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新田美波「わたしの弟が、亜人……?」

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174 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/04/23(日) 21:11:11.90 ID:5HbT9nK2O
すみません。

>>173 のルビが大きくズレてしまいました。「アレ」のルビは黒い幽霊の上ということでお願いします。
175 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/04/23(日) 21:12:07.71 ID:5HbT9nK2O
佐藤は濡れた帽子を拾い上げ、被り直しながら言った。帽子に穴は開いていなかった。


佐藤「さて、永井君。お迎えだよ」


佐藤は保管室に入っていった。その部屋は殺風景で、遺体安置室そのものだった。佐藤は「003」と通し番号がふってある埋め込み式の金属製の寝台を引き出した。

永井は死体のように静まりかえって横たわっていたいたが、上下する胸の動きや微かな呼吸の音が確認できる。腕の静脈から注入されている麻酔のせいで眠っているだけだった。佐藤はブッシュナイフの柄を両手で持つと、刃先が永井に対して垂直になるように構えた。


佐藤「君はどう仕上がるかな?」


佐藤がナイフを突き下ろした。刃物は深々と突き刺さり、やわらかい喉元を貫通した。ナイフを前後に動かし傷口を切り開いてからずるりと刃を引き抜くと、血が噴き出すかわりに黒い粒子が放出され、再生が始まった。佐藤は永井の生き返りが完了するまえに顔に巻かれた包帯を剥ぎ取った。包帯を床に捨てると、ちょうど永井が眼を開けたところだった。

永井はゆっくりと身体を起こした。
176 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/04/23(日) 21:14:13.24 ID:5HbT9nK2O
佐藤「永井君わかるかい? 助けに来たんだ」

永井「どれくらい……僕はここに……」


永井はなかばぼうっとした意識で佐藤に尋ねた。


佐藤「そうだな、十日以上はいたのかな?」


頭の中で佐藤の答えが反響しているのか、永井は茫漠とした表情をしていた。


永井「それしか経ってないのか……」


永井の眼に涙が滲んだ。永井は瞳から滴が零れそうになるのをぐっとこらえ、佐藤に顔を向けて、佐藤さん、と呼びからけてから大変申し訳無さそうに言葉を続けた。


永井「お手数おかけしてすみません」

佐藤 (この仕上がりは……失敗だな)


佐藤はつまらなそうな無表情で永井の言葉を聞いていた。佐藤の手にはまだブッシュナイフの柄が握られたままだった。
177 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/04/23(日) 21:15:43.80 ID:5HbT9nK2O
フード付きの青いレインコートを頭からすっぽり被ったその人物が報道陣から離れた西側の林の中を慎重に歩いていると、草の上に引かれた黄色い真っ直ぐな光線が爪先にかかり、反射的に脚を引っ込めるのと同時に研究所の反対側から爆発音がした。

レインコートの人物は十日前から可能な限り研究所を訪れていた。はじめはうっかりして研究所を眺めるために周辺を徘徊してしまい、応援に駆けつけた報道局の人間か警備員に見つかってしまうこともあった。その場からすぐ離れれば問題は起きなかったが、自身の不用意さにひどく恥ずかしくなった。

次の日からはもっと思いきった行動を選択した。研究所の中に黒い幽霊を忍び込ませたのだ。黒い幽霊は人間には見えないし、撮影機器にも映らない悪さをするにはうってつけの存在だった。とはいえ、そのうってつけのためにその人物は後ろめたさに悩んだ。父親との約束を破り自ら一線を踏み越えてしまったことへの罪悪感から、黒い幽霊の操作に躊躇いが生じ、研究所の一階部分を見て回るのにも数日かかった。一階の捜索では、美波の弟を見つけることはできなかった。
178 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/04/23(日) 21:16:46.95 ID:5HbT9nK2O
五日目になって、二階の探索にかかろうとしたとき、通路の奥に若い女性の後ろ姿を幽霊を通して見た。研究所の中で唯一の女性だったので、わずかにスーツを着たその女性の背中に意識が向いた。ミディアムの外ハネの黒髪が揺れたかと思うと、下村は首の後ろを指で触れられたかのようにばっと振り向き、それとまったく同じタイミングで幽霊の派遣者は幽霊の身体を壁に隠した。理由の分からない焦燥に急き立てられ、黒い幽霊をもっと見つかりにくいところに隠さなければならないという思いが全身に広がった。

黒い幽霊をとっさに跳躍させると、幽霊は通路の角の壁に静かに着地した。音を出さないように素早く動かしながら、階段まで戻る。階段に足を置かず手摺を掴んでぶら下がると、直線に一度折れ曲がった階段の隙間に身体を通しまた音もなく着地する。顔を上げると、ファイルが詰まったダンボールを抱えた研究所のスタッフと眼があった。スタッフは脚を上げ腿でダンボールを支えながら右側にある資料室のドアを開けると部屋の中に入っていった。
179 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/04/23(日) 21:21:21.34 ID:5HbT9nK2O
膝を曲げたままの姿勢で固まっている黒い幽霊の頭部が崩壊を示しはじめた。拡散する黒い粒子が空気の中へ消えていく。消滅までやり過ごそうとまだ閉まりきっていないドアを抜けまっすぐ突き当たりまで進み、三列に並ぶスチールラックの上に、ラックが揺れないよう慎重に幽霊を乗せた。ラックの上からスタッフが背に貼られた通し番号順にファイルを整理している様子が見えた。

閉まっていたはずのドアが風に揺れるカーテンのように静かに開いた。三角形の頭部を持った黒い幽霊が部屋の中に入ってきた。下村の幽霊は浮き上がったように身体を持ち上げ、資料室を見渡そうとした。派遣者はラックの上にいた幽霊の身体を回転させ、床に落とした。着地音を吸収するように両手両足が床に張り着いたまま、幽霊は動かなくなった。着地の瞬間には、頭部がもう完全に消滅していたからだ。

下村の幽霊はラックから下りると、今度は部屋のなかを歩き出した。首を動かし、ラックの間に頂角を向ける。幽霊とのリンクが途切れた派遣者はただ祈ることしかできなかった。下村の幽霊が頭部の無い幽霊がいる奥のラックの方へ進むと、ファイル整理を終えたスタッフと対面し、一歩後退ることになった。スタッフはそのまま真っ直ぐ幽霊の方に歩いてきた。下村はさらに後退し幽霊の背中をラックにつけてやり過ごすと、スタッフが出て行ってから資料室の捜索を再開した。何かの存在の痕跡は、跡形もなく消えていた。
180 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/04/23(日) 21:24:19.36 ID:5HbT9nK2O
それから五日間、黒い幽霊が研究所内を歩くことは無かった。

二度目の失敗は一度目のときより遥かにこたえたが、しばらくすると希望的な観測が派遣者の中に生まれていた。あの亜人の女の人が美波と話をした政府の人といっしょにいるのなら、美波の弟だって外に出られるのかもしれない。いまはまだきっといろいろな検査をしているときだから、すぐではないにしてもその可能性がある以上、それを確認して見届けなければ。でも、黒い幽霊も送り込めないのにどうやって?

レインコートが雨を弾く音を聞きながら、その人物は光線が放たれてる場所を見ていた。ライトは地面に直線に走ったまま動かない。その光は目印のように固定され、誰かを導くのを待っているかのようだった。光線と爆発音がレインコートの人物の頭の中で明滅と反響を続けていた。

レインコートの人物は右側から回り込むように光線の根元へ近づいていった。フェンスに身体を付けながら腰を落として草を踏みながら進んでいくと、ライトがフェンスが四角く切り取られている部分を照らしていることに気がついた。レインコートの人物は唾を飲み込み、フェンスの穴を一気に通過しようと決めた。
181 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/04/23(日) 21:28:00.70 ID:5HbT9nK2O
切断されたフェンスをくぐり抜けたとき、地面にうつ伏せている警備員の眼を見た。警備員の眼は虚ろで死体の眼をしていた。顎から眼の下のあたりまで深い傷が刻まれていて、それが致命傷なのだとすぐに理解できた。恐怖がレインコートの人物を刺し貫いた。冷たい恐ろしさが骨格の代わりになってしまったかのようにその場から動けなくなり、喉が閉まり呼吸するのも苦しくつらい。剥き出しになった死を目の当たりにするのは、これが初めてだった。

ふたたび研究所内からさっきの爆発音と同種の音が響いてきた。その音が鳴り続けているあいだ、誰があの建物の中で死んでいる。レインコートの人物は苦しみながらなんとか口を開け、必死になって息を吐き出した。渇きを癒すために水を喉に流し込むかのように空気を大量に吸い込むと、息を止め一気に駆け出す。燻りと灰と焦げ臭さが残る東入口に彼女がたどり着いたとき、銃声はすでに止み、冷たくなった静寂が研究所をすでに満たしはじめていた。
182 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/04/23(日) 21:30:09.14 ID:5HbT9nK2O
今日はここまで。やっと『シンデレラガールズ』側の亜人を登場させることができました。

それと、亜人実写版の慧理子役の人、浜辺美波さんという方なんですね。アニメ版の慧理子と美波の中の人が同じなのはそんなに珍しくもないんですが、今回の偶然の一致にはさすがに声が出ました。
183 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 20:08:42.60 ID:AMJLL1TVO

緑色の照明に照らされた駐車場にショットガンで撃たれた四人の死体が転がっている。ダブルオーバックの鹿撃ち弾に撃たれ頭部か胸部が大きく欠けた死体は、警備員とオグラ・イクヤの護衛で、護衛のふたりはアメリカ人だった。


田中「銃ってなあ……結構疲れんだなあ……」


ひと息ついた田中は、とりあえず佐藤のアドバイス通りにできたことに安心した。


佐藤「きみはまるでミシシッピだねえ」


田中が銃の訓練をはじめたとき、銃弾が飛んでいった場所を見ながら佐藤がいった。銃弾は的から右に二メートルほど逸れ、細長い濃い緑色の葉を茂らせた夾竹桃の木の枝をひとつ吹き飛ばすと、背後にあるノウゼンカズラの茂みの中へ消えていった。弾倉が空になるとあざやかなピンクや白やオレンジ色の花びらたちが、木陰がかかった黒い地面を彩っていた。


田中「生まれは川沿いの病院っすけど」


田中は拳銃を握った両手を下げ、銃弾のそれ具合に気まずくなりながらいった。


佐藤「ますますミシシッピだね」


その名称が州や川のものではなく、映画の登場人物のあだ名であることはあとから知った。佐藤は田中に、まずはショットガンの練習からはじめようにアドバイスした。


佐藤「大丈夫。ジェームズ・カーンものちにウィーバースタンスを身につけるから」


どうやらそれは励ましの言葉であるみたいだった。肩にあたる銃床は硬く重かった。
184 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 20:09:51.51 ID:AMJLL1TVO

田中は息を落ち着かせ、はじめてのときのようにショットガンのフォアグリップをスライドさせ、空薬莢を排出し、薬室に次弾を装填した。弾薬を使い過ぎた気がしつつも、田中はオグラ・イクヤを乗せた黒いワゴンの側面に近づいていった。


田中「出て来い」


田中はショットガンを構え、車のドアを開けた。車内は無人だった。


田中「あら?」


田中は振り返り、駐車場を見渡した。四角いコンクリートの柱が立ち並ぶほか、四つの死体が転がっている。緑色の光の中、生きているのは田中ひとりだけだった。


田中 (失敗……)


田中は首を押さえながら頭をさげた。おおきくため息をつくと、ショットガンを手持ち無沙汰にしながら、やることがなくなってしまった時間をどうするか頭を悩ませた。


ーー
ーー
ーー

185 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 20:11:28.30 ID:AMJLL1TVO

コウマ陸佐「不死身とか……それ以前の話だ。この亜人は何者だ!」


佐藤が警備員を突破し、永井圭が保管されている部屋に悠々と入っていく様子をモニターで見ていたコウマ陸佐は、苦渋に表情を歪めながら叫ばずにはいられなかった。


研究者1「なぜ別種の力を使わなかった?」

研究者2「そう見えなかっただけじゃないのか?」


「見えなかったもなにも、アレははなから見ることができない」


その声は水を踏むぴちゃんという音とともに、ドアのほうから聞こえてきた。


「まったく、なんでこんなに騒がしい」


部屋の入り口近くに立っているその男は口にタバコを咥えていた。中年で短いボサボサの髪、ジャケットの下は安っぽいTシャツ、ジーンズは色落ちしていた。男の背後には、金髪を短く刈り上げたアングロ・サクソン系のボディガードがいてサングラスをかけている。


オグラ「このオグラ・イクヤ様が来日したってのに」

186 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 20:13:48.93 ID:AMJLL1TVO

戸崎「すみません……緊急事態でして」


戸崎はタイミングの悪さに悪態をつきたい気分だった。


コウマ陸佐「待て博士、さっきはなから見れないとか言ってたた。どういうことだ?」

オグラ「んんっ? あぁ?」


オグラはタバコの煙を肺いっぱいに吸い、受動喫煙を推奨するかのように、部屋中に行き渡るようタバコの害を撒き散らすと逆に聞き返した。


オグラ「きみたちはIBMの話をしてたんじゃないのか?」

岸「アイ・ビー・エム?」

研究者2「別種の力のことを合衆国の研究者はそう呼ぶんだ」

オグラ「IBMは人の目に見えないくせに人の形をしているクールな奴なんだ」

研究者1「またバカなことを……」


研究者たちは久しぶりに聞かされるオグラの突拍子の無い物言いにあきれ返った。


コウマ陸佐「じゃあ別種の力とは……霊的な何かだというのか!?」

オグラ「陸佐……“バカ”かね? 君は」


両手の人差し指と中指を二回チョンチョンと動かし、ダブルクォーテーションを意味するジェスチャーをしながらオグラはいった。


オグラ「IBMは物質だよ」


ーー
ーー
ーー

187 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 20:16:37.80 ID:AMJLL1TVO

赤く濡れた通路に二十体以上の死体が倒れていた。仰向けの死体に、うつ伏せて四肢を投げ出している死体、普段なら曲げないであろう限界まで関節が曲がり奇妙なオブジェのように壁に寄りかかっている死体、張りつめて伸びた脚のあいだに背中を丸め頭を垂れ、額を床にぴったりつけている死体など、さまざまな姿勢の死体が廊下の前後どちらにも続いていて、冷たくなった身体の下にあるぬめった血溜まりの周縁部は水に溶け、形状をあいまいにしていた。

血溜まりは天井の灯りを反射して白く輝いていたり、反対に光を吸い込んでいるように黒く見えるものもあり、赤、黒、白の色彩はそれぞれコントラストを作っていて、それ以外の光がちらちらと散っているところは小川のようだった。二人が歩くと踏まれた箇所に波紋が広がり、濡れた通路の床はほんとうにせせらいでいるように見えた。

佐藤は銃を水平に構えたまま移動し、開いたドアがみると部屋の中を確認した。無人であることを見てとると、銃口を斜め下に下げて通路を眺める永井の背中に向かって声をかけた。


佐藤「気になるかい?」

永井「え? 別に」


永井はさしたる動揺もあらわさず、振り返って佐藤に答えた。

188 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 20:17:56.02 ID:AMJLL1TVO

189 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 20:19:27.21 ID:AMJLL1TVO
>>188は投稿ミスです


永井「ココを守るのがこの人達の仕事でしょうし、もう死んじゃってますしね」


永井はあらためて通路を見やった。その視線はただの小川を眺めるときのように思考や感情のはたらきのない視線だった。


永井「そんなことより、こんなところ絶対脱出したいので、よろしくお願いします」


そう言う永井はあからさまに態度を変え、生体実験に恐れをなしているといった表情をしながら佐藤に頼んだ。


佐藤「じゃあ急ごう」


永井を先導するかたちで研究所内を、パシャパシャと水音を鳴らして進みながら、佐藤は神社で交わしたやり取りのことを考えていた。


佐藤 (初めて話したときに感じた違和感を思い出した。妹の心配をしているが、どこか嘘くさい感じ……亜人になったからとかじゃない。もっと根本的にこの子はおかしい。この仕上がりは失敗と言ったが、もう少し様子を……)


通路の左側から、がたんと物音がした。そこには備品室のドアがあり、物音はそこから聞こえてきた。佐藤は左手を拳を作った状態で上げ、後方の永井に向かって停止のサインを送った。
190 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 20:22:01.58 ID:AMJLL1TVO

永井「待ち伏せ?」

佐藤「確認する必要があるね」


佐藤がドアを開ける。備品室の中には三人の研究員がいて、手術用ガウンを着たまま、怯えた様子で両手を挙げ、降伏のポーズを示していた。


研究員3「撃つな……われわれ三人は警備員じゃない……」


マスクをした研究員の声は震え、くもぐって聞こえた。永井は研究員たちの怯える様子に安心し、ほっと息を吐き、佐藤に話しかけた。


永井「先を急ぎ……」


佐藤は引き金を引いた。銃弾は佐藤から見て左側にいた研究員の頭部を貫通した。隣にいたマスクの研究員が発砲音がした瞬間、身体を震わせ、身を伏せるように瞼を閉じた。


永井「あ」

191 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 20:23:32.70 ID:AMJLL1TVO

永井は首を動かさず、横たわる死体と声も上げられないほど恐怖している二人の研究員を横目でちらと一瞥してから、佐藤にたずねた。


永井「殺すんですか?」

佐藤「万全を期す」


マスクの研究員はもう目を開けていた。顔からは玉のような汗が流れ出していた。佐藤はホロサイト越しにこちらを見ていて、さっき同僚が撃ち抜かれたのと同じところが狙われていると感じた。眉間のあたりがやたらと熱い気がする。研究員の視線が、自分を眺めている永井のと交わった。同情も困惑もない、透明なものを見ているような眼をしていた。

研究員はそこですべてを諦めた。仕方の無いことなんだ、と彼は自分に言い聞かせた。おれが上の命令に従ったのも仕方の無いことなんだし、その結果、おれが殺されるのも仕方の無いことなんだ。研究員は自分が殺されることを受け入れるというよりは、自分が殺されることを永井が認めているということを受け入れる、とでもいうようにそっと瞼を閉じた。永井はその様子をじっと見つめていた。
192 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 20:25:10.94 ID:AMJLL1TVO

引き金にかかる佐藤の指に力が入る。引き金が引き絞られてから銃弾が発射されるまでの時間は瞬間的で、僅かな秒数でしかない。その一秒にも満たないあいだに、永井は反射的に動いていた。銃身を掴み、ありったけの力で下のほうに抑え込む。銃弾は薬莢よりはやく落ち、床に弾痕を残した。


佐藤「永井君?」


佐藤は銃身を持ち上げようとしたが、永井がさらに力を入れて抑え続けているので、カービン銃はわずかに上下に揺れる程度の動きしかみせなかった。綱引きのような引っ張り合いをしながら、永井が恐る恐るといった調子で言った。


永井「いえ、あの、助けていただいてる身分で大変言いにくいんですが、無抵抗ですし、殺さなくてもいいんじゃあ……」

佐藤「麻酔銃を隠してるかも」

永井「あ! 目を潰すとか、腕を折るとかはどうです?」


永井は、まるで停滞している会議を進展させる良いアイデアを思いついたかのように、声の調子を弾ませながら言った。

193 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 20:27:36.90 ID:AMJLL1TVO


佐藤 (永井君、やはり君は……)


佐藤の手がカービン銃から離れた。左手でストラップを外すと、脚を踏ん張り、重心を後ろにして銃身を押さえつけていた永井は、後方へと倒れていった。ストラップを外した佐藤の右手は瞬時にレッグホルスターに伸び、そこに収められていた拳銃を引き抜いていた。


佐藤 (失敗だったよ)


拳銃を握った右手が上げられ、ふたたびマスクの研究員に銃口が向けられる。佐藤に照準を合わせるつもりはなく、拳銃が研究員の頭部のあたりまで持ち上がれば、適当に引き金を引いて銃弾を数発浴びせようとしていた。

永井の眼は、佐藤の右腕が上げられていく運動の軌跡を分割して捉えていて、一つ一つの固定された画像は、映画のように画面が次々に移り変わることによって現実の運動を再現しているというふうに映った。

腕の上昇と身体の落下が、それぞれの結果に行き着く前に、部屋の中に銃声が轟き渡った。
194 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 20:29:41.17 ID:AMJLL1TVO

銃撃の音は研究員の鼓膜だけでなく、その皮膚にまで雪崩のように押し寄せてきて、激しい震えを与えた。肌を打ち続ける轟音に、マスクの研究員は、自分が撃たれてしまったのかと思った。瞼の裏が熱く、血潮が脈打っているのがうるさかった。

鼓動と脈拍の喚きがいつまでも止まないことに気づいた研究員は、恐る恐る、眼を開けてみた。細い白煙の一筋が眼にはいった。煙は、M4カービンの銃口から昇っていた。永井は尻もちをついた状態で、ドアに背をつけている佐藤に銃を向けており、永井の周囲にはたくさんの空薬莢がまだ熱を持ったまま転がっていた。

備品室の入口周辺のドアと壁が銃弾に穿たれていて、その中心に背をつけて立っている佐藤の身体にも、ドアや壁と同様に多くの弾痕が刻まれていた。佐藤はちいさく咳き込むように血を吐いて、ぼそぼそ言った。


佐藤「私を……撃ったな……」


佐藤の声は血で濁っていた。血に浸されたコンバットベストに空いた穴はくっきりと黒かった。ベストの上から腹部の銃創を手で押さえる様子は、手のひらに血を染み込ませて、皮膚の色を赤色に染めあげようとしているように見えた。
195 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 20:31:53.00 ID:AMJLL1TVO

永井「ごめんなさい、とっさに」

佐藤「永井」


自分自身の行動に戸惑いを隠せない様子の永井が、手のひらをみせて謝罪ともごまかしともつかない言葉を口にしたとき、死にかけている人間が発するものとは思えないほど、輪郭のはっきりした殺意が佐藤の口から放たれた。


佐藤「君も、ブチ殺してやる」


佐藤は笑顔だった。血塗れの口が開き、僅かに残った歯の白い部分が灯りを照り返し、凶暴そうに光っている。狼が獲物の咽喉部を喰いちぎるときはきっと、このように牙を見せるのだろうと思わせる佐藤の笑顔は、永井にまっすぐ向けられていた。


永井 (ああ……いまさら気づいた)


背中がズルズルとドアを滑り落ち、脚が力なく床に伸びる様子を見ながら、永井はようやく佐藤の一端を理解した。


永井 (この人、『静かに暮らすのがモットー』なんて、ウソだ)


佐藤の頭ががくんと落ちた。帽子の上部がかすかに揺れるのが見えたが、すぐに動かなくなり、息が止まったかのように部屋のなかは、しんと静かになった。


永井 (ていうかそんなことより……脱出が、困難に……)


佐藤が事切れる瞬間を目撃した永井は、みずからの行動が現在進行で状況を悪くしていることにいやな汗をかかずにいられなかった。

196 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 20:33:47.75 ID:AMJLL1TVO

研究員2「なあ、麻酔銃ないか!? いまのうち! 二発!」

研究員3「え?」


マスクの研究員が同僚の言葉に十分に反応できないでいると、佐藤の身体から黒い粒子が噴き上がり始めた。黒い粒子は、赤く歪な銃創を覆い隠したかと思うと、損傷箇所を修復し傷口を閉じていった。修復が完了すると、佐藤は瞼を開けた。


佐藤「どこに隠れた?」


佐藤は立ち上がり、備品室に並べられているメタルラックの列を見渡した。一列につき六台のラックが並べられていて、永井たち三人は、三列あるうちの中央、いちばん奥に配置されている六台目と五台目のラックのあいだに身を隠していた。


永井 (武器もない。ルートもわからない。どうやって脱出するか……)


永井が荒い音が出ないようにゆっくり呼吸を整えながら考え込んでいると、隣にいる前髪を鶏冠のようにあげた研究員が愚痴をこぼすのがきこえた。


研究員2「まさか亜人と隠れることになるとはなあ」

研究員3「よせ、かばってくれたんだぞ」

研究員2「ふざけんな。そもそもコイツがアイツを呼び寄せたんだ」

永井「えーっ。脱出をふいにしたのに」

197 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 20:35:36.36 ID:AMJLL1TVO

研究員2「おまえのせいで何人死んだと思ってんだ!」


声を押し殺しつつ、研究員は永井に責任を押し付けようとした。永井は通路にあった死体の数をざっと思い出しながら、「僕が殺したわけじゃないしなあ」とどうでもよさそうにつぶやいた。永井は小さな黒い眼で隣の研究員を見据えた。瞳の黒さには、どこか冷酷な感じを与えるものがあった。


永井「だいいち、アンタらが僕にしたことを忘れたわけじゃないからな」

研究員2「ぜってえ解剖台に戻してやる」

永井「いやだ。死んでも戻りたくない」


永井は立てた膝のうえに顎を置いて前を見ながら言った。永井は視線の先にある空間を見ているというより、さっき研究員が放った“解剖台”という語が連想させる仮定ーーふたたび仰向けの固定姿勢で痛みが与えられるという仮定ーーが、映像として空間に投影されているというような眼で、恐怖をじんわりと汗をかくように感じながらいった。


永井「そういうアンタらも死なずに外へ避難したいはず。目的は一緒。ギブアンドテイクだ。僕が囮になってアンタらココから出す、アンタらは安全に外まで行けるルートを僕に示す」

研究員3「いいのか? 囮なんて……」

永井「死なないですし」

研究員3「それはちが……」

研究員2「よせよ! やる気になってんだから!」


マスクの研究員が言いかけた内容をその同僚が遮ったことを永井が怪訝に思っていると、復活した佐藤が聞き取りやすい響きを持った声で永井に呼びかけてきた。


佐藤「永井君、聞いてるかな?」

198 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 20:37:16.81 ID:AMJLL1TVO

佐藤は入口のドアの近くに立ったままで、首をめぐらし、どこかのラックの裏に隠れているであろう永井に向かって話しかけた。


佐藤「死なない安心感が、あらゆる判断を安易にさせているんだろう。私が殺すといったのは比喩ではない」

佐藤「亜人は死ぬんだ」


さっきマスクの研究員の言葉を遮った男がいまいましげに舌打ちをした。永井は佐藤がいった安易という語に対して言い訳でもするみたいに、漠然としたなにか、自分だけでなく、自分の周りに漂う、空気のように境界線を同定できないあいまいな対象が終わりを迎える瞬間について思いを馳せた。“宇宙の終わり”という言葉が、具体性を欠いた明滅的なイメージしか喚起しないのと同じように、“終わり”についての永井の実感もほとんど湧いてくることはなかった。

佐藤は部屋の奥にむかって足を踏み出し、話を先に続けた。


佐藤「死をどう定義するかにもよるが……亜人は『遠くに行き過ぎた身体に部位は回収されず新しく作られる。もしそれが頭だったら?』」


佐藤は歩きながら腰に差したブッシュナイフの柄を掴んだ。ナイフが引き抜かれていくとき、刃がナイロン製のシースと擦れた。擦過音は一秒にも満たず音自体も微かだったが、それは残響となり、部屋の奥に進む足音と亜人の死について説明する声に重なると、擦過音は通低音と化し、声の底にこびりついた。

199 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 20:38:51.88 ID:AMJLL1TVO

佐藤「私はいまから、必ずきみを断頭する」

佐藤「そしてその頭を拾い上げ、すこし離れたところで、新しい頭が作られてしまうさまを、絶命するまで観察させる」

佐藤「さて、新しくできたきみの頭は、脳は、心は、今のきみなのか?……否だ。きみはこっち。ココでおしまい」


佐藤の声がだんだんと永井のほうに近づいてゆき、それとともに音節の明瞭さも増していった。永井の脳は声を聞きながら、佐藤の説明する死についてのイメージを自動装置のように描き出していった。切断され宙に浮く自分の頭部、髪を掴まれ頭皮が引っ張られる感覚、しばらく続く眼球の運動、首の無い死体、切断面から立ち昇る黒い粒子、死と再生、そして“終わり”。永遠に。“こっち”にいる永井は、宇宙に先んじて“終わり”を迎え、宇宙が終わるまで“終わり”続ける。切断、持続、接続、永遠、無縁、という語句が永井の頭に浮かんだ。

佐藤はさっき死ぬまえに見せた凶暴な笑みをふたたび顔に浮かべ、はっきりと明確な意志を感じさせる一歩をさらに踏み出し、締めの言葉で断頭宣言を終えた。


佐藤「私を殺したことを、死ぬほど後悔させてやる」

200 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 20:44:39.00 ID:AMJLL1TVO

永井は急に息苦しくなった。実在感を獲得した恐怖の感情は窒息器のように作用し、永井の呼吸を阻害した。自分自身のいやおうのない消滅を避けられず、情け容赦の無い事象が存在の根を切断していこうとするのに、抵抗の努力はすべて敗北する。無力感が巨大で物質的なものに思え、精神でなく肉体までも破壊していくように感じる。佐藤の足音がさらに近づく音を聞くと、毛穴が開き、身体から水分といっしょに空気まで抜け出ていくような脱力に襲われた。


研究員3「永井圭、君」


マスクの研究員が永井にゆっくり呼びかけた。永井は研究員のほうを向いた。


研究員3「やめてかまわないよ」


研究員の同僚が驚いているのを尻目に、永井は首をもとの位置に戻した。それから歯を噛み締め、顎をあげながら静かに口を開いた。


永井「やめない」

永井「アンタを、外に出す。そうするべきだ……たぶん」

201 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 20:46:17.22 ID:AMJLL1TVO

佐藤が三列目のラックのあいだを探し終えたとき、中央五列目と六列目のあいだから三本の指がのぞいているのを見つけた。佐藤はラックの側面に左手を添え、床に座っているであろう永井の首めがけてナイフの刃を振り下ろそうと、右腕をあげた。

ラックの陰に残っていたのは、切断された三本の指だけだった。


佐藤「え?」


ラックの上にいた永井が佐藤めがけて静かに落ちてきた。左手に金属こてを握りしめ、親指と人差し指が残された右の手のひらを握りにあてている。


永井 (狙いは首のうしろ。脊椎。うまくいけば殺さず、全神経を断てる)


ふたりの身体が重なり合った。ぶつかったときの衝撃が互いの身体ににぶく響きわたり、刃物はふたりを繋ぎとめるみたいに、一方の身体を貫いた。


ーー
ーー
ーー

202 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 20:50:00.23 ID:AMJLL1TVO

オグラ「IBMは物質だよ」

コウマ陸佐「では、なぜ見えない」


オグラは唇をつきだし咥えているタバコを上向けながら、コウマ陸佐に向けて中指を立てた。


オグラ「これが見えるか?」


陸佐は露骨にいらだったが、オグラはそれを了解のサインとでもいうように話をつづけた。


オグラ「おべんきょうタイムだ。光源から放たれた光は物質に反射、それを目が受け取り、人はものを見ている」

オグラ「じゃあなぜ、ガラスは透明なのか」


そこまでいって、オグラは口に咥えていたタバコを指のあいだに挟んだ。


オグラ「それはガラスな光を透過する性質の物質で構成されているからだ。一般的なガラスの透過率は八〇〜九〇パーセント……」


オグラは結論の重要性を補強するように、タバコを持っている手で陸佐を指し示した。


オグラ「IBMは、全身が透過率一〇〇パーセントの未知の物質で構成されているんだよ」


ーー
ーー
ーー

203 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 20:52:14.01 ID:AMJLL1TVO

ドアが開いた。そこから飛び出してきたのは、手術用ガウンを身につけた二人の研究員だった。先頭にたつ研究員は、一刻も早く佐藤から逃げるため振り向きもせず走った。後から出てきた方、手術帽とマスクをつけた研究員は黒のマジックインキのキャップを外した。


研究員2「何してんだ!」

研究員3「約束しただろ」

研究員2「逃走幇助とか……おれは責任とんねーぞ!」


同僚を無視して、マスクの研究員は左手に持ったマジックの先を壁に当てる。キュッというフェルトの擦れる音がして、研究員の走行に従って壁に黒い線が引かれていく。

備品室のなかにいる永井も、研究員たちと同じ方向に後ろ向きでよろめいて、壁に背をつけると膝がかくんと落ち、ずるっと太い赤線を引きながら、はやくも後悔していた。


永井「やめとけば……よかった……!」


脇腹にはブッシュナイフが貫通した傷があり、出血で意識がなくなるのを防ごうと左手と右肘そして壁をつかって三方向から圧力をかけていたが、新鮮で鮮やかな赤い血はゆっくりと壁に広がり、三つの隙間からたらたらと滴が垂れ落ちていっている。


永井「くそ、くそっ! なんでこんな目に……!」


佐藤が目の前に迫ってきた。あからさまにナイフを持つ腕を大きく振りかぶって、気持ちの良い断頭を目論む佐藤の態度は、その振りかぶりといつもの笑みが合わさったせいで、余裕たっぷりにみえた。

204 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 20:53:55.61 ID:AMJLL1TVO

永井 (来る! 断頭される!!)


永井はとっさに左腕を上げた。


永井 (腕で防ぐ。腕には橈骨と尺骨、二本の骨がある。それで防げなかったとしても、勢いは弱まるし軌道もぶれる。断頭は回避できるかも)


ぎゅっと手を握り締め拳をつくったことで、前腕の筋肉が引き締まり強張った。それでも細い永井の腕ごと切断しようとする刃物の軌道は、佐藤の驚きによって停止した。


佐藤「……なんだ、これは?」


佐藤の視線は永井の頭のうえに行き、天井を見上げるように首を傾けていた。その動きにつられ永井は眼を上にあげた。すると、自分の身体から黒い粒子が業火が生み出すどす黒い煙のように立ち昇っているのに気がついた。この黒い粒子は今までにもたびたび、死ぬたびに見てきたものだった。粒子はまだ出血が続く傷口からも放出されていて、赤と黒という色の組み合わせは、それこそ火と煙の関係を連想させたが、血の赤色と火の赤色は比べてみるとまったくちがっていた。


佐藤「なんなんだ、その量は?」

永井「幻覚……?」

205 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 20:56:12.17 ID:AMJLL1TVO

天井を覆い尽くす大量の粒子は、隅の方へ流れている。そこでは換気扇が作動中だった。


永井 (いや、換気扇に吸い込まれてる。煙? 粉?)


粒子は雲のようになっていた。黒過ぎるその雲から二本の腕が飛び出してくると、雲は異次元に通じる裂け目のようにみえた。腕は螺旋が巻くように形成され、浮遊的な気体の状態から人間のかたちにそっくりだが、有機体ではない肉体へと組織されていった。黒い幽霊は無意識のうちに発現していた。黒い幽霊は床に着地すると、顔の無い頭部をあげ、佐藤を見上げながらいった。


IBM(永井)『あな……たの、娘さん……殺されちゃうよ?』

佐藤 (これが永井君の……形状はプレーン)


黒い幽霊はしゃがんだまま、動きをみせず黙ったままだった。膠着状態ができあがったが、永井はそれにつきあおうとせず、佐藤の視線が黒い幽霊に注がれて固定されている隙に、幽霊の脇を通ってドアまで真っ直ぐダッシュした。佐藤の反射は速かった。永井が一歩目を踏み出したときにはもう身体が反応し、二歩目で腕を上げ、三歩目で首のうしろに狙いをつけていた。


永井「痛て!?」


黒い幽霊の腕のひと振りが、佐藤のナイフを持っている方の腕を切断した。幽霊の腕の勢いはそれでとまらず、横を駆け抜けていく永井の上腕を鋭くとがった爪がすぱっと裂いて、三本の切り傷をつくった。


IBM(永井)『腕を折る……とかは、どうです?』

佐藤 (なんだコイツは?)

206 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 20:58:28.19 ID:AMJLL1TVO

黒い幽霊の振り上げた腕が今度は佐藤の左脚を切断した。ーー確かに黒い幽霊はーー 永井はドアから通路に出ていた。佐藤の身体は上下が反転していて、頭から床に落ちていったが、 ーー命令せずとも言葉を反復したり、ーー 床が佐藤の頭を帽子越しに打つまえに ーー少しうろついたりはするがーー 黒い幽霊の手が佐藤の腹を貫いた。ーーコイツはちょっと……ーー幽霊は佐藤を床に叩きつけると、腹部を貫いていた指がずるりと抜いた。

幽霊は足元の佐藤にもう関心を払わず、背骨を伸ばすと首を上げて天井を見上げた。

永井とまったく同じ音声をした幽霊は、上を向いたまま声帯ではなくなにかべつの構造をしたものを震わせて、叫び声をあげた。


IBM(永井)『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛』

佐藤 (勝手すぎだよ)


腕と脚、腹部からの出血は止まらなかったが、佐藤の唇を広がり、歯が剥いて、死の床に横たわりながら笑顔になっていた。


佐藤 (……おもしろいかもね)

IBM(永井)『あ゛……あ゛……』


黒い幽霊は鎮まると、頭部から崩壊を始めた。


IBM(永井)『お手数おかけしました』


それだけ言い残すと、黒い幽霊はこの世から完全に消滅した。それからすぐ、佐藤が死亡した。黒い粒子の発生とともに、切り落とされた手足が切断面にすべるようにむかって行き、断面同士がくっつくと細胞まで元どおりになった。
207 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 21:00:26.81 ID:AMJLL1TVO

一方、永井は壁に引かれた線をたどって、痛みのせいでときおり息を詰まらせながら、通路を走っていた。


永井「ざまーみろ……助かった……アレのおかげで」


同じころ、モニタールームにいるオグラは岸からの疑問、IBMを構成する未知の物質と亜人の不死の関係性について解説をしていた。


オグラ「人は、なぜミカンを食べるのか」


激痛が走るたびに永井は叫ぶように口を開け大きく息をはき、痛みを紛らわしながら前に進んだ。


永井「黒い幽霊……亜人はアレが出せるんだ」


オグラは目に見えないミカンを持つフリをしながら解説をつづける。


オグラ「人はビタミンCを自ら生成することができない。だから果物などから摂取する必要がある。栄養不足で死んだ亜人は、再生時それすら作り出すことができるんだ」


別々の場所にいる永井とオグラは、ほとんど声を合わせるように同じタイミングで、まるっきり正反対のことをいった。


永井「ていうか、不死身とカンケーないじゃん」

オグラ「未知の物質を作り出すことと無関係なはずがない」


永井がその部屋を通り過ぎたとき、それまで壁にまっすぐ引かれていた線はいちど途切れ、曲線を描いて下降していたが、永井は気づかず通路を先へ進んだ。しばらくあとで永井を追う佐藤がその部屋のまえで立ち止まり、部屋の中を透かして見ようとするようにドアを見つめた。佐藤は血の跡に視線を戻し、また歩き出した。


研究員2 (よし!!)


前髪をあげている研究員は足音が遠のいていくの聞きながら、自分だけは生還した、もう安全だ、とよろこんだ。
208 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 21:03:01.39 ID:AMJLL1TVO

発砲音が二発つづいた。シリンダーとノブの下部が吹っ飛び、鍵が破壊されたドアが銃弾を受けた衝撃ですこし開いた。その隙間から射し込む光は暗闇にうすい切れ目を入れ、部屋の奥の方まで延びたが壁にとどかず、まるでこの空間が安全でなくなったかのように、途中で途切れてしまった。


研究員2「え!?」


ぎいぃぃと、ドアがか細く軋みをあげながらさらに開いた。拳銃を持つ手、黒い色をした、鋭くとがった爪を持つ六本指の手、佐藤が発現した黒い幽霊の手が部屋の中に入り込んできた。


研究員2「いいぃ……?なに……」

IBM(佐藤)『あ、見えるかい?』


ハンマーを元の位置に戻しながら、幽霊は研究員に頭を向けた。佐藤の幽霊は永井のと異なる頭部の形状をしていて、扁平な頭頂は先にゆくほど細くなり、そのかたちはハンチング帽か下顎から上が真っ二つに切断された爬虫類の頭部といった印象をあたえた。佐藤は通路を歩きながら幽霊を通して研究員に話しかけた。
209 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 21:04:40.75 ID:AMJLL1TVO

佐藤「強い感情を向けられたとき、人間にもコレが見えることがある」


研究員と同じ部屋にいる幽霊が、佐藤が口にしたことをリアルタイムで再現する。


IBM(佐藤)『殺意、とかね』

研究員2「た、たす、たすけ」

IBM(佐藤)『すまない、無理だ』


研究員の命乞いを、幽霊は穏やかに遮った。


IBM(佐藤)『私はねえ……殺すのが結構好きなんだよ』


黒い幽霊の平べったい頭の先から、細長い蛇のような舌がするすると伸びてきた。舌があるということは口があり、口があるということは喉があり、喉があるということはなにかを飲み込むことができるということだ。飲み込むためには、口内のものを咀嚼するための歯が必要になり、黒い幽霊が蛇が獲物を丸呑みするときのように、顎の関節が人間よりはるかにおおきな可動を見せながら開口すると、口の中には、太く短い、獲物の肉によく食い込みしっかり噛み千切るための牙がきれいに並んでいた。


研究員2「う゛あ゛あ゛ぁ゛……ぁぁ゛……」


研究員の叫び声は通路まで、すこしのあいだ、響いた。それはほんとうにすこしのあいだで、その部屋のあたりはもうしんと静まり返っていたが、よく耳を澄ますと、ドアの隙間から、ぷちりぷちりという、弾性のあるやわらかいものがちぎれる音が、死者からのメッセージと誤解される機器の誤作動のような微かな信号みたいに、静寂のなかに溶け込もうと、しばらくのあいだ、鳴っていた。

ーー
ーー
ーー

210 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 21:08:02.53 ID:AMJLL1TVO
いったん離脱します。30分後くらいに再開予定。
211 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 21:37:46.66 ID:AMJLL1TVO

212 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 21:40:18.70 ID:AMJLL1TVO

永井が屋上へつづく階段の手前までなんとかたどり着くと、階段の前に、星の光をシンボル化したような十字形の頭部を持った黒い幽霊が待っていた。

永井は足を止め、壁にもたれながら警戒するように身体を引くと、目の前にいる幽霊をみすえ、いった。


永井「田中か……!」


この黒い幽霊を発現したレインコートの人物が驚いたのは、幽霊越しに見る美波の弟が、血まみれで、深手を負い、息も絶え絶え、黒いちいさな眼は刺しこむ敵意を向けていたからだった。敵意が誤解であることはわかったが、それを解こうにも、幽霊の持ち主であるレインコートの人物は、永井が自分の幽霊をいったいだれのものと勘違いしているのか見当もつかず、どう対処していいのかわからなかった。

永井は星十字の幽霊を田中のものと思い込んでいて、自らも黒い幽霊で反撃しようと意識を強めた。
永井の肩から黒い粒子が放出され、空気のなかに昇った。次の瞬間、ホウセンカの果実が種子を播種するときのように、粒子が出た永井の上腕が赤く弾けた。


佐藤「あれ? 誰だろう?」


拳銃を両手で構えながら、佐藤は疑問を口にした。だが幽霊の正体にはそれほど気にとめず、腕の銃創を押さえてうずくまる永井に佐藤はふたたび銃口を向け、永井の背中に銃弾を叩き込もうと連続して発砲した。
213 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 21:41:34.68 ID:AMJLL1TVO

永井が反射的に眼をつむっていると、星十字の幽霊が佐藤と永井のあいだに割り込み、銃弾をすべて受け止めていた。


IBM(???)『逃げて!』


少女の声をした幽霊に言われるまでもなく、永井はすでに階段を駆け上っていた。星十字の幽霊は佐藤に向き直ると、跳躍し、拳銃を奪い取ろうと突進した。佐藤は身体を半回転させ幽霊の突進をかわしたが、突き出した黒い手が拳銃を持つ佐藤の腕にかすり、血管が断たれた。腕をつたう赤い渓流をみて、レインコートの人物は動揺し、それは幽霊の態度にもあらわれた。距離をあける佐藤にたいして、星十字の幽霊は追撃もせず棒立ちで見送った。


佐藤「永井君のお友達かな」


佐藤は拳銃を持ち替えながら、いった。その言葉にハッとしたのか、星十字の幽霊は両腕をあげ、脇を締め戦闘の構えをとった。様になっているとは言いがたかったが、黒い幽霊が相手となると、佐藤といえども生身での対応は困難だった。


佐藤 (どうしようかな。幽霊はいちど出しちゃったし)


佐藤は血流が皮膚のうえを流れ落ちるのを感じながら、使用者不明の黒い幽霊への対処について考えを巡らせていた。幽霊は足を擦ってジリジリと距離を縮めつつあった。佐藤は突っ立ったまま。傷を負った方の手を、清流をすくうみたいに指を曲げ、血を手のひらに溜めている。
214 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 21:43:28.93 ID:AMJLL1TVO

幽霊は一足跳びで佐藤を拘束できる位置まで距離を縮めていた。前に出した右脚に力を集中させ、バネのように弾き出そうと幽霊に意識を伝達するその瞬間、佐藤の左手が突然あがった。十字型の頭部の中心点めがけて銃弾が襲ってくる。幽霊は思わず右に動いた。脚に込められた力が右方向に解放され、壁に激突、ぶつかった箇所が思いっきり凹む。頭を壁から抜いて、衝撃で揺れる視界が修正されると、目前には佐藤がいる。佐藤は血の流れる腕を振り、手のひらに溜めた血を幽霊の顔めがけて投げかけた。

視界が赤一色になり、あわてて血を拭おうと幽霊は両手で顔を擦ろうとする。身体を曲げ、頭をさげる。佐藤は剥き出しになった幽霊の首に腕を巻きつけ、グッと腰を落とし、全身の筋力を利用して幽霊の身体を浮かせると、背中を仰け反らせ、幽霊を後方に投げ飛ばした。床に叩きつけられた星十字の幽霊は、いちどバウンドし宙に浮いた身体を捻ると、爪を床に突き入れ無理やり体勢を戻し、膝をついた。幽霊は顔をあげ、こんどこそ躊躇を捨てて拘束しようと佐藤を探した。
215 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 21:45:24.76 ID:AMJLL1TVO

佐藤は通路の真ん中で拳銃の銃口を天井にむかって真っ直ぐあげていた。天井のスプリンクラーは未作動のものだった。佐藤は拳銃を発砲した。銃弾がスプリンクラーに衝突した。機械が作動し通路に降雨した。星十字の幽霊が膝をついたまま動かなくなった。佐藤が拳銃をレッグホルスターにおさめた。佐藤は動けない幽霊に向かっていった。


佐藤「動きはいいんだけどね」


レインコートの人物は佐藤の声を聞いた。その声には、多少の失望感が混じっているように聞こえた。


佐藤「人を殺せるようになったら、またおいで」


佐藤は星十字の幽霊に背を向けて、階段をのぼっていった。佐藤の姿が曲がり角に消えると、通路に座り込んでいる幽霊の頭部が崩れ始めた。レインコートの人物は、いまさっきの出来事が現実だと信じられない気持ちで混乱していた。佐藤が黒い幽霊に生身で対応したことも驚愕だったが、いちばんの衝撃は、佐藤がのこした最後の言葉だった。言葉が伝える内容ではなく、佐藤が語る言葉の響きが、帽子の男が殺人者だと、研究所の人びとを殺して殺して殺しまくってきた殺人者だと、レインコートの人物に確信させた。

階段をのぼる足音が散水の音に混じって反響して、星十字の幽霊まで届いた。レインコートの人物の聴覚はその反響を、理解が届かない存在が現実に存在する証拠として、認識の主体である彼女に冷酷に教え、提示していた。


ーー
ーー
ーー

216 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 21:46:58.57 ID:AMJLL1TVO

屋上に飛び出してきた永井の頬を雨粒が叩いた。研究所は屋上緑化を進めていて、鮮やかな緑色の葉をした植物が植込みの中で存分に生い茂っている。その植物を眺めるのに最適な位置に、ベンチが全部で四脚、通路の上に背中合わせで配置されていて、平らなL字型のルーフがベンチにかぶさり、南側の縁にまっすぐ平行に延びるルーフとつながっている。

永井が肩で息をしながらドアに寄りかかっていると、唸りをあげる風の中から自分を呼ぶ声が聞こえてきた。声のほうを見やると、マスクの研究員が屋上の縁で手を振って永井を待っている。永井は息を吸い、研究員のほうへかけて行った。


永井「なんでまだいるんですか?」

研究員3「これの使い方を教えないと」


研究員は金属製の箱に手を置いた。


研究員3「火災用脱出シュート。これで降りる」

永井「いやいやいらないですよ、僕には」

研究員3「あ、そうか」

永井「この高さで死ねるかな……」

研究員3「……けど、それだけで待ってたわけじゃないんだ」

217 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 21:49:55.00 ID:AMJLL1TVO

下をのぞきこむ永井の横顔を見ながら、研究員は永井に話しかけた。


研究員3「きみが外へ出たあと、おれの車でどこかまで送ってもいいよ」

永井「え!」

研究員3「仕事だと割り切っていたが、ほんとうに酷いこたをしたから……あとひとつ、安心してほしいことが」


研究員は永井の肩にゆっくりと手を置いた。


研究員3「きみはきみのままってこと。実験中一度も断頭は行ってないし、トラック事故現場にも脳細胞は残されていなかった……それだけ伝えたかったんだ」

永井「なんで、他人を気遣えるんですか?」

研究員3「ん?」

永井「人の痛みなんて、わかります?」


思ってみなかった永井からの質問に、研究員は戸惑った。永井は対処できない事柄を合理的に放棄したときのような、極めてフラットな無感情を顔にあらわしていた。


研究員3「それは、きみが亜人になってから酷い目にあって、心が……」

永井「いえ」


研究員のわかりやすさを求めるひどく一般的な推測は、永井のつぎの言葉によって退けられた。


永井「僕は、上辺以外で人の心配なんてしたことない」


218 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 21:51:44.77 ID:AMJLL1TVO

銃弾が永井の肩に命中した。佐藤が永井と研究員からすこし離れた位置に立っていて、ふたりを拳銃で狙っている。


研究員3「隠れろ!」


研究員は永井に覆い被さるように肩に腕を回し、屋根のある通路に向かって走った。佐藤は冷静に引き金を引いた。銃弾が二発、二人のすぐ横を通り抜けた。通路のすぐ横にある一・五メートルほどの高さを持った潅木植物が植えられている花壇に二人が自分たちの身を隠そうとしたとき、三発目の銃弾が研究員の胸の真ん中を捉えた。銃撃の衝撃で研究員は前につんのめり、通路に仰向けに倒れた。


永井「あーあ……」


動かなくなった研究員を見ながら、さすがに永井もすこし残念な気持ちになった。


永井 (死んじゃあもうたすけようがないなあ……さて)

永井「飛び降りて逃げなきゃ」

永井 (最短距離はあっちだ)


永井は視線を研究員から屋上の南側に移した。南側に転落防止柵は備えられてなかった。研究員の身体が通路に横たわっている。


永井(……うーん、死体が邪魔だな)

永井「が、贅沢言ってらんない」


永井はおおきく息を吸い走り出した。柱のところまで来ていた佐藤が上半身を屋根の下のほうに傾け、逃げる永井を撃った。弾は永井の左脚に掠ったが、逃走をとめるには至らなかった。拳銃にスライドストップがかかり、スライドが後退した位置のまま固定された。


佐藤「弾切れー……」


縁へ走る永井の視界から屋上の景色が退いていく。


永井「もうすこし、もうすこしだ!」

219 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 21:53:58.69 ID:AMJLL1TVO

研究員3「ぅ……」

永井「へ!?」


永井は立ち止まり、急いで振り向いた。研究員がかすかに身じろぎしていた。


永井 (まだ、生きてんのかよ!!)


通路に立つ佐藤は空になった拳銃からブッシュナイフに武器を持ち替えていた。横たわる研究員を挟んで、永井と佐藤は向かいあって対峙するかたちになっていた。


永井 (いやいや、この状況……助けようないだろ! だいいちあの人、即死じゃなかったみたいだが重傷! たぶんすぐ死ぬ)


永井の逡巡に待ち切れなくなったのか、佐藤がさきに一歩を踏み出す。


佐藤「最終ステージだ、永井君」


それにつられて永井もスタートを切った。


永井「くそっ、どうすんだよ」

220 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 21:55:23.10 ID:AMJLL1TVO

研究員まで走る。腕を振ると、指を三本切断した右手が視界にはいってくる。


永井 (佐藤さんの刃物、重さを利用して叩き切るから大きな振りかぶりが必須、柱の並んだここなら攻撃しにくいかも)


永井「だからって……どうにもなんねー!」


永井は力の入らない右手を研究員の脇に下にいれ、肘を使って持ち上げた。左手は指がすべて使えるので、そちら側の脇は手で支える。佐藤が刃物を手に迫ってくる。永井は研究員の身体を引きずりながら、叫ぶ。


永井「だから、黒い幽霊! もう一度出ろ! 出てくれ!」


黒い幽霊があっさり発現される。幽霊は身体を構築しながら佐藤に向かっていく。


永井「出た!?」


佐藤も幽霊を出す。構築途中の脚が扁平な頭部を矢のように突き出す。


IBM(佐藤)『は、は、はーー』


黒い幽霊は互いに速度を緩めることなく走り続け、通路の真ん中で衝突を開始した。


ーー
ーー
ーー

221 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 21:57:28.62 ID:AMJLL1TVO

警備員用のロッカールームはもう使われることのない部屋になっていて、閉じたられたままのロッカーから警備員たちの服や私物が遺品として家族のもとに返されるのはまだ先のことになりそうだった。だから、レインコートの人物が姿を隠すにはそこはうってつけの場所だった。

彼女は、雨滴を滴らせながらロッカーの隅に身を潜めていた。はじめは埃っぽかったが、黒い幽霊のほうに視覚と聴覚を集中させているあいだは埃っぽさを忘れられた。幽霊とのリンクが途切れると目の前が灰色のスチール板だけになり、レインコートの人物は閉じ込められたのだと錯覚した。彼女はロッカーの隅から飛び出し、息を喘がせた。得体の知れない恐怖は落ち着いたが、焦りの感情が潮位を増していた。黒い幽霊はあと一回発現できる。だが、永井がいる屋上は激しく雨が打っている。監視カメラの死角を縫うように移動してみずから屋上に赴くことも不可能で、レインコートの人物に打つ手はないように思えた(ロッカールームまで来れたのも、佐藤の襲撃によってカメラが破壊されていたためだった)。

まるでロッカーから飛び出してきたかのようにレインコートの人物は前につんのめり、床に手をついていた。どうしよう、どうしようと泣きそうになりながら頭をあげると、飛び出した勢いでポケットから床に落ちたスマートフォンが目に入った。ーーもしかしたら、研究所前の報道陣のカメラが屋上にいる美波の弟を映しているかもしれない。ーーレインコートの人物の希望は、手のひらサイズのスマートフォンの画面の中で映像として実現した。
222 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 22:00:15.93 ID:AMJLL1TVO

雨脚は弱くなっていて、白い筋が消えた画面の中にいるアナウンサーが、研究所で起きた爆発音についてあわただしく説明している。その背後、研究所の屋上の端に動くものがあるのをカメラマンが気づいた。映像がズームする。画質がすこし荒くなる。レインコートの人物は、手術着姿の研究員を抱えているのが美波の弟だということがズームするまえからわかっていた。

レインコートの人物はロッカールームを掛け出てた。電話するみたいにスマートフォンを耳にあて報道を聴いていると、アナウンサーが、屋上の南側です、といっている。研究所の外壁の南側に回る。角を曲がったところで黒い幽霊を発現すると、硬い材質の外壁に星十字が浮かんだ。幽霊は一階と二階のあいだあたりの高さで発現されたが、雨のせいで動きはぎこちなく緩慢だった。肉眼で星の動きを観察しているときのように、星十字型の頭部の位置に変化は見られない。

はやく、はやく、はやくーーと、レインコートの人物は黒い幽霊への命令を心のなかで唱えていたが、黒い幽霊の動きは遅く、レインコートの人物は命令を実際に言葉にして口に出すまでになってしまっていた。星十字の幽霊の動きが目にみえて良くなったとき、フードが弾く雨音は、研究所に侵入する前に林の中で様子を伺っていたときと比べればほとんど無音といってもいいほど弱まっていた。壁をよじ登る幽霊の動きを追って、レインコートの人物は頭をあげた。顔にちいさい雨滴があたったがまばたきはしなかった。彼女の眼は、もうすぐ屋上に到達する自分の幽霊とともに、縁に立ち研究員を抱える永井が、後ろを振り返り、緊迫から解放されたようになにかに気を取られている様子を見ていた。


ーー
ーー
ーー

223 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 22:02:48.84 ID:AMJLL1TVO

真っ直ぐ突き出された打撃をかわした黒い幽霊は、佐藤の幽霊が右腕を引き戻す前に爪を立て腕を振るい、右腕を切断した。切断された腕は一瞬だけ宙に静止すると、黒い粒子が結合を図ろうと活性化し、断面の粒子が磁石に引っ張れられる砂鉄のように逆立った。佐藤の幽霊は再結合途中の腕を引き、くっついた瞬間、攻撃後の隙を狙って永井の幽霊の頭に強烈なアッパーカットを打ち上げた。空中の腕が拳を作ったことを見てとっていた永井の幽霊は、スウェーすることでその攻撃をかわした。


永井 (頭を狙ってる?)


佐藤の幽霊の攻め方を観察していた永井は、自身の黒い幽霊にむかって叫んだ。


永井「おい! おまえも頭を狙ってみろ!」


黒い幽霊は背後から飛んできた命令に振り返らず、愚痴をこぼすように言った。


IBM(永井)『ったく、なんで皮肉……を言われなきゃ……』

永井「ああ?」

佐藤「おお、命令無視もするのか」


佐藤は、余裕がある感じで永井の幽霊の振る舞いを興味深げに観察していた。佐藤の幽霊はボクシングの構えをとったまま、距離をとっている。黒い幽霊はゆっくり永井に振り返った。


IBM(永井)『ひとりでカワイソウだ……から、構って……やってた……だけだ……しね』

224 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 22:06:18.60 ID:AMJLL1TVO

真っ黒な無貌が口にした言葉には、何の感情も込められていなかった。それゆえ、永井は自分が実際にその言葉を発したこと、そのときとそれからのことに向き合わざるを得なくなった。


永井「そんな昔のこと、言わないでくれよ……」


永井は研究員を引きずるのを思わず止めていた。意識が朦朧としている研究員は、残った意識が感じている感覚が止んだことに気づき、永井にさらに困難が見舞ったのだろうとおもった。研究員は、か細い声が消え入らないように努力しながらつぶやいた。


研究員3「永井……君、いい……逃げ……ろ」

永井「いやだ」


永井がきっぱりと言い切った。マスクの研究員は、永井がここまでやってくれたことを十分だと感じていたし、感謝の気持ちもあった。あの焼けつく恐怖のなか、前触れもなくいきなり死に連れ去られてしまうよりは、いまみたいに、すべての感覚がしだいに遠のいてゆき、暗闇が訪れといっしょに眠るように最期を迎えることができるなら、十分だと研究員は思っていた。そんな研究員がまだ眼を閉じないでいられたのは、永井が指の欠けた手で研究員を抱きかかえ、息も絶え絶えなのに、彼の身体を懸命に引っ張っているからだった。


研究員3『なんで……おれ……なんか……』


自分の身体がまた引きずられはじめたのを感じた研究員がいった。永井は屋上の端をめざしながら、そちらに顔をむけた状態でまくしたてた。


永井「僕は誰とも関わってこなかったしそんな必要なかったし他人なんてどうでもよかった」

永井「かつやっぱり今でも、他人なんてどうでもいい!」


一気に喋ったせいで永井の身体から力が抜ける。永井はおおきく息を吸い、腕に力を入れ直すと研究員の身体をグッと上に持ち上げる。二歩歩き、また息を吸い、ふたたび研究員を引きずる。
225 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 22:07:53.64 ID:AMJLL1TVO

永井「でもアンタは助けたい」


屋上の端に到達した。永井は左手で右手首を掴み、研究員の身体を支えながら縁に立った。


永井「ココから落とす。それしかない」

永井 (「〇〇メートルから落ちたら死ぬ」という明確なデータはない。四十七階から落ちても助かった事例があるくらいだ。だが、やわらかい土や雪の上に落ちれば生還率は確実に上がる)


永井「どこだ……どこがいい」


永井は研究所の中ほどにあるバルコニーに植込みを見つけた。通路では黒い幽霊同士の争いがつづいている。佐藤の幽霊が永井の幽霊の拳に打撃をあたえ、両者の左手が消失する。


永井「いいですか、膝をくの字にしてください。行きますよ!」

研究員3「待て」

永井「え!?」


研究員の思いもよらない強い口調に、永井は手を止めた。


研究員3「アレが……見える、か……?」

永井「アレ?」


研究員は震える頭を動かし、永井に言ったものの方向を示す。


研究員3「車で……送れ……な、かった、から……アレなら……逃げられる、かも……」

226 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 22:09:44.28 ID:AMJLL1TVO

佐藤の幽霊の左の肘打ちが、永井の幽霊に残された右拳を奪った。


IBM(佐藤)『それでどう戦う?』


永井の幽霊は失われた両手を見ながら、考え込でいるのか黙っている。佐藤の幽霊は左腕が肘から先が消失していたが、まだ右腕が完全な形で残されている。扁平な頭をした幽霊が、防御も反撃もできない永井の幽霊の頭部にむかって鋭いストレートを放つ。


IBM(永井)『おまえも……頭を……』


黒い幽霊はそのパンチをすばやく右にスウェーすることでかわす。佐藤がその反応に感心した様子を見せる。永井の幽霊は地面を割るみたいに強く踏み込み上体を勢いにのせると、佐藤の幽霊の頭部にみずからの頭部をぶつけた。


『なんだ、四十七人もいるのか』


佐藤「ん!?」


『How many times do I have ーーl you? You've got to learn ーーen!』


永井「!?」


衝突の瞬間、黒い幽霊の頭と頭が一瞬だけ溶け合うようにひとつになり、永井は佐藤の記憶、佐藤は永井の記憶が逆流してくるのを、脳に閃いたイメージの通過として感じ、特別な力を持った人間がはじめて他人と感応したときのように驚きの反応を示した。
227 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 22:11:38.46 ID:AMJLL1TVO

永井「佐藤さんの……記憶?」

佐藤 (永井君の記憶の一部が、流れ込んできた……)

佐藤「頭同士だと、こんなことが起こるのか」


頭部を失った幽霊たちは通路に倒れ、首の部分が崩壊し終えたところだった。永井はまだ記憶の逆流に呆然としている。星十字の幽霊が屋上まで登ってきた。屋上の縁から幽霊の肩から上がのぞいている。永井はまだ屋上の方へ振り返っていて、研究員も抱えたままだった。


IBM(???)『待って!』


幽霊の叫びに永井が反応する。永井はふたたび現れた星十字の幽霊にたいして警戒し、その正体を考えてみるが見当もつかない。そもそも、なぜこんなことをするのか。わざわざこんなところまで出向いてリスクを冒してまで自分を助けようとする亜人は、いったいどんな企みを持ってるいるのか。


研究員3「永井……君」


閉じてしまいそうになる意識の最後の力を使って、研究員は言葉を口にした。永井は視線を幽霊から研究員に戻す。


研究員3「行け」

228 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 22:15:53.48 ID:AMJLL1TVO

IBM(???)『行かないで!』


星十字の幽霊は、研究員の言葉とほぼ同じタイミングで叫んでいた。永井は手を離した。研究員が落下し、永井は縁を走る。東側の壁と南側の壁の角にいる星十字の幽霊は、南側の壁に移り壁面を踏んで落下する研究員にむかって跳んだ。研究員の身体を右腕で抱きとめ、左手を壁面に突き刺す。バルコニーに降り立ったとき、幽霊の足が植込みの木を折った。記憶の混線から回復した佐藤が西に向かって走る永井にむかってナイフを投擲した。ブッシュナイフは回転しつつ、永井の首めがけて飛んでいった。


永井「う、あ、あーー」


永井は走りながら前につんのめった。膝がかくんと折れ、転ぶようにして縁から跳ぶ。ナイフの刃が首の後ろの皮膚を切り裂くのを感じながら、永井は氾濫する河川の濁流のなかに落ちていった。研究員が示した脱出路は、この川のことだった。この川は放水路で、大雨のときには海まで水門が開くようになっていた。そしていま、茶色い大水に飲み込まれ、水死の苦しさを味わいながら永井は開いた水門へ流されていく。

星十字の幽霊の手は、西側のバルコニーの手摺から暗闇に向かってのびていた。その手のなかにはなにもなく、やがて幽霊の頭部は、ふたたび崩壊をはじめた。


ーー
ーー
ーー

229 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 22:19:45.80 ID:AMJLL1TVO

田中「遅いすよ、佐藤さん」


研究所への進攻前に二人が分かれた地点で待っていた田中が言った。田中のオールバックにした髪はすこし湿っている程度で、いまでは雨はほとんど降り止んでいた。


佐藤「いやあ、永井君が面白い感じに動くから遊んじゃったよ。怒ったフリもしてみるもんだね」


佐藤はしゃがみ込み、ボストンバッグを開けた。中に銃器類をしまい込むと、別のバッグから袋詰めにした衣類を取り出す。


佐藤「さて、いろいろやったけどここから本番だよ」


言いながら、佐藤は田中に取り出した衣類のひとつを投げ渡した。


田中「服? なんすかこれ?」


田中に渡されたのは、生地の薄いブルーの患者着だった。


佐藤「戦略というのはだな、状況に合わせ最も適した……」


血塗れのシャツを替えながらの解説は途中でとまった。佐藤はなにか思い出したように口を開けたままにしている。


田中「なにか問題が?」


田中がジャケットを脱いで、着替えながら尋ねた。佐藤はポンと思いつきを口にした。


佐藤「なんか、ハンニバルみたくなってきたなあ」

田中「はあ?」

佐藤「私がハンニバルだとすると、きみは……」

田中「……クラリスすか?」

佐藤「いや、マードックだな。顔的に」


そう言われても田中に思い当たるところはなかった。そもそも田中はトマス・ハリスの小説はおろかジョナサン・デミによる映画も観ていなかったし、佐藤の言うハンニバルが『特攻野郎Aチーム』のジョン・スミス大佐のことだと最後まで気づくこともなかった。


佐藤「それじゃあひとつ始めますかな! 『作戦は気を持って良しとすべし』だ!」


佐藤はハンニバルの口ぐせを真似しつつ、ネクタイを締めたシャツの上にジャケットを羽織った。


ーー
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230 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 22:22:03.17 ID:AMJLL1TVO

研究所からの騒ぎの音が聞こえなくなると、正面ゲートに陣取っていた報道陣がざわめき、ゲート担当の警備員に詰め寄った。雨ガッパを着た警備員は所内との連絡に努めているが、上司や同僚とは一向に連絡がとれず困り果てていた。警備員のひとりがトランシーバーを片手に直接中に赴くべきか悩んでいると、敷地内から車椅子を押す帽子の男が現れた。マスコミのカメラは車椅子の男と帽子の男を映し、アナウンサーがその様子を中継する。

波のように押し寄せてくる報道陣に対し、帽子の男はあわてることなくゆっくりと車椅子を押して進む。車椅子の男はこうべを垂れ、無反応をつらぬいている。


佐藤 (重要だったのは、タイミング)

佐藤 (永井圭捕獲とオグラ・イクヤ来日。多くのマスコミが一箇所に集まる、今日というタイミング)


佐藤がとまったとき、マスコミは佐藤を囲うように周囲に円をつくっていた。マスコミの質問に答えず沈黙したままの佐藤にたいし、報道陣の質問もしだいにおとなしくなっていく。やがてカメラのシャッター音くらいしか聞こえなくなったとき、佐藤は唐突に口を開いた。


佐藤「今日は一般の方々に知ってほしいことがあってここへ来ました。二つだけ、話を聞いてください」


佐藤の突発的な発言の開始に、マスコミだけでなく、テレビの前の視聴者も釘付けになる。


佐藤「私の名前は佐藤……亜人です」


美波の眼はまるで銀盤写真のように見開かれていた。弟の姿が映ってから鏡を見るときの距離でテレビの画面を凝視していた美波は、佐藤の手の動き、話すこと、それらを眼球に感光して、写真記憶として保存しようとしているみたいだった。
231 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 22:24:50.05 ID:AMJLL1TVO

佐藤は、永井圭君のお姉さんが会見でおっしゃられたことの繰り返しになりますが、と前置きしてから亜人捕獲の懸賞金がデマであることを説明した。佐藤はそれに加え、デマの発祥が車椅子に座っている田中が発見された当時のテレビ番組にあると語った。そして、今回の永井圭に関する報道は、本質的に田中に懸賞金を懸けた番組と大差ないという旨の言葉を、報道陣の前でひるむことなく言い放った。

報道陣は過敏に反応したが、それは佐藤が二つ目の事実を語ったときに比べればまったくおとなしいもので、二つ目の反応は爆発的だった。


佐藤「知ってほしいことの二つ目は、『政府は亜人で非人道的な実験を行っている』ということです!」


佐藤がその言葉を口にした直後、マスコミから批判の声が湧き上がった。都市伝説、デマ、と罵倒に近い言葉を投げられけても佐藤は微動だにしなかった。


佐藤「証拠はあります」


佐藤がそういったとき、美波の心は緊張感に締め付けられた。ほんの二週間ほどまえ、美波を訪ねてきた佐藤は結局、美波の話を聞くまえに去っていったのだが、その去り際に佐藤が言っていたことは、今日の日まで美波の意識にのぼらないことはなかった。ーー政府による亜人虐待の証拠ですが、近いうちにお見せできると思いますよーー。美波にとって、提出されてほしくない証拠、証明されてほしくない事実のことを、この瞬間まで美波はずっと考えていた。


佐藤「それはすでに、web上にアップロードしました」

232 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 22:28:13.65 ID:AMJLL1TVO

美波の腕は、まるで風に吹かれた布切れみたいに音もなくあがり、スマートフォンを操作していた。美波の様子をうかがっている女子寮のメンバーたちは、美波にそれをさせていいのかわからなかった。彼女たちは、その映像は、美波にとってよくないものなのではないかと漠然と感じていた。だからといって、見るなと言うこともできなかった。研究所にいた弟が、そのあいだどのように扱われていたのかを知る唯一の具体的な証拠だったからだ。彼女たちの予感の方向性は映像が再生された途端、正しかったのだとわかった。

アップロードされた映像のなかで、包帯によるがんじがらめの拘束がされた田中が銃で撃たれて死んだ。次の映像で田中は金属製の台の上に寝かせられていて、その台は巨大な機械の一部で、その機械はプレス機だった。機械の作動スイッチが押され、田中の肉体は圧力で潰れた。映像はきちんと音声も記録していた。胸部に杭を打ち込まれた状態の田中が激しい苦痛に咽び泣いている十五秒ほどの映像がそのあとに続いた。

次の映像は自動車の衝突実験の記録映像だったが、美波はもう映像を見ていなかった。トイレに駆け込むと、口を押さえていた手を離し、激しく嘔吐した。最近は食欲があまりなく、吐き出されたのはほとんど胃液だったが、嘔吐は一回で終わらず長いあいだ続いた。最後には胃液すら出なくなり、それでも胃の痙攣と喉のえづきが止まないので、やがて喉が切れ血が混じった唾液を口から垂らした。吐き気が去るとやって来たのは救いようのない絶望だった。美波は嗚咽した。裁判での自分の証言が家族の断頭台行きを決定付けてしまった人間のように嗚咽した。前川みくがおそるおそるといった感じで美波の小刻みに震え続ける肩を抱いたが、それ以上のことはなにもできなかった。
233 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 22:31:58.93 ID:AMJLL1TVO

だれもいない談話室ではテレビがつけっぱなしになっていた。佐藤と田中はカメラの前から姿を消していた。アナウンサーがまくしたてるように、佐藤が二日後に厚生労働省前にて抗議活動を行うと言ったと伝えている。テレビの画面はアナウンサーの中継映像から抗議活動を宣言する佐藤の映像に切り替わった。佐藤の口調や身振り手振りは激しく、真剣な調子を帯びている。アナウンサーの声が映像に重なり、アップロードされた映像から実験に協力した企業の名前も確認できるようですと伝える。

アナウンサーの音声が退き、佐藤の映像と音声が同期する。カメラは佐藤の表情にズームしていて、その細かな変化まで捉えていた。佐藤の表情から先ほどの義憤の激しさは消えていて、身に潜む悲しみをこらえきれないような表情に変わっていた。佐藤はその表情のまま、静かに言葉を発した。


佐藤「そして、一人一人の幸せのために」


そんな言葉をつかって人びとに訴えかける佐藤の頬を、一筋の涙が悲しそうに流れていった。
234 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/05/16(火) 22:41:31.94 ID:AMJLL1TVO
今日はここまで。

冒頭で佐藤がいうミシシッピが登場する映画は、ハワード・ホークスの『エル・ドラド』のことです。ジェームズ・カーン演じるミシシッピはとにかく銃が当たらないキャラクターで、拳銃では話にならないから散弾銃を持たされるのですが、それでも当たらない。やっと当たったかと思えば、ジョン・ウェインの太ももに弾をあててしまういう始末。ちなみに、その後カーンはマイケル・マンの『ザ・クラッカー/真夜中のアウトロー』で卓越した拳銃捌きをみせます。

ジョナサン・デミの名前も無理やり出しましたが、『羊たちの沈黙』『ストップ・メイキング・センス』などで有名な彼はつい先日逝去されました。こんなところでいうのもなんですが、安らかな眠りを祈っています。R.I.P.
235 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/16(火) 23:25:12.21 ID:eQfWZV+Z0
おつー

パパ
星十字
美波の家族を救出しようとしていた

さーて誰かなー(棒)
236 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/18(木) 02:30:47.33 ID:0t2xyFIko
なんか適当にスレ開いたらえらい力作を見つけてしまった
期待してます
237 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/21(日) 19:34:41.99 ID:xk1Vvrqk0
がっこうぐらしのやつ書いていた人?
238 : ◆8zklXZsAwY [sage]:2017/05/22(月) 07:14:36.56 ID:Do/POMNGO
>>237
はい。そのとおりです。
239 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/06/10(土) 21:48:00.17 ID:7K73HWKCO

5.けっこう旨かっただろ?


けれども、エバンドロ・マノロ・トーレスは、たったの五歳で、そうれはもう一点の曇りもなく、自分が死ぬことを悟ったのだ。おそらく今日死ぬわけではないが。いや、今日死ぬこともありうる。ーーデニス・ルヘイン『ザ・ドロップ』

しかしそれは石で始まって、石で片がついた。ーーレイモンド・カーヴァー「出かけるって女たちに言ってくるよ」


送迎用のミニバンのハンドルを右に切ってかすかな遠心力の作用を肩で感じたとき、プロデューサーの頭から一瞬だけ成長中の竜巻のような苦悩が去っていった。交差点を右に折れ、ゆるやかにミニバンを進める。フロントガラスから真っ直ぐに射し込んでくる日光に街の風景が奪われかけるが、白い光のなかにかろうじて赤い点灯が瞬いたのを見分けることができ、ブレーキを踏む。いつもよりもブレーキが強かった。後部席の白坂小梅が停止時の慣性で上半身がシートベルトに絞められ、息をはくようにちいさく呻いたことからそれがわかる。小梅の右側の顔にかかる前髪が、疾走する二歳馬の尻尾のように跳ねて宙に持ち上がったとき、彼女の髪は光を反射して白銀のように輝いていた。

送迎の際の運転はいつも慎重ににおこなってきたが、とくにここ最近は神経を尖らせて運転するようになっていた。ハンドブレーキを解除するときや、カーブ前に左右の安全確認をするとき、バックで駐車するとき、あるいは発車するとき。そういったときどきに緊張が、鋭い錐かなにかのようにこめかみのあたりを走り抜け必要以上の力が入り、仕事が終わったときには疲弊している。今朝など、指の関節が石のように固くなっていて起きてからしばらく手を開くことができなかったくらいだ。
240 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/06/10(土) 21:50:15.37 ID:7K73HWKCO

それでも身体が強張り、動作に多少の不具合が生じる程度のことならば、まだなんとか対処できた。問題はふたたび頭脳に到来したあの苦悩、まるでゴム紐にでも括り付けられているかのように、振り払おうとしても勢いづいて戻ってくるあの苦悩のことだ。それは解決不可能で、巨大で、いまもなお発展し続けている。どこまでも政治的で現実的な問題。

新田美波の弟が亜人だということは、それが発覚した当初より広範な範囲におおきな影響を与えるようになっていて、その余波が台風に飛ばされうねりながら空中を流れる看板みたいに次々とプロデューサーたちに直撃した。

しかし、これでも。プロデューサーは思った。しかし、これでも余波に過ぎない。
241 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/06/10(土) 21:51:47.49 ID:7K73HWKCO

マスコミはこの二日間でますます不躾で、無遠慮になってきた。かれらは永井圭が山梨の警察署の前にいたのは美波の会見によるものと断定的に報道していて、永井圭の研究所脱走と亜人虐待映像のウェブアップロードについて美波のコメントを得られればと、昼夜を問わずひっきりなしに電話で攻勢をしかけてくる。まるですべてのテレビ局関係者や雑誌記者たちがグルになって、プロダクションの人間の耳に電話の呼び出し音を永遠に聴かせつづけようとしているかのように。電話線を切ってしまうわけにもいかず、それで受話器を手に取ると、ただでさえうんざりしているのにそこからさらに絶望的な気分にさせてくるマスコミの質問を耳にしなければならない。

「新田美波さんは亜人の虐待映像を見て、永井圭が同じ目にあったと知ったわけですが、どのような反応を見せましたか?」この質問ですら、まだ良心的な質問と言えるだから、マスコミの質問に対応するプロダクションの人間たちは、人類に対して絶望してもいいような気がしてきた。

おそらくだれもが悪意さえなければ、他人にやさしくしたり、気にかけたりしなくてもいいと思っているのだろう。朝仕事に行く道中で出くわした同僚と世間話するとき、たいして関心はないが新聞やニュースで見かけたからという理由で話題になっていることを口にするときみたいに、ちょっと踏みとどまって出来事の背景や人物たちの思惑や感情を気にとめたりしないように、他人に対して思いやりを持つことは、べつにそれをしなくても構わないことになっている。たぶん、とっくの昔からそうなのだ。他人に迷惑をかけることはダメだが、無視することに異をとなえる奴はいない。
242 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/06/10(土) 21:53:23.96 ID:7K73HWKCO

今朝、トイレの洗面台でプロデューサーがハンカチをくわえながら手を洗っていたところ、ふたりの社員が彼の背後を通り過ぎ、便器の前に並んで用をたしながら、ここ最近の忙しさについて愚痴を言い合っていた。正面と右側から聞こえる水音に混じって届くその愚痴に、言葉の悪さを感じつつも同調する気持ちもあったのは、鏡に映る自分の目元がいやな感じのする黒い隈をつくっていて、その変色はまるで黒くなったところが腐り出して眼球が転がり落ちてしまうような不吉な予感を彼に与えていたからだった。

このまま隈が広がったら。とプロデューサーは思う。眼球を提供した遺体みたいになってしまうのだろう。黒いからっぽの眼窩に氷を詰められる。それでも、いまのこの呪いがかかったかのような眼つきよりだいぶましになるだろう。

プロデューサーは肩を開いたかたちでまだ水気を帯びている両手を洗面台に置いていた。右手にはくしゃくしゃになったハンカチを持っていて、手を拭く途中で疲労が一気にのぼってきて、眼に重りがつけられたかのように頭をさげている。同僚ふたりがプロデューサーの隣で手を洗い始めた。すぐ右隣の同僚が鏡越しにプロデューサーを一瞥し、疲労困憊といった様子の彼にお疲れと言葉をかけた。プロデューサーはかるく頷いただけだった。
243 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/06/10(土) 21:55:45.67 ID:7K73HWKCO

いっそのこと、眼帯でもしてしまおうか。顔をあげ、ふたたび鏡を見たプロデューサーはそのように思った。さっき彼にお疲れと声をかけた社員はハンカチで手を拭いている。もうひとりは洗面台で手を振り水気を切ってから、ハンドドライヤーの方へ歩いて行った。手を入れると温風がゴォーッと唸りをあげた。

早坂美玲がしているようなやわらかくキュートな眼帯はとてもつけられないが、医療用の白い眼帯も気が進まない。昔のハリウッドの映画監督みたいに黒い眼帯をしてみたい。ジョン・フォード、ラオール・ウォルシュ、フリッツ・ラング、ニコラス・レイ、あとアンドレ・ド・トス。アンドレ・ド・トスがトビー・フーパーの『スポンティニアス・コンバッション』にカメオ出演しているのは、彼が五十年代に『肉の蝋人形』を撮ったからだと白坂小梅は言っていた。

小梅はほかにも、『リング2』で中谷美紀が精神病棟に入る際のカメラワークは、『エクソシスト3』でジョージ・C・スコット演じる主人公のキンダーマン警部が入院中の友人の神父が殺害された現場を訪れるシーンのカメラワークとそっくりで、それは意図的な引用だろうと力説していた。『エクソシスト3』は原作者ウィリアム・ピーター・ブラッディが自作『レギオン』を自ら脚色、監督した作品で、公開当時はのちにJホラーの担い手となる日本の映画監督や脚本家からウィリアム・フリードキンの最初の『エクソシスト』よりも恐ろしいと大絶賛された素晴らしいホラー映画だと(『エクソシスト』は本質的にパニック映画であり、『エクソシスト3』こそ真にホラー的な演出によって構成された作品なのだ。これはたしか黒沢清の言葉だったと思う)小梅は輝かしい瞳を爛々とさせながらプロデューサーに語った。

小梅ならこの皮膚に毒が染み込んだかのような隈を喜ぶかもしれないな、と思ったところでプロデューサーの現実逃避は実際の声によって途切れることになった。
244 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/06/10(土) 21:57:35.96 ID:7K73HWKCO

ハンドドライヤーがたてる唸った風音が、拗ねた子犬のたどたどしい鳴き声のようになったとき、手を乾かしおわった社員が待っていた同僚にむかって言った。


「このままだと死にそうだな」

「永井圭の身がわりってわけか」


プロデューサーは反射的に首を向けた。ふたりの社員はすでにトイレから出ていて、手を離れたドアが閉まりきらずかすかに揺れていた。彼はそのドアを見たまま、ハンカチを持つ手に力を込めることもできずただ言葉を失っていた。

いくらなんでもそれはあんまりだろう。同僚たちの冗談めいた揶揄に、プロデューサーはそう思わざるを得なかった。彼は、永井圭は、死んでしまったというのに。永井圭は亜人だが、生き返ったことを除いて、彼が亜人であったことは、彼や彼の家族の人生になんらプラスに作用していない。ただそうであるというだけで、損なわれた人生を生きることを強いられる。それは、あまりにもフェアではない。
245 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/06/10(土) 21:58:41.43 ID:7K73HWKCO

弟が研究所を脱走した日から、美波の心の大半を自責の念が占めていた。ふさぎこんでいて、この二日間まともに食事もとっていない。軽い鬱のような状態になっていて、意味がわかる明瞭な発音の言葉はほんの二言三言だけしか言わなかった。


美波「あれは助けてた」


永井圭の研究所脱走の翌日、プロデューサーが厚生労働省前で行われる集会に美城プロダクションに所属しているアイドルや社員は参加しないようにという指示があったことを伝えにいったとき、美波はそのことだけが縋りつくことのできる唯一の救いであるかのように言った。美波の声はちいさくぼそぼそと聞き取りずらかったが、悔い改めよ、と罪人に告げる宗教者の声の響きを持っていた。

プロデューサーは一瞬、美波が何をいっているのかわからなかった。だがすぐに、研究所の屋上から永井圭が研究員を落としたことを指しているのだと気がついた。ニュースでは永井圭は研究員を故意に突き落としたと報道されていた。精神錯乱の状態だったという報道を美波はあきらかに信じていなかった。
246 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/06/10(土) 21:59:42.54 ID:7K73HWKCO

美波「そうだ、ごはん食べないと」


美波は突然首をまわし、食堂のほうへ顔を向けながら何気ないふうにぼそっとつぶやいた。時刻は午後四時三〇分過ぎ、まだまだ光の状態は日中のときとさほど変わらない明るさを保っていた。突然脈絡の無いことを言い出した美波にプロデューサーは戸惑った。美波は昼食を口に入れいちど嚥下したが、消化する前に嘔吐した、とプロデューサーは寮母から伝えられていた。躊躇いがちに美波に声をかけると、美波はなかば惚けた表情をしたままプロデューサーに向きなおり、力のない声で言った。


美波「おおきな声が出なくて。元気つけないと、集会に参加しても意味がないですよね」


そう言った美波の瞳の中には朦朧とした雰囲気が見てとれた。美波は椅子から立ち上がった。だが膝は身体を支えることができずカクンと折れ、落とし穴にはまったかのように美波は床に手をついた。
247 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/06/10(土) 22:00:45.86 ID:7K73HWKCO

美波「レシピは知ってるんです。元気になるレシピ……」


プロデューサーに呼ばれた寮母が手伝い、美波を部屋まで連れていった。ふらつきながら力なくこうべを垂れる美波の姿は、プロデューサーの内面に取り返しのつかない後悔を生み、いまでもその念が彼を悩ませている。


小梅「プロデューサーさん……信号、変わったよ……?」


小梅に話しかけられ、プロデューサーの意識がはっきりと現実にもどってきた。あわてて発車しそうになるが、なんとか息を吐いてからゆっくりアクセルペダルを踏んだ。車は千代田区を走っていた。日比谷公園が見えてきた。桜の樹木の葉が緑に輝いている。公園の向こう側にあるビル群は、陽光を浴びて発光するかのように白い光を反射している。フロントガラスから見える街の景色の眩さに目をしかめたプロデューサーは、とりあえずいまは運転に集中するべきだと考え、ハンドルをぎゅっと握った。
248 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/06/10(土) 22:01:46.64 ID:7K73HWKCO

小梅「プロデューサーさん……」


ふたたび赤信号で停止したとき、後部席の小梅が身を乗り出し、ぼそぼそとしたしゃべりを聞き逃さないようプロデューサーの耳元に口を近づけた。


武内P「どうかしましたか?」

小梅「あのね……おしっこしたい」


小梅はいつもとおなじ調子で訴えた。


武内P「……お手洗いですか」

小梅「うん……おしっこ」


プロデューサーはひとりで気まずい思いをしながら首に手をあてた。小梅はまだ身を乗り出したままだ。


武内P「えっと……そうですね、コンビニでも探しましょう」

小梅「あっちに、あたらしくできたところが……あるよ」
249 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/06/10(土) 22:03:24.26 ID:7K73HWKCO

小梅が祝田通りのほうを指差した。プロデューサーは小梅の指の先にある建物に目を向けた。地上二十六階建てのビルがあった。中央合同庁舎第五号館。厚生労働省はこの庁舎に入居していた。


小梅「コ、コンビニに行くだけだから……大丈夫、だよね?」


小梅がいたずらっ子の表情を浮かべていった。プロデューサーは小梅を見つめたまま答えられないでいると、ダメ押しするかのように小梅は言葉を重ねた。


小梅「はやくしないと、漏れちゃうよ?」


かるくじんわりと、胸のすく思いがプロデューサーの内側にひろがった。痛快な反則技、というわけではもちろんない。年齢に見合った他愛のない言い繕いといった発想だが、その他愛のなさがプロデューサーの気持ちを楽にしてくれた。深刻な状況のただなかにいることを自覚しながら、深刻さに押しつぶされないよう工夫する。嘘やごまかしが心を守るために必要になるときもある。
250 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/06/10(土) 22:04:23.89 ID:7K73HWKCO

武内P「白坂さん……ありがとうございます」


小梅の眼がすこしまるくなった。すこしの沈黙のあと、小梅は口を開いた。


小梅「なんだか……ヘンな意味に、聴こえるね?」


プロデューサーがあわてて、そういう意味で言ったのではないと弁明していると、小梅は正面のフロントガラスを指差していった。


小梅「信号、青になったよ?」


送迎車を祝田通りにすすめると、小梅の言っていた通り真新しいコンビニがあった。駐車場に車を停め、首をめぐらし、通りを見渡す。厚労省前はまだ静かだった。そういえば、集会の開始時刻を確認していなかった。もしかしたら、もう終わってしまったのか? スマートフォンを取り出し、ネットニュースを確認してみる。プロデューサーの心持ちは緊張に染まっている。


ーー
ーー
ーー

251 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/06/10(土) 22:06:38.64 ID:7K73HWKCO

誰もいないモニタールームは暗闇に包まれている。戸崎は機器が並ぶ空間へと続く階段に無言のまま腰をおろし、細く引き締まった眼をモニターに向けている。正面の巨大モニターには亜人擁護思想者の個人情報がリアルタイムで更新されていて、この二日間でその数は飛躍的に増えている。


下村「今日ですね」


下村が階段を降りてきて、戸崎に声をかける。が、戸崎は振り向きもしない。下村はしかたなく視線をモニターに向ける。システムがあらたな亜人擁護思想者を発見し加算していく。


下村「どうするつもりですか、戸崎さん。省前は、大変なことになります……」


たまらず下村は不安げに戸崎に尋ねる。それでも戸崎は反応を示さない。


下村「わたしは、どうなるんでしょうか……?」


ついに下村はもっとも不安に思っていることを口にした。戸崎は首だけ動かし下村に眼を向ける。


戸崎「どうって、なにも変わらんよ」
252 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/06/10(土) 22:08:37.30 ID:7K73HWKCO

省前に人々は集まらなかった。いるのは興味本位で携帯を片手に動画を撮ろうとする数人。閑散とした様子を見て、手に持っていた携帯はもう閉まっている。取材に来たテレビクルーも手持ち無沙汰だ。


戸崎「あんなことで人間は動かない。それに、ウェブ上には亜人の実験動画のフェイクなど山ほどある」


戸崎はすでに解明済みの数式を解説するかのように淡々と説明をつづける。だが、つぎの言葉にはかすかに怒気がこもっている。


戸崎「なにが『大きく覆る』だ。逃げた奴ら全員を見つけ出してやる。そして必ず、隠蔽する」


ーー
ーー
ーー


プロデューサーはようやく認める気になった。ここにはだれもいないし、だれも来なかった。


小梅「プロデューサー、さん……」

武内P「……帰りましょう」
253 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/06/10(土) 22:11:42.70 ID:7K73HWKCO

小梅は口を開きかけたが、なにも言わないまま車に乗り込んだ。通りの向こうでは頭にタオルを巻いた男が電話している。その男はなにかにぶつかったようによろめいた。男はうしろを確認したがなにもいない。男からすこし離れた位置に半袖パーカーの少年がいてフードをかぶっている。彼は男が前に向き直ったあとも首をめぐらしてなにかを目線で追うようにしていた。

窓から通りの様子を見ていた小梅は、フードの少年は自分の乗っている車を眼で追ったのかと思った。そのときだった。いつもそばにいる「あの子」がなにかに反応を示している。


小梅「どうしたの……?」

武内P「なにか?」

小梅「あの子が……」


小梅はあとの言葉を口にしなかった。


小梅 (怯えてる……?)


小梅はふたたび厚労省前に視線を向けたが、なにかがいるようには見えなかった。プロデューサーの運転する車はコンビニをあとにし、祝田通りを抜け、プロダクションに向けて走っていく。送迎車の頭上を空を舞う鳥達が入れ替わるように通過していく。

ちょうどそのとき、ビル群の隙間を行く鳥達に猛烈な空気の乱れが襲いかかる。均整のとれた群れのかたちは頭上から吹きつけてくる風に崩され、集団はばらばらになる。すこしして群れは元どおりになるが、いきなり吹いてきた強い風がなぜ起こったのか、鳥達が理解することはなかった。
254 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/06/10(土) 22:13:34.81 ID:7K73HWKCO

なぜなら、黒い幽霊は亜人にしか見えないからだ。

この黒い幽霊は手の代わりに翼を持っていて、翼を広げたときの全長は五メートルにもなる。頭部は首の断面がそのままになったかのようで、先にいくにしたがって太くなっている。

翼を持った幽霊が道路を曲がり厚労省前に飛んでゆく。ビルの窓ガラスに反射した光が翼の幽霊に飛びかかってくる。視界が真っ白に染まり、翼の幽霊はいちど翼をおおきく羽ばたかせ光から逃れる。すると、目の前を黒い粒子が舞い散っているようすを目にする。その光景はまるで大量の雪がしんしんと降っているようだったが、粒子は空からではなく地上から狼煙のように立ち昇っている。

見下ろすと、二十体近くもの黒い幽霊たちが厚労省前に集まっている。翼を持った幽霊は、この光景に興奮と緊張が混じり合った思いで地上に降り立つ。
255 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/06/10(土) 22:14:45.57 ID:7K73HWKCO

田中の幽霊が厚労省の正面に立ち、ぞくぞくと集会にやってくる黒い幽霊たちを待ち受けている。田中は佐藤の言葉を思い出す。


佐藤 (田中君、この作戦は人間を集めるためのものじゃない。亜人を集めるためのものだ)

佐藤 (まずあの動画。人間はフェイクと混同してしまうが、亜人なら本物だと見抜く。ポイントは『身体の再生の仕方』。ニセ物とは出来が違う。一般には亜人がどう再生するかなんて知られてないからね)

佐藤 (ダメ押しが永井君ときみが逃げる様子を放送させたこと。『捕まっても逃げられた』。この実例は亜人に安心感を与え、名乗り出やすくする。そして、逃がした私は信頼される)

佐藤 (さあ、ようやくスタートポイントだ。国を変えるぞ)
256 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/06/10(土) 22:16:27.84 ID:7K73HWKCO

田中の幽霊の周囲に集会参加者の幽霊たちが集まってくる。田中はかれらに話しかける。


IBM(田中)『よく来てくれた。これから本当の集合場所を教える』


二、三の黒い幽霊が田中の幽霊に話しかけ、亜人の権利獲得について積極的な姿勢をみせる。田中は去っていく幽霊が通行人にぶつからないよう気をつけながらよけるところを目撃する。田中はその光景にいらだちをおぼえる。

やつらはおれたちのことが見えていない。

田中は思う。だったら、見えるようにしてやる。おれたちは、おれたちの存在をどんな手段を使ってでも主張する。

そして必ず、と田中は考える。おれたちは権利を勝ち取る。


ーー
ーー
ーー

257 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/06/10(土) 22:18:33.09 ID:7K73HWKCO

食卓にあがったカレーライスは、いままで家で食べてきたものよりルーの色が濃かった。半分くらいは黒色といった感じのカレーは見た目の通り味も濃く、口に入れた瞬間、芳香な匂いがひろがる。具材のひき肉をごはんといっしょに口の中でかき混ぜると、ほんとうにおいしい。


山中「作りすぎちゃったねえ。こりゃ、夕飯もカレーだね」


カレーにぱくつく永井の隣で、山中のおばあちゃんがいった。髪は白く、腕も細い。サラダを添えるためのちいさめの皿にカレーをよそい、これまたちいさめのスプーンでひかえめに昼食を食べている。


永井「おいしいから大丈夫だよ」


言葉のとおり、永井は夕飯のカレーもあっという間にたいらげる。
258 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/06/10(土) 22:20:02.91 ID:7K73HWKCO

昼食のあと、皿洗いや雑事をすませ、ふたりは居間でテレビを見て過ごした。BSのチャンネルではむかしのアメリカ映画(『男性の好きなスポーツ』というタイトルだった)が放送されていて、なんとなしに眺めていたが、スクーターを運転する男が突如出現してきたクマとぶつかると、なぜかクマが人間と入れ替わりスクーターを運転するというシーンを見て、永井はおもわず吹き出した。

映画がおわったあと、チャンネルを地上波にかえる。この時間帯はたいていワイドショーしかやってない。話題は厚生労働省前での集会。集会に参加する人間はまったくいなかった。永井は厚労省前の空いた空間を見ながら、亜人は集まっているのだろうな、と思う。黒い幽霊をつかえば、カメラに映る心配もない。佐藤は亜人の仲間を集め、研究所襲撃より大規模な事件を起こすだろう。おそらく、より多くの人間が死ぬことになるだろう。
259 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/06/10(土) 22:21:30.49 ID:7K73HWKCO

永井はあくびをする。冷たい麦茶を一口のんで、手のひらで畳の感触を確かめる。永井は平和だなあ、とほっと一息つく。佐藤が何をしようが、何人殺そうがそんなことはどうでもよく、可能な限りこのセーブゾーンに長く留まりたいと思う。

研究所から脱出するため河に飛び込んだあの日から丸一日かけて、永井はいまいる山村のちかくまで流されてきた。山中のおばあちゃんと出会ったのは偶然であり、幸運な出来事だった。なぜならおばあちゃんは、永井の正体を知ったうえで自宅に招き食事と寝床を提供してくれたからだ。永井はおばあちゃんの善意と提供してくれるものに感謝の気持ちをおぼえた。このふたつはとても大事だ。

しかし、と永井は考える。佐藤が事を起こすとなると、現在逃亡中の亜人として、僕の名前も関連して報道されるだろう。そうなった場合の対策も用意しておく必要がある……
260 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/06/10(土) 22:22:47.38 ID:7K73HWKCO

永井「あ」


永井は不意に研究所で遭遇した星十字の幽霊の正体に気がつく。テレビでは厚労省前の集会に関連して、新田美波についてコメンテーターやゲストがてきとうに持論や予想を展開している。画面にはシンデレラプロジェクトの一員としてライブしているときの映像が映っている。永井の眼は美波ではなく、その横で歌っているーーライブの音声は聞こえないーー別の少女を注視している。研究所で耳にした星十字の幽霊が発した声は、子音に強い訛りがあった。


永井「おばあちゃん、お願いがあるんだけど」
261 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/06/10(土) 22:25:12.45 ID:7K73HWKCO

翌日、山中のおばあちゃんは永井に頼まれたものを買ってくる。小腹をすかせた永井はちょうど煎餅を齧っているところだった。永井は煎餅を口の中に入れたまま、それーースマートフォンーーを操作して動画サイトで目的の動画を検索する。検索欄に名前を入力し、検索結果からインタビュー動画を探し再生する。十秒ほどで動画をとめ、キーパッドに死の前日ーー七月二十二日ーーに偶然見て記憶していた番号を打ちこむ。

呼び出し音を黙って聞いていると、聞き覚えのあるすこし訛った声が答える。


『もしもし』

永井「研究所できみの幽霊を見た」


永井は出し抜けに発言する。相手は沈黙を返す。発言に対する疑問の声も、電話をかけてきたのがだれかも尋ねず、ただ黙っている。永井はそのその沈黙に手応えを感じる。


永井「僕が指定する場所まで来てほしい。きみの助けが必要なんだ」


ーー
ーー
ーー

262 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/10(土) 22:25:55.51 ID:pzaYUQq+0
黒服のおじちゃん達の死は悲しかったな…
263 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/06/10(土) 22:27:25.15 ID:7K73HWKCO

レッスンを終えたアナスタシアは膝に両手をあて、下を向いて息を整えようと努力する。床に汗が滴るにまかせておくと、そのうち呼吸が落ち着いてくるが、それともに身体を動かしていたあいだは感じないでいられた苛立ちと自己嫌悪が復活してきてしまう。


無力感も。


美波はいまも外へ出られない。プロダクション側が現在の状況を鑑みて、美波がメディアに出ないようにしていることもあるが、なにより美波自身から気力が失われてしまっている。亜人管理委員会の嘘と、それを見抜けなかったことはおろか加担してしまった自分自身への絶望。そして亜人虐待の映像。これらが美波の心を挫き、抜け殻のようにしてしまったのだ。

アナスタシアも例の映像を見た。興味本位からではなく、もっと個人的な理由から。田中が眉間を撃ち抜かれる冒頭の映像から頭が理解を拒んだ。次のプレス機による圧殺の映像に変わった瞬間、アナスタシアは手に持っていたスマートフォンを投げ捨てた。まるで実際に拷問に使われ、いまだ血のついている道具を手に持ってしまったかのように。さいわい、床に落ちた瞬間に映像は停止した。それから一時間してから、やっとアナスタシアは床に落ちた携帯をひろうことができた。その日は悪夢を見ることになった。
264 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/06/10(土) 22:29:16.20 ID:7K73HWKCO

さらに悪いことが続く。厚生労働省前の亜人虐待への抗議集会への参加者は、ほぼゼロだったと判明した。世間は亜人に関心がないのだろうか? いや、関心はある。だが、行動を起こすつもりがないだけだ。国内に三人しかいない亜人のために行動を起こす者はいなかった。それは永井圭の亜人発覚後の周囲の様子から、うすうすわかっていたことだった。

美波はいま、義理の母親から相談を受けた精神科医の診療と、医師が処方した精神安定剤によって、すこしは持ち直しているようだ。しかし、このことを知ったらどうなるだろう? また、絶望が彼女を襲うのではないか? 今度こそ、救いの可能性は潰えてしまったと思うのではないか? そうなってしまったら、美波は一体どうなってしまうのだろう?
265 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/06/10(土) 22:30:44.08 ID:7K73HWKCO

この事実を美波に伝えることは、アナスタシアには許されていない。アナスタシアだけでなく、シンデレラプロジェクトの他のメンバーにも、プロデューサーにも現時点での通達は許可されなかった。当然のことだろうとは思う。いまこの段階で、美波にさらなるストレスを与えることは、どう考えても精神状態を悪化させる効果しかない。

しかし、いつまでも秘密にしておけるわけではない。治療のため、テレビやラジオや携帯を禁止して情報から遮断したとしても、いずれ美波はこのことを知るだろう。そのとき、わたしはどうすればいいのだろうか? 秘密にしていたことを謝罪するのか? それとも、虐待について抗議の声をあげなかったことを? プロダクションの意向に従い、ラブライカとしてではなくプロジェクトクローネとしてレッスンを受けていることを?

美波が活動を休止している現在、自分ががんばることでラブライカの存在を存続させるつもりだった。いまではそれが、自分可愛さの言い訳めいたものに思える……。
266 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/06/10(土) 22:31:54.23 ID:7K73HWKCO

奏「ひどい汗よ」


顔を上げると、プロジェクトクローネのリーダー、速水奏がタオルとミネラルウォーターをアナスタシアに差しでいている。アナスタシアはお礼を言おうとするが、酷く乾いた喉が言葉を詰まらせる。結局頷くだけして、タオルとペットボトルを受け取る。タオルには熱中対策用のスプレーがかけられ、よく冷えている。ミネラルウォーターも同様だ。アナスタシアは顔の汗を拭ってから、ごくごくと水を飲みひと息つくと、ようやく奏にお礼の言葉を言えるようになる。


アナスタシア「スパシーバ、カナデ……ありがとうございます」


日本語でお礼の言葉を重ねたのは失敗だった、とアナスタシアは言った直後に思う。過剰な感じがして、何でもないふうを装えなかった。声の出し方も同じようにうまくいってない。おそらく笑顔も。奏はアナスタシアが言葉を発した瞬間、チクっとした痛みが走ったかのように表情を歪めた。次の瞬間には表情は元通りに戻ったが、奏の心にもわたしと同様の感情が浮かんでいるのだと、アナスタシアにはわかってしまう。
267 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/06/10(土) 22:34:00.73 ID:7K73HWKCO

奏「午後からもレッスンを続けるの?」

アナスタシア「もうすぐ、お仕事ですから」


奏は黙ってアナスタシアを見つめる。すこしして奏は「わかった」とだけ言う。


奏「トレーナーさんに午後からもレッスンルームが使えるように伝えてくるわ」


奏が部屋から出ていくと、アナスタシアの眼に、壁の鏡に一人で写っている自分の姿が写る。ぽつんと部屋の中心に、孤独に佇んでいるだけの自分。現実の問題に背を向け、逃避しようとしたが、結局行き止まりにぶつかり茫然としているように見える。一人でいることは嫌だったはずなのに、いまでは一人でいることに逃げこんでいる。
268 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/06/10(土) 22:35:28.40 ID:7K73HWKCO

奏はそんなアナスタシアを心配している。だが、無理に止めさせようとすることなく、練習に付き添い監視役をつとめることもない。何度か様子を見に来て、休憩だけはとらせるようにするだけだ。アナスタシアは奏の行動に感謝より心苦しさを覚える。

奏だけではない。シンデレラプロジェクトのメンバーにも、プロジェクトクローネのメンバーにも、それ以外のアイドルたちにも、プロデューサーやちひろや今西部長らにも、そして父親と母親や家族たちにも、いまの自分の振る舞いが心配を与えていることに、アナスタシアは罪悪感を覚えている。

だが、ほかにどうすればいいのかわからない。なにもしないでいると、無力感が蘇ってくるのだ。掴み損ねた手のことが蘇ってくる。いまはただ、その手のことを考える時間を減らそうとすることに必死になるしかない。
269 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/06/10(土) 22:38:16.34 ID:7K73HWKCO

アナスタシアのスマートフォンに着信がはいる。マナーモードにしているため小刻みに振動する携帯をバッグから取り出し手に持つと、着信を知らせる画面は相手が非通知だと表示している。アナスタシアは通話に出る。


アナスタシア「もしもし」

永井『研究所できみの黒い幽霊を見た』


アナスタシアの呼吸が驚愕のためにとまる。これはなにかの間違いなのか? この声はほんとうに聞こえているものなのか? そうだとしても、この声はほんとうに彼の声なのか?


永井『僕が指定する場所まで来てほしい。きみの助けが必要なんだ』


アナスタシアの内面に渦巻く疑問に答えるというよりは、気もにとめてないといった感じで声は話を続ける。

アナスタシアは理解する。この声は永井圭の声だと。そして、わたしのことを知っているということを。


永井圭は、わたしを亜人だと知っている。
270 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/06/10(土) 22:43:02.05 ID:7K73HWKCO
今日はここまで。

幽霊つながりということで、小梅ちゃんに「おしっこしたいbot」こと黒い幽霊のセリフを言わせてみましたが、書いてるあいだめっちゃ恥ずかしかったです。

>>262
黒服たちが感傷的でないだけに余計につらいですよね。生き残った真鍋がこれからどういった行動にでるのか、期待と心配が入り混じってます。
271 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/10(土) 22:48:56.06 ID:LPhvcyiE0
おつー

おいしいから大丈夫は草
272 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/07/02(日) 17:06:42.56 ID:XRIUMAM70
つづきま〜だ時間かかりそうですかねぇ〜?
273 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2017/07/04(火) 22:03:34.05 ID:71zPWDoOO
お待たせしてしまって申し訳ありません。筆が止まっているわけではないのですが、書かなければならない要素が多く時間がかかってしまいました。なんとか目処がついてきたので、早ければ今週中、遅くとも来週には更新できると思います。

と、こんな報告だけではなんとも味気ないので、予告代わりに次回更新する内容をちょこっと紹介します。永井とアナスタシアの会話です。


−−
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永井「どうしてわざわざ研究所に?」


永井の口調は、込み入った事件の真相を論理的に解き明かした探偵が、唯一分からなかった事件の動機、犯人の心理の部分への疑問を口にするかのような口調だった。


永井「きみ自身にもリスクはあったはずだ。亜人だとバレたら大変なことになってた」

アナスタシア「ほっとくわけにはいきません」


アナスタシアも永井を真っ直ぐ見据えて言った。いまから自分が口にするのは重要なことだと、アナスタシアは確信していた。


アナスタシア「あなたは、ミナミの大切なムラートゥシィーブラート……弟、なんですから」

永井「そう」


永井は枝の影を一瞥してから、アナスタシアに視線を戻した。目の前の亜人を見据えながら、永井は言った。


永井「僕には理解できないね」

アナスタシア「え……?」


アナスタシアには永井の言ったことこそ理解できなかった。もしかしたら、不用意にロシア語を使ったせいかもしれないと思い、改めて説明を試みようとした。


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では、また次回更新まで。がんばります。
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