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【艦これ】鳥海は空と海の狭間に
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440 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/11(金) 23:10:11.33 ID:gOxlhrGr0
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
翌日になると平常通りというべきか、ヲ級が監視役に戻っていた。
ただ変化も起きている。
屋外に出ると洋上から深海棲艦たちが遠巻きに見ている。
いつもと様子が違うように思えるのは、粘っこい視線のように感じるせいだ。
青空に白い雲という好天に反した気配だった。
「アレハ>An■■■ノ配下ダ」
「相変わらず何を言ってるか分からないが空母棲姫か。どうりで雰囲気が違うわけだ」
深海棲艦を白と黒で表現するなら、今見える連中は黒に思えた。
「港湾の配下なら、もっと気ままに波間に漂っていて自然な感じがするな」
あちらは警戒心を剥き出しにしていて余裕もなさそうだった。
その警戒心が提督に対してなのか、空母棲姫に対してかは分からない。
いずれにせよ提督の動向を監視しているのは間違いなかった。
「手でも振ろうか?」
「……ヤメテハ。向コウハ人間ナンテナントモ思ッテナイ」
提督は素直にヲ級の忠告に従って、砂浜に腰を下ろす。
するとヲ級は空母棲姫の名を苦々しげに漏らす。
ヲ級はあまり感情を表に出してこないだけに、珍しい反応だと提督は思った。
441 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/11(金) 23:10:45.57 ID:gOxlhrGr0
「空母棲姫が苦手なのか」
「信用ナラナイ」
はっきりと嫌悪感を露わにする。
いよいよ珍しいと思いながら提督はヲ級を見上げて聞いていた。
「空母棲姫の何が気に食わないんだ?」
「アレハ……我々ノタメト言イナガラ、自分ノコトシカ考エテイナイ。独善的……」
ヲ級の目の奥に青い光が灯ったように見えた。
「私タチハ駒同然……イヤ、駒ナラマダイイ。実際ハ捨テ石……平気デ見捨テル」
自分や他の姫を見る目やワルサメにしでかしたことを考えれば、十分にありえそうな話だと思った。
もしかしたら、このヲ級自身も過去にそういう目に遭ったのかもしれない。
でなければ、ここまでは言えないのではないか。
「命を預けるには足りないってことか?」
「アソコニイル連中ノ気ガ知レナイ……ソレハ確カ」
そう告げた時には、ヲ級は感情を抑えるのに成功したようだった。
提督は内心の引っ掛かりを意識しながら聞く。
「港湾棲姫になら命を賭けられるのか?」
「ソウカモシレナイ……アノ方ヤホッポタチヲ見テイルト、長ク生キテホシイト思エル。ドウシテカ提督ナラ分カル?」
「分かるとも言えるし、分からないとも言えるな」
曖昧な言い回しに提督は苦笑いする。
442 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/11(金) 23:11:42.76 ID:gOxlhrGr0
「自分より大事に思えるものがあって、そのためにならなんでもしたくなる気持ちは分かる。どうしてヲ級がそう思うのかまでは分からないな」
「ソウカ……難シイ……」
ヲ級は無表情のまま首を横に倒すように傾げる。
そのままの姿勢で彼女は提督に聞く。
「私ハ恨マレテイル……カナ?」
「誰に?」
「艦娘」
提督が返答に窮していると、ヲ級は首を元の位置に戻して話し始める。
「今マデ……考エタコトナカッタ。提督ヲ連レテキタ……艦娘カラ奪ッテ。大切ナ物ヲ奪ウナラ……許セナイ」
だから恨まれている、か。
ヲ級の口調は淡々としているが、目に見えない葛藤があるのかもしれない。
少なくとも帽子状の深海魚もどきの触手はしおれたようになっていた。
どうだろうと考える提督に思い浮かぶのは鳥海で、彼女ならばと想像を巡らせる。
「謝れば許してくれるかもしれないぞ」
冗談でも気休めでもなかった。
鳥海ならそれで許すかも……そう考えてしまうのは美化しすぎかもしれない。
それでも、と考える。何かを恨むよりも許すほうが彼女には似合う。
「本当ニ?」
「心から誠意を込めれば」
ヲ級はあさっての方向を見る。
吟味しているのだろう。提督はそれ以上、このことについて言えることはないと思った。
ため息一つ吐いて、透けるような空の青と少し前よりも膨らんだような雲を見上げる。
443 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/11(金) 23:12:17.91 ID:gOxlhrGr0
「俺からも一つ聞いていいか?」
「ドウゾ」
「トラック諸島を攻略した時に、深海棲艦たちが港湾を逃がす時間稼ぎでもするように足止めをしてきた。あれはそういう命令でも出てたのか?」
戦闘詳報を作成していた時になって気づいたことで、それまでの深海棲艦とは明らかに異なる動きを示していた。
その理由は知っておいたほうがいい。
港湾棲姫に対する判断として。
「私ハソノ時……別働隊トシテ動イテイタ。シカシ、アノ方……コーワンハソンナ命令ハ出サナイ」
「なら、あれは深海棲艦たちが自発的にやったのか?」
「私ガソノ場ニイレバ同ジヨウニシテイタ。勝チ目ガナク逃ガスタメナラ、コーワンガ望ンデイナクトモ」
「自己犠牲、か?」
「ソウイウ考エハ分カラナイ。シカシ私ハコーワンヲ優先スル」
当然だとばかりにヲ級は言う。
無自覚の献身か、徹底した合理的判断か。あるいは姫という存在に対する彼女たちの有り様とも呼べる可能性も。
提督は内心の答えを保留して、思い浮んだままに言う。
「あの時の他の深海棲艦もそんな風に考えるなら、お前たちは仲間だったんだな」
「仲間……?」
「同じ目的や動機を持ち合わせて、そのために行動できるんだろ。それが何人もいるなら仲間じゃないのか?」
「ソウカ……私タチハ仲間ダッタノカ。考エタコトモナカッタ……」
ヲ級はうなだれ、呟きが提督にも聞こえてきた。
「見ル目ガ変ワリソウ……」
見る目が変わってきたのは提督も同じだった。
意識の変化には気づいていたが、どう向き合うのかまでは決めかねていた。
444 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/11(金) 23:13:05.25 ID:gOxlhrGr0
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
日が暮れた頃、飛行場姫が提督を訪ねてきた。
提督は読んでいた洋書を閉じる。先日、港湾棲姫と見つけた物だった。
欧州の伝承をまとめた入門本のような内容だった。
英文で書かれていて全文を正確に読めるわけではないが、大まかな筋は分かる。暇つぶしにもってこいだった。
「珍しいな、ここに来るなんて」
珍しいどころか、飛行場姫と一対一で向き合うのは初めてだった。
いつもはホッポなりヲ級がどちらかの近くにいる。
「誘イヲ断ッタソウネ」
開口一番、飛行場姫は言う。
港湾棲姫との話を指してるのは分かったが、どういう意図で言い出したのかまでは声音や表情からは読み取れない。
「説得にでも来たのか?」
「私ハ彼女ホド、オ前ヲ評価シテイナイ」
にべもなく言い捨てる飛行場姫に、提督は愛想笑いを返した。
そんな提督に飛行場姫は独白のように言う。
「遅カレ早カレ、コウナルノハ分カッテイタ。アノ二人ノ対立ハ決定的ダッタ」
あの二人、港湾棲姫と空母棲姫を指してるのは明白だった。
「俺が呼び水になってしまったのか?」
「ウヌボレルナ、人間」
飛行場姫は鼻で笑う。のだが、思ったほど嫌らしさを感じないのは何故だろうか。
この姫が表裏のない直情型に思えてしまうからなのか、提督にも判断はつかなかった。
445 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/11(金) 23:13:58.52 ID:gOxlhrGr0
「彼女ノ行動ガモタラシタ結果デ、提督ガ我々ニ与エル影響ハ微々タルモノニスギナイ」
「なるほど、それは気が楽だ」
「……シカシ、ソノ点デ提督ヲ少シ哀レニ思ウ」
「俺が可哀想?」
そんな風に言われるのは心外だった。
「ソウダロウ? 巻キ込マレルダケ巻キ込マレテ、自分ノ最期モ選ベナイ」
「……そんなことはないだろう」
飛行場姫に反発していたが、あとの言葉は続かなかった。
しばらく両者の間に言葉はなかったが、やがて提督が聞く。
「もし対立が悪化したら港湾棲姫はどうなる?」
「……ワルサメト同ジコトニナルカモシレナイ」
飛行場姫の声には怒気が含まれていた。
深海棲艦内ではワルサメは艦娘によって沈められたことになっている。
つまりは謀殺だ。
「ダガ、ミスミスソウサセルツモリモナイ」
飛行場姫は黒い右手を震わせる。
深海棲艦内のパワーバランスは分からない。
このまま見て見ぬ振りをする手もある。
そうすれば勝手に内側から自滅、どちらも消耗するのは確実。
446 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/11(金) 23:15:31.55 ID:gOxlhrGr0
……それを提督は嫌だと感じてしまう。
ストックホルム症候群を疑った。
深海棲艦を言葉の通じない敵として見なすのが難しくなって、今や肩入れしようとしている。
「港湾棲姫の庇護を失ったら俺は何をされるんだ?」
「……私ニモ分カラナイ。シカシ提督モ想像ハシテイルダロウシ、ソレヨリ酷クナラナイノハ望ム」
楽に死ねますように、と言ってくれてるのだと提督は解釈して笑い声を上げた。
飛行場姫が不審な顔をするのも気にならない。
「俺のやることは影響がないと言ったな?」
「確カニ」
正直に受け止めてしまえば、それは結果を恐れずに行動できるということだ。
変わらないなら、変えられないからこそ好きにすればいい。
そして飛行場姫の言うことはきっと正しい。
どう動こうと自分の身に起きる結果は変わらない。同じ予感を提督もまた抱いていたのだから。
「なら聞いてくれないか?」
提督は自身の腹案を話す。思いついたのは最近のことだった。
いぶかしげに聞いていた飛行場姫だが、その表情は次第に険しくなっていく。
最後まで話を聞いた彼女の口から出たのは一言。
「正気?」
「ああ、提督らしい考えだとは思わないか?」
飛行場姫はそれには答えない。
447 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/11(金) 23:16:01.82 ID:gOxlhrGr0
「誰カニモウ話シタノカシラ?」
「いや、飛行場姫が最初だ」
思いついてから時間が経ってないというのもある。
それ以上に、この話は誰よりも先に飛行場姫に聞かせたほうがいいとも思った。
「ドウシテ最初ニ? 私ニソンナ話ヲシタ理由ハ?」
飛行場姫は緊張した顔のまま戸惑っていた。
提督は偽りなく答える。
「飛行場姫が一番俺に対して肩入れしてないと思ったからだ」
「私ハ……コウワンモホッポモ守ルワヨ」
「一番の理由はそれだ。二人に不都合なことなら止めてくれる」
だから、ある意味で提督は安心していた。
自分にできそうなことをやるだけやってみればいいだけの話。
「アアモウ……言ウダケ言ッテミナサイ。話ス自由グライアルデショ」
飛行場姫は戸惑いを隠せずに眉根を下げた顔をしていた。
この姫は意外といいやつなのかもしれない。提督は遅まきながらそう思った。
448 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/11(金) 23:17:36.32 ID:gOxlhrGr0
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
一晩経って、それで揺らぐ程度のことなら話す価値もない。
提督は呼べ出す形になった面前に向かい合いながら考える。
港湾棲姫、飛行場姫、ホッポ、ヲ級。
四者四様の視線を浴び、それぞれの思惑を斟酌する。
結局のところ、提督は提督にできることをしようとするしかない。
それがどこであろうと。
一息、提督は深呼吸する。
言ってしまえば、もうなかったことにはできない。
一笑に付されて終わるかもしれなければ、埋めようのない隔たりが存在すると証明するだけかもしれない。
それでも提督は言う。
彼は言う。彼女たちが決める。全てはそれだけだ。
「艦娘たちに亡命しないか?」
言葉の意味が分かるだろうかと、ふと提督は思った。
しかし言ってしまった以上はもう止まれない。
今一度、賽は投げられた。
449 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/11(金) 23:18:52.49 ID:gOxlhrGr0
ここまで。おそまつさまでした
450 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/11/12(土) 09:46:32.01 ID:4rNeDjnE0
おつ
451 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/11/13(日) 09:34:02.48 ID:vebz1uSAO
乙
452 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/15(火) 00:15:07.83 ID:Z6leLO1l0
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
提督が目を覚ますと、白の二種軍装が用意されていた。
拉致された当初になくなっていたと思っていたが、ヲ級が見様見真似で洗濯してみたという。
洗剤もないし洗い方そのものが分からなかったのか、生地は不自然な硬さになっているし磯臭いのは気にしないことにした。
それにヲ級の行動にはちょっとした驚きと、奇妙な感謝の気持ちのほうが強い。
着替えてから一人で海岸まで歩いた。
靴を脱いで裾も上げて海に少しだけ入ると、海水で口をゆすいでから指で歯を磨く。
深海棲艦たちが沖合から見ている。ヲ級は関わるなと言ったが、もっと近づいてくればいいのに。
提督は即席の釣り竿を海に投げる。
餌はない。今更何かを食べても仕方ないし、今日ぐらい殺生から離れてもいいと思えた。
途中で何度か雨に降られて、その度に近くの木陰で雨宿りをする。
肌に当たる雨は生温かい。草いきれは濃すぎる。
そうして陽が沈み始めるまで、提督は一人で釣り竿を垂らし続けた。深海棲艦たちは雨が降ってもそこに居続けた。
部屋に戻った提督は、読みかけの本を消化し始める。
最後になるかもしれない日の過ごし方としては悪くないのかもしれない。
しばらくすると飛行場姫がやってきた。
「無事ニ抜ケタワ」
それだけで意味を承知した提督は本を閉じる。
全てがうまくいくかは分からないが、達成感が心中に広がっていく。
できることは全てやれたと思えた。
「よかった。あとはうまくいくのを信じるしかないな」
穏やかに笑う提督にを見て、飛行場姫は疑問を挟む。
「一緒ニ行カナクテヨカッタノ? ココカラ逃ゲル最初デ最後ノ機会ダッタノニ」
「港湾棲姫が俺を置き去りにするなんて、空母棲姫たちもすぐには考えない」
453 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/15(火) 00:16:14.33 ID:Z6leLO1l0
港湾棲姫たちはもうここにはいない。
ヲ級やホッポだけでなく、港湾棲姫を支持する深海棲艦たちも。
二十人余りの大所帯になった彼女たちは、外洋での訓練を名目にガ島を離れてトラック諸島へと針路を取っている。
人間や艦娘たちに保護を求めるために。
飛行場姫が言ったのはガ島の哨戒圏を抜けたという意味だ。
「渡す物は渡してあるし、日中はずっと監視の目につく場所にいた」
提督は左の薬指に視線を移す。今はもう何もはめていない。
そこにあった指輪は港湾棲姫に伝言と一緒に預けていた。
提督は頭を一振りすると、思い浮びそうになった顔を振り払う。無駄な抵抗だった。
「……後はもうなるようにしかならない。空母棲姫だか、あのもう一人の姫」
「装甲空母、ト呼ンダトコロカシラ」
「その装甲空母姫だかがいつ来るかって話だ。すぐこの後かもしれないし、明日か明後日かもしれない。もう早いか遅いだけなんだ」
「……ヤハリ分カラナイワ。留マッテ確実ナ死ヲ待ツヨリ、アガイタ結果トシテ死ヲ迎エルホウガ自然ニ思エル」
それは、と言いかけて提督は口を噤む。
理由は説明できるし言葉も形になってる。それでも提督は質問という形で返していた。
「飛行場姫こそ、どうして港湾たちと行かなかったんだ?」
「私ハ人間モ艦娘モ信ジテイナイ。デモ彼女モ止メラレナイ。ソレダケ」
「それだけ? 違うんじゃないのか」
「……マサカ怖ジ気ヅイタカラ、トデモ言ウツモリ?」
飛行場姫はふくれたような顔をする。
いつもの威圧と違うのは……もう俺に腹を立てても仕方ないと思っているからかもしれない。
454 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/15(火) 00:17:00.11 ID:Z6leLO1l0
「……これは賭けだったんだ。空母棲姫たちが港湾たちを阻止する可能性はあった」
「ソレハソウネ。提督ハ捨テ置イテモ困ラナイノダカラ」
「手厳しいが、その通りだ。意図に気づいたら俺を無視して港湾たちを追撃するかもしれない。だから飛行場姫は残ったんじゃないか?」
いざという時に実力行使で足止めをするために。
飛行場姫が港湾棲姫と同等の戦闘能力を有しているとすれば、それは絶対に無視できない相手となる。
「……ドウアレ、ソレハ起キナカッタ話ヨ」
飛行場姫は濁すように話を断ち切った。それは認めてるのと同じだ。
「デモ今ノデ分カッタワ。提督ハ少シデモ目ヲ逸ラスタメニ残ッタ。ソコマデスル必要ハアッタノ?」
「この島に連れてこられた時点で、俺の命運は決まってたんだよ」
運命の有無はさておいて、そうとしか言えなかった。
港湾たちの逃亡が成功するかは、初動の段階で空母棲姫たちがどう動くかによる。
空母棲姫たちの興味は提督――というより港湾棲姫が提督を気にかけている、という事実に向いているはずだった。
今回の話はそれを逆手に取ったというだけ。
港湾棲姫たちの中に提督がいれば目的は看破されて成功率は大きく下がり、いなければ逆に上がるというだけの話。
提督としては空母棲姫たちの目を欺き襲撃を避けて、数日に渡る航海に耐えるという道筋を見出せなかった。
ひとたび動きを察知されれば追撃隊が編成されるだろうし、空母棲姫ら自体が出向いてくる可能性もある。
そして爆撃だろうが砲撃だろうが、至近弾だけで人間の体など紙のようにたやすく引き裂かれる。
どうせ助からない命ならと提督はガ島に留まることにし、これは初めから決めていた。
「オ前ニヒトマズ感謝シテオコウ」
飛行場姫はいくらか柔らかい表情になっていて、提督は死刑を宣告されたような気分だった。
455 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/15(火) 00:18:36.81 ID:Z6leLO1l0
「感謝される謂われはないよ」
姫から目を逸らし、また視線を合わせる。
こうして話ができる相手が近くにいるだけ幸運なのかもしれない。
「考えてみろ。俺からすれば、どっちに転んだって得をするんだ」
港湾棲姫たちがガ島を離れた時点で、深海棲艦の戦力は減っている。
脅威を減らせるなら艦娘たちの提督として、やるべきことはやったと言える。
「ドコマデガ本心カシラ」
提督は答えなかった。
結局、港湾棲姫たち深海棲艦にも彼は入れ込んでいる。
愚かしいとどこかで思う一方、艦娘たちと港湾棲姫たちの戦いを望んでいないという気持ちは本物だった。
「一つだけ頼まれてほしい」
「言ッテミナサイ」
「港湾の庇護を失った以上、空母棲姫や装甲空母姫は間違いなく俺に何かしてくる」
飛行場姫は何も言わないが、そこに否定が入る余地はない。
「俺は『尋問』に対する正規の訓練なんか受けてないから、口を割らせるのはそう難しくない。だから……」
言葉を形にするのに少しだけためらう。
しかし他に頼める相手はもういない。
「だから言いたくないことを言い出す前に俺を殺してほしい」
飛行場姫は腕を組む。考えるようなそぶりに思案顔で言う。
456 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/15(火) 00:19:44.00 ID:Z6leLO1l0
「ソンナニ死ニタイナラ自分デ舌ヲ噛ンダラ。ソレデ死ネルハズヨネ」
「できるならそうする……でも怖いんだ。それに死にたくない」
飛行場姫は眉をひそめる。
「矛盾シテイルワヨ、提督。死ニタクナイノニ殺サレタイノ?」
「そうでもないんだ。矛盾はしてない……俺には死を選ぶ覚悟がないんだ。自分で自分を、というのはダメなんだ」
飛行場姫はしばし沈黙する。
眉をひそめたまま飛行場姫は提督に問う。
「ソレハ……御国ノタメトイウモノ?」
「……間接的にはそうかもしれないが、そこまで夢想家じゃない。もっと直接的な理由だよ」
「艦娘ノタメ?」
提督が頷くと飛行場姫は組んだ腕を解く。
「勝手ナ話ネ」
「承知してる。その上で頼んでるんだ」
「コノ私ニソンナコトヲサセヨウナンテ」
「言ったろう、覚悟がないんだ。誰かに殺されるのなら諦めもつくし割り切りもできる。だけど……」
「モウイイワ」
飛行場姫は話を打ち切ると、いらだたしげに鼻を鳴らすように笑う。
呆れとも怒りとも取れるが。
457 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/15(火) 00:20:19.01 ID:Z6leLO1l0
「合図ハ?」
提督はとっさに言葉の意味が掴めない。
飛行場姫が申し出を受け入れたと気づいて、提督は深く頭を下げる。
一方の飛行場姫は提督から視線を逸らした。
「カレーが食べたい」
「カレー? 食ベ物?」
「ああ。世界が今日で終わるとしたら最後の晩餐は何がいいって質問があってな。一種の冗談なんだが」
飛行場姫はまた難しそうに眉をひそめる。
「晩餐ッテ食事ノコト? 最後ニ何ヲ食ベタイカナンテ、ヨク分カラナイ悩ミ」
「分かる日が来るかもしれないさ」
「ソウカシラ……マアイイワ。提督ガソウ言ッタ時ガ、ソノ時トイウワケネ」
提督は頷きカレーの味を思い出す。
急に腹が空いてきて苦笑いをするしかなかった。
「そうそう、艦娘たちはみんなカレーが得意でな。味もばらばらなんだけど、どれも好きだ。ひどい目に遭ったこともあるけど……」
比叡の作ったイカ墨カレーと、その翌日に食べさせられた磯風のカレーは……今となっては笑い話だ。
とんでもなく場違いな場所に来てしまった。我が身の不幸を少しだけ呪いたくなる。
「誰ノカレーヲ食ベタイトカアルノ?」
……なんで、そんなことを聞くんだ。ぶちまけてしまいたい衝動を腹の内に留める。
勝手に喉が鳴ってしまうので歯を食いしばった。ずっと考えるのを避けようとしてきたのに。
俯く。顔を上げていたくないし何も見たくなかった。何も聞きたくもない。
458 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/15(火) 00:20:56.27 ID:Z6leLO1l0
「……会いたい」
「誰ニ?」
「鳥海にだよ!」
抑えられなかった。
今すぐにでも鳥海に会いたい。会って話がしたい。
彼女の声が聞きたかった。司令官さんと呼んでくれる、あの優しい声を聞かせてほしい。
でも知っている。ここに鳥海はいない。これが俺の現実だ。
そして現実はいつだって待ってくれない。
戦って、抗って、そうやって進んでいくしかないんだ。
良いことも悪いことも待ってはくれない。
「……諦メナサイ」
飛行場姫が立ち去ろうとする気配を感じて提督は顔を上げる。
最期まで俺は俺であり続けたい。
「飛行場姫」
「今度ハ何?」
うっとうしげな声。その背中に向かって提督は言う。
少しぼやけた視界を気にかけるのはやめた。
準備はとうにできているんだから。
「カレーが食べたい」
飛行場姫は立ち止まる。
聞き耳を立てるように、横顔が見えない程度だが顔が提督のほうを向く。
もう一度言う。何度だって言ってやる。
「カレーが食べたい」
飛行場姫はゆっくり振り返った。その目は冷たい輝きを放っている。
459 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/15(火) 00:22:12.58 ID:Z6leLO1l0
短めだけど、ここまで。続きはなるべく早く書きたいところ
それと乙ありなのでした
460 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/11/15(火) 06:06:33.85 ID:f4/uJyrAO
面白い
乙
461 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/11/15(火) 06:52:55.60 ID:piWbaeOU0
乙
462 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/11/16(水) 08:52:54.81 ID:oOv1CY6kO
乙であります
463 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/23(水) 13:10:12.88 ID:A+5EMiDc0
乙ありなのです
キリのいいとこまでと考えてたら四章が終わってました
>>460
ありがとうございます
464 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/23(水) 13:10:38.97 ID:A+5EMiDc0
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
黎明時の静やかな海を、トラックへ向かう深海棲艦の一団が航行している。
港湾棲姫たちでホッポや青い目のヲ級を初め複数のイ級やロ級、他にもチ級やル級など複数の艦種を含んだ総勢二十二名に及ぶ艦隊だった。
輪形陣の中心には港湾棲姫がいて、彼女は寝息を立てるホッポを肩車している。
港湾棲姫はからすれば軽いが、確かに体にかかる重みは彼女にある感情を喚起させる。
港湾棲姫は思い返す。悔恨に導かれて。
─────────
───────
─────
艦娘に亡命する。つまりは和解を目指す。
港湾棲姫は提督の提案に心が揺らいでいた。
というのも港湾棲姫たちを取り巻く環境を打破するアイデアに思えたからだ。
心が揺らぐのは、そこに正当性を見出したからに他ならない。
一方で提督の提案を受け入れるのも警戒した。
この話は提督に――虜囚の立場に有利に働く話だからだ。
提督に気を許してきているのと、この話に乗るのかはまったく別だった。
港湾棲姫にとって意外なことに、飛行場姫が提督の話に食いついて質問を重ねていた。
頭ごなしに否定はせずに疑問と疑惑を埋めていく。
トラック諸島までどうやって向かうのか、空母棲姫たちを出し抜けるのか。艦娘たちとどうやって接触し、敵意がないと示すのか。
提督はそれらの問いに答えを用意して、自身はガ島に留まるつもりだとも言う。
どうして、そこまでする?
理由は分からないが提案への警戒感は薄らいだ。
提督は港湾棲姫たちを利用して、逃亡を図ろうとしているわけではない。
「艦娘タチハ……我々ハ受ケ入レル?」
それまで黙っていたヲ級の発した問いは、一番の疑問であり問題だった。
大前提への問いに提督は力強く頷いた。
「大丈夫だ」
何を根拠にそこまで言いきれるのか。
疑問への解を、納得するだけの材料を見出せずに、港湾棲姫はその時その場での返事を保留した。
465 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/23(水) 13:12:27.05 ID:A+5EMiDc0
─────────
───────
─────
港湾棲姫はホッポが身じろぎするのを感じて我に返った。
ホッポは寝起きの声を出して目を開ける。
「……コーワン?」
「ココニ……イルヨ」
今ではすっかりこっちの呼び方が定着している。
港湾棲姫としては、ホッポが喜んでいるのならと進んで正す気はなかった。
何より気に入り始めている。ホッポが言ったようなかわいらしい名前かはともかく、据わりのいい響きだとは思っている。
「マダカカリソウ?」
「アト二日ハ……」
すでにガ島を発ってから一昼夜は過ぎている。
その間、二十ノット近い速度で航行を続けていて、ガ島からはだいぶ離れたが道半ば。
「降リルヨ? コーワンモ休マナイト」
「私ハマダ平気……」
港湾棲姫はホッポを離さない。
過剰に急ぐ必要はないが、もう少しだけ空母棲姫に備えて距離を稼いでおきたかった。
逃亡しているからこそ休息が必要になってくる。
疲弊したまま艦娘と接触する気はなかった。
もしもの場合、艦娘と交戦しなくてはならない。
提督は和解できると太鼓判を押したが、港湾棲姫はそこまで楽観視していなかった。
艦娘が抱いた怒りや悲しみという負の感情を、提督は過小評価しているのではないか。そのように懸念していた。
そうではないと願い、提督の言う通りであってほしい。
でなければ道を閉ざされてしまう。
「コーワン、怖イノ?」
港湾棲姫の心中を察したような言葉だった。
「怖クナイ……怖ガッテモ……イケナイ」
今や一団の存亡を預かっている。
それを苦とは思わない港湾棲姫だが、緊張感や警戒心は消せなかった。
466 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/23(水) 13:20:33.12 ID:A+5EMiDc0
─────────
───────
─────
考えをまとめきれないまま港湾棲姫は提督との話に再び臨んでいた。
港湾棲姫の心の揺らぎは迷いに変じている。
彼女は内心で提督の提案を是として受け入れ始めていて、だからこそ行動するか迷っていた。
「提督ニ都合ノイイ提案ダ」
反対、というよりは確認のために出てきた言葉だった。
提督はそれを否定せず認める。
「そうとも。しかし港湾たちにも悪くない提案だ」
「ドウシテ、ソウ言エル?」
「艦娘となら和解できるが空母棲姫とじゃ無理だろう。港湾が港湾である限り」
「私ガ私デアル……何ヲ言ッテイル?」
「君はワルサメと同じだ」
提督は断じる。そのまま提督のペースに巻き込まれるように港湾棲姫は質問されていた。
「正直に言ってくれ。戦うのは好きか?」
「……必要ガアレバスルダケ」
正直とは逆に遠まわしな答えに提督は笑う。そのまま彼は続ける。
「人間や艦娘が憎いのか?」
「ッ……モウ分カラナイ」
「だろうな。トラックを占領してから分かったことだが、君は現地住民に手出しをしないようにしていた」
港湾棲姫は何も答えなかったが、それは事実だった。
島内の奥に引っ込んでいれば関与しようとしなかったし、配下にも無視するよう伝えていた。
467 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/23(水) 13:23:37.22 ID:A+5EMiDc0
「どうして人間を無視したかは知らない。港湾が優しいからか、単に人間にさして興味がなかったからかもしれないし」
「初メカラ……ソウダッタワケジャナイ」
人間を無視したのはホッポとワルサメの影響が大きい。
「生マレタ時カラ人間ニ腹ガ立ッテイタ……ダケド、ホッポヤワルサメト出会ッテカラ私ノ何カガ変ワッテシマッタ」
行き場のない憤りも悲嘆も恨みつらみも、気がつけば薄らいでしまっていた。
そればかりはきっと提督にも理解できないだろうと港湾棲姫は思う。
「だが空母棲姫はそんな深海棲艦を認めないんじゃないのか?」
その指摘は正しい。
空母棲姫たちはある意味で純粋だった。少なくとも港湾棲姫はそう考えている。
持って生まれた感情や衝動に忠実であり、それこそが不可侵で正統な深海棲艦らしさと考えていた。
だからこそ港湾棲姫とは相容れない。変化してしまった彼女とは。
「港湾はホッポが大事だと言ったな?」
「確カニ言ッタ」
「この先、艦娘とも同じ深海棲艦とも戦うしかない道は修羅道だ。ホッポに残したいのは、そんな道か?」
修羅道の意味を港湾は知らなかったが、何を言いたいのは想像がつく。
そして同時にそれは彼女の痛い部分を的確に突いていた。
「そうでなくともニ方面作戦は避けないと」
「窮地ダト……言イタイノ?」
「好ましい状況とは、とてもじゃないが思えないな」
言われずとも分かっている。だからこそ提督の出した亡命という案に港湾棲姫は惹かれた。
「港湾、お前は今後も艦娘との戦いが続くと言ったな」
確かに言った。提督を味方に引き込むために言ったが、認識としては誤っていない。
すでに数えで二年は続いていて、今なお収束どころか激化の一途を辿ろうとしている戦争。
始めてしまったのは深海棲艦。終わらせるのは……誰かも分からない。
「だったら終わらせてみないか?」
本気の視線が港湾棲姫を見ていた。
468 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/23(水) 13:24:27.73 ID:A+5EMiDc0
─────────
───────
─────
ホッポは港湾棲姫から降りた。
彼女たっての希望で、そうなると港湾棲姫も無理強いはできない。
もっとも肩車が終わっても、二人は手を繋いで併走する。
ホッポの足元は水面から反発するように浮いていた。
そうなる理由は二人の姫にも分からない。ただ自然にできてしまうことだった。
「ホッポハチョッピリ怖イヨ……デモ提督ハコーワンミタイダッタ」
港湾棲姫は複雑な気持ちだった。
彼女自身も提督に同じようなことを言っているが、いざ別の相手からそう聞かされると違和感になってしまう。
私と彼は似ていない。そんな思いを抱きながらも口外はしなかった。
「ソレニ、ソレニネ? 怖イケド楽シミナノ。ワルサメノオ友達ガイルンダヨネ。会ッテミタイ!」
目を輝かせてホッポは言う。
それは今まさに昇り始めた太陽と同じ輝きだった。
港湾棲姫は目をすがめ、しかしそんなホッポを愛おしく思う。
ホッポが握る手に力を入れる。
「……ガンバロ、コーワン」
励まそうとしてくれてるのだと港湾棲姫はそこで気づいた。
港湾棲姫は意を新たにする。
何があっても戦うしかないと。
望みは分かっているのだから、あとは立ち向かうだけ。
そうでもしなければ……報いられないと。
469 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/23(水) 13:25:34.17 ID:A+5EMiDc0
その日、港湾棲姫たちは交代で休息を取った。
睡眠と食事を済ませて活力を取り戻した彼女たちは、翌々日の午前にはトラック泊地の哨戒圏にまで進出した。
しばらくして哨戒機に発見された一団は白旗を振り出す。
提督から教えられたことで、交戦の意思なしを示す合図だと言われた。
「徹底抗戦……トデモ誤解サレナケレバイイノデスガ」
青い目のヲ級が淡々と呟く。
その点に関しては提督を信用するしかないと港湾棲姫は思った。
頭上に張り付く哨戒機をそのままに、港湾棲姫は泊地への通信を試みる。
和睦のための話し合いを求める旨を伝え、港湾棲姫たちはやや速度を落として泊地へ向かい続けた。
提督から注意として、いくつかのことが挙げられている。
哨戒機を攻撃してはならないし、こちらから艦載機を挙げるのも原則として控えたほうがいいと言われていた。
不要な刺激を避け、交戦の意思がないのを証明するためでもある。
ただ航空機の編隊が来るようなら、海底で身を潜めてやり過ごすようにも言われている。
その場合、話し合いの余地もなく決裂したと言えてしまう。
幸いというべきか、数時間が経っても交代の哨戒機しか飛来しなかった。
昼を過ぎてから、港湾棲姫たちは針路上に黒い影がいくつもあるのを認めた。
それが艦娘たちだと確信し、彼女はさらに近づいたところで配下に停止を命じる。
港湾棲姫は懐を探り、提督に託された物を確認した。
艦娘に渡してほしいと頼まれたのは指輪だ。
誰に渡してもいいとは言われているが、できるならという条件で相手を指定されている。
指輪の持つ意味を港湾棲姫は知らなくとも、それが提督とその誰かにとって大事な物なのは分かっていた。
470 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/23(水) 13:26:05.55 ID:A+5EMiDc0
もしかしたら威嚇の砲撃ぐらいあるかもしれない。
そう考えていたが、何も起きないまま艦娘たちが近づいてくる。
港湾棲姫は増速し一人だけ突出した形になる。
すぐにヲ級も後に続いて追ってきた。
「ホッポヲオ願イ」
「オ断リ……シマス。私モ行クベキデショウ……提督ヲ襲ッタ者トシテ」
港湾棲姫はヲ級に反対されて驚いた。
今まで彼女は無理難題でも従ってくれていたからだ。
一抹の不安を感じる一方で、今まで尽くしてくれた彼女の意思は尊重すべきだと港湾棲姫は考えた。
「最後ニ提督カラ言ワレマシタ。今コノ時ニ艦娘トドウ向キ合ワネバナラナイカ……ココハ我々ニトッテ通過点ダソウデス」
「ソウ……」
艦娘たちからも何人かが突出して近づいてくるのを港湾棲姫は認める。
その中心にいる艦娘には覚えがあった。
トラックでの海戦でしつこく追撃してきた艦娘だ。
名前も知っていた。提督から聞かされていたからだ。
港湾棲姫は思い返す。彼女の名はと――。
471 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/23(水) 13:37:48.15 ID:A+5EMiDc0
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
鳥海はトラック泊地の艦隊を預かって、白旗を掲げる保護を求める港湾棲姫たちへの接触を図ろうとしていた。
内訳は第八艦隊として編成された一団で、顔触れは変わらず鳥海に高雄、島風、天津風、長波。ローマにリベッチオとなる。
加えて他には愛宕、摩耶と扶桑型の二人に残りのイタリアの艦娘たち、球磨型の五人に嵐と萩風という面々だ。
また後方にはニ航戦を中核とした機動部隊も待機していた。
「どういうつもりなんだろうなあ、深海棲艦のやつら」
「それを見極めるのが私たちの役目よ、摩耶」
摩耶の疑問に高雄が答えていたが、鳥海も同じ疑問を抱いていた。
もしも司令官さんがいたら積極的に応じようとしていたのだろうけど……。
思案する鳥海に島風が話しかけてくる。
「鳥海さん、大丈夫? 前の戦闘から一ヶ月ぐらい空いちゃってるけど」
「ええ、心配ありません。それに今回は本当に戦闘になるか分かりませんし」
「あ、そっか。そうだよね」
島風は安心したように言うと離れていく。
もしかすると鳥海が本当に戦えるのか、探りを入れられたのかもしれない。
深海棲艦に怒りをぶつけられれば楽なのかもしれないけど、空いた時間はそういった衝動を静めてくれていた。
撃つのにためらいはないけど、そこに余計な感傷を差し挟む気はない。
接触までは少し時間があるのも手伝って、気が緩みすぎない程度にそこかしこで会話が生じていた。
球磨が鳥海に話かけてくる。
「新任さんもいきなり難題で大変クマ」
トラック泊地には先だって新任の提督が着任していた。
新任といっても、鳥海を初め少なくない艦娘にとって必ずしも初対面という相手ではない。
元は輸送艦出雲の艦長としてと号作戦にも参加していて、出雲に乗艦していた艦娘たちならば面識があった。
司令官さんが元艦長とモヒカン頭の軍医さんの二人を、提督として推挙したという話を聞いていたけれど。
その一人が巡り巡ってトラック泊地に着任したのは、奇縁を感じるような話なのかもしれない。
「のっけから深海棲艦が助けてくれー、だもんね。不思議な話だよ」
北上が球磨の話に乗っかってきて、鳥海も頷いた。
472 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/23(水) 13:39:40.81 ID:A+5EMiDc0
「正直、ワルサメのことがなければ信じられなかったと思います」
「うんうん、それはあるよねえ。まー、あたしはワルサメってよく知らないんだけどさ。もったいなかったのかもね」
もっと接点を持っておけば、ということなのかと鳥海は解釈した。
北上と話しているためか、大井も会話に自然と入ってくる。
「でもワルサメを信じたのと、今回の件を同一視するのは早計じゃないです?」
「確かにその通りクマ。港湾棲姫とは交戦経験もあるクマ」
「だからこそ向こうも真剣とは言えるかもしれませんね」
鳥海は答えつつ考える。
港湾棲姫の狙いや本心がどこにあるのか見極める必要があるにしても、不安はさほど感じない。
ワルサメという子は港湾棲姫という深海棲艦を信じていたから。
それを早計と大井さんは言ってるとしても。
大井がそういえば、と鳥海に聞く。
「新任提督といえば秘書艦を辞退してよかったの? あなた、結構こだわってたはずでしょ」
「それは司令官さんの秘書艦として、ですね。提督さんには提督さんの秘書艦が別にいるはずですから」
「そういうものかしら……ううん、確かにその通りかも」
大井は北上のほうを見ながら何度も頷く。
曖昧な笑顔で首を傾げる北上を尻目に、鳥海と球磨は力なく笑う。
新任が着任してからの引き継ぎで、鳥海は秘書艦を辞退したいと伝えていた。
表向きの理由としては、第八艦隊が継続するのなら旗艦として専念したいため。
また前任との仕事に慣れすぎているために、新任のやり方には合わせない可能性があるから、ということにした。
473 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/23(水) 13:48:52.94 ID:A+5EMiDc0
もちろん秘書艦を継続するのが、新任の判断であり命令ならば謹んで受けるつもりだった。
現に今でもしばしば助言を求められる。
それでも率直に言えば、秘書艦であるのは望んでいなかった。
……私は他の誰でもない司令官さんの秘書艦ですから。
結局、新任は鳥海の要求を承認し、秘書艦の席は今なお空席のままになっている。
「北上さんが秘書艦になってもいいんですよ」
「あたし? うーん、あんま興味ないかな。大井っちなら秘書艦にも向いてると思うんだけどねー」
「北上さんの秘書艦なら喜んで!」
「や、あたしって提督じゃないから」
「この二人が秘書艦になったら泊地が傾いてしまうクマ」
冗談を言う球磨に、軽い調子で北上が口答えする。
和やかな雰囲気を保ったまま、艦娘たちは深海棲艦たちを電探の範囲内に収めた。
砲戦距離に入ったが砲撃は行わない。
艦娘たちは硬くなりすぎず、しかし緊張感を伴って進んだ。
すぐに肉眼で目標を捉えると、鳥海は艦隊全体で共有している回線に声を吹き込む。
「島風、敵潜は?」
「ソナーには感なし。あそこにいるだけだよ」
「となると報告通り、数は二十二。初めて見る姫もいるし、戦うなら港湾棲姫が難敵だけど……」
「まずは相手の話を聞いて、でしょう?」
補足する高雄に鳥海は頷く。
474 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/23(水) 13:50:57.70 ID:A+5EMiDc0
「まず私が先行して接触してみます」
摩耶がすぐに反応する。
「だったら、あたしも行く。一人だけってのはさすがに危険だろ」
摩耶のこういうところは頼もしかった。
高雄もそれを認めると自らも志願するが、すぐに鳥海に反対された。
「姉さんはダメです。もしもの時に指揮を執ってもらわないと」
「そういうこった。高雄姉さんは大人しくしてなって」
「ならば私も行きましょう」
名乗り出たのは扶桑だった。
「万が一を考えたら、戦艦の打撃力が必要じゃないかしら」
鳥海は即座にもっともだと思った。
「お願いしてもいいですか? 心強いです」
「それなら姉様だけでなく私も!」
すかさず山城が声を上げるので、鳥海も頷き返す。
「では、これで四人。みなさんはここで待機を。北上さんたちは甲標的を念のため展開しておいてください」
それから鳥海は泊地と後方の機動部隊に向けて、港湾棲姫たちに接触すると伝える。
あとは伸るか反るか。
475 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/23(水) 13:52:10.13 ID:A+5EMiDc0
「もしも私たちが撃つか撃たれるかしたら戦闘を始めてください」
「……そうはならないのを願うわ」
心配そうに高雄が見送る中、四人は深海棲艦たちに近づいていく。
程なくして深海側からも港湾棲姫と青い目をしたヲ級の二人が近づいてくる。
双方は五メートルほどの距離を開けて相対すると、鳥海が口火を切る。
「あなたたちの要求を聞かせて」
答えたのは港湾棲姫で、両のかぎ爪を開いてみせる。
小細工もなく無防備だと証明したいらしいと解釈した。
「先ニモ伝エタ通リ、我々ニ交戦ノ意思ハナイ……保護ヲ受ケタイ」
「つまり亡命したい……ということ?」
「ソウ……ソシテコレハ……君タチノ提督ガ提案シタコトデモアル」
予想外の名前が出てきて、鳥海は固まったように止まる。
他の三人も動揺したが、立ち直るのは鳥海よりも早かった。
扶桑が鳥海に代わって訊く。
「提督が? 一体どういうこと?」
「提督ハ我々ノ元ニイタ……」
「……いた?」
「提督ハ我々ヲ逃ガスタメニ残ッタ……」
扶桑たちは不可解に思う。話しの繋がりが見えてこないためだ。
476 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/23(水) 13:53:15.59 ID:A+5EMiDc0
「初めから詳しく説明して。あなたたちに何があって、提督に何が起きているのかを」
港湾棲姫は言われた通りに説明する。
提督を拉致して拠点まで連れ去ったこととその理由。
姫たちと提督がどう過ごしたかを話し、また彼女たちが空母棲姫と対立していることを。
そして激突を避けるために提督の案に従って、艦娘たちに保護を求めていると。
「あいつはまだ生きてるのか!」
摩耶が怒鳴るような調子で言う。
港湾棲姫はそれに対して重々しく首を横に振る。
「最期ハ看取ッテイナイ……デモ彼ヲ守ルモノハモウナイ」
「だったら、どうして提督を連れて来なかった!」
「提督ガ……ソウ望ンダカラ」
え、と気勢を削がれた声を出す摩耶に、港湾棲姫もまた俯き気味に言う。
「自分ガイテハ我々ノ逃亡ハ難シイト……アノ男ハ我々ヲ生カソウトシテクレタ」
「なんで……あんたら、深海棲艦だろ!? どうしてあいつがお前たちを助けるんだよ!」
摩耶の悲痛な叫びが刺さる。
港湾棲姫は唇を噛み、そして鳥海は顔を上げて疑問を投げかけた。
「数日前までなら司令官さんは生きていたの?」
「……エエ。提督ナラ確カニ生キテイタ」
「そんなのって……」
鳥海は崩れ落ちそうになる。
一ヶ月はあった。それが提督が消えてから今日に至るまでの期間。
助け出すには十分すぎる時間があった。
それなのに何も手を打てずに塞ぎ込んで……残された時間を無為にしていたなんて。
477 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/23(水) 13:53:47.79 ID:A+5EMiDc0
「やめなさい、自分のせいだなんて考えるのは」
山城だった。冷たいと取れる言葉を彼女は言い放つ。
「私たちは深海棲艦の動向を把握できていなかったのよ。拠点だってどこかも分からないのだから……誰にも助けられなかったの。あなたがどれだけ提督を想っていたとしても」
冷徹に聞こえる声とは真逆に、山城は労るような眼差しを鳥海に向けている。
鳥海は感謝した。山城の言葉は胸に痛くとも、不器用な優しさがある。
そこで港湾棲姫に見つめられているのに気づいた。
視線が絡むと港湾棲姫は口を開く。
「アナタガ……鳥海デショウ?」
「どうして私の名前を?」
「提督カラ……コレヲ渡シテホシイト」
港湾棲姫は右腕を背中に回してから、改めてかぎ爪を開く。
その上に小さな指輪が乗っているのを見て、鳥海は慌てて飛び出ると手を伸ばしていた。
奪うように取り上げると、指輪を両手で守るように抱きしめ距離を取る。
「なんでこれを!」
「提督ガ……ドウシテモ君二渡シテホシイト」
「司令官さんが?」
「ソレカラ……『アリガトウ』ト」
鳥海は体を縮めるように震えると、歯噛みして俯く。
そんな彼女の感情に反応して、艤装が独りでに動き正面に展開すると主砲が港湾棲姫へと指向する。
「これは司令官さんの形見で! 今のは遺言ってことでしょ!」
鳥海が港湾棲姫を睨む。その重圧に押されるように港湾棲姫が息を呑んだ。
両者の間では緊迫感が急速に膨れあがっていた。
478 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/23(水) 13:55:15.98 ID:A+5EMiDc0
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
飛行場姫は考える。ここで提督の願いを聞き入れるかどうか。
死を望むなら与えるだけの義理はある。彼女はそう考えていた。
港湾棲姫たちに別の道を示したのは事実で、それは飛行場姫にはできなかったことだ。
まだ結果は分からずとも、このまま留まり続けて訪れる結果より期待が持てる。
だから望みを叶えてやっても――。
「……急グコトハナイデショ」
気がつけば飛行場姫はそう言っていた。
心の無意識が先延ばしを選んだかのように。
「それは困る!」
提督が言い返す。
飛行場姫は理解していない。提督がどれほどの意をもって頼んだのかを。
深海棲艦の中でも特に強力な個体であるが故に、彼女は身に降りかかる死の気配に疎かった。
飛行場姫の予想に反して時間はもうなかった。
物々しい気配が近づいてくるのに気づき、彼女は部屋の入り口を睨む。
空母棲姫と装甲空母姫が二人のル級を伴って入ってきた。
「アラ、イタノ」
どこか挑発するような空母棲姫の言葉を無視して、飛行場姫は装甲空母姫に聞く。
「コレハドウイウツモリ?」
「羊ノ収穫時カナト」
479 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/23(水) 13:56:10.90 ID:A+5EMiDc0
「勝手ハヤメタホウガイインジャナイ」
「何故カシラ」
険のある声は空母棲姫だ。
二人の姫が自分を無視して話を進めようとしているのが気に入らなかった。
「≠тжa,,ガイナイナラ、誰モ提督ヲ守ラナイ。モシカシテ、アナタハ邪魔ヲスルノ?」
「マサカ」
飛行場姫は提督を一瞥する。その時はとうに来ていたのだと彼女も理解した。
「私ハ彼女ジャナイ」
「ナラ構ワナイワネ」
飛行場姫が道を譲るように脇へどくと、装甲空母姫が胸をなでおろしたように言う。
「助カル。私タチト違ッテ、ソッチノ二人ハ地上ニ慣レテナインダ」
装甲空母の指した二人はル級のことで、すでに息が上がり始めている。
進み出たル級たちは慎重に提督の両肩を掴むと立ち上がらせた。抵抗はない。
飛行場姫は思う。人間は不思議だと。
人間はあまりに脆い。
だが、この脆い人間が深海棲艦を強く突き動かしもする。
不思議な生き物だ。その考えを胸に飛行場姫は提督に聞く。
480 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/23(水) 13:57:18.04 ID:A+5EMiDc0
「……ソンナニ食ベタイ?」
「ああ、心残りだよ」
提督が引き立てられて連れて行かれようとしている。
背中が見えた。白い軍服。死に装束。
そんなつもりはないのだろう。
しかし――白に赤は映える。
提督の体を貫いてから、飛行場姫はそう思う。
機械仕掛けの右腕は背中から胸へと抜けて、間の筋肉や胸骨、そして心臓を外へと掻き出していた。
こふっと息を吐き出した提督の口から血の塊がこぼれる。
抉り取ったものを手放して腕を引き抜くと、提督の体が膝から前に崩れて倒れる。
反った背中が顔を飛行場姫へと向けさせた。
光を失っていく目は飛行場姫を見ているはずだが、本当は何を見ているのかもう分からない。
飛行場姫は考える。
望みは確かに果たした。これは提督が望んだ結果だと。
しかしとも彼女は考える。
提督の本当の望みは違ったのだろうと。
誰も彼を知らない場所で、誰にも死に様を知られることがないまま消える。
飛行場姫は胸の痛みを自覚した。
481 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/23(水) 13:58:05.94 ID:A+5EMiDc0
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
痛みは一瞬だったが息苦しさは長かった。
提督は自分の身に何が起きたのか、正確には理解できていない。
ただ見上げた先の飛行場姫が約束を守ってくれたのだけは分かった。
言葉の代わりに、喉には何かが詰まっていて息苦しい。
感謝したかったのかもしれないが、もう思い浮かんでこなかった。
だが、それもすぐに苦にならなくなる。自分が見ているものも分からなくなる。
世界が色を失っていく中、なぜか昔を思い出していた。
幼少期……八だか九だか十の頃。
父親に言われた。俺は実の子ではないと。
そんな気はしてた、と返した。意地を張って。
本当の両親は父の知り合いらしかった。
十四の時、本当の両親に会いたくないかと父に聞かれた。
父はあなただと答えた。その時の父の顔は……もう思い出せない。
その一年後、父が死んだ。大往生だ。
まだ深海棲艦との戦争が始める前。たぶん父は幸せだった。
その後、父と同じように海軍士官を志した。
高官だった父のコネはあったのだと思う。
さほど優秀な成績を残せなかった自分が兵学校に入学できて卒業までして、海軍に食い扶持を得られたのは。
それから何年かして戦争が始まった。
深海棲艦との一方的な戦い。
同期も後輩も先輩もみんな死んだ。
そして、なぜか提督に抜擢された。艦娘という怪しい存在の指揮官として。
今ならあの妖精が一枚噛んでいたのではないかと思えるが、その時に知る由もない。
482 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/23(水) 13:58:39.74 ID:A+5EMiDc0
初めて組んだのは生意気な駆逐艦だった。
ただ、あの遠慮のなさは決して嫌いじゃない。でも生意気だ。
その内、世界水準を自称する軽巡が増えて、他にもいっとう真面目な駆逐艦たちとめんどくさがりの駆逐艦がやってくる。
全てが手探りだった。
戦い、傷つき、その度に何かに気づいていく。
艦娘は兵器であるが、同時に生きていた。
苦しみ怯え、痛がって悲しむ。時には悩む。
そして安らいで笑い、喜んで望みを語り、時に驚く。
彼女たちにどう向き合うのか。本気で向き合うしかなかった。
実働部隊の指揮官としては、俺には多少の適正があったらしい。
やがて艦娘たちは増えていく。
カニをこよなく愛する子、やたらおどおどしているけど優しい子。
熊だか猫だか分からない軽巡姉妹。その中には心から頼りにするやつも出てきた。
そして迎えた決戦。
俺たちは勝って、一人を失った。
それからも多くのことが起きていく。
空いていた傷が塞がってきた頃、大切だった者と再開して――そして彼女とも出会った。
ああ……最期に思い出せてよかった。
ありがとう、俺は生きていた。
ささやかな望み。
この先も彼女と――鳥海と――
483 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/23(水) 13:59:23.36 ID:A+5EMiDc0
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
今にも暴発してしまいそうな鳥海は港湾棲姫に向けた主砲を下ろそうとはしない。
一方の港湾棲姫はそれを甘んじて受けようというのか、微動だにしなかった。
「鳥海」
静止するような摩耶の声にも鳥海は視線を向けない。
分かっている。こんなことしたって、もうどうにもならないのは。
撃って破局させれば気が済むという話でもない。
それでも収まりのつかない気持ちがある。
「待ッテ……ホシイ」
港湾棲姫に付き従っていたヲ級が両者の間に割って入る。
鳥海の向ける砲口の前に立ったヲ級は手を広げながら言う。
「撃ツナラ私ニシテホシイ」
それには港湾棲姫が驚きの声を上げる。
「何ヲ言ウ!」
「……イイノデス。艦娘ヨ、アノ男ヲサラッタノハ私ダ」
「そう……」
鳥海は短く答えながら、ヲ級を観察する。
ヲ級は無表情で思惑がどこにあるのか鳥海にもよく分からない。
484 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/23(水) 14:00:20.23 ID:A+5EMiDc0
「ドウシテモ許セナイナラ私デ手討チニシテホシイ。コーワンヤホッポタチハドウカ許シテ」
「……手打ち?」
「提督ガ最後ニ教エテクレタ。コウイウ時、人間ハ手討チニスルト言ウノダト」
言葉の意味を考えて鳥海は小声で呟く。
「……人が悪いですよ、司令官さん」
こうなるのを知ってか知らずか。
ありがとう、の言葉と重なって何を求めているのか分かってしまった。
気づいてしまった以上、叶えてあげたかった。それが最後に遺されたことならば。
「そうですね。どこかで終わりにしないと」
鳥海の言葉にヲ級は顔を強張らせて目を見開く。
一方の鳥海は息を吐いて肩から余計な力を抜いた。
指輪は左手に収め、右手は自由にさせておく。
艤装の静かな唸りをそのままに鳥海の体が前へと飛び出る。
数歩分の距離を刹那の間に詰めると、右手が電光石火の速さでヲ級の頬を張った。
その音に遠巻きに見ていた島風ら何人が思わず目を閉じる。港湾棲姫もホッポも反射的に目を閉じていた。
ヲ級は呆けた顔で鳥海を見つめていた。
「希望通り、手打ちにしました」
鳥海の言葉にヲ級は手を頬にやる。
ややあってヲ級はとがめるような声を出していた。
「手打チトハ、コウイウコトデハナイハズ!」
「手で打ったじゃないですか……まだ叩かれ足りないんですか?」
「ソウジャナイ……ソウジャナクッテ……」
尻すぼみになっていく声に、鳥海は小さな声で謝った。
485 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/23(水) 14:01:12.99 ID:A+5EMiDc0
「ごめんなさい。悪乗りしてしまいましたね……手打ちには和解という意味があるんですよ。古い意味で手討ちなら、確かに殺すという意味も持ち合わせていますが」
鳥海はため息をつく。
司令官さんは最期まで戦ってくれたんですね……それを台無しになんてできない。
「あなたたちを許せと言ってたんですよ、司令官さんは」
「ソンナノ……ダメ」
ヲ級は駄々をこねるように首を振る。
鳥海は眼を細め、声のトーンを意図して下げる。
「あなたはそんなに私に沈めてほしいの?」
「ダッテ……私ナラ許セナイノニ……」
「……私はあなたたちを知りません。でも司令官さんはあなたたちを助けたかった……あの人自身の命よりも優先して」
白露さんがワルサメを守ろうとしたように、司令官さんもまた港湾棲姫やこのヲ級を守ろうとした。
だったらどうするかなんて決まってる。
「私、鳥海はあの人の秘書艦です。ならばその想いを汲むのは当然じゃないですか」
ヲ級はうなだれる。鳥海からそれ以上何も言うことはなかった。
それから港湾棲姫を見る。緊張も警戒も解けていない顔が見返してくる。
「わだかまりが完全に消えたとは思わないでください……それでも、あなたたちの要求を聞き入れます」
「……感謝スル」
「まだ、それには早いですよ。どうなるか分からないんですから」
「ソレデモ……信ジテクレタ」
「それも含めて、これからのあなたたち次第では?」
486 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/23(水) 14:01:54.07 ID:A+5EMiDc0
機会は作られた。
でも私たちはまだスタートラインに立ったばかり。
お互いのことは行動で示していくしかないと思えた。
「扶桑さん、提督さんに連絡してください。投降してきた深海棲艦を受け入れる準備をしてほしいと」
「ええ」
本当なら鳥海は自分で連絡をするつもりだった。
しかし緊張しきっていたのは彼女も同じで、気が張り詰めていたせいか一気に疲労感に襲われていた。
そんな鳥海に山城が言う。
「鳥海。あなたは正しい判断をしたと思うわ」
「……そうだと思いたいです」
「姫は私と姉様で様子を見るわ。あなたは……少し楽にしてなさい」
山城の視線は鳥海が受け取った指輪にも向いていた。
泊地からの正式な命令となったことで、他の艦娘たちも深海棲艦を警戒しながらも誘導を始める。
「……ゴメンナサイ」
ヲ級が見ていた。戸惑いを隠せず、それでも声を振り絞るようにもう一度謝ってくる。
鳥海はどう答えていいのか分からず、首を横に振った。
「……やめましょう。私だって、あなたたちに何もしてこなかったわけじゃないんですから」
487 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/23(水) 14:02:21.99 ID:A+5EMiDc0
人数の多寡で語る話じゃないのは理解している。
それでも多寡で語ってしまえば、私のほうが多くを奪ってきている。
まだ気持ちを整理できていないのは確かで、だけどこの子を恨むよりも他にやったほうがいいことがあると思えた。
それが何かはまだ全然分からないけど……。
鳥海は左手で握り締めていた指輪を両手で包み直す。そうしていないとなくしそうな気がして。
「よくがんばったな」
摩耶がすぐ近くまで来る。鳥海はできる限りの笑顔を返した。
「分かってたから……白旗振ってたでしょ。あれだって受け入れてほしいってことじゃない」
言いながらも鳥海は自分が見栄を張っているのだと思った。
怒りも恨みもぶつけるのが筋違いだと思えて、それで分かったようなことを言ってるだけで。悲しい気持ちは残ったままで。
「摩耶、ごめん……」
危ないとは分かっていても、航行中の摩耶に正面から体を寄せる。
これも分かってる。摩耶なら速度を同期させてくれるって。互いの艤装の速度が微速にまで落とされる。
今度はちゃんと甘えることにした。
摩耶の体に収まるように頭を胸に押しつける。
何も言わず摩耶は頭と背中に手を回すと、浅く抱き返してくれた。
髪に触れる感触を気にしていれば、余計なことも考えずに済む。
私は……声を押し殺す。
小さな指輪が、今度こそ司令官さんをなくしたという現実を教えてくれた。
488 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/23(水) 14:03:08.17 ID:A+5EMiDc0
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
装甲空母姫は提督の亡骸を、彼女の占有空間へと運んでいた。
そのあとに続くのは飛行場姫で、装甲空母姫に請われて足を運んでいた。
空母棲姫は提督が死亡した時点で、彼への関心を失いル級たちと海底へと戻っている。
「ココハ……コンナ場所ガアッタノカ」
飛行場姫の眼前にあるのは、言わば研究プラントだ。
横倒しに並んだカプセルがいくつも入り口から奥へと連なっている。
電力やその他よく分からないものを供給しているであろうケーブルが容器の上下から伸びていて、内部には液体が詰まっていた。
そのいずれにも様々な艦種の深海棲艦が入っている。
眠っているのか死んでいるのか飛行場姫には分からないが、ある言葉が自然と浮かんできた。
「保育器?」
「当タラズトモ遠カラズ。ココニ同ジ姫デ入レタノハ君ガ初メテ」
「ナゼ私ヲ?」
「誰カニ……知ッテホシカッタノカモシレナイ」
「コノ場所ヲ?」
こんな薄気味悪い場所。そう内心で飛行場姫は付け加えていた。
装甲空母姫は答える前に、提督の体を空いていたカプセルに入れる。
「何ヲシテイル?」
「誰カサンガ殺シテシマッタカラ、腐敗ダケハ抑エナイト」
「ソウデハナクテ、提督デ何ヲスルツモリダト」
489 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/23(水) 14:03:51.94 ID:A+5EMiDc0
装甲空母姫は片眉だけを吊り上げて笑う。
「代償ヲ支払ッテモラウ。人間ノ体ニ」
飛行場姫は得も言われぬ不快感を覚えた。
「死ンダ人間ダ。安ラカニ眠ラセテヤッテハ」
「ソウハイカナイ。コノママデハ我々ハタカガ非力ナ人間ニ、戦力ノ一角ヲ崩サレタコトニナル」
装甲空母姫は冷ややかな目でカプセルを見下ろす。提督の死体を。
「コノグライノ代償ヲ受ケ取ッテモ割ニ合ウマイ。改造モデキレバイイケド……」
飛行場姫は思った。いっそ提督が入れられた容器も壊してしまおうかと。それはまったく難しいことではない。
衝動じみた行動を取る前に、飛行場姫は別の容器を見て驚いた。
その中に浮かんでいるのは深海棲艦ではない。
「艦娘……?」
「ソウ、ソレハパナマデ交戦シタアメリカノ艦娘ダ。私ノ艦載機ヲイクツモ落トシタ……代償ダ。他ニモ色々ナトコロカラ回収デキテネ、コノ数ヶ月ハ戦闘ガ多クテヨカッタ」
装甲空母姫は愉快そうに笑うが、すぐにその笑い声を消す。
あとに残ったのは真摯な顔だった。
「知ッテホシイノハ……深海棲艦ガ直面シテルコト。我々ハ窮地ニ追イ込マレテイル。ソレト気ヅイテイナイダケデ」
飛行場姫は息を呑んだ。知らずに自分が踏み入れているのは危険な場所ではないかと思って。
「ゴク少数デモ、生マレナガラニ不完全ナ個体トイウノハイタ。ソウイッタ個体ヲ用イテ色々試シタヨ。改造シテ巨大化サセテ実験兵器ヲ載セタリ、艤装ニ転用シタ例モアル。成功モ失敗モ様々デ」
「知ッテル。ソレトコレガドウ繋ガルノ!」
「セッカチダナ、君ハ」
こんな話なんか聞いていたくないだけ、飛行場姫は内心で言い返す。
一方で姫である以上、知っておかなければいけない話だとも考えていた。
490 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/23(水) 14:04:40.34 ID:A+5EMiDc0
「今デハ……深海棲艦ノ出生率ガ下ガッテイル。シカシ不完全ナ個体ノ発生率ハ反比例シテ上昇シテイル」
飛行場姫は不審に思う。
正確なデータとして把握しているわけではないが、それだけの変化ならもっと認知されている問題だと思えたからだ。
その疑問をよそに装甲空母姫は話を続けた。
「モチロン今ガ過渡期トイウ可能性モアル。我々ノヨウナ姫ヤ9レ#=Cノヨウナ強靱ナ個体ガ生マレルタメノ」
「……デモ、ソウハ思ッテイナイ?」
「淘汰ニシテハ劣化ノ激シイ個体ガ多スギル。西海岸ナド酷イモノヨ。発祥ノ地ナノニ……ダカラコソカナ?」
含み笑いをする装甲空母姫に、飛行場姫は胡乱げな眼差しを向ける。
「……信ジラレナイワ。ソレダッタラ、モット早ク気ヅクジャナイ」
「足リナイ者同士デ掛ケ合ワセテ、表面的ニハスグ分カラナイカラカナ。幸イ、我々ニモ小鬼ノ作リ出シタ修復材ガアル」
聞かなければよかった、と飛行場姫は少なからず思った。
装甲空母姫は完全な一体を用意するために複数の個体を切り刻んでは修復、欠けの生じた個体は対空砲台などへと改造していると言う。
「総数ハコレデ変ワラナイ。戦エナイ個体ニモ働キ場所ガアル」
何か問題が、と問われているようで飛行場姫は絶句するしかなかった。
おかしいと感じながら、どこがどうおかしいのかを指摘できない。
浮かぶ理由が観念的になってしまい、それは不適切だと思えてしまう。
「ソウマデシテ……ドウシタイノ?」
「怖イカラ」
装甲空母姫は真顔だった。その目は海のように茫洋としている。
491 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/23(水) 14:05:32.76 ID:A+5EMiDc0
「私ハ怖イ。遠カラズ我々ハ滅ンデシマウノデハナイカト。外ノ理由モ内ノ理由モ絶対ニ嫌」
「ダカラトイッテ……」
このやり方が本当に最適解なのか。そうではないと思う。
しかし代案を出せるほど飛行場姫は冷静ではなかった。
「艦娘ヤ人間ガドウ絡ムノ」
「アア、ソレハ簡単ナ話デ足リナイ部分ハ外カラ補エバイイ。閉ジタ輪ノ中デ行ウヨリ健全デショ?」
なんでもないことのように言われて、飛行場姫はきびすを返す。
装甲空母姫の行為は、深海棲艦の未来を見据えての行動かもしれない。
それ故に止められないと思う。しかし間違えてると、どこかで感じてしまう。
展示された標本のような同族や艦娘を見ると、飛行場姫は強烈な嫌悪感が生じてくるのを抑えられない。
あそこにあるのは等しくモノで、一様に死にくるまれていた。
無機質な冷たさの中から明るい未来が生まれるという展望が、飛行場姫にはどうしても想像できない。
飛行場姫の足は自然と外へと向かい、そのまま夜の海へと飛び込んだ。
海水に当たれば、少しは淀んだ気持ちが晴れるかもしれないと期待して。
実際に効果はあった。
覚めた頭でどうでもできないと判断する。何も止められないし変えられない。
飛行場姫は水面に仰向けに浮かび上がると、星空を見上げる。
提督を憐れに思った。
艦娘を想い死を賭したであろうに、その死後に艦娘と戦うために利用されるとは。
「コンナハズデハナカッタ……ソウハ思ワナイ?」
飛行場姫は思う。この世界は残酷なのかもしれないと。
そして、それに一役買ってるのは彼女自身と言えるとも。
飛行場姫はうんざりしながら、流されるままに体を波に任せた。
五章に続く。
492 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/11/23(水) 14:08:04.12 ID:A+5EMiDc0
やりました
というわけで、ようやく冒頭の語りを回収
ますます人を選ぶ展開になった気がしますが、これからは後半戦ってことで
493 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/11/24(木) 20:24:18.50 ID:wPFoIF8Go
乙
続きが気になる
494 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/11/30(水) 20:42:41.77 ID:8n5qvuuZO
乙乙
マジで面白い
495 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/12/02(金) 21:56:49.08 ID:cdBz2QD8o
乙
まさかこうなるとは思わなかった
続きが気になる
496 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/12/05(月) 23:45:02.64 ID:oT7KNypKO
乙
やっと追いついた
497 :
専ブラはじめました
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/12/11(日) 11:12:41.19 ID:1ZoVarZvo
>>493
>>495
書いてる自分としては展開を読まれてると思ってます……
>>494
ありがとうございます、励みになるのです
>>496
お疲れ様です。四章までで二十万文字越えてしまってるので大変だったかと思います
498 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/12/11(日) 11:14:10.38 ID:1ZoVarZvo
俺たちに魂はあるんだろうか?
艦娘という我が身を顧みると、そんな疑問に行き当たることがある。
艦娘は元になった艦の生まれ変わりって言われている。
生まれ変わりなら魂があるという前提だろう。生きてなきゃ魂が宿るなんて考えはないはずだし。
そもそも艦という無機物に魂が宿るのかって疑問もあるにはある。
まあ、これは付喪神のようなもんなのかもしれない。
俺には先代の記憶が多少なりとも残ってる。
だから俺の場合は先代と混じってるって言ってもいいんじゃないかな。
でも実際にゃ俺は俺だし、先代は先代だ。
先代の記憶があるからって、それは俺自身の体験ってわけじゃない。
あいつはあいつ、お前はお前。
いつか言ってもらったことだけど、こういうのが正しいんだと思う。
姿形が似ていて同一の艦娘として生を受けていても、同じであって同じではない存在。
だから先代と俺がよく似ていたとしても、やっぱり俺たちは別物なんだ。
たぶん、魂が違うんだから。
艦娘に魂があるなら、魂を魂たらしめてるのは記憶なんじゃないかな。それも実際に体験した上での記憶。
要は経験だ。
だから記憶があったからって、それはそいつだって言えない。艦娘は軍艦じゃないし同型艦でもないってことで。
なんで、こんな話をするのかって?
……まあ、あれさ。認めたくないんだ。
俺たちは出会った。出会っちまったんだ、戦場で。
俺が俺であるように、あいつはもうあいつじゃなかった。
だって、やつには俺たちと過ごしたという体験はない。
逆にあいつには俺たちと撃ち合った経験なんてないんだ。
……どうにも、こいつはいけないな。回りくどくて要領を得てないや。
つまり俺たちは新種の深海棲艦と邂逅した。
それだけなら、そういう話で済む。
しかし俺はそいつから提督の気配を感じてしまった。
ありえない話だよ。そう、ありえないんだと思っていたかった。
あれは確かに深海棲艦だったから。
だが魂がもしも記憶に根ざすなら……あの深海棲艦はやっぱりあいつでもあったんじゃないかって。
俺はそれ認めたくないだけって話さ。
実際やつは……やつも振り回されてたんじゃないかな。自分自身に、自分が持っていたモノに。
499 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/12/11(日) 11:17:20.76 ID:1ZoVarZvo
五章 咆哮の海
港湾棲姫たちを受け入れてから一夜が過ぎた。
その間、交戦の意思がない一団は積極的にトラック泊地からの要求や指示に従っている。
元から受け入れるのも考慮して接触しただけあって、泊地としての対応も早かった。
提督も港湾棲姫と通信を行い事の経緯や彼女たちの目的を改めて確認すると、今後に向けた当座の取り決めも交わしている。
大本営からも近日中に人を派遣して話し合いを行うとのことで、それまで友好的な態度を取るよう言ってきたという。
鳥海は思う。ここまでは司令官さんの計算通りなのかもしれない。
この先どうなっていくのかは委ねられてしまった。
翌日になって深海棲艦たちに夏島への上陸許可が認められた。
提督さんと港湾棲姫の間で、改めて協議を行うために。
もっとも上陸できるのは三人だけで、港湾棲姫にホッポと名乗る幼女のような見た目の姫、それに青い目のヲ級になる。
他の深海棲艦は海からは離れられなかった。
これは以前ワルサメからもたらされた情報とも合致している。
砂浜では提督や何人もの艦娘が見守り、海上では二十名近くの深海棲艦が見送る中、最初に上陸した港湾棲姫がしみじみと言う。
「コンナ形デ戻ッテクルナンテ思ワナカッタ……」
トラック諸島が深海棲艦の勢力圏だった頃、深海側の司令官を務めていたのが彼女だ。やっぱり思うところはあるんだと思う。
続いて島に足を踏み入れたホッポが胸一杯に息を吸い込む。
「コーワン、匂イガ全然違ウヨ!」
「ソウ……ナノ?」
少し戸惑い気味に港湾棲姫が言う。
そんな彼女と鳥海はなぜか目が合った。
いえ、私にも分かりませんが……そういえば、港湾棲姫はと号作戦の折に交戦したのを覚えているのかしら。
あの時の夜戦で左腕を折られたんだっけ。今更持ち出す気はないけど左腕を思わず触ってしまう。
当たり前の話だけど、港湾棲姫は私よりもホッポという姫を気にしていた。
500 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/12/11(日) 11:20:20.17 ID:1ZoVarZvo
「ココハナンダカ優シイヨ?」
「ソウ……ヨカッタネ」
「ウン!」
子供をあやすようにほほ笑む港湾棲姫にホッポは無邪気に笑い返す。
本当の親子みたいで、相手が深海棲艦であっても和んだ気持ちになっていた。
だから司令官さんは彼女たちを助けたいと考えたのでしょうか……。
最後に青い目のヲ級が上がってきたところで提督が代表して前に進み出る。
「先任の意向を受けて、あなたがたを受け入れたいと思います」
「感謝シマス、提督サン……」
提督はそこで握手のために右手を差し出す。敬語を使ってるのも、彼なりの立場の示し方なんだろうと後ろから見ていた鳥海は考える。
港湾棲姫は戸惑ったように提督の手を見ていたが、同じように右の手を開いて前に出す。
彼女の手は大きなかぎ爪のようになっているから、お世辞にも握手には向いていなさそうだった。
提督は港湾棲姫の人差し指と中指の二本を握って応じた。
「とは言ったものの喜ぶにはまだ早いかもしれません。先任や艦娘たちが認めたとしても、それは我が国の総意とは言えませんので」
「エエ……ソレデモ始メルコトガ……必要デス」
「そうですな……今はまずお互いがこうして出会えたのを感謝しましょう」
提督の言葉に港湾棲姫も頷き返す。
二人の様子を見ていたホッポが首を傾げる。
「コノ人モ提督?」
「ああ、提督って言うのは役職だからね。お姫様と一緒で何人かいるんだよ」
「フーン。アノネ、ホッポモ姫ナンダヨ。コーワントオンナジ!」
嬉しそうに喋るホッポに提督さんは屈むと目線を合わせて褒めてあげる。
できるだけ威圧感を与えないようにという配慮のようで、そういう気配りができる人らしい。
501 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/12/11(日) 11:21:35.90 ID:1ZoVarZvo
「では今後も含めて踏み込んだ話をするとして、そちらをどう呼べば?」
「イカヨウニデモ……私ノ名ハ人間ニハ認識デキナイ。デモ、コノ子ハコーワントイウ呼ビ方ガ気ニ入ッテル」
「コーワンハカワイイ!」
「それではコーワン、どうぞ泊地へ」
提督が先頭に立って歩き出すと、それに従って鳥海たちも港湾棲姫たちも歩き始める。
鳥海たち艦娘は護衛と監視を兼ねていたが、これまでの出来事からじきにそうする必要がなくなると察していた。
それもこれも以前ワルサメと過ごしたからで、彼女の存在は深海棲艦への印象を変えるには十分だった。
しかし、わだかまりもまた解消されていない。
今まで戦ってきているのもあるし、何よりも司令官さんのことがある。
先を見据えたいと考えていても、そこまでの割り切りができたなんて言えない。
全てを水に流すには、お互いにまだ時間も理解も足りていないのだから。
それでも今は言葉を交わすことはないけれど、これからは協調路線を取っていく。
こうやって変わっていくのだけは確かなんだと鳥海には思えた。
泊地の司令部施設内にある会議場で会談は行われた。
最初から最後まで雰囲気は悪くなくて順調に進んでいく。
会談の終わり際になって港湾棲姫が白露に会ってみたいと言いだした。ワルサメに良くしてくれていたと聞いていたからだという。
そして提督は即答を避けた。
この日の白露型は武蔵や空母たちと一緒に洋上へ訓練に出ている。
訓練を中止して呼び戻すという手もあるけど、提督さんはそうはしなかった。
「今は洋上に出ているので戻ってきてから。それに我々も立ち会いますが、よろしいですな」
確認というより条件の提示。港湾棲姫は頷いた。
「代わりと言ってはなんですが泊地を案内しましょう」
提督のその一声で会談は終わりを迎えた。
502 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/12/11(日) 11:23:18.79 ID:1ZoVarZvo
扶桑姉妹と夕雲型の何人かが引き続き港湾棲姫たちに付き添う中、鳥海はその任から外れた艦娘に含まれている。
提督たちを見送ってから鳥海はため息をつくと、軽く頭を振る。
それを高雄に見られていたのに気づく。
「お疲れね」
「昨日今日で色々ありましたからね。なんだか世界が変わってしまった気がします」
気安く言ったつもりでも間違いではない。
この数ヶ月で鳥海たちを取り巻く環境は大きく様変わりし、今もなお変わり続けている。
激流に放り込まれたような我が身を顧みれば、疲れるというのが無理なのではないでしょうか。
「本当にそうね……」
高雄も肩を落とすと鳥海と同じようにため息をついた。
そんな二人に声がかかる。愛宕と摩耶だった。
「ちょっとー、二人とも湿っぽいわよ」
「だな。こんな時は間宮で息抜きしようぜ」
摩耶は間宮券をちらつかせてみせる。
「いい考えね、ほらほら」
「もう、強引なんだから」
愛宕が高雄の背を押していくが、高雄も満更でもなさそうにはにかんでいる。
「鳥海も来いよ」
摩耶に促される。確かに名案かもしれないと鳥海も思う。ここは英気を養う時だと。
503 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/12/11(日) 11:24:11.85 ID:1ZoVarZvo
「うん。でもみんなは先に行ってて。工廠に用があるから先に済ませてくるね」
鳥海は一人で行くつもりだったが、すぐに愛宕が手を挙げる。
「私も一緒に行きたいな!」
「別に面白い用事じゃないですよ? 先に食べていたほうがいいかと」
「それだと鳥海があとから食べてるのを眺めることになるかもしれないのよ。高雄には目の毒だわ」
「どうして私なのかしら」
「高雄ってばおなか周り気にしてるじゃない。食べ終わっちゃった後に見てたら、お代わりしたくなるでしょ?」
愛宕は悪気のかけらもなく言う。
高雄は一瞬頬を引きつらせたが、すぐにそれを表情から消す。
「人を食いしん坊みたいに言って……」
「でも事実でしょ?」
「それはそうだけど……」
「姉さんの腹はとにかく、工廠にどんな用があるんだよ?」
「うん……実はね」
鳥海は指輪を取り出す。
港湾棲姫の手を経ての私の元へとやってきた司令官さんの指輪。唯一の形見らしい形見になった指輪を。
他の三人が息を詰める気配を感じながら鳥海は困ったように笑う。
504 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/12/11(日) 11:25:04.48 ID:1ZoVarZvo
「ペンダントにしてもらおうと思うんです。お守りの代わりに持っていたいので」
指にはめるのも考えたけど、私と司令官さんではサイズが合わなかった。
指輪は軍の装備に当たるから本来は返却しないといけないのでしょうが……どうしても、そうする気にはなれなかった。
「鳥海がそうしたいなら好きになさい。それにいいと思うわ」
高雄が後押しするように言う。その表情は穏やかだった。
愛宕も一緒に行く気はなくなったらしい。
「間宮で待ってるから、ちゃんと来てよね」
「もちろんです。摩耶のおごりですし」
「あんまりゆっくりしてると高雄姉さんが二人分食べちゃうかもしんないけどな」
「……摩耶?」
抑えた声の高雄に摩耶が冗談っぽく謝ったのをきっかけに、鳥海は姉たちと別れて一人で工廠に向かう。
工廠は司令部施設とは別の建物なので、鳥海は外に出てから歩いていく。
何人かの妖精が装備や資材を確認する傍らを抜けていくと、工廠の奥で夕張が資材管理の帳簿に記入をしながら頭を捻っていた。
「今週の消費資材は……オーバー気味かあ。そろそろ成果も出さないといけないし……」
「夕張さん?」
鳥海が声をかけると、我に返ったように夕張は立ち上がった。
しかし相手が鳥海だと分かると安心したように胸をなで下ろす。
505 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/12/11(日) 11:26:06.66 ID:1ZoVarZvo
「なんだ、鳥海か。ああ、そうだ。資材の割り当てってもう少し増やせないかな?」
「どうでしょう。私も今は秘書艦じゃないですし」
「そっか……ごめん」
「いえ。いっそ夕張さんが秘書艦になっては? そうすれば資材の融通に悩まされないかと」
「私はこっちのほうが性に合ってるんだよね。秘書艦やってたら、工廠の仕事が疎かになっちゃうだろうし」
工廠は夕張と明石の二人が中心になって機能している。
得意な領域が微妙に違うのもあって、二人は協同して成果を挙げていた。
もっとも開発される兵装の全てが実用に耐えるとは限らないが。
「やっぱり秘書艦って必要ね。ところで今日はどうしたの?」
「頼みたいことがあって」
夕張は鳥海に椅子を勧めると、麦茶をコップに注ぐ。
鳥海はそれを受け取ると、一口飲んでから話を切り出した。
「加工をお願いしたいんです。ペンダントのように」
指輪を差し出すと夕張はそれを手に取って注視する。
「これ、提督の指輪かな?」
「はい。どうでしょう?」
「加工はできるし難しくもないけど」
夕張は鳥海に一度指輪を返してくる。
506 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/12/11(日) 11:27:08.70 ID:1ZoVarZvo
「本当にいいの?」
鳥海が頷くと、逆に夕張は困ったような冴えない表情になる。
乗り気に見えない表情だけど理由が分からない。
「ペンダントってことは肌身離さず持っていたいということよね?」
「……はい。司令官さんとの繋がりがあった証明ですから」
だからお守り代わりに。そして、あの人を救えなかった自分への戒めとしても。
「そこよ。ずっと持ってるなら戦闘中になくしちゃうかもしれないのに」
夕張が渋っていた理由に鳥海は気づいた。
戦闘の最中に失ってしまえば、今度こそ二度と戻ってこなくなる。
わら山で針を探す、という慣用句があるけど海はわら山と比較できないほど広大で深奥なのだから。
こうして鳥海の手元に指輪があることが、すでに奇縁の為したいたずらと言えるのに。
「私も前、提督から指輪はもらってるけど二人のはなんていうか特別じゃない。同じ指輪なのに本当に通じてたっていうか……だから、これは大切に保管しておいたほうがいいんじゃないかしら」
「それは考えました。というより最初はそのつもりだったので」
「だったら、どうして?」
そこで鳥海は少しの間、沈黙した。
夕張の言うように指輪を大事に取っておけば、鳥海が健在な限り二度と失われることはないかもしれない。
しかしトラック泊地も決して襲撃とは無縁の拠点とは言えなかった。
どこかに保管していても、敵の襲撃で灰燼に帰してしまう可能性もないなんて断言できない。
だから手元に持っておきたい。
理屈で考えればこうなってくるがそう言えなかった。
「司令官さんは私たちに感謝の言葉を遺していきました」
「そうみたいね……らしいっていうかなんていうか」
夕張は寂しげに笑う。自分も同じような顔をしているのかもしれないと鳥海は思った。
「それで一晩考えてみたんです。あの人はどんな未来を思い描いてたんだろうって」
見返す夕張は驚いたのか感心しているのか、相づちを打つように頷いてくる。
507 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/12/11(日) 11:27:59.90 ID:1ZoVarZvo
「何か分かったの?」
「いえ、残念ながら。でも司令官さんは私たちに期待してくれていたんだと思うんです」
私たち艦娘が将来どう生きてどうなっていくのか。
あの人はその点ではとにかく楽天的だったように今では思う。
前途にどんな困難があっても、それを越えていけると信じているようで。
「これが司令官さんの代わりだなんて言いません。だけど……」
掌に戻ってきた指輪に視線を落とす。
これ自体はただの指輪だった。司令官さんが何を考え、どんな想いを込めていたとしても。
それでも司令官さんは『ありがとう』の言葉と一緒にこれを託してきた。
「この指輪は私に教えてくれたんです。私たちが過ごした時間は無駄なんかじゃなかったって」
だから私が望まない限り離したくない。
大切だったことを忘れないためにも、先に進んでいくためにも。
「後生大事にしておくより私の近くでこれからを見届けてほしいんです。私が生きていく時間を」
「……あーもう、そこまで言われたら断れるわけないじゃない」
夕張は今度こそ指輪を受け取り、鳥海は頭を下げた。
「何日か時間をちょうだい。最近面白い鋼材を開発できて――とにかく丈夫に作ってあげるから」
「当てにしてます」
「任せて。鳥海の艤装より丈夫にするから」
「それなら艤装のほうも丈夫にしてほしいです……」
「意気込みの話だよ」
夕張は上機嫌そうに笑う。
自信が覗いている笑みに、鳥海はもう一度礼を言ってから頭を下げた。
後はできることをやっていくだけ。鳥海は人知れず気を引き締めていた。
508 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/12/11(日) 11:31:26.80 ID:1ZoVarZvo
短いけどここまで。少し人間関係の整理も兼ねて日常回っぽい話が続きます
今年も残りわずかですが、引き続きお付き合いいただければ幸いです
509 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/12/11(日) 19:19:56.07 ID:B2TJqJ9A0
乙
510 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/12/12(月) 06:48:16.26 ID:LvMf+gbX0
乙です
511 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/12/12(月) 12:51:54.12 ID:oZaiMjFAO
乙乙
512 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/12/17(土) 16:34:09.40 ID:XnFMKPV8o
乙ありなのです
短めですが一旦投下。続きは間に合えば今夜、だめそうなら月曜にでも
513 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/12/17(土) 16:34:38.79 ID:XnFMKPV8o
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
白露が港湾棲姫へ抱いた第一印象は大きいだった。
実際に近づいてみると、つくづくそう思える。
訓練が終わって帰港すると、白露は汗を流してから姫が待つ波止場に向かった。
そして姫の両隣には扶桑姉妹が並んでいる。
「大きいね」
隣の時雨も同じようなことを言う。
指名されたのは白露だけだったが、時雨は勝手についてきていた。
というより他の妹たちもこっそりと追ってきている。
以前、時雨が扶桑姉妹を同じように評していたのを白露は思い出す。
港湾棲姫の足にはホッポが隠れるようにしがみついているが、怖がっているわけではなく逆に好奇の眼差しを二人に向けていた。
少し離れたところにはヲ級と夕雲たちがいる。
「あれがホッポか。あっちは見た目通りというか小さいね」
白露が無言で頷くと時雨は続ける。
「しかし……あの三人はまるで山だね」
「山かあ。ちょっと分かるかも」
一人が山なら、三人並べば連峰?
別に大女って意味じゃないけどさ。
「白いし氷山ってところかな。並んでるとすごく大きいし。いや、一人でも大きいんだけど」
言われてみると三人とも白い。氷山というのも分かる――冷たすぎる気もするけど。
「大きい……あれが巨乳。違うね、爆乳か」
「うん……うん?」
時雨は何を言い出すんだろう。白露は不審そうに時雨を見た。
514 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/12/17(土) 16:35:40.06 ID:XnFMKPV8o
「なんだい、姉さん。その目は」
「大きいっておっぱいのこと?」
「他に何があるんだい?」
さも当然のように言う時雨に、白露はげんなりとする。
白露は時雨を置いていくように歩調を早めた。
「ちょっと! 何か言ってほしいな……」
すぐに時雨も追いついてくる。白露は顔を向けず、声に呆れを乗せて言う。
「あたしは背とか体全体のことを言ってたんだけど……そっか、時雨ってばそういう子だったよね」
「ちょっと待って。ボクについて良からぬ誤解がある気がするんだけど」
「どの口がそれを言うの?」
さっきのは完全に時雨の落ち度だと思うんだけど。
間近に来て分かったのは扶桑が柔和な笑みを浮かべる一方で、山城は仏頂面をしていたということ。
気を取り直して白露は挨拶する。
「あたしが白露だよ。それでこっちは時雨」
「ハジメマシテ、私ハ港湾棲姫……コーワン。ソレカラ、コノ子ガホッポ」
「ハジメマシテ!」
「それから私が氷山ね」
ふて腐れたように山城が言い足す。
白露は思わず肘で時雨を突いていた。
あたしは知らないよ。この件では時雨と一切関わりがないという姿勢を貫こうと白露は内心で決めた。
515 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/12/17(土) 16:36:38.29 ID:XnFMKPV8o
「やあ、山城。今日も一段ときれいだ」
「見え透いたお世辞で懐柔できると思われてるなんて……やっぱり不幸だわ」
「あはは……」
白露は乾いた笑いで誤魔化してから港湾棲姫に顔を向け直す。
「それで港湾棲姫が……」
「コーワント呼ンデ」
「じゃあコーワンがあたしに会いたいって聞いたんだけど」
なるべく笑顔を意識して白露は話しかける。
怖いという印象はなくても少しは緊張していた。
ホッポが港湾棲姫から離れて前に出る。
「白露……ワルサメノオ友達?」
見上げてくる顔はまっすぐ白露を見つめてくる。その目は何かを期待しているようだった。
ワルサメがホッポやコーワンの話をしていたのを思い出す。
その時のワルサメは二人を上手く伝えようと真剣だった。
今ならその気持ちが白露にも分かる。きっとこの子は今と同じ目でワルサメを見ていたのだから。
「一番の友達だったよ」
「イチバン……」
「あなたがホッポね?」
「ウン……」
「あたしとお友達になろうよ」
白露は手を差し出していた。
ホッポは驚いた顔で固まったが、すぐに満面の笑顔と一緒にその手を握り返すと嬉しそうに振る。
516 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/12/17(土) 16:37:26.87 ID:XnFMKPV8o
「白露、ホッポトモオ友達!」
あたしたちよりずっと小さな手だった。ホッポの白い手は見た目と違ってずっと温かい。
港湾棲姫が頭を下げてきて、白露を驚かせた。
「オ礼ガ言イタカッタ……ワルサメノコト……大事ニシテクレテアリガトウ……ソレニホッポニモ」
「あたしは自分がしたいようにしてきただけで別に」
こんな形で深海棲艦から感謝されるなんて思わなかった。
なんでだろう。嬉しいのに……悲しかった。
だって、ここにワルサメがいれば……あの子はきっとこういうところが見たかったんだと思えて。
でも、この気持ちは表に出さないと決めた。もういないワルサメのためにも。
「それにしても、どうして白露とワルサメのことを知っていたのかしら?」
扶桑の疑問に港湾棲姫が答える。
「提督ガ教エテクレタ」
「提督が?」
一瞬どっちの提督か考えてしまったけど、前の提督としか思えない。
でも、それならちょっと気になる。
「他にワルサメのことは何か言ってたの?」
「ココデワルサメガドウ過ゴシタノカ教エテクレタ」
「あたしの妹のことは?」
「提督ハ……必要以上ニ艦娘ノ話ハシタガラナカッタ」
やっぱり春雨の話はしてないんだ。白露は確信した。
たぶん情報の漏洩を嫌ってのことだろうとも。
517 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/12/17(土) 16:38:05.15 ID:XnFMKPV8o
「妹たちにも会ってくれないかな。紹介したいんだ」
実を言えば春雨たちも隠れてこの様子を見ている。
春雨は深海棲艦たちに会うのに戸惑っていた。自分がワルサメ――駆逐棲姫と互い違いでよく似ていると知っているから。
でも遅かれ早かれ会ってしまう。同じ泊地にいて避け続けるなんて無理。
それなら下手に時間を空けてしまうより、今の内に会ったほうがいいに決まってる。
白露の声を待っていたように、残りの白露型一同が姿を見せる。
コーワンもホッポもその中の一人、春雨に気づいた。
「ワルサメ!」
ホッポが止める間もなく駆け出すと、春雨に飛びつく。
春雨は腰の辺りに飛びついてきたホッポを受け止めたものの、手で触れて支えるのはためらっていた。
「コレハ……ドウイウコトナノ?」
「話せば長くなるんだけど」
コーワンも戸惑っていた。白露はそんな彼女の手を取る。
「行こう、コーワン。春雨はあれじゃ動けないし」
白露は返事を待たずにコーワンの手を引いていた。
一方の春雨はホッポに抱きつかれてたじろいでいる。
「あの……私はワルサメじゃなくって春雨です。はひふへほのはです」
518 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/12/17(土) 16:38:37.35 ID:XnFMKPV8o
春雨は恐る恐るといった手つきでホッポを体から離そうとするが、しがみついたホッポは離れない。
むしろ万感を込めて春雨を見上げてくる。
妹のさらに妹を見ているような気分だと、白露は思う。
コーワンがすぐ近くに来たために、春雨の進退はいよいよ窮まった。
「あの……」
「アナタ……」
春雨とコーワンは互いに口を開いて、上擦った呼びかけが重なる。
視線を絡ませたまま今度は沈黙した姫を前に、やがて春雨は話し始めた。
「私、春雨って言って白露型の五番艦です、はい。姉は白露、時雨、村雨、夕立。妹は五月雨、海風、山風、江風、涼風――あ、山風はまだいないです、はい」
普段よりも早口で春雨は言う。
「ワルサメのことは白露姉さんから聞いてます……私だけ彼女には会ったことないんです。入れ違いで保護されて……でも私はワルサメじゃなくって春雨で!」
その時、春雨の頬を涙が伝っていった。
「あ、あれ……?」
春雨は目元を拭うが、それをきっかけに次から次へと涙がこぼれ出す。
「なん……なんで涙が? 悲しくなんて、ないのに……」
春雨は嗚咽をなんとか我慢しようとしているが、明らかにできていない。
釣られたように顔をくしゃくしゃにしだしたホッポがコーワンを見上げる。
つぶらな瞳には黒っぽい涙が溜まり始めていた。
519 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/12/17(土) 16:39:06.07 ID:XnFMKPV8o
「コーワンガ……泣カセタノ?」
「エ!? チ、違ウ! 別ニ何モ……」
コーワンの言葉はホッポには届いていないようだった。
春雨も限界が近いようで、震える声で夕立に助けを求める。
「夕立ねえさん……!」
急に言われても夕立はどうしていいのか分からないのか、動転したように言う。
「お姉ちゃん、パスっぽい!」
ここであたしに振らないで、夕立!
内心を呑みこんで白露は言っていた。
「な、泣きたい時は泣いちゃうのがいっちばーん!」
二人分の堰が切れて泣きじゃくってしまう。
コーワンはそんな二人を前に、どうしていいのか分からずおろおろ混乱している。
火でもついたかのようなうろたえ振りだけど、白露も置かれている状況としてはさほど変わらなかった。
なだめようにも二人には白露の声が届いていないし、届いていたとしてもどうにかなるわけでもない。
「大惨事ね……不幸だわ。主に白露とコーワンが」
山城さんが冷静に指摘してくるけど、助け船を出してくれるつもりはなさそうだった。
二人の泣き声はいっそう激しくなってきて、あたしまで泣きたくなってきた。
520 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/12/17(土) 22:29:15.35 ID:XnFMKPV8o
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
私が最初に見たのは同じ深海棲艦だった。
白くて長い手足に、頭は兜か鎧のような外殻に守られている。その一方で腰や胸の下は肌が露出していた。
寒くはないのだろうか――私の格好も似たり寄ったりかもしれないが。
「オハヨウ……ゴザイマス」
頭部に似合わず綺麗な声だと思った。
その深海棲艦が手を伸ばしてきたので、私はそれを掴んで立ち上がる。
どうすれば立ち上がれるのかは体が理解していた。それに従って体を動かせばいいだけ。
「状況……分カリマスカ?」
「イヤ、私ニハ何モ……」
答えながら、他に誰かが私を見ているのに気づいた。
私を立たせた深海棲艦の奥に二人の――姫と呼ばれる存在が立っている。
言われずとも理解できた。相手が姫なのは。
片方は私をせせら笑うように、もう片方は険しい目つきで見ている。
そして警戒してしまう。
この二人は私に害を為すかもしれないと。
すでに何かされているのか。何かって何を?
偏執狂なのだろうか、この頭は。
私の戸惑いをよそに姫の片方が近づいてくる。
何も着ていないようにしか見えないが、それはいい。
唇を線にした薄い笑いは、私を値踏みしているようだった。
私を立たせた深海棲艦は手を握ったままで、その力が強くなる。
この姫が近づいてから、それは顕著だった。少しばかり痛い。
521 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/12/17(土) 22:30:53.58 ID:XnFMKPV8o
「艤装ノテストヲシマショウ。ソウソウ、私ノ名前ハ――」
そこから先はほとんど聞き取れなかった。
姫はそこで彼女の名や、どうやら一緒に私の名も口に出したようだったが。
「アナタノ名ヨ、声ニ出シテミテ」
姫はまた何かを言い復唱を求めてきたができなかった。
雑音や叫びを回らない舌で再現するのは不可能。
その音は言わば壊れたテープを聞かされているようなものだ。
……テープとはなんだろう?
私の頭は私の知らないことまで考え出す。
生まれたばかりでも、この頭に知識はある。
それにしては、この頭には私が知り得ない知識まで詰め込まれているような気がする。
なぜそう思えるのかは分からないが……単なる思い違いかもしれない。
「ソッチノ彼女トイイ、名前ヲ認識デキナイノガ続クナンテ……出自ノ問題カ」
「出自?」
姫は笑う。いくらかの嘲りも含まれている気がした。
「アナタタチニハ今ガアルジャナイ」
何も教えるつもりはないようだった。
しかし一理あるかもしれない。
私がなんであれ、私は必要以上に私を知りたくないかもしれない。
「サア、来ナサイ」
姫は背を向けて歩き始める。
ついていくしかない。そして未だに手を握られたままだった。
「……アマリ強ク握ラナイデホシイ」
「……ゴメンナサイ」
522 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/12/17(土) 22:32:56.77 ID:XnFMKPV8o
彼女はゆっくりと手を開いていく。
私以上にさっきの言葉か、あの姫に対して何か思うことがあるのだろうか。
仮面のようですらある頭部からは、表情が見えず感情を推し量ることもできない。
「握ルナトハ言ッテナイ」
気づけば私は自然とそんなことを言っていた。彼女は首を横に振る。
私は自分から彼女の手を取った。
彼女をそのままにしておくのは……なぜか良くない気がして。
私は手を引きながら、自分の歩調を確かめるように歩き始めた。
前方にいる二人の姫の会話が少しだけ聞こえてくる。
「私モ行クノカ?」
「見タクナイ?」
「……責ハアルカ」
私たちは通路を進む。天井には青白い明かりがあるが、ここは洞穴のように思えた。
進んでいくと、それまでとは異なる深海棲艦がいた。
黒いフードを被った深海棲艦だ。
そいつは壁に寄りかかっていたが、姫たちに目配せしたようだった。
「好キニシナサイ。イツモノコトデショ」
姫の声が聞こえてきた。面白がるような声だった。
「アリガタイ」
そいつは壁から離れた。
意外に幼い顔が笑みを張りつかせて、目を赤々と光らせて私を見ている。
好戦的に見える表情に私は危険を感じた。
523 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/12/17(土) 22:35:38.24 ID:XnFMKPV8o
「危ナイ……」
隣の彼女が警告しきる前に、私は手を離すと前へと踏み出していた。
その時には向こうの深海棲艦も同じように私めがけて駆けだしている。
ほとんど衝突するようにぶつかり合っていたが、互いに引きも倒れもせず押し合う。
私はぶつかった直後に、そいつの手首を両手で押さえ込んでいた。
「生マレタバカリニシテハイイ反応ダヨ。気ニ入ッタ」
そいつは楽しそうに笑っていた。悪気というものをまるで感じない。
「ダガ手数ハアタシノホウガ多イノサ」
首に冷たくて太いものが巻き付いてくる。見ればそいつの体から尻尾が伸びて締め付けてきていた。
巨大な口を持った尻尾の先端が顔のすぐ横に来ている。
その気さえあれば噛み砕くのは簡単、ということか。
「ヒヒッ、怒ルナヨ。歓迎ノアイサツッテヤツサ」
首への圧力が弱まり、尻尾が離れていく。
これ以上をする気はないとみて、私もそいつから手を離した。
「ソッチノヤツハダメダメダッタケド」
そいつは私を立たせてくれた彼女を見やる。こいつの判断基準はどうやら強弱らしい。
「オ前ハイイナ。名ハ? アタシハ9レ#=Cッテ呼バレテル」
「……何ヲ言ッテルノカ分カラナイ」
正直に答える。すると後ろで様子を見ていた裸に近い姫が言ってくる。
「ダッタラ『レ級』トデモ呼ビナサイ」
「レ級?」
「ヒヒッ、十把一絡ゲカヨ」
「人間ハ彼女ヤ同種ヲソウ呼ンデイル。ソレナラ、アナタタチデモ言エルデショウ」
524 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/12/17(土) 22:36:53.43 ID:XnFMKPV8o
確かにレ級なら言えるし分かる。
レ級本人はその呼び方はあまり面白くないようだったが。
「名ヲ認識デキナイナラ、アナタタチ二人ハ人間ノ呼称デ呼ベバイイ。二人モ名無シガイルノモ紛ラワシイシ」
改めて、その姫は自分たちの名を言う。
「人間ヤ艦娘流ノ基準デイエバ、私ガ装甲空母姫。コッチハ飛行場姫ダッタカ」
その言葉なら理解できたので私は復唱した。
すると装甲空母姫は満足げに笑い、やや距離を取ったままの飛行場姫は私から目を逸らした。
やはり私は飛行場姫にあまり気に入られていないようだ。
理由は分からないが、理由などないのかもしれない。人が人を嫌う理由など、意外に大した理由ではなかったりする。
……今、私は人間を基準に考えたのか?
どちらにしても私とて彼女に理由のない警戒心を抱いている。お互い様というわけか。
「アナタタチハ新種ダケド姫デハナイカラ艦種ニ合ワセテ呼ビ方ガアルハズ。二人トモ重巡ノ艤装ニ適正ガアルケド、コッチノ彼女ハ軽巡ニヨリ適正ガアッタカラ」
「イロハ歌」
急に後ろの飛行場姫が言い出す。
「イロハ歌……ソウ、ソレカラ名ヲツケテイルト確カニソウ言ッテイタ」
誰が言っていたのだろう。飛行場姫の言葉からは分からない。
ただ、その言葉は私に閃きを与えた。
「ソレナラ私ガ『ネ級』デ彼女ハ『ツ級』ニナル」
私はまた私の知らない知識で話していた。
ただ、これで決まった。私にはネ級という名がある。名と呼んでいいのか分からない名が。
525 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/12/17(土) 22:45:24.99 ID:XnFMKPV8o
ここまで。これでストーリーに絡むキャラは出尽くしです
さっき気づいたんですが、今日で初回投下からちょうど半年でした
始めた頃には今頃終わってるもんだとばかり思ってたので、もう少し気合い入れないとなと思った次第
526 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/12/18(日) 00:48:14.87 ID:Baw3RNcdo
乙です
527 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/12/18(日) 09:02:06.16 ID:nrlK3k+a0
おつ
528 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/12/19(月) 17:52:02.51 ID:R3BrskfuO
乙乙
529 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/12/27(火) 19:44:45.42 ID:3RctYE/RO
乙
530 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/12/27(火) 23:20:52.01 ID:lKPQ86Ago
乙ありなのです!
年内最後の更新を
531 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/12/27(火) 23:23:08.48 ID:lKPQ86Ago
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
港湾棲姫たちがトラック泊地に保護されてから半月が過ぎた。
先日になって大本営から使節団が派遣され、港湾棲姫との協議も済んでいる。
鳥海は会談には参加しなかったが、議事録を取っていた夕雲から要旨は教えてもらっていた。
「要は何も変わらないということですよ」
夕雲は苦笑いしながら前置きとしてそう言った。
決まったのは港湾棲姫たちを守るためにも、彼女らの安全を脅かす存在に対して艦娘や泊地の基地機能が行使されるということ。
つまり正式な保護対象として認定された形になる。
大本営は深海棲艦の生態調査を申し込んでいるが、これは深海側から拒否されている。
調査という名目で何が行われるのか分からないのだから、断るのも当然だというのが夕雲と鳥海の共通認識だった。
一方で将来的に港湾棲姫たちが人間に害を為すのなら、実力をもってして排除することになっている。
そういった事情もあって、当面はトラック泊地でのみ深海棲艦の滞在を認めていた。
また深海棲艦たちもただ守られるだけでなく、可能な限りの協力を約束している。
協力するといっても具体的な形は定まっていなかったが、港湾棲姫は自分が持つ情報をここに至って開示していた。
深海側の拠点や勢力に関する情報で、それは新たな戦いの幕開けも意味している。
深海棲艦の主力がガダルカナル島に拠点を築いているのが港湾棲姫により判明したが、艦娘たちもMI作戦にまつわる被害からすぐに動けないというのが実情だ。
各鎮守府や泊地では戦力の増強、あるいは立て直しを図りながら、本土ではガ島を攻略するための作戦の実施に向ける準備が始まっていた。
トラック泊地でも新提督による体制が固まりつつある中、艦娘やマリアナ救援で摩耗した基地航空隊の練成が進んでいた。
532 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/12/27(火) 23:24:50.29 ID:lKPQ86Ago
他方、港湾棲姫ら深海棲艦は泊地の艦娘や人間に馴染もうと努力している。
多くの深海棲艦は言葉が通じないなりに身ぶり手ぶりで意思表示をしようとしているし、中には発声の練習をしている姿も目撃されている。
港湾棲姫も自らをコーワンと呼び、日常に少しでも溶け込もうとしていた。
艦娘たちもそんな深海棲艦たちを受け入れ始めた頃、鳥海はある妖精と再開を果たした。
「お久しぶりです、秘書艦さん」
第八艦隊内での紅白戦を終えて帰投した鳥海の前に現れたのは、白の帽子を被ったセーラー服の妖精だった。
と号作戦前に本土を訪れた時に、二人目の鳥海と引き合わせてきた妖精だ。
彼女は以前と同じように白い猫を吊すように持ち上げている。
「あなた……確か司令官さんと一緒に会った」
「ええ、十ヶ一月ぶりですか」
「もうそんなに……」
鳥海は以前の夜を思い出して動揺した。
あの夜、あの場にいた司令官さんも二人目の鳥海も、この世界のどこにもいない。
一年に満たない時間なのに、喪失は確実に迫っていたと気づかされた。
言葉をなくした鳥海に妖精は言う。
「こうなると次は私の番かもしれませんね」
内心を見透かしたような一言はどこまでが本気か分からず、鳥海はあえて何も答えなかった。
「少しお時間よろしいですか?」
「ええ、ちょっと待ってください」
鳥海は高雄に後のことを頼んでから、妖精とその場を離れる。
妖精は他で話したいというので、鳥海は妖精が先導していくのに任せた。
屋外に向かう道中で、妖精は自分から話を進めていく。
533 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/12/27(火) 23:25:37.03 ID:lKPQ86Ago
「今日は深海棲艦の見定めに。新しい提督さんにもご挨拶しておきたいですし、秘書艦さんとも少し話しておきたくて」
「話すのは構わないんですけど、私ならもう秘書艦ではありませんので」
「そうなのですか? 失礼しました。それでも鳥海さんと話しておきたいのは本当ですよ」
妖精が猫を支えるように抱き直すと、猫はその顔を見上げてから体を丸めて目を閉じる。
寝に入るような猫を見て、鳥海は表情を柔らかくする。
「好きなんですね、猫」
「いえ、特には」
妖精はきっぱりと否定する。
「でも前回も一緒でしたよね、その猫」
「この子は悪さをするから懲らしめてたんです。そうしたら懐かれてしまっただけで」
口でそう言っても嫌がってるようには見えない。
何よりも猫が懐いてるのは自明だし、好きでもなければこの子なんて呼ばないでしょうし。
鳥海は一種の照れ隠しなんだと受け止めた。
「それはそれとして今の秘書艦はどなたです?」
「今は夕雲さんですね」
534 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/12/27(火) 23:26:18.48 ID:lKPQ86Ago
夕雲さんが会談の議事録を取っていたのも秘書艦に抜擢されたため。
今の提督さんは左腕がいくらか不自由で、そこに最初に気づいたのが夕雲さんだった。
何度か仕事の話をしている時に、夕雲さんが馴れ初めを話してくれた。
「最初はただのぶきっちょさんかと思っていましたが」
夕雲さんは提督さんが食事を取る時に右手だけで全部を済ませようとしていたのが引っかかったようで、しばらく意識してみていたら左腕が変だと気づいたという。
それからは目立たないように提督さんの手助けをしていたら、ある時に提督さんから秘書艦を打診されて今では彼女が秘書艦を果たしている。
端から見ていて、今の夕雲さんはとても充実しているようだった。
司令官さんと一緒にいた時の私もそう見えていたのかもしれない。鳥海は一抹のさみしさを覚える。
「ここにしましょうか」
妖精が口にした言葉に鳥海は今に意識を向けなおす。
二人と一匹の組み合わせは屋外のラウンジに出ていた。
日除けのパラソルと一緒に置かれているテーブルに向かい合って座る。
「提督さんのことは残念でした」
司令官さんのことを言ってるのは、聞き返さなくなって分かる。
「我々は提督さんへの協力を約束していました。しかし、それもできずにこんな結果を迎えてしまったのは残念です」
妖精の表情は薄い笑顔から変わらない。
この表情の見えなさはそのまま腹の内の読めなさに繋がっている。
いまいち感情が見えてこないから、どうしても形だけの言葉のようにも解釈できるけれど。
「まだこれからですよ。司令官さんはいなくなってしまいましたが、あの人は私たちに後事を残していきました」
「深海棲艦ですか。上手くやっていけそうなのですか?」
「……そう願いたいですね」
大丈夫だと鳥海には言えない。
共存を目指すような形になりつつある一方で、その先が大丈夫と断言するのはあまりに楽観的すぎるように思えたために。
535 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/12/27(火) 23:26:52.04 ID:lKPQ86Ago
「率直に申し上げると予想外でした」
「ここに深海棲艦がいるのが、ですか?」
「はい。だからこそ我々妖精も戸惑っているのです。この変化をどう捉えるべきなのか」
鳥海にもその気持ちは理解できた。
楽観視できないのも根ざすところは同じ理由だ。
「我々にとって深海棲艦は脅威でした。しかし今の状況では必ずしもそう言いきれなくなっています」
妖精は初めて無表情を鳥海に向ける。
なぜだか、その目は助けを求めているように鳥海には見えた。
「本来なら提督さんに聞くところでしたが鳥海さんに聞きます」
「……どうぞ」
「今のあなたたちは深海棲艦を受け入れ始めていますね?」
鳥海はしっかり頷いた。
心を許したとは言えないにしても、受け入れられるようには努めていた。
鳥海だって例外ではないし、むしろ提督との関係が深かった自分こそが率先して受け入れる必要もあるとさえ感じている。
「では、もしも港湾棲姫たちを撃てと命令されたら撃てますか?」
妖精の質問に鳥海は素直な反応を見せた。戸惑いという反応を。
戸惑っているからか、妖精の言葉は感情を欠いた他人事の声に聞こえた。
「人間が全てあなたの提督さんのように考えるわけではありません。深海棲艦を恐れ憎む者もいますし、深海棲艦もまたそんな人間とは相容れないでしょう」
「そうかもしれませんね……」
「あるいは港湾棲姫たちがそういった理由から人間を見限るかもしれません。いずれにせよ理想がどうであれ、火種そのものは消えないでしょう」
536 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/12/27(火) 23:28:38.79 ID:lKPQ86Ago
言いたいことは分かるし、敵対した場合も想定されているのは知っている。
この場は口だけでも撃てると答えてもいいのかもしれない。模範的な回答という意味では。
だけど……簡単に撃てるとは言いたくなかった。
言葉にした瞬間、それが現実になってしまいそうな気がした。裏を返せば撃ちたくないということでもある。
かといって戦うのを嫌がってるわけじゃない自分も自覚していた。
言葉が思うように出てこない鳥海に構わず、妖精は話し続ける。
「さっきも言ったように本当ならこれは提督さんに問う話でした。今まで人間を見てきましたが、時に理想や主義主張ばかりが先行すると本当に大事なものを犠牲にしてまで通そうとするのです。それは本末転倒ではないでしょうか」
「本当に大事なもの……ですか」
鳥海は呟く。
すでに私はなくしている。
でも、そこには理想とか主義とか関係あったの? そうは思えない。
だから難しく考えることなんてないと、鳥海は素直に答える。
「……その時にならないと分からないですよ、撃てるかなんて。状況だって分からないですし」
よくよく考えると、この答えはあまりよくない。
場合によっては命令を拒むと言っているのだから。
それでも本心なのは間違いない。
下手に追及される前に鳥海は付け足す。
「ただ、そうならないように力を尽くすのが私たちや港湾棲姫、それにあなたたち妖精もじゃないですか?」
「我々も?」
「客観的でいたいのかもしれませんが、あなたの言うことは少し……他人事に聞こえました。この世界に生きておいて、なんにでも他人事を決め込むのは……ちょっとずるいです」
鳥海の指摘に妖精はなにやら感嘆の声を出して頷いている。
しかし鳥海は恥ずかしかった。
偉そうに言ったけど私自身が誰かを批判できるような立場でもなく。
妖精は満足そうに笑っていた。
その笑顔の意味を伝えることもなく、妖精は話を切り上げた。
537 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/12/27(火) 23:29:34.19 ID:lKPQ86Ago
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
陽光の照り返しを受けた海面が白く輝いていて、直視していると目が痛くなってくる。
ネ級は意識して視線を上げた。そうすれば光を気にせずにいられる。
艤装の適合を確認してからは、連日のようにツ級と共に洋上で様々な訓練を行っていた。
この日は飛行場姫が用意した練習機の集団を相手に、回避行動や対空射撃の要旨を叩き込まれていた。
およそ四時間ほど、朝から始まり正午を回ってからもしばらく続いた訓練は終わり、今は休止の時間に入っている。
飛行場姫は相変わらず私を避けているが、訓練に関してはとても真摯だった。
丁寧に諸々の説明をするし、実際に体が反応できるように時間をかけて付き合ってくれる。
公私の二面的なズレの意味は未だに分からないままだが。
ネ級の顔に水しぶきがかかった。
原因はネ級の腰に装着されて背面へと伸びている艤装、その中核を為す二基の主砲だ。
二基の主砲はそれぞれ海竜のような頭部に三門の主砲と黒い装甲壁を被せた姿をしている。
ネ級とは別に自立した意識を持つ主砲たちは、ネ級の体に頭を押しつけていた。
「ソンナニジャレツカナイデ」
ネ級の制止を無視して体をすり寄せてくるので、右の主砲へと手を伸ばす。
主砲は被弾の危険が少ない下部には装甲がなく地肌が露出している。
少し強めに顎の辺りをかいてやると、気持ちいいのか喜んでいるのが分かった。
そうしていると左側もせがむように頭を押しつけてくるので、ネ級はそちらもかいてやる。
「仕方ノナイヤツラダ」
硬い金属の感触は冷たく心地よいとは言えないが、ネ級は形ばかりの抵抗をして好きなようにさせていた。
私の体からは粘性のある黒い液体が分泌されていて、それが主砲たちを汚してしまう。
しかし主砲たちはまったく気にしていないようだった。
すぐ近くにいたツ級が笑うような気配を見せる。
「懐カレテマスネ」
「少シグライ離レテクレテモイインダケド」
538 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/12/27(火) 23:30:49.94 ID:lKPQ86Ago
答えながら艤装を身につけたツ級の姿を見る。
連装両用砲を二基四門載せた艤装を、それぞれ両腕にグラブのようにはめていた。
背部には航行を支援するための機関部を背負っている。
やはり目立つのは両腕の艤装で、さながら巨人の腕のようになっていて物々しい。
あの腕相手に殴り合いはしたくないとネ級は内心で思う。
「シカシ海トイウノハ静カナンダナ」
「エエ、ナンダカ落チ着キマス」
風こそ吹いているが他に音らしい音はなかった。
強いて言えば波が足に当たる水音や艤装のかすかな駆動音はあるが、それも私たちがいなければ存在しない音かもしれない。
本当にこんな世界で戦いなんかやっているのだろうか。
この空と海の狭間には静寂しかないのに。
「狭間……?」
私の頭に突如として何かが思い浮ぶ。
女だ。女が海の上に立っている。背を向けているので顔は分からないし、この後ろ姿も知らない。
「ネ級?」
ツ級の声がこだまのように響く。その声のほうが現実感がなかった。
私の前にいるのは緑と白の服を着ていて、黒髪の長い女。誰なのか私は、俺は、知らない、知っている。
女の先には空と海、静かなる狭間。こことは違う、どこか遠い世界。
私は何かを声に出していた。口が動くのを実感し、しかし声の意味が分からない。
539 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/12/27(火) 23:31:30.29 ID:lKPQ86Ago
「シッカリシテクダサイ……ネ級」
体をツ級に揺り動かされ、私は現実に立ち返った。
ツ級の表情は分からないが私を心配してくれているようだった。主砲たちも気遣わしげに顔を覗き込んできている。
握られた肩が痛かったが、今の私の関心事はそこじゃない。
「大丈夫デスカ?」
「アア、私ハ一体……」
白昼夢とでも言うのだろうか。
私の頭に残った残像が今はとても遠い。実際に見た光景とは思えない……それは間違いないだろう。
しかし現実味のない幻、そう呼んでしまうにはあまりに間に迫る引力があった。
私の頭の中の誰かが見たのか、それとも想像したのか……私の知らない感情が何かを急き立ててくるようだった。
……頭の誰か、とはなんだ? 私はなぜそんなことを考える?
「名前ヲ……呼ンダヨウデシタ」
「名前? 誰ノダ?」
「……ソコマデハ。ヨク聞キ取レマセンデシタ」
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