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【艦これ】鳥海は空と海の狭間に
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1 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/06/17(金) 01:10:02.60 ID:zx8liV3Y0
・かなり長くなる。のんびりお付き合いいただければ。
・地の文多め。SSというより小説に近いかも。
・過去に木曾を沈めてしまった提督と、そんな提督の秘書艦になった鳥海の話。
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1466093402
2 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/06/17(金) 01:10:49.03 ID:zx8liV3Y0
――これは私と司令官さんのおわりとはじまりの話。
3 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/06/17(金) 01:12:17.33 ID:zx8liV3Y0
私たち艦娘と人類の敵。それが深海棲艦。
正体も目的も分からないまま、私たちは争っていました。
大義名分があるとすれば、それは生きるため。死なないため。殺されたくないから。
戦争に日常を織り込んだのか、日々の営みの中に争いが入り込んできたのか。
私がこの世界に生を受けた時には、もう争うのは当たり前になっていました。
始まったことはいつか終わります。
戦いの終わらせかたなんか分からなくて、それでも終わると漠然と信じていた。それが私でした。
けれど分かっていたところで過程が変わったとしても、結果は変わらないのかもしれません。
運命なんて不確かな言葉は信じていませんが、避けようのない出来事がある。そう思えてしまうんです。
結果が決まっているのに過程がいくつもあるのか、それとも過程がいくつあっても一つの結果に行き着いてしまうのか。
いずれにしても、私たちはその時々で最善を尽くそうとしていました。
それがどんな結果を迎えるにしても。
それでも――たまに考えてしまうんです。
あの作戦がなければ。もし司令官さんが前線に出ていなければ、一体どうなっていたんだろうって。
4 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/06/17(金) 01:12:54.13 ID:zx8liV3Y0
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
提督にとって初めての実戦だった。
艦娘を取りまとめるようになってから二年ほどが過ぎているが、今回の作戦まで戦場に出たことがなければ、爆撃に晒されたのも初めてだった。
提督は自身の体が震えてるのには気づいていたが、それが武者震いなのか恐れのせいなのかは区別がついていない。
出雲型高速輸送艦、その一番艦である出雲。それが彼の今の仮住まいというべき城であり艦で、目下の攻撃目標にもなっていた。
爆撃を避けるために艦長が取り舵を行い、提督はといえば手すりを掴んで左に傾ぐ体が倒されないようにする。
艦橋にまでたこ焼きと呼ばれる深海棲艦が使用する艦載機の爆音が響いていた。
それだけ迎撃機や対空砲火を突破して艦隊を攻撃してくる敵機の数が多いためだ。
艦娘が使用する烈風や彗星とも異なるエンジン音は絶え間なく空気を吐き出しているようで、さながらモーターが熱暴走してるような音だった。
出雲には電探や探照灯の類を除いて武装を積んでいなかった。
理屈は不明なままだが人間が行う攻撃は深海棲艦には通用しない。
ならばと火災の原因となり得る武装や弾薬を初めから装備しないのは当然の帰結だった。
もっとも出雲型は艦娘を艦載機のように運用するのも想定しているので、艦娘用の弾薬は積み込んでいるので可燃物は積み込んでいる。
「右二十、戻せ!」
回頭が終わる前に艦長はすでに次の転蛇を命じている。
提督の立場は艦隊司令官だが、艦の行動は艦長に任せるのが原則で口出しはしない。
さほど年が離れていない艦長だったが場慣れしていて、実務に長けた人間なのは航海を通して提督には分かっていた。
命を預けるに足る人間、と提督は全てを任せることにしていた。
5 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/06/17(金) 01:13:41.03 ID:zx8liV3Y0
左から右への慣性に振り回されながら衝撃に備えて踏ん張り歯を食いしばると、何度も足下から突き上げてくる縦揺れに見舞われる。
揺れはするが直撃弾ではない。それでも体を弄ぶ振動は心地よいものではない。
高速と言えど出雲は艦娘より巨体で敵機にはいい的だ。にも関わらず艦長の操艦は見事で、一度も直撃弾を受けることはなかった。
空襲の勢いも衰え、投弾を終えた敵機も引き返し始める。
提督は次の展開を考え、雲龍か龍鳳の彩雲に送り狼をやらせようと決める。
その前に艦隊の被害確認が必要だと思い立った矢先だった。
見張り員を務める妖精から声のような意思が頭に届く。敵機を発見したと。
艦橋からも三機のたこ焼きが迫ってくるのが見えた。
摩耶が慌てて撃ち上げ始めた対空機銃の火線が、最後尾にいた機体を捉えて火を噴かせる。
しかし残る二機は対空砲火をすり抜け、黒い塊を切り離す。
黒い塊――爆弾を見ながら、提督には確信めいた予感が去来した。
これは当たると。
そして――出雲をそれまでとは明らかに違う揺れが襲った。
6 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/06/17(金) 01:15:56.64 ID:zx8liV3Y0
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
一章 と号作戦
新年を迎えてから一週間。
クリスマスに正月と、横須賀鎮守府に訪れたにわかに浮き足立ってにぎやかな日々はあっという間に過ぎていった。
まだ鎮守府のそこかしこに浮ついた空気は漂っているが、提督や艦娘を取り巻く環境はいつまでもそれに浸っているのを許してくれない。
トラック泊地攻略作戦、頭の字を取って『と号作戦』。その発令が三月中旬に予定されているために。
「鳥海、椅子はこの辺りまででいいの?」
「ええ、横に広く取った方が前を見やすいでしょうし」
鳥海を始め夕張や明石といった艦娘、他に何人かの手伝いの艦娘に妖精たちが、ドックに椅子や映写用の機材を持ち込み設置を進めている。
この日は府内で作戦会議――実際は内容の確認にも近いが、行う予定だった。
参加するのは哨戒や遠征任務に携わってない艦娘全員で、それでも百名を優に超えている。
作戦室ではそれだけの人数を収容できないので、ドックに椅子や機材を持ち込むことに。
準備が終わる頃になると提督も顔を出す。
白色の二種軍装を着込んだ二十代の男。外見にはあまり特徴が見受けられない。
階級章は准将を示している。元々この階級は制定されていなかったが、深海棲艦による侵略が始まったのをきっかけに准佐とあわせて正式に制定されていた。
「会場はこれでいいですか?」
「ああ、助かる」
鳥海は提督の補佐役である秘書艦を務めている。
二十歳前後といった容姿で、フレームレスの眼鏡に深紅の瞳、絹のような黒髪を流していた。
翠緑と白を基調にした明るい色合いのジャケットとスカートという組み合わせで、改二と呼ばれる上位艤装と一緒に支給された制服である。
7 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/06/17(金) 01:16:57.14 ID:zx8liV3Y0
「あの、司令官さん」
提督の呼ばれかたはいくつかある。
多くの艦娘は提督と呼ぶが、鳥海のように司令官という呼び方も多いければ、それらにクソとかクズと呼ばれる本人曰く素敵な修飾語をつけて呼ぶ者もいる。
「本当にあの話もするんですか?」
「話すのが筋だろ。顰蹙は買うだろうが」
「司令官さんがそれでいいのなら構いませんけど……」
鳥海は言葉を濁すが、言外では提督に翻意を望んでいたのも確かだった。
提督も鳥海の本心には気づいていたが、あえてそこには口を挟まない。代わりに気楽な調子で言う。
「色々あったよな。俺はもう提督に任命されて二年は過ぎたし、鳥海も秘書艦になって一年ぐらいか?」
「そうですね……色々ありましたね」
「初めからすごかったよな、鳥海は。言うこと聞かない島風にビンタしたり、摩耶と演習中に殴りあったりとか」
「あ、あれは……!」
鳥海は顔を赤くする。実際に誇張でもなんでもなかったが、鳥海からすれば結果は別にして、過程のほうはできるだけ忘れておきたい類の話だった。
しかし彼女も言われてばかりにはならない。
「司令官さんだって木曾さんとの一件で大騒ぎを起こしてるじゃないですか!」
「違いないな」
あっさりと提督はいなしてしまう。
鳥海としては的確に急所を突いたつもりだったが、提督からすれば急所以前に反撃ですらなかった。
提督は愉快そうに鳥海に笑ってみせる。
8 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/06/17(金) 01:17:45.10 ID:zx8liV3Y0
「俺も鳥海も、みんなだって多くのことを体験してきてるし、中には変わったなって思うやつだっている。だから大丈夫、って言いたいんだ」
「私はいいんです。司令官さんを信じてますから。でも、みんなが指輪をどう思うかまでは……」
「出たとこ勝負だな」
提督の言葉に鳥海は笑い返す。この人は自分を曲げないんだと、そんな風に再確認して。
口にこそ出さないが鳥海も提督の変化を感じていた。
たとえば以前の提督ならこういう時に、半ば不安を隠すように特徴的な含み笑いをしていたが、それをしなくなっている。
理由を尋ねた鳥海に、提督は木曾との間に踏ん切りがついたと答えていた。
鳥海は木曾とも仲がよかったが、その話には深く踏み込まなかった。
二人には二人の事情があって、それはいくら鳥海でも簡単に立ち入っていい話じゃないのは理解していた。
というのも提督と木曾の関係というのは、沈めてしまった艦娘とその生まれ変わりの艦娘という間柄だからだ。
それが元で『事故』が起きるぐらいにはこじれた関係だったが、それは今では解消されたように鳥海の目には映っている。
鳥海からすれば、提督と木曾の二人は旧知の仲のようだし、『事故』を経てむしろ互いに余計な遠慮をしなくなったようにも感じていた。
だから彼女は提督に限らず、変化そのものに肯定的だった。
9 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/06/17(金) 01:19:25.15 ID:zx8liV3Y0
─────────
───────
─────
一同が集まったのを見て、提督がと号作戦の説明を始める。
「すでに知っての通り、この作戦はトラック諸島を深海棲艦から解放し、速やかに拠点化するのが目的になっている」
設置したスクリーンにトラック諸島の地図が映し出される。
艦娘たちに馴染みのある四季島など和名としての表記ではなかった。
また敵の規模を示すバーが島々の横に描かれていて、春島と夏島を中心に深海棲艦は陣取っているのが分かる。
他にも近海を遊弋する深海棲艦の集団もいくつか確認されていた。
「まずは数次に渡り、危険な威力偵察を行ってくれた天龍、龍田、球磨、多摩、飛鷹、隼鷹。並びに朝潮型の面々に感謝する」
提督が深く頭を下げると、思い思いの声が返される。
「ま、こういうのは経験値が物を言うし、なんたって世界水準だからな」
「意外と優秀な球磨ちゃんにかかれば朝飯前クマ」
「つまんない任務じゃなくてよかったわ。こういうのでいいのよ、こういうので」
「多摩はコタツで丸くなっていたかったにゃ……」
ざわめきにも似た声が一通り収まってから、提督は説明を続けていく。
10 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/06/17(金) 01:20:17.01 ID:zx8liV3Y0
と号作戦の完遂は戦略上の観点で必須とされた。
深海棲艦の主立った侵攻ルートはソロモン方面の南太平洋からになっている。
トラック諸島を奪還することで太平洋の制海権をより強固にし、同時に深海棲艦の活動範囲を大幅に制限する目論見があった。
それだけに、と号作戦は敵地への上陸作戦として計画されていて、攻略後はいかに迅速に拠点化するかが鍵とされている。
「まずは海上戦力と陸上の基地航空隊を撃滅し、その上で春島に上陸作戦を敢行する」
艦隊は大きく三つに分けられている。
正規空母を中核とした機動部隊。基地航空隊に先制攻撃したあとは有機的に動いて敵艦隊の撃破を目指す。
戦艦を中核とした水上打撃部隊。これは夜陰に乗じてトラック諸島に艦砲射撃を加えつつ、必要に応じて敵艦隊の撃破も。
そして上陸船団を含めた輸送艦隊とその護衛艦隊となる。
作戦では陸軍の一個師団が上陸作戦を行う。師団の人員は施設の設営隊や保守要員が多数を占めている。
構成もさながら上陸部隊の規模が小さいのは、陸戦の発生が想定されていないためだった。
というのも人の手では深海棲艦を傷つけられないから、そちらにはあまり力を入れられない分、人員を絞ったという事情がある。
妖精からの情報で火炎放射器の類なら深海棲艦でも怯ませるぐらいはできるらしく、火炎放射器で武装した特殊部隊も帯同するがそれも一部でしかない。
いずれにしても決定打にはならないため、船団護衛を務める艦娘も一緒に上陸する予定になっていた。
11 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/06/17(金) 01:21:38.97 ID:zx8liV3Y0
「それと今作戦では俺も出雲に乗艦して水上打撃部隊に加わる。よろしく頼む」
提督は文字通りの司令官として陣頭指揮や戦況分析、上陸後には泊地設営の指揮も執る手筈になっていた。
また打撃部隊で運用される出雲型輸送艦には、先行上陸のための装備や資材も積み込まれている。
提督は一同の反応を窺うが、すでに話し合っていたこともあってか反対の声は挙がってこない。
といっても表面的な反応なのを承知していて、少なからず不服に思う者がいるのも理解している。
提督が前線に出るという判断には、艦娘たちの間でも当初から意見が割れていた。
意思決定のできる責任者を、危険な前線に帯同させるのは本末転倒じゃないかというのが反対理由だった。
実際、提督の身にもしものことがあれば、作戦の遂行どころか今後の鎮守府の運営にも支障が生じてしまう。
加えて作戦の統制をする以上は、敵の勢力圏内であっても無線を使わなくてはならない。
隠密性を捨てるだけでなく、単独での自衛が難しいのも反対理由に上った。
これが平常の作戦なら艦娘も提督を海に出させなかっただろう。
12 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/06/17(金) 01:22:13.24 ID:zx8liV3Y0
しかし基地設営の対応は彼女たちには荷が重過ぎるし、そもそも誰もそのやり方を分かってない。
陸軍に丸投げしてしまっては臨機応変な対応ができなくなってしまうかもしれないし、艦隊や輸送船団への被害によって作業の優先順位も変わってくる。
そうなってくると提督に頼るのが一番だと、そんな結論に行き着いていく。
と号作戦に合わせて、妖精によって既存の装備が大幅に更新されたのも提督の起用を後押しした。
特に電探や通信周りの機能が大幅に更新されていて、一足飛びかそれ以上に性能が向上している。
というより向上しすぎてしまい、艦娘たちが前線で交戦しながら処理できる情報量を超過していた。
ここでも白羽の矢が立つのは提督で、一歩引いた位置にいるのだから指揮を執るなり適切な情報を選り分けて与えればいいという話になってくる。
こういった事情で、今回の作戦は提督に出張る意義は大いにあった。
艦娘たちもそれらの点を踏まえて話し合い、その話し合いも結局のところはある一点に集約する話でもあった。
提督の身の安全をどこまで重視して、何よりも優先させるのかと。
その線引きと境界を見定めようとしている内に彼女たちは決めていた。
提督にも同じところで同じだけの危険を背負ってもらおうと。
13 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/06/17(金) 01:23:35.11 ID:zx8liV3Y0
─────────
───────
─────
「作戦に当たって、絶対に撃破してもらわなきゃならない相手がいる」
画面に上空から見下ろす形で撮られた白い女の映像が現れる。
女の頭には角が生えているが、粒子の粗い映像では表情や目つきまでは判別できない。
威力偵察のさなかに彩雲が撮影してきた映像で、そこでは白い女が手を振り上げる。すると女の周囲の地面から深海棲艦の使う艦載機、通称たこ焼きが生成されていく。
彩雲は迎撃を避けるために後退したので、この映像はここまでだった。
後の偵察で陸地に陣取ったまま戦艦と同等以上の砲戦能力も有しているのも分かっている。
白い女は深海棲艦で、姫という仮称で呼んでいた。
最初にそう呼び出した艦娘の一人は鳥海で、たとえば彼女などは姫という単語からいつかの島風を叱る原因となった海戦を思い起こす。
その戦闘で沈めた深海棲艦が姫に許しを求めるようなことを言っていたのを覚えていたからだ。
深海棲艦の言葉というのは意味を為してない場合が多いが、今ではそうとも言いきれないのではと考えるようになっていた。
「大本営は正式にこの相手を姫級と定め、この女を港湾棲姫と名づけた。港湾棲姫を撃破するのが作戦の鍵だ。こいつは他の深海棲艦と違って陸上でも活動できるらしいからな」
この港湾棲姫を除いて陸上で長時間活動できる深海棲艦はそれまで確認されていなかった。
「港湾なんて名前がついたが、要塞を相手にすると想定して動いてもらいたい。そして俺たちの手元にある姫の情報は限られてる」
14 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/06/17(金) 01:24:15.23 ID:zx8liV3Y0
一通りの説明を終えた提督は、作戦の質疑応答に移る。即座に長門が手を挙げた。
「港湾棲姫とやらだが、陸上にいるならやはり三式弾で攻撃するのか?」
「そのつもりだが場合によっては徹甲弾も使ってもらう。戦艦と同じ火力なら、打たれ強さも最低そのぐらいは見積もらないといけないし装甲を抜けなかったら話にならないだろ」
長門が納得したように頷くと、今度は夕立が手を大きく振る。
「島には陸軍の人たちが上陸するっぽい?」
「そうだ。施設を建ててくれるのは彼らなんだから、あまり失礼のないように」
「じゃあ陸軍さんと仲良くしておけば部屋を豪華にしてくれるっぽい?」
あっけに取られたような反応を周囲の面々がする中、すかさず白露が乗っかっていく。
「じゃあ白露型にはいっちばんいい部屋を作ってもらわないとね」
「ちなみに白露型は打撃部隊に就いてもらうから陸軍さんとは接点薄いぞ」
「そんなぁ……」
うなだれる白露に睦月が勝ち誇る。
「にゃしし。これは護衛輸送のエキスパートである睦月型の一人勝ちなのね」
そもそも部屋の造りが優遇されるわけないだろう、とはその場の大多数が思ったことだった。
その後もいくつかの質問が続いて一通りの質問が出揃ったであろうところで、提督は咳払いを一つ。
「最後に一つだけ聞いてほしい」
15 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/06/17(金) 01:25:14.19 ID:zx8liV3Y0
提督がある物を全員に見せる。指輪だった。
妖精が作った物で高練度の艦娘が身につけることで、その効果を発揮し艦娘たちにさらに力と伸び代を与えるということ。
そして、その契約を『ケッコンカッコカリ』と呼ばれているのを提督は伝える。
その話を聞いて艦娘たちは、いよいよ提督と鳥海がそのケッコンを結ぶのかと思った。
二人の関係は鎮守府では公然の秘密だった。
二人の関係をどう感じるかは個々人によって分かれるが、とにかくそういう話なのだと誰もが予想した。
しかし、そういった予想にそぐわないことを提督は言い出す。
「この指輪を近い内に全員に配る。だから、あれだ」
提督は一息。おもむろに正座すると両手を付き、額が床に付くまで頭を下げる。
いわゆる土下座だった。
「みんな、俺とケッコンしてくれ!」
艦娘一同は固まった。事前にどんな話をするのか相談されていた鳥海も例外ではない。相談こそ受けていたが、こういう言い方と行動に出るとはまったく想像していなかったからだ。
固まる艦娘の中から、いち早く足柄が柳のように左右に体を揺らして立ち上がると、提督に指を突きつける。
顔を赤くした足柄は一同の思いを代弁した。
「ケッコンどころかジュウコンじゃない!」
16 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/06/17(金) 01:26:31.88 ID:zx8liV3Y0
ひとまず、こんな形。
週に一回は更新していきたいと思います。
17 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/06/17(金) 07:38:45.12 ID:pBKPNA5AO
一瞬オーラロードが開かれたのかと思った
18 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/06/17(金) 14:13:21.64 ID:0JD4odNAO
またキミか
本当に鳥海を愛してしまっているなあ
19 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/06/17(金) 23:08:50.97 ID:zx8liV3Y0
>>17
きらめく光にうたれることはないのです
>>18
褒め言葉ですね! ありがとうございます(末期
20 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/06/17(金) 23:10:25.42 ID:zx8liV3Y0
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
提督の要求はすぐに波紋を呼んだ。
何か事情があるのだと斟酌する見方もあったし、指輪のメリットを好意的に受け止める声もある。逆に困惑や反発、遠慮といった否定的な意見も多い。
いずれにしても混乱を招くのを提督は承知していたので、一人か二人ずつとの面談を随時行う形にしていた。
すぐに長蛇の列を作って順番待ちになった面談で、最初に提督の前に現れたのは色違いのセーラー服を着た姉妹だった。
多摩と木曾の球磨型姉妹で、次女の多摩はショートヘアーにあどけなさを残した顔立ちをしていて、末女の木曾は右目を眼帯で隠し黒い外套を肩にかけるという格好をしている。
二人は応接用のソファーに深々と座ると早々に木曾が切り出す。
「で、どうしてあんなことを言いだしたんだ?」
「ハーレムを作ってみたくなって」
「それ、冗談でも本気でも大井姉には言わないほうがいいな」
「大井は純だから、そういうのを毛嫌いするにゃ」
提督はその様子が容易に想像できて乾いた声で笑う。
大井は球磨型の四女で、あまり容赦のない性格をしていた。
提督の反応に木曾は呆れたようだった。
「笑い事かよ。改めて聞くけど理由があるんだろ」
21 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/06/17(金) 23:10:55.39 ID:zx8liV3Y0
「理由も何も、俺は誰にも沈んでほしくない。だから自分にできることなら、できる限りやろうと思ったんだ」
「そのための指輪ってことか? だったら他の言い方はなかったのか。指輪の効果だけ話してケッコンカッコカリか? それは伏せとくとかさ」
「それはそうなんだが、秘密にしてたらどこかで発覚した時に騒ぎになるだろ」
「もう騒ぎになってるぞ。訓練は遅れて始まるわ、集中できてないやつもいるわで神経質になっててさ」
木曾は言葉を切ると、考え込むように両腕を組む。
少しだけ間を置いてから再び話し出す。
「……騒ぎ自体はまあいいんだ。俺を振っといてケッコンなんて勝手をよく言ってくれたなって思ったけどな」
「……すまない」
提督としては他に言いようがなかった。木曾もそれは分かっているのか、盛大にため息をついた。
ため息はそのまま執務室の空気に見えない重圧を上乗せする。
「提督の考えは分かったし、それが俺たちのためなのも理解はできるんだ。提督を支持するって意味でも、俺だって……俺みたいなやつほど指輪を受け取ったほうがいいとも」
「だけど受け取りたくはないんだろ」
「わりぃ、もう少し考えさせてほしい」
「いいんだ。俺が無神経なんだから」
「本当に無神経なら、初めから命令って言っておけばよかったにゃ。そうすれば誰も断らないにゃ」
多摩が言葉を引き継ぐ。
22 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/06/17(金) 23:13:53.10 ID:zx8liV3Y0
「提督は甘いにゃ。しかもずるい。自分も納得してないくせにケッコンしようなんて。なのに選択の権利をこっちに残すなんて身勝手にゃ」
「そうかも……いや、そうだな」
「まったく提督らしいから多摩は受け取るにゃ」
「うん……ん?」
真顔になって聞き返す提督に、多摩は猫なで声のように穏やかな声をかける。
「何を驚いてるにゃ。多摩は納得したからカッコカリしてあげるにゃ。信じてあげるんだから、もっと感謝するにゃ」
「いいのか?」
「くどいにゃ。多摩の気が変わらないうちに指輪を渡すにゃ」
「ああ……でも指輪はまだこれからなんだ」
「それはがっかりにゃ……代わりに何かお礼をよこすにゃ」
「多摩姉……あんま、がっつくのはどうよ?」
緩くなった空気に木曾も表情を崩していた。
提督も相好を崩して思いつきを口にする。
「じゃあ……よし、かつお節をやろう」
「やったにゃー! って多摩は猫じゃないにゃ! かつお節なんかで!」
「いらないのか」
「ほしいにゃ!」
木曾は保留、多摩はかつお節と指輪を後日受け取るということで話が付いた。
部屋を出る段になって、木曾が提督に話しかける。
「できることをやるって話だけどさ、何かあったのか?」
「あったと言えばあったのかな」
「そうかい」
提督が曖昧にぼかすと、木曾も深くは掘り下げようとはしなかった。
それでも提督は思い返していた。きっかけに当たる出来事を。
23 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/06/17(金) 23:38:32.76 ID:zx8liV3Y0
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
薄明の空の下、枯れた姿を剥き出しにした桜並木が続いてる。
そんな味気ない景色に囲まれた車道を提督たちを乗せた軍の所有車が走り抜けていった。
年明け後の三月に予定されている、と号作戦の会議のために霞ヶ関にある海軍省に出向していた。
会議は翌日からで、この時に移動している理由はそれとは少し違う。
宿泊先の旅館に移動し、そこで人と会う約束になっていたためだ。先方の一方的な都合による約束で、相手が誰か分からない。
きな臭い動きを提督は感じるが、普段から中央とは遠い位置にいる身ではその正体は掴めなかった。
提督は寒々とした景色が流れていくのを見ながら、ガラスに映る自分の姿を目に止める。
普段と代わり映えしない格好だったが、一つだけ違う点があった。戦功を示す甲種勲章も垂らしている点だ。
馬子にも衣装。そんな感想を抱く提督の隣には秘書艦の鳥海が座っていた。
話しかけず、鳥海という艦娘を提督は振り返る。
鳥海はいわゆる艦娘で高雄型重巡の四番艦、それが彼女だ。
24 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/06/17(金) 23:39:27.08 ID:zx8liV3Y0
艦娘とは何か、という質問は少々厄介だった。
三度の世界大戦の内、二度目の第二次大戦時に使われた軍艦が女の姿を模して生まれ変わった存在。そう目されている。
実際のところははっきりしていない。
彼女たちが当時の軍艦の記憶――艦そのものというより、乗員たちの記憶や言動も内包した集合知のような記憶を有してるのは確かだ。
かといって、彼女たちの性格が必ずしもその背景に引きずられてるわけでもない。
そして人間と変わらない姿であっても、彼女たちは人間とは体の作りが違う。
艦娘の存在こそ世間に知られているが、軍機に関わるために詳細は伝わっていない。
それ故に巷では艦娘たちの様々な噂や推測、時には風説も流れるが、そのほとんどが真に受ける類のものではなかった。
そして提督は彼女たちについて確信して言えることがある。
艦娘は信頼できる、と。
25 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/06/17(金) 23:45:22.06 ID:zx8liV3Y0
「見てください司令官さん。大売り出しですって。あれはデパートって言うんですよね」
少しはしゃいだ様子の鳥海につられて、提督も彼女が見ている側に視線を移す。
鳥海は普段通りの翠と白のセーラーだが、車内なので帽子は脱いで膝元に置いていた。
弾んだ声が質問を続ける。
「もうすぐクリスマスで、すぐ後は歳末ですよね。やっぱり売り物も安いんですか」
「どうかな。物品の流通が安定したのも今年に入ってからだから」
提督はそう答えてから、なんとも味気ない答えに思えて付け足す。
「この時期は個人商店でもあそこに見えるようなデパートだろうと、いい物を売り出そうとするんだ。歳末が近いし、なんて言ったって縁起物で一年の計は元旦にありとも言うだろう」
「はい」
「ところがいい物はやっぱり高いし、安くなってても高い物は高いから、体感的には逆に高くなってるように感じるかもしれないな」
「なるほど……そういうのは知識しかないから参考になります」
そう言うと彼女はまた車外に視線を戻す。
「さっきから外を楽しそうに見てるな」
鳥海は嬉しそうに頷く。
26 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/06/17(金) 23:47:56.95 ID:zx8liV3Y0
「普段は航行しても海と空しか見えないじゃないですか。陸はやっぱり珍しいですよ」
その言葉から提督には一つの想像が浮かんでくる。
鳥海が背を向ける形で海に立っている。彼女の先に広がるのは青い空、白い雲、穏やかな波間、そして彼方の水平線。
狭間にある者とは人間――そんな由来で己を名乗ったのは空海だと思い出し、鳥海と空海という言葉は似てると連想する。
そこに過去の高雄型につけられていたというあだ名を思い出す。先人もおそらく同じような連想をしたのだろうと考えて。
「鳥海法師」
「……知ってて言ってるんですか? その呼び方は今聞いてもどうかと思います」
「後光が差してそうなのに」
「でも高雄夫人、愛宕姫、摩耶夫人と続いての法師なんですよ。私だけなんだか違いますよね」
鳥海は窓の外に視線を戻してしまう。
窓ガラスに映る鳥海の顔を見て提督は自然と笑ってしまい、同時にもしも人目がなければ抱き寄せてしまいたくなる衝動に駆られる。
熱を上げるってのはこういうことか、と胸中で呟くに留めた。
27 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/06/18(土) 00:00:36.68 ID:RbPj63Hb0
そうして車が向かった先は料亭も兼ねている古い旅館で、高級将校が利用する場所には見えない外観をしていた。
街道から外れた側道の脇に位置しているのも印象の悪さに一役買った。
茶色の建物は汚れた藁を寄せ集めたようで、屋根はまるで光を映さないような黒さだった。
どうかすると廃屋のように見えてしまう店構えで、屋号を示す看板が辛うじてそこが旅館だと伝えている。
もっとも草書体をさらに崩したような文字で書かれているので、何を書いてるのか二人には読めなかった。
その外観に提督はさすがに警戒した。
「すごいですね」
そう鳥海は言う。どうすごいと思ったのかは分からないが、少なくとも怖がってる様子ではなかった。
身の危険に繋がらないなら恐れる必要はない、とでも考えているのか。
運転手を務めていた少尉は逃げるように帰ってしまい、しかも出迎えに現れた女将が痩せ細った幽鬼のような女ならば余計に不気味に感じるのも仕方ないはずだ。
女将は最低限の言葉を交わすと、提督たちを丁重に奥座敷にまで案内した。
余計な言葉を交わさないのは女将の性分なのか、二人の身なりから立ち入らないほうが賢明と判断した処世術かは判断が付かない。
提督と鳥海と奥座敷で二人になると、見えない荷物を下ろすように脱力した。
明かりは電灯がちゃんと点いた。ろうそくの火で明かりを灯しそうな気配だったが電気は通っている。
「一体こんな所でどなたにお会いするんでしょう」
「さあな。こんな場所を選ぶんだから物好きだろうが」
それ以上に内密に済ませたいという意図を提督は感じていた。
28 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/06/18(土) 00:06:04.10 ID:RbPj63Hb0
「物の怪や鬼の類が出てきても、ここなら俺は驚かないよ。案外やんごとなき身分の御方かもしれないし」
そう言いながらも彼は自身の言葉をまるで信じていない。
そういった人間が会いたがるような理由を持ってないと、そう考えているからだ。
「会ってみれば分かりますよね。それにしても……」
鳥海は楽観的に考えているが、古い旅館の言わば出てきそうな雰囲気には思うところはある。
「司令官さん、もしお化けが出てきたら鳥海を守ってくれますか?」
「あー……鳥海が逆に守ってくれると信じてる」
「そこは守ってやるって言うところですよ」
「ちっとも怖がってないのにどうして守るんだ?」
「もう……」
口を尖らせる鳥海に提督が笑い返すと、彼女もまた笑い返してきた。
「そういえば明日の会議では准将とお呼びしたほうがいいのでしょうか?」
「普段通りで構わないよ。准将なんて怪しい階級だし」
鎮守府ではもう馴染んでいるが、准将という階級は制定されてまだ日が浅い。必要に迫られて制定された階級でもあった。
制定には華々しい理由があったわけでなく、むしろ世知辛い事情がある。
深海棲艦との戦いでの多く戦死者を出してしまい、その遺族への給付金が発端だった。
膨大な戦死者の数は天文学的な給付金へと繋がり、そこで新たに准将と准佐を設け特進後の階級をそこに収められるようにし給付金を少しでも抑えようと試みられた。
半ば詐欺に近い所業ではあったが、深海棲艦の苛烈な攻撃が結果的にそういった矛先も逸らした。
加えるなら、提督の場合は箔をつけるために准将という位置に据えられたというのも。
ハンモックナンバーが低く出世街道から外れている若輩者を早いうちから正規の将官になどしたくないという年長者の都合だ。
急場の階級であるため准将が将官か佐官かという点も曖昧だった。が、彼が特進しても少将で止まるのは容易に想像できる話だった。そのための准将という階級だ。
29 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/06/18(土) 00:06:55.19 ID:RbPj63Hb0
「それに鳥海が普段通りに呼んでくれると安心できるんだ」
「安心ですか?」
「ああ。鳥海の声は優しいからな」
「優しい……やさしい……」
鳥海は呟くと考え込むように俯く。ちょっとしてから顔を上げる。
「ありがとうございます。司令官さん」
鳥海の話し方は早すぎず遅すぎず、すんなりと心に落ちてくる。
そういう所を彼は気に入っていたが、同時に単に惚れた弱みではないかとも考えていた。
それから他愛のない話をしていると料理と酒が運ばれてきた。和食のコースに日本酒とビールという取り合わせらしい。
そして店構えに反して、料理は至極まっとうだった。
料理が並び終わって程なくして、二人に会いに来たという人物も姿を見せる。
白の帽子とセーラー服の少女。妖精だった。
明るい色の髪をした妖精は白猫をどうしてか吊すように持ち上げている。
30 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/06/18(土) 00:10:53.76 ID:RbPj63Hb0
「はじめまして提督さん、秘書艦さん。わざわざご足労頂きありがとうございます。どうぞ楽にしてください。無礼講というのでお願いします」
妖精は勝手に座るので二人も向かい側に座った。
基本的に妖精は人語を口で介さないが、この妖精は例外だった。
しかし、それ以上に提督は猫が気にかかっていた。白猫は座った妖精の太ももに下ろされてはいるが相変わらず吊されている。
妖精も猫も笑っているように見えたが、真意を読み取れない表情とも取れる。
そもそも猫が本物なのかも定かではなく、彼は聞かずにはいられなかった。
「その猫は?」
「混沌の象徴。平たく言えばマスコットです」
煙に巻かれているのかもしれない。そうして猫を気にしてはいけないのでは、と思い至った。
解放された猫は膝の上で丸くなる。
「それと今日はもう一人来ています。秘書艦さんにも関係のあることです」
「私にですか?」
「どうぞ入ってください」
妖精に促されて入ってきたのは提督も鳥海もよく知っている顔の艦娘だった。
そして、いるはずのない艦娘でもあった。
「なんで……!」
鳥海が驚愕の声を上げる。
その艦娘は提督を見て、それから動揺する鳥海と見つめ合う。
艦娘は本当に嬉しそうに微笑む。
「はじめまして。私が、私も鳥海です」
二次改装前のセーラー服を着た鳥海がそこにいた。
31 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/06/18(土) 00:15:32.51 ID:RbPj63Hb0
今夜はここまで
32 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/06/18(土) 10:46:15.99 ID:rtt1tluVO
面白い
期待
33 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/06/18(土) 21:54:14.32 ID:RbPj63Hb0
好き勝手にやってるだけでも、そう言われるのは嬉しいのです
今夜もだらだらと
34 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/06/18(土) 21:55:14.02 ID:RbPj63Hb0
「やっぱり驚きますか?」
「なんだこれは。どうして鳥海が二人もいる?」
提督は二人目の艦娘という前例をよく知っている。
しかし同一の艦娘が二人同時に存在するとは想像していなかった。
「お二人をお呼びしたのは今後のことや彼女について話しておきたかったからです」
そう言いながら妖精は箸を手に取る。
「まずは食べながらにしませんか。冷めてしまいますし」
「話を先にしてくれないか」
「お腹空きましたが……見ての通り、彼女もまた鳥海です。木曾を沈ませたあなたには初めてではありませんね」
「……ああ」
その一言に猫が耳を立てて体を起こす。裏にある感情を読み取ったようだった。
一方、提督の手には鳥海の手を重ねられた。
案じる顔に見上げられるのを提督は視界の端に捉え、自分の感情を抑える。
鳥海が提督の代わりに訊いていた。
「もう一人の私が木曾さんと同じなら、私たちには本者も偽者もないんですね?」
35 :
◆xedeaV4uNo
[saga]:2016/06/18(土) 21:56:17.63 ID:RbPj63Hb0
鳥海が代わりに訊くと、妖精も提督と鳥海を交互に見てから答える。
「気分を悪くしたのなら謝りますがそうです」
臆した様子もなく妖精は答える。
今の木曾は言わば二代目で、先代に当たる木曾は過去の海戦で沈んでいた。
二代目は先代の記憶と感情を部分的に引き継いでいて、それが問題を引き起こしもした。
「あなた方がご存じのように二人とも本質的には同じ存在だと言えます。個々の人格や体験は別ですが、鳥海という艦娘であるのに変わりありません」
「じゃあ……」
鳥海は新顔の方に向き直る。話し始めるまでに間があるのは、どう呼ぶのか決めかねたからだ。
彼女は相手を名前で呼ぶことに決めた。
「鳥海。あなたは私の記憶や気持ちを共有してるの? 私にはそんな感覚がないけど」
「一方的に私が知ってた、というのが正しいみたいです。私が二人目として形を為すまでなら、あなたに何が起きてどう感じてきたのか……それは分かってるつもりですよ」
新顔の鳥海は笑う。
両者は同じような顔に同じ声をしているが、よく知る者が見れば笑い方や目線の動きなど微妙な仕種はなんとなく違うようには思える差異がある。
それでも二人はよく似ていて、一緒にいるから違いが分かるだけかもしれない。
たとえば服を入れ替えてしまったら区別がつかないのではと、提督は一抹の不安と難しさを感じた。
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