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曜「梨子ちゃん、怒るわけないよ」
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67 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/13(火) 22:46:32.31 ID:rNU/4+jtO
高校、中学、小学校。
記憶をたどるけど覚えがない。
何も言えずにいると、
「昨日お葬式があった人の元妻って説明なら分かる?」
ややあって、私は無言で頷いた。
「渡辺君とは同級生なの。来るつもりはなかったんだけど、息子がどうしても会いたいって言うから」
と、なぜか梨子ちゃんに視線を向ける。
当の梨子ちゃんは、人見知りが発動したのか、少し顔が強張っているように見えた。
「会いたいって……?」
男の子の方を見やる。
「あ、桜内さんのファンなんです」
先ほどの虚ろな感じが消えていた。
どこにでもいる普通の男子高校生。
「本当は渡辺君に頼む予定だったんだけど、ここで会えるとはね」
男の子は、ぐいっと前に出てきて、梨子ちゃんの手を掴んだ。
「めっちゃ好きで、何ていうか、会えてすっごく嬉しいというか……」
「え、え、あ、の」
梨子ちゃんの動揺が目に見えて分かった。
ちょっと気やすく握りすぎじゃないかな?
「見ず知らずの僕にこんなこと言われても困ると思うんですけど、すごくへこんでた時とか、梨子ちゃんが踊ってるとことか見て、元気もらってました」
待って。
いきなり、梨子ちゃん呼びに変わったよ?
ていうか、梨子ちゃん、ちょっと嬉しそうじゃない?
68 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/06/13(火) 23:03:05.78 ID:rNU/4+jtO
>>66
ありがと
69 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/14(水) 09:58:09.14 ID:N3+S3TwnO
「ちょっと、千歌ちゃん」
と、千歌ちゃんの反応を覗う。
「いいなあ」
「はい?」
水槽の前で指をくるくる回していて、こっちの話を聞いていない。
「いいなあ、私もファン欲しい」
ええっ、なんでやねん。
梨子ちゃんがピンチだよ?
なにいじけてるのさ。
「よ、曜ちゃんっ」
梨子ちゃんが情けない声で私を呼ぶ。
その場から一歩も動かずに、顔だけを忙しなく動かした後、私は梨子ちゃんの体を引き寄せた。
「この子、人見知りなんだ、ごめんねっ!」
所在無げに男の子の手が宙に浮かぶ。
「あ、いえ。すみません」
愛想よく笑って、頭まで下げる。
「元気出ました」
梨子ちゃんは緊張しつつも、それは良かったです、とスクールアイドルらしい笑顔を返していた。
「ねえ、曜ちゃん。もし良かったら学校まで案内してもらえないかしら。図図しいのは承知なんだけど」
今度は母親が頭を下げた。
そんな風に頼まれたら、むげにできない。
「い、いい?」
千歌ちゃんと梨子ちゃんも頷いていた。
70 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/14(水) 11:08:20.67 ID:N3+S3TwnO
どうやら、元々は私のパパに頼んで、高校を訪れる予定だったらしい。
観光してもらえるのは、正直、地元を好きになってくれる人が増えるようで嬉しい部分もあった。
それは、千歌ちゃんも同じで、前を歩く梨子ちゃんと男の子を見ながら話していた。
「スクールアイドル、沼津にもあるなんて知らなかったわ」
二人は東京から来たそうだ。
千歌ちゃんが食いついたけど、
「私はそういう事詳しくないの。息子がハマってて、何年も会わなかったけど元旦那が急に亡くなった報せ聞いて、息子のショックも大きかったんだけどね、沼津って聞いてちょっとあの子元気になったのよ。仕事もしないろくでもない男だったけど、あんなんでも父親だったってことね……ああ、ごめんなさい。こんな話しちゃって」
だから、最初見た時あんなに影を背負っていたのか、と思い返す。
それに、梨子ちゃんと話している時、別人みたいに喜んでいたのも頷ける。
「男の子って単純だからね、可愛い子に笑ってもらえただけでも、案外頑張れたりするのよ」
母親自身もきっと、私たちには理解できない大人の事情を抱えていたのだと思う。
千歌ちゃんにも私にも、まだ、それは分かんない。
ただ、どうにもできない事がこの世界にはある。
それ以外の、どうにかできる部分を一生懸命繋いで前を向くことも時には必要で。
そうして進むことで、今まで見えていなかった希望への軌跡、あるいは、それに似たものに繋がっていくのかもしれない。
千歌ちゃんが母親の手を取った。
母親が驚く。
「私達、そんなに凄いスクールアイドルじゃないんですけど……、でも、みんなを笑顔にして輝かせたいなって思ってて、沼津の人達の温かさとかも知って欲しいなって。私達がラブライブを目指していることが、誰かを元気にしているのを聞いて、今、とってもとっても嬉しいです! きっと、梨子ちゃんも同じだと思いますよ!」
71 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/14(水) 11:47:07.41 ID:N3+S3TwnO
一呼吸おいて、
「グループがたくさんあるんですよ。みんなそれぞれに輝きたい理由があって、精一杯努力してて、必死に追いかけてて、だから、私はスクールアイドルが好きなんだって、思うんです!」
「そう……あの子、何も教えてくれないから聞けて良かった。きっと、そんな気持ちがあの子に届いてるのね」
母親が小さく笑った。
「ごめんなさい。ちょっと、バカにしてた所があったの。女の子の追っかけなんてって。改めないとね……反省するわ」
色々な物語があるんだ。
でも、それを知らなければ、存在しないのと一緒で。
私達は、どれだけの事に気付けるのかな。
学校に着いて、中には入れないから、そのまま正門で見学してもらった。
二人は、近所で何か食べてから帰るということで、私達は別れの挨拶をした。
バスの中で、千歌ちゃんが梨子ちゃんにどんな話をしたのか聞いていた。
「特に、その、当たり障りのない事よ。好きな曲とか、東京の話しとか」
「ふーん、つまんなーい、ねえ、曜ちゃん」
「そうだねえ」
「二人だって、急に知らない男の子となんて、会話が弾まないでしょ」
そうかな。
その割には、けっこう盛り上がっていたように思う。
梨子ちゃんって、最初は警戒するけど、すぐに慣れるし。
だいたい、あっちは元々梨子ちゃん推しなんだから、もっと警戒して喋っても良かったんじゃないかな。
「曜ちゃん、さっきから何か静かじゃない?」
千歌ちゃんが言った。
「え、そう? お腹空いたからかな」
梨子ちゃんが笑う。
「もー、千歌ちゃんみたいな事言って」
「梨子ちゃん、ひどくない?」
「そう?」
72 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/14(水) 12:12:02.89 ID:N3+S3TwnO
私は、二人のやり取りに笑いながら、胸の内のしこりを感じていた。
分からない、なんだろう。嫌な気持ちだ。
「曜ちゃん、梨子ちゃんがー」
千歌ちゃんがすがるように私に抱き着いてくる。
「あ、千歌ちゃんってば、すぐ曜ちゃんに頼るんだから」
梨子ちゃんが私の横から身を乗り出して、千歌ちゃんを引っぺがした。
「やーん」
と、千歌ちゃんが変な声を出す。
「あはは、梨子ちゃんも、頼っていいんだよー」
拗ねた顔の梨子ちゃんの肩を冗談っぽく抱く。
この間、家でお風呂に入った時とは、また違う香りがした。
あたり前だ。
あたり前のことなのに、どうしてか吸い込んだ空気が重い。
「そんな事言われたら、甘えちゃうよ?」
少しすり寄って、梨子ちゃんがしがみつく。
やや顔を上げる。私と目が合う。
急に、手が汗ばんできたのを感じた。
耐えれなくて、
「ヨーソロー!」
と立ち上がった。
「ど、どーした、曜ちゃん!?」
あまりにも不自然過ぎた。
「な、なんでもないであります」
ビックリしている二人に、私は笑って誤魔化すのだった。
73 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/14(水) 12:28:44.27 ID:N3+S3TwnO
家に帰ると、昨日のどんちゃん騒ぎが嘘のようだった。
明日の早朝には仕事に戻るパパがリビングで、くつろいでいる。
私は鞄をソファの横に置いて、パパの隣に座った。
「うおっ、お帰り」
「ただいま……」
「なんだ、静かだな」
「うん」
好きなバラエティ番組が流れていた。
でも、あんまり耳に入ってこない。
「そう言えば、今日、私のこと知ってる人が話しかけてきて、息子さんと二人で東京から来たって」
「あー、連絡もらったよ。悪いなお接待させて」
「大丈夫だよ、ちょっとでも元気になってもらえたなら良かったし」
「梨子ちゃん、迷惑してなかったか?」
「まんざらでもない感じだった」
「へえ、梨子ちゃん美人だし、モテるだろうに」
パパの言葉に、梨子ちゃんと男の子が話していた風景が蘇る。
「そうだね、優しいし」
スマホが軽快な受信音を鳴らした。
画面に、梨子ちゃんからのメッセージが表示されていた。
『今日、様子変だったから……もしかして、この間、お昼休みで聞いた話しの事かなって』
『私、千歌ちゃんに言ってないよ。私の早とちりだったらごめん』
そんな風に、疑ってはいないよ。
気を遣わせてごめんね。
74 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/14(水) 12:31:04.59 ID:gtL4Vg54o
曜ちゃんどんどん梨子ちゃんの事意識してきてますね〜
75 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/14(水) 13:03:55.82 ID:N3+S3TwnO
なんて返そうか。
悩んではみた。
でも、何も浮かばない。
「パパ、娘のスマホ覗かないで」
「ぎくっ」
横目でこっそり見ようとしているのがバレバレ。
「親子の間でもプライバシーだよ」
「会わない間に、親子の壁が……」
「まったく」
「あのな……曜、溜め込んでないか?」
パパの大きな手が、頭の上に置かれた。
わしわしとかき混ぜられる。
「……」
そうだと、思う。
「お前は、忍耐力があるし、なんでも最初に自分で解決しようとする。だから、解決できない問題にぶち当たった時、苦しいはずなんだ。それが当然だ。今回の事も、これからも、一人では難しい壁にぶち当たってそれでも舵を切ってかないといけない……航路はいずれ見えるだろう、ただ、自分の船の舵を人の様子を伺ってぐにゃぐにゃ変えてると、後悔しかないぞ」
「ギャグ……?」
「こら、人が真剣に話してるのに」
「わ、ごめんね」
「溜め込んだり、悩むのが悪いって言ってるんじゃない。精神的に不衛生になるまではさすがにやばいが、お前にとって大切なものが増えた証拠だ。パパはちょっと嬉しいよ」
76 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/14(水) 13:27:55.40 ID:N3+S3TwnO
パパはそう言ってくれた。
でも、私は、まだそんな風に大人にはなれなかった。
次の日になって、全力で寂しそうにするパパを見送って、学校へ向かった。
その日は、早く起きたので、一本早いバスで学校へ向かった。
千歌ちゃんと梨子ちゃんと私の3人のグループのSNSにメッセージを残した。
結局、梨子ちゃんに返信してないな。
千歌ちゃんと話して、梨子ちゃんと話して。
どこかで一区切りがついたと思っていた。
教室に着くと、案の定誰もいなかった。
なんとなく一人になりたかった。
千歌ちゃんと夢中になりたい。そうだね。
みんなで楽しくしたい。うん、そう。
世界中の人と仲良くできるなんて思っていない。
良い人は好かれるし、悪者は嫌われる。
悪者から好かれたい人はあまりいないだろう。
だから、ある一定層には受け入れられないようにできてるんだと思う。
はあ。
何、変な事考えてるんだろう。
図書館。
図書館に行こう。
カバンを掴む。
誰もいない校舎を、歩く。
77 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/14(水) 14:03:15.83 ID:N3+S3TwnO
図書館は開いていたけれど、図書委員はいなかった。
そう言えば、3人で花丸ちゃんとルビィちゃんを勧誘しに押しかけたっけ。
つい、この間のことのようだ。
私は方向転換した。
思い出に浸りたくて、他の場所も回って行った。
理事長室の前に来た時に、校舎の窓から生徒達が入って来るのが見えた。
もう、こんな時間。
窓枠に肘を置く。
「……黄昏てるわね、曜」
「げ、鞠莉ちゃん」
「げってなあに〜?」
鞠莉ちゃんが私の頬を両脇から引っ張る。
「いひゃ、いひゃあいっ」
手を離して、同じような姿勢でたたずんだ。
しばらくすると、鞠莉ちゃんが言った。
「曜、一人になりたいんでしょ」
「……うん……あ、その、えと」
「いいわよ。理事長権限をここで使う時が来た」
「うん?」
「みんなには内緒よ?」
と、封筒を鞄から取り出して私に渡した。
「なにこれ?」
私は中身を確認する。
切符?
「浜松の児童自立支援施設までの電車とか新幹線の切符と、地図」
「なんで、そんな」
「あなたに暴行を加えた子の転校先ね」
体が強張った。
忘れていたのに。
思い出さないようにしていたのに。
「行くも行かないも、曜が決めることだけど、渡しておくわ」
「こんなことしていいの?」
「理事長権限って言ったでしょ」
心臓が波打つ。
そこに一人で行って、何ができる。
蘇えってきたのは、恐怖だった。
それから――、梨子ちゃんの痛がる表情。
78 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/14(水) 14:09:47.39 ID:N3+S3TwnO
あの時、梨子ちゃん死んじゃうかと思った。
「曜……?」
「あ、今日、平日だよ?」
「ええ!」
「鞠莉ちゃん……」
私が迷っている間に、チャイムが鳴った。
鞠莉ちゃんが慌てて、駆け出す。
「バーイ!」
バーイって。
「どうしろって言うのさ……」
まだ、生徒達が登校しているから、今なら紛れて外に出れる。
算段をつけた頃には、私の足は玄関へ向かっていた。
79 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/14(水) 14:45:59.10 ID:N3+S3TwnO
何を考えているんだろう。
鞠梨ちゃん、前にも、こんなことあったっけ。
何がしたいんだろう、私は。
情けない。
自分の感情が分からない。
パパ、どこに行けばいいのか分からないと、ずっと、舵をきれないよ。
だから、こうやって流されて行くしかないのかな。
沼津駅から三島駅に降りて、そこからは新幹線。
名古屋行きに乗っていけば、浜松。
飛び込みの大会で、学校を休むことはあった。
今回は、完全に私利私欲で。
スマホにはどんどんメッセージが溜まっていってる。
全部は見てない。
行った所で、何が分かる?
みんなに心配をかけてまで、行くべき場所?
やることのない新幹線の中で、梨子ちゃんへの返事を打っては消し、打っては消し。
『曜ちゃんが信じてくれるなら、約束するね』
『あなたから、離れない』
どうして、あんなこと言わせちゃったんだ。
踏み行って欲しくないのに。
それに、千歌ちゃんが見てる前で、あんな。
同情?
私の事は気にせずに、好きにしてよ。
髪をぐしゃりとかき混ぜた。
梨子ちゃんの事を、気にしたくない。
自分の足場が不安定になる。
上を向いているのか、下を向いているのか混乱する。
イライラしている。
そんな感情を誰かにぶつけたくないよ。
80 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/14(水) 14:49:36.52 ID:N3+S3TwnO
次から、梨子ちゃん視点です
81 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/14(水) 15:03:21.81 ID:N3+S3TwnO
曜ちゃんに既読スルーされた。
そう言えば、千歌ちゃんにもこの間された。
嫌われてるのかな。涙目になりそう。
と、思ったら、千歌ちゃんの送ったメッセージすら曜ちゃんは見ていないようだった。
誰が送ったかは分かるはずだけど。
朝のHRで先生から、曜ちゃんは風邪だという説明を受けた。
おかしい。だって、先に行くって言っていたのに。
どういうことなの。
一人で、どこに行ったのよ。
「曜ちゃん、どうしたんだろ」
さすがに千歌ちゃんも不安そうだ。
思い当たることがたくさんあり過ぎて、私も頭を抱えた。
AqoursのグループSNSで聞いてみても誰も知らないようだった。
1限目が始まる前に、鞠莉ちゃんが教室にやってきた。
私と千歌ちゃんを理事長室に呼んだ。
それから、今朝の曜ちゃんとのやり取りを聞かされた。
「そっか、私、てっきり……身投げでも」
と、私が呟くと、千歌ちゃんが噴き出した。
「ええ!? やめてよ、梨子ちゃんってば!」
背中を思いっきり叩かれる。痛い。
82 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/14(水) 15:19:14.64 ID:N3+S3TwnO
「追いかける?」
鞠莉ちゃんが封筒を一つ目の前に掲げた。
「二人で?」
私と千歌ちゃんは顔を見合わせた。
それはもしそうするなら、千歌ちゃんと一緒だけど。
でも、学校を休むとなると、いいのかどうかという所になる。
けれど、予想外の答えが千歌ちゃんの口から飛び出した。
「ううん、私は行かないよ。梨子ちゃん、追いかけてあげて。お願い」
「え、千歌ちゃん」
「ちかっちは、それでいいの?」
「うん」
千歌ちゃんが大きく頷いた。
「オー、じゃあ、後は梨子しだいね」
「待って待って、千歌ちゃん?」
「梨子ちゃん、お願いします」
と、頭を下げてキッパリと言うのだ。
それには鞠莉ちゃんでさえも、やや驚いていた。
83 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/14(水) 15:35:22.53 ID:N3+S3TwnO
千歌ちゃんに、何か言わないとと思った。
でも、それって私が千歌ちゃんを傷つけたくないから言いたい言葉で。
それを覚悟して言っているであろう千歌ちゃんに、言うべき言葉ではなかった。
「分かった」
私は一つ返事で、封筒を受け取った。
「行ってくるね」
千歌ちゃんが腕を突き出して拳を掲げる。
「気をつけてね」
「うん」
私は軽く拳を合わせた。
「じゃあ、秘密の裏口にご招待〜」
鞠莉ちゃん、ありがとう。
千歌ちゃんが背中を押してくれたから、前に進もう。
私は理事長室を後にした。
84 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/06/14(水) 16:48:42.41 ID:VqWHRdm5O
誤:アニメ準拠で、梨子の鞠莉への呼び方ちゃんじゃなくてさんだった。脳内変換お願いします
85 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/14(水) 16:50:13.14 ID:VqWHRdm5O
曜ちゃんに、会いたい。
一人で行ってしまう彼女。
そうして、いつも一人で傷ついて帰ってくる人だから。
彼女の側にいたいと思う。
鞠莉さんからもらった地図と切符を使って、新幹線に乗り込んだ。
通勤ラッシュも過ぎ、人はまばらだった。
窓際の席に座る。
裏口から出る時に、鞠莉ちゃんが言っていた言葉が脳裏に蘇る。
『曜は、けっこう子どもよ。壁にぶつかったら、一歩引いて逃げてしまう。で、無かったことにしようとするのね』
うん、そうね。
『ちかっちは、それに気づかない。ううん、気づけない。それが当たり前だったから』
そうかもね。
『でも、外から来た梨子には分かる。大丈夫、上手くいくわ』
鞠莉さんは、少しだけ私たちの知らない曜ちゃんの感情を知っていて。
私を励ましてくれた。
86 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/14(水) 17:05:29.40 ID:VqWHRdm5O
でも、さすがにこれはやり過ぎかな。
曜ちゃんに会えるか分からないし。
連絡しても返ってこないのにね。
呆れられるかも。
「ふふ……」
曜ちゃんの困った顔が目に浮かんだ。
そんなに強くないくせに、無理しちゃって。
ああ、でもこれもいわゆるお節介。
呆れるのを通り越して、迷惑に思われたらどうしよう。
しばらく避けられるかな。
今度は溜息が漏れた。
海沿いの線路を駆け抜けていく。
どこに向かうことなく、満ちたり引いたり。
それに心を奪われる。
気になるの。
何を考えているのか、とか。
どうやったら、笑ってくれるのか、とか。
ずっとピアノばかりで、世間のことにも疎かったの。
でも、なぜかあなたのことだけは、何でも知っておきたいよ。
ねえ、曜ちゃん。
怒っているなら怒っていると言って。
どうして返事をくれないの。
私、何かしたなら謝るから。
お願いよ、曜ちゃん。
87 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/14(水) 17:33:26.95 ID:VqWHRdm5O
浜松で降りて、もらった地図を確認した。次は、バスに乗らないと。
途中、曜ちゃんっぽい服装の人がいて、よく考えたら制服だから違うかと思い直した。
似ている人がいると、少しどきりとしてしまう。
そもそも、先に出たのだから、いるわけもないのだけれど。
沼津よりもビルや人が多い。
制服のせいかな。こちらをちらちらと見る人もいる。
早い所、曜ちゃんを見つけないと、補導されたら面倒ね。
医科大学行きのバスを探して乗り込んだ。
知らない土地でも、曜ちゃんが同じように向かったのだと思うとあまり不安はなかった。
「あずきもちみなみ……?」
降りたバス停の名前。
美味しそうね。
バス停で、もう一人、おばあさんが降りて来て。
一緒の方向に歩き始めた。
同じ信号で止まって同じ路地を進み、同じ商店街を歩いていく。
見たこともない風景に忙しく目を動かしていたら、いつの間にか、おばあさんの隣に並んでいた。
進む速さを変えることもないかと思い知らぬ顔をしていたら、
「あなた、どこから来たの?」
と柔らかい表情で尋ねられた。
人見知りが発動したので、少し面食らって、一回深呼吸をしてから、
「ぬ、沼津です」
「そお、それは遠い所御苦労様」
にこりと笑う。
反射的に、私も微笑み返した。
きっと、私がキョロキョロしていたので、気遣って話しかけてくれたのかも。
「私もね、ちょっと遠くから来たの」
「そうなんですか」
「孫にね、会いに来たの」
「お孫さんに……」
「この先の施設に居るんだけど、前はあなたと同じ沼津の高校だったのよ」
小さいリュックを背負っていた。
それをポンポンと叩く。
「ちらし寿司が好きでね、いっつも美味しそうに食べてくれるの」
しわを寄せて、嬉しそうに話す。
この先にある施設で、高校生なら、もしかしたらこのおばあさんのお孫さんも、何か問題を起こしたのかもしれない。
88 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/14(水) 17:42:46.02 ID:VqWHRdm5O
でも、憶測で疑うのはダメね。やめよう。
「今は、それが一番の楽しみよ」
おばあさんはリュックを背負い直した。
「じゃあね。気をつけて」
そして、とある更生施設へと入って行った。
「あ」
私は、そこで立ち止まった。
「ここだ……」
地図をもう一度確認する。
曜ちゃんは見当たらない。
窓は半分以上カーテンが閉まっていた。
あの後輩、どんな顔だったかな。
怒りに任せて飛び出したから、あんまり覚えていない。
関係者以外立ち入り禁止、と書かれた札を見やる。
入るに入れない。
ウロウロしていたら、変質者と間違われるかも。
監視カメラが設置されていて、もう少し離れようとした所、
「曜ちゃん……」
施設の玄関から曜ちゃんが出てくるのが見えた。
89 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/14(水) 17:55:51.05 ID:VqWHRdm5O
俯きながら出て来た曜ちゃんが、驚いていた。
「梨子ちゃん……?!」
「よ、ヨーソロー」
「ヨーソロって……なんでいるの!?」
なんでって、どう言えばいいのかな。
「ほ、ほら、曜ちゃんが私のメッセージ無視するし、先に行くって言ったのにいないから、ね?」
「それは、悪かったけど、そんな事で……え、というか、どうしてここが分かったの、あ……鞠莉ちゃん、だね?」
百面相しながら、曜ちゃんが自己完結していく。
「うん」
私もぎこちなく微笑む。
ポケットから、鞠莉さんの地図を取り出してみせた。
「……平気なの?」
曜ちゃんが言った。
「私が? どうして」
「だって、自分を刺した相手がいるんだよ。恐ろしくないの」
曜ちゃんは、私が今にも発狂してしまうんじゃないかって思ってるのか、慎重に聞いてきた。
「大丈夫、曜ちゃんがいるもの」
「そ、それ、答えに、なってない」
「曜ちゃんは、会えた?」
私の質問に、嫌な顔一つ見せず、曜ちゃんは首を振った。
「ううん、会いたくないって。ただの旅行に終わっちゃったよ。あははっ」
90 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/14(水) 18:25:19.93 ID:VqWHRdm5O
「そっか」
「私、ただ、会ってね……仲直りしようって思っただけだったんだ。また、水泳始めて欲しいなって。でも、そんな事言われても困っちゃうよね。だから、会えなくて正解だった。でも、私のせいで、将来の色々な事を奪ってしまったなって……」
曜ちゃん、前に私に言った事と逆の事言ってる。
私は反論したかったけれど、曜ちゃんの言葉に耳を傾ける。
「色々、言われるの、覚悟してたつもりだったんだよ。なのに、いざ、会えないって分かったら、私……ホッとしてるんだ」
曜ちゃんは目元を腕で隠した。
「色々な大会に出て、たくさんの人の悔しさを目の当たりにして、哀しんでる姿を見たのに、私……やっぱりそれを正面から受け取るのが怖かったんだ。誰かを傷つけるのが嫌だなんて、思ってたのに……傷ついた人を受け止めるのが怖かったんだ……会えないってホッとした自分が、本当に嫌だよ……っ」
震える声に、私も鼻の奥がつんとした。
「曜ちゃん、誰でもそうよ。曜ちゃんだけじゃない……怖いものよ」
私は曜ちゃんを抱きしめようと肩に手を置いた。
けれど、曜ちゃんはそれを拒否した。
「私に優しくしないでっ……」
混乱しているのが分かった。
ずっと堰き止めていた感情が溢れ出てきたのだ。
不謹慎だったけれど、私にはそれが本当に愛おしかった。
「私はね、あの後輩はやってはいけない事をしたと思ってる。だから、私はあの子の事を好きになれない。許す許さない以前にね。でも、それでもあの子はちゃんと、きっと別の誰かに愛されてる。曜ちゃんが悩まなくても、あの子はきっと誰かに愛されてる」
私の話しも聞きたくないのか、逃げようとする曜ちゃん。
ほんと、聞きたくないことは聞かないなんて。
幼稚なんだから。
私は、曜ちゃんの腕を掴んだ。しっかりと。
「あのね、曜ちゃんは……悩むのが苦手なだけなの。脳筋なの。そこの所、分かってる? 悩むのが得意な人はね、悩み過ぎないの」
そう、千歌ちゃんみたいにね。
「のう、きんじゃっ……ないもんっ」
鼻水ずるずる言わせながら、曜ちゃんが言った。
「要するに、思い通りにならないと気が済まないのよ。でも、それを言わないからイライラするし、モヤモヤする」
そして、図星を突かれるのが嫌なの。
曜ちゃんはいやいやするように、私から離れようとする。
「梨子ちゃんの言ってることっ……分かったから、離してよっ」
91 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/14(水) 18:41:08.89 ID:VqWHRdm5O
「分かってる人は、そんな表情しないもの」
曜ちゃんの方が力がある。
だから、私から離れようと思えばすぐにでもできたはず。
だったら、彼女が意図してることは――。
「離れないって、言ったじゃない。私、曜ちゃんがどんな人でも、離れないって」
もう一度、彼女を抱きしめた。
「黙って、行かないで。私にだって、甘えていいんだよ」
「分かった風な事……ッひ……言わないで」
背中をポンポンと叩いてあやす。
「うん、ごめんね」
「もおっ……私の中に、入ってこないで……っ」
ちょっとよく分からない。
「うーん、いや」
「ひっ……――」
「そんなに泣かないでよ、曜ちゃん」
私を拒絶しながら、ボロボロ涙を流す。
いつの間にか、母親にしがみつく幼い子どものように、私を抱きしめ返していて。
92 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/14(水) 18:53:42.71 ID:VqWHRdm5O
ふと、施設の中だという事に気が付く。職員につまみだされる前に、スマホで公園を探して、曜ちゃんを誘導した。
ベンチに座らせて、ずっと隣で背中を撫でた。
早く泣き止んで欲しい。でも、しばらくこうしておきたい。
なんて、そんな事を考えていた。
「曜ちゃん、ねえ、曜ちゃん」
「……っ」
「お腹空かない?」
曜ちゃんの嗚咽が止まる。
「んっ……空いたっ」
濁声で、言った。
「よし、サンドイッチでも食べましょう」
「ハンバーグ……」
「サンドイッチ」
「ハンバーグ」
数分そんなやり取りが続いたのだった。
結局、間をとったのかよく分からないけれど、牛丼チェーンに行くことになった。
93 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/14(水) 19:03:00.59 ID:VqWHRdm5O
「曜ちゃん、それ特大盛りでしょ? 食べれるの?」
「食べるの」
言葉遣いが幼稚園児みたいになってるので、笑ってしまった。
目の前には曜ちゃんの胃袋3つ分くらいの牛丼。
やけ食いというやつかな。
「そっかー」
忙しく口を動かし始める。
店員さんも最初、オーダーを聞き返していた。
女子高校生が頼むものではないのね。
「ご飯つぶ、ほっぺについてる」
「え」
「ここ」
取ってあげると、
「あむ……」
曜ちゃんが私の指に食らいついた。
「よ、曜ちゃん」
私は固まった。
曜ちゃんは、暫くして理性が蘇ったのか、頬を赤くしていた。
「ご、ごめん」
94 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/14(水) 19:09:49.71 ID:VqWHRdm5O
「いいの……」
犬みたいだった。
可愛い。
「あの、なに?」
じっと見てしまったせいで、曜ちゃんが不思議がった。
「美味しそうに食べるなって思って。今度、ハンバーグ作ったら食べる?」
軽く、言ってみる。
「食べる……」
頷いた。
「私のハンバーグ、凄く美味しいの。もう、他の食べれなくなるよ」
「そうなったら、いっつも梨子ちゃんの家に行かないといけないね」
「いいよ、来て」
笑いかける。
曜ちゃんが目をそらす。
嫌だったのかな、と思った矢先、
「行く……」
と再び牛丼をかき込み始めた。
95 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/14(水) 19:27:07.88 ID:VqWHRdm5O
牛丼屋を出て、駅に向かった。
曜ちゃんはほとんど喋らなかった。
気まずいのだと思う。私も、多少それはあった。
でも、触れていないと、もう、落ち着かない。
私は曜ちゃんの手を握った。
曜ちゃんの顔は見なかった。
ややあって、彼女も恐る恐る握り返してきた。
二人でちゃんと出かけたいな。
そう思った。
いつになるだろうか。
少し冷たい曜ちゃんの細い指に指を絡めた。
こうした方が、しっかり繋げるから。
「梨子ちゃん……あの」
「うん」
「私、さっき酷い事言った……ごめん」
「いつの事?」
「だから、その」
言い難そうにしていた。
私は意地悪なので、曜ちゃんが言うのを待った。
曜ちゃんは、自己嫌悪の真っ最中だろう。
そういう性格なんだ。
でも、表では飄々としてしまう。
96 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/14(水) 19:49:18.38 ID:VqWHRdm5O
言い終えた曜ちゃんの顔を盗み見た。
泣いたせいで鼻と目が赤い。
「そんな事、どうでもいいの」
私は曜ちゃんの懺悔を一蹴した。
「私のメッセージ、無視したのが一番許せない」
「ああっ」
「忘れてたのね?」
思いっきり手のひらを握りしめた。
「あいたたたっ!?」
「私の恨み思い知った?」
「り、梨子ちゃん……重たい彼女みたいだよ」
「悪い? 私、めんどくさいのよ」
曜ちゃんが噴き出す。
「知ってたよ」
「肩、貸して」
「え?」
返事を待たずに、腕に巻き付きながら、頭を置く。
「あの、ちょっと、恥ずかしいんだけども」
「罪は償ってくれないと」
「これが?」
「うん」
私だって恥ずかしかった。
でも、曜ちゃんを困らせてやりたかった。
「歩きずらいよ〜」
前から歩いて来る人がいない数分だけ、私達はそうやって歩いた。
97 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/14(水) 20:01:20.32 ID:VqWHRdm5O
沼津に戻って、千歌ちゃんと鞠莉さんに曜ちゃんを確保したことを伝えた。
その日は教室には戻らずに、裏口から入って保健室に向かった。
「不良だ」
曜ちゃんが言った。
「そうね」
ベッドに腰掛け、カーテンを閉めた。
光が遮られると、途端に眠たくなった。
小さな欠伸が出る。
「疲れたよね、ちょっと寝なよ」
「曜ちゃんこそ」
「……」
「……」
アイコンタクトで頷き合う。
スカートだけ皺にならないように脱いで、ベッドの中に潜った。
「みんな、授業聞いてるのに、悪い奴」
曜ちゃんが小さく笑う。
「ほんとよ」
98 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/14(水) 20:12:17.33 ID:VqWHRdm5O
しばらく天井を眺めていた。
つまらない。すぐに寂しくなって、曜ちゃんの方を向いた。
「どうしたの?」
曜ちゃんも、こちらに向き直る。
「うん……」
顔が熱いなあ。
「梨子ちゃん?」
名前を呼ばれるのが嬉しい。
「曜ちゃん」
「なあに?」
「呼んでみただけ」
「なんですと……」
口を尖らせる。
「えへへ……」
曜ちゃんが鼻息を漏らす。
呆れたかな。
「梨子ちゃん」
「なに?」
「呼んでみただけ」
にやっと口角を上げた。
「真似したのね」
「仕返しとも言う」
どうしよう。
どうしようもなく、やっぱり、好き。
曜ちゃんが、好き。
99 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/14(水) 20:23:06.29 ID:MS/LprdSO
(かわいい)
100 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/14(水) 20:31:08.46 ID:VqWHRdm5O
『私の中に入って来ないで』
あなたに開けられた小さな穴が痛いよ。
「……梨子ちゃん」
「もう、また?」
さっきの続きかと思った。
曜ちゃんが、私の胸の辺りに頭を寄せた。
私はとっさの事で、体が石のようになった。
羽みたいに軽そうな曜ちゃんの髪があごに当たる。
「甘えちゃダメだって……分かってるんだ」
曜ちゃんは、胸元にすり寄るように頭を小さく振った。
う、動かないで。
「信じれば信じる程、私……梨子ちゃんに頼っちゃうよ」
そうやって曖昧な気持ちを伝えるのね。
私の気も知らないで。それは、友情として?
「言うほど、曜ちゃんは、頼ってないから」
「そうかなあ」
「それに、どうしてダメなの?」
「千歌ちゃん……困るから」
呆れた。
まだ、気にしてる。
千歌ちゃんめ。羨ましい。
101 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/14(水) 20:39:56.46 ID:VqWHRdm5O
いっそ、ここで言ってしまおうか。
曜ちゃんが一人で行ったと聞いた時、思い詰め過ぎて、どこかの橋からでも飛び降りるんじゃないかって思った。
そしたら、曜ちゃんにすごく会いたくなって、抱きしめたくなって、ちゃんと言わないとって思った。
だって、もしかしたら唐突に別れが来てしまうかもしれない。
あの時感じた後悔が、私を後押しする。
「曜ちゃん……私、曜ちゃんが」
部屋の空気をばっさりと切り裂く、保健室の扉を開ける音が聞こえた。
「ハロー、二人とも、寝てるのー?」
鞠莉ちゃんだった。
102 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/14(水) 20:40:41.38 ID:VqWHRdm5O
いったんここまで。
続きは、数時間後かまた明日の夜です。
103 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/14(水) 21:35:41.01 ID:RTgLfO/zo
乙です
人同士が分かり合える、想いが通じ合うって本当に難しいですね…
104 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/14(水) 21:55:17.00 ID:g7KomPoPo
乙
千歌ちゃんいい子だなぁ
105 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/06/14(水) 22:43:26.11 ID:pWoUdw0iO
>>103
全て本音ではあるのに、意図している所を汲み取ることは本当に難しいですよね。
同じ場所にいて会話していても、互いにやや異なる方向性と結論をもっているのだと書きながら思います。
この二人、かなりめんどくさいです。
>>104
千歌ちゃんは、カッコいいなと思ってます
106 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/14(水) 23:05:33.10 ID:pWoUdw0iO
どうしよう。寝たふりする?
曜ちゃんに聞きたいのに、私の胸の所から顔を上げてくれない。
このままでもいいのだけど。
鞠莉さんの足音が、足元まで聞こえてきた。
私は、目を閉じた。
シャーっとカーテンが開けられた。
「オーゥ、スリーピングビューティ」
鞠莉ちゃんは言って、またカーテンを閉めた。
良かった。気づかれなかった。
「寝坊しないようね」
部屋を出る時に、そう言い残していく。
狸寝入り、バレてたみたい。
「ふー……」
曜ちゃんはびくともしてない。
「ねえ、曜ちゃん、もしかして甘えてる所見られたくないの?」
「……うん」
「私なんて、至近距離の特等席よ」
そう言うと、曜ちゃんはゆっくりと顔を離して、両手で顔を覆った。
今さらだよ。
107 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/14(水) 23:27:53.27 ID:pWoUdw0iO
「梨子ちゃん、何を言いかけたの」
手の隙間から声が聞こえた。
「あ……うん」
いつも、邪魔が入る。
邪魔って言ったら、申し訳ないけど。
でも、言えなくて、良かったなって思ってる私もいる。
今の状態を変えたくないのね。
曜ちゃんは、深入りすれば逃げるかもしれない。
好きだなんて、伝えてしまえば、私ともう話すらしてくれないんじゃないの、なんて。
「言いたくなったら言いなよ」
曜ちゃんが私の手を握ってくれる。
焦ることはないのに。
気持ちだけは、いつでも先走っている。
「……どうしたの? もしかして、私が怒りそうな事?」
「えっと、うん……」
「怒るわけないよ。安心して」
私は、曜ちゃんが欲しいだけなの。
それを伝えたいだけ。
きっと、あなたは怒らない。
でも、傷つけたらどうしよう。
ピアノみたいに、失ってから、またもう一度取り戻せるとは限らない。
ああ、私、なんでこんな簡単に告白しようなんて思えたんだろう。
前よりも、もっと曜ちゃんに近づきたいと感じてる。
『私の中に入って来ないで』
けれど、穴が、まだ塞がっていないの。
その穴はあなたにしか塞げない。
でも、あなたの中に、私が入る余地はあるのかな。
108 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/14(水) 23:54:40.40 ID:pWoUdw0iO
週末がやってきた。ラブライブに向けて、もっと経験を積まないといけない。気持ちを切り替えた日曜日。
その日は、地元のコンサートホールでイベントを行った。
私は出られないから、客席からみんなを見守っていた。
歌詞はけっこうギリギリまでかかってしまったけど、イベントは無事終わったので胸を撫で下ろした。
来場者は学校でやった時よりも増えていたのは嬉しかった。
半分以上は身内だったけれど。
「あれ」
この間来ていた男子高校生と、みんなの元へ向かう途中の廊下でばったり出くわした。
「こんにちは。今回は出なかったんだね」
「怪我してて、それで」
「そうなんだ」
心配そうに眉根を寄せた。
「怪我って言っても、もう治ってるんだけど用心してなの」
「そっか、良かった。あの、この後時間ある? 良ければ一緒にお昼でもどう?」
「え、あの……」
困った。
と、遠くに曜ちゃんを発見した。
助かった。曜ちゃんが呼んでくれると思ったのに、彼女はふいと顔をそらした。
え、何、今の。
109 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/15(木) 00:08:52.80 ID:8CF6GpVBO
気付かなかった?
そんな事はなかったと思う。
目、合ったよね。
「あの、梨子ちゃん?」
「ごめんなさい、そういうのはお断りしてるから」
「あ、だよね……じゃ、せめて連絡先を」
「急いでるの、じゃあね」
彼の横を急いで通りすぎる。
悪い事をしたかな。
でも、今は、曜ちゃんの方が大事。
更衣室の前に曜ちゃんがいた。
「もお、どうして声かけてくれなかったの」
「良い雰囲気だったし、邪魔したら、悪いかなって」
「まさか、曜ちゃん、目悪い」
「目は、悪い方だよ」
「そのせいよ。私、あの子に興味ないもの」
「そうなんだ……」
110 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/15(木) 00:19:09.28 ID:8CF6GpVBO
曜ちゃん、私、離れないって言ったのに。
特別な意味として捉えてはくれないのね。
「おーい、二人とも帰るよー」
千歌ちゃんが呼んでいる。
「あー、はーい!」
曜ちゃんが手を振った。
「帰ろっか」
「ええ」
手を掴もうとしたら、
「今、汗臭いから」
と断られた。
そんなの、気にしないのに。
というか、曜ちゃんの匂いなら、別に、なんでも好き。
危ない、かも。
111 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/15(木) 00:33:54.66 ID:8CF6GpVBO
「曜ちゃん」
「んー」
タオルで汗を拭きながら、歩き出す。
「今日、家に行ってもいい?」
曜ちゃんが肩越しに振り返る。
「え、私が行くよ」
「いいの、私が行きたいのよ。ダメ?」
「大丈夫だけど」
帰る手間の事とか考えてくれたんだろうけど、
私の家の隣が千歌ちゃん家なの、忘れてないかな。
意識してるのは私だけ、ってことなのかもね。
「今日、ママいないから、夕飯食べに行こうと思ってて……」
「ああ、じゃあ、ハンバーグ作りに行ってもいい?」
曜ちゃんの目が輝く。
「え、ホント! わーい!」
なんだか、ハンバーグで釣ったみたい。
結果オーライか。
112 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/15(木) 00:35:48.54 ID:8CF6GpVBO
今日はここまで。
また、明日の夜に
113 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/15(木) 01:00:55.26 ID:2RF1ywdco
おつ
楽しみにしてます
でもハンバーグで笑う
114 :
名無しで叶える物語
[sage]:2017/06/15(木) 02:04:25.47 ID:iwpDgDdao
乙です
そういえばこの梨子ちゃんは匂いフェチだった
後輩ちゃんも、この後絡むにしろ絡まないにしろ、良い方向に向かうといいな
115 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/15(木) 05:08:14.74 ID:Df527ae0o
おつおつです
116 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/17(土) 01:41:23.86 ID:+pOFbcbyo
続きこないな…
117 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/17(土) 21:42:28.19 ID:XpOyHuZYO
今日は無理なので、明日の夕方くらいにまた
118 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/18(日) 04:58:55.75 ID:0EwvrZxFo
待ってます!
119 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/18(日) 20:18:41.15 ID:cFEzUClWO
夕方。買い物を済ませて、曜ちゃん家に向かった。
インターホンを押す前に、ごくりと喉を鳴らす。
曜ちゃん以外誰もいないって、緊張する。
「ふっ……」
怖気づいているの?
桜内梨子ともあろう者が?
まあ、こうなるとは思っていたわ。
そうだ。
先にSNSで知らせよう。
ピロリロン。
と、気の抜けたメロディが背後から聞こえた。
「わっ!」
曜ちゃんだ。
「わ……あっ、びっくりした……」
「全然してないよね?」
「だって」
音が先に聞こえてたし。
「まあ、いいや。入って、入って」
「お邪魔します〜」
120 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/18(日) 20:28:46.01 ID:cFEzUClWO
曜ちゃん家は冷房が効いていて涼しかった。
入っていた力がちょっと抜ける。
「お腹空いた?」
曜ちゃんに聞いた。
「うん」
頷いて、お腹をさする。
「さっきからお腹の悲鳴がやばいであります」
「それは、大変ね」
「そっ、さーて、私は何を手伝おうか」
曜ちゃんが腕をまくる。
「あ、ごめんね。手伝う事ないの」
ごそごそと、袋から具材を並べていく。
「ええっ」
「曜ちゃん、そこに座ってテレビ見てて。道具の場所分からなかったら聞くね」
「梨子ちゃん、そんな」
「いいから。私が作ってあげたいの」
「う〜、じゃあお言葉に甘えるよ?」
「どうぞ、どうぞ」
だって、陽ちゃんと至近距離で料理なんて、集中できないに決まってる。
121 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/18(日) 20:44:15.73 ID:cFEzUClWO
曜ちゃんがソファに腰を降ろしたのを見届けて、ミンチ肉に下ごしらえを施していると、
「梨子ちゃんて、東京で男の子にモテてたでしょ」
曜ちゃんが言った。
「そんなこと、ないよ」
「だってたまに、どんな男も瞬殺よっ、みたいな顔してる」
「どんな顔よ」
それ、たぶん、曜ちゃんと二人っきりの時だけ。
「私にはできないけどさ」
チャンネルを無造作に変える。
「この間、私がコンサートホールで話しかけた時の、一瞬の顔とか……あ、梨子ちゃん女の子だなって」
「それは……」
順序が逆。
話しかけられたから、なのに。
「曜ちゃんがいたからよ?」
曜ちゃんの中の私の印象に、もしかして東京ギャルみたいなものがあるの?
まずい。払拭しないと。
「……早く曜ちゃんにお疲れ様って言ってあげたくて、そしたら目の前にいたから嬉しくなったの」
恥ずかしい事を言っている自覚はあった。
耳が熱い。
返答がないので、振り返る。
曜ちゃんがこっちを向いて、目が合って、
「ありがと……」
ゆっくり俯いていた。
122 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/18(日) 21:05:23.55 ID:cFEzUClWO
何かしら。曜ちゃん、最近あまり目を合わせてくれない。
私は少し気まずさを感じながら、
「そ、そう言えば、疲れてない?」
はっとしたように、曜ちゃんは顔を上げた。
「任せて! 全然大丈夫!」
「すごいっ、脳筋」
「また、脳筋って言ったね!? もう、関係ないよね?! 言いたいだけだよね?!」
ソファーで地団駄を踏んでいる。
可愛い。
笑ったら、頬を膨らませていた。
それから1時間くらいして、机には出来立てのハンバーグが二つ並んだ。
曜ちゃんがそわそわしていて。
その光景を動画でも写真でもいいから収めて、部屋にでも飾りたかった。
実際、写真はスマホに4枚程、曜ちゃんを中心に撮影した。
最後の1枚は、二人で。
待ち受けにしようか迷ったけど、さすがに気持ち悪いと思われたら嫌なのでやめた。
いただきます、の合図で曜ちゃんがハンバーグめがけて箸をつける。
自信はあった。マズいなんて言ったら、曜ちゃんを張り倒そう。
と、強気の姿勢はなんの意味もなく、曜ちゃんの口の中に入って行く瞬間は、
ああ、曜ちゃんの好みの味じゃなかったら、などと弱気になっていた。
でも、それは全て杞憂に終わった。
「おいしー!! めっちゃおいしー!! これ、やばい!!」
全身で感想を表現する曜ちゃん。
私は迷うことなく、その姿を写メってしまったのだった。
123 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/06/18(日) 21:15:02.81 ID:BGlOwT2R0
良いぞ
124 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/18(日) 21:16:58.27 ID:cFEzUClWO
その後、曜ちゃんに褒められて天狗になった私は、さらに、家から持たされたある物を机に置いた。
「なにそれ?」
白い液体の入った瓶。
それを、手に持ちつつ、曜ちゃんが首を傾げる。
「甘酒。おばあちゃんの家から送られてきたの。美容にいいからって」
「梨子ちゃんは、もう飲む必要ないでしょ」
そうからかいながら、席を立ってグラスを二つ持ってきてくれた。
「甘酒って、でもお酒じゃない?」
「大丈夫、全然酔わないよ。お正月とかに飲まない?」
「うん」
「じゃあ、味見くらいでやめておこうか。また、大人になってからね」
残念。喜ぶ姿が見たかったけど、これは失敗。
「……そう言われると」
「そう言われると?」
「飲まないわけにはいきませんなあ」
そんなつもりはこれっぽちもなかったのに、なぜか曜ちゃんは闘志を燃やしていた。
「えっと、無理しないでね?」
曜ちゃんが瓶の蓋に手をかける。
聞いちゃいない。
125 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/18(日) 21:26:33.31 ID:cFEzUClWO
どろっとした甘酒を互いのグラスに注ぐ。
「なんだろ、発酵してるぜって匂い」
曜ちゃんが鼻を揺らす。
そのまんまね。
「じゃあ、お疲れ様で、乾杯」
私が言うと、
「乾杯」
と曜ちゃんも慌ててグラスを掲げた。
ガラスの重なり合う音。
毒見をするような曜ちゃんを盗み見ながら、一口飲み干す。
口どけが良くて、美味しい。
「どう?」
「ん……ごく、おいひい」
ちびちびと飲んでいる。
「でしょ? 温めて飲んだ方が美味しいんだけどね」
「そうなの? じゃあ、温めるよ」
立ち上がって、陶器のコップにも甘酒を注ぐ。
気に入ってもらえて良かった。
126 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/18(日) 21:35:19.65 ID:cFEzUClWO
最初の方は、お喋りしながらテレビのバラエティ番組にツッコミを入れながら、楽しく飲んでいた。
だんだんと体の方が熱くなっていって、
「梨子ちゃん、ちょっと頬っぺたがポカポカしてきた」
「ちょっと赤いかも。曜ちゃん、もう止めといた方がいいよ」
「でも……」
と、またちびちび飲み出す。
「ダーメ」
「梨子ちゃ〜ん」
「はい、お茶」
甘酒のせいか、少し甘えん坊な曜ちゃんを垣間見れた。
暫くして、もう酔いも覚めたかなと思った頃に、お手洗いで抜けてまた戻ってくると、瓶の中に半分程残っていた甘酒が無くなっていた。
曜ちゃんが背中を向けて、ぐびぐびと飲んでいた。
「もお、曜ちゃんってば」
呼んでも振り返らない。
おかしいと思って、正面に回る。
飲んでいたグラスを取り上げた。
「弱いみたいだから、もうダメってば」
「へーき、へーき」
どこがかしら。
「洗面所で、自分の顔見てきたらいいよ」
「はーい」
とたた、と走っていく曜ちゃん。
足どりはしっかりしているようだけど。
部屋の奥から、まっかっか! と叫ぶ声が聞こえたので、私は頭を抱えた。
127 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/18(日) 21:46:41.55 ID:cFEzUClWO
そして、戻って来ない。
私も洗面所に向かった。
「曜ちゃん?」
洗面台に突っ伏している。
「だ、大丈夫?」
「へーき、へーき」
「もう、それは信用しないからね。立てる?」
「うん……」
立ったとたん。顔から私の体に倒れ込む。
なんとか支えるけど、曜ちゃんが、
「梨子ちゃん、胸、ふかふかするー」
っと呟いたので、羞恥から突き飛ばしてしまった。
「いだあっ」
背中から思いっきりぶつかってしまう。
「ご、ごめんなさいっ」
腕で胸を庇いながら謝った。
「酷い……よ」
背中を擦りながら、私の腕を掴んで引き寄せる。
128 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/18(日) 21:58:37.78 ID:cFEzUClWO
ゆっくりと顔が近づてきて、彼女の吐息が私の首筋にかかった。
「……よ、よ、よ」
言葉が出ない。
「うんん……」
背筋が震えた。
曜ちゃんに抱きしめられている。
保健室の時よりも、彼女の体温をしっかりと感じていた。
「梨子ちゃん……」
舌たらずに呼ばれる。
これは、お酒のせい。お酒のせい。お酒のせい。
「曜ちゃん、お水飲もう? ね?」
「どうして、梨子ちゃん、そんなに優しいの……」
「急に、何?」
魂が半分抜けた体を引きずって、キッチンへ向かわせる。
「同情……なの? 同情するなら、金をくれ……」
家なき子?
「同情なんかじゃないもの」
筋肉のせいかな。
曜ちゃんの体、見かけよりも重たい。
129 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/18(日) 22:10:57.47 ID:cFEzUClWO
「同情は平等よ……でも、この気持ちは平等じゃないから」
「へへへ……意味分からないヨーソロ」
「分からない、か……」
そうね。
曜ちゃんにとって私は、親しい友人の一人なんだもの。
「ごめん、梨子ちゃん」
「え」
「悲しい顔、してる……」
酔っていた方が、鼻が利くのかもね。
「曜ちゃんのせい」
「そっか……ごめん」
「……」
やっと、リビングにたどり着き、ソファに寝転がらせる。
私の体を一向に離そうとしないので、無理やり引っぺがした。
バカ力め。
力尽きたのか、曜ちゃんの瞼は落ちていた。
「悲しい顔してるのは、どっちよ」
隣に座って、髪を撫でた。
130 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/18(日) 22:39:47.52 ID:cFEzUClWO
首が後ろに反り返って危なっかしい。
頭を太ももの上にそっと寝かせた。
「んにゃ……ハンバーグ、も一個」
「まだ食べるの?」
応答が無い。
寝言みたい。
「やっぱり、今日は疲れてたんでしょ……」
だから、こんなに酔いが回ったんだ。
曜ちゃんの大丈夫程、疑うべきものは無かったのに。
「無理して、合わせるから……」
頬に触れると、指すぐに熱が伝わってきた。
「へへへ……」
寝てる時の方が楽しそうなのね。ちょっと、気に食わない。
でも、曜ちゃんの顔がとても穏やかで。
まるで、私は彼女の揺りかご。
もし、そうなら、いいけど。
「梨子ちゃん……」
下を向くと、うっすらと目を開けていた。
「なあに?」
「私、めんどくさいよね……疲れるよね」
「ううん」
「こんな迷惑な人間、いなかった、そうじゃない?」
もし、いたら、私はきっと、あなたを好きになってなかったかもね。
「そうねえ。曜ちゃんみたいな人、一人で十分」
この気持ちは、一人で十分よ。
「……やっぱり」
ああ、落ち込んだ。
「私に嫌われるのは嫌?」
そうなら嬉しい。
「……やだよ」
「そう、ありがとう」
「誰かに……」
曜ちゃんが私の手を掴んだ。
「とられるのも……嫌みたい」
私も曜ちゃんの手を掴み直す。
それは、どういう意味なの。
「ほら、迷惑だ」
「誰も、言ってないじゃない」
131 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/18(日) 23:09:00.17 ID:cFEzUClWO
もっと、言葉をお願い。
そんなのじゃ物足りない。
確信できない。
「だって、梨子ちゃんは……東京の人で、いつまでも沼津にずっといるって訳じゃない。そばにいる、なんて……簡単に約束しちゃダメだよ」
「どうして? 私は沼津にずっといるんじゃなくて、曜ちゃんとずっと一緒にいたいのよ。それに、簡単に言ったつもりもない」
イライラしてきた。
この分からず屋。
私だって、どうやったら一緒にいれるのか考えてるのに。
考えても考えても、いつも自信はない。
先のこと?
不安しかないよ。
それでも、一緒にいたいの。
「だから、それが……ダメって」
「何がダメなの」
私じゃダメなら、はっきり言って欲しい。
千歌ちゃんじゃないとダメだったなら、そう言って。
「梨子ちゃんが気に入った人じゃないと」
ぐだぐだと曜ちゃんは言う。
たぶん、曜ちゃんの頭の中は迷路になってるんだ。
今は何を話しても、迷うだけかも。
私はため息をついて、小さく笑った。
「……曜ちゃんも見つかるといいわね」
132 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/18(日) 23:12:50.65 ID:cFEzUClWO
次から曜ちゃん視点です
133 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/06/18(日) 23:13:32.70 ID:lDXYFq7q0
期待
134 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/18(日) 23:24:14.46 ID:cFEzUClWO
目が覚めたら、自分の部屋にいた。
不思議な事じゃないんだけど、寝返りを打つと何かにぶつかったから、ぎょっとした。
梨子ちゃん?
深夜2時。
私は一体、いつベッドに入ったんだろう。
梨子ちゃんは、どうして一緒に寝てるんだろう。
しばらく、梨子ちゃんの寝顔を見て、思い返す。
徐々に、記憶が戻って来る。
戻らなくてもいい記憶と一緒に。
「ひ……」
叫びそうになって、口を抑えた。
やらかした。
思いっきり、やらかしたぞ、渡辺曜。
梨子ちゃんの膝枕を受けていた自分が、嘘のようだ。
静かに深く、枕を頭に打ち付けた。
「あ……」
甘酒のせいかな。
香りが漂っている。
美味しくて、ついつい飲み過ぎて。
よし、お風呂、入ろう。
明日、学校あるから、梨子ちゃんもお風呂入りたかっただろうに。
もぞもぞと動くと、お腹に何かが――梨子ちゃんの腕が巻き付いてきた。
「わっ」
「どこ、行くの」
135 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/18(日) 23:29:34.40 ID:cFEzUClWO
背中のすぐ後ろで声が聞こえた。
「ご、ごめんね……私、梨子ちゃんにとんだ事故を」
「どこ行くのって聞いてるのよ」
恐い。
「お、お風呂に」
「一人で?」
「は、はい」
「私も入りたい」
「でも、狭いよ?」
「いいの。このまま寝るのは、イヤ」
ごもっとも。
「んー、じゃあ私後で入るから」
「さっきまで酔ってたのに、ダメよ。一緒に入ろう?」
「一緒にって」
ウエストがきゅっと締まる。
「お願い……」
お願いって。
136 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/18(日) 23:43:30.66 ID:cFEzUClWO
ママはまだ帰ってきていなかった。
私と梨子ちゃんは脱衣所で、背中合わせに服を脱いだ。
前側はタオルで隠していたけど、それ以外の露出した肌が色っぽくて、本当に同い年かと疑ってしまう。
「曜ちゃん、そんなに見られると恥ずかしい……」
「え、ごめん」
見過ぎてた。
急ぎ足でお風呂場の扉を開けて、一歩踏み出す。
と、足元が滑った。
「曜ちゃんっ」
梨子ちゃんに抱き止められる。
「バカ、心臓止まるかと思ったでしょ」
「う……すみません」
後頭部に生の乳が当たっていた。
女の子同士でも、それは、かなり心拍数が上がる訳で。
触れ合っている肌と肌の感触が、柔らかくて。
ふと落とした視線の先に、彼女の脇腹の痛々しい傷跡があった。
「そこ、お湯つけても大丈夫なの?」
「ええ、もう塞がってるから」
シャワーを捻って、互いに掛け合った。
そう言えば、小さい頃、千歌ちゃん家の温泉で、よくやったな。
今はしなくなったけど。みと姉とかとも入ったりして。
137 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/19(月) 00:18:50.39 ID:TqcAjD03O
無邪気だったな。
「頭洗ってあげるよ、梨子ちゃん」
「じゃあ、お願い」
「お湯熱くない?」
「ちょうどいいよ」
背中側からゆっくりと、髪の毛にシャワーを当てていく。
千歌ちゃんの事、意識し始めて急に恥ずかしくなったっけ。
「シャンプーつけるね」
「はーい」
泡立てて、髪を痛めないように洗ってやる。
背中に落ちていく泡。
『曜ちゃん! くすぐったいよー!』
『千歌ちゃん、我慢しなー』
『まだー?』
『もう少しだよ』
幼い頃に見た、あの子の背中。
いつも、そばにいてくれた。
言葉さえいらなかった。
「梨子ちゃん、かゆい所ない?」
「うん」
「洗い流しますぞ」
「お願いします」
138 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/19(月) 00:33:59.08 ID:TqcAjD03O
でも、本当は違った。
言葉が必要だった。
千歌ちゃんにではなく、私に。
『曜ちゃん、すごーい! 千歌にはできないよ』
『千歌ちゃん、見ててね!』
『やりたいこと、まだ見つからなくて……』
『そっか。見つかったら最初に教えてね。応援するよ』
『スクールアイドル、やりたい!』
『水泳部と掛け持ちだけど、私も入るよ!』
『立派な高海千歌になるから、曜ちゃんも――』
『うん――』
腕に、梨子ちゃんの手が触れていた。
「曜ちゃん」
「あ、コンディショナーつけるね」
「うん」
私が笑うと、梨子ちゃんもつられたのか微笑み返す。
なんてことない仕草なのに、どうして――。
『そばに――』
千歌ちゃんが飛び出す時、私も一緒にいたいと思ったんだ。
そのままずっと一緒に。
一人じゃ、心細いだろうって、危ないだろうって、決めつけてさ。
139 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/19(月) 00:51:28.58 ID:TqcAjD03O
悪い奴だったんだ。
千歌ちゃんが輝くのを誰よりも後押ししてるフリをしていただけだ。
親友のフリをしていただけだ。
その方が、近づけたから。
手に入らないと分かったら途端に臆病になってしまう。
「曜ちゃん、交替しよっか」
「じゃあ、頼みます」
「大丈夫? まだ、ぼーっとしてるみたい」
「うん、そうみたい」
「私に、もたれてていいよ?」
背中に、梨子ちゃんのお腹が当たった。
どきりとした。
でも、甘えたかった。
「そうするね」
こんな悪い奴でも、優しい人は現れるんだね。
「曜ちゃん、目、閉じないと……」
「わっと」
140 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/19(月) 01:08:12.26 ID:TqcAjD03O
「お客さん、力加減どうです?」
「良い感じですな」
「そうでしょう」
「なんじゃそりゃ」
目を閉じて、いっそう感じる。
その声音の優しさ、心地良さ。
「曜ちゃん、髪短いから洗うのラクでいいな」
「乾くのも早いよ。2分くらい」
「早すぎる……」
シャワーがかけられる。
その後、体は各々で洗って、湯船に浸かった。
不思議と、入る時より気持ちが落ち着いていた。
正面に体育座りする梨子ちゃん。
眠そうな顔。
洗い流されたものがあったのかも。
『顔色を窺ってばかりいると――』
『大切なものが増えたんだ――』
141 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/19(月) 01:25:03.85 ID:TqcAjD03O
一緒にいてくれると嬉しい。
手を握られると、恥ずかしくなる。
でも、繋いでると安心する。
「曜ちゃん、手出して」
「はい?」
水音が跳ねた。
梨子ちゃんの腕が伸びて、私の指の隙間に彼女の指が収まっていく。
「して欲しそうだったから」
梨子ちゃんが、目を細めた。
そうだ。
増えたんだ。
私の大切な人が。
信じても、離れていくかもしれない。
そう思うと、怖くなる。
だから、それ以上が分からない。
想像すらできない。
この気持ちは――。
みんなで楽しくするフリを止めよう。
私の中に、一人占めしたい醜い自分がいることを認めてあげないと。
この気持ちは――。
142 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/19(月) 01:46:39.41 ID:TqcAjD03O
この気持ちを表わすとしたら――。
「梨子ちゃん」
湯船が揺れる。
彼女の瞳から、目が離せない。
つい先ほど、眠りについたと思っていた心臓が蘇えり脈打ち出す。
「曜ちゃん……?」
水気を帯び、色艶の増した、唇。
近づきたくなる。
片手を、浴槽の縁に面したタイルに当て、膝を少し立てる。
梨子ちゃんは、でも逃げようとしない。
頭の中は、触れたい、それだけだ。
触れて、
もっと繋がりたい。
互いの吐息がかかった。
ガチャン。
玄関の鍵が開く音。
ガサガサとナイロンの袋がこすれ合う。
音が近づいてきて、
「あれ、曜ちゃん、こんな時間にお風呂?」
お風呂場のガラス戸越しに、ママの影が映った。
「あ……う、うん」
「早く寝るのよ」
「は、はーい」
無理矢理明るく返事をした。
その後は、梨子ちゃんの顔を見ることができなかった。
143 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/19(月) 01:49:10.95 ID:TqcAjD03O
今日はここまで
また明日以降で
144 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/19(月) 04:58:25.55 ID:zuub45n1o
あぁ…
もどかしい…
だがそれがいい…
145 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/19(月) 20:34:38.71 ID:U8JUtDwSO
キマさない
146 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 00:40:03.63 ID:hVoKMaCTO
お風呂から出て、心ここにあらずな状態で、ろくに体も拭かないまま寝巻に着替えた。
梨子ちゃんをベッドに案内して、床で寝ようとしたら、無理やりベッドに引っ張られてしまった。
しょうがないから、その時は梨子ちゃんの隣に潜った。
電気を消して、目をつむる。
喋らなければ、ただ静かで。
梨子ちゃんの呼吸が気になってしまって。
しばらくして、梨子ちゃんが寝付いた頃に、私はタオルケットを一枚お腹にかけて床で眠ったのだった。
そんな状態も相まって、私は翌日、見事に風邪を引いていた。
「……ッ」
目覚めた時に、喉が痛くて声が出なかった。
とにかく体が寒くて、節々が痛みを訴えていた。
心配する梨子ちゃんをなんとか学校に送り出し、今、一人、ベッドに横たわっている。
SNSに、千歌ちゃんからスタンプとお見舞いの言葉が来ていた。
返す気力も無く、スマホを床にそっと置く。
147 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 01:23:17.14 ID:hVoKMaCTO
風邪なんか引くの、久しぶり。
体調管理には気をつけてたつもりだったのに。
一瞬の油断とやらが、命取りってやつだ。
喉の奥は焼けるように熱い。
夏なのに全身は寒くて寒くて、暖房の温度を上げても治まらない。
寝ようにも寝れるわけもなく。
昨日まですぐ隣にいた梨子ちゃんの残像が目の前にちらついていた。
梨子ちゃん。
想像の中で、彼女は笑っている。
こちらに手を伸ばして、頬を撫でてくれるのだ。
指を絡めるように手を握ってくれて。
現実は、違う。また、困らせた。気を遣わせた。
横を向く。
少しだけしわになったシーツ。
くぼんだ部分が、そこにいた証拠。
「こほッ……」
昨日、私は――何をしようとした。
甘酒のせい。
そう言ってしまうのは簡単だけど。
それで片づけてしまって、本当にいいのかな。
なんて、不誠実。
148 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 01:49:04.55 ID:hVoKMaCTO
そうだ。
私は、千歌ちゃんをとられたくなかっただけだったのに。
いつの間に、梨子ちゃんにすり替わってしまったんだろう。
まるで、代わりを求めたみたい。
恐ろしい。
自分が。
目の前にあった、
光る太陽も、
その輝きへ羽ばたいた鳥も、
手に入れることなんてできない。
ずっと下の方で、見上げているだけ。
変わらない事を望んでいた。
変わらなくてもいい。
そうだよ。
変わらなくてもいい。
飛び立つ鳥を捕まえることなんてできない。
私は地上で精一杯の事をすればいい。
私の舞台はそこなんだから。
光る太陽も、
その輝きへ羽ばたいた鳥も、
繋ぎ止めちゃいけない。
自由なんだから。
地上にある、重たい鎖の事を知られちゃダメなんだ。
149 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 01:59:48.54 ID:hVoKMaCTO
寝苦しいながらも、私は少しだけ眠った。
何度か起きて、水を飲んだ。
昼時になり、お腹も空かず、飲むタイプのゼリーをすすり、また横になった。
締め切ったカーテンから、茜色の西日が射しこんだ頃、もう一度目が覚めた。
「曜ちゃん、起きた?」
「梨子ちゃん……」
喉はだいぶマシになっていた。
「寝ぼけてる。千歌だよ」
「ち、か、ちゃん」
だるい体を起こす。
「いいよ、寝てなよ。声、ちょっとハスキーだね」
押し戻される。
「来てくれたの……」
「元気そうだったら、一緒にみかん食べようと思って」
千歌ちゃんがみかんを二個取り出して、自分の頬っぺたにくっつける。
可愛らしい。
「ありがとう……でも、まだお腹空かなくて」
「だよね〜、早く元気になるように、これ持ってきた」
CDプレーヤー。
どこかで見たことある。
そうだ、梨子ちゃんの。
150 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/20(火) 02:00:35.77 ID:IH/1hHKSO
ようそろ…
151 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:18:32.27 ID:hVoKMaCTO
「もう、使わないからあげるよって」
中には白いCDが入っていた。
題名が書いてある。
『光る海』
梨子ちゃんの字。
「曜ちゃんと顔合わせずらいって、今日はこれ代わりに渡してって言われたんだけど、何かやらかした?」
「あ……う、うん」
なんて説明すれば。
「?」
千歌ちゃんが首を傾げる。
でも、あまり追及はしてこなかった。
「曜ちゃんに言ってなかったことがあってね……」
と言葉尻を濁しながら、イヤホンを私の両耳にはめ込んだ。
再生ボタンを押す。
「あれ、これって……昨日のイベントの」
すぐに思い当たって、耳を傾ける。
「うん」
コンサートホールで踊った曲とはかなり違う。
包まれるような、優しい曲調に変わっていて。
バスで聞いた時とも違う。
歌詞もついてない。
「それ、原曲なの。イベントで使ったのはそれを編曲したんだって」
「へえ……?」
片方を外して、千歌ちゃんを仰ぎ見た。
「お見舞いが曲だなんて、梨子ちゃんらしいや」
「うん……」
152 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:43:23.49 ID:bNB8Zs1kO
千歌ちゃんが、頬っぺたを自分の手で引っ張った。
「ち、千歌ちゃん?」
私はびっくりした。
伸びた皮膚が、びたんと戻る。
どうしたの。
千歌ちゃんが私の両手を握る。
「この曲さ、梨子ちゃんが曜ちゃんを想って、曜ちゃんのために作った曲なの」
吸い込んだ息に、むせそうになった。
「え」
「私にだけ教えてくれたの。『光る海』は、曜ちゃんのことだって」
千歌ちゃんが優しく微笑む。
「ど、うして」
かすれた声が、千歌ちゃんに問いかけた。
「最初から、梨子ちゃんは曜ちゃんを見てたんだよ?」
「まさか……」
「梨子ちゃんは、曜ちゃんを待ってるよ」
千歌ちゃんの手が離れていく。
私の体は相変わらずだるくて、
千歌ちゃんが突き出した拳の意味もすぐには分からなくて、
「行かなくていいの?」
そうやって、
「曜ちゃん、ちゃんと言わないと伝わらないんだから」
残酷な台詞を吐いた。
153 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 02:56:03.78 ID:bNB8Zs1kO
「言うって、別に、私は……」
千歌ちゃん、そんなこと言わないで。
ずっと友達でいるから。
3人で。
「逃げるの?」
そういうことじゃ――。
カラカラとかすかにCDが回っていて。
もうすぐ、曲が終わりに近づいていた。
片方だけ挿していたイヤホンから、声が聞こえた。
『曜ちゃん、怒らないで聞いてね……』
なに。
『私、曜ちゃんが好きだよ』
夏の雲のように、
私の中に立ち上がっていく感情。
CDは数秒後に、止まった。
「逃げるの? 逃げないの? どっち」
千歌ちゃんが、言った。
154 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:10:15.54 ID:bNB8Zs1kO
―――それから。
靴はサンダルで、
乗り物は自転車で、
私は全速前進で、
学校に向かった。
彼女は、学校にいた。
夕焼けの中、音楽室で、一人ピアノを弾いていた。
息を整える。
「梨子ちゃん」
「よ、曜ちゃん……ッ?!……って、風邪は大丈夫?!」
「うん」
「ど、どうしてここに」
「CD、聞いたからっ」
梨子ちゃんは、頷いた。
信じられないという顔で。
「へ、変なもの贈りつけて……ごめんねっ、あの」
「そんなことないよ」
慌てる梨子ちゃんが、私の心を揺さぶる。
155 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:28:32.32 ID:bNB8Zs1kO
「梨子ちゃん、怒るわけないよ」
走って駆け寄って、椅子から立ち上がった梨子ちゃんに抱き着いた。
「よ、曜ちゃん」
「捕まえた……」
「え、ええっ」
認めないとか、諦めようとか、
そんなこと関係なくて。
そんなことは全く意味はなくて。
この気持ちは――止まらないんだ。
私の幼さや我がままさえも通り越していく。
「私も、君が好き」
おわり
156 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/20(火) 03:30:14.56 ID:bNB8Zs1kO
こんなめんどくさいのに付き合ってくれてありがとうございました。
157 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/20(火) 03:37:35.60 ID:spRU0uPeo
乙
158 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/20(火) 05:02:46.19 ID:YgAKDtxgo
乙です
千歌ちゃんが格好良くてでも可哀想すぎて辛い…
梨子ちゃんも曜ちゃんも千歌ちゃんもみんな幸せになってほしいって思うのは贅沢かもしれないけど…
159 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/20(火) 05:34:09.87 ID:vNmdbrAZo
乙
面白かった
ようちかりこの三角関係が好き
160 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/20(火) 10:36:59.79 ID:k2vvrss3o
おつ良かった
2年組のドロドロ好き
161 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/06/20(火) 16:30:50.60 ID:WqE0at4E0
乙
162 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/21(水) 21:23:04.21 ID:5ihoOLCXo
乙
もう1度前作からゆっくり読み直したくなったわ
163 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/21(水) 23:33:31.25 ID:re72M74WO
1です。終わったスレなので読んでる方いるかわかりませんが、読んで下さってありがとうございます
どうでもいい補足:千歌ちゃんは、ラブライブへの情熱が強くて(むしろ恋人はラブライブ)、恋愛感情を育む余裕はあまりなく、ちょっとミーハーな所がありました。梨子ちゃんは、曜ちゃんのハンカチをまだ返していません。
164 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/22(木) 00:00:23.28 ID:mUjHNlbAo
乙でした。前作今作ともすごく良かったです。個人的に曜ちゃんは2年組の中で恋愛面で一番未成熟
(部活に熱中してきた子にありがち)なイメージなので、自分の気持ちに困惑してうじうじしたりだとか、
鞠莉ちゃんの助言の内容に共感して読めた
165 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/06/22(木) 01:47:50.04 ID:UdHWj9oGO
>>164
ありがとうございます
大きな挫折を味わったことがなさそうな曜ちゃんは、失敗や恥を知らない純粋さがありそうです。また、それにどう対処していいか分からないし、
考え込んだら考え込んだで、アニメを見る限り、明後日の方向に想像を膨らませる所があって、直感を好み思慮することがめんどくさそうなイメージがあります。
自分を選ばなかった千歌ちゃんに対して自信を砕かれた所もあり、砕かれたかっこいい自分とそれを保とうとする気持ちの折り合いをつけれず、
めんどくさくなって、とりあえずみんな幸せならいいじゃん、と短絡的な発想になって、でも、それが許されない状況に追い込まれ、
今回のssのようにうじうじ曜ちゃんになってしまいましたが、うじうじする曜ちゃんを励ます鞠莉と千歌と梨子が好きです
曜ちゃんは恋愛に関して、「好き」という言葉を使うか分からなかったですが、
梨子ちゃんによって恋愛を学び、子どもながらに「好き」を使い分けることができました。
以上、チラ裏でした。
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