【ミリマス】「走れ麗花」

Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

2 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/01(土) 08:18:36.50 ID:17m8CGgL0

「今日は〜、何を〜しようか〜な〜……ふふふん♪」

 鼻歌交じりで部屋の中を散策、いや探索。

 北上麗花探検隊は洗濯物でできた丘を越え、出し忘れていたゴミ袋の山を迂回して、
 九龍城ともタメを張れるほど複雑かつ乱雑緻密なバランスで積まれた小物の載ったテーブルの下、
 前人未到の大秘境から、財宝の入ったビニール袋を探し当てた。

「よいしょっと」

 ぐわらぐわらがっしゃん。麗花の腕の一薙ぎで、脆くも崩れ去る旧九龍とテーブルの隣に生まれる新九龍。
 そうしてできたスペースに、彼女は持っていたビニール袋の中身をぶちまける。

 するとドサドサと派手に出てくるのは、パンにおにぎりにお菓子にお茶。要するに彼女の朝食だ。

 もそもそと食べ物で一杯になった口を動かしながら、今度はタンスの中身を引っ張り出す。
 服を着て、髪を直し、鞄にあれやこれやと詰めこむと、麗花は元気よく自宅を飛び出した。

「それじゃ、しゅっぱーつ!」

 進行目標はズバリプロデューサー。
 久々に訪れた休日を、彼女は彼と過ごすことに決めたのだ。
3 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/01(土) 08:20:50.40 ID:17m8CGgL0
===1.「オープニングステージ:事務所」

「来ちゃいました」と笑顔で報告する麗花に対し、
 プロデューサーは「お、おう」と曖昧に答えることしかできなかった。

「こんにちは、プロデューサーさん♪ 今日も地味で普通で素敵ですね♪」

 相変わらずの麗花節。褒めているのか貶してるのか、判断に困る挨拶を受けてプロデューサーが頭を掻く。

「こんにちはって……まだ朝だぞ?」

「あっ、じゃあじゃあおはようございます!」

「いや、うん。おはよう! ……じゃなくてだな。
 朝は朝でもまだ六時半。始業は九時で、いくら何でも早すぎだろ」

 そう言って事務所の壁掛け時計を指さすと、麗花はキョトンと首を傾げ。

「でも、プロデューサーさんはいるじゃないですか」

「そりゃ、俺は仕事があるからな」

「私はお仕事ありませーん♪」

「知ってる。スケジュールをオフにしたのは俺だ」

「だからほら、来ちゃいました」
4 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/01(土) 08:22:15.18 ID:17m8CGgL0

 先ほどから微妙に噛み合わない二人の会話、一方通行の意思疎通。

 日々の忙しさを忘れられる折角の休日だというのに、どうしてこの娘はココにいるのか?

 プロデューサーには理解できない。

 もしも自分が休みを与えられたなら、その日は一日中家に籠って惰眠と安穏を貪る自信があるからだ。

 ……ちなみに付け加えておくと、前回彼が完全な一日オフを貰ったのがいつだったか、
 本人どころか事務所内でも正確に把握している者はいない。

 にも関わらず、まるでそうするのが当然のように現れた麗花は既に背負っていたリュックをソファーに置き、
 談話用のテーブルの上へ、何やらごちゃごちゃと私物を広げ始めていた。

 その自由気ままな振る舞いに、プロデューサーは諦めた様に肩をすくめると。

「でもまぁ……来ちゃったものは仕方ないなぁ」

「予定は正直無かったですけど。何をしようか考えてたら、自然と足が向いちゃって」

 大きなスケッチブックとクレヨンを手に、麗花がプロデューサーへと振り返る。
5 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/01(土) 08:24:00.31 ID:17m8CGgL0

「アレコレ迷ってるうちに、事務所の前に着いちゃってました♪」

「まるでクラブの迷惑OBだな」

「プロデューサーさんと遊ぼうと思って、色々と持って来たんですよ? ほらほら、落書き帳に積み木とか!」

 追記、北上麗花に皮肉は通じず。

 そしてその舌の根も乾かぬうちに、言ってることが矛盾する。
 予定は無いのに遊ぼうと思ったってそりゃお前……確固たる目的があって来てるじゃないか!

 だが、プロデューサーは大人である。
 年齢にしても、三つ四つは彼女より上だ。

 要は余裕があるワケであり、忙しい朝の準備時間にやって来た彼女を邪険に扱うほど心の狭い男でも無い。

 とはいえ、素直に彼女に付き合っていては、
 例えどれだけの時間があったとしても仕事に支障をきたすのは必至。

 彼はできる限り穏便に、なおかつ麗花を傷つけたりはしないよう言葉を選んで話し出した。
6 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/01(土) 08:25:22.68 ID:17m8CGgL0

「うん、確かに魅力的な誘いだが……悪いな麗花。俺にはご覧の通り仕事があって、相手をするのは難しそうだ」

 そう言って、彼はデスクの上に積まれた書類の山を披露する。

 目的は二つ。

 実際に手をつけねばならぬ仕事の量を物理的に示すことにより、彼女に忙しさをアピールするのが一つ目で、
 第二の目的は向こうから「それじゃ、仕方ないですね」と自粛の言葉を引き出すことだ。

 だがしかし、麗花はまじまじとプロデューサーのデスクを眺めると。

「お仕事って、机の上のお掃除ですか?」

「えっ」

「だったら私、手伝いますよ。お片付け得意分野です♪」

 言うが早いか書類の束に手を伸ばそうとする麗花を、
 プロデューサーが必死の形相で止めに入る。
7 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/01(土) 08:26:51.81 ID:17m8CGgL0

「待て待て待て待て違うんだ!」

「大丈夫ですよプロデューサーさん。こういうのはまず、一つの袋にまとめちゃって……」

「いいから! 俺は汚れた机が好きだから!」

「……見た目は全然平凡なのに、変わった趣味があるんですね?」

「キレイなお目々でありがとう! だけどな? 机の上は触らないの!」

 途端にシュンとすると言うよりは、残念そうな顔になる麗花。

 少々強く言い過ぎたかとプロデューサーが気まずそうにしていると、
 彼女は「そこまで嫌がられるようじゃ仕方ないですね」と悲し気な声で呟いた。

 事務所に漂う空気が凍る。悲痛な面持ちで佇む美女と、彼女を厳しく見据える男。
 事情を知らぬ者が見れば悪いのは冷血無慈悲なプロデューサーの方であり、麗花は完全に被害者だ。
8 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/01(土) 08:27:48.71 ID:17m8CGgL0

「やっぱり私、帰ります。……今までお世話になりました……うぅっ!」

 最早場の空気は完璧に、メロドラマにおけるソレであった。

 嗚咽を堪えるように口元へと手を当てて、その長い髪を翻して部屋を出ようとする麗花。

「ま、待ってくれっ!」

 プロデューサーが座っていた椅子から腰を上げ、逃げる彼女を引き留めようとその手を伸ばし呼びかける。
 ドアノブに手を添えたまま、ピタリと動きを止める麗花。

「待ってくれ麗花。俺が、俺が悪かったよ……」

「……ぐすん」

「君を不用意に傷つけるなんて、プロデューサー……
 いや、男としても失格だ! 俺は、俺は自分のことが恥ずかしい!」

 そうして彼は詫び始めた。

 仕事を理由に麗花の誘いを断ろとしたことを、彼女のお片付け得意発言に、正直疑問しか抱けなかったことも。
 そして何より彼女の来訪を快く迎え入れなった、自分の器の小ささを。
9 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/01(土) 08:28:50.20 ID:17m8CGgL0

「だが、こんな俺にもう一度だけチャンスをくれるなら……今から、一緒に遊んでくれないか? 
 それこそ○×ゲームでも積み木崩しでもなんでもいい! 麗花の、麗花がしたい遊びに対して、俺も全力で応えたいんだ!」

 男の全身全霊を込めた謝罪を聞いて、麗花がゆっくりと振り返る。
 その顔は未だ冴えないが、彼女は形の良い唇をゆっくりと動かし、震える声で返事する。


「……なら、最初は人生ゲームから」

 この瞬間、本日もプロデューサーの残業が確定した。
 落涙しても社畜に神はおらず、また世は押しなべて非情である。
10 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/01(土) 08:30:16.87 ID:17m8CGgL0
===

 こうして始まった人生ゲームは参加人数僅かに二人。

 しかしその道なりは波乱万丈過酷な物で、およそ二時間に渡って繰り広げられた熱い戦いが終わる頃には、
 プロデューサーは精も根も尽き果てその風貌は廃人のようにもなっていた。

 それがつまり、どういうことかと説明すると……。

「1、2、3、4……はい上がりでーす♪」

 麗花の操作する車。「ビュンビュン丸」がゴール地点へと一足先に置かれた後でなお、
 プロデューサーは頑なにゲーム終了から拒まれていた。

 何度も回すルーレット。ピタリと届かない憎らしい出目。

 全力で相手すると宣言してしまった以上、途中でギブアップするのもカッコ悪い。
 まさに彼は、悪い意味で意地になっていたのである。
11 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/01(土) 08:32:02.08 ID:17m8CGgL0

「畜生、ちくしょう! チクショーっ!!」

 既に怒りは通り越し、情けなさにヤケてゴールを目指すプロデューサー。
 その隣ではすぅすぅと、暇を持て余した麗花が可愛らしい寝息を立てていた。

 仮にも仕事場である事務所に置いて、なんとも気の抜けた光景である。

「今度こそ、今度こそ……っ!!」

 そして何十回目かのトライの後、遂にプロデューサーはゴールのマスへ駒を進める。
 喜びに思わず感極まり「よっしゃあっ!」とガッツポーズを決める彼に横から声をかけた者がいた。

「おやおや君は、朝から随分と嬉しそうだねぇ」

「そりゃそうですよ。なんたって二時間に渡る熱闘のフィナーレですから!」

「ほう、人生ゲームを二時間もかい」

「はい、人生ゲームを二時間です!」

 だがしかし、ここで彼は気づくべきだった。
 いや、本当はとっくに気づいていたが、勢いに乗せて誤魔化そうとしたのかもしれない。

 どちらにせよ、声の主はプロデューサーの肩にポンと手を置くと。
12 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/01(土) 08:33:23.33 ID:17m8CGgL0

「後で、社長室に来るように」

 これが後に、飲みの席で何度も酒の肴として語られることになる「早朝人生ゲームの変」のあらましだ。

 連日の残業に加えて減給まで決まった男の姿は見るも無残に老け込んでおり、居眠りから起きた麗花が彼の姿を見た瞬間、
 それまで見せたことの無いほどのマジな顔をしたことからもそれは語ることができる。

 ――閑話休題。

「それじゃあ、もう遊べないんですか?」

 おねだりするように人差し指を唇に添え、可愛らしく小首を傾げる麗花に向けて、
 プロデューサーは腐乱した死体よりも酷い微笑みを浮かべて頷いた。
13 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/01(土) 08:34:59.59 ID:17m8CGgL0

「ほ……本当にすまないと思ってる……が、俺にも生活があるかなら」

「……残念です。まだまだ遊びたかったのに」

 だがしかし、彼に返事をする気力は残ってない。
 今はただ押しに押した今日のスケジュールを必死に処理することで手一杯。

 麗花も忙しそうな彼から離れると、一人ソファに腰かける。

 麗花の胸に、ポッカリと穴が開いた気分であった。

 楽しい休日はまだまだまだまだこれからなのに、一緒に遊ぶ人が居ない。
 事務所の中を見回しても、彼女以外には誰もいない。

「うーん……これからどうしようかな」

 そう呟くだけで解決策が浮かぶなら、世は問題解決のスペシャリストで溢れかえっていることだろう。

 とはいえ子供と同じ感受性……失礼。二十歳になっても純真な心を持ち続ける麗花にとってしてみれば、
 突如訪れた退屈をワクワクに変える方法など、息をするよりも簡単に思いつくことができるのだ。

 むしろ本人に言わせれば「息をすることの方が難しい」とまで言いかねない。
14 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/01(土) 08:37:28.01 ID:17m8CGgL0

 現にこの時も彼女のそのキラキラと光る双眸は、事務所の壁に掛けられたホワイトボードへと向かっていた。

 そこには各アイドルたちの仕事の予定が書きこまれ、
 一体誰が今どこで、どんな仕事をしているのかも一目瞭然丸わかり。

「そうだ!」

 ポンと豆電球が光るような軽快さで声を上げ、麗花がソファから立ち上がった。

 ……遊び相手が見つからなければ、自分から探しに行けばいい!

「今日はみんなの所に会いに行こっと! 
 それにそれに、突然私がやって来たら、みんな驚いてくれるかも……ふふ♪」


 それは麗花流のサプライズ。

 一応断っておくならば、彼女の辞書に「有難迷惑」なんて言葉は無い。

 彼女にとって喜びは分かち合う物であり、楽しみは共有するものなのだ。
 そして嬉しい驚きという物は、北上麗花が特に気に入っているイベント事の一つでもあった。

 差し出されるプレゼント、箱の中身を想像しつつ、ラッピングを開けてゆく時のようなワクワク感……
 それを自ら演出することが出来るのが、サプライズという名の贈り物だ……というワケである。
15 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/01(土) 08:38:37.87 ID:17m8CGgL0
とりあえずここまで。
ゲームは既にクリアした。後は最後まで書ききるだけだ……。
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/01(土) 08:45:11.12 ID:B7OnObYMO
去年ほどしゃ無いけど今年も狂ってたな
まさかナチュラルに空を飛び宇宙まで行くとは
17 : ◆Jnlik0MEGA [sage]:2017/04/01(土) 10:31:42.13 ID:i27WbvmS0
あれ難易度高すぎるよ
一旦乙です

>>1
北上麗花(20)Da
http://i.imgur.com/0m9SRoy.jpg
http://i.imgur.com/VtmQJ34.jpg
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/01(土) 10:48:41.24 ID:x5N9VJo+O

仕事が早いな
飛ぶ時の髪がピョコピョコするのちょーかーわいー!
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/01(土) 11:06:17.80 ID:iv8GubFKo
わーい♪
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/01(土) 12:21:27.92 ID:tpdp/IYAO
デカイ茜ちゃんやっつけたときになんか言ってるんだけど聞き取れない……
21 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/01(土) 12:28:29.90 ID:17m8CGgL0
===「ファーストステージ:街」

 清々しく晴れ渡った青い空の下。

 勢いも良く事務所を飛び出した麗花はしかし、プロダクションのある貸しビルの一階にまで降りたところで、
 今回のチャレンジが困難極まる過酷な挑戦であることに気がついた。

 その主な要因としてはまず第一に、事務所に所属する自分を含めた五十人のアイドルはみな
 一ヶ所に集まって仕事をしているワケでは無いということ。

 第二に、各々の居場所を目指すための、移動手段を選択する必要があるということだ。


 ところで、麗花は乗り物の類が好きである。

 特にスピードが出る物を好み、車でのドライブを好きなものとしてプロフィールに載せるほどには運転することも大好きだ。

 ここで「麗花の運転は上手い」と断言しない辺りから、皆様には彼女自慢のドライビングテクニックに、
 何かしらの欠か……欠点があるのだろうという事をどうか察して頂きたい。
22 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/01(土) 12:31:27.99 ID:17m8CGgL0

「車なら……遠くの方までススイのスイで行けるけど」

 だがしかし、プライベートでの運転はプロデューサーから固く戒められている。

 あれはとある仕事の送迎で、社用車の運転を彼と交代した時のこと。

 同乗していた他のアイドル達の悲鳴木霊す車内において
「乗ってくれるなとは言わないが、これからは極力控えて貰いたい」と顔面蒼白で訴えるプロデューサーの姿がそこにはあった。

「今から家に戻るのは、ちょっと面倒くさいかなぁ」

 それになによりコレである。

 今から家に戻る労力と、それによって短縮できる移動時間の兼ね合いを軽く鑑みてみれば、
 圧倒的に車を取りに戻る方がはるかに効率的だというのにだ。

「ん〜……いいや! 今日は天気も凄く良いし、このまま走って行っちゃおっと♪」

 正に愛車は家に置いて来た。

 麗花は頼りにするのは己が肉体、山登りで鍛えた足腰と体力には自信があるんです! 
 と言わんばかりのスマイルを浮かべると、軽やかなリズムで走り出す。

 そうして遠ざかってゆく麗花の背中を眺めながら、
 早朝の社外清掃を行っていた音無小鳥は誰に聞かせるでもないため息をついて思うのだった。

 ああ、若いってなんて素晴らしい――!
23 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/01(土) 12:36:20.34 ID:17m8CGgL0
===

 アイドルの仕事にも流れはあるが、それは仕事内容や現場によって不規則かつ流動的なものであり、
 突発的なトラブルや、アクシデントによって予定が変わることもしばしばだ。

 彼女、萩原雪歩も今はカフェテラスの一席に腰かけて、街行く人の流れを何とはなしに眺めていた。
 本来ならば今頃は、このお店の新商品を取材するロケが行われているハズだったのだが……。

「ねーねーユキホ、こっちみてヨ!」

 不意に背後から声をかけられた雪歩が、ハッとした様子で振り返る。
 そこにはお菓子の盛られたお皿を手に持って立つ、島原エレナの姿があった。
24 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/01(土) 12:38:01.32 ID:17m8CGgL0

「ど、どうしたの? そのお菓子」

「これはね、お店の人からの差し入れだヨ〜」

「差し入れ?」

「そう!」

 エレナがテーブルの上に置いたお皿には、山積みにされた色とりどりのマカロンが。
 そして後からやって来た店員が飲みたい物はあるかと質問し

「私はカフェオレ」

「ココアがいーナっ!」

「走って来たからお水を下さい♪」

「かしこまりました。すぐにお持ちいたします」

 店員が注文を受けた後で、入れ替わるようにやって来た
 番組ディレクターが事の経緯を説明し、忙しそうに戻っていく。

 曰く、新商品を作るために必要な材料が、この時間になってもまだ届いてないのだとか。
 何でも材料を配送するトラックが、渋滞に巻き込まれているらしい。
25 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/01(土) 12:39:33.55 ID:17m8CGgL0

「なんだか悪い気もするネ。ワタシたち、まだお仕事もしてないのに」

「でもディレクターさんの言う通り、商品が無いと取材はできないから」

「他のお菓子じゃダメかナ〜。このマカロンだって凄くおいしいヨっ♪」

「ふふっ……エレナちゃん。口元にクリームついてるよ」

 そうして紙ナプキンでエレナの口元を拭きとる雪歩。
 その姿はまるで天使たちの戯れを連想させるほどに尊いが、物語の主役は残念ながら二人ではない。

「うんうんエレナちゃんが言う通り、マカロンとっても美味しいね♪」

「ネ〜? こっちも宣伝、してあげたいヨ〜」

 そう、今回の主役は我らが北上麗花である。

 突如として視界の中に現れたこの予期せぬ乱入者の登場に、雪歩が悲鳴を上げて椅子から床へと転がり落ち、
 開店前の店内で作業をしていたスタッフたちの視線という視線がこの少女のもとへと集まった。

 しかし当の驚かせた張本人である麗花はといえば、
 悪びれる様子も無く次のマカロンへ手を伸ばしながら微笑むと。
26 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/01(土) 12:41:10.02 ID:17m8CGgL0

「あれあれもしかして雪歩ちゃん。ビックリしちゃった? させちゃった?」

「れ、れれれれ麗花さん!? な、なんでここにいるんですか!?」

「だったらドッキリ大成功だね♪ パフパフ〜、ブイ!」

「レイカ。その小さいラッパ、ワタシにも貸して貸してっ!」

「うんいーよ。鳴らすにはこの黒いところを握ってね!」

「そ、そんな和やかに話してないで、質問に答えて下さいよぉ〜!」

 さてここで、突発的なアクシデントもとい思わず雪歩も驚くサプライズが敢行されたにも関わらず、
 平然と麗花に対応するエレナのことを「この子、大物だ」と思った人はまだまだ甘い。

 雪歩も大概怖がりであるが、本来エレナも負けず劣らずな怖がりさん。

 ホラー映画を観て絶叫、オカルトロケに駆り出され絶叫。

 その気の毒ではあるが愛らしいビビり姿の需要はお茶の間においても非常に高く、
 現に事務所では第二第三のエレナを起用した肝試し企画が水面下で着々と進行中。
27 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/01(土) 12:48:38.47 ID:17m8CGgL0

 で、あるからしてそんな怖がりの彼女なら、雪歩と共に驚いてしまっても不思議でない。
 むしろ驚かなかったことに我々が驚く次第なのだが、タネを明かせばなんとも単純な話である。

 つまりエレナは、既に麗花が居るのを知っていた。

 丁度そう、彼女が山積みマカロンのお皿をテーブルの上へ置いた辺りの出来事だ。

 カフェに到着早々エレナと目が合ってしまった麗花は「内緒だよ」とでも言うように唇へ指を当てると
 歩道とカフェの間にある垣根をヒョイとジャンプして飛び越えて、そのまま二人の傍までコッソリやって来たのである。

 もちろん、派手に驚いた雪歩はこのようなやり取りのことを知る由も無く。

 さらには麗花が忍び寄っているその間、紙ナプキンでエレナのお世話に
 現を抜かしてしまっていたのが彼女の命運を分けた瞬間だった。

「お待たせしました、お飲み物です」

 そしてこの店員の登場も、物語的にはベストタイミングである。

 麗花はひょいひょいとさらに二、三個のマカロンを口の中に詰めこむと、
 それを運ばれて来たばかりの水によって流し込み、唖然とした表情を浮かべる雪歩にグッとピースサインを突き付け一言。
28 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/01(土) 12:50:33.55 ID:17m8CGgL0

「笑顔とマカロン、ごちそうさま!」

 飛び切りの麗花スマイルをその場に残し、彼女が再び雑踏の中へと消えて行く。
 その姿を目で追いかけていた雪歩が、ぼぉっとした様子でエレナに言った。

「……ねぇ、エレナちゃん」

「どしたノ?」

「今の麗花さんが、夢かどうか確かめる方ひょひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」

 以心伝心、言わずもがな。

 雪歩のお願いを察したエレナが、颯爽と指を伸ばして彼女の頬をぐにっと摘まむ。

 そうして現実的な痛みにその瞳を潤めながらも、雪歩の表情はどことなく幸せそうであったとかなんだとか。
 そのやり取りはまるで熟練のお笑いコンビを彷彿とさせるほどに……ああ、尊い。
29 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/01(土) 12:53:25.72 ID:17m8CGgL0
とりあえずここまで。こんな感じで後……全部で47人分かな?
30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/01(土) 13:05:22.43 ID:tpdp/IYAO
わーいわーい♪ぱんぱかぱーん♪
31 : ◆Jnlik0MEGA [sage]:2017/04/01(土) 13:35:34.38 ID:i27WbvmS0
ホント自由だね

>>23
萩原雪歩(17) Vi
http://i.imgur.com/OH3cZ0q.jpg
http://i.imgur.com/2SbqmaT.jpg

島原エレナ(17) Da
http://i.imgur.com/I4216Oy.jpg
http://i.imgur.com/GUEyTBO.jpg
32 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/01(土) 22:36:58.92 ID:17m8CGgL0
===

 風が吹いた、青い風が。
 それは爽やかな朝の道に似合うとても健やかな風だった。

 大きな川の横に作られた土手の道を歩きながら、如月千早は考える。

 この風に歌声を乗せた時、それは遠く離れた知らない街の、知らない誰かの耳にも届くだろうか? 
 
 そうして届いた歌声が、その人の一日を過ごす活力になるようなことが、
 万に一つの可能性として、実現できたりはしないだろうか――と。
33 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/01(土) 22:38:57.15 ID:17m8CGgL0

 現実、そんなことが出来るハズは無いのだが。それでも夢を見る事自体は、誰も咎めはしないだろう。

 リアリストはロマンチストの究極だ――とは何処で聞いた言葉だったか。

 普段は歌に対して徹底した完璧主義を貫く千早だが、その実人一倍歌が持つ力を信じ、
 歌の持つ可能性を夢想するロマンチストでもある。

「ちーはーやーちゃん」

 そしてそのロマンチストとしての生き方をある意味では千早以上に体現している人物が、
 物思いにふける彼女に向かって呼びかける。……ご存知、北上麗花その人だ。
34 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/01(土) 22:40:18.57 ID:17m8CGgL0

「あの、麗花さん」

「1+8は?」

「あの」

「3×3は?」

「……麗花さん?」

「あっ! ……もしかして千早ちゃんには、問題が難しすぎたかな?」

 そうして千早から借り受けた、彼女愛用のデジタルカメラを片手に首を捻る麗花。

 先ほどまでのキリリとした表情はどこへやら、恥ずかしそうに顔を赤らめた千早が
「きゅ、9ですよ! 9!」と焦ったように反論する。

 そこにはかつて「孤高の歌姫」だの「前代未聞の狂犬アイドル」だのと言われていた、
 愛想が悪く馴れ合いを拒み、ただ歌うことだけにしか関心を持っていなかった彼女の姿は見当たらない。
35 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/01(土) 22:42:20.66 ID:17m8CGgL0

「じゃあじゃあ次こそ本番です! えっと……7+2は?」

「くっ!」

 ピピッと、シャッターの切られた音が響く。
 撮れたばかりの写真を眺め、麗花が「う〜ん」と不満そうな声をあげた。

「あんまりこういう事を言いたくないけど。千早ちゃんには、もう少し笑顔が必要かな」

「……なら、もっと普通の掛け声でお願いします」

「普通? 普通の掛け声って……例えば、どんな?」

 瞬間、千早は言葉に詰まってしまう。
 それは何も麗花の言う「普通の掛け声」が思い当たらなかったからでは無い。

 目の前に立つ麗花の表情から察するに、
 彼女は本気で「普通の掛け声」を知らないのだと、瞬間的に理解できたからである。
36 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/01(土) 22:44:20.20 ID:17m8CGgL0

「あの、普通は1+1は2。もしくは写真を撮る前に、はい、チーズ……辺りでしょうか」

「でもそれじゃ、2以外の好きな数字が言えないよ?」

「ええ、まぁ」

「食べ物だって、チーズだけじゃつまらないよね」

「で、ですがその……一般的には、そういうことになっていますから」

「ふーん……そっか、そうなんだ」

 何やら考えるように呟くと、麗花がフッと空を見上げた。
 一体何があったのかと、釣られた千早も青い空へと視線を移す。

 すると流れていく白い雲の隙間に、一瞬何やらキラキラと光るものが見えた気もするが……
 残念ながら千早には、それが何か分かるだけの力は無い。

「今日は、お空の上が賑やかだね♪」

「はい?」

 だが何気なく呟かれた一言に千早が思わず視線を戻すと、
 そこにはいつの間にかカメラを構え直している麗花。

 再びシャッターを切った音が聞こえ、
 撮れたての写真を確認した彼女が、今度は満足そうに頷いた。
37 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/01(土) 22:46:00.14 ID:17m8CGgL0

「この千早ちゃんは、さっきに比べると上出来かな?」

「そんな不意打ちみたいな……ほ、本当ですか?」

「もちろん! ほらほら見てみて♪」

 千早がカメラを受け取りながら、怪訝そうな表情で聞き返す。

 しかし何やら落ち着いた雰囲気で話が進み、
 あわやフィロソフィ要素てんこ盛りな展開が広がり始めるのかと思われたその直後。

 一台の自転車に乗った少女が二人の傍を通り抜け、
 麗花が「あっ、いけない!」と何かを思い出したように声を上げた。

「それじゃあ千早ちゃん、また事務所でね!」

 千早が返事をするよりも早く、急いで走り出す麗花。
 彼女にしては珍しいその慌てた背中を見送りながら、千早はポツリと呟いた。

「結局……麗花さんは、私に何の用事があったのかしら?」

 それでも、呟く千早は笑顔だった。

 それはまるで一陣の心地ち良い風を受けた時に自然と浮かんでくるような、爽やかで素敵な笑顔であった。
38 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/01(土) 22:48:48.77 ID:17m8CGgL0
===

 さて、甚だ突然ではあるのだが、皆さんはダッシュ婆という怪談ないし
 それに登場する妖怪のことをご存知だろうか?

 かの有名なウィキペディアを参照すれば、他にターボばあちゃんという名前もあるらしい。

 具体的にどのような妖怪なのかを一言で説明すると、ズバリ「めっちゃ足の速い婆」

 道路で、トンネルで、高速で、走る車を後ろから追いかけ追い越し引っこ抜き、
 その婆の姿に驚いた運転手のハンドル操作を誤らせる……とまぁ、そういう化け物についての怪談だ。

 そんなダッシュ婆とターボばあちゃん。

 この際どちらの呼び名の方がより一般的な物であり、
 さらには全国的に普及しているかについての熱い議論は一旦隅に置いておくことにして、

 今はとある一人の少女、篠宮可憐が置かれた状況について詳しく話したいと思う。
39 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/01(土) 22:50:39.19 ID:17m8CGgL0

 とにかく彼女は怯えていた。

 どのくらい怯えていたのかと言えば、頭の中で(ああ、殺される……!)と
 しきりに連呼する程度には自らに迫った危機及び、命の危険を感じさせられていた。

 何を隠そう件の妖怪、走る婆によってである。

 しかし、この表現にはいささかの語弊が存在する。

 もう少し正確に言うならば、可憐が何者かに後を追われていることは確かな事実であったのだが、
 それが果たして実際に物の怪の類かと言われれば……ここに「そうだ!」と断言することは難しい。

 何せ自転車を漕ぐ彼女の後を猛烈なスピードで追走し、
 涼しい顔でペースも乱さずグングンとその距離を縮めているのはあの北上麗花だったからだ。
40 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/01(土) 22:54:22.97 ID:17m8CGgL0

 とはいえ、可憐は現状その事実を確認する術を持ってない。

 自分の後方に突如現れ、じわじわと大きくなっていくプレッシャー。
 よく怪談話でも語られる「見てはいけない、振り返らない」類の圧倒的な威圧感。

 それでもチラッと後ろを振り向いて、または跨っている自転車のスピードを緩めて
 後方を確認することもできないのかとお嘆きの方は、
 もしも自分が彼女と同じ立場に置かれたら……と今一度考えてみてもらいたい。

 自転車である。何度も言うが、自転車。クロスバイク。

 普通、そこそこの速度を出している自転車に人は徒歩では追いつけない。
 これは世間一般の認識であり、常識だ。

 それでもごく短距離の間だけでいいならば、走って追いかけることぐらいは可能だろう。

 しかし人間の身体能力には限界があり、同時にスタミナだって無尽蔵にあるワケではないのである。

 結論、一般人が自転車と並走し続けるなんてことは不可能だ。
41 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/01(土) 22:55:48.71 ID:17m8CGgL0

 ところがどっこい夢じゃない。

 可憐はかれこれ一時間以上、この悪夢のような体験を続けていた。

 もはや当初サイクリングを予定していたコースを大幅に外れ、
 今はただ一秒でも早く、長く、走っていようとペダルを回すだけである。

 赤信号にぶつかれば道を変え、行き止まりに嵌らないよう大きな国道沿いを走り抜け、
 気づけば見たことの無い場所まで来ていたが、それでも彼女は止まらない、休まない、振り返らずに走る青春。

 滴る汗は芳醇な深みを持った香水のような香りだが、
 今はそんなよた話を深く掘り下げている場合でない。

 死が、危機が、これまで遭遇したことの無い恐怖の権化がもうほんの十メートルほど後方に、確かに迫って来てるのだ。
42 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/01(土) 22:59:30.89 ID:17m8CGgL0

(あ、あうぅ……もう、ダメぇ……!)

 そしてとうとう危惧していた時はやって来た。

 可憐が恐れていた瞬間、体力の、スタミナの、元気の底がつきる時。
 これまで可憐な走りを見せていた、可憐の足がピタリと止まる。

 惰性によって自転車は進むが、そのスピードはドンドン遅くなっていく。
 後方からラストスパートだとでも言わんばかりに、さらにスピードを増して近づいて来る圧迫感。

(あわ、あわわわわ……!)

 ポンと、背中を確かに触られた。

 瞬間、バランスを崩して倒れそうになった可憐と彼女の自転車を、
 プレッシャーの正体がサッと支えて事なきを得る。

「おっと! 気をつけないとダメだよ」

 それは聞き覚えのある声だった。
 恐怖につむってしまっていた両目を、可憐が恐る恐ると開く。
43 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/01(土) 23:01:36.70 ID:17m8CGgL0

「れ、麗花さんっ!?」

「やっほー♪」

 余りにも呑気な挨拶、にわかには信じがたい遭遇、
 だがしかし、息一つ乱さず走り続けるその女性をおばあちゃんに見紛う者もいないだろう。

 可憐が怪談の呪縛から、解き放たれた瞬間である。

「可憐ちゃんは、サイクリング?」

「え、ええ。あの、はい」

「日差し、気持ちいいもんね♪」

「そ、そです……ね」

「目的地とか決めてるの? どこまで走っていくのかな?」

「いえ、目的地は、そのぉ……」

 当初目指していた目的地など、とっくの昔に通り過ぎているとも言えず。
 困り顔になった可憐の横で麗花が背負っていたリュックの紐を肩から外し、中からゴソゴソと何か取り出した。
44 :☆☆☆☆☆ ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/01(土) 23:04:33.74 ID:17m8CGgL0

「ハイ、どうぞ♪」

 それはペットボトルに入ったスポーツドリンク。
 渡された可憐がその冷たさに驚くと、麗花は楽しそうにニッコリ笑い。

「それじゃあ、サイクリング頑張ってね!」

 そのまま、さらにスピードを上げて去って行く。

「あっ、ありがとう、ございます!」

 それは滅多に聞けない可憐の大声。
 しかし、もう小さな点と化した麗花の耳に彼女の言葉が届いたかどうか。


 ……ちなみに完璧な余談だが、自転車の平均速度は時速20キロ前後になるそうだ。
 そして長距離を走るマラソン選手、彼らの平均時速も同じく20キロ前後らしい。

 何と、一部の人は自転車にちゃんと追いつける。
 それどころか並走だって可能なのだ! 

 これは暗に、次の事柄を立証する手助けともなるだろう。

 一つ、北上麗花の走行速度は、マラソン選手に近いこと。

 二つ、そのような速度で走り続けていたのに、
 大した疲れも見せていない彼女は本当に人間なのか? という疑惑が新たに生まれてしまったこと。

 答えを知る者がいると言うならば、ぜひとも我々だけにでもコッソリと、教えて欲しいものである。
45 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/01(土) 23:05:56.52 ID:17m8CGgL0
とりあえずここまで。残り45人9ステージ。
46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/01(土) 23:45:52.63 ID:iv8GubFKo
ぷっぷかはホラー
47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/02(日) 01:32:28.45 ID:zCLt05rKo
乙乙
コレ完結させたら大作だぜ
期待して待つ
48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/02(日) 01:46:15.18 ID:7YGwmgeM0
乙、イベントの話をよくもこんなに広げられるなぁ
全員完走がんばってくれ
49 : ◆Jnlik0MEGA [sage]:2017/04/02(日) 02:42:20.26 ID:QZE5bH/M0
そういえば☆☆☆☆☆は可憐だったね
一旦乙です

>>32
如月千早(16) Vo
http://i.imgur.com/8rbdhxv.jpg
http://i.imgur.com/hBIZmhU.jpg

>>39
篠宮可憐(16) Vi
http://i.imgur.com/UY1JmT3.jpg
http://i.imgur.com/I88oX1D.jpg
50 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/02(日) 11:25:16.21 ID:KbdljOcp0
===「いんたーみっしょん・うぃずれいか」

 タッタッタッタッタタタタ、シュバッ!

 転がった石を飛び越えて、北上選手十点満点! 
 サプライズ完了も早くも四人。これは非常にいいペースでしょう……なんてなんて♪

 今日みたいに空が晴れてると、気分も晴れやかニコニコします! 

 こういう日は顔を上げて走るのが、いつもより楽しくなるから素敵。
 この調子でドンドンみんなにスマイルお届け、残るは全部でよんじゅう……あっ!

 ジャンプ、ゲット! またまた道端に落ちていた、お星さまを一つ発見です♪ 

 キレイで美味しそうだけど、これって何かな食べられるかな? 
 食べ物だったらプロデューサーさんが、食べてくれたりしないかな〜。 

 それでそれで、プロデューサーさんはヒーローみたいにパワーアップ! 
 進化した星デューサーさんなら、私のお願いをもっと叶えてくれそうで……

 ふふっ♪ 今から私、楽しみにしてても良いですよね!
51 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/02(日) 11:28:01.28 ID:KbdljOcp0
===「ファーストステージ:街その2」

 その昔、世界のアイドルは神だった。

 どんなアイドルにもファンがいる。どんなファンにもアイドルがいる。
 アイドルあってのファンであり、ファンがあってのアイドルなのだ。

 極論、神さまはある意味人気アイドルで、その信者は神の熱心なファン。

 中には信仰心が昂る余り、その身すら捧げる者も出る。
 私財合切を潔く投げ打ち、自分が応援するアイドルの役に立たんとする者が出る。

「はぁ〜、良いっすねぇ……」

 うららかな日差しが木漏れ日を作る、まったりとした朝の公園。

 規則正しく間をとって植えられた大きな木の幹に隠れるようにして、
 青年は悩ましい吐息を吐き出した。

 出会いは僅か半月前。ファンになってからの日は浅いが、熱意は古参にも負けないと自負している。
52 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/02(日) 11:31:00.03 ID:KbdljOcp0

「良い、良いなぁ……凄くイイ! 朋花ちゃん。凄く、その、可愛いいっすよ〜!」

 語彙力の欠如、思考の鈍化。

 人は皆、何かに心奪われた時にこれらの反応を顕著にするもの。
 青年にとっての心奪われる何かとは、一人の見目麗しい少女であった。名を、天空橋朋花という。

 お団子頭の可愛らしい美少女は今、柔和な微笑みをその顔に浮かべて公園のベンチに座っていた。
 その周りには、撮影機材を持つスタッフ数人。

「本番行きまーす! 3、2……」

 カメラが回り、スタッフの間に緊張が走る。

 しかし朋花の周囲数メートルは、未だポカポカとのどかな空気感を保ち続けていた。
53 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/02(日) 11:34:58.37 ID:KbdljOcp0

「お姉ちゃーん!」

 ベンチから少し離れた場所で待機していた、子役の少年が朋花へ向けて走り寄る。
 そして彼女もそんな少年を、母親のような優しさで抱きとめると。

「もう、そんなに慌てなくても……どうしたの?」

「見てみてこれほら!」

 朋花の鼻先に突き出される、土で汚れた握り拳。

 キョトンとした彼女が両手を器のように差し出すと、少年は握っていた手を開き、
 朋花の手のひらの上にパラパラと、ダンゴムシの雨を降らせたのだ。

「きゃーっ!!」

 朋花の、絹を裂くような悲鳴が公園の中に響き渡る。

 刹那、心配そうに撮影の様子を眺めていた青年が「あ、あのガキっ!」と小さく声を荒げたかと思うと、
 その身をズイッと物陰から乗り出した。

 鬼の形相を浮かべた青年の目は怒りに満ち満ちており、彼が常日頃から聖母と崇め奉る朋花の危機を救わんと、
 今にも撮影現場に突進、乱入、少年相手の決闘すら辞さぬ覚悟である! 

 ……とまぁ、それ程の迫力を纏っていたのだが。
54 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/02(日) 11:37:32.11 ID:KbdljOcp0

「いいないいな、朋花ちゃん」

 気勢を削がれるとは正にこの事。
 突然聞こえた気の抜ける声に、青年が自分の足元へと視線を移す。

「あっ!」

「えっ」

 目が合った。しゃがんでいた見知らぬ女性と。
 そして彼女は心底嬉しそうな顔になると、青年に向けてビシッと人差し指を突き付けた。

「一緒に探すの、手伝ってください♪」

 まさに出会いは突然に。

 名も知らぬ女性からの意図不明なお誘いを受けて青年がワタワタしている間にも、
 撮影の方は順調に進められていく。

 大好きな姉を喜ばそうと集めた虫は、彼女を怒らせる結果になった。
 何を考えているのかと咎められた少年が、泣きながら朋花のもとを離れて行く。

 そうして朋花が少年に背を向けて悲し気な表情を浮かべた所でカットがかかり、撮影に一区切りがつけられる。
55 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/02(日) 11:39:23.90 ID:KbdljOcp0

 その間例の青年はというと、全く面識のない女性に無理やり連れて来られた近くの花壇の傍で、
 石ころをひっくり返す作業を手伝わされていたのである。

「じゃんじゃんひっくり返してくださいね。ダンゴムシさんが出てくるまで」

 青年は頭を抱えていた。どうして俺は、彼女に言われるままに石ころを返しているのかと。

 とはいえ、実のところその理由は明確だ。
 要するに彼は男であり、女性は美人であったのだ。

 一言で片付けるならそう、男の悲しい性である。

 青年の視線の遠く先。

 休憩に入った朋花の周りに、
 自分と同じ法被を纏った男たちが群がっているのが見える。

 本来ならば自分も今、あの輪の中にいたハズなのに……。
56 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/02(日) 11:43:06.01 ID:KbdljOcp0

「なんだか元気ないですね? ……人間笑顔が一番ですよ♪」

 その元気を奪った張本人が、微笑みながら言う台詞か! 
 あわや怒鳴りつけそうになった青年だが、ぶるると頭を振って深呼吸。

 眉間に深い皺を寄せながら、心の中で唱えるのは朋花に仕える
 騎士団員としての心構えを説いた、有難い七つの誓いの内の一つ。

『三つ、精神を鍛えること』

 元々、その喧嘩っ早さが青年の持つ短所であった。
 この熱しやすい性格のせいで、損したことは星の数程。

 しかしそれが、朋花との出会いによって救われた。
 
 彼女の為ならこの身を捧げる、拳は彼女の敵にしか振るうまい! 
 今や彼は身も心も朋花一筋。彼女の為なら命令一つ、死地にも飛び込む覚悟である。

 だから青年は、思考を切り替えることにした。

 この女性のワガママに付き合っているのも、単に誓いの二つ目と、四つ目と、五つ目を実行しているだけであり、
 これは試練、試練なのだと自分の心に言い聞かせる。
57 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/02(日) 11:45:05.25 ID:KbdljOcp0

「いないいない、ダンゴムシ〜」

「意外と、見つからないもんっすね」

「石の下にはいないのかな〜? お家かな〜?」

「その家が石の下じゃないんすか」

 二人の間の他愛ないやり取り。青年がまた一つ、手頃な石を持ち上げた時だ。

「まぁ、随分と熱心なんですね〜」

 振り返るとそこに彼女はいた。

 先ほどの子役を横に連れた朋花が、
 慈愛溢れる眼差しを二人に向けて立っていた。

「でも残念。この辺りのダンゴムシは、スタッフさんが集めてしまった後ですよ〜」

 そう言って彼女は青年のすぐ横にしゃがみ込む。余りの近距離にたじろぐ青年。

 朋花が、何かを包み込むように合わせていた両手を地面につけ、そこから地面に降り立ったのは――。
58 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/02(日) 11:48:19.83 ID:KbdljOcp0

「あっ、ダンゴムシ!」

 女性が歓喜の声を上げた。
 もぞもぞと解き放たれた数匹の命が、地面の上を這って行く。

「ふふっ♪ 撮影協力お疲れ様です。それから後は……」

「ふーっ、ふーっ! つんつんつん……わーい♪ キレイに丸まった!」

「麗花さんは、どうしてここに? 事務所で何かありましたか〜?」

 さらにここにきて青年は、二度驚かされることになった。
 自分と一緒にいたこの女性が、まさか聖母の知り合いだったとは……!

 解放されたダンゴムシを早速丸めて遊び始めたこの女性は――
 もはや語るまでも無く、正体は北上麗花であるのだが――朋花の方を向いて笑顔で一言。

「ううん! 事務所はいつも通りに普通だよ♪」

「そうですか? ……ふふっ、そうですよね〜♪」

 まるで彼女の全てを分かっていると言うように優しく微笑む朋花に向けて、こちらも微笑みで応える麗花。
 青年はついついこの和やかな光景に見惚れていたが、不意に一つのことを思い出す。
59 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/02(日) 11:51:14.31 ID:KbdljOcp0

「あ、あの! と、朋花ちゃ……天空橋さん!」

「はい、なんでしょう〜?」

「虫、苦手だったんじゃないんすか? さっき、凄い悲鳴を上げてたっすよね」

 そうなのだ。彼が先ほど見た限りでは、ダンゴムシを手渡された朋花はこれ以上ないほどの悲鳴を上げた。
 にも関わらず、今の彼女は平然とダンゴムシをここまで搬送し、労いの言葉までかけたのだ。

 全くワケが分からないといった青年の顔を見て、朋花が可笑しそうにクスクスと笑う。

「あれは……ええ、お芝居ですから〜」

 そうして朋花は自分たちを遠巻きに見ていた例の子役の少年を、もう少し近くへ連れて来ると。

「むしろ虫が苦手だったのはこの子の方で。ふふっ、偉い偉い」

 なでなで。それは紛うこと無きなでなでであった。

 朋花にお褒めの言葉を頂いた上、あまつさえ頭を撫でられる少年の姿を目の当たりにした青年が、
 その胸の内のジェラシーを燃やしに燃やしたのは説明するまでもないだろう。

 青年が勢いよく立ち上がる! 
 見上げる少年と目と目が逢う!

(コイツも、朋花ちゃんのファン……!!)

 まさに瞬間、互いに好きだと気がつき分かり合った。
 少年がニヤリと軽く笑ったのが、何よりの証拠と言えただろう。

 齢は違えど信仰する対象は一緒。同族同士が感じ合う、共通のオーラがそこにはあった。
60 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/02(日) 11:55:02.15 ID:KbdljOcp0

「そろそろ休憩終わりでーす!」

 遠くから聞こえたスタッフの声に、朋花が「はーい」と返事する。
 それから彼女は麗花の方へ向き直ると。

「ではこれで。撮影の続きがありますので〜」

「うん、朋花ちゃんもお仕事頑張って!」

 そして遠ざかって行く朋花の姿を眺めつつ、青年がだらしなく頬を緩めて呟いた。

「朋花ちゃん……良い匂いしたなぁ……」

 この時、青年はまさに幸せの絶頂にいたと言っていい。

 多少の嫉妬心を煽られはしたが、それを帳消しにできるほどの結果……つまりは朋花本人とお話し、
 さらにはその良い匂いまで間近で感じられたのだ。

 残り香が自分の服に移ってはないかと、法被の袖を嗅ぐその姿は一歩間違えなくとも変態である。
61 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/02(日) 11:56:49.25 ID:KbdljOcp0

「でへへっ、俺この法被もう洗わねー♪」

 しかし、だ。

 幸不幸は流転の象徴。
 そうは問屋が卸さない。

「よお新入り、一つ忠告しとくがな」

「法被を洗わないなんてそりゃ」

「常識的に考えて、不衛生極まりないってもんだ」

 ガシッ、ガシッ! と小気味よい音を立て、力のこもったいくつもの太い腕が、
 一瞬のうちに青年の首を、腕を、そして逃げられないように足をも拘束する。

「や、やだなぁ先輩。例え話っすよ、例え……」

「天空騎士団非公認の誓い!」

「聖母には、一対一(サシ)で気安く話しかけない!」

「いつもニコニコ身支度綺麗! 清潔安全を第一に!」

 それはつい先ほどまで休憩中だった朋花のお世話をするために、集まっていた騎士団の面々だ。
 青年にとってはその振る舞いを見習うべき師であると同時に、怒らせると怖い先輩達。


 遠くで始まった騎士団員の、騒がしいやり取りを遠目で眺め朋花が微笑む。

「まったくすぐに気を抜いて……これは少々キツイおしおきが、後で必要なのかもしれませんね〜」

 春うらら、まったりとした雰囲気の公園で。
 迫りくる暗雲の存在にも気づかず、今日も騎士団は平和であった。
62 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/02(日) 11:58:36.57 ID:KbdljOcp0
とりあえずここまで。
63 : ◆Jnlik0MEGA [sage]:2017/04/02(日) 13:32:26.05 ID:QZE5bH/M0
平和だね...
一旦乙です

>>53
天空橋朋花(15) Vo
http://i.imgur.com/XyOLkAu.jpg
http://i.imgur.com/Zoo2awy.jpg
64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/02(日) 21:52:11.81 ID:IqXzTHVn0
おつ
65 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/02(日) 22:47:01.85 ID:uA8djwDIO
全力疾走のクロスバイクに涼し気な顔で並走するぷっぷっかさん怖い
66 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/04(火) 19:11:47.65 ID:Bywxa4b00
===

「困ったことになりましたね」

 開口一番これである。

 彼女も困るがこちらも困る。
 何が困るかと言えばこの霧に困る。

「天気予報、晴れじゃなかった?」

「急に曇り始めたとは思ったけど」

「まさか霧が出るとはねー、にゃはは♪」

 あれだけ晴れていたのが嘘のように、お昼時が近づいて来るにつれて街は深い霧に包まれた。
 まるでホラー映画さながらの急激な天候変化に見舞われて、カメラマン、早坂そらは困り顔だ。

「青空ショッピングのピンナップ……そういう予定だったのに」

「肝心の天気がこれじゃあねー、まさに一寸先の霧!」

「それを言うなら『一寸先は闇』よ、恵美ちゃん」

「んもう! わーかってるってー」

 その隣では所恵美と百瀬莉緒の二人が同じように空を見上げて立っている。
 もちろん、二人とも遊んでいるワケではない。

 どちらも仕事でこの場所にいる……そういうことに、一応はなっていたのだが。
67 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/04(火) 19:13:13.53 ID:Bywxa4b00

「はぁ〜……困った」

 全ては憎き霧のせい。これでは撮影になりはしない。

 恨みがましく呟くうちに、パラパラと小雨も混じり始める。

 辺りの通行人が一斉に足を速め、軒下に避難する者も現れる中で、
 恵美は霧の中からこちらへと近づいて来る一つの人影があることに気がついた。

「目標発見! ハグしちゃいます!」

 例えるならそれは、ホップステップハイジャンプ。
 不意をつかれてハグされた莉緒が、バランスを崩して恵美の方へと倒れ込む。

「ひゃっ!?」

「わわっ!」

「えっ? えっ!? なにが……あう!」

 まるでドミノのように美しく、綺麗に倒れる四人の娘。
 一番最後に倒されたそらが、尻もちをついた状態で子供のように声を上げた。
68 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/04(火) 19:15:48.62 ID:Bywxa4b00

「もーっ! 一体何なんですか!」

 それでもカメラが壊れぬよう、
 手にした両手を咄嗟に掲げているのは流石はプロと言ったところ。

 彼女の足の間に挟まった、恵美が笑いながら言う。

「何ってほら、お客さん」

「てへへ……勢い、余っちゃいました」

 それはもちろん北上麗花。

 彼女と恵美の間に挟まれた莉緒が、
 身じろぎしながら起き上がろうと試みる。

「とりあえず立って、立ち上がるわよ二人とも!」

「やん! ちょっとそこは……莉緒激し〜♪」

「変な声出さない!」

「よいしょ、よいしょ……あれぇ?」

「麗花ちゃんは先に、回した腕を外しましょ!」

「ああ、お尻がどんどん濡れて行く……」

「そらちゃんゴメン! もう少し、あと少しだけ待っててね!」

 三人寄ればかしましい。四人もいれば騒がしい。

 雨降り霧立つ歩道においてイチャイチャ……いやドタバタしている彼女たちの姿に、
 通行人の何人かは笑いを堪えながら通り過ぎてゆく。
69 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/04(火) 19:17:13.89 ID:Bywxa4b00

「疲れた……」

 そうして起き上がった四人はものの見事に濡れネズミ。
 水も滴るとは言うが、これだけ水気を放つと悲惨の一言。

 とはいえ、悪いことばかりかと問えばそうでもない。

「おい見ろよ……あそこの四人」

「濡れシャツがぴっちり張り付いて……」

「くぉ〜! 眼福、眼福っ!」

 雨宿りをしていた男共の視線が集まっていることを感じると、莉緒が真面目な顔で呟いた。

「あら? 案外受けがいいわね……こうなったら、もう少しぐらい濡れちゃっても」

 するとそらが慌てた様子で「何言ってるんですか莉緒さん!」と彼女を止め、
 麗花までもが「そ、そうですよ! 恥ずかしいです!」と頬を赤らめる。

 どうやら我らが麗花にも、羞恥心の持ち合わせはあるらしい。
70 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/04(火) 19:18:31.87 ID:Bywxa4b00

「麗花がまともなこと言ってる!?」

「どういう意味かな? 恵美ちゃん」

「言い合う前に移動しましょう。このままじゃ増々雨に濡れて……くしゅんっ!」

 そらが、可愛らしいくしゃみを一つ。

 莉緒が自分のハンドバッグから、
 紫外線対策の為にも持ち歩いている折り畳み傘を取り出した。

「四人が入るには小さすぎるけど、何もしないよりはまだマシよね」

 そうして傘を広げる莉緒を、麗花が手を合わせながら褒めたたえる。

「準備がいいね、お母さんみたい♪」

「やめて! 女子力よ女子力!」

「お母さーん♪」

「恵美ちゃんも乗らない! お姉さんったら傷つくわ!」

「私も傘を持ってますから、一人はこっちで預かりますよ」

 こうして咲いた、相合傘の数二つ。
 一行は霧から雨に変わった街中を、莉緒に先導される形で進んで行く。

「それで莉緒。アタシたちをどこに連れてくつもり?」

 尋ねた恵美に振り返ると、彼女は意味深な表情でこう言った。

「勿論こういう時にピッタリの、飛び切りホットで素敵な場所よ♪」
71 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/04(火) 19:20:19.53 ID:Bywxa4b00
===

 鋭い勘をお持ちの方ならばこの擬音「かぽーん♪」
 一つで彼女たちが向かった先を瞬時に理解したことだろう。

 そう、霧のお次は湯気である。
 莉緒たちはその冷えた体を温めるために、銭湯へとやって来たのだった。

「ふぇー……溶けれぅ」

 際限なくその顔を緩め、思い思いの至福を噛みしめる四人娘。

 そのあられもない姿については各自脳内で妄想し、
 正しく補完して頂きたいと思うのだが……とにかく凄い、凄いお山と谷である。

 まさに絶景壮観この世の春か、
 浴槽の縁に頬杖をついた恵美が、惚けたように口を開く。

「まっさかねー……お風呂に連れて来られるなんて」
72 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/04(火) 19:21:27.84 ID:Bywxa4b00

 すると彼女同様頬を上気させた莉緒が
「ふふん。だから言ったじゃないの」と得意そうに鼻を鳴らす。

「毎日ってワケじゃないけれど、仕事帰りに寄ってるの」

「今日はまだ、お仕事始まってすらないですけど」

「もうそらちゃん。そういうの、空気読めてないぞ」

「私も汗を掻いてましたから。お風呂に入れてラッキーです♪」

 両手で作った水鉄砲でお湯を辺りに飛ばしながら、麗花が嬉しそうに微笑んだ。
 そんな彼女に向かって「そういえば」と、恵美が身を乗り出しながら訊く。

「麗花は一体何してたの? 今日って確か、オフだったよね」

「うん、そうだよ?」

 答える麗花が恵美の顔に、飛ばしたお湯を命中させた……
 皆さんは、人の不意を突く形で湯を飛ばしたりなどしないように。

 さもないと今の恵美同様、相手がむせることになる。
73 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/04(火) 19:22:35.48 ID:Bywxa4b00

「だから今日は、みんなの所に会いに行こうって」

「麗花ちゃん。まさかとは思うけど全員のところに顔を出す気?」

「はい! まだまだ先は長いですけど、頑張って今日中に回ります!」

「……麗花ならなんとかやれそーだって、思っちゃう自分がいるのが怖い」

 そうして湯を堪能する麗花たちの姿を眺めていたそらが突然、悔しそうに拳を握って言い放った。

「くぅ……アイドルたちのオフショット。どーしてカメラが持ち込めないの!?」

「そらちゃんってば、またそんな……」

「にゃはは、亜利沙みたいなこと言って」

「だってだってこの光景、ぜひともピンナップにすべきです!」

「前言撤回、亜利沙とはまた違ーう」

「変わってますよね、そらさんも」

「……麗花ちゃんがそれ、言っちゃうのね」

 真面目な性格が災いし、時として妙な方向へと人が走り出してしまうのもこの世の常。

 仮に発売されたとすれば即日完売待ったなしであっただろう珠玉のアイドルピンナップは、
 残念ながら一人のカメラマンの前にしか公開されぬ幻となった。
74 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/04(火) 19:24:03.87 ID:Bywxa4b00

「それじゃあそろそろ、のぼせちゃう前に出ましょうか」

 入浴を始めてから数十分。莉緒の号令に娘たちがぞろぞろと湯船を後にし脱衣所へ。

 他のメンバーが簡単な身支度を整える中、
 真っ先に着替えを終えた麗花が言う。

「みんなとお風呂、楽しかったです♪」

 だがしかし、そのまま部屋を出て行こうとした彼女のことを、莉緒が慌てて引き留めた。

「ちょっとちょっと麗花ちゃん。そのまま外に出るつもり?」

「そのつもりですけど……いけませんか?」

「ダメってことは無いけども、一応お風呂上りなんだから」

 そうして莉緒が手に持った、一本の化粧水を彼女に渡す。

「急いでるのは分かるけど、メイクぐらいちゃんとして行けば? 
 ……と、いうか。貴女すっぴんでそれだけ綺麗なのね……」

「そんなことありません! 莉緒さんの方が綺麗ですよ」

「あら本当?」

「はい。特にこの、おでこの辺りがチャーミングです! 剥き卵みたいで♪」

「お、お肌ツルツルってことかしら……ありがとう!」

「莉緒がいいならいいけどさ、それビミョーに誉められて無くなくない?」
75 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/04(火) 19:24:51.99 ID:Bywxa4b00

 とはいえ恵美の言葉など、喜ぶ莉緒の耳には入っていないようで、
 彼女は「それね、私のオススメなの。麗花ちゃんに上げるから、良ければ使ってみてちょうだい!」と上機嫌。

 こうして思わぬお土産を受け取った麗花は、三人と笑顔で別れて建物の外へ。

「あっ♪」

 あれだけの雨が嘘のように晴れ渡った空の下。

 麗花は出来たばかりの水溜まりを無邪気な笑顔で踏み散らすと、再び元気よく走り出すのだった。
76 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/04(火) 19:26:37.89 ID:Bywxa4b00
===

 虫の知らせというものがある。
 彼女の身に起きたことを考えると、夢枕に立つと言った方がより的確か。

 気づけば少女星井美希は、誰もいない教室で一人座っていた。

 辺りを見回してもクラスメイトは見当たらない。
 どころか自分の分の机以外は、誰の机もありはしない。

 普段は狭く感じる教室が、机一つしかないという状況により、
 これほど広く感じるものか……そんなことをついつい考えてしまう。

「ミキ、お仕事してたハズだけどなぁ……」

 だがしかし、現に自分は制服を着て、ぽつねんと教室に居るのである。

 とはいえこのまま座っていても仕方ない。
 彼女が人を探しに行こうとお尻を上げかけたその時だ。
77 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/04(火) 19:27:54.35 ID:Bywxa4b00

 キンコンカンと鐘が鳴り、教室の扉が無造作に開いた。

 誰かやって来たのかと、反射的に美希が腰を下ろす。

 ところが扉の傍に人影は無く、誰か入って来る気配もない。

 不思議に思って首を捻る美希だったが、遥か目線の下の方。
 床の上でもぞもぞと動く物体を見つけ、思わず驚嘆の声を上げた。

「カ、カモ先生っ!?」

 それは正真正銘見紛うことなく鴨だった。カモ目カモ科のカモである。

 鴨はひょこひょことした足取りで教壇の上までやって来ると、
 そのまま教師が使う机の上に、ピョンと跳躍して飛び乗った。
78 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/04(火) 19:29:14.89 ID:Bywxa4b00

「おはようございます星井君。早速ですが、号令を」

 喋った。何処からどう見ても鴨なのに。
 その声も柔和で落ち着いたものであり、例えるならそう、CV.大川透である。

「き、起立!」

「はい」

「礼っ!」

「はい」

「着席! ……なの」

「はい。どうもありがとう」

 言われるままに号令をかけ、椅子に座った美希が再び席を立ちあがる。

「な、なんで先生!? ミキはお仕事で、学校で! カモ先生は鴨かもカモで……!」

「まぁまぁ少し落ち着いて。順番に説明しますから」

「でもでもだってこんなのって……夢でもなくちゃありえないの!」
79 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/04(火) 19:32:07.54 ID:Bywxa4b00

 瞬間、教室に備え付けられたスピーカーから「ぴんぽーん♪」と気の抜ける音が鳴り響いた。

 そうして教壇の上の鴨……知る人ぞ知る美希の先生。
 彼女が人生の師と仰ぐ鴨はその片翼を広げ、ふんぞり返るとこう言った。

「その通り! ここは星井君の夢の中、そして私は夢の鴨!」

「やっぱり夢! 夢なんだね!」

「しかしですね、本当のことも少しあります。休憩中の星井君を、この夢の世界に連れて来たその理由」

「り、理由?」

「ズバリ、世界に危機が迫ってる! このままでは君のいる世界が、とんでもないことになりますよ!」

 そうしてカモ先生は語り出した。

 地球に、世界に、現在進行形で迫りつつある恐ろしい非常事態について
 詳しく、優しく、過不足なく図に書き、要点をまとめたプリントも渡し、読み聞かせ、

 ありとあらゆる専門的な見地から得られた情報と個人的な主観による考察を交えつつ面白おかしく時にはほろりと涙する
 そんな超弩級の一大エンターテイメント作品の如きストーリーをたった一人の少女に何時間にも渡って説明し、

 最後には過去の似たような事例から構築された全部で765通りの対応策を、
 これでもかというほどに話して聞かせ終えたのである。
80 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/04(火) 19:34:06.15 ID:Bywxa4b00

「……と、いうわけです。分かりましたか?」

 まさに自身が一生のうちに費やすことができる情熱の半分以上を今燃やし、
 疲労困憊といった様子で教壇の上にへこたれるカモ先生。

 しかし悲しいかな、彼の唯一であり絶対の教え子は、申し訳なさそうにチロリと可愛く舌を出すと。

「ごめんね先生、分かんない」

「星井君ッ!?」

「あはっ☆ でもでも心配しなくていーよ? 宇宙の歴史とかなんだとか、その辺のことは全然だけど……」

 美希は自分の席から立ち上がり、鴨が寝そべる机の前までやって来た。

「とにかく、麗花に教えてあげればいーんだよね? その、えっと……何とかってヤツの止め方を」

「その自信満々の顔を前にして、不安が拭えないのは何故でしょうねぇ」

 鴨が心配そうな顔で美希のことを見上げ、
 教鞭の代わりに持って来ていた一本の長ネギを構えなおす。
81 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/04(火) 19:35:46.98 ID:Bywxa4b00

「とはいえ責任重大です。いいですか? 現時点では君にしか、我々もコンタクトを取れませんし――」

「もう、くどいよ。お説教はいいから早く夢覚まして? ミキ、今すぐメール送らなきゃ」

「ああ、ああ! 全くこれだから人間は! 時間の捉え方という物がなってない!」

 面倒くさそうな美希の態度に、鴨が嘆かわしいと言わんばかりに首を振った。
 それから彼は持っていたネギで美希の頭を軽くこずくと。

「さぁさぁ席に戻りなさい! 今度は時間と次元、それから時空についてもう一度、みっちりきっちり教えてあげます!」

「い、急いでるんじゃないの先生!?」

「心配ご無用ですよ星井君! 何せここは夢の世界。現実とは時間の流れが違いますので」

「そ、そんなぁ〜!!」

 こうして始まった補習授業。

 美希が夢の中で悲鳴をあげている丁度その頃、
 現実世界の彼女のもとには件の北上麗花が現れていた。
82 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/04(火) 19:37:11.94 ID:Bywxa4b00

「おっとぉ? その特徴的なシルエットはもしかして麗花ちゃ〜ん!」

 ドラマの撮影現場にやって来た麗花のことを、彼女と顔見知りの監督が迎え入れる。

「監督さんこんにちは。今日もお髭が素敵ですよ♪」

「はっはぁ! 早速褒めてもらって光栄だよぉ。それで今日はどうしたの? いつものプロデューサー君は来てないの?」

「はい。今日は一人で……美希ちゃんに差し入れを持って来たんです」

 そうして麗花は監督に、自身の背負うリュックを見せる。
 だがしかし、監督は残念そうに肩をすくめると。

「おっと、そりゃあ来てくれたのに悪いねぇ〜。美希ちゃんは、ちょうど今お昼寝休憩中」

「えぇっ!?」

 驚く麗花の視線を誘導するように監督が、現場の隅を指さした。
 そこにはパイプ椅子に腰かけて、長机に突っ伏すようにして眠る美希。
83 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/04(火) 19:38:22.18 ID:Bywxa4b00

「あらら……あれだけ気持ちよさそうだと、起こすのも可哀想ですね」

「本当なら今だって、絶賛撮影中だったはずなんだけど……共演者が渋滞に巻き込まれたとかで遅れてねぇ」

「はぁ」

「こうやって人を待ってると、いつぞやの銀行ロケを思い出すよ」

「銀行ですか?」

「ああ! いやいやこれは、こっちの話」

 そうして「気にしないで気にしないで」と両手を振って、監督が続きを喋り出す。

「まぁそれで、始められずに暇してるの。……麗花ちゃん知らない? 今朝からやってる交通規制」
84 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/04(火) 19:39:27.81 ID:Bywxa4b00

 すると麗花は、少しの間考えるように視線を泳がせ。

「う〜ん……ごめんなさい」

「まっ、しょーがないか! 霧も出るし雨も降るし、かと思えばすぐに晴れ出すし」

 監督がそう言って、大げさな動作で空を仰ぎ見た。

「なーんか今日は妙だよね。まぁでもこれは、麗花ちゃんに言っても仕方が無い事なんだけどさ」

 その時、大きな影が地上を覆った。

 続いてバラバラとプロペラの回る音が聞こえ、
 麗花たちのすぐ上を、数台のヘリコプターが通り過ぎて行く。

 だがそれは一般的な報道用のヘリコプターとは異なる、
 もっと物々しいシルエットをした鉄塊だった。

「……珍しいね、あんなヘリがここらを飛んでるなんて」

 監督がそう呟いて、視線を元の場所に戻す。
 するとそこには、コンビニのビニール袋をリュックから取り出す麗花の姿。
85 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/04(火) 19:40:52.85 ID:Bywxa4b00

「これ、美希ちゃんの好きなおにぎりです。代わりに渡してもらってもいいですか?」

「オッケー、オッケーダイジョブジョブ。しっかりキッチリ渡しておくよ」

 折角会いに来はしたが、寝ているのなら仕方がない。
 麗花は監督におにぎりの詰まった袋を渡すと、そっと撮影現場を後にした。

 そうして彼女が走る道の向こうには、先ほど通り過ぎたヘリの編隊が。


 これから僅か十数分後に人類は、未曾有の大混乱に見舞われることとなるのだが……
 現時点でその結末を知っていたのは、未だ夢見る美希一人だけだったのだ。
86 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/04(火) 19:45:10.54 ID:Bywxa4b00
とりあえずここまで。「カモ目カモ科のカモである」という一文はニコ百カモ先生の記事より引用。
こういう素敵フレーズ、思いつきたい。
87 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/04(火) 20:39:37.47 ID:fHAqn1dno

>>1のSSは素敵フレーズ満載だと思うよ
88 : ◆Jnlik0MEGA [sage]:2017/04/04(火) 21:06:11.55 ID:mElUxAzz0
未曾有の大混乱、いったい何が起きるんだ.....
一旦乙です

>>66
早坂そら(?) Ex
http://i.imgur.com/8CYHEIQ.jpg

所恵美(16) Vi
http://i.imgur.com/TaxnIwo.jpg
http://i.imgur.com/ZCvE0Mf.jpg

百瀬莉緒(23) Da
http://i.imgur.com/w74d62y.jpg
http://i.imgur.com/h7hbwj7.jpg

>>76
星井美希(15) Vi
http://i.imgur.com/dEsfqIb.jpg
http://i.imgur.com/gnVT0z4.jpg
89 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/05(水) 17:56:52.26 ID:NLx4s9FFO
内容ももちろん面白いけど、各アイドルの口調を勉強するのにもってこいのSS
90 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/07(金) 18:31:09.20 ID:jBD9dDSp0
===

 男にとって、これは初めての出撃だった。

 上官に言われるままに集められ、
 装備を纏って他の兵士たちと共にヘリの中へと詰めこまれる。

 手には、武骨で冷たい銃が一丁。

 それは男にとって唯一無二の相棒であり、同時に彼を人殺しか……
 あるいはそれに類する何かに変えるだけの力を持つ武器だった。

「おいお前。辛気臭い顔は今すぐ止めろ」

 彼の隣に座っていた、にやけ顔の男が声をかけて来る。

「もっとワクワクとか、ドキドキした顔しろよ。楽しもうぜぇ? 折角の出撃なんだからよぉ〜」

 するとにやけ男の真向かいに座るベテラン兵士が不機嫌そうな顔をして
「不必要に煽るなよ。奴さん、初めての出撃で緊張してんだ」と睨む。
91 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/07(金) 18:31:52.73 ID:jBD9dDSp0

「おお怖っ……でもよ、戦場でしけた面はダメさ。陰気臭い奴のところにゃ、同じく陰気臭い死神がすぐ寄って来る」

「だからてめぇはそのにやけ面を引っ込めねぇって言うワケか?」

「ご明察。オレは人一倍の怖がりでね。強面の爺さんとお化けの類は苦手なんだよぉ〜」

 そうしてお化けの真似をするように、
おどけた調子で両手をブラブラとさせるにやけ男をベテラン兵士は鼻で笑ってあしらった。

 その後は、二人とも黙ってしまって喋らない。

同乗している他の兵士たちも、それぞれが思い思いの方法で移動時間を過ごす……
ある者は装備の点検を、ある者は聖書の黙読を、静かに腕を組んで目を瞑り、寝ているように見える者も居た。
92 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/07(金) 18:33:15.26 ID:jBD9dDSp0

「……もうそろそろで、目的地です」

 それからおよそ十分後。彼等を率いる部隊長の一言で、兵士たちに流れる空気が変わる。
 あのにやけ男ですら真面目な顔で、今は隊長が話す作戦前、最後のブリーフィングを聞いていた。

「我々が部隊を展開するのは、未だ市民が残る真昼の市街地。
 先だって閉鎖してある交差点の真上にヘリを寄せ、そこからはロープを使って降下します」

「待って下さいよ隊長殿。これからドンパチやり合おうってのに、市民が残ってるたぁどういうことです?」

 ベテラン兵士が手を上げて、隊長に質問を投げかける。

 するとヘリの最奥に座っていた面長の男が「的でも盾でも好きにしろってこったろう」と茶々を入れ
「なるほど、そいつは名案だな」とにやけ男が後に続いた。

 しかし、部隊長はそんな二人のやり取りを軽く流すと。

「市民の避難が遅れている……いえ、行われていないその理由は、
 今回のミッションが極めて特殊な物だからです」

「特殊だって?」隊長の言葉を聞いたにやけ男が、さも可笑しいと言わんばかりの笑顔を見せる。
93 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/07(金) 18:34:24.92 ID:jBD9dDSp0

「オレたちに回されて来た仕事に、特殊じゃないもんなんてあったかな……あいてっ!」

「黙ってろこのにやけ面。隊長の話は終わってないぞ」

 ベテラン兵士がにやけ男の頭をはたき、ヘリ内に押し殺したような笑いが広がった。
 そんな部下たちの態度に隊長は「こほん」と一つ咳払いをすると。

「とにかく、今回の相手は特別中の特別です。兵力も、目的も、そして実際に現場に現れるかどうかも未確定。
 唯一ハッキリとしているのは、コンタクトが予測されている時間及びその出現範囲のみ」

「それはつまり、我々の出撃が空振りに終わる可能性もあるってことでしょう?」

「ええ」

「なんだ……まるで幽霊退治にでも行くような話だぜ」

「当たらずとも遠からず。その例えは、意外と間違っていないと思いますよ」

 面長男の呆れたような物言いを、隊長がくすりと笑って肯定する。

「なにしろ作戦室の報告によると、私たちの相手は人間では無いそうです。
 ……とうとうこの時がやって来た。インベーダー、襲来だぞ」
94 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/07(金) 18:35:30.20 ID:jBD9dDSp0

 滅多に笑うことの無い隊長が、兵士たちの緊張を解こうとでもするかのように彼らへ見せたひょうきんな姿。

 彼女がそんなジョークを飛ばす時というのは決まっている……
 つまりそれは、今回の任務が相当な危険を孕んでいることを意味していた。

 男たちの間に緊張とはまた違った、身を引き締める思いが走る。……覚悟だ。

 ところが、ヘリ内で行われる会話を初めの男だけは
 ――今回の出撃が初めての実戦になる彼のことだ――どこか他人事のように聞いていた。

 まるで現実味の無い兵士たちの話。

 作戦前の説明を受けても、意識はまるで夢の中にいるようにぼんやりとしている。
 ……いや、実際にこの光景は夢なのかも知れない。なぜなら彼には――。

「どうしました?」

 不意に呼びかけられる。
 顔を上げると、部隊長と目が合った。

 男は何でもないと言うようにその首を小さく横へ振り、視線を再び床へ落とす。
 抱きしめた武器の重みと冷たさだけが、彼の感じるリアルだった。
95 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/07(金) 18:36:18.97 ID:jBD9dDSp0
===

 かの北上麗花の自由奔放な歩みを止められる物があるとするならば、
 それはプロデューサーによる「麗花、ストップ」か、彼女が知り合いと出会った時だろう。

 例えばそう、こんな風に。

「瑞希ちゃーん! 何してるのー?」

 まさか、こんなところで声をかけられることがあるなんて。

 その聞き覚えのある声を聞き、見覚えのある人物の屈託のない笑顔を目の当たりにした時、
 真壁瑞希は自分に課せられた任務も忘れ、ついつい彼女の傍までやって来ていた。

「それはこちらの台詞です。北上さんこそ、どうしてここに?」

「えっとね? 向こうの道路を走ってる時、丁度瑞希ちゃんの姿が見えたから」
96 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/07(金) 18:37:15.80 ID:jBD9dDSp0

 そうして麗花が指さす「向こうの道路」とやらは今、大勢の人と車でごった返して大渋滞。

 よくもまぁあれだけの人混みと車を縫って、
 自分を見つけられたものだと瑞希は一人感心する。

「ヘリコプターからスルスル〜って降りて来るの、すっごくカッコ良かったよ♪」

「そうですか? ……照れるけど、嬉しいな」

 とはいえそういう瑞希の表情は、
 注意深く観察しないと本当に照れているのか分からない程に平静だ。

「……ところでこれって何の撮影? 映画の撮影だったりするのかな」

 辺りをぐるっと見回して、麗花が瑞希にそう尋ねた。

 一般人の侵入を拒む為に設置された、バリケード越しの二人の会話。

 瑞希の後ろでは武装した屈強な男たちが忙しそうに動き回り、
 上空では卵のようなフォルムのヘリコプターが、先ほどから周囲を警戒するように飛んでいて……。

 確かに事情を知らぬ者が見れば、大規模な映画の撮影準備にも見えるだろう。
97 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/07(金) 18:38:46.75 ID:jBD9dDSp0

 だがしかし、瑞希は不思議そうに首を傾げると。

「これは映画の撮影ではありません。国家機密の任務です」

 そしてそのまま背負っていた対空用のランチャーを構え、ミサイルを空へと放ったのだ。

 次の瞬間、煙の尾を引きながら飛んで行ったミサイルが空中で派手に爆発し、辺りの注意を一気に集める。

 ざわめく野次馬たちが注目する中、
 瑞希たちがいる交差点目がけて空から何かが落ちて来た。

「北上さん」

 瑞希が落ちて来た『何か』からは視線を逸らさずに、隣にいるハズの麗花の名を呼ぶ。

「逃げてください。なるべく遠くへ……ここはすぐにも戦場になる」

 だが、麗花からの返事は無い。

 不審に思った瑞希が彼女の方へ振り向くと、そこには既に麗花はおらず……。

「隊長! ゲストの到着です!」

 部下に呼ばれ、瑞希は思考を切り替える。

 突然彼女が消えたのは不思議だが、自身のライバルとも言える存在が
 この程度のことでどうにかなったりはしないだろう。

 ……ならばまず、自分は自分のやるべき事をこなさねば。
98 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/07(金) 18:40:03.07 ID:jBD9dDSp0

 見上げた空には先ほど撃ち落とした物と同じ形の浮遊物が多数。

 瑞希は部下たちのもとへ駆けていくと、
 愛用の軽機関銃を防衛陣地で構えながら指示を出していく。

 そうして彼女たちのすぐ目の前。
 道路へと突き刺さるように落下した『何か』から、煙と共に外へと這い出て来たモノがいた。

 それはとても一言では言い表せないほど奇妙で不気味な生命体。

 三角形の体から空へ向かって伸びる触覚のような謎の器官に、カタツムリを彷彿とさせる飛び出た両目。
 おまけに子供が描く棒人間のような手足を器用に動かし、瑞希たちの方へと向かってくる。

「……なんてこった。こいつぁパニックムービーさながらですよ」

 自分の隣で銃を構えるベテラン兵士の発言にさもありなんと思いながら……
 瑞希は機関銃の照準を、謎の生き物に合わせて呟いた。

「だからこそ、ここで死力を尽くしましょう。
 ……どこからだってかかってこいべいびー。ダンスパーティーの始まりだぜ」
99 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/04/07(金) 18:43:45.94 ID:jBD9dDSp0
とりあえずここまで。残り40人8ステージ。
100 : ◆Jnlik0MEGA [sage]:2017/04/07(金) 19:09:22.66 ID:rrz3Qkgr0
最初別スレへの投下ミスかと思ったぞ
一旦乙です

>>95
真壁瑞希(17) Da
http://i.imgur.com/cnPsc1b.jpg
http://i.imgur.com/HUp8fv1.jpg
101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/08(土) 11:04:30.40 ID:MqO0CmgAo
でんでんむす君が2足歩行だとは
133.44 KB Speed:0   VIP Service SS速報VIP 更新 専用ブラウザ 検索 全部 前100 次100 最新50 続きを読む
名前: E-mail(省略可)

256ビットSSL暗号化送信っぽいです 最大6000バイト 最大85行
画像アップロードに対応中!(http://fsmから始まるひらめアップローダからの画像URLがサムネイルで表示されるようになります)


スポンサードリンク


Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

荒巻@中の人 ★ VIP(Powered By VIP Service) read.cgi ver 2013/10/12 prev 2011/01/08 (Base By http://www.toshinari.net/ @Thanks!)
respop.js ver 01.0.4.0 2010/02/10 (by fla@Thanks!)