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【デレマス】白菊ほたる、10歳の夏
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1 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 02:59:35.54 ID:JGoEMGt90
・アイドルマスターシンデレラガールズ 白菊ほたるのSSです。
・地の文あり マイナーCP オリジナル設定 初投稿 の四重苦です。
暖かく見守って下さい。
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1501437575
2 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:00:27.07 ID:JGoEMGt90
白菊ほたるの、十歳だった私の、とある夏を話そう。
その日、私は母親と共に東京に訪れていた。
親戚に用があった、そう記憶している。
私を見下ろす、天まで届きそうな建物の数々。
炎天下を行き交う人々の、逞しさと力強さ。
大きな音で走る宣伝車を見て、声を上げる。
狭い感覚で何度も走り去る電車を見て、母親の裾を引く。
私は、太陽に熱せられた東京の街に期待を抱き、心の底から喜んだ。
私の憧れの街、あの人たちが住む街、あの東京が、ここに。
3 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:01:11.80 ID:JGoEMGt90
「お母さん?」
しかしここは、当時の私が想像していた百倍は恐ろしい世界であった。
津波のように押し寄せる人混み。
耳を劈く機械たちのノイズ。
押され、引かれ、また押され、時すでに遅し。
強く握っていた母親の右手は、いつしか私の手から消えてしまっていた。
「お母さん、どこ……?」
4 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:02:36.62 ID:JGoEMGt90
––––思えば、これがこの街での最初の不幸だったかもしれない。
見知らぬ土地の中、私を遠くから見下すビル群。
小さな子供の声を掻き消す、騒音の渦。
そして、独り取り残された子供。
救いようの無い孤独感と無力感に襲われた。
足元が、傾くような、崩れるような、力の抜ける感覚だった。
小さな私には、都会に初めて立った少女には、保護者の喪失は余りにも大きすぎた。
私は、道の隅に立ち止まって泣いてしまった。
なんて寂しい街。
炎天下に熱せられても歩き続ける大人達の瞳は冷たくて、誰も一人ぼっちの少女に手を貸すことはなかった。
「ううっ……」
5 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:03:52.09 ID:JGoEMGt90
声帯が潰されてしまったみたいで、音を出せなかった。
誰も彼もが他人。
夏なのに、冷たい空気に肌を包みこまれて。
そんな中、一つだけ私を呼ぶ控えめな声があった。
「あ、あの、大丈夫? えっと、お母さんは?」
真新しい、白いシャツを着た制服の少女。
中学一年生、高森藍子だ。
6 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:05:24.87 ID:JGoEMGt90
--- --- ---
「えっと、どこから来たの、かな?」
「ひっ…… えっぐ……」
そのお姉さんは、とても優しい人だった。
ハンカチを貸してくれて、人の少ない日陰まで手を引いてくれた。
安心とか、不安とかに似た、難しい感情が押し寄せてきて。
ずっと泣いて困らせたくないから、頑張って泣き止もうとする。
そのせいで、もっと気持ちが追いつかなくなって泣いてしまって。
7 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:06:05.87 ID:JGoEMGt90
「えっと、え〜っと。お、お名前は?」
「ぐすっ、しら、きく、ほたる……」
「……! ほたるちゃん、ですね! えーっと、お母さんは?」
「はぐれ、ちゃって、ごめんなさい、ごめん、なさい……」
ごめんなさい、私がフラフラしてたから。
ごめんなさい、私がうじうじほたるだから。
ごめんなさい、お母さん。
ごめんなさい、優しいお姉さん。
ごめんなさい……
8 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:07:59.42 ID:JGoEMGt90
「––––ほたるちゃん」
いつしか、怖くて震えていた手は止まっていた。
いや、止められていた。
少しして、何をされたかが分かった。
お姉さんが、私の手を包み込んでくれていた。
優しい、白い手が。
「大丈夫、謝らなくて、大丈夫だよ」
ゆっくりと、絵本を読み聞かせるように。
「謝らないで。大丈夫、誰も責めたりしないから。何があったか教えてください。精一杯協力しますから、ね?」
9 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:08:35.23 ID:JGoEMGt90
「……ん、大丈夫、です。落ち着き、ました。」
「うん、ほたるちゃんは、強いですね」
「私だって、もう十歳です。それに…… お姉さんが、いてくれる、なら……」
溜まった涙で歪んだ視界で、お姉さんを見上げた。
「お姉さん、もう少しだけ、お願い、します……」
「……はい!」
強がった私は、包まれた手を、少しだけ体に寄せた。
10 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:09:50.48 ID:JGoEMGt90
--- --- ---
その人の名を、アイコさんといった。
私より、三つも上の中学生さんだそうだ。
中学生、私はこの人のように格好良くなれているのだろうか。
「鳥取から、ですか。遠い所ですね……」
「はい、お母さんと一緒に」
「うーん、それだと余計に私がしっかりしないと……」
私たちは、作戦会議として、近くの公園の日陰にいた。
頭の上から、蝉の歌声が響いている。
その間も、アイコさんと手を繋いだままで、少し照れくさかった。
11 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:10:45.03 ID:JGoEMGt90
「そうだ、お母さんは、電話は持っていますか?」
「えっと、はい、電話番号も言えます……」
「うん、えらい」
少し屈んで、目線を合わせてくれるアイコさん。
そういう所が、とても素敵な人だ。
アイコさんが、ポケットからスマートフォンを取り出した。
黒猫の絵が入った、可愛らしいカバー。
12 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:11:41.31 ID:JGoEMGt90
しかし、取り出したスマホのホームボタンを何度か押したあと、彼女の表情は変わった。
「あ、あれ? もしも〜し? 反応してください〜……」
「アイコさん、大丈夫ですか……?」
「ああ、ごめんなさい。調子が悪いみたいです」
そして、大きなため息が、彼女の小さな口から漏れ出した。
「今日は朝から良いこと無いなぁ、朝は寝坊するし、友達は予定入っちゃうし、スマホは反応しないし……」
13 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:12:28.75 ID:JGoEMGt90
あっ、もしかして……
いつから影響してるのか分からないけど、多分、私のせいで……
「あ、あの、それって」
「あ、でもほたるちゃんには出会えましたね。それだけで嬉しいですよ♪」
「えっ……」
少し、戸惑った。
14 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:13:16.92 ID:JGoEMGt90
今までの人生で、どうしようもない不幸を何度も見た。
私と一緒にいて、嫌な顔をする人がいっぱいいた。
今だって、迷子の子供はいい迷惑だろう。
だけど、この人……
ああ、そうだ、私の不幸のせいだって教えてあげなきゃ。
ちゃんと、謝らなきゃ……
「あのね、アイコさん……」
15 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:13:56.14 ID:JGoEMGt90
「ん?どうかしましたか?って、凄い汗! ほたるちゃん、お水買いに行きましょう!」
「ん、うぇ、え? え!?」
藍子さんは、半ば私を引き摺るようにコンビニへと連れて行った。
心なしか、アイコさんの手も、震えていた。
16 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:15:14.85 ID:JGoEMGt90
--- --- ---
「だ、大丈夫ですか?」
「平気ですよ。ほたるちゃんも、暑くない?」
「はい、問題ないです」
五件、六件は回ったか。
漸く手に入れた麦茶を、ゆっくりと喉に流し込む。
17 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:15:56.04 ID:JGoEMGt90
アイコさんが、ハンカチで私の汗を拭いながら笑った。
やっぱり、ちゃんと言っておかないと、アイコさんまで酷い目に。
「違うんです。私、とっても不幸なんです」
「……不幸?」
アイコさんが怪訝そうに私の顔を覗いている。
18 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:16:43.51 ID:JGoEMGt90
そうだ、誰でも不幸な女の子だって知ったら、怖くて一緒になんていたくないもん。
でも、アイコさんには悲しまないで欲しいから、本当のことを……
「はい、昔からずっとそうなんです……」
声に出そうとすると、少し気が引けるけど。
「外に出たら、靴紐が切れて。友達から貰ったビーズも、すぐ壊れちゃって。黒い猫さんに横切られて。さっきだってそうです。私のせいで、アイコさんが不幸に……」
19 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:17:44.89 ID:JGoEMGt90
ちゃんと、言った。
これで、アイコさんともお別れだけど、この人の泣く顔は見なくて済む。
さあ、あとは一人だけで、なんとか––––
「不幸って、私が、ですか?」
20 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:18:14.18 ID:JGoEMGt90
アイコさんは、先ほどよりもっと不思議そうな顔で私を見ている。
あれ? ちゃんと伝わらなかった、かな?
アイコさんは、少し考えるように空を眺めた。
そして、今度は子守歌みたいに優しい声で。
「あのね、ほたるちゃん。確かに朝から不運ばっかりだけど、だからこそ、ほたるちゃんに会えて、一緒にいるんですよ?」
「……?」
21 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:19:01.95 ID:JGoEMGt90
アイコさんは、私の手をもう一度優しく握り締めてくれた。
何故か、心がふわふわした。
「それに、さっきの店長さんの顔、見ました?」
「……? ごめんなさい、見てないです」
「あの店長さん、お店の飲み物が売れて嬉しそうに笑ってましたよ」
「そう、なんですか?」
「そう、ですよ」
「……」
22 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:19:50.96 ID:JGoEMGt90
アイコさんの言葉は、とても優しかった。
この人の言葉を、私は疑いたくなかった。
でも、まだ心の何処かで、それを否定する私がいた。
「あの、アイコさん……」
「はい」
「私といて、楽しいですか……?」
「はい、とっても」
アイコさんの言葉は、雲のように柔らかくて、でも、私にはまだ理解しきれなくて。
また少し、戸惑った。
23 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:20:41.75 ID:JGoEMGt90
「うーん、とりあえず、コンビニ探しで遠くに来すぎましたね。そろそろ交番を探しに行かないと…… ほたるちゃん、行きましょうか」
「……」
私の不幸を、まだ信じてくれていないのかもしれない。
それとも、別に。
とにかく、今は答えが出そうにない。
「……はい」
アイコさんの手に引かれ、今度は並んで歩き出した。
何かが、体の何処かで溶けるような心地がした。
24 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:21:35.55 ID:JGoEMGt90
--- --- ---
「交番、遠いですね」
「おかしいな、この道であってるはずなんだけど」
「やっぱり、私がスマホをおかしくしちゃった……」
「ツイてないのは、私も一緒だから」
アイコさんは、また笑う。
どうして泣いたりしないのだろう?
怖く、無いのかな?
25 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:22:44.89 ID:JGoEMGt90
「あっ、ほたるちゃん、少し止まって」
「……?」
アイコさんに合わせて、私も足を止める。
近くの茂みが、ガサガサと音を立てている。
「ほら、来ますよ」
そして、黒い塊が飛び出した。
黒猫だ。
26 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:24:23.08 ID:JGoEMGt90
以前、誰かから聞いた話を思い出す。
『黒猫に横切られると不幸になる』
そんな話。
ああ、やはり私はツイてない。
どんなに励まされても、この不幸だけは治らないのだ。
ごめんなさい、アイコさん。
私といる所為で、こんな目に合う。
私といては駄目なんです。
こっそり、アイコさんと離れてどこかに行こうとした。
この人が幸せになれる、どこかに。
27 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:25:02.75 ID:JGoEMGt90
逃げようと足を二歩引いたときに、アイコさんが私の手を掴んだ。
涙目で訴えかける。
どうして。
「ほたるちゃんは、猫は苦手?」
えっと、猫は嫌いじゃないんです。
ただ、あなたには不幸になって欲しくなくて——。
「大丈夫ですよ」
違う、そうじゃないんです。
なのに、なのに——。
28 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:26:25.39 ID:JGoEMGt90
「大丈夫、なにも不運なんかじゃないですよ」
アイコさんは、私の手を軽く引いて、黒猫のそばに歩み寄った。
「おはよう、ペロちゃん。今日もいいお天気ですね」
話しかけられた黒猫、ペロさんは気怠げに「にゃあ」と鳴いた。
近くで見ると良く分かる。よく手入れされた、艶やかな黒髪だ。
「ほらね? この子、私の友達だから、怖くないですよ?」
本当に、懐かれているようだ。
29 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:27:22.33 ID:JGoEMGt90
そのまましばらく、ペロさんと見つめあっていた。
先に動いたのはペロさんの方だった。
彼女(?)は、私の足元に近寄ると、何かを要求するように頭を差し出した。
アイコさんは、私に撫でるよう合図を送っている。
黒猫は、少し怖い。
不幸が生きているみたいで、どうしても。
でも、もし、この人の友達なら……
悪い猫じゃない。
そう自分に言い聞かせて、彼女の前にしゃがみ、手を伸ばす。
30 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:28:04.31 ID:JGoEMGt90
しかし、彼女はそんな私の腕をすり抜けて、膝に飛び乗ってきた。
びっくりしてよろけたが、何とか体勢を立て直す。
そんなこと関係ないと言わんばかりに、彼女は大きく欠伸をした。
「ほたるちゃん、どう?」
どうって……
いきなり飛び乗られて、我が物顔で上に座られて。
「あったかい、です」
迷子になってからずっと寒かったお腹のあたりが、暖かかった。
母親と別れてしまって寂しかった気持ちが、また少しだけ埋められた気がした。
31 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:29:23.40 ID:JGoEMGt90
「黒猫は、怖い?」
「いいえ……」
すこし身構えてしまうけれど、黒猫は不幸の象徴だって聞いたけれど。
こうして仲良くなれれば、怖くはないのかな。
「良かったなって、思いますか?」
「ちょっとだけ……」
「なら、嬉しいです」
そう言ってまた、彼女は微笑む。
「……」
膝のペロさんも、何も言わずに私の指を舐めている。
また胸のあたりで、何かが溶け落ちる心地がした。
32 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:30:33.37 ID:JGoEMGt90
「ねぇ、折角だから、写真撮ってもいい?」
「え?」
「最近はじめたんだけど、いい画が撮れなくて…… ダメかな?」
アイコさんは、小さなデジタルカメラを片手に握っていた。
「えっと、私なんかで良かったら……」
「もちろん!」
そうしてレンズが私に向かう。
カメラは、光は焚かれずに音だけを放った。
ペロさんは、不機嫌そうだった。
33 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:31:06.64 ID:JGoEMGt90
「うん、綺麗に撮れました♪」
嬉しそうに、画面をのぞき込むアイコさん。
えっと、役には立てたのだろうか。
「ありがとうございます、ほたるちゃん」
でも、こう言われると、悪い気持ちはしなかった。
「喜んでもらえたなら……」
「うん、嬉しい。ちゃんとお返ししないと、ですね」
アイコさんが、手のひらを前に向けて伸びをした。
「さて、行きましょうか、ほたるちゃん。お母さんに会いに行きましょう」
34 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:33:10.34 ID:JGoEMGt90
--- --- ---
「本当について行って、大丈夫なんですよね……」
「うん、平気だと思う…… いつも迷ったときは、道案内してくれてるから……」
私たちのひそひそ話に反応して、前を歩くペロさんは不満そうに喉を鳴らした。
「人語も理解して、いるんでしょうか……」
「結構通じますよ…… まあ、警察官さんのところに連れて行ってもらえれば、あとはどうにか……」
そうこうしているうちに、何やら人の多いところに出ていた。
35 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:33:53.89 ID:JGoEMGt90
「アイコさん、人がいっぱいいます……」
「大丈夫、もう少しだから、ちゃんと手を繋いでいて」
遅れないように、彼女の方に体を寄せる。
この人の背中は、とても落ち着く。
「それにしても今日は、人が多いですね……」
「何かやってるんでしょうか。あっ……」
道先の人の塊から、激しい音が聞こえてくる。
頭の上から、光が薄く漏れ出している。
「あれって」
「アイドル、ですかね」
36 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:34:43.21 ID:JGoEMGt90
そうだ、あれは私が見たかった。
「ほたるちゃん?」
「……いえ、なんでも」
きっと、そうだけど。
わがままは駄目だよ。
「……」
我慢しなきゃ。
きっとまだ機会はあるから。
「ほたるちゃん、あれが見たいんですか?」
「……!」
しかしアイコさんは、魔法みたいに容易く、私の心を見破ってしまった。
37 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:35:18.09 ID:JGoEMGt90
「でも……」
「いいですよ、ついでにスタッフさんに電話を借りましょうか」
アイコさんの手が、私の髪を軽く撫でた。
「じゃあペロちゃん、少し待っていてもらえますか?」
ペロさんは、話を最後まで聞く前に、近くの花壇に太々しく寝転がった。
「さあ、行きましょう」
聞こえる激しい音楽が、私の心を沸き立たせていた。
38 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:36:24.49 ID:JGoEMGt90
--- --- ---
「うわ、想像以上に人が多いですね……」
「んっ」
前に行こうとすると、背中を押され、前に押し出される。
思わず、アイコさんにしがみ付く。
彼女もまた、倒れそうだった。
体中に、誰かの重みが圧し掛かってくる。
「ほたるちゃんっ! 絶対に離れないでね!」
「はいっ!」
でも引かない、というか引けない。
飛び込んだから、見たいものがあるから。
蠢く人々の束を割って、立ち入り禁止ロープの前に弾き出された。
ロープにしがみ付いて、顎を上げる。
「——わぁ」
「綺麗、ですね……」
39 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:37:20.85 ID:JGoEMGt90
星のようだった。
光がきらめき、音響は心臓を打つ。
その中央、仮設ステージの上で、煌びやかな服装に身を包む女性。
高校生くらいだろうか、白い兎耳があたりの注目を集めている。
肌を滴る汗が、辺りの光を集めて光る。
「すごい、格好いい……」
思わず声が漏れてしまう。
知識として、それほど大きい会場ではないことは分かる。
でも、この人が凄いアイドルなんだと、直感で理解した。
都会、すごい。
テレビで見ない、名前も聞いたことのないアイドルのお姉さん。
それでも、こんなに心を惹きつけられる。
「すごい、綺麗、きらきら、かわいい……」
私の隣でアイコさんが、夢を見ているような感嘆を漏らしていた。
「ねぇ、ほたるちゃん。すごいね」
「はい、きらきらです……」
二人並んで、目を開いて、夢を見ぬまま夢を見ている。
そんな、不思議な体験だった。
40 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:38:14.88 ID:JGoEMGt90
さあ、そろそろ曲が終わる。
「——行かなきゃ」
「名残り惜しいですけど……」
司会の女性が挨拶を終える前に、また人混みをかき分けて外に進む。
帰りは、入る時よりも抜け出しづらかった。
まるで、波に逆らうような、突風に向かうような、呑み込まれそうな勢いだった。
「んぐっ」
負けないように、必死に逆らった。
押され、引かれ、また押され。
「ぷはっ」
ようやく出られた!
41 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:39:01.32 ID:JGoEMGt90
胸が、まだ高鳴っている。
脳裏に、あの光景が焼き付いている。
よかった、よかった、よかった!
「ねぇ、アイコさ——」
隣に、彼女はいなかった。
42 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:40:29.78 ID:JGoEMGt90
--- --- ---
群衆の中に入り込もうとする。
足を踏み込み、この軽い体を押し込む。
しかし、呆気なく弾かれてしまった。
非力な私の力では、もう入ることも許されなかった。
「すみません! なかに、きっと知り合いが……」
聞こえるはずもない。
私の勇気のない声は、会場の熱気に呑み込まれ消える。
あたりを回ってみた。
誰か、入れそうな道は、頼れそうな人は?
ダメだ、こんな中では何も……
夏の昼過ぎ、灼けるアスファルト、熱気で揺らぐ会場の空気。
もし、この中に人が吞まれたとしたら?
急に胸のあたりに悪寒が走った。
呼吸が、正しいリズムで刻めない。
息苦しい、怖い。
足が震える、心臓が痛い、もう何も私には……
43 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:42:02.81 ID:JGoEMGt90
心の中で、声が響いた。
——私は不幸なんだ。
視界に水が溜まる。
——それどころか、私は他人まで不幸にした。
体の力が徐々に抜けていく。
——もう、何も望まないほうがいい。
手足の血が、どんどん引いていくのを感じる。
——お前が、誰かと幸せを分かち合おうなんて。
心臓のあたりが、凍り付くような心地がした。
ここから、ここから逃げてしまおう。
もう、誰にも見られたくない、何も考えたくない。
罪悪感が、心を裂きそうだ。
ふらつく足で立ち上がって、体が重くて、つばを飲み込んで。
それから、それから——。
「にゃあ」
後ろから、鳴き声と鈴の音がした。
44 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:43:32.33 ID:JGoEMGt90
「ペロさん……」
もう一度、へたり込んでしまった。
そうだ、逃げるなんてダメだ。
本当に、彼女が不幸になってしまう。
でも、私には——。
ペロさんが、私の手を舐める。
私のことを、じっと見つめている。
「そうだ…… 言葉、解るんですよね?」
恐る恐る、聞いてみる。
傍から見れば、おかしな少女だ。
でも、アイコさんの言う通りなら……
ペロさんは、しばらく私の目を見て、頷く仕草をした。
45 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:45:01.84 ID:JGoEMGt90
「私、優しくしてくれた人を、不幸にしたくない……」
賭けて、みよう。
「ペロさん、アイコさんと会わせてください。私、泣いたりしないから!」
ペロさんが、もう一度頷いた。
ペロさんの足は、とても速かった。
私も、ちいさな勇気で後を追う。
46 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:46:09.04 ID:JGoEMGt90
ペロさんが、人の塊に沿って走る。
血液が足りてない脚に、無理やり命令を伝達して追う。
ペロさんは、走って会場のすぐ横に入り込んだ。
私も、荒れた呼吸のまま曲がる。
そして、初めて気づく。
ここに、スタッフルームがあったのか……
「あら、黒猫さん。どこから……」
ペロさんが、テントの近くで女性の足に絡みついていた。
「って、あら?」
そして、その鷹の瞳が、私に向けられた。
「あなた、ほたるちゃん?」
「え、は、はい…… その!」
ライブ限定のシャツを着たその女性は、私の声を遮って手を握った。
「はい、確保〜♪」
「えっ?」
47 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:48:14.98 ID:JGoEMGt90
--- --- ---
事の顛末はあまりにも単純で、呆気なかった。
アイコさんは、あの塊の別の場所から吐き出されて、私を探していたそうだ。
あの時の写真をスタッフさんに見せて、泣きながら頼んでいたとか。
要は、私が勘違いして、勝手に震えてただけ……?
なんか、こう、とても、顔が、熱い……
先程のお姉さんは、ペロさんの背中にステージで散った花吹雪を乗せて遊んでいる。
ペロさんは…… 嫌がってはいないようだった。
体を支配していた緊張感は、いつの間にか消えてしまっていた。
しばらく遊んでいる二人を眺めていたら、お姉さんのスマホが振動して画面が光った。
大きくストレッチをして、飽きてしまったよう様子のペロさんは、どこかに走って行ってしまった。
48 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:48:51.15 ID:JGoEMGt90
「ほたるちゃん、プロデューサーさんがお母様と合流されたようですよ♪」
「あ、ありがとうございます…… あの」
「ああ、藍子ちゃんなら、そろそろ事情聴取が終わって」
言い切る前に、奥の方からアイコさんが現れた、そして——。
「ほたる、ちゃん……?」
電池が切れたように。
49 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:49:54.83 ID:JGoEMGt90
--- --- ---
「びっくりしました、ほたるちゃん、急にいなくなっちゃって」
二人並んで、ベンチに座っていた。
すっかり疲れて、動く気も起きなかった。
「ごめんなさい、私が手を放しちゃって……」
「ううん、私がしっかりしてないから…… 怖かったですよね」
「……はい、足が竦みました」
「私もね、怖かったです。最初から、ずっと」
アイコさんの目は、少し腫れていた。
握られた手の力も、先程よりずっと弱かった。
「怖くて、焦って、手も震えて……」
「……」
「でも、ほたるちゃんがいたから、張り切っちゃいました♪」
50 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:52:50.61 ID:JGoEMGt90
「……ごめんなさい、私の不幸で、アイコさんまで」
「——それ」
「?」
「朝からずーっと気になっていたんです。どうも話が合わないなぁって」
「それ、って?」
「不幸と不運って、別の物じゃないかなぁって」
真剣な瞳。でも、口角は微かに上がっている。
「確かに、とても不運だなって思いました。怖いくらいにツイてないなって……」
「でもね、私はほたるちゃんといて、『幸せじゃない』なんて一度も思わなかったよ」
「……」
51 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:53:29.28 ID:JGoEMGt90
アイコさんが、肩に軽くもたれ掛かってきた。
私も少し体重を乗せる。
「私ずっと笑ってた。ほたるちゃんは、幸せじゃなかった?」
「……いいえ、とても素敵な時間でした」
「はい、私も♪」
52 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:54:48.34 ID:JGoEMGt90
--- --- ---
私は遂に、お母さんと会うことができた。
長いようで短い迷子の時間が、ここで終わった。
「そろそろ、時間ですかね」
「今日は、ありがとうございました」
「うん、ほたるちゃんとお母さんが会えて、良かったです」
「また、会いたいです」
53 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:55:40.52 ID:JGoEMGt90
「はい、この街で。アイドル、憧れてるんでしょう?」
驚いて、一瞬息が止まる。
「どうして、分かったんですか……?」
「様子を見ていて、そうかなって」
ああ、彼女は魔法みたいに、私の気持ちを見破ってしまった。
アイコさんが、少し屈んで私を見つめる。
「あのね、ほたるちゃん。あなたがどんなに不運でも、どんな道を歩いても、きっとあなたは、誰かを幸せにできるから」
その言葉が、静かに私の心を抱きしめてくれた。
心の毒素が、体の奥で消されるような心地がした。
54 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:56:48.22 ID:JGoEMGt90
「また会ったら、一緒にライブでも見に行きましょう?」
「はい……!」
東京での最初の記憶は、これで終わりだ。
この後は、親戚の家に行って、疲れて寝てしまい……
あとは、詳しく覚えていないです。
ああ、でも、この記憶だけは、大切に、ずっと、ずっと——。
55 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:58:00.61 ID:JGoEMGt90
○○○ ○○○ ○○○
「にゃー」
「んぐ」
黒い塊の前足に、ぐいぐいと顔を踏まれて目が覚める。
いつの間に、ソファーで寝てしまっていたみたいだ。
56 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:58:54.02 ID:JGoEMGt90
「ペロさん、いつからそこに……」
頭に紙吹雪を乗せたペロさんが、私の上を陣取っていた。
一体どこで、そんなもの付けてきたのか。
「にゃふ」
一言だけ鳴いて、私の体から飛び降りた。
用事でもあるのだろうか、起こすだけ起こして早々にどこかへ行ってしまった。
「なにか、夢を見ていたような……」
しばらくソファーで寝ぼけていると、背後から事務所のドアが開く音がした。
慌てて乱れた髪を手櫛で梳かす。
爆発した髪の毛からは、ぽろぽろと土が落ちてきた。
ペロさん、また花壇でお昼寝したんですね……
「ただいま戻りました〜って、ほたるちゃんだ。プロデューサーさんは?」
「藍子さん、おかえりなさい」
藍子さんが座れるように、席を詰める。
57 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 03:59:47.13 ID:JGoEMGt90
「プロデューサーさんは、夕飯を買いに」
「そっか、ほたるちゃんは、レッスン帰り?」
「はい、少し寝ちゃってたみたいです……」
「最近、頑張ってたもんね」
「茄子さんも、菜々さんも、雪美ちゃんも…… もちろん藍子さんも、凄いから。私、負けていられなくて……」
「なら私も、もっと頑張らなきゃ、ですね」
藍子さんが、手のひらを前に向けて伸びをした。
その姿を見て、先程見ていた夢を思い出す。
58 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 04:00:26.84 ID:JGoEMGt90
「藍子さん、私、懐かしい夢を見ていました」
「へえ、どういう?」
どういう、か……
「幸せな夢、です」
59 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 04:02:31.68 ID:JGoEMGt90
暮れる、私の大好きな街が窓に映っている。
さあ、帰らなきゃ。
日に当たっていたからか、手足はまだぽかぽかしている。
勢いをつけて、ソファーから立ち上がった。
凝り固まった筋肉を伸ばして、体中に酸素を。
また明日からの、不運に負けないように。
今度は押しつぶされて、流されぬように。
60 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/07/31(月) 04:06:11.68 ID:JGoEMGt90
終わりです
少し、読み辛くなってしまいました。五重苦でしたね。
HTML化のお願いをしてきます。
ここまで読んでくださった方がいらっしゃいましたら、ありがとうございます。
おやすみなさい。
61 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/31(月) 06:31:15.45 ID:UcygcNI20
ほーん、ええやん
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