【蒼の彼方のフォーリズム】【オリキャラss】 蒼の彼方に光が見えた

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29 : ◆oUKRClYegEez [sage]:2016/12/18(日) 16:10:19.69 ID:n+WfNwee0
>>23
PCのブラウザ(GoogleChrome)だと歪みますが、スマホ(縦持ち)だと綺麗に描写されてます。どうぞ。
30 : ◆oUKRClYegEez :2016/12/24(土) 20:30:09.87 ID:Z9u4TiK80
「エア相撲部を復活させませんかー?」

「漫画に興味のある方ー! ぜひー!」

「伝説の生徒会長の残した部活、食品研究部! 私達と青春の一ページを刻みませんか!?」

「自治生徒会で学園の運営に携わりませんかー」

 あちらこちらで勧誘の声が飛び交っている。

黍斗「あ、ごめんね。FC、面白そうなんだけど……僕、食研に入るって決めてたから……」

 黍斗が申し訳なさそうに内山に言った。

詩緒「気にしないわよ。私がFC部に入るって決めてたみたいに、神宮君は」

黍斗「黍斗でいいよ。神宮って、お社みたいでなんか変でしょ?」

悠佳「変ってことはないと思うけど……」

詩緒「わかった。黍斗君は食研に入るって同じように決めてただけだもん。これから同じクラスなんだし、よろしく」

黍斗「うん! こちらこそよろしく!」
31 : ◆oUKRClYegEez :2016/12/24(土) 20:37:28.06 ID:Z9u4TiK80
洸輝「あ」

三平「どうしたよ?」

 突然声をあげた俺に三平が反応した。

洸輝「グラシュ、取りに行かなきゃ」

三平「そういえば言ってたなそんなこと」

詩緒「自分のグラシュ持ってるの?」

洸輝「まあ」

 経験者を目の前にして、やや恥ずかしい。

詩緒「聞いた話だけど、入部テストこそないらしいけど、ここ閑東じゃ強豪の部類だからまともに飛べないんじゃ練習に参加できないよ?」

洸輝「……まじか」

 いや、考えてみれば当然だろう。

 それでも俺はここを選んだんだ。強豪・私立高藤学園を。

 なら、この程度の壁乗り越えられなきゃ意味がない。

洸輝「内山」

詩緒「なに?」

洸輝「マジでコーチお願いします」

詩緒「はいよ、承った」

 クスクスと笑う内山は、すごく女の子らしくて可愛かった。

 この時の俺は知る由もなかった。彼女がFCをしているとき、どれほど凶暴になるのかを。
32 : ◆oUKRClYegEez :2017/01/01(日) 12:15:53.82 ID:iRQ7Z3iM0
詩緒「お、来た来た。先輩、あの子ですー」

 寮に全速力でグラシュを取りに行き、そして全速力で各部活がテーブルと入部希望用紙を置いている校門近くに戻った。

洸輝「ぜー……ぜー……」

「まずは息を整えて。それからでいいよ」

 テーブルの前で膝をつき、肩で息をする俺に、女の先輩が声をかけてくれた。

洸輝「ふー……。新入生、伊泉洸輝、FC部に入部を希望します」

「はい。ボクは部長の東ヶ崎美亜だ。気軽に美亜さんと呼んでくれ」

 女の先輩――東ヶ崎美亜(とうがさきみあ)さんは、そう言った。

美亜「ボクも洸輝クンと呼んでいいかな?」

洸輝「どうぞ……」

美亜「ありがとう。我がFC部は基本的に下の名前で呼び合うようにしてる。空を飛び回るFCでは、常に危険がつきまとっている。万が一のとき、名字で呼ぶより名前で呼んだ方が僅かでも早いし、名前で呼んだ方がより自分に危機感を持てる。持論だけどね」

 そう言って先輩はニッと笑った。

美亜「入部希望の紙を書いた後は、第3体育館に移動してくれ。軽いデモンストレーションをするから」
33 : ◆oUKRClYegEez :2017/01/01(日) 12:25:21.14 ID:iRQ7Z3iM0
美亜「はい、じゃこれから新入生に向けてのFC部デモンストレーションをします!ボクは部長の東ヶ崎美亜です! こっちは助手の詩緒ちゃんでーす!」

 美亜先輩と内山は、すでにグラシュを履き、体型がはっきりとわかるFC専用の服、フライングスーツを着ていた。

 美亜先輩は男子の憧れのような体形で目のやりどころに困る。

 対し内山は、無駄な肉の一切ないスレンダーなタイプ。上から下まですとん、というわけではないが、となりにいる部長と比べると見劣りするだろうか。

 俺はあくまで試合・練習着として既にフライングスーツを買っている(用具一式はそろえた)からそこまでじろじろ見ることはしないが……三平はじめ、他の男子は違うかもしれない。

 女子は「これ着るのちょっと勇気いるよね」「全く男子は……」「でもかっこいい……」とか言っている。

詩緒「内山詩緒です! お願いします」

 朗らかに笑って内山が――ってえぇ⁉

洸輝「内山……?」

 さっきあれだけ体型の解説しておいて何驚いてんだ俺、という気がしないではないが。

詩緒「あんたも入ったのなら詩緒でいいわ。でも今はちょっと黙ってて」

洸輝「……おう」

 そういえば内……詩緒はスポーツ推薦か。なら、入学前からここの練習に混じることもあったのかもしれない。

美亜「この中にまずグラシュを履いたことのある人? それで空を飛んだことのある人?」

 2、3人が手を挙げる。

美亜「FCは?」

 聞くと、全員の手が降りた。

美亜「そっかー、初めてかー。よし! まあいい! とりあえず履いて飛んでみてもらおう!」

 え、という声が口々に漏れる。

美亜「飛んでみないことには始まらない。それに、みんなも飛んでみたいと思ったからここにいるんじゃないの?」

 それは確認の質問だった。

 『そうであることが当たり前』、というひどく当然の。

 笑顔でされた質問に、しかし俺は震えあがった。

 さも当然のように人の心をダイレクトに揺すって来る恐ろしさに。

 そのあたりに、男子部員が少ない理由がある気がした。
34 : ◆oUKRClYegEez :2017/01/01(日) 12:25:51.35 ID:iRQ7Z3iM0
美亜「じゃ、ここにあるグラシュを順番に履いて飛んでもらおうかな。限りがあるから時間はかかるけど、初めの感動は絶対に味わってほしいな。っと、洸輝クンは自前だったか。飛んだ経験は……」

洸輝「ないです」

美亜「だよね。さっき手上げてなかったもんね。もうちょい条例緩くなりゃ、ボクたちも練習しやすいんだけど」

 たはは、と美亜さんは笑った。

美亜「詩緒ちゃん。彼のコーチ、頼める?」

詩緒「はい」

 詩緒が俺の方に来た。

 まだ履かない、順番待ちの三平が早速作った悪友と俺を口笛吹いて囃し始めた。

三平「おっ、さっそく個人レッスンかな?」

「やー、早くから青春してるねえ!」

 やめろよ、と言おうとした。口を開く前に詩緒が、出会って三平が瀬良さんのことを聞いたときのような恐ろしい声で言った。

詩緒「るっさい黙ってろ。不真面目だったら頭から落ちてしぬぞてめーら」

 三平は「おっと」と口をつぐみ、一緒に囃していた男子学生はおろか、取り巻いてみていた女子生徒までもが震えあがった。それだけの貫禄が、詩緒にはあった。

洸輝「頭からおちて死ぬことはないんじゃないか? セーフティあるはずだし」

詩緒「万が一よ。グラシュだって故障がないわけじゃない。じゃ、始めるわよ」

 「じゃ」で切り替えた詩緒に、

洸輝「おう」

 返事した。
35 : ◆oUKRClYegEez :2017/01/07(土) 15:35:57.78 ID:e1fpQld00
詩緒「初期設定はいじってない?」

洸輝「のはずだ」

 親が興味本位にいじってなければ。プログラムを作る仕事をしている父だ。パソコンにつないでやりかねない。説明書じゃ、パソコンにつないで専用ソフトを使えば調整できるらしいし。

詩緒「ん。じゃ、まずは靴の後ろの電源ボタンを押す」

 詩緒がかがんで、履いていたグラシュのかかとの部分に触れる。

 俺も倣って、右足のかかとに触れる。

詩緒「グラシュ履きなよ」

洸輝「あ」

 空を飛ぶ前のどうしようもない高翌揚感が、グラシュを履いていないことを忘れさせていた。
36 : ◆oUKRClYegEez :2017/01/07(土) 15:37:02.46 ID:e1fpQld00
洸輝「試合は海でやるんだよな?」

 内陸部はどうしようもないこともあり、大きめの湖や池でやるらしいが、それもない場所ではどうしても普及が滞りがちだ。俺の地元がそうだったように。

詩緒「ええ。でも練習だけなら体育館でもできるし、むしろかなりの学校がそうじゃないかな。有名な例外は四島列島のFC部かな。あそこはグラシュの規制が緩くて、許可なしでも海で飛べるから」

 なんでも、ここ高藤でもヨット部なんかの使っている海を土日に使わせてもらっているそうなのだが、平日や夏のシーズンにはどうしても許可が下りず体育館になるのだとか。夏は暑そうだな……。

 そんな雑談をしながら、俺はグラシュを履き、スイッチを入れる。

 きゅううううん

 という駆動音とともに、グラシュが起動し、その証に両足のグラシュから羽を模した光が生まれた。

洸輝「おおお……!」

 初めてのグラシュ起動。足に羽が生える、その視覚的実感。興奮しないわけがない。

詩緒「まだ早いわよ。浮いてすらいない」

 そんな俺を見て詩緒は言ったが、ニヤついているのはかつて自分もそうだったからだろうか。
37 : ◆oUKRClYegEez :2017/01/07(土) 15:44:23.32 ID:e1fpQld00
詩緒「最初は腕を広げてバランスを取るように。絶対にパニックになる。だから、もしものときは大の字になりなさい」

 詩緒が両手を広げ、足も開脚した状態を見せる。

 その体勢を戻して、詩緒は続けた。

美亜「お、じゃ、そっち見てみようか」

 美亜先輩が詩緒を見るように一年生に言った。

詩緒「最初のキーワードは『FLY』になってるはずだから、それを言って。私はちょっといじってるから、同じことを言っても飛べないってことをあらかじめ言っておくわ」

 詩緒は最後に、一年生全員に聞こえる声で、言葉を発した。

詩緒「とぶにゃん!」

 …………。

「「「…………おおおおおお!?」」」

 衝撃のキーワードに驚き、そして次の瞬間には別の驚きが待っていた。

 キーワードを受けたグラシュは、詩緒を浮かび上がらせた。

 ふわり、それから緩やかに、重力を感じさせずすーっと空に向かって。

詩緒「さ! どうぞ!」

 上で旋回し始めた詩緒が、下に向かって叫んだ。
38 : ◆oUKRClYegEez :2017/01/07(土) 15:45:43.48 ID:e1fpQld00
 覚悟を、決めた。否、違う。

 飛びたい。その思いが、今やっとかたちになることに、狂気に近いほどの喜びを覚える。

洸輝「ぃよしっ……! FLY!」

 俺の体が重力の軛から解き放たれ、ふわり、と浮かぶ。

 周囲の人が全員、俺を見る。

美亜「ほー……あれ競技用のグラシュか。才能を感じるねえ」

 美亜先輩がつぶやいた。

 競技用のグラシュは一般のグラシュと違い、グラシュの感度を高めてあるらしい。

 扱いが難しくなる代わりに、よりスポーツらしい機敏で速い動きができるわけだ。

 ここ閑東に住んでいる限り、一般用のグラシュを持っていても飛ぶ機会などないし、競技用のグラシュを競技以外に使ってはいけないルールなどないので、俺は一般用のグラシュは買っていない。

洸輝「――――」

 俺は浮いたまま、自分の心の底に湧き上がる感情に、気づいていた。

 ――もっと、飛びたい。もっと、高く!

 ――あの日見た光、日向昌也のように!

 詩緒を見真似、上へ上がろうとする。が。

洸輝「うおおおぉぉぉ!?」

 突如としてバランスを失い、少し最初より宙に浮いた高さで回転を始めた。
39 : ◆oUKRClYegEez :2017/01/14(土) 16:45:48.55 ID:3fVOm7Qq0
洸輝「うおおおおぉぉぉぉ!?」

 縦回転横回転。

 ぐるんぐるんぐるん。目が回る回る回るまわr……。

詩緒「大の字! ほら!」

 詩緒の叫びをなんとか聞きつけた俺は、ばっと大の字に両手両足を広げる。

 すると、

洸輝「うおおぉぉ…………お?」

 回転が、止まった。

詩緒「みなさん見えます? もし空中でバランスを崩しても、地上で片足でバランスを取ってるときみたいに腕をばたばたさせたらより崩れるだけです」

 詩緒が片足立ちし、腕をぱたぱたさせてバランスを取る仕草をした。

 当然、バランスを崩しぐるぐると空中でのコントロールを失って変な方向に回り始める。

 が、ぱっと腕と両足をひろげ、それを止めた。

詩緒「今見たみたいに大の字になれば止まるので、それだけ頭の隅に置いて気軽に飛んでみてください。最初は、姿勢を戻してから移動、できればいいと思います」
40 : ◆oUKRClYegEez :2017/01/14(土) 16:46:37.45 ID:3fVOm7Qq0
 詩緒と俺は体育館の床に降り、もうほぼ完全にマネージャーに溶け込んだ瀬良から紙コップに入った水をもらっていた。

 他の部活見学者は空中でフラフラしたり、浮かび上がったことに驚き、感動していたりする。

洸輝「ありがとう、瀬良」

詩緒「ろくに汗かくよーなこともしてないんだけどねー。あんがと、悠佳」

悠佳「先輩が持っていけって」

 見ると、マネージャーのような先輩がこっちを見て笑顔を振りまいている。

悠佳「それと洸輝君。あ、名前でいい? 部活の決め事らしいし」

洸輝「あ、そういえばそうだったかな……。悠佳、アクセント、これでいいよな」

悠佳「うん。改めて。これからよろしくね」

洸輝「よろしく」

 悠佳の差し出した手を握る。

 白く、細い。本当に、ちょっとしたことで傷つきそうな、しかし傷ついていないことが一目でわかる綺麗な手。

 守ってあげたくなるような、優しい肌――

詩緒「ちょっと。いつまで握手してんの」
41 : ◆oUKRClYegEez :2017/01/14(土) 16:47:08.69 ID:3fVOm7Qq0
洸輝「あっ……ごめん悠佳」

 パッと手を離す。

悠佳「ううん、いいよ」

 少し顔を赤くしながら言う悠佳が可愛い。

詩緒「ほら」

 今度は詩緒が手を出してきて。

詩緒「お手」

洸輝「はぁ?」

詩緒「冗談よ。これからよろしく、チームメイト」

洸輝「……おお、よろしくな」

 そんな感じで、俺はFC部に入部した。
42 : ◆oUKRClYegEez :2017/01/21(土) 22:31:59.45 ID:rk9WrJwV0
 その後、三平は「俺にはやっぱ無理だった……。スポーツ少女ハーレムの夢は……お前に託すぜ洸輝……!」と言い残して、黍斗のいる食研に向かった。

 なにが「スポーツ少女ハーレム」だよ。まじめに部活やるっての。

 三平のことからもわかるように、半数以上は飛んでみたかっただけの人たち、残りのほとんどはそうそうに飛ぶことの難しさにFCを諦めたらしい。

 結局、今日の時点で入部するのは俺と詩緒、マネージャーとして悠佳、だけのようだった。

詩緒「洸輝」

洸輝「ん?」

悠佳「グラシュ、ちょっと貸して?」

洸輝「どうして」

詩緒「設定調整して、初心者の練習用にするのよ」

悠佳「具体的には、最高飛行高度を2、3mほどに設定するの。最初は高さを意識しないで、グラシュに慣れたり、前後左右に動く練習をするの」

洸輝「……そういうものなのか?」

 初めて飛んださっきの感覚を、もう一度味わいたい。

 上手く飛べずとも、何回かやっているうち、いつかは――。

詩緒「これから私たちの、普通に飛べる人たちの練習もするのよ? ふらふらしてるあんたがいたら危ないのよ」

洸輝「……そういうものなのか」

詩緒「そういうものよ。都市部の私たちは、日常的にグラシュで飛んでる四島とかの人たちと比べたら、練習時間が圧倒的に少ない。球技とかならずっとボールに触れることもできる。でも、FCはそうじゃない。それに例えるなら、私達はずっと飛んでいる必要がある。中学から始めても、四島の選手には手も足も出ない。飛ぶことへの慣れが違う。だから、短い練習の時間をいかに効率を高めていくかが重要なの。FCに本気なのはあんただけじゃない。……はっきり言うわ。邪魔なのよ」

洸輝「……」

悠佳「ちょっと、詩緒ちゃん! それは言い過ぎなんじゃ――」

「……その通りでは、ありますけどね」

悠佳「……副部長」

 上からフロアに降りてきた女の先輩。青のフライングスーツ。グラシュも同じ色だ。

 部長程ではないものの、詩緒よりは絶対に起伏の激しい体つき。

「私は東ヶ崎理亜。部長は私の姉よ。よろしく、新入部員さん」

洸輝「あ、俺は伊泉洸輝です。よろしくお願いします」

 握手ではなく、ぺこっと頭を下げる。

理亜「私のことも理亜でいいわ。みんなからもそう呼ばれ」

「りーちゃーん! これどう動くのー?」

理亜「ちょっと待ってて! …………今のは聞かなかったことに」

洸輝「わ、わかりました、理亜先輩」

 目がマジだった。姉同様、人を殺しかねない。ただしこちらは目力で。
43 : ◆oUKRClYegEez :2017/01/21(土) 22:34:05.04 ID:rk9WrJwV0
>>42 修正・最終行

 目がマジだった。目力で人を殺しかねないほどの鋭さだ。
44 : ◆oUKRClYegEez :2017/01/21(土) 22:40:46.38 ID:rk9WrJwV0
理亜「私達……少なくとも今ここにいる人たちはみんな、FCをやりたくて部活をしています。君が部活に入ることには私たちは決して異を唱えません。しかし、初心者がいきなり練習に入るとどうしても、すでにやっている人の邪魔になります。どころか、FCはスカイスポーツ。空中で何かあった後では対処できません」

洸輝「……確かに、そうですね」

 FCで使うグラシュ、その仕組みはアンチ・グラビトン――反重力子だ。

 グラシュは反重力子の膜を作ることで、人を空へはばたかせることができる。

 反重力子は、重力以外にもお互いに反発しあうという性質がある。

 FCやその練習で接触すると、地上で行うスポーツの接触プレイとは桁違いに、大きな移動・危険があるのだ。

 空中で自分一人でも態勢を崩しかねないんだ。他の人がぶつかってきたら、それこそ立て直しづらい。

 まあ――上手いスカイウォーカー、FC選手は、その立て直しも速くうまいのだが。

 急に突撃されたりしたときなんかは、その限りではない。

理亜「私達だけでなく、あなた自身も危険です。自分の意思である程度飛べるようになるまで……そうですね、副部長権限で、ファーストブイからセカンドブイまでの間を40秒で飛べるようになったら、練習への参加を許可します」

詩緒「うん、それぐらいがいいですね、確かに。洸輝、高校の普通の大会の優勝者なんかは20秒台だよ」

洸輝「……ほう?」

理亜「詩緒さん、練習に行きますよ。洸輝君。今日の練習は体育館の関係上、そう長い時間はしません。それまでマネージャーたちに教わりながら練習してください。そして、ブイを浮かべた練習は土曜日しか行いません。海がその日しか使えないので。なので、練習への参加試験は土曜のみですが……いいですか?」

洸輝「はい、よろしくお願いします」

理亜「今日が月曜日。なので、最初の試験は5日後です」
45 : ◆oUKRClYegEez :2017/01/22(日) 21:55:07.01 ID:RWFuitKW0
悠佳「そうそう、そうやってまっすぐな体勢で……前進してみようか。徐々に前に体を傾けていって」

洸輝「こうか?」

 ゆっくりと体を傾けると、ゆっくりと前方向に加速を始めた。

悠佳「そうそう、そんな感じ。上手いんじゃないかな」

 さっきぐるぐる回ったことを応用して前進しながら軸をそのままに横に回る。

 フィギュアスケートのシングルのスピンをイメージして回る。が、速さはゆったりとしたものだ。

 当然、前傾姿勢のまま回ったから、体育館の上が見える。

 練習している部長、副部長、詩緒たちの姿が。

洸輝「……」

悠佳「……男の子だね」

洸輝「そうじゃねえよ」

 フライングスーツ姿の女子を見たかったのだろう、と言う悠佳に、そうではないと言い訳する。

洸輝「いいなあ、すごいなあ、ってな……。思うままに飛びまわって、FCをすることがこうも難しいとは思わなかった。挫折だよ、早々に」

悠佳「まだ挫折って言うには早いんじゃ……?」

洸輝「いや。いままで俺、たいていのことは人並み以上にできて、興味を持ったことのあるものなんてなかったんだ」

悠佳「自慢に聞こえる」

洸輝「違うよ。だから、心から楽しんだことなんてなかった。いや、楽しいことはあったし、心から楽しんでもいたけど、こう、なんて言うのかな。心の根本、今までの自分を変えてしまうような楽しさに、出会えてなかった」

悠佳「ふうん?」

洸輝「悠佳は? そういう悩みって、あったか?」
46 : ◆oUKRClYegEez :2017/01/22(日) 21:57:06.02 ID:RWFuitKW0
悠佳「私は、ないかな」

洸輝「うん……。さっきいたあいつら、三平と黍斗にも話したけど、同意はもらえなかった。俺の親もそうだった。たぶん、普通の人はわざわざ気にするほどのことでもないんだと思う」

 悠佳があいずちを打った。俺は続ける。

洸輝「でも、初めてFCをテレビで見た時、すっげえわくわくした。こんな風に飛んでみたい、空を駆けてみたい、世界の頂点に、まさに立っているような感覚を、感動を、味わってみたい」

 それはどんなスポーツとも違う、スカイスポーツFCのみの感覚だろう、と思う。

 空中に浮き、勝利の瞬間、相手の上に、観客たちの上に、誰よりも高い位置に、物理的に自分がいる。

 状況によってはそうじゃないかもしれないが、それでも誰よりも上に行ける。

 FCというスポーツのみの、勝者のみの特権。

洸輝「あの時の日向昌也みたいに。俺も、いつかあの場所に行ってみたい。今まで生きてきて一番強い興奮だったんだ」

悠佳「……いいなあ。私も、そんなわくわく、味わってみたい」

洸輝「……悠佳は、どうしてFCをやらないんだ?」

 その瞬間、悠佳の目が曇り、うつむき、そして苦虫を噛み潰したような顔になった。

悠佳「……」

洸輝「わ、悪い。なにか理由があったのか……? いや、聞かなかったことにしてくれ」

 慌てて取り繕った。

悠佳「ううん、こっちこそごめん。いつか、話そうと思うから、今は……。それより、練習続けようか?」

洸輝「よろしく、コーチ」

 その呼び方に、初めて空を飛んで半年で全国優勝したという倉科明日香をふと思い出した。

 いつか、悠佳と――日向昌也と倉科明日香のような、そんな信頼関係を築ける日が、来るだろうか。

 そうしたら、悠佳の過去の苦しみも、少しは聞いて楽にしてやれるだろうか。
47 : ◆oUKRClYegEez :2017/01/28(土) 19:24:17.72 ID:rLQYm3GN0
 次の日、つまり火曜日。

 この日は体育館が使えないため、外で走ったり戦術会議をするのが常なのだという。

 部長たちは今日も部活見学者に説明をするため、テントにいる。

 俺を含む役職を伴わない部員たちは、悠佳を含むマネージャー4人のうち3人と、走ったタイムを計測したりしていた。

 もちろん大会なんかに提出する資料は空中での速さやファイター等の対応なのだが、FCをやる上で持久力と瞬発力はどうしても重要になってくる。これは多くのFCプレイヤーが言っている。

 空中ではどうしても姿勢などに注意が向きがちだし、空中練習でFCの動きの練習に専念できるよう、空中練習ができないときは陸上で体力をつける。それが現在のFCの練習の基本だ。
48 : ◆oUKRClYegEez :2017/01/28(土) 20:20:40.09 ID:rLQYm3GN0
洸輝「はー……つっかれる……」

 ノルマをなんとか終え(参加した部員の中で最下位だった)、マネージャーを含む女子部員にお疲れと声をかけられながら、悠佳の差し出す水を受け取った。

洸輝「ありがと、悠佳……」

 肩を上下させながら息を整えつつ、悠佳に礼を言った。

悠佳「ううん。ところで洸輝君。中学までなにかスポーツはやってた?」

洸輝「はー、はぁ……。いや、まったく」

 心惹かれるものがなかったから、体育でやる以外にまじめに打ち込んだ運動など微塵もしていない。

 持久力が必要だという情報は得ていたから受験勉強の合間に走ってはいたのだが、生まれてこの方運動部などとは無縁だったので、走った量が多いわけではなかったのだろう。

 と、いまさらながらに後悔する。

悠佳「うん……。高校一年の男子の平均から大体考えると、正直もう一周内周してきてこれだけバテてほしいんだけど」

洸輝「はー……。いじめかよ……」

 歩いて端から端まで10〜15分かかるような校内を、ぐるっと2周してきたのだ。疲れないわけがない。

小梢「洸輝、オツカレ」

洸輝「疲れました、小梢先輩。というか皆さん速いですね……」

小梢「ハッハッハ! そうかい?」

美津希「一年も走れば慣れてきますよ。わたしも最初は走れませんでしたし。むしろ洸輝くんはよく走れている方かと」

小梢「そうかもな! この調子で続けることが大切だぜ、少年!」

 鶴嘴小梢(つるはしこずえ)先輩。三年生で、明るく後輩にも気軽に接してくれる優しい先輩だ。

 十美津希(つなしみつき)先輩。二年生。冷静で、小梢先輩に走っている途中も会話にツッコミを入れていた。

 ――そう。

 先輩たちは俺がついて行けないペースで、喋りながら走っていた。
49 : ◆oUKRClYegEez :2017/01/28(土) 20:38:37.07 ID:rLQYm3GN0
洸輝「ただいま」

黍斗「あ、おかえり伊泉くん」

三平「……」

颯汰「おかえり、伊泉」

 寮の四人部屋。

 俺、三平、黍斗、そしてここで知り合った水無月颯汰(みなづきそうた)と同じ部屋になっている。

 三平は窓際で黙々と何か作業をしている。

颯汰「うわ、汗くさっ」

 水無月が俺に向かって言った。

洸輝「あ、悪い。窓開けてくれ」

 黍斗が笑いながら三平の横をすり抜け、窓を開けてくれた。

颯汰「ううっ、まだ寒いな」

洸輝「悪いな。今日は外でのランニングだったんだ」

 俺も苦笑いしながら窓際にタオルを持って行く。

洸輝「ふー……」

 窓際で部屋に入って来る冷たい空気で涼みながら汗を拭く。ちなみに窓際に行く過程で上半身は裸だ。

洸輝「三平、何してんだ?」
50 : ◆oUKRClYegEez :2017/01/29(日) 21:54:01.79 ID:o5lFJdee0
三平「……」

 未だ黙々と作業を続ける三平に代わって、水無月が答えてくれた。

颯汰「ハンモックを取り付けたいんだって」

三平「……寮の事務に許可を取りにいったんだ」

黍斗「流石に部屋を改造する許可は出せないって言われてねー」

洸輝「……逆にどうして許可が出ると思ったんだ」

颯汰「それで今、なんとか二段ベッドを使っていい高さにハンモックを取り付けられないか思案中」

洸輝「なるほどな」

颯汰「ところで伊泉」

洸輝「なんだよ?」

颯汰「FC部って……楽しいか?」

洸輝「さあな」

 即答した。

颯汰「……昨日まで見学行くってあれだけ張り切ってたじゃあないか」

洸輝「やっぱり現実は厳しいんだよ。ただ飛ぶだけでも難しい。でも、だからこそ、初めて飛んだ感覚と興奮を忘れられない。今日はランニングだったけど、飛びたい思いは高まるばっかりだ」

颯汰「……? その割には静かだな?」

洸輝「興奮しすぎてもいけないからな。今できることを冷静に考えてみようと思って」

颯汰「……へえ。いろいろ考えてんだな」

洸輝「俺はFCをするためだけにここに来たからな。一週間目の挫折程度で立ち止まってちゃあいられねえよ」
51 : ◆oUKRClYegEez :2017/01/29(日) 21:54:29.73 ID:o5lFJdee0
颯汰「俺も、明日いってみようかな」

洸輝「おう! 明日は体育館練習で飛べるし、来てみるといいさ」

颯汰「伊泉も飛ぶのか?」

洸輝「俺はまだ。飛ぶのは飛ぶけど、1、2mの飛行で慣れる段階」

颯汰「そうか。じゃあ、まだ俺が逆転することもあるかな?」

洸輝「悔しいけど、十分あるよ」

颯汰「はは。まあ、やってみて決めるさ」

洸輝「そうだな」
52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/29(日) 23:59:28.41 ID:BGBsxr93o
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             セカンドライン

      A───────────→B
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             フォースライン
53 : ◆oUKRClYegEez [sage]:2017/01/31(火) 16:32:25.31 ID:mQ/Xr/cy0
>>52
うおおお!ありがとうございます!!!
54 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/04(土) 19:09:42.37 ID:OIc1yYja0
 水曜日。

 颯汰に言った通り、今日は中練習の日だ。

もう始まっている通常授業が終わった後、すぐに教室を飛び出し体育館へ。

 入学式のあった初日とは違い、グラシュなどのFCセットはもう教室にもってきていた。

 だだっ広い校内を、寮と体育館を往復するなんて……。それならば、多少かさばったり重かったりしても部活用品を寮から教室まで運んだ方が楽だ。

詩緒「……あんたそれ全部持って行ってんの?」

洸輝「うん? ああ、そうだけど?」

悠佳「今はまだいいかもしれないけど、これから暑くなってくると逆に往復した方がいいかなーって」

洸輝「どうして」

詩緒「汗が張り付くと練習着着にくいのよ。一回シャワーあびてさっぱりしてから着たりするのよ。まあ、女子だけかもしれないけど」

洸輝「……そういうものなのか」

悠佳「間を走ると、いい感じにウォームアップや持久力向上につながるし、いいこともあるんだよ? 私達はゆっくりおしゃべりしながらだから走ったりはしないけど」

詩緒「一度戻りはするわ」

洸輝「なるほどなあ。俺も明日からそうしてみようか」

詩緒「明日は外だけどね」
55 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/04(土) 19:10:13.82 ID:OIc1yYja0
 体育館の中。低いところを今日も滑るように飛ぶ。

洸輝「……」

悠佳「そうそう、姿勢をまっすぐするように気を付けてー」

 悠佳の声を聞きながら、前傾姿勢を保つ。

颯汰「こんにちはー……」

小梢「ぶちょー、見学希望者来たよー」

 小梢先輩がゆる〜く部活にやって来た。

 今日は小梢先輩と美津希先輩が外のテントで勧誘する番だった。

 余程暇だったのだろうか。わざわざ体験入部生についてくるなんて……。

 美亜部長が降りてきた。

美亜「小梢〜。テントは? 勧誘は?」

小梢「美亜〜。誰も来ないんだよ〜! もう暇で暇で〜!」

理亜「……姉さん、小梢先輩。もう少し締まってください……」
56 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/04(土) 19:10:56.05 ID:OIc1yYja0
颯汰「ってあれ? 美亜ねぇに理亜ねぇ?」

理亜「……あれ?」

美亜「見覚えがあるような……って思ったら颯汰じゃん」

 顔を見合わせ、驚く三人。

小梢「なになに〜? 知り合い?」

美亜「まあね〜。小学生の時の幼馴染かな」

颯汰「美亜ねぇが中学入った頃から疎遠になったから、だいたい5年かあ。早いね」

洸輝「ねぇ……。颯汰が部長に、ねぇ……」

詩緒「誰?」

洸輝「俺に聞いてる?」

悠佳「うん」

洸輝「寮のルームメイトの水無月颯汰だよ。もしよかったらFC部にどうかって昨日誘った」

詩緒「ふうん……」

洸輝「というか悠佳はともかく詩緒、練習どうしたんだよ」

詩緒「部長も副部長も抜けてるし、いいんじゃない?」

洸輝「おい……」
57 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/04(土) 19:11:45.06 ID:OIc1yYja0
美亜「じゃ、久しぶりに飛んでみる?」

颯汰「そうだね、美亜ねぇたちと遊ばなくなってから飛んでないからどれくらいできるかわからないけど……」

理亜「ものは試し、です」

颯汰「だね、理亜ねぇ」

理亜「……今聞くと恥ずかしいですね、その呼ばれ方は」

颯汰「じゃあ、どうしよう?」

 すると、上から声がした。天の声、ではもちろんなく、物理的に上にいる二年の二見夏希(ふたみなつき)先輩だ。

夏希「りーちゃんって呼べばいいさー!」

理亜「ちょっ、夏希……!」

颯汰「わかりました先輩ー! じゃ、りーちゃ」

理亜「………………」

颯汰「り、りー先輩……」

理亜「…………認めたくはないですけど……諦めます」

洸輝「そういえば練習戻らなくていいんですか、りー先輩?」

理亜「そうですね、そろそろもど…………。洸輝君」

洸輝「ダメですか」

詩緒「いいじゃないですか、りー先輩! 可愛くっていい響きですよ!」

理亜「恥ずかしい……。後輩からりー先輩……」

小梢「諦めな、りーちゃん」

理亜「ううぅ……」
58 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/04(土) 19:12:24.61 ID:OIc1yYja0
 久しぶり……?

 水無月はFCをしたことがないような口ぶりだったけど……。

颯汰「よし。じゃ、FLY」

 水無月の体がふわり、と浮き上がる。

 俺のグラシュと違い、制限のかけられていないそれはするすると水無月を体育館の上へと運ぶ。

 俺と違ってぐるぐ回ったりすることなく、安定してそのまま飛行を続ける水無月。

洸輝「お前……飛べたのかよ……」

颯汰「最後に飛んだのが昔のことだからあんまり自信なかったんだけど、自転車と同じようなものなのかなあ。体が覚えてたみたいだ」

 下にすーっと降りてきた水無月は明るく笑った。

美亜「颯汰、どうする?」

颯汰「そうだね。案外飛べたし、伊泉の話も面白そうだったし、美亜ねぇ理亜ねぇもやってるし……うん、水無月颯汰、FC部への入部を希望します」
59 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/04(土) 19:12:51.25 ID:OIc1yYja0
洸輝「……お前」

 自分で、声が震えているのがわかる。

 あはは……。と水無月が頬をかきながら笑った。

颯汰「洸輝……でいいかな、部活入るんだし」

 水無月――いや、颯汰が言った。

洸輝「ああ」

颯汰「これからよろしくね、洸輝。最初の一歩は僕がリードしちゃったけど」

洸輝「……いいさ。そっちの方が燃える。追いつくよ、すぐに」
60 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/11(土) 20:23:37.41 ID:v+y7baiA0
 部活を終え、寮に帰る。

詩緒「や、颯汰速いねー。私と同じくらいじゃん」

 颯汰はすぐに上の練習に混じっていた。

 帰る道すがら詩緒が颯汰の感想を言った。

颯汰「そんなことないよ。僕のグラシュがスピーダーなのに対して、詩緒ちゃんのグラシュはレーヴァテイン。ガツガツのファイターじゃないか」

 この短い時間にグラシュの名前と特性を覚えたのか。

 俺は颯汰の要領の良さに舌を巻いた。

 グラシュには、スピーダーやファイターといったタイプの他に、モデルが存在する。

 グラシュを出している会社も複数あって、その会社ごとにモデルというか、ブランドがある。

 他のスポーツでもあるが、会社によって道具の細かい部分が違ったりする。

 レーヴァテインはモデル名で、主にファイター用のグラシュだ。

 俺は日向昌也と同じ飛燕シリーズ。オールラウンダーのグラシュだ。

 ただ、日向昌也が緑系統の色なのに対し、俺は青系統だ。

詩緒「FCやってなかったのなら、普通はスピードなんて追い求めないもの。それに私、中学の時から部活やってたし。颯汰は今でも十分速いし、飲み込みも速いからレギュラー脅かされそうで怖いわ」

颯汰「そう? 詩緒さん買い被りすぎじゃないかなぁ」

詩緒「少しはチームメイト信用しなさいな」

颯汰「ありがと」
61 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/11(土) 20:24:06.47 ID:v+y7baiA0
 詩緒は、俺にはあんなことは言わなかった。

 正真正銘、颯汰に向けて言った言葉だ。

 お世辞でもなんでもなく、ただ、思ったこと。

 そのことが俺は悔しくて、悔しくて、そして苦しかった。
62 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/11(土) 20:24:41.14 ID:v+y7baiA0
 とはいえ、寮の部屋を変えることはできないのだし、颯汰はいいやつだ。たぶん。

 あまり俺が気にしすぎていても、それこそ失礼な気がする。

洸輝・颯汰「「ただいま〜」」

黍斗「おかえり」

三平「おう、帰ったか」

 机に向かって宿題に取り組む黍斗と、

颯汰「へぇ、なるほどね……」

 壁際両サイドの二段ベッドから橋のように垂らしたハンモックに揺られている三平がいた。

颯汰「これなら部屋を傷つけることなくハンモック使えるな。あとで使っていいか?」

洸輝「あ、俺も」

三平「おお、いいぞ。でもとりあえず汗流してからな」
63 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/11(土) 20:26:29.52 ID:v+y7baiA0
 風呂で汗を流し、食堂で夕食を食べた後。

颯汰「おおーっ」

 俺と颯汰は、三平のハンモックに揺られていた。

洸輝「というか、なぜハンモック?」

三平「いいだろ、別に。なんとなく好きだからだよ」

 FCに関してその気持ちがわからないでもないから、俺はそれで納得する。

洸輝「颯汰、いいか?」

颯汰「あ、うん。どうぞ」

 颯汰がそろっとハンモックから降りる。

 わかってはいたけど、二段ベッドの上からつるされたハンモックは、床から結構な高さになる。

洸輝「よ……っと」

 そして、ふと違和感があった。

 ハンモックは、俺は初めての経験だ。

 なのに、なぜか……これに似た感覚を知っている。

 空中で、ゆらりと揺れる……。

 そう思った瞬間、電撃が走ったみたいに俺はすぐ、仰向けに寝ていた状態からうつ伏せになり、手を飛行姿勢のように広げた。

洸輝「……これ、似てるかも……」

 たしかにハンモックの性質上、浮いているという感覚はないし、下に自分を支えるものがあるから圧迫感はある。

 でも、方向転換の時みたいに体重をかければそっちに、僅かだが揺れるし、なにより足のついていない状態で三次元的に近い動きができる、というところが、ハンモックとグラシュの飛行でとてもよく似ている。

洸輝「なあ、三平」

三平「なんだよ?」

洸輝「これからもちょいちょい、借りていいか?」

三平「ん? 別にいいけど……」

 グラシュを使わない、飛行練習。

 もしかしたら……もしかしたらだけど、俺は画期的な方法を見つけたかもしれない。
64 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/11(土) 20:27:06.16 ID:v+y7baiA0
 翌日。昨日詩緒に言われた通り、今日は外練習だ。

 運動用の私服に着替え、先輩たちと走り始めた。

 実は一昨日の筋肉痛がまだ長引いていたりするのだが、走れないほどじゃあないし、詩緒も結構辛そうな顔をしていたので頑張ることにした。

 ちなみに颯汰は別の部活の見学に行っていたりする。

 正式入部はしたものの、兼部だって可能だしまだ見学期間だ。

洸輝「なあ、詩緒」

詩緒「なによ」

 ランニング中でも、喋らないよりは喋った方がいいらしい。

 FCでも常にセコンドと話しながら飛ぶわけだし……運動しながら話すことは、別に禁じられてはいない。というかむしろ推奨されてさえいる。

洸輝「昨日、三平がハンモック作っただけどさ」

詩緒「うん」

 すっすっ、はーはー。

洸輝「詩緒は、試したことあるか? ハンモックって、結構飛行中と似たような感覚なんだけど」

詩緒「そうなの? あんまり考えたことないわ」

 すっすっ、はーはー。
65 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/11(土) 20:27:48.32 ID:v+y7baiA0
美亜「お疲れさまー!」

部員「お疲れ様でしたー」

 部員たちがばらばらと帰っていく。

美亜「悠佳ちゃん」

悠佳「はい」

 そんな中、部長と悠佳が話していた。

 聞いてしまうのは気が引けたが……

美亜「洸輝クンの調子はどうよ?」

悠佳「初心者としては、結構早い上達だったと思います。……というか、この話昨日しませんでした?」

美亜「そうかー! ……洸輝クンに聞こえるようにいってるのさ」

 小さい喋り声も、美亜先輩の声はよく通ってしまう。俺にも聞こえた。

美亜「始めたばっかりであれだけ飛べる子はそういないからなー。期待しちゃうなー」

悠佳「……流石にあからさまでは……」

 その通りだよ悠佳。

美亜「でも、同時にボクの偽らざる本音でもある。才能、と言っていいのかはわからないけど、少なくともセンスはあると思うよ」

 そう言って二カッと笑う先輩。
66 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/11(土) 20:28:57.49 ID:v+y7baiA0
悠佳「ですか?」

美亜「うん。颯汰も理亜も、初めて二、三日はずっとろくに空中でバランスとれてなかったし」

悠佳「……小学生の頃ですよね」

美亜「まあね。安定して飛べるようになって、まだそこから先は長いからね。FCは」

悠佳「そうですね」

 FCの基本戦略、スポーツとして必要な瞬間的に動くときの体の動かし方、その他もろもろ。

 確かに、低いところをまっすぐや、角度を決めて回っているようでは話にならない。

 斜めに飛ばなければならないこともあるし、きりもみや、戦略の一つ『バードケージ』に対抗する手段の背面飛行など、通常の飛行とは異なる体勢で安定した飛行をすることも求められる。

 それに……あの日向昌也の領域に達するために必要な絶対条件、バランサーオフを身に着けるには、相当な時間が必要なはずだ。

 それこそ、倉科明日香のような天才性でもない限り。

美亜「まあ、ボクと違って彼は高校に入ったばかり。高校の大会だけ取って見ても、まだまだ時間はあるさ」

 ――それは違うよ、美亜先輩。

 だって、今の体たらくじゃあ……あの時見た光みたいに、俺はなれない。

 いつものように……諦めるかもしれない。
67 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/11(土) 20:29:33.11 ID:v+y7baiA0
洸輝「三平ー、借りるぞー」

三平「ほいよ」

 俺は軽く水道で髪と顔の汗を流し、濡らしたタオルで体の汗を拭いた後(三平からつけられた絶対条件だ)、二段ベッドの上に上がって、そこからハンモックに寝た。

洸輝「……」

 飛行姿勢。

 まっすぐ、前傾姿勢で。たまに体を揺らして、横移動や方向転換をイメージしながら。
68 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/11(土) 20:30:49.26 ID:v+y7baiA0
 そして、試練を明日に控えた金曜日。

 部活終わりに部長が

美亜「洸輝クン。明日は海なんだけど」

洸輝「はい」

理亜「荷物一式をマネージャーに託して、私達は海までランニングです」

洸輝「……マジですか」

詩緒「……マジよ。土曜日は最初から搾り取られるわ」

 校内1周より短くはあるのだけど、それでも長い。

美亜「ま、まあ、先に車で行ってるマネージャーたちがドリンクもって待機してるし、みんな着いてから30分くらいは自主練というか、休憩タイムになるから」

理亜「詩緒さんはいつも自主練習ですね。……だからきついのでは?」

詩緒「……でも、練習しないと勝てないし……」

 中学での二位の結果が、辛かったのだろうか。

 当然か。

美亜「で、だ。明日の試験というか、なんというかなんだけど」

理亜「入部テスト……ではないですね。……なんでしょうか」

洸輝「聞かれても」

 俺は勝手に試練って呼んでいるけれど、先輩方はそんな言い方しないと思うし。

美亜「まあ、それ。は、自主練の三十分を少し借りてしようと思うんだ」

理亜「終わってからだと慌ただしいですし、あなたも練習、早く参加したいでしょう?」

洸輝「はい!」

美亜「んじゃ決定ね!」

詩緒「ドリンク休憩なしで飛ぶのかー。大変だね洸輝」

洸輝「……えっ、マジで?」

詩緒「冗談よ」
69 : ◆oUKRClYegEez [sage]:2017/02/12(日) 11:59:43.40 ID:ok5ps3H90
>>1
twitterアカウント変えました
@amanagi2 にて、今後の更新報告します
70 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/18(土) 12:27:51.01 ID:1/d0bfd50
 迎えた土曜日。

 やたらと金曜日の描写が少なかったけど、まあいつものようにハンモックでイメトレしていただけだから、特に変わったことはない。

 学園からのランニングに颯汰も(強制)参加(させられた)。

 見学していたのは全部文化部だったらしく、入学してからの長距離マラソンは初だそうだ。息がだいぶ荒くなっている。

 昨日の練習を軽めに引き上げて今日に少し合わせてみたので、いつもよりは俺も筋肉痛がひどくない。

小梢「おー、洸輝少年お疲れ! だいぶ疲れなくなってきたか? ……となりの、颯汰だっけか? 頑張れな」

 ゴール、というかマネージャーさんたちが飲み物を準備している砂浜の一角(誰もいない海の家を使わせてもらっているそうだ)で、降りてきた小梢先輩がねぎらってくれた。

 どうやら小梢先輩、フライングスーツに着換える前に一っ飛びしていたらしい。

 頬を伝うスポーツ少女の汗が、朝日に照らされてきらめいている。

洸輝「疲れなくなった、わけじゃないですけど、……はー、はー。……走ることに慣れ始めては、きてますかね」

颯汰「はー、はー……。つっっ……ら……」
71 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/18(土) 12:28:35.23 ID:1/d0bfd50
美亜「お、ついたか。さっさとそこの男子更衣室で着替えて。高度制限きったら、さっさと上来なよ」

 女子更衣室からフライングスーツで出てきた美亜先輩が言った。

颯汰「俺も?」

美亜「ん、そうね。颯汰も一応、タイム測っとこうか」

 美亜先輩に言われた通り、男子更衣室に入った。

 間違えて、そういうイベントが起こったりは……。

洸輝「……え?」

悠佳「……あ」

 そこには、悠佳がいた。
72 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/18(土) 12:29:05.29 ID:1/d0bfd50
 部長に言われるまま男子更衣室に入ると、悠佳がいた。

 男物のフライングスーツを広げて。

あ、悠佳自身は服を着ていた。

 颯汰はそういえば、まだフライングスーツを買ってはいなかった(着替えはランニング用のジャージから下に水着を着るらしい。海上で練習をするからだ)から……どうしても、あのフライングスーツは俺のものだ。

悠佳「え、えっと……」

颯汰「え? え?」

洸輝「えっと……悠佳? そこで何」

 を、と言おうとした。

悠佳「キャー!!!!」
73 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/18(土) 12:29:55.09 ID:1/d0bfd50
美亜「どうした悠佳っ!」

 軽くドア前で引いている俺を押し倒し、腕を後ろにねじあげ、そして美亜先輩は言った。

美亜「大丈夫か悠佳!」

洸輝「大丈夫じゃないのは俺です!」

美亜「ん? なにか弁解することがあるのかい容疑者後輩」

洸輝「呼び方変わってるし……。というか完全に誤解じゃないですか、ここ男子更衣室だし悠佳着替えてるわけでもないし」

美亜「手を出したとか」

洸輝「とか、って言ってる時点でもうそんなに疑ってないでしょう……。こんなに離れてるのに手の出しようがないです」

理亜「つまり、近ければ手を出していたと?」

洸輝「言葉の綾です!」
74 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/18(土) 12:30:31.05 ID:1/d0bfd50
美亜「じゃあ、なんで悠佳は叫んで……」

 美亜先輩は、そこで初めて悠佳の方を見たようだった。

美亜「おっと……。ま、まあ? 人の趣味って? 人それぞれだから……。許容してやりな、洸輝クン」

悠佳「あ、えっと、その、私は――」

美亜「なにも言わずともわかっているとも、悠佳クン。大丈夫、それで差別なんてしたりしないから」

悠佳「だから違うんですー!」
75 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/18(土) 12:31:28.98 ID:1/d0bfd50
理亜「どうしたのですか?」

悠佳「そ、それは……」

詩緒「……あ、このフライングスーツ、悠斗さんのと……」

 詩緒が、かすかにつぶやいた。

洸輝「……悠斗?」

詩緒「……悠佳。どうするの?」

 詩緒は、俺を無視して悠佳に聞いた。

 ……始めて教室で話した時も、こんな話し方だった気がする。

 悠佳に、アルビノのことを話された時。

悠佳「……ごめん、今は……ちょっと、無理……」

詩緒「そういうことだから。先輩も、洸輝も、詮索はなしね」

美亜「わかったよ。まあ、誰にでも心に入られたくない部分はあるからね」

理亜「……そうですね」

 理亜先輩が美亜先輩を見ながら話したのが、少し気になったけれど。

洸輝「……なあ、悠佳」

悠佳「な、に?」

洸輝「いつか、話してくれ。それを、約束してほしいんだ」

詩緒「ちょっと、おま――」

洸輝「あんまり一人で、抱え込むなよ。そうしてくれないと、俺のフライングスーツ、ちょっと着にくくなる」

 冗談めかして、軽く笑いながら悠佳に持ちかけてみた。

 詩緒はあっけにとられていた。

詩緒「……どういう、意味?」

洸輝「そのままだよ。悠佳が俺のフライングスーツを見るたびに嫌な思いをするのならその理由を知りたい。俺は、フライングスーツにこだわりなんてないからな」
76 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/18(土) 12:37:12.86 ID:1/d0bfd50
美亜「悪かったね少年。疑って」

 着替えた後、外で待っていた美亜先輩が言った。

 悠佳はしばらく深呼吸をした後、「大丈夫」と言って男子更衣室から出ていった。

洸輝「いえ。俺は俺で、悠佳に辛い思いをさせたかもしれないんで……」

 知っていてあえてする、というのは悪意がある。

 でも知らずに傷つけることも、悪意はなくとも悪であることには変わりないと、俺は思う。

美亜「うーん……。ボクも知らないからねえ、悠佳ちゃんたちのことは……。ま、あれこれ悩んでも彼女が教えてくれるまでボクらは知ることはできない。彼女自身が大丈夫と言ったのだし、今はそれを信じよう。彼女がもし辛そうなら、それはその時に対処すればいい。今は、何もできないよ。無力だけどね」

洸輝「……はい」

美亜「さ! さっさとテストを始めようか!」

洸輝「……はい!」
77 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/21(火) 19:22:18.34 ID:3WF+yruq0
洸輝「来ました」

 初めての、安定した高度飛行。

 真下には、海。

 体育館の床じゃない。

 俺は今、海の上で浮いているんだ。興奮しないわけがない。

美亜「よし。FCのスタートの姿勢はわかる?」

洸輝「はい」

 FCのスタートの姿勢は、柔軟の立ったまま開脚し、前屈したような姿勢だ。

美亜「じゃ、それで始めよっか。私がホイッスルを鳴らすから、なったらここファーストブイからセカンドブイに飛んで。で、そのままタッチ。向こうに理亜がいてタイム測ってるよ。おーい」

 美亜先輩が手を振ると、セカンドブイ付近で浮翌遊している理亜先輩が手を挙げた。

美亜「飛び方は自由。できないとは思うけど、ローヨーヨー・ハイヨーヨー、その他の使用は自由よ。とりあえず、ファーストラインを40秒以内に飛んでみな」

洸輝「頑張ります」
78 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/21(火) 19:22:51.60 ID:3WF+yruq0
 スタートラインに浮き、スタート姿勢をとる。

美亜「それじゃ、行こうか!」

洸輝「はい」

 フィイィィ!

 俺にとっての初めてのホイッスルが、鳴った。
79 : ◆oUKRClYegEez [sage]:2017/02/21(火) 19:26:15.37 ID:3WF+yruq0
あおかな原作及びアニメを知らない人に



ローヨーヨーハイヨーヨーは後々説明しますので、今はあまり気にしなくておkです。
80 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/25(土) 10:02:59.80 ID:twr3JhCv0
 スタートはスムーズだった。

 前方への移動は、低空と同じだ。前傾姿勢。

 ハンモックの上でイメージしたアレを、ちゃんと実行できている。

 ただ……

洸輝「……遅い」

 速くない。

 低空飛行ゆえにビュンビュンと飛び回ることがなかったから、安定感はあっても非常に遅い。
81 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/25(土) 10:03:29.61 ID:twr3JhCv0
美亜「うーん……やっぱ経験値?」

小梢「かね」

 ファーストブイ付近、空中で洸輝の飛行を見ながら二人は話す。

小梢「しっかしまあ、りーちゃんも無理とまでは言わないけど難題をふっかけたね」

 洸輝が感じているのと、同じことを考えながら小梢は言った。

 低空飛行のみの練習だったから、上下のスムーズな移動とタイミングを計る慣れが必要な加速技の基本、ローヨーヨーは使えない。

 よしんば使っても、失敗して逆に減速する結果になりかねない。

 そして、詩緒の言った「20秒」は、日本でFCが最も活発な地域、仇州・四島の選手が、ローヨーヨーなどを使った結果の話だ。

 倍の40秒といえど、空中に浮いたことすらなかったド素人が一週間で目指すには、少々高い目標だ。
82 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/25(土) 10:04:31.83 ID:twr3JhCv0
 ――そんなことは知っている。

 詩緒が「どうせ目指すのはそこでしょう?」と提示した20秒。一週間程度でできることじゃないことぐらい、わかっている。

 実感として、わかる。俺は、まだあの『光』の領域すら見えない。そこから漏れ出た明かりが見えていただけだ。

 でも。どうせなら、近づきたいよな。

 ハンモックや低空で、ひたすらにイメトレした。

 悠佳が目を話したタイミングで、試してみたりもした。

 このままだと、40秒すらきれない。

 試してみるだけ、試さないと!

洸輝「エンジェリックヘイロウ……の応用版!」
83 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/25(土) 10:05:06.05 ID:twr3JhCv0
 テレビやPCなんかの画面にかじりついて(そしてそのたび画面から離れろと怒られて)何度も見た、日向昌也のFC。

 『飛べる』――canだと自分に思い込ませながら、メンブレン(反重力の膜)を操れるんだと言い聞かせながら、手元をバタつかせる。

 上手くいけば、メンブレンが動いて、急加速が実現する。

 失敗すれば、バランスを崩して飛行の制御を失う。まず、40秒はきれなくなる。

 でも……成功させないと、どうせきれないんだ。

 やらないわけには、いかない。

 それに、あともう一つ。

 倉科明日香は、初めてのFCでエアキックターンというFCの技……逆向きへの方向転換の技を成功させたという。

 俺に彼女のような天才性があるかはわからないし、あるとは思ってない。

 でも……最初にエンジェリックヘイロウの応用版、急加速を成功させたら、そいつは最高にかっこいいじゃないか。
84 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/25(土) 10:05:36.22 ID:twr3JhCv0
 バタつかせた。

 メンブレンは目に見えない。

 でも、なんとなく、手元でメンブレンがぶれたような気がした。

 波は手元から足先の方へと伝わり、やがて体全体に伝わる。

 そして――加速が、始まる。

洸輝「きたあっ!」

 ぎゅいんっと前に加速した。

 エンジェリックヘイロウの加速は一時的なもので、すぐにその加速感は薄まる。

 そして、短時間に回数を重ねるとメンブレンの制御が著しく難しくなる。

洸輝「でも……コツは、つかんだ」

 たぶん。同じ状態でまたチャレンジすれば、成功する。

 あと、数秒もすれば、メンブレンが安定する。

 そうしたら、もう一度だ。
85 : ◆oUKRClYegEez [sage]:2017/02/25(土) 17:23:27.08 ID:twr3JhCv0
感想お待ちしています。
86 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/04(土) 12:00:19.65 ID:IFyOdzSE0
理亜「……33秒。合格です」

洸輝「っしゃあ!」

 セカンドブイの近くで思わずガッツポーズをとり、それでバランスを崩したから両手両足を広げてもち直す。

 すると理亜先輩が微笑みながら俺になにか黒いものを差し出した。インカムだ。

詩緒『おめでとー! やったわね!』

 下にいる詩緒だ。

美亜「おめでと。びっくりしたわ」

小梢「エンジェリックヘイロウの応用かー。うちの部も安泰かな?」

洸輝「そんな。完全にたまたまです」

 ファーストブイから飛んできた美亜先輩と小梢先輩が俺の背中を叩いてねぎらおうとして、メンブレンの反発で俺が弾き飛ばされる。

美亜「さ、次颯汰行ってみよっか!」
87 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/04(土) 12:00:59.93 ID:IFyOdzSE0
颯汰「……」

 スタートラインに浮かび、静止する颯汰。

美亜「じゃ、いくよー」

 スタートラインに戻った美亜先輩が、ホイッスルを鳴らした。

 颯汰の飛び方は、普通のスピーダー。

 下降して重力の力を借り、加速してからタイミングよく上昇してブイタッチを狙うローヨーヨーを使った。

 基本的な技の一つで、反復練習を積めばそう難しいものでもない、らしい。俺できないから何も言えないけど。

 上手く上昇に転じ、そのままブイタッチ。

理亜「32秒」
88 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/04(土) 12:02:04.76 ID:IFyOdzSE0
美亜「うん。まあ、そんなもんじゃない?」

小梢「いや、むしろこっちが普通でしょ。コーキは運がよかっただけだと思うよ?」

颯汰「……」

洸輝「一秒負けたー」

 悔しい。

 ただ、颯汰も同じ顔をしていることにその時の俺は気づかなかった。
89 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/04(土) 12:02:32.61 ID:IFyOdzSE0
洸輝「あー、つっかれた……」

 初めてのチーム練習への参加。

 慣れない練習、先輩の飛び交う指導。

 迷惑かけてばっかりで、申し訳ない気持ちになる。

 詩緒は「はじめはみんなそんなもんだって」と慰めてくれたが、凹むものは凹む。

美亜「みんな今日もお疲れー」

 練習後、下に集まってミーティングをする。

美亜「今日から一人、また一年生が加わりました。これからビッシバッシ鍛えてあげてくれ」

 とそこに、一人の若い男性がやってきた。白衣を着ている。

洸輝「あれ、誰?」

詩緒「先生」

洸輝「え?」

詩緒「顧問の坂巻先生よ」
90 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/04(土) 12:03:14.24 ID:IFyOdzSE0
「みなさん。今年度初の外練習どうでした?」

美亜「いいスタートは切れたと思いますよ」

 美亜さんが先生に言った。

「お。男子部員……ですが、知らない顔が」

美亜「新入部員です。ほら、自己紹介」

颯汰「水無月颯汰、スピーダーです」

洸輝「伊泉洸輝、オールラウンダー」

「坂巻洋行(さかまきようこう)、専門は化学。FCのことに関しては素人なので技術的な指導はできませんが、これからよろしく」

 坂巻先生は優しそうな顔で笑った。
91 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/11(土) 13:06:29.41 ID:I1TkvR3G0
洋行「そういえば二人は、FCの試合を見たことがありますか?」

 ミーティング終わりに先生に呼び止められて、颯汰と二人で話を聞くことになった。

 初めての練習で汗かいてるから、できれば早くシャワーあびて帰って休みたいけれど。

颯汰「はい」

洸輝「テレビでなら」

洋行「そうですか。実体験はどうです、水無月君」

颯汰「ないです」

洋行「伊泉君は?」

洸輝「いえ、全く」

 坂巻先生はそうですか、とつぶやきつつ、考えるようにあごに手をあてた後、こう言った。

洋行「実は東ヶ崎さんに、今日は最初ですし、少し早めに切り上げてもらったのです」

 いつもより短くて「これ」なのか。いや、短いからこそやることを圧縮して大変だったという見方も……。

洋行「なので、まだ海は使えます。どうですか? お二人で試合をやってみては」
92 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/11(土) 13:08:58.03 ID:I1TkvR3G0
美亜「いいですね! よっしお前らー、ブイ……はしまってないからいっか。タイマーとインカム3セット準備!」

 まだ残っていた美亜先輩が割り込んできて声をあげた。

洋行「ホイッスルが必要でしょう?」

美亜「そうでした。ホイッスルも頼む、カエデ!」

楓「はーい。悠佳ちゃん、道具の場所と使い方教えるから、ちょっと来て」

悠佳「はい」

 マネージャーリーダー、寺本(てらもと)楓先輩。3年生。

美亜「ボクが入部してって頼んだら、スポーツは苦手だけどマネージャーならって引き受けてくれたいい友人だよ。ちなみに脱いだら嫉妬するほどにすごい」

 二カッと笑って美亜先輩が言った。

美亜「さて! ボクは審判をしよう。誰か、颯汰と洸輝クンのセコンドを頼むよ」

 セコンド。

 従来のスポーツと違い、三次元的な動きをするFCでは、選手が相手を見失うということが多々あるらしい。

 見失った後に一方的な展開になることを防ぐために、FCには地上から相手の位置を教えたり、選手の決断・作戦をサポートしたりするセコンドが認められている。
93 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/11(土) 13:10:18.88 ID:I1TkvR3G0
颯汰「りー先輩、頼めるかな」

理亜「ええ。構いません」

美亜「洸輝クンのセコンド、誰かやってくれないかー?」

 うーん、と顔を見合わせる部員の先輩たち。……あの、ちょっと悲しいんですけど……。

小梢「じゃあ私が!」

美津希「小梢先輩だと指示がわかりませんよ」

小梢「そうかあ?」

美津希「部長ならともかく、私にはわからないですよ。今でも。フィーリングで感じるタイプじゃないと無理です」

小梢「洸輝くんがフィーリングじゃないっていつ誰が決めた!」

 フィーリングはタイプであって俺自身ではないですけど。

美津希「始めたばかりの初心者にフィーリングを求められても困惑するだけですよ」

小梢「そういうもんかあ……?」

 首をかしげる小梢先輩。

美亜「そう言う美津希はどう?」

美津希「私は逆に、咄嗟のことに対して口頭で説明すると時間がかかりすぎる気がします。今までだってセコンドしたことありませんし」

 冷静沈着な美津希先輩は、状況の説明を綺麗にしすぎ、そのせいで指示が遅れるのだとか。

美亜「そういえばそうだねー。どうしよっか」
94 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/11(土) 13:13:30.60 ID:I1TkvR3G0
理亜「詩緒さんはどうですか? 同じ一年生ですし」

 練習用のフライングスーツの上に一枚羽織り、ヘッドセットをつけた理亜先輩が言った。

詩緒「私ですか?」

美亜「そーだね。いいかも! さ、颯汰も詩緒ちゃんも洸輝クンも! ちゃっちゃと準備済ませちゃってくれたまえ!」

詩緒・颯汰・洸輝「「「はい」」」
95 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/11(土) 13:14:04.15 ID:I1TkvR3G0
夏希「美津希ー」

美津希「なによ」

夏希「私セコンドしてみたかったー」

美津希「そんなことを言われても……。それなら立候補すればよかったじゃない」

夏希「恥ずかしい」

美津希「……。今更のような気もするけれど……」

夏希「うっそお!?」
96 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/11(土) 13:23:53.37 ID:I1TkvR3G0
颯汰「FLY!」

洸輝「光へ!」

 俺と颯汰は準備を終えると、ほぼ同時に飛翔した。

颯汰「やるぞー、洸輝」

洸輝「お手柔らかに」

詩緒『聞こえてるー? 返事してー』

 耳に当てているインカムから、詩緒の声が聞こえた。

洸輝「詩緒か。聞こえてる。ってか、これ地上でやっとくべき確認作業だろ」

詩緒『細かいことはきにしない。どーせ練習だし』

洸輝「初めてだからこそちゃんとしてほしかった……」
97 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/11(土) 13:25:30.19 ID:I1TkvR3G0
 ファーストブイ、スタート位置。

 先にインカムをはめて下と連絡が取れる状態になっていた美亜先輩が、ホイッスルを持って浮いていた。

美亜「さて! 準備はいいかな少年たち!」

颯汰「いいよ」

洸輝「同じく」

 心臓の鼓動がわかる。緊張している。

 練習とはいえ、初めてのFCだ。

美亜「そういえば、時間どうしますか? 十分は長いと思うのですが」

洋行『半分くらいでいいのではないですか?』

 美亜先輩が耳に手をあてた。その方が聞きやすいからだろう。

美亜「ですね。通常は十分だけど、今回はおあずけで半分の五分間、模擬試合をします!」

颯汰・洸輝「はい」

美亜「依存ないね!? よーし。位置について。よーい」

 フィィィィィィィィ!

 ホイッスルが鳴らされた。スタートだ。
98 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/18(土) 12:12:19.91 ID:iE2K0pGf0
洸輝「っ!?」

 颯汰がスタートダッシュを決めた。

 俺は出遅れた。

洸輝「しまっ」

詩緒『悔やむのは後! セカンドラインにショートカットしなさい!』

 あせってエンジェリックヘイロウの応用版で加速しようとしたところを、詩緒に止められた。

詩緒『相手はスピーダーなのよ! 私ならそうする!』

洸輝「私ならそうする、は次からいらない! どんどん指示だしてくれ!」

詩緒『それだとあんたの判断にならないじゃない! 洸輝の試合にならない!』

 詩緒が叫ぶように言った。

 そんな詩緒に負けじと俺も叫んだ。そんなことせずともインカムはちゃんと音を拾うのだが。

洸輝「まだ咄嗟に自己判断ができるほど慣れてねえよ! むしろセオリーを叩き込むために、頼む! 詩緒!」

詩緒『わかったわ』
99 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/18(土) 12:16:58.93 ID:iE2K0pGf0
 セカンドラインにたどり着いた時、颯汰はローヨーヨーを使って加速して、セカンドブイにタッチしたところだった。

楓「お、得点入ったね。悠佳ちゃん、準備はいい?」

悠佳「はい?」

楓「一年生マネージャー、今のところ悠佳ちゃんだけだから得点のつけ方なんかを教えてあげる。私的にも、覚えてもらわないと困るし」

悠佳「はい」





>>52 さんの書いてくれた図を見ながらどうぞ
100 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/18(土) 12:20:10.40 ID:iE2K0pGf0
理亜「ブイタッチ。……よし。一度上昇してください」

颯汰『上昇?どうして』

理亜「FCは上の位置が有利です。先ほどのローヨーヨーで稼いだスピードを[ピーーー]ことにはなりますが、相手は完全に静止していますし、上に行けば加速も容易です。今の段階から、上を取ることを意識していきましょう」

颯汰『了解』

 私は、そんな理亜さんたちの声は聞こえないところまで離れている。

詩緒「上がった……。洸輝、上から勢いと加速をつけてくるわ。ブイの中間地点で待って、接触で止めなさい。触るのはどこでもいいわ」

洸輝『了解』

 FCはそのルール上、ショートカットの後はブイタッチをした選手と交錯しないと次のブイタッチが認められない。

 スピーダー相手にスピード勝負をしかけるのも、愚策というものだし。待ち構えて相手のスピードを殺してから、ブイタッチなり背中タッチなりを狙うのが正攻法だ。
101 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/18(土) 12:22:52.09 ID:iE2K0pGf0
 颯汰が、来た。

 高い位置からぐっと加速して。

洸輝「これは!」

 そして、俺と接触する少し手前の位置で、左右へとゆさぶりをかけた。

 ふらりふらり。フェイントだ。

詩緒『シザース! どっちか見極めて!』

 勢いにのった選手が、左右に揺さぶりをかけて待ちかまえる相手を混乱させるための技、シザース。

 そうは言われても、初めて実際に見るのに見極めろなんて――

詩緒『こういう時は直感よ!』

洸輝「なら!」

 右!

 と思い右にばっと手を伸ばす。

 しかし当然、ゆったりと俺の動きを見ていた颯汰はこれを回避し、するりとサードブイへ。

詩緒『ショートカットよ! サードライン! 急いで!』
102 : ◆oUKRClYegEez [sage]:2017/03/25(土) 21:18:03.68 ID:DBqd1WW+0
保守レス
103 : ◆oUKRClYegEez :2017/04/01(土) 19:03:22.01 ID:NzErZ20v0
理亜『よくできました。ブイタッチしましょう』

颯汰「危なかった……。左右にわざと揺らすだけでかなりバランスくずれそうでしたよ」

 俺は今まで、安定して飛行することしかしていなかった。緩やかなカーブ、急なカーブは練習しても、わざとふらふらした飛行なんて練習したことがなかった。今日初めて教わり、なんとかひっくり返らないところまで練習した。

 それでもフェイントの回数を増やせば失敗しそうになるし、持っていたスピードも落ちる。プロや全国大会上位の実力者はシザースでスピードをあまり落とさないこともできるらしいけれど、今日習ったばかりの俺にはとてもじゃないが無理だ。

理亜『初めはみんなそうですよ。これから頑張っていきましょう』

颯汰「うん。よろしくりー先輩」

理亜『……』
104 : ◆oUKRClYegEez :2017/04/01(土) 19:04:13.28 ID:NzErZ20v0
洸輝「詩緒。詩緒は相手がシザースしかけてきた時はどうやって対処してる?」

詩緒『私? 私、いつも直感でやってるからなぁ……。そうね。今回だけの手だと思うけど、あるにはあるわよ』

洸輝「まじか! どんな?」

詩緒『来るわよ! とりあえず指示出すからその通りに!』

洸輝「りょ、了解!」

一瞬が命取りのスポーツだ。疑問を持つのは、ある程度猶予のある時でいい。今はただ、頼れる経験ある相方を信じる。それだけ。
105 : ◆oUKRClYegEez :2017/04/08(土) 13:56:08.23 ID:rvHs98oj0
颯汰がまっすぐ……いや、まだまっすぐだが恐らくまたシザースを仕掛けてくる。

詩緒『前につっこみなさい! エンジェリックヘイロー!』

詩緒の指示は、そんなものだった。

エンジェリックヘイローは加速技。初速はどうにもならないけれど、方向さえ決まればぐんっと引っ張られるように加速する。

真正面から飛んでくる颯汰相手に向かっていくのは、相対性理論的にも止めるのは難しいはず。交錯時間は、待ち構えている時よりも短くなる。
106 : ◆oUKRClYegEez :2017/04/08(土) 13:56:47.61 ID:rvHs98oj0
それでもあえて、向かっていくのにはなにか意味があるはず。そう信じて。

洸輝「っっしゃぁぁああ!!」
107 : ◆oUKRClYegEez :2017/04/08(土) 13:59:00.07 ID:rvHs98oj0
理亜『シザースです!』

りー先輩の声が聞こえた。

2回目のシザース。

二回目で慣れるはずもなく、内心ではひやひやしながら洸輝に向かっていく。

洸輝に近づいていく。ぐんぐんと。

俺は洸輝がどっちに手を伸ばすか、見極めようとした。

だが。

颯汰「な――」

急に、正面! ぶつかる!


バチィッ!

洸輝「よしっ!」

手を伸ばした。エンジェリックヘイローは成功した。

颯汰を止めるべく伸ばした手は颯汰の頭に触れた。

正確にはメンブレンの影響で肌には触れなかったけれど、 見た目はそんな感じ。

 これで接近戦、ドッグファイトに持ち込める。
108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/08(土) 15:12:52.76 ID:xr7Gv6Mso
エンジェリックヘイローは円軌道の加速による閉じ込め技
109 : ◆oUKRClYegEez [sage]:2017/04/08(土) 22:05:43.18 ID:rvHs98oj0
>>108
すみません
ずっと「応用版」とか「エンジェリックヘイロー応用版」って言い続けるのもなぁ……とか、試合中にエンジェリックヘイロー応用版って言う時間があるのかなーとか考えた結果省略しました。中身はエンジェリックヘイローの応用、使い続けて円軌道を描くのではなく一時的な加速を得る方をここでは使っています。紛らわしいことをしてすみません
110 : ◆oUKRClYegEez :2017/04/15(土) 22:41:36.29 ID:NIJaoKwn0
詩緒『攻め攻め攻め攻め攻め攻め! 攻めてけぇぇぇぇぇ!』

 ……詩緒の性格が変わった。

 接近戦に持ち込めたことでファイター魂に火が着いたらしい。

 細かな指示など何もない、ただその熱い言葉の連呼。

 だからか、実際に動いている俺は冷静になれた。

 ぶつかった後もドッグファイトは分が悪いと思ってか、ローヨーヨーで加速しようとする颯汰の背中を狙いに下降する。

 初速はオールラウンダーグラシュである俺の方が速い。そのままタッチできる。

詩緒『攻め攻め攻め攻め攻め攻めぇっ!』

洸輝「わかったから!」

 俺だって、一点をとりたいから。
111 : ◆oUKRClYegEez :2017/04/21(金) 22:18:40.39 ID:x51nNznz0
 洸輝を後ろに感じる。

 燃える闘志を、熱意を感じる。

 俺が今、FCに対してもっていない異様なまでの”熱”を、洸輝が持っている。

 ……心で負けるって、こういうことなのかなとふと思った。

 気迫が違う。何が何でも一点を取る、そしてその先で勝利する。そんな意思がはっきりと見える。

 俺はそこで、負けた。
112 : ◆oUKRClYegEez :2017/04/21(金) 22:20:18.98 ID:x51nNznz0
 颯汰の背中が迫る。颯汰の加速が、思ったより遅いからだ。

洸輝「立て直しがやっぱり慣れてない?」

詩緒『…………』

 俺のそんな独り言とも質問ともとれるだろう言葉に、詩緒は反応しなかった。

洸輝「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 気合を入れた。

 俺の、初めての一点だ。

 ――ピキィィィン!

 という音とともに、颯汰の背中にグラシュと同じ色の三角形が広がった。

 背中のタッチによる得点だ。


詩緒『追い込め! 連続で狙っていけ!』

 復活した詩緒の声が耳元で響く。というか、普通に大きすぎて正直ちょっとトーンダウンしてほしい。

洸輝「了解!」

 それでも詩緒に従い、颯汰の落ちていく背中を追っていく。

 颯汰の体勢が崩れている今が、好機。
113 : ◆oUKRClYegEez :2017/04/22(土) 13:47:43.20 ID:Fu7v2gFK0
理亜『両手両足を広げて! もう一点取られることは仕方ありません、ここは体勢をたて直して!』

 りー先輩の声が耳元でした。

理亜『まだ、全然負けていない!』

 ああ。そうだね。得点は全く負けてない。

 りー先輩の声に従えば、もしかしなくても勝てるだろう。

 でも、そうじゃない気がする。

 もう、心で俺は負けてる。これ以上やっても、無意味な気がしてならないんだ。

 俺は、もう――

洸輝「颯汰」

 上から、声がした。

 崩れていた体勢も、安定を取り戻そうと体が勝手に動いていたのか、ゆっくりと止まる。

 洸輝は、そのまま上から言った。背中はがら空きだ。タッチすれば、2-2、洸輝は俺に追いつけるのに。

洸輝「無理に勝負しろなんて言わない。言えない。でも、試合中は諦めるなよ。空にあがってホイッスルが鳴って。それからブザーが鳴るまでは足掻いてみせろよ。一度上がったのなら、最後まで飛んでくれ。最低限の礼儀だろ」
114 : ◆oUKRClYegEez :2017/04/22(土) 13:52:23.51 ID:Fu7v2gFK0
 なんとなく、颯汰が『飛ぶこと』を止めたような気がした。

 勝利すること、試合をすること。その権利を投げ捨てたような気がした。

 無理に飛べなんて言えない。それはこっちのわがままの押し付けだ。

 でも、スポーツをする人として、譲れないものはある。

 一度試合を始めたのなら、最後までやり抜くべきだ。

颯汰「……洸輝」

洸輝「俺は、空を飛ぶことが楽しい。見ていて面白いと思って、やってみたいと思って、ここにいる」

颯汰「……」

洸輝「改めて、誘うよ。”FC”を、しないか? 颯汰」
115 : ◆oUKRClYegEez :2017/04/29(土) 17:13:51.67 ID:OvoQUz210
洸輝「一度勝負を受けたんだから、最後まで付き合ってくれよ」

 そう言って、洸輝は笑った。

理亜『……』

 りー先輩は何も言ってこない。

颯汰「……悪いな。やるだけ、やるよ」
116 : ◆oUKRClYegEez :2017/04/29(土) 17:15:37.57 ID:OvoQUz210
  誘われたからとはいえ、元は俺から最終的には俺が『やる』と言ったんだ。

 ならせめて、この一回でも言葉に責任を持つべきだろう……。

 そう、思った。
117 : ◆oUKRClYegEez :2017/04/29(土) 22:57:21.73 ID:OvoQUz210
洸輝「さて。じゃあ、仕切り直しだ」

颯汰「は?」

 そう言って俺はフォースラインに飛んで行こうとした。

詩緒『は!? アンタ何やってんの!?』

 詩緒が叫んだ。耳元が痛い。

洸輝「仕切り直しだ、颯汰。このままドッグファイトをしても面白くない。だろ? だったら一度仕切りなおして、俺はやりたい。ダメか?」

詩緒『わからないでもないけど……』

美亜『いいんじゃないかい? 練習試合だ』

 試合中初めて美亜先輩が会話に混ざってきた。というか入れたんですね。

 地上で両方の通信を管理しているわけだし、不可能ではないのだろうけれど。



理亜『どうしますか?』

 おそらくは理亜先輩が何か言ったのだろう。それは俺たちの通信には聞こえないようにしていたけれど、何を言ったかは想像がつく。

 たぶん、颯汰への最後の一押しだ。

颯汰「やります」

 その声は、通信への返答ではなく、俺に対する決意表明のようなものでもあった。
118 : ◆oUKRClYegEez :2017/05/06(土) 10:49:35.45 ID:9n/6kzYp0
残り時間は一分半。

時計は止まらず、進み続けていた。

 1-2のまま仕切りなおして、再び飛び始める。

 フォースブイの位置から、まるでスタートをし直すかのようにFCを始めた。

 耳元で詩緒がやれ攻撃しろだの突貫しろだのと騒いでいるが、無視した。

颯汰はファーストブイにタッチし、俺はショートカットを選択する。

 再び、シザース。

 右へ左へぬるりぬるりとフェイントをかける颯汰。俺はそれを見ながら、飛びついた。

 前に出るのではなく、下方向に。

 両手両足を閉じて急降下の姿勢を取ると、体はぐんと下に落ちる。

 そして、足に衝撃が伝わった。

 バチイッ!

 颯汰の背中にキックした形だ。手でのタッチではないから得点ではないが、勢いは殺せた。

 残り時間は一分を切っている。

 1-3のビハインドを追いかける俺としては、正真正銘最後のチャンスだった。
119 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/07(日) 12:03:43.21 ID:9YMkd1Ei0
面白いssを見つけた
洸輝と颯汰の成長、他のキャラとの関係がどうなるかに期待
120 : ◆oUKRClYegEez :2017/05/13(土) 07:32:02.12 ID:T2E98pP60
 すぐに方向転換して落ちる颯汰を追いかける。

 そしてそのまま、体勢が崩れたままの颯汰の背中にタッチした。

 ピキィン!

 颯汰の背中に俺のグラシュと同じ緑の三角形が広がる。

 2-3。

詩緒『立て直される! ブイタッチよ!』

 耳元で詩緒の声がした。なぜかちょっと鳴き声だった。

洸輝「了解!」
121 : ◆oUKRClYegEez :2017/05/13(土) 07:32:49.90 ID:T2E98pP60
詩緒「酷いじゃないですか先輩……つねらなくても」

美津希「詩緒は自信あるんだろうけど、ドッグファイトで点を取りたがりすぎる。もう少し冷静になって見てみれば、結果的にどういう選択肢が一番点を取れて、取られないかがわかる」

詩緒「でもあたし、けっこう直感でプレーするとこあるしなあ……」

美津希「それで勝てるのは中学までだよ。どんなスポーツでも、みんな高校からは考えながら、先を読み合いながらプレーしてる。先を読める冷静さと、チャンスの一瞬に対してどれだけ貪欲になれるか。それをコントロールしながら戦わないと」

 背中を狙っていく貪欲さは必要だけど、時にはファイターだってブイを狙うことが正解の選択肢の時もある。

 実際あたしは練習の時、美津希先輩からまだただの一本も取れていない。

 中学の閑東大会で二位でも、高校に入ってそれが通用するわけじゃあない。

 まだあたしは、発展途上だ。上に行ける。

詩緒「……頑張ります」

美津希「少しずつでいい。ちょっとずつ、『考える』ことになれていけばいいよ」

 美津希先輩はそう言って笑った。
122 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/13(土) 08:09:06.61 ID:npSusECA0
>>109
超亀だけど応用版とかが嫌なら名前付けたらよくね?
オリキャラがいるならオリ技くらい問題無いだろ
123 : [sage]:2017/05/14(日) 09:05:35.96 ID:25Tvrj2G0
>>122
一応考えているのはありますが、登場(?)もう少し後の話です……ゴールデンウィーク周辺の第2部ラスト予定です。ネタバレかもしれませんが……
まだしばらくお待ちくださいませ。
124 : ◆oUKRClYegEez :2017/05/20(土) 19:34:05.74 ID:CcNvjSRa0
 速度を落とした颯汰が戻ってくるより早く、ブイに向かった。

 ブイに触れる。これで、3-3。

詩緒『残り三十秒! ブイに飛びなさい! 勝ちたいなら、それがべスト!』

洸輝「なんでベスト?」

詩緒『あとで言うわよ! 颯汰がショートカットしているから、かわして!』

 さっきとは、立場が逆になったわけだ。

 止めなければいけない颯汰。抜けなければいけない俺。

洸輝「了解!」
125 : ◆oUKRClYegEez :2017/05/21(日) 23:27:02.32 ID:g2YnP7Uz0
 相手は速度0のスピーダー。

 俺も詩緒も、そうたかをくくっていたところがあったかもしれなかった。

理亜『左です』

 俺がかわそうとした方向に、颯汰は移動した。

 勘じゃないかと思うほどの勢いのよさ。だが俺はなんとなく、そこに賭け以外の何かを感じた。

 だが、そんなことを気にしている余裕はない。

 すぐに颯汰が背中に迫って――

 ――――ピキィィィン!

 一点を、絶対に取られてはいけない一点を取られた。
126 : ◆oUKRClYegEez :2017/05/21(日) 23:35:39.48 ID:g2YnP7Uz0
 洸輝くんのセンスには、確かに目を見張るものがあります。

 一週間で本当にここまで飛べるようになるとは思いもしませんでした。羨ましいほどの上達が早い。

 でも……短いからこそ。

 癖というものは出やすい。

 彼が一番初め、颯汰を止めるために動いた方向は右でした。ならば、右に行く動きにすこしの慣れがあると考えていい。

 なら、颯汰に出す指示は一つ。

理亜『左です』
127 : ◆oUKRClYegEez [sage]:2017/05/21(日) 23:48:54.51 ID:g2YnP7Uz0
>>126 修正
理亜「左です」

 かっこの形を変えました。
128 : ◆oUKRClYegEez :2017/05/21(日) 23:52:40.21 ID:g2YnP7Uz0
洸輝「……ぐっ」

詩緒『体勢を立て直しなさい! また点とられるわよ!』

洸輝「んなこと言ったって!」

 連続でやって来る颯汰に、なんとか背中を取られまいと必死に体をねじり、どんどんバランスを崩していき……そして、試合終了のブザーが鳴った。

 その後、オープンチャンネルで美亜先輩の声が伝わる。

美亜『はいそこまでー! 二人とも地面に下りて―!』
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