【ミリオン】前略、仕掛け人さま

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1 : ◆eF65jN7ybk [[saga]]:2017/07/02(日) 16:54:04.06 ID:fE64C4yw0
私、しあわせですね。


・三年後のエミリー妄想
・ややしっとりめ
・グリマスの設定準拠


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1498982043
2 : ◆eF65jN7ybk [[saga]]:2017/07/02(日) 16:55:25.55 ID:fE64C4yw0
 始まりはいつも突然に。誰が今日だと予想していただろう。
 あぁ、違う。そんな日なんてずっと、こないのだと思っていた。それはある晴れた春の日こと。

 舞い散る桜の花びらと、風に揺れる黄金色の髪。

「仕掛け人さま。大事なお話があります」

 そう呼びかけられ、顔を上げるとエミリーが正面に立っていた。今日はレッスンのはずだから事務所による必要はないはず。真剣なまなざしをしているが、なんだろう。またいつぞやの時みたいに修行に行くなんて言い出さなければいいが……。
3 : ◆eF65jN7ybk [[saga]]:2017/07/02(日) 16:56:14.50 ID:fE64C4yw0
「どうした?」
「こちらを、見ていただいてよろしいですか?」

 エミリーが差し出したそれはA4サイズの用紙。目を落とす。春らしく、ピンクを基調としたデザインとロゴ。
 来月の定期ライブのポスター、か? いつの間に刷り上がっていたのだろう。今回は目を通していないが……。
 
 エミリー、大きく写ってるなぁ。確かもう十六歳だっけ。随分髪も伸びて大人っぽくなって……。

「え……?」
4 : ◆eF65jN7ybk [[saga]]:2017/07/02(日) 16:57:18.61 ID:fE64C4yw0
 思わず声が漏れた。エミリーがステージ衣装に身を包んで、こちらに向かって手を差し出しているその写真の下には。


『エミリー スチュアート ラストシアター』


「あの、仕掛け」
「エミリー。一つ聞きたいことがあるんだけど」

 言葉を遮って問うた。今からする質問はおそらくばかげている。だからそんなことはないと否定してくれる。エミリーの顔が何かを察したように曇った気もしている。だけど、それはたぶん気のせいで、これも考えすぎなだけ。だから。

「……何でしょうか」
「ラストってさ、最後って意味だっけ……?」
5 : ◆eF65jN7ybk [[saga]]:2017/07/02(日) 16:58:44.17 ID:fE64C4yw0
 エミリーが戸惑ったように眉を下げる。
 否定をしてほしい。そうじゃないのだと言ってほしい。違いますよ、とだけ。たったそれだけでよかった。

「……そう、ですね。私、エミリー スチュアートとして舞台に立つことが次の定期公演で最後だという意味で使われています」

 何かの崩れる音がした。それが何なのかはわからないけど、声がとっさに出なかった。こんな顔をすればきっと心配するだろうから。どうか冷静な顔でいてくれ。ポスターを見てからもう一度見たエミリーのその瞳に揺らぎはない。これはまぎれもない事実なのか。

「ずっと、黙っていて申し訳ありませんでした。今年の春で、私はこのお仕事を、『アイドル』を辞めることになります」
「どうして……」
6 : ◆eF65jN7ybk [[saga]]:2017/07/02(日) 16:59:31.09 ID:fE64C4yw0
 やっと絞り出した声は掠れていて、どれほど自分が動揺しているのか思い知らされる。エミリーは伏し目がちに答えた。

「私が、日本へ来たのは父の仕事があったからだということは最初にお伝えしていましたよね」
「あぁ、それは聞いている……」
「今回も同様です。父の仕事が日本で行う必要がなくなりましたので私は家族と共に祖国へ帰ることに。ですから、次回の舞台が最後になります。それが終了すれば私は翌日の昼、飛行機で祖国に帰ります」
「……荷物、とかはどうするんだ」
「もう既に引っ越しの手続きも終えて、荷物も殆ど送り終えました。社長さんにもお話はしてあります。もう、残っていることは仕掛け人さまへのご挨拶と最後の公演になります」
 
 淡々と答えられて、悲しくなった。こんなにもショックを受けている自分と、答えるだけのエミリー。つい、語気が荒くなる。
7 : ◆eF65jN7ybk [[saga]]:2017/07/02(日) 17:00:31.10 ID:fE64C4yw0
「なんで……、先に言ってくれなかった」
「それは………」
 
 違う、責めたいわけではない。別にプロデューサーとしてこんなことは珍しいわけではない。知っていた。ずっとアイドルでいられるわけじゃないことくらいは知っている。だけどそれがこんなにつらいものだとは知らなかった。
 責めたいのはエミリーではなく、自分の考えの甘さだった。

「仕掛け人さまにはあれほどお世話になったのに、最後に無礼なことをしてしまったと深く反省しています」

 謝罪の言葉が聞きたいのではないと、エミリーは知っているか。
 ポスターをトンと指でたたく。驚いたのかエミリーは肩をはねた。
8 : ◆eF65jN7ybk [[saga]]:2017/07/02(日) 17:01:22.62 ID:fE64C4yw0
「わかった。それで……、このライブだけど……」
「仕掛け人さまは、他にお仕事があるんですよね。音無さんから聞いています」
 
 そう言って笑ったエミリーを見て、これがどれほど入念なことであったのか思い知らされる。自分の知らないところですべてが動いていたのだ。ライブの手配も、セットリストの管理も、衣装の用意も、ポスターのデザインも、エミリーのことも。全部、自分以外は知っていた。それが誰の気遣いなのかもわかってしまった。

「いや。だけど、絶対に……」
「仕掛け人さま」

 凛としたその声にはっとなる。顔をあげて自分が下を向いていたことに気がついた。エミリーは微笑んでまっすぐ見つめる。

「私、もう十六歳ですよ。一人でも応援してくれていたごヒイキ様方のご声援があれば、全力の舞台をお見せできます。ですから、心配しないでください」
「そうか……。でも本当に、ごめん……。見送りには絶対行く」
「はい、楽しみにしていますね」
9 : ◆eF65jN7ybk [saga]:2017/07/02(日) 17:02:39.81 ID:fE64C4yw0
「仕掛け人さまにだけお教えしますけど、同い年の星梨花さんと亜美さん、真美さんと一緒に『感傷的な女神』を歌うんですよ」
「………そ、っか」
「もう! 仕掛け人さま。ここは笑うところです! 奈緒さんに日本のつっこみを教えていただいたんですよ。今のは『なんでやねん、それを言うならSentimental Venusやろ!』と言うところです!」
「あぁ……。ごめん」

 うまく、笑えているか。こんな公演前にエミリーを心配させてはいけない。こんなだから、隠されるんだ。ふがいないから、こんな風に。
 
「そんなお顔、なさらないでください。私も笑っていますから」

 エミリーは口角に手を当てて口を横に広げる。不格好だったけどその笑顔はいつもより心が癒された。失格だな、こんなんじゃあ。
 アイドルを心配させて何がプロデューサーだろう。
10 : ◆eF65jN7ybk [saga]:2017/07/02(日) 17:03:18.88 ID:fE64C4yw0
「……こんな仕掛け人じゃエミリーも思い通りのパフォーマンスができないよな。だから、笑っているよ。二人で微笑み日和だ」

 同じように口角に指をあててにいと笑ってみせる。それが心からの笑顔でないことに気づかれているだろうが、それでも今はこれでいい。

「……はい!」

 心の何かが抜け落ちた気がしたけれど、エミリーには黙っていよう。これ以上心配かけてはいけないから。
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