日向「神蝕……?」

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48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/15(水) 14:54:44.34 ID:ZsHXnDB8O
江ノ島さん真っ当な人になってて笑う
本編でもこんな感じならなぁ……
49 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/16(木) 18:04:17.66 ID:IXfYRWfn0

キーン・コーン・カーン・コーン……

聞き覚えのありすぎるチャイムの後、部屋のモニターに安楽椅子の学園長が映った。

学園長 『時刻は、夜の10時を回ったよ。間もなく食堂のドアをロックする。まだ残っている生徒は早めに
     部屋へ戻りたまえ……そうそう、初めての隔離型をクリアした君たちに、ご褒美をあげるよ。
     明日の朝、"食堂のテレビモニター"を見たまえ。では、おやすみなさい』

プツンッ…。

日向  (もう夜時間か……今日も色々ありすぎて疲れたな)ボスッ

日向  (生き返った学園長、神蝕、外の世界、俺たちの体……謎だらけだ)

ベッドにうつ伏せになって考える俺の脳裏に、ふと昼間の光景が蘇った。

葉隠  『このまんまじゃ俺、またうっかり江ノ島っちにやらかしそうなんだべ』

日向  「!そうだ、江ノ島!!……江ノ島盾子も蘇ったって事か!!?」

日向  「……でも、あいつがいるならなんで俺たち"絶望の残党"に何もコンタクトを取らないんだ?
     いや、すでに誰か江ノ島と接触しているのか?」

それはない、とすぐに思った。
77期生たちの動向には気を配っているが、隠し事が苦手な奴らばかりだ。
初対面に近い俺でも『悩みがある』ぐらいはすぐに分かったんだ。そんな異変があったら
とっくに気づいている。

日向  「明日、苗木を問いつめるか?……いや、答えてもらえるわけがない。
     かえって俺たちの立場が悪くなるかもしれないな」

日向  (でも、江ノ島の事は放っておけない……明日、こっそり探りを入れてみよう。その為に)

俺は起き上がって、部屋に備えつけのメモ帳を取った。鉛筆でさらさらと簡単なメッセージを記す。

――江ノ島盾子が蘇っているらしい。お前たちは知らないふりをして探れ。  日向

日向  (あとはこれを、全員の部屋のドアに挟んでおくだけだな。西園寺あたりが腹をたてそうな
     気もするが、江ノ島の存在次第で俺たちの命がどうなるか決まるんだ。
     苗木たちが動く前に正体を掴んでおかないとな)


『龍』から一夜明けた日曜日。

一晩考えてだいぶ頭がすっきりしたので、食堂に向かった俺は、テーブルで言い争う二人を見た。

左右田 「だーかーらぁ!!誤解なんだって!!」

西園寺 「人形に顔近づけてハァハァやってたじゃん、わたし見たんだからね!!」

日向  「……左右田、俺たちは親友だ。お前がどんな性癖を持っていても、俺は受け止めるぞ」

左右田 「だからちげーって!!!」

事の起こりは今朝早く。夜明けごろに目が覚めてしまった西園寺は、食堂で水を飲もうと思って
部屋を出た。……が。夜時間には食堂がロックされていることを思い出した西園寺は、
仕方ないので部屋に戻ろうとした。
50 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/16(木) 18:04:47.14 ID:IXfYRWfn0
西園寺 「あんたの部屋のドアが半開きだったから、閉めてやろうと思って見たら、
     人間並みにでっかい球体関節人形に頬ずりしてハァハァしてたんだよこいつ!!
     しかも裸の、髪の毛もついてない人形に!!!」

……それはちょっと気持ち悪い。

左右田 「オレにそんなアブノーマルな性癖はねえよ!!」

花村  「左右田くん、今度ちょっとぼくの部屋で語らおうじゃないか。君もTENGAじゃ
     満足できなくなったクチかい?」キラーン

九頭龍 「おいおい、お前、島でソニアに"内骨格を見せてください!!"って告白してなかったか?
     "あなたの骨格は完全なんです!大腸すら愛せます!"ってのも聞いたぞ?」

西園寺 「ほら、どこがノーマルだっての!?こんな人形趣味の性的倒錯者と同じ空気吸いたくないよ!!」

日向  「一旦落ち着け。左右田、西園寺の話は本当なのか?」

左右田 「うう……」

左右田はしばらくブルブルと震えていたが、「やっぱ言えねぇぇーーっっ!!」と叫び、
食堂からびゅーんと飛び出していってしまった。

西園寺 「もう自白してるようなもんじゃん」

日向  (その意見に賛成だ!!…したくないけど)

罪木  「だ、大丈夫ですかね…左右田さん……」

西園寺 「ほっとけば?腹減ったら戻ってくるっしょ」

一応クラスメイトをそんな動物みたいに言ってやるな。

日向  (とりあえず、朝飯食った後に様子見に行ってやるか。その前にモニターだったな)

テレビモニターを見上げると、しばらくして『ピッ』とスイッチが入る。
そして……

『関東地方の今日の天気です。午前中は小雨が降るでしょう。午後になると天気は一旦
 回復しますが、夕方には霧が見られる所もあるでしょう……』

日向  「……は?」

思わず驚きの声が漏れる。
画面に映っていたのは、NHKの気象予報だった。

西園寺 「えっ、外の世界って滅んだんじゃないの?何でフツーに天気予報とかやってるわけ?」

学園長 「うんうん、不思議だよね」

小泉  「そうだよ、だってテレビ局があるわけ……って、学園長!!?」

ナチュラルに混ざってきた声に、俺たちは一斉に振り返る。
そこにいたのは、学園長だ。……山盛りのシリアルを牛乳なしでボリボリ食べている。
51 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/16(木) 18:05:29.43 ID:IXfYRWfn0
辺古山 「牛乳はかけないんですか?」

西園寺 「最初に聞くのがそれ!?」

学園長 「いや、牛乳はこうして」グビグビ

小泉  「別々に飲むんなら、かけても同じじゃ……」

学園長 「ぷっはー!あー、この一杯のために生き返ったって感じするなあ」

日向  「生き返った……じゃあやっぱり、学園長も」

学園長 「ああ。私の"肉体"と呼べるものはすでに消失しているよ。まあ、その話は追々するとして……
     あの映像は偽物じゃないし、過去の録画でもない。外の世界ではこうしている間も
     人々が普通に働いて、営みを送っている。もちろん、テレビ局も生きているよ」

小泉  「じゃあ、世界は滅んでないって事ですか!?」

学園長 「そういうことになるね」

日向  「信じられるか!人類史上最大最悪の絶望的事件……あれは日本政府すら陥落させたはずだ!!
     こんな短い時間で復興するなんてありえない、俺たちは徹底的にやったはずだぞ!!」

辺古山 「日向、声量には気をつけろ」

日向  「あ、悪い……学園長、それは一体どういう――えっ?」

一瞬だった。
本当に一瞬目を伏せたうちに、学園長の姿は煙のようにかき消えていた。
そこには、空っぽになったシリアルの空き箱と牛乳パックだけがあるだけだ。

小泉  「き、消えた……!?」

澪田  「ま、まさか今の学園長先生は……あばばばばばばば」ブクブク

九頭龍 「肉体は死んだ、つってたろ。人間やめちまったんだろーな」

日向  「くそ……結局全然情報は聞き出せなかった……!」

辺古山 「ところで日向、私達の部屋のドアにこんなものがはさまっていたんだが……偽物ではないな?」ペラッ

西園寺 「日向おにぃの上から目線な書き方はムカつくけど……」

日向  「悪い。シンプルに書こうと思ったら、ああなった」

西園寺 「やってあげるよ。江ノ島の言いなりになるのもムカつくし、78期の奴らに疑われるのも
     めんどくさいし……」

小泉  「江ノ島盾子、か……正直私にはまだ、色々信じられないことばかりだけど、
     あの人のことは思い出したよ。生き返っているとしたら、ほっとけない。
     学園にいるみんなのためにも、私達のためにも」

九頭龍 「とりあえず、江ノ島をシメて連れてくりゃいいのか?あの女、普通に聞いても答えねーだろ」

日向  「なるべく傷つけないで頼めるか?」

九頭龍 「んじゃ、ペコ……」

辺古山 「はい、坊ちゃん」

辺古山はさすがというべきか。
目配せ一つで、九頭龍の後ろにぴったりついて行く。二人が行ってしまった後、
西園寺は「わたし、おねぇと一緒に江ノ島のこと聞いてくるね」と珍しく自発的に動いてくれた。

日向  「やらなきゃいけないんだ……生き残るために」
52 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/16(木) 18:06:04.33 ID:IXfYRWfn0

そのころ、食堂を飛び出した左右田はというと。

左右田 「ふーっ。まさか西園寺に見られてたとはなあ……今度から部屋の鍵は閉めとかねーと」アセアセ

左右田 「変態疑惑がついたけど、まあいっか。これをみんなに見せてビックリさせる計画に比べりゃ、
     どーってことねーもんな!!日向大喜びだろーなー。楽しみだなー」

部屋に戻った左右田は、愛用の工具箱を取り出してなにやら準備を始めた。
シャワーカーテンで覆って隠しておいた『何か』を床に座らせると、丁寧にボルト部分を調節して行く。
それが終わると、内蔵してある人工脳に電気信号を通してテスト。問題なし。
フタを閉じると、人工毛のウィッグをかぶせて固定。

左右田 「あとは眼球を入れてっ……と、完成!!いやー、徹夜した甲斐があったぜホント!!
     あいつら、びっくりすんだろなあ。日向は喜んでくれっかなあ」

一人でパチパチと拍手した左右田は、鍵がしっかり閉まっていることを確認してから
床にぺたんと座りこんだ裸の球体関節人形の所へ戻る。見れば見るほど似ている。そっくりに作ったから
当たり前だが、髪だけが長く床に垂れているので(後で切ろう)と左右田は思った。

左右田 「よし……んじゃ、行くぞ」パンッ

両手を合わせて、集中。


"機(き)"


文字を発動させた左右田は、ゆっくりと合わせた手のひらを開く。
そこには、ぼんやりとした光の玉が浮かんでいた。

左右田 「それっ!起きろー!!」

ふわっと飛んだ光の玉は、人形の口からすぽんっと体内に入って消えた。
閉じられていた人形のまぶたが、滑らかな動きで持ち上がる。二、三回瞬きして、
ガラスの視界に左右田を映すと、人形は口を開いて「あ……」と発声した。

左右田 「オレは左右田。左右田和一。オメーを作った男だ!創造主様だぞ!左右田。言ってみ?」

人形  「そ、うだ」

左右田 「そう、ソウダ。すっげーなオレ。マジで人工生命作っちゃったよ!さすが"超高校級のメカニック"!」

喜ぶ左右田をじーっと見つめて、人形はひたすら繰り返す。

人形  「そう、だ……そうだ、そうだ、さま、そう、だ、さま、そう、ださ、ごしゅじ、んさま」

左右田 「ストーップ!それ覚えさせたらマジで俺は日向に殺される!"左右田くん"だ。左右田くん」

人形  「そうだ、くん」

左右田 「よし。オッケー。んじゃ次、オメーの名前な。オメーは……」

左右田 「ナナミR-type:0001ってのが型番なんだけど……まあ、ナナミでいっか」

人形  「なな、み。わた、し、ななみ」

左右田 「そ。七海だ」ワシャワシャ

左右田 「……しかし、全裸ってのはなあ……いくら人形でもちょっと目に毒だよなあ」ピーン!

左右田 「そーだっ、女子の誰かに服もらおう!!……でも、77期の奴らにはすっかり変態として
     知れ渡っちまったしなあ……」
53 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/16(木) 18:07:24.92 ID:IXfYRWfn0

朝日奈 「……で、私に?」

左右田 「おう。これは極秘のミッションだ。誰にも言うなよ。
     無事に達成したら俺の最高傑作"ナナミ-R"を見せてやる。下着はいらねーから上だけでいい」

朝日奈 「よく分かんないけど、いいよ。女の子の服貰ってくるんだよね。待ってて!」ダッ

二つ返事で引き受けた彼女に、いかがわしい用途を疑わないのか?と左右田は聞きたくなった。
……しかし。78期の女子を回って集まったのは。

朝日奈 「えーっと、何これ。タコヤキ柄のTシャツ?舞園ちゃんもこういうの着るんだ……
     あとは、不二咲がくれたどっピンクの靴下だけか……これじゃ足りないよね、多分。
     残ったのはセレスちゃんだけど……くれるかなあ」コンコン

安広  「はい…あら、朝日奈さんではありませんか」ガチャッ

朝日奈 「あ、セレスちゃん。着ない服とかあったらくれないかな?」

安広  「……どなたが着るのです?」

朝日奈 「あ、私ちょっとその…ゴスロリ?とかいうのに興味が……」

安広  「はあ……」

安広  「いいですか?まずゴシックアンドロリータの精神というのは"優雅"の一点に尽きます。
     常に淑女の精神を持ち、美しいお洋服に負けないよう背筋を伸ばすのがまず第一条件。
     髪の毛がボサボサであったり、ノーメイクなどもってのほかですわよ。ですから……」

一時間にわたってたっぷりとゴスロリについての知識を叩き込まれた。
朝日奈がくらくらしている横で、安広はワンピースのフリルを整え、ヘッドドレスと合わせたりしている。

安広  「ところで、誰がこのお洋服を所望していますの?…あなたではなさそうですが」

朝日奈 「あ、77期の左右田和一ってやつなんだけど」

安広  「……男の方ですよね?」

朝日奈 (あ、やばい。つい正直に言っちゃった)

安広  「ふふ……その左右田くんにお伝えなさりませ。"ワンピースにだけはぶちまけんじゃねえぞ
     マゾブタ野郎!!!んな事してみろ、お前のソレをちょん切るぞ!!"」

朝日奈 「ひい!!」

安広  「……とね」


【左右田の部屋】

左右田 「おーっ!!ちょっと七海のイメージとはちげーけど、こんなに服を……ありがとな朝日奈!」キラキラ

左右田 「あ、見せるって約束だったな。んじゃ、入れよ」ガチャッ

朝日奈 「うわー、ごちゃごちゃ……あ、あのさ。左右田……」

左右田 「ん?あっ!!そっか、女子を部屋に上げるってアレか!!安心しろ、変なことはねーぞ、
     ただお礼に発明品を見せるd「あ、そういう心配じゃないから」

朝日奈 (ごめん左右田、せめてちょん切られそうになったら私が助けてあげるからね!!)
54 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/16(木) 18:09:41.32 ID:IXfYRWfn0
>>47

『賭』はちょっと文字の広がりがない感じだったので、
本編でも男二人を罠にはめたセレスさんは『罠』を選択。石丸の文字は後々。

>>48
江ノ島は本編のぶっ飛んでるのがいいと思います。
…が、このSSでは面白みのないフツーの女の子。そのネタ晴らしも後々。


そのころ、俺たちはとうとう江ノ島盾子を捕まえていた。
購買部のモノモノマシーンで遊んでいるところを、辺古山と九頭龍の二人がかりで
縛り上げたらしい。さすが極道というべきか……鮮やかな手並みだ。
しかし、やけにあっさり捕まったな。絶望でも背後をとられるなんてあるのか?

江ノ島 「ちょっとー!!あんた達誰!!?アタシをこんなとこに連れて来て何する気!?」

椅子に縛りつけられた江ノ島が暴れている。九頭龍は「これ使うか?」とガムテープを取り出す。

小泉  「確か、個室って防音なんだよね。鍵はかけてるし、大丈夫だと思う……
     じゃあ、日向。お願い」

俺はベッドから立ち上がって、一歩ずつ江ノ島に近づく。
そのたびに江ノ島は分かりやすく体をびくつかせて、俺が足を止めると「ごくんっ」と
唾液を飲みこんだ。おびえた瞳で見上げられて、なんだか俺の方が悪役みたいだ。

日向  「お前は、"超高校級の絶望"――江ノ島盾子。だよな?」

江ノ島 「は?」

とぼけた声を出した江ノ島は「てゆーか、あんた誰よ?」と返した。

55 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/16(木) 18:10:10.04 ID:IXfYRWfn0

※ここから一旦江ノ島視点になります。


江ノ島 (アタシの名前は江ノ島盾子(エノシマ ジュンコ)。
     今、日本で一番イケてる女子高生。16歳のスーパーモデルなのだ。
     "超高校級のギャル"として、この希望ヶ峰学園に入学した……はず、だったのに)

学園長 『さあ、希望を背負った生徒達よ、闘うんだ!!!』

江ノ島 (頭の中身がカルトってる残念なイケメン学園長のせいで、とんでもないサバイバルに
     巻きこまれてしまったのでした。ちゃんちゃん)

江ノ島 (『始』と『龍』をどーにかこーにか生き残ったアタシは、モノモノマシーンでストレス
     発散……もとい使える武器が出てこないか試してた。そこを、いつの間にか後ろにいた
     ちびっ子ギャングとお付きの美少女にとっ捕まって……)

日向  「お前は、"超高校級の絶望"――江ノ島盾子。だよな?」

江ノ島 「てゆーか、あんた誰よ?」

アタシの返事に、アンテナ頭――日向って呼ばれてた――は、「ふざけるな!!」となぜかキレた。
いや、ふざけてないんですけど。なんか意味分かんない肩書きで呼んどいて、
自己紹介はナシとか、ふざけてんのはそっちじゃん。

江ノ島 「あとさ、これ話する態度じゃないよね。なんなの?用があるんだったら
     フツーに言えば?個室に連れ込むとかアンタ変態なの?」

日向  「なっ……なんでそんな、まともな人間みたいな返しをしてるんだ!?」

江ノ島 「あんた、アタシをどんな人間だって思ってんの?」

日向  「とにかく絶望が大好きで、人の命は虫ケラ以下だと思っていて、飽きっぽくて、
     薄情で、嘘つきで、カリスマ性と頭の回転と分析力は人一倍高い奴だ」

江ノ島 「えーっと……何そのサイコパス。ちょっとドン引きなんですけど……」

日向  「お前のことだろ?」

江ノ島 「同姓同名の江ノ島さんってことはないわけ?」

九頭龍 「おいテメー!!さっきからとぼけやがって、オレらを"絶望"に引きこんだのは
     誰だと思ってんだ!!!ふざけんな!!!」

江ノ島 「あのさあ……」

なんなのこいつら。いい加減腹たってきた。と、思う間もなく。感情はアタシの口からほとばしる。

江ノ島 「ふざけんなってのはこっちの台詞だっつーの!!フツーのギャルモだってのに、
     いきなり死ぬか生きるかのサバイバルに巻き込まれてさあ、こんなん喜ぶのは残姉だけだよ!!?
     ガチャガチャでストレス解消してたトコいきなり拉致られて、わけわかんない理由で怒鳴られて、
     いーかげんにしろっての!!!」ハァハァ

今までのイライラもあって一気に叫ぶ。着物ロリとそばかす女は耳をふさいで、ちびっ子ギャングと
お付きはポカーンとしてて、アンテナ頭はなぜか目を閉じて何か考えていた。

日向  「お前……もしかして、ただの"超高校級のギャル"なのか?」

江ノ島 「だから、さっきからそう言ってんじゃん!!!そんなにアタシを頭おかしい奴にしたいわけ!!?」

日向  「そうか……悪かったな」

ぺこっと頭を下げて、アンテナ頭はアタシの縄を解いてくれた。
ちびっ子ギャングが「おい、いいのかよ!!」って聞いてたけど、アタシは一刻も早く
部屋を脱出しようと走り出した。

江ノ島 「あーもうっ、なんなのホント!学園長が頭おかしいと、生徒も変なの!!?」タタタッ

だけど、こいつらとアタシの縁はこれで終わりじゃなかった。
……その話はちょっと後にして、日向の話に戻そっか。
56 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/16(木) 18:10:55.05 ID:IXfYRWfn0

天気予報は大当たりだった。
午前中の間、しとしとと降り続いた雨が止むころ、俺たちは食堂に集まって話し合いをしていた。

左右田 「オレがいねえ間にそんな事があったんか!!?」

豚神  「江ノ島盾子……あれが絶望でないとすれば、当面の敵は蝕だけ。
     俺達にとってはむしろ好都合なはずだが?」

日向  「苗木たちの話を盗み聞きしたりしてそれとなく探ってみたんだけどな、どうやら
     江ノ島は、ただの"超高校級のギャル"らしい。絶望としての記憶は一切ない。
     生まれてから今まで、ファッションに命かけてきた普通の女子高生ってわけだ」

澪田  「んー、じゃあ双子のお姉さんはどうなんすか?"超高校級の軍人"って人!!」

辺古山 「感づかれると困るから、遠目で探ってみたが……妹の言動に困惑しているようだ。
     姉の方は、絶望としての性質と記憶を有していると見ていいだろう」

花村  「普通なら江ノ島さんの豊満な谷間に埋もれたいって答える所だけど、僕はあえての
     戦刃さんで、硬いふくらはぎに挟まれたいな!!」

左右田 「オメーはぶれねーな!!」

狛枝  「で……これからどうするの?無害なら放っておいてもいいと思うけど……戦刃むくろが
     余計な事をして、江ノ島の中の絶望を呼び起こすような事態になったら、それこそ困るよね」

終里  「今のうちにどっちもブッ[ピーーー]ってのはどーだ?」

日向  「生徒同士の殺傷は、校則で禁じられてるぞ」

弐大  「ワシらで代わる代わる監視すればいいだけじゃぁぁぁ!!!」

日向  「そんな事してみろ、戦刃に蝕を利用して殺されるぞ」

田中  「では……あえて"死地(デストロイ・フィールド)"に飛び込むというのはどうだ?」

ずっと黙って聞いていた田中の意見に、全員が固まった。
     
田中  「闇の意思と絆を育むということだ。仮に"絶望"としての性質が蘇ったとしても、
     安らぎの記憶がその枷となってくれるかもしれない。……あくまで希望論だがな」

西園寺 「あの絶望ビッチと仲良くするってこと!!?」

小泉  「今はただのギャルなんでしょ?じゃあ、なんとか行けそうだけど……」

ソニア 「あ、あの…わたくしは、田中さんの意見に賛成です!」

日向  「ソニア、これは大きすぎる賭けだぞ」

ソニア 「だって、あの方は78期生の皆さんからも遠巻きにされているんですよね?
     独りぼっちで、双子のお姉さんとも通じ合えずに……江ノ島さんも今、とても
     恐ろしい想いをしていると思うんです。絶望の性質を持たないなら、なおさら……」

田中  「この恐怖を楽しめないと?」

ソニア 「はい……きっと今の江ノ島さんは、私たちと同じか、それ以上に心細いと思うんです。
     いきなり怖がらせてしまいましたが、なんとか分かり合うことはできないでしょうか?」
57 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/16(木) 18:11:53.22 ID:IXfYRWfn0

俺は思い出していた。縄を解いた後、脱兎のごとく逃げ出した江ノ島の目じりに、
小さな涙が浮かんでいたこと。九頭龍によると「あいつの言葉に嘘はなかった」らしい。
考えるのは後でいい。今はただ……やれることを、やるだけだ。

日向  「分かった。じゃあ、江ノ島盾子と仲良くする。それを目標にして行こう」

左右田 「簡単に言うけどよお、江ノ島の中でオレらの株大暴落だろ?」

日向  「ソニア。お前の人当たりのよさに賭けるぞ。
     あとは澪田と……罪木だな。あの場にいなくて、なおかつ江ノ島が好きそうなタイプか……
     左右田、お前に男子代表を頼めるか?」

左右田 「はぁ!!?」

日向  「男子が混ざっている方が向こうも警戒しないと思うんだけどな……」

左右田 「うぐっ…わ、分かったよ!!お前の頼みなら聞かねえわけにいかねーしな!!」

半分ヤケクソだが、とりあえず左右田も了承してくれた。

日向  「みんな……悪いな、一貫性もない上に頼りにならなくて」

西園寺 「はぁー?いつからおにぃがリーダー面してんのー?」

日向  「……ごめん」

西園寺 「まあ……カムクラおにぃと違って、日向おにぃとは付き合い短いけど、
     遊び半分なら乗ってあげてもいいよー?」

日向  「例えるんなら、監禁事件の犯人も助けに来た警察も俺だったって感じだぞ?」

終里  「オメーはいい奴だって分かってっからいーんだよ!!」

ソニア 「はいっ。島でも希望ヶ峰でも、日向さんと私でラン[ピザ]ーです!」

豚神  「あんな大見得を切っておいて早々に脱落した俺の代わりに、よく真実まで辿り着いてくれた……
     俺は、そんなお前を"信じて"いるんだぞ。ありがたく思え」

澪田  「生きるのはもろともっす!!みんなで生き残って今度こそちゃんと卒業するっす!!」

日向  「みんな……!」

77期生たちの絆が少し強まった。
そして、窓の外に濃い霧が立ちこめた事で、外の世界が生きているのは真実だと分かった。

日向  (ここは"人類史上最大最悪の絶望的事件"が起きていない?
     パラレルワールドか、それともこの学園自体が……また分からなくなった)

日向  (でも、とりあえず脱出した後の世界が生きていると分かったのは嬉しいな。
     俺の好きだったラーメン屋、家、ゲーセン……全部、ちゃんとあるのか……
     ここを出たら、また……)

その夜の俺は少し前向きな気持ちで、眠りについた。
58 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/16(木) 18:12:53.72 ID:IXfYRWfn0
一旦切ります。
原作にも日向くんがいるのでちょっとややこしい。
59 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/17(金) 14:39:37.69 ID:Ls2yOQcs0
突然ですが本音でイエスのアンケート。
このssは日向主人公のザッピングシステムなんだ。
「龍」終了まで別キャラ視点で行こうか?

1.江ノ島
2.大和田
3.山セレ
4.桑田
5.まだ日向で

ちなみに主人公というか視点が↑のキャラというだけで
他にもメインキャラは出るよー。
60 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/17(金) 15:05:04.34 ID:tQPaMc+Qo
龍の別キャラ視点てこと?それとも、これから先の部分?
1か4かな
61 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/17(金) 15:10:03.87 ID:tZtHGY+/O
多数決かな?
とりあえず4に一票
62 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/17(金) 15:36:22.88 ID:Ls2yOQcs0
龍までを多数決で決まったキャラの視点で行くよ。
日向が得票数多かった場合は物語が進むよ。
63 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/17(金) 15:41:25.89 ID:4+OfLNN10
1
64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/17(金) 16:55:29.24 ID:SMKV+yfNO
3
65 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/17(金) 17:18:39.28 ID:SiRX+ShUO
4
66 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/17(金) 22:03:28.80 ID:XkYhOB090
江ノ島=1.5票
山セレ=1票
桑田=2.5票

桑田人気だね。
複数選択の場合は0.5票で数えたよ。
というわけで、桑田編をちょっと書いてみます。
67 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/20(月) 21:08:39.74 ID:/hzpnLfA0

「ねえ、桑田クンって選択は物理だったよね?……僕、教科書忘れちゃってさ。
 もし二年生のやつ持ってたら、貸してくれないかな?」

「ありがとう。……えッ、僕の事覚えてくれてたの!?嬉しいなあ」

「じゃあ、改めまして……"超高校級の幸運"の、苗木誠だよ。これからよろしくね、桑田クン」



【桑田怜恩:Chapter0『始』】



気がつくと、冷たいパイプ椅子に座っていた。
あちこちから聞こえる息遣いに、やけに重く感じるまぶたを開く。
視界はぼやけて、よく見えない。おかしーな、オレ視力いいのに。

――オレ、今まで何してたんだっけ?

何か、すっげー怖くて、嫌な夢を見てた気がする。
でも今は、それよりオレ自身の状況を調べねーと。

桑田  (アタマ重い……つーか、体中がだりぃし、動きたくねぇ……)


それでも何とか体を起こして、あたりを見回す。
――体育館だ。
ステージの赤い幕に、希望ヶ峰学園の校章が入っているのが見えた。
最初はぼんやりしていたそれが、まばたきをするごとにハッキリした形になる。


桑田  「ここ、希望ヶ峰の体育館か……?」

そう、声に出した瞬間。

桑田  「――ッ、痛っ!!」


わき腹のあたりに、衝撃が走る。例えるんなら速球投手からデッドボールを受けたみたいな、痛み。
思わず手でおさえたそこを、めくってみる。……何もなかった。


桑田  「だよな。試合でもねーのに、こんなトコでボールがぶち当たるわけねーよな」

……

………

はは、と笑った、その時。

□ □ □ □ □


クワタくんが クロにきまりました

これより おしおきを開始します


□ □ □ □ □


桑田  「うっ、……あ、あっ…あ゛、ああああああああっっっ!!!」


それを『思い出した』瞬間、オレは叫んでいた。
次々に流れこんでくる映像に、耳を塞いでうずくまる。それでも、声は止まない。

□ □ □ □ □


『テメエ……どうしてそんなコトしやがった!!』

『あら、あなたのどこが正当防衛ですの?舞園さんの包丁を叩き落した時から、シャワールームで
 刺すまでの間、あなたはわざわざ工具セットを持ち出したのですよ?その間、何度も思い止まる
 機会はあったはずですわよ』

『はりきっていきましょう、おしおきターイム!!!』

□ □ □ □ □


桑田  (そうだ、オレは死んだんだ、処刑されたんだ!!
     体中にボールを浴びて、全身の骨を砕かれて、内臓を潰されて……)
68 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/20(月) 21:09:47.96 ID:/hzpnLfA0
桑田  「ぐうっ……つ、ぅぅっ……!」


冷たい汗をかきながら、しっかりと体を抱える。まだ、全身がきしむ感覚。
ふと、視界に入った右手。指の骨まで全部折れたはずなのに、キレーなままだ。
ボールで潰れた左目の奥が、まだズキズキ痛んだ。それでもなんとか体を起こす。


桑田  「…ッ、はあ、はあっ……はあ……」


必死に呼吸を整えるオレの隣で、「あのさ」と声がした。

??? 「さっきからうるさいんだけど。本科の奴らはストレスも超高校級ってわけ?」

桑田  「あ、わりぃ……えーと」


誰だ、こいつ。ハデな金髪だけど、こんな奴同じクラスにいたっけか?
そいつはオレの思考を読んだみたいで、体をこちらに向けてくれた。


菜摘  「ま、落ち着いたんならいーけどさ。あたしは九頭龍。九頭龍菜摘(クズリュウ ナツミ)。
     予備学科の二年生だよ」

桑田  「オレは……」

菜摘  「桑田怜恩でしょ、知ってる。あたしは苗字で呼ぶけど、あんたは"菜摘"って呼んでよ。
     九頭龍だとお兄ちゃんと間違われて気分悪いんだよね。
     それより、あんた本科なら分かんない?あたし達予備学科は東地区に来れないはずなんだけど、
     なんで一緒にいんだろ?」

桑田  「オレが聞きてーぐらいだよ……何してんだ」

菜摘は立ち上がって、「お兄ちゃん探してんの」とあたりを見回していた。
つーか、予備学科って何だよ?口ぶりから言って、あんましいいもんじゃないっぽいけど。

桑田  「お前って、兄妹そろって希望ヶ峰なのか?」

菜摘  「うん。本科の77期にお兄ちゃんがいてね。あんたのいっこ先輩だよ。
     いつか学校で会うのが夢だったんだ……予備学科の妹がいるなんて、
     恥ずかしいって思ってっかもしんないけど」

そう言ってまた座った菜摘は、なんつーか……寂しそうな顔をしていた。
こういう時はなんて言ってやればいいんだ?
オレが考えあぐねているうちに、周りの奴らも次々に目を覚まして行く。

石丸  「僕はっ、いつの間に体育館に!?」ガタッ

イインチョだ。他にも何人か、知ってる奴がいた。石丸ならアタマいーし、なんか知ってっかな。
そう思った瞬間、遠くで聞きたくなかった声が上がる。

舞園  「わ、私死んだはずじゃ……どうして体育館なんかにいるんですか!?」

不安そうにあたりを見回す、そいつは。

桑田  「まい、ぞの……?」

――フラッシュバック。
69 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/20(月) 21:10:42.50 ID:/hzpnLfA0

□ □ □ □ □


シャワールームの壁にもたれた舞園の背中が、ずるずる…と下がっていく。
腹から血をまき散らして、苦しげな息を吐いて、声を出さずに何かを呟こうとして、止めた。

『はあっ、はあっ……はあ……』

オレの手から力が抜けて、包丁が床に落ちた。舞園の首ががっくりと落ちて、動かなくなる。
同時に、オレもその場にへたりこんだ。――終わった。どういう意味の『終わった』かは
分かんねーけど、とりあえずそう思った。

□ □ □ □ □


桑田  「な、何であいつが……まさか、あいつも生き返って」

はは、だっせーな……手がガタガタ震えて、足は縫いつけられたみてーに動かねえ。
これは多分、舞園に殺されかけた時に感じた恐怖の名残ってやつか?

舞園  「あ……」

そこで、舞園もオレに気づいた。

オレを視界に映した舞園は、あの時と同じように何かを言いかけて、止めた。
てっきり、憎々しげに睨まれると思っていたのに、悲しんでいるみたいな顔。
オレは、その反応に拍子抜けした。

桑田  (なんで……なんで、そんな顔してんだよ。まともに話もしてねーオレを狙って、
     苗木利用するぐらいには腹黒い女のはずだろ?)

菜摘  「あの子に話があるんなら行ったら?クラスメートなんでしょ」

桑田  「……そう、だな。舞園とはちゃんと話さねーと」

菜摘  「うん。なんか気まずいみたいだけど、あたしが見ててあげるよ」

がんば!と背中を押されて、オレは一歩踏み出す。
オレと、舞園。どっちが悪いかって聞かれたら、半分は確実にオレが悪いと思う。

桑田  (お前と違って、オレはあんだけ苦しみ抜いて死んだんだ。許せとは言わねーけど、
     それでおあいこってことにはなんねーかよ?)

そうだ、あいこなんだ。だから、お互いに頭下げて、そんで終わりでいいはずなんだ。
よし、と決意を固めて。オレは舞園の方に歩き出す。あの夜の歪んだ表情が重なって見えて、
どうしても顔を直視できない。

桑田  「あ、あのさ……その……」

いざ向き合ってみると、言葉が出ない。
オレがぐるぐる考えているうちに、舞園が「桑田くん」と呼んだ。
当たり前なんだけど、敵意とかは感じない。

舞園  「私、あの……」

桑田  「や、やめろよ!まずはオレに言わせろ!……その、あの時は……
     本当に、ごめんなさ「危ない!」

オレの言葉は、突然入ってきた苗木によって遮られた。
どうやら、苗木自身もとっさに出た言葉だったらしい。口をおさえて「あ……」とオレを見ている。

苗木  「ち、違うんだ……」

桑田  「……苗木、"危ない"ってなんだよ?オレがまた、舞園に何かするって思ったのかよ」

苗木  「違うんだ、桑田クン…そうじゃないんだ……ぼ、僕は…ただ……」

桑田  「……もういい」

オレは二人に背を向けて、さっさと自分の椅子に戻った。
ちら、と横目で様子を見ると、舞園は苗木と隣同士で座っていた。
あんな事起きる前だったら、苗木うらやましーなチクショーってなったんだろうけど、
今はびっくりするぐらい何も感じない。
いや、いまだに舞園かわいーってやってたら、ただのバカだろーけどさ。

キーン・コーン・カーン・コーン……

??? 『みなさん、おはようございます』

??? 『これより、第××回、希望ヶ峰学園入学式を執り行います』


菜摘  「ハァ?なんで今さら入学式?」
70 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/20(月) 21:11:10.14 ID:/hzpnLfA0
そんなアナウンスの後――

学園長 『私の名前は霧切仁。希望ヶ峰の……君達の、学園長だ』

あれ、学園長ってモノクマじゃ……んじゃ、あのおっさんがモノクマの中の人か?
想像してたよりかっこいいっつーか、若い。非現実的なことが続いていたせいか、
オレはぼんやりした頭で、学園長の話を聞いていた。だから、突然入ってきた言葉に耳を疑った。


学園長 『これより君達2500人の生徒には、命を賭して闘ってもらう!!』


桑田  「……は?」

菜摘  「はあ?笑えないんだけど……何で学校で命(タマ)賭けなきゃなんないの?」

少しずつ、切羽つまった空気が充満して行く。
そんなオレたちの手の中に、ひらっと小さな紙が落ちてきた。

学園長 『その円の中に、各々が"闘う"ための漢字を書いてくれ。一文字しか書けないから、
     慎重に選ぶんだ』

桑田  (……もしかして、なんかのテスト?)

希望ヶ峰ってフツーの学校じゃないし、これで何かの適性を見たりとか?
……いや、ありえねー。あのコロシアイ学園生活は絶対夢じゃねーし、オレは確かに死んだんだ。
だったら、なんで……

菜摘  「ねえ、考えるのは後にしない?たかが一文字じゃん」

菜摘の声に、ハッと気づいていつの間にか持ってた鉛筆を持ち直す。
闘う、か。……まあ、オレは一応野球選手なわけだし。『打』とか、『球』とか……球?

――千 本 ノ ッ ク。


桑田  「ハーッ、はあッ、はあっ、はあ……!」

菜摘  「ちょっ…桑田、あんたマジで大丈夫!?」

足元に、血がべっとりついたボールが転がってくる。
鉛筆を握る指は折れ曲がって、白い骨が飛び出していた。

桑田  「はあっ、はあっ!…はあ、はっ…ハアッ…はあっ…」ゼー、ゼー

呼吸ができない。胸が苦しい。酸素を吸っているはずなのに、どんどん苦しくなって行く。
背中をさすられて、何回も名前を呼ばれる。そうしている内に、少しずつ楽になった。
折れていたはずの手が、元に戻っている。足元のボールも消えている。
……さっきのは、幻覚か?

桑田  (ダメだ、怖い……怖い、怖い、怖い、怖い!!!ボールもバットも、全部が怖いっ……!)ガタガタ

菜摘  「すっごい顔色悪いけど……あとで絶対保健室行きなよ?」

桑田  (嫌だ、もう嫌だ!!こんなトコ、もういたくねーよ!……出たい、早く出たい……!!)

オレは叩きつけるように、その一文字を書いた。
この狂った学園から出たい。ただ、その一心で。


学園長 「そうしたら次は、その漢字を口に出して読むんだ」


隣の菜摘がぼそ、と呟く。周りの奴らも同じように読んでた。
……送り仮名ってつけていーのか?んー、でる、しゅつ……あと一コ、なんかあったな……

桑田  「"出(いずる)"?……いって!」

口に出した瞬間、紙はバチンッと弾けて消えた。
痛みが走った右の手首をひっくり返して見る。

桑田  「何だよ、これ……さっきの字だよな?」

その時、ぞくっと嫌な気配がした。ラバーソールの下に、黒い円が浮かぶ。
反射的に立ち上がって、後ろに下がった。円の中から出てきた『何か』は、オレ達を見てよだれを垂らしている。
恐竜だ。昔図鑑で見た肉食恐竜みたいな、三つ目のバケモノがそこにいた。


『全員、起立っ!!さあ、希望を背負った生徒たちよ、闘うんだ!!』


誰かが、「きゃあああ!!」と悲鳴をあげた。パニックになった奴らは一斉に出口を目指して走り出す。
71 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/20(月) 21:11:37.94 ID:/hzpnLfA0
桑田  「いって!」ドサッ

逃げようと走り出した生徒が勢いよくぶつかってきた。
尻餅をついたオレの手を、菜摘がぐいっと引っぱる。

菜摘  「まったく……あんたそれでも"超高校級"なわけ?」ハァ…

菜摘  「ごめん。あたし、一人で行くね。お兄ちゃん、どっか行っちゃったみたいだし……
     あんたを巻き込むのもアレだからさ。……じゃ、がんばってね」

それだけ云うと、菜摘はさっさと走ってった。
ガタガタ震えている舞園を、苗木が背中にかばっている。大和田も石丸も、あっという間に見えなくなった。

『グルルル……』ボタボタ

オレのすぐ近くに、化け物がビチャッとよだれを垂らした。赤い三つ目に映っている情けねー顔と目が合う。
そこでやっと、頭のどっかにスイッチが入った。

桑田  「くそっ……んな所で、死んでたまっかよ!!」ダンッ

オレはパイプ椅子に飛び乗って、その上を走った。化け物の死角に回り込んで、素早く抜ける。

桑田  「うらぁッ!!」バターンッ

校庭に出るドアを蹴破ると、化け物が四匹、なんかに群がっていた。

ビチャビチャ…グチュッ、グチャァッ…

桑田  (ひ、人……か?)

嫌な予感がして、さっと目をそらす。あちこちで、化け物に生徒が喰われてた。
たいていは一発で噛み殺されて、鋭い牙で食い破られている。

生徒A  「なあ、あの塀から出られんじゃねーのかな」

生徒B  「よし、行ってみようぜ……あ、お前も来るか?」

声をかけられて、一瞬反応が遅れる。
そいつらは、菜摘と同じブレザーを着てた。あいつと同じ予備学科なんだろーか?

生徒C  「つーかお前、本科の桑田だろ。……ま、いっか。一人増えても大したことねーし」

一人が、塀に手をかけて登ろうとする。オレもこの状況に慣れてきたのか、周りを観察する余裕が出てきた。
遠くで、ネクタイを握りしめてる奴がいた。一瞬だけ光ったかと思うと、それは日本刀に変わってる。

「らあああッ!!」ブンッ

化け物の首を落としたそいつは、その勢いのままもう一体に斬りかかった。
そういや、学園長が言ってたな。『闘うための漢字』だっけ?

桑田  「……なあ、お前らにも、その……"漢字"ってあんのか?」

生徒A 「あるぜ。俺は"達成"の"達"って書いたんだ」

そいつは前髪をかき上げて、デコのとこにある『達』を見せてくれた。
じゃあ、さっきのあいつもその字で、ネクタイを刀に変えてたってことか……?

桑田  「じゃあ、多分なんだけど、オレの字……出口作れっかもしんねー」

しまった。
思いつきで言ったのに、予備学科の奴らは目を輝かせて「マジ?」と喜んだ。

生徒B 「じゃ、出らんなそーだったら頼むわ」

生徒C 「おうっ、オメーにかかってるぜ!!」グッ
72 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/20(月) 21:12:08.72 ID:/hzpnLfA0
生徒A 「よっ……っと、登れないことは、ないけど……キツいな」ズルズル

生徒B 「おい桑田、無理そうだしさっさと"出口"作ってくれよ」

塀に向かって立つオレは、あの鉄の扉で塞がれた玄関ホールと、舞園の言葉を思い出していた。

『わたし、はっ…出なきゃ、いけないんです!!早く、ここから出なきゃ!!!
 あなたなんかと違って、わたしには!!待ってる人がいるんです!!』

桑田  「たりめーだろ……こんなとこ、一秒だっていられっかよ」

オレは塀に手を当てて、「すうっ」と深呼吸する。
出口……出口……扉……


"出(いずる)"


オレの手の下で、パアッと青い光が生まれた。次の瞬間、真っ白だった塀に教室の扉ができている。

桑田  「ま、マジで……オレが出したのか?これ……」

正直、アタマがついてかない。そんなオレをよそに、塀の上にいた奴が「やりぃっ!」と飛び下りた。

生徒A  「俺いっちばーん♪……って、あれっ?」

何が起こってるのか分からなかった。扉を開けて出たはずのそいつが、また扉の中から出てきた。

生徒B  「おい桑田、お前ちゃんと出口作ったのかよ!」

生徒C  「出らんねーじゃねーか!もっかいちゃんと……」

桑田  「お、おい!前……」

生徒C  「あ?」

一瞬。

本当に一瞬だった。オレが作った扉から……いや、そこに出た黒い円から、にゅうっと化け物が出てきて、
そのデカい口をあんぐりと開けて……扉の前に立ってたそいつらを呑みこんだ。
足から力が抜けて、その場にへたりこむ。化け物の腹が、ちょうど人の形に浮かび上がっている。

桑田  「あ、あっ……!」ガタガタ

桑田  「あ゛っ、あああああああっ!!」

オレは滅茶苦茶に叫びながら、走り出した。足がもつれて転びそうになるのを、必死で逃げる。
頭ん中は真っ白で、ただ本能だけで化け物の動きを読んで逃げる。

桑田  (怖えっ……こえーよ!!誰か、誰か助けっ……)

桑田  「嫌だ……もうこんな学園いたくねえっ!!」

何分……そんなに長い時間じゃなかったんだろーけど、オレにとっては何時間にも感じた。
空を覆っていた雲が晴れて、校庭が明るくなる。同時に、化け物はすうっと消えていった。

桑田  「あ……終わっ、た……?」ヘナッ

桑田  「は、はははっ……生きてる……オレ、生きてんだ……」

【初日:始
 死亡者数:876名
 生存者数:1624名
 総生徒数:2500名→1624名】

へたりこんでいるオレの横で、青い帽子をかぶった作業員みてーなモノクマが出てきた。
死体をテキパキと袋に入れて、運んでいく。
73 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/20(月) 21:12:35.67 ID:/hzpnLfA0
菜摘  「桑田!よかった……無事で」

桑田  「菜摘、お前の兄貴は……」

菜摘  「生きてたよ。でも向こうの人と話あるみたいでさ、無視られちゃった。
     ……あの、さ……あんたは、平気なの?」

桑田  「平気だよ……」グッタリ

菜摘  「……その顔で?……ごめん。やっぱあんたを一人にしない方がよかったね」

辛いことがあったんだね、と聞かれて。オレは何も答えなかった。

菜摘  「あたしはこういうのそこそこ慣れてっけど……あんたはカタギじゃん。無理しないでいーんだよ」

桑田  「カタギ?」

菜摘  「あたしの親、極道の組長だからさ。九頭龍組って名前くらいは聞いたことあるっしょ?」

九頭龍組……!!?日本最大の暴力団じゃねーかよ!!!
サラッと衝撃の事実を明かした菜摘は、「安心してよ。カタギに手は出さないから」と笑っている。
……暴走族の総長でも入学できんだから、極道の娘がいてもおかしくねーか。

菜摘  「あ、あたしの文字まだ見せてなかったよね。お腹にあるんだけどさ」

桑田  「やめろ!!お前の親父にコンクリート詰めにされちまう!!!」

霧切  「……桑田くん、ちょっといいかしら」

背中ごしにかけられた声。ぴた、と菜摘の動きが止まる。霧切は制服をまくりあげた菜摘をちらっと見て、
隣に座るオレに向き直った。なんだよ、オレがやらせてるわけじゃねーぞ。

霧切  「苗木くんが、皆を集めているわ。あなたはどうするの?」

桑田  「……クロだぜ、オレは……どの面下げて会えってんだよ」

霧切  「そう……分かったわ。でも、私たちの持つ情報は伝えておきたいの。コロシアイ学園生活の
     顛末も、黒幕も、外の世界のことも……あなたは何も知らなかったでしょう?あとで個室に
     手紙を届けるから、読んでおいて」

桑田  「そうかよ……」

霧切は目を伏せて「私は、あなた達をこれ以上苦しめたくないの」とつけ加えた。

菜摘  「なーんか、訳ありな感じ?78期生もギスギスしてんだね……」

霧切  「じゃあね……あなたの新しいお友達にもよろしく」

桑田  「行っちまった……あいかわらずブアイソな奴」

霧切が行ってしまうと、校庭の木に設置されたモニターに『ザーッ』と砂嵐が走った。
そこに映った学園長は、心にもなさそうなお悔やみの言葉を述べて、
『空に、島が浮かんでいることに気づいた生徒はいるかい?』と言う。

桑田  「空の島……あれか?」

菜摘  「よく見えないんだけど……桑田、その島ってどこらへんにあんの?」

桑田  「お前目悪いのか?あれだよ。オレが指さしてるあたり」

菜摘  「うーん……見えないなあ」

学園長によると、あの空島に太陽が重なって影ができる時に『蝕』が起こるらしい。
……あと一年も、オレはここから逃げらんねーのかよ……!!
74 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/20(月) 21:13:12.16 ID:/hzpnLfA0

桑田  「――お?」

その時、空から何かが落ちてきた。
青い欠片を、両手で受け止める。小さくて、内側からはキレーな光が出ていた。

学園長 『この中には、君たちが忘れてしまった"記憶"が入っている。中にはとても思い出したくない
     過去があるかもしれないが……これも試練と思って、受け止めたまえ』

試練、か……オレにとっては罰にしか思えない。
でも、石丸とか大和田とか、ぜってークロにならなそうな奴らも同じ試練を受けてんだよな。
あいつらは何の罪で、こんなとこにいるんだろうか。

菜摘  「思い出したくない過去……ね。そういうの、誰にでもあると思うけど」

桑田  「これが"ご褒美"とか、スパルタだな。あの学園長……」

欠片をぎゅっと握りしめた瞬間、視界が真っ白に染まる。

__________

少しずつ……視界が明るくなって、最初に見えたのは、学校の机。視界が完全に晴れたところで、
そこが希望ヶ峰の教室だと気づく。鉄板もねーし、壁紙もフツーだけど。
オレはその景色を『知っている』。

オレは茶色のブレザーを着てた。ゆるんでいるネクタイを締めなおして、机からノートを出す。
体が自動で動いてる……夢の中みてーだな。ノートの表紙には『才能研究T』と書いてあった。

「ねえ」

振り返ると、ノートを持った苗木が両手を合わせて立っていた。

苗木  「桑田クンって選択は物理だったよね。……僕、教科書忘れちゃってさ。
     もし二年生のやつ持ってたら、貸してくれないかな」

桑田  「いいぜ。オレは今日才能研究だしな。あと、物理は二年も三年もあんま範囲変わんねーだろ。
     教科書だけでいーのか?演算表とかいるんじゃねーの?」

苗木  「あ、そ……それも……ごめん……」

オレは「いちいち謝んじゃねーよ、ムカつくな」と返して、机の中を探った。
夢の中のオレは、なんかイライラしてるみてーだ。苗木の態度のせいか?

桑田  「ったく、しょうがねーなあ……つーか物理のセンコーって、忘れ物にきびしーだろ。
     そんで教科書忘れっとか、お前マジで"超高校級の幸運"なわけ?」

苗木  「あ、あはは……」

桑田  「はいこれ、オレの演算表。落書きとかすんなよな」

苗木  「ありがとう」

桑田  「どーいたしまして。そんじゃ苗木、後でオレの机に返しとけよ」

苗木  「えッ、僕の事覚えてくれてたの!?嬉しいなあ」

桑田  「たりめーだろ!!このクラス15人しかいねーんだぞ、いくらオメーがただの抽選だっつっても
     覚えてるっつーの!!バカにすんなよ!!」

苗木  「べ、別にバカにしてるわけじゃ……」
75 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/20(月) 21:13:45.23 ID:/hzpnLfA0

桑田  「あとな、お前に前から言いたかったんだけど、その卑屈な態度やめろ。"僕はみんなと違うから"とか
     そーやって線引きされっとイラッとくんだよ。こっちだって好きで天才やってるわけじゃねーっつの」

苗木  「……」

桑田  「わり、言いすぎた。でもよ、せっかく"超高校級"の奴らとお近づきになれてんだから、
     もーちょい頑張れよお前。"超高校級の幸運"って、卒業した後は上級官僚になれるらしいじゃん。
     偉い人になるんだったら、人脈作っとけよ」

苗木は教科書を抱えて、こっくりとうなずいた。

苗木  「でも……人脈って、どうやって作ればいいのかなあ」

桑田  「しゃーねーな……じゃあ、オレが第一号になってやるか?」

苗木  「……え、いいの?」

そこで初めて、苗木は嬉しそうに笑った。

桑田  「へへ、まずはオレからな。えー、オレは"超高校級の野球選手"桑田怜恩だ。よろしくな」

苗木  「じゃあ、改めまして……"超高校級の幸運"苗木誠だよ。これからよろしくね、桑田クン」

___________

視界が晴れると、そこは元の地獄だった。
モノクマが片づけた死体の血痕が、点々と落ちているのが目に入る。

菜摘  「うーん、学園長があんなもったいぶって言うからビビってたけど……
     思ってたよりフツーだったね」

桑田  「今の……なんだよ?」

菜摘  「ん?」

桑田  「なんでオレが、教室にいんだよ?なんで、苗木と……えっ?」

頭がぐちゃぐちゃになって、混乱していく。学園長は「失われた記憶」つってたよな。
もしかして、オレは、

――記憶喪失?


桑田  「はっ……えっ、あ…え……?」

菜摘  「落ち着いて。まだ色々分かってないんだから、混乱するのは後にしな!!」

これが極道娘の迫力か。
びしっと言われて、ぐるぐる回っていたアタマが止まる。
76 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/20(月) 21:15:27.23 ID:/hzpnLfA0

菜摘  「あたしだって、覚えのない記憶が出てきてびっくりしてるよ?でも
     バタバタしたって始まんないじゃん。どうせこっからは出らんないんだし、
     腹ァくくるしかないよ」

桑田  「だけどよ……」

菜摘  「霧切って人が言ってたじゃん。あとで手紙で教えてくれるって」

そうだった。霧切が色々教えてやるっつってたな……
たかが数分前のこと忘れてパニクるとか、恥ずすぎんだろオレ……

菜摘  「なんか……すごい恐いことに巻き込まれちゃったみたいだね。わけわかんない事ばっかだし」

空に向かってんー、と目をこらす菜摘は「でもさ」と振り返った。

菜摘  「絶対生き残って、卒業して……偉い人になろうね」

桑田  「そんな、あんなのが明日からずっと「とにかく、死なないこと!大事なのはそんだけ!!」

菜摘  「……あたしたち、もう友達じゃん。助け合って、あの蝕とかいう奴を生き延びよう?
     あんたにも、九頭龍組のご加護があるよ!!」

桑田  「……ぷっ、ははっ…やめろよ、野球選手と極道って……できすぎだろ!!」

一人より二人だよ、と差し出された手を、オレは迷わず握りしめていた。
友達……人殺しのオレに、そんなものを持つ権利があんのかは知らねーけど。
菜摘の手は、すごく温かかった。


_________

切ります。菜摘のキャラは3のアニメ放送前にイメージしてたやつ。
キャラの書き分けがむずい。超高校級の希望の就職先については
アホリズムの楢鹿卒業生が「無試験で公務員になれる」という設定をもらってます。
77 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/20(月) 23:31:57.19 ID:Rk00w89r0
読みやすい文章でいいね
完結させてくれると嬉しい
78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/20(月) 23:33:14.78 ID:Cp/eObsXo
菜摘いいヤツ過ぎだろと思ったら3前のイメージか
桑田はなんだかんだ可哀想なヤツだよな
79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/21(火) 02:00:56.06 ID:0HZl6LyA0

アニメの菜摘は小泉と予備学科生に対して卑屈だったけど、その他に対してはどうなんだろうね
80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/22(水) 00:36:57.86 ID:gEN2QgV70
罪木って江ノ島に依存してたからいなくなった今日向への執着心が凄そう
81 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/22(水) 12:44:36.20 ID:e8TobQPdo
菜摘は卑屈というかブラコン過ぎ。言っちゃなんだが、九頭龍のスキル七光りなのに
正直超高校級にならなきゃ並べない!ってコンプレックスを持つ程では…
82 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/23(木) 13:38:37.24 ID:qVx0d9/40
>>77
一応、最後までの流れはできてるよ。
よっぽどのことがない限りは完結できるかな。

>>78
11037はさすがに草
菜摘も根は悪い子じゃないと思うけど、3見てると組にビビって友達やってくれてる子が多そうなイメージ。

>>79
ありゃすごかった。本科への憧れって劣等感の裏返しなんかな。

>>80
罪木と西園寺編も書きたい……けどそうすると日向のが進まない。
桑田編が一区切りついたらまた日向かな。

>>81
九頭龍組のお嬢ってだけで人生勝ち組なのにね。
日向とは似てないようで似ていて似てない子。
『才能』の受け止め方が本科でも予備学科でも様々なのがロンパは面白い。


桑田視点だけど、正しくは桑田+舞園+(菜摘)編。
83 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/23(木) 13:40:26.34 ID:qVx0d9/40
菜摘  「あのさあ……予備学科生は東地区に入れなかったんだよ?今は全部の地区が電子生徒手帳で
     行き来できるようになってるけど」

ちょっと考えれば分かるじゃん、と菜摘は呆れてる。

桑田  「じゃあ、オレも西地区には行けねーのか……ホラーハウス見てえなあー」

菜摘  「西地区のテーマパークなんて、そんな面白くないよ?"あたしも含めて"
     予備学科生は劣等感すごいし、本科生は行かない方が身のためかもよ。
     さっきだって、寄宿舎が人少ないからよかっただけだし。
     じゃ、あたしは予備学科の食堂行くから。またね!!」

桑田  「あ、ああ……」

菜摘はフェンスについたコンソールに、電子生徒手帳をかざした。
『ピーッ』と音がして、西地区と東地区を分けるフェンスが開く。
菜摘が通ると、警備員モノクマがビシッと敬礼した。

桑田  「またね、か……何か嬉しいな、オレにも喋ってくれる奴がいんだな」


【食堂】


桑田  (あんな恐い目に遭った後で、よく食欲があるよな)

オレの向かいに座った褐色巨乳の女子が、口いっぱいに料理を詰めこんでる。
ちょっとハミ出してるし。オメーはハムスターか。
隣で食ってるガタイのいい男子も「腹が減っては戦ができんぞぉぉぉ!!!」とか
叫びながら、山盛りのチャーハンをがっついてる。なんかもう、すげーとしか言えない。

桑田  (つーか、こんな機能あったっけ。楽しいけど)

ポケットに入ったままの電子生徒手帳を起動させると、『ウサミ』とかいうのが出てきた。
万歩計とたまごっちを合わせたみてーな感じだ。△ボタンをカチカチ押してトイレの世話をしてやる。

霧切  「ここ、いいかしら?」

葉隠  「お邪魔するべ!!」

ウサミの世話をしながらメロンパンをかじるオレの左に霧切、右に葉隠が立った。
遠くで、苗木が気まずそうな顔でこっちを見てる。話あんなら自分で来いっつーの。

桑田  「話はいーけどよ、出ようぜ」

とりあえず、二人を連れて食堂を出た。
男子トイレの前まで来ると、霧切は「誰もいないわね」と周りを確認した。

霧切  「……あなたの個室のドアに手紙を入れておいたけれど、読んでくれた?」

桑田  「読んだよ。……一緒にいた予備学科の女子も見たがってたから読ましたけど、
     別にいいよな?」

霧切  「いいわよ。予備学科の方にも広めておきたいから……信じられないでしょうけど、
     あの中に書かれていたのは全て真実よ」

桑田  「正直、信じらんねーな。あの記憶も、外の世界のことも。手紙の最初にわざわざ
     "身長を測りなおせ"って書いてたよな」

霧切  「私は探偵だから、観察眼が鋭いの。あなたは入学時より2cm伸びていたはずよ」

結局、オレと舞園が殺しあったのは何の意味もなかった。
それだけが確かな事なのかもしれない。

霧切  「……私たちが立ち向かわなければならない敵。それはあの"神蝕"よ。そして、生徒に命がけの
     試練を与える学園長も。そのためには、私たち生徒で団結しなければならないわ」

葉隠  「なあ、桑田っち。今すぐ許せとは言わねーけど、舞園っちとのことはしょうがないべ。
     ひとまずそのことは置いといて、ってわけにゃいかねーか?」

霧切  「もしかして、77期生たちが怖いの?彼らは更正プログラムを終えているから、もう安全よ。
     舞園さんも、あなたには謝っても謝りきれないと泣いているの。彼女のためにもあなたの
     方から歩みよるのがいいと思うわ」

葉隠  「ぶっちゃけ、あれは桑田っちも悪いべ。ここはお互い謝って、チャラにすべきだと思うべ」

だから、謝ろうとしたら苗木が割りこんだんだろーが。お前らは中立って言葉知らねーのか。

霧切  「まだ思い出していないかもしれないけど……あなたと苗木君は、かつては親友同士だったのよ。
     やり直す理由としては十分だと思うわ」

葉隠  「未来機関のおかげで、苗木っちは全部思い出してるべ。今からでも、昔みたいな仲良しに戻りたいって
     思ってる。その気持ちはずっと変わってねーべ。桑田っちと舞園っちを忘れないために、
     遺跡のパスワードだって」
84 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/23(木) 13:41:11.97 ID:qVx0d9/40
桑田  「パスワード?」

葉隠  「"僕を救う為に、舞園さんが残してくれた希望のメッセージだ"って、
     11037をパスワードにしたんだべ」

それを聞いた瞬間、オレの頭の中で何かが弾けた。胸のあたりがすうっと冷えていく。
葉隠は「絶望の残党を救うために」だの「桑田っちを覚えているからあの数字を」だの抜かしている。

そりゃねーだろ、苗木。


桑田  「……ざけんなよ」

葉隠  「えっ?」

桑田  「あの数字が、希望のメッセージ?……はっ。苗木のヤツ、頭ん中にケシ畑でも広がってんのか?」

桑田  「あんな一生懸命殺人計画練ってた舞園が!部屋まで交換して、罪をなすりつける気満々のあいつが!!
     苗木を助ける?んなコト考えてるわけねーだろ!!自分に気があるの分かってっから利用した!!
     そんだけの話を、よくもまあそこまで都合よく考えられんな苗木は!!」

霧切  「桑田くん、落ち着いて。話はまだ終わってないわ」

桑田  「11037なんて、オレにとっちゃ"絶望のメッセージ"なんだよアホ!!そこだけ都合よく忘れて
     "仲良しに戻りたい"とか、どの口で言ってんだって話だろ!!!」

葉隠  「いやあ……ぶっちゃけ、俺らはみんな反対したんだわ。だけど苗木っちがどうしてもって」オタオタ

桑田  「人殺しと薄情者なら釣り合ってっけどな……苗木に伝えとけ、
     "オレらは関わんねーのが一番いい"ってよ!!」


中指を立てて怒鳴ると、葉隠は気まずそうに目を泳がせた。霧切も黙っている。
オレはそんな二人を置いて、さっさと寄宿舎に戻った。


□ □ □ □ □ □

(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い)

アタマん中、その二文字がぐるぐる回ってる。
なんで首輪を引き剥がそうとしたんだ。おかげで両腕が心臓をガードしちまってて、
死ぬに[ピーーー]ない。心臓が破裂してくれりゃ一発なのに、意識すら飛んでくれない。

(左目、0.03秒。右太もも、その0.06秒後。右肩が砕けるまで、あと4秒)

ぐちゃっと音がした。左目の奥が熱い。利き目やられちまったな。肩もイカれた。
そこでやっと、最後の一発がアタマの横んとこ直撃した。

サイレンが響いて、処刑が終わる。拘束していたベルトが解けて、
体がだらんと下がった。同時に、オレの口から「ゴボッ」と血があふれる。
あいつらはオレが死んだって思ってるみたいだ。生きてっぜ。短けー命だけど。

(あー、早く死にてえなあ……)

体がどんどん冷たくなって行く。残った右目を動かしてみると、視界に黒い点がちらついた。
脳味噌のどっかがやべーのか、折れた右足がぶれて見える。


暗転。

□ □ □ □ □ □

桑田  「――っ、ぶ、はっ!!」

桑田  「ゆ、夢……?」ハァーッ、ハアーッ

一瞬、自分がどこにいるのか分かんなかった。背中が汗だくで気持ち悪い。
電子生徒手帳を見ると、夜の3時だった。

桑田  (……大和田とセレスも今ごろ、うなされてんのかな。あいつらはメンタル強そうだし、
     オレが心配することじゃねーか)

個室には野球用具がなかった。つーか、あったのは制服と下着、教科書類だけだった。
シャワールームには歯ブラシセットとタオルが一枚しかない。なめてんのか。
西地区の方も同じらしく、菜摘は「明日の放課後に南地区で買いものすっから、
荷物持ちにしてやってもいいよ」とメールしてきた。

桑田  (まだ小指なくしたくねーしな……行くか)
85 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/23(木) 13:42:55.48 ID:qVx0d9/40
【翌日 一時間目】


教師  『おはようございます、英語の時間です。今日は文法の総復習をしていきましょう。
     では教科書を開いて……13ページから』

教室のモニターで英語の先生が喋ってる。それに合わせて、メガネをかけた先生モノクマが
黒板に要点と例文を書いていく。雨で蝕がない日は、フツーに授業があるらしい。

桑田  (ぶっちゃけ勉強とか嫌いだったけど、今はありがたみを噛み締めてるわ。
     ……こいつらが一緒じゃなきゃ、もっといいんだけどな)

教科書と英語辞書を交互に見て、例文を読む。
そうしてると、余計な事を考えるヒマがないからいい。

十神  「ふん、下らん……こんな低レベルの単元をもう一度やり直せと?」

石丸  「十神君、記憶を定着させるにはこまめな復習が大切だ!僕も思っていたより単語が抜け落ちていて、
     驚いているところだぞ!君も単語帳を見返したまえ!」

腐川  「か、完璧を体現なさっている白夜様に、そんな遠回りな勉強法が必要なわけないじゃない……」グフフ

桑田  (こいつらうるせえ……つーか、なんで全員同じ教室なんだよ。気まずいっつーの)

大和田は端っこの机に伏せてるし、セレスと山田はそもそもいない。
あの石丸ですら空気を読んで話しかけて来ないというのが、逆に居心地を悪くしている。

ポイッ

桑田  「ん……なんだこれ、手紙?」ガサッ

『やっほー、江ノ島盾子ちゃんだよ!!放課後に南地区のパン屋行くんだけど、あんたも来ない?』

大和田と舞園も同じ手紙を受けとったらしい。
舞園は「ごめんなさい」と指でバツを作って、大和田は「チッ」とまた顔を伏せた。
なんであの二人を選んだんだよ、特に大和田。

桑田  (つーか、江ノ島って黒幕だったんだろ?あんな気さくでいーのかよ)カリカリ

ポイッ

『わりーけど用事あっからむり』

江ノ島 「あーあ、なんでみんなアタシには冷たいんだろ」しょんぼり

江ノ島 「こうなったら残姉ちゃんでいいや。一緒に「行かない」……しょぼーん……」


【放課後】


桑田  「やっと教室から解放される」グッタリ

桑田  「……あ、南地区行かねーと。まだ指なくしたくねーし」ガタンッ

舞園  「あ、あの……桑田君、話が……」

何か言いたそうにしている舞園の隣に、苗木がくっついてた。お前はこいつのSPか?

桑田  「……苗木がいねーとこだったら話す」

舞園  「!今から食堂で「無理。南地区で約束あっから」……そうですか」

苗木  「約束……っていうことは、誰かと会うの?」

お前に報告する義務でもあんのか、と言いかけたのをこらえて、
「ああ」とだけ答えといた。さっさと教室を出て、電子生徒手帳でマップを見ながら歩く。

中央広場に出た所で『ピピッ』と音がして、ウサミが『サナギ』になった。

桑田  「……かわいくねー」ピッ

電子生徒手帳をかざして、南地区に出るゲートをくぐったそこで、
仁王立ちしている菜摘が目に入った。
86 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/23(木) 13:43:27.95 ID:qVx0d9/40
菜摘  「遅い!!」

桑田  「はぁ?授業終わってすぐだっつーの」

菜摘  「罰として荷物持ちの刑ね!!」

桑田  「最初っからその予定だろーが!!……つーか今さらだけど、殺人犯とショッピングとか正気かよ」

そう聞くと、菜摘は一瞬だけ無表情になった。

菜摘  「世の中、"殺されても仕方ない奴"だって……いるんじゃない?」

菜摘  「あんたが望むんだったら、"予備学科の底辺にはクズみたいな本科生がお似合いだからだよ"って
     言って"あげて"もいいけど……それじゃ、あたしはいよいよ救われないじゃない。
     ちょっとでもあたしの事を思いやってくれるんだったら、そういう事言わないでよ」

明るい奴かと思ったら、暗い顔になったり。さっぱりしてんのかと思ったら、劣等感チラ見せしてきたり。
人間ってそんなもんか。清純派アイドルなんて幻想か。

桑田  「分かった、二度と言わねーよ」

菜摘  「うん、それでいいよ。……で、今日はどうしよっか。荷物重くなる予定だし、もう一人ぐらい
     助っ人呼ぶ?あたしの字で」ムムム…


"侠(きょう)"


ボンッ…モクモク…

ヤクザA 「お嬢、お呼びですかい?」

ヤクザB 「荷物持ちでしたら、お任せくだせえ!!」


煙の後に出てきたのは、パンチパーマに刺青が入ったイカツい男たちだった。
ヒョウ柄のシャツにジャケットを羽織って、サングラスをかけてる。
893だ。高〇健あたりの映画に出てきそうなオールドファッションのチンピラだ。
オレたちの周りから、少しずつ人が離れていくのが分かる。

菜摘  「じゃあ、行こっか。まずは本屋ね」

ヤクザ 「「御意!!!」」

桑田  「……」


その後は、どこに行っても半額で買えた。


【パン屋:ヘンゼル&グレーテル】


江ノ島 「あれっ、あそこにいんのって桑田じゃん。……あっ、アクセの店入ってった。……出てきた。
     なになに?あたしデートにニアミスしちゃってる感じ?」

花村  「んー……金髪の女の子、どっかで見たような見なかったような……」ガシッ

江ノ島 「あーっ!!フレンチトースト取られた!!」ガーン

花村  (!!??えっ、江ノ島盾子さん!?なっ、ななな何でこんな所で!?ぼ、僕何させられるの!?
     もう毒入りパイなんて作りたくないよぉぉぉ!!)てるてるてる

江ノ島 「あれ?あんたどっかで……花村センパイ?花村センパイっしょ!"超高校級の料理人"の!!
     うっわー、あの花村センパイと喋ってるとかマジ幸運なんだけどー!!」

花村  「えっ、えっ?」
87 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/23(木) 13:44:04.99 ID:qVx0d9/40
江ノ島 「第三食堂で食べるの楽しみだったんだー!つーか、リクしたらなんでも作ってくれるってマジ?」

花村  「ま、マジだけど……「やりぃ!!んじゃ、今度第三食堂行っから!」……う、うん……」

江ノ島 「あ、そのフレンチトーストはセンパイにあげるよ。どーせあたしはまた来るし。
     んじゃ、まったねー」

カランコロンッ

花村  「……行っちゃった。何考えてるんだろ。江ノ島さんって飽きっぽいし、なんかの遊びなのかなあ」

弐大  「むぅぅ……十神か日向あたりに報告しておいた方がよいか」モグモグ

花村  「弐大くん!さっきは男子トイレにこもってたんじゃ……一応聞くけど大きい方?」

弐大  「おう!!クソに決まっとる!!今日はいつになく快便でのう、出したらその分入れねばと思ってな!!」

花村  「飲食店でクソとか大声で言わないでよ。あと"出したらその分入れる"ってとこもう一回お願いしても
     いいかな?あと一回で日本語の新たな可能性が開かれそうなんだ!」タラー

カランコロンッ

菜摘  「うっわー、すごい小麦の匂いするね!!んじゃ、はい。あんたは取る係ね」

花村  「あ、さっきの女の子だ……さすがにあの荷物は置いてきたか。店内は狭いからね、賢明な判断だね」

弐大  「無ッ!?もう一人は……本科の桑田だな、予備学科とつるむような奴には見えんが……」

花村  「すごいね、二人とも似たような制服着てるけど、分かるんだ?
     もしかしてマニアだったりし「本科の方が生地の質が上だからのう。予備学科のブレザーは
     硬くてテカるんじゃあ」……地味に嫌な差別だね……日向くんに聞いたの?」

弐大  「応ッ!たまに忘れるが、あいつも予備学科だからのう!!」ガッハッハッハ

菜摘  「なんかうるさいのいるけど、さっさと買って出ちゃおうか。まずねー、クロックムッシュを二つでしょ。
     あとはシナモンロールとあんドーナツとライ麦の」

桑田  「待てっつーの!もっかい最初っから」トングカチカチ

菜摘  「あれっ、そこにいるのって、花村先輩と弐大先輩じゃない?」

花村  「え?君みたいなわがままボディ、一度見たら忘れるはずがないんだけどなあ……」

菜摘  「いやいや、冗談きついって。花村先輩、私と会ってるでしょ?ほら、お正月にお兄ちゃんを
     初詣行こうーって誘いにきた時……」

弐大  「ワシも覚えがないのう。どっかで見たような……お兄ちゃんということは、
     誰か知り合いの妹だろうが……ううむ」

菜摘  「弐大先輩まで!?ええっ、どうなってんの!?私イメチェンとかしてないし!!
     ……あーもう、記憶力悪すぎ!私、九頭龍菜摘です!九頭龍冬彦の、妹の!」

次の瞬間、二人は信じられないことを言い出した。



花村  「……え、九頭龍くんって、一人っ子だよ?」

弐大  「九頭龍の家には行ったが……お前と会ったことはないのう」


菜摘  「……え?」
88 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/23(木) 13:44:30.22 ID:qVx0d9/40
【夜時間・寄宿舎】


菜摘はパン屋を飛び出して、そのまま戻ってこなかった。
追いかけたほうがいいのかどうか悩んでいると、花村とかいう先輩が「君の彼女?だったら
フォロー頼むよ。僕たちが忘れてるだけかもしれないけど」と困った顔で言ってきた。


桑田  (菜摘が嘘をついてる可能性ってのはない気がする。歩きながら組の話とかしてくれたし、
     極道の娘じゃなかったら、あんな字選ばねーだろ)

桑田  (つーと、花村と弐大ってセンパイが嘘ついてるか……でもマジで知らなかったっぽいんだよな。
     じゃあ単純に覚えてねーとか?とりあえず今の問題は、菜摘が置いてった荷物どうすっかだな。
     西地区には行けねーし、予備学科に知り合いいねーし)

電子生徒手帳を起動させる。新着メールが一件。菜摘から『今日はごめん、荷物は明日ちょうだい』と来てた。
とりあえず昼間のことには触れないほうがいい気がする。

桑田  「んー、"分かった、明日取りに来い"……っと」

桑田  「つーか、九頭龍さんって人に聞けば早いんじゃね?同じ寄宿舎っぽいし」


_____

九頭龍 『ああん?テメー妹の何なんだよ?舐めた事抜かしてっと、東京湾に沈めんぞゴラァ!!!』

九頭龍 『とりあえずどこで知り合ったのか答えろ。指なくす前になあ!!』ギランッ

_____

……やめとこう、死ぬ未来しか見えねー。
89 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/23(木) 13:46:23.01 ID:qVx0d9/40
切ります。
次回は龍に行って、また日向に戻るか、
もしくは二番目だった江ノ島、山セレの話をちょっと書くか。

超高校級の才能が性癖というネタを受信したけど
大和田のバイクしか思いつかなくて詰んでいる。
90 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/23(木) 14:05:54.37 ID:/ibbjCt10
本編の日向の話が見たい
91 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/23(木) 16:15:56.56 ID:dmiSYAxIo


江ノ島もだが予備学科関連の記憶がないのか?
一人一人丁寧にやると話進まないから江ノ島とかセレスは部分的にチラッとだけ見たい
92 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/23(木) 22:23:16.80 ID:TdN3Svrc0
江ノ島は後半でちょっと重要な感じなので、小出しにするよー。
次からはまた日向に戻るよ。本編に関わってくるキャラはザッピングしてくかな。
ならかようちえんのパロも、レスが許す限りやってみたい。

_________

神蝕まであと1分。


葉隠  「むむむ……」キュピーン


"予(よ)"


葉隠  「見えた!!今日の蝕はかなり変わったのが来るべ!!」

十神  「ほう、貴様が言うなら間違いあるまい。なにせ的中率十割だ」


オレの隣で、的中率のテストに使っていたトランプを片づけている十神が満足そうにしていた。
葉隠の文字は未来予知ができるらしい。「もっと早くこの文字があったらダブんなかったべ」とか
くだんねー事を抜かしてる。競馬とか株とかやった方が借金返せていいんじゃねーの。

十神  「……で、どんな映像が見えた」

葉隠  「まず、森だな。学園の中にゃねー森が見えた。あと、白い扉があったべ。最後に、空を龍が飛んでるのが
     見えたな。あ、オレと十神っち、あと予備学科っぽい男子が一緒にいたべ」

十神  「ふん……今日の蝕は一筋縄ではいかなそうだな」

霧切  「神蝕についてのデータが増えるのはありがたいわ。覚悟して行きましょう」

不二咲 「やるしかないんだ……頑張らなくちゃ……だって僕は男の子なんだから……」ガチガチ

大和田 「今度こそ……今度こそ、ちゃんと[ピーーー]……ちゃんと……」ブツブツ

山田  「それでも多恵子殿なら……多恵子殿ならきっとなんとかしてくれる……」ブルブル

安広  「……できうる限りの力で、守ってさしあげますわよ。あなたがいなければ、
     誰がわたくしのティータイムをしつらえてくれますの?」

山田  「た、多恵子殿ぉぉ!!それはツンデレという奴ですか!?」

安広  「そっちで呼ぶなつってんだろーが腐れラードがぁぁ!!よそよそしく安広って呼べってんだよ!!」

桑田  (こいつら、マジで生き残る気あんのか?)


時計の針が『カチッ』と12の所を指した瞬間、視界が真っ白になった。


【桑田怜恩:Chapter2『龍』】


『……い、ちゃん……お兄ちゃん……』

『起きて……怜恩お兄ちゃん……』

『もう始まってるんだよ、早く!』


桑田  「……花音?」

目が覚めると、背中に固い樹の感触があった。

桑田  「んなトコにいるわけねーか……つーかここ森だよな。東地区に森なんかあったっけ」

立ち上がって制服の土を払うと、電子生徒手帳で地図を見る。空から『カチッ』と音がした。
見上げると、五ケタの数字が入ったスロットが浮かんでる。何だ、あれ?
93 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/23(木) 22:23:42.73 ID:TdN3Svrc0
苗木  「舞園さん、足元気をつけて……あれ、桑田クン?」ガサッ

舞園  「えっ……どうしてここに?」

茂みから出てきたのは、今一番会いたくねー二人だった。
「さっき目覚めたんだよ」とだけ答えて電子生徒手帳をしまうと、苗木が気まずそうに視線を泳がせる。
しばらく無言でお互いの顔を見ていると、舞園が「歩いてみませんか?」と道を指さした。

苗木  「あの……葉隠クンに聞いたんだけど、今日の蝕は、三人一組でクリアしなきゃいけないらしいんだ。
     だから……とりあえず今だけは、僕達と協力してくれないかな。話すのはその後で……」

桑田  「……分かった」

苗木  「よかった……あ、僕の文字まだ見せてないよね」

歩きながら、苗木は制服をまくって腰にある『望』を見せた。

舞園  「私の文字は……ちょっと、恥ずかしい所にあって……"歌"という字です。
     声を弾丸のように放つことができるんですよ」

胸のあたりをおさえた舞園は「敵は、まかせてください」と付け加えて、思いつめたみたいな表情をした。
てくてく歩いている間、何も出てこない。ひょっとしてこのまま出口まで行けるんじゃね?ってぐらい。
道が終わると、その先に白い扉があった。

桑田  「あ、あれ……葉隠が言ってたやつか?」

苗木  「うん。だったら次は……『我は龍』……喋った!!?」

白龍  『この試練を生き延びたくば、我を倒し、この中にある鍵を手に入れよ。そなたらの持つ
     "力"か、"知恵"か。それにて道を示したまえ』

桑田  「……オレの文字で開けられっかな」カッ


"出(いずる)"


オレの手から出た文字は、扉に吸いこまれると同時に消えていった。

桑田  「んだよ、肝心な時に役たたねー字だな……ん」

『この扉は、偽物だ……本物は元きた道の向こうにある』

苗木  「何か聞こえた?」

桑田  「なんでもねーよ……多分幻聴だろ」

舞園  「力か、知恵……力は文字のことだと思うんですけど、知恵は何でしょう?」

苗木  「多分、鍵の位置を見つけ出せってことじゃないかな。霧切さんみたいに、弱点を
     見つけ出せる文字を持ってる人もいるだろうし……」

桑田  「お前の文字はどうなんだよ」

苗木  「うん。僕の字は、相手の願望を読みとる能力なんだ。
     龍はきっと、僕達に鍵を奪われたくないはずだから……そうか!」カッ


"望(ぼう)"


苗木の文字が発動した瞬間、龍の腹のあたりが透けて小さい鍵が見えた。
94 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/23(木) 22:24:22.71 ID:TdN3Svrc0
苗木  「……やっぱり。"鍵を隠したい"という龍の望みが読めたんだ」

桑田  「で、どうすんだよ。見つかったら後は出すだけだろ」

舞園  「私が歌います。お腹のあたりですよね。そこを狙って撃てば……二人とも、念のために
     耳は塞いでおいてください。私、まだ文字の使い方がよく分からないんです」

言われたとおりに耳を塞ぐ。舞園は龍に少し近づいて、口を大きく開けた。


"歌(うた)"


空気が、震えた。
音にすると「あ」でしかないのに、舞園が伸びやかな声で歌い上げると、それに合わせて光の弾丸が撃ち出される。
一分も経たないうちに、龍は穴だらけになって煙を出してた。
鍵を取った苗木は「やったよ!」と嬉しそうにしてる。

桑田  「あーあ、オレだけ何の役にもたってねーな。マジだっせえ……」ガシャガシャ

舞園  「そんなこと……三人で無事に出られるだけで、私は」

苗木  「じゃあ、開けるよ」ガチャッ

扉が開いた先は、希望ヶ峰学園の校庭に繋がっていた。見覚えのない校舎だな、と思って。
あー、予備学科かと納得する。菜摘が言ってたけど、マジで予備学科はフツーの学校なんだな。

桑田  (せっかく西地区来れたし、やっぱホラーハウス行くかな)

そんな事を考えてるオレに、舞園が近づいてきて「お願いです」と頭を下げた。

舞園  「桑田くん、私に……罪を償う権利をください」

桑田  「始ん時からずっと考えてたんだけどよ……やっぱ、オレが悪い。お前に殺される理由を
     作ったのも、逆上して刺したのも、全部オレ次第だったって事だろ。だからもういいんだよ」

舞園  「でもっ…それは、私だって同じです!いいえ、むしろ私の方が……下らない理由であなたに
     目をつけて、包丁を持ち出して部屋を交換するまで、あんなに時間があったのに!殺されかけて
     動揺しているあなたより、ずっと……!そこで思い止まらなかった、私の方が……」

桑田  「やめろよ、もうオレが全部悪いってことでいいだろ。学級裁判でそういう事になったんだからよ。
     ……だから、もう話しかけてk「それはダメだよ!!」

ああ、やっぱり。
こいつは。

苗木  「……もう、許してあげてよ……二人とも十分に苦しんだんだから……これ以上
     自分を傷つけるような真似はしないでよ。舞園さんは悪くないし、もちろん桑田クンだけが
     悪いわけじゃないんだよ。悪いのは全部黒幕なんだ。僕達にコロシアイをさせた奴なんだよ!!」

オレを、自分でも気づかない所で憎んでいるのか。

桑田  「じゃあ、あの"希望のメッセージ"はどうなんだよ?」

苗木  「えっ?」

桑田  「オメーが遺跡のパスワードにした数字だよ。……オメーのアタマん中からは、舞園にハメられた事実が
     スッポ抜けてる、その時点でオレと舞園の価値を天秤にかけてんじゃねーか!!
     舞園さん、舞園さん、舞園さん!!本当に親友だったって言うんなら、なんでオメーは舞園しか
     見てねーんだよ!!」

やべーな、言葉が止まんねー。
95 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/23(木) 22:24:59.14 ID:TdN3Svrc0
苗木  「ち、違う……僕は、そんなつもりじゃない!!」

桑田  「じゃあ、どんなつもりなんだよ?オメーは偉そうな事言っても結局、好きな女一人しか
     引きずってねーんだよ!!悪いのは全部黒幕だっつったけどよ、舞園がオメーを救うために
     遺したメッセージだってんなら、オレが全部の罪を被ることになんだろーが!!オレの中にある
     色んな気持ちはどこに持ってきゃいーんだよ!?」

苗木  「そんな……僕はただ、前みたいに……友達に戻りたかった、だけで」

舞園  「あ、待って……桑田くん!」

腕をつかまれたのを、反射的に振り払う。
舞園は泣きそうな顔で手を引っこめて、そのまま地面にしゃがみこんだ。

朝礼台の近くまで来たところで、菜摘がじっと見てくるのに気づく。

菜摘  「……」

桑田  「菜摘?お前、いつから見て……」ぐいっ

菜摘は無言でオレの腕を引っぱって、そのままずんずん歩いて行く。
取り残された二人はいきなりの乱入にぽかんとしてた。

菜摘  「あの舞園って女を"許す"のが怖いんでしょ。……自分が悪くないって正当化するみたいで。
     だったらいっそ、許さなきゃいい。あの女のことも……自分のことも」

オレを引っぱる菜摘の右手に、青い欠片が握られている。

菜摘  「あたし……ううん、私もそうだから。あんたが思ってるような女の子じゃないんだよ、私は。
     何で今なんだろ……何でこんな、取り返しのつかなくなった後に"分かる"んだろうって思うの。
     自分で、自分が嫌になる……あんたも同じだから、苗木に怒鳴ったんでしょ?」

桑田  「半分八つ当たりだよ……苗木なんか本当はどうでもいい」

菜摘  「だったらもう逃げよう。逃げて、楽になろうよ。私もあんたも、多分本当には
     許してもらえないんだから。うわべだけ受け入れられたって、辛いだけじゃない」

桑田  「そう……だな」

ちら、と後ろを振り返る。
霧切が小泉先輩に迫られて、首を横に振っていた。小泉先輩は両手で顔を覆って、しくしく泣き出す。

菜摘  「独りぼっち同士で傷を舐め合うくらい、許してくれるよね。お兄ちゃん……」
96 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/23(木) 22:25:44.00 ID:TdN3Svrc0
□ □ □ □ □ □

ゴミ袋を持ってランドリーに行くと、テーブルの上に水晶玉があった。まあ、また葉隠なんだろうな。

桑田  「因縁のアイテム再び……ってか」

オレは水晶玉を拾って、忘れ物ボックスに投げこんだ。
持ってきたゴミ袋の口をしっかり結び直して、『リサイクル』と書かれた箱に突っこむ。

桑田  「……全部オレが悪い」

学級裁判でも着ていた白いジャケットと、血しぶき柄のシャツ。
ズボンもリングも全部外して、ゴミ袋に突っこんだ。最後に、ポケットに入れていた
南京錠のネックレスをリサイクル箱へ投げこむ。

桑田  「じゃあな、舞園……これで終わりだ」

終わった。
何が『終わった』のかは分からないけど、とりあえずそう思った。
いくらお前らがオレを許したって、受け入れようとしたって。それはオレを苛むだけだ。


だからただ、独りでいればいい。



【To be continue】

___________

桑田編、一旦終了。ヒナタ ヘ モドル→
97 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/23(木) 22:26:19.64 ID:TdN3Svrc0
日向  「なんか、夢みたいだな……お前らと一緒に授業を受けてるっていうのが」

左右田 「この状況でよくそんな呑気な感想が出るなオメーは」

前の席の左右田は、「いつ蝕が来るかと思うと、おちおち授業も聞いてらんねーよ」と
教科書に落書きしながらぼやいている。お前も十分余裕だと思うのは気のせいか?

左右田 「つーかよお。オメーは勉強しなくていいんじゃね?ほら、カムクラさんにチェンジして
     ちょいちょいっと……」

日向  「言っただろ。あいつは消えたって。心のどっかに穴が空いたみたいな、変な気分だけどな」

『龍』が終わって三日。
俺たち77期生(俺を加えていいのかどうかは微妙な所だが)の日常は変わった。
まず一つ目。

江ノ島 「やっほー、センパイ方!!」ガラッ

ソニア 「あら、いらっしゃいまし江ノ島さん。その手に持ってらっしゃるダンボールは……」

江ノ島 「体育のジャージだよ!明日は78期生と合同で体力測定だから、届けに来たってわけ!」ピースッ

罪木  「じ、じゃあ私が配っておきますねぇ……っとと、重いぃ…!」グラッ

澪田  「和一ちゃん、ヘルプっす!」

左右田 「なんでオレ名指し!?」

江ノ島 「ほらほら!早くしないと、罪木センパイがまた思春期男子に優しくないポーズになっちゃうよー?」

左右田 「だーっ、くそ!なんでいつも力仕事オレなんだよ!!」ガシッ

罪木  「ふゆぅ…ごめんなさいぃ!もっと鍛えますから、牛乳雑巾だけは勘弁してくださいぃ!!」

ソニアたちの努力によって、江ノ島盾子がちょくちょく遊びに来るようになった。
絶望時代にやっていた、ダーツの刺さった地点の住人を血祭りにあげる遊び……じゃなく、
トランプをしたり、ファッション雑誌を一緒に眺めたり。そんな健全な遊びをしている。
98 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/03/23(木) 22:27:01.77 ID:TdN3Svrc0
西園寺 「……」

小泉  「日寄子ちゃん?」

西園寺 「……へっ?な、なに?」

小泉  「ううん、最近元気がないから、どうしたのかなって」

西園寺 「別に元気だけど?ただちょっと、考え事してるだけ」

小泉  「そっか……私にできることなら、いつでもしてあげるから。一人で抱えこむのだけはやめてね」

西園寺 「うん……」

二つ目。
西園寺はよく物思いに耽るようになった。『龍』の後は罪木からも距離を置いて、一人でじっと
何か考えこんでいる。なんか物足りないと思っていたら、あいつの暴言がないんだな。

日向  「なあ、西園寺……」

西園寺 「何。日向おにぃに喋る許可あげた覚えないんだけど?わたしの時間を消費するんだから、
     それなりの用事なんでしょうね」

日向  「お前は、よくも悪くも裏表がないんだ。そこが美点でもあるんだから、俺たちにもっと
     見せて欲しいんだけどな」

西園寺 「……それが、わたしを苦しめても?」

日向  「孤立も覚悟しての事だと、絶望していた頃のお前はのたまってたぞ」

西園寺 「……あんな、人間の汚い所寄せ集めたみたいな人たちでも、やっぱりわたしの家族だったんだよね。
     わたしのいい所も、悪い所も、あいつらの雛形から出来たんだって、分かってたのに。
     もうこの世にいないって思うと、せいせいするけど……ちょっと寂しいよ」

学園長の話が本当だったら、生きてるんだけど。もう一回殺してやろうかな。
西園寺はそう言って、また窓の外を眺めた。これ以上話はできそうにないな……。

小泉  「ねえ日向、大丈夫かな。日寄子ちゃん……強いように見えて、本当は誰よりも脆い子だから、
     すごく心配なんだけど……」

日向  「あいつの意思を尊重して、成長を信じてやるのも友達の務めじゃないのか?」

小泉  「……そう、だよね。うん……そうでなきゃ」ニコッ


俺たちは、さらに深い闇の中にいた。

_______

今日はここまで。
99 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/24(金) 00:31:44.94 ID:Vn8woHFSo


江ノ島は絶望でなければ本当にかわいいんだけどなぁ
100 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/24(金) 01:00:15.91 ID:r9rGr7290
まるで夫婦みたいな会話だな
そりゃパンツくらい貰えるわ
101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/27(月) 00:37:53.94 ID:GKCxb7Ki0
主は言いました…続きが待ちきれないでゲス…と
102 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/04/01(土) 10:38:10.77 ID:fPDAiR9v0
ケイタが『超高校級のバディ』として希望ヶ峰に入学するクロス
書こうと思ったけど詰まったんでセブンだけ出す。

________




『龍』が終わって四日目。俺たちは夕食後の食堂に残って作戦会議を開くことにした。

豚神  「みんな集まったな。知ってのとおり明日から二日間、晴れの予報が出た。
     神蝕の発生は、ほぼ確実と言える。"龍"で、生徒同士の協力が必要になる蝕もあると分かった今、
     互いが互いの文字を把握し、正しい字義と能力を知るべきだと思ってな」

日向  「そういえば…左右田、お前は大丈夫なのか?」

左右田 「んあ?……あー、一応な」

歯切れが悪い。明日の蝕が通常型なら、ついて行った方がよさそうだな。

豚神  「まずは日向。霧切からの情報を皆に伝えてくれ」

日向  「分かった」ガタッ

日向  「霧切は知ってのとおり、索敵と分析に特化した能力を持っている。おかげで
     蝕について三つのタイプがあることが分かったんだ。
     
一つは"固定型"。"始"がこのタイプだな。出現する日が決まっている蝕のことだ。
     二つ目は、"隔離型"。学園から異空間に転送されて、試練をクリアする。 
     生徒数が3の倍数の時に来て、3人1組のチームに分けられるのが特徴だ。
     三つ目が、"通常型"。これは普通の神蝕で、時間内に敵を倒す。
     で、今は……予備学科もあわせて1580人だ。明日は通常型が来るとみていいと思う」

日向  「俺たち15人の中で、文字の能力が分からない奴はいるか?いたら、これで調べておけよ」バサッ

俺が図書室から持ってきた漢和辞典を出すと、
小泉が「じゃあ、アタシから……」と手を挙げて、ページをめくった。

小泉  「あ、あった……えーと、"写(しゃ)"は、おおいの象形と、かささぎ?の象形……鳥?」

田中  「鳥網スズメ目カラス科の一種で、天然記念物だ。カラスの仲間であるため脳が大きく知能が高い。
     樹上に球体の巣を作って繁殖し、穀類や虫を食べる。中国では瑞兆として崇められる鳥だ」

小泉  「あ、分かりやすい解説ありがと……そういやあんた、飼育委員だったね。
     意味は"物の形をまねて、書き写す"……うーん、いまいち使い方が分かんないかも」

日寄子 「大丈夫だよ、おねぇはわたしの後ろにいれば」

小泉  「アタシだって……日寄子ちゃんの役に立ちたいの。……アタシがもっとしっかりしてれば、
     梓ちゃんを死なせないで済んだかもしれないのに」

暗い表情で呟く小泉に、西園寺は「あいつは勝手に死……」と言いかけて止めた。
中学時代からの後輩、佐藤梓は『龍』で命を落としている。小泉にしてみれば、そう簡単に
割り切れることじゃないだろう。

小泉  「まねて、書き写す」パンッ

両手を合わせて、目を閉じる。小泉が意識を集中させると、テーブルの上に光が集まって……


"写(しゃ)"

すべすべしたテーブル板に、『始』の姿が転写された。

小泉  「……使い方は分かったけど、どうやって闘えばいいんだろ?」ハァー

九頭龍 「チッ…オレの文字はやっぱり"冬"以外に意味がねえか」

豚神  「字義が狭い場合は、連想するといいらしい。冬から連想できるものはなんだ?」

九頭龍 「ん、冬……ふゆ……雪……みかん……こたつ……」パッ
103 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/04/01(土) 10:39:13.08 ID:fPDAiR9v0
"冬(ふゆ)"


九頭龍の手から出た光がおさまった後。俺たちの座るテーブルにはでっかいコタツがでーん!と
鎮座していた。ご丁寧に山盛りのみかんが乗っかって、猫が「ごろにゃ〜ん」と鳴き声を出している。

左右田 「ギャハハハハ!!なんだよこれ!!よりによってコタツ!コタツって……」バンバン

九頭龍 「うるせえ、テメーはコタツも知らねーのか!!日本人なら冬はコレ一本だろーが!!」

辺古山 「坊ちゃん、昔みたいにみかん剥きましょうか?」

終里  「いいからさっさとこのコタツ消せって、前が見えねーよ」

日向  「終里、そういやお前の文字は何だっけか」

終里  「おうっ、オレはシンプルに"闘(とう)"って書いたぜ!なんつーかこう、体中に力がみなぎって
     来るっつーか、とにかく強くなれる感じがすんだよ!」

弐大  「終里の文字は美しいぞぉ!!両腕に蛇柄の装甲がついてな、始も一発で吹き飛ばしたくらいじゃあ。
     ワシは"助(じょ)"で、能力の限界値を伸ばしてやることができるぞ。いつでも頼め!!」ガッハッハ

ソニア 「わたくしの"生"も、同じく能力を強化する文字ですので、みなさんのご応募をお待ちしておりますね」

日向  「はは、頼りにしてるぞ」

罪木  「あ、あのぉ…私の"癒(いやし)"は、致命傷までは治せないみたいですぅ…ちょっと、
     遺言を話す時間を作るくらいしか……あと、あんまり重い傷でも、
     完全には治せないみたい、なので……なので、皆さん…気をつけてくださいねぇ……」

西園寺 「最初っから当てにしてないから。人殺しの手当てなんかいらないっての」ふんっ

罪木  「西園寺さんは、何の文字……あああ、ごめんなさいぃ!私ごときが気安く話しかけてごめ「"舞"」え?」

西園寺 「だから……なんか、説明めんどくさいし」カッ


"舞(まい)"


罪木  「ま……ひゃあっ!?」

西園寺は立ち上がって、扇を広げる。それに合わせて罪木も自動で立ち上がり、全く同じ動きをした。
くるくる回って、両手を広げる。一部の狂いもなく舞う二人に、小泉は「いいよー!」とシャッターを切った。

罪木  「はっ、はあ……はあ……はひぃぃ……」ガクガク

西園寺 「うっわー、ゲロブタの足が生まれたての小鹿みたいだよー。きんもーい」

……あれ?
いつもだったらもっと嬉々として罵ってたと思うんだけどな。
なんだか、西園寺が無理しているように見える。

豚神  「舞には、相手を弄ぶ。転じて"弱いものをいたぶる"という意味もある」ペラッ

西園寺 「それ……どういう意味?」ギョロッ

豚神  「いや、ただ字義を教えたまでだ。覚えておくと役に立つぞ」フッ…

まだ西園寺は相手を睨みつけている。十神らしい皮肉なんだが……言い返さないのが、らしくない。

狛枝  「僕は"運"だよ。元々の才能を他人に対しても作用できるようにしたような能力だね……こんな形で
     才能をコントロールできて、しかもそのきっかけが、絶望を振りまくようになった
     学園長だなんて……ああ、ごめん。僕みたいなゴミ以下の才能がどうなろうと、
     君達とは何の関係もないよね。こんな無駄な言葉を聞かせてごめんね?」

こいつは学園長に特別な思い入れがあるみたいだ。

花村  「ところでみんな、お腹が空いてきたんじゃないかな?」

豚神  「そういえば……夜食にはちょうどいい時間帯だな」

花村  「ここでちょっと休憩にして、ぼくの新作レシピを味見してよ!」ガラガラ

そう言うが早いが、花村は厨房から白い布のかかった台車を運んできた。
こいつの文字はたしか『食』だったな。天からレシピが舞い降りてくるとか?
しかし、そんな予想を裏切って、台車にあったのは。
104 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/04/01(土) 10:39:47.50 ID:fPDAiR9v0
花村  「じゃーん!!"龍のヒレカツサンド―始のブラッドソースがけ―"だよ!!!」

豚神  「!!?」ブッフォ

西園寺 「はあ!?これ、まさか神蝕の……」

花村  「うん!!始の時も"この化け物、肉質が柔らかそうだなあ"って
     思ってたら、お肉がフライパンの中に落ちていてさ、龍の時に試してみたら、お肉だけ取れたんだよ! 
     味は保証するから、どうぞ召し上がれ!!」ドヤァッ

全員  「……」

ソニア 「いえ、さすがに…その、ちょっと……生徒の皆さんの命を奪った敵の肉というのは……」

西園寺 「えー、あんたらが普段食べてる家畜の肉よりは倫理的にありじゃん?
     だってこれは花村が狩ったものなんだからさあ。……ゲロブタ、あんたからね」クルッ

罪木  「わ、わたしが食べるんですかぁ!?…うう、でも……私なんかの毒味でよければ……」

日向  「やめろ罪木!まずは俺が」

止める間もなく、ぱくんっとヒレカツを頬ばった罪木。その顔がみるみるうちに赤くなって、

小泉  「蜜柑ちゃん!?大丈夫っ、お水飲む!?」

花村  「ごっ…ごめんなさいぃ!!変なもの作って「おいしい……」……へ?」

罪木  「す、すっごくおいしいです!お肉もやわらかくて、ジューシーで…今まで、食べたこと
     ない味です……「感想言えっつってるの。気ィ利かせろよゲロブタ」
     ええと、味は鶏肉をもっと濃くしたみたいで……食感は銀ダラみたいな……」モグモグ

豚神  「こっちの緑の皿は、シチューか?……!!なんだこれは……この世のものとも
     思えぬ味わい……スプーンが止まらないぞ!!」ガツガツガツ

澪田  「じゃあ唯吹も食べるっすー!…うっひょー!!噛むごとにアドレナリン的な何かが染み渡るぅぅぅ!!」ガシッ

左右田 「お、オレはぜってー食わねーぞ!食ったら元に戻れない気がす…「えいっ、和一ちゃんにも
     おすそわけっすよ!」……うんめえええ!!!今まで食ってた肉はなんだったんだ!?」ガツガツガツ

元々中毒性の高い料理を作る花村だったが、調理された蝕の肉は本当に旨かった。
そういえば、人肉は一口食べると他の肉が食べられなくなるとか、本で読んだな……。

日向  (……口の中の肉が、粘膜にじんわりと旨味を伝える。今までに感じたことのない味わいだ!!
     旨味の大洪水というのがふさわしいかもしれない……!!)

左右田 「」ガツガツ

狛枝  「ああ、素晴らしいよ……!僕の胃袋がもっと、もっとと求めている……!!」バクバク

日向  (目をぎらつかせて肉にかぶりつく仲間たちを見て、正気に戻った俺はそっと箸を置いた……)
105 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/04/01(土) 10:40:14.62 ID:fPDAiR9v0
【翌日】

一時間目の国語を終えて、俺たちは窓の近くに集まっていた。神蝕まで、残り10分を切っている。
今日は通常型が来るという予想だったが、『始』から言って、命の危険があるのは間違いないだろう。

日向  「もうすぐだな……ん、罪木?」ギュッ

罪木  「あ、あのう…その……日向さんがお嫌じゃなかったら……」

日向  「分かった。一緒に行こう」

罪木  「ふえっ!?な、なんで私の言いたいことが分かるんですかぁ!?」

日向  「エスパーだから……いや。俺も一人は怖いから、かな」

そういえば、学園長室はこの校舎の四階にあったな。生徒たちが神蝕へ向けて動いている今なら、
様子を見に行っても誰かに見咎められたりはしなそうだ。

日向  「狛枝、不測の事態に備えてお前の"幸運"を頼ってもいいか?」

狛枝  「えっ……こんな肉体にも精神にも起因しないゴミ以下の才能を、
     超高校級の希望があてにしてくれてるの?そんなわけないと思いたいけど、
     もしそうなら「ついて来い」……分かった」コクン

罪木とは違う方向に卑屈なだけなんだが、いちいち相手をムカつかせるのが狛枝の不運な所だと思う。

豚神  「気をつけろ…学園長のことだ。何か対策をしている可能性は高い」

日向  「やっぱりお前には分かってたか。少し覗いて帰るだけだから、心配するな」ガラッ

俺たち3人は教室を出て、階段を上った。まず、職員室をこっそり覗く。
中では先生モノクマが何体か働いていた。人間の気配はない。次に、学園長室の扉の前に立つ。

日向  「ちょっとでも中が見えたらいいんだがな……」

狛枝の幸運が作用してくれたら――「そこで何をしてるの?」

戦刃  「学園長先生に何か用?」

狛枝  「君こそ……学園長のボディガードか何かかい?僕たちはただ、散歩していただけさ」アハハ

戦刃  「私の許可なくそこに入ることは許さない。今すぐ退いて!!」ブンッ

日向  「手榴弾!?」サッ

ドカーンッッ

罪木  「きゃあああ!?か、髪の毛が熱っ……」パッパッ

日向  「だ、大丈夫か罪木!!……か、髪の毛が燃えっ……消してやるから落ち着け!!」

俺は急いでブレザーを脱いで、罪木の頭を叩く。髪に燃え移った炎が消えると、
罪木は尻餅をついたままぐすん、ぐすんと泣きだした。

狛枝  「あーあ、派手にやったね。僕が吹き飛ばしたのよりはだいぶ威力が小さいけど」

これじゃ停学は免れないね、と白々しい感想を言いながら、狛枝は両手を上げた。

戦刃  「まだシラを切るつもり……?だったら、私にも考えが「な、何これ!?」……盾子」

狛枝  「ナイスタイミング、江ノ島さん」ボソッ

走ってきた江ノ島は、吹っ飛んだ扉と俺たちを見て「お姉ちゃん!!」と戦刃の頬を張った。

戦刃  「ッ、……!」ジンジン

江ノ島 「学校の中で銃火器は使っちゃダメって、何回も言ったじゃん!ほら、日向センパイたちに謝って!」

戦刃  「……ごめん、なさい」ペコッ

江ノ島 「もう……ごめんね。お姉ちゃんったら、ドジな上につい傭兵の血が騒いじゃうみたいでさ。
     このお詫びは蝕が終わった後にするから……ほら、さっさと行くよ!」ズルズル

江ノ島が姉を引きずっていくと同時に、狛枝は「僕の能力、分かってもらえたかな」と笑っている。

狛枝  「幸運の"運"は、運ぶ、巡らせるという意味があるんだ。戦刃さんの運勢を操作して、
     妹に怒られる不運を与えるくらいは簡単にできるんだよ」

俺たちはそこで、誰からともなく振り返った。学園長室の固い扉が
戦刃のおかげで破壊されて、中に入れるようになっている。
これが狛枝の幸運パワーか!……夕飯のからあげ半分で手を打とう。
106 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/04/01(土) 10:40:44.39 ID:fPDAiR9v0
罪木  「でっ、でもぉ……おかしく、ないですか?こんな大きな音がしたのに、誰も来ないなんて……」

日向  「職員室の先生モノクマも同じ動きを繰り返していたしな。ただのプログラムだろ。
     おまけに見てみろ、誰もいない」

俺は瓦礫を跳び越えて中へ入った。艶やかなマホガニーの机。きっちり整理された本棚。来客用の革ソファ。
全部がきれいすぎる。誰かがいた気配なんてまるでない。

日向  「夜時間と朝の放送は、ここから行われていたんじゃなかったのか……」

そこで、床にしゃがみこんでいた罪木が「こ、これ…落ちてたんですけど」と拾って見せた。

日向  「人形……だよな?神社とかに奉納するやつだ」

罪木  「あ、あのぉ…学園長先生って、いつの間にか消えてたり……ほんとに人間なのかなって
     疑っちゃいますよね……ふゆぅ、ごめんなさい!偉そうに"疑っちゃいますよね"なんて
     言っちゃって…でっ、でもっ…日向さんがそう思ってないなら……」

日向  「いや、その意見に賛成だ。問題はこの人形が、学園長が生き返ったこととどう関係があるのか……」

狛枝  「ますます謎が増えていくね。この先にどんな希望が見えるのか…今から楽しみになってきたよ。
     君が嫌じゃなければ、これからも協力を惜しまないつもりだけど?」

日向  「まずは今日の蝕を乗り切ってからだな」

狛枝  「分かった……あと一分か。僕達も外へ出たほうがいいよ」

腕時計を見た狛枝が先に立って走る。階段を駆け下りて一階に出た所で、校庭に真っ黒な影が落ちた。

カッ!!

空島が太陽にぴたっと重なって、一瞬だけ光る。『始』と同じ黒い円が地面に浮かんで、そこから
ずるっ…と化け物が出てきた。鬼だ。一つ角の鬼が、手に大きな団扇を持って、『祭』と書かれた
ハッピを着ている。靴箱の所にいた江ノ島の隣にも円が出て、鬼が飛び出してきた。

江ノ島 「うぅっ……毎回毎回、ほんっとうざったい!!」カッ


"魅(み)"


江ノ島の手から小さなハートが出て、鬼の額に『ぺたっ』と貼りつく。
さっきまで殺意をみなぎらせていた鬼はあっという間に目をハートにして、ボディガードのように
ぴたっと江ノ島の隣についた。

日向  「あの文字が、絶望していた頃の江ノ島になくてよかったな」

そのまま同じ鬼をなぎ倒していく鬼を見た俺の呟きに、狛枝と罪木が赤べこのようにブンブンと頷いた。
罪木は、絶望から解放された今でも江ノ島に特別な思い入れがあるらしい。

霧切  「祭……元は供物を捧げ、奉るという語源……私たちを殺してその死体を供物にするのが目的と
     いうのでしょうけど、そうは行かないわ」タッ

走る霧切の向こう、校庭のど真ん中に、炎が立ち昇る祭壇が見えた。鬼たちは生徒の死体を運んでは、
その炎に投げこんで、ケタケタと陽気に踊っている。

霧切  「弱点は頭と心臓……人間と変わらないのね」スッ

ホウキを構えた霧切は、そのまま鬼の頭にフルスイングした。ぐしゃっといい音を立てて倒れる鬼に、
苗木が「ひいっ!?」とおびえている。

苗木  「き、霧切さん!僕の制服に血がかかって……うわあ!!こっちに来ないで!!」ブンッ

モップで鬼の団扇を弾き返した苗木の背中から、腐川が「しょうがないわね…」と進み出た。
持っていた文庫本を開いて、眼鏡を直す。

腐川  「"我輩は猫である、名前はまだない"!!」カッ


"語(かたり)"


光がおさまると、腐川の背後に巨大な三毛猫が現れた。ぎょろぎょろと目を動かし、鬼を見つけると
「ニャーゴ」と鳴いて、その大きな前足で叩き潰す。ぐちゃっ、ぐちょっと嫌な音をたてて飛び散る鬼を
見ないように目をつぶった腐川は、「"すると嘉助が突然高く言いました"」と続ける。

腐川  「"そうだ、やっぱりあいづ又三郎だぞ。あいつ何がするときっと風吹いてくるぞ"」カッ

ゴオッと風が吹いて、腐川に飛びかかろうとしていた鬼が吹き飛ばされた。

又三郎 「……」

天井にとんっと両足をついた赤毛の少年。マントの向こう側が透けて、きらきら輝いていた。
風の又三郎がマントを翻すたびに、風が吹き抜ける。飛ばされた鬼は廊下の壁に背中を叩きつけられて、
びくん、びくんと痙攣した後、動かなくなった。
107 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU :2017/04/01(土) 10:41:31.13 ID:fPDAiR9v0

苗木  「す、すごいね……腐川さん。さすが"文学少女"だね」

腐川  「な、何よ……あんたに褒められたって、白夜様に比べたら一ミリの価値もないんだから……」ポッ

苗木  「褒めてるってことが分かってもらえただけで嬉しいよ(腐川さんも少しずつ進歩してるんだなあ)
     ……あぶなッ!?」ビュンッ

日向  「向こうは団扇の分リーチがある……飛び道具の方がよさそうだな」カッ


"変(へん)"


俺はポケットティッシュを拳銃に変化させると、両手に構えて鬼の頭を狙う。

パンッ!!

反動で手が持ち上がったのを、狛枝が受け止めて「跳弾には気をつけてね」とアドバイスしてきた。
くそ、九頭龍に撃ち方を習っておくべきだった!

狛枝  「跳弾は素人だと避けづらいし……二人の幸運を操作して、回避率を上げておくよ」カッ


"運(うん)"


罪木  「あ、あれ?体があったかいですぅ……」ポワポワ

日向  「それに、心なしか体が軽くなったような…危ないっ!!」ビュッ

鬼の団扇が、俺の耳ギリギリのところをかすめる。攻撃を危ない所で避けた俺は、そのままカチャッと銃を構えて、
そいつの脳天に弾丸を撃ちこんだ。回避からの見事な反撃……これが狛枝の文字か。

日向  「そうだ、苗木に武器をやっとくか」ギュッ

俺はポケットから鉛筆を取り出して握りこむ。パアッと光が出て、鉛筆は細身の槍に変わった。

日向  「苗木、受けとれ!!」ブンッ   苗木  「!?」パシンッ  日向 「それをお前の武器にしろ!」

苗木  「……ありがとう、日向クン」

槍を受けとった苗木は、お礼を言って鬼を薙ぎ払う……と、次の瞬間又三郎の風に吹き飛ばされた。
廊下をゴロゴロと転がって、消火器でしたたか背中を打った苗木に、腐川の怒声が落ちる。

腐川  「ドジ、ちゃんと下がってろって言ったじゃない!!」

苗木  「あ、あの……せめて"大丈夫?"くらいは……言って、ほしいかな」ゴホゴホ

……あいつは本当に『超高校級の幸運』なのか。
そうこうしているうちに、蝕の時間が終わった。陽気に踊っていた鬼達の動きが止まって、すうっと消えていく。

【『祭』
 死亡者数:56名
 生存者数:1524名
 総生徒数:1524名  】

罪木  「わ、私は保健室に行ってますねぇ……「ゆっくり歩けよ。血で足が滑るぞ」……は、はいぃっ!」トテトテ

狛枝  「回避率UPの効果はまだあるから、保健室に着くまで転ぶことはなさそうだね」

日向  「……この際ハッキリさせておこうか。狛枝、お前は蝕についてどう思ってるんだ?」

狛枝  「どう、って……希望をより輝かせるための試練だと思ってるよ。そういう意味では学園長と近い考え
     かもしれないね。でも……正直、僕の信念は少し揺らぎかけているんだ。答えが出るまではまだかかり
     そうな気がするよ」

日向  「そうか……」

狛枝  「安心してよ。生きるも死ぬも君達次第なんだから。僕はゆっくりとその行方を見守らせてもらうよ」スタスタ

日向  (……あいつが歪んだ理由も俺は知っていて、だけど認めることができなかった。それはただ、
     自分達に危害が加わると思っていたからで)

日向  (それがないと知ってやっとあいつを仲間として認める気になっている。俺は、やっぱり不完全なんだな)

日向  (……やめよう。まずは仲間の無事を確認するんだ)

そう思い直した俺の耳に、「きゃあああ!?」という悲鳴が届いた。
108 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU [sage]:2017/04/01(土) 10:42:00.23 ID:fPDAiR9v0
日向  「今の声、罪木か!?」

保健室の方へ走る。負傷した生徒でごった返す入口をかき分けて中に入ると、血まみれの江ノ島が
ベッドに横たわっていた。

罪木  「江ノ島さん、しっかりしてください!…あなたが、あなたがいなきゃ、私……」

日向  「これは……一体「やられたの」……戦刃」

江ノ島の手を握る戦刃は、「盾子は、"魅"に制限時間があることを知らなかったの」と呟く。

戦刃  「盾子の文字は、敵を魅了する能力……だけど、魅了できるのは三体まで。おまけに
     制限時間があって……魅了した敵が多いほど、短くなる。私が気がついた時には、鬼の団扇で頭を……」

日向  「超高校級の分析能力……絶望時代のあれがあったら、一瞬で察したんだろうに」

罪木  「ううっ……」

肩を落とす戦刃の隣で、罪木は泣きながら文字を解放する。


"癒(いやし)"


右手のひらにハート、左手のひらに十字のマークが浮かび上がった。罪木の手から出る光が、江ノ島を覆う。
鬼にかち割られた頭の傷は少しずつ塞がって、血が止まる。しかし、体の修復があらかた終わっても、
江ノ島の目は開かない。それどころか……

日向  「こいつ、呼吸が止まってるぞ!」

罪木  「ど、どうしましょう……江ノ島さんの脈が、どんどん弱く……」

戦刃  「!?」ガタッ

日向  「何とかならないのか!?」

罪木  「わ、わたしの文字では体を修復するのが限界でっ…そ、それも完璧には無理なんですぅ!!はわわ、
     そんな事説明する暇があったら人工呼吸でもなんでもしろって話ですよねぇ……!!」

罪木が江ノ島の顎を持ち上げ、まさに口付けようとした所で。

ガラッ

保健室の扉が開いた。

九頭龍 「よお、罪木いるか?ちょっと肩入れなおして……って、江ノ島!?」

入ってきたのは九頭龍だった。鬼との闘いでダメージを負ったらしく、右肩をおさえている。
ベッドに横たわる江ノ島を見ると、つかつかと寄ってきて「江ノ島!!」と呼びかけた。

九頭龍 「……いつまで寝てんだ絶望キ〇ガイ!!起きやがれ江ノ島盾子!!」ユサユサ

日向  「やめろ!下手に揺するな!」

戦刃  「絶望キ…盾子ちゃんを馬鹿にしないで!!」

九頭龍 「テメエは最後の蝕が終わった後にオレがブチ[ピーーー]って決めてんだよ!!
     んなチンケな蝕で死んでんじゃねえ!!!」

瞬間。仄白い光が江ノ島の胸元にともった。びくん、とかすかに痙攣した江ノ島が、ゆっくりと目を開ける。

江ノ島 「……あせったー。おばーちゃんがお花畑で手振ってた」

罪木  「え、江ノ島さぁん……?」グスッ

江ノ島 「盾子ちゃん大復活!!なんちて…えっ、罪木センパイ!?」

罪木  「よかった……よかったです……!江ノ島さんが生きててくれて……」ギューッ

九頭龍 「チッ、悪運だけは強い奴だな」

江ノ島 「ちびっ子ギャングはあたしになんの恨みがあるわけ!?あと罪木センパイ、そろそろ
     離れいたたたた!!」

罪木  「はわぁぁ!!わ、私ったら嬉しすぎて力加減をまちがっ……ごめんなさぃぃ!!おわびとして好きな所に
     落書きしていいですからぁ!!」ガバッ

日向  「やめろ、脱ぐな!!」

江ノ島 「よーし、じゃあお言葉に甘えてそのパイオツに「お前も乗るな!!」
109 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU [sage]:2017/04/01(土) 10:42:29.43 ID:fPDAiR9v0

【食堂】


20年の短い人生の間で、全知全能になったり世界を破壊してみたりバーチャルでコロシアイをしてみたり。
もう脳が許容量を超えてしまったというか、たいていの事では驚かないくらいの体験をしてきた。

でも。

今、目の前にあるこいつは。

日向  「な、七海……?」

ナナミ 「……うん。私だよ、七海千秋だよ……会いたかった、日向く」がくんっ

日向  「な、七海……七海!?」

左右田 「あーあー、エネルギー切れか。ちょっと補給してやっから待ってろよ」ゴソゴソ

トレイを持ったまま立ち尽くす俺をよそに左右田は、椅子にぐったりと座った七海のうなじにコードを繋ぐ。
七海の頭がパカッと左右に開いて、中の基盤が丸見えになった。左右田はそこに手を突っこんで
何か調節している。

日向  「七海……お前、生き「おいおい日向……よく見ろよ、これが人間の関節か?」

よく見ると、黒いワンピースから覗く手足は球体関節だった。
目を閉じた七海の顔も、そっくりに造ってあるだけの人形だ。

俺の反応が思わしくないのを見て、左右田は「なあ、なんでそんな顔してんだよ」と不満げだ。

左右田 「オメーがあんまりショック受けてたみたいだからよ、七海を生き返らしてやったんじゃねえか。
     そりゃ飯は食えねーし生身じゃねーけど、ちゃんと日向のことも覚えさせたんだぞ。
     あ、そっか。ゲームできなきゃ七海じゃねーよな。うっし、待ってろ!今ちょっと人工知能の
     基盤作り変えてやっからよ!!」

日向  「違う……こいつは、七海じゃない……」

左右田 「オメーの言わんとすることは分かっけどよ、七海だってプログラムだったんだろ?
     このナナミ−Rと何がちげーんだよ」

日向  「違う!!七海には魂があった!!!心もあった!!!お前が……お前がやったのは、七海の死への冒涜だ!!」

左右田 「だから、人間の七海はとっくにあの世行ってんだろ!!いつまでもプログラムにこだわってねーで
     前向けよ!!そのために七海の見た目が必要ならオレが造ってやったこいつを使えばいーだろ!?」

日向  「そんなッ……そんなことを、言うなぁぁぁ!!!」


気がつくと、俺の拳が左右田の頬を殴っていた。
殴られた左右田は床に転がって(なんでだ)と言いたげな目で俺を見上げる。
それ以上何も言う気になれなくて……俺はさっさと食堂を出た。

□ □ □ □ □ □

ざわついていた食堂が、少しずつ静まっていく。小泉は「あのさ……」と言い辛そうに肩をすくめた。

小泉  「アタシは……左右田の意見も分かるよ。だけど……日向は、千秋ちゃんのこと、本当に好きだったんだよ。
     ……だから、あんなストレートに言うのは、ちょっと……」

豚神  「しかし、左右田にしてみればよかれと思ってしたことだ。一方的に責めるのも不公平だろう?」

小泉  「だけど……!人の心があったら、あんな言い方「今、こいつを人非人と表現するのは、人として
     正しいことか?」……う」

豚神  「お前は自分の感情に振り回されて、本質を見られない所がある」

豚神  「だが左右田、日向の怒りはプログラムの七海を否定されたことだけではないと思うぞ。
     そこにいる七海の姿をした人形……お前がそれを道具として軽んじたと、感じたのではないか?」


―― 七海の見た目が必要なら、オレが造ってやったこいつを使えばいーだろ!?

―― そんなッ……そんなことを、言うなぁぁぁ!!!


左右田 「……!!」

豚神  「人間の心は、機械のように測定できないからな。……そのケータイは別のようだが」

セブン 『白夜、私はケータイではない。フォンブレイバー・7だ』

テーブルの上に置かれた左右田のケータイが、パカッとひとりでに開いた。
真っ暗な画面に、緑色のドットで出来た目と、レベルメータの口が表示される。
110 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU [sage]:2017/04/01(土) 10:43:21.34 ID:fPDAiR9v0
セブン 『……君たちは、"絶望"と呼ばれる存在だったと聞いた』

左右田 「んだよ、またお説教か?」

セブン 『絶望も希望も、同じ"望"という漢字が入る。すなわち、元は一つということだ。
     和一、君が望むなら、そのどちらにも立つことができる。だがあえて絶望を選ぶ理由があるなら、
     私は止めはしない。ただ』

左右田 「ただ?」

セブン 『君のHDDに隠している秘密がどうなるか、保証はできない』

左右田 「ぬあっ!?お、おまっ……ケータイのくせに人間を脅迫すんのか!!?」

セブン 『……ふっ。それが嫌なら、君のすべきことはただ一つ。……創を探し出し、分かり合うことだ。
     創の心はまだ、君の圏内にある』

左右田 「……だーっ、くそ!!」ガタッ

セブン 『待て、創を追いかける前に私をバッテリーに繋いでくれ。そろそろ充電が「わーったよ、ほれ!!」……では、
     しばらくスリープモードに入る。健闘を祈るぞ、和一』プツンッ…

カシャッ。

左右田があわただしく出て行った後の食堂で、小泉は充電中のセブンをカメラに収めた。

小泉  「ねえ、このケータイって左右田の文字のせいで動くの?」 

豚神  「いや……セブンの話によると、"引きよせられた"というのが正しいらしい。気がつくと、
     左右田のケータイに入っていたとか。左右田の文字が偶然発動したんだろうな。
     "アンカー社を知らないか"とか、わけの分からない質問をしてくるが、悪い奴ではない」

小泉  「ふーん。左右田の文字って、機械に魂を入れられるんだっけ……じゃあ、千秋ちゃんの中に入ってるのも?」

豚神  「いや……あれはただ、教えこまれた情報を再生するだけの機械だ。七海千秋の人格はないだろうな」

小泉  「そっか。なんだか、さみしいね……」

二人の視線の先には、開きっぱなしの頭から青い電流を放つ七海の人形がいた。
111 :ヒヤコ ◆0tW4uIwh5c :2017/04/01(土) 12:32:27.69 ID:b2tuWQ8/0
一旦切ります。
多分今日はここまで。
112 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/01(土) 12:57:30.80 ID:M4tIeY8B0

これ終わるのしばらく先そうだな
113 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/01(土) 22:03:18.62 ID:Z1htlMkA0

江ノ島が蘇生したのは九頭龍の文字が関係してるのかな…?
114 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU [saga]:2017/04/05(水) 12:18:14.43 ID:pssxomK80
>>112
このスレで終わるかどうかも怪しくなってきた。

>>113
九頭龍の文字は次回あたりで出したいな。



【朝日奈の部屋・ドア】


朝日奈 「あっちゃー、それはまずかったね……たぶん、日向のやつ激おこだよ」

ちょっと日向に同情しちゃう、と朝日奈は肩をすくめた。
まあ、ラブドールの七海でガマンしろっつったようなもんだしな。オレも"なんとなく"気持ちは分かるけど。

大神  「メールを送ってみたが、返事はない……日向の方もよほど参っているようだな」

電子生徒手帳を眺めて、大神はため息。

朝日奈 「学園中走り回って探すのはきついっしょ、葉隠のバカに占わせよっか?」

「さくらちゃん殴った件ダシにしたら、タダで占ってくれんだよあいつ!」と朝日奈。
自業自得とはいえ、ちょっと葉隠が可哀想になってきた。


左右田 「……いや、そこまで面倒かけんのはわりーし、自分で探すわ」

朝日奈 「そっか。じゃあせめて、このドーナツBOX持ってきなよ」ドサッ

左右田 「いーのかよ、これオメーらのおやつだろ?」

朝日奈 「いや、お腹がいっぱいになったら許してくれるかもしれないじゃん?」

大神  「日向がそこまで単純な男とは思えんが……空気を和ませるという意味では必要かもしれぬな」

左右田 「なんかほんと、サンキューな……オレがバカやっただけなのに」

朝日奈 「いいよ。その代わりこれ朝5時から行列できる限定セットだから、今度買ってきてね!!」グッ

大神  「明日の蝕が無事で済むとは限らん……喧嘩など生きているうちしかできぬ」

左右田 「分かった…じゃあ、「和一ちゃーん!!いたいた、やっと見つけたっす!!」……澪田?」

澪田  「もーっ、めっちゃ探したんすよー!!はいこれ、係のお知らせっす!」

押しつけられたプリントには、『学園長からのお知らせ』とある。
どうやら学園長が、俺たちの係を勝手に決めてくれたらしい。


澪田  「和一ちゃんは"介錯係"に決まったっす!!」

左右田 「は?かい…なんだって?」


聞き間違えの可能性も考えて聞き返すと、澪田は「死にかけの生徒にとどめを刺してあげる係っす!!」と
恐ろしい答えをくれた。

左右田 「待て待て待て!!んなこええ係があってたまっかよ!!!」

大神  「我のところにも来たぞ。なんでも"毒味係"とか……他にも"切腹係"や"影武者係"というものもあるらしい。
     学園長はどうやら、クラスの係というものを理解していないようだな」

朝日奈 「あれっ、私は飼育係だったよ?」きょとん

左右田 「いいなあフツーの係!代わってくれよ!!」

朝日奈 「あー…代わってくれるなら代わってほしいというか……」ずぅぅーん
115 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU [saga]:2017/04/05(水) 12:19:26.73 ID:pssxomK80


【回想・屋上庭園】


朝日奈 『飼育係かあ……なんかすっごい嫌な予感する』てくてく

朝日奈 『あれ?あそこの紫のマフラー、なんかすごく見覚えが……』

田中  『むっ、我が結界を破ったのは貴様か!』

朝日奈 『げっ!?』

田中  『再びあい見えるとは思わなかったぞ、徒花のウンディーネよ!
     我らには何らかの縁があるらしいな……ではさっそく、魔獣どもに
     魔力を供給する手伝いを頼もうか!』

朝日奈 『やっぱり……』ずぅぅーん

_____________


朝日奈 「……それだけじゃないんだよ、図書委員も夏のプール大会の実行委員も田中と一緒なの!
     もうこれ、なんかの呪いじゃない!?」

左右田 「なんつーか……うん。がんばれ……」

澪田  「ちなみに唯吹は"雨乞い係"っす!」

左右田 「おお、責任重大じゃねーか」

澪田  「はい!今さっきおんなじ係の紋土ちゃんと千尋ちゃんにお知らせしてきた所っす!
     ホラ貝担当として、明日からのステージは盛り上げてくっすよー!」

左右田 「ほ、ほら貝……雨乞いってそんなもんだっけ?」

澪田  「経験はないっすけど、ソウルがあればどうにかなるっす!!」むふー

プリントを見ると、介錯係はオレと終里、辺古山、日向、松田の5人らしい。
……松田?

左右田 (超高校級の神経学者、っていうと……松田夜助だよな)

頭ん中に、目つきの悪いロン毛が浮かぶ。あいつも生き返ってたのか?
じゃあなんで授業も全部バックれてんだあいつ。

左右田 (それより、目下の問題は日向だな。明日は隔離型が来るし、さっさと探して話し合わねーと)


しかし、日向の怒りはすさまじかった。
ドーナツは受け取り拒否。大浴場ではフルチンで逃げられ、個室のインターホン連打もシカトされた。

……もしかして、オレたちこのまま絶交とか……ねえよな、うん!!だってオレらソウルフレンドだかんな!!


左右田 「そうと決まればさっさと寝るか……明日は蝕だし」ゴソゴソ

左右田 「…………」

左右田 「明日死んだら、オレは日向と仲違いしたまんま死ぬんだな……」グスッ
116 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU [saga]:2017/04/05(水) 12:20:01.49 ID:pssxomK80


【朝・食堂】


オレの文字のせいで喋るようになったとはいえ、ケータイに説教されるというのはあんまりいい気がしない。


セブン 『和一。カロリーメイトだけでは空腹はおさまらないぞ。
     そんなバランスの悪い朝食で、命がけの試練を乗り切れると思うのか?』ピロンッ

左右田 「それどころじゃねーよ!!今のオレには蝕より親友の怒りの方が大問題なんだよ!!
     メールも返ってこねーし、これはいよいよやべーぞ……」もぎゅもぎゅ

田中  「貴様の自業自得だろう……いっそ、あの人形を破壊して特異点に許しを乞うのはどうだ?」

セブン 『……それでは、かえって火に油を注ぐことになると思うぞ』

左右田 「あああ、オレはなんてバカなことを言っちまったんだ……!」

頭を抱えるオレに、向かい合って飯を食う田中は「怒りが解けるのを待つしかないな」と
珍しく役に立つアドバイスをくれた。

ソニア 「あら、おはようございます田中さん、左右田さん」

左右田 「間が空かなくなっただけでも嬉しいです」キリッ

ソニア 「今日は隔離型が来るそうですね……できればこの3人でチームになれたら嬉しいのですが」

左右田 「えっ!?」ガタッ

田中  「何を期待している。俺と雌猫は"始"から共に行動しているが、雌猫は体力が足りないからな。
     俺一人では守り切れない可能性があるから、というだけの話だ」

左右田 「あ、そうですよね……分かってましたよ、はい」

ソニア 「あら。左右田さんと一緒に行きたいとおっしゃったのは、田中さんじゃありませんでした?」

田中  「なっ……俺が雑種の力にひれ伏すなど、万に一つもありえ「もしかして……オレと仲良く
     なりたいとか?」……今すぐ口を閉じろ「……はい」しかし、残酷な審判の刻まで猶予がないな……」

左右田 「あと5分しかねーじゃねーか!!」ガタッ

ソニア 「日曜日ですから、つい朝寝坊してしまいましたね。チョベリバですわ」

左右田 「チョベリバどころじゃねー!!つーか、ナナミ取ってこねーと!!」ガタッ

セブン 『私を七海に装着してくれるという話はいつやってくれるのかね』

左右田 「あーあー、帰ったら即やってやる!!丸腰で蝕なんてゴメンだ!!」ダッシュ


そうやってオレが焦ってる間にも、時計の針は進んで――


カッ!!


窓から見える空島が、太陽と重なってものすごい光を放った。


【日向創:Chapter3『夢』(ユメ)】


日向  「ん……」むくっ

日向  「無事に転送されたか……隔離型ということは、あと二人いるはずだ。早めに合流しないとな」

ポケットからボールペンを取り出して、指先で回しながら歩く。
今回の蝕は、雰囲気が重苦しい。暗く、淀んだ灰色の空。瓦礫の広がる地面。赤い水で満たされた池――。
子供のころお寺で見せられた地獄絵図が思い出された。
117 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU [saga]:2017/04/05(水) 12:20:34.31 ID:pssxomK80

日向  「そんなに広くないな。どこかに出口が……、誰だ!」ブンッ

ボールペンを刀に変化させて構える。瓦礫の影にいた奴は「ひいっ!」と情けない声をあげた。
やがて出てきたニット帽に、オレはゆっくりと刀を下ろす。地面にへたりこんだ左右田の背中を、
「しっかりする!」と小泉が叩く。

小泉  「左右田と会う前に歩き回ってみたんだけど……出口っぽいものはなかった。
     広い道が一本あったけど、まずは合流しようと思って帰ってきたの。
     歩く間に敵にも合わなかったから、そんなに怖い蝕じゃないかもね」

日向  「危ないだろ。もし敵が出てきたら――「アタシは、それくらいしか役に立てないし」

小泉  「分かってるわよ。油断大敵、でしょ?」


一方、その頃。


霧切  「奥に行きましょう。そこに夢の主がいるはずよ」カッ

蝕の解析を終えた霧切が先に立って歩く。

西園寺 「さんせーい!ゲロブタの息で汚れた空気吸うのも限界きてたところだし、早く行っちゃおうよー!」

罪木  「あれ……?」

霧切  「どうしたの、罪木さん?」

罪木  「あ、あの赤い水……なんでしょう、かね……池、みたいに見えますけど……」

霧切  「さあ、手がかりがあるかしら?どうやら危険ではなさそうよ」

西園寺 「ふーん……じゃあ、あんたが行って調べてきてよ!」ドンッ

罪木  「へっ……きゃあああ!?」ドボーン

霧切  「罪木さん!……あなた、何を考えてるの?危険では"なさそう"というだけなのよ」

怒る霧切を、西園寺は反抗的な目で見上げる。そんな二人の後ろで、罪木がザバアッと上がった。

罪木  「ゲホッ、げほっ…!う、うっ…!」ビシャビシャ

霧切  「隔離型は3人1組でのクリアが絶対。罪木さんとの禍根は知っているけれど、
     協力してもらわなければあなたも死ぬわよ」

分かっているの?と問われて、西園寺は言葉につまった。居心地が悪そうに
もじもじと指を突きあわせる。

西園寺 「う……」

西園寺 「だって、だって、分かんないんだもん……どうやって接すればいいのかなんて……!!
     あんたとチームになるなんて、思ってなかった!!」

叫ぶなり、西園寺はくるっと踵を返して走っていく。
霧切は「使って」とハンカチを渡した。

霧切  「追いかけましょう。西園寺さんの座標はまだ近くにあるわ」

罪木  「は、はい!」
118 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU [saga]:2017/04/05(水) 12:21:39.49 ID:pssxomK80
_____________

左右田 「あー……んじゃ、さっさと行こうぜ。オレも一応今回は武器持ってっからよ」

小泉  「武器……って、あんたまさか」

地面に膝をついた左右田は、抱えていたコンテナの鍵を外す。中に入っていたのは、七海だった。
スイッチを押すと『ぱちっ』と目を開けて起き上がる。

日向  「七海……」

ナナミ 「…………」

七海は微動だにしない。

左右田 「あー、アクティブモードだからよ。喋ったりはできねーぜ」

小泉  「あんたねぇ……千秋ちゃんに闘わせて自分は安全な所にいようってわけ!?」ぐいっ

左右田 「お、オレが作った武器だぞ、それを使って何がわりーんだよ!!オメーなんて自分の文字も
     ろくに扱えねーくせによ!!」

日向  「やめろ!!二人とも興奮するな!!……脱出するのが先だ「だって!」
     左右田、いいんだ。もう……絶望しなくてもいいんだ」

左右田 「んだよ、分かったみてーな口きいてよ……」

日向  「だから……何が罪滅ぼしになるかとか、いい人ぶってるみたいで恥ずかしいとか、
     そんな事は考えなくていい。ただの左右田和一として生きていていいんだ。
     元はといえば……俺が元凶なんだから」

左右田 「…………」

日向  「今やるべきことをやるだけだ。……制限時間も心配だし、早く行こう」

とはいえ、闇雲に歩いても出口は見つからない。とりあえず、小泉が探し当てたという道まで戻ってみた。

日向  「これか……この奥に蝕の"主"がいるんだろうな。前の"龍"は鍵を探す試練があったけど、
     今回はどうなんだろうな」

小泉  「あのさ、ここまで来て言うのもあれかもしれないけど……気づいた?」

日向  「?」

小泉  「この空間……影がないの」

左右田 「うおっ、マジだ!?」

日向  「俺たちの影も映らないか……龍の時はあったんだけどな。あとで霧切に聞くしかないか」


____________

霧切  「影がない……ということは、私たちは精神体のようなものかもしれないわ」たったったっ

罪木  「つまり、体は……」たったったっ

霧切  「現実の希望ヶ峰学園にそのまま残っている。この蝕は"夢"でしょう?つじつまは合うと思うけど。
     もしここで死ねば、現実の体が取り残されることになってしまうかもしれないわ。
     気をつけていきましょう」

罪木  「ふひいぃ……!じ、じゃあ…さっき西園寺さんを行かせちゃったのって……とっても
     危ないんじゃ……」

霧切  「いえ。この蝕においての"敵"はただ一人よ……ただ、それがまずいの……」

罪木  「ふえっ?」

___________
119 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU [saga]:2017/04/05(水) 12:22:36.59 ID:pssxomK80


さらに奥まで進むと……そこにいたのは、巨大な『女』だった。
長い髪で、ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべた女が、俺たちを見下ろしている。


日向  「お前が主か?」

女   『いかにも……妾はこの"夢"の主。人間の子が来るのはずいぶんと久しぶりよのう……されど、
     骨のなさそうな奴らよ』

左右田 「んだと!?」

日向  「やめろ左右田、挑発に乗るな!」

しかし、時すでに遅し。
飛び出した七海が、腕に仕こんだガトリングを女に向けて撃っていた。

女   『ふん。夢も見られぬからくりが、無粋な真似を……』


――ドンッ!!


女の『髪』がムチのようにしなって、七海を狙う。

左右田 「あぶねえ!!……くそっ、オメーに任せた!」ブンッ


ビシッと蜘蛛の巣状にひびが入ったが、
床に縫いつけられた七海は悲鳴ひとつあげず、持ちこたえていた。

日向  「七海!」

左右田 「強化合金で作ってんだ……ちょっとやそっとじゃ壊れねーようにしてあんだよ」

そう言ってニット帽をずり下げた左右田は、「もう、七海が死ぬとこは見たくねーかんな」と呟く。

小泉  「左右田、あんた……」

小泉  「……でも、今ので分かった。あの攻撃、私たちだったらひとたまりもない。うかつに
     手出さない方がいいかも……」

そんな小泉の言葉が終わるか終わらないかのうちに、女は『退屈だのう』と自らの腹に手を当てた。
瞬間、女の腹が『カパッ』と割れて、中から無数の手が出てくる。

左右田 「ギャー!!なんだ、なんだこれ!!」

小泉  「放して!……放しなさいってば!!」じたばた

パンッ!!

日向  「弾丸がきかない!?」

女   『しばし、妾の夢を味わうがよい』

_________

______


左右田 「ん……ん?」ぱちっ

左右田 「!?!?!?」


あたりをきょろきょろと見回す左右田……は、ギロチンに首を落とされているのに気づくと
「ぎゃあああ!!オレの首があああ!!」と期待を裏切らない叫び声をあげた。


日向  「落ち着け左右田、痛くないだろ?」(十字架にハリツケ。血みどろ)

左右田 「痛てえとか痛くねえとか、そういう問題じゃねーんだよ!!」

小泉  「なんかよく分かんないけど……これが試練ってこと?悪趣味……」(in鋼鉄の処女。血まみれ)

ナナミ 「…………」

左右田 「あれ、なんで七海はなんともねーんだ?」
120 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU [saga]:2017/04/05(水) 12:23:11.34 ID:pssxomK80

日向  「あいつは文字がないから、蝕には巻きこまれないってことだろ。扱いとしては小泉のカメラと
     同列なんだろうな」

小泉  「ちょ、千秋ちゃんをモノみたいに言わないでよ!事実かもしれないけど!
     そういえば、あいつ"夢の主"って言ってたっけ……」



『……知恵の回る奴らだのう。これでは張り合いがない』

『そなたらと遊んでもつまらぬ。どれ、出してやろう』


女の声と共にパアッと光が満ちて、俺たちは元の姿に戻された。
目の前に、三つの扉がある……。


女   『その扉の行き先はどれも同じ……されど、一人ずつしかくぐれぬ』

日向  「つまり、出口まではたった一人で行くしかないということか?」

女   『それもまた、試練ぞ』

左右田 「うう……こえーけど、しょうがねーよな……ん?」ギュッ

小泉  「千秋ちゃんは一緒に行ってくれるってさ」

日向  「じゃあ二人とも、学園でまた会おうな」ガチャッ

小泉  「うん。気をつけてね」ガチャッ

左右田 「……じゃ、あとでな」ガチャッ

ぱたんっ。

扉が閉まると、ひたすら真っ暗な空間が広がっている。足元は道になっていて、ずっと遠くに光が見えた。

日向  「……よし、行くか」

__________


霧切  「西園寺さん!その女に攻撃してはだめ!!」

必死の声に、扇を構えていた西園寺が「え」と目を驚きに見開く。巨大な女の手足にからまっていた糸が、
はらり、ひらりと落ちていった。

女   『ほう……あやつりの能力(ちから)か。なんとも味なものよの』

西園寺 「わたしの文字が……きいてない!?」

霧切  「その女は夢の主にして術者……文字の力がきかないの!下手に手出しをしたら……」

女   『せっかく妾の夢を味わわせてやろうと思うたに、水を刺しおって。……消えろ、小娘ぇ!!!』カッ


微笑んでいた女が、恐ろしい形相になった。両目はカッと見開かれ、
ゆらゆらと揺れていた髪が逆立つ。


霧切  「逃げて、西園寺さん!!!」

がたがたと震える西園寺は、女の髪がしなるのから目を離せないままその場に立ち尽くしていた。
121 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU [saga]:2017/04/05(水) 12:23:41.37 ID:pssxomK80

バッ!!

罪木  「ぐ、かはっ…!」ボタボタ

西園寺 「ゲロブタ…あんた、何やって……」

すんでのところで割って入った罪木の下敷きになって、西園寺には傷一つつかなかった。
代わりに背中で斬撃を受けた罪木が、口からこぼれる血を手で受け止めている。

罪木  「こ、こで……死ん、だら……西園寺、さんの、体……」ゴフッ

罪木  「さ、さいおん…じ、さんの……着物、は……たかい、から……汚すわけにはっ……」ボタボタ

西園寺 「な……こんな時に、何言ってるのよ……ほんとに、バカなんじゃないの、あんたっ…!」


"癒(いやし)"


罪木の体から光が放たれた。切り裂かれたブレザーの下、えぐれた肉が少しずつ盛り上がって、血が止まる。
傷は一分ほどで、赤い痣を残して消え去った。


女   『神にも似た力よの。……どれ、気が変わった。よいものを見せてもろうた礼をやる。ちこう』かぱっ

西園寺 「げえっ!気持ち悪……」

霧切  「……行きましょう」

西園寺 「えっ?で、でも」

霧切  「あの女の体内に出口があるわ。挑発に乗らずに黙っていれば、ほんの少し悪夢を見るだけで試練を
     突破できる。簡単な蝕だったのよ」

西園寺 「…………」

霧切  「あとはまっすぐ歩くだけ。……先に出て待っているわ」

霧切は背中を向けて、女のぱっくりと割れた腹の中に飛びこむ。

罪木  「じ、じゃあ私も……行きますねぇ……」ぴょんっ

一人残された西園寺は、「きもいきもいきもい」と呟きながら、目をつぶって女の方へ歩く。

西園寺 「…………何よ。ありがとうなんて、言わないんだからね」

西園寺 「ありがとう、なんて……」

西園寺 「……今さら、言えるわけないじゃん……あたしみたいな奴が」

__________

日向  「……ん、終わった……のか?」むくっ

起き上がると、そこは元の広場だった。他にも何人か生徒が倒れている。ちゃんと胸が上下しているのに
安心した。たぶん、この蝕では俺たちの意識だけが転送されていたんだろうな。

日向  「"夢"か。その名のとおりってわけだな」

ベンチに座ると、手の中に青い欠片が落ちてくる。今回はどんな記憶が入っているのか。
前回は、江ノ島が死んだ後に絶望の残党たちを集めて演説しているカムクラが見えたが……

日向  「今回はスプラッターのない記憶がいいな……」グッ


ぱあっと光が満ちて。
122 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU [saga]:2017/04/05(水) 12:24:14.37 ID:pssxomK80

おさまった時、目の前にいたのは左右田だった。
どうやらここは、奴のラボであるらしい。


左右田 『おっ?カムクラさんじゃねーか。めっずらしーのな、こんな地下まで来るなんてよぉ、
     もしかしてオレに会いたかったとか?』

ヒャハハハッと笑った左右田は、機嫌がいいみたいだ。
手術台の上にベルトで縛りつけた『何か』をいじりだす。そいつは、左右田によく似た顔をしていた。

『んーっ!!ぐ、んぐっ、んうぅぅーー!!!』

猿ぐつわをはめられた全裸の男が、必死に体をばたつかせている。
きっと、左右田が年を食ったらああいう感じになるんだろうな、と思うと同時にカムクラが聞いた。


カムクラ 『それは、あなたの父親ですか?』

左右田  『せいかーい。カムクラさんは会話がサクサク進むっから楽だよなー。江ノ島はキャラが
      ゴロゴロ変わっからよー、見てて面白れーけど話すんのはクッソだりぃんだよな』

カムクラ 『……脳と脊髄を生体で調達した自立型のロボットですか』

左右田  『そ。実の家族で造る殺戮マシーン。イカしてんだろ?』

父親   『……!!』ジタバタ

左右田は、頭蓋骨が取り外されて脳がむき出しになった父親にコードを繋ぎ始めた。
コードの先に、ガトリングガンをたずさえたロボットが見える。カプセル部分には溶液が満たされていた。
あそこに、左右田の父親の脳が入るのか。

『やめろっ………和一、やめてくれ!!目を覚ませ!!』

口が自由になると、父親は必死に叫んだ。


やめろ。

それだけはやめろ。



日向  「やめろ!!!」

九頭龍 「うわっ!?」バッ

日向  「………九頭龍か。……悪い、驚かせて」

九頭龍 「オメーといると寿命が縮むぜ……相当やばいモン見えたらしいな」バクバク

心臓をおさえて「いい加減慣れろよ」と九頭龍。カタギに無茶を言うな。


左右田 「……思い出したかよ」

隣に座る左右田は、両手で顔を覆ってため息をついた。

日向  「お前の家族は、みんな兵器に」

左右田 「オレだけじゃねーよ。ソニアさんは家族を田中の動物の餌にしちまったし。小泉の親は江ノ島の実験台。
     西園寺の家は皆殺し。花村のお袋さんはとんかつ。オレだけじゃねえんだよ……」
123 :ヒヤコ ◆XksB4AwhxU [saga]:2017/04/05(水) 12:26:21.29 ID:pssxomK80
左右田 「怒りをぶつける江ノ島はいねえし、家族の死を悲しむ権利もねえ。普通に生きていくのも苦しい。
     ……オレ、帰ってきてよかったのかな」

左右田 「いっそ、あのまま絶望してりゃよかっ「それは違うぞ!」

日向  「俺は……まだ記憶があいまいで、実感がない。だけど、絶望の方が楽だったなんて思わない。  
     お前がやっているのはただの現実逃避だ。絶望していた頃の自分を部分的に再生して、
     答えを出すのを先延ばしにしているだけだろ」

左右田 「…………オメーって、人の心えぐるのが上手いよな」

日向  「俺が怒っているのは、お前が全部抱えこんだことだ。七海を造ってくれたのは……感謝してるんだぞ」

左右田 「!」

日向  「……ありがとう。また、七海に会わせてくれて……俺もムキになって悪かった」

日向  「ゆっくり、やり直してこう。俺も、お前も……みんなで」

そう言うと、左右田は泣きながらうなずいた。


_______

一旦切ります。
次回は不二咲の文字が出せるかな。78期でまだ文字が不明なキャラ多すぎ。
124 : ◆XksB4AwhxU :2017/04/06(木) 10:59:28.48 ID:aF6711jD0

九頭龍 「青春ドラマは終わったかよ?……だったら、次はオレの話を聞いてくれよ」

九頭龍 「学園のデータベースを見てえんだ……左右田、オメーから"超高校級のプログラマー"に話つけてくんねえか」

日向  「……!!まともにはアクセスできない代物か」

九頭龍 「いざという時は、オレが一人で泥を被るからよ……オメーらは関係ねえで押し通せ」

日向  「………そんな悲しい事を言うな。俺たちは仲間じゃないか。泥を被るのも一緒だ」

左右田 「おう!大体、んなヘマ打ってたら超高校級じゃねーしな!あいつの能力を信じようぜ!」

九頭龍 「お前ら……!」



【数分後:不二咲の個室】



不二咲 「ええと、つまり……学園のデータベースにハッキングするってことですか?」

九頭龍 「バカ、んな大声で言うな!」シーッ

不二咲 「あ、大丈夫ですよぉ、個室の監視カメラは収音マイクの質が悪いから、僕たちの会話の細かいところは
     聞きとれてないと思います……」

生身の不二咲とは初対面だった。男子の制服を着ているのに、逆の意味で違和感を覚える……。

日向  (パソコンの前に座っている姿は、本当にかっこいいな。……七海が言ってたとおりだ)

セブン 『では、私が学園長のアクセス権に侵入して囮役をしよう。千尋はその間にデータベースから学生名簿だけを
     このパソコンにコピーしてくれ』

左右田 「いいのかよ……オメー、マザーコンピュータが応答してねーんだろ。いざという時のバックアップが取れねえのに
     危険な橋を渡るなんて」

セブン 『私は一度、データの海に消えた身だ……それに、冬彦の疑問はこの学園の真実を解き明かす鍵の一つとなるだろう。
     その手助けができるなら本望だ。……私がこのケータイに引きよせられたのも、おそらく同じ"力"によるものだ』

日向  「同じ力……?」

セブン 『無駄話をしている時間はない』

左右田の胸ポケットから飛び出したセブンは、パソコンの前に立って機械の手を伸ばす。
それを見ている不二咲は「わあ……」と目を輝かせていた。
     

不二咲 「このケータイ、左右田先輩の文
125 : ◆XksB4AwhxU :2017/04/06(木) 11:00:16.75 ID:aF6711jD0
字なんですか!……すごいなあ、みんな自分に合った
     文字を選んでいるものなんだなぁ……」

不二咲 「よし。じゃあ、行きますよ……」カッ


"電(でん)"


セブン 『イニシエイト.クラック.シークエンス……アクセス開始!』カッ

不二咲 「よし、入った……!!」バチバチ


俺たちはただ、ぽかんとそれを眺めることしかできなかった。不二咲の手が0と1の数字に変わっていく。
ずぶ、とパソコンの画面に入った不二咲の手が、何かを探るように動いた。

セブン 『学園長のシステムに侵入完了した。千尋、今のうちに学生名簿を出してくれ』

不二咲 「よっ……と、セキュリティがきついけど、なんとか……」


警告音と共に、ポップアップがいくつも出てくる。不二咲はそれをグシャッと握りつぶしてさらに奥へと手を進めた。
やがて、電脳体の手がずるりっと何かを引きずり出してくる。『希望ヶ峰学園 生徒名簿』とあった。


不二咲 「出ました……調べるのは、ええと……「九頭龍菜摘だ」……クズリュウ、ナツミ。……検索。
     …………あれ?」

九頭龍 「どうした?」

不二咲 「名前が、出ない……」

九頭龍 「ば、バカ言ってんじゃねえ!!あいつはたしかに……」

不二咲 「ど、同窓会と本科の名簿も検索したんですけど……この学園に九頭龍って名字の人は、先輩一人しか……」

九頭龍 「らちが明かねえ、どけ!」


九頭龍は不二咲を押しのけて画面をスクロールしていく。
しかし。


『クズリュウ ナツミ』

『検索結果:0件』


九頭龍 「どうなってやがんだ……!」





不二咲の部屋を出て、混乱する九頭龍をなんとか落ち着かせる。
食堂へ着くころには、九頭龍もなんとか話ができるようになっていた。


小泉  「ええと、つまり……菜摘ちゃんのデータがないってこと?うーん……でも、菜摘ちゃん一人のデータを消す理由がないし……」

日向  「どこかにまぎれている可能性も考えて、全部のデータをスキャンしたんだが」
126 : ◆XksB4AwhxU :2017/04/06(木) 11:00:52.69 ID:aF6711jD0

左右田 「結果は0件。九頭龍菜摘ってやつはこの希望ヶ峰学園にはいねーとさ」

九頭龍 「データの上だけの話だ!!」ドンッ

小泉  「テーブル叩くのはやめな!……予備学科のほうには聞いてみたの?」

日向  「俺が教室に行ってみた。佐藤も九頭龍もたしかにそのクラスにはいたらしいんだけどな。
     出席名簿にはなかった。幻の生徒ってやつだ」

花村  「やあ、みんなそろって何の話だい?そんな辛気くさい顔をしてないで、ボクの新作チョコレートをお食べよ!」

日向  「そうだ……花村だ!」ガタッ

花村  「ンフフ、待ちきれないっていうんだね?いいよ日向くん、さあ!このチョコレートに舌をはわせて、先っちょの
     ベリーをいやらしく舐めまわして、そして口にずっぽりと含ん「お前、南地区のパン屋で九頭龍の妹を見たって言ってたよな!」……え」

花村  「ま、まあ……見た、というか会った、というか……」

九頭龍 「お前、それをなんで言わねーんだよ!」

花村  「ええっ!?じゃああの子が九頭龍くんの妹って本当の話だったの!?」

左右田 「……んん?どういう意味だ?」

花村  「だって九頭龍くん、一人っ子でしょ!」


その言葉に、小泉が「ちがうよ!」と反論する。


小泉  「あ、アタシ……菜摘ちゃんのことは中学のころからずっと知ってるんだよ?花村が覚えてないだけだって」

花村  「弐大くんも一緒にいたけど、彼も覚えてないって言ってたよ!」

日向  「あの、記憶力がたいして悪くない弐大が……?たしかにおかしいな」

左右田 「……」

左右田 「なあ。オレ今、すっげー嫌なこと思いついちまったんだけど、言っていいか?」

左右田 「あのプログラムに入る前、オレたち記憶消されてたよな。もともとの記憶を消せるってことはよ……逆に
     "偽の記憶を植えつける"ってこともできんじゃねーのか?」

九頭龍 「テメエ、言っていいことと悪いことがあんだろーが!!」

左右田 「可能性の話をしてんだよ!!」

九頭龍 「それがマジなら……マジなら、オレの思い出もっ……あの島でオレとペコが小泉を殺したのも、全部っ……」

小泉  「九頭龍……」

九頭龍 「偽モンの記憶に振り回されて、いもしねえ妹のために、小泉を殺しちまったってことになんじゃねーかよ!!!」

日向  「ちがう!!それなら、九頭龍の妹がここに存在する理由が分からないだろ!!」

花村  「な、なになに?ぼく、地雷踏んじゃった……?」てるてるてる

神代  「いや、むしろファインプレーだよ」もぐもぐ

花村  「うわあああ!?」

日小左九「「「「!?」」」」


第一印象、小学生。
そいつは、テーブルに置かれたチョコレートバーをかじっていた。
127 : ◆XksB4AwhxU :2017/04/06(木) 11:01:19.34 ID:aF6711jD0


神代  「僕の才能なら、お兄ちゃんたちの謎に賢者タイムのような明快な答えをあげられるかもよ」

日向  「お前は……誰だ?」

神代  「僕は神代優兎(かみしろ ゆうと)"超高校級の諜報員"なんて呼ばれている……もともと影は薄かったんだけど、
     この文字のおかげでますます仕事がやりやすくなってね」

神代は頬にある『隠』を指さした。

神代  「こうやって注目を浴びていると、露出[田島「チ○コ破裂するっ!」]の気分だよ。……妹さんの話だけど、"夢"で同じチームになるまでは
     会ってなかったんだよね?」

九頭龍 「な、なんで同じチームだったことまで知ってんだ!?」

神代  「僕の肩書、もう忘れた?」

九頭龍 「ぐっ……」

神代  「うん。妹……菜摘さんがどうして今まで当のお兄さんと接触しなかったのか。そこはブラックボックスだからさすがに分からないけど、
     菜摘さんは予備学科の生徒とも親しくしていないから、その方面から崩すのはむずかしいかな。
     ただ、意外な交友関係があるみたいだ」

日向  「意外……?」

神代  「"超高校級の野球選手"……桑田怜恩くん」

左右田 「はぁ!?どんな接点だよ!!」

神代  「桑田くんも78期の中では孤立していて、菜摘さん、あとは霧切さんくらいしか生徒と接点がないんだ。
     普段も蝕も一人で行動しているみたいだから、捕まえやすいよ。"始"の時から交流があるみたいだけど、菜摘さんの情報を得たいなら
     当たってみるのも手だね。……と、うわさをすれば」


神代が指さした先には、トレイに料理をのせる桑田がいた。


九頭龍 「……ちょっと聞いてみるか」ガタッ

小泉  「あ、待って!いきなりはさすがに「おい桑田、テメエちょっと面貸せ」なんでそんなヤクザみたいな挨拶すんのよ!」

九頭龍 「ヤクザなのは事実なんだから仕方ねーだろ!!……おい、テメエ菜摘とどこで知り合った?あいつについて洗いざらい吐いてもらおうじゃねーかよ」

桑田  「わ、悪いんすけど……オレからはちょっと話せねーっていうか……話すなって言われてるっつーか……」

九頭龍 「あぁ!?テメエあんま舐めた事抜かしてっと」ぐいっ
128 : ◆XksB4AwhxU [saga]:2017/04/06(木) 11:01:57.52 ID:aF6711jD0

カッ!


"出(いずる)"


胸ぐらをつかんだ九頭龍の目の前で、桑田は姿を消してしまった。

九頭龍 「なっ……」

神代  「あーあ。あんな早漏な聞き方するからだよ。桑田くんの文字は"出"だからね。
     今みたいな瞬間移動で逃げられるか……片玉にされちゃったりするかも」

左右田 「こえーこと言うなよ!」

神代  「さて。僕は君たちにヒントをあげたわけだけど……報酬はいらないよ。僕はほかに調べることがあるから、そのついでに得た情報を
     ちょっと見せてあげたまでだからね」ガタッ

神代  「……江ノ島さんの安全も確認できた今なら、"あの人"も出てこられるだろうし……」

日向  「あの人……?」

神代  「じゃ、また近いうちに会おうね」

菓子パンの袋を引っつかんで歩き出した神代は、あっという間に食堂の背景に溶けて消えていった。
文字の能力なのか、それともあいつの才能なのか……。


九頭龍 「……んだよ、なんでこんな……わけのわかんねえ事に……」


頭を抱えた九頭龍は、「菜摘……」と小さく呟いた。

存在しない生徒。隠れていた生徒。

日向  「また謎が増えたな……一体どうすれば、真実にたどり着けるんだ……?」

________

うっかりsaga忘れた




129 : ◆XksB4AwhxU [saga]:2017/04/06(木) 11:02:24.09 ID:aF6711jD0
いったん切るよ。
次回はまた蝕が起こるよ。
130 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/06(木) 11:35:25.98 ID:VInOiWlrO

なんとも複雑になってきたな
131 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/06(木) 15:49:44.61 ID:KrNQ5BQ6o
そういえば、二章いなかった花村はともかく弐大は九頭竜に妹いること裁判で
知ってるはずだよな。なんで知らなかったんだろう?
132 : ◆XksB4AwhxU [saga]:2017/04/10(月) 13:10:03.70 ID:SAXN2eMT0
地の文を減らす努力。

>>130
これからもっと複雑になるよ。

>>131
花村が知らないのは当たり前だけど。
それだと弐大の発言も矛盾する。
__________

【夢
 死亡者数:13名
 生存者数:1511名
 総生徒数:1524名→1511名】

__________


【弐大の個室】


ことのあらましを聞いた弐大は、難しい顔で腕を組んだ。

弐大  「ワシはマネージャーという才能柄、人の顔は一度見れば忘れん。
    小泉の学級裁判で九頭龍の妹の写真は見ておったからのう」

日向  「だったらなんで「結びつかんかったんじゃあ」

弐大  「目の前におる女子と、九頭龍の妹として見せられていた写真……あれが同じものと気づいたのは
     部屋に戻ってからでのう。悪いことをしたと思うたが」

今から思えばおかしな話じゃあ、と弐大は頭をかいている。

弐大  「しかし……九頭龍に妹がおった、というのはあの島で初めて聞いた。ワシが知らぬだけかと思っとったんじゃあ」

小泉  「ねえ九頭龍、そもそもあんた、なんで生徒名簿なんか見ようって思ったわけ?」

九頭龍 「……"夢"の主、って女がいただろ。ニタニタ笑ってる、でけえ女。あいつが菜摘に言ったんだ」


『久しいのう……我が娘よ』

『うつつの寝心地はどうじゃ?』


辺古山 「ただの戯言かと思ったが……私の記憶にもおかしな所があった。
     お嬢の名前が、坊ちゃんに言われるまで思い出せなかったのだ」

小泉  「そういえば、私も……あの子の下の名前、度忘れしてた……」

弐大  「この学園は、何が起こっても不思議ではないからのう」

日向  「で、どうする。俺としては調べてやりたいんだけどな」

豚神  「ひとまず九頭龍の妹のことは後回しだ。明日の予報も晴れだ……蝕の準備をする方が優先されるべきだろう」

九頭龍 「けどよ!」

豚神  「焦るな、せっかく神代がくれた手がかりだぞ。まずは定石どおりに行こうじゃないか。
     幸い、あさってからの予報は曇りだ。その間に桑田から情報を引き出せばいい。
     ……いいか。死んだら元も子もないんだぞ。まずは生き残ること。それだけだ」

133 : ◆XksB4AwhxU [saga]:2017/04/10(月) 13:10:30.36 ID:SAXN2eMT0
【翌朝】


キーン・コーン・カーン・コーン………


学園長 『みんな、おはよう。今日も一日頑張ろう、"希望"をつかみとるために』


日向  (朝と夜のアナウンス。学園長室にあった人形を見せると、辺古山が"こいつは形代だ"と教えてくれた)もぞもぞ

日向  (神社とかによくある、体の悪いところを撫でて奉納する身代わりの人形らしい。
     落ちていた場所を考えると、あれは学園長の身代わりなんだろう)ガバッ

日向  (テレビが映ったあの日……食堂で突然消えたのも、本体の学園長は別の場所にいるからか)

日向  (学園長がいるのは、俺たちが決して行けない場所……)


着替えながら、窓の外を見る。
忌々しい空島は、今日も変わらず浮かんでいた。


日向  「いつかあそこに行って、化けの皮を?がしてやる!」

日向  「……」

日向  「最近、荒んでるな……俺」

___________


豚神  「澪田、前から言おうと思っていたんだが……」

澪田  「はいはい、なんでしょ!「はいは一回でいい」はっ、まさか結婚の約束……「違う」

豚神  「はいは一回だ。お前の文字はたしか、音で防壁を張るんだったな。……全方位に対応できないと
     いう欠点を忘れていないか?」

澪田  「あー、それは覚えてるっすけど……」

豚神  「背後や上からの攻撃には無力だと分かっているなら、もっと工夫をだな」

澪田  「むむっ、お説教の始まりそうな気配を受信したっす!そりゃ逃げろ〜!」

豚神  「澪田!」


カッ…


日向  「くっ……」


空島が、まぶしい光を放つ。
反射的に手を顔の前に出して……光がおさまった時、目の前にいたのは。


日向  「!?」


すっぱだかの、七海千秋だった。
134 : ◆XksB4AwhxU [saga]:2017/04/10(月) 13:11:10.19 ID:SAXN2eMT0

【日向創:Chapter04:『母』(ハハ)】



日向  「なっ……え、えっ?」


混乱する俺の隣で、左右田も「うわあああ!!」と叫んでいる。

左右田 「そっ、ソニアさん!?」

一糸まとわぬ姿のソニアが、左右田の頬を撫でた。
する、と首に腕を回してそのまま口づけようと顔を近づける。


ソニア 「きゃあああ!?な、なにが起こって……」

左右田 「え、ソニアさんが二人!?」

田中  「めっ、雌猫……やめろ!我が瘴気に触れれば貴様もただでは済まな……」

左ソニ 「「三人!?」」


裸のソニアが、田中の股に足を入れてそのまま押し倒す。二人の唇が重なった瞬間。


パカッ


田中  「……!?」


ソニアの顔が割れて、中からたくさんの手が出てくる。
田中を中へ引きずりこんだソニアの腹がふくらんで、透明なカプセルのようになった。


豚神  「これが今日の蝕だと!?」

裸の澪田に捕まった十神も、あっという間に引きずりこまれた。


ソニア 「田中さん!……出して、出してください!!」ガンッ、ガンッ


椅子で自分の偽物をぶん殴るソニアの後ろで、左右田がとうとう偽ソニアに食われる。


ソニア 「左右田さん!なっ、何か刃物は……」オロオロ


そんなソニアの前に、金髪の女が立った。


ソニア 「おかあ、さま……?」ぱくんっ


日向  「七海、ごめんな!」カッ


"変(へん)"


日向  「うらああッ!!」ブンッ


ざくっと手ごたえがした。おそるおそる目を開ける。日本刀がめりこんだ七海の顔が、
左右にパカッと開く。

日向  「……やめろ、やめてくれよ……」

しゅるしゅるっと伸びてきた手が、俺の体に巻きついて。

日向  「やめろ、七海ぃぃーー!!!」

俺の視界は、真っ暗になった。
135 : ◆XksB4AwhxU [saga]:2017/04/10(月) 13:11:59.34 ID:SAXN2eMT0


罪木  「…………」

罪木  「……あれっ」ぱちっ

罪木  「何が……起こったんですかぁ……?」きょろきょろ

罪木  「ここ、どこでしょう?学校……じゃ、ありませんよね……」

ベッドに眠っていた罪木は、あたりを不思議そうな顔で見回す。
ハート柄のかわいいパジャマ。清潔なベッド。かわいい家具のある部屋。

罪木  「おかしいですねぇ……私はいつも、押し入れで寝てたはず……」

コンコン

罪木  「ひゃうぅ!?」びくーん

ガチャッ

??? 「蜜柑ー?まだ寝てたの?」

罪木  「お……かあ、さん……」

母   「もう、まだ寝ぼけてるの?朝ごはんできたわよ、下りてきなさい」


あきれたように腰に手を当てた母親。

罪木  (おかしいです……私を見ると、ぶつか怒鳴るかしかしてくれなかった、お母さんが……)

母   「ほら、座りなさい。髪の毛やってあげるから……あんた、高校生にもなってそんなんじゃ、
     お嫁の貰い手がないわよ」

優しい母親が、罪木の髪の毛をとかしてくれる。
ざんばらに切られていたはずの髪は、なぜかきちんとしていた。

とんとんとん……


父   「おはよう、蜜柑」

罪木  「おっ……おはようございますぅ……」

父   「ハハハ、実の父親にそんなかしこまらなくていいんだぞ?」

罪木  (この人も……誰なんでしょうか……?)

コーヒーを飲みながら新聞を読んでいる父親は、スーツを着ている。

罪木  (朝ごはんがもらえたのなんか、いつぶりでしょうか……でも、おいしいですぅ……)もぐもぐ


朝日がさしこむリビング。キッチンに立つエプロン姿の母親。まるでドラマのような光景だ。


ピンポーン


母   「あら、創くん?ごめんなさいねえ、蜜柑ったらまだご飯食べてるのよ」

日向  「いいんですよ。俺待ってますから」

罪木  「日向さん!?」

日向  「おいおい、幼なじみだろ。んなよそよそしく呼ばないで、"創"でいいっての」

罪木  (日向さんが幼なじみ……?ますます分からなくなってきちゃいました……
     ここ、一体どこなんですかぁ!?)ぐるぐる
136 : ◆XksB4AwhxU [saga]:2017/04/10(月) 13:12:34.35 ID:SAXN2eMT0
_________


左右田 (うおおおおソニアさんが!!ソニアさんがオレと手をつないで……)

ソニア 「和一さん?どうかしましたか?」

左右田 (もう覚めなくていいや)

ソニア 「もう……また徹夜で機械いじりしてましたね?ほんとに困ったちゃんですね、和一さんは。
     朝ごはん作ってきましたから、学校に行く前に二人で食べましょう?」

左右田 「あれ、ソニアさん……料理なんて出来たんですか?」

ソニア 「当たり前だのクラッカーですわ!ほら、和一さんが大好きなツナサンドですよ!」

左右田 「……なんだ、この違和感」

左右田 「ま、いっか」もぐもぐ

_________


小泉  「お父さん、また仕事?」

父   「ああ……まったく、残業続きで嫌になるよ」クキッ、コキッ

父   「まあ、お前たちのためだと思えばがんばれるけどな」

小泉  「そう……行ってらっしゃい。無理はしないでね」

パタン…

小泉  「そうだ……アタシ、お父さんがいつも家にいるのが嫌だった。よそのお父さんが
     バリバリ働くのがうらやましかったんだ」

小泉  「……あれ?じゃあ今出てったお父さんは、一体なんなの?」

小泉  「……」

小泉  「……いいか、別に」

_________


西園寺 (……なんなの、これ)


母   「あら、どうしたの日寄子さん。あなたの好きな里芋を煮ましたのよ」

祖母  「日寄子や、今日のお稽古は疲れたろう。しっかりお食べ」

女中  「お嬢様、お召しがえですよ。お食事の前に浴衣に着がえましょうね」

広々とした座敷で、鍋を囲んだ家族。
食卓に並んでいるのは、西園寺が大好きなものばかり。


西園寺 (……仲良しの家族って、こういうものなんだ)

西園寺 (……気持ち悪い)

母   「日寄子さん?」

西園寺 「もういいっての」

父   「今日のお前はおかしいぞ」

西園寺 「おかしいのはあんた達だよ!」カッ


"舞(まい)"


西園寺 「わたしの家族は、こんなんじゃない!!」ブンッ

137 : ◆XksB4AwhxU [saga]:2017/04/10(月) 13:13:13.77 ID:SAXN2eMT0

扇の一閃。
操られるままに、祖母が壁に頭をぶっつけて動かなくなる。


西園寺 「家元の座に執着して……子供の食事に毒を盛って……婿養子のお父さんをいびって!!」


次に、母親がぐつぐつ煮えたった鍋に頭を突っ込んだ。


西園寺 「わたしの着物を破って……足袋に針を入れて……とても口に出せないようなことをたくさんしてくれて!!」


女中たちが、包丁で首をかき切る。


西園寺 「そのせいでわたしはこんなッ……こんな人間にしか、なれなくて!!」


何度も床に頭を打ちつける父親を、西園寺は荒い息をついて見下ろす。


西園寺 「ちがう……わたしが勝手に歪んで、勝手に人を傷つけてる……
     辛いのはわたしだけじゃない、分かってんだよそんなの!!!」

西園寺 「でも、そんな生き方を選ばせたのはおまえらなんだよ!!」

西園寺 「おまえらがッ……もっと、ちゃんとした家族だったら……」


気がつくと、あたりは血の海になっていた。
動かなくなった家族に背を向けて、西園寺はつぶやく。


西園寺 「あのゴミクズみたいなやつらが、わたしの家族だよ」

西園寺 「だから、わたしは帰る」


スウッ……

そう口にした瞬間、西園寺は光に包まれた。

_______

___


西園寺 「…………」

西園寺 「……んっ…」ぱちっ

西園寺 「な、なによ……これ」

霧切  「あら、意外と早かったわね」


そこが校庭だと気づいた瞬間、西園寺は目の前の異様な光景に言葉を失った。

女。女、女。

巨大な裸の女が、何十体と立っている。彼女たちの腹は子宮を思わせる透明なカプセルになっていて、
その中で胎児のように、生徒たちが眠っていた。
138 : ◆XksB4AwhxU [saga]:2017/04/10(月) 13:13:42.38 ID:SAXN2eMT0


西園寺 「これ……なんなの?」ぺたっ

霧切  「この蝕は、寄生型……生徒に寄生し、文字の力を食らう蝕なの。文字は"母"よ」

西園寺 「母?」


霧切はホログラムを出して説明する。

霧切  「まず、裸の女が出てきたでしょう?あれが寄生型の蝕で"女"。それぞれが思い描く"理想の女性"の姿をとって
     現れ、生徒たちを誘惑する……そして、顔の中から手を出してからめとる」

霧切  「すると、"女"は"胎"の中に生徒を引きずりこんで通常型の蝕である"母"へと変化する。
     その中で、生徒たちは幸せな夢を見る……それを夢だと看破できなければ、文字の力を少しずつ食べられて……」

霧切の指さした先には、すでに受精卵まで戻ってしまっている生徒がいた。

西園寺 「……!!」

霧切  「ああなったらもう手遅れよ。"母"の中で永遠に幸せな夢を見続けるしかないわ」

西園寺 「そうだ、おねぇは……」

あわてて辺りを見回した西園寺は、小泉の眠っているカプセルを見つけて「おねぇ!!」と叩く。

西園寺 「おねぇ、起きてよ!!おねぇ!!」

霧切  「無駄よ。"母"そのものを破壊すれば、一心同体となっている生徒たちも同じように消えてしまう。
     小泉さんが自力で夢から覚めるしか、方法はないわ」

西園寺 「だけどっ……あんたの文字、蝕の弱点が分かるんでしょ!何か方法はないの!?」

霧切  「一つだけあるけど……かなりリスキーよ」

西園寺 「教えて、小泉おねぇが助かるんだったら、わたし……」

霧切  「……」ふっ

霧切  「その心配はなさそうね。ほら」

ピシッ、と小泉のカプセルにひびが入った。幼稚園児くらいの姿まで戻っていた小泉が、目を開ける。
小泉の口が「ひよこちゃん」と動いた。


西園寺 「おねぇ、聞こえてるの……わたしだよ!目を覚まして!!」


ひびはどんどん大きくなって、元の小泉が転がり出る。とたんに"母"はしぼんで、すうっ……と消えていった。

小泉  「う……頭痛い……」ズキズキ

西園寺 「うっ、ううっ……うわあああん!!よかったよぉぉぉ!!」がしっ


泣いている西園寺の後ろで、隣り合ったカプセルに入っていた十神と澪田が出てくる。
139 : ◆XksB4AwhxU [saga]:2017/04/10(月) 13:14:31.73 ID:SAXN2eMT0


山田  「幸せな夢といいますが……もともと現実が満たされていた僕にはあまり関係ありませんでしたぞ!」ふんす

安広  「なのに私より遅いというのは、いかがなものでしょうか」

山田  「うぐっ……」

安広  「ふふ、ちょっと意地悪を言ってみたくなっただけですわ。胎内で見る夢は刺激がありませんでしたもの」

山田  「多恵子殿にとっては蝕も遊びですか……ジャンプの打ち切り漫画もビックリの斜め上な発想には
     もうついていけませんぞ……」げんなり

安広  「誰がついてきてくれと言いました?」にっこり


次々に出てくる生徒たちを見て、西園寺が思い出したのは。


西園寺 「……そういえば、ゲr」

西園寺 「あいつ……どうして」

小泉  「日寄子ちゃん?」

ふらふらと歩き出した西園寺は、やがて目的のカプセルを見つけて立ち尽くす。

西園寺 「……嘘」

小泉  「蜜柑ちゃん……あの子、辛い育ちだって聞いてたから……夢から逃げられないんだ……」

カプセルの中で眠る罪木は、赤ん坊の姿になっていた。
楽しそうに笑っているが、だぼだぼの制服に包まれた彼女にもはや時間が残されていないのは、明白。

西園寺 「…………」

西園寺 「霧切、教えて。"母"の中に入る方法」

霧切  「負ければ死ぬわよ」

西園寺 「こいつが勝手に死ぬことの方が許せない!!わたし、まだこいつのこと許してないんだから!!」

霧切  「…………」

霧切  「いいわ。……必ず二人とも帰ってくると約束できるなら」

こっくりとうなずいた西園寺に、なにか言いかけた小泉も黙る。
140 : ◆XksB4AwhxU [saga]:2017/04/10(月) 13:15:01.25 ID:SAXN2eMT0

霧切  「"母"の顔が二つに割れているのが見えるでしょう?あそこから夢の中に入れるわ。……終里さん」

終里  「なんだ?」

霧切  「あなた、西園寺さんを抱えてあそこへ投げこめるかしら」

終里  「おうっ!よーするにバスケのダンクだな!?」ひょいっ

西園寺 「ちょっ、何するの!やめてよ!!」じたばた

霧切  「西園寺さんの身長じゃ届かないでしょ」

西園寺 「やめてってばー!!土食べさせたのは謝るからあああ!!」

終里  「行くぜ!!歯ァ食いしばってろよ……」

西園寺 「やめてーーー!!」ぶんっ

なんと、終里赤音はダンクシュートを理解していなかった。
宙を舞った西園寺の小さな体は、見事に"母"の中へボッシュートされる。

すとんっと着地した終里は「えーと……」と自信なさげに頬をかく。

終里  「あ、あれでよかったんだよな……?」

小泉  「よ、よかったけど……ダンクってああいうのじゃないからね?」

霧切  「あとはただ祈るしかないわ……二人とも無事に帰ってくるのをね」

_________

切ります。



141 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/11(火) 00:35:19.19 ID:jeM4GMRc0
乙です!一気に読ませてもらいました 展開にわくわくです
142 : ◆XksB4AwhxU [saga]:2017/04/14(金) 21:57:39.53 ID:+gndf1D00
>>141
あざっす。


日向  (隣に住む可愛い巨乳の幼なじみが罪木。現実の罪木よりスタイルがいい気がする)

七海  「日向くん、おはよー!昨日貸してあげたゲーム、もうやった?」

日向  (友達以上恋人未満の委員長、七海。ぼんやり七海も捨てがたいがこっちもまたよし)

ウサミ 「みなさーん、授業が始まりまちゅよー!席についてくだちゃーい!」ふりふり

日向  (優しくてあったかい担任の先生……ウサミ)


ザワザワ… オマエシュクダイヤッタ?
クッソー、テストノケッカサイアクダー ザワザワ…


日向  (これは夢だ。七海に取りこまれた中で見ている夢だ)

日向  (それは分かってるんだが……いまいちクリアの方法が分からないな。
     ゲームだったらボスがいるんだが)

日向  (…………)

日向  「そうだ、ボスだ!!」ガタッ


しーん……


ウサミ 「えーと、日向くん……?今の注釈に何か質問がありまちゅかー?」

日向  「お腹が空いたので保健室に行ってきます!」バッ

ウサミ 「日向くん!?いろいろと間違ってまちゅよー!!」


たったったっ…


日向  「どこだ、どこにいるんだ!?」ガラガラッ

日向  「……ここも外れか!」チッ


電子生徒手帳の地図を頼りに、だだっ広い希望ヶ峰学園の中を走り回る。
くそっ、夢なのになんだって校舎のデカさは現実と同じなんだ!


日向  「ここか!?」ガラッ

モブ女 「きゃー!!エッチー!!」ビュンッ

日向  「更衣室だったのか!すまん!!」


顔に当たったパンツを投げ返すと、着替えていた女子から「サイテー!」「死ねよ!」の怒号が送られる。
全部の教室を探したが、出口らしきものは見当たらない。時間だけが刻一刻と過ぎていく。


日向  「……ん?」


ピンポンパンポーン


『3年B組日向くん。B組の日向くん。至急学級裁判場まで。繰り返します、3年B組の日向くん……』


日向  「このふざけた声……モノクマだな」

日向  「ここから脱出するためには、やはりモノクマを倒すのが手っ取り早いか」たったったっ

日向  「よし、行こう。武器……は、このネクタイを」カッ


"変(へん)"


日向  「モノケモノ召喚とかされたらまずいな。早めにケリをつけるか」

日向  (エレベーターに乗りこんで、弾倉を確認。ちゃんと6発入ってるな)

日向  「待ってろよ、モノクマ……」
143 : ◆XksB4AwhxU [saga]:2017/04/14(金) 21:58:17.79 ID:+gndf1D00

チーン ガラガラ


日向   「おいモノクマ!来てやった……ぞ?」

モノクマ 「待ちくたびれたよ日向くん……約束の時間からちょっと遅れてくる方がマナーだって
      カンチガイしてるパターンでしょ、君。あのねぇ、大名行列じゃあるまいし、
      ボクが呼んだらさっさと来るのが礼儀だよ。あ、クマよ」

日向   「な……なんで、んなデカいんだ、お前……」プルプル


そこにいたのは、天井まで届きそうなくらい膨らんだモノクマだった。
自分の持っている拳銃が、とたんに頼りないものに思えてくる。


モノクマ 「ボスキャラが巨大化するのってインパクトあるでしょ?だからボクもやってみたの」

モノクマ 「ま、時間もないしちゃっちゃと殺っちゃおうか!んじゃ、どっからでもかかってこーい!!」ガオー

日向   「」


__________



西園寺 「いだっ!」ドサッ

西園寺 「うう……罪木のやつ、覚えてろよ……」ヒリヒリ


ぶつけた尻をおさえて立ち上がる。わたしの目の前で、メリーゴーランドが回っていた。

右に視線を向けるとコーヒーカップ。左には100円入れると動くパンダとかの乗り物。

――夕暮れの空。


西園寺 「ふーん、遊園地か。いかにも庶民が喜びそうな安っぽいアトラクションばっかだねー」くすくす

西園寺 「つーか、罪木はどこ……」きょろきょろ

??? 「そふとくりーむ、うっ、そふとくりーむぅ♪」

??? 「あらあら蜜柑、そんなに一気に食べたらお腹壊すわよ」


当たり前だけど、夢の中の罪木は小さいし。あちこちぺたんこだった。
幸せそうだし、いっそこのままのほうがこいつのためかもしんないけど。


西園寺 「……帰るよ、罪木」ぐいっ

幼罪木 「ふゆぅ?おねえちゃん、だれぇ?」

??? 「おいおまえ!みかんになにしてんだ!」ドンッ

西園寺 「そのアンテナ……日向おにぃ!?」

幼日向 「おばさん、こいつみかんをゆうかいしようとしてる!けいさつにいわなきゃ!」

母親  「そうねぇ、創くんの言うとおり……悪い人はけけけいいさつつに」ガタガタ

幼日向 「けけけけいさつににににこ、ここころしてもももらわな」ガタガタ

西園寺 「!?」

幼罪木 「ふえ?ママ……はじめくん?」


子どもの日向おにぃと、罪木の母親。
二人の輪郭がぶれて、巨大な化け物に変わる。皮膚は緑色だし、ブヨブヨしてるし。もう二人の面影なんかない。
144 : ◆XksB4AwhxU [saga]:2017/04/14(金) 21:58:59.19 ID:+gndf1D00

西園寺 「何、あいつら……頭にメスと注射器ブッ刺さってるし……もしかして、ここが罪木の夢だから?」

母親  『さあみかんんんんん、こっちにおいででええええ』グチョッ、ブチュッ

幼日向 『みかんんんんん』ベタン、ベタン

幼罪木 「い、いやだよぉ……こわいもん……」ぎゅっ

西園寺 「ふんっ、わたしを追い出すためなら罪木に怖いもの見せてもいいんだ。ずいぶん身勝手な"母"だね」

わたしの親とそっくりだ。

西園寺 「……逃げるよ。おねぇの背中にしっかりつかまって」

幼罪木 「う、うん……」ぴとっ


わたしは、罪木を背中におぶって駆け出した。
着物のすそがめくれて、転びそうになるのをなんとかこらえて、遊園地の出口に向かって走る。


幼日向 『にげるなあああああ!!!』ゴオッ

西園寺 「あつっ……!」

幼罪木 「おねえちゃん!」

西園寺 「だい、じょうっ……ぶ!」


ああ、そういえば。
あんたがわたしに弱みを見せたことなんか、なかったよね。


出口までたどり着いたところで、罪木を地面に下した。

西園寺 「たぶん、そこが夢の出口だと思う。あとは一人で行くんだよ」

幼罪木 「で、でもぉ……おねぇ……」

西園寺 「……わたしがここまでやってやってんだぞ、その前足は何のためについてんだよゲロブタぁ!!」

幼罪木 「!」びくっ

幼罪木 「……おねぇも、ちゃんときてね」とてとて


罪木は出口の向こう、真っ暗な中を走っていく。
そこでやっと、化け物どもが追いついてきた。


西園寺 「……あとは、こいつらを倒すだけだよね」カッ


"舞(まい)"


幼日向 『あああああfぢんlふぉqqi:@』ビッタンビッタン

母親  『青fwt3wq』−*1』ベタンッベタンッ


西園寺 「消えろよ偽物どもぉ!!」ブンッ


西園寺の体がくるりと回転し、左手の扇が空間を一文字に切り裂く。

瞬間、彼女を食べようと涎を垂らしていた化け物は、お互いの腹に牙を突き立て息絶えた。


西園寺 「終わった……って、あんた」

幼罪木 「………」ぷるぷる


出口のところでもじもじしてたのは、先に行かせたはずの罪木だった。


西園寺 「……しょうがないか」きゅっ


手をつないでやると、にへらっと安心したみたいに笑ってる。きもっ。かわいいとか絶対思わないからね。


少しずつ、少しずつ消えていく遊園地に背を向けて、わたしたちは光に向かって歩き出した。
145 : ◆XksB4AwhxU [saga]:2017/04/14(金) 21:59:36.62 ID:+gndf1D00

日向  「はあ、はあっ、はあ……」

モノクマ「ハァ……まったく、これだからゆとり世代は。
     あのねぇ、ボクはまだ変身を残してるんだよ?オラ、もっとケツの穴締めてこいやあああ!!」

日向  「はっ、ははっ……キャラブレすぎだろ……」ヨロッ

日向  「モノクマ……江ノ島か。あいつ、最後まで理解不能だったって事なんだな」チャキッ

日向  「もっとも、あいつを理解できる奴なんか……あいつ一人だけだろうけど」


――パンッ!!


モノクマの眉間を撃ちぬいたが、奴はまだ倒れてくれない。

日向  「なんだ……何が、足りないんだ……?」

モノクマ「うぷぷぷ、だって君は」


もう時間切れだもん。


日向  「嘘……だろ」

モノクマ「ボクを倒すって決めた所まではよかったんだけどね。そこまでが長すぎダレすぎ。
     君だってこの心地いい夢から覚めたくなかったんでしょ?命がけの試練を強制される
     現実なんてもううんざりだったんでしょ?」

日向  「ちがう」

モノクマ「なにが違うっていうのさ。毎朝おっぱいで起こしてくれる罪木さんがいいんでしょ?
     左右田くんや九頭龍くんと行くゲーセンは楽しかったでしょ?
     七海さんと放課後デートがしたかったんでしょ?」

日向  「違う……俺は、現実へ……」

モノクマ「もういいじゃない。永遠に幸せな夢の中で、らーぶらーぶしてこうよ」

日向  「嫌だ!!俺は、絶対に現実へ帰るんだ!!」


だから、俺に力を――


カッ!!


伸ばした手の先に、"変"の字が浮かび上がるのを見届けて。

俺の意識は途切れた。

__________


罪木  「……う、ん……」ぱちっ

霧切  「目が覚めた?……お手柄ね、西園寺さん。あと数分遅れていたら、帰ってこられなかったわよ」

西園寺 「……」

罪木  「あ、ありがとうございましたぁ!!……こんな、私なんかを助けてくれて……」ばっ

西園寺 「はぁ?わたしがこんな使えないゲロブタ一匹助けるために命かけたとか思ってんの?
     思い上がりもいい加減にしろよ、日向おにぃに恩売ってやろうって考えただけなんだからね」

罪木  「あうぅ……」

西園寺 「あんたがいなくなったら、張り合いがないし」

罪木  「?……今、なんて「ところで日向おにぃは?まだ出てきてないの?」

照れくさいのか、むりやり話題をそらした西園寺。

しかし、霧切は暗い表情で首を横に振った。


霧切  「……これが、日向くんだった"もの"よ」

西園寺 「……は?」

指さされたのは、透明なカプセルの中にゆらゆらと浮かぶ卵子。
146 : ◆XksB4AwhxU [saga]:2017/04/14(金) 22:00:02.38 ID:+gndf1D00

小泉  「うそ、これが日向……?」

両手で口をおさえる小泉。

豚神  「さっき西園寺がやったように、連れ戻せないのか!?」

霧切  「無理よ。ここまで"戻って"いるということは、完全に"母"へ取りこまれたということ……彼の文字の力は
     すべて、養分とされてしまったでしょうね」

西園寺 「そんな……おにぃ……」へなっ


しくしくと泣き出した罪木の横で、西園寺はへたりこんだ。


身勝手な自分に根気よく付き合ってくれた。
絶望として、希望として。自分たちを導いてくれた。
そして、今も……この理不尽な試練を強いられる中、十神と共に皆をまとめ上げようと努力していた。

その、日向が。


罪木  「うそです……そんなの、嘘に決まってます!!
     だって……日向さんは約束してくれたんです、必ずここを出るんだって!
     その日向さんが……し、死ぬわけっ……」

左右田 「畜生、返せ!日向を返せよ!!」ガンッガンッ

田中  「やめろ、雑種。それ以上叩いても、お前の拳が傷つくだけだ」

左右田 「ちくしょう……」ずるずる

左右田 「ぜってー認めねェかんな……まだ蝕は終わってねェ……空島が出る前に帰ってくりゃいいだけの話だ……」


黙って空を見上げた田中は、太陽の影から空島が顔を出しているのを見て心の中で呟いた。

田中  (だが、なぜだ……なぜ、特異点の死という現実に違和感がある?)


______________


???  「……体が重くなっている……脂肪、ではなさそうですが」

モノクマ 「君は……」

???  「時間がありません」すっ


地面を蹴った青年の膝が、巨大モノクマの頬に命中する。
一瞬の、静止。体勢を崩したモノクマにもう一発蹴りを叩きこんで、地面に沈めた。


???  「……命を賭けるにしては、単純すぎる試練ですね。
      この現実も、僕を高揚させることはできないということですか」

???  「……ああ、そういえば時間がないんでしたね」


空間にピシッとひびが入る。崩れゆく裁判場の中、光に向かって彼は歩き出した。
147 : ◆XksB4AwhxU [saga]:2017/04/14(金) 22:00:36.91 ID:+gndf1D00


空島はすでに、その大部分を見せている。脱落者と生還者がほぼ決定する時刻になっても、
左右田はまだカプセルに縋りついていた。罪木は祈るように指を組んで、西園寺も手を合わせている。
仲間たちが見守る中、カプセルから『ピシッ』と音がした。


左右田  「なっ、なんだ!?」バッ

霧切   「!……これは、まさか……いえ、ありえないわ」

小泉   「見て、カプセルが!」


"母"の顔が苦悶に歪み、カプセルが真っ二つに割れる。
カプセルを蹴破ったのは、日向ではなく。


???  「……こんな時は、なんと言えばいいんでしたか」

田中   「貴様……カムクライズルかッ……!」

カムクラ 「ああ、思い出しました。"お久しぶりです、お元気でしたか"。でした」


羊水の中から立ち上がった日向――否、カムクライズルは、
まったく感情のこもっていない再会の挨拶をした。


カムクラ 「……そんな顔をしなくても、すぐに日向創は返しますよ。彼を生還させるという目的は果たされましたから」

少しだけ眉を動かしたカムクラが、こめかみに指を当てて目を閉じる。

カムクラ 「では、またいつか……」

すうっ、とカムクラが消える。同時に、日向の体がぐらりと地面に倒れこむ。

罪木   「、日向さん!」

左右田  「大丈夫だ、生きてっぞ!」

わあっ、と喜ぶ77期生たちを見届けて、霧切は踵を返す。

霧切   「やはり彼は、イレギュラー……あの状態からの生還は、私でも予想できなかったわ。
      だけど……」

膝をついて、呆然と地面に落ちた制服を見つめる九頭龍を見下ろした霧切。

霧切   「あなたは、ずっと夢を見ているようなものだったのね。九頭龍くん」


言われた九頭龍は、「くっ」と声のない嗚咽を漏らしてその場にうずくまった。
   


【女(通常型)母(寄生型)
 死亡者数:73名
 生存者数:1438名
 総生徒数:1511名→1438名 】


________

切ります。
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