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勇者「救いたければ手を汚せ」
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265 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/12/25(日) 22:42:20.66 ID:SRNZXfGTO
>>264
はミス。また後で書くと思います。
266 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/12/26(月) 00:06:22.92 ID:dYd0mBr1O
眠くて駄目です。また明日
267 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/12/26(月) 02:30:43.66 ID:MxZi3YLDO
どこがミスだかわからない…乙
268 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/06(金) 03:17:33.22 ID:wTh2qvntO
店主「(此処は、医療所…?)」
黒衣「……………」
店主「(赤髪、三人はいるな。敵意は感じられない。見張りか? だが何故…)」
黒衣「起きたか」
店主「……お前は」
黒衣「見ての通り赤髪だ」
黒衣「盗賊から北部赤髪部隊については聞いているな。我々はその部隊に所属していた者だ」
店主「……北部。巫女が所属していた部隊だな。巫女を残して死んだと聞いたが」
黒衣「ああ、確かに死んだ。我々も赤髪一族も死に絶えた。が、生きている」
269 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/06(金) 03:19:12.90 ID:wTh2qvntO
>>>>>>>
店主「(此処は、医療所…?)」
黒衣「……………」
店主「(赤髪、三人はいるな。敵意は感じられない。見張りか? だが何故…)」
黒衣「ようやく目が覚めたか」
店主「……お前は?」
黒衣「見ての通り赤髪だ」
黒衣「盗賊から北部赤髪部隊については聞いているな。我々はその部隊に所属していた者だ」
店主「……北部。巫女が所属していた部隊だな。巫女を残して死んだと聞いたが…」
黒衣「ああ、確かに死んだ。我々も赤髪一族も死に絶えた。が、生きている」
270 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/06(金) 03:19:46.34 ID:wTh2qvntO
店主「意味が分からん」
黒衣「赤髪一族の魂は盗賊と共にあるということだ」
黒衣「魔神族で言うところの種族王。我々は赤髪の王の眷族ということになる」
店主「……益々分からん。仲間という認識でいいのか」
黒衣「仲間、か。どうなのだろうな」
黒衣「我々以外の一族の者達は『赤髪の王』に従っているようだが……」
271 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/06(金) 03:20:26.37 ID:wTh2qvntO
店主「お前達は違うと?」
黒衣「忠誠を誓ったのは将軍だけだ。赤髪の王に従うつもりはない」
黒衣「我々は奴に借りがある。協力しているのは、北部での借りを返す為だ」
店主「忠誠ではなく協力か」
黒衣「奴は、それでもいいと言った。気が向いたらでいいから力を貸してくれ。とな」
黒衣「しかし、死んでから借りを返すことになるとはな……まったく、我が儘な王だ」
272 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/06(金) 03:21:28.02 ID:wTh2qvntO
店主「不満か?」
黒衣「不満だが、悪くない」
店主「……そうか。盗賊が、王か」
黒衣「知っていたのだろう?」
店主「ああ。だが、名乗っているだけだと思っていた。あいつ自身もそう言っていたからな」
店主「王は一人。民も一人。領地も税収入もありはないと愚痴を零していた」
273 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/06(金) 03:21:59.56 ID:wTh2qvntO
黒衣「………」
店主「巫女には、会ったのか」
黒衣「……いいや、会っていない。会ったところで混乱させてしまうだけだ」
黒衣「会っていないと言うより、我々には巫女に合わせる顔がない」
黒衣「我々はあの子を残して去った。盗賊に押し付けてな。捨てたと言っても違いはない」
店主「それが借りか」
黒衣「それもあるが他にもある。大きな借りだ。一度二度死んでも返せぬ程の恩がな」
274 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/06(金) 03:22:38.74 ID:wTh2qvntO
店主「……恩。そうだ、治癒師は何処にいる?」
店主「目を覚ます直前、俺は確かにあいつの声を聞いた。隊の奴等はどうなった、道化師と娼館主はーー」
黒衣「安心しろ、無事だ。治癒師と隊長以下数名は我々と共に旧西部軍基地へ向かった」
黒衣「彼等は生存者の避難誘導と負傷者の治療。他の同胞は残党の殲滅に当たっている」
黒衣「道化師と娼館主は、盗賊と共に旧西部軍基地にいる。もう、問題はない」
店主「避難誘導…転移はしないのか」
黒衣「転移しないのではなく転移出来ない。盗賊が到着した時、陣は既に破壊されていたからな」
275 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/06(金) 03:23:33.24 ID:wTh2qvntO
店主「……都は、どうなった」
黒衣「滅んだと言っていいだろうな。民の過半数が殺され、都の大部分は破壊された」
黒衣「世界全土が被害を受けているようだが、最も甚大な被害を受けたのは西部だ」
黒衣「この災厄は都に限ったことではない。街や村も同様の被害を受けている」
店主「……そうか。西部を捨てて東部へ移り住んだ富裕層の奴等は正解だったようだな」
黒衣「いいや、そうとも言えない」
黒衣「黒鷹によれば、東部地下施設の一つにオークが現れたらしい」
黒衣「安全と思われた地下が棺桶と化している。おそらく、地上と差して変わらぬ有り様だろう」
276 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/06(金) 03:24:09.84 ID:wTh2qvntO
店主「どこもかしこも、か」
黒衣「ああ。今現在、何事もなく無事でいられる場所など世界の何処にもない。隠れる場所もな」
店主「あの声の主が関係しているんだろう。あれも異形種か?」
黒衣「そうとも言えるが、そうではない。ただ、人の敵。異形の存在であることに違いはない」
店主「……あの声は、勇者の名を口にしていた。盗賊も、そいつと戦うのか」
黒衣「そうなるだろうな。息子が心配か?」
店主「敵は世界を相手取るような奴だ。口先だけではなく、宣言通りに滅ぼしている」
店主「そんな奴に戦いを挑むとなれば、盗賊と言えど無傷では済まないだろう」
店主「俺のような人間は、灰色の化け物を相手にしただけでこの様だからな……」
277 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/06(金) 03:25:40.56 ID:wTh2qvntO
黒衣「息子。ということは否定しないのだな」
店主「……ああ、あいつは良く出来た息子だ。俺にとっては、だがな」
店主「親殺し子殺しが当たり前の世の中で、命懸けで親を助けようとする子供などそうはいない」
店主「家庭を持ったことはないから分からんが、そこらの家族よりは家族らしいと思っている」
黒衣「(意外だな。盗賊の中の店主は、本心を人前で語るような人物ではないはずだ)」
黒衣「(この男も我々や巫女同様に、盗賊と関わって変わったのだろうか……)」
黒衣「(魔王は、能力や生命を奪い我が物にする。言わば、盗賊の歩んできた道そのもの……)」
黒衣「(奪うことでしか生きられなかった男が、他者に何かを与えたか。つくづく妙な奴だ)」
278 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/06(金) 03:28:39.24 ID:wTh2qvntO
店主「どうした」
黒衣「……いいや、何でもない。それより脚はどうだ、痛むか」
店主「ないものをどうだと言われても答えようがないな。脚の感覚が残っているのが妙な感じだ」
店主「痛みはないが、膝から下が宙に浮いているような奇妙な浮遊感があるだけだ」
黒衣「…………」
店主「俺は一度、死を受け入れた。治癒師の呼び声を無視していれば死んでいただろう」
黒衣「死ぬつもりだったのなら、何故声に応じた。生への未練、執着か?」
店主「未練、未練か…」
店主「そうかもしれんな。あっさり死ぬつもりが、まだ見ていたいと思ってしまった」
279 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/06(金) 03:30:02.71 ID:wTh2qvntO
黒衣「見ていたい? 何をだ?」
店主「この混沌とした世で、盗賊が何を成すのか。あの二人が、どう生きてゆくのか」
店主「赤髪というだけで忌み嫌われ、奪うことでしか生きられなかった男が、どう変わるのか」
店主「その先、未来をこの眼で見てみたいと思った……」
黒衣「……今の世を生きる者にとっては、生は苦痛にしかならないと思うがな」
店主「それは死者としての意見か? それとも、赤髪としての言葉か?」
黒衣「どちらもだ。人間というだけで殺され、人々は理不尽に嘆いている」
黒衣「今は人間そのものが理不尽に晒されている。嘗て、赤髪がそうであったようにな」
280 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/06(金) 03:31:35.64 ID:wTh2qvntO
黒衣「だからだろうな……」
黒衣「私は『人間』が何人殺されようと同情する気になどなれない」
黒衣「同情どころか、我々赤髪一族が受けた苦痛を思い知れとさえ思う」
黒衣「『狩られる側』の痛みと悲しみを、絶え間なく襲い来る恐怖を存分にな……」
店主「疑問だな。そこまで憎んでいながら、何故盗賊に手を貸した?」
黒衣「……奴に訊いたんだ」
店主「訊いた?」
黒衣「ああ。人間に救う価値があるのか。とな」
黒衣「奴は、救う価値などないと言った。人間として生きるなら、人間に救う価値などないと…」
281 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/06(金) 03:33:37.24 ID:wTh2qvntO
店主「…………」
黒衣「……一族の掲げる赤髪の誇りとは、赤髪が抱いている劣等感の表れでもある」
黒衣「人間を見下し、自分達は別の何かだと思うことで保っていた部分もあるからな」
黒衣「だが、それを引き剥がされた時に残るのは何だ。赤髪から赤髪を剥がした時、何が残る?」
黒衣「……奴は、こう言った」
盗賊『全部引っ剥がしたら、残るのは人間だ』
盗賊『黒い肌、白い肌、赤い髪、金色の髪、青い瞳、茶の瞳…』
盗賊『人間は人間を差別して、人間を軽蔑する。人間が人間を殺して、人間が人間を救ってんだ』
盗賊『赤髪は人間とは違う、赤髪は人間より優れてる。本当にそう思ってんならさ…』
盗賊『不毛な争いを繰り返す愚かな人間共は、誇り高き赤髪一族が救ってやらねーと駄目だろ』
盗賊『神に愛されぬ赤髪が、神の愛する人間共を救うんだ。これ以上の皮肉はねえ』
盗賊『神にさえ救えぬ人間共を救って、赤髪狩りが間違いだってことを教えてやろうじゃねえか』
282 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/06(金) 03:39:18.37 ID:wTh2qvntO
盗賊『誇り高き赤髪一族』
盗賊『それが嘘偽りではないことを証明し、我々が何たるかを世に示せ』
黒衣「……とまあ滅茶苦茶だが、皆はこの言葉にまんまと乗せられ焚き付けられたわけだ」
店主「お前もその一人か?」
黒衣「ああ、そうだ」
黒衣「盗賊が秘めていた一族に対しての想いは本物だった」
黒衣「我ながら単純だとは思うが、赤髪であるなら、やらないわけにはいかない」
店主「…………」
黒衣「……我々も、どちらかを選べた」
店主「?」
黒衣「あのまま眠り続けるか、再び立ち上がり赤髪一族として戦うか……」
黒衣「我々は戦うことを選んだ。貴様も『そう』なのだろう」
283 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/06(金) 03:43:25.24 ID:wTh2qvntO
店主「ああ、そうだな」
店主「俺も生きることを選択した。この先に何があろうと『これ』を抱えていかなければならない」
黒衣「……貴様を父と言った盗賊の気持ちが、少しだけ理解出来た気がする」
黒衣「あの子…巫女が慕う理由も、何とはなくではあるが分かった」
店主「俺には分からんがな」
黒衣「フッ…そうか、それならそれでいい」
店主「……ところで、盗賊は何をしている? 理由は分からんが、お前には分かるのだろう?」
黒衣「奴なら、今しがた妻を迎えた」
店主「妻、妻だと?」
黒衣「貴様もよく知る人物だ。生涯でたった一人、盗賊が愛した女」
店主「彼女は死んだ。まさか、赤髪一族のように甦ったのか?」
黒衣「そんなところだ。一口に蘇りと言っても我々とは経緯が違うが…」
黒衣「それに、婚礼と言っても一般的なものとは掛け離れたもの。魂と魂の契りだ」
284 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/01/06(金) 03:44:22.84 ID:wTh2qvntO
ここまで
285 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/01/06(金) 11:30:27.96 ID:5x2lc8wro
乙
286 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/01/07(土) 00:33:04.24 ID:pe5W0ZBDO
乙
287 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/10(火) 03:35:19.53 ID:dAm0odXiO
>>>>>>
盗賊「……………」
道化師「……何してんだよ」
盗賊「見りゃあ分かんだろ、突っ立ってるだけだ。何もしてねえよ」
盗賊「治癒師はもう来たんだろ? 娼館主の治療は終わったのか?」
道化師「まだ気を失ってるけど、命に別状はないって。刺された腕も治るみたいだ」
盗賊「そうか、そりゃ良かった。他の連中はどうだ?生きる気あるか?」
道化師「ボクが見た限り、生きる気があるようには見えないな。大半が親や子を失ったりしてる」
道化師「人も都も、化け物の所為で酷い有り様だ。希望を持てないのも頷けるよ」
288 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/10(火) 03:36:39.31 ID:dAm0odXiO
盗賊「(希望、か……)」
道化師「……あのさ」
盗賊「あ、何だよ?」
道化師「……その、あの時はゴメン」
盗賊「はあ?」
道化師「ッ、だから!あの時は何も知らないクセに好き勝手に言ったから素直に謝ってやってるんだよ!!」
道化師「姉さんのこと忘れてガキと家族ゴッコしてるとか!お前が死ねば良かったとか言っただろ!!」
盗賊「……あぁ、そういやそんなこと言ってたな。忘れてた」
道化師「(何だよそれ、せっかく謝ってやったのに……)」
289 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/10(火) 03:37:12.40 ID:dAm0odXiO
盗賊「…………」
道化師「…………」
盗賊「……何だよ、もう用はねえんだろ。さっさとどっか行け」
道化師「嫌だね。ボクが何処にいようとボクの勝手だろ」
盗賊「あのなぁ、俺は感傷に浸りてえんだよ。さっさと消えろ、邪魔なんだよ」
道化師「姉さんはボクの姉さんだ。ボクにだって感傷に浸る権利はある」
盗賊「うわぁ〜、お前って本当にめんどくせえ女だな。姉とはえらい違いだ」
盗賊「つーか、めんどくせえ上に玉潰しが趣味とか最悪だな……」
290 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/10(火) 03:38:22.83 ID:dAm0odXiO
道化師「うるさいな」
道化師「大体、あれは趣味なんかじゃない。脆い部分を狙ってるだけだ」
盗賊「嘘吐け。玉潰し連続殺人の被害者は、店主を除けばお前の姉さんを買った男だけだ」
盗賊「姉を汚されたと思ったのか何なのか知らねえが、奴等が憎かったんだろ?」
盗賊「それとも、男そのものが憎いのか? まっ、今更どっちでもいいけどな」
道化師「ッ、お前は嫌じゃなかったのかよ。姉さんが他の男に抱かれてたんだぞ」
盗賊「あいつは綺麗だった。嫌だとか汚えだとか思ったことは一度もねえな」
盗賊「それとも何か? お前は姉さんが汚えとでも思ってんのか?」
道化師「違う!!姉さんは綺麗だったんだ。汚いんじゃない、男に汚されたんだ……」
291 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/10(火) 03:42:15.82 ID:dAm0odXiO
盗賊「お前が勝手にそう思ってるだけだろうが」
盗賊「この際だから言っとくけどな、あいつはこれっぽっちも汚れちゃいなかった」
盗賊「見た目が綺麗な女なら沢山見てきた。でもな、その中でも一番なんだ」
盗賊「あんなに綺麗でいい女を見たのは初めてだったよ」
盗賊「だから、あれだ…汚えとか汚れたとか言うな。それから、玉潰しもやめろ」
道化師「…………」
盗賊「おい、聞いてんのか。聞いてんなら返事くらいしなさいよ」
道化師「……お前は本当の本当に、姉さんが好きなんだな……」ポツリ
盗賊「あ?」
道化師「……あのさ、姉さんは売られたって話は聞いた?」
292 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/10(火) 03:43:21.62 ID:dAm0odXiO
盗賊「あ〜、確か14の頃だろ?」
盗賊「前に娼館主に聞いたな。それがどうかしたのかよ」
道化師「……姉さんは、ボクを守るために売られたんだ。本当はボクが売られるはずだった」
道化師「でも結局、ボクも売られた。あの屑が、1年も経たない内に金を使い込んだから……」
盗賊「屑ってのは男親か?」
道化師「違う。アレは親なんかじゃない。子供を金としか見てない正真正銘の屑だ」
道化師「母さんが死んだのだって、あいつが見殺しにしたようなものなんだ」
道化師「ボクも姉さんも医者に診せるように言ったのに、アイツは聞く耳を持たなかった……」
293 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/10(火) 03:45:55.42 ID:dAm0odXiO
盗賊「……いい母ちゃんだったか?」
道化師「……そうだね。正直、何であんな奴と一緒になったのか分からなかったよ」
道化師「妻としてアイツを愛してたのかどうかなんて分からないけど、母親としてボクと姉さんを守ってくれた」
道化師「殴られても叩かれても蹴られても、母さんは絶対にアイツから逃げなかった」
道化師「酔ったアイツに髪を掴まれて何度も追い出されたけど、そのたびに戻ってきたよ」
道化師「『ごめんなさい、どうか家に入れて下さい』って謝るんだ。母さんは何も悪くないのにさ……」
道化師「……きっと、自分がいなくなればボクと姉さんが売られるって分かってたんだと思う」
盗賊「でも結局、母ちゃんが死んじまってすぐに売られたわけか」
294 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/10(火) 03:47:38.67 ID:dAm0odXiO
道化師「その通り。ほら、屑だろ?」
盗賊「そうだな。もし時を操れんなら今すぐ過去に行ってぶち殺してる。三千回くらい」
道化師「アハハッ!それはいいな!! 出来ることならそうしたいよ、本当に……」
盗賊「……今はどうなんだ? 娼館主とは上手くやってんだろ?」
道化師「な、何だよ急に」
盗賊「いや、別に。前と顔付きが変わってっから訊いてみただけだ」
道化師「……上手くやってるよ。優しくしてくれるし、姉さんの話とかもしてくれる」
道化師「あの人はボクの知らない姉さんの十年を、姉さんの生き方を教えてくれた」
道化師「一緒に出掛たり、服を買ったりご飯を食べたり…まるで、本当の姉さんみたいに……」
295 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/10(火) 03:48:53.05 ID:dAm0odXiO
盗賊「…………」
道化師「それから、お前が姉さんをどれだけ大事に思ってるのかも教えてくれたよ……」
盗賊「ふ〜ん、ああそう。まあ、上手くやってんならいいや」
道化師「何だよ、その保護者みたいな台詞。義兄にでもなったつもりか?」
盗賊「なわけあるかボケ。玉潰しが趣味の義妹なんていらねえよ」
道化師「自分のことを棚上げするな。ボクだって大悪党の義兄なんてお断りだ」
盗賊「俺の場合はやむにやまれず、生きる為にやったことだからいいんだよ」
道化師「開き直りに正当化。お前は絶対に碌な死に方しないだろうな」
盗賊「うっせえ、んなことは分かってんだよ。今更お前に言われるまでもねえ」
296 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/10(火) 03:51:02.28 ID:dAm0odXiO
道化師「……後悔とか、しないのかよ」
盗賊「まあ、今んところはしてねえな」
道化師「姉さんのことも後悔してない?」
盗賊「それはしてるな」
道化師「してるじゃん」
盗賊「なんだよ、悪ぃのか」
道化師「ううん、悪くない。全然悪くないよ……」
盗賊「……そうかよ」
道化師「……うん」
297 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/10(火) 03:52:31.85 ID:dAm0odXiO
盗賊「……お前は、あれで良かったのか?」
道化師「姉さんの魂を盗ったことなら別に気にしてない。あれは、姉さんが望んだことだからね」
道化師「それに、ボクが嫌だって言ったところでやめなかっただろ?」
盗賊「まあ、そうだろうな。あいつの妹だから一応聞いてみただけだ」ウン
道化師「……じゃあ聞くなよ」
盗賊「うるせえ、聞いて貰っただけありがたいと思え」
道化師「うざっ。それより、姉さんのこと大事にしろよ。今度なくしたら許さないからな」
盗賊「俺の中にいるんだ。もう二度となくさねえし、誰に手にも触れさせねえよ」
道化師「それから、他の女に手を出すなよ。浮気したら玉潰して殺すからな」
盗賊「するかバカ。俺はこう見えて一途なんだ、今まで浮気なんかしたことねえ」
298 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/10(火) 03:54:43.60 ID:dAm0odXiO
道化師「今まで? 今までって何だよ」
盗賊「……まあ、あれだ。向こうが勝手にその気になってたことなら多々ある」
盗賊「ほら、俺ってもてるだろ? 何もしてなくても女の方から寄ってくるんだよ」
盗賊「でも安心しろ、俺は全く本気じゃなかった。恋愛関係にあった女はいない」ウン
道化師「……肉体関係は?」
盗賊「いやいやいや、この歳で童貞はねえだろ?」
道化師「お前、幾つなんだ」
盗賊「さぁ、18とか20くらいじゃねえの? 正確な年齢なんざ分かんねえよ」
盗賊「とにかく、本気になった女なんていねえから他の女と一夜を過ごしても浮気にはならねえ」
盗賊「それに、殆どが一夜限りだ」ウン
盗賊「最初から本気じゃねえわけだから、何をしようが浮気にはならねえ。な?」
299 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/10(火) 03:56:39.60 ID:dAm0odXiO
道化師「な?じゃないんだよ!ふざけんな!!」
道化師「お前、最ッ低だな。姉さんは何でこんな奴を好きになったんだ…」
盗賊「控え目を更に控えても、滅茶苦茶格好良いからだろうな……」
道化師「黙れ死ね」
盗賊「そんな顔すんな」
盗賊「大丈夫だ、俺が本気で惚れた女はお前の姉ちゃんだけだ」
道化師「(言ってることは屑なのに、信用出来るだけのことをしてるから腹が立つな)」
盗賊「うっし。都の大掃除も済んだみてえだし、そろそろ行くわ」
300 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/10(火) 03:59:24.12 ID:dAm0odXiO
道化師「店主に会わないのか?」
盗賊「ん〜、この夜が明けたら会う。巫女も連れてな。じゃあ、行ってくるわ」
道化師「……何処に行くんだよ。行き先くらい教えろ」
盗賊「南部平原。友達のところだ。予定より大分遅れちまっ……!?」
ズズズズズ…
道化師「……な、何だよあれ」
盗賊「(オークの次は、空を覆うでっけえ目玉かよ。襤褸の野郎、何をするつもりだ)」
道化師「……盗賊、あの目玉に何か映ってる」
盗賊「ッ、勇者だ。王女様と勇者の母ちゃんまで……」
301 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/10(火) 03:59:53.12 ID:dAm0odXiO
襤褸『見ろ、勇者』
襤褸『東西南北、地上にいる者も地下にいる者も、生きとし生けるもの全てがお前を見ている』
襤褸『漸くだ、漸く会えたな』
襤褸『混沌より生まれ出でし兄弟であり息子である者よ。我と我等を殺しうる唯一の者、希望よ』
勇者『……………』
襤褸『ヌハッ。この二人を見ても動揺せぬか。翠緑の王の下で随分と鍛えられたようだな』
襤褸『まあいい。あまり長話をして邪魔が入ると面倒だ。単刀直入に言おう』
襤褸『再び我と一つになれ。その身に己が剣を突き立て希望を差し出すのだ』
襤褸『さあ、選択せよ。お前が首を縦に振れば、二人の魂は破壊せずにおいてやる』
302 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/10(火) 04:00:40.39 ID:dAm0odXiO
勇者『父さんの時と同じやり口だな』
勇者『首を縦に振ろうが横に振ろうが、二人が死ぬことに変わりはない』
勇者『お前と一つになれば、終末の獣が二人を殺す。僕が断れば、二人はお前に殺される』
勇者『どちらを選んでも、その先にある結末は死だ。選択する意味がない』
襤褸『いいや、そうでもない』
襤褸『我と一つになれば、少なくとも今この場で二人が殺されることはない』
襤褸『まあ、その後で世界は滅ぶことになるわけだが……目の前の悲劇は回避出来る』
303 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/10(火) 04:02:35.60 ID:dAm0odXiO
勇者『…………』
襤褸『それとも、母と恋人の魂を目の前で破壊された後に戦うか?』
襤褸『そうすると言うのなら、我と我等はそれでも構わん。寧ろ、それを望んでいる』
襤褸『心を圧し殺し、人々の希望であろうとするならば、そうするがよい』
襤褸『この理不尽を呪い、世界すら憎むと言うのなら、命を差し出せ』
勇者『……………』
襤褸『分かっているとは思うが、二人の魂には既に触れている。今この瞬間にも砕ける』
襤褸『そして絶望に砕かれた魂は、如何なる魔術を用いても復活することはない』
襤褸『どちらを選んでも救いはないが、これはお前に選ばせてやる』
304 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/10(火) 04:04:19.60 ID:dAm0odXiO
襤褸『さあ、決断の時だ』
襤褸『ヌハッ…皆がお前を見ているぞ。そう、皆だ。文字通り、世界がお前を見ているぞ』
勇者『断る。僕はお前を殺す。絡み付いた因縁因果を今夜で終わらせる』
襤褸『そうか。ならば仕方ない』
グシャッ…
勇者『………ッ…』
襤褸『なに、そう落ち込むことはない』
襤褸『特別な命などありはしない。何者だろうと等しく死ぬ』
襤褸『それが勇者の母であろうと、勇者が愛した女であろうと、今夜死んだ者達と同じように死ぬ』
襤褸『花屋の子供達も魔女も盗賊も東王も王妃も、お前が知らぬ者達も、皆同様に何かを失った』
襤褸『お前だけが何も失わないのは不公平であろう? 希望も希望を失うべきなのだ』
305 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/10(火) 04:05:37.61 ID:dAm0odXiO
勇者『……特別な命なんてない?』
勇者『違うな、特別じゃない命なんてない。誰もが誰かの特別なんだ』
勇者『お前がそうすることは覚悟してた。母さんも王女様も覚悟してたんだ……』
勇者『僕が二人を守ろうとすれば世界が滅ぶ。僕が世界を守ろうとすれば二人が死ぬ』
勇者『それも分かってた……』
勇者『……僕はこの先の幸せなんて望んでない。僕の望み、僕の夢はたった一つ』
勇者『お前の、絶望のいない、希望に満ち溢れた世界だ』
勇者『お前を消し去って夜を明ける。僕のような人間が、もう二度と生まれないように……』
306 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/10(火) 04:12:14.26 ID:dAm0odXiO
襤褸『ヌフッ、ヌハッ、ヌハハハハッッ!!!』
襤褸『そうじゃそうじゃ、それでよい!! 勇者とは!希望とは!そうでなくてはならぬ!!』
襤褸『己が掲げる正義を絶対のものと信じ、如何なる犠牲があろうと剣を振るう!!』
襤褸『世界よ刮目せよ!これが希望なのだ!! これが勇者たる者の選択なのだ!!』
襤褸『己が心を圧し殺し、母と恋人を殺されようとも心折れることなく戦いを挑む!!』
襤褸『此奴は最早、人ではない。見よ、此奴の顔を、一筋の涙も流さぬわ!!』
襤褸『希望は希望であろうとし、勇者は人であることを捨てたのだ!!』
襤褸『それも見ず知らずの、一度も会うたこともない貴様等の為に、正しく常軌を逸した者となった!!』
襤褸避けられぬ運命を受け入れ、滅びに抗い、絶望を打ち倒さんとする姿にお主等は何を見る』
襤褸『次は貴様等が与えるのだ。この者を強く想うがよい、貴様等の願いを届けるのじゃ』
襤褸『……希望を埋め尽くす程の、歪み狂った祈りと想いをぶちまけろ』
襤褸『さあ高らかに叫び呼ぶのだ。この者こそが貴様等を救う者……』
襤褸『絶望に抗い、魔を滅する者、貴様等の求める救世主だ』
307 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/10(火) 04:18:32.18 ID:dAm0odXiO
襤褸『ヌフッ、ヌハッ、ヌハハハハッッ!!!』
襤褸『そうじゃそうじゃ、それでよい!! 勇者とは!希望とは!そうでなくてはならぬ!!』
襤褸『己が掲げる正義を絶対のものと信じ、如何なる犠牲があろうと剣を振るう!!』
襤褸『世界よ刮目せよ!これが希望なのだ!! これが勇者たる者の選択なのだ!!』
襤褸『己が心を圧し殺し、母と恋人を殺されようとも心折れることなく戦いを挑む!!』
襤褸『此奴は最早、人ではない。見よ、此奴の顔を、一筋の涙も流さぬ!!』
襤褸『希望は希望であろうとし、勇者は人であることを捨てたのだ!!』
襤褸『それも見ず知らずの、一度も会うたこともない貴様等の為に、正しく常軌を逸した者となった!!』
襤褸『避けられぬ運命を受け入れ、滅びに抗い、絶望を打ち倒さんとする姿にお主等は何を見る』
襤褸『次は貴様等が与えるのだ。この者を強く想うがよい、貴様等の願いを届けるのじゃ』
襤褸『……希望を埋め尽くす程の、歪み狂った祈りと想いをぶちまけろ』
襤褸『さあ、高らかに叫び呼ぶのだ。この者こそが貴様等を救う者……』
襤褸『絶望に抗い、魔を滅する者、貴様等の求める救世の主だ』
308 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/10(火) 04:19:36.00 ID:dAm0odXiO
ここまでもう少しで終わると思います
309 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/01/11(水) 01:27:11.52 ID:YEhEzt0DO
乙
310 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/17(火) 20:31:06.88 ID:XFbmtst+O
>>>>>>
同時刻 東部地下施設
襤褸『さあ、決断の時だ』
襤褸『ヌハッ…皆がお前を見ているぞ。そう、皆だ。文字通り、世界がお前を見ている』
襤褸『勇者よ、選択せよ。我と一つになるか否か』
勇者『……断る。僕はお前を殺す。絡み付いた因縁因果を今夜で終わらせる』
襤褸『そうか。ならば仕方ない』
ぐしゃっ…
特部隊長「…………」ギリッ
魔導鎧「大尉」
特部隊長「ッ、あぁ、済まない。どうした?」
魔導鎧「全機体より報告です。第三施設内のオークは殲滅完了しました」
311 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/17(火) 20:33:14.06 ID:XFbmtst+O
特部隊長「了解した。彼女はどうしている」
魔導鎧「精霊は『穴』を塞いだのち、東王陛下のいる第一施設へ向かったようです」
特部隊長「……そうか、陛下の…」
魔導鎧「他機に命令はありますか」
特部隊長「医療機体には引き続き負傷者の治療、損傷の激しい遺体の修復」
特部隊長「他機には避難誘導。錯乱した者がいれば『落ち着かせてくれ』」
特部隊長「遺体は空いている部屋に移動させる。くれぐれも丁重にと伝えてくれ」
312 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/17(火) 20:34:11.24 ID:XFbmtst+O
魔導鎧「はい、了解しました」
ジジッ…
魔導鎧「魔導鎧全機に命じる。医療機体には引き続き負傷者の治療及び遺体の修復」
魔導鎧「錯乱した者がいれば眠らせて構わない」
魔導鎧「他機は避難誘導と遺体の搬送。遺体はくれぐれも丁重に扱え。全機、了解か」
『はい。全機体、了解致しました』
魔導鎧「大尉、我々もーー」
襤褸『なに、そう落ち込むことはない』
襤褸『特別な命などありはしない。何者だろうと等しく死ぬ』
襤褸『それが勇者の母であろうと、勇者が愛した女であろうと、今夜死んだ者達と同じように死ぬ』
襤褸『花屋の子供達も魔女も盗賊も東王も王妃も、お前が知らぬ者達も、皆同様に何かを失った』
襤褸『お前だけが何も失わないのは不公平であろう? 希望も希望を失うべきなのだ』
313 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/17(火) 20:35:51.44 ID:XFbmtst+O
特部隊長「……外道め」
魔導鎧「……大尉…」
特部隊長「我々大人は…あの子に、勇者に縋るしかないのか」
特部隊長「勇者が世界を脅かす異形と戦う様を、指を咥えて見ていることしか出来ないのか」
特部隊長「目の前で母を喪い、思い人までも喪った。その苦痛は計り知れないものだろう」
特部隊長「それでも世界の為に戦おうとする彼を、我々は見ていることしか出来ない……」
魔導鎧「…………」
特部隊長「……それに、あれは子供が背負うべきのじゃない。一人の人間が背負うものでもない」
特部隊長「あれはあまりにも…あまりにも重すぎる……」
魔導鎧「……大尉はお怒りになるかもしれませんが、こればかりは仕方がありません」
314 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/17(火) 20:37:25.74 ID:XFbmtst+O
魔導鎧「あの者……」
魔導鎧「絶望は、我々に手出しさせない為に『このような状況』を作ったのです」
魔導鎧「我々だけではなく、盗賊や魔女といった『勇者と関わる者達』は全て分断されています」
魔導鎧「勇者に助力すべく我々が此処を離れれば、再びオークを放つ可能性もあります」
魔導鎧「これらは、あくまで戦力の分断を意図したもの。勇者の孤立を狙ってのことでしょう」
特部隊長「……全ては、たった一人を殺すため。勇者を葬り去る為の策か。反吐が出るッ!!」ガンッ
魔導鎧「大尉、落ち着いて下さい。貴方は東西軍部所属の兵士、西部司令官です」
魔導鎧「我々が守るべきは勇者ではありません。今、此処にある民間人の命です」
魔導鎧「歯痒い気持ちはお察します」
魔導鎧「ですが大尉、あなたは盗賊や魔女のような自由に行動出来る人間ではないのです」
魔導鎧「軍に属す者として、我々には我々のすべきことがあります。違いますか」
特部隊長「…ッ、ああ、分かっている。分かっているさ……」
315 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/17(火) 20:39:08.03 ID:XFbmtst+O
>>>>>>>
勇者『僕はこの先の幸せなんて望まない。僕の望み、僕の夢はたった一つ』
勇者『お前の…絶望のいない、希望に満ち溢れた世界だ』
勇者『お前を消し去って、この夜を明ける。僕のような人間が、もう二度と生まれないように』
東王「……精霊よ、これは現実に起きていることなのだな?」
精霊「ええ、これは今実際に起きていることよ。幻術や術催眠の類ではないわ」
東王「奴の狙いは?」
精霊「勇者を殺したのちに希望を取り込み、終末の獣として世界を破壊することでしょうね」
316 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/17(火) 20:40:27.11 ID:XFbmtst+O
東王「何故、一つになろうとする?」
東王「聖女の話によれば、他ならぬ奴自身の意志で二つに別たれたようだが……」
精霊「さあ、そこまでは分からないわ」
精霊「ただ、奴の真意がどうであれ、勇者が奴を倒さなければ世界は滅びる」
東王「『あれ』は希望である彼にしか打ち倒すことは出来ないと言ったな」
精霊「ええ。仮に兵士を向かわせたとして、擦り傷一つ与えることも出来ず死ぬでしょうね」
東王「……我々は何の助力も出来ず、勇者君に全てを託すしかないというわけか」
東王「こんなにも酷い現実を、彼の受ける苦痛を見ていることしか……」
317 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/17(火) 20:41:50.73 ID:XFbmtst+O
襤褸『ヌフッ、ヌハッ、ヌハハハハッッ!!!』
襤褸『そうじゃそうじゃ!それでよい!! 勇者とは!希望とは!そうでなくてはならぬ!!』
襤褸『己が掲げる正義を絶対のものと信じ、如何なる犠牲があろうと剣を振るう!!』
襤褸『世界よ刮目せよ!これが希望なのだ!! これが勇者たる者の選択なのだ!!』
襤褸『己が心を圧し殺し、眼前で母と恋人を殺されようと心折れることなく戦いを挑む!!』
襤褸『此奴は最早、人ではない。見よ、此奴の顔を!一筋の涙も流さぬわ!!』
東王「……勇者君のことだ」
東王「こうなってしまった責任は全て自分にあると、そう思っていることだろうな」
318 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/17(火) 20:44:50.53 ID:XFbmtst+O
精霊「…………」
東王「出来ることなら会って伝えたい」
東王「娘が死んだのは君の所為ではない。私も妻も娘も、君を恨む気持ちは一片たりともないと」
東王「娘は君と出逢ったことを後悔していなかった。心から、君のことを愛していたと……」
精霊「勇者も彼女を愛しているわ。貴方達夫婦のことも大切に思っているはずよ」
精霊「あなたのことも王妃のことも、他人とは思えぬ程に慕っていたもの……」
東王「……初めて会った時は七歳だった。今でも鮮明に思い出せる」
東王「今では妻も娘も、勿論私も、彼を他人だとは思っていない」
東王「私達だけではない。城内の兵士から給仕に至るまで彼の成長を見てきたのだ……」
東王「当初は彼を怖れる者もいたが今は違う。誰もが彼に守られ、彼に救われた」
東王「彼の心を知る者は、これが映し出す光景を他人事として見ていないはずだ」
319 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/17(火) 20:46:45.04 ID:XFbmtst+O
精霊「……王妃は何処に?」
東王「皆と共にいるように言った。おそらく給仕長や王宮騎士と一緒だろう」
東王「何処に行こうと『この映像』から逃れられはしないが、私といるよりはいい」
東王「娘が攫われ、殺される瞬間も見た。だが、此処では涙の一つも流せない」
東王「……せめて今だけは、王妃としてではなく一人の母として泣かせてやりたい」
精霊「…………」
東王「済まないが様子を見てきてくれないか? 私は此処から離れるわけにはいかない」
320 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/17(火) 20:49:08.46 ID:XFbmtst+O
精霊「ええ、分かったわ」
コツ…コツ…ガチャッ…パタンッ……
東王「元帥、彼女は何かを隠していたな」
元帥「そのようですが、皆目見当も付きません。東王陛下、これは儂の勘ですが…」
東王「何だ?」
元帥「儂には、この戦には裏があるように思えてならんのです」
元帥「あの戦好き…剣聖が一向に姿を見せないのも気掛かりでならない」
東王「……確かに」
元帥「おそらく、我々には想像も出来ない何かが起きている。容易ならざる何かが……」
東王「………………」
321 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/17(火) 20:50:55.35 ID:XFbmtst+O
精霊「…………」
コツ…コツ…コツ……
剣聖「遅かったな」
精霊「あら、来てたの?」
剣聖「今しがた来たところだ。ふーっ…そろそろ往くぞ」
精霊「……そう。とうとう動いたのね」
剣聖「俺は盗賊の小僧の下へ向かう、お前は南部に向かえ。奴等を平原に近付かせるな」
剣聖「よいか、先を越されれば終いだ。千年前と同じ過ちが起きる」
精霊「大丈夫よ、分かってるわ。飽きるほど聞かされたもの」
322 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/17(火) 20:52:29.45 ID:XFbmtst+O
剣聖「ん、そうだったか?」
精霊「随分と長いこと生きているから物忘れが激しくなったんじゃないのかしら?」
剣聖「かもしれんな。それにしても、時が経つのは早いものだ……」
剣聖「……あれから千年。お前と出逢って四百年。互いに歳を取ったな」
精霊「あなたはいいじゃない。何百年経とうが大して変わらないんだから」
剣聖「お前は随分と変わった。いや、勇者が変えたのか……」
精霊「ええ、そうね。きっと、あの子が私を人間にしてくれたのよ」
剣聖「では…ああ、そうであった。西部司令官には何も言わずともよいのか?」
精霊「……与えるべきは与えたわ。彼に対して言うべき言葉はない」
剣聖「そうか、ならばよい。では、往くとするか」
精霊「……ええ、行きましょう」
バシュッ…シーン……
323 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/01/17(火) 20:55:44.64 ID:XFbmtst+O
もうちょっと書くと思います
324 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/01/17(火) 20:55:51.29 ID:O+meG9UeO
もし支援が有効なシステムならば支援を
もし別に支援がいらないシステムならば割り込みへの謝罪を
325 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/17(火) 23:46:42.28 ID:xxX7zxytO
>>>>>>
同時刻 北都
襤褸『希望は希望であろうとし、勇者は人であることを捨てた!!』
襤褸『それも見ず知らずの、一度も会うたこともない貴様等の為に、正しく常軌を逸した者となったのだ!!』
襤褸『避けられぬ運命を受け入れ、滅びに抗い、絶望を打ち倒さんとする姿に貴様等は何を見る!!』
魔女「………」
符術師「魔女ちゃん」
魔女「どした? また暴動でも起きた?」
符術師「いえ、暴徒化した民は鎮圧しました。負傷者の治療も順調です」
符術師「鎮圧したと言っても、大体はあの映像を見て勝手に落ち着いたみたいですけどね」
326 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/17(火) 23:49:23.97 ID:xxX7zxytO
符術師「問題は正気を取り戻した輩が…」
『これは俺がやったことじゃない!! そ、そうだ!これは全部勇者の所為だ!!』
『あの化け物と勇者は組んでたんだろ!?兄弟だの親子だの言ってたじゃないか!!』
『そ、そうだ!! この灰色の化け物だって勇者が操っていたに違いない!!』
『きっとそうだ…オレ達だって操られてたんだ…あの化け物に操られてたんだ…』
『違う、私はこんなことしてない。私じゃない。これは私がやったんじゃない』
符術師「……とか。自分がしでかしたことを認めず、見苦しく喚き散らしてることです」
符術師「オークの生首持って『人間万歳』言ってた阿呆共が勇者さんに責任転嫁ですよ」
符術師「まったく、魔術師狩りで何を学んだのやら……馬鹿もあそこまでいくと笑えてきますね」
327 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/17(火) 23:51:52.06 ID:xxX7zxytO
魔女「仕方ないよ……」
魔女「自分達が化け物と同じような残虐行為をしたなんて、そうそう受け入れられるもんじゃない」
魔女「気が狂わない為の防衛本能みたいなもんでしょ。滅茶苦茶腹立つけどね」
符術師「あや、割と冷静ですね。激情に任せて燃やすかと思ってました」
魔女「いやいやいや、流石にそこまではしないよ。まあ、炎で脅かしたりはしたけど……」
符術師「……炎の化け物だとか悪魔だとか色々言われてましたけど、大丈夫ですか?」
魔女「平気平気。あの状況なら民の敵になった方が良かったでしょ?」
符術師「あ〜、炎を操る邪悪な魔女から民を守る王様…ですか?」
符術師「私達から見れば茶番でしたけど、民には効果あったみたいですね。馬鹿馬鹿しい…」
魔女「何はともあれ、落ち着いたみたいで良かったじゃんか。北王も芝居に合わせてくれたしさ」
328 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/17(火) 23:54:21.76 ID:xxX7zxytO
符術師「……何だか、変わりましたね」
魔女「えっ、そうかな?」
符術師「はい。何というか、こう…どしっとした感じがします」
魔女「……先生の魂が中にあるからかもね。勝手に眷族にしちゃったけど怒られないかな?」
魔女「他に方法なかったし、また利用されたりするのが嫌だから後悔はしてないけどさ」
符術師「大丈夫ですよ、怒るわけないです。きっと喜んでますよ」ウン
魔女「そっかな? でも、うん…そうだと嬉しいな……」
符術師「……あの、魔女ちゃん。もう我慢しなくていいんですよ?」
329 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/17(火) 23:55:48.24 ID:xxX7zxytO
魔女「えっ…」
符術師「暴動は収まりましたし、後は私達で何とかします。だから……」
襤褸『次は貴様等が与えるのだ。この者を強く想うがよい、貴様等の願いを届けるのじゃ』
襤褸『……希望を埋め尽くす程の、歪み狂った祈りと想いをぶちまけろ』
襤褸『さあ、高らかに叫び呼ぶのだ。この者こそが貴様等を救う者……』
襤褸『絶望に抗い、魔を滅する者、貴様等の求める救世主だ』
符術師「ッ、だからもう、我慢しなくていいんです。勇者さんの所に行ってもいいんですよ?」
魔女「……出来ないよ。勇者に北部は任せてって言っちゃったんだから」
魔女「だから、此処から離れるわけにはいかない。転移だって終わってないでしょ?」
330 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/18(水) 00:02:56.05 ID:v3xVyttDO
符術師「『約束』したんじゃないんですか」
魔女「ッ、それはーー」
符術師「言ってたじゃないですか!王女様の分まで戦うって!王女様と約束したって!!」
符術師「王女様はあいつに殺されたんですよ!!友達なんでしょう!!?」
符術師「もしあれが魔女ちゃんだったら、私にはとても耐えられないッ!!」
符術師「それとも私達には任せられませんか!!仲間を信じられませんか!!?そんなに頼りないですか!!?」
魔女「そんなことない!信じてるよ!!だけど私がいないとーー」
符術師「うるさいなっ!! 少しは私達を頼れって言ってんだよ!!」
符術師「浄化の炎だか何だか知らないけど!特別な力を持ってるからって調子乗んなっ!!」
331 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/18(水) 00:05:43.45 ID:v3xVyttDO
魔女「……符術師…」
符術師「…勇者さんは…勇者さんは死ぬ気なんですよ?分かってるんでしょう?」
魔女「…………」
符術師「魔女ちゃんはそれすらも受け入れて我慢する気なんですか?」
符術師「勇者さんが決めたことだからって納得して、このまま見てるだけでいいんですか?」
符術師「その力は後悔したくないから手にした力じゃないんですか……」
符術師「勇者さんを助けたいから!その力を手にしたんじゃないんですか!!?」
魔女「私は……」
襤褸『さて、始めようか…』
勇者『(身体を覆ってた黒塊が蠢いて…何だ、奴の内側から何かが…ッ!!)』
332 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/18(水) 00:13:02.00 ID:v3xVyttDO
ずるり…
戦士『……この身体で戦うのは剣士を殺して以来、今回で二度目』
戦士『……そして、これが最後だ』
勇者『(野性的な顔付き、長身でがっしりとした身体。大剣、複合弓、黒い鎧……)』
勇者『(どこか聞き覚えのある低い声。そうか、この人が、この人が僕の……)』
戦士『この時を待っていた。ここに至るまで十二年。もう充分に待った……』
戦士『……十二年。この日を待ち焦がれていた。母に似たな、勇者』
勇者『(この人が、僕の父さん……)』
符術師「魔女ちゃんッ!!!」
魔女「………ッ…」ヂリッ
符術師「!!?」
魔女「ごめん符術師、やっぱ駄目だ。これ以上は我慢出来そうにないや……」
符術師「……魔女ちゃんはバカですね…最初から、そう言えばいいんですよ……」
333 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/18(水) 00:16:28.79 ID:v3xVyttDO
魔女「……後は任せる」
符術師「ふふっ…はい、任されました。此処は私達に任せて、約束を果たしに行って下さい」
魔女「うん」
符術師「それから…」
符術師「勇者さんが死ぬ気でも、魔女ちゃんが生きて欲しいなら、そう伝えるべきです」
符術師「恋愛なんてものは我が儘の押し付け合いなんですから、最後は我が儘な方が勝つんです」
符術師「魔女ちゃん、頑張ってね? こんなことしか言えないけど、応援してるから」
魔女「ううん、そんなことない。充分気合い入ったよ。符術師、皆、本当にありがと……」
魔女「じゃあ、行ってくる……」
魔女「友達との約束を果たしに、我が儘を通しに行ってくるよ」ヂリッ
ボウッ…ズオッッッ!!
符術師「……失うだけの結末なんて誰も望まない。きっと、きっと上手く行く」
符術師「魔導師様、どうか魔女ちゃんを御守り下さい。無事で帰って来られるように…」
符術師「笑って帰って来られるように、もう何も失わないように、どうかどうか、魔女ちゃんを守って下さい……」ギュッ
334 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/01/18(水) 00:20:28.04 ID:v3xVyttDO
ちょっと休憩
もう少し書くと思います
335 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/18(水) 02:24:48.86 ID:WUYBRJMUO
>>>>>>>
同時刻 南部国境付近
戦士『始めよう。そして終わらせよう』
戦士『絶望と希望としてではなく家族として。父と子としてな……』ヂャキ
勇者『(父さんは父を超えろと言った。僕になら出来ると言って絶望に身体を渡した)』
勇者『(僕なら絶望を倒せると信じたからだ。きっと、今だって信じてる)』
勇者『(目の前の父さんが偽物だろうが本物だろうが関係ない……)』
勇者『(僕は父さんと母さんの息子として、やり遂げなければならない。この人は僕が…僕が、殺す)』
戦士『……抜け、勇者。俺を、父を、絶望を、見事斬り伏せてみせろ』
勇者『……………』ヂャキ
336 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/18(水) 02:28:10.79 ID:WUYBRJMUO
盗賊「待ってろ勇者、今行くからな」
黒鷹「盗賊、前方に何かいる。気を付けろ」
盗賊「この高度なら問題ねえだろ? これ以上構ってる暇はーー」
ズオッッ!!
黒鷹「ッ!!?」グオッ
盗賊「ッ、ぶっねえ…今のは何だ?」
黒鷹「おそらく剣だ」
盗賊「おい待て、この高さまでぶん投げたってのか?」
黒鷹「そのようだな」
黒鷹「どうやら奴に高度の理は通用しないらしい。今のは警告、威嚇といったところだ」
盗賊「此処を通りたきゃ戦えってか?」
盗賊「ざけんな。わざわざ付き合うことはねえ、遠回りすりゃあ済む話だろ?」
337 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/18(水) 02:29:59.04 ID:WUYBRJMUO
黒鷹「それは無理だ」
盗賊「あ、何でだよ?」
黒鷹「俺の飛行速度を計算して投擲、命中させる技術を持っているような奴だ……」
黒鷹「今から方向転換したところで、即座に串刺しにされるのが落ちだろう」
盗賊「……降りるしかねえってわけか」
黒鷹「…………」
盗賊「おい、どうしたんだ?」
黒鷹「……盗賊、俺を喰え」
盗賊「はぁ? 何でそんな話になるんだよ、ふざけてんのか?」
黒鷹「いや、本気だ。遅かれ早かれ、こうするつもりだった」
黒鷹「盗賊、お前は絶望の中に囚われた鬼妃を救うのだろう?」
338 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/18(水) 02:31:59.17 ID:WUYBRJMUO
盗賊「……ああ、鬼王との約束だからな」
黒鷹「もう、最後まで言わずとも分かるだろう」
黒鷹「奴の中にある数多の魔核。その中から鬼妃を救い出すには俺の眼が必要になる」
黒鷹「俺が伝えてからでは遅い。奴の中の魔核は常に動いているからな……」
黒鷹「俺の翼も、俺の眼も、お前にくれてやる。俺はお前の中で生きる」
盗賊「…………」
黒鷹「フン。どうした?今更躊躇うのか? お前らしくもないな、魔王」
盗賊「ッ、いいんだな」
黒鷹「ああ、お前にならば預けられる。奴も焦れている、時間がない。早くしろ」
339 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/18(水) 02:34:07.44 ID:WUYBRJMUO
盗賊「なあ、黒鷹」
黒鷹「……何だ」
盗賊「これからも頼むぜ?」
黒鷹「フッ、ハハハッ!! ああ、言われずともそのつもりだ。さあ、やれ」
盗賊「……偉大なる大鷲よ。その大いなる翼を、世界を見渡す眼を、俺にくれ」
黒鷹「(俺が口にした台詞を…こいつめ、憶えていたのか。まったく、食えない奴だ……)」
盗賊「おい、聞いてんのかよ? こういう時くらいビシッと決めようぜ?」
黒鷹「……我が名は黒鷹。今この時より、魔王の翼になること誓おう」
黒鷹「……何処までも高く飛べ、盗賊。お前ならば何処までも行ける」
340 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/18(水) 02:35:45.64 ID:WUYBRJMUO
盗賊「……おう、ありがとな」
黒鷹「礼には及ばん。お前と過ごした時は、中々に楽しかったぞ」
盗賊「ああ、俺もだ……」スッ
ゴシャッ…
盗賊「空を掴め、黒翼」
ヒョゥゥゥ…バサッ…バサッ……
盗賊「……………」ザゥッ
剣士「やっと降りてきたか、魔王」
盗賊「あんたは…」
剣士「やあ、久し振りだね。というか大きくなったなぁ。あの日から何年経っただろうか……」
341 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/18(水) 02:37:08.04 ID:WUYBRJMUO
盗賊「……六年だ」
剣士『この場だけ親切にするのは簡単だけど、それをしたら君は怒るだろう』
剣士『だから、君の生きたいように生きればいい。我が儘でいいんだ』
剣士『盗んでも殺してもいい。ただ、その行いは必ず自分に返ってくる』
剣士『それを分かった上で人を殺すと言うなら、それでいい』
剣士『正しい道なんて何処にもない。時には悪が人を救うことさえあるんだ』
剣士『人を救う為に人を殺す。人を助ける為に力を振るう。これは悪だと思うかい?』
剣士『そっか、分からないか……正直な話、僕にも分からないんだ……』
剣士『力を振るうことが正義か悪か。今の話をどう受け取るかは君次第だ……』
342 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/18(水) 02:47:33.18 ID:WUYBRJMUO
剣士「……そうか、あれから六年になるのか」
盗賊「そういや名前聞きそびれてたな、折角だから教えてくれよ」
剣士「あれ、名乗ってなかったっけ? 僕は剣士だ」
盗賊「(……やっぱりな。そんな気はしてたよクソッタレ)」
剣士「精霊と一緒に勇者の保護者をしてたんだ。奴に殺されるまではね」
盗賊「あんたも奴に囚われた一人ってわけか」
剣士「まあ、そんなところだ」
剣士「しかし、あの時南部で出会った少年が魔王になってるなんて驚きだな」
剣士「考えてみると、こうして再会したのも運命なのかもしれない……」ウン
盗賊「何が運命だ、ふざけんな。恩人と殺し合う運命があってたまるかよ」
剣士「……仕方ないさ。運命っていうのはそういう生き物なんだよ」
盗賊「そんな生き物なら今すぐ踏み潰してやりてえよ」
剣士「はははっ、面白い子だな。でもね、そう簡単に運命は殺せないよ」
剣士「もう分かってると思うけど、勇者の下へは行かせない」
剣士「君には、魔王には此処で死んでもらう」ヂャキ
盗賊「……あのさ、あの時は言いそびれたから今の内に言っとくよ」
剣士「ん? 何だい?」
盗賊「あの言葉がなかったら、今の俺はいねえと思うんだ」
盗賊「……あんたには本当に感謝してる。だから、とっとと死んでくれ」ヂャキ
343 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/01/18(水) 02:50:57.37 ID:WUYBRJMUO
ここまで、寝ます
344 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/01/18(水) 04:27:17.84 ID:9DrHDE8DO
乙乙
345 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/01/18(水) 10:04:05.44 ID:9f6j+HD/O
乙。
次も楽しみにしてる
346 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/21(土) 01:40:55.36 ID:dMZ8OWu/O
勇者『可変一刀・二刀型』
戦士『……二刀か、剣士を思い出す。あいつは強かった。俺を殺せる程に強かった』
戦士『希望、我が息子よ、お前がどれほど強くなったのか見せてくれ』ダンッ
勇者『(体勢が低い。まるで地を這うような前傾姿勢、大剣を肩に担いだ突進……)』
勇者『(体格に見合わない速度。撃ち出された砲弾のような圧力、大剣の威圧感)』
勇者『(相手の反撃なんて考えてない。一撃で仕留める自信があるのが見て取れる)』
勇者『(今から避けるのは無理だ。この一撃を捌いて、一度距離を取る)』
347 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/21(土) 01:42:37.39 ID:dMZ8OWu/O
戦士『簡単に死んでくれるなよ』
勇者『(まともに受け止めようだなんて考えるな。勢いを殺さず軌道を逸らせ)』
ガギャッッ!!
勇者『(重い。これが…これが父さんの剣か。でも、これで何とか凌いーー)』
戦士『見くびるな、俺の剣はそう易々と受け止められるほど軽くはない』グッ
ズンッッ! ギシッ…ギシギシッ…
勇者「ぁぐッ!!」
勇者『(何て力だ…軌道を逸らしたのに、そこからまた軌道を変えて斬り返してきた)』
勇者『(いくら完全種でも、身の丈程もある大剣を手首の返しだけで自在に操れるなんて…)』
戦士『考えている暇があるなら動くことだ。敵に先手を打たれる前にな』スッ
勇者『(大剣から手を離…ッ、短剣!? 隠してたのか!!)』バッ
ザシュッ…ポタッ…ポタポタッ……
348 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/21(土) 01:44:20.57 ID:dMZ8OWu/O
戦士『躱し様に斬ってみせるとは、見事だ』
勇者『…ハァッ…ハァッ……』
勇者『(今のは、偶然だ……)』
勇者『(戦う前から分かりきってたことだけど、やはり経験が違う)』
勇者『(競り合い中で剣から手を離し、短剣で斬り付けるなんて発想は……)』
勇者『(いや、発想だけなら出来るかもしれない。それを実行出来るのが凄いんだ)』
勇者『(巨躯を活かした突進、剛腕からくる大剣の圧力。大雑把かと思えば、そうじゃない)』
勇者『(相手を捻伏せる圧倒的な力と、経験に裏打ちされた確かな技術がある)』
349 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/21(土) 01:46:09.20 ID:dMZ8OWu/O
戦士『どうした勇者。何を笑う?』
勇者『こんな時に笑うなんて自分でも変だと思う。でもね、嬉しいんだ……』
勇者『僕の父さん、戦士はやっぱり強かった。想像していたより何倍も強い』
勇者『それが嬉しくて堪らないんだ……』
勇者『こんなにも強い人の息子であることを、僕は心の底から誇りに思うよ』
剣士「……見ろ、魔王。勇者が泣いてる」
剣士「父親と会えたのが嬉しくて、父親と殺し合うのが悲しくて…泣きながら笑ってるんだろう」
剣士「何故、親子で殺し合わなければならない。この世界に救いなんてあるのだろうか」
350 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/21(土) 01:48:40.12 ID:dMZ8OWu/O
盗賊「うっせえ。隠せ、鬼衣」
剣士「そう言えば昔、師から聞いたな」
剣士「鬼とは『いないもの』への怖れであり、そこから生まれた隠なる存在だとか……」
剣士「見えないってのは確かに厄介だ」
剣士「だけどね。音も気配も消えて魔力を完全に隠しても、君の性格までは変えられない」
剣士「君ならどうするか、何処から来るのか。それを読めれば大して怖くないんだよ」グルリ
盗賊「ッ!!?」
剣士「そんなに驚くことはないさ」
剣士「眼に頼らず、感覚を研ぎ澄ませば誰にでも出来る」
剣士「そうすると見えないものまで見えてくる。焦り、不安、怒り、悲しみ…とかね」
盗賊「(ごちゃごちゃうるせえな…)」
盗賊「(感覚も感情も何もかも、脳天吹っ飛ばして消してやるよ)」ズオッ
351 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/21(土) 01:55:30.49 ID:dMZ8OWu/O
剣士「一撃を狙いすぎだよ」スッ
ガシッ…
剣士「どんなに優れた力を持っていても、それは使い手次第だ」
剣士「単調になると簡単に掴まえられる。これからは気を付けた方がいい」
盗賊「(……ハッ、揺さぶって死角から蹴り入れても反応すんのかよ。バケモンかコイツ)」
剣士「今までは『それで』何とかしてきたみたいだけど、僕には通用しない」
剣士「実力の差は感情なんかじゃ埋まらない」
剣士「いいかい? どんな状況でも、誰が相手でも、冷静さを失ったら駄目だ」
剣士「……さあ、隠れんぼはお終いだ」ズッ
ザシュッ!! ブシャッ…
盗賊「…ッ、こッ…の野郎……」ガクンッ
剣士「傷の治りも随分遅くなった。多分、あと一太刀で死ぬだろう」
剣士「友達を守れないってのは本当に辛いことだ。その気持ちはよく分かるよ……」
剣士「……君には戦わないっていう選択もあるんだ。何なら逃げてもいい、追いはしないよ」
盗賊「ざけんな……」
盗賊「あいつを…勇者を見捨てて逃げるくらいなら死んだ方がマシだ……」
352 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/21(土) 02:01:07.45 ID:dMZ8OWu/O
剣士「そうか。なら、殺すしかないな」
盗賊「(立ち上がったのはいいが、どうすりゃいい? 一発も当たりゃしねえ)」
盗賊「(強えとは思ったが、こんなに強えなんて聞いてねえぞ)」
盗賊「(確かに強え、勇者が憧れるのも分かる。が、負けるわけにはいかねえ)」
剣士「……なあ、魔王」
盗賊「あ? 何だよ?」
剣士「本来なら、勇者は普通の家庭で生まれ、普通に育っていたはずだ」
剣士「君だってそうだ。赤髪が迫害されていなければ、そうはならなかっただろう」
剣士「そこで君に問題だ。間違っているのは何だと思う?」
盗賊「何だそりゃ? 運命だ。とでも言って欲しいのか?」
353 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/21(土) 02:03:08.66 ID:dMZ8OWu/O
剣士「その通りだ」
剣士「あるべき運命が歪められたから、勇者は『あんなもの』を背負う羽目になった」
剣士「運命は生きている。明確な意志を持って、確かに存在してるんだ」
盗賊「……いや、意味が分かんねえ。アタマ大丈夫か?」
勇者『(行くよ、父さん)』ダッ
ガギャッッ!! ズオッ…ザシュッ!
戦士『……強者と命を奪い合う』
戦士『相手が強ければ強いほど、危うければ危ういほど、その喜びは増していく』
戦士『高めた力を競い合い、磨いた技をぶつけ合い、最後には俺が勝つ』
戦士『男として、これ以上の喜びはなかった』
戦士『自分がどれほど強いのか。何処まで行けるのか。それを知る術は強者と戦う以外にない』
戦士『そんな相手に巡り会えた時、こいつは危険だと感じた時、自然と笑みが溢れた……』
354 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/21(土) 02:07:24.79 ID:dMZ8OWu/O
戦士『しかし…そうか……』
戦士『己より強き者と戦うのが、忌むべき敵が強くて嬉しいか……』
戦士『内に秘めた力への渇望。俺に似たな、勇者』
勇者『……その言葉、出来ることなら母さんが生きてる時に聞きたかった』
戦士『…………』
勇者『母さんは父さんのことが大好きだった。きっと、今だって大好きなはずだ』
勇者『でもね、僕だって母さんに負けないくらい父さんが大好きなんだよ?』
勇者『強くて格好いい父さんが大好きで、ずっとずっと会いたいと思ってたんだ……』
勇者『ねえ、父さん…母さんは殺された……僕の大切な人の命も……』
勇者『ねえ、父さん』
勇者『父さんは何とも思わないの? 父さんは本当に死んじゃったの?』
戦士『答えは目の前にある。お前の目に映るもの、それが全てだ』
勇者『……狡いな。それじゃ答えになってないよ』
355 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/01/21(土) 02:13:56.61 ID:dMZ8OWu/O
短いけどここまで
356 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/01/21(土) 23:33:24.93 ID:Vh5MNnUDO
乙
357 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/23(月) 02:13:31.24 ID:oFJluqn4O
>>>>>>
同時刻 南都
老人「お嬢ちゃん、助けてくれてありがとうよ」
老人「塞がっていた目まで治してもらって…何と礼を言えばよいのか……」
僧侶「いえ、そんな…お礼なんて……」
老人「おや、その白地に金の刺繍は……」
僧侶「は、はい。私は託神教の信徒、僧侶です」
老人「……そうかい、託神教の…」
老人「しかし、まさか都が滅びる日が来るなんてなぁ…酷いことをする奴もいるもんだ…」
戦士『内に秘めた力への渇望…誰よりも強くありたいか……俺に似たな、勇者』
勇者『……その言葉、出来ることなら母さんが生きてる時に聞きたかった』
358 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/23(月) 02:16:53.85 ID:oFJluqn4O
戦士『…………』
勇者『母さんは父さんのことが大好きだった。きっと、今だって大好きなはずだ』
勇者『でもね、僕だって母さんに負けないくらい父さんが大好きなんだよ?』
勇者『強くて格好いい父さんが大好きで、ずっとずっと会いたいと思ってたんだ……』
老人「……あの子が、勇者様なのかい?」
僧侶「ええ、そうです」
僧侶「あの方こそが勇者様。彼は私達の為、世界の為に戦っています」
僧侶「絶望に両親を奪われ、思い人をも奪われ…御自身も深い傷を負いながらーー」
僧侶「それでも尚、絶望に屈することなく必死に戦っているのです」
僧侶「ですから希望を捨てないで下さい。きっと、この夜は明けますから」
359 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/23(月) 02:18:07.44 ID:oFJluqn4O
老人「希望……」
僧侶「ええ、あの方こそが私達の希望。救世主です」
僧侶「彼ならば必ずや絶望に打ち勝ち、平和な世界に導いて下さることでしょう」
老人「しかし…都がこの有り様では…」
僧侶「御安心を。都に現れた異形の者共は、我々魔狩りの大隊と南軍とで討伐しました」
僧侶「彼の者が生きている以上、未だ安全とは言い切れませんが、一先ずは大丈夫です」
僧侶「これから向かう避難所は窮屈かと思いますが、少しばかり辛抱して下さい」
僧侶「この夜が明けるまでの、短い間ですから……」
360 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/23(月) 02:19:47.70 ID:oFJluqn4O
ーー僧侶様
僧侶「何でしょう」
ーー郊外に、強大な魔力を持った何者かが現れたとの報告がありました。
ーー教皇様直々の御指示で、僧侶様は大至急そちらに向かうようにと……
僧侶「……分かりました」
僧侶「では、あなた方はこの御老人を避難所へ送り届けて下さい」
僧侶「まだ目が慣れていないようなので、くれぐれも丁重にお願いします」
老人「……行くのかい?」
僧侶「はい。戦いは好みませんが、時には戦わなくてはなりません……」
僧侶「嘗ての赤髪同様、世を乱す悪魔を野放しにしておくわけにはいけませんから」
老人「気を付けるんだよ…」
僧侶「……はい、ありがとうございます。では、お元気で…」ザッ
…ザッ…ザッ…ザッ……バシュッ…
361 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/23(月) 02:22:12.01 ID:oFJluqn4O
勇者『ねえ、父さん…』
勇者『母さんは目の前で殺された…大切な人の命も奪われた……』
勇者『この戦いに関係のない人々さえも大切な何かを失って、堪え難い痛みを抱えてる……』
勇者『ねえ、父さん……』
勇者『父さんは何とも思わないの? 父さんは、戦士は本当に死んじゃったの?』
戦士『……答えは目の前にある。今、お前の目に映るもの。それが全てだ』
勇者『……狡いな。それじゃあ答えになってないよ』
精霊「……遅かったわね」
僧侶「お待たせして申し訳ありません」
僧侶「住民の避難やオークの駆逐など、やるべきことがあったもので……」
362 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/23(月) 02:25:42.42 ID:oFJluqn4O
精霊「オークだけではないでしょう?」
僧侶「……と、言いますと?」
精霊「『意に添わない者』の排除」
精霊「この大混乱、王侯貴族が死んでも何ら不思議はない。それは南王も例外ではない」
精霊「託神教に否定的懐疑的な輩を一掃し、生き延びた民を教徒とし、信徒はより信仰を強める」
僧侶「…………」
精霊「私より民の救助を優先したのも、より多くの民の心理に勇者が救世主であることを植え付けるため」
精霊「民の前で何度も何度も優しい信徒を演じるのは疲れたでしょう?」
僧侶「別に演じていたわけではないです。優しくするのは当たり前です……」
僧侶「それから、植え付けたという表現はやめて下さい」
僧侶「私達が民に伝えたのは神の告げ、『真実』なのですから」
363 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/23(月) 02:30:02.17 ID:oFJluqn4O
精霊「真実ね……」
精霊「混沌の後の安息の千年。その下準備は整った?」
僧侶「……よく御存知なんですね」
僧侶「概ね順調です。『今のところ』は、ですが」
精霊「そう。なら、後は勇者を手に入れるだけということかしら」
僧侶「手に入れるだなんて、そんな野蛮な真似はしません。お迎えに行くだけです」
精霊「迎えに行く?」
精霊「大隊を率いて遺体を奪い取る気なのに、随分と妙な言い方をするのね」
僧侶「遺体ではなく不朽体です。奪うのではありません、迎えに行くのです」
精霊「…ハァ…まあ、どちらでもいいわ。行かせはしないから」スッ
ぐちゃっ…ドサッ
僧侶「ッ、いきなりですね。ですが、そう言うとは思っていました」スッ
364 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/23(月) 02:34:43.63 ID:oFJluqn4O
僧侶「…………」シュゥゥ
精霊「あら、随分と治りが早いのね。体内の元素を膨張させて爆発させたのに」
僧侶「左脚が吹っ飛んだ程度です。この程度の痛み、勇者様の痛みに比べれば……」ググッ
僧侶「勇者様の痛みに比べれば、大したことはありませんっ」ザッ
精霊「(崇拝や信仰って本当に厄介ね……)」
僧侶「それに、『そのやり方』なら私も知っています」スッ
ぼぎゃっ…
精霊「(何らかの施術を受けているのか。それとも……)」シュゥゥ
僧侶「手を翳すこともなく欠損部位の自動治癒。明らかに既存魔術の枠組みから外れていますね」
精霊「それはお互い様でしょう?」
精霊「それより、託神教は魔術使用を認めていないんじゃなかったのかしら?」
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