梨子「曜ちゃん、怒らないで聞いてね」

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99 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/04(日) 15:49:12.71 ID:wAEe1nHVO
「もし、梨子ちゃんが言ってるみたいに、曜ちゃんが寂しい思いしてるなら、やっぱり……私、素敵な歌詞を作らないとね! ありがとう! 梨子ちゃん! 私、バカで考え無しだから……それで全部許されるって思ってないけど、ちゃんと受け止めるから」

千歌ちゃんが、私の体を抱きしめる。
周りにいる人達に負けないくらい、彼女は優しく私を愛してくれていて。

「やっぱり、梨子ちゃんってちょっと世話焼きな所あるよね。でもね、そんな所が、私、好きなんだあ〜」

私は、また泣きそうになっていた。
同じ場所で、今度は千歌ちゃんの言葉で、心が締め付けられる。
私には届かない、曜ちゃんとの繋がりを持つ千歌ちゃんがキライ。
曜ちゃんの気持ちに気付かない千歌ちゃんがキライ。
私なんかを好きになる千歌ちゃんがキライ。

千歌ちゃんの気持ちに応えられない自分が、本当に、本当に、イヤ。
弱くなる心と汚く心を、全部、曜ちゃんのせいだと言ってしまいたい。


「千歌ちゃんは、すぐそうやって愛を振りまくんだから」

「そっかなー、へへ」

「……ありがとう、千歌ちゃん」

私は下手くそに笑いかけた。

「梨子ちゃん、あの……」

「どうしたの?」

「キ、キス……したい」

「え、えっと」

周囲のカップル達は、いつの間にか遠ざかっていた。
100 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/04(日) 15:50:46.99 ID:9vX2q4sSO
ようそろ…
101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/04(日) 16:05:56.51 ID:wAEe1nHVO
「女の子同士は、やっぱり……無理かな」

千歌ちゃんが言った。
私には、それを否定することができない。

「違うけど、ただ、慣れてなくて」

友だちとはできない。そう言ってしまうのは簡単だった。
そう言われる自分が、いつかの未来に待ち受けていると思うと足がすくむ。
自分に重ねて、上手く断れない。

「嫌なら、ちゃんと言ってね、梨子ちゃん」

真剣な瞳。
痛いほどだ。

「ちょっとだけなら」

苦し紛れに、私は言った。

「ちょっと? 変な梨子ちゃん」

クスリと千歌ちゃんは笑った。
彼女は私の目を見て、少し待っていた。
目を瞑って欲しいのだと気付いた。
ややあって、私は呼吸を止めた。

「じゃあ、ちょっとだけ、ね」

間近で聞こえた。真っ暗な中、夏の潮風、柑橘の香り。
瞬間、歌に変わりそうなメロディが脳裏に流れた。
ウソばかりの切ない旋律。
その日、私のファーストキスが終わった――。
102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/04(日) 16:19:06.91 ID:7gLyNLQ7o
胸が締めつけられる…
103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/04(日) 16:24:46.65 ID:wAEe1nHVO
月曜日。お昼ご飯を食べながら、デートについて、曜ちゃんが千歌ちゃんをからかっていた。

「千歌一等航海士、今日は顔がたるんでおりますぞ?」

「ひょ、ひょんにゃことは」

口の中にウインナーを詰め込んだ所だった。

「さては、さてはなことですな?」

「んぐっ、ゲホゲホッ」

千歌ちゃんが咳き込む。

「もお、お行儀悪い」

千歌ちゃんを指す、曜ちゃんの箸を下ろさせる。
と、曜ちゃんが私の肩を引き寄せた。

「きゃっ」

「このように、梨子ちゃんも照れております」

曜ちゃんが意地悪い笑みを浮かべた。

「梨子ちゃん、そうなの?」

千歌ちゃんが、期待を込めた視線。

「ツンデレ梨子ちゃんですな」

「やめてよ、曜ちゃんってば」

曜ちゃんの腕が触れる首元が熱い。
早く、離れて欲しい。

「まったく、私がお家でゴロゴロしている合間に、リア充はこれだから」

曜ちゃんが溜息を吐いた。
104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/04(日) 16:43:11.70 ID:wAEe1nHVO
「そう言えば、曜ちゃんの恋バナって聞いたことないよね」

千歌ちゃんが言った。

「千歌ちゃん、みなまで聞くない」

「ねえ、初恋は?」

私は曜ちゃんに合わせるように、いつものトーンで、

「また、ベタな会話ね」

「えー、いーじゃん。曜ちゃんは、やっぱり筋肉ムキムキな人が好きなの?」

千歌ちゃんが二の腕をむき出しにする。

「そりゃ、ひょろっとしてる人よりはいいけどさ、今時筋肉ムキムキな人好きって希少過ぎないかな」

「海の漢! みたいなさ」

「まあ、パパみたいな人は好きだけどねー。しかし、千歌ちゃんなんか二の腕プルプルしてない?」

曜ちゃんに指摘され、千歌ちゃんが自分の上腕三頭筋をぺちぺちと叩いた。
ちょっと揺れていた。

「知ってる? そこ、振袖って言うのよ」

私がからかうと、千歌ちゃんが顔を歪めて心底嫌そうな顔をしていたので、私と曜ちゃんは笑った。
105 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/04(日) 17:16:44.48 ID:wAEe1nHVO
こんなちょっとした時間が楽しい。それは、3人とも思っているはずで。
曜ちゃんは、私達に幸せになって欲しいと言ったけど、それは私と千歌ちゃんだって思っていることなのに。
どうして、上手くいかないんだろう。

「あれ、花丸ちゃんとルビィちゃんと善子ちゃんじゃない?」

千歌ちゃんに言われて、教室の入り口を見る。
ヒヨコみたいに可愛らしく団子になってこちらを見ている。

「あの〜、曜さんお昼休み中にすみません、ちょっといいですか」

花丸ちゃんが言った。

「え、私? あ、ああ」

と、曜ちゃんが頷いて、駆け寄る。
教室を出て、廊下の方へ。声は聞こえない。

「あれかな、飛び込みの後輩の」

「ええ、たぶんそうじゃない?」

「困ってるなら、何かできたらいいんだけど」

「そうね。でも、少し難しいかも。加害者が誰か分かっていないし、千歌ちゃん、無暗に動かないようにね」

「う〜ん」

納得してない返事だった。

「もし、危ない思考の人だったら、逆に千歌ちゃんが返り打ちに合いかねないし……様子を見ましょう」

「そうだよね。今は、曜ちゃんに任せておいた方がいーよね」

それでも、千歌ちゃんは唸っていた。
たぶん、何かしたいけど何もできないのかなと悩んでいるんだろう。

「でも、この学校にそんな人いるかな〜」

どこまでも、お人好しね。
心配になるくらいに。
106 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/04(日) 17:44:29.78 ID:wAEe1nHVO
戻って来た曜ちゃんは、特に何も言わなかった。
それが気になったけど、個人的な事だったのかもしれないので、その時は、あえて深くは聞かなかった。


そして、放課後になった。
曜ちゃんは、今日は行く所ができたからと先に帰ってしまった。
歌詞が完成したので、曲と合わせて本格的に次のイベントに向けて練習していかなければならなかったので、ちょっと不安になった。
曜ちゃんは要領がいいから大丈夫だよ、と千歌ちゃんや果南さんが言っていて、呼び止めれなかった。

「さあ、レッスンを始めますわよ! こら、ルビィ、アイス二本目はめっ!」

「ぴぎゃっ」

ルビィちゃんがダイヤさんに首根っこを掴まれる。
部室に笑いが起きた。
その後、お披露目した歌詞は好評だった。
花丸ちゃんに、少し修正を加えてもらいながら、完成。
軽く曲と合わせて歌ってみた。初見なので、ちょっとぐだぐだ。

「これを歌いながら、ダンスずらか……」

「何よ、どこが難しいの?」

善子ちゃんが花丸ちゃんの頭にあごを置く。
花丸ちゃんは、曜ちゃんが撮影してくれた通しの動画を見て鼻で息を吸った。

「ここ、曜さんに秘密の特訓を受けているのになかなか上手くならなくて」

「は、はあ、今なんて」

「え、上手くならなくて?」

「じゃなくて! 秘密の特訓? なによそれ、聞いてないわよ?」

「だって、秘密ずら」

「この、ずらまるぅ〜! 抜け駆けか!」

「オー! 善子、違うでショー? 私に黙って他の女の所に行くなんてってことデショウ?」

「えー、そうなの善子ちゃん?」

「話をややこしくするなー!」

やんややんや、騒がしくなる。

「秘密って言いながら自白してるんだけどね」

果南さんが、冷静に突っ込んでいた。
107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/04(日) 17:59:32.80 ID:wAEe1nHVO
練習後、曜ちゃんの事がつい気になってしまい、電話してみた。

「出るかな……」

千歌ちゃんがベンチで足をぶらぶらさせている。
膝には絆創膏が張ってある。
慣れないステップを踏んで、足がもつれてこけてしまったのだ。
ひょこひょこ歩いていて、こちらもこちらで心配ではある。

プツ――、と電話がつながった。

「あ、曜ちゃん?」

電話の向こうで、何か物音。それから、ガラスか陶器が割れるような音が聞こえた。

「え? 曜ちゃん? どうしたの? 大丈夫!」

音はすぐに止んだ。
それから、先輩、と呼びかける少女の声。
携帯からは、何度も、先輩、先輩、先輩と声が聞こえていて、それがたまらなく怖くてつい遠ざけてしまった。
肩を掴まれる。びくりとして振り向くと、千歌ちゃんが眉根を寄せていた。

「どうしたの? 何かあったの?」

「わ、分からない」

千歌ちゃんと二人で携帯に耳を傾けた。
もう、携帯は切られていた。
再度かけ直してみたが、繋がらなかった。
108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/04(日) 18:12:29.75 ID:wAEe1nHVO
「ど、どうしよう……曜ちゃん、何かに巻き込まれたんじゃ」

私はさっきの恐ろしい呟きのせいで気が動転してしまい、千歌ちゃんの肩を揺さぶった。

「落ち着いて、梨子ちゃん。曜ちゃんどこにいるか言ってた?」

千歌ちゃんが言った。

「何も、ただ、先輩って言葉がずっと聞こえてて……」

私ははっとした。千歌ちゃんも同じだった。

「それって、後輩ちゃんじゃ」

千歌ちゃんは言いながら携帯を取り出して、すぐに花丸ちゃんと連絡を取り始めた。
予感は的中して、曜ちゃんは今日、後輩ちゃんの家に向かったと言ってくれた。
また、同時に衝撃の事実も教えてくれた。

「え……いじめじゃなかった?」

驚きの声をあげる千歌ちゃん。

「うん、うん……そう、なんだ。その子の友だちが言ってたんだね……そっか、それで、曜ちゃん、何も言わなかったんだ……」

千歌ちゃんは私を見て、タクシーを止めるようにジェスチャーを送った。
私は慌てて、最寄りの道を走っているタクシーを探した。

「そう、ごめん、いきなり電話して。知れて良かった。え? あ、うん、ちょっと落ち着いたら、また報告するから」

「千歌ちゃん、タクシー来たわっ」

「ありがとう、梨子ちゃん……それと、後輩ちゃんの家、教えてくれるかな?」

曜ちゃん、何もなければいいのだけど。
曜ちゃん、曜ちゃん。
109 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/04(日) 18:29:17.00 ID:wAEe1nHVO
千歌ちゃんが花丸ちゃんから聞いた話は衝撃的だった。

「後輩ちゃんのお友達に聞いた話しみたいなんだけど、その後輩ちゃん、被害妄想がたまにあるらしいんだって……」

「被害妄想?」

「うん。しかもね、自分を守るために自傷行為とか自損行為とかしちゃうみたいで。あの、靴の件とかは、その子がむしゃくしゃしてやった事なのに、自分がいじめを受けているって思いこんじゃったらしいの」

「そんな、ことって……」

「それで、どんな風にその子が感じているかまでは分からない。でも、曜ちゃんに関係してるって」

「恨みとかってこと?」

「わかんないよ。わかんないまま、曜ちゃんは一人で行っちゃったの。私たちには内緒にしておいてって。だから、花丸ちゃん達も何も言わなかったんだよね」

「なんでそんな遠慮しちゃうのよっ、曜ちゃん、バカよ!」

「私と違って、曜ちゃんは何でも自分でできるから……自分で解決しようとしちゃうの」

「何でもできる人なんて、いるわけない……のに」

「うん」

小さく頷いて、千歌ちゃんは私の手を握った。
私も千歌ちゃんも強く握りしめ合った。







110 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/04(日) 18:37:39.56 ID:wAEe1nHVO
後輩ちゃんの家にたどり着いた頃には、辺りは薄暗くなっていた。
家屋や路に灯りが灯っているのに、その家だけは留守のように電気がついていなかった。

「え、ほんとにここ?」

私は疑問を口にする。

「の、はずなんだけど」

千歌ちゃんと表札を確認するけど、どこにもついていない。
誰が住んでいるか分からないけれど、住所は間違いなくここだった。

「行こう、梨子ちゃん!」

千歌ちゃんが先頭を切る。私は胸を抑えながら、それに続いた。
玄関にインターホンもないので、引き戸の扉に手をかけた。カラカラとすぐに開いた。
カギはかかっていないようだ。

「こんばんわー。誰か、いませんかー?」

「こんばんわ」

二人で大声を出すも、返事はない。
もしかしたら、本当にいないか、外に出かけているのかもしれない。
111 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/04(日) 18:47:13.32 ID:7gLyNLQ7o
oh…
112 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/04(日) 18:50:22.06 ID:wAEe1nHVO
「梨子ちゃん、どうしよう」

急に弱気になる千歌ちゃん。

「そんなこと言われても、勝手に上がるわけにもいかないし」

「靴もないよ」

「ええ」

玄関に並んでいるのは一足分だけ。
それは、高校指定のローファーだ。
だから、ここに後輩ちゃんが住んでいて、学校から帰ってきた。
それはかなりの確率で間違いはない。

山の方に帰る鳥の声が聞こえた。
暗くなれば二人とも家に帰るだろう。
何も無いなら、それでいい。

「梨子ちゃん、その辺、私探してくるからさ、ここにいて?」

千歌ちゃんが言って、外に走っていく。

「千歌ちゃん!?」

「戻ってくるかもしれないし、私もその辺りの公園とかコンビニ見たら帰って来るから!」

と、遠ざかっていく。
そうは言っても、他人の家にずっと上がり込んでおくのは気が引けてしまう。
一度門の外に出よう。そう思って、踵を返す。

「……」

そして、ふと靴箱が視界に入った。なんだろう。

「なにか」

ひっかかってる。
靴箱まで置いてあるのに、どうしてローファー一つしか靴が置いてないのだろうか。
他の家族の方の靴は? そもそも、こんな一軒家の家の広い玄関に、普段使っている靴が置いてないのは不自然だ。
逆に言えば、そういうご家庭なんじゃ。

「いいかな……ごめんなさい」

他人の靴箱を無断で開けるのはよろしくないと思いつつも、非常事態だから、と音を立てないように靴箱の取っ手を引っ張った。
113 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/04(日) 19:00:38.42 ID:wAEe1nHVO
目の前に、黒いローファーがあった。血の流れが速くなる。
耳の奥が脈打っていてうるさい。
でも、これだけじゃ、曜ちゃんの靴だって判別できない。
後輩ちゃんの替えの靴かもしれないのだ。
サイズは、0.5cm違い。ダメだ、サイズを知らない。

物音一つしないのに、何を疑う必要があるのだろう。
携帯から聞こえてきた、あの声と、何かが割れる音が反芻していて。
それが、私を突き動かす。

私は、思い切ってある方法を試すことにした。
たぶん、これなら間違わない自信が合ったから。
114 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/04(日) 19:09:33.78 ID:wAEe1nHVO
私の疑問は、確信に変わった。
あれは、間違いなく曜ちゃんの靴だった。
そして、居てもたってもいられず、千歌ちゃんの帰りを待たずに、私は静かに家に忍び込んだ。

曜ちゃん。お願い、何事もありませんように。
何も考えたくはなかった。嫌な予感を頭から必死に叩きだしながら、部屋の一つを覗いた。
台所だ。奥には洗面所、たぶん脱衣所が見えるから右手にお風呂場。
引き返して、反対側の部屋に入る。
寝室のようだ。布団が二組畳まれている。
灯りがないせいもあるだろうけど、どこか寂し気な家だった。
置物とか、アルバムとかがない。簡素なインテリアが、妙に背筋を震わせる。

「二階……」

音を立てないように、慎重に、慎重に。
恐さと焦りが、体を揺らす。
息が止まりそうだ。
私は、何をしているのだろう。
これで、二人がただ昼寝をしていただけで、なんてバカなことをしたんだろう、と終わってくれれば。

「……」

二階には廊下にそって、二部屋あった。
前方の部屋には、物置と書かれていた。
奥の部屋には、何も書かれていなかった。


115 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/04(日) 19:22:06.16 ID:wAEe1nHVO
物置なら、開ける必要はない。
奥の部屋にすり足で進む。
扉の取っ手に手をかけた。
ぎいっと錆びついた金具の音が、二階に響き渡った。

「っ……」

心臓が止まりそうになって、すぐに後ろを見た。
気配はない。
再び、部屋の扉を開ける。
誰もいない。
熱い。手も足も汗だくで、緊張感とともに体力を削る。
ただ、この部屋だけ他の部屋よりもひんやりとしていて。
締め切られた窓が、誰もいなかったと言っているようにも思えたのだけど。
ここだけ、涼しいのかな?
それでも、いなかったことに安堵した、その時、

カタン。

音。体が反り返りそうになった。隣の部屋だ。つまり、物置から。
何。誰か、いるの?
静かに戻る。
恐い。本当に、怖い。手が震えていた。足の力が抜けそうだ。
千歌ちゃんを待っておいた方がいいのでは。
でも、これで確かめて何もなければ、済む話でもあるし。
私は、精一杯の勇気を振り絞って、物置と書かれた扉の取っ手を回した。

ガチャ――開かない。
116 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/04(日) 19:31:20.53 ID:wAEe1nHVO
「んっ……」

鍵がかかってる。
いない。そうだ、いないんだ。
そう思い込もうとした。

「よ、曜ちゃん?」

いないなら、呼んでも意味はない。

「曜ちゃん……返事して」

私は何をしているの。

「曜ちゃん、曜ちゃん、ねえ」

監禁されているわけない。
だって、高校生の後輩の家に来ただけだ。

「曜ちゃん」

私は、目を瞑って深呼吸した。
冷静にならなくちゃ。
携帯を取り出して、私は千歌ちゃんにメールを打った。
117 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/04(日) 19:42:39.78 ID:wAEe1nHVO
10分くらいして、千歌ちゃんが戻って来た。

「こんばんわー! あのー、誰もいませんかー!?」

「あのー! 誰かー! いーまーせーんーかー!」

「って、梨子ちゃん! 勝手に上がっちゃだめだよ!」

「早く出て出て! あー、だれかー え? いなかった? ちゃんと捜したの? って、いや探しちゃダメだけどね! だーれーかー」

千歌ちゃんは近所迷惑すれすれの大声で、叫んだ。
それでも、やはり、何の音も無ければ、誰かが出てくる気配もない。

「家事だー!」

と縁起でもないことを最後に放って、

「しょうがない、、帰ろっか……お邪魔しましたー!」

と玄関をカラカラと閉めた。
そのまま、家の中からは出ずに。

私は。
私は物置と書かれた部屋の隣にいた。
息を殺して、私も千歌ちゃんも家を出た風を装った。
千歌ちゃんからの報告だと、曜ちゃんは家にも高飛び込みの方にいなかったそうだ。
今の時間帯に、家族の人に何も言わず外出する曜ちゃんではない。

118 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/04(日) 20:00:02.28 ID:wAEe1nHVO
私たちは待った。何も起こらない事を祈りながら。
待つこと30分。期待外れの物音が、物置から聞こえてきた。
鍵がカチャンと開いた。
私は、すぐに千歌ちゃんにラインを送った。
扉の隙間から、覚悟して、出て来た人物を確認した。

半裸の曜ちゃんが頭から血を流して、よろよろと歩いていた。
そして、その隣に後輩らしき少女。
それを見て、私は怒りで頭が真っ白になった。

「曜ちゃん!!」

扉を蹴り開け、その少女に掴みかかった。

『梨子ちゃん!?』

階下からは千歌ちゃんの声が聞こえた。
私は無言で後輩に馬乗りになった。
彼女が果物ナイフみたいな小さな刃物を持っていることに気付かなかった。

「いっ!?」

ナイフが、腹部に突き刺さった。

「あぁっ……っ?!」

「り、りこちゃ……」

曜ちゃんが、壁に背中をつけながら崩れ落ちていく。
私はお腹から突き出ているナイフに触れた。
手がねっとりと湿った。あまりの痛みで声も出ずに、うずくまった。視界がチカチカと明滅するような錯覚。
119 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/04(日) 20:15:22.21 ID:wAEe1nHVO
「梨子ちゃん! 曜ちゃん!」

「ヨウ! リコ!」

千歌ちゃんの声。
そして、先ほど念のため連絡していた鞠莉ちゃんの声が重なった。
千歌ちゃんが後輩を取り押さえる。
後輩は目を見開いていた。まるで、自分がしたことに驚いているようだ。
それを横目で見ていたが、私はついに崩れるように倒れた。

「リコ! なんてこと!」

「救急車を……」

弱弱しく私を抱きかかえながら、曜ちゃんが言った。

「梨子ちゃん……ッ」

曜ちゃんの額から流れ落ちる血液が、彼女の涙と混じり、私の頬に落ちた。
苦しくて、傷口が燃えるように熱くて。

「よ……ちゃ」

「やだっ……梨子ちゃ……梨子ちゃん!!」

ハンカチ、どこだっけ――。曜ちゃんの血と涙を、どうにかしないと――。
手を伸ばすと、曜ちゃんは、それをしっかりと掴む。
間違いない。きっとこのまま死ぬんだと思った。
けど、なぜか、曜ちゃんの腕の中で、最後を迎えられるならそれもいいとさえ思えた。
だって、大好きな人がちゃんと目の前にいて、私のために涙を流してくれている。
そんなに幸せなことがあるの?

「曜……ちゃ…………っ」

でも、せめて伝えたい。
好きだって伝えたい。
お願い、それだけでいいから。
伝わってくれれば。

「……っ」

「何て言ってるの……? 梨子ちゃん? 聞こえない……梨子ちゃんっ」
120 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/04(日) 20:19:21.68 ID:wAEe1nHVO
なんでかな。
何度も伝えるチャンスはあったのに。
どうして、冗談なんかで終わらせてしまったのかな。
人生の最後が、こうもあっけな来てしまうなら、私、本当の事をちゃんと言えば良かった。

曜ちゃんが泣いていた。
意識を留めていられない。
酷い睡魔のようなものが来て。
雑踏が聞こえた。たくさんの人に囲まれていた。
千歌ちゃんの声が、最後に聞こえて。
心地よい方へ、私は意識を手放した。
121 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/04(日) 20:20:13.14 ID:wAEe1nHVO
ここまで。
続きは、また2時間後くらいに。
122 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/04(日) 21:13:37.68 ID:mr+EgG/VO
待ってる
123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/04(日) 22:09:37.96 ID:R07m0BBEO
「梨子ちゃんの親御さん、もうすぐ到着するって。千歌と曜ちゃんは、ちょっと休んでな。警察の人に色々聞かれて疲れたでしょ? 梨子ちゃんは私とマリで見ておくから」

「ううん、千歌は大丈夫だよ」

「私も」

「果南、言って聞くような子達じゃないわ」

「そうだけど。って、マリ、何持ってきたの?」

「クッションとタオルケットよ。特に曜は頭を切ってるんだから、そこのベンチでいいから休んでないとダメ」

「ありがとう……でも、かすり傷だし、ここにいる」

「曜ちゃん、千歌の太ももに頭のせて」

「いいって」

「いいから」

「ちかっちの言う通りにしなさい、曜」

「うん……」



124 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/04(日) 22:22:09.84 ID:R07m0BBEO
声が聞こえた。

「っん……」

「「梨子ちゃん!」」

名前を呼ばれた。
眩しさに目を開ける。
起き上がると、右の脇腹に激痛が走って後ろに崩れた。

「いたたたっ……っなにこれ?」

慌ただしく、駆け寄ってくる千歌ちゃんと曜ちゃん。そして、マリさんと果南さん。

「ナースコール押すね」

果南さんが枕元に手を伸ばす。
私、ベッドにいる?

「ここ、病院?」

「そうだよっ、良かった目が覚めて」

千歌ちゃんが今にも抱き着きそうな勢いだ。
そっか、私、刺されたんだ。
脇腹が熱い。

「いっ……ぅ」

「痛み止めの効果が切れたのかな……もうすぐ来るからね、梨子ちゃん辛抱して」

125 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/04(日) 22:30:35.98 ID:R07m0BBEO
普通に喋りつつも、両目から涙を流す千歌ちゃんが私の手を握ってくれた。
そして、もう片方の手を、

「梨子ちゃん……良かった、良かったよぉ……ぅっ……ひっ」

頭に包帯を巻いて、今度は涙だけボロボロと流す曜ちゃんが握ってくれた。

「し、しんじゃった、かと……おもっ……ぅ」

「私も、思ったよ」

そう、確かに、天国みたいなところが見えたような。

「でも、しん、でっ……にゃいっ」

「ほら、大丈夫だったでしょ、曜ちゃんっ……泣かないでよぉっ……私まで泣いちゃうじゃんっ」

「うんっ……うんっ」

泣きじゃくる二人が互いに慰め合う。
良かった。曜ちゃんが無事で。

「全く、どうしてマリだけにこんな重大な事を伝えるかねえ」

「何よ、果南、どういう意味」

「危なっかしいってこと」

「なんですって!」

「千歌、曜ちゃん、梨子ちゃんも……私達を心配させた罪は重いよ?」

果南さんがにやりと笑った。その手はマリさんの手をしっかり握っていた。
126 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/04(日) 22:52:17.67 ID:aF6m6vO3O
その後、すぐにナースが来て体調を確認された。
内臓まで傷つけた訳ではなかったので、重態にならなかったそうだ。
それにしても、体に何か刺さるなんて経験初めてで、未だに自分でも何が起こっているのか実感が沸いていなかった。
曜ちゃんと千歌ちゃんがどれだけ泣き喚いていたかを、マリさんから聞いて、二人が顔を真っ赤にしながら騒いでいる内に、両親がやってきた。

「すみません!」

曜ちゃんが、一番に両親の前に立って、頭を下げた。

「私のせいで、梨子ちゃんを巻き込んでしまいました!」

「何言ってるの! 曜ちゃんは、被害者でしょ……? 第一、私がもしあそこにいなかったら、曜ちゃん……」

私は曜ちゃんの腕を引っ張った。
そうだ、曜ちゃんは。
曜ちゃんは、一体、あそこで何をされたの?
だって、あの時、頭から血を流して、顔面蒼白で、上半身に何も纏っていなかった。

「曜ちゃん、今はとりあえず外に出よう。もうちょっと冷静になってからの方がいいよ」

果南さんが、一礼する。

「そうね、ちかっち、行くわよ」

マリさんが千歌ちゃんの腕を掴んだ。

「あ、で、でも」

ずるずると引きずられていく。

「曜、謝りたい気持ちも分かるけど、それは後で……ね? そして、あなたは、怪我人だってこと分かってる?」

「あ、う、ああ」

あれよあれよと、みんなが部屋の外へと出て行った。



部屋には、両親と私だけが残される。
二人は少し微笑んで、ほっとしたように私を抱きしめてくれた。

「良い友だちを持ったね」

そう言ってもらえたことはとても嬉しかった。
と、同時に、残酷な現実を宣告されたようでもあった。
私はもしかしたら、また、一つ、曜ちゃんから遠い存在になってしまったのではと。
127 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/04(日) 23:11:54.38 ID:aF6m6vO3O
翌日、ダイヤさんやルビィちゃんなど他のメンバーもお見舞いに来てくれた。
今回の事件の事は、曜ちゃんと私の希望もあり内々に解決された。
他のメンバーには、私が胃潰瘍になったと伝えている。
とすると、各各が好き勝手に、ストレスが減る音楽とか、アロマセットとか、好きなように解釈して色々持ってきてくれた。
ありがたいけど、困ってしまった。
曜ちゃんは、階段から落ちて頭を打ったと言う風に伝えられていて、『階段から落ちない対策』という小学生向けの本をプレゼントされていて苦笑いしていた。
誰のチョイスかは知らない。

お見舞いは来るけど、学校に行かない、ピアノも弾けないとなると退屈で仕方がなかった。
それに、曜ちゃんが精神的にまいっていないかも心配だった。
誰も、曜ちゃんの事を言っていなかったので、たぶん何もなかったと説明したに違いない。
私にも何度か謝ってきて、それ以降、何一つ語ってはくれなかった。
悪者を探したいわけでも、罪を裁きたいわけでもない。
私を刺したあの子のことも、憎いけど、それは曜ちゃんに何か酷い事をしたからだと思ったからで。
結局、私のこのモヤモヤはどこに向かうこともなく、燻ったままだった。

傷口もふさがってきて、そろそろ退院できる日になった。
一人で来た千歌ちゃんとリハビリがてらに院内の庭を散歩することにした。

「足がちょっとフラフラするかも」

「気をつけてね、ゆっくり歩こう」

「ええ」

千歌ちゃんがそばに寄り添って歩いてくれた。
ちょっと長いベッド生活だっただけで、地に足がついていないような感覚になるなんて。
雲の上を歩くってこんな感じなのかしら。
15分くらいして、休憩するために芝生に腰を下ろした。
128 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/04(日) 23:27:32.01 ID:aF6m6vO3O
「千歌ちゃん、ありがとう。千歌ちゃんと曜ちゃんが励ましてくれたからもうピンピンよ」

「それは、段差でつまづいている人が言う台詞じゃないかな〜」

「そ、それは、そういう事もあるの!」

「へへっ、でも元気になったのは本当みたい。良かったよ、梨子ちゃん」

千歌ちゃんが、持っていたペットボトルを私にくれる。

「ありがと、気が利くね」

「でしょぉ? 梨子ちゃんの事なら、何でもお見通しだよ」

それをちょっとだけ頂いて、千歌ちゃんに戻す。甘い。

「退院したら、もう夏だね」

千歌ちゃんが、目の前でサッカーをしている子ども達を見ながら言った。

「そうね。アイス……食べたいかも」

「ぷっ、もお、梨子ちゃんの食いしん坊」

「だって、ずっと病院食だったし……なんだかそう言われたら恥ずかしい」

「いいよ、いいよ。梨子ちゃん、可愛い」

「もお、はいはい」

千歌ちゃんが大きく背伸びをした。

「私ね、梨子ちゃんが好きなんだよ」

空に吸い込まれるような言葉だった。
だから、私は聞き返してしまった。
すぐに、彼女の告白から一月が経過していた事に気がついた。
129 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/04(日) 23:34:20.22 ID:aF6m6vO3O
「私、高海千歌は! 桜内梨子ちゃんのことが! 大好きだー!!!!」

「ち、千歌ちゃん!?」

向こうでボールを蹴っていた少年たちが、全員何事かとこちらをふり返っていた。

「はあッ……はあッ」

「声が、大きいよ、千歌ちゃん!」

鼻息を荒げて、千歌ちゃんが続ける。

「付き合ってください……梨子ちゃん」

私の方に手を差し伸べて、腰を90度に折り曲げる。
その清々しい告白に、私は笑ってしまった。

「ふッ……フフッ……あははは!!」

「え、ちょ、千歌これでも一生懸命考えてきたんですけど」

「そ、そっか、ごめ……あははっ! お腹、い、痛い」

「それは、自業自得です」

「い、いたっ……ぅ……ううっ?!」

私は脇腹を抑える。

「え、ええっ、梨子ちゃん?!」

「ウソよ」

「だああっ!?」

130 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/04(日) 23:56:57.33 ID:aF6m6vO3O
千歌ちゃんが芝生に転がった。
そのオーバーリアクションがまた面白くて笑ってしまった。

「やだ、千歌ちゃんっ、これ以上笑わせないでよ」

「だから、自業自得だもん……」

「千歌ちゃんみたいに、明るくてひたむきで面白くて、素直な子に好かれて私は世界一幸せな女の子だと思う」

「そうでしょ〜」

芝生に転がったまま、千歌ちゃんはピースしていた。

「こんなに幸せを貰って、何かお返ししないと罰が当たるね」

「うんうん」

「千歌ちゃんはね、お日様。私のお日様だよ。笑いかけてくれるだけで、温かい気持ちになるの。こんな私を……好きになってくれてありがとう」

「うん……」

「私、恥ずかしがり屋で人見知りだから、千歌ちゃんの隣にいるとね、一緒に成長しているみたいで、私、自分をどんどん出せた、自分らしくいられた。海に一緒に落ちて、3人で歌って踊って、どんどん一緒に輝けた。千歌ちゃんにはホントに感謝してる。私、待ってた、自分を変える何かを。本当は背中を押して、あなたはあなただよって言ってくれる人を待ってた。私の事を大好きだって言ってくれる人を、探してた。それは、ここにいた。目の前に。それは素晴らしいことで、大切なことで、感謝の気持ちしかなくて……」

「梨子ちゃん、いいよ、ちゃんと受け止めるから」

千歌ちゃんは起き上がった。背中から芝の葉がはらりと落ちた。

「だから、私、千歌ちゃんとね、ずっとずっと親友でいたいの……大好きで大切な私の千歌ちゃんに、これから何があっても離れることのない親友でありたいの」




131 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/05(月) 00:09:39.11 ID:6ARxF7nsO
私は、伝えた。
言葉は自然と溢れた。
伝えないといけなかったんだ。もっと早くに。
臆病風に吹かれていた。でも、今、漸く答えを出せた。
どうしようもない未来かもしれない。
でも、漸く自分の気持ちに素直になれた。
だから、私がこの未来を愛してあげないといけないんだ。

「梨子ちゃんさ」

「うん」

「曜ちゃんが好きなんでしょ」

千歌ちゃんが言った。

「知ってたの?」

私は驚いてしまった。

「ううん。あの事件の時に、梨子ちゃん、最後に言ってたよね」

「でも、あれ声になってなかったと思うのに」

すぐ目の前にいた曜ちゃんでさえ、分かっていなかった。

「分かるよ。だってさ」

千歌ちゃんは涙をこらえて、笑って、

「私が一番欲しかった言葉だもん、分かるよぉ」

そう言ったのだった。
132 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/05(月) 00:18:57.46 ID:6ARxF7nsO
そして、それから3日後。
私は無事退院した。
次のイベントには全員一致で見学を申し付けられてしまった。
練習には参加してもいいけど、激しい動きは止められた。
一応、曜ちゃんが私のパートも覚えてくれていて、花丸ちゃんと善子ちゃんとルビィちゃんと一緒に、曜ちゃんの補習を受けていた。

「梨子ちゃん、お疲れ。まだ、ちょっと疲れやすいでしょ? こまめに水分摂ってね」

「うん、ありがとう」

「おーし、一年生諸君! 曜ちゃんの秘密の特訓はここまでにして、アイス食べに行くぞー!」

一年生同士が汗だくになりながらもハイタッチして喜び合う。

「ジャンケンで負けた人が全員分おごりね!」

と、鬼畜な曜ちゃん。
全員でブーイング。

「なにー! じゃあ、二人でおごり!」

第二案は可決され、5人でコンビニに向かった。
133 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/05(月) 00:27:23.50 ID:6ARxF7nsO
コンビニ裏の防波堤に5人で腰を据えて、みんなでパピコをちゅーちゅー吸った。
さざ波の音が心地よい。

「あ、そう言えば、曜さんが気にされていた一年生の子、お家の事情で昨日引っ越ししたって、知ってたずら?」

「ううん、知らなかった。そっか」

「ルビィ、あの子とほとんど話さなかった……」

「何よ、後悔してるの?」

「だって、話しかけようと思ったこともあったから」

「いなくなったら、その機会も無くなるずら」

「バカね、そんなの今に始まった事じゃないでしょ。ダメなら次よ、次」

「へええ、善子ちゃん頼もしい」

「ヨハネ! ずらまる、あんたバカにしてー!」

花丸ちゃんは、善子ちゃんの謎の絞め技から逃げるために、ぴょんと砂浜に飛び降りた。

「捕まえてみるずら〜」

「あ、こんの! 我が僕、行きなさい!」

「え、ルビィのこと? ルビィのこと?」

「おら、行くわよ!」

「ピギっ」

3人で追いかけっこを始めた。

「元気ね」

さすがに、あそこまで体力はない。

「そうだね」

曜ちゃんは、縁側でお茶を飲むような顔で見守っている。
134 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/05(月) 00:38:51.28 ID:6ARxF7nsO
「ねえ、曜ちゃんちょっと波打ち際まで来て来て」

「うん? いいけど」

私と曜ちゃんで奢ったアイスの袋にカラを入れて、ゴミ箱に放り込む。
サラサラの砂の上に落ちている一本の枝を手に取った。

「曜ちゃん、私の怪我のこと気にしてるでしょ」

ザクザクと足が砂に埋もれていく。
どこからか流れついた青いポリタンク。
割れて流されて丸みを帯びた色とりどりのガラス片。
そういった色々なものが砂に埋もれていて。

「……そうだね。気にしてるよ」

「しかも、自分のせいだと思ってる」

「だって、そうだもん」

「どうしてかは聞かないけど、もう、それ止めて」

「無理だよ」

「止めてくれないと、曜ちゃんのことポパイって呼びます」

「嫌だな、それ」

「でしょ?」

「分かった、止める」

「絶対よ。この怪我は誰のせいでもない。私のものよ。曜ちゃんのものじゃない。だから、曜ちゃんが勝手に私の怪我を背負わないで」
135 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/05(月) 00:53:39.15 ID:6ARxF7nsO
自分の傷の治し方さえ知らない人に、私の怪我まで背負わせたくない。
曜ちゃんは困ったような顔をする。
そんな顔も愛しくて、ずっと見ていたくなる。
もっと、困らせたくなる。
本当は、私のことで、もっと、悩ませたくなる。

「あとね、私ね、千歌ちゃんのことフッたから」

「え、うそ!?」

「ホント!」

波打ち際の際まで来て、私は座ってグリグリと枝で砂を掘り起こす。

「曜ちゃん、色々ありがとう」

「千歌ちゃん、どうだった?」

「聞いてどうするの? 自分が慰めるの?」

「私には、慰める資格なんてないよ。ただ、引きずってないかなって」

「それは、すぐに諦める人なんていないと思う。そんなにすぐに心変わりできるならしてみたいけど」

相変わらず、曜ちゃんは千歌ちゃんを中心に考えるんだから。
嫌になる。そういう所、全く理解できない。
その癖、人の傷を自分で背負いこもうとする。
あれ以来、曜ちゃんはあまり笑わなくなったらしい。
練習の時はそうでもないけど、教室ではクラスメイトに話しかけられても避けることが多くなってしまったと千歌ちゃんが言っていた。

「区切りがついたから、曜ちゃん、私も隠していたことバラすね」

私は砂浜に書いた文字を、指差して、曜ちゃんに見せた。
136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/05(月) 00:55:10.66 ID:6ARxF7nsO
梨子「曜ちゃん、怒らないで聞いてね……」





おわり
137 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/05(月) 00:55:52.40 ID:6ARxF7nsO
読んで下さって、ありがとうございました。
138 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/06/05(月) 02:28:27.41 ID:DTbNxGXR0
続きがほしいような気もするけど、蛇足感はあるかな
乙でした
139 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/05(月) 09:48:35.42 ID:06aV4mtMo
綺麗に終わっててとてもよかった
胸糞って聞いたからもっとドロドロかと思ってたわ
140 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/05(月) 22:49:19.85 ID:LVQZXQEUO
>>138
ちかりこの結末は決めていましたが、ようりこは決着つけれなかったです

>>139
キャラが良い子ばかりで、あんまりいじれなかったです



どうでもいい補足:梨子ちゃんは曜ちゃんの靴の匂い(なんかいい匂い)が好きで、嗅ぎ分けることができるという設定を捏造しました。
141 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/05(月) 23:02:11.11 ID:8EcMyIYho
おつ
後輩に曜ちゃんが何されたか気になるけどそれは曜ちゃんがずっと抱えていくことなのかな…
曜ちゃんの笑顔を取り戻してあげたい
142 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/05(月) 23:07:39.55 ID:LVQZXQEUO
>>141
頼んだ(番外編とか書いてくれていいのよ?)
このssでは曜ちゃんは抱えるタイプですので、たぶん人には打ち明けないまま、ふとした誰かの優しさに触れて少しずつ癒されていく感じです
143 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/05(月) 23:13:58.25 ID:ljpaoNrNo
一気に変態チックになって草
144 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/06(火) 12:27:39.44 ID:o0V5V2Nzo
臭いフェチwwwwww
145 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/06/06(火) 14:20:03.38 ID:npcMENlZ0
乗っ取り行為は禁止だぞ
作者も乗っ取りを許可するような行為も禁止だからな
146 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/06(火) 23:05:51.28 ID:ILpcLu2CO
>>145
なんかすみません


続編書きたくなってきたので、別のスレ立ち上げますね
ここはHTML申請出しちゃったので、おしまいです
ありがとうございました
147 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/06/06(火) 23:14:56.40 ID:ILpcLu2CO
次スレ

曜「梨子ちゃん、怒るわけないよ」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1496758403/
148 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/06/10(土) 08:50:58.17 ID:aGIMoE5SO
>>145

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/kako/1463843377/
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