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【艦これ】提督「風病」 2【SS】
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158 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/04/06(金) 17:00:44.03 ID:gzDkQHTNO
おつです
159 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/04/19(木) 23:21:52.39 ID:ZtqPdZ9t0
■
憲兵「――まず結論から申しますと、鎮守府の運営に関しては、特段の問題はありませんでした」
対面に座る憲兵が、無表情にそう言った。
ここは鎮守府にある応接室だ。今日は憲兵による定期監査が実施され、その最終報告がこの部屋で行われていた。深緑の軍服に身を包んだ憲兵は、俺よりも一回り大きな体躯をしているからか、かなりの威圧感がある。鎮守府を監査するものとしての素養を十二分に感じさせる男だ。
資料を捲りながら、憲兵は続ける。
憲兵「遠征を主軸にして活動されていたためか、資源の獲得量は格段に向上しています。しかし、だからといって人員の酷使があるわけでもない。編成案が非常に練られており、トラブルへの対応策も二重三重に用意されている。効率的な遠征を行う体制が整えられていますね。これからの沖ノ島海域攻略にも期待がもてますよ」
提督「ありがとうございます」
憲兵「……ただですね。一点だけ、気になるところがあります」
憲兵の鋭い眼差しがこちらに向けられる。
俺はぐっと下唇を噛んだ。
ついに来たか。
160 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/04/19(木) 23:22:51.74 ID:ZtqPdZ9t0
提督「気になるところ、といいますと?」
憲兵「駆逐艦『雷』でしたか。以前もたしか、出撃実績がない件で勧告をさせていただいたと思うのですが、あれからも出撃をさせていないようですな。秘書艦娘の認定を受けている艦娘とはいえ、これは見逃せませんよ」
提督「……申し訳ありません。駆逐艦『雷』を出撃させるには、もう少し療養が必要だと判断しました。本人には出撃をする意欲自体はあります。ありますが、まだ万全とは言えないので」
憲兵「もう半年が過ぎているのですが、まだ万全ではないと?」
提督「はい」
目を逸らさずに言うと、憲兵は肩を揺らして溜息をついた。
憲兵「柊中佐。もうこれ以上の猶予を与えるのは難しいですよ。この件については、憲兵団上層部の方でも問題として指摘されております。次は、稟議書を書いていただけば済むというわけにはいきません」
提督「……わかっています」
憲兵「あなたの鎮守府の特異性は、こちらも考慮してはいます。本来ならば治療段階の艦娘を、戦力として運用する難しさは相当なものでしょう。ですが、決まりは決まり。特約である四カ月の猶予を過ぎれば、本来ならば解体処分、もしくは強制出撃の執行が命じられます。それは、承知のことだとは思いますが」
提督「ええ」
憲兵「中佐のこれまでの功績は、上も高く評価しております。だからこそ、特約違反を稟議書の提出だけで済ませてくれたのです。しかし、今回の監査報告の時点でも出撃が認められないとなると、提督会議の方へ問題を上げなければならなくなります。提督会議にまで話が上がってしまった場合、駆逐艦『雷』への強制執行だけに留まらず、中佐にもなんらかの処分が下される可能性があります」
提督「……」
憲兵「中佐、ご自身のためにも駆逐艦『雷』への処分を検討してください。解体処分にするのか、それとも厳罰を与えた上で出撃をさせるのか。……いま、駆逐艦『雷』を出撃させることを約束していただけるのなら、まだ交渉する余地はあるかと」
161 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/04/19(木) 23:24:56.97 ID:ZtqPdZ9t0
undefined
162 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/04/19(木) 23:25:57.33 ID:ZtqPdZ9t0
俺は大きく息を吐いて、コーヒーテーブルに置かれていた茶を一息に飲んだ。茶は、すっかり温くなっていた。味をあまり感じられないのは、茶が薄いからだろうか。
葛藤が口を重くしていた。もう、雷を救う手立ては出撃以外に残されていない。そんなことはわかっていたが、だからといって彼女の意思を踏み躙るような決定に、判子を押すようなことをしたくはない。
憲兵は静かに俺の言葉を待っていた。感情を込めていない冷めた瞳が俺を射抜く。彼の前に置かれた茶は、まったく減っていない。
沈黙を揺する時計の針。刻まれれば刻まれるほどに、俺の息苦しさが増していく。ズボンを掴み、歯を噛み締める。背中のシャツが汗で濡れる。
――落ち着け。
目を瞑った。思い出すのは浜風の言葉。ものの見事に、彼女が指摘したような状況に追い込まれたわけだが、彼女はこの状況をチャンスだと言っていた。雷の状況を、そして、雷の重みに耐えきれなくなっている俺の苦しさを変えるチャンスだと。そのために、できることは協力すると言ってくれもしたではないか。
浜風の言葉を、信じたい。温もりを求める彼女の手が、俺の背中を押した。
提督「……わかりました。雷を、出撃させます」
憲兵「……かしこまりました」
憲兵は資料から一枚の紙を取り出して、俺の前に置いた。
憲兵「こちらに御署名をお願いします。駆逐艦『雷』の出撃措置に同意したことを示す誓約書です」
まるで、こうなることをわかっていたかのような用意の良さだった。この憲兵は仕事が出来るのだろうが、あまり好きにはなれない周到さだ。
とりあえず紙を手に取り、内容に目を通す。
提督「一月に最低二十回の遠征および出撃実績を要する……か」
月に二十回となると、遠征ならば普通の艦娘より少し多いくらいの頻度だ。だが、雷は療養認定を受けている艦娘である。そのことを考えると、これはかなり酷なことではないか。
しかも、それだけではない。この制約を、最低半年間続けなければならないとも、記載されている。
163 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/04/19(木) 23:27:13.50 ID:ZtqPdZ9t0
提督「いくらなんでも、これは少しばかり厳しいのではないですか?」
憲兵「仰る通りだと思います。ですが、我々も妥協した結果、こういう内容に決めたのです。それに、多少ばかり厳しくしなければ上が納得しません」
提督「結局は、戦力外と判断されるということですか」
憲兵は厳かに頷いた。
万年筆を取りたくない。
そう思いながらも、重い動作で懐から万年筆を取り出すと、署名して印鑑を押した。インクが滲んだ字にも、曲がった印鑑にも迷いが透けて見える。紙を受け取って精査する憲兵の眉がわずかながら傾いた。
憲兵「……たしかに、受け賜わりました」
提督「……」
憲兵「それでは、私はこれで失礼します。今回の監査結果についての詳細は、また紙面にて改めて送らせていただきますので、届き次第ご確認のほどよろしくお願いします」
提督「ええ」
気返事しか返せなかった。
どっと疲れが噴き出してきたのか、身体が重たい。数百枚の書類に判を押す作業よりも、この誓約書を一枚書くことの方が、はるかに心労のかかることであった。
書類をまとめ終わった憲兵が立ち上がり、礼を述べて扉を開いた。そして、最後にこちらを振り返ると、苦い笑顔を浮かべてこう言った。
憲兵「……お互いに、嫌な仕事をしているものですね」
憲兵が帰ってから、俺は執務室へと戻った。
執務室には、雷がいた。机に座って一心不乱に何かを書いている。書類の整理でもしているのだろう。
雷「お帰りなさい、司令官」
提督「ただいま」
164 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/04/19(木) 23:28:13.09 ID:ZtqPdZ9t0
雷「憲兵さんとの話はどうだったの?」
提督「うん、まあ当たり障りのない感じだったかな」
つい誤魔化してしまった。
雷「ふうん」
興味がなさそうに言うと、雷は作業に戻った。
俺は席に座り、机に肘をついて何をするでもなく雷を見詰める。仕事に集中しているのか、俺に見られていることには気づいていない。今日は、別に機嫌が悪いということもなさそうだった。
どのタイミングで、切り出そうか。
まさか、自分が出撃を強制されている状況に追い込まれているなんて、雷は夢にも思っていないだろう。この話を聞いたとき、一体彼女はどんな表情を浮かべるのだろう。
出撃は、彼女にとってトラウマになっているはず。数ヶ月ほど前のことだが、出撃をそれとなく促したときに、不安げに眉を下げて俺に抱きついてきたのを覚えている。あのときの彼女は、微かに震えていた。
また、あんな表情をするのだろうか。もしかすると、取り乱して泣いてしまうかもしれない。それだけで済めばまだいい方で、最悪自傷行為に走る可能性もある。右腕の傷が、また増える。
雷「どうしたの?」
視線に気づいたようで、雷が首を傾げながら訊いてきた。
提督「……いや、なんでもないんだ。つい、ぼけっとしてしまった」
雷「もしかして、私の美貌に見惚れていたの? ふふーん」
雷は手を後ろに回して挑発的なポーズを取りながら、ウインクをした。まったく色気を感じないどころか、背伸びした子供の冗談にしても失笑ものであった。
165 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/04/19(木) 23:29:19.36 ID:ZtqPdZ9t0
雷「ちょ、ちょっと何よ、その冷めた反応! 司令官、ひっどーい!」
提督「すまないすまない。君は……まあ可愛いと思う」
雷「え? そ、そうかしら?」
雷は頬を赤らめて俯いた。人差し指で前髪をパスタのように絡め取り、所在なさげに弄んでいる。可愛らしい反応だが、これから言わなければならないことを考えると、ますます気が重くなる。
俺は深呼吸をして、覚悟を決めた。
提督「雷、君に話さなければならないことがある」
雷「どうしたの? そんなに改まって……」
提督「さっき憲兵から、君を出撃させるように注意勧告を受けた。だから今後、君には遠征か出撃に出てもらわなければならなくなる」
雷「え?」
雷は目を丸くして、口を開けていた。
雷「出撃? 私が……?」
提督「そうだ。君の気持ちを思うと、非常に心苦しいのだが……どうしても出てもらわないと困ることになってしまった。だから悪いとは」
雷「うん、いいよ」
あまりにもあっさりとした返事だった。俺は完全に意表を突かれて、雷がなんと言ったのか聞きこぼしたほどだった。驚いて雷を見ると、彼女は予想に反して爽やかな笑顔を浮かべていた。
雷「出撃だよね、大丈夫。私も、実は司令官にお願いしようかなあって思っていたところだったんだ」
提督「なんだって?」
驚くしかなかった。彼女は絶対に出撃を嫌がるだろうと思っていたから、まさかそんな心算を持っていたなんて夢にも思わなかった。
166 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/04/19(木) 23:30:56.51 ID:ZtqPdZ9t0
雷「私も艦娘だもの。戦わない艦娘に価値がないことくらい、わかっているわ。いつまでも、司令官の優しさに甘えすぎていてはダメだよね」
提督「……雷」
雷「それに……どくしなきゃだし」
声が小さくてよく聞こえなかった。首を傾げると、雷はなんでもないよ、と笑ってみせた。
雷「ごめんなさい、今まで。私、これからは司令官のために頑張って出撃するわね」
提督「それでいいのか? 出撃が……その、怖くはないのか?」
雷は小さく頷いた。
雷「怖くなんてないわよ。出撃の間、司令官の側に居られなくなるのは嫌だけどね」
提督「……わかった。では、君には遠征部隊に加わってもらおうと思う。しかし、かなりの期間ブランクがあるから、数日ほどは模擬戦闘などを繰り返して感覚を取り戻すことに専念して欲しい。いいかな?」
雷「わかったわ。……あ、一ついいかしら?」
提督「なんだ?」
雷「所属する遠征隊なんだけど、どこになる予定なの?」
提督「そこまではまだ考えていない。模擬戦闘の様子を見てから考えようとは思っていたが……希望したい部隊でもあるのかい?」
雷「うん。陽炎ちゃんがいるところがいいなって」
第一駆逐隊か。
たしかに、陽炎がいるところなら安心ではある。陽炎は稀に見る戦闘能力の持ち主だし、雷とも仲が良い。だから、任せるには申し分ないが……問題は残りの三人だ。
深雪と時津風は、雷のことを煙たがっている。二人ともフランクな方だが、一度嫌いになった人間に対してはとことん冷たくなる。雷の所属を歓迎するとはとても思えなかった。
167 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/04/19(木) 23:31:56.06 ID:ZtqPdZ9t0
そして、浜風。浜風自体は別に雷のことを嫌っているわけではなさそうだが、反対に雷が浜風のことを毛嫌いしている。先日も、鼠輸送任務の帰りに二人が揉めたことは俺の耳にも入っている。
この三人がいるところに雷を入れた場合、統率の乱れにもつながり兼ねない。
しかし、だ。俺は、陽炎の想いを……そして、浜風の言葉を信じている。彼女たちになら、雷を任せてもいいのではないか。
提督「……そうだな。検討してみよう」
雷「ありがとう」
提督「だが、雷。言うまでもないことではあるが、遠征はチームプレイだ。隊の秩序を乱すようなことは許されないから、くれぐれも注意するように」
雷「うん、みんなと仲良くするわ」
雷は満面の笑みでそう答えた。
……本当に、大丈夫だろうか。
しかし、信じるしかあるまい。陽炎と浜風が、上手く調和を取ってくれることを。
雷「そういうわけで、よろしくね!」
雷はチューリップのような笑顔を咲かせて、そう宣言した。
出撃措置が決まって次の日の朝だった。爽やかな日差しが差し込む港には、遠征部隊の一同が集まっている。みんな、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、前に立つ雷を見つめていた。
深雪「……えーと、これは何の冗談なんだ?」
深雪が、眉間を揉みながら尋ねてきた。
提督「冗談ではない。今し方、雷が説明したとおりだ。雷は、今日から君たち第一駆逐隊の一員として働くことになった」
168 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/04/19(木) 23:34:51.53 ID:ZtqPdZ9t0
深雪「いやいや、わからねえよ! どうして、秘書艦……雷があたし達の隊に加わることになったんだよ! それもいきなり!」
提督「様々な事情や状況を勘案した結果、第一駆逐隊への所属が妥当だと判断した。そちらには陽炎がいるし、君たちは優秀だからな。ブランクのある雷へのサポートとして、一番信頼がおける」
深雪「そんなこと言われたってな……! なんで、あたし達がこんなやつなんかと!」
陽炎「深雪」
陽炎が、静かな声で言った。
陽炎「これは、提督が決定したことよ」
深雪が歯を噛んで押し黙る。心底嫌なのだろうが、陽炎の言葉が意味することを分からない彼女ではない。
陽炎「……それでいいんですね、提督」
提督「ああ」
陽炎のアメジストの瞳が雷へと向けられた。心配や憐れみ、言葉で表し難い様々な感情が、色を混ぜた絵の具のように溶け合い、雷の像を霞ませる。
しばらくして、細く長い息が陽炎の口から溢れた。
陽炎「かしこまりました。雷ちゃんの復帰と入隊を歓迎します」
深雪「……陽炎!」
陽炎「時津風は、どう?」
詰め寄ってきた深雪を片手で制し、陽炎は時津風へ訊いた。時津風は眠そうな目をさらに細くして、肩をすくめる。
時津風「陽炎がそう言うなら、不服はないよ〜。別に歓迎はしないけどね〜」
陽炎「そう。……浜風は?」
浜風「私は歓迎しますよ。提督の決定は合理的なものだと思いますし、雷さんが復帰するのなら喜ばしいことです」
浜風は微笑みながら肯定的な意見を述べた。だが、先日の部屋の前でのやり取りを思い出すと薄ら寒いものがある。その澄んだ綺麗な微笑みが、見透かしたものであるように見えて仕方がないのだ。
まるで、こうなることを分かっていたかのような……。いや、さすがにそれは考えすぎか。
浜風「雷さんの勘が戻るまで、出来る限り尽力致しますよ。極力、怪我がないよう安全に……。前にも左右にも、そして後ろにも、十分注意を払いながら」
169 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/04/19(木) 23:36:02.14 ID:ZtqPdZ9t0
雷「……ありがとう! みんな、協力して頑張りましょう!」
雷はそう言って、手を差し出した。冷めた表情で時津風は無視し、陽炎と浜風はともに苦笑いを浮かべ、手を伸ばす。
三人が手を合わせようとした瞬間、深雪が雷の手を払い退けた。
雷「なにするのよ」
深雪「……あたしは、認めたくねえ」
深雪は眉間にシワを寄せ、雷を睨め付けた。
深雪「みんなが必死になって、死に物狂いで鎮守府を守ろうとしているときに、一人のほほんとしていた腰巾着野郎なんか……。今さら、仲間として認められるか!」
雷「別に、貴女に認められる必要はないんだけどねー」
深雪「あ?」
深雪が肩を怒らせて、雷に近づいた。
深雪「……んだと、てめえ」
雷「これは司令官が決めたことなんだもん。貴女が一人、我儘を言ったところで今さらどうにもならないわ。違うかしら?」
深雪「この――」
提督「やめないか!」
二人が一斉にこちらを向いた。
提督「深雪。君が納得いかない気持ちも分からなくはないし、だからこそ無理に雷と仲良くしろという気もない。だけどな、だからといって個人的な感情で動かれても困るぞ。これから同じ隊になるのだから」
深雪「……同じ隊なんかじゃねえよ」
提督「深雪」
深雪は俯いて舌打ちをした。怒りが背中から立ち昇るようだが、沸騰寸前の状態で蓋を押さえつけているようだった。
170 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/04/19(木) 23:39:26.41 ID:ZtqPdZ9t0
提督「雷、君もだ。先日もあれだけ言っただろう? 隊の秩序を乱すようなことはしてはいけないと」
雷「はあい」
雷は頬を膨らませながら不本意そうに返事をした。
思わず米神を押さえる。言葉が耳の奥まで届いている気がしない。
陽炎「……これから大変ね」
陽炎が独り言ち、空を見上げた。つられて顔を上げると、一粒の水滴が頬で弾けた。
空はいつのまにか鼠色に染まっている。気づかなかった。ついさっきまで晴れていたというのに。
提督「……それでは、用件も済んだし戻ろうか」
雷「そうね!」
なぜか上機嫌な雷は、俺の腕に抱きついてきた。
提督「お、おい。いきなりなんだ」
雷「ふふーん。なんかこうしたい気分だったのよ」
提督「歩きづらいし、人の目があるから……」
そう窘めようとしたが、雷は聞いていなかった。頬を腕に擦り付け、猫のような声を出している。
陽炎たちの視線を背中越しに感じる。あまり、気分の良いものではない。落ち着かない気分で振り返ると、ぎょっとした。
ちょうど浜風と目があったのだ。
俺は、その目に惹きつけられた。陽炎たちの目線など眼中にも入らなくなるほどに。その青さの奥の奥、ひっそりと佇む淀み……微かに現れては消える魚影のような感情の揺らぎ。
刹那のことだ。瞬きをするほどの瞬間に露と消え、いつもの冷静な眼差しが現れた。
一体、なんだ。
深雪「……なんだってんだよ」
深雪のぼやきには誰も答えない。
俺の腕には、雷の温もりと奇妙な寒気が矛盾した同居をしていた。
171 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/04/19(木) 23:39:58.68 ID:ZtqPdZ9t0
投下終了です
172 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/04/20(金) 00:39:29.67 ID:sUVfxG7MO
乙風
173 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/04/20(金) 07:38:45.94 ID:bEt2soX3O
乙改風
174 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/04/20(金) 19:15:09.93 ID:f1WuElFL0
乙
浜風と雷がとうとう本格的に衝突するのかね・・・
175 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/04/21(土) 02:07:55.06 ID:F3m6r0JK0
乙です
176 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/04/21(土) 06:54:44.89 ID:Uj1yVWEu0
そういやプロローグの部分で提督を看病してるの雷じゃなく浜風だったよね……あっ(察し)
177 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/04/26(木) 11:21:23.05 ID:W2q2cF6l0
乙風です
178 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/05/09(水) 01:13:44.88 ID:XRNYy7No0
数日ほど様子を見ていたが、雷の動きは悪いものではなかった。氷上を滑るような綺麗な航行といい、砲撃や雷撃の正確さといい、ブランクを感じさせないものである。
ただそれでも、満点とは言えない。
第一駆逐隊の動きについていけるようになるまでは、まだ訓練を積む必要があるだろう。ただ、雷にはあまり時間がない。浜風や陽炎にも雷の戦力分析を頼んでいるから、それとの兼ね合いで連携の取り方などを早急に考えていくしかないか。
双眼鏡を下ろすと、雷が豆粒みたいに小さくなった。今は砲撃および雷撃の訓練中で、雷は動き回りながら的を次々と撃ち落とし、信管を抜いた訓練用魚雷を放っていた。
浜風「……一分半。タイムが縮まりましたね」
俺の横にいた浜風が言った。ストップウォッチに目を落とし、ボードに記録を書き込んでいる。
浜風「射撃の正確さはなかなかのものですね。夾叉もスムーズです。射撃に関しては問題ないでしょう」
浜風は分析したことを淡々と語る。
179 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/05/09(水) 01:14:41.07 ID:XRNYy7No0
浜風「ただ、雷撃については若干のモタつきがあります。雷撃が苦手なようです。斉射をする際のタイミングは考えなければならないでしょう。その点も踏まえましても、雷さんは最後尾に置くべきかと」
提督「……そうだな。しかしそれだと、雷へのサポートが疎かになる可能性がある。俺としては、なるべく君か陽炎の近くにつけたいんだ」
浜風「では、配置を変えて私が四番艦につきましょうか。あれだけ正確な射撃ができるなら、夾叉を私でとって雷さんが撃てば命中率も上がるはずですし」
提督「ふむ、それなら大丈夫か」
俺は手帳に浜風とのやり取りを書き込んだ。
雷の得意不得意を分析仕切った、非常に理に適った提案だ。文句のつけようもない。
その隙のない提案力に相変わらず舌を巻きつつ、同時に胸を撫で下ろしてもいた。
浜風に任せておけば大丈夫だろう。
そう思うのは早計かもしれない。しかしそう思わせるほどの風格と能力を彼女は併せ持っている。彼女には、普通の人間にはない、人を惹きつける引力のようなものが働いている。人を魅了して離さない黒い薔薇のような……。そういう意味でも稀に見る天才なのだ。
青葉「なんか、浜風さんが秘書艦みたいですねー」
後ろを振り返ると青葉が立っていた。接近に全く気づかなかった。
180 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/05/09(水) 01:15:55.59 ID:XRNYy7No0
提督「いつの間にいたんだ」
青葉「さっきから居ましたよ、もう! 司令官ってば失礼です。愛しい愛しい青葉がこんなにも近くにいるというのに」
提督「また撮影に来たんだな?」
青葉「愛しい青葉ってくだりは無視ですかひどいなあ。……はい、そうですよ。雷さんが現役復帰をすると空から槍が降るようなことを聞いてですね。取材も含めて記事にしようかと」
提督「……何度も言っていると思うが、変な記事は書くんじゃないぞ?」
青葉「書きませんよー? 書くとしても、『秘書艦と司令官の深夜の蜜月! 同衾する姿を激写!』とかくらいです」
提督「ちょ、ちょっと待て。なんだその内容」
背筋に汗が吹き出てきた。やり取りを黙って聞いていた浜風の横目が鋭くなった気がした。
青葉「……あり? なんですかその妙な反応。まさか本当なのです?」
青葉が何度も瞬きをしている。どうやら冗談のつもりで言ったようだった。
提督「そんなわけあるか!」
青葉「……本当ですかねえ。なら、今度司令官の部屋にカメラを」
提督「……そんなことをしたら新聞の発行は一生認めないからな」
青葉「うわあ、権力の乱用! パワハラ! 私が逆らえないことをいいことにそんなことを言うなんて! どう思います、浜風さん?」
浜風「……ラ、か」
急に振られた浜風は聴いていなかったのか、神妙な顔で下を向いていた。何かを呟いたような気がするがよく聞こえなかった。
181 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/05/09(水) 01:17:30.18 ID:XRNYy7No0
青葉「浜風さん? おーい!」
浜風「え? ああ……。すいません、聞いていませんでした」
青葉「司令官の部屋にカメラを仕掛けるぞーって冗談を言ったら、新聞の発行を禁止するって提督が言い出したんですよ! それについてどう思うか聞いたんです。報道の自由に対する侵害ですよね!」
浜風「その前にプライバシーの侵害です。自重してください」
青葉「ががーん」
浜風にきっぱり突き放されて、わざとらしく青葉は凹んで見せた。
青葉「うう、青葉傷つきました。浜風さんは味方だと思っていたのにぃ」
浜風「すいません」
提督「……いや、律儀に謝る必要はないから」
生真面目に頭を下げる浜風へそう言うと、俺は雷の方へと目を戻した。彼女は、二回目の訓練に行く準備をし終わっているようだった。慌てて無線で連絡を入れる。
提督「準備できたか?」
雷『うん。いつでもいけるわよ!』
提督「了解」
そのまま手信号で合図を送ると、雷は再び海を走った。鳥の声すら聞こえてこない静かな海に、艤装のエンジンの音が響き渡る。白波を切る音さえも聞こえてくるようだ。
砲音が、奏でられる。空気を叩き、身体の内側に染み込むように響いてくる。
青葉「ほほう、ほうほう」
青葉はさっそくカメラを構えて、写真を撮っていた。
青葉「これはこれは……。ずいぶんとまあ、白々しいですねぇ」
提督「白々しい?」
青葉「あーすいません。言葉の綾です。ブランクもありますし、まあ、こんなものですよね」
浜風「それはつまり、雷さんは本来の力を発揮できていないと言うことなのでしょうか?」
182 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/05/09(水) 01:18:48.08 ID:XRNYy7No0
俺が口を開くより先に、浜風が言った。
青葉「ですねー。彼女は、青葉と同じ鎮守府の出身ですから。見た目はああですけど、けっこうやるんですよ、彼女。動きもこんなものではないはずです」
浜風「へえ。それは気をつけないといけませんね」
浜風はボードに目を落とす。
浜風「もっと、情報の整合性に目を向ける必要がありそうです。ヒアリングも実施しておきましょうか」
提督「それは俺がやるとしよう。デリケートな問題に触れる可能性もあるからな」
浜風「かしこまりました」
その後、射撃訓練は終了した。合計で四回ほど行われた訓練の平均的な結果は、一分四十秒というところであった。陽炎を除いた第一駆逐隊の平均は一分二十秒だから、まだ改善すべき点は多いだろう。浜風の言う通り、とくに雷撃は課題の一つだった。
雷「司令官ー!」
雷は港に着くと、真っ先に俺のところへやってきた。
提督「お疲れ様」
雷「お疲れ様ー。ねえ、どうだった? どうだった?」
提督「なかなか良かったと思うぞ」
雷「ほんと? 嬉しいわ!」
雷はパッと花やぐように笑うと、俺に抱きついてきた。
なんとなく予想していたことだったので、別に驚きはしない。ため息をつきながら、肩に手を置いて引き離そうとする。が、雷はそれを拒否をするように、さらに力を込めてきた。
青葉「おやおや、お熱いことで」
青葉の茶化しに反応するように、周りにいた他の艦娘たちも何やら囁き合っている。
とくに、浜風。浜風の視線が冷たくて痛い。
提督「……みんなが見ているから」
俺が苦言を呈しても、雷は聞いていない。ぐりぐりと頭を上機嫌に押し付けてくる。
提督「おい」
雷「別にいいじゃない。恥ずかしがることなんてないわよ。私と司令官は、そういう仲なんだから」
誤解されるような言い回しをするんじゃない。
青葉「え、どういうことなんです? 詳しく詳しく!」
雷「えー、それは恥ずかしいなあ。言わなきゃダメ?」
青葉「もったいぶらず! できれば赤裸々に!」
183 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/05/09(水) 01:22:11.34 ID:XRNYy7No0
提督「そういうのじゃないと言っているだろう。ただの提督と秘書艦の関係だ」
青葉「提督と秘書艦……意味深な言い方ですねぇ」
ああ言えばこう言うやつだ。
提督「……あのなあ」
雷「違うわよ」
反論しようとすると、雷が遮った。あまりにもきっぱりとした言い方だったので、青葉が目を丸くした。
雷「私と司令官はね、『家族』なのよ。上官と部下の関係なんて薄っぺらいものじゃない。もっともっと特別な仲なの」
関係の深さを見せつけるように。腕に込められた力が強くなる。痛いくらいに締め付けてくる。
雷「『家族』って、そういうものでしょう?」
青葉「あー」
苦笑いとも微笑みとも取れない表情を浮かべて、青葉は頬をかいた。
青葉「まあ、そうですよね。家族。家族は大切ですよね、うん」
雷「わかってくれた? 私と司令官は『特別』なのよ」
青葉「はい、とても」
青葉は同意しながらも肩を竦める。
青葉「司令官も果報者ですね。こんな可愛い子に家族として受け入れられているんですから」
青葉の言葉には答えなかった。
みんなを見る。顔をひきつらせるもの、囁き合うもの、溜息をつくもの、何かを察して目をそらすもの。非常に気まずい空気だ。
初夏の日差しの熱さか、空気の重たさに緊張しているのか、汗が米神を伝う。
鼻歌が横から聴こえてきた。雷の鼻歌だ。リズムもなにもなく適当だが、上機嫌なことだけは伝わってくる。俺は素直に不愉快に感じた。図書館でサックスを吹くような、場の雰囲気をまったく考慮しない行為だからだ。
こいつは、わかっているのか。
いや、何も考えていないのだろう。どの言動にしろ、思慮を巡らせた上でやっているとはとても思えない。自分の立場も弁えてはいない。
彼女は、本当にみんなと仲良くやっていこうという気があるのか。以前聞いた言葉の重みが、さらに軽くなっていく。
184 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/05/09(水) 01:23:16.48 ID:XRNYy7No0
浜風「家族ですか」
恐ろしく静かな声だった。だというのに、声のもつ引力はみんなの視線を一斉に集めるほどのものだ。俺は怒りを忘れた。鼻歌だけが変わらずに流れ続けた。
浜風は、笑っていた。浜風が笑うところはなかなか見れないが、いつもの可愛らしく美麗なそれとはどこか違う。
青い目が、ゆるりと歪んだ。
浜風「たしかに腑に落ちます。お二人とも本当に仲がよろしいですから」
雷「ふふーん、でしょでしょ。なんだー浜風さんも、よくわかっているじゃない」
浜風「ええ、でも、親子にしか見えませんね。それ以上でもそれ以下でもないですね」
場の空気が凍りついた。
雷の表情から感情という色が抜け落ちていく。
雷「……どういうことよ?」
浜風「どうもこうも、私は思ったことを言ったまでですよ。提督。提督も、雷さんのことをそういう風に見ているのではないですか?」
提督「……あ、ああ」
俺は間抜けな返事をしたが、雷の表情が影を帯びていくのが見えて、慌てて訂正を入れた。
提督「だけどそれは雷だけじゃなくてな。みんなそうだよ。俺にとっては、みんな大切な子供のようなものだ」
浜風「そうですか。とても、光栄なことです。雷さんと『同じように』思っていただけて」
浜風はそう言うと嬉しそうに微笑んだ。
腕に張り付いた柔らかな温かさがだんだんと感じられなくなってくる。だのに、張り付かれているという実感は、強くなる。生きた心地がしなかった。
185 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/05/09(水) 01:24:30.68 ID:XRNYy7No0
浜風「さあ、みなさん艦娘寮に戻りますよ。今回取れたデータも含め、皆さんとも改めて話し合いたいので。それに、この演習場はもうすぐ出撃部隊が使う予定になっています。はやく行かないと迷惑になりますよ」
青葉「あー、そういえばそうでした。用意してこなくては」
青葉が手を叩いて戻っていくと、それに呼応する形でみんなも続々と踵を返した。最後に残った浜風は、俺に会釈をし、最後にこう言った。
浜風「それでは、改めてヒアリングも含めて報告書を上げますので。失礼します」
提督「……」
なにも言うことができなかった。浜風の背中が遠ざかるのをただ呆然と見送るしかなかった。
浜風のあの一言によって、みんなは毒気を抜かれたようだった。目くじらを立てていたものも、変な噂を膨らませようとしたものも。彼女が場の空気を上手くとりなしてくれた形だが、その代わりに毒気を増幅させたものが一人、残された。
雷「……」
隣を見る気にはなれない。
沈黙が、痛い。
提督「なあ、俺たちも戻ろうか」
返事はない。
提督「雷行くぞ。戻るぞ」
耐えきれず歩き出そうとすると、一歩目で転びかけた。雷が石のように固まって動かなかったからだ。
提督「おい」
雷「特別よね?」
雷がぼそりと尋ねてきた。感情を廃した抑揚のない声で。
雷「私たちは、特別な関係……だよね?」
血の幻臭が、鼻腔をくすぐる。海馬に刻まれた嫌な記憶が呼び起こされる。
俺は戦慄に震えながら、思ってもいない嘘をついた。
提督「家族、だと思っているよ」
誤魔化しという名の嘘を。俺には、家族なんていない。偽りの関係に縋る気もない。残念なことだが、君とは違うのだ。
提督「……行こう。仕事があるから」
長い沈黙の後に、彼女は言った。
雷「……そうね」
186 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/05/09(水) 01:25:11.48 ID:XRNYy7No0
投下終了です
187 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/05/09(水) 07:02:57.73 ID:FkoQTCBkO
乙風です
188 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/05/09(水) 13:56:46.78 ID:I7/EInhb0
乙風
189 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/05/09(水) 19:22:29.56 ID:vLrAfYQ30
乙風
190 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/05/09(水) 20:29:30.31 ID:YbPCblFdo
改乙
191 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/05/09(水) 21:26:08.39 ID:XRNYy7No0
あと、最近話題のpixivfanbox を始めました。
もし、支援してくださる方がいらっしゃいましたら、よろしくお願い致します。
URLを貼っておきます
? https://www.pixiv.net/fanbox/creator/14053647?utm_campaign=creator_page_promotion&utm_medium=share&utm_source=twitter?
192 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/05/30(水) 01:49:23.44 ID:H0F4NLTs0
■
嫌だ。
行きたくない。行きたくない。行きたくない。
でも、行かなきゃ。行かなきゃ、響が殺される。私の代わりに出撃させられて、意味もなく、無残に死んでしまう。そんなの嫌だ。
だから決めたんだ。私が行くって。私が、出撃して響の代わりに死ぬということを。
「……」
誰も何も言わなかった。私は艤装を身につけて、よたよたとよろめきながら出撃ドックへ向かって行く。足がおぼつかず、途中で何度も転んでしまう私は無様だったと思う。見兼ねた長門さんたちが、私のことを支えてくれたが、それでも足は鉛のように重たかった。
「すまない」
もう、何度目かわからない謝罪が横から聴こえてくる。
「こんな思いをさせてしまって、本当にすまない」
長門さんの頬は酷く痩けていた。張りのあった唇もボソボソに乾燥し、切れ長で意思の強さを感じさせてくれた目にもまったく力が入っていない。昨日の今日で、もう何十年も年を取ってしまったかのようだった。
他のみんなも同じだった。出撃部隊は、みんな、口を噤んで歩いている。
出撃ドックの入り口にたどり着いた。そこには、遠征部隊が顔を揃えて立っていた。私たちを見つけると、全員が沈鬱な面持ちで敬礼をした。誰も、何も、発さない。ただただ無言を貫いている。
息が苦しい。足が止まってしまった。
193 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/05/30(水) 01:50:29.79 ID:H0F4NLTs0
「……雷」
息が、出来ない。うっ、うっ、と死にかけの鳥みたいな声が勝手に出てくる。太ももから止めどなく何かが流れ落ちて、止まらない。
あれ? どうしちゃったのかな?
立って歩きたいのに、足が言うことを聞かないの。
「……立つんだ、雷」
長門さんの言葉は淡々としていた。
「何があっても、私が守る。……だから立ってくれ」
「……」
「三隈、羽黒。支えてくれ」
身体がふわって浮かんだ。なんで、私が持ち上げられているの?
「いや」
「……暴れないで」
三隈さんが、言った。
「いやだ、いやだ」
「暴れるなって言ってるのよ! バカ!」
「三隈!」
長門さんが叫んだ。
「叫びたいのは、お前じゃない。そうだろう?」
「……ごめんなさい」
長門さんの背中が前へ前へ進んでいく。私も、前へ前へ運ばれて行く。
「嫌だよ、いや、いや」
「……」
出撃ドックが、目の前に見えた。
カチカチ、カチカチ、頭の内側から音がする。わからない。わからない。何の音がなっているのか、わからない。
194 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/05/30(水) 01:51:30.24 ID:H0F4NLTs0
undefined
195 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/05/30(水) 01:52:22.44 ID:H0F4NLTs0
「……響ちゃん」
響の名前を誰かが呼んだ。深い草むらから飛び出してきたイタチのように、敬礼する群衆を掻き分け、響が現れたのだ。頭の中の音が止んだ。
空色の髪を翻らせる響の姿は凛としていて、切れかけた正気の線をギリギリのところで繋ぎ止めてくれた。驚くほどに、響の表情は凛としていた。ここにいる誰もが、響を見ていた。
「雷を降ろしてやってくれ」
「あ、ああ」
長門さんの合図で、私は降ろされた。
「ひ、びき」
「……」
私は、満足に動かない足を引きずって響に縋り付いた。鉄がぶつかり合う音が鳴った。なぜか身に纏われていた彼女の艤装と私の艤装が擦れたためだ。
どうして、艤装なんてつけているんだろう。どうして?
「……私には、どうしても許せないものが二つあるんだ」
響が淡々と喋り始めた。
「一つ目は、人の心と尊厳を無残に踏み躙るような行為だ。とくに、手前勝手な欲望で他者の生活を脅かす悪辣さには反吐が出る。あるときは暴力に訴えかけ、あるときは権力に物を言わせて……。それが、平然とまかり通ってしまう理不尽を、私は許せないんだ」
言葉を切った響は、ゆっくりと細い息を吐いた。
「そして、二つ目はそうした理不尽に対抗できない己の弱さ、勇気の無さだ。奪われるだけ奪われて、なにも、一切、抵抗することもできないなんて業腹さ。正義はこちらにあるのに、その正義を貫けばいいのに、それができない。そんな弱さに屈しかけた己が、本当に許せないんだ」
196 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/05/30(水) 01:53:11.88 ID:H0F4NLTs0
私は、力強く抱きしめられた。その際、装甲の後ろにある装置を触られたのか、艤装の装甲が解除された。響の血の暖かさと鼓動が、ダイレクトに伝わってくる。微かな震えも、そしてそれに抗う身体の強張りも。すべてが――。
「これから、ささやかな抵抗をしようと思うんだ。……私のために、命を投げ出そうとしてくれた優しい妹のためにも」
「なにを言っているの? 響……?」
「愛しているよ、雷」
突然、視界が激しく揺れた。頭の奥に振動が走った。世界がガタガタに崩れる。身体が沈むように地面に吸い寄せられた。
「……Простите」
響がなにかを言った。なんて言ったのかは分からない。
どうして、なんで。
そんな想いが、沈みかけた意識の底で湧き上がる。だけど、それはすぐに霞のように消えていった。だんだんと、闇が沈んでのしかかり、私の意識を奪い去った。
197 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/05/30(水) 01:54:37.55 ID:H0F4NLTs0
雷ちゃん。
誰かが私を読んでいる。
雷。
誰だろう。一人では、ない。
雷。
どうして、私を呼んでいるのだろう。理由は分からない。ただ、優しく、温かい声だ。聞いているだけで、冬の寒い日に暖炉にあたっているような気持ちになる。
呼びかけようとした。どうしたの、って。けど、声が出てこない。口を開いて喉を震わせても音にならないのだ。
彼女たちは、何回も呼びかけてくる。答えられない私に、答えを求めるように問いかけてくる。
ああ、待って。私は、あなたたちと話したいのに。
そうやって、なんとか声を出そうと足掻いていると、彼女たちが口を揃えてこう言った。
――逃げて。
「おはよう」
目を覚ますと邪悪な笑みが私を見下ろしていた。悲鳴すら溢れない。いつの間にかベッドで眠っていた私は、ただただ固まった。
「可愛い寝顔だったね。ぐっすり眠れたかい?」
問いかけに答えられない。身体の内側に暗い痺れが走り抜ける。
ここは、治療室? カーテンもベッドも壁も天井もすべてが真っ白で、見覚えがある空間だ。なんで、私はこんなところにいるのか。 そして、司令官がどうして側にいるのか。
私が混乱しているのを見ても、司令官は笑顔を崩さない。私の表情など見えていないのかもしれない。いきなり頬を撫でてきた。
「ああ、よかった。すぐに目を覚ましてくれて、本当に良かったよ。これで何日も目を覚まさないってことになっていたら、目も当てられなかった。綺麗なうちに感動の再会をさせてあげられないところだったよ」
「あ、あぁ……」
「ん? どうしたんだい、私の可愛いイカヅチちゃん。そんなに声を引きつらせて……。あ、もしかして、驚かせてしまったかな。ごめんごめん」
198 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/05/30(水) 01:56:24.85 ID:H0F4NLTs0
undefined
199 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/05/30(水) 01:57:39.85 ID:H0F4NLTs0
指が、頬の上で踊っている。人差し指と中指が、まるでピアノに触るような繊細な動きをしている。だけど、滑らかな動きとは相反する、ねっとりとした液体の感触があって、気持ち悪い。それが、すっと頬を通り口元に落ちてくると、私は全身を強張らせた。
鉄の味がした。血。血だ。ち、血、血液……。
「あ、あああ」
私は、椅子に腰掛ける司令官の膝元に目をやった。真っ白な部屋に調和する白い布で包まれた物を持っていた。それは丁度重箱くらいの大きさのもので……下の方が真紅に濡れていた。司令官のズボンも、床も、赤い。
「君は、本当に、本当に優しい家族をもっているね。私は感動したよ。これが、家族愛なんだなあと……。報告を聞いているときも、涙が止まらなかった。なぜか長門には殴られてしまったがね……。酷いやつだよなあ、感動しているのに水を差すのだから。思わず腹が立って懲罰房に叩き込んでしまった」
司令官が、何かを言っているが聞こえない。私の全意識は、司令官がもつ「布」に向けられている。私の思考はパンク寸前だった。
あれは、なんだろうなんだろうなんだろうなんだろう。なんなんだろう。あれは、あれは、あれは。
「まあ、そんな瑣末なことは置いておいて。とにかく、君たちの家族愛に、私は大いに感動したんだ。だから、それに免じて君の出撃は免除にしてあげようと思ってな。おめでとう、雷。君は生き残った」
「しれ、しれいかん、それは……」
「ん? ああ、これか。そう焦らなくとも今から開けてやるよ。君へのご褒美だ。私が楽しむ前に、再会させてやろうと思って」
200 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/05/30(水) 01:58:45.37 ID:H0F4NLTs0
司令官は優しい声で告げて、涙を流した。布の結び目を解いて、中身を露わにさせる。中からふわりと、空色の髪が広がった。
「さあ、響。『家族』に挨拶しなさい」
私は、絶叫した。世界が割れるような感覚が頭の中から全身に広がっていく。黒く、黒く、ボールペンで紙をめちゃくちゃに塗りつぶすみたいに。
目の前のそれは、たしかに響だった。けど、あの可愛いらしい顔はそこにはない。鼻もなく、口も裂けていたし、白い肌はそのほとんどが爛れていて、サーモンピンクの粘り気のある肉が露出している。あの、澄んだ瞳も、死んだ牛のそれのように燻んで、両方とも明後日の方向に向いている。
私は、それを響だと信じたくなかった。けれど、身体は明確にそれを響だと受け取っている。身体が震え、抑えがたい吐き気に犯され、えずいた。
「ああー、見ろよ響。吐いてしまったよ。家族との感動の再開なのに、酷いやつだなあ」
司令官が、それの頭を撫でていた。うっとりと表情を緩ませて、涙に濡れた優しい瞳を向けながら。
「響、ああ、どうして君はそんなに綺麗なんだ……。私は、君を、愛しているよ」
201 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/05/30(水) 01:59:28.23 ID:H0F4NLTs0
投下終了です
202 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/05/30(水) 20:13:14.06 ID:bFW7UMMX0
乙風ー。うーん、、、(昏倒
203 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/05/30(水) 21:08:08.85 ID:1P4DQnKH0
乙・・・心に来る描写だぁ・・・
204 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/05/31(木) 23:21:03.26 ID:dEI1PIFzO
乙
提督になるにはサイコパス適正が必須なんやね(白目)
205 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/06/07(木) 21:02:41.92 ID:xVuPkTZW0
乙です
いいゾ^〜
206 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/06/17(日) 08:55:32.12 ID:Cea17qmb0
■
提督はとても優しい人だ。
あの日約束してくれた通り、鎮守府の裏に行くと、彼は私にぬくもりを与えてくれた。大切な宝物を扱うように私の手にそっと触れ、私が満足するまでそのままでいてくれた。いつも、いつでも、そうしてくれた。
不思議なのだ。提督に触れていると、これまで感じたことのない多幸感に襲われる。だけど、それは心を激しく揺さぶるものではなく、ゆっくりと溶けて流れてくる雪解け水みたいに爽やかで静謐な幸せである。水が流れ、草木が芽吹き、花が咲く。春の暖かさとは、こんな感じなのだろうと想像させられる。
このときだけ、私は自分が悪魔であることを忘れられた。自分の怪物性のすべてに目を背けることができた。一人の、浜風という人間として、自分の姿を描くことができた。
提督「……浜風は、温かいね」
ある日、提督がそんな風に言ってくれたことがあった。
私は、私が温かいかどうかなんて知覚することができない。自身の冷酷さには自覚があったから、きっと私の手も凍るように冷たいのだろう。そんな風に思っていたから、その言葉が意外で、なんだろう……とても嬉しかった。
こそばゆい感じを覚えながらも、恥ずかしくてつい、私は捻くれた返事をしてしまった。
浜風「では、私は優しくないということでしょうか?」
提督「どういう意味だい?」
浜風「だって、こう言うじゃありませんか。手が冷たい人は心が優しい人だって。つまり、その逆を言えば、私は優しくないってことになるんじゃないですか?」
207 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/06/17(日) 08:56:47.12 ID:Cea17qmb0
提督は優しく微笑んでくれた。
提督「……俺はそんな迷信を信じてはいないから。君は、とても素直で心根の優しい子だと思うよ」
ずるい。
そんな顔で、そんなことを言われたら、嬉しくないわけないじゃないか。
どうしよう、口角が上がって来てしまう。
浜風「へぇ。そうなんですか。……へぇ」
私を悦ばせることに関して、彼は天才的だと言わざるを得なかった。私に向けられる表情や仕草、そのすべてが、私の心をくすぐってくる。
この、心の底から湧き上がってくる想いの正体を、私は知っていた。ただ、知識としてだ。実感が伴ったことはこれが初めてである。
これは、間違いなく恋だった。
208 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/06/17(日) 08:57:52.50 ID:Cea17qmb0
温もりから彩りを知り、彩りから恋を覚え、恋から執念に目覚めた。
私は、提督を私のものにしたいと思う。欲を言えば、部屋に閉じ込めてしまいたい。それくらい彼が好きで好きで好きで仕方がなかった。
ふとした瞬間に、彼のことばかりを考えている。彼が何をしているのか、どんなことを思っているのか、そのすべてを知りたいと思ってしまう。
――随分、ご執心ね。
薄暗い廊下に、冷淡な声が響いた。私は足を止めて、窓の方に目をやる。
小さな人影がぼんやりと佇んでいた。その顔を見て、溜息を吐きそうになる。相変わらず下卑た笑いを浮かべているものだ。
――そんなにあの男の「温もり」ってやつが良かったの?
浜風「消え失せなさい、阿婆擦れ」
――あらあら、冷たいことを言わないでよ。私とあなたの仲じゃない。
私は無視をして歩き出した。こんな奴に一秒でも時間を割きたくはない。
影が後ろからついてくる気配があった。鬱陶しい。
――何処に行くの? あの男のところかしら?
浜風「……」
――この先だもんね。あいつの部屋。我慢出来なくなっちゃったんでしょう?
浜風「言いたいことはそれだけかしら」
209 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/06/17(日) 08:59:02.34 ID:Cea17qmb0
足を止めず、言い放つ。義姉の笑い声が耳朶にこべりついて離れない。
――あはは、図星を指されて傷ついたのかしら?
浜風「黙りなさい」
――でもさ、この先に行ったところで、またあのチビがいるわよ。あんた、気づいていたでしょう? あのとき、あのチビが起きて話を聞いていたこと。
私は、何も言わなかった。
この阿婆擦れの言う通りだ。私はたしかに、雷さんが起きていたことに気づいていた。その上で、あのような振る舞いをして、彼女を「挑発」した。
そうすれば、必ず私の命を狙ってくることに確信が持てたからだ。
――今日は、きっと邪魔されるわよ。
わかっている。だが、それでも。それでも……だ。夜になるとなぜか、私の胸の奥は引き絞るような苦しみに襲われる。昼間、分けてもらえた「温もり」が強烈に欲しくなる。まるで麻薬のように、抗いがたい甘い狂気に襲われる。
だから、あの子が居てもいい。邪魔されたなら邪魔されたときだ。
――邪魔されたら嫌よね。鬱陶しいと思うでしょう?
もちろんその通り。
疎ましく思わない方が無理だろう。できるなら、彼女を気絶させてでも、提督の「温もり」を求めたいと思う。が、それは許されることではない。提督に引かれて嫌われでもしたら元も子もないからだ。それだけは、けっしてあってはならない。
そう、だから……。
210 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/06/17(日) 09:00:09.55 ID:Cea17qmb0
――鬱陶しいなら、殺せばいいのに。
囁きかけるように。
義姉は私の耳元で、悪魔の言葉を零した。
浜風「……」
――透明にしてしまえばいいじゃない。そうすれば、あの男が手に入るかもしれないわ。お得意の水面下でのネチネチした駆け引きなんか、する必要ないでしょ? 今のあんたには「完全犯罪」が可能なんだから。
私は、再び立ち止まった。提督の部屋はもうすぐそこにあって、視界の端に映っている。それでも止まったのは、微かに頭を過ぎった逡巡からだった。
浜風「……わかっていますよ。そうした方が、手っ取り早いことくらい」
だが、それはあまりにも危険なことだ。
提督は彼女を疎ましく思う一方で、彼女に依存しているところがある。依存されて頼られることを、心の拠り所にしている。雷さんをなかなか出撃に出そうとしなかったのも、彼女の状態を慮った以上に彼女を失う恐怖が背景としてあったからだろう。
その拠り所を急に消してしまえば、提督がどうなってしまうのかわからない。そこについては、未知数だった。
だからこそ本来ならば、時間をかけて外堀を埋めて、じっくりとやる必要があった。周りから信用、提督からの信頼を得られるようになり、雷さんを居心地の悪い状態に置き、精神的に追い詰めて、「最終手段」をとるしかない状況に持っていく。そして、事件を起こした彼女を、提督が解体処分にせざるを得ないようにする。そういう方法で排除するつもりだった。
が、目論見はだんだんと軌道修正せざるを得なくなった。
――わかっているんでしょう? もう、殺してしまうしか方法がないことくらい。
義姉の言葉には死んでも頷きたくはない。
窓が、揺れた。風の音だと思ってみたら、複数の「顔」が張り付いていた。青や赤の光を纏ったその「顔たち」は、廊下の窓ガラス全面を埋め尽くし、嗤う。
――それだけあの男の心には、悪い意味であの子が巣食ってしまっている。あんたにはそれが分かってしまった。だから、わざわざお膳立てをしてあげたんでしょう? あの子が、あんたの隊に入ってこられるように。その気になれば、いつでも殺せるように。
211 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/06/17(日) 09:01:27.02 ID:Cea17qmb0
浜風「……違う」
私は無意識のうちに、手を握ったり開いたりしていた。
――何が違うってのよ?
浜風「本来の計画を早めることにしただけです。つまり、あの子を滅するつもりはないと言うことです。彼女は、絶対に私の命を狙うでしょう? だからこそ、狙いやすいようにわざわざ私の後ろに配置してやったのですから。……その証拠さえ掴めれば、彼女を殺さずともこの鎮守府から退場させることは可能です」
――ふうん。解体処分に追い込むわけね。まあ、あの甘ちゃん提督なら、たしかに解体処分くらいで済ませてしまうでしょう。
義姉はつまらなさそうに言って、溜息をつくと続けた。
――ようやく殺る気になったかと思えば、また回りくどいことをやるつもりなのね。下らない。
浜風「どうとでも言えばいいです。あなたの喜悦を満たすために、私は動いているわけではないのですから」
――そりゃあ、そうでしょうよ。
義姉は私の前に回り込み、けたけたと声を上げて笑った。
――でも、あんたがそんな回りくどい方法に拘る理由はなんなの?
浜風「……あの子を殺してしまえば、提督が壊れてしまうかもしれないからです」
――壊れたっていいじゃない、別に。あんたは、あの男が自分だけを愛してくれればそれでいいんじゃないの? だったら、壊れてくれた方が都合はいいと思うけどね。あんた、そう言う人間に寄り添うのが得意なんだから。
浜風「……」
――何をそんなに躊躇しているの? 壊してしまえばいいのよ。いつもみたいに。あんたに依存するよう、仕向ければいいじゃない。
甘い誘惑が毒を伴って、私の心に伸びてくる。
私はそれを振り払うように歩き出した。
――あんたがわざわざ命をかけてまで、そんな面倒なことをする必要があるのかしら。艦娘の艤装なら、あんたは普通に死ぬってこと、知らないわけじゃないでしょ?
212 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/06/17(日) 09:07:36.07 ID:Cea17qmb0
浜風「……わかっている」
でも、そうしないと。
そうしないと、殺す以外に方法がなくなってしまう。
提督は簡単に彼女を手放すことはない。そして彼女も提督からは離れようとはしないだろう。だから、多少面倒な手を使ってでも、提督が彼女を手放さざるを得ない状況を作り出す。そうすれば、提督が負う精神的なダメージも遥かに少ないもので済むはずだ。自分で決断して除籍したのと突然理不尽に失うのとでは、傷の深さは圧倒的に違う。
それに、雷さんを殺すことは、提督の切なる願いを無碍にするということでもある。
そんなこと、できるわけがない。
――ふうん。相変わらず面倒な奴ね。
私が創り出した幻影は、私の心を読んだかのように冷笑を浮かべた。
――じゃあ、理由をあげるわ。あなたが納得して、あの子を殺すことができる理由をね。
義姉は私より先回りして提督の部屋につくと、部屋の扉を親指で指し示した。
――この先で起こっている光景を、黙って覗いてみなさいな。そうすれば、あんたはあの子を殺したくて殺したくて仕方なくなるから。
私は眉を潜めながら、扉に近づく。扉はなぜかほんの少しだけ空いていた。そこから、悪魔のような囁きが聞こえてきた。
雷「――だからね、司令官。私たちの子供、作っちゃお?」
213 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/06/17(日) 09:08:03.46 ID:Cea17qmb0
投下終了です
214 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/06/17(日) 11:08:36.86 ID:DVXDm2xc0
乙風
215 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/06/17(日) 17:54:13.18 ID:SFKGshdDO
乙
これは盛りのついたメス猫ですわ
216 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/06/17(日) 18:23:04.89 ID:VS1VIpT30
乙風ー。 提督、貞操の危機☆
217 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/06/18(月) 06:28:37.01 ID:iAY1pDGI0
乙風
218 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/06/18(月) 15:36:25.34 ID:9fu2mAfzO
おつ風
ヒエー!
219 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/06/18(月) 23:12:54.92 ID:VhQ51VqUO
乙
青葉の不穏な気配も地味に気になる
220 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/07/14(土) 10:43:55.87 ID:3eAm/+FXO
あ
221 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/08/12(日) 19:43:58.51 ID:3hEnifH9O
a
222 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/10/16(火) 22:43:54.03 ID:kT/5JOLKO
sa
223 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/10/31(水) 14:10:52.75 ID:aiyspl2eO
待ってるぞ
224 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/11/04(日) 22:18:10.07 ID:H+vdccZCO
ツイッターが止まってて心配
225 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/11/09(金) 22:23:12.18 ID:TdjqxYxn0
また気がむいた時にでも書いて欲しい。待ってる。
226 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/12/19(水) 00:49:58.08 ID:UnSR+zbt0
ほしゅ
227 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/12/21(金) 23:19:01.95 ID:5Ow7dnD+0
待ってるゾ
228 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/02/04(月) 05:50:27.60 ID:X56Oeuay0
いつまでも待ってる
229 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2019/02/10(日) 11:37:50.14 ID:7x6/WSfZ0
舞ってるゾ
230 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/02/18(月) 17:16:10.67 ID:kGLQuddsO
続きを楽しみに待ってます
231 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/02/20(水) 00:19:44.22 ID:TYWkkuRmO
浜風に連れ去られてしまったか…
232 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/03/16(土) 13:35:37.66 ID:Z8tCJcnz0
保守
233 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/04/14(日) 11:46:58.50 ID:gAAIyIGBO
保守
234 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/05/12(日) 16:34:12.40 ID:FmDaoK2rO
ほっしゅ
235 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/06/04(火) 22:33:23.99 ID:2YPfB3P50
保守
236 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/07/17(水) 01:05:38.38 ID:eYupf2pU0
保守。待ち続けます。
237 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2019/08/01(木) 22:27:06.00 ID:vk8suoXw0
ほしゅかぜです
238 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/09/29(日) 18:13:27.90 ID:aLzkqVfiO
保守します
239 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/12/02(月) 08:29:00.33 ID:wEpTVx/Q0
俺は待ってる
240 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2020/01/08(水) 23:07:59.80 ID:2iEHSOJs0
待ってる
241 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/03/13(金) 00:34:00.57 ID:T+Bn6rWS0
お久しぶりです
>>1
です。
わけあって長期間何もできない状態が続いていました。精神的にやられていましたが、ちょっと持ち直してきたので、投下していければと思います。
読み返してみると未熟なところの多い作品ですが、待っていてくれている方が結構いることに驚きと嬉しさ、申し訳なさを感じずにいられません。この作品だけは、死んでも書ききります。
まだ鋭意製作中なので、しばらくお待ちください。これからも当作品をよろしくお願いします。
242 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/03/13(金) 10:04:03.00 ID:s22i2DoOO
ああ、戻ってきてくれたか
本当によかった
243 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/03/20(金) 01:56:51.11 ID:6vWW5cBN0
いつもどおりだったはずだ。
いつもどおり、彼女は俺の部屋に来た。寝れないから一緒に寝てほしいと、何回聞いたかわからない理由を口にして、布団に入り込んできた。そして、いつもどおり寄り添って寝むったはずだ。
それが、どうして、こうなった。
俺の上に、雷が跨がっていた。ふと、重さと熱を感じて目を覚ますとこの状況だったのだ。驚いたなんてものじゃない。眠気は急速に醒めていった。
提督「……雷? なにをしているんだ?」
問いかけても、彼女は答えない。ただ真っすぐこちらに目を向けている。月明かりに照らされた薄暗い空気の中でも、彼女の瞳は妖しい光を孕んでいることが分かった。
様子がおかしい。
俺は、起き上がろうとした。だが、雷がそれを許さなかった。俺の両腕を掴んでそのままマットレスに叩きつけた。力を込めても、微動だにしない。
244 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/03/20(金) 01:59:08.11 ID:6vWW5cBN0
提督「おい、何するんだ」
雷「……」
提督「雷、聞いているのか? 一体なんなんだ」
怒りを込めて言うと、彼女の目が細められた。顔を耳元に近づけてくる。
冷たい吐息だった。
雷「司令官。ねえ、司令官。私、気づいたの」
何に?
そう尋ねる前に、彼女は続けた。
雷「私たちは、まだ本当の意味で『家族』じゃなかったんだって。特別な関係にはなれていなかったんだって。そうでしょう? 司令官は、誰にでも優しい。私以外の子にも。深雪ちゃんや時津風ちゃん、陽炎ちゃん、それにあの女狐にも……」
忌々しげに声が歪む。俺の手は、汗で滲んだ。
雷「悔しいけど、あの女狐が言ったとおりよ。私たちはまだまだ足りなかった。もっと、もっと……関係性を深めないと、『家族』にはなれないんだわ。一緒に寝て、一緒に起きて、一緒に仕事して、一緒にご飯を食べて、一緒に笑い合って、一緒に泣いて、一緒に抱き合って……いっぱい、時間を過ごしてきたわ。それでも、私たちは血のつながっていない他人同士。まだ、足りない。ねえ、私たちが『家族』になるには、どうすればいいかわかる?」
提督「な、なんのことだ。わかるわけないだろう」
雷「そう、わからないんだ。……じゃあ、教えてあげるね」
245 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/03/20(金) 02:00:29.38 ID:6vWW5cBN0
――既成事実を、作ればいいんだよ。
背筋が凍りついた。
いま、こいつはなんと言った? 既成事実だと? 既成事実とはなんのことだ。既成事実。キセイジジツ。
つまり、それは――
雷「セックスしようって、ことだよ」
幼い雷の口からは、あまりにも似つかわしくない言葉が飛び出てきた。声の中に微かだが官能的な響きが混ざっている。
提督「ば、馬鹿なことを言うんじゃない! お前、自分が何を言っているか分かっているのか?」
俺は腕を振りほどこうと暴れた。だが、ベッドが軋むだけでビクともしない。雷が、さらに強く俺の身体を抑えつけてきたからだ。腕の骨が、万力で締め付けられて砕けそうなほどに痛かった。
雷「あはは、分かっているよ。赤ちゃんの作り方くらい、前の司令官が教えてくれたもん」
雷が顔を上げた。頬は朱く色づき、口元は熱い吐息を零している。茶色い瞳が、淀んでいた。
雷「逃げちゃダメだよ。そんなの絶対、絶対許さないんだから」
提督「やめろ! き、貴様、何を考えている! 馬鹿なことは止めるんだ!」
雷「ひどーい、貴様だなんて。これから奥さんになる相手に言う言葉じゃないでしょ?」
彼女の耳には、拒絶の言葉は届かない。彼女は、俺の腕をクロスさせて片手で抑えつけると、パジャマのボタンを外し始めた。碁石を打つような乾いた音がして、徐々に徐々に柔らかい肌が顕になる。淡い光が、少女の肌を妖艶に彩っていた。
ブラジャーが、こぼれ落ちた。わずかな膨らみに、赤い突起が二つ……。
汗が脇から止めどなく流れ落ちる。言いようもない恐ろしさに、足先が痺れるように震えた。この戦慄は、もはや暴力に等しく、性への興奮は起こりようもない。
俺の目の前には、怪物がいた。抵抗するものを無理やり蹂躙しようとする血走った目をした獣が、いた。
246 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/03/20(金) 02:01:43.45 ID:6vWW5cBN0
雷「これは、『家族』になるために必要なことなの」
息を荒くして、獣は言った。
雷「だからね、司令官。私たちの子供、作っちゃお?」
獣は、俺の唇を無理やり舐め始めた。口を堅く閉ざしても、無理やりこじ開けられ、中まで舌を差し入れられた。小さな熱い舌が、ぐるぐると口内を動き回る。粘液が粘液を上塗りし、俺の口は生温かいもので溢れかえる。
行為は、執拗だった。いったい何秒、何分そうされたかは分からない。俺は必死に足をバタつかせ逃げようとしたが、獣の拘束は外れない。恐怖と絶望が、だんだんと喉元にせり上がってくる。
怖い。怖い。怖い。自分よりはるかに小さな少女に、強姦されている事実が。幼い少女が、性に倒錯している歪な姿が。
何もかもが、怖い。
雷「あはは、司令官。司令官の唇、柔らかぁい」
獣は、口と口を繋ぐ粘液の橋を絡め取りながら、笑顔を見せた。
雷「男の人の唇って、みんな乾いてて堅いのかと思ってた。あはは、司令官のはしっとりしてて、まるでマシュマロみたいだね。私、司令官とのキス、一番好き」
提督「……頼むから止めてくれ。こんなの、おかしいじゃないか……!」
雷「何もおかしいことなんてないよ? 私たちは男と女でしょ? 自然の摂理じゃない」
提督「俺とお前は、上司と部下だ! こんなことをする関係じゃないんだよ! なあ」
言い切る前に、唇を塞がれる。また舌が、俺の矜持と尊厳を弄んできた。別の生き物のように動き回るそれが、ひたすらに気持ち悪い。
247 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/03/20(金) 02:03:08.33 ID:6vWW5cBN0
獣は、俺の胸板に手を伸ばしてきた。乱暴にさすり、服のボタンを外していく。
雷「司令官、まだ足りないよ。もっと、もっと気持ちよくなろ?」
獣が、そう言って口を歪めたときだった。
巨大な爆音が、鳴り響いた。鼓膜を破裂させるのではないかというほどの音響が、俺の内臓を揺さぶった。壁が、天井が、シャンデリアが、地震のように震えて、家具のいくつかが倒れた。俺の上に乗っていた獣も、小さな悲鳴を上げてベッドから転げ落ちた。
提督「なんだ!?」
何が起こったというのか。突然の事態に、思考が追いつかない。
警報がけたたましく鳴り響いた。
雷「なによ! 一体なんなのよ! いいところだったのにっ!」
雷が熱り立って喚いたが、警報の激しい金属音にほとんど掻き消される。俺は事態を把握するよりも先に、本能を総動員した。逃げるように立ち上がって、部屋を出た。
雷が、何かを叫んだ。だが、聞こえないふりをして逃げ出した。
走る、走る、一心不乱に。
呼吸が乱れたがお構いなしに。獣の舌の感触を頭の中から必死に消そうと、恐怖を消そうと、走った。
階段を飛ぶように降り、角を曲がったときだった。誰かとぶつかりそうになった。
248 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/03/20(金) 02:04:11.20 ID:6vWW5cBN0
陽炎「わっ!」
陽炎だった。彼女は突然現れた俺に驚いたようだったが、すぐに顔を引き締めた。
陽炎「良かった! 無事だったのね、司令!」
提督「あ、ああ……」
荒い息を吐きながら、俺は答えた。
陽炎「突然爆発があって、警報がなり始めたから……。ほんと、無事で良かった」
胸を撫で下ろす陽炎は、驚くほどに可憐だった。
それだけじゃない。優しくて、汚れない清純さを併せ持っている。
あの獣とは、まったく違う。日常だ。日常にある、普通の少女の美しさ。毒花に刺された後に見る蒲公英だ。
ああ、なんて。なんて奇麗なんだ。
提督「……」
なぜだろう。陽炎を見ていると、だんだん視界が滲んで、歪んでくるのは。
陽炎「え、ちょっ! ちょっとどうしたのよ司令! どこか怪我でもしたの?」
陽炎が驚いた声を上げる。
どうしよう。抑えが効かない。大の男が、ましてや帝国海軍軍人が、部下の前で、それも少女の前で無様に涙を流すなんてあってはいけないことなのに――。
だが、開放された安堵から、恐怖で一杯になっていた心のダムは呆気なく決壊した。
俺は陽炎を抱きしめていた。
提督「よかった……本当に、よかった……」
陽炎「し、し、司令! 司令ってば! いきなりなんなのっ?」
提督「……すまない、すまない。安心して、怖くて……!」
陽炎「ちょ、ちょっと、もう……! とにかく、離れなさーい!」
249 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/03/20(金) 02:05:30.12 ID:6vWW5cBN0
陽炎「……落ち着いた?」
陽炎が顔を覗き込みながら、そう訊いた。俺は頷くと、ハンカチで眼元を拭った。
提督「すまない、取り乱してしまった。……ハンカチは洗って返す」
陽炎「いいわよ、別に。あげるわ。そのハンカチ見るたびに司令官の泣き顔思い出しそうだし」
陽炎は白い歯を見せて、からかうように言った。
陽炎「でも、いくら爆発事故があったからって泣くこともないでしょ? 司令の気持ちはわかるんだけどさ。軍人として、ちょっと情けないかも」
提督「……すまない、君の言うとおりだ」
陽炎は勘違いしているが、訂正しようとは思わなかった。あんな悍しい光景、思い出したくもないし、知られたくもない。
陽炎「まあ、でも、ちょっと嬉しいわよ。司令が、私たちのことをそこまで思ってくれるなんて」
提督「君たちは、宝だからな……」
そう、宝だ。一人残らず大切な存在だ。
その存在に、あんなことをされた。
陽炎「……そんな顔をしながら言うな、たく」
恥ずかしそうに頬をかきながら、彼女は目をそらした。その少女らしい反応が、今の俺には救いだった。
陽炎「それより、事故の状況の方が大事よ。けっこう大きな事故だから一緒に来て」
たしかに陽炎の言うとおりだ。俺は頭をふって、あの忌まわしい出来事を頭の片隅に追いやり、指揮官としての責務に集中する。陽炎に付いていきながら、尋ねた。
提督「……事故の状況は? 一体何があった?」
陽炎「工廠の爆発事故よ。何が原因かはわからないけど、けっこう大きな爆発だったから、おそらく誰かの艤装が爆発して、誘爆したんでしょうけど……」
提督「敵襲の可能性は?」
陽炎「百パーセントとは言えないけど、限りなくその可能性はゼロだと思う。夜間警邏も出ていたけど、敵影を見たって報告はないし。それに、この近海に鎮守府を襲えるほどの艦種はいないはずだから」
250 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/03/20(金) 02:06:38.57 ID:6vWW5cBN0
俺の頭には、南鎮守府の事件が過ぎっていた。陽炎の報告では安心はできない。
しかし、もし敵襲だった場合、責任問題になって軍法会議ものだが……今はそんなことはどうでもいい。
提督「それくらいの根拠では、敵襲の可能性は排除できない。油断せず警邏隊を探索に当たらせろ。大型艦種が入ってきている可能性にも考慮して、警邏隊には榛名も同行させるように。もし、敵を発見した場合は即時戦闘体制に入って構わない。また、念のために動けるものは総員戦闘準備をさせておけ」
陽炎「りょーかい。……よかったわ、いつもの司令ね」
提督「さっきは本当に悪かった。もう大丈夫だから」
陽炎「うん、安心したわ。……で、この指示報告って私がしていいの? 雷ちゃんがいないけど」
雷。その名前に心臓が震えたが、なんとか堪えて肩を竦めてみせた。
提督「あいつはいい。たぶん寝ているから、お前がやってくれ」
陽炎「なんというか、まあ……雷ちゃんらしいわね。わかった、私がやっとく」
陽炎は溜息をついて、トランシーバーを出した。慣れた様子で流暢に指示をしてくれている。その間に、事故現場に近づいたのか、もうもうと立ち込める煙が見え、強烈な匂いが漂ってきた。俺はハンカチで、陽炎は袖で、鼻を覆った。
近づくにつれ、ヒリヒリとした熱が顔を焼いた。近づけば近づくほど、熱さが増していく。
工廠が、炎の渦に包まれていた。赤い炎が、空さえも焼き付くしている。その周りでは、慌てた様子の妖精たちが、必死に消防活動を行なっており、手隙の艦娘たちも手伝いをしていた。
その中に、白いバンダナを巻いて必死に水を運ぶ鈴谷の姿を認めた。その顔はすでに煤だらけで、火災の激しさを教えてくれる。俺たちは彼女に駆け寄った。
251 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/03/20(金) 02:07:59.56 ID:6vWW5cBN0
提督「鈴谷!」
鈴谷「提督じゃん! 無事だったんだね、よかった」
鈴谷は、心底ほっとしたように息をついた。
提督「負傷者はいるか?」
鈴谷「幸いなことに、一人も確認されていないよ。工廠も深夜帯は基本的に人はいないから」
提督「……そうか」
俺は愁眉を開いた。負傷者がいないことが、俺にとっては何よりも大切なことだからだ。
鈴谷「鈴谷、どうすればいいかな? このまま消火活動手伝ってていいの?」
提督「ああ。その他の必要な指示はすでに陽炎経由で知らせてある。そのまま作業してくれ。……指揮は俺が取ろう」
鈴谷「分かった! じゃんじゃん運んですぐ鎮火させるから見ててよねー!」
鈴谷は張り切った声を出して、飛ぶように火に向かっていった。
陽炎「司令、私も手伝うわ!」
提督「頼む」
陽炎の言葉に頷くと、ふと視界の隅に人影を捉えた。特徴的な銀髪と佇まい。その人物は、木陰に立って燃える工廠を見つめていた。
浜風だ。
提督「……浜風」
何をやっているのだろうか。この非常時に、ぼうっと突っ立っているなんて。
咎める気持ちはわかなかった。ただ、気にはなった。あの浜風が、こんな状況で何もしないなんておかしい。
俺は、浜風に近づいて声をかけようとした。
だが、声が出なかった。
燃え盛る音の中、消火活動の声がする中、警報がなる中、浜風は何かを呟いていた。あまりにも小声だったのでよく聴こえなかったが、繰り返し、繰り返し、なにかを一心不乱に。
三文字の言葉を。血走った眼で。
252 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/03/20(金) 02:09:04.93 ID:6vWW5cBN0
提督「……」
浜風「……提督? 提督!」
浜風は俺に気付くと、飛びつくように懐に入ってきた。
浜風「ああ、提督……提督……。よかった……。無事だったんですね……」
提督「あ、ああ……」
浜風「あの雌……いえ、雷さんは何処ですか? 見当たりませんが」
顔が歪みそうになるのを、なんとか堪えた。
提督「あいつは、今は寝ているよ。俺だけ音に気づいて飛び出してきたんだ」
浜風「ふうん、そうですか」
浜風は、嬉しそうだった。嬉しそう? この状況に、そんな笑顔は似つかわしくない。
浜風「ということは、ふふ、置き去りにされて今は独りですか。……可哀想な子」
提督「浜風?」
浜風「なんでもありませんよ。提督がご無事でよかったです」
浜風はそう言って、額を胸板に押し付けてきた。
浜風「よかった、本当に、よかった」
俺を愛おしげに抱き止めながら、浜風は不安の解消に勤しんでいた。
微かな違和感が、俺を炙っていた。
253 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/03/20(金) 02:10:47.30 ID:6vWW5cBN0
投下終了です。
長らくお待たせしてしまい、すいませんでした。
254 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/03/20(金) 17:26:50.61 ID:vxJORoKmO
よかった、本当に、よかった
乙
255 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2020/03/21(土) 16:28:39.37 ID:2gxZJf8e0
待ってました!
256 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/03/21(土) 19:17:19.91 ID:AYTzpoquO
一年半も経ってたのか…
ともあれ待ってました、これからも楽しみにしています
257 :
◆WvruwVSMos
[sage saga]:2020/03/23(月) 20:42:15.24 ID:LO56XlXm0
工廠の火災は、陽炎が予想したように艤装の爆発が招いたものだった。迅速な消火活動の結果、全壊は免れたものの、被害はけっして小さくはなかった。工廠は半壊。艤装の大半は、消失してしまった。
敵襲でなかったことは幸いだったが、だからといってお咎めなしとはいくはずがない。事故の責任は当然のように追及された。提督会議本部に招集された俺は、横須賀副議長から厳しい訓戒を受け、減給処分と工廠の修繕が完了するまでの間の謹慎を言い渡された。これ程に軽い処分で済んだのは、提督という貴重な人材を長期間遊ばせておく暇がないことと、舞鶴中将の口添えがあったからだろう。
工事の終了は、一週間後の予定であった。鎮守府設備の修理は、通常妖精が行う。一瞬で艤装を作り出すほどの彼らの能力を持ってすれば、大規模な修理もその程度で済んでしまう。呆気ないものだ。
だが、その呆気なさは、今の俺には有り難くない。たったの一週間。たったの一週間だ。それくらいで、心の整理が付くものだろうか。
雷と、向き合えるようになるのだろうか。
頭には、あの夜の光景がこべりついている。俺の上に馬乗りになって、涎を蜜のように吸う卑しい女の汚らわしい光景が。月明かりに狂った、一匹の性に支配された獣が。
ずっと、俺を苛んでいくる。
あれから二日がたった。それでも、消えようとはしない。
舞鶴「……柊中佐。ずいぶん、顔色が悪いじゃないか」
本部からの帰り道。門を出てすぐのところにある葉桜の並木道を、舞鶴中将と歩いていた。達磨のような体型の舞鶴中将は、太い眉を潜めて俺の顔を覗き込んでいる。
提督「……そうでしょうか?」
舞鶴「どう見てもそうだ。萎びた玉葱のような顔をしているぞ」
その例えはよく分からないが、よっぽど酷いのだろう。
舞鶴「責任を感じとるのはわかるが、そこまで窶れることもなかろうに。たったの一週間、我慢すればよいだけであろうが」
提督「まあ……」
舞鶴「たく、小心なところは治っておらんのぉ。指揮能力は優秀だというのに、勿体ない。そこさえ治ればなあ」
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