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【艦これ】鳥海は空と海の狭間に
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695 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/04/19(水) 09:55:46.98 ID:Syr+xBqoo
敵の動きも一気に攻勢に転じた。
戦艦棲姫と護衛が砲撃しながら扶桑たちへと向かう一方で、それまで撃ち合っていた水雷戦隊も縦陣を組んで突撃隊形に移ってくる。
扶桑の砲撃で中核の巡洋艦は沈んでいるが、改修型のイ級とロ級がまだ十隻残っていた。
横から扶桑たちへ近づいて一撃離脱を図ろうとしているらしく、私たちがやるのはあれを阻止すること。
「夕立と海風は左から攻撃を、あたしと春雨は右から。目標は先頭のイ級で、そのあとは自分の判断で!」
挟み撃ちの格好になるけど、敵は針路を変えようともせずまっすぐ進んでくる。
こっちが駆逐艦だけなのと数の差があるから、多少の被害は無視して一気に突破するつもりらしい。
あたしでもそうするかも。こっちの火力だけでは突撃を抑えきれずに突破できるはずだから。
それでも先頭のイ級を叩ければ後続艦の足並みが乱れる。そこさえうまく叩ければ。
主砲を両手で把持して、白露らは加速してきたイ級たちに砲撃を浴びせていく。
互いに高速ですれ違いながら撃ち合い、かなり接近されながらも先頭のイ級に命中弾が出た。
一度でも当てると行き足が鈍り、たちどころに命中弾が重なっていく。
めった打ちにされた先頭艦を避けようと後続の二番艦が針路を変えようとするが、すかさずそこに目標を切り替えた白露の主砲弾が命中した。
「白露姉さん、前!」
春雨の警告を聞く前に、危険を感じた白露の体は転蛇を行っている。
二隻分の砲撃が白露を狙っていた。
敵艦隊の最後尾にいた二隻のロ級が隊列から外れて向かってきている。
足止めだけでなく、こっちも沈めるつもりなのは間違いない。
砲撃を避けて春雨と一緒になって二隻を迎え撃っている間に、残りの駆逐艦が突破していこうとしてるのを感じる。
そっちは夕立と海風に任せるしかないけど、二人だけで抑えきれる数でもない。
今はどうしようもなく、まずは自身を狙ってくる二隻の相手をするしかなかった。
こっちも春雨の協力があったけど、二隻を撃沈するまでに時間を食ってしまう。
696 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/04/19(水) 09:56:54.06 ID:Syr+xBqoo
「抜かれたっぽい、三隻!」
「ごめんなさい! 転進して追います!」
夕立が怒鳴るように、海風はせっぱ詰まった声で言ってくる。
こんな状況でなければ言ってあげたいけど、よくやってくれたよ。
こっちが時間を稼がれてる間に、手負いが混じっているにしても二人は四隻を沈めてるんだから。
「あたしたちも行くよ、春雨」
白露と春雨も今度は突破していった駆逐艦たちを追って、扶桑たちへと戻っていく。
追いすがりながら砲撃するけど、今や左右へと散開した三隻の駆逐艦には思うように当たらない。
その時だった。遠くに見える扶桑から、砲撃の発射炎とはまったく違う強烈な光が生じる。
すぐに山城の悲鳴が飛び込んできて、いきなりの悲鳴に思わず飛び上がりそうになった。
「姉様!? 姉様!?」
「ダメだ、落ち着いて! 山城!」
声だけじゃ詳細が分からないけど、かなりまずい状況なのだけは分かる。
おそらくは艤装から白い煙が天に向かって立ち上り始めているのが、離れたここからでも見えた。
白露は深呼吸して一拍置く。こっちまで動揺が移ったら収拾がつかなくなってしまう。
「何があったの、時雨!」
「姫の攻撃が扶桑に直撃! 出血がひどいし火も出てる!」
「私が前に……姉様の盾になる!」
「そんなに騒がないで、山城……まだ撃てるわ……!」
血の気が引いたような扶桑の声が白露の耳に届く。そして戦う意思を示すように砲撃もしてみせた。
だけど無理をしてるのは明らかだった。
それにこれは三隻の駆逐艦たちにとって絶好のチャンスでもある。
なんとしても止めたいのに、砲撃がまるで当たらなくて焦りばかりが募る。
そんな焦りをあざ笑うように駆逐艦たちは扶桑さんたちに迫っていた。
697 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/04/19(水) 09:58:40.49 ID:Syr+xBqoo
時雨が最後の壁として立ちはだかるけど、いくら時雨でも一人で三隻を相手にしながら守り抜くのは難しい。
中央のロ級が時雨の砲撃に捕まると、後を追うように放ったこちらの砲撃がやっと命中する。
体の破片をばらまくように海中へと没していく中、残り二隻となったイ級が時雨の左右を抜けていこうとする。
すぐさま時雨がこっちから見て左のイ級へと魚雷を投射するのが見え、そのまま振り返りながら砲撃を続けていた。
「みんな、右のイ級に砲撃を集中して!」
間に合わないかもしれない、と過ぎった悪い考えを振り払うように言っていた。
それまで当たらなかったのが嘘みたいに、右のイ級に弾着の光が次々と生じる。撃沈まではあっという間だった。
これで最後の一隻。そっちには時雨の魚雷も砲撃も行ってる。
――だけど、最後のイ級には雷撃はおろか時雨の砲撃も当たらなかった。
虚しく上がる水柱の間を抜けるように横合いから接近したイ級は、扶桑へと雷撃を放って一目散に離脱していく。
六条の白い航跡がまっすぐと伸びていき。
「避けて、扶桑!」
時雨が叫ぶのがこだましても、それが無理なのは誰の目にも明らかだった。
そうして扶桑を狙った魚雷が二つの水柱へと変じる。
足元から致命の一撃を与えるそれが、本来の機能を発揮したということだった。
初めて見る光景じゃない。今までだって何度もこうして敵艦を沈めてきたんだから。
その光景に白露たちは言葉を失う。その場にあって一番最初に立ち直ったのが山城だった。
「姉様はまだ無事よ! 早く――」
先の言葉は山城への命中弾でかき消された。
鉄と鉄がぶつかって軋む異音が響いてきて、白露は弾かれたように声を出す。
「時雨、海風! すぐ扶桑さんの消火と後退を! 夕立は三人の護衛! 曳航してでも連れて帰るよ!」
それぞれが返事をするも春雨だけが違う声を出す。
698 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/04/19(水) 10:01:08.54 ID:Syr+xBqoo
「ここからは砲撃よりも回避運動に専念して。一気に近づいて雷撃やっちゃうよ!」
戦艦棲姫の狙いは激しく損傷した扶桑から、いまだに砲撃を続ける山城に代わっていた。
周囲を取り巻いていた護衛要塞は二体に減っている。扶桑さんか山城さんのどっちかが沈めたに違いない。
姫にも扶桑と山城の命中弾による痕跡があるものの、十分な損傷を与えているようには見えない。
護衛要塞たちは大口を開けると、口内から鈍色の主砲がせり出してくる。
三連装の砲口が上下に並んで大きさは重巡と同じ、と見て取った白露は要塞の正面から外れるように近づいていく。
二人に向けての迎撃が始まった。
海面を叩くばかりで後逸していく弾着を尻目に、白露たちは戦艦棲姫との相対距離を縮めていく。
あの要塞は浮き砲台に近いんだ。陸上で言えば自走砲に。
直線上にしか撃てないのを見て、白露は一気に近づこうと決める。
やっぱり駆逐艦の小回りについてこれてない。
護衛要塞の攻撃を避けながら戦艦棲姫の横を狙って近づくと、姫の艤装がわななくようにおたけびを挙げる。
警告するような響きに、それまで山城への砲撃に集中していた戦艦棲姫がようやく白露たちを見る。
どこか艶然とした顔をしていた姫が白露、そして春雨へと視線を流すと表情を変えた。
小さな驚きを含ませたような声を発する。
「ワルサメ……?」
「違う! 私はワルサメじゃない!」
「沈メラレル……?」
「私は!」
噛み合わないやり取りと一緒に、ごとんという音が波風に乗ってきた。
魚雷発射管の安全装置が解除された音だった。まだ雷撃点には遠いのに。
「私は春雨です!」
春雨の背負った二基の四連装魚雷発射管から八つの酸素魚雷が投射されていた。
さすがに雷撃は危ないと考えているのか、戦艦棲姫は射線から離れるように回頭していく。
あれじゃきっと当たらない。
699 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/04/19(水) 10:02:37.05 ID:Syr+xBqoo
「春雨、このまま離脱して!」
「でも……!」
「魚雷を撃ったらあたしたちの仕事はおしまい! 行って!」
先走ってしまったのを春雨が気にしているのは分かっても、そっちに気を遣ってる余裕はなかった。
雷撃を避けようとする姫を追う形で転進し、同航するように併走する。
白露は護衛要塞の向きにも気を払う。
自分が撃たれるのも離脱に入ったはずの春雨を狙われるのもたまったもんじゃない。
白露はすぐに雷撃点を修正しようとし、逆にこの状態がいいととっさに考えた。
新たな雷撃点をなかば直感的に導き出すと、姫の動きを先回りするように急行する。
狙うのは戦艦棲姫の移動先であり、さらに姫を守るはずの護衛要塞によって白露が一時でも死角になる位置。
大丈夫、通ってる。今しかない。背中に二段にして積んでいる四連装魚雷発射管、八門分を向ける。
「ここがいっちばんいい射線!」
魚雷を投射。反動で押し出された体を白露はすぐに立て直す。
八発の酸素魚雷は空を滑空するように着水し、一度は海底に潜り込んでいく。
その後、ジャイロコンパスにより針路修正を行いながら浮き上がるのを白露は頭に思い浮かべる。
予想通りの軌道を描く魚雷はそのまま疾駆すると、宙に浮かぶ護衛要塞の真下をすり抜けて、さらに先にいる飛行場姫に海底から食らいつく。
それが白露の導き出した一番いい射線だった。
そうして白露が見たのは想像とは違う光景だった。
射線上の護衛要塞が勢いよく海底へと落下すると沈み込む。
狙いは明らかだった。姫の身代わりになろうとしている。
轟々と立ち上った水柱が、その狙いが達成されたという事実を証明していた。
投射した魚雷の何本が命中したのか分からないけど、過剰な破壊力を発揮したらしい。
護衛要塞の水中から飛び出ていた部分が、渦巻くようにあっという間に海中へと引きずり込まれていく。
白露は雷撃を阻止されて、無意識の内に歯を食いしばっていた。
700 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/04/19(水) 10:03:06.13 ID:Syr+xBqoo
「危ナカッタ……トデモ言ッタトコロカシラ」
戦艦棲姫は目を細めて白露を見る。
口元には笑みを浮かべているが、嘲っている調子ではなかった。
「……思イ出シタ……アノ時……ワルサメニ会イニ来タ艦娘カ」
「だったら……何?」
戦艦棲姫はただ白露を見ていた。姫のほうは撃たないが最後に残った護衛要塞が白露へと砲撃を始める。
砲弾がかすめて体勢を崩しそうになった白露に姫は妖しく笑いかけた。
「……命拾イシタヨウネ」
その言葉の意味が分からないまま最後の護衛要塞が中空で爆発し、海面へ落ちていく。
砲撃だと理解して誰がと疑問が生じる間に、戦艦棲姫が遠くを見ていた。おそらく砲撃の来た方角を。
白露が始めからいなかったかのように姫は独りごちる。
「手傷ヲ負ッテルンダ……ドウシタモノカシラ……本調子ノ武蔵ガヨカッタケド……デモ戦場デハ相手ヲ選ベナイ……ソウデショウ? ソウハ思ワナイ?」
姫がどこまでも楽しそうに囁く姿に思わずたじろいだ。
今の砲撃は武蔵が助けに来たものだと察し、同時に戦艦棲姫はその武蔵との邂逅を待ち望んでいたのだと知って。
他のことが些事と言いたげな様子はひたむきであるようで、どこか歪に思える。
戦艦棲姫という魔女が今なお何かをつぶやいてるのを、白露は恐れをもって聞いた。
701 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/04/19(水) 10:04:06.30 ID:Syr+xBqoo
ここまで。次はなるべく早くってことで……
702 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/05/01(月) 17:44:59.64 ID:/qGb3n8WO
乙乙
703 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/05/03(水) 19:52:45.18 ID:xfY61Hj2o
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
武蔵は弾着を認めると、胸に詰めていた息を深く吐き出す。
不思議なものだが手応えを感じていた。
現に放った砲撃は護衛要塞を撃破している。
あの要塞の場合、撃沈なのか撃墜になるのかは気になるところだが、障害の一つを排除できたのは間違いない。
「これで白露はひとまず安全だな」
「まだ棲姫が残ってますけど……」
清霜と一緒に武蔵の護衛に就いている沖波が疑問を差し挟んでくる。
眼鏡越しの視線に武蔵は笑い返す。
「やつ、戦艦棲姫の狙いはこの武蔵だ。今もこっちを見ている。ここにいる限り、優先的に私を狙ってくるだろうさ」
自分の言葉を胸中で反芻した武蔵は顔をしかめる。
戦ったのは一度きりだが、やつが妙な執着を示していたのは忘れていない。
「面倒なやつに目をつけられたものだ。ここで決着をつけてしまいたいが」
「清霜たちもいるし一網打尽にしちゃいましょうよ!」
気を吐くのは清霜で、今にも肉薄して魚雷を叩き込みに行きそうな気配がある。
それ自体は頼もしいし、さすがだと褒めてやりたいところだ。
「普通に考えれば単艦は狙い目だな」
確かにこれは好機だ。
これだけ手薄な状態で姫と相対する機会など、この先はもうないかもしれない。
しかし清霜と違い、沖波は慎重な姿勢を崩さなかった。
「でも私たちは扶桑さんたちの撤退支援に来てるんだし……」
「だけど姫の射程内にいるんじゃ撃たれっぱなしになるよ? 安全確保のためにもここは!」
清霜の言うことはもっともだが、沖波の言い分にも一理ある。
敵を前にしての意見としては慎重すぎる嫌いもあるが、その敵の動きを大局的には掴み切れていない。
航空隊は艦隊の上空を守るのが手一杯で、制空権はほとんど握られてしまっている。当然、こちらからの偵察は困難だった。
704 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/05/03(水) 19:56:45.50 ID:xfY61Hj2o
すでに砲戦が始まってから三十分以上が過ぎている。
両翼の敵艦隊が増援として現れたとしてもおかしくない頃合いではある。
あるいは退路を抑える形で挟撃してくる危険がないとも言えない。
「……沖波の言う通りだ。敵の動きが不透明だし、何より扶桑たちをこんな場所で失うわけにはいかない」
戦線を下げる必要がある、というのが艦隊をまとめる球磨たちの考えで武蔵も同感だった。
このまま前線の維持に固執していては、孤立して各個撃破されかねない。
それで方々で戦う艦娘たちの後退を助けるのが、武蔵たちが負っていた役割だった。
「戦艦棲姫は私が相手をする。二人は扶桑や白露たちを助けてやってくれ」
「待ってよ、武蔵さん。清霜も沖波姉様も戦えるよ?」
「戦えるからこそだ。私に何かあっても安心して託せる」
言ってから武蔵は苦笑する。
これでは遺言のように取られかねんな。
「もちろん、やつに後れを取る気などないぜ。何せ私は武蔵だからな」
不安を感じさせないように武蔵が笑い飛ばすと、清霜と沖波も顔を見合わせてから武蔵の元を離れていく。
戦艦棲姫は武蔵が射程内に入っているにもかかわらず、未だに撃ってこない。
どうやら先制させてくれるようで、以前の交戦で痛みがどうとか言っていたのを思い出す。
こちらを侮っているのではなく、単純にそういう相手なのだろう。
しかし、それを差し引いても戦艦棲姫を相手にすれば、こちらもただでは済むまい。
ここに来るまでの交戦で何度も被弾している。見た目はともかく艤装内の調子はさほどよくない。
戦艦棲姫も決して無傷ではないが、これから相手をするにはやはり不安が残る状態だった。
いずれは倒さなくてはならない相手だが、果たして今かかずらわうのは得策だろうか。
そこまで考えた武蔵は、内なる弱気の虫を意識の外へと追いやる。
こうして海に出てしまえば相手は選べない。時と場合もだ。
ならばやってやるまで。上等じゃないか。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず……やらせてもらうぜ、戦艦棲姫」
遠目に見る戦艦棲姫は笑いながら待ち構えているようだった。
705 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/05/03(水) 20:00:40.47 ID:xfY61Hj2o
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
トラック泊地に襲来した航空隊は述べ五百機あまり。
戦闘機隊や艦娘を突破してからは、迎撃らしい迎撃を受けることもなく泊地を蹂躙していった。
二波に渡っての攻撃は時間にすれば十五分ほどでしかないが、爆撃に晒される提督からすれば感覚が引き延ばされたような、もどかしい時間だった。
秋島に設置されたレーダーサイトは真っ先に標的となり破壊され、夏島にある大小複数の飛行場にも爆弾の雨を降らせた。
もちろん基地司令部にも空襲は及んだ。
ただ航空隊は猛威こそ振るったが、泊地が有する全ての機能を不全に陥らせるには力不足だった。
敵が冷静であれば、攻撃の成果は不十分と判断するはずだ。
第一次空襲が収束してから、およそ五分。
司令部に詰める提督は集まってきた被害状況を確認しながら、それぞれに対応のための命令を下していく。
各飛行場への被害は小さくないが、すでに工兵や妖精たちによって爆撃痕を鉄板で塞ぐなどの応急処置が始まっている。
人間の航空機も運用できる大型の飛行場は後回しにさせていた。
今はまず戻ってくる基地航空隊を受け入れできる状態にし、迎撃機を再度空へ上げられるようにするのが急務だった。
司令部施設や港湾周辺への被害が小さいのは幸いだった。
攻撃の手こそ及んでいたが、元々これらの施設は堅牢に作られている。
特に工廠などは設計上なら武蔵の艦砲にも耐えられるよう建設されていた。
ただ、今回の攻撃はまだ一次空襲に過ぎず、二次三次と攻撃が続けばどれだけ被害が拡大していくのかは予断を許さない。
対応に追われる提督の前にコーワンが現れたのは、そんな折だ。
提督は怪訝な顔を向ける。
泊地にいる深海棲艦たちには避難して身を隠すよう伝えていた。
実態がどうであれ、提督からすれば彼女たちは守る対象なのだから。
「コーワン、まだ避難していなかったんですか?」
思わず敬語が出てくるのは、コーワン相手にはそういう話しかたをしていたせいだ。
それにコーワン本人にはそんな話しかたをさせる雰囲気もある。姫というのが肩書きだけではないかのように。
コーワンは硬い顔つきで首を横に振る。
泊地にいる間は穏やかな表情を見せることが増えていたコーワンも、さすがにこの時ばかりは違った。
706 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/05/03(水) 20:05:03.36 ID:xfY61Hj2o
「提督……私ノ配下タチモ……戦力ニ加エテホシイ」
コーワンの言ってることが分かるだけに提督は聞き返す。
「待った、あなたたちは戦うのが嫌で亡命してきたのでは?」
「確カニ我々ハ戦イヲ避ケヨウトヤッテキタ……シカシ……コノママデハ守レナイ……戦況ガ思ワシクナイノハ分カル」
コーワンは硬さを残したままの顔で憂う。
難しい決断を迫られて、他には手立てが思い浮かばなかった時にするのと同じ顔だ。
「ココハ我々ヲ受ケ入レテクレタ……ダカラ……」
守ろうとするなら戦うしかない。
続くはずの言葉を想像して、それが出てくる前に提督は聞いていた。
「……深海棲艦の何人がそう言ってるんで?」
「……全員」
「全員?」
「私モ同ジ……戦エルノナラ戦ッテイル……」
今になってコーワンが苦い顔をしている理由が分かった気がする。
戦うのを部下に押し付ける形になってしまっているせいか。
コーワンが泊地に現れた時に身につけていた艤装はここにない。
大本営と交渉した際に研究目的で本土へと回収されていた。
コーワンとしても戦う意思がないのを示す証明と考えたのか、二つ返事で応じている。
深海棲艦たちの反乱に備えての措置でもあったのだろうが、事ここに至っては裏目に出てしまっている感が否めない。
「オ願イダ、提督」
707 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/05/03(水) 20:05:56.97 ID:xfY61Hj2o
提督は溜めた息を鼻から深々と出す。体の節々に緊張と疲労が広がっているのを感じる。
庇護対象として考えない場合でも提督には懸念があった。
どこまで深海棲艦を当てにしていいのか。
それは個人的な不安にも近く、不自由な左手に提督は視線を落とす。
トラック泊地にいる深海棲艦はおよそ二十。
これを艦娘と合わせれば戦力比は四対一にまで縮まり、六対一よりはずいぶんまともな数字に思えてくる。
泊地を守り艦娘の被害を抑えようとするならば、答えは自ずと決まる。
……これも奇縁か。
「それなら深海棲艦たちは港を守ってほしい」
「……承知シタ」
「よろしく頼む、コーワン」
提督は頭を下げていた。
伸るか反るかの話で、どうするも何も受けるしかない。
上手くいけば劣勢が少し好転し、下手を打てば劣勢がさらに悪くなるだけ。
選択した結果のリスクと、何もしなかった結果のリスクを天秤にかけるという話。
そして与えられた可能性には乗るしかない。というのが提督の持論だった。
「ソンナコトハシナイデ……」
コーワンの制する言葉に提督は顔を上げると、そのまま咳払いをして気を取り直したように言う。
「一時間以内に第二次攻撃隊がやってくるはずだ。そこで少しでも敵機を減らしてほしい」
艦娘たちとの連携も取ったことがないのに、いきなり増援には出せない。
そんなことをすれば混乱を招いて逆効果になる恐れもある。
ならば目の行き届きやすい近くにいてくれたほうがいいという判断だ。
「ヲキュータチデハ防ゲナイト……?」
「攻撃を遅らせたり、敵機動部隊に被害は与えられるはずですよ。だが阻止となると……」
八艦隊と二航戦の働きには期待していても、二次空襲の阻止そのものは難しいというのが提督の見解だった。
日没までに最低でも、あと一回は空襲に耐えなければならない。
こうなってくると提督の懸念は海戦の推移だった。
この戦いで泊地を守り抜けるかはこの空襲による結果と、艦娘たちに今の海戦でどれほどの被害が生じるか次第だ。
前線はなるべく維持してほしいと伝えているが、それが不可能なのは分かっている。
最終的には四人の姫級を撃破するなり、敵の主力に大打撃を与える必要がある。
しかし、そのための打開策を未だに提督は見出せていなかった。
708 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/05/03(水) 20:08:38.08 ID:xfY61Hj2o
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ネ級と出会ったらどうする?
鳥海は自身に向けた問いかけに、まずは呼びかけてみようと答えを出していた。
呼びかけてみて、伝えられるなら自分の気持ちを伝える。
それが司令官さんに伝えたいことなのか、ネ級に問い質したいことなのかはっきりしなくとも。
鳥海ら第八艦隊は空母棲姫の機動部隊を目指していたが、その途上で飛行場姫の艦隊に針路上に先回りされていた。
敵の布陣は広く散開しているだけに迂回は困難と見て、鳥海は飛行場姫へと目標を切り替えた。
散開しているなら、正面の戦力は薄く突破そのものは難しくないはずという計算もある。
敵機動部隊への攻撃は後ろに控えるニ航戦に託し、鳥海たちは前衛にいた護衛要塞を撃破してすぐのことだった。
「見えた、飛行場姫だよ。それにネ級たちもいる」
島風が目ざとく伝えてくる。鳥海も敵の陣容を確認する。
飛行場姫の前後にはネ級とツ級が付き従い、他にも複数の重巡リ級と駆逐ネ級が周辺を警護していた。
数で言えば、今のこちらとほぼ同数といったところ。
「飛行場姫にネ級……向こうから来てくれるなんて」
「どうする気、鳥海?」
高雄に訊かれ、鳥海は自問と同じ答えを返す。
「ネ級に話しかけてみます。反応がなかったり撃たれてしまったら……それまでですが」
会話は望めないかも。ネ級はすでに艦娘たちと交戦してしまっている。
それでも、これはネ級に接触する好機だった。もしかすると最初で最後の。
だから、それまでなんて簡単に見切りをつけてしまいたくない。
諦めるなら諦めるなりに納得できるだけのことはやらないと。
そう考えた矢先にヲキューが一人だけで突出していく。
709 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/05/03(水) 20:12:07.15 ID:xfY61Hj2o
「待って、ヲキュー! まだ相手の出方が……」
「気ヅイテタ? サッキハ私ヘノ攻撃ガナカッタ……空母ガコンナニ近クニイルノニ」
言われるまでもなく、鳥海もそれには気づいている。
護衛要塞はヲキューを攻撃対象とは考えていないようだった。
だけど飛行場姫たちもそうだという保証はどこにもない。
もう少し様子を見てからでも、と言おうとした鳥海にヲキューが振り返える。
「私ガ狙ワレタラ……モウ戦ウシカナイトイウコト……」
普段は表情に感情を出してこなかったヲキューが、この時はほほ笑んでいた。自嘲するような寂しさを漂わせて。
そんな顔をして。感情を出すなら、もっとちゃんと笑わないと。
鳥海の内心を呑み込むように、砲撃の発砲炎が飛行場姫から生じた。
「鳥海、反撃するわよ!」
「少しだけ待ってください!」
すでに砲戦距離に入っているローマを制すると、鳥海はあえて弾着まで待った。
大気を切り裂く飛翔音を伴った砲弾が、鳥海らの前方に落ちていく。
果たして飛行場姫たちは撃ってきたけど、ヲキューを狙ってはいなかった。
この砲撃にもヲキューを鳥海たちと分断しようという気配を感じる。
となるとヲキューの近くにいては、かえって流れ弾を集めてしまうかもしれない。
「反撃します! 目標は各自、臨機応変に判断してください。ただしネ級には私、飛行場姫にはヲキューが当たりますので、それ以外の相手をお願いします」
敵艦隊も散開していく。
あちらも各個撃破という方針なのかもしれないけど、こちらとしてもおあつらえ向き。
すぐにネ級の未来位置と交わるよう舵を調整する。
710 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/05/03(水) 20:13:56.46 ID:xfY61Hj2o
鳥海はペンダントに触れて深呼吸を一度。
緊張している。高揚とは違う、不安に近い緊張。
あのネ級が司令官さんだとは今でも思えない。
なのに話そうとしている。それが正しいかは分からない。
それでも私はあなたと話したい。あなたを知ろうと思っている。
「――聞こえますか?」
暗号化もされていない通信帯域で鳥海は話しかける。
どう呼べばいいのだろう。迷い、名前を呼ぶのはやめた。
「聞こえますか? 私の声が……私が分かりますか?」
返事はない。分かってる。このぐらいじゃ何もしてないのと同じ。
これだけ近いんだから聞こえているのは分かっている。
ネ級の姿は前回の戦闘から少し変わっているらしい。
右目のほうが例の黒い体液で隠されているようで、体からは金色の燐光がこぼれている。
戦うことになれば、ますます強敵になってるのかもしれない。
さらに鳥海は呼び続ける。ネ級は未だに砲撃の一つもしてこない。
そしてネ級が応えた。
「私ニ言ッテイルノカ?」
抑揚に欠けた深海棲艦の声に、鳥海は思わず言葉を詰まらせた。
ネ級が問いかけを重ねる。
「オ前ハ私ヲ見テイル……ドウシテダ?」
「それは……あなたが司令官さんだったかもしれないから……!」
「司令官……?」
711 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/05/03(水) 20:16:42.79 ID:xfY61Hj2o
苦い気持ちを噛みしめながら鳥海は言い返していた。
ネ級が司令官さんのはずがない。それなのに私は何かにすがろうとしている。
希望とも絶望とも言える、不確実な可能性に。
「そうです! 私は司令官さんの秘書艦で、高雄型四番艦の……」
「……馴レ馴レシイナ、艦娘!」
ネ級が遮ると双頭の主砲が一鳴きして鳥海へと指向する。
狙われてる。鳥海が反射的に主砲を操作しそうになるが、前方へと構えただけに留める。
まだ何も伝えられてない。何も割り切れていないのに。
「私ハオ前ナド知ラナイ。私ニ何ヲ思オウト勝手ダ……何ヲ求メルノモ構ワナイガ……」
ネ級の体から発している金色の光の明滅がはっきりしていく。
戦闘体勢に入るように姿勢を低く下げると、ネ級の主砲たちが威嚇するように歯を打ち鳴らす。
「私ニオ前ヲ押シ付ケルナ!」
拒絶の言葉とともに主砲たちが砲撃を放った。
鳥海もまた転進し変速。回避のために蛇行するような機動を取り始める。
戦うしかない? こうなるしかなかった?
疑問に絡み取られながらも、それでもここで沈むわけにはいかないと強く意識する。
「司令官さん……いえ……ネ級!」
砲弾が近くに落ちて、衝撃が体や艤装を震わせていく。
ネ級はこちらを見ている。そこにある感情は読み取れないけど、一つだけ分かっているのは向こうは本気ということ。
戦うしかない。その現実を嫌でも痛感するしかなかった。
712 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/05/03(水) 20:17:21.30 ID:xfY61Hj2o
ここまで。それと乙ありでした
713 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/05/03(水) 21:28:23.87 ID:DPjz6COBo
乙です
714 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/05/11(木) 01:37:44.47 ID:n+pcqnCFo
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ネ級は表面上こそ平静を装っていたが、内心では少なからず動揺していた。
それは交戦に至った今でも変わっていない。
初陣と違って強烈な攻撃衝動には駆られていないが、今の状態を思えば逆に衝動に身を委ねられれば楽だったのにと思う。
「ナンナンダ、アノ艦娘……」
巧みに砲撃を避けた眼鏡の艦娘は、速度を上げると後ろを取ろうと快速を発揮し始める。
こちらも速度を上げ主砲たちが迎撃を続けるが、砲撃の瞬間を見計らったかのように艦娘は体を横にずらして変針してしまう。
ことごとく、こちらの予測を外すように。
距離はやや遠く、近づけば命中精度も上がる。
当たらないなら当たる距離まで近づけばいいし、それができるのは分かっていた。
そうしないのは、あの艦娘と間近で接触するのを警戒しているからだ。
あの艦娘はどうしてだか心を揺さぶってくる。
そして応射はまだ来ない。代わりに声が飛んでくる。
「もう少し話を聞いてください!」
「今更ダナ!」
なおも艦娘は語りかけようとしてくる。この期に及んで。
ともすれば、その声に引き込まれてしまいそうな己をネ級は自覚している。
艦娘の声は誠実だった。そして、どこか切迫もしている。
だからこそネ級は畏れを感じていた。
できてもいない覚悟を求められているような感覚を味わう。
私の動揺が乗り移ったように主砲たちも困惑しているのを感じる。
さっきから砲撃がかすりもしないのは、それだけが原因ではないが。
715 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/05/11(木) 01:39:30.12 ID:n+pcqnCFo
「教えて! あなたは本当に……司令官さんだったんですか!」
「分カラナイコトヲ!」
「では……あなたはどうして私たちと戦うんですか!」
「バカヲ言ウ……私ハ深海棲艦ダ! 艦娘ト戦ウニハ十分ナ理由ダロウ!」
「私たちに協力してくれる深海棲艦もいます!」
それは知っている。現に今、飛行場姫がそのヲ級の相手をしている。
だが、それと私は関係ない。むしろ相手のペースに引きずられてしまっている。
だから無視する。
「オ前コソ……艦娘ダカラ戦ウノデハ?」
……無視すればいいと思うのに、自分からそんなことを言っていた。
そもそも初めから応じなければよかったのに、それができなかった理由も不可解だ。
答えなくてはならないと、その時は感じていた。
今もまたそうなのかもしれない。聞かなければならないと。
「……初めはそうでした。今でもそういう部分はあります」
律義にも艦娘は答えてきた。
こちらの攻撃を避けながら反撃はせず、しかし砲口は常にこちらを追っている。
「だけど艦娘だから、そんな立場だからというだけじゃありません」
「ナラバ……ドウシテ」
「私には今も以前も望みがありますから……」
「望ミ……?」
ネ級は胸中でも、おうむ返しにする。
よく分からない概念だと思い、それ故に自分に当てはめられない。
716 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/05/11(木) 01:40:42.48 ID:n+pcqnCFo
「私の名前は鳥海です」
「チョウカイ……鳥海カ……」
名乗られた名を口の中で転がす。
初めて聞くのに、ひどく大切なことのように聞こえる。
そう感じてしまうのは、この頭のせいだろうか。私に宿るもう一人の影のせいで。
司令官……それが私の頭にいるのか?
「あなたには何があるんですか、ネ級」
何もない。
即答に近い速さで浮かんでしまった答えにネ級は慄然とした。
知らず歯を噛みしめ、今なおこちらを追いつめようとしながらも手を出さない艦娘に意識を集中する。
戦うしかない。それ以外にないのに、それ以外を求めてくる。
あの鳥海は未知だ。
危険だと思う一方で、興味も引かれてしまう。それはあまり望ましくないのかもしれない。
「あなたの望みは……私たちと争うことなんですか?」
知らない。
分かるのは、このままでは私は動けなくなる。
だから耳を閉ざし鳥海の動きにだけ注目し、主砲たちと意識を通わせるよう努める。
相手の動きは速い。しかし私ほどではない。故に対抗できる。逃げ回るのをやめ、正面から向かい合う。
主砲に二秒の間隔を空けて撃たせる。両大腿部の副砲もさらに数秒遅らせて予想した移動先に向けて発砲開始。
鳥海が左右に動いて回避するが、副砲の射界に飛び込み被弾するのが見えた。
「どうしても戦うしかないんですか!」
「オ前ハ違ウノカ!」
717 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/05/11(木) 01:42:13.56 ID:n+pcqnCFo
聞かれ、叫び、ネ級は今度こそ無視すると決めた。
副砲での発砲を継続し、主砲たちには逆に射撃間隔よりも照準の補正に集中するよう伝える。
鳥海は副砲の網から逃れたが、すぐに主砲弾に追い立てられた。
足が鈍った様子もなく、一発二発当てた程度では大した損傷にならない。
「この……分からず屋!」
ついに鳥海も撃ってきた。
しかしネ級の意識は別のところにあった。
なぜ、こうにも鳥海は私に感情をぶつけようとしてくる?
そして、私はなぜ耳を傾けようとしている?
その疑問は前後左右の四方を水柱で包まれたことで阻害された。
挟叉、というよりも包囲されている。
「次は当てます……!」
最後の警告だと言わんばかりの声。
今の言葉に嘘はなさそうだった。
この精度なら、初めから当てようと思えば当てられたということか。
鳥海という艦娘は強敵だ。戦闘経験が豊富とは言えないが、それでも分かる。
「面白イ……ヤッテミロ」
だが望むところだった。そうなれば戦うしかなくなる。
分からないことを聞かされるよりも分かりやすくていい。
身を焦がすような攻撃衝動は沸き上がらないが、そんなのはどうでもよかった。これは私の問題だ。
その時、鳥海へと横殴りに砲撃が浴びせられ、彼女は逃れようと即座に面舵を切って離脱をかける。
「援護スル……」
抑揚を抑えたツ級の声が割って入り、両腕の両用砲が火を噴く。
広範囲にばらまくような撃ち方だが鳥海には当たらない。
ツ級が追撃しようと、弾幕を張りながら鳥海との距離を詰めていく。
一度は離脱した鳥海もすぐに体勢を立て直すと、視線と主砲をツ級へと向けるのが見えた。
おそらく、この狙いもかなり正確なはずだ。
718 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/05/11(木) 01:43:32.96 ID:n+pcqnCFo
「離レロ、ツ級……オ前デハ鳥海ノ相手ハ無理ダ」
「アレガ鳥海……」
こちらの声が届いているはずなのに、ツ級はなおも鳥海へと迫っていく。
ネ級はツ級に急行しながら、主砲たちも砲撃を見舞う。
命中はしないまま、鳥海はツ級へと狙いを定め、そして撃った。
危険を察知したのか、ツ級が直前に右へと切り返す。
しかし鳥海の砲撃は吸い寄せられるようにツ級に集まる。
ほぼ同時のタイミングで到達した十発の砲撃がネ級の間近に落ちていき、何発かが違わず直撃したようだった。
ツ級が頭を大きく振る。一弾が頭部に命中したらしいが、仮面のような外殻によって弾かれたらしいのは幸運だった。
すぐにツ級も撃ち返すが、砲のいくつかは今の攻撃で沈黙したらしい。
ツ級の前に先回りできたのは、鳥海の次弾が到達する前だった。
「何ヲ……!」
「アイツハ私ニ任セレバイイ」
ツ級の声を背中に受けながら、ネ級は両腕を盾代わりに掲げる。両腕から粘性のある黒い体液が流れるよう、にじみ出してくる。
鳥海の放った次弾が降り注ぐ。
痛みと衝撃、そして熱さが渾然一体の激震となって体を襲う。
それらは長続きはしないで、感覚の彼方へと押しやられて消えていく。
ネ級は腕を開いて前屈みになると、単眼を明々と輝かせる。
「オ前ハ……ヤハリ私ノ敵ダ」
初めからこうなるしかなかった。
距離を取ったままの鳥海に見返され、ネ級は金色の眼差しを向ける。
ツ級をやらせるわけにはいかない。
頭の中で何かがざわついている。この判断は正しくないとでも言うように。
もう一人の私にとってはそうかもしれないが、私にとってはこれで正しい。
……理由を持ち合わせないまま、私は自分にそう言い聞かせた。
719 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/05/11(木) 01:44:18.86 ID:n+pcqnCFo
短いですが、この辺で。土日使ってがんばりたい
ともあれ、乙ありでした
720 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/05/11(木) 10:46:21.55 ID:4EzXF+JKO
追い付いた
乙乙
721 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/05/12(金) 07:56:00.74 ID:kCWPXUnEO
乙乙乙
722 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/05/21(日) 19:03:11.34 ID:oF+PZE8ro
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ヲキューは飛行場姫と相対していた。
周囲では艦娘と深海棲艦たちがそれぞれ一騎打ちに近い形で交戦し、こちらも構図としては変わらない。
他と違うのは私は仮設の主砲を撃たなかったし、飛行場姫も砲撃こそすれど当てようとはしていなかった。
「当テテモ構ワナイノニ……」
「ソチラコソ……ワザト外シテイマスネ……」
姫が本気で沈めに来ていたら、とうに海の藻屑へと変えられている。
戦艦相当の大口径砲弾を撃ち込む合間に、飛行場姫が接触してきていた。
深海棲艦同士の秘匿回線によるもので、傍受を警戒してだろうというのは推測できる。
堂々と話しても不都合はないが、姫はそう考えていないらしい。
「……ドウシテ艦娘ニ与シテイル? 戦闘ヲ強要サレテルノデハ?」
「誤解ガアリマス……」
警戒と戸惑いを漂わせた声に、秘匿回線を利用している理由が分かった気がする。
ヲキューは静止するように大きく減速すると、両手を下げて体を開くような姿勢を取った。
無抵抗の意思がないと示すために。
飛行場姫も訝しげな顔をしながらも減速する。
「私モコーワンタチモ……何モ強要ナドサレテイマセン」
「……何モ起キテイナイノ? 質ヲ取ラレタトカモナク?」
「私ガココニイテ……同ジ深海棲艦ト戦ッタノモ……全テハ私ガ決メタコトデス……」
ヲキューの言葉に飛行場姫は驚きの表情を浮かべる。
予期していなかった反応らしく、飛行場姫は信じられないといった体で訊く。
723 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/05/21(日) 19:03:52.19 ID:oF+PZE8ro
「言ワサレテイル……ワケデモナイヨウネ」
「……ハイ」
「何ガソウサセタ?」
「コーワントホッポ……ソレニ彼女タチヲ慕ウ仲間ヲ守ルタメニ……コレガ最善ト思ッタマデデス」
ヲキューにとってはごく自然な決断だった。
説明しながらヲキューは思い出す。
鳥海がこの決断はつらいものになると言っていたのを。
そのときは漠然とそうかもしれないと思った程度だった。
ヲキューも他の深海棲艦も同族意識というのは薄い。少なくともヲキューは少し前まで意識するようなことはなかった。
しかし目の前に見知った飛行場姫が現れれば、警句の意味も理解してしまう。
「アナタコソ島ヲ離レテ、コンナトコロマデ来タノハ……コーワンタチヲ案ジタカラデスカ?」
「別ニ……コノ戦イガ分水嶺ダト……ソウ感ジタカラ来タダケ」
素っ気ない返しだが指摘は正しい。
ヲキューはそう判断すると、つらつらと言う。
「環境ヤ立場ハ変ワリマシタ……シカシ己ニ課シタ役割マデハ……変ワッテイマセン」
コーワンは私が命を懸けていいと思える相手だった。
ホッポは守りたいと思え、そして今なら連帯感を持ち合わせた者たちもいる。
艦娘たちも私たちと向き合おうとしていた。
「私ガ決メタコトデス……誰ニ言ワレタ覚エナド……アリマセン」
ヲキューの言葉を受け止めた飛行場姫が息を呑む。
姫はそのまま直視するよう、油断のない眼差しを向けて訊く。
「オ前ハ深海棲艦ガ人間ヤ艦娘タチト……本当ニ生キテイケルト思ッテイルノ?」
「分カラナイ……コーワンナラ、ソウ答エルデショウ。私ニモ分カリマセン……デスガ尽力ハ惜シマナイツモリデス……」
724 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/05/21(日) 19:04:43.23 ID:oF+PZE8ro
気がついてしまえば、私の周りには多くがあふれていた。
自分よりも価値があると思えるものでいっぱいに。だから。
「思ウダケデハ……何モ分カリマセン……デキルカハ我々次第デモ……深海棲艦ト艦娘ハ同ジデハナイノデス……鏡写シノ……隣人ノ……」
ヲキューはそこで言葉を詰まらせる。
切迫した気持ちがあるのに、それが形になって思うように出てこない。
言いたいことを言葉にするには、まだ語彙が足りなかった。
「……モウ一ツ訊イテオク」
ヲキューが言葉を探している様を飛行場姫はまじまじと見ていたが、おもむろに切り出す。
「コチラニ戻ルツモリハアル?」
「アリマセン……」
「ソウ……敵同士トイウコト……」
確認するような姫の呟きにヲキューは頷きかけて、すぐにやめた。代わりに言う。
「ドウカ……退イテハクレマセンカ? アナタトテ……コーワント争ウノハ望ンデイナイハズ」
「……冗談デショ。話ニナラナイ」
心底呆れたとばかりの声。
飛行場姫が強い視線と共に、巨大な顎のような艤装に載せた主砲をヲキューへと向ける。
冷たく硬質な砲口が狙いを定めたのか、ある一点で静止した。
動けずにたじろぐヲキューをよそに、飛行場姫は一蹴するように言い放っていた。
「提案シテルツモリナラ……自分ガ優位ニ立ツカ……我々ヘノ利ヲ示シテミナサイ」
725 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/05/21(日) 19:09:06.04 ID:oF+PZE8ro
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
鳥海がツ級に向けて放った砲撃は間に入ったネ級に阻まれていた。
ネ級の体に命中の閃光が生じ、黒い飛沫が爆発の中に別の黒色として混じる。
今度は逆にネ級からの反撃が届き、艤装に砲弾が正面から衝突してのけぞるよう押し返された。
追い撃ちをかけるようにツ級の連続砲撃が来る。
広範囲に振りまいたような砲弾が、変則的な之の字を描いて避ける鳥海を追い立てていく。
「あなたたちとは勘が合うみたいですね……!」
思わず鳥海は口に出す。
予想通りの動き方をしてくれて簡単に当たってくれるかと思えば、すんでのところで回避して大きな被害に繋がるような当たり方にはならない。
こちらもそうだし、向こうの二人にとってもそれは同じようだった。
そのせいで被弾こそ重なっていても互いに余力を残したまま、体力を削り合っているような状態になっている。
意図してできるような状態じゃない。摩耶や姉さんたちと模擬戦で撃ち合うと、たまにこんな状況に陥いる時がある。
お互いになんとなく動きが読めてしまったり、機動が噛み合ってしまう場合に。
だから勘が合うとしか形容できなかった。
「ソンナモノ……合ッテイルワケ……!」
砲撃と一緒になって言い返したのはツ級のほうだった。
事前の分析と違い、かなり積極的に攻撃をしかけてきている。
弾幕を張りながら執拗に距離を詰めようとしてきていて、ずいぶん攻撃的な印象だ。
ツ級からは攻めようという気迫を感じるけど、それが前に出すぎている。
攻撃ばかりに気を取られて、どこか単調に思える動き。
ならば、それに合わせるまで。予想針路上に向けて砲撃しつつ離脱を図る。
こちらに迫りつつも後逸していく砲撃を横目に、支援に回っていたネ級が砲撃の未来位置へと先回りしていくのを見る。
同じようにツ級の動きを先回りしているのか、それとも私の動きに合わせているのかは分からない。
ただ、この砲撃もネ級が肩代わりするように当たっていく。
怖いのは、やはり彼女のほう。
さっきからツ級へ直撃しそうな砲撃を何度も防いでいるけど、動きが鈍った様子はまるで見受けられない。
726 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/05/21(日) 19:10:34.53 ID:oF+PZE8ro
「本当にツ級を守ろうとして……」
木曾の指摘を鳥海は忘れていない。
――ネ級はツ級を守るよう行動する。
前回の海戦と異なる点として、今のネ級は自身をコントロールしているらしい。
ツ級から一定の距離を保ったまま、こちらに合わせて対応を変えてきている。
いっそがむしゃらに突撃してきてくれるほうが、まだ楽だったのに。
「仕留メル……」
ツ級がつぶやくのが聞こえてくる。
仮面のような頭部の奥では敵意を向けているはず。
ネ級の双頭の主砲もこちらを指向しているのを見る。
左右に視線を巡らし逃げ道を探す。今回はよくないかもしれないという予感が急速に膨らんでいく。
せめて、どちらか一方なら。そう考えた矢先だった。
ツ級の背中に着弾の光が瞬き、体勢を崩すのが見えた。予想外の攻撃にネ級も視線を外して砲撃の手が止まる。
「こちら島風、今から加勢するよ!」
「いいところに来てくれました!」
二人の深海棲艦の背後から、島風が三基の自立型連装砲を引き連れて高速で近づいてくる。
見る見る近づいてくる島風が砲撃を浴びせていくと、ネ級たちの動きが乱れた。
ネ級は私と島風のどちらを狙うかで、ためらったかのように交互に首を巡らし、ツ級も島風へと注意が逸れる。
それは明確な隙だった。
「そういうことですか……ここで形勢を逆転させてもらいます!」
この二人の弱点は戦闘経験の少なさでもあるんだ。
今みたいに突発的な事態に直面すると、動きが硬直して対応が二手も三手も遅れてしまう。
727 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/05/21(日) 19:15:02.09 ID:oF+PZE8ro
もしも私が同じ立場ならツ級を島風に当てる。
島風と連装砲ちゃんたちを相手にしようとするなら、広範囲により速く砲撃できるツ級のほうが相性がいいはずだから。
だからこそツ級を今一度狙う。ツ級を無力化して、その上でネ級と……決着をつけなくては。
島風が注意を引きつけている間に、鳥海もまた四基八門の主砲を一斉射した。
撃ち出された徹甲弾が放物線を描いてツ級へと飛翔する。
遅れてネ級が鳥海の砲撃に気づくが、その時には砲弾は間近に迫ってた。
島風を注視してたツ級も砲撃に気づいて振り返ろうとするが、それは命中の直前でもあった。
一弾が巨腕じみた右の艤装に当たり、上段の砲塔を基部から抉るように弾き飛ばして空へと舞い上げる。
別の一弾はツ級の足元に落ちて脚部を傷つけ、さらに別の砲弾が頭部の左側をかすめるように命中すると外殻の一部を削り取っていった。
「ツッ……!」
ツ級は苦悶の声をあげるも、たたらを踏むようにしながら持ちこたえる。
破損した外殻からはツ級の素顔が一部だけ露出していた。不健康なまでに白い頬と、赤い左目。
ツ級が怒りに燃えたかのように睨み返してくるけど、どうしてか引っかかるような違和感を感じる。
その理由を顧みる間はなく、ネ級からの砲撃が来ていた。
回避するつもりだったのに向こうの砲撃も正確だった。
頭を思いっきりはたかれたような衝撃を受けて、視界が一瞬真っ白になる。
砲撃に煽られて、視界が戻った後でも平衡感覚が狂ってしまったようだった。
痛いというよりも苦しかった。催した吐き気をこらえながら、鳥海は被害状況を確認しようと努める。
その間にネ級は滑るように島風とツ級の間へと回り込むと、島風に突進していく。
双頭の主砲たちは鎌首をもたげるようにしたまま鳥海に睨みを利かせている。
ネ級が島風へと副砲を撃ち始めた。ツ級に比べれば密度は薄いが、それでもかなりの速射性能だ。
島風は砲撃を上手く避けるも、後から追従する形の連装砲ちゃんたちはそうもいかなかった。
一基が副砲の直撃を受けると砲身をひしゃげさせて停止し、別の一基は裏返るようにひっくり返ってしまう。
728 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/05/21(日) 19:15:52.99 ID:oF+PZE8ro
そして島風とツ級は相対距離を詰めつつある。
島風が接触を避けるように舵を切るが、ネ級もその動きに合わせてくる。まるで衝突を望んでいるかのような動き。
密着されたらネ級に敵う道理がない。そして島風に引き離せるかは微妙なところに思えた。
「島風!」
「分かってるって!」
すぐにネ級へと砲撃の目標を変えるも、ツ級からの攻撃も来ていた。
構わずに一斉射。島風をみすみすやらせる気はない。
こちらが砲撃を撃ち込むのと入れ代わりに、ツ級の砲撃が投網のように落ちてくる。
鳥海が反射的に頭を下げて顔を隠すと、引っかき音を何度も響かせながら艤装が次々と叩かれていく。
高角砲弾をそのまま撃ちこんで来て、それが命中前に破裂したらしい。
主要部の装甲こそ抜かれなかったものの、装甲のほとんどない甲板部を破片でずたずたにされていた。
逆に鳥海が放った主砲弾もネ級へと命中していく。
双頭の主砲が盾代わりになって何発かを防ぐも、一発が主砲たちをすり抜けて背中に当たる。
背中から突き飛ばされるようにつんのめるも、ネ級の勢いは止まらない。
もう一撃浴びせようにも、ツ級の砲撃を避けざるをえなかった。
タイミングを逸する。島風とネ級はもう近い。
逃げて、と叫びそうになる。
ネ級は副砲をつるべ撃ちにしていく。
次々と見舞われる砲撃に島風がよろめき、ついに一弾が命中すると立て続けに命中が重なっていく。
ネ級はそのまま動きが鈍った島風の背中を取ろうとしていた。
ツ級の砲撃が来ていても、鳥海は強引に前へ出る。
深海棲艦に妨害されて、機能を十全に発揮できなくなっていた電探が息を吹き返したのはそんな時だった。
同時に声が割り込んでくる。
『コノ海域ニイル同胞……並ビニ人間、艦娘、トラック諸島ノ深海棲艦ニ告グ。双方、交戦ヲ中止セヨ……繰リ返ス……』
おそらくは飛行場姫の声――ジャミングされてないのか、その声は明瞭に通っていた。
戦闘の停止を呼びかける声に、島風の後ろを取るはずだったネ級がそのまま手出ししないで行き過ぎるのを見る。
周囲での砲声も少しずつまばらになっていく。
729 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/05/21(日) 19:16:46.46 ID:oF+PZE8ro
ツ級も撃ってこなくなったのを見て、鳥海は島風に近づきながら周囲に視線を巡らして状況の把握に努める。
周辺の深海棲艦たちの砲撃は途絶え始めていて、鳥海も艦隊に砲撃を中止するよう伝える。
深海棲艦が手を止めてるのに撃ち続けるのは、墓穴を掘る結果に繋がりそうだと感じていた。
そうして双方ともに膠着する。
「各艦、被害状況を知らせて」
鳥海は照準だけはネ級に定めたまま通信を流す。
ややあって各々が被害状況を伝えてくる。幸いと言うべきで、島風の他には深手を負った者はいない。
島風も傷つきながらも、連装砲ちゃんを抱えたままネ級から注意を逸らさないようにしていた。
「島風、怪我は……?」
「大丈夫です……他の連装砲ちゃんたちも拾ってあげないと……」
損傷のほどは中破といったところで、島風本人は健在そうながら額から頬に伝った血が滴り落ちていた。
ネ級たちへの警戒を解けないまま、鳥海も損傷した連装砲たちの回収に向かう島風を護衛するようについていく。
その二人をネ級はいつでも攻撃できるように見ていた。
「……本気で撃ったんですね」
気づけば口にしていた鳥海に、ネ級は驚いたように片目を丸くしたがそれもすぐに消えた。
「何ヲ当タリ前ノコトヲ……」
当たり前……そう、確かにその通りだった。
そんなの分かりきってたのに、どうして私は……。
戦闘が中断したと見たのか、飛行場姫の言葉が変わる。
姫は鳥海たちのみならず、泊地の提督や他の海域にも通信を流していた。
『スデニ我々ノ戦力ハ理解シテモラッタハズ。艦娘タチハ健闘シテイル……シカシ我々ハ精々三割程度ノ戦力シカ、マダ当テテイナイ……』
その言葉を裏付けるように、外縁部にいたはずの深海棲艦や護衛要塞たちが水平線上に小さな影法師のように現れていた。
『必要以上ニ血ヲ流ス必要ハナイ……ユエニ要求スル。トラック諸島ヲ放棄セヨ。サスレバ我々ハ諸君ラヲ見逃ソウ』
有り体に言えば降伏勧告だった。
信じられない、というのが鳥海が真っ先に思い浮かべた答えだ。
トラック泊地を放棄できるかという点を除いても、ワルサメと空母棲姫の顛末を知っていれば飛行場姫の言葉を素直に受け取るのは危うい。
そもそも鳥海たちの一存で決定できるような話でもなかった。
これは提督が決断しなければならないことだった。
730 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/05/21(日) 19:17:35.63 ID:oF+PZE8ro
しかし、この提案が飛行場姫からもたらされたものというのは無視できない。
飛行場姫と空母棲姫は違う。
鳥海はやむなくネ級から視線を外すとヲキューの姿を探し求める。
いた。二人は対峙している。ただ遠目には飛行場姫はヲキューを主砲で狙っているようにも見えた。
脅されているのか見かけだけなのか。
鳥海は艦隊内の無線でヲキューに問う。
「信じていいんですか? ダメならとぼけて」
「……アア」
ヲキューは信用している。
仮にこのまま交戦を継続するなら、鳥海たちとしては飛行場姫を一点狙いするしかない。
その結果として飛行場姫を撃沈できる可能性は高いが、同時に鳥海ら第八艦隊も包囲されて壊滅する。
改めて全体の状況を把握しているであろう提督から、回答が来るまでさほどの時間はかからなかった。
『貴君の提案は十分検討に値すると判じている。しかし急な提案であり、吟味するための時間をいただきたい』
『イイダロウ……明朝ノ○五○○……返事ハソコマデ待ツ……人間ト艦娘ノ賢明ナ返答ニ期待スル』
明らかな時間稼ぎだけど飛行場姫は乗ってきた。
話がとんとん拍子で進んでるけど、これは飛行場姫の独断ではないかという考えが鳥海の頭に過ぎる。
これはきっと先延ばしでしかない。あの空母棲姫が素直に受け入れるとは考えられない。
だけど、このまま戦闘を継続しても悲惨な結果しか待ち受けていないのは容易に想像がついた。
「ココマデカ……」
ネ級がぽつりと漏らす。
油断と警戒を隠さない様子は未だに臨戦態勢のままだと言えた。
分かっていたのに。ネ級も私を敵と呼んで、私もまた司令官さんの面影を見出せずにいて。
「あなたは……やっぱりいないんですね……」
連装砲ちゃんを回収していた島風が、その手を止めて見上げてくるのを感じた。
ネ級は身構えるようにこちらを見続けている。冷え冷えとした眼差しで。
程なくしてから提督からの後退命令が届き、それを復唱してからも鳥海の体から緊張感は解けなかった。
731 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/05/21(日) 19:19:38.95 ID:oF+PZE8ro
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
武蔵は朦朧とした意識の中で聞く。自然と肩でするようになってしまった呼吸が苦しい。
「戦闘ヲヤメロト……サテ、ドウシタモノカ」
戦艦棲姫が誰に向けてか判別のつかない問いかけを口にする。
姫は手傷を負っていた。体の所々に擦過傷があり、艤装を担う豪腕の獣もその両腕を不自然な形に歪め、曲げている。
しかし武蔵の負傷はそれ以上で体から血が流れすぎていた。さらしを朱に染め、その色はなおも広がり続けている。
傷だらけの艤装が風に煽られて、鋼同士が食い合うような耳障りな音が響かせる。
ひび割れた眼鏡を通して、どこか虚ろになりがちな目で戦艦棲姫を睨みつけようとしていた。
……ダメだ、どうにも意識が上手く定まらない。
そんな武蔵に戦艦棲姫は笑う。
「ハッキリ言ウト……アナタニハ失望シテルノ」
嘲るような悲しむような、曖昧なほほ笑み。
誰に向けたものなのか。と武蔵はぼんやりと思案するが、それも意識の混濁に呑まれて明確な形になれない。
「アナタハモット手強イト思ッテイタ……アノ名バカリノ戦艦タチト違ッテ……」
「扶桑たちのことを言ってるのか!」
姫の言葉に武蔵の意識が少なからず覚醒する。
仲間への侮辱は許せない。痛みも疲れもこの時ばかりは消え去っていた。
戦艦棲姫は驚いたように目を見開くが、すぐに元の調子に戻る。
「サア……前ノ海戦デ沈メタ艦娘タチノコトカモ」
「貴様……!」
秘密を打ち明けるように忍び笑いを漏らす。
732 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/05/21(日) 19:20:46.75 ID:oF+PZE8ro
こいつは、と叫び出しそうになった武蔵だが、代わりに砲声が一面に響く。
ただし、それは武蔵が放ったのではなく戦艦棲姫でもない。
二人よりもはるかに小口径の、駆逐艦による砲撃だった。
「武蔵さん、今から助太刀するよ!」
「清霜か……!」
白露たちと一緒に後退したはずだったが。
いや、どうして戻ってきたのかよりも、こいつは清霜の手に負えるような相手じゃない。
次々と撃ち込まれる砲弾が戦艦棲姫に命中し、撃たれた艤装が唸るように喉を鳴らすがすぐに姫がなだめるように制す。
「アラアラ……健気……セッカクノ提案……ゴ破談ニナッテモイイノカシラ……」
涼しい顔で砲撃を浴びる姫は、砲撃を受けてること自体に気づいていないような調子で話を続ける。
「トニカクネ……コノグライシカ戦エナイナンテ……ガッカリ」
戦艦棲姫は首を左右に振り、そして相変わらずほほ笑みを顔に貼り付けていた。
「モチロン……アナタガ最初カラ本調子ナラモット……ダカラ……私モ今回ハ見逃ス」
「なんだと……?」
「ダッテ……ソウジャナイ? アナタヲ沈メタラ……今度ハ誰トノ対決ヲ心待チニスレバイイノ? オ姉サンノ大和……ソレトモ妹サンノ信濃カシラ?」
愉快そうに戦艦棲姫は笑っている。
こいつは……この場で刺し違えてでも沈めたほうがいいのかもしれない。
主砲を撃ち込もうとする武蔵だが、艤装が思うように反応しない。視界も端のほうからぼやけはじめていた。
「分カッテイルトハ思ウケド……アナタタチハアノ子ノ提案ニハ応ジラレナイ……コチラモ今ノママノ提案デハ済マサナイデショウシ」
733 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/05/21(日) 19:21:16.28 ID:oF+PZE8ro
それでも見逃すのは……そのほうが戦艦棲姫にも都合がいいからか。
武蔵はそこで重みに耐えかねるように片膝をついた。顔だけは戦艦棲姫を見上げる。
清霜も武蔵に並ぶように追いつくと体を支えてくる。その目には涙がたまっているように見えた。
「武蔵さん!?」
「聞コエテイタデショウ……決着ハ預ケテアゲル……」
「そうじゃない! あなたは武蔵さんが怖いから逃げるのよ……!」
精一杯の声が叫ぶのを聞く。
やめさせないと。下手に挑発したら清霜の身が危険だ。
一度はついた膝を立たせる。震えているのは足なのか体全体なのか、もう区別がつかない。
恐れていた事態にはならなかった。少なくとも今は。
「デハ言ッテオコウカシラ……」
戦艦棲姫はあくまでも笑っていた。この状況も楽しんでいるように。
「駆逐艦ノオ嬢サン、次モ武蔵ノ側ニイタラ沈メテアゲル……」
隣で寄り添う清霜が息を呑むのを感じる。
脅し文句ではあるが、ただの脅しではない。本当にそれをやろうという相手だからだ。
「私ガイル限リ……武蔵ニハ誰モ守ラセテアゲナイ」
そうか。頭の片隅で思う。私は挑戦状を突きつけられたのだと。
いや……そうじゃない、逆だ。
脅威に挑まなくてはならないのは、他でもないこの武蔵のほうだ。
734 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/05/21(日) 19:22:07.76 ID:oF+PZE8ro
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……言ッタデショウ。要求ヲ通シタクバ優位ニ立テト」
ヲキューに狙いを定めたままの飛行場姫が、どこか諭すように優しげに言う。
しかし、それも束の間ですぐになりを潜める。
「黙ッテ退キナサイ……今ダケハ見逃シテアゲル……」
「次ハナイ……ソウイウコトデスカ……?」
ヲキューの言葉に飛行場姫は何も答えない代わりに主砲の狙いを外す。
飛行場姫の提案は深海棲艦たちの間にも波紋を呼んでいた。
反対の急先鋒となると思われていた空母棲姫も、飛行場姫に追従する形で戦闘の停止を命じている。
もっとも停戦に賛同したわけでなく、直前に二航戦の航空隊による強襲を受けて機動部隊が被害を負ったためだと飛行場姫は見ている。
あくまで通信からでしか被害状況を把握していないが、予想外の被害を出して混乱しているのは確実だった。
おそらく空母棲姫としては、追撃を防いで立て直しの時間を稼げるぐらいにしか考えていないだろう。
「……行キナサイ。人間ハ話ヲ受ケタ」
「……分カリマシタ。一ツダケ……教エテクダサイ」
もしかすると、これがお互いに顔を突き合わす最後の機会になってしまうかもしれない。
そんな考えを過ぎらせながら、姫は無言で頷く。
「我々ガ去ッタ後……提督ハドウナッタノデスカ……?」
「……知ッテドウスル」
「……艦娘ガズット気ニカケテ……真相ガ分カルナラ……教エテアゲタイ……」
「艦娘ノタメ? 変ワッタワネ、アナタ」
「ソウデスカ……? 私ハ……艦娘モ嫌イデハナク……ムシロ好キデス」
飛行場姫はヲキューから目を逸らすように視線をさまよわせる。
伝えるべきか迷い、しかし正直に答える。
735 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/05/21(日) 19:23:02.12 ID:oF+PZE8ro
「死ンダワ……私ガコノ手デ殺シタ」
聞かされたヲキューは目立った反応を見せなかった。
驚きもせず、微動だにしなかったのではないかとさえ思える状態で。
「ドウシテ……ソノヨウナコトニ?」
「彼ガ望ンダ……利用サレルノヲ防グタメニ」
そこまで話してから、飛行場姫は提督との最後のやり取りを思い出す。
「ヲキュー……アナタハ最期ニ何カ食ベタイ……ソウ考エタコトハアル?」
「イエ……ヨク分カリマセン」
「私モヨ。ダケド提督ハ誰カノカレートイウ物ヲ食ベタイト言ッテイタ」
「……人間ヤ艦娘ニトッテ……食事ハタダノ栄養摂取デハナイノデ……」
「ヨク分カラナイ話ネ……デモ提督ガ……最期マデ提督デアロウトシテイタノハ確カ……ソシテ誰カニ会イタイトモ言ッテイタ……」
その時に出た艦娘の名前は思い出せない。ヲキューならそれが誰かは当たりがついてるのかもしれない。
そして飛行場姫は思う。自分は艦娘にとっては仇になるのだと。
直接手を下したのは、他の誰でもない己なのだから。
「……伝エナサイ。モシ清算ヲ望ムナラ……私ハイツデモ相手ニナルト」
「分カリマシタ……シカシ……艦娘ハアナタガ想像シテイルヨウナコトハ望マナイト思イマス」
「……ドウシテソウ言エルノ?」
「私ガ……マダココニイルカラデス」
ヲキューは頭を下げると、踵を返すように背を見せる。
以前は見慣れていたはずの背中を飛行場姫は黙って見送るだけだった。
736 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/05/21(日) 19:25:34.90 ID:oF+PZE8ro
ここまで。乙ありでした。
一度追いつくと、あとは待たされるばかりなのです……。
次はなるべく早く……と言いたいのですがスイッチとゼルダ買えたので、どうなるのか察しがつく人にはついてしまうかも
737 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/05/21(日) 19:58:22.18 ID:oVHUWAIqo
乙です
738 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/05/22(月) 14:00:31.44 ID:MRMNoh/QO
乙乙
739 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/05/30(火) 10:33:21.10 ID:TbqnprMPO
乙乙乙
740 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/06/05(月) 22:56:40.14 ID:DJHJuw8xo
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
鳥海たちが泊地に戻ってきたのは十七時を回ろうかという頃。
空襲の難を逃れた二隻の出雲型に分乗し、三十ノットの強速に揺られながらの帰還だった。
普段から荒波に揉まれがちなので船酔いになったりはしないけど、さしもの私たちも疲れ切っている。
艦内のそこかしこでぐったりしている姿が散見されたとしても無理もなかった。
泊地の近海ではコーワンの部下たちが警戒航行をしているのが見えた。
私たちがいない間、彼女たちが泊地を守ってくれていたらしい。
すぐにドック入りすると艤装の本格的な修理が始まり、負傷の治療にも傷の軽重を問わず高速修復剤が用いられた。
陽が沈むまで、まだ一時間半近くある。
せめて日が暮れるまでは安心しきれない。
いつでも最出撃できるように警戒態勢こそ解けていないものの、深海棲艦の動きも今のところは収まっていた。
だけど、これで何もかも元通り──とはならなかった。
「どうして姉様が目を覚まさないのよ!」
「ちょっ、落ち着いてくださいってば!」
山城さんが夕張さんの両肩を掴んで食ってかかる。ただならない剣幕。
夕張さんはドックでの現場監督をやっていて、今も治療の責任者を務めていた。
いけない、と思った時には体が動いていた。
白露さんと時雨さんもそう思ったのか、三人がかりで山城さんを引きはがすように抑える。
夕張さんは怯えたような顔をしながら、身を守るように体をちぢこめていた。
「おかしいじゃない、治療は済んだんじゃないの!」
鳥海ら三人がかりで抑えている山城だが、ともすれば制止を振り切ってしまいそうだった。
扶桑さんの傷は修復剤で癒えているも、意識を失ったまま眠ってしまっている。
胸が上下しているので息は間違いなくある。
だけどこのまま眠り続けるんじゃないかと、そんな不安も抱かせる姿だった。
741 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/06/05(月) 22:58:55.69 ID:DJHJuw8xo
「姉様にもしものことがあったら――」
「少しは落ち着け。みんなもそう言ってるでしょうが」
出し抜けに言ったのはローマさんで、いきなり山城さんの額を指で小突く。
不意打ちに気勢が削がれたのか、山城さんが呆けたような顔をする。私もちょっと驚いた。
ローマさんがため息混じりに見える調子で続ける。
「私も経験あるけど一日か二日あれば起きてくるわよ。大方、今は長い夢でも見てるんでしょ」
「でも……」
「でも何? 不安になるのは分かるけど、私の知ってる扶桑が見てたら今のあんたを……どうするんだろ?」
最後のほうは自分でも分かってないようなローマの言葉に、山城の体から力が抜ける。
山城がどこか憑き物の落ちた顔で周りを見て、それから最後に夕張と顔を合わせた。
「ごめんなさい……八つ当たりしてた……」
「え……ああ! いいんです、私は別にそんな……」
こちらはまだ、どこかぎこちない笑顔で夕張も答える。
緊張していた空気が和らいでいくのを感じ、鳥海たちも山城からゆっくり離れた。
少し張り詰めすぎている部分はあるけど、今はこれでいいのかもしれない。
鳥海は人知れずため息をつくと、ローマにだけ話しかける。
「ありがとうございます、ローマさん」
「別に……戻って早々、あんなの見せられたら気が滅入るだけだから」
ローマはぶっきらぼうに答えると、そのままの調子で鳥海に訊く。
742 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/06/05(月) 23:00:33.79 ID:DJHJuw8xo
「そっちこそ平気なの?」
「私ですか?」
「ネ級と交戦したんでしょ。島風は怪我させられたんだし、あなたもその……気にかけてたじゃない。色々」
言葉を探すように言う。ローマのそんな不器用に見える様子に鳥海は吹き出す。
「なんで笑うのよ……」
「いえ、ごめんなさい。でも収穫はありましたよ? ネ級は――ネ級でしかないって分かりましたから」
今の言い方はちょっと不正確だ。分かったんじゃなくって認められた、が正しい。
ふーん、とローマはどこか気のない返事をする。
「分かってるでしょうけど、あまり気負いすぎることもないから」
「ええ、お気遣いありがとうございます」
ちょうどその頃になって提督さんがコーワンと一緒にドックまでやってきた。
ここまで自分から来たのは、まだ今日の戦闘が終わったという確証がないからでしょう。
提督さんも疲れているだろうに周りには感じさせないようにしたいのか大股で歩いていた。コーワンは唇を引き絞っているからか硬い顔つきに見える。
「みんな、そのまま聞いてくれ。少し前に空母棲姫が提示された要求を変えてきた」
空母棲姫はこちらがトラックを放棄するだけでなく、コーワンやホッポら深海棲艦全員の身柄の引き渡しも要求してきていた。
さらに期限も今日の二十一時までに縮められている。
要求とはいっても、降伏勧告だったのは前から変わっていない。
それでも飛行場姫の時はコーワンたちには触れず、不問にしようとしていた節がある。
743 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/06/05(月) 23:03:24.02 ID:DJHJuw8xo
「君たちの意見も聞かせてほしい」
「提督こそどのようにお考えでしょうか?」
夕雲さんが先んじて尋ねる。その場にいる誰もが考えているであろう疑問だった。
「俺としてはここからの撤退はしたくない。ラバウル方面の友軍を見殺しにすることになるからだ」
元から泊地の放棄を想定しての漸減作戦もあるにはあったけど、各地の戦力がラバウルに進出しブインとショートランドに橋頭堡を築こうとしている今では難しい案だった。
一時で済むならまだしもトラック泊地を失えば補給路に大きな制限を受け前線への圧力が強まり、戦線を瓦解させかねない。
ラバウルも潜水艦隊の脅威にさらされて、補給の成否はますます重要になっている。
「しかし、このまま戦い続けて徒にここの戦力を消耗させるのは、もっと愚かだとも思う。だから改めて他の意見も知りたいんだ」
深海棲艦側の要求を呑むか否か。つまりは戦うべきか退くべきか。
飛行場姫も言っていたように、昼の戦闘ではまだ深海棲艦も本腰を入れきっていなかった節がある。
彼女の言葉を信じるなら、まともに当たれば私たちはやがて敵に呑まれてしまう。小さな波は大きな波に呑まれて消えるのと同じように。
束の間だけ訪れた沈黙は、ありえないだろという摩耶の声によって破られた。
「大体さ、あの空母棲姫を信用するってのがおかしいんだ。あいつが前に何をしたのか覚えてんだろ」
「あいつはワルサメを撃った」
鳥海は一瞬耳を疑った。今のは白露の声だったが、いつもの朗らかさがまったく感じられなかったからだ。
明るさを欠いた声が続く。
「そんなやつをどうして信じられるの?」
「戦うしかなかろうよ。口でどう言おうが、やつらは本心では私たちの始末を望んでいる」
「姉様のことは別にしても、コーワンたちを差し出せということですよね? そんなの話にならないわ」
武蔵さんと山城さんも白露さんに続く。
三人の表情は一様に硬くて緊張感を伴っていた。その身を投げ打ってもいいとでも言うように。
とはいえ、言いたいことは分かる。空母棲姫は要求を呑んだところで、それを守るとは思えない。
すると多摩さんも手を挙げる。
「多摩も同感だけど、撤退そのものは視野に入れといたほうがいいと思うにゃ」
「島風も多摩さんに賛成です。帰ればまた戻ってこられるって言うし……」
鳥海は考えをまとめようと自然と視線を下げた。
誰もが戦うのを是としている。それは私だって……。
744 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/06/05(月) 23:04:23.83 ID:DJHJuw8xo
「鳥海さんはどうお考えですか?」
夕雲に訊かれ鳥海は顔を上げた。
注目が集まっている。こういうのには秘書艦を務めている間に慣れていた。
だから胸を張る。みんなの意思も明白だから、私も素直に言うだけ。
「退路を確保している上でなら戦うべきだと思います。ここだけでなく、もっと大勢の命も懸かっていますから簡単には引き下がれませんしね」
けれど、ただ闇雲に戦うだけでも意味がない。いかに相手が強大であったり因縁があったとしても。
「しかし、それで私たちに甚大な被害が生じるようではダメなんです。泊地を守り抜いたとしても、それで今後全ての戦闘が終わるわけじゃないんですから」
もちろん戦いの風向きは間違いなく変わる。結果が勝ち負けどちらに転んだとしても。
だけど勝っても負けても、こちらが共倒れになってしまっては意味がない。この先、進むことになろうと押し留まることになろうと。
「提督さんの言葉を拡大解釈するようですが、ここを失うだけなら後から巻き返しもできるはずです。でも私たちが多くの仲間を欠いたり……あるいはコーワンたちを失ったら?」
ちょっとだけ間を置く。言葉の意味を少しでも考えてもらうために。
いえ、みんなだって本当は分かっている。たぶん。
「思うに、それが私たちの敗北です。積み上げてきた今までとこれからを失うのと同じですから……だから負けないためなら戦うべきだと思っています」
鳥海はペンダントを握る。
あなたは生きた。わたしも生きている。生きるというのは可能性に立ち向かうこと……なんだと思う。
「どうやら……聞くまでもなかったか?」
提督が声を発したのを聞き、鳥海はペンダントから手を離す。
一同を見渡していき、それぞれの顔に浮かぶ気持ちを確かめていくようだった。
提督は決然とした声を出す。
「夕張と整備科は修理が済み次第、すぐに夜戦の用意を始めてくれ。向こうは仕かけてくるぞ」
その言葉を皮切りに、意思確認の場は作戦会議へと変わる。
今夜の内に起きるはずの夜戦と、その後に来る決戦に向けての最後のすり合わせへと。
745 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/06/05(月) 23:06:59.18 ID:DJHJuw8xo
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「マッタクヨクモヤッテクレタワネ……オ陰デイイ時間稼ギニハナッタケド」
「不満ナノカ感謝シテイルノカ……ハッキリシテモライタイモノダ」
飛行場姫は空母棲姫に対して露骨に表情を歪める。
元から虫は合わない。それを隠す気もないまま顔を合わせ続ける。
深海棲艦はトラック泊地からおよそ四百キロ付近の位置を、四つの艦隊に別れる形で遊弋している。
その中にあって、四人の姫は一堂に会していた。
陽が暮れるまでおよそ一時間残っているが日中の攻撃は終わっている。
「感謝ナラシテイルワヨ? 降伏勧告ニシテハ……アノ条件ハ温スギルケド」
飛行場姫は悪びれた様子も、気分を害した様子もなく応じる。
別になじる気はない。ただ、やはり合わないというのを再確認するばかりだった。
空母棲姫率いる機動部隊は飛龍たちの反撃で想定以上の被害を出している。
飛行場姫が要求を伝え出す少し前の話だった。
「ダカラ……要求ヲ変エタノカ?」
「モット分カリヤスイ降伏勧告ニネ」
空母棲姫は少し前に人間たちへと要求への返答を早め、コーワンたちも差し出すように通達している。
どうあってもコーワンたちを始末しないと気が済まないらしい。
「別ニイイジャナイ。長々考エルヨウナ話デハナイモノ……尻尾ヲ巻イテ逃ゲ去ルカ……イサギヨク踏ミ潰サレルカ。ソレダケ」
そこに戦艦棲姫も話に加わってくる。
唇が伸びやかな弧を描いていた。今の状況を楽しんでいるらしいが、腹の奥底は分からない。
「アノ艦娘タチナラ継戦ヲ選ブ……キット……間違イナク」
「デショウネ……ソウデナクテハ面白クナイワ」
746 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/06/05(月) 23:08:24.31 ID:DJHJuw8xo
空母棲姫はそこで装甲空母姫と顔を向ける。
「全体ノ被害状況ハドウカシラ?」
「戦闘ニ参加シタ艦隊デハ喪失ガ三割弱……損傷モ含メレバ倍ニナル。全体デハ二割ガナンラカノ被害ヲ受ケテイル」
空母棲姫は口を閉ざすと真顔になっていた。
さすがに想定を越えていたらしい。
「コノ戦力差デヨクモヤッテクレルワネ……」
「ブツケタ戦力モコチラハ少ナカッタ……トハイエ、モット積極的ニ我々モ動クベキダッタカナ」
「敵ニ与エタ損害ハ?」
「ハッキリトハ分カラナイ……シカシ割ニ合ッテイナイト思ウヨ」
飛行場姫は空母棲姫が渋面を作るのを見る。
しかし、すぐにその表情は消えていた。代わりにいつもの薄い笑いが顔に張りつく。
「今夜……予定通リニ夜戦ヲ行ウ……敵拠点ヘ攻撃ヲ仕カケ、艦娘ドモニモ消耗シテモラウトシテ……」
夜間にトラック泊地に砲撃を実行するのは最初から決まっていたことだった。
レ級艦隊を主力とした小規模な打撃艦隊で短時間に火力を集中させて速やかに帰還するというもの。
レ級たちであれば中途半端な迎撃艦隊なら撃退できるし、大部隊が来るようなら速やかに撤退すればよかった。
艦娘たちは迎撃の必要に迫られる時点で、休息の時間を奪われ負担を強いられるのだから実行して損はない。
島の陥落を目指すのは、あくまで昼間の攻撃時という前提だった。
「ガ島マデ戻レソウニナイ子タチモ投入シマショウ」
飛行場姫はその一言に固まった。
ガ島まで戻れないというのは、つまり応急修理でもどうにもならずに大きな損傷を負っている艦を指している。
思わず身を乗り出して空母棲姫へと問い質す。
747 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/06/05(月) 23:10:00.14 ID:DJHJuw8xo
「ミスミス死ニニ行カセルノカ」
「手ノ施シヨウガナイナラ有効ニ使ウ……モシ嫌ガッテ逃ゲルヨウナラ9レ#=Cニ片付ケテモラエバイイノダシ」
9レ#=Cと言われて、赤いレ級を頭に思い浮かべる。
あれはずいぶん好戦的な個体だ。空母棲姫の指示に嬉々として従ってもおかしくはない。
「怒ッテルノ? アナタト同ジナノニ」
「私ガ同ジ……?」
「アノ提督ヲ死ナセタデショ?」
「コノ話トソレハ関係ナイ……」
「アルワヨ……アナタハ望ミヲ叶エタノデショウ? 私ノ場合ハ死ニ花ヲ咲カセル機会ヲ与エテアゲルノ」
当たり前のように言われて飛行場姫は唇を噛む。
私とお前は違う、という声が出てこない。
違いを説明できなかった。だから嫌いなはずの空母棲姫と自分が変わらないような気持ちを抱いてしまう。
「最期マデ本懐ヲ遂ゲテモラワナイト。アナタノ配下カラモ……」
「断ル。攻メ落トス気ノナイ戦イニ部下ヲ使ワセル気ハナイ」
「……マアイイワ」
748 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/06/05(月) 23:11:00.57 ID:DJHJuw8xo
空母棲姫が改めて装甲空母姫へ話を向ける。
「……アナタオ手製ノ護衛タチモ投入シテ? 夜戦艦隊ノ被害ヲ少シハ肩代ワリデキルデショウシ……陸上攻撃ニモ向イテルハズ」
「護衛要塞カイ? モチロン構ワナイ」
「ヨカッタ、コウイウ時コソ使ワナイト……アレモ問題ノアル同胞ヲ切リ刻ンデ造ッタノヨネ?」
装甲空母姫が真顔で空母棲姫を見返していた。
空母棲姫は笑い、戦艦棲姫は話に無関心。私は二人の空母姫を傍観することにした。
「……ナゼ、ソレヲ知ッテイル?」
「秘密ノハズ……カシラ? 逆ニドウシテ気ヅカレナイト思ッテイタノカガ不思議」
「ナルホド……ドウヤラ君ヲ見クビッテイタヨウダ」
「イイノヨ? 評価ナンテ後カラ変ワッテイクモノ」
「ソレデ私ヲドウスル?」
「何モシナイワヨ? アナタハ何モ悪クナイモノ……私好ミデハナイヤリ方デモ……アナタハドッチツカズノ風見鶏デハナイカラ」
飛行場姫は空母棲姫が視線を向けたのに気づき、眉間に皺を寄せる。
ああ、なるほど。私だけがここにいるべき理由を本当は持ち合わせていないのかもしれない。
奇妙な疎外感は話し合いが終わり、自身の艦隊に戻ってからもしばらく消えることはなかった。
749 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/06/05(月) 23:14:19.51 ID:DJHJuw8xo
ここまで。乙ありでした
終盤だし夜戦やらないで早々に決戦前夜みたいな話に入ったほうがテンポはいいのでしょうが、深海側からすれば夜襲しない理由もないよなと
そんなこんな
750 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/05(月) 23:15:43.86 ID:dwvbK3xdo
乙です
751 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/06(火) 07:53:40.67 ID:/Iy+PGDkO
乙乙
752 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/06(火) 11:54:22.71 ID:l16ekB2vO
おつー
753 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/06/19(月) 22:06:10.46 ID:MY1Kqq2bo
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「コンナクソミタイナ作戦立テヤガッテ」
赤い目のレ級は悪態をつく。
同種である五人のレ級に露払いとして四人のリ級重巡を擁した艦隊を従えている。
その後方には十基の護衛要塞と負傷を負っている深海棲艦たちが続く。
レ級たちや護衛要塞が巡航速力であるのに対し、負傷を負っている艦は無理に速度を上げている状態で、それでも落伍していきそうな者もいる。
そういう艦は初めから著しい損傷が認められる状態だ。
総数で三十四に及ぶ艦隊はトラック泊地に夜襲を行うべく、夜の海を進んでいた。
赤目のレ級はこの夜戦が気に入らなかった。
作戦の目的には不満がない。泊地を叩くのも艦娘を相手にするのも、彼女からすれば望むところだ。
トラック泊地の艦娘はかなり手強いとも認識している。
日中の戦闘では十人いた同種の内、四人が戻ってきていない。今まで、一度の交戦でそれだけのレ級を失った覚えは彼女にはなかった。
とはいえ、それもまた彼女からすれば問題にはならない。
裏を返せば、相手に不足がないからだ。
しかし手負いの寄せ集め艦隊がいるのは気に入らなかった。
艦種はバラバラで、足並みはまるで揃わない。損傷の度合いもまちまちだが総じて酷い。
この場での修復ができないと見なされた者だけが集められたと見て間違いない。
それを裏付ける命令を受けている。
そして、それこそが赤い目のレ級が最も気にいらない理由だ。
督戦隊のような役目を押しつけられていた。
赤い目のレ級は好戦的だ。しかし残虐な個体ではなかった。
艦娘は一人残らず排除するべきだと思うし、それを邪魔するのなら人間は元より同じ深海棲艦であっても敵でしかない。
だが彼女が監視し、沈むまで戦わせるよう言われた相手はそのどちらでもない。
ただの深海棲艦たちだ。
戦わせるのはいい。だが逃げ道を潰すというのは、まともな考えとは思えなかった。
レ級には戦力を無為に消耗させるような方針が気に入らなければ、こんな令を下せる姫は底なしのアホなのかもしれないと思う。それも気に入らない。
そして、こんな状況を招くほど抵抗している艦娘たちもやはり気にいらなかった。
754 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/06/19(月) 22:08:09.80 ID:MY1Kqq2bo
「アーアー、チョット聞ケ、オ前ラ」
レ級は無線で声を流す。
傍受される可能性は気にしていなかった。
「トックニ気ヅイテルダロウガ……コノ中ニハ深手ヲ負ッテルヤツラガイル。自分ガ一番分カッテルンダロウガ……ソイツラハ助カリヨウガナイ……ダカラココニイル」
レ級は息継ぎのために間を置く。
「嫌ガッテ逃ゲタラ沈メロッテ言ワレテルガ……コイツハクソダ……デモ艦娘トモ戦ワナクチャナラナイ」
レ級は深海棲艦の雰囲気が変わりつつあると感じていた。
以前よりも自分のような個体は減ったと彼女は考えている。身体ではなく気質の話だ。
戦いに消極的な個体ガ増えた。つまらない連中だとは思うが、それ自体に不満はない。
「アタシラト付キ合ッテ死ヌカ……ヒッソリドコカデ死ヌカ……好キナ方ヲ選ベ。止メナイシ強要モシナイカラ」
姫がどう言おうと気に食わないことは無視する。好きなように戦うだけ。
赤い目のレ級はそう考えていた。
「ツイテクルナラツイテコイ。艦娘ハアタシラガ潰ス。遅レテクルヤツハ島ヲ直接叩ケ」
もっとも艦娘もみすみす島を砲撃させないだろうとレ級は思ったが、それはそれだった。
結局、隊列から抜け出す深海棲艦はいなかった。
各々がどう感じているのかは、もう関係ない。
粛々と進む艦隊の中で、レ級の口元から小さな含み笑いがこぼれる。
「存分ニ戦オウジャナイカ」
やはり戦ってこその深海棲艦だ。こうでなくてはと、レ級は自身の意を強くした。
755 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/06/19(月) 22:09:25.12 ID:MY1Kqq2bo
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
鳥海たちが再出撃したのは二十三時を回ってすぐのことだった。
トラック泊地では一部復旧させた基地航空隊の彩雲と共に、秋津洲に二式大艇の夜間飛行を敢行させて偵察を行っていた。
その大艇が発見したのが夜襲を目的としているらしい艦隊だ。対空砲火の迎撃を受けて、避難しながらも発見の一報を送ってきていた。
夜間なのと迎撃を受けて詳細な敵編成は分かっていなかったが、レ級を含んでいるらしいのと航速に合わせて二群に分かれていること。そして三十隻ほどの規模なのが伝えられていた。
その知らせを受けて、泊地からも総動員で迎撃に当たっていた。
敵の射程距離なども勘案して、戦闘は泊地から百キロ圏内を想定している。これなら出雲型で二時間以内に送れるし、戦闘後の回収や修理も速やかにできるというのもあった。
二隻の出雲型に艦娘たちが乗り込み、鳥海は直掩として出雲型と併走している。
自分から希望しての護衛で、夜風に当たって気を紛らわせたいという思いもあった。
肉眼、電探どちらとも敵の姿はまだ確認できない。
接触までまだ一時間はあると目されていても、互いの針路や航速が変わればズレも生じる。
向こうも発見されたのは気づいている以上、油断はできなかった。
海は凪いでいた。湿り気のある空気を吸い込んで、ゆっくりと胸から吐き出す。
木曾さんから声をかけられたのはそんな時だった。
「半月か。夜戦には悪くない夜だ」
世間話のような声に鳥海は頷く。
外側に並んだ木曾は安全確認を済ませてから鳥海へと顔を向ける。
「天気も悪くない」
「そうですね。雨が降らないでくれそうなのもやりやすいですし」
この近海では夜でも通り雨に見舞われる可能性がある。
ただでさえ視認性の悪い夜戦を雨天で実行するのは、できれば避けたい展開だった。
756 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/06/19(月) 22:10:43.05 ID:MY1Kqq2bo
「……悪いな。俺たち重雷装艦も夜戦に参加できればよかったんだが」
「そういう作戦ですし気になさらずに。明日は今夜の分も働いてもらわないといけませんし」
明日の戦闘に向けて、泊地ではいくつかの作戦や編成案が出ていた。
その中で採用された一つに、木曾さんたち三隻の重雷装艦を中心とした艦隊で後背から奇襲を仕かける案がある。
深海棲艦は機動部隊を後方に配置する場合が多く、それを痛撃しようという目論見だった。
ただ奇襲といっても無闇に後ろから近づくだけでは察知されてしまうので、相手の索敵圏外より戦闘が始まってから迅速に攻撃をかける形に訂正されている。
そのこともあって木曾さんたちは今回の夜戦には参加せず、夜戦中も出雲型の護衛につきっきりになるのが決まっていた。
この迎撃が終わったら独自に秋島まで進出して、翌日まで身を潜めて攻撃の機を窺うことになっている。
上手くいけば成果は大きい。でも奇襲に成功しても、孤軍で戦い抜かなくてはならない。かなり危険な作戦だった。
「となると、俺らが上手くやれるかが問題か」
「そこはあまり心配してなかったので……」
「そいつは……責任重大だな」
軽口でも言うような気楽さで木曾さんは応じていた。
その調子に合わせるようにこちらも言う。
「天津風さんとリベさん……それにヲキューの面倒もよろしくお願いしますね」
「ああ……無事に帰すさ。問題ない」
「帰ってくるのはもちろん木曾さんたちもですよ?」
「まあ最善は尽くすさ。いつも通りにな」
757 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/06/19(月) 22:11:21.62 ID:MY1Kqq2bo
木曾さんたち重雷装艦と行動するのは、第八艦隊から抽出する形で天津風さんとリベッチオさん、ヲキューの三人が選ばれていた。
この三人は木曾さんたちを護衛して、確実に敵艦隊へと突入させるためにいる。
ヲキューは艦隊防空を含めて艦載機で多くのことができるので、突入が奇襲から強襲になっても艦隊を幅広く支えられると見込んでの抜擢だった。
駆逐艦の二人は誰が行くかでちょっと揉めてから、この二人に決まったという経緯がある。
最初にこの艦隊に志願したのは嵐さんと萩風さんの二人だった。
それを天津風さんが説得して、リベッチオさんと二人で行くのを認めさせていた。
私としては本人たちがそう希望するなら送り出してあげるしかない。
木曾さんはなかなか私から離れていこうとしない。
分かってる。本当に話したいことは別にあるからだ。
「聞きたいのはネ級のことですよね?」
話を振ると木曾さんはおもむろに頷いた。
「レ級はいたってことだけど、ネ級のやつも出てきてるのかね……」
「どうでしょう……やっぱり私は何も感じなかったので」
「そっか……なら俺の勘違いだったのかもな」
「それはどうでしょう……でもネ級と実際に相まみえて分かりました。大事なのはネ級が誰かじゃないんです。ネ級はネ級なんですから」
期待していなかった、といえば嘘になってしまう。
木曾さんがネ級から司令官さんに通じる何かを感じたなら、私にだって同じことがあるはずだと思っていた。
でも、現実には何もなかった。
「私たちが本当に気にしなくてはならなかったのはネ級が何者かではなくて、ネ級が何をするかだったんです。初めてネ級が姿を現した時は木曾さんたちを傷つけて……大井さんは沈められたかもしれない。今回だって島風を平然と撃ったんです」
気づけば両手を握り締めていた。
私はきっとどこかで期待して……期待することで目を背けようとしていた。
758 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/06/19(月) 22:12:02.55 ID:MY1Kqq2bo
「……戦うしかないんです。そうしないとネ級は止められない。それに本当にネ級に司令官さんの一面があるなら……あの人なら望まないはずです。私たちを傷つけようなんて」
司令官さんは私を……私たち艦娘を大切にしてくれていた。
もし、それが自分の手で傷つけて壊すようなことになってしまっているのなら……。
「止めるためにも撃ちます。もし、これで苦しむんだとしたら全部が終わってからでいいです」
「……強いな、鳥海は」
「まさか……そんなはずありませんよ」
私はネ級を司令官さんだとは思っていない。だけど、司令官さんかもしれないと疑っている木曾さんは信用している。
だから、こうする以外に思いつかない。
もしも木曾さんが正しいのなら……私は許されざる者なのかもしれない。
「俺は……正直、もう一度ネ級に出くわしたら戦えるか自信がないんだ。もちろんやらなきゃいけないのは分かってるし、本当に目の前にいれば撃てる……とは思う」
木曾さんは自信がなさそうに言う。そんな彼女が羨ましかった。
「それは木曾さんが優しいからだと思いますよ」
「俺が優しい?」
「はい。木曾さんはネ級を助けようとしてるんじゃないですか?」
「……俺が優しいかはとにかくとして、そういう発想こそ優しいやつからしか出てこないだろうさ」
木曾さんはなぜか面白そうに笑った。
その顔には自信が戻っている。
「もしかしたら俺とお前のどっちか……両方とも間違えてるかもしれない。それでもお前は優しいって、俺には断言できる。そういうやつこそ、本当は強いんじゃないか?」
759 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/06/19(月) 22:14:55.56 ID:MY1Kqq2bo
短いですが、ここまで。少し先のほうの話ばかり書いてたら、直近分で詰まってました……
そして初投稿から一年経ってました。当初は一年あれば終わるだろうと踏んでたのですが、ままならない
今年に入ってからペースが落ちてるのが響いてますね……そんなこんなですが、乙ありでした
760 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/19(月) 22:30:22.35 ID:IznjN5Tko
乙です
761 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/20(火) 12:58:19.17 ID:PsVrAsbuO
乙乙
このレス数で残り書ききれるかの方が気になる
762 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/26(月) 13:15:53.92 ID:RCsb3zRqO
乙乙
763 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/06/30(金) 10:37:36.69 ID:M4ZwKNjgo
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
日付は二月十九日に変わり、その頃には艦隊全体が洋上への展開を終えていた。
鳥海もその中にいて全体の旗艦としての任も預かっている。
三人一組の小隊に分けると、いざ戦闘が始まればそれぞれが独自の判断で当たるように伝えていた。
上空では二式大艇が誘導と哨戒のために飛んだまま。夜戦が始まれば吊光弾も投下する手はずになっていた。
頭数はこちらのほうがやや多いものの、決して優勢とは言えない。
泊地に向かう深海棲艦は航速によって前後に分かれていて、特に脅威なのは高速艦で構成された前衛だ。
五、六人のレ級が主戦力となっている上に、中核と見られるのはエリートに分類される赤い光を放つ個体だった。
艦娘も二対一の比率で前後衛に分かれている。
不幸中の幸いというべきか、前衛同士ならほぼ倍の人数で当たれた。
夜戦の口火を切ったのは深海棲艦だった。
レ級たちが一斉に砲撃を行うと、すぐに散開してこちらへの突撃を始めてくる。
それぞれが単身だけど、夜戦という状況とレ級の性能を考慮すればかなり厄介。
艦隊をかき回すつもりだろうし、隊列に下手に飛び込まれたら同士討ちの危険も出てくる。
それを分かっていて、向こうも突撃してきているに違いない。
「各隊、各個に迎撃してください! 後衛は後続に注意を!」
鳥海は無線で通達すると、さらにいつもと違う顔触れに声をかける。
「嵐さんと萩風さんは援護を。普段通りにやってもらえれば大丈夫ですから」
「了解! 天津たちの分までやってやるぜ!」
「は、はい!」
嵐さんはともかく、萩風さんは少し頼りない返事だった。
気負っていたり萎縮しているのかもしれないけど、今はそれじゃ困る。
二人は木曾さんたちの護衛についている天津風さんたちの代わりとして臨時に編入されていた。
764 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/06/30(金) 10:39:09.36 ID:M4ZwKNjgo
隊列は鳥海を先頭にして、二人はその左右後方に位置して三角形を形作っている。
夜間なので日中よりもやや間隔を広めになっていた。
鳥海の前方、まだ離れた位置に弾着の水柱が生じると、萩風のほうが過敏に反応する。
「敵は……敵はどこ? 撃ち返さないと!」
「落ち着いてください、この距離ならまだ当たりません」
鳥海は意識してゆっくりと言う。
互いに相手の存在を把握しているとはいえ、今のが命中を期しての攻撃とは思えなかった。
景気づけというか戦意を鼓舞するための砲撃なのかもしれない。
月明かりの下を黒い影がいくつも踊り、その内の一つがまっすぐ向かってきている。
再度の砲撃に浮かび上がった姿は、レ級と見て間違いない。
「近づいてくるレ級から叩きます。砲撃はもう少し引きつけてから」
告げて、転舵も指示。
鳥海の動きに合わせて嵐たちも続くが、やや動きがもたつく。特に萩風にはぎこちなさが見え隠れしている。
「萩、遅れてる」
「ごめん……」
二人の小声でのやり取りが鳥海にも聞こえてくる。
間合いの取り方も気になっていた。夜なので昼よりは距離を取る必要はあるが、それにしても間隔をもう少しぐらいは詰められる。
でも、おかしい。訓練や日中では見受けられない硬さだった。
どうしてと考えて、鳥海はあることを思い出す。
「……苦手意識ですか」
司令官さんが以前言っていたこと。
嵐さんは事務作業のような、こまごまとした仕事を苦手だと思い込んでいる。
だけど実際はその逆で、細かい数字を管理するのは得意だった。
そして嵐さんとは別に萩風さんにも苦手意識がある。夜戦への、夜への苦手意識が。
司令官さんは払拭させたかったようだけど、結局できてないままだった。
萩風さんを鈍らせているのは、それが原因と考えられる。
765 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/06/30(金) 10:40:14.70 ID:M4ZwKNjgo
「司令官さんなら……」
呟いてから、違うと気づいた。
ここで考えないといけないのは私ならどう伝えるかだ。
司令官さんはここにはいない。ここにいるのは私であり嵐さんであり萩風さん。
あの人の言葉を借りようとしたって意味はない。自分の言葉で伝えないと。
どう伝える?
いきなり口出ししたぐらいで苦手を解消できるなら、誰だって苦労なんかしない。
私は元から夜戦には抵抗感がないし、むしろ好きと言えてしまう。
そんな私が何かを言ったところで、本当に分かってもらうのは難しい。
でも、このままではだめ。何も言わないのはもっと悪い。
不安は気後れや自信のなさを招き、ひいては行動や判断の遅れに繋がってしまう。
それは命取りになりかねない。
「萩風さん」
「はい!」
「夜はあなたの敵じゃありません」
「え……?」
レ級を警戒して顔を向けることはできない。
だけど、萩風さんの戸惑った気配は顔を見るまでもなく明らかだった。
懇切丁寧に説いてる時間はない。というより私もどう言っていいのか言葉が固まってない。
「あなたが夜を怖がってるのは知ってます。でも本当に怖いのは夜じゃないはずです」
「それってどういう……」
「夜戦がなんだってことだよ、萩!」
嵐さんの声の直後に砲撃が落ちてくる。外れたけど、さっきより近い。これ以上の会話を遮ろうとしているようでもあった。
766 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/06/30(金) 10:41:06.38 ID:M4ZwKNjgo
「俺とお前とで嵐起こしてやろうぜ、萩!」
「嵐……」
「次の砲撃に合わせて撃ち返します。あなたたちなら大丈夫ですよ」
言葉としては気休めでしかないけど、率直な気持ちでもある。
そもそも十分に訓練はしているし実戦だって何度か経験している。
あとは余計な気負いさえなくせば、他の子とも遜色ない動きができるのは分かっていた。
深海棲艦たちの背後で連続して青白い光が生じていく。
二式大艇が投下した吊光弾によるもので、深海棲艦たちの姿が光の中に浮かび上がる。
「探照灯を三十秒使います! 照準が済み次第、砲撃開始です!」
アンテナの左側に横付けしているライトから真っ直ぐ光が伸びる。
吊光弾とは違う、暖色の強烈な光が近づいてきていたネ級を捉えた。
黒いコートのような装甲に、白い肌が艶めかしくも危うげな色を出している。
他の艦隊からも探照灯の光が伸びて、それぞれの目標を指示しているのが視界の端に入ってくる。
あらかじめ夜戦をすると決めていれば、それに適した装備を持ち込むのは道理だった。
もっとも鳥海の場合、探照灯は標準装備の一つではあったが。
目標にしたレ級が光源――鳥海に向かって尾に装備された各砲を撃ちかけながら猛然と向かってくる。
顔をレ級に向けたまま、鳥海は転蛇して回避を試みた。
長門型相当の主砲が鳥海を襲い、副砲弾もそれに続く形で飛来する。副砲でさえ戦艦の主砲に準じた威力を有していて、重巡の主砲とは比にならない。
鳥海の体がいくつもの水柱に呑まれて、探照灯の光軸も激しくぶれる。それでもすぐに無事な姿を見せると、今一度レ級に光を当て続ける。
もっとも鳥海の息も荒い。今の攻撃に恐怖を感じないはずがなかった。
この探照灯には標的にされやすくなる以外の問題もある。
まず熱い。光源が頭から多少離れているとはいえ、髪や頬が焼けてしまうような熱気を感じる。
また頭のアンテナに横付けされているため、頭の動きがダイレクトに反映されてしまう。
つまり照射中は目標から顔を逸らせず、その間はどうしても周囲への警戒が疎かになる。
767 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/06/30(金) 10:41:59.01 ID:M4ZwKNjgo
「照準完了! さあ、受けてみやがれ!」
意気込んだ嵐の声を聞きつつ鳥海も砲撃を始めていた。初めから斉射。
三人の砲撃が次々にレ級に収束すると命中の閃光と破砕音とが生じ、外れた砲弾により海面は沸騰したように弾けていく。
めった打ちにされてるにもかかわらず、レ級もさらに反撃してきた。
萩風の悲鳴じみた声が飛んだのは、すぐだった。
「赤いレ級が来ます! 左側、十時方向より!」
探照灯を切ると、鳥海は素早く萩風の示した方向へと視線を向ける。
吊光弾の光の中で、赤いレ級の姿は他の深海棲艦よりもいくらか目立っていた。
「これはよくないですね……」
赤いレ級はなんの抵抗も受けないまま近づいてきていた。
他の艦隊はまだ各々の相手から抜け出せずにいるからで、こちらも状態としては同じだ。
合流前に交戦中のレ級を沈めようにも困難だった。
多少の手傷は負っているけど、なまじ中途半端な手傷でかえって怖い。
かといって赤いレ級を放置したままでいるのも危険すぎる。
要はこのまま三人で二人のレ級を相手にするか、分かれて各個に一人のレ級を相手にしていくか。
あれこれ考えてはみても答えは直感的に出ていた。
「二人はこのレ級をお願いします。私は赤いのを」
どちらにしても危険な相手だけど、分断したほうがまだ戦いやすいと思えた。
二人はどちらも固唾を飲んだような顔をして、萩風さんが訊いてくる。
「私たちに任せてくれるんですか?」
「ええ、もちろん」
思うにこうするのが一番だ。気がかりがないと言えば嘘だけど、頼りにもしている。
ここにいるのが天津風さんたちでも、きっと同じように頼んで同じように感じるに違いない。
「行ってくださいよ。こっちも四駆流の夜戦をやつに教えてやりますから!」
威勢のいい嵐の声に後押しされる形で、鳥海は転蛇する。頼みました、ともう一度声に出せば後は振り返らない。
嵐、萩風と赤いレ級との間に立ち塞がる形になった鳥海は、赤いレ級へと先制の砲撃を放つ。
砲撃がレ級の鼻っ面を打ち据える。もろに砲弾を受けてレ級の顔が仰け反るが、何事もなかったように顔を向け直してくる。
レ級の鼻からは黒い血筋が流れるも手の甲でぬぐい去ると、返礼とばかりの砲撃。
襲いかかってくる砲撃の数は通常の個体のそれと変わらないが、威圧感はそれ以上だった。
一撃でもまともにもらえば、それで戦闘能力を喪失しかねないし最悪も十分にあり得る。
いくつかの至近弾を抜けた鳥海に、赤いレ級の声が無線を通して聞こえてくる。
「バラバラニシテヤル」
怒ってるかと思いきや笑っている。
その様に鳥海は確信した。
このレ級は楽しんでいる。戦うのを。
こちらも醒めた頭が、宣戦に応じる。レ級の注意を自身に向けさせるためにも。
「やってみなさい……できるならですが」
今まで姫級といいネ級といい、難敵とは幾度も交戦してきている。
このレ級もそんな手合いの一人。ならば退けるまで。
768 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/06/30(金) 10:54:21.69 ID:M4ZwKNjgo
短いけどここまで。月曜に続き……はさすがにきついかもだけど目標ってことで
そして乙ありでした
>>761
まだ200レス以上残ってるので、なんだかんだで終わると思ってます
それと今のところ1レス当たり30行を目安に投下してるのですが、一度に投下できる上限はもっと大きいので、本当に足りなくなりそうならレス当たりの分量を増やせばいいと思ってます
余談ですが
>>767
なんかは普段の倍ほど詰め込まれてます
769 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/01(土) 21:54:12.72 ID:W3/c2uXtO
乙!
770 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/02(日) 02:41:23.71 ID:l6NxNjC3o
乙なのです
771 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/07/04(火) 22:40:52.87 ID:uG1UXyELo
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
鳥海さんが隊列から離れていくと、レ級は尾を上げて狙いを定めようとした。
追撃の気配を見せるレ級に、萩風は嵐と一緒になって猛射を浴びせかける。
一発一発の威力は小さくとも数が積もれば無視はできない。
少なくともレ級の標的をこちらへと切り替えさせるだけの効果はあった。
ぐるりと尻尾が向きを変えると砲撃してくる。
すぐに散開して逃れると、数秒後に遅れて怒涛が生じた。
「あっぶな! 一発でも当たっちゃいけないやつかよ……」
嵐の声にひやひやする。確かに私たちの艤装では装甲なんて有って無いに等しい。
ただ駆逐艦という艦種で見れば、ほとんどの砲撃がそれに当てはまってしまう。
どんな攻撃だって私たちには命取りになりかねない。
お互いに撃ち合いながら嵐に言う。
「今はこのまま引きつけよう?」
「ああ、だけど……」
何か言いたそうだった嵐の返事を聞く前に砲戦に引き込まれてしまう。
レ級の砲撃はすぐに私に集中し始めていた。
萩風は直撃を避けるためにも撃ち返して何度も針路を変え、速度もできるだけ落とさないようにしながら砲撃の合間を突っ切っていく。
嵐は全速力でレ級の背中から横に抜けて離脱しながら主砲を撃ち込んでいる。
レ級は被弾しても怯まないし、たまに嵐に視線を向けるだけで、火砲は相変わらず私を狙い続けていた。
そうして気がつけばレ級に追いかけ回されるようになっていた。
772 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/07/04(火) 22:42:23.72 ID:uG1UXyELo
考えようによっては、これはこれで引き付けるのには上手くいってる。
だけど艦隊全体からも引き離されてるかもしれない。
執拗な砲撃を避けながら、しかも夜の海でそれを確認するのは至難の業だった。
夜の海。確かに私は怖い。
夜が敵じゃない。それがどういう意味かも本当は分かってるつもり。
それでも今、私は自分の中にくすぶったまま消せない恐怖とも戦っていた。
「萩、反撃するぞ! このままじゃやられるのを待つだけだ!」
嵐はある程度の距離を保ったまま、萩風と併走していた。
その通りだと思う。ここで反撃に出ないと手の打ちようがなくなってしまう。
頭ではそう分かってるのに、弱気の虫が出てきて胸中で甘言を囁く。
このまま時間稼ぎをして、鳥海さんや他の誰かが助けに来るのを待ってもいいじゃない。
いきなり目の前で白い閃光が広がった。遅れて浮遊感、それから落下、衝撃。自由が利かない。
嵐が何か叫ぶのが聞こえてきたような気がしたけど、はっきりとしなかった。
「あ……」
被弾したんだ。体感では一瞬だけど、本当はもっと長い間、呆けてしまっていたらしい。
そして水に浮かぶ自分にも気づく。海面に仰向けになっているのか、きらきらした星空が目に入った。
自分はまだ沈んでないんだ。つまり艤装は生きている。
手袋越しに左手が水面をかき混ぜて足も動く。たぶん両足とも。
体が動くのを確認しながら上半身を起こす。
嵐とレ級との戦いは続いていた。
どうして、と萩風は疑問に思う。レ級の狙いは嵐に移っているようだった。
今なら簡単に沈められるのに。
追撃がこないのは助かるけど、それで疑念がなくなるわけじゃない。
773 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/07/04(火) 22:45:02.46 ID:uG1UXyELo
起き上がろうとして気づいた。
右の手首が曲がっていた。動いちゃいけない、おかしなほうへと。
気づいたのが、きっかけになったんだと思う。
いきなり刺激が、激痛が襲ってきた。
「ひあ……あ……」
右手を押さえるようにしてうずくまる。痛いのは右手だけじゃなくて全身だった。
熱くてたまらない。涙がどんどんあふれてくる。
痛くて声を出そうとして、声にならない悲鳴みたいなのが口から出てきた。
……あんな考えをしたのがよくなかったんだ。誰かに押しつけるような考えをしたのが。
嵐はレ級をなんとか食い止めようとしていたし、鳥海さんは赤いレ級を一人で抑えてる。他のみんなだってそれぞれ戦ってる。
私は何もしないうちから当てにしてしまった。
ずきずき手首が痛い。ここだけ自分の体じゃなくなってしまったような感覚。
右手をかばうようにして立ち上がる。余計な力を抜くようにすれば、少しだけ痛みが遠のいてくれるような気がした。
息を呑む。主砲は近くに落ちていたので、左手で把手を掴んで拾い上げる。
もう間に合わないかもしれない。でも嵐はまだ戦ってる。それなら、やることは一つだけ。
どんな命中の仕方をしたのか分からないけど、艤装の調子は予想外に快調だった。
少なくとも戦艦砲が命中したとは思えないぐらいには。
重心は不安定になってるし速力も落ちてる。それでも艤装に絞れば軽傷で済んでいる。
萩風は嵐との合流を目指しながら、左手だけで主砲を構えて撃つ。
普段はそこまで意識しない反動が今の体にはよく響いていた。
砲撃は当たらなかったけど、レ級はこっちを見る。なぜか首を傾げるような仕種をしていた。
「嵐!」
「萩? 大丈夫なのか?」
「なんとかだけどね……」
「よかった……ああいや、まだ全然よくねえ状況だぞ!」
774 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/07/04(火) 22:46:33.65 ID:uG1UXyELo
嵐はレ級の砲撃を避けるように蛇行していた。
被弾した様子はまだなくてほっとする。
だけど、嵐の言うように苦戦したままなのには変わりない。
「正面からただ撃ち合っても……」
「俺に考えがある! 隙を作ればこっちのもんだ!」
「どうする気なの?」
嵐には何か作戦があるみたいだった。
悠長に話してる暇はないとばかりに、嵐は小刻みに転蛇して軸合わせするような動きを取る。
「正面突破するんだよ! 俺に続けえ!」
「聞いてなかったの!?」
あんまりな嵐の言葉に唖然とする。
こんなのは作戦じゃない。だけど嵐だって、そんなのは分かってるはずだった。
だからレ級へとまっすぐ突っ込んでいく嵐に、遅れながらも続く。
右手側にレ級が見える針路を取っていた。
嵐の狙いはとにかく、右雷撃戦用意をする。損傷の影響は気になるけど雷管も正常に使えるはず。
私たちの火力でレ級に有効打を与えるためには、肉薄しての砲撃か魚雷しかない。
それに繋がるための隙を嵐は作ろうとしているのかも。というより、それ以外にありえない。
後ろから見る嵐の背中は頼もしかった。
そんな嵐がなんとかするつもりなら上手くいく。私はそのチャンスを逃さないよう集中すればいい。
775 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/07/04(火) 22:48:59.86 ID:uG1UXyELo
レ級は速度を維持しながらも、嵐を迎え撃ちながら直進している。
近くに戦艦砲が落ちようと嵐の勢いは止まらない。まっすぐレ級へと突き進んでいく。
二人が間近に迫った時だった。嵐とレ級との間に閃光が走る。
後ろからでも分かる強い光に、レ級が苦悶の声をあげて顔を覆い隠す。
「どうだ、目に焼き付いたか!」
さっきのは探照灯の光だ。嵐のバックルにも取り付けられている。
嵐は接触を避けるように針路を外側へと変えて離脱すると、萩風もそれに合わせつつ雷撃を実行した。
発射管から吐き出された四門の魚雷は、レ級へと伸びていってるはずだった。
魚雷発射に合わせて舵を切っている萩風には、魚雷の行き先を目で追っている余裕はない。
距離を取る萩風の耳に炸裂音、足元では衝撃波が行き過ぎていくのを感じた。
命中したんだ。喜んだのも束の間、右手首の痛みがぶり返してくる。
痛みにこらえていると、嵐が急転回していた。
「よし、このまま止めを刺してやる!」
萩風は体をかばうように、大きめの円を描くように舵を切る。
横目に見たレ級がどのぐらい傷ついているかははっきりしなかった。
今も視力が戻っていないのか顔を押さえながら苦しそうな唸り声を出しながら、しゃにむに動いている。
動きはそのまま、でたらめな回避運動になっていて読みにくい。
再接近した嵐は雷撃を試みようとして速度を落とす。狙いをしっかりと定めるために。
そしてレ級の尻尾がいきなり動いた。
嵐に向けて主砲を撃ち込むと、直後に尾がしなるように海面を鋭く打ちつける。その反動で嵐のほうへと飛びかかるように動く。
体ごと引っ張るような尾の動きに、レ級も目が見えないながらも従うように急発進する。
嵐の周囲に砲撃が落ちる。直撃こそないものの小柄な体が、その衝撃に翻弄される。
油断している様子はなかった。それでも嵐はその場から離れるのが遅れ、レ級に距離を一息に詰められる。
「嵐!」
「うわあっ!?」
萩風が主砲を構えた時には、すでに遅い。
レ級の尾にある口が牙をむき出しにして、横向きに飛びかかる。
がきりばきりと金属の壊れる異音が響く。
バックルの探照灯や対空機銃を噛み砕きながら、レ級の尾が嵐の腰に喰らいついていた。
776 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/07/04(火) 22:51:15.15 ID:uG1UXyELo
いつの月曜か指定してないって、しらばっくれるのもどうかと思った次第
次回更新で夜戦は終わらせる予定。そんなこんなで乙ありでした
777 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/04(火) 23:00:39.51 ID:T30UfafGo
乙です
778 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/05(水) 08:30:54.35 ID:HDzyozR9O
乙乙なのです
779 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/07/18(火) 13:15:20.79 ID:y/Ht6pRUo
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
艦娘たちの後衛は愛宕を旗艦として摩耶、球磨と多摩に改白露型と夕雲型の一部から成る水雷戦隊だ。
両陣営の前衛同士が交戦を始めた頃、愛宕たちは深海棲艦の後衛を阻むために進出していた。
相手の後続艦隊について判明しているのは、様々な艦種による混成艦隊であるということ。二十隻余りの陣容で、二十ノットほどで西進を続けている。
ちょうど彼我の前衛同士が交戦する海域と、泊地へと進もうとしている後続たちとの中間点にまで進んだ頃。
前衛の劣勢が明らかになり、彼女たちは二者択一の選択を迫られていた。
前衛艦隊の救援に向かうのか、トラックを狙う深海棲艦の後続にしかけるのか。
「どうする、姉さん?」
「そうねえ……」
摩耶に訊かれて、愛宕は思案するように答える。
愛宕は悩んだ。
実のところ、愛宕の選択は決まっていた。決まっているからこそ悩みもしている。
しかし気長に考えている時間はないし、悩む姿を見せてばかりもいられない。
「針路このまま、艦隊速度三十」
泊地ではコーワンの配下たちが守りについているが、そちらも二十隻余りと敵とほぼ同数。
丸投げしてしまうには心許なく、せめて一撃を与えて敵戦力を削ぐ必要があると愛宕は考えた。
艦隊から復唱の声が続く中、摩耶が違うことを言う。
「本当にいいんだな?」
「いいも悪いもないよ。摩耶、復唱は?」
「針路このまま、艦隊速度三十。分かってるよ」
渋い顔をして摩耶は復唱する。ふて腐れているわけではない、と愛宕は思う。
それでも見かねたのか、球磨がそれとなく言う。
「どっちに行っても難しい決断クマ」
「それは分かるんだけどさ……クソ。ごめんよ、姉さん」
「別にいいのよ。摩耶の気持ちはよく分かるもの」
この局面ではトラック泊地を守るのが最優先である一方、正面戦力である艦娘たちに被害を出すわけにもいかなかった。
夜明け後の戦いでは一丸となる必要があると、そう愛宕は考えている。
しかし、現実にはどちらか一方しか選べない。
それならばと、愛宕は自分なりに俯瞰した視点で判断するしかなかった。
そんな折、予期していなかった電文が愛宕たちの元に届いた。
前衛艦隊からではないが、友軍の使う暗号で組まれている。
発信元を確認すると愛宕は首を傾げた。
「マリアナの二水戦? どうして?」
もちろん誰にも答えられないのだが、重要なのは電文の内容だった。
二水戦はトラック泊地の救援のためにやってきたのであって、これより前衛の戦闘に加わると伝えてきていた。
780 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/07/18(火) 13:16:30.01 ID:y/Ht6pRUo
─────────
───────
─────
「見えました、砲戦の光です! 周囲に敵影は見当たらず」
「承知しました」
目ざとく報告してきた野分に、二水戦を率いる神通が応じた。
戦闘海域は遠目には青白く色づいているように見える。
吊光弾による明かりなのだが、周辺の宵闇にじわじわと侵食されていくような弱々しい明るさでもあった。
さらに近づいていけば、雷でも生じたように一瞬の光が明滅しているのに気づくことができる。
ただし、まばらではない。
そこかしこで連続して瞬き、それはどこか闇に呑まれるのに逆らっているようでもあった。
耳に当たる夜風に紛れて、音が遅れてやってくる。砲撃音。
傍受できた通信によると戦況はあまり芳しくないらしい。おそらくは混戦になっている。
神通は一息吐き出すと静かに、そして澄んだ声で命令を下す。
「雪風は左、吹雪は右から各隊を率いて味方の救援を。野分と舞風は私についてきてください」
マリアナ所属の二水戦は神通を旗艦として雪風、野分、舞風の三人の陽炎型に、二代目の吹雪型と綾波型による特型駆逐艦たちの計十六人で構成されている。
「雷撃を行う場合は味方を巻き込まないように注意を」
言うまでもないとは思っても、注意喚起というのは意識させる上で大事だ。事故というのは恐ろしいのだと神通はよく知っている。
味方を巻き込む可能性がある以上、魚雷の使用には慎重を期すべきだった。
かといって使用を下手に禁じてしまって、行動を狭めるのも下策と神通は考えている。身を守るための手段を奪う気はない。
そうなれば、あとは各員の判断を当てにするしかなく、その点に関しては神通も信頼していた。
「それではみなさん、気を引き締めて参りましょう」
夜に紛れながら、粛々と彼女たちは動き始める。
781 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/07/18(火) 13:17:48.36 ID:y/Ht6pRUo
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
自身を壊そうとする揺さぶりに、鳥海は歯を食いしばってこらえる。
身近に迫った複数の至近弾による衝撃だった。
撃ってきたのは赤いレ級。闇の中でも赤いレ級の姿は目立っていて、それは同時に健在という証左でもある。
距離を保ったまま、しかも夜であっても楽しそうに笑っているのが分かる。
夜の海を駆け抜けながら、鳥海も弾の装填が済み次第に撃ち返す。
音速を突破した砲弾は、発射からほとんど間を置かずにレ級へといくつも命中する。
ただし有効弾にはならない。
ほとんどはコートのような装甲に弾かれている。一見柔らかそうであっても高い耐弾性を有していた。
うまく体に直接当たっても勢いが衰えたようには見えない。
「さすがに戦艦というだけは……」
「褒メルナヨ……照レルジャナイカ」
聞き耳を立てているかのようにレ級が反応してくる。
見た目は華奢でさえあるのに驚くべき打たれ強さだった。それにこちらを茶化す余裕まである。
守りに自信があるのか、赤いレ級はこちらの攻撃にはほぼ無頓着だった。
唯一、火力の集中している尻尾への攻撃だけは避けようとしている。
特にレ級の中でも小さい目標ではあっても、砲撃が終わる度に尾を海中へと潜ませてしまう。
火力を損なってはいけない――というのは共通した認識らしかった。
これが思った以上にいやらしい。レ級の尾には魚雷の発射口もある。
砲撃の最中に忍ばせながら撃ち込んでくる可能性も捨てきれないだけに、常に雷撃への警戒も続けなくてはいけない。
「先ニ行キタキャ……モット近ヅイテコナイトサア……」
このレ級は意外と何かを言ってくる。挑発なのか本音なのか、いずれにせよ聞き流す。
砲撃には無頓着でも、こちらの動きには無関心ではないらしい。
このレ級は早い内から、私たちの間に強引に割り込むようにしてきた。
嵐さんたちとの合流を望んでないという意図があるのは確かだ。
782 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/07/18(火) 13:19:30.61 ID:y/Ht6pRUo
こちらのほうが優速であっても、こうなってしまうと突破は難しかった。
それにうまく突破しても背中から撃たれてしまう状況には変わりない。
向こうの戦況が分からないのも気がかりだった。
こうして撃ち合ってしまえば、二人のレ級を同時に相手をできなかったのは実感として理解できるものの、分断されてもよくない。
こちらの意図を察してか、レ級は針路上を常に抑えようとしていた。
そのために動きは予想しやすく命中弾は稼げている。ただし装甲を抜けないせいで、いつまで経っても埒が明かない。
「不本意だけど言う通りかも……」
このレ級は自身の能力を把握している。
それが熟知なのか過信なのかは図りかねるけど、距離を縮めて有効弾を狙ったほうがいいかもしれない。
最悪の場合は後ろから撃たれ続けるのも承知で突破するしかなかった。
ただ、それは最後の方法だ。
どちらにしても、このまま相手のペースに乗せられているようでは話にならない。
体の向きや姿勢を微妙に変え、鳥海は針路の調整をする。
行こう、前へ。そう決めてしまえば、艤装が意を汲んだように動きを表わす。
体が前から押し返される感覚を受けながら、実際には後ろから突き出されるように進んでいく。
「来ルカア!」
レ級の目が一際赤く輝く。喜悦に満ちたような顔は、三日月のように片側だけ吊り上がった唇のためか。
そこまで観ながら鳥海の意識はレ級の尾を探る。まだ海面に出てきていないのを見て、本体へと主砲の斉射。
命中。レ級は怯まない。巻き起こった爆風の隙間から尾が砲身を覗かせ、そして反撃。
瞬間的に至近で弾けた奔流が後ろへと流れ去っていく。
不正振動で舌を噛まないように、口を固く結ぶ。雷撃が来ないのを見定めつつ息を吸い直す。
その頃には次発装填も完了している。発射速度なら距離の遠近には関係がない。
783 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/07/18(火) 13:20:30.56 ID:y/Ht6pRUo
すぐさま砲撃を浴びせる。斉射ではなく、およそ八秒間隔での交互射撃。手数ならば、確実に鳥海が優位に立っている。
次々に送り出されていく砲撃。レ級に命中の閃光と火花も生じ、周りの海面も破片などでにわかに沸騰したようになる。
並の深海棲艦なら圧倒できるはずの集中砲火に、さしものレ級もたじろいだようだった。
このまま押し切りたかったけど、レ級は砲撃を受けたまま向かってきた。
鳥海が舵を切って正面を避けるように動くと、レ級もそれに追いすがってくる。
針路を塞ごうとしてた今までとは違う。もっと明確に対決しようという動き。
鳥海は反撃をすぐ後ろに受けて、衝撃に体を貫かれる。
崩れそうになる姿勢を踏み止まるように立て直すが、艤装の不調をすぐに感じ取った。
「やられたの? 速度が……」
缶から咳き込んだような音が漏れ出すと、速力がみるみる落ちていく。
速度計は二十七ノットを示していて、これではレ級を振り切るどころじゃない。
しかし火力への影響は出ていなかった。
「避けて通れないなら……ここで一撃を!」
鳥海はレ級から距離を取ろうとしたまま砲撃を続ける。飛翔した砲撃がレ級に当たっていき、やはり多くが弾かれていく。
しかし、そこで変化が生じた。
鳥海が放ったのとは別の砲撃がレ級に集まった。それも一つや二つでなく、つぶてのように降り注ぐ。
別方向からの大量の砲撃は休む間もなくレ級を襲っていき、生じた水柱の高さから駆逐艦のものだと分かる。
レ級が惑ったように顔と尾をそれぞれ四方へ巡らすのが見え、無線に通信が飛び込んできた。
「お助けします!」
「誰……?」
聞いたことのある声だけど、すぐに声と名前が一致しない。
もっとも味方の声だと判断した時には鳥海も次の行動に移っている。
レ級への接近コースへと針路を変更。加勢してくれたのが味方の駆逐艦隊なら雷撃できるよう、レ級の注意を引きつけるべく動いていた。
784 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/07/18(火) 13:21:25.25 ID:y/Ht6pRUo
ところが意外にも、赤いレ級はあっさりと引き下がり始めた。
砲撃を受けたまま背を向けると、尾がこちらに接近を拒むよう砲撃を行いながら退避していく。
その思い切りの良さに感心する反面、誘い込むための罠ではないかと警戒心も湧いてくる。
なんであれ深追いなんかしてる場合でなく、一刻も早く合流しないと。
鳥海は主砲を撃ち続けたものの、赤いレ級の追撃はしなかった。
増援の駆逐艦隊もそれに倣うように砲撃の手を止めると、鳥海を護衛するよう近づいてくる。
ある程度、近づいてきてから鳥海は誰が来たのか気づいた。
「雪風さん?」
「はい、雪風です! お久しぶりです!」
声を聞いてすぐに分からなかったのは今の所属が違うからだ。雪風はマリアナ所属だと鳥海は思い出す。
そのまま雪風の僚艦たちを見て、鳥海は軽く息を呑む。
雪風と行動を共にしているのは特型の綾波型の六人で、鳥海とはちょっとした面識があった。
彼女たちは二代目の艦娘であり、やはり同じ二代目であった鳥海が過去にマリアナを奇襲された際に、自分の身を犠牲にして助けた艦娘たちだった。
それぞれの挨拶がやってきて返しつつも、これはどういう巡り合わせだろう、と頭の片隅で思う。
「どうしてここに……いえ、それは後回しですね。今は嵐さんたちのところに戻らないと」
気になることは色々あるけど、ゆっくり詮索している時じゃない。
そこで雪風が目を輝かせるようにして、自信を持って言うのを鳥海は聞いた。
「ご安心ください! そっちには神通さんが行ってますから!」
785 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/07/18(火) 13:22:50.98 ID:y/Ht6pRUo
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
どこか呆然とした表情で嵐は自分の腰を見下ろした。体は自然と震えだしている。
レ級の尾にある巨大な口が食いついていた。
食らいつかれたのは一瞬のことで、気づいた時にはもう噛みつかれていた。
白い石のような歯は牙というよりも杭のようで、バックルに取り付けた装備ごと押し潰すように締め上げてくる。
無遠慮な圧迫に鋭い痛みが走って、我慢できずに呼気と一緒に声を吐き出してしまう。
「嵐!」
萩が名前を呼ぶのが聞こえてきた。切羽詰った普段なら聞かないような声で。
こいつはやばい。このままだと噛み砕かれる。というより――喰われるのか?
その想像に肌が粟立った。
戦場に身を置いてれば最期の想像なんていくらでもする。それでも喰われる最期というのは嫌悪感しかなかった。
「こんの……放せよ!」
拘束から逃れようと嵐は口の両端を掴むと、なんとかこじ開けようと力を込めた。
少しでも緩めば抜け出すつもりだったが微動だにしない。殴りつけても変わらない。
それどころかレ級の尾は嵐をくわえたまま、鞭がしなるように縦横に激しく暴れだした。
嵐の体がそのまま何度も海面に叩きつけられ、時には海中へと引きずり込まれる。
「やめて……やめなさい!」
萩の声が聞こえて、遅れて砲撃音が続く。
それからしばらくして、体を振り回す動きがようやく止まる。
海面に引き上げられた嵐は、口から入り込んだ海水を喘ぐようにして吐き出していく。
「むちゃくちゃ……しやがって……」
かろうじて悪態をつく。
やっぱ……夜の海は怖いところだ。溺れさせられて今のは生きた心地がしなかった。
呼吸を取り戻そうとしながら、嵐は周りの様子に目をやる。
786 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/07/18(火) 13:23:52.15 ID:y/Ht6pRUo
萩が片手でレ級に砲撃を続けている。
尾が俺をくわえたままだからか、レ級はコートで身を隠すようにしながら萩の砲撃を受け続けている。
そうしながらレ級は未だに両目を手で抑えて苦しそうにもがいていた。
目を開けたって光の残像が視野に残ったままに違いない。それだけの光を間近で浴びせてやったんだから。
「嵐を放しなさい!」
萩が必死に砲撃を続けている。俺をどうにか助けようとして。
そんな萩のためにもなんとかしなきゃと思いながら、別の考えも思い浮かんでくる。
俺がこうして拘束されてるから、レ級のやつは萩に攻撃できないんじゃないかと。
それなら、このままでいたほうが萩の身は安全かもしれなくて……それってつまりだ。
「俺はいい……行ってくれ、萩。鳥海さんと合流するんだ」
「何を言ってるの!」
「こんなやつ……俺一人でも……十分ってことさ!」
精一杯強がって見せる。
自己犠牲なんて柄じゃないけど、このままじゃ二人してやられてしまう。
だけど今なら萩は逃がせるし、それなら無駄死にじゃない。
ああ、間違いないな。ただ喰われるよりずっといい。
嵐は弱々しくも笑って見せる。
「頼むよ……カッコつけたいんだ……」
「いや。絶対にいや」
萩風はかぶりを振ると、レ級ではなく嵐に叱責するような眼差しを向ける。
「どうしてだよ……」
「自分が沈んでしまうのを強く意識しちゃうのが夜の海……だから夜が怖いの」
「だったら……!」
「でもね、それと同じぐらい本当に怖いこともあるの……怖いことを怖いままにしてたらダメなんだよ!」
萩風は動きが鈍いままのレ級の側面に回りこむと、尾の付け根を狙って砲撃を続けていく。
「だから諦めないで二人で帰ろう? それでも帰れないなら……その時は今度も一緒だよ」
その言葉に衝撃が走る。
萩風は嵐に笑ってみせた。それは先ほど自分がしてみせた顔つきと似ているようだと、嵐は悟った。
俺たちはお互いに沈む覚悟ができている。
そして俺は自分の身に代えても萩は助けようと、逆に萩は俺を助けようと考えている。
自分だけが助かるなんて願い下げだとばかりに。
787 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/07/18(火) 13:25:11.23 ID:y/Ht6pRUo
嵐はしばし痛みを忘れ、代わりに胸の内に強い感情が湧き上がってくる。
俺は大バカだ。
こんなのは理屈じゃない。
「なんてことを言わせてんだ、俺は……」
俺が死ぬってことは萩を殺してしまうってことでもあるんだぞ。
そんなの我慢ならない。それこそ絶対にいやだ。
俺たちはどっちも欠けちゃいけない。
「うああああっ!」
いつまでも噛みついたままのちくしょうを思いっきり殴りつける。何度も握りしめた拳を振り下ろす。
頬だとか歯だとか、どこかに少しぐらい痛みが通じる場所があるはずだ。
とにかく叩く。叩き続ける。分厚いゴムを叩いてるようだった。
握った拳が熱い。皮が擦りむけて血が出ていた。けど、それがなんだって言うんだ。
ついに打撃が通じたのか、体を抑えていた歯が少しだけ緩んだ。
すかさず左腕を体と歯の間に差し込むように入れて、腕を広げてこじ開けていく。
レ級の尾も逃すまいと口を閉じようとするが、嵐の体が抜け出すほうが早い。
口が勢いよく閉じた時には、嵐は後ろに尻餅をつきながらも逃れていた。
「やった! これで……」
嵐が喜んだのも束の間だった。
レ級の矛先が砲撃を続けていた萩風へと変わり、尾が主砲を撃ち込んだ。
主砲の着弾に、萩風の体が大きく揺さぶられるのが嵐には見えた。
「萩!?」
「まだ大丈夫……!」
すぐに返事をよこす萩だったが、艤装や服はボロボロで満身創痍という有様になっていた。
もう一度撃たれたら次はどうなるか分からない。
レ級もいくらか視力が戻ってきたのか、赤々とした瞳が二人を交互に見ていく。
品定めしているような目つきだと思えて、嵐は歯噛みする。
788 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/07/18(火) 13:27:29.36 ID:y/Ht6pRUo
嵐のほうには武器らしい武器が残っていなかったし、拘束から逃れただけで満足な状態にもほど遠かった。
打つ手なし、と浮かんだ考えを頭を振って追い払う。
「ただ指をくわえて待つだけなんて……ごめんだ!」
萩と二人で生き延びるか、さもなければ……レ級の背中で爆発が上がったのはそんな時だった。
無線が一度砂を噛むような音を出してから、懐かしい声を響かせる。
「ちょっとー! 二人とも早まらないでよ!」
「ここから先は私たちで引き受ける!」
その声はよく知っている。こっちが問い返した声は上擦っていた。
同じ陽炎型の艦娘で、第四駆逐隊を構成していた舞風と野分の声だ。
「舞? それにのわっちまで……」
「……のわっちはやめて、嵐」
苦笑するような響きを残したまま、立て続けの砲撃がレ級に襲いかかる。
レ級は後ろへと向き直ってから徐々に速度を上げていき、高々と上がった尾が発砲炎を目安に遠方への砲撃を行う。
もはや脅威とならない嵐と萩風には関心を示していない。
レ級の砲撃が来る前に、二人は散開しているのが嵐の目には見えた。
あれなら当たりっこない。確信した嵐はレ級に再度の命中弾が生じるのを見る。
今度は真横からの砲撃で、舞風からでも野分からの砲撃でもない。
もう一人がレ級の真横から迅速に近づきながら撃ちかけていた。
間近で一撃を浴びせたと思うと、あっという間にレ級の横をすり抜けて離脱。すぐに反転すると再度の攻撃を敢行する。
発砲炎の光に浮かび上がったのは、やはり嵐の知る艦娘だ。
「神通さんか……すげえ」
789 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/07/18(火) 13:29:53.57 ID:y/Ht6pRUo
こんな暗闇の中をあの速度で張りついてる。衝突する危険もあれば誤射の可能性もあるのに恐れ知らずだった。
舞風と野分の砲撃も次々とレ級に集中し行動を阻害していた。
レ級が忙しなく首を巡らし狙いをつけようとするが、快速を生かした攻撃の前に翻弄されている。
するとレ級が砲撃を受けながらも海域外から離れていこうとする。撤退しようとしているのは明らかだった。
「逃げるつもりですか? これだけ好き放題にしておきながら」
神通の静かな声を嵐は聞く。
それは同じ味方であっても背筋がひやりとする声音だった。
追撃の手を緩めようとしない神通さんはレ級に追いすがろうとするが、舞の声が無線を振るわせる。
「新手が来ました! 赤いレ級!」
続けて舞が示した方角に目をやると、確かに赤いレ級がいた。
どうして……あいつは鳥海さんが相手をしてたはずなのに。あの人がやられるなんて思えない。
野分の声が続く。
「雪風から入電。鳥海さんの救援には成功したようですが、赤いレ級は後退したとのことです」
それでここに戻ってきたのか。
その赤いレ級は遠巻きに神通を狙う。遠方からの砲撃だが精度はよく、神通が変針して砲撃を避けるよう動く。
撤退を支援するための砲撃だと分かるが、かといって阻止する手立てもない。
「嵐と萩風の二人を護衛しつつ、一度雪風たちと合流します。追撃は諦めたほうがよさそうですね」
俺も萩も命拾いしたけど、現状は何も改善されていないのかもしれない。
怖いぐらいに冷徹な神通さんの声が、嫌でもそう認識させてくれた。
790 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/07/18(火) 13:31:52.61 ID:y/Ht6pRUo
─────────
───────
─────
夜戦が終息してすぐに、鳥海は出雲型輸送艦に回収に来るよう無線を飛ばした。
元から深海棲艦の数は少なかったので、一度立ち直ってしまえば劣勢をひっくり返すまでは早かった。
後続艦隊を追った愛宕姉さんからも、迎撃に成功したとの一報が入ってきている。
迎えが来るまでの間、夜の海を待ちぼうけるように漂う。
結果として何人かの中大破を出したものの、未帰還は一人もいない。
敵に与えた損害ははっきりしないものの、前衛だけでも何人かのレ級や取り巻きを沈めたという報告はある。
だけど、それもマリアナからの増援があればの話で、そのまま単独の戦力だけで交戦していたら、どれだけの被害が生じていたのかは分からない。
少なくとも嵐さんと萩風さんは帰ってこれなかったと、私は思う。
重傷を負った二人から詳しい話を聞いて、戦い抜いてくれた二人には感謝した。本当に生きててくれてよかったと。
助けに来てくれたマリアナの艦隊にしてもそう。
彼女たちがいなければ、きっと私はここでも何かを失っていた。
夜が明けるまで、あと六時間を切っている。
そのあとに待つのは総力同士での決戦だ。
もしかすると、この戦いで私たちが得るものなんて何一つないのかも。
逆にただ失うばかりになってしまうかもしれない。
それでも他に道はなかった。
私たちにできるのは、ただ向かうだけだった。
今も昔も、そのことはきっと変わってない。
意識しようとしまいと、刻一刻と時間は迫ってきていた。
791 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2017/07/18(火) 13:34:55.58 ID:y/Ht6pRUo
ここまで、乙ありでした
長々かかってしまったけど、次から決戦前における最後の日常会話みたいなやつになります。それが終わったら。あとはもうなるようにしかならんのです
792 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/18(火) 17:56:03.57 ID:GWIhe66io
乙です
793 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/20(木) 07:10:28.16 ID:/1eksXsko
乙なのです
794 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/22(土) 12:46:19.57 ID:22Z2UcHsO
乙乙
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