岡崎泰葉「21世紀のピグマリオン」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/19(金) 01:09:06.85 ID:u2+y1K240
 深く愛された人形には、魂が宿るそうです。綺麗なお洋服を着せられて、親身に話しかけられて、大切にされた人形は、人間になることができる。
 でも、人という器に愛がそそがれすぎると、魂がよそへ飛び出だして、人形になってしまう。わたしはそれを、痛いほど知っています。


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2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/19(金) 01:10:20.55 ID:u2+y1K240
両親は私を愛して、可愛がっていました。きっと自慢の子だったのでしょう。だから、近所では我慢ができなくなって、日本中に私を見せようとした。そしてテレビ局の人も、ドラマや映画の監督も、写真家の人も、出版社の人も、私をいっぱい愛してくれました。彼らなり、思い通りに。
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/05/19(金) 01:11:08.44 ID:u2+y1K240
 私はそれに応えようと努力しました。子どもの心を殺して、何も考えないように。
 
 首が縦の運動に慣れた頃には、「岡崎泰葉」というラベルつきの人形が出来上がりました。ただ頷けば、それなりの成功ができることを知った、可愛らしいけど小狡い人形です。
 
 無邪気な子どもという価値がなくなったから、私は周りに勧められるままアイドルに転身しました。
 
 そこで私は、Pさんに出会いました。人形達の王様に。
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/19(金) 01:11:45.35 ID:u2+y1K240
「経験が長くても手は抜かないから安心してくれ」
 初めて会った時のPさんは9歳のアイドルを肩車しながら、そう言いました。それからレッスンのこと、お仕事のことを話している間も、いろんなアイドルが入れ違いにPさんにまとわりついたり、絡んだりしていました。
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/19(金) 01:12:27.17 ID:u2+y1K240
 顔がかっこいいわけじゃないし、どうしてこんなに人気者なのだろう。私は不思議でした。子どもならまだしも、大人の女性達までがPさんに集まっている。

 仕事ができる、人付き合いがうまい、それだけでアイドルの信頼を得られるはずがない。私は経験から、それがわかっていました。
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/19(金) 01:13:21.48 ID:u2+y1K240
 アイドルの大半は、自分が世界で一番可愛い、美しいと信じています。
 
 だからお仕事がうまくいっても、プロデューサーのおかげだとは思いません。
 
 優しくされても、それを当然のように受け止めるでしょう。

 アイドルは世界で一番ワガママで、しかもそれが許される人種なのです。成功している限り、ですが。
 
 そんな彼女達に気に入られるのは、簡単なことじゃありません。
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/19(金) 01:16:11.00 ID:u2+y1K240
 私がPさんの魔法に気づいたのは、水着モデルの仕事をした時でした。
 
 私が着せられたのは、薔薇のような飾りがついた白いチューブトップのビキニ。露出面の広さと、胸を大きくみせる効果で評判の水着でした。
 
 普通の大人だったら、卒倒するするかもしれない。たかだか16の子どもが、こんないやらしい水着をつけて…。
 
 でも私の親は普通じゃないし、私だって16歳だけど無垢な子どもじゃない。だから、お仕事だと割り切って我慢できる。
 
 笑顔のまま。カメラさんが私のどこを見ていようと、私の写真がどんな風に利用されるか知っていても。岡崎泰葉はそういう女の子だ。
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/19(金) 01:17:12.48 ID:u2+y1K240
「いいよぉ、泰葉ちゃ〜ん。次はもっと大胆なポーズいってみよう!」
 
 カメラさんに言われるがまま、私は色んな体勢を取る。

 猫のように四つん這いになって、お尻を突き上げたり。両腕を絡ませて胸を寄せて、ウィンクしたり。
 
 だけど頭の中では、「白い薔薇の花言葉ってなんだったかな」なんて考えていました。

 仕事に取り組むことはできるけど、この仕事に向き合うことはできなかったから。
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/19(金) 01:17:49.57 ID:u2+y1K240
 撮影も終わりに近づいて、とうとう最後の一枚を撮るとき。Pさんがカメラさんに口を挟みました。

「最後は、岡崎の好きなポーズで撮ってくれませんか」

 私はぎくりとしました。好きなように。それは、私が一番困る注文です。

「岡崎」

 Pさんが私に声をかけてきました。私は笑ったまま、ひどく無表情な声で「はい」と答えました。

「どんなポーズでもいい。今、岡崎が望む姿を見せてくれ」
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/19(金) 01:19:09.04 ID:u2+y1K240
 かあっと、緊張で顔が赤くなるのを感じました。どうしよう。
 
 私はとっさに、Pさんとカメラさんに背を向けました。ここから、逃げ出してしまいたい。
 
 けれど、それはできない。やってはいけないことだ。

 両親も事務所も、これまでの岡崎泰葉も裏切ることになってしまう。
 
 心臓が、いままでにないくらい早く動いてる。その鼓動に合わせるように身体が震える。

 瞳が熱くなる。何か、何か言わないと。
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/19(金) 01:20:26.88 ID:u2+y1K240
 私がやっと振り向いたとき、パシャっと、フラッシュが焚かれました。

「今の表情は…」
 
 カメラさんが驚いた顔で、写真を確認していました。私は怖くなって、そこに座り込みました。
 
 ぐずぐず考えている間に全てが終わってしまった。

 アイドル失格。きっとみんなが失望する。

 経験者なんて調子のいいことを言って、この有様。都合が悪くなると、ただの女の子に戻ろうとするの?
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/19(金) 01:21:52.31 ID:u2+y1K240
 色んな声が私の中で渦を巻いて、私はそこに吸い込まれそう。

 気持ちが悪い。胃袋が、きゅっと持ち上がるのを感じて、私は口元を押さえました。
 
 どうにか堪えて立ち上がると、Pさんが私の肩にタオルをかけて、更衣室まで連れ添ってくれました。
 
 汗ばんだ水着をゆっくり剥ぎ取っていると、すぐ外にいるPさんが言いました。
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/19(金) 01:22:47.23 ID:u2+y1K240
「最高の表情だったよ」
 
 皮肉ではなく、本当にそう言っているように聞こえました。

 でも私は、「申し訳ありませんでした」とだけ返して、口をつぐみました。
 
 あのカメラさんが、きっと何か言ってくる。

 ふざけるな。なんだあの姿は。こっちも仕事でやっているんだから、ちゃんと協力しろ。
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