男「余命1年?」女「……」

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1 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/18(木) 22:00:09.21 ID:Mb2ft/yRO

男「あの、面会なんですけれども。女さんです。……ええ、分かりました」


エレベーターに乗り、階数表示が段々と数字を上げる様子を、ただ茫然と見つめていた。

やがて、目的地の5Fで床の上昇がゆっくりと止まる。

十数秒歩き、待ち合わせの部屋へ到着すると、彼女の姿が視界に入った。


女「……あ、今日は来てくださったんですね」


男「ええ、お邪魔します。それで……調子はどうですか?」


女「もちろん順調ですよ。……はい、これが原稿です。病院のコピー機で印刷させていただきました」


男「いや、その……具合の方は……?」


女「ああ……何も変わりません。可も不可も無し、と言ったところですね」


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1495112409
2 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/18(木) 22:01:03.11 ID:Mb2ft/yRO

女は、取ってつけたような笑顔でそう言った。

こうしている今も、彼女の小さな身体が蝕ばまれ続けているだなんて……想像もつかない。


女「それで、前回の修正点は? その様子だと、また駄目だったんですよね?」


男「え……は、はい。前回は、キャラクターの心理描写に物足りなさを感じました。ですから、今回は……」


女「別に……夢なんて、どうだっていいんですよ?」


男「っ……そんなことないですよ。編集長もおっしゃってました。

段々、執筆に磨きがかかっていると。もう少しですよ、頑張ってください!」


女「……これでも、頑張ってるんですけどね」


男「あっ……すみません、失言でした」
3 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/18(木) 22:01:42.35 ID:Mb2ft/yRO

訪れた、数秒の沈黙。

時間が経てば経つほど、息をするのが辛くなってくる。


男「……こちらの原稿、拝見させて戴きます」


女「あの……男さん」


男「はい、何でしょう」


女「……いつもありがとうございます。何の価値も無い私の原稿を、こうして取りに来てくださって」


男「……いえ、仕事ですから」


女「……はい、そうでしたね」
4 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/18(木) 22:02:10.15 ID:Mb2ft/yRO

多少の打ち合わせを行った後、逃げるように病室を後にして。

駐車場に止めた自分の車へ乗り込むと……思わず、ため息が出た。


男(どうして、もっと気の利いた事を言ってあげられなかったんだろう。よりにもよって、仕事だからって……最低だろ)


それほど傷ついた様子には見えなかったのが、唯一の救いか。


……いや。まずもって、およそ感情と言えるものが彼女の顔に出た事が無い。

その表情の下では、本当は傷ついていたのかも。
5 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/18(木) 22:02:46.65 ID:Mb2ft/yRO

でも、それはお互い様だ。

彼女だって、自分に心の内を打ち明けたことが、ただの一度だってないのだから。


会って1ヵ月と言えど、仕事上のパートナーであることに変わりはない。

やり辛さは、日に日に増していった。


男「本当は……叶えたいんでしょう? あの夢を……」
6 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/18(木) 22:03:14.97 ID:Mb2ft/yRO

彼女との出会いは、重なった偶然により生まれたものだった。


選考で落ちた彼女の作品が、たまたま選考委員の目に留まり、たまたま俺が担当につけられて。

電話越しに告げられた、待ち合わせの場所。

彼女との初対面は、まさかの病院だった。

生まれつき心臓に持病を抱えていて……彼女曰く、もう長くないとのこと。


余命1年の作家の卵。それが彼女だ。
7 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/18(木) 22:03:56.27 ID:Mb2ft/yRO

死ぬ前に、足跡を……自分がこの世に存在していたという証を残したい。

きっとそれが彼女の望みなのだ……俺は勝手にそう思っていて、勝手に感情が高ぶっていた。

何としてでも、出版までこぎつけてみせる。


そう思って、病室へ入ったんだが。

いざ彼女と話してみると、何だか拍子抜けしてしまった。


この世に未練など、欠片も無いとでも言いたげな雰囲気だったのだ。

既に死を覚悟しているだとか、死を認識していないだとか、そんな雰囲気ではなかった。

まるで……いつ死んだって構わないとでも言いたげな。
8 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/18(木) 22:04:55.86 ID:Mb2ft/yRO

初めて女さんと出会ったのは、1ヵ月程前の事だった。


男『必ず出版しましょう! 私も、全力でサポートさせていただきます!』


女『……それなら、これは私とあなたの夢ですね』


男『え、俺……じゃない、私もですか?』


女『フフッ、そんなにかしこまらなくてもいいですよ、変に気を遣わないでください。

 ……だって、仮に本を出版できた時、あなたが一番喜びそうだから』


男『……分かりました。では、これは俺とあなたの夢です。必ず……必ず、2人で叶えましょう!』
9 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/18(木) 22:06:03.81 ID:Mb2ft/yRO

男「……ハァ」


恐らく、このままいけば1冊は出版できるに違いない。

彼女の表現力は、目に見えて上がっているから。

軌道に乗れば、2冊目、3冊目だって可能かもしれない。


それだけに、彼女の纏う雰囲気は、俺には理解し難かった。

この世に生きた証を残せるだなんて、それほど名誉な事が存在するだろうか。

必死にならない方がどうかしている。


――もしも、自分が同じ立場だったなら。


男「……やめだやめだ。そんなこと考えたって、仕方がないじゃないか」
10 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/18(木) 22:06:56.18 ID:Mb2ft/yRO

自分はもう、諦めたのだ。

自分には、執筆の才能がない。

そう思ったからこそ、せめて同じ夢を持つ者の手助けをしようと思い、この仕事を選んだ。

ここで彼女を支えないで、何が編集だ。

彼女の本を出版する事が、自分の使命。


……だからこそ、諦めないで欲しいのに。


女さんの、本音が聞きたい。

仮面のように変わらない表情の奥で、一体何を考えているのか。

彼女の第一印象は……まだ、拭われていなかった。
11 : ◆PChhdNeYjM [sage saga]:2017/05/18(木) 22:09:37.32 ID:Mb2ft/yRO
とりあえずここまで。かけたら更新します。

過去作も貼らせていただきます。

【バンドリ】沙綾「卒業?」香澄「そんなの私達にあるわけないじゃんwww」
http://elephant.2chblog.jp/archives/52197926.html

【バンドリ】沙綾「好きです////」有咲「へっ!?//////」
http://elephant.2chblog.jp/archives/52199334.html
12 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/18(木) 23:20:30.93 ID:Mb2ft/yRO

編集長「うーん……」


男「……どう……でしょうか」


編集長「悪くは無いんだけどねえ」


――やはり、まだ駄目か。


編集長「表現力は増してる。……ただ、味が無い」


男「……キャラの心理描写が、薄いということでしょうか?」


編集長「それもある」


男「それ……も?」


編集長「彼女だけの持つ何か。それが、この原稿からは抜け落ちている」


男「……分かりました」
13 : ◆PChhdNeYjM [sage saga]:2017/05/18(木) 23:21:14.42 ID:Mb2ft/yRO

――さっぱりわからん。


デスクに戻り、彼女の原稿を読み直すことにした。

他の作家も担当してはいるが、今はこっちが優先だ。


なんせ、彼女は……。


男「彼女だけが持つ何か……ね」


そんなもの、ただの個性というか……売れるかどうかに関係あるとは思えないが。


売れた作家こそが正義。要は、売れればいい。

世間に認められれば、その作家の個性が初めて『個性』として認識されるのだ。
14 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/18(木) 23:22:36.91 ID:Mb2ft/yRO

男「……ここまで出来が良かったら、別に出版したっていいじゃないか」


読者に読んでもらうまで、何が売れるかなんて分からないんだから。


――嘆いていても、仕方がない。


男「まずは、心理描写からだな」


キャラクターの心情をどれだけ文字に表現できるかは、

どれだけ人の心に触れ、どれだけの文字に触れ、そしてどれだけ自分自身で考えて人生を過ごしてきたか。

その三点に掛かっていると言っても過言ではない。

というか、それが全てだ。
15 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/18(木) 23:23:15.26 ID:Mb2ft/yRO

男「まさか……今まで、人付き合い自体が少なかったのか?」


大いに考えられる話だ。

彼女は、心臓病は生まれつきだと言っていた。

そのせいで、今まで人と触れ合う事が少なったのかもしれない。


男「うーん……そればっかりは、どうしようもないな」


今すぐどうこうできるとは思えないが……それは、どうにかしようとする努力を怠っていい理由にはならない。


男「とりあえず……やれるだけやってみよう」
16 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/18(木) 23:25:48.17 ID:Mb2ft/yRO

彼女と出会ってから、5度目の週末。

俺はいつも通り、病院へ打ち合わせに来ていた。


男「……え? もう退院できるの?」


女「はい。あくまで、一時帰宅なんですけど」


男「そうだったんだ……」


彼女は俺よりも5歳も年下らしい。

俺達は次第に敬語が減り、フレンドリーに会話を交わすようになっていた。

とは言っても、彼女は敬語が抜けきっていないけれど。

それが、彼女の年上に対する接し方なのだろう。
17 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/18(木) 23:26:53.66 ID:Mb2ft/yRO

女「あの。それで、前回は?」


男「あ……ああ」


原稿のダメ出しを何度も繰り返し行うのは、こちら側としても本当はしたくない。

できる事ならば、今すぐにでも出版したい。

だが、そうもいかないのが現実だ。


男「……やっぱり、心理描写が甘いね。それで、俺からの提案なんだけど」


女「……提案?」
18 : ◆PChhdNeYjM [sage saga]:2017/05/18(木) 23:27:32.80 ID:Mb2ft/yRO

もしかすると彼女は、人付き合いの数が人よりも劣っているのかもしれない。

人付き合いが嫌いな作家は、何度も見てきたが。

彼女の場合、好きで人を避けているわけではないはずだ。


男「本当は、週末だけの予定だったんだけど。

女さんが退院できるのなら、できるだけ毎日。コミュニケーションの練習をしよう」


女「……誰と、ですか?」


男「それは勿論、俺と」


すると彼女は、初めて明確に表情を変化させた……とんでもなく嫌そうに。
19 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/18(木) 23:28:09.85 ID:Mb2ft/yRO

女「……嫌です」


男「え? ……な、なんで?」


女「男さんは、編集者としては信用できますが。男性としては信用できません」


男「へ? だ、男性としてって……俺、君に何かしたっけ?」


どういうわけか、俺は唐突に彼女からの信用を失ったらしい。

全く身に覚えのない不信感をジト目で向けてきた彼女。

初めて俺に、女さんが感情の起伏を見せたように感じた。
20 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/18(木) 23:28:48.82 ID:Mb2ft/yRO

女「だって男さん……この間、看護婦さんと仲が良さそうに会話してました。初対面なのに」


男「この間……ああ、あれね」


先々週のことだ。病室を訪れると、彼女は席を外していて、病室内は空っぽだった。

立ち尽くしていた俺に、年の近そうな看護婦さんが世間話を持ち掛けてきたのだ。


男「あれは別に……普通だよ、仲良くなんて……」


女「何だか、すっごく親し気でした。鼻の下を伸ばしているようにも見えました」
21 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/18(木) 23:29:19.78 ID:Mb2ft/yRO

男「誤解だよ……本当に、ただの世間話だって」


女「初対面なのに、口説いてました」


男「いくらなんでも、飛躍しすぎだよ」


本当に、ただの誤解だ。

あの時の看護婦さんとは、女さんについての会話ばかりしていたのだから。

病院での彼女は、とても元気そうだとか。

優しいお父さんがいるだとか。

彼女の病気は……元々、お母さんのものだったとか。
22 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/18(木) 23:30:15.52 ID:Mb2ft/yRO

男「とにかく、君の考え違いだよ」


女「……まあいいです。えっと……コミュニケーションの練習でしたっけ?」


男「うん。毎日俺と会話すれば、何か参考になるかもしれないよ。

 俺も、君の小説を一刻も早く本にしたいんだ」


本心だった。

彼女の病気を差し引いても、彼女の書いた小説は、俺の胸を強く打った。


女「でも……毎日って、具体的には?」


男「この病院で、色々……世間話とか」


女「私、もう退院するんですけど」
23 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/18(木) 23:30:59.71 ID:Mb2ft/yRO

――そうだった。

退院の話を聞くまでは、週末だけの予定だったから。


男「そうだな……俺が、君の家に――」


女「嫌です」


即答だった。


男「そんな……露骨に嫌がらなくても」


女「……ハァ。分かりました。家の近くに、公園があるんです。

 そこでならいいですよ……外でなら何もできないでしょうし」


随分と警戒されてんなあ……。
24 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/05/18(木) 23:31:53.50 ID:Mb2ft/yRO

男「別に、何もしないよ。それに……」


女「な……なんですか、そんなにジロジロ見て。ナースコールしますよ?」


男「待って待って、違うから。だから、あれだよ。君は、女としてはみれない」


女「……どうして、ですか」


男「だって、5歳も離れてるし。俺の好みは年上なの。ロリコンじゃないんだ、分かった?」


その時だ。
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