【アイマス】眠り姫 THE SLEEPING BE@UTY

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402 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:04:24.43 ID:j3B0mAseo
ミキ「……え?」

タカネ「真、残念でした。
   あの日の夜、私の持ちかけた提案を断ったばかりか、
   愚かにも私の研究のすべてを通告しようとし……そして、消されてしまったのです」

その時、恐怖に支配されたミキの心に生じたものは何であったか。
驚き、困惑、悲しみ……あらゆる感情が浮かんでは消え、消えては浮かぶ。
ただその中に、親友の仇に対する怒りはなかった。
更に続いたタカネの言葉が、ミキの心からその選択肢を消してしまった。

タカネ「ミキ? あなたはハルカが約束を破ったのだと……
   ハルカに裏切られたのだと、そう思い込んでいたようですが、実際はその逆なのでは?」

ミキ「なに……え、何、が……?」

タカネ「あなたは、親友のことを最後まで信じることができなかった。
   本当に彼女のことを信じていたのなら、失踪の原因を探り、
   いずれは私の存在へたどり着いたでしょうに。
   しかしあなたはハルカに裏切られたのだと、
   勝手に嘆き、勝手に悲しみ、夢の中へと逃げ込んだ。
   そして、ハルカの願った世界の幸せを壊そうとした。
   つまり、あなたこそがハルカのことを――」

チハヤ「やめて!! もう、やめなさい!!」
403 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:05:11.40 ID:j3B0mAseo
瞬間、チハヤの体が強い光を放つ。
そしてチハヤは飛翔し、瞬く間にタカネに肉薄して得物を振りかぶった。
しかし――

チハヤ「っ、く……!!」

タカネ「……まあ、この程度でしょうね。所詮は紛い物なのですから」

チハヤの全力の攻撃を、タカネは片手で受け止めた。
散った火花こそ激しいものの、タカネの表情は涼しく、相変わらずの嘲笑を浮かべ続けている。
そしてそのまま、無造作に空いた方の手を上げたかと思えば次の瞬間、
チハヤは悲鳴を上げる間もなく後方へ弾き飛ばされ、砂塵を巻き上げて地面へ激突した。
皆は振り返り口々にチハヤの名を叫んだが、
その足は地に縫い付けられたように、誰一人として動くことはできなかった。
タカネはそんな彼女たちを満足げに見下ろしながら、

タカネ「言ったでしょう? これが、現実です。
   もはや終焉は免れません。世界は混沌に満ち溢れます。
   これが、愚かな小娘が抱いた愚かな夢の代償です」

ミキ「……ミキの、せい? ミキのせいで……こんなことに、なっちゃたの……?」

悪意に満ちたタカネの言葉は、混乱し弱りきったミキの心に十分以上に染み入った。
自分がハルカを信じなかったから。
だから、自分は暴走して、たくさんの人を傷つけて、
そして、世界が壊れてしまう。
404 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:06:14.67 ID:j3B0mAseo
ミキ「ミキが……ミキが、悪かったから……」

タカネ「ええ、そうですよ。すべてあなたのせいです」

愉悦に歪んだタカネの笑顔と声。
ミキの見開かれた目から涙が溢れる。
視線が下がり、ぐったりとうなだれる。
もう、何も見えない。
真っ暗だ。

ごめんなさい。
ごめんなさい、ハルカ。
ごめんなさい、みんな。

ミキが、あんな夢なんて見たから。
ハルカと一緒に居たいって、また会いたいって、
ただそう思っただけなのに……。
でも……それが、ダメだったんだ。
こんなことなら……こんなことなら、初めから……。
405 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:07:20.01 ID:j3B0mAseo
ミキ「え……?」

何かが触れた感触がしたのは、その時だった。
温かい何か。
絶望が心を染めていくのが止まった、そんな感覚。
黒く染まった視界に光が戻った。

地に付いた自分の手に、二つ、誰かの手が重なっている。
それを辿ってゆっくり目線を上げると、栗色の髪の毛の女の子が、手を握っていてくれた。
もう一つの手を辿ってみると、光を飛ばす能力の子が同じように手を握ってくれていた。

両方の肩にも、何か触ってる。
振り向くと、瞬間移動の人が、肩を抱いてくれていた。
正面に、誰かの足が見える。
光る剣の子と、動物の子と、電気の子が、前に立ってタカネを見上げていた。

タカネ「……それはなんの真似ですか?」

タカネの低い声が響く。
手を握る力と、肩を抱く力が、ぎゅっと強くなった。
まるで、守ってくれるみたいに。
名前も知らない人達が、守ってくれようとしていた。
406 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:12:52.33 ID:j3B0mAseo
タカネ「はて、分かりかねますね……。
   その娘は『眠り姫』。つい先ほどまで、貴女方を喜々として痛めつけていた張本人です。
   その眠り姫を、貴女方は庇うというのですか?」

イオリ「……庇うわよ。よく分からないけど、少なくとも……
   あなたが全ての元凶で、この子も被害者なんだって、なんとなく分かったから……!」

タカネの問いに初めに答えたイオリの声は、微かに震えていた。
恐怖を忘れたわけではないらしい。
だがその声色に、その瞳に、恐怖以上の強い意志のようなものが確かに込められている。

タカネ「被害者、ですか。そう思うのは構いませんが、
   それでも眠り姫が貴女方の命を奪おうとしたのは紛れもない事実。
   その娘は罪のない者を傷付けた、穢れ切った罪人。そこに何も変わりはないのでは?」

嘲りと悪意を持って吐き出される言葉。
突き立てた刃を捻られるような痛みにミキは眉根を寄せて唇を噛む。
しかし直後、肩をぐっと掴まれる感覚と、
これもやはり強い意思の込められた言葉が、その痛みを忘れさせた。

アズサ「確かに……私達はこの子と戦ったわ。でも、それは関係ない……!
   傷ついて泣いている子を庇ってあげられないような子は、私達の中には居ないもの!」
407 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:13:25.82 ID:j3B0mAseo
タカネ「……ふふっ。愚かなことです」

少女らの視線を一身に受けたタカネは、それでも嘲笑を崩さない。
アズサの懸命な言葉を一笑に付し、片手を向けて、

タカネ「どうぞ、庇うのならご自由に。その行為に意味があれば良いですね」

禍々しい光の塊を放った。
当たればその場の全員の命を肉体ごと消し飛ばすであろう攻撃。
しかしそれは、少女たちの目前、
青い光壁にぶつかり、爆散した。

チハヤ「……アズサさんの、言う通り。もうこれ以上、ミキを……。
   いえ、誰も傷付けさせはしない……!」

アズサ「! チハヤちゃん……!」

アズサに続いて皆後方を振り返り、口々にチハヤの名を呼ぶ。
良かった、無事だったんだ、と安堵したのはしかし一瞬のこと。
あの一撃で負傷したのだろう、
片腕を抑えて歩いてくるチハヤを見て、一同の表情は再びこわばった。
だがそんな皆に向け、チハヤは優しく微笑む。

チハヤ「大丈夫……たいした怪我じゃないから。
   私の防壁も、まだしばらくは保つはず。それより……」
408 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:14:13.76 ID:j3B0mAseo
そこで言葉を切り表情を改めたチハヤの視線を追い、皆はミキに目を向ける。

チハヤ「ミキ。あなたには伝えないといけないわ。
    あの日の夜、何が起きたのか……」

ミキ「え……」

チハヤ「ごめんなさい……少し、辛い思いをするかも知れないけれど……。
    でも、知るべきなの。あの時ハルカが何を思っていたのか、知って欲しい」

そう言って、チハヤは片手を前へ出し、掌を上へ向ける。
するとそこから、淡い赤色の光を放つ球が現れた。

チハヤ「ハルカの記憶……受け取ってもらえるかしら」

ミキは目を見開いてその光をじっと見つめた。
胸元で握った両手は不安を抑えるためであろうか。
それからしばらく後。
ミキはきゅっと唇を引き結び、頷いた。

チハヤ「……ありがとう」

光球が動き、ミキの体に吸い込まれていった。
409 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:14:55.69 ID:j3B0mAseo



――松明の火が灯る、薄暗い廊下。
人気のない校舎。
そこに、その人は立っていた。

ハルカ「どうしたんですか、タカネさん。
    こんな時間に呼び出すなんて……何か大事な用事ですか?」

タカネ「……ええ。とても重要なことです」

そう言って、タカネさんはにっこり笑った。
でも、なんだろう。
何か、いつものタカネさんと少し雰囲気が違うような気がする。

タカネ「まずは改めてお祝いの言葉を。この度は真、おめでとうございます。
   友人からアイドルが選ばれ、私としては大変喜ばしい限りです」

ハルカ「そんな……えへへっ、ありがとうございます。
    実はまだ、実感がない感じですけど……。
    目が覚めたら全部夢なんじゃないかって、今でもちょっと不安です」

タカネ「ふふっ……。安心してください。紛れもなく現実ですよ」
410 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:15:36.35 ID:j3B0mAseo
ハルカ「それで、えっと、用事っていうのは……?」

タカネ「はい。ハルカに、協力を依頼したいのです。受けていただけますか?」

ハルカ「協力……ですか? はい、私にできることなら!」

タカネ「そうですか。ではまず、これに目を通していただきたいのですが」

そう言うとタカネさんは、何か紙の束みたいなものを手渡してきた。
それが何なのか全然想像もつかないまま、私は受け取った。
でも多分、たとえどんな想像をしてたとしても、意味なんてなかったと思う。

ハルカ「……え……?」

何が書いてあるのか、理解できなかった。
いや、書いてあること自体は理解できたけど、でも……

ハルカ「な……なんですか、これ。何かの冗談、ですよね……?」

タカネ「冗談などではありませんよ。そこに書いてある計画、研究内容、全て事実です」

ハルカ「そんな……! こ、こんなの、許されるはずありません! すぐにやめさせないと!」
411 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:16:47.91 ID:j3B0mAseo
この時になってやっと、どうしてタカネさんがこのことを私に話したのかわかった。
きっと、私に計画を中止させるのに協力して欲しいんだ、って。
でも、違った。

タカネ「やめさせる……? なぜです? こんなにも素晴らしい計画なのに」

ハルカ「えっ……な、何を言ってるんですか! これのどこが……。
    ッ!! まさか、タカネさん……!」

タカネ「さて、本題に入りましょう。……ハルカ、この計画に協力してください。
   『アイドル』の協力があれば、私の研究はより早く……」

ハルカ「い、嫌です! こんなこと、協力できるはずありません!!」

タカネ「……即答ですか。まあ、予想通りといったところでしょうか」

ハルカ「このことは、先生達に報告させてもらいます!
    タカネさんも来てください! 今すぐに!」

そうは言いながらも、私は、タカネさんが大人しくついて来てくれるとは思ってなかった。
もし本当にタカネさんがこの計画に賛同しているのなら、
先生への報告なんて素直に応じるはずがない。
だから、多分拒否か、抵抗されるかも知れないとは思ってた。
つまり私は……タカネさんのことを何も分かってなかったんだ。
412 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:17:45.15 ID:j3B0mAseo
タカネ「ふふっ……思った通りの愚かしさですね。
   もう少し賢ければ、その分長生きできたものを」

ハルカ「え……?」

……気付いたら、知らない人がそこに立っていた。
見た目は確かに、タカネさんだった。
でも、知らない。
私はこんな人、知らない。
タカネさんじゃない。
私の知っているタカネさんによく似た人が……いつの間にか、目の前に立っている。

ううん、違う。
これがこの人なんだ。
今ここに居るこの人が、本当のタカネさんなんだ……。

タカネ「ではあなたではなく、ミキに協力してもらうことと致しましょう。
   多少時間はかかってしまうでしょうが、その方が確実ですからね」

ハルカ「っ……!!」

その瞬間、私は背を向けて走り出していた。
でも……ほんの数歩駆けたところで、私の全身は勢いよく床に打ち付けられた。
413 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:19:13.28 ID:j3B0mAseo
ハルカ「ぁ……か、はッ……!!」

痛い、苦しい、苦しい、痛い、痛い、痛い、苦しい、
何をされた、何があった、
攻撃、そうだ、タカネさんに、攻撃されたんだ、痛い、痛い……!!

足音、近付いてくる、
このままじゃ、駄目、駄目だ、ダメだ、

タカネ「……さようなら、ハルカ。愚かな小娘よ」

――その時目に映ったのは、タカネさんの手から出る、強い光。
耳に聞こえたのは、低く唸るような音。
でも視界全部を埋め尽くすその光の中に、音の中に、私は別のものを見て、聞いた。

  『一緒に頑張ろうね。アイドルになっても、ずっと一緒にいようね』

そう……約束したんだ。
ずっと一緒だって。
私は約束したんだ。

……ミキと、約束したんだ。
だから……!!
414 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:20:34.79 ID:j3B0mAseo
ハルカ「うっ……ああぁあああぁああああああああッッ!!!!!」

タカネ「っ!」

私の能力――自分の『生命力』を操る力。
その力を、最期に使った。
自分の命を丸ごと……つまり『魂』を、体から抜き取った。
それがただ一つ、タカネさんに殺されないための方法。

魂だけになれば、誰にも見えない。
誰にも感じ取れない。
だから殺されることもない。
だけど、何もできない。

それから百年かけて少しずつ力を集めて、体を作って、
やっと、元の力を取り戻すことができたんだ。

……ごめんね、ミキ。
約束破っちゃって、本当にごめん。
でも、待ってて。
きっとまた会いに行くから。
きっと、償うから……待っててね。
415 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:21:24.08 ID:j3B0mAseo



地に膝をつき俯くミキを、チハヤたちは黙って見守る。
タカネの防壁への攻撃は意外にも、初めに防いだ一発以降無いようだ。
そんな不自然なほどの静寂さの中、

ミキ「……ハルカ……」

絞り出したような掠れた声が、少女たちの耳に届いた。
両手を胸に当てて目を強く瞑るミキの姿は、祈りを捧げているようにも見える。
と、不意にミキの両手がすっと胸から離れた。
膝が地面から離れた。
そして、

ミキ「みんな……ごめんなさい。
  ミキ、たくさん酷いことして、傷つけて……本当にごめんなさい。
  それから、ありがとうなの……ミキのこと、タカネから守ろうとしてくれて」

上下の瞼が離れ、その先に見えた瞳……。
そこには、少女たちの知らない光があった。
眠り姫の瞳にはなかった。
タカネにただ怯えきっていた瞳にもなかった。
まだ淡く、儚い印象を受けるものの、
それが恐らくは本来の……ミキの瞳が持つ光なのだろうと、全員が感じた。
ハルカの記憶が、想いが、ミキの瞳に光を取り戻させたのだ。
416 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:23:21.61 ID:j3B0mAseo
ヒビキ「も……もう、大丈夫なのか?」

ミキ「……大丈夫なの。ミキはもう、ミキだから。
  だから今度は、ミキがみんなを守る番」

そう言うとミキは、手に武器を発現させる。
そして、青い防壁の先に見えるタカネを見据えた。

マコト「まさかタカネと戦うつもり……!?
   さ、流石に無茶だよ! いくら君でも、あのタカネ相手じゃ……!」

イオリ「っ……そうよ。あなたにはもう、『眠り姫』の時ほどの力はないんでしょ……!?
   いえ、たとえあの時の力が残っていたとしても今のタカネは……」

ミキの意志を察して、皆口々にタカネと正面から戦うことの無謀さを口にする。
口にはしていない者も、不安を色濃く写した目をミキに向けている。
しかしミキはタカネから目を離すことなく言った。

ミキ「そうだね……。『眠り姫』の力は、もうタカネにほとんど取られちゃった。
  でも、それでもみんなよりもミキの方が、力は残ってるの。
  ……ううん、もしそうじゃなくたって、タカネはミキが倒さなきゃいけないの。
  だって、こんなふうになっちゃったのは、やっぱりミキのせいだもん」
417 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:24:17.82 ID:j3B0mAseo
ミキ「それに、やらなきゃどっちにしろみんな死んじゃうんだし。
  だったら、戦った方が絶対いいの」

チハヤ「ミキ……だったら私も――」

一緒に戦う、と言いかけたチハヤの言葉を、ミキは首を横に振って止めた。
そして薄く笑って、

ミキ「チハヤさん……だよね。ダメだよ、怪我してるのに無理しちゃ。
  それにチハヤさんは、『歌を歌うアイドル』でしょ?」

チハヤ「……!」

ミキ「知ってるよ。チハヤさん、戦うのはあんまり得意じゃないんだよね。
  だから、戦う代わりに、みんなのことを守ってて欲しいの。
  それから、歌って欲しい。もう一度、ミキのために」

チハヤ「ミキ……」

次いでミキは、アズサに、ユキホに、マコトに、イオリに、ヒビキに、ヤヨイに、
ぐるりと目を向ける。

ミキ「みんなも、応援してね。そしたらミキ、きっと大丈夫。
  今までずっと一人ぼっちで立ち止まって、うずくまってばっかりだったけど……。
  今なら一人でも歩き出せるから。全然、怖くなんかないの」
418 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:25:02.12 ID:j3B0mAseo
ミキの言葉、そして視線を受けた皆は、やはりまだ不安げな表情を浮かべている。
ミキと共に戦いたい。
その想いはあるが、ハルカと『眠り姫』との戦い同様……
いやそれ以上に、自分が加わったところで足手まといになることは明らか。
戦うこともできず、だからと言って逃げることもできない。

そんな迷いを抱えた皆を尻目に、ミキはチハヤに向き直る。
今度は何も言わなかった。
ただ黙って、覚悟を決めた瞳でチハヤの目を真っ直ぐに見つめた。
チハヤはその視線を受け取り、そして、防壁を解除した。

瞬間、乾いた拍手が響く。
タカネが薄ら笑いを浮かべ、嘲笑を込めて手を叩いていた。

タカネ「真、感動いたしました。これからの悲劇――あるいは喜劇でしょうか。
   結末を彩るのにふさわしい、良き見世物をありがとうございます」

タカネを取り巻くオーラが一際大きくうねる。
怨嗟の声も、より深く低く響き渡り、

タカネ「さて……それではそろそろ始めましょうか。終焉の始まりを」
419 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:27:13.08 ID:j3B0mAseo
  「――っ……!?」

タカネのオーラが動いた直後、少女達は息を飲んだ。
いや、そうではない。
正確には、『息を飲めなくなった』のだ。

イオリ「なっ……何よ、これ……!?」

ヤヨイ「く、苦しい、です……!」

ユキホ「息が、急に……!」

ミキとチハヤ以外の全員が喉を押さえて喘ぎ出す。
一体何が――
突然の出来事に沸いた疑問と、周囲の濁った空気にチハヤが気付いたのは同時だった。

チハヤ「まさか……!」

直感的に、チハヤは改めて防壁を張り直した。
ただし先ほどとは違い、皆を囲むようなドーム状にである。
すると、息苦しさに歪んでいたイオリ達の表情が和らぎ、呼吸も整い始めた。
420 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:29:08.79 ID:j3B0mAseo
チハヤ「みんな、大丈夫!?」

マコト「う、うん、大丈夫……。ありがとう、チハヤ」

アズサ「でも、今のは一体……」

ヒビキ「も、もしかして、これもタカネが……!?」

呟くようなヒビキの声であったが、それは上空のタカネにも届いたようだった。
満足げに笑ってみせ、タカネは答える。

タカネ「これが、私とあなた方の差です。
   もはや私の前では、あなた方如きでは呼吸することさえ叶わない。
   ふふ……楽しみです。いずれ地表全てがこの瘴気に包まれるのですから」

タカネの周囲から発生する濁った空気。
彼女の言う『瘴気』こそが、少女達から呼吸を奪った元凶であった。
その事実は、少女達に現実を否応なく突きつけた。
タカネの言う通り力の差は歴然であり、
やはり自分達では今のタカネには手も足も出ないのだと。
だが、それでもまだ彼女達の心は、絶望に染まりきってはいない。

ミキ「そんなこと……絶対にさせないの! ミキ達は平気だもん!
  だからミキが、絶対にタカネを倒してやるの!」
421 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:32:57.54 ID:j3B0mAseo
この瘴気の中にあっても影響を受けていないミキ、そしてチハヤ。
二人の存在が、最後に残った一筋の光となって皆の心を支えていた。

タカネ「……ただ呼吸できるというだけで思い上がったものですね。
   良いでしょう。ではやってご覧なさい」

その言葉が、合図となった。
ミキは巨大鎌を構え、そして、叫んだ。

ミキ「チハヤさん、お願い!!」

猛然と上空へと飛び上がるミキ。
同時にチハヤは息を大きく吸い――

  戦いの果てに掴んだ
  荒涼の大地 未来の楽園
  鈍色の空を切り裂いて
  アナタと生み出す 鮮やかな世界

力強い歌声が大気を震わせる。
その歌声を受け、ミキの体の輝きが増した。
タカネはそれを見て醜悪な笑みを浮かべ、
触手と化したどす黒いオーラの一端をミキに向けて放つ。
その威力は、少し前までのミキであれば紙片の如く吹き飛ばされるほどの強烈なもの。
しかしミキは全身に力を込め、手にした巨大鎌の柄で、それを見事受け止めた。
422 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:36:41.64 ID:j3B0mAseo
ミキ「っ、く……ああぁああああ!!」

渾身の叫びと共に、触手は弾かれる。
そして弾いた体勢そのままに武器を振りかぶり、ミキはタカネに肉薄した。

タカネ「!」

振られた刃の切っ先は、タカネに届くことはなかった。
チハヤの時と同様、片手で受け止められた。
だがチハヤの時とは違い、タカネはその手にオーラを纏っていた。
つまり、完全な素手では受けきれないと、タカネは判断したのだ。

タカネ「……なるほど。これがチハヤの力、というわけですか」

アイドルとして覚醒したチハヤの歌は、想いを乗せて力を与える。
ミキを狂気から救ったこともそうだが、
気を失ったヤヨイとユキホの目を覚まさせたのも、実はチハヤの歌であった。
優しき者達の笑顔を願い、それを歌に乗せて実現させる。
チハヤの歌に対する想いと、皆の幸せを願う想いが、
アイドルとしてのこの能力をチハヤに与えた。

そしてそれは正しく、少女達にとって希望であった。
チハヤの歌により強化されたミキの力。
きっとこの二人ならタカネに勝てる。
皆そう思っていた。
この、数秒後までは。
423 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:39:55.13 ID:j3B0mAseo
タカネ「ふふ……良いでしょう。希望が大きければ大きいほど、その後の絶望もまた深い。
   私に楯突いた者の絶望する顔を眺めるのも、また一興というものです」

ミキ「っ!?」

タカネの口角が歪み、禍々しい牙がむき出しとなる。
それと同時、彼女の周囲のオーラが弾け、尋常でない数の触手に姿を変えた。
その数、十や二十では済まされない。
視界を埋め尽くすほどの触手はほんの一瞬動きを止め、直後、一斉にミキに襲いかかった。

咄嗟にミキは後ろに退き、タカネから距離を取った。
しかし触手は瞬時に反応してミキを追尾し、
四方八方、ミキを取り囲む形で襲いかかる。

ミキ「く……!!」

一つ目を、ミキは自らの武器で受けた。
二つ目は首を捻って躱した。
三つ目は足で蹴り飛ばした。
四つ目が来る前に、再び距離を取った。

が、すぐに追いつかれた。
そして一つ目は、二つ目は、三つ目は……。

マコト「な……なんだよ、あれ……! あんなの、キリがないじゃないか!」

ヒビキ「い、今はなんとか耐えてるけど、いつまでも続かないぞ……。
   このままじゃ、時間の問題だ……!」
424 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:42:55.40 ID:j3B0mAseo
マコトとヒビキの言う通りだった。
今は辛うじてタカネの触手を躱し、いなし、弾き返しているミキではあるが、
離れて見ていても目で追いきれないほどの猛攻である。
息つく間もなく繰り返され、
しかもその一撃一撃が、生身に当たれば肉をえぐり骨を砕く威力を持っている。

イオリ「っ……チハヤ! この壁を消して! 少しだけでいいから!」

チハヤは歌い続けながら、イオリに目を向ける。
必死な視線を受け、ほんの一瞬逡巡し、頷いた。
ドーム状に張られたの防壁のうち、イオリの目の前の一部分のみが開かれる。
それと同時に、イオリは電撃を発生させる。
そして、自分が今出せる最大出力の電撃を、タカネに向けて放った。

少しでもいい。
ほんの一瞬だけでもタカネの動きを止められれば。
そんな願いを乗せて放たれた電撃はしかし……

イオリ「!? 嘘、なんで……!」

タカネの動きを止めるどころか、ほんの僅か進んだところで儚く霧散した。
無残に散りゆく電撃の残像を瞳に写し、唖然と口を開く。
そんなイオリ達を一瞥し、ふっと鼻で笑った後、タカネは言った。

タカネ「アイドルに選ばれてすら居ない者の攻撃など、我が瘴気に掻き消えるのみ。
   身の程を弁えなさい。あなた方はそこでただ座して、
   希望の潰える瞬間を眺めていれば良いのです」

タカネが話している間も触手は絶え間なくミキを襲い続けている。
そうしてとうとう……そのうちの一つが、ミキの片腕をとらえた。
425 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:44:25.87 ID:j3B0mAseo
  the End of the Dream
  紡ぎ上げたエデンの末路は
  解け行く世界の終焉
  ああ取り戻せないこの現実は
  愚かな夢の代償――

ミキ「うああッ!?」

嫌な音に重なり、ミキの叫びが地上にまで届く。
それと同時、触手はぴたりと動きを止めて、ゆるゆるとタカネの周囲へと戻っていく。

タカネ「ふふ……もう、おしまいですね」

愉悦に歪んだ目線の先あるのは、腕を押さえて苦悶の表情を浮かべるミキの姿。
赤黒く腫れ、だらりと下がった白く細い腕を見れば、
たった一撃によってミキの戦闘力の大半が失われてしまったことは明らかだった。

一部始終は当然チハヤの目にも写り、息を飲んで歌を止めてしまう。
また他の者達も同様、目を見開いてミキとタカネを見上げ……
触手が再び動いたのは、その時だった。
426 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:46:56.42 ID:j3B0mAseo
ミキ「え……!?」

複数の触手が束になり、ミキに向かって真っ直ぐに伸びる。
そして瞬く間に、ミキの体に幾重にも絡み付いた。

ミキ「やっ……! は、離して!」

当然身をよじり抵抗するミキであるが、抜け出せるはずもない。
苦痛を感じるほど締め上げているわけでもないが、
負傷した方は元より、無事な方の腕も、厳重な拘束にぴくりとも動かなかった。

思わず、チハヤはミキの元へ飛ぼうとした。
しかし寸前で思いとどまる。
自分とタカネの力の差は歴然。
もしここを離れて自分がやられでもすれば、今皆を囲っている防壁が解けてしまう。
そうなれば自分のみならず、仲間達も皆……。
もはやこの命は、自分だけの物ではないのだ。
しかし、だからと言ってここで見ているだけでは、ミキがやられてしまう。
どうすれば……。

僅かな時間に思考を重ね、現状での最善策を模索するチハヤ。
しかしその思考に、静かなタカネの言葉が割って入った。

タカネ「案ずることはありませんよ、ミキ。
   まだあなたのことを屠るつもりはありませんから。
   もう一度眠り姫へと還るならば、あなたの命は奪わないでおきましょう」
427 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:48:41.48 ID:j3B0mAseo
チハヤ「……!?」

ミキ「っ……何、言ってるの……?」

苦悶の表情に疑問と警戒が入り混じる。
まったく、タカネの言動の意図するところが分からない。
だがその反応も想定済みだったのだろう、タカネは笑みを崩さずに続ける。

タカネ「実は、この世界を破滅へ導くには、私一人では少々時間を要するのです。
   しかし眠り姫の力があれば、不要に時間をかけることもありません。
   もちろん、要が済めばあなたには再び眠ってもらうこととなりますが、
   そうなればまた、幸せな夢を見ることができます。
   ……このような苦痛を味わうこともなく」

ミキ「っぐ!? ぅああぁあああああッ!?」

耳を覆いたくなるようなミキの悲鳴。
外側からは見えないが、ミキの体を拘束している触手が何かしたことは明らかである。

タカネ「さあ、いかがですか、ミキ。好きな方を選びなさい。
   このまま長き時間をかけて苦しみ抜いた果てに死ぬか、
   今一度眠り姫に身を委ね、幸福な夢の中で安らかに眠り続けるか」
428 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:50:11.97 ID:j3B0mAseo
ミキ「そんなの、決まっ……ぁぐぅ!? うぅううッ!!」

タカネ「……」

ミキ「はあ、はあ……ミ、キは……うああッ!! ああぅううあああッ!!」

一定の間隔を置いて絶え間なく聞こえ続ける、ミキの叫び。
苦痛を与え、休ませ、苦痛を与え、休ませ……。
ミキが頷くか死ぬかするまで、延々と繰り返すつもりなのだ。

『助けなければ』

その思いは、もうずっと前から少女達の頭の中で執拗なほどに渦を巻いている。
が、塗りつぶされる。
自分が行くことで、むしろミキの死を早めてしまうのではないか。
仲間の死を早めてしまうのではないか。
ミキを助けに行こうと足を動かそうとするたび、
あらゆる最悪の結末が浮かんでは消え、その足を止めてしまう。
429 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:52:12.44 ID:j3B0mAseo
そしてチハヤもまた、そんな無力な少女の一人であった。
どうすればいいのか分からない。
何が正解なのか分からない。

でも早くしなければ。
ミキが死ぬ。
みんなが死ぬ。
世界中の人が死んでしまう。

でも、何をすればいい?
分からない。
でも早くしなければ。
でも、でも、でも……!

焦燥にかられたチハヤの思考は何度も同じところを回り続ける。
呼吸は乱れ、目には涙すら浮かぶ。
頭には霞がかかり始める。
もはや思考も堂々巡りすらせずに完全に止まってしまっているのかも知れない。
つまりそれは、チハヤですら絶望へと沈み始めたことと同義であった。
430 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:55:22.51 ID:j3B0mAseo
しかし、その時。

  『――思い出して、チハヤちゃん』

霞の中で、声が聞こえた。
何も見えていない自分を導いてくれるように、はっきりと、でも優しく。

  『アイドルになる、って。そう言ってくれた時の、チハヤちゃんの気持ち』

……私の、気持ち。
アイドルになった時の、私の気持ち。
私は、どんなアイドルに……。

  『その気持ちを、思い出して。それを忘れなければ……チハヤちゃんなら、大丈夫だから』

そう……そうだ。
私は、みんなを笑顔に……。
私の歌で、みんなを笑顔にする。
そうだ……そのために、私は……!
431 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:55:52.15 ID:j3B0mAseo
今日はこのくらいにしておきます。
続きは明日投下します。
多分明日で最後まで行きます。
432 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/12(日) 18:57:38.10 ID:um38GrEIo
>>1です
やっぱり今日じゃなくて明日投下します
433 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 21:01:49.46 ID:FI8VrnbTo



ミキ「――うううああッ……! うぅっ、ああぁあああ!!」

痛い、痛い、痛い痛い痛い……!
どうして、どうしてこんなことするの?
どうしてミキ、こんなに酷い目に遭ってるの?

タカネ「何を躊躇うことがあるのです。眠り姫となれば、幸福が訪れるというのに」

幸福……幸せ……?
眠り姫になったら、幸せになれる……?

タカネ「分かりますよ。あなたは罪滅ぼしのために私に楯突いた。
   親友との約束を破り、多くの罪に手を汚した、罪滅ぼし……」

そう、だよ。
ミキは、償わなくちゃいけないの。
たくさん酷いことしたから。
タカネの言う通り。
ミキの手、すごく、すごく汚れちゃったから。
だからせめて……

タカネ「しかし、もう理解したでしょう? 罪滅ぼしなど不可能。
   ならば忘れてしまえば良いのです。そうすれば罪悪感に苦しむこともないのですから」
434 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 21:03:04.08 ID:FI8VrnbTo
……忘れ、ちゃう。
全部忘れちゃう……?
そしたら、もうこんなに苦しい思いも、しなくて済む……?

 そうだよ。もう忘れちゃえばいいんだよ。
もう、忘れちゃえば……。
 痛いことも、悲しいことも、辛いことも、全部、全部。
 また、消しちゃおうよ。
また、消しちゃう……。

 ハルカのこと、好きなんでしょ?
うん、好きだよ。
 でもここに居たって、もうハルカには会えない。
 でも夢の中ならまた会える。
 汚れちゃった自分のことも忘れて。
 大好きなハルカに、また会える。
大好きな、ハルカに……。

そうだ……。
ミキは、ハルカのことが好き。
大好き。
だからミキは、ミキは……。

タカネ「さあ、こちらへいらっしゃい……眠り姫よ」


  ――穢れ堕ちたアタシと
  闇に巣食うアナタの
  愛憎に揺れる天秤
  神の意思は……?
435 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 21:03:52.93 ID:FI8VrnbTo
ミキ「そんなの……絶対、ヤ!!」

タカネ「っ!!」

この時初めて、タカネの表情が驚きに色を変えた。
ミキを締め付けていた触手が一瞬にして弾け飛んだのだ。
見ればミキの体はこれまでで一番の輝きを見せている。
いや、体だけではない。
瞳に宿る光も、初めに自分に向かってきた時とは比べ物にならないほど強く、強く輝いていた。

タカネは目を細め、下方に逸らす。
その先にはチハヤの姿。
迷いの無い力強さで、高らかに歌うチハヤの姿。

タカネ「っ……」

聞こえてはいた。
少し前からチハヤが再び歌い出したことに、気付いてはいた。
ただ、また無駄なことをと嘲笑い、無視した。
しかし……

ミキ「ミキ、約束したんだもん……! 世界中のみんなを笑顔にするって!!
  ハルカと約束したの!! だからもう、ミキは……!
  もう二度と! 約束、破りたくない!!」
436 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 21:04:49.52 ID:FI8VrnbTo
明らかに力が増している。
『眠り姫』と比べるべくもない。
タカネは悟った。
今のミキの刃は、自分にも届き得ると。

タカネ「……しかし! それがなんだというのです!」

ミキの放つ光に対抗するように、タカネの身に纏う光も烈しさを増した。
鈍く、ドス黒く、しかし全てを飲み込みかねない強烈な光。
光は蠢き、そしてタカネの手元へと集約され……

タカネ「一片の塵すら残すことなく消してくれましょう! 愚かな小娘よ!」

ミキに向けて放たれたそれは、
邪魔者をこの世に一片の塵すら残さず消し飛ばさんとする破滅の光。
しかしその光に対してミキの取った行動は、防御でも、回避でもなかった。

ミキ「はあああああああああああッ!!」

気合を叫びに乗せ、武器を振りかぶり、ミキは真正面からその光に向けて突進した。
そして一瞬後、光と光はぶつかり合い、周囲に衝撃が広がった。
437 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 21:06:07.50 ID:FI8VrnbTo
雷光の如く瞬いた閃光に、地上の少女たちは思わず声を上げて目を瞑る。
だが見逃すわけにはいかない。
すぐさま目を開き、改めて上空を見上げる。

ミキはタカネの最大級の攻撃に正面から対抗していた。
すごい、と感嘆の声を上げかけたのはしかし一瞬のこと。
ミキの表情に気付き、皆の表情も色を変えた。

ミキ「っ、くう……!」

タカネ「ふ……あははははっ! 真、愚かな娘です……!
   真正面からぶつかりなどせずに避けていれば、
   少なくともこうはならなかったものを!」

必死に苦悶の表情を浮かべるミキと、またも嘲笑を浮かべるタカネ。
その対比を見れば力の関係は明らかだった。
ミキの力は増したものの、やはりまだ一歩タカネには及んでいない。
正面からぶつけられる邪悪な力の塊に、ジリジリと身を焦がされていく感覚。
ミキは力を振り絞り、目を閉じて歯を食い縛ってそれに抵抗していた。

タカネ「所詮は紛い物の身……! 真のアイドルである私に勝てるはずもない!
   『世界中を笑顔にする』? ええ、見事でしたよ!
   あなた方の吐く戯言は実に滑稽で、存分に笑わせていただきました!」

ミキ「っ……!」

タカネ「アイドルとは、世界を混沌と破滅へと導くもの!
   それこそが真のアイドルなのです!
   笑顔だのなんだの、そのような戯言は無に帰すのみ……!」
438 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 21:10:17.34 ID:FI8VrnbTo
タカネ「さあ、消えなさい! 紛い物の、アイドルもどきよ!」

もはや武器を支えるミキの両腕は震え、
闇に飲み込まれぬよう耐えることで精一杯に見えた。
だが、強く閉じられた瞼の奥で、ミキの瞳は未だ輝きを放ち続けている。

ミキ「違うっ……アイドルは、そんなのじゃない……!」

言葉を話すことすらままならぬ、そんな掠れたような声。
しかしそこには確かに強い意志が込められていた。
何より強い想いがあり、それは地上の少女達にもしっかりと届いた。

ミキ「アイドルは……! アイドルは、みんなを笑顔にするの……!
  たくさんの人を、幸せにっ……それが、アイドルなんだから……!!」

その瞳の輝き。
声を振り絞り歌い続けるチハヤも同様のものをたたえている。
もはや微塵も揺るがない。
ミキも、チハヤも、自分の信じる想いを胸に全てをかけて全力を尽くしている。

だが……それでも、それでも、ミキの光がタカネに飲まれかけていることは厳然たる事実。
このままではミキの消滅は必定。
足りないのだ。
タカネに勝つためには、まだ、決定的な何かが――
439 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 21:11:11.35 ID:FI8VrnbTo
ヤヨイ「ミキさん!! 頑張ってくださいぃーーーーーーっ!!!!」

突如聞こえたその声は、攻撃に耐えるべく閉じられていたミキの瞳を開いた。
見れば地上で、まだ名も知らぬ少女が、自分を真っ直ぐに見つめている。

他の者がただ固唾を飲んで見守っていた中、真っ先にヤヨイが声援を送ったのは、
その幼さゆえの純粋さからであろうか。
あるいはただ一人『眠り姫』としてのミキを知らなかったゆえか。
いや、理由などどうでも良かった。
それよりも、ここで起きたある変化が、皆の目を引いた。

ヤヨイの体が光を放ち、その光がミキに向かって緩やかに流れていく。
すると――ミキの光が輝きを増した。
まるでヤヨイの力が分け与えられたかのように。

そう、それもまたチハヤの歌の力。
厳密に言えば、チハヤの歌とハルカの能力によるものであった。
ハルカの能力の一端である、『生命力の分与』。
それがチハヤの歌を介し、そしてヤヨイの想いと叫びに呼応して発動した。
『ミキの力になりたい』という心の底からの願い。
それが今、叶えられたのだ。

ヤヨイはもちろん他の皆も、そんなことは知る由もない。
しかしその場の全員が直感した。
自分が今、すべきことを。
440 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 21:12:43.10 ID:FI8VrnbTo
ヒビキ「が……頑張れ! ミキーーーーーっ!!」

マコト「ミキ!! タカネに負けるなーーー!」

ユキホ「ミキちゃん、頑張ってぇーーーーーー!!」

アズサ「私たち、何もできないけれど、でも……!! お願い! 頑張って、ミキちゃん!!」

イオリ「ミキ……! あなた、約束ってのがあるんでしょ!?
   だったら、もっと……もっと、頑張りなさいよ!!」

皆、口々にミキへの声援を叫ぶ。
眠り姫ではない、ミキの名を叫ぶ。
それは少し前までのタカネであれば嘲っていた光景だろう。
なんと滑稽な。
戦うことすらできない無力な小娘達が、
薄氷のような希望にすがりつき、哀れにもただただ叫び続けている……。
そう一笑に付していただろう。
しかし――

タカネ「っ……まさか、これは……!」

皆の体から、光が流れていく。
光はミキを包み、急激に輝きを増していく。
441 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 21:15:27.86 ID:FI8VrnbTo
力が流れ込んでくる。
いや、力だけではない。
想いが、願いが、祈りが、次々と流れ込んでくる。

……温かい。
そっか、そうだったんだ。

  『みんなも、応援してね。そしたらミキ、きっと大丈夫。
  今までずっと一人ぼっちで立ち止まって、うずくまってばっかりだったけど……。
  今なら一人でも歩き出せるから。全然、怖くなんかないの』

あの時ミキはああ言ったけど……違ったんだ。
ミキは、ミキは、もう……。

ハルカ『今まで一人にして、ごめんね。でも……もう大丈夫』

ミキ「ハルカ……」

ハルカ『ミキはもう、一人なんかじゃない。みんなが一緒だよ。それに……私だって』

ミキ「……うん」
442 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 21:16:25.43 ID:FI8VrnbTo
  ――the Fate of the World
  猛り狂う奈落の咆哮に
  立ち向かう光の羽根

大きな翼がミキの背に現れる。
青く、綺麗で、力強い、どこまでも飛んでいけそうな大きな翼。
濁った光が、ミキに触れている部分から裂け、散り始める。
青い翼を携えた鮮やかな黄緑と、それを支えるように取り囲む赤。
もはや彼女を、彼女達を止められるものなど無い。

ハルカ『さ……頑張ろう、ミキ。もうちょっとだよ』

心の中にあるのは、感謝の想いばかり。
自分を支えてくれる全てに報いる、ただそれだけ。

……ありがとう、ハルカ。
ありがとう、チハヤさん。
ありがとう、みんな。

  さあアナタの牙打ち砕いて
  新たな時を奏でる愛に
  奇跡は芽生え始める――
443 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 21:17:43.42 ID:FI8VrnbTo
ミキ「うあああああーーーーーーっ!!」

力強い叫びと共に闇を切り裂き現れた、眩い光。
目が眩むほどの眩さを持ったその光はしかし、
それを間近に見つめるタカネの両目に、閉じることを許さなかった。
タカネは最後まで瞳に映し続けた。
自分が嘲笑った全てが、悪を断ち切る刃となり迫っている、その瞬間を。

一瞬一瞬がコマ送りのように、ゆっくり、ゆっくりと目に焼き付いていく。
しかし体はぴくりとも動かない。
時間が凝縮されていく感覚。
タカネは悟った。
ああ、そうか。
これは所謂……走馬灯というものに、近いのかも知れない。

タカネ「……馬鹿な……」

それでもなお受け入れがたい現実に、ただの一言発した言葉。
直後、光の刃はその言葉ごと、
タカネの体を頭から真二つに両断した。
444 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 21:18:28.80 ID:FI8VrnbTo
光の刃は、タカネの体を傷つけることはなかった。
両断したのは肉体ではない。

タカネ「っぁ……!!」

喉の奥から漏れ出たようなうめき声。
瞬間、タカネの全身が爆散した。
正確には、タカネを包んでいたオーラが尋常でない音を立てて飛び散った。
周囲に広がるその音は、まさに断末魔の叫び。
邪悪な力の終焉を告げる最期のうめき声。
そうしてどす黒いオーラが完全に飛び散ったあとに残されたのは、
姿かたちが元に戻った、タカネであった。
直後、タカネは緩やかに地へ落ちていく。

ミキ「はあ、はあ、はあ……」

ミキの体の輝きが少しずつ薄まっていく。
光の翼も、役目を終えたというように細かな粒となって四散した。
肩で息をしながら、ミキは落着していくタカネをただ見続けた。

チハヤは皆を囲っていた防壁を解いた。
やはり瘴気も全て消えている。
全員理解した。
今のタカネからはまったく力を感じない。
戦いは、終わったのだ。
445 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 21:19:06.56 ID:FI8VrnbTo
やがてタカネは地に落着した。
仰向けに横たわるタカネを、少女達が取り囲む。
タカネはそんな少女らに目を向けることなく、
ただ薄く開いた瞳に空を映したまま、口を開いた。

タカネ「やはり……早めに消してしまうべきでした。
    貴女方を侮ったのは失策……真、悔やまれます」

その言葉を聞き、少女たちは微かに胸が締め付けられるのを感じた。
『何かの理由でタカネはおかしくなってしまっていたのではないか』
『あの濁ったオーラが消えれば、自分達と親しかった頃のタカネに戻るのでは』――
心のどこかではやはり、そんな淡い期待を持っていた。
だが違った。
本人の言っていた通り、あれこそがタカネの本性。
彼女はやはり今も、破滅と混沌を望むタカネのままだった。

期待を抱いていたのは、チハヤとミキも同様であった。
チハヤは直接タカネのことを知るわけではない。
ただ、ハルカの記憶からやはりタカネの優しげな姿を知り、他の皆と同じ想いを抱いていた。
そんな彼女達の内心をその表情から悟ったか、タカネは浅く息を吐く。
446 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 21:20:16.62 ID:FI8VrnbTo
タカネ「よもや、私に情けをかけようというのではないでしょうね……?
   私は今でも、貴女方を葬り野望を叶えることを願っているというのに」

そう言って口角を上げたタカネを見、少女らは二の句が継げなくなる。
だが少し経ってから、ミキが静かに口を開いた。

ミキ「……どうして? どうしてタカネは、そんなことをしようとしたの……?
  世界を破滅に、なんて、どうして……」

タカネは、目線だけをミキへ向けた。
それから少しの間、黙ってミキを見続け、

タカネ「では、貴女方はなぜ皆を笑顔にすることを望むのですか? 皆の幸福を望むのですか?」

ミキ「え……?」

思わぬ問い返しに、ミキは返答に詰まってしまう。
だが初めから返事は期待していなかったのか、タカネは表情を変えることなく続けた。

タカネ「答え方は幾通りもありましょう。
   ですが、その答えには全て共通の理念があるはずです。
   『そうあるべきだから』『それが正しいことだから』、という理念が。
   私も、それと同じです」

ミキ「……それって、どういう……」

タカネ「つまり、理由などないのです。
   私にとっては世界は混沌に満たされるべきものだった……ただ、それだけのこと」
447 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 21:21:44.03 ID:FI8VrnbTo
タカネの言葉を全て理解できたものが果たしてこの中に居るだろうか。
ただ全員、これだけは分かった。
自分たちとタカネとの間には、埋めようのない大きな隔たりがあるのだ、と。
そんな彼女の言葉になんと返すべきか皆迷った。
が……その迷いに答えが出るのを、時間は待たなかった

ミキ「っ!? タカネ、足が……!」

タカネ「……口惜しきことです……。
   やはり私の願いはもう、叶わぬようですね」

タカネの爪先が、ボロボロと崩れていく。
黒い光の欠片となり、徐々に徐々に上へと上がってきている。
力を失ったタカネの消滅……。
まったく想定していなかったことではないとは言え、やはり全員少なからず動揺する。
しかし当のタカネはというと、まるで取り乱しているようには見えない。
それどころか穏やかに笑い、
かと思えば爪先へ向けていた視線をふと外し、言った。

タカネ「こちらへいらっしゃい。アミ、マミ」

言葉と視線に誘導されるように、皆は一斉に目を向ける。
その先には、確かに居た。
双子と思しき少女が二人、佇んでいた。
皆が気付いたのと同時、
呼ばれた二人は同時に駆け出して横たわるタカネの脇にそっと腰を下ろした。
448 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 21:23:08.31 ID:FI8VrnbTo
アミ「お母様……眠ってしまうの?」

タカネ「ええ、そうです」

マミ「でも、寂しくないわよね? だって私たちも一緒だもの」

アミ「私たちずっと一緒よ、お母様」

タカネ「……真、優しき子達ですね」

そう言って双子を抱き寄せるタカネ。
慈しみにあふれたその表情は、皆が慕ったタカネそのものであった。
頭を撫でられるアミとマミは、心地よさそうにタカネの胸へ顔をうずめる。
見ればいつからか、二人の体もタカネと同様に崩れ始めている。
と、タカネはアミとマミからチハヤへと目線を上げた。

タカネ「アイドル、チハヤよ。
   貴女はその歌の力で、やはり世界中を笑顔にするつもりですか?」

チハヤ「……はい。そのつもりです」
449 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 21:24:31.93 ID:FI8VrnbTo
僅かな間を空けはしたが、迷いなき瞳で答えたチハヤ。
タカネはそんなチハヤの目を見つめ返し、

タカネ「これから先……私のように貴女の歌の届かない者も出てくるでしょう。
   それでも貴女は、歌い続けるつもりですか?」

チハヤ「もちろんです」

たった一言、チハヤは言い切った。
だが短い一言だからこそ、そこにはチハヤの覚悟がこれ以上ないほどに込められていた。
タカネは暫時黙してチハヤの瞳を見つめ続けたのち、ふっと目を閉じた。

タカネ「では、貴女の信ずる道を歩み続けなさい。愚直に、一心に……。
   そうしてこそ、私も少しは浮かばれるというもの」

チハヤ「……ええ」

タカネ「私はこれより、夢を見ることとします。さあ参りましょう、アミ、マミ。
混沌とした素晴らしき世界……そのような、夢の中へ」

アミマミ「はい、お母様」

そうして、タカネと双子の少女の体は完全に崩れ落ちた。
細かな灰となったタカネ達は、涼やかな風に吹き混ざり、
一片すらも残さず宵闇へと消え去った。
450 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 21:26:34.46 ID:FI8VrnbTo
それからしばらく、誰も、何も話すことができなかった。
言葉にし難い感覚が皆を包む。
少なくともそれは巨悪を討ち滅ぼした達成感のような、活力に満ちたものではない。
そんな中、ミキがぽつりと呟いた。

ミキ「……タカネのことも、笑顔にしてあげたかったな……」

『世界中のみんなを笑顔に』。
ミキの願いの『みんな』の中には、タカネも入っていた。
またそれに近しい想いを、他の者も同様に抱いていた。
タカネの望む世界の破滅はなんとしても阻止しなければならなかった。
だが、彼女達は誰ひとり、タカネの消滅を望んでなどいなかった。

彼女の今際の言葉を聞く限り、自分達とは到底理解し得ないのだろう。
それは、頭では分かっている。
しかしやはり心情としては……
やはりタカネとも、以前のように仲間として歩み続けたかった。

タカネとの別れは、少女達の心に喪失感を生んだ。
が、それでも――

チハヤ「いつまでも、下を向いているわけにはいかないわ。
    だって私たちは……アイドルを目指すんだから」
451 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 21:27:40.82 ID:FI8VrnbTo
チハヤ「今の私では、力が足りなかった……。でも、次はきっと。
    どんな人にでも届く歌を、私は歌ってみせる……!」

タカネの言うように、これから先、自分の歌の届かない者が出てくるかもしれない。
これに似た喪失感や悔しさに襲われることも、あるかもしれない。
だが、それでも、自分は決めた。
自分の歌で世界中を笑顔にしてみせると。
愚直に、一心に……信じた道を進み続けると。

ミキ「……チハヤさん……」

気付けば、力強いチハヤの声が皆の顔を上げさせていた。
タカネの消失を悔やむ気持ちは、まだある。
しかし、そうなのだ。
彼女達もまた、アイドルを目指す少女。
アイドルとは皆を笑顔にするものだと彼女達は知った。
辛さはある。
悲しさもある。
だがそれを乗り越え、輝く存在。
それが彼女達の目指す、アイドルなのだ。
452 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 21:28:29.20 ID:FI8VrnbTo
そして、皆が前を向いたのを待っていたかのように、『その時』は来た。

ミキ「! そっか……もう、お別れなんだね」

ミキの体が淡く光る。
生じた細かな光の粒子が、少しずつ、少しずつ天へと舞い上がっていく。
ミキは理解していた。
自分が百年前の存在。
ここに居るべきではないのだと。
また他の皆も、目の前の光景とミキの言葉で理解した。
還るべき場所に、ミキは還ってしまうのだと。

ミキ「ねぇ、みんな……。最後に、みんなの名前、聞かせてもらってもいい?」

微笑みの中に僅かばかりの寂しさを加え、ミキは皆を振り返った。
その表情に、ある者は微笑みを返し、ある者はやはり悲しげな表情で、自らの名前を名乗る。
そうして一通りの名前を聞いたあと、
ミキは改めて目を向けて、静かに口を開いた。
453 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 21:30:13.01 ID:FI8VrnbTo
ミキ「ヒビキ、マコト、ユキホ、アズサ、イオリ……。
  たくさん酷いことして、ごめんね。
  それから、ヤヨイ……。一番最初にミキのこと応援してくれて、嬉しかったの」

ミキを包む光が濃くなっていく。
そしてそれとは反対に、体が少しずつ淡く、不鮮明になっていく。

ミキ「みんな、ありがとう。ミキのこと、助けてくれて……。
  ミキはもうここには居られないけど、でも、寂しくなんかないよ。
  ミキは一人じゃなかったんだって、気付いたから」

そうして最後に、ミキはチハヤへ向き直った。
だがミキが別れの言葉を贈ろうとした直前、
チハヤは微笑み、静かに口を開いた。

チハヤ「そうね……。ミキは一人じゃない。何より、それを許さない子が、ここに居るもの」

ミキ「えっ……?」

チハヤの体が光を放つ。
皆の見慣れた青い光ではない。
優しく暖かな……赤い光。
光は集約され、形を成し、そして――
454 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 21:31:30.75 ID:FI8VrnbTo
ハルカ「ずっと、待たせちゃってごめんね……。さ、一緒に帰ろう、ミキ」

ミキ「……ハ、ルカ……?」

優しく微笑むハルカが、そこに居た。
幻影などではない。
それは確かに、ハルカそのものだった。

ミキ「え……な、なんで? だってハルカは、チハヤさんと……。
  ハルカが居ないと、チハヤさんは、アイドルに……」

困惑した様子でチハヤに目を向けるミキ。
そんなミキに、チハヤはやはり穏やかに笑いかける。

チハヤ「ハルカは私に、本当の気持ちに気付かせてくれた。
   それだけで十分……。これからは、私が自分の力で、アイドルを目指すわ」

ミキ「チハヤ、さん……」

チハヤ「それに……私のせいで、ハルカに約束を破らせるわけにはいかないもの」

ミキ「え……」

その時、ミキの体が暖かさに包まれた。
未だ困惑の色を浮かべ続けるミキを優しく、強く抱きしめるハルカ。
そしてその耳元で、そっと囁いた。
455 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 21:32:38.83 ID:FI8VrnbTo
ハルカ「ずっと、一緒だよ。これからは、ずっと……」

……それは百年間、待ち望んだ言葉。
何度も何度も夢に見た言葉。
その言葉が……ミキが無意識にかけていた感情の枷を外した。

だらりと下がっていた腕が上がる。
両目から大粒の雫が流れ落ちる。
ハルカに力いっぱい抱きつき、ミキは小さな子供のように、声を上げて泣いた。
そんなミキを、ハルカもまた静かに涙を流し、抱きしめ続けた。
二人の体が浮き上がる。
光の粒となり、天へ上っていく。

もしかするとミキは、泣き疲れて眠ってしまうかも知れない。
そのとき夢に見るのは、きっといつもの、ハルカとの夢。
でもそれはもう夢ではない。
目が覚めても消えることはない。
二人の友情は光輝き、そして――
約束は、永遠となった。
456 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 21:33:17.59 ID:FI8VrnbTo
――気付けば空は白み、朝日が昇り始めている。
ミキとハルカが還っていった空を、皆しばらく眺め続けた。

ヒビキ「なんか……全部、夢だったみたいだな……」

マコト「はは……。流石に、色々ありすぎだよね……」

ヒビキの呟きを皮切りに、他の者もぽつりぽつりと口を開いたり、
緊張の糸が切れたように息を吐いたりし始める。
と、ここでイオリがチハヤに向いて言った。

イオリ「本当に、もとのあなたに戻ったのね」

チハヤ「ええ……。ハルカは、もうここには居ないから」

イオリ「……そう」

チハヤの横顔は寂しげでもあるが、どこか嬉しそうでもあった。
イオリはチハヤの想いをはかり、それ以上何か言うことはなかった。
457 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 21:33:48.40 ID:FI8VrnbTo
イオリ「それはそうと……。これからどうするの?
   アイドルを目指すって言っても、この状態じゃ――」

と校舎の方を振り返ったイオリであったがその瞬間、目を見開き息を飲む。
その様子に気付いた他の者もイオリの視線を追い、イオリと同じ反応を見せる。
彼女らの視線の先にあったもの、それは……

リツコ「よ、良かった……! 皆さん、無事なようですね!」

ユキホ「ティ……ティーチャーリツコ!?」

マコト「ほ、本物の……本物のティーチャーリツコですか!?」

リツコ「……! ということは、私が監禁されていた間、何者かが私に成り代わって……。
   っ……不甲斐ないです。教師の立場でありながら、
   生徒の皆さんをみすみす危険な目に……!」

ヒビキ「本物だ……本物の、ティーチャーリツコだ……!」

アズサ「良かった……良かったです……!」

ヤヨイ「うぅ……うわぁーーーーん! ティーチャーリツコぉーーーー!」
458 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 21:34:52.30 ID:FI8VrnbTo
それは間違いなく、正真正銘、皆の知るリツコであった。
曰く、チハヤをアイドルに推薦する旨の書状を送ったその日、
彼女は自室で突然意識を失ったらしい。
そして気付けばどこかの部屋に監禁されていたとのことだった。
つまり、チハヤが正式にアイドルに選ばれたと発表のあった日の数日前には既に、
リツコはタカネに入れ替わっていたことになる。

タカネがリツコを生かしていた理由は分からない。
自らの目的に利用するためだったのかも知れない。
ただ、とにかく、皆に慕われたリツコは確かにリツコとして存在していた。
そして今も生きている。
そのことを少女達は全員、心から喜んだ。

未だ事情が把握しきれていないリツコではあるが、
喜びの涙を浮かべて自分を取り囲む生徒たちを見て、自然と顔もほころぶ。
と、そんな彼女達の背後から、チハヤが静かに歩み寄った。

チハヤ「あの、ティーチャーリツコ。
   まだ何の説明もしないままに申し訳ないのですが……
   先に一つ、お願いしたいことがあるんです」
459 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 21:35:52.18 ID:FI8VrnbTo
リツコ「チハヤさん……?」

皆が喜びに顔をほころばせる中、一人真剣な眼差しを向けるチハヤを、
リツコのみならず全員が不思議そうに見つめる。
その視線を一身に受けながらも、チハヤは物怖じすることなく真っ直ぐに言い切った。

チハヤ「今回、私はアイドルに選ばれました。それはとてもありがたいことだと思います。
   ですが……今回は、辞退させてもらいたいんです」

それを聞き、一同は驚きの声をあげる。
ただアズサとイオリは黙ってチハヤの言葉の続きを待った。
それはまたリツコも同様、視線で続きを促す。

チハヤ「……今日、実感したんです。自分はまだまだ、本当のアイドルには程遠いと。
   私を選んでくれた人が間違っていたとは言いません。
   ですが、私は……もう一度、一から始めたいんです!
   成り行きなんかじゃない、自分の意志で……!
   もっと、本気で、全力でアイドルを目指して、努力して!
   私はアイドルなんだって、自信を持って言えるようになりたいんです!
   だから……お願いします!」

そこまで言い切り、チハヤは深く頭を下げる。
リツコは黙ってチハヤの頭を見つめ、そして、静かに口を開いた。
460 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 21:36:50.10 ID:FI8VrnbTo
リツコ「……その件に関しては既にお伝えした通りです。
   アイドルへの選抜は絶対。一度選ばれた以上、辞退はできません」

チハヤ「っ……」

その言葉に、チハヤは頭を下げたまま唇を噛む。
だが、次いでかけられた声がチハヤの視線を上げさせた。

リツコ「ですが……どうやらこのたび、学園で大変な事件が起きたようですね。
   事後処理などの作業により……
   長ければ一年ほど、デビューまでの期間が伸びそうです」

チハヤ「え……?」

視線を上げた先にあったのは優しげな表情。
目を丸くするチハヤに向けて、リツコは微笑みを浮かべて続けた。

リツコ「先ほどのチハヤさんの表情……この一年間で、初めて見たものでした。
   これでも、チハヤさんの内面まで深く加味した上で選考したつもりだったのですが、
   どうやら私は、貴女のことを何も知らないままに推薦してしまっていたようです」

チハヤ「ティーチャーリツコ……」
461 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 21:38:01.80 ID:FI8VrnbTo
リツコ「……教え子が最終選考に残ったことで、私も少し焦っていたのかも知れません。
   チハヤさんの言う通り……貴女はまだ、より高みを目指せます。
   不完全なままでアイドルとして世に送り出すのは、私としても不本意です」

チハヤ「! では……!」

リツコ「はい。デビューまで時間をいただけるよう申請しましょう。
   ただし、伸ばせる期間は最大でも一年間程度だと思ってください。
   その期間内に、貴女の納得のいく自分になれていなければ、
   望まぬ形でのデビューとなるでしょうが……」

と、そこでリツコは言葉を止めた。
これ以上の念押しは不要。
チハヤは、きっと彼女の願いを実現させるだろう。
瞳の奥底に燃える強い意志は、リツコにそう確信させるのに十分だった。

リツコ「……さて、それでは、何があったのか説明してもらえますか?
   期間の延長にはそれが必要ですからね」
462 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 21:38:28.68 ID:FI8VrnbTo



薄暗い部屋で、少女は目を覚ました。
白いシーツと対照的な黒い長髪は、暗い中でもよく映えて見える。

長髪の少女は、まず初めに目に映った見慣れた天井を眺めた。
少し経って体を起こすと、やはり見慣れた部屋が目に映る。
ベッドから降りて洗面所へ向かう。

顔を洗い、寝室に戻ってきたのと同時に鐘が鳴った。
起床の合図だ。
鐘の音は優しく、だがしっかりと部屋いっぱいに響き、
まだ夢の中に居た他の者達を呼び起こした。

マコト「ん〜っ……今日もよく寝た……。って、チハヤ、もう起きてたの?」

チハヤ「おはよう、マコト。ええ、たまたま目が覚めて」
463 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 21:39:12.61 ID:FI8VrnbTo
マコトに続き、続々と他の少女達も体を起こす。
顔を洗い、身支度を整えてから、食堂へ向かう。

ユキホ「チハヤちゃんがオススメしてくれた本、
   とっても面白くて、私、もう半分くらい読んじゃった」

マコト「そうそう、ボクもだよ! すごいなぁ、チハヤ。
   あんなにボクたちが好きそうな本を教えてくれるんだもん」

チハヤ「そう……良かったわ。気に入って貰えて」

アズサ「次の読書会が楽しみだわ〜。今度は私のオススメもみんなに紹介しちゃうわね♪」

ヤヨイ「えへへっ、私もすっごく楽しみかなーって!」

ヒビキ「そうそう、本と言えば、
   この前読んだ本にすごく使えそうな能力の応用法が載ってたんだ!
   チハヤ、試したいからまた付き合ってよ!」

イオリ「あ、だったらちょうどいいわ。私もちょうど試してみたいことがあったの。
   チハヤ、相手しなさいよね! 次こそはあなたの壁を破ってみせるんだから!」

チハヤ「ふふっ……それじゃあ、破られないように頑張らないと」
464 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 21:41:15.70 ID:FI8VrnbTo
そうこうするうちに少女たちは食堂につく。
朝日の差し込む窓辺にいつも通り立っていた女性が、振り返って微笑んだ。

リツコ「皆さん、ごきげんよう」

ごきげんよう、ティーチャーリツコ、と声が揃う。
食卓につき、和やかな雰囲気の中で食事が始まる。
昨日のこと、今日のこと、明日のこと、
休み時間のこと、座学のこと、訓練のこと、
どの話題も楽しげで、尽きることはない。

少女たちは今日も一日を精一杯に過ごす。
なりたい自分になるため、アイドルになるため、
そうして過ごす全ての時間はいつも充実し、
傍から眺めるだけで笑顔になりそうな、そんな活気に満ち溢れている。

そう、それこそがアイドル。
かつて、夢を見た少女たちの目指した、世界を笑顔にする存在。
辛いことはある。
苦しいこともある。
それでも、少女達の笑顔は輝き、世界を照らす。

彼女達が全員そろってアイドルとなる日が来るのも、きっと、夢ではないだろう。
465 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 21:41:42.38 ID:FI8VrnbTo
これで終わりです。
付き合ってくれた人ありがとう、お疲れ様でした。
466 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/13(月) 22:08:28.18 ID:vWEQFOppo

467 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/13(月) 22:45:38.42 ID:6034zohKo
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