永琳「あなただれ?」薬売り「ただの……薬売りですよ」

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123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 17:10:28.17 ID:WqlHno/No


【息吹】


薬売り「モノノ怪は……間違いなくいる……しかし闇に紛れて、姿が見えぬ……」

薬売り「夜を照らす月明かり……それを遮る竹林の群れ……煤けた焦げ跡……」

薬売り「闇をより一層濃くする暗がりの中に、微かに漏れる光の標……」

薬売り「それこそが……真のあるべき場所……!」


 右も左も闇に次ぐ闇。
 辺りもロクに見えぬ暗闇の中で、唯一「まだ明るさの残る場所はどこか」と、問われれば。
 その答えは、少し思案すれば、誰もがすぐに気づけるであろう。
 

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 そう……答えは”天”にあり。
 昼も夜も、空には常に明かりがある。
 太陽と月の輝き具合は比べるまでもないが、月の輝きも満月ならば、人の顔を見る程度には十分な明るさである。
 この答えに同じく行き着いた薬売りは、気づくと同時にハッと空を見上げなすった。








うどんげ「 キ ャ ー ー ー ー ッ ! 」






 そして――――ついに見つけ申した。





薬売り「遅かった……か…………!」




 空に届きそうなほどに育まれた竹林の、その先端にて……
 竹葉と共に、不死者の召し物”だけ”が、そこには佇んでおった。


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124 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 17:29:24.55 ID:WqlHno/No

薬売り「モノノ怪の真は……藤原妹紅ではなかった!」

うどんげ「嘘よ……そんな……嘘に決まってるわ……」

薬売り「嘘じゃありませんよ……ほら」

薬売り「まるで焼き魚のように……綺麗に”身だけが”消えてらっしゃる」


 にわかに信じ難き玉兎の心情、察するに余りある。
 己が導き出した答え、藤原妹紅はモノノ怪の真などではなく……
 どころか、とって食われる”供物”の側であったとあらば、その動揺も致し方なき所であろうて。



うどんげ「――――違う」



 が、どうやらこの場合に限り、意味合いが少し違ったようだな。
 それは動揺と言うよりも「戦慄」と呼ぶが相応しきかな。
 竹葉と、召し物と、そしてもう一つ――――
 玉兎の心までもが、大きく揺らぎ始めたのだ。




うどんげ「違う――――じゃない――――」




 そしてその揺らぎは、あまりに大きすぎたが故か……
 薬売りにもしかと、見え申した。



うどんげ「あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない!
      あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない!
      あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない!
      あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない!

      あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない!
      あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない!
      あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない!」



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うどんげ「あたしじゃ…………ない…………!」



【膝落】



薬売り「……全く」フゥ

薬売り「秘め事が上手な……薬屋な事で……」




 その当時の光景を、後の薬売りが曰く……
 「竹葉の擦れ合う音が、まるで嘲りのように聞こえた」と、申しておった。

 
125 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 17:31:57.11 ID:WqlHno/No
出掛ける
夜帰ったらつづき書きにくる(起きてれば)
126 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/02(日) 00:35:17.84 ID:mE9UJqmQo

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永琳「開けなさい鈴仙――――一体どうしたと言うのです!」

うどんげ「いや! こないで! 来るな! 開けるなァーーーーーーーッ!」


【拒】


てゐ「うるっさいなも〜、どーしちゃったのさアイツ」

薬売り「さぁねえ……何か恐ろしい物でも、見たんじゃないですかね」


 帰ってくるなり玉兎は自室へと一目散に駆け込み、鍵を掛け、自室を師匠すらも通さぬ堅牢な城へと変貌せしめた。
 傍から見れば異様にしか思えぬ所業の真相は、この場では薬売りのみが知っている……と、言いたい所だが。
 実の所、当の薬売りすらも存ぜぬのだ。
 「あたしじゃない」――――その言葉だけが、最後に聞いた唯一の言葉であった故。


てゐ「――――はぁ!? 妹紅に会いに行っただぁ!?」

薬売り「あの姉弟子様が、きっとそうだと……」

てゐ「いやいやいや……何故に妹紅? アイツ関係なくない?」

薬売り「曰く……藤原妹紅が姫君を強く恨んでおいでだとか……」

てゐ「あーなるほどだからこっそり二人で…………って、いやいやいやいや!」

てゐ「そういう捉え方、する!? すごいわうどんげ、とっても斬新だわ!」


 薬売りも薄々感づいていたのだろうか、妖兎の降りなす怒涛の反論に、どこか納得した面持ちであった。
 先に伝えられた藤原妹紅の詳細。
 げに恐ろしき存在であると、玉兎はあれほど強く言い張っておったにも関わらず……
 この妖兎の言い分は、天地がひっくり返った程に別物であるのは、はてさて一体どういうわけであろうか。

127 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/02(日) 00:36:29.28 ID:+YxFtcr5o
もう始まってる!
128 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/02(日) 00:50:56.40 ID:mE9UJqmQo

てゐ「恨み……恨み……うーん、ある意味でそうとも言えるけども」

薬売り「藤原妹紅に恨みなどなかった、と?」

てゐ「いや、そういうわけでもないんだけど……なんというかな〜、ニュアンスの違いって奴?」

てゐ「そういう”恨めしや〜”的な事じゃなくてさ。”てめー今日こそやっちまうかんなコノヤロー!”みたいな?」

薬売り「ふむ……喧嘩するほどなんとやら、な感じですかな」

 
 妖兎曰く、藤原妹紅はそもそも”永遠亭を敵視などしていない”と言うのが結論のようだ。
 してその経緯はこう。
 妹紅が姫君にかけるそれは、「復讐」ではなく「招来」。
 退屈しのぎ同然にふらりと現れては、姫君に挑み、ひとしきり満足すれば帰って行くと言う……
 不死者であり、強大な炎を扱うまでは事実であるものの、しかしそこから先はまぁ〜別物もいい所である。
 恨みつらみはどこへやら。これではまるで、御隠居の囲碁遊び同然ではないか。


てゐ「姫様も部屋に籠りっぱなしじゃ体に障るでしょ。いい運動になってんじゃないの」

薬売り「不死者なのに健康を気遣うとはこれいかに……」


 こうなれば「誰も敵わない」と言った玉兎の言葉の意も、大きく変わってくると言う物。
 敵わないはずだ。敵う敵わぬ以前に、そもそも、姫君以外が妹紅に挑む必要がないのだから。


てゐ「だってアイツ死なないじゃん。姫様と同じ不死身だし」
 
薬売り「その不死身も、望まぬ不死身だったと伺いましたが」

てゐ「ハッ! そりゃそーでしょーよ! だって――――」

てゐ「なんか貴重な供物っぽいからパクって食べたら、それが蓬莱の薬だったってだけなんだから!」

薬売り「なんと……」


 聞けば聞くほど妹紅の印象が変わっていく……
 うぅむ、古事記に出(いず)る火の神の如き存在を想像しておったのだが……
 はぁ〜……つまらぬ。まっことつまらぬ
 いけすかぬすかした薬売りの顔を、恐怖の表情に歪めてくれる逸材だと思うておったのにのぅ。
 これでは……表情は表情でも、ただのあきれ顔になってしまうではないか。



【相違】
129 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/02(日) 01:02:23.53 ID:mE9UJqmQo


薬売り「貴方様も、面識がおありなので?」

てゐ「面識も何も、そこかしこでしょっちゅう会ってるっての」

てゐ「こんな薄暗い竹林でバンバン火焚かれればさ、そりゃあんた、嫌でも目に入ってくるってもんじゃん?」

薬売り「それもまぁ、そうですな……」


 その後の妖兎が語りし妹紅の詳細は、まぁ〜聞くに値せぬ物であった。
 やれ一緒に落とし穴を仕掛けただの、やれ偶然会って夕暮れまで遊びふけっただの
 やれ焼き鳥を馳走になった事があるだの、やれ部下の兎が間違えて食われそうになっただの……
 ……その辺の童とたいして変わらん。語るのも億劫な、他愛なき日常の一部である。


てゐ「知ってた? あたしと妹紅は、人間の間では”幸運の使者”なんて、呼ばれてたりするんだから」

てゐ「たまに出る迷い人を出口に帰してたら、そー呼ばれるようになったの。ただ厄介払いしてるってだけなのにね」

薬売り「幸運の使者……ですか」


 だが、薬売りはそれらの話を最後までしかと聞き入れ申した。
 他愛なき妖兎と不死鳥の関りは、しかし薬売りにとっては貴重な縁。
 してその主点は――――”何故に玉兎の名聞とこうまで異なるのか”である。

130 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/02(日) 01:32:28.69 ID:mE9UJqmQo


うどんげ「開けるなァーーーーッ! 去ねーーーーーッ!」

永琳「鈴仙……!」

てゐ「お〜やれやれ、ヒステリックと引きこもりを同時に発症するとか」

てゐ「薬師の弟子の鑑ね。これでまた、置き薬の種類が増えるってもんよ」

薬売り「……」


 単に玉兎が偽りを申しておったとあらば、話は容易に片が付く。
 だが玉兎が轟かせるこの恐れは、まさに正真正銘の、嘘偽りなき真である。
 どちらが一方が黒を置けば、もう一方が白を置く。
 覆い覆われ、その果てに、残るはただ白と黒の二つのみ――――
 

薬売り「ところで姉弟子殿……一つお尋ねしても、よろしいですかな」

てゐ「あ? 何よ」

薬売り「お体の具合……すっかり完治されたようで」


【叫】


てゐ「……あああああ痛いいいいいい! お腹のこの辺が痛いいいいいいい!」


【恐】


うどんげ「来るなァーーーーーッ! 寄るなーーーーーッ! 誰も近づくなァーーーーーッ!」


【驚】


永琳「鈴仙! 開けなさい! お願い、開けて……!」



【境】



薬売り「やれ、やれ……」



 真と偽りの境が曖昧になる――――。
 「さすがに参った……」薬売りは小さく、そう零したとか、零さなかったとか。


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                         【つづく】
131 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/02(日) 01:33:15.56 ID:mE9UJqmQo

【八意永琳】 

【鈴仙・優曇華院・イナバ】 

【因幡てゐ】

【蓬莱山輝夜】×

【八雲紫】

【藤原妹紅】×
132 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/02(日) 01:33:56.76 ID:mE9UJqmQo
本日は此処迄
133 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/02(日) 01:51:06.91 ID:JNSjbbmqo
おつおつ

画像は自分で作ってるんだよね?凄い
134 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/02(日) 16:49:49.39 ID:YEEIc/ODO
この語り手には旨そうなぼた餅をご馳走したい
135 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/04(火) 22:29:25.52 ID:mAW1yNKRo


――――人里外れし辺境の、誰が住まうか奥座敷。
 此度寄り人訪ねれば、迎うは連なる双眼鏡。
 『煙霞跡なくして、むかしたれか栖し家のすみずみに目を多くもちしは、碁打のすみし跡ならんか』
 流離う人。流離う言葉。流離う風。流離う故事。
 徒然なるままに、後、其処には一切のなごりなし――――




【永遠亭】――――五の幕

136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/04(火) 22:34:56.40 ID:mAW1yNKRo


【姫君之間】


薬売り「珠・鉢・衣・貝・枝……そして、優雅な絵巻の描かれた襖」

薬売り「まさに豪華絢爛の粋を極めし、高貴なる者の御座す間……なれど」

薬売り「肝心の主がいないとあれば、いくら飾ろうと、間はただの間にすぎぬ」


【三度】


薬売り「いやはや、参りました……此度の騒動、いつも以上に各段と因果と縁が複雑に絡んでおりまして」

薬売り「まさに永遠亭とはよく言った物です。いくら真を紐解けど、絡みは延々と解れてくれませぬ……」

薬売り「まるで、永遠に連なる時のように」



(――――)



薬売り「少々……”弱音”を吐かさせて頂いても、よろしいですかな」

薬売り「ああっ、ご安心ください……この間なら、誰も近寄りませんので」



【愚痴】
137 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/04(火) 22:40:17.47 ID:mAW1yNKRo

薬売り「いやはや、どこから話しましょうか……そう」

薬売り「まずあの八意永琳からしてそうだ……姫君が攫われた当刻。師匠らしからぬ、あれほど人前で取り乱した様を見せておったにも関わらず」

薬売り「今ではトンと平静に……まるで、姫君の存在を忘れてしまったかのように」


(――――)


薬売り「逆に鈴仙は、当初は姉弟子に相応しき振る舞いであったにも関わらず、今や御覧のあり様で……」

薬売り「無礼千万も何のその。寄るな来るなの大立ち回り」

薬売り「あれを宥めるのは……八意永琳とて、少々骨が折れるかと」


(――――)


薬売り「そしてもう一匹の兎、てゐ。不自然極まりないと言えば、やはりこの者が最たる者でしょう」

薬売り「と言うのも……一貫して傍観の立場なんですよ。最初にモノノ怪と遭遇した御当人だと言うのに」

薬売り「自身の居所が未曾有の怪異に包まれているにも関わらず、まるで我関せずを貫くあの姿勢」

薬売り「やる事と言えば仮病と、使い走りと、嘲りと……っと失礼。一応怪我は本当でしたな」


(――――)

138 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/04(火) 22:47:34.94 ID:mAW1yNKRo


薬売り「ただし、神隠しが主であるモノノ怪が、何故にてゐにだけあのような粗末な奇襲をかけてきたのか」

薬売り「そして鈴仙は、何を恐れ、何故に塞ぎ込み、一体何から逃れようとしているのか」

薬売り「そして八意永琳は、主が消え失せた後も、何故にああも平静を保っていられるのか」


(――――)


薬売り「藤原妹紅は敵か味方か。秘薬は夢か現か。姫君は居か去か」

薬売り「モノノ怪が形造るあの眼の群れは、幻と真の、一体どちらを観ていると言うのか」

薬売り「貴方なら……わかるんじゃないですか」



(――――)



薬売り「万物の境界を司ると言う……貴方なら」



(――――)



薬売り「ずぅーっと覗き見てたんでしょう? どこぞとどこぞの隙間から……」

薬売り「だったらいい加減……舞台に上がって来ていただけませんかね」

薬売り「スキマ妖怪殿……いや、今は」

薬売り「”八雲紫”とお呼びすれば……よろしいのですかな?」


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【今昔之境】


139 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/04(火) 22:58:34.51 ID:mAW1yNKRo


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 今は昔、竹取の翁といふ者有りけり。
 野山にまじりて、竹を取りつつ、よろづのことに使ひけり。
 名をば讃岐造(さぬきのみやっこ)となむ言ひける。
 その竹の中に、もと光る竹なむ一筋ありける。あやしがりて寄りて見るに、筒の中光りたり。
 それを見れば、三寸ばかりなる人、いと美しうて居たり。


 翁言ふやう、『われ朝ごと夕ごとに見る竹の中におはするにて知りぬ。子になり給ふべき人なめり』とて手にうち入れて家へ持ちて来ぬ。妻の嫗に預けて養はす。
 美しきことかぎりなし。いと幼ければ籠(こ)に入れて養ふ。


 世界の男、あてなるも卑しきも、いかで、このかぐや姫を得てしかな、見てしかなと、音に聞きめでて惑ふ。
 そのあたりの垣にも、家の門にも、居る人だにたはやすく見るまじきものを、夜は安き寝も寝ず、闇の夜に出でても、穴をくじり、垣間見、惑ひ合へり。
 さる時よりなむ、『よばひ』とは言ひける。


 その中に、なほ言ひけるは、色好みと言はるる限り五人、思ひやむ時なく夜昼来ける。


 その名ども
 ・石作の皇子(いしつくりのみこ)
 ・庫持の皇子(くらもちのみこ)
 ・右大臣阿部御主人(あべのみうし)
 ・大納言大伴御行(おおとものみゆき)
 ・中納言石上麻呂足(いそのかみのまろたり)

 この人々なりけり。


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 この人々、ある時は、竹取を呼び出でて、『むすめを我に賜べ』と伏し拝み、手をすりのたまへど
『おのがなさぬ子なれば、心にも従はずなむある』と言ひて、月日過ぐす。


 かぐや姫、『石作の皇子には、仏の御石の鉢といふ物あり、それを取りて賜へ』と言ふ。
『庫持の皇子には、東の海に蓬莱(ほうらい)といふ山あるなり
 それに白銀を根とし、黄金を茎とし、白き珠を実として立てる木あり。それ一枝折りて賜はらむ』と言ふ。
『今一人には、唐土にある火鼠の皮衣を賜へ。
 大伴の大納言には、龍の首に五色に光る珠あり。それを取りて賜へ。
 石上の中納言には、燕の持たる子安の貝、取りて賜へ』と言ふ。





薬売り「これは……」


140 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/04(火) 23:09:00.57 ID:mAW1yNKRo


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 さて、かぐや姫、かたちの世に似ずめでたきことを、帝聞こしめして、内侍中臣房子にのたまふ
『多くの人の身を徒らになしてあはざなるかぐや姫は、いかばかりの女ぞと、まかりて見て参れ』とのたまふ。
 房子、承りてまかれり。
 竹取の家に、かしこまりて請じ入れて、会へり。
 嫗に内侍のたまふ
『仰せ言に、かぐや姫のかたち優におはすなり。よく見て参るべき由のたまはせつるになむ参りつる』と言へば、『さらば、かく申し侍らむ』と言ひて入りぬ。


 帝、なほめでたくおぼし召さるることせきとめ難し。
 かく見せつる造麻呂を悦び給ふ。さて、仕うまつる百官の人に、あるじいかめしう仕うまつる。
 帝、かぐや姫を留めて還り給はむことを、飽かず口惜しくおぼしけれど、たましひを留めたる心地してなむ、還らせ給ひける。
 御輿に奉りて後に、かぐや姫に、還るさのみゆき ものうく思ほえて そむきてとまる かぐや姫ゆゑ御返事を、むぐらはふ 下にも年は 経ぬる身の 何かは玉の うてなをも見む
 これを帝御覧じて、いとど還り給はむそらもなくおぼさる。
 御心は、更に立ち還るべくもおぼされざりけれど、さりとて、夜を明かし給ふべきにあらねば、還らせ給ひぬ。


 かやうにて、御心を互ひに慰め給ふほどに、三年ばかりありて、
春の初めより、かぐや姫、月の面白う出でたるを見て、常よりももの思ひたるさまなり。
 ある人の、『月の顔見るは、忌むこと』と制しけれども、ともすれば、人間にも月を見ては、いみじく泣き給ふ。
 七月十五日の月に出で居て、切にもの思へる気色なり。


 かぐや姫泣く泣く言ふ、『さきざきも申さむと思ひしかども、必ず心惑はし給はむものぞと思ひて、今まで過ごし侍りつるなり。
 さのみやはとて、うち出で侍りぬるぞ。おのが身は、この国の人にもあらず、月の都の人なり。
 それをなむ、昔の契りありけるによりなむ、この世界にはまうで来たりける。
 今は帰るべきになりにければ、この月の十五日に、かの本の国より、迎へに人々まうで来むず。
 さらずまかりぬべければ、おぼし嘆かむが悲しきことを、この春より、思ひ嘆き侍るなり』と言ひて、いみじく泣くを、翁、『こは、なでふことをのたまふぞ。竹の中より見つけ聞こえたりしかど、菜種の大きさおはせしを、我が丈立ち並ぶまで養ひ奉りたる我が子を、何人か迎へ聞こえむ。まさに許さむや』と言ひて、『我こそ死なめ』とて、泣きののしること、いと堪へ難げなり。


 御使ひ、仰せ言とて翁に言はく、『いと心苦しくもの思ふなるは、まことにか』と仰せ給ふ。
 竹取、泣く泣く申す、『この十五日になむ、月の都より、かぐや姫の迎へにまうで来なる。
 尊く問はせ給ふ。この十五日は、人々賜はりて、月の都の人、まうで来ば、捕らへさせむ』と申す。


 かかるほどに、宵うち過ぎて、子の時ばかりに、家のあたり昼の明かさにも過ぎて光りたり、望月の明かさを十合せたるばかりにて、ある人の毛の穴さへ見ゆるほどなり。
 大空より、人、雲に乗りて下り来て、地より五尺ばかり上がりたるほどに立ち連ねたり。


 内外なる人の心ども、物に襲はるるやうにて、相戦はむ心もなかりけり。
 からうして思ひ起こして、弓矢を取りたてむとすれども、手に力もなくなりて、なえかかりたる中に、心さかしき者、念じて射むとすれども、外ざまへ行きければ、あれも戦はで、心地ただ痴れに痴れて、まもりあへり。


141 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/04(火) 23:16:19.45 ID:mAW1yNKRo


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 竹取心惑ひて泣き伏せる所に寄りて、かぐや姫言ふ。
『ここにも心にもあらでかくまかるに、昇らむをだに見送り給へ』と言へども、
『何しに悲しきに見送り奉らむ。我を如何にせよとて、棄てては昇り給ふぞ。具して率ておはせね』と泣きて伏せれば、御心惑ひぬ。

『文を書き置きてまからむ。恋しからむ折々、取り出でて見給へ』とて、うち泣きて書く詞は、

 この国に生まれぬるとならば、嘆かせ奉らぬほどまで侍らで過ぎ別れぬること、返す返す本意なくこそおぼえ侍れ。
脱ぎ置く衣を、形見と見給へ。月の出でたらむ夜は、見おこせ給へ。見棄て奉りてまかる、空よりも落ちぬべき心地する。

 と書き置く。



 そうして姫は無事、月へと帰っていきました、とさ……

 めでたし、めでたし。



薬売り「八雲紫殿……とお見受けします」



 はぁい薬売りさん。初めまして

 面と向かってみれば、中々にカッコイイ御方ね。
 その奇抜なファッション、とっても素敵よ。



薬売り「いえいえそちらこそ……まるで、西洋人形と思しき可憐さで」



 あらやだわもう、薬売りさんったら、お上手ね。



 ホホホホホ――――



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142 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/04(火) 23:23:28.35 ID:mAW1yNKRo


薬売り「竹取物語……ですか」

紫「ふふ、やっぱり知ってたんだ」

薬売り「現存する最古にして最初の物語……してその名は、今日までありとあらゆる文化にも、影響を及ぼしております故」

紫「ロマンティックよねぇ……初めて生まれた物語が、まさか月を題材にした幻想譚だったなんて……」

紫「あっ」


――――その後、翁嫗、血の涙を流して惑へどかひなし。
 あの書き置きし文を読みて聞かせけれど、『何せむにか命も惜しからむ。誰が為にか。何ごとも益なし』とて、薬も食はず、やがて起きもあがらで病み臥せり。

 中将、人々引き具して帰り参りて、かぐや姫をえ戦ひ留めずなりぬる、こまごまと奏す。
 薬の壺に御文添へて参らす。広げて御覧じて、いとあはれがらせ給ひて、物も聞こしめさず、御遊びなどもなかりけり。
 大臣上達部を召して、『何れの山か、天に近き』と問はせ給ふに、ある人奏す、『駿河の国にあるなる山なむ、この都も近く、天も近く侍る』と奏す。
 これを聞かせ給ひて、

 あふことも 涙に浮かぶ わが身には 死なぬ薬も 何にかはせむ

 かの奉る不死の薬に、また、壺具して御使ひに賜はす。
 勅使には、調石笠といふ人を召して、駿河の国にあなる山の頂に持てつくべき由仰せ給ふ。峰にてすべきやう教へさせ給ふ。
 御文、不死の薬の壺並べて、火をつけて燃やすべき由仰せ給ふ。

 その由承りて、兵どもあまた具して山へ登りけるよりなむ、その山を『ふじの山』とは名付けける。



紫「ああごっめ〜ん、まだ残ってたわ」

薬売り「そう、かぐや姫が月へと帰った後、翁は病状に倒れ、帝は姫のおらぬ世界に未練はなしと不死の薬を山へ燃やしてしまった……」

薬売り「そして不死の薬の煤を浴びた山は”不死山”と呼ばれるようになり、いつしか”富士山”と名を変えた」

薬売り「それが物語の本当の終着点。広く世に知られた、結の幕切れ……」

紫「さすが薬売りさん、博識な所もステキ」

薬売り「お戯れはよしてください……有名な物語じゃないですか」

薬売り「にしても、何故に……こんな物をお見せになさるので?」

紫「ふふ、それはね……」




 その煙、いまだ雲の中へ立ち昇るとぞ言ひ伝へたる。




紫「まだ、物語は終わっていないからよ」




【竹取物語――――之・真】

143 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/04(火) 23:23:55.55 ID:mAW1yNKRo
144 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/05(水) 01:06:02.39 ID:SebYWoIpo

紫「不死に帝に従者に、月と姫君……なぁんか、どっかで見たようなシチュエーションじゃない?」

薬売り「あの永遠亭の連中が、そうであると?」

紫「全員がそうかは知らないけど……でも、一人だけ、動かぬ証拠を持ってる奴がいるじゃない」

紫「ほら」


 いまはとて 天の羽衣 着る折ぞ 君をあはれと 思ひ出でける

 とて、壺の薬添へて、頭中将(とうのちゅうじょう)を呼び寄せて奉らす。
 中将に、天人取りて伝ふ。
 中将取りつれば、ふと天の羽衣うち着せ奉りつれば、翁をいとほし、かなしとおぼしつることも失せぬ。
 この衣着つる人は、物思ひなくなりにければ、車に乗りて百人ばかり天人具して昇りぬ。

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紫「この、不死薬渡してる奴……」


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薬売り(八意永琳――――!)

145 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/05(水) 01:18:37.46 ID:SebYWoIpo

薬売り「八意永琳は、月の迎え人であった……!」

紫「正確に言うと迎え人”達”の一人ね。他にも、似たようなのがいっぱいいるし」

薬売り「しかし月の使者にも関わらず未だ地上に残る……その所以は」


【同調】


薬売り・紫「――――”姫は月へと帰らなかった”」


【緞帳】


紫「ほら、始まるわよ。幕を下ろした竹取物語の……」

紫「永遠に表に出る事のない……”第二幕”が」

薬売り「こ…………れは…………」



【惨】



(姫様――――私と共に逃れましょう――――)



【屠】



(私にお任せください――――貴方様を月になど帰させはしませぬ――――)



【射】



(貴方の罪は私の罪――――故に被り、共に落ちましょう――――)



【殺】



【殺】【殺】【殺】【殺】【殺】【殺】【殺】【殺】

【殺】【殺】【殺】【殺】【殺】【殺】【殺】【殺】

【殺】【殺】【殺】【殺】【殺】【殺】【殺】【殺】

【殺】【殺】【殺】【殺】【殺】【殺】【殺】【殺】

【殺】【殺】【殺】【殺】【殺】【殺】【殺】【殺】




(月が蔑む、穢れし地へと――――)


(永遠に――――)




【断末魔】


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146 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/05(水) 01:29:09.55 ID:SebYWoIpo


紫「おお、怖い怖い。澄ました顔して、蛮人顔負けな所業ね」

薬売り「姫を迎えに行った月の使者達は、結局誰も戻ることがなかった……」

紫「月の連中も、想像すらしてなかったでしょうね……まさか、迎えにやった使者達の一人に”鏖”にされるだなんて」


(姫様が……そう望まれたからです)


薬売り「ふふ、八意永琳……飛んだタヌキだ」

薬売り「逃げたのではなく……”奪い獲った”が真だったとは……ね」

紫「まるで、今回のモノノ怪みたいね」



チ リ ン



紫「そうそう言っときますけど。今回の騒動、犯人はアタシじゃないですからね」

紫「なーんか連中、好き勝手言ってくれちゃってるけど。変な濡れ衣着せられて、こっちも迷惑してるんだから」


【白状】


薬売り「月への侵攻は……もう諦めたんですか?」

紫「ふふ……ま、いつかはリベンジとしゃれこみたい所だけどね〜」

紫「でもそれは今じゃない。今は月よりも、大事な物があるから……」

薬売り「してその心は」

紫「幻想郷……私がお腹を痛めて産んだ、夢の桃源郷」



【八雲紫――――之・理】


147 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/05(水) 01:35:57.72 ID:SebYWoIpo

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紫「産んで、育てて、与えて、見守って――――そんな日々は、この先も延々と続く」

紫「幻想郷はまだまだ産まれたばかり。一人で歩けるようになるまで、ママが傍にいないと…………ね」

薬売り「幻想郷は……貴方にとって”赤子”ですか」

紫「にしてもそろそろ、あんよくらいはしてもらわないと、ねえ?」


キーン


紫「人と人ならざる者の境が曖昧な世界……当然そこには、あらゆる異変が起こる」

紫「こないだだって大変だったのよ? 湖が紅い霧で覆われちゃったり、春が来なくなっちゃったりとかさぁ」

薬売り「おやまぁ……それはそれは」

紫「今回だってそう。ま〜た誰かが何か異変を起こしたのかと見に来たら……」

紫「来て見てびっくり。そこには”呼んだ覚えのない物”がいたじゃないの」

薬売り「それは……どちらを指す言葉なんですかね」


コーン


紫「排除は容易かったけど、後学の為に見守る事にしたの」

紫「ウチん所のグータラ巫女ちゃんにも、その姿勢を少しは見習ってもらいたくてねぇ」

薬売り「見本になる程、立派な人間じゃありやせんがね」

紫「いやいやとんでもないわ。形と真と理……だっけ?」

紫「あなたが退魔の剣を抜く為に求めるその姿勢。それって、異変の解決屋の素養と同じなのよ」

薬売り「ほぉ……奇遇ですな」


カーン


紫「異変の解決には、事の首謀者と、異変の目的と、起こした理由。この三つを見抜く眼力が必要なの」

紫「そうやって今まで異変を無事解決してきた……んだけど」

紫「何年か前に受け継いだ後継ぎが、どーもこう、伝統に縛られないタイプと言うかなんというか……」

薬売り「縛られない……ですか」


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紫「歴代でも才能はピカイチなんだけどね……そのせいなのかしらねぇ。力押しで無理やり解決する事のほうが多くって……」

紫「弾幕でガンガン押しまくって、力づくでふん縛ってやめさせるのよ」

薬売り「確かに、それでは真と理は見えませぬ」

紫「”解決してるから問題ないでしょ”って言われたらうまく言い返せないんだけど……」

紫「それってなんか……ねえ?」

薬売り「こっちとしては……むしろそっちの姿勢の方が見習いたいくらいなんですがね」


コーン

148 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/05(水) 01:56:19.10 ID:SebYWoIpo

薬売り「そうそう、弾幕と言えば……この札は、この幻想郷ではスペルカードとやらに、当たるのですかな」

紫「ううん、スペルカードはあくまで自発的な物よ」

紫「スペルカード自体はあくまでただの紙でしかないから、自分がスペカと認識するなら物はなんでもいいの」

薬売り「ただの紙ですか……」

紫「とは言いつつも、なんだかんだでみんな、符しか使わないんだけどね」

紫「かさばらないし、持ち運びやすいし、集めやすいし、おしゃれだし……かく言う私も実は」ピラ


【結界】光と闇の網目


薬売り「おお……なんと美しい……」

紫「気を付けてね。触ったらピチュンと逝くわよ」


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薬売り「弾幕……さしずめ、光輝く盤上の升目ですな」

紫「人と人ならざる者が共存するには、共通のルールがいるの……そのルールの一つが、この弾幕遊びなんだけど」

紫「浸透したのはうれしいんだけど、広まりすぎて逆に、今度は決闘の合図になっちゃってるのよね」

紫「まぁ、無益な殺生を防ぐ意味で本質は果たしてるけど……逆に争いの種になってちゃ、本末転倒よね」



【規則】
 一つ、カードを使う回数を宣言する
 一つ、技を使う際には「カード宣言」をする


【理念】
 一つ、妖怪が異変を起こし易くする
 一つ、人間が異変を解決し易くする
 一つ、完全な実力主義を否定する
 一つ、美しさと思念に勝る物は無し



薬売り「どーりで……見せた途端に襲われるわけだ」

紫「特に札タイプの弾幕はねぇ……さっき言ったゴリ押し解決人の、力押しの代名詞みたいなもんだから」

紫「あんまり見せびらかさない方がいいわよ……もし、”ここの住人となるつもりなら”」

薬売り「……肝に銘じておきましょう」

149 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/05(水) 02:01:35.37 ID:SebYWoIpo


紫「神隠し……そちらの世じゃこの程度でも稀なんでしょうけど、こっちじゃこんな事日常茶飯事なのよね」

紫「人も妖怪も、それ以外の何もかも。あっちゃこっちゃで泣き出して、おちおち夜も眠れやしない」

紫「だが、それ故に愛しい……目に入れても痛くないとは、ほんと言い得て妙」

薬売り「母性に近い心情……ですか」

紫「自然と面倒事に進んでる自分がいる……ついつい、おせっかいを焼きたくなる自分がいる」

紫「もしかしたら……今回出たモノノ怪とやらも、同じ気持ちだったりしてね」



チ リ ィ ン



紫「さて、でもまぁ、おせっかいはそろそろ終わりにしようかしら」

紫「こう見えても私、忙しい身なのはわかっていただけたと思うし?」

薬売り「ご協力、まこと感謝の極み……」

紫「でもまぁこのままサヨナラするのはなんか味気ないわね……あ、そうだ」

紫「せっかくだから、お近づきの印にこれあげる」


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薬売り「これは珍しい……”朱色のシロツメクサ”ですか」

紫「でしょでしょ。さっき穴ぼこの近くで拾ったの」



【土産】

150 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/05(水) 02:07:00.62 ID:SebYWoIpo


紫「いや実はさ、月人うんぬん関係なく、前からちょくちょく覗きに来てたのよね」

紫「知ってた? あの竹林、実は幸運を呼ぶパワースポットなのよ」

薬売り「幸運を呼ぶ……?」

紫「迷いの竹林なのに人々が消えた試しがないとか、何故かやたら珍しい物が落ちてるとか」

紫「そもそも、地上人が月の医療を受けられるって、周りにとったらラッキーもいい所じゃない?」

薬売り「稀の集まる幸運の場所……」

紫「月の連中が来たからそうなったのか、はたまたそれを含めて幸運の一部なのか……」

紫「ほんと、全部足して何十万分の一の確率なのって感じ」



チ リ ィ ン



紫「さてと、スキマのおせっかいは此処迄。こんなんで、お力になれたのなら幸いだわ」

薬売り「いえいえ、あなたのような可憐な御方と会いまみえる事が出来た……それだけで十分にございます」

紫「もう、ほんとお上手ね」ホホホ







(キャーーーーーーーーーッ!)





紫「――――ほら来た! 薬売りさん! さっそく出番よ!」

薬売り「全く、慌ただしい薬屋だ……」

紫「どれどれ、今度は何事……ワオ!」

紫「ちょっと薬売りさん! なんか、なんかすんごい事になってるわよ!」キャッキャ

薬売り「なんで……嬉しそうなんですかね」



【到来】

151 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/05(水) 02:13:34.72 ID:SebYWoIpo


薬売り「モノノ怪は、決して消える事はない……人の情念がある限り、そこにモノノ怪は必ず現れる」

薬売り「言い換えれば、無限に続く面倒事とも言えます……あっしにはとてもじゃありませんが、愛しいとは思えませぬ」

紫「そう言わないの、もしも見事払えたなら、ご褒美として……そうだ!」

紫「モノノ怪怪奇譚とでも名付けて、浮世中に広めてあげようかしら」

紫「容姿端麗な薬売りの織成す、麗しくもどこか物悲しい英雄譚として、ね」


【着想】


薬売り「どこぞの修験者に……言いように扱われる光景が、目に浮かびます」

紫「でもほら、やる気出たでしょ。さぁ――――」



【見込】



紫「はてさて、今度に消えるの、一体だぁれ――――」




【期待】




(最後に残るは――――一体だぁれ――――)




【凱旋】





【火急之永遠亭】

152 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/05(水) 02:14:12.57 ID:SebYWoIpo

【八意永琳】 

【鈴仙・優曇華院・イナバ】 

【因幡てゐ】

【蓬莱山輝夜】×

【八雲紫】×

【藤原妹紅】×
153 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/05(水) 02:15:53.83 ID:SebYWoIpo
眠いから一旦〆
本日は此処迄
154 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/05(水) 02:20:12.52 ID:iltj4MNGo
おつおつ
155 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/05(水) 13:32:52.41 ID:3IkxFW/h0
乙!

モノノ怪見たくなってきたなあ…
156 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/05(水) 17:27:35.57 ID:iahIJrReO
おつ

他キャラが弾幕勝負に参戦するクロスかと思いきや原作さながらの本格ミステリでびっくりだ
157 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/05(水) 18:57:34.86 ID:qiipWVIZo
おっつおつ
158 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/06(木) 22:01:10.24 ID:zNht1eFzo


永琳「薬売りさん……!」

うどんげ「あああ、あんた! どっから湧いて出たのよ!?」


薬売り「おや……」


 しかし毎度ながら、まことに神出鬼没極まりない男であるな。
 外にいたかと思いきやいつのまにやら内側に。遠くにいるかと思いきや傍らに。
 上から下へ、左から右へ。そんな事は、この薬売りにとっては日常茶飯事なのである。
 こちらとすれば、心の臓が飛び出る程に仰天せしめると言う物なのだが……
 しかし当の本人はまるで意に介す様子もないから困り物じゃ。
 いやはや、そういう効能の薬でもあるのかう……己が身を朧と化する、そういう薬でも。


薬売り「お師匠様…………”そのお姿は”!」


永琳「どうやら私も――――”モノノ怪に当てられてしまった”ようです」


 しかし今回ばかりは薬売りとて、仰天させる側ではなくする側であったようで。
 まっこと好い気味じゃ。身共も是非見たかった物じゃのう……
 見知った知人が、”全身目玉だらけになる姿”を見た反応を。



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159 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/06(木) 22:07:10.61 ID:9gfLChzx0
スキマでないなら“疑心暗鬼が監視する”目々連辺りか
160 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/06(木) 22:11:33.45 ID:zNht1eFzo

うどんげ「あああ、ああんた! モノノ怪斬りに来たでしょ!? ほっほら! 早く斬りなさいよ!」

永琳「お気になさらず、薬売りさん……”今はまだ斬れない”」

永琳「でしょ?」


退魔の剣「〜〜〜〜」カタカタカタ


薬売り「そのようで……」


 にしてもこの状況。乱れた間の様子から察するにだな。
 部屋に閉じこもる玉兎を見かねた師・永琳が、その閉じられし戸を強引に開いたのが始まりのようであるな。
 そしていざ説き伏せんと対面せしば、その直後……
 現れたしは、御身に蔓延る無数の目玉であった、と。



【八意永琳――――之・理】

161 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/06(木) 22:22:21.99 ID:zNht1eFzo


永琳「見に行ったのですね……私の真を」

薬売り「しかと、見届け申した」

永琳「なら、もうご存知ですね……私には、モノノ怪を成すに値する因果があった、と」

薬売り「そしてモノノ怪は今、貴方の存在其の物に憑りついている」



【同調】



永琳「してその心は」

薬売り「ただ一つ」



【解離】



薬売り・永琳「モノノ怪は(私・貴方)ではなかった――――」



うどんげ「? ? ? ?」



 モノノ怪の真は、八意永琳ではなかった。
 己がかつて犯した罪と、薬売りの教示とを合わせれば、「よもや、モノノ怪の正体は自分ではないのか」。
 頭脳明晰な八意永琳にして、その結論に至るは至極当然であろうて。



うどんげ「そ、そんな事どうでもイイッ! ほら、目の前にいるじゃない!」

うどんげ「早くしないと……お師匠様が……!」

薬売り「しかし退魔の剣は未だ真と理を得てませぬ」

薬売り「これではとても……斬る事など……」



 薬売りも同様に、当初からこの八意永琳にアタリをつけておったのやもしれぬな。
 しかしそうではないと分かれば、事はまた振り出しに戻る道理。
 薬売りも大層うんざりとなすった事であろうなぁ……
 いかにいけすかぬ薬売りとて、その心中はまぁ〜察するに余りある。


162 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/06(木) 22:33:32.62 ID:zNht1eFzo


永琳「ご安心ください、薬売りさん」

永琳「姫様は、ちゃんと残しておいででした……この地に潜む、”怪の示唆”を」


薬売り「……なに?」

 
 寸先見えぬ暗の渦。
 向かえど進めど出口の見えぬ、複雑怪奇な真理の迷宮。
 しかしそこに、一つの光明が差した――――
 げに有難きかな。姫君自らが与えたもう、”明示の一手”である。



永琳「蓬莱山輝夜姫の残せし……”姫君のスペルカード”に御座います」



薬売り(これは……)




【難題】龍の頸の玉-五色の弾丸-
【神宝】ブディストダイアモンド
【難題】火鼠の皮衣-焦れぬ心-
【神宝】ライフスプリングインフィニティ
【難題】蓬莱の弾の枝-虹色の弾幕-
163 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/06(木) 22:51:12.83 ID:zNht1eFzo


永琳「私が師として命じた言付……覚えておいでですね?」

薬売り「無論です。必ずや――――」



(そのモノノ怪とやら、必ずや斬り屠って見せなさい)



――――時に皆の衆、モノノ怪の”怪”とは何か知っておるか?
 病の事よ……そしてモノとは荒ぶる神の事。
 その名の所以の通り、モノノ怪とは、人を病のように祟る存在。
 怨み・悲しみ・憎しみ。様々な激しい人の情念が妖と結びつくことによって生まれる魔羅の鬼。
 これらの事を顧みれば、八意永琳が薬売りに託した”命”の真意も、自然と推し量れよう物よの。



永琳「私は薬師。そこに患者がいる限り、世に病が蔓延る限り」

永琳「努めてこの身、捧げましょう――――人々が、苦しみから解き放たれますように」


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 八意永琳の身に巣食った目玉の群れが、さらに増えていく。
 そしてその透き通った麗しき肌は、直に白と黒との二色に分かれ、その内の黒が集いて、一つの大きなる瞳となった。
 もはやモノノ怪と永琳の区別もつかぬ、いと大きなる眼……
 してその瞳は、”最後の時”まで、じ〜っと見つめていたそうな。



うどんげ「お師匠様…………!」




 愛弟子・鈴仙――――其の本名「鈴仙・優曇華院・イナバ」を。





【愛】





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164 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/06(木) 22:53:01.28 ID:zNht1eFzo

【八意永琳】×

【鈴仙・優曇華院・イナバ】 

【因幡てゐ】

【蓬莱山輝夜】×

【八雲紫】×

【藤原妹紅】×

165 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/06(木) 22:53:28.43 ID:zNht1eFzo
風呂
166 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/07(金) 01:20:21.89 ID:u90rax9no


【刻】



【刻】



【刻】



【――――丑の刻】



うどんげ「う、うう……お師匠様……お師匠様ぁ……」


うどんげ「お師匠様……お師匠様…………!」


 嗚咽の混じった声なき声……言葉にならぬとは、まさにこのような状態の事を言うのであろう。
 無理もない……つい今しがたの出来事だったのだ。
 目の前で、師が空に消え失せる様を目の当たりにしたのは、な。


薬売り「……おや」



てゐ「――――も〜、さっきからうるっさいな〜」

てゐ「ちょっとちんどん屋。そこのギャン泣きやらかしてるバカ、なんとかしてくんない?」



薬売り(因幡てゐ……)


 こうなれば、普段の振る舞いが逆に際立って浮いた物になるよの。
 妖兎・てゐ――――この兎の佇まいとくれば、この期に及んでもまだ気の抜けた態度のままであった。
 如何に楽観的な気質であろうとて、この状況を理解しておらぬとは到底思えぬのだが。
 その場におらずとも、”そこで一体何が起こったか”など……
 この玉兎の様子と、「床に落ちた師の帽子」とを見れば一目瞭然であろうに。


167 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/07(金) 01:31:59.98 ID:u90rax9no

てゐ「ギャーギャーワーキャー、ワンワンギャンギャン……こんなんじゃ、眠たくっても眠れやしないわ」

薬売り「眠り薬でも……調合しやしょうか?」

てゐ「いらない。そこのヒスバカが発狂やめればいいだけだから」

てゐ「むしろそいつにこそ薬いるでしょ。全身動けなくなる痺れ薬的な奴」

薬売り「それはただの……毒ですよ」


 薬売りに賛同するわけではないが、身共もこの不自然さには、ほとほと違和感を感じておるでな。
 姫・師・友人と、縁ある者共が端から消えていく最中にて。
 まるで明日の雲行きを気にする程度にしか気を止めておらぬとはこれ如何に。

 それは今この時に置いてもそうだ。
 姉妹弟子の玉兎が悲しみで涙を流すのに対し、この妖兎が零すのは、あくびによる涙なのだ。
 ”あまりに普段通りすぎる”――――薬売りの目つきがつい鋭くなるその心情、身共もよぉく推し量れようぞ。


てゐ「あ〜……ねむ」

うどんげ「あんた……よくそんな悠長にできるわね……お師匠様が! みんなが!」

うどんげ「みんないなくなっていくのに……あんたは……あんたって奴は…………!」

てゐ「ちっうぜぇ……八つ当たりかよ」


 本当に同じ兎なのかと疑うほどに、対照的な二匹の兎。
 このものの見事な対照さ加減は、元から持って生まれた性なのであろうか。
 それが故だろうなぁ……と言うのもこの兎共。同じ一門の分際で、いささか仲が悪すぎるよの。
 生まれは違えど同じ兎同士……もうちょっとこう、仲睦まじく出来ぬものかのう。
 

うどんげ「本当に何も感じないの!? 誰もかれもが消えてくのよ!?」

うどんげ「そうなればその内アンタだって……」

うどんげ「そうなればもう、”知恵”どころじゃないのよ!?」



【癪】



てゐ「…………せええええ! お前がそれを口にするんじゃねェーーーーッ!」



薬売り(今……”琴線に触れた”か……?)




【禁句】

168 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/07(金) 01:44:21.50 ID:u90rax9no

 門下と言えばそうだ。身共が修行の身であった頃の記憶が蘇る。
 修験の道を志す者は多い……二人所か、古今東西からあらゆる者共がこぞって集まってきよった物ぞ。
 しかしそれでも、こんな事は一切なかったぞ?
 修験の修行は、喧嘩する暇などありはせぬ程、それはもう生半可な物では無かった故な。


てゐ「こっちだって体ぶち抜かれて大変なんだ! だからこそ早く寝て体を休めるんだろーが!」

うどんげ「何がぶちぬかれたよ! 大げさに言って、結局ただの掠り傷だったじゃないのよ!」

てゐ「掠り傷じゃねーよ! 古傷抱えてんのはお前も知ってるだろ!」

てゐ「何も知らねー癖に何様だ! じゃあお前も、いっぺん生皮剥がされてみろっつーの!」


 人里から遠く離れた山々の、さらに奥深くにて。
 時には滝に打たれ、時には食を断ち、さらにさらに、時には全力で山から山へと駆け巡るのじゃ。
 これを”奥駆け”と言ってな……いやはや、あれが一番辛うござった。
 断崖絶壁を駆ける苦痛もさることながら、稀に道中に熊なんぞが現れよったりしての。
 いやはや、あの時はまっこと、肝を冷やした物じゃ。
 

うどんげ「そもそも! あんたがこんな奴を連れ込んだからこんな事になったのよ!」

うどんげ「一体どーしてくれる! あんた責任とりなさいよ!」

てゐ「はぁぁぁぁ!?!?!? 何人のせいにしてんのぉぉぉぉ!? そのちんどん屋は最初っから中にいたっつーのォォォォ!」


 修験の教義の一つに”擬死再生”と言う考えがある。
 死にも劣らぬ苦痛をその身に受け、その苦痛で持って穢れた罪を清め払い、新たなる存在として再生せんと言う考えじゃ。
 修験者が山籠りに明け暮れるのは、その考えが根底にあるからじゃな。

 してその修験の教えは全ての教えに通ずると、かつてわが師が言っておった。
 無論それは、薬師の道にも……の、はずなのだが。
 

てゐ「そもそもお前だってこっそり二人で妹紅の所に行こうとしてただろ! アイツがいなくなったのもそのせいじゃねーの!?」

てゐ「関係なかったのに巻き込まれて、おーカワイソウ。落とし穴に落とされるのは必然ね!」

うどんげ「なんですって!? 大体それは、あんたが薬の事漏らしたからでしょーがァ!」

うどんげ「アンタが余計な事言わなきゃ妹紅になんて会いに行ってなかったわよ! 蓬莱の薬は、絶対に知られてはいけなかったのに!」


 この竹林は我らで言う山。竹を媒介に自然と調和し、御身を清めて他者をも清める悟りの道……
 と思いたいのは山々なのだが、肝心の修行人がこのありさまでは、まだまだ悟りは遠いよの。
 主観ながら、薬師の修学よりもまずは、基礎的な作法から学んだ方がよいのではないかと思う今日この頃である。
 まぁ、今更こんな事を言うた所で……もはやもう、後の祭り、か



【大喧嘩】

169 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/07(金) 01:53:53.59 ID:u90rax9no

うどんげ「何が幸運の使者よ! 余計な事ばっかして、そんなに人が苦しむのが楽しい!?」

うどんげ「お師匠様に近づいたのも、どうせよからぬ事を考えてたんでしょ!? あんたは不幸の元凶よ!」


 あーあーもう……始まりよった。おなごの争いはいつ見ても見苦しい物よ。
 こうなったおなごはある意味アヤカシよりもタチが悪い。一度堰を切ればそれはまさに災いと同義。
 故に、万一遭遇してもむやみに首を突っ込んではならぬぞ? 
 嵐が過ぎ去るまで、ひたすらに、ただひたすら〜に耐え忍ぶが吉と、そう心得よ。


てゐ「んだとゴルァ! じゃあお前に四つ葉のクローバーが見つけられんのか!?」

てゐ「月の兎の分際で百発百中で罠にかかりやがって! お前みたいな阿呆がまだ残ってるのが不思議でしょうがねーよ!」


 薬売りもその辺はしかと心得ているようで、二人の兎の言い争いをじぃ〜っと耐え忍んでおった。
 ……わけではなく。どうやらこの時、静かに聞き耳を立てていたらしい。
 曰く、傍から見ればただの醜き言い争い。
 しかしまた一方から見れば、言葉の節々から、歪に歪んだ”理の欠片”が、密やかに漏れ出ていたとか、なんとか。


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うどんげ「今日と言う今日は許せないわ……てゐ、覚悟しなさい!」


てゐ「あ? 上等だこの野郎! その弾幕勝負、受けて立ってやるよ!」



 言い争いはいよいよ持って行き着く所に行き着かんとしていたが、それでもまだ、薬売りはただ静かに聞き耳を立て続けるままであった。
 間もなくして、ペラリと小さな音が聞こえた……例の「すぺるかぅど」とやらである。
 言い争いは決闘に形を変えようとしている。
 だがそれでも薬売りは依然として静寂を貫き、二匹と同じく例の「すぺるかぅど」を手に取り、これまた二匹と同じく、ペラリと小さな音を立てた。




薬売り「…………」




 それは――――姫君の残せし”最後の一手”であった。

170 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/07(金) 02:02:08.43 ID:u90rax9no



【永遠亭――――】




【薬師】【賢者】【弟子】【一門】【好奇】【防犯】

【安堵】【鋭敏】【怪我】【穢】【流刑】【無礼】

【消失】【作法】【幻想】【患部】【感染】【万能薬】

【欲望】【病魔】【隙間】【収集】【地獄耳】【夕飯】

【満月】【月人】【侮辱】【脅威】【木霊】【息吹】




うどんげ「くたばれぇぇぇぇてゐィィィィ!」




【暗闇】【天】【明】【拒】【隠居】【供物】

【印象】【相違】【夕暮】【童】【使者】【高貴】

【間】【永遠】【傍観】【嘲笑】【今昔】【幕】

【桃源郷】【異変】【神隠し】【母性】【楽観】【禁句】

【生皮】【対称】【喧嘩】【阿呆】【歪】【覚悟】




てゐ「こいやぁぁぁぁオラァァァァ!」





【玉兎】【妖兎】


171 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/07(金) 02:10:12.93 ID:u90rax9no



【迷】【貫】【命令】【故郷】【望】【庇】【声】

【居場所】【境】【創造】【箱庭】【籠目】【収穫】

【覆】【線】【守】【名聞】【開運】【蓬莱の薬】



――――揉め合う兎共と同調するように、薬売りの頭の中にも今、小さな争いが巻き起こっておった。
 それは今現在の薬売りと、過去の薬売り達の争いである。
 過去の薬売り達はあらゆる言葉を弾と変え、無数の数で持って薬売りに放ってくる。
 札に記されたあらゆる言霊の群れは、まるで、すぐ背後にて交差する弾幕のようである。
 そう言う「いめぃじ」なのだ。この永遠亭にて聞かされた、弾幕の言葉に対する、な。



【怨念】【不死】【煤】【香】

【覗見】【赤子】【升目】【御節介】

【罪】【逃亡】【奪】【迎】

【乱】【波長】【恐怖】【籠城】

【幸運】【シロツメクサ】【知恵】【古傷】



 しかし薬売りの脳裏に散らばる弾幕は、通常の仕様とは少々異なる。
 もう一度言うが、あくまで「いめぃじ」なのだ。
 故に何ら問題ない。
 この弾幕は、”当たれば当たるほどよい”としてもな。


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172 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/07(金) 02:21:09.45 ID:u90rax9no



【神宝】 【符】



薬売り「…………」



【刻】【涙】



退魔の剣「〜〜〜〜〜!」



【眼】




【陰陽】




薬売り「……ふっ」


薬売り「そう言う…………事でしたか…………」



 得てして続いた、此度のモノノ怪騒動。
 果てに行き着くは、喧噪極まる修羅場の、その真っ只中にて……
 ついに薬売りは、開きなすった。







【輝夜】







薬売り「モノノ怪の――――真を得たり――――!」





 モノノ怪の真に至る、悟りである。


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                         【つづく】



173 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/07(金) 02:23:57.06 ID:u90rax9no

【御知らせ】

書き溜めが尽きたんでしばらく休みます。
再開は一週間以上〜一か月以内を予定
例によって無理そうならなんかしら言いに来ます(多分大丈夫だと思うけど)


と言うわけで、しばらく御免

174 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/07(金) 02:37:21.73 ID:GNlAjOVDO
乙!
すごいいいところでぇ…!!
175 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/07(金) 02:41:32.13 ID:EmNHSgNgo
ここでかぁ。乙

思えば形がなかなかわからないことってあんまりないよな。敵は割りとすぐ出てくるから
上で言われてる目々連かな?
176 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/07(金) 06:42:01.69 ID:3ShZTAr9o
乙ですよ
楽しみにしてる
177 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/07(金) 20:53:50.59 ID:V2/eCMDmO
これてゐかうどんげのどっちかが犯人って事?
178 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/09(日) 10:55:27.44 ID:Jf48S7Yxo
挿絵付きのSSとは珍しいな
ソフト何つかってんの?
179 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/11(火) 21:32:40.26 ID:BlZsJA78o
目目連でほぼ確定だと思う
 『煙霞跡なくして、むかしたれか栖し家のすみずみに目を多くもちしは、碁打のすみし跡ならんか』
↑これ本家目目連の話に出てくる一文だから
180 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/14(金) 16:51:29.99 ID:rBdPZgVFO
てるよのスペカが答えなのか?
さっぱりわからんけど
181 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/18(火) 18:32:44.79 ID:qbpXrtgA0
お待ちして候
182 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/25(火) 12:38:51.16 ID:K0dNtJ5aO
まだかな
183 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/28(金) 23:01:48.57 ID:r44fkj6co
【御知らせ】
来週再開します
184 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/29(土) 05:45:37.96 ID:7s0iCBETO
待ってたぜ〜!!楽しみにしてます!
185 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/30(日) 17:04:43.99 ID:YvB6yUCdo
待ってた
186 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/01(月) 12:46:10.18 ID:+o+wqvdUO
きたか
187 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/04(木) 19:26:16.04 ID:jSwuJJZ7o


――――浮世に重なる幻想郷
 一歩その地に踏み入れば、迎うは蠢く妖の園
 決して見る事叶わず、決して入る事叶わず
 されど確かにそこにある、幻の地
 
 彼の地、寄り添い集うは、幻となりし生
 生は取り戻さん。再び現を
 生は取り戻さん。命の暦を
 そして見る。幻が、自らの幻たる夢を

 幻が幻を生む地、幻想郷
 幻が真となる地、幻想郷

 誰が呼んだか幻想郷
 どこにあるやら幻想郷―――― 




【永遠亭】――――大詰め


188 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/04(木) 19:37:24.36 ID:jSwuJJZ7o


 草木も眠る丑三つ時。
 月明かりも薄れる程闇に沈む、深き竹林の真っ只中にて。
 そこには、闇夜の間を縫うように動き回る、一つの影があった。


「ハッ――――ハッ――――ハッ――――」


 影は、同時に音を漏らしておった。
 盛りのついた犬のような激しい吐息を漏らし、影に触れし竹葉も、釣られてしばしの間歌いだす程である。
 しかしそれでも、影は決して速度を落とさなかった。
 漏れる吐息も、竹葉の擦音も、自身の心の鼓動でさえも――――
 その影に取っては、「進」の前には後回しでしかなかったのだ。


「――――うわっ!」


 だが、あまりにないがしろにし過ぎた罰が当たったのだろうなぁ……。
 「進」にかまけて「視」までも置き去りにした罰か。

 影は、不意に進むのをやめた。
 代わりに――――落ちた。
 奈落の入口と見間違うほどに、深い深い穴の中へ。


「あっ……たぁ……もう……」


「またかよ……アイツ……」




「――――おや、まぁ」




「誰だ――――ッ!?」



 して影が、穴へと落ちたその機を見計らうようにして、もう一つの影が現れた。
 この新たに現れしもう一つの影は、先ほどの影と違い、足音一つ立てぬままに静を保っておった。
 忍び足同然の接近である。しかしそこは影同士。
 穴の中であろうと闇夜であろうと、影は、影の気配を十分捉える事ができるのである。


「いけませんねぇ……こんな闇夜の中は、明かりもなしに出歩いてはいけませぬ……」

「特に兎は……”耳が良い代わりに目が悪い”んだから」



 視界が効かずとも……影の持つ”鋭敏な耳”を持ってすれば。



薬売り「ねえ……姉弟子様」


うどんげ「薬売り……!」



 薬売りの持つ小さな明かりが、ようやっと影の形を照らし出した。


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189 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/04(木) 19:49:26.98 ID:jSwuJJZ7o

うどんげ「お前の……仕業か……!」

薬売り「違いますよ……この穴は、元々ここにあった穴です」

薬売り「こんなに深く掘って、あっしも、後始末が大変だろうと思っていたのですが……」

薬売り「どうやら……ほったらかしにしていたようで」

うどんげ「くっそォ! あのバカウサギだきゃほんと……!」


 穴は、元からそこにあった。
 よくよく目を凝らせば、暗がりながらなんとか見えなくもない。
 注視さえしていれば、その一部分だけの不自然さに、なんとか気づけたはずなのだが……。
 しかし見えなかった。それはやはり、闇夜に紛れていたが故。
 言い換えれば、”目を凝らす事をしなかった”からとも言える。


薬売り「にしても、そんなに息を切らして……一体何処へ行こうと言うのです」

薬売り「今はまだ丑の刻……夜明けにはまだ、少々速いですぜ」


 影。元い玉兎の行動は、夜分に相応しくない不可思議な物であった。
 穴に落ちて止まったからよかったものの、穴がなければ今頃疾風と化し、とおの昔にどこぞの地へとたどり着いていた事であろう。
 その行動は一言で言う「逃亡」に等しい。

 師も、姫も、友も。安住の地の全てを放り出してまで――――
 一体この玉兎は、どこに向かおうと言うのだろうか。


うどんげ「お前には……関係ない……!」

薬売り「おやまぁ、関係ない事ございやせんでしょう? だって……そうじゃないですか」

薬売り「モノノ怪に攫われた三人の哀れな供物……それをも霞掛ける、貴方の内に御座す”闇”」

薬売り「もう、気づいているんでしょう? その闇こそが……モノノ怪をこの地へ誘う”糧”であると」


うどんげ「ぐぅ…………!」


 ぐぅの音も出ぬとはまさにこの事である。
 もはや言い逃れの出来ぬこの状況。
 玉兎は、ついに観念したか……その重い口を、ようやっと開きなすった。
 
 その口から出る言葉からして――――やはり玉兎も、最初から気づいていたのだ。
 薬売りの言う「モノノ怪を成す因果と縁」。
 その説を聞いた時点から、モノノ怪の主体は、”我が身に押し込めた因果にある”、と。



【鈴仙・優曇華院・イナバ――――之・理】


190 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/04(木) 19:59:38.39 ID:jSwuJJZ7o


うどんげ「あたし達が月から来たってのは……もう話したわよね」

薬売り「覚えてますとも……絵空事と見間違うかのような話でしたから」

うどんげ「でも、その”順番”はまだ、言ってなかったわよね」

薬売り「なんとなく……察しは尽きますがね」


 地上に下りし月の民の数。
 ひょっとすれば他にもおるやもしれぬが、とりあえずこの場に限っては、計三名としておこう。
 してその着順はこうだ。

 まず最初に、姫君が下りた
 次に、後を追うように永琳が下りた
 そして最後に、この玉兎が下りた。

 一見すると、何ら関係のないただの着順に見える……
 のだが、実はこの二番目と三番目の間。
 すなわち永琳と玉兎の間には「大きな隔たり」があるのだと、玉兎は強く語り申したのだ。


薬売り「隔たり……?」

うどんげ「お師匠様は一応”月からの命令”って建前があった。まぁ、結果は遂行されなかったけど」

うどんげ「でもあたしは、何もない。誰からも何も言われず、あの栄華極まる月の都から、自分の意思で地上へと降りた」


 その隔たりは、一言で簡単に言い表す事ができる。
 玉兎は――――逃げたのだ。
 誰にも言われず、誰にも告げず、己が意思のみで、月からこの地上へと”勝手に”馳せ参じたのだ。


薬売り「つまりそれは……」


 まんま今この瞬間と、全く同様にな。
 

【再犯】

191 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/04(木) 20:09:58.98 ID:jSwuJJZ7o

うどんげ「あたしが来たのは……実は、つい最近の話なの」

うどんげ「と言っても、人間の基準じゃ十分昔だけどね」


【推定】

【数十年前】


薬売り「月……絵巻や伝承にも幾度となく現れる都」

薬売り「しかしそれらは全て、文明の栄えるいと優雅な世であると描かれる」

薬売り「まさに貴方の言う、栄華極まるかの都……とてもじゃありませんが、逃げ出したくなる場所とは思えませぬ」

うどんげ「栄華極まる……からよ」


 確かに、伝え聞く話からして逃げ出したくなるような都とは思えぬな。
 ともすればその実、飢饉や徴収、または戦が蔓延る阿鼻叫喚の地。
 まるで愚王の政かのような情景が、頭に浮かぶのだが……

 だとすれば今度は、逃げ出す民の数が少なすぎる。
 人の半生分を「つい最近」と言ってのけるほど、長き歴史を持つ都じゃ。
 そこまで酷いならば、他にもっともっと、逃亡者がおってもよさそうな物なのだが……


うどんげ「栄えすぎた文明は、その地に生ける、全ての命を堕落に落とす……」

うどんげ「それはまるで病魔の如く……人知れず、その地の全てを腐らせていく」


 じゃが、月の都を覆う惨状は、そのどれにも当てはまらなんだ。
 玉兎の口ぶりからして、やはり月は、話に聞く通りの栄華成る都だったのじゃ。
 まさに豊かに溢れた桃源郷そのもの。
 やはりとてもじゃないが、逃亡を決意させるとは到底思えぬわ。



うどんげ「かの都……”栄”に犯された、末期の都」



 まるで頓知じゃ。さっぱりわからんわ……
 玉兎が曰く、「栄こそ堕」の、その意味が。
 


【実情・月之都】


192 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/04(木) 20:25:01.77 ID:jSwuJJZ7o


うどんげ「月の都の生活は……うーん、なんつったらいいか……」

うどんげ「説明が難しいわね……あんたら地上人には、絶対想像つかないだろうし」
 
薬売り「平たくで、結構ですよ」


 玉兎は「大雑把」と前置きをした上で、こう言った。

 「――――月の都の生活は、地上の民が浮かべる夢物語とほぼ同等である」。

 ……いや、大雑把すぎないか?
 ならばならば、水を酒に変える実や、雷を落とす杖。
 突風を生む扇子に、振るだけで財宝の溢れる小槌。
 他にも数多あるあの宝具の数々が、月には一挙に集っておるとでも言うのか!


うどんげ「簡単に言うと――――”文明が望む物全てを与えてくれる”。って所かしらね」

薬売り「全てを……?」


 ぐぬぬ、あなどり難し月の都。
 想像を遥かに超えておったわ……それらはまさに魔術と言っても差し支えないであろう。
 言うに事欠いて「文明が全てを与えてくれる」だと……?
 ええい! なんとかこちらから月に向かう方法はないものか!


うどんげ「何でもかんでも文明が全てを肩代わりしてくれる……何もせずとも、栄た文明が勝手に全てを与えてくれる」

うどんげ「だからこそなのよ。だからこそ……」
 

 きぃ〜何と羨ましい!
 ならばならば、毎日毎日昼まで眠り、肉や酒をかっ食らい、夜分遅くまで家に帰らずともよいと申すのか……!
 まこと、気が狂いそうなほどに羨ましき文明じゃ。
 だって、そうであろうに。

 勝手に実るならば農民はいらぬ。
 勝手に届くならば飛脚はいらぬ。
 勝手に残るなら書はいらぬ。
 勝手に唄うなら、琵琶法師はいらぬ……


薬売り「だからこそ……?」


 まさに奉公から解き放たれし享楽の園。
――――しかししかししかぁし! 
 これまた何故なのか。本ッ当に何故なのか。
 それらの享楽を否定した酔狂な者が一人……いや、一羽だけ、月にはおったのだ。


うどんげ「いつしか……人々は自分から動こうとしなくなった」

うどんげ「いつしか誰も……夢を見なくなった」

うどんげ「いつしか、ただ、無限に等しい時を……無駄に消費するだけの存在に、成り下がった」


 この柳幻殃斉。生まれてこの方、ここまで同意できぬ意見に出会った事はない。
 身共とて、あの地獄の修行の日々の最中。
 あの日ほど、修験志して後悔した時はなかったと言うのに……

 しかしそこで終わらぬのが、この柳幻殃斉という男よ。
 それらの修行を耐えきった身共だからこそ、ピーンと来たぞ。
 平民にはわからぬであろうなぁ。
 修験道を骨の髄まで叩き込まれた身共だからこそわかる、一種の悟りじゃ。

193 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/04(木) 20:48:35.93 ID:jSwuJJZ7o

うどんげ「穢れなき月には死の穢れがない……故にどこまでも堕ちていく」

うどんげ「極限まで薄まった寿命が、人知れず消えていくその時まで、ね」


 よいか? このあらゆる意味でかけ離れた、月人と地上人の最大の違い。
 それは――――”死生観”なのじゃ。
 我ら地上の民は、皆「命は限りある物」と捉えておる。
 修験の教義がまさにその典型例なのだが、限りある命が故に「生の限り尽くす」とは、まさにこの事よ。

 しかし月人はそこが違う。
 月人の寿命は長い。本当に長い。
 それがどの程度までかは存ぜぬが、少なくとも人の一生を「一瞬」と捉えれる程度に長い。

 故に見えぬのだ。「死」が如何様な物なのか……
 あまりに遠すぎるが故に、漠然と想像する事すらできぬのだ。


薬売り「月の民は、永劫に等しき生を、ただ流れるように生きている……」

うどんげ「あたしは嫌だった……永遠に畜生のままで、永遠にその辺の石ころと同価値の”物”として生きるのが」

 
 よって月人は死を”穢れ”と呼ぶに至る。
 よくわからぬが、何となしに汚し物。
 よく知らぬが、何となしによろしくない物。
 よく考えた事もないが、周りがそういうのだから、まぁそうなのだろうとしか思わぬ物。
 してそんな「わけのわからぬ物」に苦悩する地上は、やはり穢れた地なのだ。
 そして得体が知れぬ故に、余計に感じるのだ……「怖い」と。


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うどんげ「気が付けば、あたしは月を跳び出してた……気が付けば、あたしは穢れた地に堕ちてた」



 穢れなき都――――月。
 死の存在を知らず、「生の限り」を知らぬ月の人々は、果たして幸せと言えるのであろうか。
 玉兎はそこに「否」と答えたのだ。
 その所以こそが玉兎の曰く、体が生き続ける代わりに「心が死んでゆくから」である。
 


うどんげ「皮肉よね。あれほど穢れだなんだって蔑んでた場所に、自分が堕ちてりゃ世話ないわよ」



 月の者でありながら、その悟りに至ったのは、やはり「人」ではなく「兎」であったが故であろうか。
 得てして結果、独自の悟りを開いた玉兎は――――堕ちた。
 まさに今、激しく着いた尻餅が如く。
 穢れた地へと、その身を落ち着けるに至ったのだ。

194 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/04(木) 20:56:32.42 ID:jSwuJJZ7o

薬売り「しかし死の穢れと引き換えに手に入れたこの場所を、貴方はこうしてまた、捨てようとしている……」

薬売り「ほったらかしですか? 姫も、師も、友も……」

薬売り「未だモノノ怪の……腹の中だと言うのに」


 かのような独自の感性を持つ玉兎。
 それは月の躾の賜物か、はたまた元から持つ兎の性が故であろうか。
 とにもかくにも、文字通り「人」並み外れた感性なのは確かである。
 それが故に、玉兎の抱くモノノ怪像も、これまたえらく独特な感性で捉えておったのだ。


うどんげ「……思えなかったのよ」

薬売り「思えなかった……?」


 兎とは、元来臆病な生き物じゃ。
 皆も見た事があるだろう? ふと目が合うただけで、大慌てで逃げていく野兎を。
 いやいや、危害を加えるつもりなど寸でもないと言うに……
 そこまで怯えられば、こちらとしても夢見が悪いと言う物よの。


うどんげ「その、モノノ怪が……なんていうか……その……」


 ひょっとすれば、兎からすれば、我ら人は腹をすかせた熊にでも見えておるやもしれぬな。
 まぁその辺は兎にしかわかるまい。


 だが――――その兎が言うのだ。
 


うどんげ「悪い奴には、到底思えなくって……」



 モノノ怪から、敵意を感じないと。


195 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/04(木) 21:08:04.17 ID:jSwuJJZ7o


薬売り「これはまた……酔狂な事を言いますね」

うどんげ「あたしも上手く言えないんだけど……でも、不思議よね」

うどんげ「この期に及んでも、アンタの言う”斬らねばならぬ存在”だと、あたしには到底思えないの」

薬売り「近しい縁者が、悉く攫われているのに?」


 ”モノノ怪は斬るべき存在ではない”。
 薬売りの存在意義そのものを揺るがすその台詞は、数多のモノノ怪を払いし薬売りには、到底理解できぬ物であった。
 しかし代わりに、一つ思い出した。
 かつて、似たような事を口走った者がいた事を――――「モノノ怪を産み落とす」と啖呵を切った、身重の女の事を。


うどんげ「確かにやり口は褒められない。勝手に現れて勝手に攫って行くなんて、言語道断もいい所よ」

うどんげ「でも……なんと言うか……その……」

うどんげ「…………アレなのよ」

薬売り「また……アレですか」


 この時玉兎が何を言いたかったかは、誰にもわからない。
 しかしまぁあくまで予測ではあるが、口ぶりから察するに「同情に値する場合もある」とでも言いたかったのだろう。

 確かに……そういう者もおった。身共も遭遇したあの海坊主が、まさにそれだ。
 龍の三角をアヤカシの海へと変貌せしめた、あの禍々しきモノノ怪。
 してその正体は、実は徳高き者の”後悔”の念から生まれ出る物だったとは……あの時の身共は、露も思わなかった故な。

196 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/04(木) 21:18:07.92 ID:jSwuJJZ7o


うどんげ「だってあんた、気づいてる? 今まで攫われた人達……」

うどんげ「よく考えたら、みんな”蓬莱の薬の服用者”なのよ。永遠を手にした、本物の不死者達よ」

うどんげ「そんな不死の存在が”殺された”なんてのは、まず絶対にありえない」

うどんげ「モノノ怪だかなんだかしんないけど、薬が齎す”永遠”すら侵すとは、到底思えない」


 蓬莱の薬――――かつて時の権力者が命を賭して欲した、不老不死の秘薬。
 その効能は、語り継がれし伝承よりも、よりすざましき物であった。
 曰く、仮に御身が細切れになろうとも、髪の一本程度もあれば瞬く間に再生する事が可能との事である。
 
 納得に足る、推察である。
 確かにその効果を持ってすれば、まず亡き者になる事はないであろう。
 それが仮に、人の道理から外れたモノノ怪の所業であろうとも。


うどんげ「だからさ……もしかしたら」

うどんげ「”匿ってる”んじゃないか……って。そう思えなくも、なくってさ」

薬売り「匿う……? モノノ怪が……?」


 「モノノ怪が人を匿っている」。
 不可思議極まりない結論ではあるが、それでもあくまで個人の感想なのだから、そこは何も言うまい。

 ではモノノ怪は、永遠亭の連中を「何から匿っている」と言うのか。
 その答えは至極単純である。
 月の者しか存ぜぬ、月の者にしか訪れぬ、月の者にとって、モノノ怪よりも恐ろしき存在と言えば……
 それは、ただの一つしかないのである。


うどんげ「月の使者――――あいつらは未だ、私達を探している」

薬売り「……」


 逃亡者の末路はいつだって二択しかない。
 逃げ切るか、捕まるか――――。
 玉兎はすでに立っていたのだ。命運分かつ二つの岐路の、その瀬戸際に。


197 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/04(木) 21:32:39.29 ID:jSwuJJZ7o


うどんげ「ここから見る月は、空に輝くただの盆にしか見えないでしょうけどね」

うどんげ「月から見た地上は……違うわよ」


 時に皆は、月と言う存在にどういう情感を覚える?
 美麗・優雅・幻想……まぁ大抵、この手の感傷が大半であろう。
 身共だってそうじゃ。月見うどんに月見そば。月見団子を頬張りながら月見で一杯……
 っと失敬。少し偏ってしまったの。

 しかし月は違う。月の者は地上を奉ったりはせぬ。
 その根本は、先ほど申した通り、月は地上を”穢れた地と見ている”点にある。


うどんげ「月の文明で最も発達した物。それは……”観察”」

うどんげ「月の発展はいつだって地上の監視と共にあった……長い時を掛けて、より細かに、より隅々まで見渡せるように」


 月都文明が総力を挙げて生み出した、最大の利器――――。
 玉兎はそれを「瞳」と呼んだ。
 曰く、都の中心には、「眼を模したいと大きなる筒」があるのだとか。


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 その眼力はもはや「月の模様が兎の餅つきに見える」程度の話ではない。
 
 ・いつ
 ・どこで
 ・誰が
 ・どのような身なりで
 
 そして
 
 ・今現在何をしているのか

 これらの全てを、一目瞭然に映し出す程なのだとか。


うどんげ「そして月の瞳はもちろん、裏切者の捜索にも応用が利く」

うどんげ「穢れに塗れた地上に、穢れなき月の者が混ざってたら……あの瞳なら、きっと一発で判別できるわ」


 月の発展はすなわち監視の歴史。
 月に存在する数多の利器は、その全てが瞳から枝分かれした物なのだ。
 逆説的に言えば、こうとも言える。
 それほどまでに、月は恐れていた――――得体の知れぬ死の穢れを。


うどんげ「月が何故夜に輝くかわかる?――――地上を見やすくする為よ」

薬売り「そうなの……ですか?」

 
 幽霊・怪異・百鬼夜行。
 人は得体の知れぬ存在に恐怖すると言うが、月人にとっては、穢れこそがそれに当たるのだ。
 しかも穢れは正体不明ながら、いつでも見れる場所に存在する。

 確かに……そう考えれば恐怖そのものじゃろうな。
 なんせすぐ目の前にあるのじゃ。ならば、未来の可能性も容易に想定できるであろう。
 ”穢れが月に持ち込まれる時”が、いつか来るやも知れぬと。

198 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/04(木) 21:44:57.24 ID:jSwuJJZ7o

薬売り「ではあの月は……今もあっしらのやり取りを、あそこから見ているんですかね」

うどんげ「いや……ここは多分特別。よくわかんないけど、お師匠様がその辺上手い事ごまかしてるみたい」

薬売り「おやまぁ、ならば安心だ……」

うどんげ「でもそれも”絶対じゃない”。何がキッカケで見つかってしまうか、誰にもわかったもんじゃない」

薬売り「しかも当の永琳はもういない……」

うどんげ「そうよ……わかる? 永遠亭だなんて言ってるけどね」

うどんげ「永遠亭の永遠は、吹けば飛ぶような、か細い永遠なのよ」


 永遠……それは終わりのなき様。
 変化を迎えず、未来永劫其の儘である事の意。
 しかし変化なき物など存在せぬ。
 人も、世も、夜空に輝く月でさえも。
 絶えず変化を繰り返し、そしていつしか終わりを迎える。
 誰が産んだかその言葉……いと儚きかな。
 「永遠」の言葉こそが、永遠に存在せぬ事の証明であるとは。


うどんげ「だからまぁ……匿ってるってのはちょっと言い過ぎたわ」

うどんげ「けど、”都合がいい”のは事実」

うどんげ「今のあたし達にとっては、モノノ怪の腹の中程、安全な場所はないんだから」


 そしてモノノ怪による神隠しを免れた唯一の月の者である自分が、此れを機に、遠く果てまで逃げおおせたなら……
 ”少なくとも、永遠亭が見つかる事はないであろう”。

 ――――と、言うのが玉兎の真意である。
 全く……兎ながら天晴な忠義心であるな。
 江戸の武士共に言い聞かせてやれば、こぞって感涙の涙を流すであろうて。

199 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/04(木) 21:56:49.00 ID:jSwuJJZ7o

うどんげ「……はぁ。なんか、言わなくていい事まで言っちゃったわね」

薬売り「いえいえ滅相もない……貴方様の”秘めたる思い”、しかと聞かせていただきました故」


【爽快】

【内心吐露】


うどんげ「そもそもあんたが尋ねたんでしょうが……ま、んな事どうでもいいから、とりあえず手ぇ貸してよ」

うどんげ「この穴、無駄に深くって……登りにくいったらありゃしないわ」

薬売り「おおせのままに……」



(ひとりでできるでちょ じぶんでやりなちゃい)



うどんげ「ったく……あのバカウサギだけは……」

うどんげ「本当に……最後の最後まで……」



(バカなんだから)



 全ての心情を吐露した玉兎は、悪態を突きつつも、どこか満足気な面持ちであった。
 まぁ、スッキリしたのだろう。秘め事は絶対である程、誰かに言いたくなる性が故な。

――――だが、そんな折角の爽快感は、またしても台無しとなる。
 原因はもちろん、この図々しい薬売りのせいである。
 


薬売り「……どうぞ」

うどんげ「あんがと…………ん?」


ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1238026.jpg



うどんげ「……なにこれ」

薬売り「何って……”天秤”ですよ」



200 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/04(木) 22:08:06.46 ID:jSwuJJZ7o

うどんげ「いや、天秤ですよじゃなくて……ふざけてんの?」

薬売り「ふざけてなどいませんよ……手を貸せとおっしゃるから、貸したまでです」

うどんげ「こんなちっちゃいので……どーやって昇んのよ!」


 にしても、いちいち人の神経を逆なでしよるなこいつは……
 手を貸せと言われて、差し出したるは天秤。その心はまさに「テ違い」と言った所か。
 ……下らん洒落じゃ。言っとる場合か、この阿呆が。
 

うどんげ「バカ! もういい! 手伝ってくんないなら、自分で昇るわ!」

薬売り「左様ですか……」

うどんげ「全くもう、どいつもこいつも――――」



(――――バカばかり)



薬売り「しかし……天秤の手伝いなしに……できるんですか?」

薬売り「さっきから、あなたの周りを取り巻く……この”声”を聞くことが」


うどんげ「……は?」


 しかしいくら下らぬ洒落であろうと、言ってる本人が大真面目ならば、こちらも反応に困ると言う物よの。
 だったら……掛かったのは偶然か? 
 薬売りは決してふざけていたわけではなく、どうやら本当に「テ違い」だったらしい。



(できるわけないじゃない)


(あんな穢れまみれの、汚らしい連中に)

201 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/04(木) 22:09:24.53 ID:jSwuJJZ7o
風呂
202 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 10:29:41.36 ID:/9MplgHao


薬売り「気づいて、おられないのですか……?」

薬売り「さっきから……貴方が口を開くごとに、もう一つ”声”が重なっている事に」


うどんげ「何……言ってんの……?」


 薬売りは唐突に、酔狂な事を言い始めた。
 もう一つ、声が聞こえる――――玉兎が唖然とするのも当然じゃ。
 辺りを見渡しても誰もおらぬ。無論、声所か微かな息遣いすらも聞こえぬ。
 それは波長を聞くと言う玉兎の鋭い耳が、一番わかっているはずなのに。
 
 
薬売り「ああっ、今も、ほら……」

薬売り「なにやら、長々とおっしゃっております……それも、”貴方様の声で”」


 しかし薬売りは、頑なに主張を退ける事はなかった。
 この場に聞こえると言うもう一人の声。
 しかもそれは薬売りだけに聞こえ、玉兎には聞こえぬ声。
 言い換えれば、”玉兎だけに聞こえぬ声”。



薬売り「もう一度、お伺いします……”本当に聞こえませんか?”」



 そこまで言うなら教えてもらおうじゃないか。
 そのもう一つの声とやらは、一体なんと申しておるのか――――。



うどんげ「――――ッ!」



(にしても、見れば見るほど気っ色の悪い奴よね〜。なにこれ? ホントにこいつ人間?)

(変な道具に変な化粧に変な服にさぁ、言ってる事も意味わかんない事ばっかだし)

(ひょっとしたらこいつ、気触れじゃないの? おおこわっ。てかめんどくさっ)

(うざったいからとっとと帰れっつーの。この薄気味悪いちんどん屋が)



うどんげ「だ…………れだ…………」



203 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 10:40:59.03 ID:/9MplgHao


薬売り「”貴方が言ったんですよ”。耳を傾けさえすれば、ちゃんと声は聞こえるのだと」

薬売り「じゃあ、今一度、耳を傾けて貰おうじゃないですか……」

薬売り「一言一句逃さずに、悠長に捲し立てるこの”声”を、ね」」


 聞こえた……のか?
 いや、身共はその場におらなかった故聞こえぬのは当然なのだが。
 でもまあ聞かずとも大体わかるわ。
 玉兎の様子を見れば、”どんな声”が聞こえたのかは、おのずと推し量れる。



うどんげ「………………がッ!」



 その様子からして――――どうやら”凶報”のようじゃな。
 その証拠に、玉兎の表情がみるみる青ざめていきおるわ。
 してそのような顏を浮かべると言う事は、理由はただ一つ。
 自分で申した通り、耳をすませば、確かに聞こえたのだ



(バックレチャ〜ンス! こんな薄気味悪い場所からオサラバできる、またとない機会よ!)

(グッバイバカ姫! グッバイみなごろ師匠! ヤク中同士、永遠に仲良くね!)



うどんげ「何言ってんだ…………こいつ…………」



(あ、でもたまには戻ってくるかも? てゐはその内ぶっ飛ばすから)

(あいつには散々してやられたからね。今度は掠り傷どころじゃない、デッカイ風穴開けてやるわ)

(もう一度傷口に塩塗りたくってあげる。今度は内臓まで、全部にね)



うどんげ「そんな事…………できるわけない…………!」



(あ〜後そうだ! 妹紅よ妹紅!)

(穢らわしい地上人の分際で蓬莱の薬なんて飲みやがって。あいつはマジで万死に値するわ! 死なないけど!)

(あれは紛れもなく罪人よ。穢れ・薬・ウザイの三重揃った大罪人)

(これは何とかして月に密告しとかなきゃ……もちろん、匿名でね!)




うどんげ「そんな事…………思ってなんかいない…………!」




――――聞きたくなかった声が、な。



204 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 10:52:52.05 ID:/9MplgHao

(って言うフリをしてれば、かわいい弟子のままでいられるもんね)

(あたちは逆らう気なんて毛頭ない、かわいいかわいい兎さんでちゅ〜)

(どうかご主人たま、末永くかわいがってくだちゃいまち〜。みたいな?)


(――――死ねよお前! マジきんッッッめえんだよッ!)



薬売り「随分と……口汚いですね……」



(だって……しょうがないじゃない。あたしってば、ロクな躾もされてない、ただのペットなんだから)



薬売り「ただの……ペット……?」



 声が聞こえるどころか、ついに会話まで……
 しかしその内容は、片側の台詞だけでは全くわけがわからん。
 口汚い? ペット? 一体何の話をしているのだ。
 そんな事思っていない? 一体何を指摘されたと言うのだ。



(ご主人様がいないとな〜んもできない、ただの飼い兎)

(誰かの下でイージーな環境に浸ってないと、生きる事すらできない、どっちつかずの半端な兎)

(ま、おかげで様で、無駄に口だけは達者になったけど)


薬売り「……」


(でも……誰も聞いてくれないんじゃ、それって全然意味ないじゃ〜ん!)

(って、思わない? ”薄気味悪いちんどん屋”さん)



 その場で一体何が起こっておるのか、皆目見当がつかん。
 が、唯一わかる事は……
 声が聞こえると言う事は”そこに誰かがいる”と言う事。



薬売り「”竹の声”の正体は……貴方だったのですか」



 草木も眠る丑三つ時。
 玉兎と薬売り。二人きりと思われたその場所に、”もう一人誰かがいる”。
 しかしそこに形はなく、ただ存在だけが曖昧なまま揺らめいておる。
 その正体を知る者は、無論一人しかいない。



うどんげ「何も聞いてない……何も聞こえない……」

うどんげ「何も…………誰も何も言ってない…………!」



 それは――――玉兎だけにしかわからぬ”波”であった。



205 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 11:06:36.30 ID:/9MplgHao

(はい出た現実逃避。もういいから、そーゆーの)

(いい事? こいつはね……こうやって事実を捻じ曲げて、自分に都合の悪い事はなかったことにする悪癖があるの)

(だから、騙されちゃダメよ……今のこいつは、あんたから”言い逃れる”事しか頭にないんだから)



薬売り「見ざる聞かざる言わざる……っと失敬。あれは猿でしたな」



(まぁ似たよーなもんよ。むしろ学ばない分、そこらのエテ公よりタチが悪いわ)

(現実と絶対に目を合わせようとしない……目を逸らしたまま、事が過ぎ去るのを、ただ待つだけ)

(そーやって知らぬ存ぜぬってやってるから、何度も落ちるのよ)

(次から次へと……どっかの穴にね)



薬売り「ならば声よりも、直接見せた方が速いのでは……」



(同感ねちんどん屋。気が合うついでに”形”貸して下さらない?)

(無駄に大量所持してるあの札でいいわ。キモいデザインだけど、今のコイツにはむしろ効果的だし)



薬売り「よろしいので……? また、封じられますよ」



(だって、あんたの札……まるで”目”みたいなんだもん)

(あたしと同じ、赤い目……全てを狂わす狂気の瞳)



薬売り「そこまで言うなら……では」



 そしてわけのわからぬままに、その誰かの指示に応えたらしき薬売りは、形と称して札をバラまき始めた。
 薬売りの持つあの、赤い目玉のような模様の札である。
 その札の束が、薬売りの荷の中から一人でに飛び出て行く。
 ブワリ・バラバラ。ハラリヒラリ……まるでその場にだけ突風が吹いているように。



薬売り「姉弟子様の、おおせのままに……」



うどんげ「バッ―――― や め ろ ! 」



 そしてヒラヒラと舞い散る札が、今度は一枚一枚、緩やかに集まり始めた。
 ペタリ、ペタリ、またペタリ――――
 重なりに重なりを重ね、いつしか、確かなる形が出来上がっていくではないか。



(栄えすぎて、皆が皆腐り堕ちていく哀れな都…………ねえ)

(ホント、どの口が言ってんだか……出まかせにしたって、よくぞそこまで言えたもんよね)

(文明に胡坐をかいて、怠惰を貪っていたのは……月には”たった一羽しかいなかった”のに)



【形】
206 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 11:20:26.69 ID:/9MplgHao


(いつだって、動かないのは一匹だけだった。いつだって、堕落してるのは一羽だけだった)

(今もそう……哀れなのは、ただの一人だけ)


うどんげ「やめ…………ろ…………」



【鈴仙・優曇華院・イナバ】 



(もう見えないとは言わさない……この赤い眼に塗れた体が、視界に入らないとは言わせない)



【鈴仙・優曇華院】 



薬売り「さあ……現れますよ……貴方の形が」



 その形は――――兎に酷似していた。
 兎の輪郭そのままに、皮だけが赤い目の、まごう事なき目前の兎の形であったのだ。



(だって……あたしは常に、あんたと一緒だもの)


(これから先も……”永遠に”、ね)



【鈴仙】 


 しかし形こそ同じなれど、その色合いは黒で埋め尽くされておった。
 赤をも霞める深き黒。
 してその所以は、実に単純な話である。
 ”月明かりに背を向けておる”。それが故の、黒であった。




(レイセン――――それはあたし”達”を指す名前)




 自分と同じ形をした黒い何か。
 人はそれを――――”影”と呼ぶのだ。




【レイセン】


ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1238489.png

207 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 11:21:15.80 ID:/9MplgHao
すいません途中で寝てしまいました
本日は此処迄
208 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/05(金) 11:35:43.57 ID:/X6qkVTdO
これって手書きで毎回書いてるの?
凄いな
209 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 12:18:16.31 ID:/9MplgHao
>>199
画像間違えてた
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1238546.jpg

>>208
加工ソフトです
210 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage ]:2017/05/05(金) 12:59:01.81 ID:YC30Q507o
待ってたぞ!
乙乙
211 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/05(金) 13:03:12.55 ID:8KcptF0DO
トキハナツー
212 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/05(金) 14:07:18.77 ID:n1Ix5YqBO
おつ
やはりうどんげだったか
213 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/06(土) 02:12:38.12 ID:OH67JkMY0
面白いぜ…!絵も凄いし…!
214 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/06(土) 18:22:11.39 ID:rbDbq4ZcO

恐れが原因で本人の自覚なしって事は海坊主タイプのモノノ怪だな
215 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/06(土) 20:36:18.00 ID:JykFf7uxo


【姿】



薬売り「……」



【形】



うどんげ「ひ……」



【酷似】

【目前之兎】



レイセン「はろぉ〜鈴仙。久しぶりぃ」

レイセン「こうして話すのは、いつぶりだったかな? 確か……」

レイセン「月の都から、脱走ぶりだったかしら?」


 玉兎の内より現れしもう一人の玉兎――――レイセン。
 その名は「鈴仙」の二文字をそのままカナ読みにした名であり、音の上ではどちらも同一である。
 故に、同じなのだ……こうして久方ぶりの会話に興じようと。
 されどどちらも同じ玉兎。あくまでこれらは、”二羽で一羽”なのである。


レイセン「よくぞまぁ今まで、長い事シカトぶっこいちゃってくれたわよねぇ? この――――」

レイセン「おっと御免。今はなんか、ダサい名前に改名したんだっけ?」

レイセン「ええと、なんつったっけ……」



【禁視】



レイセン「ああ…………”うどんげ”だっけ?」」



【狂気之瞳】




うどんげ「かッ…………かッ! かッ! か…………ッ!」



 時を同じくして、漢字の方の鈴仙にも明らかな異常が現れた。
 声が枯れている――――。
 まるで痰の詰まった老人か、はたまた病に伏せる童かのようである。
 「カッカッカッ」と、酷く濁った声に変貌していく玉兎の喉。
 その声に薬売りは、ふと、いつぞやの既視感を感じ取った。



薬売り「声が……”入れ替わった”」



 あの赤き眼に睨まれた直後に現れた、「乱れ」である。


ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1240344.jpg
 
216 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/06(土) 20:46:48.83 ID:JykFf7uxo


レイセン「もう……またそうやって苦しい”フリ”をするんだから」

レイセン「ごまかせると思ってんのかねぇ……”自分自身を相手に”さ」

薬売り「肉の牢に閉ざされた、もう一人の鈴仙。それが貴方の、真なる形……」

レイセン「おかげ様で出てこれたけど、礼は言わないわよちんどん屋」

薬売り「おや……どうしてですか?」


【不遜】


レイセン「だってあんた、気持ち悪いんだもん。見た目も、口調も、その他諸々色々とさ」

薬売り「……」

レイセン「いろんな意味で無理。生理的にキツイ」

レイセン「せめてその無駄に伸びた髪を切りなさい。ついでにオバハンみたいな厚化粧も取ってもらえば?」

薬売り「……」


 ははっ、これは愉快じゃ。
 普段から人を小馬鹿にした態度の薬売りが、今は逆にコケにされておるわ。
 どうやらこのレイセン、随分と舌が回るようで……ふふ。
 薬売りをも翻弄するとは、中々にやりおる。
 薬師より語り部の方が、向いておるやもしれぬの。


レイセン「感謝の気持ちと生理的嫌悪感が、絶妙なバランスで釣り合ってるわ」

レイセン「残念ながら差し引き零ってとこね」

薬売り「零……”無”ですか?」

レンセン「わかるかなぁ? 難しかったかなぁ? 童でもわかる、とっても簡単なひ・き・ざ・ん・なんだけど」

薬売り「……」


 実に口汚き、不遜なる悪態。
 しかしこの悪態こそが、玉兎が隠し続けた、玉兎の「真」なのである。
 そう、レイセンは鈴仙でもあるのだ。
 言わば分身……その分身が、こうして作法のカケラもない口を効いておる。

 すなわちそれこそが――――”玉兎の本性”。
 外面では綺麗事を。内心では蔑みを。
 この二枚の舌を器用に操る心こそが、玉兎にとって”最も知られたくなかった”性なのである。

217 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/06(土) 21:16:58.12 ID:JykFf7uxo


薬売り「まぁ別に……見返りを求めたわけじゃありませんが」

レイセン「あーもうわかったって。しょうがないからなんかしてあげる」

レイセン「そうね……何をしようかしら……そうだ!」


【閃】


レイセン「お礼代わりの”紙芝居”……なんてのはどう?」

薬売り「ほぉ……それは興味がありますな」


 レイセンはそう言うと、何やら体に張り付く札を、ペラリと一枚剥がしなすった。
 そして、折る。また折る。重ねて折る――――
 はは、懐かしいのう。これは所謂、童の折によくやった「折り紙」ではないか。


ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1240395.jpg



薬売り「上手な……兎ですね」

レイセン「さぁて――――よってらっしゃい見てらっしゃい。丑三つ時の特別講演。夜中の紙芝居が始まるよー」


 懐かしい思い出が蘇る折り紙である。
 が、しかしそんな折り紙に”嫌な思い出”を持つ者が、この場に唯一おる。
 たかが紙の一枚に何をそんなに嫌がるのか、皆目見当もつかんであろう。
 だが心配は無用だ。これから当の本人が、自ら”全てを”語ってくれると言うのだから。



レイセン「今回の御題目は……こ・ち・ら」



うどんげ「 や め ろ ! 」



 故にただ、聞いておればよいのだ。
 兎が語る、兎の生き様を――――。




【鈴仙の半生・第一幕】

218 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/06(土) 21:29:50.17 ID:JykFf7uxo

【丑】

(お師匠様……私、一生ついていきますから)


 昔々、月の裏側のある所に、一羽の兎がいました。
 月には他にもいっぱい兎がいましたが、その兎だけは、ちょっとだけ特別でした。
 兎は、とある力を持っていました。
 兎がじっと見つめると、見つめられた者は、酔いに似た心地よい”乱れ”が生じるのです。

 どこかの誰かが、この物珍しい兎の力を、こう言う風に呼びました。
 【狂気を操る程度の能力】――――その噂は、瞬く間に月の都中に広まっていきました。


ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1240406.jpg

219 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/06(土) 21:46:42.30 ID:JykFf7uxo

【子】

(私もお師匠様の後を追う……誰も、止めないで!)


 噂が噂を呼び、兎はあっという間に都の人気者になりました。
 その人気ぶりはすざましく、誰もが「乱してくれ」と、連日行列ができる程でした。
 これに気をよくした兎は、連日その力を人々に見せびらかし、噂はさらに広まっていきました。
 そしてその噂は、ほどなくして、ついに月の高官の耳にも届きます。

 ある日、兎は月の高官・通称「月の使者」からの誘いを受けました。
 「その力、この都を守る為に役立てないか?」
 その誘いを、兎は二つ返事で承諾しました。
 「あら素敵。まるで英雄みたいじゃない」
 そして兎はその日から、月の人気者から月の番人へと転身を遂げました。

 「月の番人がただの兎では紛らわしいだろう」
 そう言った月の高官たちが、兎に名を与えます。


 「レイセン――――お前は今日からレイセンだ」



【亥】

(蓬莱の薬……そんな物が、本当にあるだなんて……)


 兎は初めて与えられた”名”と言う物に、大変喜びました。
 「我はレイセンなり」「我こそがレイセンぞ」。
 自分の名をしきりに誇示する兎に、他の兎は「いいな」「おめでとう」と羨やむ声を放ちます。
 そんな兎の声がさらに快感となり、兎はいつまでもいつまでも、自分の名を言い続けました。

 しかし兎は、夢中になりすぎて、全然気づいていませんでした。
 羨む声の中に、ポツリ、ポツリ――――妬む声が、混じっていることに。


220 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/06(土) 21:58:37.91 ID:JykFf7uxo

【戌】

(どうして姫様が……地上に?)



 そんな事など知る由もない兎、元いレイセンは、あくる日、とある月人の下に配属されました。
 その月人は「八意・永琳」と言う名がありました。
 レイセンは不思議に思いました。
 「どうしてこの人間は名が二つあるのだろう?」
 永琳は答えました。
 「人間には、名前の前に名字と言う物があるのですよ」と。

 レイセンはその説明をいまいち理解していませんでしたが、それでもなんとなく「カッコイイ」物なんだと、そう理解しました。
 姓と名。この二つに別れた気品溢るる名前を、レイセンは大変羨みました。

 そして言いました。
 「自分もそのような名が欲しい」。
 出会って早々に唐突な要求でしたが、それでも永琳は、笑顔で答えました。
 「では職務を懸命に尽くせば、いつしか私が与えてあげましょう」と。
 レイセンはお仕事を一生懸命頑張ろうと、そう心に決めました。



【酉】

(本当にごめんなさい……あたしが至らぬばっかりに……)

(あたしの力不足だったばっかりに……こんな事に……)


 しかしその決意は、ほどなくして露と消えます――――。
 「楽しくない」。
 初めて体験する「お仕事」は、都の人気者だった頃に比べれば、それはもう退屈極まりない物だったのです。



【暮六つ】



【宵】



(――――キャッハッハ、バッカじゃないの)



【明暗】


221 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/06(土) 22:14:25.16 ID:JykFf7uxo


(あ〜……めんどくせぇ〜……適当に終わらせてさっさと帰ろ……)


(ちっ、うっぜーな! 言われなくてもわかってるっつーの!)


 月のお仕事は、レイセンの思い描いていた内容とはまるで別物でした。
 都を守る月の番人――――なんて言えば聞こえはいいけれど、やる事は毎日、待機と勉強の繰り返しです。
 今思えば、まだ新人なのだから、大した仕事を与えられないのは当たり前の事でした。
 ですが、そんな事すら知らない当時のレイセンは、鬱憤にかまけて段々と不遜な態度を取るようになります。

 サボリ・遅刻は当たり前。
 仕事中に堂々と居眠りをしたあげく、注意をされよう物なら逆ギレまで。
 ひどい時には、持ち前の”狂気を操る力”を使って、先輩兎の妨害までもをしでかす始末でした。
 

(どいつもこいつもバカばかりね。あたしってば、褒められて伸びるタイプだってーのに)


 都の人気者だった頃はこんな事はありませんでした。
 ちょっと愛想を振りまくだけで、誰もがちやほやしてくれました。
 ですがこの職場は違います。多少頑張った程度では、誰も褒めてくれません。
 先輩兎の言う事はいつも決まってました。「もっと精進なさい」。
 レイセンはその言葉に歯向かうように――――いつしか、頑張ることを辞めました。



(あ”〜……マジおっもんな……)


(やめちゃおっかな……でもなぁ〜……)



 怠惰にかまけ、露骨にやる気のない態度を出すレイセンでしたが、それでもお仕事を辞める事まではしませんでした。
 かつて八意永琳と交わした「名を与える」約束。それだけが、この退屈の中にある、唯一の希望だったのです。
 やる気はないながらも、数さえこなせば、それなりに仕事は覚えます。
 そして曲がりなりにも、仕事さえ覚えれば、「いつか永琳は約束を果たしに来てくれるはず」。
 レイセンが仕事を続ける理由は、もはや、ただのそれだけしかありませんでした。

222 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/06(土) 22:27:04.01 ID:JykFf7uxo


(〜〜〜もう我慢できない! こうなりゃ直談判よ!)


 レイセンはある日、とうとう我慢しきれずに、八意永琳に直接文句を言ってやろうと思い立ちました。
 その不満は仕事がつまらない事。
 先輩兎共が気にくわない事。
 自分が活躍できない事。
 そして……待てど暮らせど、約束が果たされない事。

 レイセンは気づいたのです。
 名をもらう為に嫌な仕事を我慢してやっているのだから、逆に言えば「名さえ授かればこんな仕事やらずに済む」んだと。


(どいつもこいつもバカばっかり! あんなバカ共と仕事なんてやってらんないわ!)


 永琳の下へ向かうレイセンは、冷静を装いつつも、その心は猛りに満ち溢れていました。
 耳をピンと尖らしながら。眼は、いつも以上に真っ赤に染め上げながら。
 「もし拒めば、あの月人も乱してやろう」――――そんな一物を、期待の裏に隠しながら。



(………………)



【姫】



(――――え?)



 そしてついに、聞いてしまいます。
 後に堕ちる事となる、堕落の道へと言葉巧みに誘う――――悪魔の囁きを。


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