にこ「きっと青春が聞こえる」

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593 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/05/22(月) 16:37:17.81 ID:/PVFQV9zO

「さっきも言った通り。この世界には、ひびが入り始めた」

「少しずつ、あなたが目覚める準備が整い始めた」

「だからこそ私はこうしてあなたに真実を教えたの」

「あなたが真実を受け入れる準備が、整い始めたから」

「だけどね、それはあくまで準備でしかないの」

「あなたが自分に嘘をつき続ける限り、準備は準備のまま」

「雛が孵ることはない」

にこ「……わたし、どうしたら……」

 戸惑う私の、その胸に。

 彼女は――もうひとりの「私」は、優しく指を突いた。

       ハコ
「ここにある匣。その蓋を開けなさい」

「その中にある現実に、目を向けなさい」

「あなたがアイドルを目指している。それは本当」

「だけど。それだけじゃ、ないでしょう?」

「それを――認めなさい」

 それだけを言い残して、「私」は蜃気楼のように揺らめいて、消えた。
594 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/05/22(月) 16:37:44.23 ID:/PVFQV9zO

にこ「――――夢」

 思わずほおをつねろうとして、やめる。この世界で痛い思いなんて、十分してきた。

 体も。心も。

 すごく、痛い思いをしてきた。

 それが、私の望んだ世界?

 にわかには信じられない――けど。

 この世界に迷い込んだあの日。私はたしかに、望んでいた。


 ――いっそのこと、この一年間やりなおせたらなぁ


 それを……自分の頭の中で実現したってこと、なの?
595 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/05/22(月) 16:40:15.65 ID:/PVFQV9zO

にこ「…………」

 「私」が指さした場所を、ぎゅっと握りしめる。

 ここにある、箱。

 それがなにを指すのか。今の私にはわからない。

 うん、わからない。

 わからない。

 …………

 そっか。そういうことなんだ。


にこ「自分に嘘はつけないってこと、なのね……」


 その中から、災厄があふれ出てくることを、知りながらも。

 それでも私は、この匣を開けなきゃいけないの?

             ノゾミ
 この世界が、私の希望を叶えた世界だというなら――


にこ「誰か、教えてよ……」
596 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/05/22(月) 16:41:17.39 ID:/PVFQV9zO
ここまで
一応あと5、6回の投下で終わる予定
続きはまたすぐ
597 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/22(月) 17:55:52.98 ID:bzrpFVDuo
乙です
598 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/26(金) 22:14:15.84 ID:pBOsbZu30

クライマックスやね
599 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/06/05(月) 22:10:10.92 ID:TncLFiZSO
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/kako/1402325332/
600 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/06/21(水) 23:08:53.82 ID:EdrrS/iLO

「にこっち」

にこ「えっ」

 突然の声だった。

 振り向くと、そこにはつい先ほどまでなかった人影。

 問答なんてする余地もない。

 私のことをそう呼ぶのは、たったひとりだけ。

にこ「希……」
601 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/06/21(水) 23:09:22.99 ID:EdrrS/iLO

 いつの間に? という疑問を抱かなかったわけじゃない。

 むしろ、ほんの数分前のやり取りがなければ、彼女自身にそう尋ねていたはず。

 けれど、今は。

 この世界の真実に触れた今は、「ああ、そういうものなんだな」って納得してる私がいた。

 ノゾミ
 希望を叶える存在を願ったから。

ノゾミ
 希が現れた、ってことなのかしら。

にこ「……笑えない冗談よね」

希「ん?」

にこ「なんでもないわ、独り言」
602 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/06/21(水) 23:09:51.97 ID:EdrrS/iLO

にこ「それより、一体全体私になんの用? 練習、もうとっくに始まってるでしょ?」

 顎で時計を指し示す。希はその先に視線をやることもなく、ただ、私だけをまっすぐに見つめていた。

 吸い込まれそうな瞳だった。

 いつもはきれいだと感じるその緑色は、だけど、今はその奥に得体のしれないものを感じさせる。

 それは、この世界にきてからうっすらとこびりついていた――疑い。


 この希が、「Snow halation」ができる前の希なのだというのなら。

 
 この希は、あの「友達」を口にした希とは、違う。
603 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/06/21(水) 23:10:40.55 ID:EdrrS/iLO

希「ん、……にこっちに、謝らなおもって」

にこ「謝る?」

希「うん。うちが余計なこと言ったから、にこっちが……」

にこ「ああ……」

 そこまで言われてようやく話にピントが合う。

 たしかにあの状況を振り返ってみると、希が突っ込んだ話をしてきたからあの流れになった――と、言えなくもない。

 だけど、正直な話。

にこ「別に、あんたのせいだなんて思ってないわ」

にこ「あんたが話を切り出さなくたって……きっと、たいして展開は変わらなかったし」

希「そんなこと、」

にこ「あるわよ」

希「…………」
604 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/06/21(水) 23:11:06.93 ID:EdrrS/iLO

 突き放すような言葉を、あえて突きつける。

 悪いけど、どうでもいいのよ。

 だって、だって。


 だって――今ここにいる希は、あの希とは別人なんだから。


 ううん、それだけじゃなくて。


 私があそこで切り離した面々だって、夢の世界の住人なんでしょ?


 だったら別に、いいじゃない。


 別に――
605 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/06/21(水) 23:11:43.68 ID:EdrrS/iLO

希「にこっち」


にこ「――――」

 どきりとした。

 たった一言、名前を呼ばれただけなのに。

 全てを、見透かされているような錯覚に陥った。

希「にこっちは、何を抱えているの?」

にこ「抱えるって……私は別になにも抱えちゃいないわ」

にこ「自分の思った通りに部が運ばなかったから、ちょっと落ち込んでるだけよ」

 言い訳がましく言葉がうわすべりしているのを自覚しながら、それでも言葉を止められなかった。

 だけど、さ。

 大して賢くない私ですらわかってるんだから。

 目の前の聡いこの子が、わからないはずないのよね。


希「――にこっち」
606 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/06/21(水) 23:12:17.66 ID:EdrrS/iLO

にこ「……やめてよ!」

 耐えられなかった。

 別人であるはずなのに。

 ただの夢の中のキャラクターのはずなのに。

 希に、優しく呼ばれるだけで。

にこ「もう、やめて……」


 私のよく知る希が、胸を満たしていった。


 私の、私たちの「友達」の、希が。
607 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/06/21(水) 23:12:43.57 ID:EdrrS/iLO

にこ「私は、帰りたいの……」

 だからそれは、弱音じゃなくて、本音。

にこ「元の世界に……現実のμ'sに……」

希「現実?」

にこ「……ええ」


 信じてもらえるかどうかなんて、もうどうでもよかった。

 ただ、重たい荷物を半分持ってもらいたかった。

 重さを、わかちあってほしかった。

 希の優しさに、甘えたかった。
608 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/06/21(水) 23:13:24.17 ID:EdrrS/iLO

希「――――」

 荒唐無稽な私の話を、希は最後まで黙って聞いていた。

にこ「信じ、られないわよね。こんな話……」

希「うーん、そうやねぇ……」

にこ「ううん、いいのよ別に。最初から信じてもらえるだなんて、」

希「すとっぷ」

 ずい、と。

 希の手のひらが私の言葉を遮る。

希「信じるとか信じないとか、いったん置いとかん?」

希「たぶんそれって、今あんまり重要じゃないと思うんよ」

にこ「……なんで?」

希「んー、だってさ」

 いたってまじめな顔して、希は。


希「にこっちが真剣に話してるんだから、うちも真剣に話せばいいだけやん?」 


にこ「――――」


 奥底まで透き通った緑色の瞳で、そう言った。
609 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/06/21(水) 23:13:55.00 ID:EdrrS/iLO

希「それにしても、ここがにこっちの夢の中……なんともスピリチュアルな話やね」

にこ「まあ……私自身、まだ信じ切れてるわけでもないけど」

希「ほっぺたつねってみる?」

にこ「……のーせんきゅー」

希「…………」ワシワシ

にこ「その手つきはほっぺたつねろうとしてするもんじゃないでしょ!?」

希「……ちっ」

にこ「ついさっきの「真剣に話す」ってのはどこいっちゃったのよ!」
610 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/06/21(水) 23:15:27.01 ID:EdrrS/iLO

希「だけどにこっちとしては大変な問題だよね」

希「夢の世界から出られませーんって、じゃあ現実世界のにこっちはどうなってるん? って話やし」

にこ「それは……そういえばどうなのかしら」

 え、現実の私、眠りっぱなしなの? 何か月も?

 ……いや、夢の中の時間の進み方と現実のそれが同じとは限らないし。

 うん、そういうことにしておこう。

希「どうする? 目覚めてみたらカラッカラのミイラになってましたー、とか」

にこ「いや、そんな状態だったら夢見てる余裕ないでしょ」

 死んでるって、それ。

希「そう、この世界は夢なのでした。にこっちがついた、長い眠りの――」

にこ「人のこと勝手に殺さないでよ! ――あーもう、しょーもない!」


 ああ、だめだ。

 ほんとくだらない、軽口の応酬なのに。


にこ「ほんと……しょーもない、わ……」


 どうしてこんなに懐かしくて。

 どうしてこんなに切なくて。

 どうしてこんなに、温かいのか。 
611 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/06/21(水) 23:16:07.76 ID:EdrrS/iLO

希「ね、にこっち」

 優しさのかたまりみたいな言葉が、私をふんわりと包む。

希「にこっちがこんな夢の世界を作ってまでしたかったことって、なあに?」

にこ「――――」

 アイドル活動をしたかった。

 その答えが、100点満点中50点くらいの答えだってことは、もうわかってる。

 じゃあ。

にこ「μ'sを――作り直したかった」

 あの一年間を、やり直したかった。

 これが、答え?

希「――――」

 目の前の少女は、答えない。

 まるで――それが不正解であると、知っているかのように。
612 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/06/21(水) 23:16:59.33 ID:EdrrS/iLO

 「私」の言葉が、不意に頭の中をよぎる。


『その奥に眠ってる想いを、言葉を、語ろうとせず蓋をしたままでいるのは――うそつきと同じじゃない?』


『ここにある匣。その蓋を開けなさい』


 意味がわからないって、思った。

 ううん。思おうとした。わからないって、自分に言い聞かせた。

 だって、胸の中に開けちゃいけない匣があることも。

 その中にどんな汚いものが詰まっているのかも。

 私は――最初から全部、知っていたから。

 だから、知らないふりをしなきゃいけなかった。

 だけどそんなの、そんなちっぽけな嘘、「私」に通じるはずなんてなかった。

 自分をだませるほど――私は、器用じゃなかった。
613 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/06/21(水) 23:17:51.90 ID:EdrrS/iLO

希「――にこっちは強いね」

にこ「は?」

希「だってこの世界に来て、にこっちはまたμ'sを作ろうとしたんでしょう?」

希「絶望的な状況で、それでも自分の居場所をまた作ろうって思えるのは、立派な強さだよ」

希「私には――それがなかった」

にこ「あ――」

 それは希が胸の内に秘めていた過去。

 住む場所を転々とし、人間関係を保てず、そのたびに居場所がリセットされた少女。

希「私は音ノ木坂にくるまでは、もう諦めてた。「そういうものなんだ」、って」

希「そうすれば痛くなかったから」

希「作れば壊される。壊されれば痛い」

希「なら、最初から作らなければいい――私は、そう思うことにした」

希「それは、私の弱さだった」

にこ「違う……」

 違う。違うの。

 希が弱いというのなら、私の方がよっぽど弱い。

 だって、だって―― 
614 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/06/21(水) 23:18:37.57 ID:EdrrS/iLO

希「なにが違うの?」

にこ「だって、私は……」

 あ、と思っても手遅れで。

 匣の蓋が、ほんの少しずつだけど、ずれ始めて。

にこ「μ'sがないとダメだったから。私にとって、μ'sは、すべてだったから」

 その隙間から、どんどん言葉が漏れだす。

 厄災が、あふれだす。

にこ「だから、作らなきゃいけなかった。μ'sがなきゃ、ダメだから……」

希「なんで?」

 もうそれは、きっと会話にすらなっていない。

 希はただ、問いかけるだけで。

 私は、ただ――吐き出すだけ。


にこ「だって、だってμ'sは――アイドルじゃ、なかったから!」
615 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/06/21(水) 23:19:28.82 ID:EdrrS/iLO

にこ「アイドルっていうのは孤独なの。狭い枠をたくさんの子たちで奪い合う競争社会」

にこ「それはたとえ同じグループであってもよ。総選挙なんてやって順番付けてるのがいい例でしょ」

にこ「おもてっつらでは仲良しを演じながら、でも腹の奥では蹴落とし合う。それがアイドルなの」

にこ「そうあるべきだって思ってた。だから、だから……」


 これは、そう。

 ただの、いいわけ。


にこ「私がひとりぼっちになってるのだって、当たり前だって思ってた!」
616 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/06/21(水) 23:20:49.90 ID:EdrrS/iLO

にこ「私のやりかたについてこれなくなって、ひとりまたひとりと部からいなくなって」

にこ「寂しかったはずなのに、悔しかったはずなのに、でも私は必死に笑顔を取り繕ってた!」

にこ「ああ、私の方が本気なんだ!」

にこ「私の方がアイドルに向いてるんだ!」

にこ「そう思わなきゃ――耐えられなかったのよ!」

にこ「だから穂乃果たちが現れた時は、何が何でも認められなかった」

にこ「仲良しアイドル? ふざけないでよ! そんなの成立するわけないでしょ!?」

にこ「そんな中途半端なもの、アイドルだなんて認められるはずがない!」

にこ「……でもね、違ったの。あれは、私が「アイドル」と定義してるものじゃなかった」

希「――じゃあ、なあに?」

にこ「……決まってるじゃない」

 そう。最初からわかってるはずだった。

 私たちがやってるのはアイドルなんかじゃない。

 蹴落とし合う必要も、見下し合う必要もない。

 一緒に泣いて、一緒に笑って、一緒に高め合って。

 正々堂々自分たちの力で輝いて競い合う、純粋に眩しい存在。



にこ「――スクールアイドルよ」
617 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/06/21(水) 23:21:41.56 ID:EdrrS/iLO

にこ「μ'sに加わってからは、信じられない毎日の連続だったわ」

にこ「毎日心の底から笑い合える仲間がいて」

にこ「毎日心の底から競い合える仲間がいて」

にこ「毎日心の底から信じ合える、仲間がいた」

にこ「それは私の中の「アイドル」には決してなかった光景で」

にこ「とっても――幸せだった」

希「そう……」


 うん、そう。

 とても幸せだった。

 
 醜い想いに蓋をして、見えないふりをしながら過ごす毎日は。
618 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/06/21(水) 23:22:25.31 ID:EdrrS/iLO

にこ「でもね」

希「え?」

にこ「でもね、そんな毎日を過ごせば過ごすほど、匣の中身は増えていったわ」

希「……中身?」

にこ「ええ」

 その匣が、今、ゆっくりと蓋を開こうとしていた。

にこ「それは決して考えちゃいけないこと。気づいちゃいけないこと」

にこ「気づいてしまえば、認めてしまえば、それは裏切ることになるから」

希「裏切るって……誰を?」

にこ「私自身を、よ」

 もっと正確にいうならば。

 今までの、私。
619 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/06/21(水) 23:22:59.51 ID:EdrrS/iLO

にこ「スクールアイドルは楽しい。幸せ」


にこ「あったかいぬるま湯みたいに、心がほわぁってするの」


にこ「そう、それはね」


にこ「アイドルを目指していたときには――決して味わえなかったものなのよ」


希「――――」


にこ「μ'sで幸せを感じれば感じるほど、匣の中身は私に問いかけてきたわ」


にこ「ねえ」


にこ「あの2年間は――なんだったの? って」
620 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/06/21(水) 23:24:29.71 ID:EdrrS/iLO

にこ「ひとりぼっちで涙を飲んでた2年間は、なんだったの?」


にこ「必死にアイドルを目指して、たどり着いたあの2年間は、誰が取り戻してくれるの?」


にこ「私に聞かないでよ。私が知るわけないでしょ。私は今が楽しいの。μ'sがすべてなの」


にこ「耳をふさいで、目を閉じて。匣の存在すらも、忘れようとした」


にこ「――ま、残念ながら「私」がそれを許しちゃくれないみたいだけどさ」


希「にこっち、あの、」


にこ「μ'sが終わったら」


希「っ」


にこ「μ'sが終わったら。スクールアイドルが終わったら」


にこ「私はまた、アイドルを目指す」


にこ「自分が上り詰めるために、他人を蹴落として」


にこ「きったない中身を隠すために、きれいな服で着飾って」


にこ「そんな「アイドル」に、なるの」
621 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/06/21(水) 23:25:06.89 ID:EdrrS/iLO

にこ「ねえ」



 さあ、もうおしまいにしましょうか。



にこ「私はいつか、きっとまた思うわ」



 長いおしゃべりは、もうおしまい。



にこ「部員が私一人だけになった、あの日のように」



 匣の蓋を――開けましょう。
622 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/06/21(水) 23:26:12.58 ID:EdrrS/iLO









にこ「アイドルなんて目指すんじゃなかった――って」








623 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/06/21(水) 23:27:13.24 ID:EdrrS/iLO
ここまで
全然5月中に終わらなかったごめんなさい
続きはなるべく早く
624 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/21(水) 23:59:45.57 ID:OUAT/uqto
乙です
625 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/23(金) 23:44:31.82 ID:BtKPPNGbo
乙乙
626 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/17(月) 23:35:27.06 ID:huycTrwqO

希「――そっか」

にこ「ん?」

希「にこっちはアイドルの楽しさ以上に、セーシュンの楽しさを知っちゃったんやね」

にこ「青春?」

希「うん」

にこ「ふふ、なによそれ――青臭い」

 だけど、そっか。希の言葉でひとつ腑に落ちる。

 私がスクールアイドルに求めている楽しさは、きっと、青春っていうんだ。
627 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/17(月) 23:35:54.89 ID:huycTrwqO

希「じゃあ、にこっちは」

希「やめるの? ――アイドル、目指すの」

にこ「…………」

希「スクールアイドルが楽しくて」

希「夢の中でやり直すのを望んでしまうくらい楽しくて」

希「だから、つらい現実からは目を背けて」

希「アイドルを、諦めるの?」

希「この世界で、夢を、あこがれを、追い続けるの?」

にこ「…………」
628 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/17(月) 23:36:47.29 ID:huycTrwqO

『今度はもっと、理想的なμ'sが作れるかもね』

 彼女の、『私』の言葉が、頭の中で再び鳴り響く。

 それも可能なのかもしれない。
 
 私がそれを望むのなら。

 この夢の中で。

 ずっと、ずっと――


にこ「――――」


 あの時、答えられなかった質問に。

 ゆるゆると、首を横に振った。
629 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/17(月) 23:37:40.02 ID:huycTrwqO

希「――どうして?」

にこ「……寝坊しすぎてミイラになっちゃったら厄介だし?」

希「――――」

にこ「……あーはいはい、答えるわよ」

にこ「って言っても、私自身明確に答えを持ってるわけじゃないんだけどさ」

 はっきり言ってしまえば、まだ頭の中はぐちゃぐちゃで。

 この甘ったるい夢の中にずぶずぶと沈み込んでいきたい欲望は、ある。

 だけど。

にこ「私の望みは、きっと、それだけじゃないから」
630 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/17(月) 23:38:08.50 ID:huycTrwqO

 * * * * *


 屋上への扉は、開くといつもびゅう、と一際強い風をもたらした。

 いつもは髪が崩れて不機嫌になる要素だったけど、今だけはその荒々しさが少しだけ心地いい。

 私の背後にべたりとはりついていた後ろ暗いものを、吹き飛ばしてくれたから。

花陽「あっ――」

 レッスンで体を動かしている途中、私の存在に真っ先に気づいたのは、私が求めている人物だった。

 その視線に気づいた他の子たちも、次々に私をその目に捉える。

 12の瞳が、一度に私を射抜いた。
631 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/17(月) 23:38:37.77 ID:huycTrwqO

花陽「……なんの用ですか?」

 険のある口調は、明らかに私を排除しようとするものだった。

 彼女なりの「アイドル活動」を阻害しようとする私を、排除するための。

 明確な、強さだった。

にこ「……あんたは、」

 なにを話すべきだろう。この段階にきて、自分の考えがまとまっていないことに気づく。
 
 あーあ、なんて間抜け。

 だけど、だからこそ、変に飾ることのない、シンプルな言葉が出てきた。

 それを彼女にぶつける直前。

 そういえば、これはそもそもかつて私に向けられたものだと気づいた。 


にこ「あんたは――なんでアイドルになりたいの?」
632 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/17(月) 23:39:03.20 ID:huycTrwqO

花陽「…………」

 突拍子もない質問に面食らった様な花陽。

 目を白黒とさせている彼女の目の前で、私はあの時の凛の質問になんと答えただろうかと思いめぐらせる。

 その言葉がすんなり思い出せたのは。

 あの時の気持ちが、今の気持ちが、本音だから、なのかな。
633 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/17(月) 23:39:29.91 ID:huycTrwqO





にこ『――やりたいから、よ』

花陽「――やりたいから、です」




634 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/17(月) 23:41:43.39 ID:huycTrwqO

 きっと、見たくないものをたくさん見ることになると思う。

 人の醜い部分とか、自分の薄汚い部分とか。

 そういうのを全部押し込めて、だけどお客さんの前ではきらきらした笑顔を振りまいて。

 自分の笑顔を削ってまで。誰かを笑顔にする。

 ――そこまでして、やりたいの?

 頭をよぎったその問いを。

花陽「――――」

 力強い瞳が、否定していた。
635 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/17(月) 23:42:16.88 ID:huycTrwqO

にこ「――『あんた』のこと、もっと大事にしてあげなきゃいけなかったのにね」

 花陽の頭をぽん、と軽くなでる。

花陽「…………?」
 
 私の態度にいい加減違和感を覚えたのか、花陽の瞳から敵意の色が抜ける。

 うん、そうよね。わけわかんないわよね。

 だけど、『あんた』はそれでいいの。

 なんにも難しいことなんて考えずに。

 「やりたい」を貫き通せば、それでいいの。
636 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/17(月) 23:42:47.39 ID:huycTrwqO

 ああ、言いたくないな。

 あの子たち、こんな言葉を叫んだんだ。すごいな。

 息を吸って、言葉にならず、吐き出して。

 そんなことを何度か繰り返していると、ついに耐えきれなくなったらしい花陽。

花陽「あの、にこ先輩」 

花陽「にこ先輩が求めてる形が何なのか、私にはわかりません」

花陽「だけど、にこ先輩のアイドルに対する情熱は、私、まだ疑いきれません」

花陽「しっかり聞きたいです、にこ先輩が望んでいること」

花陽「それで、できるなら――」

花陽「できるなら、また一緒に、スクールアイドル――やりたいです」

にこ「――――」
637 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/17(月) 23:43:16.24 ID:huycTrwqO

 ほら、もたもたしてるから言われちゃった。

 どうすんのよ。こんな魅力的な提案。

 やりたくなっちゃうじゃない。続けたくなっちゃうじゃない。

 まったく、もう。

にこ「…………ううん」

花陽「え……?」

 ごめんね、花陽。

 もう、夢から覚める時間なの。
638 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/17(月) 23:44:04.51 ID:huycTrwqO





にこ「μ'sは、もう――おしまい」




639 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/17(月) 23:44:32.10 ID:huycTrwqO





 ピシリ。

 ひびは、その大きさを広げて――




640 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/17(月) 23:45:01.64 ID:huycTrwqO
ここまで
多分あと2回くらい
次はなるべく近いうち
641 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/18(火) 00:57:22.72 ID:mC+sfMYlo
乙、そろそろ本当に終わりが近いなぁ
642 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/18(火) 05:57:27.63 ID:GWIhe66io
乙です
643 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/21(金) 08:15:56.71 ID:BqFP8GorO
なるほどな…いよいよクライマックスだな
644 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 08:44:19.84 ID:rN0RYkWfO

 * * * * *

 
 まだ、世界は続いていた。

 どれだけひびが入っても、殻を破るに至らない。

 まだなにか足りない? だとしたらなにが?

 夕暮れに沈んでいく廊下を一人歩きながら、考える。

 心当たりはあった。

 花陽が、私のアイドルになりたいという強い思いを受けて元の世界の彼女と差異が生まれたように。

 ガラスのように繊細な弱さをこの世界で見せた、赤髪の少女。

にこ「…………」
 
 たどり着いた音楽室から、音はない。

 だけど。

 
真姫「…………」


 開いたドアの先に、彼女は、いた。
645 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 08:44:48.67 ID:rN0RYkWfO

真姫「……なによ。思い詰めた顔して」

にこ「……あんたこそ」

真姫「――――」

にこ「ねえ、真姫ちゃ、」

真姫「だめよ!」

にこ「っ!」

真姫「だめよ! 認めない!」

真姫「せっかく仲良くなれたじゃない!」

真姫「せっかく楽しくなってきたじゃない!」

真姫「なのに、なのに……」

にこ「真姫……」
646 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 08:45:27.84 ID:rN0RYkWfO

 強い口調と裏腹に、その口から飛び出てくるのはつつけば崩れそうな脆い言葉ばかりだった。

 離れたくない。終わらせたくない。一緒に居たい。

 そんな――みっともない言葉ばかり。

真姫「なによそれ、ずるいじゃない! 人に期待させといて!」

真姫「どうせひとりぼっちだろうって、そう覚悟を決めてたのに!」

真姫「なのにあなたは現れた!」

真姫「私にとびっきりのプレゼントまで用意して!」

真姫「そうやって人の心のドア開けといて、そんな……いやよ……」

真姫「さよならなんて……いやぁ……」

 ぽろぽろと。その瞳からこぼれる雫は。

 きっと、彼女の、私の、弱さ。
647 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 08:46:08.25 ID:rN0RYkWfO

真姫「こんな、こんなことなら……」

真姫「ずっとひとりぼっちのままだって――」

にこ「違う!」

真姫「っ」

にこ「それは――違うわ」

 それは、それだけは認めちゃいけない。

 あの日、あの時。

 アイドル研究部の部室で私を待ち構えていた7人。

 私をμ'sに加えてくれた愛すべき後輩たち。

 彼女たちが差し伸べてくれたその手は。

 間違いなく、私にとって眩しいくらいの光だったんだから。

 それは――否定しちゃ、だめ。
648 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 08:47:44.61 ID:rN0RYkWfO

にこ「――ね、真姫」

 うつむきながらぼろぼろと泣きじゃくる少女に向かいながら。

 その実、私の言葉は、彼女に向けられたものじゃない。

にこ「楽しい時間はね、いつまでもは続かないの」

にこ「いつか必ず終わっちゃうものなのよ」

にこ「それはきっときらきら光る宝石みたいなもので」

にこ「ずっと、ずぅっと……見つめ続けていたくなるものなんだと思う」

 私が過ごした高校最後の一年間。

 思い出すだけで目がくらみそうになるくらい、まばゆい日々。

 それを、人はきっと、青春っていうんだ。
649 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 08:48:29.21 ID:rN0RYkWfO

にこ「だけどね、だめなの」

にこ「そればっかり見つめてたって、前には進めないの」

にこ「だから、それはそっと宝石箱にしまっておくのよ」

にこ「大切に、大切に」

にこ「なくさないように」

真姫「――――」

 さっきの花陽みたいに、意味がわからず呆け顔の真姫ちゃん。

 ごめんね。これ、ただのひとりごとなのよ。
650 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 08:49:03.76 ID:rN0RYkWfO

にこ「でもね、これから先、きっとつらいこともたくさんある」

にこ「見たくない現実だっていーっぱい出てくる」

にこ「そういうのに負けそうになった時はさ、ちょっとだけ、その宝石箱を開くの」

にこ「いっぺんに開けちゃ駄目よ? まぶしすぎて前が見えなくなっちゃうから」

にこ「そーっと――のぞき込んでみて」

にこ「そしたらね、きっと見えるから。聞こえるから」

真姫「――聞こえる?」

にこ「うん。きっと聞こえるわ」

にこ「きっと、きっと――」
651 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 08:49:38.99 ID:rN0RYkWfO

 私たちが駆け抜けてきた一年間が。


 私たちが過ごしてきた時間が。


 私たちが、踊り、歌い続けてきた曲たちが。


 私たちの――大切な青春の日々が。 
652 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 08:50:10.99 ID:rN0RYkWfO

 さあ、今度こそ終わりにしましょうか。


 名残惜しいけど、この世界とはもうさよなら。

 
 大丈夫。


 たしかに私は強くはないけど。


 だけど、もう――弱くもない。


 だからこれは。


 過去に別れを告げて、私が前に進むための言葉。
653 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 08:50:39.13 ID:rN0RYkWfO






にこ「きっと青春が聞こえる」





654 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 08:51:49.37 ID:rN0RYkWfO



 パキ――ン


 殻は、ついに破られて。


 世界は、真っ白な光に包まれた。


655 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 08:53:03.15 ID:rN0RYkWfO
とりあえずここまで
今日にこ誕だし終わらせたい
続きはまたすぐ
656 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 09:29:16.71 ID:rN0RYkWfO

にこ「――――ん?」

「気が付いた?」

にこ「え? ……え、ここどこ?」

 あの世界に別れを告げた途端、視界がぶわーってまっしろけになって。

 次に目を開いたら、世界はまっしろいままで。

 だけど目の前には、『私』がいた。
657 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 09:29:46.17 ID:rN0RYkWfO

「ここは夢と現のはざま」

「現実の世界と夢の世界をつなぐ通路みたいなものかしら」

「安心して。もうじきあなたは目を覚ますわ」

「長い長い夢から、ね」

にこ「…………」

 そっか。終わったんだ。

 本当に長かったように感じる。

 そりゃ体感的には数か月を過ごしてるんだから当たり前なんだけど。

 だけど、これで目が覚めたらまた――
658 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 09:30:58.67 ID:rN0RYkWfO

「そう。あなたは3月のあの日に戻るわ」

「もちろん、あなたが高校3年生のね」

にこ「――そう」

「……名残惜しい?」

にこ「……惜しくない、っていえば、嘘になるわ」

「うん……」

「――まだ、間に合うわよ?」

にこ「え?」

「あの世界は消えてなくなったわけじゃない」

「あなたの頭の隅っこの方で、まだ残り続けてる」

「10年後まで残ってるかもしれないし、明日消えるかもしれない」

「だけど――今はまだ、ある」

「まだ、戻れるわよ?」

 そう言いながら、私の後ろを指さす『私』。

 つられて視線をやると、白い世界の中で、一際目立つようにキラキラ光る扉が見えた。

 あれをくぐったら、その先は――
659 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 09:31:34.17 ID:rN0RYkWfO

にこ「――もう、やめてよ」

 ため息交じりに答える。

にこ「あのね、名残り惜しいのと未練がましいのは違うの」

にこ「私は決めたわ。過去とはさよならするって」

にこ「私をまた夢の世界に引きずり込もうとしたってそうはいかないんだから!」

「ふぅん、そう」
 
 ふふーんと胸を張る私とは対照的に。

 楽し気もなく。かといって気分を害した様子もなく。

 『私』は、そっけなくそう返すだけだった。
660 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 09:32:02.53 ID:rN0RYkWfO

「じゃあ、最後のあいさつをどうぞ?」

にこ「へ? ……って、うわぁ!」

 どうぞ、と示された先に、私がいた。

 いや、『私』が、ということではなく。

 正真正銘、どこからどう見ても矢澤にこがいた。

にこ『――――』

 その私は、どこかうつろな目をしていて焦点が合っていない。

 そう、寝ぼけ眼って言葉がまさにぴったりな感じ。
661 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 09:32:33.73 ID:rN0RYkWfO

「言ったでしょう? 夢と現の通路だって」

「3月のあの日とつながってるのだから、もちろん現実から夢の世界へ向かうあなただっているのよ」

にこ「……そういうもんなの?」

「そういうものよ」

にこ「…………」

 まあ、そういわれてしまえば「そうですか」としか答えようがない。

 しっかしまあ――目の前に自分が立ってるってのも、不気味なもんね。
662 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 09:33:08.43 ID:rN0RYkWfO

 ――だけど、そっか。

 この子は、これからあの世界に向かうんだ。

 これから――長い長いお別れの旅に出るんだ。

にこ「――やりなおすのなんてね、結局くだらないことなのよ」

にこ「夢は夢。現実は現実」

にこ「約束してあげるわ。あんたは絶対この場所に帰ってくる」

にこ「私自身が言うんだもの、説得力あるでしょ?」

にこ「ま、大船に乗ったつもりで向かっちゃいなさいよ。ほらほら」

 自分でも不思議なくらい矢継ぎ早に、私は言う。


 ――ああ、だめだ。


 これ以上、ここにいては、だめだ。
663 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 09:33:42.68 ID:rN0RYkWfO

にこ「……ま、まあ、そういうわけで私はとっとと現実世界に帰るから、あんたも達者でやりなさい」

にこ「それじゃ、」

 一方的に言い放ち踵を返そうとした私の裾を。

にこ『――――』

 私がぎゅっとにぎって、そして。

 この子は。まぎれもない私は。

 まぶしく輝く扉を指さして。



にこ『――あっち、いきたくないの?』


にこ「――――っ!」



 無邪気な子供のように、私の心を抉った。
664 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 09:34:15.72 ID:rN0RYkWfO

 喉から飛び出ようとする言葉を飲み込んで。


 振り返りたくなる足を押さえつけて。


 だけど、ぼろぼろ零れ落ちる涙だけは抑えられないまま。


 精一杯の強がりだけを顔にへばりつけて。


 私は、首を横に振った。
665 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 09:34:42.48 ID:rN0RYkWfO

 たしかに私は、もう、弱くはないけど。


 だけどやっぱり――強くも、ない。


 この気持ちは。宝石箱を開きたい、この気持ちは。

 
 きっと、いつまでも私の胸の中に、強く残り続けるんでしょうね――
666 :全治全能の未来を予言するイケメン金髪須賀京太郎様に純潔を捧げる [sage saga]:2017/07/22(土) 09:40:41.10 ID:1i17oUrF0
山本五十六大将

山口多聞善相撲シヨウゼ

アイドルの相撲とか視聴率凄そう笑点感覚
667 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 09:58:42.09 ID:rN0RYkWfO

 * * * * *

 ジリリリリリリリリ……

にこ「……っるさーい」

 カチッ

にこ「ふあぁぁぁあ」ムクッ

にこ「………」

にこ「……ねむい」
668 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 09:59:09.38 ID:rN0RYkWfO

 まだ肌寒さを感じる、3月某日朝。

 ぬくもりが残る布団の中から、私は恨めし気に目覚まし時計を睨み付ける。

 AM7:00

 音ノ木坂を卒業した私が起きるにはまだ全然早い時間なんだけど――今日はお出かけの日。

 いや、今日も、か。

 μ'sのこれからが決まるまでは、おわらない用事。


にこ「――ううん」


 もう、おわらせなきゃいけない用事。
669 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 09:59:42.83 ID:rN0RYkWfO

にこ「あれ……?」

 自分の行動に、自分で強い違和感を覚える。

 私、なんで今、あんなにはっきり否定できたの?

 μ'sを続けたい、アイドルを続けたいって気持ちは、まだこんなにあるのに。

 それに――ねえ、なんで?


にこ「なんで私――泣いてるの?」


 原因不明の涙を指ですくいあげながら。

 今の今まで見ていたような気がする長い夢の内容が、ぽろぽろ零れ落ちていくのを感じていた。
670 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 10:00:20.94 ID:rN0RYkWfO

 * * * * *

にこ「おはよー……って、そっか」

 返事のないリビングを見回して、そういえばと思い出す。

 ふたごちゃんたちはお泊り保育だかで昨日から不在。

 ママは朝が早いから朝ご飯は自分で用意してーって言ってたっけ。

にこ「…………?」

 なんだか今日はやけに違和感が絶好調。

 ことあるごとに頭の中に引っ掛かりが生まれる一日みたい。

 ま、気にしててもしょうがないけど。
671 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 10:02:17.64 ID:rN0RYkWfO

 * * * * *

 3年生が卒業し、音ノ木坂生の減った通学路を歩く。

 違和感先輩はなおも絶好調。

 自分でもわけがわからないけど、つい同じ制服を着た子の顔を覗き込んでしまう。

 そんでもって見覚えのない後輩の顔を見て安心。それの繰り返し。

 ……一体全体、私、どうしちゃったの?

 とまあ、首をひねりながら校門をくぐろうとすると。

にこ「ん」

 前方に見知った二人分の後姿。
672 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 10:02:46.84 ID:rN0RYkWfO

にこ「あ――」

 おはよーって声かけて、軽い冗談のひとつでも飛ばしてやろうかしらと思い立ったところで。

 言葉がのどに詰まる。

 え、なにこれ?

 心臓がどくんどくん鳴って、嫌な汗が背筋を伝う。

 なんで?

 なんであの二人に声をかけるのが、怖いの?

 まるで、その先におそろしい未来が待っているかのように――

絵里「――あら?」

希「ん?」

にこ「……っ」

 二人が振り向いた。私の存在に気づいた。

 あ、いや、やめて。

 こわい、こわい――!
673 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 10:03:32.92 ID:rN0RYkWfO


絵里「にこじゃない、おはよう……どうしたの、変な顔しちゃって」


希「どしたん? 風邪でもひいた?」



にこ「…………え? あ、いや……」

 ふたりに声をかけられた途端。恐怖心が一気にどこかへ消え去った。

にこ「あ、や、えーっと……おはよう」

絵里「え、ええ……おはよう」

希「おはようさん」

にこ「…………」

絵里「……ねえ、本当に大丈夫? 自由登校なのだから無理する必要は……」 

にこ「う、ううん、大丈夫……大丈夫だから……」

 その言葉に偽りはなく、動悸も呼吸も次第に落ち着きを取り戻した。

 だけど、なんで?

 なんで私は、この二人に――大切な友達のこの二人に、拒絶されるかも、なんて思ったのかしら。
674 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 10:04:05.46 ID:rN0RYkWfO

にこ「あー、ごめん。ほんと大丈夫だから」

絵里「そう? ならいいのだけど……」

にこ「ありがと、心配してくれて。だけど、この程度で帰ってなんてられないわ」

にこ「大切な話があるんだから、さ」

絵里「……うん」

希「……そうやね」

にこ「……あのさ。二人にちょっと聞いてもらいたいんだけど――」
675 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 10:04:36.32 ID:rN0RYkWfO



 そうだ。まずはこの二人に聞いてもらおう。



 大切な友達の、大切な仲間の、この二人に。



 私の中に生まれた、強く、だけどまだまだ脆い、決意の話を。


676 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 10:34:58.91 ID:rN0RYkWfO





          【Side:真姫】




677 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 10:35:27.66 ID:rN0RYkWfO

真姫「――――♪」

凛「真姫ちゃんまたその曲?」

真姫「う゛えぇ!? ほ、星空さん!?」

凛「じゃなくて?」

真姫「あ、え、えっと……凛?」

凛「よくできましたー!」パチパチ

真姫「……ひょっとして馬鹿にしてる?」

花陽「ご、誤解だよ真姫ちゃん!」

真姫「ああもう、わかってるわよ。それよりほら、部室行くんでしょ?」
678 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 10:36:02.62 ID:rN0RYkWfO

 放課後音楽室に引きこもる日課は、私のスケジュール帳から消え去った。

 ううん、違うわね。

 自分で、消した。

 私が楽曲提供してるアイドル研究部の扉を、自分のこの手で叩いたから。

 正直なんでそんな暴挙に出たのか自分でもよくわからない。

 そもそも――私はなんで彼女たちに楽曲を提供していたの?

 それすらもなぜか曖昧。

 だけど、ただ。

 ひとりぼっちで諦めているだけの3年間には、したくないって思えたから。

 卒業するときに振り返ってみて、宝石みたいに輝く時間を作りたかったから。

 ――って、なに恥ずかしいこと考えてるのかしら。ばかばかしい。
679 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 10:36:29.95 ID:rN0RYkWfO

花陽「だけど真姫ちゃん、本当にその曲好きだよね?」

凛「そうそう、しかも同じフレーズばーっかり繰り返してるにゃ」

花陽「それに自分で作った曲なんでしょ? すごいなぁ……」

真姫「……違うわ」

花陽「え?」

真姫「たしかに曲自体は自分で作ったものだけど、このフレーズは――」

真姫「このフレーズだけは、誰かからプレゼントしてもらったような……そんな気がするの」

真姫「名前も覚えていない、誰かに……」

 そこまで言って、ぽかーんとしてる二人の表情に気づく。

 いけない。つい変なこと口走っちゃった。
680 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 10:37:25.39 ID:rN0RYkWfO

真姫「ご、ごめん、気にしないで。たぶんただの気のせい――」

凛「ううん、そんなことないよ!」

真姫「え?」

凛「凛とかよちんもね、話してたんだ」

凛「凛たちがアイドル研究部に入ったのって、なんでだろう、って」

真姫「入った、って――あなたたちが作ったんじゃないの?」

花陽「それが……よくわからないの」

花陽「たしかに今いるメンバーの最古参は私と凛ちゃんなんだけど、だけど私たちが作ったわけでもないの」

凛「じゃあ凛たちどうやって入ったんだっけ? てお話してるんだけど、全然思い出せないんだにゃ……」

真姫「…………」

 まさか、こんなに身近に私と同じような違和感を覚えてる子がいるだなんて。

 正直、驚きを隠せなかった。
681 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 10:38:16.01 ID:rN0RYkWfO

花陽「それにね、希ちゃんが言ってたの」

花陽「私たち8人でユニット組んだでしょ? あの――」

真姫「――μ's、よね?」

花陽「うん、そう。だけどね、それって神話に出てくる女神さまの名前らしいんだけど」

花陽「その女神さまって、本当は9人いるはずなんだって」

花陽「1人足りないねって話してたら、気づいたの」

花陽「そもそもこの名前をつけたのって――誰? って」

真姫「……なによ、段々ホラーじみてきたんだけど?」

花陽「あ、そういうわけじゃ……」

真姫「考えてもしかたないんじゃない? というか、私は考えないことにしたわ」

真姫「だって思い出せないんだもの。考えたってしょうがないわ」

花陽「うーん……それはそうなんだけど……」
682 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 10:39:13.31 ID:rN0RYkWfO

凛「――っていっけない! もう練習始まってる時間にゃ!」

花陽「え? ――あああああああ!」

凛「急がないと海未ちゃんカンカンだにゃ!」

花陽「そ、そうだね……真姫ちゃんもはやく!」

真姫「あ、ちょっと待ちなさいよ――」

 慌てて教室を飛び出ていく二人の背中を追いかけようとした、その時。

 ビュウゥゥゥ!

真姫「きゃっ!」

 窓の外から吹き込んだひときわ強い風が背中を押す。

 夏の色を感じさせるその風に、思わず振り向いて。

真姫「――――」

 なぜかしら。

 そこに、誰かの気配を感じた。
683 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 10:39:40.31 ID:rN0RYkWfO

 だから、ってわけじゃないけど。


 誰もいないそこに向けて。


真姫「――――♪」


 私はもう一度だけ、大切な誰かからもらったそのフレーズを、口ずさんだ。
684 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 10:40:18.02 ID:rN0RYkWfO







      昨日に手を振って ほら――前向いて






685 : ◆yZNKissmP6NG [saga]:2017/07/22(土) 10:41:30.22 ID:rN0RYkWfO
以上で終了です、長い間お付き合いいただきありがとうございました。
ぐだぐだした挙句ミスも多く申し訳ないです。
次はまたどこか別のスレで
686 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/22(土) 11:46:02.28 ID:lh35cy4SO
ファンタジー色が強い
687 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/22(土) 11:47:59.43 ID:51pCRKjpO
乙乙!
真姫ちゃんsideのμ'sにはいずれあのにこちゃんが加入してくれるって信じてる
688 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/22(土) 14:30:57.55 ID:gohz3Y7lo
乙です
689 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/23(日) 00:52:31.34 ID:jGrRIDbao
乙乙
最初に想像したのとは全然違ったけど面白かったよ
690 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/30(日) 20:19:03.64 ID:DY9IRR4dO
完結してたのね、乙
やっぱきっと青春が聞こえると愛してるばんざーいは名曲だわ
691 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/06/26(水) 01:35:53.97 ID:r3mJNx5I0
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