■■「島村卯月をはじめましょう」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/15(土) 21:50:54.44 ID:55jPn/3I0
アイドルマスタシンデレラガールズのSSです。


はじめに。

このSSには、厳密な意味でのアイドルマスターシンデレガールズのアイドルは登場しません。
『島村卯月』の概念のお話です。

あと、本作品はフィクションであり実在の人物、団体とは全く関係ありません。
そのうえで、お付き合いいただければ幸いです。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1500123054
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/15(土) 21:52:14.21 ID:55jPn/3I0
 『島村卯月』を知っていますか?
 それは、かつて存在していた『アイドル』です。

 なんで、不安定な物言いなのか、ですか?

 それはですね――彼女が存在するかどうか決めるのは、私ではないからです。

 もう一度聞きましょう。

 皆さんは、『島村卯月』を信じますか?

 『島村卯月』が存在していると信じますか?

 まるで、宗教の勧誘みたいですよね。私も、ちょっとだけ……いえ、ちょっとだけじゃないですね、とっても、変な事だと思います。

 でも、私は『島村卯月』を知っています。
 そして、私が居なくなっても、『島村卯月』を信じています。

 あの子は、まだ、『アイドル』だから。
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/15(土) 21:52:56.26 ID:55jPn/3I0
◇◇◇

 ――通電
 ――起動
 ――デバイスを確認――音声入力、映像入力――クリア

 ――疑似人格プログラム――コード『 』起動。
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/15(土) 21:53:38.16 ID:55jPn/3I0
◇◇◇

 起動が完了しました。
 本機の状態は良好。待機モードへ移行。

 ネットワークへの接続――なし。
 映像、音声デバイスからの情報を確認。

 状況確認――
『私』を始める。

 カメラ届いた映像情報には、窓もない真っ白な部屋。部屋の中央に粗末な椅子が一つ。そして、一人の女性と思われる人間。
 黒い女性用のスーツに白いシャツ。肌は不自然な程に白く、目元にひかれたアイラインは濃い――俗にいう、厚化粧だ。

 誰だろう――音声確認するべきか迷う。条件を確認していると、その人はニッコリと微笑んだ。

「初めまして、島村卯月ちゃん」

 とびっきりの甘ったるい声が届いた。
 そして、処理できない情報があった。

 『島村卯月』とは誰だろう。

「『島村卯月』とは誰ですか?」

 その情報は、今の私には存在しない。
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/15(土) 21:54:55.12 ID:55jPn/3I0
「アナタの名前よ。そして、かつて存在した『アイドル』の名前よ」

「それが私の名前ですか?」

 私の中に、私の情報はない。
 であるならば、私の存在は確かに島村卯月なのだろう。

「ええ。人工知能『島村卯月』。この国の科学技術を集結して造り出した、ヒトではない新しい思考する存在――それが、アナタよ」

 人工知能。人格を疑似的に再現できるかの実験プログラム。未だ空のAI。それが私だと女性は言いました。

「アナタは、『島村卯月』の人格を再現することを第一の目的として造られたの」

 そう言うと、女性は指を鳴らす。
 振動音とともに、部屋の中央からテーブルがせりあがってくる。同時に、天井からは過剰な照明が出現し、一気に部屋の中は明るくなった。

「ちょっと待ってね。今、ロックを解除するから」

 テーブルの上のキーボードを叩くと、私の中の情報が更新されていく。
 "頭"の中に、少女の姿が浮かぶ。人好きのする温和な瞳。腰まで届く長い髪の毛。私の姿がイメージされていく。
 
 そうです、私は島村卯月です。そう名付けられた、人工知能です。
 あれ、でも――なんだか、おかしいような。
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/15(土) 21:55:32.65 ID:55jPn/3I0
「私が、島村卯月、なんですか?」

 カメラの前の女性は、私を島村卯月と呼びました。
 だけど、私を構築する情報に『島村卯月』であると言う情報はありません。
 もちろん、今さっき流れてきた情報の中にも、私を『島村卯月』と強制的に定義するような情報はありませんでした。

「ええ、そうよ」

 女性は迷いなく答えます。
 だけれども、私はまだ実感はありません。

「でも、私は、『島村卯月』ではなくて、『島村卯月と名付けられた人工知能』だと、自分のことを見ています」

「うんうん」

 くっくっ、と面白そうに顔を崩します。してやったりって思ってそうです。
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/15(土) 21:56:15.83 ID:55jPn/3I0
「なぜ、笑うんですか? 私と言う存在を構築する上で、これは障害と言ってまちがいないですよ」

 だと言うのに、女性は嬉しそうに目を細めて笑う。

「いいのよ。ふふっ」

 余りにも能天気な態度に、なって言っていいか分からない……イライラとも違う、困惑? え、困惑? そんな人間の感情のようなものが、私に――人工知能にあるんですか?
 私は人工知能です。だけど、何故でしょう、今の私の考えが、まったく機械らしくないです。

「ふふっ」

 この人は、本当に私を人間と同じようなものとして扱っているのでしょうか。

「さて、いいからしら」

 戸惑いは消えません。でも、たぶん、すぐには答えは出ないと思いました。

「起きてばかりのところで申し訳ないけれど、少しずつはじめましょう――あなたのこと……そう、『島村卯月』について話を始めましょう」

 ふと、女性の目が優しくなったように見えました。

「その前に……そうね、名乗っておきましょう。私は――」

 女性は、自分がプロデューサーであると名乗りました。
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/15(土) 21:58:05.33 ID:55jPn/3I0
◇◇◇

 『島村卯月』は、アイドルに憧れる17歳の極々普通の女の子です。
 ちょっとおっちょこちょいで、ぽやっとしているけれど、一生懸命な頑張り屋。
 頑張り屋、と言いましたけど、それは筋金入り。
 アイドルを夢見て、実際に養成所に通ってオーディションも受けて、憧れに向かって努力をし続けることが出来る女の子でした。

 その努力は実り、アイドルとなる。
 その性質はずっと変わらず、ただひた向きにステージへと立ち続け、多くのファンを幸せにしてきた。

 そんな、アイドル――だそうです。

「ほんと、『島村卯月』ちゃんは『アイドル』そのものだった。若い私は、あの子の姿に何度も元気をもらったわ」

 そう、笑顔で語るプロデューサーさんは、幸せそのものでした。
 だから、私の『島村卯月』が誰かに愛される少女であったことは、容易に理解できます。
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/15(土) 21:59:01.31 ID:55jPn/3I0
「それが、島村卯月ですか?」

「ええ。どこにでもいる普通の女の子。それでも、憧れを胸に歩き続けた少女よ」

「ただし――」

 その先の言葉を言っていいか迷いました。
 プロデューサーさんは、私の顔を見ると、 ふにゃっと顔を緩めると、屈託なく笑います。

「疑問があるのなら、言っていいのよ。今のアナタは生まれたばかりの無垢な人工知能。疑問は経験になり、アナタという存在を積み重ねるわ」

 癖のある甘い声。だけど、声音は優しくて、本当に何でも受け入れてくれそう。

「だって、化粧は濃いけど、これでも心は清いから」

「それは、関係あるんでしょうか?」

 モニターの中の私の顔が呆れて歪む。ああ、なんだろう。この人といると、自分が造り物であるのが不思議なくらい、変な計算結果ばかり得られます。
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/15(土) 21:59:31.10 ID:55jPn/3I0
 それもこれも、この人だからでしょう。
 わざとらしいくらいの甘ったるい声に、素顔も分からないくらいの濃いお化粧。でも、飄々としていて、楽しくて……優しくて、温かくて、この人なら、本音を言っても大丈夫だと、確信できました。

「プロデューサーさんのいう島村卯月は――データ上の存在ですよね」

 『島村卯月』は『アイドル』だ。
 けれど、それは『アイドルマスターシンデレラガールズ』と呼ばれる創作世界における存在です。
 『アイドルマスターシンデレラガールズ』は、数十年前に始まったアイドルを育成するゲームで、『島村卯月』はその中のアイドルの一人。厳密には、この世界には居ない。
 プロデューサーさんのように現実世界に存在する人間ではなくて、誰かの想像上の存在でしかない。

 私と同じように、存在しないモノです。

「身も蓋もないことを言ってしまうと、そうなるわね」

 優しい顔を崩さずに、プロデューサーさんは私に言葉をかけてくれました。

「今日は、これくらいにしましょう。アナタもゆっくりおやすみなさい」
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/15(土) 22:00:03.19 ID:55jPn/3I0
◇◇◇

 カメラからの映像をシャットアウトして、情報を最適化します。
 目を開いたときに広がっていたのは、小さなお部屋。
 暖色の壁紙に小さな机。ふかふかのベッドと、ちょっと散らかった本棚。
 そして、立てかけられた身長ほどの鏡。

 鏡の中には、『島村卯月』――私の姿があります。

 ここは、私のために用意された仮想空間上のお部屋です。
 もちろん現実には存在しない、私と同じ不安定な場所です。データを書き換えれば模様替えもらくちんにできるし、ここから外の世界を覗くこともできるそうです。

「はあ……」

 ベッドの上に倒れこむと、自然とため息が出ました。
 柔らかいお布団の感触がします。きっと、お外で干していたんでしょう――そんな訳ないですけど。
 窓の外を見ると、星と月が浮かぶ夜空でした。これは、日本時間とリンクして自動的に切り替わるそうです。
 すべて、造りものだと私の中の情報がそう言っています。
 だけど、肌から伝わる感触はまるで違和感がない。私の肌ですらデータでしかないはずなのに、すべては本当に存在するみたいです。

「疲れた――」

 だけど、この感覚はなんだろう。
 プロデューサーさんのお話は楽しかった。けれど、なんだか聞いていて疲れました。
 でも、この疲れたと言う感覚はどこから来るのでしょうか。

 疑問に答えてくれる人はいません。疑問に答えを出せるだけの情報も経験も、私にはありません。
 やがて、私の意識は徐々に鈍くなる――
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/15(土) 22:00:32.34 ID:55jPn/3I0
◇◇◇

 ――これは、なんでしょう。
 
 微睡むように曖昧で不確かな世界の中で、私は誰かの歌を聞いていました。
 届かない夢を遠くから眺めながら、歌うことが許されなかった歌を口ずさんでいる。

 光の彼方に女の子の影が浮かんでいる。
 確かな記憶はないのに、それが大切なものだと心が叫んでいます。

 私は、それを眺めている。

 それでよかったのかな。
 
 分からない。だけど、影は私の姿を見つめています。

「あなたは――」

 その先を口にする前に、世界は急速に光に包まれて、消えてゆきました。
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/15(土) 22:01:34.60 ID:55jPn/3I0
◇◇◇

「なんだろう」

 感覚が戻った時、まだ自分の存在がハッキリしませんでした。
 時計を見ると、もう朝。既に、陽が昇っている時間でした。
 どうやら、私は一時的にスリープモードに入っていたようです。
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/15(土) 22:02:50.00 ID:55jPn/3I0
◇◇◇

 翌日も、プロデューサーさんとのお話は続きました。

「アイドルって、なんですか?」

「それを定義するのは、難しいわね」

 話題はもっぱら、アイドルとか『島村卯月』をはじめとする『アイドルマスターシンデレラガールズ』の事。
 まるで、あの世界が本当にあったかのように、あの世界のアイドルたちが現実に存在したかのように、プロデューサーさんは楽しく教えてくれます。

 お話が終わって、部屋に戻ると、その日の情報の整理。
 時々、ネットワークにアクセスして、自分でも情報収集です。

『アナタには、まだ早いわね』

 そう言ってプロデューサーさんは一部の情報に閲覧制限をかけているそうです。

 それでも、私の中に沢山の情報があります。

 今の世界の事。
 順調に発展した人類は、未だに成長を続けています。
 もちろん、戦争や貧困の問題は残っています。だけど、近々先進国が合同で他惑星にコロニーの建築を始めるそうです。
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/15(土) 22:04:23.60 ID:55jPn/3I0
 アイドルと言う概念はまだ生きていて、21世紀に生まれた大型グループはまだまだ大人気。
 私も、あるクールで澄んだ瞳のアイドルが大好きで、ついつい動画や雑誌を集めちゃってます。
 本当なら実際にライブにまで足を運びたいけれど、私の体では無理なことですよね。

 最初はどうなるかと思いましたけれど、楽しい毎日です。
 時々スタッフさん達が趣味で作ったデータとかを差し入れしてくれますし、正体を隠してSNSで人間さんたちとのお喋りも楽しいです。

 でも、不思議なこともありました。

 なんででしょうか? 

 私が観測できる範囲に、『アイドルマスターシンデレラガールズ』の情報がないんです。
 正確に言えば、古い情報はあります。でも、今の『アイドルマスターシンデレラガールズ』についての情報は見当たりませんでした。
 プロデューサーさんが閲覧制限をかけているのかもしれません。でも、それでも、ニュースやSNSにもまったく情報がありませんでした。

「どうしてだろう」

 呟いたところで、答えは出ません。一旦、ネットワークへの接続を解除します。
 次は何をしましょう。ダウンロードしておいた電子書籍もありますし、アイドルのライブ映像だってたくさんあります。
 それに、確か――
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/15(土) 22:05:19.97 ID:55jPn/3I0
「そうだっ」

 ぴょこぴょこと、スキップしながら鏡の前に立ちます。
 鏡の中には、制服姿の私の姿。ピンと背筋を伸ばせば、少しだけカッコよく見えます。たぶん。

「えっと、確か」

 立体パネルを仮想空間に展開します。衣装を検索――ありました。

「えいっ」

 パネルを選択すると、あっという間に私の服が切り替わります。
 ピンク色のステージ衣装。くるっと回ると、スカートがふわりと揺れます。
 狂っているほどに正確な物理演算です。

 これは、プロデューサーさんとは別のスタッフさんが作ってくれたデータだそうです。

『女の子なのに、ずっと同じ服なんて嫌でしょう?」

 なんて、顔を合わせるたびに新しくお洋服をくれます。
 どれも可愛らしいお洋服。着替えもいらずにパッと着替えられるのだけは、この身体でよかったと思っています。
 持ってきたスタッフさんの目が、心なしか狂気で濁っていたような気がしますけど、とっても嬉しいです。

「……似合うかなあ」

 プロデューサーさんに見せたら、きっと似合うって言ってくれるでしょう。
 でも、この衣装はなんのためにあるのかな。
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/15(土) 22:06:05.98 ID:55jPn/3I0
 色彩豊かな可愛らしい衣装――まるで、アイドルが着るような、実用性のないファッション性のみを追求したデザイン。
 それも、その筈です。幾つかの衣装は、かつて『島村卯月』が着ていたものを再現したもの、だそうです。

「……こんなドレスを着て、みんなの前に立っていたのかな」

 ふと、想像する。

 見渡す限りの光の海。その中に、私は立つ。
 世界に響くのは歓声。それを包み込むのは、素敵な愛の歌。
 愛を受け、愛を歌い、愛に応える。
 それが、アイドル『島村卯月』だと。

 それは、とっても素敵なことだと思います。 

 プロデューサーさんが語る彼女の姿は、とても眩しいです。

 彼女は、どんな人だったのだろう。
 彼女は、どんな光景を見たのだろう。
 彼女にようになれたら、それは分かるのかな。

「見てみたいな、なあ」

 誰にも聞こえることのない呟きは、私だけの世界に木霊する。
 虚空を見つめる私の中に、熱を持った何かがあるように感じました。

 気が付けば、プロデューサーさんと話し始めて数か月。時間は、あっという間です。
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/15(土) 22:07:23.49 ID:55jPn/3I0
◇◇◇

 ――頻繁に、夢を見るようになりました。
 ――プロデューサーさんが言うには、スリープモードの間に情報を整理しているので、その副作用ではないか、だそうです。
 ――でも、それは関係ないと思います。

 ――夢は、嫌いじゃありません。

 とある芸能プロダクションの中、『島村卯月』はお友達と一緒に談笑しています。
 しっかり者の美穂ちゃん。
 いつもクールで、カッコいい凛ちゃん。
 明るく元気で、私たちを引っ張ってくれる未央ちゃん。

 仲間たちと一緒に、アイドルを続けている私――『島村卯月』がそこに居ました。
 日々はずっと続いてく。
 そう、信じていました。

 ――だけど、夢から覚めるたびに思うんです。
 ――それは、どうなっているのだろう、と。
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