【ミリマス】白石紬「あなたはエッチなのですか?」

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1 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2017/07/10(月) 17:36:31.21 ID:aCNVt51G0
===

「一つ、確認しておきます。あなたはエッチなのですか?」

 問われ、男は言葉を失った。

 今、目の前に立つ見目麗しい少女はその澄んだ瞳を真っ直ぐに向け、彼の返事を待っている。

 だがしかし、ここは何と答えることが正解なのか? 

「はい」か「いいえ」か、単純な二択のハズなのに、
 男にはそのどちらを選んだ場合でも、来るべき未来は同じ物に思えてならなかった。

 そしてまた、その予感と予想は至極正しい。

 どちらを選んでもバッドコミュ。

 彼にはとても気の毒だが、この質問に正解など、
 最初(ハナ)から用意されていない。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1499675790
2 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2017/07/10(月) 17:38:50.58 ID:aCNVt51G0

「……プロデューサー?」

 故に、男が選んだのは「沈黙」……

 その整った眉を訝し気にしかめる少女に対し、
 彼は無言の回答でこの場を乗り切ろうとした。

 だが、少女はそれで納得しない。

 頭に被っていた麦わら帽子のつばを上げ、
 先ほどよりも強い口調で問いかける。
3 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2017/07/10(月) 17:40:42.07 ID:aCNVt51G0

「プロデューサー? 声は届いておられましょう」

 その言葉遣いは丁寧だが、彼女の視線は返答無きならササニシキ。

 いや、返答次第ではあなたを指すのもやぶさかでないと、
 そのような鋭く厳しい視線であった。

 誰だってさされるのは嫌である。
 刃物だろうと、トドメだろうと、少女の場合は人差し指だが、

 あまつさえ呉服屋の娘が人様を指でさすなんて! 

 それも人差し指で遠慮なく、躊躇もせずに指すだなんて!

 それは少々行儀が悪いんじゃあないか? 
 などと些末な疑問を抱くのは、軽い現実逃避の表れである。
4 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2017/07/10(月) 17:43:40.49 ID:aCNVt51G0

(だが俺は、これでも彼女のプロデューサー。
 アイドルの抱える悩みとは、真っ向から勝負しなくっちゃあ!)

 早くも白旗上げて敵前逃亡。
 折れかけていた自分自身の心を焚きつけ、男が無言で肯いた。

 古来より伝わる由緒正しいジェスチャーは、
「話を聞いている」という意思表示。

 ああしかし! 少女はそうは取らなかった。

 自身を見下ろす男の態度に、無言で応える彼の態度に、少女は驕りと不遜を見た。


「……なるほど。私の声は届いていると」

 一回、男が小さく頷いた。

「であれば、先ほどの私の質問も、当然聞いておられますね?」

 二回、男が強く頷いた。
5 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2017/07/10(月) 17:47:41.94 ID:aCNVt51G0

「なのに、プロデューサーのその反応――」

 少女がお腹の辺りで両手を組み、考え込むように押し黙る。

 その美しく上品な佇まいは彼女の流れるような白髪と相まって、
 まるで名探偵のミス・マープル……っと失礼。

 少女、白石紬はまだ十七。老婦と呼ぶにはあまりに若い。

 今、二人の間にはしばしの静寂。

 審判を待つ男の喉がごくりと鳴り、紬が残念そうにかぶりを振ってこう言った。

「それはつまり……口もききたくない程に、私を嫌っていると言う事実」

 これには男も苦笑い。「えっ?」と間抜けに訊き返す、
 彼の胸をピンと伸ばした人差し指でさし示すと、紬はその眉を吊り上げて捲し立てる。
6 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2017/07/10(月) 17:50:52.59 ID:aCNVt51G0

「ならば面と向かって『嫌いだ』と、キッパリ言ってしまえばどうですか! 
 それもせず、普段はニコニコと作り笑いでたばかって……。

 そんなあなたに声かける私を、内心嘲笑っては面白おかしく見ていたのでしょう? 
 バカな小娘だと私のことを、見下げていたのでないですかっ!?」

 ざわざわと、通行人の視線がこの奇妙な二人連れに――もちろん、ここで言う二人連れとはただの二人組のことであり、
 恋だの愛だの、そう言った類の組み合わせで無いことだけは明言したい――注がれる。

 ここに、他の劇場メンバーが居なかった事実を私は神に感謝しよう。

 なぜならば今この二人は、どこからどう見ても痴話喧嘩をしている恋人同士。

 例えるならば大学生と高校生の、
 歳の差カップルとしか捉えられなかったためである。
7 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2017/07/10(月) 17:55:21.15 ID:aCNVt51G0

「待て待て待て! 別に俺はそんなこと――」

「それも分からんとあんな質問……。これでは私は笑い者、とんだ道化です!」

「だから一旦落ち着くんだ紬! 悩みがあるならちゃんと聞くから!」

「っ! またあなたはそうやって、すぐに人を気遣うフリをする!」

「フリだなんて! 俺はいつでも紬に本気だぞっ!?」

「嘘っ! 離してください! 離して――!!」

 踵を返し、その場から走り去ろうとした紬の腕を男が掴んだ。
 その繋がりを振りほどこうと、彼女も必死に身をよじる。

 だがしかし、華奢な体躯の少女が大人の男に勝てるものか。

 腕だけでなく肩も掴まれ、くるりと体の向きを変えられる紬。
 男は少女の顎を掴み、背けた顔を強引に自分の方へと向き直させると。

「俺はエッチな男だよ! って言うか、男はみんなスケベなんだっ!!」
8 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2017/07/10(月) 17:59:47.13 ID:aCNVt51G0

 それは腹の底から放たれた、飾らない真実の叫びだった。

 彼の言葉は周囲にいた男性諸氏の胸も打ち、
(そうだお嬢ちゃん。残念ながらそれが男って生き物さ!)などと謎の団結を可能にするほどの真理である。

「正直紬みたいな可愛い子見て、欲じょ(ピー)しない奴なんているもんか!」

「か、可愛いなんてうち、そんな……」

 鬼気迫る表情で自分を見下ろす男から、
 思わぬ告白を受けた紬が真っ赤になった顔を伏せ……られないので目を逸らす。

 さらには今まで一度も見たことの無い本気の『男』を目の当たりにして、
 少女は肩を強張らせると、無意識のうちに叫んでいた。
9 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2017/07/10(月) 18:02:00.10 ID:aCNVt51G0

「誰かっ! 来て! 誰かああぁぁーーっ!!!」

 ……時は白昼、ここは天下の大通り。

 いたいけな少女がそんな叫びをあげたなら、
 事情はともかく狼藉者などあっという間に取り押さえられる往来だ。

 案の定、数秒もせぬうちに男は紬から引き剥がされ、地面に倒され、殴られ蹴られ、
 ありとあらゆる制裁をもってしてその活動を沈黙させられることになるのだが……。

 素直に彼の自業自得だと、一旦締めにくいのは気のせいか?
10 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2017/07/10(月) 18:15:01.87 ID:aCNVt51G0
>>6と差し替え


「ならば面と向かって『嫌いだ』と、キッパリ言ってしまえばどうですか!
 それもせず、普段はニコニコと作り笑いでたばかって……。

 そんなあなたに声かける私を、内心嘲笑っては面白おかしく見ていたのでしょう? 
 バカな小娘だと私のことを、見下げていたのでないですかっ!?」

 ざわざわと、通行人の視線がこの奇妙な二人連れに――もちろん、ここで言う二人連れとはただの二人組のことであり、
 恋だの愛だの、そう言った類の組み合わせで無いことだけは、彼らの尊厳の為に明記したい――注がれる。

 それでもここに、他の劇場メンバーが居なかった事実を私は神に感謝しよう。

 なぜなら事情を知らぬ者から見ればこの二人は、
 どこからどう見ても痴話喧嘩をしている恋人同士。

 例えるならば大学生と高校生の、
 歳の差カップルにしか捉えられなかったためである。
11 : ◆NdBxVzEDf6 [sage]:2017/07/10(月) 19:05:06.87 ID:xPjqRM8y0
どうしてこうなった.....

白石紬(17) Fa
http://i.imgur.com/sasipRR.png
http://i.imgur.com/mWVrTMQ.jpg
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/10(月) 22:08:16.20 ID:hvDIjmXZo
本当だよ、どうしてこうなる?
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/07/10(月) 23:08:22.10 ID:fRyvNrRi0
Pドルとか臭いからヘイト創作したいんだろ?
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/10(月) 23:33:05.68 ID:LNdIKatu0
一体何したんだ
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/11(火) 00:27:26.10 ID:bhJeHfQpo
あく続きを書くんだよ
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/11(火) 06:01:14.09 ID:+34AFjD/o
めんどくさい通り越してメンヘラ入ってるよね
17 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2017/07/11(火) 07:45:05.15 ID:c9zvFtoJ0
===

 安直な話だと思われてしまうかもしれないが、女の子とは基本的に、
 ほんの些細な言葉に傷ついても、次の瞬間には甘い物食べて幸せよ……そういうものだ、そのハズなのだ。

 少なくとも、男の周りにいる少女たちの大半はそうであった。

 だがそれは、決して彼女たちの思考回路が単純に出来ているからと言うワケではなく、
「それはそれ、これはこれ」のしたたかな精神から来る割り切りの良さに由来する。
18 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2017/07/11(火) 07:47:33.31 ID:c9zvFtoJ0

 さて、白昼堂々路上で起きた、捕り物騒動からしばらく。

 瞬時に敵と化した通行人、束の間の心の友たちの誤解をなんとか解いたプロデューサーは、
 有無を言わせず紬を連れて、近くの甘味処へと駆け込んだ。

 流石は街の大通り。

 ちょっと首を左右に振れば、そう言った類の店は
 道路のあっち側にもこっち側にも沢山並んでいたのである。

 内装が和風で統一された中々に風情を感じる店内にて。

 テーブルに座る男の前には水の入ったグラスが置かれ、
 紬の前にはクリームあんみつ。

 そして同席する四条貴音の御前に今、
 店員が特盛のかき氷を持ってやって来た。
19 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2017/07/11(火) 07:50:04.23 ID:c9zvFtoJ0

「お待たせしました。ラムネ色かき氷、チョコミントアイス添えです」

「これはこれは、とても絢爛豪華な一品で」

 大正時代を彷彿させる、袴姿の店員から
 山盛りのかき氷を受け取った貴音が、ペコリと丁寧にお辞儀する。

 礼で始まり礼で終わる。

 それが四条貴音の"みーるうぇい"、
 この食の道の先に待つのは果たして地獄か天国か……。

「それにしても、貴音が通りがかってくれて助かったよ」

 ちびりちびりと水を飲み、男がホッとしたように話し出す。

「あのまま俺一人だけだったらさ、今でも地面の上だったろうし。もしくは、お縄について交番か」

「真、運が良くありました。少々距離が離れていても、かような騒ぎは目につく故」

「ホント、貴音には感謝してるよ。あの人たちの誤解を解いてくれてありがとな」
20 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2017/07/11(火) 07:52:29.97 ID:c9zvFtoJ0

 そう、そうなのだ。そのお詫びとしてのかき氷なのだ。

 だがしかし、通行人の誤解は解けたとて、頑なな紬の心は溶けぬまま。

 男が良かれと頼んだクリームあんみつにも手をつけず、
 彼女はジッとテーブルに視線を落としたきりである。

 まさか、木目を数える趣味もあるまい。

 二人だけならば確実に気まずくなっていたこの空気、
 貴音がこの場に居ることが、男にとってどれほど救いになったことか!

「紬は、ほら……貴音みたいに食べないのか?」

 とはいえ男よ、無茶苦茶を口にするものでない。
 ココだけの話、貴音のかき氷は二杯目なのだ。

 さらにはその二杯目も既に、付け合わせ(?)の
 チョコミントアイスを残すだけになっていた。

 真、侮りがたし食欲である。
21 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2017/07/11(火) 07:56:01.97 ID:c9zvFtoJ0

「……白石紬? プロデューサーが尋ねております」

 すぅっと鼻に抜けるミントの香りを楽しみながら、貴音がさりげなく言葉を添えた。

 紬の視線が僅かに揺らぐ。

 自らの態度に非があったと、感じるからこその少女が示す頑ななのだ。

 十七歳、半端な年頃。

 大人になりかけているからこそ果たそうとする"責任"と、
 まだ子供でいたい心が求める"無責任"。

 それは定めか偶然か悪戯か? 運命的な出会いを果たしたアイドルと言う仕事に対し、
 紬は年不相応なほどに大きな責任感を負っていた。

 そんな大切な仕事のパートナーと呼べる男に向けて、
 紬が生真面目すぎるほどに生真面目に、

 時には思い込んだらデコでも、否、テコでも動かぬ姿勢を見せてしまうのは、

 彼女生来の頑固さと、商家の娘として育てられたことによる、
 "仕事"に対しての実直さの表れだったと言えるだろう。
22 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2017/07/11(火) 07:56:41.36 ID:c9zvFtoJ0

 だからこそ、彼女は今の状況に戸惑っている。

 無論顔には出さないが、実のところ内心ドキドキし過ぎて落ち着かない。

 もちろん恋だの鯉でもない気持ち。

 説明するならばこれはそう、紬がまだまだ幼かった頃に起きた話とそっくり同じ状況だった。
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/11(火) 09:54:10.88 ID:0nG7QiuEO
既に惚れてる設定で書かれるssほど退屈なものはないな
24 : ◆NdBxVzEDf6 [sage]:2017/07/11(火) 17:03:24.47 ID:j95i5BQl0
昔話か、きになるな
一旦乙です

>>19
四条貴音(18) Vo/Fa
http://i.imgur.com/0EOh8CV.png
http://i.imgur.com/uTIalR2.jpg
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/11(火) 23:21:20.85 ID:LXQa9libo
期待してるぞー
26 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2017/07/12(水) 18:17:04.05 ID:Z1FU2/eB0
===

 それは忘れられない大失敗。

 誰もが秘める憧れと、ほんの僅かな好奇心が引き起こしてしまった一大事。

 好奇心が猫を転がすその傍で、幼い紬は人形遊びに興じるような、
 ごく普通の可愛らしい少女だったとは彼女の母親談である。

 そしてまた、世の幼女たちが嗜むように。

 あえて一人名を上げるなら、あの如月千早も幼少期にはそうであったように。

 紬もアイドルの真似事を家族の前で披露する、
 やたらめったら愛らしい少女であったとは彼女の父親談である。
27 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2017/07/12(水) 18:19:54.38 ID:Z1FU2/eB0

 そんな紬がある日のことだ。
 大事な商売道具でもある店の着物に手をつけた。

 無論、着物は生き物では無いのだから、手に手を取って愛の逃避行……などと事は進まない。

 両親の仕事を見様見真似で再現し、
 生まれて初めて姿見の前で着付けた女性は何を隠そう自分自身。

「これがうち? ……キレイ!」

 着ると言うよりも羽織るに近く、完璧には程遠い仕上がりでも紬は大満足だった。

 彼女が思うにはこれはアレンジ。
 我流自己流アイドル流の、革新的な着こなし方。

 煌びやかな柄の着物を纏い、気分はまさに小野小町か。

「幼女が知ってるわきゃ無いだろう!」と野暮なツッコミはおよしなさい。

 誰がなんと言おうとも、この日その時鏡の前には、
 間違いなく絶世の着物美人がしゃなりと佇んでいたのだから。

 ――そう! お気づきの通りこれもまた、紬の両親談である。

 衣装も小物も組み合わせも、曲も振りも口上も、全てを自分でプロデュース。

 それは小さな和室の姿見の前、観客は障子の隙間から覗き見をする両親二人だけという、
 非常に特別で、贅沢で、そして記憶に残る初舞台だった。
28 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2017/07/12(水) 18:23:19.94 ID:Z1FU2/eB0

 親に内緒で持ち出した一枚。それを纏って歌い踊る。

 多大なリスクを払って得た、たった十数分の非日常が、
 紬の心を弾みに弾ませたはもはや説明するだけ野暮だろう。

 ……そしてまた当然のことながら、
 幼い彼女にも悪いことをしているという自覚はあった。

 それでも着物は畳み直して、店に戻せば万事解決。

 お咎めなしの無罪放免よ――なんて浅はかな
 計画を元に行動できるのは、子供だけが持つ特権だ。

 だがしかし、彼女のおイタはバレている。
 神様が見逃したとしても、地獄の閻魔は見過ごさない。

 いくら両親が優しくても、罰は受けねばならぬのだ。
 ……魔法が解けた、その時に。

「紬、全部見ていたよ」

 突然障子が開けられて、両親に気づいた時の彼女はと言えば
 ……ああ、なんともかわいそうに。

 これ以上ないほどに青ざめて、
 幼い紬はこれから自分に降りかかるであろう、雷の恐怖に怯えていた。
29 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2017/07/12(水) 18:28:10.88 ID:Z1FU2/eB0

 ……けれども、両親は紬を叱らなかった。

 むしろ彼女の着物の着方を褒め、特別ライブの出来を褒め、
 褒めて褒めて褒め倒した後でたった一言こう訊いた。

「紬は、着物が好きか?」

 答えなどとうに決まっている。
 紬が全力で肯くと、両親はここで初めて彼女に説いたのだ。

 一つ、自分が着ているその着物が、既に売り物にならぬことを。
 二つ、人は自分の行動に、責任を持たねばならぬことを。

 この話を、幼い紬は苦戦しながらも理解した。

 元来賢い娘である。それが彼女にとって幸だったのか、不幸だったのかはまた別として……。
30 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2017/07/12(水) 18:34:59.86 ID:Z1FU2/eB0

 話を終えた父親が、紬の肩に手をかけ言った。

「これからお前は、ウチの看板娘だぞ」

 頷くことに迷いは無かった。

 この日を境に白石紬は、「白石家の紬」だけでなく、
「呉服屋の紬」としても生きていくことになる。

 誰しも悪いことをしたら、「ごめんなさい」と謝るように。

 これから家業を手伝うことが、謝罪と同じ意味を持っていると
 ……そう、彼女は説明されたばかりだった。
31 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2017/07/12(水) 18:38:17.15 ID:Z1FU2/eB0
===

「――あなたは、私を責めないのですか?」

 路上の一件それ以降、初めて紬が言葉を発した。

 相変わらず顔は伏せたまま、貴音が食事をする音だけが、辺りに響くテーブルだ。

 問われた男が視線を泳がせ、軽口を叩く調子でこう言った。

「責めるって……紬のドコを?」

 刹那。ピタリと食事の手を止めて、貴音が男を睨みつける。

「プロデューサー、真面目な話をしているのです」

「わ、分かってるよ貴音。そんな顔で俺を睨むな」
32 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2017/07/12(水) 18:40:40.89 ID:Z1FU2/eB0

 男が僅かに残っていたグラスの水を飲み干して、仕切り直すように紬を見た。

「その言い方だと、俺に叱られるとでも思ってたのか? ……どうして?」

 今度は相談を受けた先生が、生徒に話しかけるように。
 安心感を与えるような、優しく、ゆったりとした口調である。

 助平でも男はアイドル相手のプロデューサー。

 多感で繊細な乙女を相手に、常々磨いてきたそのコミュニケーション能力は――。

「どうしてだなんて。その理由を、一々説明しなくては分かりませんか?」

「できることならそう願うよ。俺は物分かりが悪いって評判でね」

「……バカにしてます?」

「まさかまさかっ!」

 ――その能力は、時に要らぬ誤解と怒りを相手に与える。

 紬がようやく顔を上げた。

 彼女の見せた表情は、呆れが二割、怒りが七割、そして一割弱の僅かな不安。

 どことなく緊張している彼女の様子を、貴音がチラリと横目で一瞥する。
33 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2017/07/12(水) 18:43:34.62 ID:Z1FU2/eB0

「プロデューサー? もう少し真摯にお相手を」

「俺、いつでも真面目がモットーなのに……ジェントルマンだぞ?」

「存じております。ですが、今の紬には逆効果かと」

 二人のやり取りを聞いた紬が、微かに口を歪ませた。

 不快に思ったワケでは無い、心を読まれたと思ったのだ。

 案の定、男は考えるように頭を掻くと。

「なら言っとこう。俺は紬を怒らない、怒る理由も見つからない。
 まっ、俺が責められる理由なら、いくらでも思いつくけどな」


 二カッと笑って言い切った、この男がなんと憎らしいことか! 

 紬は思わず顔を伏せ、テーブルの下で組んでいたやり場のない両手に視線を落とす。

 男のスカした返事は気に入らないが、
 それ以上に自分自身に腹が立っていた。

 何を隠そうその一言で、ホッと安堵した自分が居たからだ。
34 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2017/07/14(金) 08:05:26.56 ID:4FOqYP6I0

「……納得できません」

 だからこそ、紬の口は掘り返す。

 話題が埋められたばかりの地面に向けて、
 「えいや!」とスコップを入れる少女の姿が頭に浮かぶ。

 少なくとも自分には、男を痴漢の現行犯に仕立て上げた過失があった。

 落ち度である、過ちである。

 それは彼女の心のわだかまりとなり、
 乙女の胸の内において、今もモヤモヤと大きくなっていた。

 そう、目の前にクリームあんみつを置かれても、紬が手を出さないのはそれが理由だ。

 こんな一方的に許される形で話を済まされてしまっては、気持ちの収まりもすこぶる悪い。
35 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2017/07/14(金) 08:07:20.66 ID:4FOqYP6I0

 こういう言い方をすると危ない人のように聞こえるが、紬は罰を欲していた。

 とはいえ彼女は責められることで興奮したり、
 喜びを感じるような特殊な嗜好を持ってはいない。

 悪いことをしたら叱られて、その後に慰められるのは道理である。
 もしくはその逆、先に窘められてから、罰を受ける形でも構わない。

 加えてさらにいうならば、ただ口汚く罵られ、非難され、
 徹底的にこき下ろされた方が今の気持ちより何倍もマシだ。

 失敗をしたら責任を取る。

 そんな簡単な社会のルールすらこの男は、私に守らせてくれないのかと。

 半ば逆恨み、八つ当たり気味な思考になってしまうほど、紬は今、
 目の前でヘラヘラと笑う男のことが憎かった。
36 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2017/07/14(金) 08:08:38.43 ID:4FOqYP6I0

「いいですか? 私はあなたを行き違いから、とんだ酷な目に合わせ――」

「行き違いっていうか、単に俺の配慮が足りなかった。紬は咄嗟に、自分を守ろうとしただけだろう?」

「それでも、あの反応は過剰過ぎました。……は、反省は、もちろんしていますけど」

「なら、それでいいじゃない。俺も今度から気をつけるからさ」

 ……紬が苦々し気に男を見る。違う、そうじゃない。

 台詞の合間にたった一言、「君にも悪いところはあったけど」なんて言ってくれれば、
 それで全てを受け入れることができるのに……。

 ついでに言うと、心置きなくあんみつに手だって伸ばせるのに。
37 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2017/07/14(金) 08:10:31.52 ID:4FOqYP6I0

(はっ、もしや……!)

 その時、紬の頭に一つの仮説が浮かび上がった。

 この男、ハナからあんみつなど食わせるつもりは無いのではないか? 

 さながら「待て」をかけられた犬の前に、高級ドッグフードが入ったエサ入れを差し出して、
 その反応を見る底意地の悪い飼い主のように。

 そう考えれば納得だ。
 確かに罰を受けている。

 それもこれ以上ないほどに効果的で、屈辱的な戒めを! 

 時折あんみつに向けられる、貴音の視線に戦々恐々。

 怯える私は鉢の中の金魚、彼女はさながら猫であろう。
 猫種はもちろん、ドロボー猫。

 この心の中に広がるモヤモヤ、実は罪悪感ではなく嫌悪感。

 不安でもなく怒りだと……そう無理やりにでも理由付け、
 置き換えなくてはならないほどに紬は切羽詰まっていた。

 でないと自分の中で何かしら、張りつめていた緊張が、
 積み重ねてきた大切な物が、切れたり折れたりしてしまいそうだったからだ。
38 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2017/07/14(金) 21:22:20.12 ID:4FOqYP6I0

 どうしてそこまで追い込まれるか? 理由は彼女の育ちにあった。

 呉服屋の看板娘として、親を手伝うこと数年。

 平時の業務はもちろんのこと、母が不在なら母の代わりを、
 父が不在なら父の代わりを、不足なくこなすまでになった紬である。

 そんな紬が初めに教えられたことは、謝罪と愛想の振り撒き方だ。

 特に謝罪と腰の低さは重要で、客商売は接客命。

 店を訪れたお得意様に不快な印象を与えぬよう、
 特別厳しく躾けられてきたとも自負していた。

 ……なのに、なのにこの男は!
39 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2017/07/14(金) 21:23:50.04 ID:4FOqYP6I0
===

「それとも……、あなたがバカなのですか?」

 そんな言葉が口をついて飛び出た時、紬は内心ビクビクだった。

 まさにひょんなきっかけとしか言えないような偶然から、それまで辿った道を逸れ、
 足を踏み入れることになった『アイドル』と言う名の脇道の先。

 待っていた男に思わず言い放ったこの言葉は、本当に自分が言ったのか? と。


 ある日ふらりと店に現れ、「アイドルになれる!」と興奮気味に名刺を渡して来たこの男。

 一方的に主張を押し付け、嵐のように去ったこの男。

 それでも紬は僅かな時間に、男の中の"本気"を見た。

 長年の接客業で培われた、彼女の人を見る目も言っている。
 ズバリ五分と五分との確率で、男の言葉はマジであると! 

 ……それを裏付けるかのように、彼の迫力は見事であった。

 まるで何かに追われているかの如き切迫したその表情が、
 社交辞令の世辞でも無いと女の勘にも告げていた。
40 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2017/07/14(金) 21:26:00.42 ID:4FOqYP6I0

 それからおよそひと月後、紬はこの時の誘いに乗る形で地元を離れることになる。

 誘われた先の芸能事務所が、父の知り合いの会社であるということも大変都合が宜しかった。

 大事な娘の預かり先、信頼と信用はいくらあっても困らない。

「驚いた、来てくれたんだね!」

 だがしかし、再会を果たした男の放った第一声に、紬は驚愕を隠せなかった。

 この日の為に練って来た完璧な自己紹介プランが崩壊し、一瞬思考まで停止する。

 そちらが来いと誘ったから、こちらもはるばる出向いたのだ。

 にもかかわらず、どうしてそうも意外な顔で、自分は迎えられなければならぬのか?
41 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2017/07/14(金) 21:27:43.21 ID:4FOqYP6I0

「……? どうして君が驚いてるんだい」

「驚かれたことに、驚いたのです」

 なんとか平静を装って、その一言を絞り出す。大丈夫だ、まだいける。
 この程度のアクシデントで自分は取り乱したりなどしない。

 ……この時紬は慌てながらも、やはり家業を手伝っていて良かったと、両親に深く感謝した。


 それから彼女は落ち着くためにも、これまでの道程について振り返った。

 迷路のような地下鉄を抜け、地上の喧騒にめまいを覚え、
 迷子になりかけながらもなんとかこの会場に辿り着いたことを。

 受付のお姉さんにワケを話し、案内された先で男のことを
 ――例え一度会ったきりの相手とはいえ――見つけた時に、思わず安堵したことも。
42 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2017/07/15(土) 12:12:16.49 ID:+33UyS7K0

 ところがだ。気づけば彼女は指を突き出し、
 男を「バカ」呼ばわりしていたのである。

 商家の娘としてはやってはならない大失態。

 一体どうしてこうなったのか? 

 やり取りを続ける紬自身には分からなかったが、ただ一つだけ言えるのは、
 気の抜けるような男の顔を見た瞬間、言いようの無い苛立ちが突然湧き上がって来たことだ。

 ……つまりは只の八つ当たり。

 不安だらけの一人旅がようやく終わり、
 気が緩んだことから来る忌憚の無い言動だったのだが、

 困ったことに、紬にはその自覚が全くない。
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