【ミリマス】可奈「私の夢が始まった場所」

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20 : ◆0NR3cF8wDM [saga]:2017/06/28(水) 21:59:11.95 ID:OXNr9JoL0


「いつも、このベンチで私の歌を聴いてくれていますよね?」

 如月千早さん、っていうんだって。

「年下の女の子が私の歌を聴きに来てくれている、それがすごく嬉しかったんです」

 憧れていた歌姫に声をかけてもらって、ごちゃごちゃだった頭の中は真っ白になっていました。
 緊張で自分の名前を言うのも上手くいかないぐらい。
 でも、悲しい気持ちは、小さくなったかも。

「……今日は何かあったんですか?」

 恥ずかしい気持ちや、情けない気持ちもありました。
 憧れの人に自分の惨めな所を見せたくない、聞かれたくない、って。

「言いたくないことなら、いいんです。でも、誰かに話すことで楽になることもあるから」

 でも、それ以上に、目の前で私のことを心配して、話を聞こうとしてくれている千早さんの優しさに、我慢ができなくなって。
 私は、これまで誰にも話したことのない、色々なことを話すのでした。

 歌が好き。
 特にみんなを元気にするアイドルの歌。
 でも歌うのは嫌い。
 上手に歌えないから。
 でも本当は歌いたい。
 私だって、みんなみたいに胸を張って大きな声で歌いたい。
 歌うことは楽しいことだって。
 でも現実は私に優しくないから、私は歌っちゃダメだから。
 歌が好き。
 ……本当に?
 歌えないのに。
 どうして、どうして。
 私は、みんなみたいに、千早さんみたいに、歌えないんだろう。
 歌っちゃいけないんだろう。

 私は、
 歌が好きでいちゃいけないの?


21 : ◆0NR3cF8wDM [saga]:2017/06/28(水) 22:03:47.44 ID:OXNr9JoL0


 まとまりのない、自分でも何が言いたいのか分からない話だったと思います。
 でも、千早さんは隣にいて最後まで聞いてくれました。
 ただ静かに、私の悩みとも愚痴ともつかない話を受け止めてくれました。

 誰にも話せなかった話を聞いてもらって、少し、気分も落ち着いたような気がします。
 一度深呼吸をして、ありがとうございました、とお礼を言おうとしたところで、

「矢吹さん」

 千早さんが、私をまっすぐに見つめていました。

「矢吹さんは、歌が嫌いですか?」

 そんなことないです。
 そんなこと……ない、はず。

「ええ。いつも私の歌を聴きに来てくれる矢吹さんが、歌が嫌いだなんて、そんなことはないと思いますよ」

 そうなのかな?

「それとも、いつも嫌々に聴いてくれていましたか?」

 そんなことないです!

「ありがとうございます。ふふ、じゃあ、やっぱり、矢吹さんは、歌が好きなんですよ。いつも楽しそうに聴いてくれていて、私からは、自分も歌いたいのを我慢しているように見えました」

 だって、私は歌っちゃダメだから……

「そんなことない。そんなことは、ないんですよ、矢吹さん。歌は自由なものです。いつだって、誰にだって」

 でも……

「歌いたいって思うなら、歌えばいいんです」

 ……

「上手とか、あまり上手じゃないとか、あるかもしれないけれど。大事なのは、本人が歌いたいかどうか、歌っていて楽しいかどうかだと思います」

 楽しい……
 私も、昔は、歌うことが楽しかった気がします。
 上手とか下手とかあまり考えてなくて、ただ歌いたいから歌っていた頃。

「ねえ、矢吹さん」

 はい。

「一緒に、歌ってみませんか?」


22 : ◆0NR3cF8wDM [saga]:2017/06/28(水) 22:04:28.28 ID:OXNr9JoL0


 ♪


23 : ◆0NR3cF8wDM [saga]:2017/06/28(水) 22:07:35.20 ID:OXNr9JoL0


 千早さんと一緒に歌う?
 私なんかが?
 とまどう私の返答を待たず、千早さんはベンチから立ち上がります。



 ――もう伏目がちな昨日なんていらない――



 それは、アイドルの定番曲の一つ。
 どのアイドルも……ううん、どの女の子も一度は歌ったことがある歌。



 ――今日これから始まる私の伝説――



 千早さんが私の方へと振り返ります。
 一緒に歌おう。
 そんな風に笑って。



 ――きっと男が見れば 他愛のない過ち 繰り返してでも――



 その声に、
 笑顔に、
 私の中の何かが、


24 : ◆0NR3cF8wDM [saga]:2017/06/28(水) 22:09:02.70 ID:OXNr9JoL0


 ――うぬぼれとかしたたかさも必要――



(そう 恥じらいなんて時には邪魔なだけ)



 ――清く正しく生きる それだけでは退屈 一歩を大きく――



 ……進もう毎日



 ――夢に向かって――



 漠然とじゃない



 ――意図的に――



 泣きたい時には〜



 ――涙流して――



 ストレス溜めない♪


25 : ◆0NR3cF8wDM [saga]:2017/06/28(水) 22:12:06.25 ID:OXNr9JoL0


 最初は小さな声でした。
 でも、楽しそうな千早さんにつられて、どんどん大きな声になっていくのが分かります。
 多分、相変わらずちゃんと音程も取れていないと思うんだけど、千早さんはそれに対して何かを言うこともなく、私に合わせるようにして一緒に歌ってくれました。

 あ、いつものおじいちゃんとおばあちゃんだ。
 お散歩中かな、二人で手を振ってくれたので、私も大きく手を振り返します。
 ちら、と横を見ると、何だか嬉しそうな千早さん。
 聴こえてくる歌声がちょっと大きくなった気します。
 よーし私も負けないぞ、ともっともっと大きな声を。
 向こうのベンチに座った女の子、私たちの歌に合わせて身体を揺らしてるのかな。
 あっちのスーツの男の人は、右足でリズムを取ってるみたい。
 小さく手拍子をしてくれてる買い物袋をぶら下げた女性も見かけました。

 色々と見回しながら歌っていると、不意に千早さんと目が合います。
 ふんわり微笑んで、楽しそうに頷いてくれました。

 えへへ。
 楽しい。
 歌って、楽しいんだ。
 それに、すっごく気持ちいい!
 すごいすごい!
 歌いたい!

 もっと、もっと――


26 : ◆0NR3cF8wDM [saga]:2017/06/28(水) 22:13:47.96 ID:OXNr9JoL0


 ♪


27 : ◆0NR3cF8wDM [saga]:2017/06/28(水) 22:16:26.65 ID:OXNr9JoL0


 数曲を一緒に歌った後、私たちはまたベンチに座っていました。
 今まで感じたことのない熱みたいなものが、まだ身体の中に残っているみたい。

「矢吹さんは、とても楽しそうに歌うんですね」

 そ、そうなのかな?
 すごく楽しかったのは間違いないですけど。

「隣で歌う私まですごく楽しい気分になりました」

 で、でも、私、下手だから、千早さんの邪魔しちゃって……

「上手下手、技術よりも、もっと大切なことがあるんです。私も、最近知ったのだけれど」

 大切なこと?

「……矢吹さんに似た子がいて」

 ふぇ? 私?

「ええ。私にそれを教えてくれたのが、その子でした。あまり器用なタイプではないけれど、一生懸命で、元気で、いつも楽しそうに歌って」

 え、と?
28 : ◆0NR3cF8wDM [saga]:2017/06/28(水) 22:19:06.85 ID:OXNr9JoL0

「彼女はきっとトップアイドルになるわ。……私も、負ける気はないのだけれど」

 え……アイドル?

「……そういえば言っていませんでしたね。今度、アイドルとして正式なデビューが決まりました。だからこの公園で歌えるのも……これが最後かもしれません」

 え、ええええええ!?
 千早さん、アイドルに!?

「ええ」

 すごいすごい!
 おめでとうございます!

「ありがとうございます。ふふ、今だから言うのだけれど……いつも私の歌を聴きに来てくれた矢吹さんたちの存在が、大きな支えでした」

 そ、そんな! だって私はただ千早さんの歌が好きで……

「……ねぇ、矢吹さん?」

 はい?

「私も、矢吹さんの歌、すごく好きです。曖昧な表現で申し訳ないのだけれど、とても、とても大きな力があると思います。
 だからこれからも歌い続けて欲しい、歌を好きでいて欲しい……というのは、勝手でしょうか」

 そ、そそそんなこと!
 千早さんにそう言ってもらえるなんて、すっごく嬉しいです!

「ふふ。勇気を出して、声をかけてみてよかった」
29 : ◆0NR3cF8wDM [saga]:2017/06/28(水) 22:22:59.55 ID:OXNr9JoL0

 あ、その、今日は本当にありがとうございました。
 いつもここから見てるだけだった千早さんが、私に声をかけてくれるなんて、それに悩みも聞いてもらったし、アドバイスももらって、一緒に歌まで歌っちゃって、私、今日のこと、一生忘れません!

「そう言ってもらえると、私も…………あの、矢吹さん」

 はい。

「俯いていた私に、声をかけてくれた子がいました。一緒に、歌ってくれた子がいたんです。私は、きっと、それに救われました」

 ……そんなことが。

「だから、矢吹さん、もし目の前に俯いている子がいたら、今度はあなたが……」

 はい!
 私に何ができるか分からないけど、でも、

「『でも、誰かに話すことで楽になることもあるから』ですね。ふふ、私もそう言われたんですよ」

 えへへ、なるほど〜。
 ……あの、それで、千早さん?

「どうかしましたか?」

 さっき話にあった、技術よりも大切なものって……

「ああ、それは」

 それは?

「歌が好き、歌が楽しい、そんな当たり前のことです」


30 : ◆0NR3cF8wDM [saga]:2017/06/28(水) 22:23:44.93 ID:OXNr9JoL0


 ♪


31 : ◆0NR3cF8wDM [saga]:2017/06/28(水) 22:29:10.03 ID:OXNr9JoL0


 矢吹可奈の生活に、大きな変化がありました。

 まずは目の前の合唱コンクールを頑張ろう。そう決めて、朝、昼、放課後の練習に積極的に取り組むようにしました。
 相変わらずなかなか上手に歌えなくて、みんなに迷惑をかけたと思うけど、ちゃんと真面目に頑張れば、笑われたり、馬鹿にされたりはしませんでした。
 私の一生懸命がクラスのみんなに伝染している。担任の先生にそう言われた時は、恥ずかしいけど、すごく嬉しかったな。

 ずっと心にひっかかっていた合唱部にも入らせてもらいました。
 ちょっと変な時期の入部になっちゃったのが心配だったけど。
 幸い、同じクラスの合唱部の子たちが特に良くしてくれたお陰で、日々楽しく過ごすことができています。

32 : ◆0NR3cF8wDM [saga]:2017/06/28(水) 22:33:56.50 ID:OXNr9JoL0


 そして、もう一つ。
 時間を見つけて、この公園で歌の練習をするようになったこと。
 室内で歌うのとはまたちょっと違った感覚で楽しいし、何より、千早さんが歌っていた場所だから。
 私も千早さんみたいに歌いたい。
 歌姫になるんだ。
 この場所に立つ度に、そうやってやる気を貰うのでした。

「やーい、へったくそ〜」

 あ、言ったなー。
 時には、イタズラな子が来ることもあります。
 少し前までの私なら、その言葉に傷ついて、また歌うことを止めてしまったのでしょう。
 でも、

 下手だから〜、練習してるんだも〜ん♪

 周囲を見渡せば、にこにことこちらを眺めているおじいちゃんおばあちゃんがいて、スーツの男の人は今日も右足でリズムを取っています。
 私の歌を少しでも楽しんでくれている人がいる。
 こんなに嬉しいことはありません。
 こんなに楽しいことはありません。

「そんなに下手ならやめちゃえー」

 やめないよ〜、歌が好きだから〜♪

 大丈夫。
 何があっても、もう、私は揺るぎません。
 だって、千早さんに、歌姫に言われたんだもん。
 私の歌が好きだって。
 歌を好きでいて欲しいって。


 だから可奈は〜、今日も歌う〜♪


 そしていつか、
 あの人のような歌姫になるんです。


33 : ◆0NR3cF8wDM [saga]:2017/06/28(水) 22:35:43.14 ID:OXNr9JoL0


  ――――――――
  ――――――――


34 : ◆0NR3cF8wDM [saga]:2017/06/28(水) 22:39:21.19 ID:OXNr9JoL0


「知らなかったわ。そんなことが……」

 久しぶりに座ったこの公園のこのベンチ。
 何だかとっても懐かしいな。

「えへへ〜、誰かに話したのは……プロデューサーさん以外だと、初めてかも」

「ふ、ふーん、そう」

 あ、志保ちゃんちょっと嬉しそう?

「なによ」

「なんでもな〜い♪」

 志保ちゃんは照れ屋さんだねー。

「もう……それにしても、千早さんがこの場所で、か」

「あの噴水の向こう側でね。あの頃から凄かったんだよー!」

 みんなの知らない頃の千早さんを知ってる。
 ちょっとした自慢なんです。

「可奈の夢は、ここから始まったのね」

「そうなんだ〜♪」

 歌姫に出会って、
 歌姫に励まされて、
 歌姫と歌って。
 私の夢が、始まった場所。

「ここに来るとね、がんばるぞ〜って気持ちになるの!」

「そ。いいと思うわ、そういうの」

 そう言う志保ちゃん、口調は素っ気無いけど、表情はすごく柔らかくて、えへへ、何だか照れくさい感じ。
35 : ◆0NR3cF8wDM [saga]:2017/06/28(水) 22:42:17.91 ID:OXNr9JoL0

「付き合ってくれてありがとう、志保ちゃん」

「別にこのくらい、何でもないけど」

「えへへ、それじゃ、そろそろお店に行こっか?」

「そうね」

 よいしょっと立ち上がって、うーん、と一度伸びをします。

「……私も」

 まだ椅子に座ったままの志保ちゃんが、小さく呟きました。

「?」

「……私も、可奈の歌は、結構嫌いじゃないわ」

「えっ?」

「さ、早く行きましょう」

 立ち上がり、すたすたすたと歩き出す志保ちゃん。

「ちょ、ちょっと! 今、私の歌っ」

「お店は待ってくれないわよ」

「待ってくれるよー! それより、志保ちゃん、今、今っ!」

 私の歌、大好きって!
 聞き間違いじゃないよね? だよね?

「ほらほら、ぐずぐずしてると置いていくわよ? 未来の歌姫さん?」

「待って、志保ちゃん、ねぇ、待ってよー」

 楽しそうに笑う志保ちゃんの姿が何だか嬉しくて。
 それに、もう一度私の歌のことを聞きたくて。
 前を行っちゃった志保ちゃんを捕まえようって、私は走り出すのでした。


36 : ◆0NR3cF8wDM [sage saga]:2017/06/28(水) 22:44:37.33 ID:OXNr9JoL0
以上です。
お付き合いいただき、ありがとうございました。
初めてのミリオンでしたが、楽しんで頂けたのなら幸いです。
それでは。
37 : ◆NdBxVzEDf6 [sage]:2017/06/28(水) 22:46:00.17 ID:EIbcSHz80
この可奈と千早の関係いいね、乙でした

>>20
如月千早(16) Vo/Fa
http://i.imgur.com/5aErBzD.jpg
http://i.imgur.com/TlBlpfd.jpg
38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/28(水) 22:49:37.28 ID:ewut4pf6o
おつでした
素敵な出会いだぁ
39 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/28(水) 23:01:24.29 ID:o6K3bUG40
乙!素敵でした。

ちはかなはいいぞ!
40 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/06/30(金) 21:44:14.74 ID:Lc9T+oZd0
おつ
41 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/01(土) 00:20:51.97 ID:yt2mur50o
乙かなしほ!
42 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/14(金) 10:42:28.62 ID:raoDcsuIO
千早が可奈の関係いいよね
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