勇者「遊び人と大罪の勇者達」

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607 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/08(月) 15:37:40.19 ID:cSlOzYY80
嫉妬は、右腕に雷の力を蓄え始めた。

強欲「『マハンシャ』!!」

嫉妬「たいていの呪文は攻略化済みだといったはずだ」

首飾りが光ると、魔法障壁は粉々に散ってしまった。

強欲「くそっ!!」

強欲は通常攻撃を繰り出そうと、瞬時に飛び出した。

嫉妬「剣で雷を斬れるものか」

嫉妬は雷の呪文を放った。

強欲は腕輪に念じた。

だが、いつものような黄金色の輝き放つことはなかった。

強欲「ぐぁあああああ!!!!」
608 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/08(月) 15:41:13.36 ID:cSlOzYY80
強欲「はぁ……はぁ……」

強欲の身体は、燃焼と再生を繰り返していた。

嫉妬「無口詠唱で回復呪文を唱え続けたか。素晴らしい集中力だ」

嫉妬「よかったな。回復呪文は攻略化の対象外だ。俺を敗北に至らしめるにあたって、敵の回復は間接的な要因にすぎないとの認識らしい」

嫉妬「さて、そろそろこいつにも働いてもらわねば」

隅で倒れていたお姫様に、嫉妬は回復呪文をかけた。

お姫様の体の傷が癒え、耳からの出血も止まった。

お姫様「……嫉妬様」

嫉妬「耳は聞こえるな。大罪の装備を後ろで隠れているやつらが守っている。奪ってこい。強欲は俺が相手をする」

お姫様「……かしこまりました」

お姫様は急激な回復に伴う副作用でよろけながらも、勇者達を見据えた。
609 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/08(月) 15:42:34.55 ID:cSlOzYY80
強欲は叫んだ。

強欲「逃げろ!!例の場所で落ち合うぞ!!」

にげる。

作戦が完全に失敗にしたとわかった時に、発する命令だった。

ただがむしゃらに逃げ出して。あらかじめ定めていた『誓いの書簡の村』で落ち合うという、それだけの命令だった。

勇者「……やるしかないのか」

お姫様「あんたみたいな雑魚、一瞬で葬ってやるわよ」

目の前の女の子はぼろぼろになりながら立っているものの。

傲慢と憤怒の2人を相手に戦っていた、嫉妬の王国最強の術士である。

遊び人「勇者、どうするの」

遊び人は足を震わせながら尋ねた。

勇者「どうするって、逃げるしか無いだろ」

勇者「俺が道を切り開く。その間に、地上に逃げろ」

勇者「地上に出た瞬間、移動の翼で逃げるんだ。嫉妬が強欲と戦闘している今、空から雷で撃たれる恐れもない」

勇者「さあ!」

勇者と遊び人は、同時に駆け出した。
610 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/08(月) 15:48:35.95 ID:cSlOzYY80
お姫様「待ちなさい!!」

ふらふらになりながらも、お姫様は笛を口に咥えた。

勇者は、瞬時に飛び出し、一瞬でお姫様との間合いを詰めた。

お姫様「なっ!!」

勇者「うぁああああ!!!」

勇者はお姫様を蹴り飛ばした。

お姫様「うぅ……おぇえ!!!」

お姫様「う、うそ……」

吹き飛んだお姫様が他の楽器を取り出すも、勇者に一瞬で間合いを詰められた。

お姫様「なんて速度……」

勇者はお姫様の楽器を吹き飛ばし、再び蹴りを加えた。

吐瀉物の音が響いた。
611 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/08(月) 15:50:20.43 ID:cSlOzYY80
お姫様「く……くそ……雑魚だったはずなのに……おえぇえええ……」

お姫様「……女の子に……暴力振るうなんて……」

勇者「剣を心臓に刺すよりはマシだろ」

お姫様「……舐めやがって。殺さなかったこと、後悔させてやるわ!!」

お姫様は、簡易的な呪文を詠唱した。

しかし、それ以上に早く勇者は距離を詰め、腕を斬りつけた。

お姫様「いやぁあああああああ!!!」
612 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/08(月) 15:51:23.75 ID:cSlOzYY80
お姫様「いだい……うぐっ……どういうことよ……」

勇者「ずるをしたんだよ。大罪の賢者の力に近づこうと、寿命を肉体強化にまわす呪いをかけてもらったんだ」

勇者「今の俺は、大罪の無職といったところだけどな」

遊び人が出口を駆け上がっていくのを、勇者は見届けた。

自嘲的に言いながらも、勇者はこの場を制したことに達成感を覚えていた。

勇者「少しだけ、強くなったんだ」

今強い人達は、人生のどこかで強くなろうとした人達。

勇者も、強くなった。

他者との戦いに、勝てるほどまでに。

勇者「殺さなければ、後悔するんだったな」

勇者は剣を大げさに構え、突進をした。

お姫様「ひっ……」

お姫様は怯んだ。

勇者「うぉらあああ!!!!!!」

勇者は横を素通りすると、遊び人の後に続いていった。

お姫様「……へっ?」

勇者「殺せるわけないだろ」

勇者「女の子に救って貰った人生なんだから」

勇者達はにげだした!
613 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/08(月) 15:56:30.00 ID:cSlOzYY80
勇者は宮殿の1Fに出た。

勇者「酷い……」

味方の術士が血を流しながら、横たわっている惨状を目の当たりにした。

勇者「遊び人!!どこにいる!!」

宮殿には複数の出口がある。

勇者は迷いながらも、正面玄関に向かい、空の真下へと出た。

空を見上げるが、遊び人の姿はなかった。

勇者「もう逃げ出せたのか。他の出口からでたのかもしれない」

勇者「よかった」

勇者は安堵した。

自分も誓いの書簡の村に飛び立とうと、移動の翼を取り出そうとした。

勇者「……なんだ、この感覚」

気だるさが、どっと勇者を襲った。

嫌な予感がし、勇者は辺りを見回した。
614 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/08(月) 15:58:16.34 ID:cSlOzYY80
前方の広場に、人影が見えた。

髪の長い女性が1人立っており。

その傍らでは。

勇者「遊び人!!」

ぼろぼろになった遊び人が横たわっていた。



勇者「……許さない。嫉妬の仲間か!!」

勇者は剣を構え、遠く離れた女性に向かって叫んだ。

勇者「お前は一体……」

「そんな遠くから話しかけないで、もっとこっちに寄っておくれよ。この子みたいに、雷で撃ち落としたりやしないからさ」

勇者は、背筋が凍る思いがした。

「これでも威力を弱めてあげたんだ。その証拠に棺桶が出現していないだろ」

長い黒髪を持つ女性は、淡々と勇者に話しかける、

「精霊の加護なんてものに頼っているから、命に危機感を持たないんだよ。あんなもの、無い方がマシだと思わない?」

「ねえ、勇者」

勇者「嘘だ……」

倒れていた遊び人は、痛みに耐えながら勇者に尋ねた。

遊び人「……勇者。こいつを、知ってるの……?」

「知ってるも何も」

ショックを受けている勇者に変わって、美しい女性は代わりに答えた。

怠惰「同じ故郷出身の、元パーティメンバーよ」

怠惰の勇者が現れた!
615 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/08(月) 16:00:48.09 ID:cSlOzYY80
勇者「ど、どうして……」

勇者「ち、違うんだ……俺は、あの時……!!」

勇者は混乱している!

怠惰「久しぶりの再会で、いきなり言い訳だなんて。相変わらず、情けない男だね」

勇者「なんで……死んだと思っていた……」

怠惰「死んだと思ってた、って。遠回りな言い方をするんだね」

怠惰「勇者は、私達を殺そうとしたんじゃない」

遊び人「なによそれ……」

勇者は怯えた目で遊び人を見た。

勇者「やめろ、違うんだ……」

怠惰「こいつはね」

勇者「やめろって!!!」

叫ぶ勇者を見て、怠惰は笑みを浮かべた。

怠惰「ははーん。この女の子には聞かれたくないってことかしら。確かに、精霊の加護だけが唯一の存在価値であるあんたに、その取り柄を根本から否定するような話だもんね」

勇者「やめてくれ!!!!!!」

勇者は錯乱した!!
616 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/08(月) 16:02:46.20 ID:cSlOzYY80
勇者「うぁあああああああああああ!!!!!!!!!」

勇者は怠惰に向かって、すてみで突進をした。

怠惰「相変わらず、考えることから逃げてばっかりね」

怠惰「あなたが見捨てたこの命を、これが救ってくれたのよ」

“怠惰の足枷が鈍く光った。”

勇者「…………がぁっ……」



勇者の攻撃力が極限まで下がった。

勇者の防御力が極限まで下がった。

勇者の素早さが極限まで下がった。

勇者の魔力が0になった。

勇者の反応力が極限まで下がった。

勇者の集中力が極限まで下がった。

勇者の判断力が極限まで下がった。

勇者の決断力が極限まで下がった。

勇者の生きる意志が極限まで下がった。

勇者は力が抜け足元から崩れ落ちた。

勇者は廃人になった。

勇者「……………………ぁ………」


勇者は虚ろな目をして、四肢をだらりと投げ出していた。

口は薄く開き、端からよだれが垂れていた。

遊び人「勇者っ!!!」
617 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/08(月) 16:03:50.07 ID:cSlOzYY80
怠惰「さて、と」

怠惰は、腰に2本携えている剣のうち、1本を取り出した。

怠惰「貴重な素材を殺すなとはあの方から言われているけど。あなた達は転送を利用して逃げ回るのが得意みたいだからね」

怠惰「私の仕事は、大罪の賢者の生き残り、あなたを連れて帰ることだもの。こいつの精霊の捕縛は二の次よ」

怠惰の勇者は、紫色に輝く剣を両手で持ち、横たわる勇者の横で高く持ち上げた。

遊び人「紫色に輝く剣……」

遊び人「せ、精霊殺しの魔剣!!」

怠惰「さよなら」

遊び人「やめて!!!」

怠惰の勇者は、魔剣を深々と勇者の身体に突き刺した。



ガラスの砕ける大きな音が響き渡った。
618 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/08(月) 16:04:41.43 ID:cSlOzYY80
遊び人「あ……あぁ……」

遊び人「ゆ、勇者……」

遊び人「精霊の光が……見えないよ……」

わなわなと震える遊び人を見て、怠惰の勇者は苦笑していた。

怠惰「やだ。そんな悲しい顔しなくてもいいのよ。魔剣は精霊だけを斬りつけることのできる剣。刃は人間には触れられないのよ」

怠惰は剣を引き抜き、鞘に収めた。

勇者の胸部の装備に穴は空いておらず、出血の様子も見られなかった。

怠惰「それよりもね。そいつは、死んで誰かが悲しむような、ろくなやつでもないのよ」

怠惰「よかったじゃない。これで、自動的にパーティメンバーも解除されるわ。もう二度とこいつと一緒に冒険しなくても済むのよ」
619 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/08(月) 16:08:18.32 ID:cSlOzYY80
怠惰「どうやらあっちも終わったみたいね」

嫉妬の勇者が、強欲の勇者を引きずって表に出てきた。

怠惰「楽勝でしたか?」

嫉妬「こいつの仲間の老人が、強制転職呪文をかけてきた。奴が大元の開発者だったみたいだ。危うく遊び人にされるところだった」

怠惰「ふふふ。遊び人になったあなたは見てみたかったかも。防げたのですか?」

嫉妬「禁術はマハンシャでは防げない。嫉妬の首飾りで攻略化したこともない。だから、姫様に身代わりになってもらったよ」

怠惰「お姫様も可哀想に。酷い王子様に使い捨てにされて」

嫉妬「遊び人から音術士に戻るのは、時間はかかるが簡単だ。転職に必要な最低限度の経験を積むのに時間はかかるがな」

嫉妬「お前の方は、首尾良くいったようだな」

怠惰「ええ。しかし、大罪の賢者の脱走の可能性があるため、勇者の精霊の加護は破壊致しました。申し訳ございません」

嫉妬「俺もこいつらとの鬼ごっこには飽きていたところだ。これで大罪の装備はすべて揃った。あとは時間をかけて我々の計画を進めれば良い」

怠惰「ついにこの日が訪れましたね」

嫉妬「ああ。どれほど待ちわびたことか」

怠惰「この女はあなた様に差し上げます」

怠惰の勇者は遊び人を見下ろしていった。

怠惰「そして、この勇者は、私が責任をもって、故郷に連れ戻します」

嫉妬「なるほど、あの地か。任せよう」
620 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/08(月) 16:15:55.60 ID:cSlOzYY80
嫉妬は狂喜に満ちた表情を浮かべていた。

嫉妬「俺の持つ嫉妬の首飾り。お前の持つ怠惰の足枷」

嫉妬「この前の侵略で奪った憤怒の兜。傲慢の盾」

嫉妬「先程こいつから奪った強欲の腕輪」

嫉妬は足元に投げ出した強欲の勇者を見下ろした。

嫉妬「そして」

嫉妬は遊び人から道具袋を奪い取った。

嫉妬「封印の壺の中に閉じ込められている、暴食の鎧、色欲の鞭」

嫉妬「大罪の7つ装備。ついに、すべてを手に入れた」

嫉妬「ただの寿命の延長なんぞで、俺は満足しない」

嫉妬「永遠に、この世界の支配者となるのだ」



嫉妬は、都の支配者足る強欲の頭を掴み、電流を流した。

都の結界は解かれ、外で待機していた魔物の侵入を許した。

研究者達も嫉妬の元に集まり、手配を整えた。

遊び人は、嫉妬の王国へ連れて行かれ。

勇者は、怠惰の勇者とともに故郷へと連れて行かれた。









パーティは、解散した。






621 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/08(月) 16:18:35.40 ID:cSlOzYY80
【強欲の勇者の思い出】

錬金「……久しぶりだな、若造。わしの研究室に勝手に入ってくるなと言ったのを忘れたか」

若き青年に、堅物そうな男性は言った。

強欲「研究が進んでいるか尋ねに来たんだ。世界一の錬金術師に」

錬金「ふん、くだらん。錬金術師など今この世界にいるものか。賢者の石でさえ創造できん癖に。死者の復活に取り組むなど、狂気の沙汰だと思わんか」

錬金「金と酒と女に溺れた凡人の方がよっぽど健全じゃ。」

強欲「あんたの口からそんな言葉が出るとは」

錬金「これでも昔はヤンチャで優秀な研究者での。地位も名誉も欲した。贅沢な暮らしもな。あの頃は健全じゃった」

強欲「でも、今のあんたは研究を続けている。亡くなった奥方を蘇らせるために」

錬金「人の傷心の理由に興味があるだけなら帰ってくれ。魔王討伐の旅の途中ではなかったか」

強欲「パーティが全滅したんだ。他の者は、みな死んでしまった」
622 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/08(月) 16:21:48.67 ID:cSlOzYY80
錬金は驚いた顔をした。

錬金「なんと……。精霊の加護はどうした」

強欲「精霊殺しの陣の上で戦ったんだ。魔王城の中で、四天王の一体を相手に」

錬金「そやつは、一体どんな」

強欲「再生を司る四天王だった」

錬金「再生?」

強欲「魔族は人間とは比較にならないほどの体力を有している。そのせいか、回復呪文の効果は薄い。人間が生き延びることを優先しているとしたら、魔族は破壊することを優先とした戦闘能力を有している」

強欲「奴は、膨大な体力を持ちながらも、自身の体力を全快させることのできる巨大な魔物だった。人間の場合に生じる回復呪文に伴う副作用も、一切抜きでな」


強欲「奴の攻撃パターンは二つ。祈りを捧げた後の全体攻撃。そして、祈りを捧げた後の完全回復」

強欲「祈りの時間は長く、行動速度だけは劣っていたといえる。祈りを捧げている間に俺達は攻撃を加え、やつが祈りを終えそうになったら遠くへ離れて防御の結界を張る。そして再び祈りを唱えたところを攻撃する」

強欲「奴は俺らを見くびっていたと思う。攻撃の回数こそ多いものの、回復の回数は非常に少なかった。俺らがコツコツとやつに貯めていたダメージは、本当に些細なものだったのだろう」

強欲「奴の回復が再生だとして、攻撃は腐敗だった」

強欲「放射線状に伸びる腐敗の光は、強力な防御結界さえも溶かした。部屋が広大で逃げ切ることなど出来ずに、攻撃される度に防御の結界で防いだ。」

強欲「行動を繰り返す度に俺らは体力や魔力をすり減らしていった」
623 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/08(月) 16:25:43.30 ID:cSlOzYY80
強欲「戦士が、身体の一部を溶かされた。僧侶が回復呪文を唱えても、再生したそばから腐敗してしまう。禁術級の状態異常だ」

強欲「勝ち目がないと思った俺達は、逃げ出そうとした。しかし、いつの間にか入り口が消滅していた。おそらく、奴の細胞が壁として埋め込まれていたんだ。俺達が入る時は腐敗した状態で地面に溶けていて、回復の祈りとともに壁として再生したんだ」

強欲「魔法使いが爆発呪文を唱えてそこら中の壁に穴を開けようとしたが、材質は極めて頑丈で、削る程度だった。奴の身体で構成されていた入り口の壁が一番脆いと考え、必死で探した」

強欲「だが、結界を張れる僧侶の魔力が尽きてしまった。奴が腐敗の光で攻撃してきた時に、僧侶が俺らの前で仁王立ちした。光は彼女だけに注ぎ込まれた」

強欲「美しかった彼女は一瞬で腐敗した。灰色の、ドロドロの液体になって地面に解けた。しかし、肉体保護の棺桶が出現し、彼女だった物質はその中に保管された」

強欲「奴が再び祈りを捧げている間に、入り口らしき箇所を見つけた。魔法使いは爆発呪文を一心に打ち込んだ。奴の細胞の壁が大きく削れたが、奴は二度目の攻撃を繰り出してきた」

強欲「次は戦士が仁王立ちをした。逞しかった身体が一瞬で腐れ落ちた。彼にも肉体保護の棺桶が出現し、ドロドロの液体を包み込んだ」

強欲「魔法使いが再度爆発呪文を唱えると、人が一人分やっと通れるくらいの穴が空いた。すると、魔法使いが俺を強引に引っ張った。彼女は仁王立ちをして俺をかばった」

強欲「後ろで彼女の溶ける音を聞きながら、穴を通って入り口から出た。精霊殺しの陣の及んでいない範囲に無事に戻った」
624 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/08(月) 16:28:00.51 ID:cSlOzYY80
強欲「俺はそこで1つの大きな疑問とぶつかった」

強欲「精霊は勇者である俺の魂の中に宿っており、パーティメンバーの魂と俺の魂を常につなぎとめている」

強欲「パーティメンバーが死んだ場合には肉体保護の棺桶を召喚させる。そして、パーティメンバー全員が全滅した際に、勇者の魂から飛び出して、メンバーを神官の元まで運ぶ」

強欲「俺が死んだ場合、精霊は俺の魂から飛び出す。しかし、精霊殺しの陣が敷かれているエリア内に仲間がいる。そうなると、精霊は彼らを助けないのではないかと」

強欲「一度国に戻り、兵士を引き連れて棺桶を取り戻しに行こうと決めた」

強欲「だが、仲間4人で登ってきた魔王城を、一人で脱出するだけの体力も魔力も俺には残っていなかった。上級の魔物に囲まれた時に、俺は仕方なく自殺をした。精霊殺しの陣のある部屋に連れ戻されたら終わりだと思ったからだ」

強欲「教会で目覚めた。あたりを見回しても、仲間の姿は見えなかった。同時に、自分の右腕に見覚えのない腕輪が巻かれているのを確認した」

強欲「見たこともないほどに強力な装備を得た俺は、上級の術士を引き連れて再度魔王城に侵入した。今までの苦労が何だったのかと思うくらいに、四天王の部屋に容易にたどり着いた」

強欲「奴が一度目の攻撃のための祈りを始めた時に、俺は奴の体力を半分削った。防御の結界で一度目の攻撃をやり過ごすと、奴は回復のための祈りを唱え始めた。俺はその間に奴を絶命させた」

強欲「部屋の隅に、異臭を放つ棺桶が3つ転がされていた。俺はそれを精霊殺しの陣の外まで引っ張り出した」

強欲「途中で出くわした魔物は全滅させていたから、術士には元来た道を通って帰ってもらった。俺はその場で自殺を試みて、仲間とともに教会へ転送され、蘇生されることを試みた」

強欲「再び教会で目覚めたものの、俺はまたしても一人だった。棺桶に入っていた仲間は転送されていなかった」
625 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/08(月) 16:35:16.90 ID:cSlOzYY80
強欲「俺は今の状況を整理した。そして、精霊がどのように行動したのか、1つの想像に行き着いた」

強欲「最初の戦闘で俺が自殺した時。精霊は俺の魂から飛び出した。まずは俺の棺桶を掴んだだろう。そして、仲間の元へ向かおうとしたはずだ」

強欲「そこで、精霊殺しの陣の敷かれている部屋に入ろうとした。自分を焼き切るような魔力を感じ、その部屋に入ることを恐れた」

強欲「しかし、精霊は勇者が魔王を倒すことを補助しなければならない使命を帯びている。当然勇者の仲間の救済も含まれている。しかし、救済しようとすれば、自身が消滅し、勇者の保護ができなくなってしまう」

強欲「世界の均衡を保つための勇者補助、という精霊の使命において、棺桶の教会への持ち運びは義務となっている。そのため、精霊個人の独断で、棺桶の転送を保留するという行動に出れなかったのであろう」

強欲「矛盾を解消しようとした精霊は、強引な手段に出た。俺と仲間の、パーティメンバーの契を解消したんだ」

強欲「精霊は勇者である俺だけを教会へ運び、義務を果たした」
626 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/08(月) 16:36:33.06 ID:cSlOzYY80
錬金「……そうか」

錬金「お前が手にした腕輪は、大罪の装備に違いないじゃろう。おそらく、強欲の腕輪と呼ばれるものじゃ」

錬金「強欲だから、選ばれたのではない。強欲になるから、選ばれたのじゃ」

錬金「改めて問おう。お前の望みはなんだ」

強欲「…………」

強欲「金でも何でも、欲しいものはすべてかき集めてやる。この街ももっと発展させて、世界中から優秀な人材が集まるような都にしてみせる」

強欲「だから。俺が持って帰った3つの棺桶の中に眠る、腐敗した泥を再生してほしい。あの世に行った魂をこの世に呼び戻す研究を続けて欲しい」



今まで手にしてきた現実で価値あるものが、全て虚構だと知った。

金は命より軽い。

命のためならば、人は全てを差し出し、奪う。

命を手に入れようとする時に最も。

人は強欲に忠実となる。



強欲「俺の仲間を、生き返らせてくれ」



強欲の勇者達 〜fin〜
627 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/08(月) 16:38:22.64 ID:cSlOzYY80
しばらく間をあけて、怠惰編を投稿します。
ご愛読ありがとうございます。
628 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/08(月) 21:14:09.75 ID:2jLvg47DO
乙です
629 : ◆uw4OnhNu4k [sage]:2018/01/16(火) 23:31:41.17 ID:ToQeKPLT0
仕事が繁忙期に入りほとんど書く時間が取れず、
次の投稿が3月下旬になりそうです。
GW前には完成出来るように努めてみます。
ご支援してくださってる方には申し訳ありませんが、
もうしばらくお待ち頂けると幸いです。
630 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/02(金) 02:10:43.64 ID:UmFP4B0r0
応援してます
631 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/22(木) 01:04:33.16 ID:sFdH0VF70
☆ゅ
632 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/17(土) 20:22:10.65 ID:uzWLd5/40
『努力』

好きな仕事。好きな家。好きな場所。好きな食べ物。好きな服。

運が良ければ、好きな人も。

努力によって手に入れられる価値あるものは多い。

努力といって具体的には、勉強をしたり、身体を鍛えたり、価値あるものを提供することなどが挙げられる。

労苦に耐えてでもほしいものがあるならば、努力は必要だといえる。

労苦に耐えてまでほしいものがないならば、努力は必要ない。

多くの人間は、楽園を望む、

楽園とは、努力をせずにあらゆるものが手に入る場所のことである。

楽園を手に入れるには、皮肉なことに、対価として人生一生分の努力を要する。

楽になるために、苦労を伴うのであれば、人は楽などいらないと言ってしまう。

怠惰に生きるためならば、人は手段を選ばない。

頭を働かせずに済むために、いくらでも知恵を絞る。

身体を動かさずに済むために、いくらでも口を動かす。

身体を鍛えるのも。

知識を身に付けるのも。

めんどうくさい。

めんどうくさいという、ただそれだけの理由で、全て億劫になってしまう。

周囲の信頼を失って、居場所を失ってでも、剣を振るったり、活字を読み込むことなんて、ごめんなのだ。

横たわり、何もせずに過ごした時間を全て鍛錬に費やしていれば。

愛する人が燃えることも、憎き相手が嘲笑うことも、防げたかもしれないというのに。

後悔するとわかっていながら、動かない。

自分を磨かず生きてきた青年は、本音に気付いた。

【第6章 怠惰の監獄 『努力の足枷』】

世界を救うくらいなら、二度寝した方がマシだ。
633 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/17(土) 20:23:57.48 ID:uzWLd5/40
嫉妬「くそが!!!」

嫉妬の王国の地下牢で、嫉妬は怒りに呻いた。

嫉妬の足元には割れた壺の破片が散らばっていた。

嫉妬「本物の封印の壺はどこにある!!あの遊び人を電流の拷問にかけたが、在り処を知らなかった!!妙な仕込みをしていやがった!!」

怠惰「勇者も同様です……」




勇者「……ざまーみろ。見つかりやしないさ」
634 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/17(土) 20:26:29.90 ID:uzWLd5/40
強欲の都での決戦前日。

強欲は、都にいる上級の術士を全員集めた。

封印の壺と全く同じ見た目の壺を複製しており、たった1つの本物と偽物を混ぜてランダムに彼らに渡した。

彼らは、各々の思う場所へ飛び立ち、壺をひと目のつかないところに隠して、完全な結界を施した。

嫉妬に敗北した場合の対策であった。

もしも嫉妬に敗北した場合、壺を隠した上級術士達は都から逃げるように言い渡されていた。敵の拷問にかけられて、自分の隠した壺の在り処を吐かないようにするためである。

本物の封印の壺がどういうものであるかわからない以上、嫉妬の勇者が壺の場所を感知することはできない。

大罪の装備と違い、封印の壺は独特の魔力を放たないため、感知は極めて困難なのだ。

だが、安堵していられる時間は長くはない。

勇者「封印の壺はヒビが入っていた。大罪の装備の魔力に耐えきれずに、やがて割れてしまう。そしたら奴らに感知される可能性が極めて高まる」

勇者「その前に、なんとかしないと……」

そうはいっても。

懐かしの故郷で。

囚人服を着せられ、牢獄の中に閉じ込められている勇者にとって、状況は、絶望的であった。
635 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/17(土) 20:29:55.51 ID:uzWLd5/40
勇者「ううううぐぁああああああああああ!!!!」

勇者は檻に捨て身でとっしんした!!

檻に1のダメージを与えた。

勇者「ぐぅえええっ!!!??」

勇者「いってぇええええええ!!!!!!」

勇者は大きなダメージを負った。

勇者「うぁああああああああ!!!!」

勇者は檻に捨て身でとっしんした!!

檻に1のダメージを与えた。

勇者「うぐぁ……」

「さっきからうるさいなぁ。やめるか、そのまま死ぬかどっちかにしてくれよ」

隣の牢獄からの苦情には耳を傾けず、勇者は檻を睨みつけた。
636 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/17(土) 20:47:09.75 ID:uzWLd5/40
怠惰の監獄と呼ばれるようになった勇者の故郷は、特殊な事情で捕まった者達が投獄されている。

盗みや殺しなどの罪を犯したものではなく、王族、貴族、研究者、政治犯など、人質や重要な情報を知る人物が投獄されている。

屈強な戦士や、上級術士等もいるが。

「諦めなよ。ここから脱出できた人は未だ一人もいないって話だよ」

勇者「…………」

「檻自体が特殊な素材で出来てるんだ。物理攻撃が効かないのはもちろん、呪文も全て反射されてしまう」

「なによりも、この地には呪いがかけられているんだ。向かいの囚人達を見てご覧よ」

勇者は反対側の牢獄を見た。

ぐったりとうなだれている、白髪の男性がいた。

「あれでも名のある賢者だったんだ。嫉妬の勇者からの協力の要請を断ったらしい。かつての英雄達も、ここに来たら廃人さ」

「僕たちももうじきああなるさ」

この地に連れてこられてから、身体に気怠さが重くのしかかっているのを感じていた。

勇者は気づいた。

怠惰の勇者が支配するこの地は、怠惰の装備によって無気力化されているのだと。

脱出を試みようと檻にダメージの蓄積を続けていた者も、一週間も経てば無気力になり、動かなくなってしまうのだった。

「楽観的に考えようよ。僕らは働かなくて済むんだ。かつてのここの住人は、嫉妬の王国の奴隷にされてるって話だよ。それに比べたら……」

勇者「えっ……」

勇者が息を飲んだ時に、足音が近づいてきた。
637 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/17(土) 21:06:54.92 ID:uzWLd5/40
怠惰「仲良くおしゃべりだなんて。もうあの遊び人のことは見捨てたのかしら」

勇者「怠惰……」

怠惰「勇者。故郷に帰ってきた感想はどうかしら?」

勇者「どういうことだよ!!どうして嫉妬の勇者の仲間になってるんだ!!それに、故郷のみんなが奴隷になってるって……」

怠惰「最後の最後に事情を知ってあれこれ言うなんて。まるで、魔王討伐前までは冷たい対応だったのに、魔王討伐後に勇者を英雄扱いする国民みたいね」

怠惰は呪文を唱えながら檻に触れると、鍵が開いた。

怠惰「さあ、これで逃げられるわよ」

勇者「えっ」

怠惰「あの時、私達を見捨てた時みたいにね」

怠惰は勇者を蹴り飛ばした。
638 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/17(土) 21:08:32.60 ID:uzWLd5/40
勇者「がぁっ……」

怠惰「よくも、ぬくぬくと生き延びていてくれたわね」

怠惰は勇者を殴りつけた。

怠惰「過去を全部捨てて、やり直そうとでもしたわけ?」

怠惰は勇者を殴りつけた。

怠惰「失われた者達は、決して戻らないというのに」

怠惰は勇者を殴りつけた。

怠惰「今を救って、過去を塗りつぶそうとするんじゃないわよ」

勇者「ごぼっ…………」




勇者は視界がぼやけていった。

薄れゆく意識の中。

このまま自分は、死すべき人間なのかもしれないと、思ってしまったのだった。
639 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/18(日) 01:13:39.12 ID:2zTPbsaX0
乙待ってた
640 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/03/19(月) 00:10:56.45 ID:GdHXJLsA0
やった、更新されてる!
641 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 15:02:12.84 ID:sWHyAgRB0
【怠惰の勇者の思い出】

怠惰「どんまいどんまい」

剣士「そう肩を落とすなって」

勇者「そう言われても……。俺も2人のいる選抜クラスに入りたかったよ」

剣士「気持ちはわかるが、勇者だってろくに鍛錬してなかったじゃないか」

怠惰「ちょっと剣士!!試験前に勇者はちゃんと体力づくりしてたって!!勉強が足りなかっただけよ!!」

勇者「あの、全然フォローになってないんだけど……」

剣士「いずれにせよ幼馴染は幼馴染だ。年齢は違えどな。これからも休日には遊び相手になってやるさ」

勇者「べつにいいし…」

怠惰「拗ねちゃって。やっぱり年下のお子様はかわいいなぁ」

勇者「まーたそうやって!!」
642 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 15:08:47.10 ID:sWHyAgRB0
〜数年後 試練の谷〜

鳥の魔物は羽根の中に魔力の渦を溜め始めた。

大気が震えた。

怠惰「『フルゴラ!!』」

怠惰が呪文を唱えると、空から雷撃が降り注いだ。

しかし、虹色の鳥獣はびくともしていないようだった。

怠惰「何度やっても電撃が効かないわ……。何よ、こんな化物出るなんて、試験官は一言も説明してなかったのに……」

剣士「珍種が谷に迷い込んだんだ。俺がひきつけている間に、怠惰は勇者を連れて逃げろ!!」

剣士は気絶寸前で呻いている勇者を見て言った。

怠惰は勇者を背負った。

勇者「ぐぼ……」

勇者の口から出た血が怠惰の肩についた。

怠惰「本当に、剣士だけを置いていくなんて……」

剣士「はやくしろ!!!」

鳥の魔物は羽根を広げた。

溜め込んだ風の魔力が、剣士に向かって飛び出した。

怠惰「剣士!!!!」



怠惰が叫んだ時。

空から青白い光が注いだ。

青白い光は気絶している勇者と怠惰を包み込んだ。

怠惰「な、なによこれは!!」

鳥の魔物が放った風の呪文は、剣士の身体を貫いた。

その瞬間、棺桶が出現し、剣士の身体を保管した。
643 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 15:12:24.78 ID:sWHyAgRB0
教会で3人は目覚めた。

夜になると、怠惰は一人で長老の屋敷に赴いた。

長老の言葉に怠惰は驚いた。

怠惰「間違えた?」

長者「そうとしか考えられん」

長老「精霊はお主に取り付くはずじゃった。幼き頃から雷の呪文を操りし、勇者の資質を持って生まれた者。その者の強い心の動きに呼応して精霊は現れた」

長老「ただしその時に背中に勇者を背負っていた。精霊は誤ってあやつに取り付いてしまったのじゃろう。ろくに鍛錬もせず、呪文も使えぬあいつに、勇者の資質があるとは思えん」

怠惰「だったら、もう私に精霊の加護が取り付くことは……」

長老「ないじゃろう。お主は精霊の加護のない勇者となり、あやつは勇者でないのに精霊の加護を持つ者となったのじゃ」

長老「急遽だが、旅立ちの時は来た。本来であれば、お主と、剣士と、優秀な術士をつけて冒険させる予定じゃったが」

長老「勇者を連れて行け。戦闘の役には立てずとも、精霊の加護はあるだけで役立つ」

長老「なんせ、殺されても死なないからの」
644 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 15:15:52.99 ID:sWHyAgRB0
〜旅の途中〜

今日も帰り道は険悪ムードだった。

剣士「お前がそんなんだから、せっかく仲間になってくれたあの魔法使いも見切りをつけて出ていったんだ!!」

勇者「そんなこと言われたって……」

剣士「なんで戦おうとしないんだ!!」

勇者「できることはやってるよ!!俺の実力なんて最初から百も承知だったじはずじゃないか」

剣士「お前があの時!!」

怠惰「もううるさいよ……。宿に戻って休もう。クエストは無事完了したんだから」


お金だけはたくさんあった。

剣士も怠惰も戦闘能力にはかなり秀でており、キメラ狩りなどの上級クエストもクリアすることができた。

しかし、いつしか、良質の宿屋に泊まるときも、3人分の個室を取ることが増えていった。



勇者「くそ!!馬鹿が!!」

勇者「どうして俺が冒険なんかでなくちゃいけねーんだよ!!」

勇者「もう起きたくない。一生寝てたい。何も背負いたくない。何も考えたくない」

勇者「できねーよ。もう逃げさせてくれよ。努力したくねーよ」
645 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 15:16:56.77 ID:sWHyAgRB0
勇者こそ、最初は喜んでいた。

親しく、憧れの幼馴染の2人と、一緒に冒険ができると。

しかし、2人には才能があったし。

今まで積み重ねてきたものの差もあまりにも多すぎた。

勇者「努力が足りないっていうけど。才能があったら、俺だって努力していたさ」

勇者「センスがないんだよ。自分でもわかるんだ」

勇者「剣術の訓練なんてそう。パターンの記憶しかできない。これからどんなに頑張っても、100万通りある戦い方の、千通りの戦い方を暗記して終わってしまうだけだ」

勇者「剣士なんて身体の中に無限の戦い方の記憶が埋め込まれてるみたいだ」

勇者「呪文だって怠惰みたいに使いこなせない。呪文書に向き合っても、理論をまるで理解できない。感覚で唱えられる天才型でも決して無い」

勇者「はあ、嫌だな。寝たくないな。明日起きたくないな」

勇者「幼馴染とか、性格がどうとか関係ない」

勇者「人間関係って、実力で決まってしまうんだ」

勇者「レベルがあがったら遊び人にでも転職しようかな。そしたら戦えなくても許してくれるかな」

勇者「それとも、俺が、冗談言ったり、変な踊りを踊っても、あの2人は白い目で見てくるだけかな」

勇者「昔みたいに、もう笑い合ったりできないのかな」
646 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 15:19:23.40 ID:sWHyAgRB0
〜幻の巣〜

剣士「また、あの時と同じか……」

町を壊滅に陥れた魔物の討伐に来ていた。

それは、巨大な虹色の鳥の魔物だった。

剣士「成長しているのは人間だけではないってことか」

怠惰「剣士、無謀な攻撃はしないでよ。頂上まで着くのにこれだけの日を要したのよ。ここではあいつの魔力で移動の翼が効力を失うんだから。これで教会に転送されたら、こいつはまた卵を持って他のエリアへ……」

剣士「わかってる」

剣士「勇者、俺と怠惰がやつを引き付ける。その間にお前はたまごを奪うんだ」

勇者「…………」

剣士「どうした、できないのか?」

勇者「……やるよ」
647 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 15:32:15.42 ID:sWHyAgRB0
剣士と怠惰が魔物の注意をひきつけている間。

魔物の巣に勇者は駆け寄った。

勇者「これが……大賢者の言ってた……」

虹色の小さなたまごを掴んだ。



勇者が駆け戻ってこようとしたとき、鳥の魔物は振り返った。

そして、たまごを抱える勇者を見て、雄叫びをあげた。

剣士「まずい、気づかれた!!」

魔物は毛を逆立て、勇者に向かって駆けてきた。

怠惰「勇者!!はやく自殺してよ!!たまごの所有権は今私達にあるわ!!」

勇者「い、いきなり言われても困るよ!!」

両腕でたまごを抱えながら、勇者はパニックに陥った。

魔物が足を伸ばし、勇者の首を引き裂こうとした。

勇者「うわぁ!!」

勇者は身体をのけぞらし、思わず手を顔の前に出した。



勇者の腕は引き裂かれた。

勇者の両手から大量の血が溢れ出した。

卵は地面に落下し、割れてしまった。

怠惰「卵が!!!」

勇者「……うぐぁあああ!!!」

勇者「いだい!!!いだい!!!!か、回復!!はやく!!!」

怠惰はショックのあまり呆然としていた。

魔物さえ、割れた卵を見つめながら、動きを止めてしまった。
648 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 15:36:48.94 ID:sWHyAgRB0
剣士「おい、この無能」

剣士は痛みに呻いてる勇者の胸ぐらを掴んだ。

剣士「これで、1つの町の命が無駄になったぞ」

剣士「お前には精霊の加護しかないのか。お前自身の価値はどこにあるんだ。お前は何のために生きてるんだ」

剣士「どうして俺達と一緒にいられる。平気で歩いてこれたんだ。飯を食って、寝てこれたもんだ。俺らがどんな思いを抱えてきたかなんて、お前は一生知ることはないんだろう」

剣士「お前なんか、仲間にするんじゃなかった」



剣士は怒りにまかせて言葉を吐くと、割れた卵を見つめたままの魔物の背後に忍び寄っていった。

勇者は霞んだ景色を、ただ不思議な気持ちで見ていた。

迷惑をかけないように、行動してこなかったことで今まで怒鳴られていたのに。

いざ、役に立ちたいと思って動いてみたら、また失望された。

両手から血を流しても心配などされないくらいに、自分はこのパーティで無価値な存在となってしまった。

勇者「…………」

憎しみがわいた。

幼い頃より誰よりも早く起きて剣術の訓練をしていた剣士。

幼い頃より誰よりも遅くまで呪文集を読み込んでいた怠惰。

そして、今ある時間を過ごしたいように過ごしてきた勇者。

自業自得の報いを受けただけに過ぎないのに。

勇者は、世界に、2人に憎しみを抱えた。

勇者「……滅べ。滅んでしまえ」

勇者「自分を認めてくれない、こんな世界……」

勇者「魔王に滅ぼされてしまえ……」

勇者はつぶやいた。
649 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 15:45:30.40 ID:sWHyAgRB0
魔物は身体を起こすと、目を閉じた。

虹色の羽毛が真っ赤に色を変えた。

魔物は振り返り、剣士に向かって羽根を向けた。

剣士「まずい……」

剣士が防御の姿勢を取るよりも早く、飛び出した羽根が剣士の身体に刺さった。

バサバサと音を立てながら、無数の羽根が剣士の全身に刺さっていく。

身体中からどばどばと血が溢れ出した。

剣士「……ガ……ゴ……ギギ……」

目をまわしながら剣士は崩れ落ちた。



異変は明らかだった。

怠惰「……どういうことよ」

怠惰「ねえ、なによ。どうして棺桶が出現しないのよ!!」

怠惰「精霊の加護を防ぐ通常攻撃なんて理論上ありえないわ!!どういうことなのよ!!」

怠惰「……まさか」

怠惰は、勇者を見た。

勇者はもがれた両手を突き出し、朦朧としながらうすら笑いを浮かべていた。

怠惰「あんた……まさか!!」

怠惰「パーティを解除したのね!!」
650 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 15:46:38.16 ID:sWHyAgRB0
バサバサという音が再び響き、怠惰は鳥の魔物を振り返った。

羽根の色は虹色に戻っていたものの、魔力を蓄え、次の攻撃準備にうつろうとしていた。

怠惰「こ、ころされる……」

怠惰「し、しぬ……」

怠惰の全身に汗が吹き出た。

足が震えてまともに立てなくなった。

怠惰「う、うそでしょ……し、しにたくない……」

怠惰「勇者、ちょっと、冗談でしょ……」

怠惰は震えながら勇者に近づいた。

両手から血を流していた勇者は、出血多量で死亡した。

棺桶が即座に勇者を保管し、精霊が出現し、教会へと転送した。

塔の頂上には、剣士の死体と、伝説級の鳥の魔物と、怠惰だけが残された。

怠惰「……はは、見捨てられた。し、死ねってことなのね……」

怠惰「やだ……。死にたくない……」

怠惰「だ、誰か助けて……」



怠惰が恐怖で震えていると、鳥の魔物は気が変わったのか、魔力を溜めるのをやめた。

そして、剣士の亡骸に近づいた。

くちばしを伸ばし、死体を貪りはじめた。

液体の飛び散る音が響いた。

怠惰はよろけ、転びながら、今まできた道を急いで引き返していった。
651 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/22(木) 00:50:01.52 ID:xeSHWv790
652 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/22(木) 01:52:05.72 ID:crdEtf/DO
653 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/24(土) 08:10:25.70 ID:TCmnjeZu0
〜翌日〜

「おーい、生きてるぅ?」

勇者「……うぐ……」

「ここからじゃ見えないけど、ひっどい音が聞こえてきたよ。なんか、昔仲間を見捨てて逃げたそうじゃないか。殺されないだけましだよ。毎日拷問攻めにされたっておかしくない」

勇者「……俺を殺せない理由があるんだと思う。あいつらの求めてるものについて、俺が何か知ってるかもしれないと思ってるんだ」

「でも、もう拷問にかけられたんだろ?吐かずに耐えたっていうのかい?」

勇者「俺自身でさえ大した情報ではないと思っていることが、奴らにとっては大きな価値を持つことがある。電撃流しの拷問はそういう繊細な情報の引き出しには不向きなんだ」

「ふーん」

勇者「それより、この数日間で俺以外に投獄されたやつを知らないか。職業は遊び人で、女の子なんだけど」

「私のこと?」

勇者「……そういう冗談はいい。とにかく、何か知ってることがあったら何でも教えてくれ」

「今夜のご飯は肉が出るよ。楽しみでしょ」

勇者「そういう冗談は良い」

「自分では大したことないって思ってることでも、誰かにとっては大事な情報かもしれないってさっき自分で言ってたじゃん」

勇者「俺が言いたいのは」

「カリカリしないでよ。ここは怠惰の監獄だよ?焦ってどうするのさ」

勇者「その焦りも消えてしまったらどうするんだよ」

「その時は今の意識さえ消えてしまってるんだ。怠惰に生きていけばいい」

勇者「ふざけた理屈だ。そんなの、死んだらどうせ無になるから、死んでも構わないって言ってるようなものじゃんか」

「死んでもかまわないけどなぁ」

勇者「口だけだ。いざ死に直面したら」

「うぐっ!!!!」

勇者「な、なんだよ」

「うぐっ……おぇええ……」

勇者「布の音……衣類を首に巻き付けてるのか!?」

「……こ……に……」

勇者「お、おい!!誰か!!誰か!!」

「こんやは……おにく……」

勇者「…………」

「本当に死ねばいいって思った?嫌だよ、生きたいから生きてるんだもの。死にたくないから生きてるなんて言ってる奴らはみんな嘘つきさ。おやすみ」

654 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/24(土) 08:11:56.02 ID:TCmnjeZu0
〜翌日〜

ガン!ガン!

「……うるさいなぁ。また檻を破ろうとしてるの?」

勇者「……救いにいかなくちゃいけない人がいるんだ」

「遊び人の女の子を探してるって言ってたね。恋人なの?」

勇者「そんなんじゃない」

「それじゃあ片想い?」

勇者「…………」

「あっ、ちょっとイラッとしてる」

勇者「パーティメンバーだよ。もう、今は違うかもしれないけど……」

「なにそれ」

勇者「俺の中に宿っている精霊を破壊されたんだ。パーティメンバーは精霊の力を授かったものが、仲間として認識することで結成される。その精霊がいなくなってしまえば、もう効力は無いんだ」

「えっ、職業勇者だったの!?」

勇者「違う。精霊が宿っただけの無能だよ。だからここに閉じ込められてる」

「本当の職業は何なの?」

勇者「無職だと思う。でも、案内人に向いてるって言われたことはある」

「なにそれ、面白いんだけど。珍しいじゃん」

勇者「ありがとよ。ところで、あんたとおしゃべりしている暇はないんだ」

「いくら体当りしても無駄だよ」

勇者「今の俺は身体能力を強化されているんだ。その代わり寿命を消費しやすい体質になっているけど。1ヶ月もきれたら効果が消えてしまうらしい。まあ、あんたには何のことだかさっぱりだろうけど……」

「人そのものに枕詞をつけたんだね。『大罪の』って。怖いことする人もいるもんだよね。大罪の一族でさえその枕詞は中々つけないものなんだよ。超優秀な賢者ならともかく」

勇者「大罪の一族を知ってるのか!?」

「…………」

勇者「知ってるんだな?」

「…………」

勇者「えっ?なんでいきなり黙った?」

「些細な情報に驚くと相手は喜んでもっと大きな情報を教えてくれる。大きな情報に興味がそそられないふりをすると相手はムキになってもっと細かい情報を教えてくれる」

勇者「……ふ、ふーん。大罪の一族か、どうでもよさそうな話だな」

「じゃあ話さなーい」

勇者「絶対言うと思った!!」

「絶対言うと思ったって絶対言うと思ってたからもう話さない」

勇者「絶対言うと思ったって絶対言うと思ってたからもう話さないって絶対言うと思っ」

「絶対言うと思ったって絶対」
655 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/24(土) 08:12:45.14 ID:TCmnjeZu0
〜翌日〜

勇者「いいこと考えた」

「どうぞ」

勇者「死んだふりをすればいい。そしたら死体だと思って引きずり出してくれる。食事が来たときにでも試そう」

「今まで誰も試みなかったと思う?」

勇者「どうなったんだ?」

「死体には魔弾が撃ち込まれるんだ。死んだふりをしている生者じゃないか確かめるために。ここの食事は魔力を奪う素材が使われているから、防御呪文も唱えることはできないよ」

勇者「抜かり無いな」

「そういえば体当たりばかりで、呪文を使おうとはしなかったね。普通みんな呪文から試そうとするもんだよ」

勇者「ろくに使えないんだよ。精霊の信頼が一般人よりも全然無いんだ」

「精霊の加護がついてたのに?変なの」

勇者「あんたはどんなのが使えるんだ」

「ドラゴンになる呪文とか」

勇者「えっ!?」

「使えたら楽しいだろうなあって妄想する呪文」

勇者「はいはい」

「想像は魔法だよ。実際に目の前に現れるか現れないかの違いだけだ」

勇者「かなり大きく違うと思うんだけど」

「こんな独房の中で発狂せずにいるのに必要なのは、頭の中の世界をひろげることだよ」

勇者「あんたはいつからここにいるんだ」

「いつからだと思う?」

勇者「俺と同じくらいからじゃないのか?」

「そういうことを想像するだけでもいい訓練になると思わない?」

勇者「何の訓練だよ。妄想か?」

「呪文の訓練だよ」

勇者「えっ?」

「頭の中に強く思ったものだけが、目の前に現れるんだよ。だから、現実を大切にしたければしたいほど、想像することをやめちゃ駄目だ」

勇者「そっか……。たしかに、そうかも。俺も自分の願いを浮かべて……」

「肉肉肉肉肉」

勇者「せっかくいい話だったのに」

その夜の食事は質素なスープだった。
656 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/24(土) 08:14:01.10 ID:TCmnjeZu0
〜翌日〜

「貴族が貴族である所以は、努力をしなくていい人間であるからだよ。つまり、働かないっていうのは偉いってことなんだ」

勇者「遊び人が聞いたら泣いて喜びそうな言葉だな」

「奴隷が何を強いられているかといえば、労働の二文字に尽きるよ。奴隷が反乱を起こしたのは、命を賭けてでも、働くことを辞めようとしたからだよ。それこそ、命がけの労働から逃げるためにも」

勇者「嫉妬の勇者は元奴隷だって言ってた」

「同情するかい?」

勇者「俺の育ったこの地域は、奴隷制度なんてものとは無縁だったから。正直、あんまり想像できないよ。それに労働はまた別問題だろ。今の時代王様だって忙しそうに働いているさ。職業あるものみな労働者さ」

「だとしたら職業無きあんたは最も偉大な存在だ」

勇者「はいはい」

「誰だって労働なんてしたくないのさ。労働せずに色々なものを手に入れられるならそれがいいに決まってる」

勇者「俺も努力は嫌いだった」

「努力と労働はまた別だよ。最低限を求めるのが労働で、最大限を求めるのが努力なんだから」

勇者「正反対だな」

「働いてる人々がみんな最大限の幸福を追求しているように見えるかと尋ねられたら、そんなことはなさそうに見えるだろう?頑張って何かを入れることより、頑張らないことの方が楽なんだもの」

勇者「頑張らない方が楽なのは当たり前だろう?」

「好きな人と結婚して、子供を産んで、幸せな家庭を持つ可能性をあげるくらいなら、訓練もせずに怠けていた方がましだ、ってことの何が当たり前なのさ。ありふれた怠惰というのは、実に非常識なことなんだよ」

勇者「なんで俺は頑張れなかったんだろう」

「人が今までやってきたことを繰り返すのは、生き残る確率が高いからに違いないからじゃないかな。昨日と同じ道を通れば、新たな危険に遭遇せずに済むからね。変化に適応できない生物から死ぬというのに、皮肉な話だよ」

勇者「平穏に生き伸びることだけを考えて怠惰に過ごしていたら死にたくなる人生を送ってしまったわけか」

「人生皮肉だらけだね」
657 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/24(土) 08:26:10.11 ID:TCmnjeZu0
〜翌日〜

「精霊が失われたとわかった時どんな気持ちだった?」

勇者「自分が失われたような感触だった」

「それは精霊への愛情?」

勇者「違う。精霊の加護がなくなったことによって、自分の唯一の取り柄がなくなってしまったという絶望」

勇者「それは、今まで隣にいてくれた人が、離れていくかもしれないという恐怖でもあった」

「離れると思う?あんたの大事な遊び人さんとやらは」

勇者「……あの子は多分、そういう子じゃない。俺と冒険を始める理由に精霊の存在はあったかもしれないけど。精霊がいなくなったからって、人を見捨てるような子じゃない」

「だとしたら、離れていくのは君自身からだね。精霊のいいない素の自分に失望されるのが怖くて、距離を置かれる前に距離を置こうとする未来が見えるよ」

勇者「…………」

「だから今までの人生努力していた方がよかったのに」

勇者「みんなが口にするセリフだろそれ」

「才能によって人望を得た人は『自分から才能が失われたら何も残らない』という負の側面に目を向ける。努力によって人望を得た人はそうは思わない。才能は手に入れる過程がなかったから一瞬で失うことを想像しやすいけど、努力は積み上げた過程があるだけ失った自分を想像しにくい」

「努力によって培ったものを失った自分なんて、所詮過去の自分に過ぎないからね」

勇者「あんたは今までの人生努力してきたのか」

「もちろんさ。毎日寝てても飯が運ばれてくる生活を追い求めてきたさ」

勇者「夢がかなったというわけか」

「肉肉肉肉肉」

勇者「今夜叶うといいな」
658 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/24(土) 08:59:06.96 ID:TCmnjeZu0
〜翌日〜

勇者「…………」

「…………」

勇者「…………」

「……何考えてたの?」

勇者「何も」

「嘘ばっかり。真面目なこと考えてたんでしょ」

勇者「精霊って何なんだろって考えてた」

「ふーん。で、何だったの?」

勇者「信頼そのものだった」

「信頼?」

勇者「人間の信頼を具現化したものだった。って、精霊を目視したことはないけどさ」

勇者「精霊が人を信頼するんじゃなくて、人に宿る信頼度こそが精霊の力足り得るんだって」

「よくわかんないな」

勇者「実力の高い人は精霊の力をより借りられるようになって、呪文の威力が増すだろ。最たるものが無口詠唱だ。そして、無口詠唱を唱えられる代表的な存在が魔王だった」

勇者「でも、精霊は魔王に宿ったことはかつて一度もない。精霊が力を貸すのはいつも人間だった」

「それは世界の力の均衡を保つためじゃないの?」

勇者「遊び人から聞いたことがある。精霊は、精霊を守ってくれる唯一の存在が人間であると信じていたと」

勇者「俺は、俺に奇跡的に宿りついてくれた精霊を、守ってあげられなかった。精霊は最初から俺に失望していたし、最後の瞬間まで思った通りの出来損ないだった」

勇者「一度でいいからさ。信頼されてみたかった。信頼されるような自分になるべきだった」

勇者「変わりたくても、変われなかった」

勇者「多くの人間は、努力する人間が好きだ。それは多くの人間が、変わりたくても変われないからだよ」

勇者「頑張っても変われないんじゃなくて。変わりたいのに頑張れない」

勇者「頑張ったら、変われるというのに……」

「……一度でも頑張ったことあるの?」

勇者「最近、少し頑張ってた。でも、間に合わなかった」

勇者「三つ子の魂は百までっていう通り、俺の性根が腐っていることはきっと死ぬまで変わらない」

勇者「けれど。後悔の日々の積み重ねの先に、自分の中に新しい魂が宿ることもあると思うんだ。ひねくれていた頃の自分では決して信じられないようなほどの、希望や善意に満ちた自分がさ」

勇者「戦わなくていいと言ってくれた人のために、戦おうって思ったんだ」

勇者「俺だけじゃない。今まで散っていった数多くの勇者の願いはきっと一緒だったに違いない」

勇者「好きな人が、遊んでいられる世界をつくろう」

「…………」

勇者「遊び人という職業を生むために、賢者という強き職業が存在しているのかもしれない」
659 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/24(土) 09:51:08.54 ID:TCmnjeZu0
〜翌日 深夜〜

コンコン

勇者「なに?」

「あっ、起きてた」

勇者「眠れないからな。あんたと同じだ」

「へへっ。あのさ、暇だから昔の話でもまたしてよ」

勇者「どんな?」

「将来の夢とか」

勇者「冒険譚を自分で書くのが夢だった」

「へー!意外」

勇者「俺も世界各地の異変を自分の目で見て。冒険譚を自分で書いて。故郷のやつらから尊敬の眼差しを集めようなんて妄想して」

勇者「認められること、見られることばかり考えて、誰のことも見てあげようとはしなかった。そのせいで、今や監獄となった故郷で、こうして閉じ込められることになった」

勇者「悔いだらけだな。自分には才能もないって努力もしないで。故郷のやつらが今の俺を見たらどうおもうかな。駄目なままだって思うかな」

勇者「こんなところに閉じ込められたら、怠惰の呪いがなくても過去を思い出して廃人になりそうだよ」

「…………」

「今まで馬鹿なことしちゃったね」

勇者「本当だよ」

「まして、才能なんてものに縋ろうとするなんてさ」

「才能って、誰もができないことを自分だけはできることを言うでしょ」

「努力って、過去の自分ができなかったことを今の自分ができるようにすることを言うでしょ」

「努力しておけば、とにかく間違いは起きなかったのにね。他人よりいくらスピードが遅くてもさ。昨日の自分より今日の自分が遅いってことは絶対ありえないんだから」

「一歩も進まなくても他人により秀でるのが才能だとしたら、昨日の自分より一歩秀でることが努力なんじゃない?なんだか、そっちの方が幸せを感じて生きられそうじゃない?」

「だからさ」

「今から、また変わればいいじゃん」

勇者「でも、どうやって……」

「こうやって」





ガチャリ。




660 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/24(土) 10:33:32.52 ID:TCmnjeZu0
勇者「……えっ」

勇者が格子に手を触れると、扉箇所が開いた。

今夜は曇りなのか、月明かりも差しておらず、いつも話していた相手の顔をろくに判別できなかった。

勇者は驚きを抑えつつ、小声で尋ねた。

勇者「鍵を盗んだのか?」

「持ってた」

勇者「持ってた?」

「看守だから」

勇者「はっ?あれ、いつも食事を運んできた看守は……」

「役目が細かく分かれててさ。死んでるかもしれない人に魔弾を打ち込んで生存確認なんかをするのが僕の役目なんだ」

勇者「隣の部屋の囚人かと思ってた……」

「隣の部屋は今空き部屋だよ。労働者を強いられている奴隷という意味では、囚われていることに変わりはないんだけどね。みんなと違って故郷にいられるだけましかも」

「今まで騙しててごめんね。本音を聞きたかったんだ。もうちょっと聞きたかったけど、看守は一定期間ごとに交代されるんだ。怠惰の装備とやらの影響で看守自身が働かなくなってしまうからね」

看守は勇者の手を引くと、監獄の外へ連れ出した。
661 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/24(土) 10:35:00.04 ID:TCmnjeZu0
勇者「……えっ」

勇者が格子に手を触れると、扉箇所が開いた。

今夜は曇りなのか、月明かりも差しておらず、いつも話していた相手の顔をろくに判別できなかった。

勇者は驚きを抑えつつ、小声で尋ねた。

勇者「鍵を盗んだのか?」

「持ってた」

勇者「持ってた?」

「看守だから」

勇者「はっ?あれ、いつも食事を運んできた看守は……」

「役目が細かく分かれててさ。死んでるかもしれない人に魔弾を打ち込んで生存確認なんかをするのが僕の役目なんだ」

勇者「隣の部屋の囚人かと思ってた……」

「隣の部屋は今空き部屋だよ。労働者を強いられている奴隷という意味では、囚われていることに変わりはないんだけどね。みんなと違って故郷にいられるだけましかも」

「今まで騙しててごめんね。本音を聞きたかったんだ。もうちょっと聞きたかったけど、看守は一定期間ごとに交代されるんだ。怠惰の装備とやらの影響で看守自身が働かなくなってしまうからね」

看守は勇者の手を引くと、監獄の外へ連れ出した。
662 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/24(土) 10:36:44.42 ID:TCmnjeZu0
「勇者、無理しないでね。でも、頑張るんだよ」

「戦い続けなければいけない、なんてことはない。勝ち目のない相手と戦って、負けて死んじゃったらどうするの」

「逃げ続けてもいい、なんてことはない。守るべきものを守れなくて、生きがいを失っちゃったらどうするの」

「選択肢は2つあったんだ。戦い続けるか、逃げ続けるか、じゃなくて。今日は戦って、明日は逃げて、を繰り返してもよかったんだ」

「でも、とりあえず今は逃げなきゃだね。そして戦って、守りたい女の子を守りなよ」

「ついでに、故郷のみんなも救ってね」

暗闇の中、ほんのりと笑みが見えた。

「勇者、おかえり」

「そして、さよなら」

看守は手を振ると、元来た道を戻っていった。





涙がとまらなかった。

勇者「……なんだよ。なんだよそれ」

勇者「だって、こんなことしたら」

勇者「あんた、殺されるだろ……」

故郷を後にし。

勇者はにげだした。






変わろうとしているあなたの、目指している姿をこそ、あなたらしいと言ってあげるの。

怠惰の勇者達 〜fin〜
663 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/24(土) 18:44:01.11 ID:QRhFWagoO
1レス貼り付けミスしました…外出中なので帰ったら修正します。
664 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/25(日) 00:56:45.58 ID:jqWNyRsV0
665 :>>661.5 [saga]:2018/03/25(日) 01:08:59.23 ID:jymK58TD0
久しぶりに外の空気を吸い込んだ。暗闇で景色は見えなかったが、懐かしい匂いがした。

「これ、持って。役に立つもの詰め込んであるから」

看守は道具袋を渡した。

「ここから先はついて行けない。特定の奴隷を感知する魔法陣が敷いてあるって聞いたことがあるから。囚人はついていないから大丈夫だよ。監獄の中で廃人になるか、自殺してしまうかのどちらかしか普通ありえないから」

「勇者一人で行くんだ。僕はまたすぐに監獄に戻らないといけない。一定時間ごとに備え付けの魔法石に触れないと、労働をさぼっていると思われて他の監視人が来てしまうから」

勇者「待って。待ってくれよ。あんたは一体……」

「勇者と同じ劣等生の元学生だよ。クラスは別だったけど、君のことはよく聞いてた。落ちこぼれなのに旅に出ることになったのもね。嫉妬や冷やかしの対象として非難されることも多かったけど、僕にとっては羨望だった」

「僕もやがて旅に出た。強くなって、仲間も得て、色々な知識に触れた。でも、最後には挫折して故郷に逃げてきた。それは仕方のないことだった」

「僕は世界を救うどころか、一緒にいてくれた人達さえも救えなかった。そして思ったんだ」

「世界を救いたい人が世界を救うんじゃなくて、隣にいる人を守ろうとする人が、ついでに世界も救うんだと」
666 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/25(日) 02:01:43.56 ID:SMC4Uqs90
667 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/27(火) 00:12:37.13 ID:e+epmtSx0
お姫様「なんであの女はこの国に来ないわけ?やることなんて山程あるってのに」

研究者「怠惰の監獄の地にいるんだ。あの装備を持ってこの王国に来られると衰退しかねないからな」

お姫様「ふん、いい気味よ。嫉妬様とはろくに会えないでしょうからね」

研究者「用がある時は嫉妬様が赴いている」

お姫様「はっ!?なによそれ!!」

研究者「嫉妬様の味方になった唯一の勇者だ。貴重な存在だ」

お姫様「ろくに働いてもいないくせに!!なのに嫉妬様の寵愛を受けてる……。他の勇者みたいに精霊の加護を剥がされてしまえばいいのに」

お姫様「ムカムカしてきた……腹いせに罵倒してくる」

バタン!


研究者「はぁー、これだからお嬢様は」
668 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/27(火) 00:14:55.98 ID:e+epmtSx0
お姫様「やっほー。無能な彼氏と引き剥がされた気分はどう?毎日寂しい思いしちゃってる?」

遊び人「…………」

お姫様「あんた、大罪の賢者の生き残りだったんだってね」

遊び人は目を閉じていた。

凄まじい魔力の気配とともに、遊び人は口を開いた。

遊び人「『渺茫たる海原に住まいし大蛇よ』」

お姫様「ひっ!!?」

遊び人「『その渇きを潤すため、汝の住処である水をすべて飲み干し……』」

遊び人「『ヒュ――――!!』」

遊び人は口笛を吹いた。

呪文は不発に終わった。

お姫様「……は、はは!そうよ!!あんた、全然唱えられないくらいに遊び人の職業の縛りが強いそうじゃない!!」

お姫様「あんたの閉じ込められているこの部屋は特殊な素材で出来ていて、物理も呪文も全て跳ね返すの。元々は研究者が特別な魔物を封じ込めるために創った部屋でさ。食事もお気づきの通り、魔力を奪う素材が入れられている」

お姫様「でも、関係ないのよね。寿命を消費して呪文を発動できるのだから。それにあなたの力なら、こんな部屋吹き飛ばせるに違いないんだもの。」

お姫様「その残り少ない寿命を使えなくてよかったじゃない。ここでモルモットとして、余生を愉しむことね」

遊び人「…………」

お姫様「ねえ、聞いてるの?」

遊び人「『かさ』」

遊び人が詠唱を終えると、一瞬植物の香りがした。

しかし、遊び人の頭の中は虹色に輝く星を触りたい衝動でいっぱいになった。

瞬く間に植物の気配は消えてしまった。

お姫様「……いつまでもやってなさい。絶望するまで」

お姫様「あなたが脱出したところで、あの勇者はあなたともう会いたくないでしょうけどね」

お姫様「精霊の加護があるから今まで同情心で付き添ってくれたかもしれないけど。命がけとなったら、他人のために命を投げ出そうなんて思うような奴には見えないわよ」

お姫様「そもそも、あの怠惰の監獄から抜け出すことはできないわ。どんなに腕力と知力があっても破壊できない檻がそなえられてあるんだもの。加えて怠惰の装備の呪い。きっともう廃人になってるわよ」

お姫様「二人とも監獄がお似合いだわ。一生もがいてなさい。オホホホホ!!」

お姫様は高笑いしながら去っていった。




遊び人「……そうね。監獄が私達にはお似合いね」

遊び人「世界に居場所のなかった私達」

遊び人「この旅のきっかけも、牢獄の中だったんだもの」
669 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/27(火) 00:35:59.67 ID:e+epmtSx0
【過去の章 『殺人勇者と泥棒遊者』】



遊び人「……許してくれませんか?ただ働きしますので」

村長「駄目じゃ!貴様は立派な大罪人じゃ」

遊び人「村の物だと知らなかったんです」

村長「畑から食料を盗んで何が知らなかったじゃ!!」

遊び人「一般常識に疎くて……」

村長「食い物どろぼうめ!!それにしてもぎょうさん食いよったわ!!人間の皮を被った魔物じゃないのか!!」

村長「まぁいい。おい、そこの日雇い。この女のことをちゃんと見張っておけよ」

「はい……えっと」





遊び人「あっ」

勇者「あっ」
670 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/27(火) 00:37:33.19 ID:e+epmtSx0
〜1月ほど前 カジノ〜

勇者「お、俺はさわってなんかいない!!信じてくれよ!!」

僧侶「絶対触ったわ!!どさくさに紛れて私のお尻揉んだのよ!!」

「最低……」

「テーブル周りに人が集まってたもんね……」

「冒険者の格好をしてるくせに、一人でカジノに来て怪しいわ」

勇者「ち、違うんだって……本当に……」

「ごちゃごちゃ言ってんじゃねえ!!大人しく捕まるか大金でも差し出せや!!」

「そうよそうよ!!」

勇者「……なんだよそれ」

勇者はポケットに手を入れた。

小型の毒針を掴んだ。

自分の首に突き刺そうと考えた、その時だった。

遊び人「見てました!!!!」
671 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/27(火) 00:38:25.17 ID:e+epmtSx0
ザワザワ……

遊び人「私、この人のこと見てました!!触っていませんでした!!!」

「なんだって?」

遊び人「私、喉が乾いて、バニーガールさんに飲み物を貰おうとしてたんです」

遊び人「そしたら、さっきから何度も何度もバニーガールさんにしつこく話しかけている男がいて気になったんです」

遊び人「話の内容を聞くに、食事に誘っているようでした。でも結果は全滅。この人は、まったくつれないバニーガールさんに落ち込んでフラフラになっていました」

遊び人「このテーブルでダブルアップが続いて観客が押し寄せた時に、この人も波に飲まれていました。それでそこの僧侶さんのところに流されたんです」

遊び人「でも、手は自分の顔のところにありました。なぜなら、両手で涙を拭っていたからです」

遊び人「他に犯人はいるのかもしれませんが、その人は無実です!!」
672 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/27(火) 00:39:48.68 ID:e+epmtSx0
勇者「今日は……ありがとうございました……」

遊び人「いえいえ」

勇者「酒場でパーティメンバーを探そうと、片っ端から声をかけても誰も味方になってくれなくて……気分転換に普段行かないカジノなんかに来て。気持ちを切り替えてバニーガールさんに話しかけるも、気味悪そうに拒絶されて……」

勇者「僕の味方になってくれる人がまだこの世界に……」

遊び人「(さっきから全然人の目見ないなこの人)」

勇者「ほ、ほんとうに助かりました……」

遊び人「いえいえ。どういたしまして」

勇者「……あ、あの」

勇者「よ、よかったら……」

遊び人「はい?」

勇者「…………いえ」

勇者「ありがとうございました。お気をつけて……」

トボトボ……
673 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/27(火) 00:56:04.94 ID:e+epmtSx0
遊び人「うわぁ……悲壮感めっちゃ背中からにじみ出てるよ」

遊び人「大丈夫かなあの人。自殺とかしないかな」

遊び人「えーっと、こんな時外界の人になんて言葉をかければよいのか……」

遊び人はカジノの外に出た。

外はすっかり暗くなっていた。

少し離れたところをとぼとぼと歩く勇者の背中に向けて叫んだ



遊び人「あ、あの!」

勇者「…………」

遊び人「世界に女の子は星の数ほどいますから!!」

遊び人「4つ5つ星が消えたところで、夜空は明るいですから!!」

勇者「…………」

勇者「上、見上げてみ」

遊び人が夜空を見上げると、くもりがかっており、星は見えなかった。

月だけが輝くだけだった。

勇者「無数に輝く星が1つも振り向いてくれないのは、絶望ってもんさ」

勇者「星の数ほどいる女の子はこう思うさ。星の数ほどいる男から、どうしてこんな奴を選ばなくちゃいけないんだって」

勇者「ちなみに、さっきの、嘘だから。パーティメンバーを探してたって」

遊び人「……じゃあ一体」

勇者「俺と、心中してくれる相手を探していたんだよ」

勇者はポケットから毒針を取り出した。

遊び人「ちょっと!!駄目よ!!」

勇者「安心しろよ。一人で死ぬから。隣町にある教会まで歩くのがしんどいだけだ」

勇者は毒針を自分の首に突き刺した。

一瞬にして勇者の身体は消え去った。

遊び人「…………消えた」

遊び人「……わからないことだらけだけど」

遊び人「なんか、消えて清々した!!」
674 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/28(水) 00:56:11.15 ID:tjvbygWDO
675 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/28(水) 23:49:17.54 ID:HzPjqMxl0
676 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/05(木) 00:25:21.81 ID:Z7HvKCQr0
〜小さな村の牢屋にて〜

勇者「なんで畑の食べ物なんて盗んだんだ」

遊び人「わたし、冒険に疎くて。地面に食料が実ってる地域にたどり着いたと思ったんです」

勇者「あるのかそんなこと。というか仲間はいないのか」

遊び人「……いません」

勇者「そうか。金はあるのか?金を出せば許して貰えるかもしれない」

遊び人「お金がないから食べ物に困ってたんですよ」

勇者「カジノに行くくらいに余裕あったんだろ」

遊び人「カジノに行ったからですよ」

勇者「…………」

勇者「生活費を全てギャンブルに注ぎ込んだのか?」

遊び人「恥ずかしながら……」
677 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/05(木) 00:29:11.20 ID:Z7HvKCQr0
遊び人「困りました……」

勇者「俺はこの前あんたの世話になったからな。なんとかして助けてやりたいが、いかんせん俺も金に困ってるんだ」

遊び人「今は何をされてるんですか?」

勇者「この村で短期間の労働だ」

遊び人「囚人の監視ですか?」

勇者「ちがうよ。家畜見張りだよ。ついでにあんたの見張りも頼まれてるだけだ」

遊び人「えっ」

勇者「餌やりの時間だから行ってくる。ほら、これはあんたの分だ」

遊び人「今や私は家畜同然ですか」
678 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/05(木) 00:40:59.42 ID:Z7HvKCQr0
ゴゴゴゴゴ……

勇者「うわわわ!!なんか凄い魔力の波動が!!」

勇者「あの女の牢屋から気配が!!」

タッタッタ…

勇者「何をしている!?」

遊び人「…………」

勇者「……どうして逆立ちしてるんだ」

遊び人「脱獄しようと思って……」

勇者「なるほど。それで逆立ちしたわけか」

遊び人「はい」

勇者「なんでだよ!!」

遊び人「なんか呪文を唱えようとすると遊んでしまうみたいで」

勇者「なんだそりゃ」

遊び人「地に足をつけて生きられない呪いなんです」

勇者「手はついてるけどな」

遊び人「脱獄には逆転の発想が必要ですから。逆立ちだけに」

勇者「…………」

遊び人「ところで、腕が限界なのでもう降りていいですか?」

勇者「好きにしてくれ」
679 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/05(木) 00:47:39.67 ID:Z7HvKCQr0
遊び人「あれ、教えてくださいよ」

勇者「なんだよ」

遊び人「私の前から一瞬で消えたじゃないですか。魔力の気配を一切出さずに。あんな特技が外界にはあるんだなって」

勇者「なんだよ外界って」

遊び人「あれができれば私もこの牢屋から脱獄できます」

勇者「やり方は簡単だ。毒針を自分の首に突き刺すだけだ」

遊び人「死にますよね?」

勇者「うん。死ぬ」

遊び人「でもあなたは生きている」

勇者「完全には死んでないからな」

遊び人「なんですかそれ。ゾンビみたいですね」

勇者「アンデット系男子」

遊び人「ちょっとかっこよく聞こえます」
680 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/05(木) 00:57:36.00 ID:Z7HvKCQr0
勇者「ギャンブル系女子に仲間はいないのか」

遊び人「その響きはかわいくないですね。ちなみに酒場に行って仲間の募集を探しに行ったりはしましたよ」

勇者「どうだった」

遊び人「お酒が苦手だということが判明しました」

勇者「それは残念だったな。ところで仲間の募集についてはどうだ」

遊び人「ろくに戦闘のできない遊び人を仲間にいれたがるのはろくでもない男ばかりに見えました」

勇者「そうだろうな」

遊び人「自分がろくにならないと見合った禄は与えられないというわけです」

勇者「一理ある」

遊び人「あなたはどうでした?行ったことあるんでしょ?」

勇者「ろくに戦闘をしようとしない勇者を仲間にいれたがらないのはまともな冒険者に見えました」

遊び人「えっ、ろくに戦闘をしようとしないんですか」

勇者「だって戦うのってしんどいから。ああでもないこうでもないと言い訳を並べて戦闘から逃げ続けてきた」

遊び人「世界平和は勇者ではなくあなたのような人が生み出すのかもしれませんね」

勇者「そうだな。勇者なんてろくでもない職業だ」

遊び人「でしたら遊び人はろくでもある職業ですね」

勇者「ああでもないしこうでもないけどろくではある職業」
681 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/05(木) 01:07:24.85 ID:Z7HvKCQr0
遊び人「そこで何をしてるんですか?」

勇者「鳥の数を数えてる。仕事のうちの1つだ」

遊び人「誰の役に立つんです?」

勇者「これをすることで俺にお金が手渡されて俺が助かる」

遊び人「もっといい人助けがあるんですが」

勇者「どんな」

遊び人「逃してくれませんか?」

勇者「俺の仕事がなくなっちまう」

遊び人「この前助けてあげたでしょ!!」

勇者「そんな悪く無いじゃん、この環境」

遊び人「この牢屋に入れられてもみてよ」

勇者「俺が立ってる場所もあんたが座ってる場所も大して変わりないだろ。むしろ俺は勤務中は立ちっぱなしだから疲れるんだ」

遊び人「いいところに気が付きました。そう、あなたは労働という檻の中に閉じ込められているのです。そこで1ついいことを教えてさしあげましょう。実はこの檻の内側だと思われている私の寝ている場所こそが世界で唯一の外であり、この檻の外側だと思われている世界全てが檻の中なのです。さあ、檻をあけてください。そして入れ替わりましょう。外の世界は目と鼻の先ですよ」

勇者「シラフなのに飛んだ発言をするのはやめてくれ」

遊び人「それを言うなら逆立ちもしていないのに逆転の発想はやめてくれ、でしょ。私お酒飲めないんですから」

勇者「ただの天然か」

遊び人「天然ってなんですか?」

勇者「そういうとこだよ」
682 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/05(木) 01:20:57.50 ID:Z7HvKCQr0
勇者「俺もあんたも金がないだろ。ここでなら飯は食える」

遊び人「家畜の餌食べさせられてるんですよ」

勇者「俺だって同じもん支給されてるぞ」

遊び人「えっ!?そうなんですか!?あははは!!」

遊び人「ごめんなさい、今ちょっと笑いそうになっちゃいました」

勇者「思いっきり笑ってたな」

遊び人「私をここに閉じ込めている理由は何なのでしょう。こんな小さな村だから、私以外に囚人もいないみたいです。もしかして、私自身も家畜とみなされていて、食べられるまでここで飼育される運命なのでしょうか……あわわわ……」

勇者「さあな。俺だってこの村に来たばかりでろくに情報を教えてもらっちゃいないんだ」

遊び人「あなたも最後には村人の餌にされてしまうかもしれませんよ?」

勇者「それは困る」

遊び人「一緒に逃げましょうよ。さぁ、ここの鍵をあけてみましょう。大丈夫、私がついているから。やらずに後悔するより、やって後悔するほうがいい」

勇者「励ます風にしたらやると思ったら大間違いだぞ」

遊び人「やって後悔するより、やらずに後悔するより、他人にやらせて後悔させる方が良い」

勇者「うわ、最低なこと言ったよ。うまいこと責任俺に背負わせて逃げ出すつもりだよ」

遊び人「家畜として、社畜の隣で生涯を終えるとは思いませんでした」

勇者「誰が社畜だ」
683 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/05(木) 04:01:40.05 ID:AZBWYvaT0
684 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 17:13:26.70 ID:D6bjl4o10
ガヤガヤ…

勇者「なんだか外が騒がしいな」

遊び人「お祭りでもやるんでしょうか」

勇者「だとしたら何か生贄を捧げる儀式でもする可能性があるな」

遊び人「ちょっと!怖いこと言わないでください!」

勇者「ふわふわの綿毛に囲まれながら、甘いクリームをお口いっぱいに頬張るのだ」

遊び人「怖いことを言うなって言ったんです。かわいいことを言えなんて言ってません」



バタバタ…

村人「おーい、日雇い!村長さんがお呼びだで!!」

勇者「俺は日雇いじゃない!!期間契約の労働者だ!!」プルプル…

遊び人「怒ることではないでしょう」

村人「そこの女も連れて来いとのことだ」

遊び人「えっ……あの、許してくれるんですか?」

村人「詳しいことは村長さんに聞きな。早く行くべ」

勇者「そうだ。早く行くぞ、7番」

遊び人「……この男ぉ……」
685 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 17:20:36.68 ID:D6bjl4o10
広場を通り過ぎると、一人の青年を村中の人が囲っていた。

勇者「あれは誰ですか?」

村人「吟遊詩人だ。昔この村から冒険に出て、今日ついに帰ってきたんだ」

遊び人「昔から有望な少年だったんですか?」

村人「罪人は口を慎むんだな」

遊び人「…………」

勇者「昔から有望な少年だったんですか?」

村人「そうだとも。呪文を使える者なんてほぼ皆無のこの村で、あの子だけは呪術を使用できたのさ。すっかり大きくなっちまって」

勇者「へえー、そうなんですね」

遊び人「(私の代わりに質問してくれた……気を遣ってくれたのかな)」

遊び人「あの、ありが……」

勇者「へっへーん!労働者の俺は罪人のあんたと違って、質問に答えて貰えるべさ!」ニヤニヤ

遊び人「…………」
686 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 18:09:03.97 ID:D6bjl4o10
村人「連れて参りました」

村長「うむ。下がってよろしいい」

村人「はっ」

ガチャリ…

村長「……さて。いきなり本題に入ろうかの」

勇者「そうですね。私の賃金の支給に関して」

村長「この村では毎年、大蛇の魔物に生贄を捧げておる」

遊び人「えっ……」

村長「その表情、理解が早くて助かるわい」

村長「今年はあんたが生贄になるんじゃ。村娘からこれ以上犠牲者は出せん」

遊び人「はいわかりました、と素直に言えるわけないでしょう。にげだしますよ」

村長「あの道具を置いてか?」

村長は鉄製の箱の中に入れられている道具袋と壺を指さした。

村長「あんな材質の壺、触れたこともない。貴重なものなのじゃろう?壺の中は見えないくせに、手を入れても何も入っておらんかった。何か特殊な用途のものに違いない」

村長「そこでじゃ。生贄を要求する魔物を無事討伐できたら、持ち物ごとお主を無罪放免にしてやろう」

遊び人「私の職業は遊び人です。戦闘なんて出来ません。近くの王国から兵士でも要請すればいいでしょう」

村長「……ふぉっふぉ」

村長「近くにあった王国は既になくなったのじゃよ」

遊び人「大蛇に滅ぼされたのですか」

村長「より肥沃な土地を求めて国民ごと大移動しただけじゃ。あの王国があった頃は魔物も手を出してこんかった」

村長「王国という脅威が去ってから、魔物はこの村から生贄を要求してくるようになったのじゃ」
687 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 18:10:44.48 ID:D6bjl4o10
遊び人「その生贄に私がなれというのですか」

遊び人「定期的に生贄を要求するような魔物なら、知能が高く、言語もある程度理解できるのでしょう」

遊び人「私は正直に、よその場所から来た冒険者だって伝えます。それでも魔物は認めてくれるのでしょうか」

村長「怒りをかってもいいんじゃよ。わしらも命がけじゃ」

遊び人「えっ?」

村長「ここの地域一帯に魔法を使えるようなものはろくにおらん。神から見捨てられたようなこの土地で、ほそぼそと生きることを望むだけの我らに、精霊は力を貸そうとはしてこなかった」

村長「しかし、ついに今日、一矢報いる可能性が帰ってきたのじゃ」

遊び人「さっきの吟遊詩人……」

勇者「一人の魔法使いに頼って、大蛇を倒そうというのですか?」

村長「そのとおりじゃ」
688 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 18:12:35.00 ID:D6bjl4o10
遊び人「危険だわ!!近くに国がないのなら、強力な冒険者が来るのを待ったほうが……」

村長「こんな土地に強き冒険者など来ないわい。それに、他の国に強さを借りるという発想はもちろんしたわい」

村長「力だけでは勝てんのは百も承知じゃ。力と智をあわせてこそ強大な力となりうる」

勇者「智とは何のことですか?」

村長「村1番の賢き者を、税金でMBA取得のためよその都の留学に行かせたのだ。数年前のことじゃがな」

遊び人「えむびーえー?」

勇者「それで帰ってきたのがあの吟遊詩人?」

村長「いや、わしじゃ」

勇者「お前かよ!」
689 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 18:13:13.50 ID:D6bjl4o10
村長「魔法こそてんで駄目じゃが、学識の方はお手の物じゃわい」

村長「特技としてSWOT分析を修得しておる」

遊び人「すうぉっとぶんせき?」

村長「たとえば、そこの雇い人」

勇者「はい」

村長「あんたを主軸に、大蛇と戦うことを想定した場合はこうなるじゃろう」

カキカキ…

勇者「どれどれ?」

・強み…弱みの数の多さ。

・弱み…身体弱そう。おつむ弱そう。根暗そう。貧乏そう。女子苦手そう。挙動不審。

・機会…この時期は花粉が少なく、花粉への炎症持ちでも大丈夫。

・脅威…わし

勇者「強みが強みじゃねーしなこれ!てか弱み多すぎだろ!!」
690 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 18:30:38.30 ID:D6bjl4o10
〜牢屋〜

遊び人「説明を一通り聞いてまたここに逆戻りです……」

勇者「仕事の期間延びた!やったった!こんな楽な仕事今までなかったし!!」

遊び人「はぁー」

勇者「気を落とすなって。なんとかなるって」

遊び人「なんとかなるのはなんとかしようとしてきた人だけですよ」

勇者「堅いこと言うなよ」

遊び人「あの、お願いですからあれのやり方教えてくれませんか」

勇者「あれってなんだよ」

遊び人「私の前から消えた奴ですって」

勇者「……無理だよ」

遊び人「あんな転移の方法なんて見たことないです。呪力の気配もないし、特技でも聞いたこともないし」

遊び人「自殺の行動を取ったあとに蘇るなんて、まるで冒険譚に読んだような……」

遊び人「…………えっ。うそ」

遊び人「あなた、もしかして……」

勇者「もう消灯の時間だ。また明日な、7番」

遊び人「ちょっと!!!」

トコトコトコ…
691 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 19:04:58.36 ID:D6bjl4o10
〜翌日〜

遊び人「あなた、勇者なんでしょう!!!」

勇者「…………」

勇者「朝の第一声で昨日のテンションを引きずって来るなよ。いい感じで途切れたのに」

遊び人「パーティを結成することで発生する精霊の加護。それによる教会への転移があの瞬間移動の正体だったのですね」

遊び人「お願いです!私を仲間にしてください!!」

勇者「精霊の加護目当てか?」

遊び人「……否定できません」

勇者「それとも、身体目当てか?」

遊び人「否定します。精霊の加護目当てです」

勇者「……やだよ」

遊び人「どうして!!」

遊び人「あなたにどんな信念があるか知りませんが。人の命がかかってるんですよ!!」

勇者「確かに俺を冤罪から救ってくれた恩人ではあるが……」

遊び人「大蛇を倒せなかったら、村娘が毎年攫われて……」

勇者「はっ?」

勇者「自分を牢屋に入れてる村の心配している場合かよ。あんたの生き死にがかかってるんだぜ」

遊び人「……たしかに、そうですね」

遊び人「では、助けてくれるんでしょうか」

勇者「わかったよ。パーティの結成も解除も簡単だ。俺があんたをパーティと認めて、あんたも俺をパーティと認めてくれれば結成できる」

勇者「おそらく俺が前回訪れた小さな町の教会で復活する。そこで復活して、それでパーティを解除して、俺もあんたも晴れて自由の身だ」

遊び人「……駄目です」

勇者「何がだよ。例の大切な壺か?諦めろって」

遊び人「それもありますが……村を裏切るなんて」

勇者「ちょ、ちょっと。お前それ本気で言ってんの?」

遊び人「私の里は滅んだんです。だから、この村が大蛇によって苦しめられているのを放っておくことなんて」

勇者「じゃあどうするんだよ。戦うのか?俺は嫌だぞ」

遊び人「勇者なのに戦わないのですか?」

勇者「勇者じゃねーよ。ふざけんな」

遊び人「な、何なんですかじゃあ」

勇者「俺は、人殺しだ」

勇者は家畜の餌やりに向かうと、その日は中々戻っては来なかった。
692 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 19:07:33.32 ID:D6bjl4o10
〜翌日〜

遊び人「私は、寿命泥棒ですから」

勇者「朝からなんなんだよ」

遊び人「時間が無いんです。だから、本音で話し合わないといけないんです」

勇者「戦闘準備を整えているらしいな。あと数日で出発だとか」

遊び人「寿命ですよ」

勇者「寿命?」

遊び人「私の寿命には、限りがあるんです。それも、人よりとても短く」

遊び人「あなたが自分を殺人者だと言った一言には、きっと過去の深い意味が込められているのでしょう。それを掘り起こされたくなければ、私は掘り起こしません」

遊び人「私が寿命泥棒だと言った一言には、過去の深い意味が込められています。それを掘り起こしたくはありませんが、今あなたに伝えるべき内容だと確信しています」

勇者「俺の協力を得るためか?」

遊び人「はい」

勇者「俺があんたに同情して何でも協力してやると言ったら、どうするつもりなんだ?」

遊び人「魔物に大人しく食べられます」

勇者「それで?」

遊び人「死んだらすぐ教会に転移して逃げ出せます」

勇者「俺があらかじめ死んでいた場合は、口の中に入ったあんたが急に消えることになる。俺が生きていた場合は、口の中に入っていたあんたが棺桶にかわり、大蛇の口に広がることになる」

勇者「食べさせたと錯覚させることは困難だぞ。それに、生贄ってのが食べることを意味するのかわからないじゃんか。もっと残酷な趣味のことを意味してるかもしんないんだぞ」

遊び人「…………」

勇者「まあ後のことはお前の好きにすればいい。過去のことについて話したいならどうぞ話してくれ。一日中暇だからな」

遊び人「……感謝します」
693 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 19:09:09.98 ID:D6bjl4o10



……

…………

………………



勇者「……なんだよ大罪の一族って。冒険譚に出てくるような話だったぞ。里が装備に吸い込まれたって。信じろっていうのかよ」

遊び人「信じなくてもいいから同情してください。この長い時間話したことが仮に全て嘘であったとしても、こんな嘘をつくくらいに追い詰められているんだと」

勇者「その7つの装備は人間の欲望を満たすことができ、さらに7つ集めれば吸い込まれた者達の寿命を吸収することができるんだったな?」

勇者「あんた、あと10年くらいしか生きられないんだろう?だったらさ、おばあちゃんになれるくらいまで寿命貰っちゃいなよ」

勇者「あんたに生きてほしいと思ってる人は、あの世にも、この世にも、たくさんいると思うぜ」

遊び人「……味方になってくれるんですか?」

勇者「割り切った関係でいいならな。あんたは精霊の加護を利用する。俺はあんたに一切手を貸さない」

遊び人「ありがとうございます!!!!」
694 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 19:15:02.26 ID:D6bjl4o10
勇者「ギャンブルで生活費なくして、俺以下の存在に出会えたと見下せていたのにな」

遊び人「酷いこと言いますね」

勇者「それは俺が酷い奴だからだよ。俺は俺が最低だって知ってるから、他人のことを最低だと言っても許されるんだ」

遊び人「あなたが最低なら、他人の人は最低にはならないでしょう。最低とは言わない方が敵も増やしませんよ」

勇者「理屈っぽいやつだな。これだからエリートは」

遊び人「別にエリートなんかじゃ……」

勇者「学習しない人、成長しない人は、世界中から疎まれる」

勇者「駄目なままでは、ダメですか、と聞きたいよ」

勇者「毎朝起きた時、いつも憂鬱だった」

勇者「毎朝眠いのは、毎晩寝る前に、明日を迎えたくなくて、寝なくちゃいけないのに夜更かしをしてしまったからだ」

勇者「不器用で弱い俺にとって、冒険は自己嫌悪と劣等感を味わう日々の連続に過ぎ無かったよ」
695 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 19:16:39.06 ID:D6bjl4o10
勇者「もしも明日世界が滅びるとしたら」

遊び人「えっ?」

勇者「よく周囲の大人から言い聞かされてた。嫌いだったなこの言葉」

勇者「どうする?明日しんじゃうって聞いたら」

遊び人「えーっと」

遊び人「移動の翼を体中につけて、どこまで飛べるか実験してみたいです」

勇者「純粋で良いな」

遊び人「あなたは?」

勇者「バニーガー」

勇者「植物でも眺めて過ごすかな」

遊び人「純粋で悪いこと言いかけましたね」
696 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 21:23:07.80 ID:D6bjl4o10
勇者「ちょっと前はさ、1つの明確な答えがあったんだ」

遊び人「世界が滅ぶ前日に何をしたいんですか?」

勇者「世界が滅ぶことを願う」

勇者「笑えるだろ。実話だ。俺はさ、精霊の加護を授かって、仲間と一緒に魔王討伐の冒険に出ててさ」

勇者「それでもその旅があまりにもつらくてさ。自分を否定する毎日が続いて。いっそ世界が滅ぼされてしまえなんて願ってた」

勇者「俺は精霊の加護こそ与えられているが、勇者じゃないんだよ」

勇者「戦いなんて大っ嫌いだ。争うのがいやとかじゃなくて、戦闘センスがなさすぎる」

勇者「精霊の信頼もないから魔法も1つも使えない。というか、自分が何の職業かもわからないくらいに特徴がない」

勇者「だからさ。間違っても、俺のことは勇者様なんて呼ばないでくれ」

勇者「もうあの頃のように、期待されて、それを裏切る日々には戻りたくないんだ……」
697 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 21:25:00.34 ID:D6bjl4o10
勇者「精霊の加護を目当てに、俺の仲間になりたいと言ってくれるやつはいたさ。結成しては、数日で解散して、みたいな日も実はあったんだ」

勇者「圧倒的な実力不足だった。他人より努力しても、剣術の腕は並に劣っていた」

勇者「呪文だってそう。世界が滅べと願う男に、精霊が信頼してくれるわけもない。頭を垂れてお願いしても何の呪文も使えず、命に数Gの価値しかない」

勇者「性格だってそう。魔王を倒そうという意識もない」

勇者「一番最初の仲間とは、冒険が進むに連れて段々険悪な雰囲気になった。『俺を棺桶に閉じ込めたままお前らで冒険してろ!!魔王を倒したら復活させてくれ!!』なんて言ったこともあった。殴られたけどな」

勇者「勇者でもないのに勇者の使命を与えられた。天職じゃなかったんだ。精霊の加護を与えられたばかりに無理やり故郷を追い出されて冒険に出された」

勇者「そんな俺と旅してると、強い志のもと冒険している仲間じゃ、ぎくしゃくしちまうよな。巨大な魔物を倒してるのをだまって後ろで見てるだけ。魔物を倒したあと長く歩く無言の時間がきつかった」

勇者「俺じゃなければよかったのに。俺じゃなくて、然るべきものがちゃんと精霊の加護を受け取っていたら……」

勇者「俺は毎日早起きしてまで世界を救いたくなかったんだ」
698 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 21:27:10.52 ID:D6bjl4o10
勇者「誰かと群れるのが嫌になって。独りで冒険を始めた」

勇者「いろんな場所にたどり着いてさ。のんきな街もあれば、殺気だった村もあって」

勇者「道具屋が冒険者にクレームつけられて土下座させられてたり、宿屋で変な客が暴れてたり、酒場で食い逃げした冒険者をぼこぼこにしたって話しを聞いたり」

勇者「ある屋敷の令嬢を慕っていた青年が、失恋の悲しみで無理心中したり。新呪文の開発のプレッシャーに押しつぶされた術士が自殺したり」

勇者「魔物と人間の殺し合いだけが苦しみじゃないこの世界で。みんな、どうして生きてるんだろうな。何のために頑張ってるんだろうな」

勇者「ただ生きるのって、どうしてこんなに大変なのかな」

勇者「何のために生きてるんだろう」

遊び人「…………」

遊び人「生きることは、つらいよね」

勇者「あんたみたいなやつでもそういうこと言うんだな」

遊び人「こっちのセリフですよ」

遊び人「私の一族なんて寿命も短いしさ。生きることを考えなければならないという焦燥感がある一方、そんなことを考える暇も無駄っていう諦観もあってさ」

遊び人「何のために生きてるかわからないけど」

遊び人「何のために生きてるかわからないのに生きてることが、生きる価値の裏付けにもならないかな」

遊び人「人間には何か成すべき一事があって、それを成すために生きている。って考えると楽だけどさ」

遊び人「私が思うのはさ。生きることの意味は、生まれる前や、まして死んだ後にできるものではなくて」

遊び人「今、生きているこの時間、この私の中にあるものなんだと思う」

遊び人「お母さんはね。ずっといたい人とずっといるために生きてるんだって言ってた」

遊び人「もう、死んじゃったんだけどね」

遊び人「でも、故人を偲ぶ時間も、苦しみそのものだけど、生きている大切な理由の1つに違いないよね」

遊び人「つらくても、生きるんだよ。大切な人との時間を重ね続けていくために」

勇者「…………」

勇者「俺には、そんな相手は……」

ガチャリ

699 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 21:40:53.91 ID:D6bjl4o10
〜出発の日〜

村長「今までご苦労じゃったの。ほれ、賃金じゃ」

勇者「…………」

村長「なんじゃ、不満かの?」

勇者「いいえ……」

勇者「あ、あの」

村長「なんじゃ」

勇者「今夜、あの吟遊詩人と、遊び人は本当に2人で大蛇の討伐に行くんですか」

村長「お主には関係のないことじゃろう」
700 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 21:44:58.51 ID:D6bjl4o10
〜牢屋〜

遊び人「どうされたんですか?」

勇者「逃げるぞ。俺のパーティになれ。心中してどっかの教会に行くんだ」

遊び人「大蛇を倒しにいかなければなりません。私がオトリになって呼び寄せる必要があるんですから」

勇者「あの吟遊詩人が倒せると信じているのか?」

遊び人「信じていませんよ。話したこともありませんし」

勇者「じゃあどうして!」

遊び人「言ったでしょう。好きな人と時間を重ねるために生きてるんだって」

勇者「だから、あんたが生き延びて、あんたの心の中に生き続ける故人のためにも……」

遊び人「生きることはつらいって、言ったじゃないですか……」

勇者「なんだよ。なんで泣いてるんだよ。俺に偉そうに励ましてたじゃないかよ」

遊び人「他者が生きることを願うのは簡単です。でも、自分が生きることを自身で肯定するのは、私には難しいことなんです」

勇者「世界が滅ぶことを願って、自分が生き延びることだけを考えてる俺より、あんたの方がよっぽど生きる価値があるだろ」

遊び人「私のせいであれだけの命が奪われてしまったのだから。せめて、私の命をもって……」

勇者「なんだよなんだよ。自暴自棄かよ。というか、大人しく生贄になるつもりじゃないだろうな」

遊び人「出てってください……」

勇者「どういうことだよ!!今更自己否定かよ!!」

遊び人「黙ってくださいよ!世界なんて滅べばいいと思ってたのなら、私の命1つくらいどうだっていいでしょう!!」

勇者「この数日間話してたことに何の意味があったんだよ!!」

遊び人「意味なんてありません!!」

勇者「っ…………!」

勇者「そうかよ!!あー、そうかよ!!」

勇者「独りで死んでろ!!」
701 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 22:05:35.09 ID:D6bjl4o10
〜荒野〜

ズカズカ!!

勇者「…………」イライラ

勇者「知るかよ。世界なんか知るかよ」

勇者「幼馴染を捨てたんだ。親友を見殺しにしたんだ。そんな俺が、今更他人を救おうだなんて、罪滅ぼしに過ぎないだろ」

勇者「独りで冒険している時間があまりにも長過ぎた。自分について孤独に考える時間があまりにも多すぎた。そのせいで、こんなにも偽善者になっちまった」

勇者「……あー!!!」

勇者「パーティを組むくらいならいいだろ!!!」

勇者「大蛇には畑の飯でも食わせときゃいいんだよ!!」




〜牢屋〜

勇者「おい!!どこにいる!!」

村人「何だお前。出てったんじゃなかったのか」

勇者「あの遊び人はどこへ!!」

村人「もう洞窟へ向かっただろ」

勇者「くそ!!」

村人「ちょ、ちょっと待つべ!!!何するつもりだぁ!!!」

ザワザワ…

村人2「どうしたべ!?」

村人「こいつ取り押さえるだ!!!」

勇者「ふざけんな!!やめろよ!!」

村人「早く牢屋へ入れるべさ!!」

勇者「くっそ!!なんだこいつ!!力つえぇ!!!」

村人2「冒険者の癖に貧弱だべさ!!」

勇者「うわ、やめろ!!離せ!!!」

村人「道具も取り上げろ!!」

勇者「やめろおおおお!!!!」
702 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 22:25:57.20 ID:D6bjl4o10
前〜

遊び人「ここね」

吟遊詩人「…………」

遊び人「道中に魔物が一体も出なかったですね。あなたが楽しそうに大きな音で演奏して歩いていたにも関わらず。気持ちを落ち着けたいとかなんとか言ってましたけど」

吟遊詩人「…………」

遊び人「幸運だと思いますか?」

吟遊詩人「…………」

遊び人「私、こう見えても呪文の達人で。呪文の解析には自信があるんです」

遊び人「魔除けの呪文を使っていたでしょう」

吟遊詩人「だ、だから何だと言うんだ」

遊び人「あなたが村を出てから数年間の間、同じように冒険していたんじゃありませんか?」

遊び人「あなた、ろくに魔物と戦ったことがないでしょう?」

吟遊詩人は怯えと怒りの混じった表情で遊び人を睨みつけた。

吟遊詩人「お、お前みたいな女に命懸けの冒険の恐怖がわかるか……!!」

遊び人「やっぱり。今夜は私を見殺しにして、大蛇に差し出すつもりだったんでしょう。これから私にかけるのは眠りの呪文ですか、それとも麻痺の呪文ですか?」

吟遊詩人「お前……ま、マハンシャが使えるのか?」

遊び人「内緒です。でもあなたに何かをされるのは癪なので、かけようなんて思わないでくださいね」
703 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 22:29:53.33 ID:D6bjl4o10
遊び人「仕方ないことですよ。人を見捨てることは、絶対に許されることではなくて、しかし逃れられない選択です」

遊び人「その十字架を背負って生きてください。あなたが悪人であればのんきに生きられます。その代りに他者の恨みによって殺されるでしょう。あなたが善人であれば、自身の罪悪感によって自分を殺して生きるでしょう」

遊び人「きっと、この洞窟の前に立って、同じ選択をした人は多くいたに違いありません。魔王城の前に立って、同じ選択をした冒険者もたくさんいたに違いません」

遊び人「職業についている人はかわいそうですね。戦士は戦わなければならない。盗賊は盗まなければならない。魔法使いは魔物を焼かなければならない。僧侶の仕事でさえ、傷つく仲間を癒す前に、傷つく仲間を一度は後ろから見なければならないんですから」

遊び人「逃げることは仕方がないことです。ただ、逃げた相応の報いが訪れるだけです」

吟遊詩人「し、死を前に何を悟ったふりをしている!!黙って進め!!」

遊び人「黙りません。でも進んであげますよ。あなたの魔除けの呪文もあると便利ですしね」



遊び人は、遊ばず祈った。



戦わなかった戦士に、祝福を。

欺いた武道家に、祝福を。

祈りを捨てた僧侶に、祝福を。

毒を放ちし魔法使いに、祝福を。

逃げ出した勇者に、祝福を。

遊び人「逃げ出したくて、逃げ出した人なんていなかったんだよね」

そう言いつつも、遊び人は洞窟の中に入った。
704 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 22:43:11.12 ID:D6bjl4o10
大蛇「……来たか。待ちくたびれたぞ。不快な音をさっきから出しおって。女の匂いがしたから出てきてやったが」

吟遊詩人「ほ、本当にいた……」

大蛇「奇跡にすがりついていたか。しかし、私は伝説ではなく確かにここにいる」

巨大な牙を剥き出しにしながら大蛇は語りかけてきた。

大蛇「今夜の生贄はお前か」

遊び人「はい」

大蛇「今夜余に喰い殺される気分はどうだ」

遊び人「可哀想です」

大蛇「かわいそう?」

遊び人は考えた。

大蛇の目的は、娯楽だと。

死に怯える村娘と、村娘を殺された怒りに震える村人。

それを味わうことを愉しんでいる。

しかし、遊び人が死んでも悲しむ人もいなければ。

遊び人自身、一人ぼっちのこの世界で、死んでしまいたい気持ちが沸いていた。

ただ、大人しく、村娘のふりをして死ぬつもりでいた。

大蛇「ふふ……いつまで強情を張っていられるか楽しみだ」

大蛇「おい、そこの男。わしを殺すことを目的に来たのだろ?」

吟遊詩人「そ、そんな!滅相もない!この娘を無事送り届けるために……」

大蛇「毎年女は独りでここに来ていた。わしがこの周囲の魔物に手を出さぬよう指示をしていたのでな」

大蛇「見栄を張ってきたんじゃろう。お前みたいな臆病者のクズは吐き気がするんじゃよ。男はまずくて食えんが、どれ、余興に遊んでやろう」



大蛇があらわれた!
705 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 22:50:23.65 ID:D6bjl4o10
吟遊詩人「う、うわあ!!」

吟遊詩人はにげだした!

しかし、まわりこまれてしまった!

大蛇「遅いわ」

大蛇は巨大な尾で吟遊詩人を叩きつけた。

吟遊詩人「ぎやぁ!!!!」

倒れた吟遊詩人の身体に、激しく何度も振り下ろされる、

吟遊詩人「ギッ!!」

吟遊詩人「ゴッ!!」

吟遊詩人「グェッ!!」

村で囲まれていた時の落ち着いた吟遊詩人の姿とは対象的に。

両目があらぬ方向を向き、血と一緒に奇妙な声を上げていた。

遊び人「……う、うわ、わ……」

大蛇「トドメはまだ刺さんぞ」

大蛇は尾を吟遊詩人に巻きつけると、きつくしばりあげた。



ポキポキポキポキ。


吟遊詩人「……グェエエエエエ!!!!!!」

どばどばどば、と、吐瀉物を吐き出した。

遊び人「ひっ、わ、あ……」

遊び人はにげだした!

大蛇「ふっはっは!!やっと恐怖を実感したか!!」

しかし、まわりこまれてしまった!!
706 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 23:09:52.18 ID:D6bjl4o10
遊び人「う、うぅ、うっ……」ポロポロポロ…

大蛇「足が震えているではないか。さっきの落ち着いた態度はどうした」

遊び人「あぅ、あ……」

遊び人「ゆ、許して……」

大蛇「何を許せと?」

大蛇は尾を緩めた。

吟遊詩人は地面に倒れ込んだ。

吟遊詩人「……クヒュ―。クヒュ―」

遊び人「い、生贄は1人だから……」

大蛇「ほおっ!?」

大蛇は感情を剥き出しにして嬉しそうな表情をした。

遊び人「い、生贄は毎年ひとりって決まってて……」

遊び人「も、もうその人、死んじゃうから……」

遊び人「だ、だから……」

大蛇「……いいや」

遊び人「えっ」

大蛇「まだ、死んではおらん」

遊び人「えっ……」

吟遊詩人「クヒュー。クヒュー」

大蛇「選べ」

遊び人「え、選ぶって……」

大蛇「わしがこいつを殺すか。それともこいつを殺さないか」

遊び人「……た、愉しみたいだけでしょ」

遊び人「わ、わたしがその人を、こ、こ、殺してって言葉を言わせたいだけなんでしょ……」

大蛇「それだけではないぞ。お前ら2人を見逃す選択肢もある。その代わり、村を壊滅させに向かうがな」

遊び人「た、愉しんでるだけじゃない……」

大蛇「早く決めろ。こいつが死ぬ。その前にお前を締め殺すぞ」

大蛇は遊び人に詰め寄った。
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