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【ミリマス】ライアー・ルージュ
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26 :
◆SESAXlhwuI
[saga]:2017/06/16(金) 19:26:19.90 ID:yFIcZ1s10
―――――
――え?
「志保ちゃん、そんなに良く声出るようになったねぇ……私、もうげんかひぃ……」
「やるじゃない志保。まだまだ伸びるところはあると思うけれど、今の時点で、そこまで基本がしっかりしてるのは、凄いわ」
「あ、ありがとうございます」
どうしてこうなったのか。
今日の自主レッスン。プロデューサーさんのメモを見て、書かれてあったところを注意してやっただけだったのだが、どうやら二人には良く出来ている風に見えたらしい。
可奈がこちらにキラキラと視線を向けてきている。
「ね、ねぇ志保ちゃん!私にも教えて!」
「後でね」
「え〜!もぅ、ケチぃ〜」
唇を尖らせる可奈も可愛らしいと思ったが、勿論口には出さない。少しだけ笑って、正面に立つ千早さんの方に向き直った。
27 :
◆SESAXlhwuI
[saga]:2017/06/16(金) 19:26:48.78 ID:yFIcZ1s10
千早さんは、顎に手を当てて、何かを考えているように見えた。
「……どうかしたんですか?」
「志保、さっき注意していた箇所を口に出して言ってもらえる?」
「え、ええっと……」
真剣な目で見る彼女に対して、私はメモに書いてあった内容を漏らさず話した。話し終えると、彼女は目を閉じて静かにほほ笑んだ。
「――あの人は、やっぱり見ててくれるのね」
「?」
「あ、あの千早さ――」
「大丈夫よ、志保。きちんと分かってるから」
何かを懐かしむように、歌姫は目を細める。しかし、それを長く続けようとはしなかった。
28 :
◆SESAXlhwuI
[saga]:2017/06/16(金) 19:27:16.32 ID:yFIcZ1s10
―――――
それ以来、私とプロデューサーの奇妙な関係は慣習として続けられることになった。別に、どちらから始めたわけでもなかった為に、どちらから打ち切られることもなかったのだ。私が朝早く来た時には、彼はどこからともなく現れて見守ってくれていた。遅くに自主レッスンを行う時も、何故か彼は後ろで観察していた。
私は、いつの間にかそれが当たり前のように感じるようになっていった。
私がレッスンを終えると、部屋の隅にはいつも、ドリンクとメモが置いてある。夜自主レッスンをするときには、補食もおまけされていた。ドリンクを飲んで、自前のタオルで汗を拭きつつ、メモに丹念に目を通す。それに書いてある事を忠実に守――
29 :
◆SESAXlhwuI
[saga]:2017/06/16(金) 19:27:58.31 ID:yFIcZ1s10
「あれ、いつもと違う……」
それが数日続いたある日、メモの内容がいつもと違うという事に気が付いた。いつものように項目分けて書かれているわけじゃない末文に疑問を持った私は、その文章を先に確認してみた。
すると。
『ダンスのキレが良くなってる。ステップのタイミングも合わせられるようになってきてるぞ』
「……味気ないんだから」
ぼそりと声を漏らす。こんな一文じゃなくて、面と向かって褒めてくれたら――
「――え?」
思考が、停止した。私は今、何を考えていたというのだろう。
今まで、あれだけ嫌がっていたというのに、面と向かって褒めてもらいたい?私が?要らないと言ったお節介ばかりをかけてくるプロデューサーに?
――ダメ。私じゃないみたい。
未熟な私に分かるのは、この一文が私を高揚させているという事だけだった。
「……よし」
大きく息をつくと、私は再びメモ用紙を読む。一文褒めてもらっていたといっても、他に直すべきところは沢山ある。まだまだ、彼が注意してくれるところは沢山ある。それらを直さなければ、先輩たちには追い付けない。
いつの間にか、彼と共に歩んでいる私自身を、私は何故かとても心地よく感じていた。
30 :
◆SESAXlhwuI
[saga]:2017/06/16(金) 19:28:54.73 ID:yFIcZ1s10
―――――
またまた別の日。私は、ウキウキしながら、普段のレッスンを終えた後、いつものレッスンルームへと足を運んでいた。
――別に、彼が見ててくれるから浮ついてるんじゃない。ステップアップできる自分が、嬉しいだけだから。
そんな、見え透いた言い訳を自分の中で繰り返す。それでも、浮ついた気持ちは止まらない。まるで遠足に行く前の日の小学生の様だった。
今日は、いったい何をしようか。出来る事なら、彼が見た事のないようなものを練習してみたい。ボイスレッスンやダンスレッスンに、なにか捻りを加えてみようか――
その時、違和感に気が付いた。彼が、入ってこない。後ろを見てみても、扉が開くような気配は全くなかった。
体の中に、穴が空いたような気がした。急に、心が沈むのが分かる。どうやら、雨天で遠足は中止になってしまったようだ。
31 :
◆SESAXlhwuI
[saga]:2017/06/16(金) 19:29:24.46 ID:yFIcZ1s10
訳も分からず肩を落とすと、息を一度だけ大きくついて踊り始めた。
――今日は、なんで来ないんだろう。
身体と心が通い合わせられない。身体がステップを踏む間、心は宙に浮かんでいた。
集中できない自分が嫌になる。こんな程度で。こんな程度で集中できなくなっていて、アイドルなんてやっていられるのだろうか。
――ダメ、しゅうちゅ
気づいた時には、目の前が暗くなっていた。
32 :
◆SESAXlhwuI
[saga]:2017/06/16(金) 19:30:18.06 ID:yFIcZ1s10
―――――
―――あれ?
まず初めに、自分が横たえられているという事を知覚する。ふんわりと、自分を包んでくれているような柔らかさは、絵本の中に出てくる雲みたいだった。
――私、天国にでも来たの?
目を開く。見知らぬ天井。視界には、広がった白しかなかった。
「気が付いたか。どこか痛い所はないか?」
はたと聞こえた低い声の音源を探す。彼は、ベッドの脇の椅子に腰かけながら、こちらを心配そうに見つめていた。
「特に痛い所はありません」
「それならいいが……貧血で倒れたそうだからな。急に動くなよ、またクラっとくるかもしれないから」
「はい……?」
33 :
◆SESAXlhwuI
[saga]:2017/06/16(金) 19:30:48.01 ID:yFIcZ1s10
この前の時のように、痛みについて追及してこないプロデューサーさんを少し不思議に思いつつ、私は姿勢を楽にする。さっきよりも少しだけ、安心できた。
目を細めて沈黙していると、彼が口火を切った。
「なぁ志保。こんな事は、もうこれっきりにしよう」
「――え?」
「元々、負荷がかかりすぎていたんだ。今回はただの貧血程度で済んだけれど、次は頭を打って倒れるかもしれない。事実、俺が見れていないというだけで、こんな事になってしまっているんだ」
「そ、そんな事言わないでください!」
先ほどのゆったりとした動きとは対照的に、私の心臓は早鐘のようになり始めた。彼は、そんな私の反応は予想していなかったといわんばかりに、目を見開いてこちらを見ている。
「私は!私は……」
34 :
◆SESAXlhwuI
[saga]:2017/06/16(金) 19:31:22.30 ID:yFIcZ1s10
言葉を探す。今、この瞬間でプロデューサーさんを納得させられるような意見を模索する。でも、そんな意見見つかるはずもなかった。いや、それを口に出せるはずもなかった。
「そうは言ってもな……」
「プロデューサーさんが教えてくれたから、私はここまで出来るようになったんです!」
必死に、言葉を繰る。量さえぶつければ何とかなるんじゃないか、というそれこそ子供じみた発想。そんなか細い理由でも、今の私は縋るしかなかった。
「一人でやっていたら……私は、もっと大きなケガをしていたと思います。プロデューサーさんのおかげなんです。補助してくれなきゃ、きっともっとムリをして――」
「馬鹿言うな。無理させてたから、こんな風に倒れたんだ」
「そ、それは……」
黙り込むしかなかった。黙り込んだ私に対して、彼は更に畳みかける。
「もうやめよう。お前が無理してるのに気付けなかった、俺が無能だった。これからは、きちんとレッスンのやり方そのものを見直す。トレーナーさん任せだけじゃなくて、俺もきちんと見るから」
「む、無能なんかじゃ――」
「だから、志保」
35 :
◆SESAXlhwuI
[saga]:2017/06/16(金) 19:32:00.26 ID:yFIcZ1s10
――無理はするな。
36 :
◆SESAXlhwuI
[saga]:2017/06/16(金) 19:32:26.71 ID:yFIcZ1s10
「あっ……」
思いついた言葉が、一瞬で霧散した。彼は自身の顔を手でたたくと、私にゆっくり寝てろと言い残して、部屋を去っていった。私には、それを黙って見送る事しかできなかった。
――きっと、上達するかどうかは関係なかったんだ。
私は、もう取り返せない事象を振り返る。意味がないと分かっていた。それでも、私は考えた。なんで、プロデューサーさんとのレッスンを続けたかったのか。
上達したかったから?それならば、レッスンのやり方を見直してもらうという言葉だけで十分だったはずだ。
それなら、理由はなんだったのだろう?
――あ。
自主レッスンの日々を思い出す。いつも彼は、後ろで支えてくれていた。私が断ったから表に出てこなかっただけで、最初から見てくれていたのだ。
出来ていないところはどうすればいいかを指摘してくれた。出来た時には、褒めてくれた。
彼は、ずっと私だけを見てくれていたのに。
「……一人でも、大丈夫だったはずなのに」
いつからだろうか、彼が居ないと無性に心が落ち着かない。彼が見ていてくれると分かっていただけで、いつもより元気になれた。いつの間にか、目的が代わってしまっていた。
――嘘をついてでも、一緒に居てほしかったのに。
「………うぅ、うぁああ」
自覚した瞬間、涙があふれてきた。もう帰ってこない時間の貴重さに気付いた私は、静かに掛布団を濡らす事しかできなかった。
37 :
◆SESAXlhwuI
[saga]:2017/06/16(金) 19:32:58.19 ID:yFIcZ1s10
―――――
――素敵で儚い夢を見ていた。今では、そう思っている。そう思わなければ、自分自身を許せなくなってしまいそうだから。
私は、あの日のようにレッスンルームで自主レッスンを続けていた。あの後、一人での自主レッスンは朝だけ、終業後にレッスンする時は、誰かがついているようにするというルールが設けられた。その理屈から言うなら、彼もわざわざ文句を言いには来ないだろう。
ステップを踏む足は、あの日と違って時に舞うように、時に突き立てるように動いている。メモに書いてあったことを、いまだに続けている成果だろうか。未練は、奇しくも私を育て続けていた。
先ほどまでの動悸は、いつの間にか消えていた。
時計へと目を向ける。そろそろ、引き上げる時間の様だ。
私は静かに振り返る。勿論、そこには何の変哲もない、いつものレッスンルームしかなかった。
38 :
◆SESAXlhwuI
[saga]:2017/06/16(金) 19:33:34.02 ID:yFIcZ1s10
―――――
「志保!今日はヨロシクなの!」
「美希さん、よろしくお願いします」
午後からの合同レッスン。一緒に踊る美希さんは、珍しく未だにキラキラしたままだ。いつもなら、昼寝の時間と言って欠伸をしていてもおかしくない時間なのだが。
ガチャリと、扉が開く音がした。
「!待ってたよ、ハニー!」
「うわっ!?お、おい美希!扉を開けた瞬間抱きつくなって!」
「ハニーなら受け止めてくれるって、信じてたのー!」
頬ずりをするトップアイドルを見て、彼は大きくため息をつく。ただし、ため息はついても引き剥がそうとはせずに、そのまま頭を撫でている辺り、彼らの信頼関係が強固であることを表していた。
少しだけ、心に靄がかかった。
39 :
◆SESAXlhwuI
[saga]:2017/06/16(金) 19:34:09.12 ID:yFIcZ1s10
「プロデューサーさん、早くレッスン始めませんか。時間、勿体ないですから」
「やる気だな、志保。よし、美希も離れてくれ。レッスン始めよう」
「もー、仕方ないの……後でゴホウビのいちごババロアで許してあげるの!」
美希さんは名残惜しそうに離れると、とぼとぼと私の隣まで歩いてきた。
「ハニーもイジワルなの……」
「れ、レッスンですから……」
心なしかアホ毛までいつもより下がっているように見える先輩は、私から見ても可愛かった。当然だろう、そうでなくては765を引っ張るトップアイドルなどやってられないだろうから。
美希さんは、立ち尽くしてからも唇を尖らせていたが、プロデューサーさんの視線に気づくと、もう一度だけ悲しそうな顔をして、表情を真剣なものへと変えた。その切り替えは、さっきまでと同じ人ではないように思えた。
40 :
◆SESAXlhwuI
[saga]:2017/06/16(金) 19:34:35.51 ID:yFIcZ1s10
―――――
踊る、踊る、踊る。
練習した成果は確かに出ていた。いつもよりも動きにキレがあるのは分かっていたし、ダンスの途中で息切れすることもなかった。
しかし、隣で踊るアイドルと比較したならば、それは遊戯にも等しいようなものだった。
星井美希がステップを踏むだけで、辺りの空気が変わる。何故だろう、ダンスは得意分野ではないはずではなかったのか。そんな疑念を私が浮かべようものなら、それは違うと言わんばかりに勢いを増す。私は、それにつられて突っかからないようにするので精いっぱいだった。
一段落つく。私は、息も絶え絶えに隣に立つアイドルを見上げる。彼女は、笑顔を浮かべて、ただ一点を見つめていた。目を輝かせて、そちらへと走り寄っていく。
41 :
◆SESAXlhwuI
[saga]:2017/06/16(金) 19:35:06.39 ID:yFIcZ1s10
「ねぇ、ハニー!今の、見ててくれた!?」
「ああ、しっかり見てたぞ。流石、俺の自慢のアイドルだな!」
「――!やったやったやったー!」
美希さんはそのままプロデューサーさんにダイブ。プロデューサーさんも、かわさずに受け止める。抱きしめられた美希さんは、心底嬉しそうだった。
――他の人となんて話さないで。
鼓動が早くなる。疲れているせいなのか、いつものように表情をコントロールできない。目を見開いている自分を客観視はできても、それを止めることは出来なかった。
――いつもいつも、私にあの視線を向けていてくれたなら。
美希さんを見つめる彼の目を見る。抱き着かれて恥ずかしそうであっても、彼はそれを受け入れていた。彼女の髪を撫でる彼の瞳は、とてもやさしかった。
心が絞られるように痛い。心は考える能力を持っている脳みそにあるって聞いたことがあったけれど、今だけは心は心臓にあると痛感していた。だって、こんなにも胸が痛い。
――私が、あの時。素直に心を開いていたなら。
終わらない悔恨を続ける。あの時は、私だけを見ていてくれた瞳は、もう一人占めできるようなものじゃなくなっていた。
それでも、届かない思いを込めて彼の瞳を見つめる。ようやく向き直って見つめた彼の瞳は、当然のごとく、私の方を見つめ返してはくれなかった。
42 :
◆SESAXlhwuI
[saga]:2017/06/16(金) 19:36:07.53 ID:yFIcZ1s10
歯切れ悪いですが、これでおしまいです
見ていただいた方には多大な感謝を
43 :
◆NdBxVzEDf6
[sage]:2017/06/16(金) 19:45:01.04 ID:sLi3NuJM0
悲しいねえ、志保の今後が気になるな
乙です
>>3
北沢志保(14) Vi/Fa
http://i.imgur.com/vjiYt2W.jpg
http://i.imgur.com/3iRIlK5.jpg
>>5
天海春香(17) Vo/Pr
http://i.imgur.com/npnVCHE.jpg
http://i.imgur.com/7RYWSze.jpg
>>6
星井美希(15) Vi/An
http://i.imgur.com/Elsu0Bq.jpg
http://i.imgur.com/Y9rxA2F.jpg
>>25
如月千早(16) Vo/Fa
http://i.imgur.com/z4Cbz8I.jpg
http://i.imgur.com/lYCAN8h.jpg
矢吹可奈(14) Vo/Pr
http://i.imgur.com/kQHQF7j.jpg
http://i.imgur.com/R0w6Puf.jpg
44 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/17(土) 00:33:59.53 ID:ONWe6LNuo
おつおつ
45 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/17(土) 20:13:51.05 ID:woX/tWtYO
乙
引き込まれた
46 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/17(土) 22:42:54.88 ID:oSPLC7BVo
乙志保
無粋なのは分かってるがハッピーエンド見たいなあ
47 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/17(土) 23:35:16.47 ID:vqsxUcu3o
志保は集中力高いけど努力の仕方が下手なタイプだから優秀なトレーナー着けば間違いなく成長するタイプなんだよね
でも子どもっぽいところがあるからそこを認識出来なくてのライアールージュか
絵本まで進めるといいね
乙
48 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/18(日) 00:17:35.59 ID:Ye/izFfto
おつ!
49 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2019/03/17(日) 03:45:03.36 ID:NS3IdbqB0
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