ、お前はオレが死なせねえよ」



そういって、怯える漣の手を取る。
この辺りは、二人の経験の差が出た。基本、軍歴を戦線の内側で過ごした漣と、今でこそ内勤とはいえ、
片目を失って本土に退くまでは最前線で刀を振るっていた天龍の差だ。



天龍「よし。じゃあまず、オレと神通と砲台で湾内の防衛線を……、あれ、神通は?」


出撃用意の為に振り返ると、そこに神通はいなかった。
気が動転していたのと、もともとあまり会話に入ってこない性格もあって、
居なくなっていたことに気づかなかった。



ジャック「長髪の女なら大分前に出て行ったぞ」



その言葉に、ギブスとバルボッサが頷く。



176 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:52:37.64 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「貴様ら気づいていてなぜ言わなかった?」

ジャック「ケージュンだの、クチックだの何言ってっかいまいちよく分からなかったからであります、少尉」


この緊急事態にも、基本守るもののない部外者3人はリラックスしていた。



天龍「いつ! どこに行った!?」

ギブス「女なら、ホラ、あそこだ」



詰め寄る天龍に、窓の外を指さす。一同が視線を向けると、港に向かって走っていく神通が見えた。



天龍「アイツ……!」


ジャック「早くいった方がいいんじゃないのか?」


天龍「んなことはわかって――」




突如、遮るようにして基地内にさらに大音量の警戒音が鳴る。




177 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:53:30.29 ID:sE/Vv+Mi0



天龍「今度はなんだよ!!」



振り向くと、血相を変えて、ベケットと吹雪が窓の外を凝視していた。



ベケット「吹雪君、放送室へ。第一種戦闘配備を指示しろ」


吹雪「は、はいっ!」


ベケット「お二方も戦闘に出てくれ。指揮系統は違うが、緊急事態だ。手を貸してくれ」



短くそう告げると吹雪は走って出ていく。
ただならぬ様子に、天龍と漣は窓の外を見る。

先ほどまで晴れていたはずの空が真っ黒な雲に覆われつつあった。
そして、先ほどまで何もいなかったはずの海に、7体の敵軽巡艦と空母1体の姿があった。



ベケット「緊急時の警備府司令長官不在における規定に従い、
     基地責任者代理の私が司令官代行として艦隊の指揮を執る。湾内で止めるぞ!」


178 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:53:56.97 ID:sE/Vv+Mi0



漣「なんでもうこんなところに……!?」


天龍「深く考えるな! 居るもんは居るんだ!」




天龍に叱咤された漣が、腕を引っ張られて出ていく。




ジャック「お前も早く行った方が良いんじゃないか?」

ベケット「……」


ベケットはジャックたちをジロリと睨む。


ベケット「……、まぁ身を守っていたまえ。逃げるなよ。これは忠告だ」





そういうとベケットは足早に出ていった。



179 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:54:43.43 ID:sE/Vv+Mi0








バタン、と扉が閉まると、ジャックはベケットが手を付けずに机に置いていた紅茶を飲み干す。





バルボッサ「さて。ではこんな所、さっさと出ていくか」



それを聞いて二人は頷く。ベケットの忠告も、一切の躊躇なく無視した。





ギブス「そうだな。俺たちも、早く行った方が良いんじゃないか?」


バルボッサ「船の位置は分かっている。さっさと行くぞ」


ジャック「もちろん。だがその前に……、と」





ベケットの机の中を開けると、鍵束が入っていた。ジャックはそれを掴んで見せつけると、
ニヤリと笑ってこう言った。







ジャック「略奪しよう」













180 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:56:07.29 ID:sE/Vv+Mi0
グアム諸島警備府 港・海上//




だれよりも早く港へ駆けつけた神通は、艤装の動力をフル回転させ、
初速からトップギアで距離を詰める。

湾内の南北には囲うようにして砲台が設置されているが、
余りに突然の出現のせいか、その砲撃は未だ散発的だ。
敵の深海棲艦はそれをいいことに、基地や砲台に砲撃を仕掛け、
敵空母級からは対地攻撃用の爆撃機が放たれる。



神通「っ……」


飛行機は神通など意にも介さず、島全体を四方に飛んでいく。
あちこちに爆炎と轟音が上がる。敵の軽巡艦が神通に主砲を向ける。
空母級の攻撃は来ない。あれは基地攻撃に全てのリソースを割くようだ。


181 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:56:37.23 ID:sE/Vv+Mi0


あの空母は自分には一機も差し向けるつもりはない。
そう考えて、一瞬神通の頭が熱を帯び、怒り狂った表情になる。
が、手のひらを握りしめ、ひとたび落ち着く。


神通「――だ、まだよ。きっとここじゃない」


神通はブツブツと呟く。まるで自分に何かを言い聞かせるように。
目は落ち着きを取り戻し、しかしぼんやりとした視線になる。


神通「これだけじゃ、足りない」



この戦力差では、神通は苦戦を強いられるのは確実。
しかし、どういうわけか神通はそんな一言を放つと、
主砲に装填し、刀を装備した。


182 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:57:17.83 ID:sE/Vv+Mi0
グアム諸島警備府 工作部・格納庫//




ジャック「おじゃましまーす」


ジャックたちがカギを開け、侵入したのは、
いくつか建っている中で、唯一兵士が誰も居なかった倉庫だ。

格納庫には、定期整備のためか武器がびっしりと並んでいた。
海賊たちは用途すら不明の品がいくつもあったが、その中で、
彼ら自身も分かりやすい兵器を見つけた。


ギブス「おい! あったぞ! これなんてどうだ!」


それは在庫として保管してあった機関銃で、
10丁近い数が木箱に入れてある。


ギブス「これぁライフル銃だろう? なら持っていこうぜ!」


ジャック「それはいい考えだ」


183 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:58:36.25 ID:sE/Vv+Mi0



ジャックはそういうと、机に置かれていた9mm拳銃を手にする。
それは兵士たちの一般的な装備品の一つであったが、
この突発的な急襲に慌てて置き忘れられたもので、幸運にもマガジンが入ったままだ。

ジャックは9mm拳銃をまじまじと見る。
弾が入っているとはいえ、銃そのものは彼らの時代と大きく異なる。
引き金を引くだけでは何の反応もない。どう使ったものだろうとあちこち動かして
試行錯誤していると、銃の上部がスライドできた。カチッと何かがハマるような感触がする。
ビンゴ、どうやらそれらしい。ジャックは銃口を高い天井に向けると、引き金を引いた。



ギブス「うぉぉ!?」


ジャック「ハッハッハ!」


184 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:59:09.16 ID:sE/Vv+Mi0



銃声は誰もいない倉庫に響き渡る。突然の発砲音と、敵に見つかるかもしれない状況から
ギブスは大いに驚いたが、兵士たちは外での戦争に忙しいのかだれも気付いてすらいなかった。


窓から外を見ると、物陰から軍人らしき男たちが、開けた道を決死の表情で走り抜けていた。
しかしすぐに敵の航空兵器に見つかり、機銃で撃たれハチの巣にされる。応戦を嫌った空母級が、
第二陣として放った兵士殺戮用の対地機銃のついた攻撃機だ。


ジャックとギブスは、その戦場を恐ろしげに凝視していた。
飛び交う銃弾は恐ろしく早く、精確で、間断なく連射されている。
空で炸裂する砲弾も、ジャックたちのいたどの砲撃よりも恐ろしいものだ。
だがあんな空飛ぶ兵器があれば、どれも意味がない。そこから降ってくる射撃や砲撃は、
全ての抵抗を届かせずに、一方的に殲滅するだろう。


彼ら海賊たちの居た時間とは、数百年も離れた未来。
それも世界大戦という戦争におけるパラダイムシフト期を経たこの時代、
もはや戦争の情景は彼らの知るものとは遠くかけ離れている。


185 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:59:37.63 ID:sE/Vv+Mi0



そしてその中でも、もっともかけ離れていると断言できるものが、
今、海の上で戦っている神通と深海棲艦だろう。船の攻撃力と耐久性を
人間の女性に詰め込んだ存在。理屈は分からないが、その戦闘風景は
まさしく船同士の戦いであった。


ジャック「あんなのに巻き込まれるくらいなら、鮫に頭からかじられる方がまだ生きられそうだ」


ギブス「間違いねえ。早く逃げようぜ!」


ジャック「あぁ。ところであの髭親父はどこ行った?」



何度も言うが、バルボッサなしでは船が動かない。
置いていきたいのは山々だが、それが出来ないことにジャックは歯噛みする。

ジャックが辺りを見渡す。すると倉庫の一角にある部屋のシャッターが開いていた。
早くにげだしたいジャックは縛り付けてでも連れて行こうとその後を追う。


186 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:00:26.78 ID:sE/Vv+Mi0



シャッターの内側に入ると、中には同じ兵器がビッシリと並んでいた。
ジャックはそれがどんな兵器かは知らなかったが、見覚えがないわけではなかった。
それは全て艤装だった。



バルボッサ「一人の人間が海上で船と渡り合う力を得る兵器だ。
      まるで魔法の産物だな」


奥から出てきたバルボッサ。彼も先ほどの戦闘を見ていたのだろう。
この装置の有用性に気づいて探していたようだ。


ジャックも奥に入り、中を覗く。



そこにはやはり艤装があったが、その中にひと際大きいものを見つけた。

ジャックはそれを興味深そうに調べるが、バルボッサは無関心だった。


187 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:01:08.67 ID:sE/Vv+Mi0



バルボッサ「巨大で、一点ものであることを考えれば、これが一番強いのだろうが、
      見ろ。薄く埃被っている。使われていない証拠だ」


ジャック「持って帰ろうにもこの人数じゃ無理か」


バルボッサ「その通りだ。俺は別の戦利品がある。お前はこれを持て」



そういって、バルボッサはどこで手に入れたのか食器を入れた箱を手にする。
中身のものは、この時代ではそれこそスーパーにでも行けば置いてあるようなものだったが、
彼らの時代で考えれば、真っ白の白磁の食器やカップは高価なものであった。

一方で、ジャックに持たせるために選んだのは、艤装の中でも最も小さい12cm単装砲であった。
小さいとはいえと呼ばれるそれは複雑な機構を備えた鉄の塊であるため、
当然重く、ジャックに持たせるつもりでここで待っていたらしい。



バルボッサ「何も持っていないのだから構うまい?」



ジャックは渋々といった面でそれを持ち上げる。
とはいえ彼もそれには興味があったので、文句の一つも言わなかった。








188 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:01:57.28 ID:sE/Vv+Mi0
グアム諸島警備府 港・海上//




空爆や対地砲撃は平和であったグアム基地を脅かすには十分すぎた。
あちこちの施設を破壊し、走り回る水兵たちを殺した。空母一隻でこれだ。
敵本隊が合流すればもはや勝ち目はないだろう。


この基地の戦力では、30艦からなる敵の攻勢を支えられまい。
しかし比較的本土に近く、前線の裏側にあるここ奪われれば、
日本の柔らかい脇腹に刺さった短剣となりうる。



天龍「なんでもいい! 軽巡共を抜いて、空母の首を墜とすぞ!」


漣「――っ! 分かりましたよっ! 援護します!」


天龍「無茶すんなよ!」


漣「できればね!!」



軽巡級3体が、空母との間を阻むようにして並んでいる。
天龍達は手法を装填し、一気に距離を詰める。敵は数の利を生かして
3対2で包囲してくる。


189 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:04:00.02 ID:sE/Vv+Mi0



天龍「漣、動けるか?」


漣「こ、こんくらいなら、演習で経験してますからヨユーヨユー……」



漣は涙声だ。支援砲撃の為や前線への輸送任務で敵と戦ったことはあるが、
不利な戦場は未だ経験したことがなかったのだ。




天龍「なら大丈夫だ。帝国海軍の演習はその辺の前線よりきついからな」



そういって漣を元気づけると、敵の一角を近接攻撃で切り崩しにかかる。
漣は砲撃で牽制し、速度で攪乱した。切り札の雷撃を使うタイミングを狙う。


一方で湾内に一人ぽつんと取り残された空母ヲ級は攻撃態勢の整った対地爆撃機を再び発艦させる。



淡々と続く苛烈な空爆に、グアム基地の誇る対艦砲群は機能を喪失していた。
また、ドッグで修理していた通常重巡艦が、スクランブルできるほど整備されていなかったので、
せめて的にされるだけならと、だめもと陸地から砲台として応戦した。
その砲撃は運よく敵軽巡を一体仕留めるも、そこが運の尽き。結局爆撃機に破壊された。



190 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:05:16.73 ID:sE/Vv+Mi0



装填の済んだ砲門が神通に向けられる。


しかし神通は逃げることなく、徐々に増速しながら、敵軍めがけて懐に飛び込むよう変針する。
予想外の動きに一瞬ためらった深海棲艦だが、すぐに容赦ない砲撃と爆撃が一斉に神通を襲う。

だが神通は躊躇なく、最大戦速を維持つつ艤装内部の舵機構を一杯に切り、一挙に急転舵し敵の後ろに回り込む。
見事全弾を回避して見せ、そのまま神通は一直線に敵空母へ向かう。



神通「那珂、ありがとう」



このよけ方は、かつて妹であった那珂が編み出した機動で、彼女はこれにより必殺の間合いで放たれた
爆撃を何度も華麗に避けていた。自分の命は、今でも姉妹たちによって助けられてばかりいるのだと感じた。

だが、今はそんな思い出に浸っている場合ではない。涙が出そうに眼を拭い、獣の様な目つきに変え、
空母をに睨む。



敵は射程圏。なんとしても、あの空母どもを鎮めなければ。







191 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:06:02.96 ID:sE/Vv+Mi0
太平洋 海上//





港に繋がれていたフーチー号を、戦いの隙をついて奪い、海に出たジャック一行。

激戦中であるからか、皆が目の前の敵に集中しており、
一度兵士に見つかってしまったが、そのまま見なかったことにされ、
湾の半島スレスレを気づかれないようゆっくりと船を動かして逃げ出せた。
皆それどころではなかったのだろうか。



ジャック「ともかく、自由だ。諸君」



ジャックは基地から盗んできた酒をあおる。
バルボッサとギブスは机に戦利品を並べていた。

もってきた木箱の中には、価値のありそうな光物。それから、酒、食料。
それから多数の銃器がいれてあった。



ギブス「さっき外の兵隊が応戦に使ってた銃だ。引き金を押せば、この通り!」



ダダダダダダ、と発砲音が海上に連発する。制限点射されないフルオートの連射は、
初めて目にしたジャックらを驚かせた。ギブスは快感とばかりに打ちつつづけている。
未知の連射に一瞬でトリガーハッピーと化していた。
ジャックやバルボッサもそれを見て、楽しそうに連射した。



海の上で男たちの粗野な笑い声が響く。



192 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:06:56.53 ID:sE/Vv+Mi0



ジャック「で、こいつはどうなんだ?」



ジャックが足で艤装を小突く。




ギブス「これが背負えば船と同じ力をもつことのできる武器か」


ジャック「その通り。威力はご覧になった通りだ」


バルボッサ「よし、ものは試しだ。ギブス。背負ってみろ」




三人の中で立場の弱いギブスが実験台にされる。
正直二人としても、好奇心はあるが、こんなわけのわからないものを背負うのはゴメンだった。


恐る恐るギブスが艤装を背負う。鉄製のそれは当然とても重いが、
大の男であるギブスが背負えない程ではなく、なんとか立ち上がった。


193 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:07:55.75 ID:sE/Vv+Mi0



ジャック「どうだ?」

バルボッサ「力が湧いてくるか?」



興味深々な顔を向けるジャックとバルボッサ。
しかし当のギブスは困惑した顔だ。ただ重いものを背負っている以上の感覚はない。




バルボッサ「仕方ない。とりあえず海に飛び込ませよう」


ギブス「待て待て待て! 万が一動かなかった俺は溺れ死んじまう!」


ジャック「ならロープを腰に括り付けてから飛びゃあいい。なぁに、この海は穏やかで――」




そう言いながら海を見る。すると船の後方で、大きく黒い何かが一瞬見えた。



ギブス「なんだありゃ、サメ、いやクジラか?」




クジラと呼ばれたそれは徐々に速度を上げながら、
目を青色に発光させ、大きく牙をむいて、フーチー号に向かってくる。




それは駆逐イ級と呼ばれる、深海棲艦の仲間であった。




194 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:08:50.58 ID:sE/Vv+Mi0



バルボッサ「あれは化物だ!」

ジャック「嘘だろおい戦闘準備!」

ギブス「あ、アイ! 船長!」



ギブスは走って後方甲板にたどり着くと、備え付けてあった大砲を放つ。
わざわざ造船所が取り付けた逸品らしいが、直撃したのにまるで効かない。

お返しとばかりにイ級も砲撃を放つ。クジラが大砲を撃ってくるなど思ってもみなかったろう。
海賊たちは目を見開き、身をかがめる。
幸いにも小さい船なので当たらず掠めただけだが、水面は大きく揺れ、水柱が上がった。
弾速も威力も違いすぎた。これが敵の親玉だろうとジャックは思った。


195 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:09:28.48 ID:sE/Vv+Mi0



ギブス「この野郎!」


砲撃を何度か命中させるも、敵は傷を負うどころか、ひるみすらしない。
どうにかならないかとギブスは先ほど手に入れた戦利品の機関銃を放った。
しかしやはりこれも効かない。




ギブス「畜生!」


イ級はクジラの様な巨体を生かし、突撃してくる。バルボッサの剣の魔力とジャックの奇跡的な操舵と、
ギブスの応戦で何とか持っているが、時期に追いつかれるだろう。



ジャック「ギブス! さっきの! 俺の戦利品を使え!!」


ジャックが言っているのは、ギブスが今なお律儀に背負っている艤装のことだろう。
確かに、あの砲撃が出来れば、この怪物も倒せるかもしれない。



ギブス「ようし……!」


意気込むギブス。が、引き金や火縄、レバーなど、発射に必要そうな機構は何もない。
身体をゆすってみるも変化はない。



196 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:10:20.24 ID:sE/Vv+Mi0



バルボッサ「ギィブスー!! 何をやってる気合を入れろぉ!」


ギブス「うおぉ! 動けぇ!!」



彼らは知らないが、この装置を使えるのは艦娘だけで、
これを動かすのは妖精というオカルティックな要素が必要なのだ。

ギブスは必死に動かそうとするが、動かない。



ギブス「ジャーック! 無理だぁーー!!」

ジャック「却下だぁー! それさえ当たればなんとかなるはずだー! ギーブス!」



背中から降ろし、どこかに取っ手でもないか、必死で動かそうとするギブスだが、
まるで見当たらない。うんともすんとも言わない。





イ級「ゴアアァ!!」




そんな隙に、イ級が大きな口を開けて迫ってくる。
もう無理だ! そう思ったギブスはやぶれかぶれに、艤装をイ級の口に放り投げた。




だが当然、それは簡単に噛み砕かれてしまう。




197 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:11:02.44 ID:sE/Vv+Mi0





ギブス「あぁっ!」

バルボッサ「この馬鹿者めがっ!」

ジャック「いや、……待て! 伏せろ!」





イ級の噛み砕いた艤装は、どこかの機構に当たったのか、艤装が口の中で小さな火花を起こす。




それが燃料に引火し、炎上。同時に、12cm単装砲に組み込まれていた砲弾の火薬に着火。
さらに爆発が起き、イ級の口の中で、弾頭が四方に飛び散った!





イ級「ゴギャアァァァ!!」





ジャックらの砲弾が効かない程強力な外殻を持つイ級とはいえ、
流石に口の中から、口蓋や内臓に向かって飛び散る現代の砲弾に耐えることはできない。




イ級そのまま口から煙を上げて、大きな体を海の底に沈ませていった。





198 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:12:07.45 ID:sE/Vv+Mi0



爆音と、敵の轟沈を見て、ジャックらはつい動きを止めてその姿を見つめた。




バルボッサ「やったか……?」



その言葉に、三人そろって持ち場を離れ、船から水面を見下ろす。





海は青く深い色をしており、その中はうかがい知れない。


恐らくは倒したのだろう。しかし確証がないため、緊張がいまだ解けないでいる。



あの敵が不死身の逸話を持つ怪物ならば、また息を吹き返し襲ってくるかもしれない。
また、他にも似た敵がいれば包囲されるかもしれない。

歴戦の三人は、常に最悪を考えて海に立っている。




緊張が高じてか、ギブスは意味もなく剣を抜く。
効く筈もないが、持っているだけで安心できる気がした。
とりあえずこうしているわけにもいかない。

三人は、だれが言うでもなく、もう一度元の持ち場につこうとした。




199 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:12:58.61 ID:sE/Vv+Mi0



その時である。



ベケット『聞こえるかね? スパロウ君!』


ジャック「うぉあああ!!?」



緊張した空気を割くように、ベケットの声が船上に響く。
ベケットの命令を無視し逃げたこと、武器や食料・貴重品を奪って逃げたこと等、多数の負い目と、
そして何より、陣頭指揮を執っているはずのベケットの声が聞こえたことで、ジャックは腰を抜かした。
バルボッサも、声は上げていないが、流石に固まっていた。



ベケット『死んではいないだろうな。それは構わんが、手順が一つ増えるからよしてくれ』



聞きなれた冷酷な声に、ジャックとバルボッサは剣を抜きながら声のする方へと寄る。
しばらく探し回った結果、積み上げているロープの山に取り付けられるようにして、黒く固い箱がついていた。
ジャックは恐る恐る剣でそれをつつくが、何も起こらない。


200 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:13:35.32 ID:sE/Vv+Mi0



ジャック「なんだこりゃ」

ベケット『無線だ。覚えておかなくてもいい。とりあえず遠隔で会話できるものだと思え』



それはアンテナを経由して、リアルタイムで双方向的会話ができるタイプの無線であった。
イメージとしては携帯電話に近い。
が、18世紀の海賊である彼らにはそんなことは分からず、ただ物珍しそうに頷いていた。



ベケット『まぁ逃げるとは思っていたよ。構わないがな』

バルボッサ「これはこれは、追跡部隊でも派遣してくれたかな?」

ベケット『迎えは用意した。今から私もそちらに向かう』

バルボッサ「随分と俺たちに執着するな、ベケット卿」

ベケット『正直、私の目的のためには、君たちは最重要ではない』

バルボッサ「では逃がしてくれるかね?」



ベケット『死ぬのは構わないが、逃げるのはよしてくれ。この近海でなければ、引き上げるのが大変だ』


201 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:15:57.53 ID:sE/Vv+Mi0
すみません、訂正。 18世紀→17世紀。
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ジャック「なんだこりゃ」

ベケット『無線だ。覚えておかなくてもいい。とりあえず遠隔で会話できるものだと思え』


それはアンテナを経由して、リアルタイムで双方向的会話ができるタイプの無線であった。
イメージとしては携帯電話に近い。
が、17世紀の海賊である彼らにはそんなことは分からず、ただ物珍しそうに頷いていた。


ベケット『まぁ逃げるとは思っていたよ。構わないがな』

バルボッサ「これはこれは、追跡部隊でも派遣してくれたかな?」

ベケット『迎えは用意した。今から私もそちらに向かう』

バルボッサ「随分と俺たちに執着するな、ベケット卿」

ベケット『正直、私の目的のためには、君たちは最重要ではない』

バルボッサ「では逃がしてくれるかね?」


ベケット『死ぬのは構わないが、逃げるのはよしてくれ。この近海でなければ、引き上げるのが大変だ』



202 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:18:59.26 ID:sE/Vv+Mi0



無線から聞こえてくる声色は慌ただしさを思わせない。向こうの一次戦闘も終わったのだろう。
ガヤガヤと背景の音が混じって聞こえるが、脱出前にあちこちでなっていた爆音などは聞こえなかった。



バルボッサ「引き上げるとは、まさか死後の弔いでもしてくれるのではあるまいね?」


ベケット『笑わせるな。命があれば楽だが、とりあえずスパロウのコンパスだけ拾えればいい』


ジャック「まーた俺のコンパスが欲しいのか」



以前、デイヴィ・ジョーンズを操る為、心臓を手に入れようとジャック・スパロウの持つ
「望むものの場所示すコンパス」を求め、ウィル・ターナーを派遣したことがある。
コンパスは、ジャックの持ち物の中でも屈指の価値を持つ。奪われまいとの思いで、
彼はそれを握りしめた。



ベケット『正確には、コンパスと、元の時代に帰りたいと思う人間が欲しいのだよ。
     君でも、バルボッサでも、ギブスでも誰でもいい』


ジャック「何かを探させる気か」


203 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:19:49.96 ID:sE/Vv+Mi0



バルボッサ「とはいえ、三人死んでしまえば水の泡だ。死ぬ気はないが、
      これで奴が俺たちを船ごと殺せないことが分かった。さぁ逃げるぞ」


バルボッサは剣を振り上げる。船がゆっくりと動き出す。


ベケット『最悪、君たちが死んでいてもいいさ。それを使役してやる』



バルボッサ「はっ、死ねば海の亡者になるだけだ。誰も使うことなどできん」

ベケット『できるさ』




無線の向こうで、かすかに兵士たちの声が聞こえる。
その声色には、これから圧倒的戦力差の敵を迎える怯えや興奮といった温度がなかった。


バルボッサはふと思った。このベケットの余裕は何だ。詳細は不明だが、逃走前、
基地全体が慌ただしく動揺するほど、彼我の戦力差があったはず。
指揮官である彼が無駄話をしている暇などどこにもないだろう。

なのに、ここまで落ち着き払っている理由はなんだ?
そもそも、戦闘中に指揮官自らここまで来ることなど可能なのか?



この短い間に、それをひっくり返す何があった?




204 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:20:17.74 ID:sE/Vv+Mi0



ジャックを見ると、彼も同じ考えに至ったのか、髭を触りながら思案していた。



ジャック「戻ったところで、俺たちも戦争に巻き込まれるんじゃないか?」


ベケット『安心しろ、後続にいた敵主力は壊滅した。……いや、消滅したといえるか』

バルボッサ「消滅?」




ベケット『探し始めてから2年。ようやく奴を視界にとらえた』


バルボッサ「何の話をしている……?」



205 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:20:55.95 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット『では、部下たちよ。私からの最初の命令だ。
     死んでも奴を連れてこい』


ヘクター・ベケット少尉は、書類上部下預かにしていたジャックらに告げた。



ベケット『安心しろ。死んだら今度は、奴が連れてきてくれるさ』



ブツッ、と無線が途切れる。
意味深なベケットの言葉の意味を考えるより先に、ギブスが走ってくる音が聞こえた。







ギブス「ジャーーック!!! 不味い! 逃げろ!!!」





206 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:21:48.39 ID:sE/Vv+Mi0
>>205
書類上部下預か→書類上部下預かり、です。たびたびすみません。
207 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:23:22.65 ID:sE/Vv+Mi0



引き攣った声で叫ぶギブスに、二人は何事かと船後方を見る。
気づけば巨大な船が後方から、もの凄い勢いで追いかけてきた。




ジャック「嘘だろ……」

バルボッサ「島を探せぇ!」



バルボッサは誰よりも早く動き出し、船を走らせる。ジャックやギブスも慌てて操船に従事する。
軽装備で足の速いフーチー号。魔船クイーン・アンズ・リベンジからしばらく逃げ切ったその力は、
トリトンの剣の魔力と、歴戦の海賊三人によって最大限に活かされようとしていた。


距離も十分あった。向かい風であったことも幸いした。
向かい風であれば、追う側で、しかも巨大な船であればその風のあおりを大いに受ける。
条件からいえば、フーチー号に勝機があった。


だが、その船は、そんなものを無視して、恐ろしい速度で進んできた。





その船は、向かい風を、最速で突っ切ってきたのだ。






208 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:24:56.79 ID:sE/Vv+Mi0






逃走むなしく、船が接弦する。








???「諸君! 生きることの痛みにしがみつき! 死を恐れている諸君!!」






ガン、と甲板に足を叩きつけ船に乗り込んで来る男が一人。
彼もまた、この時代の者ではない、海賊のような風体。


だがここにいる誰とも違い、男の外見は尋常ではなかった。

触手の様な右腕。左腕はカニの鋏。全身にフジツボがまとわりつき、
顔はタコの触手のようなあごひげに覆われていた。




???「死の彼岸を遠ざけたいのなら、お前たちに選ばせてやろう!」




その男は、ジャックやバルボッサと並ぶ、悪名高き伝説の男。
船長の意思に従い自由自在に動く船。向かい風で最速を誇る船。
歴史上最も有名な、伝説の幽霊船、フライング・ダッチマン号。


それを駆る、伝説の海賊。その名は、








ジャック「デイヴィ・ジョーンズ……!」



ジョーンズ「死にたくなくば、向こう100年、俺に仕えろぉ!」










ジャックの仇敵、デイヴィ・ジョーンズであった。









209 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:25:35.68 ID:sE/Vv+Mi0























210 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:26:56.24 ID:sE/Vv+Mi0
一旦休憩。
次は17:20から。

集中力飛んでて誤字がヤバイ。気を付けます。
211 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:29:06.69 ID:sE/Vv+Mi0
今のところざっとスクロール見ると八分の三くらい消化。
次の投下で半分超えるくらいですかね。では、また1時間後。
212 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/15(火) 16:38:46.04 ID:4Jr4A7Pio
たん乙
凄まじい力作だな
213 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:19:30.03 ID:sE/Vv+Mi0
では再開
214 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:20:03.63 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 甲板//





ジャック・スパロウの人生を語るうえで、幾らか欠かせない人物がいる。
その一人は間違いなくデイヴィ・ジョーンズであろう。

彼は、かつてジャックと無人島で出会い、焼け焦げて沈んでしまった
ウィキッド・ウェンチ号を引き上げ、ジャックをその船長にさせた。
その船は「ブラック・パール号」と名を改められ、世界を震撼させる最速の海賊船となった。

そしてその時、船長として13年間楽しんだ後は、100年間ダッチマンの船員として
働くことを約束。しかし13年後のジャックはこれを無視。


結果として、ジャックは彼との壮大な戦いを経て決着をつける羽目になるが、
それはもう過去の話。



決着は、ジャックの勝利だった。
デイヴィ・ジョーンズは死んだはずだ。




ジョーンズ「お前も来たのか、クハハハ!!」



愉快、というには余りに極悪なその表情と掠れた声。
二度と見たくなったその表情を見て、ジャックは顔を引き攣らせる。



ジョーンズ「この時代に来てから、長く奇異なものばかりが目についたが……、
      なるほど、お前らが一番違和感があり、目に馴染む!」



215 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:20:42.34 ID:sE/Vv+Mi0



言葉から察するに、彼が来たのは昨日今日ではないらしい。
ジャックとバルボッサは、自分たちの知るジョーンズとの
微かな差異が気になっていた。



バルボッサ「お前、デイヴィ・ジョーンズか?」



弛んだタコの皮膚の間から、爛々とした目がバルボッサに向けられる。


ジョーンズ「誰だ貴様は。スパロウの腰ぎんちゃくか?」


彼が過去にジョーンズと会ったときと変わらぬ、海の底に引きずり込まれるような
強いプレッシャーを感じる。あぁ、間違いなくこの怪人はデイヴィ・ジョーンズに相違ない。



バルボッサ「忘れたか。俺はお前と会っているぞ。貴様の最期を飾った海戦で。
      評議会の代表として、あの砂浜でな。お前は水桶に立っていた」



大海戦前の最後のパーレイに従い、評議会と東インド会社がそれぞれ3名の代表を出し、
小さな無人島の白い砂浜で話し合いをした。その時に、陸に上がれないジョーンズは、
海水を張った水桶に立たされていた。


216 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:22:13.83 ID:sE/Vv+Mi0



ジョーンズ「ああ! そういえば、ジャックの横にターナーの女と、
      猿を肩にのせた道化師が居たな。あれが貴様か!?」



余り格好の付く姿でなかった時の話をされ、ジョーンズはお返しとばかりに口にする。



ジョーンズ「あの海賊長のお猿さんは? 森に帰ったかな?
      船長を追いかけずこんなとこで何をやってるんだ腰ぎんちゃくめ」



バルボッサは冷静に努めて、口に笑みを湛えて聞き流す、つもりでいたが、
顔も覚えられていない木っ端扱いされたことで少し頭に来ていた。



バルボッサ「ぬかせ。俺様が船長だ。海賊長に選ばれた証である八レアル銀貨を手に、
      ブラック・パールの船長を務めたのはこの俺だ」

ジャック「待て待て! そいつはただの航海士だ」

バルボッサ「しつこいぞ」

ジャック「どっちが!」


ジョーンズ「まぁどちらでもいい」



そういって、ジョーンズが一歩踏み出す。
喧嘩をしていても警戒は怠っていなかったのか、その踏み出した一瞬に遅れず、
ジャック、バルボッサ、ギブスの三人はジョーンズに剣を向けた。



217 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:23:19.51 ID:sE/Vv+Mi0



ジョーンズはさして驚く様子もなく立っている。
ギブスが汗ばむ手で柄をぎゅっと握りしめると、それを怠そうな目で見た。



ジョーンズ「で、こいつは誰だ?」


ギブス「お、俺は……」



長く共にいたジャックも世界有数の知名度をもつ海賊だが、
目の前の怪物はそれを遥かに上回る伝説の海賊。
船乗りならば名を知らぬ者はいない、海の死神。

ギブスはかつてジャックと共に彼と何度か敵対しているが、
こんな距離でまともに面と向かったのは初めてである。
思いがけず、身体が芯から震えた。

そうして答えられずにいるギブスに業を煮やしたのか、
バルボッサが口を挟む。



バルボッサ「そいつはギブス。ジャックの腰ぎんちゃくだ」

ギブス「おい!」



ギブスが何か反論しようとしていたが、それを睨み一つでやめさせる。
今、そんな雑談は不要なのだ。



218 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:24:15.24 ID:sE/Vv+Mi0



ジャック「ところで、魚顔のお仲間は?」


バルボッサは内心で頷く。そう、今聞くべきはそういうこと。
簡単に手の内をばらしはしないだろうが、表情から敵の戦力を読むつもりでいた。


ジョーンズ「さあな、どこかに落っことしてきたか」


が、意外にもジョーンズはあっさりと答える。
彼は船に一人きりといった。考えられないことではない。
元々のジョーンズの部下たちは、彼の死後、ウィル・ターナーの部下となった。

更に、このダッチマンは船長の意思に従って自由に動く船なのだ。
最悪動かす船員は船長以外必要ない。事実、接弦しているダッチマンから
誰かが潜むような気配はない。


ジャック「あぁ、そう。あるある」


ジョーンズ「そうだろう?」



ジャック「じゃ、も一個質問。……足、どうした?」



219 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:26:41.16 ID:sE/Vv+Mi0



ジャックが指さしたのは、ジョーンズの右足。
彼は、カニの様な左腕と共に、同じくカニの甲殻で出来た右足を持っていた。
バルボッサもそれを聞いてハッとする。何か覚えていた微妙な違和感。
そう、ジョーンズも今の自分と同じく義足の様な右足だったはずだ。
直接見た回数が少なかったことと、数年前の話なので朧気であったが、
ようやく思い出せた。



ジョーンズ「……さぁなぁ。どっかで拾ってきたか」




こちらは説明してくれる気はなさそうである。



ジョーンズ「では、お前らをダッチマンの船員にする。
      期間は俺の目的達成までの間、最大100年間。異存はないな?」



その言葉にジャックは顔色を変えた。異存しかない。
バルボッサもそれは同じで、そうなるくらいならばと戦ってケリをつけるため剣を向ける。
ジョーンズがそれをみて静かに笑う。

戦いは避けられないか。そう思った時、ギブスが待ってくれと声を上げた。



ギブス「俺たちは今、海軍の部下について任務を行ってる!
    俺たちを死なせれば、お前にとってもよくないことが起きるぞ」



ジョーンズ「海軍だとぉ?」




220 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:27:18.16 ID:sE/Vv+Mi0



猜疑に満ちた目を向けるが、事実である。
ジャックとバルボッサが頷く。



ジョーンズ「お前らも随分波乱に満ちてるな……」


ジョーンズもこの世界の不条理さに慣れているのか、
それに納得してくれた。



ジョーンズ「で、お前らの上司とやらはどこの誰だ?」



その質問に、ジャックとバルボッサが目を合わせた。




ジャック「ベケットだ、カトラー・ベケット」


バルボッサ「お前の元上司でもある」




その説明に、ジョーンズがニヤリと笑った。




221 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:27:49.68 ID:sE/Vv+Mi0



ジョーンズ「ホォ、ハハハハハッ」



意味深に笑い声をあげる。





ジョーンズ「奴はどこにいる?」




とりあえず、有無を言わさず船に奴隷として繋がれることは回避できたようだ。
ジャックは笑顔のまま、内心でホッと安堵した。















222 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:28:37.81 ID:sE/Vv+Mi0
グアム諸島警備府 工作部//



神通「っ!」


神通が突き飛ばされ、工作部に倒れこむ。
そんな彼女を、天龍は冷たい目で見降ろしていた。



天龍「指示を無視して、陣形を捨てた単騎特攻。
   命令無視がどういう罪に問われるか知らねえわけねえよな?」



その言葉に、神通は感情の籠らないぼんやりとした目で見返す。



天龍「挙句、空母を討とうとして後ろから軽巡に撃たれて中破。
   単艦で戦争やってんじゃねえぞ。あぁ?」


吹雪「やめてください! 神通さんは怪我して、」


漣「吹雪ちゃん、ちょっとストップ」



天龍「だからこそだろうがよ。万全を期しての特攻なら許す。
   だがあんなのは博打ですらない無謀だ。撃たれて当然だ。
   オレより最前線の長かったお前が分からないわけだろ、神通」



223 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:29:49.56 ID:sE/Vv+Mi0



天龍の怒りは、静かに、しかし燃えていた。
彼女は戦いを多く経験している。そんな天龍だからこそ、この神通が
今どれほど愚かなことをしているかわかっている。

戦略や戦術の話ではない。それよりもっと前の話。



天龍「なぁ?」


神通「…………」


天龍「……チッ」



神通は押し黙ったままだ。
反省をしているというより、返す気がないようだ。
打っても全く響かない、暖簾に腕押しな問答に、天龍が先に限界が来た。


天龍「もういい、来い。営倉にぶち込んでやる」




天龍は、命令違反を理由に、神通を引きずって営倉まで連れていく。
神通は全く抵抗せず後に続いた。



吹雪と漣が残される。



224 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:31:06.82 ID:sE/Vv+Mi0




吹雪「…………」


漣「顔、暗いよ。スマイルスマイル!」




吹雪は、暗い顔のままだ。
それも当然だろう。長らく心配していた神通と、この島で再開して以来
まともに元気な姿を見たことがないどころか、今にも崩壊しそうな精神になっている。

吹雪が落ち込むのも当然だ。

しかしこういう空気が好きではない漣。何とかしなくては。
そんな思いで、額にかかる髪の一部を、左手で上に引っ張った。


突然の奇行を不思議そうな目で見つめる吹雪に、漣は笑って言った。




漣「基地周りの市民居住区でこんなのあったでしょ? 名前忘れちゃったけど」

吹雪「あ、ボージョボー人形ですか?」

漣「そうそれ!」



名前を思い出した漣は、その特徴的な音が気に入ったのか「ボージョボー」と
嬉しそうに口に出す。



225 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:32:02.09 ID:sE/Vv+Mi0



吹雪「頭の紐に左腕を巻き付けるのは、幸運をもたらすおまじないですね」

漣「そそ。お土産探しに余念のない漣さんは、とっくにチェック済みなのです」



今まで大慌てで気づかなかったが、漣の持つ連装砲に、ウサギの人形と並ぶようにして
数体のボージョボー人形が仲良くくっ付いていた。

あれだけ戦闘に狼狽えていた漣の艤装がとても賑やかであったため、吹雪は苦笑する。



漣「はい、一個あげる」

吹雪「あ、えと、はい。ありがとうございます」



吹雪は、グアムが勤務地の為、この人形は自室に大量にある。
漣のそれは京都在住の人に八ツ橋を渡すかの如き行いであったが、吹雪は笑顔で受け取った。
渡されたボージョボー人形は、やはり幸運上昇の結び方をされていた。



226 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:32:34.53 ID:sE/Vv+Mi0



漣「でろでろでろでろでろでろでろでろ、でんでろでん!
  吹雪ちゃんの運が5上がった!」

吹雪「? なんですかそれ?」

漣「その装備は呪われている」

吹雪「えぇ!? 返します!」

漣「それをかえすなんてとんでもない!」


吹雪「な、何で?」

漣「もれなく漣が悲しみます、くすん」



吹雪は人形をポケットに入れた。
漣は満足そうに頷いている。



227 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:33:35.66 ID:sE/Vv+Mi0



漣「それに運って外れるものじゃないですしね」

吹雪「そもそも運って呪いじゃないですけど……」


漣「そうですか? 幸運っていいことばかりじゃない気もしますよー。
  神通さんだって、運が良くて一人生き残ったことを悔やんでますしね」



漣の一言にハッとする吹雪。これが漣の本題なのだろう。



漣「ですが! はいそこすぐ暗くならない。ですが! ですよ!
  彼女が生き残ったことで、今日救われた命もあるわけです」




基地への攻撃は、苛烈なものだった。


結果として基地の設備の多くが破壊されてしまった。
だが、早期に敵を全滅させたおかげで、一般市民の住むエリアにまでは
被害を広げてはいなかった。



228 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:36:13.20 ID:sE/Vv+Mi0




漣「現にこの人形を買ったお土産屋のおっちゃんは空襲を免れました。
  レモン汁効きすぎてるチャモロ料理店のおばあちゃんも、
  ナイトマーケットでココナッツオイル石鹸売りまくってるお姉さんも、
  近くを通るたびにグズリアとかチョコをせがんでくる子供たちも、
  みんな、みーんな、助かりました。それは神通さんが居てくれたから、かもしれません」




指示違反は別ですけどね、と一応付け加える。
神通が命がけの特攻をしたことを、漣もよくは思っていなかったからだ。



吹雪「……そう、ですね」



休憩時間、暇さえあれば街に繰り出す漣。
戦争中だというのに緊張感がないという人もいると聞いたが、
こうして見知らぬ土地で人と巡り合い、そのみんなの安否をすぐに確認できる
彼女の人懐っこさと情報力は、とてもじゃないが真似できないと吹雪は思う。



漣「ま、つまりクヨクヨすんな、ってことでした。ちゃんちゃん!」



真面目に語ってしまったのが恥ずかしくなったのか、少し顔を赤らめて
話を無理やり終わらせる漣。吹雪はちょっとだけ救われた気がした。




229 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:37:11.55 ID:sE/Vv+Mi0



漣「ところでこの人形、他に結び方知ってます? 一覧にして持って帰ろうかと」

吹雪「一覧、ですか?」

漣「帰りの鞄にみっしり詰め込んでます。お土産に」

吹雪「えぇー……、グアムにはもっと他にもお土産一杯あるのに……」


漣「いいんですよ。女子だし、こういうの好きだし。
  『今年のボージョボー人形は50年に1度の出来栄え』『エレガントで味わい深い仕上がり』
  とか言っとけば群がってきますからねー」


吹雪「それ、11月までまだ3か月ありますけど」

漣「ヌーボー(新しい)って言っておけばいいんですよー。なら8月が一番新しいってことで配布もおk。
  ボージョボー・ヌーボーですよ。そらもう列をなしての大繁盛間違いなし」




何処までがキャラでどこまでが素なのだろう。
吹雪はやはり苦笑した。




230 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:37:41.82 ID:sE/Vv+Mi0


















231 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:39:02.56 ID:sE/Vv+Mi0
グアム諸島警備府 外国人士官区//







ベケット「ご苦労だった諸君」


ジャックたちは再びベケットの部屋に戻ってきてしまっていた。不本意ながら。
港での彼らを見る兵隊たちの目は冷たく、捕虜脱走の罪で処刑されるのではないかと
内心ヒヤヒヤしていたが、その様な剣呑さはなく、とりあえず安心していた。

しかし、ここにきて悩みの種が一つ増えた。ジャックの因縁の敵であり、
こちらもまたジャックによって殺されたと言っていい、海賊デイヴィ・ジョーンズが
現れたのだ。



ジョーンズ「ほぉう! これはこれはベケット卿! いつ以来かな?」



ジョーンズは濡れた身体も気にせず、高級そうなソファに座っている。
招かれた客でありながら、まるで最高責任者の様に偉そうにふるまっていた。




232 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:39:33.30 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「私が君をつかって彼ら海賊を滅ぼそうとしていたとき以来だ」


ジョーンズ「ハハハハ! そして返り討ちにあったということだ! 貴様がここにいるのは、そういうことだろう?」


ベケット「どこの誰かが負けたせいだ」


ジョーンズ「冗談! 曲がりなりにも、あの時の貴様は大将だ。敗戦の責任はお前にある!」


ベケット「そんなことは分かっているさ」



海賊たち三人は、ベケットとジョーンズの会話を恐ろしそうに眺めていた。
死者がよみがえったことも、ジョーンズがベケットと穏やかならぬ会話をしていることも、
いくつかの理由はあったが、何より気になっていたのは、ジョーンズがここにいることである。


この基地は、陸地にある。



233 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:40:16.78 ID:sE/Vv+Mi0



ジョーンズ「俺の顔に何かついているか?」


そんな三人の表情に気づき、顎髭の触手をせわしく動かす。
実際、ついているどころの騒ぎではないが、今それは関係ない。



ジャック「陸の感触はどうだ?」


ジョーンズ「決まっている! 最高にクソったれだ!」



そういうと再び笑い出す。ギブスはジョーンズをほぼ伝説でしか知らないのだが、
意外にもこの男は陽気な性質だったのかと、どこか安心した目で見ていた。

一方で、彼をよく知るジャックは強烈な違和感を感じていた。
この男は酷く冷酷で、残忍で、笑うと言っても凶悪な笑みしか浮かべないような男だったはず。



ジャック「呪いはどうした?」


ジョーンズ「んん?」



ジョーンズの目がジャックに向けられる。
デイヴィ・ジョーンズは女神カリプソから与えられた使命により、死者の魂を運ぶ役目を負っていた。
そのせいで、10年に一度しか陸に上がれない呪いも同時にかけられていたのだ。



234 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:41:12.82 ID:sE/Vv+Mi0



ジョーンズ「知らん。解けているともいえるし、そうでないともいえる」

ジャック「どういう意味だ?」

ジョーンズ「逆に聞こう。俺が死んだあと、だれかがダッチマンの船長になったか?」



なるほど、とここで得心したジャックとバルボッサ。ベケットは何を考えているかよくわからず、
ギブスは何が話し合われているかよくわかっていない。



ジャック「ウィルだ。ウィル・ターナー。ブーツストラップビルの息子の、ウィル・ターナーだ」


ジョーンズ「ウィル・ターナーだとぉぅ!? ハハ、ハハハハハッ! 
      あの若造、ダッチマンの船長になったか! それはおめでとう! そしてご愁傷様!」



なんとも可笑しそうに笑い続けるジョーンズ。



ジョーンズ「ダッチマンには船長が必要だ。死者を運び、避陸の呪いを受け持つ器が。
      ウィル・ターナーが船長になったことで、私の義務と呪いが解消されたとみるべきだ。
      そうか、それにしてもあの若造なったか」



235 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:42:31.91 ID:sE/Vv+Mi0



ジャック「先輩としてアドバイスがあったら伝えておくぞ」

ジョーンズ「そりゃあいい! 是非頑張って耐えろと伝えておいてくれ。
      呪いを解消しようものなら、遡って私が船に戻らなくてはなくなる!」


ジャック「伝えておくが、最後に見たときはお仲間と楽しそうにやってたぞ」

ジョーンズ「そんなものは最初の10年までだ。すぐに奴も呪いの本質に気づき、後悔に苛まれる。
      もし無理やりダッチマンから逃げようものなら、貴様の寝首でもかいてやるとも伝えろ」


ジャック「勿論。そんなことになったら、もう寝室を、そのフジツボだらけにしてやれ」



ジャックの一言にまた大笑いをするジョーンズ。呪いが解けたからか、
終始随分とご機嫌である。そういえば、ジャックらの前に登場した時も、
相当なハイテンションであった。陰鬱な暴虐性は霧散したように思える。



236 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:43:01.34 ID:sE/Vv+Mi0



そうして、海賊たちとベケットが話をしている部屋に、
不意にノックの音が鳴った。


ベケット「入りたまえ」


ベケットに促されて部屋に入ってきたのは吹雪と、その後ろに天龍。
彼女たちは山の様な資料を両手に抱えていた。



吹雪「失礼します。ご指示頂いた資料をお持ちしました」


天龍「焼けてなかったのが幸いだっ――!?」


吹雪がベケットの傍に資料を積み上げる。
天龍もそれに続くが、目だけはジョーンズの方に向き、驚愕の表情だ。


237 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:44:14.91 ID:sE/Vv+Mi0



吹雪「関連の資料はこれで全部かと……」


ベケット「よろしい。ではそこに控えていなさい」


吹雪「はっ!」


天龍「……」



天龍は尚も唖然とした顔だ。ジョーンズの異形に驚いていたこともあるが、
この部屋の誰も彼のことを指摘していないのも謎だった。
その様子に気づいたベケットが天龍に向かって説明する。



ベケット「あれもスパロウらと同じ海賊の一人だ。
     決して深海棲艦側の提督という訳ではないから安心したまえ」


ジョーンズ「その通り。どちらかといえば、あれらと私は敵同士だ」




デイヴィ・ジョーンズの言葉に、ベケットの視線が向く。



238 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:44:59.74 ID:sE/Vv+Mi0


ベケット「深海棲艦を知っているのだな」


ジョーンズ「俺はこっちに来て4年になるからな」



4年前。それはベケットがこの世界に飛ばされた時と同じ年数だ。
ベケットは身を乗り出す。



ベケット「では、もう一つ。お前は深海棲艦を倒す術を持っているな?」


吹雪から渡された資料の一つを引っ張り出し、ジョーンズに見せる。
天龍も興味深そうにそれ覗いた。



天龍「地図?」


ベケット「前線で、深海棲艦が消えたという情報が秘密裏に共有されていてな。
     准将以上のクリアランスがないと本来触れない情報だ」


239 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:46:28.77 ID:sE/Vv+Mi0



至極、当たり前の様に言ってのけるので、天龍は驚くタイミングを失ってしまう。
前線で原因不明のまま敵が消えるなど、不安要素でしかない。混乱を防ぐためとはいえ
そんな情報が伏せられていたこと、それから少尉に過ぎないこの男が、その情報を
手に入れているとい事実。色々なところに説明を求めたかった。



吹雪「こういった内部の工作や根回しは少尉の得意分野ですから」


狼狽える天龍にこそっと耳打ちをする吹雪。
問題はそこではないのだが、余りに誇らしくいう吹雪に脱力してしまった。



バルボッサ「驚くことか? 深海棲艦という奴なら俺たちも倒した」

ギブス「しかもクジラみてえな奴だ! ありゃ親玉だぜ!」


ベケット「あれは駆逐イ級と呼ばれる雑魚中の雑魚だ」


死闘を繰り広げた、海の主といえるような怪物がその辺の雑魚と知り、
ジャックもギブスも、バルボッサでさえ驚きを隠せない様子だった。


240 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:47:17.42 ID:sE/Vv+Mi0



それを無視し、ベケットはジョーンズに向き直る。
ジョーンズは地図にも目を通さず、どっかりと座ったままだ。


ベケット「4年前から、世界各所で深海棲艦の一団が消える事態があった。
     また、敵の残骸がいつの間にか消失しているということも多々起こっている。
     本部は、深海棲艦側の作戦行動の一環だと考えていたが……、これはお前だな?」


ジョーンズ「……」


ジョーンズは見定めるような目でベケットを見る。
その眼光は波の船乗りなら一睨みで失禁してしまうほどの恐るべきものだが、
ベケットは変わらず目を逸らさない。

それを見てジョーンズは口に笑みを湛える。


にらみ合い。緊張。





ジャック「というか」


それに割って入ったのはジャック。
手を上げて発言の許可を待つ。



241 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:47:51.26 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「何だ?」


ジャック「さっきから気になってはいたんだが……、おたく、ジョーンズがいることを知ってた節があるよな?
     船の中ん時もそうだ。俺たちより早くジョーンズの接近に気づいてた。ありゃなんだ?」



それに関しては、天龍も同じ気持ちだった。
深海棲艦の消失が起こったとして、通常考えうるのは敵の作戦か、それに準ずる何かだ。
決して伝説の悪霊が倒しまわってるとなんて思うはずがない。

吹雪を除く、全員の視線がベケットに集中する。観念して、彼は言葉を選びながら話し始めた。



ベケット「……私の中には常に一つの疑問があった。なぜ、この世界に飛ばされたのか、というな」



それは、彼がこれまで追い続けた来た疑問。
それを話し始めたことにバルボッサは驚いた。彼は確信するまで言うつもりはないと言っていた。
つまり、今、仮説が確信に変わったのだ。


ベケットは、紅茶を一口だけ飲むと、全員の視線と向き合った。


242 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:48:33.01 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「時に、こちらへ飛ばされてきたときに、カニを見なかったかね?」



唐突な言葉に、横から聞いていた天龍は頭に疑問符を浮かべる。
そこで吹雪に助けを求めようとしたが、彼女は真剣な目で相槌を打っていた。

一方、そんな質問をされた海賊たちだが、彼らも真剣な表情だった。


ジャック「見た、というかハサミでつままれたな」

バルボッサ「見たな」

ギブス「俺も見たぜ。起きたら足に乗っていた」


フーチー号に乗って訪れた三人は満場一致。
視線が、沈黙するジョーンズに集まる。彼は横柄な態度を崩さずに答えた。


ジョーンズ「見たぞ」



243 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:48:59.56 ID:sE/Vv+Mi0



その返答は、明らかに何かを知っているような、次の答えが分かったような響きを伴っていた。
ベケットも、この男ならば知っているかもしれないと思っていたので意外でもなかった。
未だに疑問符を浮かべている天龍以外、部屋の全員が一つの仮説に行きついた。



ジャック「つまり――、」



誰も言い出さない中、答え合わせをしたのはジャック。








ジャック「カリプソか……?」






244 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:49:46.73 ID:sE/Vv+Mi0




驚きの声はない。間違いなく、全員がその名前を頭に思い浮かべていた。




天龍「ちょ、ちょちょちょ……」


唯一分かっていなかったのは天龍くらいである。
流石にもう話について行くのが限界だったので、隣の吹雪に説明を求めた。



天龍「カリプソって何だ? そいつも海賊?」


吹雪「ギリシア神話における海の女神の名前です。英語読みでカリプソ。
   古代ギリシア発音ですとカリュプソーですね。オーギュギア島に住むニンフの一人です。
   欧米の船乗りさん達の間では、古来から彼女の眷属がカニであることが伝えられているようですね」




説明を受けたが、言葉が耳を滑るように抜けていった。
天龍は考えることをやめた。普段、ベケットの研究の手伝いもしていた吹雪には
分かることでも、天龍にしてみれば呪文にも等しかった。

漣だったら、ゲームか漫画の知識で多少の反応もできたかもしれないが、
彼女は今別室で本土と通信するため調子の悪い無線機と格闘中だ。



天龍はすごすごと下がる。




245 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 17:51:13.00 ID:sE/Vv+Mi0



バルボッサ「確かにカリプソは、海の女神だが……、
      あれはこんなことが出来るような力ももっているのか?」


こんなこと、とは別世界への転移のことだ。


ギブス「俺たちがカリプソを女神の姿に解き放ったからじゃないのか?」


バルボッサ「それにしてもだ。海を司る神であって、別世界の神ではないだろう?」


ジョーンズ「貴様らは知らんだろうが、それは別に疑問となるべきところではない。
      あの女は海の神で、強力な魔力を持っているが、アレの本質は別にある」


その言葉にベケットが頷く。


ベケット「神格化された存在は、その能力とは別に、権能という固有の力を持っている。
     そしてカリプソの神格としての権能は、『神隠し』だ」


その昔、神が当たり前に存在した時代。
行方不明となった人は神に連れ去られていたのだと信じられていた。
カリプソは、特にその力を行使し得る能力・特権を持っているのだ。



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