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伊吹翼「太陽の彼女」
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1 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/05/26(金) 00:42:07.86 ID:CTHKjdCD0
いつからだっただろうか、それを詳しくは覚えていないけれども。
少なくとも私は小学生の頃には自分が「カワイイ」娘なのだと自覚していた。
私が笑えば男女問わず皆も笑っていて、私が悲しめば同じく皆が心配してくれた。
まあ、中学生になってからは周りの皆は周りの目を気にして、そういうのは控えめになったけれど。それでも、表立っていないだけで皆が私に興味があるのが見て取れたものだ。
だから、私と同じで「カワイイ」娘――――例えばアイドルの娘達は、やはり自分の可愛さを自覚しているのだと思っていた。
無尽蔵の可愛さを、出し渋ることなく、それでいて無駄遣いもしないことでファンの目線を意図的に釘付けしているんだと、そう思っていた。
だから初めてその娘に会った時も、表には出さないだけで、やはり自分の魅力を自覚しているんだと思ったんだ。
「私、春日未来って言います! よろしくお願いします!」
明るい、太陽のような笑顔。大きな手振りは自分の積極性をアピールしているように当時の私には見えていた。
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1495726927
2 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/05/26(金) 00:43:43.30 ID:CTHKjdCD0
オーディションに合格して、初めて事務所に集められた時のことだった。初顔合わせということで一人一人自己紹介をさせられていく――もちろん、37人もの人間を一目で覚えるのは難しいので、他のアイドルへ、というよりも、プロデューサーさんや社長へのアピールとしての役割も半分程度あるのだと安易に考えられた。
だから他の合格者も私もしっかりと、アピールできるように色々考えてきていたのだ。
『姫は徳川まつりと言うのです。わんだほーなアイドルを目指してるので、よろしくなのです!』
『瑞希、真壁瑞希と申します。よろしくお願いします。口下手なのでここで一つマジックを…………せいっ』
と、中々印象的な紹介を短い時間に収めるアイドルが多かった。オーディションに受かっただけのことはあって、そして全員が自分の魅力を活かそうとしていた。
だから、
「え、え? っと。他に何言えばいいですか? あっ、特技? 特技は……うーん? 何かな」
彼女のそのアピールは目立っていた。もちろん、悪目立ちという方向で。
初めて事務所に集められたという時点で今日何をするのかなんてことは予測がつきそうであり、ならば対策するのが普通なのに彼女はそれをしていないようだった。
「あっ、でも! 頑張ることは誰にも負けません! よろしくお願いします! ……あれ、これさっき言ったような」
そう言い残して彼女はそそくさと次の人へバトンタッチしてしまった。
今まで自己紹介してきた娘たちが皆、しっかりとアピールを決めていたから彼女の姿は、特別悪目立ちしていた。
3 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/05/26(金) 00:45:01.84 ID:CTHKjdCD0
変な娘、と思った。
純粋な娘、と同時に思った。
今の自己紹介はダメダメで、とてもアピールになんてなりそうにもなかったのだけど。
「あははは、春日さん? やっけ。ダメダメやん、自己紹介」
「でへへ?。事務所に来て、急に言われたから何も考えてなくて」
そんな会話が聞こえてくる。いや、今思えば私がその声を追っていた。
聞き逃さないように私は聞き耳を立てていたんだと思う。
「私、アイドル向いてないかも」
「そんなことないやろ! ……周り、見てみぃ。春日さんのおかげで心なし皆リラックスしてるで」
その言葉の通りだった。彼女の自己紹介はとても立派と言えたものではないけれども、言葉以上に周りに響くものがあった。理屈ではない何かが、この緊張感に満たされていた空間に注がれたのだ。
そして、他の皆もそうだったのだろう。
アピールの場でもある、つまるところ一種の芸能界の入口とも言えるこの場には気持ち悪い緊張感が漂っていたのに、彼女はそれを変えてしまった。
これこそが、アイドルに一番必要なことではないか。
そんな思いが私の頭を掠めた。いくら可愛くても、それが必ず観客に良い影響を与えてくれるわけではない。そんな中で必要なスキルは、今の……彼女、春日未来がやったようなことではないのか――。
「……そんな、まさかね」
不意の思いつきを振り切るように自分の頬を軽く叩く。ピリリと残る感覚は、私を少し冷静にした。
例えそうだとしても、私は負ける気はなかった。
私は「カワイイ」。そして、その活かし方も経験から見出している。だからそれを活かせば負けるはずなんてない。
自分の名前が呼ばれる。私はいつもの輝くような笑顔をして、皆の前に出ていった。
4 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/05/26(金) 00:45:48.35 ID:CTHKjdCD0
それからの生活は多忙を極めた。
アイドルとしてまだまだ見習いの私達は、連日歌や体づくりのレッスンをしたり、芸能界に必要な礼儀作法を叩き込まれた。
自己紹介をしたものの、その多忙さの中ではとても横にいる娘に気をつけることなんてできなかった。
それでも私の瞳は彼女を自然と追っていた。
それはいつからか習慣のようになっていて、私や未来、つまるところ同期の皆がアイドルとして一人前になった頃には私はあることに気づいた。
「ああ――――、私、未来のことが好きなんだ」
可愛さを持ち合わせているのに、私と対照的に、未だに純粋な彼女。
そして、周りを無意識の内にポカポカと、明るくさせる太陽のような彼女に私は恋に落ちたのだった。
それがわかったから、行動あるのみだ。
5 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/05/26(金) 00:47:03.45 ID:CTHKjdCD0
「みーらいっ」
「わあっ! 翼かー。びっくりした」
急に抱きつく私に、未来はそんなことを言いながら笑いかける。
改めて言うまでもないけど、未来の笑顔は素敵だ。ついついこっちまでつられて楽しくさせられてしまう。
未来にこうやってくっついているとレッスン終わりの疲れもどこかへ消えてしまいそうだ。
「最近のレッスン、ハードだよね。私、付いて行くためにもっとがんばらなくちゃ」
と、未来は言う。
近々、未来と私を含めた何人かで、今までにないくらい大きい規模のライブをする。それに伴ってレッスンも高度なものになっていっていた。
「未来、最後の方のステップ苦手だもんね」
「あれっ、バレてた?」
未来は少しだけ驚いた瞳で私を見つめる。いつも見ているから、なんて言えない。
誰よりも早くレッスン場に来て未来がそこのステップを練習しているのは知っていたから。
私は動揺を見透かされないように次の言葉を考える。
「未来ってば、そのステップする場面になると顔がね…………? あははっ」
「顔!? 私の顔が変になるの?」
そんなところー、と適当に返すと未来は気になるよー! なんて返事をする。とても可愛いと思った。
でも、言えないよね。
苦手を克服しようと一所懸命になる未来の表情がとても真剣で、カッコイイなんて、ね。
だから、言える言葉で代用するんだ。
「ねぇ、未来」
「何? 翼」
自分でも驚くほどスルリと出てくるその言葉。
「大好きだよ」
「え? うん。私も翼のこと大好き!」
そう言うと今度は未来の方から私に抱きついてくる。未来の笑顔が見えなくなっちゃうけれど、都合がいいと思った。
私が言ったのはそういうことじゃないのに、未来はきっとわかってないんだろうな。
そう思うと少しだけ私らしくない表情が漏れ出してしまう。とても、未来には見せられないような、ね。
6 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/05/26(金) 00:47:58.52 ID:CTHKjdCD0
私は未来のことが好きだ。
でもきっと逆は成り立たない。というか、あの未来が恋愛的なことを考えることが想像できなかった。
そして私も、そんな彼女をどうやって振り向かせるのかよくわからない。
「今まで、何もしなくても皆が私のこと好きになったのになー」
初めての経験だった。
未来は私がいくらスキンシップしてと嫌な顔をしないで、だらしない笑顔を浮かべてくれるけれども、私を好きになったりはしてくれない。
どうすればいいんだろう。
「みんなに聞いてみようかな」
やったことのないことはいくら悩んでも仕方ない。そう思って私は聞き込みをすることにした。
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