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【艦これ】鳥海は空と海の狭間に
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218 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/10(水) 07:57:03.79 ID:HetXCGs80
「信ジラレナイワネ」
空母棲姫はおかしそうにくすくす笑う。ひとしきり笑うと、その眉が逆立っていた。
「艦娘ニ何モ感ジナイノ? 壊シタクナラナイ? 沈メテヤリタイトハ? 燃ヤシテヤリタイトカ!」
「感ジナイ! アナタタチガ戦ウカラ、私ダッテ戦ワナイトイケナカッタダケ!」
「ツマリ、ワルサメハ初メカラ戦ウ意思ガナイト?」
ワルサメは唾を飲んだ。
できるのなら、それまでの発言をなかったことにしたいとワルサメは思って――思いはしても本当に望んだりはしなかった。
ワルサメは覚悟を決めて頷く。
「モウイイワ」
空母棲姫は言うが早いか、艤装の20.3cm相当の単装砲でワルサメを撃った。
直撃弾を受け、ワルサメは悲鳴ごと海面に叩きつけられる。
「ココマデ変節シテイタノハ残念ヨ。ヤハリ、オ前ハ姫以前ニ深海棲艦トシテモ相応シクナイ」
空母棲姫からは怒りの表情は消え、代わりに唇を酷薄に吊り上げていた。
すでに照準はつけられていて、単装砲はワルサメに向けられていた。
219 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/10(水) 07:57:31.40 ID:HetXCGs80
「≠тжa,,ニハ、ワルサメハスデニ壊レテイタト伝エテオクワ」
港湾棲姫の名を聞いて、ワルサメの体に力が入る。
彼女ならきっと話を聞いてくれて、しかも分かってくれるはず。そう考えて。
ワルサメには何も打開策はなかったが、艤装がワルサメの意思を組んだように唸りを上げる。
端から見れば艤装がワルサメの体を引きずるように動かして、空母棲姫が止めとばかりに放った一弾を避けてみせた。
「アラ? アラアラ、避ケテシマウノ? マルデ亀ネ。楽ニシテアゲヨウト思ッタノニ」
引きつったように笑いだした空母棲姫だが、不意にワルサメから視線を外して横を向く。
その方向から遠雷のような砲撃音が何度も聞こえてくる。
「ヤッパリ、ソウコナクテハ。見ナサイ、ワルサメ。艦娘ドモガ戦ッテル。オ前ヲ救イタイヨウネ」
ワルサメが恐る恐る一瞥すると音だけでなく、水柱がいくつも立ち昇っては消え、時に爆発の閃光が混じるのも見えた。
戦局はどちらが有利なのか、あるいは互角なのか。ワルサメには判断できなかったが、この戦いが止めようもない段階なのは悟った。
「戦ワナイデイイト言ッタオ前ノタメニ艦娘ハ我々ト戦ウノヨ。分カルデショウ? コレハ必然、宿命ナノヨ」
「私ノタメニ……」
「サア、助ケハ間ニ合ウカシラ?」
空母棲姫は艦載機を発艦させないで単装砲でワルサメを狙う。あくまでもいたぶろうという魂胆を隠そうともしていなかった。
220 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/10(水) 07:58:27.47 ID:HetXCGs80
本当に土曜までに終わるんだろうか……ともあれ賽は投げられたってことで一つ
221 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/11(木) 10:36:02.62 ID:ZD7aQ6Ypo
おつ
222 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/11(木) 20:53:08.85 ID:Pk+A+yrO0
乙ありなのです
やっぱり土曜に終わってる気がしないけど、書けるだけは書いてしまわないと
223 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/11(木) 20:54:43.17 ID:Pk+A+yrO0
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ワルサメが空母棲姫に攻撃されたのを白露は見た。
なんで、という疑問はすぐに別の思いに消される。ワルサメを助けないと。
動揺が広がる中、何人かの艦娘は素早く戦闘態勢に移行するが、その中でも最初に動いたのが白露だった。
背中にマウントしていた主砲を外すと体の正面に固定するよう構える。
「総員、戦闘用意!」
鳥海の号令が全員に通達されるが、その時にはもう白露は先行していた。
「一番最初に突撃するよ!」
白露はそう叫ぶなり真っ先に先陣を切った。
距離が近かったので、すぐに戦艦は砲戦距離に入る。
互いの戦艦の砲撃が行き交う中を白露は進む。すぐ後ろには時雨と夕立もついてきている。
敵艦隊を牽制するために、白露は両側面に向けて魚雷を放つ。
命中は期待できなかったが、魚雷の進路から外れようとしてにわかに隊列に乱れが生じる。
白露は敵艦の撃沈よりも、少しでも早くワルサメと合流することを優先した。
「白露さんの支援を――――」
通信機から聞こえる鳥海の声は後のほうになるに連れてノイズが混じるようになっていた。
電探の調子も急に悪くなる。遠方まで捉えていたはずが、輝点は消えて近くの敵艦の反応を捉えるのがやっとだった。
「電探が変?」
それは白露に限った話ではない。時雨が通信を入れてくる。
「姉さん、電装系統がおかしい。深海棲艦の攻撃かもしれない」
通信網にも影響が出ているみたいで、普段よりも声が聴き取りづらくなっている。
224 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/11(木) 21:02:11.64 ID:Pk+A+yrO0
改めて鳥海からの通信が一同に入る。いくらか音声が明瞭になっていた。
「先行する白露さんたちを支援しながら前進、ワルサメを救出します! ジャミングを受けていますが訓練を思い出して動いてください!」
「秘書艦さんの言う通りだね」
元々、電探に頼りすぎないように訓練をこなしてきている。今だってその延長だって考えればいい。
道具を当てにしすぎないっていうのは古い考え方なのかもしれないけど。
その考えをゆっくり反芻している暇はなかった。
突出気味の白露たちに砲撃が降り注いでくる。
当てずっぽう気味に反撃しながら、視界を塞ぐような水柱を何度もかいくぐっていくと砲撃の手が緩んでくる。
白露たちの後方から追いすがる鳥海たちが敵を引きつけ始めていたからだ。
この間にワルサメに一気に近づこうとするが、ト級軽巡とハ級駆逐艦二隻が白露たちの行く手を阻む。
「時雨と夕立はハ級の二番艦を!」
白露の指示は短いが妹たちに意図は伝わる。
ト級の動きを電探でチェックしながら、より速いハ級から狙う。
艦娘の主砲としては最小に近い12.7cm砲でも手で保持して撃てば、それなりの反動を感じる。
慣れた反動を受けながら、主砲が次々に弾を吐き出していく。
首だけで航行しているように見えるハ級も、側面の耳に見える部分から砲口を露わにして撃ち返してくる。
互いの周りに砲弾が集まり海面を泡立たせるが、白露に集まる弾はすぐに減った。
一発がハ級に命中し、砲戦能力を削いだ結果だ。
「このまま押し切っちゃえば……」
瞬間、白露の脳裏に甦る。
――あたしが一番沈めてる。ワルサメかもしれない相手を。
白露はハ級が健在な砲口を向けているのを見る。敵はまだ諦めていない。
だったら撃つしかないじゃない。
やられたらワルサメを助けられなくなる。妹たちだって危なくなるかもしれない。
「撃つしかないじゃない!」
白露の砲撃がハ級にとどめを刺す。苦い思いを抱きながらも、そればかりに気を取られてられない。
225 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/11(木) 21:07:49.27 ID:Pk+A+yrO0
「姉さん、後ろ!」
「分かってるって!」
白露は時雨の警告より先に取り舵を切っている。
それまでの進路上に水柱が連なっていく。
両肩に砲塔を積んだト級が白露を狙ってきていたが、逆に側面から撃ち返していく。
白露の砲撃が吸い込まれるように命中していき、ト級の左側の主砲をねじ曲げて発射不能に追い込んだ。
そのまま回りきった白露は優速を生かしてト級の背後を取ると、右肩の主砲にも集中砲火を加える。
衝撃で基部から浮かび上がった主砲が外れる。もう撃てないはず。
「これで十分でしょ! 帰りなさいよ!」
白露の言葉にト級は嗤うように顔を歪めると、逆に猛然と向かってきた。
十分想像できる行動だったが、白露の反撃が遅れる。撃ち返さないといけないのに撃てない。
そこに時雨と夕立の砲撃が届いて、ト級を滅多打ちにする。
悲鳴を上げる代わりにト級は腕を伸ばす格好で海中に没していき、白露は硬い表情でそれを見ていた。
こうなってもおかしくないのは分かっていたはずなのに。
「姉さん、大丈夫?」
周囲への警戒を怠らないまま時雨が尋ねる。
努めて明るい声で白露は応じようとした。
「ありがとう、おかげで命拾いしたよ」
「それはよかった。でも……」
時雨の歯切れは悪い。それもそうだ。
きっと撃つのをためらっていたように見えていたのだろうから。実際に白露はためらった。
「ゆっくりしてる暇はないっぽい。敵が集まってきてる」
「よーし、急ごう。追いつかれる前に抜けちゃわないと」
226 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/11(木) 21:16:03.21 ID:Pk+A+yrO0
白露たちはワルサメと三人の姫たちへと針路を取る。
針路上に他の深海棲艦は見当たらない。このまま抵抗を受けずに到達できそうだった。
「秘書艦さんたちを待ちたいとこだけど……突出しすぎちゃったかな」
「まあ鳥海たちもボクたちが先行できるようにしてくれてたから、それは問題ないと思うよ」
「鳥海たちなら追いついてくれるっぽい。それよりお姉ちゃんは戦えるっぽい?」
率直な質問に白露が夕立を見ると、まっすぐに見返してくる。
白露は周辺警戒をしながら、その視線から目を逸らす。
「お姉ちゃんはさっきからずっと苦しそうっぽい。それって何かに悩んでるからでしょ?」
図星だった。言い返すつもりだったのに口ごもってしまう。
「それってワルサメを助けたら解消するっぽい? 夕立には分からないけど、お姉ちゃんには大切なことなんだよね」
「でも、あたしは!」
「何がでも、なのかは分からないけどボクも夕立に賛成だ」
「時雨までそんなこと言う!」
「言うさ。妹が姉の心配をして何がおかしいんだい?」
「心配って……」
「さあ。迷ってる時間はもうないよ、姉さん。ボクらはもうすぐ姫級たちからワルサメを助け出さないといけない」
「だから失望させるなって言いたいの?」
「失望なんかしないさ。だって姉さんは真っ先に飛び出したじゃないか。それって本当はとっくに心が決まってるんじゃないかな」
時雨に言われて白露は気づいた。確かにその通りかもしれないと。
白露は悩みそっちのけでワルサメを助けたいと思った。
それは紛れもなく白露自身の心から生じた行動だった。
227 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/11(木) 21:25:43.60 ID:Pk+A+yrO0
「大丈夫だよ。姉さんがそうと決めたことなら、ボクたちは信じてついていく」
時雨の言葉に夕立まで頷く。揃いも揃って、こうまで言われたら引き下がれない。
でも、この気持ちは悪くないどころか、むしろ清々しかった。
白露は天を仰ぐ。大丈夫、できるできる。
「やってやろうじゃない! ついてきて、二人とも!」
「それでこそ姉さんだ」
「世話のかかるお姉ちゃんっぽい」
妹二人の言葉を背中に白露は進みだした。
それから三人は抵抗らしい抵抗を受けずに進む。
白露たちが近づいてもなお、空母棲姫はワルサメを狙い撃っていた。
ワルサメの体が水流に捕まった小枝のように弄ばれている。
直撃させてないようだけど、裏を返せばそれだけ長くワルサメを苦しめていることになる。
「あいつ……!」
許せない。そう思う白露だったが、すぐに悪寒を感じる。鳥肌も立っていた。
戦艦棲姫と重巡棲姫のせいだと、すぐに気づく。
二人の姫はワルサメと空母棲姫の間に立ち塞がるっている。
一発も撃ってこないが、白露たちに気づいていて視線は三人を追ってきている。
ただそれだけなのに、動きそのものを阻害してくるような重苦しさがあった。
姫たちの視線は威圧感そのものだった。
時雨がいつになく硬い声で言う。
「どういうつもりなんだ?」
「……外さない距離まで待ってるっぽい?」
撃たれないまま接近できたのは好都合でも、意図が不明なのは不気味だった。
228 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/11(木) 21:32:17.91 ID:Pk+A+yrO0
「姉さん、ボクと夕立で姫たちを牽制してみる。ワルサメのほうを」
「分かった。でも不用意に撃たないほうがいいかも」
「……そこは臨機応変にやるっぽい」
時雨と夕立が白露とは別に横に逸れ、戦艦棲姫の側面から近づくような針路を取ったのを白露は見る。
すると重巡棲姫が両者から離れるように移動を始めた。波に流されるように緩慢な動きで、どこかしら興味をなくしたようでもある。
時雨たちが戦艦棲姫と対峙している間に、白露はワルサメへと一気に近づいていく。
ワルサメは息も絶え絶えに海面に膝をついている。
沈んでいかないのは艤装がまだ生きているのか、深海棲艦としての特性なのかは白露には判断がつかなかったし、どっちでもよかった。
「ワルサメ!」
「白露!? ドウシテ……」
「助けにきたに決まってるでしょ!」
白露は空母棲姫に向けて砲撃するが、巨大な艤装に反して軽快な動きで空母棲姫は直撃を避けていく。
逆に加速しだした空母棲姫は砲撃を受けながらもワルサメに急接近すると、その体を抱えあげて自身の体の前に突き出す。
「ワルサメを盾にして……!」
白露が砲撃を急いでやめる。最後に撃った一弾がワルサメのすぐ横を擦るように行き過ぎた。
空母棲姫が声を押し殺すように笑う。
「撃タナイノ、艦娘? コイツハオ前タチノ情報ヲ探ルノガ目的ダッタノニ」
「スパイだって言いたいの? そんな見え透いた嘘には騙されないよ!」
「ドウシテ嘘ト言エル?」
「ワルサメはそんな子じゃないし、あんたの言葉は薄っぺらいし」
空母棲姫はつまらなさそう鼻で笑う。
「フーン、カラカイガイモナイ。モット右往左往シテクレタライイノニ」
229 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/11(木) 21:33:55.20 ID:Pk+A+yrO0
空母棲姫がワルサメの頭を掴み直すと、ワルサメの口から苦しげな声が漏れる。
白露は主砲こそ向けているが撃てない。代わりに怒りをぶつける。
「人質なんて卑怯だと思わないの!」
「……ソコヨ、ソコガ分カラナイ。艦娘ガ深海棲艦ノ心配ヲスルノ?」
「当たり前でしょ。あんたこそ、どうして同じ深海棲艦にそんなことできるの!」
「コレハ私ガ思ウ深海棲艦デハナイ。ダカラ死ニ体ヲ盾代ワリニシタダケ」
空母棲姫は掲げるようにワルサメを突き出してくる。
体の所々から黒い体液を流してはいるけど、致命傷を負ってるようには見えなかった。
つまり……助けられるってことだよね。
「その子を離して」
「ソウネエ……武器ヲ捨テタラ考エテモイイワ」
「ダメ……ソンナコトシタッテ……」
「黙リナサイ」
ワルサメの髪を引っ張って、空母棲姫は無理やり黙らせようとする。
すかさず白露は言っていた。
「待って! 言う通りにするから……」
なんなの、この展開。映画やドラマじゃあるまいし。
しかも、これって悪党……つまり空母棲姫は絶対に約束を守らないやつだ。
こんな分かりやすい嘘に引っかかる主人公なんて、今までずっとバカだと白露は思っていた。
しかし、今の白露はどうしてそうするのか理解できる。
ワルサメを助ける可能性に賭けるなら、すがるしかない。
230 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/11(木) 21:38:58.60 ID:Pk+A+yrO0
白露が主砲を足元に落とすと、空母棲姫は遠くに捨てるよう言ってきたので言われた通りに投げる。
艤装についている対空機銃も同じようにしないといけなかった。
「魚雷ハ?」
「とっくに使い切ってるよ」
嘘じゃない。次発装填分も含めて道中で使い切っていた。
こういう時、映画の主人公だったら武器を隠し持ってたり仲間が助けに来てくれるけど、どちらも期待できなかった。
白露は武器を隠し持っていなければ、時雨と夕立もすぐには来れないはず。むしろピンチかもしれない。
空母棲姫はいよいよおかしそうに笑い出す。
「ソウマデシテ、ワルサメヲ助ケタイノ? 一体オ前ニトッテワルサメハナンナノ?」
「なんだろうね……」
空母棲姫に指摘されるまで、白露はワルサメをどんな存在と考えているのか気にしていなかった。
それでも、すんなりと言葉が出てくる。
「あたしの、大切な友達だよ」
「……不可解ダワ。シカモ不快ヨ」
空母棲姫は忌々しそうに顔を歪めると、ワルサメを突き飛ばすように押しやってきた。
本当に解放してくると思ってなかった白露だが、すぐにワルサメに近づく。
そうして空母棲姫がワルサメに向けて砲口を向けているのも見た。
白露は叫んだ。自分でもよく分からない声で叫びながら、ワルサメを抱きかかえるようにして庇う。
そうして衝撃に見舞われて、音も消えた。
231 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/11(木) 21:45:12.71 ID:Pk+A+yrO0
─────────
───────
─────
ワルサメの顔が間近に来る。
「白露! 白露!」
ワルサメが名前を呼んでいる、と白露が意識すると他の感覚も戻ってくる。
耳の痛みと一緒に音が戻ってくる。
心臓がものすごい勢いで音を立てていて、外の音が聞き取りづらい。
背中が焼けるように熱くて痛かった。
艤装の損傷の程度が中破に当たると、白露の頭に自然と思い浮かんでくる。
そして空母棲姫に撃たれたのを思い出して、当たり所がよかったんだと察した。
重巡と同じ大きさの主砲弾が直撃したのに中破程度の被害で済んでるんだから。
「生カスモ殺スモ私次第。イイワァ」
陶然とした様子で空母棲姫は白露とワルサメを見下している。
白露はワルサメの手を借りながら体を起こす。痛くても体にはまだ力が入っている。
「どうせ……殺すんでしょ?」
「当然ジャナイ。オバカサンナノ?」
「二択ですらないじゃない……」
白露は思い出す。ワルサメと初めて出会った時を。
あの時、ワルサメには選択肢があった。
もしもワルサメが死を望んでいたのなら……きっと望み通りにしたのだと白露はふと思った。
232 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/11(木) 21:46:42.81 ID:Pk+A+yrO0
「ゴメンナサイ、白露……私ノセイデ……」
ワルサメが白露にしがみついてくる。
白露もまたうずくまるような格好でワルサメを抱きしめ返す。
今のワルサメは白露から離れない。これもワルサメの選んだ選択肢なんだと思う。
「あたしなら……助けたい」
「白露……?」
ワルサメと出会った時のように、今の空母棲姫のように誰かの命を握ってしまったのなら。
「あたしなら助ける。逆を選ぶんだから!」
空母棲姫も自分との比較と気づいたみたいで、おかしそうに笑った。
唇の端は冷笑で吊り上っている。
「ナラバ助ケタ亀ゴト沈ンデ逝キナサイ、艦娘!」
白露はとっさにワルサメを後ろへと突き飛ばす。
こんなのは時間稼ぎにもならないと思いながら、それでも何かせずにはいられなかった。
両腕を広げて砲撃を、自分への止めを待ち構えた。
――しかし、その瞬間はやってこなかった。
233 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/11(木) 21:49:53.94 ID:Pk+A+yrO0
その原因は音だ。航空機のエンジン音が近づいてきている。
空母棲姫の注意が空に向く。
白露にもワルサメにも武器はなく、それ故に脅威なしと判断したに違いなかった。
近づいてきたのは二機の烈風と彗星と流星が一機ずつ。
どうして四機だけが飛来してきたのかは分からない。
分かったのはわずか四機でも、艦載機を発艦させていない空母棲姫には脅威になりえるということだった。
彗星が翼を振るような動きを見せると、四機は三つに分かれる。
二機の烈風は増速すると20mm機銃を空母棲姫に浴びせかけていくと、空母棲姫の艤装に火花が散る。多少の傷がつく程度だが、牽制にはなっている。
その間に流星が海面に接触しそうなほどの低高度まで降下し、彗星は左に横転しながら降下位置につこうとしていた。
白露は彗星の尾翼に三本線が入ってるのを見た。
「羽虫ドモガ!」
空母棲姫は烈風の銃撃の合間を縫って、無理にでも艦載機を発艦させようとしていた。
もう白露もワルサメも眼中にない。目論見が台無しにされて焦りを隠そうともしていないように白露には見えた。
そして白露は自分の間違いに一つ気づく。まだ武装が残っている。白露も今の今まで忘れていた武装が。
白露は艤装から爆雷を取り出す。空母棲姫の艦砲を受けても誘爆しないでいてくれた。
頭の片隅に陽炎型の嵐を思い出す。以前、何かの折に爆雷をどう放り投げるか実演していたことがあったからだ。
多少うろ覚えであっても構わなかった。
「ただで、やられるかあ!」
オーバースローで投げた爆雷はアーチを描いて、空母棲姫の艤装上の左甲板に落ちる。
爆雷は偶然にも飛び立とうとしていた空母棲姫の球状艦載機を押し潰し、それにより勢いが殺がれ甲板から飛び出さなかった。
左甲板の中央に留まった爆雷はそこで炸裂した。
想定外の攻撃に空母棲姫の体が前につんのめり動きが鈍る。
そこに彗星が急降下爆撃を敢行する。直角に見えるような鋭い角度からの逆落としだった。
彗星は体当たりするのかと思うほどに急接近してから、爆弾を切り離し機首を上げて退避していく。
投弾された爆弾は空母棲姫の無事だった右甲板に命中し大穴を穿った。
さらに流星の雷撃が空母棲姫の右側に突き刺さり、盛大な水しぶきを生み出した。
「バカナ! タッタコレダケノ攻撃デ私ガ!?」
わずか四機の艦載機と手負いの白露によって、空母棲姫の艦載機は封じられた。
234 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/11(木) 21:53:35.87 ID:Pk+A+yrO0
「油断しすぎなのよ、空母棲姫!」
「オノレ、オノレェェ!」
髪を振りかざして、それまでとは違う本気の形相で空母棲姫が向かおうとしてくる。
しかし空母棲姫は突撃せずに素早く後進する。
すると、空母棲姫が進むはずだった付近に砲撃が続いた。
「時雨、夕立!」
二人は矢継ぎ早に回避行動を取る空母棲姫に砲撃を加えていく。
空母棲姫は舌打ち一つを入れながら砲撃を回避していき、自身の体に直撃する軌道上の砲弾を両腕で叩き落とす。
「アノ二人ハ何ヲシテイル!」
「あっちならメガネーズが相手をしている」
時雨が応じると、イヤホン越しにローマが声を張り上げる。
「誰がメガネーズよ、誰が!」
「はっはっは、我々以外にいるまい!」
おかしそうに笑い飛ばしている声は武蔵だった。
歯噛みするローマの顔を白露は自然と思い浮かべていた。
「何が面白いのよ……あんたも何か言ってやりなさい、鳥海」
「聞こえる、白露さん?」
「はい!」
「無視しないでよ!」
「まだ動けるなら、このままワルサメを連れて下がってください」
「了解! でも空母棲姫は……」
235 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/11(木) 21:59:58.54 ID:Pk+A+yrO0
空母棲姫は状況を不利と判断したのか、時雨たちの砲撃をやり過ごしながら後退し始めている。
被雷した損傷で速力は落ちてるようだと白露は見て取った。
「時雨さんと夕立さんだけで仕留められそうですか?」
「……難しい、と思う」
本気になったのか、飛行甲板を破壊する前後で空母棲姫の動きはまるで違う。
一矢報いられたのも、どこかで姫に慢心があったのと幸運に恵まれたからこそだと白露は分析した。
手負いの獣は手強いって言うけど、今の空母棲姫は正にそれだった。
追い込んだようで本当は追い込めていないという予感がある。
「ではワルサメと撤退を。時雨さんたちはそのまま二人の護衛に回ってください。姫級の撃沈は初めから想定してなかったんですから」
最後の言葉は言い訳、というよりは慰めのように白露には聞こえた。
そこで通信は切れ、各々がそれぞれの行動に移っていく。
白露はワルサメの手を取る。
「帰ろう、ワルサメ。こんなことになっちゃったけど、あたしはもっとワルサメと一緒にいたいよ」
ワルサメは目に黒い涙をためていた。
血の涙みたいで白露は少し苦手だったけど、今はもうどうでもよくなっていた。
ワルサメは白露を抱きしめる。
「ウン……私モ白露ト、ミンナトイタイ……傷ツケテ、ゴメンナサイ……」
「いいんだよ……いいんだから」
白露は痛む体を押して、ワルサメの頭を撫でていた。
戦闘はまだ続いていたし、泊地まで撤退しないことには本当に安全とは言えない。
それでも白露はこの日の戦いはもう終わると考えていた。
気が緩んでいた、と言えるのかもしれない。
白露もワルサメも、合流した時雨たちも気づかなかった。
海中の脅威がつけ狙っていることには。
236 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/11(木) 22:04:49.65 ID:Pk+A+yrO0
今夜はここまで
白露とワルサメだけに絞れば土曜に終われそうだけど……まあ延びてもいいか。自分の勝手な事情だし
頭が死んでるので誤字脱字があると思いますがご了承ください……
237 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2016/08/12(金) 15:16:09.32 ID:SYsrpuXAO
乙
238 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/12(金) 15:17:07.34 ID:SYsrpuXAO
ああミスった
239 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/12(金) 15:45:30.13 ID:8wSE2V5oO
乙乙
240 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/12(金) 18:35:06.32 ID:C5+pnLTyo
乙です
241 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/13(土) 22:05:32.40 ID:2zdM1a8S0
上がってるのを見た時、良からぬことが起きたと思ってしまったチキンハートを許してほしい
今日になっても終わらなかったけど、近い内に終わらせるってことでそちらもご了承を
242 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/13(土) 22:06:29.87 ID:2zdM1a8S0
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
武蔵の体が水柱に包まれ、巨大なハンマーで殴られたような衝撃を受ける。
やや遅れて武蔵の放った斉射が戦艦棲姫に到達する。
同じように戦艦棲姫も巨大な水柱に隠れ、獣じみた艤装が痛みを訴えるように叫ぶのが海上に響く。
「……大和型カ?」
砲戦の最中、戦艦棲姫が武蔵に通信を流してくる。
そして武蔵は応じた。応じない理由がない。
「そうとも。大和型二番艦とはこの武蔵のことだ!」
「アア……アノ大和型トハ。良キ敵ニ出会エタ……」
「それはこちらも同じだ!」
状況はなし崩し的に動いている。
重巡棲姫を鳥海と駆逐艦たちが相手をする一方で、武蔵とローマの二人は戦艦棲姫を相手取るはずだった。
しかし後方からの増援に対処するためローマが離れたので、戦艦棲姫には武蔵一人で当たっている。
姫級との一対一は極力避けるよう申し合わせているが、武蔵からすれば望むところだった。
先のと号作戦では港湾棲姫と戦う前に中破判定を受け主力から外れていたし、ワルサメを迎撃した時も相間見えることはなかった。
武蔵にとって初めての姫級との直接対決で、その中でも戦艦の名を冠した姫だ。
気合が入らないはずがない。
「武蔵ハ私ヲ沈メラレル……?」
問いかけるような言葉を発しながら、戦艦棲姫の艤装が咆哮と共に砲撃を続ける。
発射の爆風にナイトドレスを翻す様は魔女を思わせた。
「それが望みなら、そうしてやろう!」
武蔵もまた攻撃の手を緩めたりはしない。
艦娘としての武蔵は己の主砲を存分に振るう機会を何度なく得ていた。
それでも今回の敵は戦艦棲姫。これ以上の相手というのは、まず望めなかった。
243 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/13(土) 22:13:45.59 ID:2zdM1a8S0
二人の撃ち合いは殴り合いの様相を呈していた。
すでに二人とも被弾して疲労や損傷が蓄積し始めているが、どちらも砲撃のペースは衰えないし撃つ度に精度も上がっていく。
防御性能を頼りに回避は考えず、ひたすら相手に主砲を撃ち込んでより多くの有効弾を狙う。
それが両者の戦い方だ。
武蔵の放った主砲弾がもろに戦艦棲姫の腹部に直撃する。
ル級やタ級ならまず耐えられない命中の仕方だったが、戦艦棲姫は含み笑いさえ浮かべる。
逆に戦艦棲姫の主砲弾が武蔵の艤装に破孔を穿って浸水を引き起こす。
「さすがに手強いな。火力の優劣だけで勝敗が決まるわけでもあるまいが!」
武蔵の表情には焦りはなく、むしろ戦闘を楽しんでいるように見える。
ただし彼女は決して猪武者ではなく戦艦棲姫の戦力も分析していた。
戦艦棲姫の主砲は長門型と同程度の大きさと見て取るが、貫通力はより優れているのを身をもって感じていた。
長砲身の主砲なのか使用している徹甲弾の差かまでは分からないが、決して火力面で優勢に立っているとは思わなかった。
それに何よりも発射速度の差は明確だった。
照準の補正を加えても、五秒から十秒ほど速く戦艦棲姫は弾を撃ち込んできている。この手数の差は砲撃戦が続くほど響く。
単独での勝負にこだわらなければ十分に勝機はある。
それが武蔵の手応えだった。しかし今は一人だったし、この強敵との交戦は武蔵の血を滾らせるだけの理由にもなった。
さらに直撃弾を受けたところで戦艦棲姫は言う。独白するように。
「……痛イノハ好キ。私ヲ満タシテクレル」
「貴様との砲撃戦はやぶさかではないが、そっちのケはなくてな!」
言葉通りの表情というべきか恍惚としたように見える戦艦棲姫に、武蔵は初めて嫌悪感を掻き立てられた。
武蔵は戦艦棲姫に好敵手と認めつつあっただけに、その認識の差は大きすぎた。
244 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/13(土) 22:20:36.42 ID:2zdM1a8S0
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
鳥海たちは二組に分かれて重巡棲姫に砲撃を加えていた。
島風と天津風でペアを作り、鳥海自身は長波とコンビを組んでいる。
二組は重巡棲姫に対し、一定の距離を付かず離れずで保っていた。
「ヨッテタカッテ撃ッテクレテ……」
間断なく続く砲撃に重巡棲姫は頭を抑えながら呻く。
重巡棲姫の主砲は、巨大な口を持ったウミヘビのような生物の眼部を砲身に置き換えたような特異な形状をしている。
それを二つ尻尾のように体に巻き付けたまま、縦横に駆使しながら反撃を行っている。
しかし命中精度は甘く、艦娘たちには一度も被弾が発生していなかった。照準を特定の誰かに絞りきっていないのも精度が甘い一因かもしれない。
腰部の副砲も砲撃を始めるが、水柱を海面に発生させるだけの結果になる。
「……意外と弱い?」
「このまま押し切れそうね」
島風と天津風がそんな感想を漏らす。二人には打たれ強いだけの相手、という感触だった。
一方、長波は警戒心を隠さないまま鳥海に尋ねる。
「どう思う、鳥海さん?」
「この程度とは思えませんが……」
長波にそう返す鳥海だが、鳥海もまた相手の強さに確信を持てなかった。
ただ二人の懸念は外れなかった。
重巡棲姫は体と尻尾の隙間からビンを取り出す。
鳥海の帽子の上に見張り員を務める妖精が現れ、一時的に視力を強化する。
「あれは……お酒?」
ラベルの銘柄までは読み取れなかったが、洋酒の類だと鳥海は見極めた。
245 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/13(土) 22:32:49.61 ID:2zdM1a8S0
重巡棲姫は突然ラッパ飲みを始める。砲撃を受けているにもかかわらず。
一本を飲み干すと、さらに別の二本目を取り出しあおり始める。
「なんなんだよ、あいつ……」
長波が唖然とする。だが、砲撃の手は緩んでいなかった。
重巡棲姫が飲んでいた酒瓶が砲弾の破片に当たって割れる。
琥珀色の酒を体に被り、握っていた口だけが残ったビンを見つめた重巡棲姫は体を震わせ始める。
歯を食いしばり何かにこらえていた重巡棲姫が――弾けた。
「ヴェアアアアア!」
声にならない声で叫ぶ。
その叫びは周囲の海面にうねりを呼び起こし大気を割るように打ち付け、下手な砲撃音以上の大音響となって鳥海たちの耳を襲う。
あまりの音に鳥海たちは耳を塞ぐ。
そうして叫びが収まった時、重巡棲姫の目には金色の光が生き生きと宿っている。
「ヤット酔イガ落チ着イタワ……」
「さっきのは迎え酒かよ……?」
長波が呟く。呆れ半分、恐ろしさ半分と言った様子だった。
重巡棲姫はその長波を睨みつける。
「見テイタゾ、私ノ酒ヲ台無シニシタノハオ前ダナ? デキソコナイガ頑張ッチャッテサア……イイ迷惑ダ!」
とっさに鳥海は長波を守るよう前に出る。それまでと違い、重巡棲姫からはもはや危険な気配しかない。
重巡棲姫は周囲を圧倒していた。
「高雄型ガ先カ? ソレトモ後ロノチビ二人カ、ソコノ愚カ者カ、ドイツカラ狙オウカ……強イヤツカラカ弱イヤツカラカ」
そこで重巡棲姫はおかしそうに笑い出す。
「アア、出来損ナイナンテ、ミンナ私ヨリ弱インダ。誰カラデモ一緒カア!」
本来の力を発揮しだした重巡棲姫が牙を剥いた。
246 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/13(土) 22:35:02.33 ID:2zdM1a8S0
全然話が進んでないけどここまで。重巡棲姫は色々と扱いに困る
次回更新はなるべく急ぐのと二章は終わらせたいと思います
最後になりますが乙ありでした
247 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/14(日) 09:31:13.83 ID:CDcyNURzo
おつやで
248 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/15(月) 01:17:37.79 ID:KyisCXMAO
乙
とても面白い
249 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/19(金) 00:18:43.40 ID:QIlfpdozO
乙乙
250 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/19(金) 10:21:41.63 ID:+d6s8puI0
乙ありなのです
面白いって言われると、なんというか安心してしまう
251 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/19(金) 10:22:07.78 ID:+d6s8puI0
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
戦闘そのものは継続していたが、白露たちはすでに戦域から離脱しつつあった。
損傷のより大きいワルサメに合わせ十二ノット弱の速度しか出せていない。
それでも追撃してくる深海棲艦は見当たらなく、白露は胸をなで下ろす。
今は大回りに迂回する針路でトラック泊地への帰投を目指していた。
負傷している白露とワルサメには、それぞれ時雨と夕立が引率する形で護衛に就いている。
その時雨は白露の負傷の度合いに眉をひそめていた。
「姉さんは無茶しすぎだよ」
「しょうがないでしょ、こうでもしないとワルサメが危なかったんだもん!」
「それにしたって、もっと体を大事にしたほうがいいよ」
「心配性だなあ、時雨は」
あくまでも、なんでもないと言うような態度を白露は取る。
本当は心配をかけたのを反省している。
ただ白露は自分で言ったように、必要があるから取った行動の結果なので悔いがあるわけじゃない。
だから時雨にはあまり気にしてほしくなくて、そんな態度でいるのが一番だと思った。
「……そうだね。確かに姉さんの言う通りかも。うん、今は二人が無事だったのを喜ばないとね」
「そうだよ」
時雨は表情を和らげた。白露もその様子に安心して口が軽くなる。
「はあ、帰ったら一番風呂に入れてもらお」
「じゃあボクは姉さんを丹念にマッサージしなくちゃ」
時雨が指を揉みしだくように動かしてる。
「やだ、いやらしい」
252 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/19(金) 10:25:06.05 ID:+d6s8puI0
「ボクは至って真面目なのに?」
確かに真顔だけど、その動きはどうなの。
時雨には遠慮願うとして、後続のワルサメと夕立を見る。
二人は、というか夕立はワルサメとはあまり顔を合わせないようにしているみたいだった。
それでも白露は知っている。夕立がワルサメに歩み寄ろうとしているのを。
ワルサメの護衛を進んで買って出たのは夕立だった。
それにワルサメへためらいがちに、だけど真っ先に言った言葉も覚えてる。
「……よくがんばったっぽい」
そんな言葉を受けてワルサメもはにかんでたっけ。
まだ二人には距離があるけど、少しずつ近づいているのは分かる。
ワルサメの居場所は艦娘の側にあるのかもしれない。
こんなことになった以上、深海に帰るよりもいいのは確かなはず。
「雨降って地固まるだね。これでよかったんだと思うよ」
「そうだよね」
同じようなことを考えていたのか、時雨がそんな風に言う。
時雨の言葉は雨にちなむ自分たちの名前と重なって、ぴったりだと白露には思えた。
どこかで落ち着き始めていた、この空気は夕立の声で破られた。緊迫して険を含んだ声。
「夕立から九時方向より雷跡確認! 数は六で、お姉ちゃんたちに向かってる!」
こんな場所での雷撃なんて、撃ってきたのは潜水艦以外にありえなかった。
夕立は魚雷が自分たちに向かっていないのを見極める。
「掴まって、ワルサメ!」
「エエッ!?」
「早くするっぽい!」
夕立はワルサメを抱きかかえるなり雷撃地点に出せるだけの速さで向かう。
爆雷投射を行うためで、かといってワルサメを放置できないので、そうせざるをえなかったみたい。
253 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/19(金) 10:26:03.90 ID:+d6s8puI0
白露たちから見ると、およそ七時と八時方向の間になる角度から追尾してくる形での雷撃だった。
狙われている白露は違和感が頭をよぎったが、今はそれを追求している暇はなかった。
白い泡を吐き出しながら雷速五十ノットという高速で魚雷は迫ってきている。
白露は魚雷と平行になるよう回頭を始めるが、損傷のせいで舵が重くてスクリューの利きも悪い。
「姉さん!」
時雨が手を掴むと、自身に引き寄せるようにしながら射線外へと誘導する。
本調子という前提はあるにしても、後ろからの魚雷なら回避はそこまで難しくない。
距離を自然と取れるから、その間に回避機動も取りやすくて命中率もそれだけ下がる。
怖いのは音響追尾や磁気反応型の魚雷だけど、そういうのは雷速が三十ノット程度だからやっぱりこの逃げ方で正解。
――ただ雷速五十ノットというのは、厄介なやつに狙われている証拠でもあった。
「こんな所にまでソ級が入り込んでるなんて!」
深海棲艦の潜水艦で、これだけ速い魚雷を撃ってくるのはソ級しか確認されていない。
夕立は雷撃点付近に来ると、ワルサメを近くに下ろしてから爆雷を投射していく。
調定深度はたぶん百とか八十だろうけど、正確な位置までは掴めてないからソ級の撃沈は難しいはず。
「二人とも対潜装備は!」
「基本装備だけだよ。水上戦闘しか想定してなかったからね」
時雨は冷静に答えるが顔は曇っている。
ソ級みたいな手強い相手の場合は標準装備だけでなく、主砲を下ろしてでも対潜装備に特化させておかないと力不足になる。
特にソ級は遭遇例こそ少ないけど、水中をほぼ無音ながら高速で動ける上に魚雷の数も多いのが分かってる。
何よりも積極的に反撃も試みる攻撃性も、対潜狩りをする駆逐艦たちから恐れられていた。
夕立の爆雷はすでに爆発し終わっていたけど、ソ級に被害を与えた証拠みたいなのは何も浮かんできていない。
「三式セットでも持ち込んでればよかったんだけど……」
「ない物ねだりっぽい」
「向こうも奇襲に失敗したから、すぐに次の攻撃は来な――もう来た! 三時方向に雷跡!」
そう考えた矢先に次の雷撃が来る。白露が想定してたよりもずっと早い行動だった。
今度の雷撃も白露たちを狙っていたが、先程とはほとんど逆方向から撃たれる。
白露はまた時雨の手を借りて射線から脱した。
時雨は白露から離れ周囲を用心深く警戒しながらも、二度目の雷撃点に急行し爆雷を投下していった。
254 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/19(金) 10:26:33.62 ID:+d6s8puI0
「ソ級は二人いるね。一人にしては移動が速すぎる」
「みたいだね。二人に囲まれてるのは勘弁してほしいけどさ」
夕立が通信を入れてくる。
「提督さんには対潜哨戒機を要請したけど、通じたかは怪しいっぽい」
「他のみんなも同様だね。救援は当てにしないほうがいいかも」
「提督なら基地航空隊を出撃させてるはず……でも、そうだよね。あたしたちの居場所が分かるとも対潜装備があるとも限らないか」
あくまで自力で乗り切るのを考えなくっちゃ。
そこで白露は先ほどの違和感を思い出していた。
違和感は疑問として白露の頭に引っかかる。
「ソ級は一体誰を狙っているんだろ」
「どういうこと?」
「最初の雷撃って不自然だったでしょ」
あの時、ソ級から見れば夕立とワルサメは側面を見せていて狙いやすかったはず。
なのに遠ざかっている白露と時雨に向けて雷撃を行っている。
それってつまりワルサメを狙ってなかったからじゃ?
どうかな、ありえるの?
空母棲姫はワルサメを沈めようとしてたのに、ソ級はそうじゃないなんてこと。
白露は考え、悩んで気づいた。
「そっか。通信が通じにくいのは、何もあたしたちだけじゃないんだ」
推測は立てられたけど、仮定とこじつけを前提にした都合のいい思い込みかも。
それでも白露は筋は通ってると思えた。このまま動きが取れないよりかはいいとも。
白露は他の三人に向かって言う。
255 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/19(金) 10:30:05.05 ID:+d6s8puI0
「聞いて。このソ級たちはワルサメは狙ってないと思う」
「私ヲ?」
「二回目はともかく一回目なんか夕立とワルサメのほうがずっと狙いやすかったのに、わざわざこっちを撃ってきてる。
この電波障害で深海棲艦もうまく連携が取れてなくって、そうでなくてもソ級は海中にばかりいるから通信の電波をキャッチできてないんだと思う」
「つまりソ級はワルサメを助けるために仕掛けてきてるっぽい?」
「たぶん空母棲姫のしたことも知らないんだと思う」
「姉さんの推測は正しい気がする。ということはワルサメの護衛は一回忘れてもいいのか」
「うん。あたしの推測が間違えてなければだけどね」
「でも、それが分かったからってどうすればいいっぽい?」
問題はそこ。ワルサメだけ逃がしても、このソ級たちなら脅威にならないかもしれないっていうだけ。
ワルサメを狙わないなら取り囲んで盾みたいにして……いやいや、それじゃ空母棲姫と同じになっちゃう。
それに推測が外れてたら一網打尽にされかねない。
ここは時雨の言うように、ワルサメの護衛をこの間は無視していいって考えられるんだから。
「時雨と夕立だけだったら振り切れるよね? あたしはワルサメと一緒にいれば、そう簡単には狙われないだろうし先にいってもらって助けを呼んでくるとか」
すると時雨が反対してくる。落ち着いた声で、なんとなく試験の採点をされてるような気分。
「姉さんは大事なことを忘れてる。敵がソ級だけならいいけど、この先もそうとは限らない。それに護衛が姉さん一人になったら、ソ級はもっと積極的に襲ってくるよ」
時雨の指摘はもっともだった。
白露は内心で歯噛みする。もしも自分の損傷がなければ、もっと強硬的ではあってもワルサメを連れ出せていけるのに。
逃げるのが難しいなら、やっぱりここでソ級たちと戦うしかない。
改めてそう考えた白露にある思いつきが浮ぶ。妹たちはきっと反対する思いつきが。
256 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/19(金) 10:30:56.64 ID:+d6s8puI0
「となるとソ級を沈めるか魚雷を撃てないぐらいの損傷を負わせるしかないかー。夕立はこのままワルサメをお願い」
「いいけど……お姉ちゃん、おかしなことを考えてるっぽい?」
夕立が急にそんなことを言い出す。
なんで分かるんだろう? 姉妹だから? それとも表情に出ちゃってた?
白露にも分からなかったが、だからこそ白露は笑う。普段そうであるように明るく。
「まさか。ちょっとピンガーを鳴らすだけだよ」
「だめっ!」
夕立は両手を握り締めて反対する。本気で反発しているのは表情を見れば分かった。
白露が使おうとしているのは、いわゆるアクティブ・ソナーで自発的に音を発生させることでソ級の位置を特定しようとしていた。
ただ、それは逆に白露の位置も露呈させ、ソ級がピンガーに反応して反撃してくる可能性は極めて高い。
「ほんと大丈夫だから。魚雷の命中率って知ってるでしょ? すっごく低いんだから。時雨からもなんとか言ってよ」
「ボクも反対だ」
「えー、時雨まで?」
二人に反対された時にどうするかは考えてあった。
時雨はじっと白露を見ている。そうすれば白露が考え直すと信じてるみたいに。
「このまま根競べをしてれば他のみんなも来てくれるかもしれない。無理をしなくてもいいはずだ」
「でも、それってソ級が大人しく待ってくれるならでしょ。それにあの敵の数じゃみんなだって余裕ないだろうし。時雨だってそう言ってたじゃない」
「だったらボクがやればいい」
「それは考え物だよ。時雨も夕立も損傷はないんだから、それは有効に生かさないと」
説得は難しそう。
というより白露が逆の立場なら、何をするにしても不穏な動きをしてたら反対して止めるだろうと思った。
257 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/19(金) 10:31:51.81 ID:+d6s8puI0
「白露、危ナイコトハシナイデ。アナタニ何カアッタラ私ハ……」
ワルサメまで、そんなことを言い出した。
気持ちは嬉しいけど、他に方法が思い浮かばなかった。
だったら勝手に始めちゃうしかないよね。
「あたしは自分が正しいと思ったことをやるよ。時雨も夕立も信じてくれるんだよね?」
「それは時と……」
時雨が何かを言い出す前に、艤装からちょっと間の抜けた音が鳴る。
甲高くて、空き缶を落とした時の音をもっと大きくしたような音が海中に広がっていく。
時雨の表情が変わる。目を丸くして、生まれて初めて見た相手に驚いたみたいに。
「やっちゃった。あたしったら五月雨みたい」
引き合いに出した五月雨には心の中で謝るとして、これでもう後戻りはできない。
白露は艤装の主機を動かす。避けるためには同じ場所に留まっていられない。
「ずるいよ姉さん」
時雨は心底そう思ったらしくて、悪い予感を確信してるようだった。
……なんで、そんな顔するかな。時雨みたいな幸運艦じゃないけどさ。
「なに考えてるっぽい!」
夕立は今にも飛び出してくるんじゃないかと思った。
そこにすかさず時雨の声が飛ぶ。
「待って、夕立!」
「なんでっ!」
「音を聞き逃さないで! 姉さんもワルサメもボクたちが守るんだ!」
258 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/19(金) 10:33:42.91 ID:+d6s8puI0
探知音は海中の二箇所から跳ね返されてきた。時雨が予想したようにソ級は二人いる。
それぞれ離れた位置にいて、どちらも深度四十付近と意外と浅い位置にいた。
攻撃に移るつもりだったのかもしれない。白露は叫んでいた。
「二人ともワルサメに近いほうを狙って!」
ワルサメを狙ってこないというのは白露も頭では分かっていたが、万が一を考えるとそう言っていた。
時雨たちが動く中、白露は二人が狙うソ級に向けてより範囲を絞ってさらにピンガーを使用する。
感知したソ級の深度は深くなっていた。潜行してやり過ごすつもりらしい。
より近かった夕立が対潜攻撃を始める。時雨もすぐに合流しそうだった。
あとは二人に任せるしかなく、白露がもう一人のソ級にピンガーを打とうとする。
だけど、そっちのソ級は身を隠さずに反撃に転じていた。
六本の魚雷がすでに白露の針路を塞ぐように放たれている。
白露は背を向けながら魚雷と角度を合わせようとするが、傷ついた艤装の動きは遅かった。
どうしよう、と考える前に白露はピンガーを鳴らす。
せめて二人目の位置だけでも特定しておきたかった。それがせめてもの抵抗だった。
「ワルサメ、二人を守ってね」
「ナンデ、ソンナコト!」
白露はワルサメに通信を入れていた。どうして、ああ言ったのかはよく分かっていない。
ワルサメの言うように、白露自身もなんでという思いだった。
守らないといけないのは自分たちのほうなのに。
白露は間近まで迫った魚雷を振り返る。軌道はまっすぐ白露に向かって伸びていた。
当たると分かっていてもどうにもできなかった。
だから、せめて歯だけは食いしばる。痛いのは分かってるから、少しでも我慢しようと。
魚雷が足元に入る。信管が不発でこのまま行き過ぎてしまうのを、白露はほんの少しだけ期待した。
だけど、そんなことは起きなくて――。
259 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/19(金) 10:35:03.02 ID:+d6s8puI0
─────────
───────
─────
白露が目を覚ましたのは、ふくらはぎに激痛が走ったからだった。
肉を内側から上下左右に無理やり引っ張るような痛みに、白露の喉から悲鳴が漏れ出した。
痛い。足が痛い。
あまりの痛みに涙が浮かんできて、水を被ったような視界に時雨の顔が見えた。
下から見上げる時雨の顔はすごく慌てていて、白露が見ているのにも気づいていない。
時雨に抱きかかえられてるんだと、どうしてかすぐに分かった。
白露は震えを抑えられない手を時雨の首に回す。
「あ、たし、あたしの足って」
体を起こそうとした。時雨に支えられてるんだから、上半身の力だけでも難しくない。
だけど時雨は目元を抑えてきて、体も抑えてくる。それに逆らえなかった。
「見るな、姉さん! こんな傷、バケツに浸かればすぐに治る! だから見なくていい!」
目を覆われる前に見た時雨の唇は震えていて血の気が引いていた。
ああ、そんなに酷いんだ。足。
さっきまですごく痛かったのに、今はすごく寒かった。
時雨が心配してる。
でも大丈夫だよ。『白露』が沈んだ時はすごく熱くて息もできなかったんだから。逆なんだから。
白露は自分ではそう口にしたつもりだったが、実際には何も声に出ていなかった。
260 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/19(金) 10:35:54.58 ID:+d6s8puI0
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ワルサメは呆然としていた。
耳に届くはずの音は全てがこだまのように遠くて実感がなく、目に映っているはずの光景は色あせて時間がずれたような進み方をしている。
傷ついた白露は時雨に抱きかかえられている。
波と血で濡れた顔、小さな体がうなされるように震えている。そして足。赤くて、もう足じゃない。
ワルサメはよろめいた。
これは全て自分が招いてしまった結果なのかと。
その通りだ、と内なる声が肯定する。
同胞のはずの姫たちと別離したのも、今こうして白露が傷ついて倒れたのも全ての端はワルサメ自身にある。
どちらもワルサメ自身が望んでいた結果ではないが、ワルサメを取り巻いて起きたことには変わらない。
「終ワラセナイト……」
何を、というのは出てこない。代わりにワルサメは別のことを考えていた。
白露はワルサメを友達と呼んだ。友達が何かはワルサメも知ってはいる。
他の深海棲艦で一番近い関係にいるのは誰だろうと考える。ホッポかもしれないと考えて、少し違うと思った。
でも何が違うのか分からなくて、一つ分かったのはワルサメにとって白露は唯一無二だということ。
それは夕立にも時雨にも言える。村雨だってそうだし海風だって同じだった。
白露はワルサメに二人を守ってほしいと言った。
なんでああ言ったのかワルサメには分からない。だけど、それは白露の望みなのは確かだと思えた。
「夕立トハモット仲良クナリタカッタナ」
驚く夕立の顔を横目にワルサメは前に進み出す。
ソ級と呼ばれている潜水艦型の内、一人はもう反応を感じない。
残る一人は海底で息を潜めているらしかった。だけど諦めていないのは分かる。
まだワルサメたちがこの場に留まっているのだから。
「……アリガトウ、白露。アリガトウ、時雨」
「何言ってるっぽい! こんなのまるでお別れじゃない!」
夕立が隣に来てワルサメの腕を掴む。
小柄な体からは想像できないぐらいに強い力だった。
261 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/19(金) 10:36:49.31 ID:+d6s8puI0
「痛イヨ、夕立」
「離さないっぽい!」
「提督ヤ他ノミンナニモ伝エテ。短イ間ダッタケド楽シカッタッテ」
「自分で言ってよ!」
「私ハ深海棲艦。ダカラ大丈夫ダヨ」
「全然分かんないっぽい!」
「夕立、私ハ……戦ワナクッチャイケナカッタノ」
「夕立とあなたはこれからでしょ!」
「ゴメンナサイ」
ワルサメは自身の腕を捻るように動かし、夕立の腕を振り解く。
そのまま夕立の袖を掴むと、力任せに投げ飛ばす。
どこにそんな力があったのかワルサメにも不思議だったが、夕立は海面を石切りの石のように跳ねた。
ワルサメが使用している夕立の艤装が自然と体から外れる。
それが正しいと、ワルサメの決意を後押しするように。
海面を歩くワルサメの足が少しずつ沈んでいく。
「時雨も止めてよ! お姉ちゃんになんて言えばいいっぽい!」
倒れた夕立が顔を上げて叫ぶ。
時雨はワルサメを見て、抱えていた白露をより強く抱き寄せる。
「許して……本当は止めなくっちゃいけないのにボクは君を……」
「時雨ガ気ニスルコトジャナイヨ」
ワルサメは笑う。その笑顔は儚げで、時雨と夕立の前から水面に消えていった。
262 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/19(金) 10:38:58.73 ID:+d6s8puI0
─────────
───────
─────
ワルサメは海底へと沈んでいく。
深海棲艦の体が、細胞が沈み行く感覚を喜んでいるのを自覚しながらワルサメは深く落ちていく。
潜水艦たちほどではないが、深海棲艦であるワルサメの体も海中に適応している。
程なくしてワルサメはソ級を見つけた。
白露が予想したように、潜航してきたワルサメに対してソ級は警戒感を抱いていないようだった。
裏を返せば、あくまで艦娘に囚われている姫を助けるために攻撃を仕掛けてきたということになる。
ソ級もワルサメに近づいてくる。
動きらしい動きもないのにワルサメよりもずっと速かった。
ソ級は長い髪を顔や体に巻き付け、右目だけが誘導灯のように怪しく光っている。
人型の頭の上には扁平な魚のような外殻を身につけている。外殻には水上戦で用いるつもりなのか、小口径の砲が載っている。
ワルサメに対してほとんど無警戒のソ級はすぐ側まで来た。
ぐるりと回り体の無事を確かめたらしいソ級は、ワルサメの正面に戻ってくる。
ワルサメは自分がしようとしていることにためらった。
ソ級があまりに無防備で、何も知らされていないのは明らかだったから。
そんなワルサメに決意をさせたのは、ソ級が頭上を見上げたからだった。
攻撃を続行する意思を見せ、それが声としてワルサメの頭蓋に響いてくる。
だからワルサメも行動した。
両手で人型の首を握り締める。
その異様さに気づいたソ級の口から空気が漏れる。
ソ級の青い眼が揺れ、黒い筋が毛細のように浮かび上がっていた。
驚きと恐怖が入り混じった顔でソ級はワルサメの腕を爪を立てて何度も引っかく。
黒い血がワルサメの指から流れ出るが、ワルサメもまたさらに力を込める。
ソ級は手足をばたつかせて暴れ、魚のような外殻が口を開く。そこからは魚雷が覗いている。
ワルサメからすれば、魚雷を避けるのは容易だった。首を締め上げたまま、体を正面からずらせばいいだけだから。
しかしワルサメはそうしなかった。
自分を助けに来たはずの同胞を手にかけようとしている事実が、ワルサメからその意思を奪っていた。
ワルサメはそのまま首を締め続ける。
そして、それまで硬い抵抗をしていた何かが割れた。
抵抗を失った首は柔らかかった。ソ級の口から拳大もある呼気の塊がいくつも出てくる。
壊れた機械のようにソ級の口が上下に揺れる。
そうして魚の口からは魚雷が滑り落ちるように転がり――炸裂した。
小規模の爆発は、連鎖的にソ級が装備していた魚雷や砲弾を巻き込んで誘爆を引き起こしていく。
水中爆発が二人の体を呑み込んでいった。
263 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/19(金) 10:40:46.25 ID:+d6s8puI0
ここまで。続きは仕事から帰ってきたら投下します
今日間に合わなければ明日と、いずれにしても一両日中には終わらせますので
264 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/19(金) 20:58:09.24 ID:jVHrL9XAO
乙っぽいかも
265 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/19(金) 22:50:39.92 ID:+d6s8puI0
乙ありですって!
266 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/19(金) 22:51:31.95 ID:+d6s8puI0
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
戦艦棲姫はトラックの各基地から発進してきた陸攻隊を目敏く発見した。護衛の戦闘機も多い。
空母棲姫以外にもヌ級やヲ級も数人引き連れているが、とても対抗できる数ではないと見て取る。
すでに空母棲姫も後退している以上、それ以上の戦闘は下策と判断し残存の艦隊にも撤退命令を出す。
「名残惜シクハアルガ……」
「ここまで来て逃げるのか!」
戦艦棲姫はそれまで砲撃戦を繰り広げていた武蔵に対して後進を行う。
互いに満身創痍の状態だった。
武蔵は三基の主砲の内、一基が伝送系の断線により使用不可。
装甲の薄い主要区画以外は袋叩きにされて浸水や延焼を起こしている。
戦艦棲姫も艤装口部の歯を何本も折られるか砕かれるかしていて、右肩側の主砲は旋回不能に陥るほどの損傷を受けている。
姫自身の体も裂傷による出血で、ドレスを元の色とは違う黒みで汚していた。
「武蔵……アナタノ攻撃ハ重クテ痛クテ……素晴ラシイ時間ダッタ」
「はん、そんなに痛いのがお好きか?」
「言ッタデショウ。痛ミガアルカラ満タサレル。感覚ト存在ヲ実感デキル」
「知らん!」
武蔵は稼動する二基の主砲を撃つ。戦艦棲姫は撃ち返してこなかった。
「痛みなぞ望まずとも向こうからやってくる。それをありがたがる気持ちなど分かるものか!」
「ソウ、残念」
戦艦棲姫はおかしそうに笑う。
「本当ニアナタニハナイノ? 攻撃ヲ受ケレバ受ケルホド、救ワレルトイウ気持チハ?」
武蔵は答えずに無視する。弾着の時間だった。
戦艦棲姫の体が吹き飛ばされる。それまでとは違い、わざと踏みとどまらなかった。
大きく吹き飛ばされた姫はそのまま体が水中に没していく。
「痛ミガ自ズトヤッテクルノハ……正シイ。相応シイ時ニ決着ヲツケマショウ……アナタガ痛ミヲ引キ連レテクル……ソノ時ニ」
「……相応しい時があるとは思えんがな」
海中に潜られた以上、武蔵にも追撃する余力はなかった。
武蔵は戦艦棲姫をいずれ倒さなければならない相手だと認識している。
その一方、今まで出会ったどんな相手とも違う戦いづらさも感じていた。
「これが厄介事を背負い込むということか」
大抵のことは笑い飛ばせる自負を持つ武蔵だったが、この時ばかりは勝手が違った。
267 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/19(金) 22:58:22.18 ID:+d6s8puI0
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
鳥海たちは苦戦していた。
重巡棲姫は本調子を取り戻してからは、四人を相手取りながら一方的に攻勢に転じている。
闇雲だった砲撃は狙いが不規則ながらも高い精度を発揮していた。
四人の艤装には損傷が蓄積し、今ではいずれも中破に相当する損傷を受けている。
「出来損ナイ風情ガヨク動ク……」
戦闘を優勢に推移させていた重巡棲姫だったが、彼女もまた攻撃隊の接近を察知していた。
重巡棲姫は忌々しげに戦闘を継続し続けている四人を見ていく。
姫は戦闘を継続し誰でもいいから沈めておきたいという欲求に対し、冷静な部分が撤退の要を認めていた。
互いにまだ雷撃戦には移っていない。航空隊の攻撃も加われば予期せぬ被害を受ける可能性があった。
また調子を取り戻すまでに無駄弾を撃ちすぎていたというのもある。
残弾が少なく、ものの数分で撃ち切るという状態だった。
弾が切れても素手で襲えばいいという発想はあるが、魚雷を持っているかもしれない相手に接近しすぎるの得策ではない。
結局、重巡棲姫は感情よりも理性を優先させた。
転回を行うと、包囲を抜けるために加速を始める。
その動きに合わせて、最も厄介だと判断した鳥海に向けて砲撃を行う。
鳥海は至近弾を受けながらも砲撃で応じる。
「逃げるんですか!」
「バカメ、ト言ッテヤロウ。見逃シテヤルノダ!」
追撃したい鳥海だったが、彼女もまた追撃が困難なのを察していた。
被弾が重なりながらも最初から最後まで最高速を維持していた重巡棲姫に対し、鳥海たち四人は三十ノットを超える速度は出せなくなっている。
重巡棲姫は牽制と呼ぶには正確な砲撃を何度か行ないながら四人を振り切っていった。
「機嫌の悪い姉さんみたいなことを言って……!」
鳥海は重巡棲姫の追撃を断念した。もっとも彼女たちの戦闘はまだ終わっていない。
すぐに島風たちの被害状況を確認し、味方の援護に向かわなくてはならない。
鳥海は白露たちの安否を気にかけたが、通信には失敗している。
何事もなければいいけれど。そう思うも不安を拭うことはできなかった。
268 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/19(金) 23:03:48.02 ID:+d6s8puI0
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「先に行くっぽい。お姉ちゃんをお願い」
夕立が湿った声で時雨に言う。顔は時雨のほうを向かなかった。
「あたしは最後まで見届けるっぽい。誰かがいてあげないと、あの子がかわいそう」
時雨は少しだけ迷って、白露の様子を見て踏ん切りがついた。
「……分かった。夕立は戻ってきてよ」
「うん、分かってるっぽい」
夕立は時雨の艤装が唸るのを聞きながら、ソナーに耳を傾ける。
海底からの音に声はない。しばらくすると爆発音が聞こえてきて、泡が立つ音が生まれた。
その音も消えると、海には静寂が戻ってくる。波はとても穏やかだった。
夕立は波に身を任せたまま待った。その時間はそれほど長くはなかったが、夕立はもっと長く続いてほしいと思う。
海上に浮かび上がってきたものを見て、夕立は下で起きたことの結果を悟った。
「仕方ないっぽい」
言い訳を口にした夕立は自己嫌悪する。
それでも夕立は自分を必要以上に責めまいと決めた。それはワルサメの行為を台無しにしてしまうような気がしたから。
夕立は目元を拭った。波がしぶいて顔にかかったからだと、そんな風に言い聞かせて。
帰ろうとした夕立はすぐに異変に気づいた。それはほとんど確信めいた予感だった。
桜色の髪をした少女が浮かび上がってきた。
夕立は急いで少女に近づく。少女にはワルサメの面影があって、しかし肌の血色はずっとよかった。
「生きてる……」
息もあるし脈も正常だった。
服は何も着ていなかったので、夕立は艤装からハンモックを取り出すと少女の体に巻きつける。
この子が誰とか何かは、夕立にとってはどうでもよかった。
ただ、この少女だけは助けないといけないと思った。
夕立は前に進み始める。
269 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/19(金) 23:12:44.81 ID:+d6s8puI0
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
白露が目を覚ました時、まだ新しくて白い天井が見えて、ほんの少しだけ戸惑ってから思い出した。
ここはトラック鎮守府にある病室だと。そして、ここにいる理由も。
「ん……足はあるみたい……」
白露は目を閉じ直して、何も見ないようにして足の指を動かしてみる。
痛いところはないし、ちゃんと動いてるらしかった。
この感覚が幻でなければ、と思って白露は体を起こす。
白露はベッドに眠っていて、すぐ隣では時雨がベッドに頭を乗せて寝息を立てている。
時雨を寝かせたまま、白露は足下の毛布をめくってみた。
足の指はついている。というより、どこにも傷の跡はない。
「ん……姉さん?」
白露の動きに気づいて時雨が目を覚ます。
少しの間、無言で見つめ合った。
「ねえ」「あのさ」
そして声が重なった。
白露はここで少しだけ笑う。だけど、それは本心から出たような笑顔ではなかった。
「時雨から先に言って」
別に気を遣ったわけじゃない。先延ばしにしたかっただけ。
向き合わなくちゃいけないけど、やっぱり怖かった。
「足の調子はどうかな?」
270 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/19(金) 23:19:11.07 ID:+d6s8puI0
「問題ありません! やっぱり酷かったの?」
「それはもう。バケツのお陰で直ったけどね。直ってしまったと言うべきか」
「何それ。時雨はあたしの足が不自由なほうがよかったの?」
問いかけに時雨は意味ありげに笑い返してくる。
「まさか――ヤンデレじゃないだし。バケツさえあれば戦えるこの身にぞっとしただけだよ。まるで呪いみたいじゃないか」
「……あたしは五体満足のほうがいいよ」
この体がたとえ戦うためにあるとしても。
白露はそんな思いをため息と一緒に吐き出した。
「ねえ」「あのさ」
また声が重なった。
白露は笑った。今度はさっきよりも自然に出てきた笑いだった。同時に覚悟も決まった。
「今度は何?」
「えっと……調子はどうかなって」
「さっき聞いたこととどう違うのよ」
「あー、体全体とか気分の?」
「そうだね……うん、ワルサメは?」
時雨は黙ってしまった。
大丈夫、時雨の顔を見た時から分かってたから。
時雨も話すつもりでいたのは分かってる。こういう役は自分の役みたいに背負い込んじゃって。
271 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/19(金) 23:24:16.57 ID:+d6s8puI0
「ワルサメは……」
白露は時雨の話を聞いた。それは短い話で、だけど白露にはワルサメの気持ちが分かってしまったような気がした。
「そっか」
顔を両腕で隠して息を吸おうとするが、浅くて早くてなんだかうまく吸えないと白露は思った。
分かっていた。分かっていたけれど、それでも期待はしていた。
だって、そうじゃない。
「姉さん」
「あたし、あたしさ」
白露は時雨の胸に顔を当てる。体を預ける。他にどうしていいのか分からなくって。
「いままでいちばんがんばったんだよ。でもうまくいかないよねぇ」
「……ごめんなさい」
「なんでしぐれがあやまるの」
「だってボクは姉さんが必死に守ってきたワルサメより、姉さんを選んでしまったんだ……姉さんの気持ちを分かってたのに」
「ずるいよ」
「ごめんなさい」
白露も時雨も互いを抱き寄せた。二人とも傷ついていた。
272 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/19(金) 23:29:40.21 ID:+d6s8puI0
─────────
───────
─────
いつかは誰かの身に起こること。
まだそんな風には割り切れなかったけど、それでもいつかそんな風に割り切っていかないといけない。
白露はそんなことを思いながら、自分の頬を叩いた。
鏡がほしかった。しゃんとした顔をしていたかったから。
「……どうかな、姉さん」
時雨が聞いてくる。白露は真顔になって言う。
「時雨は目が赤い」
「えっ!?」
「嘘だよ。引っかかっちゃって」
「ひどいや、姉さん。でも、これなら会わせても大丈夫そうだね」
「会わせるって誰に?」
「誰って妹たちに決まってるじゃないか」
273 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/19(金) 23:32:24.27 ID:+d6s8puI0
時雨はまた意味ありげに笑うと、病室のドアを開ける。
ぞろぞろと白露型の一同が入ってくる。
海風と五月雨は心配そうな顔して、村雨と涼風は白露の顔を見ると笑い、江風は心配してるんだか安心したんだか殊勝な顔つきだった。
「夕立は?」
「あれ? 入っておいでよ、夕立」
「分かってるっぽい! さあ、あなたも来て」
「でも……」
「でももすともないっぽい!」
「すとってなんですか?」
「知らないっぽい!」
夕立が入ってくる。その手は別の誰かの手を引いていた。
その少女は白露型の制服を着ている。片手を夕立に引かれ、片手は白い帽子を押さえている。
桃色の髪をしたその子は、ワルサメによく似ていた。
その子は帽子を外すと、白露に向かって頭を下げる。
「はじめまして。白露型駆逐艦五番艦の春雨です、はい」
あたしは大切なものをなくして、大切なものが増えて、何が大切か思い知った。
274 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/20(土) 00:15:42.28 ID:il5anoy/0
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
日差し除けとして設置されたパラソルの下、白露は沖合を見ていた。
その顔には精彩が欠けている。
「はぁ……」
「ため息をつくと幸運が逃げると言いますよ、白露さん」
「あ、秘書艦さん。こんにちは」
白露は鳥海に挨拶してから、視線を海に戻す。
今は沖合で実戦形式の演習が行われている。
組み合わせは夕立と春雨。結果はとうに見えているが、それでも春雨は少しでも夕立に食い下がろうと悪戦苦闘していた。
「一ヶ月ですか、春雨さんが着任してから」
「長かったのか短かったのか……よく分からないなー」
春雨が着任してから、白露は少し気が抜けたような日々を送っていた。
それは上手く隠せているようで、実は全然隠せていなかったのかもしれない。
鳥海と話す機会が増えたのは、そういうことなんだと白露は思っている。
「夕立ってば春雨にべったりなんですよ。春雨も春雨で夕立にべったりで」
夕立の場合、ワルサメに当たって上手く仲良くできなかった反動もあるのかもしれない。
春雨がべったりなのは……夕立が好きだからなのかな。
「白露さんにはどうなんです?」
「あたしは……どうかな……まだ整理できてなくて」
白露はどうしても春雨にワルサメの影を見てしまう。
それは常日頃ではなくて、ふとした仕種や何気ない時に重なってしまっていた。
だから白露はまだ春雨との距離を上手く掴めていない。
275 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/20(土) 00:18:56.67 ID:il5anoy/0
「秘書艦さんだったら、どうします?」
抽象的で要領を得ない質問でも鳥海は真剣に考える。
そして答えた。
「向き合って話します。春雨さんも不安でしょうし」
「春雨が不安?」
「当たり前のことだって話さないと伝わらなかったりするじゃないですか。話しても伝わらない時は行動で示したりとか」
「それって提督と秘書艦さんの話?」
「私より司令官さんと木曾さんの話ですね。お互いがいくら大事に思っていても、その気持ちを伝えられなかったらだめなんだと思います」
「そっか……そうだよね。あの子はあの子で、この子はこの子だもんね」
分かってた。ワルサメを乗り越えていかないといけないのも。
だから白露はその日、訓練を終えたワルサメを呼び出した。
いつかワルサメと二人で夕陽を見た窓を前に、白露と春雨は並ぶ。
「ご用って……なんでしょうか?」
春雨は緊張していた。春雨も不安というのは本当らしかった。
白露は自分が少し情けなかった。妹を不安にさせる姉にはなりたくなかったから。
肩の力を抜いて春雨を見る。春雨の顔にワルサメがダブっていた。
でもごめん。今は春雨とお話したいの。あなたを絶対に忘れないから、今は大人しくしててほしい。
「春雨には余計な話かもしれないけど、どうしても話しておきたくてね」
白露が声に出すとワルサメの影が春雨から消える。
戸惑って、だけど白露に興味を持っている春雨の顔が残った。
「あたしの……あたしの一番大切だった友達のことを」
白露は笑いながらそう言った。
鳥海がいつか笑顔でレイテのを話してくれたのがどうしてか、やっと分かった。
あたしは最後まで笑っていられないかも。それでも、できるだけがんばってみないとね。
そして白露は春雨に語り始める。
傷はいつか癒えていく。
三章に続く。
276 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/20(土) 00:21:54.74 ID:il5anoy/0
日をまたいでしまったけど二章はここまで。
主役が誰か分からなくなりそうですが、三章からは鳥海と提督の話に戻る形になります。
そして冒頭の内容も回収することになるので……いわゆる鬱展開になるんでしょうかね? どうなんだろう?
なのでまあ、投下ペースよりも投下量を意識しての更新になってくるかと思います。
ここまでお付き合いいただいた方々には感謝を。
劇場版が始まってしまう前までには完結させたいですが、どうなるやら。
277 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/20(土) 00:25:17.19 ID:il5anoy/0
備忘録的な設定のような何か
以下は二章終了時点でのトラック島鎮守府の在籍艦娘。順不同。
ちなみに完結まで、このメンバーは固定となります。全員にスポットは当てられませんが。
○重巡
鳥海、高雄、愛宕、摩耶、ザラ
○軽巡(重雷装艦含む)
夕張、大淀、球磨、多摩、北上、大井、木曾
○戦艦
武蔵、扶桑、山城、リットリオ(イタリア)、ローマ
○空母
蒼龍、飛龍、雲龍、飛鷹、隼鷹、龍鳳、鳳翔
○駆逐艦
島風、リベッチオ
・白露型
白露、時雨、村雨、夕立、春雨、五月雨、海風、江風、涼風
・陽炎型
天津風、秋雲、嵐、萩風
・夕雲型
夕雲、巻雲、風雲、長波、高波、沖波、朝霜、早霜、清霜
○その他
明石、秋津洲、間宮、伊良湖
○基地航空隊/運用機種
戦闘機/疾風
陸攻・陸爆/銀河、連山(試作機を試験運用)
偵察・哨戒機/彩雲、二式大艇
278 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/20(土) 00:29:35.02 ID:il5anoy/0
無駄に分けてしまった
姫級との数度の戦闘を顧みて、鳥海を旗艦として第八艦隊を再編することに。
高速艦を中心とし砲雷撃戦能力に秀でた艦隊で、作戦の目的や戦況に併せて多目的に運用される戦力として扱う。
具体的には戦線への切り込み役や敵主力との決戦戦力、迎撃作戦時の遊撃部隊など。
任務内容に応じて、基幹戦力とは別の艦娘も加えて作戦に当たる。
基幹戦力は鳥海、高雄、ローマ、島風、天津風、長波、リベッチオとなる。
279 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/20(土) 01:18:50.00 ID:kRkjTjPio
おつ
この話ほんと好き
280 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/20(土) 03:29:03.07 ID:W9En/wtAO
乙
素晴らしい
281 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/26(金) 08:07:24.31 ID:OgX9n+dwO
乙乙
282 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/27(土) 11:23:37.47 ID:F3HpfMvD0
乙ありなのです。お褒めも恐縮なのです!
やはり白露型はいっちばーんってことか
283 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/27(土) 11:25:39.84 ID:F3HpfMvD0
私たちはすでに多くの別れを経験しています。
過去の軍艦の記憶が、まるでこの身の出来事のように刻まれているんですから。
その過去の記憶でさえ、私たちは自他をもう艦としては認識していなくて、今のこの姿として捉えてしまうのは変な気分ですが。
私たちは姉妹や戦友を多く失いました。
自分の見える場所で、あるいは知らない場所で。
私は、鳥海は前線に引っ張りだこでしたが、それなりに長生きしたと思ってます。
でも、それだけ死に触れる機会も多くて……姉さんたちや加古さんに天龍さん。知らない所でも在りし日の機動部隊や駆逐艦の子たち。
気が滅入ってしまいますね……。
ただ、これは私だけの話じゃなくて誰の身にも起きていた話なんです。
目の前で沈まれるのと、自分のいない時に失ってしまうのはどちらが悲しいのでしょう。
ええ、すごくバカな話をしてるのは分かっているんです。どっちも悲しいに決まってるんですから。
だって結果は同じじゃないですか。
立ち会ったからって看取りになるとは限らないですし、見てなくてもいなくなってしまった事実は変わらない。
……結局は変わらないんです。失うということには。
いつかは別れの時は来てしまいます。
生きているのなら、それはどうやっても避けようがなくて。
それでも私は手を伸ばしたかったんです。特にあの人には。私の司令官さんには。
約束をしていたんです。
いつかあの人と交わした競争の約束。どちらがより長く生きていけるかの競争をしようって。
私は勝つ気でいましたけど、そう簡単に負けさせるつもりもなかったんです。むしろ最後に逆転されるぐらいでよかったんです。
だから私は……。
284 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/27(土) 11:28:53.91 ID:F3HpfMvD0
三章 喪失
トラック諸島の夏島に設営された飛行場に双発のジェット機が着陸する。
機体は軍で採用されている国産の連絡機で、民間のビジネスジェットを流用している。
唯一の乗客はトラック泊地を預かる提督その人だった。
機体が制止し安全確認が済むと、鞄を持った提督が機外に降りてくる。
すぐに迎えに来ていた艦娘、木曾が近寄って声をかけた。
「よ、久しぶりだな」
「十日ぐらいしか経ってないのに久しぶりはないだろ、木曾」
提督は答えながら半ば今更の疑問を抱く。木曾の格好は暑くないんだろうか。
アイパッチは仕方ないにしても、いつも通りの帽子とマントだ。気温三十度に届く夏島に適した格好には見えない。
昼下がりの頃で、まだこの暑さは続く。
当の木曾は涼しい顔をしながら笑っていたが、額は汗ばんでいるようだった。
「普段から顔を合わせてりゃ、十日ぶりだって久しいもんさ」
「それもそうか。しかし意外だな。てっきり鳥海が迎えに来ると思ってたんだが」
「おいおい、俺じゃ不満だってか?」
「そうは言ってないよ」
「冗談さ。それと、これでも鳥海直々の指名だからな」
木曾はそう言いながら提督を車まで案内し、道すがらに言う。
「鳥海は第八艦隊の練成で忙しいんだ。提督の代理もこなしながらだったしな」
「……苦労をかける」
「それは俺じゃなくて本人に言ってやれよ。あと高雄さんと愛宕さんも手伝ってたし、うちの不肖の姉だってそうだし」
「みんなに埋め合わせが必要ってことだな」
285 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/27(土) 11:32:20.78 ID:F3HpfMvD0
木曾は言わないが、手伝いの中には木曾自身も含まれているのだろう。
何をしてやるか考えていると、木曾は近くに停めてあったシルバーのセダンに乗り込む。泊地の公用車として納入されたものだった。
提督が助手席に座ると木曾はエンジンをかけてエアコンを入れると、冷気が顔や首筋を心地よく抜けていく。
一息ついて木曾は隣の提督に尋ねる。
「横でいいのか? こういう時は運転席の後ろだろ」
「隣のほうが話しやすいじゃないか」
「物好きめ」
口ではそういう木曾だったが満更ではなさそうで、声には親愛の響きが含まれているような気がした。
それにしても運転席に収まった木曾を物珍しく思う。
「運転できたのか」
「当然だ。お前こそどうなんだ?」
「代わりに運転しようか?」
「……いや、いい。人の運転する車に乗るのはどうも落ち着かない」
「ペースが合わないってやつか。確かに衝突しないか怖くなることってあるな」
「それなのかな……ま、ここじゃ対向車も滅多に来ないし、そこまで神経質になることもないんだが」
木曾は車を走らせ始めた。トラック泊地までは車でも三十分はかかる。
運転は荒くないが、スピードはかなり出しているような気がした。
海上と同じ感覚で速度を出しているのかもしれない。
286 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/27(土) 11:33:56.56 ID:F3HpfMvD0
「そういや昼は食べたのか? 機内食ってあったんだろ」
「いや。中途半端な時間だったし、間宮でざるそばを食べたくなった。天ぷらもあるといいんだが」
おいしいものが食べたいなと思い、提督は今になって木曾の言葉を実感した。
「確かに久しぶりだな」
「何が?」
「普段はそんなに意識してなかったけど、間宮で食べるご飯が待ち遠しいと思えてな」
「それで久々か。食い意地の張ったやつめ。花より団子か」
木曾は運転しながら愉快そうに笑う。すぐに次の話を振ってくる。
「横須賀はどうだった? 視察もできたんだろ?」
「ああ、いい提督みたいでみんな元気そうにしてたよ。向こうじゃ睦月型と特型なんかが二代目だった」
「へえ……天龍と龍田もあそこだよな。どうしてた?」
本当に木曾は天龍が好きなんだな。
そう考えると提督はちょっとおかしくなる。
「向こうでも二人とも駆逐艦たちに懐かれてたな。相変わらずというかなんと言うか……ああ、木曾が顔出すならトラック土産を忘れるなとさ」
木曾は余所見はせずに、しかし唸る。
「トラック土産ねえ……名物とか特産品なんてあるか?」
「土でも持っていくとか」
「甲子園じゃないんだからさ」
笑う木曾に釣られて提督も笑う。
そうして提督は言う。おそらく木曾が一番気にしているであろうことを。
287 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/27(土) 11:35:12.79 ID:F3HpfMvD0
「査問会は……罷免されずに済んだ」
「そりゃ朗報だ。提督が続けられるようで何よりだよ。頼りにしてんだぜ」
「ありがたいな」
「なら、そんな浮かない顔しなくてもいいだろ」
「面白い話じゃないからな」
そういう自分の声はまるでふて腐れた子供みたいだ。
提督はそう考えながらも、思い出すようにぶり返してくる不愉快さを持て余していた。
「上は何が不満だったんだ?」
「ワルサメをみすみす失ったのがお気に召さなかったらしい。空母棲姫なんかと交渉せずに交戦すべきだったのでは、交渉するならもっと粘って相手の腹を読み取れなかったのかと」
「言うだけならタダってやつか。いる時は無視してていなくなったら文句を言うって、どんな料簡だよ」
木曾も腹を立てたみたいで、不思議とそれを見ると冷静になろうと頭が考える。
ただ自分の代わりのように怒っているようにも見える木曾に提督は感謝した。
「だが言ってることはもっともだ。俺の判断がワルサメを追い込んだのは確かだから」
他にやりようがあったはず。そんなことは何度だって考えた。
ワルサメを巡って交戦した海戦から一ヶ月あまり。
件の海戦は今ではトラック諸島沖海戦と名づけられていた。
これまで勝ち星を重ねてきた海軍と艦娘たちにとっては、負け戦と苦い結果を残している。
主目標であるワルサメの保護に失敗し、艦娘たちも喪失こそなかったが白露を初め何人もの艦娘が中大破の判定を受けていた。
対して深海棲艦へ与えた損害が少なかったのも、その後の調査で判明している。
海戦で得られたものは小さくないが、それでも負けは負けだ。
288 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/27(土) 11:35:57.15 ID:F3HpfMvD0
「けどワルサメは自分の意思で深海に帰ろうとして、あんたはその意思を尊重しようとしただけだろ」
「尊重する前に止めるという発想はなかったのか、ということだ」
実際どうだったんだ。俺はワルサメを止めるべきだったのか、あるいは空母棲姫の要求を守らないで挑発したほうがよかったのか。
ワルサメを守るためにできたことはもっとあったはず。
危険なのは分かっていたんだ。それとも、そんな当たり前さえ気づけないほどに俺は抜けているのか?
今となってはどうにもならないが、どうにもならないからこそ提督は苦い気分で車外を見た。
気分はほとんど紛れない。
「どうにも引きずってダメだな……春雨もいるって言うのに」
ワルサメと入れ代わるように夕立に保護されたのが春雨だった。
白露型五番艦を自認し、そこかしこにワルサメの面影を残している艦娘。
木曾が前を向いたまま声だけをかけてくる。
「俺はあの二人が同時にいるなんてこと、ありえないと思ってるぞ」
それには提督も同感だった。
ワルサメと春雨が同一人物とは思っていないが、互い違いのような存在だとは考えている。
だから気にするなと木曾は言いたいのだろうか。
過程を考えれば、よかったなどとは思えない。
かといって春雨の存在を否定するような考えも間違えてると思える。
ならば結果を受け入れて進むしかない。
よく言うじゃないか。世界は回り続けている。
289 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/27(土) 11:36:42.94 ID:F3HpfMvD0
「そういえば白露はどんな様子だ?」
「心配いらない。春雨ともちゃんと話してたし」
「ならよかった。俺が最後に見た時は心ここにあらずって様子だったから」
鳥海がいやに気にかけていたっけ。
白露との間に何かあったのかもしれないと提督は考えているが、本人たちの口から出ない限りは詮索するつもりもなかった。
「少しは気が楽になったか?」
木曾の問いかけに笑い返そうと思ったら、出てきたのは苦笑いだった。
「そうだといいんだが……あんまり気が休まらないかもな。もう難題はそこまで来てるし」
「どういうことだ?」
「この作戦名には聞き覚えがあるだろ?」
290 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/27(土) 11:37:11.38 ID:F3HpfMvD0
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
鳥海は提督に教えられた作戦名をおうむ返しにする。
「MI作戦ですか? ミッドウェーの?」
「ああ。数十年越しの第二次MI作戦と呼んだほうがいいかもしれないが」
執務室で朝の仕事を始まる前に、提督がMI作戦が近日中に発令されると教えてくれた。
MI作戦といえばミッドウェー島占領を狙った作戦で、旧大戦時での転換点にもなった戦い。
そのMI作戦を強襲という形でまた行うらしかった。
「うちからも戦力を抽出してほしいと要請があってな。鳥海も指名されてる……というより、ここの主力を軒並みだ」
内示という形ではあるが、トラック泊地からは戦艦と重巡、重雷装艦の全員、空母も龍鳳と鳳翔以外全て、駆逐艦も島風や白露型の上四人の姉妹などと主力の大多数を派遣するよう求められていた。
こんなに出して大丈夫なんでしょうか、と鳥海は思うが聞かなかった。
大丈夫でなくともやるしかないのだから。
「では雪辱戦というわけですね」
『鳥海』もまた過去のMI作戦そのものには参加していただけに、悔いの残る戦いだと記憶している。
作戦中に何をしたのかと問われたら、何もしていませんとしか答えられないのが当時の『鳥海』だった。
参加するからには同じ轍は踏めないし、それぐらいの意気込みも必要だと判断する。
「でも、どうして今になって行うんですか?」
「それなんだが本土が空襲された」
「それって一大事じゃないですか!」
色めき立って身を乗り出す鳥海に対し、提督は落ち着いて椅子に座っている。というよりも覚めた反応のように鳥海には見えた。
提督が説明するところによると、一週間ほど前に深海棲艦の艦載機が少数で警戒網を突破して本土へ空襲を行った。
291 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/27(土) 11:38:58.83 ID:F3HpfMvD0
「被害らしい被害は出てないんだ。艦載機による空襲のみで数は少なかったようだし……ただ大本営や上層部の面子は丸潰れになった」
それまで大本営や軍上層部は、艦娘の奮戦により今や前線は本土から遠く離れて脅威が去ったと強調していたという。
それ自体に嘘はなくても誇張はあったみたいで、ところが空襲が起きた。
深海棲艦が未だに健在で、戦争は続いてるという事実は国民に大きな衝撃を与えた。
今の軍は国民に対してそこまで強くない。そうなると、どうしても汚点を拭う必要がある、と。
「そこで前から検討だけされてたMI作戦を実施することになったんだ。今回の敵は東から来たと見なされてるから、そっちの脅威を完膚無きに叩きのめしましたってね」
「それでMI作戦ですか……でも東ならミッドウェーより真珠湾を叩いたほうがいいのでは? というより向こうが健在なのにミッドウェーを叩いたって……」
「ミッドウェーでさえ遠いのに真珠湾は遠すぎるし、今回の作戦は政治的な理由が根っこにある。より勝率の高い作戦を成功させたほうが都合がいいんだよ」
「……戦略的判断ですね。私には難しくて分かりません」
鳥海から出た皮肉に、提督はおかしそうに笑った。
「そう、戦略的な理由だ。どのみち命令なら従わなくっちゃならない」
不本意に思っているのか、あまり提督の表情が冴えてない。
納得はしてない、ということなんでしょうか。
「気がかりがあるんですか?」
「気がかりしかないよ。作戦の意図は分かるけど、政治的な判断を無視しても発動までの準備期間が短い。最前線の一つになるここから戦力を割くって発想も危うく感じるし」
他にもMI作戦のための燃料や資材は、本来なら他で行われるはずの作戦を延期させて流用させるとのこと。
提督の懸念はこの場当たり的な対応を批判するよう向いていた。
だけど、と鳥海は考える。提督自身が口にしたように命令ならば従うのが道理で、何よりも提督の意見は知っている立場からの意見だと思った。
292 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/27(土) 11:40:05.55 ID:F3HpfMvD0
「司令官さん、事情はともあれ私はやったほうがいい作戦だと思います」
「というと?」
「後背を狙われるようでは、勝てる戦いだって勝てなくなってしまいます。それに民間人を危険に晒していい理由なんてどこにあるんですか?」
提督は姿勢を正す。その動作がもっと話すよう促してる気がして、鳥海は話し続ける。
「昨年末、司令官さんは私をショッピングセンターに連れて行ってくれたじゃないですか。あそこは華やかで人々が笑いあっていて、私は好きです」
司令官さんはあの中でどう感じたんだろう。
鳥海は考え、今は自分の気持ちを伝えないとと思う。
「ああいう空気を守るというか保つというか……そういうのって大事だと思うんです。だからMI作戦にどんな事情があっても、その目的が誰かを守ることに繋がるのなら意味はあるはずですし、民間の方に軍の都合なんて関係ないのでは?」
提督は感心するような目で見ていた。
鳥海は急に気恥ずかしい気分になって視線を下げる。すごく青臭いことを言ってしまったような……。
「よく分かった。鳥海は正しいよ。どうも俺は物事を斜に捉えすぎてしまうのかもしれない」
「そんなことはないと思います……」
司令官さんがそんな人だったら私は……そんなことは言わなくても分かると思った。
「止められないなら前向きに考えないとな」
提督の表情が変わって、鳥海は安堵と緊張の入り混じった気分になる。
これでこそ鳥海が司令官と仰ぐ人間だった。
「第八艦隊の様子は?」
「この一週間も引き続き練成に努めていたので、仕上がりは悪くないと思います」
293 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/27(土) 11:41:07.32 ID:F3HpfMvD0
第八艦隊は深海棲艦の姫級との戦闘を前提に置いて新設された部隊で、砲雷撃能力を重視した快速艦による構成となっている。
旗艦は鳥海とし、二番艦に高雄。以下にローマ、島風、天津風、長波、リベッチオと続く。
姫級との決戦は元より、そのための戦線突破や防衛戦では遊撃隊として攻撃的に機能するのを求められての構成だった。
「後はできる限り、様々な状況を想定した演習を重ねて行くしかないかと」
「MI作戦が発令されたらパラオやタウイタウイに引き抜かれた艦娘たちとも一時合流する。彼女たちを相手にするといい」
「そうですね。慣れた相手よりも得られる点は大きいかと」
第八艦隊に集められた艦娘は艤装の性能は高く練度自体も秀でているが、必ずしも泊地の中での最精鋭というわけでもない。
練度で言えば駆逐艦なら白露型から入れ替えられるし、性能で考えると武蔵は外せないはずだった。
この辺りは泊地全体の戦力バランスも考慮されているが、提督から見た運用上の都合も色濃く反映されている。
例えば武蔵の場合は二十七ノットという中途半端に思える速力を敬遠されていた。
また長波を除いた駆逐艦は艤装が特殊なため、性能がばらけて独自規格の部品も多い。
そのために連携を取るのに苦労する艦娘が集まっている。
つまり第八艦隊は精鋭であると同時に寄せ集め艦隊でもあった。
それを思うと鳥海からは笑顔がこぼれ、提督は不思議そうに見返すこととなる。
「なんだか第八艦隊らしいなと思って」
今も昔も雑多でまとまりのない艦隊という感じで。
そこに誇らしさを感じてしまうのは何故でしょうか……。
それからしばらく二人は来たるMI作戦に向けて話し合った。
主力の大半が不在の間の防衛計画の草案が必要だったし、臨時の秘書艦も任命する必要がある。
一日で全てを片付ける必要はないが急ぐ必要もあった。
そういった話し合いを二人で進め、一段落したところで提督は鳥海に聞く。
294 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/27(土) 11:41:53.17 ID:F3HpfMvD0
「鳥海、俺はあの時……前の海戦でどうすればよかったと思う?」
鳥海はすぐには答えなかった。考えていたために。
査問会でどういうやり取りが交わされ、何を言われたのかは初めから聞かなかった。
司令官さんは話したければ話すし、そうでないなら話さないから。
悔やんでるようには見えなかった。でも無関心ではなく気にしている。
折り合いをつける一言がほしいのか、それとも自分とは違う見方を知りたいのか、まったく違う理由から聞かれたのか。
意を汲むことはできない代わりに、嘘偽りのない正直な気持ちを言う。
「申し訳ないですが私にも分かりません。ですが司令官さんは悪くなかったと思います」
もちろん提督の決断が最適だったかは鳥海にも分からない。
そんなこと、誰に分かると言うんですか?
「司令官さんはあの時、これが正しいと思ったんですよね。確かに私たちはワルサメを救えなかったと思います……ですが、どうしても悪い相手を見つけたいのなら、それは約束を反故にした空母棲姫ではないですか」
提督は答えなかった。真っ直ぐに鳥海を見つめていて、そうして今になって鳥海は気づく。
査問会に呼ばれたからじゃなくて、もっとそれ以前に提督は納得していなかったんだと。
ワルサメを救えなかったからかもしれない。それとも、そうなるきっかけを作ってしまった自分を許せないのか、あるいはそんな自分を責めて?
「白露さんは乗り越え始めましたし、夕立さんは埋め合わせをしようとしています。司令官さんだって……前に進みたいんですよね?」
「俺は……」
提督の声は言葉にならない。弱々しく俯くように目を逸らす。
司令官さん。あなたは自分で考えてるよりもずっと優しい人です。
あなたが提督である限り、呵責は終わらないのかもしれません。
だから鳥海は言う。心からの気持ちを込めて。
「あなたは何も悪くありません」
295 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/27(土) 11:45:25.66 ID:F3HpfMvD0
短いけど、ここまで
もうちょっと量を書いてから投下したほうがいいのだろうか……
とりあえず冒頭陳述みたいな中身ですが、今回の章からもよろしくお願いします
296 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/27(土) 16:11:56.90 ID:H5j8MlkKo
乙ー
297 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/27(土) 21:13:51.25 ID:073B1abDo
乙
298 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/28(日) 07:20:29.57 ID:Und165RW0
乙です
299 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/29(月) 06:14:06.30 ID:arZys46WO
乙ですよー
300 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/31(水) 22:24:16.35 ID:+6qwgSyL0
乙ありだな
や、本当にありがとうございます
301 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/31(水) 22:25:48.83 ID:+6qwgSyL0
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その室内に灯る光は淡かった。
天井は白くおぼろげで、ほのかな温かみを発している。海中から空を見上げた時の光の色だと彼女は思った。
壁や床が黒く塗り固められているのも、どこかで水底に似せようとしたのかもしれない。
陸にいても、心はどこかで海に囚われたまま。
あるいは海こそが自分たちの根源であり、どこにいても繋がりを忘れたくないという思いが喚起させるのか。
望郷なのだろうかと考え、望郷とはなんだろうと思い浮かんだ言葉に彼女は疑問を抱く。
彼女は――青い目をしたヲ級は自問に小首を傾げてみる。
「ヲッ」
本人も無自覚な声とも音とも分からないささやきが漏れる。
そんなヲ級に声をかける者がいた。港湾棲姫だ。
「マタ難シイコトヲ考エテルノ?」
「大シタコトデハアリマセン」
ヲ級の正面、視線を下げた先に港湾棲姫が足を伸ばして座っている。
その膝の上では別の姫が穏やかに寝息を立てていた。
港湾棲姫やヲ級よりもずっと幼い少女で、肌も髪も新雪のように無垢な白さだった。
前髪は短く切り揃えられ、一房だけ跳ねるように髪が飛び出ている。
筆で刷いたような眉に丸みのある顔。
深海棲艦は彼女をホッポと呼ぶ。
港湾棲姫がホッポを見る目は穏やかだった。
ヲ級もまたそんな二人を見ると、名状できない感覚に見舞われる。
もどかしいような、放っておけないような。
ただヲ級はその感覚がむしろ好きだった。
「ワルサメノコト、調ベガツイタヨウネ」
今度はヲ級の横から声がかけられる。
後に飛行場姫と呼ばれるようになる姫で、ヲ級を油断なく見ている。
そんな飛行場姫に港湾棲姫が言う。
302 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/31(水) 22:37:29.19 ID:+6qwgSyL0
「マタ怖イ顔ニナッテルワ」
「ソンナツモリハ……」
飛行場姫は自分の頬に触って表情を動かしてからヲ級に視線を向ける。
「ドウダ?」
「トキメクオ顔デス」
飛行場姫は満足したのか、港湾棲姫に向けて胸を張って誇らしげな顔をする。
一方の港湾棲姫はたおやかにほほえみ返していた。
ふとヲ級は思う。この三人の姫はまるで本当の姉妹と呼ばれる間柄のようだと。
外見に共通点が多いのも、ヲ級のその認識を強めていた。
ただし深海棲艦に姉妹という見方は希薄だった。
ヲ級自身、同型や同種と呼べる仲間は数多いが、そのいずれにも姉妹と感じたことはない。
あくまで同じような姿形をした他の個体でしかなかった。
飛行場姫が改めてヲ級に聞いてくる。
「サア、話シテクレナイ? 先ノ戦イデワルサメニ何ガアッタカ」
ワルサメは帰ってこなかった。
>An■■■、つまりは空母棲姫は、艦娘たちと交戦しワルサメは沈められたためだと説明している。
しかし初めから空母棲姫を信用していない港湾棲姫と飛行場姫は、ヲ級を使って探りを入れていた。
「ワルサメハ初メニ>An■■■カラ攻撃ヲ受ケタ可能性ガ極メテ高イデス」
「ソレダト同士討チヨ……本当ニ?」
「戦闘ニ参加シテイタ者タチノ証言ヲ繋ギ合ワセルト、ソレガ一番アリエル話ニナリマス」
303 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/31(水) 22:38:03.53 ID:+6qwgSyL0
飛行場姫は元より港湾棲姫も、この話を素直に受け入れられなかった。
独善的で高慢な空母棲姫であっても、そこまでするはずはないとどこかで考えている節がある。
なおも疑問を口に出そうとする飛行場姫より先に港湾棲姫が言う。
「先ニ全部説明ヲ……質問ハソノ後デ……ネ?」
ヲ級は頷くと同胞からまとめた話を伝えていく。
ワルサメが空母棲姫の攻撃を受けるなり、艦娘たちとの戦端が開かれた。
その後、包囲を突破した艦娘たちがワルサメを奪還すると撤退していったが、それを最後にワルサメの反応は確認できなくなっている。
ヲ級は淡々とした声で言う。
「私ハ>An■■■ガ大嫌イデスガ、故意ニ貶メルツモリハアリマセン」
「デハ……何カノ理由デ>An■■■ガワルサメヲ沈メタ?」
飛行場姫の疑問に港湾棲姫が答える。
「ソウトモ限ラナイ……最後ニワルサメトイタノハ艦娘ノハズ。ソレハ確カネ?」
「ハイ」
「ソウナルト……艦娘ガワルサメヲ沈メタ可能性モアル……シカシ……助ケニ行ッテ、自分タチノ手デ沈メルノハ……不自然」
ヲ級も港湾棲姫の見方に同感だった。
彼女自身、自分が集めた話がどこかで食い違っているとも考えている。
ただ、それゆえにヲ級は聞いた話を聞いた通りに語った。自分で話を作り上げないように。
そこで飛行場姫が言う。自分の言葉が信じられないような顔をしながら。
「艦娘ハ……ワルサメノタメニ戦ッタノ?」
「理由ハ分カリマセンガ、ソノ可能性モ……」
むしろヲ級はそれ以外の可能性を見出せていない。
何が艦娘たちをそうさせたのかは理解できないにしても。
304 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/31(水) 22:38:45.87 ID:+6qwgSyL0
「ドウイウコト……ソモソモ何故ワルサメガ味方ニ撃タレル?」
「アノ子ハ……戦ウノガ好キジャナカッタ……」
飛行場姫の疑問に港湾棲姫も正確には答えられない。
ただし、そこに鍵があるとも港湾棲姫は考えたようだった。
「理由……人間? ソレトモ艦娘カ……コウナッテハ私タチモ独自ニ動ク必要ガアル……」
港湾棲姫はヲ級と飛行場姫に目配せする。
「人間ハマタ大キナ作戦ヲ考エテイル。ソノ動キニヨッテハ>An■■■モ乗ジルツモリ……ダカラ私タチモソレニ合ワセル」
「……何ヲ考エテルノ?」
飛行場姫は初めて不安そうな顔をする。
港湾棲姫はそれに答えないでヲ級を見ていた。
「難シイ頼ミヲ聞イテクレル……?」
ヲ級に是非もなかった。
懸念をにじませた飛行場姫の顔は見えたが、港湾棲姫の頼みを断る理由はヲ級は持ち合わせていない。
ヲ級にとって港湾棲姫は己の存在を懸けられる相手だった。
305 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/31(水) 22:44:40.19 ID:+6qwgSyL0
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
九月中旬。MI作戦が発令された。
各鎮守府や泊地に散っていた艦娘たちは、それぞれ横須賀鎮守府かトラック泊地に集うよう命じられる。
トラックにはパラオやブルネイ、タウイタウイから選抜された艦娘が集まり、二週間に渡る慣熟訓練の後にトラックを離れ横須賀組と合流。
その後、作戦が本発動となりミッドウェー強襲のために出撃する計画となる。
初めから全ての艦娘が横須賀に向かわないのは、深海棲艦の動きを多少は警戒したためだった。
二週間という期間は瞬く間に過ぎていく。
訓練最終日の夜になると作戦の成功と艦娘たちの無事を願い、立食形式のパーティーがトラック泊地の『間宮』で開かれた。
提督からすれば久々に会う顔も多く、気兼ねなく話す機会を設けるための立食形式でもある。
何人かとはそれ以前から話す機会もあったが、大半の者はすぐに訓練に入ってしまったし、話す機会があった艦娘とも実務的な話に終始してしまっている。
このパーティだけで十分な時間が取れたとは言い難いが、近況の交換も兼ねて提督は話を聞いていく。
元からトラックにいる艦娘たちとも話さないわけにもいかず、提督は常に誰かと話している状態だった。
パーティが終わって艦娘たちが部屋に戻り始めるまでの三時間、提督は水に少し口をつけたぐらいで何も食べずに過ごしていた。
妖精たちが後片付けを始めた段階になって、提督に声がかけられる。
鳥海と、その姉の高雄だった。
「お疲れ様です、司令官さん」
「まさか本当にずっと喋りっぱなしとは……」
笑顔の鳥海と、高雄はその中に少しの呆れを織り交ぜているようだった。
そんな二人は手に食べ物の載った皿と飲み物を持っている。
提督のために用意された物だというのは、二人の顔を見ればすぐに分かった。
「取っておいてくれたのか。夜をどうするか考えてなかったんだ」
「そんなことじゃないかと思いました」
「提督はもう少し自分の都合を優先させても構わないと思いますが」
「優先させた結果がこれなんだ」
306 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/31(水) 22:49:46.33 ID:+6qwgSyL0
妖精が室内の後片付けをしているのを尻目に、元の位置に戻されたテーブルの一つに座る。
正面の席に二人も座る。改めて見ると、二人が取り置いた料理は一人で食べるには多すぎる量だった。
「私たちも頂いてよろしいでしょうか?」
鳥海がそう言ってくれたのは渡りに舟だった。
三人で冷めてしまった料理に手をつけていく。
「しかし助かったよ。一食ぐらい抜いて大丈夫でも腹は空くからな」
「姉さんが取りに回ってきてくれたんですよ」
どうです、と自慢するような調子の鳥海だった。
高雄はすぐに口を出す。
「最初に用意しておこうと言ったのは鳥海じゃない。私は自分が食べる分と一緒に取り置いただけで……」
高雄は何か口ごもってしまう。
なんとなく歯切れの悪さを感じるが、その原因は提督にも分からない。
この場で触れる話題とは思えず、引っかかりを残したまま他のことを言っていた。
「ということは高雄にやらせたわけか。姉をアゴで使えるようになったなんて、鳥海もしたたかになったじゃないか」
「もう、その言い方はどうかと思います……私が全部食べちゃいますよ?」
怒ってるのか怒ってないのか、困りはしてもそこまで困らないことを言い出す。
鳥海は言葉とは裏腹に笑っていて、高雄もそれに釣られて笑う。
考えすぎだったのかもしれない。提督はそう思うことにして、三人での遅くなった夕食を楽しんでいた。
しばらくすると『間宮』の入り口に、スミレの花のような色の髪をした艦娘が顔を出した。陽炎型の萩風だ。
「司令か鳥海さん、お時間よろしいですか?」
萩風は肩で息をしている。もしかしたら、ここに来るまで探し回っていたのかもしれない。
ただ、どちらか片方でいいということは緊急の案件ではないのだろう。
307 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/31(水) 22:50:41.39 ID:+6qwgSyL0
「私が行ってきます。司令官さんと姉さんはごゆっくりどうぞ」
鳥海はそう言うと席を立ち、萩風と一緒にどこかに消えていく。
その様子を見送った高雄が言う。
「萩風……嵐と一緒に秘書艦に起用したそうですね」
「鳥海がいない間の臨時だけどな」
そこで提督はどこか懐かしく思い出す。
懐かしむほど昔の話でもないが、そう感じてしまうのは現在に至るまでに多くの出来事があったからだろうか。
「鳥海を秘書艦にした時も、こんな感じだったような気がするな」
「あの時は……まだ私が秘書艦でしたね」
高雄は目を伏せ、遠くを思い出すかのように言う。
「不向きな子に秘書艦をやらせてみたい……でしたっけ。それで、あの子が抜擢されるとは思いませんでしたけど」
「鳥海の場合は不向きじゃなくて、俺の興味みたいなものだったからな」
高雄の言う理由で秘書艦を変えてみようと検討していた頃だった。
深海棲艦のはぐれ艦隊を迎撃するために、鳥海を旗艦にした艦隊を当たらせて……そこで同じ艦隊にいた島風の独断に本気で怒ったんだ。
あの時から、俺と鳥海の関係は始まったんだろうか。
高雄型、というより艦娘全体で見ても鳥海は目立たない艦娘だった。
大人しい優等生という印象で、それ自体は今でも変わっていない。
ただ鳥海はそれだけじゃなくて、提督はあの時にそれを思い知らされたという話だった。
本気で怒った鳥海は島風の頬を叩いた。しかし提督もまたある意味では叩かれていたのかもしれない。
あの日、あの時。全ては小さな偶然の連鎖だったのかもしれない。今ではそれが一つの形になっている。
あるいはこの形も誰かにとっての偶然の連鎖になって、何かの形を生み出すのかもしれない。
308 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/31(水) 22:53:11.41 ID:+6qwgSyL0
「……面白いもんだな」
「何がです?」
「ああ、悪い。独り言だから気にしないで」
良い結果も悪い結果もどこかで繋がっている。
俺は悪くない――か。
そう簡単に割り切れる話でもないが、いつだってやることは同じだ。ならば、その言葉を信じてもいいじゃないか。
「鳥海なんですけど」
高雄が急に言う。
意識が逸れていたのに気づいて、他にも何か言っていたのかが提督には分からない。
「鳥海?」
取り繕うように言うと、高雄は小さく頷く。
「あの子、よく提督を見ていますね。この調子だと食べ損ねるから、こっちでご飯を取っておかないとって」
「俺の行動が計算しやすいってことじゃないのか?」
ああ、そういうことかと安心しつつ提督は応じる。
しかし安堵の気持ちはすぐに消える。
高雄の表情はどこか茫洋としているようだった。焦点が分からず、提督を見ているようで見ていないようにも思える目をしている。
その目つきに提督は不安になる。
309 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/31(水) 22:54:54.62 ID:+6qwgSyL0
「私では同じ立場でも、そう考えられなかったと思います」
高雄は表情を変えずに言う。
提督は少しばかり返答に詰まった。
仮にそうでも何の問題があるんだと言いたくなり、高雄がどうしてこんな話をしてるんだとも考える。
「なあ、そのさ……」
もし鳥海に、妹に劣等感を抱いているなら、そんなことはないと言いたい。
ただ、それをそのまま指摘しても逆効果にしかならないだろう。
そもそも本当に劣等感があるのかも分からない。高雄は自分の気持ちの隠し方を心得ている。
「同じ判断と同じ見方しかできなかったら面白くないだろ」
遠回しすぎるだろうか。
手探りで進むのは嫌いじゃないが、それでも避けたい状況はある。
たとえば、今この時のような相手の真意が分からず、どう転んでも袋小路に陥りそうな状態とか。
「それに鳥海は高雄が思うほどには完璧じゃないし、まだまだ助けが必要で――」
「そんなの提督がやることじゃないですか。提督でなくても摩耶もいるし木曾だっています。他にも……あの子はもう私の助けを必要とはしていません」
高雄らしくない言い方だった。その物言いは冷たすぎないか。まったく高雄らしくない。
そんなこと口にしたら、何がどうなら高雄らしいのかと逆になじられそうな気もするが。
それとも鳥海を通して、俺に不満があるのだろうか。
たとえばカッコカリの指輪のこととか……提督はそこまで考えても結論は出せなかった。
提督は話せることだけを今は言う。
310 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/31(水) 22:55:33.98 ID:+6qwgSyL0
「それでも鳥海にとって高雄が大切な姉なのに変わりはないよ」
鳥海が高雄をどう話すのか教えたほうがいいのかもしれない。
第八艦隊を新設する時、どれだけ高雄が補佐についてくれるのを喜んだかを。
だが提督はやめておくことにした。
それは自分の口から語るようなことではない気がしたし、少しの時間と機会さえあれば解決すると分かっていた。
その機会がこの場とは思えない。
今は何を言っても素直に受け入れてもらえないか、高雄自身を苦しめてしまうだけのような気がした。
提督はすっかり味気なくなった食べ物を口に運ぶ。
時間が経ってふやけたようになった揚げ物だった。ある意味、この場にはぴったりの食べ物かもしれない。
「……すいません、こんな話をして」
「気にしてないさ」
高雄は悄然としていた。抑えきれない感情なのかもしれない、高雄にとっては。
提督は思う。どうにも自分にはあまり落ち込んでいられる時間もないらしいと。
まあいいさと、胸の内で言う。今まで乗り越えてきたんだから、今回だって乗り越えていくしかないじゃないか。
「俺だって高雄を信じてる」
「そんなの……無責任です」
仕方ないだろ。
無責任に聞こえても信じてるのは本当なんだから。
311 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/08/31(水) 22:59:44.08 ID:+6qwgSyL0
短いですがここまで
今回の分でこの章の起に当たる部分は終わりでしょうか
312 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/01(木) 00:12:13.30 ID:QtidKTFC0
おつ
313 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/01(木) 22:09:11.67 ID:DqWbb8Nto
乙
314 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/03(土) 17:07:09.64 ID:vVwnSiuPO
乙乙
315 :
◆xedeaV4uNo
[sage]:2016/09/08(木) 10:21:01.71 ID:2JEquu7+0
乙ありなのです!
少しだけ投下。夜帰ってきたら続きを投下したいとは思ってる
316 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/09/08(木) 10:21:56.80 ID:2JEquu7+0
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
二週間の慣熟訓練を終えて、MI作戦に参加する艦娘たちは出雲型の輸送艦に揺られながらトラック泊地を発つ。
提督は臨時秘書艦の嵐と萩風の二人を伴って、埠頭から艦影が見えなくなるまで見送った。
潮風が穏やかなのは、航海の無事を表していると今は思いたい。
「行ってしまったか……無事に帰ってくるといいんだが」
「司令がここで心配しても仕方ないさ。みんな立派な艦娘なんだから、どーんと構えてなって!」
嵐は腰に手を当てて勝気な笑みを見せる。笑い飛ばすまではいかないが、それでも十分に快活な笑い方だった。
男前な嵐の発言に提督は力づけられたような気になる。
「頼もしい限りだ」
「へへ、でも気休めじゃないぞ。司令だってみんなを信じてるんだろ」
「ああ」
「俺や萩はどう?」
「変わらなく信じるさ」
未熟なところもあるが、とは思っても言わない。
嵐は力強く頷く。隣で話を聞いている萩風ははにかむように笑っていた。
「やっぱり心配いらないじゃんか。司令が信じる俺が大丈夫って言うなら、それは大丈夫だってことだよ」
なるほど。嵐流の三段論法か。
理屈ではないが、こういう考え方は悪くない。
気分をよくしたところで二人を連れて引き上げた。
艦娘たちがごっそり減って、書類周りとの格闘や事務仕事は大幅に減っている。しかし完全になくなったわけじゃない。
航空隊を運用していれば燃料や弾薬は消費するし、夕張と明石が新兵器を開発すれば運用試験も発生してまた資材も動く。
他にも食料の管理やら予算管理などもあって、どうあがいても書類というやつからは逃げられなかった。
それでも仕事量は減っているので、細かい仕事が苦手だと思い込んでいる嵐に一度任せてみる。
317 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/09/08(木) 10:24:01.32 ID:2JEquu7+0
「えー……こういうのかあ……」
「ぼやくな。午後になったら紅白演習なんだから、それまでに憂いは断っておきたいだろ?」
「そうだよ。がんばろ、嵐?」
見送りの時と打って変わって、嵐は積まれた書類を前にげんなりとしていた。
提督や鳥海からすれば少ないの一言で片付く量でも、日の浅い嵐には山のように高く見えるのかもしれない。
嵐本人は細かい事務仕事は苦手だと思っているようだが、実際にやらせてみると逆だった。
苦手意識があるのか好みでないのかは定かではないが、少しぐらいは実感を伴わせる形で払拭させておきたい。
目安の時間をそれとなく伝えてから、提督は萩風を誘って別の資料を取りに行く。
萩風の性格上、嵐を手伝いたくなってしまうかもしれないので引き離すのが目的だった。
「わざと嵐を一人にするんですか?」
「分かってるなら話が早い。少し付き合ってくれ」
どうやら取り越し苦労だったらしい。
二人で資料室に向かう。
海戦の詳報や公式としての日誌を保管しているのだが、数はまだまだ少なくいくつも用意された棚はがらんどうのようになっている。
骨組みだけの模型のようだと提督は思った。
これはトラック泊地が設立されてから日が浅いという証明でもあった。
探す物が少なく、資料室で目的の日誌をすぐに見つけてしまう。
戻るには早すぎるので、明石の工房に顔を出すのがいいのかもしれない。
そんなことを考えていると萩風に聞かれた。
「司令、どうして私たちを秘書艦に選んだんですか?」
「鳥海と話し合って二人に任せてみようって決めたんだ。もしかして重荷なのか?」
「いえ! そういうわけじゃないんですけど」
萩風は慌てて手を振る。大人しくはあるが、変なところで物怖じしない節がある。
だから、こういう疑問にもどんどん踏み込んでくる。
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