姫川友紀「サニー・ブルース 7inch.」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 18:59:58.82 ID:cDcA551s0

風の吹く街の中を、止まらずに歩いていく。

前を往く背中を、ただ追いかける。






SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1497693598
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:00:25.17 ID:cDcA551s0

交差し、すれ違い、時に止まり、また流れ出す。

慌ただしく流れ続ける人の波は、今がお昼時だなんて感じさせない。
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:01:28.84 ID:cDcA551s0

一体どこに向かっているのだろうか。


答えを知るのは、先を歩く男の足だけ。

左の手首を掴んであたしを連れ出したその手は、今は彼のポケットの中。



あたしには今、こんなことをしている暇はないというのに。

4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:02:00.57 ID:cDcA551s0
姫川友紀「…ねえ、プロデューサー」

P「んー?」

友紀「どこ、行くの?」


たまらず訊いてしまった。


P「…そうだな」


まさか、こんな答えが返ってくるとも知らずに。


P「どこに行こうか」

5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:02:53.01 ID:cDcA551s0
ぴたりと足を止め振り返った眼前の男は、とんでもないことを口にする。


友紀「…は」

P「どっか行きたいとこ、ある?」


訂正しよう。目的地なんて、最初からなかったのだ。あたしに分かる筈がない。

…嘘でしょ?


6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:03:21.39 ID:cDcA551s0
――


友紀「…帰る」

P「まぁまぁ。あ、バッセンとか」

友紀「行かない」


踵を返し、事務所に逆戻りする。

小さいため息のような音が、後ろから聞こえたような気もするけれど。そんなの知らない。
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:04:07.46 ID:cDcA551s0

時間を無駄にしてしまった。ため息をつきたいのはこっちだよ。

今から戻って、空いてるレッスンルームはあるのだろうか。


振り付けがまだ、完璧じゃないんだ。右足をこう踏み出して、こう。腕はこうして…。

頭の中で動きをイメージする。でも、実際に体を動かせなくちゃ仕方がない。

練習しなければ。はやく、はやく、早く。


…早くモノにしないと、間に合わない。


8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:04:53.54 ID:cDcA551s0

P「…おーい」


大した時間も掛からずに追い付いてくる。

でも、知らない。あたしは急いでいるんだ。


P「昼飯食った?俺まだだからさ、一緒に…」

友紀「さっきおにぎり食べたから平気」

P「…そ」

友紀「うん」

P「じゃあ…シューズ、新しいの欲しがってたろ。見に行かないか」

友紀「行かない」

9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:06:01.55 ID:cDcA551s0

逆に、なぜ行くと思うのだろう。

空いていたルームを借りて、さっきまでダンスの特訓をしていたんだ。

おかげで服装は練習着のまま。準備も碌にしないまま連れ出された。こんな格好でどこに行けと言うんだ。


友紀「………」

P「…なぁ」


無駄に歩かされて、練習の時間は削られて。こうしている内にも、貴重な時間は消えていく。

募る苛立ちに急かされるように、歩く速さも次第に増していく。

10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:06:34.98 ID:cDcA551s0
P「ユッキってば」

友紀「!」


不意に、掴まれる。今度は右肩。



友紀「離してよ!」

P「…っ」


思わず振り払ってしまった。

11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/06/17(土) 19:07:11.47 ID:cDcA551s0
P「…ごめん」

友紀「……もう!何なのさっきから!どこにも行かないって言ってるじゃん!」


一瞬、ほんの一瞬だけ。ビックリした顔と、逸らした視線に罪悪感。

でも、悪いのはあたしだけじゃない筈だ。



友紀「さっきだって、自主トレしてたのにいきなり連れ出してさ」

P「それは…ちょっと息抜きでもと思って」

友紀「休憩ぐらい自分で取れるよ!」


実際、休んでいたところだったのだ。水分と軽食をとって、さあもう一度と意気込んだ、矢先の出来事だった。

12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:08:51.79 ID:cDcA551s0
P「休憩って意味だけじゃなくてさ」

友紀「じゃあなに!?」

P「…最近、詰めすぎ。もう少し余裕持てればと思って」

友紀「これくらい普通!」

P「普通って…明らかにオーバーワークだよ、お前」

友紀「体調管理ぐらいできてるよ!」


本番前にたくさん練習することの何がいけないんだ。

これでも元マネージャー。自分が倒れるような無茶な練習に臨んだりはしない。

13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:09:53.10 ID:cDcA551s0
P「身体壊しちゃったら元も子もないだろ?だから…」

友紀「だってLIVE前だよ!?これでもまだ足りないくらいなのに!」

P「まだ時間はあるって」

友紀「ない!あと2週間!」

P「今すぐじゃなくても、少しずつ調整していけば」

友紀「できない所があるのに、調整も何もないでしょ!?」

14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:10:36.47 ID:cDcA551s0
友紀「時間がないんだよ…!なんで分かってくれないの…?!」


一度決壊してしまえば、止まらない。

元々大きめな声だけど、今ばかりは余計に張り上げてしまう。



友紀「せっかくドームでLIVEなのに、これじゃあ間に合わない!!」

15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:11:03.35 ID:cDcA551s0

P「……」

友紀「…」


互いにしばらく顔を見つめる。



あたしは多分、見るというより睨んでた。

16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:11:56.51 ID:cDcA551s0

…どうしてプロデューサーは、そんなに困った顔をしているんだろう。

痛ましいものを見るような視線を向けてくるのはなぜ?


彼のこんな表情を見るのは、初めてだった。
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:12:37.40 ID:cDcA551s0

    「なんだなんだ」   「?」     「ライブとか言ってたけど」

「…邪魔」  「喧嘩じゃないの」   「…」    「あの娘見たことあるような…」



ひそひそと聞こえる声や視線に気が付いて、改めて自分たちの状況を確かめる。

川の水を遮る岩のように突っ立っている2人。

行き交う人々の中で、注目を浴びない訳がなかった。
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:13:07.60 ID:cDcA551s0
P「…とりあえず、行くか」

友紀「……うん」


ひとまず、提案に乗ることにする。


行くって言ったって、どこに行くのかも決めてないくせに。

19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:13:47.19 ID:cDcA551s0
友紀「…」

P「…」


…気まずい。何なんだ、今日のプロデューサーは。

突然現れたと思ったら、目的もなく外に連れ出したりなんかして。

息抜きがどうこう言うかと思えば、また黙ってしまった。
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:14:37.37 ID:cDcA551s0

いつもなら。

あたしが自主トレしてる時に出くわした時、いつもだったら。


珍しく真面目にやってるんだな、なんて軽口叩いて。ドリンクの1つでも差し入れしてくれて。

…いや、珍しくって何さ。あたしは練習でも何でもいっつもマジメにやってるよ。

21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:15:28.44 ID:cDcA551s0

それは置いといて…。

差し入れくれたり、見ていた感想をくれたり。頑張れって言ってくれたり。


こんな扱いじゃなかった筈なんだけど。



…分からない。少なくとも、普段の彼らしくはない。

22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:16:10.99 ID:cDcA551s0
P「…やっぱ、どこか寄っても良い?」

友紀「だから、行かなくていいってば」

P「いや、その…俺がさ、」


同時に、耳に違和感。言葉とは別に、小さい音が同時に聞こえてきたような。


P「腹減ったから、何か食べたいなぁって」

友紀「…」


…何なんだ、本当に。


23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:17:12.67 ID:cDcA551s0
――――

――

P「ここ、学生の頃はよく来てたんだ」

友紀「へぇ…」

P「でも最近は全然で…ちょっと久し振りだな」


着いたのは、近くにあったやや小さな喫茶店。通りからはちょっと外れたけれど。

今になってようやく、ちゃんとした目的地に到着したことになる。


あんなことを言われては。

…正確には、あんな音もおまけに聞かされては。「1人で行け」だなんて突っぱねる気力は湧かなかった。

ファミレスとかコンビニで済ませれば良いのに、とはちょっとだけ思ったけれど。一緒に呑み込むことにした。

24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:17:50.36 ID:cDcA551s0

からんころんと音がして、扉が開く。外観からのイメージ通り、何というかレトロなムードが漂っている。

…わ、レコードだ。久し振りに見た。


P「…変わってないなぁ」


ぽそりと呟く。どうやら前からこんなお店みたい。

25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:18:35.42 ID:cDcA551s0
P「ごめんな、さっきから。変に付き合わせて」

友紀「…もう良いよ。今日はなんか、疲れちゃったし」


席について、言葉を交わす。


友紀「練習って気分じゃなくなっちゃった」

P「そう、だよな…ごめん、邪魔して」


そう言って、また視線が下がる。

…そんな申し訳なさそうな顔、しないで欲しいんだけど。
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:19:08.78 ID:cDcA551s0
友紀「…それに」

P「?」

友紀「歩いてたら、あたしもお腹空いた気がする」

P「…!そっか」

友紀「だから、あたしも何か食べてく」

P「おう」


…変なの。なーんかバツの悪そうな顔してた癖に。

ただご飯食べるってだけなのに、ちょっと嬉しそうにしてるのはなんでさ。
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:19:52.31 ID:cDcA551s0

なんだか調子が狂うことばっかりだ。

食べるもの食べて、さっさと帰ってストレッチでもしよう。


P「俺はコーヒーと、サンドイッチかな」

友紀「…同じので良いよ」

P「了解」



P「すいません、ブレンドと…」

「サンドイッチ」

P「え?」

28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:20:43.44 ID:cDcA551s0
「いつものだろ?」

P「…、覚えててくれたんですか」

「お前みたいなクソガキ忘れるわけねえ」

P「えっ」

「いつもにげぇにげぇ言いながらうちのコーヒー飲んでたあのガキだろ、お前」

P「…ッス、ご無沙汰してます…」


…何やら、お店の人と話し始めた。仲が良いのだろうか。

行きつけだったという話は、嘘じゃないみたいだ。
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:21:16.53 ID:cDcA551s0
「…久々に顔見せたかと思ったら」

友紀「?」


ちらと目が合った。つい会釈をしてしまう。

視線は鋭いけど、雰囲気はそんなに怖くないかな。


「良い身分になったもんだな、こんな昼間っから」

P「…昼休みですよ。仕事中、たまたま寄ったんです」

「フン、どうだか。せいぜい彼女と仲良くしてな」

P「違いますって!」

30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:21:46.75 ID:cDcA551s0
友紀「…」


言い返すのを尻目に、すたすたとカウンターの向こうに行ってしまった。

…チ、チガウシ。カノジョトカジャ、ナイシ。

だって、えーっと…


そ、そうだ。プロデューサー、キャッツのファンじゃないし。

こんなヤツ、こっちからお断りだし。

…今はそういうことにしておこう、うん。
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:22:41.92 ID:cDcA551s0

聞いてなかったフリをしてごまかすように。視線を店内に移して、改めて見回すことにした。


壁に掛かった絵。

飾られた人形や瓶。

流れている曲。


見渡す限り、見れば見るほど。

彼らが過ごした年月の長さが、体に染み込んでくるようだった。
32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:23:09.24 ID:cDcA551s0

…。

知らずのうちに目に留まっていたのは、先程も視界に入ったターンテーブル。


物悲しげで憂いを帯びた、ノイズ混じりの古めかしいフレーズが。

寂しげに、店内に響いている。
33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:23:44.63 ID:cDcA551s0

…あ、音が飛んだ。やっぱり古いものなんだね。


いや、よく聞くと違う。針が飛んで、少し前に戻ったんだ。

…また戻った。
34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/06/17(土) 19:24:20.80 ID:cDcA551s0

…まただ。

また。一体、何回繰り返すのだろう。


店に入ってからそんなに経っていないのにも関わらず、もう何度も繰り返している。

35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:24:52.54 ID:cDcA551s0
P「気になるだろ」

友紀「…うん」


凝視しすぎて、気付かれてしまったみたい。
36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:25:52.36 ID:cDcA551s0
P「俺も気になる。昔っからああなんだ、アレ」

友紀「そうなの?」

P「少なくとも、俺が通ってた頃から。良いところでいっつも針飛びするんだよ」

友紀「…」

P「溝に傷とか付いてるのかも」

友紀「あぁー…」

P「あのレコード、マスターのお気に入りらしいんだけど。…おっ、ようやく進んだ」
37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:27:17.76 ID:cDcA551s0

クライマックスで少し前に戻って。

同じ所で転んでは、何度も何度も繰り返してた癖に。


少し上手くいったかと思えば、なんでもなかったような顔をして。

澄まし顔で曲を終わらせ、また初めに戻るレコード。



まるで誰かを見ているような。もしくは、どこかで見たことがあるような。

謎の既視感に襲われて。不思議な感情に誘われて。
38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:27:48.87 ID:cDcA551s0

友紀「…ふふっ」


つい、笑ってしまった。
39 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:28:28.36 ID:cDcA551s0
P「…」


何故かじぃっと見られていた。


友紀「な、なに?」

P「…あぁいや、何でも」


ちょっとビックリしてしまう。

40 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:29:23.26 ID:cDcA551s0
P「笑ったな、って」

友紀「…悪い?」

P「そんなこと言ってないけど」


何に心を奪われたのかは自分でも分からないけれど、しかし確実に。


友紀「…なんか、可笑しくってさ。あのレコード」

P「そっか」


あたしの目と耳は、あのレコードに惹かれていたのである。

41 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:30:13.10 ID:cDcA551s0
「…おかしいかい、おねえちゃん」

友紀「!あっいえ、そういうつもりじゃ…」

「良いんだよ。うちに来た奴はみんなそう言う」

友紀「えと。可笑しくってって言ったのは、変だって意味じゃなくって…です、ね、えっと…」


いつの間にかコーヒーを持ってきてくれてたおじさんにも、聞かれていた。

…怒ってる訳じゃないんだろうけど、強面だからやっぱりちょっと緊張する。
42 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:31:24.96 ID:cDcA551s0
友紀「…あの、似てるのかなって思ったので。それで可笑しいなって」

P「…似てる?」

友紀「おんなじところ、何回も繰り返してさ。できないで躓いてる、あたしみたい」

「…」

友紀「…あっ、えっと、あたし今ダンスの練習してて…してまして。いや…その前にアイドルで、あ、姫川…姫川友紀っていうんですけど…」


見切り発車で口を開いたせいか、なかなか考えがまとまらない。

プロデューサーはともかく。このおじさんにも聞かれてると思うと、しどろもどろになってしまう。
43 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/06/17(土) 19:32:04.20 ID:cDcA551s0
友紀「…それと、野球部のこともちょっと思い出して」

P「学生時代のか」

友紀「うん。あ、あたし…昔、野球部のマネージャーやって…まし、た?」

「…」


続けろと言わんばかりに、視線は逸らさない。

44 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:33:11.91 ID:cDcA551s0
友紀「で。毎日、練習するでしょ?ランニングから始めて、ストレッチして、ダッシュして…」


キャッチボール、素振り、トスバッティング、ノック…他にも、いっぱい。

毎日同じような練習を繰り返す。

でも飽きるかといえば、そんなものでは決してなくって。

体を温めるため、とか。基礎だから大切に、とか。もちろんそういう理由もあるんだけど。


友紀「退屈に流しちゃうようなやり方じゃダメでさ。一回一回に意味があるんだって思いでやらなきゃ」

45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:34:18.93 ID:cDcA551s0
友紀「自分なりにできることを探して、目標意識を持たないと。練習じゃなくて、作業とか自己満足になっちゃうもん」


…実はこれ、監督やキャプテンからの受け売りだったりするけれど。それはナイショにしておこう。

あたしだってその通りだと思うから、あたしの言葉にしても良い筈だ。


友紀「日々の練習があって、練習試合もあって」

友紀「上手くいったら、よっしゃー!ってなるし。逆に、上手くいかないでヘコむ日もあって」

友紀「試合だって、勝ったり負けたり」

友紀「たまに休んで、また練習漬け。そんな日々だったんだよね」

46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:35:01.68 ID:cDcA551s0
友紀「…まぁ、あたしはマネージャーとして見てる側だったんだけど」

P「…」

友紀「それでもさ、気持ちはみんなと一緒だったよ?目指せ、優勝。目指せ、甲子園!ってね」


そうやって気持ちを高めて、できなくても繰り返して。

勝ったり負けたりを通じて、みんなで何度も盛り上がって。また元に戻って。

泣き笑いの感動を追い続けていた、そんなあたしの高校時代。


ヴィンテージのレコードが、何だかあの頃のあたしたちと同じみたいで。

47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:35:42.78 ID:cDcA551s0
友紀「それで、似てるなぁって思って!」

P「…そういうこと」

友紀「…って。なんか最後、よく分かんなくなっちゃったね。あはは…」

「なるほどな」

友紀「あ…」


それだけ言い残して、また向こうに行ってしまった。
48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:36:20.22 ID:cDcA551s0
友紀「…怒っちゃったのかな」

P「そんなことないさ」

友紀「でも…」

P「大丈夫だって」


プロデューサーが言うんなら、そうなんだろうか。

あのおじさんのことは、少なくともあたしよりは知ってるだろうから。
49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:37:12.74 ID:cDcA551s0
P「俺も、面白いなって思ったし」

友紀「…変かなぁ」

P「全然。そんな見方もあったんだな、って。むしろ感心した」

友紀「そっか…うん」

P「マネージャーの頃の話も、久し振りに聞いた気がする」

友紀「そうだっけ?」

P「あぁ」


話しながら、コーヒーカップに手を伸ばす。一口、飲んでみた。

50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/06/17(土) 19:38:06.84 ID:cDcA551s0

友紀「……」

P「な?」

友紀「…うぅ」


にがい。

これは確かに、苦い。

…自分で作っても、たまにこれくらいになっちゃうくらいの苦さ。


でも、あたしが淹れるよりよっぽど美味しく感じるのは。お店の味、というものなのだろうか。
51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/06/17(土) 19:39:09.62 ID:cDcA551s0
P「やっぱ、良いなぁ」


カップに口を付けながら、そう言う。


友紀「苦いの好きなんだっけ」

P「…いや、コーヒーじゃなくて。お前の話」

友紀「あ、あたし?」

P「うん。野球の話になってから、ちょっと良い顔になったな」

友紀「…ふーん?」
52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:40:02.01 ID:cDcA551s0


――連れてきて、正解だったかな



…そっちこそ。さっきと比べて、表情が緩んでるように見えるけど。



ぽしょっと呟いたような気がする言葉は、誰に向けたものでもない気がしたから。

あたしも聞き流すことにした。


53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:40:39.79 ID:cDcA551s0
――


友紀「ごちそう様でしたー!」


入った時と同様に、軽快な音を立てて扉が閉まる。

お昼の時間は過ぎたのか、道を行く人の数は多少まばらになっていた。

思っていたより長居してしまったのかもしれない。
54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:41:13.62 ID:cDcA551s0
友紀「美味しかったね」

P「だろ?」

友紀「コーヒーは、ちょっと苦かったけど…でもすっごく良いお店!」

P「そりゃ良かった」


あれからサンドイッチもおかわりしてしまった。

自分が思っていたより、お腹の方は空いていたみたい。
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:42:45.08 ID:cDcA551s0
友紀「…ねえ」

P「ん」

友紀「サインなんか頼まれちゃったけど…ほんとに良かったのかな?」

P「なんで?」

友紀「ああいう雰囲気のお店に、あたしのサイン置いてあるの…なんか場違いじゃないかなぁ」

P「気に入ってもらえた証拠なんじゃないの」

友紀「…。なら、良いんだけどさ」


帰り際に何かごそごそ探してると思ったら、おじさんが色紙を持ってやって来た。

例のターンテーブルの近くに、あたしの名前を飾ってもらっている。

あたしのどこをお気に召したのかは分からないけど。サインを頼まれるのは、そんなに悪い気分じゃなかった。へへ。
56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:43:20.86 ID:cDcA551s0
友紀「…ふっふふ。じゃあ、そのうち有名なお店になっちゃうかもね」

P「と言うと?」

友紀「『アイドルゆっきーのサインあり、秘密の行きつけカフェが!』ってさ」

P「…どうだろ、あんまイメージ湧かないな」

友紀「イメージにないからこそでしょー!意外性だよ、意外性」

P「そもそも行きつけじゃないし」

友紀「じゃあ、何回も行って行きつけにしよう!」

P「…そういうもんなのか?まぁ、うーん…」
57 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:44:18.64 ID:cDcA551s0
P「ま、いいか。いつかそうなると良いな」

友紀「うん!そのためにも…まずはドームだね!」

P「…」

友紀「なんたって、野球選手と同じ舞台でLIVEできるんだもん!気合い入れていかなきゃ」


なんだか元気が出てきた。

今日はもう帰るつもりだったけど、やっぱりもっと練習していこうかな。

58 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/17(土) 19:45:06.88 ID:cDcA551s0
P「…まぁ、その表情ならちょっとはマシかな」

友紀「また顔の話〜?」

P「少しは息抜きになれたかなと思って」

友紀「…そんなに余裕ないように見えてたのかなぁ、あたし」

P「ユッキさぁ」

友紀「うん?」

P「さっきまでちょっと顔怖かったの、自分で気付いてる?」

友紀「…」


誰のせいだ、誰の。

のどまで出かかったけど、無理矢理引っ込めた。

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