杉坂海「オンショアをつかまえて」

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102 : ◆OVwHF4NJCE [saga]:2017/09/29(金) 19:57:03.34 ID:U37eLnDj0
「……」

「……」

ちょっと予想外の場所での出会いに、ウチもお兄さんも、何を喋ればいいか分からなくて、押し黙ってしまう。
けれどそれは、ほんの少しの間のことだった。
どちらからともなく、笑いが漏れる。

「へへっ……なんか、おかしいね」

「そうだね。いつものビーチでなら、いくらだって話せるのに」

「ホントだよ」

お兄さんが買ってきてくれたお茶をあけて、口に含む。
結構暑かったら、冷たい麦茶がなんだか気持ちいい。
103 : ◆OVwHF4NJCE [saga]:2017/09/29(金) 19:57:51.24 ID:U37eLnDj0

「……ん。今日は仕事なんだ?」

「そう。数日後から、何回かに分けて鎌倉で撮影があってね、その下見」

「原田さんの?」

「と、他数名。大槻唯とか三船美優、脇山珠美に五十嵐響子……知らない? あ、これ、一応オフレコね」

「うん、それはいいけど……うわー、全員知ってるなぁ。お兄さん、凄い人だったんだねぇ」

そんな有名人と一緒に働いてるような人だなんて、思いもしなかった。
ウチは割と本心から言ったんだけど、お兄さんはいやいや、とかぶりを振る。

「俺が凄いんじゃないよ。凄いのは皆だから。俺は、その手伝いをしてるだけ」
「……っ」
104 : ◆OVwHF4NJCE [saga]:2017/09/29(金) 19:58:21.18 ID:U37eLnDj0
ふと、お兄さんが真剣な表情を見せる。
前も、一度だけ見た表情。あの時と同じく、その表情にどきりとした。

「皆、色々な魅力を持ってる。けど、それをどう引き出すか。どう魅せるか。それを考えるのが俺の役目って感じかな」

「ふーん……」

「正直、大役だけどさ。凄くやりがいがあるよ」

真剣な眼差しで、真面目に自分の仕事について語るお兄さんの姿は、いつものお兄さんとは、正直あまり重ならない。
けれど、真面目で、真剣で……その姿はちょっと、かっこいいとすら思った。
105 : ◆OVwHF4NJCE [saga]:2017/09/29(金) 19:58:56.09 ID:U37eLnDj0
そんなことを、思っていたのだけれど。

「……この際だから言うけどさ」

「うん? 何、お兄さん」

「実は俺、海ちゃんのこと、最初見た時から、スカウトするつもりだったんだよね」

一拍おいて、その言葉の意味を理解して。

「……え? は、はぁ!?」

驚きのあまり、思わず立ち上がってしまう。
いやだって、ウチをスカウトって……! 何で!?
106 : ◆OVwHF4NJCE [saga]:2017/09/29(金) 19:59:22.60 ID:U37eLnDj0
「海ちゃん、座って座って」

「あ、うん……いやでも、ウチをスカウトって……何で?」

「前に言ったこと、覚えてない?」

「……?」

なんだっただろう、と記憶を探る。
そしてそれは、案外すぐに思い当った。

「『キラキラ輝いてて』……?」

「そう。そういうこと」

それはもう、今となってはなんだか懐かしくすらあることだった。確か、二回目にお兄さんと話した時のこと。
まだ、それほど前のことでもないのになぁ。
107 : ◆OVwHF4NJCE [saga]:2017/09/29(金) 20:00:05.30 ID:U37eLnDj0
「あの時の海ちゃん、外見の話とかだけじゃなくてさ、本当に綺麗だった。だから、きっとアイドルになれると思ってね」

「……でもお兄さん。そんなコト、一度も」

「うん。まぁ、それは不覚なんだけど。マリンスポーツの話したりしてる内にさ、なんだか……うーん」

「ん?」

「いや、やっぱこれはなしで。ちょっと大人げないし」

「……そう? ならいいけど」

お兄さんがそんなことを言うのも珍しいけど、まぁ、言いにくいこともあるのかな。

「まぁ、そんなわけでさ。海ちゃんに声かけたのは、そんな目的もあってのことだったワケ」

「そっか」

「……軽蔑した?」

「え、何で?」
108 : ◆OVwHF4NJCE [saga]:2017/09/29(金) 20:00:49.83 ID:U37eLnDj0
何でそんなことを言うんだろう。
ウチは、別にそんなこと思っていないのに。

「だって、ここ暫くで仲良くはなれたと思ってるけどさ……最初はある意味、下心満載だったわけだし」

それは、確かにお兄さんの言うとおりかもしれない。
……うーん、でも。

「……いや正直、お兄さんは別の『下心』があると最初は思ってたから、それに比べれば」

「あ、さいですか……いやまぁ、軽蔑されてないならいいんだけどさ、うん……」
109 : ◆OVwHF4NJCE [saga]:2017/09/29(金) 20:01:17.50 ID:U37eLnDj0
真面目な雰囲気が解けて、軽く項垂れるお兄さん。
……さっきの原田さんとのやり取りといい、いつもこんな感じなのかな?
やっぱりお兄さんはお兄さんなんだななんて、ちょっとだけ安心した。

「まぁ、そんなわけでさ。海ちゃん」

「は、はい」

気を取り直したように顔を挙げたお兄さんが、真剣な表情に戻る。
思わず、ウチも背筋が伸びる。
110 : ◆OVwHF4NJCE [saga]:2017/09/29(金) 20:01:47.70 ID:U37eLnDj0

「もう全部喋っちゃったからさ。改めて言うよ」

「う、うん」

「アイドル、やってみない? 海ちゃんの『輝き』、皆に伝えさせてくれないかな」

今までと比べても、一際真剣な瞳に、さっきよりも更に胸が跳ねる。
どきどきとしてしまうくらい、お兄さんの瞳は真剣だった。
でも……何故だろう。
その瞳に見つめられると、すうっと、余計な考えが削ぎ落されていく気がした。
だから、かもしれない。
自分でも意外なほど、すんなりと言葉が口から出た。
111 : ◆OVwHF4NJCE [saga]:2017/09/29(金) 20:02:21.68 ID:U37eLnDj0
「……そうだねぇ。まずはありがとう、お兄さん。ウチみたいなガサツで可愛げのない女に、そこまで言ってくれて」

「……」

「この前逢った時も、言ってくれたよね。ウチは輝ける人だってさ」

「うん。言った」

「あんな事言われたの、初めてでさ。ウチ、正直戸惑っちゃった。この人はなんで、そんなこと言うんだろう、って」

それが、きっと胸のつかえの正体だったんだと思う。
でもお兄さんの意図が分かって、すうっと、そのつかえがとれた気がした。
だからこそ。
だからこそ、ウチは。
112 : ◆OVwHF4NJCE [saga]:2017/09/29(金) 20:02:47.92 ID:U37eLnDj0
「でも、ゴメン」

「……理由、聞いてもいい?」

「うん。本当にさ、プロデューサーがそう言ってくれたのは嬉しかったよ。ウチのこと、認めてくれた気がして」

いつも弟達の世話をして、自分のことは二の次。親も、周りも、弟達が第一になる。
弟達の世話するのは楽しかったけれど……きっとウチ自身の心の中に、何か燻るモノがあったのが事実だと思う。
ウチのことを見てほしい。弟のことだけじゃなく、ウチのことも。そんな気持ちが。
だから、だろうか。お兄さんのあの言葉は、そんなウチの心に、不思議と沁みた。
あの言葉に戸惑ったし、初めてのことだから、その理由が分からなかったのかもしれない。
けど。
113 : ◆OVwHF4NJCE [saga]:2017/09/29(金) 20:03:22.15 ID:U37eLnDj0
「けどさ。前も言ったみたいに……ウチはやっぱり、自分が輝くよりも、人を輝かせるモノを、作りたいから」

「……あぁ」

「ウチのデザインした服で、バッグで、アクセサリーで! その人の魅力をもっと引き出せたら素敵だなって、思うからさ」

プロデューサーの言葉が嬉しかったのも、本当の気持ち。
そしてこれも、ウチ自身の偽らざる気持ちだった。

「だから、ゴメン。今は、その勉強をしっかりしたいんだ」

お兄さんの目を見て、ウチはしっかりとそう言う。
お兄さんは、真剣に言ってくれた。だから真剣に答えないといけないと思うから。
暫くの沈黙の後。お兄さんは、ぱん、と膝を打って立ち上がった。
114 : ◆OVwHF4NJCE [saga]:2017/09/29(金) 20:03:53.74 ID:U37eLnDj0
「ん、そっか。それなら仕方ない、か。あーあ、振られちゃったなぁ……俺、ちょっと泣きそうかも」

「ちょ、お兄さん! 言い方!」

「いやまぁ、振られたのは事実だし」

そんなやり取りをして、ウチらは顔を見合わせて笑う。
断ったウチと、断られたお兄さん。
それこそ本当に告白の場面みたいだけど、大方のそういう場面とは違って、なんだか晴れやかな気持ちだった。
ウチだけじゃなく、きっとお兄さんも。
115 : ◆OVwHF4NJCE [saga]:2017/09/29(金) 20:04:24.59 ID:U37eLnDj0

「……さ、それじゃあ俺は帰るかな」

ひとしきり笑いあったあと、お兄さんはそう言う。
言われてみれば日は更に傾いて、もう1時間もすれば夜、という時間になっていた。

「ん。それじゃあね、お兄さん」

「うん。それじゃあまた、海岸でね」

「……いいの?」

「そりゃ勿論。貴重な海遊びの仲間だしね」

「……へへっ! うん、それじゃあ、また海岸でね!」

そう言って、ウチとお兄さんは別れる。
来る前と違って、心はどこか晴れやかで気持ちいい。
……うん。慶の意図とは違ったんだろうけど、やっぱりいつもと違う所に行ってみてよかったかな。
晴れやかな気持ちで自転車を漕ぎながら……それでも、少しだけ残念な気持ちがあるのも、否定できなかった。
116 : ◆OVwHF4NJCE [saga]:2017/09/29(金) 20:05:06.72 ID:U37eLnDj0


「……よかったの、プロデューサー?」

「まぁ、仕方ないよ。振られちゃったからなぁ」

「ふーん」

「それにさ」

「ん?」

「きっとああやって、夢に真っ直ぐで一生懸命な所が、海ちゃんの魅力だと思うからさ」

「そっか」

「それに、諦めたわけじゃないしね」

「……まぁ、ほどほどにね」
117 : ◆OVwHF4NJCE [saga]:2017/09/29(金) 20:07:14.87 ID:U37eLnDj0
今日はここまで。あれよあれよというまに2ヶ月空いてしまいました。
もう読んでいる人も、少ないかもしれないけれど……それでも完結させたいので、頑張ります。

ちなみに、今回の投稿分の「お寺」や「神社」は全部モチーフとなった場所があります。
特に神社の方は分かる人はわかる……かも?

それでは。また書けたら投稿します。
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