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新田美波「わたしの弟が、亜人……?」

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955 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/08/18(日) 20:56:03.42 ID:TPJ777ywO


中野「人の命を……」

永井「命!?」


永井が中野の向う脛を力任せに蹴りつけた。歩み寄ってくるタイミングでの蹴りで中野はバランスを崩し、そのうえたっぷりと雨に濡れた草地を踏んでいたせいで中野はひっくり返ってしまった。

アナスタシアが正気に帰り、ふたりの間に分け入ろうと駆け寄った。

永井はこのうえなく苛立ちながら立ち上がり、見下ろす中野に怒声をぶつけた。


永井「命の価値なんざTPOで変わるもんだ!」


激昂しながら永井はさらに言葉を続けた。


永井「家族が死にそうなら助けるだろうが、どっかの国で百万人が死んだって、せいぜいニュースで見て感傷に浸るくらいなもんだろ!」

中野「御託ばっかり……」

永井「どっちがだよ!」


永井が中野の胸ぐらを乱暴に掴み馬乗りのように上に被さった。

そのときアナスタシアが永井の腕を掴み、二人の顔を交互に見やってから言った。
956 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/08/18(日) 20:57:37.11 ID:TPJ777ywO

アナスタシア「ケイ、もうやめてください! コウも殴ったりするのは……」

永井「フォージ安全の社長が死んだとき、たいして騒がなかったよな」


アナスタシアの予想に反して永井は中野を殴りつけたり罵倒を重ねたりはしなかった。自分の声が相手の心内に確実に作用させるため、永井は低く沈鬱な感じのする調子で喋り出した。


永井「平沢さんが死んだとき聞いたときはあれだけ感情的になってたのになあ!」


まるでそのときの中野の感情を再現するかのように永井は声を荒げて言った。


永井「すべての人間が無意識に他人の命の重さを秤にかけてる……おまえもだ」


いちど言葉を切ったとき、永井は視界にアナスタシアが映っていることを認めた。その表情は計り知れない痛みのような感情に歪んでいた。いままでは天秤の大きく傾いたほうにばかり心を占められ、その傾き、つまりは感情の流れにのって行動を起こしたし堪えきれず内心を現したりもしてきたアナスタシアは、この永井の指摘によって眼が開かれたかのように傾かなかった上皿のことを鋭敏に意識した。しかし、意識できたのは上皿だけだった。そこにのっているはずの命の重さを計るのは当然誰にだってできないことだった。


永井「それを意識的にやってるだけで僕を批判するじゃねえ!」


永井は中野の胸ぐらから手を離し、言葉を失っているアナスタシアにも背を向けその場から立ち去ろうとまた歩き出した。

雨は激しさを増す一方だった。水分を含んで垂れ落ちてきた前髪がアナスタシアの視界を遮った。額に張り付いた銀色の髪をかきあげもせずアナスタシアは永井の背中をただ見送った。追いかけようにも何を言ったらいいのか全然わからなかった。雨は顔を強く打ち、流れ落ちていった。雨滴をやたらと温く感じた。

957 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/08/18(日) 20:58:36.48 ID:TPJ777ywO


中野「そう、なのかもしれない……」


静かなためらいがちな声で中野は自分自身に吐露するようにつぶやいた。


中野「命がどうのって、言えた口じゃないのかも……」

中野「でも……なんて言ったらいいのかわからないけど……佐藤を止めたいんだよ」


中野はふと口をつぐんだ。アナスタシアは困惑しながら、永井は立ち止まって聴き耳を立てている。数秒が過ぎた。雨の音がおおきい。風も強く吹いている。


中野「電球を替えようとしたんだ」


中野はさっきよりもはっきりした声で話を再開した。


中野「雑誌とか新聞を積んで……踏み台にして……」

中野「で、バランスを崩して、頭から落ちた」

中野「そしたら、からだが動かなかったんだ」

中野「声も出なくて、だれにも見つからなくて、何日もそのままだった……生き返るまで」

中野「たぶん、そのとき初めて死んだんだ」


それまで中野は声の大きさにふさわしく淡々と冷静な調子で話していたが、ふいに息継ぎするかのように一瞬だけ言葉を切ると、今度は最初はまだ大声でこそないが底から湧き上がってくる怒りにまかせてだんだんと声を荒げていった。

958 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/08/18(日) 20:59:19.11 ID:TPJ777ywO


中野「おれの親父もお袋もろくでもねえ奴らだった。平気で家を空けて遊び歩いてやがる」

中野「動けなくなったとき、何度も思った。おれはいらない人間なのかって……でも、おれを拾ってくれて、仕事を与えてくれて、使ってくれる人たちがいた! だからおれを頼ってくれる人がいたならおれは絶対に応える! ずっとそうしてきたんだ!」


しゃべっているうちに中野は眼が熱くなっていくのを感じていた。熱さは雫になって眼から溢れ落ちそうになっていた。


中野「だけど……ひとりじゃないもできない。バカだから……」


さっきまでの激情はもはやなかった。沈鬱した感情に声を詰まらせながら中野は永井に言った。


中野「おまえがコンテナのドアを開けたとき、ほんとうに安心したんだぜ? ……おまえのおかけで、ここまでやれたんだ」

中野「身勝手なお願いなのはわかってるよ……でも」


中野の声が震えた。痛めつけるように強い力を込めて拳を握り、中野は涙を流して言った。


中野「もうすこしだけ手伝ってくれよ……永井」


中野が必死になって訴えかける様子を永井は首だけ振り向いた格好でだがしっかりと見ていた。眼から溢れる涙も、震えがおさまらない唇も、締め付けるように閉じられた手も永井は見ていた。

959 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/08/18(日) 21:00:19.66 ID:TPJ777ywO


永井「知るかよ」


永井はそれだけ言い捨てると、その場から立ち去るようにまた歩き出した。


中野「平沢さんも……真鍋さんたちも、みんな……殺されちまった……」


中野は悔しさに涙しながら、途切れ途切れに声を震わせた。


中野「悔しくねえのかよ」


鼻を啜るような声だった。


永井「うるさい」


その一言を言うために永井が一瞬立ち止まったのをアナスタシアは目撃した。耳に届いた声は微かに震えていたと思ったが、激しい雨音に邪魔されたせいかもしれなかった、仮に震えていたとしてアナスタシアには永井を説得する方法などまるでなかった。

結局、アナスタシアは永井の後ろ姿が雨に烟り、完全に見えなくなるまでその場に立ち尽くしているしかなかった。

アナスタシアは中野がさっきから押し黙ったままでいることに気づいた。中野の告白はアナスタシアに高架下の車中で交わした会話を思い出した。修学旅行もクリスマスも正月も、中野は無縁だったと言った。それを聞いた自分の質問があまりにも不用意だったことも思い出したアナスタシアは血の気が引く思いだった。

中野のほうを見るのは怖かった。アナスタシアは祈りを捧げるようにギュッと目を閉じ、意を決し顔を上げた。中野が振り返ってアナスタシアを見ていた。中野の顔は、悲しみを堪えていることがわかるような笑顔だった。
960 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/08/18(日) 21:01:18.01 ID:TPJ777ywO


中野「アーニャちゃんは帰った方がいいよ」


おもむろに中野が口を開いた。


アナスタシア「え……」

中野「やっぱり、女の子が危ないことをするのはダメだって」

アナスタシア「コウ、なんで……」

中野「泉さんや戸崎さんが無事ならまだやれるから」

アナスタシア「アーニャだって亜人です!」


中野はアナスタシアを見つめた。


中野「お父さんやお母さんが心配するって」


そのことはまるで考えていなかった。


中野「アーニャちゃんを大切に思ってる人はたくさんいるんだからさ。学校の友達とかさ、あのプロデューサーの人とか……あ、永井の姉ちゃんとも仲良いんだろ? 」


中野はそこでアナスタシアがアイドルだということを思い出したかのように短く笑った。


中野「すげえよな、アイドルって。やっぱアーニャちゃんはアイドルやってたほうがいいって」


中野は自分の言ったことにうなずき、それからアナスタシアを見て言った。
961 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/08/18(日) 21:02:11.41 ID:TPJ777ywO


中野「がんばってよ。新曲でたら買うからさ」


どこか謝りたいと思っているような笑顔だった。アナスタシアからの反応を待たずに中野はあっというまに土手を駆け上がり去っていった。中野の姿が見えなくなると、アナスタシアはその場にへたり込み、心も身体も動けなくなった。

中野の言葉を受けたアナスタシアの内面の感情は「悲しい」や「悔しい」といった言葉で指示できる状態にはなかった。永井や中野の言葉が、佐藤と戦うという意志といままでの人生の記憶、思い出、友情や愛情といったものとの葛藤を引き起こさせていた。記憶から引き出せば心を温めてくれるもの、そういったものを守るための戦いだとアナスタシアは思っていた。だが先ほどの言い争いのなかで明らかになったのは、"そういったもの"を犠牲にしなければならない戦いだった、というより"そういったもの"を犠牲にしなければ参加すること自体が不可能な戦いだったということだった。

永井も中野もそれらを遠くに置いたうえで、佐藤と戦った。自分だけはそうではなかった。

上空に吹き荒れる風が雨雲を運んでいったのか、いつのまにか雨は止んでいた。風がその激しさにふさわしくアナスタシアの肌を荒々しく叩いた。陽の光が差し込み、河川敷を照らし出した。河川のゆらめきや水を吸った草が輝いていた。空は濃紺で、澄んでいた。

このような風景の中で、アナスタシアはようやく敗北したという事実を思い知った。


ーー
ーー
ーー
962 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/08/18(日) 21:05:26.67 ID:TPJ777ywO


法務教官に案内された面会室はドラマや映画によくあるようなアクリル板はなく、取調室のような圧迫感もない、かなりの広さを持った白い壁紙と床に包まれた清潔な場所だった。照明は十分に明るく、また入り口はガラス戸で外から見えるようになっていた。ガラス越しに法務教官たちが働いている様子が見えた。特別に職員用の会議スペースを今回の面会のために使用させてもらったのだ。

五十くらい法務教官はしばらくお待ちくださいと言い残し、部屋から出て行った。その際、飲み物を用意するよう二十歳過ぎの若い職員にむかって言った。

まもなくお茶を出され、一礼する。しかしお茶に手をつけずに三分ほど待っていると、さっき案内してくれた法務教官が少年をともなって戻ってきた。

美波は顔を上げて、少年の顔をまじまじと見た。


美波「海斗くん……」

海斗「おひさしぶりです、美波さん」


そう言って、海斗は椅子に坐った。




963 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/08/18(日) 21:09:46.65 ID:TPJ777ywO
今日はここまで。

前にも言った通り、このスレでの本編の更新はここまで。残りはおまけを書いて埋めてくつもりです。
964 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/04(土) 15:20:32.46 ID:7fUwwu0w0
更新まだか
965 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/06(木) 19:11:12.52 ID:gOqYRoM20
待ってる
966 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/03/23(月) 13:34:28.88 ID:3BzQPb7N0
エター?
楽しみだったんだけど
967 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/05/18(火) 20:44:54.29 ID:Vw+2Fh4x0
原作完結しちゃったね
968 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2022/12/19(月) 20:09:25.73 ID:0TinRBsA0
今でも好きだよ
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