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【アイマス】眠り姫 THE SLEEPING BE@UTY
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268 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/25(金) 22:58:57.69 ID:ao5/QTwco
ユキホ「ひっ!? な、何!? なんですかぁ!?」
ヒビキ「なんでいきなり……!? ど、どうなってるんだ!?」
アズサ「っ……みんな、落ち着いてじっとして! 慌てて動くと怪我をしちゃうわ!」
だがアズサに言われるまでもなく、全員その場を動くことができなかった。
この部屋だけではない。
廊下の明かりもすべて消えた今、全くの暗闇が周囲を覆っていた。
一体何が起きたのか、なぜ急に火が消えたのか。
多くの疑問が慌ただしく脳内を駆け巡る。
だがそんな、混乱しかけた彼女たちの意識は次の瞬間、
たった一つの感覚に支配された。
「――っ!?」
全身の産毛が逆立つ感覚。
同時に、暗闇の中わずかでも明かりを探そうと忙しなく動き回っていた少女たちの目が、
全く同時に、一方向に固定された。
269 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/25(金) 22:59:40.87 ID:ao5/QTwco
それはあの、扉の方向。
とは言え暗闇の中、誰にも扉など見えていない。
しかしそれでも彼女たちは、扉の向こうの何かに、目を向けていた。
何か、居る。
分からない。
分からないが、確実に居る。
得体の知れない何かが、あの扉の向こうに、居る……。
真っ先に動いたのはマコトだった。
暗闇に突如、眩い光が発生する。
それは、マコトが手に掴んだ装置を発動させた光だった。
光が全身を包み、圧縮され、一瞬後にはマコトは特殊な装いに身を包んでいた。
これが装置の機能の一つ。
能力の使用に服装が最適化されたのである。
これはつまり、『そうしなければならない』とマコトが判断したということ。
自身の能力を最大限に発揮しなければならない状況が今であるのだと、
その直感にマコトは従った。
数秒の間をあけ、他の者もマコトに倣うように次々と装置を起動する。
そして、まるで全員の態勢が整うのを待っていたかのように、
状況はまたも一変した。
270 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/25(金) 23:03:55.55 ID:ao5/QTwco
イオリ「なっ……!?」
部屋が、赤く染まった。
消えた火が炎となり、部屋を満たしていた暗闇は一転、
目がくらむほどの明るさと身を焦がすほどの熱と変わって少女らを襲ったのだ。
ヒビキ「に……逃げろ! みんな!!」
熱の中、そう叫んだのはヒビキだった。
その声に突き動かされるように皆一斉に部屋の出口へ向かって走り出す。
だが彼女たちは全員、炎から逃げているのではなかった。
炎はきっかけに過ぎない。
今にもあの扉の向こうから姿を現すかも知れない『何か』が、
皆の身体を退避へと向かわせたのだ。
だからイオリは部屋を出たのち、すぐにはその場から離れなかった。
炎の熱から逃れることより優先すべきことがある。
部屋を振り返り、開け放たれた扉に手をかける。
そして力いっぱい扉を閉め、自らが外した鍵をかけなおした。
アズサ「イオリちゃん、早く……!」
イオリ「もう閉めたわ! 行きましょう!!」
271 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/25(金) 23:05:49.32 ID:ao5/QTwco
長い廊下を六人の少女は駆け抜ける。
ずらりと並んだ燭台の蝋燭はあの部屋と同じように激しく燃え上がり、
もはや火柱となって天井や壁を焦がしていた。
当然そこを走る少女たちにも強烈な熱が襲いかかる。
本来呼吸すらままならない中を止まることなく走ることができるのは、
他でもない、装置によって纏った特殊衣装の効果であった。
その気になれば一晩中でもこの空間に居続けることもできるだろう。
だがそれでも少女たちは皆一様に必死な顔で走り続ける。
そうするうちに、ようやく地上への階段へとたどり着いた。
しかしそれと同時……轟音が、耳に届いた。
反射的に目を向けた一同は、息を呑んで目を見開く。
見れば廊下の奥から、炎が渦を巻いて爆炎となり、こちらへと迫っていた。
あれに飲み込まれれば、流石に無事で済むとは断言できない。
アズサ「急いで! 早く!!」
恐らく初めて聞く、怒鳴り声にも近いアズサの叫び。
その声が一瞬硬直した皆の身体を動かし、階段を駆け上がらせた。
272 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/25(金) 23:15:50.95 ID:ao5/QTwco
一階へと上がった六人は、止まることなく出口へと向かう。
なんとか外へ。
とにかく外へ出さえすれば、僅かでも落ち着く時間を作れるはず。
そう思いただ出口だけを見据えて走った……はずだった。
イオリ「……!?」
ほとんど吐息のような声を上げ、突然イオリが立ち止まる。
迫る炎を確認しようと一瞬振り返った先、
そこに見た人影が、イオリの足を止めた。
ヤヨイ「……」
出口とは反対方向に、ヤヨイが居た。
歩きもせず、走りもせず、ただその場に立っている。
だがイオリはヤヨイが何をしているのかなど、一瞬たりとも考えなかった。
ヒビキ「イ、イオリ!?」
一人踵を返してヤヨイに向かって駆け出したイオリを、
ヒビキも足を止めて追おうとする。
だがその手をマコトが掴んで引き止めた。
273 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/25(金) 23:17:12.26 ID:ao5/QTwco
マコト「駄目だ、ヒビキ! 危ないよ!!」
ヒビキ「で、でもイオリが! それにヤヨイも……!」
マコト「イオリなら絶対に大丈夫! 任せよう!
それより早く外へ出ないと、ボクたちまで全員巻き添えだ!」
ヒビキ「っ……」
マコトの必死な形相を見て、
ヒビキは歯噛みしてイオリたちに背を向けて走った。
そして出口から転がるように外へ飛び出たのとほとんど同時、
ヒビキたちは、廊下が一部赤く染まったのを見た。
炎が吹き出てくる――
大半の者が咄嗟にそう思い、身構える。
だがその予測を外し、炎は地下通路から一気に階段を駆け上がった。
そして最上階に達したかと思えば次の瞬間、
ガラス窓を吹き飛ばす爆煙となって外へ飛び出した。
274 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/25(金) 23:21:12.76 ID:ao5/QTwco
どうやら、炎からは逃げ切れたらしい。
だがその場の全員は誰一人、一瞬たりとも気を緩めることはなかった。
寧ろ警戒心を最大限に引き上げていた。
ヒビキ「みんな、気を付けて……!」
唸るように言ったヒビキの手から、光が生じる。
その光は瞬時に形を成し、
大型犬の数倍はあろうかという巨大な狼へと姿を変えた。
その巨大さや鋭い目つき、剥き出しの牙からは、
ヒビキが臨戦態勢に入っていることがはっきりと伺える。
狼はヒビキを背に乗せ、旧校舎入り口を睨んで唸り声を上げる。
また他の者も同様、こわばった表情で扉を凝視し続けた。
恐らく、来るはずだ。
あの部屋の奥に居た何かが、そう長い時を待たず、姿を現すに違いない。
いつ来る?
一体いつ――
275 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/25(金) 23:22:22.51 ID:ao5/QTwco
・
・
・
イオリ「――ヤヨイ、こっち!!」
皆に背を向け一人逆方向へ走ったイオリは、すぐにヤヨイの元へと着いた。
そして走る勢いを落とすことなく、
ヤヨイの手を掴んでそのまま廊下を突き進む。
前方には出口はなく、ただ石造りの壁があるのみ。
だがイオリは臆することなく走り続け、空いている手を前へかざした。
瞬間、激しく電光が走り前方の壁へと刺さる。
すると壁が音とともに粉塵を上げ、
一瞬前までそこにあった分厚い石の壁には
大人一人が余裕をもって通れるほどの穴がぽっかりと穴を開けていた。
そしてイオリは見事、ヤヨイを引き連れて屋外への脱出に成功した。
その直後に階段の辺りが赤く光ったのが見え、轟音が上階の方から届く。
どうやら炎は一階を通過し階段を上ったらしい。
慌てて外へ出る必要はなかったようだが、
それなりに間一髪だったことには間違いない。
と、安堵しかけたイオリだったがすぐにそんな場合ではないことを思い出す。
イオリ「そうだわ、ヤヨイ……!
あなたに言わなきゃいけないことと聞きたいことが山ほど――」
だがそう言ってヤヨイに向けられたイオリの顔は次の瞬間、苦痛に歪んだ。
276 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/25(金) 23:23:12.42 ID:ao5/QTwco
イオリ「痛ッ……!? ヤ、ヤヨイ!?」
イオリは、ヤヨイの手を取ってここまで引いてきた。
だがその手が今、強烈な圧迫感とそれに伴う痛みに悲鳴を上げている。
原因は他でもない、
ヤヨイが万力のような力で、イオリの手をギリギリと締め上げているのだ。
しかもその力は徐々に増している。
このままでは、自分の手が握りつぶされてしまう。
イオリ「離して……! 離しなさい!!」
痛みに耐えかね、イオリはもう片方の手で強引にヤヨイの手を引き剥がした。
そして痛む手を庇うように胸元に抱え込み、数歩後ずさってヤヨイを見る。
ヤヨイは俯いていてその表情は見えない。
と思ったのも束の間、ゆっくりと、ヤヨイの顔が上がる。
そして数秒後、イオリの目は驚愕に見開かれた。
ヤヨイ「ウ……ウウウ……!」
つり上がった目、歪んだ口元、そこから漏れ出る、唸り声。
自分の知るヤヨイとは似ても似つかない、まるで狂った獣のような……。
イオリが思わずそう感じてしまうほどに豹変した、
しかし紛れもなく本人であるヤヨイ自身が、そこに居た。
277 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/25(金) 23:23:56.98 ID:ao5/QTwco
イオリ「ヤ……ヤヨイ? ど、どうしたの……?」
恐る恐る、手を差し出しながらイオリは声をかける。
だがそんな彼女に――
ヤヨイは突然、拳を振りかぶった。
イオリ「ッ!?」
イオリは咄嗟に後ろに跳んで距離をとる。
一瞬前までイオリが居た場所にヤヨイの拳は振り下ろされ、
耳をつんざくような破壊音と共に地面に穴があいたのはその直後。
ヤヨイは自らの能力を、イオリに向けて全力で放ったのだ。
イオリ「ヤヨイ、なんで……!?」
数メートル離れた場所に着地したイオリは、未だに混乱と困惑から抜け出せない。
そのイオリに対してヤヨイは、
ヤヨイ「ウゥゥ……アアアァアッ!!」
尋常ならざる叫びをあげて、再び襲いかかった。
278 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/25(金) 23:24:31.51 ID:ao5/QTwco
今日はこのくらいにしておきます。
続きはいつになるか分かりませんが、多分一週間以内には投下すると思います。
279 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/28(月) 10:20:09.15 ID:12dmK6oko
おつ
280 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/31(木) 20:47:55.39 ID:28nhHztDo
・
・
・
ヒビキ、マコト、ユキホ、アズサ、チハヤ――
彼女らはイオリとヤヨイに起きている異変など知る由もない。
五人は今や旧校舎の入口に釘付けであった。
厳密には、その奥からの気配を感じ取ろうとすべての意識を集中していた。
あの爆発の後、旧校舎には静寂が戻っている。
そのせいで自分の心臓の音がうるさいほどに聞こえる。
いや、その静寂こそが鼓動を早めているのだ。
今にもあそこから、『何か』が姿を現すかも知れない。
だが……そんな彼女たちの警戒心とは裏腹に、
少し前まで鮮烈に感じていた得体の知れない気配は
どういうわけか今は不気味なほどに静まり返っていた。
マコト「……ヒビキ、今は何か感じる?」
ヒビキ「な……何も。みんなは……?」
281 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/31(木) 20:52:51.90 ID:28nhHztDo
アズサ「私は、何も感じないわ……。
少し前までは、信じられないくらい強い気配があったけれど……」
アズサに次いで、チハヤとユキホも首を横に振る。
ということはやはり自分の感覚が鈍ったわけではない、と各々再確認した。
理由は分からないが、今はあの気配自体が身を潜めているのだ。
あれは自分の勘違いだった……などということは、絶対にありえない。
勘違いであんなものを感じ取るはずなどあるわけがない。
とてつもない『何か』が、あの部屋の奥に居たのだ。
そのことには間違いない。
ユキホ「も、もしかして、イオリちゃんが鍵を閉めたから、
そのまま出てこられなくなったんじゃ……」
ユキホが口にした可能性は、全員頭の片隅で考えていた。
鎖で縛られていた鍵、その鍵で開く厳重な錠……。
そういった要素から、あの部屋は何かを閉じ込めておくための、
封じておくための部屋であったのだと、五人全員が推察していた。
282 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/31(木) 20:54:17.78 ID:28nhHztDo
そして一度は開かれた鍵が再びかけられたことで、
その『何か』は再びあの部屋へ閉じ込められたのでは……。
と、少女たちの思考はそう共通していた。
ヒビキ「……ちょっと、様子を見てみるよ」
マコト「えっ……!? でもヒビキ、流石にそれは危ないんじゃ……」
ヒビキ「大丈夫、私が行くわけじゃないから」
そう言ったのと同時、ヒビキは一匹のネズミのような小動物を創生し、
手のひらに乗ったネズミに向けて言った。
ヒビキ「ちょっと危ないかも知れないけど、頼んだぞ」
ネズミはヒビキの言葉を受けて、すぐに彼女の手から飛び降りた。
そして素早く旧校舎へ向かって走り出し、扉の隙間から中へ潜り込んでいった。
ヒビキ「あの部屋の様子だけ見たらすぐ戻ってくると思うから、
みんなもうちょっと待ってて」
283 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/31(木) 20:55:24.61 ID:28nhHztDo
こうして五人は、ヒビキの動物が帰ってくるのを待った。
能力を使うのに集中しているであろうヒビキは、
じっと旧校舎入り口を見つめ続けている。
そんなヒビキの後ろで、ふとマコトが口を開いた。
マコト「それにしても……本当にあれ、なんだったのかな……。
姿も見えないのに気配を感じるなんて、あんなの初めてだよ」
ユキホ「マコトちゃん、言ってたよね……。
旧校舎で見つけたあの鍵……『眠り姫』の部屋の鍵じゃないか、って……」
アズサ「それじゃあ、まさかあの気配が……?」
三人の会話を聞きながらチハヤも、鍵と一緒に縛られていた本の内容を思い起こしていた。
特にあの最後の一節。
『それは、開けてはいけない秘密の扉』……
チハヤ「……『起こすと怖い――眠り姫』」
誰へともなく、ほとんど無意識にチハヤがそう呟いた、
その直後だった。
284 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/31(木) 20:56:46.98 ID:28nhHztDo
ヒビキ「っ!?」
ヒビキがびくりと身体を跳ねさせたことに皆気づく。
何かあったのか、マコトがそう尋ねる前に、ヒビキは震える唇を開いた。
ヒビキ「……消された……」
マコト「え……?」
ヒビキ「あの部屋に行く前に、あの子が消された……! 扉は開いてたんだ!!」
瞬間、周囲の空気が一変するのをその場の全員が感じた。
同時にヒビキは振り返り、
ヒビキ「みんな上へ逃げろ!!」
その叫びに轟音が重なる。
次いで爆炎が、一階のあらゆる扉、あらゆる窓から吹き出す。
マコト「なッ……!? なんだよこれ!? 何が……!!」
爆炎の勢いに目を細めながら、間一髪、全員上へ飛んで回避することには成功した。
だがその表情は安堵とは真逆。
ヒビキ「鍵は破られてた……! 駄目だ! 外に出てくるよ!!」
285 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/31(木) 20:57:31.81 ID:28nhHztDo
吹き出た炎が周囲の木々を焼き、灰色の空を赤く焦がす。
五人の少女は眼下に広がる炎の海を睨むように注視し続ける。
そして――見えた。
炎の中に動く影。
目を凝らして見れば、それは、
ヒビキ「お……女の子……?」
一人の少女が、歩み出てきた。
燃え盛る炎に生える、鮮やかな金色の長髪。
片手には身の丈ほどもある長い棒状の何か。
年齢は恐らく自分たちとそう変わらない少女が、立っていた。
と、少女はおもむろに顔を上げる。
頭上の五人を見上げ、一人一人、確かめるように、ゆっくりと視線を動かす。
そして、口を開いた。
「……お前たちが、私を起こしたの?」
その言葉を聞き……いや、聞く前から、皆確信していた。
眼下に立つ少女から、あの鮮烈な気配が漂ってくる。
扉の向こうに居たのは、この子。
そして今の言葉。
間違いない、彼女こそが……。
286 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/31(木) 20:58:48.38 ID:28nhHztDo
リツコ「『眠り姫』。あなた方の想像している通りです」
一同「っ!?」
背後から突然聞こえた声に全員振り向く。
そこには、薄い笑みを浮かべたリツコが居た。
マコト「な……何か知ってるんですか、ティーチャーリツコ!」
アズサ「あの子は一体……眠り姫とは、何なのですか……!」
困惑の色を浮かべ、少女たちはリツコに向けて口々に疑問を投げる。
対してリツコは顔に笑顔を貼り付けたまま、穏やかに答えた。
リツコ「彼女、眠り姫は、かつてのアイドルの成れの果て。
今から百年前……チハヤさん、あなたと同様アイドルに選ばれたのが彼女です。
しかし彼女は力を暴走させ、封印されてしまいました……。
それが、眠り姫」
言いながら、リツコはゆっくりと視線を地上へと向ける。
少女たちもその視線を追い、地上へ――眠り姫へと、目を向けた。
287 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/31(木) 21:00:09.28 ID:28nhHztDo
そして思った。
『チハヤと同様アイドルに選ばれた』……?
一体これのどこが、『同様』だと言うのだ。
纏う雰囲気が物語っている。
この眠り姫と呼ばれる少女はチハヤを含めた自分たちと比べ……
何もかも、桁が違う。
リツコ「さあ、眠り姫よ。そろそろ思い出したのではないのですか? あなたの望みを」
眠り姫「……私の、望み」
そう呟いた眠り姫は、目を閉じて顔をゆっくりと下げる。
それから続いた沈黙は、
チハヤたちにとってはとても重く、長いものに感じた。
だが数秒後、
眠り姫「うん、そうだね。思い出したよ」
眠り姫の、笑顔――
牙を剥くように口角を上げたその表情とともに、沈黙の時は終わりを告げた。
288 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/31(木) 21:02:10.86 ID:28nhHztDo
眠り姫「私の望みは、この世界を壊しちゃうこと。
全部ぜんぶ消して、グチャグチャにしちゃうこと」
その表情に、返答に、少女たちは息を呑む。
だがそんな彼女らの困惑した頭に更に追い打ちをかけるように、
背後から高揚したリツコの声がかかった。
リツコ「さあ、我が愛しき教え子たちよ……! これが最終テストです!
眠り姫と戦い、生き残ってみせなさい! あなたたちの全力を以て!」
ヒビキ「なっ……!? ティーチャーリツコ!?」
リツコ「破滅か、生存か、あなたたちの手で未来を決するのです!
ふふ、あははははははは……!」
マコト「ま、待って下さいティーチャーリツコ! 待って……!」
高笑いを残し、リツコはその場から飛び去っていく。
だが、マコトが闇へと消えゆくリツコの影を追おうとしたその時。
眠り姫「ねえ」
短く発せられたその声が、マコトを含む全員を振り返らせた。
289 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/31(木) 21:03:04.38 ID:28nhHztDo
眠り姫「お前たちも私の敵なんだよね。
だったらもう消しちゃうけど、いいよね?」
ヒビキ「ま……待ってよ! 私たち、何も知らないんだ!」
マコト「そうだよ! 君のことも、何が起きてるのかも、全然……!」
アズサ「まずは話し合いましょう……! いきなり戦うだなんて、そんな……」
眠り姫の問いかけに、必死に説得を試みるヒビキたち。
しかし眠り姫は返事の代わりに、片手をすっと上げ、そして、
眠り姫「だ、れ、に、し、よ、う、か、な……」
空に浮く五人の少女を順番に、一人ずつ指差していく。
その意味が分かった瞬間、少女たちは全身の毛穴が開くような感覚を覚えた。
それから数秒を待たずして、眠り姫の指は止まる。
その先に居たのは、ユキホだった。
眠り姫「まずはお前からだね」
290 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/31(木) 21:04:15.38 ID:28nhHztDo
ユキホ「っ……!!」
眠り姫の持った長棒の先端に光が揺らめく。
一瞬後、光は弧を描く刃を形取った。
それは巨大鎌。
殺傷の意思を具現化したようなその得物に、全員の体が一瞬硬直した。
そして本能が告げた。
話し合いが通じる相手ではない、と。
マコト「ユキホ! やるんだ、早く!! 攻撃を!!」
ユキホ「は、はいっ!」
マコトの指示を聞いたのと同時にユキホは反応した。
能力補助装置を両手で構え、全集中力を込めて頭上に掲げて、
ユキホ「お願い……! 当たって!!」
ユキホの周囲に発生した数え切れぬほどの光の塊が、
眠り姫に向けて一斉に射出される。
291 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/31(木) 21:05:23.23 ID:28nhHztDo
だがその光は、眠り姫に当たることはなかった。
一歩目を踏み出した眠り姫は、
常軌を逸した速度と機動で大量の光の僅かな隙間を縫うようにして全て躱す。
そしてユキホが光を撃ち尽くしたのと同時、
地面を蹴って上空へ飛び上がり、鎌を振りかぶりながら一気にユキホに肉薄した。
ユキホ「ッ!? 速いっ……!」
そのあまりの速度に、ユキホはただ驚きの声を上げるしかできない。
だがあわやその華奢な体が鎌に切り裂かれようかとした直前。
アズサ「ユキホちゃん!!」
アズサがユキホの背後に現れ、そしてユキホを連れてその場から消えた。
鎌は空を切り、眠り姫の初撃は失敗に終わった。
だが眠り姫は口角を下げることなく、
移動した先のアズサとユキホに目をやった。
眠り姫「へー、面白い能力持ってるんだね。これなら結構遊べそうなの」
292 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/31(木) 21:07:27.34 ID:28nhHztDo
マコト「っ……ヒビキ!」
ヒビキ「わかってる!」
名を呼んだのを合図に、マコトは先行して眠り姫へと向かって飛翔する。
それに気付き、眠り姫は髪を振りマコトに顔を向けた。
マコト「はあああああッ!!」
全力の掛け声とともにマコトは光剣を生み出し、眠り姫に斬りかかる。
目にも止まらぬほどの速度の突進は、
並みの人間が相手なら反応することすら難しいものだった。
しかし相手は眠り姫。
マコトの突進も、その後の剣撃も、
舞いでも舞っているかのように易々と躱し、受け、弾き返す。
直後、背後から巨大な狼――ヒビキの創生獣が襲いかかる。
だが眼前に迫る牙にも微塵も臆することなく躱し、
次いで飛びかかったうねる鞭のごとき白蛇も、羽虫を払うかのように斬って捨てた。
そしてそのままの勢いに、一箇所に固まったマコトとヒビキに向け、
今度はこちらの番とばかりに猛然と飛んだ。
293 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/31(木) 21:08:58.14 ID:28nhHztDo
マコト・ヒビキ「ッく……!」
巨大鎌を振りかぶり、二人を同時に両断せんばかりの斬撃を見舞う。
それをマコトたちは辛うじて躱した……が、
眠り姫はどういうわけか二人を追撃することなく、
その場を素通りするかのように直進していった。
想定外の行動に意表を突かれたマコトとヒビキであったが、
眠り姫の向かう先に目を向けた瞬間、すぐにその意図が分かった。
マコト「チハヤ!!」
チハヤ「……!」
眠り姫は、一人離れていたチハヤにターゲットを変更したのだ。
何か理由があってのことか、戦術か、あるいは気まぐれか、
そんなことを考えている暇もなく、
ほぼ不意打ちに近い眠り姫の一撃は、チハヤの体を地面まで吹き飛ばした。
294 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/31(木) 21:10:49.52 ID:28nhHztDo
チハヤがやられた――
声を上げる間もなく吹き飛ばされたチハヤを見て、
その場に居た誰もが一瞬、そんな絶望にも近い思いを抱いた。
だがチハヤが吹き飛んだ先、衝撃に巻き上がった砂煙の辺りを見ながら、
眠り姫は口を尖らせて言った。
眠り姫「ふーん、あれ防いじゃうんだ。思ったよりはすごいってカンジ」
その言葉の直後、薄れた砂塵の向こうから淡く青い光が漏れるのが見え、
そこには眠り姫の言葉通り、青壁を構えたチハヤの姿があった。
と、ここで眠り姫は不意に何かに気づいたように表情を変え、
眠り姫「ん? そう言えばさっき、『チハヤ』って呼ばれてた?
じゃあお前が今回、アイドルに選ばれた子なんだ」
チハヤは眠り姫の問いに対し何も答えることなくただ睨むように見上げる。
そして眠り姫はその沈黙を肯定と理解した。
眠り姫「そっか……でも、全然たいしたことないね。
本当のアイドルっていうのは――」
そこで言葉を切り、眠り姫はチハヤを見下ろしたまま、
無造作に巨大鎌を肩に担ぐように掲げる。
するとその瞬間、背後から斬りかかったマコトの光剣が、鎌の刃にぶつかった。
マコト「っ……!」
眠り姫「――こんなふうに、圧倒的な力を持つ能力者のことを言うんだよ」
295 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/08/31(木) 21:11:17.58 ID:28nhHztDo
今日はこのくらいにしておきます。
続きは多分一週間以内には投下します。
296 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/08(金) 21:53:56.20 ID:Ri19h1puo
ぶつかった両者の刃は未だがっちりと噛み合い、押し合いを続けている。
だがその持ち手の表情はまるで対照的であった。
両手で剣の柄を持ち歯を食いしばるマコトに対し、片手で鎌の柄を支える眠り姫。
そして眠り姫は、涼しげな表情で首を傾けて背後を振り返った。
眠り姫「後ろからいきなり斬りかかるなんて、ずるいって思うな。
まあそのくらいしないと私には勝てないだろうけど」
その瞬間、視界の端にふっと影が差す。
それはヒビキの創生獣の影。
だが眠り姫はそちらを見ようとすることもなく、鎌の柄を両手で掴む。
そしてマコトの光剣とヒビキの創生獣を一気になぎ払い、
二人の能力は両断され、光の粒となって霧散した。
マコト「っあ……!?」
ヒビキ「そ、そんな……!」
眠り姫「あ、ごめん言い直すね。
『そのくらいしたって私には勝てない』の方が正しかったよ」
そう言って眠り姫は、丸腰の二人に向けて刃を振りかぶった。
297 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/08(金) 21:54:24.03 ID:Ri19h1puo
だがその刃は、マコトたちの体を切り裂くことはなかった。
眠り姫「!」
一瞬前までマコトたちが居たはずの空をただ通過した鎌を、
眠り姫はおもむろに膝下まで下ろす。
そして、視線を横にずらした。
眠り姫「……その能力、結構めんどくさいって感じ」
視線の先に居たのは遥か遠く……
マコトとヒビキの腰元からゆっくりと手を離すアズサの姿。
ヒビキ「ア、アズサさん!」
マコト「ありがとうございます……!」
アズサ「……いいの、お礼なんて」
言いながら、アズサは強ばった表情で眠り姫から視線を外さない。
そんなアズサに向け、眠り姫は気だるそうにため息をついて言った。
298 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/08(金) 21:54:49.51 ID:Ri19h1puo
眠り姫「そういうの何回もされたらイライラしそう……。
私の邪魔、しないで欲しいな」
その言葉を聞き、アズサは自身の体に一気に緊張が走るのを感じた。
だがすぐに気合を入れ直すようにきゅっと唇を引き結び、その場から姿を消した。
アズサ「だったら、しばらく私の相手をしてもらえるかしら」
背後から聞こえた声に、眠り姫は静かに振り向く。
アズサ「放っておくと、何度だって邪魔をしちゃうわよ?」
アズサは強ばりながらも不敵な笑みをたたえる。
挑発的な言葉ではあったが、アズサの狙いはその場の全員に理解できた。
ヒビキ「ま、まさかアズサさん、私たちを守るために一人で……!」
ユキホ「ア、アズサさん! 駄目です、危ないです!」
マコト「みんなで一緒に戦いましょう! アズサさん! 一人じゃ無茶ですよ!」
299 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/08(金) 21:55:19.63 ID:Ri19h1puo
眠り姫「あの子たちの言う通りだって思うな。
ちょっとだけめんどくさい能力だけど、そんなんじゃ私に勝てるわけないよ。
それとも時間稼ぎでもするつもり?」
アズサ「……さあ、どうかしら。勝てないかどうかはやってみないとわからないものよ?」
眠り姫「……」
あくまで挑発的な態度を崩さないアズサに対し、
ここで眠り姫は初めて、微かに眉を動かす。
眠り姫「なんか……ヤ。そういうの、私キライ」
不機嫌そうに言い、鎌を構える眠り姫。
恐らく数秒後にはアズサに向けて襲いかかるだろう。
アズサの能力は確かに回避に優れてはいるが、本人の反応速度には限界がある。
もし反応しきれないような速度で急襲された場合、
アズサは為すすべもなく、あの巨大な刃に切り裂かれてしまう。
チハヤ「っ……」
気圧され、しばらく声を発することもできなかったチハヤではあるが、
ここでようやくアズサに声をかけようと口を開いた。
だが、
チハヤ「アズサさ――」
その声はアズサに届くことはなかった。
300 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/08(金) 21:55:54.46 ID:Ri19h1puo
リツコ「……いけませんわ、眠り姫の邪魔をしては」
アズサ「!? ティーチャーリツコ……!?」
何の前触れもなく、気配もなく、アズサの背後に現れたリツコ……
そのリツコに今、アズサは羽交い締めにされていた。
リツコ「ここは大人しくしていただけませんこと?
貴女には他に、やってもらうことがあるのですから」
アズサ「っ、く……!」
振りほどこうとしても、身動きが取れない。
それを見て、当然他の者たちはアズサの救出に向かおうとした。
しかしその足を、リツコの冷えた声色が止めた。
リツコ「さあ、眠り姫。この者は私に任せて、貴女は貴女の望みを叶えてください」
眠り姫「……ふーん。よく分からないけど、じゃあよろしくね」
そうして眠り姫は振り返る。
その視線に射すくめられたかのように、マコトたちは体を硬直させた。
そんな彼女たちを見、眠り姫は再び牙を剥くように口角を上げる。
眠り姫「じゃ、行くよ。頑張ってね。ちょっとは頑張ってくれないと、壊しがいがないから」
301 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/08(金) 21:57:48.23 ID:Ri19h1puo
そうして、眠り姫と、マコト、ヒビキ、ユキホ、チハヤの四人との戦いが再開された。
いや、戦いと呼べるのかどうかも怪しいかも知れない。
更に速度と力の上がった眠り姫の一方的な攻撃に、
四人はただただ致命傷を避けることしかできない……。
そしてアズサはそんな仲間の姿を、
苦痛を堪えるような顔で見ることしかできなかった。
アズサ「っ……ティーチャーリツコ、なんで……!」
なぜ、どうして。
それはリツコの全てに対する疑問。
ヤヨイへの人体実験に加え、眠り姫を扇動し、自分たちを危険に晒す、
その理由がアズサには全くわからなかった。
これまで自分たちが見てきたリツコからは、まるで考えられないその言動。
厳しくも優しい、慈愛に満ちたあの表情が幻であったのだと思えるほどに、
今のリツコは、まったくの別人のようだと、アズサはそう感じた。
だがそれから間もなくアズサは悟る。
このリツコはまさしく、別人であったのだと。
リツコ「ふふふ……お久しぶりですわ――」
アズサが言葉の意味を理解するより先に、リツコはすっと右手を自身の顔にかざす。
仮面を取るかのようなその仕草の直後に現れたのは、
リツコではない……しかしアズサのよく知る顔であった。
タカネ「――お姉様」
302 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/08(金) 21:58:43.85 ID:Ri19h1puo
アズサ「!? タカネちゃん……!?」
そこに居たのは、銀髪の少女。
『タカネ』……つまり彼女こそが、数年前にこの学園を去った追放者その人である。
アズサ「ど、どうしてあなたが……! 本物のティーチャーリツコは、どこに居るの!?」
タカネ「さあ、どこでしょうか。あるいは『本物』など、
初めから存在しなかったのかも……ふふふふ……」
アズサ「っ……一体、あなたは……!」
と、歯噛みするアズサを制するようにタカネはそっと人差し指を唇に当てる。
タカネ「これ以上のお喋りは不要ですわ。さあ、私と共に参りましょう。お姉様……」
耳元で囁くように言い、アズサの目元をすっと手で覆う。
するとアズサは短く声を上げ……そのまま、眠るように気を失った。
303 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/08(金) 21:59:09.91 ID:Ri19h1puo
一週間を超えた上に少ないですが、今日はこのくらいにしておきます。
続きは多分明日投下します。
304 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/09(土) 21:11:50.60 ID:LFXFdTFGo
・
・
・
イオリ「はあっ、はあっ、はあっ……!」
雲間から月光が差す闇の中、イオリは全力で駆ける。
そしてその後ろを同じく駆けるのが、ヤヨイであった。
ヤヨイ「ウウ、ウウウウウウッ……!」
イオリ「……っ」
振り返れば正気を失ったヤヨイが目に入る。
見るに堪えない親友の姿から目を逸らすように、イオリは正面へ向き直って走り続ける。
だがこのまま逃げ続けていても埒があかない。
遠くの方で、チハヤ達の身に何かが起きているのも分かっている。
早急にヤヨイの目を覚まさせなければ……!
遂にイオリは体を反転させ、ヤヨイに相対して立ち止まった。
しかしヤヨイ勢いを止めることなく、イオリに向けて全力で拳を振りかぶった。
305 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/09(土) 21:14:08.00 ID:LFXFdTFGo
ヤヨイ「ウアアアアアアッ!!」
イオリ「くっ……!」
鼻先を拳が掠める。
触れてもいないのに風圧で髪が乱れ、目もしっかりとは開けていられない。
咄嗟に距離を取るが、ヤヨイも逃すまいと追いすがる。
またも振りかぶった拳は、今度は伏せたイオリの頭上を通過した。
瞬間、破壊音と共に石の破片が飛び散る。
避けた先にあった石柱に、ヤヨイの拳がめり込んだのだ。
だがイオリが息を飲んだのも束の間、ヤヨイは空いた方の手で石柱を掴み、
まるで細枝を折るかのごとくへし折った。
イオリ「っ、ヤヨイ……!」
身の丈以上もある巨大な石柱が今、ヤヨイの両手の中にある。
そしてヤヨイは拳に代わって、
重さ数百キロはあろうかというその巨大な『武器』を振りかぶり、
イオリに向けて振り抜いた。
306 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/09(土) 21:15:38.82 ID:LFXFdTFGo
ヤヨイ「ウウウ……アアッ!! ウア゛アッ!!」
ヤヨイの猛攻をイオリは紙一重で躱し続ける。
躱しながら、懸命に語りかける。
イオリ「やめなさいヤヨイ! 目を覚まして!!」
投げつけられた石柱も躱して、イオリは辛うじて再び距離を取った。
そして、ここで遂に、イオリは自身の能力を発動した。
両手の指先から電撃が走る。
これまで躊躇っていた、『ヤヨイへの反撃』。
そこへ踏み切る決意を、イオリは今、ようやく終えたのだ。
だが当然、怪我をさせるつもりなど毛頭ない。
目的はヤヨイを失神させること。
大丈夫、自分なら上手くやれるはずだ。
イオリがそう自分に言い聞かせたのと同時、
ヤヨイは電撃に構うことなしに足を踏み出した。
307 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/09(土) 21:17:05.37 ID:LFXFdTFGo
ヤヨイ「ウアアアッ!!」
イオリ「……!!」
ヤヨイの拳を、イオリは横に躱す。
だが今回はそれで終わりではない。
狙いはガラ空きになったヤヨイの首筋、後頭部。
そこへ向けて……
イオリ「ごめんなさい、ヤヨイ……!」
ヤヨイ「ーーッ!!」
放った電撃は、見事ヤヨイの首筋へ命中した。
声にならぬ声を上げて動きを止めるヤヨイ。
膝が崩れ、拳を振り抜いた勢いそのままに、前のめりに地面に倒れていく。
やった、成功だ――
と気を緩めたことをイオリが後悔したのは、その一瞬後。
折れかけたはず膝が、ヤヨイの体を支えた。
308 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/09(土) 21:18:15.78 ID:LFXFdTFGo
イオリ「なっ……」
ヤヨイ「ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!」
瞬間、凄まじい衝撃がイオリを襲った。
声を上げる暇もなく吹き飛ばされ、壁に激突する。
イオリ「っか、は……!」
ぐらりと体が揺れ、地面に倒れこむイオリ。
辛うじて両腕での防御が間に合ったものの、
ヤヨイの能力の前では生身での防御などほぼ無意味。
遅れてやってくる両腕と全身への激痛に顔を歪ませる。
くらむ視界の先では、変わらず健在のヤヨイが、
唸り声を上げながらこちらへ歩み寄ってくる。
駄目だ、このまま寝ているわけにはいかない。
起きないと駄目だ。
やられてしまう。
309 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/09(土) 21:20:22.39 ID:LFXFdTFGo
イオリは必死に自分に鞭打ち、震える膝を痛む腕で支えながら立ち上がる。
そしてそれを待っていたかのように、ヤヨイが声を上げて襲いかかってきた。
ヤヨイ「ウアア! アアアアッ!!」
イオリ「っく、ッ……!!」
ダメージで鈍る体の動きを念動力で補いながら、
イオリは必死にヤヨイの猛攻を躱す。
しかし躱しながら、イオリの心は徐々に、薄黒くにごり始めていった。
自分は今、何のために攻撃を避けているのか。
避けてどうするのか。
そんなの決まってる、ヤヨイを正気に戻すためだ。
でも、どうやって?
気絶させるのはさっき失敗した。
あれでダメなら、他に方法があるのか。
あれ以上電撃の威力を上げるか?
310 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/09(土) 21:22:06.28 ID:LFXFdTFGo
いや、危険だ。
あれは本来なら間違いなく意識を失う威力で放った電撃だった。
それなのに、あれ以上威力を上げると、
ヤヨイの体に傷を負わせてしまうかも知れない。
ヤヨイを傷つけることなんて、自分にはできない。
ならどうする。
諦めてしまうか?
もう避けるのはやめて、ヤヨイの拳にこのまま身をゆだねてしまおうか……?
――絶望、諦観。
親友の豹変が、親友に襲われているという事実が、
イオリの精神にイオリらしからぬ感情を生じさせる。
その目からも少しずつ、光が失われ始める。
が、その時。
イオリ「……?」
頬に何かが触れた。
ヤヨイの拳を避けたのと同時に、頬のわずか一点に、何かが触れた。
311 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/09(土) 21:23:30.11 ID:LFXFdTFGo
イオリはほとんど無意識的にヤヨイから距離を取り、指でその『何か』を確かめる。
それは、血だった。
だが自分のものではない。
それは――
ヤヨイ「ウウ、ウウウウッ……!!」
――気が付かなかった。
一体いつからだったのだろう。
あまりに普段と違う、豹変した表情にばかり気を取られ、まったく気が付かなかった。
ヤヨイの両拳が、血に濡れている。
正気を失い、地面を、壁を、あらゆるものを殴り続けた結果、
ヤヨイは自分自身を傷付けていた。
……いや違う。
ヤヨイをここまで傷付けたのは……私だ。
私が中途半端だったから、私がただ逃げてばかりで何もしなかったから。
だから……。
イオリ「……ごめんね、ヤヨイ」
両手から電流が迸る。
激しく音を立てるその電撃はまさに、イオリの覚悟の大きさを現すものだった。
イオリ「今すぐ助けるから……! 絶対、目を覚まさせるから!!」
312 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/09(土) 21:25:43.61 ID:LFXFdTFGo
ヤヨイ「ウヴ……アアアアッ!!!」
イオリの叫びに呼応するように、ヤヨイも咆哮を上げて走り出す。
だがイオリは一歩も引かない。
その場に構え、両手をかざし、
イオリ「きっとかなり痛いけど、我慢しなさい!!」
ヤヨイ「ッ……!? ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!?」
放たれた電撃がヤヨイの体を包む。
先ほどまでとは比べ物にならない強烈な電流が、ヤヨイの体に流れ続ける。
イオリ「うあああああああああああっ!!!!!!」
ヤヨイの悲鳴をかき消すように、
苦痛を堪えるような表情でイオリも叫ぶ。
そして数秒にも渡る電撃は……
ヤヨイの悲鳴が途切れたのと同時に終わりを告げた。
313 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/09(土) 21:27:31.60 ID:LFXFdTFGo
イオリ「ヤ……ヤヨイ!!」
糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちたヤヨイ。
イオリは慌てて駆け寄り、倒れこむようにしてヤヨイの体を支えた。
イオリ「ヤヨイ、大丈夫!? ヤヨイ!!」
腕の痛みなど忘れ、ヤヨイの体を揺すり懸命に声をかける。
するとほとんど吐息のような声と共に、ヤヨイはゆっくりと目を開いた。
ヤヨイ「……イオリ、ちゃん……?」
イオリ「……!」
ヤヨイ「あ、れ……? 私……何、を……」
ぼんやりとした目で宙を見つめながら、ヤヨイは記憶を辿るように呟く。
そんなヤヨイに、まずどんな言葉をかけるべきか。
とイオリが考えるうちに、ヤヨイはポツリと言った。
ヤヨイ「……夢、だったのかな……」
314 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/09(土) 21:29:44.43 ID:LFXFdTFGo
イオリ「え……?」
ヤヨイ「私ね……とっても、いい夢を見てたんだ……。
イオリちゃんと一緒に、綺麗な青空を、びゅーんって、飛び回る夢……。
まるで、自分の体じゃないみたいに……自由に、飛び回れて……。
だけど……そっか。夢だったんだね……」
少しだけ悲しそうに、ヤヨイは笑う。
そしてイオリを見つめて、
ヤヨイ「でも……きっと、夢じゃなくなるよね……?
私ね、ティーチャーリツコに、言われたの……。
私が空を飛ぶのが、下手っぴなのは、病気のせい、だって……。
でも、薬を注射すれば、上手になれる……私も、アイドルになれる、って……」
イオリ「……ヤ、ヨイ……」
ヤヨイ「えへへ……私、頑張るね……。きっといつか、アイドルに……。
一緒に……アイドルに、なろうね……イオリちゃん……」
イオリは、すぐには答えられなかった。
ただ堪えた。
震える唇を、下がりそうになる眉を、懸命に堪えた。
そして、とても、とても優しい微笑みを浮かべ、答えた。
315 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/09(土) 21:30:58.46 ID:LFXFdTFGo
イオリ「もちろんよ……。一緒に、アイドルになりましょう……!」
ヤヨイ「……うん……ありがとう、イオリ、ちゃん……」
それきり、ヤヨイは言葉を発さなかった。
目も開けなかった。
力なく、眠るように、イオリの腕の中に抱かれていた。
そんなヤヨイを、イオリはそっと、だが強く、抱きしめた。
……自分たちは、アイドルになるために努力してきた。
アイドルを目指して、頑張ってきた。
でも、そのために……ヤヨイは、こんな目に遭っている。
そしてこんな目に遭っても、ヤヨイはまだ、アイドルに憧れ続けている。
これが自分たちの目指していたものなのか。
訳のわからない注射を打たれ、暴走させられ、
そうまでして目指さなければならないものなのか。
腕の中に感じるヤヨイは酷く軽く、酷く繊細で、酷く、傷ついている。
視界が滲む。
問わずにはいられない。
イオリ「……一体、アイドルって何なのよ……!」
イオリの問いは誰に答えられることもなく、
雲間から差す月明かりと共に、夜の闇へとただ静かに溶け入っていった。
316 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/09(土) 21:31:50.54 ID:LFXFdTFGo
今日はこのくらいにしておきます。
続きは多分また一週間後くらいになると思います。
317 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/17(日) 21:42:04.84 ID:kbi2Ae2Oo
・
・
・
マコト「――今だ、ユキホ!」
ユキホ「はい!!」
マコトの合図でユキホは手を振り下ろし、
初めと同じように、だがそれ以上の数の光の塊が放たれた。
しかし……
眠り姫「だから、ムダだって言ってるの分かんないかなぁ!」
眠り姫は迫り来る無数の光に向けて刃をかざし、
避けることすらせずにほんの一度、大きく柄を振った。
するとユキホの放った光は、ただのひと振りですべて虚しく四散した。
ユキホ「そんな……!」
マコト「ッ! 危ない!!」
318 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/17(日) 21:42:50.79 ID:kbi2Ae2Oo
叫んだマコトは、次の瞬間にユキホに襲いかかった斬撃を辛うじて光剣で防いだ。
だがその直後、抑えきれなかった衝撃が
マコトの体をユキホ諸共地面へと吹き飛ばしてしまう。
マコト「っぐ……!」
咄嗟にユキホの体を抱え、念動力で地面への激突を避けたマコトではあったが、
それでも勢いは殺しきれずに落着、数度転がった後にようやく二人の体は止まった。
ヒビキ「マコト、ユキホ!! こ、のぉおおおお!!」
気合を込めるように発せられたヒビキの叫びを、
眠り姫は薄ら笑いを浮かべて見下ろし続ける。
そして、ヒビキの周囲から大量発生した鳥獣達が飛びかかるのを
まるで埃でも払うかのように斬って捨てつつ肉迫し、
マコト達と同じように、ヒビキを地面に向けて蹴り飛ばした。
ヒビキ「ぅあっ! く……!」
マコト「ヒビキ! 大丈夫!?」
ヒビキ「だ……大丈、夫……!」
そう答えたヒビキではあるが、うつ伏せの状態から体を起こしたまま、立ち上がれない。
またそれはマコトとユキホも同様であった。
319 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/17(日) 21:43:58.02 ID:kbi2Ae2Oo
チハヤ「三人とも、大丈夫!? 怪我は!?」
唯一まだ吹き飛ばされていなかったチハヤがそばに降り立つ。
見る限りでは三人とも大きな怪我はしていないようだった。
だが地面に座り込んだままで立ち上がろうとしない。
マコトも、ユキホも、ヒビキも、限界が近かった。
肉体的な疲労ももちろんある。
しかしそれ以上に、精神が限界を迎えつつあった。
眠り姫と交戦しているうちにアズサの姿が消えてしまったことや
直前にリツコがアズサを羽交い締めにしていたことなど、
不安に心が揺さぶられ続けていた。
そして何より、知ってしまった。
自分達はそれなりに上手く能力を扱えている自信はあったし、
アイドルの最終候補に残ったという自負もあったのだが……
そんなものはただの幻に過ぎなかったのだと。
眠り姫「諦めてくれた? まあ、アイドル相手によく頑張った方だと思うよ。
なんにも意味なんてなかったけどね。それじゃあそろそろ……」
四人がかりでも全く歯が立たない。
自分達とはまるでレベルが違う。
あれが――
眠り姫「みんな消えちゃえばいいって思うな!」
320 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/17(日) 21:45:16.61 ID:kbi2Ae2Oo
両手を掲げた眠り姫の周囲に、魔法陣のような図形が展開される。
その瞬間、皆は攻撃を予感した。
もはや抵抗することもできず、マコト、ユキホ、ヒビキは痛みに備えて身を固くする。
だが、
チハヤ「っ……!!」
ただ一人、眠り姫を見据えて立っていたチハヤ。
その彼女がかざした両手から、巨大な二重障壁が発生する。
そして青い光壁は見事、彼女たち全員を眠り姫の放った光線から守り抜いた。
三人「チハヤ!」「チハヤちゃん!」
名を呼ぶ声を背に受けたまま、チハヤは上空の眠り姫を見据え続ける。
チハヤ「――あれが、アイドルの力だというの……!」
その言葉は他の三人同様、眠り姫の力に驚くものであった。
だがその目は違う。
圧倒的力を目にしてなお、チハヤはまだ抵抗の心を失わずにいた。
321 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/17(日) 21:45:47.11 ID:kbi2Ae2Oo
眠り姫「……しつこいなあ。まだ諦めてなかったんだ」
光線の衝撃に煽られた火の粉を纏い、冷然としてチハヤを見下ろす眠り姫。
先程までのように嘲笑に歪んだ表情は既にない。
チハヤ「みんな……聞いて」
眠り姫から目を離すことなく、チハヤは背後の三人に呼びかける。
そして静かに続けた。
チハヤ「ここは私が足止めするから、みんなは逃げて。少しでも早く、少しでも遠くに」
ユキホ「え……!?」
マコト「なっ……何言ってるんだよ、チハヤ!」
ヒビキ「に、逃げるなら一緒に逃げようよ!
チハヤを置いて逃げるなんて、そんなことできるわけないぞ!」
チハヤ「わかっているでしょう……? 誰かが足止めしないと、彼女からは逃げ切れない。
そしてその役目を果たせるとすれば、多分、私しか居ない」
322 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/17(日) 21:46:23.87 ID:kbi2Ae2Oo
ヒビキ「で、でも、そんな……!」
マコト「チハヤだって分かってるはずだよ! 一人で残ったら、どうなるか!」
チハヤ「……大丈夫。私はやられたりなんかしない。それに……」
そこでチハヤはほんの一瞬後ろへ目を向け、僅かに微笑んだ。
チハヤ「みんなを守れるのなら、私がここに来た意味も、きっとあったんだって思えるから」
強い決意が込められたチハヤの言葉ではあったが、三人はやはり拒絶しようとする。
仲間を一人置いて逃げることなどできない、と。
が、その言葉を眠り姫の静かな声が止めた。
眠り姫「ねえ、何それ? お前、何を言ってるの?
『一緒に逃げる』? 『みんなを守る』?
面白いね。そうやってお友達と仲良しごっこする余裕がまだあるんだ」
その声色に三人は同時に視線を上げた。
そして、眠り姫の表情から、声から、全員が察した。
彼女が怒っているということを。
323 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/17(日) 21:47:31.83 ID:kbi2Ae2Oo
眠り姫「わかってるよね? どんなに仲良しごっこしたって、そんなの何の意味もないって。
私がその気になったら、みんな消えちゃうんだよ?
友達だとか、一緒にとか、そんなの、何の意味もないの」
先ほどアズサに向けた不機嫌そうな顔とも違う、明らかな怒り。
圧倒的強者の放つ負の感情に、チハヤは体がこわばるのを感じた。
だがそれと同時に、初めてチハヤは、
得体の知れなかった眠り姫に何か「人間らしさ」のようなものを見た気がした。
チハヤ「何を、怒っているの……?」
眠り姫「……うん?」
チハヤ「あなたが世界を壊そうとしていることと、関係があるの?
何かに怒ってるから、世界を壊そうとしてる……そういうことなの?」
ヒビキ「チ、チハヤ、何を……!」
チハヤは眠り姫との対話を試みようとしている。
そのことに気付いたヒビキ達三人は、不安の色をより濃くした。
下手に刺激すれば何が起こるか分からない。
眠り姫の怒りが更に強まるかも知れないのだ。
324 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/17(日) 21:48:22.89 ID:kbi2Ae2Oo
眠り姫「変なこと言うね。私が何かに怒ってる? 別に何にも怒ってないよ」
チハヤ「……もし、『あの本』に書かれていたことが、本当にあなたのことなら……。
あなたは昔、大切な友達と……」
眠り姫「別に何も無いって言ってるよね?
もしかして、そうやって私と話してれば助けてもらえるって思ってる?」
チハヤ「違うわ! 私はただ……!」
懸命に訴えかけようとしたチハヤの言葉はしかし、
薙ぎ払うように振られた刃によって断ち切られた。
振った鎌を肩に担ぎ、眠り姫は怒りを宿した語調で言った。
眠り姫「もういいよ。分かりやすく教えてあげるから。
お前が言ってたことも、お前達の頑張りも、全部全部、意味なんてないんだって」
眠り姫はゆっくりと巨大鎌を構える。
それを見た地上の四人は攻撃に備えて身構え――
眠り姫「はい、おしまい」
背後から聞こえたその声に振り向いた瞬間には既に、
刃がチハヤの首筋に向けて振られた。
325 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/17(日) 21:49:12.37 ID:kbi2Ae2Oo
チハヤ「ッ……!?」
大きく見開かれたチハヤの瞳。
そこに写っているのは、瞬時に自分の背後に回り込んだ眠り姫……ではなかった。
また、自分の首を切り裂く直前で止まった巨大な刃でもなかった。
他の三人も同様である。
彼女達は、眠り姫の凶刃を止めたモノ、そのものを見ていた。
そしてそれは、眠り姫もまた同様であった。
「……そんなことないよ、ミキ。
友達にも仲良しにも、頑張りにも……意味がないなんてことは絶対にない」
それは少女だった。
眠り姫のそれと似た武器を携え、
眠り姫のそれと対照的な白い装いを纏った少女が、
チハヤと眠り姫の間に立ち、刃を止めていた。
チハヤ「ハル、カ……?」
ぽつりと呟いたチハヤにヒビキ達は目を向ける。
ハルカと呼ばれた少女は眠り姫に対峙したまま、チハヤに答えた。
ハルカ「ごめんね、チハヤちゃん。みんなも……。こんなにギリギリになってごめん。
でも、大丈夫……。この子は私が止めるから。
だからみんなは早くこの学園から離れて……!」
326 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/17(日) 21:52:56.37 ID:kbi2Ae2Oo
それを聞き、眠り姫が動いた。
ハルカを目の前に、見開かれていた瞳は笑みに歪められ、
眠り姫「……あはっ!」
吐息のような笑い声を残し、
少女と眠り姫はまったくの同時に砂塵を巻き上げて宙へと飛び上がる。
そして上空で何度も何度も、光を纏った影同士がぶつかりあう。
もはや目で追うことすら難しいその戦いを
しばし呆然と見上げていた地上の四人であったが、
ハッと我に返ったようにヒビキが口を開く。
ヒビキ「チ、チハヤ! あの子、一体何者なんだ!? 知ってるのか!?」
チハヤ「……時々、この学園に遊びに来てた他校の生徒……。そのはずだけれど……」
マコト「『ハルカ』、って言ってたよね。
いや、それより……あの子、眠り姫のことを知ってるみたいだった……!」
ユキホ「眠り姫のこと、『ミキ』って呼んでた……。
で、でも、眠り姫は百年前にアイドルに選ばれたんだよね!?
じゃあ、あのハルカっていう子は……!?」
327 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/17(日) 21:53:41.00 ID:kbi2Ae2Oo
突如現れた謎の少女。
眠り姫のことを知っており、しかもどうやら、
眠り姫と同等の力を有しているらしきその少女に、一同の頭は混乱しかけていた。
しかしそんな中、チハヤはぐっと拳を握り、決意するように口を開いた。
チハヤ「彼女が何者なのか、それを考えるのはあとにしましょう。
それより……逃げるなら今しかないわ。
ハルカが眠り姫を止めてくれている、今しか……」
ハルカと共に眠り姫と戦う、という選択肢は、確かにあった。
しかし、チハヤを含めて誰一人、それを選ぼうとはしなかった。
いや、選べなかった。
自分達ではハルカの足でまといになってしまうのだと、
考えるまでもなく悟ってしまっていたのだ。
マコト「っ……わかった。あの子の言った通り、すぐにここを離れよう……。
でもまだ、イオリとヤヨイが残ってる! それにアズサさんも……!」
ヒビキ「わ、私、探してくるよ! 三人は先に逃げてて!」
328 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/17(日) 21:54:23.22 ID:kbi2Ae2Oo
ユキホ「え……!? で、でもヒビキちゃん……!」
ヒビキ「大丈夫! 私の能力を使えばきっとすぐ見つかるから!」
マコト「ま、待ってよヒビキ! 一人でなんて……!」
だがマコトの制止を聞かず、ヒビキは背を向けて駆け出した。
それを追おうとマコトも足を踏み出そうとしたが、その直前に思い出した。
今自分の腕の中で、ユキホが震えているということを。
恐らくヒビキ自身、あの眠り姫とハルカの戦いに突っ込んでいくようなことはしないはず。
しかしそれでも、ただ一人でイオリたちを探すのはあまりに危険すぎる。
放っておくことなどできない。
が、震えるユキホを戦いの渦中へ連れて行くことも
ここに置き去りにすることも、マコトにはできなかった。
そしてそんなマコトの胸中を察したか否か、
チハヤ「私も行くわ。彼女のサポートは私がするから、あなたたちは先に逃げていて」
そう言い残し、ヒビキの去っていった方向へとチハヤも駆け出した。
マコトは小さくなっていくチハヤの背を数秒、
拳を握って見つめたのち、ユキホの手を掴んで踵を返した。
329 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/17(日) 21:55:05.61 ID:kbi2Ae2Oo
ユキホ「え……ま、待ってマコトちゃん! 本当に私たちだけで逃げるの!?」
マコト「仕方ないよ……。大勢で行っても危険が増えるだけだ」
ユキホ「で、でも……」
マコト「気持ちはボクも同じだよ! でもボク達じゃ力になれない……!
それにユキホ、ずっと震えてるじゃないか!」
ユキホ「っ……」
マコト「そんな状態で行ったって、ただ無茶なだけだよ……!
だからここは逃げよう! 今はみんなを信じるしか……」
が、その時。
マコトの足は言いかけた言葉と共に止まった。
その目は大きく見開かれ、一点に固定されている。
ユキホもまた、マコトと同じように息を飲んで静止する。
前方に立つ人影が二人の体を止めた。
薄く笑って立つその人物に向け、
数秒の沈黙を経て、ユキホが震える唇を開いた。
ユキホ「タ……タカネ、お姉さま……」
330 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/17(日) 21:55:34.85 ID:kbi2Ae2Oo
今日はこのくらいにしておきます。
続きは多分また一週間後くらいになると思います。
331 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/27(水) 19:15:49.60 ID:McPeQ+yjo
・
・
・
二つの光が激しくぶつかり合っていた空は、今は静けさを取り戻している。
ハルカと、眠り姫。
今や月を覆っていた雲も、二人の強力な能力者の戦闘の余波によってだろうか、
薄くかき消され、大きな月の明かりが地表を照らしていた。
そしてその光の届く、校舎の屋根。
そこに今、二人は向き合い立っていた。
眠り姫「……待ってたよ、ハルカ」
ハルカ「帰ろう、ミキ……。ここは、私たちの居ていいところじゃない」
やはり牙を剥くような笑みを浮かべる眠り姫と、
険しいながらも真っ直ぐな目で正面を見つめるハルカ。
ハルカの言葉から数瞬置き、眠り姫は笑みを崩さぬままに言った。
眠り姫「『帰ろう』? 何言ってるの?
私を置いてどこかに行っちゃったのはハルカの方でしょ?」
332 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/27(水) 19:16:19.93 ID:McPeQ+yjo
その時、僅かにハルカの表情が歪んだ。
苦痛を堪えるように寄せられた眉根は、眠り姫の目にはどう映っただろうか。
眠り姫「勝手だね。私は、ずーっとハルカを待ってたっていうのに」
ハルカ「……そうだね。だから、こうして迎えに来たの。
約束を破ったことの、償いのために」
眠り姫「償い……? そんなのどうでもいいよ。約束っていうのも覚えてないし。
それに、置いて行かれたことも別に怒ってないから。ただちょっと退屈だっただけ」
目を閉じて、眠り姫は一歩前に足を踏み出す。
それに応じてハルカも手にした両剣を構えた。
眠り姫「百年間……多分、ずっと夢を見てたの。ちゃんと覚えてないけど、大体わかるよ。
私はハルカが居なくなった時から、ずっとこうして……」
瞬間、眠り姫の姿が消えた。
かと思えば直後、ハルカの上空から巨大鎌が振り下ろされる。
333 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/27(水) 19:16:51.50 ID:McPeQ+yjo
ハルカ「っ……」
躱して空へ飛んだハルカを眠り姫は見上げる。
そして跳躍の構えを見せつつ、眠り姫は叫んだ。
眠り姫「ハルカと、戦ってみたかったんだって!!」
言い終わるや否や、眠り姫はハルカに肉迫し、刃を振りかぶる。
ハルカは防いだが、その表情はやはり辛そうに歪んでいた。
ハルカ「ミキ……!」
眠り姫「帰る場所なんて、もうどこにもないの!
私はこの世界をぜんぶ壊しちゃうんだから! もちろんハルカのこともね!!」
巨大鎌の刃の輝きが一際増し、
猛然と振られたその勢いのまま、ハルカは大きく弾き飛ばされた。
しかしすぐに空中で体勢を立て直して眠り姫に向き合う。
そして、強い意志を込めた瞳で真っ直ぐに眠り姫を見つめ、言った。
ハルカ「……そんなこと、させないよ。私はもう、約束を破りたくないから……!
だからあなたを連れて帰る! 『眠り姫』なんかじゃない、本当のミキを!!」
334 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/27(水) 19:18:03.18 ID:McPeQ+yjo
・
・
・
イオリ「……何なのよ、あれ……。本当にあれが、アイドルだって言うの……!?
それにハルカって子も何者なのよ!?」
ヒビキ「私たちにも、何が何だかわからないんだ! それより、アズサさんは……」
イオリ「私は見てないわ! 探すのなら急がないと……!
ティーチャーリツコに連れ去られたっていうのが本当なら、
アズサまでヤヨイと同じ目に遭わされるかもしれないんでしょ!?」
ヒビキ「そ、そうだ、本当に急がなきゃまずいんだよ……!
あ、でもまずヤヨイを安全なところに連れて行って、それから、えっと……!」
マコト達と別れてからそう時間を空けず、イオリ達の元へ着いたヒビキとチハヤ。
彼女達は互いの情報を交換し、現状を把握した。
だがそのことが逆に皆の頭を混乱寸前に追いやっていた。
自分の身に起こったことだけでも整理が追いつかないのに、
離れていた仲間に起きたことも訳のわからないことだったのだから。
335 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/27(水) 19:19:37.83 ID:McPeQ+yjo
豹変したヤヨイ、リツコに攫われたアズサ、眠り姫の存在に、ハルカの登場――
これだけのことを同時に処理することなど到底できるはずもない。
最優先にするべきは恐らく、アズサの捜索。
またそれと並行して、気を失っているヤヨイを安全な場所まで避難させたい。
ヒビキ「え、えっと、じゃあ、イオリはヤヨイをお願い!
私とチハヤはアズサさんを探しに行くよ! それでいいよね、チハヤ!」
が、そう言って振り返ったヒビキの目に写ったのは、黙ってじっと空を見上げるチハヤの姿。
ヒビキの声に気付いてすらいないのか、まったく反応を返さなかった。
ヒビキ「ねえ、チハヤ! チハヤってば!」
チハヤ「えっ? あ、ご、ごめんなさい……!」
再度呼びかけられチハヤはようやく我に返ったように返事をする。
ヒビキとイオリは眉をひそめ、チハヤの見ていた先にチラと視線をやった。
ヒビキ「二人の戦いが、気になるのか? でも私たちにはどうしようもないよ!
あんなレベルの戦い、付いていけるわけがないんだ!」
イオリ「悔しいけど、ヒビキの言うとおりよ……!
私たちは私たちでするべきことをするの!」
336 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/27(水) 19:21:34.05 ID:McPeQ+yjo
チハヤ「……私たちに、できることを……」
イオリの言葉を復唱したチハヤは、もう一度空を見上げる。
視線の先には、ぶつかり合う二つの光。
険しい顔つきのハルカと、『笑顔』の眠り姫。
チハヤは胸元で、片手を強く握る。
眉根を寄せたその表情は、それまでチハヤが見せたことのないものであったが、
彼女が今何を思っているのか、それを察する余裕は今のイオリとヒビキにはなかった。
イオリ「チハヤ、早く! 事態は一刻を争うんだから!」
ヒビキ「私たちはアズサさんを探しに行こう! ほら、行くぞ!」
チハヤ「っ……ええ、わかったわ。いきましょう……!」
二人に急かされ、チハヤはようやくハルカと眠り姫に背を向けてアズサの搜索へ向かった。
しかし瞼の裏には、どういうわけか強く焼きついていた。
ハルカと戦う眠り姫の笑顔が、チハヤの心を妙にざわつかせていた。
337 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/27(水) 19:23:20.57 ID:McPeQ+yjo
・
・
・
アミ「始まってしまったのね」
マミ「それとも、終わってしまうのかしら」
手を取り合って、双子は空を見上げている。
憐憫に満ちたその目の見つめる先にあるのは、眠り姫。
マミ「恐いわ、アミ。眠り姫が目を覚まして、私、とっても恐い」
アミ「私もよ、マミ。それに、とっても可哀想」
マミ「そうね……。眠り姫は目覚めたけれど、『あの子』はまだ眠ったまま」
アミ「目を覚ましてくれるかしら。そうすればきっと、この悲しい螺旋を終わらせられるのに」
マミ「終わらせてくれるのかしら」
アミ「それとも、また始まってしまうのかしら」
双子の少女は悲しげな顔で、眠り姫を見つめ続けた。
338 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/27(水) 19:25:48.21 ID:McPeQ+yjo
・
・
・
タカネ「ごきげんよう、ユキホ、マコト」
にっこりと笑い、首を傾けて挨拶するタカネ。
そして硬直したままの二人に向け、笑顔のまま続けた。
タカネ「これほどの素晴らしき夜に、二人でどこへ行こうというのですか?」
マコト「っ……ユキホ、下がって!!」
ユキホ「マ、マコトちゃん……!?」
ここでようやく、マコトの体が動いた。
光剣を構えて目の前のタカネを睨みつける。
タカネの発する異様な雰囲気に本能が警笛を鳴らしたのだ。
対して、タカネは殊更に悲しげな顔をして顔を伏せた。
タカネ「あらあら……悲しいですわ。そんな風に怖い顔をされて……」
が、その顔はすぐに上がる。
一転、妖しい笑顔を浮かべたタカネは、ユキホに視線を移し、
タカネ「貴女はそんな顔はしませんよね。ユキホ?」
339 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/27(水) 19:27:04.94 ID:McPeQ+yjo
マコト「何を言って……それより、ボクの質問に答えてもらうよ! 君は一体……」
しかしその時、マコトの視界にふっと影が写る。
反射的にそちらに目を向けたマコトは、その瞬間、思わず声を上げた。
マコト「!? ユ、ユキホ!」
後ろに立っていたユキホが、
まるでタカネにおびき寄せられるかのように、フラフラと歩いていく。
咄嗟にその手を掴んで引き止めたマコトだったが、
振り向いたユキホの表情を見て呼吸が止まった。
ユキホ「……? どうして止めるの、マコトちゃん」
それは今まで何度も見た、あの色のない表情だった。
マコトは声が出せなかった。
ただ、確信した。
いつからかユキホに起き始めていた異変、その元凶が、タカネにあったのだと。
マコト「ユキホに……ユキホに何をしたんだ!? タカネ!!」
340 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/27(水) 19:27:57.77 ID:McPeQ+yjo
タカネ「まあ、恐ろしい……! そのように怒鳴られては、
怯えてしまってお話もできませんわ……ねえ、ユキホ?」
ユキホ「ダメだよ、マコトちゃん……。お姉さまに酷いことしちゃ」
マコト「……ユキホ……!」
マコトは、怒りと悲しみの入り混じった目でユキホを見、
そして、タカネを見た。
少し離れた位置で嘲るような笑みを浮かべているタカネ。
と、その時。
ユキホが突然、自分の手を掴んでいたマコトの手を、掴み返した。
マコト「!? ユキホ、何を……」
ユキホ「マコトちゃんも行こ? お姉さまのところへ」
マコト「ッ……!!」
ぐいと手を引かれ、マコトは全身から嫌な汗が吹き出るのを感じた。
反射的にユキホの手を払いのけ、まとわりつく汗を振り払うように力を入れて叫ぶ。
マコト「何が目的なんだ、タカネ! ユキホを操ってまで、一体何がしたいんだ!?」
341 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/27(水) 19:30:03.13 ID:McPeQ+yjo
タカネ「操るだなんて、酷い物言いですわ……。
ユキホは愛する私のために協力してくれているだけだというのに。
そうですよね、ユキホ?」
ユキホ「はい、お姉さま」
色のない表情のまま、ユキホはタカネに微笑みかける。
マコトはその返事を聞き、顔を見、
今にも泣き出しそうな表情で、しかし何より強い怒りを込めて、タカネに向かって叫んだ。
マコト「やめろ!! もうわかってるんだ! 今のユキホは正気じゃない!
前から時々こんなふうになって……!
君が何かしたんだろ!? 何のためにこんなことをするんだ!!」
タカネ「……ふふっ。少し、実験に協力してもらっているだけですよ。
できれば貴女も一緒に来て欲しいのですが。
協力者は多いことに越したことはありませんもの」
相変わらずの薄ら笑いを浮かべたまま、タカネは答える。
しかし要領を得ないのその回答と表情から、マコトは確信した。
タカネの目的は、やはり真っ当なものではないのだと。
342 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/27(水) 19:31:17.84 ID:McPeQ+yjo
マコト「誰が協力なんてするもんか……! 今すぐユキホを、元に戻すんだ!!」
タカネ「そうですか。では結構です」
あっさりと言い放たれたその言葉は、
怒りを宿したマコトの声色とは対照的に酷く冷たかった。
その声色にマコトは背筋が粟立つのを感じた。
いや、声色のみではない。
タカネの全身から滲み出るどす黒いオーラが、マコトの警戒心を最大限にまで高めさせた。
タカネ「協力を得られないのであれば仕方ありません。
貴女にはここで消えてもらいましょう」
マコト「ッ……!!」
マコトが攻撃を決意したのはこの瞬間であった。
足を踏み出し、光剣を振りかざし、
マコト「はあああああああッッ!!」
全身全霊を込め、マコトはタカネに斬りかかった。
その正義の剣は、タカネを邪悪なオーラごと両断する……はずであった。
343 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/27(水) 19:32:39.50 ID:McPeQ+yjo
マコト「なっ……!?」
タカネ「ふふ……大したものですね。
眠り姫との戦いで消耗していながらそれだけ動けるのですから」
妖しい光のうねりが、マコトの剣を掴むように止めている。
そしてその直後、一転、
光は猛々しく勢いを増したかと思えばマコトを包み込み、
マコト「ぐっ……!? うあぁああああぁああッ!?」
悲鳴を上げ、マコトは地に倒れ伏した。
全身を襲う痛みに荒い息を吐くマコトを、タカネは涼やかな表情で見下す。
タカネ「おや……やはり大したものです。あれを受けてまだ意識があろうとは」
マコト「っ、こ、の……!」
全身に力を入れ、マコトは起き上がろうとする。
しかし、数秒時間をかけて片膝をついたところで、ふっとその視界に影が差す。
見上げれば、タカネが目の前に手をかざしている。
タカネ「立ち上がらなくて結構ですよ。このままおわりにして差し上げますから」
マコトの視界が、先ほど見た妖しいオーラで埋め尽くされる。
そして防御も回避もする間もなく、衝撃が、マコトの体を襲った。
344 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/27(水) 19:34:36.57 ID:McPeQ+yjo
マコト「えっ……!?」
だが、その衝撃はタカネの手によるものではなかった。
タカネが攻撃するより先に、『横からぶつかった何か』がマコトの体を弾き飛ばしたのだ。
そしてその衝撃の正体に、マコトは地面に倒れ込んでからようやく気付いた。
マコト「ユ……ユキホ!?」
ユキホ「っ……!」
ユキホが、マコトの体に飛びついていた。
タカネの攻撃からマコトを守るかのように。
タカネ「……はて。なんのつもりですか、ユキホ?」
この時になってようやく、タカネの薄ら笑いは消えた。
ユキホはマコトの体から離れ、立ち上がる。
そして、両手を広げてマコトを背にして立った。
345 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/27(水) 19:35:22.76 ID:McPeQ+yjo
ユキホ「や、やめてください! マコトちゃんに酷いことしないで!」
マコト「! ユキホ……!」
それは、紛れもなくユキホであった。
マコトの知るユキホが今、マコトを庇ってタカネの前に立ちふさがっていた。
タカネ「私に楯突こうと言うのですか? ああ、とても悲しいですわ……。
貴女は、もう私のことを愛していないのですね……」
ユキホ「そ、そういうことじゃありません! お、お姉さまのことは、今でも……!」
タカネ「ではユキホ、そこをおどきなさいな。ね、可愛いユキホ?」
ユキホ「い……嫌です。どきません……!」
タカネ「……」
ユキホ「わ、私には、お姉さまが何をなさろうとしているのかはよく分かりません……。
でも、きっとお姉さまは間違ってます! 目を覚ましてください、お姉さま!
また昔の、優しかったお姉さまに戻ってください!」
346 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/27(水) 19:36:05.49 ID:McPeQ+yjo
目には涙すら浮かべ、懸命にタカネに語りかけるユキホ。
だが、そんなユキホとは対照的に、
タカネの表情には一度消えていた笑みが再び戻っていた。
タカネ「……ふふっ。何を愚かなことを……。
私は、昔から何も変わってなどいませんよ。
貴女の知る私こそが偽りの虚像であった、ただそれだけのことです」
ユキホ「え……?」
タカネ「まさか自力で『解く』とは思ってもみませんでしたが……まあ良いでしょう。
手駒として使えないのであれば、もう用済みです」
呟き、ゆっくりと片手を上げるタカネ。
その手のひらが自分へ向くのをユキホは、ただ呆然と見つめ……
タカネ「さようなら、可哀想なユキホ。何も知らぬ、哀れで愚かな小娘よ」
マコト「ユ、ユキホ! 避け――」
その言葉が発せられることも、マコトが立ち上がる間もなく、
手のひらから放たれた光がユキホの体の中心を貫いた。
347 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/09/27(水) 19:38:37.00 ID:McPeQ+yjo
今日はこのくらいにしておきます。
続きは多分またこのくらい空くと思います。
348 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/14(土) 19:46:33.54 ID:+NxSNgCuo
マコト「ユ……ユキホぉお!!」
糸の切れた人形のように、ユキホは地面に崩れ落ちた。
マコトは未だ痛みの走る体に鞭打ち、ユキホの上体を支え起こす。
腕の中でぐったりとしているユキホの体を強く抱きしめ、タカネを睨みつけた。
そんなマコトをタカネは冷たく見下ろし、
タカネ「私に敵意を向ける前に、ユキホを看取ってあげては?」
マコト「っ……!」
タカネ「そう、それで良いのです。貴女方はもうしばらくここに居なさい。
『時』が来るまで、もう間もなくですから」
不可解な言葉を残して、タカネの姿は夜の闇の中へと消えていった。
しかしマコトにはその言葉の意味も、タカネのあとを追うことも、考えられなかった。
ユキホ「マ……コト、ちゃん……」
マコト「! ユキホ……!」
349 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/14(土) 19:47:14.45 ID:+NxSNgCuo
うっすらと目を開け、蚊の鳴くような声でマコトを呼んだユキホ。
その目の端から一筋、涙が流れる。
ユキホ「ごめん、なさ……い。私……迷惑かけ、て……ばっかり……」
マコト「そ……そんなことない! そんなことないよ!
ユキホはボクを守ってくれたじゃないか!
それより、ボクのせいでユキホが……!」
ユキホ「……思い、出したの……。私……あの日、お姉さま、に……会って……。
マコトちゃんの……言うとお……り、だった……。夜……おね……さまに……」
マコト「ユキホ……! いいよ、もういい……!
ボクの方こそ、もっと早く気付いてあげられれば……!
ごめん、ユキホ! ごめん、本当にごめん……!」
ユキホ「あ……やまら……ぃで……わ……た、し……」
マコト「……ユキホ? ユキホ……!?」
薄く開いていた目が閉じた。
マコトが体を揺するのに合わせ、ぐらぐらと首が揺れる。
呼吸も、聞こえない。
350 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/14(土) 19:48:01.30 ID:+NxSNgCuo
マコト「ユキホ……! ユキホってば!! ねえ起きて! 起きてよユキホ!!」
しかしユキホが目を覚ますことはなかった。
動かぬユキホの顔に、雫が落ちる。
マコト「お願い……起きて、ユキホ……!
ボク、まだちゃんと返事をしてないじゃないか……!」
ユキホの細い体を、力強く抱きしめる。
そして、震える声で、あの時答えられなかった返事を、
言えなかった言葉を、搾り出すように囁いた。
マコト「ボクもユキホのことが好きだ……! だからずっと一緒に居ようよ……!
ずっと、一緒に……! だからお願いだ……目を覚ましてよ、ユキホ……!」
しかし薄く開かれたその唇は、ただ開かれているだけ。
もはやどうしようもない。
タカネが悪意を込めて放った一撃は、あっけなく、ユキホの命を奪ってしまった。
351 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/14(土) 19:48:30.37 ID:+NxSNgCuo
しかし、その時だった。
マコト「……!?」
突然、どこからか降ってきた光が倒れたユキホを直撃し、その体を包み込んだ。
マコトは一瞬、何者かの攻撃を連想した。
しかしすぐに気づく。
今ユキホを包んでいる赤い光には、
見た目の鮮烈さに反し、一切の悪意も敵意も感じない。
寧ろその逆。
そばにいるだけで、見ているだけで安心するような暖かさが、その光からは感じられた。
唐突に起きた現象にマコトの頭は疑問と困惑で満たされる。
だが光が徐々に薄れ、完全に消えてしまった直後。
マコトの疑問のすべては吹き飛んだ。
ユキホ「っは……!」
マコト「!? ユキホ……!」
それまでただ開かれているだけだった唇が動き、そして胸が上下し始めた。
マコトは慌てて、耳をユキホの口へ寄せる。
落ち着いた確かな呼吸音が繰り返されている。
止まっていたはずの呼吸が、再開されたのだ。
352 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/14(土) 19:49:37.86 ID:+NxSNgCuo
ユキホが蘇生した。
そのことにマコトは心から安堵した。
しかしそれからすぐに、少し前の疑問が蘇る。
つまり、ユキホの体を包んだ光の正体だ。
分からないが、状況から考えて、
あの光が死にかけていた……あるいは既に死んでいたユキホを蘇らせたに違いない。
どこかから飛んできた、あの光が……。
と、マコトがその光が飛んできたと考えられる方へ顔を向けた、その瞬間。
マコト「っ……!」
禍々しい緑色の光が、赤く輝く光を吹き飛ばしたのをマコトは見た。
吹き飛ばされた赤い光は校舎の一部を砕いた後地面に激突し、高く土埃が舞い上がる。
そして、見えた。
マコトだけではない。
少し離れた場所から、イオリも、チハヤも、ヒビキも見ていた。
眠り姫が、赤い光の少女――ハルカを、冷たい目で見下ろしているのを。
353 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/14(土) 19:50:42.18 ID:+NxSNgCuo
眠り姫「あーあ。私と戦ってるのによそ見しちゃうのがいけないんだよ」
ハルカ「っ……」
眠り姫「それに、『分ける』余裕だって無いって思うな。
確かにすごい能力とは思うけど、分けちゃったらその分、
ハルカの力だって減っちゃうんだし。
誰かが死んじゃいそうだからっていちいち助けてあげてたら、ハルカ、負けちゃうよ?」
遥か上空からのその声は地上のマコトにも届いた。
そして理解した。
ユキホを救ったあの光は、ハルカのもの。
ハルカが能力を使って、
自らの……例えば生命力のようなものの一端を、ユキホに分け与えたのだと。
眠り姫「ハルカが負けたらどっちにしろみんな死んじゃうのに、意味無いってカンジ。
だからもう誰も助けない方がいいよ……って、もう手遅れかな?」
静かにそう言って、眠り姫は片手をハルカに向けてかざす。
すると、少し前にチハヤ達を襲った緑色の光線がハルカに向けて放たれた。
ハルカ「く……!!」
眠り姫「……ほらね。この程度の攻撃を防ぐのもギリギリになっちゃった。
せっかく楽しい戦いだったのに、もうおわりだね。つまんないの」
354 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/14(土) 19:51:36.74 ID:+NxSNgCuo
チハヤ「……!」
ヒビキ「……そんな……」
離れた位置で二人のやり取りを見ていたヒビキは、掠れた声で呟く。
足元から全身に這い登る怖気に、膝を折らないので精一杯だった。
それは正しく絶望。
詳細までは分からないが、ハルカの力が衰えてしまっていることは明らか。
唯一眠り姫と渡り合えていた彼女の敗北はつまり、
眠り姫の言うとおり、自分達全員の死を意味する。
アズサを見つけ出したところで……
いや、見つけ出す前に、全てが終わってしまうかも知れない。
ならどうする、僅かな望みにかけて全員で眠り姫ともう一度戦うか。
だが、ヒビキの足は動かなかった。
ヒビキだけではない。
マコトも、イオリも、自分たちの希望が潰える瞬間を
ただ指をくわえて見ていることしかできなかった。
眠り姫は浅く息を吐いたあと手元に目線を落とし、得物を構える。
巨大鎌の刃を以て、ハルカに止めを刺すために。
そして、ハルカに肉薄しようと体を傾けた……その時だった。
355 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/14(土) 19:52:07.37 ID:+NxSNgCuo
チハヤ「待って!!」
割って入ったその声は眠り姫だけでなく、
ハルカにも、離れて見ていたマコトやイオリ達にも届いた。
眠り姫「……?」
ハルカ「チハヤちゃん……!」
ヒビキ「チハヤ、何を……!?」
すぐ隣でチハヤの叫びを聞いていたヒビキは、
他の者と比べても一層驚きの色を濃くしてチハヤを見つめる。
だがそんなヒビキの視線を置き去りにして、チハヤはハルカに向けて飛んだ。
そして膝をついているハルカの前に降り立ち、眠り姫に向けて叫んだ。
チハヤ「お願い、やめて!! これ以上、ハルカを攻撃しては駄目!!」
親友をかばって立つようなその姿を見て、眠り姫の目元が、ぴくりと動いた。
356 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/14(土) 19:52:58.12 ID:+NxSNgCuo
眠り姫「は……? なに、何のつもり?
ハルカを守ろうとしてるの? お前みたいな弱い子が……?」
チハヤ「っ……そうよ、でも私は……」
眠り姫「ぷっ、あはははははは!! お前、面白いね!!
まだ私に勝つつもりで居るんだ!? いいよ、じゃあ守ってみたら!?
お前みたいなのが私を倒せるのか、やってみたらいいよ!!」
チハヤを嘲笑い、眠り姫は一度下ろした鎌をもう一度構えた。
しかしその直後、今度はハルカの言葉が、眠り姫の動きを止めた。
ハルカ「違うよ、ミキ……! チハヤちゃんは、あなたを倒すつもりなんてない」
チハヤ「! ハルカ……」
眠り姫「うん……? 何それ。じゃあ、やっぱり諦めちゃってるってこと?」
ハルカ「そうじゃないよ……。チハヤちゃんは、あなたのことも、守ってあげようとしてる。
助けてあげようとしてるの……。だよね、チハヤちゃん?」
ハルカの言葉に、チハヤは何も答えずにただ眠り姫を見つめ続ける。
そしてそれが肯定を意味しているのだと、眠り姫は気付いた。
357 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/14(土) 19:53:34.36 ID:+NxSNgCuo
眠り姫「何……? 面白いの通り越して、意味わかんないよ?
私を助けようとしてる……? どういうこと? なんで?」
チハヤ「……あなたが本当に、あの本に書かれていた『女の子』なら……。
絶対、もうハルカを攻撃しては駄目……!
もしハルカの命を奪うようなことになってしまえば、あなたはもう、二度と救われない……!!
だって……ハルカはあなたの大切な友達でしょう!?」
眠り姫「……」
――チハヤが眠り姫の表情に違和感を覚え始めたのは、
初めて彼女の顔にはっきりとした『怒り』が表れた、あの時からだった。
そして違和感は、ハルカが現れた時からより強く、濃いものになっていた。
ハルカと戦う眠り姫の笑顔に、チハヤは狂気以外の『何か』を感じ取り始めていた。
それから徐々にその『何か』は、ぼんやりとではあるが、
徐々に形を持ち始め、それがチハヤの心をざわつかせた。
チハヤ「お願い! もうこれ以上戦うのはやめて!!
あなたはずっと笑って戦ってたけど、でも本当は……!」
眠り姫はハルカと戦いながら、笑っていた。
でも、だけど、それは笑顔なんかじゃなくて、本当は――
358 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/14(土) 19:54:36.68 ID:+NxSNgCuo
眠り姫「うるさいっ……うるさいよ!! 弱いくせに! 全然弱いくせに!!
偉そうに知ったようなこと言わないで!!」
チハヤ「ッ……!!」
眠り姫「私と対等なつもり!? 冗談! 私はアイドルなの!!
ただ選ばれただけのお前なんかとは違う!!
言ったよね! アイドルっていうのは、私みたいに圧倒的な力を持つ者のことだって!!」
眠り姫の、初めての『怒声』。
これまでで一番の怒り。
その迫力にチハヤは思わず一歩、足を引いてしまう。
だが、そんなチハヤの手が、不意に優しく握られた。
ハルカ「……わかってるはずだよ、ミキ。アイドルっていうのは、ただ強いだけじゃない」
チハヤ「ハルカ……」
ハルカ「思い出して……。アイドルは、強いだけじゃなくて……!
みんなを笑顔にするの! 方法は色々だと思うけど、でも!
アイドルは、世界中のみんなを笑顔にするんだよ!!」
359 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/14(土) 19:55:25.19 ID:+NxSNgCuo
瞬間、チハヤは自分の中に、一陣の風が吹き込んできたような感覚を覚えた。
自分の心の淀んでいた、黒い霧のようなものが晴れていくのを感じた。
ハルカ「だからチハヤちゃんが選ばれたんだよ……!
みんなの笑顔のために真剣に悩める、チハヤちゃんだから……!」
眠り姫「何、それ……! そんな戯言なんて聞きたくない!!
もういいよ!! お前たち二人とも今すぐ私が消してあげるから!!
それで証明してやるの……!! アイドルはただ一人、私だけなんだって!!」
眠り姫の体が、かつてないほど強烈な光に包まれる。
放たれればここに居る全員の命が消し飛ばされるほどのエネルギーが今、
眠り姫の両手に集約されていた。
だが、それを見るチハヤの目は落ち着いていた。
チハヤの目に映っているのはもはや、世界を滅ぼそうとする凶悪な敵ではない。
チハヤ「……きっと、止めるわ。あなたのためにも、きっと止めてみせる!!」
真っ直ぐに眠り姫を見つめるチハヤ。
その横顔を見て、ハルカは薄く微笑み、同じように眠り姫を見上げた。
360 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/14(土) 19:55:55.53 ID:+NxSNgCuo
手を繋いだ二人の体が浮き上がり、眠り姫と同じ高度まで上昇する。
その様子を地表の少女たちは固唾を飲んで見守った。
彼女達は直感したのだ。
眠り姫を止められるか否か……自分たちの運命は、チハヤとハルカに託されたのだと。
しかしその時、最も近くで見ていたヒビキの横から、不意に声がかけられた。
アミ「いけないわ、あの子達を止めて!」
ヒビキ「え……!?」
そこに居たのは同じ背格好をした少女二人。
唐突に現れた少女らにヒビキが疑問を呈する間もなく、
アミとマミはヒビキに訴えかけた。
マミ「あの子は自分の力を全部あげるつもりよ!」
アミ「危険だわ! 失敗すればまた悲しみが続いてしまうの!」
ヒビキ「な、何? どういう……」
だが、双子の言葉の意味を理解する時間も、問い直す時間も、
今、この場には存在しなかった。
361 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/14(土) 19:56:39.11 ID:+NxSNgCuo
眠り姫「あはっ! 準備はいいみたいだね! それじゃ、消してあげるね!!」
瞬間、閃光が走り――
眠り姫の最大の攻撃が、チハヤとハルカに向けて放たれた。
ハルカ「チハヤちゃん!!」
チハヤ「ええ!!」
それまでのチハヤであれば跡形もなく消し去るはずの緑の光。
だがそれに対してチハヤが取った行動は避けるでもなく、光壁を出すでもない。
ハルカと共に両手を前へかざし、そして……
チハヤ「くっ……!!」
眠り姫「!? 何……!?」
受け止めた――!
ヒビキ、イオリ、マコトは三人揃って息を呑む。
だが一番に驚愕し目を見開いていたのは、誰よりも眠り姫であった。
362 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/14(土) 19:57:09.47 ID:+NxSNgCuo
眠り姫「馬鹿な、まさか本当に受け止めるだなんて……!」
チハヤもハルカも、涼しい顔をしているわけではない。
全力を振り絞って眠り姫の攻撃に耐えているのはその表情からはっきりと分かる。
しかし今、確かに二人の力は眠り姫と拮抗していた。
ハルカの力が想像以上に残っていたのか?
いや、違う。
眠り姫は感じていた。
この力の根本となっているのは他でもない、自分が格下と嘲笑ったチハヤなのだと。
眠り姫「っ、この力……! お前もアイドルの器を持っていると言うの!?」
そしてそれを見上げていた双子の少女は確信した。
今新たな器に、アイドルの力が注ぎ込まれようとしているのだと。
アミマミ「駄目! 新たな眠り姫が生まれてしまう!!」
それが聞こえていたのだろうか。
それとも、チハヤの心情を慮ったのか。
ハルカは片手をチハヤに差し伸べ、優しく微笑んだ。
ハルカ「チハヤちゃんなら、大丈夫……!」
これまで何度も、すぐ隣から向けられたハルカの笑顔。
チハヤはその笑顔に、笑顔を返した。
363 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/14(土) 19:57:35.71 ID:+NxSNgCuo
そうだ……やっと気付いた。
やっと見付けた。
私は、ずっと分からなかった。
アイドルというものが何なのか。
自分のなりたいアイドルが、どんなものか。
でも、やっと見付けた。
いい子にしていれば、みんな笑ってくれた。
だから、だ言うことを聞き続けてた。
でもそれが本当にいいことなのか、わからなくなって。
何もわからなくなって……。
だけど、やっと気付けた。
私は、誰かを怒らせたり悲しませたり、したくなかった。
みんなに……笑顔で居て欲しかったんだ。
……ありがとう。
あなたのおかげでやっと、気付けた。
だから――
チハヤ「ハルカ……私、アイドルになるわ!!」
364 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/14(土) 19:59:12.77 ID:+NxSNgCuo
今日はこのくらいにしておきます。
次はまたこのくらい日にち空くと思います。
365 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/10/14(土) 20:29:48.68 ID:WyBdMTfOo
おつ
366 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/28(土) 18:51:26.97 ID:ZQQwk/AYo
光がチハヤを包んだ。
ハルカが淡い赤色の光となり、チハヤの全身を取り巻くように包み込んだ。
そして変わっていく。
ブーツが、衣装が、装飾が、ハルカの淡い赤とチハヤの鮮やかな青とに彩られ、
手には今までなかった物が――ハルカや眠り姫の物とよく似た『武器』が、握られている。
閉じられた瞳が開かれる。
左目には、眠り姫と同様の真紅の瞳があった。
チハヤを包んでいた淡くも烈しい光が弾け、辺りは再び夜の闇に戻る。
しかしそれでも、チハヤの体は薄く光っているように見えた。
マコト「……あれが、チハヤ……?」
イオリ「まさかあの子、本当に……」
ヒビキ「アイドルに……なった、のか……?」
それはまさに『変身』であった。
チハヤは今、自らの決意と共に、親友に力を託され生まれ変わったのだ。
『アイドル』チハヤへと。
367 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/28(土) 18:52:49.20 ID:ZQQwk/AYo
マミ「……もしかして、成功したの? アミ」
アミ「わからないわ、マミ……。わかるのはきっと、これから」
双子も含め、全員がチハヤの動向を見守る。
中でも眠り姫は、初めて警戒の色を浮かべて睨みつけるようにしてチハヤを注視していた。
眠り姫「ハルカが消えた……それに、その服の色。武器と、目の色も……。
本当に、アイドルになったんだね。ハルカの力で」
チハヤ「……」
チハヤは答えずに、目を伏せて胸元に手を当てる。
確かに感じていた。
僅かな時間ではあったが深く同じ時を過ごせた親友の存在を、自身の中に。
“私、あなたのこと忘れない”
口にすることなく想いを胸のうちに込め、
そして、薄く開いていた瞳をすっと閉じ、手に持っていた『武器』を動かした。
攻撃が来る。
誰もがそう思ったのと同時、チハヤはゆっくりと口を開いた。
368 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/28(土) 18:53:29.28 ID:ZQQwk/AYo
ずっと眠っていられたら
この悲しみを忘れられる
そう願い 眠りについた夜もある――
チハヤの口から流れ出たそれは、歌だった。
歌が、口元に添えられた『武器』を通して拡声され、広範囲に広がった。
優しく、しかし力強い、透き通った歌声が、遠く遠く響き渡る。
だがチハヤの突然のその行動は、その場の全員にとって不可解であった。
眠り姫も例外なく不可解さに眉をひそめた後、
眠り姫「ふ……あはははははは!! 何をするかと思ったら、歌!?
その手に持ってるのも武器じゃなくてただ声を大きくするだけ!?
意味わかんないよ! 何がしたいの!? あはははははは!!」
おかしくて堪らないというように笑い始めた。
また他の者にとっても、
笑いはしないものの抱いた感想は眠り姫のそれとほとんど変わらなかった。
この状況で歌を歌うなど、一体何を考えているのだ。
もしかして、やはり『アイドル』にはなれずに失敗してしまったのか。
皆の心に何度目か分からない絶望感が影を見せた……その時だった。
眠り姫「あははは……あ? あれ?」
369 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/28(土) 18:55:04.41 ID:ZQQwk/AYo
眠り姫「あれ……? 何、え、なんで……?」
眠り姫の様子が変わった。
笑うのをやめ、顔に手をやって何か動揺しているような素振りを見せる。
初め、何が起きたのか分からなかった地上の少女たちであったが、
少しした後にようやく理解した。
眠り姫の両目から、大きな雫がポロポロとこぼれ落ちているのだ。
ふたり過ごした遠い日々
記憶の中の光と影
今もまだ心の迷路 彷徨う
歌が響く。
頭と胸を押さえる。
何かおかしい。
かき乱される。
まさか、これは……
眠り姫「やめ、ろ……! その歌をやめろ!!」
叫び、眠り姫はチハヤに向けて猛進する。
肉薄し、刃を振ると、チハヤはそれを紙一重で避けた。
だが、歌は止まった。
370 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/28(土) 18:56:48.24 ID:ZQQwk/AYo
眠り姫「あはっ……! 邪魔すれば止められるんだね、その歌!!」
チハヤ「っ……」
眠り姫「じゃあ何も問題ないね! 変なのも治ったし、このままどんどん邪魔して……」
だがその続きは眠り姫の口から出ることはなかった。
眠り姫「ッ……」
眠り姫の体が、動きを止めている。
そしてそれを成しているのが、地上から放たれる電撃であった。
イオリ「チハヤ!! さっさと続きを歌いなさい!!」
ヒビキ「! イオリ……!」
イオリ「最大威力でも、あと数秒動きを止めるので精一杯よ!! だから早く!!」
眠り姫「あと、数秒……!? そんなにもたせられるとでも、思ってるの!?」
イオリ「……!!」
ヤヨイに放ったものの数倍、イオリの出せる限界値の電撃であったが、
それを眠り姫は容易く弾き飛ばす。
371 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/28(土) 18:58:19.61 ID:ZQQwk/AYo
眠り姫「そんなに消えたいなら、お前から先に……」
しかしイオリに向けられた眠り姫の視界は、突如発生した大量の影に遮られた。
見れば大小さまざまな種類の鳥が群れをなして眠り姫を囲っている。
ヒビキ「っ、はあ、はあ、はあ……!!
どう、だ……! これなら更に数秒、稼げるでしょ……!?」
イオリ「ヒビキ、あなた……!」
ヒビキの様子を見れば、
これだけの数の鳥を創成するのがどれだけの負担になるのか想像に難くない。
だがその甲斐あって、ヒビキの時間稼ぎは一定の効果を上げていた。
あれは儚い夢
あなたと見た 泡沫の夢
たとえ100年の眠りでさえ
いつか物語なら終わってく
最後のページめくったら――
眠り姫「ッ……!!」
まずい、また歌だ、どうする、これを聴き続けるのはまずい……!
焦燥にかられ、眠り姫はチハヤの姿を探すが、
飛び回る鳥類に視界を遮られてそれも覚束無い。
372 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/28(土) 18:59:55.10 ID:ZQQwk/AYo
眠り姫「あああもう鬱陶しいなあ!!」
ヒビキ「っ!!」
痺れを切らし、眠り姫は標的を変えた。
鳥の群れの一端をなぎ払い、元凶たるヒビキを始末するべく猛進する。
瞬時に肉迫し、振りかぶられた刃がヒビキに迫った……が。
マコト「ぅあっ!!」
ヒビキ「ッ!! マコト!!」
間一髪、凶刃からヒビキを守ったのはマコトだった。
だが先の眠り姫との戦いで既に消耗し、
更にタカネの攻撃によるダメージも残っているマコトである。
一撃を受け止めることすら叶わず、敢え無く吹き飛ばされてしまった。
しかし、それでも、決して無意味などではなかった。
ほんの一瞬作られた隙をつき、再びイオリの電撃が眠り姫を襲う。
再び僅かな時間、動きが止まる。
それで十分なのだ。
373 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/28(土) 19:01:02.11 ID:ZQQwk/AYo
眠り姫「っ、こ、の……!!」
直感していた。
チハヤの歌を止めてはならない。
眠り姫の様子だけではない。
チハヤの歌そのものから感じる『何か』。
それが、ヒビキに、マコトに、イオリに、直感させた。
イオリ「チハヤ……! 私はまだあなたをアイドルだなんて認めてない!!
だから……認めさせてみなさいよ!!
『歌を歌うアイドル』!! それがあなたなんでしょ!?」
――返事は、しなかった。
ただチハヤは歌い続けた。
イオリの言葉に応えるため。
自分を支えてくれる全てに報いるため。
泣いている少女を救うため。
チハヤはただ歌い続けた。
眠り姫 目覚める 私は今
誰の助けも借りず
たった独りでも
明日へ 歩き出すために
眠り姫「や、めろ……! やめ、て……!!」
朝の光が眩しくて涙溢れても
瞳を上げたままで
眠り姫「違う、私、は……ミキ、は……!!」
374 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/28(土) 19:02:07.64 ID:ZQQwk/AYo
・
・
・
ミキ「――はあ、はあ、はあ……!」
ハルカ「お疲れ様、ミキ」
ミキ「! ハルカ!」
いつもの優しい声に顔を上げたら、そこにあるのは、いつもの優しい笑顔。
大好きな友達、ハルカ。
ハルカ「今日の能力訓練、すっごく大変だったよね。
ミキ、大丈夫? なんだか今日は特に厳しくされてたみたいだけど……」
ミキ「そうなの! 前の授業でちょっと居眠りしちゃったからって、
あれは酷すぎるって思うな。ミキ、ちゃんと頑張ってるのに」
375 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/28(土) 19:02:52.81 ID:ZQQwk/AYo
ミキ「でも、ミキ平気だよ。このくらい全然へっちゃらってカンジ!」
ハルカ「そう……? 無理しちゃダメだよ?
居眠りだって、遅くまで自主訓練がんばってたからだよね?」
ミキ「それを言うなら、ハルカだって同じなの。
ミキの自主訓練、いっつもハルカも一緒に付き合ってくれてるでしょ?」
ハルカ「それはそうだけど、私はさっき厳しくされなかったし……」
ミキ「……だったら、今度の授業でハルカも一緒に居眠りするの!
そしたら二人とも厳しくされてちょうどいいって思うな」
ハルカ「ええっ!? わ、私も一緒に!?」
ミキ「あはっ☆ 冗談だよ、冗談。
ミキは平気なのにハルカがあんまり心配するから、ちょっとからかってみただけなの!」
ハルカ「な、なんだ……もう、ミキってば。でも平気なら良かったかな」
376 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/28(土) 19:04:06.86 ID:ZQQwk/AYo
ほっとため息をついてハルカはニッコリ笑った。
ミキは、この笑顔が大好き。
ハルカの笑顔が大好き。
だからハルカにはずっと笑ってて欲しい。
ミキ「確かに最近、授業とか前よりちょっと大変になってきたけど、
ハルカはなんにも心配する必要ないの。
だって、ミキにはハルカが居てくれるんだもん」
ハルカ「ミキ……」
ミキ「ミキね、ハルカが一緒だったらどんなに大変なことでも頑張れるよ! だからヘーキ!」
ハルカ「……あははっ、じゃあ私、ずっとミキと一緒に居なきゃだね。
それに私が居ないと、ミキずーっと寝ちゃってそうだし!」
ミキ「むー。それはあんまりだって思うな!
ミキだって、そんなにずーっと寝てるわけじゃないの! 多分!
あ、でも一緒には居てね? アイドルになっても、ずーっと一緒に居るの!」
ハルカ「うん! きっと楽しいだろうな、ミキと一緒にアイドルなんて。
私たちが楽しいんだから、私たちを見てくれるみんなも、
きっと楽しくなってくれるよね?」
377 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/28(土) 19:04:52.38 ID:ZQQwk/AYo
ミキ「あはっ、ハルカって本当にそういうの好きだよね。
みんなも楽しく笑顔にー、って。
でも、ミキもみんなが笑ってくれてたら嬉しいし、なんとなくハルカの気持ちもわかるかな」
ハルカ「えへへっ、そうだよね。
きっと私とミキなら、世界中の人を笑顔にできると思うの。
だから二人で一緒に、アイドルになろうね!」
ミキ「うん!」
アイドルになって、みんなを笑顔にするのがハルカの夢。
だからミキも、ハルカと一緒にハルカの夢を叶えるの。
そしたらミキとハルカも、ずっと笑顔でいられる。
ずっと幸せで居られる、
そう思ってた。
どんな茨の道だって
あなたとならば平気だった
この手と手 つないでずっと歩くなら
378 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/28(土) 19:06:45.50 ID:ZQQwk/AYo
・
・
・
ハルカ「――え……?」
きょとんとしたハルカの顔。
そんなハルカに向けて、先生がさっきの言葉をもう一度繰り返す。
「あなたがアイドルに選ばれました。おめでとう、ハルカさん」
ちょっとだけ遅れて、わっと歓声が上がる。
たくさんの笑顔。
たくさんの拍手。
「おめでとう」の声。
その全部を一身に受けるハルカ。
中にはきっと、悔しい思いや残念な思いをしてる子も居ると思う。
でも誰も、そんなことは言わずに、今はただハルカを祝ってあげてた。
それがハルカのすごいところ。
みんなハルカのことが大好きなんだ。
379 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/28(土) 19:07:17.59 ID:ZQQwk/AYo
ミキ「ハルカ、おめでとうなの!」
ハルカ「……ありがとう、ミキ……!」
花が咲いたみたいな笑顔につられて、こっちまで笑顔になってしまう。
可愛らしい声に心がじんわりと温かくなる。
そうだ、『アイドル』に選ばれるっていうのは、きっとこういうこと。
……いつか、きっと。
ミキもいつかアイドルになって、そして、またハルカの隣に並ぶんだ。
だって約束したんだから。
でもそれまではほんのちょっとだけ、離れ離れになっちゃう。
だから、ハルカが『卒業』するまでの残り何日間で、できることを考えなくちゃ。
ハルカと一緒にいっぱい思い出を作る?
それより何かプレゼントを作る?
たくさん考えたせいで、その日の夜はなかなか眠れなかった。
でも、次の日の朝。
考えたことは全部、どこかに行ってしまった。
380 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/28(土) 19:07:54.37 ID:ZQQwk/AYo
・
・
・
ミキ「――ふあぁ……あふぅ。おはよう、ハルカ」
次の日いつも通りに、目が覚めて一番に隣のベッドに挨拶した。
そしたら、起きるのを待ってくれてたハルカがにっこり笑って、挨拶を返してくれる。
それがいつもの朝だった。
でも、気付かなかった。
『いつもの朝』は、もう昨日で終わってたんだって。
ミキ「……あれ? ハルカ……?」
いつも居るはずのベッドに、ハルカは居なかった。
最初は、例えばお手洗いだとか、アイドルのことで先生に呼ばれたんだとか、
そんな理由で居ないんだって、そう考えた。
でも違った。
誰に聞いてもどこを探しても、ハルカは居なかった。
381 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/28(土) 19:08:48.71 ID:ZQQwk/AYo
タカネ「――これだけ探しても見つからないとなると……。
やはり、アイドルに選ばれた重責に耐えかね、脱走したのでは?」
ミキ「そんなことないの!
ずっとアイドルを目指して頑張ってきたのに、逃げたりなんかするはずないの!」
タカネ「しかしそうは言っても……」
ミキ「それに、約束したんだもん! アイドルになっても、ずっと一緒だって……!
ミキ、ハルカと約束したの! ハルカがミキとの約束、破るわけないよ!」
タカネ「……」
ミキ「まだ、探してないところはあるの……! ミキ、諦めないから!!」
でも……何日探しても、ハルカは見つからなかった。
ハルカはミキの隣から、居なくなった。
気づけば傍にいた人は
遙かな森へと去っていった
手を伸ばし 名前を何度呼んだって
382 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/28(土) 19:09:29.62 ID:ZQQwk/AYo
どうして?
ねえ、ハルカ。
ミキ『一緒に頑張ろうね。アイドルになっても、ずっと一緒にいようね。約束だよ』
ハルカ『うん、約束』
約束したのに。
どうして居なくなっちゃったの?
約束、したのに……。
悪い夢ならいい
そう 願ってみたけど
たとえ100年の誓いでさえ
それが砂の城なら崩れてく
最後のkissを想い出に
383 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/28(土) 19:10:26.48 ID:ZQQwk/AYo
ハルカが居なくなって何日経ったか分からない。
日にちを数える気も、何をする気も起きなかった。
夢に見るのはハルカとの楽しい毎日のことばかり。
でも目が覚めたらハルカは居ない。
毎日泣いて、泣いて……。
タカネ「ハルカに会いたいですか?」
会いたいよ。
そんなの会いたいに決まってる。
タカネ「ならば、アイドルになるのです。
この薬を使えばアイドルになって……あなたの望みを叶えることができますよ」
本当?
本当にまた、ハルカに会えるの?
タカネ「もちろんです。さあ、こちらへいらっしゃい……」
384 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/28(土) 19:11:23.93 ID:ZQQwk/AYo
・
・
・
「――何!? 何が起きたの!?」
「嘘……! ミキちゃん、なんで……!?」
あれ……?
ミキ、どうしたんだっけ。
何も、考えられない。
悲しい、痛い、嫌だ、苦しい。
「力が、暴走してる……!? ミキさん、止まって! 止まりなさい!!」
「駄目! みんな逃げて!! もう建物が崩れるわ!!」
全部夢だったらいいのに。
ハルカが居なくなったことなんて、全部全部、悪い夢だったらいいのに。
『ならば、夢にしてしまいましょう』
え……?
『辛いことも、苦しいことも、すべて夢にしてしまえば良いのです』
……全部、夢に……。
385 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/28(土) 19:12:11.63 ID:ZQQwk/AYo
そうだね、それが出来たらいいよね……。
できるよ。
……できるの?
うん、できる。
でもミキ、よく分からないの。
大丈夫。私ならできる。
本当? 全部、本当に夢にできるの?
本当にできるよ。嫌なことも、悲しいことも、全部壊しちゃうの。
全部、壊しちゃう……。
ハルカが居ない世界なんて、壊しちゃえばいい。
そしたら全部、夢になる。
でもミキ、壊しちゃうのはヤだよ。
……そう。
眠っちゃえばいいって思うな。
眠っちゃえば、ずっと幸せな夢を見ていられる。
夢の中ならハルカと一緒に居られる。
でも目が覚めたら?
目が覚めたら……。
目が覚めたら、壊しちゃおっか――
386 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/28(土) 19:13:26.78 ID:ZQQwk/AYo
今日はこのくらいにしておきます
次も多分また日にち空くと思います
387 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/10/28(土) 22:32:43.29 ID:O3/nmhCHo
おつ
待ってた
388 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/04(土) 21:49:01.60 ID:g5zxWJBDo
・
・
・
ミキ「……違う……違うの、ミキは……」
チハヤ「……」
地に両手をついて、ただ涙を流す一人の少女。
チハヤはもう歌ってはいない。
彼女の前に立ち、静かに見下ろしていた。
少女はすべてを思い出した。
今ようやく目を覚ましたのだ。
眠り姫ではない。
百年の眠りから初めて目覚めた少女が今、そこに居た。
ミキ「世界を壊すなんて……そんなの、ミキは望んでなんかない……。
ただ……ハルカと一緒に居たかった……。それだけだったの……。
なのに、どうして……? どうして……」
389 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/04(土) 21:49:46.50 ID:g5zxWJBDo
『どうして』――
ミキの繰り返すその言葉は、果たして何に向けられた言葉だっただろうか。
約束を違え、傍を去ってしまったハルカか。
それとも願いを違え、凶行に至った自分自身か。
いずれも単に自問自答するのみでは到底わかりえぬことである。
このまま何もなければ、ミキはいつまでも答えの出ない問いを繰り返していただろう。
だがここで、回想される記憶の中にあった一つの光景が、
ミキの呟きを止めた。
ミキ「……タカネ……」
チハヤ「……!」
ミキ「どうして……? どうしてタカネまでここに――」
しかし疑問と困惑に満ちたその声は次の瞬間、
悲鳴に変わった。
390 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/04(土) 21:51:00.27 ID:g5zxWJBDo
ミキ「っあ!? あぁああああっ!?」
突然、ミキの体が発光し出した。
同時に苦痛に顔を歪めて悲鳴を上げるミキに、それを見ていた少女らは動揺する。
ヒビキ「な、何!?」
イオリ「どうしたの!? 何が……!」
理解が追いつかずにただ困惑の声を上げるばかりのヒビキとイオリ。
ただその中で、マコトの見せた表情は彼女達と少し違っていた。
ミキの体を包む光に、マコトは見覚えがあったのだ。
マコト「まさか、タカネ……!」
イオリ「え……!? な、何、タカネ? タカネがどうしたって言うの!?」
チハヤ「っ……まずい……!」
ヒビキ「チハヤ、何か知ってるのか!? 何がどうなってるんだよ!?」
391 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/04(土) 21:52:21.01 ID:g5zxWJBDo
混乱と動揺を隠すことなく、口々に疑問を発するイオリたち。
だがチハヤがそれに答えるよりも、ミキの悲鳴が止む方が先だった。
仰け反っていたミキの上体がぐらりと揺れる。
そのまま後ろに倒れ込むミキを、チハヤは咄嗟に支え、同時に叫んだ。
チハヤ「私はタカネのところに行くわ! みんなはこの子をお願い!」
マコト「え!? ちょ、ちょっと、チハヤ……!?」
チハヤ「説明している暇はないの!
ただ、この子はもう、眠り姫じゃないから……! だからお願い!」
そう言い残したかと思えば、チハヤは砂塵を巻き上げてその場を離れた。
マコトたちが抱いている一切の疑問を置き去りに、とにかく駆けた。
向かう先は旧校舎地下の最奥。
眠り姫が――ミキが眠っていたあの部屋である。
驚くべき速度で移動する中、チハヤは思考する。
今自分の中にある感情、記憶を整理する。
だがそれが済む前に、チハヤは目的の場所へたどり着いた。
そしてそこで見た光景は、チハヤの感情を激しく揺さぶった。
392 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/04(土) 21:53:45.54 ID:g5zxWJBDo
チハヤ「っ……!!」
タカネ「……おや。思ったよりも早い到着ですね」
薄い笑みを浮かべ振り返った少女は、チハヤの初めて見る人物であった。
だが、チハヤは知っていた。
チハヤ「……あなたが、タカネ……!」
タカネは答えず、ただ微笑んで首を僅かに傾ける。
と、ここでチハヤの視線はタカネからずらされた。
その背後、その頭上。
天井から突き出た巨大な木の根。
脈打つように点滅する、根に灯った多くの光。
そして、そこへ吊るされた、アズサの姿。
タカネ「なるほど……ふふっ。その力、どうやら融合を果たしたようですね」
チハヤ「あなたがハルカを……ミキを……!
もうこれ以上好きにはさせないわ! アズサさんを放しなさい!」
393 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/04(土) 21:55:20.37 ID:g5zxWJBDo
嘲るような声と表情に、チハヤは眉根を寄せて叫ぶ。
しかしそれに対してタカネは、
おかしくて堪らないというように噴き出した。
タカネ「ふ、ふふっ……あははははっ!
『好きにさせない』とは、随分な物言いですね。
ハルカ如きの力を得てようやくアイドルになれただけの紛い物が……!」
チハヤ「っ……何を……」
タカネ「良いでしょう、アズサは解放して差し上げます。
いずれにせよもう用済み。私の目的は成ったも同然ですから」
その意味をチハヤが理解するより先に、タカネの言葉に呼応するかのごとく、
木の根に点在していた光が、ドクン、と一際大きく脈打った。
タカネは妖しい視線を残しつつ背を向け、両手を開いて頭上を見上げる。
タカネ「時は来た……今こそ『デビュー』の時!」
瞬間、地面が揺れ始める。
地下全体が揺れ、天井からパラパラと破片が落ち始める。
崩落の予兆。
それは同時に、『始まり』の予兆であった。
394 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/04(土) 21:56:31.56 ID:g5zxWJBDo
天井や壁の崩落に伴い、縛り付けていた鎖が切断され、アズサは力なく落下する。
チハヤ「アズサさん!」
チハヤは即座に飛び、アズサの体を両手で受け止めた。
見た目には傷は浅い。
だがチハヤは、その体から伝わってくる感覚から、今のアズサの状態を感じ取った。
アズサの能力が、考えられないほど酷く弱まっているのだ。
アズサ「ぁ……チハヤ、ちゃん……? 私……」
チハヤ「喋らないで……! それより、今はここを出ます!」
返事を待たず、アズサを抱えたまま出口へ向けて高速で飛翔する。
時折落下する瓦礫を防ぎつつ、狭い通路を見事抜け、
そして月明かりの照らす外へと脱出した。
振り向けば、旧校舎が音を立てて崩れていく。
と言うより、地下へと沈み込んでいく。
まるで地の底へと飲み込まれていくように。
アズサ「そんな……一体、何が……」
チハヤ「っ……とにかく、みんなのところへ戻りましょう」
395 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/04(土) 22:02:52.37 ID:g5zxWJBDo
・
・
・
イオリ「! チハヤ、アズサ!」
ヒビキ「良かった、無事だったんだな!」
地面に降り立ったチハヤ達に気付き、イオリ達は声を上げた。
またチハヤも安堵の表情を浮かべながら、そっとアズサを地面に下ろす。
ヤヨイ「チハヤさん、アズサさん……!」
ユキホ「あ、あの、何が、どうなって……」
駆け寄った少女たちの中に、ヤヨイとユキホは居た。
地下室に向かっている間に目を覚まし、自力で来たのだろうか。
それともイオリ達のうちの誰かが連れて来たのだろうか。
細かなことは分からないが、とにかく全員がこの場に揃った。
そのことは、チハヤの不安を少なからず取り払った。
396 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/04(土) 22:11:51.50 ID:g5zxWJBDo
しかし、すぐにチハヤは気を引き締めなおす。
チハヤだけではない。
安堵できるような状況では到底ないことは、その場の全員が分かっていた。
マコト「チハヤ……。一つ、確認させて欲しい。
全部の元凶は……本当に、タカネなの?」
緊迫した様子で訊ねるマコトと、
同様の表情を浮かべてチハヤの返事を待つ周りの皆。
不安と緊張のこもった視線を一身に受け、チハヤは静かに答えた。
チハヤ「……ええ。数年前にこの学園に通っていた、タカネ。
彼女は、ハルカやミキが居た百年前にも……学生として生きていた。
それが彼女の能力なのか、それとも別の何かなのかは分からないけれど……。
そうやって百年以上もの年月を生き続けて、研究と実験を繰り返していたの。
地下室で見付けた資料……『アイドル量産計画』の研究を」
ユキホ「そ、そんな……」
チハヤ「アズサさんをさらったティーチャーリツコの正体も、タカネだった。
それもきっと、彼女の目的をなす為に……」
イオリ「なによ、それ。何のためにそんな……! アズサ、あいつに何をされたの!?」
397 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/04(土) 22:14:35.51 ID:g5zxWJBDo
アズサ「……私の、能力……『転送』を、無理矢理に応用、させられたわ……。
地上でみんなが使ったエネルギーを、地下に、転送させられて……」
地面に腰を下ろして途切れ途切れに答えるアズサ。
能力を、限界を超えて無理に発動させられる……。
そのことが体にどれほどの負担がかけるのか、想像もできない。
だがアズサの話を聞き、
なぜタカネがアズサをさらったのか、推察に至ることができた。
ヤヨイ「そ、それって、みんなの力を集めてた……って、ことですか?」
ヒビキ「多分、そういうことだよね……。でも、なんで……?」
ユキホ「そ、それもアイドル量産計画のうちってこと?
旧校舎が崩れたことと何か関係があるの……?」
得た情報から、皆それぞれタカネの目的を推測する。
だが……それを口にする前に、『それ』は姿を現した。
「――ッ!?」
一同は息を呑み、崩壊した旧校舎へと目を向ける。
あの時、地下室の扉の奥から感じた眠り姫の気配……。
それを更にドス黒く、おぞましくしたような気配に、
少女らは内蔵が鷲掴みにされたような感覚を覚えた。
座り込みただ俯いていたミキの様子が変わったのは、その時だった。
398 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/04(土) 22:15:02.80 ID:g5zxWJBDo
ミキ「ひっ……!? 嫌、嫌ぁ……!!」
頭を抱え、何かに怯えた様子を見せるミキ。
『眠り姫』とはまるで違う弱々しいその姿に、
少女たちは困惑に僅かな憐憫を含めた視線を向ける。
だがそれも一瞬のこと。
皆すぐに気配のもとへと向き直った……その瞬間。
マコト「!? な、なんだ、この音……!?」
地の底から湧き上がるような、低く、ひどく濁ったような音が大気を震わせる。
それに共鳴するかのように地面が揺れ、
崩れた旧校舎の瓦礫が、姿を消した。
いや正確には、地面へ飲み込まれた。
地盤が崩落し、ぽっかりと巨大な穴があいた。
音は、その穴の奥から響いているようだった。
一体、あそこに何が……。
皆が一様に抱いた警戒心と疑問に、
数秒後、『それ』は自身の姿を現すことで答えた。
399 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/04(土) 22:16:08.92 ID:g5zxWJBDo
タカネ「さて、始めましょうか――終焉を」
それはタカネの声であった。
だが深淵から姿を現した『それ』を見た時、誰もタカネだとは思わなかった。
”怪物”
一言で形容するならまさにその言葉がふさわしかった。
服装はおろか皮膚の色すら濁った黒色へと変わり、
周囲には禍々しいオーラが触手のごとくうねっている。
それはマコトとユキホを襲ったものともミキを襲ったものとも違う、
混沌とした濁った輝きを放ち、
先程から聞こえてくる音は、そのオーラが発する怨嗟の声のようであった。
タカネ「お礼を申し上げます。貴女方がここで存分に力を使ってくれたおかげで、
私は予定通りに『デビュー』することができました。
この世に混乱と破滅をもたらすもの……真の、アイドルとして」
全くの別物として宙に浮くタカネ。
それを目にした瞬間、少女たちの体は完全に動きを止めた。
眠り姫と相対した時のように警戒態勢に入ることすらできない。
ただただ、射すくめられた。
400 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/04(土) 22:16:46.04 ID:g5zxWJBDo
それほどまでの力の差。
いや、力の差以上に、今まで感じたことのないほどの禍々しさを――
恐怖、絶望、憎悪、あらゆる負の感情が具現化したようなそのオーラを見て、
皆、ただ目を見開くことしかできなかった。
しかしそんな中でやはりチハヤだけは飲まれなかった。
ぐっと拳を握り、タカネを真っ直ぐに見上げ、睨みつける。
タカネはそんなチハヤの目線に気付いたが、
ふっと嘲るように息を吐いたのち、チハヤの後ろへと目を向けた。
タカネ「おやおや……そんなに怯えて可哀想に。
やはりあなたはアイドルの器ではなかったようですね、ミキ?」
突然声をかけられ、びくりと肩を跳ねさせるミキ。
しかし怯え切ったその瞳の向く先は、タカネへと縛り付けられている。
タカネ「長きに渡り、良き夢を見ていたようですが……。
しかし見なさい。これが現実です。世界の終焉……あなたの愚かな夢が招いた現実です」
チハヤ「っ……やめなさい! これ以上、この子を……」
だがミキに追い打ちをかけるような言葉を、チハヤは止めようとする。
しかしタカネは一瞥もくれず、
タカネ「教えて差し上げましょう。あの夜、ハルカを消したのは私です」
401 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/04(土) 22:17:17.42 ID:g5zxWJBDo
今日はこのくらいにしておきます。
次も多分日にち空くと思います。
402 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/11(土) 20:04:24.43 ID:j3B0mAseo
ミキ「……え?」
タカネ「真、残念でした。
あの日の夜、私の持ちかけた提案を断ったばかりか、
愚かにも私の研究のすべてを通告しようとし……そして、消されてしまったのです」
その時、恐怖に支配されたミキの心に生じたものは何であったか。
驚き、困惑、悲しみ……あらゆる感情が浮かんでは消え、消えては浮かぶ。
ただその中に、親友の仇に対する怒りはなかった。
更に続いたタカネの言葉が、ミキの心からその選択肢を消してしまった。
タカネ「ミキ? あなたはハルカが約束を破ったのだと……
ハルカに裏切られたのだと、そう思い込んでいたようですが、実際はその逆なのでは?」
ミキ「なに……え、何、が……?」
タカネ「あなたは、親友のことを最後まで信じることができなかった。
本当に彼女のことを信じていたのなら、失踪の原因を探り、
いずれは私の存在へたどり着いたでしょうに。
しかしあなたはハルカに裏切られたのだと、
勝手に嘆き、勝手に悲しみ、夢の中へと逃げ込んだ。
そして、ハルカの願った世界の幸せを壊そうとした。
つまり、あなたこそがハルカのことを――」
チハヤ「やめて!! もう、やめなさい!!」
403 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/11(土) 20:05:11.40 ID:j3B0mAseo
瞬間、チハヤの体が強い光を放つ。
そしてチハヤは飛翔し、瞬く間にタカネに肉薄して得物を振りかぶった。
しかし――
チハヤ「っ、く……!!」
タカネ「……まあ、この程度でしょうね。所詮は紛い物なのですから」
チハヤの全力の攻撃を、タカネは片手で受け止めた。
散った火花こそ激しいものの、タカネの表情は涼しく、相変わらずの嘲笑を浮かべ続けている。
そしてそのまま、無造作に空いた方の手を上げたかと思えば次の瞬間、
チハヤは悲鳴を上げる間もなく後方へ弾き飛ばされ、砂塵を巻き上げて地面へ激突した。
皆は振り返り口々にチハヤの名を叫んだが、
その足は地に縫い付けられたように、誰一人として動くことはできなかった。
タカネはそんな彼女たちを満足げに見下ろしながら、
タカネ「言ったでしょう? これが、現実です。
もはや終焉は免れません。世界は混沌に満ち溢れます。
これが、愚かな小娘が抱いた愚かな夢の代償です」
ミキ「……ミキの、せい? ミキのせいで……こんなことに、なっちゃたの……?」
悪意に満ちたタカネの言葉は、混乱し弱りきったミキの心に十分以上に染み入った。
自分がハルカを信じなかったから。
だから、自分は暴走して、たくさんの人を傷つけて、
そして、世界が壊れてしまう。
404 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/11(土) 20:06:14.67 ID:j3B0mAseo
ミキ「ミキが……ミキが、悪かったから……」
タカネ「ええ、そうですよ。すべてあなたのせいです」
愉悦に歪んだタカネの笑顔と声。
ミキの見開かれた目から涙が溢れる。
視線が下がり、ぐったりとうなだれる。
もう、何も見えない。
真っ暗だ。
ごめんなさい。
ごめんなさい、ハルカ。
ごめんなさい、みんな。
ミキが、あんな夢なんて見たから。
ハルカと一緒に居たいって、また会いたいって、
ただそう思っただけなのに……。
でも……それが、ダメだったんだ。
こんなことなら……こんなことなら、初めから……。
405 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/11(土) 20:07:20.01 ID:j3B0mAseo
ミキ「え……?」
何かが触れた感触がしたのは、その時だった。
温かい何か。
絶望が心を染めていくのが止まった、そんな感覚。
黒く染まった視界に光が戻った。
地に付いた自分の手に、二つ、誰かの手が重なっている。
それを辿ってゆっくり目線を上げると、栗色の髪の毛の女の子が、手を握っていてくれた。
もう一つの手を辿ってみると、光を飛ばす能力の子が同じように手を握ってくれていた。
両方の肩にも、何か触ってる。
振り向くと、瞬間移動の人が、肩を抱いてくれていた。
正面に、誰かの足が見える。
光る剣の子と、動物の子と、電気の子が、前に立ってタカネを見上げていた。
タカネ「……それはなんの真似ですか?」
タカネの低い声が響く。
手を握る力と、肩を抱く力が、ぎゅっと強くなった。
まるで、守ってくれるみたいに。
名前も知らない人達が、守ってくれようとしていた。
406 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/11(土) 20:12:52.33 ID:j3B0mAseo
タカネ「はて、分かりかねますね……。
その娘は『眠り姫』。つい先ほどまで、貴女方を喜々として痛めつけていた張本人です。
その眠り姫を、貴女方は庇うというのですか?」
イオリ「……庇うわよ。よく分からないけど、少なくとも……
あなたが全ての元凶で、この子も被害者なんだって、なんとなく分かったから……!」
タカネの問いに初めに答えたイオリの声は、微かに震えていた。
恐怖を忘れたわけではないらしい。
だがその声色に、その瞳に、恐怖以上の強い意志のようなものが確かに込められている。
タカネ「被害者、ですか。そう思うのは構いませんが、
それでも眠り姫が貴女方の命を奪おうとしたのは紛れもない事実。
その娘は罪のない者を傷付けた、穢れ切った罪人。そこに何も変わりはないのでは?」
嘲りと悪意を持って吐き出される言葉。
突き立てた刃を捻られるような痛みにミキは眉根を寄せて唇を噛む。
しかし直後、肩をぐっと掴まれる感覚と、
これもやはり強い意思の込められた言葉が、その痛みを忘れさせた。
アズサ「確かに……私達はこの子と戦ったわ。でも、それは関係ない……!
傷ついて泣いている子を庇ってあげられないような子は、私達の中には居ないもの!」
407 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/11(土) 20:13:25.82 ID:j3B0mAseo
タカネ「……ふふっ。愚かなことです」
少女らの視線を一身に受けたタカネは、それでも嘲笑を崩さない。
アズサの懸命な言葉を一笑に付し、片手を向けて、
タカネ「どうぞ、庇うのならご自由に。その行為に意味があれば良いですね」
禍々しい光の塊を放った。
当たればその場の全員の命を肉体ごと消し飛ばすであろう攻撃。
しかしそれは、少女たちの目前、
青い光壁にぶつかり、爆散した。
チハヤ「……アズサさんの、言う通り。もうこれ以上、ミキを……。
いえ、誰も傷付けさせはしない……!」
アズサ「! チハヤちゃん……!」
アズサに続いて皆後方を振り返り、口々にチハヤの名を呼ぶ。
良かった、無事だったんだ、と安堵したのはしかし一瞬のこと。
あの一撃で負傷したのだろう、
片腕を抑えて歩いてくるチハヤを見て、一同の表情は再びこわばった。
だがそんな皆に向け、チハヤは優しく微笑む。
チハヤ「大丈夫……たいした怪我じゃないから。
私の防壁も、まだしばらくは保つはず。それより……」
408 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/11(土) 20:14:13.76 ID:j3B0mAseo
そこで言葉を切り表情を改めたチハヤの視線を追い、皆はミキに目を向ける。
チハヤ「ミキ。あなたには伝えないといけないわ。
あの日の夜、何が起きたのか……」
ミキ「え……」
チハヤ「ごめんなさい……少し、辛い思いをするかも知れないけれど……。
でも、知るべきなの。あの時ハルカが何を思っていたのか、知って欲しい」
そう言って、チハヤは片手を前へ出し、掌を上へ向ける。
するとそこから、淡い赤色の光を放つ球が現れた。
チハヤ「ハルカの記憶……受け取ってもらえるかしら」
ミキは目を見開いてその光をじっと見つめた。
胸元で握った両手は不安を抑えるためであろうか。
それからしばらく後。
ミキはきゅっと唇を引き結び、頷いた。
チハヤ「……ありがとう」
光球が動き、ミキの体に吸い込まれていった。
409 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/11(土) 20:14:55.69 ID:j3B0mAseo
・
・
・
――松明の火が灯る、薄暗い廊下。
人気のない校舎。
そこに、その人は立っていた。
ハルカ「どうしたんですか、タカネさん。
こんな時間に呼び出すなんて……何か大事な用事ですか?」
タカネ「……ええ。とても重要なことです」
そう言って、タカネさんはにっこり笑った。
でも、なんだろう。
何か、いつものタカネさんと少し雰囲気が違うような気がする。
タカネ「まずは改めてお祝いの言葉を。この度は真、おめでとうございます。
友人からアイドルが選ばれ、私としては大変喜ばしい限りです」
ハルカ「そんな……えへへっ、ありがとうございます。
実はまだ、実感がない感じですけど……。
目が覚めたら全部夢なんじゃないかって、今でもちょっと不安です」
タカネ「ふふっ……。安心してください。紛れもなく現実ですよ」
410 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/11(土) 20:15:36.35 ID:j3B0mAseo
ハルカ「それで、えっと、用事っていうのは……?」
タカネ「はい。ハルカに、協力を依頼したいのです。受けていただけますか?」
ハルカ「協力……ですか? はい、私にできることなら!」
タカネ「そうですか。ではまず、これに目を通していただきたいのですが」
そう言うとタカネさんは、何か紙の束みたいなものを手渡してきた。
それが何なのか全然想像もつかないまま、私は受け取った。
でも多分、たとえどんな想像をしてたとしても、意味なんてなかったと思う。
ハルカ「……え……?」
何が書いてあるのか、理解できなかった。
いや、書いてあること自体は理解できたけど、でも……
ハルカ「な……なんですか、これ。何かの冗談、ですよね……?」
タカネ「冗談などではありませんよ。そこに書いてある計画、研究内容、全て事実です」
ハルカ「そんな……! こ、こんなの、許されるはずありません! すぐにやめさせないと!」
411 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/11(土) 20:16:47.91 ID:j3B0mAseo
この時になってやっと、どうしてタカネさんがこのことを私に話したのかわかった。
きっと、私に計画を中止させるのに協力して欲しいんだ、って。
でも、違った。
タカネ「やめさせる……? なぜです? こんなにも素晴らしい計画なのに」
ハルカ「えっ……な、何を言ってるんですか! これのどこが……。
ッ!! まさか、タカネさん……!」
タカネ「さて、本題に入りましょう。……ハルカ、この計画に協力してください。
『アイドル』の協力があれば、私の研究はより早く……」
ハルカ「い、嫌です! こんなこと、協力できるはずありません!!」
タカネ「……即答ですか。まあ、予想通りといったところでしょうか」
ハルカ「このことは、先生達に報告させてもらいます!
タカネさんも来てください! 今すぐに!」
そうは言いながらも、私は、タカネさんが大人しくついて来てくれるとは思ってなかった。
もし本当にタカネさんがこの計画に賛同しているのなら、
先生への報告なんて素直に応じるはずがない。
だから、多分拒否か、抵抗されるかも知れないとは思ってた。
つまり私は……タカネさんのことを何も分かってなかったんだ。
412 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/11(土) 20:17:45.15 ID:j3B0mAseo
タカネ「ふふっ……思った通りの愚かしさですね。
もう少し賢ければ、その分長生きできたものを」
ハルカ「え……?」
……気付いたら、知らない人がそこに立っていた。
見た目は確かに、タカネさんだった。
でも、知らない。
私はこんな人、知らない。
タカネさんじゃない。
私の知っているタカネさんによく似た人が……いつの間にか、目の前に立っている。
ううん、違う。
これがこの人なんだ。
今ここに居るこの人が、本当のタカネさんなんだ……。
タカネ「ではあなたではなく、ミキに協力してもらうことと致しましょう。
多少時間はかかってしまうでしょうが、その方が確実ですからね」
ハルカ「っ……!!」
その瞬間、私は背を向けて走り出していた。
でも……ほんの数歩駆けたところで、私の全身は勢いよく床に打ち付けられた。
413 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/11(土) 20:19:13.28 ID:j3B0mAseo
ハルカ「ぁ……か、はッ……!!」
痛い、苦しい、苦しい、痛い、痛い、痛い、苦しい、
何をされた、何があった、
攻撃、そうだ、タカネさんに、攻撃されたんだ、痛い、痛い……!!
足音、近付いてくる、
このままじゃ、駄目、駄目だ、ダメだ、
タカネ「……さようなら、ハルカ。愚かな小娘よ」
――その時目に映ったのは、タカネさんの手から出る、強い光。
耳に聞こえたのは、低く唸るような音。
でも視界全部を埋め尽くすその光の中に、音の中に、私は別のものを見て、聞いた。
『一緒に頑張ろうね。アイドルになっても、ずっと一緒にいようね』
そう……約束したんだ。
ずっと一緒だって。
私は約束したんだ。
……ミキと、約束したんだ。
だから……!!
414 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/11(土) 20:20:34.79 ID:j3B0mAseo
ハルカ「うっ……ああぁあああぁああああああああッッ!!!!!」
タカネ「っ!」
私の能力――自分の『生命力』を操る力。
その力を、最期に使った。
自分の命を丸ごと……つまり『魂』を、体から抜き取った。
それがただ一つ、タカネさんに殺されないための方法。
魂だけになれば、誰にも見えない。
誰にも感じ取れない。
だから殺されることもない。
だけど、何もできない。
それから百年かけて少しずつ力を集めて、体を作って、
やっと、元の力を取り戻すことができたんだ。
……ごめんね、ミキ。
約束破っちゃって、本当にごめん。
でも、待ってて。
きっとまた会いに行くから。
きっと、償うから……待っててね。
415 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/11(土) 20:21:24.08 ID:j3B0mAseo
・
・
・
地に膝をつき俯くミキを、チハヤたちは黙って見守る。
タカネの防壁への攻撃は意外にも、初めに防いだ一発以降無いようだ。
そんな不自然なほどの静寂さの中、
ミキ「……ハルカ……」
絞り出したような掠れた声が、少女たちの耳に届いた。
両手を胸に当てて目を強く瞑るミキの姿は、祈りを捧げているようにも見える。
と、不意にミキの両手がすっと胸から離れた。
膝が地面から離れた。
そして、
ミキ「みんな……ごめんなさい。
ミキ、たくさん酷いことして、傷つけて……本当にごめんなさい。
それから、ありがとうなの……ミキのこと、タカネから守ろうとしてくれて」
上下の瞼が離れ、その先に見えた瞳……。
そこには、少女たちの知らない光があった。
眠り姫の瞳にはなかった。
タカネにただ怯えきっていた瞳にもなかった。
まだ淡く、儚い印象を受けるものの、
それが恐らくは本来の……ミキの瞳が持つ光なのだろうと、全員が感じた。
ハルカの記憶が、想いが、ミキの瞳に光を取り戻させたのだ。
416 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/11(土) 20:23:21.61 ID:j3B0mAseo
ヒビキ「も……もう、大丈夫なのか?」
ミキ「……大丈夫なの。ミキはもう、ミキだから。
だから今度は、ミキがみんなを守る番」
そう言うとミキは、手に武器を発現させる。
そして、青い防壁の先に見えるタカネを見据えた。
マコト「まさかタカネと戦うつもり……!?
さ、流石に無茶だよ! いくら君でも、あのタカネ相手じゃ……!」
イオリ「っ……そうよ。あなたにはもう、『眠り姫』の時ほどの力はないんでしょ……!?
いえ、たとえあの時の力が残っていたとしても今のタカネは……」
ミキの意志を察して、皆口々にタカネと正面から戦うことの無謀さを口にする。
口にはしていない者も、不安を色濃く写した目をミキに向けている。
しかしミキはタカネから目を離すことなく言った。
ミキ「そうだね……。『眠り姫』の力は、もうタカネにほとんど取られちゃった。
でも、それでもみんなよりもミキの方が、力は残ってるの。
……ううん、もしそうじゃなくたって、タカネはミキが倒さなきゃいけないの。
だって、こんなふうになっちゃったのは、やっぱりミキのせいだもん」
417 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/11(土) 20:24:17.82 ID:j3B0mAseo
ミキ「それに、やらなきゃどっちにしろみんな死んじゃうんだし。
だったら、戦った方が絶対いいの」
チハヤ「ミキ……だったら私も――」
一緒に戦う、と言いかけたチハヤの言葉を、ミキは首を横に振って止めた。
そして薄く笑って、
ミキ「チハヤさん……だよね。ダメだよ、怪我してるのに無理しちゃ。
それにチハヤさんは、『歌を歌うアイドル』でしょ?」
チハヤ「……!」
ミキ「知ってるよ。チハヤさん、戦うのはあんまり得意じゃないんだよね。
だから、戦う代わりに、みんなのことを守ってて欲しいの。
それから、歌って欲しい。もう一度、ミキのために」
チハヤ「ミキ……」
次いでミキは、アズサに、ユキホに、マコトに、イオリに、ヒビキに、ヤヨイに、
ぐるりと目を向ける。
ミキ「みんなも、応援してね。そしたらミキ、きっと大丈夫。
今までずっと一人ぼっちで立ち止まって、うずくまってばっかりだったけど……。
今なら一人でも歩き出せるから。全然、怖くなんかないの」
418 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/11(土) 20:25:02.12 ID:j3B0mAseo
ミキの言葉、そして視線を受けた皆は、やはりまだ不安げな表情を浮かべている。
ミキと共に戦いたい。
その想いはあるが、ハルカと『眠り姫』との戦い同様……
いやそれ以上に、自分が加わったところで足手まといになることは明らか。
戦うこともできず、だからと言って逃げることもできない。
そんな迷いを抱えた皆を尻目に、ミキはチハヤに向き直る。
今度は何も言わなかった。
ただ黙って、覚悟を決めた瞳でチハヤの目を真っ直ぐに見つめた。
チハヤはその視線を受け取り、そして、防壁を解除した。
瞬間、乾いた拍手が響く。
タカネが薄ら笑いを浮かべ、嘲笑を込めて手を叩いていた。
タカネ「真、感動いたしました。これからの悲劇――あるいは喜劇でしょうか。
結末を彩るのにふさわしい、良き見世物をありがとうございます」
タカネを取り巻くオーラが一際大きくうねる。
怨嗟の声も、より深く低く響き渡り、
タカネ「さて……それではそろそろ始めましょうか。終焉の始まりを」
419 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/11(土) 20:27:13.08 ID:j3B0mAseo
「――っ……!?」
タカネのオーラが動いた直後、少女達は息を飲んだ。
いや、そうではない。
正確には、『息を飲めなくなった』のだ。
イオリ「なっ……何よ、これ……!?」
ヤヨイ「く、苦しい、です……!」
ユキホ「息が、急に……!」
ミキとチハヤ以外の全員が喉を押さえて喘ぎ出す。
一体何が――
突然の出来事に沸いた疑問と、周囲の濁った空気にチハヤが気付いたのは同時だった。
チハヤ「まさか……!」
直感的に、チハヤは改めて防壁を張り直した。
ただし先ほどとは違い、皆を囲むようなドーム状にである。
すると、息苦しさに歪んでいたイオリ達の表情が和らぎ、呼吸も整い始めた。
420 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/11(土) 20:29:08.79 ID:j3B0mAseo
チハヤ「みんな、大丈夫!?」
マコト「う、うん、大丈夫……。ありがとう、チハヤ」
アズサ「でも、今のは一体……」
ヒビキ「も、もしかして、これもタカネが……!?」
呟くようなヒビキの声であったが、それは上空のタカネにも届いたようだった。
満足げに笑ってみせ、タカネは答える。
タカネ「これが、私とあなた方の差です。
もはや私の前では、あなた方如きでは呼吸することさえ叶わない。
ふふ……楽しみです。いずれ地表全てがこの瘴気に包まれるのですから」
タカネの周囲から発生する濁った空気。
彼女の言う『瘴気』こそが、少女達から呼吸を奪った元凶であった。
その事実は、少女達に現実を否応なく突きつけた。
タカネの言う通り力の差は歴然であり、
やはり自分達では今のタカネには手も足も出ないのだと。
だが、それでもまだ彼女達の心は、絶望に染まりきってはいない。
ミキ「そんなこと……絶対にさせないの! ミキ達は平気だもん!
だからミキが、絶対にタカネを倒してやるの!」
421 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/11(土) 20:32:57.54 ID:j3B0mAseo
この瘴気の中にあっても影響を受けていないミキ、そしてチハヤ。
二人の存在が、最後に残った一筋の光となって皆の心を支えていた。
タカネ「……ただ呼吸できるというだけで思い上がったものですね。
良いでしょう。ではやってご覧なさい」
その言葉が、合図となった。
ミキは巨大鎌を構え、そして、叫んだ。
ミキ「チハヤさん、お願い!!」
猛然と上空へと飛び上がるミキ。
同時にチハヤは息を大きく吸い――
戦いの果てに掴んだ
荒涼の大地 未来の楽園
鈍色の空を切り裂いて
アナタと生み出す 鮮やかな世界
力強い歌声が大気を震わせる。
その歌声を受け、ミキの体の輝きが増した。
タカネはそれを見て醜悪な笑みを浮かべ、
触手と化したどす黒いオーラの一端をミキに向けて放つ。
その威力は、少し前までのミキであれば紙片の如く吹き飛ばされるほどの強烈なもの。
しかしミキは全身に力を込め、手にした巨大鎌の柄で、それを見事受け止めた。
422 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/11(土) 20:36:41.64 ID:j3B0mAseo
ミキ「っ、く……ああぁああああ!!」
渾身の叫びと共に、触手は弾かれる。
そして弾いた体勢そのままに武器を振りかぶり、ミキはタカネに肉薄した。
タカネ「!」
振られた刃の切っ先は、タカネに届くことはなかった。
チハヤの時と同様、片手で受け止められた。
だがチハヤの時とは違い、タカネはその手にオーラを纏っていた。
つまり、完全な素手では受けきれないと、タカネは判断したのだ。
タカネ「……なるほど。これがチハヤの力、というわけですか」
アイドルとして覚醒したチハヤの歌は、想いを乗せて力を与える。
ミキを狂気から救ったこともそうだが、
気を失ったヤヨイとユキホの目を覚まさせたのも、実はチハヤの歌であった。
優しき者達の笑顔を願い、それを歌に乗せて実現させる。
チハヤの歌に対する想いと、皆の幸せを願う想いが、
アイドルとしてのこの能力をチハヤに与えた。
そしてそれは正しく、少女達にとって希望であった。
チハヤの歌により強化されたミキの力。
きっとこの二人ならタカネに勝てる。
皆そう思っていた。
この、数秒後までは。
423 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/11(土) 20:39:55.13 ID:j3B0mAseo
タカネ「ふふ……良いでしょう。希望が大きければ大きいほど、その後の絶望もまた深い。
私に楯突いた者の絶望する顔を眺めるのも、また一興というものです」
ミキ「っ!?」
タカネの口角が歪み、禍々しい牙がむき出しとなる。
それと同時、彼女の周囲のオーラが弾け、尋常でない数の触手に姿を変えた。
その数、十や二十では済まされない。
視界を埋め尽くすほどの触手はほんの一瞬動きを止め、直後、一斉にミキに襲いかかった。
咄嗟にミキは後ろに退き、タカネから距離を取った。
しかし触手は瞬時に反応してミキを追尾し、
四方八方、ミキを取り囲む形で襲いかかる。
ミキ「く……!!」
一つ目を、ミキは自らの武器で受けた。
二つ目は首を捻って躱した。
三つ目は足で蹴り飛ばした。
四つ目が来る前に、再び距離を取った。
が、すぐに追いつかれた。
そして一つ目は、二つ目は、三つ目は……。
マコト「な……なんだよ、あれ……! あんなの、キリがないじゃないか!」
ヒビキ「い、今はなんとか耐えてるけど、いつまでも続かないぞ……。
このままじゃ、時間の問題だ……!」
424 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/11(土) 20:42:55.40 ID:j3B0mAseo
マコトとヒビキの言う通りだった。
今は辛うじてタカネの触手を躱し、いなし、弾き返しているミキではあるが、
離れて見ていても目で追いきれないほどの猛攻である。
息つく間もなく繰り返され、
しかもその一撃一撃が、生身に当たれば肉をえぐり骨を砕く威力を持っている。
イオリ「っ……チハヤ! この壁を消して! 少しだけでいいから!」
チハヤは歌い続けながら、イオリに目を向ける。
必死な視線を受け、ほんの一瞬逡巡し、頷いた。
ドーム状に張られたの防壁のうち、イオリの目の前の一部分のみが開かれる。
それと同時に、イオリは電撃を発生させる。
そして、自分が今出せる最大出力の電撃を、タカネに向けて放った。
少しでもいい。
ほんの一瞬だけでもタカネの動きを止められれば。
そんな願いを乗せて放たれた電撃はしかし……
イオリ「!? 嘘、なんで……!」
タカネの動きを止めるどころか、ほんの僅か進んだところで儚く霧散した。
無残に散りゆく電撃の残像を瞳に写し、唖然と口を開く。
そんなイオリ達を一瞥し、ふっと鼻で笑った後、タカネは言った。
タカネ「アイドルに選ばれてすら居ない者の攻撃など、我が瘴気に掻き消えるのみ。
身の程を弁えなさい。あなた方はそこでただ座して、
希望の潰える瞬間を眺めていれば良いのです」
タカネが話している間も触手は絶え間なくミキを襲い続けている。
そうしてとうとう……そのうちの一つが、ミキの片腕をとらえた。
425 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/11(土) 20:44:25.87 ID:j3B0mAseo
the End of the Dream
紡ぎ上げたエデンの末路は
解け行く世界の終焉
ああ取り戻せないこの現実は
愚かな夢の代償――
ミキ「うああッ!?」
嫌な音に重なり、ミキの叫びが地上にまで届く。
それと同時、触手はぴたりと動きを止めて、ゆるゆるとタカネの周囲へと戻っていく。
タカネ「ふふ……もう、おしまいですね」
愉悦に歪んだ目線の先あるのは、腕を押さえて苦悶の表情を浮かべるミキの姿。
赤黒く腫れ、だらりと下がった白く細い腕を見れば、
たった一撃によってミキの戦闘力の大半が失われてしまったことは明らかだった。
一部始終は当然チハヤの目にも写り、息を飲んで歌を止めてしまう。
また他の者達も同様、目を見開いてミキとタカネを見上げ……
触手が再び動いたのは、その時だった。
426 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/11(土) 20:46:56.42 ID:j3B0mAseo
ミキ「え……!?」
複数の触手が束になり、ミキに向かって真っ直ぐに伸びる。
そして瞬く間に、ミキの体に幾重にも絡み付いた。
ミキ「やっ……! は、離して!」
当然身をよじり抵抗するミキであるが、抜け出せるはずもない。
苦痛を感じるほど締め上げているわけでもないが、
負傷した方は元より、無事な方の腕も、厳重な拘束にぴくりとも動かなかった。
思わず、チハヤはミキの元へ飛ぼうとした。
しかし寸前で思いとどまる。
自分とタカネの力の差は歴然。
もしここを離れて自分がやられでもすれば、今皆を囲っている防壁が解けてしまう。
そうなれば自分のみならず、仲間達も皆……。
もはやこの命は、自分だけの物ではないのだ。
しかし、だからと言ってここで見ているだけでは、ミキがやられてしまう。
どうすれば……。
僅かな時間に思考を重ね、現状での最善策を模索するチハヤ。
しかしその思考に、静かなタカネの言葉が割って入った。
タカネ「案ずることはありませんよ、ミキ。
まだあなたのことを屠るつもりはありませんから。
もう一度眠り姫へと還るならば、あなたの命は奪わないでおきましょう」
427 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/11(土) 20:48:41.48 ID:j3B0mAseo
チハヤ「……!?」
ミキ「っ……何、言ってるの……?」
苦悶の表情に疑問と警戒が入り混じる。
まったく、タカネの言動の意図するところが分からない。
だがその反応も想定済みだったのだろう、タカネは笑みを崩さずに続ける。
タカネ「実は、この世界を破滅へ導くには、私一人では少々時間を要するのです。
しかし眠り姫の力があれば、不要に時間をかけることもありません。
もちろん、要が済めばあなたには再び眠ってもらうこととなりますが、
そうなればまた、幸せな夢を見ることができます。
……このような苦痛を味わうこともなく」
ミキ「っぐ!? ぅああぁあああああッ!?」
耳を覆いたくなるようなミキの悲鳴。
外側からは見えないが、ミキの体を拘束している触手が何かしたことは明らかである。
タカネ「さあ、いかがですか、ミキ。好きな方を選びなさい。
このまま長き時間をかけて苦しみ抜いた果てに死ぬか、
今一度眠り姫に身を委ね、幸福な夢の中で安らかに眠り続けるか」
428 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/11(土) 20:50:11.97 ID:j3B0mAseo
ミキ「そんなの、決まっ……ぁぐぅ!? うぅううッ!!」
タカネ「……」
ミキ「はあ、はあ……ミ、キは……うああッ!! ああぅううあああッ!!」
一定の間隔を置いて絶え間なく聞こえ続ける、ミキの叫び。
苦痛を与え、休ませ、苦痛を与え、休ませ……。
ミキが頷くか死ぬかするまで、延々と繰り返すつもりなのだ。
『助けなければ』
その思いは、もうずっと前から少女達の頭の中で執拗なほどに渦を巻いている。
が、塗りつぶされる。
自分が行くことで、むしろミキの死を早めてしまうのではないか。
仲間の死を早めてしまうのではないか。
ミキを助けに行こうと足を動かそうとするたび、
あらゆる最悪の結末が浮かんでは消え、その足を止めてしまう。
429 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/11(土) 20:52:12.44 ID:j3B0mAseo
そしてチハヤもまた、そんな無力な少女の一人であった。
どうすればいいのか分からない。
何が正解なのか分からない。
でも早くしなければ。
ミキが死ぬ。
みんなが死ぬ。
世界中の人が死んでしまう。
でも、何をすればいい?
分からない。
でも早くしなければ。
でも、でも、でも……!
焦燥にかられたチハヤの思考は何度も同じところを回り続ける。
呼吸は乱れ、目には涙すら浮かぶ。
頭には霞がかかり始める。
もはや思考も堂々巡りすらせずに完全に止まってしまっているのかも知れない。
つまりそれは、チハヤですら絶望へと沈み始めたことと同義であった。
430 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/11(土) 20:55:22.51 ID:j3B0mAseo
しかし、その時。
『――思い出して、チハヤちゃん』
霞の中で、声が聞こえた。
何も見えていない自分を導いてくれるように、はっきりと、でも優しく。
『アイドルになる、って。そう言ってくれた時の、チハヤちゃんの気持ち』
……私の、気持ち。
アイドルになった時の、私の気持ち。
私は、どんなアイドルに……。
『その気持ちを、思い出して。それを忘れなければ……チハヤちゃんなら、大丈夫だから』
そう……そうだ。
私は、みんなを笑顔に……。
私の歌で、みんなを笑顔にする。
そうだ……そのために、私は……!
431 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/11(土) 20:55:52.15 ID:j3B0mAseo
今日はこのくらいにしておきます。
続きは明日投下します。
多分明日で最後まで行きます。
432 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/11/12(日) 18:57:38.10 ID:um38GrEIo
>>1
です
やっぱり今日じゃなくて明日投下します
433 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/13(月) 21:01:49.46 ID:FI8VrnbTo
・
・
・
ミキ「――うううああッ……! うぅっ、ああぁあああ!!」
痛い、痛い、痛い痛い痛い……!
どうして、どうしてこんなことするの?
どうしてミキ、こんなに酷い目に遭ってるの?
タカネ「何を躊躇うことがあるのです。眠り姫となれば、幸福が訪れるというのに」
幸福……幸せ……?
眠り姫になったら、幸せになれる……?
タカネ「分かりますよ。あなたは罪滅ぼしのために私に楯突いた。
親友との約束を破り、多くの罪に手を汚した、罪滅ぼし……」
そう、だよ。
ミキは、償わなくちゃいけないの。
たくさん酷いことしたから。
タカネの言う通り。
ミキの手、すごく、すごく汚れちゃったから。
だからせめて……
タカネ「しかし、もう理解したでしょう? 罪滅ぼしなど不可能。
ならば忘れてしまえば良いのです。そうすれば罪悪感に苦しむこともないのですから」
434 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/13(月) 21:03:04.08 ID:FI8VrnbTo
……忘れ、ちゃう。
全部忘れちゃう……?
そしたら、もうこんなに苦しい思いも、しなくて済む……?
そうだよ。もう忘れちゃえばいいんだよ。
もう、忘れちゃえば……。
痛いことも、悲しいことも、辛いことも、全部、全部。
また、消しちゃおうよ。
また、消しちゃう……。
ハルカのこと、好きなんでしょ?
うん、好きだよ。
でもここに居たって、もうハルカには会えない。
でも夢の中ならまた会える。
汚れちゃった自分のことも忘れて。
大好きなハルカに、また会える。
大好きな、ハルカに……。
そうだ……。
ミキは、ハルカのことが好き。
大好き。
だからミキは、ミキは……。
タカネ「さあ、こちらへいらっしゃい……眠り姫よ」
――穢れ堕ちたアタシと
闇に巣食うアナタの
愛憎に揺れる天秤
神の意思は……?
435 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/13(月) 21:03:52.93 ID:FI8VrnbTo
ミキ「そんなの……絶対、ヤ!!」
タカネ「っ!!」
この時初めて、タカネの表情が驚きに色を変えた。
ミキを締め付けていた触手が一瞬にして弾け飛んだのだ。
見ればミキの体はこれまでで一番の輝きを見せている。
いや、体だけではない。
瞳に宿る光も、初めに自分に向かってきた時とは比べ物にならないほど強く、強く輝いていた。
タカネは目を細め、下方に逸らす。
その先にはチハヤの姿。
迷いの無い力強さで、高らかに歌うチハヤの姿。
タカネ「っ……」
聞こえてはいた。
少し前からチハヤが再び歌い出したことに、気付いてはいた。
ただ、また無駄なことをと嘲笑い、無視した。
しかし……
ミキ「ミキ、約束したんだもん……! 世界中のみんなを笑顔にするって!!
ハルカと約束したの!! だからもう、ミキは……!
もう二度と! 約束、破りたくない!!」
436 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/13(月) 21:04:49.52 ID:FI8VrnbTo
明らかに力が増している。
『眠り姫』と比べるべくもない。
タカネは悟った。
今のミキの刃は、自分にも届き得ると。
タカネ「……しかし! それがなんだというのです!」
ミキの放つ光に対抗するように、タカネの身に纏う光も烈しさを増した。
鈍く、ドス黒く、しかし全てを飲み込みかねない強烈な光。
光は蠢き、そしてタカネの手元へと集約され……
タカネ「一片の塵すら残すことなく消してくれましょう! 愚かな小娘よ!」
ミキに向けて放たれたそれは、
邪魔者をこの世に一片の塵すら残さず消し飛ばさんとする破滅の光。
しかしその光に対してミキの取った行動は、防御でも、回避でもなかった。
ミキ「はあああああああああああッ!!」
気合を叫びに乗せ、武器を振りかぶり、ミキは真正面からその光に向けて突進した。
そして一瞬後、光と光はぶつかり合い、周囲に衝撃が広がった。
437 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/13(月) 21:06:07.50 ID:FI8VrnbTo
雷光の如く瞬いた閃光に、地上の少女たちは思わず声を上げて目を瞑る。
だが見逃すわけにはいかない。
すぐさま目を開き、改めて上空を見上げる。
ミキはタカネの最大級の攻撃に正面から対抗していた。
すごい、と感嘆の声を上げかけたのはしかし一瞬のこと。
ミキの表情に気付き、皆の表情も色を変えた。
ミキ「っ、くう……!」
タカネ「ふ……あははははっ! 真、愚かな娘です……!
真正面からぶつかりなどせずに避けていれば、
少なくともこうはならなかったものを!」
必死に苦悶の表情を浮かべるミキと、またも嘲笑を浮かべるタカネ。
その対比を見れば力の関係は明らかだった。
ミキの力は増したものの、やはりまだ一歩タカネには及んでいない。
正面からぶつけられる邪悪な力の塊に、ジリジリと身を焦がされていく感覚。
ミキは力を振り絞り、目を閉じて歯を食い縛ってそれに抵抗していた。
タカネ「所詮は紛い物の身……! 真のアイドルである私に勝てるはずもない!
『世界中を笑顔にする』? ええ、見事でしたよ!
あなた方の吐く戯言は実に滑稽で、存分に笑わせていただきました!」
ミキ「っ……!」
タカネ「アイドルとは、世界を混沌と破滅へと導くもの!
それこそが真のアイドルなのです!
笑顔だのなんだの、そのような戯言は無に帰すのみ……!」
438 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/13(月) 21:10:17.34 ID:FI8VrnbTo
タカネ「さあ、消えなさい! 紛い物の、アイドルもどきよ!」
もはや武器を支えるミキの両腕は震え、
闇に飲み込まれぬよう耐えることで精一杯に見えた。
だが、強く閉じられた瞼の奥で、ミキの瞳は未だ輝きを放ち続けている。
ミキ「違うっ……アイドルは、そんなのじゃない……!」
言葉を話すことすらままならぬ、そんな掠れたような声。
しかしそこには確かに強い意志が込められていた。
何より強い想いがあり、それは地上の少女達にもしっかりと届いた。
ミキ「アイドルは……! アイドルは、みんなを笑顔にするの……!
たくさんの人を、幸せにっ……それが、アイドルなんだから……!!」
その瞳の輝き。
声を振り絞り歌い続けるチハヤも同様のものをたたえている。
もはや微塵も揺るがない。
ミキも、チハヤも、自分の信じる想いを胸に全てをかけて全力を尽くしている。
だが……それでも、それでも、ミキの光がタカネに飲まれかけていることは厳然たる事実。
このままではミキの消滅は必定。
足りないのだ。
タカネに勝つためには、まだ、決定的な何かが――
439 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/13(月) 21:11:11.35 ID:FI8VrnbTo
ヤヨイ「ミキさん!! 頑張ってくださいぃーーーーーーっ!!!!」
突如聞こえたその声は、攻撃に耐えるべく閉じられていたミキの瞳を開いた。
見れば地上で、まだ名も知らぬ少女が、自分を真っ直ぐに見つめている。
他の者がただ固唾を飲んで見守っていた中、真っ先にヤヨイが声援を送ったのは、
その幼さゆえの純粋さからであろうか。
あるいはただ一人『眠り姫』としてのミキを知らなかったゆえか。
いや、理由などどうでも良かった。
それよりも、ここで起きたある変化が、皆の目を引いた。
ヤヨイの体が光を放ち、その光がミキに向かって緩やかに流れていく。
すると――ミキの光が輝きを増した。
まるでヤヨイの力が分け与えられたかのように。
そう、それもまたチハヤの歌の力。
厳密に言えば、チハヤの歌とハルカの能力によるものであった。
ハルカの能力の一端である、『生命力の分与』。
それがチハヤの歌を介し、そしてヤヨイの想いと叫びに呼応して発動した。
『ミキの力になりたい』という心の底からの願い。
それが今、叶えられたのだ。
ヤヨイはもちろん他の皆も、そんなことは知る由もない。
しかしその場の全員が直感した。
自分が今、すべきことを。
440 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/13(月) 21:12:43.10 ID:FI8VrnbTo
ヒビキ「が……頑張れ! ミキーーーーーっ!!」
マコト「ミキ!! タカネに負けるなーーー!」
ユキホ「ミキちゃん、頑張ってぇーーーーーー!!」
アズサ「私たち、何もできないけれど、でも……!! お願い! 頑張って、ミキちゃん!!」
イオリ「ミキ……! あなた、約束ってのがあるんでしょ!?
だったら、もっと……もっと、頑張りなさいよ!!」
皆、口々にミキへの声援を叫ぶ。
眠り姫ではない、ミキの名を叫ぶ。
それは少し前までのタカネであれば嘲っていた光景だろう。
なんと滑稽な。
戦うことすらできない無力な小娘達が、
薄氷のような希望にすがりつき、哀れにもただただ叫び続けている……。
そう一笑に付していただろう。
しかし――
タカネ「っ……まさか、これは……!」
皆の体から、光が流れていく。
光はミキを包み、急激に輝きを増していく。
441 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/13(月) 21:15:27.86 ID:FI8VrnbTo
力が流れ込んでくる。
いや、力だけではない。
想いが、願いが、祈りが、次々と流れ込んでくる。
……温かい。
そっか、そうだったんだ。
『みんなも、応援してね。そしたらミキ、きっと大丈夫。
今までずっと一人ぼっちで立ち止まって、うずくまってばっかりだったけど……。
今なら一人でも歩き出せるから。全然、怖くなんかないの』
あの時ミキはああ言ったけど……違ったんだ。
ミキは、ミキは、もう……。
ハルカ『今まで一人にして、ごめんね。でも……もう大丈夫』
ミキ「ハルカ……」
ハルカ『ミキはもう、一人なんかじゃない。みんなが一緒だよ。それに……私だって』
ミキ「……うん」
442 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/13(月) 21:16:25.43 ID:FI8VrnbTo
――the Fate of the World
猛り狂う奈落の咆哮に
立ち向かう光の羽根
大きな翼がミキの背に現れる。
青く、綺麗で、力強い、どこまでも飛んでいけそうな大きな翼。
濁った光が、ミキに触れている部分から裂け、散り始める。
青い翼を携えた鮮やかな黄緑と、それを支えるように取り囲む赤。
もはや彼女を、彼女達を止められるものなど無い。
ハルカ『さ……頑張ろう、ミキ。もうちょっとだよ』
心の中にあるのは、感謝の想いばかり。
自分を支えてくれる全てに報いる、ただそれだけ。
……ありがとう、ハルカ。
ありがとう、チハヤさん。
ありがとう、みんな。
さあアナタの牙打ち砕いて
新たな時を奏でる愛に
奇跡は芽生え始める――
443 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/13(月) 21:17:43.42 ID:FI8VrnbTo
ミキ「うあああああーーーーーーっ!!」
力強い叫びと共に闇を切り裂き現れた、眩い光。
目が眩むほどの眩さを持ったその光はしかし、
それを間近に見つめるタカネの両目に、閉じることを許さなかった。
タカネは最後まで瞳に映し続けた。
自分が嘲笑った全てが、悪を断ち切る刃となり迫っている、その瞬間を。
一瞬一瞬がコマ送りのように、ゆっくり、ゆっくりと目に焼き付いていく。
しかし体はぴくりとも動かない。
時間が凝縮されていく感覚。
タカネは悟った。
ああ、そうか。
これは所謂……走馬灯というものに、近いのかも知れない。
タカネ「……馬鹿な……」
それでもなお受け入れがたい現実に、ただの一言発した言葉。
直後、光の刃はその言葉ごと、
タカネの体を頭から真二つに両断した。
444 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/13(月) 21:18:28.80 ID:FI8VrnbTo
光の刃は、タカネの体を傷つけることはなかった。
両断したのは肉体ではない。
タカネ「っぁ……!!」
喉の奥から漏れ出たようなうめき声。
瞬間、タカネの全身が爆散した。
正確には、タカネを包んでいたオーラが尋常でない音を立てて飛び散った。
周囲に広がるその音は、まさに断末魔の叫び。
邪悪な力の終焉を告げる最期のうめき声。
そうしてどす黒いオーラが完全に飛び散ったあとに残されたのは、
姿かたちが元に戻った、タカネであった。
直後、タカネは緩やかに地へ落ちていく。
ミキ「はあ、はあ、はあ……」
ミキの体の輝きが少しずつ薄まっていく。
光の翼も、役目を終えたというように細かな粒となって四散した。
肩で息をしながら、ミキは落着していくタカネをただ見続けた。
チハヤは皆を囲っていた防壁を解いた。
やはり瘴気も全て消えている。
全員理解した。
今のタカネからはまったく力を感じない。
戦いは、終わったのだ。
445 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/13(月) 21:19:06.56 ID:FI8VrnbTo
やがてタカネは地に落着した。
仰向けに横たわるタカネを、少女達が取り囲む。
タカネはそんな少女らに目を向けることなく、
ただ薄く開いた瞳に空を映したまま、口を開いた。
タカネ「やはり……早めに消してしまうべきでした。
貴女方を侮ったのは失策……真、悔やまれます」
その言葉を聞き、少女たちは微かに胸が締め付けられるのを感じた。
『何かの理由でタカネはおかしくなってしまっていたのではないか』
『あの濁ったオーラが消えれば、自分達と親しかった頃のタカネに戻るのでは』――
心のどこかではやはり、そんな淡い期待を持っていた。
だが違った。
本人の言っていた通り、あれこそがタカネの本性。
彼女はやはり今も、破滅と混沌を望むタカネのままだった。
期待を抱いていたのは、チハヤとミキも同様であった。
チハヤは直接タカネのことを知るわけではない。
ただ、ハルカの記憶からやはりタカネの優しげな姿を知り、他の皆と同じ想いを抱いていた。
そんな彼女達の内心をその表情から悟ったか、タカネは浅く息を吐く。
446 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/13(月) 21:20:16.62 ID:FI8VrnbTo
タカネ「よもや、私に情けをかけようというのではないでしょうね……?
私は今でも、貴女方を葬り野望を叶えることを願っているというのに」
そう言って口角を上げたタカネを見、少女らは二の句が継げなくなる。
だが少し経ってから、ミキが静かに口を開いた。
ミキ「……どうして? どうしてタカネは、そんなことをしようとしたの……?
世界を破滅に、なんて、どうして……」
タカネは、目線だけをミキへ向けた。
それから少しの間、黙ってミキを見続け、
タカネ「では、貴女方はなぜ皆を笑顔にすることを望むのですか? 皆の幸福を望むのですか?」
ミキ「え……?」
思わぬ問い返しに、ミキは返答に詰まってしまう。
だが初めから返事は期待していなかったのか、タカネは表情を変えることなく続けた。
タカネ「答え方は幾通りもありましょう。
ですが、その答えには全て共通の理念があるはずです。
『そうあるべきだから』『それが正しいことだから』、という理念が。
私も、それと同じです」
ミキ「……それって、どういう……」
タカネ「つまり、理由などないのです。
私にとっては世界は混沌に満たされるべきものだった……ただ、それだけのこと」
447 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/13(月) 21:21:44.03 ID:FI8VrnbTo
タカネの言葉を全て理解できたものが果たしてこの中に居るだろうか。
ただ全員、これだけは分かった。
自分たちとタカネとの間には、埋めようのない大きな隔たりがあるのだ、と。
そんな彼女の言葉になんと返すべきか皆迷った。
が……その迷いに答えが出るのを、時間は待たなかった
ミキ「っ!? タカネ、足が……!」
タカネ「……口惜しきことです……。
やはり私の願いはもう、叶わぬようですね」
タカネの爪先が、ボロボロと崩れていく。
黒い光の欠片となり、徐々に徐々に上へと上がってきている。
力を失ったタカネの消滅……。
まったく想定していなかったことではないとは言え、やはり全員少なからず動揺する。
しかし当のタカネはというと、まるで取り乱しているようには見えない。
それどころか穏やかに笑い、
かと思えば爪先へ向けていた視線をふと外し、言った。
タカネ「こちらへいらっしゃい。アミ、マミ」
言葉と視線に誘導されるように、皆は一斉に目を向ける。
その先には、確かに居た。
双子と思しき少女が二人、佇んでいた。
皆が気付いたのと同時、
呼ばれた二人は同時に駆け出して横たわるタカネの脇にそっと腰を下ろした。
448 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/13(月) 21:23:08.31 ID:FI8VrnbTo
アミ「お母様……眠ってしまうの?」
タカネ「ええ、そうです」
マミ「でも、寂しくないわよね? だって私たちも一緒だもの」
アミ「私たちずっと一緒よ、お母様」
タカネ「……真、優しき子達ですね」
そう言って双子を抱き寄せるタカネ。
慈しみにあふれたその表情は、皆が慕ったタカネそのものであった。
頭を撫でられるアミとマミは、心地よさそうにタカネの胸へ顔をうずめる。
見ればいつからか、二人の体もタカネと同様に崩れ始めている。
と、タカネはアミとマミからチハヤへと目線を上げた。
タカネ「アイドル、チハヤよ。
貴女はその歌の力で、やはり世界中を笑顔にするつもりですか?」
チハヤ「……はい。そのつもりです」
449 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/13(月) 21:24:31.93 ID:FI8VrnbTo
僅かな間を空けはしたが、迷いなき瞳で答えたチハヤ。
タカネはそんなチハヤの目を見つめ返し、
タカネ「これから先……私のように貴女の歌の届かない者も出てくるでしょう。
それでも貴女は、歌い続けるつもりですか?」
チハヤ「もちろんです」
たった一言、チハヤは言い切った。
だが短い一言だからこそ、そこにはチハヤの覚悟がこれ以上ないほどに込められていた。
タカネは暫時黙してチハヤの瞳を見つめ続けたのち、ふっと目を閉じた。
タカネ「では、貴女の信ずる道を歩み続けなさい。愚直に、一心に……。
そうしてこそ、私も少しは浮かばれるというもの」
チハヤ「……ええ」
タカネ「私はこれより、夢を見ることとします。さあ参りましょう、アミ、マミ。
混沌とした素晴らしき世界……そのような、夢の中へ」
アミマミ「はい、お母様」
そうして、タカネと双子の少女の体は完全に崩れ落ちた。
細かな灰となったタカネ達は、涼やかな風に吹き混ざり、
一片すらも残さず宵闇へと消え去った。
450 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/13(月) 21:26:34.46 ID:FI8VrnbTo
それからしばらく、誰も、何も話すことができなかった。
言葉にし難い感覚が皆を包む。
少なくともそれは巨悪を討ち滅ぼした達成感のような、活力に満ちたものではない。
そんな中、ミキがぽつりと呟いた。
ミキ「……タカネのことも、笑顔にしてあげたかったな……」
『世界中のみんなを笑顔に』。
ミキの願いの『みんな』の中には、タカネも入っていた。
またそれに近しい想いを、他の者も同様に抱いていた。
タカネの望む世界の破滅はなんとしても阻止しなければならなかった。
だが、彼女達は誰ひとり、タカネの消滅を望んでなどいなかった。
彼女の今際の言葉を聞く限り、自分達とは到底理解し得ないのだろう。
それは、頭では分かっている。
しかしやはり心情としては……
やはりタカネとも、以前のように仲間として歩み続けたかった。
タカネとの別れは、少女達の心に喪失感を生んだ。
が、それでも――
チハヤ「いつまでも、下を向いているわけにはいかないわ。
だって私たちは……アイドルを目指すんだから」
451 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/13(月) 21:27:40.82 ID:FI8VrnbTo
チハヤ「今の私では、力が足りなかった……。でも、次はきっと。
どんな人にでも届く歌を、私は歌ってみせる……!」
タカネの言うように、これから先、自分の歌の届かない者が出てくるかもしれない。
これに似た喪失感や悔しさに襲われることも、あるかもしれない。
だが、それでも、自分は決めた。
自分の歌で世界中を笑顔にしてみせると。
愚直に、一心に……信じた道を進み続けると。
ミキ「……チハヤさん……」
気付けば、力強いチハヤの声が皆の顔を上げさせていた。
タカネの消失を悔やむ気持ちは、まだある。
しかし、そうなのだ。
彼女達もまた、アイドルを目指す少女。
アイドルとは皆を笑顔にするものだと彼女達は知った。
辛さはある。
悲しさもある。
だがそれを乗り越え、輝く存在。
それが彼女達の目指す、アイドルなのだ。
452 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/13(月) 21:28:29.20 ID:FI8VrnbTo
そして、皆が前を向いたのを待っていたかのように、『その時』は来た。
ミキ「! そっか……もう、お別れなんだね」
ミキの体が淡く光る。
生じた細かな光の粒子が、少しずつ、少しずつ天へと舞い上がっていく。
ミキは理解していた。
自分が百年前の存在。
ここに居るべきではないのだと。
また他の皆も、目の前の光景とミキの言葉で理解した。
還るべき場所に、ミキは還ってしまうのだと。
ミキ「ねぇ、みんな……。最後に、みんなの名前、聞かせてもらってもいい?」
微笑みの中に僅かばかりの寂しさを加え、ミキは皆を振り返った。
その表情に、ある者は微笑みを返し、ある者はやはり悲しげな表情で、自らの名前を名乗る。
そうして一通りの名前を聞いたあと、
ミキは改めて目を向けて、静かに口を開いた。
453 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/13(月) 21:30:13.01 ID:FI8VrnbTo
ミキ「ヒビキ、マコト、ユキホ、アズサ、イオリ……。
たくさん酷いことして、ごめんね。
それから、ヤヨイ……。一番最初にミキのこと応援してくれて、嬉しかったの」
ミキを包む光が濃くなっていく。
そしてそれとは反対に、体が少しずつ淡く、不鮮明になっていく。
ミキ「みんな、ありがとう。ミキのこと、助けてくれて……。
ミキはもうここには居られないけど、でも、寂しくなんかないよ。
ミキは一人じゃなかったんだって、気付いたから」
そうして最後に、ミキはチハヤへ向き直った。
だがミキが別れの言葉を贈ろうとした直前、
チハヤは微笑み、静かに口を開いた。
チハヤ「そうね……。ミキは一人じゃない。何より、それを許さない子が、ここに居るもの」
ミキ「えっ……?」
チハヤの体が光を放つ。
皆の見慣れた青い光ではない。
優しく暖かな……赤い光。
光は集約され、形を成し、そして――
454 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/13(月) 21:31:30.75 ID:FI8VrnbTo
ハルカ「ずっと、待たせちゃってごめんね……。さ、一緒に帰ろう、ミキ」
ミキ「……ハ、ルカ……?」
優しく微笑むハルカが、そこに居た。
幻影などではない。
それは確かに、ハルカそのものだった。
ミキ「え……な、なんで? だってハルカは、チハヤさんと……。
ハルカが居ないと、チハヤさんは、アイドルに……」
困惑した様子でチハヤに目を向けるミキ。
そんなミキに、チハヤはやはり穏やかに笑いかける。
チハヤ「ハルカは私に、本当の気持ちに気付かせてくれた。
それだけで十分……。これからは、私が自分の力で、アイドルを目指すわ」
ミキ「チハヤ、さん……」
チハヤ「それに……私のせいで、ハルカに約束を破らせるわけにはいかないもの」
ミキ「え……」
その時、ミキの体が暖かさに包まれた。
未だ困惑の色を浮かべ続けるミキを優しく、強く抱きしめるハルカ。
そしてその耳元で、そっと囁いた。
455 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/13(月) 21:32:38.83 ID:FI8VrnbTo
ハルカ「ずっと、一緒だよ。これからは、ずっと……」
……それは百年間、待ち望んだ言葉。
何度も何度も夢に見た言葉。
その言葉が……ミキが無意識にかけていた感情の枷を外した。
だらりと下がっていた腕が上がる。
両目から大粒の雫が流れ落ちる。
ハルカに力いっぱい抱きつき、ミキは小さな子供のように、声を上げて泣いた。
そんなミキを、ハルカもまた静かに涙を流し、抱きしめ続けた。
二人の体が浮き上がる。
光の粒となり、天へ上っていく。
もしかするとミキは、泣き疲れて眠ってしまうかも知れない。
そのとき夢に見るのは、きっといつもの、ハルカとの夢。
でもそれはもう夢ではない。
目が覚めても消えることはない。
二人の友情は光輝き、そして――
約束は、永遠となった。
456 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/13(月) 21:33:17.59 ID:FI8VrnbTo
――気付けば空は白み、朝日が昇り始めている。
ミキとハルカが還っていった空を、皆しばらく眺め続けた。
ヒビキ「なんか……全部、夢だったみたいだな……」
マコト「はは……。流石に、色々ありすぎだよね……」
ヒビキの呟きを皮切りに、他の者もぽつりぽつりと口を開いたり、
緊張の糸が切れたように息を吐いたりし始める。
と、ここでイオリがチハヤに向いて言った。
イオリ「本当に、もとのあなたに戻ったのね」
チハヤ「ええ……。ハルカは、もうここには居ないから」
イオリ「……そう」
チハヤの横顔は寂しげでもあるが、どこか嬉しそうでもあった。
イオリはチハヤの想いをはかり、それ以上何か言うことはなかった。
457 :
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[saga]:2017/11/13(月) 21:33:48.40 ID:FI8VrnbTo
イオリ「それはそうと……。これからどうするの?
アイドルを目指すって言っても、この状態じゃ――」
と校舎の方を振り返ったイオリであったがその瞬間、目を見開き息を飲む。
その様子に気付いた他の者もイオリの視線を追い、イオリと同じ反応を見せる。
彼女らの視線の先にあったもの、それは……
リツコ「よ、良かった……! 皆さん、無事なようですね!」
ユキホ「ティ……ティーチャーリツコ!?」
マコト「ほ、本物の……本物のティーチャーリツコですか!?」
リツコ「……! ということは、私が監禁されていた間、何者かが私に成り代わって……。
っ……不甲斐ないです。教師の立場でありながら、
生徒の皆さんをみすみす危険な目に……!」
ヒビキ「本物だ……本物の、ティーチャーリツコだ……!」
アズサ「良かった……良かったです……!」
ヤヨイ「うぅ……うわぁーーーーん! ティーチャーリツコぉーーーー!」
458 :
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[saga]:2017/11/13(月) 21:34:52.30 ID:FI8VrnbTo
それは間違いなく、正真正銘、皆の知るリツコであった。
曰く、チハヤをアイドルに推薦する旨の書状を送ったその日、
彼女は自室で突然意識を失ったらしい。
そして気付けばどこかの部屋に監禁されていたとのことだった。
つまり、チハヤが正式にアイドルに選ばれたと発表のあった日の数日前には既に、
リツコはタカネに入れ替わっていたことになる。
タカネがリツコを生かしていた理由は分からない。
自らの目的に利用するためだったのかも知れない。
ただ、とにかく、皆に慕われたリツコは確かにリツコとして存在していた。
そして今も生きている。
そのことを少女達は全員、心から喜んだ。
未だ事情が把握しきれていないリツコではあるが、
喜びの涙を浮かべて自分を取り囲む生徒たちを見て、自然と顔もほころぶ。
と、そんな彼女達の背後から、チハヤが静かに歩み寄った。
チハヤ「あの、ティーチャーリツコ。
まだ何の説明もしないままに申し訳ないのですが……
先に一つ、お願いしたいことがあるんです」
459 :
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[saga]:2017/11/13(月) 21:35:52.18 ID:FI8VrnbTo
リツコ「チハヤさん……?」
皆が喜びに顔をほころばせる中、一人真剣な眼差しを向けるチハヤを、
リツコのみならず全員が不思議そうに見つめる。
その視線を一身に受けながらも、チハヤは物怖じすることなく真っ直ぐに言い切った。
チハヤ「今回、私はアイドルに選ばれました。それはとてもありがたいことだと思います。
ですが……今回は、辞退させてもらいたいんです」
それを聞き、一同は驚きの声をあげる。
ただアズサとイオリは黙ってチハヤの言葉の続きを待った。
それはまたリツコも同様、視線で続きを促す。
チハヤ「……今日、実感したんです。自分はまだまだ、本当のアイドルには程遠いと。
私を選んでくれた人が間違っていたとは言いません。
ですが、私は……もう一度、一から始めたいんです!
成り行きなんかじゃない、自分の意志で……!
もっと、本気で、全力でアイドルを目指して、努力して!
私はアイドルなんだって、自信を持って言えるようになりたいんです!
だから……お願いします!」
そこまで言い切り、チハヤは深く頭を下げる。
リツコは黙ってチハヤの頭を見つめ、そして、静かに口を開いた。
460 :
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[saga]:2017/11/13(月) 21:36:50.10 ID:FI8VrnbTo
リツコ「……その件に関しては既にお伝えした通りです。
アイドルへの選抜は絶対。一度選ばれた以上、辞退はできません」
チハヤ「っ……」
その言葉に、チハヤは頭を下げたまま唇を噛む。
だが、次いでかけられた声がチハヤの視線を上げさせた。
リツコ「ですが……どうやらこのたび、学園で大変な事件が起きたようですね。
事後処理などの作業により……
長ければ一年ほど、デビューまでの期間が伸びそうです」
チハヤ「え……?」
視線を上げた先にあったのは優しげな表情。
目を丸くするチハヤに向けて、リツコは微笑みを浮かべて続けた。
リツコ「先ほどのチハヤさんの表情……この一年間で、初めて見たものでした。
これでも、チハヤさんの内面まで深く加味した上で選考したつもりだったのですが、
どうやら私は、貴女のことを何も知らないままに推薦してしまっていたようです」
チハヤ「ティーチャーリツコ……」
461 :
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[saga]:2017/11/13(月) 21:38:01.80 ID:FI8VrnbTo
リツコ「……教え子が最終選考に残ったことで、私も少し焦っていたのかも知れません。
チハヤさんの言う通り……貴女はまだ、より高みを目指せます。
不完全なままでアイドルとして世に送り出すのは、私としても不本意です」
チハヤ「! では……!」
リツコ「はい。デビューまで時間をいただけるよう申請しましょう。
ただし、伸ばせる期間は最大でも一年間程度だと思ってください。
その期間内に、貴女の納得のいく自分になれていなければ、
望まぬ形でのデビューとなるでしょうが……」
と、そこでリツコは言葉を止めた。
これ以上の念押しは不要。
チハヤは、きっと彼女の願いを実現させるだろう。
瞳の奥底に燃える強い意志は、リツコにそう確信させるのに十分だった。
リツコ「……さて、それでは、何があったのか説明してもらえますか?
期間の延長にはそれが必要ですからね」
462 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/13(月) 21:38:28.68 ID:FI8VrnbTo
・
・
・
薄暗い部屋で、少女は目を覚ました。
白いシーツと対照的な黒い長髪は、暗い中でもよく映えて見える。
長髪の少女は、まず初めに目に映った見慣れた天井を眺めた。
少し経って体を起こすと、やはり見慣れた部屋が目に映る。
ベッドから降りて洗面所へ向かう。
顔を洗い、寝室に戻ってきたのと同時に鐘が鳴った。
起床の合図だ。
鐘の音は優しく、だがしっかりと部屋いっぱいに響き、
まだ夢の中に居た他の者達を呼び起こした。
マコト「ん〜っ……今日もよく寝た……。って、チハヤ、もう起きてたの?」
チハヤ「おはよう、マコト。ええ、たまたま目が覚めて」
463 :
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[saga]:2017/11/13(月) 21:39:12.61 ID:FI8VrnbTo
マコトに続き、続々と他の少女達も体を起こす。
顔を洗い、身支度を整えてから、食堂へ向かう。
ユキホ「チハヤちゃんがオススメしてくれた本、
とっても面白くて、私、もう半分くらい読んじゃった」
マコト「そうそう、ボクもだよ! すごいなぁ、チハヤ。
あんなにボクたちが好きそうな本を教えてくれるんだもん」
チハヤ「そう……良かったわ。気に入って貰えて」
アズサ「次の読書会が楽しみだわ〜。今度は私のオススメもみんなに紹介しちゃうわね♪」
ヤヨイ「えへへっ、私もすっごく楽しみかなーって!」
ヒビキ「そうそう、本と言えば、
この前読んだ本にすごく使えそうな能力の応用法が載ってたんだ!
チハヤ、試したいからまた付き合ってよ!」
イオリ「あ、だったらちょうどいいわ。私もちょうど試してみたいことがあったの。
チハヤ、相手しなさいよね! 次こそはあなたの壁を破ってみせるんだから!」
チハヤ「ふふっ……それじゃあ、破られないように頑張らないと」
464 :
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[saga]:2017/11/13(月) 21:41:15.70 ID:FI8VrnbTo
そうこうするうちに少女たちは食堂につく。
朝日の差し込む窓辺にいつも通り立っていた女性が、振り返って微笑んだ。
リツコ「皆さん、ごきげんよう」
ごきげんよう、ティーチャーリツコ、と声が揃う。
食卓につき、和やかな雰囲気の中で食事が始まる。
昨日のこと、今日のこと、明日のこと、
休み時間のこと、座学のこと、訓練のこと、
どの話題も楽しげで、尽きることはない。
少女たちは今日も一日を精一杯に過ごす。
なりたい自分になるため、アイドルになるため、
そうして過ごす全ての時間はいつも充実し、
傍から眺めるだけで笑顔になりそうな、そんな活気に満ち溢れている。
そう、それこそがアイドル。
かつて、夢を見た少女たちの目指した、世界を笑顔にする存在。
辛いことはある。
苦しいこともある。
それでも、少女達の笑顔は輝き、世界を照らす。
彼女達が全員そろってアイドルとなる日が来るのも、きっと、夢ではないだろう。
465 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/13(月) 21:41:42.38 ID:FI8VrnbTo
これで終わりです。
付き合ってくれた人ありがとう、お疲れ様でした。
466 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/11/13(月) 22:08:28.18 ID:vWEQFOppo
乙
467 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/11/13(月) 22:45:38.42 ID:6034zohKo
乙
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