八幡「神樹ヶ峰女学園?」

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751 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2019/10/26(土) 00:41:09.98 ID:xx8pfKLY0
最終章-53


地上を目指し階段を上り続けることしばらく。ようやく穴から抜け出し外の光を全身で浴びることができた。となればよかったが、地上の世界は夕暮れで真っ赤に染まり、神樹の根本は校舎の陰になっているため、少し薄暗い。

八幡「はあはあ……やっと着いた……」

俺は最後の力を振り絞って星月をゆっくりと地面に降ろす。

みき「先生大丈夫ですか?」

八幡「ああ……」

星月の質問に、その場にへたり込みながらどうにか頷く。いくら重くないとはいえ、女子高生1人をおぶって何百段もの階段を急いで上がれば足腰はガクガクになる。

星守たち「先生! みき!」

なんとか息を整えていると、俺と星月は瞬く間に星守たちに囲まれてしまった。服はボロボロで怪我をしている人もいるが、ひとりも欠けることなく全員がここに集まっている。その事実に素直に安堵してしまう。

……こんな風に他人の心配をするようになるなんて夢にも思わなかった。人間、死地をくぐり抜ければ多少の変化はしてしまうものらしい。そうか、俺はサイヤ人の血を引くもの者だったのか。

みき「先生、なんでニヤけてるんですか?」

ばっちり表情に出ていたらしく、星月がジト目を向けてきた。

八幡「なんでもねえよ」

適当にごまかしていると、さらに2つの人影がこちらに急いでるのが目に入った。

風蘭「比企谷、みき、よく帰って来たな!」

樹「約束、ちゃんと守ってくれたわね」

ラボから飛び出してきた御剣先生と八雲先生も心底嬉しそうな様子だ。

みき「えへへ」

星月は気恥ずかしそうに頭をかく。こいつ、いつもは怒られてばかりだからな。褒められることに慣れてないのが丸わかりだ。

同じく人に褒められ慣れていない俺はというと、「うす……」と軽く頭を下げるだけ。もう、慣れてないにも程があるわ! こういう対応しかできないからぼっちになるんですよね、わかってます。

2人の先生が合流したことで、星守たちのテンションがさらに高まる。普段あまりはしゃがない奴も含め皆が禁樹討伐を喜び合っている様子は、どこか演技じみている。まるでこの熱気を冷まさしてはいけない、という不文律が存在しているかのように。

牡丹「皆さん、揃いましたね」

一足遅れて理事長もこちらへとやって来た。その歩みはいつも通りのペースながら、何か寂寥感のようなものを見て取れる。

牡丹「では、星守クラス『最後』の授業を始めましょう」
752 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2019/10/26(土) 00:41:50.39 ID:xx8pfKLY0
最終章-54


理事長の言葉に、俺の周りの人たちが一様に肩を震わせたのがわかった。

まあ、予想通りの展開だ。

ひなた「最後……?」

うらら「な、何言ってるのよ! うららは、星守とアイドルを両立させるために明日からも頑張るんだから……」

南や蓮見は形だけの抵抗を示す。しかし、それが形ばかりの抵抗であることは彼女たちの震えた声が証明していた。

牡丹「今、この時間をもって、星守クラスは解散となります」

先ほどよりも幾分か力の入った宣言。それは一切の反論をさせまいという意思の表れのようにも聞こえる。

くるみ「今日で解散……」

蓮華「れんげたちはこれからどうなるの?」

星守たちの不安そうな空気を察したか、芹沢さんが詰め寄る。

牡丹「皆さんは一般生徒と同じく通常学級に異動となります。ですので、引き続きこの学校に通ってもらうことになります」

桜「むぅ、今更一般学級に編入か……」

藤宮をはじめ、困惑する星守は何人も見受けられる。そんな中、綿木がおずおずと挙手した。

ミシェル「先生たちもミミたちと同じようにクラスを変わるの?」

綿木の問いかけに、理事長は一瞬顔をしかめた。しかしそれは次にまばたきをした時には元に戻っていた。

牡丹「樹と風蘭にもこのまま教師を続けてもらいます。星守関係の仕事がなくなる分、今までよりも仕事量は減りますね」

理事長はそうほほ笑むが、八雲先生と御剣先生は複雑そうな表情をしたままだ。

みき「あの、比企谷先生は……?」

今度こそ理事長の顔が雲った。その表情が既に言わんとしている内容を如実に表していた。

牡丹「……星守クラスの解散とともに、比企谷先生。いいえ、比企谷八幡くんとの交流を終了することとします」

明日葉「つまり、比企谷先生は明日から神樹ヶ峰女学園にはいらっしゃらない、ということですか……?」

牡丹「そういうことになります」

サドネ「ヤダ! おにいちゃんも一緒がいい!」

望「これでお別れなんて、アタシも嫌!」

星守クラスの解散を知らされた時以上の動揺が走った。泣き出す者、叫ぶ者、事態を呑み込めていない者、色々いる。

ここで俺は何を言うべきか。担任として訓話をする? それは違う。交流生としてお礼を言う? それも違う。

俺は、比企谷八幡という1人の人間として、こいつらに言わなくちゃいけない。
753 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2019/10/26(土) 00:44:03.66 ID:xx8pfKLY0
最終章-55


八幡「……お前ら、何か勘違いしてないか?」

想定以上に痰が喉に絡まり、かすれた声になってしまった。1つ咳払いをして改めて口を開く。

八幡「俺は星守クラスをサポートするためにこの学校に来させられたんだぞ。星守クラスが無くなれば俺の存在意義もなくなるだろ」

ゆり「星守クラスがなくなっても、先生が個人的に残ればいいのではないですか?」

八幡「元々俺は別の高校の生徒だ。ここにいる理由は、もうない」

昴「だったら星守クラスをなくさなければ……」

八幡「それはダメだ」

若葉が呟いたその言葉に、思わず強い口調で反論してしまった。場の温度がいくらか下がったような気もするが、いちいち気にしてはいられない。

八幡「星守はイロウスから人類を守る存在だ。その脅威がなくなった今、星守が存在する意味は完全に消滅した。目的を失った組織は、速やかに解体されるべきだ」

イロウスという脅威がなくなったことで、人類にとって星守は希望の象徴から過剰な暴力装置となった。このままいけば、遅かれ早かれ彼女たちの力が悪用される恐れがある。そんな事態は何としても避けなければならない。

楓「確かにイロウスが消滅すれば、星守は必要ないかもしれません。ですが、先生がここからいなくなる必要はありませんよね?」

八幡「俺は一介の男子高校生だぞ? 今までは教師兼生徒という特例でここに在籍できたが、それが無くなれば女子校の神樹ヶ峰女学園に俺がいられるわけないだろ」

花音「なら校則を変えれば……」

八幡「俺1人のために校則を変えるってか? そんなこと無理に決まってる」

心美「でも先生と離れるのは寂しいです……」

朝比奈の呟きに、場が水を打ったように静まり返る。

こういう感情に訴えかけてくる系の発言は、どうも苦手だ。さっきまでのように論理的な追及にはそれを上回るロジックを提示すればいいが、こういう場合は正直お手上げだ。

何せ、感情的にはこの学校を離れたいと思っていないのだ。だからこそこれでもかと理論武装をして、誰の目から見ても俺がこの学校から離れなければならないと全員に納得させなくてはならない。

八幡「俺の存在は、遠くないうちにお前らの障害になる」

あんこ「どういうこと?」

八幡「晴れて一般生徒になれたお前らは、星守クラスの関係者である俺の存在を疎ましく思うようになるってことだ」

遙香「そんなことないです! 私たち星守クラスは全員先生のことを信頼しています!」

八幡「仮にお前らはそうだとして、じゃあ他の大多数の生徒はどうだ? 星守クラスと違って、俺は他の生徒からしたら今でもタブー扱いされてるんだぞ。放課後に廊下を歩いてて俺がどれだけ白い目で見られてるか知ってる?」

これは嘘ではない。教職員含め、全員が女性のこの学校で唯一の男子である俺の存在は異分子そのものだ。これまでは星守クラスの関係者と言うことで大目に見てもらえていたが、その紋所が無くなれば、俺がどういった扱いをされるかは火を見るより明らかだ。

詩穂「その時は私たちが助けて、」

八幡「どんな時も助けてくれるのか? それは無理だ。第一お前らが常に俺のことを気にかける余裕なんて、時間的にも精神的にもないだろ。それにイロウスの時と違って、相手は同年代の女子だぞ? 人間関係がトラブルの元になるのは同じ女子のお前らが一番わかるはずだ」

強引なことは百も承知で、俺は考え付く限りの論理を並べ立てた。最後に仕上げの一言を添える。

八幡「俺は、俺のせいでお前らに余計な負担をかけさせたくない」

これが俺に言える精一杯の、そして唯一の感情論だ。

俺は鈍感じゃない。むしろ敏感な方だ。だから星守たちが俺に肯定的な印象を抱いているのに気づいているし、それを憎からず思っている自分の気持ちも自覚している。

ただ、それを甘受してしまっては、過去の俺を否定することになる。うわべだけの馴れ合いに慣れ、そこに迎合することは忌避すべき欺瞞だ。そんなものを俺は求めていたわけじゃない。

だからこれは一種の賭けだ。

本来赤の他人であるはずの俺たちが、神樹に導かれ、短くも濃密に関わってしまった。この時間は絶対に消すことができないほどに俺たちの心に刻み込まれてしまっている。

なればこそ。これから先どのような距離を保っていくのが正しいと彼女たちは考えているのか。俺の言葉に対する反応でそれがわかる。
754 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2019/10/26(土) 00:46:24.52 ID:xx8pfKLY0
今回の更新は以上です。

八幡のキャラ変が過ぎるかもしれません。皆さんの中での八幡像と解釈がずれていても、それはそれとしてご理解ください。
755 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/29(火) 05:51:30.21 ID:5pW/EgIOO
乙!
756 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2019/11/15(金) 01:37:50.20 ID:V9pRHS1W0
最終章-56


みき「……1つ教えてください」

俺は視線だけで星月に続きを問うた。

みき「先生と偽物の先生がしてた会話。あれはどういう意味なんですか?」

そういえば上で説明する、って言ったままだったか。説明責任は果たすつもりだが、さてどう言えばいいものか……。と俺が悩んでいる間に、星月は事情を知らない人に向けて概要を話していた。いや、俺の偽物がイケメンだったとか言わなくていいから。

星月が話し終えると、周囲の視線が星月から俺へと移動した。いくつもの強い目力に圧倒される。そのせいか、口の中がカラカラに乾く。間を置く意味も含めて、残った水分で唇を湿らせた。

八幡「これまでの俺の考え方と、これからの俺の考え方のすり合わせをしたんだ」

みき「もっと詳しく言ってください」

どうにか言い終えた俺だが、すぐにツッコミを受けてしまった。流石に今の説明では伝わらんか。

八幡「まあ、なんつうの。孤高のぼっちを貫く俺としては、ここでの体験はイレギュラーだったわけで。でもそれを例外だと排除するには俺の過去に深く刻まれ過ぎて……。だから、俺の中でどう折り合いをつけていくのか。そういうケジメみたいなものをもう一人の自分に対して言ったのが地下でのやりとりの意味、です……」

小学生並みの論理力を展開してしまった。自信なさ過ぎて最後が丁寧語になる始末。はじめ、なか、おわり、なんてあったものじゃない。まぁ実際言葉にできる思いなんてのは、心の中で蠢く感情の一部でしかない。常に思考し続け、常人の何倍にも膨れ上がった俺の心を言葉にしたところで、破綻をきたすのは自明の理だ。そうはいっても、もう少しわかりやすく伝えられた気もするが。

しかしこうやって悔いたところで、一旦放出された言葉は戻らない。それらは否応なく他人の耳に入り、それぞれの物差しで勝手に解釈される。そうなってしまえば俺にできることは何もない。たとえそれが誤解であったとしても。

みき「その答えが、私たちの元から離れる、ってことですか?」

幾ばくかの沈黙の後、星月が口を開いた。その手は強く握りしめられる余り、ぷるぷると震えている。

八幡「ああ」

これ以上、俺が彼女たちに発する言葉はない。俺の短い返答が全てだと悟った星月は、改めて一歩こちらに歩み寄ってきた。

みき「……先生と離れるのはいやです」

予想を外れなかった言葉に、視線が自然と地面に落ちてしまう。

やっぱり伝わらないか。お年頃で、かつ長年の悲願を達成した直後のハイテンション思春期女子相手に、俺の論法は通じないらしい。しかし他の誰に対しても俺の理論が通じるとは思えない。あれ、ダメなの俺じゃん。ファイナルアンサー出てしまった。

それはともかくとして、他の手を考えるしかない。そう思った時だった。

みき「って言えればよかったんですけどね」

まるで考えてもみなかった言葉が続いた。思わず顔を上げて星月を凝視してしまう。その表情は普段とは全然違うもので、例えるなら慈愛にみちた表情、と言えばいいのか。

みき「どれだけ捻くれたことを言われても、先生が私たちのことを大切に思ってくれていることはわかります。わかっちゃうんです」

――わかっちゃうんです。その言葉が意外にも心にストンと落ちてきた。

多分これまでの俺なら「そんな簡単にわかるなんて言うんじゃねえ! お前は山田奈緒子か」って心の中で文句を言いつつ、露骨に嫌な顔をしたに違いない。そして嫌われ、二度と話さなくなるに違いない。

だが、星月の言葉に対しては、そういったアレルギー反応は起こらなかった。それが不思議で仕方ない。自分でも気づかないうちにここまで彼女のことを、ひいては星守のことを認めていたのか。我ながら自らの心の変化に驚きを隠せない。

みき「言い方は前と全然変わってない。でも、そこに込められてる感情は違う気がするんです」

そうか。星月の場合、俺の言葉の裏を見抜いたうえで話をしているんだ。それと同時に、俺も星月の考えていることが『わかってしまう』。彼女が上辺だけの言葉を使っていない、ということが。

この考えに論拠なんてものはない。あるのは直感だけ。これも今までの俺なら欺瞞と吐き捨てるような結論だ。ただ、これはまちがってないと思う。否、まちがいにさせてはならない。

みき「みんなはどう?」

星月は左右に立つ同胞へ問いかける。皆思うところがあったようで、肯定の反応が小さいながらもはっきりと聞こえてくる。

八幡「……すまん」

素直に頭が下がった。これまで陳謝や建前上頭を下げた経験は山のようにあるが、思考より先に頭が動いたのはこれが初めてだ。彼女たちの素直で純真な返答に心動かされたらしい。我ながら流されやすくなったものだ。

みき「ただ、」

星月は悪戯っぽく口角を上げた。

みき「このまま先生の言う通りにする、なんて言ってないですよ?」
757 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2019/11/15(金) 01:39:37.16 ID:V9pRHS1W0
最終章-57


八幡「は?」

更なる予想外の発言に声が裏返ってしまった。

みき「イロウスの討伐、明日葉先輩の退院、あんこ先輩の復帰、比企谷先生の交流終了、そして星守クラスの解散。お祝い事は目白押しです!」

星月の後ろで「あーそうか!」みたいな盛り上がりが生まれている。彼女たちの思い至ったアイディアも大方予想がつくが、それが外れていることを願って俺は問いかけた。

八幡「で?」

八幡「だから、これからパーティーを開きましょう!」

星守たち「賛成!」

星月の言葉に合わせ、星守たちの声がぴったりと揃った。小学校の卒業式かっつの。

風蘭「よし! アタシの全自動チャーハン製造機改を披露する絶好の機会だな!」

樹「ちゃんとしたもの作りなさいよ風蘭」

牡丹「楽しみですね」

教師陣もやる気満々のようだ。どこにそんな体力が残ってるんだよ。

八幡「いや、俺参加するなんて言ってないんですけど」

詩穂「絶対帰しませんよ?」

微かに鼻の根元を黒く染めながら国枝が微笑んできた。控えめに言ってめっちゃ怖い。

八幡「あれだ、今日は妹がアレで……」

うらら「こまっちにはもう許可貰ってるわ!」

俺の中での切り札的存在の小町も、蓮見の根回しによって使用不能になってしまった。

花音「あんたは今日までこの学校の関係者なんだから、パーティー参加も仕事の内よ。諦めなさい」

むう、仕事と言われてしまうと、俺の中の社畜マインドが嫌でも反応してしまう。おかしいな。どうして一生徒(しかも交換留学生的な立場)の俺が、学校で社会人の心得を取得してるんですかね。シンデレラストーリーで取得できるスキルでしたっけ?

こうやって絶望に浸る俺とは対照的に、勝手に盛り上がる星守や教師たちの表情は、なぜか光り輝いて見える。もう日も暮れる時間のはずだが……。

くるみ「皆さん、上を見てください」

常盤の声に従い見上げてみれば、神樹の全体が神々しい光に包まれていた。まるで星月たちの星衣が変化した時のようだ。

サドネ「キレイ」

楓「神樹も祝福してくれているのですわね」

あんこ「でも、それだけじゃないみたい」

粒咲さんの言う通り、輝く枝葉は先端の方から徐々に霧散していた。

ゆり「神樹が、消えていく……」

牡丹「イロウスが根絶されたことで、神樹もその存在理由を失ったのでしょう」

理事長の言葉は、そのままこの星守クラスの現状にも当てはまる。それは言葉にせずとも全員が共有できた。

その証拠に、皆がめいめいに両手を胸の前で組んで神樹に祈る姿勢をとった。俺もつられて同じポーズをする。

今まで神に祈ったことは無い。むしろ貧乏クジばかり引かされて、神を恨んでいるまである。神樹に対してもそうだ。この樹の意思によって、俺はこの学校に来ることになったのだ。愚痴の一つも言いたくなる。

キャラの濃い18人の星守と、押しの強い2人の教師、なんだかんだ丸め込んでくる理事長との交流は本当にしんどかった。毎日が激務だったと言っても過言ではない。特別労働手当を請求してもいいレベル。俺が魔法少女だったら速攻でソウルジェム濁ってた。

ただ、こんな日常は間もなく終わる。

枝葉はもう完全に消え、太い幹も高い所から順に消失していく。そのスピードは速くないが、止まることはない。もうあと数分で神樹は完全に消滅するだろう。

周囲では鼻を啜る音が聞こえる。星守たちも、変わりゆく自らの日常と神樹の消滅を重ね合わせているのだろうか。

溢れる涙をハンカチで拭った楠さんは、改めて姿勢を正した。そんな彼女の様子を見て、他の星守たちも泣くのをこらえて神樹に向き直る。

明日葉「神樹様、今までありがとうございました」

星守たち「ありがとうございました!」

楠さんの号令に合わせ、星守たちの感謝の言葉がグラウンドに響き渡る。

彼女たちの声は、神樹の残滓とともに遥か空の上まで届くような、そんな挨拶だった。
758 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2019/11/15(金) 01:40:47.59 ID:V9pRHS1W0
今回の更新は以上です。

おそらく次回か次々回で完結します。
759 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/11/15(金) 15:10:46.57 ID:7wAR9FKe0
乙!
760 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2019/11/23(土) 00:49:11.79 ID:9Cp/jU4S0
エピローグ


数枚の桜の花びらが春の心地よい風に乗って、開け放たれた廊下の窓からひらひらと舞い落ちる。校舎を青々と覆う神樹の存在で忘れがちだが、この学校にはいろいろな植物が植えられているんだったっけ。いつだか鉢植えから聞こえてきた声を思い出す。

……ついノスタルジックに浸ってしまった。なにせ5年と数か月ぶりの校舎だ。少しくらい許してほしい。

そうやって頭では過去を懐かしみながらも、足は目的地に向けて止まることはない。

とにもかくにも、俺は再びこの神樹ヶ峰女学園に戻って来てしまった。

全ての原因は、大学4年生のときに俺の所属していた研究室を狙い撃ちした出頭要請、もとい教員募集の知らせだ。当時所属してた研究室で教員免許に関する講義に出てたのは俺一人。もし俺が教員免許を取得してなかったらどうするつもりだったのだろうか。まあ、平塚先生経由でそこらへんの情報を掴んでたんだろう。そういった点では抜け目のない人たちだし。

とどのつまり、前回の拉致から、今度は任意同行という体でこの学校に呼び出されたわけだ。そこで理事長から下された判決は「内定」という名の有罪判決。量刑は無期限の労働。俺は黙秘権すら行使できないまま、その場で必要書類にサインさせられ、この学校に収監されることになった。

そして今、真新しい囚人服……じゃなかったスーツに身を包んだ俺は新任教師として担任クラスへと歩を進めている。それにしても新人に担任持たせるか普通。企業だったら研修とかするんでしょ? かび臭い研修施設に数週間閉じ込められて、企業理念なんかを叩きこまれるアレ。うーん、いきなり仕事させられるのも嫌だけど、洗脳されるのも嫌だ。やっぱり労働は悪。悪・即・斬!

明日葉「比企谷先生」

振り返ると、白いブラウスに紺のジャケット、グレーのタイトスカート、極めつけに黒縁眼鏡というザ・女教師スタイルに身を包んだ楠さんが早足で追いかけてきていた。しかし纏う雰囲気は、5年前とほとんど変わらない。

八幡「どうも」

明日葉「ご無沙汰しております。こんなに早く先生とこの学校でお会いできるなんて思ってませんでした」

軽い会釈しかしていない俺に対し、楠さんは礼儀正しくびしっとしたお辞儀を返してきた。これが育ちの差か……。

そうして俺たちは並んで歩き出した。どうせお互い同じ目的地を目指しているのだから、当然と言えば当然。それゆえ会話は続く。

明日葉「でも驚きました。先生、今日までこの学校に赴任すること秘密にしてましたよね?」

八幡「別にわざわざ言いふらすことでもないでしょう」

明日葉「神樹ヶ峰始まって以来初の男性教師になったことが言いふらすことではないと!?」

俺の言い訳は、かえって楠さんの神経を逆撫でしてしまった。別にそこまで反応しなくてもいいじゃないか。

八幡「まあ状況が状況ですから。褒められた赴任、というわけでもないですし」

5年前、星守たちが禁樹を倒したことで、それと繋がっていた神樹も消滅した。

と思っていた。

合宿所でのパーティー中、1人抜け出した俺が何の気なしに神樹の根元を見てみたら、既に小さな神樹の新芽が土から顔を出していた。神樹があるということは、禁樹も存在するということになる。感動的な別れをした手前、星守たちに言い出せなかった俺は、密かに理事長、八雲先生、御剣先生にだけ事情を明かした。

パーティー終了後、3人と一緒に神樹の根元を掘ってみたが、根に当たる部分がごっそりと消えていた。おそらく禁樹は神樹の根元ではない別の場所に根を下ろしているのだろう。

その時話に上がったのは、近い将来に再び禁樹由来のイロウスが発生することと、それを倒すために星守が必要になることの2点だった。神樹と禁樹の大きさはほぼ比例するため、神樹が小さいうちは禁樹にもイロウスを生み出す力はない、ということらしい。その時の俺は、このまま神樹が枯れ果ててくれればと強く祈ったのを覚えている。

しかし神樹はその後も順調に成長し、今日見たときには大木と呼ぶにふさわしい大きさになっていた。つまり禁樹も同程度、あるいはそれ以上に大きくなっているはずで、イロウスの発生もすぐ間近に迫っていると言える。俺のところに教員募集の通知が来たのもこういう背景があってのことだ。

そんな俺の自嘲的な呟きに、楠さんは言葉を詰まらせた。

明日葉「しかし、いつかは訪れる運命です」

八幡「できればもう少し後の方がよかったんですけれど」

明日葉「仕方ありません。それが人間というものですから」

楠さんはすっと窓の外を見やりながら話を続ける。

明日葉「昨年この学校に赴任してから、私は『副担任』として担任も生徒もいないクラスのために入念に準備をしてきました」

その口調は憂いを帯びていて、とてもじゃないが口出しできる調子ではない。なんと反応すればいいのか、非常に困ってしまう。星守の任務に人一倍誇りと責任を感じていた楠さんのことだ。複雑な心境であることは想像に難くない。
761 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2019/11/23(土) 00:49:42.40 ID:9Cp/jU4S0
明日葉「そして今日、比企谷先生が『担任』として星守クラスを受け持ってくださることに、とてもやりがいを感じています」

楠さんはそう言うと、一転して俺に笑顔を向けた。5年前を彷彿とさせるその表情のおかげで、少し雰囲気が持ち直したような気がする。おかげで口も動く。

八幡「喜んでお譲りしますよ。なんなら今すぐこの場で」

明日葉「適材適所って言いますよね。比企谷先生以上に担任業務が務まる人はいらっしゃいません」

適材適所。他人に使う分には都合が良い言葉だが、人に言われると気分が下がる。字面的に「材」という字が気に食わない。材木座を連想させるのはともかくとして、まるで人を物のように扱っているようじゃないか。そういう風潮もあってか、最近は「人材」を「人財」と言い換えている企業もよく目にする。まあそういうところのモットーは「人<財」なわけで、結局馬車馬の如く働かされることに変わりはない。そしてハイになってウマぴょいするまである。

そういうブラック経営者とは違って、楠さんは言葉本来の使い方をしているのだろう。真面目が服着て歩いているような人だ。この状況で冗談を言うとは考えにくい。そんな人に太鼓判を押されてしまってはやらざるを得ないというものだ。

八幡「ま、できる範囲でやりますよ」

明日葉「ふふ、頼もしいですね」

口元に手を当ててくすくす笑うその仕草は、メイドラゴンを一発で仕留める破壊力だった。

そんなやり取りをしているうちに、目的地の教室にたどり着いた。「星守クラス」と書かれたルームプレートは真新しく光沢を帯びている。

明日葉「さ。比企谷先生」

八幡「ええ」

ドアをスライドさせて中に入ると、備品の何もかもが記憶通りのまま配置されていた。その風景に懐かしさが込み上げてくる反面、座っている生徒の数の少なさには寂しさも感じる。

生徒は教卓前の机に計3人座っている。入り口から近い順に、銀髪ショートのロシア系女子、黒髪ロングに眼鏡をかけた委員長系女子、そして茶髪ボブにカチューシャをつけた活発系女子である。どれも見た目の印象だから実際のところはわからんが、そんな感じの生徒たちだ。

教壇に上がり教卓に出席簿を置いた俺は、目の前の3人に一挙手一投足を凝視されてしまった。珍しいものを見るような視線にいささか居心地の悪さを覚える。

とりあえずこういう時は挨拶が肝心ですよね! ゾンビランドサガで学んだ。まぁ目の前の子たちはゾンビではないけれど。なんなら目の感じからして俺がゾンビという可能性まである。フランシュシュへの加入待ったなし。

八幡「えー、おはようございましゅ……」

緊張のあまり噛んでしまった。ましゅって何。フランシュシュ引きずりすぎでは? むしろ先輩! って呼んでほしい。

照れ隠しの意味も含め、後ろの黒板に自分の名前を書いてから、改めて前の3人と相対する。

八幡「あー、俺は星守クラス担任の比企谷八幡だ。それでこっちの人が」

明日葉「副担任の楠明日葉です」

俺の雑なフリに、楠さんは一礼をして応える。

八幡「じゃあ早速連絡事項を、」

茶髪「あー!!」

ぬるりとHRに移行しようとした時、茶髪の女の子が俺を指さしながら大声を上げた。

八幡「え、何」

茶髪「あの時のおにいちゃん!」

あの時っていつだよ、ていうか君誰? という疑問が口から出かかった時、その子の首元で、小さな丸い宝石がきらりと光るのが目に入った。

あれ、あの宝石なんだか見覚えがあるな……。

茶髪「5年前、大型イロウスから村を守ってくれましたよね!」

思い出した。俺が初めてこの学校に来た日、星月と一緒にイロウス退治をした村にいた女の子だ。確かあの時は俺が抱えて走れるくらいの体躯だったはずだが……。5年も経てば体躯も変わるのか。なんだか親戚のおじさんになった気分。

八幡「あぁ、そんなこともあったな」

茶髪「わたし、あの日からずっと星守になることが夢だったんです!」

八幡「そう……」

突然前のめりになられても八幡困る。学校を廃校の危機から救いたいの?

八幡「まあ待て落ち着け。お前1人テンションを上げられても他の奴らが困る」

一つ咳払いをして、すっと目を細める。どうやらこいつには現実を突きつけないといけないらしい。
762 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2019/11/23(土) 00:50:45.64 ID:9Cp/jU4S0
八幡「ここで残念なお知らせです。皆さんは『普通』の青春を送ることができません」

俺の言葉に目の前の3人はぽかんとしている。

明日葉「比企谷先生!?」

驚く楠さんを手で制し、なおも俺は話を続ける。

八幡「皆も知っての通り、このクラスは神樹に選ばれた特別な生徒が配属されるところだ。その目的は『イロウスの討伐』ただ1つ」

軽い口調ではなく、あえて厳粛に伝える。そうでないと彼女たちに対しても不誠実だ。

八幡「だからこれから6年間、キツイ特訓に明け暮れなきゃいけないし、イロウスが出現すれば年中無休で駆けつけなければならない。この学校に入学する前に説明があったと思うが、改めて確認しておく。そんなクラスの担任になった俺なんて、ブラック企業も真っ青な労働形態で働かされるんだよな。高プロ制度ってなんだよ」

明日葉「先生、最後私怨になってます……」

おっといけね。つい自分が定額働かせ放題の存在になってしまったことへの恨みが出てしまった。話を戻さなきゃ。

八幡「まぁそういうことで、お前らは晴れて人類を守るために無制限でボランティアをする存在になってしまいました」

茶髪「そんな言い方……」

八幡「ただ」

茶髪の子の言葉を遮り、俺は最も言いたかったことを口にする。

八幡「俺や楠先生、それに他にもこのクラスを支える先生たちはいるし、何より、ここに座っているお前らはそういう苦楽をともにできる仲間だ。そいつらと過ごす青春は、きっと意味のあるものになると思う」

いざ言葉にしてみると、ずいぶん陳腐な表現になってしまった。ただ一方で彼女たちの学園生活は、普通じゃない青春、間違った青春、そういう見方をされるかもしれない。でも、それをどう感じるかは当人にのみ委ねられた権利だ。余人がそれを勝手に解釈し、言葉を当てはめ定義づけることは絶対に許されない。

それならば俺にできることは何か。それは彼女たちがまちがった青春を送らないように選択肢を与えること、そして選択肢を減らすこと。これに尽きる。いつか俺がしてもらったように。

八幡「まとめると、この『星守クラス』の関係者は皆で運命共同体です。決して自分だけ特訓サボるとかはしないように」

決めポーズとばかりに、俺は右手の人差し指をピンと立てた。このままチッチッってする勢い。しかし隣からはため息が聞こえる。

明日葉「比企谷先生がそれを言いますか……」

八幡「俺はサボりません。もっともな理由を付けて合法的に仕事をしないことは多々ありますけど」

明日葉「サボるよりもタチが悪いですね……」

なおも呆れた反応をする楠さんに反論しようとした時、前方3人からジト目を向けられていることに気づいた。俺自身、新しくも懐かしくもある立ち位置に舞い上がっていたらしい。

八幡「まぁ、そういうわけでこれからよろしく頼む」

そうして深々と頭を下げた。支えると言った手前、きちんと彼女たちの成長を見届けなければならない。たとえどれだけ手がかかろうとも。

八幡「じゃあ自己紹介ということで、トップバッターは立ってる君からどうぞ」

俺は茶髪の子に視線を向けた。ぱっと見、最も手がかかりそうな、でも最も大きく伸びそうな俺の生徒に。

茶髪「は、はい! わたしの名前は、」
763 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2019/11/23(土) 00:55:43.62 ID:9Cp/jU4S0
以上で本編は完結です! 原作の方も完結巻が出たということで、こちらもなんとかペースを早めて終了させることができました。よくある八幡のクロスSSではありますが、自分的には構想通りのラストにすることができて満足です。

リアルが忙しいので未定ではありますが、もしかしたら番外編を投稿するかもしれません。

読んでくださった皆さんの反応にとても励まされました。本当にありがとうございました。
764 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/11/23(土) 11:28:18.67 ID:6WH6qbJhO
【決講】可奈「飛べ飛べ神鳥〜♪る〜ぐ〜ちゃん〜♪」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1574466531/
765 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/11/23(土) 20:19:46.47 ID:84v7ORkt0
完結乙!
楽しく読ませてもらったぜ!
可能なら外伝も楽しみにしている。
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