青年「風鈴屋敷の盲目金魚」

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25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/08(土) 16:39:27.16 ID:shmILC7eO
正直金魚には人間の姿になって欲しくなかった
人と金魚の恋の話みたいな感じが良かったのに結局は人の姿じゃないとダメなのか
最初が良かっただけにすごく残念
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/08(土) 16:40:10.92 ID:l2KNVnJtO
>>25
わかる
27 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2017/07/08(土) 16:47:32.73 ID:LFUUUkX40
青年(しかし……静かだ)ザッザッ

青年(風も吹かず、僕の足音と呼吸音しか聞こえない)

青年(右も左も竹に囲まれている。僕の存在だけが異質かのようだ)

青年(竹林の無音がやけに煩い。……心細くなっている訳では無いんだけど)

青年(どこまで進めば良いのか分からないって言うのは……割と心にくる)

青年(息が少し乱れる程度のペースで登っているけど、何処まで持つか……)

青年(……! 余計な事を考えるな!! 助けに行くんだろ!)

青年「ん、あれは……」

青年(踊り場のような開けた部分がある。落ちているのは透明な鈴か?)

青年「何でこんな所に……?」スッ

青年「――!!」ビリッ


君を愛しているよ、誰よりも。

はい、私もです。


青年「……今のは!」

青年(映像が頭に……記憶の欠片か?)

青年(今の男性は……彼女の……)

青年(……)ズキ

青年「……進もう、進まなきゃ」
28 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2017/07/08(土) 17:00:16.66 ID:LFUUUkX40
青年「はっ、はっ……」

青年(うお、キツい……膝に疲労がじんわりと蓄積してきた感じがする)

青年(まだまだ先はあるんだぞ、こんな所で……)フラ

青年「……あぁ!」

青年(僕は奥歯をぎゅっと噛みしめると、再び全身に力を込めて進み始める)

青年(何となく、感じている)

青年(後ろの方から、漠然とした「なにか」がゆっくりと追いかけてきているんだ)

青年(おそらく、それに追いつかれると……)ゾク

青年(女さんの心に潜っているんだ。それくらいのリスクはあるだろう)

青年(結局、僕は動くしか出来ないんだ。もっともっと動け!)

青年「……うっすらと霧が出てきたな」

青年(濃霧になるとまずい、ペースを無理矢理にでも上げないと)ビリッ

青年「!」


あ、あ……そんな、男さん……

お前が立場も弁えず人間に恋などするから、その人間は死んだ。

奴はお前と関わらなければ、こうして死ぬことも無かった。

全てお前の責任だ。お前が悪い。

……私が……

お前に「罰」を与える。生きて悔い続けろ。


青年「……!!」

青年(今の真っ黒な衣で覆われた男は……あれが「クロヤギ」?)

青年(……大体、何があったのか分かってきたぞ)

青年(女さんは何も悪くないじゃないか!!)

青年(怒りは人の原動力の一つだと、誰かが言っていた)

青年(それは恐らく間違いでは無い。僕の身体に纏わりついていた疲労感が、怒りによって一時的に感じなくなった)

青年(負けない……負けない!!)
29 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2017/07/08(土) 17:24:32.79 ID:LFUUUkX40
青年「……はぁ……はぁ……」

青年(くそ、喉がっ……呼吸をするのが……辛いっ……!)

青年(肩が重い……脚が……!)

青年(! 今度は階段が茨で防がれてる!?)

青年(くそ、これじゃ通れない……!)ビリッ

青年(! 来た!)


私は一体何なのだろう。

何の為にこの屋敷に現れたのだろう。

大切な人を殺しておいて。

何の為にこの屋敷に居るのだろう。

もう想いも寄せる相手すら、居ないと言うのに。

けれど消える訳にはいかない。

寿命が尽きるその日まで、彼に謝り続けないと。


青年(霧、茨……進むにつれて、彼女の心の傷が見えてきた)

青年(つまり、この茨は彼女の心の壁なんだ)

青年(……ずーっと独りで抱えこんでいたのかな)

青年「……!」フラ

青年(もう全身に疲労が浸透している。まるで身体を蝕む病のように)

青年(両手に力を入れる気力なんて、とっくに残っていない)

青年(それでも、やるしかない。例え茨に身体を切り刻まれようと)

青年(力づくで乗り越えてみせるさ)

青年(彼女はずっと泣いているんだよ)

青年(……僕が諦めてどうするんだ!!)グッ
30 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2017/07/08(土) 17:29:09.33 ID:LFUUUkX40
青年(考える事を忘れるくらい、ひたすらに脚を動かした)

青年(身体がバラバラになりそうなくらいに痛むけれど、我武者羅に抗った)

青年(そうして、視界を覆っていた最後の茨を越えて)

青年(やっと、やっとたどり着いたんだ)
31 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2017/07/08(土) 17:35:32.81 ID:LFUUUkX40
青年「……泉だ……」

青年(無限に思える階段を登りきったその先には、紺碧色の小さな泉がぽつんと存在していた)

青年(不思議だ、この場の空気を吸っていると……何だか活力が湧いてくる)

青年(一呼吸ごとに体力が回復していく気がする)

青年(きっと、この中に……)

来ないで。

青年「!」

誰にも会いたくない。

傷つけてしまうのが怖い。

青年「……優しいんですね、貴女は。どこまでも……」

一人のまま消えたい。

青年「そんな貴方が」

寂しい。

青年「僕は大好きです」ニコ

……助けて。

ザブンッ!
32 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2017/07/08(土) 17:42:14.69 ID:LFUUUkX40
青年(泉の水はびっくりするくらい透明で、冷たい)

青年(でも、その冷たさは決して嫌なものでは無い)

青年(暑い炎天下にプールに飛び込んだような……そんな感覚だ)

青年(心地良い……)

白金魚「……青年様」

青年「……!」

白金魚「どうして、こんな所まで」

青年(水の中に居るせいか、彼女の声が泡を介せずとも直接聞こえる)

青年(ようやく会えた彼女は、揺蕩う衣のような鰭が、少し心細そうで)

青年(それを見た瞬間、どうしようも無く心の臓が切なくなって)

青年「そんなの、決まってるじゃないですか」

青年(ああ、やっぱり僕は……)

青年「――貴女を愛しているからです」

青年(その言葉は、驚くほど簡単に口から飛び出した)
33 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2017/07/08(土) 17:51:24.99 ID:LFUUUkX40
白金魚「……駄目、駄目です……私と居ると……また……」

青年「……!」

青年(な、何だ!? 鈴が光り出して――)

(……女。ようやく私の声を届けられるよ)

白金魚「あ、貴方は……!」

(確かに死ぬ前伝えたのに、君は自責の念ですっかり忘れてしまって、心の無意識領域に仕舞い込んで……)

(それじゃあ私も未練が残ったままだよ。拾ってくれた彼に感謝しないとね)

白金魚「……!」

(もう一度言う。あれは君のせいじゃ無いし、あの時死んだ事を恨んでもいない)

(だから、どうか私の分まで幸せになってほしいんだ)

(大切な者のために傷だらけになれる……彼なら安心して任せられる)

青年「!」

(女をよろしく頼んだよ)

青年「っ……はい!」

(さて、私が残した思念も……もう限界のようだ)

白金魚「……男様」

白金魚「私は、幸せになります! 貴方が生きられなかった分まで!」

白金魚「だから、だから……!!」

(……ふふっ、少し妬けるな。なんてね)

(……ああ、安心したよ)

(さようなら)

青年(その言葉を最後に、鈴の光はふっと儚く消えてしまった)
34 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2017/07/08(土) 18:11:31.83 ID:LFUUUkX40
白金魚「……!!」

青年(僕らの目からは、自然と涙が溢れていた)

青年(僕らは思い切り泣いた。声を上げて泣いた)

青年(どうしてこんなにも胸が痛いんだろう)

青年(悲しみ、喜び、怒り、愛しさ……ありとあらゆる感情が僕らを呑み込んだ)

青年(僕らの身体は、紅白色と琥珀色の、激しい感情の泡に変わる)

青年(泡が弾けるたびに、心が一つに重なっては、また二つに分離して……それを何度も繰り返した)

青年(僕の心の欠けた部分を彼女が埋め、また彼女の欠けた部分を僕が埋めた)

青年(最後に、僕らは一つの魚の形の泡になった)

青年(それが弾けると、再び僕らの身体が抽象的な泡から現実に戻る)

青年(……目を開けた彼女の左目の炎は消えていた)

青年(そして、僕の左目に炎が移っていた)

青年(こんな痛みを彼女は抱えていたのか)

青年(その苦痛を少しでも和らげる事が出来て、良かった……)

白金魚「青年様」

青年「はい」

青年(そして、彼女がゆらりと僕の方に移動した瞬間)

白金魚「……愛しています」

青年(僕らの瞳に宿る炎が、フッと消え去った)

青年「……本当に、綺麗な瞳ですね」

白金魚「ようやく、貴方の姿を目にする事が出来ました」

白金魚「……」

青年(彼女が僕の頬に向かって、すっと顔を近づける)

青年(その数秒が、何だかやけに長く感じて)

青年(竹林の間を、ひゅうと冷たい風が突き抜けていって)


青年(何処かで、鈴が鳴った気がした)
35 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2017/07/08(土) 18:32:11.12 ID:LFUUUkX40
――

青年「こんにちは」

式神使い「ふう、此処はやっぱり涼しくて良いね」

(いらっしゃいませ)

青年(あれ以来、僕らの仲は……特に変わってはいない)

青年(でもそれで良いんだ。お互い、思っている事は同じのはずだ)

青年(式神使いさんとは友人になった。時々こうして三人で集まる)

青年(よく「満月の夜、屋敷に行かないのかい? 二人に何が起きても黙ってるよ?」とからかわれるけど)ハァ

青年(思っていたよりも、茶目っ気がある人だ)

(あら、腕に火傷が……?)

式神使い「そうなんだ……お願いしても良いかい?」

(ええ)

青年(女さんは、呪いが消えて力を使えるようになった)

青年(彼女が力を込めて見た泡は、触れた者の傷を癒す力がある)

式神使い「ありがとう、楽になったよ」

(どういたしまして)

式神使い「……さて、ちょっと吹こうかな」

青年(式神使いさんは、よく此処で笛を吹く)

青年(その優しい音色を聴くと、心が穏やかになる)

青年(ああ、やはり此処は落ち着くなぁ)

フワ……

式神使い「……わあ、良い風だねえ」

青年「ええ、涼しいです」

(薫風ですね。ああ、青葉の香りを運んで来ました)

青年(屋敷の中に、涼しい風がさらさらと入り込む)

チリン チリン チリン チリン

青年(……ああ、心地良い音色だ。来た時と変わらない)

青年(この音が、僕を呼んでくれたんだな……)

青年(ありがとう)ニコ

……ミン……

式神使い「!」

(あら……この声は)

式神使い「もうそんな季節か。よくもまぁ疲れもせずに鳴けるねえ」

青年「……」

青年(風鈴屋敷の盲目金魚と過ごした三ヶ月間)

青年(いつの間にか、桜は散って梅雨は過ぎ去っていた)

青年(いつも季節が過ぎるのはあっという間で、取り残されているかのような切なさを感じるけれど)

青年(この風鈴屋敷で、大切な人達となら、きっと悔い無く過ごせる)

青年(そう思えるんだ)

 
青年(今年も暑い夏がやってくる)

ミーンミンミンミーン……ミーン……

……チリン……
36 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2017/07/08(土) 18:40:00.94 ID:LFUUUkX40
終わりです。ありがとうございました。

過去作です。


男「夏の通り雨、神社にて」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1437922627/

少年「鯨の歌が響く夜」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1438310494/

少年「アメジストの世界、鯨と踊る」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1449757236/

男「慚愧の雨と山椒魚」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1447667382/

男「路地裏、三日月の負け犬」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1487248446/

男「とある休日、昼下がり」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1455541122/

男「とある平日、春の夜に」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1460366051/

男「とある街の小さな店」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1457533059/

「奇奇怪怪、全てを呑み込むこの街で」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1458734925/

「喧々囂々、全てを呑み込むこの街で」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1470921413/

「死屍累々、全てを呑み込むこの街で」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1478089126/

旅人「死者に会える湖」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1463231919/

少年「魚が揺れるは灰の町」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1463836215/

少年「色とりどりの傘の町」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1491783789/

男「浮き彫り」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1465456264/

男「リビングデッド・ジェントルマン」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1467292922/
37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/08(土) 20:08:18.86 ID:s8FHGM2ro
乙ー
38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/09(日) 01:48:47.78 ID:fS1DVXk50

風景というか舞台設定が独創的で綺麗だった
絵で見たくなる場面が多い
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