勇者「遊び人と大罪の勇者達」

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407 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/05(日) 14:28:42.63 ID:oIVGdzz50
傲慢の勇者はわざとフードを被りなおし、演説場まで歩いた。

遊び人の発言で興奮していた群衆は、勢いをつけてざわめき出した。

傲慢は一呼吸つき、変声の呪文をかけずに、魔法石に語りかけた。

傲慢「ただいま」

群衆のざわめきが、急速に収まった。

困惑している者が多い中、唖然とした表情を浮かべている者もいた。

傲慢「自己紹介がまだでしたね」

傲慢はフードを取り去り、素顔を見せてもう一度話しかけた。

傲慢「この城下町との冷たい戦争状態にある傲慢の街の勇者であり」

傲慢「憤怒の王子様の、許嫁でした」

傲慢は噴水のそばに立っている薬剤師の女の子に手を振った。

薬剤師の女の子は、その場で泣き崩れてしまった。
408 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/05(日) 14:49:10.51 ID:oIVGdzz50
傲慢は思い出を語り始めた。

傲慢の街の故郷には、才能を見出された逸材のみが集う一流のアカデミーが在ったこと。

そこに、隣国の王子である憤怒の勇者も一時期通っていたこと。

彼女は、彼に嫁ぐふさわしき者として選ばれたこと。

彼女自身それを望んでいたこと。

精霊の加護の降り注ぐタイミングが異なり、魔王討伐の冒険にお互い別のタイミングで出発したこと。

憤怒の国王の裏切りにより、彼女の祖国が侵略され、彼女の両親は処刑されたこと。

傲慢の勇者は魔王消滅の噂がされていた時期に、今の傲慢の街の立役者として身を捧げたこと。

その傲慢の街がまた、憤怒の王国によって侵略されようとしていること。

傲慢「幼いころの私にやさしくしてくれたみなさん」

傲慢「私は、怒っていますよ」
409 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/05(日) 15:04:24.84 ID:oIVGdzz50
演説はとっくに15分以上過ぎていた。

旅の途中で受け取った不条理な祖国の報告について、彼女はその時の感情を述べた。

冷静に交渉をするでもなく、昂ぶらせて扇動をするでもなく、一人の少女だった者として淡々と悲しき思い出を話し続けた。

遊び人「そっか」

遊び人は悟った。

遊び人「王子様も、私達をその気にさせてひどいなぁ」

遊び人「王子様の結婚相手を見つけるのが、この選考の趣旨だったんだもんね」

遊び人「はじめから、相手は決まっていたんだ」

憤怒「そのとおりだよ。ごめんね」

控室に憤怒の王子が姿を表した。

憤怒「あの問題は、僕達の通ったアカデミーで出題された難問だったんだ。少し内容に変化を加えたけどね。当時満点を取ったのは一人だけだった」

憤怒「優秀で、鼻持ちならなかった彼女に、久しぶりに話してくるよ」
410 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/05(日) 15:30:37.79 ID:oIVGdzz50
悲しき時間となった。

久しぶりの再会にも関わらず、対話ではなく口論が始まった。

質問という名の非難を遊び人は繰り返した。

理由という名の言い訳を王子は繰り返した。

誰だって、怒りたくて怒っているわけじゃない。

不幸になりたくて不幸になっているわけじゃない。

その時は最善だと信じた選択が。

振り返ってみたら、誤った選択だというだけで。

亀裂の入ったこの状況を、誰も望んでいたわけではなかった。

これは2人だけの問題でもなく。

無き国王の意思や。

国民の総意や。

他国の思惑が。

余計なものが入り混じっていて。

誰もが納得できる正解を、導くことなどできないのだ。

憤怒「だからこそ。こうして、君に発言する場所を与えたんだ」

傲慢「随分回りくどいやり方をしてくれたわね」

憤怒「君こそ随分まわりくどい演出をしてくれたじゃないか」

傲慢「この短期間だといろいろな準備が必要だったのよ。この選考が終わったあとのことも含めて」

憤怒「何の準備だというんだ」

傲慢「戦争よ。怒れる王国が本格的に乗り出して来たら、傲慢な街に勝ち目などないもの」

傲慢「できるだけ被害を少なくして、守れるものを守ることしかできないの」

傲慢の勇者は、涙を流した。

憤怒の勇者は、ただ立ち尽くしていた。
411 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/05(日) 15:48:39.95 ID:oIVGdzz50
傲慢「もしも、よ」

傲慢「あなた自身の意思が、私と同じものだとしたら」

傲慢「つまりね」

傲慢「いちばん大切な存在が、今目の前にいる相手だと心の奥底で思っているなら」

傲慢「あの子に、憤怒の装備を渡してほしいの」

傲慢が突然遊び人を指差した。

傲慢「あの子の過去を覗いたことがあってね。あの子なら一次選考の問題を解ける可能性が高いと思ったの。彼女一人をこの選考に乗せるために、私の国の人達がどれほど動いたことか」

傲慢「彼女は、大罪の装備を封印する壺を持っているの。そこにあなたの持っている憤怒の装備を封印すれば、この城下町の怒りは次第に収まっていくでしょう」

傲慢「元の小国に戻ろうとするわ。激情よりも同情が上回って、私を拾ってくれた街を侵略しようとはしなくなるでしょう」

傲慢「お願い。助けてほしいの」

憤怒「…………」

憤怒「俺がこの街を守りきれたのは、憤怒の兜があってこそだ」

憤怒「大罪の装備の及ぼす影響は甚大だ。やさしさではこの国を守れない」

憤怒「自分一人の私情で、国を滅ぼせというのか」

傲慢「あなたの国の総意で、一国を滅ぼすというの?」

憤怒「どうすればいいと言うんだ!!」

憤怒の王子は傲慢に怒鳴りだした。

傲慢は悲しそうな顔を浮かべるだけだった。





遊び人「あ、あの……」

遊び人「憤怒の城下町と傲慢の街を、1つに繋げてみてはどうでしょう?その間に隣接する小国も含めて」

遊び人「それで、大きな1つの傲慢の王国にしてしまうんです」

遊び人「あなた達が強大な軍事国家をつくりたいなら、憤怒の装備で支配すればいいと思いますが……」
412 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/05(日) 16:00:44.61 ID:oIVGdzz50
憤怒「どういうことだ」

遊び人「大罪の装備の影響が及ぶのは1つの王国・街・村などの単位です」

遊び人「この国と傲慢の街を結びつければ、1つの巨大な王国とみなされます。もちろん条件があって、一定間隔に建物が置かれていることや、住民がいることなどがありますが」

遊び人「傲慢の街を訪れたことがありますが、素敵な街です。己の価値を示すために、自分に賭ける人達が多い街です」

遊び人「傲慢の盾は決して軍事的な力が高まる装備ではありませんが、文化や経済の発展に大きく寄与する装備です」

遊び人「それほど巨大な王国が建設できれば、他国との利害など些細なものです。覇者になれるのですから」

憤怒「……どれだけの年月と費用がかかると思っているんだ」

遊び人「お金なら、湯水の王国の姫様を后にして、支援してもらったらどうでしょうか」

傲慢「えっ……」

遊び人「意義あることに時間はかかるものです。学者様から知識をお借りして、短くする方法を考えましょう」

遊び人「簡易的でいいんです。人間らしさがそこにあれば、精霊はそこを人間の領域と簡単に認定してくれます。私の故郷でも、丸太を使った小屋を一定間隔に配置して、領域の拡大をしたりしていましたから。そこの区域に住むもの好きを募るのが大変ですが」

遊び人「怒りに寿命を奪われながら他国を侵略するよりは、よっぽどやりがいのある計画だと思いませんか?」
413 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/05(日) 16:11:28.86 ID:oIVGdzz50
〜7日目〜

傲慢「私達、結ばれることになりました!」

などと、いきなり言えるわけもなく。

王子の口からは、休戦の延長について述べられた。

他国への支配は続けるという宣言のもと、秘密裏に1つの巨大な王国の建設計画が進められることになった。

それは、昨日の遊び人の一言がすべてのきっかけだったというわけでもなく。

大罪の装備の特性についてまだ完全に把握していない王子も、この装備を利用してより良き国の建設をすることについては日々考えをめぐらしていた。

最期の一滴がコップから溢れて、怒りがわき出すことがあるように。

ある一日をきっかけに、今まであたためていた計画が動き始めることもあるのだ。

わかってから動こうとすると、いつまで経っても動くことはできない。

わからないまま動こうとすると、必ず道を誤る。

誤るのは仕方のないことで、誤る度に修正しながら、正しき道を模索していくしか無い。

ただ、今回、王子に一つだけ落ち度があるとしたら。

憤怒「……すまなかった」

傲慢「もういいよ」

謝ることが、遅かったことだ。

そしてここにも、もう一人。
414 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/05(日) 16:19:51.71 ID:oIVGdzz50
選考の終了が宣言された広場では、昨日までとは打って変わって人がいなくなっていた。

演説場の高台で一人座る遊び人と、一人の男の観客がいた。

勇者「昨日で終わったんじゃないのかよ」

遊び人「選考は7日間。今日まで本当は選考は続いているのよ」

勇者「そうかよ」

遊び人「王子の目にかなう者はいなかった、ってことで中止にされちゃったけどね」

勇者「誰も信じてないだろそんなこと。王子があの子のことを……」

遊び人「誰もがわかっているからといって、口に出しちゃいけないことってあるじゃないの」

勇者「そんなもんか」

遊び人「そんなものでしょ」

勇者「でも、その逆もまた然りだろ」

遊び人「なによそれ」

勇者「遊び人」

遊び人「何?」

勇者「色々酷いこと言って悪かった。本当にごめん」

わかっているからといって、言葉で伝えなきゃいけないことがある。
415 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/05(日) 16:35:36.99 ID:oIVGdzz50
遊び人「ちょ、勇者!頭あげてよ!」

勇者「本当にごめん」

遊び人「しゃ、謝罪はいいからさ!それよりこの数日間どこに姿を消してたのよ!」

勇者「傲慢の街に行ってたんだ」

遊び人「えっ?」

勇者「俺も問題を解いただろ。第二問に精霊の加護の特性に関する問題があった」

勇者「一人の戦士に対して、勇者Aと勇者Bがパーティメンバーに同時に加入させることは可能であるか、それとも不可能であるか。
可能である場合、勇者Aは町A、勇者Bが町Bで同時に死亡した場合、2人から同距離の町Cにいる戦士が死んだ場合はどちらの町で復活するか」

勇者「答えは不可能。でも、その答えを知っているのなんて、研究者か、それらを試した本人達くらいのものだ」

遊び人「私もお父さんの本棚にあった本から見たけど……学者はともかく、姫様も解けたわけだし」

勇者「可能である場合は問題が長く続くだろ。そうすると回答者は可能であると思い込む。お姫様はそれがひっかけだと見抜いたんじゃないのかな」

勇者「傲慢の街とそう憤怒の城下町はそう距離が離れていない。そして2人の勇者がいる。俺はこの2人の間に何かしらの繋がりがあるんじゃないかと思ったんだ。実際に、過去に一人の戦士を同時にパーティに入れる試みをしたのかもしれないって。彼女の故郷が、この王国に飲み込まれたことまでは想像つかなかったけどな」

勇者「いろいろな聞き取りをしたけど、噂話を拾えたくらいで、確信に迫るものはなかった。無駄足だったんだ」

勇者「遊び人が一人で戦ってる中、俺も何かしなくちゃって気持ちが駆られてたんだ」

遊び人「そうだったんだ……」

勇者「ごめん」

遊び人「だから、もう、謝らなくて……」

遊び人「…………」

遊び人「わ、私も……」

遊び人「ええーと、その……」

遊び人「私こそ……」
416 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/05(日) 16:36:25.03 ID:oIVGdzz50
愛おしいから、怒った。

好きだから、泣いた。

怒りは赤色。

愛も赤色。

怒りはいつも、本音と反対の場所にある。

本音を伝えれば済む問題を、人間は愚かなもので、誤って怒りを選択してしまう。

生きてるうちに、他人と争ってしまうのは仕方のないことで。

そのまま争いを続けるのも、別れてしまうのも簡単で。

でも、それがどうしても嫌だと思うなら。

それが嫌だと、伝えるしか無い。

それが嫌だと、思っているだけでは伝わらない。

怒りを救う魔法の呪文は、無口詠唱では唱えられない。

言い訳を、ぐっと飲み込んで。

照れ笑いや、苦笑いを堪えて。

勇気を、出して。

遊び人「私こそ、ごめんなさい」

遊び人「仲直り、しましょ」

赤い糸は、愛と、微量の怒りで紡がれている。
417 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/05(日) 21:45:13.11 ID:6onohx9R0
418 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/06(月) 23:30:11.57 ID:r02MmztDO
419 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/08(水) 15:50:30.84 ID:QlXDfpqBo
何というか、かなり綺麗な憤怒だったな
まぁガチな怒りの応酬を見せられても引いただろうけどな
420 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/08(水) 21:22:06.56 ID:qJCDgkCy0
6日目の演説の日。

拡声石を外した傲慢と、突然現れた憤怒の王子が何を話していたか、騒ぎ立てる群衆は聞き取れてなどいなかった。

けれど、傲慢に対するあの王子の怒りと怯えの入り混じった表情を見て、群衆は理解していた。

王子は許嫁を諦め切れてなどいない。

この2人の糸は、もつれていれど、ほつれてはいなかったのだと。

遊び人「本来であればさ、今日お嫁さんが決定して、儀式が行われていたはずなのよ」

遊び人「なのに、あの2人は、周囲のわだかまりから抜け出せず、お互いをどう思っているかを公言しようともしない。今は敵国として対峙し合うそれぞれの国の長であるから」

遊び人「みんな、うすうすわかっていることなのよ?」

遊び人「どうにかできないのかな」

勇者「…………」

勇者「もしも、怒りが人の理性を奪うもので」

勇者「感情的で愚かな選択に導いてしまうものならば」

勇者「人々を怒らせれば、2人を結ばせてあげられるかもしれない」

遊び人「どういうこと?」

勇者「この6日間必死で聞き集めた、2人の思い出を話せばいい」

勇者「結ばれない2人が生まれる理不尽な世界に対して、腹を立てて貰うんだ」
421 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/08(水) 21:27:11.51 ID:qJCDgkCy0
2人は数時間かけて準備を整えた。

再び演説場に立ち上がり、兵士から(適当な理由を並べて)借りた拡声石に、勇者は語りかけた。

勇者「号外!!号外!!」

通行人が何人か立ち止まった。

勇者「優勝者の発表です!!優勝者の発表です!!」

次々と通行人が足をとめて、遊び人と見慣れぬ男に注目をした。

演説場には他にも。

お姫様「他人の恋の応援に、手伝う義理なんかないんだけどなぁ」

学者「私も、今夜中にでも祖国に帰るつもりでしたのに」

遊び人「まあまあ。振られたもの同士、たぶらかしてくれた王子様に対する怒りでもあらわしましょうよ」

遊び人「あなた達が2人を認める姿を見せることで、”公認”のための大きな後押しになるの」

遊び人は勇者の持つ拡声石に話しかけた。

遊び人「さあ、最期のスピーチです。今夜のゲストは、私が6日間語り続けたこの男です」

勇者「えっ、なに、俺のこと話してたの?なんかざわついてるんだけど」

遊び人「それでは、お願いします!!」

勇者「後で詳しく聞くからな……」

勇者「それでは、語らせていただきます」

勇者「国家という大きな責務に人生を束縛され、結ばれることが叶わなかった2人の物語について」
422 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/08(水) 21:27:55.70 ID:qJCDgkCy0
その人が身内に接する態度をみよ。

それがやがてあなたに接する態度である。

その人が敵に対峙する姿勢をみよ。

それがいつかあなたを守る時の姿勢である。


【傲慢の勇者の思い出&憤怒の勇者の思い出】


生まれつき優秀な少女に、お母さんは諭した。

「いつも怒ってちゃいけないのよ」

「どうして?」

「好きな人の前でだけ怒るとね、それが愛情だとちゃんと伝わるからよ」
423 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/08(水) 21:43:07.38 ID:qJCDgkCy0
「ふざけんじゃないわよ!!!」

バン!!

アカデミーの昼食の時間、おぼんを叩きつける音が食堂中に響いた。

傲慢「あんた達!またあいつの教科書捨てたでしょ!!」

「知るかよばーか」

傲慢「そんなんで世界を救う英雄になるとか言ってるの?」

「こいつ、気があんじゃねえのか」

傲慢「あんた達の卑屈さが許せないだけよ!!」

傲慢は、食堂の隅で一人ご飯を食べている憤怒に話しかけた。

傲慢「あんたも何か言い返したらどうなの!?」

憤怒「…………」

傲慢「勇者でしょ!?立ち向かいなさいよ!!」

憤怒「……いいよ」

傲慢「はぁ!!」

憤怒「ご飯食べないと昼休み終わっちゃうよ」

傲慢「もう!!食べるわよ!!」

憤怒の少女……ではなく、傲慢の少女は自分の席へと戻った。
424 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/08(水) 21:44:29.47 ID:qJCDgkCy0
生まれながらに器用で、優秀で、賢く、両親から溺愛されていた少女。

彼女は自分に絶大な自信を持っており、自分は他の弱者を救うために生まれてきたと自覚しており、多少の歪みはありつつも正義感に溢れて生きていた。

生まれながらに器用で、優秀で、賢いはずだったが、父親から怒鳴られ続けていた少年。

彼は短気な父親から自分の振る舞いを全て暴言や暴力で否定されており、本来の自分を出せなくなった。いつしか人と触れ合うことを避け、孤独に生きていた。

しかし、彼には幸いにもやさしい母親がおり、人を許して生きていくことができた。

そして、もう一つ幸いなことに。

人に期待することを諦めたかのような彼の態度に苛立ちを覚えながらも、傲慢な女の子が彼の存在を認めてくれたのだった。
425 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/08(水) 21:50:55.40 ID:qJCDgkCy0
先生「次の生徒」

憤怒「……はい」

憤怒は校庭の指定された位置に立ち、右手を前に突き出した。

先生「放て」

憤怒はぼそぼそっとした声で、炎の呪文を唱えた。

先生のつくりだした呪文壁に命中した。

先生「うーん、4点ね。狙いはいいけど、威力が弱い。完全に無効化されてるわ」

「なんだよ、あの王国の王子様も大したことねーじゃん」

「しっ、やめとけ。あいつの親に知れたらどんなことになるかわかんねーぞ」

「知るかよ。あいつの国はな、俺の友達の故郷を燃やしたんだ」

傲慢「あんたたち試験中よ、うるさいわ」

先生「次の生徒」

傲慢「はーい」

傲慢は校庭の指定された位置に立ち、左手を前に突き出した。

先生「放て」

傲慢「『傲慢の化身よ、己が自尊心を打ち立て神に雷撃を突き返し給え』」

傲慢「『ヒュブリス!!』」

傲慢は雷撃の呪文を放った!

先生のつくりだした魔法壁を粉微塵に破壊した!

先生「…………」

傲慢「ねえねえ、先生、何点?」

先生「はぁー……私も自信を無くしちゃうわね。雷撃の呪文を使用できるだけでなく、精霊への敬意の込め方も独創的だったわ。10点満点だけど、100点よ」

傲慢「やったー!」
426 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/08(水) 21:52:09.29 ID:qJCDgkCy0
傲慢「ねえ。どうしてあんた雷撃の呪文を使わなかったのよ」

憤怒「……目立ちたくないから」

傲慢「本当に勇者の素質があるのかって、みんなから疑われているよ?」

憤怒「僕はただ、雷の呪文が操れるだけだよ」

傲慢「それが凄いことなのよ!このアカデミーでも雷撃の呪文が使えるのは私達だけなのよ?」

傲慢「精霊の加護がいつか降り注ぐ日が楽しみだと思わない?不死の身体を手に入れられるのよ?」

憤怒「魔物に引き裂かれて、焼かれて、それでも立ち上がって戦う義務に過ぎないよ」

傲慢「はぁー。あんた、話してると疲れるわ」

憤怒「ご、ごめん」

傲慢「まあいいけど」
427 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/08(水) 21:55:03.07 ID:qJCDgkCy0
傲慢「ねえ、あの噂本当なの?」

傲慢「お父上様から酷い虐待を受けてるって」

憤怒「…………」

憤怒「虐待じゃないよ」

傲慢「嘘ばっかり」

憤怒「父上は短気だけれど、決断力があって、頭も切れるし剣技の腕も立つ」

憤怒「ただ。自分の期待に沿わないものに、徹底的に厳しいだけなんだ」

憤怒は服をまくって、自分の身体を見せた。

傲慢「……嘘でしょ」

憤怒の身体は痣だらけだった。

憤怒「初めて人にみせた。どう思った?」

傲慢「……どうって」

傲慢「私のパパも、ご存知の通り国を統べるような偉い人だけどさ。ずっと私に愛情を注いでやさしく育ててくれたわよ」

傲慢「こんな、酷いことって……」

その時、遠くから学友の声が聞こえた。

「おい!!傲慢が憤怒の服を脱がせようとしてるぞ!!」

「痴女だ痴女!!成績優秀ハレンチスケベ〜!!」

傲慢「あいつら、空気も読まずに……。全員焼き殺してやる……!!」

蒸気が出そうな勢いで歩いて行こうとする傲慢に、憤怒は尋ねた。

憤怒「あのさ。君は、どういう時に怒るの?」

傲慢「こういう時よ!!」

憤怒「こういうって?」

傲慢「プライドを侮辱された時よ!!」

憤怒「プライドってなに?」

傲慢「傷つけられたくない心をそう呼ぶの!」

傲慢「私は私が守りたいものを守るの!!その中には私自身も含まれるの!!」

傲慢「なぜなら、私を愛してくれる人がいるからよ!!」

憤怒「それは、君の恋人?」

傲慢「馬鹿!!そんなのいるわけないでしょ!!私のパパとママよ!!」

憤怒「ふふ、そっか」

傲慢「何がおかしいのよ」

憤怒「何でもない」

傲慢「あいつらに地獄見せてくる!!」

怒れる人を見て、安堵を感じたのは彼にとって初めてのことだった。

恋人をつくるには少し早い、傲慢な少女と、諦めた少年。

この日から幾月も経たない内に、将来の王子と后となることが周囲によって決められた。

そして。

この少年が本気の怒りを顕すのも、先のこと――。
428 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/08(水) 23:56:42.34 ID:kfSpgEmDO
429 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/10(金) 00:07:58.24 ID:+ixiB5Soo
追い付いた
430 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 08:50:24.37 ID:o2j1FwQ00
許嫁の王国に、祖国を破壊され、両親を処刑された。

過去に滞在した時には、国民は自分のことを王女のように慕ってくれた。

薬草の調合が趣味の変わった少女とも仲良くなり、第二の故郷のように感じていた場所だった。



故郷の消滅に関して、情報は錯綜していた。

敗者の語る事実は闇に葬られ、勝者の語る言葉が歴史に刻まれるように。

世界に表立って言われていることと、傲慢が独自に集めた情報とでは、あまりにも情報が異なっていた。

傲慢の両親がまるで極悪人の裏切り者であるかのように、周辺諸国は信じ切っていた。

元々呪文のセンスに長けていた傲慢は、勇者の雷撃呪文を活かした洗脳呪文を開発し、全ての事実を知ったのだった。
431 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 08:52:14.31 ID:o2j1FwQ00
憤怒「ふざけるな!!!!」

地面に横たわる傲慢に向かって、青年になった憤怒は激怒した。

傲慢「……ははっ。数年ぶりの再会で、倒れているところを怒鳴られるなんて。前に再会した時はあんなに泣きそうになっていたのに」

憤怒「独りで魔王城なんかに乗り込むからだ。エルフから無謀な女がいると聞いたぞ。魔剣の存在も知らないのか」

傲慢「知ってるよ。死ぬ覚悟で戦いにきたのよ」

傲慢「大切に思ってた人達から裏切られて、大切な人達がみんな殺されちゃって」

傲慢「あなたの国が、私の故郷を滅ぼして」

傲慢「死んでもいいから、戦おうかなって、自暴自棄になっただけ。これは覚悟とはいえないかな」

憤怒「…………」
432 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 08:53:39.08 ID:o2j1FwQ00
「ちょっといいかなー。イチャイチャするのはかまわないけど、戦闘中だよ?」

黒いドレスを着た少女は呆れていた。

「ハンサムなお兄さん初めまして。私の名前はマリア。四天王の一人よ」

マリア「ところで、3人いたはずのお仲間は死んじゃったのかな?」

憤怒「この広間にたどり着く途中でな」

マリア「よかったね。おわかりのように、ここの地面には精霊殺しの陣が敷かれている。目立つけれどとっても頑丈な造りなの」

マリア「だから、あなた達がここで負けたら精霊ごと死んじゃうの。よくも魔王城で、私に挑もうなんて思ったなぁ」

マリア「それにしても、泣けちゃうなぁ。大切な仲間を危険に晒して、一人で私達を倒そうなんていう傲慢甚だしい女を追いかけてくるなんて」

傲慢「……人間を舐めるんじゃないわよ」

マリア「ふわぁー」

あくびをしている少女に向かって、傲慢は左手を向けた。

傲慢「『ヒュブリス!!』」

眩い閃光と共に雷撃が少女に伸びた。

マリア「キャッ!!」

少女は驚いて口を開けて、雷撃をゴクンと飲み込んだ。

マリア「…………クゥ〜!!沁みるぅうう!!」

少女は目をつむって痛そうに頭を抑えながら、地団駄を踏んだ。

「許さないんだから〜!!」

少女が口を開けると、口の中からぬいぐるみがヌメェッっと吐き出されてきた。
433 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 08:54:07.18 ID:o2j1FwQ00
憤怒「気をつけろ!あいつは召喚を司る四天王。あの人形も何か……」

ぬいぐるみを見て、憤怒は思わず言葉をとめた。

傲慢「……わたし?」

傲慢の勇者を模した人形だった。

少女は人形の腕をふりまわすようにいじった。

傲慢「危ない!!」

傲慢の身体が勝手に動き、剣で憤怒を切りつけようとした。

憤怒は寸出のところで躱した。

憤怒「コントロール系の呪術か」

マリア「ふふーん、しんでからのお楽しみ」

少女はニンマリと笑った。
434 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 08:55:02.05 ID:o2j1FwQ00
憤怒は傲慢を抑えることができなかった。

気絶させようとして万が一にでも殺してしまったら、傲慢を教会に転送しようとして現れた精霊が殺されてしまう。

ただでさえ戦闘能力の高い傲慢を、魔族最高峰の召喚士が操っており、簡単に組み伏せることはできなかった。

傲慢の攻撃をただ躱すしかなかった。

マリア「たいくつだなぁ。じゃあ、これならどう?」

傲慢は剣を自分の首にあてた。

傲慢「う、うそ……」

憤怒「やめろ!!」

傲慢の自殺をとめようと憤怒が飛び出した。

途端に傲慢は左手を突き出した。

傲慢「『ヒュブリス』!!」

近距離まで迫った憤怒に、雷撃が直撃した。
435 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 08:56:38.50 ID:o2j1FwQ00
ぼろぼろになった憤怒を見てニンマリしながら、少女は言った。

マリア「呪文のコントロールまで可能なんて、どれだけ戦闘力に差があるのよ」

マリア「あなた達なんて目瞑っても殺せるわね。どんなものかなと思って遊んであげたけど、やっぱり人間は弱過ぎるわね。そろそろ終わりにしよっか」

少女は色の着いた棒を取り出し、異様に早い速度で地面に絵を描き始めた。

マリア「六芒星なんて描いてらんないよね。生み出したい絵を描いた方が楽しいのに」

カカカカ、カカッっと響く音がして、即座に絵が完成した。

マリア「キャー!素敵ー!!うっとりするわ」

憤怒「あ、あれは!禁書に姿絵が載っていた……!」

マリア「本物には及ばないけど充分素敵よ。さあ、あいつらを殺してちょうだい」

マリア「魔王さま!」

絶望が2人に襲いかかった。
436 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 08:57:16.62 ID:o2j1FwQ00
傲慢「っ……!動ける……!」

傲慢のコントロールが解かれた。

憤怒「下がっていろ!!」

憤怒は傷ついた身体で戦った。

傲慢の勇者を相手にしてこそ力を全く出せなかった憤怒の勇者。

今でこそ、実力の全てを発揮することができるが。

憤怒「……ぐぉおおお!!!」

マリア「うふふ!!やっちまえー!!」

魔王のコピーの戦闘能力に遥かに及ばなかった。

マリア「たかが人間の代表と、魔族の最高峰では、呆れるくらいに実力がかけ離れているよねー」

マリア「だからこそ、”不死”という加護を精霊が人間に与えることになったんだろうけど。精霊殺しが開発された今じゃもう勝ち目ないね」

マリア「じゃ、まずはそっちの女の子から殺してくださいませ」

傲慢「あ……あ……」

憤怒「やめ…ろ…」

マリア「素敵な男性が、絶望に苦しむ顔を見たいの。人間でもハンサムはいいものだわぁ」

マリア「死になさい」

魔王のコピーが、黒々と輝く魔法玉を創り出した。
437 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 08:58:15.05 ID:o2j1FwQ00
生涯結ばれるはずだった女の子。

生きがいを失って、孤独に冒険していた。

それは全て。

憤怒「俺が、守ってやれなかったからだ」

憤怒は腹立たしく思った。

世界が絶望的で、理不尽な人間で溢れかえっていることなど、とっくに諦めていた。

けれど、そんな世界においても、守りたいものを守ることのできる自分でありたかった。

傲慢「ごめんね。私のせいで」

傲慢は憤怒の頬に手を添えた。

やさしかった母親が亡くなった日以来。

ずっと流すことのなかった涙を、憤怒は流した。

静かな憤りを感じた。

叫ぶことも、嘆くことも、怒り狂うこともない。

母親のやさしさに包まれて穏やかに生きてきた少年は。

この時、初めて自分の体の中に流れる、父親の血を感じた。

憤怒「……嬉しかったんだ」

傲慢「えっ?」

憤怒「俺のために、おぼんを机に叩きつけてくれたことが」
438 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 08:58:57.57 ID:o2j1FwQ00
魔王のコピーが放った最大級の闇の呪文は、憤怒によって弾かれた。

マリア「はぁー!?うそでしょ!?」

憤怒「グォァアアアアアアアア!!!!!」

怒り狂った獣のように、憤怒は駆け出した。

傲慢「今の、なによ……」

傲慢「いきなり、兜が現れて……」

憤怒の動きを、もはや傲慢は目で追うことができなかった。

魔王のコピーは憤怒に馬乗りにされ、物凄い速度で殴られていた。

バサバサという音が響き渡り、紙切れが風で飛ぶように魔王のコピーは消滅していった。

マリア「魔王様がおっしゃっていた話は本当だったというの……?」

マリア「だとしたら、あれは、”憤怒の兜”!!」
439 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 09:01:26.70 ID:o2j1FwQ00
少女は焦りながら、自分のお腹に手をあてた。

マリア「まずはコントロールを……」

マリア「……!?」

べちゃべちゃと液体が飛ぶようなくぐもった音が聞こえたあと、少女は紫色の血液とともに人形を吐き出した。

マリア「グボォオエエエエ!!!」

吐き出した憤怒の人形は召喚士のコントロールを振り切り、主を攻撃しようとした。

少女が急いで呪文のキャンセルを唱えると、人形は消滅した。

マリア「グブ……オェ……これも駄目……」

マリア「もう、あれを使うしか……」

少女は両手を同時に使い、地面に絵を描き始めた。

マリア「……えっ?」

憤怒「グァアアアアアアアアアア!!!」

少女の両手は吹き飛んでいた。

マリア「……遊ぶ余裕くらい、与えてちょうだいよ。短気な男は嫌いよ」
440 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 09:02:35.32 ID:o2j1FwQ00

魔族最高峰の四天王の一人は、原型を留めないほどに一人の勇者に潰された。

打撃音がしばらく続いたあと、ぴたりと音が止んだ。

傲慢「……憤怒?」

憤怒「……ニゲ…ロ……」

憤怒は身体を地面に激しくぶつけた。

怒りに満ちた目で傲慢を睨みながら、必死でそれを自制しようとしているように見えた。

傲慢を殺す欲望に駆られながら、破壊を止めようと理性が虚しく抵抗していた。

傲慢「……世界はどうしてこうも」

傲慢「人間を、悲しませることしかできないの」

自分の身体を掻きむしる憤怒を、泣きながら見ていた。

傲慢「……私はどうしてこうも」

傲慢「自分のことしか、気にかけることができなかったの」

傲慢「大好きな王子様が救ってくれることを当然のように期待するだけで」

傲慢「私が彼を、守ってあげようとはしなかった」

傲慢「誰かに認められることばかりを望んで」

傲慢「誰かを認めてあげることなんて考えなかった」

傲慢はのたうち回る憤怒の元に歩み寄った。

傲慢「もう、いいよ。そのままじゃ死んじゃうよ」

傲慢「世界中を滅ぼしてでも、あなたには生き残ってほしいの」

傲慢「まずは、世界一傲慢な私を、殺してちょうだい」

傲慢「今まで見てあげなくて、ごめんね」



理不尽な世界は、最期まで理不尽だった。

今まで散々不幸な出来事を2人に与えておきながら。

傲慢「……今の光は、さっき現れたのと同じ」

傲慢「この、盾は」

気まぐれに、救いを与えた。
441 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 09:21:08.68 ID:o2j1FwQ00
勇者「2人はアカデミーを卒業してからも、幾度か再会を果たしました。祖国の事情さえなければ、2人はパーティを結んで冒険していたのかもしれません」

勇者「四天王を倒してからもまた、2人は離れ離れになってしまいました」

勇者「傲慢の勇者は、彼の足枷になることをやめたかったんです」

勇者「けれど、お互いに惹かれる思いは強く、2人は再びこの王国で再会することがかないました」

勇者「みなさん」

勇者「また2人を、引き裂いてもいいのでしょうか」

勇者「もしも傲慢の勇者がこの国を許してくれるのなら。いや、決して許すことなどできないでしょう」

勇者「しかし、許せないままに、再び手を取り合うことを望んでくれるのなら」

勇者「彼女を、后に迎えませんか?」
442 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 11:26:46.28 ID:o2j1FwQ00
遊び人「広場の声、聞いた?」

遊び人「裏切ったのは傲慢の少女の祖国だと信じて戦っていたって」

勇者「うん」

遊び人「どっちが正しいんだろうね」

勇者「何も正しいことなんてないんだろ」

遊び人「そうかもね。でも」

遊び人「今日という日は、正しそうに見えるけど?」

多くの人が駆り出されて、急いで式典の準備を始めていた。

本来行われるはずだった結びの儀式は中止になっていたが。

憤怒の城下町と、傲慢の街の友好を結ぶ式を挙げる準備が行われていた。

遊び人「勇者が頑張ってくれたおかげかな」

勇者「俺はきっかけの1つにしか過ぎないよ。みんなが本当は望んでいたことだったんだ」
443 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/11(土) 21:56:03.73 ID:L2GqVEPDO
444 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:04:21.64 ID:HqgdqaCI0
王様を死にいたらしめたという、曰く付きの兜。

その兜を掲げ、王子は宣言した。

憤怒「傲慢の街と私達は、手を取り合って生きていかなければならない」

私情が見え透いたその言葉に、しかし反対を示すものはいなかった。

遊び人「憤怒の兜の封印は、もうしばらく待ってもよさそうね」

遊び人「封印でもしなければ、市民がまた暴動を起こすと思っていたけど」

遊び人が広場を見渡すと、薬剤師の女の子が、今度は嬉しそうに涙を流していた。

勇者「当初の予定だと、ここで兜を奪う予定だったんだよな」

遊び人「あはは。あらゆる人々の激怒を買っちゃうね」

憤怒と傲慢は、握手をしていた。

遊び人「傲慢の勇者、照れを隠しきれてないね。かわいいなぁ」
445 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:06:05.70 ID:HqgdqaCI0
儀式が一通り終わると、兜を脇に抱えた憤怒と傲慢が、勇者達を招き寄せた。

傲慢「昨日も言ったけど、冒険が終わったら、最後に私達の場所を訪れなさい。傲慢の盾も、憤怒の兜も好きに使わせてあげるから」

遊び人と勇者は顔を見合わせ、笑みをこぼした。

傲慢「私達も国を守らなければならないから、しばらくは持っていさせてほしいの。これから大国統一の計画にも取り掛かるし」

遊び人「本当にありがとう」

傲慢「お礼を言うのはこっち。あなたたちが、私の代わりに怒ってくれたんだもの」

傲慢「この国が憤怒の父、元国王に騙されていたことは知っていたの。だけれど、故郷を滅ぼされたこと自体に対する怒りはおさまらなかった」

傲慢「怒りを主張して何が変わるかもわからない。冒険を通してやることなすこと全て裏目に出てね、何を信じればいいかわからなくなっていたの」

傲慢「プライドがへし折られちゃってたから」

傲慢は力無く笑った。
446 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:06:41.91 ID:HqgdqaCI0
学者「私達も手伝ったんですよ。情報の裏付けを確認して、話を繋ぎ合わせて、勇者さんの言葉を意味あるものに仕立てたんです」

お姫様「はぁー、王子様タイプだったのになぁ…」

お姫様はため息をついた。

学者「これから忙しくなりそうですね」

憤怒「ああ。今まで目指していた方向と、対局に向かうわけだからな。君達の力もどうか貸して欲しい」

遊び人「全国の女性をたぶらかしておいてよく言いますねえ」

憤怒「僕のことを本心で好きでいてくれた女性なんて1人しかいないさ」

傲慢「はぁ!?」

遊び人「ふふふ」

お姫様「羨ましいなぁ…タイプだったのになぁ…」
447 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:07:52.01 ID:HqgdqaCI0

遊び人「味方も今ならたくさんいますよ」

憤怒「そうだな。そして、彼女もいる」

憤怒は傲慢を見つめた。

傲慢「そ、そういうのは人の前では……」

遊び人「二人きりの時がいいってこと?」

傲慢「ちょっと!!」

一同は笑った。

照れくさそうにしている傲慢と、一名を除いて。

お姫様「いいなあ。素敵だなぁ」

お姫様「ハンサムだし、強いし、やさしいし」

学者「あなた、いつまで……」


お姫様「精霊の加護もついてるし、不思議な兜も持ってるし、羨ましいなぁ」

お姫様「"嫉妬"しちゃうくらいにさぁ」

お姫様は、取り出した笛に口をつけた。。
448 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:08:46.51 ID:HqgdqaCI0
傲慢「一体なんなのよ…!!」

殺気を感じて傲慢が反射的に発動した防御呪文のおかげで、勇者達は気絶せずに済んだ。

しかし、憤怒の持っていた兜ははじきとばされ、奪われてしまった。

広場では人々が耳を抑えながらうずくまっていた。

傲慢「音の呪文の使い手だったのね。まさか湯水の国が裏切るなんて……」

憤怒「それはまだわからない。成りすましだったのかもしれない」

憤怒「この女が何度も繰り返している言葉があった。それを愉しんで言っていたとしたら」

清々しい顔で演奏を終えたお姫様は言った。

お姫様「そうよ。世界中の嫌われ者にして、数多くの勇者を殺してきたと噂されてきた」

お姫様「処刑の王国の、術士よ」

お姫様は、憤怒から奪い取った兜を手でいじっていた。

お姫様「魔力も備わっているし、国宝にふさわしいものなんだろうけど、憤怒の装備じゃないわね」
449 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:09:24.61 ID:HqgdqaCI0
憤怒「遊び人、君の警告した通りだった。大罪の装備を狙うものが現れる可能性が高いと」

遊び人「元々は、私達が強奪する予定だったんだけどね」

お姫様「気に食わないわね。本物はどこに隠してあるの?」

憤怒「世界のどこかにな」

お姫様「だったら、手始めに。この国の住民全員殺して、隅から隅まで探してやるわよ」

お姫様は再び笛に口をつけた。
450 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:10:06.26 ID:HqgdqaCI0
戦闘が始まって、しばらく膠着状態が続いていた。

避難する市民を守りながら、憤怒と傲慢はお姫様を隅に追いやっていた。

憤怒「まだ城内に避難できていないものはいるか」

隊長「市民の避難は済みました。残るは兵士のみです」

憤怒「わかった。君たちも下がれ」

隊長「そんな!!私達は何のために!!」

憤怒「相手が違いすぎる。君たちは、城内で市民を守り続けるんだ」

隊長「しかし」

憤怒「私を怒らせるな」

隊長「……承知しました」

去ろうとする隊長は、思い出したかのように付け加えた。

隊長「それと、非常事態の対策に従い、例の職業の者だけは……」

憤怒「わかっている。こういう時、彼らはテコでも動かない」

憤怒は教会を見て、その中に神父がとどまり続けていることを確認した。
451 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:10:37.96 ID:HqgdqaCI0
お姫様は疲れて地面に座り込んでいた。

お姫様「はぁー。思ってたより手強いなぁ。あのウスノロどもはまだ迷ってるみたいだし」

お姫様「おーい!こっちだよぉ!」

お姫様は町の外に向かって手を振った。

魔物の大軍が草原をうろうろと彷徨っていた。

お姫様「街の守護すら突破できないなんて。これだから図体でかいだけの魔物は嫌なのよ」

お姫様「バカの研究者達もいつまで経っても来ないし。全員処刑にされても知らないわよ」
452 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:11:14.41 ID:HqgdqaCI0
お姫様は、気だるそうに立ちあがった。

お姫様「さて、と。研究者が到着するまでは適当にいなしておく予定だったけど、遅刻してるんだからちょっとくらい遊んでもいいよね」

お姫様「さて、隕石でも降らせますか」

お姫様は目を閉じた。

憤怒「詠唱する隙きを与えるな!!」

傲慢「もちろん!!」

2人が飛び出そうとした時だった。

遊び人「待って!!あの構えで物体召喚なんて……」

傲慢「うっ!」憤怒「くっ!」

憤怒と傲慢がよろめいた。

お姫様「残念、勇者感知の呪文でした!」

お姫様「今のうちにっと」

お姫様は大きな鈴を取り出して振り始めた。

勇者「遊び人、自分の耳を塞げ!」

勇者は駆け出し、両腕でだき抱えるように、傲慢と憤怒の両耳を可能な限り塞いだ。

勇者「ぐぁああああ!!!」
453 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:11:47.69 ID:HqgdqaCI0
勇者は雄叫びをあげて倒れた。

両耳から血が流れていた。

傲慢「どうして……」

遊び人「より戦闘能力の高い、あなた達を優先させたのよ」

傲慢「私が聞きたいのは……」

遊び人「次の攻撃くるよ!!」
454 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:12:31.85 ID:HqgdqaCI0
勇者は雄叫びをあげて倒れた。

両耳から血が流れていた。

傲慢「どうして……」

遊び人「より戦闘能力の高い、あなた達を優先させたのよ」

傲慢「私が聞きたいのは……」

遊び人「次の攻撃くるよ!!」
455 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:12:59.35 ID:HqgdqaCI0
傲慢「きゃっ!!」

憤怒「うぐっ!」

神官の前に、どこからともなく傲慢と憤怒が現れた。

憤怒「突然巨大な爆発呪文を唱えられた」

傲慢「なんなのよあいつ。並の人間の強さじゃないわ!」

息着く間もなく、教会の扉がバンと開いた。

お姫様「すごーい、本当に転送されてる。肉眼じゃ追えなかったよ」

お姫様「あれ、あんた達もどうして?」

お姫様は勇者と遊び人を見た。

遊び人「くっ……」

お姫様は悩んだ表情をしたあと、言った。

お姫様「もしかしてパーティメンバーだった?どっちに所属してるのかしんないけど」

お姫様「まぁ、雑魚はどうでもいいか」

お姫様は笛を取り出した。
456 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:13:25.86 ID:HqgdqaCI0
傲慢「言葉が通じなくなるけど、背に腹は変えられないわね」

傲慢が呪文を唱えると、耳の中に水が詰まったような感触がした。

周囲の音が聞こえなくなった。

傲慢「%(O)J」”$(‘%”(!!」

傲慢は剣を構え、お姫様へ突進した。



高速で繰り出される戦闘に、他者の入る余地はなかった。

傲慢が剣で斬りかかろうとするも、お姫様は笛ではじき軽くいなしていた。

戦闘を見守る中、憤怒の勇者が異変に気づいた。

憤怒「$(%“%&‘”)!!?」

憤怒が地面を指差すと、うっすらと魔法陣のようなものが出現し始めているのが見えた。

憤怒は教会の隅へ走り、ぼろぼろの木箱から”憤怒の兜”を取り出した。

お姫様はそれをみやると、嬉しそうに笑った。

傲慢が戦闘する中、3人は外へと出た。
457 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:14:31.23 ID:HqgdqaCI0
憤怒「お前らは一体!!」

教会の外に出ると、白衣を着た男たちが数名、教会を囲って詠唱を唱えていた。

遊び人「これ、教会ごと、捕縛呪文をかけようとしてるんだと思う!」

勇者「憤怒!!傲慢を外に連れ出すんだ!!」

憤怒「わかった。持っててくれ」

憤怒は兜を遊び人に預け、再び教会の中に入り込んだ。
458 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:15:41.78 ID:HqgdqaCI0
勇者「処刑の王国の連中か!!」

勇者は白衣を着た男に突進した。

しかし、見えない壁のようなものに阻まれた。

勇者「いって!!なんだこれ!!」

遊び人「詠唱の邪魔をされないように防御壁を張ってるんだわ。ちょっと見せて」

遊び人が勇者のもとにかけより、見えない壁をなぞった。

勇者「硬化の呪文か?」

遊び人「えっと、だとしたら、軟化の呪文で相殺できるけど……」

遊び人「指でなぞると、硬い感触は感じられないわね」

遊び人「…………なるほど」

遊び人「時延化の呪文よ。時の流れを遅くしてるんだわ。だから、時間のはやさが通常の私達が触れようとすると摩擦が生じてしまうの」

勇者「?????」

白衣を着て詠唱を続けていた男は、驚いた表情を見せた。

遊び人「時間を対価にして物体の移動を許してるの。時間の進みが遅ければ、物体はゆっくりとしか動けない。そしてこの壁は、早い時間で動く私たちに、そんなに大きな対価は受け取れませんって拒んでるわけ」

遊び人「仲間と会話したり詠唱のタイミングを合わせるためにどこかに穴はあけてあるんだろうけどね」

遊び人「対処は二つ。この壁の時間を通常の流れに戻すか、私達がもの凄く遅い時間の流れに合わせるか。前者の選択しかありえないけどね」

遊び人が解説しているうちに、憤怒と傲慢と、お姫様が外に飛び出してきた。

その瞬間、教会全体が黄土色の輝きに包まれた。

研究者「ふん、惜しかったな。だが、檻は完成した。あとはもう一度そいつらをこの中に追いやれば終わりだ」

研究者「俺らの仕事はここまでだ。そこの女に防御壁の性質を見抜かれた。あとは任せたぞ」

6人の研究者たちは移動の翼を取り出すと、その場を離れた。

お姫様「ちょっと!!あんた達遅れといて何なのよ!!」
459 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:16:09.30 ID:HqgdqaCI0
お姫様「まぁいいわ。憤怒の兜も姿を現したし」

お姫様は遊び人の抱える兜を見た。

お姫様「よく考えれば教会に隠すのはいい案よね。だって、非常時に教会に転送されるわけなんだから」

お姫様「それじゃ、頂くわよ」

お姫様は遊び人のもとに歩みだした。

傲慢と憤怒も駆け出そうとするが、見えない障壁に阻まれた。

傲慢は急いで時縮化の呪文を唱え始めた。

お姫様「あいつら良い置き土産を残してくれたじゃない」

お姫様と、勇者と、遊び人が対峙した。
460 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:16:55.16 ID:HqgdqaCI0
お姫様「さっきから戦闘に加わらない男と村娘の格好をした仲間だなんて、何の役に立つのかしら。航海士か何か?」

お姫様「安心して。死んで教会に転送されても、捕縛されるだけだから。しばらくは死ななくても済むわ」

お姫様「思う存分、戦いましょう」

お姫様が笛を構えた。

勇者「くそっ……時間を稼がないと」

遊び人「勇者、少し持っててちょうだい」

遊び人は兜を勇者に渡すと、前に出た。

遊び人は両手を空中に乗せるように浮かし、祈りを唱え始めた。

お姫様「へえ、魔法使いか何かだったの?」

お姫様「雑魚の呪文なんて興味ないわ。すぐ叩きのめすのみよ」

お姫様は構わず笛に口をあてた。



遊び人「『リコルダーティ』」

遊び人「『スケルツォ』

お姫様は顔色を変え、演奏を止めた。

遊び人「『ベルスーズ』」

憤怒も空気の流れが変わったことに気づいた。

遊び人「『主を失いし旋律の怨嗟よ』」

お姫様「な、なんなのよ、この魔力は……」

遊び人「『大罪の仇讎曲を奏で給え』」

お姫様は恐怖に駆られた顔をし、後退りをした。

遊び人「『Morte』」

遊び人「『Tremolo……』」

遊び人はしゃがみ込み、落ちていた小石を宙に放り上げ、口でキャッチした。

遊び人「…………」

遊び人「……死ね私」
461 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:17:25.07 ID:HqgdqaCI0
震えながら笛を構えていたお姫様は、きょとんとしていた。

お姫様「…………えっ」

お姫様「えっ、えっ」

お姫様「えええええ!!?」

お姫様「う、うそでしょ!?」

遊び人は赤面しながら、悔しそうに唇を噛んでいた。

お姫様「あはははは!!!うける!!!ちょー笑ける!!!」

お姫様「もしかしなくても、あんた!」

お姫様「遊び人なのね!!」
462 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:17:54.48 ID:HqgdqaCI0
TIPS

遊び人という職業の者は、基本的に、戦いをさぼる。

とりわけ、戦うなという父の願いを込めて強制転職された彼女は、その度合いが甚だしい。
463 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:18:48.02 ID:HqgdqaCI0
TIPS

遊び人という職業の者は、基本的に、戦いをさぼる。

とりわけ、戦うなという父の願いを込めて強制転職された彼女は、その度合いが甚だしい。
464 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:19:21.83 ID:HqgdqaCI0
お姫様「はぁー、びっくりしたぁ。凄まじい魔力の気配を出して禁術を唱え始めるんだもの。はったりがお上手なのね」

お姫様「いつか賢者になれた時に、唱えられるといいわね、遊び人さん!」

お姫様は再びケタケタと笑った。

遊び人「と、唱えたことあるのに……」

涙目の遊び人の背中を勇者はやさしく叩いた。



傲慢「解除できたわ!!」

傲慢と憤怒が駆け寄ってきた。

憤怒「いい時間稼ぎになったぞ」

傲慢「あいつの特性はだいたい見抜いたわ。あとは私たちに任せなさい」

傲慢「広範囲にわたる音の呪文を発動している割には、本人は耳栓の呪文も唱えていない。なのに私達の会話は聞こえてる」

傲慢「音色の範囲に穴があるのよ。音への着色をすれば、攻略できそうだわ」

肩を落とす遊び人の前に立ち、2人の勇者は力強く胸を張った。、
465 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:22:41.48 ID:HqgdqaCI0
折れた笛が地面に転がった。

お姫様は傲慢に蹴り飛ばされ、教会の中に入っていった。

お姫様「ちくしょお……」

中には気絶して地面に横たわっている神父だけがいた。

お姫様「……う、うぐっ!?」

お姫様はえびぞりに身体を反らせ、硬直した。

お姫様「う、うぐ…!がは…!!」

遊び人は教会の中を見て言った。

遊び人「……何が檻よ。こんなの拷問器具と一緒よ」

勇者「神父気絶してるぞ……」

傲慢「次の対策を練るわよ。この子は何かの時間稼ぎをしているようにしか見えなかったわ」

勇者「さっきの研究者達だけど、この街ごと檻で閉じ込めようとしているんじゃ……」

憤怒「この範囲の街に何かを施そうとしたら軍隊レベルの数が必要だ。それに、街の守護というものは強力で、外部から手を加えるなんてことはそうそうできん」

憤怒「傲慢、頼みがある。傲慢の盾を持ってきて欲しい」

傲慢「…………」

憤怒「僕が憤怒の兜を装備したら、理性を失って、誰にもとめることができなくなる。その時は傲慢の盾を装備した君しか僕を抑えられるものはいないんだ」

傲慢「……わかったわ。でも、時間がかかるわよ」

遊び人「トロフィールームに置いてないですよね?」

傲慢「もうそんなことしてないわよ。誰も興味を引かないような場所に埋めてある」

傲慢「私が取りに行く間、憤怒はこの街を守っていてちょうだい」

憤怒「ああ」

傲慢「それと。あなた達も、城の中に避難しなさい」

勇者「えっ?」遊び人「うっ?」

傲慢「あなた達の戦闘能力はよく知ってるわよ。教会に結界が張られた今、精霊の加護に頼っていられた今までとは違うの」

勇者と遊び人は顔を見合わせた。

憤怒「憤怒の兜を君たちが持っていてくれ。脇に抱えながら戦うことはできない。必要になったときは合図をするから、城からそいつを投げてくれ」

勇者「…………」

遊び人「そうね。勇者、お城の中に入りましょう。敵のいない今のうちしか、城内への橋を渡す時間が取れないわ」

遊び人「行きましょう」

遊び人と勇者が、城の中に戻ろうと歩み始めた時だった。





バチバチバチ。
466 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:23:12.02 ID:HqgdqaCI0
遊び人「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

遊び人は絶叫した。

勇者「どうした!?」

勇者が遊び人を見ると、右手の小指が焼き焦げていた。

切断された小指の先端からは、電気がぱちぱちとほとばしっていた。

遊び人「いだい!!!いだい!!!!」

遊び人「だずげで!!!いだああああいいい!!!」

遊び人はぼろぼろと涙を流していた。

左手で短剣を取り出そうとしていた。

傲慢「自殺するつもりよ!!今教会に転送されるのはまずいわ!!」

勇者は遊び人を力づくで抑えた。

遊び人「死にだい!!いだい!!!死ぬの!!!」

憤怒「その子を連れて早く城の中へ!!医術師に診てもらうんだ」

勇者「わ、わかった!」
467 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:23:58.11 ID:HqgdqaCI0
広場には憤怒と傲慢だけが取り残された。

憤怒「何が起きているというんだ……」

傲慢「わからないけれど。私、もう行くわ。一刻も早く盾を持ってこないと」

憤怒「ああ。君も気を付けてくれ。街の外では敵が大勢待機している。できるだけ高く飛んでから移動するんだ」

傲慢「ええ。それじゃあ」

「その必要はないよ」

一人の男が、街に侵入していた。

「これがほしいんだろ?」

傲慢の盾を手に持っていた。。

冷たい風が流れた。
468 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:25:29.74 ID:HqgdqaCI0
お姫様「あぐ…うがっ……」

「遅れて済まなかったね。物体感知に傲慢の盾が引っかかってね、急遽それを奪うことにしたんだ」

「ここは君に任せてるから、安心していたんだよ」

男は結界の張られた教会の中に平然と歩み入り、お姫様を抱きかかえた。

男の首元ではネックレスのようなものが鈍く輝いていた。



広場に横たわせられたお姫様は、依然としてピクピクと身体を痙攣させていた。

「僕達の王国の者に酷い仕打ちをしてくれたね」

傲慢「あなた、誰よ」

「殺してみれば、少しずつ僕の正体がわかるだろうさ」

「できるものなら、だけどね」
469 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:26:15.58 ID:HqgdqaCI0
城内にいる者が見守る中、遊び人は痛みに呻いていた。

医術師「敵は近くにいたのかね?」

勇者「いいえ。広場には、誰も……」

医術師「街の外から呪文を放って街人を攻撃できるんなら、魔物は苦労しないよ」

薬剤師「ねえ、よく見せて」

薬剤師は遊び人の手を取った。

薬剤師「……これは」

薬剤師「間違いない。雷撃の攻撃呪文よ」

勇者「雷撃?」

勇者「ば、馬鹿言うなって!憤怒と傲慢が遊び人を攻撃したっていうのか?」

薬剤師「まさか。でも、間違いないわよ。王子様の后を決める筆記試験の内容が気になって、最近勉強していたんだもの」

薬剤師「こんな冗談を聞いたことはないかしら。人間が認知できないはずの魔王城へ侵入する方法にはいくつかあってね。その1つが、魔王城へ帰ろうとしている魔物と自分をヒモでくくりつけるというもの」

薬剤師「自分がいくら認知できなくとも、魔物と結ばれていたら、強制的に引っ張られて中に侵入することができるの」

薬剤師「この子と、この子を攻撃したものは、何かで結ばれていたのよ」

薬剤師の言葉に反応するかのように、遊び人は言葉を発した。

遊び人「見破られていたのよ……私のまじないを……」

遊び人「勇者……あいつが……あいつが来る……」

遊び人「私の里を滅ぼした、あの男が……」
470 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:26:58.46 ID:HqgdqaCI0
遊び人は起き上がり、城内を移動しはじめた。

勇者「どこに行くんだよ!」

遊び人「上の階へ。あいつの姿を確認できる場所に行きたいの」

遊び人は右手を庇うようにしながら、人混みの中を移動した。

遊び人「ここからなら、ちょうど街全体を見渡せるわ。まだ鍵を返してなくてよかったわ」

遊び人は選考中に使用していた個室の鍵を開けた。

部屋に入り、真っ直ぐに窓辺へと歩いた。

勇者「遊び人、大丈夫なのか」

遊び人「大丈夫じゃないわよ。でも、今は向き合わなくちゃ」

勇者「…………」

勇者は言葉をつぐむことしかできなかった。

遊び人の身体は、震えていた。
471 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:27:35.80 ID:HqgdqaCI0
遊び人は外を見た。

教会に閉じ込められていたはずのお姫様が、救出されていた。

そして、忘れられない男がいた。

「そんなところにいないで、こっちに来たらどうだ?」

男は遊び人の存在に即座に気付き、広場から大声で呼びかけた。

「今日は婚姻の儀式のはずだったんだろ。せっかくだから、僕達で式を挙げたらどうだ?」

男はにんまりと笑った。

「赤い糸で、長年結ばれていた者同士」

遊び人は、膝から力を失うように倒れかけた。
472 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:30:47.31 ID:HqgdqaCI0
勇者は遊び人の身体を支えながら、視界の端で、傲慢の勇者が祈りを結んでいるのが見えた。

男は、気づいているのかいないのか、こちらを見つめたままほくそ笑んでいた。

傲慢「滅びなさい!!」

突如、巨大な爆発が起きた。

傲慢の唱えた呪文が、男に直撃したのだった。

傲慢「あれだけ長い詠唱をさせてくれるなんて、どれだけ舐め腐ってるのよ」

煙で視界がくぐもる中、遊び人は叫んだ。

遊び人「……駄目」

遊び人「逃げて!!」

傲慢「えっ?」

傲慢の勇者は自分の胸元を見た。

背後から、剣で貫かれていた。

傲慢の身体は、棺桶に保管され、精霊によって教会に転送された。

神官によって蘇らせられた傲慢は、捕縛の結界に締め付けられた。

「さすが神官だ。気絶しながら勇者を蘇らせるとは。自分の死よりも勇者の蘇生を優先させるだけのことはある」

「それにしてもだ。噂通りで笑ってしまうよ。傲慢の勇者といい、憤怒の勇者の君といい、僕といい。パーティメンバーを3人加えられるにも関わらず、一人で生きようとする。あまりに傲慢だ」

「同じ勇者として、恥ずかしいと思わないか」

憤怒の勇者は、怒りをにじませながら尋ねた。

憤怒「お前は何者だ」

「ある時は処刑の王国の元奴隷だった。ある時は処刑人と名乗った勇者殺しでもあった」

「今ではその処刑の王国も、国民の性質を以て、嫉妬の王国と呼ばれている」

「今の俺を民はこう呼ぶ」

嫉妬「嫉妬の首飾りに選ばれし、勇者と」
473 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:31:16.86 ID:HqgdqaCI0
TIPS

処刑の王国の元奴隷は、勇者に選ばれた。

1人の女奴隷と一緒に、逃亡を果たした。

時は経ち。彼は王国に戻り、君主として返り咲いた。

大罪の賢者の里を罠に陥れ、嫉妬の首飾りを手に入れた彼は、嫉妬の勇者と呼ばれるようになった。

偉大な存在でありながら、ある目的のために、処刑人と名乗り勇者の捕縛も行っていた。
474 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:32:29.37 ID:HqgdqaCI0
嫉妬「大罪の賢者の里の残骸を、研究者共とあさり尽くした」

嫉妬「里から少し離れた森の中に、小屋があった。驚くべきことに、そこは俺らの王国の研究員の小屋だった」

嫉妬「そこに埋まっていた研究資料には、研究者の連中共も驚いていたよ。まさか、左遷されていた君の父親が、あれほどまでに深遠な研究を進めていたとは誰も思っていなかったそうだ」

嫉妬「赤い糸の呪文の存在をそこで知った。大罪の賢者の里において、口述で伝えられてきた恋のまじないの呪文」

嫉妬「驚かされたよ。魔力を一切消費せず、マハンシャなどの防御呪文も一切通用しない。また、使用者が解除を命ずるか、被使用者がその存在に気づき解除をするまで、呪文は永続する」

嫉妬「大罪の賢者の一族のみ使用でき、また、可視化することができる。何より、対象として結ばれた相手の、移動に関するコントロールを得る」

嫉妬「人間が魔王城を認知できず、魔族が人間の村や街を認知できないように、赤い糸の呪文は認知不可の領域にある」

嫉妬「俺がたどり着いた暴食の村、色欲の谷、傲慢の街から全ての大罪の装備は奪われたあとだった。そこには必ず一人の勇者と一人の遊び人の噂が残っていた」

嫉妬「俺の到着を、可能な限りコントロールしていたというわけだ。おかげで長い月日を無駄に過ごした」

嫉妬「研究者に俺の非合理的な行動を指摘され、ようやく気づいたよ。恥をかいたものだ。今日という計画の日を迎えるまでは、放置しておいたがな」

嫉妬「この街に侵入するため、精一杯の愛情を込めて、雷撃で解除させてもらったよ」
475 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 19:47:19.22 ID:HqgdqaCI0
憤怒「詳しい事情はわからんが……」

憤怒「昨日、お前らが聞かせてくれた通りなら、勇者であるこいつを倒す方法は1つしかあるまい」

大罪の装備を狙うものが現れる可能性について話した昨晩、”精霊殺しの一族”と呼ばれた大罪の賢者の魂を宿した、大罪の装備に関する説明に触れていた。

“大罪の装備には、精霊を破壊する力がある”

憤怒「勇者」

憤怒は振り返った。

憤怒「さっそくだが、今だ」

勇者は憤怒の兜を窓から投げつけた。

憤怒は兜を受け取るなり、身に付けた。

憤怒の勇者は雄叫びをあげた。
476 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 19:47:46.26 ID:HqgdqaCI0
遊び人「待って。身に付けたら、暴走した彼を誰にも止められないわよ。嫉妬の首飾りの能力だってわからないのに……」

勇者「憤怒の兜は、一度傲慢の盾に攻略されている。嫉妬の勇者に盾の能力を把握された時点で、負けてしまう」

勇者「考えてる暇はない。今すぐ倒しにかかるしかないんだ」

遊び人「もう一つ気になる点があるのよ」

勇者「何だ?」

遊び人「嫉妬の体内に宿っている精霊の光が、やけに強いの」
477 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 19:48:38.66 ID:HqgdqaCI0
幸いにも、憤怒の飛び出しの速度の方が早かった。

嫉妬「……ほお」

嫉妬の腕は引き裂かれ、傲慢の盾は遠くへと吹き飛ばされていた。

遊び人「なんて速さなの……飛行中の目の呪文でも捉えられるかどうか……」

勇者「あの男、防戦一方だぞ」

嫉妬の勇者は、自身の身体を回復し続けるだけだった。

腕をちぎられては再生し、身体を引き裂かれては再生する、ということを繰り返していた。

勇者「大罪の装備を身に着けてトドメを刺せば、精霊を破壊することができる」

勇者「憤怒があいつを倒せば、もう何者も恐れる必要がなくなるんだ」

勇者「遊び人。お前の仇が、今にも討ち取れるかもしれない」
478 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 19:50:42.80 ID:HqgdqaCI0
嫉妬「馬鹿みたいな直線攻撃しか来ないが、馬鹿げているほどに強い」

嫉妬はため息を付いた。

嫉妬「これならどうかな」

嫉妬は教会の内部に入っていった。

遊び人「おかしいよ。どうして結界の張られた教会に自由に出入りできるのよ」

勇者「味方が創った結界だからじゃないか?」

遊び人「強力な結界で、そんなに都合の良いものはないよ。実際、お姫様は苦しんでいたでしょ」

勇者「確かに……」

憤怒の勇者は、獣のように重身を落としながら、血走った目で嫉妬を睨んでいた。

僅かに残る理性が、結界に入ることに抵抗をしていた。

嫉妬は遠距離攻撃のための詠唱を唱え始めた。

嫉妬に動きに反応し、憤怒は本能に任せて突進をした。

憤怒「ウゴァアアアアアアア!!!!!!」
479 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 19:53:27.91 ID:HqgdqaCI0
教会内部に入った憤怒は、結界により捕縛され、身体を硬直させられた。

傲慢「……憤怒」

同じく結界の捕縛にかかり、意識を失いかけている傲慢が、変わり果てた憤怒の姿を見た。

憤怒「グオアアアアアアアアアアアアア!!!!」

憤怒は傲慢には目もくれず、魔力を力でねじ伏せるように、暴走を続けた。

嫉妬「この呪力に抗うか」

憤怒「グウウウウォオアアアアアアアアア!!」

ピキ、ピキピキ、と、ヒビが割れるような音がした。

傲慢「そのまま……、全部、壊して頂戴……」

憤怒「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

憤怒が身体中の繊維を破壊させながら、力を暴走させ魔力をねじ伏せた。

ガラガラと、崩れる音が聞こえたかと思うと、黄土色に覆っていた建物の結界が崩壊した。

嫉妬「馬鹿げた力だ……」

憤怒は右手を突き出し、嫉妬の心臓部分を貫いた。
480 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 19:54:01.88 ID:HqgdqaCI0
バリイイインン!!!

ガラスが激しく割れたような音がした。

勇者「なんだ今の音!教会の中はどうなってるんだ!」

遊び人「精霊が破壊されたのよ」

遊び人は教会を見つめながら呟いた。

遊び人「本当に、終わったの……?」

遊び人「もう、あいつは、いなくなったの……?」



2人は教会を見ていた。

しばらくすると、何かがもぞもぞと動くのが見えた。

傲慢「はぁ……はぁ……」

右手に憤怒の兜を持ち、左手で憤怒を引きずる傲慢の姿だった。

傲慢「私だって、死ぬほど痺れてるっていうのに……」

憤怒「……すまん。だが俺も、死ぬほどの頭痛に襲われてる」

傲慢「おかげさまで、兜を取るスキができたけどね」
481 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 19:54:30.62 ID:HqgdqaCI0
勇者「や、やった……!!」

勇者「勝った!!勝ったんだよ!!」

城中のあちこちから歓声の声が聞こえた。


隊長「橋を降ろせ!!城と街を繋げるんだ!!」

隊長「お二人を救出するんだ!!」


薬剤師「傲慢……生きててよかった……」

薬剤師「また2人で、森の中を歩きたいな……」


周りの興奮や安堵の声の中、遊び人だけは表情を変えずに教会を見つめていた。

勇者「どうしたんだよ」

遊び人「暴食の勇者と色欲の勇者が殺害されたという話」

遊び人「嫉妬があの2人を殺害したのだとしたら」

遊び人「こんなに、呆気なく、倒せる相手なのかしら」
482 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 19:55:19.05 ID:HqgdqaCI0
教会から出て広場で横たわる2人の英雄。

ぼろぼろになっているお互いの姿を見て、笑いあった。

笑った衝撃で身体が痛み、少し苦痛で顔を歪めながら。



嫉妬「よかった。何かいいことでもあったみたいだ」

嫉妬「俺にも教えてくれないか?」

嫉妬の勇者が平然とした表情で、教会から出てきた。
483 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 19:56:04.99 ID:HqgdqaCI0
勇者「馬鹿な!!精霊は破壊されたはずじゃ!!」

勇者「なあ!遊び人!!これは一体……」

遊び人は恐怖の表情を浮かべていた。

遊び人「う、嘘でしょ……」

遊び人「ゆ、ゆうしゃ……」

遊び人は震えながら、勇者の袖をつかんで言った。

遊び人「せ、精霊が……」

遊び人「あいつの体内に、まだ6体も……」
484 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 19:57:34.33 ID:HqgdqaCI0
遊び人「精霊の光が巨大だったんじゃない……」

遊び人「7体分の精霊を体内に宿していたのよ……。おそらく、一体が消滅したら、次の一体が出現するように施しているんだわ……」

遊び人「処刑の王国が呼び集め、行方不明になった数多の勇者がいたでしょ」

遊び人「彼らに住み着いていた精霊は」

遊び人「あいつの体内に、移し変えられたってことよ……」




嫉妬「勇者にとっては不幸なことに、時代は常に移り変わる」

嫉妬は語り出した。

嫉妬「精霊を一体所持していれば完全な命を保証されていた時代は終わったんだ」

嫉妬「魔族が創り出した精霊殺しの陣。精霊を切りつけることのできる魔剣」

嫉妬「おまけに精霊殺しの一族なんてのがいると知った。今は一人しか生き残りがいないが」

嫉妬「精霊が多くて困るということはない。数多くの勇者の精霊を奪って、その何体かを俺に宿させた。まだ王国には何体もストックがいるがな」

嫉妬「俺の精霊を一体破壊した罪は重い。君たち二体分の精霊を補填でもしないと気が済まない」

嫉妬はぼろぼろの2人に歩み寄った。
485 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 19:58:51.60 ID:HqgdqaCI0
傲慢「まだ六回も殺害しなきゃいけないらしいわ」

城内から大げさなジェスチャーをする勇者を見て、傲慢はため息を着いた。

憤怒「……貸してくれ」

傲慢「そういうと思ったわ」

憤怒「止めるか?」

傲慢「ううん。その代わり、あなたが戦っている間、私も盾を取ってくる」

さきほどの戦闘中に、街の隅みまで飛ばされた傲慢の盾を彼女は見やった。

傲慢「2人で3体ずつよ。がんばりましょ」

憤怒「5体分は倒しておくよ」

傲慢「助かるわ」

傲慢は、憤怒の兜を手渡した。。

憤怒は嫉妬を真正面から見据えた。

憤怒「何をするか、わかっているな」

傲慢「もちろん。ペナルティーを避けるために、普段なら宿屋で休みたいところだけれど」

もはや教会の結界は崩壊していた。

傲慢「いくわよ!」

憤怒は自分の首に剣を突き刺した。

身体は棺桶に保管され、出現した精霊により気絶した神官の前まで転送され、蘇生した。

傲慢は自分の首に剣を突き刺した。

身体は棺桶に保管され、出現した精霊により気絶した神官の前まで転送され、蘇生した。

傲慢「取ってくる」

全快した傲慢は、傲慢の盾を取りに駆け出した。

憤怒「倒してくる」

全開した憤怒は、憤怒の兜を装備した。

憤怒の勇者が背後から嫉妬に飛びかかった。
486 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 20:02:06.21 ID:HqgdqaCI0
傲慢「……えっ」

落ちていた盾を拾おうと手を伸ばした時に、自分の両手がなくなっていることに気づいた。

嫉妬「君の恋人にちょっと前に同じことをされたんだよ」

嫉妬を見ると、左手で、ぼろぼろになった憤怒の勇者を掴んでいた。。

憤怒と行動を別にしてから、数十秒も経っていなかった。

傲慢「な、なによこれ……」

死にかけた憤怒と、血のあふれる両腕を見て、傲慢はとっさに回復呪文を無口詠唱しようとした。

しかし、嫉妬の無口詠唱によって、マフウジをかけられた。

傲慢「あ……あ……」

嫉妬「まったくもって、妬ましいよ。憤怒の兜に選ばれたことも。傲慢の盾に選ばれたことも」

嫉妬「君たちの強さもそうだ。今朝までの僕が手にしていなかったものを、君たち2人は当たり前のように手にしている」

嫉妬「君たち2人の関係なんて、それこそ、吐き気がするほどにね」

嫉妬は兜をかぶったままの憤怒の頭を掴むと、電撃を流し始めた。
487 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 20:03:31.98 ID:HqgdqaCI0
憤怒「ぐぉおおおあ!?」

嫉妬「街が認めた支配主を、支配することが一番楽な崩壊方法だ。まぁ、魔物にはできない芸当だけどね」

城下町を覆っていた特殊な結界が、ぱらぱらと崩れ落ちていった。

荒野を彷徨っていた魔物たちは、目の前に人間の住処があることを認識し始めた。

嫉妬「研究者以外は、まだ街に入ってくるな。その代わり、城の周りを囲うように並べ。人間を一匹たりともこの領域から逃すな」

魔物に指示を出す嫉妬のもとに、研究者が駆けつけてきた。

嫉妬「こいつらを王国まで連れて帰れ。自殺をさせないように拘束させながらな」

嫉妬は兜を取ると、憤怒を無造作に投げ飛ばした。
488 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 20:04:26.98 ID:HqgdqaCI0
お姫様「嫉妬……様……」

倒れていたお姫様が、嫉妬に話しかける。

嫉妬はお姫様のもとに歩み寄った。

嫉妬「よくやった。君のおかげで僕は夢へとまた一歩近づいた」

お姫様「お、お許しになってくださるのですが……この弱き私めを……」

嫉妬「何を罰することがある。君は僕の国において、最高の音色を奏でる術士だ」

お姫様「嫉妬様……」

お姫様は感動で涙を流していた。

嫉妬はお姫様に様々な治癒呪文を施した。

お姫様はよろけながらも、再び立ち上がった。

嫉妬「研究者が開発したさっきの結界は厄介でね。通常呪文では痺れを完全には治せないんだ」

お姫様「いえ、充分でございますわ」

嫉妬「城のあそこから僕らを見ていた、冒険者2人を捕縛するのを手伝ってほしい。間違いなくやつらが暴食の鎧と色欲の鞭を所持している」

嫉妬「今日は人生最良の日だ。大罪の装備が4つも手に入るのだから」

嫉妬とお姫様は、城に向かって歩み始めた。



薄れ行く意識の中、傲慢は、ぼろぼろになった最愛の人を見つめた。

傲慢「二人とも、ここまで強くなったのにね……」

ふと、以前に傲慢の街のコンテストで優勝した遊び人を蔑んだことを思い出した。

傲慢「私達こそ」

傲慢「運の良さが、足りなかったかしら」
489 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 20:04:59.34 ID:HqgdqaCI0
遊び人「あいつらがこっちに向かってくるわ。逃げなくちゃ」

勇者「どうやって」

遊び人「お城の屋上に行って、移動の翼でどこか遠くに……」

勇者はかつての暴食との会話を思い出した。

『空から降り注ぐ雷撃の呪文を使用する勇者を相手に、そんな愚かな逃亡を図ろうとする勇者がいるとはな』

勇者「駄目だ。嫉妬の勇者は雷撃の呪文を使用できる。空から発動することも可能なはずだ。それに、結界の解かれた今、鳥系の魔物が周辺を旋回しているはずだ」

遊び人「どうするのよ」

勇者「僕達といったら、あれしかないだろう」

勇者「屋上に向かうまでは、正解だ」
490 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 20:05:50.46 ID:HqgdqaCI0
遊び人「……くっ!!」

勇者「大丈夫か!?」

遊び人「きっと、遊び人を対象にして感知呪文を発動してるのよ。こんな職業の人、そうそう多くはないでしょうからね」

遊び人「でも、もしも私以外に遊び人がいたら、殺されてしまうわ。ハズレを見つける度に殺していけばやがて私にたどり着くもの」

遊び人「ねえ、勇者……」

勇者「君の好きなようにやれ」

勇者は遊び人を見透かして言った。

遊び人「まったく、そんなにやさしかったら、いくら死んでも足りないわ」

遊び人は涙を堪えながら、所持していた拡声石を取り出した。

遊び人「私達が屋上に逃げることを伝えるわ」
491 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 20:07:29.26 ID:HqgdqaCI0
お姫様「まさか、本当にいるとはね。呆れるわ。選考中から馬鹿だとは思ってたけど」

城の屋上にて、4人は対峙した。

嫉妬「そこの男の情報はあるか」

お姫様「ただの冒険者よ。ええーっと、航海士だったかな」

お姫様「あっ、でも、もしかしたらさっきの2人のパーティだったかも。あまり確認してないですけど……」

嫉妬「足らない人物に変わりは無い。問題はあの遊び人だ」

嫉妬「賢者の里の生き残りの少女が、こんなに大きくなったとはな。感激するぞ」

嫉妬は称えるように言った。

嫉妬「そして、賢者にふさわしき知恵をあの頃既に供えていた。最後に俺の手を握った時、命乞いの同情を引くためにそうしたのかと思ったが。赤い糸の呪文を発動させていたとはな」

嫉妬「だが、残念なことに、お前らの冒険もここで終わりだ。大方、その袋の中に大罪の装備を封印している壺があるのだろう」

遊び人「…………」

嫉妬「選べ。俺達の奴隷になるか、俺達に殺されるか。それとも、今ここで戦うか」
492 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 20:10:33.26 ID:HqgdqaCI0
勇者「…………」

戦う、という選択肢はありえなかった。

嫉妬の首飾りの能力を見せつけられ、仮にここで暴食の鎧と色欲の鞭を装備しても、勝ち目がないことは完全にわかっていた。

嫉妬の質問に答えず、勇者は話しだした。

勇者「城内に逃げ、追い詰められた民達は、ここから脱出する手はずになっているんだ」

勇者「普通の人間同士の争いであれば、充分過ぎる道具が袋詰にされて保管されている」

お姫様「さっきから、一体……」

お姫様の視界に、白い羽根が浮かんできた。

お姫様「移動の翼?嫉妬様が何の呪文の使い手か……」

勇者「俺達は」

勇者と遊び人は短剣を取り出した。

勇者「俺達に、殺されることを選ぶ」

勇者は短剣を自分に突き刺した。

遊び人は短剣を自分に突き刺した。

2人の身体は棺桶に保管されたあと、即座に精霊によって教会に転送された。

お姫様「姿を消した!!」

お姫様「精霊の加護!!そんな、ありえない!!」

お姫様「私と戦闘した時、勇者感知をしたけれど2人しか引っかからなかったはず!!」

お姫様「嫉妬様!!お許し下さい!!私にはどういうことか!!」

嫉妬「……ふん、なるほど」

嫉妬は蔑みの表情を浮かべた。

嫉妬「精霊の加護こそ所持しているものの、勇者ですらなかったということか」
493 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 20:15:56.47 ID:HqgdqaCI0

教会に転送され、勇者は目覚めた。

ふらふらの頭で勇者は思考を回転させた。

勇者「もしも、嫉妬も自殺を試みたら、即座にここに……」

遊び人を蘇らせる時間などなかった。

教会内には、気絶している神官だけがいた。

勇者「…………」

勇者の中に、黒い感情が流れた。

この神官を殺害して、もう一度自殺を試みれば、最後に訪れた街で蘇ることができる。

傲慢の街を出て憤怒の城下町にたどり着くまでに、小さな無名の村を経由していた。

精霊の転送に勝る移動手段はなかった。

勇者「そうすれば、確実に……」

棺桶の中に入っている遊び人を想った。

彼女のやさしさに救われたことを思い出した。

勇者「……やさしくなんかないよ、俺は」

勇者「戦わないことを許してくれた君に、報いたいだけだ」

勇者は教会を飛び出すと、移動の翼を大量にばらまいた。
494 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 20:18:22.14 ID:HqgdqaCI0
回転する景色の中で、不思議と嫉妬が追いかけてきていないことに気づいた。

空を旋回していた魔物に追従されながらも、勇者は移動の翼をばらまき続けた。

精霊の加護によって繋がれた棺桶と、勇者は、行く宛もなく飛び続けた。

心細い思いをしながらも、勇者は遊び人を蘇らせなくてよかったと思った。

蘇らせる時間もなかったのだが。

もしも彼女が蘇っていたら。

今、勇者が涙を流していた姿を見られてしまっていただろうし。

それ以上に、遊び人は深く悲しんでしまったであろうから。



暴食の勇者。

色欲の勇者。

傲慢の勇者。

憤怒の勇者。

それらの街に住んでいた人々。

大罪の装備と、2人に関わった者達は、嫉妬の王国に囚われ。

残酷な末路を、迎えてしまった。

勇者「あの子一人が長生きすることを望むことが、そんなに罪深いことなのかよ」

勇者「答えてくれよ、神様」



傲慢の勇者達&憤怒の勇者達 〜fin〜
495 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 20:23:17.69 ID:HqgdqaCI0
ご支援ありがとうございました。

またしばらく書き溜めます。

娯楽商品があふれる時代に、このSSを読んでくれて本当に嬉しいです。

次回は怠惰の話と勇者と遊び人の出会い等。

おやすみなさい。
496 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/12(日) 20:55:23.62 ID:lL5iFy/no
乙!
497 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/12(日) 21:23:27.93 ID:RlxVSez90
498 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/13(月) 09:55:00.69 ID:11Jw7LYl0
乙!
499 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 12:15:35.56 ID:Hga49WgN0
『不老不死』

身の丈に合わぬものを、手に入れようとしてはいけない。

言われるほどには理不尽でない、因果応報の成り立つこの世界では。

与えた分だけ返ってくることがあるように。

奪った分だけ、奪われる。

【第6章 強欲の街『欲望に伸びる腕輪』】

神は二つの事を禁じられた。

自殺をすること。

不死を望むこと。
500 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 12:20:22.77 ID:Hga49WgN0
遊び人「……ここは、どこ?」

蘇生されたばかりの遊び人は痛そうに頭を抑えながら尋ねた。

勇者「教会だよ。『庭の宝の村』という場所の」

遊び人「……ごめん、色々有りすぎて、頭がごちゃごちゃしちゃってさ」

遊び人「憤怒と傲慢の勇者と一緒にいて。それからお姫様が裏切って。そして、あいつが現れて……」

勇者「無理するな。宿屋に行ってゆっくり休もう」

遊び人「何言ってるの。ゆっくりしてる場合じゃないでしょ。今すぐにでも」

勇者「もう終わったんだ。落ち着ける場所で、頭を整理しよう」

遊び人「勇者はそうやって、いつもいつも問題を先延ばしにして……」

遊び人は怒りを込めた口調で言いながら、頭痛を堪えながら勇者を見上げた。

遊び人「……勇者!!」

勇者の顔色は、不健康に青白くなっていた。

身体は傷だらけで、頬も痩せこけ、目に隈ができていた。

勇者「俺達は敗北したんだ。逃げ切れたのは俺達だけだ」

勇者「やつらの魔物から逃げるのもぎりぎりだったよ。いつもならかすり傷程度で棺桶送りだったけど、自分の中に眠る精霊に保護しなくていいと願ったんだ。付近の教会に敵が配置されていたかもしれなかったから」

勇者「おかげさまで、この有様だけど、逃げ切ることができた。ろくに呪文の力を貸してくれないくせに、こういう願いばっかり聞き届けてくれるんだから」

勇者「とにかく、遊び人も無事蘇生できて……よか……」

勇者は言い切らぬ内に、地面に倒れ込んだ。

遊び人「勇者!!」

遊び人は勇者のそばに寄った。

勇者の呼吸は浅く、早かった。

勇者「……ここまでの輸送料、500Gな」

遊び人「馬鹿なこと言ってないの。肩を貸して。宿屋まで連れて行くから」

遊び人は勇者の身体を支えた。

勇者「…………」

勇者「……ごめん」

遊び人「何を謝ってるのよ」

勇者「……弱くて、ごめん」

遊び人は言い返そうとするも、胸に何かが詰まり、口をつぐんでしまった。

口を開くと、涙が溢れてしまうと思った。
501 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 12:21:03.60 ID:Hga49WgN0
お互いの弱さを補う合う、なんていうのは、強い部分を1つは持っている2人組だけの特権で。

弱いだけの2人にとっての助け合いとは、ただ交代に傷つくということだけだった。
502 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 12:26:12.79 ID:Hga49WgN0
〜宿屋〜

ろくに身体も拭かぬまま、ベッドに倒れ込み、2人は身体を休めた。

幾らか時間が経った頃、遊び人が喋りだした。

遊び人「勇者、起きてる?」

勇者「…………」

遊び人「なんだか、疲れてるのに眠れないね」

遊び人「ほんと、なんなんだろうね。よくわかんないね」

遊び人「生きるって、なんなのかなぁ」

遊び人「私の一族が寿命を望んだばっかりに、多くの人の命が失われてしまった」

遊び人「私という人間が一人生まれなかったら、失われずに済んだ命を数えてみたら、けっこう多そうだった」
503 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 12:26:42.09 ID:Hga49WgN0
遊び人「このまま寝ちゃってさ。次起きたら全部解決してるといいな」

遊び人「例えば、私が勇者にこんなお願いをするの。眠っている私を殺して、起きるべき時になるまで棺桶の中で死なせててって」

遊び人「ある時、目覚めたら、勇者が全部を解決してくれてるの」

勇者「俺が何も解決しないまま、100年経っちゃったらどうするんだよ」

遊び人「死んでる間に年を取っちゃうなら私も死んでるだろうけど」

遊び人「もしも、今の年齢のまま目覚めたとしたら」

遊び人「勇者のいない世界で一人目覚めても、独りぼっちで苦しいだけだな」

遊び人「生きてても、死んでても、苦しいね」

遊び人「はは。ごめんね、暗いね。夜に考え事をしてもよくないね。もう寝るね」

勇者「…………」
504 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 12:27:16.48 ID:Hga49WgN0
勇者「……ふわーあ」

遊び人「おはよう」

勇者「おはよう。えっと、今は……」

勇者がベッドから起き上がると、もう昼下がりの時間になっていた。

勇者「やべっ、俺どれだけ寝てたんだ……イテテテ!!」

勇者は全身に痛みを感じた。

遊び人「疲労が溜まってるんだから無理しないで。日付確認して驚いたよ。何日間不眠不休で移動してたのよ」

勇者「逃げるのに必死で……。それより、早く残りの大罪の装備を入手しないと……イテテテ!!」

遊び人「そこの人、動かない!」

起き上がろうとする勇者に遊び人は注意をした。

遊び人「昨日私に言ったことを思い出してよ。落ち着いて、まずは、体力つけないといけないでしょ」

遊び人「ご飯用意するから待っててね。といっても、店主に貰ってくるだけだけどね」

遊び人は部屋を出て、階下に降りていった。
505 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 12:32:05.15 ID:Hga49WgN0
勇者は窓の外を見た。

偶然たどり着いた土地だったが、身なりの良い住民が多く、風情のある景観だった。

冒険者なのだろうか、小金持ちそうな商人や、屈強な戦士も多く歩いていた。

勇者「みんな、立派に生きてるな」

勇者「精霊の加護がなかったら」

勇者「一体、俺には何が残るんだろうか」

独り言をつぶやいていると、ドアが開いた。

遊び人「おまたせ。味には期待しないほうがいいかな。でも残さず食べてよね」

しなびたパンと、食用の野草という、質素な食事だった。

自分が寝ている間に、遊び人も同じ物を食べていたのだろう。



思い返せば、この子にまともな食事をさせてあげたことがどれだけあっただろう。

まだ暴食の村に着く前の頃も、金銭的な余裕などなく、いつも安い宿屋の安い部屋で、2人でしなびた食事を摂っていた。

それでも遊び人が食事中に楽しそうに話をするものだから、陰鬱な気持ちにはならなかったのだが。
506 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 12:36:05.78 ID:Hga49WgN0
憤怒の王子から多額のお金を貰ったお陰で手持ちは多いものの。

道具を買ったり、装備を買い替えたりするのにお金が必要になるかもしれない。

遊び人の蘇生なんて特に多額の費用がかかる。

赤い糸の制約がなくなった今、無駄なことはしていられない。

今までは、遊び人の赤い糸の呪文によって、嫉妬の勇者の認知・移動に関してコントロールを行うことができていた。

嫉妬の“認識不可の領域”を操り、巧妙に大罪の装備の探索に遠回りをさせ、嫉妬の周囲の部下ごと非合理的な移動を繰り返させた。

赤い糸が焼き切られた今、嫉妬は制限なく大罪の装備を探すことができるようになった。

以前よりも遥かに短い時間で、残りの大罪の装備のある場所にたどり着くだろう。

遊び人こそ、呪力に対する感性は最高峰の逸材であり、大罪の装備から溢れ出る呪力を感じ、且つ装備の影響によって急激な変化を遂げた街や村の噂を分析し、短い期間で大罪の装備の居場所を特定することができていた。

居場所の特定に関しては先んじている今のうちに、一刻でも早く装備の場所に立ち寄りたかった。

何もかもが、切羽詰まっている。
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