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役人「君と世界に花束を」【ガルパンSS】
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43 :
◆663LzicDVs
[saga]:2017/07/30(日) 10:27:14.10 ID:DcA3DrBQ0
「あの頑張ってる女の子子たちの戦車を取り上げて新しい戦車を無理やり押し付けようだなんてとんでもない侮辱ですわ、私絶対に許せませんからね」
「お、おいおい……ちょっと待って」
「いいですか、もしあの子たちの戦車を守る法律が通らないのなら、私断固として『行動』させていただきますから」
「待ってくれ待ってくれわかった!」
その鋼のように剣呑に光る視線を見た途端、妻が間違いなく本気だと悟った総理は必死で両手を差し出し、降参のポーズをした。
この夫人は若い時から跳ねっかえりで有名であった。良く言えば行動力があり、悪く言えば熟慮に欠ける。その彼女がファーストレディーの肩書を振りかざして『行動』を開始したらどんな目を背けたくなるような有様が待っているか分からない。そのリスクを考慮すれば、総理の判断はやむをえないといえただろう。
同じころ、野党第一党の党首にも後援会会長夫人からの電話が掛かっていた。与党第二党党首は支持母体教団の女教祖に呼び出されていた。閣僚たる各大臣たちにもそれぞれの母が、妻が、娘が、あるいは愛人が何らかの形でアプローチしていた。それぞれ言葉は違えど、女たちの脅迫・懇願・取引・吊し上げ、の内容は突き詰めれば一つに集約されていた。
──彼女たちに、道を開けろ。
44 :
◆663LzicDVs
[saga]:2017/07/30(日) 10:29:34.09 ID:DcA3DrBQ0
◇◇◇
かつて戦車道は『乙女の嗜み』と称され、良家の子女たちにこぞって履修されて隆盛を誇ったという。
その乙女たちはどこへ行った? 戦車道の斜陽とともに歴史の幕間へと消えてしまったのか?
否である。
かつての戦車乙女たちは今では良家の妻として、母として。日本を牛耳っていると信じている男たちの、その首根っこを押さえていた。
なるほど、車輌指揮の采配の妙は失われただろう。彼方の的を狙う視力はなくなっただろう。砲弾を押し込む拳のタコは消え、磨いたはずの腕はもはや操縦の基本すら忘れ果てただろう。
でも、あの硝煙の匂いは覚えている。
乾いた地面が上げる砂埃も、砲身が照り返す日差しの眩しさも、車内に籠る鉄と油と汗の交じり合った息苦しさも。
勝利の喜びに抱き合った暖かさも、敗北の悔しさに頬を流れる涙の冷たさも。
苦楽を共にした友人たちの、競い合った好敵手たちの笑顔も。
忘れるはずがないのだ。何十年経とうと、決して。
45 :
◆663LzicDVs
[saga]:2017/07/30(日) 10:32:30.04 ID:DcA3DrBQ0
児玉七郎が発案し、蝶野亜美が主導して(もちろん自衛官が関わったことは極秘で)作成されたPR動画は内容としてはそれほど大したものではない。これまで出回っていた動画には無かった、連盟が保管していた各種映像を追加し、さらに辻が企画している法案とそれが通過しなければどういう事態になるかを簡単に解説したものだ。
ネットで流すだけでは効果は薄いと考えられたためスポーツ庁長官のコネを使ってテレビ局に送り込まれた動画は、法案審議の直前の時期になりワイドショーで紹介され、大変な反響を呼んだ。ネットに疎い往年の戦車道少女たちの元に、初めて西住みほたちの戦いと新たに迫る政治上の窮状が伝えられたのである。ぎりぎりのタイミングではあったが、辻たちは賭けに勝った。
閣僚も文教族含めた与党議員も財界人も野党議員たちも、普段亭主関白を気取っている男たちですら、女たちが煌めかせる鋼の視線の前には逆らえなかった。動画は、彼女たちの魂の奥底に沈んでいた熱い何かを呼び起こしたらしかった。
巨大な風車に通せんぼされて途方に暮れていたひょろひょろのロートル騎士の後ろから、ありったけの徹甲弾をぶち込んで粉々に撃ち砕いたのは、ずらりと並んだかつての戦車乙女たち。要約すれば、たったそれだけの話なのであった。
文科省のドン・キホーテと呼ばれた男は、確かに幸福ではなかったかもしれないが、さりとて後悔もしていなかった。間違っていようがいまいが、己の道を突き進んでやりきった人間というのはえてしてそういうものである。
46 :
◆663LzicDVs
[saga]:2017/07/30(日) 10:34:03.23 ID:DcA3DrBQ0
「何故だ……何故俺が負ける……俺は文科省を、文科省で天下を取ってやるはずの男だ!それなのに、何故だ!」
その驕りが敗因だよ、と辻は心の中でSに答える。
世界はおまえのものじゃない。もちろん自分のようなポンコツのロートルのものでもない。官僚たちのものでも、政治家たちのものでもない。強欲な大統領閣下のものでもないし、傲慢な共和国主席のものでもない。
辻の目の前のモニタを、西住みほたち、戦車道に生きる少女たちが駆けていく。チャンネルを変えても、どうやら他の局でも繰り返し彼女たちの雄姿が放映されているようだった。
どう考えても今さらだし面映ゆいし、もちろんこんなことを口に出したりは、絶対にしないが。
世界は、彼女たちのためにあるのだ。
──そして。
辻はモニタの向こうの幻想の世界を見つめる。そこには大洗女子学園の制服を着た短いポニーテールの少女の笑顔があった。古くて傷だらけで、でも力強い唸りを上げて突き進むポルシェ・ティーガーとともに。
行け。迷うことなく突き進め。
未来は君のためにある。
47 :
◆663LzicDVs
[saga]:2017/07/30(日) 10:38:50.71 ID:DcA3DrBQ0
「どうしてくれる! アメリカの通商部にはどう言い訳すればいいっていうんだよ! 中国体育委員会には!?」
幻想に浸っていた辻に、Sがまた詰め寄ってきた。折角の高級スーツがぐちゃぐちゃに乱れている。その手のスマホからは英語らしいわめきたてる声と、つぎつぎと入るキャッチホンの音が響いてくる。それにしても忙しい男であった。
「そこまでの義理はないんだが……利用するためとはいえ一度は俺を助けてくれたわけだし、昔使った便利な言葉を教えよう」
辻はついっと眼鏡のブリッジを押し上げた。
「“口約束は約束では無いでしょう”。そう言ってみたらどうだ?」
果たしてSがその言葉でピンチを切り抜けられたかどうかは定かではない。
48 :
◆663LzicDVs
[saga]:2017/07/30(日) 10:41:26.55 ID:DcA3DrBQ0
<三月>
後は特に追補すべき事項はない。法案は閣議で承認され党議拘束を受け、衆参議院を何事もなく通過してスピード成立した。
◇◇◇
「辻審議官。何を見てらっしゃるんです?」
「いや、その……花をね」
法案成立に尽力したスポーツ庁職員たちとささやかな祝賀会へと向かう道の途中。夜も遅いというのに開いているフラワーショップを見つけ、辻は思わず足を止めていた。
「何か贈り物ですか? お包みしましょうか」
「ええと……そうだな……」
店員に声を掛けられて、辻は逡巡した。
やっぱり花を贈るなんて気障ったらしい真似、自分らしくないんじゃないか。
いや、今更か。
もう散々、自分らしくないことばかりしてきたんだ、花ぐらいいよな。
「ええと……スイートピーを。後、それから……」
「それから?」
「それからここにある、全ての花を」
49 :
◆663LzicDVs
[saga]:2017/07/30(日) 10:44:07.24 ID:DcA3DrBQ0
<4月>
「西住どのーっ! こっち、こっちです! 見てくださいよぉ!」
「えっ、えっ、あの私、まだ新一年生のみんなに挨拶の途中で……!」
新学期、大洗女子学園。
本来だったらは記念すべき新入生を迎えての最初の授業になるはずの日。
何故だか西住みほは、秋山優花里に引っ張られて演習場の片隅の別棟の格納庫へと連れて来られていた。
「はぁ、はぁ……優花里さん、一体どうし……ふわぁ……!」
格納庫の中を見せられた途端、みほは目を見張っていた。
「何これー!?」
「誰がやったのー?」
「すごーい!」
何事かとついてきた、新入生を含めた他の生徒たちも次々と歓声をあげる。
いつもだったらモーターの修理の目途がつかないままのポルシェティーガーがぽつんと鎮座しているだけだったはずのそこは今、中の空間を埋め尽くすほどの大量の花束と甘やかな匂いで溢れかえっていたのだった。
50 :
◆663LzicDVs
[saga]:2017/07/30(日) 10:48:40.50 ID:DcA3DrBQ0
「アネモネ、コスモス、マリーゴールド、桜、胡蝶蘭……」
五十鈴華が首を傾げながら花の名前を数え上げる。
まったく季節感も統一感もない、花の種類などにはとことん無知な人間が手当たり次第に選んだような色とりどりの花々。車体といわず砲塔といわず履帯といわず、それでも置き場が足りなくて砲身の中にまで花を突っ込まれたポルシェティーガーは、まるで両手で抱えきれないほどの花束を持って少女たちを出迎えているかのようであった。
「もしかして私の熱烈隠れファンが贈ってくれたんだったりしてー! ついに私モテ期が来ちゃったのかなぁ!?」
「そんなわけがあるか。……でもまあ、こういうのは別に、悪くない」
やだもー、と身体をくねくねさせる武部沙織に突っ込んだ冷泉麻子が、清楚な佇まいの白いオリーブの花を取り上げてわずかに口元をほころばせる。
「それにしても、一体誰がこんなことを……」
普段ワイドショーなどわざわざ観ない少女たちには、霞が関と永田町で水面下の暗闘が繰り広げられていたことなど知る由もない。西住みほが首を傾げても、それに答えられる者はこの場には誰もいなかった。
青いスイートピーの花束を見つけた新入生の少女が、短いポニーテールを揺らしながら思わず、という様子で抱え上げる。するとその下には、花束とは別のプレゼントが鎮座していた。
「わっ……うそっ……! 何で……!?」
陽光に光る巨大なシルバークロムの物体を認めたツチヤが、眼を輝かせて飛びつく。
NSH工房と刻印されたそれは、新品同然、オリジナル同様のポルシェティーガーのモーター。
この程公布、施行された【学生戦車道の保護と育成に関する法律】の下に生産された、第1号パーツであった。
51 :
◆663LzicDVs
[saga]:2017/07/30(日) 10:53:46.23 ID:DcA3DrBQ0
※一年後、NSHT工房と改名された民間戦車工場は【学生戦車道の保護と育成に関する法律】の下に数台のポルシェティーガーを生産。実際に戦車道競技でも運用された。
※※スイートピーの花言葉:ほのかな喜び、優しい思い出、別離、門出。
52 :
◆663LzicDVs
[saga]:2017/07/30(日) 10:55:37.99 ID:DcA3DrBQ0
・終わりです
・読んでくれた方ありがとうございました
53 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/07/30(日) 10:58:09.19 ID:ZNQTaOOT0
乙
とても面白かったです。
54 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/30(日) 11:00:30.61 ID:gFbUl4EOO
乙です
素晴らしいssに現行で出会えたことに感謝
55 :
◆663LzicDVs
[saga]:2017/07/30(日) 11:07:04.25 ID:DcA3DrBQ0
・ガールズもパンツァーもろくに出て来ない話なのにありがとうございます!
・すみません、
>>42
と
>>43
の間の1レス入れ忘れました。↓になります。
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「な、なんでまたそんなことを君が……」
「お忘れ? 私は」
「ああそうだった、君も高校時代戦車道をやっていたんだよな」
妻が機嫌を悪くする前にと、慌てて忘れていたことを隠すようにフォローする。
「今日ワイドショーで見ましたの。何だか昔に戻ったみたいで気持ちが若返りましたわ。青春っていいものね」
「何を見たって……それよりそれと法案に何の関係が」
「大ありです!」
夫人はかっと目を剥いた。
56 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/30(日) 11:56:36.86 ID:RSgV3lvSO
素晴らしい。乙
57 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/30(日) 12:08:26.74 ID:D1M+b5cn0
政治ものは熱い乙
58 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/07/30(日) 14:49:30.43 ID:2is4sAVt0
泣けた。最大の乙を
59 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/30(日) 15:48:03.62 ID:Tn+4QDesO
粋ですねえ…乙
NSHTって何の略?
60 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/30(日) 15:51:56.22 ID:9JCVedAMo
ナカジマスズキホシノツチヤ
61 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/30(日) 16:25:03.88 ID:IJtmxOWSO
にしこくんじゃないのか
62 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/30(日) 18:44:02.27 ID:4LVk1BH4o
乙ー
よかった
63 :
◆663LzicDVs
[saga]:2017/07/31(月) 20:38:07.06 ID:S5dLPUJZ0
・前から書きたいと思ってた話だったんですが知識不足でなかなか形にならないのを想像や捏造で無理矢理補完して書いた、みたいな感じなのでその筋の方から見たら間違いだらけの内容だと思います、すみません。『フィクション故の誇張や省略』という体でお目こぼし願えれば幸いです。
・堅苦しくて地味な内容と文章なのでツマンネって言われるかと覚悟しておりましたが、思ったよりお褒めの言葉を頂いてしまい大変うれしいです。ありがとうございました。
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