女「犠牲の都市で人が死ぬ」 男「……仕方のないこと、なんだと思う」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/13(日) 18:12:45.04 ID:/6Xwlc9Z0
人が一人が死んで、何人救えれば納得できる?
人類は一度滅びた。天に現れた黒く、巨大な星によって。
人間は地下に都市を作った。その存続には犠牲が必要とされた。
……堕ちてきた星は、人間に有害な粒子をまき散らした。その粒子はどこにでも入り込む。対抗手段として、人はその粒子を道具として使った。そのためには、ある理由により人が一人死ぬ必要があった。
――いったい何人救えれば、死ぬべき犠牲者は満足するのだろうか。
百人? 一万人? 数十万人? どれも同じこと。
それでも、犠牲になる人間は必要だった。犠牲者本人の意思は、決して汲み取られることがない。
「犠牲になる人のこと、どう思う?」
彼女はたまに、そんなことを言っていた。僕はそれにかわいそうなことだと答えた。けれど仕方がないと。現実的には、誰かがそれをやらなくてはならないと。だって、そうしないと何十万もの人が死ぬ。
「生真面目さん」と彼女は笑った。それは関係ないだろうと、なぜだかむきになって返したのを今でも覚えている。
――幸せ、だった。
彼女といられることが。一緒に笑って、おかしなことを言って、彼女の笑顔を見て余韻に浸って。
当時、僕らは十七だった。同い年の彼女と一緒にいることが多かった。
欠けているものなど、なかった。
たびたび犠牲者についての話題は繰り返された。
僕の結論は、いつだって変わらない。そういう決まりは、法は守られるべきだ。社会の秩序は絶対的でなくてはならない。それならば、たった一人の個人はその意思を……無視されなければならないと。
そのたびに彼女は笑った。気づくことが、できなかった。
「立派だね、よく考えてる」
決まって彼女はそのあと、少しの間だけ後ろを向いていた。表情は見えなかった。
――見えれば、きっと、見捨てられたような顔をしているに違いなかった。


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2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/13(日) 18:14:02.04 ID:/6Xwlc9Z0

『我々の命は常に犠牲の上に成り立っている。我々が住むのは犠牲の都市だ』
人が一人を犠牲にし、ようやく自分たちは生きていられる。それを忘れないための、自戒の言葉。
それは頭に浮かんだ最初の言葉だった。とても、信じられなかった。
「……どういうことですか」
「私たちの娘が、犠牲者として選ばれた」
彼女は忽然と姿を消した。僕の日常から、なんの前兆もなしに。
彼女の両親の表情に、いつもの穏やかさと言ったものはない。それが否が応にも、真実なのだと知らしめた。
「一年前からだ。緑の矢が、私たちの娘には立っていた」
緑とは、命を表す色。緑の矢がたてられた者はその身を捧げなければならない。
『星堕ち』という出来事で人類が滅んで以来、人は魔法という能力を手に入れた。大抵の人は炎やら氷やらを生み出すことができる。しかし、体力の消耗と生み出されるわずかな奇跡は、結果として釣り合っていない。犠牲に選ばれるのは、決まって魔翌力が高い者だ。魔法とは、ただただ犠牲のための身に存在する。……一般的には、何の意味もない奇跡。
「……嘘ですよね?」
呆然とつぶやく。言葉が宙にうく。否定してくれと、誘うみたいに。だがそれは、ひらひらと落ちていく。
認めたくなくて、さらに言葉を紡ぐ。
「緑の矢がたてられるほど……魔翌力は高くなかったはずですよね?」
「……」
沈黙が続く。
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/13(日) 18:15:08.36 ID:/6Xwlc9Z0
……どうしてこんなことになっているんだろう。
じゃあ防げたのか?と自問する。まさか、そんなはずはない。
確かに、彼女の魔翌力は高めだった。「まあ、あんまり意味はないけどね」と彼女は言っていた。実際、日常生活で魔法というものは不要だった。……魔法というのは実に、犠牲のためにしか使い道がないもりだった。
沈黙。咳払い。溜息。
「私が話そう」
と、彼女の父が言った。
これは本当は関係者の親族以外には話してはいけないことなんだけどね、と彼女の父は続ける。
「犠牲者の平穏な日常を乱さないために、定期的な魔翌力検査の結果は、魔翌力が高い者に限り……調整が入るらしい。実際に緑の矢が立てられたのは一年前だ。しかし、私たちが知ったのはもっとあとになってからだ」
馬鹿げてる、と思った。平穏な日常を乱さないために? そんなもの、ただの詭弁だ。要するに無駄な混乱を起こしたくないのだ。
そんなもののために、と拳を握り締める。
知ってしまったら戻れない真実、というものが存在する。確かに、一年前に自分が緑の矢がたてられる予定であることを、彼女が知ったらどうなるだろう。きっと、その一年間ずっと死に怯えることになるだろう。だがだからこそ、最後の一年間を有意義に過ごそうとするはずだ。突然、緑の矢があなたにたちました、人々のために死んでください。なんて言われても、悔いが残って仕方ないはずだ。
――本当にそうか?
そう考えるのはただの自分のエゴではないのか?
『ねえ、この都市を保つために犠牲になっている人たちについてどう思う?』
――目の前が真っ暗になる。
僕はこの彼女の言葉に何と答えた?
仕方ない、と答えたのだ。可哀想だけど、必要なことだと。
――じゃあ、彼女はこれを聞いて何を思ったのか。
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/13(日) 18:15:49.85 ID:/6Xwlc9Z0
「娘はね、あなたのことが好きだったみたいなの」と彼女の母は言った。なにかをこらえるように、それだけを言った。
頭が痛い。立ち上がるもふらつく。
「失礼……します」
「気を付けて帰りなさい」
「はい」
扉を開ける。目の前にはどこまでも真っ暗な風景が広がっていた。
罪悪感。それを今、僕は感じている。だからと言って何かができるわけではない。
「……きさん……ゆうきさん!」
誰かが呼ぶ声。その方向に眼を向ける。そいつが誰か、僕は知っている。
「卓也」
彼女の一つ年下の弟だ。彼は僕のことを裕樹さん、と親しみをこめて言う。今、最も顔を合わせたくない相手だった。
「こっちに来て祐樹さん。話があるんだ」
「……わかった」
卓也に黙ってついていく。やがて人気のしない場所に出た。そこでようやく、彼は話し始めた。
「父さんと母さんから、話は聞いた?」
「うん」
「じゃあさ――」
姉さんを救おう。飛び出したのは、そんな言葉だった。
「馬鹿な。何を言って……」
「父さんと母さんには許可はとってある」
その言葉に思わず絶句する。その言葉がどういった意味を持っているのか。
この都市において、法は絶対だ。それを守りきるために、破れば過剰な罰が与えられる。特に、反乱行為には顕著だ。
……実際、前例がある。緑の矢に選ばれた者を救うために、施設に忍び込んだものがいた。そいつは犠牲者の父親だった。結果はあっけなく捕らえられた。……それだけで終わったわけではない。
『犠牲者の血縁関係があるものがその奪還を目論んだ場合、その血を絶やす』こんな条文がある。
まさか。本当に実行されるとは思わなかった。国民のほとんどは、これがただのこけおどしの法だし思っていただろう。
果たしてそれは実行された。
今でもよく覚えている。
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/13(日) 18:16:31.62 ID:/6Xwlc9Z0

私は娘を救おうとしただけだ!私たちは関係ないじゃない!せめて子供だけは……
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/13(日) 18:16:59.28 ID:/6Xwlc9Z0
処刑は市街地、誰にでも見られる場所で行われた。最初はたくさんのやじ馬がいた。だが最初の一人が処刑されたあと、その場に残っているものはほとんどいなかった……。
つまり、卓也が言っているのは。
「親が死んでも……いいの?」
「本人が望んだんだ」
「それでも……」
言葉を詰まらせる僕にまくしたてるように彼は言った。
「心配しないでくれよ! 調べてみたんだけど『犠牲者の血縁関係があるものがその奪還を目論んだ場合、その血を絶やす』っていうのはおそらくミス法文なんだ! 『犠牲者の血縁関係』が奪還を企てなければ罰せられることはないんだよ! 俺、ほかにも調べたんだけどさ、裕樹さんの言う通り、法に例外はないみたいだ。明らかに間違ったことが行われても、法の穴を通ってしまった場合は見逃されて、それを元に法が組み替えられて、ようやく次に起こした奴が罰せられるんだ! ……裕樹さんの家族が殺されることはないよ」
たしかに、裕樹さんには命をかけてもらうことになるけどさ、と彼は付け足すように言った。
犠牲に関して、一歩でも間違えれば壊滅するこの都市は、法を絶対的に遵守している。絶対的な統治のために、必要なものとして。だから、きっと卓也の言うことは間違っていないのだろう。僕は法を今まで勉強してきた。法の番人こそが、将来目指すものだったからだ。
しかし、
「違う」
彼は勘違いしている。
「だったらなにを――」
「犠牲者とは、必要な犠牲なんだ」
今度は卓也が言葉を詰まらせる番だった。まるで理解できないという表情。
「なにいってんだよ裕樹さん」
「法破りの罰があまりに厳しいのは、例外を極力生まないためだ。……特に、『犠牲』に関して厳しいのは、もしものミスで失敗をしたらこの都市すべての人間が死んでしまうからだ。だから、いくら彼女が犠牲者だからと言って、例外は認めることはできない」
そう。それが法の番人を一心に目指してきた僕の答え。僕の考え。大のために小を切り捨てる。それが正義だ。
そして、例外は認められない。一度法が破られ、無意味なものとなったらこの都市は終わる。
……ほとんどの奴は気づいちゃいない。自分たちは、運が悪ければ次の瞬間にも死んでしまう、そのことを。
「……なんだよ」
呻くような声。
「裕樹さんの考えも、その正義もわかる。俺だって一度は本気であんたと同じ道を行こうとしたから。でもさ」
その声は、悲痛に染まっている。
「俺たちが生きてるのは現実なんだ。そんな理論は仮想で使うものだ! ……大事な人を助けるためなら、平然と投げ捨てる。そういうものでしょ?」
そういう彼の口調は、僕に問いかけるものだった。だが、彼はもう、僕がどう答えるのか知っている。
『ねえ、この都市を保つために犠牲になっている人たちについてどう思う?』
胸がズキンと痛む。それでも、僕の理論は正しい。すべての人間を犠牲にするほど、彼女の命は重くない。
僕は首を横に振る。
「全ての人間が自己の犠牲を拒むなら、この都市は終わる。平等でなくては、ならないんだ」
「そんなの……」
「それに、どうやって助けるつもりだ?」
「……」
「政府の部隊はどうする? 助けたあとはどこに行く? そもそも成功の確率的に君と両親、合わせて三人分の命をかける価値はあるのか?」
いくら本人の了解を得ているからって、人の命なんて他人が背負えるわけがない。人の命とは、人にとって重すぎる。
救出の後も先も、どうやったって未来がない。たった二人で何ができる? この都市は一生分逃げ回れるほど広くない。僕が彼女に対してなにかを想う。なにかをしようとする。それで……? それでなにかなるのか? 無理だ。現実的に、彼女は助けることができない。
――僕がなにを想おうと、現実は現実のままだ。
「嘘だ」
泣いている。十六にもなる少年が、最後の希望に裏切られたと泣いている。
「嘘だ!」
せきを切ったように、涙がこぼれている。
「姉さんはアンタのことが好きだっていってたんだぞ! どうせアンタだって姉さんのことが好きなくせに! 告白してない? はっ、そんなことを言い訳にするのかよ!」
怒鳴っている。感情をむき出しにしている。悲しんでいる。
僕にとって、彼女がどんなに大切でも自分の打ち立てた理論に逆らっている限り、救うということはできなかった。
まるで見当違いの言葉だった。現実も理屈も何もかも、どの要素をとっても『僕は彼女を救わない」という答えが出る。
――なのに……なんでこんなにも胸が痛むんだろう。
「見損なったぞ!」
きっと、客観的な第三者がいれば、こういうだろう。お前の選択が正しい、と。
第一君が命をかける必要もない。現実的にも難しい。|仕方のないことなんだ《、、、、、、、、、、》。 
泣いている少年の姿を見ていた。彼が静かになるのを待つ。
そして赤く目を泣きはらし、彼は言った。
「なあ、頼むよ裕樹さん」
願いを込めて、思いを込めて、愛情を込めて。
悲哀のまま彼は縋る。
「お願いだ……どうしても、助けて、助けて。姉さんを助けられるのは、裕樹さんだけなんだ。俺じゃ無理なんだ。だから、だから……」
溢れ出すのは悲惨なまでの切望の言葉。
それでも僕は。
「ごめん」
選択は変わらない。
息の詰まる、音がした。

「俺はレジスタンスに入るよ。なんとかして姉さんを救う手段を見つけるんだ」

それが彼が去り際に残していった最後の言葉だった。
――きっと、彼は僕が来ることを期待している。
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/13(日) 18:18:42.59 ID:/6Xwlc9Z0
地の文SSです。不慣れなところもありますが、よろしくお願いします。
書きためがあるのでしばらくしたらまた来ます
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/13(日) 18:57:01.68 ID:TY3clQRi0
もうちょっと間を開けた方がいい
読みにくい
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/13(日) 20:02:52.13 ID:/6Xwlc9Z0
わかりました。そうします。感謝です
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/13(日) 21:34:43.48 ID:pGPCXHXY0
期待
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/13(日) 22:27:55.79 ID:nXsedq6j0
カクヨムで見たような……?
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/13(日) 22:37:42.61 ID:/6Xwlc9Z0
暗い照明が地を照らす。
この地下都市では、夜を表現するために暗めの明かりが用いられる。朝はもっと明るい光だ。

大勢の人々がたむろしている。息苦しい、むせかえるほどの人ごみ。
流されていく。行き場のないまま。なにもみえないまま。

思えば、そんな風に生きていくのが、一番嫌だった。生きていく目標が欲しかった。
何のために生きる?なんのために死ぬ?
世情を見て、その答えを出した。
世の中を、変えてやるんだ。生きた証をどこかに刻もう。そうだ、できれば人のためになることをしよう。
所詮、子供の考えることだった。だが、その思いはどこまでも純真で、それだけに僕の基盤となった。

『裕樹クンは立派だねー』

……思えば、他にも要因があった気もする。

『私、雪っていうんだ。ユウキ、から一文字とればユキ。これって運命じゃない?』

人に認められるということ。

『そっか。じゃあ私が応援してあげるねー』

ほんの少しの勇気をもらうということ。

『君ならできる!』

……。
だが、だからと言ってなんだというのだ?現実には刃向かえない。
小さいころは何でもできると思っていた。でも今はそんなことはないと、十分わかっている。
大人になるということ、何かをあきらめるということ。それら二つはよく似ている。もう十七という年
は、大人にならなければならない年だ。
突然何かにぶつかる。違和感を覚える。前に何かがある気配はなかった。

「おっとすまないね」

その人物が口を開く。
どこまでも異様な雰囲気を放つ人物だった。確かにそこにいるはずなのに確信が持てない。しかし、強い存在感を感じる。矛盾の塊。
男は笑っている。

「認識できるみたいだね」

注意してみれば案外、その声は若い。

「……だれ」
「占い師だよ。水晶玉は持っていないけど」
「はあ」
「少年よ。君は悩みがあるようだね」

フードで隠れて見えない表情。余裕と澄み切った声の口調。

「ありませんよ」

ぶっきらぼうにそう言う。
僕には余裕がない。なにもできことに追い詰められていく焦燥感。
答えがひとつしかないことに苦しみ、それが正しいことを認めてしまう。だから、なにもできない。

「今日もどこかで人が嘆き、悲しんでいる。犠牲の都市ではひとりが殺される。今日もどこかで、心の中で誰かが泣いている」

占い師は歌うように言った。
そんな鼻にかけた台詞に、周囲の人々は注目することがない。

「……それで?」

彼は笑う。

「それで?」と僕の言葉を繰り返す。

ひたすら不気味な存在感。

「痛みを知っているんだ。大切なひとが死んでしまう痛みを。僕は些細な手助けをしたくて、君に話しかけている」

なんなのだ、と思う。
存在は酷く歪だった。気のせいではない。周囲の人々から、僕たちが認識できていない。

13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/13(日) 22:39:01.43 ID:/6Xwlc9Z0
「……なにものなんですか」

怖かった。未知との接触。知らないものへの邂逅。

「君の大切な人が死ぬんだろう? この都市の犠牲になって」
「なんで知って……」
「鎌をかけただけだよ。僕は人の死に敏感でね。人の心の在り方がわかるんだ。で、いろいろ考えて適当なことを言って、君から情報を引きずりだした」

……弄んでいるのか?
思わずそう思う。そんなことをしてなんになるのだろう。趣味の悪い暇つぶしか、なんなのか。それぐらいしか思いつくものがない。

「大切なひとが死んでいくのを、看取ったことがあるんだ。なにもできないまま」と彼は言う。
淡々とした言葉だった。つとめて感情を出さないようにしているような、そんなような。
もしかして善意なんだろうか、と考える。
思わず感情が揺れた。彼の言葉はやけに真実味があるような気がした。
死に敏感だという言ったこと。大切なひとが死んでいくのを看取ったということ。

「ところで君に聞きたいことがあるんだけど」

目が合う。吸い込まれるような黒い瞳。

「君はどれぐらい生きたていたい?」

瞬間、身動きが取れなくなった。人ごみの中でとまっているのに誰も気に留めない。異様な状況。
催眠術めいた、魔法のような。どこまでも追いかけてくるような感覚。まともじゃない。そういうものを無理やり引きずりだされている。なぜだか正直なことを話したほうがいい気がした。彼の言葉は、不思議な引力を携えていた。

「ぼくは」と呟く。

たった一つの目標のために生きているのかもしれない。
愚かしいけれども、確かにそれは僕を占める重要な部分であったのは確かだ。

「ぼくは」

それでも感情は犠牲にしなければ。仕方のないことなのだ。犠牲とは、必要なものだ
こみ上げてくるものがあった。自分の奥深くからくる、理屈ではない感情。
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/13(日) 22:39:46.50 ID:/6Xwlc9Z0

「彼女が生きている間……まで」
「普通、こういう話には他人はでてこない」

男は驚いていた。そしてなにか見定めるようにこちらを見る。

「じゃあその彼女が死んだらどうするの?」

そんなもの……。

「君は死ぬのかい?」

諦めが心を満たす。そんな気がした。
誰が死のうと、結局人は生きていく。そして忘れる。それが現実だ。

「そんなものだよ。答えなんて」

だがそれでも。

「じゃあどうすればいい?」

受け入れるのは許容しがたい。
忘れたくない。失いたくない。だが取れる手段なんてない。
詰んでいる。終わっている。意味を失っている。

「消去法的選択というのがある」と男は言った。

例えば、君は武器を持った大量の敵によって崖に追い詰められている。崖の下は深く、底が見えない。でも君は飛び降りなければならないんだ。飛び降りるのがどんなに怖くても、敵の元に向かえば、絶対死ぬのだから、身を落とすという選択肢しかない。
さて、君は崖の上に立っているか?

「どうだろうか」
「僕は……」

彼女はそこまで大切だろうか?
要するに僕には藁にすがるという選択肢が残されている。だが失敗すれば全てを失う。成功しても全てを失う。あまりにも釣り合わない、愚か者の選択。大人にならなければならない。もう、いいかげんに。

『ずっと一緒にいようね』

それでも……感情が否定している。
泣きそうだった。もういい加減にしてほしかった。だって無理だ。前例だってない。前例をださないように、この都市は徹底している。
僕は崖に立っている。

「彼女は死なない」
「そっか」

男は優しく笑っていた。
もし他人の、第三者がいればきっと僕を否定する。
諦めたほうがいい。 だって仕方のないこと、、、、、、、、、、なんだから。

「世の中意外と何とかなるものだよ。世界には手段が溢れすぎているから。そして君には素養がある」
立ち去ろうとしているのが気配でわかる。
「最後に聞かせてほしいんだけど、もしその彼女が永遠に生き続けるなら、君も永遠に生き続ける?」
「うん」
「いい答えが聞けたよ。じゃあね」

違和感が消える。どこまでもいつも通りに。
世の中のルールは規則的に回り続ける。逆らうことは許されない。秩序を守るために。
枠外からはみ出ることを、愚か者と、世間一般は呼ぶ。

15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/13(日) 22:40:36.46 ID:/6Xwlc9Z0


 彼女を助ける。そしてそのあと、どうやって生活していくのか。

 この二つの問題を見つれられなければ、助けることなんて諦めるしかない。今までの僕は手段を考えることさえしなかった。今は考えてはいる。だがあまりにも難しい。
 最も重要なのは助ける前よりも後だ。すぐ捕まりました、では意味がない。

 試しにこの都市の地図を眺め、隠れひそめそうなところを探ってみた。なんとか見つかりそうにもないところを見つけ出した。しかし……政府の本気には対応できない。何年かは防ぐことができる。だが一生逃げ切るというのは確実に無理な話だった。

 頭を悩ませる。土台、無理な話だ。
 民間人が普通に立ち回って出し抜けるような隙間。そんなものは万が一つもない。
 本来なら諦めるところだった。いくら思いが強くても、無理なものは無理。駄々をこねたって揺るがない、意味がない。現実に逆らうというのは不可能だ。

 しかし、

『俺はレジスタンスに入るよ。なんとかして姉さんを救う手段を見つけるんだ』

 卓也の言葉。
 本来詰んでいて、諦めるしかない状況だが、まだ全てを試したわけではない。彼の言葉がそうさせたのだ。
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/13(日) 22:41:39.91 ID:/6Xwlc9Z0
彼女の一つ年下の弟は、なぜだかレジスタンスの繋がりがあるようだ。現在、何一つ問題は解決していないが、解決方法を探す手段を探す、という頭の痛くなるような道だけは残されている。
 だが卓也はいなくなっていた。その親も行先は知らないらしい。
 ということは、卓也は組織に潜り込めた……あるいは殺された、ということだ。状況は動いている。

 レジスタンス……あまりにも危険な相手だ。馬鹿げた空想ともつかぬ妄想を謳い、殺人をするだけの組織。300年ほど前に大きな事件を起こし、最近だと40年ほど前に人を殺した。だが皮肉なことに、彼らの存在はこの都市の人々の結束を高めている。法に仇名す、唯一の脅威として。……実際、長い目で見れば、彼らは良い影響を与えている。だいぶ昔に、僕はそう結論付けていた。
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/13(日) 22:42:20.30 ID:/6Xwlc9Z0
 
 目隠しをとかれる。
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/13(日) 22:42:56.62 ID:/6Xwlc9Z0
「……」

 彼らを捜索して三日目。僕はようやく手掛かりを得た。革命論を唱える演説家あたりに目星をつけ、そこに出席する共通人物を探っていった。

「小僧、ここから先はもどれないぞ」

 そんなわけで、僕はレジスタンスの拠点の前にいる。接触してきたのはあちらからだ。政府が見つけられない場所を、個人が見つけられるはずもない。

「わかってますよ」

 いかつい面の男が扉を開ける。埃っぽい雰囲気。
 そこにはいかにも大物らしいオーラを出す男と……。

「裕樹さん!やっぱり来たんだね!ボス、あの人が俺が言っていたひとだよ」

 卓也がいた。ほっと一息をつく。一つ年下の彼は、生きていたのだ。それどころかなじんでいるような感じもするが。
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/13(日) 22:44:15.55 ID:/6Xwlc9Z0
ボス、と呼ばれた男がじろりと頭のてっぺんからつま先まで、観察するようにこちらを見た。

「なあ、おまえ。俺たちの組織に入りたいらしいが……志望動機をきかせてもらおうか」

 この場を支配する雰囲気。背負っているものがあるという自負が、決意が、感じられる。

「現在の貧富の格差を強く感じたからです。だから世界を変えたい。それにはここしかない、と」
「で?」

 ――見抜かれる。
 まともじゃない。ただのうのうと、生きてきた人間じゃない。
 冷や汗が滲むのを感じる。下手なことはいえない。真に迫る何かを、引き出さねばならない。

「法は絶対に正しく、また、そうあるべきです。実際、そういう流れはあります。――でも今の法は完璧ではありません。それを変えようとする答えが、ここにいる理由です」

 つっかえずによく言えたものだ、と我ながら思った。
 ふと思う。これは真から出た言葉。つまりはそういうことではないか?

「まあ、いいだろう」

 ボスと呼ばれた男は頷く。気配は緩まっていた。もう見定め終えたということだろう。

「これから俺のことはボスと呼べ。慣れんだろうが形からだ。照(てる)!こいつは賢そうだ、図書室へ連れていけ。教育は任せる。羅門!お前はこいつの訓練係だ。ほかの新入りと同様かわいがってやれ」
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/13(日) 22:46:08.65 ID:/6Xwlc9Z0
今のところ、カクヨムに投稿する予定はありませんが、一応完結したあとにTwitterかなにからの作者証明をしておきますね
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/13(日) 22:46:54.44 ID:/6Xwlc9Z0
 照がこちらに近づいてくる。

「じゃあ付いて来てくれる?」
「はい」

 卓也がこちらを心配そうに見ている。卓也の時とは違う誘導なのだろうか?
 歩く照の後をついていく。通路は武骨なつくりだった。まるで飾り気がない。機能性を追求したような作り。

「座って」

 本がずらりと並んだ部屋。いわれるまでもなく、図書室とわかるその場所で、椅子をすすめられる。
 恐る恐る、慎重に座る。

「君ってさ、何か大きな力に憧れてここに来た?」

 いきなりそんなことを問われる。

「……え?」
「あー違うか。気にしないで。じゃあ、何か欲しいものがあるのかな?それとも別の目的があるのかな?」

 それに答えようとする、寸前で咳がこみ上げる。通路が埃っぽかったのか。

「大丈夫かい」
「あ、はい。ぼくは――」

 ……待てよ?この質問に答える必要がどこにある?最初にこの組織のボスにいったことを繰り返す、それでいいはずだ。

 ふと気づく。この照という男の人の好さそうな顔。そしていつの間にか緩まっていた緊張感。
 会話がどこかに誘導されようとしている。

「最初に言った通り、世の不平等を正すために来ました」
「なるほどなるほど。立派なことだ」
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