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【モバマス時代劇】木村夏樹「美城剣法帖」_
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1 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/26(金) 23:46:05.88 ID:ArXuL0GF0
さてどうしたものか。
遊郭の個室にひとり、三味線を弾きながら木村夏樹は思った。
東郷派に喧嘩を売る口実を作ったのはよいが、率直に言って分が悪い。
ざっくり千川派と東郷派の違いを分けると、文官と武官。
馬廻だった凛や徒士頭の木村などを除けば、そのような形になる。
千川派は頭脳労働集団であって剣には長けていない。しかも、責任や面倒な命の張り合いは他人に押し付けたがる傾向がある。
つまるところ先陣を切って戦える人間はごく少数である。
一方東郷派は頭は軽いが、それゆえに簡単に曖昧模糊な“大義”に命をかける。
修行にのめりこんで出世を逃すような剣術馬鹿も大勢いる。
しかも、このような馬鹿者どもは買収にも応じない。
未央をもっと可愛がっておけばよかったか。木村の脳裏に、行方知れずになった後輩が思い浮かんだ。
凛を斬ったとはいえ。いや、凛のような剣士を斬れる女が千川派に必要だ。
つまるところ、理性感情を抜きにした物理的な破壊力。
千川派は首から下は能無し。
三味線を休めて、木村は酒を煽った。
自分たちの手が汚せないのなら、余所者に力を借りるしかあるまい。
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1495809965
2 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/26(金) 23:48:38.00 ID:ArXuL0GF0
徒士の大石泉は、その夜2人の友と酒を飲んでいた。
東郷家にほど近い小料理屋。
下級武士しかよりつかないしみったれた店で、東郷派の本拠地のような場所になっていた。
「未央がよくやってくた!」
機嫌よく徳利を叩くのは土屋亜子。
日頃はせせっこましい金の勘定ばかりしている女だが、今回は千川派との全面対決に勇んでいる。
理由は、自分よりも富めるものが大嫌いだからである。
「えっへへー♪ 私たちも頑張らないといけませんね♪」
猪口からお酒をしょぼしょぼ飲んでいるのが、村松さくら。
本当は人を斬る度胸も腕前もないが、東郷派の空気に流されて意気込んでいる。
「2人とも、少しうるさい…」
泉は不機嫌な声で言った。
未央に破られた鼓膜がまだ治っていない。そして、自分をこんな目に合わせた未央が賞賛されているのが気に食わぬ。
二重の意味で耳が痛かった。
3 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/26(金) 23:49:30.41 ID:ArXuL0GF0
店から出た3人は並んで夜道を歩いた。
酒が入っているが、ここは東郷派のお膝元。
ましてこちらは3人だ。四方八方から囲まれでもしない限り、負けはせぬ。
「それでいつにする?」
泉は2人に尋ねた。
「いつって?」
さくらが割にしっかりした声で応えた。実は彼女、帰り道の襲撃を警戒して、酒は軽く済ませている。
「千川派の人間を斬る日だよ」
「明日でもいいんじゃない? いや、今からでも」
土屋亜子が嘯いた。金の勘定以外に頭を使う気はないらしい。
泉はため息をついた。
東郷派はたしかに勢いづいているが、勢いでそのまま倒れかねない危うさがある。
武力で上回るといって、これでは烏合の衆ではないか。
無駄に意気込む2人と、それを冷めた視線で見る1人。
4 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/26(金) 23:50:02.79 ID:ArXuL0GF0
その3人の前方に、見知らぬ女が現れた。
見たところ浪人だが、見ない顔。薄く緑がかった髪をゆらゆら揺らしながら、こちらへ向かってくる。
ひどく酔っ払っているようである。
「久しぶりのおしごと、わーくわーくします。ふふっ…」
なんだか奇妙な言葉を使う女だった。よく見れば、左右の瞳の色もちがう。
しかし、月夜に揺れる姿にはえもいわれぬ美しさがあった。
まるで風に吹かれる黄金の芒のような…。泉はしばし彼女に見とれた。
こちらが3人いるのもなんの、間を裂くように向かってくる。
綺麗な人だけど、迷惑な酔っ払い。泉はその女をかわした。
「亜子? さくら? どうしたの…」
「足が、おかしい」
「なんで」
浪人が過りすぎた後、2人はほぼ同時に地面へ倒れた。あの女の酔いが移ったかのように、ぐにゃりと。
亜子は酒に強い。さくらは控えた。なのになぜ。
泉は2人の足を見た。血が流れている。どこから?
目を凝らし、そうして気づいた。両脚の腱が斬られている。
泉は凄まじい勢いで振り返った。まさか。
「こんばんわ。今日の月は綺麗ですね」
あの女が刀を抜いて立っていた。相変わらず、ゆらゆらと揺れながら。
大石泉。土屋亜子。村松さくら。
以上3名の死体が見つかったのは、翌日の朝のことである。
5 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/26(金) 23:51:27.19 ID:ArXuL0GF0
「やられた」
同心筆頭の片桐早苗は呻いた。
千川派を口先ばかりの臆病者だと侮った油断が、相手への隙になった。
大石の死因は失血死。土屋亜子は背中から心の臓を貫かれている。
村松さくらは、直接死因となるような傷はない。ただ表情が恐怖するように歪んでいる。
そして全員、腱を切断されている。泉にいたっては四肢全てだ。偶然の傷でないのは明白だった。
拷問だろうか。片桐は考える。
千川派の人間が東郷派の弱味をにぎるために、3人に手をかけたのか。
それしにしては死体が奇妙だ。
拷問をするならば身動きを封じる必要がある。
なにかしらの拘束がなければ、抵抗や逃走につながるからだ。
したがって身体のどこかしらに縄や鎖の痕があるべきなのだが、それがない。
だが道端で簡単に負わされるような傷でもない。
人体の中で、最もせわしなく動く両腕両脚、しかもその一部である腱を正確に斬る。
相手が棒立ちになっていたとしても難しい。
そんなことをできる人間がいるとすれば、其の者は剣士ではなく妖怪の領域にいる。
相手を拘束せずに拷問できる奇怪な存在、あるいは剣の化け物。
どちらにせよ容易には捕まえられない。
まして片桐の見立てでは、犯人は複数人いることになっている。
千川派の中に何が潜んでいるのか。片桐は頭痛を覚えた。
6 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/26(金) 23:53:03.44 ID:ArXuL0GF0
悲劇的な結末を迎えた渋谷凛と本田未央。
大概のものは片方に肩入れして、もう片方を非難する。
だが一方で、この両者について慈悲の目をむける者がいた。
家老千川の側仕えをつとめる、島村卯月である。
島村家は千川家に連なる家系で、渋谷家とも交流があった。
関わりと言っても温かみのあるものではなく「同族のよしみ」程度だが。
幼い頃、卯月は凛と同じ学舎で学んだ。口を何度かきいたこともあるが、友人にはなれなかった。
凛という少女は、容貌才気ともに飛び抜けていて、卯月が気後れしてしまったためである。
卯月は同世代に生まれた天才を僻むでもなく、ただ遠くから羨望の瞳をむけていた。
それから少し背が伸び、卯月のいた新陰流の道場に凛が入ってきた。
剣術であれば付け入る隙もあるだろうか。
卯月はそう思っていたが、凛は剣の道においても比類なかった。
卯月の凛に対する感情は、ここで羨望から崇拝になった。
絶対に近づくことのできない、神か御仏のように凛を崇めた。
7 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/26(金) 23:54:24.65 ID:ArXuL0GF0
それから成人し卯月は側仕え、凛は馬廻の職に就いた。
本来であれば凛が側仕えになるはずだった。
しかし本人が辞退した。
「主に対する細やかな気遣いができるのは、島村家の卯月のような者である」
これは政治的な職から離れるための方便だったのだが、卯月は勝手に感謝し、凛への畏敬の念を強めた。
それから卯月はつぶさに凛を観察するようになった。
朝は何時に起きるのか。夜は何時に眠るのか。
好みの食べ物はなにか。男の趣向はどうなっているのか。
仕事で悩みはないか。怪我や病気をしていないか。
時に地位を利用し、時に自ら足を運んで陰から情報を集めた。
凛のことを知れば知るほど、卯月は凛に近づいている気がした。両者の関係は学舎から進展していなかったが。
そんなある時、闖入者が現れた。
8 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/26(金) 23:56:41.74 ID:ArXuL0GF0
その日卯月は、屋敷をこっそり抜け出した凛のあとを尾けていた。
彼女は不安になった。
本来の凛であれば寝床に入り、眠れるまで学本を読みふけっている時間であったから。
卯月の不安は当たった。凛は色街に足を運んだのである。
成人した武士が色街に行くのは、別におかしなことではない。人間なのだから溜まるものは溜まる。
だが卯月にとっての凛は、ただの武士にあらず。
天上の清流がながれるほとりで、桃色の息をはくような存在なのである。
お止めせねば。
卯月はそう思ったが、凛は色街の前をうろうろするだけで、いっこうに入ろうとしない。
9 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/26(金) 23:57:25.57 ID:ArXuL0GF0
卯月は懐から観察手記を取り出して、今見ている出来事を記そうとした。そこでふと思い出した。
そういえば、昨日凛様は許嫁とお会いになられた。
卯月はそれから、凛に対してのみ発揮される逞しい想像力で彼女の境遇を察した。
凛様は、下級の武士とちがって自由な恋愛はできない。
許嫁も生まれる前から、互いの顔も知れぬ間に決められている。
いつか始まる愛のない夫婦生活にたそがれ、凛様はここへ。
自分とて同じ境遇であるのに、卯月は凛を哀れんだ。
そして崇拝の存在が人間的な、生々しくも愛おしい感情を持っていることに気づいた。
凛様・・・いえ凛ちゃん。
卯月は身を潜めていた路地から、ぬらぁっと出てきて凛に話しかけようとした。
10 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/26(金) 23:58:20.44 ID:ArXuL0GF0
しかし彼女がそうする前に、別の武士が凛に声をかけた。
そして躊躇う凛をぐいぐい引っ張って色街へ引きずり込んだ。
その武士が本田未央であった。
卯月は未央について調べた。下級武士の家に生まれ、学もなく志もない。
仕事は各奉行の小間使いのようなもの。
示現流を遣うが、町の外れの怪しげな道場で習ったものだから怪しい。
酒をよく凛にせびる。
ここまで知れば、大抵の人は凛を未央から遠ざけようとする。
しかし卯月は並の女ではない。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。その逆で凛が愛おしければ、未央もまた。
さらに卯月は知っていた。
一見軟派に見える未央が、ひどく情に厚い女であるのを。
幾度となく凛の心を癒していることを。
だからこそ、2人の間にあった悲劇は悲しみこそすれ、どちらを恨むこともなかった。
本物の愛を探してもがいた女と、真実の愛を失った女がただ不憫でならなかった。
こういった彼女の奇特な精神は、一方で派閥争いに対する嫌悪も生んだ。
2人の命をかけた勝負が、政争の一端として扱われている。
卯月には許容できぬことである。
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