【蒼の彼方のフォーリズム】【オリキャラss】 蒼の彼方に光が見えた

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89 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/04(土) 12:02:32.61 ID:IFyOdzSE0
洸輝「あー、つっかれた……」

 初めてのチーム練習への参加。

 慣れない練習、先輩の飛び交う指導。

 迷惑かけてばっかりで、申し訳ない気持ちになる。

 詩緒は「はじめはみんなそんなもんだって」と慰めてくれたが、凹むものは凹む。

美亜「みんな今日もお疲れー」

 練習後、下に集まってミーティングをする。

美亜「今日から一人、また一年生が加わりました。これからビッシバッシ鍛えてあげてくれ」

 とそこに、一人の若い男性がやってきた。白衣を着ている。

洸輝「あれ、誰?」

詩緒「先生」

洸輝「え?」

詩緒「顧問の坂巻先生よ」
90 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/04(土) 12:03:14.24 ID:IFyOdzSE0
「みなさん。今年度初の外練習どうでした?」

美亜「いいスタートは切れたと思いますよ」

 美亜さんが先生に言った。

「お。男子部員……ですが、知らない顔が」

美亜「新入部員です。ほら、自己紹介」

颯汰「水無月颯汰、スピーダーです」

洸輝「伊泉洸輝、オールラウンダー」

「坂巻洋行(さかまきようこう)、専門は化学。FCのことに関しては素人なので技術的な指導はできませんが、これからよろしく」

 坂巻先生は優しそうな顔で笑った。
91 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/11(土) 13:06:29.41 ID:I1TkvR3G0
洋行「そういえば二人は、FCの試合を見たことがありますか?」

 ミーティング終わりに先生に呼び止められて、颯汰と二人で話を聞くことになった。

 初めての練習で汗かいてるから、できれば早くシャワーあびて帰って休みたいけれど。

颯汰「はい」

洸輝「テレビでなら」

洋行「そうですか。実体験はどうです、水無月君」

颯汰「ないです」

洋行「伊泉君は?」

洸輝「いえ、全く」

 坂巻先生はそうですか、とつぶやきつつ、考えるようにあごに手をあてた後、こう言った。

洋行「実は東ヶ崎さんに、今日は最初ですし、少し早めに切り上げてもらったのです」

 いつもより短くて「これ」なのか。いや、短いからこそやることを圧縮して大変だったという見方も……。

洋行「なので、まだ海は使えます。どうですか? お二人で試合をやってみては」
92 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/11(土) 13:08:58.03 ID:I1TkvR3G0
美亜「いいですね! よっしお前らー、ブイ……はしまってないからいっか。タイマーとインカム3セット準備!」

 まだ残っていた美亜先輩が割り込んできて声をあげた。

洋行「ホイッスルが必要でしょう?」

美亜「そうでした。ホイッスルも頼む、カエデ!」

楓「はーい。悠佳ちゃん、道具の場所と使い方教えるから、ちょっと来て」

悠佳「はい」

 マネージャーリーダー、寺本(てらもと)楓先輩。3年生。

美亜「ボクが入部してって頼んだら、スポーツは苦手だけどマネージャーならって引き受けてくれたいい友人だよ。ちなみに脱いだら嫉妬するほどにすごい」

 二カッと笑って美亜先輩が言った。

美亜「さて! ボクは審判をしよう。誰か、颯汰と洸輝クンのセコンドを頼むよ」

 セコンド。

 従来のスポーツと違い、三次元的な動きをするFCでは、選手が相手を見失うということが多々あるらしい。

 見失った後に一方的な展開になることを防ぐために、FCには地上から相手の位置を教えたり、選手の決断・作戦をサポートしたりするセコンドが認められている。
93 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/11(土) 13:10:18.88 ID:I1TkvR3G0
颯汰「りー先輩、頼めるかな」

理亜「ええ。構いません」

美亜「洸輝クンのセコンド、誰かやってくれないかー?」

 うーん、と顔を見合わせる部員の先輩たち。……あの、ちょっと悲しいんですけど……。

小梢「じゃあ私が!」

美津希「小梢先輩だと指示がわかりませんよ」

小梢「そうかあ?」

美津希「部長ならともかく、私にはわからないですよ。今でも。フィーリングで感じるタイプじゃないと無理です」

小梢「洸輝くんがフィーリングじゃないっていつ誰が決めた!」

 フィーリングはタイプであって俺自身ではないですけど。

美津希「始めたばかりの初心者にフィーリングを求められても困惑するだけですよ」

小梢「そういうもんかあ……?」

 首をかしげる小梢先輩。

美亜「そう言う美津希はどう?」

美津希「私は逆に、咄嗟のことに対して口頭で説明すると時間がかかりすぎる気がします。今までだってセコンドしたことありませんし」

 冷静沈着な美津希先輩は、状況の説明を綺麗にしすぎ、そのせいで指示が遅れるのだとか。

美亜「そういえばそうだねー。どうしよっか」
94 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/11(土) 13:13:30.60 ID:I1TkvR3G0
理亜「詩緒さんはどうですか? 同じ一年生ですし」

 練習用のフライングスーツの上に一枚羽織り、ヘッドセットをつけた理亜先輩が言った。

詩緒「私ですか?」

美亜「そーだね。いいかも! さ、颯汰も詩緒ちゃんも洸輝クンも! ちゃっちゃと準備済ませちゃってくれたまえ!」

詩緒・颯汰・洸輝「「「はい」」」
95 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/11(土) 13:14:04.15 ID:I1TkvR3G0
夏希「美津希ー」

美津希「なによ」

夏希「私セコンドしてみたかったー」

美津希「そんなことを言われても……。それなら立候補すればよかったじゃない」

夏希「恥ずかしい」

美津希「……。今更のような気もするけれど……」

夏希「うっそお!?」
96 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/11(土) 13:23:53.37 ID:I1TkvR3G0
颯汰「FLY!」

洸輝「光へ!」

 俺と颯汰は準備を終えると、ほぼ同時に飛翔した。

颯汰「やるぞー、洸輝」

洸輝「お手柔らかに」

詩緒『聞こえてるー? 返事してー』

 耳に当てているインカムから、詩緒の声が聞こえた。

洸輝「詩緒か。聞こえてる。ってか、これ地上でやっとくべき確認作業だろ」

詩緒『細かいことはきにしない。どーせ練習だし』

洸輝「初めてだからこそちゃんとしてほしかった……」
97 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/11(土) 13:25:30.19 ID:I1TkvR3G0
 ファーストブイ、スタート位置。

 先にインカムをはめて下と連絡が取れる状態になっていた美亜先輩が、ホイッスルを持って浮いていた。

美亜「さて! 準備はいいかな少年たち!」

颯汰「いいよ」

洸輝「同じく」

 心臓の鼓動がわかる。緊張している。

 練習とはいえ、初めてのFCだ。

美亜「そういえば、時間どうしますか? 十分は長いと思うのですが」

洋行『半分くらいでいいのではないですか?』

 美亜先輩が耳に手をあてた。その方が聞きやすいからだろう。

美亜「ですね。通常は十分だけど、今回はおあずけで半分の五分間、模擬試合をします!」

颯汰・洸輝「はい」

美亜「依存ないね!? よーし。位置について。よーい」

 フィィィィィィィィ!

 ホイッスルが鳴らされた。スタートだ。
98 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/18(土) 12:12:19.91 ID:iE2K0pGf0
洸輝「っ!?」

 颯汰がスタートダッシュを決めた。

 俺は出遅れた。

洸輝「しまっ」

詩緒『悔やむのは後! セカンドラインにショートカットしなさい!』

 あせってエンジェリックヘイロウの応用版で加速しようとしたところを、詩緒に止められた。

詩緒『相手はスピーダーなのよ! 私ならそうする!』

洸輝「私ならそうする、は次からいらない! どんどん指示だしてくれ!」

詩緒『それだとあんたの判断にならないじゃない! 洸輝の試合にならない!』

 詩緒が叫ぶように言った。

 そんな詩緒に負けじと俺も叫んだ。そんなことせずともインカムはちゃんと音を拾うのだが。

洸輝「まだ咄嗟に自己判断ができるほど慣れてねえよ! むしろセオリーを叩き込むために、頼む! 詩緒!」

詩緒『わかったわ』
99 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/18(土) 12:16:58.93 ID:iE2K0pGf0
 セカンドラインにたどり着いた時、颯汰はローヨーヨーを使って加速して、セカンドブイにタッチしたところだった。

楓「お、得点入ったね。悠佳ちゃん、準備はいい?」

悠佳「はい?」

楓「一年生マネージャー、今のところ悠佳ちゃんだけだから得点のつけ方なんかを教えてあげる。私的にも、覚えてもらわないと困るし」

悠佳「はい」





>>52 さんの書いてくれた図を見ながらどうぞ
100 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/18(土) 12:20:10.40 ID:iE2K0pGf0
理亜「ブイタッチ。……よし。一度上昇してください」

颯汰『上昇?どうして』

理亜「FCは上の位置が有利です。先ほどのローヨーヨーで稼いだスピードを[ピーーー]ことにはなりますが、相手は完全に静止していますし、上に行けば加速も容易です。今の段階から、上を取ることを意識していきましょう」

颯汰『了解』

 私は、そんな理亜さんたちの声は聞こえないところまで離れている。

詩緒「上がった……。洸輝、上から勢いと加速をつけてくるわ。ブイの中間地点で待って、接触で止めなさい。触るのはどこでもいいわ」

洸輝『了解』

 FCはそのルール上、ショートカットの後はブイタッチをした選手と交錯しないと次のブイタッチが認められない。

 スピーダー相手にスピード勝負をしかけるのも、愚策というものだし。待ち構えて相手のスピードを殺してから、ブイタッチなり背中タッチなりを狙うのが正攻法だ。
101 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/18(土) 12:22:52.09 ID:iE2K0pGf0
 颯汰が、来た。

 高い位置からぐっと加速して。

洸輝「これは!」

 そして、俺と接触する少し手前の位置で、左右へとゆさぶりをかけた。

 ふらりふらり。フェイントだ。

詩緒『シザース! どっちか見極めて!』

 勢いにのった選手が、左右に揺さぶりをかけて待ちかまえる相手を混乱させるための技、シザース。

 そうは言われても、初めて実際に見るのに見極めろなんて――

詩緒『こういう時は直感よ!』

洸輝「なら!」

 右!

 と思い右にばっと手を伸ばす。

 しかし当然、ゆったりと俺の動きを見ていた颯汰はこれを回避し、するりとサードブイへ。

詩緒『ショートカットよ! サードライン! 急いで!』
102 : ◆oUKRClYegEez [sage]:2017/03/25(土) 21:18:03.68 ID:DBqd1WW+0
保守レス
103 : ◆oUKRClYegEez :2017/04/01(土) 19:03:22.01 ID:NzErZ20v0
理亜『よくできました。ブイタッチしましょう』

颯汰「危なかった……。左右にわざと揺らすだけでかなりバランスくずれそうでしたよ」

 俺は今まで、安定して飛行することしかしていなかった。緩やかなカーブ、急なカーブは練習しても、わざとふらふらした飛行なんて練習したことがなかった。今日初めて教わり、なんとかひっくり返らないところまで練習した。

 それでもフェイントの回数を増やせば失敗しそうになるし、持っていたスピードも落ちる。プロや全国大会上位の実力者はシザースでスピードをあまり落とさないこともできるらしいけれど、今日習ったばかりの俺にはとてもじゃないが無理だ。

理亜『初めはみんなそうですよ。これから頑張っていきましょう』

颯汰「うん。よろしくりー先輩」

理亜『……』
104 : ◆oUKRClYegEez :2017/04/01(土) 19:04:13.28 ID:NzErZ20v0
洸輝「詩緒。詩緒は相手がシザースしかけてきた時はどうやって対処してる?」

詩緒『私? 私、いつも直感でやってるからなぁ……。そうね。今回だけの手だと思うけど、あるにはあるわよ』

洸輝「まじか! どんな?」

詩緒『来るわよ! とりあえず指示出すからその通りに!』

洸輝「りょ、了解!」

一瞬が命取りのスポーツだ。疑問を持つのは、ある程度猶予のある時でいい。今はただ、頼れる経験ある相方を信じる。それだけ。
105 : ◆oUKRClYegEez :2017/04/08(土) 13:56:08.23 ID:rvHs98oj0
颯汰がまっすぐ……いや、まだまっすぐだが恐らくまたシザースを仕掛けてくる。

詩緒『前につっこみなさい! エンジェリックヘイロー!』

詩緒の指示は、そんなものだった。

エンジェリックヘイローは加速技。初速はどうにもならないけれど、方向さえ決まればぐんっと引っ張られるように加速する。

真正面から飛んでくる颯汰相手に向かっていくのは、相対性理論的にも止めるのは難しいはず。交錯時間は、待ち構えている時よりも短くなる。
106 : ◆oUKRClYegEez :2017/04/08(土) 13:56:47.61 ID:rvHs98oj0
それでもあえて、向かっていくのにはなにか意味があるはず。そう信じて。

洸輝「っっしゃぁぁああ!!」
107 : ◆oUKRClYegEez :2017/04/08(土) 13:59:00.07 ID:rvHs98oj0
理亜『シザースです!』

りー先輩の声が聞こえた。

2回目のシザース。

二回目で慣れるはずもなく、内心ではひやひやしながら洸輝に向かっていく。

洸輝に近づいていく。ぐんぐんと。

俺は洸輝がどっちに手を伸ばすか、見極めようとした。

だが。

颯汰「な――」

急に、正面! ぶつかる!


バチィッ!

洸輝「よしっ!」

手を伸ばした。エンジェリックヘイローは成功した。

颯汰を止めるべく伸ばした手は颯汰の頭に触れた。

正確にはメンブレンの影響で肌には触れなかったけれど、 見た目はそんな感じ。

 これで接近戦、ドッグファイトに持ち込める。
108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/08(土) 15:12:52.76 ID:xr7Gv6Mso
エンジェリックヘイローは円軌道の加速による閉じ込め技
109 : ◆oUKRClYegEez [sage]:2017/04/08(土) 22:05:43.18 ID:rvHs98oj0
>>108
すみません
ずっと「応用版」とか「エンジェリックヘイロー応用版」って言い続けるのもなぁ……とか、試合中にエンジェリックヘイロー応用版って言う時間があるのかなーとか考えた結果省略しました。中身はエンジェリックヘイローの応用、使い続けて円軌道を描くのではなく一時的な加速を得る方をここでは使っています。紛らわしいことをしてすみません
110 : ◆oUKRClYegEez :2017/04/15(土) 22:41:36.29 ID:NIJaoKwn0
詩緒『攻め攻め攻め攻め攻め攻め! 攻めてけぇぇぇぇぇ!』

 ……詩緒の性格が変わった。

 接近戦に持ち込めたことでファイター魂に火が着いたらしい。

 細かな指示など何もない、ただその熱い言葉の連呼。

 だからか、実際に動いている俺は冷静になれた。

 ぶつかった後もドッグファイトは分が悪いと思ってか、ローヨーヨーで加速しようとする颯汰の背中を狙いに下降する。

 初速はオールラウンダーグラシュである俺の方が速い。そのままタッチできる。

詩緒『攻め攻め攻め攻め攻め攻めぇっ!』

洸輝「わかったから!」

 俺だって、一点をとりたいから。
111 : ◆oUKRClYegEez :2017/04/21(金) 22:18:40.39 ID:x51nNznz0
 洸輝を後ろに感じる。

 燃える闘志を、熱意を感じる。

 俺が今、FCに対してもっていない異様なまでの”熱”を、洸輝が持っている。

 ……心で負けるって、こういうことなのかなとふと思った。

 気迫が違う。何が何でも一点を取る、そしてその先で勝利する。そんな意思がはっきりと見える。

 俺はそこで、負けた。
112 : ◆oUKRClYegEez :2017/04/21(金) 22:20:18.98 ID:x51nNznz0
 颯汰の背中が迫る。颯汰の加速が、思ったより遅いからだ。

洸輝「立て直しがやっぱり慣れてない?」

詩緒『…………』

 俺のそんな独り言とも質問ともとれるだろう言葉に、詩緒は反応しなかった。

洸輝「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 気合を入れた。

 俺の、初めての一点だ。

 ――ピキィィィン!

 という音とともに、颯汰の背中にグラシュと同じ色の三角形が広がった。

 背中のタッチによる得点だ。


詩緒『追い込め! 連続で狙っていけ!』

 復活した詩緒の声が耳元で響く。というか、普通に大きすぎて正直ちょっとトーンダウンしてほしい。

洸輝「了解!」

 それでも詩緒に従い、颯汰の落ちていく背中を追っていく。

 颯汰の体勢が崩れている今が、好機。
113 : ◆oUKRClYegEez :2017/04/22(土) 13:47:43.20 ID:Fu7v2gFK0
理亜『両手両足を広げて! もう一点取られることは仕方ありません、ここは体勢をたて直して!』

 りー先輩の声が耳元でした。

理亜『まだ、全然負けていない!』

 ああ。そうだね。得点は全く負けてない。

 りー先輩の声に従えば、もしかしなくても勝てるだろう。

 でも、そうじゃない気がする。

 もう、心で俺は負けてる。これ以上やっても、無意味な気がしてならないんだ。

 俺は、もう――

洸輝「颯汰」

 上から、声がした。

 崩れていた体勢も、安定を取り戻そうと体が勝手に動いていたのか、ゆっくりと止まる。

 洸輝は、そのまま上から言った。背中はがら空きだ。タッチすれば、2-2、洸輝は俺に追いつけるのに。

洸輝「無理に勝負しろなんて言わない。言えない。でも、試合中は諦めるなよ。空にあがってホイッスルが鳴って。それからブザーが鳴るまでは足掻いてみせろよ。一度上がったのなら、最後まで飛んでくれ。最低限の礼儀だろ」
114 : ◆oUKRClYegEez :2017/04/22(土) 13:52:23.51 ID:Fu7v2gFK0
 なんとなく、颯汰が『飛ぶこと』を止めたような気がした。

 勝利すること、試合をすること。その権利を投げ捨てたような気がした。

 無理に飛べなんて言えない。それはこっちのわがままの押し付けだ。

 でも、スポーツをする人として、譲れないものはある。

 一度試合を始めたのなら、最後までやり抜くべきだ。

颯汰「……洸輝」

洸輝「俺は、空を飛ぶことが楽しい。見ていて面白いと思って、やってみたいと思って、ここにいる」

颯汰「……」

洸輝「改めて、誘うよ。”FC”を、しないか? 颯汰」
115 : ◆oUKRClYegEez :2017/04/29(土) 17:13:51.67 ID:OvoQUz210
洸輝「一度勝負を受けたんだから、最後まで付き合ってくれよ」

 そう言って、洸輝は笑った。

理亜『……』

 りー先輩は何も言ってこない。

颯汰「……悪いな。やるだけ、やるよ」
116 : ◆oUKRClYegEez :2017/04/29(土) 17:15:37.57 ID:OvoQUz210
  誘われたからとはいえ、元は俺から最終的には俺が『やる』と言ったんだ。

 ならせめて、この一回でも言葉に責任を持つべきだろう……。

 そう、思った。
117 : ◆oUKRClYegEez :2017/04/29(土) 22:57:21.73 ID:OvoQUz210
洸輝「さて。じゃあ、仕切り直しだ」

颯汰「は?」

 そう言って俺はフォースラインに飛んで行こうとした。

詩緒『は!? アンタ何やってんの!?』

 詩緒が叫んだ。耳元が痛い。

洸輝「仕切り直しだ、颯汰。このままドッグファイトをしても面白くない。だろ? だったら一度仕切りなおして、俺はやりたい。ダメか?」

詩緒『わからないでもないけど……』

美亜『いいんじゃないかい? 練習試合だ』

 試合中初めて美亜先輩が会話に混ざってきた。というか入れたんですね。

 地上で両方の通信を管理しているわけだし、不可能ではないのだろうけれど。



理亜『どうしますか?』

 おそらくは理亜先輩が何か言ったのだろう。それは俺たちの通信には聞こえないようにしていたけれど、何を言ったかは想像がつく。

 たぶん、颯汰への最後の一押しだ。

颯汰「やります」

 その声は、通信への返答ではなく、俺に対する決意表明のようなものでもあった。
118 : ◆oUKRClYegEez :2017/05/06(土) 10:49:35.45 ID:9n/6kzYp0
残り時間は一分半。

時計は止まらず、進み続けていた。

 1-2のまま仕切りなおして、再び飛び始める。

 フォースブイの位置から、まるでスタートをし直すかのようにFCを始めた。

 耳元で詩緒がやれ攻撃しろだの突貫しろだのと騒いでいるが、無視した。

颯汰はファーストブイにタッチし、俺はショートカットを選択する。

 再び、シザース。

 右へ左へぬるりぬるりとフェイントをかける颯汰。俺はそれを見ながら、飛びついた。

 前に出るのではなく、下方向に。

 両手両足を閉じて急降下の姿勢を取ると、体はぐんと下に落ちる。

 そして、足に衝撃が伝わった。

 バチイッ!

 颯汰の背中にキックした形だ。手でのタッチではないから得点ではないが、勢いは殺せた。

 残り時間は一分を切っている。

 1-3のビハインドを追いかける俺としては、正真正銘最後のチャンスだった。
119 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/07(日) 12:03:43.21 ID:9YMkd1Ei0
面白いssを見つけた
洸輝と颯汰の成長、他のキャラとの関係がどうなるかに期待
120 : ◆oUKRClYegEez :2017/05/13(土) 07:32:02.12 ID:T2E98pP60
 すぐに方向転換して落ちる颯汰を追いかける。

 そしてそのまま、体勢が崩れたままの颯汰の背中にタッチした。

 ピキィン!

 颯汰の背中に俺のグラシュと同じ緑の三角形が広がる。

 2-3。

詩緒『立て直される! ブイタッチよ!』

 耳元で詩緒の声がした。なぜかちょっと鳴き声だった。

洸輝「了解!」
121 : ◆oUKRClYegEez :2017/05/13(土) 07:32:49.90 ID:T2E98pP60
詩緒「酷いじゃないですか先輩……つねらなくても」

美津希「詩緒は自信あるんだろうけど、ドッグファイトで点を取りたがりすぎる。もう少し冷静になって見てみれば、結果的にどういう選択肢が一番点を取れて、取られないかがわかる」

詩緒「でもあたし、けっこう直感でプレーするとこあるしなあ……」

美津希「それで勝てるのは中学までだよ。どんなスポーツでも、みんな高校からは考えながら、先を読み合いながらプレーしてる。先を読める冷静さと、チャンスの一瞬に対してどれだけ貪欲になれるか。それをコントロールしながら戦わないと」

 背中を狙っていく貪欲さは必要だけど、時にはファイターだってブイを狙うことが正解の選択肢の時もある。

 実際あたしは練習の時、美津希先輩からまだただの一本も取れていない。

 中学の閑東大会で二位でも、高校に入ってそれが通用するわけじゃあない。

 まだあたしは、発展途上だ。上に行ける。

詩緒「……頑張ります」

美津希「少しずつでいい。ちょっとずつ、『考える』ことになれていけばいいよ」

 美津希先輩はそう言って笑った。
122 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/13(土) 08:09:06.61 ID:npSusECA0
>>109
超亀だけど応用版とかが嫌なら名前付けたらよくね?
オリキャラがいるならオリ技くらい問題無いだろ
123 : [sage]:2017/05/14(日) 09:05:35.96 ID:25Tvrj2G0
>>122
一応考えているのはありますが、登場(?)もう少し後の話です……ゴールデンウィーク周辺の第2部ラスト予定です。ネタバレかもしれませんが……
まだしばらくお待ちくださいませ。
124 : ◆oUKRClYegEez :2017/05/20(土) 19:34:05.74 ID:CcNvjSRa0
 速度を落とした颯汰が戻ってくるより早く、ブイに向かった。

 ブイに触れる。これで、3-3。

詩緒『残り三十秒! ブイに飛びなさい! 勝ちたいなら、それがべスト!』

洸輝「なんでベスト?」

詩緒『あとで言うわよ! 颯汰がショートカットしているから、かわして!』

 さっきとは、立場が逆になったわけだ。

 止めなければいけない颯汰。抜けなければいけない俺。

洸輝「了解!」
125 : ◆oUKRClYegEez :2017/05/21(日) 23:27:02.32 ID:g2YnP7Uz0
 相手は速度0のスピーダー。

 俺も詩緒も、そうたかをくくっていたところがあったかもしれなかった。

理亜『左です』

 俺がかわそうとした方向に、颯汰は移動した。

 勘じゃないかと思うほどの勢いのよさ。だが俺はなんとなく、そこに賭け以外の何かを感じた。

 だが、そんなことを気にしている余裕はない。

 すぐに颯汰が背中に迫って――

 ――――ピキィィィン!

 一点を、絶対に取られてはいけない一点を取られた。
126 : ◆oUKRClYegEez :2017/05/21(日) 23:35:39.48 ID:g2YnP7Uz0
 洸輝くんのセンスには、確かに目を見張るものがあります。

 一週間で本当にここまで飛べるようになるとは思いもしませんでした。羨ましいほどの上達が早い。

 でも……短いからこそ。

 癖というものは出やすい。

 彼が一番初め、颯汰を止めるために動いた方向は右でした。ならば、右に行く動きにすこしの慣れがあると考えていい。

 なら、颯汰に出す指示は一つ。

理亜『左です』
127 : ◆oUKRClYegEez [sage]:2017/05/21(日) 23:48:54.51 ID:g2YnP7Uz0
>>126 修正
理亜「左です」

 かっこの形を変えました。
128 : ◆oUKRClYegEez :2017/05/21(日) 23:52:40.21 ID:g2YnP7Uz0
洸輝「……ぐっ」

詩緒『体勢を立て直しなさい! また点とられるわよ!』

洸輝「んなこと言ったって!」

 連続でやって来る颯汰に、なんとか背中を取られまいと必死に体をねじり、どんどんバランスを崩していき……そして、試合終了のブザーが鳴った。

 その後、オープンチャンネルで美亜先輩の声が伝わる。

美亜『はいそこまでー! 二人とも地面に下りて―!』
129 : ◆oUKRClYegEez [sage]:2017/05/27(土) 10:19:32.28 ID:DgZ+achp0
保守レス
130 : ◆oUKRClYegEez :2017/06/03(土) 16:09:13.12 ID:t8my5Gke0
詩緒「お疲れ」

洸輝「……おう」

 詩緒の隣でおろおろしながら俺の様子をうかがう悠佳から自分のハンドタオルを受け取り、首にかけた。

 汗を拭く気力が出てこない。

 地上に降りて緊張から解放され、途端に実感が出てきた。

 ああ負けた、と。

 数歩ふらふらと歩いて、よろめき、そのまま砂浜にばたんと突っ伏した。

 汗ばんだ顔やスーツに砂がつき、やや不快に感じる。でも、この喪失感以上の不快感ではなかった。

 ごろん、と仰向けになると、詩緒が俺を見下げてぴしっと言い放った。

詩緒「先生の話聞いたりする方が先でしょうが」

洸輝「……そういうものなのか?」

詩緒「試合の後は、試合の片づけをしたら先生の所へ行って話を聞く。……そういえば、運動部初めてなんだっけ?」

洸輝「ああ」

詩緒「片づけはやっといてあげるから、先生のとこ行きなさい。颯汰はもう行ってる」

洸輝「悪いな」

詩緒「ええ、感謝しなさい? それと、悠佳にも感謝しときなさい。流石にタオルもらって一言もないのは人としてどーなの」

洸輝「……そうだな。そうする」
131 : ◆oUKRClYegEez :2017/06/04(日) 17:00:40.47 ID:4yzwQdSS0
洋行「まずは二人とも。お疲れ様でした」

 颯汰と先生の待つ場所へ急いで行くと先生は話し始めた。待っていてくれた。

洋行「二人とも、初めて一週間なのですよね? 驚くほどよく飛べています。僕なんていまだにさっぱりで」

 ははは……と笑いながら頭の後ろをかく坂巻先生。

洋行「さて。早速ですが、勝敗を分けた要因はなんだと思いますか? まず水無月君から」

颯汰「要因……ですか」

 早速の質問にやや驚いたような颯汰だったが、それでもすぐに答えを返した。

颯汰「洸輝が、改めてFCをしようって誘ってくれたから、だと思います。あそこでやめてたら、気持ちが切り替わらなかったら……。勝負以前の問題でした」

洋行「そうですね。それは確かに大きな要因です。まあ若干僕の意図したものとは答えが違うのだけど、まあ最初ですし……。伊泉君はどうですか?」

 先生は続けて、俺に振ってきた。

洸輝「気持ち……で負けていたとは思いません。技術、も、颯汰とはいい勝負だったと思います」

 それを聞いて坂巻先生がチラリと颯汰に目を向けた。

颯汰「そう思います」

 颯汰が同調した。

洸輝「すみません、今ちょっと考えがまとまらなくて……」

 考えるも何も、これだけ出せた自分に少し驚いていた。胸の中は悔しさで満たされていて、これ以上ないほどにいっぱいいっぱいだ。

洋行「構いませんよ。考えることが大切です。何が足りなかったか、何がいけなかったか。考えることを習慣づけていけば、自分で考えたことですから、試合中により思い出しやすくなって、『次同じような場面がきた時』の判断材料になります」
132 : ◆oUKRClYegEez :2017/06/04(日) 17:09:03.42 ID:4yzwQdSS0
洋行「わからないときは、ちゃんと答えを提示するのが教師の仕事です。情けないことに、僕は技術的なことはなにも言うことはできませんが……今回、勝敗を分けた一番の要因は、言うことができます」

 そこで一度区切った先生は、片づけをしている女子部員の方を見ながら言った。

洋行「サポーターへの信頼、です」

洸輝「信頼……」

洋行「なにも、伊泉君が内山さんを信用していないわけではないでしょう。けれど、それよりも水無月君が理亜さんに抱いている信用の方が大きかった」

 理亜先輩は詩緒たちに指示を出して、機器をしまったりテントを片づけたりしていた。

 女子だけでテントを片づけていることに驚いたが、先輩たちは手慣れた様子で連携しながらぱっぱと片づけていく。

洋行「例えばそれが試合に出たのが、最後のドッグファイトの起点となった背中タッチ。あの動きは、水無月君の考えではありませんよね? 明らかに洸輝君が動くのを見てのタイミングではなかった」

颯汰「……はい。りーせんぱ――理亜先輩の指示です」

洋行「呼び方はなんでもいいと思いますよ。相手が嫌がらないものならば。僕もまだ、彼女たちに『名前で』と言われて逃げ回っている状態ですから」

 美亜先輩とか小梢先輩のぐいぐい迫ってくる恐怖の笑顔がすぐに想像できた。

洋行「冷静な分析に長けた彼女なら、伊泉君が飛ぶことに不慣れだということを計算に入れて指示を出すでしょう。水無月君が信頼を置いているのなら、その指示に従わないはずがない。そして内山さんは感覚でFCをするタイプの選手です。伊泉君が同じタイプの選手ならまだ違ったのかもしれませんが、『感覚で体勢を立て直せ』と言われても、その感覚が養われていない初心者では難しい話でしょう。僕がそうですし。彼女、よく見えてはいるのですが……初心者向きのサポートは難しいのかもしれませんね」

 自分で考えたことを脳内で書きとめるように、少し先生は話をとめた。

洋行「すべてサポーターが悪いわけではありません。もちろん、技術がしっかりしていればもっと試合結果は変わってくるでしょう。それでも、今回の一因にサポーターの相性があったのは事実です。まだ慣れないうちは、二人とも東ヶ崎さんに基礎を教えてもらうといい。それが身についてきたら、内山さんの言うことも理解できると思いますよ」
133 : ◆oUKRClYegEez :2017/06/11(日) 17:09:58.47 ID:exq8fyrV0
洸輝「悪い詩緒、負けた」

 先生の話を聞き終え、学校への帰り道。

 俺は詩緒、悠佳と共に帰っていた。

詩緒「初試合でしょ、気にしない。というか、むしろ私の方こそ悪かったわ」

 詩緒のサポートで勝てなかったことを俺が謝ると、逆に詩緒の方が謝ってきた。

詩緒「理亜先輩に言われたのよ。グラシュを履いて一週間の人間に出す指示じゃなかったって」

 確かに、体勢を立て直せと言われても咄嗟には反応できない。

 体が覚えていないからだ。

洸輝「でも……詩緒がいてくれてよかったと思う」

詩緒「? どうして」

洸輝「日向昌也っていう、ただひたすらに遠い光を追い求めるより……近くにわかりやすい目標がいてくれた方が、モチベが上がる」

詩緒「ふぅん? じゃ、私を倒すつもりなんだ?」

 ニヤッと笑いながら詩緒が言った。でも俺は、それに首を振った」

洸輝「まずは、詩緒の言うことを理解して実行できるようにしないと。それが第一目標だ」

悠佳「その次、は?」

洸輝「颯汰、詩緒、先輩たち。最終的に、日向昌也」

詩緒「ひゅー。私たちの代も、二年前と同じような強豪揃いの代だよ?」

洸輝「やるからには、上を目指すさ。いつか、あの光に届くところに行きたいからな」
134 : ◆oUKRClYegEez [sage]:2017/06/11(日) 17:12:22.31 ID:exq8fyrV0
今週短くてすみません
ともあれ、第一部終了です。

今後の詳細はtwitter @amanagi2 をご覧ください
まだこのスレで続いていきますので、これからも応援お願いします。
135 : ◆oUKRClYegEez :2017/06/16(金) 22:17:01.60 ID:47Ir7z+n0
幕間 黍斗とショッケン




黍斗「こ、こんにちはー……」

 伊泉くんと別れた後、ぼくは食品研究部――通称ショッケンに来ていた。

 数年前に『学校構造再構築』とすら言われる大改革を成し遂げた生徒会長が、ここ食品研究部の部員だったということが高藤学園のホームページに載っていて、それで興味をもった。

「あ、もしかして見学者? おいでおいで!」

黍斗「え、あの、ちょっ」

 ぼくが『食品研究部』というプレートのかかった部室の前でどう入ろうか躊躇していると、中から出てきた先輩に引きずり込まれてしまった。
136 : ◆oUKRClYegEez :2017/06/16(金) 23:33:56.68 ID:47Ir7z+n0
「新入部員だ―!」

 ぼくを勢いよく引き連れた先輩(?)が言った。

「深山の感が当たってたのか……。珍しいこともある」

「酷いわね! 私がカンを外すときはスポーツと創作料理だけよ!」

「自覚はあったのか……」

「しかし……大島が本当にすごかったのね。あいつレベルのロールケーキ食わせてくれる生徒を私は知らない」

「姉さんは……。今日は見学者さんもいるし、ちょうど彼からも来たから久々にみんなで分けようと思って持ってきてるのよ」

「それはいい。早くしよう」

「もう……」

 中にいた人は6人。思ったより多くない……。伝説の会長なんて話題の人がいた部活なんだから、もっと人がいてもいいのに。
137 : ◆oUKRClYegEez :2017/06/16(金) 23:36:04.51 ID:47Ir7z+n0
茜「私は3年、ショッケン部部長の深山茜(みやまあかね)よ」

成生「同じく三年、綴成生(つづりせい)だ。副部長をやっている」

照美「二年の大橋照美(おおはしてるみ)です!」

照真「同じく二年、須ア照真(すざきしょうま)。よろしく」

皐月「ショッケンOBの東雲皐月。大学が近いだけだけど、たまに来るわ」

葉月「んーっ! うまいっ! やっぱこのビールサーバーうまいわ! あ、顧問の東雲葉月。よろしく」

 六人が六人の挨拶をした。

茜「君の名前は?」

黍斗「え、えと、神宮黍斗って言います」

茜「よろしく、神宮くん」

皐月「甘いもの、食べられるかしら?」

照真「たとえ無理でも、一度は味わった方がいい。そんな逸品だ」

黍斗「え、えと……」

 その後、大島ロールのとりこになった黍斗は、次いつ食べられるかわからない大島ロールに惹かれつつ、『伝説の会長』のときの副会長だったという東雲皐月さんに話を聞くために、食品研究部に入部し、『やおいぼう』の貴重な10代モニターの一人となった。

 幕間1 END
138 : ◆oUKRClYegEez :2017/06/24(土) 20:11:20.41 ID:W+PV/7qa0
詩緒「はー……」

 颯汰との試合から二週間。4月も終盤だ。

 教室にもようやく弛緩し始めた空気が漂う。

 結局FC部には俺と詩緒、悠佳、颯汰の4人しか入部しなかった。

 総勢20人。それが今の高藤学園閑東校FC部だ。

洸輝「どうした?」

悠佳「今日、日本フライングサーカス協会のU20強化指定選手の発表の日なんだよ」

 机に伏せて「ぐぁー」という声を出している詩緒を横目に見ながら悠佳が答えてくれた。

洸輝「ふうん?」

悠佳「詩緒ちゃん、中学生の時中学生の指定選手に選ばれたから、そわそわしてるんだよ」

洸輝「……そわそわ?」

颯汰「選ばれる可能性があるから?」

悠佳「ううん。憧れの鳶沢さんが選ばれるかどうかでそわそわしてる」

洸輝「お、おう……そうか……」

 俺もそれがあることを知ってはいるが、まあ目標の日向昌也は強化指定どころか代表選手だし、あまり気にしてはいなかった。

洸輝「ここまでくるとアイドルのファンみたいだな」

悠佳「似たようなものかな……」

 悠佳が遠くを見る目をしていた。
139 : ◆oUKRClYegEez :2017/06/27(火) 22:36:31.57 ID:UAuKVA4V0
洋行「皆さんお疲れさまでした」

部員「おつかれさまでーす」

 その日の部活後、先生からの話の時間。

詩緒「先生っ!」

美亜「ちょっと、詩緒。落ち着きなさい、話してくださるから」

詩緒「えっ?」

洋行「寺元さんに伝言されましたからね。伝えますよ、今回の強化指定選手」

 おおっ、と部員がざわめく。先生はその様子を見て苦笑していた。

 FCは競技人口が少ない分、強化指定選手に選ばれる人数も当然少なく……それゆえ、選ばれる選手はすぐに有名になる。たいていはすでに有名な人なのだけれど。

洋行「今年の指定選手は高校生から3人、大学生から2人、現役プロから4人ですね。久奈浜高校の3年有坂真白さん、2年柏千代美さん。仇州の高藤から3年一ノ瀬莉佳さん。大学生は仇州の鳶沢みさきさん、佐藤麗子(さとうれいこ)さん。現役プロは、まあ説明することもないとは思いますが、日向昌也選手、倉科明日香選手、乾沙希選手、真藤一成(しんどうかずなり)選手です」

詩緒「キッター! みさきさぁぁぁぁぁんっ!」

理亜「ちょっと詩緒さん、まだ途中です」

詩緒「す、すみません」

洋行「まあ、詩緒さんは鳶沢選手のファンですからね……。それと、今回発表されたことがもう一つありまして」

 その言葉に耳を傾けるように、しん……と体育館が静まり返る。

洋行「FCを広く知ってもらう活動の一環として、今度大学であるFCの大会、そのエキシビジョンマッチが仇州でなく閑東で開かれます!」
140 : ◆oUKRClYegEez :2017/06/27(火) 22:38:41.04 ID:UAuKVA4V0
部員「………………」

 先輩たちにも詩緒たちにも、「なぜに?」という疑問符が浮かんでいた。

洋行「人口の多い閑東で多くの方に見てもらう、というのが目的だそうですよ。その効果はともかく、個人的に先生が頑張ったことで皆さんに報告があるんです」

 そこで一度先生は言葉を切って、言った。

洋行「エキシビジョンマッチに参加する高藤学園仇州校のエース、一ノ瀬莉佳さんが、ここ閑東校に来てくださいます!」

部員「おおおおっ!」

 部員みんなで歓声をあげた。

 一ノ瀬さんは3年生、部長や小梢先輩からすれば同級生なわけだが、仇州と閑東では、練習環境から生まれる実力の差が、圧倒的だ。

 特にさっき呼ばれた強化指定選手全員がバランサーオフという一つの限界点にいる。

 普段は飛びやすいように、グラシュはバランサーという機能で反重力子の膜メンブレンを制御している。

 バランサーを切ると、グラシュ本来の出力がされるかわりに自分でのコントロールが非常に難しくなる。それこそ慣れないと、その場で回り続けることなんて当たり前らしい。

 それに一ノ瀬さんはこの前の全国高校生FC選手権、つまりは全国大会の覇者でもある。先輩たちにとっても、いい経験になるのだろう。

洋行「一ノ瀬さんと交渉して、大会二日前に閑東に来ていただき、ここで最終調整に入ります。その時に一緒に練習してくれるようにお願いしました」

美亜「すごいですね。全国覇者が閑東の高校に来てくれるなんて……」

洋行「ええ、チャンスです。同じ高藤ということで無茶が通りました。一週間後、しっかり勉強しましょう!」

部員「おおっ!」
141 : ◆oUKRClYegEez :2017/07/02(日) 22:18:50.64 ID:YAgl3y500
詩緒「みさきさんがよかった……」

洸輝「試合見に行けばいいだろ?」

詩緒「それは見に行くけどさ。どうせなら直接教えてもらいたいじゃん? いくらバランサーオフでもさ、あたしはファイタータイプのスカイウォーカーなんだよ? 一ノ瀬さんだって相当強いのは知ってるけどさ、タイプ合わないんじゃ技術奪いにくいわよ……」

洸輝「そうか? 思い込むことがよくないと俺は思うが」

詩緒「わかるよ、テレビなんかの中継見てたら。わたしとは方針が違いすぎて、そこまで参考にはならなかった」

洸輝「ふうん……。俺は、どっちかっていうと『持ち込まれれば応じるオールラウンダー寄りのスピーダー』のイメージだったけど」

悠佳「詩緒ちゃんは最初から仕掛けていくから、必要な技や駆け引きとか、あまり参考にならないの」

洸輝「なるほどな」

颯汰「……やばい、そこそこ会話についていけない」

 俺はたぶんFCオタクだから高校生の有名選手の名前なんかを知っているけど、普通の人はしらないもんな。俺だってFC以外の高校生選手なんて一人も把握してないし。
142 : ◆oUKRClYegEez :2017/07/15(土) 23:53:04.20 ID:SOXWCuc10
 寮の空き部屋がFC部員(の一年、つまり俺たち)によって掃除され、着々と一ノ瀬選手を迎える準備がされていた。

 そして、一週間が過ぎた。

莉佳「四島列島の高藤学園から来ました、三年の一ノ瀬莉佳です! 短い時間ですが、よろしくお願いします!」

 試合は日曜。その二日前なのだから、金曜日だ。体育館練習の日。

 ので、基本的な飛行姿勢を一ノ瀬選手に見てもらったり、休み時間中に駄弁ったり。そういうことに時間を使った。

 全国選抜レベルの選手とはいえ、高校三年生。美亜先輩や小梢先輩たちと話が弾んでいた。

 そして後輩組はというと。

詩緒「先輩、アレ、目測でわかりますか?」

夏希「G……いやHか……?」

美津希「もしかするとそれ以上……。いいえ、気にしてはだめよ美津希、あれは規格外、あれは規格外…………。何食べてるのかしら、やっぱりうどん?」

 美津希先輩がかなり病んでいた。ちなみに仇州は「うどん県」ほどではないもののとびうおを出汁に使ったうどんが有名だ。
143 : ◆oUKRClYegEez :2017/07/17(月) 21:52:21.92 ID:RjTDmZpV0
莉佳「ちょっとバランサーオフで飛んでみない?」

 練習も終わりの時間が近づいてきたころ。

 一ノ瀬選手がそんなことを言い出した。

小梢「さすがに無理……」

美亜「莉佳ちゃんが言うならやってみよーかな? おーい楓ー、ちょっと端末持ってきてー。部員ども集まれー! 莉佳ちゃん直々の指導だぞー」

 マネージャーの楓先輩がグラシュの設定を変えるための端末をもって美亜先輩のところに走る。

 俺も美亜先輩の「集合」に反応して体育館の床に降りる。

 特に何もしていない休憩中だけど、両足を広げてバランスを保ちつつ、水分を取って休憩していた。

 可能な限り浮いて、空中に慣れるためだ。一ノ瀬選手に言われたわけではなく、悠佳や他のマネージャーの先輩たち協力のもと、先生の発案でそうしている。

 最初は慣れなかった「浮く」という感覚も、飲み物を飲むや、休憩するというリラックス状態を作り出す時間に続けることで、普段の練習にも以前よりは慣れが出てきた。

小梢「お、やるかい洸輝」

洸輝「チャレンジすることは悪いことではありませんし。それに、俺の夢は日向選手の隣に立つことですから」

莉佳「日向さんの?」

 俺と小梢先輩が話していると、一ノ瀬選手が会話に加わった。明るい口調。けっこう気さくな方みたいだな。
144 : ◆oUKRClYegEez :2017/07/17(月) 22:09:15.53 ID:RjTDmZpV0
洸輝「はい。中学生の時に日向選手をテレビの中継で見て、それからFCに興味を持って」

莉佳「へぇ〜……。倉科さんも日向さんも、どれだけ伝説的な人になるのかな……。始めてどのくらい?」

洸輝「三週間半……ですかね」

莉佳「へっ?」

小梢「そうか、もうそんなに経つか。早いもんだ」

莉佳「グ、グラシュを履いたのは?」

洸輝「飛んだのもここの部に来てからが初めてです」

莉佳「嘘……。体育館だし、レベルも四島ほどではなくても……それでも、ここまで違和感ないレベルで練習できるものかな……」

小梢「こいつまだ不慣れだぞ?」

莉佳「ちゃんとした姿勢で飛べてるのが凄いんですよ。倉科さんだって、最初は変な格好で飛んでたって聞きましたし……」

小梢「私は……どうだったかな。覚えてないや」

莉佳「……それだけ普通のグラシュが早く習得できたなら、バランサーオフももしかしたら早いかも……。やって、みませんか? 私は見てみたいです」

 後にこの時の話を一ノ瀬選手が日向選手にしたところ、「俺と明日香みたいだな」と言われたそうだが、それはまた後の話。
145 : ◆oUKRClYegEez [sage]:2017/07/17(月) 22:11:27.80 ID:RjTDmZpV0
すみません、文章中で一週間+二週間+一週間で四週間経ってるはずなんですけど、ここの二週間を一週間に訂正させてください。四月が終わってしまうことに今更気が付きました。
146 : ◆oUKRClYegEez [sage]:2017/07/23(日) 08:38:22.78 ID:Aa2nbsTm0
保守レス
147 : ◆oUKRClYegEez :2017/07/28(金) 19:33:37.88 ID:YKRH0R630
 バランサーオフ。

 『天才』『神童』『FCの申し子』『日向昌也の彼女兼秘密兵器』。その異名は数知れずの倉科明日香が、二年前の仇州秋大会で切り開いたFCの新境地。

 より速く。より激しく。

 高みを目指したFCの結果。新たな境地。

 そこに一歩足を踏み入れる。

 楓先輩に脱いだグラシュを渡し、バランサーを切る操作をしてもらう。

莉佳「教えられるかわからないけど、準備はしておくね。『飛びます』!」

 ブゥゥゥゥゥン

部員「おお……」

 部の誰のグラシュよりも大きな水色の羽を広げ、グラシュが起動した。

 そしてそのまま浮かび上がる。



楓「はい、終わった」

洸輝「早いですね」

楓「バランサー切るだけならそう手間じゃないからね」

 俺は早速グラシュを履き、かかとの起動ボタンに触れた。
148 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/07/28(金) 19:34:11.85 ID:YKRH0R630
 ブゥゥゥゥゥン

 グラシュが起動し、緑の羽を広げる。

洸輝「お……」

 今まで見たことのない、いやさっき一ノ瀬選手のグラシュで見たものとほぼ同じ大きさの羽。

 翼、と言い換えてもいいだろう。まさに進化したって感じだ。

莉佳「さ、怖がるとバランス崩すよ。おいで!」

 こくっとうなずき、返事にした。

洸輝「光へ!」
149 : ◆oUKRClYegEez :2017/08/06(日) 13:50:58.46 ID:UN7L6Rt40
 ふわり、と体が浮き上がるいつもの感覚。

 でも何か、違和感がある。

 気を抜くとすぐにバランスを崩してしまいそうな……。平均台の上を歩く練習をしていた状態から、いきなり綱渡りを始めたような危うさ。

莉佳「かたいよー。バランスが崩れたら大の字になって止まればいいから、あまり気を張らずに!」

 上を見る余裕すらない俺に、一ノ瀬選手のそんな言葉が届く。

洸輝「ふぅぅぅ……」

 肩に入った力を、深呼吸することで意識して抜く。

 ただ……それだけの動作で、少し体が動く。

 右に左に、ふわふわと。

 バランサーをオフにした状態は、ほんのちょっとの動作で体全体が動く。

 とりあえず最初よりは力を抜けた気がする。上昇、してみようか。
150 : :2017/08/19(土) 17:37:31.52 ID:Hh2TRBQW0
 片足を少し上げ、階段を上がりかけるような姿勢。

 いつも通り、より少し動きは小さめに。

 それで充分。バランサーを解除したグラシュは反応し、俺を空へと運んでいく。

 ひゅるっ、と飛んだ一ノ瀬選手とは比べ物にならないほどのゆったりとしたスピード。

 それでも基本に忠実に、バランスを崩さずゆっくりと上がっていく。

美亜「おおー……」

小梢「やればできるもんだねー……」

 俺はまっすぐ、上にいる一ノ瀬選手を見た。

莉佳「その調子〜」



 そのころ下では、詩緒がバランサーを切ったグラシュを起動させていた。

詩緒「よっし。〈飛ぶにゃん〉!」

 ふわりと浮かび、そしていつものように上昇しようとして――

詩緒「ふぎゃー⁉ まーわーるー!!」
151 : :2017/08/19(土) 18:48:22.38 ID:Hh2TRBQW0
洸輝「詩緒?」

 すぐ下で大声を出した詩緒に一瞬気をとられ、

洸輝「あっ」

 俺もバランスを崩した。

莉佳「二人とも、手足広げて広げて!」

 バランスを崩してぐるんぐるん回る俺たちに、一ノ瀬選手が声をかけてくれたおかげで、なんとか冷静さを取り戻して安定する。

 ほっとして下を見ると、一ノ瀬選手と違い、先輩たちは爆笑していた。なんなんだあの人たち。
152 : :2017/08/26(土) 23:21:34.19 ID:oF5uxnsg0
 その後先輩たちもバランサーを切って飛んだが、詩緒と似たり寄ったりの結果になった。

 その後練習を終え、寮で食事を一ノ瀬選手と共に食べた。

莉佳「わあぁぁ……! ごはんとお肉、ですっ!」

 興奮した一ノ瀬選手の喰いっぷりに圧倒されながら、先輩たちが

「あの食が胸にいってるのか……? お腹出てないし……。羨ましい……」

 とひそひそと話しているのは聞かないことにした。一ノ瀬選手も、食べるのに夢中で聞いてはいなかった。
153 : :2017/08/26(土) 23:23:50.49 ID:oF5uxnsg0
 夕食後、俺はストレッチをするために外に出た。

 いつもは部屋でするのだが、今日は何となく空を見たい気分だった。

 日向昌也。俺の見た光。

 その光に近い場所にいる、一ノ瀬莉佳。

 彼女自身も強い輝きを放っていて、まぶしすぎる。


 バランサーオフ……。あれを習得するのに、彼女はいったいどれだけの時間と努力を費やしてきたのだろう。

 ついこの間グラシュを初めて履いたばかりだからこそ感じる、立ちはだかる壁、扉の違い。

 グラシュを履いて飛ぶことが、一つ鍵穴のある扉を開けることだとするならば、バランサーオフは三つや四つの鍵穴のある扉。それも、鍵の場所も鍵穴の場所も知らされてはいない。

 鍵とはつまりコツであり、自分の中でしか持つことのできないもの。

 開いていない扉の向こうに、それでもなお伝わる輝きを放った日向昌也や一ノ瀬莉佳がいる。

 俺がこの扉を開くときはくるのだろうか。いや、開かなければ、それも早くしなければいけないのに、俺は何をやっているんだろうか。

 足にはグラシュでなく、運動靴を履いている。いつも土曜日練習の時にランニングする靴だ。

 ふう、と息をつく。

 こんな状態で、果たして俺は光の場所に行けるのか――。

莉佳「ちょっと、いいかな?」
154 : :2017/09/03(日) 11:18:46.49 ID:ni2uGgWK0
 あまり聞きなれない声に振り向くと、そこには一ノ瀬選手が立っていた。

洸輝「あ、はい。どうかしましたか?」

 ……俺に聞くことなんてあるのだろうか。学校設備のことなら、部長たちに尋ねた方が早いし確実だろうに。

莉佳「美亜たちに聞いたよ。きみ、まだFCを初めて日が浅いんだって。……ごめん、名前を聞いてもいいかな?」

洸輝「伊泉洸輝です。確かに、まだ一か月たってませんが……。それがどうしたんですか?」

莉佳「すごいなあ、と思って。たいていの人は一か月であそこまで飛べないよ」

洸輝「あまり自覚はないですが。まだまだ部長やりー先輩、一ノ瀬さんには……」

莉佳「それはそうだよ。美亜たちは知らないけど、私は高校に上がる前からやってたから。どこの世界にも天才とか、才能ある人っていうのはいるものだけど、そんな人たちでも基礎の基礎は努力で固めてるんだよ。努力が実になる量と速さが凄いのが天才って呼ばれてる人たち。だから、時間さえ作っていれば、努力家は天才に勝てる。もし君が天才だったとしても、数年の私や美亜の努力は抜けないと思うよ?」

洸輝「……。そうですね」

 早く、早く、あの光の向こうへ。

 思うことは悪くはないはずだ。けど。

莉佳「焦りすぎても結果はついてこないよ。体だってやりすぎるとオーバーワークになって壊れちゃうし。自分で自分を追い詰めないことが大切かな」

 体も心も、休憩なしではもたないよ。

 そういわれて俺はようやく、体の疲れをしっかりと感じることができた。
155 : :2017/09/03(日) 11:41:19.96 ID:ni2uGgWK0
 慣れない一ヶ月。

 その間にたまった疲労は、身体的にも精神的にも、不調をきたしても仕方がなかった。

 それを焦りという感情が覆い隠して、見えない状態にしていた。

莉佳「空を見ろ。空を見続けろ。答えはそこにある」

洸輝「……」

 俺が無言でクエスチョンマークを頭上に浮かべていると、一ノ瀬選手が笑って答えた。

莉佳「ごめん、知らないよね。これ、各務先生が昌也さんにずっと言ってたことなんだって」

洸輝「どういう意味ですか?」

莉佳「そのまま。私たちスカイウォーカーの求めるものの答えは、空に全部あるんだよ」

洸輝「……」

莉佳「勝ち負けとかだけじゃなくて、FCを楽しいって思う気持ち。空を飛ぶ快感。文字通り天井のない空間。どこまでだって行ける。私たちが求めさえすればね」

洸輝「どこまで、でも……」

莉佳「宇宙空間は飛べない、とか言い出したらキリはないんだけどね。スカイウォーカーとして、一番大切なものを常に持っているための言葉なんだと、私は思うよ」

洸輝「……FCへの熱意と、空へのあこがれ……」

莉佳「そして楽しいって気持ち。何事も、それが一番継続させるのに重要な気持ちだからね。継続は力なりって言うし」

 そう言って、いつの間にか隣で座っていた一ノ瀬さんは立ち上がって。

莉佳「君がFCで何をしたいのか。何を求めるのか。今日は一日ゆっくりそれを考えてみて。がむしゃらにやっても体を壊すだけだよ。美亜が、他の先輩が、洸輝くんの同級生が、そして今だけなら私がいる。練習くらい付き合うから、とりあえず今夜はゆっくり休んでね」

 そう言って、寮の方に帰っていった。
156 : :2017/09/03(日) 11:41:46.64 ID:ni2uGgWK0
 その夜、一件のメールが携帯端末に届いていた。


From 一ノ瀬莉佳
件名 無し

 一ノ瀬莉佳です! 美亜に教えてもらいました。
 言い忘れていたことを一つだけ。私のことは莉佳でいいよ。
157 : [sage]:2017/09/10(日) 22:28:51.53 ID:qTNdRwnL0
保守レス
158 : [!蒼_res]:2017/09/10(日) 22:29:26.89 ID:qTNdRwnL0
蒼の彼方のフォーリズム
159 : [sage]:2017/09/24(日) 00:45:21.44 ID:kThavuYf0
保守レス
160 : :2017/09/24(日) 22:16:41.25 ID:kThavuYf0
 今日は土曜日。週に一度、海岸線で自由に飛べる日だ。

 いつものように校門からランニングで海へと向かう。

 割と早めに出発したにもかかわらず、次々と先輩たちに追い抜かれていく中、後半にさしかかったところで部長たちに追い抜かれた。

 が。

美亜「ぜーっ、はーっ。莉佳ちゃん、速すぎ……」

小梢「ペースはっや……。これが、全国……。てか、あんだけ重たいもん持っててなんでそんな速いの……。あれか、エネルギー源はそこだって言いたいのか……」

莉佳「違うからね!? 変なこと言わないでよ小梢! 常日頃から体力アップのために走ってるだけだから!」

 ランニングの意味を改めて感じるとともに、あの部長たちですらついていくのがやっとのペースで走り続け、息を切らしていない莉佳さんに、ちょっとした怖さを感じた。
161 : [sage]:2017/10/01(日) 21:21:14.76 ID:xJip8bGp0
保守レス
162 : :2017/10/08(日) 23:33:14.27 ID:zXOpH0n80
美亜「莉佳、練習どうしようか?」

莉佳「どうしよう、って?」

 俺がようやく浜に着くころには、とっくに部長の息は整っていて、莉佳さんと今日の練習について話していた。

美亜「明日が試合、ってことで来てもらってるんだし。メニュー軽めにするとか、実戦に近いものにするとか、試合〈ゲーム〉をするとか、そういう風に変えなくていいのかなって」

莉佳「ああ、それは大丈夫だよ。いつも通りで頼めるかな。確か、時間限られてるんだっけ?」

美亜「うん、そうだけど……」

莉佳「なら、美亜たちのその時間は大切にしないと。私は、筋肉痛にならない程度に軽めに練習していくから。私のことは気にしないで、普通にいつもの練習をやってよ。私は、それにアドバイスするためにここにいるんだからね?」
163 : :2017/10/14(土) 15:44:28.84 ID:sO/oyAfV0
美亜「そんじゃ、始めるよー! まずは200m飛行10本! 三人組になってラストだけタイム計って!」

部員「「「はい!」」」

 空中に浮き、適度に離れて浮かぶ。インカムで部長から指示が飛び、それを聞いて練習を始める。

 俺のパートナーは詩緒と、なぜか――莉佳さん。

莉佳「よろしく二人とも!」

詩緒「なぜ市ノ瀬さん……」

莉佳「バランサーオフにして飛んでるの、見たくない?」

詩緒「いやまあ、参考にはなりますけど……」

莉佳「今や世界大会はバランサーオフが当たり前、四島でなくても高校生でバランサーを切っている人はそこそこいる。そんな人たちに対抗するには、やっぱりバランサーを切るのが手っ取り早いんだよ」

洸輝「俺たちにもしろと?」

莉佳「まだ時間のあるうちから練習すれば、できるようになるよ。慣れれば飛べる。私も最初、明日香先輩がバランサーを切って飛んだときは驚いたよ。よく飛べるなって。でも日向先輩にも誘われて練習してたら、次の仇州大会では飛べるようになってた。明日香先輩や沙希さんには敵わなかったけど」
164 : :2017/10/21(土) 23:31:43.40 ID:cOcE9OJT0
莉佳「何事も練習と慣れ。最初から無理だって思ってたらできない。できる人を見て、『できるんだ』って思うことが、上達への近道だと思うな」

洸輝「上達への近道、ですか」

莉佳「空に憧れること。人に憧れること。同じ場所に行きたいって、飛びたいって願えば、自然と届き始めるんだよ。私たちには、翼があるんだから」

 そう言って莉佳さんはグラシュを指して、片目をつむってみせた。
165 : :2017/10/28(土) 15:29:41.36 ID:otdmnjsn0
莉佳「ちょっといい? 美亜」

 莉佳さんが『やりたいメニューがある、と言い出した。

莉佳「一対三をしない?」

美亜「一対三?」

 部長が訝しく思うのも当然で、FCは一対一の競技。チーム戦のバスケやサッカー、ラグビーだと複数対一の状況は生まれるが、FCではそれはありえない。

 なぜわざわざ、一対三という本来ありえない状況を作り出して練習する?
166 : :2017/10/28(土) 15:30:25.56 ID:otdmnjsn0
莉佳「これは日向さんが、倉科さんと乾さんのバードケージ対策をするために思い付いた練習法でね?」

 莉佳さんが話し始めた。ちなみにバードケージは戦略の一つで、ひたすらFCで有利とされる上のポジションを取り続けるというもの。

 直訳である『鳥かご』というその名前から、その恐ろしさが垣間見える。

 ――一番初めにこの練習を始めたのは、誰あろうバードケージの開発者である乾沙希とイリーナ・アヴァロンで、日向昌也はそれを真似ただけなのだが、それを知るものはこの場にはいなかった。

莉佳「複数を相手にすることで、個人個人ではありえない『常に囲まれている』状況を作り出し、それを突破する練習をする」

美亜「それで?」

莉佳「バードケージ対策だけじゃなくて、『自分と同じチームの誰よりも強い相手』の対策にもなるんだよ。上手い人は何度かわそうとしてもかわし切れないことが多々あるし、ブイを取った後にショートカットでまちぶせされて勢いを止められることもある。一対三なら、誰かが一人が止められなくても他のもう一人が止めて、すぐさまもう一人に背中を狙われる。この練習をしてると、崩された時の立て直しと広い視野、予測を立てていく運動脳がすごく鍛えられるんだよ」

 最後にはぐっと拳を作ってまで力説した。
167 : [sage]:2017/11/13(月) 00:43:53.78 ID:MgPz41T40
保守レス
168 : :2017/11/17(金) 22:33:33.34 ID:0tx8u/gH0
洸輝「つまり、効率のいい練習方法ってことですか?」

莉佳「そう! そうなの!」

美亜「うーん……そうだね、やってみようか。初めてだからうまくできるとは思わないけど」

莉佳「いいよ! 私も教えるし、難しいようなら二対一から始めてみるといいかも」



 そんなわけで、多対一という、通常あり得ない状況を想定した練習が始まった。

 飛んで空中で、三列に並んで待機。

 もう静止くらいなら十分に安定している。

美亜「よし、次の組! ごー!」

 美亜先輩の掛け声で次々に二対一が始まる。

 三列のうち、真ん中の人がブイを狙い、あとの二人がその人の背中を狙う。

 最初はシンプルに、わかりやすいルールで。
169 : :2017/12/02(土) 23:45:29.19 ID:Yihjs7B50
詩緒「ほっ!」

莉佳「へぇ、あの子うまいね」

 詩緒がブイを狙っているとき、莉佳さんが呟いた。

洸輝「そうなんですか?」

 俺の目には、美亜先輩、小梢先輩の方が捕まっていないように見えるが……。

莉佳「確かに、何度か捕まってはいるんだけど……。他の人と比べて、『終わる』捕まり方をしてないからね。1ポイントを捨てても、相手の連続ポイントを防ぐ。その判断が早いから、決定的な負けにつながる捕まり方をしない」

洸輝「……」

 言われてみれば、そうだった。

 すでに二、三回練習をしているが、美亜先輩たちは捕まる回数こそすくないものの、捕まった時には大勢が大きく崩れ、そのまま二人に潰されて連続ポイントを許してしまうことが多かった。というか、一度捕まると必ずその流れになっていた。

 それに対して詩緒は、捕まるとはあっても立て直しやすい体勢で捕まり、むしろ勢いを利用して、二人がかりの包囲を抜け出すことすらあった。

莉佳「サポーターの情報なしでも、ちゃんと周りを見て自分で判断できている。これが今できているなら、たぶんこの先、急に化けるときがくると思うよ」

 莉佳さんがわくわくした顔で言った。
170 : :2017/12/07(木) 23:08:05.43 ID:HvnjcYHj0
莉佳「ねえねえ! えっと、名前は?」

 詩緒が列に戻ってくるなり、莉佳さんが聞いた。

 ブイを四つ立てて、右と左の二カ所で、二対一をしている。

 ただ並ぶ場所は自由で、あまり偏りすぎないように、同じ人と組まないようにあっちこっち行く、というのが、他の練習でもよくする閑東高藤の練習スタイルだ。

 今回もその例には漏れていない。

詩緒「内山詩緒、です」

莉佳「詩緒ちゃん! 次、私としよう!」

詩緒「え……でも……」

莉佳「お願い! 内山さんスタイルはファイターだよね? 参考になるようにファイターに寄せてみるから、相手をお願いできないかな?」

詩緒「……わかりました。そこまでおっしゃるのなら……」

 最初嫌がっていた詩緒も、莉佳さんの押しに負けたらしい。自分が押していくことはできても、押されるのは弱いのかもしれない。

詩緒「あと一人は誰ですか?」

莉佳「それはもちろん、バランサーを切った洸輝くん!」

洸輝「え」

莉佳「お姉さんの胸を借りて、ドーンと来てね!」

 ドーンとした胸をドーンと強調するように反らす(ただし空中でのバランスは崩していない)莉佳さんに、詩緒が聞こえないような舌打ちをした。……先輩だぞ、やめろよ……。
171 : :2017/12/07(木) 23:32:02.33 ID:HvnjcYHj0
 チームを組んで練習に混ざる度、メンバーに迷惑しかかけていなかった俺なんだが……。本当に詩緒と莉佳さんの練習に混ざっていいのだろうか?

莉佳「さて! まずは君に指示を出すよ洸輝くん」

 そんなことを思いながら並んでいると、莉佳さんが話しかけてきていた。

 気づくと、もう次には自分たちの番になっている。

洸輝「はっ、はい」

莉佳「きみは、私を真似て後ろからついてきて」

洸輝「……へ?」

莉佳「いいから。自分の体勢が崩れたとか、そういうこと考えないでね。ただ、私の後をついて来るだけでいいから。追い越そうとか、無理はしなくていいからね」

洸輝「……はい」

 不思議な注文だった。

莉佳「それで詩緒ちゃん」

詩緒「は、い」

 詩緒が硬くなっていた。

莉佳「あなたはいつもするみたいに、ラインの中心あたりに先に行って構えてて。そこからドッグファイトに持ち込むから、そこから頑張って捕まえてみて」

詩緒「……気にせずつっきるつもりで来ていただいて構いません。止めますので」

 強気な詩緒だ。けれど莉佳さんが、そんな詩緒に言った。

莉佳「今高校生で全力の私を止められるのは、有梨華か真白くらいだよ。それだと練習にならないよ」

 その言葉には、全国トップの選手であるという確かな自信が込められていた。

 俺たちがまだまだ実力不足だ、という遠回しなようでわかりやすい侮蔑もあったが。
172 : :2017/12/07(木) 23:32:30.76 ID:HvnjcYHj0
詩緒「……っ! わかりました、やってやります! 覚悟してくださいね、手を抜いたら後悔しますからっ!」

 詩緒はそのわかりやすい挑発に軽〜く乗ると、先輩たちがちょうどいなくなったラインの中央へと飛んで行った。

莉佳「……簡単だね。あんな風に試合中に乗せられないといいんだけど」

洸輝「わざとですか」

莉佳「うん、当然。止められないとは思ってるけど、それはあくまで『今』の話。この先どうなるかなんて誰もわからないんだし。とりあえずさっきのは、詩緒ちゃんをたきつけて彼女の『本当の実力』とぶつかってみたいと思ったからかな」

洸輝「……」

 詩緒は――そんな風に言ってもらえるのか。

 対して俺は――

莉佳「君はまず、バランサーを切って飛ぶことの基礎を学んで。こうすれば速くなる、こうすれば安定する、じゃなくて、『こうすれば楽しく飛べる』を。そうすれば、自然とうまくなっていくからさ。とりあえずは、私の動きを真似してついてきてみてよ。真似って、上達するための近道の一つなんだよ?」
173 : :2017/12/07(木) 23:34:40.33 ID:HvnjcYHj0
>>171 すみません修正です

莉佳「今高校生で全力の私を止められるのは、有梨華か真白、それにちよみんくらいだよ。それだと練習にならないよ」
174 : :2017/12/24(日) 22:13:54.64 ID:XaNbSz6d0
莉佳「それじゃあ、ようい……スタート!」

 準備ができた詩緒を見て、莉佳さんがスタートした。

 高藤学園閑東学校FC部、その誰よりも速い初速、誰よりも早い加速時間。

 俺も、詩緒ですらも――未経験の領域。

 必死に莉佳さんについていこうとするが、追いつけるはずもない。

 だって、現高校生のトップ選手と、初めて一ヶ月経たない新人だ。実際に比べてみるまでもなく、どちらが劣っているかなど明白だった。

詩緒「きゃあっ!」

 詩緒も、中学生の時は地区代表選手とはいえ、相手は全国の選手。それもバランサー・オフ。

 止められるはずもなく、むしろ詩緒の攻撃を利用して加速した莉佳さんだった。

 俺が線の中央にさしかかった時、既に勝敗は決していた。
175 : :2017/12/24(日) 22:22:20.83 ID:XaNbSz6d0
莉佳「ダメダメ、ぜーんぜんっ、だめっ」

 次にする人たちのためにコースから逸れながら、三人でふわふわと移動していた。

 その最中、莉佳さんが俺たちに言った。

詩緒「そんなこと言われても、勝てるわけないじゃないですか」

莉佳「うん。それは始める前にも言ったよ。私には勝てないけどって」

洸輝「じゃあ――」

莉佳「まずは、詩緒ちゃん」

 遮られてしまった。まずは、ということは、俺にも何かあるのだろう。

詩緒「はい」

莉佳「あなた、最初からあきらめてた。こんな速い人止められない、私じゃ追いつけないって」

詩緒「それは……」

 事実だ。素人の俺から見て、詩緒は十分速い。それでも、莉佳さんの方が頭一つ二つ、いやそれ以上確実に、上を行っている。

莉佳「それじゃあ止められないよ。ファイターの強さは初速や小回りじゃなくて、闘争心をそのままFCにぶつけられることなんだから。そこで負けたら、試合放棄と同じだよ」
176 : :2017/12/27(水) 23:17:12.86 ID:B2dTyvnm0
莉佳「洸輝君」

洸輝「はい」

 俺の番だ……。

莉佳「君には、なんて言ったかな?」

洸輝「基礎を学べ、と」

莉佳「そのためには?」

洸輝「真似することが近道、だと」

莉佳「うん。した? 少しでも」

洸輝「……。でも、真似してるだけじゃあ新しいことなんて――」

莉佳「そうかもしれない。でもね、基礎ができてない人が新しいことなんてできるわけない。君はたぶん、あせってる。確かに、明日香さんはFCを4月に初めて、ゴールデンウィークの時点ではまともに飛べるようになってた。日向さんも、数年のブランクを短い期間で取り戻してみせた。でもそれはすべて、ある程度基本ができていたからだよ。あの人たちは天才だと思うよ。でもどんな天才だって、基本がしっかりしているものなんだよ。どんなに奔放に見えても、その裏ではしっかりと基本を反芻してる」

洸輝「……」

莉佳「確かにFCは、グラシュは体格によって細かい姿勢の調整なんかをしなきゃ速くなれない。でも、基本はみんな同じなんだよ。明日香さんや日向さんを見てて、本当にそう思った。だから、まずは基本から入らないと。基本が完成する前にできた応用なんて、そんなのまぐれでしかないし、未完成なんだよ」

洸輝「……」

莉佳「君の中に、日向さんが見えた。君は、明日香さんに似てる。でも君は、、そのどちらでもない。君は君だから、さ。とんでもない近道をしたあの人たちと同じ道を通って、近道するしかないんだよ」

 それがぱっと見、近道じゃなくってもね。

 莉佳さんはそう言うと、次の番のために並び始めた。
177 : :2017/12/31(日) 22:31:11.28 ID:QLSv32Uz0
 思い出せ。インターネットの記事を。

 倉科明日香の急成長の裏には、何があった?

 日向昌也の成長には、なにがあった?

 優秀なコーチ? それはもちろんだろう。

 指示に従うこと? ……今できていなかったが、それも当然なのだろう。

 他には? 他には、なにが――。

莉佳「さ、私たちの番だ」

 考えはぐるぐるとまとまらない。あとわずか、届きそうで届かない位置に、答えが置いてある。

莉佳「さっきと同じように、けどさっきとは変えて。変えるのはやり方じゃなくて意識。準備はいい? 詩緒ちゃん」

詩緒「……、はい!」

 詩緒は、切り替えられたようだ。

 俺は――。
178 : :2017/12/31(日) 22:52:00.06 ID:QLSv32Uz0
 莉佳さんが、勢いよく飛び出した。

 詩緒の待つ場所へ向かって、一直線――いや、上昇した。

 下降して速度を得るローヨーヨーとはあえて逆、上昇してから一気に下降する、ハイヨーヨーだ。

 それを詩緒ははっきりと見ている。さっきよりも速くなってやってくる莉佳さんを、観察して見極めようとしている。

 俺はというと、完全に出遅れていた。だからこそ、こんなゆったりとした状況把握ができる。

 慌てて出るよりは、少し観察してみようと思った。

 サボったわけじゃない……と、少し心の中で弁明してみる。

 でもおかげで……足りないものが何だったのか、わかった気がした。

 莉佳さんを、詩緒を見ていてふと、思ったことがある。

 ――この人たちみたいに飛んでみたい。

 おそらくは、それが答えなのだろう。

 俺はまず、まっすぐ前に出て勢いを得て、それから上昇に転じた。

 莉佳さんほどスムーズではないし遅いけれど、見よう見まねで――あんな風に『飛ぶんだ』と、そうイメージさせながら。
179 : [sage]:2017/12/31(日) 22:53:50.58 ID:QLSv32Uz0
>>178 訂正
イメージさせながら→イメージをしながら
180 : :2018/01/07(日) 15:23:58.46 ID:HyXKpmxv0
 目の前には詩緒ちゃん。

 さっきとは目つきが違う。闘争心溢れる目だ。やっぱりファイターはこうでなくっちゃ。

莉佳「いくよ!」

詩緒「はい!」

 上に行く? 下に行く? それとも右? 左?

 今までと同じようなフェイント。正確な判断を下すのは難しい。

 でもきっと、詩緒ちゃんは反射的に、今度こそ当たりを引いて来る。そんな気がする。

 だから私は、ちょっとした小技を使うことにした。

 詩緒ちゃんの近くで、腰をはたくように手を動かす。

 日向先輩、明日香さんの得意技。

 まるでその技は、傍から見ると天使の羽のよう――

 バチィッ!

詩緒「な――!」

莉佳「エンジェリックヘイロウ、応用版だよ」
181 : :2018/01/07(日) 15:24:42.36 ID:HyXKpmxv0
洸輝「……」

 あの、メンブレンが弾けたような光の散り方と急加速は……エンジェリックヘイロウの応用版。

 バランサーオフの、グラシュ本来の速さからさらに、羽を伸ばした速さ。

洸輝「……すげえ」

 バランサーオフすらままならない俺には、できない。でも、格好いい。

洸輝「いつか……いや、できるだけ早く」

 バランサーオフのエンジェリックヘイロウ応用版を身に着けて――あの速さで、飛んでみたい。
182 : :2018/01/14(日) 22:09:02.84 ID:Em6pIGNZ0
 その後数回その一対二をした後、実験的に一対三をやって(結論は一対二に慣れてから、ということになった)、その日の練習は終わった。

 俺はその莉佳さんに、個人チャットで呼び出された。

莉佳「ごめんね、夜に呼び出しちゃって」

洸輝「いえ、大丈夫です。今日はいつもほどキツくはありませんでしたし。それよりも莉佳さん、寝なくてもいいんですか? 明日試合だからここにいるんですよね?」

莉佳「大丈夫。私の試合午前中といっても午前の最後だから、ある程度余裕はあるんだ」

 ……本当にそうなのだろうか。

莉佳「それに、いつもと違って早く寝ると逆に調子くるっちゃうから。いつもどおりが一番」

 そう言う莉佳さん。けれど顔を見てみると、わずかな緊張で頬が引きつっているのがわかった。

 高校生の全国優勝者でも、試合前の緊張は皆同じらしい。まあ、俺にはまだ試合経験があるわけじゃないが。
183 : :2018/01/20(土) 23:45:36.66 ID:r/8Wa9gr0
莉佳「ここ二日はどうだった?」

 莉佳さんがそんなことを聞いてきた。

洸輝「どうだった……。そうですね、入学してからの毎日が全部濃いですが、そのなかでも特に濃かったです」

莉佳「あ、そっか。ずっと君のFCを見てたから思い浮かばなかったけど、一年生だもんね。四月は私も大変だったなー」

 そういえばそうだった、と莉佳さんは笑った。

莉佳「中学で頑張ってて、名門の高藤に入学して。もう二年かあ、早いなあ。そういえば日向さんに会ったのも、二年前の今頃だったなあ」

 莉佳さんが懐かしそうにして、頬を赤く染めた。

莉佳「あー……初対面は……でも、まあ……。うん、気にしたら負け、気にしたら負け」

 なにやらぶつぶつと呟いていたが、意味は分からなかった。
184 : :2018/02/02(金) 19:28:11.84 ID:Y+fF4zyo0
莉佳「その後ゴールデンウィークに久奈浜との合同練習があって。佐藤院先輩張り切ってたなー」

 懐かしそうに話す莉佳さんに、もう緊張の色はなくなっていた。

莉佳「そうだ! 合同練習!」

洸輝「え?」

 唐突に莉佳さんが声を上げた。

莉佳「ゴールデンウィーク……は難しいけど、夏休みとか、時間がある時に、どうかな?」

洸輝「お、俺に聞かれましても。あ、いえ嬉しいですけど」

 俺に合同練習を決める権限はない。一年生だし。

莉佳「あ、ごめんごめん。そうだね、後で美亜ちゃんに言うことにする」

 ふふ、と莉佳さんが笑った。

 宵闇に光る電灯が莉佳さんの顔を照らし出した。

 ふわりとした笑顔に、一瞬ドキッとする。

莉佳「うん、そうと決まればすぐ行こう。ごめんね、つき合わせちゃって」

 莉佳さんは立って、そう言った。

 さっきの笑顔は、微笑になっている。

洸輝「……そうですね。戻りましょう」

 俺は動揺を隠しつつ、そう答えた。
185 : :2018/02/02(金) 22:18:30.92 ID:Y+fF4zyo0
 翌朝。

 莉佳さんは一足早く会場入りするそうで、朝起きて食堂に降りると、既に一人だけ朝食をとっていた。

莉佳「もぐもぐもぐもぐもぐもぐ」

 ……すごくガッツリいってた。

 試合前だろとか、朝から豚肉の生姜焼きかとか、その量は女の子として以上に同じ人間として大丈夫なのかとかいろいろツッコみたかったが、勢いが凄すぎてツッコむことができなかった。

 唖然としているうちに、食堂にいた寮母さんの一人が追加を持ってきていた。

 莉佳さんはそれを無言で見て、目を輝かせ、口の中に物があるためしゃべらずぺこぺこと感謝を伝えていた。

洸輝「おはようございます」

寮母「おはよう。彼女、すごいわ。朝早くから作ってほしい、って言われることは多々あるけれど、たいていはお弁当で、食べてるところを見られないのよね。こうしてがっつり食べてるところを見ると、早起きした気があるわあ」

 どうやら、寮母さん的にはうれしかったらしい。

莉佳「ふぁ! んっんんっん!」

 「ん」のリズムから察するに、「ちょっと待って」といったところか。
186 : :2018/02/11(日) 12:59:54.08 ID:jG1aGNjs0
莉佳「はー……お肉幸せ……♪」

 皿の上の肉を食べ終えて、莉佳さんは幸せそうなため息をはいた。

莉佳「あ、ごめんごめん。ここの食堂のごはん、おいしくてつい。なにか用かな?」

洸輝「いえ、俺は偶然早く起きただけなので。コンディションはどうですか?」

莉佳「まあまあかな。緊張がいい塩梅になってきたから」

 莉佳さんが不敵に笑った。

美亜「お、早いねーお二人! もしかしてもしかする!?」

莉佳「しないよー。というかいくら私の試合がゆっくりでも、開会式があるから九時には着いてないと。一緒に行くなら急いで?」

小梢「はいよー」
187 : :2018/02/17(土) 11:02:13.90 ID:wmwHju3a0
 ばたばたしつつも、莉佳さんとFC部の先行組は無事バスに乗り、会場である大学付近の海辺に着いた。

詩緒「うっぷ……」

悠佳「バスの中でスマホするからだよ……。詩緒ただでさえ車酔いしやすいのに」

詩緒「ごめん……」

悠佳「みなさん先に行ってください。落ち着いたら追うので」

美亜「しっかりね〜。体調管理も、選手の仕事のうちだから」

詩緒「すみません……」
188 : :2018/02/21(水) 10:02:41.26 ID:ct6pYzM70
 『全国大学フライングサーカス選手権』。

 そう看板が掲げられた海岸近く。

 早朝にもかかわらず、既にちらほらとフライングスーツを着た男女を見ることができる。

 飛んでいる人たちはウォーミングアップだろうか。

 そんな俺たちのところに駆け寄ってくる影が一つ。

「りーかー!」

莉佳「真白! どうしてここに?」

 やってきたのは、白い髪を長いツインテールにした女子だった。

 フライングスーツではなく、『ましろうどん』と書かれたエプロンを身に着けている。

真白「莉佳とみさき先輩が勝負するって聞いたから、いてもたってもいられなくなって」

莉佳「それでわざわざ閑東まで? え? でもその格好は……」

真白「選手としてじゃなくて、真白うどん後継者として、かな。昌也先輩経由で運営に許可もらったんだ。激しい運動の前後に、コシの強い麺、あごから出る出汁! 日向昌也や倉科明日香も食べて練習したましろうどん! FCプレイヤーに宣伝して、ゆくゆくは世界展開を――」

莉佳「真白。ストップ。後で行くから、大丈夫だから」

真白「あ、ご、ごめん。莉佳試合なんだもんね。じゃ、うどん作りながら応援してるから!」

莉佳「みさきさんとどっちを?」

真白「えっ!? そ、それ聞くの!?」

 動揺する真白さんを、笑って眺める莉佳さん。からかったらしい。

莉佳「あ、こちら閑東の高藤の生徒さんだよ、真白。で、この子が全国二位の有坂真白さん」

美亜「有坂msr!?」

理亜「こ、ここここ言葉になななななってませんんんよ姉さん」

 二人とも動揺しすぎじゃないかな。莉佳さんのときは一体どれほど準備したんだろうか……?
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