【アイマス】眠り姫 THE SLEEPING BE@UTY

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318 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/17(日) 21:42:50.79 ID:kbi2Ae2Oo
叫んだマコトは、次の瞬間にユキホに襲いかかった斬撃を辛うじて光剣で防いだ。
だがその直後、抑えきれなかった衝撃が
マコトの体をユキホ諸共地面へと吹き飛ばしてしまう。

マコト「っぐ……!」

咄嗟にユキホの体を抱え、念動力で地面への激突を避けたマコトではあったが、
それでも勢いは殺しきれずに落着、数度転がった後にようやく二人の体は止まった。

ヒビキ「マコト、ユキホ!! こ、のぉおおおお!!」

気合を込めるように発せられたヒビキの叫びを、
眠り姫は薄ら笑いを浮かべて見下ろし続ける。
そして、ヒビキの周囲から大量発生した鳥獣達が飛びかかるのを
まるで埃でも払うかのように斬って捨てつつ肉迫し、
マコト達と同じように、ヒビキを地面に向けて蹴り飛ばした。

ヒビキ「ぅあっ! く……!」

マコト「ヒビキ! 大丈夫!?」

ヒビキ「だ……大丈、夫……!」

そう答えたヒビキではあるが、うつ伏せの状態から体を起こしたまま、立ち上がれない。
またそれはマコトとユキホも同様であった。
319 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/17(日) 21:43:58.02 ID:kbi2Ae2Oo
チハヤ「三人とも、大丈夫!? 怪我は!?」

唯一まだ吹き飛ばされていなかったチハヤがそばに降り立つ。
見る限りでは三人とも大きな怪我はしていないようだった。
だが地面に座り込んだままで立ち上がろうとしない。
マコトも、ユキホも、ヒビキも、限界が近かった。
肉体的な疲労ももちろんある。
しかしそれ以上に、精神が限界を迎えつつあった。

眠り姫と交戦しているうちにアズサの姿が消えてしまったことや
直前にリツコがアズサを羽交い締めにしていたことなど、
不安に心が揺さぶられ続けていた。

そして何より、知ってしまった。
自分達はそれなりに上手く能力を扱えている自信はあったし、
アイドルの最終候補に残ったという自負もあったのだが……
そんなものはただの幻に過ぎなかったのだと。

眠り姫「諦めてくれた? まあ、アイドル相手によく頑張った方だと思うよ。
    なんにも意味なんてなかったけどね。それじゃあそろそろ……」

四人がかりでも全く歯が立たない。
自分達とはまるでレベルが違う。
あれが――

眠り姫「みんな消えちゃえばいいって思うな!」
320 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/17(日) 21:45:16.61 ID:kbi2Ae2Oo
両手を掲げた眠り姫の周囲に、魔法陣のような図形が展開される。
その瞬間、皆は攻撃を予感した。
もはや抵抗することもできず、マコト、ユキホ、ヒビキは痛みに備えて身を固くする。
だが、

チハヤ「っ……!!」

ただ一人、眠り姫を見据えて立っていたチハヤ。
その彼女がかざした両手から、巨大な二重障壁が発生する。
そして青い光壁は見事、彼女たち全員を眠り姫の放った光線から守り抜いた。

三人「チハヤ!」「チハヤちゃん!」

名を呼ぶ声を背に受けたまま、チハヤは上空の眠り姫を見据え続ける。

チハヤ「――あれが、アイドルの力だというの……!」

その言葉は他の三人同様、眠り姫の力に驚くものであった。
だがその目は違う。
圧倒的力を目にしてなお、チハヤはまだ抵抗の心を失わずにいた。
321 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/17(日) 21:45:47.11 ID:kbi2Ae2Oo
眠り姫「……しつこいなあ。まだ諦めてなかったんだ」

光線の衝撃に煽られた火の粉を纏い、冷然としてチハヤを見下ろす眠り姫。
先程までのように嘲笑に歪んだ表情は既にない。

チハヤ「みんな……聞いて」

眠り姫から目を離すことなく、チハヤは背後の三人に呼びかける。
そして静かに続けた。

チハヤ「ここは私が足止めするから、みんなは逃げて。少しでも早く、少しでも遠くに」

ユキホ「え……!?」

マコト「なっ……何言ってるんだよ、チハヤ!」

ヒビキ「に、逃げるなら一緒に逃げようよ!
   チハヤを置いて逃げるなんて、そんなことできるわけないぞ!」

チハヤ「わかっているでしょう……? 誰かが足止めしないと、彼女からは逃げ切れない。
    そしてその役目を果たせるとすれば、多分、私しか居ない」
322 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/17(日) 21:46:23.87 ID:kbi2Ae2Oo
ヒビキ「で、でも、そんな……!」

マコト「チハヤだって分かってるはずだよ! 一人で残ったら、どうなるか!」

チハヤ「……大丈夫。私はやられたりなんかしない。それに……」

そこでチハヤはほんの一瞬後ろへ目を向け、僅かに微笑んだ。

チハヤ「みんなを守れるのなら、私がここに来た意味も、きっとあったんだって思えるから」

強い決意が込められたチハヤの言葉ではあったが、三人はやはり拒絶しようとする。
仲間を一人置いて逃げることなどできない、と。
が、その言葉を眠り姫の静かな声が止めた。

眠り姫「ねえ、何それ? お前、何を言ってるの?
   『一緒に逃げる』? 『みんなを守る』?
   面白いね。そうやってお友達と仲良しごっこする余裕がまだあるんだ」

その声色に三人は同時に視線を上げた。
そして、眠り姫の表情から、声から、全員が察した。
彼女が怒っているということを。
323 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/17(日) 21:47:31.83 ID:kbi2Ae2Oo
眠り姫「わかってるよね? どんなに仲良しごっこしたって、そんなの何の意味もないって。
   私がその気になったら、みんな消えちゃうんだよ?
   友達だとか、一緒にとか、そんなの、何の意味もないの」

先ほどアズサに向けた不機嫌そうな顔とも違う、明らかな怒り。
圧倒的強者の放つ負の感情に、チハヤは体がこわばるのを感じた。
だがそれと同時に、初めてチハヤは、
得体の知れなかった眠り姫に何か「人間らしさ」のようなものを見た気がした。

チハヤ「何を、怒っているの……?」

眠り姫「……うん?」

チハヤ「あなたが世界を壊そうとしていることと、関係があるの?
   何かに怒ってるから、世界を壊そうとしてる……そういうことなの?」

ヒビキ「チ、チハヤ、何を……!」

チハヤは眠り姫との対話を試みようとしている。
そのことに気付いたヒビキ達三人は、不安の色をより濃くした。
下手に刺激すれば何が起こるか分からない。
眠り姫の怒りが更に強まるかも知れないのだ。
324 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/17(日) 21:48:22.89 ID:kbi2Ae2Oo
眠り姫「変なこと言うね。私が何かに怒ってる? 別に何にも怒ってないよ」

チハヤ「……もし、『あの本』に書かれていたことが、本当にあなたのことなら……。
   あなたは昔、大切な友達と……」

眠り姫「別に何も無いって言ってるよね?
   もしかして、そうやって私と話してれば助けてもらえるって思ってる?」

チハヤ「違うわ! 私はただ……!」

懸命に訴えかけようとしたチハヤの言葉はしかし、
薙ぎ払うように振られた刃によって断ち切られた。
振った鎌を肩に担ぎ、眠り姫は怒りを宿した語調で言った。

眠り姫「もういいよ。分かりやすく教えてあげるから。
   お前が言ってたことも、お前達の頑張りも、全部全部、意味なんてないんだって」

眠り姫はゆっくりと巨大鎌を構える。
それを見た地上の四人は攻撃に備えて身構え――

眠り姫「はい、おしまい」

背後から聞こえたその声に振り向いた瞬間には既に、
刃がチハヤの首筋に向けて振られた。
325 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/17(日) 21:49:12.37 ID:kbi2Ae2Oo
チハヤ「ッ……!?」

大きく見開かれたチハヤの瞳。
そこに写っているのは、瞬時に自分の背後に回り込んだ眠り姫……ではなかった。
また、自分の首を切り裂く直前で止まった巨大な刃でもなかった。
他の三人も同様である。
彼女達は、眠り姫の凶刃を止めたモノ、そのものを見ていた。
そしてそれは、眠り姫もまた同様であった。

   「……そんなことないよ、ミキ。
   友達にも仲良しにも、頑張りにも……意味がないなんてことは絶対にない」

それは少女だった。
眠り姫のそれと似た武器を携え、
眠り姫のそれと対照的な白い装いを纏った少女が、
チハヤと眠り姫の間に立ち、刃を止めていた。

チハヤ「ハル、カ……?」

ぽつりと呟いたチハヤにヒビキ達は目を向ける。
ハルカと呼ばれた少女は眠り姫に対峙したまま、チハヤに答えた。

ハルカ「ごめんね、チハヤちゃん。みんなも……。こんなにギリギリになってごめん。
   でも、大丈夫……。この子は私が止めるから。
   だからみんなは早くこの学園から離れて……!」
326 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/17(日) 21:52:56.37 ID:kbi2Ae2Oo
それを聞き、眠り姫が動いた。
ハルカを目の前に、見開かれていた瞳は笑みに歪められ、

眠り姫「……あはっ!」

吐息のような笑い声を残し、
少女と眠り姫はまったくの同時に砂塵を巻き上げて宙へと飛び上がる。
そして上空で何度も何度も、光を纏った影同士がぶつかりあう。

もはや目で追うことすら難しいその戦いを
しばし呆然と見上げていた地上の四人であったが、
ハッと我に返ったようにヒビキが口を開く。

ヒビキ「チ、チハヤ! あの子、一体何者なんだ!? 知ってるのか!?」

チハヤ「……時々、この学園に遊びに来てた他校の生徒……。そのはずだけれど……」

マコト「『ハルカ』、って言ってたよね。
   いや、それより……あの子、眠り姫のことを知ってるみたいだった……!」

ユキホ「眠り姫のこと、『ミキ』って呼んでた……。
    で、でも、眠り姫は百年前にアイドルに選ばれたんだよね!?
    じゃあ、あのハルカっていう子は……!?」
327 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/17(日) 21:53:41.00 ID:kbi2Ae2Oo
突如現れた謎の少女。
眠り姫のことを知っており、しかもどうやら、
眠り姫と同等の力を有しているらしきその少女に、一同の頭は混乱しかけていた。
しかしそんな中、チハヤはぐっと拳を握り、決意するように口を開いた。

チハヤ「彼女が何者なのか、それを考えるのはあとにしましょう。
    それより……逃げるなら今しかないわ。
    ハルカが眠り姫を止めてくれている、今しか……」

ハルカと共に眠り姫と戦う、という選択肢は、確かにあった。
しかし、チハヤを含めて誰一人、それを選ぼうとはしなかった。
いや、選べなかった。
自分達ではハルカの足でまといになってしまうのだと、
考えるまでもなく悟ってしまっていたのだ。

マコト「っ……わかった。あの子の言った通り、すぐにここを離れよう……。
   でもまだ、イオリとヤヨイが残ってる! それにアズサさんも……!」

ヒビキ「わ、私、探してくるよ! 三人は先に逃げてて!」
328 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/17(日) 21:54:23.22 ID:kbi2Ae2Oo
ユキホ「え……!? で、でもヒビキちゃん……!」

ヒビキ「大丈夫! 私の能力を使えばきっとすぐ見つかるから!」

マコト「ま、待ってよヒビキ! 一人でなんて……!」

だがマコトの制止を聞かず、ヒビキは背を向けて駆け出した。
それを追おうとマコトも足を踏み出そうとしたが、その直前に思い出した。
今自分の腕の中で、ユキホが震えているということを。

恐らくヒビキ自身、あの眠り姫とハルカの戦いに突っ込んでいくようなことはしないはず。
しかしそれでも、ただ一人でイオリたちを探すのはあまりに危険すぎる。
放っておくことなどできない。
が、震えるユキホを戦いの渦中へ連れて行くことも
ここに置き去りにすることも、マコトにはできなかった。
そしてそんなマコトの胸中を察したか否か、

チハヤ「私も行くわ。彼女のサポートは私がするから、あなたたちは先に逃げていて」

そう言い残し、ヒビキの去っていった方向へとチハヤも駆け出した。
マコトは小さくなっていくチハヤの背を数秒、
拳を握って見つめたのち、ユキホの手を掴んで踵を返した。
329 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/17(日) 21:55:05.61 ID:kbi2Ae2Oo
ユキホ「え……ま、待ってマコトちゃん! 本当に私たちだけで逃げるの!?」

マコト「仕方ないよ……。大勢で行っても危険が増えるだけだ」

ユキホ「で、でも……」

マコト「気持ちはボクも同じだよ! でもボク達じゃ力になれない……!
   それにユキホ、ずっと震えてるじゃないか!」

ユキホ「っ……」

マコト「そんな状態で行ったって、ただ無茶なだけだよ……!
   だからここは逃げよう! 今はみんなを信じるしか……」

が、その時。
マコトの足は言いかけた言葉と共に止まった。
その目は大きく見開かれ、一点に固定されている。
ユキホもまた、マコトと同じように息を飲んで静止する。

前方に立つ人影が二人の体を止めた。
薄く笑って立つその人物に向け、
数秒の沈黙を経て、ユキホが震える唇を開いた。

ユキホ「タ……タカネ、お姉さま……」
330 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/17(日) 21:55:34.85 ID:kbi2Ae2Oo
今日はこのくらいにしておきます。
続きは多分また一週間後くらいになると思います。
331 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/27(水) 19:15:49.60 ID:McPeQ+yjo



二つの光が激しくぶつかり合っていた空は、今は静けさを取り戻している。
ハルカと、眠り姫。
今や月を覆っていた雲も、二人の強力な能力者の戦闘の余波によってだろうか、
薄くかき消され、大きな月の明かりが地表を照らしていた。
そしてその光の届く、校舎の屋根。
そこに今、二人は向き合い立っていた。

眠り姫「……待ってたよ、ハルカ」

ハルカ「帰ろう、ミキ……。ここは、私たちの居ていいところじゃない」

やはり牙を剥くような笑みを浮かべる眠り姫と、
険しいながらも真っ直ぐな目で正面を見つめるハルカ。
ハルカの言葉から数瞬置き、眠り姫は笑みを崩さぬままに言った。

眠り姫「『帰ろう』? 何言ってるの?
    私を置いてどこかに行っちゃったのはハルカの方でしょ?」
332 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/27(水) 19:16:19.93 ID:McPeQ+yjo
その時、僅かにハルカの表情が歪んだ。
苦痛を堪えるように寄せられた眉根は、眠り姫の目にはどう映っただろうか。

眠り姫「勝手だね。私は、ずーっとハルカを待ってたっていうのに」

ハルカ「……そうだね。だから、こうして迎えに来たの。
    約束を破ったことの、償いのために」

眠り姫「償い……? そんなのどうでもいいよ。約束っていうのも覚えてないし。
    それに、置いて行かれたことも別に怒ってないから。ただちょっと退屈だっただけ」

目を閉じて、眠り姫は一歩前に足を踏み出す。
それに応じてハルカも手にした両剣を構えた。

眠り姫「百年間……多分、ずっと夢を見てたの。ちゃんと覚えてないけど、大体わかるよ。
    私はハルカが居なくなった時から、ずっとこうして……」

瞬間、眠り姫の姿が消えた。
かと思えば直後、ハルカの上空から巨大鎌が振り下ろされる。
333 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/27(水) 19:16:51.50 ID:McPeQ+yjo
ハルカ「っ……」

躱して空へ飛んだハルカを眠り姫は見上げる。
そして跳躍の構えを見せつつ、眠り姫は叫んだ。

眠り姫「ハルカと、戦ってみたかったんだって!!」

言い終わるや否や、眠り姫はハルカに肉迫し、刃を振りかぶる。
ハルカは防いだが、その表情はやはり辛そうに歪んでいた。

ハルカ「ミキ……!」

眠り姫「帰る場所なんて、もうどこにもないの!
   私はこの世界をぜんぶ壊しちゃうんだから! もちろんハルカのこともね!!」

巨大鎌の刃の輝きが一際増し、
猛然と振られたその勢いのまま、ハルカは大きく弾き飛ばされた。
しかしすぐに空中で体勢を立て直して眠り姫に向き合う。
そして、強い意志を込めた瞳で真っ直ぐに眠り姫を見つめ、言った。

ハルカ「……そんなこと、させないよ。私はもう、約束を破りたくないから……!
    だからあなたを連れて帰る! 『眠り姫』なんかじゃない、本当のミキを!!」
334 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/27(水) 19:18:03.18 ID:McPeQ+yjo



イオリ「……何なのよ、あれ……。本当にあれが、アイドルだって言うの……!?
   それにハルカって子も何者なのよ!?」

ヒビキ「私たちにも、何が何だかわからないんだ! それより、アズサさんは……」

イオリ「私は見てないわ! 探すのなら急がないと……!
   ティーチャーリツコに連れ去られたっていうのが本当なら、
   アズサまでヤヨイと同じ目に遭わされるかもしれないんでしょ!?」

ヒビキ「そ、そうだ、本当に急がなきゃまずいんだよ……!
   あ、でもまずヤヨイを安全なところに連れて行って、それから、えっと……!」

マコト達と別れてからそう時間を空けず、イオリ達の元へ着いたヒビキとチハヤ。
彼女達は互いの情報を交換し、現状を把握した。
だがそのことが逆に皆の頭を混乱寸前に追いやっていた。
自分の身に起こったことだけでも整理が追いつかないのに、
離れていた仲間に起きたことも訳のわからないことだったのだから。
335 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/27(水) 19:19:37.83 ID:McPeQ+yjo
豹変したヤヨイ、リツコに攫われたアズサ、眠り姫の存在に、ハルカの登場――
これだけのことを同時に処理することなど到底できるはずもない。
最優先にするべきは恐らく、アズサの捜索。
またそれと並行して、気を失っているヤヨイを安全な場所まで避難させたい。

ヒビキ「え、えっと、じゃあ、イオリはヤヨイをお願い!
   私とチハヤはアズサさんを探しに行くよ! それでいいよね、チハヤ!」

が、そう言って振り返ったヒビキの目に写ったのは、黙ってじっと空を見上げるチハヤの姿。
ヒビキの声に気付いてすらいないのか、まったく反応を返さなかった。

ヒビキ「ねえ、チハヤ! チハヤってば!」

チハヤ「えっ? あ、ご、ごめんなさい……!」

再度呼びかけられチハヤはようやく我に返ったように返事をする。
ヒビキとイオリは眉をひそめ、チハヤの見ていた先にチラと視線をやった。

ヒビキ「二人の戦いが、気になるのか? でも私たちにはどうしようもないよ!
    あんなレベルの戦い、付いていけるわけがないんだ!」

イオリ「悔しいけど、ヒビキの言うとおりよ……!
    私たちは私たちでするべきことをするの!」
336 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/27(水) 19:21:34.05 ID:McPeQ+yjo
チハヤ「……私たちに、できることを……」

イオリの言葉を復唱したチハヤは、もう一度空を見上げる。
視線の先には、ぶつかり合う二つの光。
険しい顔つきのハルカと、『笑顔』の眠り姫。
チハヤは胸元で、片手を強く握る。
眉根を寄せたその表情は、それまでチハヤが見せたことのないものであったが、
彼女が今何を思っているのか、それを察する余裕は今のイオリとヒビキにはなかった。

イオリ「チハヤ、早く! 事態は一刻を争うんだから!」

ヒビキ「私たちはアズサさんを探しに行こう! ほら、行くぞ!」

チハヤ「っ……ええ、わかったわ。いきましょう……!」

二人に急かされ、チハヤはようやくハルカと眠り姫に背を向けてアズサの搜索へ向かった。
しかし瞼の裏には、どういうわけか強く焼きついていた。
ハルカと戦う眠り姫の笑顔が、チハヤの心を妙にざわつかせていた。
337 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/27(水) 19:23:20.57 ID:McPeQ+yjo



アミ「始まってしまったのね」

マミ「それとも、終わってしまうのかしら」

手を取り合って、双子は空を見上げている。
憐憫に満ちたその目の見つめる先にあるのは、眠り姫。

マミ「恐いわ、アミ。眠り姫が目を覚まして、私、とっても恐い」

アミ「私もよ、マミ。それに、とっても可哀想」

マミ「そうね……。眠り姫は目覚めたけれど、『あの子』はまだ眠ったまま」

アミ「目を覚ましてくれるかしら。そうすればきっと、この悲しい螺旋を終わらせられるのに」

マミ「終わらせてくれるのかしら」

アミ「それとも、また始まってしまうのかしら」

双子の少女は悲しげな顔で、眠り姫を見つめ続けた。
338 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/27(水) 19:25:48.21 ID:McPeQ+yjo



タカネ「ごきげんよう、ユキホ、マコト」

にっこりと笑い、首を傾けて挨拶するタカネ。
そして硬直したままの二人に向け、笑顔のまま続けた。

タカネ「これほどの素晴らしき夜に、二人でどこへ行こうというのですか?」

マコト「っ……ユキホ、下がって!!」

ユキホ「マ、マコトちゃん……!?」

ここでようやく、マコトの体が動いた。
光剣を構えて目の前のタカネを睨みつける。
タカネの発する異様な雰囲気に本能が警笛を鳴らしたのだ。
対して、タカネは殊更に悲しげな顔をして顔を伏せた。

タカネ「あらあら……悲しいですわ。そんな風に怖い顔をされて……」

が、その顔はすぐに上がる。
一転、妖しい笑顔を浮かべたタカネは、ユキホに視線を移し、

タカネ「貴女はそんな顔はしませんよね。ユキホ?」
339 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/27(水) 19:27:04.94 ID:McPeQ+yjo
マコト「何を言って……それより、ボクの質問に答えてもらうよ! 君は一体……」

しかしその時、マコトの視界にふっと影が写る。
反射的にそちらに目を向けたマコトは、その瞬間、思わず声を上げた。

マコト「!? ユ、ユキホ!」

後ろに立っていたユキホが、
まるでタカネにおびき寄せられるかのように、フラフラと歩いていく。
咄嗟にその手を掴んで引き止めたマコトだったが、
振り向いたユキホの表情を見て呼吸が止まった。

ユキホ「……? どうして止めるの、マコトちゃん」

それは今まで何度も見た、あの色のない表情だった。
マコトは声が出せなかった。
ただ、確信した。
いつからかユキホに起き始めていた異変、その元凶が、タカネにあったのだと。

マコト「ユキホに……ユキホに何をしたんだ!? タカネ!!」
340 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/27(水) 19:27:57.77 ID:McPeQ+yjo
タカネ「まあ、恐ろしい……! そのように怒鳴られては、
    怯えてしまってお話もできませんわ……ねえ、ユキホ?」

ユキホ「ダメだよ、マコトちゃん……。お姉さまに酷いことしちゃ」

マコト「……ユキホ……!」

マコトは、怒りと悲しみの入り混じった目でユキホを見、
そして、タカネを見た。
少し離れた位置で嘲るような笑みを浮かべているタカネ。
と、その時。
ユキホが突然、自分の手を掴んでいたマコトの手を、掴み返した。

マコト「!? ユキホ、何を……」

ユキホ「マコトちゃんも行こ? お姉さまのところへ」

マコト「ッ……!!」

ぐいと手を引かれ、マコトは全身から嫌な汗が吹き出るのを感じた。
反射的にユキホの手を払いのけ、まとわりつく汗を振り払うように力を入れて叫ぶ。

マコト「何が目的なんだ、タカネ! ユキホを操ってまで、一体何がしたいんだ!?」
341 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/27(水) 19:30:03.13 ID:McPeQ+yjo
タカネ「操るだなんて、酷い物言いですわ……。
    ユキホは愛する私のために協力してくれているだけだというのに。
    そうですよね、ユキホ?」

ユキホ「はい、お姉さま」

色のない表情のまま、ユキホはタカネに微笑みかける。
マコトはその返事を聞き、顔を見、
今にも泣き出しそうな表情で、しかし何より強い怒りを込めて、タカネに向かって叫んだ。

マコト「やめろ!! もうわかってるんだ! 今のユキホは正気じゃない!
   前から時々こんなふうになって……!
   君が何かしたんだろ!? 何のためにこんなことをするんだ!!」

タカネ「……ふふっ。少し、実験に協力してもらっているだけですよ。
   できれば貴女も一緒に来て欲しいのですが。
   協力者は多いことに越したことはありませんもの」

相変わらずの薄ら笑いを浮かべたまま、タカネは答える。
しかし要領を得ないのその回答と表情から、マコトは確信した。
タカネの目的は、やはり真っ当なものではないのだと。
342 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/27(水) 19:31:17.84 ID:McPeQ+yjo
マコト「誰が協力なんてするもんか……! 今すぐユキホを、元に戻すんだ!!」

タカネ「そうですか。では結構です」

あっさりと言い放たれたその言葉は、
怒りを宿したマコトの声色とは対照的に酷く冷たかった。
その声色にマコトは背筋が粟立つのを感じた。
いや、声色のみではない。
タカネの全身から滲み出るどす黒いオーラが、マコトの警戒心を最大限にまで高めさせた。

タカネ「協力を得られないのであれば仕方ありません。
    貴女にはここで消えてもらいましょう」

マコト「ッ……!!」

マコトが攻撃を決意したのはこの瞬間であった。
足を踏み出し、光剣を振りかざし、

マコト「はあああああああッッ!!」

全身全霊を込め、マコトはタカネに斬りかかった。
その正義の剣は、タカネを邪悪なオーラごと両断する……はずであった。
343 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/27(水) 19:32:39.50 ID:McPeQ+yjo
マコト「なっ……!?」

タカネ「ふふ……大したものですね。
    眠り姫との戦いで消耗していながらそれだけ動けるのですから」

妖しい光のうねりが、マコトの剣を掴むように止めている。
そしてその直後、一転、
光は猛々しく勢いを増したかと思えばマコトを包み込み、

マコト「ぐっ……!? うあぁああああぁああッ!?」

悲鳴を上げ、マコトは地に倒れ伏した。
全身を襲う痛みに荒い息を吐くマコトを、タカネは涼やかな表情で見下す。

タカネ「おや……やはり大したものです。あれを受けてまだ意識があろうとは」

マコト「っ、こ、の……!」

全身に力を入れ、マコトは起き上がろうとする。
しかし、数秒時間をかけて片膝をついたところで、ふっとその視界に影が差す。
見上げれば、タカネが目の前に手をかざしている。

タカネ「立ち上がらなくて結構ですよ。このままおわりにして差し上げますから」

マコトの視界が、先ほど見た妖しいオーラで埋め尽くされる。
そして防御も回避もする間もなく、衝撃が、マコトの体を襲った。
344 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/27(水) 19:34:36.57 ID:McPeQ+yjo
マコト「えっ……!?」

だが、その衝撃はタカネの手によるものではなかった。
タカネが攻撃するより先に、『横からぶつかった何か』がマコトの体を弾き飛ばしたのだ。
そしてその衝撃の正体に、マコトは地面に倒れ込んでからようやく気付いた。

マコト「ユ……ユキホ!?」

ユキホ「っ……!」

ユキホが、マコトの体に飛びついていた。
タカネの攻撃からマコトを守るかのように。

タカネ「……はて。なんのつもりですか、ユキホ?」

この時になってようやく、タカネの薄ら笑いは消えた。
ユキホはマコトの体から離れ、立ち上がる。
そして、両手を広げてマコトを背にして立った。
345 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/27(水) 19:35:22.76 ID:McPeQ+yjo
ユキホ「や、やめてください! マコトちゃんに酷いことしないで!」

マコト「! ユキホ……!」

それは、紛れもなくユキホであった。
マコトの知るユキホが今、マコトを庇ってタカネの前に立ちふさがっていた。

タカネ「私に楯突こうと言うのですか? ああ、とても悲しいですわ……。
   貴女は、もう私のことを愛していないのですね……」

ユキホ「そ、そういうことじゃありません! お、お姉さまのことは、今でも……!」

タカネ「ではユキホ、そこをおどきなさいな。ね、可愛いユキホ?」

ユキホ「い……嫌です。どきません……!」

タカネ「……」

ユキホ「わ、私には、お姉さまが何をなさろうとしているのかはよく分かりません……。
   でも、きっとお姉さまは間違ってます! 目を覚ましてください、お姉さま!
   また昔の、優しかったお姉さまに戻ってください!」
346 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/27(水) 19:36:05.49 ID:McPeQ+yjo
目には涙すら浮かべ、懸命にタカネに語りかけるユキホ。
だが、そんなユキホとは対照的に、
タカネの表情には一度消えていた笑みが再び戻っていた。

タカネ「……ふふっ。何を愚かなことを……。
   私は、昔から何も変わってなどいませんよ。
   貴女の知る私こそが偽りの虚像であった、ただそれだけのことです」

ユキホ「え……?」

タカネ「まさか自力で『解く』とは思ってもみませんでしたが……まあ良いでしょう。
   手駒として使えないのであれば、もう用済みです」

呟き、ゆっくりと片手を上げるタカネ。
その手のひらが自分へ向くのをユキホは、ただ呆然と見つめ……

タカネ「さようなら、可哀想なユキホ。何も知らぬ、哀れで愚かな小娘よ」

マコト「ユ、ユキホ! 避け――」

その言葉が発せられることも、マコトが立ち上がる間もなく、
手のひらから放たれた光がユキホの体の中心を貫いた。
347 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/27(水) 19:38:37.00 ID:McPeQ+yjo
今日はこのくらいにしておきます。
続きは多分またこのくらい空くと思います。
348 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:46:33.54 ID:+NxSNgCuo
マコト「ユ……ユキホぉお!!」

糸の切れた人形のように、ユキホは地面に崩れ落ちた。
マコトは未だ痛みの走る体に鞭打ち、ユキホの上体を支え起こす。
腕の中でぐったりとしているユキホの体を強く抱きしめ、タカネを睨みつけた。
そんなマコトをタカネは冷たく見下ろし、

タカネ「私に敵意を向ける前に、ユキホを看取ってあげては?」

マコト「っ……!」

タカネ「そう、それで良いのです。貴女方はもうしばらくここに居なさい。
    『時』が来るまで、もう間もなくですから」

不可解な言葉を残して、タカネの姿は夜の闇の中へと消えていった。
しかしマコトにはその言葉の意味も、タカネのあとを追うことも、考えられなかった。

ユキホ「マ……コト、ちゃん……」

マコト「! ユキホ……!」
349 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:47:14.45 ID:+NxSNgCuo
うっすらと目を開け、蚊の鳴くような声でマコトを呼んだユキホ。
その目の端から一筋、涙が流れる。

ユキホ「ごめん、なさ……い。私……迷惑かけ、て……ばっかり……」

マコト「そ……そんなことない! そんなことないよ!
   ユキホはボクを守ってくれたじゃないか!
   それより、ボクのせいでユキホが……!」

ユキホ「……思い、出したの……。私……あの日、お姉さま、に……会って……。
    マコトちゃんの……言うとお……り、だった……。夜……おね……さまに……」

マコト「ユキホ……! いいよ、もういい……!
   ボクの方こそ、もっと早く気付いてあげられれば……!
   ごめん、ユキホ! ごめん、本当にごめん……!」

ユキホ「あ……やまら……ぃで……わ……た、し……」

マコト「……ユキホ? ユキホ……!?」

薄く開いていた目が閉じた。
マコトが体を揺するのに合わせ、ぐらぐらと首が揺れる。
呼吸も、聞こえない。
350 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:48:01.30 ID:+NxSNgCuo
マコト「ユキホ……! ユキホってば!! ねえ起きて! 起きてよユキホ!!」

しかしユキホが目を覚ますことはなかった。
動かぬユキホの顔に、雫が落ちる。

マコト「お願い……起きて、ユキホ……!
   ボク、まだちゃんと返事をしてないじゃないか……!」

ユキホの細い体を、力強く抱きしめる。
そして、震える声で、あの時答えられなかった返事を、
言えなかった言葉を、搾り出すように囁いた。

マコト「ボクもユキホのことが好きだ……! だからずっと一緒に居ようよ……!
   ずっと、一緒に……! だからお願いだ……目を覚ましてよ、ユキホ……!」

しかし薄く開かれたその唇は、ただ開かれているだけ。
もはやどうしようもない。
タカネが悪意を込めて放った一撃は、あっけなく、ユキホの命を奪ってしまった。
351 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:48:30.37 ID:+NxSNgCuo
しかし、その時だった。

マコト「……!?」

突然、どこからか降ってきた光が倒れたユキホを直撃し、その体を包み込んだ。
マコトは一瞬、何者かの攻撃を連想した。
しかしすぐに気づく。
今ユキホを包んでいる赤い光には、
見た目の鮮烈さに反し、一切の悪意も敵意も感じない。
寧ろその逆。
そばにいるだけで、見ているだけで安心するような暖かさが、その光からは感じられた。
唐突に起きた現象にマコトの頭は疑問と困惑で満たされる。
だが光が徐々に薄れ、完全に消えてしまった直後。
マコトの疑問のすべては吹き飛んだ。

ユキホ「っは……!」

マコト「!? ユキホ……!」

それまでただ開かれているだけだった唇が動き、そして胸が上下し始めた。
マコトは慌てて、耳をユキホの口へ寄せる。
落ち着いた確かな呼吸音が繰り返されている。
止まっていたはずの呼吸が、再開されたのだ。
352 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:49:37.86 ID:+NxSNgCuo
ユキホが蘇生した。
そのことにマコトは心から安堵した。
しかしそれからすぐに、少し前の疑問が蘇る。
つまり、ユキホの体を包んだ光の正体だ。

分からないが、状況から考えて、
あの光が死にかけていた……あるいは既に死んでいたユキホを蘇らせたに違いない。
どこかから飛んできた、あの光が……。
と、マコトがその光が飛んできたと考えられる方へ顔を向けた、その瞬間。

マコト「っ……!」

禍々しい緑色の光が、赤く輝く光を吹き飛ばしたのをマコトは見た。
吹き飛ばされた赤い光は校舎の一部を砕いた後地面に激突し、高く土埃が舞い上がる。
そして、見えた。
マコトだけではない。
少し離れた場所から、イオリも、チハヤも、ヒビキも見ていた。
眠り姫が、赤い光の少女――ハルカを、冷たい目で見下ろしているのを。
353 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:50:42.18 ID:+NxSNgCuo
眠り姫「あーあ。私と戦ってるのによそ見しちゃうのがいけないんだよ」

ハルカ「っ……」

眠り姫「それに、『分ける』余裕だって無いって思うな。
    確かにすごい能力とは思うけど、分けちゃったらその分、
    ハルカの力だって減っちゃうんだし。
    誰かが死んじゃいそうだからっていちいち助けてあげてたら、ハルカ、負けちゃうよ?」

遥か上空からのその声は地上のマコトにも届いた。
そして理解した。
ユキホを救ったあの光は、ハルカのもの。
ハルカが能力を使って、
自らの……例えば生命力のようなものの一端を、ユキホに分け与えたのだと。

眠り姫「ハルカが負けたらどっちにしろみんな死んじゃうのに、意味無いってカンジ。
    だからもう誰も助けない方がいいよ……って、もう手遅れかな?」

静かにそう言って、眠り姫は片手をハルカに向けてかざす。
すると、少し前にチハヤ達を襲った緑色の光線がハルカに向けて放たれた。

ハルカ「く……!!」

眠り姫「……ほらね。この程度の攻撃を防ぐのもギリギリになっちゃった。
   せっかく楽しい戦いだったのに、もうおわりだね。つまんないの」
354 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:51:36.74 ID:+NxSNgCuo
チハヤ「……!」

ヒビキ「……そんな……」

離れた位置で二人のやり取りを見ていたヒビキは、掠れた声で呟く。
足元から全身に這い登る怖気に、膝を折らないので精一杯だった。
それは正しく絶望。
詳細までは分からないが、ハルカの力が衰えてしまっていることは明らか。
唯一眠り姫と渡り合えていた彼女の敗北はつまり、
眠り姫の言うとおり、自分達全員の死を意味する。
アズサを見つけ出したところで……
いや、見つけ出す前に、全てが終わってしまうかも知れない。
ならどうする、僅かな望みにかけて全員で眠り姫ともう一度戦うか。

だが、ヒビキの足は動かなかった。
ヒビキだけではない。
マコトも、イオリも、自分たちの希望が潰える瞬間を
ただ指をくわえて見ていることしかできなかった。

眠り姫は浅く息を吐いたあと手元に目線を落とし、得物を構える。
巨大鎌の刃を以て、ハルカに止めを刺すために。
そして、ハルカに肉薄しようと体を傾けた……その時だった。
355 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:52:07.37 ID:+NxSNgCuo
チハヤ「待って!!」

割って入ったその声は眠り姫だけでなく、
ハルカにも、離れて見ていたマコトやイオリ達にも届いた。

眠り姫「……?」

ハルカ「チハヤちゃん……!」

ヒビキ「チハヤ、何を……!?」

すぐ隣でチハヤの叫びを聞いていたヒビキは、
他の者と比べても一層驚きの色を濃くしてチハヤを見つめる。
だがそんなヒビキの視線を置き去りにして、チハヤはハルカに向けて飛んだ。
そして膝をついているハルカの前に降り立ち、眠り姫に向けて叫んだ。

チハヤ「お願い、やめて!! これ以上、ハルカを攻撃しては駄目!!」

親友をかばって立つようなその姿を見て、眠り姫の目元が、ぴくりと動いた。
356 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:52:58.12 ID:+NxSNgCuo
眠り姫「は……? なに、何のつもり?
    ハルカを守ろうとしてるの? お前みたいな弱い子が……?」

チハヤ「っ……そうよ、でも私は……」

眠り姫「ぷっ、あはははははは!! お前、面白いね!!
    まだ私に勝つつもりで居るんだ!? いいよ、じゃあ守ってみたら!?
    お前みたいなのが私を倒せるのか、やってみたらいいよ!!」

チハヤを嘲笑い、眠り姫は一度下ろした鎌をもう一度構えた。
しかしその直後、今度はハルカの言葉が、眠り姫の動きを止めた。

ハルカ「違うよ、ミキ……! チハヤちゃんは、あなたを倒すつもりなんてない」

チハヤ「! ハルカ……」

眠り姫「うん……? 何それ。じゃあ、やっぱり諦めちゃってるってこと?」

ハルカ「そうじゃないよ……。チハヤちゃんは、あなたのことも、守ってあげようとしてる。
    助けてあげようとしてるの……。だよね、チハヤちゃん?」

ハルカの言葉に、チハヤは何も答えずにただ眠り姫を見つめ続ける。
そしてそれが肯定を意味しているのだと、眠り姫は気付いた。
357 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:53:34.36 ID:+NxSNgCuo
眠り姫「何……? 面白いの通り越して、意味わかんないよ?
   私を助けようとしてる……? どういうこと? なんで?」

チハヤ「……あなたが本当に、あの本に書かれていた『女の子』なら……。
    絶対、もうハルカを攻撃しては駄目……!
    もしハルカの命を奪うようなことになってしまえば、あなたはもう、二度と救われない……!!
    だって……ハルカはあなたの大切な友達でしょう!?」

眠り姫「……」

――チハヤが眠り姫の表情に違和感を覚え始めたのは、
初めて彼女の顔にはっきりとした『怒り』が表れた、あの時からだった。
そして違和感は、ハルカが現れた時からより強く、濃いものになっていた。
ハルカと戦う眠り姫の笑顔に、チハヤは狂気以外の『何か』を感じ取り始めていた。
それから徐々にその『何か』は、ぼんやりとではあるが、
徐々に形を持ち始め、それがチハヤの心をざわつかせた。

チハヤ「お願い! もうこれ以上戦うのはやめて!!
    あなたはずっと笑って戦ってたけど、でも本当は……!」

眠り姫はハルカと戦いながら、笑っていた。
でも、だけど、それは笑顔なんかじゃなくて、本当は――
358 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:54:36.68 ID:+NxSNgCuo
眠り姫「うるさいっ……うるさいよ!! 弱いくせに! 全然弱いくせに!!
    偉そうに知ったようなこと言わないで!!」

チハヤ「ッ……!!」

眠り姫「私と対等なつもり!? 冗談! 私はアイドルなの!!
    ただ選ばれただけのお前なんかとは違う!!
    言ったよね! アイドルっていうのは、私みたいに圧倒的な力を持つ者のことだって!!」

眠り姫の、初めての『怒声』。
これまでで一番の怒り。
その迫力にチハヤは思わず一歩、足を引いてしまう。
だが、そんなチハヤの手が、不意に優しく握られた。

ハルカ「……わかってるはずだよ、ミキ。アイドルっていうのは、ただ強いだけじゃない」

チハヤ「ハルカ……」

ハルカ「思い出して……。アイドルは、強いだけじゃなくて……!
    みんなを笑顔にするの! 方法は色々だと思うけど、でも!
    アイドルは、世界中のみんなを笑顔にするんだよ!!」
359 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:55:25.19 ID:+NxSNgCuo
瞬間、チハヤは自分の中に、一陣の風が吹き込んできたような感覚を覚えた。
自分の心の淀んでいた、黒い霧のようなものが晴れていくのを感じた。

ハルカ「だからチハヤちゃんが選ばれたんだよ……!
    みんなの笑顔のために真剣に悩める、チハヤちゃんだから……!」

眠り姫「何、それ……! そんな戯言なんて聞きたくない!!
    もういいよ!! お前たち二人とも今すぐ私が消してあげるから!!
    それで証明してやるの……!! アイドルはただ一人、私だけなんだって!!」

眠り姫の体が、かつてないほど強烈な光に包まれる。
放たれればここに居る全員の命が消し飛ばされるほどのエネルギーが今、
眠り姫の両手に集約されていた。

だが、それを見るチハヤの目は落ち着いていた。
チハヤの目に映っているのはもはや、世界を滅ぼそうとする凶悪な敵ではない。

チハヤ「……きっと、止めるわ。あなたのためにも、きっと止めてみせる!!」

真っ直ぐに眠り姫を見つめるチハヤ。
その横顔を見て、ハルカは薄く微笑み、同じように眠り姫を見上げた。
360 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:55:55.53 ID:+NxSNgCuo
手を繋いだ二人の体が浮き上がり、眠り姫と同じ高度まで上昇する。
その様子を地表の少女たちは固唾を飲んで見守った。
彼女達は直感したのだ。
眠り姫を止められるか否か……自分たちの運命は、チハヤとハルカに託されたのだと。
しかしその時、最も近くで見ていたヒビキの横から、不意に声がかけられた。

アミ「いけないわ、あの子達を止めて!」

ヒビキ「え……!?」

そこに居たのは同じ背格好をした少女二人。
唐突に現れた少女らにヒビキが疑問を呈する間もなく、
アミとマミはヒビキに訴えかけた。

マミ「あの子は自分の力を全部あげるつもりよ!」

アミ「危険だわ! 失敗すればまた悲しみが続いてしまうの!」

ヒビキ「な、何? どういう……」

だが、双子の言葉の意味を理解する時間も、問い直す時間も、
今、この場には存在しなかった。
361 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:56:39.11 ID:+NxSNgCuo
眠り姫「あはっ! 準備はいいみたいだね! それじゃ、消してあげるね!!」

瞬間、閃光が走り――
眠り姫の最大の攻撃が、チハヤとハルカに向けて放たれた。

ハルカ「チハヤちゃん!!」

チハヤ「ええ!!」

それまでのチハヤであれば跡形もなく消し去るはずの緑の光。
だがそれに対してチハヤが取った行動は避けるでもなく、光壁を出すでもない。
ハルカと共に両手を前へかざし、そして……

チハヤ「くっ……!!」

眠り姫「!? 何……!?」

受け止めた――!
ヒビキ、イオリ、マコトは三人揃って息を呑む。
だが一番に驚愕し目を見開いていたのは、誰よりも眠り姫であった。
362 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:57:09.47 ID:+NxSNgCuo
眠り姫「馬鹿な、まさか本当に受け止めるだなんて……!」

チハヤもハルカも、涼しい顔をしているわけではない。
全力を振り絞って眠り姫の攻撃に耐えているのはその表情からはっきりと分かる。
しかし今、確かに二人の力は眠り姫と拮抗していた。
ハルカの力が想像以上に残っていたのか?
いや、違う。
眠り姫は感じていた。
この力の根本となっているのは他でもない、自分が格下と嘲笑ったチハヤなのだと。

眠り姫「っ、この力……! お前もアイドルの器を持っていると言うの!?」

そしてそれを見上げていた双子の少女は確信した。
今新たな器に、アイドルの力が注ぎ込まれようとしているのだと。

アミマミ「駄目! 新たな眠り姫が生まれてしまう!!」

それが聞こえていたのだろうか。
それとも、チハヤの心情を慮ったのか。
ハルカは片手をチハヤに差し伸べ、優しく微笑んだ。

ハルカ「チハヤちゃんなら、大丈夫……!」

これまで何度も、すぐ隣から向けられたハルカの笑顔。
チハヤはその笑顔に、笑顔を返した。
363 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:57:35.71 ID:+NxSNgCuo
そうだ……やっと気付いた。
やっと見付けた。
私は、ずっと分からなかった。
アイドルというものが何なのか。
自分のなりたいアイドルが、どんなものか。
でも、やっと見付けた。

いい子にしていれば、みんな笑ってくれた。
だから、だ言うことを聞き続けてた。
でもそれが本当にいいことなのか、わからなくなって。
何もわからなくなって……。
だけど、やっと気付けた。

私は、誰かを怒らせたり悲しませたり、したくなかった。
みんなに……笑顔で居て欲しかったんだ。

……ありがとう。
あなたのおかげでやっと、気付けた。
だから――

チハヤ「ハルカ……私、アイドルになるわ!!」
364 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:59:12.77 ID:+NxSNgCuo
今日はこのくらいにしておきます。
次はまたこのくらい日にち空くと思います。
365 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/14(土) 20:29:48.68 ID:WyBdMTfOo
おつ
366 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/28(土) 18:51:26.97 ID:ZQQwk/AYo
光がチハヤを包んだ。
ハルカが淡い赤色の光となり、チハヤの全身を取り巻くように包み込んだ。
そして変わっていく。
ブーツが、衣装が、装飾が、ハルカの淡い赤とチハヤの鮮やかな青とに彩られ、
手には今までなかった物が――ハルカや眠り姫の物とよく似た『武器』が、握られている。
閉じられた瞳が開かれる。
左目には、眠り姫と同様の真紅の瞳があった。

チハヤを包んでいた淡くも烈しい光が弾け、辺りは再び夜の闇に戻る。
しかしそれでも、チハヤの体は薄く光っているように見えた。

マコト「……あれが、チハヤ……?」

イオリ「まさかあの子、本当に……」

ヒビキ「アイドルに……なった、のか……?」

それはまさに『変身』であった。
チハヤは今、自らの決意と共に、親友に力を託され生まれ変わったのだ。
『アイドル』チハヤへと。
367 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/28(土) 18:52:49.20 ID:ZQQwk/AYo
マミ「……もしかして、成功したの? アミ」

アミ「わからないわ、マミ……。わかるのはきっと、これから」

双子も含め、全員がチハヤの動向を見守る。
中でも眠り姫は、初めて警戒の色を浮かべて睨みつけるようにしてチハヤを注視していた。

眠り姫「ハルカが消えた……それに、その服の色。武器と、目の色も……。
   本当に、アイドルになったんだね。ハルカの力で」

チハヤ「……」

チハヤは答えずに、目を伏せて胸元に手を当てる。
確かに感じていた。
僅かな時間ではあったが深く同じ時を過ごせた親友の存在を、自身の中に。

  “私、あなたのこと忘れない”

口にすることなく想いを胸のうちに込め、
そして、薄く開いていた瞳をすっと閉じ、手に持っていた『武器』を動かした。

攻撃が来る。
誰もがそう思ったのと同時、チハヤはゆっくりと口を開いた。
368 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/28(土) 18:53:29.28 ID:ZQQwk/AYo

  ずっと眠っていられたら
  この悲しみを忘れられる
  そう願い 眠りについた夜もある――


チハヤの口から流れ出たそれは、歌だった。
歌が、口元に添えられた『武器』を通して拡声され、広範囲に広がった。
優しく、しかし力強い、透き通った歌声が、遠く遠く響き渡る。
だがチハヤの突然のその行動は、その場の全員にとって不可解であった。
眠り姫も例外なく不可解さに眉をひそめた後、

眠り姫「ふ……あはははははは!! 何をするかと思ったら、歌!?
   その手に持ってるのも武器じゃなくてただ声を大きくするだけ!?
   意味わかんないよ! 何がしたいの!? あはははははは!!」

おかしくて堪らないというように笑い始めた。
また他の者にとっても、
笑いはしないものの抱いた感想は眠り姫のそれとほとんど変わらなかった。
この状況で歌を歌うなど、一体何を考えているのだ。
もしかして、やはり『アイドル』にはなれずに失敗してしまったのか。
皆の心に何度目か分からない絶望感が影を見せた……その時だった。

眠り姫「あははは……あ? あれ?」
369 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/28(土) 18:55:04.41 ID:ZQQwk/AYo
眠り姫「あれ……? 何、え、なんで……?」

眠り姫の様子が変わった。
笑うのをやめ、顔に手をやって何か動揺しているような素振りを見せる。
初め、何が起きたのか分からなかった地上の少女たちであったが、
少しした後にようやく理解した。
眠り姫の両目から、大きな雫がポロポロとこぼれ落ちているのだ。

  ふたり過ごした遠い日々
  記憶の中の光と影
  今もまだ心の迷路 彷徨う

歌が響く。
頭と胸を押さえる。
何かおかしい。
かき乱される。
まさか、これは……

眠り姫「やめ、ろ……! その歌をやめろ!!」

叫び、眠り姫はチハヤに向けて猛進する。
肉薄し、刃を振ると、チハヤはそれを紙一重で避けた。
だが、歌は止まった。
370 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/28(土) 18:56:48.24 ID:ZQQwk/AYo
眠り姫「あはっ……! 邪魔すれば止められるんだね、その歌!!」

チハヤ「っ……」

眠り姫「じゃあ何も問題ないね! 変なのも治ったし、このままどんどん邪魔して……」

だがその続きは眠り姫の口から出ることはなかった。

眠り姫「ッ……」

眠り姫の体が、動きを止めている。
そしてそれを成しているのが、地上から放たれる電撃であった。

イオリ「チハヤ!! さっさと続きを歌いなさい!!」

ヒビキ「! イオリ……!」

イオリ「最大威力でも、あと数秒動きを止めるので精一杯よ!! だから早く!!」

眠り姫「あと、数秒……!? そんなにもたせられるとでも、思ってるの!?」

イオリ「……!!」

ヤヨイに放ったものの数倍、イオリの出せる限界値の電撃であったが、
それを眠り姫は容易く弾き飛ばす。
371 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/28(土) 18:58:19.61 ID:ZQQwk/AYo
眠り姫「そんなに消えたいなら、お前から先に……」

しかしイオリに向けられた眠り姫の視界は、突如発生した大量の影に遮られた。
見れば大小さまざまな種類の鳥が群れをなして眠り姫を囲っている。

ヒビキ「っ、はあ、はあ、はあ……!!
   どう、だ……! これなら更に数秒、稼げるでしょ……!?」

イオリ「ヒビキ、あなた……!」

ヒビキの様子を見れば、
これだけの数の鳥を創成するのがどれだけの負担になるのか想像に難くない。
だがその甲斐あって、ヒビキの時間稼ぎは一定の効果を上げていた。

  あれは儚い夢
  あなたと見た 泡沫の夢
  たとえ100年の眠りでさえ
  いつか物語なら終わってく
  最後のページめくったら――

眠り姫「ッ……!!」

まずい、また歌だ、どうする、これを聴き続けるのはまずい……!
焦燥にかられ、眠り姫はチハヤの姿を探すが、
飛び回る鳥類に視界を遮られてそれも覚束無い。
372 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/28(土) 18:59:55.10 ID:ZQQwk/AYo
眠り姫「あああもう鬱陶しいなあ!!」

ヒビキ「っ!!」

痺れを切らし、眠り姫は標的を変えた。
鳥の群れの一端をなぎ払い、元凶たるヒビキを始末するべく猛進する。
瞬時に肉迫し、振りかぶられた刃がヒビキに迫った……が。

マコト「ぅあっ!!」

ヒビキ「ッ!! マコト!!」

間一髪、凶刃からヒビキを守ったのはマコトだった。
だが先の眠り姫との戦いで既に消耗し、
更にタカネの攻撃によるダメージも残っているマコトである。
一撃を受け止めることすら叶わず、敢え無く吹き飛ばされてしまった。
しかし、それでも、決して無意味などではなかった。
ほんの一瞬作られた隙をつき、再びイオリの電撃が眠り姫を襲う。
再び僅かな時間、動きが止まる。
それで十分なのだ。
373 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/28(土) 19:01:02.11 ID:ZQQwk/AYo
眠り姫「っ、こ、の……!!」

直感していた。
チハヤの歌を止めてはならない。
眠り姫の様子だけではない。
チハヤの歌そのものから感じる『何か』。
それが、ヒビキに、マコトに、イオリに、直感させた。

イオリ「チハヤ……! 私はまだあなたをアイドルだなんて認めてない!!
   だから……認めさせてみなさいよ!!
   『歌を歌うアイドル』!! それがあなたなんでしょ!?」

――返事は、しなかった。
ただチハヤは歌い続けた。
イオリの言葉に応えるため。
自分を支えてくれる全てに報いるため。
泣いている少女を救うため。
チハヤはただ歌い続けた。

  眠り姫 目覚める 私は今
  誰の助けも借りず
  たった独りでも
  明日へ 歩き出すために

眠り姫「や、めろ……! やめ、て……!!」

  朝の光が眩しくて涙溢れても
  瞳を上げたままで

眠り姫「違う、私、は……ミキ、は……!!」
374 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/28(土) 19:02:07.64 ID:ZQQwk/AYo



ミキ「――はあ、はあ、はあ……!」

ハルカ「お疲れ様、ミキ」

ミキ「! ハルカ!」

いつもの優しい声に顔を上げたら、そこにあるのは、いつもの優しい笑顔。
大好きな友達、ハルカ。

ハルカ「今日の能力訓練、すっごく大変だったよね。
    ミキ、大丈夫? なんだか今日は特に厳しくされてたみたいだけど……」

ミキ「そうなの! 前の授業でちょっと居眠りしちゃったからって、
  あれは酷すぎるって思うな。ミキ、ちゃんと頑張ってるのに」
375 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/28(土) 19:02:52.81 ID:ZQQwk/AYo
ミキ「でも、ミキ平気だよ。このくらい全然へっちゃらってカンジ!」

ハルカ「そう……? 無理しちゃダメだよ?
    居眠りだって、遅くまで自主訓練がんばってたからだよね?」

ミキ「それを言うなら、ハルカだって同じなの。
  ミキの自主訓練、いっつもハルカも一緒に付き合ってくれてるでしょ?」

ハルカ「それはそうだけど、私はさっき厳しくされなかったし……」

ミキ「……だったら、今度の授業でハルカも一緒に居眠りするの!
  そしたら二人とも厳しくされてちょうどいいって思うな」

ハルカ「ええっ!? わ、私も一緒に!?」

ミキ「あはっ☆ 冗談だよ、冗談。
  ミキは平気なのにハルカがあんまり心配するから、ちょっとからかってみただけなの!」

ハルカ「な、なんだ……もう、ミキってば。でも平気なら良かったかな」
376 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/28(土) 19:04:06.86 ID:ZQQwk/AYo
ほっとため息をついてハルカはニッコリ笑った。
ミキは、この笑顔が大好き。
ハルカの笑顔が大好き。
だからハルカにはずっと笑ってて欲しい。

ミキ「確かに最近、授業とか前よりちょっと大変になってきたけど、
  ハルカはなんにも心配する必要ないの。
  だって、ミキにはハルカが居てくれるんだもん」

ハルカ「ミキ……」

ミキ「ミキね、ハルカが一緒だったらどんなに大変なことでも頑張れるよ! だからヘーキ!」

ハルカ「……あははっ、じゃあ私、ずっとミキと一緒に居なきゃだね。
   それに私が居ないと、ミキずーっと寝ちゃってそうだし!」

ミキ「むー。それはあんまりだって思うな!
  ミキだって、そんなにずーっと寝てるわけじゃないの! 多分!
  あ、でも一緒には居てね? アイドルになっても、ずーっと一緒に居るの!」

ハルカ「うん! きっと楽しいだろうな、ミキと一緒にアイドルなんて。
   私たちが楽しいんだから、私たちを見てくれるみんなも、
   きっと楽しくなってくれるよね?」
377 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/28(土) 19:04:52.38 ID:ZQQwk/AYo
ミキ「あはっ、ハルカって本当にそういうの好きだよね。
  みんなも楽しく笑顔にー、って。
  でも、ミキもみんなが笑ってくれてたら嬉しいし、なんとなくハルカの気持ちもわかるかな」

ハルカ「えへへっ、そうだよね。
    きっと私とミキなら、世界中の人を笑顔にできると思うの。
    だから二人で一緒に、アイドルになろうね!」

ミキ「うん!」

アイドルになって、みんなを笑顔にするのがハルカの夢。
だからミキも、ハルカと一緒にハルカの夢を叶えるの。
そしたらミキとハルカも、ずっと笑顔でいられる。
ずっと幸せで居られる、
そう思ってた。


  どんな茨の道だって
  あなたとならば平気だった
  この手と手 つないでずっと歩くなら
378 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/28(土) 19:06:45.50 ID:ZQQwk/AYo



ハルカ「――え……?」

きょとんとしたハルカの顔。
そんなハルカに向けて、先生がさっきの言葉をもう一度繰り返す。

 「あなたがアイドルに選ばれました。おめでとう、ハルカさん」

ちょっとだけ遅れて、わっと歓声が上がる。
たくさんの笑顔。
たくさんの拍手。
「おめでとう」の声。
その全部を一身に受けるハルカ。

中にはきっと、悔しい思いや残念な思いをしてる子も居ると思う。
でも誰も、そんなことは言わずに、今はただハルカを祝ってあげてた。
それがハルカのすごいところ。
みんなハルカのことが大好きなんだ。
379 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/28(土) 19:07:17.59 ID:ZQQwk/AYo
ミキ「ハルカ、おめでとうなの!」

ハルカ「……ありがとう、ミキ……!」

花が咲いたみたいな笑顔につられて、こっちまで笑顔になってしまう。
可愛らしい声に心がじんわりと温かくなる。

そうだ、『アイドル』に選ばれるっていうのは、きっとこういうこと。
……いつか、きっと。
ミキもいつかアイドルになって、そして、またハルカの隣に並ぶんだ。
だって約束したんだから。

でもそれまではほんのちょっとだけ、離れ離れになっちゃう。
だから、ハルカが『卒業』するまでの残り何日間で、できることを考えなくちゃ。
ハルカと一緒にいっぱい思い出を作る?
それより何かプレゼントを作る?

たくさん考えたせいで、その日の夜はなかなか眠れなかった。
でも、次の日の朝。
考えたことは全部、どこかに行ってしまった。
380 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/28(土) 19:07:54.37 ID:ZQQwk/AYo



ミキ「――ふあぁ……あふぅ。おはよう、ハルカ」

次の日いつも通りに、目が覚めて一番に隣のベッドに挨拶した。
そしたら、起きるのを待ってくれてたハルカがにっこり笑って、挨拶を返してくれる。
それがいつもの朝だった。
でも、気付かなかった。
『いつもの朝』は、もう昨日で終わってたんだって。

ミキ「……あれ? ハルカ……?」

いつも居るはずのベッドに、ハルカは居なかった。
最初は、例えばお手洗いだとか、アイドルのことで先生に呼ばれたんだとか、
そんな理由で居ないんだって、そう考えた。
でも違った。

誰に聞いてもどこを探しても、ハルカは居なかった。
381 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/28(土) 19:08:48.71 ID:ZQQwk/AYo
タカネ「――これだけ探しても見つからないとなると……。
   やはり、アイドルに選ばれた重責に耐えかね、脱走したのでは?」

ミキ「そんなことないの!
  ずっとアイドルを目指して頑張ってきたのに、逃げたりなんかするはずないの!」

タカネ「しかしそうは言っても……」

ミキ「それに、約束したんだもん! アイドルになっても、ずっと一緒だって……!
  ミキ、ハルカと約束したの! ハルカがミキとの約束、破るわけないよ!」

タカネ「……」

ミキ「まだ、探してないところはあるの……! ミキ、諦めないから!!」

でも……何日探しても、ハルカは見つからなかった。
ハルカはミキの隣から、居なくなった。


  気づけば傍にいた人は
  遙かな森へと去っていった
  手を伸ばし 名前を何度呼んだって
382 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/28(土) 19:09:29.62 ID:ZQQwk/AYo
どうして?
ねえ、ハルカ。

ミキ『一緒に頑張ろうね。アイドルになっても、ずっと一緒にいようね。約束だよ』

ハルカ『うん、約束』

約束したのに。
どうして居なくなっちゃったの?
約束、したのに……。

  悪い夢ならいい
  そう 願ってみたけど
  たとえ100年の誓いでさえ
  それが砂の城なら崩れてく
  最後のkissを想い出に
383 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/28(土) 19:10:26.48 ID:ZQQwk/AYo
ハルカが居なくなって何日経ったか分からない。
日にちを数える気も、何をする気も起きなかった。

夢に見るのはハルカとの楽しい毎日のことばかり。
でも目が覚めたらハルカは居ない。
毎日泣いて、泣いて……。

タカネ「ハルカに会いたいですか?」

会いたいよ。
そんなの会いたいに決まってる。

タカネ「ならば、アイドルになるのです。
   この薬を使えばアイドルになって……あなたの望みを叶えることができますよ」

本当?
本当にまた、ハルカに会えるの?

タカネ「もちろんです。さあ、こちらへいらっしゃい……」
384 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/28(土) 19:11:23.93 ID:ZQQwk/AYo



 「――何!? 何が起きたの!?」
 「嘘……! ミキちゃん、なんで……!?」

あれ……?
ミキ、どうしたんだっけ。
何も、考えられない。
悲しい、痛い、嫌だ、苦しい。

 「力が、暴走してる……!? ミキさん、止まって! 止まりなさい!!」
 「駄目! みんな逃げて!! もう建物が崩れるわ!!」

全部夢だったらいいのに。
ハルカが居なくなったことなんて、全部全部、悪い夢だったらいいのに。

   『ならば、夢にしてしまいましょう』

え……?

   『辛いことも、苦しいことも、すべて夢にしてしまえば良いのです』

……全部、夢に……。
385 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/28(土) 19:12:11.63 ID:ZQQwk/AYo
そうだね、それが出来たらいいよね……。
 できるよ。
……できるの?
 うん、できる。
でもミキ、よく分からないの。
 大丈夫。私ならできる。
本当? 全部、本当に夢にできるの?
 本当にできるよ。嫌なことも、悲しいことも、全部壊しちゃうの。
全部、壊しちゃう……。

 ハルカが居ない世界なんて、壊しちゃえばいい。
 そしたら全部、夢になる。
でもミキ、壊しちゃうのはヤだよ。
 ……そう。
眠っちゃえばいいって思うな。
眠っちゃえば、ずっと幸せな夢を見ていられる。
夢の中ならハルカと一緒に居られる。
 でも目が覚めたら?
目が覚めたら……。

目が覚めたら、壊しちゃおっか――
386 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/28(土) 19:13:26.78 ID:ZQQwk/AYo
今日はこのくらいにしておきます
次も多分また日にち空くと思います
387 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/28(土) 22:32:43.29 ID:O3/nmhCHo
おつ
待ってた
388 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/04(土) 21:49:01.60 ID:g5zxWJBDo



ミキ「……違う……違うの、ミキは……」

チハヤ「……」

地に両手をついて、ただ涙を流す一人の少女。
チハヤはもう歌ってはいない。
彼女の前に立ち、静かに見下ろしていた。

少女はすべてを思い出した。
今ようやく目を覚ましたのだ。
眠り姫ではない。
百年の眠りから初めて目覚めた少女が今、そこに居た。

ミキ「世界を壊すなんて……そんなの、ミキは望んでなんかない……。
  ただ……ハルカと一緒に居たかった……。それだけだったの……。
  なのに、どうして……? どうして……」
389 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/04(土) 21:49:46.50 ID:g5zxWJBDo
『どうして』――
ミキの繰り返すその言葉は、果たして何に向けられた言葉だっただろうか。
約束を違え、傍を去ってしまったハルカか。
それとも願いを違え、凶行に至った自分自身か。

いずれも単に自問自答するのみでは到底わかりえぬことである。
このまま何もなければ、ミキはいつまでも答えの出ない問いを繰り返していただろう。
だがここで、回想される記憶の中にあった一つの光景が、
ミキの呟きを止めた。

ミキ「……タカネ……」

チハヤ「……!」

ミキ「どうして……? どうしてタカネまでここに――」

しかし疑問と困惑に満ちたその声は次の瞬間、
悲鳴に変わった。
390 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/04(土) 21:51:00.27 ID:g5zxWJBDo
ミキ「っあ!? あぁああああっ!?」

突然、ミキの体が発光し出した。
同時に苦痛に顔を歪めて悲鳴を上げるミキに、それを見ていた少女らは動揺する。

ヒビキ「な、何!?」

イオリ「どうしたの!? 何が……!」

理解が追いつかずにただ困惑の声を上げるばかりのヒビキとイオリ。
ただその中で、マコトの見せた表情は彼女達と少し違っていた。
ミキの体を包む光に、マコトは見覚えがあったのだ。

マコト「まさか、タカネ……!」

イオリ「え……!? な、何、タカネ? タカネがどうしたって言うの!?」

チハヤ「っ……まずい……!」

ヒビキ「チハヤ、何か知ってるのか!? 何がどうなってるんだよ!?」
391 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/04(土) 21:52:21.01 ID:g5zxWJBDo
混乱と動揺を隠すことなく、口々に疑問を発するイオリたち。
だがチハヤがそれに答えるよりも、ミキの悲鳴が止む方が先だった。
仰け反っていたミキの上体がぐらりと揺れる。
そのまま後ろに倒れ込むミキを、チハヤは咄嗟に支え、同時に叫んだ。

チハヤ「私はタカネのところに行くわ! みんなはこの子をお願い!」

マコト「え!? ちょ、ちょっと、チハヤ……!?」

チハヤ「説明している暇はないの!
    ただ、この子はもう、眠り姫じゃないから……! だからお願い!」

そう言い残したかと思えば、チハヤは砂塵を巻き上げてその場を離れた。
マコトたちが抱いている一切の疑問を置き去りに、とにかく駆けた。
向かう先は旧校舎地下の最奥。
眠り姫が――ミキが眠っていたあの部屋である。

驚くべき速度で移動する中、チハヤは思考する。
今自分の中にある感情、記憶を整理する。
だがそれが済む前に、チハヤは目的の場所へたどり着いた。
そしてそこで見た光景は、チハヤの感情を激しく揺さぶった。
392 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/04(土) 21:53:45.54 ID:g5zxWJBDo
チハヤ「っ……!!」

タカネ「……おや。思ったよりも早い到着ですね」

薄い笑みを浮かべ振り返った少女は、チハヤの初めて見る人物であった。
だが、チハヤは知っていた。

チハヤ「……あなたが、タカネ……!」

タカネは答えず、ただ微笑んで首を僅かに傾ける。
と、ここでチハヤの視線はタカネからずらされた。
その背後、その頭上。
天井から突き出た巨大な木の根。
脈打つように点滅する、根に灯った多くの光。
そして、そこへ吊るされた、アズサの姿。

タカネ「なるほど……ふふっ。その力、どうやら融合を果たしたようですね」

チハヤ「あなたがハルカを……ミキを……!
    もうこれ以上好きにはさせないわ! アズサさんを放しなさい!」
393 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/04(土) 21:55:20.37 ID:g5zxWJBDo
嘲るような声と表情に、チハヤは眉根を寄せて叫ぶ。
しかしそれに対してタカネは、
おかしくて堪らないというように噴き出した。

タカネ「ふ、ふふっ……あははははっ!
   『好きにさせない』とは、随分な物言いですね。
   ハルカ如きの力を得てようやくアイドルになれただけの紛い物が……!」

チハヤ「っ……何を……」

タカネ「良いでしょう、アズサは解放して差し上げます。
   いずれにせよもう用済み。私の目的は成ったも同然ですから」

その意味をチハヤが理解するより先に、タカネの言葉に呼応するかのごとく、
木の根に点在していた光が、ドクン、と一際大きく脈打った。
タカネは妖しい視線を残しつつ背を向け、両手を開いて頭上を見上げる。

タカネ「時は来た……今こそ『デビュー』の時!」

瞬間、地面が揺れ始める。
地下全体が揺れ、天井からパラパラと破片が落ち始める。
崩落の予兆。
それは同時に、『始まり』の予兆であった。
394 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/04(土) 21:56:31.56 ID:g5zxWJBDo
天井や壁の崩落に伴い、縛り付けていた鎖が切断され、アズサは力なく落下する。

チハヤ「アズサさん!」

チハヤは即座に飛び、アズサの体を両手で受け止めた。
見た目には傷は浅い。
だがチハヤは、その体から伝わってくる感覚から、今のアズサの状態を感じ取った。
アズサの能力が、考えられないほど酷く弱まっているのだ。

アズサ「ぁ……チハヤ、ちゃん……? 私……」

チハヤ「喋らないで……! それより、今はここを出ます!」

返事を待たず、アズサを抱えたまま出口へ向けて高速で飛翔する。
時折落下する瓦礫を防ぎつつ、狭い通路を見事抜け、
そして月明かりの照らす外へと脱出した。
振り向けば、旧校舎が音を立てて崩れていく。
と言うより、地下へと沈み込んでいく。
まるで地の底へと飲み込まれていくように。

アズサ「そんな……一体、何が……」

チハヤ「っ……とにかく、みんなのところへ戻りましょう」
395 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/04(土) 22:02:52.37 ID:g5zxWJBDo



イオリ「! チハヤ、アズサ!」

ヒビキ「良かった、無事だったんだな!」

地面に降り立ったチハヤ達に気付き、イオリ達は声を上げた。
またチハヤも安堵の表情を浮かべながら、そっとアズサを地面に下ろす。

ヤヨイ「チハヤさん、アズサさん……!」

ユキホ「あ、あの、何が、どうなって……」

駆け寄った少女たちの中に、ヤヨイとユキホは居た。
地下室に向かっている間に目を覚まし、自力で来たのだろうか。
それともイオリ達のうちの誰かが連れて来たのだろうか。
細かなことは分からないが、とにかく全員がこの場に揃った。
そのことは、チハヤの不安を少なからず取り払った。
396 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/04(土) 22:11:51.50 ID:g5zxWJBDo
しかし、すぐにチハヤは気を引き締めなおす。
チハヤだけではない。
安堵できるような状況では到底ないことは、その場の全員が分かっていた。

マコト「チハヤ……。一つ、確認させて欲しい。
   全部の元凶は……本当に、タカネなの?」

緊迫した様子で訊ねるマコトと、
同様の表情を浮かべてチハヤの返事を待つ周りの皆。
不安と緊張のこもった視線を一身に受け、チハヤは静かに答えた。

チハヤ「……ええ。数年前にこの学園に通っていた、タカネ。
   彼女は、ハルカやミキが居た百年前にも……学生として生きていた。
   それが彼女の能力なのか、それとも別の何かなのかは分からないけれど……。
   そうやって百年以上もの年月を生き続けて、研究と実験を繰り返していたの。
   地下室で見付けた資料……『アイドル量産計画』の研究を」

ユキホ「そ、そんな……」

チハヤ「アズサさんをさらったティーチャーリツコの正体も、タカネだった。
   それもきっと、彼女の目的をなす為に……」

イオリ「なによ、それ。何のためにそんな……! アズサ、あいつに何をされたの!?」
397 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/04(土) 22:14:35.51 ID:g5zxWJBDo
アズサ「……私の、能力……『転送』を、無理矢理に応用、させられたわ……。
    地上でみんなが使ったエネルギーを、地下に、転送させられて……」

地面に腰を下ろして途切れ途切れに答えるアズサ。
能力を、限界を超えて無理に発動させられる……。
そのことが体にどれほどの負担がかけるのか、想像もできない。
だがアズサの話を聞き、
なぜタカネがアズサをさらったのか、推察に至ることができた。

ヤヨイ「そ、それって、みんなの力を集めてた……って、ことですか?」

ヒビキ「多分、そういうことだよね……。でも、なんで……?」

ユキホ「そ、それもアイドル量産計画のうちってこと?
    旧校舎が崩れたことと何か関係があるの……?」

得た情報から、皆それぞれタカネの目的を推測する。
だが……それを口にする前に、『それ』は姿を現した。

 「――ッ!?」

一同は息を呑み、崩壊した旧校舎へと目を向ける。
あの時、地下室の扉の奥から感じた眠り姫の気配……。
それを更にドス黒く、おぞましくしたような気配に、
少女らは内蔵が鷲掴みにされたような感覚を覚えた。
座り込みただ俯いていたミキの様子が変わったのは、その時だった。
398 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/04(土) 22:15:02.80 ID:g5zxWJBDo
ミキ「ひっ……!? 嫌、嫌ぁ……!!」

頭を抱え、何かに怯えた様子を見せるミキ。
『眠り姫』とはまるで違う弱々しいその姿に、
少女たちは困惑に僅かな憐憫を含めた視線を向ける。
だがそれも一瞬のこと。
皆すぐに気配のもとへと向き直った……その瞬間。

マコト「!? な、なんだ、この音……!?」

地の底から湧き上がるような、低く、ひどく濁ったような音が大気を震わせる。
それに共鳴するかのように地面が揺れ、
崩れた旧校舎の瓦礫が、姿を消した。
いや正確には、地面へ飲み込まれた。
地盤が崩落し、ぽっかりと巨大な穴があいた。
音は、その穴の奥から響いているようだった。

一体、あそこに何が……。
皆が一様に抱いた警戒心と疑問に、
数秒後、『それ』は自身の姿を現すことで答えた。
399 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/04(土) 22:16:08.92 ID:g5zxWJBDo
タカネ「さて、始めましょうか――終焉を」

それはタカネの声であった。
だが深淵から姿を現した『それ』を見た時、誰もタカネだとは思わなかった。

  ”怪物”

一言で形容するならまさにその言葉がふさわしかった。
服装はおろか皮膚の色すら濁った黒色へと変わり、
周囲には禍々しいオーラが触手のごとくうねっている。
それはマコトとユキホを襲ったものともミキを襲ったものとも違う、
混沌とした濁った輝きを放ち、
先程から聞こえてくる音は、そのオーラが発する怨嗟の声のようであった。

タカネ「お礼を申し上げます。貴女方がここで存分に力を使ってくれたおかげで、
   私は予定通りに『デビュー』することができました。
   この世に混乱と破滅をもたらすもの……真の、アイドルとして」

全くの別物として宙に浮くタカネ。
それを目にした瞬間、少女たちの体は完全に動きを止めた。
眠り姫と相対した時のように警戒態勢に入ることすらできない。
ただただ、射すくめられた。
400 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/04(土) 22:16:46.04 ID:g5zxWJBDo
それほどまでの力の差。
いや、力の差以上に、今まで感じたことのないほどの禍々しさを――
恐怖、絶望、憎悪、あらゆる負の感情が具現化したようなそのオーラを見て、
皆、ただ目を見開くことしかできなかった。

しかしそんな中でやはりチハヤだけは飲まれなかった。
ぐっと拳を握り、タカネを真っ直ぐに見上げ、睨みつける。
タカネはそんなチハヤの目線に気付いたが、
ふっと嘲るように息を吐いたのち、チハヤの後ろへと目を向けた。

タカネ「おやおや……そんなに怯えて可哀想に。
   やはりあなたはアイドルの器ではなかったようですね、ミキ?」

突然声をかけられ、びくりと肩を跳ねさせるミキ。
しかし怯え切ったその瞳の向く先は、タカネへと縛り付けられている。

タカネ「長きに渡り、良き夢を見ていたようですが……。
    しかし見なさい。これが現実です。世界の終焉……あなたの愚かな夢が招いた現実です」

チハヤ「っ……やめなさい! これ以上、この子を……」

だがミキに追い打ちをかけるような言葉を、チハヤは止めようとする。
しかしタカネは一瞥もくれず、

タカネ「教えて差し上げましょう。あの夜、ハルカを消したのは私です」
401 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/04(土) 22:17:17.42 ID:g5zxWJBDo
今日はこのくらいにしておきます。
次も多分日にち空くと思います。
402 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:04:24.43 ID:j3B0mAseo
ミキ「……え?」

タカネ「真、残念でした。
   あの日の夜、私の持ちかけた提案を断ったばかりか、
   愚かにも私の研究のすべてを通告しようとし……そして、消されてしまったのです」

その時、恐怖に支配されたミキの心に生じたものは何であったか。
驚き、困惑、悲しみ……あらゆる感情が浮かんでは消え、消えては浮かぶ。
ただその中に、親友の仇に対する怒りはなかった。
更に続いたタカネの言葉が、ミキの心からその選択肢を消してしまった。

タカネ「ミキ? あなたはハルカが約束を破ったのだと……
   ハルカに裏切られたのだと、そう思い込んでいたようですが、実際はその逆なのでは?」

ミキ「なに……え、何、が……?」

タカネ「あなたは、親友のことを最後まで信じることができなかった。
   本当に彼女のことを信じていたのなら、失踪の原因を探り、
   いずれは私の存在へたどり着いたでしょうに。
   しかしあなたはハルカに裏切られたのだと、
   勝手に嘆き、勝手に悲しみ、夢の中へと逃げ込んだ。
   そして、ハルカの願った世界の幸せを壊そうとした。
   つまり、あなたこそがハルカのことを――」

チハヤ「やめて!! もう、やめなさい!!」
403 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:05:11.40 ID:j3B0mAseo
瞬間、チハヤの体が強い光を放つ。
そしてチハヤは飛翔し、瞬く間にタカネに肉薄して得物を振りかぶった。
しかし――

チハヤ「っ、く……!!」

タカネ「……まあ、この程度でしょうね。所詮は紛い物なのですから」

チハヤの全力の攻撃を、タカネは片手で受け止めた。
散った火花こそ激しいものの、タカネの表情は涼しく、相変わらずの嘲笑を浮かべ続けている。
そしてそのまま、無造作に空いた方の手を上げたかと思えば次の瞬間、
チハヤは悲鳴を上げる間もなく後方へ弾き飛ばされ、砂塵を巻き上げて地面へ激突した。
皆は振り返り口々にチハヤの名を叫んだが、
その足は地に縫い付けられたように、誰一人として動くことはできなかった。
タカネはそんな彼女たちを満足げに見下ろしながら、

タカネ「言ったでしょう? これが、現実です。
   もはや終焉は免れません。世界は混沌に満ち溢れます。
   これが、愚かな小娘が抱いた愚かな夢の代償です」

ミキ「……ミキの、せい? ミキのせいで……こんなことに、なっちゃたの……?」

悪意に満ちたタカネの言葉は、混乱し弱りきったミキの心に十分以上に染み入った。
自分がハルカを信じなかったから。
だから、自分は暴走して、たくさんの人を傷つけて、
そして、世界が壊れてしまう。
404 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:06:14.67 ID:j3B0mAseo
ミキ「ミキが……ミキが、悪かったから……」

タカネ「ええ、そうですよ。すべてあなたのせいです」

愉悦に歪んだタカネの笑顔と声。
ミキの見開かれた目から涙が溢れる。
視線が下がり、ぐったりとうなだれる。
もう、何も見えない。
真っ暗だ。

ごめんなさい。
ごめんなさい、ハルカ。
ごめんなさい、みんな。

ミキが、あんな夢なんて見たから。
ハルカと一緒に居たいって、また会いたいって、
ただそう思っただけなのに……。
でも……それが、ダメだったんだ。
こんなことなら……こんなことなら、初めから……。
405 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:07:20.01 ID:j3B0mAseo
ミキ「え……?」

何かが触れた感触がしたのは、その時だった。
温かい何か。
絶望が心を染めていくのが止まった、そんな感覚。
黒く染まった視界に光が戻った。

地に付いた自分の手に、二つ、誰かの手が重なっている。
それを辿ってゆっくり目線を上げると、栗色の髪の毛の女の子が、手を握っていてくれた。
もう一つの手を辿ってみると、光を飛ばす能力の子が同じように手を握ってくれていた。

両方の肩にも、何か触ってる。
振り向くと、瞬間移動の人が、肩を抱いてくれていた。
正面に、誰かの足が見える。
光る剣の子と、動物の子と、電気の子が、前に立ってタカネを見上げていた。

タカネ「……それはなんの真似ですか?」

タカネの低い声が響く。
手を握る力と、肩を抱く力が、ぎゅっと強くなった。
まるで、守ってくれるみたいに。
名前も知らない人達が、守ってくれようとしていた。
406 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:12:52.33 ID:j3B0mAseo
タカネ「はて、分かりかねますね……。
   その娘は『眠り姫』。つい先ほどまで、貴女方を喜々として痛めつけていた張本人です。
   その眠り姫を、貴女方は庇うというのですか?」

イオリ「……庇うわよ。よく分からないけど、少なくとも……
   あなたが全ての元凶で、この子も被害者なんだって、なんとなく分かったから……!」

タカネの問いに初めに答えたイオリの声は、微かに震えていた。
恐怖を忘れたわけではないらしい。
だがその声色に、その瞳に、恐怖以上の強い意志のようなものが確かに込められている。

タカネ「被害者、ですか。そう思うのは構いませんが、
   それでも眠り姫が貴女方の命を奪おうとしたのは紛れもない事実。
   その娘は罪のない者を傷付けた、穢れ切った罪人。そこに何も変わりはないのでは?」

嘲りと悪意を持って吐き出される言葉。
突き立てた刃を捻られるような痛みにミキは眉根を寄せて唇を噛む。
しかし直後、肩をぐっと掴まれる感覚と、
これもやはり強い意思の込められた言葉が、その痛みを忘れさせた。

アズサ「確かに……私達はこの子と戦ったわ。でも、それは関係ない……!
   傷ついて泣いている子を庇ってあげられないような子は、私達の中には居ないもの!」
407 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:13:25.82 ID:j3B0mAseo
タカネ「……ふふっ。愚かなことです」

少女らの視線を一身に受けたタカネは、それでも嘲笑を崩さない。
アズサの懸命な言葉を一笑に付し、片手を向けて、

タカネ「どうぞ、庇うのならご自由に。その行為に意味があれば良いですね」

禍々しい光の塊を放った。
当たればその場の全員の命を肉体ごと消し飛ばすであろう攻撃。
しかしそれは、少女たちの目前、
青い光壁にぶつかり、爆散した。

チハヤ「……アズサさんの、言う通り。もうこれ以上、ミキを……。
   いえ、誰も傷付けさせはしない……!」

アズサ「! チハヤちゃん……!」

アズサに続いて皆後方を振り返り、口々にチハヤの名を呼ぶ。
良かった、無事だったんだ、と安堵したのはしかし一瞬のこと。
あの一撃で負傷したのだろう、
片腕を抑えて歩いてくるチハヤを見て、一同の表情は再びこわばった。
だがそんな皆に向け、チハヤは優しく微笑む。

チハヤ「大丈夫……たいした怪我じゃないから。
   私の防壁も、まだしばらくは保つはず。それより……」
408 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:14:13.76 ID:j3B0mAseo
そこで言葉を切り表情を改めたチハヤの視線を追い、皆はミキに目を向ける。

チハヤ「ミキ。あなたには伝えないといけないわ。
    あの日の夜、何が起きたのか……」

ミキ「え……」

チハヤ「ごめんなさい……少し、辛い思いをするかも知れないけれど……。
    でも、知るべきなの。あの時ハルカが何を思っていたのか、知って欲しい」

そう言って、チハヤは片手を前へ出し、掌を上へ向ける。
するとそこから、淡い赤色の光を放つ球が現れた。

チハヤ「ハルカの記憶……受け取ってもらえるかしら」

ミキは目を見開いてその光をじっと見つめた。
胸元で握った両手は不安を抑えるためであろうか。
それからしばらく後。
ミキはきゅっと唇を引き結び、頷いた。

チハヤ「……ありがとう」

光球が動き、ミキの体に吸い込まれていった。
409 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:14:55.69 ID:j3B0mAseo



――松明の火が灯る、薄暗い廊下。
人気のない校舎。
そこに、その人は立っていた。

ハルカ「どうしたんですか、タカネさん。
    こんな時間に呼び出すなんて……何か大事な用事ですか?」

タカネ「……ええ。とても重要なことです」

そう言って、タカネさんはにっこり笑った。
でも、なんだろう。
何か、いつものタカネさんと少し雰囲気が違うような気がする。

タカネ「まずは改めてお祝いの言葉を。この度は真、おめでとうございます。
   友人からアイドルが選ばれ、私としては大変喜ばしい限りです」

ハルカ「そんな……えへへっ、ありがとうございます。
    実はまだ、実感がない感じですけど……。
    目が覚めたら全部夢なんじゃないかって、今でもちょっと不安です」

タカネ「ふふっ……。安心してください。紛れもなく現実ですよ」
410 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:15:36.35 ID:j3B0mAseo
ハルカ「それで、えっと、用事っていうのは……?」

タカネ「はい。ハルカに、協力を依頼したいのです。受けていただけますか?」

ハルカ「協力……ですか? はい、私にできることなら!」

タカネ「そうですか。ではまず、これに目を通していただきたいのですが」

そう言うとタカネさんは、何か紙の束みたいなものを手渡してきた。
それが何なのか全然想像もつかないまま、私は受け取った。
でも多分、たとえどんな想像をしてたとしても、意味なんてなかったと思う。

ハルカ「……え……?」

何が書いてあるのか、理解できなかった。
いや、書いてあること自体は理解できたけど、でも……

ハルカ「な……なんですか、これ。何かの冗談、ですよね……?」

タカネ「冗談などではありませんよ。そこに書いてある計画、研究内容、全て事実です」

ハルカ「そんな……! こ、こんなの、許されるはずありません! すぐにやめさせないと!」
411 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:16:47.91 ID:j3B0mAseo
この時になってやっと、どうしてタカネさんがこのことを私に話したのかわかった。
きっと、私に計画を中止させるのに協力して欲しいんだ、って。
でも、違った。

タカネ「やめさせる……? なぜです? こんなにも素晴らしい計画なのに」

ハルカ「えっ……な、何を言ってるんですか! これのどこが……。
    ッ!! まさか、タカネさん……!」

タカネ「さて、本題に入りましょう。……ハルカ、この計画に協力してください。
   『アイドル』の協力があれば、私の研究はより早く……」

ハルカ「い、嫌です! こんなこと、協力できるはずありません!!」

タカネ「……即答ですか。まあ、予想通りといったところでしょうか」

ハルカ「このことは、先生達に報告させてもらいます!
    タカネさんも来てください! 今すぐに!」

そうは言いながらも、私は、タカネさんが大人しくついて来てくれるとは思ってなかった。
もし本当にタカネさんがこの計画に賛同しているのなら、
先生への報告なんて素直に応じるはずがない。
だから、多分拒否か、抵抗されるかも知れないとは思ってた。
つまり私は……タカネさんのことを何も分かってなかったんだ。
412 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:17:45.15 ID:j3B0mAseo
タカネ「ふふっ……思った通りの愚かしさですね。
   もう少し賢ければ、その分長生きできたものを」

ハルカ「え……?」

……気付いたら、知らない人がそこに立っていた。
見た目は確かに、タカネさんだった。
でも、知らない。
私はこんな人、知らない。
タカネさんじゃない。
私の知っているタカネさんによく似た人が……いつの間にか、目の前に立っている。

ううん、違う。
これがこの人なんだ。
今ここに居るこの人が、本当のタカネさんなんだ……。

タカネ「ではあなたではなく、ミキに協力してもらうことと致しましょう。
   多少時間はかかってしまうでしょうが、その方が確実ですからね」

ハルカ「っ……!!」

その瞬間、私は背を向けて走り出していた。
でも……ほんの数歩駆けたところで、私の全身は勢いよく床に打ち付けられた。
413 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:19:13.28 ID:j3B0mAseo
ハルカ「ぁ……か、はッ……!!」

痛い、苦しい、苦しい、痛い、痛い、痛い、苦しい、
何をされた、何があった、
攻撃、そうだ、タカネさんに、攻撃されたんだ、痛い、痛い……!!

足音、近付いてくる、
このままじゃ、駄目、駄目だ、ダメだ、

タカネ「……さようなら、ハルカ。愚かな小娘よ」

――その時目に映ったのは、タカネさんの手から出る、強い光。
耳に聞こえたのは、低く唸るような音。
でも視界全部を埋め尽くすその光の中に、音の中に、私は別のものを見て、聞いた。

  『一緒に頑張ろうね。アイドルになっても、ずっと一緒にいようね』

そう……約束したんだ。
ずっと一緒だって。
私は約束したんだ。

……ミキと、約束したんだ。
だから……!!
414 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:20:34.79 ID:j3B0mAseo
ハルカ「うっ……ああぁあああぁああああああああッッ!!!!!」

タカネ「っ!」

私の能力――自分の『生命力』を操る力。
その力を、最期に使った。
自分の命を丸ごと……つまり『魂』を、体から抜き取った。
それがただ一つ、タカネさんに殺されないための方法。

魂だけになれば、誰にも見えない。
誰にも感じ取れない。
だから殺されることもない。
だけど、何もできない。

それから百年かけて少しずつ力を集めて、体を作って、
やっと、元の力を取り戻すことができたんだ。

……ごめんね、ミキ。
約束破っちゃって、本当にごめん。
でも、待ってて。
きっとまた会いに行くから。
きっと、償うから……待っててね。
415 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:21:24.08 ID:j3B0mAseo



地に膝をつき俯くミキを、チハヤたちは黙って見守る。
タカネの防壁への攻撃は意外にも、初めに防いだ一発以降無いようだ。
そんな不自然なほどの静寂さの中、

ミキ「……ハルカ……」

絞り出したような掠れた声が、少女たちの耳に届いた。
両手を胸に当てて目を強く瞑るミキの姿は、祈りを捧げているようにも見える。
と、不意にミキの両手がすっと胸から離れた。
膝が地面から離れた。
そして、

ミキ「みんな……ごめんなさい。
  ミキ、たくさん酷いことして、傷つけて……本当にごめんなさい。
  それから、ありがとうなの……ミキのこと、タカネから守ろうとしてくれて」

上下の瞼が離れ、その先に見えた瞳……。
そこには、少女たちの知らない光があった。
眠り姫の瞳にはなかった。
タカネにただ怯えきっていた瞳にもなかった。
まだ淡く、儚い印象を受けるものの、
それが恐らくは本来の……ミキの瞳が持つ光なのだろうと、全員が感じた。
ハルカの記憶が、想いが、ミキの瞳に光を取り戻させたのだ。
416 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:23:21.61 ID:j3B0mAseo
ヒビキ「も……もう、大丈夫なのか?」

ミキ「……大丈夫なの。ミキはもう、ミキだから。
  だから今度は、ミキがみんなを守る番」

そう言うとミキは、手に武器を発現させる。
そして、青い防壁の先に見えるタカネを見据えた。

マコト「まさかタカネと戦うつもり……!?
   さ、流石に無茶だよ! いくら君でも、あのタカネ相手じゃ……!」

イオリ「っ……そうよ。あなたにはもう、『眠り姫』の時ほどの力はないんでしょ……!?
   いえ、たとえあの時の力が残っていたとしても今のタカネは……」

ミキの意志を察して、皆口々にタカネと正面から戦うことの無謀さを口にする。
口にはしていない者も、不安を色濃く写した目をミキに向けている。
しかしミキはタカネから目を離すことなく言った。

ミキ「そうだね……。『眠り姫』の力は、もうタカネにほとんど取られちゃった。
  でも、それでもみんなよりもミキの方が、力は残ってるの。
  ……ううん、もしそうじゃなくたって、タカネはミキが倒さなきゃいけないの。
  だって、こんなふうになっちゃったのは、やっぱりミキのせいだもん」
417 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 20:24:17.82 ID:j3B0mAseo
ミキ「それに、やらなきゃどっちにしろみんな死んじゃうんだし。
  だったら、戦った方が絶対いいの」

チハヤ「ミキ……だったら私も――」

一緒に戦う、と言いかけたチハヤの言葉を、ミキは首を横に振って止めた。
そして薄く笑って、

ミキ「チハヤさん……だよね。ダメだよ、怪我してるのに無理しちゃ。
  それにチハヤさんは、『歌を歌うアイドル』でしょ?」

チハヤ「……!」

ミキ「知ってるよ。チハヤさん、戦うのはあんまり得意じゃないんだよね。
  だから、戦う代わりに、みんなのことを守ってて欲しいの。
  それから、歌って欲しい。もう一度、ミキのために」

チハヤ「ミキ……」

次いでミキは、アズサに、ユキホに、マコトに、イオリに、ヒビキに、ヤヨイに、
ぐるりと目を向ける。

ミキ「みんなも、応援してね。そしたらミキ、きっと大丈夫。
  今までずっと一人ぼっちで立ち止まって、うずくまってばっかりだったけど……。
  今なら一人でも歩き出せるから。全然、怖くなんかないの」
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