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女「犠牲の都市で人が死ぬ」 男「……仕方のないこと、なんだと思う」
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2 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/13(日) 18:14:02.04 ID:/6Xwlc9Z0
『我々の命は常に犠牲の上に成り立っている。我々が住むのは犠牲の都市だ』
人が一人を犠牲にし、ようやく自分たちは生きていられる。それを忘れないための、自戒の言葉。
それは頭に浮かんだ最初の言葉だった。とても、信じられなかった。
「……どういうことですか」
「私たちの娘が、犠牲者として選ばれた」
彼女は忽然と姿を消した。僕の日常から、なんの前兆もなしに。
彼女の両親の表情に、いつもの穏やかさと言ったものはない。それが否が応にも、真実なのだと知らしめた。
「一年前からだ。緑の矢が、私たちの娘には立っていた」
緑とは、命を表す色。緑の矢がたてられた者はその身を捧げなければならない。
『星堕ち』という出来事で人類が滅んで以来、人は魔法という能力を手に入れた。大抵の人は炎やら氷やらを生み出すことができる。しかし、体力の消耗と生み出されるわずかな奇跡は、結果として釣り合っていない。犠牲に選ばれるのは、決まって魔翌力が高い者だ。魔法とは、ただただ犠牲のための身に存在する。……一般的には、何の意味もない奇跡。
「……嘘ですよね?」
呆然とつぶやく。言葉が宙にうく。否定してくれと、誘うみたいに。だがそれは、ひらひらと落ちていく。
認めたくなくて、さらに言葉を紡ぐ。
「緑の矢がたてられるほど……魔翌力は高くなかったはずですよね?」
「……」
沈黙が続く。
3 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/13(日) 18:15:08.36 ID:/6Xwlc9Z0
……どうしてこんなことになっているんだろう。
じゃあ防げたのか?と自問する。まさか、そんなはずはない。
確かに、彼女の魔翌力は高めだった。「まあ、あんまり意味はないけどね」と彼女は言っていた。実際、日常生活で魔法というものは不要だった。……魔法というのは実に、犠牲のためにしか使い道がないもりだった。
沈黙。咳払い。溜息。
「私が話そう」
と、彼女の父が言った。
これは本当は関係者の親族以外には話してはいけないことなんだけどね、と彼女の父は続ける。
「犠牲者の平穏な日常を乱さないために、定期的な魔翌力検査の結果は、魔翌力が高い者に限り……調整が入るらしい。実際に緑の矢が立てられたのは一年前だ。しかし、私たちが知ったのはもっとあとになってからだ」
馬鹿げてる、と思った。平穏な日常を乱さないために? そんなもの、ただの詭弁だ。要するに無駄な混乱を起こしたくないのだ。
そんなもののために、と拳を握り締める。
知ってしまったら戻れない真実、というものが存在する。確かに、一年前に自分が緑の矢がたてられる予定であることを、彼女が知ったらどうなるだろう。きっと、その一年間ずっと死に怯えることになるだろう。だがだからこそ、最後の一年間を有意義に過ごそうとするはずだ。突然、緑の矢があなたにたちました、人々のために死んでください。なんて言われても、悔いが残って仕方ないはずだ。
――本当にそうか?
そう考えるのはただの自分のエゴではないのか?
『ねえ、この都市を保つために犠牲になっている人たちについてどう思う?』
――目の前が真っ暗になる。
僕はこの彼女の言葉に何と答えた?
仕方ない、と答えたのだ。可哀想だけど、必要なことだと。
――じゃあ、彼女はこれを聞いて何を思ったのか。
4 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/13(日) 18:15:49.85 ID:/6Xwlc9Z0
「娘はね、あなたのことが好きだったみたいなの」と彼女の母は言った。なにかをこらえるように、それだけを言った。
頭が痛い。立ち上がるもふらつく。
「失礼……します」
「気を付けて帰りなさい」
「はい」
扉を開ける。目の前にはどこまでも真っ暗な風景が広がっていた。
罪悪感。それを今、僕は感じている。だからと言って何かができるわけではない。
「……きさん……ゆうきさん!」
誰かが呼ぶ声。その方向に眼を向ける。そいつが誰か、僕は知っている。
「卓也」
彼女の一つ年下の弟だ。彼は僕のことを裕樹さん、と親しみをこめて言う。今、最も顔を合わせたくない相手だった。
「こっちに来て祐樹さん。話があるんだ」
「……わかった」
卓也に黙ってついていく。やがて人気のしない場所に出た。そこでようやく、彼は話し始めた。
「父さんと母さんから、話は聞いた?」
「うん」
「じゃあさ――」
姉さんを救おう。飛び出したのは、そんな言葉だった。
「馬鹿な。何を言って……」
「父さんと母さんには許可はとってある」
その言葉に思わず絶句する。その言葉がどういった意味を持っているのか。
この都市において、法は絶対だ。それを守りきるために、破れば過剰な罰が与えられる。特に、反乱行為には顕著だ。
……実際、前例がある。緑の矢に選ばれた者を救うために、施設に忍び込んだものがいた。そいつは犠牲者の父親だった。結果はあっけなく捕らえられた。……それだけで終わったわけではない。
『犠牲者の血縁関係があるものがその奪還を目論んだ場合、その血を絶やす』こんな条文がある。
まさか。本当に実行されるとは思わなかった。国民のほとんどは、これがただのこけおどしの法だし思っていただろう。
果たしてそれは実行された。
今でもよく覚えている。
5 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/13(日) 18:16:31.62 ID:/6Xwlc9Z0
私は娘を救おうとしただけだ!私たちは関係ないじゃない!せめて子供だけは……
6 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/13(日) 18:16:59.28 ID:/6Xwlc9Z0
処刑は市街地、誰にでも見られる場所で行われた。最初はたくさんのやじ馬がいた。だが最初の一人が処刑されたあと、その場に残っているものはほとんどいなかった……。
つまり、卓也が言っているのは。
「親が死んでも……いいの?」
「本人が望んだんだ」
「それでも……」
言葉を詰まらせる僕にまくしたてるように彼は言った。
「心配しないでくれよ! 調べてみたんだけど『犠牲者の血縁関係があるものがその奪還を目論んだ場合、その血を絶やす』っていうのはおそらくミス法文なんだ! 『犠牲者の血縁関係』が奪還を企てなければ罰せられることはないんだよ! 俺、ほかにも調べたんだけどさ、裕樹さんの言う通り、法に例外はないみたいだ。明らかに間違ったことが行われても、法の穴を通ってしまった場合は見逃されて、それを元に法が組み替えられて、ようやく次に起こした奴が罰せられるんだ! ……裕樹さんの家族が殺されることはないよ」
たしかに、裕樹さんには命をかけてもらうことになるけどさ、と彼は付け足すように言った。
犠牲に関して、一歩でも間違えれば壊滅するこの都市は、法を絶対的に遵守している。絶対的な統治のために、必要なものとして。だから、きっと卓也の言うことは間違っていないのだろう。僕は法を今まで勉強してきた。法の番人こそが、将来目指すものだったからだ。
しかし、
「違う」
彼は勘違いしている。
「だったらなにを――」
「犠牲者とは、必要な犠牲なんだ」
今度は卓也が言葉を詰まらせる番だった。まるで理解できないという表情。
「なにいってんだよ裕樹さん」
「法破りの罰があまりに厳しいのは、例外を極力生まないためだ。……特に、『犠牲』に関して厳しいのは、もしものミスで失敗をしたらこの都市すべての人間が死んでしまうからだ。だから、いくら彼女が犠牲者だからと言って、例外は認めることはできない」
そう。それが法の番人を一心に目指してきた僕の答え。僕の考え。大のために小を切り捨てる。それが正義だ。
そして、例外は認められない。一度法が破られ、無意味なものとなったらこの都市は終わる。
……ほとんどの奴は気づいちゃいない。自分たちは、運が悪ければ次の瞬間にも死んでしまう、そのことを。
「……なんだよ」
呻くような声。
「裕樹さんの考えも、その正義もわかる。俺だって一度は本気であんたと同じ道を行こうとしたから。でもさ」
その声は、悲痛に染まっている。
「俺たちが生きてるのは現実なんだ。そんな理論は仮想で使うものだ! ……大事な人を助けるためなら、平然と投げ捨てる。そういうものでしょ?」
そういう彼の口調は、僕に問いかけるものだった。だが、彼はもう、僕がどう答えるのか知っている。
『ねえ、この都市を保つために犠牲になっている人たちについてどう思う?』
胸がズキンと痛む。それでも、僕の理論は正しい。すべての人間を犠牲にするほど、彼女の命は重くない。
僕は首を横に振る。
「全ての人間が自己の犠牲を拒むなら、この都市は終わる。平等でなくては、ならないんだ」
「そんなの……」
「それに、どうやって助けるつもりだ?」
「……」
「政府の部隊はどうする? 助けたあとはどこに行く? そもそも成功の確率的に君と両親、合わせて三人分の命をかける価値はあるのか?」
いくら本人の了解を得ているからって、人の命なんて他人が背負えるわけがない。人の命とは、人にとって重すぎる。
救出の後も先も、どうやったって未来がない。たった二人で何ができる? この都市は一生分逃げ回れるほど広くない。僕が彼女に対してなにかを想う。なにかをしようとする。それで……? それでなにかなるのか? 無理だ。現実的に、彼女は助けることができない。
――僕がなにを想おうと、現実は現実のままだ。
「嘘だ」
泣いている。十六にもなる少年が、最後の希望に裏切られたと泣いている。
「嘘だ!」
せきを切ったように、涙がこぼれている。
「姉さんはアンタのことが好きだっていってたんだぞ! どうせアンタだって姉さんのことが好きなくせに! 告白してない? はっ、そんなことを言い訳にするのかよ!」
怒鳴っている。感情をむき出しにしている。悲しんでいる。
僕にとって、彼女がどんなに大切でも自分の打ち立てた理論に逆らっている限り、救うということはできなかった。
まるで見当違いの言葉だった。現実も理屈も何もかも、どの要素をとっても『僕は彼女を救わない」という答えが出る。
――なのに……なんでこんなにも胸が痛むんだろう。
「見損なったぞ!」
きっと、客観的な第三者がいれば、こういうだろう。お前の選択が正しい、と。
第一君が命をかける必要もない。現実的にも難しい。|仕方のないことなんだ《、、、、、、、、、、》。
泣いている少年の姿を見ていた。彼が静かになるのを待つ。
そして赤く目を泣きはらし、彼は言った。
「なあ、頼むよ裕樹さん」
願いを込めて、思いを込めて、愛情を込めて。
悲哀のまま彼は縋る。
「お願いだ……どうしても、助けて、助けて。姉さんを助けられるのは、裕樹さんだけなんだ。俺じゃ無理なんだ。だから、だから……」
溢れ出すのは悲惨なまでの切望の言葉。
それでも僕は。
「ごめん」
選択は変わらない。
息の詰まる、音がした。
「俺はレジスタンスに入るよ。なんとかして姉さんを救う手段を見つけるんだ」
それが彼が去り際に残していった最後の言葉だった。
――きっと、彼は僕が来ることを期待している。
7 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/13(日) 18:18:42.59 ID:/6Xwlc9Z0
地の文SSです。不慣れなところもありますが、よろしくお願いします。
書きためがあるのでしばらくしたらまた来ます
8 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/13(日) 18:57:01.68 ID:TY3clQRi0
もうちょっと間を開けた方がいい
読みにくい
9 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/13(日) 20:02:52.13 ID:/6Xwlc9Z0
わかりました。そうします。感謝です
10 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/13(日) 21:34:43.48 ID:pGPCXHXY0
期待
11 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/13(日) 22:27:55.79 ID:nXsedq6j0
カクヨムで見たような……?
12 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/13(日) 22:37:42.61 ID:/6Xwlc9Z0
暗い照明が地を照らす。
この地下都市では、夜を表現するために暗めの明かりが用いられる。朝はもっと明るい光だ。
大勢の人々がたむろしている。息苦しい、むせかえるほどの人ごみ。
流されていく。行き場のないまま。なにもみえないまま。
思えば、そんな風に生きていくのが、一番嫌だった。生きていく目標が欲しかった。
何のために生きる?なんのために死ぬ?
世情を見て、その答えを出した。
世の中を、変えてやるんだ。生きた証をどこかに刻もう。そうだ、できれば人のためになることをしよう。
所詮、子供の考えることだった。だが、その思いはどこまでも純真で、それだけに僕の基盤となった。
『裕樹クンは立派だねー』
……思えば、他にも要因があった気もする。
『私、雪っていうんだ。ユウキ、から一文字とればユキ。これって運命じゃない?』
人に認められるということ。
『そっか。じゃあ私が応援してあげるねー』
ほんの少しの勇気をもらうということ。
『君ならできる!』
……。
だが、だからと言ってなんだというのだ?現実には刃向かえない。
小さいころは何でもできると思っていた。でも今はそんなことはないと、十分わかっている。
大人になるということ、何かをあきらめるということ。それら二つはよく似ている。もう十七という年
は、大人にならなければならない年だ。
突然何かにぶつかる。違和感を覚える。前に何かがある気配はなかった。
「おっとすまないね」
その人物が口を開く。
どこまでも異様な雰囲気を放つ人物だった。確かにそこにいるはずなのに確信が持てない。しかし、強い存在感を感じる。矛盾の塊。
男は笑っている。
「認識できるみたいだね」
注意してみれば案外、その声は若い。
「……だれ」
「占い師だよ。水晶玉は持っていないけど」
「はあ」
「少年よ。君は悩みがあるようだね」
フードで隠れて見えない表情。余裕と澄み切った声の口調。
「ありませんよ」
ぶっきらぼうにそう言う。
僕には余裕がない。なにもできことに追い詰められていく焦燥感。
答えがひとつしかないことに苦しみ、それが正しいことを認めてしまう。だから、なにもできない。
「今日もどこかで人が嘆き、悲しんでいる。犠牲の都市ではひとりが殺される。今日もどこかで、心の中で誰かが泣いている」
占い師は歌うように言った。
そんな鼻にかけた台詞に、周囲の人々は注目することがない。
「……それで?」
彼は笑う。
「それで?」と僕の言葉を繰り返す。
ひたすら不気味な存在感。
「痛みを知っているんだ。大切なひとが死んでしまう痛みを。僕は些細な手助けをしたくて、君に話しかけている」
なんなのだ、と思う。
存在は酷く歪だった。気のせいではない。周囲の人々から、僕たちが認識できていない。
13 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/13(日) 22:39:01.43 ID:/6Xwlc9Z0
「……なにものなんですか」
怖かった。未知との接触。知らないものへの邂逅。
「君の大切な人が死ぬんだろう? この都市の犠牲になって」
「なんで知って……」
「鎌をかけただけだよ。僕は人の死に敏感でね。人の心の在り方がわかるんだ。で、いろいろ考えて適当なことを言って、君から情報を引きずりだした」
……弄んでいるのか?
思わずそう思う。そんなことをしてなんになるのだろう。趣味の悪い暇つぶしか、なんなのか。それぐらいしか思いつくものがない。
「大切なひとが死んでいくのを、看取ったことがあるんだ。なにもできないまま」と彼は言う。
淡々とした言葉だった。つとめて感情を出さないようにしているような、そんなような。
もしかして善意なんだろうか、と考える。
思わず感情が揺れた。彼の言葉はやけに真実味があるような気がした。
死に敏感だという言ったこと。大切なひとが死んでいくのを看取ったということ。
「ところで君に聞きたいことがあるんだけど」
目が合う。吸い込まれるような黒い瞳。
「君はどれぐらい生きたていたい?」
瞬間、身動きが取れなくなった。人ごみの中でとまっているのに誰も気に留めない。異様な状況。
催眠術めいた、魔法のような。どこまでも追いかけてくるような感覚。まともじゃない。そういうものを無理やり引きずりだされている。なぜだか正直なことを話したほうがいい気がした。彼の言葉は、不思議な引力を携えていた。
「ぼくは」と呟く。
たった一つの目標のために生きているのかもしれない。
愚かしいけれども、確かにそれは僕を占める重要な部分であったのは確かだ。
「ぼくは」
それでも感情は犠牲にしなければ。仕方のないことなのだ。犠牲とは、必要なものだ
こみ上げてくるものがあった。自分の奥深くからくる、理屈ではない感情。
14 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/13(日) 22:39:46.50 ID:/6Xwlc9Z0
「彼女が生きている間……まで」
「普通、こういう話には他人はでてこない」
男は驚いていた。そしてなにか見定めるようにこちらを見る。
「じゃあその彼女が死んだらどうするの?」
そんなもの……。
「君は死ぬのかい?」
諦めが心を満たす。そんな気がした。
誰が死のうと、結局人は生きていく。そして忘れる。それが現実だ。
「そんなものだよ。答えなんて」
だがそれでも。
「じゃあどうすればいい?」
受け入れるのは許容しがたい。
忘れたくない。失いたくない。だが取れる手段なんてない。
詰んでいる。終わっている。意味を失っている。
「消去法的選択というのがある」と男は言った。
例えば、君は武器を持った大量の敵によって崖に追い詰められている。崖の下は深く、底が見えない。でも君は飛び降りなければならないんだ。飛び降りるのがどんなに怖くても、敵の元に向かえば、絶対死ぬのだから、身を落とすという選択肢しかない。
さて、君は崖の上に立っているか?
「どうだろうか」
「僕は……」
彼女はそこまで大切だろうか?
要するに僕には藁にすがるという選択肢が残されている。だが失敗すれば全てを失う。成功しても全てを失う。あまりにも釣り合わない、愚か者の選択。大人にならなければならない。もう、いいかげんに。
『ずっと一緒にいようね』
それでも……感情が否定している。
泣きそうだった。もういい加減にしてほしかった。だって無理だ。前例だってない。前例をださないように、この都市は徹底している。
僕は崖に立っている。
「彼女は死なない」
「そっか」
男は優しく笑っていた。
もし他人の、第三者がいればきっと僕を否定する。
諦めたほうがいい。 だって仕方のないこと、、、、、、、、、、なんだから。
「世の中意外と何とかなるものだよ。世界には手段が溢れすぎているから。そして君には素養がある」
立ち去ろうとしているのが気配でわかる。
「最後に聞かせてほしいんだけど、もしその彼女が永遠に生き続けるなら、君も永遠に生き続ける?」
「うん」
「いい答えが聞けたよ。じゃあね」
違和感が消える。どこまでもいつも通りに。
世の中のルールは規則的に回り続ける。逆らうことは許されない。秩序を守るために。
枠外からはみ出ることを、愚か者と、世間一般は呼ぶ。
15 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/13(日) 22:40:36.46 ID:/6Xwlc9Z0
◇
彼女を助ける。そしてそのあと、どうやって生活していくのか。
この二つの問題を見つれられなければ、助けることなんて諦めるしかない。今までの僕は手段を考えることさえしなかった。今は考えてはいる。だがあまりにも難しい。
最も重要なのは助ける前よりも後だ。すぐ捕まりました、では意味がない。
試しにこの都市の地図を眺め、隠れひそめそうなところを探ってみた。なんとか見つかりそうにもないところを見つけ出した。しかし……政府の本気には対応できない。何年かは防ぐことができる。だが一生逃げ切るというのは確実に無理な話だった。
頭を悩ませる。土台、無理な話だ。
民間人が普通に立ち回って出し抜けるような隙間。そんなものは万が一つもない。
本来なら諦めるところだった。いくら思いが強くても、無理なものは無理。駄々をこねたって揺るがない、意味がない。現実に逆らうというのは不可能だ。
しかし、
『俺はレジスタンスに入るよ。なんとかして姉さんを救う手段を見つけるんだ』
卓也の言葉。
本来詰んでいて、諦めるしかない状況だが、まだ全てを試したわけではない。彼の言葉がそうさせたのだ。
16 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/13(日) 22:41:39.91 ID:/6Xwlc9Z0
彼女の一つ年下の弟は、なぜだかレジスタンスの繋がりがあるようだ。現在、何一つ問題は解決していないが、解決方法を探す手段を探す、という頭の痛くなるような道だけは残されている。
だが卓也はいなくなっていた。その親も行先は知らないらしい。
ということは、卓也は組織に潜り込めた……あるいは殺された、ということだ。状況は動いている。
レジスタンス……あまりにも危険な相手だ。馬鹿げた空想ともつかぬ妄想を謳い、殺人をするだけの組織。300年ほど前に大きな事件を起こし、最近だと40年ほど前に人を殺した。だが皮肉なことに、彼らの存在はこの都市の人々の結束を高めている。法に仇名す、唯一の脅威として。……実際、長い目で見れば、彼らは良い影響を与えている。だいぶ昔に、僕はそう結論付けていた。
17 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/13(日) 22:42:20.30 ID:/6Xwlc9Z0
目隠しをとかれる。
18 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/13(日) 22:42:56.62 ID:/6Xwlc9Z0
「……」
彼らを捜索して三日目。僕はようやく手掛かりを得た。革命論を唱える演説家あたりに目星をつけ、そこに出席する共通人物を探っていった。
「小僧、ここから先はもどれないぞ」
そんなわけで、僕はレジスタンスの拠点の前にいる。接触してきたのはあちらからだ。政府が見つけられない場所を、個人が見つけられるはずもない。
「わかってますよ」
いかつい面の男が扉を開ける。埃っぽい雰囲気。
そこにはいかにも大物らしいオーラを出す男と……。
「裕樹さん!やっぱり来たんだね!ボス、あの人が俺が言っていたひとだよ」
卓也がいた。ほっと一息をつく。一つ年下の彼は、生きていたのだ。それどころかなじんでいるような感じもするが。
19 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/13(日) 22:44:15.55 ID:/6Xwlc9Z0
ボス、と呼ばれた男がじろりと頭のてっぺんからつま先まで、観察するようにこちらを見た。
「なあ、おまえ。俺たちの組織に入りたいらしいが……志望動機をきかせてもらおうか」
この場を支配する雰囲気。背負っているものがあるという自負が、決意が、感じられる。
「現在の貧富の格差を強く感じたからです。だから世界を変えたい。それにはここしかない、と」
「で?」
――見抜かれる。
まともじゃない。ただのうのうと、生きてきた人間じゃない。
冷や汗が滲むのを感じる。下手なことはいえない。真に迫る何かを、引き出さねばならない。
「法は絶対に正しく、また、そうあるべきです。実際、そういう流れはあります。――でも今の法は完璧ではありません。それを変えようとする答えが、ここにいる理由です」
つっかえずによく言えたものだ、と我ながら思った。
ふと思う。これは真から出た言葉。つまりはそういうことではないか?
「まあ、いいだろう」
ボスと呼ばれた男は頷く。気配は緩まっていた。もう見定め終えたということだろう。
「これから俺のことはボスと呼べ。慣れんだろうが形からだ。照(てる)!こいつは賢そうだ、図書室へ連れていけ。教育は任せる。羅門!お前はこいつの訓練係だ。ほかの新入りと同様かわいがってやれ」
20 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/13(日) 22:46:08.65 ID:/6Xwlc9Z0
今のところ、カクヨムに投稿する予定はありませんが、一応完結したあとにTwitterかなにからの作者証明をしておきますね
21 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/13(日) 22:46:54.44 ID:/6Xwlc9Z0
照がこちらに近づいてくる。
「じゃあ付いて来てくれる?」
「はい」
卓也がこちらを心配そうに見ている。卓也の時とは違う誘導なのだろうか?
歩く照の後をついていく。通路は武骨なつくりだった。まるで飾り気がない。機能性を追求したような作り。
「座って」
本がずらりと並んだ部屋。いわれるまでもなく、図書室とわかるその場所で、椅子をすすめられる。
恐る恐る、慎重に座る。
「君ってさ、何か大きな力に憧れてここに来た?」
いきなりそんなことを問われる。
「……え?」
「あー違うか。気にしないで。じゃあ、何か欲しいものがあるのかな?それとも別の目的があるのかな?」
それに答えようとする、寸前で咳がこみ上げる。通路が埃っぽかったのか。
「大丈夫かい」
「あ、はい。ぼくは――」
……待てよ?この質問に答える必要がどこにある?最初にこの組織のボスにいったことを繰り返す、それでいいはずだ。
ふと気づく。この照という男の人の好さそうな顔。そしていつの間にか緩まっていた緊張感。
会話がどこかに誘導されようとしている。
「最初に言った通り、世の不平等を正すために来ました」
「なるほどなるほど。立派なことだ」
22 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/13(日) 22:47:25.98 ID:/6Xwlc9Z0
それから世間話が続いた。あれはほんとはこうするべきだ、こっちにすればもっとよくなるのに。博識だねとかいい考えだ、とか、時々僕を褒めるようなことを照は言った。だが一度違和感を感じると……それがますます確信的になっていく。
「照さん。もうやめませんか」
照は人のいい笑顔のままだ。スキンヘッドにもかかわらず、威圧感というものが全くない。細められた目のパーツ、頬のあたりのえくぼ。それがこんな印象を生むのだろうか。
「やっぱり頭がいいみたいだね。名前を聞かせてもらっても?」
隙あらばこんなことを言う。家族に迷惑がかかるかもしれないのだ、いうわけがない。だが一瞬答えそうにはなってしまう。会話術、というものだろうか。
照が明るく笑い始める。
「いやーまいったまいった。どこらへんで気づいた?警戒心が強いのか、気づくという能力に長けているのか。わからないけど君みたいな人は良い」
「まだそんなことを――」
「いやいや、待ってくれ。今回のは本心だよ。そう怒らないでくれ」
ウインクをしてみせる。その程度で一度根付いた猜疑心は消えやしない。
「君は有望だよ。是非ともうちに欲しい。でもだからこそ、一度チャンスを上げよう」
「……はあ」
「君は一度帰っていい。戻ってくるかは君しだいだ。今日のことをまるまるなかったことにしてもいい」
到底意味が呑み込めなかった。
23 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/13(日) 22:48:39.39 ID:/6Xwlc9Z0
「なんでですか?」
「作戦会議が必要なのさ」
「作戦会議ですか」
話す気はなさそうだった。
「まあ、こっちの事情は置いといて君ももう少し考えてみるといい。わざわざ暴力に訴えてまで世界を変えたいといってるんだ。君はそういうタイプに見えないけれど、内側から変えるには成績がたりないとか、法を変える立場は一般人がいけるものじゃないだとか、何かしらあるんだろう。でも現実の生活を脅かしてまで理想を叶える必要があるのか、本当にこんな道でいいのかゆっくり考えるべきだ」
「……わかりました」
再び基地の入り口まで送られる。そこでは羅門という男が待っていた。
目隠しを渡される。確かに、本当に僕が戻ってこないと決めたなら、通報をさけるためにも基地の機密性は重要だ。
「じゃあね。また会うことを願ってるけど……君次第だ」
照の声が聞こえる――。
24 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/13(日) 22:49:20.10 ID:/6Xwlc9Z0
続く
25 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/14(月) 11:41:34.43 ID:aXAX7a4Ao
乙
26 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/15(火) 22:24:51.07 ID:7t/DizBJ0
ずっと考え事をしている。
結局、何事もなく僕は帰された。尾行の気配すらなかった。明日にでも革命派がどうたらこうたら言っている場所に行けば、レジスタンスに入ることになるだろう。きっとあちらから僕を見つけられるはずだ。
「……」
考える。いまならまだ、引き返せる。だが引き返すといってもどこまでだ?彼女はいない。彼女の弟、卓也だって。ここまで来たんだ、今更引き返せない……なんて考えは捨てる。ギャンブルに嵌る思考だ。もっと論理的に、指針を見つめねば。
なんで今更迷うんだろう。
『現実の生活を脅かしてまで理想を叶える必要があるのか』
照の言葉。わかっていたことだ。だが、他人に言われると、また違う方向で心に来る。失敗すれば何も残らない。僕の親だって悲しむ。僕の親は生き残るだろう。僕は今までずっと法を勉強してきた。
『犠牲者の血縁関係があるものがその奪還を目論んだ場合、その血を絶やす』
この法に穴があるのは実際の奪還の例が一度しかないからだ。もう一度でもあれば見直しが行われ、きっと塞がる。今の社会は、そういう体制だ。何年も何年も努力し、法を考察してきた。だから確信がある。
そう、失敗すれば、僕は死に、親は生き残る。考えが及んでいなかったわけではない。だが浅かった。僕が彼女を救うがために、親を悲しませる。成功しようと、きっともう会えなくなる。
頭が混乱する。結局、今更悩むのは成功を信じていないからではないか? 他人に現実を突き付けられ、自信を失ったのだ。決心が弱かったわけではない。あの時の思いは本物だ。だが、何よりも自分自身が成功するはずがないと思っているのにどうして自分の道を信じていられる? 僕はそこまで強い人間ではない。
こんな時に彼女がいてくれたら、なんてことを思う。誰かに背中を押してほしい。お前ならできるといってほしい。でも赤の他人に聞けば、きっと無理だというだろう。
それが現実だって、そんなことはわかっている。
27 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/15(火) 22:26:00.41 ID:7t/DizBJ0
トントン、と扉が叩かれる。「どうぞ」という言葉の後に開かれる。入ってきたのは、父だった。
父は老けた容姿をしていた。母が病で死んで以来、白髪が増えた。きっと男手一つで息子を育てるのはさぞ苦労しただろう。だが代わりに、父と僕の関係は良好だった。
「裕樹、悩みごとか」
「……」
何も言うことができない。言ったところでなんになる?否定の言葉なんて聞きたくない。その後に来るのは同情とか、おまえは悪くないだとか、そういう生ぬるい言葉だ。
そしてこう言うのだ。「そこまで思うことができるなんて、お前は優しいな」。優しさを尊ぶ父は、きっとこう言う。優しい父は、絶対に最後は僕を肯定する。
「聞いたよ。連れていかれたんだってな。その……残念だったな」
そう思っていた。だからこそ沈黙を貫いたのに、向こうから踏み込んできた。怒りにも似た感情。でも父は悪くない。父は優しいだけだ。『結果が実らなくても、努力や気遣いは、特に身近な人に対しては、認めるべき』彼女と僕が考えた結論。
彼女がいない今、絶対に守らなくてはならない誓いに似た約束。優しい親に当たり散らしてはならない。理屈ではわかっているし、当然のことだ。だが、こみ上げる感情を抑えることのなんとも難しいことか。
承認と肯定が欲しかった。だが父が僕を大切に思うからこそ、きっと父は彼女を助けるという行動を止めるだろう。
「大丈夫、なにも問題はないんだ」と僕は言う。
父と争いたくない。どうせ互いに認め合うことができない。誰かが悪いわけじゃない。けれど、これが現実だ。せめて、何事もなく出て行こう。……申し訳ない気持ちはある。
そんなことを思った。仕方がないんだと。だが父はさらに踏み込んできた。
28 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/15(火) 22:26:36.53 ID:7t/DizBJ0
「あのな、裕樹。聞いて欲しいことがあるんだ」
背筋がざわつく。やめろ、と叫びたい。
「お前は優しすぎるから、自分を責めているかもしれない」
やめてくれ。
「でもお前は、悪くないんだよ」
29 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/15(火) 22:27:12.70 ID:7t/DizBJ0
――歯を食いしばった。
誰も、何も悪くない。能力の欠如による失敗は社会では咎められる。結果がすべてだからだ。だがせめて、身近な人だけはそれを咎めないであげよう。だってそこにいる自分は最後の見方なんだから。
だから、僕は耐えなければならない。それが正しいと、誰よりも、僕自身が信じているから。
「どうだっていいよ」
「諦められないのか?」
まだ、続けるのか。
「……」
「時間が解決してくれるさ。というよりも、それしかないだろう」
月並みな言葉。月並みな慰め。父はそれを繰り返す。別に父が悪いわけじゃない。でも……欲しい言葉は何一つくれない。それでも、誰かが悪いわけじゃない。
向けられる感情は憐憫、そして愛情。思いやりの心。それだけだった。当たり前の、ことだった。
「……父さん」
父は紛れもなく味方だった。だから、この悩みを聞いて欲しい。背中を押してほしい。
いいんだろうか、と思う。結末はわかりきっている。父は僕を思うがゆえに僕を肯定しないだろう。切り出せば喧嘩別れになるかもしれない。
――恐怖に似た感情。
もういいや、なあなあですまそう。逃げてしまえばいい。
そんなこと思考が渦を巻く。だがそれは気持ち悪かった。逃げるということはしたくない。リスクを承知してでも、父を大切に思うからこそ、話さなければならない。
――そう決めてようやく、僕は父に言った。
「彼女を助けたい」
父の顔は歪んだ。
30 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/15(火) 22:27:44.82 ID:7t/DizBJ0
「やめなさい」
「迷惑はかけない。法に穴が開いているんだ。とれあえず、被害を被るのは彼女の家族と、実行する僕だ。父さんは大丈夫だから」
「そういうことじゃないんだ」
「無理っていうわけ?」
この瞬間も、父は次の言葉を考えている。どうやって説き伏せるかを。なんとかして、僕を傷つけない言い方を。
「それもある」
僕は目を瞑る。わかっていたことだ。
「だがな、それ以上にお前には危険な目にあってほしくないんだ。お前が雪ちゃんを助け出せて、命が無事な可能性がどんなに高かったとしても、父さんは感情的には……いってほしくない。理屈はまた別の話になるが」
わかっている。わかっているんだ。父は息子のほうが大事なだけ。感謝こそすれど、恨むなんて筋違いだ。
……だけど、
「もう決めたんだよ。応援してほしいんだ」
「……無理だ」
嘘を言うことのない誠実さ。いや、今、嘘をつくのは、最悪の事態を招くとでも思ったのかもしれない。
沈黙が続く。夜の静寂が、逆に耳に突き刺さる。
はあ、と心の中でため息をつく。気持ちが揺らぎすぎている。自分自身が嫌になる。身動きが取れない。息が苦しい。
溺れている。もがいて苦しんで、答えを探している。
いったいどうすればいいんだろう、と胸に問う。答えは、返ってこない――。
「なあ、裕樹」
と、父が言った。
「なに」
「人は何のために生きるだと思う?意味はあるのか?きっとないんだろう」
父は首を振る。僕は黙ってそれを見ている。
31 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/15(火) 22:28:10.36 ID:7t/DizBJ0
「結局、意味なんて自分で決めるしかないんだ。心の奥底では、誰だって気づいてる。神様は意味があって人を生んだんじゃない。理不尽な現象が存在するのがその証拠だ。迷路の話、覚えてるか?」
「うん」
頷いて答える。
以前、父にこの世はまるで、『出口のない迷路のようだ』という話をされたことがある。
その迷路に出口はなく、自分がどこにいるのかがわからない。みんな出口を探している。途中でそんなものはないと何人かが気づく。だから代わりに目的地を探す。でもそれだってほとんどの人間は見つけられずに死んでいく。だから、多くの人は死を目的地と定め、いい人生だった、なんて言って死んでいく。「父さんはな、それが納得できないんだ」と言っていた。納得したふりをすることはできる。でもそれは嘘だって、他の誰よりも、自分が気づいているんだ。だからずっと悩み続けているんだよ。そしてこの問題が解決することはないんだろうって思っているんだ。
そんなことを言っていた。
「お前の目的地は……彼女と共にあるんだろうな。父さんはどうしても、お前が危険な道に行くことを応援することはできない。でもな、やっぱり、自分の道は自分で決めるべきだし、他人が決めれるわけじゃないんだ。……お前が本当にその道を進むと決めたら、どんなものに逆らうことになっても進むしかない」
父は気弱そうな笑みを浮かべる。
「応援してあげられなくてごめんな。でもこれは、変えられないことだから」
父の言葉は、確実に欲しい言葉ではなかった。要するに、自分のことは自分で決めるしかない、とながながと説いただけだ。突き放した言葉だった。助けてはくれなかった。
……だが確かに、父は信念を僕に伝えた。
32 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/15(火) 22:29:02.77 ID:7t/DizBJ0
「そっか」
「ああ、本当にすまない」
「……ありがとう」
きっと。きっと、僕が決心をしていなかったら、この言葉は決定打にはなりえなかった。
父は僕を助けなかった。信念だけを与えた。でもそれで十分だった。元々考えは固まっていた。自信がなくなっていただけだ。
父を見つめる。
「明日からはもう会えない」
父は悲痛な表情をしていた。
「アテはあるのか」
「あるよ」
「そうか」
僕は身支度を始めた。長く留まることは、あまりいい効果を生まない。
そして最後に、言うことがあった。
「お父さん、今まで育ててくれてありがとう。本当に、感謝してる」
「……ああ」
扉に手をかける。
「裕樹……頑張れよ」
応援はしないって言ったくせに。
最後につぶやかれたその一言にただ頷いて答えた。
33 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/15(火) 22:31:11.07 ID:7t/DizBJ0
照が僕を出迎えた。
「ああ、結局、来たんだね」
彼は穏やかに笑う。
「いい目をするようになったね。さて、歓迎するよ。茨で作られた、反逆者の道へ、ようこそ。ここから先の道は、君次第だ」
34 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/15(火) 22:32:28.07 ID:7t/DizBJ0
続く
35 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/16(水) 11:43:53.76 ID:hncwhN/H0
乙
36 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/16(水) 13:26:13.20 ID:PK9tHgq8o
うむ
37 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/16(水) 20:41:32.99 ID:zemz0oy80
◇
38 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/16(水) 20:41:59.43 ID:zemz0oy80
「どういう自分になりたい?」
きっかけは、気まぐれの一言だった。いや、彼女はわざとこんなことをいったんだろうか。
幼年期の、少しだけ分別が付き始めた頃。
アリの死骸を見つけたら、悲しくなるということをわかり始めた頃。
相手が嫌な気もちだと、自分も嫌な気持ちになるんだと、気づき始めた頃。
当時、僕らはまだ、七歳だった。
「すごいひとになりたい」
すごいひと。漠然とした、子供のふわふわした思考。
子供の頃、世界はもっと狭いと思っていて、周りが幸せなら、世界全体は幸福だと思っていて。
不可能なことはなかった。世界とは、自分のもので、自分そのものだった。
――願えば、なんでも叶うと、思っていた。
「どんなすごいひとになりたい?」
僕よりほんの少し、具体的な考え方。ふわふわを、ほんの少しハッキリとさせる思考法。
思えば、子供のわりに、彼女は大人なびていた気がする。
「しあわせにできるひと!」
「どうやってしあわせにするの?」
「なんとかする!」
ひどい答えだった。
「あはは」と彼女は笑った。
「ねえいま、きみはしあわせなの?」
と僕は聞く。
君、キミ、きみ。恥ずかしがって、僕らはお互いの名前をあまりよばなかったっけ?
彼女はとても幸せそうに笑っていた。
「もちろん。キミはどう?」
小さかった頃の僕は、幸せそうに笑っているきみを見ていた。それで。
「しあわせだ!」
わけもわからず、そう叫んだ。
それは、まやかしや、ごまかしに近いのかもしれない。風邪がうつるように、つられて笑っていただけかもしれない。
単純だった。でもそれが悪いことだというわけではなかった。
そうやってきみの笑顔を見て。単純にいい気分になって。
人の笑顔を見ると、自分も楽しいんだなあ、と思って。
子供、だった。
そんなあやふやな状態で、いろんなことを思った。
すごいひとになりたいと思った。すごい人とは誰かを幸せにできる人だった。笑顔は幸せの象徴だと、信じた。
「きみはなんでわらってるの?」と僕は問いかける。
「しあわせだからだよ」
「ほんとうに?」
「ほんとうに」
だから。
ふわふわとした考えは少しずつ形を作っていった。いまだにそれは曖昧だった。
それは、僕の基盤となった。
◇
39 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/16(水) 20:42:57.44 ID:zemz0oy80
◇
「いいことをするのは本当にいいことなの?」
「どうしたの急に」
大きくなっても、僕らは結構な頻度で会っていた。周りにそんな関係を笑われたりもした。だから表ではあまり関わらなくなった。だからといって、彼女と一緒の時を過ごさなかったわけではない。
秘密の場所があった。子供のころからの、ふと寄ってみれば彼女か、僕がいる、そんな場所。
中学に上がった時も、それは続いていた。
「なんだか……わからなくなってきちゃってさ」
「いいことをすることが?」
「そんな感じ」
「そんなに深く考えなくてもいいんじゃない?」
「どうして?」
「……」
「じゃあ、宿題ね」
「えー」
もともと、僕はそこまで、物事を深く考えるほうでは、なかった気がする。複雑で無意味な考え事は、彼女の受け売りで、彼女が答えを求めるから、僕も答えていた。最初はどうだってよかった。だが、だんだんと、影響された。
鳥はなぜ飛ぶ? 人はなぜ生きる? 私たちの目指す形は何?
互いに疑問と主張をぶつけ合った。話のタネが欲しかっただけなのかもしれない。僕らの間に何があるかなんて、点でわかっちゃいなかった。だから、理由のような、言い訳のような、何かを、手放さないためにそういう話をしていたのかもしれない。
「考えてきたよ」
「ほお」
「僕は結果、、が大事だともう」
「どうして?」
「みんなが幸せなら、なにも問題ないでしょ?」
僕は熱弁した。
例えば、嘘をついて、ある人を幸せにしたとしよう。それで結果がよかったから、めでたしめでたし、で終わるのは問題ない……わけではない。嘘をつけば嘘をついた人が不幸かもしれない。嘘をつきとおせる保証もない。だから清廉潔白に、できる限り王道で良い結果をだす。それがいいこと、だよ。
そんなことを言った。
40 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/16(水) 20:43:42.67 ID:zemz0oy80
この答えには穴がいくつもあった。実際に、それができない時はどうするかは想定されていない。
だがひとまずこれは正しい答えだとは思っていた。これに当てはまらないものは、またべつの時に考える。問題を細かく砕いて、最初の土台を作る。これは、物語でいえば序章のようなものだ。
「なるほどねー」
「こっからもいろいろ考えたよ。これが現実的に当てはまらない時も多いしさ」
そうやって、少しづづ砕いていって。少しずつ、答えを出していった。
「じゃあ嘘は絶対にばれなかったらいいの?」
「大丈夫だと思う。でもそれは嘘をつく人が嘘をつくことに納得している時だけだし、絶対にばれない状況なんてほぼないけどね。失敗したら全部本人に降りかかるわけだし」
「なるほどね。じゃあさ」
「……?」
「結果が全て、ってキミは言ったけど、努力して失敗した人は、頑張ったのに咎められるの?」
「本当は咎められないほうがいいんだ。でも現実は許してくれない。そういうものだよ」
話は理想と現実に移る。
「そんなの、おかしい……いやわかるよ。私は、納得はいかないけど理解はできる。だけど」
「……僕もそう思うよ。もっといろんな人が幸せになりやすい、そういう世界だったらいいのにって、何回も思った」
でも、現実はそうじゃない。努力は結果が出なければ認められないし、努力を見てくれる奴なんていない。
「もっと優しい世界だったらよかったのに」
「誰かが不幸になるような世界じゃなければいいのに」
僕らは同じようなことを言う。
現実はあまりにも残酷すぎる。でも、僕らが立っているのは現実だった。
41 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/16(水) 20:44:35.54 ID:zemz0oy80
「もっと資源があればよかったのか、法でもっと人を正しく導けれはよかったのか」
「私もそんな感じのことを思ったよ」
現実には現実的な解決策というものがある。そういうのも考えた。理想は現実に持ち込むことができない。
答えが少しずつ固まり始める。
◇
42 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/16(水) 20:45:31.04 ID:zemz0oy80
◇
「どうしたの?」
「なんでもないよ」
彼女は笑っている。悩みなんて無さそうに、辛いことなんてまるでないかのように。
思えば、僕は彼女の異変に気付くことが、あまり得意ではなかったかもしれない。それはそもそも、彼女がそういう態度を取るのがうまかったとか、暗い印象が彼女には無さすぎたとか、そんな理由もあったかもしれない。彼女は、僕よりもすごい人だ、なんて意識が漠然とある。
だからあっさり信じてしまった。違和感は勘違いで、彼女は僕に対して嘘はつかないと思っていて。
「ならいいんだ」
「うん」
そういうところが、嫌になる。優しさゆえの嘘だとか、いくらでもありえそうな選択肢はあったのに。狭い思考では、そういうものを見ることができなかった。
――完璧な人になりたかった。
自分の低い能力が許せなかった。なんでもっとできることがないんだと、悔しかった。
「毎日が楽しいね」
そういって彼女は笑った。
43 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/16(水) 20:46:17.34 ID:zemz0oy80
数日後。
僕は彼女が苦しんでいるのに気付いた。最初、彼女は認めようとはしなかった。でも、隠し通せるものでもなかった。
――もっと自分に能力があればよかったのに。
そうすれば、彼女がこんなにも傷つくことはなかった。
颯爽と登場し、ヒーローは仮面を被り、彼女の問題を裏から解決する。そうであればよかったのに。
彼女は泣いていた。
僕は正面から問題を問い詰めた。現実は、そういう手段しか取れなかった。
……彼女はいじめられていた。
「私は、弱いね」
「……」
「最後まで隠そうと思ってたのに、嘘をつくからには結果が全てなのに」
自身の弱み。それをさらけ出すというのは、随分とプライドを傷つける。相手と対等でありたいと思うなら、わざわざ弱みをみせる、なんてことは、避けたいに決まってる。誰だってそうだ。
自分をしっかりと持ち、正しく生きたいと願い、正しくあろうとした彼女は、周囲から疎まれた。ポイ捨てを注意する。他人のいじめを止めようとする。
それ自体は、正しい行動だ。だが鼻につく。何様なんだと疎まれる。
彼女は正しかった。間違っているは世界のほうだった。だが、世界とは、現実のあり方というのは、そういうものだった。
44 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/16(水) 20:46:44.05 ID:zemz0oy80
「私はね、自分が正しいって思ってた」
善意の押し付けは独善行為だ。それはとっくに彼女と話し合ったことで、そういうことはしないと互いに決めていた。
「私は失敗したんだよ」
もともと、彼女は押しつけ善意の独善者だったのだ。それは間違っていると、途中で気づいて止めた。でも、周囲の目には、いったんついた印象は、彼女をそういうやつと見る。
処世術、対人関係の基本。
最初に間違えた彼女は、次が正しくても色眼鏡を通してみられる。
「どうすればよかったのかなあ。ふふふ」
「……」
「キミは私が間違ってたと思う?」
何と言おうか、なんと庇おうか。下手な嘘はただ彼女を傷つけるだけだ。
だから「そうだよ」と僕は言った。
「そうだよ、ね。そんなこと、聞かなくてもわかってたんだよ。つまらないこと言ってごめんね」
彼女は賢い。間違いを認めることができる。だが、完璧な人間など存在しない。ミスをした後の行動をほぼ完璧にできても、ミスをゼロにするということはできない。
「それでも」と僕は言う。
「現時点のきみは間違っちゃいなかった」
「ふふふ。慰めてくれるの?」
45 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/16(水) 20:47:15.69 ID:zemz0oy80
ああだめだ。これでは彼女には届かない。
46 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/16(水) 20:48:00.33 ID:zemz0oy80
直感的な感覚は僕の口を縫い付けた。
なにもできなかった。何も言えなかった。
彼女が泣いている。泣いているのだ。
何とかしてやりたいと思う。
……でも。
二人で風の吹く景色を眺めていた。ほの暗い空間。取り残されたような感覚。
場は、限りなくロマンチックだった。僕と彼女だけが存在していた。
取り残された世界で僕は考える。
法、という文字が頭に浮かぶ。それはルールだ。
現実、という文字が頭に浮かぶ。それは拒めないものだ。
理想、という文字が頭に浮かぶ。それは役に立たないものだった。
……本当に? 本当にそうか?
僕は口を開く。
「現実にはルールが存在する。理想が付け込める場所はない。そんか結論だったよね」
「そうだね」
「そうかな?」
細かく要素を抜き出す。かみ砕いて消化する。
「きみは正しい行動をする必要はない」
「……そんなこと、ない」
47 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/16(水) 20:48:29.53 ID:zemz0oy80
彼女はいつだって清廉潔白で、誰もが救われるべきだと、信じていて。
絶対に正しい、されど現実に通用しない理想論。
「妥協しなきゃいけないんだよ。誰かのために動いて自分が破滅したら意味がない」
「そんなこと、ない!」
「でもここは、現実なんだ」
不可能なことは不可能だと、誰だって気づいている。
「じゃあ諦めるのが正しいの? そんなわけ、ない」
「でも現に僕らはなにもできない」
彼女は、何も言えなくなった。
僕の言い方は、卑怯にも思える。でも、必要な言葉だ。
だから。
「誰かを助けれるときは助けよう。自分を犠牲にしないようにしよう。本当に叶えたい理想は、胸の奥にしまっておこう」
「……」
「ただ祈るだけでいいんだ。優しい世界でありますように、って」
僕らに誰かを助ける義務なんてない。
……身の程を知った。僕らは何もできない子供だと。
「それで、いいの?」
彼女はそれを認めなかった。認めたくなかった。僕だってそうだ。
48 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/16(水) 20:49:02.33 ID:zemz0oy80
「それでも」と僕は言った。
「僕らがするべきことは現実の範囲で、できる限り正しいことをすることなんだよ。それだって十分に尊い」
「そうだけど」
彼女の瞳が揺れる。迷いとわけのわからない感情が、ごちゃ混ぜになったような表情。
「現実は結果に依存する。僕らは間違っていると言われたら間違っていることになる。独りよがりになる」
「結果を常に出すような行動をしなきゃいけないの?」
「そうだよ」
彼女は悲しそうに笑った。
「この結論は正しいね、きっと。悲しいぐらいに一つも否定できない」
もう、お互いに納得はできた。
言いたかったのは先にあった。
「じゃあ、私はそれを踏まえて話すよ」
「うん」
「私は結果を出せなかった」
「でも君は間違ってない」
「……なんで!」
怒声が滲む。
「なんで中途半端に私を庇うの? 私は間違ったんだよ!」
「世界からみたらそうだよ。でも僕からみたら違う」
ずい、っと彼女に詰め寄る。
「努力が認められないんなんて悲しすぎる。……それでも! それが現実だとしても! ……僕だけはきみを認めるんだ!」
49 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/16(水) 20:49:49.81 ID:zemz0oy80
彼女はぽかん、としていた。気圧されたような、そんな表情。
「……ありがとう?」
「どういたしまして」
「……混乱してきた」
つまりは。
「現実は僕らの努力を認めてくれないこともある。でも、せめて身近な人の努力は、身近な人が認めてあげよう」
「なるほど」
「だから、きみも僕を認めてね?」
「……もちろんだよ」
約束事。身の程を知らされた、僕らの妥協案。
でもできる限りのことはできるようにしよう。身近な人のことだけは、周囲が否定しても、自分だけは味方になってあげよう。
もうすぐ、あたりが暗くなる時間だ。この地下都市は、ある時間を境にどんどん照明が暗くなる。
「すっきりした?」
「おかげさまで」
「帰ろう」
「帰ろっか」
重い腰を上げる。
現実的な問題は、何一つ解決しちゃいなかった。
でも、これからはきっとよくなる。
影が揺れる。まだ彼女は立ち上がらないのかな、と思って足元の影を見た。
彼女の影。両手を広げている影。
僕は後ろを振り返った。彼女は今にもなにかを抱きしめようとしているような、そんな恰好をしていた。
50 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/16(水) 20:50:26.76 ID:zemz0oy80
「……」
「……」
沈黙。
51 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/16(水) 20:51:06.91 ID:zemz0oy80
「なんでもないよ?」
「なんでもないね」
時間が再び流れ始めたような感覚。
二人並んで歩く。家路につく道へ。
52 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/16(水) 20:52:26.08 ID:zemz0oy80
「さっきのは内緒だよ?」
彼女の言葉に僕は頷く。はっきり言って混乱していた。
――ふと、彼女の横顔を見る。
少しだけ見惚れた。漂う甘い香り。安心感と、心臓の音。
きっと――なんてことを思う。
この子と僕は切っても切れない縁があるんだろう。どこかでは告白して、付き合って、キスをする。一緒に子供を育てる。「幸せだね」なんていう彼女の笑顔を見て、余韻に浸る。
そんな未来を信じていた。運命がそうなっていると、そういう星の下で生まれたんだと。
――だから、まだ焦らなくていいや。
後悔している。
なにもしなかったことを。
勇気を出さなかったことを。
だが、何かしたところで結果が変わるわけではなかった。
結局、なにをしても後悔だけが残る。
◇
53 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/16(水) 20:53:27.71 ID:zemz0oy80
続く
54 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/16(水) 22:03:04.16 ID:hncwhN/H0
乙
55 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/17(木) 00:26:36.28 ID:79vNsjXwo
乙
56 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/17(木) 22:43:03.28 ID:5vAlKS7V0
◆◆
――影が踊っている。
笑い声。否定の嘲笑。
白衣の男が、私のほうが正しいと勝ち誇っていた。これで理想の世界が来るのだと。
相対する男は首を振る。そんな保証はないと。
両者の関係は、元はといえば、とても親密だった。互いが互いの最大の理解者だった。認め合っていた。
絶望の歌が鳴り響いていた。ほとんどの命は今日で絶える。大いなる星が、終末の時が、人類を滅ぼす。
「あなたの気持ちはわかるんだ」と男が言う。
でも結果が保証されるわけではない。理想のために犠牲になる人々のことを考えなければならない。
そんなことを言った。
――前に進むためには犠牲が必要だ。
しかし、
――人を犠牲にする権利は誰にもない。
世の中は理不尽に回っている。誰かがそれを変えたいと思った。人々は幸せになるべきだと、報われるべきだと説いた。
その結末がこれだった。
誰よりも理不尽に納得していなかった。腹を立てていた。
そんな奴が何人もの命を犠牲にしようとしている。そう、いつだって、世の中は理不尽だ、だから。
――小を切り捨て、大を取る。
「今現在の百億を捨て、未来の千億のために」と白衣の男はそう謳う。
民族、宗教、政治。異なる価値観によって起こる紛争、夥しい死体の群れ。それらはすべて必要のないものだった。
星は本来、人類への贈り物。しかし、それは人の滅亡のために利用される。白衣の男は同じ思想をもつものと自身を犠牲にして、星を堕落させた。人を滅ぼすための道具に、変えてしまった。
57 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/17(木) 22:44:07.04 ID:5vAlKS7V0
――大いなる星が堕ちてくる。
もう、止める手段は、存在しなかった。
人間賛歌。肯定と肯定と肯定。人は理想の姿に生まれ変わる。普遍的な価値観は共有され、争いは最低限にしか起こらない。誰も無意味に死ぬことはない。互いが互いに権利を認め合う。そこには嘆きだって、差別だって生まれる。だが、最小限なのだ。綺麗事を限りなく現実で成功させる、現実に迎合した理想。問題は今いる人類が邪魔だということだった。それら何百億が[
ピーーー
]ば、理想の世界を作ることができる。今いる何百億を犠牲に、未来の何兆人を救う。
価値観の壁さえなければ叶うかもしれない理想。犠牲さえなければ、どんな人間も肯定する、綺麗な理想。
白衣の男は笑っている。「私が正しい」と。
ほとんどの人間からはそう見えた。だが、たったひとりの男の眼には、違うものが見えた。
――罪を背負っていると自覚している表情。
犠牲なんて、本当は誰も望んでいなかった。もっと違う手段があったらよかったのに。誰も悲しまない、誰も死なない世界があればいいのに。
互いが互いの最大の理解者だった。だから、その本当の心情が、誰よりもわかった。
「やめろ」と男が言う。
「手遅れだ」と白衣の男は答えた。
――星が堕ちる。
ーーーーーーーーー
58 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/17(木) 22:44:42.13 ID:5vAlKS7V0
この一か月、僕はありとあらゆることを仕込まれた。照には知識を。羅門には力を。比重は知識のほうが多かった。つまりはそちら側に僕は期待されているらしい。
彼女はいつ犠牲になるのか。焦る気持ちはあった。だが無闇に動いて解決するほど現実は甘くはない。
犠牲執行の日にちは、ある程度なら想定可能だ。ようは僕が犠牲の取り組みを決めるとすればどうするか、それを考えればいい。
犠牲が都市の命運を握る以上、マージンはとるはずだ。仮に一日の間で犠牲が引継がれるとしよう。それで、もし手違いやミスで失敗が起きたらどうなる?
――何人もの人が死ぬ。
絶対に失敗は許されない、重い、重い責任だ。だから日にちは余裕をとる。おそらく、早くて三か月、遅くて一年以上。……だいたい六か月というのが妥当な気がする。目標は彼女がいなくなった日から三か月――今からで言えば、二か月以内に何とか助け出す、といったところか。ここまでの推測に、断固たる根拠はない。ただ、この程度の期間は最低限必要だからここまでに救出しよう、と思っているだけだ。
選ばされているな、なんてことを思う。あまりいいことではない。本来なら、できる限り早く彼女を助けなければならない。でもそれは、現実的に無理だからそうなった。消去法的選択。これしか取れる手段がないから、こうするしかない。
僕はパラパラと本のページをめくる。ここには一般開放されている図書館にはないものが、たくさんあった。思うに、政府が一般人に必要のないと定めたものは公開されていなかったということだろう。
確かに情報の統制はある程度必要だ、と僕は考える。規制しすぎるのは、一般市民の権利を無視しすぎることになるから、やってはならないことだ。だが都市壊滅の可能性を誘発するものは……多少、権利を侵害してでも統制したほうがいい。
例えば『犠牲』に関する本。この本には次のようなことが書かれている。
犠牲の装置『メギナラムシステム』について。
犠牲の装置は対象者の魂の容量と比例し、奇跡の業を起こす。十のエネルギーを持つものを犠牲にし、都市を守れる時間を百とする。そしてこの場合、百のエネルギーを持つものを犠牲にすると五千の期間守れることが、わかっている。このことから犠牲者は、より高い魂容量を持つものを選ぶことが、少しでも失われる命を軽減する助けになる。また、魂容量は魔翌力容量と比例していることが多く…………
そんなことが書かれていた。そして問題なのはこの後だ。
仮説ではあるが犠牲者はその身体を装置に収めた後、魂としての意識は生き続けているのではないか、というのがある。もしそうであれば、犠牲者はさらなる苦しみを過ごしているのかもしれない。また、この仮説が正しければある意味人間の寿命の数倍を過ごすことが…………
59 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/17(木) 22:45:22.44 ID:5vAlKS7V0
犠牲者は、死んでもなお、苦しんでいる可能性がある。作者は仮説、と定めているがどこか確信があるような文体だった。
……これが本当なら、あまりにも惨い。これを知っていて、自分の大切な人が犠牲になるという人がいたら……間違いなく、奪還を目論もうとするだろう。全員が政府に抗おうとするほど怖いもの知らずではないかもしれない。だが、間違いなく大切な人を救おうとする人の増加は避けられないはずだ。
そういうわけで、情報の統制は仕方ないことなのだ。例え死んでもなお、犠牲者が苦しむとしても、それでも犠牲は必要だ。例え、あまりにも過酷で、不平等な重荷が個人に課されるとしても……何人もの命が失われるよりもは、ましだ。
法を学んだ身としては、痛いほどこれが最適解だとわかる。
綺麗事は現実では通用しない。本当はこんなことにはならないほうがいい。それでも。
僕はかぶりを振る。せめて犠牲者を減らさなければならない。理想通りには確かにならないかもしれない。それでも、理想にできる限り近づこうとするべきだ。本の作者も、暗にそう言っている。
僕は本をめくる。今は魂、という言葉の意味を探していた。どれもはっきりとした答えは書かれておらず、唯一まともな情報は犠牲の装置の製作者がそういった説明を残した、ということぐらいだった。他のものは
『どうにも存在する可能性は高いらしい』のようなことしか書かれていない。
魂。カルト的な馬鹿げた妄想に近いものだ。死んだらそこで終わりだと認めたくない奴が願うようにして信じている、幽霊のような存在。
だが、魔法というのも奇跡の力で、本来ありえないものと、昔はされていたらしい。ならばあるいは……。
「裕樹さん!」
鼓膜を揺らす大声。思わず頭をおさえる。
60 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/17(木) 22:45:57.93 ID:5vAlKS7V0
「聞いてなかったでしょ」
「……ああ、ごめんごめん」
そういえば途中で卓也も来たんだっけか。彼も彼で、調べたいものがあったらしい。
僕と彼女より一つ年下の彼は、調べるということに秀でている。元は僕と同じ、法の番人を目指していたが、能力の関係で諦め、歴史の方面に向かった。「裕樹さんはやっぱりすごいや」とその時の彼は言っていた。何を言っても卓也を傷つけるような気がして、僕はその時、何も言えなかった。
「それでなんだけどさ、やっぱり不自然なんだよ」
「えーと、なにが?」
「ほら、やっぱり聞いてなかった!」
ごめんごめん、と僕は謝る。こういう変わらない彼を見ると、少し安心する。
彼はむすっとした顔でこちらを見た。
「この都市って独裁政治でうごいてるだろ?いちおう複数人で動いてるけど王の権力が強すぎてなんでもできる状態だし」
「まあ、特に問題はないし、いいんじゃないかな」
「問題がないのはおかしいんだよ。常に優位な地位にある人間が、下位に位置する人間の権利を脅かさないなんておかしいんだ。罰する役割の人がいないんだから、普通自分の権力をさらに大きくするはずなんだよ。しかもこんなにも長い間!」
この都市の歴史は五百年程度だ。
「まあ、確かに王を止めれる人はいないし、少なくとも王自身はなんでもできるけど」
僕の言葉は若い熱弁者に遮られる。
「しかも王の継承は長男って決まってるんだぜ? それなのにボンコツな暴君が現れないのはおかしい。いや、現れてるはずなんだ。なのに俺たち一般人がなにか押し付けられたことは一度もない。絶対におかしいんだ」
卓也の言葉には熱が籠っていた。
確かに、人間のメカニズム的に人間は自分をより有利な状況にしようとするはずだ、という理論を鑑みれば、王の暴走が五百年間で一度もないというのは不自然かもしれない。おまけにそれを止めれる者もいないの
だから。
そういう点で考えてみれば確かにおかしい、という気がしてくる。だが言われなければ絶対に気づけなかっただろう。なにしろそういう視点で見る機会がない。人間の基本的な本能と、王の独裁体制。自力で繋がりを見出すのは難しい。
61 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/17(木) 22:46:43.24 ID:5vAlKS7V0
「前々から思ってたんだ。『星堕ち』前の人類の歴史では、大きかった国のいくつかは反乱が起きて、滅んでる。だいたいそれは官僚間での賄賂の横行、ボンコツ暴君の圧政、とかの政治体制の腐敗が原因で起こってるんだ。なのにこの都市にはその傾向が一切ない」
聞けば聞くほど、納得させられる話だ。
卓也は自分には能力がない、と言っていた。だがこうして彼の理論を聞いているとそうは思えない。多角的に物事を捕らえ、調査能力による不自然の発見ができる能力。その点でいえば、彼は断トツだ。卓也は、法に関することが、ただ向いていなかっただけなのかもしれない。
「卓也、すごいよ」
「え、そう?」
努めてそっけないフリをしているように見える。
「こんなこと普通は思いつけないよ。少なくとも僕には無理だ」
「へへ……そうかな、ふふふ」
卓也はレジスタンスのメンバーと比較的早く馴染んでいた。彼のこういった素直な態度が、そうさせているのかもしれない。
「すごいすごい」
「へへへ」
なんだかな、と思う。もう少し、卓也は変わってしまうと思っていた。……僕らは人を[
ピーーー
]手段を、多少なりともだが、教わった。卓也は僕よりも上達が早かった。それは才能の差もあったかもしれない。僕が人よりもできなかったわけじゃない。だが怯えや躊躇、そういった覚悟の差が、あるような気がしてならないのだ。だが卓也は依然として卓也だ。人懐っこく、すぐに人の輪に溶け込み、敵を作らないタイプ。冷酷な人間に変わってしまうと思っていた。でもこうもアレだと……。
「卓也はさ……いや、なんでもない」
「……?」
異常な空間にいるからこそ、というのもある。
「なあ裕樹さん」
「ん?」
「こっからが俺が言いたかったことというか、なんていうか」
「どうぞ」
「笑わないで聞いてくれる?」
「……それは聞いてみないとわからないけど」
それでも彼は「笑わないでくれよ?」と僕に念を押した。
「俺が言っていた『矛盾』の話の続きなんだけど。これはなにかが裏で動いててるからだと思うんだ。俺たち一般市民どころか、政府の中でもほとんどの人が知らないよう何かが。陰謀論臭いけどさ」
「うん」
「俺の中で二つの仮説があるんだけどさ。一つは完璧な人工知能が人間を統治している。もう一つは……価値観の変わることのない不死身の人間が裏で政府を操ってる」
なかなか、現実的にあり得なさそうな話だ。だが魔法、というものが存在している時点でそうとも言い切れないような気もする。昔の人類は火をおこすことさえできなかった。電気をつかってものを動かす、なんてことを考え付く土台すら持っていなかった。
62 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/17(木) 22:47:16.31 ID:5vAlKS7V0
……ならありえない、と切り捨てるほどでもない気がする。まあ、空想にすぎないという可能性のほうが高いのだが。
「笑わないのか?」
「まあ、笑うほどでもないというか」
僕は奇跡を必要としている。彼女を助けるなんて普通に行動するだけじゃ無理だ。
縋りつくこととよく似た願望。それが、こういった考えを引き起こしているのかもしれない。
「それで俺が考えてるのは人工知能よりも、不死身の人間のほうなんだけどさ。機械だと故障とか、なんとなく無理がある、っていうあやふやな理由でそっちを押すんだけど……」
まあ、いろいろ考えた結果らしい。
「不死身の人間がいれば月日がいくら経っても考えが変わるはずがないんだ。歴史の引用によれば、『もっともよい政治方式は賢君による独裁体制だが、継承の問題とそれほどの能力をもつ人間は生まれにくい。だから我々は民主主義的な競争体制を取る』なんだけど、不死身の人間がいればその問題は全部解決するんだ」
永遠の命があれば継承に問題はない。能力は最高峰のものになるし、手が足りないなら組織を使えばいい。一貫した思想による統治なのだから良い環境に進み続けることができる。
「不死者たる英雄」と卓也は言う。
それはある意味、民衆が焦がれていた偶像であり、これ以上にないくらいの安定をもたらす人類の英雄。
「まあ、全部俺の妄想なんだけどさ。いたとしてもあんま現実に影響なさそうだし」
「確かに」
ーーーーーーーーーーー
63 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/17(木) 22:47:51.25 ID:5vAlKS7V0
続く
64 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/18(金) 11:52:08.77 ID:pr/alBlEo
乙
メ欄にsageじゃなくてsaga入れたら強制伏字なくなるよ
まあ、文の前後で意味は分かるけども
65 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/18(金) 16:07:12.10 ID:Iw2IIQMD0
乙
66 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/23(水) 16:43:30.91 ID:gDsglEzi0
>>64
ありがとうございます。そうしておきます
67 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/23(水) 16:44:47.32 ID:gDsglEzi0
「お、裕樹クン。勉強熱心だね。君、ほとんどの時間、ここにいないかい?」
「気のせいじゃないですか?」
確かに、僕はしょっちゅう図書室に来る。法の原点など、学ぶべきものが多いからだ。だが図書室に籠っている頻度は、卓也のほうがたぶん多い。過去の歴史の宝庫であるここは、彼にとってとても楽しい場所なのだそうだ。
おそらく、照の勤務時間とかそこらへんが僕と被っていないのだろう。
「いやー、『図書館の後光、照』の名の返上は近いね」
「はあ」
「ところでなんだがボスがお呼びだ。ちょっと来てくれる?」
「ボスが?」
ボス。このレジスタンスのボスは正直、そこまでかかわりたくない存在だ。恐ろしいとかではなく、力強さというか、気を緩めれないというか、そんな理由。
あまり姿を見せない人だ。そんな人が僕に何の用だろう。
僕は照の後についていく。
「最近どう?」
「普通です」
「そりゃよかった。そういえばさっきの『図書館の後光、照』の話なんだけどさ。この頭、禿げてるだろう? だから光を反射して図書室を照らすから名づけられたんだ。このつるつる頭が坊さんみたいだから後光、っていう寺っぽさを表現してるらしい」
人の自虐ネタほど、反応に困るものはない。
まもなくボスの下についた。大きめの削られた机に、椅子に座り、その人は待っていた。
首の骨を鳴らしながら、ボスはこちらにニヤッと笑いかける。
「待ちくたびれたぞ。照、コーヒーを出せ」
「はいはい」
「小僧、お前は座れ」
「はい」
照が湯気の立つコーヒーを運んでくる。ちゃっかり三つぶん持って来ていた。照は椅子を引きずり、ボスの近くに座った。
僕はコーヒーに口をつける。……っと、物凄い苦みが舌を締め付けた。今すぐに吐き出したいぐらいの苦み。
「おっと、子供には苦すぎるか?」
ボスがニヤッと笑う。顔に出ていたようだ。……まあ、それぐらい苦かった。普通じゃないくらいには。
少し悔しくてもう一口コーヒーを喉に注ぎ込む。あまり量は減らなかった。ボスはそれを見てほくそ笑んだ。
「無理しなくていいぞ」
「……」
今度こそ、コーヒーを流し込む。毒を飲んでいるような気分だ。だが顔には出さず、平然を保った。
「男気があるな」
「これぐらい誰でも飲めますよ」
「そうか。照、砂糖を持ってこい」
「はいはいはい」
「……」
ボスは角砂糖を入れた、二つ分。普通、こういうのは一つしか入れない気がする。
「裕樹、とかいったか? よくこんな劇物そのまま飲めるな。普通の奴は無理だぞ」
「……は?」
どういうことだ、と思うと照が声を堪えて笑っているのに気付いた。そもそも、照がコーヒーと同時に砂糖を持ってきていれば……つまりはわざとということだ。
「俺は、子供には苦すぎるか? と言ったが大人にとって苦すぎないとはいっていない」
「……」
ボスはニヤニヤと笑っていた。
「あんまり警戒するな。余裕を持て。真面目すぎる奴はからかわれるぞ。こんな風に苦い経験を味わうことになる」
「そうですか」
ボスは砂糖が十分溶けたのを確認し、コーヒーをうまそうに飲んだ。なんだかもやもやする。
68 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/23(水) 16:45:36.89 ID:gDsglEzi0
「コクっていうんだがな、あえて甘い部分と苦い部分を混ぜすぎないようにして味の差異を引き立てるんだ。そのために特化した特注のコーヒーと砂糖を使ってるんだよ。単一で飲める奴なんて照みたいな変人だけだ」
「趣味が合うので私の好みと同じにしてみたんですよ」と照が白々しく言った。明らかな確信犯だった。
僕は照を睨み付けた。
照がもう一杯コーヒーを運んでくる。今度は砂糖もある。
「裕樹、今度は砂糖入れて飲んでみろ」
正直、あまり飲みたくはなかった。
先ほどの感覚を思い出す。毒のような、じわりじわりと染みこむような味。今度はそんなことにはならないとは思う。……なるようになれだ。
砂糖を溶かす。口をつける。
……悪くない。
「うまいだろ?」
「そうですね」
「ほら見ろよ照。お前よりこいつは俺との相性がよさそうだ」
確かに、そうかもしれない。僕が思っていたより、ボスの性格は違う。
照が苦笑する。
「たかがコーヒーでそんなこと、わかりませんよ」
「じゃあ本人に聞いてみようか。俺たちのどっちのほうが気が合いそうだ?」
「ボスです」
「わはは」
照は職務乱用がどうだかと呟いた。でも実際、僕はボスとのほうが気が合いそうだ。
「さて、本題なんだが……裕樹、お前にはスラムのほうに行ってもらいたい。なに、危険はない。羅門と一緒におつかいをするだけだ」
……いきなりどういうことだろう?
「まあ、たまには外に出てみようってことさ」
と、照が言った。
僕は頷く。
「わかりました」
「あーそうそう」
ボスはコーヒーを飲んでいる。
「羅門はスラム出身だ」
69 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/23(水) 16:46:17.20 ID:gDsglEzi0
ーーーーーーーーーーーーー
羅門の後ろをぴったりと歩く。周りには無気力な人、人、人。小汚いぼろを纏い、物乞いをする彼らを横目に、僕たちは進んでいる。
「なんか、可哀想だな」と卓也が言う。
羅門との同行にはついで、ということで卓也も付いて来ていた。つまり、おつかいは羅門、卓也、僕、の三人だ。あまり危険はない、ということなのであまり外に出ない卓也と僕はたまには外の空気を吸え、と言われ、今回のおつかいに参加している。
一方、羅門はほとんどの時間、外で活動している。基本的にはボスの身辺警護を承っているとのことだが、訓練係であり実力者である彼は、レジスタンスの中でも活動時間が長い。
いかつい表情に、明らかに堅気ではない雰囲気。それが物乞いたちを近寄らせず、僕らの進行を楽にさせていた。
大男は卓也の言葉に反応する
「可哀想? なぜだ?」
不機嫌そうな声。
「いや、あんまり……裕福には見えないから」
「それは奴らが何もしていないからだ。自分の状況を仕方がない、と受け入れ、自分で腐っていくことを選んだからだ」
「そりゃそうですけど」
羅門の言うことは、実際、正しい。法によって支配されたこの世の中は犯罪を許さず、限りなく限界まで秩序を守っている。だが世の中のすべての人を裕福にすることはできない。いくら切り詰めようが、こういった人たちは出てきてしまうのだ。減らすことはできる。だがなくすことはできない。そのはけ口がここだ。ここは、一般的な人が存在を知りながら無視され、見捨てられた場所。僕だって、ここについては考えたことがある。例えば、ここにいる人たちを救うために救済資金を作ったとしよう。だが結局、今いるここの人たちを救っても、また似たような人たちが現れる。
イタチごっこ、徒労、無意味。
やがてスラム救済資金は尽き、民衆は税の無駄遣いを糾弾し……。
つまりはそういうことだ、必要悪。
そもそも自分のことさえ手一杯の子供に何ができる? そうやってかつての僕は諦めた。
「物乞いは無視しろ。構ってる時間が勿体ない。それに一度施せばうようよとわいてくるぞ。ゴキブリみたいにな」
羅門の言葉は辛辣だった。必要以上に貶めている気もする。確かに言っていることは正しい。だが言い方が……。
だからといって、僕はその言い方を改めるように言うのはお角違いだ。別に正義感ぶりたいわけじゃない。そもそも、人の価値観というのは個人の物で、批判できるものじゃない。思想の押しつけは独善的な偽善行為となり果てる。そう、彼女と一緒に、話し合ったことがある。
『羅門はスラム出身だ』
ボスの言葉。いやに引っかかる。なぜボスはこんなことを言ったんだろう。
試されているのかもしれない、と思う。だが思うだけだ。
ぼんやりと辺りを見渡す。それになぜか目をつけられた。
70 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/23(水) 16:46:51.88 ID:gDsglEzi0
「小僧、お前もだ。聞いてるのか?」
咎めるような言い方。
価値観の押しつけは独善的な偽善行為となり果てる。それを羅門は僕にしようとしている。年長者だとか、そういうこともあってこういうことを言っているのかもしれない。
だが、
「そうですね」
「気に食わなそうだな」
因縁をつけられている。そんな気がする。先程から卓也と比べて、僕に対してのあたりが強い。基地に羅門はあまりいないので、卓也が羅門と仲がいい、というわけでもない。
少し、腹が立つ。
「努力をしないやつは救われる権利がない」と羅門は言った。
だからどうした、と僕は思った。
「努力をするきっかけがないんですよ、この人たちは。努力したところで結果が保証されているわけでもないんだから、仕方ないでしょう」
そんな言葉を返した。
羅門は僕を睨み付ける。
「だが何もしなければ確実に腐っていくだけだが? 助けようとする奴がいても、徒労に終わるだけになる」
助けようとする奴?
――違和感を感じる。
「それは羅門さんの価値観でしょう。ここの人たちは本当に救われる、という可能性を信じることができない。選択肢を持っていないんですよ。僕ら外部の人たちはそういう考え方ができるけど」
卓也が注意を促すように僕に触れる。羅門は目に見えて怒っていた。僕はそれを見つめ返すだけだ。
怖くないわけじゃない。羅門の容姿は、今まで出会ったどんな人よりも、恐ろしい。だがきっと、力で押し通すことはしないはずだ。それはボスが信頼しているから、とか義理堅いという評判を落とすようなことを簡単にはしないだろう、とか、そういった理由もある。だが以上に、彼からは信念めいたものを感じていたから。接点はほとんどなかったが、多少はある。小さな行動から、どういった人物なのかはうっすら見えてくる。
羅門は何かを言いかけ、やめた。
「確かにそうだな。わかってるさ、その程度」
そういって背を向ける。拍子抜けだった。突然怒りが収まったかのような、諦めたかのような。
……。
71 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/23(水) 16:47:26.33 ID:gDsglEzi0
「何やってんのさ裕樹さん!」
卓也が鋭く、小さな声でそう言った。
「あ、うん」
「うんじゃないでしょ!」
「これからは気を付けるよ」
卓也は相当心配していたようだ。あの容姿の男から怒りの感情をぶつけられたら、確かに心配もするだろう。
僕は羅門の背を見る。誰も寄せ付けない、大きな背中。そびえ立つような、孤高のような。
なんだったんだろうか。よく……わからない。
72 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/23(水) 21:28:01.75 ID:Fs+zV9sf0
乙
73 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/24(木) 11:25:42.01 ID:H+SfRfBFo
乙
74 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/25(金) 18:43:44.51 ID:as1CpHWZ0
いつもレスを付けてくれる方々、本当にありがとうございます
励みになります。必ず完結させます
75 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/25(金) 18:47:32.70 ID:as1CpHWZ0
薄暗い取引現場。
危険物の取引など、並みの場所ではできない。このスラムという場所が見捨てられているからこそ、可能な芸当だ。ここでは誰も罰せられない。誰も救いに来ない。ここには法がない。
「ああ、じゃあ手筈通り頼む」
「了解」
羅門と男が話し込んでいた。漂う緊張感と、鋭い言葉の応酬。
本題自体はうまくいったようで、次の段階に進みそうだ。
僕らは小さく、少々の家具がある部屋に案内された。しばらくここで待ち、物を受け取り、それで終わりのようだ。
軽い食事を出される。コーヒーとパン。
卓也は食べ終わるやいなやトイレに行った。緊張とかで腹が痛い、みたいなことを言って。
僕は食事を終えた。羅門はゆっくりと食べていた。なんというか、見た目に反して紳士みたいな……なんというか。
気まずい雰囲気が流れる。「なぜ僕をそんなに嫌うのか」と聞いてみたい。だが、そんなことをしても変わるものはないもない。拗れるだけだ。
そして、羅門も食事を終えた。そのあとに祈りをささげるような仕草をした。
「どうした、珍しいか?」
彼をじっと見ていると、そんなことを聞かれた。
返答に困る。羅門は明らかに僕を嫌っている。下手に会話をしたくはない。
「そうですね」と僕は答えた。
「俺のところでは、これが普通だったんだよ」
「普通?」
「カミサマ、っていうのを信じるんだ。信じていれば救われる。そういう風に教育された」
……なんとなく、気づいたことがある。カミサマを信じれば救われる、という慣習は一般的には存在しない。そして『羅門はスラム出身だ』という言葉を思い出す。つまりは、スラム独特の考えだろうか。
そもそも、なぜいきなりこんなことを?
「……」
「だが信じていれば救われる、なんてありえない。所詮、空想みたいなものだ。現実的に、そうやって何かを縋っても何も解決しない」
「そうですね」
俺は、と羅門が言った。
「あまりお前のことが好きじゃない。何もかもが平気そうなお前が」
いきなり。そんなことを言った。
それは外見、個人の主観による意見。だが実際は、何かも、平気なわけじゃない。そう見えるというだけだ。
「人間味が無さすぎるようにも思えるんだ。割り切りがうますぎる。お前という人間は効率よく生きすぎている。お前自身にも腹が立つし、お前には関係のないことでも腹が立つんだ」
「じゃあどうしろと?」
「どうしようもないな」
「……そうですか」
本当に、どうしようもない。おまけに僕には関係のないことでも腹が立つらしい。
「お前は外と中の人間では価値観、物事を考える選択肢が違っている、と言ったな。確かにそれは事実だ。じゃあ誰が何をすればいい? ずっとこのままか?」
そんなことを羅門が問う。彼は僕のことを嫌いだと言った。だが彼は言う。いったいどうすればいい? お前はどう思うんだ? と。
試しているのかもしれない、と思う。だがそんな権利は羅門にはなかった。それどころか、ほかの誰にだってない。そういうことを、彼はしている。
「……バカみたいな理想論を抱いてるんですね」
「なんだと?」
「誰も、何もできない。わかりきったことでしょう」
……きっと、羅門は現状に不満を抱いているのだろう。スラムの人々に救いはこない。羅門にもそれがわかっていて、自分ではどうすることもできなくて……腹が立っている。そんなところで、僕がそれが当たり前だ、仕方ない、と言ったのだ。まあ、腹が立つのはわかる。わかるけれど。
「あなたの考えはなんとなくわかった、とても綺麗な思いだ。でも理想の押し付けはよくない。きっとその思いは正しいんですよ、でも」
「……」
「別に僕はあなたと争いたいわけじゃない。仲良くしましょう。そもそも、羅門さん。別に僕はスラムの人々がどうなってもいい、なんてことは思っていませんよ」
必要以上に誤解を受けている、気がしていた。
羅門は黙った。しばらく、何も言わなかった。
「悪かったな」
「……」
「自己嫌悪みたいなもんなんだ。――俺はスラム出身だ。自分では奴らを否定するくせに、他人に否定されると……なんともな」
わからない心境ではない。羅門はわりと正義感がつよい、気がする。……頭がそれほど良くないように思えるけど。
76 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/25(金) 18:48:14.88 ID:as1CpHWZ0
「八つ当たりみたいなことをしてしまったな、本当に悪かった」
頭は悪いけれど……正直な人だ。こんなことまでいわなくてもいいのに。
大人の容姿をしているくせに理不尽なことに腹を立て、糾弾するような人物。一応間違っている、、、、、、ということには気づけるタイプであり、それを認められる人物だ。経験上、このタイプは一度打ち解ければあとは大丈夫なことが多い。あくまで経験上、だけど。
「こちらこそ、生意気なことを言ってすいませんでした」
「いやいや俺が悪いんだよ。こんなバカな俺が――」
謝罪の譲り合いになってしまった。
「ところで羅門さん」
「ん?」
「僕には関係のないことで腹を立てている、というのはなんでしょうか」
羅門は、言葉に詰まったような顔をした。もうある程度和解はできたはずだ。なのに話せない、というのは……他人が関わっている? 人を売るような性格とは思えない彼は、もしそうならきっと話してはくれない、これ以上掘り返しても関係が悪化するだけだ。
人間関係。処世術。妥協はある種の必然か………。正直、嫌な気持ちにはなる。だが無駄なものは無駄だろう。
それでも聞き続けるのは、ただの我儘に近い。
「ところで羅門さん今日は――」
僕は話を切り替えた。諦めが肝心、だから。
羅門はほっとしたような顔をしていた。僕の話に快く乗り、肯定と賛成の意を示す。
やがて、卓也が戻ってきた。
「あれ、仲良くなったの?」
「まあ、そんな感じかな」
「よかったよかった。羅門さんは見た目以上にいい人なんだぜ?」
なんだと、と羅門がいった。
たしかに、と僕は答える。
もう険悪な関係とは言えない状況だろう。
ひそかに思う。幹部である羅門との軋轢は正直まずかった。もう一人の幹部、照からはいやに好かれている状況ではあるが。
……僕の目的には障害がいくつもある。
一つずつ、一つずつ取り除いているけれど、まだまだ問題は山積みだ。
僕は彼女を救わなければならない。そのためには逃げ場を探さなくてはならない。逃げ場はレジスタンス内ぐらいしか思いつかなかった。でも、わざわざ爆弾を抱えたいと組織が思うわけがない。
だから、爆弾には素敵な贈り物もつけなければならない。爆弾なんて些細なものに見えるぐらいの、不良債権と有用な株の抱き合わせのような、素敵な、素晴らしい贈り物。
幸い組織はそういったものを欲しがっていた。欲しいものは、有用な人材。
上に立つような人材はなかなか現れなくて、幹部が二人というのはまずすぎる状況だと、照は言っていた。
――彼女の救出にまでは、組織は手を貸してくれない可能性は高い。だが、僕が政府の目を欺きながら、そこまで組織に被害を受けないように彼女を助けられたら
77 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/25(金) 18:48:47.95 ID:as1CpHWZ0
きっと、彼女ともども僕を受け入れるはずだ。犠牲者が変わったところで、抵抗組織レジスタンスが気にするはずがない。
僕は組織内での人間関係を円滑に、そして能力の有用性を示さなくてはならない。
人心の掌握として、人がやりたがらない仕事を率先してやった。会話では相手が欲しがるような回答と、怪しまれないための反論を少量挟み込んだ。
全て、全てうまくいっている。
そう思っていた。
78 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/25(金) 18:49:53.39 ID:as1CpHWZ0
◇
「完璧な人になりたかったんです」と僕は言う。
なにもかもが実現させたい、そういうバカげた願い。
超人、英雄、完璧者。そういった単語が脳裏に浮かぶ。
「完璧な人になりたかったんです」と僕は言う。
『どうして?』
闇より沈む、深淵から、そんな言葉が返ってくる。
どうして? なぜかって? なぜだっけ?
『完璧な人になってなにがしたいんだい?』
願いがあったから、望んだ。
僕は、誰かが不幸なのが嫌だった。できることなら生きとし生けるもの全てが幸福であることを望んだ。
誰だって、一度は考えたことがあるはずだ。
誰だって、他人の幸福をうれしく思うことだってあるはずだ。
妬みや羨望、そういったものを除いた、純粋に人の喜びを感じたときに感じる幸福感。それをずっと見つめていた。
だからだろうか。できることなら全てを救ってしまいたかったのだ。
踏み殺されたアリを瞬時に治し、飛べなくなった鳥に力を与えて飛べるようにし、泣いている子供に手品を見せる。
「完璧な人になりたかったんです」と僕は言う。
『なれると思っていた?』
まさか。そんなはずはない。
とてもとても、現実的じゃない。夢見がちな幼少期はとっくに卒業した。大人に近づいて行った。最善を選んだ。
全ての生命から人間へ。人間から周りに見える世界全てへ。周囲に見える世界全てからほんの一握りの大切な人へ。
年を取るにつれて、少しずつ現実的に調節していった。持っていけないものは置いて行った。今でも、全てが救われてしまえばいいのに、と思うことがある。だが実際、僕ができるのは、ほんの一握りの大事な人を大切にすることだけだ。それに納得している。
「完璧な人になることを、目指そうとしたんです」と僕は言う。
目指すということ。努力するということ。
それは、決して無駄なものではない。優しくあろうとするから、より人は優しくなれる。意識することによって、人は変わる。意味があるのだ。
『だから祐樹さんはそういう生き方をするわけだ』
声が変わる。それはより身近な者へ。
79 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/25(金) 18:50:23.98 ID:as1CpHWZ0
『ずっと考え続けてるわけだ。これ以上の正解はないって知っているのに。なのに苦しんでるわけだ。意味もなく、救われなかったもののことを考え続ける』
怒りの混じった声。
「そうだ。僕はそういう生き方をしている。考えれば考えるほど八方ふさがりなのがわかって。それでも考えることはやめられないんだ」
そういうものだった。彼女と話すことによって変容した僕の思想は、そういうふうになっている。
不変の意思。くだらない理想論。無意味でもったいぶっていて、本人ですら価値を認めてはやれない。
それでも、それでもこれは、間違った考えじゃない。
『なんでなんだ?』
「正しいことだと、信じているからだよ」
『苦しいだけなのに? なのに他人のことなんかを考えてるのかよ』
ふざけるな! と声が叫んだ。
『それで祐樹さんになんの得があるんだ? なんで身を削ってるんだよ! なんで祐樹さんが苦しい思いをしなきゃいけないんだよ! 犠牲になる必要なんてないじゃないか!』
苦しむようにのたうつ影。
『なんでそんなに優しいんだ? なんでそこまで他人のことを考えるんだ? 義務なんてないのに、なのになんでそこまでするんだよ!』
――優しい、ね。それは意味がない。
「でも僕は結局、誰も救えちゃいないんだよ。偽善行為の自己満足だ。結果が出せていないんだよ。だから、誰かが僕を庇う必要はないんだよ」
『それは違うよ』と誰かが言った。
影の形が再び変わる。女の影。
『少なくともキミは、私を救ってくれた』
救った? 救われた? そうか、それは正しいのかもしれない。
でも、
「でもきみは犠牲になるんだよ。死ぬんだ。ひょっとしたら魂が消耗される痛みに、何十年も苦しむことになるかもしれない。きみは救われちゃいない」
『そんなこと……』
「そういうことなんだよ。結果的に僕は何もできていない。結果が全てなんだ。努力? 努力すればきみが苦しんでもいいのかよ!」
やるせなさがこみ上げる。完璧な人になりたかった。目指すんじゃない、完璧そのものになってきみを救いたかった。犠牲なんてシステムがなくても、都市の人々は生きていけるような、そういう創造をしたかった。
80 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/25(金) 18:50:52.11 ID:as1CpHWZ0
『でもキミは私を助けようとしてくれている』
「今してるのは現実的な話だ。現実的に考えて、僕はきみを救えない」
進むと決めた道だった。だからといって成功を信じられるほど、夢に狂っちゃいない。
『そんなに自分を責めないで』
優しい、柔らかな声。
『キミが苦しんでると私は悲しいよ』
僕は震える声で言う。
「でも考えることを止められないんだ。こんなことを考えずに最適解を選べ続ければいいってわかってるのに、考えてしまうんだよ」
無駄なことをしている。僕が苦しんだところで誰かが得するわけじゃない。わかっている。わかっているんだ。
『優しいね』と声が言う。
それに沸き立つ否定の感情。
何かを言おうとする。だが影が口を塞ぐ。
また、影の形が変わっていく。
『悲しいぐらいに君は正しい。少なくとも僕はそう思うよ』
知らない影だ。どこかであったことがあるのかもしれない。だとしても、覚えていない。
『無駄に苦しんで損をしているように見える。だけど、その考え方は人ができる中で最も現実的で、尊い』
口が解放された。
僕は影に言う。
「それでもなにか意味があるわけじゃない。押しつけの独善を禁じたから、誰かに影響をあたえることもできていない。まるで無意味だ」
だから、嫌なんだ。結果が欲しい。意味はあったんだと、誰かに認めてほしい。
何の意味もないなら、いままでのことは全て無駄だ。それだけは嫌だった。
影が消える。僕はひとりぼっちだ。
あたりは徐々に暗くなっていった。それは、まるで趣味の悪いショーの幕切れのようで。
たったひとりで何かを求める。
人はゆっくり手を伸ばす。けれど決して届かない。
「だれか……」
孤独だ。
「だれか……」
無意味だ。
「だ……れ……」
何かを成し遂げたい。僕が絶対に正しいはずなのに、世界はそれを否定する。でもそれが、嫌になるぐらいに現実的だった。
何もかもが足りない。資源が、優しさが、能力が。
「完璧な人間になりたかったんです」
◇
81 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/25(金) 23:23:22.60 ID:3MRTB+Iuo
乙
82 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/29(火) 19:31:13.83 ID:KsUO0z3M0
あれから二か月、彼女が僕の日常から消えてから三か月たった。
組織が手放そうとは思わないほどの人材には、なれている気がする。
人心掌握。処世術。人間関係。
すべて順調だった。現実的に可能な完璧に、限りなく近い、と思う。
組織もまた、動いていた。六十年以上、表立った活動をしていなかった反社会組織だが、なにやら大がかりなことをするらしい。政府への反発として、地表の捜査、魔法の探求などの様々なことだ。確かに、これらのことに関して民衆からの疑問はあった。政府はなぜ新たな探求に手を伸ばさなかったのだろうか? もともと、市民からも声が上がっていた問題だ。
政府の回答は「今の社会は完璧ではない、その努力を欠かさなかったことはないが、問題がある状態で多くに手を伸ばすことはできない」とのことだった。
多くの者は納得した。僕だってそうだ。よりよい社会を目指す政府が、余計なことをして、新たな問題が発生したらどうなる? 少なくとも、今の政府は間違っちゃいない。そんな結論だ。
異論を唱える奴もいた。新たな探求の結果は富裕へとつながり、今ある多くの問題を解決に導くかもしれない、と。だが確実な手ではない以上、多くの民衆からは支持されることはなかった。
……そういう意味では、このレジスタンスは実に反社会的で、抵抗的だともいえる。汲み取られなかったわずかな意思。そういったものを拾い上げるつまはじきもの。だからこそのレジスタンスだ。
魔法は、地表と関係している。だから組織は、それを重要視していた。だが、魔法とは犠牲を除けば役に立たないものだ。ほとんどの人間は、かがり火程度の火を灯すことができる。けれど、結果として待つのは、成果に見合わない体力の消耗だ。五十メートルを全力疾走するほどのそれは、はっきり言って役に立たない。場合によっては死にさえも至る、欠陥品だ。
だが……犠牲に選ばれるほどの魔翌力を持つ人は、どうなのだろう? 魔法は皆が使えるが、体力の消耗の多さから、危険だとされ、一般的には使用を禁止されていた。でも……内緒で、秘密の場所で、僕らは禁を破ったことがある。今の法を遵守するような僕からしたら、考えられないようなことだけども。
組織の魔法の研究はまるで進んでいなかった。体力の消耗の大きさからいっても、材料が無さすぎるのだ。だからこそ彼女は、組織としては価値があるはすだ。
やれるだけのことはやった。彼女のいる場所も偵察してきた。助けに来る実例がほとんどないからだろうか。警備は存外緩く、様々な考察の結果、二割程度の確率で、救出は成功しそうだ。決して高い数字ではなかった。だが現実的な数字ではあった。
失敗すれば、見せしめの処刑が待っている。
死ぬのだ。だけど。
――命を懸けるだけの理由はある。
すぺてすぺて、可能な限りにおいて、完璧な行動をとった。すべて順調だった。
そんなある日のことだった。
「祐樹君、君はボスに呼ばれたようだ」
照の声。
「どういう理由ですか?」
「重要な理由だよ。とても重要な、ね」
照は意味深にそう言う。少したりとも、笑ってはいなかった。
「……そうですか」
「なあ、祐樹君」
照は笑ってはいない。目も口も、何もかも。
「我らがボスはご多忙だ。少し、時間つぶしに話さないか?」
◇
83 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/29(火) 21:22:16.35 ID:KsUO0z3M0
「それで、話ってなんですか?」
「なに、くだらない話だよ。くだらない、くだらない話だ」
照は絡みつくような物言いでそう言った。
なにかが起きる。そんな予感がする。どちらにせよ、彼女が消えて三か月だ。僕は、そろそろ行動を起こす必要があった。
「君はずっとこう思っていたはずだ。『なぜ照はこんなにも自分のことを好くのだろう』と」
それは、思っていなかったといえば嘘になる。だがそれは重要なことではなかった。
人心掌握。処世術。人間関係。
相手の望む言葉には、その相手が不快になる言葉もある。だがそれを悟って嘘をつけば、失うのは信用だ。結果が重要なのだ。そこに僕の意思、真実は、関係がない。
「そうですね。変だとはずっと思っていました」
「私はね、勝手に君と私が同類だと、思っていたんだ。……まあ、そういうわけではなかったようだけど」
――嫌な予感がする。
「私と君はかなり似ている……そんな仲間意識をもっていたんだよ」
「はは。そこまでとは、思ってもいませんでしたよ」
照は人との距離をうまく保つ。踏み込みすぎず、されど支えられる位置にはいる、そんな男。
僕は初対面のこともあって、そこまで照のことを好かなかったが、実は組織での照の評判は低くない。その人の好さそうな顔と、トレンドマークである髪のない頭が、まるでお坊さんのような雰囲気を生み出していて、話していなくても、勝手に好印象を持たれるのだ。事実、組織の構成員が、彼に悩み事を相談しに来たりするらしい。話がうまく、敵愾心を感じさせない彼は、非の打ちどころのない優秀な幹部だった。
「『人が目指すは完璧という高見。見えず、届かずともいえど、それを目指すということには意味がある』こんな言葉を、知っているかい」
「いえ……」
「ははは」
照が笑い声をあげる。何がどうおかしいのか、まるで判断がつかなかった。
「この組織にある昔の本さ。『星堕ち』以前に書かれた小説で、私はその本のファンなんだよ」
「……」
「君は、知らない、と言ったね、でもこの言葉と同じようなことを、考えた事があるはずだ」
確信したような口調。
こういった考えを持つものは一定数存在するだろう。当てはまりやすい事象をかまかけで聞いているだけだ。
84 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/29(火) 21:22:44.24 ID:KsUO0z3M0
「完璧な人になりたかった」と照は言う。
その言葉は。そしてそれに対する僕の反応は。照に『なにか』を確信させたように見えた。
「私はね、ずっとそんなことを、子供のころから、思っていたんだよ。ちっぽけな自分が嫌でたまらなかった。こんな自分は自分じゃないと、憎んですらいた。君もそうだろう?」
引きずり出された。そんな気がした。
なにもかも見抜く、一歩手前の状態。
照は訴えかけている。本心を話せと。真実をさらせと。
「そうですよ。それが……それがどうしたっていうんです?」
照は笑っている。
「人は大きすぎた失敗を前に、その原因を求める習性がある。それは根本的で、絶対的な原因だ。
不完全な世界のせいにする奴。
特定の誰かのせいにする奴。
……そして、自分の能力のなさにせいにする奴。
何も恨まず、なんて風にはいられない。はけ口を求めているんだよ。理由が欲しいんだ。『なにか』がなくてはやっていけないんだよ」
無意味さには耐えられない。物事がうまくいかない。じゃあそれはなぜだろうか。
きっとそれは……。
「そういう風に、何かに負荷をかける。一つに原因を集中するんだ。わかりやすくかみ砕いて、定義を置いておくんだよ」
もっと能力があればいいのに、と思ったんだ。全部、自分のせいにしたんだよ。運とか奇跡を信用していなくて、世界というのはむしろ敵対者で、だから全部、自分で完結させたんだ。
そういう意味で、君は僕に似ているんじゃないかな?
「なにかを信じるのがばかばかしかったんだ。そんなものより自分を信じるほうが現実的だった。私はね、なにもかも信用していなくて、世界の全てが大嫌いだったから失敗を全て自分のせいにしたんだよ。でも、君は違ったようだ」
「……」
85 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/29(火) 21:23:11.39 ID:KsUO0z3M0
たしかに。照の言っていることは僕に一定の共感を与えた。しかし、決定的な部分が違っていた。
「そういうことですか。だから照さんは僕を似ている、というくくりでとどめた。同類とは見なさなかった」
まるで、照は……照は『彼女がいなかったら』なっていたかもしれない、僕だった。
「完璧な人になりたかったんです」と僕は言う。
照は黙ってそれを見ていた。
世界は絶対に救われるべきで、けれど救われないのが現実で。
それは、もとはといえば、彼女の受け売りの考えで、僕の考えではなかった。優しすぎた彼女は僕にそれを分け与えた。影響された。決して不満はなかった。例え自分を苦しめる考えだとしても、それでもこの考えは正しいと信じていた。
そんなことを思っていたから、僕は失敗を自分のせいにした。
しかし、照は違う。
「至った結論は同じでも、原点がまるで違う。一瞬見ただけではわからない。そういうことなんでしょう」
「世界は素晴らしくあるべきで、救われるべきだと信じていた」と僕は言う。
「世界とは救いようがない敵対者で、決して信用できなかった」と照は言う。
つまりはそういうことだった。彼はむしろ、最初は僕に対して同族嫌悪を抱いてさえ、いたかもしれない。でも違った。まるで僕らは、別物だった。
照が力なく微笑む。
「私はね、力ない自分が嫌だった。可能なら世界を思うがままに操りたかったんだ。でも、現実的にそれは無理だった。だから、届かないと知っていても努力したんだよ。間違えない人間に、失敗を修正できる人間に。それで、今の私があるわけだ。組織の幹部。ちっぽけでは終わらない、世界にとっての重要人物。副産物としてついてきた対人関係は、今でも役に立っている」
汚い考え方だった。他人のことなんて見向きもしなかった。結果的には私は組織の人間からいいやつ、として扱われているし、実際に何人も助けた。
それでも、それでも私はこう思うんだよ。
「君は……よくぞそこまで綺麗な考えでいられたものだ。そりゃそうだ。積極的に人の不幸を願う奴なんていない。そんな奴は自分が世界で一番不幸だと信じている奴だけだ。でも、そんな奴でも、不幸じゃなかったのなら人の幸福を願うんだよ。……私は、君のような考えをもってこの場に居たかった。君のようで、ありたかった」
幾度となく聞いてきた照の称賛。だがそれは、決して偽物ではない、そういうものだった。
だが、僕の考えは違った。
綺麗な考え? それがなんになる?
まただ。幾度となく湧き上がる自己否定。
『お前は優しいな』と父はよく言っていた。今にして思えば、それは慰めなどの建前の言葉じゃなかったのかもしれない。本気でそう思い、わが子を誇りに思い、褒めていた。
それを聞いていた当時の僕は、今も変わらず、嫌でたまらなかった。
86 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/29(火) 21:23:41.03 ID:KsUO0z3M0
なぜかって?
87 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/29(火) 21:24:07.28 ID:KsUO0z3M0
「照さん、それは違いますよ。隣の芝が青く見えるように、それでそんなことを思っているだけです」
わかりきったことだ。
「僕は少したりとも結果をだしていない。だから、あなたのほうが素晴らしい人なんですよ」
あまりにも単純明快な、それだけのことだった。
究極的結果主義。
どういうところで今までの行動を正当化するのか。いままでの悪事があったとしても、それが自分を成長させ、その悪事以上に人を救い、自分が幸せなら、なにも咎められる要素はないはずだ。そうじゃない、という人もいる。けれど、他人が他人をどこまで詳しく見る? 見ることができるのは切り抜かれた、現在という枠組みだけだ。さらけ出さなければ他人は他人のことなど気にしない。
照は、最初はそれを聞いて、呆れてさえいた。けれどそれは長くは続かなかった。
「……本気でそう思っているのかい?」
「目に見えるものが現実、、です」
そういうものだ。
「過程を汲み取ろうとする人だって」と照は言った。
だが次には表情を歪ませていた。失言ではないのに、間違えてしまったかのような表情。
なんとなく、照はもう気づいているはずだ。彼がこういったことを考えたことがないはずがない。
きっとそれは、絶対に正しくて、綺麗な考えだ。
けれども、
「ほんとうはそうあるべきなんです。でもそれはどちらかと言えば明らかに少ない。――だって現実はそういうものだから」
人は何かに捌け口をもとめると、照は言った。
僕も照も、自分にそれを向けた。
誰がどう認めても、『自分だけは』認めることができない。よりよい結果を求めるから、満足はできない。人の欲望にはきりがないように、理想には果てがない。
人の称賛はひどく耳障りだ。嬉しくないわけじゃない。でもどこか納得できない自分がいる。そういった思いが大きくなるのは、決まって物事がうまくいっていない時だ。彼女を救える見通しはたった。
けれど、されど、その確率はいまだに――とてもとても、現実的じゃない。
「完璧な人になりたかったんです」と僕は言う。
照は――
◇
88 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/29(火) 21:24:50.90 ID:KsUO0z3M0
「学力試験第一位、佐藤祐樹」
それは、なにもかもを破壊する魔法の呪文のようだった。
照は濁りきった瞳でそれを発した。
動揺と、諦念と、何かに対する失望。
組織の調査能力を甘く見ていたわけではなかった。だが組織に余力は、あまりない。だから志望者を詳しくなど調べない。特に末端はそうだ。裏切りはその地帯を切り離すことによって対処される。同時多発的な裏切りは組織の壊滅だ。政府が取れない手段じゃない。常々思っていたことがある。反社会的な抵抗組織はかえって法に対する市民の結束を強めている。全力をだせばつぶせないことはない組織を、なせ政府は潰さない?
半分、泳がされている、侮っている、そこまでの余裕はない、なにかしら考え付かない事情がある。
そんなことを推測した。だから自分の身元に関しては調べられたとしても、そこまではないと、そう判断した。
だがそれは賭けだった。防ぎようがないから、臭いものに蓋をするように見ないようにした。
消去法的選択。
でもこれしか、やれることはなかった、だから。
「それが……?」
強がりだった。それがなんだと。だからどうしたといわんばかりに、平静を保った。
声は震えていた。
「幼馴染の近藤雪は今年選ばれた犠牲者である」
――すべて終わった。
いやまだだ。最初からバレていたなら僕はここに入れてはいなかっただろう。つまり気づいたのはあとからだ。今や僕は組織として非常に欲しい人材になったはずだ。まだ芽はある。
『祐樹君、君はボスに呼ばれたようだ』
照が最初に言った言葉だ。予感がある。だがそれでも、最良の選択肢を取り続けるという選択は間違ってはいないはずだ。
「そうですよ、ちょうどよかった。その件についてずっとボスに話そうと思ってたんです。ボスは時間がなかなか時間が取れない人だから」
自分の言葉がどこまでもしらじらしく聞こえる。
落ち着け、と強く念じる。
焦ったところでいいことはなにもない。いつものように最善を選べばいい。やることはいつだって同じだ。
89 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/29(火) 21:26:34.83 ID:KsUO0z3M0
「なにをするつもりなのか、私にはわからない。だがこれは、確実にウチに来た理由にかかわってるんだろうね。君は社会を変えたい、と言った。けど普通、少なくともウチにくる前に、その学力をもってなにかをやろうとするだろう」
冷汗が背をつたうのを感じていた。
だがそれでも、平然としたなりを装って僕はこう言う。
「それがなんだっていうんです?」
照は、長い、長い溜息を吐いた。
「助けるつもりかな?」
「ええ。組織に迷惑はかけません。僕が自分――」
「諦めたほうがいい」
――なぜ。
「そうかもしれませんね。でも一度、ボスに相談しようと思ってるんですよ」
照の判断は関係ない。ボスの指示で全てが動くのだ。有利となる材料はいくつかある。照はやり過ごせれば、それでいい。
「それはやめたほうがいい。絶対に成功しない」
「……理由を聞いても?」
照はただ首を振った。
「君のためを思って言っているんだよ。理由は言えない。でも絶対、止めたほうがいい。諦めるんだ」
「それは僕が選びます」
今更、選択肢がほかにあるとは思わない。
照は痛みを抱えたような表情をしていた。僕に対しての悪感情は感じられなかった。ただただ、同情していた。
「今の君を見ると胸が痛むよ。私が言えることじゃないが、自分を責めずに、もっと楽に生きたほうがいい。私はね、君の生き方を尊敬してるんだよ。信じられないことかもしれないけど、君には幸せになってほしい。君みたいなひとが報われるべきなんだ」
それはひどく矛盾した言葉だった。
照は本心でそう言っているのだろう。でもやはり、それは僕にとって関係がないことだった。
「なあ、君のいうことはわかる。わかるんだよ。でも私は、感情的にそれは嫌なんだよ。君は自分を絶対に許さないだろう。でも時間が解決してくれるさ。バカみたいなことをいうけど、それだって感情的な愚かな行動だ。私が君に言う資格がある言葉はなに一つとしてない。だけど……」
そうだ。それらすべては照が正しく、もう想定の終えた結論だ。僕は間違っている。それでもやり遂げる必要がある。
それは経験や思い出、人生と目標において、必要なことだから。
「もう一度言う。君は――」
「――なんでですか!」
90 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/29(火) 21:27:15.22 ID:KsUO0z3M0
その大声は、照を黙らせた。
彼は何も言わない。言えないのだろう。きっとその情報はボスから話される。彼にはその権利がない。……今、彼が言っている言葉だって、おそらくは逸脱した行為なのだろう。
照は天を仰ぐ。何かを誤魔化すみたいに、きまり悪く笑う。
「ああ、自分らしくないことをしたなあ。嫌になるぐらい感情的な行動だ。なあ、祐樹君?」
扉に指を指す。
「行ってきなさい。私は全てを知っているから君を止めた。でも土台、無理な話だったんだと分かったよ。自分で何とかするといい」
なんともできないと、暗に言っている。
「言われなくても」
扉に手を掛ける。
「なあ、最後に聞くけど、考えを改める気はないかい?」
沈黙をもって、その言葉に答えた。
照の最後の一言は、僕を苛立たせただけだった。
◇
91 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/29(火) 21:27:48.16 ID:KsUO0z3M0
「よう、小僧……じゃなくて祐樹。最近、首尾はどうだ」
「上々ですよ。現実的に可能な限りにおいて、ですが」
からからと、ボスは笑う。
僕はゆっくりと息を吸う。照に言われた言葉がわずかに余韻を残していた。それはこれからのことに邪魔になる。必要な要素だけ抜き取り、使うのだ。ただただ、最善を選ぶ。今まで通りに、同じことをすればいい。
「それで、話とは何ですか?」
不用意なことは決して喋らない。相手の出方に合わせ、対応する必要がある。
「ああ、そうだったな。俺はおまえに話があるんだよ」
狭い個室。机と椅子と、湯気の立つコーヒー。
ボスはそれに口をつける。ボスが好む、あの苦さと甘さを混同したコーヒーだろう。僕はそれに触れなかった。
「苦いな。なのにわけもわからんぐらいに甘い。良いことと悪いこと、どっちから先に聞きたい?」
「ボスが好きなように」
「ははは、つれない奴だな。堅物すぎると人生損だぞ? もっと楽に生きろ」
まるで、照のようなことを言う。だがまるで意味の違う言葉だ。込められた意味が、感情が、厳しさが、そういうものがない。
「では、おめでとう祐樹君。君は晴れて我がレジスタンスの幹部候補になったのだ! 嬉しいか?」
わざと場を盛り上げるような演技がかった仕草。
「……そうですね。早すぎる気もします。悪い点を聞いてから判断したいです」
「いや、お前が嫌がらないなら特にない」
「なら、嬉しいんじゃないでしょうか?」
それは組織が僕の価値を認めたようなものだ。僕にとっては得になる。だが、それにしても早すぎる。幹部候補? 入ってたった三か月程度の子供を? 無論、本物の幹部になるには時間がかかるだろうが、そういう問題を差し引いてもおかしい。組織は人材が不足しているとは思っていたが、ここまでではないはずだ。
「いろいろ照に教えてもらえ。羅門は武闘派だからおまえとはそこまでかかわりがなくなるな。それで――」
「――待ってください」
「なんだ?」
「なぜ僕なんですか? 不満があるわけじゃないんです。でも、早すぎませんか?」
「知りたいか」
「はい」
「……どうしてもか?」
「……はい」
はあ、とボスは溜息をついた。
92 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/29(火) 21:28:15.72 ID:KsUO0z3M0
「教える気はなかったんだがな。今教えとかないと後が怖そうだ。まあ、どっちでもよかったんだが、仕方ない。あのな、祐樹。おまえは……」
俺の後継者になるんだよ。
「…………は?」
はじめは、幻聴かと思った。だがボスの真剣な顔や、何も次に喋らないことから、本当なのだと分かった。
これは夢か? あまりにもうまくいきすぎている。もし夢でないのなら、彼女を助けられる確率はぐんと伸びる。本来、僕単独で、卓也さえなしに彼女を助けようと思っていた。彼がいようといまいと、見つかったら守衛に警戒される。そうなれば終わりだ。つまり、卓也はいてもいなくてもそこまで救出の確率は変わらない。だが、組織の手があるなら話は違う。何事もなく、長い間安全すぎた犠牲者の収容所は、僕単独での救出成功率が二割ほどある。ならば、プロに任せれば九割……いや、ほぼ確実に成功する。
胸が高鳴る。現実的だ。これならできる。彼女を助けられる!
……落ち着かなくては。まだやるべきことは残っている。
「驚いたか?」
「そりゃ……そうですよ」
「おまえのことだ、きっと理由を知りたいだろう」
「お願いします」
「まず、後継役の問題は深刻だった。照も羅門も、最終まとめ役には向かないからな。それで、人材が欲しかった。客観的に物事を見れる奴。冷静でいられる奴。自分を機械にでもするかのような、そんな奴」
「……」
「自分自身を歯車に徹底しようとするような奴だ。何かを遂行するためには、感情は邪魔でしかない。冷静に冷徹に、組織柄、そういうことができなければならない。だがそれでも、俺たちは人間で、支配しなければならないのも人間だ。単純な機械じゃだめなんだ。組織の頂点は人に裏切られにくい、人の気持ちがわかって、場合によっては汲み取れなくてはならない。……再度いうが、組織柄上、な」
なるほど、と思った。
レジスタンスは危うい組織だ。それこそ、こんなに存続できたのが不思議なぐらいに。五百年の歴史を誇るこの都市で、レジスタンスは実に二百年もの存続を続けている。都市の歴史の半分ぐらいだ。これだけの期間、そこそこの被害を、与えているのにも関わらず。
「わかるか? 要するに『機械を目指す人間』が欲しかったんだ。なれないと知っていながら、完璧を目指す。そういう人間はなにかしらで能力を発揮する。それがボス、という存在に適役かは置いといてだが。照は適役ではなかったタイプだが、能力の高さは発揮している」
93 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/29(火) 21:28:42.48 ID:KsUO0z3M0
並びたてられていく言葉の数々。
それは、やや過剰な称賛とも言えた。僕が精密な機械を目指す、ミスをしないことを目指す、完璧な人を目指している、というのはあながち間違いではない。
人心掌握。処世術。人間関係。
ボスの言っていることに、いくつかの心当たりはある。僕がどういう目的で、人との付き合いを円滑にしたのかとか、そういうことは、あまり関係がないのだろう。結果はすでに出ている。それが自分に嘘をついた仮初の姿だったとしても、三か月の期間、演じ続けられたのなら、これからもできる。『能力がある』そういうことだ。
「照にお前の観察を頼んだ。お前がどういう人間か、どういう考えをするのか、どういうことができるのか、そういうことを。照はな、心理学を極めた男なんだ。あいつは感情なんかじゃなく、経験と理論で人を理解できる。知ってるか? 人間の表情っていうのは面白いもので、ある物事に対する反応が約0、1秒の間、顔にそのままでるらしい。どんなに取り繕っても無駄で、嘘はつけない。時間の短さから、その分野を極めたわずかな人間しかできないが……照にはそれができる」
ボスはじっと僕の顔を見る。どういう感情が浮かんでいるのか、さっき言った方法で確かめるみたいに。
……照は、だからこんなにも僕のことを見通し、理解していたのだろう。嘘を見通すのではないかというあの感覚。それは間違いではなかった。真実だった。ただの勘と感覚で、それを感じ取っていた。
「十分に時間をかけた。はりぼてかどうかは、関係ないぐらいには。おまえは適役だった。ならばもう、教育は早いほうがいい。理由は、こんなところだ」
ボスの言葉には、違和感がなかった。筋道は通っている。自分を過大評価するわけではないが、確かに、僕みたいな人間はあまりいない。この思考と考えは、ただ重くて苦しい。おまけに救いようがない。
自分の行動を考え、周りの人間を見てきたからわかる。
簡単に人を否定する奴。
いわなくてもいい悪口で、争いを始める奴。
自分の行動がどれだけ人を傷つけるのか、考えた事のない奴。
94 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/29(火) 21:29:16.51 ID:KsUO0z3M0
それらすべてが、最終的に自分に返ってくるかもしれないことが分かっていない奴。
これらは、軽率な行動と言え、しかし細かすぎて絶対に自分に返ってくるとは言い切れないものだ。人を傷つけたり、自分を誇示することによって、周りに強い自分の印象を与える。発言力の上昇と、声の大きい者に付き従う人種の列が、さらに強化を生み出す。暗にスクールカーストのようなものができあがる。
だがこれらには代償が存在する。強さは誇示するがための行動は、結局、人を不快にさせることが多い。大きなミスからその立場は危うくなり、影で失敗を笑われる。
無論、そういうことにならないことだって多くある。要するに致命的なことをしなければ、その立場は続いていくことが多い。メリットとデメリットをどれだけ天秤に乗せるかだ。致命の時に仲間がいなくなるかもしれない。影で何かを言われるかもしれない。だが優位性による通常時の満足感は得られる。
最終的な結果なんて、運と行動いかんによって変わる。ただ自分はそういうリスクを負いたくなかっただけで……。
良い人間であろうとした。人の悪口で盛り上がらないように気を付けた。その場の空気というのもあるし、愚痴のようなことは言ったかもしれない。だがそうであることを望んだ。そうなりたいと目指した。努力した。そういう届かない高みを見つめていた。完璧な人で、人には優しくあれることを望んだ。
きっとそれはいきすぎた行動で、無意味な葛藤と苦しみだ。自分にとってを考えれば、もっと楽に生きたほうが都合がいいと、僕だって思う。
でも、もしかしたら、苦しんだかいがあったのかもしれない。全ては最終的な結果で語られる。この葛藤が、考えが、苦悩が、もし彼女を救うために役に立ったのなら……願ったり叶ったりだ。
「祐樹」とポスが僕の名を呼ぶ。
「ここが境界線だ。了承の選択をすれば引き下がれない。その前に、なにかいうことはあるか?」
――熱のこもった、おどろおどろしい気迫。
きっと第三者から見れば、なにも不自然な雰囲気はなかった。
僕だけに向けられた、そういう気迫。最初にボスにあったときのことを思い出す。
――ただものではない、なにかを背負っている。
僅かに怯む。
予感がある。
このままでは終わらない、いいことだけで終わらない、予定調和めいた不幸。
なにを? なんてことを聞くのは無粋だった。ついさっきまで、浮かれていた。
95 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/29(火) 21:29:47.23 ID:KsUO0z3M0
引き戻された。頭の中にあった絶望を、言葉を、思い出した。
『諦めるんだ。それは絶対に成功しない』
照の言葉。
それは僕がこの先、有利に動かすための言葉だ。だがそこに『彼女』は入ってない。ただ僕一点のみの有利。未来の行動の制止。
『諦めたほうがいい』
そうすれば、僕だけは有利になる。そういう情報。
「……ボス、言わなければいけないことがあります」
そう、ここでいわなくてはならない。
僕が助かってなんになる? 決意の日以来、もう自分の中にそういう選択肢は存在しない。
当然、ボスだって僕が彼女を救おうとしているなど、知っているはずだ。照が報告したのは間違いない。照はボスに逆らわない。でもその中で、僕を助けようとした。
もしかしたら、ボスは『救う』なんてことは知らないかもしれない――はずがない。
そういう人種だと、わかっている。
試されている。きっと最後の。言わなければならないこととして。
ここを境界線だとボスは言った。匂わせた。次はない、と。
「僕は今回選ばれた犠牲者、近藤雪を助けたい」
言った。どうなるかはわからない。だがそれは、彼女を諦めないという選択を取るなら、最善のはずだった。
「そうか」とボスは短く言った。
沈黙は続く。僕のコーヒーは満たされていた。ボスのコーヒーは空だった。コーヒーは暗く、濁っていた。
「知っていた。照から聞いた。俺に会う前、照に会っただろ? どうせ言わなくていいことをアイツは言ったんだろうな」
乾いた笑い声。やはり、照は組織にとって余計なことをしていた。だが、ボスは見通している。照すらも、見通している。ぞっとする。なにもかも利用して、てのひらのなかだ。
「テストだったんだよ。俺の独断でなにもかもを謀った。お前がそれを言ったのは今この場までは正解だ。そして言うことがある」
続く言葉は、わかっていた。
「諦めろ」
96 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/29(火) 21:30:39.47 ID:KsUO0z3M0
照は、あくまで僕に心の準備と、諦めるという選択肢を濃厚に示しただけだった。救いはなかった。
これになんと答えるか、それは決まっている。だがなんと答えるのか、どう説得するのか。
予感があった。予定調和めいた不幸。
諦めれば、僕の人生は決まる。だが諦めなければどうなる? ただ、ろくなことにならないのは確定していた。
――予感がある。
たぶん、殺されるか、飼い殺しか。結末が顔を覗く。うすら寒い。
――だがそれでも。
「無理です」
嫌だとか、どうしてだとか、そういうことは言わなかった。
断定の一言。愚かしい、そういう行動。だがそれでも、やるしか、ないのだ。
「――諦めろ」
命令形。最終通告。
けれど決して、揺らぐことはない。ばかばかしい気さえする。結果はなかば、わかっている。なのになぜこんなことをするんだろう?
「――無理です」
ボスは目を閉じた。そして開く。諦めと失望。
「やはりか。俺自身がおまえを見てきたわけじゃない。だがやはり、そういうやつなんだな」
悟ったような、諦めたような、そして――ただただ残念だという声音。それが全てを体現していた。結果だった。
「さっきまでの話はなしだ。おまえは一生平で、もう外に出すわけにはいかない」
殺しはしない。せめてもの、温情ってやつだ。どうせ個人じゃどうにもできないしな。ボスはそう言った。
「いいえボス。彼女を助けるのはぽく一人です。組織には一切負担をかけることもなく、連れてきます。その後は忠義を誓います。身を捧げます。それでなにもかも、あなたの思がままに。だから一度でいいんです。チャンスを下さい」
なにもかも、材料をぶちまけた。出せる手札全てだった。しかし、ボスはそれらに大した反応はしない。どうでもいい、とばかりに。
「教えてやるよ。この組織のことを。そうすればおまえは納得するだろう。諦めがつけば道もわかれるかもしれない、だから」
ボスには、僕の言葉欠片ほども届いていなかった。
「なあ、考えた事はないか? なんでこんな社会の害になる組織がこんなにも長い間続いてるのかって」
なにかを刺激するような声音。
97 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/29(火) 21:31:25.78 ID:KsUO0z3M0
「おまえは思ったことがあるはずだ。この組織の存在は、むしろ結果論でいえば、市民の団結と法の統治を補助している、と」
まさか。
「ああ、さっき言った表情を見分ける術を使わなくてもわかる。驚いただろ? そして理解したはずだ」
バカな。
「俺たち《レジスタンス》は政府とグルだ。不穏な存在、社会に対する敵対者は、人々の結束を促す。その結果、多少の死人は仕方ない」
そんな。
98 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/29(火) 21:31:55.60 ID:KsUO0z3M0
「――我らが住まうは、犠牲の都市だ」
99 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/29(火) 21:32:24.17 ID:KsUO0z3M0
続く
100 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/30(水) 13:14:19.51 ID:t/Y+Rjq/o
おおう…
乙
101 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/31(木) 21:49:13.90 ID:iVDTxJdE0
◇
「嘘だ」
「目をそらすな。わかっているんだろう?」
そう。嫌になるぐらいに。
考えた事はあった。だがあまりにも突拍子で、ありえない可能性と、切り捨てた。
「組織の多くは知らない。知っているのはほんの少しの、信頼できる上層部のみだ」
そうだ。僕がおかしいと思ったのだ。ボスや照が思わないはずがない。無意味な行動を、二人がするはずがない。つまり、絶対の保証と、根拠があったはずなのだ。
「ほとんどは不満をもったごろつきだ。第一、こんな組織が普通持つはずがないだろう? ほかに犯行組織がほとんどないのも変だ。この都市の統治は完璧に近いんだ。まだなにか、言ったほうがいいか?」
「……もう、いいです」
つじつま合わせの答え合わせ。そうだ、考えれば考えるほど不自然だ。だがそんなもの、よほど注意深く見ないと見えてこない。ほかに考えることなんていくらでもあった。それになにより、組織は現実として存在していた。目の前にあるコップは実は机だなんて、いったい誰が思う?
「そういうことだ。俺たちは政府の犬だ。おまえに絶対に協力しない」
絶対。
全てつながってくる。照の言葉も、なぜ僕の言葉にボスがたいして耳を傾けなかったのかも。
「なんで……なんでボスがそんなことをしているんです? 政府の犬、だなんて。あなたはそういう人に見えない……照だって! 自分が小さくないことを望んだ! 世界にとっての重要人物に、なろうとした!」
とてもとても、認められない。ボスも照も、なにかを自分で変えることを望んだ。はかりしれない存在だった。それゆえに小さなところに居られない、そのはずだ。
現実? 現実的に不可能だから?
噛み合わない。納得できない。
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