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【艦これ】提督「風病」 2【SS】
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332 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/04/20(月) 13:30:19.11 ID:nx3ZtZEk0
彼女は、温かい。
浜風「……提督」
俺は答えない。彼女の言葉に続きがあることを、知っていたから。
浜風「……犯人は、私達が探してみせます。私と、陽炎姉さんで」
提督「頼んで、いいかな?」
もちろん。浜風も、遅れて陽炎も。当然のようにそう答えた。
提督「……犯人は、かなりの知能犯だ」
浜風「分かっています。きっと抜き打ちで検査をしたところでボロは出しません。かえって警戒されるだけでしょう。それならば、秘密裏に探った方がいい」
陽炎「……探偵か。面白くなってきたじゃない。私がホームズで、あんたがワトソンね」
浜風「逆でしょう。能力的に考えても」
陽炎「やかましい」
二人の冗談に、思わず笑ってしまった。この二人は本当にいいコンビだと思う。
この二人ならば、大丈夫だ。
提督「それじゃあ、頼んだぞ。犯人は絶対に許しはしない。必ず捕まえる。俺たちの手で、必ず」
333 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/04/20(月) 13:31:36.10 ID:nx3ZtZEk0
その一週間後。
工廠の修理が完了し、謹慎が解かれた直後のことだ。
再開された遠征任務の最中。陽炎旗艦の第一駆逐隊が想定外の敵襲を受け――。
駆逐艦「雷」が戦死した。
334 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/04/20(月) 13:32:17.59 ID:nx3ZtZEk0
投下終了です。
335 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/04/20(月) 14:14:40.08 ID:WMQpku1RO
oh...
乙つつ
336 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/04/20(月) 17:04:56.62 ID:TDJZwVhhO
乙
337 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/04/21(火) 02:39:56.34 ID:Y1/VcCKW0
pixivの方が更新されてたお陰で気づいたけど、復帰されてたんですね! ちょっときつい展開ですが、これからも続き楽しみにしています。
338 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/04/24(金) 01:52:12.43 ID:JZieM/ba0
?
あいつだけは許さないわ。
あいつが、あの女狐が、司令官を誑かしたから。
だから、私達『家族』の関係がおかしくなったんだ。
六月に入って、司令官の謹慎が解かれてからのことだ。私は、以前から機会をうかがっていた「消毒」の実行を決意した。一刻もはやく消してしまわないと、司令官が、私のもとからどんどん離れていってしまう。毒されて、おかしくなってしまう。あの女がいる限り、私達の日常はけっして戻らない。
司令官には、以前の優しさがなくなっていた。私が元気の出るお薬を使って以来、ずっと態度がよそよそしかった。昔の司令官なら、あのくらいであんなに怒りはしなかった。頑張ったことを、もっと素直に褒めてくれたはずなのに。たとえ、怒ったとしてもすぐに許してくれたはずなのに。ずっと。ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと、私は避けられていた。私が目を覚ましてから、六日間と十四時間三十七分も、ほとんど口を聞いてもらえなかった。そんなの、異常事態だ。だって、私たちは片時も離れてはいけない関係なのよ。それが、こんなにも距離があったらダメじゃない。このままじゃ、家族じゃなくなってしまう。
339 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/04/24(金) 01:53:17.60 ID:JZieM/ba0
そんなの嫌だった。怖い。不安でおかしくなっちゃう。響の首が語りかけてくるの。このままじゃ、司令官を失っちゃうよ、って。嫌よ。嫌、嫌。司令官がいなくなっちゃったら、私は生きていけないんだから。
手首を切ろうとしたわ。いつも、不安なときはそうすれば、落ち着くから。前の司令官さんが、私のために教えてくれたメンタルケアの方法。それをやろうとしたんだけど、それさえもできなかった。
あの女狐の言葉が、くさびになっていたから。
あいつは、解体用の申請書類を私に見せびらかして、司令官が私のことで腹を立てていると言ってきた。戯言だと、もちろん思った。司令官が、そんな風に思うはずないもの。でも、あいつが持っていたあの書類は、司令官以外には用意ができないものだ。しかも、そこには司令官のサインまであった。それをあいつが持っているという事実……。それが、私の心をかき乱した。
あの女は、私の反応なんて見えていないみたいに、目を細めた。
――提督は、私にこれを預けてくださいました。何かあったら、それを憲兵団に送るよう命令してきたのです。……これでも分かりませんか? 提督は、あなたのことを解体したがっているのですよ。貴方のこれまでの立場を弁えない越権行為の数々に、お怒りになっているのです。
――もし今度、夜寝室に潜り込んだり、リストカットをしたり、その他、提督の私生活や安全を脅かすような行為があった場合、私は迷わずこれを送りますから。そうなったら、貴女はお終いですよ? 立場を弁えて一層励んでいかないと、提督はけっして許さないわ。少しは考えることね。
あの女はそう言って、最後に嘲笑った。そのときの気色悪い人形みたいな笑みが、忘れられない。悔しくてくやしくて、内臓が千切れそうなくらいに。
でも、それ以上に怖かった。あの女が言ったことは信じたくない。信じたくはないけど……。それなら、どうして司令官は私を置いて行っちゃったんだろう。今まで一度も置いていかれたことなんてなかったのに。
340 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/04/24(金) 01:54:05.10 ID:JZieM/ba0
要らないからなんじゃないか?
私のことが、要らなくなったからなんじゃないか?
そうじゃないと、置いて行かれるわけがない。
吐き気がした。身体が、ガタガタ震えた。あの女は、そんな私に虫けらでも見るような目を向けてきた。でも、何も言えなかった。私が動けるようになったのは、あの女がいなくなってからだった。
私は、お手洗いに駆け込んで思いっきり吐いた。胃の中のものを出し切って、胃液すら出なくなるくらい吐いた。呼吸が苦しくなり、喉が焼けるように痛くて辛かった。そして、それ以上に惨めで孤独だった。私は膝を抱えて涙を流した。
どのくらい、そうしていたかは覚えていない。頭がぼうっとしていたから。自分でも分からないうちに、執務室に戻った。仕事をしないと、って思ったんだ。働かないと落ち着かなかった。捨てられる。その思いが、頭を支配して離れなかったから、どうにか仕事で消し飛ばしたかったんだ。
そんなときだった。
あの薬と注射器が、机の上に置いてあった。
見た瞬間、全身の毛が逆立ったわ。私は、その味を骨身に染付くくらい知っていたから。心臓が早鐘を打って、まるで爆弾みたいになった。涎が、ボタボタと服を汚したけど、どうでも良かった。薬を開けて注射器に入れていた。
元気が出るやつだ! これを打てば、嫌なことを忘れられる! 誰が置いたのかはわからないけど、そんなこといい。早く打ちたい打ちたい打ちたい打ちたい打ちたい打ちたい打ちたい打ちたい打ちたい打ちたい打ちたい――。
341 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/04/24(金) 01:54:53.04 ID:JZieM/ba0
罪悪感はなかった。興奮で砕け散っていた。前の司令官が、「『家族』の代わりに」と言って打ってくれたやつ。「家族」が居なくなりそうだったから、使わないと。使わないと、私が死んじゃう。
それに。この薬で元気を出して、お仕事を頑張ればきっと褒めてくれる。前みたいに頭をよしよししてくれる。そうしたら、私たちはきっとまた「家族」に戻れるはず。ううん、戻れる。そう、思った。
これしかなかったのよ。縋るしかなかった。だから、腕に注射器を刺した――。
そうしたら、あんな結果になっちゃった。どうして? どうしてなの? 頑張ったのに。頑張って、あれだけやったのに。おかしいわ。こんなこと、あり得ない。司令官が、あんなに怒るなんて考えられない。
私は、気づいた。
あの女……。そうだ、あの女だ。
あの女が、余計なことを吹き込んだに違いない。前みたいに色目を使って、司令官を誑かしたんだ。司令官が、私を解体しようなんて考え始めたのも、きっとそうだ。あの女が書類を書かせた。
――すぐに消さないと。
この世から、菌一つ残さず、完全に消毒してしまわないと。
司令官は病気なのよ。あの女の菌に毒されて、心が病んじゃったんだ。菌さえ消せば、きっと、きっと元に戻ってくれる。
342 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/04/24(金) 01:55:42.32 ID:JZieM/ba0
だから、決意したんだ。あの女を消すことを。
出撃が再開された翌日。私が所属する第一駆逐隊は、執務室に集められた。司令官が、隈の増えた目で訓示を読み上げ、私たちに作戦内容と命令を告げた。鼠輸送任務。この鎮守府で初めての遠征任務だが、難度の低い任務だから、なんとも思わなかった。そんなことどうでも良かった。ただ、私は消毒のことしか考えていなかった。
いかにバレずに消してしまうか。間違いなく、チャンスは戦闘中しかない。鼠輸送任務で通るルートは、ほとんどの確率で会敵する。そのとき、信管をイジった魚雷を後ろから撃ってやろう。幸い、あの女の提案で、私たちは順番的に四番艦と五番艦になっている。つまり、あの女の丁度真後ろに私が来るようになっているんだ。皮肉な話だわ。あの女は、自分の提案のせいで死ぬことになるんだから。
笑っちゃうわ。策士気取りが、策に溺れる。ざまあみろって気分だ。
私は、司令官の方を見た。司令官はすぐに目を逸らしてしまった。ちょっと傷ついたけど、大丈夫。今はとても晴れやかな気分だから。
待っててね、司令官。
あなたを解放してあげるから。
343 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/04/24(金) 01:56:32.67 ID:JZieM/ba0
○九二○。
私たち第一駆逐隊は、南西諸島海域近くの島で資源の回収を行っていた。回収は妖精さんが行う。妖精さんたちは物質を縮小化する能力を持っている。その力によって、油や鋼材などを小さくし、ドラム缶に詰めて運ぶんだ。その作業は時間がかかるため、私たちは作業が終わるまでの間、島影に隠れつつ警戒していた。
海は、鳥さんの鳴き声が木霊するほどに静かだった。空にはクジラのような雲がたくさん泳いでいて、こんな呑気な日はないというくらい呑気で、私は地団駄を踏みたいような気分だった。
時津風「順調だね〜」
時津風ちゃんが、のほほんとした声で言った。
時津風「このままなら、敵と会わずに帰れるかもね。今日はラッキーデイかなあ?」
深雪「油断すんなよ。来ないと思っていると、突然現れるからな」
344 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/04/24(金) 01:57:44.29 ID:JZieM/ba0
深雪ちゃんが真面目な顔で時津風ちゃんを諭した。
時津風「ジンクスってやつだね〜。でも、今日は来ないような気がするなあ」
陽炎「……あんたの勘、当たった試しがないのよね」
陽炎ちゃんの茶化しに、時津風ちゃんが頬を膨らませた。
時津風「酷い言い草だなー。わたしだって、たまには当たるんだからね。この前、間宮のアイス券当たったんだぞ〜」
深雪「それで運を使い果たしたんじゃないか?」
時津風「いやいやないでしょ〜。今回も当たるって」
陽炎「そうだと良いけど」
陽炎ちゃんは肩をすくめる。三人は警戒を怠らないようにしつつ、その後も雑談を交わした。私は零れそうになった舌打ちを抑え、あの女に目を遣る。
あの女は、無表情に空を眺めていた。何やら考え事をしているのか、ぼうっとしているようだ。これから殺されるのに、何も知らないからっていい気なものね。さっさと、その人形みたいな面をこの世から消してやりたい。はやく敵が来ないかな。
私が歯ぎしりしていると、あの女の目が一瞬ギョロリとこちらを向いた。
思わず、固まる。あの女の目線は、すでに空の方へと戻っていた。なんなの……一体。本当に気色悪いわね。
345 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/04/24(金) 01:58:29.42 ID:JZieM/ba0
陽炎「……どうしたの、浜風?」
陽炎ちゃんが、あの女に気を遣って尋ねた。
浜風「いえ。雲の動きが速いので、くもりそうだなと思っただけです。雨が降らなければ良いのですが」
陽炎「予報では降らないはずなんだけど、たしかに、この感じじゃちょっと分からないわね」
陽炎ちゃんは手をかざす。「まだ晴れてるだろ」っていう深雪ちゃんのツッコミは無視して、空を見て呟いた。
陽炎「……なんもなければいいけど」
妖精さんたちの回収が終わったのは、それから五分ほど経った後だった。陽炎ちゃんが司令官に回収終了の無線を入れて、私たちは帰路についた。
十分、十五分……安全な時間が続く。私は焦り始めていた。敵がなかなか現れてくれない。これでは、あの女を消毒できないじゃない。
雲が、厚くなっていた。空が灰色に陰り出した。日の光が塞がれて、海上の風が鋭く吹き抜けていく。装甲を弾いて霧散する潮水は、きっと肌に刺さるくらい冷たくなっているのだろう。はやく終わらせたい。はやく、終わらせて、帰りたい。司令官に、よしよしされたい。抱っこされたい。キスされたい。あのときの続きをしたい。
私が、妄想に浸っていると、陽炎ちゃんが無線で『妙ね』とこぼした。
陽炎『……いくら何でも、静かすぎる』
346 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/04/24(金) 01:59:17.91 ID:JZieM/ba0
時津風『そうかな〜。いつもこんな感じじゃない?』
陽炎ちゃんは時津風ちゃんの言葉を黙殺して、空に首を巡らせた。彼女の背後から、何やらただ事じゃない気配を感じる。他のみんなも感じたのか、静かに上を見た。
なにも、見えない。
だが、陽炎ちゃんは違うようだ。
陽炎『そんな……馬鹿な……』
陽炎ちゃんの義手が、カタカタと揺れる。誰かが、何かを彼女に問いかけようとした刹那。
対空電探が唸り、陽炎ちゃんが叫んだ。
陽炎『散開しろ!!』
ほとんど条件反射だった。私たちは陽炎ちゃんの言うとおり動いた。その隙間に飛び込むように、雲を突き破って艦載機が降下してきた。
爆撃機。敵空母の――。
認識したときには爆音がなっていた。水柱が噴火のごとく盛り上がり、大量の水を弾き飛ばした。嵐にも劣らない水が、私の顔を叩く。見えない。なにもかも霞んだ。
陽炎『敵襲っ!』
347 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/04/24(金) 02:00:13.66 ID:JZieM/ba0
劈く声が、鼓膜に刺さった。
陽炎『各位、之の字行動を取れ! 回避に専念しろっ!』
指示がした。視界が晴れる。艦載機が一機二機十機二十機と雲霞のごとく雲から現れた。数え切れない。
考えるまでもなく身体が動いた。疑問が浮かばない。考えれば死ぬ。本能が叫んでいた。死にたくない。ならば動けと。艦載機が、目の前を掠め、爆弾を落した。破裂。水を頭から被る。スパークが起こった。破片が針のごとく装甲を裂いた。肺が、キュッと締付けられる。無呼吸状態。息が乱れた。艦載機が上から迫った。面舵。爆弾が、わっと火を拭いて空を焦がす。
なんで、なんでなんでなんで。その言葉しか出てこない。
曳光弾が上空に弾き出された。陽炎ちゃんたちが反撃している。私も倣った。でも、全く当たらない。敵機の発動機が嘲笑うように唸る。雷のごとく音が弾け弾け弾けた。
陽炎『しれぇぇぇ!! 空襲よ! 至急応援を頂戴!!』
馬鹿な――。司令官は、きっとそう叫んだと思う。でも、思考する暇なんてない。航空隊はそんな容赦をしてくれない。吐き出される爆弾の質量が、私たちの五感をすべて押し潰した。殺される。純粋な恐怖。スズメバチの大群に囲まれた幼児。武器は玩具みたいな機関銃だけ。
348 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/04/24(金) 02:01:14.01 ID:JZieM/ba0
躱しながら撃つ。錐揉みして墜ちたのはたった一機。それ以外が、私たちをけたぐった。倍以上の機銃掃射のシャワー。敵戦闘機が通るたびに降りかかってくる。避けようがない。削れる装甲が、チェーンソーを当てた丸太のようで、悪寒が駆けていった。
雷「ああああああああああああ、きゃあああああああああああっ!!」
悲鳴、涙、悲鳴。私たちは、嬲られるだけの人形に等しかった。
何度、爆発の明滅が目を焦がしただろうか。敵機が弾薬を使い果たして去っていったときには、私はボロボロにされていた。
陽炎『――全員無事!?』
浜風『なんとか』
あの女が答え、それに続くように深雪ちゃんが『小破だけど、大丈夫だ』と応じた。私も報告した。中破だった。装甲がスパークを起こしていたけど、艤装にほとんどダメージはなく、まだ動けるのが幸いだ。
だが、時津風ちゃんは絶望的な報告をした。
時津風『っ――。ごめん……やられた。大破だよ。……爆弾くらって、足を、撃ち抜かれた』
陽炎ちゃんが「そんな……」と呻いた。だが、すぐに己を取り戻して時津風ちゃんのところに駆ける。私たちも続いた。
時津風ちゃんを見た瞬間、全員が言葉を失った。右の太ももに大きな穴が空いている。そこから、赤黒い肉が見え、ゴボゴボと黒い塊のような血を吐き出していた。あの女が、包帯とスカーフを取って止血に入った。
349 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/04/24(金) 02:02:09.39 ID:JZieM/ba0
時津風「……っ、あっぐ。……浜風、いいよ。私のことなんか、置いて、いきなよ」
陽炎「馬鹿なことを言うな! そんなことできるわけないでしょ!」
時津風「置いて行きなって! あの数の艦載機だ。きっと正規空母クラスの空母機動部隊がいる。それも、二隻以上の……! 次の攻撃もすぐに来るよ! 今の私は、ただの足手まといだ! みんな殺られてしまう!」
時津風ちゃんは脂汗を顔中に貼り付けながら叫んだ。苦しげに息を吐いて、苦悶に顔を歪めながらも、毅然とした態度だった。
あの女の手を、時津風ちゃんは叩いた。
時津風「いいから、早くいけ! 私が殿を努めて食い止めるから」
陽炎「ふざけたこと言うな! 今のあんたに何ができんのよ!」
深雪「そうだぜ……。まともに動けねえお前がいたって、数分も持ちはしない」
深雪ちゃんの言葉に、時津風ちゃんは微笑で返した。
時津風「数分は、稼げるでしょ? ……だから」
提督『時津風』
司令官の声に、全員が押し黙った。静かだけど、峻厳とした迫力のある声調。
提督『却下だ。絶対に生きて帰れ』
350 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/04/24(金) 02:03:06.41 ID:JZieM/ba0
時津風「でも……!」
提督『二度は言わない。殿など許すものか。それに、陽炎ならともかく、いまの貴様程度では数分も持ちはしない。そのくらい分かっているだろう?』
時津風ちゃんは言葉を失って、悔しそうに顔をしかめた。
提督『貴様、ヒーローにでもなるつもりだったか? 俺の鎮守府にヒーローは要らないんだ。感傷に浸っている暇があるなら、立て。生きることを諦めるな!』
司令官の恫喝に、時津風ちゃんの目から涙が零れ落ちた。本当は一杯いっぱいなのだろう。ぐずりながら、目をぬぐって、彼女は言った。
時津風「……立てないよ。足が動かないんだもん」
提督『陽炎、担げ』
陽炎「了解!」
時津風「えっ? ちょ――きゃっ!」
陽炎ちゃんは司令官に言われたとおり、軽々と時津風ちゃんを担ぎ上げた。まるで、人体の重さを否定するかのようであり、私たちはその事実にも唖然とさせられた。
陽炎「行くわよ。もう時間がない」
351 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/04/24(金) 02:04:30.92 ID:JZieM/ba0
「……」
陽炎「ボサッとすんな! 死にたくないなら全員死ぬ気で付いて来い! いいかっ!」
私たちは、全員「了解!」と返事していた。陽炎ちゃんがさっさと踵を返して走り出す。速い。とんでもない速度だった。私たちは遅れないよう慌てて付いていった。
深雪『たくっ、化け物かよ! 人一人担いでて、何であたしたちより速えんだ!』
浜風『しかも先ほどの空襲で無傷ですからね……。これが、「覚醒」した艦娘の本来の力ですか……』
深雪ちゃんとあの女が通信で話していた。そこに、割って入るように司令官の声が刺さった。
提督『第一駆逐隊に通達。現在、基地航空隊がそちらに向かっている。到着は二十分後を予定している』
陽炎『二十分……。かなり速いわね』
提督『最近、不穏な情報を入手してね。念の為に用意していたんだ』
陽炎『不穏な情報?』
提督『いま説明している暇はない。それより、二十分持ちそうか?』
陽炎『持たせるしかないでしょ。応急措置は済ませたけど、時津風の失血も不安だから、なるべくケツを叩いてやって』
提督『当然だ。各員、聞いたな? これから二十分、なんとしても持ちこたえろ。絶対に全員で生きて帰ってこい! いいな!』
352 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/04/24(金) 02:05:18.14 ID:JZieM/ba0
『了解!』
全員が、声を合わせて言った。
その数分後だった。敵の第二次攻撃隊が到着した。数は、先ほどよりも少ないようだったが、それでも傷ついた駆逐隊を嬲るには十分すぎるほどの数だった。
状況は、最悪だった。けれど、希望は捨てていなかった。司令官や陽炎ちゃんたちの言葉が、私の視野を広げてくれていた。さっきよりも身体が軽かった。アドレナリンが出ていることもあったが、この土壇場で勘が戻ってきたためかもしれない。自分でもびっくりするくらい、冷静で集中できていた。ゾーンに入ったのかもしれない。すべての動きが、ゆっくりに見える。
それに、敵の攻撃隊は合理的に判断したのか、時津風ちゃんを抱える陽炎ちゃんに攻撃を集中していた。だから、こちらが少しだけ手すきになっていた。先ほどと比べたら雲泥の差と言ってもいい。
私は、司令官の声を、言葉を思い出す。
――生きて帰ってこい。
ああ、司令官。司令官。司令官司令官司令官司令官司令官司令官司令官司令官司令官司令官司令官司令官司令官司令官司令官しれいかん――。私の大切な家族。『家族』が、戻ってこいと言ってくれた。このまま頑張って生きて帰れば、私のことを許してくれるかもしれない。吊橋効果というやつなのかな? この危機を乗り越えれば、私たちの絆はさらに深まる気がする。雨降って地固まるってやつよ。
353 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/04/24(金) 02:06:20.51 ID:JZieM/ba0
そう、それと――。私は、忘れていない。
あいつを、「消毒」しなきゃ。
今なら、雷撃機も飛んでいる。魚雷を放ったところで、絶対にバレはしない。こっそりと確実に、間合いに近づいた瞬間、あいつに撃ち込んでやる。
爆発を取舵で躱しながら、あいつの方を見る。まだ遠い。あいつは、冷静に爆撃機と雷撃機の動きを読みながら舵を取り、機銃を放っていた。寒気がするほど冷淡だ。本当に機械なんじゃないかと思えるくらい、動きが精密だった。まるで、この状況に慣れているようにも見える。
が、どうでもいい。あいつを、殺せればいいんだから。
私は、魚雷を準備した。魚雷発射管を稼働させ、海面に向ける。そのまま徐々に徐々に距離を詰める。
間合いまで、あと一歩というところで――目が合った。
息を、呑んでしまった。あいつの瞳が、まるで深海棲艦のように真っ赤に輝いていたからだ。狂気が、詰まっていた。
まるで、私の狙いなどすべて分かっていたかのように、あいつは、目をゆるりと細めた。
354 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/04/24(金) 02:07:02.22 ID:JZieM/ba0
雲が、蠢いた。そう見えた。見えてしまった。それくらい、敵航空隊の数が一斉に増えた。
敵の増援が、現れた。
深雪『クソがぁっ!!』
深雪ちゃんの絶望が響いた。第一次攻撃時よりも、遥かに多い数になった。しかも、それだけじゃない。真反対の方向からも敵機がやってきた。赤く輝く、艦載機。エリートクラスの空母機動部隊の航空隊が。
瞬きほどの刹那。音が消え、殺意が消え、狂気が消え――すべてが私に殺到した。
悪魔たちが、笑った。
陽炎『雷ちゃん!』
陽炎ちゃんの悲鳴。ゆっくり迫る艦載機の大群。
逃げなきゃ。逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ。
私は、主機を必死に働かせようとした。壊れそうなくらいに音を上げていた主機が、その瞬間、止まった。
355 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/04/24(金) 02:08:04.04 ID:JZieM/ba0
雷「――え」
このタイミング、で。
故障? いや、違う。そんなわけがない。こんなタイミングで故障なんてあり得ない。あり得るわけが、ない。
ああ――。
私の記憶が、弾ける。迫りくる敵機を前にして思い出していたのは、本物の悪魔の顔と声。東鎮守府の司令官の微笑みと、歌。
あいつは、電や暁や響の艤装をわざと故障させ、無惨に殺害した。暁を殺したときの歌は、今でも忘れない。
――「さよなら」だけが、人生だ。
私は、腰を抜かした。爆弾がいくつも、いくつも放たれた。ゆっくりとゆっくりと空気を引き裂きながら、私へと落ちてくる。
最後に見たのは、あの女の顔だった。
あいつは、これまでに見たことがないくらい、満足そうな笑みを浮かべ、口を動かした。
さよなら、と。
356 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/04/24(金) 02:10:47.43 ID:JZieM/ba0
投下終了です。
霹靂はあと2回ほどで終わります。
また、視点変更のために使っていた四角の記号が読み取れなかったようで、?マークになっていますが、ご了承ください。スマホを変えた影響かもしれません。
357 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/04/24(金) 08:37:56.14 ID:sqWyBLdfO
乙です
358 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/04/24(金) 15:44:25.74 ID:XzM4HO6BO
乙です!
359 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/04/24(金) 20:42:31.19 ID:892Y4wO2O
冒頭のシーンが近付いてるんだなあ
乙
360 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/05/03(日) 22:42:15.59 ID:YlCQLcpB0
おっつ
作者帰ってきてくれて嬉しい
361 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/05/04(月) 23:47:31.12 ID:6/FAGLbz0
□
選択した結果はいつも無惨だった。
陽炎が泣いている。涙。滴り落ちる先には腕――雷の腕。差し出された雷の遺体。唯一のこった雷の残骸。
彼女は死んだ。
敵の増援が、彼女を容赦なく切り裂いた。降りかかった爆弾の嵐は避けようなどなかったのだろう。一瞬だったそうだ。助ける暇などなかったに違いない。爆発が天を貫き、空を焼いた。バラバラになった雷は、血液さえも蒸発して消えた。腕だけを残して消えた。呆気ないほどの死。理不尽なほどの人生の否定。
俺は、ただ見詰めていた。残骸を。雷だったものを。見詰めるしかなかった。視界は色褪せていた。灰色だった。鮮やかな色素はすべて死に絶えたかのようだ。空が曇っていたせいではない。それだけではない。現実味のない光景が、俺から色彩を奪っていた。
何も言えない俺に語りかけるものはいない。負傷して運ばれた時津風以外の三人は、ただ陰鬱な表情で虚空を見ていた。陽炎だけが泣いている。浜風と深雪は意気消沈としている。
雨は降っていない。暗い。絶望。無味無臭の世界。死がすべてを奪い去っていた。
362 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/05/04(月) 23:49:35.90 ID:6/FAGLbz0
雨は、降っていない。
だのに、なぜだろう。なぜ、こんなにも雨の音が聞こえるのか。生きているのは耳だけなのか。いや、違う。幻聴だ。わかっている。雨の音を浮かべていないとすぐに気が狂いそうになる。ああ、俺は曖昧になっていた。自分が立っていることさえもわからなくなるほどに。港。ここは港。陽炎たちの帰りを待っていた。全員が無事で帰ってくると信じて待っていた。
無線で、陽炎から雷の死を聞いても信じてはいなかった。信じられるわけがなかった。戦死者を一度も出していないのが数少ない取り柄なのだ。死ぬはずがない。死んだはずがない。陽炎の見間違い。大破と轟沈を間違えて報告しただけ。間違いは、誰にでもあることだ。だから、帰ってきたら笑って許してやろう。
そう思って、待っていたんだ。
だけど、帰ってきたのは絶望だった。死に至る病が死を運んだ。腕を象徴に添えて。残虐なおこない。これ以上の残酷さが、この世のどこにあるのだろうか。
俺は信じられなかった。
陽炎「……報告します」
聞きたくない。
陽炎が続けた。
陽炎「〇九三七、南西諸島海域での鼠輸送作戦の帰投中、第一駆逐隊は敵航空隊より二度の攻撃を受けました。被害は、大破一、中破二、そして轟沈が一名」
363 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/05/04(月) 23:51:14.21 ID:6/FAGLbz0
違う。間違うな。
轟沈なんて出ていないんだ。お前の持っているそれは、雷なんかじゃない。違うんだ。間違っている。訂正しろ。
そう叫びたい。でも出来ない。出来ないんだ。分かっている。この手が誰のものかなんて間違いようがない。爛れて黒く変色したとはいえ、間違うことはないんだ。俺は、近くで見てきたのだから。ここにいる誰よりも近くで。
提督「……報告ご苦労」
冷たい声が零れ出た。
提督「もう、下がってくれて構わない。……俺が預かろう」
雷の腕を、とは言えなかった。陽炎が充血した瞳をこちらに向けて、無表情に頷いた。感情を殺そうとしていることが痛いほどに伝わってくる。だが、それに気遣う余裕なんてあるはずがない。
腕は、異様なほどに軽かった。軽すぎた。人間の一部とは思えないくらい肉感が薄い。死の軽さを、冷たい現実を、否応なしに教えられる。
ああ、久しぶりにこの腕に抱く。
無機質な死を。
提督「……下がれ」
いつまでも下がろうとしない陽炎たちに言った。彼女たちは動かない。動けない。分かっている。分かっているんだ。彼女たちの気持ちは、苦しいほどにわかるんだ。
だが、俺は抑えきれなかった。
364 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/05/04(月) 23:51:53.58 ID:6/FAGLbz0
提督「下がれぇ!」
陽炎たちは今度こそ何も言わずに立ち去った。港には俺と雷だったものだけが残った。腕は、何も言わない。肉が溶け、骨が剥き出しになった指先をこちらに向けているだけだ。
雨は降っていない。
降ってはくれない。
365 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/05/04(月) 23:53:17.64 ID:6/FAGLbz0
葬式が終わってから、一週間が経った。
世界は陰鬱と翳ったまま、足を引きずるように時間が過ぎた。とてつもなく長い日々だった。だのに、なにがあったのか、ほとんどが曖昧模糊としていた。
身寄りのない艦娘の骨は、無縁墓地に埋葬されるのが慣例だった。雷には、血のつながった本物の「家族」はいない。彼女は孤児院出身だった。帰る場所がない。帰ることができない。
だから、墓石の下に眠っている。
南西鎮守府の小高い丘。見下ろせば鎮守府と海が見える開けた場所に、墓地はあった。ここは、療養所時代からある墓場だ。治療中に亡くなってしまった艦娘たちが、大きな墓石の下で一つになって眠っている。その横に列席する小さな墓石。真新しくて、光沢のある御影石。駆逐艦「雷」と刻まれた文字。
俺は、見下ろしていた。片手に菊の花を持って。
生暖かい風が、俺を撫でていた。辺りは仄暗い。空を覆う灰色の雲のせいだ。幾層にも重なって、太陽の光を阻んでいる。
雨は降っていない。音は聞こえない。
花を置いた。しゃがみこんで、そのままじっと下を見た。蟻の大群が、キリギリスの死体を食いちぎって運んでいる。切り離された前足が、冷酷に放置されていた。雷の墓の前は劇場になっていた。演目は生の無慈悲さ。踏みにじって邪魔をする気力は、俺にはなかった。
億劫だった。何もかも、捨ててしまいたくなっていた。もう、どうなってもいいから。そんな気分が、俺の心を侵食し、傷口に沁み入るように痛みを発していた。神経が狂ったように痺れ、指先を震わせている。自律神経が壊れかけていた。どうにかなりそうだった。
366 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/05/04(月) 23:54:14.15 ID:6/FAGLbz0
ようやく、気づいたんだ。雷がいなくなって、ようやく。俺が、本当は雷をどう思っていたのか――。
雷がはじめてこの鎮守府に来たとき。彼女は、ひどく怯えていた。目をいつも動かして、何かに備えるようにいつも身体を抱えて丸まっていた。俺は、それを見て掻き毟りたくなるほどに心が乱れた。どうにかしてあげたいと、思ったんだ。家族を惨殺され、精神を隅まで破壊された彼女を救いたいと。俺には……家族をすべて失った俺には、彼女の気持ちが痛いほどに分かったんだ。
――俺のことを家族だと思ってくれていい。
そう言ったとき、彼女は嬉しそうに笑ってくれた。はじめて笑ってくれたんだ。心底、安心したように。それから彼女はみるみるうちに元気になっていった。元気になった彼女を見るのが嬉しくて、甘えてくる彼女を、つい甘やかしてしまった。その関係をズブズブと続けた結果が、共依存。いつの間にか、自分でも気づかないうちに、俺たちは鎖で繋がれていたのだ。
その関係を、鬱陶しく思うことはあった。たくさん、あったよ。彼女の身勝手さに振り回されて、疲れたこともイライラしたこともあった。許せないことだって、あった。
でも、それだけだったか?
それだけではなかったはずだ。
俺は、彼女が作ってくれた唐揚げが好きだった。彼女が淹れてくれるコーヒーの芳しい香りに、何度も解された。子供扱いしたらむくれる彼女をかわいいと思った。頭を撫でたら顔を真っ赤にして笑う彼女を愛おしいと感じたこともあった。彼女との何気ない会話が、ときに俺を癒やしてくれた。辛く苦しいときに、彼女に励まされたこともあった。彼女はときに悪魔で、ときに天使だった。
367 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/05/04(月) 23:55:10.13 ID:6/FAGLbz0
ああ。そうなんだ。もう、彼女の笑顔を見ることも、作ってくれた唐揚げを食べることも、一緒にコーヒーを飲むこともできないんだ。
両膝を強く掴んだ。服が、千切れんばかりに歪む。
ぽつり、と水滴がうなじを叩いた。
彼女との日常は、失われたのだ。もう永遠に帰ってこない。当たり前にあったそれが、どれだけ尊かったことなのか、彼女を失ってはじめて……はじめて……気づいたんだ。
俺はいつも遅すぎる。
提督「雷……」
視界が、歪んでいく。うなじに触れる水滴は、一つだけではなくなった。二つ三つ、頭にも落ちてくる。
彼女を追い出そうとした。彼女の一方的な行為に耐えきれなくなって逃げようとした。向き合おうとしながらも、目をそらし見ないようにしていた。なあ、俺は、なんて身勝手なんだろうな? 言い出したのは俺なのに、「家族」であることを後から否定して、その関係を清算できないかと考えてしまっていたんだ。
なあ、雷。
雷。
俺たちは……。
雨が、降り出した。俺の涙をさらうように、濡れた髪から雫が流れていく。
368 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/05/04(月) 23:55:58.47 ID:6/FAGLbz0
ときに嘆き、ときに喧嘩し、ときに対立し、ときに感情を図れず、ときに一方的になり、ときに踏みにじってしまう。それでもだ。それでも、俺たちは一時でも笑い、助け合ってきたこともあった。暖かい時間を共有し、励まし合える関係だった。
その関係が、「家族」でなくてなんだというのだ。
俺は、地面を叩いた。拳で殴り、手のひらで打ち、地面を指で削り取るように掴んだ。
激しい慟哭を上げた。雷の名前を、何度も、何度も、空に向かって叫びながら、取り乱した。雨が、激しく降っていた。そんなことどうでもよかった。濡れようが、このまま潰されて溶けてしまおうが、どうなってもよかった。雨が目に落ちてきても、瞬きさえもしないで泣き喚いた。稲妻のような嘆きを、叩きつけ叩きつけ叩きつけ叩きつけ叩きつけ叩きつけ叩きつけ叩きつけ叩きつけ叩きつけ叩きつけ、喉が壊れるくらいに叩きつけた。
雷。
俺たちは、「家族」だった。「家族」だったんだよ。
ごめんよ。俺はお前を家族として受け入れようとしなかった。受け入れるべきだったんだ。清濁併せ飲む覚悟が足りなかったんだ。俺の意志の弱さが、お前を狂わせたのかもしれない。
選択した結果はいつも無惨だった。
本当は、彼女のように「家族」を求めていたのに。失ったものの影を、追っていたのに。必死に見ないようにしてきた結果が、これだった。すべてを失った後では、もう何もかも遅すぎる。声をかけてやることさえも出来やしない。
369 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/05/04(月) 23:57:36.23 ID:6/FAGLbz0
軍帽が、地面に落ちた。泥水と雨を吸って汚れていく。手袋ももはや茶色に濁りきっていた。
降りしきる雨が、嘲笑う。
家族を失い続ける俺を、嘲笑う。
なあ、静流。兄ちゃんは、また守れなかったよ。
お前を死なせて、親父も母さんも自殺に追い込んで、手の届くところにいた雷すらも救えなかった。
兄ちゃんは愚かだ。
無能。かつて、親父が俺をそう詰った。そのとおりだ。閣下の期待なんて的外れなんだ。俺は、ドン・キホーテ。風車に突撃をして失笑をかう程度の存在。裸の大将。過大な夢を見る馬鹿。現実を理解していないクズ虫。
酒瓶が手にあった。飲もうとしていた。無意識だった。飲まねばやっていけないと身体が叫んでいた。酒の味を、アルコールに麻痺する感覚を欲していた。馬鹿だ。馬鹿だ。俺は、馬鹿だ。こんなところに来ても、酒を手放せない。
叫びながら、瓶を叩きつけた。瓶は、音を立てて砕けた。「髭の王様」が死んだ。
370 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/05/04(月) 23:58:21.06 ID:6/FAGLbz0
胸を焼いたのは激しい自己嫌悪。アルコールで誤魔化そうとした痴愚。胃の内容物が、感情の澱をともない、せり上がってくる。逆側からも焼かれる。まるで地獄の業火だ。己の罪を己の内側から糾弾されている。
耐えられず吐いた。雷の墓石を汚さないようにするのが精一杯だった。キリギリスに胃液がかかった。俺は死を愚弄した。止まらなかった。鼻に逆流して、鼻からも垂れ流すほどに出した。そのほとんどが胃液と朝飲んだ酒だった。食は喉を通らなかった。酒だけを浴びるほどに飲んでいた。ここ数日、ずっと。
涙が止まらない。雨は、誤魔化さない。消してくれない。俺の惨めさを。俺という人間のくだらなさを。なにも。
膝を抱えていた。子供のように丸まりながら。
提督「……ごめんなさい。お父さん、お母さん」
謝るな。
提督「静流を見殺しにしてしまいました。何もできませんでした」
謝るんじゃない。二人はもういない。
提督「僕が、悪かったです。僕が。僕が……。僕がもう少し頑張っていれば、きっと間に合っていました。僕が、無能だから。無能だからあんなことに。ごめんなさい。許してください」
やめろ。やめてくれ。
もう、振り返らないと決めただろう。
371 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/05/05(火) 00:00:32.94 ID:OJCCSoxP0
でも、止まってはくれない。シナプスが弾けた。記憶が闇の底から溢れ出す。静流の黒い髪、笑顔、静流だけを見詰める両親、粗末に置かれた犬のような食事、寂しさ、静流の死、両親の罵倒、二つの宙吊りになった人影――お父さんとお母さん、赤黒く腫れ上がった顔、床に垂れ流された汚物。
独り、取り残された、俺。
提督「……見捨て、ないで」
身体の震えが止まらない。
雨音は、俺を罰する神の声だった。冷たく濡れたシャツが俺の全身を縛り付ける。
この世界に存在することさえも嫌だった。死にたい。できることなら、いますぐ心臓が止まって欲しい。
いや、正確じゃない。ただ逃げたいのだ。消えたいのだ。罪を失くして生まれ変わりたいのだ。子宮に戻り人生をやり直したいほどの恥。子宮回帰願望という、無能の証明。負け犬が抱く思考そのものだった。
嘲笑いが溢れるのを抑えきれない。俺は壊れていた。思考に整合性を感じない。涙が出るほど、ゲロを吐いてしまうほど苦しいのに、嗤いを止めることができない。なんで、笑うのか?
もう、それすらも曖昧だった。
372 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/05/05(火) 00:01:17.36 ID:OJCCSoxP0
投下終了です。
373 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/05/05(火) 01:35:44.69 ID:1bCDihOwO
乙です!
こっから浜風と陽炎がどう動くか楽しみ
374 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/05/05(火) 05:40:40.24 ID:zJe4yvIt0
乙
陽炎がこのss唯一の癒しだわ
375 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/05/15(金) 00:47:22.90 ID:3NEEFWr10
□
提督は、悲しんだ。
自分に取り憑いていた寄生虫の死を。子供のように膝を抱えて、掠れた笑い声を上げながら。私が差し出した傘にも、苛む雨が止まっていることにさえも気づくことなく。
提督の姿は、精神病院に囚われた子供たちを想起させる。私が艦娘になる前に入れられていた白いところ。色々な子供たちがいた。壁に語りかけて返事をもらう子、頭を打ち続けて自分の存在をアピールする子、糞尿を垂れ流しながら走り回る子、膝を抱えて自分の世界に閉じこもる子。記憶の中にいた誰かの姿と提督の姿が重なっている。
ああ、可哀想に。
あんな寄生虫のせいで。こんなにも苦しむなんて。
傘が揺れる。提督を責めてやりたいと悪魔が風を差し向けたようだ。私は力を込めて傘を抑え付けた。
良心の呵責はない。
私は間違ったことは何もしていない。あいつは提督から血と精神を吸うだけに飽き足らず、高潔な優しい想いさえも踏みにじり汚そうとしたのだから。思い出すと、いまでも腸が千切れそうになる。あの夜、私が見た光景。あれは紛れもなく破戒だった。
376 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/05/15(金) 00:48:11.69 ID:3NEEFWr10
許せるはずがない。私の大切な人を、温もりをくれた人を、愛を教えてくれた人を、あんな目にあわせた。陵辱。この熟語は、死ぬほど嫌いだ。万死に値する罪だ。たとえ未遂だったとしても、提督に触った指をすべてへし折って舌を切り落としても足りないくらい、やつがやったことは許せなかった。
墓に入った今でも――。いや、だからこそ。骨となって戻ってきただけじゃ飽き足らず、いまもこうして提督を苛んでいるのだから、本当に質が悪い寄生虫だ。細菌よりもしつこい。死してなお提督を苦しめている。
でも、仕方がないことだとはわかっている。殺害とは、死とはこういうものだ。どんなチンケな存在であれ、人間として存在を定義された者の死である以上、人の心には深いシコリが遺ってしまう。南鎮守府で嫌というほど見てきた光景だ。誰かの死が、誰かを苦しめる毒として蓄積していく。やがて死に慣れていくが、そんなものは表面上の麻痺でしかない。心が壊れないように蓋をしているだけの状態だ。奥底では、ずっと沈殿し続けて、やがて新たな死を呼ぶ病となる。
まるで――風病のごとく。
死の破壊力を、私は知り尽くしていた。だからこそ、あの寄生虫を殺さないことに拘っていた。私を殺そうとしたところを、証拠を掴んだ上で糾弾し、追放してやるつもりだった。回りくどいほどにあいつを挑発し続けたのも、出撃に追い込まれたあいつを私の後ろに置くよう誘導したのも、すべてそのためだった。あんなことをあいつがしなければ、私があいつを殺すことなんてなかったのだ。
だけど、私はあの女を殺した。躊躇なんてなかった。私の怪物のごとき憎しみが、理性を変容させた。殺害行為のデメリットよりも奴を消し去るメリットの方が大きいと判断させるほどに。
377 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/05/15(金) 00:49:19.04 ID:3NEEFWr10
出撃再開までの一週間は、地獄だった。ずっと、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと我慢していた。殺したかった。八つ裂きにしたかった。だから、その感情を慰めるためにも、殺すまでのあいだ提督に指一本触れさせないためにも、釘を刺してやったのだ。偽装した書類を用意するのに一日かけたが、大したことはない。印鑑を掘るのも、提督の筆跡パターンを分析し一ミクロンのズレもない偽装文章を書くことも、なんということもなかった。
それを突きつけてやったときの、あいつの顔は滑稽だった。普段から考えるということを放棄しているためだろう。馬鹿は、すんなり信じた。さすがに薬まで使うのは想定外だったけど、釘は深々と刺さってくれた。多少の慰みにはなった。
が、満足するには程遠いものだった。殺さねば溜飲は下がらなかった。待ち望んだ一週間がきたとき、私は笑いを噛み殺すのに必死だったほどだ。出撃前に発艦させた艦載機が、見事に仕事を成し遂げたのをみた瞬間は、脳が溶けそうなくらいに喜びが広がった。泣き叫ぶ陽炎姉さんたちの中で、私だけが悪魔に魂を売り渡していた。
あははは。あははははははっ。
ああ、可笑しい。悪魔に魂を売り渡した? いまさら、なにを世迷言を言うのか。そんなもの、人間でなくなったときに、とっくに売り渡している。
だから、悪魔的な打算も浮かぶ。
私は、あの寄生虫の死でさえも利用する。吐き気を催すほどに憎いやつだが、せいぜい糧になってもらおうと思う。
378 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/05/15(金) 00:50:25.01 ID:3NEEFWr10
提督を、私無しでは生きられないようにする。私だけを見るようにし、私といるときだけ幸福を感じるようになってもらう。それが、最良な手段だ。これ以上、あの寄生虫みたいな存在が寄り付かないように。提督が汚されないように。
いま、あの女の死が、提督に深い影をさしている。前述したように死とは病だ。提督は深く傷つき、打ちひしがれている。あの女の死はなかなか消えないだろう。だが、かならず消してみせる。抹消はまだ終わってはいない。
お前は二度死ぬんだ。
私は、墓石に蔑視と嘲笑を向ける。だが、そんなものは一瞬だ。すぐに眼差しは愛しの人を捉える。抱きしめたい衝動にかられたが、今は肉体と肉体の接触がかえって提督を苦しめるだけだと分かっていた。だから、私は彼に慰めをかけることはしない。別の角度から布石を打つことにした。
怒りを煽る、という布石を。
浜風「提督」
彼は呼びかけには答えない。聞こえていないかのように笑い続ける。
だが、構わない。雨に打ち消されないよう声を張り上げる。
浜風「提督、聞いてください。あなたに報告しなければならないことがあります。出撃再開のあの日、私たちが第二次攻撃を受けたあのときのことです」
379 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/05/15(金) 00:51:35.64 ID:3NEEFWr10
提督の笑いが止まった。
私の嗤いがこみ上げてきた。
雨が、激しく私を責めた。服が濡れて肌に張り付いたが気にもならなかった。圧倒的な愉悦の前では、すべてが些事と化す。
浜風「あのとき、雷さんの艤装が故障を起こしました」
提督が、ねじ切れるような勢いで首を巡らせた。仄暗い三白眼がこちらを射抜いていた。私は神妙な顔を装って見詰める。雨など消えている。私と、彼の意識の前では、消え失せる。
私は、続けた。
浜風「あれは、誰かが意図的に故障させた可能性があります」
提督「……」
浜風「提督、辛いかもしれませんが、聞いてください。雷さんを間接的に殺したものがいるのです」
提督「……う、そだ」
嘘ではない。殺したものはあなたの目の前にいる。そして、艤装を破壊したものは、私ではない。
だから、私が語ることは事実を捻じ曲げた真実だ。
浜風「残念ですが、真実です。雷さんの艤装が故障を起こしたところは、私も陽炎姉さんも見ていました。一瞬でしたが、間違いありません」
提督「……あ、あ。うそ、だ。うそだうそだうそだ」
380 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/05/15(金) 00:52:40.06 ID:3NEEFWr10
提督が、頭を抱える。泥に汚れた手を振り回し、髪が汚染されることも厭わず、子供のようにイヤイヤをしている。
なんて、可愛いんだろう。私は歯を噛んで、堪える。下半身が、落ち着かない。こんな感覚、提督の温もりを知ったあのとき以来だ。ああ、これが本当の支配者のカタルシス。提督を所有したいという究極の欲求が、私を突き動かす。
提督の頬を、叩いた。乾いた音がなった。一瞬生まれた空白。唖然とする提督。
私は、この隙を見逃しはしない。
浜風「しっかりしなさい! 柊結弦! 雷さんの死を無駄にする気なの!」
提督「……」
私の目からボロボロと、意味がない水が流れ出る。この程度の三文芝居、何度もやってきた。目を見開く提督。驚いている。驚いてくれている。
浜風「あなたの苦しみは、想像を絶するものでしょう。これまで、あなたが犠牲を出さないように最善を尽くしてきたことはみんな分かっている。だからこそ、折れそうになっていることも……」
提督「……」
浜風「でも、ここで折れたらすべてが無駄になるわ! 雷さんだって、こんなあなたの姿なんて望んでいないはずよ! ……私たちのことを守ってくれるんじゃないの? 私たちを幸せにしたいんじゃないの? 私や陽炎姉さんと約束したことを忘れたの……?」
声のトーンを落とす。提督が俯いて、目を震わせていた。動揺が、走り抜けている。彼の中で記憶と思いが膨張しようとしている。今まで、何人もこうして操ってきた。だから、わかる。手に取るようにわかる。提督の心が、提督の感情が、提督のすべてが。
王になったような全能感が、私を軽くした。
381 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/05/15(金) 00:53:53.51 ID:3NEEFWr10
ああ、提督。提督。ていとく。
私は、あなたのすべてが欲しい。
傘を放り投げた。肉体の接触は、いまこの瞬間なら絶大な効果を発揮する。状況は目まぐるしく動く。私は、それに逆らわず提督を胸に抱いた。
浜風「……あなたには、私がいるわ」
提督「……はま、かぜ」
浜風「忘れないで。あなたが今後どんな苦しみに苛まれようとも、私は、私だけはあなたのことを絶対に見捨てない。雷さんを殺した犯人も、薬物を持ち込んだ馬鹿野郎も、私がかならず見つけるわ。あなたの夢も、あなたの望みも、かならず私が叶えてみせる。支えてみせる」
だから。
だから、私だけをミテ?
浜風「何度でも約束する。かならず……」
提督が、私の背中に腕を回した。彼の頭が腕の中に。温かい。今までにないくらい、温かい。私はうっとりと法悦に浸る。
ふと、水溜りが目に入る。波紋を作り続ける水面。浮き上がったキリギリスの死骸。そこに微かに映る影。
嘲笑する義姉の影。あいつは、なにも言わなかった。ただただ満足そうに私を見下ろしていた。私も、笑みを返してやった。やつは、居なくなった。
構いはしない。なんとでも笑え。
382 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/05/15(金) 00:55:06.02 ID:3NEEFWr10
私は、決めたんだ。彼を手に入れるためなら地獄の鬼どもとだって喜んで契約してやる。あの鎮守府にいる子達がどうなったって、構いはしない。
邪魔するものは、すべて、排除してやる。
そう、邪魔するものはすべて――。
提督のすすり泣く声。私は子守唄を聞く気分で耳を傾けながら、空に視線を移した。
寄生虫を殺したあの瞬間。
私は、信じがたいものを目にしていた。
エリートクラスの赤い艦載機。あれは、私のものではない。それがなぜか、私のまったく意図しない方角から狙ったようなタイミングで現れた。そして、寄生虫の艤装が故障。あれも私の仕業ではない。あんな手の込んだ細工は一切していない。
あの一瞬で、だ。あの一瞬で、私が意図しないことが二度も起きたのだ。偶然にしてはあまりにも出来すぎている。
私の殺害を察知した何者かがいる。そいつが、私に余計な手を貸してきた。ひどく遠回しで、悪趣味なやり方で。
誰だ?
いったい、誰がそんなことをしたんだ。
383 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/05/15(金) 00:56:40.26 ID:3NEEFWr10
意図はわかっている。私に対する挑発だ。艦載機を見せびらかして、艤装を故障させることで、私に暗喩的なメッセージを送ってきた。
一つは、私の計画を察知していることを知らせる目的。もう一つは、「私の『正体』を知っているぞ」という示威行為。そして、最後は……。
浜風「……ふふ」
――最後は、探してみろという挑戦状。
私は、提督の頭を強く抱きしめた。雨は、降り止む気配を一向に見せない。ドス黒い雲が、不気味なほどに蠢く様は、巨大な芋虫の群れのように悍しかった。
面白くなってきたじゃない。
どんな目的があるのかは知らないけどね。
私と提督の邪魔をするなら、消してやるわ。
この寄生虫と、同じように。
384 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/05/15(金) 00:58:04.72 ID:3NEEFWr10
投下終了しました。
次回からは五章に入ります。まだ半分くらいですが、これからも気長によろしくお願いします。
385 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/05/15(金) 06:08:12.88 ID:d0YfsH2cO
登場人物、全員悪(ry
乙です
386 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/05/15(金) 08:47:48.24 ID:2qh7lJHno
乙
387 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/05/15(金) 09:40:34.38 ID:L4sG2wmt0
乙
最後まで見届けるぜ
388 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/05/15(金) 12:13:56.57 ID:bBpwlS2AO
乙です
プロローグに繋がるのはまだまだ先のようですね
389 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/05/18(月) 13:43:52.19 ID:BVDruGkU0
すいません。
6月21日の砲雷撃戦で出す予定(おそらくコロナで延期になりますが)の小説を執筆するために、風病の更新を一旦止めます。ご了承いただけますと幸いです。
曙の小説もヤンデレものです。ちょっと風変わりな小説ですが、よろしければイベントに出た際にでもお手にとってもらえると嬉しいです。
ちょっとした宣伝になりますが、よろしくお願いします。
390 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/05/20(水) 01:52:26.17 ID:d8YE0qIT0
乙
また再開するのを大人しく待つ
391 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/06/05(金) 00:13:58.92 ID:zyk0IZBD0
クヌギの幹に張りついた命の殻が、割れた背中をこちらに見せながら、生まれ変わりを主張している。
空蝉は、命の欠片。置き去りにした蝉どもは、懸命に生の躍動を訴えている。天まで昇るような激しさで。入道雲さえ揺さぶるように。
寄生虫の死から一ヶ月半が経った。立秋を迎え、鎮守府に沈んでいた原油のような重たい気配は、少しずつ溶けてなくなってきている。私達にとって死とは日常の範疇を出るものではない。慣れることはないが、切り替える術というものを、みんな大なり小なり身につけているのだ。戦場で正気を保つための処世術を構築できないものから、はやく死んでいく。
蝉のようにね。
空蝉の下で、翼のもげた蝉がもがき苦しんでいた。生誕の残骸と、朽ち果てようとする生が置き去りにされている。酷い光景だ。戦場でよくある光景でもある。その酷薄さを、私は冷徹に見限り、足を進めた。
暑いのかどうかすらわからない。きっと暑いのだろう。激しい運動でもしないかぎり汗をほとんどかかないから、身体はセンサーの役割を果たさない。かげろうによって、地面がぼかされているところから察するしかなかった。
392 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/06/05(金) 00:15:54.41 ID:zyk0IZBD0
五章「王」
393 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/06/05(金) 00:16:31.71 ID:zyk0IZBD0
クヌギの幹に張りついた命の殻が、割れた背中をこちらに見せながら、生まれ変わりを主張している。
空蝉は、命の欠片。置き去りにした蝉どもは、懸命に生の躍動を訴えている。天まで昇るような激しさで。入道雲さえ揺さぶるように。
寄生虫の死から一ヶ月半が経った。立秋を迎え、鎮守府に沈んでいた原油のような重たい気配は、少しずつ溶けてなくなってきている。私達にとって死とは日常の範疇を出るものではない。慣れることはないが、切り替える術というものを、みんな大なり小なり身につけているのだ。戦場で正気を保つための処世術を構築できないものから、はやく死んでいく。
蝉のようにね。
空蝉の下で、翼のもげた蝉がもがき苦しんでいた。生誕の残骸と、朽ち果てようとする生が置き去りにされている。酷い光景だ。戦場でよくある光景でもある。その酷薄さを、私は冷徹に見限り、足を進めた。
暑いのかどうかすらわからない。きっと暑いのだろう。激しい運動でもしないかぎり汗をほとんどかかないから、身体はセンサーの役割を果たさない。かげろうによって、地面がぼかされているところから察するしかなかった。
394 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/06/05(金) 00:17:28.76 ID:zyk0IZBD0
一応、肩にかけていた水筒を掴み、口をつけた。熱中症対策は万全にしておかなければ、熱感覚がない私は気づかないうちにやられてしまう。提督の温もりを知ったからといって、呪いが解けたわけではないのだ。常に隣にいることを、ゆめゆめ忘れてはいけない。
鎮守府本館の側を抜け、港を通り、艦娘寮へと向かう。私の探している人はそこにいる。魔の海域を攻略し、モーレイ海も突破して迎えた、束の間の休息を楽しんでいることだろう。きっと、みんなと将棋でもしているはずだ。
艦娘寮の広場に、人集りができていた。
その中心に、提督の影が見える。どうやら鈴谷さんと指しているようだ。緑の後ろ髪がエメラルドみたいに光っていた。
提督「王手」
提督が、にやりと口を歪めた。鈴谷さんが悩ましげに唸っている。状況を見る限り提督の優勢なのだろう。
鈴谷頑張りなよー、と周囲に煽られて、鈴谷さんが頭を抱えた。
提督「積みだなあ。どう足掻いても逃げられないぞ」
鈴谷「待って待って、ちょい待って。まだなんか手があるかもしれないじゃん!」
395 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/06/05(金) 00:18:28.89 ID:zyk0IZBD0
熊野「たとえ持ち駒を置いたとしても無理ですわよ。銀をここに置かれたら……ほら、上に逃げるしかないでしょう? そこに提督が龍を指したら完全に積みですわ」
三隈……いや熊野さんの解説が添えられる。盤面は私の位置からでは見えない。しかし、完膚なきまでに鈴谷さんは敗北したようだ。項垂れている。みんなの笑い声と口笛。
鈴谷「にゃああ、悔しい。また負けちった」
提督「ははは、鈴谷もまだまだだなあ。もっと勉強して出直してきたまえ」
提督が扇子で扇ぎながら得意気に言った。鈴谷さんはさらに奇声を上げる。
鈴谷「今度こそ自信あったのにぃ。熊野と超練習したんだよ?」
提督「まあたしかに、初めのときよりは強くなったと思うぞ? まさか美濃囲いで来るとは思わなかったしな」
熊野「型は覚えても、まだ活かしきれていませんわね。さらに勉強あるのみですわ」
私は人垣に割って入ると、提督に声をかけた。
浜風「提督。お楽しみのところ申し訳ありません」
提督「おお、浜風か。どうかしたのか?」
396 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/06/05(金) 00:19:23.82 ID:zyk0IZBD0
提督は白い歯を見せてくれた。肌はやや小麦色に焼けていて、いつもの病的な肌の白さを覆い隠している。健康的で、海の男らしい爽やかさがあったが、それが上辺だけのものであることは、わかりきっていた。私だけでなく、ここにいる全員が。
私は、微笑み返して告げる。
浜風「指示されていたキス島攻略の編成案なのですが、いくつか纏めましたので改めて相談したいです。お時間の都合は大丈夫でしょうか?」
提督「もう出来たのか。相変わらず仕事が早いな。時間は大丈夫だから、気にしないでいい。さっそく聞かせてもらおう」
浜風「陽炎姉さんとも相談したいので、よければ演習場に行きませんか?」
提督「陽炎は演習場にいるのか?」
浜風「ええ。新しい艤装を試しているようです。防空戦の練習も兼ねているようなので、瑞鳳さんとも一緒にいるみたいです」
提督「なるほど。では、そちらに向かおうか」
提督は駒を盤面に整理すると、立ち上がった。鈴谷さんたちに別れを告げて、歩き出す。足取りは驚くほどに軽い。軽く見える。
私も、提督についていこうとした。
397 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/06/05(金) 00:20:09.06 ID:zyk0IZBD0
鈴谷「ねえ、浜ちゃん」
私は振り返る。
鈴谷さんは、いかにも不安そうに眉を下げていた。彼女はいつしか、私のことを「浜ちゃん」と渾名で呼ぶようになっていた。馴れ馴れしいとは思わない。一ヶ月半の時間の変化を実感するだけだった。
浜風「なんでしょう?」
提督の方に視線を投げる。彼は私が立ち止まったことに気付かず、海を見ながら歩いていた。
はやく、済ませて欲しい。提督といられる時間が減ってしまうではないか。
しかし、内心の抗議は黙殺する。鈴谷さんの様子には、苦しげすら感じられたから。よく見ると鈴谷さんだけではない。全員が呼応するように、煮えきらない表情を浮かべていた。眼差しをそっと提督へ向けるものもいる。
鈴谷「提督さ……。変わっちゃったよね」
鈴谷さんは言葉にしたことを後悔するように目を伏せた。太陽が雲で遮られ、影が落ちる。光で虚飾した欺瞞が鮮やかさを失っていく。
彼女の言いたいことは間違いではない。提督はたしかに変わってしまったように見える。寄生虫を失って以来、昔よりもずっと臆病になったし、ずっと明るくなった。まるで、闇を振払おうと必死で懐中電灯を振り回すような健気さで、自分を偽り始めた。そこには深い傷があり、恐怖があった。大切なものをこれ以上掌からこぼれ落としたくないと、無言のうちに叫んでいる。
398 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/06/05(金) 00:21:13.23 ID:zyk0IZBD0
それは、これまでにない馴れなれしさになって現れているのだ。みんな、当然だが違和感を覚える。提督がおかしくなってしまったんじゃないか、と勘繰ってしまう。
提督のことを慕わないものはいない。だからこそ、心配している。寄生虫……雷さんの死が、彼に計りしれないダメージを与えてしまったのではないかと懸念に駆られるのだ。
鈴谷「あ、その……さ。別に提督のことを悪く言っているわけじゃないんだよ? ただ、最近の提督、なんか違うなあって思うだけで」
私が黙してしまったことを気にしてか、鈴谷さんは取り繕うように言葉を並べる。健康的な太ももが微かに動き、将棋盤を揺らした。
転がる王を、誰も気にしない。
浜風「わかってますよ」
私は口を開いた。
浜風「でも、心配する必要はないと思います。提督は、たしかに明るく振る舞おうとしてはいますが、本質的には何も変わりませんから。みんなが知っている、思慮深い提督のままですよ」
鈴谷「そう思いたいんだけどね。あの様子を見ていたら心配するなって方が無理だと思う」
熊野「私も、そう思いますわ」
399 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/06/05(金) 00:22:24.66 ID:zyk0IZBD0
鈴谷さんの言葉に、おそるおそる熊野さんが同意した。他のみんなも同じ意見なのだろう。何も言わなかったが、表情は一様に陰っていた。
本当に心配する必要はないのだけれど。
提督には私がいるのだから。あなた達が心配するまでもなく、提督の傷は私が少しずつ着実に癒やしている。取るに足らない有象無象どもが、提督の思いに踏み入ろうとするなんて、おこがましいにもほどがあるわ。
嘲笑したくなる気持ちを抑え、私は口を回す。
浜風「皆さんの心配は、当然のことだと思います。ですが、提督は皆さんが思っているよりずっと強い人です。たしかな信念をもった武人です。だから、大丈夫……。彼は、かならず立ち直ってくれますよ。それは秘書である私が保証します」
私は、言葉を区切って全員をゆっくりと見渡し、最後に鈴谷さんを見た。
浜風「それとも――」
目を細める。
浜風「私の言葉は、信用できませんか?」
静かに、しかしはっきりと力強く。ほんの微細な怒りをアクセントに込めた。全員が息を潜め、私の言葉に飲み込まれる。まるで重力に引きずられたかのように。ざわつくことさえなく。
私はしばらく間をおいて、微笑みを作った。鈴谷さんを静かに見続ける。彼女は落ち着かない様子で、髪を触っていた。
400 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/06/05(金) 00:23:05.72 ID:zyk0IZBD0
浜風「私は、皆さんが好きです」
全員の視線が、こちらを向いた。
浜風「とてもお優しいですから。私が自分を見失っているときも、皆さんはけっして私を見捨てませんでした。本当に、嬉しかったんですよ。だから、皆さんが辛そうにしているのを見るのは、耐えられません」
不意打ちを食らった鈴谷さんは、目を白黒させていた。構わない。畳み掛ける。
浜風「私は皆さんに笑っていて欲しい。もし、私の言葉が信じてもらえないなら、私の努力が足りないということです。そんな自分が許せなくて、さっきはつい語気が荒くなりました」
拳を握り、胸の前に置く。その一点が、遠近法の消失点のように作用して、全員の注目を集めた。軽く胸を叩きながら、語調にメリハリをつけていく。
浜風「皆さんが、笑っていられる鎮守府を作る。それが、私の夢なんです。提督と同じ夢です。いいですか。私は、皆さんの笑顔を大切にしたいんです。それが、私を救ってくれた皆さんに対する最良の恩返し。そう信じています。ですので!」
拳に感じた。
全員の心を、掴んだ感触を。
401 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/06/05(金) 00:23:50.99 ID:zyk0IZBD0
浜風「……ですので、皆さんの不安は、かならず取り除いてみせます。私が、全力で提督をサポートします。そうすれば必ずや、あなた達の優しい憂慮は、杞憂に変わるでしょう。私には、その力があります。ノウハウがあります。皆さんの期待に、絶対に応えてみせますよ」
鈴谷「……やっぱすごいね、浜ちゃんは」
鈴谷が、ほうっと息を吐いてそう言った。それを合図に、全員の緊張が解れていく。名著を読み終わったときのような酩酊感を、全員が感じている。確信だ。私には、人の心を読む力がある。
浜風「そんなことはないです。私はただ、皆さんに報いたいだけですから」
熊野「その志は、とても気高いものだと思いますわ」
熊野さんの言葉に、周りも追従している。私を称える声が続く。私は嬉しそうなフリをしながら、提督の方に目を走らせる。
提督は、立ち止まって海を見ていた。表情はよく見えないが、明るさは鳴りを潜めていた。
ああ、提督を待たせてしまっている。退屈させてしまっている。有象無象の相手をしている暇は、とっくになかったんだ。
浜風「……それでは、私はもう行きますね」
鈴谷「提督のこと、よろしくね。私たちもできることはなるべく手伝うからさ。なんでも言って?」
浜風「はい。そのときは、よろしくお願いします」
そんなときは、永遠に来ないけどね。
誰も信用なんてできないのだ。
私は、去り際に転がる王の駒をみた。盤上から落ち、地面に倒れ付す王は、ルールの外に追いやられて、その存在意義を見失っている。あるいは、狭い枠から出られたことを喜んでいるのか。
沈黙の王は、けっして語らない。
402 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/06/05(金) 00:24:40.77 ID:zyk0IZBD0
時津風「あ、浜風と司令じゃ〜ん」
私達が演習場に着くと、時津風がいた。ボラードに腰掛けて、見学をしているようだった。
時津風「二人とも視察? 休みなのに仕事熱心だねえ」
提督「俺に休みはないさ。栄光なる帝国海軍のカレンダーには、土曜日と日曜日は載っていないんだ」
提督は肩をすくめて皮肉を口にする。時津風はほんの一瞬眉をひそめたが、すぐに顔を戻して「そうだねえ」と同意した。
提督「それで、陽炎はもう新しい艤装を試したのか?」
時津風「うん。これがすごくてさ〜。あんなの普通の駆逐艦が使ったら、身体がおかしくなっちゃうと思うよ」
浜風「戦艦の装備を改装したものですからね」
私は海の方に目をやった。水平線に無数の点が浮かんでいた。ブイや的、深海棲艦を模した型。いくつかは壊れ、ひしゃげている。その中央に佇む人影が、陽炎姉さんだった。やや下を向いているが、表情までは伺いしれない。ただ、この距離からでも、陽炎姉さんの背中に張り付く無骨な鉄の塊は、一際目立っていた。
試製三十五・六センチ単装砲。規格外にもほどがある特注品だ。通常の駆逐艦では、まず使いこなせない装備である。時津風の言うとおり、仮に使うことができたとしても、けっして無事では済まないだろう。三半規管をやられ、身体中の筋肉や骨が軋み壊れてしまうに違いない。陽炎姉さん、「覚醒」した艦娘にのみ許される禁術のようなものだ。
403 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/06/05(金) 00:25:36.85 ID:zyk0IZBD0
「覚醒」とは、艦娘が特異点へ到達したことを指す。それはいわゆる改や改二などの「改装」とは、定義を異にするものだ。「改装」によって艦娘はたしかに進化を果たし強くなるが、あくまで「艦娘という枠内」での変質でしかない。「覚醒」は、枠外を超えていく。つまり、「艦娘ではない別の何か」に変異することを意味する。
では、通常の艦娘とは何が決定的に違うのか。それは、艤装適性と妖精との同調率だ。艦娘の艤装適性は、文字通り艤装との相性である。例外もあるが、艦種に相応しい装備以外は使えないのが通例だ。無理に装備すれば、キックバックという現象によって脳が深刻なダメージを受ける。しかし、この定石は覚醒した艦娘には当てはまらない。自分の身体能力、艤装の耐久力の許される範囲で、あらゆる装備を使いこなすことができるようになるのだ。
また、最大の違いが同調率である。艦娘は妖精たちと感覚を共有しなければ、艤装を使うことができない。その値が優れていればいるほど、優秀な艦娘であることを意味するのだが、どんなに練度を上げた艦娘であっても、せいぜい感覚の半分を共有できればいい方だ。私でも三十六パーセントが最大値である。陽炎姉さんの数値は二百二十パーセント……百パーセントを有に超える。それはつまり、妖精を支配する力をもつということでもあるのだ。
提督たちと、同等……いやそれ以上の力だ。さすがに、鎮守府中の妖精を支配できる提督たちの権能と比べたら範囲は狭いが、こと自分の艤装に住まう妖精への影響力は提督たちを上回っている。
提督の支配からさえも外れた存在。艦娘が行き着く究極の姿。この領域に踏み込んだものは、艦娘制度が始まってから三十年で数えるほどもいない。
そのうちの一人が、陽炎姉さんだ。右腕は、その領域に至る過程で無くしてしまったもの。ある地獄が、彼女を変えたのだ。
404 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/06/05(金) 00:26:30.42 ID:zyk0IZBD0
陽炎姉さんは空を見上げた。艦載機が、空を引裂きながら彼女の元へと向かっていく。瑞鳳さんの演習用艦爆隊である。
提督「始まったな」
提督が緊張した声で言った。
艦爆が高らかに舞う。急降下。完全なる不意打ち。だが、陽炎姉さんは動じない。必要最小限の動きで取舵を切る。爆音。紫色の水柱が膨れ上がった。陽炎姉さんは機銃を唸らせた。弾き出される曳光弾。吸い込まれるように艦爆機を捉える。錐揉みして落ちていく。それとすれ違うように、陽炎姉さんは前に出る。戦闘機の返礼は彼女に当たらない。それさえ、見切ってかわした。撃ち落とす。二機の戦闘機が死んだ。その最中、彼女は最大の武器を展開していく。
背中から伸びる単装砲が、牙を向いた。
陽炎「おあああっ!」
鋭い裂帛とともに、凄まじい黒煙が上がる。烈風が、空気を破壊しながら私たちを叩いた。息が吸えなくなり、肺が呼吸を取り戻した瞬間には、一つの的が粉砕しているのが見えた。
それを知覚した瞬間には、元の場所から陽炎姉さんの姿は消えていた。驚異的な速度で動き続け、艦載機を次々と叩き落としている。
必死だった。あまりにもひたむきだった。後悔を払い落とそうと、蟠りをぶつけようと、恐怖とトラウマを打ち消そうと。
時津風「……相変わらず、すごいな」
時津風の声には感嘆だけではなく、寂寞が込められている。苦しさがある。叫びのような舞をみせる陽炎姉さんに対して、負い目を感じているのだろう。
それは、提督も同じだった。不自然な明るさは落ちていた。暗く淀んだ三白眼を、陽炎姉さんに向けながら後ろ髪に引かれる思いに耐えている。
405 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/06/05(金) 00:27:18.05 ID:zyk0IZBD0
提督「浜風」
提督は私に顔を寄せ、小さな声を出した。耳朶が溶けてしまいそうだった。思わず足が震える。歓喜の声が出ないようにするのが大変だった。
浜風「なんでしょう?」
提督「まだ見つからないのか?」
何が、とは言わなくてもわかる。寄生虫に薬を与え、寄生虫の艤装を停止させ、やつを殺した犯人。提督は何も知らない。私の刷り込みを、信じ続けてくれている。そして、犯人が見つかることを切望している。
薬と艤装の故障、そしてあの赤い艦載機。同一人物の仕業で間違いない。私たちを嘲笑うかのような快楽主義者にも似た手口が、共通しているからだ。明確な根拠に乏しくても、それだけはわかる。
だが、一ヶ月半が経っても犯人は見つからない。寄生虫の戦死以降、一切の目立つ行動を見せないからだ。証拠や痕跡もまったくといっていいほど見つからない。これでは、いくら私でも探しようがなかった。
はやく見つけたい。私もそう思う。しかし、相手は油断ならない存在だ。私の計画を察知したほどの知能の持ち主であり、赤い艦載機を出せるほどの戦力をもつ怪物だ。下手に動けば、私が食われてしまう可能性もなくはない。慎重にいかねばならない。
これまでの雑魚共とは、明らかに違う。
浜風「すいません、まだです。おそらく警戒されているのでしょう。なかなか尻尾を出しませんね」
質問に答えると、提督は落胆するように肩を落とした。心が痛んだ。提督の期待に答えられないことがこんなにも辛いなんて。
406 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/06/05(金) 00:29:07.26 ID:zyk0IZBD0
提督「……そうか」
浜風「なるべく早く特定します。お辛いでしょうが、もうしばらく堪えていただけますか?」
提督「ああ。すまないな、急かすようなことを言ってしまって」
浜風「いえ、お気持ちはわかりますので」
それから、提督は口を閉ざした。沈黙が寂しかったが、私も何も言わない。
爆発音が、虚しく響いた。
浜風「……」
しかし、だ。
犯人の手がかりがまったくないかというと、そうでもない。実はある程度、容疑者の絞り込みは進んでいる。
あるカテゴリーに属する者たちが、候補者だ。
それは、最大級のトラウマを抱えるものたち。
東鎮守府に所属していた艦娘たちだ。
なぜ、彼女たちが怪しいのか?
理由は、過去の事件を知っていれば自ずとはっきりする。私は、南鎮守府にいたときに「捨て艦事件」の報告書を盗み見たことがあった。なので、あの事件の内容は大体頭に入っている。あの事件の発端、第六駆逐隊の相次ぐ事故死。その内容は、すべて「艤装の故障」によるものだ。そう、つまり、寄生虫が死んだときと同じ現象が起きていたということだ。
407 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/06/05(金) 00:29:59.26 ID:zyk0IZBD0
そんな偶然、あり得るはずがない。だから、ほぼ間違いなく犯人は東鎮守府にいた者たちの誰かだ。
これは、黒幕のヒントとは考えにくい。挑発の手段であっても、ヒントを与える意図まではないということだ。事件は未だにトップシークレット扱いだ。この鎮守府の中でさえ、事件の詳細を知っているものは限られている。カウンセラーや提督など一部の人間以外には、ほんの一握りの情報しか開示されていない。大体何があったのかは知っていても、詳細までは誰も知らないのだ。だから、私がここまで情報を握っているとは黒幕も考えないだろう。私が当事者たちから聞き出したことを考慮した可能性もあるが、その線は薄いと見た方がいい。なぜなら、あの事件についてはみんな口を固く閉ざしているからだ。
黒幕は、殺しに無秩序な美学を持っている。寄生虫の事故を、同じような手段で演出したのも、それが理由だと考えると納得がいく。
吐き気を催すほどの邪悪だ。もはや黒幕は、人の精神を持ち合わせてはいないだろう。紛う事なき、精神病質者だ。気が狂っているとしか言いようがない。
そして、私はこれとまったく同じ感想を抱いたことがある。はじめて、「捨て艦事件」の資料に目を通したときに。この事件の首謀者に対して、そう思った。
苦虫をかみ潰すという比喩は、こういうときに使うのだろう。苦いとはどういうことか知らないけど、言葉の意味するところくらいは理解できる。
408 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/06/05(金) 00:30:48.11 ID:zyk0IZBD0
考えたくはない、可能性だ。
だが、あの提督の死亡は明確に確認されたわけではない。牢獄の中で爆死したそうだが、死体は一切見つかっていないのだ。それに、厳重な体制の敷かれた留置場に爆薬を持ち込めるはずはないから、ずっと引っかかっていた。しかし、一つだけ方法がある。たった一つだけ……。
何事にも例外は存在する。私というイレギュラーが存在し、赤い艦載機というさらなるイレギュラーを見てしまった以上、可能性として考慮しておかねばならない。
――少なくとも、この鎮守府に、私と同じ存在がもう一体いることは間違いないのだから。
陽炎「あああっ!」
陽炎姉さんの叫び。砲撃と風。艦載機の唸りと響き。私は、彼女の舞を見ながら深い溜息をついた。
409 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/06/05(金) 00:34:10.69 ID:zyk0IZBD0
投下終了しました。
すいません。章台を上げ忘れていました。
今回から五章です。ようやく本番に入ってきた感じです。よろしくお願いします
410 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/06/05(金) 08:56:44.08 ID:9UwGATFx0
乙
おっしゃー、新章じゃあ
411 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/06/07(日) 07:27:13.07 ID:VFWzWtfz0
順当にいけば、東出身のサイコパスはアイツしかいねぇ、、、
雷ちゃん退場は読者も寂しい
412 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/06/14(日) 00:26:59.14 ID:mpz5nmGt0
さぁ、こっからどうなるか
413 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/06/29(月) 05:02:53.12 ID:rIPoceQh0
まってる
414 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/06/29(月) 22:48:48.52 ID:FwfDZN50O
いくらでもまったる
415 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2020/07/04(土) 19:46:17.15 ID:/802lPrEO
楽しみにしてます
416 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/07/07(火) 19:14:03.94 ID:6y9+ZfAF0
作者どうか無理はせずやってくれ。リアルが大変なのは理解しとる。
417 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/07/23(木) 14:52:22.33 ID:wOmuIj/W0
良いものを書くための溜めの期間なんや
まったるでー
418 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/08/12(水) 15:54:27.29 ID:upkCLPDO0
がんばれ
419 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/08/15(土) 07:10:34.33 ID:ApsKN9kf0
重い話書くって自分の精神も削れるからなー。書きたいときに書けばいいと思うのー。
420 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2020/08/17(月) 03:55:18.94 ID:bK2qJIcX0
作者「コロナ」
421 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/09/05(土) 15:37:17.91 ID:5XpX/icU0
続き、、、待ってるゾ、、、
422 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/10/07(水) 20:03:45.93 ID:3mkGJLf90
いつまーでも、まーってるぅー
423 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/11/17(火) 18:05:15.21 ID:bmDcJ5BR0
作者、フツーに心配なんだが、もし気力あったら生存報告たのむ、、、続きは好きな時に書いたらええ、、
424 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2020/12/20(日) 11:56:35.71 ID:RhCsz5ZqO
支援
425 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/12/21(月) 22:22:17.14 ID:wi5VITEc0
支部で読んだ
続き期待してる
426 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2021/01/06(水) 01:06:01.45 ID:9NfFptep0
作者、コロナで逝った説
427 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2021/01/23(土) 02:23:47.59 ID:ay2vKzyE0
まだ戻ってくると信じてます
428 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2021/02/12(金) 17:11:15.70 ID:kGyRhf4r0
作者、やっぱりコロナでイッた説
429 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2021/04/17(土) 00:55:39.03 ID:GBuLCITl0
俺は信じて待ってるゾ、再び戻ってきてくれることを
430 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2021/07/22(木) 13:41:13.38 ID:qDpa4piLO
ダメみたいね…
未完になるのは悲しいなぁ
431 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2021/12/20(月) 00:06:54.68 ID:gzooSF6WO
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