八幡「神樹ヶ峰女学園?」

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616 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/08(木) 01:43:43.23 ID:VLhMIaEW0
乙、いい意味で予想外な番外編
617 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/03/12(月) 19:59:48.98 ID:GMQK5cjQ0
本編6-43


大人1「無事に退院できてよかったですね明日葉さん!」

明日葉「はい。後輩たちがすぐに助けてくれたのと、お医者様が懸命に治療をしてくれたおかげです」

大人2「ケガをして入院したと聞いたときは本当に心配しました」

明日葉「ご心配、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。こうして元気な顔をお見せできてよかったです」

大人3「星守には復帰されるんですか?」

明日葉「はい。一日でも早く特訓を再開して、入院中の遅れを取り戻さないといけませんから」

楠さんの周りには絶えず大人の人たちがいて、我先にと話しかけている。楠さんは、それらに対し何一つ嫌な顔をせず、律義に丁寧に応対している。

蓮華「明日葉はここでも人気者なのね〜」

あんこ「あんなに大勢の人に話しかけられて、よく平然と受け答えできるわね」

八幡「まあ、慣れてるんじゃないですか。俺には無理ですけど」

大人4「あら。あなたたち、星守の方々でしょう?そんな隅っこにいないで、こっちに来なさいな」

八幡「え、いや、俺たちは……」

大人5「そうそう。これからも明日葉さんとともに、地球の平和を守ってほしいもんだ」

あんこ「う……」

大人6「しかし、みんなべっぴんさんだな。こんなめんこい子たちがわしらの生活を守ってくれていると思うと、感動するわい」

蓮華「あ、ありがとうございます……」

わらわらと集まった大人たちに、あっという間に粒咲さんと芹沢さんは囲まれてしまった。その様子はさながら小さな記者会見のようで、中心にいる2人はかなり困った顔をしながら話している。

俺の周りにはもちろん誰もいない。スキル「ステルスヒッキー」の効果だな。

大人7「ちょっと邪魔だよ兄ちゃん。てか、あんた誰?」

ステルスじゃありませんでした。単に存在に興味を持たれてないだけ。認識されてなお無視されるって、一番悲しいやつ。

明日葉「あんこ、蓮華。大丈夫か?」

俺たちが困惑しているのを見て、楠さんもこちらへやってきた。

八幡「楠さん」

明日葉「そういえばみなさんに紹介していませんでしたね。私に近い方から、星守クラス担任の比企谷八幡先生。それと、同じ星守クラスの同級生の粒咲あんこと芹沢蓮華です」

大人8「ほえー、あんた先生だったんか。見た目は若いのに大したもんだ」

八幡「はあ、どうも……」

明日葉「先生は私よりも年齢は1つ下です。ですが、星守クラスのために、私たちのために、動いてくれているんです」

大人9「明日葉さんにここまで言われるなんて、本当にすごいんだねえ先生」

俺に向けられる視線がこれまでとは違い、とても好意的なものに変わった。さっき俺を邪魔者扱いしたおじさんも、俺をにこやかに眺めている。

明日葉「そして、あんこと蓮華も、星守として非常に高い能力を持っています。それだけでなく、私のサポートもしてくれる、頼もしい仲間です」

楠さんは続いて粒咲さんと芹沢さんを紹介する。

大人10「いつも、イロウスと戦ってくれてありがとうね」

あんこ「あ、はあ……」

大人11「応援しています。頑張ってください」

蓮華「ありがとうございます〜」

楠さんが間に入ることで、粒咲さんと芹沢さんに降りかかる質問の嵐も軽減されたようだ。ほとんどの応対は楠さんが行い、たまに芹沢さんが話す、という様子になった。

明日葉「先生。こちらにいらっしゃったんですね」

人だかりがほぼなくなりかけた時、楠さんが、俺のところ、つまり部屋の隅っこにやってきた。

八幡「お疲れ様です。何か食べますか?」

明日葉「ありがとうございます」

楠さんはお礼を言いつつ、俺の差し出した皿と箸を受け取り、料理を食べ始めた。
618 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/03/12(月) 20:00:18.59 ID:GMQK5cjQ0
本編6-44


八幡「もうあっちはいいんですか?」

明日葉「はい。一段落しました」

楠さんはさっきまで自分がいた場所を見つめている。

八幡「なんか、すごい慣れてましたよね。さっきの大人たちへの対応とか」

明日葉「そうですか?お母様に比べたら、私はまだまだ未熟者です」

八幡「それはそうかもしれませんけど、芹沢さんや粒咲さんに比べたら、しっかり丁寧に話していたじゃないですか」

明日葉「単に私がこのような場に慣れていただけです。それを含めても、蓮華やあんこのほうが私よりも優れた人となりを持っています」

八幡「あの2人が、ですか?」

向こうでは、ようやく大人たちから解放された芹沢さんと粒咲さんが、テーブル上の料理をワーキャー言いながら堪能していた。

明日葉「はい。蓮華は普段から星守のことをよく観察しています。それがたまに、いや、かなりの頻度で私利私欲に使われたりもしますが、同時にみんなの不調に気付くのが一番早いのも蓮華です。時には本人よりも早く気づくこともありました」

八幡「そうなんですね……」

確かに、芹沢さんが調子の悪そうな人に話しかけている光景を、何度か目にしたことがある。てっきり、誰かに言われてやってるのかと思っていたが、自主的な行動だったらしい。

そう考えると、芹沢さんは本当に星守クラスの人たちを愛していると言えるかもしれない。やっていることはストーカーのようだが、それは星守への愛情の裏返しとも取れる。まあ、性別が違えば訴えられてもおかしくないんだが。

明日葉「あんこもすごいんです。昨晩、あんこがパソコンゲームをやっていた姿を覚えていますか?」

八幡「仲間に指示を出しながらゲームしていたやつですよね」

明日葉「そうです。実は私と蓮華はあんこのあのような姿を見るのは初めてではありませんでした」

八幡「前にもゲーム中の粒咲さんを見たことがあったんですか?」

明日葉「いえ、ゲームをしているところを見るのは初めてでした。私たちが見たことがあるのは、イロウスとの戦闘中にです」

八幡「イロウスの戦闘中?」

明日葉「はい。イロウスが想定より多かったり、強かったりした時などの非常時によくあのように指示を送っていました。難しい状況になればなるほど、あんこの素早く的確な指示には助けられました」

そういえば、特訓でも粒咲さんは撃破率やタイムをよく気にしていた気がする。新記録が出た時には「ハイスコア達成ね」と、とても嬉しそうにしていたっけ。

明日葉「対して私は、星守のリーダーという役目を全うすることに固執していたんです。幼い頃から教えられてきた星守という特別な存在。その星守に自分がなることができ、あまつさえリーダーも務めさせてもらっている。その状況に、私はいっぱいいっぱいになっていたんです……」

一筋の涙が、楠さんの頬をゆっくりと伝っていった。楠さんはそれを拭わないまま、さらに言葉を続ける。

明日葉「私はもっとみんなのことを見なければいけなかったんです。星守を取り巻く人たちではなく、星守そのものを……」

八幡「そんなこと、」

蓮華「先生〜?明日葉を泣かしてるんですか?」

俺が反応する前に、芹沢さんがこっちへやってきた。その目を細める笑顔でこっちへ近づいてくるのやめて。マジ怖い。

明日葉「先生は関係ない。私だけの問題だ」

楠さんは袖で涙をぬぐうと、少し鼻声になりながら芹沢さんに反論した。

蓮華「……」

芹沢さんは数秒間、じっと楠さんを見つめた後、俺の方に視線を向けてきた。だが、他にも人が大勢いる前では、さっきの話を大ぴらにすることはできない。俺は仕方なく、首を横に振っておいた。

蓮華「……わかった。この際、ちゃんと話しておく必要がありそうね」

芹沢さんはそう言うと、すっとこの場を離れて、少し遠い場所にいた粒咲さんを半ば強引にとっつかまえてきた。

あんこ「何よ蓮華。こんな強引に……」

蓮華「明日葉。この4人だけで話がしたいの。どこか部屋を移動できないかしら」

明日葉「あ、ああ。なら、私の部屋に行こう。そこなら誰にも邪魔されないと思うが」

蓮華「じゃあそこにしましょう」

どうやら、真剣な話をするっぽいな。俺と楠さんの会話をどこまで聞かれたかわからないが、おちゃらけた雰囲気を出していない以上、そう判断するのが妥当だろう。ならば。

八幡「芹沢さん。作文、必要ですか?」

蓮華「流石先生。わかってるわね」

芹沢さんは、決意に満ちた表情でそう答えた。
619 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/03/12(月) 20:01:04.31 ID:GMQK5cjQ0
本編6-45


いくつかの襖の前を通り過ぎ、楠さんはある部屋の前で立ち止まった。

明日葉「ここが私の部屋です。さあどうぞ」

八幡「失礼します……」

促されるままに入ってみると、中はかなりシンプルな内装である。床が全て畳だったり、部屋全体がきちんと整理整頓されたりするため、あまり女子高生らしさを感じない雰囲気だ。まあ、楠さんらしいと言える。

あんこ「へえ。明日葉っぽい部屋ね」

明日葉「あまりじろじろ見ないでくれ。なんだか少し恥ずかしくなってくる……」

粒咲さんも俺と同じ感想を抱きながら、部屋をきょろきょろ見渡していた。

蓮華「明日葉、あんこ、先生。そこに座って」

だが、一番テンションを上げそうな人物の芹沢さんは、口を真一文字にしたまま怖い顔を続けている。

俺たち3人は一瞬顔を見合わせ、芹沢さんの近くに腰を下ろした。

あんこ「それで、話って何よ」

蓮華「もうわかってるでしょ。そろそろ結論を出そうと思うの」

明日葉「私とあんこのことか」

蓮華「そう。2人の率直な気持ちを、今は聞かせてほしいの。まずはあんこ、どう?」

芹沢さんに話を振られた粒咲さんは、居心地悪そうにもぞもぞとしつつも、ゆっくり話し出した。

あんこ「……ワタシは、星守でいることに自信がなくなってきちゃった」

八幡「どうしてですか?」

あんこ「さっきワタシと蓮華が大勢の人に囲まれた時があったでしょ。あの時、ワタシはまともに返事をすることができなかった。あの人たちは、星守を長い間支えてきた人たちで、星守に大きな期待をしているのも知ってる。あの人たちのそういう思いを感じたら、ワタシなんかが星守でいる資格はないんじゃないかって、そう思ったの」

明日葉「それは違うぞあんこ。むしろ私こそ星守にはふさわしくない」

楠さんが食い気味に、粒咲さんに突っかかった。

あんこ「どこがよ」

明日葉「さっき先生には話したが、私は星守がどう見られているか、どう思われているか、そればかりを考えて行動してしまっていた。だから、星守のみんなのことを見れていなかったんだ。でも、蓮華もあんこも、星守のことを第一に考えている。本来、リーダーである私がしなければいけなかった役割を、2人に押し付けていたんだ」

あんこ「何言ってんのよ!明日葉がいなくなったら、誰が星守クラスをまとめるっていうのよ!勝手なこと言わないで!」

明日葉「勝手じゃない!私よりもあんこたちのほうが、星守としてふさわしいと思っただけだ!」

あんこ「だからそれが勝手だって言ってるの!誰が明日葉のことをそんな風に言ったのよ!」

明日葉「私がそう考えただけだ!」

あんこ「だったら……。そんな明日葉に星守をやめろと言われたワタシの立場はどうなるのよ!」

明日葉「あ、あの時は私も冷静じゃなかった。今はあんこが星守クラスに必要な人だと、そう思っている」

あんこ「それは違う。ワタシのほうが星守には向いてないわよ。うすうすそんな気はしてたけど、昨日と今日のことではっきりしたわ」

明日葉「何か問題があったか?」

あんこ「問題だらけだったじゃない!そもそもワタシが学校に行かなかったから、先生や蓮華が明日葉をウチに連れてきたわけだし。それに、あんだけ大口をを叩いておいて、レース対決では勝てなかった。今日も今日で、明日葉が来なかったら、ワタシはさっきの大人たちと全く話せなかったわ」

明日葉「だが、パソコンゲームをしているときは、ハイスコアを出せたんじゃないのか?」

あんこ「ええ、出せたわよ。でも、それだってワタシ1人の力で達成したわけじゃない。結局、ワタシは1人じゃ何もできないの。明日葉や蓮華と違ってね」

明日葉「そんなことない!昨日のレース対決は、あんこの指導のおかげで勝負することができたんだぞ!それに、イロウスとの戦闘でも、あんこの指示のおかげで救われたことが何度もある。あれはまぎれもなくあんこのおかげだったじゃないか!」

2人は怒号にも似た声量で、お互いに意見をぶつけ合っている。楠さんがケガをした日の言い争いの何倍も激しい。犬と猿でもこんなに言い争わないっつの。

ここはもう止めた方がいいな。お互いに冷静になっていない。ほとんど意地の張り合いのようになっている。こんなんじゃまともな話し合いなんてできるはずがない。

八幡「ちょっと2人とも、」

蓮華「待って」

立ち上がりかけた俺の肩を、隣に座っていた芹沢さんに押さえつけられてしまった。

八幡「いいんですか止めなくて?」

蓮華「いいの。もう少し。もう少しだけ様子を見させて……」
620 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2018/03/12(月) 20:02:01.83 ID:GMQK5cjQ0
今回の更新は以上です。今月中には6章終わらせたいけど、無理かな……。
621 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/03/16(金) 16:21:04.07 ID:cldZsFA50
本編6-46


明日葉「……」

あんこ「……」

俺が芹沢さんに止められてからも、楠さんと粒咲さんは言い争いを続け、今ではこうして互いに睨み合っている状態だ。

蓮華「気が済んだかしら?」

ようやく芹沢さんが重い腰を上げて、2人を見下ろす。

あんこ「済むわけないでしょ。明日葉がワタシの言うこと全然聞いてくれないんだから」

明日葉「それはあんこもだろう」

蓮華「2人ともよ」

622 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/03/24(土) 20:51:07.24 ID:LnUo20bA0
本編6-46


明日葉「……」

あんこ「……」

俺が芹沢さんに止められてからも、楠さんと粒咲さんは言い争いを続け、今ではこうして互いに睨み合っている状態だ。

蓮華「気が済んだかしら〜?」

ようやく芹沢さんが重い腰を上げて、2人を見下ろす。

あんこ「済むわけないでしょ。明日葉がワタシの言うこと全然聞いてくれないんだから」

明日葉「それはあんこもだろう」

蓮華「2人ともよ」

なお言い争いをやめない2人を、芹沢さんが一喝した。

蓮華「明日葉。あんこは明日葉のことをどう言ってた?星守にふさわしくないって言ってた?」

明日葉「いや、そんなことは、言ってない……」

蓮華「あんこ。明日葉は本心でもあんこに星守をやめてほしいと思ってたかしら?」

あんこ「思ってない、と思う……」

蓮華「そうでしょ。お互い、自分のことを卑下してばっかりで、相手の言うことを聞いてないじゃない」

普段おちゃらけている分、こうして真剣な話をする芹沢さんの迫力には圧倒されるばかりだ。ギャップの差が激しすぎる。

蓮華「れんげが大好きな2人が、そんなひどい人なわけないじゃない……」

だが、次第に芹沢さんの声から力がなくなっていく。代わりに、目から。鼻から、芹沢さんの気持ちが溢れ出て、顔を濡らしていく。

蓮華「だから、もうこれ以上、傷つけあわないで……」

芹沢さんはぐしゃぐしゃになった顔を手で覆い、とうとう嗚咽してしまった。

芹沢さんの2人を思う気持ちはとても重い。普段の言動を見ていれば、そんなことは誰だってすぐにわかる。

そんな2人がいない間、彼女1人が星守クラスを支えてきたのだ。自分が好きな人たちが仲違いしたことですら辛いのに、そんな気持ちを押し殺して、懸命に後輩たちをまとめていく日々を過ごしてきた。ここ数週間、近くにいた俺には、芹沢さんの努力が痛いほど伝わってきた。1人、涙をぬぐっている姿も目にしたことがある。

だが、俺には芹沢さん並みの思いの強さもなければ、楠さんや粒咲さんがさっき言っていたような責任感もない。星守としてイロウスと死闘を続ける彼女たちと違い、俺はただの一般人だ。故に、彼女たちが悩み、苦しむことを完全に理解することは不可能である。言葉だけで「わかる」と言うほうが失礼に値するだろう。そんな意味のない言葉でごまかしても、それは本物ではない。

けれど、星守に最も近い一般人の俺だからこそできることもあるはずだ。いや、あると信じたい。

ぼっちだ、捻くれだ、と今まで酷評されてきた俺のことを、このクラスの人たちはいともたやすく受け入れた。なんなら、俺自身が驚くほどのスピードで。

始めはそんな環境に戸惑ってばかりだったが、慣れていくにつれて、俺もまた、彼女たちを受け入れられるようになってきた。その段階になって初めて、俺がこのクラスに受け入れてもらえた理由がわかるような気がした。

なら、今度は俺がこのクラスに新たな風を吹き込もう。星守クラスの色に染まってもなお色褪せなかった、俺の哲学を。

八幡「俺からしたら、皆さんとても恵まれてると思いますけどね」

突然俺が話し出したことに3人ともが不思議そうな目で俺を見つめてきた。流石にこれじゃあ意味が分からないか。

八幡「だってそうでしょ。俺なんかリア充やらイケメンやらコミュ力高いやつやら見つけたら、そいつらに向けて心の中でダイナマイトを投げ込んでます。でも、俺自身にそういうことをしてくる人は全くいませんよ」

なんなら石を投げられる方が、存在を認識してもらってるだけマシかもしれない。俺の場合は、何をしていようと一切関知されないし。

あんこ「先生、いきなり何言ってるのよ」

八幡「ようするにあれですよ。他人の芝生は青く見えるもんなんです。だから嫉妬するのも仕方ないんですよ。その対象が優秀なら特に」

明日葉「つまり先生は、私とあんこが互いの長所を妬みあっていると言っているんですか?」

八幡「まあ、大体そんな感じです」

俺の返答に、楠さんと粒咲さんはお互いの現状を把握できたようである。楠さんは顎に手をあてて考え込んでいるし、粒咲さんは唇をかみしめて苦しげな表情をしている。

しばらくの逡巡の後、楠さんが俺と粒咲さんをチラッと見た。

明日葉「それでは、私たちの問題の根本にある嫉妬心を克服することが必要に……」
623 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/03/24(土) 20:51:58.83 ID:LnUo20bA0
本編6-47


八幡「……それは違います」

俺のきっぱりとした反論に、楠さんは目を大きく見開かせてしまう。が、それも一瞬で終わり、すぐに詰問する姿勢をとる。

明日葉「どこが違うのですか。嫉妬心を持つことは、己の心が弱い証拠です。それを完全に断ち切らなければ、またすぐ同じ問題が起こるに違いありません」

あんこ「まあ、嫉妬心が原因なら、それを取り除くって解決策が出てくるのは自然よね。まあ、ワタシには無理ゲーそうだけど」

確かに2人の言う通り、嫉妬心自体をなくすことができるのなら、今回の問題は解決することができるかもしれない。他人は他人、自分は自分、のように。

だが、人の心はそう簡単に変わるものではない。一度意識してしまったものは、それからずっと心の片隅に存在するし、目を背けようとすればするほど、それはより影を濃くして、自分の心に覆いかぶさってくる。現に俺だって、自らの黒歴史がことあるごとにフラッシュバックするし、その度に死にたくなる。

ただ、俺の場合は過去の出来事だから、環境を変えたり、当時のモノを捨てれば、効果は多少なりともある。しかし、今回の2人の問題は現在進行形で進んでいるのだ。仮にこの場で和解をしたとしても、またすぐに自分の足りない部分が相手を通して透けて見えてしまう。それは、避けようとしても、必ず自分を追い詰めてくる。

そして、どこかで破綻する。

だからこそ、今回の解決方法として、「嫉妬心をなくす」という判断は正しくない。他にある、俺だから見つけられた最適解を提示しなくてはならない。

蓮華「先生……。先生の考えを、明日葉とあんこに、きちんと話して?……きっと、2人はわかってくれる」

袖で涙を拭い、ぐしゃぐしゃになった顔で微笑みながら、芹沢さんが励ましてくれた。俺はその言葉に、1つ小さく頷いた。

八幡「お2人は、別に変らなくていいんです。そのままでいいんです」

あんこ「何言ってるのよ先生。それじゃあ何の解決にもならないじゃない」

明日葉「そうです。今までのままでいいのなら、私とあんこが対立することもなかったはずです」

八幡「対立したらいけないんですか?逆に、全員が常に仲良くしなきゃいけないなんて、それこそ不可能です」

あんこ「それは極論じゃない」

八幡「ええ。でも、学校ではなぜかそういう風に教えられるんですよね。小学校とか特に。一緒にいたくもない人と、やりたくもない作業を延々としなくちゃならん。こんなことを強制する社会が間違ってるんです。人間は、もっと自由であるべきなんです。だから、陰口をたたきながら、俺に全ての作業を押し付けた綾瀬さんと藤沢君は許さん」

明日葉「途中から、先生の愚痴になってませんか?」

おっといけない。つい黒歴史がよみがえってしまった。こういう愚痴って、一度走り出すと止まれないよね。そりゃ主婦の井戸端会議も長くなるわ。

八幡「ようするに。俺の言いたいことの半分は、嫉妬心なんて無くせない、ということです。そもそも「嫉妬」という意味の単語があるんです。それが普及しているということは、万人にこの感情が受け入れられていることを証明しています。漢字で考えてみてもそうでしょう。嫉妬、の両方に女へんがついてますよね。男の俺でさえ、リア充には嫉妬するんですよ?女の皆さんが嫉妬するのは仕方ないことじゃないですか」

明日葉「そ、そうなのかもしれないな……」

あんこ「騙されないで明日葉。これは先生が良く使う理論武装よ。実際は大したことを言ってないわ」

くぅぅ。正直者の楠さんは今の理論でごまかせたと思ったが、粒咲さんには通用しないか。なら、さらなる追撃を加えるまでだ。

八幡「まあ、俺の言いたいことはもう1つあるんですよ」

明日葉「そういえば、『言いたいことの半分は』と言ってましたね」

あんこ「早く言ってよ先生」

八幡「俺の言いたいことのもう半分、それは」

明日葉、あんこ「それは?」

八幡「それは、お互いの長所を伸ばせば解決する、ということです」

明日葉、あんこ「え……?」

予想通り、2人の頭の上には「?」マークが浮かび上がっている。実際見えるわけではないが、アニメや漫画で表現するなら間違いなく浮かんでいるはず。

八幡「よく考えてください。お2人は互いに互いを嫉妬していたんですよ?つまり、互いの長所は認めているんです。嫉妬相手から嫉妬される。こんなこと、そうそうあるもんじゃないですよ」

蓮華「そうね。明日葉には凛とした美しさがあるし、あんこにはマイペースで自然体のかわいらしさがあるわ〜」

あんこ「元気になったと思ったら、相変わらずそういうことを言うのね。蓮華……」

今度は粒咲さんがジト目で睨んできた。これ以上話を逸らすわけにはいかないな。まあ、今の場合は芹沢さんが謝罪するべきことだろう。あとできっちり頭を下げさせよう。

八幡「おほん。ようするに、俺から言いたいことのもう半分は、短所を補うのではなく、嫉妬されるような長所を、そのまま伸ばしていけばいい、ということです」

明日葉「短所を補うのではなく、」

あんこ「長所を伸ばす……」

さっきまでとは違い、楠さんも粒咲さんも、眉間にしわを寄せて、深く考えている。なら、ここで最終兵器を出すとしよう。

星守クラスの思いが詰まった最終兵器を。
624 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2018/03/24(土) 20:53:48.91 ID:LnUo20bA0
少ないですが、今回の更新はここまでです。
最近は年度末でバタバタしていて、全然書けていません。
ですが、おそらく近いうちに6章は終わるので、もう少しお付き合いください。
625 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/03/29(木) 16:39:25.08 ID:4CSguoxx0
本編6-48


俺は持ってきていたカバンを開け、星守クラスで書いてもらった作文を探す。

が、

八幡「あれ、ない……」

明日葉「ないって、何がないのですか?」

八幡「いや、何と言われても……」

あんこ「このタイミングで出すんだから、大事なもんでしょ。で、何?」

慌てる俺を見かねて、楠さんと粒咲さんも近くにやってきた。

ここでカッコよく作文を出すことで、2人に効果的に俺の考えが伝わると思ったのに、それが無いってどういうこと?

今朝、粒咲さんの家では、芹沢さんに言われて確かに鞄の中にいれたはずなのに……。ん、芹沢さん?

蓮華「うふふ〜」

八幡「あ」

嫌な予感がして、少し離れたところに座っている芹沢さんを見ると、例の作文をニヤニヤしながら読んでいた。

八幡「何勝手に読んでるんですか」

蓮華「だって先生の話長いんだもん」

八幡「そもそも芹沢さんがここに呼んだんですよね?」

蓮華「でもれんげが言いたいことは言い終わっちゃったし〜」

はぁ。この人と話しているとマジで疲れる。数週間、かなり濃い密度で一緒にいたが、向けられるエネルギーのほとんどが美少女に関することだった。

今だって、授業中に読み切れなかった星守の作文を読んで、写真撮ってるし。

あんこ「先生が探していたのって、それ?」

俺と芹沢さんのくだらないやりとりに飽きたのか、多少期待外れな感じで粒咲さんが聞いてきた。

八幡「そうです……」

俺は半ば投げやりになりながら返答する。

芹沢さんのせいで、こんなにマヌケに紹介することになってしまった……。

明日葉「これは……」

一方、落ちている作文を取り上げた楠さんは、さっと表情を固くする。

まあ、題名と書いてる人見たら流石にわかるわな。

八幡「これは、星守クラスの人たちと、八雲先生、御剣先生に書いてもらった『私と星守』という作文です」

あんこ「私と、星守?」

まだ内容を読んでいない粒咲さんは不思議そうに題名を繰り返す。

俺が説明してもいいが、ここは作文そのものを読んでもらった方が100倍早く理解してもらえるだろう。

八幡「まあ、とりあえず読んでみてくださいよ」

俺は紙の束の中から適当に1つを取り出して粒咲さんに渡す。

あんこ「……わかったわよ」

俺から作文を受け取った粒咲さんはその場に座り、作文を読み始める。何もすることがなくなった俺も、手近な作文を読むことにした。

こうして、部屋の中には静寂が訪れた。時々、芹沢さんの笑い声が聞こえてくるだけで、後はとても静かなものだ。てか、別に笑うほど面白い作文じゃないと思うんだが、芹沢さんは一体どこに笑ってるの?
626 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/03/29(木) 16:39:54.28 ID:4CSguoxx0
本編6-49


明日葉「……」

あんこ「……」

どうやら楠さんも粒咲さんも全員分の作文を読み終わったようである。2人とも、様々な感情が入り混じった複雑な表情をしている。そのため、2人がどのような感想を抱いているのか、外見からは判断することができない。

蓮華「どうだった?」

俺の気持ちを察したのか、芹沢さんが2人に感想を聞く。

明日葉「その前に、1ついいか?この作文は、星守全員が書くものなんだよな?」

予想外の質問返しに、芹沢さんは俺の方を見てくる。まあ、作文に関する質問は、発案者の俺が答えるのが妥当か。

八幡「まあそうですね。そういうことでみんなに書いてもらいました」

明日葉「そうですか……。では、私とあんこも書かなくてはいけないな」

楠さんはおもむろに立ち上がると、机の中から作文用紙と筆記用具を引っ張り出してきた。

明日葉「私とあんこも星守クラスの一員です。それなら、私たちも書くのが筋でしょう」

あんこ「ま、そうね。ワタシたちだけ書いてないってのも、なんか気持ち悪いし」

蓮華「明日葉……。あんこ……」

芹沢さんのか細い呟きを受けながら、楠さんと粒咲さんはペンを走らせ始めた。

----------------------------------------------

あんこ「できたわ」

明日葉「私もだ」

粒咲さんと楠さんはほぼ同時にペンを置いた。その顔は、今までになく晴れやかなものに見える。

蓮華「読んでもいいかしら?」

芹沢さんは、書きあがった作文の前で、息をハアハアさせている。まるで御飯をお預けされている犬みたいだ。

あんこ「蓮華、落ち着いて……」

蓮華「だって!あんこと明日葉の作文が揃えば、れんげは星守クラス全員の作文が読めるのよ!落ち着いていられるわけないでしょ!」

芹沢さんは「そんなこともわからないの!」と、声を張り上げて主張している。

ダメだ。芹沢さんは完全に壊れた。ここ最近、キャラにそぐわないことばかりしていたから、心が限界だったのかもしれない。

明日葉「まあ、蓮華は放っておくにしても、まずは……」

芹沢さんを軽くあしらった楠さんは、作文を抱きかかえ、俺の前にやってきた。

明日葉「先生。私の作文、読んでくれますか?」

俺は差し出された作文に手を伸ばした。作文に触れると、楠さんの手の震えが紙を通して伝わってきた。

ぱっと顔を上げると、少し潤んだ眼をした楠さんと目が合った。だが、その視線は、まっすぐに俺の目に向けられている。

八幡「わかりました……」

受け取った作文は、原稿用紙数枚とは思えないほどずっしりとしていて、かつ、熱い。

あんこ「ワ、ワタシのも……。読んで。先生……」

粒咲さんもまた、紙を震えさせながら、腕を伸ばしてくる。

八幡「はい……」

粒咲さんの作文も、とても重く、熱い。錯覚なのは重々承知だ。本来、紙が重かったり、熱かったりするわけないのだ。鏡花水月の解放を目にしていない俺は、そう簡単に錯覚に陥ったりするわけないのだ。

だが、今は違う。ほかの星守の作文を読み、同じように書き上げた2人の作文には、俺に錯覚を覚えさせるほどの思いが込められている。

八幡「読ませてもらいます」

俺も、真剣にこれに向き合わなくてはいけない。2人の思いを、感じ取るために。
627 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2018/03/29(木) 16:42:08.31 ID:4CSguoxx0
今回の更新も、短いですがここまでです。流石に長すぎてダレてきちゃいましたね。でも、話のスピードを速める術は持ってないので、気長にお付き合いください。
628 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/04/01(日) 17:37:07.56 ID:VK48goWK0
番外編「エイプリルフール」1


満開に咲いた桜の花びらが、吹き渡る心地よい風に乗って、川の流れのように一定方向へと落ちていく。ついこの間まで、凍えるような寒さだったのがウソのように、視界は宙を舞う桜でピンク色に染まっている。

まあ、そうは言っても、俺の周りは年中無休で寒々しいものである。現に俺は今、学校へ続く道を1人トボトボ歩いている。

おかしい。今日は4月1日。世間はまだ春休みの最中なはず。ほら。あちらこちらで、いい大人が昼間からシートを広げて花見という名の宴会を開催している。仕事もしないで、昼間から酒を飲みやがって。いいご身分だ。などとは、俺の親父を見ていると、毛ほども思わない。

今朝の親父は、花見の場所取りのために、日の昇る前から家を出たらしい。社畜な親父のことだろう。どうせ上司から「比企谷くん。明日の花見の場所取りよろしく」なんて言われて断れなかったのだろう。会社内での親父の立場の低さが伺える。将来、俺は絶対親父のようにはなりたくない。ゆえに、俺は働きには出ない。社畜反対!ビバ専業主夫!

こんなしょうもないことを考えているうちに、神樹ヶ峰に着いてしまった。この学校も例に漏れることなく春休みのため、人影はまばらである。

でも、俺の目的地である星守クラスの教室では、騒がしい声が聞こえてくるんだろうなあ。朝から、あいつらの元気な声を聴くのはどうにも慣れない。朝は、まだ俺の耳が起きてない。せめて放課後に、俺のいないところで元気にしてほしいものだ。そう。俺のいないところで。ここ大事。

予想通り、星守クラスからは、よく言えばエネルギッシュ、悪く言えばやかましい声が聞こえる。でも、いつも聞こえる声とは何か違うのは気のせいか?

俺がドアを開けた瞬間、いくつもの視線が俺をとらえた。それは助けを求める視線もあれば、邪魔をするな、というものも含まれているように感じた。

明日葉「わ、わぁー先生!おはよう!」

遥香「む、むみぃ!おはよー先生〜!」

くるみ「お、おはようございます!先生!」

八幡「お……、は?」

奉仕部で鍛えられた挨拶力で、挨拶を返そうと思ったが、聞こえた声とテンションがちぐはぐすぎて、思わず変な声が出てしまった。

昴「大変なんだよ先生!」

花音「非常事態なの!」

普段はそこまで慌てない若葉や煌上までわたわたしながら俺のところへやってきた。何。どうなってんの。

八幡「なんでお前らキャラ崩壊してんの?」

桜「キャラ崩壊っていうか、星守どうしで入れ替わっちゃったのよね」

八幡「入れ替わった?」

楓「はい。今朝起きたら、他の星守の方と心が入れ替わってしまったんです」

八幡「入れ替わった?」

なんなの。このクラスはいつから『転校生』の世界になったの?それとも『君の名は』?どっちにしても信じられない。

昴「先生。これは現実なので、頬をつねっても意味ないと思うよ」

八幡「お、おお……」

見た目は若葉だが、誰だかわからないので、生返事しか返せない。

八幡「とりあえず、みんな座ってくれ。そして、誰が誰なのか一旦整理させてくれ……」

----------------------------------------------

八幡「…………」

入れ替わった各々で、黒板に入れ替わり図をまとめてもらった。一覧にまとめると、こんな感じだ。

_________________________________________________
| |
|   みき⇔ミサキ。昴⇔望。遥香⇔ミミ。 |
| |
| 蓮華⇔心美。明日葉⇔ひなた。サドネ⇔あんこ。 |
| |
|    ⇗うらら⇘ |
|   桜 ⇐ 花音。詩穂⇔楓。ゆり⇔くるみ。 |
|________________________________________________|

はあ。全然わからん。

みき(ミサキ)「それで、どうします先生」

八幡「どうするもこうするも、まずは原因を探らないとダメだろ。何か心あたりとかないの?」

詩穂(楓)「ワタクシにもありませんわ」

あんこ(サドネ)「サドネも、しらない」

ひなた(明日葉)「ひな……、私には心当たりはない、です」

ん。一瞬、見た目と話し方が一致した気がするが……。
629 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/04/01(日) 17:38:00.96 ID:VK48goWK0
番外編「エイプリルフール」2


八幡「原因がわからないと、対策も立てようがないぞ」

うらら(桜)「それは、困った、のお」

ミサキ(みき)「どうにかなりませんか!!先生!!」

八幡「そんなこと言われても……」

実際に俺ができることなんて何もないわけで、誠に申し訳ないが、このまま静観するしかない。いや、本当だよ?何もしたくないから放置してるわけじゃないよ?

いや……。1つだけ可能性がある。あの人なら、この事態をどうにかしてくれるかもしれない。

八幡「御剣先生のとこ行ってみたらどうだ?あの人なら、人格を元に戻す機械とか作ってくれそうだろ」

サドネ(あんこ)「フーラン?」

くるみ(ゆり)「サドネさん、素が出てますよ……」

サドネ(あんこ)「うにゅ?ゴメン」

常盤がサドネに、いや違うな。火向井が粒咲さんに何やら耳打ちしている。何言ってるのかは教壇からは聞こえない。

桜(花音)「とりあえず、御剣先生のところへ行ってみるのがいいのかしら」

蓮華(心美)「そ、それなら私が御剣先生のところに行きます。サドネちゃん。一緒に行こ?」

あんこ(サドネ)「うん。わかった」

珍しく積極的に芹沢さんが、じゃなかった。朝比奈が立ち上がってサドネに声をかけた。

なぜか顔を見合わせて一瞬ニヤッとした2人は、早足で教室を出ていった。

----------------------------------------------

蓮華(心美)「つ、連れてきました〜」

あんこ(サドネ)「はやく入って」

朝比奈とサドネに促されて、御剣先生と八雲先生が教室に入ってきた。だが、2人の表情は曇っている。

八幡「御剣先生、八雲先生も。すいません。少し厄介なことが起きてしまって」

樹「は、話は聞いた。みんなが入れ替わってしまったんだろ?」

ん?なんで八雲先生が御剣先生っぽく喋ってるんだ?

八幡「あの、御剣先生。八雲先生どうしたんですか?」

樹「ア、アタシが風蘭だよ。そっちが樹だ」

八幡「……は?」

俺は八雲先生だと紹介された御剣先生に顔を向ける。

風蘭(樹)「そ、そうよ。私が八雲樹、よ」

八幡「もしかして、お2人も入れ替わってるんですか?」

風蘭(樹)「そういうことだ!わ……」

おいおい。一体どうなってるんだ。まさか先生同士も入れ替わってるなんて。入れ替わりのバーゲンセールかよ。

樹(風蘭)「だから私、いえ、アタシに原因を聞かれても、わからないぞ!」

御剣先生が開き直ったように高らかに宣言する。

なんだか、両先生が話すたびに、クラス中が笑いをこらえているように見えるなあ。確かに、見た目と話し方がかみ合ってないのは面白みがあるが、それはお前らも一緒だからな?

いや待てよ。俺は最初から何か大きな勘違いをしてるんじゃないのか?そもそも、ゲームや漫画、アニメじゃあるまいし、人格が入れ替わるなんてことがあり得るのか?

思えば、みんなの喋り方は普段と違うが、かなり無理をして変えているように感じられた。そう。まるで演技をしているような……。

まさか……。いや、でもそれ以外考えられない。試しに揺さぶってみるか。
630 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/04/01(日) 17:40:00.20 ID:VK48goWK0
番外編「エイプリルフール」3


八幡「なあ。楠さん。昨日頼んだ生徒会の資料は出来上がりましたか?」

ひなた(明日葉)「え、え。生徒会の資料?えーと、うん!できた、ですよ!」

八幡「わかりました。それと蓮見。今日はお前のダンスや歌を見る余裕がありそうだ。昼休みにでも空き教室に来てくれ」

花音(うらら)「げ。うららのやつ。なんて約束してるのよ……。は、は〜い!でも、うらら、今日はちょっと体調悪いっていうか〜」

八幡「うん、もういいや。大体わかったから」

この2つの質問で確信が持てた。そう。真実はいつも1つ!


八幡「お前ら、本当は入れ替わってないだろ!」


ビシッ!という効果音が出そうな感じで、俺は教室全体を指さした。俺の指摘に対し、教室中がびくっと肩を震わせる。これは確定かな。

八幡「おかしいと思ったんだ。みんな、どこかしら演技をしているように見えたしな。それに、さっきの2つの質問はダミーだ。別に楠さんに生徒会の資料を頼んではないし、蓮見のダンスや歌にはそれほど興味はない」

うらら「ちょっと!ハチくんひどくない!?」

八幡「ほら。やっぱり入れ替わってなんかないじゃないか」

うらら「あ……」

蓮見は慌てて口を押えるが、すでに後の祭りだ。俺を騙そうなんざ、100年早いわ。

蓮華「はあ。ばれちゃったわ〜」

あんこ「意外と早かったわね」

桜「もともとムリがある配役じゃったしのお」

樹「それより、私たちまで巻き込まないでくれないかしら。突然蓮華に『先生を騙すために、御剣先生と入れ替わって』って言われた時はびっくりしたわ」

風蘭「アタシは面白かったけどな。上手かったろ?アタシの演技?」

望「いやあ、正直、微妙……」

ミシェル「むみぃ……」

風蘭「くっ、ダメだったか……」

途端に教室中がワイワイしだした。まあ、入れ替わるなんてありえないし、どうせこんなことだろうとは思ったよ。だけど、1つだけわからないことがある。

八幡「で、誰が言い出しっぺなんですか?」

明日葉「それはですね、」

楠さんの声は、勢いよく開けられたドアの音で遮られた。

牡丹「この企画の発案者は私です」

八幡「え。理事長が?」

牡丹「はい。比企谷先生。今日が何月何日か知ってますか?」

八幡「今日ですか?今日は確か、4月1日ですよね」

牡丹「はい。4月1日。つまりエイプリルフールです」

八幡「もしかして、エイプリルフールだから、入れ替わったっていう嘘をついたってことですか?」

牡丹「ええ。そういうことです」

理事長はにこやかにそう答える。

なんだそりゃ。ふたを開ければ、想像以上にくだらない動機による犯行だった。せめてもう少しマシな嘘をつけばいいものを……。まあ、他人のキャラを演じようとして、不自然な喋り方になっている姿は少し面白かったけど。

牡丹「どうですか?楽しめましたか?」

八幡「まあ、少しは……」

牡丹「ふふ。それで結構です」

理事長はくすっといたずらっぽく笑った。見渡すと、座っている星守たちもニヤニヤしている。まあ、こいつらが楽しんでればいっか。
631 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/04/01(日) 17:41:19.06 ID:VK48goWK0
番外編「エイプリルフール」4


理事長は満足した様子で教壇に上がろうと足を上げた。が、段差に突っかかって俺の方に倒れこんでくる。

八幡「え」

理事長は倒れこむ勢いそのままに、俺に向かって腕を伸ばしてきた。

八幡「うわっ!」

牡丹「きゃっ」

そのまま俺は理事長に押し倒され、お互いの頭をぶつけてしまった。あまりの痛さに、意識が遠のいていく……。

----------------------------------------------

「……う。……ですか!?」

誰かに体を抱きかかえられている感覚がする。ああ。頭痛い。そんなに大きな声を出すなよ。響くだろうが

八幡「んん……」

樹「ああ。よかった!気づいたんですね!」

八幡「ええ。まあ。ぶつかったところは痛いですけど」

樹「え?」

なぜか八雲先生が俺の顔を不思議そうに見下ろしている。俺の周りに集まっている星守たちも、目を丸くしている。

八幡「何。顔に変なものでもついてます?」

明日葉「あ、あの。自分の名前、言えますか?」

八幡「は?何言ってるんですか?」

ゆり「いいから答えてください!」

八幡「比企谷八幡です……」

俺の返事を聞いた星守たちは、一様に頭を抱える。おい、なんだよ。自分の名前を言えるのがそんなにおかしいか。ん。そういえば、俺の声ってこんなに高かったかな。なんだか、違う人の声みたいだ。

望「先生。落ち着いてこの鏡見て?」

八幡「あ、ああ」

俺は天野に渡された手鏡を開いて自分の顔を見る。そこに映っていたのは、

牡丹(八幡)「理事長じゃん!」

え、嘘だろ。なんで俺の顔が理事長になってるの?何が起こった?

俺は急いで立ち上がり、自分の服装を視覚で、触覚で確認する。しかしそのどちらもが、自らが身に着けている服を理事長のものだと脳に伝える。

八幡(牡丹)「ん……」

俺の大声に反応したのか、理事長が目を覚ました。見た目は完全に俺なんだが……。

八幡(牡丹)「あら、なんで目の前に私が……」

牡丹(八幡)「いや、それは俺も聞きたいです。というか、あなたは神峰理事長ですよね?」

八幡(牡丹)「え、ええ。私は神峰牡丹です。……もしかしてあなたは」

牡丹(八幡)「はい。俺は比企谷八幡です……」

八幡(牡丹)「ということは……」

牡丹(八幡)「そうです。俺たち」

八幡、牡丹「入れ替わってる〜!?」
632 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2018/04/01(日) 17:44:40.62 ID:VK48goWK0
以上で番外編「エイプリルフール」終了です。去年の「星守いれかえっこ!」がツボだったので、自分でやってみました。

八幡と牡丹が元に戻ったのかどうかは、皆さんの想像にお任せします。
633 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2018/04/01(日) 17:48:18.79 ID:VK48goWK0
入れ替わりの図のフレームがガタガタになってますね。書き込むときは綺麗だったはずなんですが……。すみません。
634 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/04/09(月) 00:09:27.46 ID:7haFeM0L0
本編6-50


まずは楠さんの作文から読むことにした。

「星守とは、私の人生そのものです」

おお。冒頭からカッコいい。流石楠さんだ。

こんな風に始まった楠さんの作文は、彼女の性格をよく表したかっちりとしたものだった。

文章の1つ1つや、それらの構成力もさることながら、特に印象的なのは、星守への一貫した信念だった。

この作文には、楠さんの星守を目指したきっかけ、星守に選ばれたときの喜び、星守になってからの苦労、達成感などが綴られている。これを読む限り、楠さんは星守になるために、小さい頃から莫大な努力を積み重ねてきたことがよくわかる。そして、今でも星守という存在に誇りをもっていることも。

なるほど。だからこそ、楠さんは普段から人一倍、特訓に熱心に取り組み、かつ星守全体をまとめあげてることで、意識の向上に努めていたのか。

……さて、次は粒咲さんの作文を読むか。

「多分、ワタシは星守クラスの中で一番意識の低い星守だと思う」

のっけからテンションの低さを隠そうとしないあたり、粒咲さんらしいなあ……。

そして粒咲さんの作文もまた、彼女の性格を反映したものに仕上がっていた。

作文から察するに、粒咲さんはあくまで星守を1つのステータスと考えているようだ。彼女自身の言葉を借りれば、星守は「人生というゲームを楽しむための、1つのジョブ」なのだ。

人々を守るためではなく、あくまで自分のために星守を続ける。星守に対し、粒咲さんは楠さんとは正反対のスタンスをとっている。こんなに違う2人が、星守に関して意見をぶつけることは、至極当然の結末だったと言える。むしろ、よく今までやってこられたな……。

八幡「あっ……」

だが、そんな2人の作文にも、他の星守たちにも見られた共通点を見つけた。俺は急いで他の作文をかき集め、お目当ての言葉を探す。それは全員の星守たちが作文に書いている、この言葉だ。

「これからも星守クラスの仲間全員で、戦っていきたい」

1人1人は全く違う星守たち。それぞれが誰にも負けない長所を持っている一方、致命的な弱点も持ち合わせている。

そういうことを知ってか知らずか、このクラスは全員がそれぞれ非常に仲がいい。一見全く違うタイプの子たちも、普段から楽し気に会話をし、戦闘時には巧みな連携を見せて、お互いの良さを出し合いながらイロウスを撃破する。

このクラスは、俺がこれまで嫌悪していた、青春を謳歌する者たちの寄せ集め集団ではない。全員が心の深いところで繋がり、信頼し合っている。こういう関係を「絆」というのかもしれない。

多分、神樹ヶ峰に来た当初の俺には理解できない概念だったと思う。なんでも1人でこなしてきたし、他人と助け合って何かする、なんて柄じゃなかった。むしろ、1人でやるからこそ大きな達成感を味わえ、後悔することも少なくなるとさえ思っていた。

もちろん今でもそう思っている。何もしないまま誰かに頼るやつは、控えめに言っても死んでほしい。特に、集団になると文句ばかり言う奴らとか。ああいう人たちの、個人力の低さは異常。

だけどそんな俺も、交流初日から大型イロウスに襲われのをはじめに、色んなところで色んな星守たちと死線をかいくぐってきた。戦闘以外にも、パーティーだったり特訓だったり、毎日がイベント続きだったと言っても大げさではない。

星守たちと短いながらも、濃い時間を過ごしてきて、俺の意識は変わったと思う。いや、正確に言えば、変わったというより、新たな考え方が付け足されたって感じだ。今の俺には、信頼できる誰かとなら、共に何かをすることに嫌悪感はない。嫌悪感がないだけで、積極的にやろうとは全く思わないが。

捻くれている俺にこんな考え方を植え付けた星守たちの作文は、互いのキャラが存分に表れている中にも、1つの確固たる絆があった。それを確認できただけでも、充分だ。

あんこ「どうしたのよ先生。あっ、て言ったと思ったら、いきなり他の人の作文開いちゃったりして」

明日葉「何か、変なことでも書いてありましたか?」

そんな心配そうな顔をしなくても大丈夫ですよ。2人とも、すごくいい作文でしたから。

八幡「いえ。逆ですよ……」

なぜかそう答えた俺の声は、震えていた。周りにいた3人は、少しぎょっとして俺の顔を見る。そんなに見ないでくださいよ。恥ずかしいでしょ。

八幡「俺はもう読み終わったので、今度はお互いの作文を読み合ってください」

さっきよりも意識的に声を張り上げて、俺は作文を楠さんと粒咲さんに手渡す。

2人は一瞬顔を見合わせた後、作文を受け取り、読み始める。

蓮華「ねえ、先生?」

そっと芹沢さんが俺に近付いてきた。

蓮華「2人の作文、どうだったの?」

八幡「……後で読んでみてください。想像通りで、想像以上ですから」

少し間をおいてから、ニヤッとしつつ答えた。

蓮華「先生がそこまで言うなんて、楽しみ♡」

芹沢さんもまた、ニヤッとしながらそう返してきた。
635 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/04/09(月) 00:10:44.70 ID:7haFeM0L0
本編6-51


明日葉「……」

あんこ「……」

ほぼ同時に作文を読み終わった2人は、しばらく黙った後、どちらからともかく口を開いた。

明日葉「あんこの性格はわかっているつもりだったが、この作文は私の想像の上をいっていた……」

あんこ「明日葉って、やっぱりどこでもお固いのね。わかってはいたけど、少し引いたわ……」

明日葉「星守として意識を高く持つのは当然のことだろう!」

あんこ「そんなに肩ひじ張ってると大変よ。もっとリラックスして、自然体でいたほうが柔軟な対応ができるわよ」

明日葉「逆にあんこはもっと緊張感を持つべきだな。それと、そうやって屁理屈を出すあたり、先生に似てきたな」

あんこ「なっ……!そういう明日葉だって、ずけずけモノを言うところ先生にそっくり!」

八幡「なんで途中から俺を貶す会みたいになってるんですか……」

いや、ほんとやめてほしい。いざ自分が話題の中心になると、どうやって反応すればいいかわからない。今までまともに人とコミュニケーションをとってこなかった弊害がここにきて顕在化してしまった。

あんこ「先生がそういう性格してるのが悪いのよ」

八幡「俺のせいですか?いや、俺は悪くない。社会が悪い」

明日葉「あくまで社会のせいにするんですね……」

蓮華「いいじゃない〜。それでこそ先生よ〜」

いつの間にか、楠さんと粒咲さんの作文を読み終えていた芹沢さんもノリノリで会話に加わってきた。

あんこ「まあそうね。先生から卑屈と捻くれをとったら何も残らないし」

ちょっと?2人して何言ってるの。星守クラス内での俺の評価が低すぎ問題。

明日葉「おい2人とも。先生にもいいところあるだろ!」

お。楠さんが反論してくれた。ありがとう、楠さん!

蓮華「へえ。例えば?」

明日葉「た、例えば?例えば……、その……、あの……」

あれ?楠さん?なんで言い淀んでるの?そこはスパッと言ってくれないと困るんですけど?

あんこ「知ってる明日葉?そういう中途半端なフォローが一番人を傷つけるのよ?」

粒咲さんの言う通り。中学の時の学級会で、クラス委員に同じことされたし。あの時のクラスの雰囲気と言ったら、思い出したくもない……。

明日葉「うう……。私は先生を傷つけてしまったのか……」

粒咲さんのツッコミに、楠さんはがくっと肩を落としてうなだれてしまう。

蓮華「れんげは、明日葉になら何を言われても平気よ〜。むしろどんどん言ってほしいわ〜」

明日葉「ちょ、蓮華!抱きつきながら変なこと言うな!」

こうして芹沢さんが楠さんに抱きつく光景って久しぶりだなあ。クールなお姉さんと、グラマーなお姉さんが肌を重ねている姿はドキドキしちゃう。いいぞもっとやれ。

あんこ「はあ。あんたたちはいつも通りね」

蓮華「あらあんこ。寂しいの?大丈夫。れんげはあんこのことも大好きだから♡」

あんこ「ワタシにまで抱きつかないで……。苦しい……」

この2人が抱きついていると、胸の部分がより強調されて目のやり場に困る。おっぱいってこんなに潰れるのか……。いいぞもっとやれ。

明日葉「蓮華。あんこも嫌がってるし、離れてやれ」

蓮華「あら、もしかして明日葉ったらヤキモチ?そんなにれんげのことが恋しくなったの?じゃあ明日葉もギュ〜」

明日葉「違う!断じて違う!」

あんこ「うっ……。もっと苦しくなった……」

芹沢さんは両脇に2人を抱えて、幸せそうな表情を浮かべる。両脇の2人も、苦しそうな表情をしつつも、笑っている。

そんな3人を見て、俺の頬も少し緩んでしまう。

多分この3人は互いの心を深く知り合えたと思う。これまでよりもずっと詳しく。そして、作文を通して気持ちを赤裸々に暴露してなお見せるこの笑顔を、俺は本物だと思いたい。
636 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/04/09(月) 00:14:30.11 ID:7haFeM0L0
本編6-52


明日葉の母「明日葉さーん?どこにいらっしゃるのですか?」

襖の向こうから、楠さんの母親の声が聞こえてきた。

明日葉「こちらです。お母様」

楠さんは自分から襖を開けて、母親に声をかけた。

明日葉の母「あら、皆さんここにいらしたんですか。探してたんですよ」

明日葉「申し訳ありません。少し話をしていたんですが、今終わったので戻ります」

明日葉の母「ええ。よろしくお願いします」

みんなに合わせて部屋を出ようとした俺の前に、なぜか楠さんの母親が立ちふさがった。

明日葉の母「すみません先生。少し私とお話ししてもらってもよろしいですか?」

八幡「は、はい……」

明日葉の母「明日葉さん。蓮華さんとあんこさんを連れて先に行っててください」

明日葉「わかりました。行こう。蓮華、あんこ」

楠さんは芹沢さんと粒咲さんを伴って、そそくさと部屋を後にした。

明日葉の母「先生。本当にありがとうございました」

楠さんたちがいなくなると、楠さんの母親は、土下座の姿勢で俺に礼を言ってきた。

八幡「頭を上げてください。いきなりどうしたんですか」

明日葉の母「あの子に元気をとり戻してくれたことにお礼を申し上げているんです」

八幡「いえ、そんな……」

顔を上げても、なお美しい正座で詰め寄ってくる楠さんの母親の迫力に、俺はたじろぎながら返答することしかできない。そもそもこんなに礼を言われるようなことをした覚えもない。

明日葉の母「心から感謝しているんです。私はあの子の母で、元星守です。あの子の置かれている立場と、それにまつわる苦悩については、私がこの世で最も理解してあげられる存在なんです」

八幡「それは、そうですね」

元星守の母親。確かに心強い存在ではある。最上級生としてリーダーを務めている楠さんからしたら、公私共に頼れる数少ない人物ではないだろうか。

明日葉の母「しかし、私はあの子の苦悩を払拭させてあげることができませんでした。もちろん、私なりに助言をしてきたつもりですし、あの子もそれに従って努力を重ねてくれました。ただ、それが実らず、結果的にはあの子をさらに追い詰めることになってしまいました。そんな明日葉さんを救ってくれたのは、紛れもなく先生のお力です。今だから言いますが、昨日の朝、先生から連絡をいただいた時には、話に乗るか迷いました。ですが、明日葉さんが毎日家で楽しそうに先生のことを話す姿を思い出して、賭けてみようと思ったんです。その選択は、さっきの3人の顔を見て、正しかったと確信できました」

楠さんの母親は、凛とした雰囲気の中にも、暖かみを感じさせる声で語った。

八幡「俺はただ楠さん……いえ、明日葉さんたちに可能性を提示しただけです。立ち直れたのは、すべて3人自身の力によるものです」

明日葉の母「3人の力を引き出した先生の手腕も素晴らしかったのです。重ね重ね、ありがとうございました」

楠さんの母親は再び土下座してしまった。こうして目上の人にした手に出られることは初めてだから、どう対処すればいいかわからない。普段はどんな人にも下に見られてる、どうも俺です。

それに、本当に俺自身の功績だとはこれっぽっちも思っていない。星守クラスが今の18人でなければ、おそらく俺の作戦は失敗してただろう。そういう点では、高3組の3人以外にも、15人の星守にもこの感謝は向けられるべきだろう。

八幡「礼を言いたいのは、俺の方ですよ……」

明日葉の母「何かおっしゃいました?」

八幡「あ、いえ、なんでもありません」

明日葉の母「そうですか」

俺としたことが、口から言葉が漏れてしまった。それも、聞かれるとかなり恥ずかしい類のやつを。まだ小声でよかった。これが楠さんたちに知られたら、格好のネタになってしまう。俺はクールで孤高なキャラで売っているのだ。そこ。ぼっちを言い換えただけだろうとか言わない。

とその時、ポケットの中で、携帯が着信を告げた。

八幡「すみません。少し失礼します」

俺は楠さんの母親に断ってから、画面を見る。着信先は「理事長」。え。俺なんかしたかな……。

恐る恐る画面をタップして、電話に出た。

八幡「もしもし」

牡丹『比企谷先生ですか?神峰です』

八幡「理事長。どうしたんですか?」

牡丹『非常事態です』
637 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2018/04/09(月) 00:22:01.60 ID:7haFeM0L0
以上で本編6章終了です。このまま最終章へと入っていきます。

書き換え前を含めると、5か月以上やってたんですね。他の学年の話に比べてシリアスさが多かった分、ここまで長くなってしまいました。

最終章の終わり方はもう決まってるので、頑張って書いていきたいと思います。

それと、最終章ではさらなるキャラ崩壊、ご都合設定がてんこ盛りになる予定です。ご容赦ください。
638 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/11(水) 12:43:16.52 ID:MXqubmo2O
おつ
もともと終わってない話を終わらせにかかるんだから多少のご都合は覚悟のうえよ
639 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/04/15(日) 23:32:17.80 ID:hz9fvAfJ0
最終章-1


八幡「非常事態ってどういうことですか」

牡丹『強力な大型イロウスの反応が、世界の色々なところで検知されています』

大型イロウスなんて1匹だけでも恐ろしいのに、それが大量にいると思うとゾッとする。

八幡「でも、大型イロウスって普通1匹だけしか現れないはずじゃ」

牡丹『はい。だからこそ非常事態なのです。原因については樹と風蘭が調査中なので、情報共有のためにも、早急に神樹ヶ峰に戻ってきてください』

理事長の声から察するに、状況はかなり切迫しているようだ。

八幡「わかりました」

牡丹『よろしくお願いします』

こうして理事長との通信は切れた。

明日葉の母「先生。どうなさりました?とても怖い顔をしてらっしゃいますが」

八幡「実は、」

俺が返事を仕掛けたその時、小刻みな足音が廊下から聞こえてきた。それがどんどん大きくなったと思ったら、部屋の襖が勢いよく開いた。

明日葉「先生!たった今、大型イロウスが複数出現したと、ゆりから連絡がありました!」

音の正体は、血相を変えた楠さんたちだった。

八幡「ええ。俺も理事長から聞きました。情報共有のため、俺は今から神樹ヶ峰に行きます」

蓮華「なられんげたちも連れてって!」

あんこ「みんなが戦ってるのに、ワタシたちだけここにいるわけにはいかないわ」

3人の表情からは、固い決意が溢れ出ていた。担任として、1人の人間として、俺はこの決意を正しい方向へ導く義務がある。

まあ、こんな大それたことを考えるまでもなく、俺の返事は1つに決まってるのだが。

八幡「すぐに行きましょう」

明日葉、蓮華、あんこ「はい!」

明日葉の母「先生。うちの車をお使いください。最短経路で神樹ヶ峰女学園にお連れします」

八幡「助かります」

明日葉「お母様。ありがとうございます」

明日葉の母「私にできることをしているまでです。時間がないのでしょう?急ぎましょう。皆さんこちらへ」

----------------------------------------------

楠さんの母親が手配した車によって、すぐに神樹ヶ峰女学園にたどり着くことができた。校門で降ろしてもらった俺たちは、ラボに向かって校庭を突っ切る。

休日でも部活に勤しむ生徒で活気があるはずの校庭だが、今は人気が全くない。まるで俺たちだけしかこの世にいない感じがして、薄気味悪い。

八幡「なんか妙に静かじゃないですか?」

明日葉「おそらく、緊急警報が発令されたのでしょう」

八幡「緊急警報?」

明日葉「星守関係者以外の者の校内への立ち入りを禁止する命令のことです」

あんこ「ああ。そういえばそんなことを昔習ったような」

蓮華「れんげも今言われてやっと思い出したわ〜」

明日葉「これまで一度も発令されたことがないからな。実感がないのも無理はない」

八幡「でも、それが発令されたということは」

明日葉「それほど状況が芳しくない。ということなのでしょう」

おいおい。これまで一度も発令されたことのない警報が発令されるってどういうことだよ。俺たちはこれから、とんでもなく危険なことに直面しようとしているんじゃないか?

こういうのは俺のキャラじゃないって本当に。キリトさんとか、達也さんとか、スバルさんとか、そういう歴戦の猛者たちのためのものでしょう普通。

俺はビーターでもなければ、魔醯首羅でもないし、死に戻りなんて当然できない。

どうか、事態が深刻でないことを願うばかりだ。
640 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/04/15(日) 23:33:57.39 ID:hz9fvAfJ0
最終章-2


ラボの中に入ると、普段はあまりいることのない理事長が、俺たちを待ち構えるように、入り口近くに立っていた。

理事長「比企谷先生。明日葉たちもよく来てくれました。今、あなたたちを除いた全星守が出撃しています。しかし、それでも戦況は不利な状態です。久しぶりの戦闘で申し訳ないのですが、3人には今すぐ出撃して欲しいのです」

明日葉「わかりました」

あんこ「仕方ないわね」

蓮華「かわいいみんなを守るためだもの。れんげ、一肌脱いじゃうわ」

牡丹「ありがとうございます。ではすぐに転送準備を。詳しい戦況は追って伝えます」

理事長の素早い指示によって、楠さんたちは転送装置へと急ぐ。

さて、俺も行きますか。というか、いつもの流れなら俺も行くに決まってる。お約束は守られるからお約束なのだ。

八幡「じゃあ俺も、」

牡丹「待ってください。比企谷先生にはここに残ってもらいます」

足を動かし始めた矢先に、俺の腕は理事長によって捕まえられてしまった。

八幡「いいんですか?いつもなら俺も現場に行くじゃないですか」

牡丹「今回の戦闘は、複数箇所で同時展開されています。樹と風蘭は、今回の件について調査を進めているので戦闘の指揮は取れません。私も校外との調整で手が離せません。ですので、先生にはここから星守たちの全戦闘を見守り、指示をしてほしいのです」

理事長は、これまでにない威圧感をもって俺に迫ってきた。是が非でも俺に「はい」と言わせようとしているかのように。

八幡「わかりました……そういうことなら、ここからあいつらの戦闘に参加します」

牡丹「ええ。では参りましょう」

俺は理事長とともに、ラボの中心部へと進んでいった。

----------------------------------------------

樹「比企谷くん!待ってたわよ!」

風蘭「明日葉もあんこもよく連れてきてくれたな!お手柄だ!」

予想外にも、八雲、御剣両先生に激励されてしまった。が、2人とも顔はパソコンに張り付き、手もキーボードから一瞬たりとも離れない。

目前にでかでかと掛かっているスクリーンには、星守たちとイロウスの位置が地図に示されている。確かに、今までとは比べ物にならないほど多くのイロウスの反応を示す点が、世界中に表れている。

牡丹「星守の皆さん。聞こえますか。今から比企谷先生に戦闘指揮を全権委任します。皆さんは比企谷先生の指示に従って、イロウス撃破に努めてください」

スクリーンの前で、理事長が声を上げた。え、いきなり丸投げ?

戦闘指揮を全権委任とか、中2の頃なら興奮する響きだろうけど、今聞くと緊張が増長されてしまうからやめてほしい。

八幡「ああ、その、なんだ。そういうことだ。よろしく……」

当然断ることなんてできないし、何も言わないのもアレだから、遠慮がちに挨拶をしておいた。

「やったー!先生だー!」「遅いわよ。ヘンタイ!」「これで星守クラスが全員揃いましたわね」「よーし、頑張るぞー!」

すると立て続けに大量の声という声がラボの中に響き渡った。誰が何を話しているのか全く理解できない。俺は聖徳太子じゃねえぞ。人の話なんて、1対1でもまともに聞かない時だってあるのに。

八幡「うるせえ。そんなにいっぺんに話されてもわかんねえよ。今みたいにごちゃごちゃするなら、これからこの通信は戦闘関係に限定するぞ」

星守たち「えー」

八幡「えー、じゃねえ。喋るのは戦闘が終わって帰ってきてからにしろ」

星守「……!」

数人の息をのむような音が聞こえたが、それ以降は誰の声も聞こえなくなってしまった。あれ。俺何か変なこと言ったかな。

八幡「返事がないってことは同意してくれたってことでいいのか……?」

みき「先生。気づかないんですか?」

なぜか星月が俺の質問に質問で返してきた。それも何の脈絡もない質問で。こいつ俺の話聞いてたのか?

八幡「は?何が?」

みき「いえ、気づいてないならいいです!私たち、頑張ります!」

気づいてないって何のことだ。まあ、何にしても、やる気を出してくれたならいいんだが。
641 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/04/15(日) 23:36:20.09 ID:hz9fvAfJ0
最終章-3


心美「きゃっ!」

声の圧力に屈していた時、朝比奈の悲鳴が耳に刺さった。

八幡「どうした。朝比奈」

心美「と、突然地面からツタが出てきてびっくりしちゃいました。でも、避けたから大丈夫です」

八幡「そうか……」

とりあえず怪我がなくてよかった。だが、放っておいたら。またいつ攻撃されるかわからない。何かしら対策を立てなきゃいかんな。一緒にいるのは蓮見と煌上か。

八幡「朝比奈。それと蓮見。北西の方向に大型のズングラが複数固まっている。まずはそこを攻撃してくれ」

うらら「わかった!いくよここみ!」

心美「い、いきなり引っ張らないでようららちゃ〜ん!」

八幡「煌上。2人のフォロー頼む」

花音「ふん。言われなくてもわかってるわよ」

これでここはなんとかなるな。あのズングラのツタは面倒だからな。千葉駅で必死に逃げ回ったのを思い出す……。

ひなた「よーし。イロウス倒したぞー!次はどこ行こうかなー」

サドネ「サドネ、頑張る!」

サドネや南の陽気な声に誘われモニターの別の個所を見ると、イロウスがいる方向とは真逆の方向に南が進んでいるのがわかった。

八幡「南、サドネ。そっちにイロウスはいない。逆だ逆」

サドネ「ぎゃく?」

ひなた「え、ホント?よーし、じゃああっち行くぞー!」

2人はさっきまでとは反対方向に進むが、その先のイロウスは遠距離攻撃が得意なラプター種の反応が多くあった。

八幡「南、サドネ、止まれ。そのまま進むと電撃にやられる。藤宮。いったん南たちと合流してラプター種を殲滅してくれ」

桜「はあ。しょうがないのお」

やる気のない声とは裏腹に、藤宮が急いで2人に合流しようとしているのをモニターで確認することができた。

ミシェル「むみぃ……。イロウス見つからないよお」

お次は綿木のため息交じりの愚痴だ。

八幡「何言ってんだ綿木。お前のすぐ近くにイロウスの反応はわんさかあるぞ」

南たちとはまた別の場所にいる綿木だが、彼女の周りには、うろうろするイロウスの反応が多くある。

楓「先生。実はここらへん市街地でして、なかなかイロウスを目視することができないんですの」

なるほど。モニターには建物の面積はわかっても、高さまでは表示されないから気づかなかった。

八幡「なら誰かが高いところに上がって、指示を出せばいい。残りの人がイロウスを追いかけよう」

詩穂「それなら私の目の前に、あたりを見渡せる高いビルがあります。私がそこから指示を出します」

八幡「わかった。じゃあ綿木と千導院は国枝の指示に従ってイロウスを追いかけてくれ」

ミシェル「わかった!」

楓「よろしくお願いします。詩穂先輩」

よし。これでこのグループもなんとかなりそうだ。後は……。
642 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/04/15(日) 23:44:55.32 ID:hz9fvAfJ0
最終章-4


ゆり「望!もっとテキパキ動け!」

望「ちゃんとやってるよ!ゆりこそ、目の前のイロウスに集中した方がいいんじゃないの?」

くるみ「くんくん。ケンカのにおい?」

この2人のやり合いはいつものことだからどうでもいいや。常盤の発言もツッコミどころ満載だが、言い出したらキリがないからこれもスルー。

八幡「火向井、天野、常盤。お前らが相手にしているのはアンギラ種だ。いつ炎が飛んでくるかわからない。気を付けとけよ」

中学生組に比べて、相手にしているイロウスの数は多いが、別段俺から言えることはないので、あっさりとした助言のみ言い渡す。

ゆり「聞こえたか望、くるみ!どこから炎で攻撃されてもいいように準備を怠るな!」

望「ゆりだって口ばっかり動かしてたら、いざというとき動けないよ!」

くるみ「うふふ」

果たしてこの3人に俺の言うことは届いたのだろうか。まあ、戦闘中でもこれくらい喋る余裕があれば平気か。

あんこ「ワタシが援護射撃するから、2人は突撃しちゃって」

明日葉「わかった。私が右寄りに進む。蓮華は左を頼む」

蓮華「は〜い」

高3組に至っては、ブランクを感じさせない見事な連携によってイロウスを掃討している。3人の周りから瞬く間にイロウスの反応が消えていく様子は、見ていて気持ちがいい。

八幡「楠さん。粒咲さん。体は大丈夫ですか?」

明日葉「私は大丈夫です。リハビリ中も鍛えてましたから」

あんこ「ワタシは体力落ちてるから、なるべく動かず撃ってるわ」

蓮華「先生〜。れんげがちゃーんと見てるから心配いらないわよ〜」

久しぶりの戦闘でも、楠さんも粒咲さんも自分のできることをわかって動いているし、芹沢さんも気にかけているようだ。ま、3人とも経験は豊富だし、余計なお世話だったかな。

みき「先生!私たちの周りにイロウスはいますか?」

八幡「ちょっと待ってくれ。確認する」

星月の元気溢れる声に促され、モニターを見てみるが、イロウスの反応は見当たらない。

八幡「いや、特にないな」

昴「てことは、アタシたち任務完了?」

八幡「そういうことになるな」

みき「やったね昴ちゃん!遥香ちゃん!」

昴「うん!」

遥香「ええ」

3人がほっとしていることは、はしゃいでいる様子からも見て取れる。決して楽な戦いではなかった、いや、むしろかなり厳しい戦いだったろうに、一番早く作戦を終えたところに、3人の成長を実感した。なんか、胸のあたりが少し熱いな。我ながら少し感動してしまったらしい。他の戦闘は終わってないのだ。気を引き締めないと、痛い目にあいかねない。

八幡「転送の準備をする。その場で周囲を警戒しつつ、待機しててくれ」

俺は心の雑念を振り払うように、手早く転送装置の座標指定作業を始めた。最初は御剣先生にバカにされながら使っていた転送装置も、今となってはささっと使いこなせるようになってしまった。本来は御剣先生の業務だが、強制的に手伝わされたせいで使い方をマスターしてしまった。

そう。もともとは俺の仕事じゃない。ここ大事。やらなくてもいいことなのに、なぜかやらされている。こんな横暴がまかり通ってるなんて、教師はやはりブラックだ。将来は教師だけにはなりたくない。

なんて心の中で愚痴っているうちに転送装置の設定を終え、スイッチを押した。ブーンという音とともに、操作盤と繋がっている筒状の機械の中がぱあっと光り輝く。次第にその光が弱くなっていくと、中の人影が濃くなってきた。

八幡「お疲れさん」

遥香「お疲れ様です先生」

昴「アタシたちが一番乗り?」

八幡「ああ」

みき「まだみんなは戦ってるんだ……」

星月は神妙な顔つきでモニターをじっと見つめる。もしかしたら星月は心配しているのかもしれない。これまでにない数のイロウスと戦う仲間たちを。

八幡「そんな心配そうな顔をすんな星月。直にみんな戻ってくるだろ。どの場所でもイロウスの反応は無くなってきてるしな」

みき「そう、ですよね……」
643 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2018/04/15(日) 23:51:36.01 ID:hz9fvAfJ0
今回の更新は以上です。

今日はひなたの誕生日ですね。4月カレンダーのマーチングひなたのセリフがかわいくて好きです。
644 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/04/21(土) 23:04:33.65 ID:t8mftxul0
最終章-5


星月と会話をしていると、モニターに表示されていたイロウスの反応が一斉に消えた。

昴「あ。イロウスの反応がなくなった!」

遥香「みんな倒せたのね」

若葉と成海は達成感と安心感に満ちた表情でほっと胸をなでおろしている。

だが、何かおかしい。イロウスを全滅させたのはもちろんいいことだが、なぜそれが同時なんだ?チームによって対峙するイロウスの数も種類も違う。それによって、それぞれの殲滅状況も異なっていたはずだ。そんな中で、5チームが同時に戦闘を終えるなんて、そんな偶然あるのか?

花音「ねえ。イロウスが突然消えたんだけど、どういうこと?」

俺が疑念を抱いている最中、煌上が不審げな声で通信をしてきた。

八幡「煌上。消えたってどういうことだ」

花音「わかんないわよ。うららと心美と戦ってたら、いきなり消えたの。それも周囲一帯全部よ」

イロウスが増えることはよく聞くが、消えるなんて聞いたことがない。そんなことあり得るのか?

八幡「煌上以外のところの状況はどうなってる?」

楓「ワタクシたちのところのイロウスも消えました」

サドネ「サドネのとこも、いなくなった」

望「こっちも消えちゃった!」

明日葉「私たちのところもです」

どうやら5カ所全てでイロウスが一斉に消失したらしい。やはりこれは偶然なんかじゃない。何かしらの力が働いているはずだ。

八幡「なあ。イロウスって倒さなくても消えるものなのか?」

遥香「いえ、私たち星守が倒す以外にイロウスが消滅する方法はないはずです」

八幡「じゃあ、今までこんな風にイロウスが消えた経験はあるか?」

昴「移動した、とかならありますけど、今みたいなことは一度もありません」

八幡「八雲先生と御剣先生はどうですか?」

樹「私も聞いたことないわ」

風蘭「今、イロウス消滅時のデータを解析しているが、こんな現象初めて見た」

先生たちでさえ知らないのなら、これは本当に未知の現象なのだろう。

八幡「原因はわからないですか?」

風蘭「イロウス発生時と消滅時に同じ波長のエネルギーを観測した。これが原因だろう」

八幡「その発生源はどこですか?」

樹「ちょうどそのエネルギーの分析が終わるわ。モニターで赤く光る点が発生地点よ」

ラボ内の目という目がモニターに集まる。だが、誰1人声を出す者はいない。全員が自分の目を、頭を確かめるように何度もモニターの一点を見つめ直す。

俺も何度も見直した。目をごしごしこすった。右目だけ、左目だけでも見た。でも、赤い点が指し示す場所は変わらない。

風蘭「樹!あの場所で間違いないのか!?」

樹「信じられない。もう一度分析をやり直すわ。風蘭も手伝って!」

八雲先生と御剣先生は切羽詰まった様子でパソコンを打ち直している。しかし、表示される赤い点は動かない。

俺の隣では、成海が目を大きく開きながら口に手を当て、若葉は壊れた機械のように、何度も頬をつねっている。

そして星月は力が抜けたように膝から崩れ落ちた。顔だけは上がっていてモニターを見ているが、その目に輝きはない。

みき「あの光ってるところって、まさか……」

その先の言葉は彼女の口から出てこなかった。目の前の光景を受け入れられない。星月をはじめ、皆がそのような表情をしている。

俺だってそうだ。これが夢だったらどんなによかったか。夢であれば、現実には何の影響も出ないし、俺の脳がおかしいということだけで話は済む。

だけど赤い点はピクリとも動かない。同時にその赤い光は、この光景は現実なんだ、と俺の目に、脳に、心に刃を突き付けてくる。

八幡「ここが、元凶なのか……」

赤い点は、俺たちのいる神樹ヶ峰女学園を指していた。
645 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/04/21(土) 23:05:48.34 ID:t8mftxul0
最終章-6


風蘭「何回分析し直しても、エネルギーの発生源はここ以外にあり得ないな……」

樹「わかったわ。理事長にも報告します」

八雲先生はパソコンを操作して、理事長室へのコンタクトを試みる。しかし、何分経っても理事長がこれに応じる気配がない。

樹「でないわね……」

風蘭「取り込み中なんじゃないのか?」

樹「そうだとしても、この事実は可及的速やかに伝えるべき事項よ。理事長なら何か策を講じてくれるかもしれないし」

八幡「なら、俺が直接言ってきますよ」

八雲先生と御剣先生は引き続きエネルギーについての分析をしないといけないし、星月たちは万が一イロウスが再発生した時にすぐに動けるようにしてもらいたい。必然、こういう単純労働は俺の仕事ってことになる。

樹「ありがとう。それじゃあお願いね」

八幡「はい」

俺はその場を駆け出して、ラボを飛び出していった。

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本当は昨日来ているはずだが、体感的には何か月かぶりの理事長室である。

数回ノックをしてみるが、中から返事は聞こえない。校外との調整があるって言ってたよな。それなら、なおさらここにいないとおかしいはずなんだが。

俺は試しにドアノブを回してみた。ノブは鍵の干渉を受けることなく、するっと回ってしまった。

開いているなら入ってみるしかないよなあ。非常時だし、仕方ないということにしておこう。

八幡「失礼します……」

ゆっくりと中を見つつドアを開けるが、中はしんと静まり返っている。電気もついておらず、寒気さえ感じる。

部屋の真ん中まで入ってみても、人っ子1人見当たらない。いくら理事長が大きくないとはいえ、ここから見渡して見つけられないわけがない。

ふと、理事長の机の上に一冊のノートが置いてあるのを発見した。完璧なまでに整理整頓が行き届いた室内で、このノートだけが異様な存在感を放っている。

近付いて表紙を見れば、そこには「星守、神樹、イロウス」の文字。

これってデスノートじゃないよね?死ぬまで死神にリンゴを与え続けないといけない人生なんて、まっぴらごめんだ。

まあ、表紙が理事長の字だから、こんな心配は杞憂なんだけど。

するとこのノートは理事長の私物ということになる。私物を自分の机の上に置いておくこと自体は普通のことだが、状況が状況なだけに、強い違和感を覚える。

そもそも、なんで理事長はいないんだ?俺に戦闘指揮権を譲った時には「校外との調整がある」と言っていた。お偉いさんとの会話を聞かれたくなくてラボを出ていったのならわかるが、それならそうとこの部屋で話せばいい。イロウスが大量発生している最中に、学校外に出るとは考えにくい。もしどこかに行くにしても、俺たちに一言声をかけるはずだ。

だが、理事長は忽然と姿を消してしまった。部屋の鍵を開け、ノート一冊を残して。

どれだけ慌てていたとしても、理事長がノート一冊だけを残し、部屋の鍵を閉め忘れるなんてありえない。

ということは、黙って部屋を出たのも、部屋の鍵を開けていたのも、ノートを残したのも、全て理事長の意思によるものという結論にたどり着く。

ならば、このノートに全ての真相が書かれているに違いない。否、そうでなければ、わざわざここに置いてある意味がない。

俺は意を決して、そっとノートのページをめくり始めた。

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ノートには理事長が調べ上げた星守と神樹、イロウスの関係性についてまとめられていた。

始めは星守と神樹の関係について書かれていた。星守は神樹によって選ばれる。星守になるのは心の清い若い女の子である。星守は彼女たちを支える存在と共鳴することで覚醒する、など。大体はこれまで散々言われてきた当たり前のことが書いてある。まあ、たまにわけわからないことも書いてあるが、今は飛ばしておこう。

拍子抜けして流し読みをしていると、「イロウスの発生について」という目を疑うような言葉が飛び込んできた。

これまでイロウスは、人間に害を与えるということ以外は全く不明な存在だと言われてきた。

ところがこのノートには「イロウスは禁樹より生れ出る」とある。そして続いて、「神樹が人の善の感情をエネルギーとして星守に力を与えるように、禁樹は人の悪の感情をエネルギーとして、イロウスに力を与える」とも書かれている。

こんなに詳細にわかっているのに、どうして理事長は教えてくれないんだ?それに、イロウスの発生場所がわかってるなら、それを破壊すればすべて済みそうなもんだが……
646 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/04/21(土) 23:06:15.14 ID:t8mftxul0
最終章-7


そう思いながらページをめくっていた時、信じられないような記述が目に入った。

「禁樹は神樹が生えるその真下で、地下に向かって枝葉を伸ばす。そして、この2つの樹は深いところで互いに影響しあっている。片方がなくなれば、もう片方も消える」

どうやら、イロウスを生み出す禁樹というものは、神樹の真下に生えているらしい。そして、この2つの樹は深いところで互いに影響しあっており、もし禁樹を消滅させたならば、神樹も一緒に消えるとまで書いてある。

…………ちょっと待て。一旦落ち着け俺。

まとめれば、イロウスは人の悪感情をベースに、禁樹というものから生み出される。それはちょうど神樹が星守を選ぶ関係に似ている。その理由は、神樹と禁樹が互いに影響しあってるから。それゆえに、どちらか片方が消えればもう片方も消える、というとになるのか。

うん。そりゃこんな事実公表できないわな……人間の悪感情を発端としてイロウスが誕生し、あまつさえ神樹の真下で生み出されている、なんて知れ渡った日には、世界がどんな混乱に陥るか、想像するだけで恐ろしい。

俺が身震いしていると、ノートの最後のページに封筒が挟まっているのを発見した。その宛名には、理事長の文字で「比企谷先生」とある。

八幡「……!」

俺は無我夢中で封筒を開け、中に入っていた便せんを読みだした。

「比企谷先生。この手紙を読んでいるということは、私のまとめたノートも全て御覧になったことと思います。

まずは、これまで多くのご迷惑をおかけしたことを謝罪させてください。星守とは何の関係もない立場にあった比企谷先生を半ば強制する形で神樹ヶ峰女学園に呼んでしまったことで、今に至るまで多大な負担を強いてしまいました。申し訳ありません。

このようなことを述べた後ですが、私から1つだけお願いがあります。

どうか星守クラスの子たちと一緒に、この学校から逃げてください。

今に至るまでに、彼女たちは幾度もの激しい戦いを乗り越え、十分すぎるほどの戦果を挙げてくれました。そんな彼女たちに、これ以上の重荷を背負わせたくはないのです。

神樹を見守る者として、神樹ヶ峰女学園の理事長として、私は禁樹のもとへ参ります。いえ、参らなくてはならないのです。

おそらく、もう地上には帰ってこられないでしょう。樹や風蘭にもこのことは言っていません。事前に言ってたら、多分反対されたでしょうから。

時間もないので、このあたりで筆を置かせていただきます。

比企谷先生。星守こと、どうかよろしくお願いいたします」

手紙を読み終えるや否や、俺の足は脳内からの信号を受け取る前に動き出して、元来た道を引き返していた。

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なんだこの置手紙は。というのが俺の素直な感想だった。

確かに、星守とは縁もゆかりもない俺をこの学校に来させ、担任をやらせるなんて非常識にも程があると思っていた。いや、今も結構そう思っているし、むしろ恨んでるまである。

星守についても理事長の考えは正しい。彼女たちがこれまで人類に対して多大な貢献をしてきたことは誰しもが認めるところだろう。

ただ、そうだからと言って、理事長が1人で禁樹のもとへ向かう必要は全くないし、俺や星守たちがここを逃げ出す理由にはならない。

別に俺は理事長の考えを否定するわけではない。星守に対して多くの負担を強いていたことを、理事長が常日頃から気にしていたのは知っているし、その点については俺も同じ考えを持っている。

それと同時に、俺は彼女たちのこれまでの貢献に対し、もっと敬意を払ってもいいのではないかとも思っていた。現時点でイロウスを倒せる存在は星守に限られているし、彼女たちは経緯は違えど、自分から星守になる道を選んでいる。ならば、イロウスを討伐するという任務にあたって最も優先すべきことは、星守たちの心だと思う。

この前の粒咲さんのように、やりたくなければやめればいい。自分の命を自ら危険にさらす必要なんてこれっぽっちもないのだから。

それでも彼女たちが星守の任務を遂行することを希望するならば話は違ってくる。意欲が高く、専門の訓練も積み、神樹にも選ばれている彼女たちの思いを、外部の人間が否定することは許されないことだ。ましてや、真実を隠したままここから逃がすなんて、これまでの彼女たちの努力に泥を塗ることになる。

だから俺は理事長の指示には従わないで、彼女たちに問おうと思う。すべてを打ち明け、これからどうしたいのかを。

そして彼女たちが出した結論がどんなものであろうとも、俺はそれを支えていきたいと思う。

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647 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2018/04/21(土) 23:08:38.21 ID:t8mftxul0
今回の更新は以上です。

禁樹というのは>>1のオリジナル設定です。書き直す前の6章にも登場させましたが、それとは別のものと思ってください。

そして遅くなったけど、バトガ3周年おめでとう!
648 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/04/30(月) 01:23:48.83 ID:zRWhIQZv0
最終章-8


八幡「はあ……はあ……」

俺はノートと便せんを抱えながらラボに戻ってきた。ドアを開けると、すぐに星月たちが駆け寄ってきた。

みき「先生!」

昴「やっと戻ってきたんですね!」

遥香「なかなか戻ってこなかったので心配しました」

八幡「悪い……」

風蘭「それで、理事長は……?」

御剣先生は俺の背後に目をやるが、当然そこには誰もいない。

八幡「理事長はいませんでした……」

樹「そんな……」

八幡「でも、理事長がどこにいるかはわかってます」

昴「それならすぐにそこに行かなきゃ!」

八幡「ああ。ただその前に、どうしても伝えなきゃいけないことがある。理事長のところへ行くのは、その後にしてくれ」

樹「比企谷くん。それは今すぐじゃないといけないの?」

八雲先生は咎めるように俺をにらみつける。この顔はめっちゃ怖いが、ここで俺が引くわけにはいかない。どうしても事実は伝えなければならない。

八幡「はい。星守全員になるべく早く、直接言わないといけないことです」

樹「……わかったわ。転送の準備を始めます」

八雲先生は小さく頷くと転送装置を起動し始めた。

程なくして星守全員がラボに戻ってきた。全員が着席したところで、一人一人の顔を確認する。幸いにも、誰もケガをしていない様子で、少し安心した。

八幡「じゃあ話を始める」

俺は理事長のノートに書いてあったこと、手紙の内容を端的に語っていった。

最初こそ何かしらの反応を見せていた星守たちだったが、次第に口数が減っていき、最後には完全に言葉を失ってしまった。先生たちも同様に、しんと静まり返っている。

八幡「これを踏まえて質問したい。みんなはこれからどうしたい?」

俺の問いかけに対し、いち早く反応したのは、俺に近い立場にいる八雲先生だった。

樹「比企谷くん。その質問の意図は何かしら。まさかあなたは、彼女たちに人類の行く末を選ばせようとしているの?」

八幡「突き詰めればそうなりますね」

樹「そんな残酷な……」

八幡「……俺からしたら、今までのやり方の方が残酷な気がしますよ」

樹「え……?」

八幡「冷静に考えたらそうでしょ。星守になったら、自分の都合はお構いなしにイロウスを殲滅しなきゃいけなんですよ?そのくせ殲滅したからって何か報酬が貰えるわけでもない。逆に討ち損じでもしようもんなら、大問題に発展しかねない。こんな状況が当たり前になってるのっておかしくないですか?労働と対価が釣り合ってなさすぎますよ」

俺の反論を聞いて、八雲先生の隣に座っている御剣先生は何回も深く頷いている。そこまで露骨に賛同していると八雲先生に叩かれますよ?

八幡「話を戻せば、こういう非常時の時こそ、星守としての役割を全うするか、自分自身の生活を優先するかは自分自身で決めてほしい。

どんな結論が出ようと、それについて俺からどうこう言うつもりはない」

俺は努めて静かな口調で星守たちに問いかけた。
649 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/04/30(月) 01:24:48.01 ID:zRWhIQZv0
最終章-9


みき「私たちの答えは1つですよ。ね、みんな!」

ほとんど間髪を入れずに、ラボ中に響き渡る声で星月がそう宣言した。

昴「うん!」

遥香「そうね」

星月の呼びかけに対し、若葉と成海をはじめとして、そうだそうだという声が沸き起こる。

だが、誰1人として具体的な行動を明言する者はいない。あくまで星月の呼びかけに応えているだけだ。

八幡「やんややんや言うのはいいけど、結局お前らはどうしたいの?」

みき「先生の気持ちを教えてくれたら言います!」

八幡「俺の気持ち?」

みき「先生が私たちのことを考えてくれているのはわかります。でも、私たちは先生の本心も聞きたいんです。知りたいんです!」

俺の気持ちってなんだよ。別に俺に決定権があるわけでもないし、そもそもそんなこと考えたこともない。

これまで奉仕部にしろ、星守クラスにしろ、周りに流されてここまでやってきた。まあ、そこにいたメンツが恐ろしくキャラの濃い女子ばかりだったから、俺には対抗する力がなかったわけだが。

奉仕部では材木座とか葉山とか材木座とかの依頼が面倒で嫌になることもあった。星守クラスでも初日の九死に一生を得る体験をはじめに、何度も面倒なことに巻き込まれてきた。

だけど不思議なことに、それらを不満に感じることはほとんどなかった。星守クラスに関して言えば、むしろ自分から面倒ごとに首を突っ込んだと言えるかもしれない。

楠さんと粒咲さんの件がまさにそうだ。以前なら、我関せずという立場をとって見て見ぬふりをしていただろう。

八幡「俺は……」

けれど、あの時の俺はそうしなかった。担任という立場や、他の星守の気持ちを考え行動し、結果として2人は星守クラスに復帰してくれた。

ここに以前の俺とは決定的に違う何かがある。その何かをここで定義するのは難しいが、それは多分いきなり生まれてきたものではなく、星守クラスと関わるようになってから徐々に徐々に形成されたものに違いない。

だって人間はそう簡単に変わるものじゃないからだ。この考えは奉仕部にいようと星守クラスにいようと変わることはなかった。

それに、周りに流されることが多いとはいえ、ほとんどの時間は俺の周りは空虚なものである。休み時間は机に突っ伏してるし、昼飯もなるべく1人で心落ち着かせられる場所でとるようにしている。

こう考えると、俺の思考は青春をバカヤロー呼ばわりしたあの頃とちっとも変っていない。自分で自分の変わらなさに引くレベル。俺の思考ってダイヤモンドよりも固いんじゃないの?なんなら破壊したものを治すこともできそう。

それでも俺は明確には説明できない何かによって、思考の迷宮に陥ってしまっている。もしかしたら、大多数の人はこんなことで迷わないのかもしれない。多分リア充はこういうことには無意識のうちに答えを出せる連中なんだろう。まあ俺からしたら、羨ましいとはあまり思わんが。

むしろ、こうして悩んで迷って時間をかけるからこそたどり着ける場所ってもんがある。

その場所が、今ここなのかもしれない。

八幡「俺は戦いたい。お前らと一緒に」

無意識に握られたこぶしは爪が食い込んで痛いし、足もがたがた震えている。そんな状態で言葉を発したから、声もかすれてしまった。

一言発するだけでこの有様だ。ここまで自分がやわだったとは思わなかった。情けなさ過ぎて、今にも崩れ落ちそうになるのを必死に耐えている。こんな姿見せたら、笑われるのは確定だな。

俺は反応を伺うように星守たちを見渡していく。彼女たちは確かに笑みを浮かべてはいるものの、それは俺を馬鹿にするものではないことに気付いた。

八幡「なんでお前らそんな笑ってるんだよ……」

みき「嬉しいから笑ってるんです!」

星月は答えになってない答えを言ってきた。別に気持ちの話をしてるんじゃないんだけど。嬉しいのは見ればわかるし……。

八幡「嬉しい……?」

俺は初めて感情を持ったロボットのように星月に聞き返してしまった。

みき「先生が私たちと同じことを思っていたからに決まってるじゃないですか!」

一番前に座っていた星月は、勢いよく椅子から立ち上がると、そのまま後ろを振り返った。

みき「みんなもそうだよね!」

星守たち「もちろん!」

星月の呼びかけに対し、他の星守全員が立ち上がった。特に指示があるわけでもないのに、返事はぴったり揃っていた。
650 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/04/30(月) 01:25:30.29 ID:zRWhIQZv0
最終章-10


八幡「はは、なんだよ……」

俺は苦笑しながら視線を下に落とす。

色々な感情が胸の中を駆け巡ってしまい、思わず笑みがこぼれてしまった。

今までこんな風に自分の考えを口にしたことはなかった。周りに人がいなかったってのもそうだが、それ以上に、自らを赤裸々に語る機会に恵まれてこなかったことが大きな要因だ。小町は例外としても、それ以外の人には自分の気持ちを伝えることは極力避けてきた。

自分の考えがきちんと伝わらなかったらどうしよう。

相手がそれを受け止めなかったらどうしよう。

受け止めさせたことで余計な苦労をかけたらどうしよう。

そもそも自分の考えが間違っていたらどうしよう。

不安要素を挙げたらキリがない。俺が正直な気持ちを伝え、それに応じてくれる相手がいる可能性なんて限りなくゼロに等しい。だからそんなことは不可能だと自分自身に言い聞かせ続けてきた。

でも、俺はそれを心のどこかで追い求めてた。諦めることができなかった。

だから俺は必死に悩み、もがき、そして行動したのだ。それは星守や先生、小町のためでもあったが、一番は俺自身のためだった。

そして今、そんな俺の気持ちを聞こうとしてくれた人が目の前にいる。それも、1人や2人じゃない。18人の、俺の生徒たちだ。

彼女たちは俺の気持ちを受け止めてくれた。あまつさえ、自分たちも同じだと返してくれた。これは俺が求めていたものに相違ないはずだ。

なら。俺のすべきことは……。

みき「先生?」

星月をはじめとして、星守たちが俺を取り囲んだ。口々に聞こえてくる俺を呼ぶ声が、徐々に頭に響いて、思考回路を蘇らせていく。

八幡「じゃあ、行くか」

これまでの思考の反駁がウソのように、ぽろりと言葉がこぼれた。

こんな簡単に言葉が出てくるなんて、自分で自分に驚いている。

まあ、お互いの考えが共有されたこの状況では、どう考えてもやることは1つしかないし、当然と言われれば当然なんだけど。

一方の星守たちは、もう誰1人として笑っている者はいなかった。俺を取り巻く雰囲気が、気合と緊張と恐れとがないまぜになったものに変わったのを肌で感じる。

八幡「ま、あとは運を天に任せるしかないな」

遥香「え?」

八幡「だってそうだろ。相手の出方がわかんないんだから対策を立てようがない。できることと言ったら、どうか無事に事が終わるよう神に祈ることくらいだろ」

昴「あはは……。なんか先生らしいアドバイスですね」

うるせ。しょうがないだろ。これが俺の考え方なんだよ。

八幡「だから、お前らは何も気にせず、自分にできることをやればいい」

強引に話をまとめてしまったが、言いたいことは言い切った。これくらいしか言うことがない自分が情けなくなってくる。

星守たち「はい!」

俺の話で若干緊張が解けた星守たちによる熱のこもった返事が、ラボ中で反響した。
651 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2018/04/30(月) 01:30:41.85 ID:zRWhIQZv0
短いですが、今回の更新は以上です。

このSS読んでくれている人ってまだいるんですかね?

もしいなくても、完結するまでは自己満足をモチベーションに頑張ろうと思います。
652 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/30(月) 05:27:09.54 ID:lzwoT6z20
乙!
読んでるよ
653 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/04/30(月) 18:39:40.54 ID:qZ3EshZDO
乙です。

俺も満足してるので続けて、どうぞ。
654 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/30(月) 22:37:49.25 ID:EpB35c6D0
初期からずっと追ってるよ
毎回楽しみにしてる
655 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/05/10(木) 23:40:57.26 ID:g4nqlPg+0
最終章-11


八幡「じゃあ、行ってきます」

俺は八雲先生と御剣先生にそう告げた。

樹「ええ。気を付けてね」

風蘭「なんだよ。アタシたちも行くんじゃないのか?」

樹「現役を退いた私たちが行っても、ただの足手まといにしかならないわよ」

立ち上がり、不満げに反抗する御剣先生に対して、八雲先生はぴしゃりと言ってのける。

風蘭「でもよ……」

樹「信じて待つのも、教師の仕事よ」

風蘭「……わかった。アタシもここで待つよ」

八雲先生の説得に応じて、御剣先生はどかっと椅子に座り直した。

風蘭「その代わり、絶対負けんなよ」

御剣先生の目がキラリと光って俺を刺す。

樹「そうね。それはここできちんと約束してほしいわ」

八幡「約束って……」

ここで言われた通り「絶対帰ってきます」とか言うと、死亡フラグにしかならないんだよなあ。

俺としてはできる範囲でやれればいいと思ってるんだけど……。

みき「もちろんです!絶対みんなでイロウスをやっつけて理事長と一緒に帰ってきます!」

そういうことを考えず発言するアホが1人。

八幡「おい。適当なこと言うな。これでフラグビンビンに立っちゃっただろうが」

昴「先生、アタシたちが負けるって言ってるんですか?」

八幡「え、いや、別にそんなことは思ってないけど……」

遥香「ならいいじゃないですか。少年マンガでも、最後は必ず主人公が勝ちますし」

八幡「ここはマンガの世界じゃないんだけど……」

そう。ここはマンガやゲームの世界ではない。お約束などは存在しないのだ。すべては自分の手で切り開いていくしかない。現実は、良くも悪くも自分次第なのだ。

明日葉「先生。大丈夫です。私たちはどんなことが起きようと、必ず乗り越えてみせます」

楠さんは凛とした声で力強く言い切った。周りにいる星守たちも、それに続いて頷いている。

ま、こいつらならそうそ手を抜いたり、諦めたりはしないか。なんなら最初に諦めるのは俺という説まである。

星守たちはむしろ、何があっても最後まで可能性を信じて戦いそうだ。おそらく、そういうことができる人しか星守にはなれないんだろう。

それになにより、俺は彼女たちについていくと決めたじゃないか。ともに戦うと誓ったじゃないか。なら、俺もできることをして彼女たちを支えるのみ。

八幡「ええ。そうですね」

努めて簡素に返事をしてから、俺は意を決して声を張り上げた。

八幡「じゃあ改めて……行くか」

星守たち「はい!」
656 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/05/10(木) 23:41:42.25 ID:g4nqlPg+0
最終章-12


俺たちはラボの目の前にある神樹にやって来た。理事長のノートによれば、ここが禁樹への入り口であることは間違いないんだが、と思っていると、樹のすぐ近くの土が不自然に盛られているのを見つけた。

そこに近付くと、人が1人通れるくらいの穴が開いていて、終わりの見えない階段が真っ暗な地下に向かって伸びていた。

俺たちは1人ずつ穴をくぐって下へ下へと続く階段を降りていく。

望「こんな穴があるなんて知らなかった」

ゆり「普段は穴の脇にあった木のフタが被さっていたんじゃないか?」

ミシェル「むみぃ、この穴真っ暗で何も見えないね……」

詩穂「ええ。それに、何か恐ろしい気配も感じるわね」

サドネ「サドネ、こわい……」

蓮華「ミミちゃん、サドネちゃん、れんげがしーっかり守ってあげるから安心して?」

楓「蓮華先輩が言うと、また違う意味で恐ろしいですわ……」

うらら「ふ、ふん!うらら、別に怖くないし!」

心美「う、うららちゃん……怖くないなら腕掴まないでぇ」

流石に19人もいると、やかましさが何倍にも膨れ上がる。穴が狭いのも相まって、耳にがんがん声が響いてくる。

注意するのも面倒だからそのまま放置しつつ先に進むと、開けた空間が現れた。なぜかこの場所には光があって周りよりも明るくなっている。

明日葉「みんな、気を抜くな」

楠さんの注意を受け、全員が丸くなって武器を構える。

花音「ねえ、何か聞こえない?」

くるみ「羽ばたく音、でしょうか」

煌上や常盤の言う通り、どこからか何かが羽ばたく音が聞こえてくる。それも1つや2つじゃない。もっと多くだ。

音はどんどん大きくなり、空間中がその音で包まれる。

そして、ついにその音の発生源が姿を現した。

桜「これは……イロウスか?」

あんこ「それ以外考えられないわね」

現れたのは、一見ラプター種に見えるイロウスだ。だが、その大きさはラプター種とは段違いで、とてもじゃないが1人や2人じゃ立ち向かえそうにない。

これ、けっこうヤバいんじゃね??

昴「こんなイロウス初めて見た……」

遥香「ここはイロウス発生地だし、どんなイロウスが出ても不思議じゃないわ。ですよね先生?」

八幡「お、おう。そうだな」

生徒の前でかっこつけたくなっちゃうどうも俺です。だって仕方ないじゃん。俺も怯えてたって知られたらまーためんどくさいことになるし。

みき「どんなイロウス相手でも。私たちのやるべきことは変わりません!」

星月はソードを振り上げながらイロウスに突っ込んでいく。何人かの星守も星月の後に続いていく。

しかし、イロウスはその場で4枚の羽を大きく広げ、迎撃態勢をとる。

すると、上空から何本もの雷がイロウスを守るように円形に降り注いだ。

星守たち「きゃっ!」

攻撃に出た星守たちは雷攻撃を必死に避ける。幸い、すぐに雷攻撃は止んだが、イロウスにダメージを与えることはできなかった。

ひなた「このイロウス雷落とすの!?」

心美「と、とても強力そうです……」

ゆり「勝手に突っ込むな!危ないだろ!」

あんこ「そうよ。まずは相手の出方を見るのがセオリーよ」

みき「ごめんなさい……」

蓮華「ひとまずさっきの雷が当たらない場所で様子を見ましょ」
657 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/05/10(木) 23:42:20.40 ID:g4nqlPg+0
最終章-13


芹沢さんの指示に従って、俺たちはイロウスからかなり離れたところへと移動した。

正直なところ、遠くに来たからといって、安心する気持ちは全くない。むしろ、あのイロウスがどんな行動をするか読めないあたり恐怖すら覚える。

うらら「ここまでくれば大丈夫よね!」

ミシェル「イロウスもあんなに遠くにいるもんね!」

だが人間というのは、同じ状況にいたとしても、同じ感情を抱くまでにはならないらしい。

少なくともこの2人は推理小説なら真っ先に死ぬタイプのやつだな。

というか、この場でそれを言われると死亡フラグにしか聞こえない。

ゆり「うらら!ミミ!油断は禁物だぞ!」

楓「そうですわ!」

一方、こうして集中を切らさないようにしている人たちがいてくれて本当に助かる。全員が蓮見たちのようだったら、もう全員死んでるかもしれない。

案の定、大型イロウスは再び羽を大きく広げ、ばたばたとその場で羽ばたかせている。

花音「これは、絶対くるわね」

サドネ「うん」

数秒羽を羽ばたかせたと思ったら、その羽からいくつもの電撃が、うなりを上げながらこっちへ向けて飛んできた。

明日葉「全員全力で回避しろ!」

楠さんは大きな声で叫ぶが、それも全員の耳に届いているかは怪しい。それくらいの轟音がこの広間中に響き渡っている。

電撃は直線的に飛ぶだけのものと、逃げる相手を追尾するものとあるようだ。運悪く追尾された星守たちは、部屋の中を縦横無尽に走り回っている。

蓮華「いやーん。れんげ、イロウスのこうげきからは追いかけられたくない〜」

あんこ「ワタシもよ!」

くるみ「はあはあ。この追尾、どういう仕組み何でしょうか……」

詩穂「何か私たちに目印になるものでもあったかしら」

心美「わ、わからないですう……」

うん。あるよね。おっきな目印が2つ。まあ、どことは言わないけど。

花音「どさくさに紛れて、どこ見てんのよヘンタイ」

いつの間にか隣にいた煌上が蔑むように俺を睨みつけてきた。

八幡「待て。あの5人の共通点を考えたら、まずそこにいきつくだろ。だから俺は悪くない」

サドネ「おにいちゃんどこ見てたの?」

花音「このヘンタイ教師ったら、」

八幡「別にどこも見ちゃいない。うん見ちゃいないぞ。さあ、戦闘だ」

煌上が全てを言い終わらないうちに、なんとか言葉を重ねてごまかした。

あのまま煌上に全てを言われてたら、社会的に死んでたわ……

あんこ「なら、このイロウスhはワタシたち5人でやるわ」

八幡「え、でも……」

詩穂「ここで全員が残るのは非効率なので、皆さんには先を急いでもらいたいです」

蓮華「それに、れんげたちを邪な目で見たイロウスには、きちんとお灸をすえないといけないし♡」

あ。この3人、マジでキレてる。まあ、追尾された理由考えたら妥当だわな。イロウス相手にHな目で見られてたなんて、気持ち悪いし。

くるみ「がんばりましょうね、心美さん」

心美「は、はい!」

対してこの2人は理解しているのかどうかわからん。反応を見る限り、多分してない。無頓着にも程があるぞ。将来が不安だ。

八幡「わかりました。先に行ってます」

俺は粒咲さんたちに一声かけると、残りの13人の星守を連れて、下へ続く階段を下りて行った。
658 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2018/05/10(木) 23:47:34.28 ID:g4nqlPg+0
今回の更新は以上です。遅くなってすみません。

前回の更新に対して、3人もの方にコメントしてもらえるとは思ってませんでした。

読んでくれる方がいらっしゃるのがわかって、すごく嬉しいです。本当にありがとうございます。
659 :匿名 :2018/05/13(日) 23:58:08.13 ID:MRt/i+5O0
この話も終わりに近づいてる?
660 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/05/20(日) 01:03:32.74 ID:b0kYey6p0
最終章-14


何分か階段を下りていくと、またしても開けた場所が目に入った。が、誰一人として広間へは降り立たない。

望「あれが、この階のイロウス……?」

ひなた「恐竜みたいー!」

楓「圧倒的ですわね……」

そう。理由は簡単だ。目の前に巨大なイロウスが鎮座しているのだ。

南が言うように、姿は大きなティラノサウルスのようである。が、頭にはこれまた巨大な水色のツノがついてたり、腕には羽がついていたり、そもそもツノ以外全身紫色をしていたりと、見れば見るほど恐ろしい特徴を備えている。

さっきのイロウスの脅威が記憶に新しい今、再び現れた巨大イロウスに突撃できる知波単魂を持つものはここにはいない。誰しもが階段の上から動けないでいる。

うらら「どうするのハチくん!」

八幡「どうするって言われても、ここはひとまず待機するしかないだろ……」

俺の体には、知波単魂はこれっぽっちも流れていない。ここは角谷会長の言に従って、果報は寝て待とう。

明日葉「ですが、先を急ぐ必要がありますよね?」

八幡「ええ、まあ……」

それを言われると耳が痛い。現にさっきは時間を優先して5人を上階へ残してきたのだ。なら、ここでも時間短縮を最優先事項として行動しなければ筋が通らない。

ゆり「なら、私が近くで様子を伺ってきます」

花音「待ってゆり。私も行くわ」

火向井と煌上は階段を駆け下り、イロウスに走り寄っていく。

イロウスも2人の接近に気付き、体を2人の方へと向けて突進を開始した。

巨大なイロウスが動き回るので、地震が起きたかのような振動が俺たちにいる場所まで届いてきた。

みき「わぁ!」

桜「こ、これは想像以上じゃ」

普通に立ってるのもやっとなくらい大きな振動だ。イロウスの近くにいる2人が受ける振動はもっと大きなものだろう。

実際、2人は緊急回避をしつつイロウスから逃げている。幸いにもイロウスの動きが直線的なためそれでも避けることができている。やっぱり大きすぎるのも不便ってことか。

イロウスはある程度動くと、再びその場で立ち尽くした。それを見た火向井と煌上はイロウスに近付き、数発の攻撃を当てることに成功した。

そして2人はそのまま俺たちが待機する階段の上の方まで戻ってきた。

八幡「お疲れさん」

ゆり「はい。イロウスに攻撃を当てることに成功しました!」

花音「あのイロウスは動いた後に大きなスキができるわ。そこを狙えばいけるわ」

明日葉「ならばあのイロウスと戦えるのは素早く動ける者ってことになるか」

ゆり「はい。だからここは私と花音、そしてうらら、ひなた、桜が戦うのがいいと思います」

八幡「なんでその5人なんだ?」

花音「少し考えればわかるでしょ。私とゆりは今実際に戦ってきたから確定。あとは全体のバランスを見たら動ける下級生でまとめるのがいいに決まってるじゃない」

うらら「そういうことなら、うららに任せなさい!」

ひなた「わーい!頑張ろうね桜ちゃん!」

桜「はあ……めんどくさいのお」

三者三葉、違った。三者三様の反応を見せつつも、蓮見たちは武器を構えて準備を整える。

明日葉「任せてすまない」

ゆり「大丈夫です。さあ、みんなは先に進んでくれ」

望「ありがと!」

火向井の呼びかけに応え、8人の星守たちは一心不乱に階段を駆け下りていく。
661 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/05/20(日) 01:04:10.50 ID:b0kYey6p0
最終章-15


花音「何ぼーっとしてんの。あんたも早く行きなさいよ」

八幡「俺は最後に行こうとしてたんだよ……」

隣に立ってた煌上にせかされてしまった。

そういうお前もなんでここに立ってんだよ、という疑問は呑み込んで、俺は階段を降り始めた。だって言い返したら倍返しされるし。

花音「別にあんたに見守られなくても、私たちはきちんとやるわ」

煌上は俺と並走しながら話しかけてきた。

八幡「お、おう」

いきなり何言ってるのこの子。どっかに頭打った?

花音「何が言いたいのかわからないって顔ね」

下へ続く階段まで付いてきた煌上は、息を整えるとすっと視線を向けてきた。

花音「あんたは、あんたのやるべきことに集中しろってこと。私たちは離れてても、一緒に戦ってることには変わりないんだから」

八幡「煌上……」

花音「はい。これで話はおしまい。さっさと行かないとみんなに追いつけないわよ。じゃあね」

八幡「お、おう……」

強引に話を断ち切った煌上は、さっさとイロウスのほうへと走り去ってしまった。

もしかして、俺が心配そうな顔をしているのに気づいてたのか?あまり表情には出さないように気を付けてたが、効果はないか……。

------------------------------------

前を行く8人に追いついてからも、なおも下へ続く階段を下りていくと、三度広間が目に入ってきた。

しかし誰も降りようとはしない。そりゃそうだ。もう二度もイロウスに攻撃されたんだ。誰だって注意深くなる。

楓「何もいませんわね……」

サドネ「うん」

ミシェル「あ。あっちに階段があるよ!」

綿木が指さすほうには、確かに階段があった。その周囲に注意深く目を凝らしてみるが、やはり何も見当たらない。

明日葉「これは罠か?」

望「うーん、先生はどう思う?」

八幡「正直、わからん……。罠かもしれないし、何もないかもしれない」

みき「はっきりしてくださいよ!」

八幡「わかんねえもんはわかんねえっつうの」

残念ながら、俺には写輪眼も白眼も備わっていない。もしかしたら覚醒していないだけかもしれないが、親父やおふくろを見たらその線も薄そうだ。

昴「それならアタシが階段まで走ってきます!」

遥香「私も行くわ。何かあっても対処できるようにね」

八幡「じゃあ頼む」

なんだかさっきと同じ展開だなあ、と思いつつ、走っていく2人を見守るが、あっけなく2人は階段まで到達してしまった。

望「お!2人がいけるってことは、ここにはイロウスはいないってことだね!ラッキー!」

ミシェル「むみぃ。よかった〜」

天野ははしゃぎながら、綿木はほっとしながら階段を下りて広間を歩いていく。

明日葉「こら2人とも。油断は禁物だぞ」

楓「明日葉先輩の言う通りですわ。サドネ。注意しなさいな」

サドネ「うん」

その2人の後ろを、楠さん、千導院、サドネがついていく。
662 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/05/20(日) 01:05:14.15 ID:b0kYey6p0
最終章-16


みき「さ、先生。私たちも行きましょう!」

八幡「おう」

集団の最後尾を行くのが俺と星月だ。隣を歩く星月は暢気に鼻歌を歌っている。

しかし、いくら何もいないとはいえ、広間のど真ん中を堂々と突っ切るのはいかがなものだろうか。

例えば俺たちのことをどこかで見ているイロウスがいたら、今の状況はまたとないチャンスとなるんじゃないか?

みき「危ない!」

そんなことを思っていた刹那、俺は半ば押し倒される感じで、星月に抱きつかれた。

八幡「った。何すん、だ、よ……」

俺は横に転がっている星月を問い詰めようとしたが、すぐに理由が分かった。

俺たちの進行方向に、突如巨大なサソリのハサミのようなものが飛び出していたのだ。それは炎を帯びながら、ガチガチと空虚を掴んでいる。

もしこのまま歩いていたら、俺と星月は確実にあのハサミに挟まれ、お陀仏になってたに違いない。

みき「先生。ケガはないですか?」

八幡「ああ。それにしても、よく気づいたなお前」

みき「一瞬あそこの地面が盛り上がるようなのが見えたんです。何かあったら大変なので、力づくで先生のこと止めちゃいました……ごめんなさい」

八幡「謝るなよ。むしろそうしてくれて助かった」

本当に助かった。多分、他の奴が隣にいたら気づかなかっただろう。現に注意深くいたはずの俺でも、地面の盛り上がりなんて気づかなかった。

サドネ「おにいちゃん!おにいちゃん!」

楓「みき先輩も無事ですか?」

サドネや千導院をはじめに、先を行っていた6人が俺たちのところへ戻ってきた。

八幡「星月のおかげで、俺らにはケガはないぞ」

ミシェル「よかったぁ……」

望「でもまさかあんなイロウスがいるなんて……」

明日葉「うろたえていても仕方がない。私たちは、自分のやるべきことをやるだけだ」

楠さんはいつも以上に厳しい表情と声で場を引き締めた。

明日葉「先生。みき、昴、遥香と一緒に先に下へ降りて理事長を探してくれませんか?」

昴「アタシたちも残りますよ明日葉先輩!」

明日葉「いや、これまでも5人ずつが残ってイロウスと戦っているんだ。ここも5人で戦うのが得策なはずだ」

遥香「それでしたら私たちが残ってもおかしくはないですよね?」

明日葉「みき、昴、遥香。お前たち3人は先生と一緒にいる時間が一番長い星守だ。この先の不安要素を考えたら、より気のおけないグループに分けるべきじゃないか?」

俺との関係はともかく、星月、若葉、成海の仲のよさは星守クラスでも上位に入るだろう。それを考慮したら、自然と残りの5人がここに残るって流れになる。

八幡「天野たちはいいのか?ここでイロウスと戦うことになっても」

ミシェル「楓ちゃんやサドネちゃん、明日葉先輩に望先輩がいれば大丈夫!」

サドネ「サドネも」

楓「ええ。みんな、心強い仲間ですもの」

望「それに、イロウスを倒すのがアタシたちの使命だしね!」

明日葉「私たちのことは心配しないでください先生」

誰も彼も自らの思いを率直に語っているように聞こえた。千導院や楠さんはともかく、綿木やサドネ、天野もこういう風に言ってるなら、俺が口を挟む理由はない。

八幡「わかりました。なら、俺たちはすぐに階段へ向かおう。3人ともそれでいいか?」

みき、昴、遥香「はい!」

八幡「よし」
663 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2018/05/20(日) 01:08:20.47 ID:b0kYey6p0
今回の更新は以上です。

この地下ダンジョン(?)は無限回廊のの背景にある絵に近いものだと思ってください。

最深部はオリジナル設定でいくつもりなので、あまり重要なところではないのですが一応補足でした。
664 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/20(日) 15:26:21.94 ID:HQ5PkkpPO

言われるまでもなく無限のイメージで読んでたぜ
毎回いろんなボスに焦点を当ててくれて面白い
665 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/05/27(日) 17:51:01.36 ID:NtOTNRKk0
最終章-17


楠さんたちと別れた俺たち4人は、さらなる下層へと続く階段を駆け下りていた。

昴「なんか、雰囲気変わった気がしない?」

遥香「ええ。なんだか、肌に空気が纏わりつく感じ」

若葉が口を開くと、成海がそれに同調した。

確かに2人が言うように、この階段は今までとは明らかに雰囲気が違う。

明らかにこれまでよりも暗かったり、壁面が樹の根っこのようなもので覆われていたり、と視覚的な違いも色々あるが、一番の違いは成海が言ったような空気感の違いだ。

簡単に言えば、空気が重くなった、と形容できるだろうか。駆け下りる際に吹かれる風に生気は奪われていくし、にじみ出る汗とともに、体の表面をざらりとなでていく。さらには空気それ自体も悪いのか、懸命に空気を吸っても肺全体に酸素がいきわたらない感覚さえ覚える始末だ。吸っても吸っても苦しい。

俺以外の表情を見る限り、3人とも俺と同じような苦しみを感じている。俺はともかく、毎日特訓している3人がこれくらいの運動でバてるはずがないし、やはりこの空気感のせいだろう。

みき「きっと、この先に何かいるんだよ」

星月は顔をゆがめながらぼそっと呟いた。

昴「何かって、何?」

みき「それはわかんない、ただそういう予感がするの」

遥香「予感……先生はどう思われますか?」

八幡「……まあ、今までの流れからすれば、この先に何かがいるのは間違いないだろ。今から用心するに越したことはないんじゃないか?」

みき、昴、遥香「わかりました」

俺の言葉に一様に首肯した三人は、再び駆け下りる足に力を入れ直した。

いや、用心するって意味わかってる?ただでさえ俺はけっこうな距離を走ってきて疲れてるんだよ?そんなに速く走られたら追いつけないじゃん……。

という心の叫びは届かず、俺と3人との差はぐんぐん広がっていく。下に降りるにしたがって階段内の暗さも増しており、ついに3人の姿が見えなくなってしまった。

いやね。いくら暗いと言っても、ここは一方通行なわけで3人と別れる可能性はないし、足音は響いているから先を進んでいるのもわかる。だから俺は全然怖くない。怖くないったら怖くない。

「あっ!」

そんなことを思っていた時、前方からなにやら声が聞こえた。

何かと思い急いで向かうと、3人が立ち止まって何やら眺めているのが目に入ってきた。

八幡「どうした」

みき「先生これ!」

星月が差し出してきたのは、牡丹の花によく似た髪飾りだった。ん、これどっかで見たことあるな……

八幡「これもしかして理事長の髪飾りか?」

遥香「おそらくそうだと思います」

八幡「ならその髪飾りが落ちてるってことは、理事長もここを通ったってことの証拠になるな」

昴「でも、髪飾りを落としたことに気付かないなんて、何かあったのかな……」

若葉の言葉に、星月や成海も表情を曇らせる。

八幡「とにかくこの先に行ってみないと何もわからんだろ。急いでて落としたのに気づかなかっただけで、今頃探してるかもしれないし」

昴「そう、ですよね」

みき「じゃあ早く理事長に追いついて髪飾り返さないとね、みんな!」

遥香「そうね」

俺の苦し紛れの励ましに、3人は空元気とも思えるテンションで応えた。

正直、俺もものすごい不安を抱いた。ここに髪飾りが落ちているってことは、この場所でなんらかの事件に巻き込まれたという仮説も当然成り立つからだ。

ただ、俺たちがここに来た目的は理事長を探すことじゃない。もちろんそれも目的の一部ではある。が、一番は禁樹を探し出してイロウスの発生を止めることだ。

ここにもっと人がいれば理事長捜索隊を結成することもできたが、この人数ならば下手に分散しない方がいい。むしろ危険だ。

それに、見た目の若さだけなら、南たち中1にも引けを取らない理事長だ。何かしらの策を持っているはず。じゃないと、今までの3匹のイロウスを相手にして1人でここまでやってくることは不可能だし。

だから今は理事長が無事でいることを祈るしかない。
666 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/05/27(日) 17:51:44.23 ID:NtOTNRKk0
最終章-18


理事長のらしき髪飾りを拾った俺たちは、疲労がたまる体に鞭を打ちながら下へ下へと降りていた。

八幡「はあはあはあ……」

みき「もっと急がなきゃ」

昴「理事長先生が無事だといいんだけど……」

遥香「理事長先生ならきっと大丈夫よ昴」

どうやら体が悲鳴を上げているのは俺だけみたい。まあ、それもそうか。最近は楠さんと粒咲さんの件にかかりっきりで、こいつらと特訓できてなかったし。

昴「先生大丈夫?」

遥香「かなりしんどそうですよ?」

俺の体力の無さを心配した若葉と成海がUターンしてまで俺のところへ戻ってきた。

八幡「あー、まあなんとかなる。2人ともサンキュ」

ん。2人?そういえばこういう時は真っ先に俺のところへ駆け寄ってくるあいつがいないな。

と思い視線を階段の先に向けると、星月が階段の下の方で向こうを向きながらじっと立ち止まっているのが見えた。あいつ、あんな所に立ってなにしてんだ。

八幡「星月が待ってる。いこう」

俺が歩き出すと、2人もすっと俺の後をついてきた。

俺たちが一段一段星月に近付いているのは、響く足音でわかるはずだが、星月は一切こっちを見ずに前を向いたままだ。

あたりが暗いため見えてなかったが、星月に接近するにしたがって、何か巨大なものが視界に入ってきた。

そして階段の一番下に到達した俺たちは、星月が向かい合っていたものと対面することになった。

八幡「なにこれ」

昴「扉、じゃないですか?」

遥香「私もそう思います」

うん。俺もこれが扉なのは見ればわかるからね?いくら目が腐っているとはいえ、視力は人並にはあるんだよ?

まあ、そこらへんにある扉とは幾分か外見は異なっているのは確かだ。形状は普通の両開きだが、何よりもまず、デカい。例えるならドラクエのラスボスがいる部屋のドア。それかSAOのフロアボスの扉。例えが下手でかつ、偏っているのは許してほしい。だってそれ以外でこんなデカい扉見たことないんだもの。

まあ、他に特徴を挙げるとすると、全てが木でできているってとこだろうか。木と言っても、年月の経過によってなのか、かなり黒ずんでいる。

みき「……この向こうに何かいます」

八幡「ああ。そうだろうな」

星月の静かなつぶやきに、俺もつい反応してしまった。

いや、だってこんなあからさまにヤバい扉なんてそうそうないよ?ゲームなら確実にセーブするポイントだ。扉に手を掛けたら最後、強制的に戦闘が開始されるに違いない。

そうだとしても、俺たちは先に進まなければならない。ラボで俺たちの帰りを待つ八雲先生や御剣先生のために。中にいるであろう理事長のために。なにより、上階で巨大イロウスと戦う15人の星守たちのために。

とまあかっこつけたところで、実際にイロウスが出たら戦うのは星月たちだし、パンピーの俺はただの邪魔者だ。でも、そんなことは重々承知で、俺は星守たちと戦いたいと思ったし、彼女たちも俺と戦いたいと言ってくれた。そんな状況で、歩みを止めるわけにはいかない。

俺は意を決して扉に両手をかけた。それを見た3人も同じように扉に手をかける。

八幡「せーので押すぞ。せーの!」

俺たちは力いっぱいに扉を押し上げた。すると、ギギギと鈍い音を立てながら、ゆっくりとドアが開いてきた。

八幡「ふん!」

みき「やあー!」

昴「おおー!」

遥香「はあー!」

どうにかこうにか扉をこじ開け、4人が通れるくらいの幅まで広げることができた。それとともに、扉の中の様子も把握することができた。

広さはこれまでの3つのフロアと同じくらい。しかし、床も壁面も全てが扉と同じような色の木で覆われている。いや、木で出来ていると表現したほうが正しいかもしれない。

そして俺たちの真正面には、真っ黒な木が生えている。生えていると言っても、普通の木とはまるで違う。

この木は天井から地面に向かって生えている。だから地面に近付くにしたがって、大量の枝が幹から分かれている。それに、この木には葉や花が1つもなく、幹と枝だけしかない。こんな奇妙奇天烈な木だが、不可思議な威圧感を感じる。できればあまり近付きたくはない。

そんな風に思っていると、黒い木の近くに1人の人影を発見した。
667 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/05/27(日) 17:52:33.66 ID:NtOTNRKk0
最終章-19


みき「あそこにいる人って、まさか……」

昴「うん。多分そうだよ……」

遥香「それ以外考えられないわね……」

3人も気づいたらしい。あの巫女のような服。小柄な体型。すっと伸びた背筋。どれをとってもあの人でしかない。

八幡「あの」

俺たちが近づいて声をかけると、木のそばにいた人物はゆっくりとこちらを振り返った。

牡丹「みなさん……」

昴「やっぱり理事長先生だ!」

牡丹「どうしてここに……?」

遥香「私たちも理事長先生を追いかけてきたんです」

牡丹「そうだったのですね……」

ようやくの再会だが、嬉しそうな星守に対し、理事長の受け答えはどこかぎこちない感じだ。

みき「これ、理事長先生の髪飾りですよね?」

牡丹「ええ……そうね。ありがとう。みき」

理事長は髪飾りを星月から受け取ると、そのまま服の中にしまい込んだ。

昴「つけないんですか?」

牡丹「今はそういう気分じゃないので」

遥香「綺麗なのに、もったいないですね」

牡丹「……」

何かおかしい……。理事長の言動がどうしても奇妙なものに映る。なぜだ?

八幡「理事長はここで何をしていたんですか?」

牡丹「私は、ここにある禁樹と対話していました」

理事長は逆さまに生えている黒い木の枝先に触れる。

牡丹「この樹はイロウスを生み出す直接の源です。ですが、それが神樹と一対になっているのには何か意味があるはずなんです。イロウスと星守、この2つの存在の関係を見直さなくてはならないのかもしれません」

何かうつろな目をしながら理事長は語り続ける。

牡丹「私たちは、何か思い違いをしているのかもしれません。星守を善、イロウスを悪とみなすこれまでの考えは、本当に正しいのでしょうか」

八幡「それはつまり、これまでの星守たちの活動を否定するってことですか?」

牡丹「少なくともこれまでのような一方的虐殺については改めるべきだと思います」

八幡「一方的虐殺……?」

理事長の言い分は、星守のことを「悪」の存在として発言しているようにしか思えない。

こんなことは今まで一回たりとも聞いたことがない。イロウスを擁護することはおろか、星守を貶める発言なんて理事長が言うはずがない。

だって理事長は、常に星守の幸せを願っていたのだから。

牡丹「さあ、みき。昴。遥香。八幡。あなたたちもこちらへきて禁樹と対話してみてください」

理事長は俺たちにこちらへ来るよう、おいでおいでとジェスチャーをした。星月たちはそれを見て、俺の横から歩き出そうとする。

だが俺の足はピクリとも動かない。なぜだか理事長の話を受け入れることができないのだ。

今まで俺が接してきた理事長と、今ここにいる理事長が同じ人物だとはどうしても思えない。

その根拠は、と問われたら客観的なものを提示できる自信はない。でも、理事長室に残されていたノートの言葉と今聞いた言葉は、共通する点などほとんどなく、むしろ相反するものだ。

もしかしたらここに来て理事長の考えが変わったのかもしれない。けれど、もしそうであるならば、理事長はもっとわかりやすく説明するはずだ。

何より、これまでの彼女たちの功績をなかったことにする、まして「虐殺」なんて形容するなんておかしい。そんなこと、絶対にありえない。

八幡「行くな。お前ら」

俺は理事長を睨みつけながら、数歩前を行く3人を呼び止めた。
668 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2018/05/27(日) 17:58:01.29 ID:NtOTNRKk0
今回の更新は以上です。

この話も佳境に入りつつありますが、シリアスさを出すのにはどうしても慣れません。

ギャグ要素も入れていきたいけど、本編では難しそうです。かといって番外編のネタがあるわけでもないんですが。
669 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/06/03(日) 23:42:15.12 ID:ibaS+wJS0
最終章-20


みき「先生……?」

星月をはじめ、他の2人も立ち止まって、俺の方を振り返る。

八幡「理事長、いくつか質問があります」

牡丹「なんでしょうか」

理事長は無表情のまま口だけ動かして応答した。

八幡「まず、俺たちと会ったとき、どうして反応が薄かったんですか?」

牡丹「あの時は皆さんと会えた嬉しさよりも、驚きの方が増していたんです」

八幡「嬉しさ、驚き、ですか」

牡丹「ええ」

八幡「……わかりました。では次の質問です。星守が善、イロウスが悪、という前提を見直すとはどういうことですか?」

牡丹「文字通りです。これまで私たちは盲目的にイロウスを倒し続けてきました。しかし、それが正しいのかどうか。今一度考えなおすことが必要だと思ったまでです」

八幡「……そうですか。そしたら次が最後です。さっき俺のことを『八幡』と呼びましたか?」

牡丹「ええ。確かそう呼びました」

俺と理事長のやりとりを黙って聞いていた3人は、何か感じ取ったらしく、理事長から遠ざかって俺の横へと戻ってきた。

牡丹「みき。昴。遥香。どうしたのですか?」

遥香「すみません理事長。私はそちらへは行けません」

牡丹「どういうことですか」

みき「それは私たちのセリフです。理事長こそいったいどうしちゃったんですか?」

牡丹「私?私は普段通りで、」

昴「そんなことないです。なんだか、いつもの理事長とは違う感じがします……」

3人とも理事長の言動に違和感を抱いたようだ。全員が疑わしい視線を理事長に向けている。

八幡「もういいでしょう。理事長の表面上の真似事をしたところで、俺たちは騙されませんよ」

俺は相変わらず黙ったままの理事長「らしき」人物に向かって語りかけた。

牡丹?「流石、比企谷八幡といったところですね。いつから気づいたんですか」

理事長「らしき」人物は、本物の理事長が絶対にしないような不敵な笑みを浮かべながら質問を返してきた。

八幡「最初からだ。俺たちは理事長の指示に背いてここに来たんだ。そんな俺たちを見た理事長が何も言わないわけないだろ」

牡丹?「なるほど。初手からわかっていましたか」

八幡「それに、理事長が星守のことを非難するようなことを言うはずがないし、何より俺のことを『八幡』なんて呼ばない」

牡丹?「ふふふ。ええ、そうでしょうね。神峰牡丹はこのようなことは言わないはずですからね」

理事長らしき人物は笑みを絶やすどころか、むしろさらに口角を上げながら俺の話に首肯する。

みき「何がそんなにおかしいんですか!」

向こうの態度に業を煮やした星月が大声で問いただした。

牡丹?「お前たち星守や、比企谷八幡がわたしの思い通りに行動してくれているのが嬉しいのですよ。この上なく愉快」

俺に見破られて開き直ったのか、口調が理事長のそれとはまったくの別物になっている。声質は同じだが、聞くたびに耳がぞわっとするような話し方だ。

遥香「思い通りとはどういうことですか」

牡丹?「何も難しいことではない。神峰牡丹を使い、お前たち星守をおびき寄せ、ここに来るまでの間に戦力を分散させる。そしてこの場で対面する。これがわたしの計画だ」

昴「計画……?」

牡丹?「そう。わたしが真にこの世界の支配者となるための計画」

理事長らしき人物、いやニセ理事長は手を大きく広げながら演説でもするかのように語っていく。自身に満ち溢れた顔を見る限り、冗談を言っているわけではなさそうだ。

八幡「計画ってなんだ。というか、そもそもあんたは何者なんだ。それと、本物の理事長はどこだ」

ニセ理事長「ふふ。焦るな比企谷八幡。直に全てがわかる」
670 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/06/03(日) 23:43:07.70 ID:ibaS+wJS0
最終章-21


ニセ理事長は右の人差し指をピンと立てて、顎を触れながら話し出した。

ニセ理事長「まずわたしが何者か、という質問に答えようか。一言で言えば、わたしは禁樹そのものだ」

八幡「禁樹そのもの……?」

ニセ理事長「神樹と同じさ。姿かたちが地上の木と似ているだけで、わたしには自我があるし、思考も存在する」

昴「それなら、今までのイロウスの出現はすべてお前の仕業なのか!?」

ニセ理事長「ああ。全てわたしが仕組んだことだ。世界を支配するためにな」

遥香「大それた夢の割にはあまり策を弄しているようには思えませんが」

ニセ理事長「機を待っていたのだよ。神樹が地上に葉を生い茂らせ、わたしが地下で枝を広げるこの状況を覆す絶好の機をね」

みき「それが、今ってこと……?」

ニセ理事長「正確に言えば『比企谷八幡が神樹に選ばれてから』、だな」

ニセ理事長は顎に触れていた指をそのまま俺の方へと向けてきた。

え、俺?俺が原因?いや、そんなどこかのラノベやゲームの主人公じゃないんだから、まさかそんなことは……。

ニセ理事長「比企谷八幡。お前はなぜ自分が神樹に選ばれたかわかるか」

八幡「……考えたことはある。だが、いくら考えても答えはでなかった」

そう。わからないのだ。例えば、男だけどISを動かすことができる、みたいな能力を持っていたら話は早い。だが、いくら考えても俺が選ばれる理由は思いつかなかった。仕事内容を考えたら、葉山や戸塚が選ばれても何の不思議はない。特に戸塚は星守クラスの中にいてもトップクラスの可愛らしさをみなぎらせていただろう。戸塚が先生か。うん。悪くない。

ニセ理事長「本人は自覚なしか。だが星守たちなら理解できるだろう。男である比企谷八幡が神樹に選ばれた理由が」

周りにいる3人は何か感づいているのか、一層険しい顔でニセ理事長を睨みつけている。

え、もしかしてわかってないのって、当の本人である俺だけ?

八幡「お前らも俺が神樹に選ばれた理由知ってるの?」

遥香「直接誰かから聞いたわけではありませんが、直感的な何かはあります」

昴「アタシも。初めて会った日から感じてました」

みき「みんなも思ってたんだ……」

なにこれ。なんで3人とも少し頬を赤らめて恥ずかしがるように言うの?言われてるこっちまでドキドキするんですけど。

八幡「もう少し具体的に喋れないの?」

昴「具体的って言われても、直感って言うしかないんです」

遥香「強いて言えば、自分の内側が大きくなっている感じ、ですかね」

みき「わかる!」

八幡「わかんねえよ」

いや、ホントわかんねえ。お前らあれか。Twitterで好みの画像を見た時に「尊い」しか言わない連中と同じか。もっと語彙力増やせよ。

ニセ理事長「やはり星守には通じていたか」

ニセ理事長まで納得しちゃってるし。俺のことなのに、俺自身がわからないというのは違和感が加速度的に増えていく感じがして、イライラしてくる。

ニセ理事長「特別に教えてやろう比企谷八幡。お前が神樹に選ばれた理由を。それは、わたしが動き出した理由にも関わってくることだからね」

俺の心を読み取ったかのようにニセ理事長が口を開いた。

ニセ理事長「お前が神樹に選ばれた理由。わたしが動き出した理由。それは比企谷八幡。お前が人の感情を強く動かすから、だ」

八幡「…………」

ニセ理事長の言葉が全く腑に落ちない。人の感情を強く動かす?そんなこと言われても、実感はないし、むしろ、意味が分からない。

だが、星月たちは合点がいったのか、それぞれ小さく頷き合っている。どうやらさっき言ってた直感がこれに当たるらしい。

八幡「そんなこと言われても、なんの助けにもならないんだが」

ニセ理事長「何を言っている。わたしがイロウスを生み出す源、神樹が星守に力を与える源を考えればすぐにわかるはずさ」

禁樹がイロウスを生み出す源。神樹が星守に力を与える源。それらに共通することといえば……。

八幡「人の、感情……」
671 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/06/03(日) 23:50:46.54 ID:ibaS+wJS0
最終章-22


ニセ理事長「そう。比企谷八幡。お前には人の内面を、感情を変えていく力がある」

ニセ理事長の指摘を聞いた瞬間、俺の頭の中にいくつもの情景が思い浮かんだ。

交流初日の戦闘。藤宮の家での勉強会。千葉駅での買い物。朝比奈の神社での手伝い。星月たちとの特訓。総勢6人の沖縄修学旅行。楠さんと粒咲さんのすれ違い。

こういう出来事を星守たちと乗り越えてきたからこそ、俺は今ここにいる。逆に言えば、どれか1つでも抜けていたら、俺はここにはいないかもしれない。

「君は人の心理を読み取ることには長けているな。けれど、感情は理解していない」

いつだったか平塚先生に言われた言葉だ。

あの時の俺は、人の言動の裏を読むことに終始していて、感情については見向きもしていなかった。いや、あえて目を背けていたと言うほうが的を射ている。なにせ自分自身の感情も理解していなかったのだ。他人の感情なんてわかるはずがない。

でも、この神樹ヶ峰に来て、俺の環境は一変した。

感情と行動が直結している人、建前と感情の間で揺れ動いている人、感情をかたくなに隠そうとする人。色んな人が星守クラスにはいた。そしてそんなやつらと共に、俺は幾度となく死線をかいくぐってきた。物理的にも、精神的にも。

そんな死線において、最終的には俺も含め、誰もが感情を露わにした。イロウスとの戦闘しかり、星守同士のやりとりしかり、俺とのやりとりしかり。

少なくとも今俺のすぐそばにいる3人とは、ラボでの一件で互いの感情をさらけ出し合ったと言ってもいい。

もしかしたらこんなことを考えているのは俺だけかもしれない。特に感情と行動が一致しているような人からしたら、こんなこと当たり前だと思うだろう。

それでも俺はこうした体験のおかげで自分の感情と向き合うことができた。言い方を変えれば、星守たちが俺を自分の感情と向き合わせたのだ。

こう考えると、俺と同様に、星守たちも自分の感情と向き合ったに違いないという理屈も成り立つ。自身の感情をどう扱うかは人それぞれだが、全員が何かしらの折り合いをつけたはずだ。

所詮俺は期間限定の担任だ。彼女たちのどこがどう変わったのか、あるいは変わらなかったのかを細かく正確に把握することはできない。だって俺が神樹ヶ峰に来る前の彼女たちを知らないのだから。

それを抜きにしても、星守たちは最初に会ったときから成長したと、漠然だが、確信めいたものを感じる。

もちろん全部が全部成長しているわけではない。例えば、星月の料理の腕はちっとも上がってないし、若葉は未だに女の子から告白されてアタフタしているし、成海の食べる量は毎食常軌を逸している。

けれどそれは表面上の話だ。自分の感情と向き合ったと実感できる今だからこそわかる。星守たちの行為の裏に流れる感情は以前よりも大きく、はっきりしたものになっている。

そしてそれと同時に、彼女たちの感情が変わった機会も理解してしまった。その機会というのが、さっき思い浮かんだ出来事だったということが。

八幡「はあ……」

ついため息が漏れてしまった。こんなことを思うのは自意識過剰かもしれない。だが、現に俺はそういう理由で神樹に選ばれ、かつ今ニセ理事長、もとい禁樹にもはっきり指摘された。なら、これは自意識過剰とするのでは話が済まなくなる。このことは、はっきりと俺が自覚しなければならない事案ということになる。

みき「先生……」

俺のすぐ右横で星月が不安そうな顔をしている。まあ傍から見たら、しばらく黙ってから、ため息をついただけだもんな。不安になるのもわからなくはない。

八幡「俺は大丈夫だ。少し考え事をしていた」

簡潔に星月に告げてから、俺は改めてニセ理事長にまっすぐ視線をむけた。

八幡「……事情はわかった。で、お前は何が望みなんだ」

ニセ理事長「ふふ、決まっているじゃない」

ニセ理事長は再び不敵な笑みを浮かべる。その不気味な様子を見た星月たちは俺を囲むようにしてお互いの距離を一層縮める。

てか、この流れってもしかしなくても俺殺されるパターンのやつか?向こうからしたら、俺は星守の力を高めるただの邪魔者とみなされてるだろうし、そう考えれば、俺は真っ先に始末される対象ということになる……。

ニセ理事長「比企谷八幡。わたしのほうへ来い。そして、ともに世界を支配しよう」

しかしニセ理事長が言い放った言葉は俺の予想とは真逆の言葉だった。

八幡「え……」

みき「そうはさせない!」

昴「先生は渡さないよ!」

遥香「私たちが守るもの」

俺が何か言う前に、星月たちが空間中に響く声でニセ理事長に反抗した。

ニセ理事長「やかましい星守だこと。お前たちには聞いていないのだぞ」

ニセ理事長が呟いた刹那、逆さに生えていた枝が星月たち目掛けて伸びてきた。

みき、昴、遥香「きゃっ!」

不意を突かれた3人はそのまま枝に弾き飛ばされ、俺たち4人はそれぞればらばらになってしまった。
672 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2018/06/03(日) 23:55:13.90 ID:ibaS+wJS0
今回の更新は以上です。

特に最終章-22は、八幡のめんどくさい思考を筆力のない自分がたどたどしく再現しているため非常に分かりにくいかもしれません。

まあ、原作もわかりづらいからしょうがないよね!(言い訳)
673 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/04(月) 01:41:13.35 ID:+VPYubO80
乙!
674 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/06/10(日) 23:43:45.58 ID:iB3t09mC0
最終章-23


八幡「おい、やめろ!」

俺の怒号に対し、ニセ理事長は全く顔色を変えない。

ニセ理事長「こうでもしないと2人で話すことができないじゃない」

八幡「俺はお前と話すことは何もない」

そう。今はこいつと話すよりも、星月たちのところへ向かわなければ。不意の一撃でダメージを食らったかもしれない。

ニセ理事長「比企谷八幡。お前はこの世に復讐したくはないか?」

星月たちのところへ走り出そうとした俺の背中に向かって、ニセ理事長は語りかけてきた。

八幡「何言ってんだお前……」

ニセ理事長「わたしは復習したい。見掛け倒しで理想でしかない善を追及し、それに合わない者を正義の名のもとに糾弾する。そんな世の中に」

八幡「だったらなんだってんだ」

ニセ理事長「比企谷八幡。お前にも経験があるだろう。この世を恨み、妬み、絶望した経験が」

八幡「それは……」

ニセ理事長「自らに正直になれ」

八幡「…………」

気づけば足はピクリとも動かなくなっていた。そんな足とは逆に、頭の中は恐ろしいほどに働いていて、いろいろな思考や情景が浮かんでくる。

小学生のとき、中学生のとき、高校1年のとき、奉仕部での活動のとき。

確かに、正直何度世の中を恨んだかは数えきれない。そりゃ自分が1番の原因であることは否めない。俺がこんな性格でなければ発生しなかった問題も多々あるし。

だが、俺がこんな性格になったのが、全て自分だけの責任だとも思わない。小町ばっかり溺愛する両親。俺を仲間外れにした小学校のクラスメート。俺に掃除を押し付けてきた中学の班員。俺の告白を茶化しに茶化した中学の女子たち。俺の名字を間違い続ける高校の奴ら。

こういう人間たちに取り囲まれてきた結果が今の俺であるとも言える。たらればを語ることに意味はないが、そうだとしても、昔の俺がもう少し周囲に愛されていれば、俺はここまで捻くれなかったかもしれない。

ニセ理事長「思い出せ。お前が周囲に悪意を持たれた時のことを」

ああ。そういえば、文実の時なんかは酷かった。スローガン決めの時には、雪ノ下を含めた一部の委員への過重な負担を取り除くために、悪役を買って出たっけ。それに文化祭当日には、逃げ出した相模を連れ戻すために、わざと葉山たちの前で嫌味を言いまくったな。

確かにあの時の俺は嫌な奴感満載だったし、それに対する不評が出ることも想定してはいた。だが、元はと言えば委員全員が予定通り仕事をすれば、負担が偏ることはなかったわけだし、当日に関しても、もっと密に連絡を取るようにしていれば、下っ端の俺がわざわざ探しに行く必要もなかったわけだ。

修学旅行の時だってそうだ。あの時の俺は、戸部と海老名さんからの相反した依頼を、彼らの関係性が壊れないように遂行するためにウソ告白を決行した。

もちろん、あんなことをすれば俺の評価が下がることなんて重々承知だった。だが、これだって特に海老名さんが依頼の時点でもっとはっきり言ってくれればよかったわけだし、それが叶わなかったとしても、頭が切れる雪ノ下や、戸部たちと同じグループに属する由比ヶ浜が、依頼の矛盾点に気付いてもよかったはずだ。

ニセ理事長「思い出せ。そしてお前が何を感じたかを」

そう。結果的にはどの出来事においても、誰も傷つかない世界を構築することができたんだ。

だが、傷つかないからと言って、無罪放免で釈放、というわけにはいかない。

文実委員の仕事参加率に関してはこれを機に見直していくべきだし、相模や陽乃さんだけでなく、彼女たちの言葉に乗って仕事をサボった委員たちは大なり小なり責任を感じるべきだ。

戸部や海老名さんだって、いつかは互いの思いと向き合わうのだ。それがすぐなのか、もっと先なのかはわからない。それでもいつか、必ずその時はやってくる。逃げ場がなくなった時、彼らはどうするのだろう。

別に俺自身を労えとか、そんなことは微塵も思っていない。起こってしまったことは取り返しがつかない。だから、そこから何を学び、どう考えるかが大事なのだと思う。

ただ、俺のことを批判的に見る奴の中で、自らの意識を変えようとしている人間はほぼいない。文化祭や修学旅行の後、俺はけっこう陰口を叩かれたし、意図的にシカトされたりもした。これまで無意識的に無視されたものが、意識的な拒絶に変わったわけだ。

そういうことをする奴はこぞって言う。「あいつ、マジないわ」って。ああ。そうだ、確かに俺がやった行為は酷い。それは俺自身も自覚している。

けれど、俺が自分の過去の行為に向き合うように、俺を非難する連中は、過去の自分と向き合っているのだろうか。

非難することを許された対象に向け非難をぶつけ、自らの立場やグループの関係性を確かなものにする。

一体、そこに何の意味があるのだろう。インスタントに人の悪口を言い、またそれを囃し立る。そこに主体は存在しないし、もちろん自己批評なんてあるはずもない。

俺が動いた理由は、自分のため、仕事のため、そして数少ない俺の周囲のためだった。だからこういう有象無象のやつらの言うことなんて、いちいち真に受けたりはしない。

だが、何も感じないかとと言えばウソになる。俺が彼らに感じていたものは……

ニセ理事長「悪意、を感じただろ?」

いつの間にかニセ理事長が俺のすぐそばまでやってきて、俺の耳元で囁いた。
675 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/06/10(日) 23:45:36.00 ID:iB3t09mC0
最終章-24


悪意。

自分が周囲にそんな感情を抱いているなんて考えたくなかった。それは同時に自らが周囲から虐げられ、見下されることを受け入れることだから。

俺はそうはなりたくなかった。だから、これまでの孤独な自分を否定することは絶対にしない。俺が俺を否定したら、俺は全世界のすべてに否定されることになってしまう。

強がりと言えば強がりかもしれない。それでも俺は証明したかったのだ。自らの生きる理由を、自らの手で。

ニセ理事長「比企谷八幡。お前の中には長年にわたる他人への悪感情が眠っている。そして、同時に周囲の悪感情を増幅する力も持っている。今こそ、その潜在能力を開放するときだ」

耳元で聞こえるニセ理事長の声が脳内に直接染みていく感じがする。このまま身を委ねたらさぞ気持ちがいいに違いない。

脳が動かなくなるに従って、強烈な眠気のようなものが襲ってきた。頭だけじゃなく、体全体も非常に重い。

やばい。もう立っていられない。それどころか瞼さえも開いていられない……

「せ……い!」

ん。今、誰かに呼ばれたような……?

「せ……せ……!」

やっぱりどこからか俺を呼ぶ声が聞こえる。一体、誰が……

みき「先生に手を出すな!」

物凄い速度でここまでやって来た星月は、ニセ理事長を力づくで押し出して俺を救ってくれた。

八幡「星……月……」

ニセ理事長と離れることで、体の機能が復活してきた感じがする。だが、まだ全快とまでは至らず、星月を呼ぶ声も小さく緩慢なものになってしまった。

みき「先生を傷つけるなんて許さない!」

星月は剣を強く握りしめながらニセ理事長を威圧する。

昴「先生!」

遥香「ケガはありませんか?」

少し遅れて若葉と成海も駆けつけてきた。

八幡「まだ、頭がぼーっとするわ……」

昴「なら無理をしないでください!」

遥香「私たちが付いてますから」

若葉は俺をニセ理事長から守るように立ちはだかり、成海はハンカチで俺の顔の汗を拭いてくれている。

さっきまで感じていた眠気のような感覚でなく、もっとずっとはっきりとしたものを感じる。具体的には形容できないが、心が焼けるような熱いものだ。

ニセ理事長「星守。まだわたしの邪魔をしてくるのか」

みき「私たちは、あなたを倒して世界を平和にする!」

ニセ理事長「殊勝な心構えだこと。まあ、そうやって息巻いていられるのもここまでよ」

ニセ理事長がそう言うと、逆さに生えている木の枝の先に何やら大きな黒い実が3つ現れた。

昴「何、あれ」

みき「わ、わかんない」

遥香「少なくともいいものではなさそうね」

成海の言う通り、いいものではないのは確かだ。あの黒い実からは、何か禍々しい雰囲気を感じる。

ニセ理事長「さあ出でよ。我が下僕たちよ」

ニセ理事長の声に合わせて黒い実にヒビが入り始めた。そしてヒビが大きくなるにつれて、そこから手足のようなものが飛び出してきた。

八幡「中に誰かいるのか……?」

ニセ理事長「そう。お前たちがよく知る者が、な」

昴「だったら出てくる前に叩く!」

若葉がハンマーを振りかぶりながら、宙にある実の1つに突っ込んでいった。
676 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/06/10(日) 23:46:04.46 ID:iB3t09mC0
最終章-25


昴「はぁぁ!」

若葉が勢いよくハンマーを振り下ろすと、黒い実は粉々に砕け散った。

八幡「やったのか?」

遥香「いえ、逆に何かに攻撃を阻まれたみたいです」

八幡「何かって、何だ?」

遥香「一瞬見えなかったですけど、昴と同じハンマーのようなものが見えました」

俺の目には何も映らなかったが、成海が言うってことは実際に存在したのだろう。しかし、実の中からハンマーってどういうことだ……。

俺が悩んでいると、若葉が地面に降り立ち、ヒビだらけの身に向かってハンマーを構え直している。

みき「昴ちゃん大丈夫!?」

昴「平気!でも気を付けて。あの実の中には……」

若葉の声は、実が激しくはじけた音でかき消されてしまった。一瞬、辺りには実の爆発による薄い煙が漂ったが、それもすぐに晴れた。

成海「あれは……」

俺のすぐ横にいる成海は信じられないという表情で、煙が晴れた場所を見つめる。おそらく、前にいる星月と若葉も同じような表情をしているはずだ。

俺だってそうだ。開いた口が塞がらない。その理由を挙げるならば、それは目の前の光景に他ならないのだが。

みき「あれは……私?」

昴「みきだけじゃない。その隣にいるのは、アタシと遥香だ」

遥香「何が起こっているの……?」

実の中から現れたのは、形は星月たちとそっくりな木で出来ている人だった。それぞれの手には、モデルとなった彼女たちと同じ形の武器が握られている。もちろん、それらも木で出来ている。全体的に見れば、木で作られた精巧な人形のようなものに見える。

ニセ理事長「ふふ……」

3体の木の人形の後ろで、ニセ理事長は顔をほころばせている。どう考えても、これはあいつの仕業に違いない。

八幡「おい。これはなんだ」

ニセ理事長「見ての通り、星守だよ。正確に言えば『禁樹から生まれた星守』と言ったところか」

みき「どういうこと!?」

ニセ理事長「それは戦ってみればわかるさ。さあ行きなさい。お前たちの力を奴らに存分に味わわせてやりなさい!」

3体の人形はそれぞれ象った星守に向けて突進を開始した。

昴「遥香!先生から離れて!」

遥香「ええ!」

成海は素早く立ち上がると、向かってくる人形の注意を引き付けながら、俺から距離をとった。

みき「やあ!」

俺の数メートル前では、星月が木の人形相手に剣を振り下ろした。だが、人形も星月の剣と同じ形の剣を出し、両者の剣が激しくぶつかり合う。

昴「次こそ当てる!」

左方向では、俺に背を向けた若葉が木の人形と戦っている。こちらの人形も、若葉の体型そっくりにできていて、武器も同じ形だ。

遥香「くぅ……」

若葉と俺を結ぶ直線の延長線上では、成海が戦っている。彼女も俺を守るように背を向けながら、自分とそっくりな人形と戦っている。

なんでどいつもこいつも星守にそっくりな姿かたちをしてるんだ。真っ黒な木で出来ている分、目や鼻などのパーツはないが、その分まるで彼女たちの「影」のように見えてくる。

ニセ理事長「壮観壮観」

1人、ニセ理事長は満足そうに腕を組んで3か所の戦闘を眺めている。

八幡「お前、何をしたんだ」

ニセ理事長「何って、星守を生み出したまでさ。より厳密に言えば、『本物』の星守と言ったところか」

八幡「は……?禁樹が星守を生み出せるわけがないだろ」

ニセ理事長「果たしてそうかな?」
677 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2018/06/10(日) 23:48:33.99 ID:iB3t09mC0
今回の更新は以上です。

番外編のネタを何個か思いついたけど、19人全員出すと文量が凄まじいことになりそう。贔屓になるけど、何人かに絞ろうかな……。
678 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/11(月) 15:02:03.03 ID:GX5BetpfO

番外編あるのか!このまま最後まで突っ走って終わりかと思ってたから嬉しい
679 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/06/13(水) 17:42:30.98 ID:dHX+fxxt0
番外編「先生たちの放課後前編」


「乾杯ー!」

風蘭「っぷは〜!この1杯のために生きてる!」

樹「ちょっと。風蘭飛ばし過ぎよ」

静「すいませ〜ん。生もう1杯〜」

樹「静さんも……」

風蘭「いいじゃんか今日くらいハメ外したって」

樹「風蘭はいつも外してるじゃない」

静「生徒の前でも変な態度取り続けるのは大変なんだぞ?私なんて、たまに生徒から悲しい目で見られるしな……」

樹「それは静さんが独身アピールをし過ぎるからでしょう……」

静「甘いぞ樹。もたもたしてたらすぐに30歳だ。周りが結婚していく中、コンビニで御祝儀をまとめ買いするのは辛いんだぞ!」

風蘭「わかりますよ静さん!アタシの発明品をみた星守たちの冷たい目といったら……」

静「やっぱり風蘭はわかってくれるか!よし、今日は私の奢りだー!すいませ〜ん冷酒くださ〜い!おちょこ3つで〜」

樹「もう今日はダメね……。うん。こういう時こそ私がしっかりしなくちゃいけないわね」

風蘭「樹何ぶつぶつ言ってんだよ。この日本酒美味いぞ。ほら飲んでみろよ」

樹「き、今日は遠慮しとくわ」

風蘭「どっか具合悪いのか?」

樹「そういうわけじゃないけれど」

静「まぁまぁ、酒は無理に薦めるものではないさ。だが惜しいな。今日はこの店でもかなり上等な純米大吟醸を出してもらったのだが……」

樹「じゅ、純米大吟醸?」

静「樹がそういう気分じゃないと言うのなら、私たちだけで味わうとするか風蘭」

風蘭「そうしますか!」

樹「……わ、」

風蘭「ん〜?どうした樹〜?」

静「しっかり言葉にせんとわからんぞ〜?」

樹「わ、私も、飲みたいです……」

風蘭「あはは!そうこなくっちゃなー樹!」

静「人は酒の前では無力なもんさ。ほれ、注いでやるからやるからおちょこ持て」

樹「うう……今日は流されまいと思ってたのに」

風蘭「そう言って毎回毎回飲んでるじゃんか」

樹「うるさいわね!」

静「落ち着け樹。こぼれるぞ」

樹「す、すみません」

静「いよっし。じゃあ改めて、」

3人「カンパーイ!」
680 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/06/13(水) 17:43:43.99 ID:dHX+fxxt0
番外編「先生たちの放課後後編」


静、風蘭「そ〜れ、イツキがイッキ!イッキだイツキ!」

樹「っぷは。もう〜、そういうコールはやめてくりゃさいよ〜。恥ずかしいでしょ〜」

風蘭「へっへ〜。だいぶ酔ってるな〜イツキ〜」

静「お前もな。そういえば、比企谷の様子はどうだ」

樹「比企谷くんですか〜?彼にはほんっっとうに感謝しています!」

静「ほお、例えばどんなところにだ?」

樹「まず何よりも、星守の子たちと良好な関係を築いてくれたところです!何をするにしても、彼女たちと適切なコミュニケーションが取れないと話になりませんから」

風蘭「それに、よく働いてくれるよな。アタシの発明品の実験にもよく付き合ってもらってるし」

静「そうか……」

風蘭「あれ、静さんちょっと泣いてます〜?」

静「……タバコの煙が目に染みるんだ」

樹「今の言い方比企谷くんに似てますね」

風蘭「確かに!」

静「…………」

風蘭「あ、あれ?」

樹「もしかして、気に障っちゃいましたか?」

静「いや、確かに私はあいつとどこか似ているんだろうな。だからこそ、色々目をかけたくなるのかもしれん」

樹「その気持ち、わかる気がします。私も星守たちを見ていると、昔の自分を見ている気がして、放っておけないんです」

風蘭「ああ。つい説教を垂れたくなっちゃうよな」

静「それはつまり、私たちが大人になったという証左なのかもしれんな」

風蘭「大人、か」

樹「時が経つのは早いものね」

静「いつの日か、生徒たちとこうして酒を酌み交わせる日が来るといいな」

樹「ええ」

風蘭「よし。いっちょ比企谷や星守たちの幸せな将来を祈願して乾杯するか!」

静「うん、いいじゃないか!」

樹「仕方ないわね」

風蘭「では、比企谷と星守たちの今後ますますの成長を祈願して、乾杯!」

静、風蘭「乾杯!」
681 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2018/06/13(水) 17:47:08.24 ID:dHX+fxxt0
以上で番外編「先生たちの放課後」終了です。

久しぶりの平塚先生登場でした。

もう1つ番外編を構想中ですが、こっちは長くなりそう……。
682 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/06/21(木) 00:12:22.50 ID:bFa7/fVW0
番外編「葵の誕生日」


私は七嶋葵。神樹ヶ峰女学園に通う高校生。

授業の予習復習とか、おうちのパン屋の手伝いとか色々大変だけど、毎日とっても楽しく生活してる。

だってそれは……。

エリカ「あーおい!寄り道して帰ろっ!」

こうしてエリカがいつも私に話しかけてくれるから。

葵「ごめんエリカ。今日はバスケの自主練をしていきたいの」

エリカ「えー、どうしても?」

葵「うん。大会が近いんだ」

そう。今週末に大きな大会があるから、今日はどうしても練習しておきたかった。例えエリカの頼みでも、ここは譲れない。

エリカ「う―ん……。まあ、プレゼントはまた今度買えばいいか」

葵「何か言った?」

エリカ「ううん。なんも。てかさ葵。その自主練って1人でやるの?」

葵「うん。今日はもともと部活ない日だから」

エリカ「そっか。じゃあ私も自主練付き合っていい?」

葵「え。エリカってバスケできたっけ?」

予想外のエリカの発言に、声が少し裏返っちゃった。

エリカ「授業ではけっこう上手いほうだよ!」

葵「それは知ってるけど、そうじゃなくて」

エリカ「あー、まあ葵みたいに真剣に練習したことがあるわけじゃないかな」

葵「そうだよね。だったらどうして?」

エリカ「今日はなんかそういう気分なの!ほらそうと決まったらさっさと体育館行くよっ!」

葵「ちょ、待ってよエリカ〜」

私はなぜかノリノリのエリカに手を引っ張られながら更衣室に向かった。

--------------------------------------------

エリカ「着替えもしたし、始めちゃいますか!葵。まずは何するの?」

葵「うーん、そうだなー。じゃあボールハンドリングでもやろうかな」

エリカ「ボールハンドリング?」

葵「股の下でボールを八の字に回していくの。こんな風に」

エリカ「おお!速い!」

エリカは目を輝かせながら私のボールハンドリングに夢中だ。なんか、こういうエリカは新鮮で可愛いな。

葵「慣れればこれくらいはできるようになるよ。エリカもやってみて?」

エリカ「えーと、こんな感じ?」

もともとエリカは運動神経は悪くない。だから今もさっきの私の見様見真似である程度の形にはなっている。

葵「ゆっくりやりすぎると逆に難しいから、ある程度ぱっぱっとやるといいよ」

でもエリカならもっと上手くできるはず。

エリカ「よっ、ほっ。どうどう?」

葵「うん。イイ感じこの調子なら部活でレギュラーなれちゃうかも」

エリカ「マジ?じゃあ今から狙ってみようかな〜」

そう言ってハンドリングのスピードを上げるエリカだったけど、程なくして、ボールを置いて座り込んでしまった。

エリカ「疲れたから休憩〜。葵はまだやるの?」

葵「うん。ドリブルからのシュート練習するつもり」
683 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/06/21(木) 00:13:42.03 ID:bFa7/fVW0
番外編「葵の誕生日後編」


私が1人でシュート練習をしてしばらく経った。座り込んでいたエリカがおもむろに立ち上がって私の方へ走ってきた。

エリカ「ねえ葵。私と対決しようよ」

葵「対決って1on1のこと?」

エリカ「そ。葵が攻めで私が守り。5回勝負して1回でも私が葵からボールを取れれば私の勝ち。どう?」

エリカがどうしてこんなことを言い出してきたのかはわからないけど、少し面白そうな勝負かも。

いくら5回全部勝たなきゃいけないにしても、相手がエリカなら負けることはないはず。

葵「いいよ。やろっか」

エリカ「さっすが葵。そうこなくっちゃね!」

やる気満々のエリカは私とゴールの間に立ちふさがって両手を大きく広げる。

エリカ「私がボールを取ったら葵に1つお願い聞いてもらうからね」

葵「何それ。ちょっと怖いんだけど」

エリカ「ダメ!もう決定事項だから!ほら早く攻めてきてよ!」

葵「もう……」

こうやっていつも私はエリカのペースに乗せられていく。慌ただしくて、突飛な提案に戸惑うことも多いけど、いつも私を、周りを楽しませてくれる。

--------------------------------------------

5回のうち4回の勝負が終わり、結果は私の圧勝。そりゃ、バスケ部員のドリブルを素人が止める勝負なんだからこうなるのは当たり前だよね。

エリカ「まだもう1回チャンスはある……」

でもエリカは諦めていない。こういう粘り強さもエリカの特徴だと思う。

エリカ「さあラスト!こい!」

葵「うん!」

私がドリブルを始めた時だ。

エリカ「あ」

エリカが何やら私の後ろの方を指さした。

葵「え?」

それにつられて私も後ろを振り向いてみるが、特に何かが変わった様子はない。

エリカ「隙あり!」

次の瞬間、エリカが私の手からボールを奪っていった。エリカはもの凄いドヤ顔を私に向けてくる。

エリカ「へへ。『葵を騙すぞ作戦』が見事的中ー!」

葵「もう。ずるいよ」

エリカ「反則じゃないもん。引っかかる葵が悪いんだよ」

葵「それはそうだけど……」

確かにエリカの言うことも一理ある。もしかしたら次の大会でもこういう予想外のことが起こることがあるかもしれない。エリカはそういうことを見越してこのプレーを、ってそれは考え過ぎかな。

エリカ「じゃあ葵。私が勝ったからお願い聞いてよね」

葵「変なこと言わないでよ……」

エリカ「そ、そんな身構えないでよ!私のお願いは、大会が終わったら一番最初に私と遊んでほしいってことだから」

葵「……それだけ?」

エリカ「うん。葵の誕生日をちゃんとお祝いしたいの!本当は今日したかったけど、自主練するっていうなら仕方ないし。なら大会が終わってから真っ先に私にお祝いさせてほしいなーって」

エリカは顔を赤くしつつ、若干あたふたしながら早口で喋っている。そっか。これあ言いたくてエリカは私の自主練に付き合ってくれたんだ。

葵「うん。ありがとうエリカ。ちゃんと空けておくね」

エリカ「ホント!?約束だからね!」

こんなに私のことを思ってくれる親友がいて、私は幸せ者だっていうことを改めて実感する。願わくば、エリカとずっとこうして仲良くやっていきたいなあ。
684 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2018/06/21(木) 00:17:43.50 ID:bFa7/fVW0
以上で番外編「葵の誕生日」終了です。葵、誕生日おめでとう!

パン作りはゲームの方でやられてしまったので、違うネタを考えていたら日付を超えてしまいました。葵、ごめんなさい……。

それとリアルの都合で、8月中旬までまともに更新できなくなると思います。

書きたいことはあるけど、時間がない。長編番外編もやりたいのに……。
685 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/23(土) 17:26:57.92 ID:oBqKreNcO
おつ
一部キャラ除いて部活はあまりフィーチャーされないから新鮮でよいぞ
686 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/07/02(月) 00:38:22.33 ID:XkuY/yUH0
番外編「お揃いの水着」前編


7月になった。千葉を含む関東は早々と梅雨明けを果たし、夏空SUN!SUN!SEVEN!状態。これが9月まで毎日続くと思うと心が沈む。エンドレスエイトのキョンはこんな気持ちだったのだろうか。

例年より早い夏に落ち込む人がいれば、逆もまた然り。気温とテンションが比例している奴もたくさん見受けられる。

例えばここ、神樹ヶ峰女学園星守クラスとか。

みき「先生!梅雨が明けましたね!夏ですよ!」

朝のHRで開口一番、星月が声を張り上げた。

八幡「ああ、ソウデスネ」

ミシェル「先生は夏嫌いなの?」

八幡「嫌いに決まってるだろ。暑くて、蒸し暑くて、死ぬほど暑い夏なんて」

うらら「全部暑いことが理由じゃない」

八幡「まだあるぞ。『インスタ映え』とか言いながらナイトプール行くパリピとか、人でごった返す花火大会だとか、汗臭くてむさ苦しい朝の満員電車とか」

楓「先生らしい偏った理由ですわ……」

八幡「だから俺の前で夏の話をするな。もし夏の話をしたやつは、パリピ認定をしてもれなく今期の全成績を赤点にする」

望「職権乱用し過ぎじゃない!?」

八幡「まあ、赤点は冗談としても、それくらい俺は夏が嫌いだ。あ、でも夏休みは好きだ。大義名分のもとでじっくりたっぷり休めるからな」

桜「その意見には賛成じゃ。わしも家でゆっくり昼寝をしたい」

明日葉「先生。桜。言いにくいのだが、神樹ヶ峰女学園の夏は色々と忙しいんだぞ」

八幡「え、なんでですか。アニメは去年やりましたよね?またやるんですか?」

花音「突然メタネタを入れてきたわねこいつ……」

仕方ないだろ。まさかあれから1年経ったことが信じられないんだから。てか、1年?あれ、俺はもしかしたらマジでエンドレスエイトしてる?それもこれも、杉田智和が先生役をやったことが原因に違いない。

ゆり「毎年夏にはイロウスがリゾート地に現れるんです。私たちはそれを討伐しないといけないですから」

八幡「それ、俺も行かなきゃいけないやつ?」

昴「そこは先生としては行かなきゃいけないんじゃないですか?」

蓮華「それに、私たちの水着姿も見れるかもしれないわよ?」

八幡「……水着?」

ミサキ「やはりそこに反応するのですね」

ミサキをはじめに、何人もの星守がごみを見るような目つきで俺を見てくる。

八幡「待て。今のは誘導尋問だろ。糾弾されるべきは俺ではなくて芹沢さんだ」

遥香「毎回毎回、責任転嫁の素早さには感心しちゃいます……」

成海の発言を受け、今度は憐れみの目線が俺を包む。

ただでさえ暑くて気分が晴れないのに、なんでこんなに雑に扱われなきゃならないんだ。これってセクハラとかモラハラとかにならないの?

樹「ちょっといいかしら」

俺がこれまで受けてきた数々のハラスメントについて考えていたところに、八雲先生と御剣先生がやって来た。

ひなた「どうしたんですかー?」

風蘭「毎年、この時期にリソート地でみんなに配る水着なんだが、それを私たちで用意することができなかった」

御剣先生の知らせに、教室中からブーイングの嵐が起こる。

八幡「水着ってなんですか?」

風蘭「ああ、そうか。あんたは知らなかったんだな。毎年、夏にはリゾート地でイロウスを討伐したご褒美に我々教師陣から水着を提供していたんだ」

はは。さっき芹沢さんが言ってた水着ってこれのことか。

サドネ「サドネ、水着着たかった」

詩穂「せっかくみんなでお揃いの水着着られるチャンスだったのに」

あんこ「ブログのネタに困るわね……」
687 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/07/02(月) 00:38:56.69 ID:XkuY/yUH0
番外編「お揃いの水着」後編


それぞれが思い思いに感想を呟いている。だが、俺はそもそもの水着がどういうものなのかも知らないので、八雲先生に聞いてみた。

八幡「ちなみに、今まではどんな水着があったんですか?」

樹「これまで作った水着は、青と白のスクール水着、セーラー水着、個人の水着の焼き直し、かしら」

八幡「色モノだらけじゃないですか。なんですかそのラインナップ」

樹「費用を最小限に抑えた結果よ……」

八雲先生は苦々しい表情で唇をかみしめる。そんな変な水着しか作れないんだったら最初からやらなきゃいいのに。

心美「じゃ、じゃあ今年は水着はナシ、ということですか?」

風蘭「いや、実は発注はしてあるんだ」

くるみ「発注してるのに用意できないんですか?」

樹「費用が足りなくてね、発注先にお金を支払えないのよ……」

八幡+19人「…………」

予想外の理由に、俺を含め星守たちも開いた口が塞がらない。こんなしょうもない理由、聞いたことないぞ。

風蘭「そこで、あんたにお願いがある」

唐突に御剣先生が俺に向き直ってきた。待て。この流れはヤバい。

八幡「……お金なんて出せませんよ」

風蘭「そこをなんとか!な、かわいい生徒のためだ!一肌脱いで、男らしいところを見せてくれよ!」

御剣先生は無茶苦茶な論理で俺に詰め寄ってくる。

樹「ちょっと風蘭、それは流石にやりすぎ、」

風蘭「もとはと言えば、イツキが値段の桁1つ見間違えたのが悪いんだろ?イツキが頼めよ」

樹「そういう風蘭だって確認したじゃない。ここはお互い様よ」

八幡「あの、ケンカなら他所でやってくれます?」

俺がツッコむと、2人は俺の手をがっと掴んで懇願してきた。

樹「お願い比企谷くん!星守クラスの担任として協力して!」

風蘭「このお礼はいつか必ず精神的に!」

おい、御剣先生。そのセリフを現実世界で言うなよ。なんか嘘っぱちに聞こえるだろ。

ただ、大の大人がこうして俺にすがってきている状況はんあんとも情けないものである。ここまでされると、俺の中にも情というものが湧いてくるらしい。俺は2人に質問した。

八幡「はあ……。聞くだけ聞きますけど、いくら必要なんですか?」

樹、風蘭「比企谷(くん)の水着合わせて20人分、占めて39200円!」

八幡「却下」

てか俺のもあるのかよ。こいつらとお揃いの水着とか絶対着たくない。
688 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2018/07/02(月) 00:43:17.50 ID:XkuY/yUH0
以上で番外編「お揃いの水着」終了です。

今回のイベントでビキニ衣装が星のかけら購入特典になっているところに着想を得ました。

全員分手に入れようと思うと39200円するんですよね。高い……。

そして、またしばらく更新できません。次回の更新まで気長にお待ちください。
689 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/07/21(土) 23:26:38.80 ID:hmUNdbMd0
最終章-26


八幡「だってそうだろ。星守は神樹に選ばれることでしか存在しない……」

ニセ理事長「その認識が間違っている。そもそも何故神樹に選ばれた者が『星守』と崇められ、禁樹が生み出したものが『イロウス』として蔑まれるのか。その理由を考えたことがあるか?」

八幡「理由……?」

そんなこと考えたことはなかった。星守がイロウスを倒す。これはヒーローが悪人を倒すことと同じように当然なことなんじゃないのか。

ニセ理事長「お前たち人間はこう考える。『人間を襲うイロウスは悪!人間を守る星守は善!』と。だが、それこそ驕りであることを人間は自覚していない」

ニセ理事長「人間は他者に悪意を持つと、その他者を忌み嫌い、最後には排除する。そんな悪意の結晶のイロウスが人間を襲うことは必然ではないか。悪意を持つ人間を、この世界から排除するために」

八幡「…………」

ニセ理事長「つまり、イロウスこそが人間の本来の心の姿であり、それに対抗する星守は偽善者に過ぎないのだ。現に、ここにいる3人の悪意を結晶化したら、見事な黒になった。あれは最早『色薄』とは呼べないな」

薄々思っていたが、星月たちが戦っているあの黒い人形のようなものは、やはり自分自身の悪意だったか。あれほどくっきりと姿まで似ているとなると、3人ともが心にかなりの闇を抱えていたってことになる。

八幡「そしたら、今まであいつらがやってきたことは全部無駄だったってことか……?」

ニセ理事長「そうだ」

俺の震えた声とは逆に、自信に満ちた声でニセ理事長は言い切った。

みき「そんなことない!」

俺の前方で剣を振るう星月がニセ理事長に向かって反論した。

みき「私は、今までも、これからも、イロウスと戦い続ける!」

ニセ理事長「殊勝なことよ。だが、いつまでそんな態度を取り続けられるかな?」

ニセ理事長が指をぱちんと鳴らすと、黒い人形たちが即座にニセ理事長の前に集まった。

それと対面するように、星月たちも俺の前に集まり武器を構える。

対する黒い人形たちは、なぜか武器を下ろした。

みき(黒)「星月みき。やっと話せた。もう1人の私」

みき「な、何言ってるの!」

みき(黒)「言葉通りよ。私は、あなたから生まれたもう1人のあなた」

みき「もう1人の、私……」

みき(黒)「わからない、なんて言わせないよ。あなたは私がどんな存在か知ってるはず。だってあなたの『悪感情』が私なんだもん」

八幡「悪感情……?」

俺のつぶやきに対し、星月の形をした黒い人形は顔を俺の方に向けた。

みき(黒)「そうだよ先生。私は星月みきの悪感情の結晶なの」

みき「……!」

星月は一瞬大きく目を見開いたが、すぐに目線を下に落としてしまう。

遥香「なら、そっちにいる私と昴も……」

みき(黒)「うん。こっちの昴ちゃんと遥香ちゃんも、2人の悪感情の結晶。それにしても、みんなたっぷり悪感情を持ってたんだね。こんなにくっきりと姿かたちが具現化されるなんて思わなかったよ」

遥香(黒)「それくらい、私にも色々思うところがあるのよ」

昴「それ以上喋るな!!」

業を煮やした若葉が威嚇するようにハンマーを振り上げる。
690 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/07/21(土) 23:28:13.95 ID:hmUNdbMd0
最終章-27


昴(黒)「やめなよもう1人のアタシ。自分の気持ちくらい、薄々わかってるでしょ。アタシたちが本当にあなたたちの悪感情から生まれた存在だってことが」

激高する若葉とは逆に、黒い若葉は冷静にこちらをたしなめる。

みき、遥香、昴「…………」

そして本物の3人は完全に黙ってしまった。その隙に付け込むように、向こうの3人は口撃を仕掛けてきた。

みき(黒)「ねえ私。私ってさ、周りに合わせずに、1人で突き進んじゃうことがあるよね。先生、遥香ちゃん、昴ちゃんと4人で新種のイロウスを倒した時なんてさ、もしかしたら私のせいでみんな死んじゃってたかもしれないんだよ?自覚ある?」

みき「あ、あの時は、先生にいいところを見せようと……」

みき(黒)「うん。それが自分勝手だって言ってるの。相手は新種のイロウスでしょ?なおさら、危険なことはできなかったはずだけどなあ」

みき「う……」

遥香「あなた、よくもみきを」

星月に代わって成海が反撃を試みるが、それを嘲笑いながら、黒い成海が口を開いた。

遥香(黒)「あら。私だって人のことは言えないはずよ。寂しがり屋さん?」

遥香「別に私は、寂しいなんて……」

遥香(黒)「思ってるわよね?昔のような孤独を恐れて、自ら他人に奉仕することで繋がりを求めてる。それのどこが寂しがりじゃないと言うの?」

遥香「そ、それは……」

昴(黒)「うーん、じゃあこの流れで言っちゃおうかな。ねえアタシ。アタシは周囲にうんざりすることはない?っていうか絶対あるよね」

成海が何も言い返せないのを見て、黒い若葉までもが追及を開始する。

昴「え……そ、そりゃ、ないこともないけど」

昴(黒)「ううん。もっともっと嫌だなあって思ってるはず。だってアタシはみんなが思うような『王子様』じゃないもんね」

昴「……っ」

他の2人のように、なすすべもなく若葉も押し黙ってしまう。

ただ、当然と言えば、当然の結果だ。向こうは自分の「悪意」が結晶化した姿。自分の本心なんて筒抜けに決まってる。そんな奴相手に言い訳なんか通じるわけがない。

ニセ理事長「ふふふ。さあ、どうだ比企谷八幡。お前が信頼を寄せる星守たちも、一皮むけば悪意の塊だ。いや、むしろ一般人よりも多いかもしれないな。こんな奴らをお前は信用できるのか?」

ここぞとばかりにニセ理事長が俺の心に揺さぶるをかけてくる。

しかし不思議と俺は動じなかった。それどころか、思わず笑みがこぼれてしまうほど落ち着いていた。

ニセ理事長「何笑っている」

八幡「安心したから、かな」

語気を強めるニセ理事長と対照的に、俺は至って普通な返答をする。そんな俺の様子に、星月たちでさえも困惑した表情を見せる。

みき「安心ってどういうことですか?」

八幡「文字通りの意味だよ。お前らが、心の中では色々葛藤を抱えてたことが知れて安心したんだ」

昴「アタシたちの葛藤がわかって、安心?」

遥香「先生って、やっぱり変な人なんですね」

八幡「おい待て。言動が変なことはある程度自覚してるが、今それを言うなよ」

みき「じゃあ、真剣にそう思ってるってことですか?」

星月は何が何だかわからない、といった顔で俺に質問してきた。

まあ、自分の本心相手に何も言い返せないこいつらに俺の考えを理解しろってほうが無理か。
691 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2018/07/21(土) 23:29:57.76 ID:hmUNdbMd0
今回の更新は以上です。

スレが落ちないように、繋ぎとして少しだけ更新しました。

久しぶりの更新となりましたが、また数週間更新できなくなります。すみません。
692 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/22(日) 21:12:57.83 ID:zUVolnMv0
乙!
八幡の悪意が出て来たら凄そうだな
693 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/08/13(月) 17:08:16.10 ID:uSIXM2XH0
最終章-28


ニセ理事長「何を笑っている比企谷八幡。次はお前の番だ」

ニセ理事長がそう言うと、新たな黒い実が枝に現れた。それはたちまち大きくなり、ついにひび割れて、中から1人の人のようなものが出てきた。

出てきた人は、細身の体型で、頭から黒いアホ毛が出ている。少し汚れたスーツからはけだるそうな雰囲気を感じるが、小町からもらったネクタイピンがきらりと光っている。まるで、鏡を見ているような錯覚に陥る。

八幡「こいつは……俺か」

流石にこれは見間違えない。他の3人と違い、まったくもって俺と瓜二つの姿をしてるんだから。違うところ言えば。

みき「あっちの先生。目が腐ってない」

昴「うんなんか、あっちの方が爽やかな感じがする」

遥香「目だけでずいぶん印象って変わるのね」

なぜかニセモノの俺の方が綺麗な目をしていた。おかしいだろ。本物よりもかっこいいって。目が腐ってない俺なんて、ただの完璧イケメンじゃねえか。こんな俺だったら、今頃クラスの人気者だな。

なんて冗談半分で考えてはみるものの、冷静に考えれば俺のニセモノだけ明らかに俺に似すぎている。他の3人のニセモノは真っ黒なのに、俺のニセモノだけ色も服装も含め、完璧に俺である。

八幡「お前は俺の悪意の結晶、なのか」

ニセ八幡「ああ。見ればわかるだろ」

八幡「まあな」

俺のニセモノは不敵な笑みを浮かべている。まるで本物の俺を見下しているかのように。

ニセ八幡「ま、俺が出てきたとこで、星月たちみたいに肉体的な戦いができるわけはないし、何しようか」

八幡「別に何もしなくていいぞ。なんなら、そのまま禁樹へお帰りになってくれ」

ニセ八幡「いくら家を愛してる俺だからって、仕事を振られちゃやらないわけにはいかないだろ」

八幡「なんだよ。お前の仕事って」

ニセ八幡「決まってるだろ。お前の心を折ることだよ。もう1人の俺」

もう1人の俺って言葉。遊戯王っぽくて、ドキッとするのは俺だけでしょうか。いや、ニセモノの俺も意識したに違いない。だって少し満足そうだもん。

一方の星月たちは俺のニセモノの発言を受け、すぐさま武器を構える。

ニセ八幡「あー、別にお前らに危害を加えるつもりはない。というか、さっきも言ったろ。俺は非暴力不服従主義なんだ」

八幡「その言葉、ガンジーが聞いて泣くぞ」

ニセ八幡「死んでなお言葉が残ってるなら本望だろ、多分。知らんけど」

うええ。なんか自分と話してると変な感じになってくるな。

みき「先生が2人いると、めんどくささが倍増するね……」

昴、遥香「確かに……」

八幡「うっせえ」

俺も思ってたけど、それを口にするな。悲しくなるだろ。
694 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/08/13(月) 17:09:12.53 ID:uSIXM2XH0
最終章-29


ニセ八幡「そろそろ本題に入るぞ。まどろっこしいのは嫌いなんでね」

ニセモノはその目を凛と輝かせ、いやに白い歯を見せながら語り始めた。

ニセ八幡「もう1人の俺。お前もこちら側へ来い。俺や禁樹とともに世界を人ごと変えよう」

八幡「そのセリフ、雪ノ下からパクったな」

ニセ八幡「まあな。それよりどうだ。今ならお前の力で世界を支配できる。悪くはないだろ?いや、むしろ願ってもないチャンスだ」

八幡「お前俺の心だろ。なら、俺がそういうことに興味ない人間だってことが、」

ニセ八幡「いや、ある。俺はお前の心だぞ。俺が心にもないことを言うと思うか?」

八幡「……」

果たしてこの言い合いは分が悪い。なんたってあっちは俺の「真」の心を体現しているんだから。

ニセ八幡「そこの3人といたって、また裏切られるのが関の山だ。そうだろ?」

八幡「まあ、そうかもしれないな」

みき「え、なんで今反論しないんですか?」

八幡「あいつを目の前にして、嘘は通じないだろ」

遥香「では、まだ私たちのこと……」

八幡「ああ。完璧には信じられない」

昴「そんな……」

八幡「こればっかりは性質なんだ。今更どうしようもない」

遥香「なんでそんな冷静なんですか?」

八幡「逆に足掻いても仕方なくない?」

みき「今はそんなことを言ってる場合じゃないですよ!」

八幡「落ち着けって。それに、俺はあいつの存在を否定しているわけじゃない。あいつも含め、俺は俺だ」

ニセ八幡「そう。だから比企谷八幡はお前らのことを信じちゃいないんだ。お前らは、俺の対極にいるような人間なんだから、なおさらな」

みき「対極って、」

ニセ八幡「それは聞かなくてもわかるだろ。俺とお前らは住む世界が1ミリたりともかぶってない。別世界の人間なんだよ」

遥香「先生。本気でそう思ってるんですか?」

八幡「否定はできん……」

だって普通に考えればそうでしょ。ホモサピエンスだってことくらいしかこいつらとの共通点を見出せないどうも俺です。

昴「そうだとしても、先生はこうして傍にいてくれる!」

ニセ八幡「まあ、それが仕事だからな。契約上、理事長が首を縦に振らなきゃ俺は元の学校には戻れないんだ。この奴隷的状況から抜け出すためには、お前らの意思を尊重して、それを支援するよう動くのが一番手っ取り早いだろ」

みき「そんな……でもさっきは私たちと一緒に行きたいって言ったじゃないですか!」

ニセ八幡「それこそ空気を読んだんだよ。お前らの士気を下げるわけにもいかなかったからな」

遥香「先生。これも本当ですか?」

八幡「嘘じゃありません……」

なんで成海だけは俺を睨みつけてくるんだよ。喋ってるのはあっちだろ?あっち睨めよ。

ニセ八幡「つまりだ、俺はお前らのことなんてちっとも考えてないわけだ。たまたま利害が一致したから近くにいただけ。わかった?」

ニセモノの俺は、相変わらず目をキラキラさせながら俺たちの心にナイフを次々に刺してくる。俺はともかく、他の3人はかなりダメージを負っている。そんな俺たちを見て、ニセ理事長もニヤニヤしている。

この圧倒的状況を打開するためにはどうすればいいのか。1つだけ手があるが、それはなるべく使いたくない。なぜなら、俺のメンタルが崩壊する危険性があるからだ。

しかし、そんな悠長なことを言っている場合ではない、か……
695 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2018/08/13(月) 17:10:23.62 ID:uSIXM2XH0
今回の更新は以上です。

お久しぶりです。これからまたぼちぼち更新していくつもりですので、またよろしくお願いします。
696 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/13(月) 17:30:11.07 ID:1ZPCxnfxO
乙!
697 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/15(水) 15:16:32.71 ID:6APyYA6pO
なるほど、八幡の場合は本人は堪えないけど他にダメージが行くのか。面白い
698 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/08/20(月) 17:59:55.57 ID:wlIVTH580
最終章-30


ニセ八幡「なあもう一人の俺。変なことを考えてないか?」

俺の分身ともなれば、思考回路まで筒抜けらしい。当然ちゃ当然だが。

ニセ八幡「この状況を打開するなんて不可能だぞ。なんたって、俺だけじゃなく、星月にも成海にも若葉にも問題はあるんだからな」

追い打ちをかけるようにニセモノの俺は言葉を続ける。

するとしばらく黙っていた星月たちの黒いニセモノまで口を開き始めた。いや、本当に口があるかどうかわからないけど、表現上、ね?

みき(黒)「うん。こっちの先生の言う通り。私は自分のしたいことばっかりして、周りに迷惑をかけてばっかりなダメな存在。先生や他の星守の子たちに助けてもらわないとなーんにもできない無力な人。2人はどう?」

遥香(黒)「私はさっき言ったように、他人に奉仕することでしか自分を保てない存在。特に私より弱い人や、みきのような恩人に奉仕するのがとっても好きなの。だって自分がよりすごい人に思えるじゃない?自分自身には、価値なんてないもの」

昴(黒)「アタシはどっちかというと周りから過大評価されてるからなあ。ただスポーツができてショートカットなだけでカッコいいキャラになってさ。本当は女の子らしい言動や服を着たいのに、周囲の期待に応えるために我慢して、遠慮してる」

この流れはまずい。影のような自分の悪感情にこんな風に言われたら、誰だって心に傷を負う。ましてや、星月たちだ。ここまで実態を保った悪感情が出てくるほど心に闇を抱えていたのに、表面的にはそれを一切出していない。ということは、こういう思いを知られたくなくて、隠そうと努力してきたといえる。

それなのに、この非常事態の中において、他人に、しかも自分とかなり仲のいい人物の前で自らの心情を「暴露」されてしまった。

これでショックを受けるな、と言うほうが酷ってもんだ。

遥香(黒)「私たち、お互い醜い感情を持っていたのね」

昴(黒)「うん。それもかなり酷いレベルのをね」

みき(黒)「こんな私たちが、星守なんてやっていけるわけないよ。そう思わない、私?」

そしてそのような心の状態を、ニセモノたちが気づかないはずがない。ここぞとばかりに精神攻撃を畳みかけてくる。

対するこっち側の3人は顔を曇らせ、下を向いてしまっている。もちろんお互いの顔なんて見向きもしない。まあ見られないし、見せたくもないんだろう。

ただ、その体勢からにじみ出る雰囲気が、彼女たちが限界にあることを知らせてくる。

これ以上は、ダメだ。

みき「わ、私は、星守に……向いて……」

八幡「ああ。少なくともお前らは星守には向いてねえよ」

星月の言葉に割り込むように俺は言い放った。
699 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/08/20(月) 18:00:51.44 ID:wlIVTH580
最終章-31


みき(黒)「先生。どうして私たちはダメなんですか?」

八幡「今の言葉聞いてりゃ誰だってそう思うだろ。こんなことだけ考えてるやつに、小町のことを守ってもらおうなんて思わん」

昴(黒)「あくまで妹さん基準で物を考えるんですね」

八幡「もちろんだ。小町は世界で一番かわいい妹だしな。そんな妹を守るのが兄としての務めだろ。なあそっちの俺」

ニセ八幡「ああ。千葉の兄は妹を全力で守らなきゃいけない、という不文律まであるくらいだ」

遥香(黒)「こんなにこっち側の自分と話が合うなんて、先生って変な人ですね」

八幡、ニセ八幡「まあな」

やべ。ハモっちゃったよ。別に俺はこいつらと仲良くしようとしてるわけじゃない。だからそんな風に疑惑のまなざしをしないでくれ俺の近くの3人。

八幡「まあ、とにかくだ。そういうことだから俺もお前らが星守をやるのは無理だろ。てか、そんな心が清らかな人間なんて、この世にいない」

地球人の誰もが筋斗雲に乗れなかったようにな。てか、乗れないのになんで亀仙人は筋斗雲持ってたんだろうか。宝の持ち腐れにも程がある。そこらへんの設定ってどうなってたんだろうか。まあ俺はドラゴンボールそこまで詳しくないから知らんけど。

みき(黒)「じゃあ私たちが星守をやることに先生は反対なんですね?」

八幡「黒いお前らはな。けど、こいつらにはやってもらいたい。むしろここまで天職な奴らも珍しいと思ってるくらいだ」

みき、遥香、昴「へっ!?」

3人とも拍子抜けした声を上げた。まさかここで俺が持ち上げるなんて思わなかったんだろう。まあ、この反応も狙ってたんだが。

昴(黒)「さっきはダメだって言ったくせに」

対して、黒い方からは不満げな声が漏れ出てくる。そろそろ一言物申すときかな。

八幡「お前らのような考え方「だけ」だとダメだって言ったんだ。お前らは悪感情の塊だからわからんかもしれんが、こいつらは他にもいろんなことを思って日々の生活を送ってるんだよ」

みき(黒)「……先生は私たちの何を知ってるって言うんですか」

八幡「俺はお前らのことをあんまり知らねえよ。短い付き合いだからな。それよりも傍の奴らに聞いてみた方がいいだろ」

俺はそう言うと、未だ状況が呑み込めていない3人を指さした。

八幡「まずは星月について思ってることを言ってもらうぞ。はい成海」

遥香「え、わ、私はみきの明るくて活発なところをすごく尊敬しています。それで私は救われたから」

八幡「次。若葉」

昴「うーんと、アタシは何度失敗しても諦めないところがみきのすごいと思うよ。特訓だってできるまでやめないし、料理も……ね……」

遥香「なんで言い淀むの昴。みきの料理は本当に美味しいじゃない」

昴「え、うん、そうだね……」

八幡「ほらな星月。お前は目の前にいる黒い心だけの存在じゃない。こうして仲間から評価されてる部分もあるんだ」

みき「え、その、ありがとうございます……」

星月はぼしょぼしょとお礼の言葉を述べる。その頬は嬉しさか羞恥かで赤く染まっている。

みき「でも、遥香ちゃんや昴ちゃんにもいっぱいいいところはあるよ!遥香ちゃんはいつも冷静に私たちを助けてくれるし、昴ちゃんは運動神経がいいからどんな状況にも対応できちゃうし」

遥香「私はたまに女の子らしくかわいい昴を見るのも好きよ?」

昴「う……そういう遥香も、凛としたところあるじゃん。アタシにはできないよ」

みき「うんうん。遥香ちゃん、健康とか生活に関してはすごくしっかりしてるよね」

遥香「そんなことないわよ……」

いつの間にか俺が蚊帳の外に置かれてしまった。むしろ蚊帳の中にいるほうが珍しいまである。だが今は俺のハブられ具合についてはどうでもいい。話を進めなければ。
700 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/08/20(月) 18:01:35.66 ID:wlIVTH580
最終章-32


八幡「ま、これでわかっただろ。俺がお前らを星守に推す理由が」

3人はお互いの顔を見合わせるが、首をひねりあってから、なぜか俺の方に向き直った。

みき「イマイチわからないんですけど……?」

八幡「なんでだよ。今の会話でわかるだろ。なあ、成海、若葉」

しかし2人ともわからないといった表情をするばかりだ。

遥香「先生、適当なこと言ってごまかそうとしているわけじゃないですよね?」

八幡「当たり前だろ。ちゃんと理由はある。俺が確証もなく動くわけないだろ」

昴「じゃあ教えてください!」

なぜかこの3人だけじゃなく、あちら側の陣営も俺の話に耳を傾けている。

八幡「つまりだ。お前らはこうして仲間の長所をきちんと理解しているし、それを尊敬しあえているだろ。上辺じゃなく、心の底からな」

俺の指摘の甲斐もなく、3人とも腑に落ちない顔をするばかりだ。

みき「それって、当たり前のことですよね?」

八幡「それを当たり前だと思えているところがすごいんだよ」

昴「先生は思わないんですか?」

八幡「俺はそこまでは思わん。すげえな、とかは思う。けど、」

遥香「けど、なんですか?」

八幡「最近は、お前ら相手には、こういうことを考えない、こともない……」

……………………

あぁぁぁぁあ。死にたい死にたい!俺何言っちゃってんのぉぉおおぉ。

言い方も気持ち悪いし、言ってる内容もヤバい。陰キャ丸出しだ。これは材木座のこと笑えない……。むしろ馬鹿にされるまである。

それに、ほら!3人とも目を丸くしちゃってるよ!もうあれだ。俺の教師生活も終わりだ。この発言を一生ネタに揺すられ続けるに違いない。「あの時の発言、ばらされたくなかったら金持ってこい」なんて言われて、俺は金をむしり取られていくんだ。

みき「あの、先生?」

星月は頭を抱えてうずくまる俺の肩に手を置いてきた。

みき「私はすごく嬉しいですよ。先生がそういう風に私たちを見てくれてるってわかって!」

遥香「ええ。別に恥ずかしがらなくてもいいのに」

昴「これ、あんこ先輩がよく言ってる「ツンデレ」ってやつ?」

成海も若葉も若干ニヤつきながら星月に続く。俺はツンデレなんかじゃないぞ。だって俺は金髪でもなければツインテールでもない。

そういえば、どうしてツンデレキャラって金髪ツインテがデフォなんだろうか。三千院ナギしかり、澤村・スペンサー・英梨々しかり、金色の闇しかり。ああ、煌上もそうだな。まあ煌上にはデレ要素がないからツンとしか言えないが。触ったら痛そう。というか蹴られそう。

みき「先生。変なこと考えてないで、戻ってきてください」

星月によって、俺は思考の迷宮から強制的に脱出させられてしまった。

八幡「なんだよ……」

みき「この状況、どうすればいいんですか?」
701 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2018/08/20(月) 18:05:42.56 ID:wlIVTH580
今回の更新は以上です。

書いていない期間が長くて、勘が鈍ってます。ごめんなさい。
702 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/20(月) 18:11:17.20 ID:cP/MV6WgO
乙!
703 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/20(月) 22:02:46.50 ID:zPU3EdER0
おつ
704 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/09/02(日) 18:01:28.29 ID:6jFyZVqt0
最終章-33


八幡「どうするもなにも、俺は知らん」

みき「ええ……」

八幡「ええじゃねえ。というか、何ニヤニヤしてんだよお前。ちょっと気持ち悪いぞ」

みき「ニ、ニヤニヤなんてしてません!」

昴「いやいや。みきはさっきからずっとニヤニヤしてるよ?」

遥香「そういう昴もね」

八幡「成海もだよ……」

揃いも揃ってなんなのこいつら。この状況でニヤつけるとか、何考えてるのかわからん。怖すぎ。

みき「だって、先生があんなこと言うからですよ!」

八幡「あんなことってなんだよ」

みき「星守が、私たちの天職だって言ってくれて」

八幡「は?」

見れば星月だけでなく、若葉や成海まで耳まで真っ赤にしてニヤついている。ちょっとこの子たちチョロ過ぎじゃないですかね。将来が心配になるレベル。

八幡「いいか。お雨らは俺の言葉を取り違えている。別に俺は無条件にお前らを賛美しているわけじゃない」

昴「じゃあどういうことですか」

八幡「俺がお前らを推したのは、お前らの中に大きな善意と大きな悪意が共存しているからだ」

遥香「善意はいいとして、悪意があってもいいんですか?」

イマイチわかってない星月と若葉を尻目に、成海は疑問をぶつけてくる。

八幡「確かに俺はさっきお前らの長所を評価した。だが、同時に悪意の方もそれなりに大切だと思ってる」

昴「悪意が大切?」

ここで若葉も話に加わってきた。

八幡「そりゃそうだろ。善意100%のやつとか、逆に怖いわ。マザーテレサやナイチンゲールとかの伝記読んだことあるだろ?俺はあれを読んで、彼女たちの善意にぶっちゃけ引いたな」

遥香「それは先生だけでは……?」

八幡「いや、俺の親父も言ってたぞ。『こういう伝記に載るような奴らは精神がいかれてる』ってな」

昴「先生のお父さんも相当ですね……。それでも悪意はない方がよくないですか?」

八幡「バカ。悪意が少ないやつには、悪意だらけの奴の気持ちに寄り添えるわけないだろ」

これは真理だ。そんな奴相手でも『理解』は可能だ。そいつが何を考え、何をしたいのか把握することはできる。

だが、絶対に寄り添うことはできない。いじめられた経験がないやつが、いじめられたやつの苦しみに共感できないように。意識せずになんでもできるやつが、努力しても上手くいかないやつに上手く教えられないように。

持つ者が持たざる者に慈悲の心をもってこれを与える、なんて雪ノ下が言ってたが、これはその対象に心から寄り添っているわけじゃない。あくまで立場が上にいる者からの奉仕なのだ。

だが、星月たちは違う。自らの中に大きな悪意を秘め、それと葛藤しながら命がけで戦っている。それは同じく善意と悪意の間で揺れ動く人間たちを同じ立場から支援していると言い換えられないだろうか。
705 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/09/02(日) 18:02:14.69 ID:6jFyZVqt0
最終章-34


八幡「だからこそ、お前らみたいな心の持ち主が星守をやるのがいいんだよ。大きな善意と悪意を兼ね備えているお前らなら、どんな人もその手で守れるだろうから」

所詮、自分以外は皆他人だ。完全に理解することも、まして寄り添うことなんて不可能。現実ではどこかで他人と線を引いて、お互いが傷つかないちょうどいい距離を見つけることが大切なのだろう。

だが、俺は心の奥底では簡単に割り切れなかった。

俺はわかりたいのだ。知って安心したい。わからないことはひどく怖いことだから。願わくば、同じような気持ちを持つ、心許せる相手と。

そんなことは絶対にできないって思ってた。お互いがお互いの傲慢さで理解しあおうとし、あまつさえそれを欲望しあうなんて、夢でもありえないことだと思ってた。

だってそれは、他人に知られたくないような全ての自分を曝け出し、認めてもらうことと同義だから。

けれど、そんな幻想がここには実在した。

星守クラスの彼女たちは、全員が有り余る程の個性を発揮していた。当初はその眩しい光に眼を眩まされていたが、徐々に慣れていくにしたがって、彼女たちの心の闇も見えてきた。光が強ければ、その影も濃くなる。イロウスとの戦闘以外にもイベントが多かったこともあり、俺が彼女たちの心の影、悪意を把握するのにそれほど時間はかからなかった。

そんな星守たちは、俺の気持ちを知ってか知らずか、俺の心のテリトリーに土足で踏み込んできやがった。なんならめちゃくちゃに荒らされたこともあった。

ただ、彼女たちはそうして俺の心を知ろうとしてくれた。寄り添おうとしてくれた。さらには、そんな俺のことを大切に思って涙を流してくれたこともあった。

そんな体験をしていくうちに、俺の心にある感情が生まれてきた。始めはその存在を受け入れたくなかった。そんなものはまやかしだ、すぐに裏切られる、と何度も自分に言い聞かせてきた。

だが日に日にその感情は大きくなっていき、ついに俺はそれを無視することができなくなった。

その感情に名をつけるとしたら、それは「信頼」と言えるかもしれない。

八幡「お前らは、ぼっちで、捻くれて、目つきの悪い俺を認めてくれている。受け入れてくれている。そんなお前らを俺は信頼している。そして、人並外れた悪意を抱えているところも人間臭くて嫌いじゃない。だからこそ、俺はお前らを星守に推しているんだ。俺に言えることはそれだけ」

気づけば星月も成海も若葉も涙を流している。口を半開きにさせたり、手で口を覆ったり、歯を食いしばったりと、動作は違えど、皆頬を濡らしているのには変わりない。

八幡「だから、、、っ…………」

なぜだか、俺の頬が熱く湿っていく感じがする。その感覚に気付いた俺は、もう言葉を発することができなかった。

みき「…………はい!」

俺の言葉にならない言葉に反応したのは、しばらく黙っていた星月だった。星月は涙を袖で拭ってから、普段見せる満面の笑みを浮かべた。

みき「私はあっちの私が言うように、自分勝手に行動しちゃうことがある。そのせいで色んな人に迷惑をてきたことも自覚してる。そこは私の欠点だし、直さなくちゃいけないことだと思う」

朗らかな表情とは異なり、星月は言葉の1つ1つをゆっくり、はっきりと紡いでいく。

みき「でも、そんな性格のおかげで遥香ちゃんや昴ちゃん、他の星守クラスのみんな。そして先生とも仲良くなれた。イロウスを倒して、みんなの笑顔を守ることもできてる。そういうところは自分を褒めてあげたいかな」

みき「だから私は、いいところも悪いところも全部合わせた『星月みき』として、これからもイロウスと戦う!」

星月の力強い宣言を受け、成海と若葉も姿勢をすっと正した。

遥香「私はどちらかと言えば周囲の状況に合わせて行動しがち。それはみきをはじめとして、大切な人に離れていってほしくないから。悪く言えば、他人に依存することで自分を保っていられたのかもしれない」

遥香「けれど、そうして色んな人と接するうちに、自分のやりたいことがはっきりしてきたの。依存だけじゃなく、心から他の人の役に立ちたいと思ったの。そうしていつか、昔の私のような子を、全世界の困っている人を助けたいの。それが私『成海遥香』!」

昴「アタシは星守クラスの他の子たちのようなカワイイ感じに憧れてる。アタシじゃ無理だなあって思いながら、それでもカワイイものがあったらつい見ちゃう」

昴「でも、カワイイものと同じくらい、アタシは体を動かすのも好き。運動神経がいいほうだから『王子様』って呼ばれたりするけど、それはみんながアタシのそういう一面を認めてくれてるってことだから、素直に嬉しい。『若葉昴』はそんな人間なんだ!」

次いで成海と若葉も光に包まれる。薄暗いこの空間の中で、3人の放つ光は強烈なものだが、同時に何か暖かみを感じる。
706 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/09/02(日) 18:03:56.67 ID:6jFyZVqt0
最終章-35


程なくして光が収まってきた。段々と星月たちの姿を視認できるようになるにしたがって、彼女たちの服装が変化していることに気付いた。

みき「え、なにこれ!」

遥香「新しい星衣、かしら」

昴「力がみなぎってくるよ!」

どうやら星月たちが着ているのは新しい星衣のようだ。これまでの星衣(制服に何かパーツが取り付けられたようなもの)とは全く異なり、非常に体のラインにフィットし、かつ見た目麗しいデザインになっている。

肩から胸、背中にかけては、ストッキング生地のようなもので覆われていて、かなりのスケスケ具合である。

胸からへそのあたりにかけての前面は白、横と後ろはそれぞれのイメージカラーでまとまっている。

下半身は黒を基調とし、先のほうにイメージカラーが施されたミニスカートを穿いている。ソックスは、白を基調としたニーハイである。

そして目の錯覚でなければ、なぜか彼女たちの星衣がキラキラと輝きを放っているように見える。心なしか、武器まで光ってるんじゃないの。

総括すれば、何かの戦闘美少女のコスプレにしか見えないが、彼女たちはそんな衣装を恐ろしいほどに着こなしている。いや、もしかしたら彼女たちに適したデザインの結果がこれなのかもしれない。

みき「先生!どうですか?私たちの新しい星衣!」

八幡「え、ああ、まあ、いいんじゃねえの」

星月からの不意の質問に、しどろもどろになってしまったどうも俺です。

でもしょうがないよね。見てくれがいい3人が、揃いも揃って結構キワドイ星衣を着用してるんだから。目のやり場に困るって話よ。材木座あたりなら鼻血を拭いて倒れていてもおかしくない。

昴「この星衣、とってもかわいい……」

遥香「それに動きやすいわ。私の体にすっと馴染んでるみたい」

当の本人たちは俺の心の葛藤を露知らず、新しい星衣に興奮している。

ニセ理事長「ふ。今更星衣が変わったくらいで、何になる」

ニセ理事長の言葉を受け、星月たちは武器を構え直す。

みき「それは、やってみなくちゃわからないよ!」

ニセ理事長「それもそうだな。行け!」

ニセ理事長が声を上げると、黒いニセモノの星守たちが一斉にとびかかってきた。

みき「一瞬で終わらせるよ!遥香ちゃん!昴ちゃん!」

遥香「ええ!」

昴「オッケー!」

3人はゆったりと武器を構え、ニセモノたちを待ち受ける。

みき、遥香、昴「はっ!」

そして一瞬の後、ニセモノたちは残らず地面に倒れていた。

八幡「強すぎだろ……」

つい声が漏れてしまった。だが、ここ最近は最も身近で彼女たちの特訓を見てきた俺からすれば、今の動きの速さはこれまでの彼女たちの実力を大きく上回っていた。攻撃力も、こんな強敵を一発で仕留められるほどに上昇している。にわかには信じがたい。

だが、星月たちはそれを簡単にやってのけた。それも自身の悪意の結晶に対して。これは星衣の力ももちろんあるだろうが、彼女たちが、自分の心を見つめ直すことができたからではないだろうか。
707 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2018/09/02(日) 18:05:43.61 ID:6jFyZVqt0
今回の更新は以上です。

ゲームのストーリーでは神樹や理事長の正体が明らかになっていますが、こちらではその設定は無視したエンディングを予定しています。並行世界の別の「バトガ」として楽しんでください。
708 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/09/02(日) 19:29:34.42 ID:VAJ9vVlz0
乙!
王道展開はやっぱ良いね!
709 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/09/02(日) 20:13:20.59 ID:F5npeb//O
このいい感じの改変が二次創作感あふれてて楽しいんよ
710 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2019/06/09(日) 15:21:11.44 ID:XtwV7MgZ0
最終章-36


ニセ理事長「…………」

流石のニセ理事長も一瞬唖然としていたが、すぐに元の冷たい顔つきに戻った。

ニセ理事長「ふふ。まさかここまで強くなるとは思いませんでした。やはり、私が直々に手を下すしかないようですね」

次の瞬間、ニセ理事長の口から暗い紫色の人魂のようなものが飛び出した。わずかに空中を漂った人魂は後方に垂れ下がっている巨大な主根に近付き、中へと入っていった。

対する理事長の身体のほうは、その場で力なくぐったりと倒れこんでしまった。

八幡「理事長!」

俺はとっさに理事長の元へと駆け寄った。

牡丹「……比企谷先生、ですか?」

上半身だけを起こして俺に反応する理事長。普段の理事長の口調だ。その声を聞いて、少し安堵する。

おそらくさっき口から出たものが禁樹のコアみたいな部分だろう。それが理事長の身体から出た今、理事長は解放されたと見ていい。

自分たちのニセモノを倒した星月たちも勢いそのままに俺たちのもとへと走ってきた。

みき「理事長!大丈夫ですか?」

牡丹「ええ……みきに昴、遥香。みんなに迷惑をかけてしまいましたね。申し訳ありません」

理事長は顔を俯かせながら謝罪の言葉を口にした。

昴「アタシたちは迷惑だなんてちっとも思っていません」

遥香「理事長が星守のことを考えて行動してくれたこと、知っていますから」

若葉と成海の言葉を聞いた理事長は事情を説明するよう、すっと俺に視線を向けた。

八幡「すみません。あのノートのことを星守たちに話してしまいました。それでも星守全員が理事長を助けるため、イロウスを倒すために立ち上がったんです。こいつらだけじゃなく、上層階には他の星守たちが今も戦い続けています」

牡丹「そうですか……」

理事長は再び顔を俯かせてしまった。理事長としては、自分一人で片を付ける算段だったはず。俺や星守たちを危険な目に合わせないために。

けれど、俺と星守たちはここにいる。さらには理事長自身が禁樹に利用されながら、なんとか助かる始末。事態が混迷を深めていることに強い罪悪感を覚えているに違いない。

牡丹「あの、」

八幡「星月たちは自分の意志でここに来ています」

俺は理事長の言葉を遮った。それ以上の話をさせないように。

八幡「理事長がこういう展開を望んでいないことはわかっていました。でも、俺には星守たちの気持ちを無視することはできませんでした。イロウスから世界を守りたいと願う、星守たちの決意を」

おそらく理事長も心のどこかではこうなることをわかっていたのだろう。でなければわざわざノートを残しておかない。

きっと理事長は悩んでいたのだ。これまでとは比べ物にならないような世界の危機を星守たちの手に委ねるかどうか。

そんな中で、星守たちは全員が戦うと言った。それは俺にも言えることだ。一般人ながら、それなりの時間を彼女たちと過ごすことで色々と感化されちまったのだろう。ぼっちの名が廃れるなこりゃ。

八幡「だから、今はこいつらを信じませんか」

だからこそ、俺も理事長も星守たちの戦いを見守る義務がある。否、直接手が下せなくても、共に戦わなくてはいけない。それが俺たち教師の役割だ。

そんな俺の言外の思いを察したのか、理事長は薄く微笑んで静かに頷いた。

みき「よし、いこう!昴ちゃん!遥香ちゃん!」

昴「うん!」

遥香「ええ!」

星月の奮起に呼応して、若葉と成海も力強い返答をする。しかし状況は極めて不利なものだ。

八幡「多分さっき理事長から出た紫の光が禁樹のコアの部分だ。それが向こうの大樹に入った今、この空間全体が敵の攻撃範囲に違いない。気を抜くなよ」

360度を樹の根で覆われたこの空間は、どこから敵の攻撃が飛んでくるかわからない。紫の光が入ってから樹全体が紫に発光している以上、俺たちに隠れる場所はない。

遥香「比企谷先生と理事長は私たちから離れないでください」

昴「先生たちは、アタシたちが守ります!」

自衛の術を持たない俺と理事長は、星月たち3人に囲われた。いつだかの、自爆するイロウスと戦った時を思い出す。
711 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2019/06/09(日) 15:22:40.42 ID:XtwV7MgZ0
最終章-37


あの時は爆風を一発受け流せればよかった。だが今回は無数の鋭く尖った根が星月たちに襲い掛かっている。

そのせいで、3人を頂点とする三角形はじりじりと小さくなっていく。真ん中にいる俺と理事長への攻撃を防ぐために、3人がより近い距離を取るシフトを敷いているためだ。

3人ともよくやってはいるが、今のままではジリ貧だ。俺と理事長というハンデを抱えていては、こいつらも攻撃に転じられない。かと言って俺と理事長が自力で禁樹からの攻撃を防ぐ術があるわけではない。どうする……

みき「先生、私たちなら大丈夫です」

恐ろしくタイミングよく星月が俺たちを励ますように言葉をかけてきた。こちとら頭をフル回転させても対抗策が思いつかないのに、戦いながら話しかけてくる星月の悠長さに対して俺は苛立ちを覚えた。

八幡「だが、今の状況だといつかは破綻する。お前ら3人じゃ俺らを守るのに精いっぱいだろ」

みき「そうですね。私たち3人だと、確かに厳しいです。でも18人ならどうですか?」

なおも星月は余裕を感じさせる口調で言い切った。

こいつは何を言ってるんだ?確かに18人もいれば状況を打開するには十分な数だが、そんな人数をどうやって揃えるつもりなんだ。

待てよ。こいつ、もしかして……

突然黙りこくった俺の顔を理事長が不思議そうに見つめているのに気づいた。

牡丹「比企谷先生、みきは何を狙っているのですか?」

八幡「……多分あいつの作戦は、『援軍が来るまで耐える』です」

それしかない。18人というのもここで戦っている星守の数だ。あいつは他の星守が合流するのを待っているんだ。

俺の返答を聞き、理事長はすぐにあの出来事を思い出した。

牡丹「それって、以前比企谷先生とみきが実践した作戦ですよね?」

八幡「ええ。まさかこの状況でそれを思いついて実行しようだなんて夢にも思わないですよ」

戦闘中にもかかわらず、俺は苦笑してしまった。

だが改めて考えてみれば勝算は決して低くない。俺たちが禁樹と対峙する前から15人の星守たちは大型イロウスと順次戦闘を開始していた。一番上層階で戦っている5人なら、もうイロウスを倒していてもおかしくはない。そしてそいつらが下層階の戦闘に合流すれば、その階の戦闘もその分早く終わる可能性が高い。

そうやってイロウスを倒した15人がこの最下層フロアに集まれば、禁樹を倒すことだって夢ではなくなる。むしろ、現実的な予測だと言ってもいい。

こういう卑怯というか、人の裏をかくような手段は、神樹ヶ峰では自分の専売特許だと思ってたんだがな。まさか星月が言い出すとは思わなかった。そんな星月に対し反論しないあたり、若葉や成海も同じ考えを抱いているのだろう。つまり俺はこいつらに捻くれ思想を植え付けたことになる。これって育成失敗というやつでは?

牡丹「この子たちは本当に頼もしくなったんですね」

俺の後悔とは裏腹に、理事長は感慨深げに目を細めている。

八幡「いや、こんな消極的な対応をとることを頼もしいというのはどうなんすかね」

牡丹「以前のあの子たちなら、自力でどうにかしようとしていたでしょう。でも今は自分の限界を知り、仲間を心から信頼できているからこそ、助けを待つという選択ができているのです。比企谷先生と関わって、この子たちは変わったんです」

八幡「別に俺はそんなこと全く意図してなかったんですけど……」

牡丹「それでいいんです。生徒は教師の想像を超えて大きくなるものです。そういう場面に立ち会えることが、教師の一番の幸せではないかしら」

不覚にも理事長の最後の発言には頷けるところがあった。星月たちだけじゃなく、18人全員が日々予想外の行動を取りながらも、いつのまにか成長している。それは得てして俺の意図した方向とはまるで異なっていることが多かった。

ただ、そういう変化を俺はどこかで歓迎していたのかもしれない。そうじゃなきゃ、星守たちにここまで入れ込むことなんてできやしないだろうから。

八幡「まあ、その気持ちはわからなくもないです」

牡丹「ふふ、もう比企谷先生は立派な先生ですね」

理事長のこっぱずかしい言葉に、思わず顔を背けてしまう。

牡丹「でもこれだけは忘れないください。比企谷先生もまた、1人の生徒なんだということを」

付け加えれれた言葉の真意を問い正そうとしたとき、天井付近から轟音が鳴り響いた。

ぱっと上を見上げてみるものの、天井付近はかなり暗く何が起きているかはわからない。今のところ特に変化はないが、轟音は止むことなく鳴り続ける。

これが禁樹からの攻撃音だというなら避けるなりするのだが、何も変化がない以上、無暗に動くのも控えた方がいいはずだ。
712 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2019/06/09(日) 15:23:52.38 ID:XtwV7MgZ0
お久しぶりです。バトガがサービス終了するということで、このSSを再開することにしました。
713 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/11(火) 06:15:17.56 ID:PuCJg7MQO
乙!
714 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/14(金) 02:11:28.13 ID:e2K+D3sh0
サービス終了きっかけで再開って喜んでいいのかわからんけどおかえり
半分諦めてたけど待ってたぜ
715 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2019/06/16(日) 23:49:52.68 ID:rt78Tpof0
最終章-38


何の対策も講じられないうちに、とうとう天井が崩れ落ちてきた。上から大小様々な大きさの樹の欠片が降り注いできたが、俺や理事長には逃げる場所も防ぐ手立てもない。

みき「先生!」

天井の落下に気付いた星月たちが俺たちにさらに近付いてきた。助かったと思う反面、正面を見ると禁樹が木の根を鞭のようにしならせて攻撃してくるのが目に入った。

八幡「前を見ろ!」

とっさに俺は声を張り上げた。しかし星守たちは皆、上からの落下物に気を取られていて防御態勢に入り切れない。禁樹からの攻撃も落下物も同じくらいのスピードで迫っていて、かつどちらも凄まじい物量なため、3人では手が回らない。

昴「ど、どうする!?」

みき「え、え、えーと、」

遥香「私が上を、いや、でも前方の方が危険度は高い……」

この通り、星守たちは混乱している。一刻も早く指示を出さないといけないこの状況で、なぜか理事長は静かにたたずんでいる。もしかして、諦めたのか……?

刹那、前方からの攻撃も上からの落下物も霧散した。あっけにとられたのもつかの間、煙が舞う中に目の前にたくさんの人影が現れた。

明日葉「先生、みんな、大丈夫ですか?」

濛々と煙が立ち込める中、俺たちの元へ現れたのは楠さんだった。

みき「あ、明日葉先輩……」

楓「明日葉先輩だけじゃありませんわ!」

うらら「うららたちもいるんだから!」

ついで千導院や蓮見も現れ、気づけば15人の星守たちが俺たち5人を取り囲んでいた。さっき俺たちを助けてくれたのもこいつらだろう。壊れた天井から降りてきたのか?

遥香「皆が助けてくれたのね、ありがとう」

成海の感謝に下級生を中心に何人かの星守が照れたように頬をかいた。

望「あ、昴たちも星衣変わったんだ!似合ってる〜!」

昴「あ、ありがとうございます……この星衣、かわいくてお気に入りなんです」

サドネ「みんな、オソロイ!」

違うところでは、天野たちがお互いの星衣の変化について話している。確かに高1以外の星守も全員見目麗しい星衣姿に変わっている。色合いは違えど基本的な形状は皆同じなため、それぞれの身体のラインが強調されており、目のやり場に非常に困る。

ただ、星守たちが全員揃ったことで、空気がにわかに明るくなった。特に高1組は心に余裕が生まれたことが弛緩した表情からもわかる。

花音「理事長!大丈夫ですか?」

理事長のもとには煌上をはじめとする何人かが集まってきた。俺の周り?もちろん誰もいない。当たり前のことすぎて最早何も思わない。

牡丹「ええ」

ミシェル「むみぃ、理事長先生、元気そうで安心した」

牡丹「心配をかけましたね」

理事長のはっきりとした受け答えに、周囲の星守たちは安堵した顔を浮かべる。

八幡「てか、なんで天井が崩れ落ちるなんてことになるんだよ」

つい口から出た疑問に対し、傍にいた藤宮が「やれやれ」といった感じで説明し始めた。

桜「それはじゃの、スキルを大量に発動したせいで、地面が衝撃に耐えられなかったのじゃ」

八幡「スキルだけで地面が壊れるわけないだろ」

俺の反論に対し、国枝が申し訳なさそうに胸の前で両手の指だけを合わせながら口を開いた。

詩穂「星衣が変わって、皆さん飛躍的にパワーアップしたんです。そのせいで力加減が上手くできない人が多くて……」

なるほど、確かに力の制御が苦手そうな人に何人か心当たりがある。にしても、地面を割る程の力なんてオーバースペックもいいところだ。そのせいで味方の俺たちまで危険な目にあったぞ。急激なアップデートも考え物だな。
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