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【艦これ】鳥海は空と海の狭間に
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820 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/17(木) 14:30:30.87 ID:gbdTaRv9O
乙乙
今のままでいいんじゃね
821 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/23(水) 18:19:34.65 ID:Zlv/iT9RO
乙乙
822 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/08/30(水) 23:08:44.81 ID:qAhr7+Ybo
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
二月十九日。この日、トラック近海の天候は朝から思わしくなかった。
晴れ間こそ覗いているものの、南方から厚く垂れ込めた入道雲が壁のようになって広がりつつある。
発達した雲はどこかで豪雨が降りだすのを予感させ、いかにも一筋縄ではいかない天気に見えた。
この戦いと同じだ。提督はそんな風に思う。
与えられた時間の中で最善を尽くしたつもりでも、どう転ぶのかは分からない。
提督は作戦室の窓からそんな空を見上げていたが、すぐに意識を現実へと戻す。
時刻は九時を回っているが、泊地はすでに五百機からなる艦載機の空襲を受けていた。
コーワンの配下たちが前日から引き続き防衛に就いているが、敵艦載機は彼女らを素通りして泊地施設を攻撃してきている。
幸いにも今回の空襲でさほどの被害を受けなかったが、それだけに敵も艦砲などの方法も含めて更なる攻撃を仕かけてくる可能性は高い。
そして前線の艦娘たちも、敵艦隊と接触したとの通信を入れてきていた。
夜以来の索敵により敵は東方から襲来する可能性が高いのは分かっていたし、実際に進攻は東から行われている。
しかし前日と敵の動きはまったく違う。
「偵察ヲ許サナイツモリノヨウデスネ……」
「ええ、どうも気に入らない。早急に全容を把握しないと取り返しのつかないことになるかもしれない」
同じように作戦室に詰めているコーワンに返しつつ、提督は彼我の状態を示している表示板に目をやった。
今までと違って、日が昇ってからは偵察に出している彩雲や二式大艇が迎撃を受けるようになり、索敵の成果が芳しくない。
本来ならこれが当たり前の行動なのだが、昨日はあえて偵察を許していたように見えるだけに引っかかる。
所在が分かっているのは飛行場姫と戦艦棲姫の二人で、先陣を切っているのは飛行場姫の艦隊だった。
そのあとに戦艦棲姫が続く形で、二人の姫を取り巻く艦隊は合わせれば百を越えている。
そして、おそらくより後方に控えているはずの敵の機動部隊や、何よりも空母棲姫と装甲空母姫の姿を確認できていない。
「モシ……密カニ動イテイルナラ……」
「狙いはここ……その時はあなたの配下たちを当てにするしかないでしょう」
それも踏まえて泊地より七十キロから百キロ圏内を第一次防衛圏に、五十から七十キロ圏内を第二次防衛圏として定めての迎撃戦を展開している。
航速や射程距離を考えると泊地からはかなり近いが、裏を返せば不測の事態が起きても艦娘たちが泊地へ取って返せる距離でもあった。
しかし、あまり好ましい展開にはならないかもしれない。
敵の動きを予測しながら提督は考える。
「この布陣も飛行場姫を無理にでも戦わせようとしてのものだ」
823 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/08/30(水) 23:09:45.80 ID:qAhr7+Ybo
飛行場姫はこちらに対して停戦のための交渉を持ちかけようとしていた。
他の深海棲艦からすれば承服できるような話でもないのだろう。
だから最前線において、戦わざるを得ない状況を作り出そうとしている。
そうした判断そのものは理解できた。獅子身中の虫かもしれない相手の出方を見極めるには危険に晒してしまえばいい。
艦娘たちには飛行場姫を自衛などの、やむを得ない事情がない限りは攻撃しないように伝えている。
この戦力差では、いかに彼女たちが奮闘したところでじり貧にしかならない。
泊地を守り抜くには、こちらが余力を残したまま敵艦隊には甚大な被害を与える必要がある――残る他の三人の姫級を沈めるような痛手を。
飛行場姫を無視するのは、戦力上の負担を減らす意味でも効果はある。
そうした戦果をあげた上で、停戦を持ちかけるなりして落としどころを用意する。それが目指す勝利の形だった。
そのためには、そうした提案に応じるであろう飛行場姫の存在が不可欠となる。
「私ニ艤装ガ戻ッテイレバ……」
コーワンが誰ともなく呟いたのを提督は聞き、そしてつい想像してしまう。
もし、この姫が敵だったらどうなっているのだろうと。
そう考えてしまうのは、自分と深海棲艦の接点が戦いの中にしかなかったからかもしれない。
もう五年ほど前になる。日本が深海棲艦と接触して、一方的に敗れたのは。
すでに存在が確認されていた深海棲艦に、従来の兵装がろくに通用しないことは知られていた。
そんな中、深海棲艦の手はこの国の経済水域を侵すまでに至り、そうなれば行動を起こさないわけにはいかなかった。
そうして戦闘は生起したが……とても戦闘とは呼べない有様だった。
提督は疼くような感覚がして左手へ視線を落とす。今でもどうして生き延びたのか分からない。
多かれ少なかれ、自覚があるかは別にして、今を生きる人間は何かを深海棲艦に奪われている。
コーワンや彼女に連なる者たちが手を下したわけではないにしてもだ。
「今は信じるしかないでしょう。彼女たちなら上手くやってくれると」
「……ソウデスネ」
コーワンはどこか不安げに、しかし何かを秘めたような顔で頷く。
不意にそれまで思いつかなかった考えが提督の頭をよぎる。
これは試練なのかもしれないと。何の、という具体的なことまでは分からない。
過渡期というのは往々にして事変が起き、これもそんな出来事の一部ではないかと思わずにはいられなかった。
824 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/08/30(水) 23:10:44.78 ID:qAhr7+Ybo
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
鳥海ら三人の重巡が放った一斉砲撃、合わせて三十近い砲弾がル級を打ちのめす。
いかに戦艦であっても全身が堅牢ではない。攻撃目標となったル級は集中砲火によって物言わぬ躯になると、急速に海中に没していた。
――まるで何か見えない手に引きずり込まれるように。鳥海はそんな感想を抱く。
主力艦を失いながらも残存する敵艦も戦意を失っていない。
むしろ果敢に砲撃の合間を狙って駆逐艦たちが突撃してくるも――。
「通すわけねえだろ!」
摩耶の主砲に機銃群や島風と長波の砲撃に煽られながら蹴散らされていく。
四人いた改良型のイ級駆逐艦も二人が摩耶たちによって沈められ、砲火を一時は逃れた残る二人も追撃を受けて撃沈されていく。
周囲の敵影が途切れた所で、摩耶が快哉をあげる。
「これで十! 当たるを幸いってか? 今日はなんか調子がいいや」
「朝ご飯がおいしかったからかしら。質素にお蕎麦なんて言ってたけどねえ」
「そんなわけ……ないとも言い切れないけど」
摩耶の意見に同意するように愛宕姉さんの声が続き、高雄姉さんがちょっと困惑したように応じていた。
確かに摩耶が言うように調子がいい。
今の第八艦隊は通常編成と違って、ローマさんが主力へと抜けた代わりに愛宕姉さんと摩耶が入ってきている。
島風と長波さんもいるし、この編成だといつかの第四戦隊を思い起こす。その時とは何もかもが違うけど。
「どうしたんだよ、鳥海。浮かない顔して」
「もしかして呆れられちゃってる?」
摩耶と愛宕姉さんに声をかけられて、すぐに首を振る。
「あ……いえ。むしろ二人が自然体で頼もしいです。このまま飛行場姫への牽制を続けましょう」
825 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/08/30(水) 23:12:10.19 ID:qAhr7+Ybo
この戦闘の主目標はトラック泊地を守り抜くことであり、そのためにも姫級の撃破は不可欠な要素だった。
その中でも飛行場姫のみは、自衛を除いて交戦を避けるよう言われている。
だから、できることなら無視しておきたいけど敵の先鋒にいる以上は不本意でも放置できない。
そこで主力艦隊は飛行場姫を取り巻く艦隊を迎撃しながら、後続にいる戦艦棲姫を目指している。
私たち第八艦隊もその負担を減らすために、遊撃を行いながら飛行場姫の艦隊をできるだけ引きつけようとしていた。
主力に向かう全ての相手を阻止できるわけではないにしても、それなりの戦果も挙げている。
その甲斐もあってか、深海棲艦はここで足踏みしているようだった。
このまま時間を稼げれば、その間に未発見の機動部隊を発見できるかもしれない。
そうでなくとも注意を引き続けることができれば、主力はもちろんのこと迂回して後方から機を窺っているはずの木曾さんたちにも有利になるはず――。
「敵影見ゆ。あいつは……!」
長波さんの声に、体が自然と反応する。鳥海たちはその場から逃れるよう散開すると、新たな敵の存在を見やった。
複数の深海棲艦。護衛要塞を伴った艦隊で十隻以上いる。そして中心にいるのはネ級とツ級。
見張り員を通して強化した視覚で見たネ級は、こちらを見返しているように感じられた。
「ネ級……やはりこうなるんですね……」
万が一……言葉通りに万が一、もう出会わない可能性も考えていた。
けれど出会った。ならば望むことは一つ。
鳥海は声を発する。その顔は決然とネ級を向いていた。
「皆さんにお願いがあります。どうか私のわがままを聞いてください」
一呼吸挟むと、鳥海の唇がかすかにためらったように震える。
しかし、それも一瞬のことで当人でさえ意識していない。
「ネ級とは私一人だけで戦わせてください。勝手は承知しています……ですが、どうか……」
826 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/08/30(水) 23:12:56.13 ID:qAhr7+Ybo
鳥海はあえて視線をネ級たちから逸らすと、一同へと頭を下げる。
最初に答えたのは高雄だった。
「いいわよ、行ってきなさい。あなたにはそう言うだけの、そうするだけの権利があるはずよ」
「姉さん……」
「鳥海たっての願いだもの。ちゃんと聞いてあげなくちゃねー」
「避けちゃいけない勝負事ってあるもんな。行ってきなさいよ、鳥海さん。今回も勝って帰ってくるんだろ?」
愛宕と長波の声が続くと、摩耶と島風が鳥海の前に進み出てくる。
「ぎりぎりまで、あたしらで護衛する。それにどうせネ級の側にはツ級もいるんだし、そっちの相手もしてやらなくちゃ悪いからな」
「ほっといたら一人でも行っちゃいそうだもんね。そんなのはもうなしだよ」
鳥海は自然と固く握り締めていた手をほどく。
後押しされた、という感覚に自然と胸が熱くなるのを感じた。
「みなさん……ありがとうございます。くれぐれも無理だけはしないようにしてください」
摩耶が背を向けたまま手を振る。気にするなと言うように。
「となると私たちは残りの相手ね」
「いいとこ見せちゃいましょうか!」
高雄と愛宕、長波が別方向へと舵を切ると敵艦隊へと迫っていく。
一方、摩耶と島風が鳥海を先導するように進んでいく。
すると敵艦隊にも変化が生じ、鳥海たちの意を汲んだかのように二手に分かれる。
ネ級とツ級だけが鳥海たちへと向かい、残りの護衛要塞らは前後列に分かれて高雄たちへと向かっていく。
そうしてさらにネ級たちと距離が縮まったところで、ネ級がツ級と分かれる。
というより増速したネ級がツ級を無理に引き離したように見えた。
「あいつも同じように考えてるんだ……」
「行ってこい! ツ級はあたしらで面倒見といてやるから!」
摩耶が砲撃。それはネ級とツ級の間に着弾し、両者の距離をより大きくしたように見えた。
ネ級は狙われてないと見たのか、さらに離れたところに私を誘導しようとしている。
この誘いには乗るしかない。
827 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/08/30(水) 23:13:45.70 ID:qAhr7+Ybo
私たちは申し合わせたわけでもないのに、互いに一切の砲撃を行わないまま近づいていく。
それもやがて減速して止まる。辺りからは砲撃の音が盛んに聞こえていた。
姉さんたちも摩耶たちも砲戦を始めたということ。
そして私とネ級の間隔は百メートルほど。肉薄といっても通じてしまう距離だけど、ここ最近はこんな至近距離に身を置くことが増えてしまった気がする。
「ネ級……」
「モウ……司令官トハ呼バナイノカ」
「……分からなかったんです。あなたが本当に司令官さんだったのか」
「今ハ分カッタノカ?」
「少なくとも、私の司令官さんはもうどこにもいません」
感傷をごまかすように笑おうとすると、妙に乾いた声になってしまう。
そんな私をネ級は見つめながら、己のこめかみに人差し指を当てる。
「アレカラ知ッタ……確カニ私ニハ提督ガ混ザッテイルソウダ……」
「……そうですか。それが真実なら、あなたは司令官さんの生まれ変わりのような一面もあるのかもしれませんね」
ネ級は答えない。好きに解釈しろ、と言われているような気がした。
肯定も否定もなければ、確かに自分の好きなように受け止めるしかないのかも。
「ただ……もしも、あなたが司令官さんの生まれ変わりなら、私はあなたを許せない」
「……ソレハソウカモシレナイナ」
「私を手にかけるのならまだいいんです。私は司令官さんを助けられなかったんですから」
因果応報。そう言ってしまっていいのかは分からないけど、私の身に起きることに限ればそういった割り切りはできてしまう。
だけど、そうじゃない。
「もっと早くに気づく……認めるべきでした。あなたは私以外も傷つける。司令官さんが大切にしてきたものを壊そうとする……だから私が終わらせます。それがあの人にしてあげられる最後の……」
「ソウカイ……私モ一ツ認メテオク。オ前ニトッテ……ネ級ガ特別ナ敵デアルヨウニ……私ニモ鳥海ハ特別ナ敵ダ」
だから引かない。進むしかない。決着をつけるしかないんだ。
それはきっとネ級も同じような気持ちなんだと思う。
私たちにあるのは戦うという選択。
そうして私たちは――決着を求めた。
828 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/08/30(水) 23:16:35.55 ID:qAhr7+Ybo
ここまで。イカばっかりやってて申し訳ない……次は姫戦を一つぐらいは終らせたいとこ
間隔ばかり空いてますが、乙ありでした
>>820
書いてる自分は気にしてなかったんですが、読むほうは地味に負担になってたんじゃないかなと
ここまで来てしまいましたし、このままカナと漢字でやってきます
829 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/30(水) 23:28:30.25 ID:mk/0fDzd0
深海語は公式もカタカナだし気にならないよ
830 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/31(木) 05:55:46.44 ID:OJYUeLkuo
乙です
831 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/31(木) 08:47:57.85 ID:9/9LQyn1O
乙乙
832 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/09/13(水) 23:12:50.00 ID:SIo8V+0io
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
第一次防衛圏における主力艦隊は武蔵、ローマ、リットリオの三人の戦艦を核として、球磨と多摩にザラ、夕雲型と白露型の半数。そしてマリアナからの増援組を加えた三十人で構成されている。
彼女たちは飛行場姫の艦隊に断続的な攻撃を受けながらも、その後続に当たる戦艦棲姫たちと接触しようとしていた。
この頃になると状況も変化し、偵察機が深海側の機動部隊を発見し大まかな位置と艦載機による攻撃準備をしているのを知らせてきている。
すぐに偵察機は撃墜されたのか、それ以上の続報はなかった。
「総員、合戦用意クマ! 武蔵、大物は頼んだクマ」
「願ってもない。この武蔵に万事任せておけ!」
主力はあくまで三人の戦艦だが、艦隊の旗艦を預かっているのは球磨だった。
より戦闘に集中できるのだから武蔵としては何も不満はない。
あらかじめ戦艦棲姫には武蔵が当たって、ローマたちは他の深海棲艦を相手にするのは決まっていた。
敵機動部隊の位置が発覚した段階で、このまま戦艦棲姫と交戦するのは危険という意見もあったが、球磨は危険を承知で混戦に持ち込むのを提案していた。
仮に一時でも引いた場合、敵は艦載機でこちらを漸減することも可能で、そんな状態で迎え撃つ方が悲惨だとして。武蔵も同感だった。
戦艦棲姫は艦隊の先頭に立ちながら近づいてきている。
その後ろには護衛要塞を始めとした、様々な艦種が入り乱れた艦隊が続く。姫よりも高速の駆逐艦や巡洋艦でさえ後ろに従っている。
「自ら先陣を切るか……誘っているな」
武蔵は相手の意図を察し、思わず笑みを顔に浮かべる。
にやりと唇を吊り上げるが目が据わったままという、好戦的で不敵な笑い方だった。
艦隊がそれぞれ動き始める中、清霜がすぐ隣まで近づいてくる。
「武蔵さん……どうか御武運を」
「そちらもな。清霜には感謝してる。お前がいなければ、戦う前から負けていたかもしれない」
これは偽らざる本心というやつだ。らしくなかった自分に気づかせてくれたのは、他の誰でもない清霜なのだから。
833 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/09/13(水) 23:13:40.42 ID:SIo8V+0io
「凱旋しようにも一緒に帰って喜んでくれる者がいないと寂しくなる」
ただ無事でいてくれ、と言うだけでよかっただろうに、回りくどい言い方をしてしまう。
清霜はそんなこちらを見て、胸を張ってみせた。
「心配しないで、武蔵さん。清霜だっていつかは大戦艦になる女よ?」
「ふむ……ならば先輩らしく振舞ってみせねばな」
清霜の言葉は理屈になっていなくとも、こういう前向きさは頼もしく好ましい。
呼び止めていたのはこちらだったが清霜に夕雲の声がかかる。
「清霜さん、遅れないでくださいね」
「ごめんなさい! すぐに行きます、夕雲姉様!」
清霜は武蔵に向かって恥ずかしそうに舌を出して見せると、元の隊列へと戻っていく。
そういえば夕雲が清霜と同じ艦隊にいるのは意外と珍しいような印象がある。
普段の夕雲は機動部隊の護衛が多いからか。
この大一番だからこそ、長女の夕雲がいるのは他の夕雲型にもいい影響を与えるのかもしれない。
代わりといっていいのか、普段よく見かける気がする白露は後方の機動部隊に回っている。
この辺はバランス感覚なのだろう。
どちらにも、いざという時の要がいると安定感が違うものだ。
そこまで考え、武蔵は目前に意識を集中しなおす。
ほどなくして敵艦隊を目視できる距離まで進出する。
目視といっても敵の姿はごく小さい。
意識して水平線に目を凝らすと、ようやく人型らしい影を判別できる程度だ。
それでも武蔵は砲撃する。すでに射程距離に入り、出し惜しみをするつもりもない。
先制を期しての攻撃だが、ほぼ同時のタイミングで相手からも発砲の閃光が生じる。
間違いなくやつ、戦艦棲姫だ。
他の艦娘たちも砲撃を始めながら、互いの距離が近づきはじめる。
それに連れて徐々にやつの姿もはっきりした形になっていく。
黒衣の裾を風にはためかせ、豪腕の獣に手を絡ませている姫。
834 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/09/13(水) 23:14:54.62 ID:SIo8V+0io
戦艦棲姫以外からの砲撃は武蔵に来ない。
仲間が守っているという以上に、深海棲艦たちが攻撃を控えているというほうが正しそうだった。
覆せないほどの数字上の戦力差がここには厳然と存在している。
今や砲撃のペースは戦艦棲姫のほうが少しずつ速くなっているが、先に命中弾を得たのは武蔵だった。
獣の鼻っ面に一弾が直撃し、巨体が押し返されるように震える。
逆に姫の砲撃は武蔵を未だに捉えてはいない。
まずは幸先よしだ。
「イイワ……ソノ気ニナッテクレタ……!」
姫の笑う声が風に乗るように聞こえてくる。
無線に介入してきた声なのに、耳元で囁かれたように聞こえるのは奇妙で不安を煽るような薄ら寒さがあった。
冷や水を浴びせるような声を振り払うように、武蔵は声を大にする。
「どうした! まさか、こんな小手調べで終わる貴様ではあるまい!」
「……モチロン」
今まで手を抜いていたわけではないだろうが、次に飛来してくる砲撃の狙いは正確になっていた。
武蔵は自分に向かって砲弾がまっすぐ飛んでくるのを見る。
こういう風に見える時は直撃してしまうと考えて間違いない。
身構えた武蔵の元で命中の閃光と衝撃とが生じる。
戦艦棲姫の砲撃は主砲の天蓋部分を叩いて、そして海へと弾かれていった。
装甲の厚い区画であるため貫通こそされないが、さすがに重い一撃で骨身に響く痛みが体をさいなむ。
「戦艦武蔵……冥海ニ沈ミナサイ!」
「ただではやられん!」
そこから砲撃による殴り合いの応酬になった。
主砲が命中しあうと艤装が削られ弾け、赤と黒の血が流れる。
互いの体力を削り合い、しかしどちらも優勢を引き寄せるに足る一撃を得られないままでいた。
そんな矢先に厄介な一報が舞い込んでくる。
835 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/09/13(水) 23:15:25.35 ID:SIo8V+0io
「敵艦載機が接近中。接触までおよそ五分!」
「友軍機はどうしたクマ!?」
「向かっています! でも間に合うかどうかは際どくて……!」
球磨と夕雲のやり取りを聞きつつ、内心でほぞを噛む。
敵機にこんな間近まで迫られていたとは。
このまま姫と撃ち合うのは危険すぎる。空海両面からの攻撃をさばく余力はない。
それは戦艦棲姫も当然分かっているだろうに、やつは意外にも砲撃を止める。
「余計ナ真似ヲ……」
戦艦棲姫が毒づくのが聞こえてきた。
「切リ抜ケナサイ……待ッテテアゲル」
「何を考えている!」
「アナタハ……私ダケノ強敵ダモノ……」
戦艦棲姫が何を言いたいのか武蔵は悟る。
あくまでも、やつは力比べをしたいのだ。ゆえに手を出さない。純粋にこの武蔵との決着を望んでいる。
そこに余計な介入を望んでいない。
あえて塩を送るような厚意に感謝すべきなのかもしれないが、それを示すのは口ではなく行動であるべきなのかもしれない。
砲弾を三式弾に交換しつつ、主砲は空を仰ぐ。
対空戦闘に集中できるのは好都合だが、他の者はそうもいかない。
あくまで砲撃を控えているのは戦艦棲姫だけで、他の敵は攻撃の手を緩めたりはしていない。
となると優先して狙うのは自身ではなく、他の艦娘にまとわりつこうとしている敵機。
こちらが対空砲火を見せつければ敵機の狙いも引きつけられるかもしれず、それはそれで好都合と言える。
ああ、そうさ。この武蔵が無視などさせなければいいのだ。
836 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/09/13(水) 23:16:05.00 ID:SIo8V+0io
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
秋島近海で待機していた木曾たちは夜が明ける前から行動を始めていた。
敵機動部隊の位置は大まかにしか分かっていないが、発見してからでは戦場に間に合わない。
逆探のみをアクティブにして彼女たちは北寄りの航路を取る。
木曾が見る限り、一向に緊張している様子は微塵もない。
二人の姉は普段通りのマイペースだし、天津風は海原を渡る風を一身に受けてご満悦。
リベは踊るように海を進んでいる。ヲキューは……こう言っちゃ身も蓋もないが、何を考えてるのか分からない。
それでも聞こえてくる通信に誰もが耳をそばだてていた。
すでに交戦は始まっている。いつ何時、敵艦隊についての情報が入ってくるのか分からない。
事態が動き始めたのは艦隊戦が始まるという知らせが入ってからだ。
本体のほうはすでに捕捉されているのもあって無線封鎖を放棄している。
「そろそろ出くわしてもおかしくない頃ね……みんな、先制攻撃に注意して。ミイラ取りがミイラじゃ笑えないわよ」
旗艦こそ北上姉が務めてるけど、実務の指揮は大体ほとんど大井姉がやってる。
周囲に艦影はなし。逆探もジャミングの影響下というのもあってか反応なし。
電探を使うという手も無論あるが、やはり効果には乏しく、逆にせっかく保っている隠密性を損なうことになりかねない。
そんなことを思っていると北上姉がヲキューに顔を向ける。
「ねえねえ、オキュー。深海棲艦も電探を無視すれば、あたしらとそこまで索敵距離は変わらないんだよね」
「ソレデ間違イナイ。目視ハ目視……ドンナニ目ヲ凝ラシテモ水平線マデシカ見エナイ」
「そっか。となると、やっぱり目ざとく見つけるしかないね」
自己解決したのか、北上姉はうんうん頷いている。
そうして航行を続けていると、待ち望んでいた一報が飛び込んできた。
敵機動部隊を発見したという内容で、すぐに現在地とのすり合わせを行い針路を微調整すると増速していく。
「およその座標位置は分かったか……こいつでまずは第一関門突破ってところか」
あとは気づかれずに近づけるかどうかだ。奇襲であれ強襲であれ。
なんとしても先制を取りたいところだ。
水雷戦に偏重している編成である以上、強みを発揮して押しつけたい。
837 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/09/13(水) 23:17:54.32 ID:SIo8V+0io
空はあいにくというべきなのか鉛色をしている。
晴れ間の見えない天気だが、天候が悪くなれば艦載機の動きも制限される。悪い話ばかりでもない。
そうして決して穏やかとは言い切れない波間を進んでいくと、ついに黒い影を水平線付近に見つけることができた。
幸か不幸か、主力艦隊が空襲に見舞われているという知らせが少し前に入ってきているくる。
向こうには災難だが、こちらには好都合だ。突入時に空襲を受けないか、敵機がかなり少なくなってるのは間違いない。
「Veni, vidi, vici」
唐突にリベが呟く。普段と違った言い回しに一堂の耳目が集まるが、当のリベはいつもと変わらない様子だった。
「ローマに聞いたんだけど昔の偉い人が言ったんだって。ここまで来たら負けないよ!」
「来た、見た、勝った……ってやつか。気は早くとも、その通りだな」
こいつは実際、千載一遇のチャンスだ。
三人の姫たちもそうだが、ここで機動部隊を叩けないと俺たちに勝ちの目はなくなってしまう。
空振りに終わるか各個撃破の危険もあったが、こうして機会をものにできた。
なればこそ、ここで最高の効果をもぎ取る。
「ヲキュー、上空からの支援は当てにさせてもらうわよ」
「……頼マレタ」
「一気に突入します! 狙うは空母、そして姫級です!」
大井姉の号令に従って、天津風を先頭にした単縦陣を組むと突撃をかける。
ヲキューもまた帽子のような口から艦載機を発進させていく。
敵も後方から攻めてくるこちらの存在に気づいたのか、動きに乱れが生じる。
明らかに混乱しているのか動きには統制がない。状況を理解したらしい護衛の一部が向かってくるが、個別に先行しているだけのように見える。
「見ツケタ……装甲空母姫ハ中心付近ニイル。陣形ハ輪形陣」
「それならこのまま中心を目指します。態勢を整えられる前に大打撃を与えるのよ!」
主砲はともかく魚雷の数には限りがある。いくら重雷装艦が三人揃っていても全てをというのは不可能だ。
できることなら雷撃は空母か姫相手に絞って叩き込みたい。
ヲキューの艦載機は直掩機との交戦に入ったのか、上空に火線の赤い色が瞬く。
その間にもヲキューは敵状をこちらへと伝えていく。
装甲空母姫の姿は確認できた。敵のヌ級やヲ級も艦載機の数から想定されていた範囲の数。しかしだ。
「……空母棲姫はどこにいるんだ?」
水をかけたように嫌な予感が胸の内に広がる。
俺たちは重大な見落としをしていたのかもしれない。
深海棲艦も俺たちと同じように別働隊が動いているのではないかと。
838 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/09/13(水) 23:20:08.66 ID:SIo8V+0io
短いけど、ここまで。ここで何か書くと墓穴を掘ってるだけの気が
ともあれ乙ありなのです
839 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/09/14(木) 06:07:25.86 ID:eQVHqinGo
乙です
840 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/09/14(木) 08:08:09.62 ID:fXeG0K1wO
乙乙なのです
841 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/09/15(金) 11:45:35.93 ID:+WuAbAmRO
乙乙
842 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/09/29(金) 22:42:20.79 ID:pYkjVetWo
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
トラック泊地の索敵網に空母棲姫の姿が発見された時には、すでに泊地から四十キロ圏内にまで侵入されていた。
北から迫ってくる一団は二十八ノットで接近しつつあり、一ダースの護衛要塞とやはり同数の深海棲艦を伴った空母棲姫で構成されている。
知らせを受けた提督はコーワンの配下たちに時間稼ぎの迎撃を命じる一方、機動部隊から戦力を抽出して泊地まで戻るように命令を下す。
連携が取るのは難しくとも、二つの艦隊には協同して空母棲姫に対抗してもらうしかない。
基地航空隊にも空母棲姫への攻撃命令を出しているが、向こうも相応の数の艦載機を要しているはずなので効果はあまり期待できなかった。
決して良策とはいえないが、そもそもの戦力が足りていない。
各個撃破の愚を犯しかねないのは承知だが、この局面で他に取れる手立てがなかった。
事によっては泊地を直接砲撃されるのも考えなくてはならない。提督はそう判断している。
早いうちに発見できれば他の手立てもあったはずだが、こうも近寄られてしまっては後手に回るしかない。
ただし状況も悪くなってばかりではなかった。
重雷装艦を中心とした別働隊は敵機動部隊への奇襲に成功したとの一報を寄越してきている。
こうなってくると、あとはもう各々の健闘と戦果を期待するしかないのかもしれない。
戦況は提督の手から離れた所で動き始めている。
だからなのか、提督はコーワンに言う。
「ここはもういいから、ホッポに会ってきたらどうです?」
「シカシ……」
「じきにここは砲撃に晒される。そうなると、どこが本当は安全かなんて分かったもんじゃない」
提督の言にコーワンは驚いたように息を詰めて見返してくる。
深海棲艦の目というのは、思っている以上に感情を見せるらしい。
それもあってか深海棲艦そのものには思うところのある提督も、コーワンに対しては嫌悪感も薄い。
「会える時に会ったほうがいい。私だってそういう相手がここにいるなら、今はそうするでしょうよ」
「アリガトウ……提督」
コーワンの礼に提督は無言で掌を振る。
彼女が部屋を辞していくのを見届け、提督は腕を組み直す。
どこが安全か分からないなら、と自身の言葉を反芻する。
「俺は最後までここに留まるつもりでいたほうがいいな」
作戦室、といっても今は司令所といったほうが適切か。
戦況や被害状況によっては放棄も考えないといけないが、当面はここに踏み留まる。
見届けられるなら最後まで見届けたいものだった。
843 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/09/29(金) 22:43:52.82 ID:pYkjVetWo
─────────
───────
─────
コーワンがホッポを探しに向かったのは工廠だった。
工廠は港沿いに面した一角にあり、泊地施設内でも重要拠点であるがゆえに守りも堅い場所である。
そういう場所にいたほうが安全とコーワンは考え、戦闘時にはホッポにそこで待つように言っていた。
ホッポはすぐに見つかり、夕張と一緒になって何かしている。
二人の周りには工具が広げられ、そして艦娘の艤装――というよりも兵装が転がっていた。
悪い予感がした。これはまるで身支度で、それも戦場に出るための用意のようで。
「ホッポ……何シテルノ?」
聞かずとも察している。それでも聞かずにはいられなかった。
コーワンの声にホッポと夕張がぎくしゃくした顔を向ける。しでかしを見咎められたような反応だった。
そんな顔をされては、コーワンもかえって険しい顔にならざるを得なかった。
ホッポの足元には駆逐艦用の主砲が置かれている。用途は武器以外に考えられない。
コーワンの視線がホッポと夕張の間を行き来すると二人が口を開いた。
「使エルカ試シテタノ……着ケテミタイッテ……私ガ無理ヲオ願イシタカラ」
「えっと……使えるなら持たせたほうがいいと思ったのは私なんで。ホッポは言われるままにしてただけですから」
互いにかばい合うような言い方に、コーワンは首を左右に振ると夕張と目を合わせる。
コーワンのまとう雰囲気は重く、ある意味で威圧感になっていた。
「一体……ドウイウコト? ホッポヲ戦ワセルツモリ……」
「必要とあれば、そうなるかもしれませんね。あくまで最低限の自衛程度ではあっても」
夕張はそう答えると、胸の内に詰めていた息を吐き出すように深呼吸する。
「この先、敵の攻撃の切れ目に明石や間宮さんたちを海上に逃がすことになるかもしれません。その時にせめて最低限の自衛ぐらいはできるようになっていてほしいんです」
「ホッポハ戦力トシテハ見テナイ……トイウコト?」
「ええ、私だって別に進んで戦わせたいとは思っていないので」
844 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/09/29(金) 22:46:16.72 ID:pYkjVetWo
コーワンはその答えに安堵したのか、まとっていた緊張感が緩む。
戦況は何かのきっかけ一つで劣勢に転がり落ちかねない状態だった。
夕張が言うように、いざとなれば攻撃の切れ目に、非戦闘型の艦娘たち海上に逃がすという選択肢は残っている。
もちろん海上よりも内陸に逃げたほうが目標にされにくいが、それもトラック諸島を維持できるという前提があればの話だ。
コーワンがそう考えているとホッポのほうから話しかけてくる。
見上げる表情は真剣そのもので、眼差しはコーワンの目をしっかりと見ていた。
「コーワンハ私ガ戦ウノハ……ダメナノ?」
その問いかけにコーワンは虚を衝かれ、すぐに答えられない。
答えを探すように、ちらりと夕張を見ると彼女もまた今の言葉には驚いている様子だった。
ややあってコーワンは絞り出すような声で聞き返す。
「ドウシテ……ソンナコトヲ言ウノ」
「戦ウノ……悪イコトナノ?」
「エ……」
「ヲキューモミンナモ……白露モ春雨モ戦ッテル……悪イコトヲシテルノ?」
コーワンは即座に首を横に振っていた。そこだけはしっかり否定しないといけない。
「ソウデハナイノ……デモ……ホッポハ危ナイコトヲシナクテイイ」
「分カラナイ……分カラナイヨ、コーワン」
「今ハ分カラナクテイイ……アナタハ特別ナノ」
「ソウイウ特別ハ……イヤダヨ……」
「ワガママヲ言ワナイデ……」
わがまま、そう言ってしまうのは簡単なのかもしれない。
しかしホッポを戦わせたくないというのも、裏を返せば私のわがままであるとも。
コーワンはそう考え、上手く伝えられないもどかしさに苦しむ。
845 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/09/29(金) 22:48:10.14 ID:pYkjVetWo
「コーワンが言いたいのはね、ただ戦う以外にもできることがあるっていうことじゃないかな」
夕張が口を出してくると、ホッポの質問の先も変わる。
「夕張ハ戦ウノ?」
「あら、いつだってそうよ。今回は最後の砦にもならないといけないみたいだけどね……」
ホッポだけでなく、夕張は自分に言い聞かせるような含みがあるようにコーワンには聞こえた。
「……ソウナノ、コーワン?」
「……ホッポニハ戦ウ以外ノコトカラ始メテホシイノ……私ト同ジヨウニハナラナイデホシイカラ」
今の言葉に嘘はない。ただ夕張の言葉がなければ、ここまでは言えなかったのも分かっている。
深海棲艦には何か欠けているものがある……それはきっと自分たちだけでは埋めきれない。艦娘やあるいは人間がいて、初めて埋まる何か。
そこまで考え、コーワンは不意にある思いに気づかされた。
ここで何をしているのだろう、と己に投げかける。
戦う以外の何かがあって、それを知るためにも戦いを遠ざけようとしていた。だけど、それは身近にまで追いついてきた。
そもそも遠ざけていたのではなく、ヲキューたちや艦娘にさえ押しつけていたのではないか。
一時の安寧のために犠牲を強いただけで、守らせてばかりで私は何をしている……?
「コノママデハ……何モ解決デキナイ……」
失ったもの、奪ったものに対して何もできていない。
姫と呼ばれた私にはまだ為すべき責務が残っているはずだと、胸の奥から悔いのような感情が湧きあがってくる。
それを見て見ぬ振りなど到底できそうになかった。
「夕張……私ニ力ヲ貸シテホシイ」
ここは工廠。そして夕張は艦娘の艤装に携わっている。
この場において、これほど頼りになる者もそうは望めない。
そして……私だけが血を流さないのはありえないことだ。
846 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/09/29(金) 22:51:29.03 ID:pYkjVetWo
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
海面に外れた砲撃により生じた水しぶきが鳥海の体を洗っていく。
熱を帯びた主砲から蒸気が吹き出て冷まされるのを感じるけど、把手からじんわりと伝わってくる深奥の熱までは変わらない。
放たれた砲弾がネ級に続けて命中していくも、そのいずれもが黒い飛沫と一緒に弾かれていく。
反撃してくるネ級の主砲と副砲が火を噴くと、鳥海はその場から動きたくなるをぐっとこらえる。
すると、いくつもの砲撃が左右と後方へと次々に落ちていく。
回避しようと舵を切っていたら、必ずどれかには当たるような撃ち方だった。
砲撃をやり過ごしたものの、唯一空いている正面からはネ級が突っ込んでくる。
即座に鳥海が応射するとネ級の体に被弾の閃光が次々と生じた。しかしネ級は強引に鳥海へ肉薄しようと突っ込んでくる。
「こういう近づき方は!」
鳥海もまた振り切れないと見て、あえてネ級へと向かう。
互いに衝突しそうなコースを取っていたものの、間近のところで鳥海は舵を外に切る。
ネ級はその動きに追従しきれないが、掴みかかろうと両手を伸ばしてくる。
それを横から打ち下ろすように払うと、そのまま二人は交錯してすれ違う。
すぐに鳥海が弧を描くような機動で振り返って主砲を向けると、ネ級も同じように向き直っていた。
旋回性能の差なのか主砲が自立的に動けるからなのか、ネ級のほうが少しだけ砲撃に入るまでが速い。
この少しの差が後々に響いてくるかもしれない――再度の砲撃の最中に鳥海はそう感じる。
互いの主砲弾が行き交い、時に命中弾を出すが多くは外れていく。
その状態に鳥海は思わず溜め込んでいた息を深く吐き出す。神経がすっかり張り詰めていた。
「サスガニヨク動ク……」
感心なのか苛立ちなのか、聞こえてきたネ級の言葉にある真意は分からない。
ネ級はどうにか至近距離での戦闘にもつれ込ませようとしている。
実際に組みつかれたら私の力では敵いっこない。
847 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/09/29(金) 22:53:09.66 ID:pYkjVetWo
そういう意味では距離を取る必要がある。だけど容易には振り切れない。
ネ級のほうが私より速度が出るし、そもそも初めから近づきすぎてしまっている。
ううん、そうじゃない。近づかないと話ができなかったんだから、この距離はきっと仕方なかった。
問題はとても振り切れそうにないこと……このままネ級のペースに付き合っていたら、勝ち目は薄くなってしまう。
どちらかと言えば、私のほうが今は押しているのかもしれない。
ただネ級はこちらの動きに対応してきているし、戦いの運びはネ級の流れにあると感じる。
つまりはどちらも主導権を握れたとは言えない状態で、何かのきっかけ一つで大きく流れの変わる状態だった。
「やはり、あの体液をどうにかしないと……」
命中率で言えばこちらのほうが優勢なのに、未だに有効弾を与えたという手応えはない。
それもこれも砲撃の効果が薄いから。
ネ級の情報はどうしても少ない。それでも木曾さんが立てた仮説から、有効になるかもしれない手段は考えている。
「この三式弾で……距離、方位よし!」
三式弾を装填した五基の主砲がそれぞれ少しずつ異なる角度と方位を指向する。
確実に当たるように放射状に砲撃を散らせるためだった。
元より対空用の砲弾だから、徹甲効果はまったく期待できない。
だけどネ級のまとう黒い体液には有効な可能性がある。
そうでなくとも命中する面積を増やせば、それだけ体液の流出を促して消耗を早められるかもしれない。
つまり撃ってみるだけの見込みはあるということ。
「主砲、一斉射!」
計十発の三式弾が放たれ、次弾も同じく三式弾が装填される。
発射された三式弾がネ級の面前で次々に弾けて、傘のような弾幕を形成していく。
ネ級がそのまま弾幕の中に飛び込んでいき、抜けた時には体の所々から火が上がっていた。
848 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/09/29(金) 22:54:19.80 ID:pYkjVetWo
初めて受けた想定外の攻撃に、火に巻かれたネ級の足が急速に鈍り、頭を抑えるようにしてもがく。
するとネ級の体から火のついた部分が、鱗が剥がれるようにこそぎ落とされていく。
固まった体液による作用らしく、ネ級の体からは黒い体液がそれまで以上に染み出てきていた。
本当に効いている。その実感を得た鳥海は、主砲の狙いを直前の放射状から一点集中へと変える。
動きの遅くなったネ級の面前で三式弾が一斉に弾けていく。
焼夷弾子の雨に打たれてネ級の体があっという間に火だるまになる。
そのネ級は火にくるまれたまま素早く主砲で反撃するなり、海中に飛び込むと姿を消す。
苦し紛れの砲撃だったかもしれないけど、それが右にある砲塔の一基に直撃すると砲身をでたらめに歪めて使用不能に追い込む。
「よくもやって……! その上、こういう逃げ方は想定外ですね……」
すぐにいた場から後退しつつ、ネ級が消えた付近の海面を窺う。
爆雷でもあれば追撃できたけど、初めから持ち合わせていない。これは計算外だった。
どのぐらいの速さで水中を移動できるか分からないけど、あまり速くはないと考えたい。さすがにネ級は潜水型のような個体ではないはずだから。
そのまましばらく手出しができないまま時間が過ぎていく。
気を抜けないまま待ち構えていると、いつの間にか左手方向の海面すれすれの所にネ級の主砲たちが顔を出していた。
考えていたよりも、ずっと近い位置。
狙われてる、と感じたのと同時に砲撃を撃ち込まれていた。すぐに避けようと鳥海は舵を左に切り――そこをさらに狙われた。
「誘われた!?」
ネ級が海上に飛び上がるように姿を現し、その時にはすでにいくつもの魚雷を放った後だった。
八本もの雷跡が鳥海の回頭先めがけて白い尾を引きながら迫り、その雷跡を追うようにネ級も接近してくる。
この反撃で一気にしとめたいという意思を感じた。
「ソロソロ……終ワレ!」
「お断りします!」
避けようにも舵を切り始めた直後だったから、慣性を振り切って再転進するまでにタイムラグが生じている。
雷速はかなり速い上に狙いもかなり正確で、これでは逃げ切れるか分からない。
それなら……このまま反撃する。相打ちでもなんでも、ただやられる気はなかった。
849 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/09/29(金) 22:55:28.82 ID:pYkjVetWo
ネ級に向かって、こちらも酸素魚雷を投射する。
四本の魚雷をネ級の左右に振り分け、残る四本はネ級へと直進する形に放つ。直進に撃った内の二発は雷速を遅く設定している。
本当に跳んで雷撃を避けてくるのか知らないけど、それならその着地点も狙えるようにしておくまでだった。
そうして放たれた魚雷は予想外の物に命中した。
両者の間でくぐもった音を響かせ水柱が上がる。すると連続して水柱が海中から吹き上がっていく。
魚雷同士が触雷したのか、明らかに連鎖的に誘爆を引き起こしていた。
「ナンダト!?」
「当たったの!? いえ……これは計算通りです!」
魚雷同士の相殺なんて狙ってもできるようなことじゃない。それを分かっているのに言っていた。
雷撃がお互いに無効化したことで、再び距離を保つような砲戦が再開する。
互いの背中を取ろうと、大きな動きでいえば円を描いてるような動きを取る。
ネ級は三式弾の影響もあってか、最初に比べると息が上がり始めているように見えた。
「見栄ヲ張ッテ……!」
「あなたが相手だからでしょうね……!」
負けなくない。
司令官さんがいた時は常にどこかで感じていた気持ちを、今はより強く意識できる。
割り切っているつもりでも、どこかでネ級に司令官さんの面影を探そうとしてしまうからかもしれない。
だからこそ負けるわけにはいかない。ネ級に対してだけは絶対に。
鳥海は一転して、ネ級に砲撃を続けながら相対するように針路を変える。
残る八門の主砲を集中させ、正面対決の形を取る。
「勝負をつけましょう、ネ級!」
「力押シカ……イイダロウ!」
力押しですって? そう思うのは結構だけど……伊達酔狂で今まで戦ってきたわけじゃない。
私は私にできることをする……あなたには負けたくないから。
850 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/09/29(金) 23:00:33.63 ID:pYkjVetWo
ここまで。今回も乙ありでした
この辺からは好きなボス戦BGMとか流すといい感じかもしれませんね
ちなみにネ級戦における自分の作業用はこの辺
サントラだと後半に別のBGMも付きつつ、タイトルで壮大なネタバレをしているという https://www.youtube.com/watch?v=OsRz8x8n8qI
851 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/09/29(金) 23:14:50.90 ID:kEJQHc1L0
おつー
劇場版ガンダムの哀戦士が頭の中で流れてた
852 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/09/30(土) 07:10:07.92 ID:tX8XZ3mvo
乙です
853 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/10/02(月) 09:59:43.66 ID:VxB92anaO
乙乙
854 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/10/03(火) 07:24:38.37 ID:+0sj0SKhO
乙乙
855 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/10/19(木) 01:21:29.84 ID:hgnI04YGo
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
摩耶は島風と一定の距離を保ちながらツ級に砲撃を加えていた。
島風の背中には一基の連装砲がおぶさるようにくっついているが、残りの二基は水面上で自立機動を行いながら砲撃に加わっている。
ツ級は砲撃を避けつつも先行した鳥海とネ級の後を追うような動きを見せていたが、いずれも摩耶の砲撃によって阻まれている。
「こいつを早いとこ片付けて、あたしたちも追うぞ」
「うん。鳥海さんを見届けるんだね?」
「ああ……ま、本当にやばくなったら助けるけどな」
「でも、それって……」
「あいつの本意ではないんだろうけどさ……鳥海を沈めさせる気はないよ。助けたことで一生恨まれたって構わない。水だろうが手だろうが、必要ならなんだって差してやるよ」
「摩耶は偉いね……私はたぶん鳥海さんの言う通りにしてると思う。それがつらいことになっても……」
摩耶はツ級から視線をそらすわけにもいかず、島風の顔までは見ていない。しかし聞いた声音は深刻だった。
考えた末の結論なのだろうし、逆に島風のほうが鳥海の意思を尊重しようとしているのだろう。
どんな結果を迎えようと、鳥海の好きにさせると決めているんだから。
あたしだって本当はそうさせてやりたいんだ。
でも鳥海は今でもあいつを、提督を引きずってるんじゃないかって見えることがある。
提督が絡むと、あいつは冷静さを忘れてしまう。目を離すわけにはいかない。
「……提督は死んじまった。でも鳥海は生きてる。どっちが大切かなんて考えるまでもないんだ、あたしには」
「それでも行かせてくれたんだね」
「妹のわがままだぞ。姉ならたまにはそのぐらい聞いてやらないとさ」
「お姉さんのことは分からないよ」
島風が苦笑いのような響きを声に乗せているが、ツ級が砲声でそれも不確かになる。
出足を封じられた形のツ級だったが、摩耶と島風を無視できないと見てか砲撃に移っていた。
摩耶にしても、それは同じことだ。鳥海と合流するためにもツ級は邪魔だった。
856 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/10/19(木) 01:23:38.58 ID:hgnI04YGo
「さあて! 二対一でも、やらせてもらうぜ!」
摩耶と島風は散開するように離れると、左右から挟み撃ちにするように近づこうとする。
すぐにツ級の砲撃も二人を追うように分かれた。
元が対空戦を重視しているからか、かなりの速射だった。次々と高速で撃ち出された砲弾が摩耶たちに迫ってくる。
熾烈な砲撃を前に簡単には近づけず、距離を取らざるを得なかった。
「敵ガ……何人イヨウトモ!」
聞こえてきたツ級の声からは、ただならない戦意が伝わってくる。
あいつも同じように退けない理由がある、と摩耶は感じた。
だからと言って手心を加えるつもりはなければ余地もない。
連射速度や精度から、すぐに侮れない相手だと悟る。
航空機相手に弾幕となる砲火力は、特別装甲が厚いわけでもない二人に対しても大きな脅威だった。
それでも摩耶たちにとっても砲戦距離であるのには変わらない。
摩耶の砲撃がツ級の面前に着弾し、弾幕に綻びが生じる。
それを皮切りに島風の連装砲たちも連携して砲撃を集中し、ツ級の体をつぶてのように叩いていく。
砲撃は脅威でも、ツ級はあくまで軽巡であって堅牢というわけじゃないらしい。
ツ級から艤装の破片がいくつも飛び散っていく。
そのツ級もただやられてるだけでなく、二人に命中弾を与え始めていた。
摩耶には艤装の左右に一弾ずつ当たる。
右側にある対空機銃群の一角を台座ごと削り取り、左への一発は装甲の薄い箇所に飛び込むと破孔を穿って黒煙を生じさせた。
島風に向けて放たれた一発は海上にいた連装砲の一基に直撃し、砲撃ができない状況に追い込む。
すぐに島風が中破以上の損傷を負った連装砲を拾い上げると、背中に乗せて保護する。
「さすがに無傷ってわけにはいかないが!」
摩耶の声に応じるようにツ級に更なる砲撃が降り注いでいく。
頭部を始め命中の閃光がいくつも生じる。
軽巡に耐え切れる量の命中弾ではないはずだった。
しかしツ級は体の各所から出血や兵装の損傷こそ隠せないが、なおも耐え凌いでいた。
両腕を重たそうにだらりと下げたまま、素顔の分からない顔が摩耶のほうを向く。まるで凝視するように。
857 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/10/19(木) 01:24:33.15 ID:hgnI04YGo
「コノヨウナコトデ……倒レラレナイ……倒レタラ……遠クナル……!」
ツ級の体から赤い光が漏れ始めると、力を失ったように垂れ下がっていた両腕が体を開くように振り上げられる。
「邪魔ヲシナイデ……私ハ……ネ級ヲ守ラナイト!」
「あいつ……ここに来て!」
赤い光を発する深海棲艦は戦闘能力が上がっている。エリートなんて呼称される状態だ。
元の状態を考えれば追い込んではいるのかもしれないが、それにしたって厄介なことになりやがった。
撃たれると感じるよりも早く、身を翻してその場から離れる摩耶にツ級が砲撃を始める。
左右交互に吐き出される砲弾が現在地と未来位置に、やはり交互に落ちていく。
全てを避けることはできず、摩耶の艤装に次々と命中すると損傷が蓄積されていく。
「こいつ……!」
「それ以上はさせないよ!」
横合いに回りこんでいた島風がツ級に砲撃を浴びせると、摩耶への砲撃も途絶える。
ツ級は後退をかけながら目標を島風へと切り替える。
被弾の影響でツ級は速度こそ遅くなっているが、砲撃力は未だに健在だった。
島風は転舵を織り交ぜて器用に狙いを外していくが、それもいつまで続くかは分からない。
今度はこっちが援護する番だ。そう思った摩耶は後方から砲声が轟くのを聞く。
背筋を冷たいものが走り、その正体を確認するよりも前に体が自然と回避のために動きを取っている。
ツ級に背を向けるのは危険と分かっていても、思い切って背を向ける形での取り舵を切る。
高速で流れる視界の中に、二つの護衛要塞が並んでるのをはっきりと見た。
それまで自分がいた場所を狙って砲弾が落ちる。弾が大きく散っているのを見ると、ツ級とは違って砲撃の精度はだいぶ甘く感じる。
「護衛要塞がニ……姉さんたちが取り逃がしたのか?」
向こうは向こうで不利な戦力差での交戦なんだから、こういう漏れが出てきてしまうのは仕方ない。
むしろ、そういった場合に対処できるように鳥海の護衛に就いていたんだから。
858 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/10/19(木) 01:26:30.04 ID:hgnI04YGo
「摩耶、要塞をお願い! こっちは私に任せて!」
島風が通信を入れてくる。
一人で今のツ級を?
無茶だと声に出かかるが島風の判断も一理あると気づく。
挟み撃ちを受けながらツ級を相手にするより、個別に対処したほうがやりやすい。
そして火力の問題が立ち塞がる。島風の砲撃力だと護衛要塞の相手は骨だ。
「……分かった。すぐ戻るから無茶すんなよ!」
「そっちこそ!」
鳥海の邪魔をさせないためにもツ級の相手を引き受けたのに、今やあたしと島風が無事でいるための戦いだ。
砲撃を避けたまま護衛要塞らを正面に見据えた形の摩耶は前へと増速。彼我の距離を縮めつつ砲撃を行う。
そこまで怖い相手ではないが一発ニ発を当てた程度では沈められないし、かといって時間をかけていられる余裕もない。
こんな時、鳥海ならどう立ち回る?
昔は張り合ったりもしたけど、やっぱりこういう際どい局面の判断とか行動力には一日の長ってやつがある。
きっと、あいつなら敵の戦力に当たりをつけて、どう動くのが最適か考えるはず。最適って言うのは、今回みたいな時は効率になるのか。
「どうするって……鳥海なら攻めるだろ。真っ向から突撃するに決まってる」
摩耶は自分に言い聞かせるように声に出す。
うちの妹はよく言えば果敢で……悪く言うなら脳筋っぽいところがある。
でも今なら分かる。そうしないといけないから、そうするんだ。
護衛要塞の弱点がどこかは分からないけど、どんなやつでも確実に弱いのは背後だろう。
とはいえ、いくらこっちより機動力が低い相手でも、二体同時に相手をしながら背後を取るってのは難しい。
「あとは口の中だ」
あいつらの主砲は口内にある。上手く狙えれば一撃で誘爆させて沈めるのも不可能じゃないはず。
問題は狙える範囲が狭くて、正面からの攻撃に限られてくること。
そして砲撃が激しいのは正面。装甲が厚いのも正面。相手の得意な領域で撃ち合わなくちゃいけない。
「クソが……当たらなきゃいいんだろ、要はさ!」
つまり砲撃をかいくぐって、要塞が攻撃する瞬間に口元を狙う。
堅実とは真逆の考え方だ。博打であって、しかも自分の力量に自信がないとできない考えであり行動だ。
それだからこそ摩耶は不敵に笑う。
あたしの艤装だって鳥海と同じ高雄型改二の艤装なんだ。
特長が違うにしてもベースが同じなら、やってやれないことはない。うちの妹なら間違いなくそうする。
859 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/10/19(木) 01:27:20.71 ID:hgnI04YGo
摩耶は二体の護衛要塞に向かって疾駆する。
護衛要塞は発砲後は砲煙が消えない内から口を閉ざしてしまう。口内を狙える機会というのは思いのほか短い。
狙い澄ましたはずの砲撃も命中こそするが、目当ての場所には当たらなかった。
あえて敵の正面に身を晒す摩耶は、まず右側の要塞に集中する。
飛来する砲撃を左右に感じながらも、ぐんぐんと近づく。距離が近ければ、それだけ当てやすくもなる。
護衛要塞は艦娘の優に倍はある巨体だが、海面からわずかに浮いたような状態だ。
原理は分からないけど、あれのせいで雷撃の効果も期待できない。
あれで護衛対象がいる場合は肩代わりするように当たるらしいが、今回はそれも望めなかった。
護衛要塞が口を開くと見るや、摩耶はすかさず主砲を斉射している。
入れ違うように要塞たちも砲撃した。三連装二基の主砲が二体で、十二発の主砲弾が迫ってくる。
摩耶の放った斉射の内の数発が護衛要塞の口に飛び込むと、そのまま口腔を突き破るように内部にまで侵入し誘爆を引き起こした。
護衛要塞が一瞬にして膨れ上がる火の玉に変貌し、その余波として衝撃波が周囲に広がる。
片割れが衝撃に押し出されるのを見た摩耶にも遅れて爆圧が襲いかかる。
思っていたよりも近づきすぎていたらしい。
そう感じた摩耶は歯を食いしばりつつ、姿勢を崩さないようにしながらも煽る動きに逆らわなかった。
視線はあくまで残る護衛要塞に向けられ追撃に備えている。
摩耶からすれば危険な状態だったが、護衛要塞は攻撃してこなかった。
より近くにいたために爆圧の影響を強く受けてそれどころではなかったのか、あるいは摩耶からの攻撃を警戒したのか。
警戒、という判断が連中にあるのかは摩耶も分からない。ただ護衛要塞の行動は明らかに遅れた。
摩耶は左舷側の三基の主砲を先制して護衛要塞の上顎に当たる箇所目がけて撃ち込む。
撃たれてもなお護衛要塞は反撃に転じない。剥き出しの歯を閉ざして、攻撃に備えているようだった。
あるいは僚艦の最期から不用意な攻撃に移れない、とでも考えているかのように。
摩耶は構わずに今度は左の主砲と、交互に砲撃を浴びせていく。
護衛要塞はここでようやく反撃に転じてきた。このままでは打ちのめされるだけだと気づいたかのように。
もっとも、こうなると優勢に立った摩耶に敵うはずもない。残った護衛要塞は粘りながらも海底に没していく。
一方の摩耶は被害らしい被害を受けなかったものの、苛立ちを露わにしていた。
「時間をかけすぎちまった……無視すりゃよかったのか?」
それはそれでできない相談だった。放置していたら後ろから要塞たちに撃たれながらツ級とも戦わないといけなかったんだから。
結果的に大して強い敵ではなかったが、そんな相手でも一方的に撃たれるとなると話は別だ。
対処するしかなかったという判断はきっと間違いではない。ただ手順だとか中身のほうが問題であって――。
「ええい、考えるのは後だ! 今は島風を助ける!」
摩耶は渇を入れるように自分の両頬を掌で叩く。
きっと、あたしがこの場でやらないといけないのはそっちだ。
鳥海のことも気がかりではあったが、それ以上に目の前のことからやっていかないと話にならない。
摩耶は島風とツ級の姿を探す。もしかしたら二人の戦闘はすでに終ってしまったかもしれないと、そんな予感を抱きながらも。
860 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/10/19(木) 01:28:45.45 ID:hgnI04YGo
ここまで。明日も頑張る
空いてしまいましたが乙ありなのです
>>851
その曲は荒野を走るドムの列という印象が個人的に強かったり
861 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/10/19(木) 07:55:51.66 ID:5XmVkAXeo
乙です
862 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/10/19(木) 12:56:04.30 ID:hVJUXdg/O
乙乙
863 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/10/22(日) 08:57:39.42 ID:IB/QKIB4o
乙乙
864 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/10/28(土) 23:32:45.46 ID:ijQsPyizo
─────────
───────
─────
ツ級の砲弾は海面に落ちる前に空中で炸裂すると、破片による弾幕を形成して島風を捉えようとしてくる。
対空用の攻撃手段でも、装甲の薄い島風にとっては十分に脅威だった。
それも全ての砲撃がそうなるのだから、幕というよりも壁のような圧力を感じる。
そのため回避するにはより大きく距離を取ったり回り込む必要があり、島風はツ級の砲撃をかいくぐれずにいた。
しかし島風もただ劣勢に陥ってるわけではない。
ツ級がいるのは島風の射程内でもあり、回避の合間に放つ砲撃は着実に命中を重ねている。
痛打とはいかなくともツ級はあくまで軽巡なので、島風の砲撃でも損傷は蓄積していく。
「鬱陶シイ……粘ラナイデ……シツコイ……」
「島風から逃げようだなんて!」
このツ級が何を考えているのかは分からない。
ただ、摩耶が離れた途端に海域からの離脱を図ろうともした。
すぐに追いついて阻止したものの、先に行かせたら鳥海の邪魔をされるという確信が島風にはある。
そんな真似をさせる気はさらさらなかった。
「絶対に行かせるもんか!」
島風の砲撃を受けて、ツ級は怯みつつも態勢をすぐに立て直す。
「邪魔ヲ……シナイデ!」
反撃の砲火が開かれる。
散弾の雨が次々に飛来してきて、島風はその多くを避けていく。しかし全てではない。
島風は背中に衝撃を感じ、背中にいる連装砲たちが悲鳴をあげたのを聞く。
「連装砲ちゃんたち、怪我は? えっ……雷管をやられたの?」
島風が連装砲たちに話しかけると、連装砲たちもすぐに被害報告を知らせてきた。
この間にも砲撃は続いている。
このままでは危険と感じて島風は左に舵を切ると、外に向かって旋回するようにツ級から離れていく。
すると島風を追うように主砲も追ってくる。
円を描くような軌道を取ると、後逸するように散弾の塊が落ちていく。
865 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/10/28(土) 23:33:57.87 ID:ijQsPyizo
島風は呼吸を整えながら再攻撃のタイミングを窺う。
背中の五連装酸素魚雷は、すでに砲弾の破片を浴びたせいで使い物にならなくなっている。
雷撃ができないとなると砲撃だけでけりをつけるしかなくて、肉薄して少しでも多くの砲撃を叩き込まないといけない。
だけど簡単にはツ級も近づけさせてくれないし、至近距離まで無傷でたどり着けないのは直前の撃ち合いからも明らかだった。
「下ガリナサイ、駆逐艦……アナタニ興味ハナイ……今ナラ見逃シマス……」
「……ふざけないでよ。興味のあるなしで島風の生き死にを決めるつもりなの!」
島風は言い返すが劣勢なのは内心で認めている。
これで摩耶がいるならともかく、単独の戦いでは分が悪い。
それでも後退はしても退避という選択は今の島風にはない。
そんな気配を読み取ったのか、ツ級が島風を牽制するように声を投げかけてくる。
「艦娘……ナゼ……ソコマデスル……?」
「今になってそんなこと言われるなんて思わなかったよ!」
島風の脳裏に戦闘とは別のことが過ぎり、知らず知らずの内に爪を立てるように両手を握りしめていた。
頬をはたいた手。そして、はたかれた頬。
私はいつだったか鳥海さんに頬をはたかれている。身勝手な私に怒ったからだった。
そして、私も鳥海さんの頬をはたいている。提督をなくしたあとの、あの人の言葉が許せなくて……私を叱ってくれた人の言葉だと思えなくて。
だけどね、あの時まで知らなかったんだよ。
叩くほうだって本当は痛かったなんて……知らなかったんだよ。
「鳥海さんが言ってるんだ……提督かもしれないネ級と決着つけたいって……泣いてたあの鳥海さんが!」
どんな想いで鳥海さんがネ級との戦いに臨んでるのか、私にも分かったなんて言えない。
それでも提督のことで苦しんでいた鳥海さんを知っている。
自分で決めたんだ。戦うって。それなら私にできるお手伝いなんて、これしかない。
体の中に力がみなぎってくるのを島風は感じる。
「お前なんかが鳥海さんの! 私たちの邪魔をするなぁ!」
吐き出した言葉にツ級がたじろいだように島風には見えた。
言わないでもいいことなのに、ツ級にはなぜか言っていた。きっと私も自分の気持ちを何かにぶつけたかったんだ。
でなければ、こんなことなんて言わない。ましてやツ級に。
「何ガアッタニセヨ……ソチラノ都合……私ニモ私ノ……」
「先には行かせない……余所見もさせてあげないんだから!」
絶対に止めてやる。ここでツ級は食い止める……ううん、倒してみせる。
強敵とか不利とか、そんなのは関係なかった。
866 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/10/28(土) 23:34:46.01 ID:ijQsPyizo
「行くよ、連装砲ちゃん! しっかり掴まっててね!」
出力を推力へと変えるべく缶が最大稼働。艤装が唸りをあげ始める。
背中に乗せた連装砲たちがしがみつくのを感じながら、島風の体が風を切って前進。ツ級もまた全砲門で迎え撃つ。
散弾の雨が弾幕として張られる中を、島風は縦横に駆けるように避けていく。
ツ級は後進しながら砲撃を続ける。攻撃が思うように当たらなくなっている。
砲弾や破片がかすめこそすれど、島風の勢いは止まらない。
砲撃と一緒にツ級は苛立ちを隠せていない声を発する。
「ドウシテ当タラナイ……タカダカ四十ノット……ソノ十倍ダロウト……追エルノニ!」
艦娘と航空機じゃ狙い方は変わってくる。速度も機動性も単純に比較できるようなものじゃないし、私たちは撃ち合いながらの行動になってくる。
その感覚のズレをツ級はまだ掴みきっていないのかもしれない。きっと経験というのが浅いから。
だから破片には当たっても直撃はしない。しないと自身に言い聞かせながら、島風は肉薄しようと少しずつ距離を詰めていく。
できる限り速度を殺さないように、かといって直進が続かないように島風は水を切るようにツ級へと迫る。
決して島風も無傷ではいられない。セーラー服や艤装は元より、両腕や頬も破片に切られて次々と傷ついていく。
それでも島風は至近距離まで近づいた。戦意も速力も衰えないまま。
島風の放った一発がツ級の右腕を反らすように弾く。ツ級の砲撃に明らかな切れ目が生じる。
その隙に素早く島風は距離を詰められるだけ詰めた。
連装砲たちが身を乗り出すようにすると一斉砲撃を浴びせていく。
砲撃が吸い込まれるように命中していくとツ級がたたらを踏んで後ずさる。
硝煙によってツ級の姿が覆い隠されても、島風はありったけの砲撃を撃ち込んでいく。
「ココデ沈ムワケニハ……私ハ……!」
ツ級の反撃が来ると島風は感じ、その前に勝負を決めようとする。
しかし次の瞬間には視界が閃光で埋め尽くされ、驚きによる叫び声も轟音に呑み込まれていく。
島風の体が勢いよく吹き飛ばされて海面に叩きつけられる。
何が起きたのか、当の島風にも咄嗟には理解できなかった。
どこか朦朧としながらも、仰向けになった体だと自然と空を見上げる。ほのかに灰がかったような雲が空を覆い尽くそうとしているのをぼんやりと見る。
「直撃された……?」
そうに違いないと覚束ないながらも悟ったが、状況に考えが及ぶ前に強烈な吐き気に見舞われる。
まだ痛いとは感じないけど、こうして倒れてるのならそういうことなんだと思う。
痛みの代わりなのか、嘔吐感をこらえて体を起こそうとするが両腕に力が入らない。
それでも島風は海面に手をついて立ち上がろうとする。
体が水面に反発するように浮いたままなのは、艤装の機能がまだ生きている証拠だった。
867 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/10/28(土) 23:36:09.63 ID:ijQsPyizo
「確カニ……無視シテイイ相手デハナカッタ」
島風が起き上がろうとしながら顔を上げると、ツ級が右腕に載せた主砲を向けていた。
ツ級は満身創痍で体の所々から出血し、向けられた右腕からも黒い血が滴り落ちている。
被り物のような仮面にもひびが入っていて、もう一押しすれば壊れてしまいそうな感じがした。
しかし、この場で主導権を握っているのはツ級のほうだ。
ツ級が砲撃したら助からない。自分を狙っている底なしの穴のような砲口を見つめてしまうと、そう実感するしかなかった。
それでもまだ被弾のショックで感覚が戻っていないのか、不思議とツ級とこの状況を怖いと思えなかった。
その時、島風の背中にいた三基の連装砲たちが、主砲を乱れ撃ちながら二人の間に割って飛び出す。
短い両腕を広げ、すでに中破している一基も含めた三基は散開しつつも徒党を組むように立ち塞がる。
ツ級は島風への狙いを解くと、砲撃を避けるために後退しつつ素早く首を左右に巡らす。連装砲たちとの位置関係を把握しようとしているようだった。
「連装砲ちゃんたち……やめて……みんなだけじゃ……」
「アナタタチモ……ソノ艦娘ヲ守リタイヨウダケド……」
ツ級が両腕を広げると、両腕の両用砲がそれぞれに向けて仰角や向きを微調整する。
連装砲たちも島風に追随できるように同程度の速度が出せるが、ツ級の相手をするには荷が重い。
ツ級が反撃を始めると、たちまち三基の連装砲たちは弾幕に絡め取られて沈黙していく。
だが双方にとっても予想外のことが起きた。
「お前の相手は一人じゃないんだよ!」
割り込む声より速く、ツ級に別方向からの砲撃が見舞われる。
20.3センチ砲による攻撃で、それは不意を突く形でツ級の左腕に命中した。
その一撃でツ級の左腕の巨大な腕を模した艤装が割れるように壊れると、豪腕がもげるように落ちてツ級の白い左腕が露わになる。
「間に合ったみたいだな……ここからは摩耶様が相手するぜ!」
「邪魔ヲシテ……!」
ツ級が残る右腕の主砲を増援に来た摩耶に向けて狙うが、またしても横から小口径の砲弾に撃たれて注意がそちらへと逸れる。
島風の連装砲の内、始めに中破した一基が放ったものだった。
この砲撃は当たるどころか大きく外れていたのだが、ツ級は摩耶から注意を一瞬とはいえ逸らすという隙を晒す。
そのわずかな間に摩耶はツ級が予想していた位置よりも少しだけ離れ、砲撃までの猶予を与えていた。
ツ級が照準を補正して撃った時には、摩耶もまた次の砲撃を終える。
868 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/10/28(土) 23:37:52.34 ID:ijQsPyizo
ほぼ同時に放たれた砲撃が行き交うと、摩耶の周囲にはいくつかの水柱が生じて散弾が飛沫のように降り注ぐ。
咄嗟に身を守ろうとした摩耶だが、やはり全てを避けることは敵わず体に擦過傷を負っていく。
艤装にも砲弾の破片が立て続けに当たり耳障りな音を立てるが、重巡ともなると大きな被害とはならなかった。
そしてツ級は摩耶とは比べ物にならないほどの甚大な被害を受けた。
複数の命中弾を受けて、残っていた右の両用砲群は発射不能に陥いると、足元付近に命中した一発が艤装の機関部に悪影響をもたらした。
急速に速力を落としていくと、海面を這うような速度しか出せなくなる。
何よりも頭に当たった一撃がツ級の戦闘能力を完全に奪った。
仮面のような外殻が衝撃こそ吸収したものの、それも決して十分とは言えない。
ツ級はかろうじて倒れこそしなかったが、今にも膝を崩しそうなほどに弱っていた。
さらに彼女の仮面は砕け、素顔が露わになっていた。
「お前……その顔は!?」
摩耶が息を呑む。島風もまた言葉がなかった。
ツ級の素顔は二人がよく知る顔――鳥海と瓜二つだった。
肌が深海棲艦らしくより白くて髪の長さも肩口までと短ければ、眼鏡ももちろんかけてはいない。
それでも違いはそれだけしかなかった。
「オ前タチヲ退ケテ……今度コソ……ネ級ト……」
ツ級はうわごとのようにつぶやくが、すでに限界に達しているのは明らかだった。
その場で力尽きたように、両膝を海面に突くと前のめりに倒れた。
こうなるとツ級の体が海中に沈み始めるまでは早く、波に浚われるように沈んでいく。
その時には、遅れてきた痛みをこらえながら島風も立ち上がっていた。
ツ級の元に駆けつけようとするが、島風の艤装は満足に動ける状態ではない。
「摩耶……助けてあげて!」
摩耶はツ級が沈んでいくのを愕然としてみていたが、島風の声で我に返る。
「助けろって……あれはツ級だぞ!」
「だけど……ここで見捨てたらきっと後悔するよ!」
根拠があって言ったことではなく、ほとんど直感だった。
どうしてツ級が鳥海と似てるかは島風にも分からない。偶然なのかもしれないし、そうだと思いたかった。
ただ、このまま何もしないのは間違っていると思えてしまった。
「そんなこと……!」
摩耶は反発するようなことを口にしているが、すでに沈みゆくツ級の側まで近づいていた。
このままではいけないと思っているのは摩耶も同じらしい。
ほとんど間を置かず、摩耶は海中へと両手を伸ばす。
水を掻き分けるようにしながら、やがて両腕で何かを引っ張るようにするのを島風は見た。
「何やってんだ、あたしは……」
摩耶の引きつった声が――きっと顔も引きつらせながら、沈みゆくツ級の手を取って海上へと引き上げていた。
869 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/10/28(土) 23:39:00.25 ID:ijQsPyizo
今夜はここまで、乙ありでした
ちょっと好みの分かれる展開かなぁ、などと思いつつ
870 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/10/29(日) 00:25:39.89 ID:9rmzDvULo
乙です
871 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/10/29(日) 19:56:14.40 ID:iH1p9k5l0
おつ
大体みんな中の人は予想通りだったと思うw
872 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/11/02(木) 08:01:17.59 ID:rVLU1fOzO
乙
そんな気はしてた
873 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/11/09(木) 22:39:56.17 ID:4SW+hGJDo
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
敵艦載機が撤収に移り空襲が止むとすぐに、武蔵は戦艦棲姫との砲戦を再開せざるをえなかった。
武蔵は損傷を負った艤装を操りながら、姫に背後や側面に回り込まれないように動き始める。
姫は空襲中は攻撃しないという口約束を違えていないが、それから待つ気はなかったらしい。
複数の40cm砲が武蔵を駆り立てるように間近に着弾する。
仕切り直しの初弾でも、さすがに狙いがいい。自分の背丈を優に越える三本の水柱に煽られつつ、内心で舌を巻く。
「無傷トハイカナカッタ……デモ……モウ待テナイ」
姫の声が囁くように聞こえてくるが、距離はおそよ一キロほど離れていた。
空襲の間に武蔵は二本の魚雷と五発以上の急降下爆撃を受けている。
幸いにも爆撃は装甲の厚い箇所にばかり当たってほぼ無傷でやり過ごし、艤装には喫水下線の攻撃にも対策が施されているので雷撃を受けた割には被害は小さい。
しかしながら機動性の低下は避けられず、先ほどから姫に付かず離れずの位置を――姫に取っては戦いやすいだろう位置を保たれている。
「味方の被害状況はどうなってる? ちっ、いつまでも敵に甘えてるわけにはいかないか……来い!」
他の艦娘たちが砲撃戦を行っていたのもあって、艦載機に専念できた武蔵の対空砲火はよく目立っていた。
こういう相手は徹底的に狙われるか、ひたすら無視されるかのどちらかになりやすい。武蔵の場合は前者になった。
他の艦娘への航空攻撃を肩代わりできたのだから、武蔵としては願ったり叶ったりだった。
とはいえ全てを引き受けられるはずもなく、味方にも被害が出ている。
見聞きした限りでは致命傷を負った艦娘はいないはずだが、混戦である以上は詳しく分からない。
何より戦艦棲姫を相手にする以上、こちらに集中しないと命取りになる。
互いに距離を保ったまま主砲を撃ち合う。
発射から目標到達までは一秒ほどだが、次弾装填までの時間は常と変わらない。
撃ち返す形の武蔵の砲撃は姫の後方にまとまって着弾。遠すぎる。
一度は砲戦を中断したため、どちらも命中弾を得るとこから始めなくてはならない。
しかし姫のほうはすでにいい場所に狙いをつけているし、こちらは速力が落ちてるので敵弾を避けにくくなっている。
やはりというべきか、最初に被弾したのはこちらだった。
姫の三度目の砲撃が二番の主砲塔を叩く。当たったのは一発でも痛みを伴った激震が体中を貫いていった。
巨大なハンマーで叩くというが、まさにそうされたような気分だ。
この衝撃だけで体や艤装も壊れてしまいそうな気がするが、どちらも簡単に壊れやしない。
武蔵は雑念を払うように深呼吸を一つ行う。
この状況を踏まえて、まずは当てることだけに専念する。
落ちたとはいえ元からそこまでの速度差はないのだし、これだけ距離があれば側面や後背を突かれる危険は少ない。
それに互いに手負いではあっても一発ニ発では沈めない身であり、最終的には主砲による殴り合いになるのは変わらんのだ。
ならば少しでも早く、その状況に持ち込めるようにするしかない。
874 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/11/09(木) 22:44:10.79 ID:4SW+hGJDo
さらに数度の砲撃が交錯すると武蔵にも改めて命中弾が生じる。
しかし、その頃には戦艦棲姫も斉射に切り替え、一回の砲撃ごとに着実に武蔵への命中弾を積み重ねていた。
何度目かの直撃で武蔵の全身を揺さぶる衝撃が走り、熱と爆風を伴った目を焼く光が襲う。
とっさに腕で顔を庇うが、殺しきれない閃光が激しく明滅する。
戦艦棲姫の砲撃が艤装の一角に大穴を空けた際に生じた光で、破孔からは延焼を示す黒煙がたなびき始めていた。
被害はそれだけに留まらず、バイタル・パートを徹甲弾が叩く。
装甲に阻まれ貫通こそ防いだが、その衝撃は武蔵の体を苛むには十分だった。
鼻の奥からこぼれてきた血を手の甲で拭って払う。
それでもなお、武蔵が有する九門の主砲は周囲を圧する轟音と衝撃波を巻き起こしながら斉射を行う。
未だに火力を維持できているのは幸運と呼ぶほかない。
元より投げ出す気はないのだから、滅多打ちにされようが浮かんでいて撃ち返せるなら最期まで撃ち続けるまで。
武蔵の放った砲撃も姫を食い破ろうと飛翔する。
そのうちの一弾が姫本体に直撃する軌道を取っていたが、生体艤装が自らの左腕を盾代わりにして犠牲にする形で防ぐ。
巨獣が苦悶の叫びをわめき立てる。
46cm砲の直撃を受けた左腕はかろうじて原型を留めながらも、糸が切れたように垂れ下がっていた。
これで姫を守る物はもうない。
光明が見えたのも束の間、またしても激震が武蔵を襲う。
二番砲塔に再び姫の主砲が命中していた。
歯を食いしばって耐え凌ぎ、装填が終わるなり武蔵も反撃する。
そこで武蔵は否応なしに今の被弾の影響の大きさを思い知らされた。
二番砲塔から放たれた砲弾は、どれも姫からは明後日の方向に落ちていく。
被弾の影響で何かしらの不具合を起こしているのは明らかだった。
狙った位置に飛ばせないようでは主砲としては役に立たない。
「今のはまずいな……撃てるだけマシと見るべきか」
劣勢。意気込みとは別にして戦況をそう認めざるを得なかった。
これで火力は三分の二に減った……いや、まだ三分の二が残っていると考えるべきだろう。
それに砲門数で言えば、これでも戦艦棲姫と変わらないんだ。
「劣勢もへったくれもないな……一門でも撃てれば挽回できる!」
「ソレデコソ……続ケマショウ! 血ヲ流シテ……生キテイル証ヲ刻ンデ……!」
姫も興奮が入り混じった声を寄こしてくる。今にも笑い出しそうな響きが魔女の声に出ていた。
やつはこの状況を楽しんでいる。それを非難する気なんてない。この武蔵にだって、その気持ちは多少なりとも共感できる。
相応しい時に全力を尽くせるのは幸運だ。
875 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/11/09(木) 22:47:49.49 ID:4SW+hGJDo
主砲の装填が済むまでの間、睨み合ったまま膠着する。
その最中、武蔵は視界の端のほうで艦娘が姫の側面から回りこもうとしているのを捉える。
横から高速で姫に近づいていくのは清霜だった。
武蔵の見る限り損傷らしい損傷は見当たらず、姫への雷撃を狙っているようだった。
戦艦棲姫もそれに気づいたのか、横目を向けるように視線を巡らす。
「駆逐艦……アナタハ相手ジャナイノ……ダケド言ッタハズ……武蔵ノ側ニイタラ沈メルト」
「できるものならどうぞ! 清霜にご自慢の主砲が当たるか試してみよう!」
挑発するように言う清霜だったが、しかし姫は彼女を無視して武蔵に視線を戻す。
あくまでも無視という対応に出た姫に対して、清霜は艦砲を撃ちかけるが姫の態度は変わらない。
砲撃が当たろうが外れようが、涼しい顔をしてされるがままになっている。
「やつには近づくな、清霜!」
「武蔵さんがそう言っても、ここまで来ちゃったら雷撃の一つや二つはしないと!」
反撃を受けないまま清霜は戦艦棲姫まで急速に接近する。
抵抗がなければ、それだけ近づくのも速い。
再装填はまだ終らない。武蔵はひどく嫌な予感がしていた。
「慕ワレテイルノネ……アナタハ期待ニ応エラレル……?」
清霜はすぐに雷撃体勢に入るとセオリー通りに扇状に八本の魚雷を投射していく。
雷跡が迫ってくるのを見てか、そこで戦艦棲姫が急に動き出した。
ただし雷撃を避けるのではなく、投射された内の一本に向かって直進する。故意に当たりにいこうとしている動きだった。
「なんで自分から!?」
唖然とする清霜に愉快そうに笑う姫の声が重なる。
「仕方ノナイ子……モウイイワ……撃チナサイ」
姫が片手を振り上げると艤装が咆吼する。同時に獣の両肩に載った三連装主砲が火を噴く。
清霜の体が林立する水柱に呑まれ、遅れて姫も触雷の水柱に弾かれるように押し出されていった。
876 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/11/09(木) 22:56:27.82 ID:4SW+hGJDo
「っぁ」
清霜のか細い声が無線から漏れだし――それはすぐに絶叫に変わった。
「ああああ! ああああ!」
水柱が落ち着つき始めてすぐに清霜の姿は確認できた。
海面にうずくまっていたかと思うと、のたうつようにもがくのを武蔵は見た。
清霜の左腕が、肘から先が吹き飛ばされている。
「ホラ……当タッタワ……アア、可哀想ニ……ナマジ避ケヨウナンテスルカラ……」
雷撃を受けたはずの姫は何事もなかったかのように白々しく言う。
うそぶくような言い方で、本当はこうなると分かっていたかのように感じてならなかった。
武蔵のその感覚が正しいのを証明するように姫は続ける。
「コレモ前ニ言ッタハズ……武蔵ニハ誰モ守ラセナイト……」
言いながら姫は武蔵を見ていない。とどめを刺そうと清霜を見続けている。
「マズハ……コノ子カラ水底ヘ帰ス……ソノ次ハ武蔵ノ番……」
「ふざけるな! 私と戦いたいなら、この武蔵だけを見ていればいい! 目を逸らすなどもっての外だ!」
武蔵が吠える。怒りに満ちた指摘に戦艦棲姫がはっと視線を戻す。
この武蔵との対決にこだわりながら、大事な時になぜ目を逸らしてしまう。
驕りか侮りか、それとも迂闊なのか。
武蔵は狙いを定めていた。怒りという激情を秘めたままでも頭の片隅は醒めている。
頭の中で撃鉄を起こす。引き金を引く。ボタンを押す。そういったイメージを想起する。
そろそろ主砲の装填が終わる。今は間を置いて交互に砲撃する状態になっている。
つまり、次はこちらのターンというわけだ。
もし、この砲撃で姫が健在のままなら、次の砲撃は武蔵と清霜のどちらを狙うつもりでいる?
おそらく清霜が狙われる。そうなれば、もう動けない清霜は確実に沈められるだろう。
だから、これを当てるしか――ただ当てるだけではなく仕留めなくてもならない。
武蔵は息を吸うと体の内に溜めこむ。
集中する、ということを意識せずに集中する。
周囲から音が途絶え、目標である戦艦棲姫以外は目に入らない。清霜のことでさえ、その間だけは意識の外になる。
砲撃一つでさえ多くに干渉される。
大気圧に温度、湿度、重力、風向きに風速。潮の流れ。この武蔵の技量に調子、気分や心境。相手である姫のそれも同様に。
大きい物から誤差とすら呼べないほど小さい事柄、考慮できることから考えても仕方のないこと、自分が知りえないことまで。
それは我々も同じだ。
一人のつもりであっても、実際は多くの者と関わって生きている。
……お前はどうなんだ、戦艦棲姫。生の実感がどうとか言っているが、本当にお前はそれを分かっているのか。
きっと聞くまでもないことだろう。おそらく、それが武蔵と戦艦棲姫との違いだから。
877 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/11/09(木) 22:58:40.23 ID:4SW+hGJDo
殺人的な衝撃波を巻き起こしながら六門の主砲が放たれた。
武蔵の体感的には同時、実際には三連装砲の中央のみ左右の砲撃による干渉を避けるためにわずかに遅れている。
大気を切り裂いた徹甲弾が戦艦棲姫を穿とうと落ちていく。
二本の水柱に挟まれた姫は、それを知覚する前に激しい衝撃に襲われていた。
姫の生体艤装にまず二発が命中する。一発は右肩の主砲塔に当たり、装甲を抉りはするが抜けきらずに弾き返される。
もう一発が無貌の頭頂部に直撃し、半ばまで食い込む。
これだけだったら重傷ではあっても致命傷にはならない。
しかし三発目がすぐ近くに着弾すると話は変わる。
すでに食い込んでいた砲弾を上から押し込む形になり、それが艤装を終わらせる決定打になった。
内部に到達した艤装の中枢部を破壊し機能を喪失させる。
そして最後の一発が姫と艤装の間に飛び込むと、両者を引き剥がすように弾き飛ばした。
時間にすれば二秒に満たない間の出来事だった。
その様子を見届けて武蔵は息を吐き出す。張り詰めていた気持ちは緩まず、浮かれる余裕もなかった。
そもそも打ち勝ったという実感もなく、何よりも清霜のことが気がかりだった。
武蔵は姫が確実に致命傷を受けていると確信して、すぐに清霜へと近づいていく。
損傷が積み重なっている影響で普段以上に加速が利き出すまでが遅い。
逸る気持ちとは裏腹に清霜の元に着くまで時間がかかってしまう。
すぐに武蔵は屈むと清霜から全損している艤装を取り外し、さらしを千切って左腕の傷口を固く縛る。
いくら艦娘と言えど、一刻も早くバケツを使う必要がある。
傷は治るが、それまで清霜の体力が持つかは分からない。
「やられちゃいました……」
「すまない……あの一撃は清霜が代わりに引き受けてくれたようなものだ」
「私は清霜……いつか大戦艦になる女ですよ……あんなのぐらい……」
血の気をなくした白い顔が言う。
吹けば消えるようなささやきでも、ちゃんと耳に届いていた。
強がりでも何でも言ってくれるのはありがたい。今はその言葉を信じて懸けるしかないんだ。
武蔵は清霜を抱えて立ち上がり、すぐに気配に気づく。
素早く後ろを振り返ると戦艦棲姫が立ち尽くしていた。
武蔵は身構えようとするが、戦艦棲姫は艤装を失っていれば脇腹から大量の血を流している。
何よりもその表情から戦う意思はないと察した。もう長くないのも。
878 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/11/09(木) 23:01:39.81 ID:4SW+hGJDo
「オ見事……ソウ言ワザルヲエナイワネ……」
武蔵は無言で見つめ返す。
姫は笑っている。愉悦とは違う、弱々しく儚げな顔で。
それでもどこか満足げに見えてしまうのは……こちらがそう思いたいからではないはずだった。
「戦艦棲姫……わざと清霜の魚雷に当たったのか?」
「航空魚雷トハイエ……アナタハ二本……命中シテイタ……単純ニ比較デキナクテモ……コレデ帳尻ハ合ウモノ」
「あくまで公平に戦いたかったのか……」
「アナタナラ理解デキルハズ……背負ッタ期待ニ応エラレナイ無念ハ……戦ウベキ相手ト出会エナイ口惜シサハ……」
「……分かるさ。お前は厄介なやつだったが、こだわりたくなるのは同じだった」
「アナタハ……私ダケノ強敵ナノ……」
「……確かにお前との戦いは楽しかったよ。その楽しさもそう感じる私の本性も否定はできないさ。だが武蔵は……お前だけの強敵ではいられないんだ」
「残念……ソウ……残念。我々ニデキルノハ血ヲ流シテ……生キテイル証ヲ刻ムコトダケ……私モアナタモ同ジナノニ」
「そんなことをせずとも……生きていけるさ」
そう思いたい。戦うだけしか能がないとしても……それで他の可能性を切り捨てたくはない。
戦うのは手段であって目的ではない。艦娘だとしてもそう信じるのは構わないはずだ。
結局、戦艦武蔵と戦艦棲姫は違うんだ。重なる部分はあるにしても、どうにもならない部分もある。
だから対立するしかなかったのか……その答えは武蔵にも分からない。
「お別れだ、戦艦棲姫。彼の世で誇るといい。お前は私よりも強かった」
「ソンナトコロ……アルトイインダケド……」
ほほ笑むような、すすり泣くような声音だと武蔵は思う。
これが戦艦棲姫の最期だと理解していた。
しかし武蔵はすぐに背を向ける。もう十分だった。
879 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/11/09(木) 23:06:44.69 ID:4SW+hGJDo
ここまで。あと二回ぐらいで六章は終われる予定。というわけで月内が目標
ツ級の正体は予想できてたようで安心しました。誰だよそれみたいなことになるのが、私の中では最悪に近いパターンかなって
今だから言えるのは、登場前は元のモチーフっぽいアトランタ級にするかで結構悩んでました
880 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/11/09(木) 23:15:31.97 ID:E4cXVxEE0
乙
アトランタだとそれこそ誰それだからこれで良かったと思う
そして大戦艦抗争は清霜含めコテコテ王道展開で綺麗に着地
881 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/11/09(木) 23:30:59.61 ID:E11zZ8M2o
乙です
882 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/12/13(水) 23:42:28.77 ID:n2AkfQKWo
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
全部手遅れなのかもしれない。
泊地の近海に戻ってきた白露が最初に思い浮かべた言葉はそれだった。
彼女の目の前にある海原には、重油のような黒い液体や元の形を留めていない有機物や金属らしい残骸。
周囲を海の濃さとは違う黒色に染めながら、それらは道筋のように転々と続いていた。
潮風に混じって金鉄のようであったり、ゴムが焦げついたような独特の悪臭が漂ってくる。
同じものを見ている春雨がつぶやく。その声はかすれるように震えている。
「これ……」
「……ここで戦ってたんだよ」
白露は多くを言わない。そうしなくても春雨に通じるのは分かっていたから。
泊地の防衛に回っていたコーワンの手勢と空母棲姫が率いる別働隊とが交戦したのは間違いない。
そしてトラック泊地が艦砲射撃に晒されてるとの急報を知らせてきた以上、結果も明らかだった。
空母棲姫が発見されてから、彼女たちはできる限りの速さで前線から取って返してきた。
ここまで白露たち一団を輸送してきた輸送艦から降りて、自力で航行し始めてからおよそ十分。
泊地が敵艦隊の編成などを知らせてきてからは、ほぼ三十分になろうとしている。
敵艦隊の構成は空母棲姫とは別に十二体の護衛要塞とそれと同数の水雷戦隊で構成されているという。
ここで起きた戦闘で消耗はしてるはずだけど、こっちより数で多いのは間違いない。
白露は海上から視線を逸らすように空を見上げる。
海は割りに穏やかだけど、雲行きはそんなによくない。
午後には雨が降るという天気予報は的中しそうだった。
航空機の行動が制限されるなら、そっちの戦力でも負けてるこっちには好都合なんだけど。
この日、白露たちは第二次防衛圏で機動部隊として飛龍ら空母の護衛を務めていた。
戦線が後退してきた時は遊撃隊としても動くつもりでいたが、空母棲姫が泊地近くまで侵入していたのが判明すると事情が変わってくる。
泊地を防衛するために機動部隊から抽出されたのが、白露を始め時雨、春雨、海風、江風、涼風の六人の白露型に山城を含めた七人だった。
戦力としては心許なくとも機動部隊の護衛も疎かにできず、そちらは他の夕雲型と大淀に託している。
そんな白露たちの陣形は複縦陣ではあるが、上から見ると八の字になっている。
互いに回避行動を取りやすい距離を保つためもあり、射線を僚艦によって遮られないようにするための並びでもあった。
それぞれ白露と江風を先頭にして白露の後ろには春雨と時雨、江風には海風と涼風と続き、最後尾の中間点に山城が位置している。
並びで言えば、ちょうど白露型と改白露型で左右に分かれていた。
「せめて重巡の方が一人でもいてくれたらよかったんですけど……」
「ないものねだりしても仕方ないよ、姉貴。江風たちがやれるだけやンなきゃ」
海風と江風の話を聞きつつ、白露も口にこそ出さないがもう少し戦力がほしいと考える。
泊地を守っていた深海棲艦と協調して空母棲姫と戦いたかったけど、それはもうできない。
883 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/12/13(水) 23:44:27.48 ID:n2AkfQKWo
「姉様は無事かしら……今ほど足の遅さを恨めしく感じたことはないわ……」
山城は暗い顔でありながら険しい目つきで泊地の方角を見続けている。
今はその彼女に合わせて二十四ノットで泊地に向かっていた。
白露たち駆逐艦だけならもっと速く移動もできるが、ただでさえ戦力で劣っている。山城抜きで空母棲姫と当たっても押し潰されてしまうのが目に見えている。
「姉様にもしものことがあったら……」
「大丈夫に決まってるさ。艦砲射撃は短時間だと、あまり効果はないから……きっと扶桑は無事だ」
時雨は励ますような言い方だけど真顔になっていた。
きっと自分にもそう言い聞かせようとしてる。
動じてないような顔をしてるときの時雨は本当は不安になってることが多いみたい。
そういう気持ちを隠そうとするから、かえってポーカーフェイスみたいになる。時雨本人も気づいてるようだけど、簡単に直せないような癖。
「そうね……でもやっぱり心配だわ。艤装もなしに直撃を受けたら、いくら姉様でも……」
元々、心配性が強すぎる山城さんだけど、やっぱり不安は拭えないようだった。
とはいっても時雨の言葉は気休めだろうけど、あながち嘘でもない。
たとえば山城さんが十分間で撃てるのは最高でも十五回。
そして艦砲射撃が始まってからは、まだ三十分も経っていない。
空母棲姫と護衛要塞が艦砲射撃をするとしても、そういった攻撃を想定していた泊地への対地攻撃としてはまだまだ不十分なはず。あたしもそう思いたい。
「対空電探に感あり! ざっと四十機……敵さんが近い!」
涼風が警告の声を発すると、こちらの電探でも少し遅れて直掩機の存在を感知した。
さらに遅れて水上艦の反応も認められるようになる。どうやら敵艦隊は前後の二列に分かれているらしい。
時雨が真っ先に敵の存在を認めた涼風に声を向ける。
「ということは向こうもボクらに気づくだろうね。敵艦載機はどう?」
「今んとこ直掩の他は出撃してきた様子はねえかな? あたいらにはもったいねえとか思ってるのか?」
「消耗していて温存したいのかも……なんにせよ瑞雲もこれで品切れだから好都合だわ。このまま突入しましょう」
それまでの暗い様子から一転、山城が張りのある声で言う。
誰にも異存はなかった。ここまできて手をこまねいてるなんて選択肢はない。
山城が残りの爆装した瑞雲を発艦させていく傍らで、白露も声を張り上げる。
「あたしたちは露払いとして水雷戦隊を叩きのめすよ! 山城さんは敵中枢をお願いします」
「ええ、まずは護衛要塞を減らすのを優先するわ。姫も大事だけど泊地を守れなくては意味がないもの」
空母棲姫を沈められれば決着もつくだろうけど、護衛要塞はその姫を守ろうとしてくるに違いなかった。
それを別にしても対地攻撃の要になっている敵なら、早めに対処しないといけない。
884 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/12/13(水) 23:46:17.87 ID:n2AkfQKWo
「無理はしすぎないでよ、山城。改二と言ったって君の防御力は相応なんだから」
「だったら相応じゃない部分を活用するまでよ」
艦隊は初めから戦闘隊形を取っている。
白露の手信号を合図に駆逐艦たちが加速しだすと、山城を引き離して前へ進んでいく。
その上空を瑞雲たちが追い越していった。機数が機数だし敵の直掩のほうがずっと多い。成果は期待してなかった。
近づくに連れて、電探の反応でしかなかった敵が黒い影という実像を得る。
すぐにそれは艦種を確認できるようになる。敵のほうからも近づいてきていた。
二隻のヘ級軽巡に八隻の改良型のイ級駆逐艦。合わせた数はこっちのほぼ倍。
それぞれ軽巡を最後尾にしての二つの単縦陣というべきか、大きな複縦陣というべきかを組んでいる。
その先には、あの空母棲姫がいる。周囲の護衛要塞はニ体。
姫の一団の奥では、別の護衛要塞が対地攻撃のために横隊を組んでいる。その数は八と白露は判断すると一同に知らせていく。
空母棲姫たちと水雷戦隊が迎撃をして、横隊の護衛要塞はあくまで艦砲射撃を継続するつもりらしい。
「始めるよ! 目標、敵先頭のイ級二人。各自に砲撃、始めー!」
白露の言葉を号令として、すでに狙いを定めていた一同が砲撃を開始する。
最初の砲撃はそれぞれの先頭に集中すると、早くも何発かが命中した。
左右にいる先頭が撃たれている間に、後続の敵艦は砲火をまき散らしながら脇を抜けて突撃してくる。
すぐに白露たちも散開するように回避せざるを得なくなり、その間に砲火を浴びてた元の先頭艦も後続として戦列に加わってくる。
これはまずいやつだ。
粒揃いの敵艦を揃えているみたいで、これは手強い相手たちだった。
こういう区別があるのかは分からないけど、親衛隊という言葉を自然に連想する。
白露たちは敵に包囲されるのを避けるように動きつつ、かといって山城に向かわないように砲撃も仕掛けていく。
先制こそ取れても、すぐに砲戦は押され気味になっていく。
数の不利よりも、敵も連携して相互に穴を埋めるような戦い方をしているのが理由だった。
近づいてくるイ級に白露は砲撃を当てていくが、返礼とばかりに別のイ級たちから撃たれていき被弾する。
「あいたっ!」
「白露姉さん!?」
「くっそー! このぐらいでやられるもんかあ!」
心配する春雨の声を背に、敵に向かって言い返す。
実際に今のはそんなに痛くはなかった。
それにここで弱気を見せたら、一気に押し込まれてしまいそうな気がする。そんな気持ちが自然と強がりになっていた。
885 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/12/13(水) 23:48:21.76 ID:n2AkfQKWo
白露たちの後方で砲声が轟いた。
雷がいくつもまとめて落ちたような音は山城による一斉射だ。
山城は主砲として40cm連装砲五基十門を飛行甲板に合わせつつも強引に載せている。
白露や水雷戦隊の頭上を飛び越えていった十の砲弾は、泊地を攻撃し続けていた護衛要塞に暴力を振るった。
狙った先は一体ではなく五体。それぞれの砲塔が別々の護衛要塞を目標としていた。
護衛要塞たちにほぼ同時に命中の爆発が生じていく。
その内の二体は圧し折られて打ち砕かれると、あっという間に波間に消えていく。轟沈だった。
残った三体も中破以上の損傷を受けたのは明らかで、白露はその光景に思わず固唾を飲む。
たった一度の砲撃で、横隊の護衛要塞の戦力が半減していた。
「沈んだのは二つだけ……不幸だわ……避ける気のない固定目標なら、もっと上手に当てないといけなかったのに」
山城さんは自虐めいたことを言ってるけど、海上でこれだけ距離があるんだから当てるだけでも簡単じゃない。
今の砲撃が空母棲姫の警戒心を刺激したのか、護衛要塞たちの動きが一斉に変わる。
微速で動き出しながら回頭を始めると、姫の一団も山城さんへの集中砲撃を始めた。
押し殺した悲鳴が無線を震わせる。
「同じやり方はもう通用しない……各砲塔、交互射撃用意! 優先目標は健在な護衛要塞! 白露型のみんなにはこのまま護衛を頼みます!」
山城さんの邪魔をさせるわけにはいかない。
そして水雷戦隊もあたしたちを突破しようと攻勢に転じてくる。
最後尾にいた二人のへ級がイ級たちを押し退けるように突破を図ってきた。
「へ級たちに集中砲火!」
白露が令を下すと、各々の白露型も近い側のへ級に砲撃を集めていく。
集中砲火を浴びて体力を削られ足が遅くなってもへ級は止まらない。
へ級は囮になって攻撃を引きつけようともしている、という意図を白露は感じた。
その間に後続のイ級たちも散ると砲撃を浴びせてきた。
特に先頭に立つ白露は江風と共に多くの砲撃に晒される。
「こんのぉ……二人は後ろに来るやつをお願い!」
言うなり、白露は砲撃を突き抜けてへ級の後ろに回り込む。
速度が落ちているのもあって、背中を取るのはそんなに難しくなかった。
砲撃に移る前に横目に反対側の江風を見ると、敵の砲撃を受けて落伍していくのが見えた。
それを海風と涼風が守るために前面に進み出ていく。そんな二人に攻撃を仕かけているのは三人のイ級。一人は撃破したらしい。
そこまで見ると背中を見せるへ級に意識を戻し、さらに左手側にいるもう一人のへ級にも目をやる。
どっちもここで沈めないと山城さんに雷撃をされてしまう。
886 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/12/13(水) 23:49:16.36 ID:n2AkfQKWo
「……沈めるしかないんだよ、白露」
ためらったり迷ったりしてるわけでないのに、そんな独り言が口から出てて驚いた。
でも、その通り。山城さんを守るためにも、江風たちの援護に向かうためにも沈めなくちゃいけない。
背中を取ったへ級に主砲を浴びせながら、四連装の魚雷発射管を開く。
進行する相手に斜め後ろから追いかけるようなコース。
向こうの速力が落ちてるのと雷速の速い酸素魚雷だから逃がさずに届く距離だった。
だけど、頭の中で思い浮かべる軌道がどうしてか定まらない。
こういう感覚がする時の雷撃は当たってくれた試しがない。
大したことないと思ったけど、さっきの被弾の影響が艤装に出ているのかも。
投射の誤差を減らすために、なるべく体の振動が少ない時間を作らないと。
少しだけ速力を落としてへ級への砲撃も止める。
狙いやすくなるから撃たれる危険もあるのは分かっていた。案の定、イ級が後ろから砲撃してきた。
外れた砲撃が前方で弾けて水柱に変わるのを見る。
投射が先か、当てられちゃうのが先か。
それでも今度はいけるはず。思い描いた軌道で魚雷が進んでいくのが想像できる。
魚雷を投射しようとして、爆風が背中のほうから吹き抜けていった。
あたしが撃たれたわけじゃない。
「張り付こうとしてたのは、どうにかしました!」
春雨の報告に感謝しつつも声に出さないで、今は雷撃に集中する。
発射管から投射された魚雷が自走を始めるのを尻目に元の速度まで上げる。
そのままへ級への砲撃を再開しようとすると、先んじて時雨と春雨の砲撃も行われる。
いくら駆逐艦だからって、さすがに背後から三人分の砲撃をもろに浴びたら耐えられない。
へ級が半ば沈み始めたところで、もう一人のへ級も水柱で姿が掻き消える。
足元から伝わるお腹に響く震動は触雷の余波だった。
「よし、これで――」
言いかけて、白露は砲撃に見舞われた。連続して弾ける至近弾に小柄な体が弄ばれる。
「残りのイ級か、ここはボクに任せて!」
時雨が隊列から外れて反転すると、三人のイ級に砲撃を浴びせる。
当たりはしなくても牽制になり、イ級たちが散る。
白露と春雨もすぐに転回すると攻撃に加わろうとするが、そこに時雨の声が飛ぶ。
887 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/12/13(水) 23:51:32.61 ID:n2AkfQKWo
「こっちはいい。それより嫌な役を二人に頼みたい。空母棲姫の注意を引いてほしいんだ」
二人の返事を聞く前に時雨はイ級たちへと撃ち返している。
「そんな……姉さんを一人にしてなんて!」
「ダメだ、このまま行くと山城は確実に撃ち負ける」
叫ぶような春雨に対して、時雨は落ち着いた声で答える。
白露は山城のほうを見る。まだ直撃は受けてないものの、向けられている砲撃の数が多くて砲撃に晒されている時間が長い。
あれでは至近弾だけでも消耗してしまう。
「……そうだね。山城さんがいないと姫には対抗できない」
「ああ、そして姉さんと春雨なら空母棲姫は絶対に反応する」
「囮ってほんとに嫌な役なんだけど……」
白露は難色を示しながらも、時雨の言うことに従ったほうがいいと感じ始めている。
その一方で春雨はまだ迷いを見せていた。
「一対三なんて、いくら時雨姉さんだって……」
「できるさ。やってみせるよ。こいつらを引きつけておけば山城も安全だし、姉さんたちが動く余裕ができる。一石二鳥じゃないか。何よりも……ボクだってそのぐらいしないと面目が立
たない!」
これはもう何を言っても聞き入れない。
自分でも散々わがままを通してきた白露だからこそ分かる。
「春雨はあたしについてきて。最大戦速で姫に近づいて航過中は海風たちに支援砲撃もする、いいね?」
「でも……!」
「時雨を信じてあげて」
「まあ、そういうことだよ……佐世保の時雨は伊達じゃない」
時雨は形だけの笑みを浮かべつつ、視線はすでにイ級たちの動きを把握するために白露たちを見ていない。
単身で自分たちを相手取ろうとしている時雨の意図に気づいて、イ級たちがうわ言のように声を発する。
「チチ……シリ……フトモモ……」
「オ前様ヲ……マルカジリ……」
「なんだい、ボクを食べようって言いたいのかな? 愉快そうなやつらだね」
笑ってはいるが、目は一切笑っていない。そんな顔をしている時雨に後を任せて、白露と春雨はその場を後にする。
姫の近くにいた護衛要塞はやや離れた位置に移り、山城へ攻撃していた。
その山城は集中砲火を受けながらも、二十ノットを維持して空母棲姫へと向かいながら砲戦を続けている。
888 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/12/13(水) 23:52:26.15 ID:n2AkfQKWo
「今なら空母棲姫の周囲も手薄になってる……このまま行くよ」
白露と春雨も海風たちへの支援砲撃を済ませると空母棲姫へと猪突する。
山城と交戦していた空母棲姫も接近してくる二人に気づき、前に立つ白露と視線が絡む。
姫は遠目にも分かるような笑みを顔に張りつかせる。
「アノ時ノ小娘……ワザワザ来テクレテ……礼ヲシナクテハネ」
「覚えてたかぁ……忘れててほしかったんだけど」
そうは言っても、あたしのほうだって忘れられない。
宿敵なんてのは大それて言いすぎだけど、この姫とはワルサメを巡って因縁みたいなのがある。
不意に空母棲姫の顔から笑みが消えた。
その視線の先は言われずとも分かってる。春雨だ。
「ワルサメ? 沈ンダハズ……違ウ……艦娘カ?」
「私は春雨です……って言っても、あなたたちには分からないんですよね……」
「ソウ……化ケテ出タンダ……ソウヤッテ現レルナラ……今一度沈ンデイケ!」
ワルサメを中心にした因縁は、今や春雨にだって飛び火している。
ううん、飛び火というより最初っから中心なのかもしれない。
そして姫の主砲はまだ山城さんを狙ったままで、口で何を言っていても後回しにされている。
これじゃあ意味がない。ここまで来たからには注意を引かなくっちゃ。
姫に狙いを定める。
駆逐艦の主砲は豆鉄砲なんて言われるけど、飛行甲板に直撃させれば発着できなくするだけの被害は与えられる。
注意を引いて狙いを変えさせるためにも、飛行甲板めがけて撃つ。
その砲撃を甲冑を着込んだような姫の腕が叩き落とすと、細めた目があたしを見る。
まずいやつかも、これ。
「本当ニ嫌ラシイ子……甲板ヲマッスグ狙ッテクルナンテ」
それまで瑞雲の迎撃だけに留まっていた直掩機が飛来してくる。
爆装してなくても装甲の薄い駆逐艦が相手なら機銃も有効な火器になる。
二人はすぐに対空砲火を打ち上げ始めるが焼け石に水だった。
乱舞する球状の艦載機が雲霞のように迫ると、白露と春雨を取り囲むように布陣する。
889 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/12/13(水) 23:53:23.42 ID:n2AkfQKWo
四方に目をやり回避機動を取りつつ盛んに迎撃する二人をあざ笑うように、艦載機たちは全周から次々に襲いかかってくる。
接近してくる何機かが対空砲火に絡め取られて四散するが、大多数はそのまま銃撃を浴びせてきた。
体や衣服、艤装を銃撃が何度もかすめては時に直撃していく。
なぶられながらも白露は空母棲姫の主砲が自分を狙っているのを見る。あるいは春雨かもしれない。
どちらを狙っているのかまでを見定めている余裕は白露になかった。
白露が艦載機の襲撃を避けようとする春雨と空母棲姫との間にまで進み出る。
身代わりになろうという気は白露になかった。
ただ空母棲姫が春雨を狙っているのなら、自分を狙わせた上で避けようと考えていた。
そんな白露にも艦載機たちはまとわり続ける。
度重なる襲撃に艤装が悲鳴をあげ始めたところに、空母棲姫の主砲が瞬く。
横殴りの衝撃が白露を襲う。直撃はしなかったものの、白露は大きく横に跳ね飛ばされた。
体勢を整えようとする間に艦載機がまたまとわりついてくる。
「アラアラ……粘ルワネェ……デモ、モット近ヅイテコナ――」
余裕をほのめかすような空母棲姫の声が爆発に呑まれた。
巻き起こった爆風を腕で振り払うようにすると姫が肩を怒らせる。
「ナンダ!? アノ鈍足カ……ヨクモ甲板ヲ台無シニ!」
明らかに怒った声で姫は山城を睨みつける。
白露に気を取られている間に直撃をもらった形だが、飛行甲板を除けば姫もその艤装も損傷は軽い。
一方で山城は損耗していたが、それでも姫に向かって一路進んできている。
「オ前タチ! アノ艦娘ヲ早ク沈メナサイ!」
姫の号令の下、残存する三体の護衛要塞たちが山城に更なる砲撃を行う。
空母棲姫も白露たちを完全に無視して、山城だけを狙い始める。
たちまち山城は被弾していき、複数の命中弾と至近弾により損傷が積み重なっていく。
艤装にはいくつもの破孔による浸水が始まり、飛行甲板はいくつもの穴が開いたり切り裂かれたりして使用不能。
紅白の巫女服には赤黒く染まり始めている。
「鈍足メ……私ノ邪魔ヲスルカラダ!」
890 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/12/13(水) 23:55:14.52 ID:n2AkfQKWo
山城の主砲も次々と沈黙していく。
それでも山城はひたすら前へと進み続ける。
満身創痍ながら速力はあまり落ちていなかった。
残り四門となった主砲が抵抗の砲撃をすると、再び空母棲姫に命中する。
直撃を受けたにもかかわらず姫は健在で、逆に怒りに燃えた眼差しを向けていた。
「あなたたちは……下がり……態勢を立て直して……」
白露は聞き耳を立てる。
無線から聞こえる声は雑音混じりで音の高低も乱れていたが、聞き間違いようはなかった。
「山城さんはどうするの!?」
「空母棲姫は私がどうにかしておくから……」
「そんなの……!」
言い返そうにも、白露も艦載機への対応に手を取られて動きようがない。春雨も手一杯になっている。
山城さん一人で空母棲姫をどうにかできるとは思えなかった。
後ろにいるはずの時雨や海風たちが加勢に来る様子もない。むしろ苦戦してるのが見えてしまう。
姫と護衛要塞の砲撃が続き、山城を痛めつけていく。
すでに傷ついていた山城が浮かんでいるのもやっとの状態になるまで時間はかからなかった。
砲撃を受ける度に山城は倒れそうになるが、それでもなお前進を続ける。
その様に空母棲姫も焦燥を隠せない。
「死ニ体デモ進ンデクル……早ク沈メテシマエ!」
姫の号令に合わせて護衛要塞たちが大口を開く。覗く主砲が冷たい輝きを放っている。
白露が空母棲姫へと主砲を向けるが、艦載機の銃撃によって逆に阻まれる。
「誰か! 誰でもいいよ! 山城さんを助けて!」
為すすべもなく白露が叫んだ瞬間だった。
突如飛来した砲撃が直撃し、護衛要塞が自らの火種により火の玉へと変じる。
その事態に真っ先に反応したのが空母棲姫で、すぐに後ろへと向き直った。
残り二体の護衛要塞も姫からの命令を受けたのか同じ方向へと転回する。
「姉様……?」
「違ッテ……スマナイ」
消耗しきった声の山城に応じたのはコーワンの声だった。
白露も姫たちの視線を追うと、海上に二人立っている。一人は夕張で、もう一人は確かにコーワンらしかった。
はっきりしないのは艤装のせいだった。
「コーワン? でも、あれって扶桑さんの艤装……なの?」
小山のような独特のシルエットは確かに扶桑型の艤装に見えてならなかった。
それを証明するように瑞雲の編隊が、白露たちを襲っていた艦載機に向けて突撃してくる。
機数でも性能でも劣っているとはいえ、こうなると直掩機も白露たちにかまけていられない。
一斉に上空に飛び上がっていく敵を、瑞雲たちが頭を抑える形での空戦が始まった。
「……コレ以上……アナタノ好キニサセナイ」
「サッキカラズット……気配ヲ感ジテイタ! 邪魔シニキタワネ……≠тжa,,!」
「久シク思エル……ソノ名デ呼バレルノハ……今ハ誰モガ……コーワント呼ブ……ソレデイイト思ッテイル」
「人間ノ呼ビ方ガ? トコトン堕落シタヨウネ……!」
厚い雲が垂れ込める灰色の空の下で、白と黒をした二人の姫が対峙する。
彼女たちの衝突はいよいよ避けられなかった。
891 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/12/13(水) 23:55:44.91 ID:n2AkfQKWo
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
提督はトラック泊地を襲った惨状に息を呑んでいた。
カメラに映る映像では、そこかしこから黒煙と白煙がたなびくのが見える。おそらく現場では焦げついた臭いが充満しているはずだ。
宿舎は複数の直撃によりほぼ全損し、工廠や各資材庫にも被害が及んでいる。
方々から被害状況が寄せられる一方で、提督は工廠などを優先的に消火や応急修理を始めさせていた。
司令部施設への直接の被害は軽微だが、それでも通信網が断たれ基地施設としての機能は損なわれている。
復旧を急がせている最中だが、もうしばらく時間を要するはずだった。
驚愕を露わにしていた提督だが、すぐに硬い表情へと変わる。怒りをはらんだ険しい顔つきへと。
泊地の主力かつ実働部隊が艦娘であり裏方として妖精たちがいる一方で、優に千を超える数の人間もまたトラック泊地に勤務している。
何人が一連の砲撃で死んだのか。死傷者がゼロなどというのはありえない。
被害の全貌を把握するには、あまりに時間と余力が足りなかった。
自分を含めて、この泊地にいる人間は戦死の危険は承知の上で職務に就いている。
だからといって、それを容認できるかはまったく別の問題だ。
少なくとも自分の判断如何によっては、死なずに済んだ者もいたかもしれない。
深海棲艦の別働隊を警戒し、もっと早い段階で発見できるよう動いていれば――。
「提督……怖イ顔シテル……」
悔いを怒りに転化しようとしている提督に声がかかる。ホッポだった。
一人だけの彼女は見上げていて、まっすぐで気遣わしげな視線に提督は気後れして視線を逸らしてしまう。
居心地の悪さを隠そうとして出てきたのは分かりきった確認だった。
「……コーワンは行ったんだったな」
「ウン……夕張ト一緒ニ……」
コーワンが出撃するという知らせは当人たちから知らされていた。
扶桑とコーワンとの間に親和性があるのか、はたまた力業かは分からないがコーワンは扶桑の艤装を装備しているという。
それで十全な力を発揮できる保証はないが、結局のところは戦力不足だ。
泊地を守っていたコーワンの配下たちも潰走して機能しておらず、後衛から辛うじて抽出した艦娘も少ない。
となれば問題が多少あったところで、投入できる戦力というなら今は当てにするしかなかった。
「提督……ホッポニ……ミンナト話ヲサセテ……」
急にホッポがそう言い出すと、提督は怪訝な顔をする。
「話ス……違ウ……伝エタイノ……ホッポガ感ジルコトヲミンナニ……」
「何? みんなとは誰だ? 艦娘か、それとも深海棲艦のほうに……」
「両方……ミンナハミンナ……コーワンハ戦イニ行ッタ……ホッポモデキルコトヲシタイ……」
つまり呼びかけたいと。
伝えてどうする、とは提督も聞かない。
それが意味のある行為なのか、何かを起こせるのかは提督にも分からない。
ただ無条件の直感、いわゆる予感を信じるならホッポの好きにさせたほうがいいと思う。
「今は通信網を復旧させている最中だ。それが済んだら伝えさせよう」
復旧には今しばらく時間がかかる。刻一刻と変わる戦況でこの口約束を守れる保証はない。
それでも、このぐらいのことはしてやれる人間でいたいと、提督は胸中で思った。
892 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/12/13(水) 23:56:14.15 ID:n2AkfQKWo
ここまで。乙ありでした
遅れてる分はなんとかしたい
893 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/14(木) 00:39:54.87 ID:vyNroQHoo
乙です
894 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/14(木) 07:18:03.91 ID:YxxKu8oi0
乙です
895 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/15(金) 03:20:48.68 ID:Srui4dVBo
乙乙
896 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2018/01/30(火) 01:44:46.07 ID:dDu+RPqyo
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
交戦が始まってコーワンが最初に行ったのは、残り二体となった護衛要塞の排除だった。
まずは敵の数を減らして山城への危険を減らしたかった。
高速と高耐久を兼ね備えた空母棲姫よりも狙いやすかったという理由もある。
空母棲姫の近くには白露と春雨もいるが、今のところ姫の注意からは逸れている。
周辺では他にも交戦が続いているが、この場では二人の姫同士の砲撃戦に至っていた。
「イツカ……コウナルトハ思ッテイタ……私トアナタデハ感性ガ合ワナカッタモノネ?」
「我々ノ反リハ確カニ合ワナカッタ……」
砲戦中でも空母棲姫が送ってくる声をコーワンは無視しない。
コーワンの目は赤々と輝き、尋常ではない集中力を発揮していた。
時間を引き延ばした感覚の中で、砲撃の軌道を的確に見極める。
鈍重な扶桑の艤装であっても、薄皮を切らせるような被弾に留めていた。
「ソレデモ……私ハアナタトノ争イヲ望ンデハイナカッタ……ワルサメヲ沈メサセナケレバ」
「コウナッタノハ私ノセイ……トデモ言イタイノカシラ?」
「少ナクトモ……敵バカリ作ッテキテイル!」
「フーン……私ノ道ガ敵ダラケナラ……アナタハドウカシラ? 行ク先々デコトゴトク……死ヲ振リマイテイルノデハ?」
内心で苦い思いを噛み締める。所詮は惑わせるためだけの言葉であっても。
「アナタニ従ッタ裏切リ者タチハ海ニ還ッタ…………艦娘モ残ラズ沈メテアゲル……」
「思ウヨウニサセナイ……!」
互いの砲火が交錯し海面を弾けさせる。
コーワンの集中力は攻撃にも影響し、早くも空母棲姫を直撃した。
被弾に空母棲姫は顔を歪めるも、すぐに打ち消すと表情が嘲りの色を帯びる。
「艦娘ノ艤装ネ……ナンデソンナノヲ持チ出シタカ知ラナイケド……不慣レナ道具デ私ヲ仕留メヨウト?」
「……デキルトモ。コノ艤装ハ私一人デ動カシテイルワケデハナイ……」
「意味ガ分カラナイ!」
扶桑の艤装はあくまで借り物でしかなく、本来の性能を発揮できているという感覚はない。
動いてくれれば砲台代わりになれるという認識だったが、それ以上の動きもこなせている。
こうなると元の所有者である扶桑が力添えをしてくれている、と感傷に近い思いも抱いてしまう。
泊地を守ろうという扶桑の意志が艤装にも乗り移っているかのように。
もちろん扶桑はまだ健在なのだが、こういう感じ方はやはり感傷と呼ぶ以外に思いつかない。
897 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2018/01/30(火) 01:47:57.36 ID:dDu+RPqyo
「ソウイエバ……アノ島ニハアノ子……ホッポモイルノヨネ……」
コーワンはそれまでと違って、その声は無視する。
ここに至って違和感を感じたからだった。
狙いを定めつつ、空母棲姫の様子を注視して気づく。
「モシ無事ナラ助ケテアゲル……安心シナサイ……再教育ガ必要デショウカラネ……」
「サッキカラ……ヨク話ス……私ガソンナニ怖イ……?」
「……私ガドウシテ……アナタヲ怖ガラナクテハナラナイノ?」
動揺、そして怒り。変わる表情を見て、コーワンは自分の予測が当たっていると悟った。
戦いに際して、空母棲姫はあまりに饒舌すぎる。それが違和感の答えだ。
「負ケルカモシレナイ……ソウ思ウカラ……自分ヲ大キク見セヨウトシテイル……」
「言ッテナサイ!」
互いの主砲が爆風をまき散らす。
空母棲姫の砲撃が扶桑の艤装を縁から削り取るようにかすめ、コーワンの砲撃は再び空母棲姫を捉える。
「私ノ行動ニハ誰カノ死ガ絡ム……ソノ通リ……ダカラココデ終ワラセル……アナタデ最後ニスル……」
空母棲姫の砲撃はコーワンをあと一歩のところで捉えられないのに対し、空母棲姫には徐々に直撃が増えていく。
空母という名を冠してこそいるが、空母棲姫は並みの戦艦級よりも遥かに打たれ強い。
それでも度重なる直撃を受け続けていては無傷ではいられなくなる。
自身の砲撃よりも痛烈な直撃を前にして、コーワン同様に空母棲姫の目も燃えるような赤い色を灯す。
それまでが手を抜いていたわけではないが、空母棲姫の砲撃も精度を増す。
コーワンはさらなる命中弾を出すが、空母棲姫もついに直撃弾を得る。
それはただの一発で左舷に大穴を穿つ。
「ヤッパリ装甲ガ薄イ……デモ……火力自慢ナノデショウ!」
不正振動を押さえつけるようにしながら、コーワンは砲戦を続行。
最低でも三発の40センチ砲の直撃に、空母棲姫が突き飛ばされるように弾かれる。
898 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2018/01/30(火) 01:50:54.69 ID:dDu+RPqyo
「チッ……護衛ハイツマデ雑魚ニ手間取ッテイル!」
単独での交戦は不利と空母棲姫は見る。
すでに護衛に戻るよう無線を飛ばしているが、先行して白露型と交戦していた水雷戦隊はそこから抜け出せなくなっていた。
手負いになっていても海風以下の白露型は粘り強く戦い、加えて一度は打ち破られたコーワン手勢の残存艦も戦線に合流していた。
さらに途上には救援に向かうため別れた夕張がいて、結果的に途上で立ち塞がる構図になっている。
ここに至って戦況は艦娘たちに優勢へと変わり始めていた。
「潮時ヲ読ミ違エタヨウネ……空母棲姫」
「……ドウカシラ? ドノ道アナタサエ沈メレバ……残ルノハ消耗シタ有象無象ダケ……」
その言葉をコーワンは事実と認めつつも、強がりでもあると判断する。
今にも崩れそうな均衡の中、両者は近づきつつあった。
空母棲姫も距離を取ろうとしないのは、おそらく短期決戦を求めているためだ。
すでに対地攻撃に始まり山城との交戦を経て、弾薬をかなり消耗しているはずで艦載機も甲板を損傷しているので空に上がっている分だけで打ち止めとなる。
もっともコーワンも決着を急ぎたいという気持ちは強い。
味方の勢力圏深くに敵主力である空母棲姫がいるのは大きな障害になる。
それに一撃を受けただけで大きな損傷を被るので、これ以上の被害を受ける前に終わらせてしまいたい。
次の直撃を扶桑の艤装が耐えてくれる保証はどこにもないのだから。
互いに必殺の念を込めたであろう砲撃を放つ。
コーワンの砲撃はすでに使用不能になっていた飛行甲板に飛び込んで、基部から砕いてみせた。
跳ね上げられた破片が空母棲姫の頬や左肩を切り裂き、黒い血を吹き出させる。
別の主砲は足元ではじけ、姫の足を明らかに鈍らせた。
一方でコーワンにも再び艤装の左側に徹甲弾が命中。
装甲を貫通して内部も砕く一撃は激しい衝撃を起こし、コーワンの体を一回転させながら後方へ跳ね飛ばした。
かろうじて踏みとどまったコーワンは艤装の左側が完全に機能停止したのを悟る。
三連装一基、連装一基の計五門の主砲は微動だにせず、明後日の方向を向いて沈黙していた。
内部で砲弾が誘爆しなかったのは不幸中の幸いなのかもしれない。
「フフ……脆イワネ……ソレダケ主砲ガアッテモ……ソンナ紙装甲デハ!」
「甘ク……見ルナ!」
899 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2018/01/30(火) 01:55:41.34 ID:dDu+RPqyo
互いに申し合わせたわけでもないのに、二人は出しうる速力で近づき始めた。
コーワンが十五ノットほどに対し、空母棲姫も速力が衰えたとはいえなおも二十五ノットほどの速力を発揮する。
主砲がすぐに使えずとも両腕は使える。密着しての格闘戦に入るつもりだった。
どちらの姫もそのつもりだったが、コーワンはそれだけではなかった。
近づきながら飛行甲板の端を右手で掴むと、そのまま全力で投げつけた。
「ナッ!?」
目を見開く空母棲姫に飛行甲板が円盤のように迫る。
砲撃よりは遅い。だが、それ故に大質量の鉄の塊が回転しながら向かってくるのが見えてしまう。
そして見えてはいても、すでに回避できる状態ではなかった。
空母棲姫は左腕を盾代わりにして甲板を弾こうとする。
受け止めた甲冑部にみしりと衝撃が走るのが重い音で分かる。
肉を切り骨も断つような飛行甲板を、空母棲姫は必死の形相で弾き落とす。
「バカナノ、アナタ!?」
空母棲姫が叫んだ時には互いの距離が十分に近づいていた。
どちらも打撃の体勢に入っている。
艤装の速度に乗せて、引いた右腕を相手へと捻りこむように突き出す。
二人の姫の動きが重なる。同時に繰り出した右腕が激突しあい二人を弾き返す。
「グウッ!」
飛行甲板を投げつけて気勢を削いだにもかかわらず、深手を負ったのはコーワンのほうだった。五指を砕かれ裂傷による出血が迸る。
空母棲姫も強烈な痛みを感じこそすれ、コーワンに比べれば傷は浅い。
その差で空母棲姫が先に立て直し、コーワンへ主砲を向ける。逆にコーワンは主砲を構えさえできていない。
コーワンが撃たれるのを覚悟した瞬間、空母棲姫は砲撃の体勢を解くと同時に急速転蛇を行う。
「雷撃ダト!」
いつの間にか接近していた雷跡に勘づき、いち早く気づいて射線から逃れる。
その背に小口径砲による砲撃が撃ち込まれていく。
「アノ小娘カ!」
空母棲姫が真っ先に思い浮かべたのは白露だったが実際は違う。
姫が振り返るよりも速く、その背に組みついたのは春雨だった。
コーワンとの戦闘に気を取られすぎて春雨の接近に気づいていなかった。
900 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2018/01/30(火) 01:59:36.10 ID:dDu+RPqyo
「油断しましたね!」
「ワルサメカ……離セッ!」
「あの雷撃を避けるなんて……でも、こうすれば身動きは!」
春雨は空母棲姫を羽交い締めして抑えつけようとする。
本来ならいかに不意を突いたところで姫の力には敵わないが、左腕を負傷した上に消耗しているとなれば話は別だった。
「コーワン! このまま撃ってください!」
春雨が叫び、体勢を立て直したコーワンも残る主砲の照準を合わせる。
しかし狙いを定めてすぐ、このままでは撃てないと思った。
姫に密着している春雨まで巻き込んでしまう可能性が高いからだ。
コーワンのそんな気持ちを察してか、春雨の声が飛ぶ。
「構わず撃って! 空母棲姫はここでなんとかしないと!」
「道連レニスルツモリカ……ワルサメ!」
「ワルサメワルサメってうるさいんです、あなたは! 私は春雨です! ワルサメの気持ちなんか分かりません!」
一息に叫ぶ春雨を見て、コーワンも撃つしかないと覚悟を決める。
少しでも春雨を巻き込みにくくしようと主砲の狙いをやや下に下げつつ、改めて照準を固定する。
この艤装本来の持ち主である扶桑ならばどうするのか。コーワンの頭にふと過ぎる。
答えは出なかった。仮にコーワンと違う選択をしたとしても、今のこの場にいるのはコーワンだった。
発砲の前にコーワンは春雨と目を合わせる。
せめて命中の直前に拘束を解いてでも、後ろに下がってほしい。そう願いながらコーワンは主砲を放った。
右舷側の五門が火を噴くと、ほとんど時間差というのを感じさせずに着弾する。
近距離で、しかも固定目標とほぼ変わらない相手であれば外すはずもなかった。
二発が空母棲姫の艤装に直撃する。一発は装甲に阻まれ弾かれたが、もう一発は主砲の根本に直撃する。
下からはね上げられたように主砲が浮き上がり、そして付け根から火炎を生じさせた。
残る三発は空母棲姫の体を直撃し、特に腹部に続けて二発当たったのが大きい。
一発だけなら耐えた可能性も高いが、姫の甲冑を砕いて深手を与えていた。
春雨は最後まで空母棲姫の動きを押さえ込もうとしていたが、弾着の衝撃に後ろへ跳ね飛ばされていた。
そして空母棲姫は膝から崩れるように海面へと倒れ込んだ。
コーワンは溜め込んだ息を吐き出すと、空母棲姫を警戒しながらすぐに春雨の元へと向かう。
さしもの空母棲姫と言えど、今のは致命傷になる。その確信こそあったものの、どうしても簡単に警戒は解けなかった。
「春雨……春雨……」
「つぅ……ちょっと痛いですけど大丈夫です……私のことより空母棲姫は……?」
901 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2018/01/30(火) 02:01:12.61 ID:dDu+RPqyo
春雨の安否を確認するまでの間、空母棲姫はほぼ動かなかった。
コーワンは春雨を起き上がらせると、ほとんど動かない空母棲姫へと近づく。春雨もその後に続いた。
空母棲姫は大穴が開いたような腹部に右手を当てながら頭上を見上げていた。
二人が近づくのに気づくと、弱々しくも笑ってみせる。
「ヨクモ……ヤッテクレタワネ……忌々シイヤツラ……」
「空母棲姫……」
「見エルワ……炎ガ全テヲ焼キ尽クシテイクノガ……赤ク、熱イ炎ガ何モカモ……ナメテ呑ミ込ンデイク……」
どこか熱に浮かされたような言葉は不穏な内容で、春雨は眉をひそめる。
すると空母棲姫はおかしそうに囁くような声で笑い出す。
「後悔スレバイイ……コノ世界ニ……オ前タチノ居場所ナンカナイ……全テ壊シテ自分タチデ築キアゲナイ限リ……」
「私ハ……ソウハ思ワナイ……」
やんわりとコーワンは否定する。春雨の視線を横に感じながらコーワンは続ける。
「私ニハ何モ見エナイヨ……何モカモ……全テハマッサラナママ……何モ壊スコトナンテ……ナイノヨ」
空母棲姫は答えなかった。
瞬きを忘れたまま彼女は灰色の空を見上げている。
コーワンの言葉が聞こえていたかどうかも分からないまま、空母棲姫の体はゆっくりと沈んでいく。
「居場所ならちゃんとあります……そして私は春雨です。春雨として生きて、春雨として死んでいく……きっとそれでいいんです」
空母棲姫に、というよりも自身に向けて言うように春雨はつぶやく。
「……さようなら、空母棲姫」
春雨は自らのベレー帽を姫の沈んだ辺りに落とす。
彼女なりの手向けなのだろう。漂うベレー帽はやがて波に呑まれて消えていった。
902 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2018/01/30(火) 02:07:00.19 ID:dDu+RPqyo
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
鳥海とネ級、近距離で撃ち合っていた二人は共に砲撃が命中して体を打ち震わせる。
被弾からいち早く立ち直ったのはネ級だった。
衝撃を振り切るように海面を蹴ると、一気に鳥海との距離を縮めてくる。
弱ってきているはずなのに、速力は未だ衰えを見せていない。
鳥海も体をよろめかせながらも右側の主砲を向け直す。
被弾数は相手のほうが多いのに、艤装が受けている損傷はこちらがより目立っていた。
稼動する二基の主砲塔がネ級を指向する。このままだと懐に入り込まれる。
「この……止まって!」
焦りを乗せた発砲よりもわずかに早く、ネ級は鳥海から向かって右へとさらに鋭く動く。
そのわずかの差で砲撃が外れ、ネ級が左腕をしならせるよう伸ばす。
第一砲塔の主砲のうち一つを掴むと、それをへし曲げながら身を引き寄せてくる。
「コレデ……捕マエタ……!」
ネ級の目と目が合う。戦意に満ちた金色の瞳と。
懐に入られてしまう――その瞬間を狙って鳥海は探照灯を放っていた。
曇天とはいえ日中。それでもなお強烈な閃光がネ級の左目に突き刺さると、左目を抑えながら半狂乱の叫びをあげる。
鳥海はのたうつようなツ級を振り払うと後進をかける。
「レ級に効くなら、あなたにも効くでしょう!」
嵐さんと萩風さんの二人から夜戦での話は聞いていたので、あらかじめ懐に入り込まれそうになったら使うつもりでいた。
これが通じるのは、この一回だけ。そしてネ級の主砲たちに通じないのも予測済み。
後進しながら鳥海は一斉砲撃の構えを取ると、ネ級の主砲たちが射線を塞ぐように前へ出てくる。それも予想していた。
こうなった場合は初めから主砲を狙い撃つつもりだった。
もがくネ級の足は止まらなくても、辺りが見えていないせいか動きそのものは遅い。
残る七門の砲撃が次々と主砲たちを直撃する。
しかし主砲たちもただ撃たれているだけじゃなく反撃してきてくる。
頭の近くを掠めた一発が探照灯を損壊させ、痛いというよりも熱い感覚が側頭部でうずく。
破片がこめかみを裂いたらしく、出血しているのを肌に感じる。ただ、それを気にかけてる場合じゃない。
再装填を済ませて追撃を行うも、主砲たちはなおも盾のようにネ級を守っていた。
二度も斉射をもろに受ければ無事では済まない。
それでもネ級を守ろうと鎌首をもたげている。
903 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2018/01/30(火) 02:08:59.87 ID:dDu+RPqyo
「もう抵抗しないで!」
きっとそれはできない相談だ。分かっているのに、そんなことを言ってしまう。
そこで気づく。主砲の陰になっていたネ級が右目にも手を当てている。右は甲殻に覆われて見えないはずなのに。
何を、と思う間もなくネ級の右手が爪を立てて目を掻きむしりだす。
違う、そうじゃなくて……張りついた甲殻を剥ぎ取っていた。
「アアァァアァ!」
叫び。そして覗く。真紅の眼差しが白日の下に。
久々に目の当たりにするだろう光に、ネ級の赤い瞳が四方へと忙しなく動く。
「見えてるの? それとも……」
どの道、開けたばかりの目に光の刺激は強すぎるのかもしれない。
変わらず鳥海は砲撃。そしてネ級の反応も直前までとは違う。
主砲たちがを狙った砲撃に対し、ネ級は両腕を振り上げるように前へ突き出す。
そうして両腕を駆使して砲撃をはたき落としていく。
「グゥ……コレ以上ハサセナイ……!」
自身の手が傷つくのを厭わず、主砲を守るための動きだった。
そのネ級は右目からにじんでくる黒い涙を拭うと、光を直視した左目も開く。
金と赤、二つの目。その姿を目の当たりして、鳥海の体を悪寒が虫のように這い上がっていく。
危険を感じた。手負いの相手が手強くなるのは、自分自身でよく分かっていたから。
ネ級が横に動き出す、と同時に砲撃を放ってきた。
すぐ後ろに一弾が落ちると足元が激しく揺れて、速度がいきなり落ちてしまう。
スクリューを傷つけでもしたのか、不必要に水をかきながらも空回りしてるのが聞こえる。
こちらの反撃もネ級に届かず、遅れて着弾していく。
「回頭が重い……もっと速く動いて……!」
ネ級の速度が上がったわけじゃなくて、私がネ級についていけなくなってる。
損傷を受けてない状態でも苦しかったのに、今は損傷による影響が如実に表われていた。
多少は距離を取り直せたけど、これではすぐに近づかれてしまう。
しかしネ級は少しずつしか近づいてこない。
そうしないのは警戒しているから、だと思う。
三式弾は弾切れ、探照灯ももう壊れて使えないけど、他にも何か隠していると考えてるのかも。
だけど不意を突けるような装備はもう残ってない。
あるのは純粋な実力。結局、最後はそこを競うしかない。
904 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2018/01/30(火) 02:10:12.35 ID:dDu+RPqyo
「今度コソ……」
ネ級が呟くのが見える。動きが遅れてる以上は些細な挙動も見逃すわけにはいかず、よく見ていたから。
彼女の動きは円そのものだ。速度差が大きくなり、振り切れない鳥海は相対的に中心点になる。
砲撃を避けて時に針路も切り返しながら、少しずつ円を狭めてきていた。
ネ級とて余裕がないのは明らかだ。
肩を上下させて呼吸し、その息も荒くなっていた。
砲撃を防いだ腕からは体液が漏れ出すように流れ続けているし、主砲たちも損傷がひどくて、うな垂れていた。
元から継戦能力が低い可能性は指摘されている――残弾も少ないのか、鳥海が手負いなのに追撃をかけてきていない。
ネ級の機動に振り回されるようにしながらも、鳥海は主砲の照準を合わせようとし続ける。
彼我のおおよその距離と速度差を考慮すると、こちらももう無駄弾は撃てない。
次発装填が間に合うかどうかは怪しく、下手に砲撃すると無防備になってしまう。
「一体どちらが有利なんでしょうね……」
聞こえて構わない、と思いながら独り言を口にする。
使用できるのは左の連装ニ基と右の連装一基を合わせて六門……それと片側を潰されているけど右の一門一発もあるから七発撃てる。
一発当てれば倒せる、と言えないのが辛いところだった。
それでも当てれば状況が大きく変わるのも確か。大事な一発になる。
互いに手を出せない睨み合いが続く内、ネ級の荒い呼吸がにわかに穏やかになり双眸も心なしか光る。
仕掛けてくる、とそう思わせる息遣いだった。
搦め手が残されてないと踏んだのか、ネ級が姿勢を低くして左手側へ加速する。
鳥海がネ級を視界へ捉え直すと、それを見計らったようにネ級が海面を打ちつけ逆へと体を急転回させる。
左から右。フェイントを交えた動きに、ネ級の姿が鳥海の視界からごく一瞬とはいえ消える。
こうも機動力が落ちていてはネ級の動きについていけない。
だけど火力の落ちている右舷側から仕掛けてくるのは読めていた。
浅く息を呑みつつ鳥海は右側の三門を即時射撃。ネ級の正確な位置は確認できないままでも撃つ。
鳥海の視界がネ級を再び見据えた時、ネ級の左腕が火花を散らしながら砲弾を防いでいた。
「弾いたというより……!」
あれは防ぐために左腕に当てるしかなかった、という風に映る。
直撃を防いだネ級だけど、加速の勢いを殺がれて右手が海面を掴もうとするように掻く。転ばないように足踏みをするような、そんな動き。
間に合った。回頭が進みながら左舷側の二基を向ける。
照準も合わせる……もう外しようのないほど近い距離だった。
金と赤のオッドアイと目が合う。複雑な感情が浮かんでいる、様な気がした。一瞬では読み取れない深い色が。
ネ級は海面を叩く。間に合わないと分かりつつも進むしかない、とでも言うように。
905 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2018/01/30(火) 02:11:47.24 ID:dDu+RPqyo
「鳥海……!」
「あなたとの因縁も!」
これまで……そのつもりだった。
急に胸元が熱くなった。
何が、という疑問を無視できずに主砲の発射が遅れてしまう。
熱の正体はお守り代わりの司令官さんの指輪だった。そんなはずないのに、そうとしか思えなかった。
自ら熱を発するような指輪は何かを訴えかけているようだった。
どうしてこんな時に? 何かを言いたいんですか? 止まれと言うんですか?
……確かにそうしたほうがいいのかもしれない。
刹那、そんなことを考える。
それまでの執着も忘れて、ネ級と戦っているということさえ重大事でなくなってしまったように。
そうして鳥海は機を逸した。渾身の力で飛びかってきたネ級に掴みかかられる。
押し倒す、という言葉では生易しかった。
ほとんど衝突と変わらない接触に、二人の体はもつれ合うように海面にぶつかり跳ねていく。
波を砕きながら、下側になった鳥海の艤装も一緒に壊されていく。
背中に刺さる痛みに耐えつつ舌を噛まないようにするのが、その間の鳥海にできる唯一のことだった。
何度も海面に激突してから、ネ級が馬乗りになったまま二人の衝突も勢いを失い止まる。
先に動いたのはネ級で、傷だらけの主砲たちが両顎を開いて伸びてきた。
それまでの想いとは別に、もっと現実に差し迫った恐怖が押し寄せてくる。
艤装ごと両腕に噛み付こうとするのを見て、鳥海は両腕を艤装から抜こうとして右だけが間に合う。
右の艤装、そして左舷は腕ごと万力のような口が噛みつく。
このままやられる。
なのに、ネ級はすぐに動かなかった。ここまでしておきながら、私を見ながら何故か硬直している。
理由は分からなくとも、抵抗するならもう今しかない。
鳥海は首を狙って右腕を振り上げようとするが、我に返ったネ級がそれより速く動く。
ネ級の左手が鳥海の右肩を押さえ込み、右手を軽く掲げた。
しかし、ネ級は右腕をそのままに見下ろしてくる。
……私は最後の最後で負けたんだ。
互いに息が上がり、言葉もないまま見つめ合う。傷だらけで黒く濡れたネ級の両手は温かい。
考えてみれば、こうしてネ級の目を間近で見るのは初めてだった。そして、これが最後になる。
沈黙という均衡を破ったのはネ級で、語気を荒げて聞いてくる。
「ドウシテダ! 撃テタノニ撃タナカッタ……オ前ノホウガ速カッタノニ……!」
「どうしてでしょうね……私にもよく分からないんですよ」
「分カラナイ?」
鳥海の答えにネ級は驚いたように見つめ返す。
あの時は撃ってはいけないと間違いなく思った。
ただ、あの瞬間の確信めいた気持ちは説明できそうにない。私自身に答えようがないのだから。
906 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2018/01/30(火) 02:13:38.49 ID:dDu+RPqyo
「ここまでのようね……あなたは本当に強かったわ」
この敵は強い。だからよくやった、なんて慰めにもならないのは分かってる。
それでも、こんな時に湧いてきたのはネ級相手なら仕方ないという思いだった。
いつか投げやりになった時とは違う、純粋な賞賛……なんだと思える。
「何ヲ……言ッテイル?」
「私の番が来た……きっと、そういうことよ」
ネ級は押し黙ってしまうと、目を丸くするようにこちらを直視している。
かといって、こちらを抑える力は強い。
「……やりなさい。私だって、ずっと精一杯やってきたんだから」
体の力を抜く。
もし司令官さんが健在なら、こんな風には考えなかったのかもしれない。
もっと生きて抗おうとしたかも。でも、いいですよね。
だから。だから怒らないでくださいね。
「……あなたならいいよ、諦めがつくもの。仕方ないわ」
「ソウイウモノカ……」
「私はたくさん壊して、たくさん奪って、大切な人もなくして……これが最後の帳尻合わせよ」
ネ級に向かってほほ笑んでいた。
私同様に、彼女もまたこの戦いに死力を尽くしていたのは傷の具合を見れば分かる。
そんな相手なら悔いは……ない。きっと。
「司令官さんを失くしたあとでも戦って、重巡棲姫の最期だって見届けたのよ? 十分よ……私は十分に武勲を果たしたもの」
「ダカラ……モウイイノカ……今日ハ……死ヌニハイイ日カ……?」
問いかけの意味は分かるけど、その答えまでは私にだって分からない。
そんな彼女に否定も肯定もしなかった。
ネ級は油断なく私を抑えてはいるものの、表情はどこか穏やかに見えた。
「私をここで沈めるんですから……ネ級は私よりも長く生きてくださいね」
ネ級が戸惑ったような顔をする。私自身も予想外の言葉だった。
彼女個人に恨みを持ってないのは確かだから、それがこんな言葉を引き出させたのかもしれない。
907 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2018/01/30(火) 02:16:02.60 ID:dDu+RPqyo
「ナラバ終ワリダ……鳥海……私ノ特別ナ……」
沈黙をどう解釈したのか、ネ級が掲げたままの右手を握っては開く。
首を絞められるのか胸を潰されるのか。
少しだけ想像して、すぐに考えるのはやめた。
代わりに浮かんだのは摩耶の顔で、高雄姉さんに愛宕姉さん、島風に木曾さんと顔が入れ替わっていく。
摩耶と姉さんたちは悲しんでしまう。島風もきっと。木曾さんはたぶん怒る、そんな気がした。
もう会えないんだ。それはとても……。
「やだ……やっぱりやだ……」
覚悟は決まってたはずなのに。いつかこうなるって分かってたはずなのに。
みんなの顔を思い出してしまう。
白露さんやヲキュー、伊良湖ちゃんたちトラック泊地の仲間たち。
さらに他の鎮守府に移っていった艦娘たちを思い出していく。
頭を過ぎっていくこれが走馬灯なのかもしれない……そうして最後に司令官さんを思い出した。
胸がずきりと痛む。何かがあふれそうな、切なくなるような痛み。
最初に忘れてしまうのは声だという。次に顔。最後が思い出。
まだ何も司令官さんを忘れてない。でも、いつかは忘れてしまうのかもしれない。
……もうそんな心配しなくていいのに。いつかは来ないのだから。
そう、これで最期なんだ。
司令官さんはどんな気持ちで最期を迎えたんだろう。
それとも何かを考える余裕もなかったのかも。
分からない。分からないけど私も司令官さんと同じように……消えてしまう。
「こんなところで……」
どうしよう、死んでしまうのは怖くないはずなのに、すごく悲しかった。寂しかった。
大切なものをなくして、それでも私はまだ生きていたい。
沈んだら忘れてしまう。忘れられてしまう。もう誰にも会えなくなってしまう。
「私はまだ……! まだ!」
ネ級を跳ね除けようと暴れる。
力を込めるとネ級もそれ以上の力で押さえつけてきた。
無言で歯を食いしばる顔が見える。
力比べで敵わないのは分かっている。だから、ああして覚悟を決めてしまったのに。
それでも生きてる内はもがく。そうでもしないとやり切れない。
908 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2018/01/30(火) 02:17:03.69 ID:dDu+RPqyo
突然、右腕が自由になる。押さえつけていた腕が力をなくして離れていた。
ネ級を押し返そうとして気づく。ネ級は目を見開いて驚愕した顔で鳥海を見ていた。
呆然とも言える顔に、鳥海の腕も思わず止まる。
鳥海は自分を見るその視線を追う。胸元。銀の輪が傷んだ服の上に飛び出している。
もがいた拍子に司令官さんの指輪が飛び出してきたらしい。
「ナンダ……ソレハ!」
ネ級が苦悶の声を発する。両手で頭を抑えて、今だったら簡単に振り落とせそうだった。
しかし普通ではない様子に、鳥海はあえて指輪を突きつけるように手に取る。
「これは司令官さんが遺してくれた指輪です! 私たちを確かに繋いでくれた!」
「指輪……ダト!? ソンナモノガドウシテ……!?」
叫んだネ級はそのまま頭を激しく振る。
何かを否定するように――あるいは追い出そうとしているように。
「私ハオ前ナンカ知ラナイ……知リタクナイ……!」
ネ級が鳥海の体から飛び退くと、よろめくように後ずさっていく。
鳥海も遅れてふらつきながら立ち上がろうとする。
艤装はかろうじて機能し浮力や電力は生きているものの、損傷は甚大で戦闘行動に耐えられる有様ではない。
ネ級は完全に無防備になっている。砲撃できるなら格好のチャンスだ。
もっとも今の鳥海にネ級を撃つという気持ちは霧散していた。
震えながらネ級は黒い血を流していた。血の涙を。
「チョウ、カイ」
名前を声に出す。響きを、言い方を確認するようなたどたどしい言い方。
そして鳥海は感じる。自分の鼓動が高鳴るのを。
「司令官さん……?」
それまでネ級からは一度も感じたことのなかった面影。
頭を抑える指の間から覗く金と赤の眼。
それは間違いなくネ級の両目なのに、その奥から提督の気配を感じる。
「何ヲシタ……私ハネ級ダ……ソレ以上デモ以下デモナインダゾ……」
絞り出される声は惑い、怯えたように弱々しい。
立ち上がりかけた鳥海は息を呑む。どう声をかけていいのか迷った。
ネ級がたじろぎ、目元に涙を溜めて沈痛な表情を浮かべたまま鳥海から背を向ける。
「モウ無理ダ……オ前トハモウ……!」
「待って! 行かないで!」
手を伸ばしても届かない。鳥海は何も掴めなかった腕をそのままに海面に倒れて、波に翻弄される。
艤装はとうに限界を迎えていた。
ネ級は鳥海から離れていく。その背に向けて手を伸ばし続けるが、ネ級はもう振り返らない。
「待ってよ!」
呼び止める声が波間に消えて、鳥海は悔いを抱く。
あのネ級が提督ではなくとも手を掴まなくてはいけなかった。敵という関係は抜きにしても。
だから提督の指輪が反応したに違いない。そう鳥海は強く思う。
それだけに何か大切なものがまた滑り落ちていくのを感じた。
909 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2018/01/30(火) 02:18:06.38 ID:dDu+RPqyo
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
溢れる。何かが抑えきれなくなっている。
あの指輪を見てからというもの、鳥海の赤い瞳が濡れているように見えてしまう。
胸も痛い。撃たれるのとはぜんぜん違う種類の痛みだった。
私は狂ってしまうのか。
海上を逃げ惑うように走っているのだから、やはり狂ったのかもしれない。
ツ級の言う通りだった。あの艦娘の相手は他の誰かに任せてしまえばよかったんだ。
そうだ、ツ級。ツ級はどうなった?
ツ級の安否は分からず、その事実を意識すると胸が内側からじくじくする。
これは今の自分を苦しめる感情に近い。
近いのだが何かは違う。その差異をネ級は言語化できない。
発端は鳥海の胸にあった指輪だ。提督が持っていた物だ。
あれを見てから、私の中で変化が生じてしまった。
ネ級である私には提督という人間の記憶が残っている。
しかし、今まではただ記録を見ていたに過ぎない。
提督という視点での記録。艦娘がいて、それにまつわる出来事をただ見ているだけ。
だが、今はもう違う。
記録に色がついてしまった。景色とでも言えばいいのか。
淡々と流れる映像に、提督としての感情が混じってくる。
記憶の景色が膨大な波になって、頭の中を押し流そうとしていた。
「提督ダッテ本当ハ……死ニタクナカッタ……」
未来があると、そう信じていたのだから。
提督の記憶の中で最も大きいのが、あの鳥海にまつわることだ。
故に分かってしまう。提督が抱いていた気持ちが。
感じてしまう。優しくて激しくて胸を衝くような、正体不明を。
その全てをネ級は処理できない。生まれて日の浅い彼女にとって、それはあまりに大きすぎる感情だったから。
押さえ込んでいては神経が磨耗する。発散させなければネ級は耐えられない。
彼女は天に向かって吠える。
口を開けば叫びは形となった。どうにもならない衝動に身を任せる。
「チョウカイ、チョウカイ! チョウカイィィィ! アアアアアアア!!!!!!!」
知らなければよかったのに。あるいは思い出さなければよかったのに。
もはやネ級にその区別はつかない。
そして理解する。ネ級はもう元には戻れない。それまでの自分ではいられなくなってしまったのだと。
ただ衝動に促されるまま彼女は啼く。
獣の慟哭だけが彼女を保つ唯一の方法だった。
終章に続く。
910 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2018/01/30(火) 02:21:27.22 ID:dDu+RPqyo
ここまで。というわけで次の章でラストになります。短いけどエピローグも入れたいけど、なんとかなるかな?
ものすごく遠回りやら時間をかけてしまいましたが、ここまで来てしまったのでもう少々付き合ってもらえればと思う次第です
911 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/30(火) 07:56:15.07 ID:4nSuVrQzo
乙です
912 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/31(水) 21:57:40.66 ID:2P54VqG3O
乙乙、提督の自意識カモン
913 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/02/02(金) 19:29:32.14 ID:YCdl12P2O
乙乙
大団円で終わると良いなあ
914 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2018/02/28(水) 05:37:21.81 ID:2DuREfzdo
私たちの望みは変わらない。過去も今も、きっとこれからも。
終章 空と海の狭間に
トラック近海では正午を迎える少し前から、大粒の雨が鈍色の空より降りだしている。
天候の悪化は予報されていたものの、一度振り出してからは急速に悪天候へと崩れていった。
雨脚は強くなる一方で、所によっては雷すら観測されている。
ほとんど嵐と変わらない天候に紛れて、艦娘たちは前線から撤退していた。
トラック泊地の戦力は壊滅というほどに落ち込み、これ以上の継戦は困難と判断された。
私たち艦娘に未帰還者は一人もいない。
しかしコーワンに付き従ってきた深海棲艦たちは、四分の三に当たる十六名が戻らなかった。
また艦娘も人的損失を免れただけで、ほとんどが艤装に大きな損傷を受けている。
この身の負傷なら高速修復材を用いれば癒せても、艤装となれば話は別だ。
予備の部品を使って修理しようにも、時間も人手も部品も足りなかった。
最後まで空襲を逃れていた機動部隊も直接の被害はないものの、艦載機の損耗が激しいために空母陣はただの箱と変わらないという有様だ。
たとえ艦載機が健在だとしても、この悪天候下では艦載機を飛ばせない。
今となっては私たちに前線を維持する力は――ひいては泊地を守り抜くだけの戦力は残っていなかった。
その一方で、深海棲艦に与えた被害では決して負けていない。
空母棲姫、戦艦棲姫と二人の姫級を初め、多数の深海棲艦や護衛要塞を撃沈している。
総戦力では今なお深海棲艦のほうが多いとはいえ、撃破目標である三人の姫級から二人を沈めているのは大きい。
『ホッポハ分カラナイ……ドウシテ傷ツケ合ウノ……本当ニ必要ナコトナノ?』
泊地の全館、そして深海棲艦にも発信されているのは、たどたどしいホッポの声。
ホッポは停戦のための話し合いを求めている。
誰に言われるでもなく自分で考えたと思える呼びかけは続く。
『深海棲艦ハ艦娘トモ……人間トモ仲良クナレル……ダカラ……チャント話ソウ……怖クテモ……変ワッテイカナイト……』
深海棲艦たちが応じてくるかは未知数で……そして私たちはうまくいかないのを前提に行動している。
今なお戦闘は終息していないし、泊地では再出撃のための準備が進められている。
各艤装の被害状況や艦娘の練度を考慮して、出撃するのは鳥海や摩耶といった一握りの艦娘だけだった。
選抜された艦娘は修理に立ち会う者もいれば、限られた時間を使って休んでもいる。
その中にあって鳥海と摩耶の二人はツ級と会っていた。
収容されたツ級は捕虜として扱われ、今は監視付きで空き部屋に入れられていた。
ツ級はベッドの上で膝を抱え、硬く口を閉じて鳥海にだけ視線を向けていた。
摩耶は鳥海とツ級の顔を交互に見比べる。
915 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2018/02/28(水) 05:41:21.74 ID:2DuREfzdo
「やっぱ似てるな……」
「血色なら私のほうがいいわ」
素顔が露わになったツ級は、髪の長さや肌の白さという点を除けば鳥海と瓜二つだった。
似ているとは聞いていたけど、ここまでとは思っていなかった。
彼女は拘束されていない。そのための手立てがないためだ。
もっとも、今のところは抵抗の意思がないのか大人しくしている。
やがてツ級は打ちひしがれたように顔を下げる。
「鳥海……アナタガココニイルノナラ……ネ級ハモウ……」
「……ネ級は生きています」
予想した答えではなかったからか、ツ級は赤い瞳を揺らす。
少しだけ生気を取り戻した顔が急くように声を投げかけてくる。
「何ガアッタ……イエ……何ガアッタニセヨ……ネ級ハ生キテル……」
ツ級は組んだ膝に顔を押しつけたので表情は分からない。
しかし声音は心の底から安堵しているように鳥海と摩耶には聞こえた。
「ネ級が大事なんですね……」
返事はなくてもツ級の反応で一目瞭然だった。
ツ級は浅く顔を上げると、上目遣いに鳥海を見る。
戦場であった時は敵愾心を向けられていたけど、今はそう感じない。
「私ハ……似テイルノ?」
「だから鳥海を狙ってたんじゃないのか?」
ツ級の疑問に摩耶が手鏡を突き出す。
映り込んだ自分の顔を見てから、ツ級は顔を背けてしまう。
「ネ級ハ……鳥海ヲ相手ニスルト変ワッテシマウ……ソレガ嫌ダッタ……」
「じゃあ……つまり、あんたはネ級のために?」
ツ級は答えない。答えなくても、さっきの態度を踏まえれば正解で間違いなさそうと思える。
鳥海ばかりを見ていたツ級は、ここで始めて摩耶と視線を合わせる。
916 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2018/02/28(水) 05:45:14.85 ID:2DuREfzdo
「ダカラ……? アナタヤ……ソコノ二人ガ気ニスルノハ?」
「二人?」
言われてツ級の目線の先を追う形で後ろを振り返る。
すると立哨していた綾波と敷波が壁に隠れながら覗き込んでいた。
二人は発覚に気づくとさっと隠れてしまう。
別に隠れないで堂々と見ればいいのに。
マリアナ組の二人も例に漏れず大きな被害を受けていた。
再出撃の人選から漏れた二人は、こうして裏方としての任務に従事している。
「彼女たちにも思うところがあるんですよ」
以前マリアナが襲撃された際に、もう一人の私は味方を助けるために囮になった末に帰らなかった。
その時に助けられた中に彼女たちもいた。そしてツ級は奇しくも鳥海という艦娘に酷似している。
となれば、彼女たちでなくても二人目の鳥海を知っていれば連想してしまう。
……実際のところ、関連はありそうに思えるけれど。
「自分ノ顔ヲヨク知ラナイ……知リタクナカッタカラ……」
「なんでまた?」
「私ハ艦娘ダッタ……ソレハ生マレテスグ……分カッテシマッタ」
「そいつは意外だな……前の記憶があったりするのか?」
摩耶に対してツ級は控えめな動きで首を横に振る。
「理由ハ分カラナイ……ソレデモ私ハ艦娘ダッタトスグ理解シタ……」
「なんていうか……因縁ってやつか」
摩耶が思わず、といった様子で呟く。
「ドウイウ意味……?」
「お前には鳥海、ネ級には提督の要素があって、そんな二人が一緒に行動してりゃさ」
「……仮ニ私ガ鳥海ダッタトシテ……ソウシテ何カト重ネルノハ勝手……デモ」
私たちを見ていくツ級の目は真剣だった。
「私ハ……深海棲艦……ツ級トイウ名デナクトモ……ソレダケハ変ワラナイ……ソレハネ級モ同ジ」
ツ級は断言する。迷いのような感情の揺れ動きは見受けられない。
いくら同じ顔をしていても、その通りなんだと思う。彼女の出自がどうであれ、ツ級には彼女としての個がある。
偶然、というにはとても皮肉な偶然だと思う。
917 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2018/02/28(水) 05:47:49.72 ID:2DuREfzdo
「コノ後……私ハドウナル……?」
「さあね……あたしらの一存で決めることじゃないし。でも今は邪魔だけはしないでくれ。ホッポもさっきから言ってんだろ?」
摩耶は頭の上で指を回して見せる。
館内放送で流れるホッポの声は変わらず停戦を訴えていた。
『戦ウシカナイナラ……ホッポニ教エテ……ドウシテ仲良クナレルノニ……戦ッテルノ?』
「仲良ク……争ワナイナンテ……本当ニデキルト?」
「できないと決め付けるには早いですから……」
口を出した鳥海にツ級は答えない。ただ決まりが悪そうにうな垂れた。
いずれは深海棲艦とも違う交わり方ができる。その可能性は絶対にある。
だけど、今はまだ戦いを軸にしないと深海棲艦たちとは関われない。
想いや願いとは裏腹に。それもまた現実だった。
「鳥海……一ツダケ教エテホシイ……」
「……なんなりと」
「アナタハ……ネ級ヲドウシタイノ?」
摩耶も視線を向けてくるのを感じる。
これはもうツ級一人の疑問ではないということ。
私の考えは決まっている。
「もし機会があるのなら言葉を交わして……彼女が何を考えて何を感じているのか。もっと彼女を知りたいです」
「戦ウシカナイ時ハ……?」
「その時は……受けて立ちます。彼女が戦うのを選ぶなら、この期に及んでその選択を無碍にするつもりはありません」
次に戦う時は、ネ級がそうするしかないと決めた時。
ツ級が言うようにネ級はあくまでネ級という深海棲艦であって、いくら面影が残っていても司令官さんではない。
つらくないと言ったら嘘にしかならなくても、ネ級だってきっと迷っている。
「……気持ちを押しつけるだけが関係ではないでしょう?」
迷った先の決断なら応えるしかない。望まない結果に繋がるとしても。
918 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2018/02/28(水) 05:55:54.90 ID:2DuREfzdo
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
長い夢を見ていたようだとネ級は思う。
ネ級は気づいたら戦場を離脱して飛行場姫の側まで後退していた。
自力で航行していたのは確かだが、どこをどう移動したかはよく覚えていない。
それだけ自分を襲った衝撃は大きかった。
弾薬の補給を済ませ、飛行場姫に戦闘の報告をすると現状を教えてもらう。
もしかしたらと思ったが、ツ級は戻ってこなかった。私のせいだ。
付近一帯に大雨が降り始めたのを契機に、戦闘は一時的に収束していた。
後退する艦娘たちへの追撃はできていない。
私個人はそれどころではなかったのだが、深海棲艦全体としても大きな混乱に見舞われていたからだ。
前線にいた二人の姫――空母棲姫と戦艦棲姫の撃破が確認され、後方にいたはずの装甲空母姫率いる機動部隊も艦娘たちによる奇襲を受けた。
これらのせいで指揮系統が乱れに乱れた。
飛行場姫と奇襲を逃れてきた装甲空母姫の艦隊は合流し、今は雨に紛れてトラック泊地へと舵を取っている。
そうしているとトラック泊地からある音声が傍受されるようになった。
「ホッポノ声……」
飛行場姫はそう言うが、面識のない私にはもちろん知る由もない。
まだ幼く聞こえる声は戦闘を中断するよう訴えかけていた。
懇々と説く声は真摯だった。戯れ言などと無視しようという気にはならない……そう感じるのは姫の声だからかもしれない。
「戦ワナイ……アノ子ハソウ決メタノネ……」
「アルイハ……コウシテ戦ッテイルノカモシレマセン」
思わず声に出ていた。
しかし決して的外れではないと思う。この状況で戦わないと意思を示すのは、ただ戦う以上に勇気がいるのかもしれない。
「ナラバ……オ前ナラドウスル?」
飛行場姫に問われる。
こんなことを私に聞いてしまうぐらいに迷っているようだった。
他の姫ならいざ知らず、彼女は深海棲艦すら巻き込む艦娘との交戦そのものに疑問を抱いている。
「モウ終ワリニシマショウ。コレ以上ハ意味ガナイト……姫ナラ分カルハズデショウ」
そもそも始めに停戦を持ち出したのは飛行場姫だ。
状況が変わったにしても、その提案が今になって甦ったと考えればいい話でもある。
919 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2018/02/28(水) 05:59:25.18 ID:2DuREfzdo
「……アナタハ純情ナンダ。守ル立場ヤ状況ガアル一方デ……ソレヲ脅カス側ニナッテシマッタコーワンタチモ気ニカケテイル」
言葉が自然と滑り出していく。
似つかわしくない、と頭の片隅で感じるが思考に歯止めが利かない。
「深海棲艦ヲ守ロウトイウ目的ガアッテ……ソレトハ別ニコーワンタチヲ助ケタイト思ッテイル。タダ……アナタトコーワンノ理想ハ異ナル……ダカラ行動モ噛ミ合ワナイ」
飛行場姫は軽い驚きを表情に出していたが、すぐにそれを打ち消す。そのまま続けて、と姫は促す。
熱に浮かされたように、考えが浮かぶなりネ級はまくし立てるように言う。
「アナタハ空母棲姫ヤ装甲空母姫ノヤリ方デハ……破滅スルト考エテイル」
同胞や外部の存在を別のモノに変えながら、自分たちは変容するのを拒み続けている。そこに未来はないと。
敵ばかり作って、逆に自分たちの首を絞めるような真似は承認できない。
一方でコーワンたちにも同じような見方をしている。
彼女たちは争いを避けるためでも人間を受け入れようとしている――見ようによっては人間になろうとしているのかもしれない。
しかし、そんなことはできないとあなたは分かっている、私たちは深海棲艦だから。
あるいは人間や艦娘により近づくことはできるかもしれない。
ただ、その変化に疑問を抱いている。その変化は不自然かもしれない――そう考えて。
だから、どちらにも否定的なんだ。極端に感じて、その方向性を危惧している。
あなたは……風見鶏じゃない。あるべき形を見定めて、賢明に舵を取ろうとしているだけだ。
変わること、変わらないこと。今と過去を見つめて、未来を模索する。簡単じゃない、苦しい道だ。
「――ダカラ私ハアナタヲ信ジル」
そこまで吐き出すように言ってから、目が覚めたように頭の中が晴れる。
話した内容は思い出せる。それが自分の口を通して出たのは間違いない。
そして、あれは確かに私の……ネ級の考えだ。ここまで明文化できたのは初めてだっただけで。
私の考えを提督の知識で言葉にした、とでも言えばいいのだろうか。
「饒舌ネ……今ノオ前ハ提督デモアルノ?」
姫はほほ笑み、しかし目は笑っているとは言いがたい。
私の奥底、真意を測ろうとしているようだった。
「……ソノ人間ノ記憶ナラ思イ出セマス。アナタヲ憎ンデイナイノモ」
姫の頬が震える。殺した提督に対し、まだ思うところはあるらしい。
元より隠し立てするような話ではない。
「アレガ私ノ考エナノカ……提督トシテノ考エナノカ……境界ハアヤフヤカモシレマセンガ……ソレデイイノダト思イマス……アヤフヤナ私ガ私自身ナノデショウ……」
鳥海と接触したことで、私の内は何かが変わってしまった。
その変化が私に艦娘との和解を促しているのか、今となっては艦娘とは戦うのは難しいかもしれない。
鳥海に限ったことでなく、今まで交戦した艦娘の名前が分かる。
提督が彼女たちと今までにどんなやり取りをして、どういう相手だと思っていたのかまで分かってしまう。
すでに彼女たちは単なる敵ではなく――見ず知らずの相手とは呼べなくなっている。
「スデニ多クヲ失ッテイル……提案ヲ呑ムノモ悪イ話デハナイ……」
飛行場姫は意を決したのか他の深海棲艦に向けて、停戦の話し合いに応じたいと通信を発する。
聞き耳を立てると困惑のざわめきが広がるのを感じる。
そうして来たのは装甲空母姫からの明確な反発だった。
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