【アイマス】眠り姫 THE SLEEPING BE@UTY

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/13(木) 19:55:28.42 ID:HWQr4F1/o
――たくさんの笑顔。
たくさんの拍手。
「おめでとう」の声。
その全てを一身に受ける女の子。
歩み寄ると、気付いたその子は目に涙を浮かべて振り返った。

  「おめでとう」

そう言うと、その子は「ありがとう」とにっこり笑った。
花が咲いたような笑顔につられて、こちらまで笑顔になってしまう。
可愛らしい声に心がじんわりと温かくなる。

そうだ、『アイドル』に選ばれるっていうのは、きっとこういうこと。
……いつか、きっと。
自分もいつかアイドルになって、そして――

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1499943328
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/13(木) 19:56:34.75 ID:HWQr4F1/o



薄暗い部屋で、少女は目を覚ました。
白いシーツと対照的な黒い長髪は、暗い中でもよく映えて見える。

長髪の少女は、まず初めに目に映った見慣れぬ天井を眺めた。
少し経って体を起こすと、やはり見慣れない部屋の、
一番端のベッドに自分が居ることを確認した。

カーテンの隙間から漏れ入る光に気付いた頃になって
意識がはっきりし出し、少女はようやく思い出した。
自分は、昨日からここで生活を始めたのだと。

その時、少女の意識が冴えるのを待っていたかのように鐘が鳴った。
起床の合図だ。
鐘の音は優しく、だがしっかりと部屋いっぱいに響き、
まだ夢の中に居た他の者達を呼び起こした。
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/13(木) 19:57:33.95 ID:HWQr4F1/o
マコト「んっ……はあ、よく寝た〜! おはよう、ユキホ!」

ユキホ「うん、おはようマコトちゃん」

目覚めて初めに声を発したのは、マコトと呼ばれた少女と、
それに挨拶を返したユキホと呼ばれた少女。
寝ぼけ眼をこすっている者も居る中で、
マコトの快活な声は起床の鐘以上によく響いた。
と、すぐ隣のベッドから唸るような声が聞こえる。

イオリ「学年の始めからうるさいわね……。
   今年からはちょっとはマシになってくれるものだと思ってたけど」

マコト「む……なんだよイオリ、そんな言い方ないだろ?」

イオリ「何回も言わせるあなたが悪いのよ。まったく……」

気だるそうにそう言って、イオリと呼ばれた気の強そうな少女はベッドを降りる。
そして去っていくその背中に、今度は別の方向から笑い声が投げかけられた。
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/13(木) 19:59:43.87 ID:HWQr4F1/o
ヒビキ「あははっ、イオリは朝から不機嫌だなぁ。
   ほら、こーんないい天気なのにそれじゃあもったいないぞ!」

マコト「そうそう、ヒビキの言う通りだよ」

イオリ「ふんっ、余計なお世話よ」

カーテンを開けて笑う、マコトとはまた違ったタイプの快活さを見せる少女ヒビキ。
朝の日差しに包まれ太陽さながらの笑顔を浮かべる彼女から、
イオリはつんと顔を逸らして洗面所へと向かった。

そんな彼女らの様子を、いち早く目覚めた黒髪の少女――
チハヤは、ただ黙って眺めていた。
しかしその横から彼女に向け、また別の大きな声が届く。

ヤヨイ「あのっ! おはようございます、チハヤさんっ!」

チハヤ「えっ? え、えぇ、おはようございます」

勢いの良い挨拶にチハヤが目を向けた先に居たのは、
ふわふわとした栗毛が特徴的なまだ幼さの残る小柄な少女。
大きな声に少しだけたじろいでしまうチハヤだが、
その少女は構うことなしに明るい笑顔で続けた。
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/13(木) 20:02:26.68 ID:HWQr4F1/o
ヤヨイ「昨日はちゃんと眠れましたか?
   私、初めてここに来た時はドキドキして全然眠れなくって……。
   あっ、でもチハヤさんならきっと平気ですよね!
   だって私と違って、すっごく落ち着いてるかなーって!」

チハヤ「ええ、まぁ……」

元気に話し続ける彼女に対し、チハヤの口からは短い言葉しか出てこない。
とその時、栗毛の少女の後ろから、頭一つ分ほど背の高い少女がすっと歩み出てきた。

ヤヨイ「あっ、アズサさん! おはようございまーす!」

アズサ「ふふっ、おはよう。ヤヨイちゃんも朝からとっても元気ですごいわね〜。
   でも、チハヤちゃんはちょっとびっくりしちゃってるみたいよ?」

少女、というよりは女性と表現した方が、
彼女の大人びた雰囲気を表すには合っているかも知れない。
栗毛の少女――ヤヨイは、アズサの言葉を受けてチハヤに向き直った。

ヤヨイ「はわっ! す、すみません〜。
    初めましての人だからって思って、つい……。
    ごめんなさい、チハヤさん。私、うるさかったですよね……?」

チハヤ「いえ……気にしないでください。気を遣ってくれてありがとうございます」

一言残し、慣れない賑やかさから距離を置くように、
チハヤはその場をあとにして洗面台へと向かった。
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/13(木) 20:05:18.42 ID:HWQr4F1/o



チハヤ「ご機嫌よう、ティーチャー・リツコ」

皆の輪を離れて一人先に食堂に着いたチハヤは、窓に向かって立っていた女性に挨拶する。
女性は振り返り、微笑みと挨拶を返した。

リツコ「ご機嫌よう、チハヤさん」

凛とした佇まいと、慈しみの中に厳しさを感じさせるはっきりとした声。
きっちりと纏められた髪と眼鏡からはどこか知性を感じさせる。

リツコ「あなた一人ですか? 他の皆は?」

チハヤ「着替えが済んだので、私だけで先に来ました。
    他の人たちももうすぐ来ると思います」

リツコ「そうですか。行動が早いのは良いことです」
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/13(木) 20:06:20.05 ID:HWQr4F1/o
リツコ「けれど、この学園ではできるだけ集団行動を心がけてください。
   友人との好ましい関係を築くことも大事ですからね」

チハヤ「……はい。以後気をつけます、ティーチャー・リツコ」

リツコ「結構。では着席を」

チハヤ「はい」

軽く頭を下げたのちにきびきびと次の行動に移ったチハヤの背を、
リツコは薄い笑みを崩さずに見つめ続ける。
その時、食堂の外から話し声と足音が聞こえ、
そちらに目を向けると同時に、先程までとは打って変わって賑やかな挨拶が食堂に響いた。

ヒビキ「ご機嫌よう、ティーチャーリツコ!」

ヤヨイ「ごきげんよう!」
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/13(木) 20:08:03.90 ID:HWQr4F1/o
リツコ「ご機嫌よう。では、あなたたちも着席を。冷めてしまわないうちに」

はーい、と元気に返事をしてヒビキたちは食堂奥へと向かい、
他の者も皆、既に朝食が並んでいる食卓へとつき始めた。

イオリ「ほら、ちゃんと居たでしょ?」

ヤヨイ「うん……えへへっ。良かったー」

イオリ「心配性ね、まったく。小さな子供じゃないんだし、
    ヤヨイだって言ってたじゃない。しっかりしてそうだって」

自分の席へ移動しながら小声で話す二人の声は、チハヤにも聞こえてきた。
多分先に行ってしまった自分のことを言っているんだろうな、
と思い当たったのと、イオリが話しかけてきたのは、ほとんど同時だった。

イオリ「あなたも、この子に心配かけるようなことはやめなさいよね。
    新入りだから忠告してあげるけど、次からは一人で勝手にどこかに行ったりしないの。
    この学園って結構広いんだから、うっかりしてると本当に迷子になっちゃうわよ」
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/13(木) 20:09:08.86 ID:HWQr4F1/o
チハヤ「……ティーチャーリツコにも集団行動を心がけるよう言われました。
    ごめんなさい。次からは気を付けます」

イオリ「そうね、気をつけて頂戴」

ぶっきらぼうにそう言って、つんと前を向くイオリ。
しかしその時、どこか含蓄のありそうな笑みを浮かべて正面に座っていたマコトと目があった。

イオリ「……? 何よマコト、にやにやしちゃって」

マコト「別に。ただ……イオリも結構世話焼きだよね」

アズサ「うふふっ。私もイオリちゃんを見習って、
    チハヤちゃんに色々教えてあげないといけないわね〜」

イオリ「だっ……誰が世話焼きよ!
    ただ新入りに勝手されたら迷惑だと思って忠告しただけなんだから!」

ヒビキ「あはは、素直じゃないなぁイオリは」

イオリ「う、うるさいわね! あなたまで入ってくるんじゃないわよ!」
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/13(木) 20:10:23.14 ID:HWQr4F1/o
ささやかな会話から、その場はテーブルの端から端まで一気に賑やかになった。
しかしその喧騒に終止符を打つように、パンパンと手を叩く音が食堂に響く。

リツコ「賑やかなのは良いことですが、皆さんも言っている通り、
   昨日から新しい友人が加わっています。
   良き友人として、またこの学園に通う先輩として、模範となる行動を心がけてくださいね」

穏やかながらも厳粛な声色に、その場は水を打ったように静かになる。
そして一瞬の静寂の後、

リツコ「さ、せっかくの温かなスープが冷めてしまいます。いただきましょう」

優しく笑い、リツコは目を閉じて胸の前で両手を組む。
イオリたちは各々、安堵や申し訳なさを含んだ笑みを浮かべて目配せしたのち、
リツコに倣って目を閉じて両手を組み、

  「いただきます」

声を揃え、食事を始めた。
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/13(木) 20:16:18.30 ID:HWQr4F1/o
厳かな雰囲気で始まった朝食ではあったが、始まってしまえばまた和やかさを取り戻した。
大半の者が笑顔で談笑し、少し前まで不機嫌そうだったイオリも、
柔らかな表情で食事を口に運んでいる。

そんな中チハヤは、リツコの言葉を頭の中で復唱した。
そして一人思考する。

「友人との好ましい関係」、「良き友人として」――
自分に上手くやれるだろうか。
少なくともこれまでの経験では、上手くいった記憶がない。
自分から積極的に行動しなかったというのもある。
だが、だからと言って自分から進んで友人を作ろうとは……

と、チハヤは何気なく手元から目線を上げ、食卓に並ぶ少女たちの顔を見た。
すると正面のアズサと目が合い、

アズサ「ね、チハヤちゃんはどう思う?」

チハヤ「え?」

アズサ「ほら、川の向こう側に丘があったでしょう?
    桜の木が一本だけ立った、小さな丘」
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/13(木) 20:18:09.52 ID:HWQr4F1/o
唐突に聞かれ、そんな丘などあっただろうか、とチハヤは記憶を探る。
が、どうにも覚えがない。
しかし彼女がそう言うからには自分が見落としていただけなのだろう、
とチハヤは黙ってアズサの言葉を聞き続けた。

アズサ「それでね、今日のお昼休みはみんなであそこで過ごそうって、
    今お話してたところだったの」

マコト「今の季節だと、桜を一望できてすっごく景色がいいんだ。
   歩いて登ればちょっとした運動にもなるし、風も気持ちいいよ!」

アズサはにこにこと穏やかな、
マコトはハツラツとした笑顔をそれぞれチハヤに向ける。
また、その隣のユキホも会話に加わっていたのだろう。
視線に気付いたチハヤが顔を向けると、
一瞬恥ずかしそうに目を逸らしたのち、ぎこちなくも優しい笑みを返した。

チハヤは始め、断ってしまおうかと思った。
昼食後に昼休みがあることは聞いていたが、敢えて誰かと居るつもりはなかった。
しかしすぐにリツコの言葉を思い出し、

チハヤ「……ええ、そうですね。良いと思います」

その表情には感情めいたものは浮かんではいなかったが、
アズサたちは嬉しそうに笑い、
それから時折チハヤにも話を振りながら談笑と食事を続けた。
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/13(木) 20:23:48.19 ID:HWQr4F1/o
朝食を終えた少女たちは食堂をあとにし、揃って桜並木を歩く。
今日の午前中は転校生であるチハヤに学園の敷地内を案内する、ということになっている。
チハヤを中心に据えて歩きながら、今はこの並木道について紹介しているところだ。

ヤヨイ「ここの桜、すっごく綺麗ですよね!
   私、初めて見たときはびっくりしちゃいました!」

マコト「チハヤの居たところはどうだったの?
   ティーチャーリツコが言うには、ここの桜はすごく立派らしいんだけど」

チハヤ「はい……私も、とても立派だと思います」

その表情にはやはりあまり変化は見られなかったが、これはチハヤの本心であった。
空を覆い隠さんばかりの満開の桜は樹上のみならず石畳にも彩りを加え、
舞い散る花びらもあって視界いっぱいに春の色が広がっている。
その光景はチハヤの目にも美しく見えた。

また、桜だけではない。
少し視線を外した先には小川が流れ、耳をすませばせせらぎが聞こえてくる。
手漕ぎのボートのようなものも見える。
知らないものが見ればここが学校であろうなどとは到底思い寄らないだろう。
ただ制服姿の女学生が居るということだけが、
その光景に学校らしさを僅かばかり加えていた。
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/13(木) 20:24:23.78 ID:HWQr4F1/o
もしそこに、もっと多くの学生が歩いていれば
学校らしさもよりはっきりとしたものになっていただろう。
しかしこの光景に映る学生は、七人のみ。
いや、学園の敷地内のどこを見ても、彼女ら以外に学生は見当たらない。
そして教師は、先ほど食堂に居たリツコ一人だけ。
これこそが、この学園の最も特殊な点のうちの一つであった。

ヒビキ「チハヤもびっくりしたんじゃないか?
    転校した先にまさか生徒が六人しか居ないなんてさ」

チハヤ「いえ……。大体のことは、もう聞いていましたから」

マコト「僕たちの方こそびっくりしたよね。
    だってこの学園に新しく来る生徒って言ったら小さい子ばっかりだと思ってたからさ」

イオリ「本当、ティーチャーリツコってばいきなり仰るんだもの。
   あなたのためにみんな大急ぎで準備を整えたのよ」

チハヤ「……そうでしたか。ご迷惑をおかけして、すみません」

アズサ「あらあら、何も謝らなくてもいいのよ〜」

ヒビキ「そうそう。っていうか、別にそこまで大変でもなかったしね。
ベッドとか色々、ちょうど一人分余ってたところだし」
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/13(木) 20:25:27.37 ID:HWQr4F1/o
アズサ「それより、新しい子が増えるのもとっても久しぶりね〜。
    うふふっ、なんだかイオリちゃんやヤヨイちゃんが来た時のことを思い出しちゃうわ」

ユキホ「あ……そうですね、懐かしいなぁ。二人ともすごく可愛かったですよね……。
    あっ! い、今ももちろん可愛いよ!」

イオリ「そんなに慌てなくたって別に気にしてないわよ……」

ヤヨイ「えへへっ、でも私もなんだか懐かしいかも!」

そんな他愛ない会話を聞きながら、チハヤはふと目線を脇に逸らす。
その先には、朝食の際に話題にのぼった小高い丘があった。
ずらりと並ぶ木々の隙間から覗く、離れた場所に一本だけ立った桜。
言われるまでは存在にすら気付かなかったが、
なるほど、確かに行ってみてもいいかもしれない。
そんな風にチハヤが思った、その時であった。

チハヤ「……?」

その一本桜の下に、誰かが立っていた。
舞い散る桜と遠く離れた距離のおかげではっきりとは見えないが、
確かに誰か居る。
黒を基調とした……あれは、制服だろうか。
だがこの学園のものではない。
いや、でも、なんだろう。
あの制服、どこかで見たような……。
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/13(木) 20:26:21.72 ID:HWQr4F1/o
アズサ「チハヤちゃん?」

現実に意識を引き戻される感覚。
反射的に顔を向けた先には、きょとんとしたアズサの顔があった。

アズサ「どうかしたの? 向こうの方に何か……あっ、さっきお話してた丘ね?
    うふふっ、チハヤちゃんも楽しみにしてくれてるみたいで嬉しいわ〜」

両手を合わせてにこにこと微笑むアズサから、
チハヤはもう一度あの丘へ視線を移す。
しかしほんの一瞬前までそこにあった人影は、既にどこにもなかった。

ヒビキ「おーい、早くしないとお昼までに案内終わらないぞー!」

アズサ「あらあら、大変。さ、行きましょうチハヤちゃん」

チハヤ「……ええ」

前方から自分たちを急かす声に、チハヤは再び向き直る。
見間違い……気のせいだったのだろうか?
まあ、仮にそうでなかったとしても、この学園に居る限りは、
いずれ何かの形であの人影の正体はわかるだろう。
そう思い、チハヤは些細な疑問をそっと頭の片隅に追いやって、
アズサのあとに続いて歩き出した。
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/13(木) 20:27:14.51 ID:HWQr4F1/o
その後も学園の案内は続き、広い敷地や複数ある校舎を色々と回ったが、
チハヤにとって興味を引かれるようなものはそう多くはなかった。
ただ、多くの蔵書が揃っている図書室と、
歌唱の授業に使うという大きな堂の二つには心を動かされた。
特に後者に関しては、一歩足を踏み入れた時のチハヤの表情の変化は、
他の者の目にも明らかだったようだ。

ヒビキ「チハヤ、歌が好きなのか?」

チハヤ「ええ……嫌いではありません」

大きな窓から差し込む太陽光。
必要なものを揃えれば聖堂にでも食堂にでもなりそうなほど
十分な広さを持っていながら、そういったものが一切ない、ただの堂。
見るものが見れば殺風景と感じるだろうが、それがチハヤにとっては良かった。
嫌いではない、と言いながらも、それまで見せたことのない瞳の輝きに、
周りの少女たちは優しい笑みを浮かべるのだった。

アズサ「案内する場所はここが最後だし、もう少しこの場所でのんびりしてもいいのよ〜?」

チハヤ「……ありがとうございます。でも大丈夫です。
    昼食までに、午後の講義の準備もしておきたいので」

アズサ「あらあら。それじゃあ、私たちの部屋に戻りましょうか」
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/13(木) 20:28:42.86 ID:HWQr4F1/o
これで学園の案内はすべて終わった。
案内など不要、無駄な時間だと思っていたが、
思っていたよりは有意義な時間を過ごせたかも知れない。
そんな風に思いながら、チハヤは皆と共に寝室のある校舎へと戻る。

しかしその時、ふと気が付いた。
案内は終わったと言っていたが、まだ行っていない場所が一つだけある。

チハヤ「あの……向こうの校舎には、行かなくても?」

チハヤの方から声を掛けてきたことを、
表情に出さない程度に意外に思いながら、皆チハヤへと顔を向ける。
そしてチハヤの指し示す方を見て、

マコト「ああ、あれは旧校舎だよ」

チハヤ「旧校舎?」

イオリ「もう使われてないし、老朽化が進んで危ないから近付くなって言われてるの」
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/13(木) 20:30:18.33 ID:HWQr4F1/o
皆の言葉を聞きながら、チハヤはその旧校舎をじっと見る。
他の校舎と同じく石造りではあるが、
言われてみれば確かに外壁の風化が進んでいるようで、随分古びて見えた。

ヒビキ「小さい頃に一度だけ忍び込んだけど、特に面白いものはなかったよね。
    古い本とかがいっぱいあるくらいで」

ユキホ「あの時、みんなティーチャーリツコに怒られたよね……。
    私はやめようって言ったのに……うぅ……」

マコト「そうそう、確かヒビキが言い出したんだよ。『探検しよう!』ってさ」

ヒビキ「ご、ごめんってば。でも今となってはそれもいい思い出……って、
   あの時はマコトだって乗り気だったじゃないか!」

マコト「あれっ、そうだっけ? あははっ! まあいい思い出だよ、いい思い出!」

半ば無理矢理ごまかした形ではあるがマコトが話題を終わらせた。
それを見てアズサはチハヤに向き直り、

アズサ「というわけで、あそこは案内できないの。ごめんなさいね」

チハヤ「いえ。こちらこそ、要らないことを聞いてすみませんでした」

チハヤは軽く頭を下げ、再び歩き出した。
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/13(木) 20:31:03.55 ID:HWQr4F1/o



マコト「うーん、毎年のことだけどやっぱりここは眺めがいいなぁ」

ユキホ「えへへっ。今年も晴れてて良かったね、マコトちゃん」

昼食が終わり、楽しみにしていた昼休みが訪れた。
少女たちは朝に話していた通り、一本桜の丘に集っている。

チハヤ「あの……昼休みには、いつもこうしてみんなで集まるんですか?」

イオリ「いつもってわけじゃないわ。いつの間にか恒例になっちゃった感じね。
   学年の初めのお昼休みはみんなでここで過ごそう、って」

ヒビキ「ね、気持ちいいところでしょ!
   太陽はぽかぽかで風も優しくて、ついうとうとしちゃいそうだぞ」

チハヤ「そう……ですね。確かに、良いところではないかと」
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/13(木) 20:32:30.03 ID:HWQr4F1/o
これもまたチハヤの本心である。
満開の桜に囲まれた並木道も美しいとは思えたが、
あちらは少し圧倒される感覚があった。
それに比べ、こちらの一本桜の下の方は落ち着ける。
満開の桜もこうして上から見下ろす分には、落ち着いて眺めることができた。

また視線をずらせば、先ほど見た旧校舎が静かに佇んでいる。
案内の時には気が付かなかったが、この丘は旧校舎のすぐ裏に位置していたようだ。
もう使われていない校舎の近くということもあり、
喧騒から離れた静かな雰囲気を持った丘である、とチハヤは感じた。
これから空いた時間は一人、ここで過ごすのもいいかもしれない。

イオリ「ところで、ずっと気になってたんだけど……
    チハヤ、あなたいつまで私たちにそんな口調なの?」

チハヤ「えっ?」

ここで過ごす時間に思いを馳せていたところに思わぬ言葉をかけられ、
チハヤは意表をつかれたような顔で振り向く。
イオリはそんなチハヤに、少し呆れたような顔を向けた。
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/13(木) 20:33:42.09 ID:HWQr4F1/o
イオリ「敬語よ、敬語。年上のアズサはともかく、
私たちには別に普通に話してもいいんじゃない?」

チハヤ「それは……」

ヒビキ「うん、確かに。私もちょっと気になってたんだよ!
   この学園の生徒はみんな家族みたいなものなんだからさ。
   話し方くらいは普通にして欲しいぞ!」

マコト「へー、いいこと言うじゃないかヒビキ! 
   家族みたいなもの……ボクも同感だよ!」

ユキホ「わ、私も賛成です……。と、時々は私も敬語になっちゃいますけど……」

イオリ「言ってるそばからもう敬語じゃないの」

ユキホ「ひうっ! ご、ごめんなさい〜!」

ヤヨイ「私も賛成でーす! チハヤさんは私よりもお姉さんだから、
    普通に話してくれた方が私もあんまり気にならないかなーって!」
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/13(木) 20:34:51.55 ID:HWQr4F1/o
次々と言葉を発する皆に、チハヤは少し困惑して目を泳がせてしまう。
と、唯一黙って見ていたアズサと目があった。
何も言わずにただ優しく微笑むアズサと数秒、視線が触れ合う。
そしてチハヤは、斜め下に目を伏せ、

チハヤ「……みんながそう言うなら、そうするわ」

その表情は不慣れなことに戸惑っている様子ではあったが、
決して不快さを表すものではないことを、少女らは全員わかっていた。
だから皆、各々笑顔を浮かべ、改めて「これからよろしく」と、
新たな友人に、家族に、口々に声をかけた。

チハヤ「あ、でも……ごめんなさい。
    アズサさんはやっぱり、年上だから……敬語を使わせてください。
    それが礼儀だと、思うので」

アズサ「あらあら、謝らなくてもいいわよ〜。
    うふふっ、チハヤちゃんったら本当に真面目なのね」

申し訳なさそうに言うチハヤにアズサは笑顔を返し、
他の皆もにこやかな笑みを彼女に向けるのだった。
完全に打ち解けるにはまだ時間が必要かもしれない。
でもきっと、これが新たな家族としての第一歩になると、少女たちは信じていた。
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/13(木) 20:36:35.13 ID:HWQr4F1/o
今日はこのくらいにしておきます
劇中劇「眠り姫」のSSです
n番煎じです
長いです
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/13(木) 21:33:21.56 ID:xqbYXE37o
おつ
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/14(金) 23:04:11.97 ID:2Faq3o20o
昼休みが終わると少女らはまた別の校舎へ向かった。
その手には、寝室から各々持ってきた分厚い本が数冊持たれている。

目的の校舎の入口を潜り、更にその中の一室へ少女たちはたどり着いた。
先頭のマコトが扉を開けると、まずはずらりと並んだ机が目に映る。
そして部屋の前方には黒板の前に立つリツコの姿があった。
そこはいわゆる講義室で、これからリツコによる講義が行われようとしているのだ。

マコト「よろしくお願いします、ティーチャーリツコ!」

ユキホ「よろしくお願いしますぅ」

リツコ「はい、よろしくお願いします」

マコトに続いてユキホ、また後続の者たちも、
同じように挨拶をして講義室へと入っていく。
全員が着席し、机上に本を重ね置いて教師を注視するその光景は確かに、
生徒の人数こそ少ないものの確かに「学校」そのものである。
リツコは全員の目が自分に向いていることを確認し、一息置いてから、

リツコ「それでは授業を始めます。今日は『“能力”の理論と応用』について学びましょう」
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/14(金) 23:09:53.91 ID:2Faq3o20o
リツコ「さて、今回の授業内容と大きく関わってくることですが、
   今日が新学期初めの授業ということで
   まずは皆さんの目標を改めて確認しておきましょう。
   皆さんは基本的な念動力の他に、それぞれ固有の『能力』を持っています。
   そしてその『能力』を極めた者をなんと言いますか、ヤヨイさん?」

ヤヨイ「はい! 『アイドル(能力者)』です!」

リツコ「ありがとうございます。そう、アイドルです。
   そしてそれこそが、皆さんが目指しているものです。
   アイドルを名乗るのは簡単ですが、正式に選ばれ、そして認められる者はごく僅か。
   そうなるためにはたゆまぬ努力が必要となります」

リツコの話を少女たちは真剣に聞く。
転校生であるチハヤ以外は皆この学園で、幼い頃からアイドルになるための勉強を続けてきた。
つまりここはアイドルとなるべき者を育て上げる、養成学校とでも言うべき施設なのだ。

リツコ「あなた方はまだ『能力を有している者』に過ぎません。
    『能力者』に――アイドルになるため、
    これまで通りこの一年間、頑張ってくださいね?」
28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/14(金) 23:15:12.96 ID:2Faq3o20o
優しく笑いかけたリツコに対し、
各々気合の入った表情で声を揃えて返事をする生徒たち。
ただ唯一チハヤだけは今ひとつ気勢に欠けるようであったが、
リツコは気付いていないのか敢えてそれに触れることなく、

リツコ「良い返事です。では早速授業の内容に入りましょう」

そう言って黒板に顔を向けた。
すると、同時にチョークが数本ふわりと浮き上がり、
黒板に文字や図を書き込んでいく。

リツコ「『“能力”の理論と応用』……とは言っても、やはり基本となるのは念動力です。
   念動力の応用として既に皆さんは飛行を身につけていますが、
   『能力』を最大限に活かすにはただ浮くだけではなく、
   高速で機動するなどといったより高度なレベルでの飛行が必要となります」

話している間にもチョークは板書を続け、
ちょうど話し終わると同時に、どうやら板書も完了したらしく、
数本のチョークはすべてもとあった場所に収まった。

リツコ「というわけで、ここで改めて皆さんの念動力のレベルを見てみましょう。
    テスト1、『瓶の蓋開け』です」
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/14(金) 23:20:04.74 ID:2Faq3o20o
テスト、という言葉に数人の表情がぴりっと引き締まる。
しかしそれに気付いたリツコは、柔らかい表情を変えぬまま続けた。

リツコ「テストとは言っても、今のあなた達にとっては容易いものですよ。
   既に気づいているでしょうが、ここにキャンディの入った瓶があります。
   この瓶の蓋を中身のキャンディごと浮かせ、
   零すことなく蓋を開ける、それだけですから」

そう言ってリツコは教卓の上に置いてあった瓶を手に取る。
中にはリツコの言う通り、色とりどりのキャンディがいくつか入っていた。
見れば板書にも、瓶とキャンディを表したらしき図が書かれてある。

リツコ「念動力のコントロールが苦手な人は
   力の調節ができずにキャンディを零したり、瓶を割ったりしてしまいます。
   適切な力で蓋を開ける繊細なコントロールが求められるわけですね」

リツコの話を聞く限りでは、それなりの練度が求められそうなテストではある。
しかしこれを聞く皆の表情は少し前に比べて和らいでいた。
そんな彼女らの顔を見ながらリツコは満足気な笑みを浮かべる。

リツコ「では実際にやってみましょう。皆さん前へ出てきてください」
30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/14(金) 23:24:40.86 ID:2Faq3o20o
促されるまま、全員席を立って教室前方へと集まる。
と、大半の者が普段通り歩いている中、一人ヒビキは自身の体を浮かせていた。
それを見てヒビキの意図を察したのはマコトだった。

マコト「あはは、もしかして準備運動のつもり?
   自分の番が来るまで浮いてるつもりなんでしょ」

ヒビキ「あ、バレちゃった? まあ、念の為にね。
   このくらいのテストなら全然ヘーキだと思うけど!」

イオリ「当然よ。こんなのお茶を飲みながらでもできちゃうわ」

ユキホ「で、でも私も一応、準備しておこうかな。失敗しちゃったら恥ずかしいし……」

余裕の笑みを浮かべるイオリの横で不安げに呟き、
ユキホもヒビキに倣って自分の体を浮遊させた。
そんな微笑ましいやり取りをする一同にリツコは慈しみのこもった視線を送りながら、

リツコ「では、まずヤヨイさんからやってみましょうか」

ヤヨイ「あっ、はい! よろしくお願いしまーす!」
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/14(金) 23:29:20.05 ID:2Faq3o20o
勢いよく頭を下げてお辞儀をした後、ヤヨイは瓶に人差し指を向ける。
するとすぐ、ふわりと瓶が浮いた。
中身のキャンディもリツコの指示通りに一つ一つ全てが浮いている。
それから数秒を待たずして、僅かな抵抗を感じさせはしたがあっさりと、
コルクの蓋が瓶の口から外れた。
もちろん中のキャンディは外に出ず、瓶の中でふわふわと漂っている。

ヤヨイ「えっと、これでいいんですか?」

リツコ「ええ、良いですよ。どうでしたか? 難しかったですか?」

ヤヨイ「いえ! 念動力は苦手ですけど、このくらいなら大丈夫です!」

リツコ「けれど数年前までのヤヨイさんなら、きっとできなかったでしょうね」

ヤヨイ「あ……確かに言われてみればそうかも。
   それじゃあ私も、ちゃんと成長できてるってことですよね!」

リツコ「もちろんです。さあ、この調子で他の皆さんもやってしまいましょう」

ヒビキ「はーい! 次は私が行きまーす!」

ユキホ「あっ、じゃあその次は私が……!」
32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/14(金) 23:33:46.69 ID:2Faq3o20o
チハヤ「――これでよろしいですか?」

リツコ「ええ。流石ですね、チハヤさん」

その後も皆ヤヨイに続いて『蓋開け』を軽々とクリアし、
チハヤを最後に、全員が一定の基準に達していることが証明された。
リツコの口から合格を聞き、
チハヤはそのまま念動力で蓋を閉めて瓶をそっと机上に戻す。

チハヤ「全員が簡単にこなせるようなことをしただけで『流石』と言われても……。
    あまり、褒められているようには思えません」

リツコ「そうかもしれませんね。
    ですが、この学園の外では出来ない人の方が多いんですよ?」

チハヤ「……そうですか。まあ、なんでも、いいですけれど」

呟くようにそう言って、チハヤはふいと目を逸らしてしまう。
そんなチハヤの態度を目の前にしても、
リツコは笑みを消すことなく他の皆に顔を向けて明るく言った。

リツコ「では皆さん、席に戻ってください。
    皆さんの念動力がある程度の水準に達していることを前提として、講義に移りましょう」
33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/14(金) 23:37:23.50 ID:2Faq3o20o



イオリ「うーん、それにしても今日はよく歩いたわね。
   学園中歩き回ったのなんて久しぶりじゃないかしら」

イオリは深く息を吐きながら、浴槽内で伸びをする。
そんなイオリの横で、湯から首だけ出した状態のヤヨイが答えた。

ヤヨイ「そっかー、そう言えばそうだよね。
   ここ、すっごく広いから、私なんて今でも迷子になっちゃいそうかなーって」

ヒビキ「確かに、敷地の端から端まで歩くことなんてほとんどないもんな。
   でもイオリ、この程度で疲れてるんじゃアイドルなんてなれっこないぞ?」

イオリ「べ、別に疲れただなんて言ってないじゃない。
   アイドルになろうって人間がこんな程度で疲れるわけないでしょ!」

そんなイオリたちの会話をチハヤは浴槽の端からぼんやりと聞く。
確かに、この学園の敷地は広大だった。
ただ歩いて案内するだけで半日が潰れるなど、
自分がもと居た学校では到底考えられない。
34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/14(金) 23:44:37.51 ID:2Faq3o20o
また敷地だけでなく、一つ一つの部屋も妙に広かったのが印象に残っている。
今居る浴室についてもそうだ。
同じ浴槽に浸かっているイオリたちの会話は聞こえるが、
洗い場で二人、体をこすっているユキホとマコトの会話はほとんど聞こえない。

今更ながら、チハヤはこのことに違和感を覚えた。
この学園の広さは……明らかに、七人程度では持て余す。
これほどの広さがあれば、何百人という学生が通っているのが普通だろう。
もしかすると、以前は大勢の学生がここに通っていたのかもしれない。
それともこれから通う予定があるのだろうか。

思い返してみれば他にも気になることはあった。
自分がいるこの校舎――ここには寝室や浴場以外にも多く部屋がある。
にもかかわらず、それらについては全く案内されなかった。
案内されなかったということは必要ないということなのだろうが……。

イオリたちの他愛もない会話から、覚えた違和感についてチハヤは一人思考する。
しかしその思考は不意にかかった声に途切れさせられた。

アズサ「この学園はどうだった? 元気にやっていけそう?」

チハヤ「アズサさん……。そう言われても、まだ、わかりません。
    ここへ来て、一日しか経っていませんから」
35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/14(金) 23:51:14.94 ID:2Faq3o20o
アズサ「あらあら、そうよねぇ。ごめんなさいね、私ったら」

チハヤ「いえ……」

困ったように笑うアズサから、チハヤは目を下に逸らす。
湯の中で揺れる自分の指先を見つめながら、
最年長のアズサならばあるいは、自分の疑問に答えられるかも知れない、と思った。
だが、どうも他の皆はこの敷地の広さに疑問を感じている様子は特にないようだ。
これについて聞くことでおかしく思われるかもしれない。

そう考え、無闇に目立つことを好まない性格も手伝って、
チハヤは自分の覚えた疑問と違和感を飲み込んだ。

考えてみれば些細なことだ。
それに、少し調べてみればその程度のことはわかるはず。
読書に使う本も探してみたいし、時間の空いた時にでも図書館へ行ってみよう。
あれだけの蔵書数だ。
学園の歴史について書いてある本の一冊や二冊はあるだろう。

チハヤ「……そろそろ、あがりますね。お先に失礼します」

考えが一区切りつき、
アズサに軽く頭を下げてチハヤは一人脱衣所へと出て行った。
36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/14(金) 23:56:29.25 ID:2Faq3o20o



入浴後から消灯までは、基本的には全員寝室で過ごすことが多い。
この時間より後に屋外へ出ることは禁じられているし、
またこの校舎自体にも、特にこれといって用事を作らせるような部屋は寝室の他にはないからだ。
が、この晩は例外であった。

チハヤ「……」

薄暗い廊下をチハヤは一人、歩いている。
校舎の大きさに合わせて当然廊下も長く、
少し前まで聞こえていた寝室から漏れ出る話し声も、端まで歩いてしまえばもう聞こえない。

チハヤは振り返り、自分の通った廊下を眺めた。
壁には、扉が同じ間隔で並んでいる。
恐らく部屋の広さは全て、自分たちの寝室と同程度なのだろう。
それ自体は特におかしなことではない。
建物の構造としては、同じ広さの部屋が並ぶのはごく普通のことである。

ただやはりチハヤとしては、これだけ多くの部屋があるにもかかわらず、
それらに関しての説明も案内も一切されなかったことが疑問であった。
これだけの部屋が今後の学園生活で不要ということがあるだろうか?
それともいつか説明される機会があるのだろうか。
37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/15(土) 00:01:23.36 ID:S1j2MMQuo
チハヤはふと、横に視線を向けた。
そこには二階へと続く階段がある。
二階も見てみるか、とチラと思ったチハヤではあったが、
恐らく一階とたいして変わった構造はしていないだろう。
わざわざ今上ってみる必要はない。

そう思い直し、チハヤは通ってきた廊下を引き返すことにした。
だが真っ直ぐ寝室に戻る前に……と、一番手前の部屋の前で立ち止まる。
そしてドアノブに手をかけ、力を入れてみた。
カチャ、と小さな音を立て、抵抗なく動いた。
鍵はかかっていないらしい。
チハヤはゆっくりとドアを開き、中を覗き見た。

部屋の中の様子は、チハヤの推測を大きく外しはしなかった。
そこにあったものは、骨組みだけのベッド。
マットレスもシーツもない裸のままのベッドが、
そこに寝る者を待つように、窓から差し込む光に照らされてずらりと並んでいた。
一歩中に踏み入り、もう少し部屋の様子を見てみる。
38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/15(土) 00:04:11.90 ID:S1j2MMQuo
部屋の大きさや形。
それらは思った通り、自分たちの寝室と同じであった。
ということはやはりここもまた寝室だったのだ。
他の部屋もそうだろう。
この建物の一階には、自分たちが寝起きするのと全く同じ寝室が多く並んでいるのだ。

これらの部屋が「かつて寝室であった」のか、
それとも「これから先寝室になるのか」は分からない。
だが、少なくともチハヤの覚えた違和感は正しかった。
この学園は、本来はもっと大勢の学生が通うべき施設なのだ。

自分の推測が当たっていたであろうことを頭の中で確認するチハヤであるが、
その時、ふと何かを感じた。
違和感――今度は別の、また新しい違和感だ。
なんだろう、この部屋はどこか……妙なところがある。
いや……あるいは違和感があるのは、この部屋ではなく寧ろ……。

アズサ「何をしてるの?」
39 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/15(土) 00:05:58.75 ID:S1j2MMQuo
背後からかけられた声に、今回ばかりはチハヤも肩を跳ねさせた。
振り向けば部屋の入口に、アズサが立っている。

アズサ「あ……ごめんなさいね、驚かせるつもりはなかったの。
    ただ、チハヤちゃんを探しにきて……」

チハヤ「そ、そう、でしたか……」

アズサ「それで、何をしていたの? この部屋に何か用事?」

アズサは笑っていた。
だが廊下の僅かな照明を背に受け、
部屋から差し込む月光に照らされるその表情は、
なぜかチハヤには喩えようもなく得体の知れないものに見えた。

チハヤ「いえ、その……他の部屋が何の部屋なのか、気になって。
    特に用事があったわけでは……」

アズサ「まあ〜、そうだったの。でも、どうしてそれが気になったの?」
40 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/15(土) 00:10:35.84 ID:S1j2MMQuo
アズサにそのつもりがあるのかは分からないが、
チハヤは何か、目の前の笑顔の少女に尋問を受けているような感覚を覚えた。
そのせいもあって、チハヤは素直に心のうちを話すことにした。

チハヤ「この学園の広さが、気になったんです……。
    本当は、もっと多くの学生が通うはずの学園なのではないか、と……」

身を固くするように片手でもう一方の腕を抑え、
チハヤは目を斜め下に伏せながら答えた。
だがそんなチハヤに対するアズサの反応は、拍子抜けするほど軽いものだった。

アズサ「ええ、そうだけど……ティーチャーリツコから説明されてなかったの?」

チハヤ「えっ? いえ、その……はい。私は、何も……」

アズサ「あらあら……。だったら気になっちゃうわよねぇ。
    こんなに広いのに、生徒は私たちしか居ないんですもの。
    チハヤちゃんの言う通り、昔は……旧校舎がまだ使われていた頃は、
    生徒も先生ももっとたくさん居たみたいよ。
    でも色々な事情があって、今の形になったそうなの」
41 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/15(土) 00:16:03.34 ID:S1j2MMQuo
チハヤ「色々な事情……?」

アズサ「そこは私もよく知らないんだけど……。
    でもこれで、チハヤちゃんの気になってたことは解決したわよね?」

そう言って両手を合わせ、ニッコリと笑うアズサ。
チハヤは数瞬の間を空けて、

チハヤ「そう、ですね。ありがとうございました」

アズサ「うふふっ、どういたしまして〜。
    これからはわからないことがあったら、まずは私か他の子に聞いてちょうだいね?
    今日みたいにいきなり居なくなったら心配しちゃうから」

チハヤ「ごめんなさい、そうします。では、戻りますね、失礼します……」

早口気味に言い残し、チハヤはアズサの脇を抜けるようにして部屋を出た。
そうしてやはり早足で寝室へと戻るチハヤの背を、
アズサは扉を閉めながら黙ってしばらく見つめ続けた。
42 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/15(土) 00:21:59.85 ID:S1j2MMQuo



蝋燭の光が揺らめく石造りの壁と床に、足音が反響する。
足音は一人分。
螺旋階段を下った先の廊下には、またいくつかの扉が並んでいる。
そのうちの一つの前で足音は止まり、木製の扉をゆっくりと押し開けた。

  「お母様!」

同時に部屋の中から聞こえたその声は、二人分。
声の主たちは揃って、扉を開けた人物に駆け寄る。

  「お母様、おかえりなさい!」

  「私たち今日もとってもいい子だったのよ、お母様!」

無邪気な笑顔を浮かべて両腕に絡みつくその二人の少女は、
声も、顔も、背格好も、まったく同じ外見をしている。
ただ髪型だけが二人を区別していた。
そんな二人に『お母様』と呼ばれた人物は優しく微笑み、

  「ええ、ただいま戻りました。アミ、マミ」
43 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/15(土) 00:25:07.88 ID:S1j2MMQuo
『お母様』と呼ばれているが、彼女も外見上はまだ少女であった。
銀色の髪と落ち着いた雰囲気が大人びた印象を放っていはいるものの、
年齢は高く見積もっても二十代の前半。
低ければまだ十代だろう。
対してアミ、マミと呼ばれた双子と思しき少女たちも、外見年齢は十代半ばである。

ただ、アミとマミはその外見に対し、表情や仕草はひどく幼かった。
銀髪の少女の腕に顔を擦りつける様子はまさしく母親に甘える幼子である。
またどういうわけか彼女らは、十代半ばのその外見で、
口元には赤ん坊が咥えるいわゆるおしゃぶりがあった。

常識を持つ者であれば、一見してこの光景が異様であることを理解するだろう。
しかしそんな中において少女たちの表情は明るく穏やかである。
そのことが、この状況を更に異様に見せていた。

マミ「ねえお母様、新しい子はどんな子だった?」

アミ「良い子だった? 悪い子だった?」

銀髪の少女は、無邪気に顔を見上げる双子を見つめる。
そして、

  「さあ、どうでしょうね」

薄く笑って、二人の頭を優しく撫でた。
44 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/15(土) 00:34:39.09 ID:S1j2MMQuo
撫でられる感触を堪能するかのように、双子の少女は嬉しそうに目を瞑る。
そして手が頭から離れたのと同時にぱっと顔を上げた。

アミ「ねえお母様、今日もご本を読んでくれる?」

マミ「私、今度はお姫様のお話がいいわ!」

すがりつくように服をきゅっと掴むアミとマミを引き連れ、
銀髪の少女はベッドへと歩いて行く。
数人は寝られようかという大きなベッド。
少女はその上を這うように移動し、
枕元にあった分厚い本を手にとって、枕に体を預ける。
双子もすぐにベッドに飛び乗り、
銀髪の少女の両側に腰を据え、腕と腕を絡みつかせた。

  「それでは、今日からはこのお話を読み聞かせましょう」

静かに発されたその声に、アミとマミは目をうっとりとさせる。
まるでもうすでに物語の世界に入り込んでいるかのように。
銀髪の少女はそんな少女らを更に深く物語へ引き込むかのごとく、
しなやかな指先でゆっくりと本の表紙をめくり、囁くように、本のタイトルを読み上げた。

  「『眠り姫 THE SLEEPING BEAUTY』――」
45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/15(土) 00:35:11.05 ID:S1j2MMQuo
今日はこのくらいにしておきます。
続きは多分日曜の夜に投下します。
46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/15(土) 23:57:09.57 ID:T4LC3zrQO
おつ 続きまってるよ
47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/16(日) 20:55:47.41 ID:0DERAmKOo



  「アイドルになるって、どんなカンジなのかな?」

私が聞くと、隣に座っていたその子は正面を向いて、考えるように目線を上げる。
それから何秒か経って、どんなカンジだろうね、とその子は笑った。
私も別に答えが欲しかったわけじゃないから、一緒になって笑った。

  「いつか、アイドルになれるかな?」

きっとなれるよ、とその子は答えてくれた。
私は目をつむってその子の肩に頭を預ける。

  「一緒に頑張ろうね。アイドルになっても、ずっと一緒にいようね。約束だよ」

うん、約束。
短くそう答えて、その子は私の頭を抱いて、
額にそっと優しくキスしてくれた。
48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/16(日) 21:00:27.77 ID:0DERAmKOo
ヤヨイ「――チハヤさん、どうかしたんですか?」

チハヤ「えっ?」

隣に目を向けると、寝間着姿のヤヨイがきょとんとした顔で
こちらを見上げているのが見えた。

ヤヨイ「鏡をじーっと見て、固まっちゃってましたよ?
    おでこに何かついてるんですか?」

言われてから、自分が額に手を添えて鏡を見つめていたことを思い出す。
何故だろう。
改めて鏡を見てみても、額には特に何か変わった様子があるわけではない。

チハヤ「いえ、なんでもないわ……。少し、寝ぼけていたみたい」

ヤヨイ「そうなんですか? チハヤさんでも朝はぼんやりしちゃうんですね!
    私も、今日はばっちり目が覚めましたけどよくぼーっとしちゃって、
    この前なんかイオリちゃんに――」

無邪気に話すヤヨイの話を、チハヤは少し戸惑いながらも笑顔で聞く。
そうするうちに、些細な疑問は頭の片隅へと追いやられていった。
49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/16(日) 21:07:24.59 ID:0DERAmKOo



桜舞う中庭に広がる青空。
学生七人が横に並び、その前に教師が一人立っていた。
つまりこれからこの朗らかな中庭で行われることもまた、授業のひとつである。

リツコ「さて、予告していた通りこの時間は『能力』の訓練にあてます。
   そのためにまずは一人ずつ、現段階でどの程度能力を使いこなせるかを確認しましょう。
   前に私が見た時から成長していることを期待しています」

リツコの様子はいつもと変わらないが、
学生たちの表情は心なしか昨日よりも気合が入っているように見える。
やはりアイドルを目指す者にとっては、
能力訓練は特に気勢が上がる科目の一つなのだろう。

リツコ「それでは、まず初めに披露してもらうのは……」

ヒビキ「はいはーい! 私が一番にやりたいです!」

手を挙げかけたマコトとイオリに先んじて初めに声を発したのはヒビキだった。
マコトは残念そうに笑い、イオリはふんと鼻を鳴らして悔しそうに手を下げる。
そんな彼女たちを見て、リツコは満足げに微笑んだ。

リツコ「皆さん意欲的で大変良いですね。では、初めにヒビキさん。
    その次にマコトさんとイオリさんにいってもらいましょう」
50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/16(日) 21:10:57.76 ID:0DERAmKOo
ヒビキ「よーし、行くぞー!」

ヒビキは早速皆の前へ歩み出て、校舎を背にして立つ。
そして振り返る動作と同時に左手をすっと斜め前へ出した。
すると、腕の周囲から渦を巻くように光が発生し、
それは上を向いた手のひらへと集約され――
次の瞬間には、ただの光では無くなっていた。

小動物……?

チハヤが受けた印象は、まさにその通り。
小動物の姿をかたどった青白い光が、ヒビキの手のひらから腕を駆け上り、
肩に乗って顔に擦り寄る姿がはっきりと見えた。
また同じように光で出来た小鳥が、ヒビキの周りをパタパタと羽ばたいている。

ヒビキ「えへへっ、どうですかティーチャーリツコ!
    見た目はまだ光のままだけど、こんなに元気に動いてくれるんですよ!」

光の小動物に囲まれて楽しそうに笑うヒビキに、
リツコは優しく微笑み返す。
51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/16(日) 21:16:28.64 ID:0DERAmKOo
リツコ「ええ、素晴らしいです。多数同時の創生に、それぞれの自律した行動。
    ここまでくればもうすぐに、外見も本物と変わらないものを生み出せるはずですよ」

ヒビキ「本当ですか! やったあ!」

マコト「やるなぁヒビキ……。でもボクだって負けないよ!
   ティーチャーリツコ、お願いします!」

リツコ「ふふっ……ええ、どうぞ」

勇み出てきたマコトに、リツコはバトンのようなものを手渡した。
見た目にはただの木製の棒、といった感じだ。
それを受け取ったマコトはバトンをぐっと握って構える。

マコト「はああっ!」

瞬間、バトンの先から赤い光が閃光のように発生し、
かと思えばバトンは一点、輝く光剣の柄へと姿を変えた。
その迫力に、数人の学生から歓声が漏れる。
52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/16(日) 21:20:42.13 ID:0DERAmKOo
マコト「切れ味も保証しますよ! レンガくらいなら真っ二つです!」

リツコ「見事です。しかし、レンガ程度で満足してはいませんね?」

マコト「もちろん! すぐに鋼鉄だって真っ二つにしてみせます!」

リツコ「よろしい」

向上心を欠かさないマコトの姿に、リツコは優しく微笑み頷く。
次いでその笑みをイオリに向け、

リツコ「では続いてイオリさん、前へどうぞ」

イオリ「はい」

待ってましたと言わんばかりの表情ではあるが、あくまで悠然と前へ出るイオリ。
数歩進んでやはり優雅に振り返り、胸の前で両手のひらを向かい合わせた。
するとその指先と指先の間を走るように、
桃色の電光がバチバチという烈しい音とともに発生した。
53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/16(日) 21:23:09.31 ID:0DERAmKOo
リツコ「見事、放出箇所を指先の一点に集中……よくコントロールできていますね」

イオリ「ありがとうございます。
   一点に集中した分威力も上がって、レンガくらいなら軽く砕けますわ」

殊更に丁寧な口調で発されたその言葉に、マコトがぴくりと反応する。
挑発的な笑みを含んだイオリの視線と、対抗心を燃やしたマコトの視線が交差する。
そんな二人の様子に気付いたか、リツコは微笑みを崩さぬまま言った。

リツコ「マコトさんの光剣もイオリさんの電撃も、
    シンプルな能力ゆえに基礎の仕上がり次第で有用さに幅が出ます。
    これからも友人同士切磋琢磨し、上を目指してくださいね」

リツコの言葉に、二人揃って「はい」と気合の入った返事をする。
そうしてイオリが列に戻っていくのを確認し、

リツコ「さあ、続けて行きましょう。次は誰ですか?」

ヤヨイ「あ、はい! じゃあ私、行ってみます! よろしくお願いしまーす!」
54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/16(日) 21:28:50.85 ID:0DERAmKOo
それから少女たちは次々と能力を披露し、
その様々な能力は、初めて目にするチハヤの目には新鮮に映った。
ヤヨイはリツコの用意した重さ五キロの鉄球を人差し指で数メートル弾き飛ばし、
ユキホは手のひら大の光の塊を射出して地面に大きな穴を開け、
アズサは数十メートルもの距離を一瞬で移動してみせた。

それらはどれもチハヤの居た学校では
目にすることのないレベルで使いこなされた能力であり、
しかもリツコの言葉を信じるならば、全員の能力がこれより更に向上するらしい。
なるほど、本気でアイドルを目指すだけはある。
本人たちの資質と、この学園の教育の質の高さをチハヤは実感した。

リツコ「さて、最後はチハヤさんですね。
   チハヤさんの能力はこの学園に来る際に見せてもらったので
   どういったものが私は把握していますが、
   他の皆さんへの紹介も兼ねてよろしくお願いします」

チハヤ「……わかりました」

好奇心に満ちた興味深げな視線を一身に受けながら、チハヤは歩み出る。
そして振り返り、両手を前方へとかざした。
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/16(日) 21:32:28.02 ID:0DERAmKOo
かざされた手の先に現れたのは、人一人分程度の面積の、青く光る壁。
少女たちはしばらく、その壁の挙動を固唾を飲んで見守った。
しかし、

イオリ「……これだけ? あなたの能力って」

そのまま動かないチハヤに怪訝な表情を見せるイオリ。
その言葉を受け、チハヤは浅く息を吐いてリツコに問いかける。

チハヤ「もう良いですか? ティーチャーリツコ」

だがリツコは相変わらずの笑みを浮かべたまま、
イオリに向けて言った。

リツコ「イオリさん、この壁に向けて電撃を放ってみてください。もちろん、全力で」

イオリ「え? でも……」

そんなことをすれば壁の向こうに居るチハヤが危険なのではないか。
そう思って少し戸惑った様子を見せるイオリであったが、
リツコは促すようにただゆっくりと頷いた。
56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/16(日) 21:41:00.12 ID:0DERAmKOo
どうやら、何も問題ないから心配するな、ということらしい。
そう理解したイオリはチハヤに向き直り、

イオリ「悪いけど本当に全力で行くわよ? いいわね?」

確認を取って、両手のひらを胸の前で向かい合わせる。
直後、バチバチという音を立てて五指から電撃が発生し、
束となって壁に向かって走った。
生身の人間に当たればひとたまりもない、
石造りの壁であっても砕き貫通するほどの電撃はしかし――

イオリ「っ!!」

イオリは息を呑み、見ていた他の少女らも思わず声をあげる。
光の壁は、まったく傷一つ、焦げ目一つ付くことなく、依然としてそこに輝きを放ち続けていた。

リツコ「続いてマコトさん、ヤヨイさん、ユキホさん。
   それぞれ自身の能力を最大限の威力で発揮し、
   チハヤさんの壁に向けて放ってみてください」

その言葉を受けて、三人は言われた通り続けざまに自身の全力を壁にぶつけた。
だがやはり壁は変わらぬまま、チハヤの前に厳然とあり続けた。
57 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/16(日) 21:45:10.32 ID:0DERAmKOo
リツコ「非常に堅牢な壁――と言えば単純でしょうが、
    その質の高さは皆さんにも実感していただけましたね?
    これがチハヤさんの能力です。ありがとうございました、チハヤさん」

リツコの言葉を聞き、目を閉じて軽く頭を下げてチハヤは列へと戻った。
学生たちが全員横一列の並びに戻ったことを確認し、
リツコは少女らの正面に移動する。

リツコ「しかし皆さんがより高度なレベルで能力を使いこなせれば、
    この壁を打ち砕くこともできるでしょう。
    またチハヤさんも、
    努力次第で何ものにも破壊不可能な壁を生み出すこともできるでしょう。
    先ほども言いましたが、上を目指すには切磋琢磨することが必要不可欠です」

いつしか少女たちの顔つきは少し険しいものになっている。
現時点で自分に不可能なことがあるということがはっきりした形をもって判明したことで、
もともとあった向上心が更に熱く燃え上がったようだった。

リツコ「あなた方は全員友人であり家族であるだけでなく、
    アイドルを目指すライバル同士でもあります。
    そのことをしっかりと意識して、全員でアイドルを目指して頑張りましょう」

はい! と、大きな返事が揃い、そこからは各自での能力訓練へと移った。
ただやはりチハヤだけは他の者に比べて気勢が上がっているようには見えなかったが、
今の彼女たちはそれに気付くことはなかった。
58 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/16(日) 21:49:44.73 ID:0DERAmKOo



大量の書架に隙間なく詰められた大量の蔵書。
とても学校図書館とは思えないその規模に少なからず感心しながら、
書架の間を縫うようにしてチハヤは歩いていた。
趣味と言える程度には日常的に読書をするチハヤにとって、
ここは初日の案内の時に心を動かされた場所の一つである。

授業の合間や休み時間に読む本を探しに、チハヤはこの図書館へ来ていた。
と言っても、既にそのための本は手にしており、
今彼女が棚に並ぶ本の背表紙に視線を滑らせているのは別の目的からである。
つまり、この学園の歴史を調べるためであった。

しかしどうにも見当たらない。
分類上あってもおかしくない棚はすべて回ったが、
チハヤの求めている情報を載せている本はどこにも存在しなかった。
もう間もなく自由時間が終わってしまう。

……仕方がない、諦めよう。
どうしても知りたかったというわけではないのだし。
チハヤは軽いため息とともに囁かな不満を置き去りにし、その場をあとにした。
59 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/16(日) 21:52:23.22 ID:0DERAmKOo
日暮れを迎えたのち、一足先に入浴を終えたチハヤは、
寝室で一人枕に背をあずけて早速借りた本の表紙をめくった。
ツンとした含みのある声がかかったのは、それから少し経ってのことだった。

イオリ「随分長く図書室に居たと思ったけど、借りたのは一冊だけなのね」

顔を上げた先には、チハヤと同じく寝間着姿のイオリが立っていた。
髪はしっとりと濡れ、ちょうど今入浴を終えたところらしい。

チハヤ「……ええ。でも、それがどうかしたかしら」

イオリ「別に、どうもしないわ」

と言いながらも、イオリは未だチハヤに目を向けて立ち続けている。
やはり何か用事があるのだろうか。
チハヤがそう問おうとしたのと同時、廊下から賑やかな会話と足音が聞こえてきた。
他の者たちも入浴を終え、こちらに戻ってきているようだ。
イオリもそれに気づいたのだろう、寝室の扉を一瞥したのち、

イオリ「昼間はやられちゃったけど、すぐに超えてみせるわ。
   絶対にアイドルになってみせるんだから、覚えてなさい!」

そう言い放って、プイと踵を返して洗面台の方へ歩いて行ってしまった。
60 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/16(日) 21:53:41.78 ID:0DERAmKOo
その直後に寝室の扉が開き、マコトを先頭に全員が入ってくる。
と、何やら毅然とした表情でその前を横切っていくイオリに、マコトは気付いた。

マコト「あ、イオリ。さっきはどうしたの? 髪も乾かさずに行っちゃって。
   っていうかまだ濡れたままじゃないか」

イオリ「なんでもないわ。今から乾かすわよ」

そう言って目も合わせずに立ち去ったイオリの背を皆は不思議そうに目で追ったが、
ふとマコトが、イオリが去っていったのとは反対方向にチハヤが居たことに気付き、
合点がいったようにふっと表情を崩した。

マコト「あー……あははっ、なるほどね。そういうことか」

ユキホ「? どうしたの、マコトちゃん?」

マコト「チハヤ、さっきイオリに何か言われたでしょ。
   『あなたには負けない』とか、そんなこと」
61 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/16(日) 21:55:28.13 ID:0DERAmKOo
ああ、今のはそういうことだったのか。

マコトに言われるまで、イオリのあまりに唐突な言葉の意味に
気付けなかったチハヤだったが、この時になってようやく理解した。
どうやら自分は、イオリに宣戦布告を受けたらしい。

腑に落ちたようなチハヤの表情を見て、やっぱりそうか、とマコトは笑う。
また他の皆も思い当たる節があるようで、納得したように笑った。

マコト「まあ気にすることはないよ。イオリのあれは通過儀礼みたいなものだから。
   ボクたちも全員、同じようなこと言われてるしね」

ヒビキ「そうそう、ユキホなんか涙目になっちゃってさ!」

ユキホ「うぅ、ヒビキちゃん言わないで〜!
    だってあんな風に言われたのって初めてだったからびっくりして……」

アズサ「でもあの時はイオリちゃんも慌てちゃって……うふふっ。
    二人とも可愛かったわ〜」
62 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/16(日) 21:58:07.11 ID:0DERAmKOo
入口辺りに固まったままかつての思い出に浸る一同だったが、

イオリ「ちょっと、聞こえてるわよ!」

と奥から顔を出したイオリの怒声をきっかけに、
それぞれのベッドへと散らばった。
そうして彼女らが去ったあとにチハヤとイオリの視線が、離れた距離で触れ合う。
かと思えば、イオリは小さく鼻を鳴らして先ほどと同じように踵を返し、
洗面台の方へ引っ込んでいってしまった。

だがこの時、気恥ずかしさからか僅かに頬が赤く染まっていたのをチハヤは見逃さなかった。
あの様子からして、マコトたちの言っていたことは本当のことらしい。
向上心や対抗心は強いようだが、自分のことを嫌っているというわけではないようだ。
付き合いの長いマコトらは当然そのことをわかっており、
またチハヤも、彼女たちの言葉を受けてそう理解した。

しかし微笑ましげに笑い合う皆に対して、
再び手元の本に目線を落としたチハヤの表情は、浮かないものであった。
63 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/16(日) 21:58:37.83 ID:0DERAmKOo
今日はこのくらいにしておきます。
続きは多分明日の夜に投下します。
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