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【艦これ】鳥海は空と海の狭間に
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962 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2018/07/08(日) 21:11:53.03 ID:gqgURpN+o
「彼ノ感情ヲ正確ニ伝エル言葉ヲ……私ハ知ラナイ……ダケド、コウハ言エル……彼ハ幸セダッタヨ」
鳥海が硬直する。そんな話を聞かされるなんて考えてもいなかっただろうから。
「私ニハ分カル……分カルンダ。他ノ誰ガドウ言オウト……君ガ信ジナクトモ」
何故だろう、胸が痛い。もう何も感じないと思っていたのに。
「提督ハ幸セダッタンダ」
「なんでそんな……今話すようなことじゃ……」
私はほほ笑む。ほほ笑んだつもりだが自信はなかった。
「今言ワナカッタラ……イツ言ウンダ……?」
「だって……そんなこと急に言われても……」
鳥海は小刻みに震えてる。
やっぱり今言うしかなかったじゃないか。
目を閉じる。目蓋が張り付いてしまったように重い。
「君ニハ思イ出ガアルンダロウ? 彼ニモ思イ出ガアッタ……十分ジャナイカ。君タチハ生キテイタ……生キテイル」
それは私にはないものだ。
私は望まれて生まれたのではないかもしれない。
それでも私が生きるのを望んでくれた者たちがいた。
「手ヲ……オ願イダ」
鳥海は頷き、手を取ってくれた。ほのかな暖かさを感じる。
目蓋を押し上げる。鳥海が見ている。もっとよく見ておけばよかったな。
像がぼやけつつあった。
もしも……ほかの可能性があれば、私もこうして誰かに触れられたのだろうか。
そうであってほしい。可能性があれば十分で、それこそが希望だった。
だから私も望もう。未来を。そこに私はいなくとも。
灰色の空に切れ目が入る。ささやかな光が降ってくる。
か細くも、それでも確かな光が。
「晴レタ――」
「ネ級?」
目蓋を閉じても光の色は分かる。
手を伸ばせれば、光さえ掴めそうな気がした。
963 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2018/07/08(日) 21:13:05.67 ID:gqgURpN+o
─────────
───────
─────
「……はやすぎるんですよ。競争って言ってくれたのに私を、鳥海をちっとも待ってくれなくて」
「――」
抱きかかえたネ級はもう何も答えない。
彼女の顔はただただ安らいでいるようだった。
最期まで戦い、そして私をも救ってくれた。命も、心も。
「ありがとう……あなたを絶対に忘れません……」
彼女の亡骸を海に帰す。きっとそこが彼女のいるべき場所だから。
私は忘れない。
ネ級を。この海で起きたことを。
司令官さんを。私を愛してくれた人を。
「司令官さん……私は決めました……決めたんです……」
司令官さんを失ったら、全てが終わってしまうと思っていた。
でも、残酷だけど終わりはそれでも来ない。
生きている限りは終われないし終わりたくない。
だから私は自分の道を歩まなくてはならない。
この手につかんだものを大切にして、こぼれ落ちてしまったものを忘れず、決してそれらに溺れないようにしながら。
全てを受け止めて、私は今もこれからもここにいます。
あなたは幸せだったという。
私もあなたと過ごした時間はかけがえのないものです。
だから私は生きます。
いつか望まれたように。私がそう望むために。いずれ訪れる最期の時まで。
人が……艦娘や深海棲艦も交わるこの世界で。
この空と海の狭間に。
――これは私と司令官さんのおわりとはじまりの話。
964 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2018/07/08(日) 21:17:26.71 ID:gqgURpN+o
エピローグ
抜けるような青空の下で、提督は司令部の屋上から周囲を見回していた。
砲撃で跡形もなく破壊された建物や焼け焦げた木片、ほじくり返されて不自然な稜線を作っている敷地。
瓦礫の撤去は始まっているが、今なお焦げ残った臭いが鼻を突く。
戦火の傷跡も生々しい泊地の有様に人知れず渋面を作る。
トラック泊地が深海棲艦の大攻勢を凌いでから二日。
戦闘そのものは泊地側の勝利と呼べるが、受けた被害も甚大で基地としては機能しなくなっている。
復旧作業を始めようにもトラックに残された資材や重機では限度があり、本土からの輸送船団を待つしかない。
基地施設の惨状の割に人的被害は抑えられ、食料事情だけは悪くないのが、せめてもの慰めだった。
「こんな所にいたんですか。探しましたよ」
声をかけられ振り返ると、秘書艦の夕雲が扉から近づいてくる。
最終決戦に投入された夕雲は、他の多くの艦娘と同様に艤装を大破させ本人も重傷を負いながらも生還していた。
自分では多く語らないが、護衛対象であったローマは夕雲型の奮戦を高く評価している。
現にローマは中破程度の損傷と、狙われやすい環境にありながら他と比較して被害は小さかった。
「深海棲艦の残存艦隊はガ島に向かっているのをラバウル基地が観測しました。飛行場姫のお陰……なんでしょうね」
報告してから夕雲は提督の表情に気づく。
「浮かない顔ですね? やはり深海棲艦の動向が気がかりですか?」
飛行場姫が率いる形になった深海棲艦は、一日ほどトラック近海に留まっていた。
その間に停戦の約定をひとまず交わし、泊地に捕虜として収容されたツ級の身柄を返してもらうとガ島へと撤収していった。
負傷の大きい者たちがいるとはいえ、頭数としてはなおも二百弱の深海棲艦を擁した大艦隊になる。
一時は分裂を起こし現在も決して一枚岩とは呼べないが、それでも飛行場姫の存在は大きくひとまずのまとまりを見せていた。
「俺は幸運だなと振り返ってたんだ」
夕雲に直視されて、提督は視線を逸らすように泊地の全容を見直す。
その場に留まったままの夕雲は提督の反応を待っている。
「こうして停戦にこぎつけたのも前任や周りのお膳立てがあってこそだ。でなければ実現できなかっただろうし、そもそも自分の力で提督になったわけでも……」
「運も実力の内、と言います。それでいいのではありませんか?」
遮るように夕雲が言うと、提督は穏やかに頭を振る。
「巡り合わせの妙を感じてるだけで悲観してるわけじゃないぞ」
提督は夕雲と目を合わせる。
疲れをにじませた顔をしているが、表情そのものは暗くない。
「俺自身もこういう決着を望んでいたし……それはそうとして、お咎めなしとはいかないだろうが」
「え?」
夕雲は予想してなかったらしい言葉にきょとんとする。
自嘲するような、どこか他人事のような物言いが続く。
965 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2018/07/08(日) 21:19:51.97 ID:gqgURpN+o
「勝手に敵と和解して停戦の話をつけようなんて、現場の指揮官が行使できる権限を越えてるからな。独断専行が過ぎる」
「ですが大本営とて和睦を目指していたはずです。だからこそ深海棲艦を受け入れようと……」
「上がそういう意図を持っているにしても正式な命令は出てない」
「では停戦は……」
「それは大丈夫だろう。泥沼を終わらせる機会をみすみす逃すほど上は愚かじゃない」
「……提督はどうなるのですか?」
「情状酌量ぐらいはしてくれるにしても、どこか遠方なり閑職に飛ばされるか……予備役も勧められるかもしれないな」
提督の言に夕雲は押し黙る。
思案を巡らせているであろう顔に提督は笑いかける。
「それはそれでいい。今まで生き延びてこられたのも、この結果を導くためだったかも……となれば俺は役目を果たしたんだろう」
「運命、ですか?」
「どうかな。自分でそれらしく言ってはみたが……生き死にはもっと理不尽だ」
今度は提督が黙ってしまうが、次に口を開いたのも提督だった。
「一つだけ言えるのは、それぞれが力を尽くした結果が今というこの時だ。みんな、よくやってくれたよ」
「本当に……みなさんの活躍には頭が上がりません」
「おいおい、みんなの中には君も入ってるんだぞ」
「……もちろんです。だって夕雲型は」
「主力の中の主力なんだろう?」
「主力オブ主力ですよ」
「意味は同じじゃないか」
顔を見合わせたまま二人は静かに笑い合う。
そうして余韻が収まると、提督は姿勢を正して右手を軍帽のひさしに当てて礼をする。
夕雲も反射的に答礼の形を取ると、提督の張りのある声が続く。
「よく戻ってきてくれた」
厳かに敬意を払われていると夕雲は感じ、この二日の間に帰還の報告もきちんとできていなかったのを思い出す。
提督をまじまじ見つめ、思わず言葉を詰まらせる。
それでも平静を装って声を絞り出す。
「ただいま、戻りました」
夕雲の耳には自分の声がかすれそうで水っぽく聞こえた。
帰ってきたんだと、夕雲はようやく実感できた。
966 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2018/07/08(日) 21:21:39.11 ID:gqgURpN+o
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
トラックでの海戦が終息してから三週間が過ぎ、三月も中旬に入ろうという頃。
飛行場姫がツ級を筆頭に少数の護衛を伴って、トラック泊地へと再び訪れていた。
停戦協定を結ぶためで、政府関係者や妖精も交えて交渉が行われた。
協定は成立し、すでにラバウルやブインを包囲していた潜水艦隊も包囲を解いて撤収している。
ただし飛行場姫たちとの停戦は成立しても、深海棲艦そのものとの停戦には至っていない。
結局のところ飛行場姫たちはガ島を根拠地にした一艦隊でしかなく、深海棲艦の本拠地は北米大陸に存在している。
それでも太平洋側の脅威がひとまず消えたのは確かで、将来的にも大きな前進なのは間違いない。
協定では互いの戦闘行為を禁じ、またブイン基地の放棄も決定されていた。
一方でラバウル基地の存続は深海側も認め、細部は未定ながら双方の交流を目指すという方針も定めている。
停戦からさらに一歩踏み込んだ話なのは、深海棲艦の本流から背く形になった飛行場姫たちの事情に拠るところも大きい。
そういった取り決めが済んだ後、広々とした応接室で飛行場姫はコーワンらと再会した。
「久シブリ……ソノ様子ダト悪イ扱イハサレテナカッタヨウネ」
飛行場姫はあまり愛想を感じさせない様子でコーワン、そしてホッポに言う。
コーワンたちのすぐ後ろにはヲキューが控え、さらに部屋の片隅では扶桑と山城の姉妹も場に立ち会っている。
一方で飛行場姫の側にもツ級が護衛として立つが、以前と違い彼女は鳥海と酷似した素顔を隠していない。
「エエ……ヨクシテモラッテル」
応じるコーワンは対照的に穏やかにほほ笑んだ。
そんな彼女を飛行場姫が直視していると、困惑したようにコーワンが首を傾げる。
「ヲキューニ聞イテナカッタノ?」
「アノ時ハ戦場ヨ……ユックリ聞イテラレル時ジャナイ」
やはり愛想の薄い声音で飛行場姫は応じる。
その響きに何かを感じ取ったのが、コーワンは神妙に頭を下げた。
「……アナタニモ苦労バカリカケテシマッタ」
「……分カッテルナラヨロシイ」
そこで初めて飛行場姫は少しではあるが相好を崩した。
いくらか和らいだ雰囲気になった飛行場姫は、成り行きを見守るような扶桑姉妹たちへ視線を投げかけてからコーワンに問う。
「艦娘ヤ人間ト会エテ……ヨカッタ?」
「エエ……ヨカッタシ正シカッタトモ信ジテル……アナタモソウ気ヅイタカラコソ……」
「私トアナタハ違ウ……アナタホド楽観シテナイ」
コーワンの言葉を飛行場姫は遮るとはっきり言うが、ホッポがそこに首を傾げる。
967 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2018/07/08(日) 21:25:59.88 ID:gqgURpN+o
「ダケド……戦ウノヲ止メテクレタヨ?」
「ソレハ……歩ミ寄リモ必要ダト思ッタカラデ……」
言い繕うとする飛行場姫にホッポは明るい顔で頷く。
「ヤッパリ分カッテクレテル!」
「ッ……私ノコトヨリアナタタチ! コレカラドウスルノ……島ニ帰ル気ハアルノ?」
あからさまにごまかす物言いだが、ホッポはそれを気にした様子もなく答える。
「イツカハ帰ルヨ……デモ、ソレハ今ジャナイノ。島ジャ分カラナイコトガ……タクサンアル」
「ホッポ……私モ同感……我々ノ未来ハヨウヤク開ケタバカリ……白紙トソウ変ワラナイ……」
コーワンが釣られたように話すが、言葉の最中で沈痛するように目を伏せる。
それを飛行場姫は見逃さなかったが、あえて触れる真似もしない。
「私ハ白紙ヲ彩リタイ……」
「……アナタハドウナノ、ヲキュー?」
「私デスカ? 先ノ戦イヲ生キ延ビタノデ……モット艦娘ヲ知リタイデス……彼女タチハ面白イノデス」
「ソウ……触レレバ変ワルカ……」
飛行場姫は後ろのツ級に振り返る。
ツ級は儚く笑う。多くを語らないが、彼女もまた心境が変化してると確信できる。
もっとも、ツ級には接触よりも喪失による変化のほうが強い影響を与えたのかもしれない。
「結局……ミンナシテ探シ物ガアリソウネ……」
飛行場姫は言うと、ひざまずいてホッポを抱きしめる。
しばらくそのままでいたが、それが済むと今度は立ち上がってコーワンに同じようにする。
「イツ帰ッテキテモイイヨウニシテオクカラ……離レタ所ニイテモ……アナタタチハ大切ダカラ……」
「ウン……絶対帰ルカラネ」
久々の再会。そしてしばしの別れ。
答えるホッポの目には雫がある。
黒いはずのそれも、光の加減か輝いているように飛行場姫には見えた。
968 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2018/07/08(日) 21:29:05.59 ID:gqgURpN+o
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
朝日の昇り始めた海原に快活な声が通る。
「それでは白露、並びに時雨。ガ島への交換留学に行って参ります!」
白露の宣言に合わせて、他の白露型が思い思いの別れの言葉を一斉に言う。
一言二言を異口同音、ではなく本当に好き勝手に言うものだから。
「ちょっ、みんな同時に言われても聞き取れないってば!」
「こういうところは白露型って感じだよね」
時雨はしょうがないと言わんばかりだが、表情は満更でもなさそうだった。
ガ島の深海棲艦と停戦してから半年が過ぎると、艦娘たちを取り巻く環境はまた大きく変わりつつある。
その中で深海棲艦との交流も本格的に検討されて、それぞれが少数ずつ交換留学を行うと話が決まった。
あたしは栄えある第一陣として真っ先に名乗りを挙げ、そのまま艦娘を代表とする留学生として承認されたのでした。
さっすが、あたし。一番に愛されてるね。
「二人のことは二度と忘れないっぽい」
「や、たぶん正月とかには一旦帰ってくると思うからね?」
夕立が冗談だと思うけど、本気っぽい顔して言う。
すると夕立は不思議そうに首を捻った
「でも艤装とか持っていく許可は降りてるっぽい。護衛もついてるし危ないっぽい」
「あー、そこは一応は停戦中だしね。非武装にしたくても、まだ深海棲艦の本隊は敵のままだし……」
艦娘も深海棲艦も留学生は共に艤装や兵装の持ち込みが認められてた。
深海棲艦の主流とは未だに敵対してるし、ガ島の深海棲艦も主流からすれば裏切り者になる。
なので交戦する可能性は残ってるし、そんな時に戦力にもならない、自衛もできないのはという話だった。
「……そこまで互いに信用できてないのもあるかも」
時雨がそんなことを言う。
ただ時雨の言い分が間違えてるとも言えないので、何も言い返さなかった。
あたしとしては、そういう関係だからこそ橋渡しみたいにならないといけないと思ってるんだけど。
なんてことを考えてると風呂敷を持った春雨が寄ってくる。
「白露姉さん、差し入れにマーボー春雨を作ったんです。濃い目に味付けしたので日持ちすると思います……それと乾燥春雨も。水で戻せば一杯に増えますから!」
「あ、ありがと……」
勢い込んで渡されて、ちょっと引き気味になる。
もちろん厚意なんだから、ありがたくもらっちゃうけど。
受け取りながら、ちょっと気にかかってたことを尋ねる。
969 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2018/07/08(日) 21:34:00.91 ID:gqgURpN+o
「春雨も行ってみたかった?」
「興味はあります……でも、今の私が行くのもなんだか違う気がして……」
「そっか。入れ替わりで向こうから来る子に優しくしてあげてね?」
「はい、任せてください!」
眩しくなるような笑顔で言ってくれるんだから、本人の言うように大丈夫なんだなって思えた。
他の姉妹たちにも改めて挨拶していって、残すとこは最後の一組というか一人になった。
江風――の後ろに隠れるエメラルドみたいな髪をした妹。山風。
「姉貴たちにちゃんと挨拶してやってくれよ」
江風は後ろに隠れる山風をそれとなく前に押し出す。
山風は俯き気味に、だけど上目遣いに顔を合わせようとしてくる。
つくづく思うのは、今まで姉妹にいなかったタイプだ。
山風が着任して来たのは、ほんの一月前ぐらいだった。
あんまり馴染めないままだったなーと白露は振り返る。
積極的に話したりはしてたんだけど、どうもそういうのがあんまり得意な子じゃないらしい。
江風には気を許してるようなので、孤立してるってことはないし安心はしてる。
まあ、未だにちょっと警戒されてるような態度はちょっと寂しいけど。
「あの……あたし……」
「こういう時はね、行ってらっしゃいって言うんだよ」
「……行ってらっしゃい」
「うん、行ってきます」
山風の頭を撫でてあげると、くすぐったそうに目を細めた。
まあ警戒されてても、嫌われてはいないようだしそれでよしとしよう。
言葉を直接交わしたのは妹たちだけだったけど、泊地の他の仲間も見送りに来てくれてた。
その人たちにも手を振ってから、あたしたちは輸送船に乗船する。
輸送船が出港してからも時雨と一緒に甲板に上がって、それぞれが水平線と地平線とに消えるまで離れようとはしなかった。
完全に見えなくなったところで白露が時雨に笑いかける。
「しっかし時雨までついてくるとはねー」
「もしかして嫌だったかい?」
「まさか。頼りになるし来てくれて嬉しいよ。ほんと言うと、かなり意外だったけど」
「ボクも思うところはあるからね。それに姉さん一人でも心配だし」
「あたしのどこに心配する要素があるってのよー……あれ?」
白露が何かに気づき、時雨も背後を振り返る形でそちらを向く。
反対側の舷に妖精がいた。水兵帽を被って猫を連れている。
970 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2018/07/08(日) 21:35:38.03 ID:gqgURpN+o
「妖精か。あんまり見かけないタイプな気がするけど」
そんな妖精に白露が向かってつかつか歩いていく。
時雨は不思議に思いながらも、そのあとを少し離れて追う。
猫の腹を触っている背中に声をかける。
「あなたもガ島に……って、この船に乗ってるならそうに決まってるよね」
話しかけられると妖精は猫から手を離して振り返る。
「その通りですよ、白露さん」
「あれ、名前知ってるんだ?」
「我々の中では有名人ですからね。後ろの方が時雨さんですよね。ご高名はかねがね」
妖精は笑顔を崩さずに頭を下げる。
その後ろで猫が興味あるのかないのか、寝そべりつつも上半身を起こして見ていた。猫はのどかそうな顔してる。
「あなた方は深海棲艦を受け入れたんですね?」
「そうなる、のかな? 色々あったし」
「コーワンたちが本気だったのは間違いないからね」
「っていうか、あなたもそういう気持ちがあるから、ここにいるんじゃないの?」
「……そうかもしれませんね。我々の場合、深海棲艦よりも彼女らに仕える小鬼に用があるのですが」
小鬼かぁ。そういえば私たちにとっての妖精が、深海棲艦にとっての小鬼みたいな話をホッポがしてたっけ。
「今は停戦。行く行くは和解……上手くいくと思いますか? もしかすると知れば知るほど相容れない相手だと気づいてしまうかもしれません」
妖精はほほ笑んだまま問いかけてくる。
時雨は硬い顔で妖精を見ていた。もしかしたら、と考えているのかも。
そして妖精の顔を見ていて、白露は直感的に思うことがあった。
971 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2018/07/08(日) 21:37:16.06 ID:gqgURpN+o
「……不安なんだね?」
「そう見えますか?」
「だって上手くいくか分からないから。それに妖精たちが深海棲艦や戦争をどう考えてるのか、あたしは知らないし」
妖精は何も言わない。笑顔を張りつかせたままの視線だけはこっちを見ている。
あたしとしては思うように言うだけだった。
「よくなると思って、そうなるようやってくしかないんじゃない。足踏みしてても何も変わらないんだし」
「問題が起きてからでは遅い、とも言えませんか?」
「そりゃあ考えなしでいいとは言わないけどさ。まずは動いてみないと分からないことってあると思う」
妖精は何も言い返してこない。別に言い負かそうとかそういうんじゃないけど。
「ただ闇雲に怖がったり避けようとするよりも、深海棲艦をもう少し信用してもいいんじゃないかな? あたしたちが今ここにいるのって、そういう気持ちがあるからだと思うんだよ」
甘い考えなのかなとも思うけど、そうでなかったらトラックでの戦いの時点でどうにもならなくなってたんだし。
だからあたしは信じたいし、信じてあげなきゃと思ってる。
「……ちょっと偉そうだったかな?」
「いえ、よく分かりました。すっきりするとは、こういうことなのでしょうね」
妖精はそんな風に言う。本当にすっきりしたのかは、ちょっとあたしには分からない。
この話はこれでお開きだった。
あたしとしては自分で言ったことを自分から反故にしないようにしようと、ちょっぴり思った。
そうして、いきなり頭に閃きが走る。思うままに時雨と妖精に向かって宣言した。
「あ、そうだ! 島には私が一番最初に上陸するんだからね? 抜け駆けは絶対になしだよ!」
「……当日はこの子が粗相をしないよう見張っておきますね」
猫は眠たそうにあくびしている。なんというか……心強く感じた。
972 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2018/07/08(日) 21:41:07.18 ID:gqgURpN+o
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
トラック泊地に海の見える高台があり、そこには慰霊碑が設置されていた。
後々になって第二次トラック沖海戦と名づけられた海戦の戦没者を偲ぶためのものだ。
その戦いでは決して多くないながらも人間、そして深海棲艦が死んでいる。
海戦からはおよそ二年の月日が流れていた。
正確にはあと一ヶ月でニ年が経つ。
「つまり、あんたが逝ってからはもう二年過ぎてるんだ……早いもんだよな」
墓の前で木曾はそう声をかける。
慰霊碑の置かれた区間には他にいくつかの墓があり、その内の一つがガ島で果てた初代提督の墓だった。
あまり大きい墓ではないが、来るやつが多いのかよく手入れされている。
それでも久々に来たのもあるし、墓石を掃除して酒を供える。
墓といっても、ここに提督の体はない。
海にまつわる慰霊碑や墓標なら往々にして起きる話だ。
ただ、この墓には提督のしていた指輪が納められている。
墓を立てるに当たって鳥海が提供した物だ。
「吹っ切ったってことなんだろうな、あいつは。あんたはそういうの寂しく思うのか……それとも喜ぶのかね」
どっちか二つに一つなら喜びそうだな。そんな気がしてならない。
それからしばらく近況報告する。
自分のこと、姉さんたちのこと。トラック泊地の再編を機に、それぞれ異動先が二つに分かれてしまったけど上手くやっていた。
ヲキューたち深海棲艦もだいぶ馴染んできて、少なくともどこの泊地でも現場レベルじゃ完全に受け入れられてる。
一方で深海棲艦そのものとの交戦は未だに続いてるのも報告した。
穏やかな二年だったけど、この半年は北方方面の動きが活発で迎撃戦も多かった。
そうした動きもあってか、今年はこちらも大規模作戦を実行するのが決まっている。
欧州への派兵だってさ。いつの間にこんなことになったんだろうな。
深海棲艦との戦いはまだ続いているが、それでも終わりは見えてきたように思う。
俺も作戦に参加しなくちゃならない。
もしかすると、こうして墓前に来てやれるの今回が最後になるかもしれなかった。
胸の内でそんなことを考えていると、後ろに人の気配を感じた。
振り返ってみると摩耶がいた。摩耶はさわやかに笑うと片手を上げる。
973 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2018/07/08(日) 21:42:30.97 ID:gqgURpN+o
「久しぶり。最後に会った時とあんま変わらないな」
「それはお互い様だろ。元気にしてたか?」
「まあな。あたしにも挨拶させてくれよ」
半歩ぐらいずれると、手ぶらの摩耶は墓に向かって黙礼した。
それが済むと摩耶と色々話すことになる。久々に会えば積もる話も多い。
やっぱり北のほうって寒いのかとか向こうの魚って旨いのかとか、そんな取り留めのない話をしてから。
「木曾も遣欧艦隊入りだっけ?」
「来月にはシンガポール入りだよ。ということは摩耶もか?」
「うん。うちからはあたしと第八艦隊だな。藤波はどうにか理由つけて辞退したがってたけど」
「藤波?」
「そういや木曾は会ったことないんだっけ。夕雲んとこの妹の一人で」
「ああ、島風と競い合ってるってやつか」
そう言うと、摩耶が不思議そうな顔をする。
どうして知ってるんだと言いたそうな顔に、先に答えてしまう。
「実は鳥海と手紙のやり取りはしててな。なかなか気に入ってるみたいじゃないか」
文面では抑え気味だが、慈しんでるような印象を受けた。
「まあ肩を並べて同じ戦場で戦う機会はなさそうなんだけどなあ」
「教導艦になったからな、鳥海のやつ」
「今じゃ深海棲艦の面倒も見てるからな……これも知ってたか?」
頷き返す。
第二次トラック沖海戦の後から現在もトラック泊地が要所であるのには変わりない。
それに加えて深海棲艦の受け入れ先としても最も活発な場所になっていた。
鳥海はどこかで戦う以外の自分を見つめていたのだろう。
深海棲艦との交流が活発化したのを機に、教導艦として転進の道を歩み始めた。
974 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2018/07/08(日) 21:44:53.85 ID:gqgURpN+o
「摩耶からしたらどうなんだ。鳥海の教導艦ってのは?」
「向いてるさ。なんたって鳥海だぞ」
「理由になってないな」
思わず笑ってしまう。でも摩耶の言いたいことは分かる。
戦うだけが全てじゃないと、鳥海は身を以って証明したいんだろう。
ただでさえ、あいつは戦いの中で多くを見て多くを失ったとも言える。
「行き着くところに行き着いたんだろうな」
「……だろうな。鳥海のそんな姿を見せてやりたかったって、ここに来ると考えちゃうよ」
摩耶は提督の墓標を見つめる。そんな摩耶に答える。
「……見なくても分かってたんじゃないかな。鳥海が戦う以外の道を見つけるってのは」
「だといいな……」
あいつはどこかで戦後を考えていた。
提督という立場なら当然なのかもしれないが、終わりの先というのを意識していたように思う。
今の俺たちはその終わりの先に向かっている。
あるいはもしかすると、すでにそこに進んでるのかもしれない。
そして今の道には提督の残した足跡みたいなのが確かに存在してる。
「でもやっぱり……もっと俺たちを見ていてもらいたかったよ」
「木曾……」
あんたがいなくてさみしいよ。
ここに来た時ぐらいはそう思ってもいいよな……提督?
975 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2018/07/08(日) 21:48:29.25 ID:gqgURpN+o
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ネーネー、ネネッネー」
ハミングのような声が重なって聞こえてくる。
そう聞こえるのは二人で声を出しているからで、声の主は二人のネ級だった。
波止場で待ち合わせていた私に彼女たちは声をかけてくる。
「こんにちは、艦娘のお姉さん」
挨拶してきた彼女たちの背はそれほど高くなく、二人とも表情にはまだあどけなさを残している。
彼女たちはよく似た顔立ちながら、前髪の分け方が左右で違うし目の色も赤と金色と分かれている。
左分けのほうが赤で、右分けが金色。あのネ級の赤と金の瞳を思い出す。
彼女たちとは初対面だけど、あらかじめ来るのは知らされていた。
私は彼女たちを笑顔で迎える。
初めからそうするつもりだったし、会ってみたら自然とそうなっていた。
驚いたのは、彼女たちの言葉が流暢だったこと。
「言葉が上手いって? 白露ねーさんとか時雨ねーさんが教えてくれたからね」
赤い目のネ級が胸を張る。意外と大きそう。
「いっちばーんって言っててかわいいんだよ。え? 知ってるの?」
「前にお世話になった方と出立前に言ってたではありませんか」
「そうだっけ?」
「たまに思うんですけど、ネズヤって鳥頭ですよね?」
「むっ、方向音痴のネマノに言われたくないなあ」
ほっとくとこのまま脱線しそうな二人を軌道修正。
金目のほうのネ級が慌てた様子で謝ってくる。
「ごめんなさい……そういえばちゃんと名乗っていませんでしたね。私がネマノであっちがネズヤ。語呂が少々悪い名のような気もいたしますけど……」
「えー。せっかく白露のねーさんが考えてくれたのに?」
「それには感謝してますけど、もっとこう……エレガントな感じにしてほしかったんですの!」
「またそういう訳の分かんない感覚で話すー」
茶化すように笑うネズヤに、ネマノは頬を膨らませる。
白露さんがこういう名前をつけてしまった理由が分かったような気がした。
そんなことを考えているとネマノがじっとこっちを見ていた。
976 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2018/07/08(日) 21:49:25.18 ID:gqgURpN+o
「あの……以前にどこかでお会いしませんでしたか?」
「もしかして口説き文句?」
「どうしてそうなりますの!」
「でも、実はわたしもそんな気がしちゃうんだよね……これって運命?」
「そっちのほうがよっぽど歯の浮いた口説き文句ではなくて?」
私が何か言う前に二人はどんどん話を進めていってしまう。
あえて口を挟まないでいると、今度はネズヤのほうがこっちに気づいて叫ぶように言う。
「ほら、変な目で見られちゃってるじゃん!」
どちらかというと、このネズヤのほうが身振り手振りと何かと動きのある子だった。
思わず失笑しながら、そうじゃないと伝える。
「あなたたちは私が知ってるネ級とは、ずいぶん違うんだなと思って」
そう言うと二人は驚き、それから顔を見合わせた。
「……姫様が教えてくれました。私たち双子の前にいたネ級は一人だけだったと」
「私たちもそのネ級……姉さんをなんとなく心に感じることがあるんだよ。夢で見るような……?」
「似てはいないんですね……分かってはいましたけど」
それから二人は一転して黙り込んでしまい、声をかけづらい雰囲気になってしまう。
やがて金色の、ネマノのほうが口を開く。
「あの……あなたのお名前よろしいですか? わたくしとしたことが大切なことを忘れていましたわ」
確かに名乗りそびれていた。
深呼吸一つ。実を言うと、ちょっと緊張してる。
「私は鳥海です。よろしくお願いしますね」
よかった、ちゃんと言えた。
ぶっきらぼうになってしまうんじゃないかと思っていたから。
二人のネ級は声を揃えて言う。
「あなたに会えて、とても嬉しいです」
満面の笑顔が向けられていた。
見上げれば蒼い空。浮かぶ雲は筆で刷いたようなかすれかたで、太陽は温かく眩しくて。
見下ろせば青い海。光を浴びて白く輝きながら、永遠に絶えそうにないうねりを見せて。
良いことも悪いことも、この世界には多くがあふれている。
ここが私の生きる世界。多くの日常と非日常が混ざり合う、空と海の狭間。
忘れ得ぬ想いを胸に、私は今日もここにいます。
了
977 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2018/07/08(日) 21:57:08.97 ID:gqgURpN+o
これにて完結です。長い間、お付き合いいただきありがとうございました。
ううん、何か最後だし書こうと思ったのですが、あんまり思い浮んでこないもんですね。
一つだけ言えるのはもう一年は早く完成させたかったけど、延び延びになっても完結まで持って行けたのはどこかのどなたがたが読んでくれたお陰だなと。
世辞でもなんでもなく本当に、ありがとうございました。またどこかでお目にかかれれば幸いです。
978 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/08(日) 22:25:19.58 ID:srXSez0+0
大作お疲れ様
スレ埋まりそうでずっと書き込みできなかったけどやっと書ける
いい作品をありがとう
979 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/09(月) 16:00:39.29 ID:XI6WNKc40
おつ、読み終わった。
合計何文字くらいだったんですか?
980 :
◆xedeaV4uNo
[saga sage]:2018/07/12(木) 19:48:49.71 ID:gGHabxYMo
>>978
ありがとうございます。いい作品になってくれてるなら、自分としても肩の荷が下りる感じですわ
>>979
おつありです。ざっくりですが四十九万文字ほど。なんで五十万弱ですね……こんなに書くことになるとは
これからのことなんですが、これをハーメルン辺りに持っていってみようかなと最近は考えてます
過去作でしか説明してない人間関係あったりとかで、実際にこれをこのまま持っていっていいかは悩みどころですが
なんにせよ、本当に移るならひっそりここでまた告知だけしようかとは思ってます
981 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/08/07(火) 12:09:57.72 ID:lXnx6W9fO
遅くなったけど乙でした
最初から追ってたけど読みごたえあって面白かった
982 :
◆xedeaV4uNo
[saga sage]:2018/08/11(土) 19:23:01.92 ID:hWyG4Heeo
>>981
最後まで付き合っていただきありがとうございます。面白かったって言うのは作者にとっては最高の褒め言葉だと思っております
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