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新田美波「わたしの弟が、亜人……?」
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948 :
◆8zklXZsAwY
[saga]:2019/08/18(日) 20:43:38.54 ID:TPJ777ywO
中野「乗れ! 永井」
助手席側のドアを開けた中野が運転席から叫ぶ。
永井はすぐさま車に乗り込み、乱暴にドアを閉めた。
前部座席と中継用の設備が備えられたスイッチャーと仕切るカーテンが慌てた様子で開けられ、そこからアナスタシアが顔を出した。
アナスタシア「ケイ! 無事ですか!?」
永井「まだ引っ込んでろ!」
永井ら大声で心配するアナスタシアの額を手で押してスイッチャーへと押し戻す。短い悲鳴と機材にぶつかる音を無視しながら、永井は中野に向かって叫んだ。
永井「出せ!」
永井のどなり声に弾かれたように中継車はその場から猛スピードで発進した。車道を走る車の数は少なく、眼の前の交差点の信号が青だったため、中継車はあっという間にビルから離れていった。
呼吸が落ち着いていく。街灯やビルの明かりが尾を引きながら後方へ消えてゆくのを見えた。永井はぼやき声で文句を言った。
永井「なんでこんな目立つ車……」
中野「カギがついてたんだよ!」
永井「マスコミのおかげで警察がゴタついてる。今のうちに距離をとってどこかで乗り捨てるぞ」
中野「平沢さんはどうやって拾う!?」
百キロ以上ものスピードで運転している中野は事故を起こさないように神経を張り詰めさせながら、永井に大声で訊いた。そのときアナスタシアがふたたびカーテンを開けた。永井の後頭部が見えた。永井は窓ガラスに頭を預け、サイドミラーでパトカーが追跡していないかを確認していた。文句を言おうとアナスタシアが口を開いた。
949 :
◆8zklXZsAwY
[saga]:2019/08/18(日) 20:44:41.06 ID:TPJ777ywO
永井「死んだよ」
アナスタシアが言葉を発するよりも先に永井が言った。
永井「平沢さんは、死んだ」
永井はフラットな調子で言った。感情を交えない言葉だっただけに中野もアナスタシアも意味を了解するのにしばらく時間を要した。
中野が突然大声で「クソッ!」と叫んだ。堪えきれなかった感情が爆発したかのようだった。眼に涙が浮かんでいた。中野は乱暴に眼元を擦って涙を拭うと、運転に集中するため真っ直ぐ前を見据えた。
一方、アナスタシアはへたり込み、茫然自失の状態に陥っていた。アナスタシアの性格を考えればそれほど見知ってもいない相手の死に悲しみを覚えるのも納得のいく話だが、しかしこれほどのショックを受けるとはアナスタシア自身にとっても意外だった。
平沢の死を告げられた瞬間の頭が真っ白になる感覚には既視感があり、それは夏休み明けの学校に登校したとき友達の死を告げられた瞬間にもたらされた感覚と同一のものだった。なぜそこまでの内心の衝撃をアナスタシアは受けたのだろうか? いくらつい先ほどまで行動を共にした人物とはいえ、知り合い、言葉もほんの二言三言ほどしか交わさなかったのに、友人の死にに匹敵するまでのショックを受けるものなのだろうか?
車が大きく右に振れ、アナスタシアの身体も右側へ傾いた。立ち並べられた中継用の機材に手をつき身体を支えたとき、アナスタシアは平沢の死はある種の決定打だということに気づいた。
アナスタシアが目撃した黒服たちの死。三人が死に、うち二人の死ぬ瞬間を目撃した。彼らの死を悲しむ時間もなく、戦いに身を投じ、そしていま為すすべもなく逃げ回っている。平沢の死を告げれたとき、アナスタシアがそれまで眼をそらし続けてきた感情が一気に噴出した。アナスタシアを激しく揺さぶった衝撃の正体、それは生き残ったことに対する罪悪感だった。
950 :
◆8zklXZsAwY
[saga]:2019/08/18(日) 20:45:33.90 ID:TPJ777ywO
アナスタシア「いのちを、かけてた」
アナスタシアは自失の状態からなおも抜け出せないまま、ぼそりとつぶやいていた。
アナスタシア「いのちをかけて、たたかってた」
自分はそうではなかったとそう言いたげな口調でアナスタシアは言った。言い終わった瞬間、アナスタシアの瞳から涙が止めようもなく溢れ出た。
ーーなぜ、亜人であることを明かさなかったんだろうーー
アナスタシアの内心を占める罪悪感の主な要因はこの一言に集約できた。永井や中野のようにはじめから作戦に参加していれば、IBMをもっとはやく送り込むことができたかもしれない。そうなっていれば誰も死ななかったかもしれない……
咽び泣くアナスタシアの嗚咽の声を聞きながら、中野を唇を血が滲むほど強く噛んだ。ハンドルを握る手にも力が入り、指先が真っ赤になっていた。
永井はあいかわらず窓に額を預けていた。景色を眺めていると、飛び行く街灯の白い光が規則的に永井の顔を照らした。そのたびに暗く沈んだ瞳に光が写り込んだが、光ったのはあくまで反射した街灯の光だけだった。
永井は感情のない瞳を車が走行しているあいだ、ずっと外に向け続けていた。
ーー
ーー
ーー
951 :
◆8zklXZsAwY
[saga]:2019/08/18(日) 20:46:29.74 ID:TPJ777ywO
夜が白みはじめた。
中継車はオフィス街を抜け住宅が立ち並ぶ一帯へと進み、河川敷のほうへ移動した。中野は中継車を橋の下に停車させた。橋は低く、中継車の車高から一メートルも離れていなかった。あたりには人影は見えなかったが、早朝のランニングを習慣にしている付近の住人がそろそろ現れてもおかしくなかった。
中野は助手席から下りてきた永井にむかって言った。
中野「永井、どうやって隠れ家へ帰る?」
永井は中野に応えず、スイッチャーの置いてある後部のドアを開けた。
泣き腫らしたアナスタシアが怯えたように瞳を揺らし永井に眼を向けた。永井の眼にはあいかわらず感情が見えず、アナスタシアを眺めるその表情はまるで壁でも見てるかのようになにもなかった。
永井は取り出したスマートフォンをアナスタシアの眼前に放り投げた。
永井「おまえが復活してる様子を撮影した動画が保存されてる。端末ごと処分しろ」
永井は平沢の死を告げたときと同じ声の調子でアナスタシアに語りかけた。
アナスタシアは思わず身を乗り出した。しかし口を開いてもちゃんとした言葉を作れないで、ただ口をパクパクと動かすことしかできなかった。
永井「これでもう戦う理由はないだろ」
最後通牒を告げた永井はそそくさとアナスタシアの視界から立ち去った。
952 :
◆8zklXZsAwY
[saga]:2019/08/18(日) 20:52:35.64 ID:TPJ777ywO
アナスタシア「ニェット……! ちがいます、アーニャは……」
弱々しい言葉を呟きながらアナスタシアが永井を追いすがった。足取りは心もとなかった。曇天模様の空はいまにも雨が降り出しそうで強い風も吹いていた。ふらふら歩くアナスタシアに強い横風が吹き付けてきた。バランスを崩したアナスタシアが草の生い茂る河川敷に倒れこんだ。中野があわててアナスタシアのもとに駆け寄り、こけた拍子に手から零れ落ちたスマートフォンをアナスタシアへと返した。
中野は無力感に苛まれているアナスタシアを複雑な表情で見ていた。いまでも女の子であるアナスタシアが戦うことに内心反対だった。フォージ安全ビルでの要撃作戦においてのアナスタシアの役割はIBMを用いた後方支援だったから、中野も渋々納得したに過ぎなかった。一方で中野もアナスタシアに自分と同じように佐藤と戦う理由があることを理解していた。中野はそういった感情を無碍にできる人間ではなかった。しかし現状を冷静に鑑みると、このままアナスタシアが戦闘に参加し続けるのは賛成できかねた。黒服たちが死んでしまった以上、次の戦闘はアナスタシアも前線に立たざるを得ないだろうし、アナスタシア自身も立ちたがるだろう。
中野は顔を上げて永井を見やった。永井はアナスタシアとは完全に手を切り、もはや他人同士だといわんばかりに歩き続けていた。
953 :
◆8zklXZsAwY
[saga]:2019/08/18(日) 20:53:41.65 ID:TPJ777ywO
中野「どこ行く?」
永井「おまえはまだマークされてない。ふつうに帰れるだろ」
中野「おまえは変装でもするのか?」
中野は立ち上がるかちょっと迷ったが、永井が後ろを少しも気にしないで歩き続けているので結局は立ち上がりあとを追った。
中野の気配を察知した永井が振り向いて言った。
永井「僕は、やめる」
永井の言葉はアナスタシアにも聞こえた。それがどういう意味の言葉かすぐにはわからず、アナスタシアは眼を赤くしたまま虚をつかれたようにきょとんとした。
曇天から雨が一滴落ちてきた。途端に雨は激しさを増し、周囲の光量もひときわ暗くなった。
中野「は……あ!?」
驚きに不意をつかれた中野がやっと口を開いたとき、永井はまた歩き出していた。
中野「待てよ、どういうことだよ!?」
永井「目標を下方修正する」
慌てて駆け寄ってくる中野に対して、永井はあくまで平静だった。
永井「おまえらが来てから僕は、ふつうの生活水準を取り戻すために戦ってきたが、佐藤は止められなかった。だから、もう文化的な暮らしはあきらめる! 山奥や大海原とか、社会も佐藤も関係のないところで生きていく。海がいいかな……いつか海外に流れ着くかも」
中野「佐藤を止めなきゃやべぇんじゃねぇのか?」
永井「だろうな」
永井はそっけなく応えた。
954 :
◆8zklXZsAwY
[saga]:2019/08/18(日) 20:54:37.24 ID:TPJ777ywO
永井「佐藤ひとりが暴れてるだけなのに、マスコミは亜人ってカテゴリーで叩きつづけ、どんどん住みづらくなる。だから離れるって言ってんだ……」
中野「逃げるのかよ!?」
中野が永井の肩に掴みかかった。中野の眉根は険しく、激昂寸前のように見えた。
永井「逃げてなにが悪い!」
肩を掴む手を乱暴に払いのけ、永井が叫び返した。突然の大声の応酬によろよろと二人を追いかけてきたアナスタシアが怯えたように肩を震わせ、思わず息を止めた。
永井は中野を睨みつけながら、なかば感情にまかせて怒鳴りつけ、畳みかけた。
永井「そもそも国が悪いんだろ! 規格外の暴力に対応できないんだからなあ!」
永井「やれ法律や倫理だって、戦わないことを美徳にしようとしやがる。かといって、平和的に解決するスキルもないくせになあ!」
中野「大勢死ぬんだぞ!」
永井「だから人なんざいつだって理不尽に殺されてるって言ってんだろ!」
永井「急に眼の前で起こったからってとってつけたようにヒーローぶってんじゃあねぇ!」
永井「僕は佐藤が何万に殺そうが自分のほうが大切だね!」
中野が永井を殴った。中野の右拳は顎関節のあたりをとらえ、永井の身体を大きく倒した。
思いもよらなかった中野の暴力にアナスタシアはすっかり竦み上がってしまった。激昂している中野はそのことに気づかず、永井に詰め寄りさらに怒りをぶつけようと口を開いた。
955 :
◆8zklXZsAwY
[saga]:2019/08/18(日) 20:56:03.42 ID:TPJ777ywO
中野「人の命を……」
永井「命!?」
永井が中野の向う脛を力任せに蹴りつけた。歩み寄ってくるタイミングでの蹴りで中野はバランスを崩し、そのうえたっぷりと雨に濡れた草地を踏んでいたせいで中野はひっくり返ってしまった。
アナスタシアが正気に帰り、ふたりの間に分け入ろうと駆け寄った。
永井はこのうえなく苛立ちながら立ち上がり、見下ろす中野に怒声をぶつけた。
永井「命の価値なんざTPOで変わるもんだ!」
激昂しながら永井はさらに言葉を続けた。
永井「家族が死にそうなら助けるだろうが、どっかの国で百万人が死んだって、せいぜいニュースで見て感傷に浸るくらいなもんだろ!」
中野「御託ばっかり……」
永井「どっちがだよ!」
永井が中野の胸ぐらを乱暴に掴み馬乗りのように上に被さった。
そのときアナスタシアが永井の腕を掴み、二人の顔を交互に見やってから言った。
956 :
◆8zklXZsAwY
[saga]:2019/08/18(日) 20:57:37.11 ID:TPJ777ywO
アナスタシア「ケイ、もうやめてください! コウも殴ったりするのは……」
永井「フォージ安全の社長が死んだとき、たいして騒がなかったよな」
アナスタシアの予想に反して永井は中野を殴りつけたり罵倒を重ねたりはしなかった。自分の声が相手の心内に確実に作用させるため、永井は低く沈鬱な感じのする調子で喋り出した。
永井「平沢さんが死んだとき聞いたときはあれだけ感情的になってたのになあ!」
まるでそのときの中野の感情を再現するかのように永井は声を荒げて言った。
永井「すべての人間が無意識に他人の命の重さを秤にかけてる……おまえもだ」
いちど言葉を切ったとき、永井は視界にアナスタシアが映っていることを認めた。その表情は計り知れない痛みのような感情に歪んでいた。いままでは天秤の大きく傾いたほうにばかり心を占められ、その傾き、つまりは感情の流れにのって行動を起こしたし堪えきれず内心を現したりもしてきたアナスタシアは、この永井の指摘によって眼が開かれたかのように傾かなかった上皿のことを鋭敏に意識した。しかし、意識できたのは上皿だけだった。そこにのっているはずの命の重さを計るのは当然誰にだってできないことだった。
永井「それを意識的にやってるだけで僕を批判するじゃねえ!」
永井は中野の胸ぐらから手を離し、言葉を失っているアナスタシアにも背を向けその場から立ち去ろうとまた歩き出した。
雨は激しさを増す一方だった。水分を含んで垂れ落ちてきた前髪がアナスタシアの視界を遮った。額に張り付いた銀色の髪をかきあげもせずアナスタシアは永井の背中をただ見送った。追いかけようにも何を言ったらいいのか全然わからなかった。雨は顔を強く打ち、流れ落ちていった。雨滴をやたらと温く感じた。
957 :
◆8zklXZsAwY
[saga]:2019/08/18(日) 20:58:36.48 ID:TPJ777ywO
中野「そう、なのかもしれない……」
静かなためらいがちな声で中野は自分自身に吐露するようにつぶやいた。
中野「命がどうのって、言えた口じゃないのかも……」
中野「でも……なんて言ったらいいのかわからないけど……佐藤を止めたいんだよ」
中野はふと口をつぐんだ。アナスタシアは困惑しながら、永井は立ち止まって聴き耳を立てている。数秒が過ぎた。雨の音がおおきい。風も強く吹いている。
中野「電球を替えようとしたんだ」
中野はさっきよりもはっきりした声で話を再開した。
中野「雑誌とか新聞を積んで……踏み台にして……」
中野「で、バランスを崩して、頭から落ちた」
中野「そしたら、からだが動かなかったんだ」
中野「声も出なくて、だれにも見つからなくて、何日もそのままだった……生き返るまで」
中野「たぶん、そのとき初めて死んだんだ」
それまで中野は声の大きさにふさわしく淡々と冷静な調子で話していたが、ふいに息継ぎするかのように一瞬だけ言葉を切ると、今度は最初はまだ大声でこそないが底から湧き上がってくる怒りにまかせてだんだんと声を荒げていった。
958 :
◆8zklXZsAwY
[saga]:2019/08/18(日) 20:59:19.11 ID:TPJ777ywO
中野「おれの親父もお袋もろくでもねえ奴らだった。平気で家を空けて遊び歩いてやがる」
中野「動けなくなったとき、何度も思った。おれはいらない人間なのかって……でも、おれを拾ってくれて、仕事を与えてくれて、使ってくれる人たちがいた! だからおれを頼ってくれる人がいたならおれは絶対に応える! ずっとそうしてきたんだ!」
しゃべっているうちに中野は眼が熱くなっていくのを感じていた。熱さは雫になって眼から溢れ落ちそうになっていた。
中野「だけど……ひとりじゃないもできない。バカだから……」
さっきまでの激情はもはやなかった。沈鬱した感情に声を詰まらせながら中野は永井に言った。
中野「おまえがコンテナのドアを開けたとき、ほんとうに安心したんだぜ? ……おまえのおかけで、ここまでやれたんだ」
中野「身勝手なお願いなのはわかってるよ……でも」
中野の声が震えた。痛めつけるように強い力を込めて拳を握り、中野は涙を流して言った。
中野「もうすこしだけ手伝ってくれよ……永井」
中野が必死になって訴えかける様子を永井は首だけ振り向いた格好でだがしっかりと見ていた。眼から溢れる涙も、震えがおさまらない唇も、締め付けるように閉じられた手も永井は見ていた。
959 :
◆8zklXZsAwY
[saga]:2019/08/18(日) 21:00:19.66 ID:TPJ777ywO
永井「知るかよ」
永井はそれだけ言い捨てると、その場から立ち去るようにまた歩き出した。
中野「平沢さんも……真鍋さんたちも、みんな……殺されちまった……」
中野は悔しさに涙しながら、途切れ途切れに声を震わせた。
中野「悔しくねえのかよ」
鼻を啜るような声だった。
永井「うるさい」
その一言を言うために永井が一瞬立ち止まったのをアナスタシアは目撃した。耳に届いた声は微かに震えていたと思ったが、激しい雨音に邪魔されたせいかもしれなかった、仮に震えていたとしてアナスタシアには永井を説得する方法などまるでなかった。
結局、アナスタシアは永井の後ろ姿が雨に烟り、完全に見えなくなるまでその場に立ち尽くしているしかなかった。
アナスタシアは中野がさっきから押し黙ったままでいることに気づいた。中野の告白はアナスタシアに高架下の車中で交わした会話を思い出した。修学旅行もクリスマスも正月も、中野は無縁だったと言った。それを聞いた自分の質問があまりにも不用意だったことも思い出したアナスタシアは血の気が引く思いだった。
中野のほうを見るのは怖かった。アナスタシアは祈りを捧げるようにギュッと目を閉じ、意を決し顔を上げた。中野が振り返ってアナスタシアを見ていた。中野の顔は、悲しみを堪えていることがわかるような笑顔だった。
960 :
◆8zklXZsAwY
[saga]:2019/08/18(日) 21:01:18.01 ID:TPJ777ywO
中野「アーニャちゃんは帰った方がいいよ」
おもむろに中野が口を開いた。
アナスタシア「え……」
中野「やっぱり、女の子が危ないことをするのはダメだって」
アナスタシア「コウ、なんで……」
中野「泉さんや戸崎さんが無事ならまだやれるから」
アナスタシア「アーニャだって亜人です!」
中野はアナスタシアを見つめた。
中野「お父さんやお母さんが心配するって」
そのことはまるで考えていなかった。
中野「アーニャちゃんを大切に思ってる人はたくさんいるんだからさ。学校の友達とかさ、あのプロデューサーの人とか……あ、永井の姉ちゃんとも仲良いんだろ? 」
中野はそこでアナスタシアがアイドルだということを思い出したかのように短く笑った。
中野「すげえよな、アイドルって。やっぱアーニャちゃんはアイドルやってたほうがいいって」
中野は自分の言ったことにうなずき、それからアナスタシアを見て言った。
961 :
◆8zklXZsAwY
[saga]:2019/08/18(日) 21:02:11.41 ID:TPJ777ywO
中野「がんばってよ。新曲でたら買うからさ」
どこか謝りたいと思っているような笑顔だった。アナスタシアからの反応を待たずに中野はあっというまに土手を駆け上がり去っていった。中野の姿が見えなくなると、アナスタシアはその場にへたり込み、心も身体も動けなくなった。
中野の言葉を受けたアナスタシアの内面の感情は「悲しい」や「悔しい」といった言葉で指示できる状態にはなかった。永井や中野の言葉が、佐藤と戦うという意志といままでの人生の記憶、思い出、友情や愛情といったものとの葛藤を引き起こさせていた。記憶から引き出せば心を温めてくれるもの、そういったものを守るための戦いだとアナスタシアは思っていた。だが先ほどの言い争いのなかで明らかになったのは、"そういったもの"を犠牲にしなければならない戦いだった、というより"そういったもの"を犠牲にしなければ参加すること自体が不可能な戦いだったということだった。
永井も中野もそれらを遠くに置いたうえで、佐藤と戦った。自分だけはそうではなかった。
上空に吹き荒れる風が雨雲を運んでいったのか、いつのまにか雨は止んでいた。風がその激しさにふさわしくアナスタシアの肌を荒々しく叩いた。陽の光が差し込み、河川敷を照らし出した。河川のゆらめきや水を吸った草が輝いていた。空は濃紺で、澄んでいた。
このような風景の中で、アナスタシアはようやく敗北したという事実を思い知った。
ーー
ーー
ーー
962 :
◆8zklXZsAwY
[saga]:2019/08/18(日) 21:05:26.67 ID:TPJ777ywO
法務教官に案内された面会室はドラマや映画によくあるようなアクリル板はなく、取調室のような圧迫感もない、かなりの広さを持った白い壁紙と床に包まれた清潔な場所だった。照明は十分に明るく、また入り口はガラス戸で外から見えるようになっていた。ガラス越しに法務教官たちが働いている様子が見えた。特別に職員用の会議スペースを今回の面会のために使用させてもらったのだ。
五十くらい法務教官はしばらくお待ちくださいと言い残し、部屋から出て行った。その際、飲み物を用意するよう二十歳過ぎの若い職員にむかって言った。
まもなくお茶を出され、一礼する。しかしお茶に手をつけずに三分ほど待っていると、さっき案内してくれた法務教官が少年をともなって戻ってきた。
美波は顔を上げて、少年の顔をまじまじと見た。
美波「海斗くん……」
海斗「おひさしぶりです、美波さん」
そう言って、海斗は椅子に坐った。
963 :
◆8zklXZsAwY
[saga]:2019/08/18(日) 21:09:46.65 ID:TPJ777ywO
今日はここまで。
前にも言った通り、このスレでの本編の更新はここまで。残りはおまけを書いて埋めてくつもりです。
964 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/01/04(土) 15:20:32.46 ID:7fUwwu0w0
更新まだか
965 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/02/06(木) 19:11:12.52 ID:gOqYRoM20
待ってる
966 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/03/23(月) 13:34:28.88 ID:3BzQPb7N0
エター?
楽しみだったんだけど
967 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2021/05/18(火) 20:44:54.29 ID:Vw+2Fh4x0
原作完結しちゃったね
968 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2022/12/19(月) 20:09:25.73 ID:0TinRBsA0
今でも好きだよ
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