【蒼の彼方のフォーリズム】【オリキャラss】 蒼の彼方に光が見えた

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2 : ◆oUKRClYegEez [sage]:2016/12/01(木) 16:55:08.31 ID:SE/S2yWa0
追記
毎週土曜に他のssを更新したときに保守レス打ちます。
3 : ◆oUKRClYegEez :2016/12/01(木) 16:56:32.87 ID:SE/S2yWa0
 それは、ある日の午後だった。

 中学校三年生。受験勉強をはじめていても全くおかしくない時期。勉強はおろか受験校すら適当にしている俺は間違いなく例外に入る。と父に言われた。

 だが正直な話、自分がしたいことなんて全くわからないし、もちろん将来の夢なんてあるはずもなく、かといって行ける学校が限られるほど成績が悪いわけでもない。まあ特別よくもないのだけど……。

 そんなだから、家に帰ってリビングのソファに座り、真っ先にテレビをつけた。

 特に見たいものがあるわけではないけれど、平日の昼間。こうるさい両親はいない。

 暇つぶしに、とテレビの電源をつけ、チャンネルをポチポチとリモコンを操作して変えて気になるものを探すのが、もう半ば癖のような習慣になっていた。

 チャンネル変更の「+」ボタンを数回押した時だった。

『やああああああったあああああ! 勝ちました! 倉科明日香選手、三回戦も危なげなく突破! 圧倒的です! 倉科明日香選手、フライングサーカス世界ジュニア選手権三回戦を、6−1で突破です!』

 それは、海の向こうで行われているスポーツ中継の再放送だった。

 時差の関係で夜にしか放送できない中継を、昼間に流していた。

 体にぴっちりとしたデザインの競技服を着て、最近開発されたグラシュ――アンチ・グラビトン・シューズで飛び回り、空で追いかけっこをするスポーツ、フライングサーカス。

 あまり興味はなかったけど、他のチャンネルで特に面白そうなものもなく、先生が話題にしていたことを思い出して見ることにした。
4 : ◆oUKRClYegEez :2016/12/01(木) 16:59:25.26 ID:SE/S2yWa0
 他のチャンネルを回った後もう一度チャンネルを戻すと、今度は男の子がスタートラインに浮いていた。

 男の子ではあるけど、もちろん俺なんかよりよっぽど大人っぽい。

『左に見えます緑のグラシュを履いているのがFC日本ジュニア男子代表、日向昌也選手です。同じく選手の倉科選手のコーチも兼任しています。両者、構えて……スタートしました! コー……昌也先輩、出遅れたか!? あ、いえ出ました、応用エンジェリックヘイロウ! 一気に距離を詰め……二回目! 抜き去りました! そして一つ目のブイタッチ! 一点が入ります! 相手はショートカットを選択したようです。セカンドラインに待ち構えています。日向選手は……その場で上昇。FCは上のポジションが有利だと言われています。そしてそこから……下降して加速していきます。このスピードは、ブイタッチを狙っているのでしょうか? 相手選手も動きます。くるぞ……くるぞ……! 交錯! かわしました! やはりブイタッチ! ブイタッチを得意とするスピーダーを相手に大胆な作戦です! しかし相手選手追いつけない! なおも日向選手は加速! ブイタッチしました! 二得点目、2対0!』

 そして試合終了まで特になにもなく、日本の選手の圧勝で試合は幕を閉じた。

『日向選手! 試合お疲れ様でした! 今日のご感想など一言!』

 さっきまで実況をしていた女性――なんと制服を着た高校生だ――が、日向選手にインタビューする。

『ああ、実里も実況お疲れさま』

『もう! それを聞いてるんじゃないんですよコーチ! おっと、日向選手!』

『ははは。で、なんだっけ?』

『試合の感想と、どうしてスピーダー相手に速さ勝負を仕掛けたかってことですよ!』

『試合の感想としては、序盤に上手に乗れたから勝てた、かな。乗る気ではいたけど、一応乗れなかった時の作戦も考えていたからハマって上昇していったときはすごくほっとして一息ついてたよ』

『確かに、ファーストラインでの超加速が嘘のようなゆったりとした上昇してましたもんね。インタビューにお答えくださってありがとうございました! 後は彼女さんとイチャイチャしててください!』

『おい……。一応まだ沙希の試合もあるし、イリーナとも話したいから残るんだが……』

『浮気ですか?』

『え……? 昌也さん、浮気してるんですか?』

『ほら実里、悪ふざけが過ぎる。それにもう実況席に行った方がいいんじゃないか? それと明日香。そんな疑いのない目で怖いこと聞くなよ』

『はーい。では行ってきますね!』

『ふふっ♪ わかってますよ♪』

 そこで映像は切り替わり、試合のリプレイ映像へと変わった。

 改めて流れる、序盤の加速。

 スピードを自信にしてきた選手を、スピードで圧倒する日向選手。

 気づくと、父親に使うことを禁止されているデスクトップPCを起動して、動画サイトでFCやグラシュの動画を食い入るように見続けていた。

 気づいたのは、親が帰ってきてパソコンを使っている俺に怒りの口調で問いかけてきた時だった。

「どうして勝手にパソコンを使っているの?」

「ごめんなさい。でも、俺……やりたいこと見つけたよ。俺、FCをやりたい!」
5 : ◆oUKRClYegEez [sage]:2016/12/01(木) 17:01:52.55 ID:SE/S2yWa0
さらに追記

基本は原作明日香ルート後ですが、他ヒロインたちの成長の仕方はそれぞれのルートをクリアした後のものになります。二年あったら成長するってことでご勘弁を……。
一部ネタバレになると思うので、読むときは注意してください。
6 : ◆oUKRClYegEez :2016/12/01(木) 17:03:56.32 ID:SE/S2yWa0
「FC?」

 仇州ではその認知度は高いが、閑東圏などの、グラシュによる飛行が多くの場所で制限される地域ではその認知度は低い。体育でやることもないし、グラシュの発明は世界に大きな波紋を起こしたがFCは決してその限りじゃないからだ。

「フライングサーカス。略してFC。最近発明されたアンチ・グラビトン・シューズを使ってする、空中追いかけっこだよ」

「お前、やったことないだろう?」

「うん。でも、さっき試合やってて……。凄く、引き込まれたんだ。今までの人生で、これ以上ないってくらいに」

 世間で感動すると話題になっている映画を見た時よりも。

 日曜夕方の大喜利を見た時よりも。

 考古学のビデオを見たり、物理の派手な実験をした時よりも。

 ゲーム機で遊んでいる時よりも。

 そして――どんなスポーツを見たり、実際にプレイしたりした時よりも。

「そうか……洸輝がそこまで言うなんてな……。今まであったか、母さん?」

「私の記憶では全く」

「うん……。洸輝がそこまで言うんだから、俺としては認めるべきだと思う。でも、アンチ・グラビトン・シューズで飛ぶ……というのは、危険じゃあないのか?」

「注意していれば危険じゃないよ。父さん、母さんも……動画見て。それと、今日やってたジュニアユースの日本人の試合、録画してるから見てみて」
7 : ◆oUKRClYegEez :2016/12/01(木) 17:04:54.09 ID:SE/S2yWa0
「じゃあ……高校をどこにするかは、FCを基準にするのか?」

 夕ご飯。あの日向昌也選手の試合(その後に乾沙希選手の試合もあって、こちらは相手に一点も決めさせない圧倒的勝利だった)を見ながら、親と話した。

「そのつもり」

「それはさっき調べたか?」

「もちろん。あ……」

「勝手に使ったことはもういい。進路のことだ。で、どうだったんだ?」

「うん。やっぱり近くの高校にはFC部があるところはなかった。隣県になるけど、私立で寮があって、けど学費もなんとかなりそうなところがあった」

「ん? ……もしかしてそれって」

「私立高藤学園高等学校」
8 : ◆oUKRClYegEez :2016/12/01(木) 17:05:58.37 ID:SE/S2yWa0
 その日の夜中。

「どうするの、あなた?」

「ん?」

「洸輝のこと」

「ああ……。お前はどうなんだ?」

「私は……あの子が続けられるなら、いいかとは思います。高藤は勉強でも有名ですし」

「そうか。俺も、いいと思ってる。あの子がここまで食いついたものは、今までなかったろう?」

「そうですね。でも……FC、でしたっけ? 事故なんかも偶にあるみたいですし、危ないかなーと思いますけど……」

「それは全部のことに共通して言えることだよ。だいたいなんでもそつなくこなすあの子が、一つのことに打ち込んだらどうなるか……。息子ながら、気になるよ」

 そして父親は、ドヤ顔でこう続けた。

「子供の夢を応援するのが、親の仕事だ。俺たちは精一杯応援しよう」
9 : ◆oUKRClYegEez [sage]:2016/12/01(木) 17:07:13.41 ID:SE/S2yWa0
Believe in the sky 終わりのない この蒼空の彼方まで
今、感じた 風が肩を優しく叩く――

(オープニングBGM(雰囲気的なもの)、「Believe in the sky」川田まみ
2016年、「蒼の彼方のフォーリズムeternal sky」OP)
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/01(木) 18:40:36.12 ID:4q76pRIeo

昔この作品の安価SSあったんだが結局エタったんだよなぁ
11 : ◆oUKRClYegEez :2016/12/04(日) 10:34:44.15 ID:e2P2He/20
 ――春。

 そこそこに高い倍率を潜り抜け、俺は学力考査でここ、私立高藤学園高等部、閑東校に入学を果たした。

 全国に併設校が存在し、閑東校だけでも生徒数は6000人を超える超マンモス校だ。

 特徴としては、生徒会の力がとてつもなく強いこと、生徒数の多さから多種多様な部活があること、敷地が端から端まで歩いて15分かかるほど広いことなどがある。

 昔から「やればできる子」と言われていたし、受験勉強もそこそこで合格できた。

 意外だったのは、中学が同じだった友人が二人もいることだ。

 一人は「あ、洸輝高藤行くのか? あーじゃあ俺もそこにしよ」と適当に。

 もう一人は「前に高藤にいたっていう生徒会長に興味があって……。そ、それだけだからね!?」だそうだ。

 二人とも男だ。

 まあ俺は高校は部活一筋で過ごしていくつもりだったし、男子だろうと女子だろうとあまり気にしていない。

 今日は入学式だが、俺は県外寮生ということもあり、昨日からこの学校で過ごしている。

 もちろん入っているのは男子寮だが、FC部に入っている男子生徒は以外にも少ないようだった。

 女子と試合を共にする、という点で男子は入りそうな気もしたが……話を聞いたところによると、部長と副部長の姉妹が恐ろしいらしく、男子部員が少ないんだそうだ。

 僅かにいた男子部員の先輩にも話を聞こうとしたのだが、幽霊部員のようなもので、FCに熱心に取り組んでいる人はいなかった。

 俺の高藤に来てからの第一印象は、「こんなものか」だった。正直、がっかりした。

 まあ……女子の先輩には話を聞けなかったし、そっちに期待しようとは思うが。
12 : ◆oUKRClYegEez :2016/12/04(日) 10:35:28.82 ID:e2P2He/20
 入学式を終え、教師の案内で教室へ。

 教科書は既に配られていたし、場所の確認程度だったので今日はそこで解散だった。

三平「洸輝ー」

黍斗「伊泉くーん」

 完全なまぐれでクラスが同じだった同じ中学の友達、樋田三平(とよださんぺい)と神宮黍斗(じんぐうきびと)。

 樋田はいわゆる「ウェーイ」系で、昔から「俺は……高校で青春を謳歌するんだ……ッ!」が口癖だった。

 仲は良い。まさに気の置けない仲、というやつで、周囲が聞くとお互いをバカにしているような会話でも、笑って話せる数少ない友人だ。

 人生を気楽に生きるという本人の座右の銘のもと、その日その日を適当に生きている。こんなことを面と向かって言っても笑い飛ばせるぐらいに仲がいい。

 ただ、本人は適当ながらに何かしら考えているらしい。「お、洸輝高藤受けんの? あーじゃあ俺もー」と志望校を適当に決めてはいたが、普通に合格できているあたり頭もいい。

 神宮はやや引っ込み思案だ。いつもおどおどとしているし、やや話しかけづらい雰囲気もある。が、一度仲良くなるとそうではなく、単に人と話すのが苦手なだけだということがよくわかる。

 中性的な顔立ちも相まって、女子にモテていた。男子にもモテていた。

 体育のペアをたまたま組んだ時に話し、仲良くなった。

 中学の卒業式の後にカラオケに一緒に行ったのだが、とんでもなくうまかった。精密採点で95以上が当たり前ってなんなんだよ……。
13 : ◆oUKRClYegEez :2016/12/04(日) 10:37:42.65 ID:e2P2He/20
三平「これからどうすんだ? 部活見に行くだろ?」

黍斗「FC部、見に行くんでしょ?」

 二人が俺の机のところに来た。

洸輝「まあ、そのつもり。けど、一回帰らないと」

黍斗「どうして?」

洸輝「グラシュ、寮から取ってこないと」

三平「忘れたのか?」

洸輝「……お前は部活用品もって入学式に出たか?」

三平「ん? ああいやそうだな。わりぃ」

 三人で笑った。

「え。なに? あんたら、FC興味あるの?」
14 : ◆oUKRClYegEez [sage]:2016/12/10(土) 19:00:24.05 ID:jYraYuME0
保守レス
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/10(土) 21:09:55.74 ID:/wqV3pWxo
期待
16 : ◆oUKRClYegEez :2016/12/17(土) 18:59:25.35 ID:nmgck8ud0
 後ろから、女子が会話に割り込んできた。

洸輝「そのつもりだけど」

「そー! 私もFC部入部希望! あ、私内山詩緒。で、こっちが」

「瀬良悠佳です。よろしく」

 快活な内山と、ゆったりとした瀬良。一見反対のようで、しかし仲がよさそうだ。

 が、一番気になったのはそこではなく。

三平「瀬良さんってどっか外国の人? にしちゃあなんか日本人顔っぽいし……」

 瀬良さんが、怯えたように震えた。

 瀬良さんは、真っ白だった。

 髪の色、肌。

 見た目が日本人にとってなじみのある薄橙の肌や黒髪でなく、それらすべてが白いものだった。

詩緒「あんた……何?」

 内山が明るさを封印して黒い声を出す。

三平「え? あ、いや、気に障ったのなら謝るけど……」

 いつも調子のいい三平が黍斗以上にキョドり始め、

三平「洸輝〜黍斗〜……」

 俺たちの方を涙目で見てきた。

洸輝「俺に頼られても」

黍斗「同じく」

三平「薄情者〜……」

洸輝「あ、そういや自己紹介してなかったな。伊泉洸輝(いずみこうき)だ」

黍斗「神宮黍斗です」

三平「と、樋田三平」

洸輝「で……差しさわりなければ、瀬良さんの容姿について聞いてもいいか?」
17 : ◆oUKRClYegEez :2016/12/17(土) 19:04:25.91 ID:nmgck8ud0
詩緒「悠佳、どうする?」

悠佳「うん。言うよ」

詩緒「大丈夫?」

悠佳「う、うん……。もう、私も前に進まないといけないと思う」

 二人は短く言葉を交わした後、俺たちに教えてくれた。

悠佳「私、アルビノなの」

黍斗「……アルビノ?」

三平「えっと、白くなる病気だっけ?」

洸輝「お前らな……」

 二人に呆れる。

 まあ、俺も知っているのはたまたまだし、俺が説明する前に内山が話し始めた。

詩緒「そ、先天性色素欠乏症。皮膚なんかの色素が極度に少ないかあるいは全くないっていうやつ。悠佳、小学校の頃それでいじめられたことがあるから、あんたらも蔑視とかしたらそっこー縁切るから」

 内山が強い口調で言った。

洸輝「ふーん……。ところで瀬良さんは何部に入部希望?」

悠佳「……え?」

詩緒「……驚いた。伊泉、アルビノについて聞いたりとかしないんだね」

 内山と瀬良が驚き声を上げた。

洸輝「まあな。死んだばあちゃんがアルビノだったんだ。だから、まあ、皮膚がんのリスクが高いことなんかも知ってる。ばあちゃん、それが元で病死したし。で、瀬良さんは何部? 外で動くようなやつはできないと思うんだが……」

悠佳「あ、そ、そうだね」

詩緒「……初めてだよ。こうも最初からフラットに悠佳と接する人」

洸輝「内山さんは?」

詩緒「わたしも最初はちょっとおっかなびっくりだった」

悠佳「詩緒ちゃん優しいの。小学生のいじめられた時、一人だけ味方になってくれたの」
18 : ◆oUKRClYegEez :2016/12/17(土) 19:08:05.30 ID:nmgck8ud0
 いじめられている子に、一人だけ、自分だけ味方する。

 それがどれほど凄くて――かっこいいか。

悠佳「あ、部活の話だよね。私、FC部のマネージャーやろうと思って」

洸輝「プレーヤーでなく? ばあちゃんはよく日焼け止めして外散歩してたが」

悠佳「うん。詩緒ちゃんが飛んでるの見るの、昔から好きだし」

洸輝「内山さんはいつからFCを?」

詩緒「小学6年だったかな。今の目標は鳶沢みさき選手」

洸輝「へえ。俺はまだ一回も飛んだことないんだ。よければ教えてくれ」

詩緒「あ、うん。それはいいけど」

 あっけにとられた顔のまま、内山はうなずいてくれた。
19 : ◆oUKRClYegEez :2016/12/17(土) 19:09:20.59 ID:nmgck8ud0
洸輝「情報というか、ルールだけは知ってる。俺、FCがしたくて高藤に来た」

詩緒「へえ。私はFCのスポ推」

三平「まじかよ」

悠佳「詩緒ちゃん中学校の閑東大会で準優勝してるんだよ!」

黍斗「すごいね……」

詩緒「そうでもないわよ」

 内山が恥ずかしそうに、同時に苦虫を嚙み潰したような顔をしてふいっとそっぽを向いた。

 ……そうか、準優勝だもんな。決勝で負けたってことだもんな……。

三平「なあ、まだ部活体験の時間まで余裕あるだろ? 俺もちょっとFC興味あるんだ〜。ちょこっとレクチャーしてくれない?」

洸輝「俺からも頼むよ。現役選手から話し聞くの、これが初めてなんだ」

詩緒「あ、うんいいよ」
20 : ◆oUKRClYegEez :2016/12/17(土) 19:09:50.91 ID:nmgck8ud0
詩緒「FC。これは通称で、正式名称はフライングサーカス。反重力子『アンチ・グラヴィトン』を使った空を飛べる靴、『アンチ・グラヴィトン・シューズ』、通称グラシュで空を飛んでする、空中追いかけっこよ」

三平「ふうん? それだけ?」

詩緒「違うわ。普通の追いかけっこなら平面的な動きに縛られるけど、FCは空中でやるという特質上、三次元的な動きが入るのよ」

黍斗「つまり、追いかけるのが難しい?」

詩緒「逃げるのも一筋縄じゃないわ。選択肢がありすぎるもの」

三平「制限は? コートとか」

詩緒「基本的にはないわ。でもそれだと試合として成立しないから、追いかけて背中をタッチする以外に、正方形の形に配置されたブイにタッチすることでも得点が入るわ」

洸輝「その二つだけだったよな、得点方法」

詩緒「うん。10分間の試合時間のうちに、より多く得点を取った方が勝ち。まあ反則なんかで勝ったり負けたりすることもあるけど」

三平「男子と女子で一緒に試合したりするんだよね? その、接触した時にー、みたいなことって……」

悠佳「うわぁ……」

詩緒「キモっ」

洸輝「スポーツに何求めてんだよ……」

黍斗「女の子に何言ってるの……」

三平「ごめんなさい。とりあえず俺にそういう趣味ないんで椅子の下で足ぐりぐりするのやめ痛い痛い痛い!」
21 : ◆oUKRClYegEez :2016/12/17(土) 19:13:46.31 ID:nmgck8ud0
            セカンドライン
      2ブイ―――――――――――――――3ブイ
      |                 |
      |                 |
      |                 |
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    フ |                 |   サ
    ァ |                 |   |
    | |                 |   ド
    ス |                 |   ラ
    ト |                 |   イ
    ラ |                 |   ン
    イ |                 |
    ン |                 |
      |                 |
      |                 |
      |                 |
      1ブイ―――――――――――――――4ブイ
22 : ◆oUKRClYegEez :2016/12/17(土) 19:18:32.36 ID:nmgck8ud0
            セカンドライン
      2ブイ―――――――――――――――3ブイ
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      |                     |
    フ |                     |   サ
    ァ |                     |   |
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    ス |                     |   ラ
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    イ |                     |
    ン |                     |
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      1ブイ―――――――――――――――4ブイ
            フォースライン
23 : ◆oUKRClYegEez [sage]:2016/12/17(土) 19:52:43.48 ID:nmgck8ud0
崩れた……

           セカンドライン
     2ブイ―――――――――――――――3ブイ
     |                 |
     |                 |
    フ|                 |
    ァ|                 |サ
    ||                 ||
    ス|                 |ド
    ト|                 |ラ
    ラ|                 |イ
    イ|                 |ン
    ン|                 |
     |                 |
     |                 |
     1ブイ―――――――――――――――4ブイ
          フォースライン
24 : ◆oUKRClYegEez [sage]:2016/12/17(土) 20:04:57.19 ID:nmgck8ud0
諦めた……
誰か綺麗にかける人お願いします……
25 : ◆oUKRClYegEez :2016/12/17(土) 20:21:24.36 ID:nmgck8ud0
 内山が黒板に簡略図を描いて説明を続ける。

詩緒「スタート地点はファーストブイ。ここね」

 『1ブイ』と書かれたところを内山が示す。

詩緒「最初はファーストラインを通ってセカンドブイを目指すの。ちなみに、ここでの接触プレイは禁止されているわ」

三平「ほうほう」

 目に涙をたたえたままの三平があいづちをうつ。

詩緒「FCでは、主にブイタッチをとことん狙うスピーダー、背中タッチをとことん狙うファイター、どっちつかずなオールラウンダーの3つのタイプがあって、」

洸輝「どっちつかずってなんだよ。状況に応じて使い分けるオールラウンダーだろ」

詩緒「あ、オールラウンダー志望だった? ごめんごめん。私鳶沢みさきさんに憧れてるから、ファイター」

洸輝「俺は日向昌也に憧れて――」

詩緒「なる。あの人ほんとにやばいよ。小学生の頃から、今は引退して監督業してるけど当時世界的なプレイヤーだった各務選手にFC教わってて、中学ではやめてたらしいんだけど、高2の時FCを始めて半年の倉科選手を全国優勝に導くコーチングをし、さらにはそれをきっかけに自身も選手に復帰、そのままコーチを続けながら世界ジュニアの大会で表彰台を日本人で独占する偉業を成し遂げたのよ!」

 エキサイトする内山。みさき選手があこがれなんじゃないのか……?

詩緒「ま、それだけ有名になれば自然と高校のFC部メンバーにも注目が集まって、それでわたしは鳶沢さんを知ったわけだけど」

黍斗「流石に一人のおかげで日本人で表彰台独占は言い過ぎじゃないかなあ……?」
26 : ◆oUKRClYegEez :2016/12/17(土) 20:26:45.47 ID:nmgck8ud0
 表彰台。当然ながら、2人ではなく3人の功績だ。

詩緒「日向昌也はもう一人の代表乾沙希選手とも交流があるのよ。倉科選手が初優勝した全国大会の予選、仇州大会での決勝カードが倉科選手と乾選手で、戦った後も戦術立てとか練習とか一緒にやってたみたい」

 なるほど、三人の優勝に間接的に関わっている、という意味ではそうかもしれない。

洸輝「話を戻してくれ。スピーダー、ファイター、、オールラウンダーの違いだ」

詩緒「あ、うん、そうだったね」

 エキサイトしていた感情を理性でなんとか抑え込む内山。

詩緒「タイプと得意なプレーが違うのは、グラシュの設定のせいなのよ」

三平「設定?」

詩緒「うん。グラシュの性能を比べるには、主に3つの観点があるの。初速、加速、最高速」

悠佳「ここはわたしの方がいいかな。詩緒ちゃんのグラシュいじってるの私だし」

 はい、と瀬良が手を挙げて言った。説明が始まってからずっとうんうんうなずいてるだけだったけど……単純に得意分野の話になるまで待ってただけか。

三平「いじる⁉」

悠佳「う、うん」

 三平の驚いた声にビクっと反応する瀬良。

 どうしても最初の印象がアレだったから、苦手意識ができてしまったのかもしれない。こいつはこいつで慣れれば面白いんだが、慣れれば。

悠佳「グラシュはその3つのスタイルによって、伸ばす分野が違うの。スピーダーなら加速と最高速が早い方がいいからそれを伸ばすし、ファイターなら瞬発的に動くことが必要だから初速を伸ばす」

詩緒「ファイターはブイタッチを無理に狙わないの。スピーダー相手にスピード勝負じゃまず負けるから」

洸輝「わざとぶつかってスピードを落とさせ、背中を狙う……だっけか?」

詩緒「正解」

悠佳「う、うん……セリフ取らないでほしいかな……。
   まあ、そんなふうに調整するのも重要になってくるの」

黍斗「オールラウンダー……は?」

詩緒「中間ね。人によってファイター寄りに調節してたり、スピーダー寄りに調節してたり。世界的プレーヤーになると、対戦相手によって変えることもあるらしいわ。普通、高校生レベルでそんなことしてたら練習時間がとてもじゃないけど足りないんだけど」

悠佳「仇州の四島は特別、かな」
27 : ◆oUKRClYegEez :2016/12/17(土) 20:28:06.86 ID:nmgck8ud0
三平「……なんか難しそうだな」

 要領がそこそこいいからこそ、情報量が多いことに頭を抱える三平。

 それに対し詩緒は首を振った。

詩緒「まあ、最初は難しいと思うけど。でも慣れれば空を楽しむ余裕も出てくるし、早さや技術を競い合うのは今までのスポーツと同じで楽しいわ」

 それに、とさらに続ける。

詩緒「FCはまだできて歴史が浅いから、もしかしたら自分が新しい技を編み出す、なんて可能性が高いのよ」

三平「ほー」

黍斗「なんか凄そうだね……」

洸輝「凄いなんてもんじゃない。この世にFCがあり続ける限り、ずっと自分が開発した技が残るかもしれないんだ。歴史に名を残すのと同意だよ」

詩緒「ま、それを狙ってる選手もいるしね。乾選手とそのセコンド、イリーナさんなんかはもう新しい技、というか戦術考え出してるし」

三平「まじか……!」

 ふむ、と楽しそうに笑う三平。お、やるのか?

悠佳「あ、そろそろいい時間かも。部活体験、行ってみようよ?」
28 : ◆oUKRClYegEez [sage]:2016/12/17(土) 20:28:34.67 ID:nmgck8ud0
今回はここまで
29 : ◆oUKRClYegEez [sage]:2016/12/18(日) 16:10:19.69 ID:n+WfNwee0
>>23
PCのブラウザ(GoogleChrome)だと歪みますが、スマホ(縦持ち)だと綺麗に描写されてます。どうぞ。
30 : ◆oUKRClYegEez :2016/12/24(土) 20:30:09.87 ID:Z9u4TiK80
「エア相撲部を復活させませんかー?」

「漫画に興味のある方ー! ぜひー!」

「伝説の生徒会長の残した部活、食品研究部! 私達と青春の一ページを刻みませんか!?」

「自治生徒会で学園の運営に携わりませんかー」

 あちらこちらで勧誘の声が飛び交っている。

黍斗「あ、ごめんね。FC、面白そうなんだけど……僕、食研に入るって決めてたから……」

 黍斗が申し訳なさそうに内山に言った。

詩緒「気にしないわよ。私がFC部に入るって決めてたみたいに、神宮君は」

黍斗「黍斗でいいよ。神宮って、お社みたいでなんか変でしょ?」

悠佳「変ってことはないと思うけど……」

詩緒「わかった。黍斗君は食研に入るって同じように決めてただけだもん。これから同じクラスなんだし、よろしく」

黍斗「うん! こちらこそよろしく!」
31 : ◆oUKRClYegEez :2016/12/24(土) 20:37:28.06 ID:Z9u4TiK80
洸輝「あ」

三平「どうしたよ?」

 突然声をあげた俺に三平が反応した。

洸輝「グラシュ、取りに行かなきゃ」

三平「そういえば言ってたなそんなこと」

詩緒「自分のグラシュ持ってるの?」

洸輝「まあ」

 経験者を目の前にして、やや恥ずかしい。

詩緒「聞いた話だけど、入部テストこそないらしいけど、ここ閑東じゃ強豪の部類だからまともに飛べないんじゃ練習に参加できないよ?」

洸輝「……まじか」

 いや、考えてみれば当然だろう。

 それでも俺はここを選んだんだ。強豪・私立高藤学園を。

 なら、この程度の壁乗り越えられなきゃ意味がない。

洸輝「内山」

詩緒「なに?」

洸輝「マジでコーチお願いします」

詩緒「はいよ、承った」

 クスクスと笑う内山は、すごく女の子らしくて可愛かった。

 この時の俺は知る由もなかった。彼女がFCをしているとき、どれほど凶暴になるのかを。
32 : ◆oUKRClYegEez :2017/01/01(日) 12:15:53.82 ID:iRQ7Z3iM0
詩緒「お、来た来た。先輩、あの子ですー」

 寮に全速力でグラシュを取りに行き、そして全速力で各部活がテーブルと入部希望用紙を置いている校門近くに戻った。

洸輝「ぜー……ぜー……」

「まずは息を整えて。それからでいいよ」

 テーブルの前で膝をつき、肩で息をする俺に、女の先輩が声をかけてくれた。

洸輝「ふー……。新入生、伊泉洸輝、FC部に入部を希望します」

「はい。ボクは部長の東ヶ崎美亜だ。気軽に美亜さんと呼んでくれ」

 女の先輩――東ヶ崎美亜(とうがさきみあ)さんは、そう言った。

美亜「ボクも洸輝クンと呼んでいいかな?」

洸輝「どうぞ……」

美亜「ありがとう。我がFC部は基本的に下の名前で呼び合うようにしてる。空を飛び回るFCでは、常に危険がつきまとっている。万が一のとき、名字で呼ぶより名前で呼んだ方が僅かでも早いし、名前で呼んだ方がより自分に危機感を持てる。持論だけどね」

 そう言って先輩はニッと笑った。

美亜「入部希望の紙を書いた後は、第3体育館に移動してくれ。軽いデモンストレーションをするから」
33 : ◆oUKRClYegEez :2017/01/01(日) 12:25:21.14 ID:iRQ7Z3iM0
美亜「はい、じゃこれから新入生に向けてのFC部デモンストレーションをします!ボクは部長の東ヶ崎美亜です! こっちは助手の詩緒ちゃんでーす!」

 美亜先輩と内山は、すでにグラシュを履き、体型がはっきりとわかるFC専用の服、フライングスーツを着ていた。

 美亜先輩は男子の憧れのような体形で目のやりどころに困る。

 対し内山は、無駄な肉の一切ないスレンダーなタイプ。上から下まですとん、というわけではないが、となりにいる部長と比べると見劣りするだろうか。

 俺はあくまで試合・練習着として既にフライングスーツを買っている(用具一式はそろえた)からそこまでじろじろ見ることはしないが……三平はじめ、他の男子は違うかもしれない。

 女子は「これ着るのちょっと勇気いるよね」「全く男子は……」「でもかっこいい……」とか言っている。

詩緒「内山詩緒です! お願いします」

 朗らかに笑って内山が――ってえぇ⁉

洸輝「内山……?」

 さっきあれだけ体型の解説しておいて何驚いてんだ俺、という気がしないではないが。

詩緒「あんたも入ったのなら詩緒でいいわ。でも今はちょっと黙ってて」

洸輝「……おう」

 そういえば内……詩緒はスポーツ推薦か。なら、入学前からここの練習に混じることもあったのかもしれない。

美亜「この中にまずグラシュを履いたことのある人? それで空を飛んだことのある人?」

 2、3人が手を挙げる。

美亜「FCは?」

 聞くと、全員の手が降りた。

美亜「そっかー、初めてかー。よし! まあいい! とりあえず履いて飛んでみてもらおう!」

 え、という声が口々に漏れる。

美亜「飛んでみないことには始まらない。それに、みんなも飛んでみたいと思ったからここにいるんじゃないの?」

 それは確認の質問だった。

 『そうであることが当たり前』、というひどく当然の。

 笑顔でされた質問に、しかし俺は震えあがった。

 さも当然のように人の心をダイレクトに揺すって来る恐ろしさに。

 そのあたりに、男子部員が少ない理由がある気がした。
34 : ◆oUKRClYegEez :2017/01/01(日) 12:25:51.35 ID:iRQ7Z3iM0
美亜「じゃ、ここにあるグラシュを順番に履いて飛んでもらおうかな。限りがあるから時間はかかるけど、初めの感動は絶対に味わってほしいな。っと、洸輝クンは自前だったか。飛んだ経験は……」

洸輝「ないです」

美亜「だよね。さっき手上げてなかったもんね。もうちょい条例緩くなりゃ、ボクたちも練習しやすいんだけど」

 たはは、と美亜さんは笑った。

美亜「詩緒ちゃん。彼のコーチ、頼める?」

詩緒「はい」

 詩緒が俺の方に来た。

 まだ履かない、順番待ちの三平が早速作った悪友と俺を口笛吹いて囃し始めた。

三平「おっ、さっそく個人レッスンかな?」

「やー、早くから青春してるねえ!」

 やめろよ、と言おうとした。口を開く前に詩緒が、出会って三平が瀬良さんのことを聞いたときのような恐ろしい声で言った。

詩緒「るっさい黙ってろ。不真面目だったら頭から落ちてしぬぞてめーら」

 三平は「おっと」と口をつぐみ、一緒に囃していた男子学生はおろか、取り巻いてみていた女子生徒までもが震えあがった。それだけの貫禄が、詩緒にはあった。

洸輝「頭からおちて死ぬことはないんじゃないか? セーフティあるはずだし」

詩緒「万が一よ。グラシュだって故障がないわけじゃない。じゃ、始めるわよ」

 「じゃ」で切り替えた詩緒に、

洸輝「おう」

 返事した。
35 : ◆oUKRClYegEez :2017/01/07(土) 15:35:57.78 ID:e1fpQld00
詩緒「初期設定はいじってない?」

洸輝「のはずだ」

 親が興味本位にいじってなければ。プログラムを作る仕事をしている父だ。パソコンにつないでやりかねない。説明書じゃ、パソコンにつないで専用ソフトを使えば調整できるらしいし。

詩緒「ん。じゃ、まずは靴の後ろの電源ボタンを押す」

 詩緒がかがんで、履いていたグラシュのかかとの部分に触れる。

 俺も倣って、右足のかかとに触れる。

詩緒「グラシュ履きなよ」

洸輝「あ」

 空を飛ぶ前のどうしようもない高翌揚感が、グラシュを履いていないことを忘れさせていた。
36 : ◆oUKRClYegEez :2017/01/07(土) 15:37:02.46 ID:e1fpQld00
洸輝「試合は海でやるんだよな?」

 内陸部はどうしようもないこともあり、大きめの湖や池でやるらしいが、それもない場所ではどうしても普及が滞りがちだ。俺の地元がそうだったように。

詩緒「ええ。でも練習だけなら体育館でもできるし、むしろかなりの学校がそうじゃないかな。有名な例外は四島列島のFC部かな。あそこはグラシュの規制が緩くて、許可なしでも海で飛べるから」

 なんでも、ここ高藤でもヨット部なんかの使っている海を土日に使わせてもらっているそうなのだが、平日や夏のシーズンにはどうしても許可が下りず体育館になるのだとか。夏は暑そうだな……。

 そんな雑談をしながら、俺はグラシュを履き、スイッチを入れる。

 きゅううううん

 という駆動音とともに、グラシュが起動し、その証に両足のグラシュから羽を模した光が生まれた。

洸輝「おおお……!」

 初めてのグラシュ起動。足に羽が生える、その視覚的実感。興奮しないわけがない。

詩緒「まだ早いわよ。浮いてすらいない」

 そんな俺を見て詩緒は言ったが、ニヤついているのはかつて自分もそうだったからだろうか。
37 : ◆oUKRClYegEez :2017/01/07(土) 15:44:23.32 ID:e1fpQld00
詩緒「最初は腕を広げてバランスを取るように。絶対にパニックになる。だから、もしものときは大の字になりなさい」

 詩緒が両手を広げ、足も開脚した状態を見せる。

 その体勢を戻して、詩緒は続けた。

美亜「お、じゃ、そっち見てみようか」

 美亜先輩が詩緒を見るように一年生に言った。

詩緒「最初のキーワードは『FLY』になってるはずだから、それを言って。私はちょっといじってるから、同じことを言っても飛べないってことをあらかじめ言っておくわ」

 詩緒は最後に、一年生全員に聞こえる声で、言葉を発した。

詩緒「とぶにゃん!」

 …………。

「「「…………おおおおおお!?」」」

 衝撃のキーワードに驚き、そして次の瞬間には別の驚きが待っていた。

 キーワードを受けたグラシュは、詩緒を浮かび上がらせた。

 ふわり、それから緩やかに、重力を感じさせずすーっと空に向かって。

詩緒「さ! どうぞ!」

 上で旋回し始めた詩緒が、下に向かって叫んだ。
38 : ◆oUKRClYegEez :2017/01/07(土) 15:45:43.48 ID:e1fpQld00
 覚悟を、決めた。否、違う。

 飛びたい。その思いが、今やっとかたちになることに、狂気に近いほどの喜びを覚える。

洸輝「ぃよしっ……! FLY!」

 俺の体が重力の軛から解き放たれ、ふわり、と浮かぶ。

 周囲の人が全員、俺を見る。

美亜「ほー……あれ競技用のグラシュか。才能を感じるねえ」

 美亜先輩がつぶやいた。

 競技用のグラシュは一般のグラシュと違い、グラシュの感度を高めてあるらしい。

 扱いが難しくなる代わりに、よりスポーツらしい機敏で速い動きができるわけだ。

 ここ閑東に住んでいる限り、一般用のグラシュを持っていても飛ぶ機会などないし、競技用のグラシュを競技以外に使ってはいけないルールなどないので、俺は一般用のグラシュは買っていない。

洸輝「――――」

 俺は浮いたまま、自分の心の底に湧き上がる感情に、気づいていた。

 ――もっと、飛びたい。もっと、高く!

 ――あの日見た光、日向昌也のように!

 詩緒を見真似、上へ上がろうとする。が。

洸輝「うおおおぉぉぉ!?」

 突如としてバランスを失い、少し最初より宙に浮いた高さで回転を始めた。
39 : ◆oUKRClYegEez :2017/01/14(土) 16:45:48.55 ID:3fVOm7Qq0
洸輝「うおおおおぉぉぉぉ!?」

 縦回転横回転。

 ぐるんぐるんぐるん。目が回る回る回るまわr……。

詩緒「大の字! ほら!」

 詩緒の叫びをなんとか聞きつけた俺は、ばっと大の字に両手両足を広げる。

 すると、

洸輝「うおおぉぉ…………お?」

 回転が、止まった。

詩緒「みなさん見えます? もし空中でバランスを崩しても、地上で片足でバランスを取ってるときみたいに腕をばたばたさせたらより崩れるだけです」

 詩緒が片足立ちし、腕をぱたぱたさせてバランスを取る仕草をした。

 当然、バランスを崩しぐるぐると空中でのコントロールを失って変な方向に回り始める。

 が、ぱっと腕と両足をひろげ、それを止めた。

詩緒「今見たみたいに大の字になれば止まるので、それだけ頭の隅に置いて気軽に飛んでみてください。最初は、姿勢を戻してから移動、できればいいと思います」
40 : ◆oUKRClYegEez :2017/01/14(土) 16:46:37.45 ID:3fVOm7Qq0
 詩緒と俺は体育館の床に降り、もうほぼ完全にマネージャーに溶け込んだ瀬良から紙コップに入った水をもらっていた。

 他の部活見学者は空中でフラフラしたり、浮かび上がったことに驚き、感動していたりする。

洸輝「ありがとう、瀬良」

詩緒「ろくに汗かくよーなこともしてないんだけどねー。あんがと、悠佳」

悠佳「先輩が持っていけって」

 見ると、マネージャーのような先輩がこっちを見て笑顔を振りまいている。

悠佳「それと洸輝君。あ、名前でいい? 部活の決め事らしいし」

洸輝「あ、そういえばそうだったかな……。悠佳、アクセント、これでいいよな」

悠佳「うん。改めて。これからよろしくね」

洸輝「よろしく」

 悠佳の差し出した手を握る。

 白く、細い。本当に、ちょっとしたことで傷つきそうな、しかし傷ついていないことが一目でわかる綺麗な手。

 守ってあげたくなるような、優しい肌――

詩緒「ちょっと。いつまで握手してんの」
41 : ◆oUKRClYegEez :2017/01/14(土) 16:47:08.69 ID:3fVOm7Qq0
洸輝「あっ……ごめん悠佳」

 パッと手を離す。

悠佳「ううん、いいよ」

 少し顔を赤くしながら言う悠佳が可愛い。

詩緒「ほら」

 今度は詩緒が手を出してきて。

詩緒「お手」

洸輝「はぁ?」

詩緒「冗談よ。これからよろしく、チームメイト」

洸輝「……おお、よろしくな」

 そんな感じで、俺はFC部に入部した。
42 : ◆oUKRClYegEez :2017/01/21(土) 22:31:59.45 ID:rk9WrJwV0
 その後、三平は「俺にはやっぱ無理だった……。スポーツ少女ハーレムの夢は……お前に託すぜ洸輝……!」と言い残して、黍斗のいる食研に向かった。

 なにが「スポーツ少女ハーレム」だよ。まじめに部活やるっての。

 三平のことからもわかるように、半数以上は飛んでみたかっただけの人たち、残りのほとんどはそうそうに飛ぶことの難しさにFCを諦めたらしい。

 結局、今日の時点で入部するのは俺と詩緒、マネージャーとして悠佳、だけのようだった。

詩緒「洸輝」

洸輝「ん?」

悠佳「グラシュ、ちょっと貸して?」

洸輝「どうして」

詩緒「設定調整して、初心者の練習用にするのよ」

悠佳「具体的には、最高飛行高度を2、3mほどに設定するの。最初は高さを意識しないで、グラシュに慣れたり、前後左右に動く練習をするの」

洸輝「……そういうものなのか?」

 初めて飛んださっきの感覚を、もう一度味わいたい。

 上手く飛べずとも、何回かやっているうち、いつかは――。

詩緒「これから私たちの、普通に飛べる人たちの練習もするのよ? ふらふらしてるあんたがいたら危ないのよ」

洸輝「……そういうものなのか」

詩緒「そういうものよ。都市部の私たちは、日常的にグラシュで飛んでる四島とかの人たちと比べたら、練習時間が圧倒的に少ない。球技とかならずっとボールに触れることもできる。でも、FCはそうじゃない。それに例えるなら、私達はずっと飛んでいる必要がある。中学から始めても、四島の選手には手も足も出ない。飛ぶことへの慣れが違う。だから、短い練習の時間をいかに効率を高めていくかが重要なの。FCに本気なのはあんただけじゃない。……はっきり言うわ。邪魔なのよ」

洸輝「……」

悠佳「ちょっと、詩緒ちゃん! それは言い過ぎなんじゃ――」

「……その通りでは、ありますけどね」

悠佳「……副部長」

 上からフロアに降りてきた女の先輩。青のフライングスーツ。グラシュも同じ色だ。

 部長程ではないものの、詩緒よりは絶対に起伏の激しい体つき。

「私は東ヶ崎理亜。部長は私の姉よ。よろしく、新入部員さん」

洸輝「あ、俺は伊泉洸輝です。よろしくお願いします」

 握手ではなく、ぺこっと頭を下げる。

理亜「私のことも理亜でいいわ。みんなからもそう呼ばれ」

「りーちゃーん! これどう動くのー?」

理亜「ちょっと待ってて! …………今のは聞かなかったことに」

洸輝「わ、わかりました、理亜先輩」

 目がマジだった。姉同様、人を殺しかねない。ただしこちらは目力で。
43 : ◆oUKRClYegEez :2017/01/21(土) 22:34:05.04 ID:rk9WrJwV0
>>42 修正・最終行

 目がマジだった。目力で人を殺しかねないほどの鋭さだ。
44 : ◆oUKRClYegEez :2017/01/21(土) 22:40:46.38 ID:rk9WrJwV0
理亜「私達……少なくとも今ここにいる人たちはみんな、FCをやりたくて部活をしています。君が部活に入ることには私たちは決して異を唱えません。しかし、初心者がいきなり練習に入るとどうしても、すでにやっている人の邪魔になります。どころか、FCはスカイスポーツ。空中で何かあった後では対処できません」

洸輝「……確かに、そうですね」

 FCで使うグラシュ、その仕組みはアンチ・グラビトン――反重力子だ。

 グラシュは反重力子の膜を作ることで、人を空へはばたかせることができる。

 反重力子は、重力以外にもお互いに反発しあうという性質がある。

 FCやその練習で接触すると、地上で行うスポーツの接触プレイとは桁違いに、大きな移動・危険があるのだ。

 空中で自分一人でも態勢を崩しかねないんだ。他の人がぶつかってきたら、それこそ立て直しづらい。

 まあ――上手いスカイウォーカー、FC選手は、その立て直しも速くうまいのだが。

 急に突撃されたりしたときなんかは、その限りではない。

理亜「私達だけでなく、あなた自身も危険です。自分の意思である程度飛べるようになるまで……そうですね、副部長権限で、ファーストブイからセカンドブイまでの間を40秒で飛べるようになったら、練習への参加を許可します」

詩緒「うん、それぐらいがいいですね、確かに。洸輝、高校の普通の大会の優勝者なんかは20秒台だよ」

洸輝「……ほう?」

理亜「詩緒さん、練習に行きますよ。洸輝君。今日の練習は体育館の関係上、そう長い時間はしません。それまでマネージャーたちに教わりながら練習してください。そして、ブイを浮かべた練習は土曜日しか行いません。海がその日しか使えないので。なので、練習への参加試験は土曜のみですが……いいですか?」

洸輝「はい、よろしくお願いします」

理亜「今日が月曜日。なので、最初の試験は5日後です」
45 : ◆oUKRClYegEez :2017/01/22(日) 21:55:07.01 ID:RWFuitKW0
悠佳「そうそう、そうやってまっすぐな体勢で……前進してみようか。徐々に前に体を傾けていって」

洸輝「こうか?」

 ゆっくりと体を傾けると、ゆっくりと前方向に加速を始めた。

悠佳「そうそう、そんな感じ。上手いんじゃないかな」

 さっきぐるぐる回ったことを応用して前進しながら軸をそのままに横に回る。

 フィギュアスケートのシングルのスピンをイメージして回る。が、速さはゆったりとしたものだ。

 当然、前傾姿勢のまま回ったから、体育館の上が見える。

 練習している部長、副部長、詩緒たちの姿が。

洸輝「……」

悠佳「……男の子だね」

洸輝「そうじゃねえよ」

 フライングスーツ姿の女子を見たかったのだろう、と言う悠佳に、そうではないと言い訳する。

洸輝「いいなあ、すごいなあ、ってな……。思うままに飛びまわって、FCをすることがこうも難しいとは思わなかった。挫折だよ、早々に」

悠佳「まだ挫折って言うには早いんじゃ……?」

洸輝「いや。いままで俺、たいていのことは人並み以上にできて、興味を持ったことのあるものなんてなかったんだ」

悠佳「自慢に聞こえる」

洸輝「違うよ。だから、心から楽しんだことなんてなかった。いや、楽しいことはあったし、心から楽しんでもいたけど、こう、なんて言うのかな。心の根本、今までの自分を変えてしまうような楽しさに、出会えてなかった」

悠佳「ふうん?」

洸輝「悠佳は? そういう悩みって、あったか?」
46 : ◆oUKRClYegEez :2017/01/22(日) 21:57:06.02 ID:RWFuitKW0
悠佳「私は、ないかな」

洸輝「うん……。さっきいたあいつら、三平と黍斗にも話したけど、同意はもらえなかった。俺の親もそうだった。たぶん、普通の人はわざわざ気にするほどのことでもないんだと思う」

 悠佳があいずちを打った。俺は続ける。

洸輝「でも、初めてFCをテレビで見た時、すっげえわくわくした。こんな風に飛んでみたい、空を駆けてみたい、世界の頂点に、まさに立っているような感覚を、感動を、味わってみたい」

 それはどんなスポーツとも違う、スカイスポーツFCのみの感覚だろう、と思う。

 空中に浮き、勝利の瞬間、相手の上に、観客たちの上に、誰よりも高い位置に、物理的に自分がいる。

 状況によってはそうじゃないかもしれないが、それでも誰よりも上に行ける。

 FCというスポーツのみの、勝者のみの特権。

洸輝「あの時の日向昌也みたいに。俺も、いつかあの場所に行ってみたい。今まで生きてきて一番強い興奮だったんだ」

悠佳「……いいなあ。私も、そんなわくわく、味わってみたい」

洸輝「……悠佳は、どうしてFCをやらないんだ?」

 その瞬間、悠佳の目が曇り、うつむき、そして苦虫を噛み潰したような顔になった。

悠佳「……」

洸輝「わ、悪い。なにか理由があったのか……? いや、聞かなかったことにしてくれ」

 慌てて取り繕った。

悠佳「ううん、こっちこそごめん。いつか、話そうと思うから、今は……。それより、練習続けようか?」

洸輝「よろしく、コーチ」

 その呼び方に、初めて空を飛んで半年で全国優勝したという倉科明日香をふと思い出した。

 いつか、悠佳と――日向昌也と倉科明日香のような、そんな信頼関係を築ける日が、来るだろうか。

 そうしたら、悠佳の過去の苦しみも、少しは聞いて楽にしてやれるだろうか。
47 : ◆oUKRClYegEez :2017/01/28(土) 19:24:17.72 ID:rLQYm3GN0
 次の日、つまり火曜日。

 この日は体育館が使えないため、外で走ったり戦術会議をするのが常なのだという。

 部長たちは今日も部活見学者に説明をするため、テントにいる。

 俺を含む役職を伴わない部員たちは、悠佳を含むマネージャー4人のうち3人と、走ったタイムを計測したりしていた。

 もちろん大会なんかに提出する資料は空中での速さやファイター等の対応なのだが、FCをやる上で持久力と瞬発力はどうしても重要になってくる。これは多くのFCプレイヤーが言っている。

 空中ではどうしても姿勢などに注意が向きがちだし、空中練習でFCの動きの練習に専念できるよう、空中練習ができないときは陸上で体力をつける。それが現在のFCの練習の基本だ。
48 : ◆oUKRClYegEez :2017/01/28(土) 20:20:40.09 ID:rLQYm3GN0
洸輝「はー……つっかれる……」

 ノルマをなんとか終え(参加した部員の中で最下位だった)、マネージャーを含む女子部員にお疲れと声をかけられながら、悠佳の差し出す水を受け取った。

洸輝「ありがと、悠佳……」

 肩を上下させながら息を整えつつ、悠佳に礼を言った。

悠佳「ううん。ところで洸輝君。中学までなにかスポーツはやってた?」

洸輝「はー、はぁ……。いや、まったく」

 心惹かれるものがなかったから、体育でやる以外にまじめに打ち込んだ運動など微塵もしていない。

 持久力が必要だという情報は得ていたから受験勉強の合間に走ってはいたのだが、生まれてこの方運動部などとは無縁だったので、走った量が多いわけではなかったのだろう。

 と、いまさらながらに後悔する。

悠佳「うん……。高校一年の男子の平均から大体考えると、正直もう一周内周してきてこれだけバテてほしいんだけど」

洸輝「はー……。いじめかよ……」

 歩いて端から端まで10〜15分かかるような校内を、ぐるっと2周してきたのだ。疲れないわけがない。

小梢「洸輝、オツカレ」

洸輝「疲れました、小梢先輩。というか皆さん速いですね……」

小梢「ハッハッハ! そうかい?」

美津希「一年も走れば慣れてきますよ。わたしも最初は走れませんでしたし。むしろ洸輝くんはよく走れている方かと」

小梢「そうかもな! この調子で続けることが大切だぜ、少年!」

 鶴嘴小梢(つるはしこずえ)先輩。三年生で、明るく後輩にも気軽に接してくれる優しい先輩だ。

 十美津希(つなしみつき)先輩。二年生。冷静で、小梢先輩に走っている途中も会話にツッコミを入れていた。

 ――そう。

 先輩たちは俺がついて行けないペースで、喋りながら走っていた。
49 : ◆oUKRClYegEez :2017/01/28(土) 20:38:37.07 ID:rLQYm3GN0
洸輝「ただいま」

黍斗「あ、おかえり伊泉くん」

三平「……」

颯汰「おかえり、伊泉」

 寮の四人部屋。

 俺、三平、黍斗、そしてここで知り合った水無月颯汰(みなづきそうた)と同じ部屋になっている。

 三平は窓際で黙々と何か作業をしている。

颯汰「うわ、汗くさっ」

 水無月が俺に向かって言った。

洸輝「あ、悪い。窓開けてくれ」

 黍斗が笑いながら三平の横をすり抜け、窓を開けてくれた。

颯汰「ううっ、まだ寒いな」

洸輝「悪いな。今日は外でのランニングだったんだ」

 俺も苦笑いしながら窓際にタオルを持って行く。

洸輝「ふー……」

 窓際で部屋に入って来る冷たい空気で涼みながら汗を拭く。ちなみに窓際に行く過程で上半身は裸だ。

洸輝「三平、何してんだ?」
50 : ◆oUKRClYegEez :2017/01/29(日) 21:54:01.79 ID:o5lFJdee0
三平「……」

 未だ黙々と作業を続ける三平に代わって、水無月が答えてくれた。

颯汰「ハンモックを取り付けたいんだって」

三平「……寮の事務に許可を取りにいったんだ」

黍斗「流石に部屋を改造する許可は出せないって言われてねー」

洸輝「……逆にどうして許可が出ると思ったんだ」

颯汰「それで今、なんとか二段ベッドを使っていい高さにハンモックを取り付けられないか思案中」

洸輝「なるほどな」

颯汰「ところで伊泉」

洸輝「なんだよ?」

颯汰「FC部って……楽しいか?」

洸輝「さあな」

 即答した。

颯汰「……昨日まで見学行くってあれだけ張り切ってたじゃあないか」

洸輝「やっぱり現実は厳しいんだよ。ただ飛ぶだけでも難しい。でも、だからこそ、初めて飛んだ感覚と興奮を忘れられない。今日はランニングだったけど、飛びたい思いは高まるばっかりだ」

颯汰「……? その割には静かだな?」

洸輝「興奮しすぎてもいけないからな。今できることを冷静に考えてみようと思って」

颯汰「……へえ。いろいろ考えてんだな」

洸輝「俺はFCをするためだけにここに来たからな。一週間目の挫折程度で立ち止まってちゃあいられねえよ」
51 : ◆oUKRClYegEez :2017/01/29(日) 21:54:29.73 ID:o5lFJdee0
颯汰「俺も、明日いってみようかな」

洸輝「おう! 明日は体育館練習で飛べるし、来てみるといいさ」

颯汰「伊泉も飛ぶのか?」

洸輝「俺はまだ。飛ぶのは飛ぶけど、1、2mの飛行で慣れる段階」

颯汰「そうか。じゃあ、まだ俺が逆転することもあるかな?」

洸輝「悔しいけど、十分あるよ」

颯汰「はは。まあ、やってみて決めるさ」

洸輝「そうだな」
52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/29(日) 23:59:28.41 ID:BGBsxr93o
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             セカンドライン

      A───────────→B
      ↑                        │
      │                        │
  フ  .│                        │
  ァ  .│                        │  サ
  │  │                        │  │
  ス  │                        │   ド
  ト  ..│                        │  ラ
  ラ  .│                        │  イ
  イ  .│                        │  ン
  ン  :│                        │
      │                        ↓
      @←───────────C

             フォースライン
53 : ◆oUKRClYegEez [sage]:2017/01/31(火) 16:32:25.31 ID:mQ/Xr/cy0
>>52
うおおお!ありがとうございます!!!
54 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/04(土) 19:09:42.37 ID:OIc1yYja0
 水曜日。

 颯汰に言った通り、今日は中練習の日だ。

もう始まっている通常授業が終わった後、すぐに教室を飛び出し体育館へ。

 入学式のあった初日とは違い、グラシュなどのFCセットはもう教室にもってきていた。

 だだっ広い校内を、寮と体育館を往復するなんて……。それならば、多少かさばったり重かったりしても部活用品を寮から教室まで運んだ方が楽だ。

詩緒「……あんたそれ全部持って行ってんの?」

洸輝「うん? ああ、そうだけど?」

悠佳「今はまだいいかもしれないけど、これから暑くなってくると逆に往復した方がいいかなーって」

洸輝「どうして」

詩緒「汗が張り付くと練習着着にくいのよ。一回シャワーあびてさっぱりしてから着たりするのよ。まあ、女子だけかもしれないけど」

洸輝「……そういうものなのか」

悠佳「間を走ると、いい感じにウォームアップや持久力向上につながるし、いいこともあるんだよ? 私達はゆっくりおしゃべりしながらだから走ったりはしないけど」

詩緒「一度戻りはするわ」

洸輝「なるほどなあ。俺も明日からそうしてみようか」

詩緒「明日は外だけどね」
55 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/04(土) 19:10:13.82 ID:OIc1yYja0
 体育館の中。低いところを今日も滑るように飛ぶ。

洸輝「……」

悠佳「そうそう、姿勢をまっすぐするように気を付けてー」

 悠佳の声を聞きながら、前傾姿勢を保つ。

颯汰「こんにちはー……」

小梢「ぶちょー、見学希望者来たよー」

 小梢先輩がゆる〜く部活にやって来た。

 今日は小梢先輩と美津希先輩が外のテントで勧誘する番だった。

 余程暇だったのだろうか。わざわざ体験入部生についてくるなんて……。

 美亜部長が降りてきた。

美亜「小梢〜。テントは? 勧誘は?」

小梢「美亜〜。誰も来ないんだよ〜! もう暇で暇で〜!」

理亜「……姉さん、小梢先輩。もう少し締まってください……」
56 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/04(土) 19:10:56.05 ID:OIc1yYja0
颯汰「ってあれ? 美亜ねぇに理亜ねぇ?」

理亜「……あれ?」

美亜「見覚えがあるような……って思ったら颯汰じゃん」

 顔を見合わせ、驚く三人。

小梢「なになに〜? 知り合い?」

美亜「まあね〜。小学生の時の幼馴染かな」

颯汰「美亜ねぇが中学入った頃から疎遠になったから、だいたい5年かあ。早いね」

洸輝「ねぇ……。颯汰が部長に、ねぇ……」

詩緒「誰?」

洸輝「俺に聞いてる?」

悠佳「うん」

洸輝「寮のルームメイトの水無月颯汰だよ。もしよかったらFC部にどうかって昨日誘った」

詩緒「ふうん……」

洸輝「というか悠佳はともかく詩緒、練習どうしたんだよ」

詩緒「部長も副部長も抜けてるし、いいんじゃない?」

洸輝「おい……」
57 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/04(土) 19:11:45.06 ID:OIc1yYja0
美亜「じゃ、久しぶりに飛んでみる?」

颯汰「そうだね、美亜ねぇたちと遊ばなくなってから飛んでないからどれくらいできるかわからないけど……」

理亜「ものは試し、です」

颯汰「だね、理亜ねぇ」

理亜「……今聞くと恥ずかしいですね、その呼ばれ方は」

颯汰「じゃあ、どうしよう?」

 すると、上から声がした。天の声、ではもちろんなく、物理的に上にいる二年の二見夏希(ふたみなつき)先輩だ。

夏希「りーちゃんって呼べばいいさー!」

理亜「ちょっ、夏希……!」

颯汰「わかりました先輩ー! じゃ、りーちゃ」

理亜「………………」

颯汰「り、りー先輩……」

理亜「…………認めたくはないですけど……諦めます」

洸輝「そういえば練習戻らなくていいんですか、りー先輩?」

理亜「そうですね、そろそろもど…………。洸輝君」

洸輝「ダメですか」

詩緒「いいじゃないですか、りー先輩! 可愛くっていい響きですよ!」

理亜「恥ずかしい……。後輩からりー先輩……」

小梢「諦めな、りーちゃん」

理亜「ううぅ……」
58 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/04(土) 19:12:24.61 ID:OIc1yYja0
 久しぶり……?

 水無月はFCをしたことがないような口ぶりだったけど……。

颯汰「よし。じゃ、FLY」

 水無月の体がふわり、と浮き上がる。

 俺のグラシュと違い、制限のかけられていないそれはするすると水無月を体育館の上へと運ぶ。

 俺と違ってぐるぐ回ったりすることなく、安定してそのまま飛行を続ける水無月。

洸輝「お前……飛べたのかよ……」

颯汰「最後に飛んだのが昔のことだからあんまり自信なかったんだけど、自転車と同じようなものなのかなあ。体が覚えてたみたいだ」

 下にすーっと降りてきた水無月は明るく笑った。

美亜「颯汰、どうする?」

颯汰「そうだね。案外飛べたし、伊泉の話も面白そうだったし、美亜ねぇ理亜ねぇもやってるし……うん、水無月颯汰、FC部への入部を希望します」
59 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/04(土) 19:12:51.25 ID:OIc1yYja0
洸輝「……お前」

 自分で、声が震えているのがわかる。

 あはは……。と水無月が頬をかきながら笑った。

颯汰「洸輝……でいいかな、部活入るんだし」

 水無月――いや、颯汰が言った。

洸輝「ああ」

颯汰「これからよろしくね、洸輝。最初の一歩は僕がリードしちゃったけど」

洸輝「……いいさ。そっちの方が燃える。追いつくよ、すぐに」
60 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/11(土) 20:23:37.41 ID:v+y7baiA0
 部活を終え、寮に帰る。

詩緒「や、颯汰速いねー。私と同じくらいじゃん」

 颯汰はすぐに上の練習に混じっていた。

 帰る道すがら詩緒が颯汰の感想を言った。

颯汰「そんなことないよ。僕のグラシュがスピーダーなのに対して、詩緒ちゃんのグラシュはレーヴァテイン。ガツガツのファイターじゃないか」

 この短い時間にグラシュの名前と特性を覚えたのか。

 俺は颯汰の要領の良さに舌を巻いた。

 グラシュには、スピーダーやファイターといったタイプの他に、モデルが存在する。

 グラシュを出している会社も複数あって、その会社ごとにモデルというか、ブランドがある。

 他のスポーツでもあるが、会社によって道具の細かい部分が違ったりする。

 レーヴァテインはモデル名で、主にファイター用のグラシュだ。

 俺は日向昌也と同じ飛燕シリーズ。オールラウンダーのグラシュだ。

 ただ、日向昌也が緑系統の色なのに対し、俺は青系統だ。

詩緒「FCやってなかったのなら、普通はスピードなんて追い求めないもの。それに私、中学の時から部活やってたし。颯汰は今でも十分速いし、飲み込みも速いからレギュラー脅かされそうで怖いわ」

颯汰「そう? 詩緒さん買い被りすぎじゃないかなぁ」

詩緒「少しはチームメイト信用しなさいな」

颯汰「ありがと」
61 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/11(土) 20:24:06.47 ID:v+y7baiA0
 詩緒は、俺にはあんなことは言わなかった。

 正真正銘、颯汰に向けて言った言葉だ。

 お世辞でもなんでもなく、ただ、思ったこと。

 そのことが俺は悔しくて、悔しくて、そして苦しかった。
62 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/11(土) 20:24:41.14 ID:v+y7baiA0
 とはいえ、寮の部屋を変えることはできないのだし、颯汰はいいやつだ。たぶん。

 あまり俺が気にしすぎていても、それこそ失礼な気がする。

洸輝・颯汰「「ただいま〜」」

黍斗「おかえり」

三平「おう、帰ったか」

 机に向かって宿題に取り組む黍斗と、

颯汰「へぇ、なるほどね……」

 壁際両サイドの二段ベッドから橋のように垂らしたハンモックに揺られている三平がいた。

颯汰「これなら部屋を傷つけることなくハンモック使えるな。あとで使っていいか?」

洸輝「あ、俺も」

三平「おお、いいぞ。でもとりあえず汗流してからな」
63 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/11(土) 20:26:29.52 ID:v+y7baiA0
 風呂で汗を流し、食堂で夕食を食べた後。

颯汰「おおーっ」

 俺と颯汰は、三平のハンモックに揺られていた。

洸輝「というか、なぜハンモック?」

三平「いいだろ、別に。なんとなく好きだからだよ」

 FCに関してその気持ちがわからないでもないから、俺はそれで納得する。

洸輝「颯汰、いいか?」

颯汰「あ、うん。どうぞ」

 颯汰がそろっとハンモックから降りる。

 わかってはいたけど、二段ベッドの上からつるされたハンモックは、床から結構な高さになる。

洸輝「よ……っと」

 そして、ふと違和感があった。

 ハンモックは、俺は初めての経験だ。

 なのに、なぜか……これに似た感覚を知っている。

 空中で、ゆらりと揺れる……。

 そう思った瞬間、電撃が走ったみたいに俺はすぐ、仰向けに寝ていた状態からうつ伏せになり、手を飛行姿勢のように広げた。

洸輝「……これ、似てるかも……」

 たしかにハンモックの性質上、浮いているという感覚はないし、下に自分を支えるものがあるから圧迫感はある。

 でも、方向転換の時みたいに体重をかければそっちに、僅かだが揺れるし、なにより足のついていない状態で三次元的に近い動きができる、というところが、ハンモックとグラシュの飛行でとてもよく似ている。

洸輝「なあ、三平」

三平「なんだよ?」

洸輝「これからもちょいちょい、借りていいか?」

三平「ん? 別にいいけど……」

 グラシュを使わない、飛行練習。

 もしかしたら……もしかしたらだけど、俺は画期的な方法を見つけたかもしれない。
64 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/11(土) 20:27:06.16 ID:v+y7baiA0
 翌日。昨日詩緒に言われた通り、今日は外練習だ。

 運動用の私服に着替え、先輩たちと走り始めた。

 実は一昨日の筋肉痛がまだ長引いていたりするのだが、走れないほどじゃあないし、詩緒も結構辛そうな顔をしていたので頑張ることにした。

 ちなみに颯汰は別の部活の見学に行っていたりする。

 正式入部はしたものの、兼部だって可能だしまだ見学期間だ。

洸輝「なあ、詩緒」

詩緒「なによ」

 ランニング中でも、喋らないよりは喋った方がいいらしい。

 FCでも常にセコンドと話しながら飛ぶわけだし……運動しながら話すことは、別に禁じられてはいない。というかむしろ推奨されてさえいる。

洸輝「昨日、三平がハンモック作っただけどさ」

詩緒「うん」

 すっすっ、はーはー。

洸輝「詩緒は、試したことあるか? ハンモックって、結構飛行中と似たような感覚なんだけど」

詩緒「そうなの? あんまり考えたことないわ」

 すっすっ、はーはー。
65 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/11(土) 20:27:48.32 ID:v+y7baiA0
美亜「お疲れさまー!」

部員「お疲れ様でしたー」

 部員たちがばらばらと帰っていく。

美亜「悠佳ちゃん」

悠佳「はい」

 そんな中、部長と悠佳が話していた。

 聞いてしまうのは気が引けたが……

美亜「洸輝クンの調子はどうよ?」

悠佳「初心者としては、結構早い上達だったと思います。……というか、この話昨日しませんでした?」

美亜「そうかー! ……洸輝クンに聞こえるようにいってるのさ」

 小さい喋り声も、美亜先輩の声はよく通ってしまう。俺にも聞こえた。

美亜「始めたばっかりであれだけ飛べる子はそういないからなー。期待しちゃうなー」

悠佳「……流石にあからさまでは……」

 その通りだよ悠佳。

美亜「でも、同時にボクの偽らざる本音でもある。才能、と言っていいのかはわからないけど、少なくともセンスはあると思うよ」

 そう言って二カッと笑う先輩。
66 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/11(土) 20:28:57.49 ID:v+y7baiA0
悠佳「ですか?」

美亜「うん。颯汰も理亜も、初めて二、三日はずっとろくに空中でバランスとれてなかったし」

悠佳「……小学生の頃ですよね」

美亜「まあね。安定して飛べるようになって、まだそこから先は長いからね。FCは」

悠佳「そうですね」

 FCの基本戦略、スポーツとして必要な瞬間的に動くときの体の動かし方、その他もろもろ。

 確かに、低いところをまっすぐや、角度を決めて回っているようでは話にならない。

 斜めに飛ばなければならないこともあるし、きりもみや、戦略の一つ『バードケージ』に対抗する手段の背面飛行など、通常の飛行とは異なる体勢で安定した飛行をすることも求められる。

 それに……あの日向昌也の領域に達するために必要な絶対条件、バランサーオフを身に着けるには、相当な時間が必要なはずだ。

 それこそ、倉科明日香のような天才性でもない限り。

美亜「まあ、ボクと違って彼は高校に入ったばかり。高校の大会だけ取って見ても、まだまだ時間はあるさ」

 ――それは違うよ、美亜先輩。

 だって、今の体たらくじゃあ……あの時見た光みたいに、俺はなれない。

 いつものように……諦めるかもしれない。
67 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/11(土) 20:29:33.11 ID:v+y7baiA0
洸輝「三平ー、借りるぞー」

三平「ほいよ」

 俺は軽く水道で髪と顔の汗を流し、濡らしたタオルで体の汗を拭いた後(三平からつけられた絶対条件だ)、二段ベッドの上に上がって、そこからハンモックに寝た。

洸輝「……」

 飛行姿勢。

 まっすぐ、前傾姿勢で。たまに体を揺らして、横移動や方向転換をイメージしながら。
68 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/11(土) 20:30:49.26 ID:v+y7baiA0
 そして、試練を明日に控えた金曜日。

 部活終わりに部長が

美亜「洸輝クン。明日は海なんだけど」

洸輝「はい」

理亜「荷物一式をマネージャーに託して、私達は海までランニングです」

洸輝「……マジですか」

詩緒「……マジよ。土曜日は最初から搾り取られるわ」

 校内1周より短くはあるのだけど、それでも長い。

美亜「ま、まあ、先に車で行ってるマネージャーたちがドリンクもって待機してるし、みんな着いてから30分くらいは自主練というか、休憩タイムになるから」

理亜「詩緒さんはいつも自主練習ですね。……だからきついのでは?」

詩緒「……でも、練習しないと勝てないし……」

 中学での二位の結果が、辛かったのだろうか。

 当然か。

美亜「で、だ。明日の試験というか、なんというかなんだけど」

理亜「入部テスト……ではないですね。……なんでしょうか」

洸輝「聞かれても」

 俺は勝手に試練って呼んでいるけれど、先輩方はそんな言い方しないと思うし。

美亜「まあ、それ。は、自主練の三十分を少し借りてしようと思うんだ」

理亜「終わってからだと慌ただしいですし、あなたも練習、早く参加したいでしょう?」

洸輝「はい!」

美亜「んじゃ決定ね!」

詩緒「ドリンク休憩なしで飛ぶのかー。大変だね洸輝」

洸輝「……えっ、マジで?」

詩緒「冗談よ」
69 : ◆oUKRClYegEez [sage]:2017/02/12(日) 11:59:43.40 ID:ok5ps3H90
>>1
twitterアカウント変えました
@amanagi2 にて、今後の更新報告します
70 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/18(土) 12:27:51.01 ID:1/d0bfd50
 迎えた土曜日。

 やたらと金曜日の描写が少なかったけど、まあいつものようにハンモックでイメトレしていただけだから、特に変わったことはない。

 学園からのランニングに颯汰も(強制)参加(させられた)。

 見学していたのは全部文化部だったらしく、入学してからの長距離マラソンは初だそうだ。息がだいぶ荒くなっている。

 昨日の練習を軽めに引き上げて今日に少し合わせてみたので、いつもよりは俺も筋肉痛がひどくない。

小梢「おー、洸輝少年お疲れ! だいぶ疲れなくなってきたか? ……となりの、颯汰だっけか? 頑張れな」

 ゴール、というかマネージャーさんたちが飲み物を準備している砂浜の一角(誰もいない海の家を使わせてもらっているそうだ)で、降りてきた小梢先輩がねぎらってくれた。

 どうやら小梢先輩、フライングスーツに着換える前に一っ飛びしていたらしい。

 頬を伝うスポーツ少女の汗が、朝日に照らされてきらめいている。

洸輝「疲れなくなった、わけじゃないですけど、……はー、はー。……走ることに慣れ始めては、きてますかね」

颯汰「はー、はー……。つっっ……ら……」
71 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/18(土) 12:28:35.23 ID:1/d0bfd50
美亜「お、ついたか。さっさとそこの男子更衣室で着替えて。高度制限きったら、さっさと上来なよ」

 女子更衣室からフライングスーツで出てきた美亜先輩が言った。

颯汰「俺も?」

美亜「ん、そうね。颯汰も一応、タイム測っとこうか」

 美亜先輩に言われた通り、男子更衣室に入った。

 間違えて、そういうイベントが起こったりは……。

洸輝「……え?」

悠佳「……あ」

 そこには、悠佳がいた。
72 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/18(土) 12:29:05.29 ID:1/d0bfd50
 部長に言われるまま男子更衣室に入ると、悠佳がいた。

 男物のフライングスーツを広げて。

あ、悠佳自身は服を着ていた。

 颯汰はそういえば、まだフライングスーツを買ってはいなかった(着替えはランニング用のジャージから下に水着を着るらしい。海上で練習をするからだ)から……どうしても、あのフライングスーツは俺のものだ。

悠佳「え、えっと……」

颯汰「え? え?」

洸輝「えっと……悠佳? そこで何」

 を、と言おうとした。

悠佳「キャー!!!!」
73 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/18(土) 12:29:55.09 ID:1/d0bfd50
美亜「どうした悠佳っ!」

 軽くドア前で引いている俺を押し倒し、腕を後ろにねじあげ、そして美亜先輩は言った。

美亜「大丈夫か悠佳!」

洸輝「大丈夫じゃないのは俺です!」

美亜「ん? なにか弁解することがあるのかい容疑者後輩」

洸輝「呼び方変わってるし……。というか完全に誤解じゃないですか、ここ男子更衣室だし悠佳着替えてるわけでもないし」

美亜「手を出したとか」

洸輝「とか、って言ってる時点でもうそんなに疑ってないでしょう……。こんなに離れてるのに手の出しようがないです」

理亜「つまり、近ければ手を出していたと?」

洸輝「言葉の綾です!」
74 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/18(土) 12:30:31.05 ID:1/d0bfd50
美亜「じゃあ、なんで悠佳は叫んで……」

 美亜先輩は、そこで初めて悠佳の方を見たようだった。

美亜「おっと……。ま、まあ? 人の趣味って? 人それぞれだから……。許容してやりな、洸輝クン」

悠佳「あ、えっと、その、私は――」

美亜「なにも言わずともわかっているとも、悠佳クン。大丈夫、それで差別なんてしたりしないから」

悠佳「だから違うんですー!」
75 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/18(土) 12:31:28.98 ID:1/d0bfd50
理亜「どうしたのですか?」

悠佳「そ、それは……」

詩緒「……あ、このフライングスーツ、悠斗さんのと……」

 詩緒が、かすかにつぶやいた。

洸輝「……悠斗?」

詩緒「……悠佳。どうするの?」

 詩緒は、俺を無視して悠佳に聞いた。

 ……始めて教室で話した時も、こんな話し方だった気がする。

 悠佳に、アルビノのことを話された時。

悠佳「……ごめん、今は……ちょっと、無理……」

詩緒「そういうことだから。先輩も、洸輝も、詮索はなしね」

美亜「わかったよ。まあ、誰にでも心に入られたくない部分はあるからね」

理亜「……そうですね」

 理亜先輩が美亜先輩を見ながら話したのが、少し気になったけれど。

洸輝「……なあ、悠佳」

悠佳「な、に?」

洸輝「いつか、話してくれ。それを、約束してほしいんだ」

詩緒「ちょっと、おま――」

洸輝「あんまり一人で、抱え込むなよ。そうしてくれないと、俺のフライングスーツ、ちょっと着にくくなる」

 冗談めかして、軽く笑いながら悠佳に持ちかけてみた。

 詩緒はあっけにとられていた。

詩緒「……どういう、意味?」

洸輝「そのままだよ。悠佳が俺のフライングスーツを見るたびに嫌な思いをするのならその理由を知りたい。俺は、フライングスーツにこだわりなんてないからな」
76 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/18(土) 12:37:12.86 ID:1/d0bfd50
美亜「悪かったね少年。疑って」

 着替えた後、外で待っていた美亜先輩が言った。

 悠佳はしばらく深呼吸をした後、「大丈夫」と言って男子更衣室から出ていった。

洸輝「いえ。俺は俺で、悠佳に辛い思いをさせたかもしれないんで……」

 知っていてあえてする、というのは悪意がある。

 でも知らずに傷つけることも、悪意はなくとも悪であることには変わりないと、俺は思う。

美亜「うーん……。ボクも知らないからねえ、悠佳ちゃんたちのことは……。ま、あれこれ悩んでも彼女が教えてくれるまでボクらは知ることはできない。彼女自身が大丈夫と言ったのだし、今はそれを信じよう。彼女がもし辛そうなら、それはその時に対処すればいい。今は、何もできないよ。無力だけどね」

洸輝「……はい」

美亜「さ! さっさとテストを始めようか!」

洸輝「……はい!」
77 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/21(火) 19:22:18.34 ID:3WF+yruq0
洸輝「来ました」

 初めての、安定した高度飛行。

 真下には、海。

 体育館の床じゃない。

 俺は今、海の上で浮いているんだ。興奮しないわけがない。

美亜「よし。FCのスタートの姿勢はわかる?」

洸輝「はい」

 FCのスタートの姿勢は、柔軟の立ったまま開脚し、前屈したような姿勢だ。

美亜「じゃ、それで始めよっか。私がホイッスルを鳴らすから、なったらここファーストブイからセカンドブイに飛んで。で、そのままタッチ。向こうに理亜がいてタイム測ってるよ。おーい」

 美亜先輩が手を振ると、セカンドブイ付近で浮翌遊している理亜先輩が手を挙げた。

美亜「飛び方は自由。できないとは思うけど、ローヨーヨー・ハイヨーヨー、その他の使用は自由よ。とりあえず、ファーストラインを40秒以内に飛んでみな」

洸輝「頑張ります」
78 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/21(火) 19:22:51.60 ID:3WF+yruq0
 スタートラインに浮き、スタート姿勢をとる。

美亜「それじゃ、行こうか!」

洸輝「はい」

 フィイィィ!

 俺にとっての初めてのホイッスルが、鳴った。
79 : ◆oUKRClYegEez [sage]:2017/02/21(火) 19:26:15.37 ID:3WF+yruq0
あおかな原作及びアニメを知らない人に



ローヨーヨーハイヨーヨーは後々説明しますので、今はあまり気にしなくておkです。
80 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/25(土) 10:02:59.80 ID:twr3JhCv0
 スタートはスムーズだった。

 前方への移動は、低空と同じだ。前傾姿勢。

 ハンモックの上でイメージしたアレを、ちゃんと実行できている。

 ただ……

洸輝「……遅い」

 速くない。

 低空飛行ゆえにビュンビュンと飛び回ることがなかったから、安定感はあっても非常に遅い。
81 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/25(土) 10:03:29.61 ID:twr3JhCv0
美亜「うーん……やっぱ経験値?」

小梢「かね」

 ファーストブイ付近、空中で洸輝の飛行を見ながら二人は話す。

小梢「しっかしまあ、りーちゃんも無理とまでは言わないけど難題をふっかけたね」

 洸輝が感じているのと、同じことを考えながら小梢は言った。

 低空飛行のみの練習だったから、上下のスムーズな移動とタイミングを計る慣れが必要な加速技の基本、ローヨーヨーは使えない。

 よしんば使っても、失敗して逆に減速する結果になりかねない。

 そして、詩緒の言った「20秒」は、日本でFCが最も活発な地域、仇州・四島の選手が、ローヨーヨーなどを使った結果の話だ。

 倍の40秒といえど、空中に浮いたことすらなかったド素人が一週間で目指すには、少々高い目標だ。
82 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/25(土) 10:04:31.83 ID:twr3JhCv0
 ――そんなことは知っている。

 詩緒が「どうせ目指すのはそこでしょう?」と提示した20秒。一週間程度でできることじゃないことぐらい、わかっている。

 実感として、わかる。俺は、まだあの『光』の領域すら見えない。そこから漏れ出た明かりが見えていただけだ。

 でも。どうせなら、近づきたいよな。

 ハンモックや低空で、ひたすらにイメトレした。

 悠佳が目を話したタイミングで、試してみたりもした。

 このままだと、40秒すらきれない。

 試してみるだけ、試さないと!

洸輝「エンジェリックヘイロウ……の応用版!」
83 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/25(土) 10:05:06.05 ID:twr3JhCv0
 テレビやPCなんかの画面にかじりついて(そしてそのたび画面から離れろと怒られて)何度も見た、日向昌也のFC。

 『飛べる』――canだと自分に思い込ませながら、メンブレン(反重力の膜)を操れるんだと言い聞かせながら、手元をバタつかせる。

 上手くいけば、メンブレンが動いて、急加速が実現する。

 失敗すれば、バランスを崩して飛行の制御を失う。まず、40秒はきれなくなる。

 でも……成功させないと、どうせきれないんだ。

 やらないわけには、いかない。

 それに、あともう一つ。

 倉科明日香は、初めてのFCでエアキックターンというFCの技……逆向きへの方向転換の技を成功させたという。

 俺に彼女のような天才性があるかはわからないし、あるとは思ってない。

 でも……最初にエンジェリックヘイロウの応用版、急加速を成功させたら、そいつは最高にかっこいいじゃないか。
84 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/25(土) 10:05:36.22 ID:twr3JhCv0
 バタつかせた。

 メンブレンは目に見えない。

 でも、なんとなく、手元でメンブレンがぶれたような気がした。

 波は手元から足先の方へと伝わり、やがて体全体に伝わる。

 そして――加速が、始まる。

洸輝「きたあっ!」

 ぎゅいんっと前に加速した。

 エンジェリックヘイロウの加速は一時的なもので、すぐにその加速感は薄まる。

 そして、短時間に回数を重ねるとメンブレンの制御が著しく難しくなる。

洸輝「でも……コツは、つかんだ」

 たぶん。同じ状態でまたチャレンジすれば、成功する。

 あと、数秒もすれば、メンブレンが安定する。

 そうしたら、もう一度だ。
85 : ◆oUKRClYegEez [sage]:2017/02/25(土) 17:23:27.08 ID:twr3JhCv0
感想お待ちしています。
86 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/04(土) 12:00:19.65 ID:IFyOdzSE0
理亜「……33秒。合格です」

洸輝「っしゃあ!」

 セカンドブイの近くで思わずガッツポーズをとり、それでバランスを崩したから両手両足を広げてもち直す。

 すると理亜先輩が微笑みながら俺になにか黒いものを差し出した。インカムだ。

詩緒『おめでとー! やったわね!』

 下にいる詩緒だ。

美亜「おめでと。びっくりしたわ」

小梢「エンジェリックヘイロウの応用かー。うちの部も安泰かな?」

洸輝「そんな。完全にたまたまです」

 ファーストブイから飛んできた美亜先輩と小梢先輩が俺の背中を叩いてねぎらおうとして、メンブレンの反発で俺が弾き飛ばされる。

美亜「さ、次颯汰行ってみよっか!」
87 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/04(土) 12:00:59.93 ID:IFyOdzSE0
颯汰「……」

 スタートラインに浮かび、静止する颯汰。

美亜「じゃ、いくよー」

 スタートラインに戻った美亜先輩が、ホイッスルを鳴らした。

 颯汰の飛び方は、普通のスピーダー。

 下降して重力の力を借り、加速してからタイミングよく上昇してブイタッチを狙うローヨーヨーを使った。

 基本的な技の一つで、反復練習を積めばそう難しいものでもない、らしい。俺できないから何も言えないけど。

 上手く上昇に転じ、そのままブイタッチ。

理亜「32秒」
88 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/04(土) 12:02:04.76 ID:IFyOdzSE0
美亜「うん。まあ、そんなもんじゃない?」

小梢「いや、むしろこっちが普通でしょ。コーキは運がよかっただけだと思うよ?」

颯汰「……」

洸輝「一秒負けたー」

 悔しい。

 ただ、颯汰も同じ顔をしていることにその時の俺は気づかなかった。
89 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/04(土) 12:02:32.61 ID:IFyOdzSE0
洸輝「あー、つっかれた……」

 初めてのチーム練習への参加。

 慣れない練習、先輩の飛び交う指導。

 迷惑かけてばっかりで、申し訳ない気持ちになる。

 詩緒は「はじめはみんなそんなもんだって」と慰めてくれたが、凹むものは凹む。

美亜「みんな今日もお疲れー」

 練習後、下に集まってミーティングをする。

美亜「今日から一人、また一年生が加わりました。これからビッシバッシ鍛えてあげてくれ」

 とそこに、一人の若い男性がやってきた。白衣を着ている。

洸輝「あれ、誰?」

詩緒「先生」

洸輝「え?」

詩緒「顧問の坂巻先生よ」
90 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/04(土) 12:03:14.24 ID:IFyOdzSE0
「みなさん。今年度初の外練習どうでした?」

美亜「いいスタートは切れたと思いますよ」

 美亜さんが先生に言った。

「お。男子部員……ですが、知らない顔が」

美亜「新入部員です。ほら、自己紹介」

颯汰「水無月颯汰、スピーダーです」

洸輝「伊泉洸輝、オールラウンダー」

「坂巻洋行(さかまきようこう)、専門は化学。FCのことに関しては素人なので技術的な指導はできませんが、これからよろしく」

 坂巻先生は優しそうな顔で笑った。
91 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/11(土) 13:06:29.41 ID:I1TkvR3G0
洋行「そういえば二人は、FCの試合を見たことがありますか?」

 ミーティング終わりに先生に呼び止められて、颯汰と二人で話を聞くことになった。

 初めての練習で汗かいてるから、できれば早くシャワーあびて帰って休みたいけれど。

颯汰「はい」

洸輝「テレビでなら」

洋行「そうですか。実体験はどうです、水無月君」

颯汰「ないです」

洋行「伊泉君は?」

洸輝「いえ、全く」

 坂巻先生はそうですか、とつぶやきつつ、考えるようにあごに手をあてた後、こう言った。

洋行「実は東ヶ崎さんに、今日は最初ですし、少し早めに切り上げてもらったのです」

 いつもより短くて「これ」なのか。いや、短いからこそやることを圧縮して大変だったという見方も……。

洋行「なので、まだ海は使えます。どうですか? お二人で試合をやってみては」
92 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/11(土) 13:08:58.03 ID:I1TkvR3G0
美亜「いいですね! よっしお前らー、ブイ……はしまってないからいっか。タイマーとインカム3セット準備!」

 まだ残っていた美亜先輩が割り込んできて声をあげた。

洋行「ホイッスルが必要でしょう?」

美亜「そうでした。ホイッスルも頼む、カエデ!」

楓「はーい。悠佳ちゃん、道具の場所と使い方教えるから、ちょっと来て」

悠佳「はい」

 マネージャーリーダー、寺本(てらもと)楓先輩。3年生。

美亜「ボクが入部してって頼んだら、スポーツは苦手だけどマネージャーならって引き受けてくれたいい友人だよ。ちなみに脱いだら嫉妬するほどにすごい」

 二カッと笑って美亜先輩が言った。

美亜「さて! ボクは審判をしよう。誰か、颯汰と洸輝クンのセコンドを頼むよ」

 セコンド。

 従来のスポーツと違い、三次元的な動きをするFCでは、選手が相手を見失うということが多々あるらしい。

 見失った後に一方的な展開になることを防ぐために、FCには地上から相手の位置を教えたり、選手の決断・作戦をサポートしたりするセコンドが認められている。
93 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/11(土) 13:10:18.88 ID:I1TkvR3G0
颯汰「りー先輩、頼めるかな」

理亜「ええ。構いません」

美亜「洸輝クンのセコンド、誰かやってくれないかー?」

 うーん、と顔を見合わせる部員の先輩たち。……あの、ちょっと悲しいんですけど……。

小梢「じゃあ私が!」

美津希「小梢先輩だと指示がわかりませんよ」

小梢「そうかあ?」

美津希「部長ならともかく、私にはわからないですよ。今でも。フィーリングで感じるタイプじゃないと無理です」

小梢「洸輝くんがフィーリングじゃないっていつ誰が決めた!」

 フィーリングはタイプであって俺自身ではないですけど。

美津希「始めたばかりの初心者にフィーリングを求められても困惑するだけですよ」

小梢「そういうもんかあ……?」

 首をかしげる小梢先輩。

美亜「そう言う美津希はどう?」

美津希「私は逆に、咄嗟のことに対して口頭で説明すると時間がかかりすぎる気がします。今までだってセコンドしたことありませんし」

 冷静沈着な美津希先輩は、状況の説明を綺麗にしすぎ、そのせいで指示が遅れるのだとか。

美亜「そういえばそうだねー。どうしよっか」
94 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/11(土) 13:13:30.60 ID:I1TkvR3G0
理亜「詩緒さんはどうですか? 同じ一年生ですし」

 練習用のフライングスーツの上に一枚羽織り、ヘッドセットをつけた理亜先輩が言った。

詩緒「私ですか?」

美亜「そーだね。いいかも! さ、颯汰も詩緒ちゃんも洸輝クンも! ちゃっちゃと準備済ませちゃってくれたまえ!」

詩緒・颯汰・洸輝「「「はい」」」
95 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/11(土) 13:14:04.15 ID:I1TkvR3G0
夏希「美津希ー」

美津希「なによ」

夏希「私セコンドしてみたかったー」

美津希「そんなことを言われても……。それなら立候補すればよかったじゃない」

夏希「恥ずかしい」

美津希「……。今更のような気もするけれど……」

夏希「うっそお!?」
96 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/11(土) 13:23:53.37 ID:I1TkvR3G0
颯汰「FLY!」

洸輝「光へ!」

 俺と颯汰は準備を終えると、ほぼ同時に飛翔した。

颯汰「やるぞー、洸輝」

洸輝「お手柔らかに」

詩緒『聞こえてるー? 返事してー』

 耳に当てているインカムから、詩緒の声が聞こえた。

洸輝「詩緒か。聞こえてる。ってか、これ地上でやっとくべき確認作業だろ」

詩緒『細かいことはきにしない。どーせ練習だし』

洸輝「初めてだからこそちゃんとしてほしかった……」
97 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/11(土) 13:25:30.19 ID:I1TkvR3G0
 ファーストブイ、スタート位置。

 先にインカムをはめて下と連絡が取れる状態になっていた美亜先輩が、ホイッスルを持って浮いていた。

美亜「さて! 準備はいいかな少年たち!」

颯汰「いいよ」

洸輝「同じく」

 心臓の鼓動がわかる。緊張している。

 練習とはいえ、初めてのFCだ。

美亜「そういえば、時間どうしますか? 十分は長いと思うのですが」

洋行『半分くらいでいいのではないですか?』

 美亜先輩が耳に手をあてた。その方が聞きやすいからだろう。

美亜「ですね。通常は十分だけど、今回はおあずけで半分の五分間、模擬試合をします!」

颯汰・洸輝「はい」

美亜「依存ないね!? よーし。位置について。よーい」

 フィィィィィィィィ!

 ホイッスルが鳴らされた。スタートだ。
98 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/18(土) 12:12:19.91 ID:iE2K0pGf0
洸輝「っ!?」

 颯汰がスタートダッシュを決めた。

 俺は出遅れた。

洸輝「しまっ」

詩緒『悔やむのは後! セカンドラインにショートカットしなさい!』

 あせってエンジェリックヘイロウの応用版で加速しようとしたところを、詩緒に止められた。

詩緒『相手はスピーダーなのよ! 私ならそうする!』

洸輝「私ならそうする、は次からいらない! どんどん指示だしてくれ!」

詩緒『それだとあんたの判断にならないじゃない! 洸輝の試合にならない!』

 詩緒が叫ぶように言った。

 そんな詩緒に負けじと俺も叫んだ。そんなことせずともインカムはちゃんと音を拾うのだが。

洸輝「まだ咄嗟に自己判断ができるほど慣れてねえよ! むしろセオリーを叩き込むために、頼む! 詩緒!」

詩緒『わかったわ』
99 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/18(土) 12:16:58.93 ID:iE2K0pGf0
 セカンドラインにたどり着いた時、颯汰はローヨーヨーを使って加速して、セカンドブイにタッチしたところだった。

楓「お、得点入ったね。悠佳ちゃん、準備はいい?」

悠佳「はい?」

楓「一年生マネージャー、今のところ悠佳ちゃんだけだから得点のつけ方なんかを教えてあげる。私的にも、覚えてもらわないと困るし」

悠佳「はい」





>>52 さんの書いてくれた図を見ながらどうぞ
100 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/18(土) 12:20:10.40 ID:iE2K0pGf0
理亜「ブイタッチ。……よし。一度上昇してください」

颯汰『上昇?どうして』

理亜「FCは上の位置が有利です。先ほどのローヨーヨーで稼いだスピードを[ピーーー]ことにはなりますが、相手は完全に静止していますし、上に行けば加速も容易です。今の段階から、上を取ることを意識していきましょう」

颯汰『了解』

 私は、そんな理亜さんたちの声は聞こえないところまで離れている。

詩緒「上がった……。洸輝、上から勢いと加速をつけてくるわ。ブイの中間地点で待って、接触で止めなさい。触るのはどこでもいいわ」

洸輝『了解』

 FCはそのルール上、ショートカットの後はブイタッチをした選手と交錯しないと次のブイタッチが認められない。

 スピーダー相手にスピード勝負をしかけるのも、愚策というものだし。待ち構えて相手のスピードを殺してから、ブイタッチなり背中タッチなりを狙うのが正攻法だ。
101 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/18(土) 12:22:52.09 ID:iE2K0pGf0
 颯汰が、来た。

 高い位置からぐっと加速して。

洸輝「これは!」

 そして、俺と接触する少し手前の位置で、左右へとゆさぶりをかけた。

 ふらりふらり。フェイントだ。

詩緒『シザース! どっちか見極めて!』

 勢いにのった選手が、左右に揺さぶりをかけて待ちかまえる相手を混乱させるための技、シザース。

 そうは言われても、初めて実際に見るのに見極めろなんて――

詩緒『こういう時は直感よ!』

洸輝「なら!」

 右!

 と思い右にばっと手を伸ばす。

 しかし当然、ゆったりと俺の動きを見ていた颯汰はこれを回避し、するりとサードブイへ。

詩緒『ショートカットよ! サードライン! 急いで!』
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