八幡「神樹ヶ峰女学園?」

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731 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2019/08/15(木) 00:34:08.05 ID:6C3xRANF0
最終章-46


うらら「『パンプキン・クイーン』!」

俺が星月と話しているうちに、蓮見が早速カボチャ爆弾を1つ設置した。

禁樹「ふっ」

禁樹はカボチャに対してほとんど見向きもせずに俺たちに向けて紫の球を発射してきた。

しかし球は禁樹の手を離れるや否や、俺たちにではなく、カボチャに向かって一直線に飛んで行った。そしてカボチャと球が接触した時、派手な爆発が起こった。

心美「うららちゃん!やったね!」

うらら「このままいくわよ!『パンプキン・クイーン』!」

勢いづいた蓮見は次々にカボチャ爆弾を設置していく。ただし、そのどれもが禁樹の攻撃によってすぐに破壊されてしまう。

楓「『スペシャリーヌードル』!」

ミシェル「『イノセントラビット』!」

同時に千導院と綿木が蓮見のSPを回復させているため、カボチャ爆弾が尽きることはない。

禁樹「必死になってこちらの攻撃を逸らすなんて、やり方が卑しいですね」

ひなた「そんなことないもん!立派なさくせんだもん!」

花音「落ち着いてひなた。禁樹の挑発に乗っちゃダメ」

あんこ「そうね。どんなやり方だって最後に勝てばそれでいいのよ」

禁樹「どんなやり方だっていい、ですか。その言葉、忘れないでくださいね」

禁樹はなおも不敵な笑みを崩さない。

桜「何をするつもりじゃ」

禁樹「こうしてあなたたちと遊ぶ時間もおしまい。そろそろ絶望に浸ってもらうわ」

ゆり「私たちは決してお前に屈したりはしない!」

禁樹「ふふ、いつまで威勢よくいられるかしら」

禁樹が空中で両手を大きく広げると、地面のいたるところに黒い魔法陣が浮かび上がってきた。

禁樹「本当は私1人で始末したかったけれど、仕方ないわね。数の暴力で押し切ってあげる」

禁樹がそう言い終えると、魔法陣から大型イロウスが湧き出してきた。それらの全てがカボチャ爆弾に向かって動き出した。

うらら「ちょ、こんなにいっぱいイロウスくるなんて聞いてないわよ!」

楓「これではスキルの発動が到底間に合いませんわ……」

蓮見や千導院が動揺するのも無理はない。それほどまでにイロウスの数が多すぎる。これでは爆弾を設置してもすぐに破壊されてしまう。ただ、現状では蓮見のスキル以外で禁樹の攻撃を無力化する方法はない。なんとかしてイロウスの攻撃からカボチャを守らなければならない。

明日葉「イロウスは私たちが殲滅する。うららたちはスキルの発動を最優先しろ」

俺と同じ結論に至ったのか、楠さんが素早く周りに指示を与えた。

蓮華「みんな、もう少しの辛抱よ。頑張って」

サドネ「サドネ、がんばる」

望「そうだよね、ここまできて諦めるなんてカッコ悪いもんね」

次いで芹沢さんが励ましの言葉をかける。2人のスピーディーな対応のおかげで、星守たちは多少落ち着きを取り戻した。

とはいえ劣勢なのは変わらない。津波のように押し寄せるイロウスに対し、星守たちは懸命に水際で食い止めている。正直、いつ決壊してもおかしくない。

そう思いながら戦闘を注視していると、最も外側にいるイロウスの挙動がおかしいことに気づいた。ほとんどのイロウスが同じ方向、つまり蓮見のカボチャ爆弾の方向を向いているのだが、なぜか外側のイロウスはそっちを向いていない。

蓮見のスキルにはイロウスを引き寄せる距離の限界がある。おそらくイロウスが密集し過ぎて、末端までスキルの効果が行き届かないのだろう。だからはぐれイロウスが現れるのも不思議ではない。現状無視していい存在だ。
732 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2019/08/15(木) 00:35:38.04 ID:6C3xRANF0
最終章-47


ただ、イロウスの数が増えるにしたがって、はぐれものの数も増えてきた。その中で、何匹かのイロウスが明らかに俺たちの存在に気づいたように、こちらへまっすぐ向かってきた。

俺は助けを呼ぼうとするが、はたと思いとどまってしまった。

動ける星守は全員蓮見たちのサポートに参加しているため、俺の近くには負傷した常盤、若葉、成海と、儀式中の星月と理事長が残っているだけ。人数だけ見ればそれなりにいるが、現時点では誰1人イロウスと戦うことができない。つまり唯一動ける俺が何とかするしかないわけだ。

が、今の俺にイロウスを止める手段はない。これまで何度か大型イロウスと対峙したことはあるが、その全てで俺はただ逃げ回ることしかできていない。今までは勝算がある上での逃走だったが、今回はそれが全くない。

その時だ。

遥香「『ホーリーナイトソング』!」

昴「『アキュートグラウンド』!」

くるみ「『べジタブルギフト』!」

断続的に3つのスキルが背後から唱えられた。俺が認識できたのは、まず目の前にバリアが張られた後、イロウスが雷に打たれ動かなくなったと思ったら、突如向こうの地面から巨大な人参が生えてきて、イロウスがそっちへ吸い寄せられた、という事象だけだ。

昴、遥香、くるみ「先生!」

振り返ると、先ほどまで座っていた3人が未だ傷を庇いながら俺の元へと歩いてきた。

八幡「今の、お前らのスキルか?」

遥香「はい」

昴「イロウスが近づいてきたことはアタシたちにも見えたので、いてもたってもいられなくなったんです」

八幡「そうか……それにしても、いったい何がどうなってるんだ」

未だ思考が現実に追いつかず、何が起きたのか説明するよう3人に促した。

遥香「まず私のスキルでみんなのHPとSPを回復しつつ、防御のためにバリアを張りました」

昴「次にアタシがイロウスの足止めを麻痺させる落雷スキルを使いました」

くるみ「そして最後に私が人参さんを生やしたんです」

八幡「人参さんを生やした?」

最後の説明が飛躍し過ぎていて、何を言っているのか理解できなかった。

遥香「くるみ先輩の人参には、うららちゃんのカボチャと同じようにイロウスを引き寄せる効果があるんです」

昴「そのくるみ先輩のスキルを使うために、アタシと遥香が協力したんです」

八幡「はあ……」

蓮見のカボチャは百歩譲ってスキルの一種だと考えられるが、常盤が出した人参は、スキルじゃなくてこいつの育てた新種なんじゃないかと思うのは俺だけでしょうか。もしそうだとすれば、植物の言葉が聞こえる割にはえげつないことするんだな常盤って……

まあそれはとにかく、やっと状況を掴めた。この3人の力を合わせれば少数のイロウス相手なら対処できるわけか。

くるみ「私のスキルは発動までに時間がかかりますけど、昴さんと遥香さんが助けてくれれば、少しはお役に立てます」

常盤の言葉に追随して、若葉と成海もうんうんと頷く。しかし、スキルを1発撃っただけでも3人の顔には疲労の跡が色濃く表れている。おそらく3人の体力は近いうちに再び尽きる。それを考慮すればここで無理をさせてはならない。最悪、命を落としかねない。

ただ、同時に前線の状況も芳しくない。前線の崩壊はそのまま人類の崩壊と同義だ。怪我をおしてまで戦いに赴こうとする常盤たちもそれは重々承知のことだろう。

八幡「ならここからできる範囲で向こうの星守たちを助けてやってくれ。常盤は蓮見が処理しきれなかったイロウスの引き寄せ。成海と若葉は常盤の補助だ」

だから俺は妥協案を出すことにした。彼女たちの意見を尊重しつつ、けれど犠牲にはしない。そもそもこの作戦自体、星月の儀式を完了させるまでの大掛かりな時間稼ぎにすぎないのだから、こういう戦い方もアリだろう。

ただ一つ。星月の儀式が終わらないことにはこの時間稼ぎの意味も全く無くなってしまう。いくら星衣が強化されたとはいえ、星守たちは恐ろしい量の大型イロウスを相手にしながら禁樹の攻撃も防いでいる。そんな重労働が永遠に続くわけがない。一刻も早く儀式が終わらないかと、先ほどから星月の様子をチラチラと伺っているのだが、じーっと目をつぶったまま座っているばかりである。

対する理事長は呪文を唱え終わると、星月に向けていた両手を下げて、なぜか俺の方に向き直った。

牡丹「比企谷先生、儀式の最終段階をお手伝い願えませんか」

理事長は真剣な目つきでそう言った。
733 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2019/08/15(木) 00:40:07.49 ID:6C3xRANF0
今回の更新は以上です。

更新頻度が遅くなってしまい申し訳ありません。終わりになればなるほど、展開の仕方は難しくなるものなんですね。バトガのアプリが終わってしまい資料が限られてしまうのが痛いところです。もっと早く書けばよかった……

けどここまで引っ張ったのでそれ相応の綺麗なエンディングにしたいと思います。なのでもうしばらくお付き合い下さい。
734 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/08/15(木) 01:16:00.91 ID:GipHKvi/O
乙!
735 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/08/15(木) 10:48:51.28 ID:LtjP79zUO
アプリできなくて卒アル待ちの今が創作勢にはキツいよな
応援してる
736 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2019/08/31(土) 16:15:13.76 ID:f+/061hE0
〜interlude〜

その知らせは突然訪れた。

いつもは八雲先生が話をする朝のHR。けれどあの日は理事長が教壇に立って開口一番にこう言った。

牡丹「今日からこのクラスに新たな仲間が加わります」

星守たち「え!」

理事長の言葉にクラス中が驚きの声を上げた。だって星守クラスはその名の通り星守しか在籍できないクラス。イロウスと命がけで戦う星守は、神樹様に認められた人しかなることができない。だから仲間が増えるなんて滅多にないイベントだった。

蓮華「とーってもかわいい子なのかしら?」

楓「星守としての責務をきちんと果たす、勇敢な心を持った方だといいですわね」

うらら「転校生なんて、初めからキャラ強過ぎよ……ここみ! うららたちも負けてられないわよ!」

心美「負けてられないってどういうこと〜?」

このように多くの星守が新しい仲間が来ることにテンションを高くしている。

昴「新しい仲間かー、仲良くできるかな?」

遥香「昴なら大丈夫よ」

すぐ近くに座る昴ちゃんと遥香ちゃんもとっても楽しそう。

樹「みんな静かにしなさい。まだ理事長の話は終わってませんよ」

八雲先生の一喝によってクラスは再び静けさを取り戻した。

牡丹「詳しい話は本人が来てからすることにしましょう。それでは……みき」

みき「は、はい!」

いきなり名前を呼ばれて、反射的に立ち上がってしまった。私何か悪いことしたっけ? 普段から先生たちに怒られてばかりだから、心当たりがありすぎて絞り切れない……

牡丹「あなたに案内役を命じます。今から私と一緒に来てください」

みき「え?」

私が転入生の案内役? 明日葉先輩やゆり先輩がやったほうが私よりも上手く案内できそうなのに。

みき「理事長、あの」

牡丹「急いでくださいみき。もうすぐ待ち合わせの時間です」

みき「は、はい」

疑問を挟む余地もなく、私は理事長にせかされながら教室を後にした。

校門に向けて廊下を歩いていると、理事長が「あっ」と何かに気づいたような声を出した。

牡丹「そういえば早急にやらなくてはならない重要な仕事があることを思い出しました。申し訳ないのですがみき1人で案内をしてもらってもいいですか?」

みき「私1人でですか!?」

牡丹「みきなら大丈夫です。ではよろしくお願いしますね」

私が返事をする前に理事長は勝手に決めると、そそくさと理事長室の方向、つまり校門とは逆の方向へと歩いていく。

みき「待ってください。理事長。せめてどんな子が来るのか教えてもらっていいですか?」

私がそう言うと、理事長は足を止めてこっちに振り向いた。

牡丹「見ればすぐわかると思いますよ。だって来るのは男子高校生ですから」

みき「男子、高校生?」

どうして女子校である神樹ヶ峰女学園に男性が、しかもよりにもよって同年代の高校生が来るのか、全く理解できない私は、理事長の言葉をむなしく繰り返すしかなかった。

牡丹「ええ。その彼の名前は比企谷八幡くんといいます。仲良くしてくださいね」

まるでイタズラに成功ように満足げな表情を浮かべながら、理事長は再び私に背を向けてしまった。

みき「あ……」

対する私は何も反応できないまま、その場にぽつんと取り残されてしまった。

正直、何が何だかさっぱりわからないけれど、ひとまず今は校門に行ってその人をお迎えしなくちゃ。
737 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2019/08/31(土) 16:15:51.93 ID:f+/061hE0
せっかく来てくれるのに待たせてはいけないと思い廊下を小走りで移動すること少し。校舎の出入り口から校門が見えるところまでやって来た。

昇降口でちょっと立ち止まって校門のほうを見てみると、確かに男子の制服を着た男の子が1人立っていた。

みき「本当に男子が来てる……」

つい独り言が漏れてしまった。神樹ヶ峰女学園に、まして星守クラスに男子が来るなんて信じられなかったけど、実際に男子の姿を見ると、理事長に言われたことが現実なんだと実感が湧いた。

私はそれほど男子に抵抗はないけれど、大切な役目を任されている以上、しっかり頑張らないといけない。私はそう意気込んで、一歩一歩踏みしめるように校門へと歩いて行った。

校門に近付いていくにつれて、男子生徒、もとい比企谷くんの姿かたちがはっきりしてきた。私よりも15センチくらい高い身長。少し猫背な姿勢。少しぼさっとした黒髪に、特徴的なアホ毛が生えてる。そして何より、どうやったらそんな風になるのかわからないくらい腐った目。そんな人が何やら落ち着かない様子で考え込んでいる。

突然女子校に来させられて困ってるのかな。多分そうだよね。私の立場からしたら、いきなり「男子校に行け」って言われるようなものだもんね。うん。

なんてことを思いながら、私はついに比企谷くんの目の前までたどり着いた。私は深く息を吸って声をかけることにした。

みき「あのー」

少し声が小さかったかな。男子生徒には私の声が聞こえていないようだ。

みき「あのー、すみません」

今度はもう少し大きな声で呼んでみた。けれど、まだ比企谷くんは私に気づかない。よっぽど緊張してるみたい。

みき「あのー! すみません!」

けっこう大きな声を出してみたけれど、やっぱり比企谷くんは無反応。いくらなんでもこの声の大きさで聞こえないなんてことがあるのかな。こうなったら一番大きな声を出してやる。

みき「あの!! すみません!!」

八幡「戸塚!」

今までずっと考え込んでいた比企谷くんが突如大きな声を発した。

みき「うわぁ! びっくりした! いきなり大きな声を出さないでくださいよ、比企谷くん」

本当に心臓に悪い。というか、戸塚って何?

なんて疑問はとりあえず今は置いといて、ようやく比企谷くんが私の存在に気づいてくれたので良しとしよう。これで一歩前進。

対する比企谷くんは私のことをじっと見つめたと思ったら、ふい、と顔を背けてしまった。

あ。この人、私を無視した。

みき「ちょっとー! 聞こえてますよね? 無視しないでくださいよ比企谷くん!」

私が再度言い寄ると、観念したのかようやく私に向き直ってくれた。

八幡「ああ、ごめん。で、君誰? 何してるの?」

なんだか私と話すのがすごく面倒くさそうに見えるのは気のせいかな。気のせいだよね。

みき「私は星月みきです! 比企谷くんを迎えに来ました! ようこそ、神樹ヶ峰女学園へ! これから私がこの学校のことを色々教えてあげますね!」

挨拶と自己紹介は明るく元気にするのが一番! 私は普段に増して張り切って挨拶をした。

対する比企谷くんはというと、

八幡「お、おう……」

この通り気の抜けた返事を返すだけ。逆にさらに心の距離を取られた感じ。でも不思議とそこまで嫌な気持ちにはならない。むしろ、もっとこの人のことを知りたいとさえ思う。

みき「じゃあ早速行きましょう!」

それなら私からたくさん話しかけていこう。そうすればこの気持ちの正体もわかるかもしれない。
738 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2019/08/31(土) 16:17:49.18 ID:f+/061hE0
儀式中、ふと先生との初めて会った時のことを思い出した。

結論から言って、比企谷先生は変な人だ。それも相当。毎日嫌そうに担任の仕事をしているし、私たち星守が話しかけてもろくに反応をもしてくれない。たまに話したと思ったら、捻くれたことばっかり言う。あと、私がお菓子を作ってあげても「いや、今はちょっと……」って言って遠慮もする。

でも文句を言いつつも私たちの特訓を毎日きちんと見てくれて分析もしてくれるし、話も聞いてくれる。それになんだかんだ言ってお菓子もちゃんと食べてくれる。なぜか食べ終わった後に毎回ひきつった笑顔になるけれど。

それになにより、比企谷先生は優しいし、頼りになる。イロウスとの戦闘ではいつも的確な指示をくれるし、いざという時は私たちを鼓舞してくれる。戦闘後に恒例になってる「なでなでタイム」の時は、顔を真っ赤にしながら、でもすごく優しい手つきで私の頭をなでてくれる。おかげで私は先生の「なでなで」の虜になってしまったくらいだ。

多分、比企谷先生と初めて会った時から、私は直感的に分かったんだと思う。比企谷先生が私たち星守にとってとても大切な存在だってことに。

儀式を通して、みんなの希望を集めている間も、ずっと先生の思いを探してた。

そして今、先生の思いが「なでなで」を通して私に流れ込んできた。恥ずかしそうな、でも確かな「信頼」。私が先生に対して持っていた気持ちと同じものを先生も抱いていたのだ。それを直に感じることができて、少しくすぐったい。でもそれ以上に、私の中に集まっていたみんなの希望の力が、何倍にも膨れ上がっていくのがわかった。
739 : ◆JZBU1pVAAI [sage saga]:2019/08/31(土) 16:21:04.64 ID:f+/061hE0
今回の更新は以上です。

初めて八幡以外の視点で物語を進めてみました。素直なみきが心の中でどんなことを考えていたのかを想像するのは難しかったけれど、新鮮な体験でした。
740 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/08/31(土) 20:35:49.46 ID:IcNarYXW0
乙!
741 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2019/09/18(水) 01:08:24.92 ID:PV3YaRVQ0
最終章-48


理事長に言われるがまま、俺は星月の傍に立った。相も変わらず星月は目をつぶったまま女の子座りを続けている。

それはともかく、俺は何すればいいのん? と理事長に視線を向けてみるが、理事長からは微笑みが返ってくるだけ。なんでこの人は重要なことをいつも言わないのかな……。

まあ、わざわざ俺に頼んでくるあたり、大体の察しはついている。大方「なでなで」をしろということなのだろう。

この学校に来た初日から幾度となくやらされてきた「なでなで」。星守クラス担任の重要な仕事だとは言われているが、正直今でも全く慣れない。妹である小町ならともかく、赤の他人である女子中高生たちの頭をなでるなんて、一歩間違えなくても変態的な行為だ。そんな行為を嬉々として受け入れる星守たちも、それを推奨する教師たちも、やはり相当ずれているに違いない。

ただ、そんな行為とはいえ。いや、そんな行為だからこそ伝わる思いもある。例えば言葉や態度と言った表面上のやり取りならば、虚言を吐いたり演技をして誤魔化したりすることもできる。けれど、「なでなで」は身体接触を伴う。いかに外面を取り繕っても、内にある感情が手を伝って流れ込んでしまう。実際、俺は「なでなで」をする時に心拍数が異常に高まり手汗も止まらなくなるが、星守にはそれが全てバレている。

もしかしたらこういう身体接触をする時にも完璧に演技ができる人がいるのかもしれない。陽乃さんや葉山辺りなら上手くやれそうではある。しかし俺は生粋の男子ぼっち高校生。表面上の会話すらほとんどしてこなかった人間だ。そんな俺が同年代の女の子の頭をなでるなんて非日常的な行為を飄々とこなせるわけがない。毎度毎度穴掘って埋まってしまいたいくらいの恥ずかしさと戦っている。

一方で、恥ずかしさと戦っているのは星守も同じだということを俺は知っている。普段から底抜けに明るい奴らも含め、なでられている最中は皆が顔を赤くする。時には普段しないような会話さえしてしまうほどだ。こうして互いが恥ずかしがりながら、だからこそ本当の関わりを持てる「なでなで」の時間は、確かに八雲先生が言うように星守との親密度を高める行為なのかもしれない。あるいはこういう思考をしている時点で既に毒されているとも言えるが。

とにかく、この状況で「なでなで」を要求されているということは、すなわち俺の星月に対する偽らざる気持ちを伝えろ、と言い換えることができるというわけだ。

今日だけで何度感情を露わにすれば気が済むんだ、と愚痴をこぼしたくもなる。とはいえ、やらなければいけないことには変わりない。俺はそっと右手を星月の頭に乗せた。

普段は星守たちから「なでなで」をせがまれる故、言うなれば「なでさせられている」状態だ。ところが今は、目をつぶってじっと座る星月の無防備な頭を俺がなでまわすという、通報不可避な様相を呈している。

だからなのか、いつもとは違ったなで方をしているのが自分でもわかる。これまではどちらかというと、労いの意図が大きかったため、なるべくやわらかい手つきで触れるようにしていた。しかし今は、これから起こるであろう戦闘にたった1人で向かう彼女を信託する気持ちが強い。自然、なでる力も強くなってしまう。

俺たちをラボから送り出した八雲先生や御剣先生もこんな気持ちだったんだろうか。今になって2人の気持ちがよくわかる。これならいっそ、現場で下っ端をしていたほうが遥かにマシだ。本質的に社畜マインドを持ち合わせている俺が他人の仕事を鼓舞するなんて、本末転倒にも程がある。こういうのはこれっきりにしてもらいたい。

とどのつまり、俺は星月を信じて待つことしかできないわけだ。まあ、勝算は低くないと思う。信じた道を進む星月の強さはこれまで何度も見てきた。今回もその強さを発揮してくれることだろう。

八幡「頑張れよ」

絞めとばかりに俺は一言そう呟いた。

すると、星月の身体が光に包まれた。先刻、星月たちの星衣が変化した時と同じ光だ。

光に包まれるシルエットから、星月の星衣がまたしても変化していることがわかった。腰のあたりから髪留めと同じような花びらが生えたり、下半身後方を覆うスカート? の裾がより大きくなったりと、全体的により豪華な星衣に変わっている。

そして光が収まり星衣の全貌が明らかになると、思わず嘆息が漏れてしまった。

それくらい、彼女の姿は神々しかった。直前までの星衣は黒と赤が目立っていたが、今回の星衣は白とピンクが主である。そのせいか、今まで以上に星衣が光り輝いているように思える。その姿は戦闘をするというよりも、何かのパーティーに赴くプリンセスのようだ。

そんな星月の変化とは逆に、周りにいた若葉、成海、常磐の星衣が消滅し、彼女たちは元々着ていた制服姿になった。これはつまり、星守としての力が星月に集まったということの現れだろう。

ということは……

とっさに俺は視線を大型イロウスや禁樹と戦う星守に移したが、やはり彼女たちも皆制服姿に戻っている。

八幡「お前ら、こっちに来い!」

星衣が消えたということは、星守としての力もなくなったということだ。いくら特訓を積んでるとはいえ、星衣の力無しにイロウスと対峙できるとは思えない。

みき「先生、私が行きます」

星月はそう言い残して消え去ったと思ったら、次の瞬間には向こうで大挙していた大型イロウスが一匹残らず消滅していた。大型イロウスが消滅していく中、力強くかつ煌びやかに立つ姿に、思わず息をのんだ。

いくらなんでもチート過ぎませんか? という感想は胸の内に留めておくことにする。まあ、18人の星守の力が結集したんだ。あれほどの力が発揮できるのも頷ける。

そんなことを思っていると、向こうから制服姿の星守たちが走ってきた。どうやらこっちと合流するつもりのようだ。

しかしそんな格好の獲物を禁樹が逃すはずがなく、星守集団に向けていくつもの球が発射された。

みき「はあ!!」

瞬間、星月が大きな声とともに球と集団の間に現れ、その勢いのままに球を一刀両断していく。空中で盛大に鳴り響く爆発音が周囲に響く。しかし空中で爆発したおかげで、星守たちがその爆風に巻き込まれることはなかった。
742 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2019/09/18(水) 01:09:39.70 ID:PV3YaRVQ0
最終章-49


明日葉「先生、儀式は成功したんですね」

集団の先頭を走っていたためいち早く俺のもとへたどり着いた楠さんが、息も絶え絶えに俺に尋ねてきた。

八幡「はい。楠さんたちが時間を稼いでくれたおかげです」

俺が返答している間にも続けざまに星守たちが合流してくる。その表情はどれも期待半分、不安半分、と言ったところ。

一瞥したところ、戻ってきた星守たちに大きな外傷は見当たらないが、全員酷く疲労していた。しかしそんな状況でも互いに支え合って、皆が星月と禁樹の戦いを固唾をのんで見守る。

禁樹「全く、星守というのは諦めの悪い集団だこと」

みき「希望を信じて最後まで戦う。それが星守だから!」

苛立ちと呆れを隠さない禁樹に対し、益々熱気を帯びながら斬りかかる星月。しかし星月の攻撃は禁樹の防御膜に防がれてしまう。

禁樹「どんな手を尽くそうと、最後に待っているのは絶望。それがわからないの?」

みき「希望を信じてる限り、絶望はしない!」

星月が禁樹の脅しに屈さずに剣をつき立て続けたことで、次第に防御膜にヒビが入り始める。

みき「私が絶望するなんてありえない。だって、私はみんなの希望だから!」

ついに星月が防御膜を突破した。その勢いのまま禁樹に向かって突進していく。

禁樹「星守〜!」

唸る禁樹はどこからか黒い剣を出現させ、星月の剣はそれに受け止められてしまう。

みき「くっ……!」

それからしばらくの間、星月と禁樹は壮絶な剣の応酬を繰り広げた。空中で、地表で、空間のあらゆる所で剣がぶつかり合う音が鳴り響き、あまりのスピードに目が追い付かない。

サドネ「ミキ、すごい」

望「アタシたちの力が集まればあんなに速く動けるんだ」

同じ星守の中にも俺と同じ感想を抱くものが多い。それほどまでに、今回の戦いはこれまでとは次元が違う。

両者の戦いは完全に互角と言っていい。それはつまり、何か決定打に欠けているということだ。決定打……?

八幡「星月! スキルだ! スキルを使え!」

思わず俺は叫んだ。なんでこんな単純なことに気づかなかったのか。星月の力を込めた攻撃は禁樹の防御膜さえ破れる。なら、それを使わない手はない。

みき「はい!」

一度星月は距離を取り、再度禁樹に向かって斬りこんでいった。

みき「『クラリティ・フォース』!」

星月は今まで以上の速さで剣を振るって無数の斬撃波を飛ばすが、その全てを禁樹は斬りはたいていく。その衝撃で辺り一面に火花と土煙が立ち込めてしまい、思わず目をつぶってしまった。

目を開けると、剣を振り下ろした星月と、腰のあたりで上下真っ二つになった禁樹の姿があった。

星守たち「やった!」

星守たちは完全に斬られた禁樹の姿を見て歓喜の声を上げる。しかし、理事長の顔は未だ険しいままだ。

それもそのはず。2つに斬られた禁樹の身体は、それぞれが原型を留めないほどに溶解しながら再び凝固しようとしていた。

牡丹「みき! 禁樹は人間の絶望心によって具現化されたものです。それを倒すためには反対の力、つまり希望の力で完全に消滅させなければなりません!」

理事長は小さな体を目一杯使って声を荒らげた。

みき「わかってます理事長。これで最後にします」

星月はそう言うと剣の切っ先を真上に上げながら、胸の前に両手で構える。

みき「みんなの希望をこの一撃に込める!」

星月が言うと、剣全体が一段と光り輝き始めた。とんでもない量のエネルギーが集まっているのか、星月の身体の周りを複数の小さな電撃がまとう。ぱっと見、スーパーサイヤ人にでもなったかのような迫力だ。

みき「『エレナ。アミスター』!」

上空に浮かび上がった星月がスキル名を唱えた。瞬間、星月の身体から強大な球状のエネルギー波が三度発射され、空間全体が大きな衝撃に包まれた。
743 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2019/09/18(水) 01:12:43.89 ID:PV3YaRVQ0
今回の更新は以上です。

必殺技の描写がド下手なのは>>1の力不足です。詳しく知りたい方はスキル名で検索してください……
744 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2019/09/30(月) 21:05:38.91 ID:qtbuNIGP0
更新待ってる皆さん、申し訳ありません。ここ最近リアルが忙しくて全然書けてないので、更新遅くなります。
745 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2019/10/11(金) 22:54:02.24 ID:84WfHOsV0
最終章-50


全身に凄まじい爆風が襲ってくる。腕を上げて巻き上げられる砂埃から目を守りつつ、下半身に力を入れてなんとか耐えていると、

禁樹「お、おぉ……」

禁樹は言葉にならない呻き声を発しながら、ついに完全に消滅した。

星守「やったー!」

再び星守たちは歓声を上げる。宿敵であるイロウスの親玉を今度こそ倒したのだ。これまで彼女たちがどれほど悩み、苦しんできたか身近で見てきた俺には、この空気を茶化すことはできない。だからと言って、俺もこの流れに乗るかと言われればそんなことはしないのだが。

そんな偉業の立役者でもある星月は、ゆっくりと地面へ降下してきた。しかしその身体からは急速に光が失われている。

昴、遥香「みき!」

歓喜の輪からいち早く飛び出した若葉と成海を先頭に、星守たちが星月の元へと駆け出した。星月が地上に降り立ったのと、星守たちが彼女を囲んだのはほぼ同時だった。

みき「みんな……」

僅かに一言呟いた星月だったが、光とともに星衣が消えると、その場に崩れ落ちた。

花音「みき! 大丈夫!?」

みき「あはは、ちょっと力が抜けちゃいました……」

楓「ゆっくり身体を休めてください、みき先輩」

おそらく星守の力を結集させたことの後遺症だろう。肉体的にも精神的にも高い負担がかかると理事長も言ってたし、今は千導院の言うように、無理をさせてはならない。

しかし星月を労っているのもつかの間。再び空間が大きく揺れ出した。

ひなた「ど、どうなってるの!?」

牡丹「おそらく禁樹が消滅したことによって、ここを支える力も失われたのです。一刻も早く脱出しなければなりません」

桜「なんじゃと……もうわしは動けんぞ……」

うらら「うららも……」

あんこ「ワタシも……」

体力の消耗が激しい中学生組を中心に、苦悶の表情を浮かべる者も多い。1人最上級生が混ざっているけど、気にしない気にしない。

蓮華「みんな、あと一息頑張りましょう?」

明日葉「必ず全員で地上に帰るぞ」

対して周囲を励ます2人の上級生。それによって大方の星守は顔を上げて最後の力を振り絞る決意を固めたように見える。

心美「で、でもみき先輩は……」

ただ、朝比奈の不安げな視線がチラチラと俺を捉える。……そんな風に見なくてもわかるっつの。

八幡「星月は俺が運ぶ」

ここにいるのは疲労した女子中高生、小柄で年齢不詳の女性、そして男子高校生の俺。誰が考えたって一番体力が残ってる男の俺が運ぶべきだ。まあここまで直接的には何の貢献も出来てないわけだし、こういう単純な力仕事くらいは引き受けないと罰が当たりそう。

花音「アンタが自分から他人を助けるなんて……。明日は暴風雨かしら」

サドネ「おにいちゃん、大丈夫?」

八幡「おい」

どうやら俺の厚意はこれっぽっちも伝わらなかったらしい。煌上はともかく、純朴なサドネにこう言われるのはかなりキツイものがある。

ひとまず文句は心の中にしっかりと刻み込み、俺は星月の傍で膝立ちをした。

八幡「乗れるか?」

みき「はい、ありがとうございます」

若葉と成海に手伝ってもらい、どうにか星月をおぶることができた。形式上仕方のないことだが、星月が俺に体重をかけていることや、彼女を支えるためにむき出しの太腿を鷲掴みしていることがひどく気にかかる。まあここを出るまでの辛抱だ。無心。無心になるんだ。

牡丹「皆さん、今は何よりここを脱出するのが最優先です。動ける人から階段を上がってください」

理事長の指示を受け、星守たちは地上へ続く階段へ急ぎだした。対する俺は星月を背負って速度も落ちるから最後に登ればいいかな、と思っていたが、視界の端にチラチラと動く人影を発見した。あの黒いアホ毛は……。

みき「先生?」

俺の不自然な顔の向きに気づいたのか、星月が不思議そうに問いかけてきた。

身勝手は百も承知だが、こいつには俺の選択を見届けてもらおう。俺の意志の証人になってもらうために。
746 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2019/10/11(金) 22:55:05.74 ID:84WfHOsV0
最終章-51


八幡「悪い。少しだけ付き合ってくれ」

みき「え、ちょっと……」

八幡「理事長。星守たちの先導、よろしくお願いします」

返事も聞かないまま、俺は黒いアホ毛の持ち主の元へ歩を進める。

ニセ八幡「よお」

黒いアホ毛を持つ綺麗な目をした俺――もう1人の俺が軽く手を挙げてこちらへ歩いてきた。

みき「なんであなたが……」

ニセ八幡「なぜか俺だけ禁樹に取り込まれなかったんだよ」

星月の強張った反応に対し、肩をすくめるもう1人の俺。

八幡「流石俺だな。仲間にも存在を忘れられるとは」

ニセ八幡「まあ、元が元だからな」

もう1人の俺は本人比200%の爽やかスマイルを浮かべる。気持ち悪さがない分、余計腹が立つ。どうしてニセモノのほうが良い顔してるのだろうか……。

八幡「で、何か言いたいことがあるんだろ」

ニセ八幡「ああ」

待ってましたとばかりにもう1人の俺が一言。

ニセ八幡「もう1人の俺。ここで心中しよう」

みき「な、何言ってるんですか!?」

俺よりも早く星月が反応した。

八幡「落ち着け星月」

みき「こんなふざけたこと言われて、落ち着いてなんていられません!」

なんなら当人の俺よりも激昂している。確かに傍目から見ればぶっ飛んだ提案なのだろう。

ただ、俺はあいつとほぼ同じ思考回路を持つ。正確には、俺の思考回路奴をもとに、奴が形作られているんだ。どういう意図でこんな突飛なことを言い出したのか大体の想像はつく。

八幡「あいつは、本気だ」

ニセ八幡「ああ」

ほらやっぱり。

みき「どうして……」

星月は信じられないという反応をする。おぶっているから表情まではわからないが、その声色からは戸惑いを感じられる。

ただし、時間的制約と論拠の不足からここで全ての過程を説明することはできない。今はひとまずの決着を付けられればそれでいい。だからここは毅然とした態度で臨む。
747 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2019/10/11(金) 22:55:36.57 ID:84WfHOsV0
最終章-52


八幡「俺はお前の言う通りにはしない」

俺の返答に、もう1人の俺は苦虫を嚙み潰したような表情を見せる。

ニセ八幡「……お前は求め続けるつもりか?」

八幡「ああ」

ニセ八幡「お前が求めようとしているものは、妄想の産物でしかないんだぞ? お前や俺が手に入れられるようなものじゃない。それはお前もわかってるだろ?」

流石もう1人の俺。俺が散々思い悩んだところを的確についてくる。

だけど、俺はお前とは違うんだ。だから、

八幡「……それでも俺は、求め続ける」

もう1人の俺は何も言わず、その場でじっと立ちすくむ。その目は俺の心を見透かそうとしているようにも見えるが、多分こいつには一生かかっても理解できないだろう。俺の一部を切り取った存在が、俺の全体を把握するなんて不可能だ。

ニセ八幡「お前は、過去の自分を否定するのか?」

だから、こういう問いにも俺は堂々と答えることできる。


八幡「それじゃあ悩みは解決しないし、誰も救われないだろ」


まさかこの言葉を俺が言うことになるとは思わなかった。多分あいつが使った文脈とは違っているだろうが、今の俺の偽らざる気持ちを表すのにはこの言葉が適切だと思う。

ニセ八幡「パクリじゃねえか……」

八幡「うるせ」

パクリでもいいんだよ。大事なのは、そこにどんな思いが込められているかだ。今の反応からも、こいつが俺の思いを否定的に捉えていることは明らかだが、そんなことは関係ない。俺のことは、俺が決める。

ニセ八幡「そこまで言うなら、精々頑張ることだな」

もう1人の俺は完全に諦めた様子で皮肉を言う。しかし、すぐにその表情が険しくなった。

ニセ八幡「だけど忘れるなよ。俺は常にお前の心にいるからな」

そう言い残して、もう1人の俺はすーっとその姿を消した。

これは比喩なんかじゃない。あいつの言う通り、俺の心には常にあいつがいる。俺の決断を懐疑し、否定し、思いとどまらせようとする悪意が。これから先、俺はそんな悪意と戦い続けなきゃいけないのだろう。今、俺はその選択をしたのだ。

みき「せ、先生は何を言い争ってたんですか?」

一瞬の後、星月が遠慮がちに尋ねてきた。わざわざ俺たちの議論、いや、俺が自分にケジメをつける瞬間を見てもらったんだ。説明責任は果たさないとな。

八幡「……上で説明する」

一言呟くと、俺は星月を背負い直し、今度こそ階段へと走りだした。
748 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2019/10/11(金) 22:57:50.05 ID:84WfHOsV0
今回の更新は以上です。

遅くなりまして申し訳ありません。なんとか戦いのシーンは終わりました。ラスボスということを踏まえてもグダった感は大いにありますが、大目に見てください。
749 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/12(土) 01:43:50.86 ID:pQn1g37d0
おつおつ
遅くなっても失踪しそうにないから安心して追える
750 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/13(日) 19:08:11.43 ID:k82C9X/P0
乙!
751 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2019/10/26(土) 00:41:09.98 ID:xx8pfKLY0
最終章-53


地上を目指し階段を上り続けることしばらく。ようやく穴から抜け出し外の光を全身で浴びることができた。となればよかったが、地上の世界は夕暮れで真っ赤に染まり、神樹の根本は校舎の陰になっているため、少し薄暗い。

八幡「はあはあ……やっと着いた……」

俺は最後の力を振り絞って星月をゆっくりと地面に降ろす。

みき「先生大丈夫ですか?」

八幡「ああ……」

星月の質問に、その場にへたり込みながらどうにか頷く。いくら重くないとはいえ、女子高生1人をおぶって何百段もの階段を急いで上がれば足腰はガクガクになる。

星守たち「先生! みき!」

なんとか息を整えていると、俺と星月は瞬く間に星守たちに囲まれてしまった。服はボロボロで怪我をしている人もいるが、ひとりも欠けることなく全員がここに集まっている。その事実に素直に安堵してしまう。

……こんな風に他人の心配をするようになるなんて夢にも思わなかった。人間、死地をくぐり抜ければ多少の変化はしてしまうものらしい。そうか、俺はサイヤ人の血を引くもの者だったのか。

みき「先生、なんでニヤけてるんですか?」

ばっちり表情に出ていたらしく、星月がジト目を向けてきた。

八幡「なんでもねえよ」

適当にごまかしていると、さらに2つの人影がこちらに急いでるのが目に入った。

風蘭「比企谷、みき、よく帰って来たな!」

樹「約束、ちゃんと守ってくれたわね」

ラボから飛び出してきた御剣先生と八雲先生も心底嬉しそうな様子だ。

みき「えへへ」

星月は気恥ずかしそうに頭をかく。こいつ、いつもは怒られてばかりだからな。褒められることに慣れてないのが丸わかりだ。

同じく人に褒められ慣れていない俺はというと、「うす……」と軽く頭を下げるだけ。もう、慣れてないにも程があるわ! こういう対応しかできないからぼっちになるんですよね、わかってます。

2人の先生が合流したことで、星守たちのテンションがさらに高まる。普段あまりはしゃがない奴も含め皆が禁樹討伐を喜び合っている様子は、どこか演技じみている。まるでこの熱気を冷まさしてはいけない、という不文律が存在しているかのように。

牡丹「皆さん、揃いましたね」

一足遅れて理事長もこちらへとやって来た。その歩みはいつも通りのペースながら、何か寂寥感のようなものを見て取れる。

牡丹「では、星守クラス『最後』の授業を始めましょう」
752 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2019/10/26(土) 00:41:50.39 ID:xx8pfKLY0
最終章-54


理事長の言葉に、俺の周りの人たちが一様に肩を震わせたのがわかった。

まあ、予想通りの展開だ。

ひなた「最後……?」

うらら「な、何言ってるのよ! うららは、星守とアイドルを両立させるために明日からも頑張るんだから……」

南や蓮見は形だけの抵抗を示す。しかし、それが形ばかりの抵抗であることは彼女たちの震えた声が証明していた。

牡丹「今、この時間をもって、星守クラスは解散となります」

先ほどよりも幾分か力の入った宣言。それは一切の反論をさせまいという意思の表れのようにも聞こえる。

くるみ「今日で解散……」

蓮華「れんげたちはこれからどうなるの?」

星守たちの不安そうな空気を察したか、芹沢さんが詰め寄る。

牡丹「皆さんは一般生徒と同じく通常学級に異動となります。ですので、引き続きこの学校に通ってもらうことになります」

桜「むぅ、今更一般学級に編入か……」

藤宮をはじめ、困惑する星守は何人も見受けられる。そんな中、綿木がおずおずと挙手した。

ミシェル「先生たちもミミたちと同じようにクラスを変わるの?」

綿木の問いかけに、理事長は一瞬顔をしかめた。しかしそれは次にまばたきをした時には元に戻っていた。

牡丹「樹と風蘭にもこのまま教師を続けてもらいます。星守関係の仕事がなくなる分、今までよりも仕事量は減りますね」

理事長はそうほほ笑むが、八雲先生と御剣先生は複雑そうな表情をしたままだ。

みき「あの、比企谷先生は……?」

今度こそ理事長の顔が雲った。その表情が既に言わんとしている内容を如実に表していた。

牡丹「……星守クラスの解散とともに、比企谷先生。いいえ、比企谷八幡くんとの交流を終了することとします」

明日葉「つまり、比企谷先生は明日から神樹ヶ峰女学園にはいらっしゃらない、ということですか……?」

牡丹「そういうことになります」

サドネ「ヤダ! おにいちゃんも一緒がいい!」

望「これでお別れなんて、アタシも嫌!」

星守クラスの解散を知らされた時以上の動揺が走った。泣き出す者、叫ぶ者、事態を呑み込めていない者、色々いる。

ここで俺は何を言うべきか。担任として訓話をする? それは違う。交流生としてお礼を言う? それも違う。

俺は、比企谷八幡という1人の人間として、こいつらに言わなくちゃいけない。
753 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2019/10/26(土) 00:44:03.66 ID:xx8pfKLY0
最終章-55


八幡「……お前ら、何か勘違いしてないか?」

想定以上に痰が喉に絡まり、かすれた声になってしまった。1つ咳払いをして改めて口を開く。

八幡「俺は星守クラスをサポートするためにこの学校に来させられたんだぞ。星守クラスが無くなれば俺の存在意義もなくなるだろ」

ゆり「星守クラスがなくなっても、先生が個人的に残ればいいのではないですか?」

八幡「元々俺は別の高校の生徒だ。ここにいる理由は、もうない」

昴「だったら星守クラスをなくさなければ……」

八幡「それはダメだ」

若葉が呟いたその言葉に、思わず強い口調で反論してしまった。場の温度がいくらか下がったような気もするが、いちいち気にしてはいられない。

八幡「星守はイロウスから人類を守る存在だ。その脅威がなくなった今、星守が存在する意味は完全に消滅した。目的を失った組織は、速やかに解体されるべきだ」

イロウスという脅威がなくなったことで、人類にとって星守は希望の象徴から過剰な暴力装置となった。このままいけば、遅かれ早かれ彼女たちの力が悪用される恐れがある。そんな事態は何としても避けなければならない。

楓「確かにイロウスが消滅すれば、星守は必要ないかもしれません。ですが、先生がここからいなくなる必要はありませんよね?」

八幡「俺は一介の男子高校生だぞ? 今までは教師兼生徒という特例でここに在籍できたが、それが無くなれば女子校の神樹ヶ峰女学園に俺がいられるわけないだろ」

花音「なら校則を変えれば……」

八幡「俺1人のために校則を変えるってか? そんなこと無理に決まってる」

心美「でも先生と離れるのは寂しいです……」

朝比奈の呟きに、場が水を打ったように静まり返る。

こういう感情に訴えかけてくる系の発言は、どうも苦手だ。さっきまでのように論理的な追及にはそれを上回るロジックを提示すればいいが、こういう場合は正直お手上げだ。

何せ、感情的にはこの学校を離れたいと思っていないのだ。だからこそこれでもかと理論武装をして、誰の目から見ても俺がこの学校から離れなければならないと全員に納得させなくてはならない。

八幡「俺の存在は、遠くないうちにお前らの障害になる」

あんこ「どういうこと?」

八幡「晴れて一般生徒になれたお前らは、星守クラスの関係者である俺の存在を疎ましく思うようになるってことだ」

遙香「そんなことないです! 私たち星守クラスは全員先生のことを信頼しています!」

八幡「仮にお前らはそうだとして、じゃあ他の大多数の生徒はどうだ? 星守クラスと違って、俺は他の生徒からしたら今でもタブー扱いされてるんだぞ。放課後に廊下を歩いてて俺がどれだけ白い目で見られてるか知ってる?」

これは嘘ではない。教職員含め、全員が女性のこの学校で唯一の男子である俺の存在は異分子そのものだ。これまでは星守クラスの関係者と言うことで大目に見てもらえていたが、その紋所が無くなれば、俺がどういった扱いをされるかは火を見るより明らかだ。

詩穂「その時は私たちが助けて、」

八幡「どんな時も助けてくれるのか? それは無理だ。第一お前らが常に俺のことを気にかける余裕なんて、時間的にも精神的にもないだろ。それにイロウスの時と違って、相手は同年代の女子だぞ? 人間関係がトラブルの元になるのは同じ女子のお前らが一番わかるはずだ」

強引なことは百も承知で、俺は考え付く限りの論理を並べ立てた。最後に仕上げの一言を添える。

八幡「俺は、俺のせいでお前らに余計な負担をかけさせたくない」

これが俺に言える精一杯の、そして唯一の感情論だ。

俺は鈍感じゃない。むしろ敏感な方だ。だから星守たちが俺に肯定的な印象を抱いているのに気づいているし、それを憎からず思っている自分の気持ちも自覚している。

ただ、それを甘受してしまっては、過去の俺を否定することになる。うわべだけの馴れ合いに慣れ、そこに迎合することは忌避すべき欺瞞だ。そんなものを俺は求めていたわけじゃない。

だからこれは一種の賭けだ。

本来赤の他人であるはずの俺たちが、神樹に導かれ、短くも濃密に関わってしまった。この時間は絶対に消すことができないほどに俺たちの心に刻み込まれてしまっている。

なればこそ。これから先どのような距離を保っていくのが正しいと彼女たちは考えているのか。俺の言葉に対する反応でそれがわかる。
754 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2019/10/26(土) 00:46:24.52 ID:xx8pfKLY0
今回の更新は以上です。

八幡のキャラ変が過ぎるかもしれません。皆さんの中での八幡像と解釈がずれていても、それはそれとしてご理解ください。
755 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/29(火) 05:51:30.21 ID:5pW/EgIOO
乙!
756 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2019/11/15(金) 01:37:50.20 ID:V9pRHS1W0
最終章-56


みき「……1つ教えてください」

俺は視線だけで星月に続きを問うた。

みき「先生と偽物の先生がしてた会話。あれはどういう意味なんですか?」

そういえば上で説明する、って言ったままだったか。説明責任は果たすつもりだが、さてどう言えばいいものか……。と俺が悩んでいる間に、星月は事情を知らない人に向けて概要を話していた。いや、俺の偽物がイケメンだったとか言わなくていいから。

星月が話し終えると、周囲の視線が星月から俺へと移動した。いくつもの強い目力に圧倒される。そのせいか、口の中がカラカラに乾く。間を置く意味も含めて、残った水分で唇を湿らせた。

八幡「これまでの俺の考え方と、これからの俺の考え方のすり合わせをしたんだ」

みき「もっと詳しく言ってください」

どうにか言い終えた俺だが、すぐにツッコミを受けてしまった。流石に今の説明では伝わらんか。

八幡「まあ、なんつうの。孤高のぼっちを貫く俺としては、ここでの体験はイレギュラーだったわけで。でもそれを例外だと排除するには俺の過去に深く刻まれ過ぎて……。だから、俺の中でどう折り合いをつけていくのか。そういうケジメみたいなものをもう一人の自分に対して言ったのが地下でのやりとりの意味、です……」

小学生並みの論理力を展開してしまった。自信なさ過ぎて最後が丁寧語になる始末。はじめ、なか、おわり、なんてあったものじゃない。まぁ実際言葉にできる思いなんてのは、心の中で蠢く感情の一部でしかない。常に思考し続け、常人の何倍にも膨れ上がった俺の心を言葉にしたところで、破綻をきたすのは自明の理だ。そうはいっても、もう少しわかりやすく伝えられた気もするが。

しかしこうやって悔いたところで、一旦放出された言葉は戻らない。それらは否応なく他人の耳に入り、それぞれの物差しで勝手に解釈される。そうなってしまえば俺にできることは何もない。たとえそれが誤解であったとしても。

みき「その答えが、私たちの元から離れる、ってことですか?」

幾ばくかの沈黙の後、星月が口を開いた。その手は強く握りしめられる余り、ぷるぷると震えている。

八幡「ああ」

これ以上、俺が彼女たちに発する言葉はない。俺の短い返答が全てだと悟った星月は、改めて一歩こちらに歩み寄ってきた。

みき「……先生と離れるのはいやです」

予想を外れなかった言葉に、視線が自然と地面に落ちてしまう。

やっぱり伝わらないか。お年頃で、かつ長年の悲願を達成した直後のハイテンション思春期女子相手に、俺の論法は通じないらしい。しかし他の誰に対しても俺の理論が通じるとは思えない。あれ、ダメなの俺じゃん。ファイナルアンサー出てしまった。

それはともかくとして、他の手を考えるしかない。そう思った時だった。

みき「って言えればよかったんですけどね」

まるで考えてもみなかった言葉が続いた。思わず顔を上げて星月を凝視してしまう。その表情は普段とは全然違うもので、例えるなら慈愛にみちた表情、と言えばいいのか。

みき「どれだけ捻くれたことを言われても、先生が私たちのことを大切に思ってくれていることはわかります。わかっちゃうんです」

――わかっちゃうんです。その言葉が意外にも心にストンと落ちてきた。

多分これまでの俺なら「そんな簡単にわかるなんて言うんじゃねえ! お前は山田奈緒子か」って心の中で文句を言いつつ、露骨に嫌な顔をしたに違いない。そして嫌われ、二度と話さなくなるに違いない。

だが、星月の言葉に対しては、そういったアレルギー反応は起こらなかった。それが不思議で仕方ない。自分でも気づかないうちにここまで彼女のことを、ひいては星守のことを認めていたのか。我ながら自らの心の変化に驚きを隠せない。

みき「言い方は前と全然変わってない。でも、そこに込められてる感情は違う気がするんです」

そうか。星月の場合、俺の言葉の裏を見抜いたうえで話をしているんだ。それと同時に、俺も星月の考えていることが『わかってしまう』。彼女が上辺だけの言葉を使っていない、ということが。

この考えに論拠なんてものはない。あるのは直感だけ。これも今までの俺なら欺瞞と吐き捨てるような結論だ。ただ、これはまちがってないと思う。否、まちがいにさせてはならない。

みき「みんなはどう?」

星月は左右に立つ同胞へ問いかける。皆思うところがあったようで、肯定の反応が小さいながらもはっきりと聞こえてくる。

八幡「……すまん」

素直に頭が下がった。これまで陳謝や建前上頭を下げた経験は山のようにあるが、思考より先に頭が動いたのはこれが初めてだ。彼女たちの素直で純真な返答に心動かされたらしい。我ながら流されやすくなったものだ。

みき「ただ、」

星月は悪戯っぽく口角を上げた。

みき「このまま先生の言う通りにする、なんて言ってないですよ?」
757 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2019/11/15(金) 01:39:37.16 ID:V9pRHS1W0
最終章-57


八幡「は?」

更なる予想外の発言に声が裏返ってしまった。

みき「イロウスの討伐、明日葉先輩の退院、あんこ先輩の復帰、比企谷先生の交流終了、そして星守クラスの解散。お祝い事は目白押しです!」

星月の後ろで「あーそうか!」みたいな盛り上がりが生まれている。彼女たちの思い至ったアイディアも大方予想がつくが、それが外れていることを願って俺は問いかけた。

八幡「で?」

八幡「だから、これからパーティーを開きましょう!」

星守たち「賛成!」

星月の言葉に合わせ、星守たちの声がぴったりと揃った。小学校の卒業式かっつの。

風蘭「よし! アタシの全自動チャーハン製造機改を披露する絶好の機会だな!」

樹「ちゃんとしたもの作りなさいよ風蘭」

牡丹「楽しみですね」

教師陣もやる気満々のようだ。どこにそんな体力が残ってるんだよ。

八幡「いや、俺参加するなんて言ってないんですけど」

詩穂「絶対帰しませんよ?」

微かに鼻の根元を黒く染めながら国枝が微笑んできた。控えめに言ってめっちゃ怖い。

八幡「あれだ、今日は妹がアレで……」

うらら「こまっちにはもう許可貰ってるわ!」

俺の中での切り札的存在の小町も、蓮見の根回しによって使用不能になってしまった。

花音「あんたは今日までこの学校の関係者なんだから、パーティー参加も仕事の内よ。諦めなさい」

むう、仕事と言われてしまうと、俺の中の社畜マインドが嫌でも反応してしまう。おかしいな。どうして一生徒(しかも交換留学生的な立場)の俺が、学校で社会人の心得を取得してるんですかね。シンデレラストーリーで取得できるスキルでしたっけ?

こうやって絶望に浸る俺とは対照的に、勝手に盛り上がる星守や教師たちの表情は、なぜか光り輝いて見える。もう日も暮れる時間のはずだが……。

くるみ「皆さん、上を見てください」

常盤の声に従い見上げてみれば、神樹の全体が神々しい光に包まれていた。まるで星月たちの星衣が変化した時のようだ。

サドネ「キレイ」

楓「神樹も祝福してくれているのですわね」

あんこ「でも、それだけじゃないみたい」

粒咲さんの言う通り、輝く枝葉は先端の方から徐々に霧散していた。

ゆり「神樹が、消えていく……」

牡丹「イロウスが根絶されたことで、神樹もその存在理由を失ったのでしょう」

理事長の言葉は、そのままこの星守クラスの現状にも当てはまる。それは言葉にせずとも全員が共有できた。

その証拠に、皆がめいめいに両手を胸の前で組んで神樹に祈る姿勢をとった。俺もつられて同じポーズをする。

今まで神に祈ったことは無い。むしろ貧乏クジばかり引かされて、神を恨んでいるまである。神樹に対してもそうだ。この樹の意思によって、俺はこの学校に来ることになったのだ。愚痴の一つも言いたくなる。

キャラの濃い18人の星守と、押しの強い2人の教師、なんだかんだ丸め込んでくる理事長との交流は本当にしんどかった。毎日が激務だったと言っても過言ではない。特別労働手当を請求してもいいレベル。俺が魔法少女だったら速攻でソウルジェム濁ってた。

ただ、こんな日常は間もなく終わる。

枝葉はもう完全に消え、太い幹も高い所から順に消失していく。そのスピードは速くないが、止まることはない。もうあと数分で神樹は完全に消滅するだろう。

周囲では鼻を啜る音が聞こえる。星守たちも、変わりゆく自らの日常と神樹の消滅を重ね合わせているのだろうか。

溢れる涙をハンカチで拭った楠さんは、改めて姿勢を正した。そんな彼女の様子を見て、他の星守たちも泣くのをこらえて神樹に向き直る。

明日葉「神樹様、今までありがとうございました」

星守たち「ありがとうございました!」

楠さんの号令に合わせ、星守たちの感謝の言葉がグラウンドに響き渡る。

彼女たちの声は、神樹の残滓とともに遥か空の上まで届くような、そんな挨拶だった。
758 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2019/11/15(金) 01:40:47.59 ID:V9pRHS1W0
今回の更新は以上です。

おそらく次回か次々回で完結します。
759 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/11/15(金) 15:10:46.57 ID:7wAR9FKe0
乙!
760 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2019/11/23(土) 00:49:11.79 ID:9Cp/jU4S0
エピローグ


数枚の桜の花びらが春の心地よい風に乗って、開け放たれた廊下の窓からひらひらと舞い落ちる。校舎を青々と覆う神樹の存在で忘れがちだが、この学校にはいろいろな植物が植えられているんだったっけ。いつだか鉢植えから聞こえてきた声を思い出す。

……ついノスタルジックに浸ってしまった。なにせ5年と数か月ぶりの校舎だ。少しくらい許してほしい。

そうやって頭では過去を懐かしみながらも、足は目的地に向けて止まることはない。

とにもかくにも、俺は再びこの神樹ヶ峰女学園に戻って来てしまった。

全ての原因は、大学4年生のときに俺の所属していた研究室を狙い撃ちした出頭要請、もとい教員募集の知らせだ。当時所属してた研究室で教員免許に関する講義に出てたのは俺一人。もし俺が教員免許を取得してなかったらどうするつもりだったのだろうか。まあ、平塚先生経由でそこらへんの情報を掴んでたんだろう。そういった点では抜け目のない人たちだし。

とどのつまり、前回の拉致から、今度は任意同行という体でこの学校に呼び出されたわけだ。そこで理事長から下された判決は「内定」という名の有罪判決。量刑は無期限の労働。俺は黙秘権すら行使できないまま、その場で必要書類にサインさせられ、この学校に収監されることになった。

そして今、真新しい囚人服……じゃなかったスーツに身を包んだ俺は新任教師として担任クラスへと歩を進めている。それにしても新人に担任持たせるか普通。企業だったら研修とかするんでしょ? かび臭い研修施設に数週間閉じ込められて、企業理念なんかを叩きこまれるアレ。うーん、いきなり仕事させられるのも嫌だけど、洗脳されるのも嫌だ。やっぱり労働は悪。悪・即・斬!

明日葉「比企谷先生」

振り返ると、白いブラウスに紺のジャケット、グレーのタイトスカート、極めつけに黒縁眼鏡というザ・女教師スタイルに身を包んだ楠さんが早足で追いかけてきていた。しかし纏う雰囲気は、5年前とほとんど変わらない。

八幡「どうも」

明日葉「ご無沙汰しております。こんなに早く先生とこの学校でお会いできるなんて思ってませんでした」

軽い会釈しかしていない俺に対し、楠さんは礼儀正しくびしっとしたお辞儀を返してきた。これが育ちの差か……。

そうして俺たちは並んで歩き出した。どうせお互い同じ目的地を目指しているのだから、当然と言えば当然。それゆえ会話は続く。

明日葉「でも驚きました。先生、今日までこの学校に赴任すること秘密にしてましたよね?」

八幡「別にわざわざ言いふらすことでもないでしょう」

明日葉「神樹ヶ峰始まって以来初の男性教師になったことが言いふらすことではないと!?」

俺の言い訳は、かえって楠さんの神経を逆撫でしてしまった。別にそこまで反応しなくてもいいじゃないか。

八幡「まあ状況が状況ですから。褒められた赴任、というわけでもないですし」

5年前、星守たちが禁樹を倒したことで、それと繋がっていた神樹も消滅した。

と思っていた。

合宿所でのパーティー中、1人抜け出した俺が何の気なしに神樹の根元を見てみたら、既に小さな神樹の新芽が土から顔を出していた。神樹があるということは、禁樹も存在するということになる。感動的な別れをした手前、星守たちに言い出せなかった俺は、密かに理事長、八雲先生、御剣先生にだけ事情を明かした。

パーティー終了後、3人と一緒に神樹の根元を掘ってみたが、根に当たる部分がごっそりと消えていた。おそらく禁樹は神樹の根元ではない別の場所に根を下ろしているのだろう。

その時話に上がったのは、近い将来に再び禁樹由来のイロウスが発生することと、それを倒すために星守が必要になることの2点だった。神樹と禁樹の大きさはほぼ比例するため、神樹が小さいうちは禁樹にもイロウスを生み出す力はない、ということらしい。その時の俺は、このまま神樹が枯れ果ててくれればと強く祈ったのを覚えている。

しかし神樹はその後も順調に成長し、今日見たときには大木と呼ぶにふさわしい大きさになっていた。つまり禁樹も同程度、あるいはそれ以上に大きくなっているはずで、イロウスの発生もすぐ間近に迫っていると言える。俺のところに教員募集の通知が来たのもこういう背景があってのことだ。

そんな俺の自嘲的な呟きに、楠さんは言葉を詰まらせた。

明日葉「しかし、いつかは訪れる運命です」

八幡「できればもう少し後の方がよかったんですけれど」

明日葉「仕方ありません。それが人間というものですから」

楠さんはすっと窓の外を見やりながら話を続ける。

明日葉「昨年この学校に赴任してから、私は『副担任』として担任も生徒もいないクラスのために入念に準備をしてきました」

その口調は憂いを帯びていて、とてもじゃないが口出しできる調子ではない。なんと反応すればいいのか、非常に困ってしまう。星守の任務に人一倍誇りと責任を感じていた楠さんのことだ。複雑な心境であることは想像に難くない。
761 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2019/11/23(土) 00:49:42.40 ID:9Cp/jU4S0
明日葉「そして今日、比企谷先生が『担任』として星守クラスを受け持ってくださることに、とてもやりがいを感じています」

楠さんはそう言うと、一転して俺に笑顔を向けた。5年前を彷彿とさせるその表情のおかげで、少し雰囲気が持ち直したような気がする。おかげで口も動く。

八幡「喜んでお譲りしますよ。なんなら今すぐこの場で」

明日葉「適材適所って言いますよね。比企谷先生以上に担任業務が務まる人はいらっしゃいません」

適材適所。他人に使う分には都合が良い言葉だが、人に言われると気分が下がる。字面的に「材」という字が気に食わない。材木座を連想させるのはともかくとして、まるで人を物のように扱っているようじゃないか。そういう風潮もあってか、最近は「人材」を「人財」と言い換えている企業もよく目にする。まあそういうところのモットーは「人<財」なわけで、結局馬車馬の如く働かされることに変わりはない。そしてハイになってウマぴょいするまである。

そういうブラック経営者とは違って、楠さんは言葉本来の使い方をしているのだろう。真面目が服着て歩いているような人だ。この状況で冗談を言うとは考えにくい。そんな人に太鼓判を押されてしまってはやらざるを得ないというものだ。

八幡「ま、できる範囲でやりますよ」

明日葉「ふふ、頼もしいですね」

口元に手を当ててくすくす笑うその仕草は、メイドラゴンを一発で仕留める破壊力だった。

そんなやり取りをしているうちに、目的地の教室にたどり着いた。「星守クラス」と書かれたルームプレートは真新しく光沢を帯びている。

明日葉「さ。比企谷先生」

八幡「ええ」

ドアをスライドさせて中に入ると、備品の何もかもが記憶通りのまま配置されていた。その風景に懐かしさが込み上げてくる反面、座っている生徒の数の少なさには寂しさも感じる。

生徒は教卓前の机に計3人座っている。入り口から近い順に、銀髪ショートのロシア系女子、黒髪ロングに眼鏡をかけた委員長系女子、そして茶髪ボブにカチューシャをつけた活発系女子である。どれも見た目の印象だから実際のところはわからんが、そんな感じの生徒たちだ。

教壇に上がり教卓に出席簿を置いた俺は、目の前の3人に一挙手一投足を凝視されてしまった。珍しいものを見るような視線にいささか居心地の悪さを覚える。

とりあえずこういう時は挨拶が肝心ですよね! ゾンビランドサガで学んだ。まぁ目の前の子たちはゾンビではないけれど。なんなら目の感じからして俺がゾンビという可能性まである。フランシュシュへの加入待ったなし。

八幡「えー、おはようございましゅ……」

緊張のあまり噛んでしまった。ましゅって何。フランシュシュ引きずりすぎでは? むしろ先輩! って呼んでほしい。

照れ隠しの意味も含め、後ろの黒板に自分の名前を書いてから、改めて前の3人と相対する。

八幡「あー、俺は星守クラス担任の比企谷八幡だ。それでこっちの人が」

明日葉「副担任の楠明日葉です」

俺の雑なフリに、楠さんは一礼をして応える。

八幡「じゃあ早速連絡事項を、」

茶髪「あー!!」

ぬるりとHRに移行しようとした時、茶髪の女の子が俺を指さしながら大声を上げた。

八幡「え、何」

茶髪「あの時のおにいちゃん!」

あの時っていつだよ、ていうか君誰? という疑問が口から出かかった時、その子の首元で、小さな丸い宝石がきらりと光るのが目に入った。

あれ、あの宝石なんだか見覚えがあるな……。

茶髪「5年前、大型イロウスから村を守ってくれましたよね!」

思い出した。俺が初めてこの学校に来た日、星月と一緒にイロウス退治をした村にいた女の子だ。確かあの時は俺が抱えて走れるくらいの体躯だったはずだが……。5年も経てば体躯も変わるのか。なんだか親戚のおじさんになった気分。

八幡「あぁ、そんなこともあったな」

茶髪「わたし、あの日からずっと星守になることが夢だったんです!」

八幡「そう……」

突然前のめりになられても八幡困る。学校を廃校の危機から救いたいの?

八幡「まあ待て落ち着け。お前1人テンションを上げられても他の奴らが困る」

一つ咳払いをして、すっと目を細める。どうやらこいつには現実を突きつけないといけないらしい。
762 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2019/11/23(土) 00:50:45.64 ID:9Cp/jU4S0
八幡「ここで残念なお知らせです。皆さんは『普通』の青春を送ることができません」

俺の言葉に目の前の3人はぽかんとしている。

明日葉「比企谷先生!?」

驚く楠さんを手で制し、なおも俺は話を続ける。

八幡「皆も知っての通り、このクラスは神樹に選ばれた特別な生徒が配属されるところだ。その目的は『イロウスの討伐』ただ1つ」

軽い口調ではなく、あえて厳粛に伝える。そうでないと彼女たちに対しても不誠実だ。

八幡「だからこれから6年間、キツイ特訓に明け暮れなきゃいけないし、イロウスが出現すれば年中無休で駆けつけなければならない。この学校に入学する前に説明があったと思うが、改めて確認しておく。そんなクラスの担任になった俺なんて、ブラック企業も真っ青な労働形態で働かされるんだよな。高プロ制度ってなんだよ」

明日葉「先生、最後私怨になってます……」

おっといけね。つい自分が定額働かせ放題の存在になってしまったことへの恨みが出てしまった。話を戻さなきゃ。

八幡「まぁそういうことで、お前らは晴れて人類を守るために無制限でボランティアをする存在になってしまいました」

茶髪「そんな言い方……」

八幡「ただ」

茶髪の子の言葉を遮り、俺は最も言いたかったことを口にする。

八幡「俺や楠先生、それに他にもこのクラスを支える先生たちはいるし、何より、ここに座っているお前らはそういう苦楽をともにできる仲間だ。そいつらと過ごす青春は、きっと意味のあるものになると思う」

いざ言葉にしてみると、ずいぶん陳腐な表現になってしまった。ただ一方で彼女たちの学園生活は、普通じゃない青春、間違った青春、そういう見方をされるかもしれない。でも、それをどう感じるかは当人にのみ委ねられた権利だ。余人がそれを勝手に解釈し、言葉を当てはめ定義づけることは絶対に許されない。

それならば俺にできることは何か。それは彼女たちがまちがった青春を送らないように選択肢を与えること、そして選択肢を減らすこと。これに尽きる。いつか俺がしてもらったように。

八幡「まとめると、この『星守クラス』の関係者は皆で運命共同体です。決して自分だけ特訓サボるとかはしないように」

決めポーズとばかりに、俺は右手の人差し指をピンと立てた。このままチッチッってする勢い。しかし隣からはため息が聞こえる。

明日葉「比企谷先生がそれを言いますか……」

八幡「俺はサボりません。もっともな理由を付けて合法的に仕事をしないことは多々ありますけど」

明日葉「サボるよりもタチが悪いですね……」

なおも呆れた反応をする楠さんに反論しようとした時、前方3人からジト目を向けられていることに気づいた。俺自身、新しくも懐かしくもある立ち位置に舞い上がっていたらしい。

八幡「まぁ、そういうわけでこれからよろしく頼む」

そうして深々と頭を下げた。支えると言った手前、きちんと彼女たちの成長を見届けなければならない。たとえどれだけ手がかかろうとも。

八幡「じゃあ自己紹介ということで、トップバッターは立ってる君からどうぞ」

俺は茶髪の子に視線を向けた。ぱっと見、最も手がかかりそうな、でも最も大きく伸びそうな俺の生徒に。

茶髪「は、はい! わたしの名前は、」
763 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2019/11/23(土) 00:55:43.62 ID:9Cp/jU4S0
以上で本編は完結です! 原作の方も完結巻が出たということで、こちらもなんとかペースを早めて終了させることができました。よくある八幡のクロスSSではありますが、自分的には構想通りのラストにすることができて満足です。

リアルが忙しいので未定ではありますが、もしかしたら番外編を投稿するかもしれません。

読んでくださった皆さんの反応にとても励まされました。本当にありがとうございました。
764 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/11/23(土) 11:28:18.67 ID:6WH6qbJhO
【決講】可奈「飛べ飛べ神鳥〜♪る〜ぐ〜ちゃん〜♪」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1574466531/
765 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/11/23(土) 20:19:46.47 ID:84v7ORkt0
完結乙!
楽しく読ませてもらったぜ!
可能なら外伝も楽しみにしている。
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